蒼天のキズナ (劉翼)
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最初のご挨拶と世界観について

はじめまして、劉翼と申します。
前々からポケモンで二次創作書いてみたいなー、でも文才無いしなーと足踏みしてましたが、どうせなら書いてから後悔しようと思い、やっちゃいました。
しかし、本格的な長編小説を書くのも初めてなら、こちらで書かせていただくのも初めてな初めてづくしで右往左往、投稿システムの使い方も見様見真似でこれまた右往左往……。
拙いどころかマトモに見れやしない点が多々あると思いますが、温かく見守っていただけると幸いです。


 本作は『ポケットモンスター』シリーズを原作とする二次創作小説です。

 今回は、練習を兼ねておおまかに世界観を説明させていただきます。

 

 本作ではゲーム版ポケットモンスターの世界観をベースに、アニメなどの各種媒体からも一部設定をお借りしております。

 舞台はカントー地方ですが、生態系変化により第7世代までの様々なポケモンが多数生息している設定となっておりますので、ご了承ください。

 

 また、主人公や周辺人物はオリジナル、またはゲーム版キャラクターとなっており、サトシを始めアニメ版オリジナルキャラクターは原則として登場しませんので、こちらも併せてご了承いただきますよう、お願いいたします。

 

【ポケモンバトルについて】

 ゲーム版のようなターン制ではなく、アニメ版などのようなリアルタイム進行となり、バトル中に新たな技を習得したり、進化が発生する場合もあります。

 このため、種族値がこうげき寄りのポケモンでも、遠距離攻撃用に特殊技を覚えていたり、逆にとくこう寄りのポケモンが接近戦用に物理技を覚えていたりしますので、この点へのツッコミはご遠慮ください。

 

【ポケモンジムについて】

 本作に於いてジムリーダーは、チャレンジャーの所持バッジ数に応じて使用ポケモンを変えます。(例外あり)これをトレーナーレベルといい、所持数0をレベル1とし、1つ入手毎にレベルも上がり、最終的にバッジ8個でレベル9となります。

 ジム戦は基本的にジムリーダーとの直接対決ですが、そのリーダーに師事するジムトレーナーとのバトルが間に挟まる事があります。

 また、ジム毎に独自ルールが設けられている場合もあります。

 

【ポケモンリーグについて】

 各地方のポケモンリーグは、半年毎に開催されます。

参加資格はその地方のジムバッジ8個所持のみ。

 ただし、本作の舞台であるカントー地方のポケモンリーグは、ジョウト地方との複合であるトージョウリーグという特殊な物となっており、カントー、またはジョウトどちらかのバッジを8個所持していれば良いですが、カントー4個、ジョウト4個で計8個…というような形では参加資格を得られず、どちらかの地方に絞る必要があります。

 

 参加資格を得たら、同様に参加した他のトレーナーとのトーナメント戦が行われ、それを最後まで勝ち抜いた優勝者は、後日ポケモンリーグ四天王とのエキシビションマッチを行う資格を得ます。(辞退した場合は、準優勝者が繰り上げでエキシビションを行える)

 さらに、その四天王とのエキシビションにも勝利すると、最終的にポケモンリーグチャンピオンへの挑戦権を獲得します。チャンピオンに勝利する事によって、新たなチャンピオンの座に就く事が可能となりますが、あくまで任意です。

 

 

 

 

 

 大体の設定は以上となります。

 次回より本格的に物語を書かせていただきますので、何卒よろしくお願いいたします。




初めての投稿でドッキドキですが、とりあえずやってみなきゃ始まらない。
当たって砕けろの精神で突き進んでみようと思います。


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第1話:雛鳥の巣立ち

はい、それでは第1話となります。
拙く粗い文章ですが、お許しを…。


 ポケットモンスター……縮めてポケモン。

 この世界では、ありとあらゆる場所でその不思議な生き物の姿を見る事ができる。

 これは、1人の少女が、ポケモンや人々と触れ合いながらそんな世界へ踏み出す物語である。

 

 

 

 

 

 カントー地方、グレンタウン。

 地方最南端に位置するこの街は、周囲を海に囲まれ、他の街とは航路か空路によってのみ繋がっている。

 一度は火山の噴火によってその大部分が喪われ、街として機能していない時期もあったが、人とポケモンの協力によって以前と変わらぬ姿へ復興していた。

 ……そんな街中を、1人の少女が息を切らせて港へ向かって走っている。

 

「……もぉ! なんで起こしてくれなかったのポポくん!」

 

 少女にポポくんと呼び掛けられた1羽の鳥……いや、ことりポケモンの『ポッポ』は、少女の帽子の上に座り込み、「俺は起こしたぞ」と言わんばかりに溜め息を吐いている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 実際、少女の額にはクチバシの痕が残っており、ポポは何度も起こそうとしたのだろう。

 

「起きれなきゃ意味無いよぉ……でも、なんとか……間に合いそうかな……?」

 

 まだ目的の連絡船が停泊している事に安堵した少女は、速度を落とし、息を整えながら歩き始める。

 ……と、そんな少女の前に……

 

「おめでとうツバキくん!」

 

「うひゃうっ!?」

 

 ソフト帽とサングラスを身に付けた老人がどこからともなく現れ、祝福の言葉を投げかけてきた。

 

「……び、びっくりした……お、脅かさないでくださいカツラさぁん……!」

 

「かっかっか、スマンスマン!」

 

 カツラと呼ばれた老人は、からからと笑いながら言葉を続ける。

 

「いよいよ君も10歳になってポケモントレーナーの仲間入りをすると思うと感無量でなぁ。……うむ、ポポくんも元気そうで結構結構」

 

 カツラはツバキの頭の上からポポを持ち上げると、翼や尾羽を捲って確認を始める。

 

「羽毛も生え揃って、傷痕も目立たなくなったな、うむうむ。今だから言うが、ツバキくんがポポくんを連れてきた時は駄目だろうと思ったよ」

 

 カツラは昔を思い出すかのように空を仰ぐ。

 

「ツバキくんが10歳だから……もう4年前か、酷い火傷と切り傷擦り傷……いつ命を落としてもおかしくない状態だったが、よくここまで回復したものだ」

 

「カツラさんと……お姉ちゃんが付きっきりで看病してくれたおかげです。ね、ポポくん?」

 

 頭の上に戻されたポポは、同意するかのように一声をあげる。

 

「なんのなんの。……ところでツバキくんはジム巡りをするんだったね?」

 

「はい、ポポくんと一緒にポケモンリーグを目指します!」

 

 ポケモンリーグ……腕に覚えがあるポケモントレーナー達が集まり、自慢のポケモン達をバトルさせる大規模な大会である。特にこのカントー地方で行われるリーグは、ポケモンリーグ運営本部のあるセキエイ高原で行われ、隣接するジョウト地方のトレーナーも参加するため、その規模は他地方の比ではない。

 

「うむ……道は険しいだろうが、諦めない心は忘れてはいかんよ!」

 

「はい!」

 

「おっと、忘れるところだった……ほれ、君に餞別だ」

 

 カツラはポンと柏手を打つと、懐から赤い板のような機械を取り出す。

 

「……? カツラさん、これは……?」

 

「それはポケモン図鑑と言ってな、出会ったポケモンのデータが、自動で書き込まれるハイテクな図鑑なのだよ」

 

「えっ…良いんですか? もらっても……?」

 

 恐る恐る訊ねるツバキに、カツラはカラカラと笑いながら頷く。

 

「そのために知り合いに頼んで送ってもらったのだ。ちなみにこれは最新のモデルでな……ポポくんをボールに戻してごらん?」

 

 ツバキはいぶかしみながらも、腰のベルトから小さなボール……モンスターボールを外し、スイッチを押す。

すると、指先で摘まめるサイズから掌いっぱいにまで肥大化した。

 そして、スイッチ部分からポポへ向けて回収用光線が放たれ、その身体を収納する。

 

「そして、この液晶部分にボールのスイッチを当てるんだ」

 

 言われた通りにボールを当てると、画面に様々な情報が写し出される。

 

〈ポッポ〉

〈ノーマル、ひこうタイプ〉

〈レベル:8〉

〈特性:するどいめ〉

 

「これ……もしかしてポポくんの……?」

 

「そう、個体情報を登録する事によって、手持ちポケモンの詳しいデータをいつでも閲覧できるのだ! ちなみにそのレベルというのは、ポケモンのおおまかな強さを数値化した物だ。最も、あくまで目安……ポケモンの強さは、トレーナーとの信頼関係など様々な要因で変動するからね」

 

「わぁ……ありがとうございます!」

 

「ちなみに技も確認できるぞ。えーと、ポポくんの覚えている技は…………! なんと……」

 

 情報を確認していたカツラは、技の欄を見て目を丸くする。

 

「まだ上手くいってないんですけど……えへへ……」

 

「ふぅむ……これは興味深いな…………と、いかんいかん、少し時間を取らせ過ぎたか」

 

 カツラの思考を遮ったのは、港から聞こえるアナウンスだ。

 

「クチバシティ行き連絡船、間もなく出港いたします。お乗りのお客様は……」

 

「あわわ、そうだった! あの、カツラさん! ありがとうございました!」

 

 ツバキは慌てて走り出し、油断していたポポが頭の上から転げ落ちるが、どうにか羽ばたいて持ち直し、ツバキの後に続く。

 

「頑張るんだぞぉ! 何事も諦めたらそこで試合終了だからなぁ!」

 

 ツバキが船に乗り込んだのを確認したカツラは、帽子を持って振っていた手を下ろして息を吐く。

 

「……ポケモンの道は一日にして成らず……頑張るんだぞツバキくん」

 

 新たな若人の旅立ちを見送ったカツラは、帽子を被り直すと、静かにその場を去っていった。

 

 ポケモントレーナーを志し、旅に出る者は少なくない。だが、その半分ほどは見事リーグへの切符を手に入れるが、もう半分は度重なる挫折に、リーグ出場前に故郷へ帰ってしまうという。

 果たしてこの新米トレーナー、ツバキはそのどちらとなるのであろうか……。

 

 

 

つづく




初っぱなから長い雑文を読んでいただき、ありがとうございました。
更新は不定期となりますので、気長にお待ちいただけると幸いです。
それではまた、ノシ


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第2話:向かい風

第2話スタートです!
頑張って失踪だけは避けねば…。


 風を切り、波を掻き分け、海上を流線形の船が行く。グレンタウンとクチバシティを結ぶこの連絡船は、小型ながら最新型エンジンと空気抵抗の少ない形状によって、最高速力はあの高速船アクア号にも引けを取らない。

 

「わあぁ……これが船……足が付いてるのに飛んでるみたい……なんだか不思議な気分だねポポくん」

 

 デッキに立ち、手すりから身を乗り出した少女と、止まり木のように手すりに止まったポッポが、物珍しそうに空や海を眺める。

 

「~♪……あ、あれポケモンかな……?」

 

 鼻歌混じりにキョロキョロと見回していたツバキが、ふと空を行く影に目を止める。

 

「そうだ! ……カツラさんからもらったポケモン図鑑をポケモンに向けて…………へぇ、キャモメって言うんだ……! グレンタウンにはあんまり来なかったなぁ……。こっちは……マンタインとテッポウオ……あ、あれは知ってる、メノクラゲ! タッツー、ホエルコ、ママンボウ、それにそれに……!」

 

 少女の門出を祝福するかのように、多種多様なポケモンが顔を出す。

 

 

【挿絵表示】

  

 

 ツバキは図鑑のセンサーを向けて空を見上げ、海を見下ろし、興奮気味にポケモンのデータを記録していくが、さすがに身を乗り出しすぎたのか、ポポにニーソックスを引っ張られて我に返る。

 

「あ……」

 

 見れば周囲の乗客達は、初々しい新米トレーナーを、微笑ましい表情で見守っている。途端にはしゃいでいたのが恥ずかしくなったツバキは、赤くなってコソコソとその場を離れて行く。

 生来ツバキは、気弱で人見知りをする性質でありながら、好奇心旺盛だった。そもそもの旅立ちの理由の1つにも、見識を広めてそんな性格を矯正しつつ、たくさんのポケモンに会いたいという部分があった。無論、理由はそれだけではないのだが。

 

「間もなくクチバ港に到着いたします、お降りのお客様は……」

 

「あ、もう着いたんだ……すごく速いんだなぁ……行こう、ポポくん」

 

 忘れ物などの確認を終えると、帽子の上にポポを乗せ、港への到着を待って下船する。

 

「ん……はぁ……船の上だと速すぎて気が付かなかったけど、グレンタウンとも少し違う潮の香りがする……」

 

 1人と1匹は、深呼吸をして潮の香りを楽しむと、桟橋を降りて上陸する。

 

 クチバシティ……カントーの玄関口とも呼ばれるこの街には、大きな港が存在し、様々な地方から観光客や武者修行のポケモントレーナーが訪れる。豪華客船サント・アンヌ号の母港としても有名で、遠くホウエン地方の船乗り達にも知れ渡っている。北へ少し行けば、カントーとジョウトを結ぶリニアモーターカーの駅を擁するヤマブキシティもあり、この2つの街がカントーの観光経済にもたらす影響は大きい。

 港を出て街へ入ったツバキの視界に、ある建物が飛び込んできた。

 

「あ……もしかしてあれ……ポケモンジム?」

 

 多くのトレーナーが、栄えあるポケモンリーグへの切符を手にするため、避けては通れない登竜門、ポケモンジム。ポケモンリーグ参加が旅の目標の1つであるツバキには、見て見ぬふりをする理由は無い。

 

「……ちょっと行ってみようかポポくん? ポケモンバトルもやってみたいし、ね?」

 

 ポポは肯定の頷きを返し、揃ってクチバジムへと入って行く。……自分達のバトルへの認識の甘さなど、当然知る由も無い。

 ジムに入ったツバキを、入り口近くにいた男性が発見し、声をかけてくる。

 

「ん……チャレンジャーか?」

 

「ぅ……は、はい……」

 

 威圧するような、値踏みするような視線に、しどろもどろになりながらも、どうにか返答する。

 

「良いだろう、こっちに来い、バトルフィールドへ案内する。俺はクチバジムの門番、ゲント……ジムリーダーに挑む資格があるか俺が試してやる」

 

 ゲントと名乗った男の高圧的な態度に、ツバキの気弱な部分が目覚め、びくびくしながら後に付いていく。

やがてフィールドに着いた2人は、両端に立って対峙する。

 

「お、お願いします……! ……ポ、ポポくん、行くよ!」

 

 ぎこちなく頭を下げたツバキは、意を決してフィールドにポポを送り出す……しかし、それを見たゲントの顔が歪む。

 

「……あ……? ポッポ……だと……? ……ちっ……」

 

 心底つまらなそうな表情で、ゲントはモンスターボールを投擲する。そして、ボールから姿を現したのは、ポポの数倍はあろうかという体躯に、雷のような鬣を持つ四足獣…ほうでんポケモンの『ライボルト』である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキもポポも、その威圧感たっぷりの姿に気圧されてしまう。

 

「え、えと……」

 

「ライボルト、“ほうでん”だ」

 

 初めてのバトルに怯えるツバキの事などお構い無しに、ゲントはライボルトに技を指示する。ライボルトの鬣が帯電したかと思うと、その電気は瞬く間に増幅しながら全身に広がり、一気に周囲へと放射される。

 

「っ! ポ、ポポくん逃げて!」

 

 ポポもハッと我に返り、咄嗟に飛び立つが、広範囲に広がる電撃が翼を打ち、あえなく墜落する。

 

 

「ポポくんっ……!」

 

「“かみなりのキバ”」

 

 ライボルトは、落ちてきたポポをくわえ込み、そのまま牙から電気を流して追撃する。やがて痙攣するだけとなったポポを、ライボルトは首を振って放り投げる。

 

「……ぁ……ポ……ポポ……くん……?」

 

 力無く足元へ転がったポポの姿に、ボロボロになって死にかけていた()()()の姿がフラッシュバックする。倒れたポポに弱々しく歩み寄り、震える手で抱き上げるツバキに、ゲントはさらなる追い討ちを掛ける。

 

「とっとと帰んな、ジムは子供の遊び場じゃねえんだ。弱い奴にはフィールドに立つ資格すら無いって事だよ」

 

「…………。」

 

 ツバキは答えず、ふらふらとした足取りでジムを去っていく。

 

「……お前また……今の子は初心者じゃないのか? いきなりライボルトなんて大人気が無さすぎるだろ……」

 

 ライボルトをボールに戻したゲントに、バトルを見ていた他の男性が声を掛けるが、ゲントは悪びれた様子などまるで見せさない。

 

「ポッポ1匹なんてナメた手持ちで来る方が悪い。あんな雑魚をジムリーダー直々に相手する意味なんて無いだろ」

 

「そうじゃなくてだな……! あ、おい!」

 

 なおも苦言を呈する男性に背を向け、ゲントはまたジムの入り口へと戻る。神聖なジムを汚す弱者を追い払うために。

 

 

 

 

つづく




初心者狩りダメゼッタイ。
第2話にして挫折を味わう、ハードモードなスタートを切ってしまいました……。


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第3話:前へ

主人公のテンションゼロから始まるポケモン生活。


 観光客で賑わうクチバシティの街中を、1人の少女がボロボロのポッポを抱え、おぼつかない足取りで進む。

クチバジムへ挑戦したツバキは、ポケモンバトルの過酷さと厳しさを、今、その身で味わったのだ。

 自分が何かを言う前に、大切なパートナーがボロ雑巾のようにズタズタにされてしまい、彼女は思考が混乱していた。そんなボーッとした状態で歩いていたためか、ドシンと何かにぶつかってしまった。

 

「Oh、ソーリーデス、ケガはありませんかプリティーガール?」

 

 尻餅を付いてしまったツバキが顔を上げると、サングラスをかけた金髪の男性が手を差し伸べている。素直にその手を取ったツバキを、男性は優しく引っ張り起こしてくれる。

 

「……ごめん……なさい……」

 

「気にしないでくだサーイ。……うん? そのポッポは……ポケモンセンターなら向こうの角を左へ曲がってすぐデース」

 

 男性の指し示す方向に顔を向けたツバキは、ぺこりと頭を下げてポケモンセンターへと進行方向を変える。

 

 ポケモンセンター……それは各地に点在する、ポケモントレーナー達のオアシス。バトルで疲れたポケモン達の体力回復の他、ちょっとした休憩や宿泊まで無料で行える、旅をするトレーナーに無くてはならない存在である。場所によっては広いプールや温泉も併設され、ポケモンにもトレーナーにも憩いの場となる。

 

 センターに入ったツバキは、受付のジョーイさんにポポを預け、手近なソファに座り込む。

 

「ヘイ、ガール、隣、良いデスか?」

 

 その声に顔を向けると、先ほどの男性が立っている。

 

「ぁ……はい……。……あの……さっきはその……ありがとう……ございました……」

 

 ツバキの答えを待ち、男性はツバキの隣に腰掛ける。

そして、しばらく黙った後、おもむろに口を開いた。

 

「……バトルに負けたのデスか?」

 

 ツバキの肩がピクリと動く。

 

「……はい……」

 

 そう一言答えた後、ツバキはぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。

 

「……初めてのポケモンバトルだったんです……。わたしがもっと……もっとバトルの勉強をしてれば……もっと落ち着いていられたら……もっとちゃんと指示してあげられていたら……!」

 

 言葉と共に、抑えていた悲しみと悔しさがこみ上げ、涙となってボロボロと溢れ始めた。

 

「……ぅぅ……わたしの……わたしのせいで……ポポくんが…………うっ……ひくっ……ポポくんが……あんな……事にぃ……!」

 

 黙って聞いていた男性は、ツバキの頭を帽子ごしにグシャグシャと撫でると、語り始める。

 

「ガール。ポケモンバトルに限らず、どんな事も、どんな人も、最初はルーキー……初心者デス。そして、挫折や失敗、敗北は誰しも味わう事……ルーキーならなおさらデース。それはジムリーダーも、四天王も、チャンピオンも、そしてガールの尊敬するような誰かも同じデス」

 

 ツバキを撫でていた手を離すと、立ち上がり、なおも言葉を続ける。

 

「大切なのは、その後デス。すなわち、後悔したまま座り込むか……立ち上がって歩みを進めるか……ガールはどちらデスか?」

 

「…………ぐすっ……わたしは……」

 

「……Youには、一緒に考えるパートナーがいるでしょう。アンサーは、そのパートナーとよく話した、その後でも遅くないはずデス」

 

「……パートナー……ポポくん……」

 

 涙の渇れたツバキが顔を上げた時、すでに男性は出口へ歩き始めていた。

 

「……あ、あのっ……」

 

「前に進みたいのなら、1人で抱え込まない事デス。トレーナーにはポケモンがいて、ポケモンにはトレーナーがいるのデスから。GoodLack」

 

 声をかける前に、男性は出ていってしまい、立ち尽くすツバキが残される。

 

「……トレーナーには……ポケモンが……ポケモンにはトレーナーが……」

 

 その時、奥の部屋からポポを抱いたジョーイさんが現れる。

 

「ツバキさん、お待たせしました! お預かりしたポッポはすっかり元気になりましたよ!」

 

「っ! ポポくん!」

 

 ジョーイさんの腕から離れたポポは、バサバサと羽ばたいてツバキの元へ飛んできて、その腕にすっぽり収まる。

 

「……ジョーイさん、ありがとう……ございました……! ……ポポくん、さっきは……ちゃんとしてあげられなくて……ごめんね……。……それで……その……」

 

 ツバキはしばし思案した後、ポポに言葉を投げかける。

 

「……ポポくん……わたし……やっぱり諦めたくない。

さっきはダメダメだったけど……それでもやっぱり、ポポくんと一緒にポケモンリーグに行きたい……一緒に強くなりたい。……ポポくんは……どう……?」

 

 ツバキの言葉を聞いていたポポは、さっきまで涙の流れていたツバキの頬を翼で撫でると、静かに頷きを返した。

 

「……あんなにダメダメだったわたしと一緒に……まだいてくれる……? ……許してくれるの……? ……ありがとう……ありがとうポポくん……!」

 

 力強く頷いたポポを、ツバキは感極まって力一杯抱き締め、ポポの「グエッ」という声がポケモンセンターに響いた。

 

 

 

 

 ――翌日、ツバキとポポは、クチバシティの北、6番道路にいた。

 

「ジョーイさんの話だと、ここは草むらも、池も、周りに雑木林もあって、色んな種類の野生ポケモンが集まってくるんだって。ここならきっと……見つかるよ、わたし達の仲間になってくれるポケモン……!」

 

 そう、ツバキの目的は、バトルの練習と…新しいポケモンのゲットである。

 

「トレーナーにはポケモン……ポケモンにはトレーナー……お互いをよく知って、助け合えばもっと強くなれるはず……! それなら、もっと色んな事ができるポケモンも友達になれば、もっともっともっと凄い事ができるよ、きっと……!」

 

 ……とはいえ、ツバキの気弱な性格自体が変わったわけではないため、言葉とは裏腹に物凄く腰が引けており、棒切れで草むらを突ついている。呆れたポポがツバキの腰に体当たりして草むらに押し込む。

 

「ふにゃあっ!? もう、ポポくんたら…………?」

 

 仕方なくガサガサと草を掻き分け進むツバキの目に、雑草に紛れて一際大きな葉が飛び込んでくる。その根元に視線を落とすと、そこには青黒く丸い物体がこちらを見上げていた。ざっそうポケモンの『ナゾノクサ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「わぁ……丸くてかわいい……♪ねぇ、ポポくん、この子にお願いしてみる?」

 

 と、ツバキの言葉を無視してポポはナゾノクサに“たいあたり”を仕掛けるが、ひょいとかわしたナゾノクサは、通りすぎるポポへ“ようかいえき”を吐きかける。旋回して回避したポポは、ツバキをチラッと見る。

 

「そ、そうだった、ポケモンを捕まえるなら、まずはポケモンバトル……だったね……! ポ、ポポくん、“かぜおこし”!」

 

 ホバリングしながらポポが勢いよく翼をはためかせると、強風がナゾノクサを襲い、踏みとどまろうとするもあえなく転がってしまう。

 

「こ、今度は“たいあたり”!」

 

 先ほどと異なり、今度は風で煽られたところへ“たいあたり”が直撃した。だが、ナゾノクサもまだ倒れない。体勢を立て直したナゾノクサは、今度は葉の間から“どくのこな”を噴出する。

 

「(ど、どうしよう……! ……そうだ!)ポポくん、“かぜおこし”で押し返して!」

 

 ツバキの目論見通り、ポポの起こした強風の前に“どくのこな”は反対方向へと飛散してしまう。

 

「い、行けそう……! “たいあたり”!」

 

 大きく旋回し、再度の“たいあたり”を試みるが、その速度は見る見る上昇し、先ほどまでとは比較にならないほどとなり、ナゾノクサは直撃を受け、とうとうダウンした。

 

「今のスピード……! もしかして……!」

 

 ポケモン図鑑を取り出し、登録したポポのデータを見ると、“たいあたり”が“でんこうせっか”へと変化している。

 

「やった……! 新しい技だねポポくん! って、その前に……えっと……あった! モ、モンスターボール!」

 

 ダウンしたナゾノクサに当たったモンスターボールは、その身体を収納し、ぐらぐらと揺れていたが、スイッチ部分の点灯が消え、捕獲完了を示した。

 

「……やった……やったよポポくん! 新しい技と新しい仲間が一緒にできちゃった! あ、それにポケモンバトルも初めてできたんだ……!」

 

 早速ボールからナゾノクサを出したツバキは、抱き上げて挨拶をする。

 

「よろしくね、ナゾノクサ……ナゾ……謎…………ミスティ……うん、ミスティって名前、どう?」

 

 付けられたニックネームに頷きを返すナゾノクサ改めミスティに、ツバキとポポは顔を見合わせて笑い合う。

 

「……でも……“でんこうせっか”……あれならひょっとして……」

 

 と、何事か考えていたツバキの側で、草むらが揺れ、新たにポケモンが姿を現した。

 

「っ! ……このポケモンは……!」

 

 ツバキとポポ。旅立ちの直後に挫折を味わった2人だったが、謎の人物からのアドバイスを受け、もう一度自分達なりの挑戦を続ける事を決意する。仲間を増やし、特訓を続け、目指すはクチバジム突破…!

 新米トレーナーの、ポケモンリーグへの道程は、始まったばかりである。

 

 

 

つづく




ナゾノクサを描いてみてわかった事は、想像以上に可愛く描くのが難しいという事です…公式絵すげぇ。
第3話ですが、4話として考えていた部分も纏めてしまったので、少し長くなってしまいました。すみません。


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第4話:再戦クチバジム!仲間と共に!

サブタイの雰囲気をちょっとアニメ寄りにしてみました。


 ――あの惨敗と挫折から3日後。

ツバキは再びクチバジムの前に立っていた。

 

「……すうぅ……はあぁ……うん、大丈夫……大丈夫……! できるだけの事はした……はず……」

 

 深呼吸をしたツバキは、肩に乗ったポポと、腰に着けた3()()のモンスターボールを指先で撫でる。

 

「……行こう、ポポくん。皆も、今日はお願い……!」

 

 ツバキの声に応えるように、ポポの物を除いた2つのボールが揺れる。それを受け、自分にあの恐怖と悔恨を刻み付けたジムへと足を踏み入れるツバキ。それを迎えたのは、あの男…クチバジムの門番を自称するゲントだ。

 

「ジ……ジム戦を……お願いします……!」

 

 ツバキの事などすでに記憶の片隅に追いやっていたゲントは、少しツバキの顔を見た後、思い出したような表情を見せる。

 

「誰かと思えば、こないだの素人じゃないか、まったく懲りないねぇ……」

 

 そして、ツバキの腰に着いたボールを見て、嘲るような表情へと変える。

 

「……ふんっ、頭数だけ揃えても意味なんざねぇぞ。そういうのを烏合の衆ってんだ、覚えとけ」

 

 凄まれ、脚は震えるが、決して後ろには退かない。

 

「っ……バ、バトル……してくれますか、してくれませんか……!」

 

「……ちっ……。めんどくせぇが、お前なんざジムリーダーに相手させるわけにはいかねぇ……来なっ!」

 

 こうして再びあの屈辱のバトルフィールドに立ったツバキは、肩のポポに目配せし、羽ばたいたポポがフィールドに降り立つ。

 

「またそのポッポか……行け、ライボルト」

 

 両者がポケモンを出したところで、先日ゲントを咎めていたジムトレーナーがやってくる。

 

「(あいつがやり過ぎないように、寸前でストップをかけなきゃな…またこないだみたいな事になったら、あの子立ち直れないかもしれないし……)このバトル、俺が審判をしよう。お互い、相手の手持ちを全て倒した方の勝ち。バトル中、戦闘不能以外でのポケモンの交代は、チャレンジャーのみ認めるものとする」

 

「交代も何も、俺はライボルトだけでやってやらぁ」

 

「……はぁ……。……それでは、バトル……始め!」

 

「ライボルト、“ほうで……」

 

「ポポくん、“すなかけ”!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ゲントより早くツバキの指示が飛び、ポポが足下に向かって勢いよく羽ばたいた。それによって巻き上げられたフィールドの砂が、ライボルトどころか、後ろのゲントにまで襲いかかる。

 

「ぶえっ!? こ、これが“すなかけ”だと……!? まるで“すなあらし”じゃねぇか……!」

 

「ポ、ポッポは……クチバシが小さくて攻撃は苦手ですけど……その分、天敵を追い払うために羽ばたく力が強いんです……! ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

 砂に目をやられ、身動きの取れないライボルトに、舞い上がる砂の中からポポが飛び出して連続で“でんこうせっか”を叩き込む。

 

「くそっ、なんで向こうはこの砂の中で攻撃できる!? 視界の悪さは同じはずだ!」

 

 砂の舞うバトルフィールドから少し離れた控え室入り口……そこにもたれかかった男性が、このバトルを眺めていた。

 

「……特性、《するどいめ》……いかなる状況においても、決して獲物を見失わない、狩人の眼(ハンター・アイ)……。しかもポッポは、方向感覚に優れ、相手の位置さえ最初に把握していれば、視界の悪い中でも攻撃を当てるくらい造作ない事デス。羽ばたきの強さを利用した強烈な“すなかけ”といい、ポケモンの特徴をよく捉え、活用していマスね、ガール」

 

 一方的な攻撃に業を煮やしたゲントは、ライボルトへ広範囲攻撃の指示を出す。

 

「くそぉ……だったら、動かずにフィールド中を攻撃するだけだ! “ほうでん”!」

 

 ライボルトの鬣が電気を帯び、周囲に放射される。しかし、その電気は至近距離ですぐさま拡散してしまう。

 

「このジムのフィールドに使われている人工砂は、粒子が細かい上に、ジム側がフィールド伝いに一方的な攻撃ができないよう、絶縁物質が含まれていマス。普通にバトルしている程度ならともかく、あれだけ盛大に巻き上げられていれば、さながら電気に対するフィルターデスね。その事を知らずとも、ポッポの特徴を活かしての目眩まし……その発想に至っただけでも大した成長デス」

 

 思うように攻撃が届かない理由など、まったくわからないゲントに苛立ちが募っていく。

 

「くそっ……! ……ん……奴の攻撃が止んだ……?よ、よし……! ライボルト、今のうちにジャンプして砂を抜けろ!」

 

 ポポの攻撃が止まったのを好機と見たゲントは、ここぞとばかりに指示を飛ばす。ライボルトはその場で身体を縮め、バネのように飛び上がって砂埃の中から抜け出る。

 

「今だ、“ほうでん”!」

 

 そして、砂のフィルターの無い上空からフィールドに電撃をばらまく。

 

「どうだ!? …………な、何だとっ!?」

 

 砂埃が薄くなり、見通しが良くなると、そこにポポの姿は無く、代わりに身体の半分をフィールドに埋めたナゾノクサ……ミスティが、葉をわずかに帯電させていた。

 

「ほう、ナゾノクサ……。くさタイプのナゾノクサにでんき技は効きにくい上、埋めた脚をアース代わりにしていマスね。元々ナゾノクサは、日中は身体を地面に埋めて根を伸ばす生態……穴を掘って埋まるのは得意というわけデスか」

 

 ことごとく攻撃をいなされ、ゲントの我慢は限界を迎えていた。

 

「それなら……引っこ抜くだけだ! ライボルト、“かみなりのキバ”! 引きずり出しちまえ!」

 

 指示を受けたライボルトは、牙を帯電させてミスティに襲いかかる。

 

「……決まりデスね」

 

 男性が口の端を吊り上げると同時に、ツバキの声がフィールドに響く。

 

「ミスティ、“どくのこな”!」

 

 ボンッという音と共に、葉の間から勢いよく“どくのこな”が噴き出す。ミスティの目前まで迫っていたライボルトは、鼻先に“どくのこな”の直撃を受け、たまらず悶え、転げ回る。その隙にフィールドから身体を抜いたミスティに、ツバキはさらに指示を飛ばす。

 

「ミスティ、“すいとる”!」

 

 ライボルトに葉を絡ませたミスティが、“すいとる”によってその体力を奪い、とうとうライボルトはその場にダウンした。審判の男性は、倒れたライボルトをまじまじと眺めた後、はっと我に返って、高らかに宣言する。 

 

「ラ…………ライボルト戦闘不能! ナゾノクサの勝ち!」

 

 その宣言を受け、そして理解するまでに一拍置いたツバキだったが、次第に喜びの表情へ変わり…。

 

「…………や…………。……やったあぁぁぁーーーーっ!!!」

 

 たまらずフィールドにいるミスティに駆け寄って抱き上げる。

 

「やった……! やったんだよミスティ! ポポくんも! 勝ったんだよわたし達! ありがとう! 頑張ってくれてありがとう……!」

 

 しかし、1人と2匹が抱き合って勝利を喜び合うところへ、ゲントが拳を震わせて言葉を放つ。

 

「……何勘違いしてんだ……まだ俺には……ポケモンが残ってるぞ!」

 

 腰から新たなモンスターボールを手に取ったゲントを、フィールドに響いた声が止める。

 

「ストップ!」

 

「……!?」

 

 その声に目を丸くしたゲントがその動きを止め、ツバキもその声の主に驚愕の表情を隠せない。

 

「え……? あ、あなた……は……?」

 

「マ……」

 

「ゲント、このバトル、Youの負けデース」

 

「……マチスさん!?」

 

 

 

つづく




とりあえずのリベンジ成功です。
ちなみに最後にゲントが出そうとしたのは、レベル48のゼブライカ。


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第5話:VSジムリーダー、未知なる強者!

アニポケ感の増すサブタイ。
そんな中で第5話です。


 ライボルトを倒されたゲントが、新たなポケモンを繰り出そうとした瞬間、フィールドに響いた声がそれを制止する。

 

「マ……マチスさん……!? 俺の負けって……まだ負けてませんよ俺は!」

 

 自分にはまだポケモンが残っているとモンスターボールを突き出すゲントに、マチスと呼ばれた男性は冷静に言葉を続ける。

 

「確かに、Youにはポケモンが残っていマス。しかし、そのポケモンを使って勝ったとしても、それはポケモンのパワーでゴリ押しただけデス。……が、パワーだけが全てでない事は、そこのガールがたった今証明したはずデース」

 

 そう言ってツバキを指し示しながらも、諭すような言葉は終わらない。

 

「ポケモン達の特徴を捉え、活かし、力を合わせて、見事に格上のはずのライボルトを倒した……。そこにはトレーナーとしての確かなタクティクス…戦術がありマシた。Youは、バトル中、そこまで考えていマスか?」

 

「うっ……」

 

「それに……忘れたのデスか? Youはバトル前、頭数を揃えても烏合の衆、自分はライボルトだけで戦うと宣言したはずデス。トレーナーに二言無しデース」

 

 次々に言葉を並べ立てるマチスに、ゲントは次第に反論のための言葉を失っていく。

 

「し……しかし……こんな初心者に負けたとあっては、クチバジムの名が……!」

 

「ゲント、Youは勘違いしていマス。ポケモンジムの役目は、チャレンジャーを倒す事ではありマセン」

 

「!? ……で、では……では役目とは何なのですか!?」

 

「試練デス。ジムは、トレーナーの前に立ちはだかる壁にして試練なのデス」

 

「……試練……?」

 

 問いかけるようなツバキに、マチスは穏やかな表情で返す。

 

「Yes。トレーナーとポケモンの実力を計り、戦い、その成長を促す……そしてポケモンバトルという文化そのものの活性化を促進する……それがジムの役目デス。

事実、ゲントに敗れたガールは、その悔しさをバネに、ポケモン達と共に立ち上がり、大きく成長してここに立っているではありマセンか。それは、敗北あってこその結果ではありマセンか?」

 

「……で、でも、それは……マチスさんが励ましてくれたからで……」

 

「他人がアンサーを2つ用意しても、そこから選び取るのは本人デス。……ゲント、パワーだけで叩き潰しては、その選ぼうとする意思すら潰してしまうのデス」

 

「…………」

 

 ゲントは顔を俯けたまま、背を向け歩き出し、控え室に消える。

 

「……ガール、感謝しマス。ガールのような、強い意志と才能を持ったルーキーを待っていたのデス。場数を踏んだベテランに負けたり、切っ掛けの無い状態でMeが諭しても、効果はありマセンからね。しかし、これでゲントも成長してくれるはずデス」

 

「い、いえ……」

 

 赤くなるツバキに、微笑ましいという表情を浮かべるマチスだが、すぐにその顔を引き締める。

 

「ガール、Youの実力は見せてもらいマシた。Youは、ジムリーダーに挑むに値しマス。よって、クチバジムリーダー・マチス……Youのチャレンジを受けマショウ」

 

「っ……! ……はいっ……! お願いします!」

 

 精一杯の決意を込めて頷くツバキに、マチスは1つのスプレーを手渡す。

 

「すごいキズぐすりデス。バトル前に、ポケモン達の疲れを取ってあげてくだサイ」

 

「……あ、ありがとうございます! ……ポポくん、翼を広げて。ミスティも、葉を見せてね」

 

 それぞれに疲れたり、ダメージを受けた箇所に、シュッ、シュッとキズぐすりをかける。その間に、マチスは壁に備え付けられたコンソールを操作し、それによって壁から現れた台座からモンスターボールを1つ手に取る。それが終わると、いよいよツバキとマチスは向かい合う。

 

「Meのポケモンは1体……ガールは、手持ち全てを使ってこれを倒して見せなサイ! ……無論、ゲントとのバトルで温存していた1体もデス!」

 

「はいっ!」

 

 しかし、その会話を聞いていた審判の男性が、ふと疑問を感じる。

 

「(1体……? トレーナーレベル1のポケモンは、ラクライとピカチュウの2体のはず…………まさか……!?)」

 

「来なサイ、ガール……いや、ツバキ! ジムリーダー・マチス、全力で受け止めマース!!」

 

――――ジムリーダーのマチスが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「Go! マイフェイバリット、ライチュウ!」

 

 マチスの投げたボールから、長い尾を揺らして、大柄なネズミが姿を現す。ねずみポケモンの『ライチュウ』だ。

 

「(ライチュウ単騎……! やはりあれはトレーナーレベル3…バッジ2つ所持を想定したポケモンだ……! マチスさんがゲントのような考えのはずもない…だとしたら……何かを感じたのか……あの女の子に……それに相当する、何かを……!)」

 

 ツバキは、ライチュウの威容にゴクリと生唾を飲み込むと、意を決してモンスターボールを投擲する。

 

「……お願い……! ファンファン!」

 

 ボールから飛び出したのは、水色をした小柄な象のようなポケモン……ながはなポケモンの『ゴマゾウ』である。

 

「ほう、隠し玉はゴマゾウデスか……。良いのデスか? ゴマゾウはでんき技を無効にできるじめんタイプ……このジムでは切り札になりうるポケモンデス。初手で出してやられては、後が苦しいのではないデスか?」

 

「…………」

 

 黙って微笑を浮かべるツバキに、交代の意思無しと考えたマチスは、それ以上は語らなかった。

 睨み合うライチュウとゴマゾウ…ファンファンの間に、一触即発の空気が流れる中、ついにその言葉が発せられる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……では、ジムリーダー・マチスと、チャレンジャー・ツバキのジム戦……相手のポケモンを全て倒した側の勝利とする! ……バトル……スタート!!!」

 

 

 

つづく




はい、というわけで、頑なに隠していた3体目はゴマゾウでした。
クチバに到着してからジムリーダー戦に突入するまで、ちょっと時間かかりすぎましたかね……もう少しサクサク進めた方が良いのかな……。


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第6話:電気の壁を打ち破れ!翻る勇気の翼!

どんどんサブタイの暑っ苦しさが増して参りました。
第6話は、初のジムリーダー戦という事もあって加減が効かず、今までの量で言えば3話分ちょいに相当する、長めの文量となっております。


 クチバジム……ジムリーダーであるマチスを筆頭に、でんきタイプの使い手達が集い、チャレンジャーを待ち受ける。港町なだけあり、他地方からやって来るトレーナーの、カントー最初の挑戦となる事も多いポケモンジムである。

 今、そのジム内のバトルフィールドで、マチスと1人のチャレンジャーによるバトル……その火蓋が切って落とされた。

 

「ライチュウ、“アイアンテール”デース!」

 

 マチスの指示に、ライチュウは獲物に向かって駆け出し、長い稲妻型の尻尾の先端を硬質化。その形通り、雷のように頭上から降り下ろす。

 

「ファンファン、“まるくなる”!」

 

 チャレンジャーたるツバキも、負けじと指示を飛ばし、フィールドに出ているゴマゾウ……ファンファンがそれに応じる。身体を丸め、防御態勢に入ったファンファンにライチュウの尻尾がヒットするが、ダメージは小さい。

 

「なかなかの頑丈さデス。ならばこれはどうデスか? “シグナルビーム”デス!」

 

 ライチュウの両手の間に光が集まり、3原色の螺旋となって発射される。防御態勢を取っていたファンファンだったが、“シグナルビーム”の直撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「っ! ファンファン……!」

 

 その光景を見ていた審判の男性は、冷静にバトルの分析を始める。

 

「(“まるくなる”は物理的な攻撃には強くなるが、“シグナルビーム”のような特殊攻撃は防げない……さすが容赦が無いな……)」

 

 しかし、ツバキの側も決して退こうとはしない。

 

「ファンファン! そのまま“ころがる”!」

 

 宙を舞っていたファンファンは、大きな耳をバタつかせて姿勢を制御し、再度身体を丸めると、高速で回転しながらライチュウへ向けて急速落下を始める。

 落下速度の加わった“ころがる”は、本来の地上で出すそれよりもスピードが増し、ライチュウは反応が遅れてしまう。クリーンヒット寸前で、両手を使って受け止めるも、回転しながら高所から落下してきた30kg越えの物体を抑えきれるはずもない。ましてライチュウの手は、先端が丸くなっており、物を掴むには不向きである。

 案の定、拘束を外れたファンファンの身体がライチュウにヒットした。

 

「(あの状況から即座に“ころがる”に繋げ、威力の水増しを図る……やりマスね、ガール)」

 

「も、もう一度“ころがる”!」

 

 ライチュウを轢き倒したファンファンは、そのままの勢いでUターンして戻ってくる。

 

「デスが、同じ手は通用しマセンよ、ガール! ライチュウ、引き付けて避けなサイ!」

 

 落下していた時よりもスピードが落ち、さらに直線的な動きしかできない“ころがる”の2発目は、ヒラリとかわされてしまう。

 

「“シグナルビーム”デース!」

 

 そして、ライチュウを通り過ぎ、無防備に転がっていくファンファンへ放たれた“シグナルビーム”が直撃する。爆発と共に吹き飛ばされたファンファンは、ここまでのダメージも重なり、あえなく戦闘不能となってしまう。

 

「ファンファン……!」

 

 自身の眼下に倒れたファンファンに、ツバキは一瞬青ざめた表情を見せて目を伏せるが、その場にしゃがみ込み、その身体を撫でながらモンスターボールを取り出す。

 

「……ファンファン、頑張ってくれてありがとう。ボールの中で休んでいて……」

 

 回収用光線と共に収納されたファンファンのボールを見つめた後、足元に目を落とす。

 

「……ミスティ、お願い……!」

 

 ゲントとのバトルの後、ポポと共に控えていたミスティが頷き、フィールドに立って、体躯に大きな差のあるライチュウを精一杯睨み付ける。

 

「(相性の良いポケモンから順に出して、早期から消耗を狙っていく作戦、デスか……)」

 

「い、行きます! ミスティ、“どくのこな”!」

 

 葉の間から勢いよく噴き出した“どくのこな”がライチュウに襲いかかる。しかし、マチスは慌てる様子も無く冷静に対処する。

 

「長い尻尾にはこんな使い方もありマース! ライチュウ、尻尾で吹き飛ばしてしまいなサーイ!」

 

 ミスティに背を向けたライチュウは、尻尾を風車のように高速で回転させ、迫っていた“どくのこな”を霧散させてしまう。

 

「っ……! (そうだ……私もポポくんの“かぜおこし”で防いだんだ……! マチスさんがそんな事思い付かないはずないよね……。……でも……!)」

 

「ライチュウ! Youの本領発揮デス! “10まんボルト”!!」

 

 ライチュウの頬に備えられた電気袋が帯電を始め、徐々にバチバチという音が周囲に響き始めた。

 

「っ! ミスティ、埋まって!」

 

 ミスティは、その場でジャンプをすると、身体を回転させながら爪先でフィールドを抉って半身を埋める。同時にライチュウから強力な電撃が放たれ、ミスティを襲う。そのダメージはライボルトの“ほうでん”を受けた時の比ではなく、目に見えて体力の消耗が大きい。

 

「タイプ相性で半減し、身体をアース化してもあれほどのダメージ……。やはりマチスさんのポケモンの“10まんボルト”はひと味違う……!」

 

「お願い……! 耐えてミスティ……!」

 

 ツバキの祈りが届いたか否かは定かではないが、どうにか持ちこたえたミスティは、地面から這い出る。

 

「ありがとう……! ミスティ! “どくのこな”!」

 

 再度ミスティの葉から多量の“どくのこな”が噴出される。

 

「ガール! 同じ手は通用しないと……!」

 

「そのまま粉の中を走って!」

 

「What's!?」

 

 ミスティは、ツバキの指示に従い、自らの噴き出した“どくのこな”の中を、ライチュウに向けて走り始める。

 

「そ、そうか……! ナゾノクサはくさタイプだけでなく…どくタイプでもある……。どくタイプは毒状態にならないから、あんな芸当も……!」

 

「(さっきのように粉を吹き飛ばそうとすれば、無防備な背中を晒す事になりマス……! かといってこのままだと……)」

 

 “どくのこな”とミスティが迫る中、マチスは意を決して指示を飛ばす。

 

「っ! ライチュウ! “シグナルビーム”!」

 

「ミスティ、“ようかいえき”!」

 

 両者は同時に技を指示し、実際に技が出されたのも同時。放たれた“シグナルビーム”と“ようかいえき”が交差し、お互いに直撃した。

 ミスティはこのダメージによって戦闘不能となったが、ライチュウも“ようかいえき”のダメージに怯んだ隙に、一拍遅れて飛んできた“どくのこな”を吸って毒状態となってしまう。

 

「……ミスティ……もしかしたら、もっと上手い戦い方があったのかもしれない……ごめん……。……それと……ありがとう、あとはわたしとポポくんを信じて休んでいて。」

 

 ツバキは、動けなくなったミスティを抱き上げ、声を掛けながらボールに戻す。

 

「……ポポくん、お願い。ファンファンとミスティが頑張って繋いでくれたんだもん……勝とう……! マチスさんに……!」

 

 ツバキに対して頷いた後、いよいよ最後の1体、ポポがフィールドに降り立つ。

 

「ガール、名残惜しいデスが、これがラストバトル……悔いの無いバトルにしマショウ! ライチュウ! “10まんボルト”!」

 

「ポポくん! 飛んでかわして!」

 

 帯電したライチュウの電気袋から電撃が放たれるが、ポポは空中を縦横無尽に飛翔してかわしていく。

 

「この動き…………っ! なるほど……これが狙いデシたかガール……! ポッポに“10まんボルト”という技のクセを見せるために、相性の良いナゾノクサで様子見を……!」

 

「い、今のわたしやポケモン達じゃ……ポケモンの知識も、技の知識も足りません……なら、一度実際に見るしかありませんから……!」

 

 そう、このジム戦、ポポは最初からここまで、ずっとツバキの側で見て、学習していたのだ。

 ファンファンとのバトルで、ライチュウのでんきタイプ以外の技のレパートリーを。

 ミスティとのバトルで、“10まんボルト”の攻撃のクセを。

 そして、ライボルトの“ほうでん”に比べれば、攻撃の溜めが長く、攻撃範囲が狭いという事を。

 

「(“アイアンテール”は、飛んでいれば大丈夫…恐いのは、撃つのが早い“シグナルビーム”だけど、タイプの相性は良いはず……! ……でも、ポポくんの“すなかけ”も、あの尻尾で押し返されてしまうから使えない……なら……!)ポポくん、“かぜおこし”!」

 

 “10まんボルト”を回避したポポは、翼をはためかせて強風を巻き起こす。正面から吹きつける凄まじい風に、ライチュウは思わず目を閉じて視界が遮られる。

 

「今だよ! “でんこうせっか”!」

 

 風が止み、ライチュウが目を開く前に……そう判断したツバキは、スピードに優れる“でんこうせっか”を指示し、ポポはライチュウに向けて猛スピードで突っ込む。

 

「悪くない狙いデスが、甘いデスよガール! ライチュウ、真正面に“かみなりパンチ”デース!」

 

「え……!?」

 

 目を閉じたままのライチュウの右手が電気を帯び、正面に向けて強烈な右ストレートが突き出される。すでに直撃コースに入っていたポポは、回避しきれずに“かみなりパンチ”を受けてしまう。

 

「ポポくんっ!」

 

 ツバキの足元にまで殴り飛ばされたポポは、かなりのダメージを受けながらも、翼を支えに起き上がる。

 対するライチュウも、ファンファン、ミスティとの連戦に加え、毒によるダメージも蓄積し、両者共に満身創痍である。

 

「……ポポくん……こうなったら……決めるよ……!」

 

 顔を見合わせたツバキとポポは、互いに頷き合い、最後の大勝負の決心をする。

 

「“でんこうせっか”!」

 

 再び猛スピードでの突進が行われ、ライチュウに迫る。

 

「来マスか……! “かみなりパンチ”で迎え撃ちなサーイ!」

 

 そして、ライチュウ側も走り出し、拳に電気を集め、一気に突き出す。……しかし、ポポの身体は、“かみなりパンチ”を掠め、ライチュウの脇をすり抜ける。

 

「……なっ!?」

 

「もっと……! もっと“でんこうせっか”!」

 

 フィールド中を飛び回るポポは、どんどん加速しながら、天井ギリギリまで上昇していく。

 

「……お願いっ……!」

 

「くっ……! ライチュウ! “10まんボルト”デス! 撃ち落としなサーイ!」

 

「っ! ……ポポくんっ!」

 

 時間の止まったような感覚の中、ライチュウが電撃を放つ音と、ツバキのこれまでに無い大声が同時に響いた。

 

「っ! “ブレイブバァァァァーーーーード”!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 急激に角度を変え、“でんこうせっか”の加速に落下速度を加えて降下を始めたポポの周囲で空気が渦を巻き、それは瞬く間に巨大な鳥型のオーラを形成した。オーラに触れた“10まんボルト”を切り裂きながら、速度を上げてライチュウに迫り……そして爆音と砂埃がフィールドを覆った。

 

「ポポくん……!」

 

「ライチュウ!」

 

 視界の利かない砂埃の中、1つの影がゆらりと立ち上がった。それは、甲高い鳴き声と共に、大きく翼を広げて己の健在をアピールした。

 砂埃が晴れた時、そこには倒れたライチュウと、脚を震えさせながらも、己を奮い起たせるかのように鳴き声を上げるポポがいた。

 

「ラ…………ライチュウ……戦闘不能! ポッポの勝ち! よって、このジム戦、チャレンジャー・ツバキの勝利とする!」

 

「……! …………や……」

 

 気が付けばツバキは駆け出し、今にも倒れそうなポポを抱き締めていた。

 

「やったぁぁーーーーっ!!! ポポくん……ポポくん……! 勝った……! マチスさんに勝ったんだよぉ……!」

 

 ツバキの歓喜の感情を察したのか、腰に着けた2つのボールがカタカタと揺れ、ボロボロにも拘わらずファンファンとミスティが飛び出してツバキに飛び付き、バランスの崩れたツバキは尻餅をついてしまう。

 

「わっ……! ファンファン……ミスティ……! うん……勝てたよわたし達……! 2人のおかげで勝てた……! ありがとう……ありがとう……!」

 

「……ライチュウ、ナイスファイト。ゆっくり休んでくだサイ」

 

 ライチュウをボールに戻したマチスは、ミスティが飛び付いた拍子に落ちたツバキの帽子を拾い上げ、砂を払いながらツバキに歩み寄る。

 

「Excellentデス、ツバキ。土壇場まで温存していた“ブレイブバード”……あれが真の隠し玉デスか」

 

「えへへ……でも、実は賭けでした。ポポくん、わたしと会う前から覚えていたみたいなんですけど……いつも当たる前にスピードが落ちて、成功した事が無かったんです。“でんこうせっか”を覚えた時、このスピードを利用すれば……って思ったんですけど、練習の時は五分五分でしたから……」

 

「なるほど、本番では成功するかわからなかった……と。しかし、結果は見事に成功デス。恐らくは、ポッポがYouの本気の闘志に応えたのではないデショウか」

 

「……わたしの……本気……」

 

「フッ……ともあれツバキ、Youは見事勝利してみせマシた。よって、YouとYouのポケモン達のガッツを称え、ポケモンリーグ公認、クチバジム突破の証……このオレンジバッジをここに進呈しマス!」

 

 マチスは、審判の男性が持って来たケースからバッジを手に取り、ツバキに手渡す。

 

「わぁ……! あ、ありがとうございます、マチスさん! ほら、ポポくん、ミスティ、ファンファン!バッジ……オレンジバッジだって……! 綺麗だね……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そして、これは、Meからの餞別デース。“10まんボルト”の技マシンと、技マシンレコーダーデス」

 

 マチスが取り出したのは、黄色いディスクのような物と、箱状の機械だ。

 

「技マシンの中には、ポケモンが覚えられる技の情報がインプットされていマース。使い方は簡単、技マシンディスクをレコーダーにセットし、その技を覚えさせたいポケモンの頭に、レコーダーから伸ばしたアダプタを着けるだけデス。まだYouの手持ちに覚えられるポケモンはいマセンが、いずれ役に立つ時が来マース」

 

「ありがとうございます!」

 

 技マシンとレコーダーを受け取り、次いで落とした帽子を渡されたツバキは、ソワソワとして目を泳がせ始める。

 

「……あ、あの……マチスさん……お願いがあるんですけど……良いですか……?」

 

「……? Meにできる事なら、言ってみてくだサイ」

 

「…………あ…………頭を……」

 

「頭……?」

 

 首を傾げるマチスを、顔を赤くしたツバキが見上げ、辿々しく言葉を紡いでいく。

 

「……頭を……撫でてもらって良いですか……?」

 

 まさかの子供のようなお願いに、一瞬呆気に取られたマチスだったが、そういえばまだ子供だったと思い出す。

 

「(考えてみれば、まだ10歳かそこら……大人に褒めてもらいたい年頃デスね……)OK、御安い御用デス」

 

 そして、ポケモンセンターの時とは違い、今度は帽子ごしでなく、直接頭をワシャワシャと撫で始める。

 

「ガール、Youも、Youのポケモン達も、本当によく戦い、実に立派デシた。今のまま成長すれば、ポケモンリーグでも十分に通用するはずデス、頑張ってくだサイ」

 

「……ふにゃ……はい……」

 

 マチスの大きな手に撫でられ、幼い頃によく両親や、尊敬する人物にこうしてもらった事を思い出し、ツバキは目を細めて微笑んだ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

つづく

 

 

 

【ツバキの現在の手持ちポケモン】

 

■ポポ(ポッポ(♂))

レベル16

特性:するどいめ

覚えている技

・すなかけ

・かぜおこし

・でんこうせっか

・ブレイブバード

 

■ミスティ(ナゾノクサ(♀))

レベル14

特性:ようりょくそ

覚えている技

・すいとる

・ようかいえき

・どくのこな

・しびれごな

 

■ファンファン(ゴマゾウ(♂))

レベル15

特性:ものひろい

覚えている技

・かぎわける

・まるくなる

・ころがる

・じゃれつく

 

【マチスの使用ポケモン】

■ライチュウ(♂)

レベル27

特性:せいでんき

覚えている技

・10まんボルト

・かみなりパンチ

・アイアンテール

・シグナルビーム

 




というわけで、これまでで最長となってしまった第6話でした。
次回からは元の文量に戻る予定ですので、ご安心ください。
長い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました!


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第7話:それぞれの歩み

序盤の山場が終わったので、ちょっとのんびりした回な第7話スタートです。


 クチバジムリーダー・マチスとの激戦を制し、初のジムバッジであるオレンジバッジを手にしたツバキ。

 ジム戦の2日後、ポケモン達の疲れを癒し、英気を養った彼女は、クチバシティで準備を整えた後、その東に位置する11番道路に立っていた。

 

「お世話になりました、マチスさん」

 

 ペコリと頭を下げるツバキに、見送りに来たマチスはヒラヒラと手を振る。

 

「久々に震えるバトルで楽しませてもらいマシタ。何かあったら、さっき教えた番号に連絡してくだサイ。Meにできる事なら力になりマース」

 

「……はい……! ……それじゃあ……またいつか」

 

 笑顔と共に会釈したツバキは、マチスとジムトレーナーの男性に背を向け、11番道路を進み始めた。

 

「……いい子でしたね」

 

「まったくデス。出会って間もないナゾノクサやゴマゾウとも、しっかり心を通わせていマシタ。ああいうトレーナーがもっと育てば、人間とポケモンは、より近しい存在になれるかもしれマセン」

 

 ツバキの背中が見えなくなると、マチスは空を仰いで目を細める。

 

「……レッド、グリーン、リーフ、ゴールド、クリス、イソラ、そしてツバキ……Meの記憶に強く焼き付いたトレーナーは多いデスが、皆それぞれに違う個性がありマス。フフン、これだからポケモンバトルは面白い……将来が楽しみデスね」

 

「へぇ、彼らと同列に語るほどですか? マチスさん、随分とあの子を買って…………ハッ!」

 

 男性は言葉の途中で口を抑え、目を見開く。

 

「うん? どうしマシタ?」

 

「……マチスさん、さすがに10歳の子はマズいですよ……」

 

「……Youは何を言っているのデス……」

 

 一転、呆れた表情となったマチスは、クチバジムへ向けて歩き始めた。

 

「さて……果たして今日は、楽しめるチャレンジャーは現れマスかね……」

 

 マチスは、いまだ脳裏に焼き付く先日のツバキとの激闘を思い出しながら、まだ見ぬ未来のチャレンジャーへと思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

――――それから少し後、グレンタウン・ツバキの家

 

 ツバキの自宅のリビングで、ツバキの両親と、鳥の翼のような髪型の女性が談笑している。

 

「聞いたよ、アローラリーグ優勝だって? おめでとう!」

 

「ありがとうございます。……ですが、アローラリーグはまだ発足されたばかりで、参加者も少なく、その参加者も島巡りや試練との勝手の違いに慣れていませんでしたので。恐らく2年後には参加者は倍以上に増え、全体的なレベルも向上し、今回のようには行かないでしょう」

 

 女性は、ツバキの父からの称賛を受けつつも、同時に謙遜する。

 

「でも、四天王にも勝ったんでしょう? 凄い事だと思うけどねぇ……」

 

 ツバキの母からもその活躍を称えられ、女性は笑顔を見せる。

 

「ええ、それは自分でも誇れる事だと思っています。島キングと島クイーン……守り神たるカプに認められた者達に、発足者であるククイ博士直々に招集した、アローラ地方最高峰のトレーナー達です。実際、かなりギリギリのバトルで、正直に言って、もう一度戦って同じ結果を出せと言われても、極めて困難だと感じました」

 

 アローラリーグ……カントー地方から遥か離れたアローラ地方で、ごく最近発足されたポケモンリーグであり、開催はまだ2回目である。

 

「……ところで、今日はツバキを見ませんが……カツラさんの所にでも?」

 

 女性の素朴な疑問に、ツバキの父はうっかりしていたという表情と仕草を見せた。

 

「あ、そうか……言ってなかったね。ツバキは、ポポと一緒に旅に出たよ」

 

 その話題に若い頃を思い出してか、ツバキの母も追従する。

 

「そう、ポケモンリーグを目指してのジム巡り! 昔を思い出すわぁ~♪」

 

「……そうですか、ツバキが……そういえばもう10歳でしたか」

 

 女性は目を閉じ、幼い日の可愛い妹分の姿を思い浮かべる。

 

「4日前に連絡が来てね、新しく捕まえたポケモン達と一緒に、クチバジムのバッジを手に入れたそうだよ」

 

「ほう、すでにマチスさんを……大したものです」

 

「ええ、ええ、あんなに嬉しそうなツバキの声は久しぶりだったわねぇ。……でも、無理してないか心配だわぁ……」

 

「うーん、確かに……やればできる子なんだが、ちょっと引っ込み思案で、1人思い悩むところがあるからなぁ……」

 

 可愛い子には旅をさせよ、とは言うものの、やはり親としては心配なものである。

 すると、女性が立ち上がり、2人に言い放つ。

 

「……では、私がツバキに同行しましょう。今からなら追い付けます」

 

「本当かい? そりゃ君が一緒にいてくれれば頼もしいが……良いのかい、イソラちゃん?」

 

 イソラと呼ばれた女性は、その言葉に微笑みながら頷く。

 

「ええ。……何より、あの子の成長……どうせなら間近で見守りたいのです」

 

「それじゃあ……お願いしちゃおうかしら。ツバキの事、よろしくねイソラちゃん」

 

「お任せを……それでは、失礼しました」

 

 会釈をしてツバキ宅を出たイソラは、腰のモンスターボールを1つ外し、目の前にポケモンを出す。現れたのは、青い身体を真っ白でフワフワな羽毛で覆った鳥のようなポケモン……ハミングポケモンの『チルタリス』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

イソラ「頼むぞチルタリス。」

 

 チルタリスの頬に触れてゆっくりと撫でると、その背中に乗り込み、一気に上昇。クチバシティ目指して真っ直ぐに空を駆けて行った。

 

 

 

つづく




はい、というわけで今回は、ツバキのクチバシティからの出発と、新キャラのイソラ登場だけで終わりです。
ちょっとした裏話ですが、時間の流れを実感しやすいよう、当初マチスには顎髭でも付けようかと思ってました。……が、ビックリするくらいしっくり来なかったのでやめました。



追記:突然ですが、次回より文体の変更をさせていただきます。
それに伴い、文体統一のため、これまでに投稿した分も、地文追加などの細部の修正を行いました。(ストーリーの内容自体に変更はありません)
一応、ネットで小説の書き方あれこれを調べた上での修正となりましたが、如何せん小説についてド素人なので、まだまだ至らぬ点が多いかと思われます。
なので、気付いたり、これはどうなのかと思った部分を発見した場合、指摘していただけると幸いです。

また、ネットで調べてみたところ、小説に通じている方々の中には、これまでの自分の書き方(台本書き)に不快感を感じる方も少なからずいらっしゃるとの事で、もしかしたらこちらのサイトの利用者様にも不愉快な思いをさせてしまった方がいたかもしれません。
これはひとえに自分の勉強不足から来た問題ですので、この場でお詫びさせていただきます。
まことに申し訳ありませんでした。

今後も勉強を続けながら、作品を昇華させていきたいと思いますので、ご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします!


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第8話:あの日の奇跡

まったり進む第8話。
今回は少しだけ過去のお話が出ます。


 マチスらに別れを告げ、クチバシティを離れたツバキは、11番道路を抜けた先……12番道路に備え付けられたベンチに座り、ポケモン達と共に昼食を取っていた。

 ポケモンフーズにがっつくポケモン達を微笑ましく見守りながら、クチバシティで買ったミックスサンドイッチを頬張る。

 

「……ん~♪このサンドイッチおいしい……。……あっ!? ミスティもファンファンも、喧嘩しちゃダメだよ……!?」

 

 自分の分を食べ終え、ミスティの分に手を…もとい鼻を付けようとするファンファンと、それに抗議するミスティにツバキが割り込みそうになったが、その前にポポが間に入り、翼でチョップを繰り出して黙らせると、何事か説教を始めた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 早くもトリオのような物が形作られている事がなんとなく嬉しくなり、自然と頬が緩んだ。

 サンドイッチを食べ終わったツバキは、ポケギアのタウンマップ機能を開いて次の行き先について考え始める。

 

「次はどっちに行こうかなぁ……シオンタウン……それともセキチクシティ……?」

 

 ここ12番道路は、海の上に長い桟橋を架けた珍しい形態を取っており、釣りの名所とも呼ばれる。

 北へ行けば、カントーラジオを発信しているラジオ局のあるシオンタウン。

 西へ行けば、他地方と船で結ばれた港町クチバシティ。

 13、14、15番道路という長い道程を経て南へ行けば、セキチクシティがある。

 

「……セキチクシティかな……これだけ長い道なら、また新しいポケモンに会えるかも……! ね、皆も新しい友達ができるかもしれないよ?」

 

 ポポに両成敗されて大人しくなっていたミスティとファンファンが、ツバキの言葉に元のテンションを取り戻し、ポポも翼を広げて嬉しそうに鳴く。

 

「セキチクシティからタマムシシティ、そこからヤマブキシティ、シオンタウン……うん、この流れが良いかも。……ふあ……」

 

 当面の指標が決まって安心したからか、単純にお腹が膨れたからか、急激な眠気と共に欠伸が出る。

 

「……朝が早かったからかな……。さすがにベンチで寝たら他の人に迷惑だし……あ」

 

 目を擦るツバキの視線の先に、大きな木が見える。フカフカした芝に、適度な木漏れ日と日陰……眠気に襲われた今のツバキには、そこがとても魅力的な場所に見えた。

 

「……あそこで少しだけ休もっか、皆?」

 

 ポケモン達を連れて木陰に入ったツバキは、バッグを枕にして寝転がり、ポポらもそれに続いて、ツバキの周りで身体を丸め始めた。ミスティとファンファンが、自分にすっかり気を許してくれている事に嬉しさを感じつつ目を閉じたツバキは、ゆっくりと微睡みの中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の空。

 大きな震動と轟音、人々の叫び声に流されるようにしてグレン島を離れ、ここで過ごし始めてどれだけ経っただろう。

 空を覆う火山灰は晴れる気配は一向に無く、あれだけ見えていた蒼い空もどこにも無い。

 

「また空を眺めていたのか、ツバキ」

 

 オニドリルを連れた近所の少女が話しかけてきた。

 

「イソラお姉ちゃん……お空は……どこにいったの……?」

 

「……空は、いつだってあそこにある。でも今は……ちょっと見えなくなってしまっているんだ」

 

「じゃあ、いつ見えるようになるの?」

 

「……それは……」

 

 イソラは答えなかった。いや、答えられなかったのだ。

 これまでも、日の光を見る事のできない不安から、島の人々の手持ちポケモン総出の“きりばらい”や“かぜおこし”で払おうとしたが、失敗した。自然の力のなんと強大で、そしてそれに対する人のなんと無力な事か。いつしか人々は行動を諦め、状況が好転する事を神に祈るばかりとなった。

 そんな中、来る日も来る日も、ツバキは空を見上げた。また蒼い空と、眩しい太陽が見たかったからだ。

 

 それが何度か繰り返された、ある日の事だった。

 海の中から、突如巨大な何かが猛スピードで空へ向けて飛び立ち、同時に、火山灰の向こうに眩い光が輝き始めた。

 

「ツバキっ! どうしたんだ!? 何が…………っ!?」

 

 腰を抜かしたツバキにイソラが駆け寄り、そしてツバキの視線を追って驚愕の表情を浮かべる。

 空の上から射し込む2本の光の柱…そこを中心に、空を覆っている火山灰が霧散し始めたのだ。

 

「これは……一体何が……」

 

 やがて、一際眩しい光がツバキ達の目に飛び込んできた。

 太陽だ。あれほど焦がれていた太陽の光が、空に戻ったのだ。そしてもちろん…蒼い空も。

 太陽を背にした2つの鳥のような影は、片方は虹色の粒子を残して飛び去り、もう片方は、最初と同じように猛スピードで海中へと沈んでいった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……ポケモン……?」

 

 あの日に見た2体のポケモンと、彼らが起こしたであろう奇跡。

 思えば、まだ知らない世界を旅する事への憧れは、あの出来事も関係しているのかもしれない。

 無論、一番の切っ掛けは、その直後の彼との出会いではあるが。

 たった4年前……しかし、ポポと出会い、共に過ごした日々の充実感から、ずっと昔のように感じる、そんな記憶。

 旅の切っ掛けを思い出させるかのような夢の世界から、ツバキの意識は徐々に浮上し……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……重い……」

 

 目を覚ましたツバキは、自身の身体に重くのしかかる何かに、寝惚ける間も無く意識が覚醒する。

 

「……ファンファン……」

 

 一体何がどうなったのか、ツバキの足元で丸くなっていたはずのファンファンは、ツバキのお腹の上で仰向けになって寝息を立てている。

 上半身を起こしたツバキは、両手でファンファンを掴んで身体の上から降ろすと、大きく伸びをして身体を解す。

 

「ん……はぁ……。2時間くらい寝ちゃった……。ポポくん、ファンファン起きて。ミスティは……」

 

 ポポとファンファンの身体を優しく揺さぶり、次いでミスティの姿を探すと、身体を半分地面に埋めて光合成していた。少し悪いとは思いつつも、起こさないわけにもいかないので、その頭をポンポンと叩く。

 ミスティが目を覚まして地面から出ると同時に、ポポがツバキの帽子をくわえて差し出す。

 

「ん、ありがとポポくん。……ねぇ、ポポくん。さっきね、懐かしい夢を見たよ」

 

 ミスティとファンファンをボールに戻しながら、ツバキはポポに語りかける。

 

「ポポくんと会う少し……ほんの少し前の夢。すごく大きくて、強そうで、優しそうなポケモンだったの」

 

 自分に再び蒼くて広い空を見せてくれたポケモン達の姿を脳裏に浮かべ、ツバキは柔らかい笑みを浮かべ、ささやかな願いが口から零れる。

 

「……会えるかな、あのポケモン達に。会って、あの時のお礼が言いたいな。なんだか、ポポくんと会えたのも、あのポケモンのおかげな気がするし……」

 

 ポポはツバキの頭の上に乗ると、彼女を激励するかのように一声を上げる。

 

「……そうだよね、きっと会えるよね、旅をしてれば。……うん、会えた時のために、少しでも立派にならなくちゃ……!」

 

 そしてツバキは決意を新たに歩き始める。

 

「さ、セキチクシティに行こう。皆で強くなるために……えい、えい、おー……!」

 

 気合いを入れたわりに小声のえいえいおーに、ポポが若干呆れた様子で追従する。

 次に目指すはセキチクシティ……2つ目のポケモンジムの存在する街だ。果たして無事にジムバッジ獲得なるか……?

 

 

 

つづく




ツバキの過去をちょっとだけ掘り下げた8話終了です、お疲れ様でした。
そろそろ箸休めは終わりにして、次回辺りまたバトルを描きたいと思います!
ちなみにポッポはダブルチョップは覚えません。念のため。

【ちょっとした裏話】
ツバキとイソラを漢字で書くと、それぞれ『翼姫』と『愛空』です。


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第9話:あの子のたからもの

1歩ずつでも歩けば着実に進むものです。
そんなちょっとした寄り道な第9話をスタートさせていただきます。


 次の目的地をセキチクシティに定めたツバキは、12番道路を南下し、13番道路へ入っていた。

 

「あっ、ポケモン!」

 

 ふと空を見上げたツバキの視線の先には、灰色の羽毛で身体を覆われた鳥ポケモンの群れが飛んでいる。

 すぐさまポケモン図鑑を取り出し、センサーを向けてデータ登録を行う。

 

「マメパトとハトーボーって言うのかぁ……あのポケモンも、昔はカントーにはいなかったのかな?」

 

 5年ほど前からだろうか。飛行機や船といった移動手段の発展に伴い、各地方の間で徐々に交流が増えていったのである。

 それだけならまだ良かったのだが、他地方から持ち込まれたポケモンの野生化と繁殖が進み、カントー地方の生態系は、10年前と比較して別物と呼べるほどに変化してしまったのである。

 特に空のファイアロー、海のサメハダーの影響は大きく、原生ポケモンの存続が危ぶまれた時期すらあった。

 

「こっちのポケモンは……へぇ~、ラッタかぁ……! こっちはゴーゴート…おっきいなぁ…」

 

 しかし、なんだかんだでポケモンは賢い生き物であり、人間が本格的に介入する前に、ある程度の住み分けの構図が自然に出来上がり、安定化していった。

 そのため、10年前の事など知らない上、グレン島から殆ど出た事も無かったツバキにとっては、今のカントー地方は元々カントーにいた種族も含め、未知の存在である多種多様なポケモンの宝庫でしかないのである。

 

「……あれ? ねぇ、ポポくん、あれなんだろう?」

 

 ツバキが指差したのは、20mほど先にある木の周り。

 帽子を被ったような頭と、真っ黒な身体が特徴的な鳥型ポケモンが2体、やかましく鳴きながらグルグル旋回している。

 くらやみポケモンの『ヤミカラス』だ。

 

「何かあるのかな……?」

 

 ヤミカラスの行動に興味を刺激されたツバキは、身を屈めて草むらに入り、ゆっくりと近付いていく。

 草の間から覗いてみると、ヤミカラスの眼下にいたのは、灰色の毛並みの猫のようなポケモンだった。

 

「あれは……」

 

 ツバキは、ポケモン図鑑を開いてそのポケモンのデータを確認する。

 

〈ニャスパー。じせいポケモン。エスパータイプ。制御の利かないサイコパワーを抑えるため、大きな耳で蓋をしている〉

 

「ニャスパー……あれ? あの子、何か抱えてる?」

 

 目を細めてよく見ると、ニャスパーは身体を丸め、守るように何かを抱いている。

 ピカピカと光るそれは、はっきりとは見えないものの、どうやら緑色をした石のような物らしい。

 と、その時だった。ヤミカラスの内の1体が、ニャスパーの背後から“つつく”で攻撃を始めた。

 そして、ニャスパーがそちらに意識を向けた瞬間、もう1体が素早く石を奪い取ってしまったのだ。

 

「あっ……!」

 

 お目当ての品を手に入れた2体はさっさとその場を飛び去るが、ニャスパーが慌てて追いかける。

 

「……大事な物……なんだよね、たぶん。……ポポくん」

 

 頭の上のポポに呼びかけると、ツバキの考えを読み取ったように短く鳴いた。これを同意と解釈したツバキは、ヤミカラスとニャスパーの去った方向に走っていく。

 ツバキが追い付いた時、ニャスパーは大きな木の根元で、上を見上げてウロウロしていた。

 その視線を追うと、先ほどのヤミカラス達が、枝の上でこれ見よがしに奪った石で遊んでいる。

 ツバキはその木に近付いていき、すぅっと息を吸い……。

 

「ヤ……ヤミカラス達! そ、それ、ニャスパーの大事な物みたいなの……! か、か……返してあげて!」

 

 精一杯の大声でヤミカラス達に頼んでみるが……。

 

「ギロッ」

 

「ひっ……!?」

 

 どうやらご機嫌を損ねてしまったらしく、2体のヤミカラスは枝から飛び立つと、ツバキ目がけて突進してきた。

 腕で顔を覆うツバキの上からポポが飛び立ち、突っ込んできた内の1体に“でんこうせっか”を浴びせる。

 これに一瞬怯んだヤミカラス達は、一旦距離を取って臨戦態勢に入る。

 

「うう……バ、バトルするしか……無いんだね……! 相手は2体で、ヤミカラスはひこうタイプ……それなら!」

 

 ツバキは腰に着けたモンスターボールの内、1つを投擲。飛び出したのはファンファンだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ポポくん、ファンファン、行くよ! ポポくん、“でんこうせっか”! ファンファンはもう1体に“じゃれつく”!」

 

 大きく上昇したポポは、旋回してヤミカラスに“でんこうせっか”を叩き込む。

 もう1体も相方に気を取られた隙に、突っ込んできて鼻を振り回し“じゃれつく”ファンファンに押し負ける。

 

「やった……!」

 

 しかし、これでヤミカラス達も本格的に怒ったらしく、纏う空気が変わる。

 1体が大きく羽ばたき、ポポに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。

 

「ポポくんよけて!」

 

 ポポは直線攻撃に対し横方向にかわそうとするが、ヤミカラスは寸前でピタリと止まり、回し蹴りの要領でポポにキックを当てる。相手を油断させ、本命の攻撃を必中させる“だましうち”だ。

 さらに、一呼吸遅れて飛んできたもう1体は、ぐらついたポポにさらなるキックを浴びせかける。今度は“ダメおし”である。ダメージを受けた後に食らうと、本来より大きなダメージとなる、厄介な技だ。

 

「ポポくんっ……! ファンファン、ポポくんを助けて! “じゃれつく”!」

 

 ブンブンと鼻を振り回して突撃するファンファンだったが、今度は空中に逃げられてしまう。

 

「ううっ……(落ち着いて……落ち着いてわたし……! 何か手が…………あっ!)」

 

 ツバキは周辺の地形を見て一計を案じ、ポポとファンファンに駆け寄って、考えた作戦を耳打ちする。

 

「ファンファン、“まるくなる”! そして“ころがる”!」

 

 身体を丸めたファンファンがゴロゴロと転がってヤミカラス達に突進していくが、これも先ほどと同様、空中に逃げられる。

 

「ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

 一気に加速したポポが“でんこうせっか”を仕掛けるが、ヤミカラス達には当たらず……もとい当てず、その周りをビュンビュンと飛び回る。

 何をしているのかとその動きを目で追うヤミカラス達だったが……。

 

「今だよファンファン!」

 

 気付いた時には既に遅く、上空から高速回転するファンファンが落下してくる。

 最初の“ころがる”を回避された後、ファンファンは攻撃を止める事無くそのままの勢いで大木を駆け上り、木の反りを利用して飛翔。言うなれば“空中ころがる”を仕掛けたのだ。

 無論、ポポの“でんこうせっか”は、その動きを感付かれないための目眩ましである。

 “ころがる”は1体に当たり、さらにもう1体が巻き込まれる形でダメージを受けて地上に落下した。

 

「い、今なら捕まえられるかも……! モ、モンスターボール!」

 

 隙ありとばかりにツバキがモンスターボールを投げつける。

 ……が、まだヤミカラスには元気が残っていたらしく、飛んできたボールを、2体が翼を合わせるように打ち返し。

 

「へぶっ!」

 

 ツバキの顔面にヒットする。

 そして、負けを認めたのか飽きたのかは定かでないが、ヤミカラス達はその場を飛び去ってしまう。

 

「いたたた……うう、捕まえられなかった……。……まぁ、いっか……ポポくん、お願い」

 

 少し赤くなった鼻を擦りつつポポに指示する。バサバサと上昇したポポは、ヤミカラス達が枝の上に置いていった石を回収して降りてくる。

 それを受け取ると、ずっと観戦していたニャスパーの前で身体を屈め、目線を合わせて手渡す。

 

「はい、大事な物なんだよね? もう取られないようにね」

 

 ニャスパーは、受け取った石をじっと見つめていたが、どういうわけかそれをツバキに差し出してきた。

 

「え…………くれるの? ……うぅん、でも……」

 

 遠慮するツバキに背を向け、トテトテと走ったニャスパーは、ヤミカラスに弾かれて壊れたボールを拾って戻ってくる。

 そして、石とボールとを順番に指し示した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……もしかして、交換しようって事? でもそれ壊れてるよ……?」

 

 が、ニャスパーはそんなの関係ないと言わんばかりにギュッとボールを抱き締める。

 宝物の定義は人によって異なり、それはポケモンにも同じ事が言える。今のニャスパーにとっては、取られた宝物を頑張って取り返してくれたツバキのボール……これが新たな宝物となったのだろう。

 

「……わかった、ありがとう。大事にするからね。それじゃ、バイバイ」

 

 ツバキはニャスパーの頭を撫でると立ち上がり、ファンファンをボールに戻しながらその場を立ち去る。

 ……しかし、ニャスパーはそんなツバキの後をボールを持ったままトコトコと付いてくる。

 

「……えっと……一緒に……来る?」

 

 答える代わりに、ツバキの脚に身体を擦り寄せるニャスパーを抱き上げると、微笑んで語りかける。

 

「それじゃあ、ゲット……するね、ニャスパー。……ニャスパー……猫……」

 

 目を閉じて思案するツバキだったが、何か思い付いたのか、ハッとした表情を浮かべる。

 

「ナオって、どう? 猫はニャーオって鳴くから、ナオ」

 

 ツバキの付けたニックネームを聞いて、ニャスパーは初めてニパッとした笑顔を見せた。

 気に入ってくれたらしい事に安堵したツバキは、別のモンスターボールをニャスパーの額にコツンと当てる。

 本人が望んでのゲットなためか、掌に落ちたボールは、さしたる抵抗も無く捕獲完了となった。

 こうしてポポ、ミスティ、ファンファンに続く4体目の仲間としてナオを加えたツバキは、嬉しさをこらえきれずに綻んだ表情を浮かべつつ、セキチクシティへの歩みを再開するのだった。

 

 

 

つづく




いじめっ子みたいな書き方になってしまったヤミカラスのファンの方々に謝罪せねばならなそうな第9話おしまいです。ごめんなさい!

舞台はカントーだけど、色々なポケモンを出したいと思った結果、無茶苦茶な舞台設定となってしまいました。


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第10話:羽休めと暗雲

今回はイソラサイドがメインとなる第10話です。


 ツバキが13番道路でニャスパーのナオを仲間に加えた頃、グレンタウンからチルタリスに乗って飛んできたイソラは、クチバシティの海岸にいた。

 

「……くしゅっ! うう……」

 

 イソラはれっかポケモン『ファイアロー』に身を寄せながら、水分を吸って羽毛のしぼんだチルタリスを恨めしそうに見ている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 グレンタウンから順調に飛んでいたチルタリスであったが、クチバシティが見えた瞬間、なんと突然海へと急降下したのである。

 

「まぁ、最近あまり遊んでやれなかった私も悪いんだが……それにしたってもう少し順序という物をだな……」

 

 そう、実はイソラは、アローラリーグに参加するにあたり使用ポケモンを吟味し、参加メンバーを集中的にトレーニングしていた。結果、長期に渡って手持ちを外れるポケモンが出る事になり、ロクに構ってやれなかったのである。

 チルタリスもその1体であり、長期間遊んでもらえなかった不満から、つい海へ飛び込んでしまったのだ。

 

「はぁ……まぁ、やってしまったものは仕方ない。ツバキを追わねばならないが、ポケモンを蔑ろにもできないし……この際だから少し遊ぶか。皆出てこい」

 

 イソラは腰からチルタリス、ファイアロー以外の4つのモンスターボールを外してポケモン達をボールから出す。

 出てきたのはしらとりポケモン『スワンナ』、キバさそりポケモン『グライオン』、こうもりポケモン『クロバット』、そしてくちばしポケモン『オニドリル』だ。

 

「オニドリル、チルタリス、クロバット、スワンナ、好きに遊んできなさい。グライオンとファイアローは……ブラッシングでもするか」

 

 水が平気な4体は嬉々として海に飛び込んで水のかけ合いを始め、イソラは残る2体にブラシをかけ始める。

 

「後で他のポケモン達にも構ってやらないとな……アローラリーグにかまけて相手をしてやれていなかったし」

 

 首から背中にかけてゆっくりブラシを通すと、ファイアローは気持ち良さそうに目を細め、グライオンはまだかまだかとソワソワし始める。

 

「ちゃんとやるから、順番だぞグライオン。って、こらスワンナ! グライオンもファイアローも苦手なんだから、水をこっちに飛ばすんじゃない!」

 

 悪戯好きな面のあるスワンナを叱りつつ、ブラッシングはグライオンの番となる。ファイアローと違い、グライオンは身体を硬めの甲殻で覆われているため、ブラッシングは少し強めにする必要があり、なかなか体力がいる。

 グライオンのブラッシングが終わる頃、海で遊んでいた面々が戻ってきた。

 

「お、来たな。それじゃあドライヤーをかけるから、1列に並びなさい」

 

 当然、細かい手入れは個々に行う必要があるが、風邪を引かせないためにも濡れた身体を乾かすのは早めにしなければならない。

 温風をかけ、さて個々の手入れというところで、イソラは海岸線を歩く人影を見つける。

 

「ん? あれは……マチスさん!」

 

 声をかけられたクチバジムリーダー・マチスは、イソラの姿を見て驚く。

 

「Oh! イソラではありマセンか! ここのところ顔を見マセンデシタね」

 

 近付いてきたマチスは、スワンナの翼にブラシを入れるイソラの右隣に腰かける。

 

「少しアローラ地方に行っていまして。その前はシンオウ地方で、なかなかカントーに戻る暇が無くて」

 

「アローラデスか。もしや、アローラリーグに?」

 

「ええ。気候や風習の違いから、ポケモンもトレーナーもカントーとは大きく異なり、とても勉強になりました。……よし、次はオニドリルだ」

 

 のしのしと歩いてきて、オニドリルはイソラがブラッシングしやすいよう、身体を縮込ませる。

 

「立派なオニドリルデス。もしかしなくてもこれはあの時のオニスズメデスね?」

 

「はい。……良かったなオニドリル、マチスさんに覚えてもらっていたぞ」

 

 イソラに首筋を撫でられ、オニドリルは嬉しそうに声を上げる。

 

「忘れようにも忘れられマセン。カントーには七転八倒という言葉がありマスが、本当に8回も挑んできたのはイソラと、そのパートナーのオニスズメだけデシタから」

 

 その言葉に、イソラは少し赤くなって気恥ずかしそうに笑う。

 

「ははっ……我ながら頑固で負けず嫌いでしたからね。今にして思えば随分と子供っぽかった……というより子供でしたが」

 

「しかし、挑戦の度に強くなっていき、結局オニスズメだけでバッジを勝ち取りマシタね」

 

 話題がジム戦になった事で、イソラはツバキの行き先を訊ねようと思っていた事を思い出す。

 

「そういえばマチスさん。最近のクチバジムのチャレンジャーで、どちらに行ったか聞きたい子がいるのです。モンスターボールの意匠の帽子をかぶり、ポッポを連れた、可愛い女の子なのですが。……とても可愛い女の子なのですが!」

 

 少々興奮気味に訊ねるイソラに、若干引きながらマチスは答える。

 

「いや、聞こえてマシタから、そこを強調しなくて結構デス。ふむ、もしかしなくてもツバキの事デスね、11番道路へ行きマシタが……知り合いデスか?」

 

「まぁ、妹みたいなものです。昔から姉妹のように育ちましたから。11番道路……という事は、シオンタウンかセキチクシティですか」

 

 クロバットの4枚の翼を順番にマッサージしながら、イソラはマチスの話からツバキの行き先を予想する。

 

「あの子のご両親が、娘の1人旅を心配していらっしゃいましたので、私が同行しようと思いまして。ツバキは可愛いので、人拐いにでも遭わないか私も心配ですし」

 

 親バカというか姉バカというかシスコンというか……ツバキの話となると2言目には可愛いと語るイソラに、マチスは抱いていた印象が変わるのを実感する。

 と、そこでマチスはある話を思い出す。

 

「そういえば……人拐いというわけではありマセンが、最近キナ臭い話を聞きマス」

 

「……というと?」

 

 チルタリスに乳液を塗りながら、イソラはマチスの言葉に耳を傾ける。

 

「ロケット団……聞いた事はありマスね?」

 

「っ! ……奴らが、何か……?」

 

 イソラの表情が明らかにさっきまでとは違う、険しい物へと変わる。

 

「ジョウト地方でのコガネシティ占拠事件後、壊滅したのか鳴りを潜めていマシタが……最近再び目撃情報があるそうデス」

 

「……確か最近、アローラ地方でもロケット団を名乗るテロリストによる環境保護団体の施設占拠事件がありましたが……関係はあるのでしょうか?」

 

 マチスは肩をすくめて首を振る。

 

「あいにくと連中の考えなどはわかりマセン。しかし、少なくとも善良な一般人やポケモンにとって有益な事はしないデショウ。警察も動いてはいるようデスが……」

 

 イソラは少し考えた後、ポケモン達をボールに戻して立ち上がり、砂を払う。

 

「……マチスさん。申し訳ありませんが、これにて失礼させていただきます。ツバキが心配です」

 

「それが良いデショウ。またいずれ、アローラの土産話を聞かせてくだサイ」

 

「はい。では失礼」

 

 軽く会釈すると、イソラは足早にその場を立ち去る。

 その後もマチスは浜辺に座り込み、再びカントーに立ち込める不穏な空気を憂いていた。

 

 「ロケット団……悪い事態にならねば良いのデスが……」

 

 

 

 

 

 グレンタウン東部・ふたご島

 

「……これか。なるほど、少なくとも3年は経過しているが、まだこれほどの冷気を……よし、回収しろ」

 

 黒いジャケットを来た男が、同じく黒い服に身を包んだ部下らしき男達に指図している。

 部下達がその場に落ちている羽を4枚ほどカプセルに入れるのを見ながら、通信機を取り出した。

 

「ルプス。……おい、ルプス聞こえるか、アクイラだ。……ちっ、さすがに最深部からだと届きにくいか……?」

 

 右手の通信機からのノイズに舌打ちした直後、男性の低い声が返答として返ってくる。

 

「こちらルプス、発見したかアクイラ」

 

「ああ、予想通り『I』はふたご島深部にあったぜ。回収も完了だ」

 

「奴の目撃情報が一番多いのがその辺りだからな。こちらもシロガネ山で『F』の採取に成功した。あとは『S』だが……」

 

 2人の会話に、左手に持ったもう1つの通信機から気だるそうな女性の声が割り込む。

 

「それにはあんたらが戻って来なきゃでしょ? ま、アタシとしては手荒く力尽くで行っても良いんだけど……」

 

 女性の言葉が終わる前に、通信機の向こうの男性が嗜める。

 

「よせウィルゴ。何のためにお前をそこに張り付かせたと思っている? 我々の中で、お前が最も穏便に済ませられるからなのだぞ」

 

「ルプスの言う通りだ。万一施設を破壊しちまったら、俺達も後から困るんだぜ? カントーの電気の大部分が……」

 

 2人がかりで説教され、女性は辟易とした声で返す。

 

「だーかーらー、それはわかってるってば。アタシだっていい加減で動きたいんだから、早いとこやっちゃってよ。我慢できてあと3日ってとこだから。じゃ、どっちでも良いからよろしく」

 

 プツンっという音と共に、女性の声が途切れる。

 

「……ったく、相変わらず一方的にまくし立てて切りやがるなアイツ……」

 

「だが、実力は確かだ。……やむをえん。アクイラ、お前はその足でヤマブキシティへ向かえ。私はオツキミ山で騒ぎを起こす」

 

「へいへい。……よし、お前らさっさと撤収だ。ヤマブキに直行しなきゃならなくなったからな」

 

 部下達からのブーイングに嘆息を吐きながら、ジャケットの男はのたのたとふたご島を後にした。

 

 

 

つづく




はい、というわけでようやく悪役らしき連中登場です。
それにしてもポケモンの悪役というのは、ほとんどの連中がお揃いのユニフォームを街中でも着てて目立ちそうですが、警察とか怖くないんですかね。


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第11話:仲間を増やして次の街へ

イソラサイドからツバキサイドへ戻る第11話です。
コロコロと場面転換ごめんなさい。


 13番道路でニャスパーのナオを仲間に加えたツバキは、14番、15番道路の境目で技の練習に励んでいた。

 

「ポポくん、“ブレイブバード”!」

 

 大きく上昇したポポは、ある程度の高さまで来たところで急降下。翼を折り畳み、周囲の空気をオーラとして身に纏う。

 そして、標的である大きな岩に向かって猛然と突進していく。……が、その速度は見る見る落ちていき、岩に当たる頃にはコツンという音がする程度になっていた。“たいあたり”にすらなっていない。

 あからさまに気落ちするポポの肩を叩いて励ましながら、ツバキはこの結果を分析する。

 

「うぅん……やっぱり“でんこうせっか”のスピードを加えないと失敗しちゃうね……。あ、でも大丈夫だよポポくん! きっとたくさん練習すればできるようになるよ“ブレイブバード”!」

 

 と、ここでツバキは、手元が妙に暗い事に気付く。

 

「あれ……? あっ、た、大変! もう夕日があんなに沈んで……」

 

 そう、練習に夢中になっていたツバキは、時間の経過をすっかり忘れていたのである。

 セキチクシティまでは、まだ15番道路を越えねばならないのに、今まさに日が沈もうとしているのだ。

 

「うう……近くにポケモンセンターも無いし……テントを張って野宿するしかないかな……」

 

 自分の迂闊さを呪いながら嘆息するツバキだったが、突然背後から声をかけられる。

 

「……もし、そこの娘さん。何かお困りかな」

 

「ひゃあうっ!?」

 

 驚いたツバキが飛び上がり、恐る恐る振り向くと、そこには網笠を被った僧のような人物が、錫杖を持って佇んでいた。

 誰がどう見ても不審者なのだが、不思議と警戒心は湧かなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「この辺りは夜になるとデルビルやグラエナの群れが跋扈する。早く家にお帰りなされ」

 

「あ、えっと……わ、わたし旅をしてて……予定では今日中にセキチクシティに着くはずだったんですけど、うっかりしちゃってて……」

 

 網笠で相手の顔が見えないからか、ツバキの人見知りはあまり発動せず、思いの外すらすらと現状説明ができた。

 

「ふむ、それはお困りであろう。よろしい、拙僧もセキチクシティに戻るところ故、よろしければご一緒しましょう」

 

 その言葉にツバキの顔がパアッと明るくなる。

 

「ほ、本当ですか!? あ、ありがとうございます……!」

 

「なに、旅は道連れと言うでな。では、急ぎましょうぞ」

 

 ツバキはポケモン達をボールに戻すと、先を歩き始めた僧の後を付いて歩く。

 しばらく歩くと、ツバキの緊張を解そうとしているのか、僧は世間話を持ちかけてくる。

 

「娘さんはどちらからいらした」

 

「えっと、グレンタウンです。ポケモンリーグに参加したくて、ジム巡りの旅をしてます」

 

「ふむ、グレンタウンからという事は、すでにクチバジムは突破なされたのかな?」

 

「かなり苦労しましたけど、なんとか」

 

「ふむふむ、それは重畳。では次がセキチクジムというわけですかな」

 

「はい、そうです。それでジム戦に向けて特訓してたんですけど……うっかりしてこんな時間に……」

 

「なるほど。なに、娘さんくらいの頃はむしろどんどん失敗なされよ。その経験も、必ずや後の助けとなるであろう。……む」

 

 ツバキの話に相槌を打っていた僧が、突然足を止め、右腕を伸ばしてツバキを制止する。

 ツバキも立ち止まって前を見ると、3体の獣型のポケモンが唸り声を上げながら近付いてきていた。かみつきポケモンの『グラエナ』だ。

 

「ひっ……!」

 

「下がっておられよ」

 

 怯えるツバキを下がらせると、僧はモンスターボールを取り出す。

 

「参れアリアドス!」

 

 投げたボールから姿を現したのは、巨大な蜘蛛の姿をしたポケモン。あしながポケモンの『アリアドス』である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 地面に爪を突き立てて軽快に着地したものの、グラエナの内2体に吠えつかれ、一歩後退りする。相手を怯えさせ、攻撃に力が入らないようにするグラエナの特性《いかく》だ。

 

「(《いかく》持ちは2体……という事は、残りの1体は《はやあし》かな)」

 

 何事か考え込む僧を尻目に、グラエナ達が牙を剥いて一斉に飛びかかってきた。“かみくだく”だ。

 

「“ふいうち”」

 

 しかし、アリアドスの姿が一瞬にして消え、上空からグラエナの1体に爪で攻撃を仕掛ける。

 咄嗟の出来事に、グラエナ達は理解と対応が追い付かないらしい。

 

「今のグラエナに“どくづき”」

 

 そして、間髪入れず毒の滲み出た爪による“どくづき”で追撃が入る。

 

「“とどめばり”」

 

 さらに、アリアドスが口から吐き出した細い針がクリーンヒットし、最初の1体が倒れる。

 その瞬間、アリアドスの纏う空気が先ほどまでと大きく変わり、闘気が身体から溢れ出る。

 

「今のは……?」

 

「“とどめばり”は、相手にトドメを刺した時、己の戦意を大きく高揚させる技。これで《いかく》はかき消した」

 

 仲間が倒された事で激昂したグラエナは、左右に分かれ、片方は“かみなりのキバ”で、そしてもう片方は“ほのおのキバ”で同時に襲いかかってきた。

 

「ジャンプして地面に“ねばねばネット”」

 

 アリアドスは地に付いた4本の脚を器用に使ってジャンプすると、直前まで自分のいた場所に口から粘性の糸を吐いた。

 飛びかかっていたグラエナ達は当然“ねばねばネット”に突っ込む事になり、一塊になって身動きを封じられる。

 

「“どくづき”」

 

 そして、ジャンプした姿勢から前傾姿勢となったアリアドスが、両前脚に毒を纏わせ放った“どくづき”が2体のグラエナを直撃し、ノックアウトとなった。

 

「よくやったアリアドス」

 

 アリアドスをボールに戻した僧はグラエナ達に近付くと、懐から取り出したオボンの実を与えながら耳打ちする。

 

「これに懲りたら、もう人を襲うんじゃないよ?」

 

 小声だったのでツバキにはよく聞こえなかったが、木の実を食べて起き上がったグラエナ達は、そそくさとその場を走り去っていった。

 

「す……すごいです……! もしかして有名なトレーナーさんですか!?」

 

「はっは、何を仰るか。拙僧はただの世を儚む修行僧よ。さ、セキチクシティは目と鼻の先……参りますかな」

 

 やがて15番道路に設置されたゲートが見え、そこを通り抜けるとようやくセキチクシティへ到着した。

 

「ポケモンセンターはあちらの階段を上ってすぐ見えてくる。早く休まれるがよかろう」

 

「あ、ありがとうございました……! あの、わたしツバキって言います。えと、お世話になりました、さようなら……!」

 

 手を振ってポケモンセンターへ駆けていくツバキに手を振り返しながら、僧はポツリと呟く。

 

「ツバキ、か。ふふっ、面白い子だな。……待ってるよ、ツバキ」

 

 クスクスと小さく笑いながら背を向け歩き出した僧の姿は、やがて深夜のセキチクシティの闇の中に溶けていった。

 

 

 

つづく




今回も駄文、落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

今回登場の不審者…もとい修行僧は、ちゃんと再登場します。


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第12話:想いを繋げて

セキチクジム突入前の特訓回となる第12話でございます。


 謎の僧の助力によって、どうにか野宿を回避してセキチクシティに到着したツバキ。

 翌朝、少し寝坊した彼女はポケモン達と遅めの朝食を済ませた後、15番道路に戻っていた。目的はもちろん、セキチクジム攻略に向けた特訓だ。

 

「えっと、ナオの特性は《マイペース》で、使える技は“ねんりき”、“ひかりのかべ”、“サイケこうせん”、“あくび”……」

 

 壊れたモンスターボールを抱いたナオを膝に乗せ、図鑑に登録したナオのデータを確認して思案する。

 周りではミスティとファンファンが追いかけっこを始め、ハメを外しすぎないようにポポがそれを見張っている。

 ツバキの脳裏に映るのは、昨夜の僧とグラエナのバトル。

 

「(昨日のお坊さん凄かった……3対1なのにグラエナの攻撃を全然受けないで勝って、その後ちゃんと木の実をあげる優しさもあって……わたしも、あんなふうに……!)」

 

 気合いを入れ直したツバキは、ナオを撫でた後に地面に下ろし、後ろで遊ぶポポ達を振り返る。

 

「ポポくん、ミスティ、ファンファン! こっちに来て!」

 

 ポポを先頭に、呼ばれた3体が戻ってくる。

 

「ナオが仲間になってくれたおかげで偶数になったから、今日は対戦する形で特訓したいの。相手の事を理解するのにも良いと思う」

 

 真っ先に反応したのはミスティとファンファンだ。

 お互いに距離を取って、やる気も準備も万端といったところか。

 

「あはは……や、やる気十分だね……。うん、じゃあ、まずはミスティとファンファンでバトルしよう」

 

 葉を揺らしてファンファンを睨み付けるミスティと、鼻を振り回してツバキの合図を待つファンファン。

 2体がしっかり見える位置に立ったツバキは、大きく息を吸ってバトルの合図を出した。

 

「まずは好きなように動いてみて。それじゃあバトル……始め!」

 

 先に動いたのはミスティだ。大きく飛び上がって葉を揺らし、“しびれごな”を撒き散らす。

 

「そっか……高い所からバラ撒けば、より広い範囲に……覚えておかなきゃ」

 

 対するファンファンは、身体を丸めて“ころがる”を繰り出し、“しびれごな”の効果範囲から急速離脱。そのまま着地したばかりのミスティに激突する。

 

「“ころがる”は攻撃だけじゃなく、歩くより早く移動するのにも使える……これも忘れないようにしないと」

 

 ツバキの目的は、ポケモン達の自然な動きを観察し、それぞれにあるクセや、個々の発想を理解して実際のバトルに転用する事だ。ポケモンの個体ごとに合った戦い方でなければ、十分に実力を発揮できないという考え故である。

 それでなくともポケモン自身が考えた動きは、初心者であるツバキにとっては新たな発見が多いのだ。

 さて、バトルの方はと言えば、着地の瞬間に“ころがる”を受け、再度空中へ放り出されたミスティが、今度は“どくのこな”を自分の周りに振り撒いて、ファンファンの接近を防ぎつつ地面に降り立った。

 

「なるほど、ああやってジャンプ後の隙を埋めるのもアリなんだ……」

 

 “どくのこな”が晴れるのを待つファンファンに、ミスティが反撃を開始。動き回りながら次々に“ようかいえき”をファンファンに吐きつけるが、ステップでかわされる。

 

「ミスティすごい……あんなに連続で“ようかいえき”を吐けるんだ。ん……?」

 

 ツバキの目に映ったのは、ファンファンに回避されて地面に残った“ようかいえき”だ。

 

「……あれ、使えるかも……!」

 

 ツバキの頭の中に、これを利用した新たな戦術が浮かび上がるが、その間も2体はヒートアップしてバトルを続ける。

 と、その時だ。突然ミスティが動きを止め、プルプルと震え出した。

 

「……!? ミスティどうしたの!?」

 

 心配して駆け寄ろうとしたツバキであったが、ミスティはキッと目を見開き、ジャンプしながら葉から青白い粉を噴出する。“どくのこな”とも“しびれごな”とも違う色だ。

 動きを止めたミスティに油断していたファンファンは、もろにその粉を浴びてしまい、何回か瞬きをした後に目を瞑り、その場に倒れ込んでしまった。

 

「これは……!?」

 

 急いで図鑑を開き、登録していたミスティの個体データを見ると、“すいとる”の代わりに“ねむりごな”を修得していた。

 

「やった、新しい技……! “ねむりごな”かぁ……!」

 

 2体のバトルの中でまずまずの情報と、新たな技を得たツバキは、手を叩いてミスティとファンファンを止める。

 その合図にミスティは、眠るファンファンを葉でペシペシ叩いて起こしてバトル中止を伝える。

 

「2人とも、頑張ったね! 今はそこまでにしよう。これ以上は怪我しちゃうかもしれないからね」

 

 そして、バッグからキズぐすりを取り出すと、寄ってきた2体に順番に吹き付け、塗り込んでいく。

 

「次はポポくんとナオの番だよ。セキチクジムはどくタイプ専門らしいから、特にナオが鍵になるかもしれないよ!」

 

 ツバキの熱意が伝わっているのかいないのか、ナオはクワァ~と欠伸をするが、バトルはちゃんとするつもりのようで、ずっと持っていたモンスターボールを地面に置いた。

 

「ミスティとファンファンの時と同じように、まずは好きに動いてね。じゃあ……始め!」

 

 向かい合った状態から、ポポが素早く“でんこうせっか”を仕掛ける。

 それに対してナオは、ふわりと宙に浮かび上がり、不規則な動きで回避した。

 

「す、すごい、浮いてる……これがエスパータイプ……! それにポポくんの“でんこうせっか”のスピードにも対応してる……!」

 

 通過したポポに背後から“サイケこうせん”を発射するが、ポポも負けじと旋回してかわし、お返しに“かぜおこし”をお見舞いする。

 突然の風にバランスを取れなくなったナオに、再度“でんこうせっか”で突進してダメージを与える。

 

「やっぱりポポくんは、“かぜおこし”から他の技に繋げるパターンが多い。あとは“ブレイブバード”をちゃんと出せるようになると良いんだけど、どうすれば……」

 

 思案するツバキを余所に、ナオもいよいよ本気になり、三度“でんこうせっか”を仕掛けてきたポポを“ねんりき”で拘束する。

 不可思議な力場に捕らわれたポポはバタバタと羽ばたくものの、その場から動けないようだ。

 

「ね、“ねんりき”ってすごい……! ヤミカラスの時もこれを使えば……って、あくタイプにエスパータイプの技は効かないんだっけ……」

 

 素朴な疑問からタイプ相性を思い出したツバキは、1人うんうんと頷きながらバトルの行方を見守る。

 ナオは“ねんりき”で捕らえたポポを持ち上げ、そのまま地面に叩き落とし、さらに“サイケこうせん”で追撃する。

 だが、着弾寸前でポポは“でんこうせっか”で急速離脱。爆風に紛れて空に舞い上がり、遥か上空から空気を裂いて突撃する。“ブレイブバード”だ。

 “ねんりき”で止めようとするナオだが、勢いがありすぎて抑えきれず、ギリギリで直撃は回避したものの、衝撃で吹き飛ばされてしまった。

 

「そこまで! ……うん、2人もよく頑張ったね! さ、キズぐすり付けるからこっちに来てね」

 

 起き上がったポポと、置いておいたボールを回収したナオが歩み寄ってくると、ミスティ達と同様にキズぐすりを塗り込んでいく。

 

「高い所から落ちながら使うと成功するんだけど……やっぱりそれなりのスピードが必要なんだよね。つまり“ブレイブバード”単独で使うなら、素早くスピードを上げられるだけの体力や筋肉が必要って事なのかな」

 

 クチバジムの時には“でんこうせっか”+落下速度だったので成功したが、全てのジムが落下だけで“ブレイブバード”まで持っていけるだけの天井の高さがあるとも限らない。

 そういった予備動作無しでの“ブレイブバード”成功には、今のままではポポの体力が足りないのかもしれない。

 

「うぅん……筋力トレーニング? っていう話でもないかなぁ……」

 

 ポポを持ち上げ、胸や翼の筋肉を指先で突つく。

 

「……まぁ、すぐにどうにかなる事でもないのかも。ジム巡りや特訓を続けてれば、自然と体力も付くだろうし……ゆっくり頑張っていこうね、ポポくん」

 

 ポポの頭を撫でながら、ミスティ、ファンファン、ナオも抱き寄せる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ポポくんだけじゃないよ。ミスティも、ファンファンも、ナオも……もちろんわたしも。皆で一緒に強くなろうね。そのためにも、まずは目指せセキチクジム突破……! 力を合わせて頑張ろう!」

 

 ツバキの言葉に思い思いの鳴き声を返す4体。

 耳に聞こえる声は違えど、胸に響く想いは同じ……お互いに確かな団結の意志を感じ取ったツバキ達は、休憩を挟み、夕暮れまで特訓を続けたのだった。

 

 

 

つづく




今回はここまでとなります。お付き合いいただきありがとうございます。

タマゴ技や隠れ特性を持った野生ポケモン(ファンファン、ナオ)がいますが、ORASの図鑑ナビ機能で出てくるようなものとお考えください。


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第13話:挑戦、セキチクジム

ジム戦突入回の第13話です。


 セキチクジム突破に向けて特訓を重ねたツバキ達。

 翌日の昼……十分に英気を養い、いよいよ今日はセキチクジムへの挑戦の日だ。

 

「皆の体力満タン、ご飯も食休みも準備運動も済ませて、特性と技の再確認も終わり。……うん、大丈夫……!」

 

 モンスターボールを腰のベルトに着け、バッグを肩からかけ、帽子を被り、その上にポポを乗せてジョーイさんにお礼を言うと、ツバキは意気揚々とポケモンセンターを後にする。

 ……が。

 

「……ジムの場所聞いてくるの忘れた……」

 

 さっきまでの気合いはどこへやら、今さら戻ってジョーイさんに訊ねるのも恥ずかしいツバキは、うろうろし始めてしまう。

 心なしかポポの表情にも呆れの色が見える。

 

「君、どうかしたのかね?」

 

 と、ツバキが困っているのを察してか、道行く初老の男性が声をかけてくる。

 

「あ、その……えっと……す、すみません、セキチクジムの場所……ご存じですか……?」

 

「ああ、ジムなら……ほら、あそこだよ」

 

 男性はポケモンセンターの三軒隣りの建物を指差す。

 ジムというより忍者屋敷な風情であるが。

 

「あ、ありがとうございました!」

 

 ツバキはペコリと頭を下げると、ジムへ向かって歩き出した。

 

「ふわぁ……クチバジムとはずいぶんイメージが違うなぁ……って、いけないいけない……!」

 

 物珍しそうにセキチクジムを見上げていたツバキだったが、観光ではなく挑戦に来た事を思い出して、いよいよ足を踏み入れる。

 

「おや、挑戦者の方ですか?」

 

 入り口付近には1人の男性が立っており、ツバキの来訪に気付くと丁寧に声をかけてきた。

 

「は、はいっ……!」

 

「かしこまりました。ではあちらの扉にお進みください」

 

 男性が指し示した扉……障子を開けると、そこは一面の畳張りの部屋。

 そしてその中央には、忍者装束に身を包んだ男性が瞑想するように佇んでいた。

 

「……挑戦者か。ファ、ファ、ファ……拙者の名はキョウ……トージョウリーグ四天王のキョウよ」

 

 四天王キョウと名乗る男性の言葉に、ツバキは一瞬理解が追い付かず、目をパチクリさせている。

 

「え………………えぇぇーーーーっっ!? し、四天王さん!? な、なんで!? ジ、ジムリーダーさんじゃ……!?」

 

 ……と、ヘナヘナと腰を抜かすツバキを見て、キョウはクックッと笑いを溢した。

 

「く……くく……アッハッハッハ! いや、ごめんごめん! そこまで驚かす気じゃなかったんだけどね」

 

 かと思うと、突然砕けた口調となり、懐から玉のような物を取り出して床に投げ付ける。すると大量の煙が発生し、キョウの姿を覆い隠した。

 煙が晴れると、そこにはキョウの姿は無く、ポニーテールを靡かせた1人の女性が立っていた。

 

「え……? え?」

 

 訳もわからず尻餅をついていたツバキは、ひたすら頭の上に「?」を浮かべている。

 

「ふふ……こっちがアタイの本当の顔。アタイはアンズ。四天王キョウの娘にして、セキチクジムリーダーのアンズだよ! 待ってたよツバキ!」

 

 女性はツバキに手を伸ばして引っ張り起こすと、改めて挨拶をしてきた。……が、ツバキはその言葉に違和感を覚える。

 

「あ、あれ……? わたしまだ名前を……」

 

「何言ってんの、こないだ名乗ってくれたでしょ?」

 

 と、アンズは再度床に煙玉を投げ付け、今度は網笠を被った修行僧に姿を変える。

 

「思い出していただけたかな?」

 

「あ……ああっ! こ、この前のお坊さん……!?」

 

 ツバキが今日何度目かわからぬ驚愕の表情を見せると、三度煙玉が炸裂し、再びアンズが姿を現す。

 が、同時にジリリリとけたたましく警報音が鳴り始めた。

 

「あちゃあ……また煙玉使いすぎて煙感知器が……」

 

「アンズさんまたやったんですか!?」

 

 ワタワタするアンズに、入り口にいた男性が苦言を呈しにやってくる。

 しばらくして警報は止まり、アンズは再度ツバキと向かい合う。

 

「こほん……改めてツバキ、アタイがジムリーダーのアンズだよ。あ、ちなみにさっきツバキにジムの場所教えたのもアタイね」

 

「えぇっ!?」

 

 だとしたら一体彼女はいつの間にツバキより先にジムへ入って変装をしたのか……さすが忍者と言うべきか。

 

「で、この前のはまぁ、パトロールみたいな物でね。ツバキも見た通り、あの辺は夜になるとちょっと危ないポケモンもいるからさ」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

 立て続けにあれこれ発覚し、ツバキは完全に呆気に取られてしまっていた。

 そんなツバキの心境を知ってか知らずか、アンズはぐいっと顔を近付けてくる。

 

「で、今日はジム戦だよね?」

 

「は、はい……」

 

「ふふっ、良いよ、すぐにでも始めようよ。あ、ちょっと離れてて」

 

 アンズはツバキを畳の上からどかせ、自身もその場を離れて、それぞれ部屋の隅に寄る。

 

「忍法・畳返し!」

 

 そして、アンズがパチンと指を鳴らすと、敷き詰められた畳がバタバタと裏返り、あっという間にバトルフィールドへと変貌する。

 

「わぁ……本当に忍者屋敷みたい……」

 

「えっと、ツバキは確かクチバジム突破で、バッジ1個だよね?」

 

「あ、は、はい、そうです」

 

「んじゃ、トレーナーレベル2っと。あ、サイゾウ審判お願い」

 

 アンズは壁に備え付けられたコンソールを弄りながら先ほどの男性……サイゾウに指示を出し、露出した台座からモンスターボール2つを取り出す。

 

「わかりました。……それでは、セキチクジム、トレーナーレベル2のルール説明です。まず、使用可能ポケモンはお互いに2体となります」

 

「2体……」

 

 お互いに使用数は同じ……すなわち、クチバジムの時のように能力差を数で補う事はできず、完全に戦術による勝負となるというわけだ。

 

「……ポポくん、ファンファン、悪いけど今回は見守って、応援してて?」

 

 ツバキはボールからファンファンを出すと、ポポと共に見学に回す事にした。

 

「戦闘不能以外でのポケモン交代は挑戦者のみ認められ、先に相手のポケモンを2体とも戦闘不能にした側の勝利となります。よろしいですか?」

 

「は、はいっ!」

 

「うん、大丈夫だよ。」

 

「では、両者、最初のポケモンを」

 

 アンズはモンスターボールを構えながら不敵に笑う。

 

「……ふふっ、どんなバトルになるか楽しみだねツバキ。惑わし、眠らせ、毒を食らわせる妖しの術……どくタイプの妙、とくとご覧あれ! ジムリーダー・アンズ、参る!」

 

――――ジムリーダーのアンズが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「出番だよズバット!」

 

 アンズの投げたボールから飛び出したのは、青い身体を持つこうもりポケモンの『ズバット』だ。

 

「ミ、ミスティお願い!」

 

 それに対するツバキは、ミスティを繰り出す。

 空中で1回転して着地したミスティは(手が無いのでよくわからないが)ファイティングポーズを取って、戦意十分のようだ。

 それを見たアンズは、笑みを崩さず冷静にツバキの思惑を分析し始める。

 

「(なるほど、毒状態を防ぐためにナゾノクサで来たか。けど、ズバットはひこうタイプも併せ持つ……なら、くさタイプお得意の状態異常を狙ってくるはず)」

 

 バサバサと羽ばたき宙に浮くズバットを、ミスティは強気な目でキッと見上げる。

 ツバキの2つ目のバッジを懸けたセキチクジム戦……戦いの行方を占う緒戦がいよいよ幕を開ける。

 

 

 

つづく




毎度の事ながら、今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました。

アンズは原作通りの髪型にしようかとも思いましたが、マチスの顎髭に比べれば多少違和感がマシだったのでポニテにしました。
髪飾りはモルフォンの羽をモチーフにしました。


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第14話:侵蝕のセキチクジム、忍の毒牙!

いよいよセキチクジム戦の第14話です。
クチバジム戦同様、いつもより長めになっておりますので、予めご了承ください。


 セキチクシティ……カントー地方の街の中では、離島であるグレンタウンを除けば最南端に位置している。

 西には大都会タマムシシティと繋がる自転車コース、通称サイクリングロードが広がり、南には海へと通じる19番水道が存在し、その浜辺は隠れた観光スポットとなっている。

 かつては多数のポケモンが放逐され、料金を支払った客が捕まえ放題というシステムで人気を博したサファリゾーンが存在していたが、現在は閉鎖されている。

 

 そしてポケモンリーグ公認のポケモンジム……セキチクジム。

 先代ジムリーダーの趣味で改装され、忍者屋敷を思わせる造りとなったこのジムは、敵を蝕むどくタイプの使い手達が集い、多くの挑戦者に状態異常の脅威を教え込んできた。

 今まさに、1人の挑戦者がこのジムに足を踏み入れ、ジムリーダー・アンズとの死闘に臨まんとしていた。

 

 

 

 大きな5枚の葉を揺らしてミスティが上方を睨む。

 視線の先にいるのは、目の無い顔で空を自在に飛び回るズバットだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これよりジムリーダー・アンズと、挑戦者・ツバキのジム戦を開始します。先鋒はそれぞれズバット、及びナゾノクサ……変更はありませんか?」

 

 審判を務めるジムトレーナー・サイゾウの問いかけに、アンズとツバキは同時に頷く。

 

「うん」

 

「はい!」

 

「それでは、試合…………開始っ!」

 

 合図と共に先に動いたのはアンズのズバットだ。

 

「お手並み拝見! ズバット、“ちょうおんぱ”!」

 

 視界が存在しないとは思えない素早い動きでミスティの頭上に移動したズバットは、口から“ちょうおんぱ”を放つ。

 ズバットは通常、人間に聞こえないレベルの周波数で“ちょうおんぱ”を放ち続け、その反応で周囲の状況を正確に把握するポケモンであるが、バトルで技として使う場合はさらに強烈だ。

 

「きゃっ……!?」

 

 脳に直接響くような感覚に、ツバキは思わず目を閉じて耳を塞ぐが、直撃を受けたミスティはそれどころの問題ではない。

 足元はおぼつかず、視線は上下左右に揺れ続け、完全に思考のまとまらない混乱状態である。

 

「ミ、ミスティ……!? しっかりしてミスティ!」

 

 ツバキの呼びかけが聞こえているかも怪しいミスティは、葉を使って自分を叩き始める。

 

「畳みかけるよ! “つばさでうつ”!」

 

 再びアンズの前まで戻っていたズバットは、バサバサと羽ばたいてまっすぐにミスティに突撃し、広げた翼を叩き付ける。

 足元がふらついていたところに打撃を食らったミスティは、大ダメージを受けてゴロゴロと転がってしまうが、おかげで混乱から覚めたようだ。

 

「ミスティ大丈夫!?」

 

 ツバキの声に答える代わりにニヤッと笑みを浮かべるミスティは、まだ心は折れていないらしい。

 その反応に頷きを返したツバキは、反撃の指示を飛ばす。

 

「うん……! ミスティ、“ようかいえき”!」

 

 ミスティは空中を飛び回るズバット目がけ、口から“ようかいえき”を連射する。

 だが、基本的に地上から空への攻撃は困難なもので、まして曲射を描いて飛ぶ“ようかいえき”ではなおのことだ。

 

「なかなかの連射速度だけど、ズバットを捉えるには足りないよ! ズバット、もう一度“つばさでうつ”!」

 

 次々放たれる“ようかいえき”を、旋回やきりもみ回転で回避しながら、ズバットがミスティに迫る。射撃密度が濃いため、翼や脚の先端を掠る事はあるが、直撃には至らない。

 しかし、ミスティの眼前まで迫ったところでツバキの次の指示が。

 

「“しびれごな”!」

 

「しまっ……!?」

 

 アンズが気付いた時には遅く、ミスティが自分の周りに撒いた“しびれごな”の中にズバットは突っ込んでしまう。

 “ちょうおんぱ”で人やポケモンを察知する事はできても、微細な粉塵までは対応しきれないのである。

 口から侵入した麻痺毒に身体が痺れたズバットは落下するも、バランスを崩しながらミスティに“つばさでうつ”を当てながら墜落する。

 

「ミスティ!」

 

 ズバットと諸共に倒れ込んだミスティは、フラフラと立ち上がろうとするが、体力の限界を迎えてしまった。

 

「ナゾノクサ戦闘不能! ズバットの勝ち!」

 

「ミスティ……ギリギリまで粘ってくれてありがとう……」

 

 ミスティを抱き上げたツバキは、ポポ達の待機するベンチへパタパタと駆け寄り、そこにミスティを寝かせると、ポポにオレンの実を預ける。

 

「ポポくん、ミスティに食べさせてあげて。……わたしとナオで、絶対に勝って見せるから!」

 

 そして再びパタパタとバトルフィールドの端へと戻り、向かい側のアンズに対してペコリと頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい、バトル中に……」

 

 だが、謝るツバキにアンズは手を振ってにこやかに答える。

 

「気にしないでよ。むしろ、トレーナーとしてポケモンへの愛情を感じて気分が良いくらいだから! さ、続きといこうか?」

 

「は、はいっ! ……お願いね、ナオ!」

 

 ツバキの投げたモンスターボールから、灰色の毛並みを揺らしてナオが姿を現す。

 出てきたナオは、抱いていた壊れたモンスターボールを超能力で浮かせると、ツバキの手元へ送る。

 

「うん、確かに預かったよ、ナオ」

 

 それを見届けると目を光らせ、今度は自身を宙に浮かせて戦闘態勢に入る。

 

「へえ、ニャスパーか。どく相手にエスパー……定石だね」

 

「準備はよろしいですか? ……それでは、ズバット対ニャスパー……試合、再開!」

 

 再開の合図と共に、今度はツバキ側が先手を取る。

 

「ナオ、“サイケこうせん”!」

 

 ナオの両手からピンク色をした毒々しい光線がズバットに向けて放たれる。

 ズバットは飛び上がってかわそうとするが、麻痺しているために思うように高度が上がらず、胴体にヒットしてしまう。

 

「ズ、ズバット!」

 

 煙の中からゆっくりとズバットが浮かび上がる。かろうじて持ちこたえたズバットだが、ダメージと麻痺で既に後が無い。

 

「(もう素早く接近するのも、“エアカッター”を出すために羽ばたくのも無理……なら!)ズバット、そこから“どくどく”!」

 

 満身創痍のズバットの口から紫色の液体がナオに向けて吐き出される。

 超能力で浮遊し、ふわりふわりと回避するナオだったが、地面に落ちた“どくどく”の一部が飛び散り、その身体の一部に付着する。

 

「あっ……!」

 

 わずかに付着しただけで猛毒による侵蝕がナオを襲い、その表情に苦悶が浮かぶ。

 

「お願い……もう少しだけ耐えて……! “ねんりき”!」

 

 毒に苦しみながらも“ねんりき”でズバットを持ち上げ、天井へと叩き付けると、さすがに限界だったのか、ズバットはダウンしつつ落下してくる。

 

「っ! ナオ、お願い!」

 

 地面に叩き付けられる前に、ナオの超能力によって支え、アンズの方へと移動させる。

 急いで戻そうとボールを取り出していたアンズは、一瞬呆気に取られたが、すぐにズバットを受け取り、ボールへ回収する。

 

「ズバット……あんたの戦ぶり、しっかり見届けたからね。……ズバットを受け止めてくれてありがと、ツバキ。でも、手加減はできないからね!」

 

「……はいっ!」

 

「よし……! 行くよアリアドス!」

 

 アンズの投擲したボールから、大型の蜘蛛が現れ、地面に脚を突き立てる。

 

「アリアドス……! あれ、でもなんだか……この前の子より小さいような……?」

 

「鋭いねツバキ。ご明察、この子はこないだのアリアドスの子供で、成長途中なんだ。でも才能は十分だから、甘く見たら痛い目に合うよ!」

 

 先日、修行僧姿で使用した個体に比べ、一回り小さいこのアリアドスはなかなか血気盛んなようで、ぶんぶんとツノを振り回してバトル開始を待っている。

 

「では、アリアドス対ニャスパー……試合、再開っ!」

 

「アリアドス、“こうそくいどう”!」

 

 試合が再開されると同時、アンズはアリアドスの素早さを引き上げる。その動きは残像が残るほどに高速化し、最高速で動けば目で追うのは非常に難しくなっている。

 

「“あくび”して、ナオ!」

 

 ナオはアリアドスに見せつけるように“あくび”をして眠気を移そうとする。……が、アリアドスはそんな事どこ吹く風とばかりに爪で頬を掻いている。

 

「残念だったね。この子の特性は“ふみん”。1週間寝なくたってへっちゃらなんだから」

 

「っ……! ナオ、“サイケこうせん”!」

 

 ならばと“サイケこうせん”で遠距離から仕留めようと試みるが、今のアリアドスに当てるのは難しい。

 

「ふふん、この速度、捉えられる!? “シグナルビーム”!」

 

 アリアドスは4本の脚を使って器用にステップを踏んで“サイケこうせん”をかわしながら、ツノの先端から“シグナルビーム”が発射される

 

「うっ……! ナ、ナオ、“ひかりのかべ”!」

 

 ナオの眼前に透明な板状の力場が発生し、“シグナルビーム”は透過の間に威力が減衰する。

 これによって致命傷を避けたナオだが、猛毒のダメージは依然として蓄積され続けている。

 

「やるね……! なら、これでどう!? “とびかかる”!」

 

 大きくジャンプしたアリアドスは脚の爪を交差させ、ナオ目がけ勢いよく落下してくる。

 

「(来たっ……!)まだ……まだだよナオ………………今っ!」

 

 “とびかかる”が当たる寸前、ナオは余計な力を抜いて不規則に浮遊し、アリアドスを受け流す。

 そして、ナオにかわされ地面に降り立ったアリアドスが、突然驚いたように飛び上がる。

 

「っ!? どうしたのアリアド……あっ!?」

 

 アンズが目を凝らしてアリアドスの足元を見ると、黒い液体が水溜まりのようになっている。

 

「ま、まさか……さっきのナゾノクサの“ようかいえき”!?」

 

 そう、それは連射しつつもズバットに回避され続けた、ミスティの“ようかいえき”だ。

 見ればアリアドスの周りには同じような水溜まりが多数存在し、さながら地雷原のような状態を作り出し、アリアドスの動きを大きく制限していた。

 

「(この子、まさか最初からこれを狙って……!?)」

 

 考え始めれば、アンズの頭の中ではここまでのツバキの行動に次々と合点がいっていた。

 空を飛んでいて当たりにくいズバットに“ようかいえき”を撃ち続けたのは、攻撃の裏でこのトラップを作るため。

 ナオに交代後、すぐに超能力で浮遊させたのは、地面から注意を逸らすため。

 “ひかりのかべ”で遠距離攻撃を封じたのは、接近戦を誘発してこの地雷原へと誘い込むため。

 そして、ツバキの性格から考えれば完全な善意だったのだろうが、落下するズバットを助けたのも、結果として視線を空中へと向けさせる事になった。

 

「動きが止まった! ナオ、“サイケこうせん”!」

 

 ツバキの攻撃指示にハッと我に返ったアンズは、負けじと迎撃の指示を下す。

 

「“シグナルビーム”!」

 

 ナオとアリアドスから同時に放たれた光線は空中で衝突し、異なるエネルギーが混ざりあって爆発を引き起こした。

 

「“とびかかる”で脱出!」

 

 地雷原から脱出してナオを叩き落とすべく、アリアドスは渾身の力を込めて跳ね上がり、爆煙の中からナオに襲いかかる。

 だが。

 

「えっ……いない……!?」

 

 煙から飛び出したアリアドスの爪は虚空を裂き、力無く落下し始める。

 そして、今まさに空中に残る煙の横を落ちる瞬間、煙の中に青い光がボウッと浮かび上がる。

 

「アリっ……!」

 

「“ねんりき”!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 大量の煙を吹き飛ばし、その中から姿を現した息絶え絶えのナオの“ねんりき”によって、アリアドスは本来よりも遥かに早い速度で地面に叩き付けられた。

 

「“サイケこうせん”!」

 

 そして、すかさず“サイケこうせん”照射の追撃が入り、アリアドスの背中を直撃した。

 煙が晴れると、目を回して倒れ込んだアリアドスが現れ、その横にはナオが立っているのがやっとの状態で佇んでいた。

 

「……アリアドス、戦闘不能! ニャスパーの勝ち! よってこのジム戦、勝者は挑戦者・ツバキ!」

 

 サイゾウの勝者宣言を聞いても、しばし思考の固まっていたツバキだったが。

 

「ツバキ。……おめでとう、あんたの勝ちだよ」

 

「……あ……」

 

 アンズからの賛辞を受け、ようやく現状を理解する。

 すなわちアンズに勝利し、セキチクジムを突破した……という現状を。

 ツバキは徐々に顔を綻ばせながら、足早にナオに駆け寄り抱き締める。

 

「……ナオ……勝ったよナオ……!」

 

「……ふふ。ツバキ、毒を治すモモンの実だよ。その子に食べさせてあげな」

 

「あ……ありがとうございます! ……ほら、ナオ」

 

 ツバキはアンズの投げた木の実を受け取ると、少しずつちぎってナオに食べさせていく。

 すると、ナオの青ざめた顔は見る見る元の色へと戻り、表情もにこやかなそれに変わる。

 ツバキが預かっていたモンスターボールをナオに返すと同時に、ベンチからミスティも駆け寄り、ツバキの腕の中へとダイブしてくる。

 

「あ、ミスティ! 良かった……ミスティも元気になったんだね……」

 

 ミスティとナオを抱き締め、ツバキの口からはひたすら感謝の言葉が紡がれる。

 

「ありがとう……ありがとうミスティ、ナオ……! 苦しかったのに頑張ってくれて……2人とも本当にありがとう……!」

 

 ツバキが2体を抱いている間、アンズもまたアリアドスの背中を撫でていた。

 

「お疲れ様、アリアドス。一歩届かなかったけど、あんたもすごく頑張ったね、ありがとう。あとでポケモンセンターに連れてったげるから、今は休んでて。……サイゾウ!」

 

「はい」

 

 アリアドスをボールに戻しながら、アンズはサイゾウからプラスチックケースを受け取り、ツバキ達へと歩み寄る。

 

「ツバキ。忍の裏をかく緻密な戦術、見事だったよ。あれを実現できた事自体が、トレーナーがポケモンを理解し、ポケモンもトレーナーに全幅の信頼を置いてる証拠……天晴れって奴だよ」

 

「あ、ありがとうございます! ……でも、2体目が地に足を付けないポケモンだったらどうしよう……っていう不安はありましたけど……」

 

「運も実力の内ってね。その賭けに勝って、アタイにも勝ったんだから、もっと胸を張りなって♪」

 

 ニカッと歯を見せ笑うアンズに、ツバキの表情も緩み、次の瞬間には満面の笑みへと変わっていた。

 

「……はいっ……!」

 

「うん、良い笑顔! それじゃ、ツバキ。これがポケモンリーグ公認、セキチクジムを勝ち抜いた証……ピンクバッジだよ。はい、受け取って」

 

 アンズはツバキの手を取ると、その手のひらに美しいピンク色のバッジを置いた。

 

「わぁ……! ……ありがとうございます、アンズさん……! ピンクバッジだって、可愛いし綺麗……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「それと、これはオマケ! “どくどく”の技マシンだよ。色んなポケモンが覚えられるけど、どくタイプのポケモンなら本能的に最適な使い方を理解してるから、より効果的なはずだよ」

 

「良いんですか……? ありがとうございます!」

 

 アンズから紫色のディスクを受け取り、ポポが持ってきたバッグへとしまう。

 そして、ピンクバッジも懐から出したバッジケースに忘れずにセットする。

 

「これでバッジ2つ……残りは6つ、頑張ってねツバキ」

 

「はいっ!」

 

 ケースの中で輝くオレンジバッジとピンクバッジ。

 それを見つめるツバキの瞳もまた、一歩近付いたポケモンリーグへの希望を実感するかのようにキラキラと輝いていた。

 

 

 

つづく

 

 

 

【ツバキの現在の手持ちポケモン】

 

■ポポ(ポッポ(♂))

レベル20

特性:するどいめ

覚えている技

・すなかけ

・かぜおこし

・でんこうせっか

・ブレイブバード

 

■ミスティ(ナゾノクサ(♀))

レベル17

特性:ようりょくそ

覚えている技

・ようかいえき

・どくのこな

・しびれごな

・ねむりごな

 

■ファンファン(ゴマゾウ(♂))

レベル17

特性:ものひろい

覚えている技

・かぎわける

・まるくなる

・ころがる

・じゃれつく

 

■ナオ(ニャスパー(♀))

レベル18

特性:マイペース

覚えている技

・ねんりき

・ひかりのかべ

・サイケこうせん

・あくび

 

【アンズの使用ポケモン】

 

■ズバット(♀)

レベル19

特性:せいしんりょく

覚えている技

・ちょうおんぱ

・つばさでうつ

・エアカッター

・どくどく

 

■アリアドス(♂)

レベル23

特性:ふみん

覚えている技

・どくどく

・こうそくいどう※

・シグナルビーム

・とびかかる

 

※レベル的には覚えないが、引き継ぎ技




はい、長文へのお付き合いありがとうございました!

この後に控えるジムリーダーは残り6人ですが、その内4人はオリジナルキャラとなります。
今回は2対2でしたが、今後対戦時のポケモン数が増えたら恐らく2話以上に分けます。


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第15話:早起きは三文の徳?

激闘回の後という事で、まったり進む第15話です。


 セキチクジムリーダー・アンズとの激闘を制し、見事ピンクバッジを手に入れたツバキ。

 昨日の戦いの疲れからポケモンセンターでポケモン達を休ませた後、すぐに眠りに落ちてしまった彼女は、日の出とほぼ同時に目を覚まし、ポケモンセンター個室の窓を開け放って早朝の風と光を身体いっぱいに浴びる。

 

「んんっ…………はぁ……。こんなに早く起きたのいつぶりかな……」

 

 窓から身を乗り出せば、ポッポやムックル、レディバの群れが日差しを受けて飛び、地上に視線を落とせば、人通りの少ない道端で追いかけっこをするヨーテリー達をムーランドが見守っている。

 早朝ならではの風景を楽しんだツバキは、もう一度身体を伸ばしてからシャワーを済ませ、着替えを始めた。

 今日はセキチクシティを離れ、タマムシシティを目指して18番道路へ向かうのだ。

 

「ジョーイさん、お世話になりました」

 

「はい、ポケモンリーグ頑張ってね」

 

 ジョーイさんにお礼をして、ポポを頭に乗せながらポケモンセンターを出ると、近くの木陰にアンズが寄りかかっていた。

 

「あ、ツバキー」

 

「アンズさん?」

 

 アンズはツバキに気付くと、手を振りながら歩み寄ってくる。

 

「もうタマムシに行くの? もっとゆっくりしてけば良いのに」

 

「わたしもゆっくり見て回ろうと思ったんですけど……やっぱり、新しいポケモンやトレーナーさんに会うために、今はどんどん進んでみようかなって思って」

 

 ツバキは静閑なセキチクシティの街並みを眺め、目を細める。

 

「だからポケモンリーグが終わったら、もう一度カントー地方を回ろうと思うんです。今度はゆっくり、時間をかけてポケモン達と」

 

「……そっか」

 

 アンズもツバキに倣い、生まれ育った街並みを眺めて笑みを浮かべる。

 

「……っと、そうだ。ツバキにこれを渡そうと思ってたんだよ」

 

 ハッとしたアンズは、懐から1つの石を取り出し、ツバキに差し出してきた。

 

「……? これは……」

 

 アンズの手に収まっている石は、覗き込むと吸い込まれそうな錯覚に陥るほどに深い黒色。漆黒とはこういう物を言うのだろう。

 

「これは闇の石っていう物で、特定のポケモンを進化させる不思議な石なんだ。ツバキがこの先ポケモンをたくさん捕まえて、ポケモン図鑑を作るなら役に立つんじゃないかな」

 

「……良いんですか? いただいて……」

 

「拾ったは良いんだけど、アタイどくタイプ専門だからねぇ。それ使えるのゴーストかあくなんだよ。自分に使い道が無いなら、他の人に渡した方が良いからね」

 

「……ありがとうございます、アンズさん。大事にします」

 

 両手で受け取ったツバキは、石をバッグにしまいながら、ふと湧いた疑問を口にする。

 

「ところで、わざわざこれを渡すために……?」

 

「ん? ああ、それもあるけど……」

 

 その疑問に、アンズは木陰に置いた荷物を指し示した。

 

「ちょっとセキエイ高原に用があってね。父上にお弁当を届けるんだ」

 

「お父さん……確か、四天王のキョウさんですよね?」

 

「うん。トレーナーとしての実力はあるんだけど、その他が結構ずぼらでね。ほっとくと兵糧丸とかで済ませてロクな物食べずに修行に没頭するから、たまにこうして差し入れしなきゃいけないの。ホント手のかかる父上でさ」

 

 文句や愚痴に聞こえる言い回しだが、その表情は明るい。アンズにとっては、これも1つの楽しみなのだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ふふっ、キョウさんが大好きなんですね」

 

「まぁね。トレーナーとしても尊敬してるし、不器用だけど親としての愛情も感じてるし。なによりアタイに忍やトレーナーとしての心構え、ポケモンとの付き合い方を教えてくれたのも父上だから」

 

 子供の頃を思い出しているのか、アンズはしばし目を閉じて穏やかな表情を浮かべた。

 

「……さて、そろそろ行かなきゃね。昼までには戻ってジムにいなきゃ、挑戦者が来た時困るし。それじゃツバキ、頑張ってね。あんたならきっとポケモンリーグでも通用するトレーナーになれるよ!」

 

「……はい、頑張ります! アンズさんもお元気で!」

 

 手を振りながら走り出したアンズは、置いておいた荷物をすり抜けざまに回収すると、モンスターボールから出したクロバットに掴まって西の方角へと飛んでいった。

 その姿が見えなくなるまで見届けたツバキは、改めて18番道路へ向けて歩き出した。

 

「……アンズさんて元気だよね、ポポくん。わたしもあれくらい……ううん、あの半分でもハキハキできたらなぁ……」

 

 アンズの快活さが羨ましくなったツバキは、歩きながら頭の上のポポに話しかけ、ポポは励ますように翼で頭をポンポンと叩いてくる。

 

「そうだよね、わたしだっていつかきっと……ん……?」

 

 道の脇の草むらがガサガサと揺れる。

 そして姿を現したのは、ねこかぶりポケモンの『ニャルマー』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「わぁ、初めて見るポケモンだ……! ……へぇ、ニャルマーかぁ……よーし、ゲットしちゃおう! お願いファンファン!」

 

 ツバキの投げたボールから、ファンファンが飛び出して着地し、野生のニャルマーと睨み合う。

 ガンを飛ばされたのが気に入らなかったのか、ニャルマーが不機嫌そうに爪を伸ばして飛びかかってきた。“ひっかく”攻撃だ。

 

「ファンファン、“まるくなる”!」

 

 すかさず丸くなって防御態勢に入ったファンファンの背中にニャルマーの爪が当たるが、こうなると痛いのはニャルマーの方だ。

 華麗に宙返りをして後退したニャルマーは、自分の爪をペロペロと舐める。

 

「そのまま“ころがる”!」

 

 ゴロゴロと転がって追撃するファンファンだが、ニャルマーは軽やかにヒラリヒラリと回避する。

 やがて“ころがる”の勢いが落ちると、ファンファンは丸まった状態を解除する。

 

「あの子速い……! ファンファン、“じゃれつく”!」

 

 鼻を大きく振り回してニャルマーへ真正面から突進するファンファンだったが、ニャルマーは慌てる様子も無く、目を見開いて光らせる。

 すると、ファンファンの瞼が重くなり、走る速度も落ちてとうとうその場で眠ってしまった。ニャルマーの“さいみんじゅつ”である。

 

「あっ、ファンファン……!」

 

 ファンファンが動きを止めた事で興味が無くなったのか、ニャルマーは再び草むらの中へと姿を消してしまった。

 

「……逃げられちゃった。……まぁ、仕方ないよね。起きてファンファン、ファーンファン」

 

 優しくファンファンの頭をさすると、ゆっくりと目を開き、ハッとして辺りを見回す。

 

「ニャルマーには逃げられちゃった。……でも、頑張ったねファンファン」

 

 褒めるツバキに、申し訳なさそうな表情をするファンファンだったが、突然くんくんと鼻を鳴らし始める。

 

「ファンファンどうしたの?」

 

 しばし鼻を鳴らして、何かを探すように歩き回ると、立ち止まって前脚で地面を掘り始めた。

 何事かとツバキも一緒になって掘ってみると、1つの石が出てきた。太陽のような形をした、ピカピカとオレンジ色に輝く石だ。

 

「わぁ……! お日様みたいで綺麗な石……もしかして、これも進化の石なのかな? えへへ、お手柄だねファンファン……♪」

 

 ツバキに撫でられ、ファンファンは「名誉挽回成功」とでも言わんばかりのドヤ顔を見せる。

 土を払い、ファンファンをボールに戻すと、ツバキは立ち上がり意気揚々と歩みを再開する。

 

「朝から良い事があって、なんだか今日は素敵な1日になるような気がする。えへへ……♪」

 

 幸先の良さに頬が緩んだツバキは、この先の道程にも期待を膨らませる。

 どんなポケモンがいるのか?

 どんなトレーナーと出会えるのか?

 どんな風景が待っているのか?

 早朝の爽やかな空気と共に、ツバキの胸にはたくさんの希望が湧き上がる。

 新しいポケモンを仲間にはできなかったものの、心理的にも物理的にも得る物の多かった、そんな1日の始まりだった。

 

 

 

つづく




はい、今回もお付き合いいただいてありがとうございました!第15話終了です!

しかしまぁ、カントー地方は最初のポケモンの舞台という事で、書いてると謎の安心感があります。


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第16話:灼熱のウォーキングロード

サイクリングロードを進むと言ったな。あれは嘘だ。
そんな第16話スタートです。


 セキチクジムでピンクバッジを獲得し、ジムリーダーであるアンズに別れを告げたツバキは、次なる街・タマムシシティを目指して18番道路を進む。

 この先の16、17番道路は、通称サイクリングロードと呼ばれ、自転車またはバイクでスイスイとタマムシシティへ行ける事で有名だ。

 そして道路や街を結ぶゲートに入り、ズラリと並ぶレンタル自転車を見た瞬間、ツバキの顔が青ざめる。

 

「…………わたし……自転車乗れない……」

 

 そう、なんとツバキは自転車に乗れないのである。

 というのも、元々運動神経が大して良いわけでない上、お世辞にも広いとは言いがたいグレンタウンでは必死になって乗りこなす必要も無かったからなのだ。

 ツバキの視界に補助輪付きや三輪車が映るものの、見なかった事にする。さすがのツバキにもプライドくらいはあるのだ。

 

「あ、大丈夫ですよ」

 

 意を決して自転車に乗れない旨をゲート係員に伝えると、実に軽い返事が返ってきた。

 

「実は自転車に乗れない人も少なくはないものでして。そういった人達のご要望が多かったため、2年前に拡張工事が行われ、自転車用と歩行者用で道を仕切ったんですよ」

 

「そ、そうなんですか……良かった……」

 

 徒歩でも進める事に安堵したツバキは、ほうっと息を吐く。

 

「歩行者用道路へは、そちら、向かって右側の扉からどうぞ」

 

「は、はい、ありがとうございます」

 

 親切な係員にペコリと頭を下げ、ツバキは言われた通りに扉を開けて進む。

 なるほど、確かに進んだ先は背の高いフェンスが道なりに伸び、自転車用道路とは厳重に分けられている。

 

「これなら安心して進めるねポポくん」

 

 元より空を飛べるポポには徒歩も自転車も……というかそもそも道路すら関係無いのだが、とりあえずポポは頭の上から同意の声を上げておく。

 登り坂ではあるが、そこまで急な傾斜でもないので歩くのは大して辛くはない。……が。

 

「ふぅ……ふぅ……はふぅ~……」

 

 それはあくまで大人の場合ならという話。

 10歳の女の子であるツバキには、坂道&そこそこ長い道程はなかなかに堪える。

 17番道路から16番道路に差しかかる辺りで休憩用のベンチを見つけたツバキは、座り込んで乱れた呼吸を整える。

 

「んく、んく……はぁ……この辺りで半分くらいかなぁ……」

 

 自販機で買ったミックスオレで喉を潤すと、まだまだ続いている道を眺めてげんなりした表情を浮かべる。

 と、そんなツバキの視界が、道の脇にある青々とした草むらを捉える。

 

「……! 草むら……ポケモンいるかな……? 行ってみようポポくん!」

 

 疲労をポケモンへの好奇心が上回ったツバキは、ベンチから立ち上がって駆け始める。

 まぁ、草むらに入る事にすらビクビクしていた頃に比べればマシではあるのだが、いずれ疲労を忘れて動き回った挙げ句に倒れてしまうのでは……と不安を抱かずにはいられないポポも後を追う。

 そろりそろりと草むらを分けて進むと、空気がほんのりと暖かくなってきた。

 

「……? なんだろう……」

 

 こそっと草と草の間から覗くと、正面が薄黄色で、背中側が黒いポケモンが丸まって眠っていた。

 ひねずみポケモンの『ヒノアラシ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「わぁ……!」

 

 ツバキが初めて見るポケモンに目を輝かせていると、気配に気付いたのかヒノアラシが目を覚まして視線がぶつかる。

 

「あ……ご、ごめんね? 起こしちゃ……」

 

 ツバキが言い終わる前に、ヒノアラシが驚愕の表情と声を上げ、その背中から炎が吹き出して口から“ひのこ”が連射される。

 しかも狙いが定まらずあちこちに散っていく。

 

「あわわわわわ……! お、落ち着いて! こ、こんな所で撃ったら火事になっちゃうよぉ~!」

 

 それだけは避けねばと、ツバキとポポは草むらを出ようと走る。

 視界の端にはマグマッグやポニータ、ガーディ……。

 

「なんでこんなにほのおタイプっぽい子がいるのここぉ~!?」

 

 なぜか大量にいるほのおタイプ達をじっくり観察する間も無く、“ひのこ”に追われて転がるように草むらから這い出る。

 そして少し遅れてヒノアラシも草むらから姿を現した。どうもまだ興奮状態らしく、鼻息荒く、背中の炎は燃え盛ったままだ。

 

「バ、バトルして落ち着かせるしか……! ポポくん!」

 

 焼き鳥にされかけたからか、ポポもやる気満々でヒノアラシと対峙する。

 ポポを標的と定めたヒノアラシは、再び“ひのこ”を連射してきた。

 

「ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

 近くに草むらがあるこの場所では、迂闊にほのお技を“かぜおこし”で跳ね返そうとしては、延焼の恐れがある。

 ならばスピードで攪乱しての直接攻撃が最も安全かつ有効と言えるだろう。

 飛来する“ひのこ”を小柄な身体を活かした旋回機動で回避しつつ、“でんこうせっか”を叩き込む。

 すると、体勢を立て直したヒノアラシの身体が消え、次の瞬間、ポポの横腹に突進していた。

 

「む、向こうも“でんこうせっか”……!? ポポくん大丈夫!?」

 

 起き上がったポポは、同じ技を返された事で対抗心が燃え上がったのか、さっきまでよりも闘争心に満ちた視線をヒノアラシに向ける。

 ヒノアラシは追い討ちのように背中の炎を一際激しく燃やす。

 

「また“ひのこ”が来るよポポくん!」

 

 発射された“ひのこ”に対し、ポポは翼を震わせて空に舞い上がると、通常の“かぜおこし”よりも翼に力を込め、一気に降り下ろす。

 巻き起こった風は1ヵ所に集まり渦を巻き、天へと伸びてゆく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……!? これ、もしかして……!」

 

 ポケモン図鑑を取り出したツバキがポポの個体情報を開くと、“かぜおこし”の部分が“たつまき”へと上書きされていた。

 

「ポ、ポポくんすごい! ドラゴンタイプの技だって……!」

 

 “ひのこ”は“たつまき”に巻き込まれて上空へと消え、さらにヒノアラシ自身も飲まれて空中へ放り出される。

 落下したヒノアラシは、ダメージは大きくフラフラと起き上がる。

 しかし、頭が冷えたのかもう戦意は無いようで、落ちた時に打った腰をさすっている。

 

「…落ち着いた? それじゃあ、キズぐすりを付けるね。ポポくんもおいで」

 

 ツバキはポポとヒノアラシの打撲部分にキズぐすりを吹き付け、手でしっかりと塗り込んでいく。

 ヒノアラシはツバキの動きにビクビクしていたが、瞬く間に痛みが抜け、その場で跳ね回り始めた。

 いつもの事ながら、ポケモン用キズぐすりの即効性と効果は驚異的だ。

 

「ねぇ、もし良かったらなんだけど……」

 

 ツバキはヒノアラシの動きを見守りながら、自分の方を向いたところでモンスターボールを見せる。

 

「わたし達と一緒に来ない? ヒノアラシ。わたし達、いろーんな所を旅して回ってるの。もしかしたら、ここよりももっと広くてすごい風景が見られるかもしれないよ?」

 

 ヒノアラシはじっとツバキの顔とポポ、そしてボールを見比べ、悩むように右往左往していたが、やがて意を決したように走り寄ってきてボールのスイッチを自らの右手で押した。

 ヒノアラシの身体はボールの中へ収納され、2回3回と揺れたボールが動きを止める。捕獲完了だ。

 

「……ヒノアラシ、ゲットだね……! 出ておいで!」

 

 ツバキはすぐにボールからヒノアラシを出して抱き上げる。

 

「これからよろしくね。一緒に強くなって、色々な場所を見ようね」

 

 腕の中で両手と鳴き声を上げるヒノアラシに微笑むと、ツバキはポケモン図鑑でヒノアラシの情報を確認し始める。

 

「へぇ~、火山みたいなポケモンなんだねヒノアラシって……」

 

 ツバキにとって火山はあまり良い思い出が無いが、当然その事と目の前のポケモンを結び付けて考えるつもりは無い。

 

「火山……火山は確か……ボルケーノ………………あっ! ケーン! ケーンてどうかな、あなたの名前!」

 

 ツバキの付けたニックネームを気に入ったようで、ヒノアラシは拍手をするように両手を打ち合わせた。

 

「ふふっ、新しいお友達が増えたね、ポポくん。それに……かっこよかったよ、ポポくんの“たつまき”!」

 

 ポポは頭を撫でられ褒められ、満更でもないという表情を浮かべ、照れ隠しのようにツバキの頭の上に乗る。

 

「えへへ……ポポくんは新しい技を覚えて、仲間も増えて……やっぱり今日は良い日だね! さぁ、タマムシシティまでもう半分くらい。頑張ろう……!」

 

 ヒノアラシ……ケーンを胸に抱き、ポポを頭に乗せ、ツバキは再びタマムシシティへ向けて歩みを進める。

 次に目指すはタマムシジム……ポケモンリーグへの3歩目だ……!

 

 

 

つづく




今回も雑文にお付き合いいただきましてありがとうございました!

作中では演出の都合で書き換えたけど、ぶっちゃけ“たつまき”より“かぜおこし”のままの方が汎用性ありそう。


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第17話:初めての大都会

タマムシシティに到着する第17話スタートです!


 サイクリングロード……もといウォーキングロードでヒノアラシのケーンを仲間に加えたツバキは16番道路を進み、ついにタマムシシティへと到着する。

 そして……。

 

「ふわぁ~~~~…………」

 

 後ろに倒れるのではないかと思うほどに身体を反らして建物を見上げるツバキ。頭から転げ落ちそうになったポポが慌てて羽ばたく。

 クチバシティも港街だけあって広かったが、ここタマムシシティはそれに加えて建物もいちいち大きく、カントー随一の大都会という看板に偽り無しである。

 デパート、マンション、ゲームコーナー……グレンタウンでは見る事の叶わない立派な建物の数々にツバキは目を丸くする。

 と、壮観な街並みに圧倒されて立ち止まるツバキに通行人の肩がぶつかる。

 

「あっ、ご、ごめんなさい……」

 

 建物もさる事ながら、行き交う人の多さにも驚かされる。

 あまりの密度に目の回ってきたツバキは、広い公園へと足を踏み入れ、ようやく一息吐く。

 

「皆、出ておいで」

 

 ミスティ、ファンファン、ナオをモンスターボールから出すと、ケーンを紹介し、それぞれに挨拶を始める。

 ミスティは葉でケーンの背中をポンポンと叩き、ファンファンは身体を擦り付け、ナオは軽くその頭に手を触れる。

 

「せっかくの広い公園だし、ケーンと仲良くなるために皆で少し遊ぼっか?」

 

 ツバキの提案に賛同の声を上げるポケモン達。

 ツバキはバッグから手のひら大のゴムボールを取り出すと、人のいない方へ軽く投げ、ポポ以外のポケモン達は我先にとボールを取りに走り出した。

 

「ポポくんは良いの?」

 

 頭の上のポポに語りかけると、バサバサと羽ばたいてツバキの腕の中に潜り込んできた。

 

「……そういえば最近ずっと帽子の上で、こうやって抱いた事はあんまり無かったねポポくん。……えへへ、ポポくんふわふわ~♪」

 

 ポポの羽毛に頬擦りすると、ポポはくすぐったそうな表情をしつつも拒絶はしない。

 旅に出てからはほとんどツバキの頭の上がポポの定位置となっていた。それは、ツバキの腕の動きを阻害してしまわないようにというポポなりの配慮からだ。

 そんなポポでも、やはりこうしてのんびりする時くらいは甘えたいものなのである。

 

「……こんなに大きい街なんて、グレンタウンにいた時には想像もできなかったねポポくん」

 

 噴水の縁に座ったツバキは、膝に乗せたポポを撫で、その羽毛を指で鋤きながらタマムシシティの街並みを眺める。

 

「やっぱり世の中は広いね。知らなかった物が見れて、たくさんの人に会えて、新しい友達も増えて、色んな経験ができて……わたし、旅に出て良かったって思うよ。……ポポくんは?」

 

 タマムシデパートからボールで遊ぶ4体、そしてポポへと視線を移しながら話しかけると、同意するように短い鳴き声を上げる。

 

「そっか、ポポくんもそう思うんだね。……あの時……クチバシティで諦めそうになった時、諦めなくて良かった……」

 

 やがて、ポケモン達がツバキの足元に戻ってきて、一緒にボールで遊ぼうと誘う。

 

「ふふっ、そうだね。わたし達も遊ぼうかポポくん?」

 

 立ち上がったツバキとポケモン達は円を作り、地面に落とさないようにボールをパスしていく。

 パワーのあるファンファンがたまに見当違いの方向へ飛ばしてしまうが、ナオが超能力で止める。

 ミスティやケーンがジャンプして弾き飛ばしたボールを、ポポが翼で器用にツバキへ回す。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ポケモン達と触れ合う充実した時間は瞬く間に過ぎ去り、気が付けば日が傾き始めていた。

 

「ふぅ……あ、もうこんな時間……残念だけど、今日はここまでだね。皆戻って」

 

 ツバキは4体をモンスターボールに戻すと、ポケモンセンターを探して公園を出る。

 ……すると。

 

「おうおう、見かけねぇ顔だな嬢ちゃん」

 

「ひっ……!?」

 

 ガラの悪い男2人に絡まれてしまった。

 気弱な見た目と性格なためか、どうにもこの手の輩を引き寄せてしまうらしい。

 恐々と相手の顔を見ると、それが癪に障ったのか、男達は語気を強める。

 

「カントー連合にガン飛ばすたぁ良い度胸だなアァン!?」

 

「詫びとしてポケモンと有り金全部出せやコラァ!」

 

「ひっ……ひぅぅ……」

 

 気の弱いツバキにとって、こういったタイプはまさに天敵であり、ロクに言葉も出なくなってしまう。

 周囲の人々は面倒事に巻き込まれまいと距離を取って足早に通りすぎてゆく。

 我慢の限界を迎えたポポが男達に噛み付かんと頭の上から羽ばたいたが……。

 

「っ! ポポくんダメっ!」

 

 慌ててツバキが抱き止めて制止する。

 他のポケモン達も主人の異変を察したのか、腰のモンスターボールがカタカタと揺れ始めた。

 

「み、皆もダメ……! お、お金は……出しますから……ポケモンは……ポケモン達は……!」

 

「ポケモンもだよ!」

 

「お前みたいな弱っちそうな奴が持ってたってポケモンがかわいそうだろぉ?」

 

「うっ……うぅ……」

 

 恐怖心から腰が抜け、力無くへたり込むツバキだったが、夕暮れの街に勇ましく凛とした声が響く。

 

「おい、何やってんだテメェら」

 

「あぁ!? ……げぇっ!」

 

 男達の雰囲気が変わったのを察したツバキが顔を上げると、長大な蛇のようなポケモンを伴った女性が睨みを利かせて立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ったく、これだからカントーのチンピラは始末がわりぃ。女子供にゃ手出ししねぇって仁義すらねぇのか、あぁ?」

 

「うっ……」

 

「これ以上姐さんのシマで好き勝手するってんなら……良いだろう、オレが相手になってやるよ。ただし、無傷で済むと思うんじゃねぇぞコラ」

 

 女性が連れているポケモンの目付きと気配が明らかに変わり、威圧するような視線が男達を貫く。

 

「お…………覚えてろーっ!」

 

 そのポケモンの威容に気圧された男達は、腰の引けた状態のまま逃げ出していった。

 

「はんっ、んなマヌケ面ぁ誰が覚えるかっての。……おい、何もされてねぇか?」

 

 ツバキの前まで歩いてきた女性は屈み、座り込んだツバキと視線を合わせる。切れ長の鋭い目だが、瞳には確かな優しさが宿っている。

 

「……あ……は、はい……ありがとう……ございます……」

 

「気にすんなって。オレはよ、ああいう自分より立場のよえぇ奴相手にイキッてる連中が死ぬほど嫌いってだけなんだからよ」

 

 歯を見せて笑いながら女性はツバキの手を取り、助け起こす。

 なんだか最近色々な人に助け起こされてるなと思いながら、ツバキはスカートの埃を払う。

 すると、ツバキの腰に5つのモンスターボールが着いている事に気付いた女性がそれを指差す。

 

「あん? なんだお前他にもポケモン持ってんじゃねぇか。それならあんな奴らシメちまえば良いのによ」

 

 女性のその発言に、ツバキの表情が曇る。

 

「……それは……イヤです……。大事なポケモン達に……人を傷付けてほしく……ないです……」

 

「ん……。……くくっ、なるほどな、一理あるなそりゃ。……だがな」

 

 返ってきたツバキの言葉に笑みをこぼす女性だったが、すぐに真剣な表情へと変わる。

 

「オレが来なきゃ、その大事なポケモン達を連中に奪われてたかもしれねぇんだぞ?」

 

「っ!! ……そ、それは……」

 

「お前にも信念があるんだろうがよ、それに囚われてばっかじゃ、守りてぇもんを守れねぇ事もあるんじゃねぇのか?」

 

 女性の言葉にツバキは無言で俯いてしまう。その言葉は決して間違っていないからだ。

 

「(この人がいなかったら、わたしが何もしなかったせいで……皆が……)」

 

「信念なんてもんは誰にだってある。だが、決めた信念を何がなんでも守る事と、もっと大事なもんのために部分的に曲げる事……どっちが正しいかなんてムズい事はオレにもわからねぇ。だからオレは、自分の心がその時々に強く求める事をするんだ。直感的に感じた事をな」

 

 自身の胸を親指で差す女性の表情には、一切の迷いが無い。

 

「心が……求める事……?」

 

「……ま、赤の他人のオレが口うるさく言う事でもないけどな。お前の信念を決めるのも知ってるのもお前自身だ。……よっこらせっと……じゃ、オレはさっきみてぇな連中がうろついてねぇか見回りに行くからよ」

 

 女性は背中を見せて歩き出し、最後に振り返りながら声をかけてくる。

 

「だがよ、後からああすりゃ良かったなんて悩むくらいなら、考える前に動く事も大切だと思うぜ。じゃあな」

 

「……あっ……。……考える前に……動く……」

 

 ツバキはポポを抱いて顔を合わせる。

 

「……ふふっ……なんだかマチスさんに励まされた時みたいだね。……わたしは皆に人を傷付けてほしくない。でも、皆はわたしを助けたいと思ってくれた。そして、わたしは皆がやりたいと思う事をしてほしい……こういうのを堂々巡りって言うのかな?」

 

 思案を始めたツバキの表情は険しくなり無言になっていったが、ポポに頬を突つかれ我に返る。

 

「……守りたい物のために、自分を曲げる事……自分の心が何を求めるか……」

 

 ツバキはポポを抱いたまま、ひとまずポケモンセンターへ向かう。

 しかし夕食を済ませ、シャワーを浴び、布団に入っても、ツバキは女性に言われた事を心の中で一晩中反復し続けたのだった。

 

 

 

つづく




はい、駄文雑文にお付き合いいただきありがとうございました!

クチバシティでの事が挫折なら、今回は苦悩に苛まれました。
決して好き好んでツバキを虐めてるわけじゃないデスヨ、主人公には悩みが付き物だからデスヨ。


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第18話:覚悟の翼

第18話です。
ジム戦ではありませんが、少し長めになっています!


 ――自分はどうするのが正しいのだろう?

 昨日、荒くれ者の男達に危うく大切なポケモン達を奪われるところだったツバキ。

 助け船を出してくれた女性のおかげで事なきを得たが、ポケモン達に人を傷付けさせないというスタンスが絶対的に正しいわけではないという言葉に頭を抱えていた。

 

「でも、あの時皆を止めなかったら、あの人達は……」

 

 ポポ達は進化すらしていないとはいえ、それでも人間と比較すれば身体能力は高い。

 クチバシと爪が凶器になりうるポポ、猛毒を吹き出すミスティ、怪力のファンファン、超能力を使うナオ、炎を吐くケーン。

 いずれも人間を殺傷するには十分すぎる。まして主人を傷付けられる怒りに囚われていれば……。

 

「っ……! ダメ……そんなのダメ……!」

 

 かといって何もしなければ、間違いなくポケモン達を失っていただろう。

 この2つの思考が、昨晩からツバキの頭の中を延々と回り続けていたのだ。

 

「……ポポくん……わたし、どうすれば良いのかな……? またあんな人達に会っちゃったら……」

 

 ポケモンセンターの個室でベッドに腰かけたツバキは、膝の上のポポに語りかけるが、ポポはじっと見つめるだけだ。

 「お前が決めるんだ」と言うかのように。

 

「……信念を曲げるって……具体的にどういう事なんだろう」

 

 昨日の女性に言われた事が脳裏を過る。

 しかし、ツバキにはその言葉の意味がまだ理解できていない。

 

「……考えてばかりいても仕方ないね。タマムシジム挑戦に向けて特訓しに行こうか?」

 

 気分転換も兼ね、ツバキはポケモンセンターを出てタマムシシティの東、ヤマブキシティとの間にある7番道路へと出かける。

 

「ファンファン、“ころがる”! ケーンは“ひのこ”!」

 

 ファンファンが身体を丸めて突進し、手近な岩を粉砕する。

 背中の炎を燃え上がらせたケーンから連射された“ひのこ”は、並べられたミックスオレの空き缶に次々にヒットし、缶が地面に落ちる音が閑静な道に響く。

 ツバキはしゃがみ込み、黒焦げになった缶を眺める。

 

「うぅん……もう少し威力をコントロールしないと、長いバトルだと早くに息切れしちゃうかな……皆がどこからどこまで威力を調整できるのかも考えないと……」

 

 粉々になった岩の破片を纏めながら、ポケモン達があらゆる状況下で上手く戦うにはどうすべきかをブツブツと呟く。

 

「あっ……!」

 

 ……と、考えながら動いていたせいで樹の根に足を取られて転倒しそうになるが、ナオが超能力で受け止め、ファンファンが器用に元の姿勢に戻してくれた。

 

「……ふぅ、ありがとうナオ、ファンファン。……わたしよりもずっと小さいのに、皆本当にすごいよね……」

 

 ナオを抱いて頭を撫でながら、10歳である自分の腕にすっぽり収まる体躯で自分を助けてくれるポケモン達に感心する。

 

「……小さい……そっか……皆わたしより小さいんだよね……」

 

 見渡せば手持ちのポケモン達は、大きめのファンファンでも自分の膝下くらいまで。

 ポケモン達がとても頼りになるのでこれまで意識してはいなかったが、自分よりも遥かに体躯の大きい相手に挑みかかるのに、生物の本能として恐怖心は無いのだろうか?

 

「……ねぇ、ポポくん。もしかして昨日、あの人達と戦おうとした時……本当は怖かった……?」

 

 ツバキと同じ目線の高さでホバリングしていたポポは、しばし考えた後、静かに頷いた。

 

「……そう、だよね……。なのにわたしを助けようと、勇気を振り絞って……」

 

 勇気だけではない。もしかしたら皆は……特に長らく人と暮らしてきたポポは、人間を傷付ける事で立場が悪くなる事……下手をすればツバキと引き離される事や、殺処分すらあるかもしれないと理解もしているかもしれない。

 それでもなお、ツバキを助けるためならと覚悟を決めていたら……?

 

「(だとしたら、そんな覚悟を皆にさせておいて、わたしは……?)」

 

 「皆に人を傷付けさせたくない」「でも皆の好きにもさせてあげたい」。

 ポケモン達を想っているとも取れるが、これは自分ですら答えのはっきりしない考えを、ポケモン達に押し付けているだけではないのだろうか?

 

「(……ああ、そっか……わたし……ズルい子だったんだ……。答えをうやむやにして見えないようにして……)」

 

 そう自覚した瞬間、ツバキの中の何かが変化した。

 ポケモン達に不必要な戦いをしてほしくないという部分は変わらない。

 しかし、それまで「この形しか無い」と思い込んでいたパズルのピースが形を変えて組み換えられるように、思考が別の形へ纏まり直していくのを感じ取っている。

 

「……皆で一緒に強くなる……そう、一緒に……いつもわたしが言ってる事だったね」

 

 ツバキは立ち上がると、ポケモン達の顔をゆっくりと見渡す。

 

「皆の好きにさせるんじゃない……皆とわたしで一緒に決めた事を一緒にするんだ。皆がわたしのために勇気を出してくれたように、わたしも皆のために覚悟を決める。それがポケモントレーナー……わたしなりのポケモントレーナー……だと思う。少なくとも、今は……!」

 

 視線の合ったポポが力強く頷く。

 「それで良いんだ」と。

 「それがツバキというトレーナーなのだ」と。

 

「……人を傷付けるかもしれない……それは今も怖いよ。……でも、皆を失うのだって怖い。だから、そうならないように力のコントロールの仕方を一緒に考えて、一緒に試して、一緒に身に付けていこう! 皆とわたしならできるはずだよね!」

 

 ポケモン達がツバキの言葉に応じるように鳴き声を上げる中、背後から草を踏む音が聞こえた。

 振り向くと、昨日の男達が驚いたような表情で固まっていた。

 

「げっ、き、昨日の……! って事はアイツも……!?」

 

 男達はキョロキョロと辺りを見回す。どうやらあの女性を警戒しているようだが、いないとわかった途端、下卑た笑みを浮かべる。

 

「ふ、ふんっ、さすがにこんな街外れまではいないか……ポケモンの鳴き声が聞こえたから来てみりゃ、また会うとはな」

 

「さぁ、今日こそポケモンと金を……」

 

「……い……嫌です……!」

 

 ロクに喋る事すらできなかった昨日と異なり、まだビクビクとはしながらも、はっきりと拒絶の言葉を放つツバキに男達は目を丸くする。

 

「あ……あなた達みたいな悪い人に……わたしの……ううん、他のポケモン達だって渡しません……!」

 

「な……なんだよ……その目は……! 性懲りも無くガン飛ばすのかコラァ!」

 

 昨日のように語気を強めるが、ツバキは引かない。

 

「……どうもちょっとばかし痛めつけてやんなきゃならねぇなぁ、おい!」

 

 すると、業を煮やした男達は、モンスターボールを取り出す。

 

「やっちまえゴルバット!」

 

「思い知らせてやれデルビル!」

 

 ボールから飛び出したのは、大きな翼と、胴体の大部分を占める巨大な口が特徴的なこうもりポケモンの『ゴルバット』と漆黒の身体にドクロのような額当てを付けた4足の獣、ダークポケモンの『デルビル』だ。

 ツバキはポケモンバトルへ持ち込めた事に密かに安堵しつつ、ポケモン達を振り返る。

 

「ポポくん! ナオ! お願い!」

 

 ツバキの指名に応じ、ポポとナオが前に出る。

 

「ほー、ニャスパーか。この辺りじゃ珍しいな。そこそこの値で売れそうだ」

 

「ポッポの方はまぁ、小銭程度にはなるか」

 

 男達のその言葉を聞いた瞬間、ツバキは自分の中にプツンという音を聞いた気がした。

 

「……売る……? 小銭……? ……ポ、ポケモンを……そんな風に……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキの纏う雰囲気が目に見えて変わり、男達は一瞬背筋が凍るような感覚に襲われる。

 目の前にいるのは、まともな言葉すら紡げず震え上がっていた昨日の少女とはまるで別人だ。

 

「……許さないっ……!! そんな悪い人を懲らしめるのに躊躇いはありません!! ポポくん、デルビルに“でんこうせっか”!! ナオはゴルバットに“サイケこうせん”!!」

 

 ポポから宙返りをしてからの高速突撃を食らいデルビルが弾き飛ばされ、ゴルバットは連射される光線を回避しきれず翼に被弾した。

 ツバキの気迫を受けてか、ポポとナオもいつもより技のキレが良い。

 

「ゴルバット、“エアカッター”だ!」

 

「怯むなデルビル! ポッポに“スモッグ”!」

 

 体勢を立て直したゴルバットが羽ばたき、空気の刃がポポ達に襲いかかる。

 さらにデルビルの口から真っ黒なガスが吐かれ、視界を覆いながら迫る。

 

「ポポくん、“たつまき”! 相手の技を巻き上げて!!」

 

 ポポがゴルバットに負けじと羽ばたき、周囲の空気を渦にして“エアカッター”と“スモッグ”を取り込み、空中へと霧散させる。

 

「ぐぐっ……!」

 

 後手後手に回る男達は、何かを思い付いたように顔を見合わせて頷く。

 

「こうなったら……ゴルバット! ガキに“かみつく”!」

 

「デルビルは“ひのこ”だ!」

 

「えっ……!?」

 

 なんと、彼らはツバキへの直接攻撃を指示したのだ。当然の事ながらポケモンバトルのルールに違反している。

 故にそんな事は想定外のツバキはポケモン達への指示が遅れ、気付けばゴルバットの鋭い牙と高熱の“ひのこ”が迫っていた。

 だがその瞬間、周囲を眩い光が包み込み、誰もが思わず目を閉じてしまう。

 瞼の向こうの光が薄れ、ツバキが恐る恐る目を開くと……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 目の前には大きな鳥型ポケモンの背中が広がっていた。

 大きさはポポの4倍近くはあるだろうか。頭部からはトサカのような赤く長い羽がなびき、2色の鮮やかな尾羽を揺らしてそのポケモンは羽ばたいていた。

 

「……ポポ……くん……?」

 

 間違いない。ツバキの声に振り向いたその瞳は、ずっと近くにいてくれた彼そのものなのだ。

 進化……特定の条件を満たしたポケモンの姿形や能力が著しく変化する現象だ。

 主人の危機にとりポケモン『ピジョン』へと進化を果たしたポポは、“でんこうせっか”でゴルバットを吹き飛ばし、遥かに大きさを増した翼のひと振りで“ひのこ”を散らし、無法者達を睨み付けていた。

 

「……ポポくん……かっこいい……!」

 

 ツバキのみならずナオもその勇姿に見とれ、動きを止めている。

 

「お、おい……」

 

「ビ、ビビるなよ! 進化したからなんだってんだ! ゴルバット、“かみつく”!」

 

 まさかの進化に呆気に取られていたゴルバットだが、もはやヤケクソのような男の指示にポポへと牙を剥く。

 しかし、ポポは一瞥してフンと鼻を鳴らすと急上昇して回避する。ポッポの時とは比較にならない瞬発力だ。

 

「こ、この速さ……もしかしたら……!」

 

 その驚異の瞬発力と加速力を見て、ツバキはこれならばと指示を出す。

 

「……“ブレイブバード”!!」

 

 指示を聞いた瞬間に、ホバリングしていたポポは軽く旋回してからゴルバットへ向けて突進。速度は瞬く間に上昇し、逆巻く空気が周囲にオーラを形成した。

 

「やった……!」

 

 あれほど単独では失敗していた“ブレイブバード”だが、進化して全身の筋肉が発達した今のポポならば、“でんこうせっか”無しでも加速も持続も十分なようだ。

 怒涛の突進を受けたゴルバットは、デルビルを巻き込んで男達の方へと飛ばされる。

 

「ぐえっ!」

 

「うわあっ!」

 

「ポポくん、“たつまき”! ……ちょっと抑え気味で!」

 

 少し難しい注文ではあるが、ポポは翼の振りを調整し、軽く羽ばたく。

 1つの大きめの“たつまき”の横に小さな2つの“たつまき”が発生し、男達をポケモン諸共空中へと持ち上げる。

 

「ひっ、ひえぇっ!」

 

「たっ、助けてくれぇ!」

 

 風という不安定な物だけが支えになって空中へ放り出された男達は、顔面蒼白になって懇願する。

 

「も、もう悪い事しませんか!?」

 

「し、しない!」

 

「人にもポケモンにも誰にも迷惑を、か、かけませんか!?」

 

「かけないっ!」

 

「警察に行って、今までの悪い事全部話しますか!?」

 

「行きます! 話します!」

 

 そこまで聞くとツバキは表情を緩め、ナオに視線を向ける。

 

「……ナオ、降ろしてあげて」

 

 頷いたナオは超能力で彼らを持ち上げ、ゆっくりと地面に降ろす。

 ようやく地面に降りた男達だが、腰が抜け、まだガタガタと身体の震えが治まらないらしい。

 

「……約束です。警察に行ってくれますね?」

 

 歩み寄ったツバキの据わった目に怯える男達は、コクコクとひたすら首を縦に振る。

 翌日、恐喝やポケモンの略奪、密売を行っていた2人組が自首し、その証言から各地で同様の活動をしていた不良グループ11名が警察に検挙されたというニュースが流れた。

 この逮捕の切っ掛けが弱冠10歳の少女であるという噂がまことしやかに囁かれ、一時期話題のタネとなった。

 

 

 

つづく




今回も駄文と落書きにお付き合いいただきありがとうございます、お疲れ様でした!

良い子はトレーナーへのダイレクトアタックなんてせず、ルールとマナーを守って楽しくバトルしましょう。


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第19話:タマムシジム前哨戦!ダブルバトルを突破せよ!

タマムシジムへと突入する第19話スタートです。



 自分に対するポケモン達の想いを悟ったツバキは、自身もまた彼らの覚悟に応えねばならないと思い至る。

 様々な恐怖を乗り越え、共に克服する事を誓ったツバキに先日の男達が襲いかかるが、ポケモンを道具扱いする彼らに怒りが爆発し、毅然と挑んでいく。

 そんなツバキの覚悟を形にするように、ポポはピジョンへの進化を果たし、男達を一蹴。

 鬼気迫るツバキに逆に恐怖を植え付けられた男達は、心を入れ換えて警察に自首する事を誓った。

 

「ふぅ……本当に立派になったねポポくん」

 

 翌日のニュースで、あの男達が約束通りに自首した事を知ったツバキは、隣に控えるピジョン……ポポの首回りを撫でる。

 ポッポ時代よりも体躯は4倍近くまで大型化し、眼光も一際鋭くなっているが、ツバキを見つめる眼差しは変わらず優しい。

 

「あっ、ちょっと待って……? ポッポの時に付けた名前なのに、ピジョンに進化してもポポくんて呼ぶのはおかしいかな……? うぅん……ピジョくん、ジョンくん、ピーくん……」

 

 新しいニックネームの候補をあれこれ溢すツバキの額を、一回り大きくなったクチバシが小突く。

 

「あいったぁっ!? な、何するのポポくぅん……!」

 

 涙目になりながら思わず口を突いて出た名に、ポポが満足げに頷いた。

 

「……そうだね。どんなに姿が変わっても、ポポくんはポポくんだったよね。……うん、やっぱりポポくんのままが良いかな」

 

 ツバキはポポの頭を撫でると、バッグを肩からかけ、モンスターボールを腰のベルトに着けて立ち上がる。

 

「それじゃ、そろそろ行こうかポポくん。いつもみたいに……」

 

 と、いつものようにポポを頭に乗せようと手を伸ばして唖然とする。

 そう、ピジョンへ進化したポポは頭に乗せるには大きすぎて重すぎるのである。

 なにしろポッポの頃の体重は2kgにも満たなかったのに対し、今は30kgまで増加しているのだ。軽く15倍だ。

 

「……いざできなくなると寂しいねポポくん……」

 

 実を言うと、ポポは15番道路での特訓辺りから自分が進化できそうな事を察していた。

 しかし、ツバキの頭に乗るという、これまで当たり前だった日常が無くなる事を恐れて抑え込んでいたのである。

 

「でも、仕方ないね。それじゃあ……ここは、どう?」

 

 ツバキは自分の右肩を指差し、ポポに提案する。

 バサバサと羽ばたいたポポは指定された肩に掴まり、どうにかこうにかバランスを取る。

 

「うっ……ちょ、ちょっと重いけど……たぶん慣れる、はず……」

 

 まだ少々アンバランスではあるが、どうにかその状態を維持してポケモンセンターを出る。

 今日はタマムシジムへ挑戦し、特訓の成果を発揮しようと決めている日なのだ。

 

「……ここがタマムシジム……行くよ、ポポくん」

 

 街の南西に位置しているタマムシジムの前に立ったツバキは、息を飲んで自動ドアから中へ入っていく。

 すると……。

 

「……え?」

 

 なんと、いつもなら受付カウンターなどがある、入っていきなりの部屋に森を彷彿とさせる緑豊かなバトルフィールドがあったのである。

 そして部屋の左右の扉が開き、2つの人影が現れる。

 

「ようこそチャレンジャー」

 

「タマムシジムへ!」

 

 出てきたのは、ツバキより少し大きな少女と、逆に少し小さな少女達。

 

「私はラニー」

 

「あたしはアケビ! ……チャレンジャーさんだよね?」

 

「えぇと……はい」

 

 突然の登場と自己紹介に呆気に取られつつも、小さい方の少女の質問に返事をする。

 

「あー、ごめんねー。さすがにチャレンジャーかどうかは聞かなきゃ困るよねそりゃー。わかってるんだけど、ついつい気持ちが先走っちゃうんだよねー」

 

「えっと、あたし達はここでチャレンジャーさんとバトルして、ジムリーダーさんに挑んで良いか……ふ……古い……そう! ふるい分け! ふるい分けをしてるの!」

 

「どっちかと言えばふるい落としって感じだけどねー」

 

 辿々しいアケビの言葉をラニーが補足する。

 早い話が、彼女達とのバトルに勝利しなければジムリーダーの元へ行けないという事らしい。

 

「そーいう事だよー。まー、細かい話は抜きでバトルしよーよー」

 

「ルールはダブルバトル! あたし達が1体ずつ、チャレンジャーさんが2体をいっぺんに出してバトルするの!」

 

 ダブルバトル……これまで野生のヤミカラスや、昨日の男達相手に経験があるが、公式戦では初めてだ。

 

「……わかりました。バトル、お願いします!」

 

「お、いーねいーね。それじゃフィールドの端に立ってねー」

 

 ツバキとラニー&アケビコンビは、フィールドを挟んで向かい合う。

 

「改めて私はラニー。シンオウ地方はカンナギタウン出身だよー」

 

「あたしはアケビ! カントー地方シオンタウン出身の元気100万点ガール!」

 

「ただし頭はちょっと足りない子ー」

 

「グ、グレンタウンから来ましたツバキです! よろしくお願いします!」

 

 挨拶を終えると、いよいよバトルスタートである。

 

「私から出すよー。おいでハヤシガメー」

 

「あたしはこの子! フシギソウ行っちゃいまーす!」

 

 出てきたのは、それぞれ植物を背負った亀とカエルのようなポケモン。こだちポケモン『ハヤシガメ』と、たねポケモン『フシギソウ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 図鑑でタイプを確認したツバキは、誰を出すかの判断を下すため思考を巡らせる。

 

「(どっちも弱点はほぼ同じ……ならここは単純な相性で……!)……決めました! ポポくん、ケーン!」

 

 ポポが肩から飛び立ちフィールドに降り立つと同時、ボールから出たケーンも立ち上がる。

 

「ケーンは本格的なバトルは初めてだけど……大丈夫、わたしもポポくんも付いてるからね! 一緒に頑張ろう!」

 

 目の前の相手ポケモンに後退りしそうになったケーンだが、ツバキの言葉に覚悟を決めたようで、背中から炎を吹き出す。

 

「(ふーん、無難なとこで来たねー。ポケモンへの気配りもOK……それじゃバトルの腕の方はどうかなー?)じゃ、始めようかー。私達2人のポケモンを倒せればあなたの勝ちだよー」

 

「それじゃあ、行くよー! バトル、開始!」

 

 アケビの元気いっぱいの合図と共にバトルが開始される。

 

「行きます! ポポくん“たつまき”!」

 

 先手を取ったのはツバキだ。

 ポポが力強く羽ばたくと3つの風の渦が巻き起こり、周辺の木々を煽りつつハヤシガメとフシギソウを囲むように迫る。

 

「おー、こりゃすごいー。でもさせないよー。ハヤシガメ、“ワイドガード”ー」

 

 フシギソウがハヤシガメの背後に隠れ、その周りを半透明の障壁が覆う。

 “たつまき”は障壁に遮られ、ハヤシガメ達に全くダメージを与えられないままかき消えてしまった。

 

「っ!?」

 

「ふっふー、“ワイドガード”は2体以上の味方が攻撃される技にしか使えないけど、そのダメージを完全に防いでくれるんだよー」

 

「たとえばこんな技をね! フシギソウ、“はっぱカッター”!」

 

 “たつまき”と“ワイドガード”が消えたと同時、ハヤシガメの背中から大きく跳ねたフシギソウが、背負った植物の根元部分から高速回転する葉を広範囲に射出してきた。

 

「ケ、ケーン! “ひのこ”で!」

 

 ケーンが背中の炎を燃え上がらせ、口から吐いた“ひのこ”で飛来する葉を撃ち落とそうとするも、いかんせん数が多すぎて防ぎきれない。

 撃ち漏らした“はっぱカッター”がポポとケーンに降り注ぎ、纏めてダメージを与えてくる。

 

「うぅっ……!」

 

「アケビちゃんしばらくよろしくー。ハヤシガメ、“のろい”ー」

 

 ラニーの指示と同時にハヤシガメの動きが遅くなるが、それ以上に身体から発する覇気が大きく膨れ上がる。

 自身の素早さを犠牲に攻撃・防御を引き上げる“のろい”によって、ハヤシガメの戦闘力は向上……力を蓄えて一気に決めるつもりのようだ。

 

「おっけー、ハヤシガメを守るんだね! フシギソウ、“つるのムチ”!」

 

「えっ? いや、突撃しろって意味じゃ……」

 

 後衛に回ったハヤシガメに代わり、フシギソウが積極的に前に出て、伸ばしたツルをしならせ襲いかかってくる。

 

「ポポくん、脚で受け止めて!」

 

 降り下ろされたツルをポポが自身の脚にあえて絡めた上で爪で掴み、空中へ舞い上がる。

 しかし、フシギソウの方も足腰に力を入れて踏ん張り、両者は力比べの様相を作り出す。

 

「や、やるね……! だけどフシギソウだって見かけによらず力持ちなんだから! 負けないよ!」

 

「……でも……捕まえました! “かえんぐるま”!」

 

「あっ……」

 

 そう、ハヤシガメが攻撃準備に回ってしまっているため、ダブルバトルでありながら実質的に1対2の状況となっていたのだ。

 ポポの下をすり抜けて駆け出したケーンの炎が一層激しく燃え上がり、身体を丸めて突進すれば炎の車輪のように変化する。

 ポポにツルを掴まれているフシギソウは逃れる事ができず、炎を纏って突っ込んできたケーンを真っ向から受け止める形になってしまう。

 激しく燃え上がったフシギソウを、ポポが空中へ放り投げる。

 

「フ、フシギソウっ!」

 

 地上へ落ちて火の消えたフシギソウは、目を回してダウンしてしまった。

 

「や、やったねポポくん、ケーン!」

 

「ありゃー、アケビちゃんやられちゃったかー……ちょっと急ぎすぎたねー。いつもなら接近戦は間違いじゃないけど、今日は相性が悪すぎたし、“はっぱカッター”の牽制くらいにしとくべきだったねー」

 

「うー……お疲れ様、フシギソウ……ごめんねラニーちゃん……」

 

 フシギソウをボールに戻したアケビがラニーに謝るが、当のラニーは笑みを崩さない。

 

「まー、おかげで“のろい”を3回も使えたからー。さー、ツバキちゃん、アケビちゃんを倒したコンビネーションは見事だけど、パワーアップした私のハヤシガメには勝てるかなー? ハヤシガメ、“タネばくだん”だよー」

 

 バトル開始時より成長した背中の植物から大きな種が2発撃ち出され、ポポの近くに着弾する。

 直撃こそしなかったものの、“タネばくだん”の起こした大きな爆発と爆風によってポポのみならずケーンも吹き飛ばされる。

 

「ポポくん! ケーン! ……す、すごい威力……!」

 

 “のろい”で徹底して攻防を強化し、直接動く必要の無い高威力の“タネばくだん”で動きの鈍さをカバーする……今のハヤシガメはさながら要塞状態だ。

 木に叩き付けられたポポとケーンがフィールドに復帰するも、ダメージは大きい。

 

「ポポくん、“ブレイブバード”! ケーンは“かえんぐるま”!」

 

 空中からは急上昇したポポが翼を折り畳んでオーラを纏った突撃を、地上からは炎に包まれたケーンが猛烈な突進をハヤシガメに叩き込んだ。どちらも効果抜群……なのだが……。

 

「なかなかの威力だねー。でも足りないねー。ハヤシガメ、ピジョンに“かみつく”ー」

 

 ハヤシガメはどちらも平然と受け止めたばかりか、首を伸ばしてポポを大きな口で拘束し、脚を振ってケーンを蹴散らしてしまう。

 ブンブンと振り回され、ポポの目が回り始める。

 

「ポ、ポポくんっ! ケーン、ハヤシガメの脚に“ひのこ”!」

 

 ハヤシガメの右脚に向けてボウッと“ひのこ”が放たれ、その熱さにハヤシガメは思わずポポを掴んでいた口を離してしまう。

 

「(効いてる……? っ! そうか、“のろい”で強くなるのは物理技にだけなんだ! それに今の“ひのこ”……行けるかも!)ポポくん、ケーン、下がって!」

 

「おっ、仕切り直しー?」

 

「……いえ、これで終わりにするんです! ケーン、“えんまく”! ポポくんは翼で“えんまく”をハヤシガメへ!」

 

 ケーンの口からもうもうと黒煙が吐き出され、それをポポが羽ばたいてフィールド中に拡散させる。

 

「げほっげほっ! すっごい煙……! 何をするつもり……?」

 

「目眩ましかなー? でも、それじゃそっちも見えないんじゃないのー?」

 

「大丈夫です。ポポくんの特性は《するどいめ》です。どんな状況でも、決して相手を見失いません!」

 

 煙でお互いの表情は見えないが、ラニーはツバキがほくそ笑んでいるような気がした。

 

「……でも、それでどうするのー? “ブレイブバード”は効かないし、“たつまき”はせっかくの“えんまく”を巻き上げちゃうよー?」

 

「……こうしますっ! ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

 ツバキが指を鳴らすと、煙の中を“でんこうせっか”で突き抜けてきたポポ……と、その背に乗ったケーンが現れた。

 

「っ! その手がっ……!」

 

 そう、あいにくとケーンには視界の悪い中で相手を捉える術は無いが、それならば捉えられるポポに案内してもらえば良いというわけだ。

 ポポは“でんこうせっか”をハヤシガメに当ててそのまま離脱したが、ケーンはすれ違い様にハヤシガメの背中に降り立つ。

 

「連続で“ひのこ”っ!」

 

 先ほどまでとは比較にならないほどに背中の炎を燃え上がらせたケーンから、密着状態で“ひのこ”を連射されてハヤシガメが悶え苦しみ、呻き声と共に地響きを立てて倒れた。

 

「……《もうか》かー……追いつめられた時にほのおタイプ技が強くなる特性だねー……ご苦労様ハヤシガメー」

 

「……やった……! ポポくん、ケーン、お疲れ様! 息ぴったりだったね!」

 

 ハヤシガメをボールに戻しつつ、抱き合うツバキとポケモン達を眺めるラニーは穏やかな表情を浮かべる。

 

「(状況判断能力も、ポケモンの特徴を活かす発想力もなかなかの物……これは合格だねー)」

 

「ラニーちゃんもやられちゃったね……」

 

「いやいや、予想以上だったよこの子ー。おめでとうツバキちゃん。見事合格……ジムリーダーに挑むには十分だよー」

 

 ラニーが拍手を送り、アケビもそれに続く。

 

「ありがとうございます……!」

 

「それじゃ、ポケモン達をポケモンセンターで休ませてまた来てねー。その時はフリーパスだよー」

 

「……! はいっ!」

 

 ツバキは頷くと、肩にポポを乗せ、ケーンを抱いてジムを出ていった。

 

「……あの子ならネリアさんも満足できるバトルができるだろうねー」

 

「うんっ! 最近退屈そうにしてたもんね」

 

「ただでさえエリカさんが留守にしちゃってテンション下がってるのに、脳筋なチャレンジャー多かったからねー。さて、ツバキちゃんすぐ戻るはずだし準備しとこうかー」

 

 ラニーとアケビは改めてツバキを迎えるべく、その準備のために手を繋いでジムの奥へと歩き去っていった。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

なんだか5000字オーバーがデフォルトになってきたような……。
ラニーの髪型や服装は、DPPtのミニスカートをモチーフにアレンジを加えた物です。


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第20話:喧嘩上等!咲き誇れ、勝ち抜きバトルの華!

第20話にしてようやく3人目のジムリーダー戦に突入します。
今回からオリジナルジムリーダーが登場するようになりますのでご了承ください。


「おー、いらっしゃいツバキちゃんー」

 

「いらっしゃーい! 待ってたよー!」

 

 前哨戦のダブルバトルを制し、見事タマムシジムリーダーへの挑戦権を得たツバキは、ポケモン達の回復を終えて再度タマムシジムへと踏み込んでいた。

 それを迎えたのは、ダブルバトルの対戦相手だったラニーとアケビのコンビだ。

 

「あ、改めてジムバトルをお願いします!」

 

「はいはーい、こちらへどうぞー。」

 

「どうぞどうぞー!」

 

 2人の案内によって、ツバキはまるで森の中のようなタマムシジム内を進む。

 

「あーんない、あーんない、みーちあーんなーい!」

 

 くるくると踊るように歩いたり、ペースを上げて走り出すアケビだが、とうとうその首根っこをラニーが摘まみ上げる。

 

「アケビちゃーん、そろそろ落ち着きって物を身に付けようねー。お客さんの前なんだよー?」

 

「むぎー! そういうラニーちゃんだって、バトルの時は落ち着き無いじゃん!」

 

「バトルはバトル、それ以外はそれ以外だよー」

 

 まるで姉妹のような2人の姿に、ツバキの緊張が解け、頬が緩む。

 

「ふふっ、お2人は仲が良いんですね。姉妹みたいです」

 

「そうー? でもねツバキちゃんー」

 

「あたし達、同い年だよ?」

 

「……えっ……?」

 

「14歳ー」

 

「14歳!」

 

「……えぇ……」

 

 緊張の代わりに困惑が胸の内から湧いて出たツバキに、2人は揃ってピースをする。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……っと、着いた着いたー。ここがジムリーダーの部屋だよー」

 

 ラニーはジムの最奥部の扉を前に立ち止まり、ツバキもそれに倣う。

 

「ネリアさーん! チャレンジャーさんだよー!」

 

 ラニーに摘ままれた猫のような状態のまま、アケビが部屋の中へ向かって叫ぶ。

 しばらく部屋の中でどたばたという音が響き、それが収まると声が返ってくる。

 

「よよよ、ようこそいらっしゃってくださいましたですわ、どどどうぞお入りになりあそばして!」

 

 その上擦ったすっとんきょうな声に、ラニーとアケビは顔を見合わせ「またか」と溜め息を吐きながら扉を開ける。

 広まった部屋はこれまでの通路とは比較にならないほど鬱蒼とした森となっており、天窓から日差しが降り注いでバトルフィールドを照らし出す。

 そして、部屋の中……入り口とは反対の位置にその女性はいた。

 

「ようこそでございます! わたくしがジムリーダー代行のネリ……ア……あ……?」

 

「……えぇっと……」

 

 ツバキは目を丸くする。

 目の前で引きつった笑顔を汗だくで浮かべて直立不動でいるのは、なんと先日ツバキを助けたあの女性だったのだから。

 女性は赤から青、そして再び赤と顔の色を変化させ、両手で顔を覆ってその場にドカッと座り込む。

 

「…………なんでよりによって知ってる顔が来んだよ……あ゙あ゙あ゙あ゙めっちゃハズいぃ……! ……おいお前!」

 

「ひゃいっ!?」

 

 耳まで真っ赤になって悶えていたかと思えば、声を荒げてツバキに呼びかける。

 

「忘れろっ! 今見た事をっ! 良いなっ!」

 

「は、はい……」

 

 ツバキの素直な返事を聞いて安堵したのか、女性は立ち上がり、ボリボリと頭をかきながら歩み寄ってくる。

 

「ったく、とんでもねぇとこ見られたぜ……。つかお前、ジム巡りしてたのか」

 

「はい。あの、この間はありがとうございました!」

 

 ペコリと頭を下げるツバキに、女性はあの時のように笑いながら応じる。

 

「というかネリアさーん。エリカさんらしくするなら、まず服装と髪型からどうにかした方がーっていつも言ってるじゃないですかー」

 

「おしとやかさの欠片も無い格好だもんね!」

 

「うるっせぇよお前ら。こいつはオレの信念が形になったみてぇなもんなんだからよ、簡単にゃ変えられねぇんだよ。見てな、いまにこの格好のままエリカの姐さんみてぇになってやっからよ」

 

 からかうような2人に対して鼻を鳴らすと、再度ツバキに向き直る。

 

「……で、ここにいるってこたぁ、こいつはお前らを倒したわけか。人は見かけにゃよらねぇな」

 

「ですよー。……これは私見ですけどー、この子はひと味違いますよー? アケビちゃんより賢いですー」

 

「そうなんだよ! ……ん?」

 

 さりげないラニーの毒舌にカメラ目線になるアケビを余所に、ネリアは興味深そうに目を細める。

 

「へぇ……なるほど、確かによーく見りゃぁこないだより良い目をしてやがる……よし、そんじゃ始めるとすっかぁ!」

 

 腕を組み、ネリアは改めてツバキを真っ直ぐに見つめる。

 

「オレの名はネリア。エリカの姐さんの留守を預かる、タマムシジムリーダー代行だ。イッシュじゃゾクの頭を張って、ちったぁ名が知られてたんだぜ」

 

「ツ、ツバキです! グレンタウンから来ました! ……イッシュ地方ですか……ずいぶん遠くからいらしたんですね」

 

「おう。向こうのゾク連中をあらかた纏めたからよ、こっちでも名を轟かせてやるぜと意気込んで来たんだが、このタマムシでたまたま会った姐さんにケンカ売って返り討ちにあったクチさ」

 

 その頃の事を思い出してか、ネリアは楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「姐さんはすげぇんだぜ。見た目や喋り方はボケーっとしてんのに、ポケモンと心を通わせて滅茶苦茶つえぇんだ! ヤマトナデシコってのか? ともかく落ち着きがあって、おしとやかで、極めつけに超つえぇ! ……イカスぜ……って事で惚れ込んだオレは、ゾクから足洗って頼み込んで、このジムに置いてもらったってワケよ」

 

「す、すごいお話ですね……」

 

 自分の場合ではまずありえないであろう経歴にたじたじなツバキの雰囲気を察してか、ネリアは咳払いをひとつ。

 

「コホン……ちょいと話が逸れちまったな。ところでお前、ジムバッジはいくつ持ってんだ?」

 

「今は2つです」

 

「つーこたぁトレーナーレベルは3か……よし」

 

 ツバキの見せたバッジケースを覗き込み、うんうんと頷きながらネリアが端末を操作すると、フィールドの一部が裏返り、モンスターボールが3つ乗った台座が現れる。

 同時に、ラニーとアケビが何やらゴロゴロと2つのワゴンを転がしてくる。

 

「お待たせー」

 

「お待たせー!」

 

 その上には1から6までの数字が付けられた窪みがある。

 

「そんじゃルール説明するぜ。オレは3体のポケモンを使い、それに対してお前は手持ち全部使って良いぜ。ただしこのジム戦、ルールは勝ち抜き制だ」

 

「勝ち抜き制……?」

 

「今までのジムだとチャレンジャーはバトル中ポケモン交代が許されただろ? 今回はそれができねぇ。戦闘不能まで続けるってわけだ」

 

「なるほど……」

 

「さらに、ポケモンを出す順番はバトル前に決めなきゃならねぇ」

 

「えっ……!?」

 

 バトル前に順番を決める……つまり、戦況に応じて適切なポケモンを出して有利に進める事はできないというわけだ。

 

「その代わり、お前には事前にオレが使うポケモンを教える。その情報を元にオレがどの順番でどのポケモンを出すかを予想し、お前も順番を決める。決めたらそこの窪みにモンスターボールを置くんだ。最初に出すポケモンを1として、2、3、4……と続くってこった」

 

「な、なるほど……」

 

「へへっ、トレーナーには分析能力、ポケモンには根性が要求される熱いバトルだろ? んじゃ、オレの使うポケモン3体を言うからよ、よーく聞いときな」

 

「は、はい……!」

 

「オレが使うのは……いわ・くさタイプのリリーラ、くさタイプのジャノビー、むし・くさタイプのハハコモリ……この3体だ」

 

「リリーラ、ジャノビー、ハハコモリ……」

 

 教えられたポケモンの名前を反復するツバキに頷くと、ネリアは自分側に置かれたワゴンの1、2、3の窪みにモンスターボール3つをセットする。

 

「オレは決まったが、お前はもう少し考えてて良いぜ。途中変更はできねぇからよ、慎重にな」

 

「は、はいっ……!(どうする……? ラニーさん達の時と同じように有利なポポくんとケーンを先に出しても良いけど……気になるのはいわタイプのあるリリーラ……他のポケモンも、苦手なタイプの事をまるで意識してないとは思えない……)」

 

 ツバキが悩んだのは5分ほどであろうか。

 腰のモンスターボールを外し、窪みへ順番にセットしていく。

 

「決まったみてぇだな。なら1番のボールを取りな」

 

 言いながら自身も1番のボールを手に取り、戦闘態勢に入る。

 

「行くぜツバキ。オレを熱くしてみろよ……! ……かかってこいやぁっっっ!!」

 

――――ジムリーダーのネリアが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 2人はボールを同時にフィールドに投げ込み、先鋒のポケモンが姿を現す。

 

「飛ばすぜジャノビー!」

 

「お願い、ナオ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 緑色をした、手足付きの蛇のようなポケモン……くさへびポケモンの『ジャノビー』と、ナオが睨み合う。

 

「ではー、ジムリーダー代行・ネリアとチャレンジャー・ツバキの先鋒戦、ジャノビーとニャスパー……始めー!」

 

「“グラスミキサー”だ!」

 

「“サイケこうせん”!」

 

 2人が同時に技の指示を出し、ポケモン達も同時に動き出す。

 ジャノビーの周りに鋭い葉が逆巻き、列を成してナオを取り囲む一方、ナオから発射された光線がジャノビーに迫る。

 

「“ねんりき”で振り払って!」

 

「“グラスミキサー”で壁を作れ!」

 

 それぞれ異なる軸方向へ回転する二重、三重の葉の渦がナオを襲うが、内側からの“ねんりき”で一気に吹き飛ばす。

 そしてジャノビーの周囲に残っていた葉が正面に小型の渦を作り出し、“サイケこうせん”を受ける盾になる。

 両者の第一手は、お互いに決定打を与えられずに終わる。

 

「……なるほどな、即座に“ねんりき”の指示を出して対処できる辺り、悪くねぇ発想力だ」

 

 ネリアは満足げに笑みを浮かべ、ラニーらの言が正しい事を実感する。

 

「おもしれぇ……! 久々に熱いバトルができそうだぜ……!」

 

 一方のツバキは、ネリアの気迫も相まってかなりのプレッシャーを感じ、まだ1体目同士のバトルだというのにいつの間にか汗が頬を伝っていた。

 

「(マチスさんともアンズさんとも違う……! イッシュの人だからってわけじゃないんだろうけど……!)」

 

 両者とそのポケモンは、距離を取って相手の出方を窺う。

 脇で観戦するラニーとアケビですら口を挟む余裕の無い、緊張が支配するバトルは、まだ始まったばかりである。

 

 

 

つづく




はい、今回もお疲れ様でした!

手持ちをイッシュポケモンで固めようとも思いましたが、炎と飛行の一貫性が酷い事になるのでリリーラにも加わってもらいました。


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第21話:激戦、タマムシジム!真っ向勝負の行方!

タマムシジム戦本格突入となる第21話です。


 タマムシシティ……カントー地方最大規模の大都会であり、建造物のスケールも他の街とは大きく異なる。

 特にタマムシデパートはカントー唯一のデパートで、ポケモントレーナーのみならず、一般人も満足のできる豊富な品揃えやイベントで有名だ。

 街の中心には多様なスロットマシンを擁するタマムシゲームコーナーが鎮座し、数多の強欲者達を虜にしてきた。

 その他にもマンションやレストランなど、様々な施設が備えられ、他地方のジムリーダーがお忍びで訪れる事もあるという。

 そんな喧騒賑わうタマムシシティの一角から爆音と光が溢れる。

 

「“やどりぎのタネ”だジャノビー!」

 

 女性の力強い言葉と共に、命じられた蛇のようなポケモンの口から3つの小さな種が吐き出される。

 それは飛翔の間にツタを伸ばし、対戦相手の猫のようなポケモンに絡み付く。

 そう、ここタマムシジムでは、今まさにポケモンリーグ参加のためのジム戦の真っ最中なのである。

 

「ナオっ!」

 

 絡み付いたツタは断続的にナオの体力を奪い、超能力のための精神集中を阻害する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(あらー、精神統一する事の多いエスパータイプに“やどりぎのタネ”とはえげつないなー)」

 

「(ねえねえラニーちゃん、あれじゃあのニャスパー“ねんりき”使えなくなっちゃうんじゃない?)」

 

 審判兼観客のジムトレーナー・ラニーとアケビがヒソヒソとナオ側の不利を語り始める。

 “ねんりき”で振り払うのは困難と判断したツバキは、やむなく他の技での継戦を選択して思案するが……。

 

「……そうだっ……! ナオ、“サイケこうせん”!」

 

「へへっ、そいつは食らわねぇよ。“グラスミキサー”!」

 

 ナオの両手から放たれた光線は、またしても発生した葉の渦に遮られる。

 しかし渦が消えると同時、ナオの姿がフィールドから消えていた。

 

「……! どこだ……!?」

 

 ネリアはキョロキョロと周囲を見渡し、ジャノビーに“やどりぎのタネ”で吸収したエネルギーが送られていない事に気付く。

 

「(“やどりぎのタネ”が機能してねぇだと……? つまり戦闘不能になったって事か? いや、それならどこに……!?)」

 

「ナオ、“ねんりき”!」

 

 ツバキの言葉に反応して、フィールド脇の茂みから葉の塊……ではなく、“グラスミキサー”の葉を“ねんりき”で纏ったナオが飛び出す。

 葉を散らしたナオの目が光り、ジャノビーの身体は空中へと浮かび上がる。

 

「ジャノビー! くっ、“やどりぎのタネ”を振りほどいたのか……!? “ねんりき”無しでどうやっ…………! そうか、“グラスミキサー”……!」

 

 カモフラージュとしてナオが身に纏っていた葉を見て、ネリアがその仕掛けを察する。

 “サイケこうせん”を防ぐために“グラスミキサー”を使ったが、ナオは自らその渦の中へ入り込み、回転を利用して“やどりぎのタネ”を引きちぎったのだ。

 結果としてダメージは受けたものの、継続ダメージと吸収は止める事に成功し、“ねんりき”も使えるようになった。

 

「味な真似しやがる……!」

 

「ナオ、そのまま投げ飛ばして!」

 

 ナオは空中でじたばたともがくジャノビーを壁に向けて投げ飛ばすが……。

 

「“つるのムチ”!」

 

 飛ばされるジャノビーの首回りから2本のツルが伸び、ナオに巻き付いて離れない。

 その結果、ナオはジャノビーに巻き込まれる形で共に壁へと叩き付けられて床に落ちてしまう。

 

「ナオ!」

 

 ラニー達が駆け寄り、2体の様子を確認する。

 

「ジャノビー、ニャスパー、共に戦闘不能ー、引き分けでーす」

 

 ラニーとアケビがそれぞれナオとジャノビーを抱えて戻り、2人に手渡す。

 

「ナオ、ごめんね……ありがとう、ゆっくり休んでて」

 

「お前の根性、見せてもらったぜジャノビー。あとはオレと仲間に任せな」

 

 2人は同時にポケモンをボールに戻すと、続いて2番の番号が振られた窪みから別のボールを取る。

 

「へっ、お前の事を見くびりすぎたみてぇだな。本当にこないだの奴と同一人物とは思えねぇぜ。だが、その勢いをこっから先も続けられるか!? 行けやリリーラ!」

 

 ネリアの2番手はいわ・くさタイプのウミユリポケモン『リリーラ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ファンファンお願い!」

 

 対するツバキはファンファンをフィールドへと送り出す。

 

「ゴマゾウか……相性じゃこっちが有利だが、なかなかやる気に満ちた顔してやがるぜ」

 

 その言葉の通り、ファンファンはリリーラに気後れする事も無く、ブンブンと鼻を振り回して真っ直ぐに見つめている。

 

「それではー、そろそろバトルを再開しますー。両者位置についてー。……リリーラ対ゴマゾウ……バトル、再開ー!」

 

「ファンファン、“ころがる”!」

 

 ツバキが先攻を取り、身体を丸めたファンファンが猛然とリリーラへと突進して激突する。

 

「リリーラ! ……ちいせぇ身体にゃ似合わねぇパワーだな。“ねをはる”だリリーラ!」

 

 リリーラは下半身から根を伸ばして地面に突き刺し、養分の吸収を始める。

 

「もう1度“ころがる”!」

 

 フィールド中を転がりまくり、最初より勢いを増した“ころがる”がリリーラに迫るが、ネリアは慌てる様子は無い。

 

「“バリアー”だ」

 

 リリーラの目が光り、前面に青白い障壁が現れる。

 ファンファンの“ころがる”はどうにか障壁を破るが、かなり勢いが削がれていたため、与えたダメージは小さい。

 そして地面に突き刺したリリーラの根が輝き、本体に体力を供給する。

 

「今度はこっちから行くぜっ! リリーラ、“エナジーボール”!」

 

 リリーラの全身から顔の表面辺りに向けてエネルギーが集まり、見る見る内に緑色の球体を形作る。

 

「っ! ファンファン、“ころがる”で動き回って!」

 

 ファンファンは回避のためにフィールドを転がり回るが、冷静にファンファンを捉えて発射された“エナジーボール”は逃げる事を許さずに直撃する。

 

「ファンファン!」

 

 首の皮一枚といったところだが、ファンファンはギリギリでこれに耐え、吹き飛ばされながらも耳をばたつかせて姿勢を制御し、地面に降り立つ。

 

「苦手なタイプの特殊技に耐えやがるか……その根性は大したもんだぜ。だが、根性だけで勝てるほどバトルも喧嘩も甘かねぇ! リリーラ、もう1度“エナジーボール”!」

 

「ファンファン、リリーラの真正面から“ころがる”!」

 

 リリーラのエネルギーチャージとファンファンの突撃は同時に始まる。

 だが、十分な速度が出る前に“エナジーボール”が射出され、ファンファンにヒットして爆煙が辺りを覆う。

 

「ファ、ファンファン……!」

 

 ネリアは目を細めて立ち込める煙を凝視する。

 

「……っ!」

 

 直後、煙をこじ開けるように転がった状態のファンファンが飛び出してくる。その身体は一瞬、白いオーラを纏っているようにも見えていた。

 これには観戦していたアケビも驚きを隠せない。

 

「ウソッ!? あのゴマゾウ、“エナジーボール”を2発も受けて平気なの!?」

 

「……いや、あれは“こらえる”だねー。倒れそうな攻撃を受けても、ギリギリのギリで気合いで持ちこたえる忍耐力の塊みたいな技だよー。ま、連続して使おうとすると、気合い疲れして失敗しちゃうみたいだけどねー」

 

 土壇場で修得した“こらえる”で持ちこたえたファンファンは勢いを殺さずリリーラに向けて突進して衝突し、そのままリリーラの身体を駆け上るように空中へと舞い上がる。

 

「なんだとっ!?」

 

「“じゃれつく”っ!」

 

 落下加速と全体重を乗せた捨て身の“じゃれつく”が真上からリリーラを襲う。

 

「“げんしのちから”!」

 

 リリーラの周囲の地面が振動し、岩が抉り出されて落下するファンファンへ撃ち出される。

 だが、重力に従って落ちるファンファンを止めるには至らず、お互いの技がヒットする。

 

「……やるじゃねぇか。だが……」

 

 地面に落ちて目を回すファンファンに対し、リリーラは一瞬身体を竦めながらも、花びらのような触手を広げて自身の健在ぶりをその場の全員にアピールする。

 

「ファンファン……!」

 

「……リリーラの頑強さが上回ったな」

 

「ゴマゾウ戦闘不能ー、リリーラの勝ちー!」

 

 駆け寄ったツバキは倒れたファンファンを抱え、その頭を撫でてボールへと回収する。

 

「……苦手な相手にすごく頑張ったね……お疲れ様、ファンファン……」

 

 ファンファンのボールをワゴンに戻し、代わりに3番の窪みから次のボールを手にする。

 

「行って、ミスティ!」

 

 ツバキの3体目、ミスティが闘争心を露にしてフィールドに降り立った。

 

「ナゾノクサか。こいつも気合い十分だな」

 

「では、リリーラ対ナゾノクサ。バトル……再開ー!」

 

「リリーラ、“げんしのちから”だ!」

 

 今度はネリアとリリーラが先手を取る。

 ファンファンの時のように地面から岩が飛び出し、一斉にミスティへと向かってくる。

 

「ミスティよけて!」

 

 しかし、ファンファンより小柄な上に丸い身体をしているミスティは被弾面積が小さく、数が多いともスピードが早いとも言い難い岩にはそうそう当たらない。

 ステップを踏むように回避したミスティは、リリーラへ向けて走り出すが、その間にも“ねをはる”によってファンファン戦のダメージを回復させていく。

 

「“ようかいえき”!」

 

 走りながら“ようかいえき”を口から連射し、目眩ましをしつつリリーラに迫る。

 

「“げんしのちから”で迎え撃て!」

 

 そこそこの大きさの岩を“ようかいえき”に対する盾に使う事で防ぐリリーラ。

 だが身軽なミスティはその岩の隙間を掻い潜り、見事リリーラに肉薄する。

 

「(アンズさん、力を貸してください……!)ミスティ、“どくどく”!」

 

 ミスティの口から猛毒の液が吐き出されてリリーラに至近距離で直撃し、見る見る身体が毒に侵される。

 ミスティが修得していたのは、アンズからもらった技マシンで覚えた“どくどく”だ。

 

「ここで“どくどく”だと!?」

 

「離れてミスティ!」

 

 バックステップによってその場から離れるミスティ。

 

「“エナジーボール”!」

 

 毒に苦しみながらも、“エナジーボール”による反撃を試みる。

 “ねをはる”の回復で毒が軽減されているのである。

 

「よけてっ!」

 

 丸い身体を利用してごろごろと転がって回避するミスティだが、間近に着弾して爆風で吹き飛ばされる。

 しかし、くさタイプとどくタイプを併せ持つミスティにくさタイプの“エナジーボール”は効果が薄い。

 

「そこから“ようかいえき”!」

 

 高所へ吹き飛ばされたのをこれ幸いと、これでもかと“ようかいえき”の雨を降らせれば、根を伸ばして身動きの取れないリリーラに回避の術は無い。

 

「リリーラぁっ!!」

 

 “どくどく”による猛毒状態は、時間の経過と共にそのダメージを増やしていく。

 やがて“ねをはる”では相殺しきれなくなり、そこに降り注いだ大量の“ようかいえき”が決定打となって、頑強さを誇ったリリーラはついに萎びたように倒れてしまった。

 

「……リリーラ戦闘不能ー! ナゾノクサの勝ちー!」

 

 ネリアはくたっと倒れたリリーラに歩み寄り、その身体を撫でながら起こす。

 

「良いガッツだったぜ、リリーラ。ゆっくり休んでな」

 

 リリーラをボールへ戻したネリアは、とうとう3番……最後のボールを手に取る。

 

「おもしれぇ……こんなにおもしれぇチャレンジャーは久々だぜツバキ! オレはトレーナーレベル3の時はいつもこいつをトリに設定してるが……実際にバトルへ引きずり出されたのはしばらくぶりだぜ! ……出番だハハコモリっ!!」

 

 投げられたボールから、むし・くさタイプを持つこそだてポケモン『ハハコモリ』が飛び出し、華麗な宙返りを決めて着地する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 優しげな顔とは裏腹に、鋭利なカッターとなった腕が振るわれる度に空気が裂かれる音がフィールド中に響く。

 

「(……タイプでは有利なポポくんとケーンが残ってるし、ミスティも入れて3対1で圧倒的に有利なはずなのに……なんでだろう、簡単には勝てない気がする……!)」

 

 ツバキにはまだ見ただけで正確に相手の力量を計れるほどの経験も知識も無い。

 そんなツバキですら眼前のポケモンに対して、決して一筋縄ではいかない雰囲気を感じ取っていた。

 タマムシジム戦は、いよいよ最終局面へと突入しようとしていた。

 

 

 

つづく




第21話終了です、お疲れ様でした。

改めて見返すと、20話の時点で連載開始から1ヶ月だったんですね。うん、良いペースだ!(ストーリーが順調とは言ってない)

ジャノビーはもう少し活躍させてあげても良かったかもしれない……。


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第22話:神速の狩人ハハコモリ!苛烈なる高速戦闘の果てに!

タマムシジム戦決着の第22話です。


 タマムシジム突破のため、ジムリーダー代行であるネリアに挑んだツバキは、ナオとファンファンを失いながらも相手の手持ち3体の内、ジャノビーとリリーラを倒して3対1の状況に持ち込む事に成功した。

 しかし、ネリアの切り札たる3体目……ハハコモリからは、それまでに無い覇気を感じ取られていた。

 

「それではー、ハハコモリ対ナゾノクサ。バトル……再開ー!」

 

「ミスティ、“ようかいえき”!」

 

 ツバキはハハコモリへの警戒心から速攻を仕掛ける。

 弾幕を張るようにミスティの口から“ようかいえき”が連続で吐き出され、ハハコモリに降り注ぐ。

 

「“こうそくいどう”だハハコモリ!」

 

 ハハコモリは一気にスピードを引き上げ、“ようかいえき”の攻撃範囲から外れる。

 

「っ! 速い……! ミスティ、フィールドに“ようかいえき”を!」

 

 ツバキはセキチクジムでアリアドスを罠に嵌めた時の“ようかいえき”地雷原を張ってハハコモリの動きを妨害しようとする。

 が……。

 

「“シザークロス”!」

 

 一瞬にして距離を詰めたハハコモリが腕のカッターを交差させるように降り下ろす。

 ミスティは接近するハハコモリへ視線を向ける前に吹き飛ばされ、部屋の壁へと激突してしまった。

 

「ミスティっ!?」

 

「……ナゾノクサ戦闘不能ー、ハハコモリの勝ちー!」

 

 飛ばされたミスティの状態確認に向かったラニーが高らかに宣言し、ツバキの元へミスティを連れてくる。

 

「……お疲れ様ミスティ。頑張ってくれてありがとう」

 

 ツバキはミスティをボールに戻し、残りのポケモンを置いてあるワゴンへ向かう。

 

「しかし、久々にあのハハコモリ見たけどー、相変わらずとんでもないパワーだねー」

 

「斬るってより叩き折るって感じで腕振り回すもんね。トレーナーレベル3であの子を倒した人ってあんまりいなかったよねラニーちゃん」

 

 アケビは隣に戻ったラニーと会話を始める。

 トレーナーレベル3のポケモン……搦め手のジャノビー、耐久のリリーラを破った者は、このスピードとパワーを併せ持つハハコモリと戦わねばならないが、このトレーナーレベルにおける切り札だけあって良く鍛えられており、数値化されたステータス以上の実力を持つ強敵である。

 

「んだねー。確かネリアさんがイッシュ時代から連れてたハハコモリの子供だっけー……かなり鍛えてあるからヤバいよあの子はー」

 

「ツバキちゃん負けちゃうかな?」

 

「どうだろねー。残りの手持ちがあの2体だろうし……それに、本人は気付いてないだろうけどトレーナーとしての才能がずば抜けてるっぽいからねー」

 

 ラニーはツバキが自分達とのバトルで使った2体を温存しているであろう事を言及し、まだ勝敗はわからないと語る。

 一方フィールドには、4番の窪みからボールを取ってツバキが戻っていた。

 

「……出番だよ……ポポくんっ!」

 

 ツバキが高く放ったボールから、大きな翼を広げたポポが姿を現した。

 

「次はピジョンか!」

 

 ラニーがフィールドに近付きながら、空中を羽ばたくポポを見上げる。

 

「(このピジョン……ツバキちゃんの相棒ポジションのはずだけど、4番にしたんだー)……それではー、ハハコモリ対ピジョン。バトル……再開!」

 

「ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

 ポポが加速して高速接近し、ハハコモリの横腹にまず一撃を入れる。

 

「っ! ハハコモリの反応が遅れた……すげぇスピードじゃねぇか! 負けてらんねぇぞハハコモリ! “めざめるパワー”!」

 

 ハハコモリの身体から光の玉のような物が6つ放出され、その周囲を高速回転した後、ポポに向けて撃ち出される。

 

「ポポくん、“でんこうせっか”でよけて!」

 

 瞬時に加速したポポを“めざめるパワー”が追尾して空中を乱舞する。

 しかしそのスピードには追い付けなかったようで、1つ、また1つと空中分解していく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「“くさぶえ”だ」

 

「っ!?」

 

 “めざめるパワー”を振り切って安堵したポポだが、いつの間にか前方に回り込んでいたハハコモリが、腕を口に充てて一定のメロディーを奏で始める。

 その音を聞いていたポポの瞼が徐々に閉じられ、完全に寝息を立てて地面に墜落してしまった。

 

「“めざめるパワー”は囮……当たれば良いな程度で、本命は“くさぶえ”かー……タイプで言えば圧倒的に不利な相手をここまで翻弄するとはねー」

 

「ポポくん! ポポくん起きてっ!」

 

「“めざめるパワー”!」

 

 ツバキの呼びかけにも答えず寝息を立て続けるポポに、再びハハコモリからの“めざめるパワー”が放たれ、当然よけられずに全弾命中する。

 

「“シザークロス”だ!」

 

 空中へと放り出されたポポに、ジャンプしたハハコモリの追撃が入り、“シザークロス”でお手玉のように弄ばれてしまう。

 もはやただの呼びかけでは起きる事は無いだろう。

 ……と、ツバキは顔を赤らめ、チラチラとネリアやラニー達を見た後、息を吸って大声を張り上げる。

 

「……ポ…………ポポくんっ! 早く起きないと先にお風呂入っちゃうからねっ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間ポポの目がカッと見開かれ、身体を捻って“シザークロス”を回避し、その場を離脱する。

 その場にいた全員がポカーンと口を開け、ラニーとアケビは顔を見合わせている。

 

「……何その……何? 風呂?」

 

 気の抜けたネリアの疑問に、さらに真っ赤になったツバキがぽつぽつと小声で答える。

 

「……ポ、ポポくんはわたしと一緒にお風呂に入って……身体を洗われるのが……好きなんです……ナオは嫌がるけど……

 

「…………ぷふっ……!」

 

 思わずネリアが吹き出すと、ラニー達も口を抑えて身体を震わせる。

 

「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……や、やっぱりこの歳でポケモンと一緒にお風呂って……あうぅぅ……!」

 

 恥ずかしさのあまり縮こまってしまうツバキに、笑い泣きの涙を拭いつつネリアが訂正を入れる。

 

「いやいや、それ自体は微笑ましいもんだ。ただ……くくっ……バトル中にそんな方法でポケモン起こす奴を初めて見たもんでな……くっくく……!」

 

 ハハコモリですら困惑し、この場でまったく動じていないのは、起きたばかりのポポのみである。

 

「も、もうっ! バトル再開しますよっ!」

 

「ははっ、そうだな……くくっ、わりぃわりぃ」

 

 恥ずかしさが限界を突破してとうとう怒り始めたツバキに、ネリアが手を振って応える。

 

「ポポくんっ、“すなかけ”っ!!」

 

 なぜツバキが怒っているのかわからぬまま、ポポが翼を大きく振るい砂を巻き上げる。

 

「あんま笑ってばっかもいられねぇか。これじゃ見えやしねぇ……ハハコモリ、“めざめるパワー”で爆風を起こせ!」

 

 ハハコモリは周囲に“めざめるパワー”をばらまき、次々に爆発させてその爆風で砂を吹き飛ばそうとする。

 

「“ブレイブバード”!」

 

 だが、その前に砂の中を突っ切ってポポが猛突進を叩き込んでくる。

 視界の悪い中で下手な動きのできなかったハハコモリは、両腕をクロスさせてダメージを軽減するのがやっとであり、相当なダメージを受ける。

 

「へっ、なるほどな、《するどいめ》か。やってくれるぜ」

 

 しかし、これほどのダメージを受けてもハハコモリは膝を付かず、なお“めざめるパワー”による砂払いを継続している。

 そしてとうとう砂が晴れ、両者が健在のフィールドが露になる。

 

「……4倍弱点の大技を受けて立ってるよハハコモリー……」

 

「タフってレベルじゃないよアレ……」

 

 決着の一撃とはならなかったが、“ブレイブバード”は双方にかなりのダメージを及ぼした。

 特に寝ている間に連続攻撃を受けていたポポの方は苦しそうに見える。

 

「……ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

「ハハコモリ、“シザークロス”!」

 

 ツバキとネリア、2人の指示が同時に飛び、ポポとハハコモリが立っていた場所は、ラニー達の瞬きの間に入れ替わっていた。

 一瞬の沈黙。

 ポポの身体がぐらつき、そのまま横に倒れてしまう。

 

「ポ、ポポくんっ……!」

 

「……ピジョン戦闘不能ー、ハハコモリの勝ちー!」

 

 ツバキは慌ててポポに駆け寄り、抱き起こす。

 

「ポポくん……ポポくん大丈夫!? ……うん、残念だけど……」

 

 ツバキの腕の中で目を覚ましたポポは、口惜しさと申し訳なさの込められた視線をツバキへと向ける。

 

「……ありがとう。ゆっくり休んで……そして祈ってて。わたしとケーンで頑張るから……!」

 

 ポポをボールへ回収したツバキは、いよいよ5番の窪みから最後のボールを手に取る。

 

「……行くよ。ケーン、お願いっ!」

 

 泣いても笑ってもこれが最後。

 炎を燃え上がらせてケーンが飛び出した。

 

「最後はヒノアラシか……ちょいと腰は引けてるが、相手から目を離さねぇのは根性のある証拠だな」

 

「ケーン、これが最後。わたし達の全部をネリアさんに見てもらおう!」

 

 ツバキの言葉に、ケーンはさらに炎をたぎらせて応える。

 

「では、タマムシジム戦最終戦、ハハコモリ対ヒノアラシ。……バトル……再開ー!」

 

「ハハコモリ、“めざめるパワー”!」

 

「ケーン、“ひのこ”!」

 

 ハハコモリの発射したエネルギー弾をケーンの“ひのこ”が相殺する。

 

「そのまま“ひのこ”を連続で!」

 

 絶え間無く撃ち出される“ひのこ”だが、“こうそくいどう”で素早さを高めたハハコモリにはなかなか当たらない。

 

「下手な鉄砲もなんとやらとは言うがよ、それが必ずしも成功に繋がるって保証はねぇぜ! “シザークロス”だ!」

 

 “ひのこ”を次々かわし、距離を詰めたハハコモリの“シザークロス”がケーンを吹っ飛ばす。

 

「ケーン! うぅ、やっぱりあのスピードをどうにか……! ケーン、“でんこうせっか”!」

 

 スピード勝負ならばと、こちらも“でんこうせっか”で追い付かんとする。

 

「落ち着けハハコモリ! 冷静に動きを見極めて“シザークロス”で迎え撃て!」

 

 周囲を高速で移動するケーンを前に、ハハコモリはじっとその動きを観察し、方向転換時の脚の動きを見抜く。

 そして自身に向けて突っ込んできた瞬間、“シザークロス”によるカウンターが入る。

 

「……そうだっ! ケーン! そのまま空中から“ひのこ”!」

 

 くるくると吹き飛ばされたケーンはどうにか姿勢を変えると、ハハコモリに向けて“ひのこ”を雨と降らせる。

 

「ハハコモリのスピードをんな弾幕で抑えられると思うな! “シザークロス”!」

 

「(来た……!)“えんまく”!」

 

 “ひのこ”から“えんまく”に指示が切り替わった瞬間、ジャンプして追撃を狙うハハコモリが眼前に現れる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そして、その顔に“えんまく”が直撃し、視界が塞がれてしまう。

 

「何っ!? ハハコモリ!」

 

「やった……! ハハコモリはほのおタイプ技は苦手なはず……“ひのこ”を使えば、撃ち漏らしの怖い“めざめるパワー”での迎撃より、“シザークロス”で根本的に黙らせようとするって思いました……!」

 

 そう、ハハコモリが1度に撃てる“めざめるパワー”のエネルギー弾は6発……それ以上の“ひのこ”が撃たれれば、迎撃をすり抜けて被弾する恐れがある。

 そのため、ネリアは下手な迎撃よりも、スピードで回避しての接近戦によって本体を倒す戦法を重視しているのである。

 ここまでのバトルスタイルからそれを悟ったツバキは、ケーンが吹き飛ばされた事を利用し、一度飛べば身動きの取りにくい空中へハハコモリを引き出して、至近距離での“えんまく”直撃を狙ったのだ。

 

「ハハコモリ! 敵が見えるか!?」

 

 着地はできたものの、ハハコモリの視界は真っ黒に塗り潰され、目を開ける事もままならない。

 

「“ひのこ”!」

 

 そこへ“ひのこ”が大量に発射され、ハハコモリの身体にヒットしていく。

 

「……! ハハコモリ! オレの声を聞けっ! 右に動け!」

 

 ネリアの声に従い、飛んできた“ひのこ”を寸前で回避する。

 

「……!?」

 

「右! 右! しゃがめ! 左! 跳べっ!」

 

 次々に飛ぶ指示にハハコモリも次第に対応し、“ひのこ”がまったく当たらなくなる。

 

「……まるでハハコモリの目になったみたいだねネリアさん……」

 

「動体視力がポケモン並みだねー……喧嘩で鍛えたのかなー……」

 

「“シザークロス”準備! 正面に走れハハコモリ!」

 

 “ひのこ”を全て回避したハハコモリの両腕が光り、高速で走り出す。その先にはケーンの姿がある。

 

「ケ、ケーン! “でんこうせっか”!」

 

「左に軌道修正! ……そこだっ!」

 

 “でんこうせっか”でよけようと試みるがネリアの指示は的確であり、逃げ切れずに“シザークロス”がヒットする。

 

「ケーン!」

 

「……ねぇラニーちゃん。なんか“シザークロス”がさっきより強くない?」

 

「たぶんハハコモリの特性《むしのしらせ》だねー。私のハヤシガメが倒された時の《もうか》……あれのむしタイプ版だよー」

 

 《むしのしらせ》によってパワーアップした“シザークロス”を食らい、ケーンのダメージはかなり蓄積されてしまっている。

 

「ケーン……(もう後が無い……どうする……どうすれば……)」

 

 無論、ネリアはツバキの答えが出るまで待ってなどくれない。

 

「決めるぞ! もう1度“シザークロス”! やや右に軌道修正して走れ!」

 

 再びハハコモリがケーンに向けて走り出す。

 

「(や、やっぱり速い……! ……速い? それに目が………………これしか……無いっ……!)ケーン! “でんこうせっか”!」

 

 かなりボロボロになってしまっているが、それでもどうにか“でんこうせっか”で走り出す。

 しかしそのスピードは先ほどまでよりも落ち、ハハコモリとは比べるべくも無く距離が縮む。

 

「……終わり、かなー……」

 

「ツバキちゃん、頑張ったんだけど……」

 

 腕を交差させたハハコモリがケーンの真後ろに迫り、もはやこれまで……。

 そう誰もが思った瞬間、ツバキの声が響いた。

 

「急停止!」

 

「何っ!?」

 

 ケーンが地面に爪を突き立てて緊急停止し、ハハコモリがその頭上を通りすぎていく。

 スピードを出しきれなかったケーンと、スピードは万全だったハハコモリ……縮んだ距離は再び離れ始める。

 これがネリアでなくハハコモリ自身の目であったならば、ケーンの急停止に対してもう少し柔軟な対応ができたであろう。

 

「“かえんぐるま”!」

 

 そしてケーンが背中の炎を最大限に燃え上がらせ、その炎が身体を包んで車輪のごとく回転を始め、慌てて止まろうとしたハハコモリの背中目掛けて突進する。

 無防備なハハコモリの身体は瞬く間に燃え上がると同時に吹っ飛ばされる。

 

「ハハコモリぃぃぃっっっ!!」

 

 炎が消えると、ハハコモリは目を回して倒れ込んで動かなくなる。

 様子を見に行ったラニーが、その状態を確認し……。

 

「……ハハコモリ……戦闘不能ー! ヒノアラシの勝ちー! よって、タマムシジム戦勝者は、チャレンジャー・ツバキー!」

 

 ラニーの宣言に、ツバキはしばし思考が止まるが、アケビが抱き付いてきて……。

 

「ツバキちゃんっ! 勝ちだよツバキちゃんの! ネリアさんに勝ったんだよツバキちゃんとポケモン達がっ!」

 

 その元気いっぱいの言葉がツバキを現実へと引き戻し、そして喜びを実感させる。

 

「勝った……勝ったんだ……わたし達……! ケーン!」

 

 ツバキがケーンに駆け寄る間に、ラニーとアケビがツバキの他のポケモン達にげんきのかけらという薬を飲ませて回復させる。

 

「……は~……負けたか……さんきゅ、ハハコモリ。お前のおかげで熱いバトルになったぜ」

 

 ネリアはハハコモリをボールに戻し、ケーンを振り回すツバキへと近付く。

 

「ツバキ。お前とお前のポケモン達……最っ高に熱いな! こんなに楽しめたのは、エリカの姐さん以来かもしれねぇ! ……ケーンだったか、お前もあっちぃな! 腰が引けてるなんつって悪かったな!」

 

 ツバキとケーンの頭を少し乱暴に撫で回すネリアの服を、アケビがくいくいと引っ張る。

 

「ネリアさん、ネリアさん! これ! これ!」

 

 そう言って差し出したのは、バッジケースだ。

 

「っと、そうだったな! ……ツバキ! お前達の熱いバトルに感謝と称賛を込めて、このタマムシジム突破の証……レインボーバッジを贈るぜ!」

 

 ネリアからツバキへとバッジが手渡され、勝利の実感が形となってツバキの元へやってきた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「~~~や、やったぁぁぁ!! 皆、本当にありがとう~!!」

 

 ツバキは回復したポケモン達に、順番に頬擦りすると、天窓から射し込む光にレインボーバッジをかざす。

 色とりどりのパーツは日の光を反射し、目に映る色を変えていく。

 それはまるで、ツバキの未来の様々な可能性を暗示しているかのようだった。

 

 

 

つづく

 

 

 

【ツバキの現在の手持ちポケモン】

 

■ポポ(ピジョン(♂))

レベル26

特性:するどいめ

覚えている技

・すなかけ

・たつまき

・でんこうせっか

・ブレイブバード

 

■ミスティ(ナゾノクサ(♀))

レベル22

特性:ようりょくそ

覚えている技

・ようかいえき

・どくどく

・しびれごな

・ねむりごな

 

■ファンファン(ゴマゾウ(♂))

レベル21

特性:ものひろい

覚えている技

・こらえる

・まるくなる

・ころがる

・じゃれつく

 

■ナオ(ニャスパー(♀))

レベル22

特性:マイペース

覚えている技

・ねんりき

・ひかりのかべ

・サイケこうせん

・あくび

 

■ケーン(ヒノアラシ(♂))

レベル20

特性:もうか

覚えている技

・えんまく

・ひのこ

・でんこうせっか

・かえんぐるま

 

【ネリアの使用ポケモン】

 

■ジャノビー(♀)

レベル22

特性:しんりょく

覚えている技

・つるのムチ

・グラスミキサー

・やどりぎのタネ

・アクアテール

 

■リリーラ(♂)

レベル24

特性:きゅうばん

覚えている技

・ねをはる

・げんしのちから

・エナジーボール

・バリアー

 

■ハハコモリ(♀)

レベル27

特性:むしのしらせ

覚えている技

・くさぶえ

・めざめるパワー

・シザークロス

・こうそくいどう

 




はい、長文とのお付き合いお疲れ様でした!

文量が増えてきたので、書き溜めがだんだん難しくなってきました。
これまでは1日空けての2日連続更新が基本パターンとなっていましたが、これも変わるかもしれません。


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第23話:戦翼の女帝

あれやこれや登場する第23話です!


 タマムシジムでの熾烈な勝ち抜き戦を制し、見事レインボーバッジを手に入れたツバキは、翌日、ヤマブキシティへ向けて出発しようとしていた。

 

「よぉ、ツバキ。間に合ったなぁ!」

 

「ネリアさん? ラニーさんにアケビさんも……おはようございます」

 

「どうもー」

 

「やっほー!」

 

 ポケモンセンターを出て、7番道路に向かおうとした矢先、走ってきたネリア達に呼び止められる。

 

「いや、こいつを渡し忘れててよ。どこにしまったか忘れちまって探してたんだよ」

 

 そう言ってネリアに手渡されたのは、緑色をしたディスクだ。

 

「技マシン……ですか?」

 

「ああ、そいつの中身は“エナジーボール”。くさタイプの技だが、色んなポケモンが覚えられる便利な技だぜ!」

 

「わぁ……! ありがとうございます!」

 

 受け取ったディスクをしまい込み、ペコリと頭を下げるツバキに、ネリアは感心したような笑みを浮かべた。

 

「へへ、本当に良い顔してるぜ今のお前。チンピラどもにブルッちまってた時とは別人だぜ」

 

「……はい。ポケモン達だけでなくわたしも一緒に強くなるって、改めて決心しましたから」

 

 その言葉に偽りは無く、まだ頼りなさは残るものの、決心を固めた表情はとても生き生きとしている。

 

「そうか。お前はお前の信念にケジメつけたんだな。……んじゃ、頑張れよツバキ」

 

「はい! お世話になりました! またいつか!」

 

「ばいばーい!」

 

「元気でねー……ん?」

 

 改めて7番道路へ歩き出したツバキに3人が手を振っていると、ラニーのポケギアからコール音が響いた。

 

「もしもしー……おー、これはこれはー。ネリアさん、エリカさんからお電話ですよー」

 

「姐さんから!? ……は、はい代わりました、ネリアです!」

 

 ポケギアの向こうから、のんびりとしながらも芯の強そうな女性の声が聞こえてくる。

 

「あらあらネリアさん、お久しぶりですわ。ジムの方はいかがですか?」

 

「万全です! ジムも街もオレがバッチリ守ってるんで、心配はいりません!」

 

「そうですか~。では、もうしばらくの間その調子でお願いいたしますわ」

 

「はいっ! ……ん? 姐さん今なんて? もうしばらく?」

 

「実はカントー地方行きのつもりが、間違えてカロス地方行きの飛行機に乗ってしまいまして~。せっかくなのでしばらく旅行してから帰らせていただきますわ~。では、ごめんあそばせ」

 

「ちょっ、カロスって! 姐さん! ちょっと!」

 

 ポケギアはプツンという音と共に、うんともすんとも言わなくなってしまった。

 

「まぁまぁネリアさーん。それだけエリカさんに信頼されてるって事じゃないですかー」

 

「そ、そうだよネリアさん! あたし達も一生懸命お手伝いするから!」

 

「……ぅぅぅ……姐さんに会いたい……」

 

 その後しばらく、しゃがみ込んでしまったネリアを左右から励まし、慰めるラニーとアケビの姿が見られた……。

 

 

 

 一方ツバキは7番道路に入り、道なりに進んでいた。

 

「ポポくん、ここで進化したんだよね。ふふっ、あの時のポポくん、格好良かったなぁ……」

 

 肩に乗ったポポは、照れ隠しのように翼で顔を覆う。

 そんなパートナーの様子に微笑みつつ、ふと森の方へと目を向けたツバキは、木々の間に何かが動いているのを見た。

 それは人影のようだ。数は6人ほどで、1人は大きな袋を担いでいるように見える。

 

「……?」

 

 どこかのユニフォームか、揃いの黒い服を着た一団は、森の奥へ進んでいく。

 

「……なんだろう……なんだか気になる……行ってみようポポくん」

 

 ツバキは姿勢を低くし、忍び足でその一団の尾行を始める。

 

「なぁ、アクイラ様からは早く戻るように言われてるのに良いのかよ?」

 

「せっかくの混乱、利用しないでどうすんだよ。資金調達と戦力増強、どっちも必要だろうが」

 

 口々に話しているせいか、誰もツバキに尾けられている事に気付く様子は無い。

 やがて少し広い場所に出ると、抱えていた袋を下ろして休憩に入ったようだ。

 

「(……モンスターボール?)」

 

 少しだけ見えた袋の中には、多数のモンスターボールらしき物が確認できた。

 

「しかしすげぇ数だな。どこで盗ってきたんだ?」

 

「ヤマブキシティだよ。たぶんポケモンコレクターかなんかの家だと思うぜ」

 

「って事は、珍しいポケモンもいるって事か?」

 

「恐らくな。これだけありゃあ、かなりの金になるだろうぜ」

 

「(……っ!! この人達も……この前の人達みたいにポケモンを物みたいに……!! それにもしかしてあのボール……盗んだの……!? ゆ、許せない……!!)」

 

 気が付くとツバキは、木の陰から飛び出し、男達を睨んでいた。

 

「な、なんだお前は!?」

 

「そのボール……どうしたんですか?」

 

「子供にゃ関係ねぇ事だよ。とっととおうちに帰んな、シッシッ」

 

「盗んだんですねっ!? 持ち主に返してください!!」

 

 声を荒げるツバキの態度が癪に障ったのか、一団の内の1人が立ち上がる。

 

「……よう嬢ちゃん……あんまり大人に喧嘩を売らない方が良いぞ」

 

 男達はバラバラと分散し、半円状にツバキと向かい合う。

 

「ついでだし、教育がてらこいつのポケモンも持ってくか。行け、アーボック!」

 

「ラッタ!」

 

「グラエナ!」

 

「ヤミカラス!」

 

「ゴルバット!」

 

「ベトベトン!」

 

 男達は次々にボールからポケモンを出す。

 1対6の状況だが、今のツバキの心は恐怖よりも怒りが勝っている。

 

「ポポくん! ミスティ!」

 

 ツバキは広範囲攻撃のできるポポと、各種状態異常を撒けるミスティを繰り出す。

 

「ガキの方は?」

 

「クチバ湾にでも沈めるか……でなけりゃその手の物好きに売っちまうか。いずれにせよまずは黙らせるぞ」

 

 物騒な発言にも耳を貸さず、ツバキは攻撃の指示を出す。

 

「ポポくん、“たつまき”!!」

 

 ポポが翼をはためかせ、3つの風の渦を巻き起こす。

 

「う、うわ……! ゴルバット、“エアカッター”だ!」

 

 ゴルバットも対抗するように風の刃をぶつけるが、規模が違いすぎて“たつまき”に打ち消されてしまう。

 3つの“たつまき”は敵ポケモン達を飲み込み、空へと放り出す。

 しかし相手もそれなりに鍛えられているらしく、地面に落下しても立ち上がってくる。

 

「……大人を怒らせるなよ……ガキがぁっ!! お前ら、一気にやっちまえ!!」

 

 6体のポケモンが牙を剥き、全員同時にツバキ達へと飛びかかってくる。

 

「“ブレイブバード”」

 

 だが、突如横合いから一陣の突風が通り抜け、男達のポケモンを一掃した。

 

「っ!?」

 

「なんだっ!?」

 

 その場の全員が一斉に視線を向けると、1人の女性がゆっくりと歩いてきていた。

 

「……ふぅ……どうにも気が乗らないが……仕方あるまい」

 

「……あ…………あぁ……!」

 

 ツバキの目が徐々に見開かれ、男達への怒りに満ちていた表情が、驚愕のそれへと変わっていく。

 女性はツバキと男達の間に立つと、キッと男達を睨み付けた。

 

 

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「……人の妹分に手を出して……無事で済むと思うなよ貴様ら……」

 

「……イ……」

 

 そう、ツバキは知っている。この女性の名を。

 

「……イソラお姉ちゃん!」

 

「……ふふっ、久しぶりだなツバキ。また大きくなったな」

 

 それはツバキが幼い頃から近所に暮らし、まるで姉のように慕っていたポケモントレーナー・イソラだった。

 イソラはツバキの方に振り向くと、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 一方、男達は戦闘不能にされたポケモンをボールへ戻し、別のボールを手に取る。

 

「邪魔をするな! なんなんだお前は!?」

 

「気にするな、ただのお姉ちゃんだ」

 

「馬鹿にしているのか!? えぇい、ともかく邪魔者に容赦はせん! ニューラ、ハブネーク、デルビル!」

 

 男は新たに3体のポケモンを出し、他の男達もそれぞれ2~3体のポケモンで戦闘態勢に入る。

 

「……さすがに面倒だな。戻れクロバット。行け、ペラップ。……ツバキ、ポケモンを戻して少し耳を塞いでいなさい」

 

 イソラは“ブレイブバード”を仕掛けたクロバットをボールに戻し、入れ替わりに音符のような頭をした小さな鳥ポケモンを繰り出して、優しい声色でツバキに忠告する。何がなんだかわからないが、とりあえず言われたとおりにする。

 そして……。

 

「“ばくおんぱ”」

 

 ペラップの口からまさに爆音のような凄まじい音が放たれ、森全体が震えるような錯覚に陥る。

 あまりの衝撃に目を閉じたツバキがゆっくり目を開くと、男達とそのポケモンは全て目を回して倒れていた。

 

「良い働きだペラップ。戻ってくれ」

 

 イソラはペラップを撫でながらボールへと回収した。

 

「なんだなんだ、ヒデェなこりゃ。……お?」

 

 と、そこへ黒いジャケットを羽織った男性が現れる。

 

「……何やってんだお前ら。やる事やったらさっさと帰れと言っといただろうが」

 

 男性は倒れていた男の胸ぐらを右手で掴んで引きずり起こす。

 

「ア……アクイラ様……! これはその……」

 

 アクイラと呼ばれた男は、大量のボールが入った袋に気付くと、呆れた溜め息を吐き出した。

 

「勝手に命令外の事をするからこうなるんだバカが。同情も敵討ちもしてやらねえぞ。……なあアンタら」

 

 アクイラは男を掴んでいた手を放すと、ツバキとイソラに声をかけてくる。

 

「このバカどもが盗んだボールは全て返す。こいつらが妙な事を言ったなら謝る。だからここは見逃しちゃくれねえか?」

 

「断る。貴様らを見逃せば、いずれまた同じ事をする。貴様らはこれまでもそうだっただろう? ……ロケット団……!」

 

 ツバキの側からは見えないが、殺意にも似た感情を込めた眼差しが男達に向けられている。

 

「……やっぱ駄目か。仕方ねえ……ドンカラス、バルジーナ、このバカどもを回収しろ。そしてアンタの相手はこいつだ。行け、ヘルガー」

 

 3体のポケモンを出したアクイラは、その内2体に倒れた男達を回収させ、自身はダークポケモン『ヘルガー』と共にイソラと対峙する。

 

 

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 イソラはみすみす敵を逃がしてしまう事に舌打ちするも、眼前の男が無視できるレベルでない事も察していた。

 

「ツバキ、下がっていろ」

 

「う、うん……」

 

 ツバキが物陰に隠れたのを確認すると、イソラは腰のベルトからボールを取り、放り投げる。

 

「頼むぞアーケオス」

 

 現れたのは黄色い羽毛と鮮やかな青い翼を持つさいこどりポケモン『アーケオス』。鳥のようだが、地上にいる姿が妙に様になるポケモンである。

 睨み合うイソラとアクイラだったが、不意にアクイラが口を開く。

 

「……アンタの顔……どっかで見たような……」

 

「ロケット団などに知り合いはいないはずだがな」

 

「(……アーケオス……いわ・ひこうタイプ……ひこう…………っ!!)アンタまさか……『戦翼の女帝(フェザー・エンプレス)』か!?」

 

「……だったらどうする? バトルをやめて、直接殺すか?」

 

 一層鋭さを増すイソラの視線と言葉をぶつけられると、アクイラは笑いをこらえ始める。

 

「くくく……はっははは! 冗談じゃない! こんな極上のトレーナーとのバトルの機会……そんな無粋な真似で捨ててたまるものか! 行くぞ! ヘルガー、“かえんほうしゃ”だ!」

 

 ヘルガーの口の端から炎が溢れ、大きく首をしならせて一気に解き放たれる。

 ケーンの炎とは、熱量も、炎の勢いも、さながらマッチ棒と文字通りの火炎放射機のごとき差がある。

 

「“まもる”」

 

 翼を交差させたアーケオスの前にエネルギー体の壁が発生し、“かえんほうしゃ”は遮られて消失する。

 

「“もろはのずつき”」

 

 アーケオスの全身のエネルギーが頭部に集束していき、驚異的なスピードでヘルガーに突進する。

 

「(速いっ……! よけるのは間に合わねえ!)ヘルガー、“かみくだく”で迎え撃て!」

 

 大きく口を開いたヘルガーの牙が黒いオーラを纏い、それは無数に並んだ巨大な牙の形を成し、まるでヘルガーの前に悪魔の口が現れたかのような状態を作り出した。

 走り出したヘルガーのオーラと、アーケオスの頭突きが激突し、強大なエネルギー同士の衝突は周囲に凄まじい衝撃波を拡散させる。

 

「むうっ!」

 

「くっ……」

 

「ひゃうっ……!」

 

 それが収まると、互いのポケモンは仕切り直しと言わんばかりにトレーナーの元へ戻る。

 

「強い……本当に強いな女帝! さあ、もっと……む?」

 

 アクイラが右腕の袖を捲ろうとした時、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

 

「……ちっ……これからが楽しくなるところだったのに……! だがまあ、バカどもを逃がす時間は稼いだか……」

 

「逃げるか貴様っ!」

 

「ああ、逃げる。組織の中にあっちゃ私情もほどほどにしなきゃならねえんでな。スカタンク、“えんまく”だ」

 

 アクイラの投げたボールから、紫色の体色をしたスカンクポケモン『スカタンク』が現れ、周囲に黒煙をばら撒き、アクイラ達の姿を隠してしまう。

 

「“ぼうふう”だスワンナ!」

 

 イソラが新たにボールを投げ、白鳥のようなポケモンが出現して翼をはためかせると、強風が巻き起こり、周囲の木々を煽りながら瞬く間に煙を晴らす。

 しかしアクイラの姿はどこにも無く、盗まれたボールの入った袋だけが残されていた。

 

「……逃げられたか……」

 

 アーケオスとスワンナをボールに戻すと、イソラはツバキに歩み寄る。短いながらもあまりに迫力のあるバトルに腰を抜かして、動けないらしい。

 そんなツバキを、イソラは子供のように抱き上げて立たせると、足腰の感覚が戻るまで支え続ける。

 

「……もう……大丈夫……」

 

「そうか?」

 

 ようやく自分の力で立てるようになったツバキは、イソラの手を離れる。

 だが改めてイソラの方へと向き直り……。

 

「……お姉ちゃんっ!」

 

 満面の笑みになってギュウっと抱き付いていく。

 

「いつ戻ってきたの!?」

 

「ついこの前だ。お前が旅に出たと聞いて、追ってきたんだ」

 

「……! もしかして……一緒にいてくれるの!?」

 

「ああ、お前のポケモンリーグへの道……良ければ私も一緒に歩きたい」

 

 ツバキの顔はさらに明るくなり、興奮からか頬も赤みを増している。

 

「……やったぁ! 嬉しい……! わたし嬉しいよお姉ちゃん!」

 

「そうだな、私もお前と一緒にいられて嬉しい。……さて、このボールを警察に届けないとな。行こうかツバキ」

 

 ツバキの頭を撫でたイソラは、ロケット団の置いていったボールの袋を左腕で担ぎ、サイレンの鳴る方向へ歩き出す。

 そしてその右手は、しっかりツバキの左手と繋がれていた。




今回も駄文雑文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

ようやく悪の組織と遭遇&イソラと合流です。

お気付きの事と思いますが、ツバキはポケモンを物のように扱う相手にはブチ切れて自制が利かなくなる悪癖があります。


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第24話:気弱同士のシンパシー

もう24話なのにバッジが3つだけ……はてさてリーグ参加までで何話かかる事やら……というわけでスタートです。


 怪しい集団に単身挑んだツバキは、姉のような存在であるイソラとしばらくぶりに再会し、その実力の一端を垣間見る。

 どうにか怪しい集団……ロケット団を撃退した2人は、彼らがヤマブキシティで奪ったモンスターボールを奪還し、警察に届け出る。

 こういう時にポケモン図鑑は便利であり、個人情報の登録された図鑑を所持しているというだけで信用を得られる。

 というのも、ポケモン図鑑は本来、ポケモン研究者の中でもオーキド博士やナナカマド博士といった、その道で著名な人物が、これと見込んだ有望なトレーナーへ託す物であるためだ。

 案の定、2人は警察から簡単な聴取を受けた後、盗品奪還への協力を感謝されて釈放された。

 

「っ……ふぅ……やはり座りっぱなしは肩が凝るな……。しかし、これでようやくゆっくり話ができるな」

 

 イソラは大きく身体を伸ばすと、隣のツバキに向き直る。

 

「ポポくん、覚えてるよね。イソラお姉ちゃんだよ」

 

「そうか、やはりお前はポポか。……ふふっ、立派なピジョンに進化したな」

 

 イソラはツバキの肩に乗ったポポの頬に触れ、ゆっくりと撫でていく。

 すると懐かしさもあってか、ポポはうっとりと気持ち良さそうに目を閉じる。

 

「良い育て方をしている。……ん、もう新たに4体も捕まえているのか」

 

「あ、うん! 皆、出ておいでっ!」

 

 ツバキは腰のボールを空中へ放り投げ、ポケモン達を外へ出す。

 

「ミスティ、ファンファン、ナオ、ケーン。この人はイソラお姉ちゃん……わたしのいっちばん尊敬してる人だよ!」

 

「ナゾノクサ、ゴマゾウ、ニャスパー、それにヒノアラシか。なかなかバランスの良い組み合わせだし、しっかり育てられているようだな。……ところでツバキ、自分用のボックスは作ったか?」

 

 手持ちポケモン達を褒めながらの質問に、ツバキは首を傾げる。

 

「ボックス?」

 

「……やっぱりか……」

 

 キョトンとするツバキの反応から、どうやら答えはNOであると察したイソラは頭を抱える。

 

「現在、ポケモンリーグ協会が定めているトレーナーが携帯できるポケモン入りモンスターボールは6つまでだ。そして、ボックスはその問題を解消するためのポケモン預り所といったところだな」

 

「預り所……」

 

「そうだ。トレーナーになった時点で個人情報が協会のデータリストに自動登録され、所持モンスターボールや個人ボックスと結び付けられる。もしもボックスを作らずに手持ち6体の状態となった場合、新たにポケモンを捕まえようとしても、モンスターボールが機能しなくなるんだ」

 

「えぇっ……!?」

 

「……ポケモン図鑑にはマニュアル機能があって、ボックスの事も書かれているはずだぞ……」

 

 イソラの指摘に、ツバキは苦笑いをしつつ目を逸らして明後日の方向を見る。

 

「はぁ……ボックスはポケモンセンターに設置されたパソコンからでも作れる。行くぞツバキ」

 

「はぁ~い……」

 

 とはいえボックスの新規作成自体は簡単に終わり、2人は積もる話もあるので、そのまま併設されたラウンジでお茶をする事になった。

 

「私は12番道路を北に行って、シオンタウン経由でヤマブキシティ、そしてタマムシシティの順番で行くつもりだったんだ。お前がジム巡りをするつもりなら、南側のセキチクシティルートを通ると思ったので、後追いよりはこちらの方が合流しやすいからな」

 

「そっかぁ……でも、なんで7番道路……しかも森の方にいるのわかったの?」

 

「ツバキの匂……ゲフン、いや、“たつまき”が見えたので、何事かと見に行ってみたんだ」

 

 ナニかを言いかけて咳払いをしたイソラに、ツバキはまたも首を傾げる。

 

「まぁともかく、ツバキに大事が無くて良かった。あまり危ない事はするんじゃないぞ」

 

「……でも、あの人達……」

 

「わかってる。お前は人一倍ポケモンが好きだからな……ああいう連中が許せないのはわかるが……」

 

 ツバキを諌めようとするイソラだったが、その前にツバキが口を開く。

 

「お姉ちゃん……ロケット団て……あのロケット団だよね……?」

 

「…………たぶん、な。私も本物を見たのは久しぶりだからな……ジョウト地方で活動停止したと聞いていたのだが……。ともかくだ。奴らはただのポケモントレーナーとも、街のチンピラともワケが違う。無茶をするな、良いな?」

 

「……うん……」

 

 と、その時だった。

 ツバキの背中を、何かがサーッと駆け上った。

 

「うひゃうぅっ!? な、なに!?」

 

「あ、こら! また勝手にボールから出たな? ……まぁ、タイミングとしてはちょうど良かったが……ほら来い」

 

 ツバキの頭の上からイソラの手の上へと飛び移ったのは、堅そうな甲殻に覆われた、平べったい虫のようなポケモンだ。

 

「お姉ちゃん、その子は?」

 

「これはそうこうポケモンの『コソクムシ』だ。主にアローラ地方で見られるポケモンだな。気が弱いが、本気になるとなかなか侮れない面がある……というのがツバキを思い出してな。お前と仲良くなれるんじゃないかと、思わず捕まえてしまったんだ」

 

「へぇ~……コソクムシかぁ……」

 

 ツバキが顔を近付けると、コソクムシはビクッと驚いて、触角を畳んで身体を縮めてしまう。

 その人見知りな様子が自分と被るのか、ツバキは思わず吹き出してしまう。

 

「……ぷふっ……! 本当にわたしみたいだねお姉ちゃん。……大丈夫、何もしない……怖くないよ。……おいで?」

 

 ツバキがコソクムシと目線を合わせ、ゆっくりと指先を伸ばすと、恐る恐るといった様子でイソラの手から移動してくる。

 そのまま抱くように優しく包み込み、右手で軽く背中を撫でると、すっかり気を許したようで大人しくなった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(……あの臆病なコソクムシがこうもあっさり心を許すとは……もう少し時間が必要と思っていたが……)……ふっ……」

 

 あまりにも早く打ち解けた事に、イソラは思わず感嘆の息を漏らす。

 

「お姉ちゃん?」

 

「いや……どうやらポケモンと仲良くなる、という一点において、お前は天性の才能があるらしい。私は信用を得るまでに2日かかったからな」

 

「そう……なのかな……? 確かにポケモンと仲良くなれるように頑張ってるつもりだけど……」

 

「(まぁ、ツバキは行動にも言動にも裏という物が無い……その純粋さ故か……)」

 

 相手と同じ目線に立ち、相手と向き合う時には自分の心の内まで全てさらけ出す。

 その決して嘘の無い姿勢が、ポケモン達からの信頼を勝ち取る大きな要因なのだろうとイソラは考える。

 

「どうだツバキ。コソクムシもお前を気に入っているようだし、育ててやってくれないか? まぁ、臆病なわりに好奇心旺盛で、勝手にボールから出る事のある少し困った奴だが」

 

 イソラの提案に、ツバキはコソクムシと顔を見合わせ、しばし同じような顔をして考え込む。

 

「コソクムシ。お姉ちゃんじゃなくて、わたしと一緒に来てくれる?」

 

 コソクムシはイソラとツバキの顔を3~4回ほど交互に見ると、ツバキに向かって頷く。

 

「ふふっ、決まりだな。ほら、これがコソクムシのモンスターボールだ。新たにお前のポケモンとして登録すると良い」

 

「うんっ、ありがとうお姉ちゃん! よろしくねコソクムシ。……堅くて頼りになりそうな殻……殻……シェル…………シェルル。シェルルって名前、どう?」

 

「シェルルか。良いんじゃないか? ちょうど♀だし、それっぽい響きだ」

 

 イソラが頷き、コソクムシも手の上でピョンピョンと飛び跳ねる様子から察するに、気に入ったらしい。

 

「えへへ、よろしくねシェルル! ほら、皆も」

 

 ツバキが他のポケモン達の輪の中にシェルルを下ろすと、びっくりしてツバキの脚の陰に隠れてしまった。

 

「……ケーンよりも気が弱いんだねシェルル……皆、仲良くしてあげてね」

 

 ツバキはシェルルをボールに入れ、持ち主をイソラから変更して登録する。

 ポケモンセンターを出たツバキは、今日はやけにパトカーや警官を多く見る事に気が付く。

 

「……ねぇ、お姉ちゃん。なんだか今日は警察の人が多い気がするんだけど……」

 

「ああ。さっきのボール泥棒もそうだが、このヤマブキシティでは妙に事件が続いているようでな。看板や窓の損壊、ひったくり……そしてシルフカンパニーへの爆破予告とかな。これが本当に爆弾が見つかったので、ただのイタズラではないようだ」

 

「ば、爆弾!?」

 

「なんでも、シルフカンパニー1階の噴水の中に仕掛けられていたそうだ。ただ……予告状なんて挑発的な事をしたわりには、あっさり発見された上、作りもお粗末だったようだぞ。私としてはどうにもそれが気になるんだ」

 

 イソラはヤマブキシティ中央にそびえるシルフカンパニー本社ビルを睨んで目を細める。

 

「社長室でも、研究区画でも、致命的な被害を与えられる場所は多いのに、大した効果の見込めない1階ロビーの噴水の中……まるで爆破自体は目的ではないかのようだ」

 

 神妙な顔でビルを眺めるイソラの言葉に、ツバキは妙な不安感を掻き立てられるのだった。

 

 

 

 ――――カントー発電所

 

 カントー地方の電気の大部分を賄う発電所……その入り口で、2人の警備員が談笑に興じている。

 

「はっはは! そりゃ災難だったな!」

 

「笑い事じゃないっての、まったく……ん? 風……?」

 

 不意に風が強くなる。

 よく見れば、発電所の明かりに照らされ、キラキラと光る粒子のような物が風に乗って飛んでいる。

 そして、それを吸った2人は瞬く間に意識を失ってその場に倒れてしまった。

 

「もう良いわ。ありがとうフォーン」

 

 物陰から1人の女性が現れ、どくがポケモン『モルフォン』をボールに戻す。

 口には棒付きキャンディをくわえ、背後には30名ほどの黒ずくめの集団が控えている。

 

「行くわよ」

 

 女性を先頭に、ぞろぞろと発電所前に集まり、眠ってしまった警備員達を縛り上げてモンスターボールを没収する。

 しばらくすると、発電所の中から眼鏡をかけた男性が現れる。

 

「通信回線は、別枠の所長室を除いて遮断し、モニタールームの警備員には事前に睡眠薬入りの夜食を差し入れました。少なくとも2時間は目覚めません。で、これがカードキーです。セキュリティレベルBまでは開けられます」

 

「十分よ。じゃ、はいこれ」

 

 女性は部下らしき男から厚みのある封筒を受け取り、男性に手渡す。

 中身を確認した男性は満足そうに微笑むと、いそいそと懐にしまい込んだ。

 

「ところで、本当に設備には手を出さないんですよね?」

 

「もちろん。電気が無くなって困るのはアタシらも同じだもの」

 

「へへ、それを聞いて安心しましたよ。それじゃ失礼……」

 

 こそこそとその場を立ち去っていく男性を見送りながら、一団の中の1人が女性に耳打ちする。

 

「消しますか?」

 

「ほっときなさい。確かに金の切れ目が縁の切れ目……でも、今さらあいつが警察に駆け込んだとしても手遅れよ。でしょ?」

 

「それはまぁ……」

 

「それに、今頃警察はあっちこちの事故や事件で手一杯……すぐには動けないはずよ。さ、無駄話してないでとっとと制圧するわよ。A班は所員の拘束、B班は『S』の捜索、C班は動力室を制圧して装置を充電。行きなさい」

 

「はっ、ウィルゴ様!」

 

 黒ずくめの集団は、バラバラと発電所内に突入していき、女性も悠々とその後に続く。

 

「順調すぎてつまらないわねぇ……はぁ……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 女性の憂鬱そうな溜め息が、夜の闇へと消えていった。

 

 

 

つづく




今回も駄文と落書きへのお付き合いありがとうございました!

果たしてコソクムシに似てると言われて喜ぶ女の子はどれだけいるのでしょうね……。


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第25話:特性《ばけのかわ》

こんなタイトルなのにあのポケモンは出てこない第25話スタートです。


 ヤマブキシティ……東にシオンタウン、西にタマムシシティ、南にクチバシティ、そして北にハナダシティと、4つの街へと繋がる交通の要所である。

 ジョウト地方と結ばれたリニアモーターカーの駅も擁し、あちらからやってきた人々は、東西南北思い思いの方向へ観光に出かけられるというわけである。

 シオンタウンにはカントーラジオ局、タマムシシティは大都会、クチバシティは港街、ハナダシティそのものには名所と呼べる場所は無いものの、近くにはカントー発電所が存在している。

 そしてポケモントレーナー御用達の多様な道具を開発・販売するシルフカンパニーが本社ビルを構える、このヤマブキシティを中心とした一帯は、カントー地方の交通、通信、経済、電力と様々な面において非常に重要な位置付けとなっている。

 

「……ん……もう朝かぁ……ふわぁ……ぁふ……」

 

 ポケモンセンターの個室で目を覚ましたツバキは、閉じそうな目を擦りながらシャワーを浴びて着替えると、ポポを連れてロビーに出る。

 すると、パソコンを弄るイソラの姿が視界に映った。

 

「おはようツバキ。よく眠っていたようだな」

 

 近付くと、ツバキが声をかける前に背を向けたままイソラが朝の挨拶をしてくる。

 

「お、おはよう……お姉ちゃん。……何してたの?」

 

「手持ちポケモンの入れ替えだ。私は基本的にひこうタイプを専門としているが、それに絞っても所持ポケモンの数が多いからな。たまに連れ歩くポケモンを替えないと、ポケモン達が拗ねてしまうんだ」

 

 イソラがパソコンを操作し、備え付けられた装置にモンスターボールを置くと、光の粒子のように消え、次の瞬間には別のボールが戻ってきた。

 

「よし。……さて、ツバキ。クチバ、セキチク、タマムシとジムを勝ち抜いてきたのなら、今度はこのヤマブキでジム戦をするんだろう?」

 

 1つを除いて入れ替えた5個のボールをベルトに着けながら問いかけるイソラに、ツバキは頷きを返す。

 

「うん、そのつもり」

 

「ヤマブキジムはエスパータイプを専門に扱うジムだ。今はどうだか知らないが、私の時はナツメさんという人がジムリーダーだったな……エスパータイプの強みを最大限に活かした、とんでもなく手強い人だった」

 

「エスパータイプ……ナオと同じタイプだね」

 

「そうだ。エスパーにはむし、ゴースト、あくタイプが有利だが……あいにくとお前の手持ちには、あまり戦闘向きでないシェルルだけだな……この辺りだとデルビルやムウマ、ゴースなどが生息しているが、捕まえてすぐジム戦投入ともいかんだろうな」

 

 イソラは何世代か前のポケモン図鑑を取り出し、タイプを指定して周辺に生息するポケモンを確認する。

 

「(今はグラエナやアイアントも生息しているのか……本当に昔とは別物の生態系だな……ミツハニーとビークインのコロニーまで確認されているじゃないか……)」

 

 自分の旅していた頃とは大きく様変わりした生態系に、イソラは鋭い顔付きになる。

 

「(ポケモン達が独自に安定させているおかげで大事とはなっていないが、人間のエゴの産物だなこれは……)」

 

「お姉ちゃん? どうしたの?」

 

「……いや、なんでもない。ともかく、新しく有利なタイプのポケモンを捕まえるよりは、今のメンバーを鍛えた方が早いな」

 

 顔を覗き込んできたツバキにハッとしたイソラは、すぐさま表情を和らげて微笑みかける。

 

「じゃあ特訓だね!」

 

 ふんすと鼻息荒いツバキの発言に頷いたイソラは、ふと思い付いたように柏手を打つ。

 

「お、そうだ……ツバキ、実は私も育てたいポケモンがいるんだ。そこでだ……私とバトルをしないか?」

 

「……えっ……えぇーーーーっっ!? む、無理だよ……わたしなんかがお姉ちゃんとなんて……」

 

 あまりにも唐突な提案にすっかり腰が引けたツバキは、両手の指をもじもじと絡めて目を右往左往させてしまう。

 

「心配するな。ジムリーダーと同じように、私もお前のトレーナーレベルに合わせたポケモンを使用する。それなら問題は無いだろう?」

 

「う~……そ、それなら……」

 

 特訓を兼ねたバトルをする事に決まった2人は、ヤマブキシティとシオンタウンを結ぶ8番道路へと向かった。

 

「ん? おお、公共のバトルフィールドがあるのか。私の頃には無かったが……さすがに変わるものだな……よし、ここを使わせてもらうとしよう」

 

「うん」

 

 2人はジムなどの物より一回り小さいバトルフィールドで向かい合い、ボールを構える。

 

「お願いファンファン!」

 

「行けっ、ケララッパ!」

 

 ツバキの出したファンファンの前に降り立ったのは、白と黒の体色に、黒、赤、オレンジの3色で彩られたクチバシを持つラッパぐちポケモンの『ケララッパ』だ。

 

  

【挿絵表示】

 

 

「初めて見るポケモン……!」

 

「アローラ地方で捕まえたポケモンだ。捕まえたは良いが、なかなか育てる機会が無くてな。……どうだケララッパ、カントーの空は?」

 

 羽ばたいて浮かび上がったケララッパは興味深そうに空中を3回ほど旋回し、嬉しそうな鳴き声を上げる。

 

「気に入ったようだな。だが、今はカントー初のバトルを楽しもう。遊びはあとで、な」

 

 ケララッパは再度地上スレスレに降りると、ファンファンと対峙して睨み合う。

 

「さぁ、どこからでも来いツバキ!」

 

「う、うん……! ファンファン、“ころがる”!」

 

 ジャンプと同時に身体を丸めたファンファンが、落下時のバウンドを利用してケララッパへ突進する。

 

「“かげぶんしん”」

 

 ヒットの寸前、ケララッパの姿が10体以上に増え、ファンファンの身体はその1つをすり抜けてしまった。

 

「“みだれづき”」

 

「ファンファン、“まるくなる”!」

 

 攻撃を外して地面に降りたファンファンへ、全てのケララッパがクチバシを突きだして殺到するが、身体を丸めての防御態勢が間に合った。

 

「(回避は困難と早々に判断して守りを固めたか……バッジ3つともなるとさすがにやるなツバキ。ならば……)ケララッパ、“いわくだき”」

 

 ケララッパのクチバシが白く発光し、それまでの連続攻撃から一転、一撃一撃に力を込めてクチバシが降り下ろされ、見る見るファンファンの守りが崩されていく。

 

「ファンファン!?」

 

「“いわくだき”は相手の守りを崩す事に特化した技だ。さぁ、どう巻き返す?」

 

 ケララッパに包囲されての集中攻撃に防御態勢が次第に解かれていくファンファンの姿を見て、ツバキはどうにかしなければと思考を巡らせる。

 

「……っ! ファンファン、“ころがる”で脱出して!」

 

 ツバキの指示に従い、予備動作無し故に勢いは無いながらも転がる事でケララッパの集団の中から離脱するが、なおケララッパは追いすがる。

 

「…………今だよ! 振り向いて“じゃれつく”!」

 

 あわやケララッパに追いつかれるという瞬間、丸まった状態を解除したファンファンは長い鼻を力強く振り回し、背後に迫っていたケララッパ達を薙ぎ倒していく。

 分身が消えて本体に鼻がヒットし、ケララッパはコマのようにぐるんぐるん回りながら地面に落下する。

 

「(分身は所詮分身。本体と完全に独立した動きはできない……一点を直線状に追えば、分身が本体周辺に纏まってしまう事を利用して一網打尽にしたのか……!)」

 

 決して考えつかない方法ではないながら、それをトレーナーとして日の浅いツバキが発想し、実践した事にイソラは驚かざるをえなかった。

 

「……この短期間でバッジ3つを勝ち取ったのは伊達ではないようだな、ツバキ! ケララッパ、“ロックブラスト”だ!」

 

 起き上がったケララッパの口から、拳大の岩が5発撃ち出され、ファンファンに連続でヒットする。

 

「ファンファン、大丈夫!?」

 

 じめんタイプのファンファンにいわタイプ技は効きにくいが、それでもそこそこの質量がそこそこの速度でぶつかったので、痛いものは痛い。

 

「立て続けに“ロックブラスト”」

 

 空中から大量の岩が隕石のように降り注ぎ、ファンファンを追いつめていく。

 

「“まるくなる”!」

 

 再度防御態勢に入るが、先ほどの“いわくだき”のダメージが残り、思うような防御効果が得られていないようにも見える。

 

「“ころがる”!」

 

 今度は“ころがる”の回転も加える事で、ただ“まるくなる”を使った時よりは岩を弾けた。

 とはいえ、一方的に攻撃されている状況は変わらず、空中の相手への攻撃手段の乏しさが浮き彫りとなる。

 

「……どうするツバキ? 今のファンファンの技構成では、飛んでいるケララッパにそうそう攻撃は当てられない。フィールドは平坦で、ジャンプ台になるような物も無い」

 

「うぅ……」

 

 ツバキはなんとかできないかとフィールドを見渡す。

 ……と、視界に映ったのは地面に落ちた“ロックブラスト”の岩だ。

 

「……! ファンファン、あの岩に“ころがる”!」

 

 ゴロゴロとタイヤのように転がったファンファンは、落ちていた岩を弾いてケララッパへ向けて飛ばし、反撃を試みる。

 

「そう来たか……その場にある物全て利用する……ポケモンバトルでは重要な要素だな。だがそうそう当たるものではないぞ」

 

 その言葉通り、次々に弾き飛ばされる岩を、ケララッパはホバリングするように回避していく。

 

「ううん、これで良いんだよお姉ちゃん……! ファンファン、ジャンプ!」

 

 ツバキの狙いは、ケララッパがこちらの攻撃を回避する事だった。

 連続して飛ばされる岩をよける事に専念する内、ケララッパの高度は徐々に下がり、ファンファンがジャンプすれば捉えられる高さまで降りていたのだ。

 

「良い狙いだ。だがなツバキ……私がひこうタイプを得意とする事を忘れているぞ。急上昇」

 

 ジャンプしたファンファンがケララッパの脚に鼻を絡める寸前、ケララッパが上昇し、ファンファンはあえなく落下してしまう。

 

「あぁっ……!」

 

「個体差はあるが、ひこうタイプポケモンの飛び方のクセや動き、指示から実行までのタイムラグ……ある程度は把握しているつもりだ。“みだれづき”」

 

 落下するファンファンにケララッパのクチバシが連続して突き立てられ、勢いを増した状態で地面に叩き付けられてしまい、目を回してダウンした。

 

「ファンファン、ごめんね……」

 

 ツバキがファンファンを抱き上げて謝っていると、イソラが歩み寄り、ファンファンにキズぐすりを吹きつける。

 

「お前の狙いは悪くなかった。が、私も馬鹿ではないつもりだからな。地面に引きずり下ろされないギリギリの線を把握し、キープしている。自分のポケモンの特徴を理解するのはもちろんだが、相手より有利な状況を維持できるポジションも常に検証し、把握しておくんだぞ」

 

「うん……やっぱりお姉ちゃんはすごいね……」

 

「いや、実を言うと……お前の発想力には私も驚かされた。洞察力もあるし、トレーナーとしての資質は十分にある。経験を積めば、私以上となる可能性も秘めている」

 

 だんだんとイソラの語尾が上がって早口になり、ツバキが「まさか」と察した次の瞬間にはガシッとツバキの肩を掴んでいた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「本当にお前はすごい子だツバキ! 可愛い上に賢く強く才能があってしかも可愛い妹でお姉ちゃんはすごく! とても! 嬉しいぞ! この可能性の怪物さんめ! あぁ~! ツバキツバキツバキ……!!」

 

 掴んだ肩をガックンガックン揺らして、思いっきり抱きしめて頭を撫で回して頬擦りする。

 

「(治ってなかった……)」

 

 ツバキはイソラを尊敬している。トレーナーとして、年上として、頼りになる格好いい人だと思っている。

 ……が、昔からこの行きすぎた溺愛ぶりにだけは少し辟易としていたのである。

 再会してしばらくの間は兆候が無かったので、離れている間に落ち着いたのかと思ったが、どうも我慢していただけだったようだ。

 

「ツバキぃぃぃ~~~~~~っっっ!!」

 

 イソラのそれまでに無いだらしのない声が大空に木霊した……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただいてありがとうございます!

本作のメインキャラにマトモな人はいません。


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第26話:エスパータイプは拳で語る!?

タマムシジム戦からあまり間が空いていませんが、ヤマブキジム戦突入回の第26話です。


「ケーン、“ひのこ”!」

 

「ガーメイル、“シャドーボール”!」

 

 8番道路に設けられたバトルフィールドを爆煙が舞う。

 朝から始めたヤマブキジム攻略に向けたツバキとイソラの特訓は、日が傾き始めてなお続いていた。

 

「良いぞ、ポケモン達も技の効率的な使い方が身に付いてきたようだな」

 

 イソラが褒める通り、ツバキのポケモン達は技を繰り返し使う事によって技のクセを学習し、体力やエネルギー消費の無駄が大きく減っており、同じ技でも以前より多く使えるようになっている。

 

「お姉ちゃんのおかげだよ、ありがとう!」

 

「お前とポケモン達の飲み込みが早いというのもある。もっと自分達を誇ると良いぞ。……ん、もうこんな時間か……暗くなってきたし、そろそろ切り上げるか」

 

「うんっ! 皆もお疲れ様、戻ってご飯……の、前にお風呂だね。ナオも今日ばっかりはちゃんとシャワー浴びなきゃダメだよ?」

 

 特訓を終えてみれば、ポケモン達は皆砂まみれで毛並みも乱れている。

 風呂嫌いなナオを除いた面々が返事として鳴き声を上げ、ツバキは順番にボールへと戻していく。

 

「ガーメイル、お前もご苦労だったな。……おーい、帰るぞケララッパー!」

 

 イソラもツバキの特訓相手を頼んだミノガポケモン『ガーメイル』を労いながらボールに戻し、周辺を飛び回るケララッパに声をかける。

 その声に応じてイソラの腕に降りたケララッパは、満足げな表情をしている。

 

「ふっ、アローラの空とはまた違う空気だっただろう? さぁ、ポケモンセンターに戻ったらお前もシャワーを浴びないとな」

 

 ケララッパをボールに回収したイソラは、ツバキと手を繋いでヤマブキシティへと戻り、ポケモンセンターでポケモン達の汗と汚れを落としてから食事を取る。

 

「お姉ちゃん、ポケモンフーズもらってきたよ」

 

「そうか。ではこれを」

 

 イソラが取り出したのは、それぞれ違うラベルを貼られた何本かのボトルだ。

 

「それは?」

 

「複数の木の実をブレンドしたソースだ。ポケモンフーズは手軽だが味気無いからな……かといって旅をしていると完全自作のフーズは手間がかかりすぎる。なのでソースを作ってポケモン達の味の好みに合わせて使い分けているんだ。ツバキもポケモンの好みを知っておいた方が良いと思ってな」

 

 イソラは5枚の皿にそれぞれ違うソースを少しずつ入れると、ツバキのポケモン達の前に差し出す。

 

「さぁ、好きな香りのする皿の前に集まってくれ」

 

 6体は何度か皿の間を行き来した後、それぞれの皿の前で止まった。

 

「ふむ……ポポは辛い味、ミスティは苦い味、ファンファンは酸っぱい味、ナオとケーンは渋い味、シェルルは甘い味が好きなようだな」

 

「へえぇ……! ねぇお姉ちゃん、あとでブレンドの仕方を教えて?」

 

「もちろんだ」

 

 好奇心で輝くツバキの瞳に、イソラは表情が崩れそうになるが、どうにか持ちこたえる。

 

「これをポケモンフーズの上にかければ良いんだよね?」

 

「ああ。ただ、満遍なくかけつつも量が多くなりすぎないようにな」

 

 ツバキは頷き、器に盛ったポケモンフーズの上から慎重にソースをかけていく。

 

「……こ、こんな感じでどうかな?」

 

「ああ、良い感じだぞ」

 

 盛り付けた器をイソラに見せて太鼓判をもらうと、ツバキは満面の笑みを浮かべてポケモン達の前へと置いていく。

 

「お待たせ皆。たくさん食べてね」

 

 ポケモン達はツバキの言葉を待ってましたとばかりに一斉にがっつき始める。

 

「す、すごい勢い……好きな味のソースをかけるだけでこんなに違うんだ……」

 

「人間と同じさ、好きな物を食べる時はテンションが上がるものだ。さぁ、私達も夕食にしよう」

 

「うん。……いただきます!」

 

「いただきます」

 

 ツバキとイソラはテーブルにつくと、両手を合わせて食事を始め、ポケモン達を眺めながら箸を進めていった。

 

「……それにしても、お姉ちゃんのポケモンはやっぱり迫力が違うね……」

 

 ツバキが視線を向けたのは、同じように食事を取るイソラのポケモン達。

 オニドリル、ケララッパ、ガーメイル、フワライド、ボーマンダ、シンボラー……捕まえたばかりというケララッパを除けば、いずれも相当に鍛え上げられているようである。

 

「まぁ、ひこうタイプ専門という縛りを自分で設けている以上は、それを補えるだけの実力が必要となるからな。精進は怠っていないつもりだ。……ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさまでした! ……わたし達も、そのくらい強くなれるかな……」

 

 カチャカチャとトレイの上に食器を重ねながら、ツバキは不安を口にする。

 

「言っただろう? お前の才覚は私が保証する。お前のポケモン達の素養もだ。自信を持て」

 

「……うん……」

 

 その時、ツバキの脚をポポのクチバシが突ついた。

 

「ぁいたっ! ポ、ポポくん……?」

 

 見れば、ポポを筆頭にポケモン達がじっとツバキを見ている。

 

「……そうだったね。強くなれるか、じゃなくて……一緒に強くなるんだったよね。もっと皆を信じなきゃ、ね」

 

 ツバキはしゃがみ込み、ポポを抱きしめてその羽毛に顔を埋める。

 

「(……ポポそこ替われ……と言えるような空気でもないか……)」

 

 下心が口をついて出そうになったイソラも食器を重ねて片付けを始める。

 

「……お姉ちゃん」

 

「ん?」

 

 並んで後片付けをしながら、ツバキがイソラに声をかける。

 

「わたし……わたし達、いつかお姉ちゃんみたいに……うぅん、お姉ちゃんより強くなる。だから、わたしが自分に自信を持てるようになったら……わたしと本気でバトルしてくれる?」

 

「……ああ、約束だ。その時を楽しみにしているぞ」

 

 2人は指切りをすると、それぞれ個室へ戻ってその夜は眠りについた。

 そして翌朝、ツバキは日の出と同時に目を覚まして出かける準備を終えると、ポケモン達を目の前に出してその姿を眺める。

 

「ポポくん、ミスティ、ファンファン、ナオ、ケーン、シェルル……今日勝つ事ができれば、リーグまでの折り返し……頑張ろう!」

 

 ツバキの決意宿る瞳と声に応じるように、ポケモン達は一斉に声を上げる。

 部屋を出ると、イソラが待っていた。

 

「やはり今日行くんだな? ヤマブキジムへ」

 

「うん。……急ぎすぎかな?」

 

 ツバキの問いかけに、イソラは静かに首を横に振る。

 

「いや、そうは思わん。確かに急いては事をし損ずる、とは言うが、思い立ったが吉日とも言う。お前が何を思ったのかは知らないが、自信や決意が芽生えたのなら、すぐに行動するのは間違いではない……と、私は思う。勢いが大切な場合も往々にしてあるものだ」

 

「……ありがとう、お姉ちゃん。……昨日ね、ポポくん達の目を見て、すっごくやる気に溢れてるなって思ったの。それでなんとなくだけど、ここを逃しちゃいけない! って気になっちゃって」

 

「直感か……だが、直感も案外馬鹿にはできない。理性と思考だけが行動原理でないのは人間もポケモンも同じだ。ならば、お前はお前とポケモン達の直感を信じれば良い。……行こう」

 

「……うんっ!」

 

 イソラの後押しもあり、ツバキは自分達の気合いと直感を信じてヤマブキジムへと向かう。

 街の北東部に位置するヤマブキジムの前に到着したツバキは、ふとジムの隣に一回り小さい建物がある事に疑問を抱いた。

 

「……? ジムが2つ……?」

 

「確かこっちは……格闘道場だったか。見たところ閉鎖されているようだな……」

 

 確かに、来訪者を迎える明かりが灯るヤマブキジムに比べ、格闘道場は電気も点かず、人気も感じられずに静まり返っている。

 

「元々は今のヤマブキジムと公認ジムの座を取り合って敗れたそうだが……思えばあの頃からあまり勢いが無かったな……」

 

 一旦権威が失墜すれば瞬く間にこのザマ……現実は世知辛いものである。

 

「ああ、そうだツバキ。技マシンは持っているか?」

 

「え? うん、持ってるよ」

 

 ツバキはバッグを開き、ジムリーダー達からもらった技マシンをイソラに見せる。

 

「“10まんボルト”に“どくどく”、それと“エナジーボール”か……使ったのはミスティに“どくどく”を覚えさせただけだったな?」

 

「うん」

 

「実はニャスパー……ナオは器用なポケモンで、この3つの技を全て覚えられるんだ。様々なタイプへの対応力を上げるためにも、“10まんボルト”か“エナジーボール”を覚えさせてはどうだ?」

 

「でんき技もくさ技も使えるんだ……どうしようかな……」

 

 ツバキは顎に手を当て、しばらく唸った後、ナオをボールから出して技マシンレコーダーをセットする。

 

「ナオ、ちょっと残念だけど、“サイケこうせん”の代わりに、新しい技を覚えてほしいの。……良い?」

 

 ナオが頷くと、ツバキはレコーダーのスイッチを入れ、ナオの頭の中に技の情報をインプットしていく。

 

「……うん。覚えたみたいだね」

 

「これで今できる準備は全て終えたな。では、改めて……」

 

「ヤマブキジムに挑戦! ……だね」

 

 ツバキは息を飲み、静かに深呼吸をしてから、ジムの扉を開けた。

 ジムに入ると、受付にいた男性が顔を上げて近付いてきた。

 

「ようこそヤマブキジムへ。本日はどういったご用件でしょうか?」

 

「あ、あの、ジム戦をお願いしたくて……」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 にこやかに応じた男性は、カウンターの電話を鳴らす。

 

「……あ、ジムリーダー、チャレンジャーの方がいらっしゃいました。……はい……はい……かしこまりました。では。……お待たせいたしました。それでは、あちらの扉の中へ入り、部屋の床にあるパネルにお乗りください」

 

 指示に従って部屋に入ると、床には大きな四角いパネルがセットされていた。

 

「ワープパネルか……懐かしいな。ポケモンの“テレポート”という技を応用したシステムで、離れた場所にあるパネル同士で瞬間移動ができるんだ。最も、まだまだ近距離ネットワークしか構築できていないようだがな」

 

「へぇ……乗っても痛くない?」

 

 未知の技術を前に、久々にツバキのへっぴり腰が発動してしまったようだ。

 

「さすがに危険のあるシステムをジムに設置はしない………………はずだ。さぁさぁ、行くぞ」

 

 一瞬、イソラの脳裏をイッシュ地方のとあるジムがよぎったが、今は忘れる事にする。下手な事を言ってツバキを不安にさせる事は無い。

 イソラがツバキの背中を押すように一緒にパネルの上に乗ると、激しく回転するような感覚と共に周辺の景色が歪む。

 感覚が正常に戻り、2人がゆっくり目を開くと……。

 

「押忍! ようこそチャレンジャー!」

 

 目の前にいたのは、頭に赤い鉢巻きを巻き、白い胴着を着た、いかにも格闘家な男性だった。

 

「……システムの故障か? 格闘道場へ来てしまったようだな」

 

「ごめんなさい、間違えました」

 

 踵を返して再びパネルに乗ろうとする2人を、男性が慌てて呼び止める。

 

「ちょちょちょっ! 合ってるっス! ここヤマブキジムっスから! 自分がジムリーダーのリョウブっス!」

 

 その言葉にイソラは怪訝そうな表情をして、リョウブと名乗る男性をまじまじと観察する。

 

「……エスパー?」

 

「エスパーっス。……いや、おっしゃりたい事はわかるっスよ? 自分でもそれっぽくないと思うっスから。ただ、自分は元々は格闘道場の門下だったので、そこは勘弁していただきたいっス」

 

「格闘道場って事は、かくとうタイプ使い……なんですよね? どうしてエスパータイプのジムリーダーさんに?」

 

 首を傾げるツバキに、リョウブはウームと唸り、ポツポツと事情を話し始める。

 

「ご存じとは思うっスけど、格闘道場はヤマブキジムとのジム争いに敗れたっス。その事で評判は落ちて門下生が一部離れ、その後も業績は振るわず、傷心の道場主・カラテ大王ノブヒコ様が修行の旅に出ている間に門下生はさらに減り、とうとう自分1人になってしまったっス」

 

「うわぁ……生々しい話だな……」

 

「1人じゃ建物の整備すらままならず、ついに取り壊されそうになってしまったんスよ。そこに助け船を出してくれたのが、ヤマブキジムのナツメさんだったっス。ジムリーダーとしての権限で、建物の管理を受け持ってくれたんス。曰く……」

 

「ノブヒコ氏は切磋琢磨する我が好敵手であり、その居場所である道場は自分にとっても必要な物だから」

 

「……だ、そうっス。格好いいっスよね。道場がナツメさんのおかげで取り壊されずに済み、自分は恩返しのためにヤマブキジムのジムトレーナーになったんスよ。で、他のトレーナーとはバトルスタイルが違うせいか、ナツメさんに目をかけていただき、いつしかこうして留守を任されるようになった……というわけっス」

 

「(ネリアさんもすごかったけど、この人もすごい経歴……)」

 

 ツバキは素直にその経歴に驚いていたが、イソラが気になったのは別の台詞だった。

 

「(他のトレーナーとは違うバトルスタイル……かくとう使いから転向したエスパー使いか……これは既存のエスパー対策は通用しないかもな……)」

 

「前置きが長くなってしまって申し訳ないっス。バトルの説明をさせていただいても良いっスか?」

 

「あ、ごめんなさい、お願いします! グレンタウンから来ましたツバキです!」

 

「付き添いのイソラです」

 

 挨拶を終えると、リョウブからジム戦の説明が始められた。

 

「まず重要なのは、相手を全滅させる必要は無い、という事っス。ツバキさんのバッジはいくつっスか?」

 

「3つです」

 

「という事はトレーナーレベル4……使用ポケモンはお互いに3体っスね。では、3対3を例に説明をさせていただき、ツバキさんのポケモンを大文字、自分のを小文字で表現するっス。まず、ポケモンAとポケモンaがバトルして、Aが勝ったとするっス」

 

 リョウブはホワイトボードに図を書き込みながら説明をしていく。

 

「次は当然bが出てくるっスが、ここで注意すべきは、b戦を含めた以降のバトルでは、どんなに体力が残っていようとAを使う事はできないという事っス。つまり、ポケモンは出したそのバトル限定で使える事になるっス。無論、入れ替えは不可。ただし、自分が出したポケモンを見てから、ツバキさんも出すポケモンを決めて良いっス」

 

「なるほど……相手を見てから有利なポケモンを出す事は許されるが、その後のバトルでは使えなくなるので、本当にそのバトルで出して良いかの見極めが大切と……」

 

「その通りっス。出すポケモンは手持ちから自由に選んで良いっスが、最終的に使ったポケモンは3体にせねばならないっス。そうしてバトルを重ね、今回の場合は先に相手を2体倒せば勝利っス」

 

 うんうんと頷くツバキは、要点を復唱する。

 

「入れ替え無し。ポケモンは3体選んで、バトルは各1回だけ。2回勝ちで終わり……」

 

「そうっス! 自分、説明は下手なんスけど、理解が早いっスね」

 

「この子は賢いので。……よろしければ、私が審判を務めましょうか?」

 

 イソラの提案にリョウブは嬉しそうに頷く。

 

「おお、それはありがたいっス! その雰囲気、どうやら手練れのトレーナーのようですし、ぜひお願いするっス! ……正直、審判呼ぶのめんどくさいっスから」

 

「わかりました。では、両者対戦位置に。……当然判断は公平にさせてもらうからな、ツバキ。お前は可愛い妹分だが、贔屓はしない」

 

「もちろんだよお姉ちゃん! それじゃリョウブさん、よろしくお願いします!」

 

「こちらこそっス! ……ジムリーダー代理・リョウブ! いざ、参るっス!! 押忍っ!!」

 

――――ジムリーダーのリョウブが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「出番っスよ、アサナン!」

 

 リョウブの投擲したボールから、小柄な人間のようなポケモンが現れて立ち上がる。めいそうポケモンの『アサナン』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキは図鑑を開いてタイプを確認し、目を細めて思案する。

 

「(かくとうとエスパー……有利なのはポポくんだけど、出したらこの後のバトルでは使えなくなっちゃう……唯一進化してるポポくんは切り札になるけど……ここは可も無いけど不可も無い他の子を使うべき……? でも……)」

 

「(……考えているなツバキ。それで良い。その後のバトルの流れをイメージしてポケモンを選ぶ事は、トレーナーにとって重要な事だ)」

 

 しばらく考え込んだツバキは、目を見開き1つのボールを手に取る。

 

「……決めました。わたしの1番手は……この子ですっ!」

 

 ツバキが放り投げたボールが、天井近くまで上昇した後に開かれ、ポケモンのシルエットが形作られる。

 ヤマブキジム戦……その火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございます!

リョウブの外見は各シリーズのからておうをモチーフにしています。
こんな暑苦しいエスパー使いは初めてだ……。


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第27話:高度な真っ向勝負!?ヤマブキジムの激闘!

ヤマブキジム戦開始となる第27話スタートです。


 イソラとの約束を胸に、ヤマブキジムへ挑戦したツバキは、エスパータイプのジムとしては場違いな見た目のジムリーダー代理・リョウブとの対戦に臨む。

 先に2体を倒した方の勝利となる、交代不可の3対3のバトル……リョウブのアサナンに対してツバキが出した戦運占う最初の1体は……。

 

「わたしの1番手は……この子ですっ!」

 

 ツバキの投げたボールから現れたシルエットは、回転しながら空中へ飛び上がり、大きな翼を広げて闘志を高める。

 

「おおっ、ピジョンっスか!」

 

「(ツバキの初手はポポか……ツバキの手持ちの中で唯一進化している事もあり、総合力は最も高いエースのような存在だが……いきなり出してきたか)」

 

 実際、ツバキはポポを早々に出すか否かはかなり悩んでいた。

 だが、この後に控える相手が必ずしもポポで有利、または互角に戦える相手とは限らない以上、眼前の有利な相手からまず1勝をもぎ取る事は大きな意味を持つと判断したのだ。

 

「(緒戦の勝敗は、トレーナーとポケモンのその後の戦意に大きく影響する……高確率でその緒戦を制する事のできる選択をしたという事か)」

 

 イソラはツバキがトレーナーとして着実に成長している事に感慨を覚えつつ、バトルフィールドへ近付く。

 

「では、ジムリーダー代理・リョウブとチャレンジャー・ツバキによるジム戦を開始する。先鋒戦、アサナン対ピジョン。バトル……開始っ!」

 

「ポポくん、“でんこう……」

 

「“ねこだまし”っス!」

 

 バトル開始の合図とほぼ同時にツバキが“でんこうせっか”の指示を出そうとするが、それに先んじてリョウブの指示を受けたアサナンが飛び上がり、ポポの顔の前で勢いよく両の手を打ち合わせた。

 突然の事に驚いたポポは、バランスを崩して地面に落ちてしまった。

 

「ポポくんっ!?」

 

「“ねこだまし”はバトル開始後すぐ、相手が油断してるタイミングでしか使えないっスが、相手の行動を封じた上でダメージを与えられる技っス!」

 

 受け身を取れずに腰を打ったポポは、痛めた部位を翼でさすりながら起き上がり、再び飛び立つ。

 

「ポポくん、大丈夫!? ……今度はこっちの番です! “でんこうせっか”!」

 

 改めて高度を上げたポポは、急降下しながら高速で突進し、クチバシでアサナンを突き上げて空中へと放り出す。

 

「す、すごいスピードっス……! アサナン、まだやれるっスか!?」

 

 両手で受け身を取って着地したアサナンは、答える代わりに右腕で顔を拭ってファイティングポーズを取る。

 

「ようし、さすがの根性っス! “サイコカッター”!」

 

 アサナンの目が光ると同時に右手にエネルギーが集束され、大きく振り上げるとそのエネルギーが弓のような形状となって撃ち出される。

 

「“たつまき”!」

 

 ポポが羽ばたいて3つの風の渦を発生させて壁とするが、飛んできた“サイコカッター”はそれを切り裂いて後方のポポに迫る。

 ポポは危ういところで意図的にバランスを崩して自由落下で回避したが、翼の先端部を掠めたらしい。

 

「ポポくん……! あれは撃たれたらよけるしか……ポポくん、撃たれる前に勝つよ! “すなかけ”!」

 

 ポポが羽ばたき、フィールドの砂をアサナンへ向けて吹き飛ばす。

 あっという間にアサナンの周りは砂埃が舞い、ほとんど視界が利かなくなる。

 

「“でんこうせっか”!」

 

 そして、《するどいめ》によって視界の悪さなど物ともしないポポは、砂の中を突っ切ってアサナンの真横へ回り込んで攻撃を狙う。

 

「アサナン、慌てちゃダメっス! “みきり”!」

 

 あまりの視界の悪さに冷静さを欠いたアサナンだったが、リョウブの言葉を受けて目を閉じ、精神統一して感覚を研ぎ澄ます。

 そして、真横からの気配を察知したアサナンは、1歩後退してポポの“でんこうせっか”を回避した。

 砂から出てきたポポの表情から攻撃の失敗を悟ったツバキは、次に打つべき1手を考えるが、長考する余裕など無い事も理解している。

 

「っ! ポポくん、“たつまき”!」

 

 せっかくの砂での目眩ましを巻き上げる事になるが、今は広範囲攻撃で出方を窺う。

 

「“サイコカッター”で迎え撃つっスよ!」

 

 今度は両手から2発の“サイコカッター”が発射され、先ほど同様“たつまき”を切り裂くが、ポポは3つの“たつまき”の間をすり抜けてアサナンに迫る。

 

「“でんこうせっか”!」

 

「“みきり”!」

 

 不意討ちのような形で放たれた“でんこうせっか”だが、再度の“みきり”でかわされる。

 しかし、ツバキはその時のアサナンの動きを見逃さなかった。

 

「ポポくん、振り返ってすぐ“でんこうせっか”!」

 

 ポポは前傾姿勢を解除し、翼を広げて空気抵抗を大きくする事で無理矢理速度を落とすと、落下しながら反転して再度アサナンへ突撃する。

 “みきり”状態を解除して目を開いたアサナンは、それに対処できずに“でんこうせっか”が直撃した。

 

「ああっ、アサナン!」

 

「(……やっぱり……! あの技は使う度に目を閉じて精神統一する必要があるから、連続では使えないんだ……!)」

 

「(“みきり”の弱点に気付いたなツバキ)」

 

「やってくれたっスね! アサナン、“かみなりパンチ”っス!」

 

 アサナンは超能力でふわりと浮かび上がると、電気を帯びた拳を振り上げてポポに迫る。

 

「飛んだ!? ポ、ポポくんよけて!」

 

 まさかの浮遊に驚いてポポも反応が遅れたが、ギリギリで回避に成功した。

 

「(落ち着いて……飛べる事には驚いたけど、空中戦ならむしろポポくんの独壇場……!)“でんこうせっか”で攪乱して!」

 

 一気にスピードを引き上げたポポは、アサナンの周囲を飛び回って攻撃の機を窺う。

 

「スピードに騙されちゃダメっスよ! “みきり”っス!」

 

 三度目を閉じたアサナンは、周囲の気配を探り、ポポの動きを読む。

 そして、真下から突っ込んできたポポを見事にかわした。

 

「今っ! ポポくん、“ブレイブバード”!」

 

 が、これこそがまさにツバキの狙いだ。

 真下から真上へ突き抜けたポポは、力を抜いて落下しながら周囲の空気を震わせ、全身にオーラを纏ってアサナンの頭上から襲いかかる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「“みきり”は連続で使えない! このタイミングを待っていました!」

 

「っ! ア、アサナン、“サイコカッター”!」

 

 迎撃のためにサイコエネルギーの刃が発射されるも、幾重にも重なったオーラは破れず、真っ向から“ブレイブバード”を受けてしまい、勢いよく地面に叩き付けられてしまった。

 

「アサナン!」

 

 イソラがアサナンに近付き、その状態を確認する。

 

「……アサナン、戦闘不能! 先鋒戦はピジョンの勝ち!」

 

「やった……! まずは1勝! ありがとうポポくん!」

 

 降りてきたポポとツバキはハイタッチをして緒戦の勝利を喜び合う。

 

「むむぅ……自分の判断ミスっス……すまんっス、アサナン……!」

 

 リョウブは無念といった表情でアサナンをボールに戻し、次のボールを手にする。

 

「ポポくん、お疲れ様。あとは休んでいて」

 

 ツバキもポポを戻すと、リョウブをまっすぐに見つめる。

 

「自分の不手際もありましたが、ツバキさんもやるっスね! ですが、こいつならどうっスか! 頼むっスよメタング!」

 

 リョウブの2番手は、青い金属質のボディから2本の腕が生えた頑強そうなポケモン……てつツメポケモン『メタング』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「タイプは……はがねとエスパー……! 強そうだけど、ここで勝てば……!」

 

 アサナンの時と同様に図鑑でタイプを確認したツバキは、出すべきポケモンを頭の中で選抜する。

 

「(弱点は……ほのお、じめん、ゴースト、あく……手持ちで弱点を突けるのはケーンだけ……ここで勝負を決めるなら……!)」

 

 出し惜しみは得策でないと判断したツバキは、素直に弱点を突けるケーンを選ぶ。

 

「お願いっ! ケーン!」

 

 ケーンがボールから飛び出し、背中の炎を吹き上げる。

 

「(メタング相手に最も有利なケーンか……この局面ならそれも間違いではないが、油断するなよ、ツバキ)……それでは中堅戦、メタング対ヒノアラシ。バトル……開始っ!」

 

「ケーン、“ひのこ”!」

 

「メタング、“ひかりのかべ”っス!」

 

 ケーンの口から細かい火の玉が発射され、メタング側は前面に障壁を張って対応する。

 “ひのこ”のほとんどは“ひかりのかべ”で打ち消され、通り抜けた何発かも威力が著しく低下してしまっており、あまりダメージは通っていないようだ。

 

「(メタングは全体的に打たれ弱いエスパータイプにあって、はがねタイプを併せ持つ事で頑強だ。反面、特殊技には弱いが、それを“ひかりのかべ”で補っているわけか)」

 

 先ほどのアサナンもだが、このリョウブというトレーナーは、かくとう使いとしてのパワフルさに、エスパー使いとしてのトリッキーさが加わった、かなり独特のバトルスタイルを得意としているようだ。

 確かにエスパー一辺倒の他のジムトレーナーとは大きく異なる人物である。

 

「(ナツメさんに見込まれるのも頷ける。これは手強いぞツバキ……相手のペースに飲まれるなよ)」

 

「メタング、“ねんりき”!」

 

 ケーンの身体がメタングの“ねんりき”で浮かび上がり、手足をバタつかせるもまったく自由に動けない。

 

「ケーン! なんとか脱出しないと……! “ひのこ”!」

 

「好機! “かわらわり”っス!」

 

 身動きの取れないケーンに高速で迫るメタングに対し、どうにかこうにか口から“ひのこ”を吐いて抵抗するが、“ひかりのかべ”によって物ともしないメタングは、炎の中から腕を降り下ろしてケーンを地面へと叩き落とす。

 

「追撃の“しねんのずつき”っス!」

 

 全身のサイコエネルギーを頭部に集めたメタングが、猛スピードでケーンに向け落下してくる。

 

「“でんこうせっか”で逃げて!」

 

 急いで起き上がったケーンは、“でんこうせっか”の加速で辛くも離脱し、先ほどまでいた場所には、メタングが地響きと共に落下していた。

 

「“えんまく”!」

 

 “でんこうせっか”による体当たりをメタングに当て、さらに至近距離で顔面に“えんまく”を吹き付けて視界を奪おうとする。

 

「無駄っスよ! “かわらわり”!」

 

 メタングはそんな物は関係無いとばかりにその剛腕を降り下ろしてケーンを叩き伏せる。

 

「ああっ! ケ、ケーンっ!」

 

「メタングの特性は《クリアボディ》! 能力を下げる技は一切効かないっス!」

 

「(元々物理技には強く、特殊技には“ひかりのかべ”で対処……さらに《クリアボディ》で搦め手も防ぐか……やはり手強いな。付け入る隙があるとすれば……)」

 

 守りに関しては非常に堅牢になり、パワーもあるメタングは、相当な強敵としてツバキの前に立ちはだかる。

 だが、イソラはこの難敵にツバキとケーンが勝つ可能性もあると考えている。

 

「“ひのこ”をバラ撒いて!」

 

 ケーンはメタングの周囲を走り回りながら“ひのこ”を吐き出し続ける。

 ダメージは小さいとはいえ、蓄積すれば馬鹿にはできないようで、だんだんとメタングの表情が苦しげになってくる。

 メタングに対してケーンはかなり小柄であり、メタングは方向転換するには身体ごと動かす他無い。ツバキはその運動性の差を活かす方向に戦術をシフトさせた。

 

「うむむ、チョロチョロして捉えにくいっス……! メタング、地面に“かわらわり”っス!」

 

 メタングが両腕を連続してフィールドに叩き付け、地面を砕き、隆起させ始めた。

 平坦なフィールドから一転、足場が非常に悪くなり、ケーンはその素早い動きに鈍りが生じる。

 

「見つけたっス! “ねんりき”!」

 

 そこを“ねんりき”で捕まってしまい、空中に拘束されてしまった。

 

「しまった……!」

 

「これで終わりっス! “かわらわり”!」

 

 メタングがグルグルと回した腕を振り上げ、ケーンへと迫る。

 

「連続で“ひのこ”!」

 

 せめてもの抵抗に、接近するメタングに真っ向から“ひのこ”を発射する。

 すると、最初の何発かは気にも止めていなかったメタングが、途中から苦しみ始める。

 

「メタングっ!? ……しまった、“ひかりのかべ”……!」

 

 そう、これまでメタングを堅牢にしていた“ひかりのかべ”の効果時間が切れてしまったのである。

 急に増えたダメージにメタングの集中力が切れ、ケーンは“ねんりき”から解放される。

 

「(今から“ひかりのかべ”を張り直すのは得策でないっス……ならば!)メタング! こうなったら全身全霊を以て“しねんのずつき”っス!」

 

 態勢を立て直したメタングは、再び頭部にサイコエネルギーを集め、猛突進を行う。

 

「ケーン、“ひのこ”!」

 

 ケーンの口から連続して“ひのこ”が放たれる度、背中の炎も一層燃え上がり、面積の大きさから次々にメタングにヒットする。

 だが、特攻同然の意志を固めたメタングは、“ひのこ”を受けながらもスピードを緩めず突撃し、攻撃後の疲労で動きの鈍ったケーンは、真正面から轢かれて吹き飛ばされてしまった。

 

「ケェーーーーンっ!」

 

 地面に落ちて動かなくなったケーンへとイソラとツバキが駆け寄る。

 

「……ヒノアラシ、戦闘不能! 中堅戦はメタングの勝ち!」

 

「よっしゃあ! よくあれを我慢してくれたっスねメタング! お前の根性のおかげっス!」

 

「……ケーン、ご苦労様。無理させてごめんね……休んでいて」

 

 ツバキとリョウブは、同時に自分のポケモンを労いながらボールへと戻す。

 

「……これで1対1……ですね」

 

「そうっス。泣いても笑っても次で勝者が決まるっス!」

 

 リョウブは最後のモンスターボールを手にした右腕を突き出す。

 

「行くっスよツバキさん! こいつがこのジム戦最後の相手を務めるっス! おりゃあっ!」

 

 天井目掛け勢いよく投げられ、開いたボールから、人に近いシルエットが形を成してフィールドに降り立つ。

果たしてこのポケモン……そしてジム戦の行方は……。

 

 

 

つづく




第27話終了。今回もお付き合いいただきありがとうございました!

まぁ、ここまでは3本勝負という時点で予想できた結果だと思います。


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第28話:決着の大将戦!迸る念動対決!

サブタイ通りにヤマブキジム戦の決着となる第28話です!


 ジムリーダー代理・リョウブとのヤマブキジム戦は、1勝1敗……決着は3体目のポケモンによる大将戦へともつれ込む。

 リョウブの投げた3つ目のモンスターボールが開き、地面に片膝を付いたシルエットが形作られる。

 そのポケモンは完全に固着すると立ち上がり、左手から垂らした振り子をヒュンヒュンと振り回して握り込む。

 

「いよいよお前の出番スよ、スリーパー!」

 

 黄色い毛並みに、白くフサフサした首回りの毛、狐のようなバクのような尖った顔が特徴的な、さいみんポケモン『スリーパー』である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(スリーパーか……数多いエスパータイプの中でも、超能力を用いた特殊戦闘はもちろん、物理戦闘、攪乱戦闘、防御戦闘と実に多彩な戦術を可能とするスペックを秘めた厄介なポケモンだな……どう戦う、ツバキ)」

 

「(今度はエスパータイプだけ……タイプで言えばシェルルが有利だけど……ここは……!)」

 

 ツバキの指が、腰のベルトに着いたボールを順番になぞり、その内の1つに触れて動きを止める。

 

「……お願い……! ナオっ!」

 

 選んだボールを空中へと放り投げ、中から灰色の毛を揺らしてナオが現れる。

 

「ニャスパー……あまり見かけないポケモンっスね! 目には目をの精神スか?」

 

「(なるほど、同じエスパー同士なら主力となるエスパー技は効きにくいが、それはこちらも同じ事……それ以外の技とトレーナーの戦術が物を言うバトルとなるか……?)……それでは、これよりヤマブキジム戦最終バトル……大将戦、スリーパー対ニャスパーを開始する。このバトルの結果によって勝敗が決定するので、両者悔いの無いバトルを。……バトル…………開始っ!」

 

「スリーパー、“ヨガのポーズ”!」

 

 スリーパーが目を閉じ、両手を合わせて右脚を曲げ、左脚のみで直立してピクリとも動かなくなる。

 

「……? よ、よくわからないけど、何か仕掛けてくる……! 落ち着いて……不用意に動かないで……!」

 

 突如奇妙なポーズを取り始めたスリーパーに対して警戒心を強め、距離を保ったまま様子を見る。

 

「(“ヨガのポーズ”は感覚を研ぎ澄まし、身体の底に眠る力を一時的に呼び覚ます技……あの後の物理攻撃は強力になる……! 慎重になりすぎているぞツバキ……!)」

 

 やはりというべきか、ツバキはまだまだ経験が浅く、実力こそそれなりに身に付けてきたが、特性や技は完全には把握できていない。

 その知識不足が大きな足枷となり、ツバキの積極的な行動を抑制してしまう場合があるのは致命的な弱点である。今、この時のように。

 

「行くっスよスリーパー! “れいとうパンチ”っス!」

 

 “ヨガのポーズ”を解除したスリーパーの目が見開かれ、その拳が強烈な冷気を纏う。

 ジャリッと地面を踏みしめたスリーパーは、姿勢を低くし、まるで滑るように飛ぶように走って距離を詰めてくる。

 

「来たっ……! 迎え撃つよ、ナオ! “10まんボルト”!」

 

 ナオの身体が帯電して毛が逆立ち、周囲の空気がバチバチと音を立てる。

 その音が一際大きくなった瞬間、強力な電撃がスリーパー目掛け発射された。

 だが、スリーパーはまるで電撃が見えているかのごとくステップを踏んで回避し、その拳をナオの身体へ叩き込んだ。

 

「ナっ、ナオっ!」

 

 ナオの小さな身体はいとも容易く宙を舞うが、超能力で態勢を立て直してそのまま空中に静止した。

 

「(近付かれると危険だけど、動きが素早い……! なんとか動きを止めないと…………なら……!)」

 

「(むむぅ、落ちてきたところへコンボを決めようと思ったんスが……自分が言うのもなんスが、エスパータイプは調子が狂うっスね……ならば……!)」

 

「「ね ん り き !!」」

 

 両者の指示は完全に一致し、ナオとスリーパーの目が同時に光る。

 同じタイミングで発動した“ねんりき”によって空気の流れが歪み、その場にいる全員を耳鳴りのような感覚が襲う。

 

「うぅっ……!」

 

「むむむ……!」

 

「(エスパー技同士の衝突……! 互いの超常の力が干渉し合い、周辺に影響を及ぼしているのか……!)」

 

 脳にも作用しているのか、見ている景色すらも歪んで見える。

 だが、この精神力のぶつかり合いはスリーパーが制し、ナオの思念を抑え込み、地面へと引きずり降ろす。

 

「精神力はスリーパーの勝ちっス! “れいとうパンチ”!」

 

 身動きの取れないナオに対し、連続して“れいとうパンチ”が打ち込まれ、その身体を徐々に冷気が蝕み始めた。

 

「ナオ! お願いっ! 動いてナオっ!」

 

「(氷状態になりかけているか……まずいな……)」

 

 やがてナオの身体は完全に氷の中へと閉じ込められてしまった。

 

「ナオ! 聞こえる!? “ねんりき”で氷を砕いて!」

 

 氷の中のナオの目が光り、氷の表面にヒビが入り始めたが、そう簡単に全身の氷を砕くには至らない。

 

「今の内にダメージを稼ぐっス! スリーパー、“ローキック”!」

 

 スリーパーは、いまだ上半身の凍ったままのナオを放り投げると、目の前に落ちてきたところを回し蹴りのようにキックを叩き込んだ。

 それはちょうど氷の砕けていたナオの右脚を直撃し、ナオの身体は砂埃を上げながら地面を滑っていく。

 衝撃で氷のほとんどは取れたものの、脚を痛めたのは大きく、立ち上がるのも辛いようだ。

 

「ナオ……! だ、大丈夫……!?」

 

 ナオは右脚を引きずりながらも、ツバキに笑いかける。

 

「これで終わりにさせてもらうっス! “れいとうパンチ”!」

 

 再度スリーパーの拳を冷気が覆い、ナオに向けて走り出す。

 満足に動けないナオは当然逃げるもよけるもままならず、あっと言う間に肉薄されてしまう。

 

「っ! “あくび”!」

 

 ナオは大きく口を開け、眼前のスリーパーに向けて欠伸を見せつける。

 突然の眠気に襲われたスリーパーは、無意識に動きを止め、頭を何度も横に振って目を押さえている。

 

「“ねんりき”で離れて!」

 

 ナオは自身に“ねんりき”をかけ、勢いよくその場から吹き飛んでいき、再び空中で静止する。

 

「ス、スリーパー! しっかりするっスよ! 頑張って目を開けるっスよ!」

 

 が、リョウブの激励も虚しくスリーパーの瞼は完全に閉じて寝息まで立て始めてしまった。

 

「今だよ! “ねんりき”でスリーパーを捕まえて!」

 

 意趣返しとばかりにナオの“ねんりき”によって空中へ拘束されたスリーパーは、まだ起きる様子は無い。

 

「“10まんボルト”!」

 

 至近距離から強烈な電撃を流され、さすがにスリーパーも目を覚ました。

 

「“ねんりき”には“ねんりき”! スリーパー! また押し返すっスよ!」

 

 拘束状態を解くべく、スリーパーも“ねんりき”を被せてくる。

 再度“ねんりき”同士がぶつかり合い、周辺の空気が歪み始める。

 

「頑張るっス、スリーパー!」

 

「ナオ……! お願い……! 負けないでっ!!」

 

 ツバキの叫び声が響いた瞬間、ナオの身体が眩い光を放つ。

 

「うっ……!?」

 

「ぬぉっ!?」

 

「……! この光……まさか……!」

 

 イソラはこの光を知っている。

 これまでの旅の中で幾度も目撃し、その度にポケモンという生命体の神秘に感動を覚えてきた光だ。

 光量が弱まり、眩んだ目が慣れてくると、全員の視線がただ一点へと向けられた。

 その視線を集めるは、白い毛並みに青がアクセントとして加わり、涼やかな雰囲気を醸し出すポケモン。

 そっと開いた吊り上がった目は、突然の光に思わず“ねんりき”を解除してしまったスリーパーを冷ややかに見つめている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……進化……した……!」

 

「……進化……ナオが……?」

 

 イソラの呟きに応じたわけではないが、ツバキも同じような言葉を口から溢す。

 

「……す……すっげえ! バトル中の進化なんてすっげえ熱いっス!」

 

 呆気に取られるツバキ。

 ささやかな感動にうち震えるイソラ。

 あまりの事に熱くなるリョウブ。

 それら全てをぐるりと見回すと、そのポケモン……よくせいポケモン『ニャオニクス』へと進化したナオは、ふわふわとツバキの前へと降りてくる。

 

「……ナオ……ナオ……! やったねナオ……! すごく格好良くて可愛いよ……!」

 

 その言葉を聞くと、ナオは大きな耳を嬉しそうにピクピクと震わせ、空中を踊るようにフィールドへと戻る。

 

「リョウブさん……こうなったからには絶対に負けられません……! わたしもナオの想いに応えたいですから!」

 

「……自分も突然の事に心が熱くなったっス……! ですが! 当然手は抜けないっス! 進化までして見せた気迫で自分という壁を超えてみるっスよ!」

 

「はいっ! 行こう、ナオ!」

 

「……では、スリーパー対ニャスパー……改めニャオニクスの試合…………再開っ!」

 

 バトル再開の合図と共にリョウブが動く。

 

「スリーパー! 動きを封じるっス! “ねんりき”!」

 

「ナオ! こっちも!」

 

 だが、ナオの予備動作は“ねんりき”のそれではなかった。

 額に両手を当てると、その手の中に円盤状のエネルギー体が形成され、それをスリーパー目掛けて投げつけたのだ。

 エネルギー盤は“ねんりき”を正面から破ってスリーパー本体を直撃し、一撃で昏倒させた。

 

「サイコエネルギーの塊……! あれは“サイコショック”だ!」

 

「“サイコショック”!? す、すごいよナオ!」

 

 サイコエネルギーでありながら物理的なダメージを受けたスリーパーは“サイコショック”の当たった頭をトントンと叩きながら起き上がる。

 

「さすがにパワーも上がってるっスね! ですが、まだまだスピードはこちらが上のはずっス! “れいとうパンチ”!」

 

 進化したとはいえ痛めた脚が治ったわけではない。

 歩くのはもちろん、痛みによって集中力が乱れ、超能力にも支障が出て浮遊もおぼつかない。

 そこへ飛び上がってきたスリーパーが凍てつく拳を降り下ろし、ナオを叩き落とした。

 

「ナオっ!」

 

「追撃の“ローキック”っス!」

 

 素早く地面に降りたスリーパーは、息もつかせぬ動きで“ローキック”を繰り出し、ナオを吹き飛ばす。

 ……が、起き上がったナオの雰囲気が一変している事に気付く。

 吊り上がった目はさらに鋭くなり、耳で塞いだ器官からエネルギーが溢れ始めたのだ。

 

「あれはまさか……特性《かちき》か……!? 相手に能力を下げられた時に、決して負けまいと自身を奮い立たせて特殊攻撃を強化する特性……。ニャオニクスであれを持っている個体は初めて見る……!」

 

「怯んだら負けっスよスリーパー! “れいとうパンチ”で決めるっス!」

 

 走り出したスリーパーは、両手を冷気で覆い、目にも止まらぬスピードでナオへと迫る。

 

「(たぶんナオはあと1発も耐えられない……! でもあのスピード……それならイチかバチか……!)」

 

 ツバキはごくりと息を飲むと、成否に関係無く勝敗を分かつであろう最後の指示を叫んだ。

 

「っ……! ナオ! “10まんボルト”っ!!」

 

 ナオもツバキの意図を察してか、目を閉じ、自身の全てを絞り出すかのようにエネルギーを全身に巡らせて電気を起こす。

 その帯電量は先ほどまでとは桁違いであり、周囲どころか、この部屋全体が痺れるような感覚に覆われている。

 スリーパーが両腕を降り下ろしたと同時に、ナオの全身の毛が逆立ち、進化の時とは異なる膨大な光が放たれた。

 

「ナオっ……!」

 

「スリーパー!」

 

「……っ!」

 

 音と光に支配された世界が崩れていき、静寂が戻ると、3人は顔を覆っていた両腕の隙間からフィールドを覗く。

 そこには、バチバチと帯電して倒れ伏すスリーパーと、2本の尻尾で震える脚を支えるナオがいた。

 

「…………スリーパー……戦闘不能っ! ニャオニクスの勝ち! ……よってこのジム戦、2対1でチャレンジャー・ツバキの勝利とする!」

 

 イソラの言葉を聞くや否や、ツバキはフィールドへ駆け込み、今にも倒れそうなナオを抱き止める。

 

「ナオっ! …………お疲れ様……本当にお疲れ様……! ナオ……! ありがとうナオ……!」

 

 うっすらと涙を浮かべながら抱き締めるツバキに、ナオはわずかに微笑んだ。

 それを見ていたイソラはツバキに近付くと、すごいキズぐすりを手渡す。

 

「お前の手で回復してやれ。ポポとケーンもな」

 

「お姉ちゃん…………うんっ!」

 

 ツバキは2体をボールから出してキズぐすりを吹きかけてしっかりと塗り込んでいく。

 

「ポポくんもケーンもお疲れ様! 勝ったよ、わたし達! ほら、ナオも進化したんだよ!」

 

「……負けたっスねスリーパー。しかし、お前は全力でやってくれたっス……お疲れっス……!」

 

 リョウブは抱き起こしたスリーパーと拳を突き合わせてからボールへと戻し、ツバキ達へと歩み寄る。

 

「押忍っ……! 見事でしたツバキさん! ポケモン達との信頼が感じられる、素晴らしいバトルだったっス! 自分……自分、胸が熱くなったっス!」

 

「リョウブさん……こちらこそ、ありがとうございました!」

 

 リョウブの差し出した右手を一回り小さいツバキの手が掴み、握手を交わす。

 

「そんなツバキさんならば、このポケモンリーグ公認、ヤマブキジム突破の証、ゴールドバッジを持つに十分すぎる資格をお持ちっス! さあ、どうぞ!」

 

 リョウブがバッジケースから取り出した金色のバッジを受け取り、ツバキは喜びの実感を噛み締める。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「~~っ! やったぁ! やったやったぁ! 皆のおかげでポケモンリーグ参加の道も折り返しだよ! 本当にありがとう~!」

 

「良かったな、ツバキ」

 

「うぅ~! わかる! わかるっスよツバキさん! 目標が着実に近付く嬉しさ! あ、そうだ!」

 

 リョウブは奥の部屋へと駆けていくと、2枚のディスクを持ってすぐに戻ってきた。

 

「素晴らしいバトルへのお礼っス! “リフレクター”と“かわらわり”の技マシン……受け取って欲しいっス!」

 

「2枚も……!? 良いんですか、リョウブさん?」

 

「もちろんっス! “リフレクター”は“ひかりのかべ”と逆に物理攻撃に強くなる技で、“かわらわり”はそのどちらもぶっ壊せる技っス! 汎用的なかくとう技として親しまれてるっスよ!」

 

 ツバキは2枚を受け取ると、改めてリョウブへと頭を下げる。

 

「ありがとうございます、リョウブさん!」

 

「いえいえ! ツバキさんの旅に役立ててもらえれば幸いっス!」

 

 ツバキとイソラの2人は、リョウブの見送りを受けながらワープパネルに乗り、ヤマブキジムを後にする。

 ポケモンリーグ参加に必要なバッジはあと4つ……まだ半分とも言えるが、もう半分とも言える。

 どちらにせよ確かな事は、この勝利がツバキの夢にとって非常に大きな1歩となった……という事である。

 

 

 

つづく

 

 

 

【ツバキの現在の手持ちポケモン】

 

■ポポ(ピジョン(♂))

レベル30

特性:するどいめ

覚えている技

・すなかけ

・たつまき

・でんこうせっか

・ブレイブバード

 

■ミスティ(ナゾノクサ(♀))

レベル26

特性:ようりょくそ

覚えている技

・ようかいえき

・どくどく

・しびれごな

・ねむりごな

 

■ファンファン(ゴマゾウ(♂))

レベル25

特性:ものひろい

覚えている技

・こらえる

・まるくなる

・ころがる

・じゃれつく

 

■ナオ(ニャオニクス(♀))

レベル25

特性:かちき

覚えている技

・サイコショック

・ひかりのかべ

・10まんボルト

・あくび

 

■ケーン(ヒノアラシ(♂))

レベル23

特性:もうか

覚えている技

・えんまく

・ひのこ

・でんこうせっか

・かえんぐるま

 

■シェルル(コソクムシ(♀))

レベル19

特性:にげごし

覚えている技

・むしのていこう

・すなかけ

・アクアジェット

 

【リョウブの使用ポケモン】

 

■アサナン(♂)

レベル25

特性:ヨガパワー

覚えている技

・みきり

・ねこだまし

・サイコカッター

・かみなりパンチ

 

■メタング

レベル27

特性:クリアボディ

覚えている技

・ねんりき

・ひかりのかべ

・かわらわり

・しねんのずつき

 

■スリーパー(♂)

レベル31

特性:せいしんりょく

覚えている技

・ねんりき

・ヨガのポーズ

・ローキック

・れいとうパンチ




今回も駄文雑文落書き長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

ナオがジム戦のフィニッシャー2回目……考えてみればこれは優遇というか贔屓……?
ニャスパー好きなので無意識に私情が入っちゃったかもですね……。


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第29話:真昼の怪奇現象

ジム戦後という事で、特に目立った展開は無い第29話です。


 ヤマブキジムでの激闘の最中、ナオはニャオニクスへと進化を果たし、その活躍によってツバキは見事ヤマブキジム戦を制してゴールドバッジを獲得した。

 翌日、昼前まで寝てしまったツバキは、ポケモンセンターのロビーで朝食兼用の昼食を取っていた。

 

「……えへへぇ……♪」

 

 サンドイッチをかじりながら、ガラにもなくニヤニヤと笑うツバキの視線の先にあるのは、バッジを納めるスペースの半分が埋まったバッジケースだ。

 

「半分かぁ……だんだんゴールが見えてきた気がするね、ポポくん」

 

 辛口ソースのかかったポケモンフーズをついばんでいたポポが、同意するように一声を上げた。

 

「皆がすっっっごく頑張ってくれたおかげだよ。本当にありがとう。……でも、言い換えればまだ半分……バッジが増えてトレーナーレベルが上がる度にジムリーダーさんも強くなるから、油断できないね。この先もちゃんと勝っていけるように、一緒に強くなろうね、皆!」

 

 他のポケモン達も思い思いに声を上げて、これからの道程に気分を高揚させる。

 

「起きていたかツバキ」

 

「あっ、お姉ちゃん」

 

 センターの自動ドアが開き、外出していたイソラが帰ってきてツバキへと近付く。

 

「お姉ちゃんはどこに行ってたの?」

 

「入れ替えた手持ちポケモン達を散歩に連れていっていたんだ。そろそろ全員の機嫌を直せそうだよ、まったく……」

 

 肩を竦めていかにも困っていますという風情だが、表情は困っているどころか晴れ晴れとしている。なんのかんの言っても、結局のところポケモンとの触れ合いが大好きなのだ。

 

「ところでツバキ、次はどこへ行くんだ? 東へ行けばシオンタウンだがジムは無い。すぐにでも次のジムへ行きたいなら、ここから北へ行けばハナダシティに直行できるぞ」

 

「うぅん……すぐにジム戦したい気持ちもあるけど……その前に色んな特訓もしたいし、それに寄り道は寄り道で、新しいトレーナーやポケモンに会えるかもだから、シオンタウンに行こうと思うの。……良い?」

 

 おずおずと上目遣いに尋ねるツバキに、イソラは優しく微笑む……というか表情が蕩けてる。

 

「はあぁ……ツバかわ……。じゃなくて、良いに決まっている。これはお前の旅で、私はあくまで勝手に付いていっているだけだからな。お前の思うようにすると良い」

 

「……うんっ!」

 

「(ぐっ! その笑顔……殺人的な可愛さだ……!)」

 

 何故にイソラが悶えているのかツバキには皆目わからなかったが、ともあれ目的地はシオンタウンに決定し、消耗品を買い足した2人と1体は、8番道路へと向かった。

 

「あれ? ツバキさんとイソラさんじゃないっスか? それに確か……ポポさん!」

 

「えっ? あ、リョウブさん!」

 

 そして、8番道路へ続くゲートに入ろうとしたところで、スリーパーの他にキックポケモン『サワムラー』を連れたリョウブに遭遇した。

 

「もしかしてもう次の街に?」

 

「はい。……リョウブさんは……?」

 

「自分は走り込みがてら街の見回りっス! こないだ物騒な事件があったばかりっスからね」

 

 ここでリョウブの言う物騒な事件とは、例のシルフカンパニー爆破未遂事件の事であろう。

 

「なるほど、ジムリーダー代理ともなると、そういった仕事もありますか」

 

「仕事でもありますが、個人的にも無視はできないっスからね! それじゃ、お2人とも道中お気を付けて!」

 

「はいっ! ありがとうございます!」

 

「リョウブさんもお元気で」

 

 爽やかな表情で手を振るリョウブに背を向けると、ツバキとイソラは歩き出し、ゲートへと入っていった。

 

「……うしっ! 今度は別ルートで回るっスよ、スリーパー、サワムラー! ヤマブキシティの平和は自分が守るっス!」

 

 ツバキ達を見送ったリョウブは、2体のポケモンを伴って再びヤマブキシティの喧騒の中へと消えていく。

 ……彼の行く先の体感温度が上がっている気がするのは、たぶん気のせいではないだろう……。

 

「あっ、見てお姉ちゃん。今日はバトルフィールドにたくさん人がいるよ!」

 

 8番道路を進むツバキが先日特訓に使った公共バトルフィールドを指差すと、多数のトレーナーと思われる人々が集まり、そこかしこからバトルの指示が飛び交っている。

 

「バシャーモ、“ブレイズキック”だ!」

 

「エルフーン、かわして“マジカルシャイン”よ!」

 

「ガブリアス、“アイアンヘッド”!」

 

「クレッフィ、“いばる”!」

 

 3つのフィールドは全て埋まり、周りには順番待ちや見物人が大勢集まっている。

 

「本当だ……この間空いてたのは運が良かったみたいだな。……それにしても、ああして大勢の人がポケモンバトルを楽しめるようになった辺り、ここの治安も良くなったものだ」

 

「昔は違ったの?」

 

「ああ。確かこの辺りは暴走族が多く蔓延って、それは目も当てられない状態だったんだがな……」

 

 しばし見物人に混ざってバトルを眺めた2人は、シオンタウンへの歩みを再開する。

 

「さっきのバトルすごかったぁ……! 見た事無いポケモンや技がいぃっぱい出て、迫力満点だったねポポくん!」

 

 ツバキは未知のポケモンがあまりに多く見られた事もあり、ポケモン図鑑を胸に抱いて興奮気味で、側を飛ぶポポも同様だ。

 

「そうだな。カントーのトレーナーが使うポケモンも随分と多彩になった」

 

「わたしもいつか、あんないっぱいのポケモンと会えるかなぁ……あっ、草むら! ポケモンいるかな……!」

 

「行ってみるか」

 

 知らないポケモンへの憧れが強くなった今のツバキは誰にも止められないであろう事は、イソラもポポも知っているので、あえて口出しせずに同行する。

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌いながら草むらの中をずんずん進むツバキだったが、不意にその脚が止まる。

 

「……ねぇ、お姉ちゃん……なんだか寒くない……?」

 

「お前も気付いたか……これはこおりタイプのそれとは違うな……」

 

 突然の気温の低下に、一気に興奮が覚めて眉が八の字になったツバキは、無意識にポポを抱いてイソラの腕にしがみつく。

 その時、周りからすすり泣くような声が響き、少しずつ少しずつ大きくなってきた。

 

「な、何……? この声何……!?」

 

「……そういう事か。…………そこだオオスバメ!」

 

 ツバキとは対照的に、不気味な声に動じないイソラは、冷静に周りの気配を探ると、ボールからツバメポケモンの『オオスバメ』を出して草むらのある一点に突っ込ませた。

 すると、しばしの揉み合いの末、草むらから藍や紺といった色合いで、不定形のふわふわした身体のポケモンが飛び出してきた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ポケモン……!?」

 

「よなきポケモンの『ムウマ』だ。人を驚かせたり怖がらせたりするイタズラ好きなポケモンだな。お前の怖がる心を吸収していたんだろう」

 

 ムウマはケタケタと笑いながら宙に浮かんでいる。

 

「しかし、普通ゴーストタイプは昼間は活動しないものだが……どうもかなり行動的な奴みたいだな」

 

「へぇ~、ムウマ……びっくりしたけど、可愛い子だね。……よぉし……! わたし、この子ゲットする!」

 

 怪奇現象の原因がポケモンとわかると、再びテンションの上がったツバキはモンスターボールを手にする。

 

「ムウマはゴーストタイプかつ特性《ふゆう》でノーマル、かくとう、じめん……3つのタイプの技を無効にする、なかなか厄介なポケモンだぞ。気を付けろ」

 

「うん……! お願い、ミスティ!」

 

 ツバキの投げたボールからミスティが飛び出し、くるくると宙返りを決めながら着地する。

 

「ミスティか。野生ポケモンを捕まえる上で状態異常にするのはかなり有効な手だからな。その点でミスティは、毒、麻痺、眠りと状態異常のエキスパート……それに、()()を試すつもりだな」

 

 ミスティは目の前の相手にやる気満々であり、対するムウマも戦闘態勢に移る。

 

「ミスティ、“しびれごな”!」

 

 ミスティが葉を揺らして“しびれごな”を撒き散らし始める。

 だが、ムウマの周囲で風が幾重にも吹きすさび、“しびれごな”を霧散させた上で渦となってミスティを襲った。

 

「ミ、ミスティ……! お姉ちゃん、あれは……!?」

 

「ゴーストタイプの技“あやしいかぜ”か……なかなか珍しい技を覚えている」

 

「風を使ってるけど、ひこう技じゃないんだ……。ミスティ、反撃するよ! “エナジーボール”!」

 

 “あやしいかぜ”から転がって脱出したミスティは、5枚の葉を開きかけの花のような形にすると、その中心に緑色のエネルギーを集めて大きな球状に成形し、ムウマへ向けて発射した。

 それは、ポケモンセンターを出る前に技マシンで覚えさせた“エナジーボール”だ。

 

「さすがはくさタイプだ。初めて使ったのに集束から発射まで完璧だな」

 

 イソラの言う通り、エネルギーの集束と球状への成形が非常に早く、射出も狙いが正確である。やはり自身と同じタイプの技故か、本能的に扱い方を理解しているようだ。

 迅速かつ正確に撃ち出された“エナジーボール”は、ムウマに回避の間を与えずに直撃した。

 

「よしっ……! ミスティ、“ねむりごな”!」

 

 仕上げとして“ねむりごな”を使おうとしたミスティだが、爆煙の中からムウマが猛スピードで飛び出し、眼前で目を見開き、大口を開けて驚かしてきたため、仰天して後ろに転倒してしまい失敗した。

 

「今のは“おどろかす”か。相手を怯ませて行動を妨害する技だな」

 

「うぅっ……! ミスティ、まだ行ける……!?」

 

 最も大きい葉を器用に使って起き上がったミスティは、「当然」と言わんばかりにブンブンと葉を振り回している。

 

「……本当に強気な奴だなミスティは。ポポに次ぐ古参でもあるし、姉御肌気質とでも言うべきか」

 

「それ、なんだかわかる気がする……。ミスティ、少し小さめに“エナジーボール”を連続して撃って!」

 

 ツバキに対して頷いたミスティは、5枚の葉を開いてそれぞれの先端に“エナジーボール”を生成すると、バラけるように時間差で次々に発射する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「今だよ! ジャンプして“ねむりごな”!」

 

 退路を塞ぐように撒かれた5発の“エナジーボール”をよけるのに必死なムウマは、飛び上がったミスティに気付くのが遅れて高所から降り注ぐ“ねむりごな”を吸い込んでしまい、ふよふよと地上に降りて寝息を立て始めた。

 

「今っ! モンスターボール!」

 

 ツバキの投げたボールはムウマにコツンと当たり、その身体を収容し、スイッチ部分を点滅させながらカタカタと揺れ、その動きを2、3回繰り返した後に停止した。

 

「っ……! やった……! やったよミスティ! ありがとう~!」

 

 ツバキはムウマのボールを拾い上げると、ミスティを抱き上げてイソラの元へと駆け寄る。

 

「ああ、見事だ。……名前はどうする?」

 

「うぅん……イタズラっ子とかを名前にしたらかわいそうだし…………この子みたいな色ってなんて言うのお姉ちゃん?」

 

「ああ、体色か。藍色や紺青……ディープブルーとかプルシアンブルー、インディゴ……色は本当に僅かな違いで言い方が変わるからなぁ……」

 

 イソラは顎に手を当てて目を閉じるとしばらく思案するが、明確な答えは出ないようだ。

 

「そうなんだ……じゃあ……プルシアン…………ルーシア! ……って、どうかな?」

 

「ふむ、なかなか可愛らしいし、良いんじゃないか?」

 

「よぉし! ルーシア! 出て……」

 

 と、ルーシアをボールから出そうとした瞬間、そのボールが粒子状に分解されて空の彼方へと消えてしまった。

 ツバキとミスティは呆然と空を見つめ、イソラは「さもありなん」と見上げている。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ポルターガイスト?」

 

「いや、手持ちの所持限度数を超えたのでお前のボックスに転送されただけだ。ポケモンセンターかどこかで手持ちを入れ替えないとな」

 

 完全にすぐ触れ合う気でいたツバキはげんなりした表情へと変わり、うなだれる。

 

「あうぅ……」

 

「まぁまぁ、シオンタウンはすぐそこだ。向こうのポケモンセンターで入れ替えれば良い。さ、行こう」

 

「入れ替え……仕方ないけど、誰かを手持ちから外さなきゃいけないんだよね……」

 

 ツバキはミスティをボールへ戻すと、それを含めた6つのボールを外し、悲しそうな目をしてじっと見つめる。

 

「決まりだからな。それに、ずっと外すわけじゃないさ。機を見てまた遊んだり連れ歩けば良いだろう?」

 

「……うん……」

 

 トレーナーであれば、いつかは経験する事になる所持数限度。

 なんともやるせない気持ちになったツバキは、イソラと手を繋いで、シオンタウンへの道を再度歩き始めた。

 

 

 

つづく




今回も駄文落書きへのお付き合いありがとうございました!

実際のとこ、自動でボックスに送られるのってどんな仕組みなのでしょうね……。


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第30話:シオンタウンの再会、100万点の笑顔

あれぇ……何をどうしてこんなに長くなっちゃったんだ……?
という感じの第30話です。


 寄り道をしつつハナダシティを目指す事にしたツバキ達は、シオンタウンを当面の目的地として8番道路を進み、その道中で野生のムウマを捕まえてルーシアと名付ける。

 ……が、既に手持ちが6体となっていたツバキの手からモンスターボールが転送され、触れ合いはおあずけとなってしまう。

 ずっと一緒に頑張ってきた手持ちポケモンを入れ替えねばならない事に気落ちするツバキを、イソラとポポが励ましながら道なりに進み、一行は夕方になってようやくシオンタウンへと到着した。

 

「ほら、シオンタウンに到着だ。とりあえずミスティも休ませなきゃならないし、ポケモンセンターに行こう、ツバキ」

 

「……うん」

 

 顔を上げたツバキの目に飛び込んできたのは、縦長の大きな建物……カントーラジオ局だ。

 

「わぁ……立派な建物だね、お姉ちゃん」

 

「うん? ああ、カントーラジオ局か……ポケモンタワーを改築して再利用したんだったか」

 

「ポケモンタワー?」

 

 聞き慣れない言葉にツバキが首を傾げると、イソラは少しばかり目を逸らす。

 

「ああ……ポケモンタワーというのは、昔のあの建物の呼び名だ。早い話がポケモンの集団墓地でな……7階層から成る建物の中には、数えきれないほどのポケモンの墓があったんだ」

 

「お墓……」

 

「ただ、時代の流れ……と言われれば仕方無いが、その墓を移転してまでというのは個人的にどうもな……」

 

 バツの悪そうなイソラは、ラジオ局に背を向けてポケモンセンターへと歩き出し、ツバキもそれに続いた。

 

「お待たせしました! ナゾノクサはすっかり元気になりましたよ!」

 

「ありがとうございます、ジョーイさん」

 

 ジョーイさんから回復したミスティを受け取ると、ツバキは頭を下げてイソラの座る席へ戻る。

 そしてテーブルの上に手持ちのモンスターボールを並べると、うんうんと唸り始めた。

 

「うぅ~~~~ん……ルーシアと誰を入れ替えよう……お姉ちゃんはこういう時どうする?」

 

「そうだな……優先的に育てたいポケモンを手元に残したり、入れ替えてもパーティのタイプバランスがあまり変わらないように調整したりするかな」

 

「優先的に育てたい……タイプバランス……」

 

 ツバキはじっとボールを見つめると、40秒ほど考えた末に1つのボールを手に取り、パソコンへ向かう。

 

「……ごめんねナオ……しばらくボックスで待っててね」

 

 パソコンの脇に設置された装置の窪みにナオのボールをセットすると、それは光の粒子として消え、代わりにルーシアのボールが現れた。

 

「……出ておいで、ルーシア!」

 

 ツバキがボールを開くと、ルーシアが勢いよく飛び出し、ケタケタと笑いながらツバキの周りを飛び回り始める。

 

「わっ、わっ、わっ……!」

 

 目で追おうとしたツバキの目が回りかけてくると、パッと帽子をくわえて取ってしまった。

 

「あっ! わ、わたしの帽子……!」

 

「……やっぱりイタズラ好きな奴だな」

 

 イソラは飛び回るルーシアの頭をむんずと鷲掴みにすると、帽子を回収してツバキに返す。

 

「しばらく苦労するぞこれは」

 

「うん……でも、これもルーシアの個性だから。……ルーシア、イタズラも良いけど、やりすぎはダメだよ。……わかった?」

 

 ツバキはイソラから渡されたルーシアを両手で掴んで目線を合わせると、珍しく怒った表情で注意する。

 ……当のルーシアは視線を逸らしてはいるが、一応は頷いて見せた。

 

「さて、ここからハナダシティへ行くとすると、イワヤマトンネルを抜けて10番道路と9番道路を通っていく事になるな。なかなかに長い道程だ」

 

 ポケギアのタウンマップを確認したイソラが、ハナダシティまでの道筋を説明する。

 

「あ、イワヤマトンネルの出口にポケモンセンターがあるね。ここで1回休んだ方が良いかな?」

 

「そうだな。無理に進んで野宿するよりは、余裕を持って行動した方が良いだろう」

 

 ツバキもルーシアを胸に抱きながら、自分のポケギアで確認して、相談しながら旅の予定を決めていく。

 話している内に時間は過ぎていき、2人は日がとっぷり沈んでいる事に気付くと、急いで夕食とシャワーを済ませた。

 

「…………ぁふぅ…………」

 

 イソラと別々の部屋に分かれたツバキは、口を押さえ、小さく欠伸をしながらベッドへ潜り込むと、3分とせずに微睡みの中へと沈んでいった。

 その晩、ツバキは夢を見た。

 立派なスタジアムのバトルフィールドで、2人のトレーナーがピジョットとオニドリルをバトルさせる夢を……。

 

「…………ん……まぶし……」

 

 カーテンの隙間から射し込む光が瞼に当たり、その眩しさにツバキは目を覚ました。

 

「あれ、でも確かカーテンは閉め…………シェルル……」

 

 窓際に歩み寄ると、カーテンの隙間でシェルルが日の光を浴びながら寝息を立てていた。

 

「もう……勝手にボールから出て…………ふふっ」

 

 いつもの臆病な挙動が嘘のような、安らかで穏やかな表情で眠るシェルルに、ツバキは勝手な行動を怒れなくなってしまい、しばらくその寝顔を観察していた。

 やがて目を覚ましたシェルルは、目の前にあったツバキの顔に驚き、窓に頭をぶつけてしまった。

 ツバキはそんなシェルルを抱いて、その頭を擦りながらロビーへと向かう。

 すると、一足先に起きてグランブルマウンテンというコーヒーを飲んでいたイソラが、こちらに気付いて軽く手を振る。

 

「ん、おはようツバキ。……シェルルはどうしたんだ?」

 

「ボールから出て日向ぼっこしてたんだけど、起きた時に頭をぶつけちゃったの」

 

 イソラもシェルルの頭を撫でようとしたが、驚いて触角を縮めてしまう。

 

「……ツバキにとても懐いているのは良いんだが、元々のトレーナーの私に怯えなくても……」

 

「お姉ちゃんてひこうタイプ使いだから、むしタイプのシェルルには怖いんじゃない?」

 

「……むぅぅ……」

 

 ツバキのちょっとした意地悪な発言に、あながち間違いでもないためか、イソラは難しい顔をして黙ってしまう。

 その後、ポケモン達と朝食を済ませた2人は、ポケモンセンターを後にする。

 ……と、その時、8番道路の方からズシンズシンという音が近付いてきた。

 

「あれれ? ツバキちゃんだ! やっほー!」

 

「えっ、アケビさん……?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 大きな花を背負ったポケモンに乗って声をかけてきたのは、タマムシジムのジムトレーナー・アケビだった。

 ツバキ達の前で止まったアケビは、ポケモンからよじよじと降りると、ツバキに抱き付いてきた。

 

「ここにいるって事は、ヤマブキジムでも勝ったんだね! おめでとー!」

 

「あ、ありがとうございます……。あ、こっちはイソラお姉ちゃん……わたしの尊敬する、お姉ちゃんみたいな人です。お姉ちゃん、こちらタマムシジムのトレーナーさんのアケビさんだよ」

 

 ツバキは抱き付かれた事に困惑しつつ、2人にそれぞれ相手を紹介する。

 

「イソラです。……こんなに小さいのにジムを手伝っているのか……偉い子だな」

 

 軽く頭を下げたイソラは、アケビの頭を撫で回す。

 

「……あ、あはは……アケビだよ! よろしくねイソラさん!」

 

「……お姉ちゃん、あのね。アケビさんはわたしより年上……14歳なの」

 

「……えっ……」

 

 イソラの手が止まり、「やってしまった」という顔になる。

 

「……失礼した。いや本当に……」

 

「あは……気にしないでよ! 周りの子より小さいのは知ってるし、間違われるのも慣れてるから!」

 

 と、言いつつもその笑顔はひきつっている。

 

「でもアケビさんどうして……あ、そういえばご出身が……」

 

「うん、このシオンタウンにあたしの家があるんだよ! 今日はジムお休みなの! そだ、ちょっとうちに寄ってく? ポケモンたっくさんいるんだよ!」

 

「っ! お邪魔します!」

 

 たくさんのポケモンという言葉に反応したツバキが即答し、イソラも特に異存は無いのでついていく。

 再びあのポケモン……たねポケモン『フシギバナ』によじ登ったアケビがのしのしと進み、ツバキ達はその脇を歩く。

 

「しかし立派なフシギバナだ……高齢だが、かなり育てられているようだ」

 

「えっへへ、ありがと! ……といっても、ここまで育てたのはあたしじゃないんだけどね!」

 

 なるほど、確かにこのフシギバナは、ツバキが図鑑で確認した姿よりも体躯自体は縮んでいるものの、背中の植物の茎は長く太く、花びらも1枚辺りが大きいようだ。

 と、そんなとりとめの無い会話をしている内に、フシギバナが歩みを止める。

 

「とうちゃーく! ここがあたしの住んでる、『魂の家』だよ! 入って入って!」

 

 フシギバナから木の実の入ったバスケットを降ろし、フシギバナをボールに戻したアケビは、2人の手を引っ張るように建物へと入る。

 

「みんなー! お土産アーンドお客さんだよー!」

 

 その声に応じて、たくさんのポケモン達がわらわらと集まってくる。どのポケモンも人懐こいようだ。

 ……だが、ツバキ達の目を引いたのは、ポケモン達ではなく……。

 

「……お墓が……たくさん……」

 

「……もしかして、ここがポケモンタワーから移転した……」

 

「うん、そう。元々は身寄りの無いポケモンを預かってたらしいんだけど、移転の話が出た時に家を大きくして、お墓の一部をここに移したって、フジおじいちゃんが言ってた」

 

 アケビがバスケットから木の実を種類別に分けて保存容器に入れていき、入りきらなかった残りを味ごとに別々の皿に置く。

 

「フジおじいちゃんは今日はお出かけの日だから、あたしがポケモン達のお世話してるんだ! さー、ご飯だよー!」

 

 アケビが皿を並べると、ポケモン達は自分の好きな味の木の実を手に取り、食べていく。

 

「……っと、久々に帰ってきたし、あっちにも行かないと……ごめん、ちょっとだけポケモン達見ててー!」

 

 何かを思い出したのか、アケビはツバキ達にポケモンの世話を任せると、庭に通じているらしい扉から出ていった。

 

「は、はい……あっ! わ、わたしの帽子ー!」

 

 ツバキは気を抜いた隙に、ムックルに帽子を取られてしまい、慌てて追いかける。

 

「……昨日見たような光景だな……お、大丈夫か? ……あまり急いで食べるんじゃない。よーく噛むんだぞ」

 

 ムックルと追いかけっこを始めたツバキを眺めていたイソラだが、木の実を食べていたコラッタが喉に詰まらせたのに気付くと、背中を叩いて吐き出させる。

 

 やがてアケビが「ごめんごめーん!」と戻ってきて、テキパキとポケモンの世話を始めた。

 ツバキもだんだん慣れてきて、ポケモン達に囲まれて幸せそうな表情を見せ、それを見たイソラがだらしない表情を見せる。

 しばらくすると、ポケモン達はお昼寝タイムに突入し、一息つく。

 

「お世話手伝ってくれてありがとー! これはお礼! 木の実で作ったミックスジュースと、シャーベットだよ!」

 

「わあぁ……! キレイな色……!」

 

「手際も見事だ。いただきます……んくっ…………ふむ、配合もバランスが良く飲みやすいな」

 

 アケビのもてなしに、2人はそれぞれに感嘆の声を上げる。

 

「えっへへー、でしょでしょー? ラニーちゃんにも「頭と身長は足りてないけど、バトルの腕となぜか女子力だけはあるよね」って褒められてんだからー♪」

 

 それはさりげなく馬鹿にされているようなのだが、本人は気付かずに満足そうなので、2人は黙っている事にする。

 

「ところで、フジさん? 帰ってきませんね……ご両親も」

 

「おじいちゃんはグレンタウンに行くって言ってたから、しばらく帰らないかなぁ……あと、パパとママはうちにはいないよ。死んじゃったし」

 

 時計を見たツバキの呟きに、ダイニングのテーブルに頬杖をついたアケビが答えるが、さらりととんでもない事を言い放っていた。

 

「……え、あの……」

 

「あたしがちっちゃい時に事故でねー。8番道路で散歩してたら、ハンドルの操作間違えたバイクが突っ込んできてさー」

 

 一気に気まずい雰囲気になり、ツバキは何はなくともまず謝罪する。

 

「ご、ごめんなさい……わたし……失礼な事……」

 

「気にしなくていーよ! むかーしの事だし! それに、あの事故があってから暴走族の取り締まりが厳しくなって、すっごく数が減ったんだって。だから……良くはないけど、良かったんだよ! きっと!」

 

 アケビはまったく気にする様子も無く、ツバキの謝罪を流す。その言葉に偽りは無く、浮かべる笑顔は先ほどまでと変わらぬ、明るく元気なままだ。

 

「(……8番道路の治安が良くなった裏にそんな事があったのか……状況が改善されるのは、いつも犠牲者が出てから、か……)……寂しくは……ないのか?」

 

 イソラの質問に、アケビはキョトンとした表情を浮かべる。

 

「うーん……寂しくない……って言ったら嘘になっちゃうのかなー。でも、あたしを引き取ってくれたフジおじいちゃんは優しいし、ネリアさんやラニーちゃんとの毎日も楽しいし、それにポケモンがたくさんいるからね! うん、やっぱり寂しくないかも!」

 

 あれやこれやと指折り数えたアケビは、満面の笑みを咲かせて答えた。

 

「……そうか。無神経な質問をしてすまなかった」

 

「もー! 気にしなくて良いって言ってるでしょ!」

 

 プンスカという効果音が聞こえてきそうなくらい頬を膨らませたアケビが、イソラをポコポコと叩く。

 この天真爛漫さこそが、今日までアケビがアケビらしく成長できた理由なのかもしれない。

 

「それに、ツバキちゃんもイソラさんも、もうあたしのお友達だよね? お友達がいれば、寂しいなんて事あるはずないよ!」

 

 

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「うっ……!」

 

「はうっ……!」

 

 あまりにも屈託の無い明るい笑顔で友達宣言をされ、不意を突かれた2人は心を撃ち抜かれてしまった。

 

「あっ、長く引き止めちゃってごめんね! ツバキちゃんもジム巡りで急いでるんだったよね!」

 

「い、いえ……大丈夫です……」

 

「ま、まぁ……人生には寄り道が必要な事もある……」

 

「イワヤマトンネルに行くなら~……っと……あった! はい、懐中電灯! そーらーばってりーって言って、お日様に当てると充電できて何度も使えるんだって! イワヤマトンネルは暗いから持っていってよ!」

 

 アケビが引き出しから取り出した懐中電灯を受け取ると、ツバキは大事にしまい込み、しっかりと礼を告げる。

 

「……ありがとうございます、アケビさん」

 

 魂の家を出た2人を、アケビはシオンタウンの出口まで見送りにきた。

 

「ツバキちゃーん! イソラさーん! まったねー! いつかバトルしよーねー! リーグ頑張ってねー!」

 

 ブンブンと両腕を振るアケビの姿に元気付けられたツバキとイソラは、イワヤマトンネルへと足を踏み入れた。

 暗闇と静寂が支配する洞窟……そしてその先で待つものは……。

 

 

 

 魂の家へと戻ったアケビは、再度家の庭へ出ていた。

 そこには、雨風を凌ぐ簡易的な屋根と壁で囲われた、ポケモンの物とは異なる意匠の墓石。

 アケビはその前にしゃがんで手を合わせる。

 

「パパ、ママ。今日、ツバキちゃんの連れてきたイソラさんていう新しいお友達ができたんだ。……アケビはこれからもたくさんの人やポケモンとお友達になって、元気で生きていくから。……安心して見守っててね」

 

 立ち上がったアケビが見上げた空には、2つの大きな雲がこちらを見守るように浮かんでいた。

 

 

 

つづく




今回も長文と落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!

今回はちょびっと暗めのお話でしたが、アケビの明るいキャラで相殺できたと思います。
まぁ、シオンタウンなのにホラーイベント無しで終わった事にがっかりした方もいらっしゃるかもですが……。


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第31話:欲望と傲慢と希望と

今回は久々に短めの内容となっている、第31話です。


 アケビに別れを告げてシオンタウンを後にしたツバキとイソラは、ハナダシティへ向かうためにイワヤマトンネルへと踏み込む。

 2人がほんの1歩洞窟の中へ入ると……。

 

「……思ってたよりずっと暗いね……」

 

 一寸先は闇、とはよく言ったもので、洞窟内は自分の足下すらもはっきりとは見えないほどの暗闇に支配されている。

 

「うーむ、そういえば“フラッシュ”を使えるポケモンを連れてくるのを忘れていた……」

 

「懐中電灯を貸してくれたアケビさんには、今度改めてお礼言わないとね」

 

 そう言いながら借りた懐中電灯を点灯させると、ゴツゴツした岩肌の露出する壁や天井がはっきり見える。

 

「イワヤマトンネル……ここを通るのも懐かしい。何年経ってもここは変わらない……」

 

 と、感傷に浸ろうとした矢先、突然明るくなった事に驚いてか、天井にいたこうもりポケモン『コロモリ』と、おんぱポケモン『オンバット』が飛び回り、岩陰からマントルポケモン『ダンゴロ』が逃げていった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……でもないか。ここも生息するポケモンが様変わりしているな」

 

 無論、ズバットやイシツブテなどもいるが、元々はカントー地方にはいなかった外来種ポケモンの姿が圧倒的に多く見られた。

 ポケモントレーナーにとっては、ゲットできるポケモンのバリエーションが増えるのは喜ばしい事であり、実際、隣のツバキも嬉しそうにポケモン図鑑でデータを確認している。

 が、その原因が他地方からの持ち込みと放棄、そして野生化であるとなると、一個人としては複雑な感情を抱かざるをえない。

 

「……人間とは、エゴの上に成り立つ生き物なのかもな……」

 

「……お姉ちゃん?」

 

 同族の愚行に溜め息を吐くイソラであるが、覗き込んできたツバキの純粋な眼差しと表情を見ていると、決して人間はそれだけではないとも思えた。

 

「……いや、何でもないよ。……出てこいクロバット」

 

 ボールから出たクロバットは、音も無くイソラの右腕に降り立つ。

 

「道案内を頼む。久々すぎてルートを忘れてしまったんだ」

 

 クロバットは頷き、無音で飛び立つと口から超音波を放って周囲の地形を把握し、ゆっくりと進み始めた。

 ツバキとイソラは、はぐれないように手を繋ぎ、クロバットの後に続く。

 その途中でも、やはりオンバットやダンゴロが怖々とこちらを見てくる。

 他の場所と同様、この洞窟内も生態系は著しく変化してしまっているようだ。

 

「……ねぇ、お姉ちゃん」

 

「うん? どうしたツバキ?」

 

 しばらく黙っていたツバキが、おずおずと口を開いた。

 

「わたしは昔の事はよく知らない。……でも、お姉ちゃんは知ってるんだよね、昔のカントーを」

 

「ああ」

 

「……変わるのって……いけない事なのかな……」

 

「っ……! ……ツバキ……」

 

 ツバキの言葉にイソラの歩みが止まり、ツバキも同時に足を止める。

 

「わたしにとっては、たくさんのポケモンがいる今のカントー地方が良いけど……良い事ばかりじゃないんだよね……」

 

「……そう、だな……。ポケモン達は賢く、新しい種類のポケモンが根付いても、いつの間にか生態系は安定を取り戻している。……だが、人間の身勝手で自然本来の形を歪めた事には変わらない」

 

「連れてきて、捨てる人がいるから?」

 

「……そうだ。ツバキのようにポケモンを対等な友人として扱う者も決して少なくはないんだ。……だが、道具や商品、見世物としてしか価値を見出さない者もまた多い」

 

 自身と繋いだツバキの手に、ギュッと力が込められるのをイソラは感じ取る。

 

「そして、そういう目的で他の地方から連れてきたポケモンを、また様々な理由で放り出す。「弱いから」、「飽きられたから」、「増えすぎたから」。……彼らポケモンは、私達人間の犠牲者なんだ」

 

 イソラが天井を見上げると、その視界にクロバットが入ってきたので、自身の腕に掴まらせる。

 

「……こいつもだ。私が見つけた時、こいつは生まれたばかりの小さなズバットでロクに飛べないはずなのに、本来の生息域から遠く離れた場所で雨に打たれて震えていた。強いポケモンを作ろうとしたトレーナーに、望まれた力を持たなかったが故に捨てられたとすぐにわかった」

 

 クロバットの壮絶な出自を聞いたツバキの目が見開かれ、その表情が強張る。

 

「……そんな……それじゃあ……」

 

「……ポケモンが増えても、一時的に乱れた生態系はいずれ安定する。だが、その安定の裏では、数えきれない犠牲もあったかもしれない、という事だ」

 

 イソラがクロバットの頬を撫で、表情を和らげると、クロバットもまた気持ち良さそうに気の抜けた表情を見せた。

 

「全ての人間の思想を変える事などできないし、それによる世界の変化も止められない。ならばせめて、自分にできる事を精一杯するんだ。自分の意思でな」

 

 クロバットが再び飛び立つと、イソラはツバキに視線を向けて笑いかけた。

 

「さっきの問いの答えだが……変化の全てが悪というわけではない、としか言えない。良い方向への変化も確かにあるんだ。お前がポケモン達と出会い、絆を深めながら共に強くなっていき……そのおかげでお前自身も昔より明るく積極的になったように」

 

 そして、ツバキを抱きしめて優しい声色で言葉を紡ぐ。

 

「だからツバキ。お前は、人にもポケモンにも優しいお前のままでいてくれ。ツバキらしさを見失わないでほしい。……お姉ちゃんと約束してくれるか?」

 

 しばし俯き、帽子で表情を隠していたツバキだったが、ゆっくりと顔を上げると、イソラの目をまっすぐに見つめて力強く頷いた。

 

「……うん、約束する! わたしはポケモン達と一緒に、わたしらしく変わるよ!」

 

「……良い子だ、ツバキ」

 

 イソラがツバキの頭を撫でると、ツバキの表情が蕩ける。

 

「……ふにゃぁ……♪」

 

 そして同時にイソラの表情も蕩ける。

 

「(ああもう、可愛い可愛い可愛い……! なんなんだその顔の殺人的可愛さは……!)」

 

 が、イチャつく2人に近付いたクロバットが、急かすようにイソラの頭を翼でベシッと叩く。

 

「あたっ! あ、ああ、すまないクロバット。そうだな、先を急ごう」

 

「うんっ!」

 

 正気に戻ったイソラは、再びツバキと手を繋いで歩き始めた。

 この子はきっと、この純粋さを失わないまま、自分を超えるトレーナーとなってくれるだろう……そんな希望を胸に抱きながら。

 

 

 

「あ~あ、つまんない……」

 

 黒い服を纏った女性が、キャンディを舐めながら欠伸を噛み殺す。

 

「ウィルゴ様、所員全員の拘束完了しました。連絡手段とポケモンを没収の上1つの部屋に閉じ込めておきました」

 

「ご苦労様。……あんたもつまんないわよねぇ、ラピオ?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 部下の報告を聞くのもそこそこに、ばけさそりポケモン『ドラピオン』に寄りかかりながら、その顎を撫でる。

 警備員達のポケモンと交戦したが、全員毒であっさりと戦闘不能にしてしまい、退屈を持て余していたのだ。

 

「『S』は見つかったの?」

 

「はっ……それはまだ……しかし、反応は検知できましたので、範囲を絞って捜索中です。動力室はセキュリティが強固で、受け取ったカードキーでは開けられず、現在ハッキングによる解錠を試みております」

 

「あっそ……アタシの嫌いな物……わかってるわよね?」

 

 ウィルゴは心底つまらなそうな返事をしたかと思えば、凍りつきそうな冷たい視線を部下へと向ける。

 

「っ! む、無駄に待たされる事であります! 全員に作業を急がせます!」

 

「結構。……それにしても警察は一向に来る気配すら無いわね……」

 

「あの男は結局裏切らなかった……という事でしょうか」

 

「ま、どっちでも良いけどね……仕方ないから、こっちから犯行声明でも出そうかしら」

 

 まさかまさかのウィルゴの言葉に、部下が驚愕の表情を見せる。

 

「は、犯行声明ですか……!?」

 

「そうよ。できればダミーの方を派手に知ってもらって、本命には気付かれないようにしたいしね」

 

 部下に説明をしたウィルゴは、早速電話を取り出す。

 

「……あ、もしもし警察? こちらはロケット団でーす。カントー発電所は、我々ロケット団が占拠しましたぁ。所員及びカントー中の電気はこちらの手の中……無事に返してほしければ、現金15億円を用意してちょうだい。こちらには人質も発電機も施設ごと爆破する用意がある事をお忘れなく。それじゃーねぇ」

 

 ウィルゴは一方的にまくし立てるだけまくし立てると、電話相手の制止する声を無視して電話を切る。

 

「い、いくらなんでも大胆すぎでは……」

 

「バトルも作戦も、繊細さと大胆さを合わせてこそよ。……ウフフ、これで少しは退屈も紛れるかしらねぇ……♪」

 

 ドラピオンに楽しげな視線を向け、警察を迎え撃つ準備のために歩き出す。

 

「しかし……警察程度でウィルゴ様の相手が務まるかどうか……」

 

「ハナっから期待はしてないけど、今より退屈って事は無いでしょ。あ、他の連中は現在の作業を続行よ。警察の相手はアタシだけで十分だから」

 

「了解しました」

 

 自信の表れとも、単なる傲慢とも取れる発言をするウィルゴであるが、部下の男は特に止める様子は無い。

 彼女の実力であれば、警察官など束になっても相手にならないと理解しているからだ。

 

 ……それから2時間ほど経って、パトカーのサイレンの音が聞こえ始めた。

 

「やっと来たわね」

 

 モニタールームの席についたウィルゴは、無数の監視カメラが送る映像を眺め、その内の1つ……発電所入口を映し出すモニターを見つめた。

 そこには、自身とお揃いのヘッドセットを着けたドラピオンが陣取っている。

 

「ラピオ、聞こえてるわよね?」

 

 ウィルゴの問いかけに、ドラピオンは両腕を振り上げて答えた。

 

「感度良好ね。……さぁて……警察の皆さんは、アタシにどんな刺激をくれるのかしら? ウフフ……少しはアタシを満たしてくれると良いんだけど……」

 

 口の端を歪めたウィルゴは、遠足を控えた子供のように、やがて訪れるであろう楽しみに胸を膨らませていた。

 

 

 

つづく




はい、今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきまして、ありがとうございました!

ようやくロケット団が本格的に表舞台に出始めました!


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第32話:義憤

ロケット団との戦闘が始まる、第32話です!


 アケビから借りた懐中電灯を頼りに、クロバットの案内でイワヤマトンネル内を進むツバキとイソラ。

 

「あわわわわわ!!」

 

 ……だったのだが……。

 

「不覚……! あんな所にイワークの尻尾があったとは……!」

 

 そう、懐中電灯のバッテリーが減り、光量が少なくなってきた事に焦った2人は、足早に抜けてしまおうとしたところ、眠っていたいわへびポケモン『イワーク』の尻尾につまずいてしまったのである。

 気持ち良く眠っているところを叩き起こされれば、機嫌が悪くなるのは人もポケモンも同じ……案の定イワークは怒り、追いかけ回される羽目になった。

 イワークは一般的に攻撃力の低いポケモンと認識されている。

 だがそれはポケモン同士ならの話であり、非力な人間にとってはその頑強な岩でできた巨体そのものが凶器である。

 

「ええい、こちらの不手際故、バトルで傷付けるのは忍びないが……ここはこれが最もベストな方法だ! クロバット、“クロスポイズン”!」

 

 イソラ達の前を飛んでいたクロバットが反転してイワークに向かい、紫色に発光する翼を打ち付ける。

 どくタイプ技の“クロスポイズン”は、いわ・じめんタイプのイワークにはほとんどダメージが無いが、本格的に倒すでも弱らせるでもなく、一瞬隙を作れれば良いため、これで十分なのである。

 

「動きが止まった……! “さいみんじゅつ”!」

 

 足(?)を止めたイワークの眼前に移動したクロバットの目が光り、視線を合わせたイワークを眠気が襲う。

 次の瞬間にはイワークは目を閉じ、その巨体を地面に横たえていた。

 

「騒がせてすまなかったなイワーク」

 

「ごめんね……」

 

 イソラは眠るイワークにキズぐすりを吹きかけると、ツバキと共にそっとその場を離れていった。

 同じ轍を踏まぬよう注意しながら進んだ2人の目に、自分達の懐中電灯とは違う、自然の光が飛び込んできた。

 

「出口か」

 

「バッテリー切れ寸前だったね。無事に抜けられて良かったぁ……」

 

 洞窟を抜けると、日は今にも沈むところであった。

 

「やれやれ、どうにか完全に夜になる前にポケモンセンターに辿り着けたか……ん? この音は……」

 

 イワヤマトンネル出口近くのポケモンセンターに入ろうとしたイソラは、少し離れた場所で鳴っているパトカーのサイレン音を聞く。

 

「何かあったのかなぁ…………お姉ちゃん?」

 

「(あの方向は確か……カントー発電所……!? 発電所に何かあったとしたら……!)」

 

 ツバキの呟きにも反応せず、イソラはサイレンの音のする方角を見つめていたが、ツバキの方を振り向くと、その肩に手を置いた。

 

「ツバキ、先にポケモンセンターに入って休んでいなさい。洞窟を抜けるので疲れたろう?」

 

「え……? で、でも……お姉ちゃんは……?」

 

「私はちょっと、あれの様子を見てくる。何も無ければ良いのだが……ともかくすぐに戻るから、大人しくしているんだ、良いな?」

 

 そう言うとイソラは、ポケモンセンターの明かりを背に受けながら、夜の闇へと消えた。

 

「……お姉ちゃん……」

 

 

 

 イソラが到着すると、発電所の周囲はすでに警察によって封鎖され、野次馬も押しかけて多数の人だかりができており、肝心の発電所の状況がわからない。

 仕方ないので、イソラは手近な野次馬に尋ねる事にする。

 

「何があったのですか?」

 

「ん? ああ、発電所の占拠事件だってよ。なんでも犯人側から警察に電話があって、所員と発電機の安全と引き換えに十何億って金を要求したらしい」

 

「そうそう、しかも犯人はロケット団を名乗ったそうだぜ!」

 

「っ……!!」

 

 割り込んできた男性の言葉に、イソラの表情が強張る。

 

「……そうですか、ありがとうございます」

 

 イソラは無理矢理笑みを浮かべると、人混みをかき分けてその場を立ち去り、周囲の地形を観察し始める。

 そして、発電所の裏に他よりも少し出っ張った丘を見つけると、そこへ向けて走り出す。

 

「(またか……また貴様らかロケット団……! だが、ツバキがこれからポケモン達と共に生きていく世界に、貴様らをのさばらせはせん……絶対に……!)」

 

 怒りを抑えながら丘へと登ったイソラは、腰のモンスターボールを1つ取ると、中からよろいどりポケモン『エアームド』を繰り出した。

 

「頼むぞ。できるだけ低く……」

 

「お姉ちゃん!」

 

 エアームドの背に乗ろうとした瞬間、背後から愛しい妹分の声が聞こえた。

 

「ツバキ……!? 大人しく待っていろと言っただろう! 早く戻って……」

 

「行くならわたしも! さっき、ポケモンセンターのニュースで見たよ……ロケット団なんでしょ!?」

 

 ここにツバキがいる事自体に驚いたのに、さらに驚く事を言われてしまう。

 

「なっ……馬鹿っ!! 言ったはずだ! 奴らはそこらのチンピラとは違うんだ! 人やポケモンの命を平然と奪うような連中なんだぞっ!!」

 

「わかってるよ!」

 

「いいや、わかってない! お前はその瞬間を見て…………っ!!」

 

 イソラの脳裏に、6年前のあの現実離れした光景が蘇る。

 手にした棒のような道具で、小さな怪獣のようなポケモンを、動かなくなるまで集団で殴り続ける黒衣の男達の姿。

 そして、1つの生命が力尽きるのを、何もできずに物陰で震えて見ているしかなかった無力な自分。

 ポケモンは人間の友達……そう信じて疑っていなかった当時12歳のイソラには、あまりにも衝撃的すぎる光景だった。

 もしもツバキがあんな事になったらと思うと、イソラは身体の震えが止まらなくなってしまった。

 

「ダメだ……ダメだダメだっ!! もう……あんな……お前が……!! だからっ……!!」

 

 震えを止めようと己の身を抱くイソラは、絞り出すような声でツバキを制止する。

 だが、ツバキはそんなイソラの背中に腕を回すと、ギュッと力を込めて抱きしめる。

 すると、不思議とイソラの震えが止まり、心が平静を取り戻してきた。

 

「……ツバキ……」

 

「お姉ちゃん……わたしもポケモントレーナーなんだよ? だから、ポケモンを苦しめるような人達は許せない……! それはお姉ちゃんだって同じでしょ……!?」

 

「……それは……そうだ……」

 

 そうだ。

 自分だってあの惨劇を見たからこそ、あんな連中による、あんな事を繰り返させないために強くなったのだ。

 ひょっとしたらポケモンを愛する心は自分以上かもしれないツバキであれば、ポケモンを苦しめる連中だ、という事実だけで自分と同じ心境に至るかもしれない。

 

「(だが……それでもツバキをそんな危険な目には……!)」

 

 しかし、たとえここでツバキを置いていったとしても、彼女のロケット団への怒りの感情を止める事はできず、独自に動こうとするだろう……なにしろ、6人もの相手の前へ、怒りのままに飛び出すような子だ。

 それならば、自分の側に置いて守った方が幾分マシなのではないだろうか?

 

「お願い、行かせてお姉ちゃん。これが……わたしらしさだから……!」

 

「………………わかった……ただし、私の側から離れるなよ」

 

「……! うんっ! お姉ちゃんはわたしが守るよ!」

 

「……ああ、頼りにさせてもらう。……屋上から侵入する。恐らくは司令塔のような奴がいるはず……そいつを倒せば、統制が乱れるだろう。行くぞ」

 

「うん……! ポポくん、お願い!」

 

 イソラはエアームドの背に乗り、ツバキはポポの脚に掴まって、夜空の闇に紛れて丘から飛び立っていった。

 

 

 

「ウインディ、“かえんほうしゃ”!」

 

「ライボルト、“チャージビーム”!」

 

 2体の獣型ポケモンが、ドラピオンに向けて攻撃を仕掛ける。

 

「かわしてウインディに“クロスポイズン”よ」

 

 ドラピオンが装着したヘッドセットから女性の声が響き、ドラピオンは即座に行動に移る。

 蛇腹状の身体を不規則にしならせて2つの攻撃を回避すると、姿勢を低くしてウインディに迫り、毒を分泌する両腕の爪を叩き付ける。

 ウインディの身体はライボルトを巻き込んで吹っ飛び、地面を滑っていく。

 

「“ミサイルばり”」

 

 そして、纏まったところへドラピオンの口から5発の針が撃ち込まれ、2体はそのまま動かなくなる。

 その時、ドラピオンの足下の地面が盛り上がり、鼠のようなポケモンが勢いよく飛び出した。

 ねずみポケモン『ラッタ』の“あなをほる”攻撃だ。

 

「“かみくだく”」

 

 ドラピオンは大口を開け、飛び出してきたラッタを口で捕らえると、頑強な牙と顎でメキメキとその身体を痛めつけて空中へ放り投げる。

 

「“ミサイルばり”」

 

 そして、容赦の無い追撃が撃ち出されて爆発し、ラッタは煙を引きながら地面へと落下した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「つ……強すぎる……! もう40体以上相手にしているんだぞ……!? 化け物かアイツは……!」

 

「た、隊長……連れてきたポケモンが全滅しました……! ど、どうしますか……?」

 

「どうもこうもあるか……! こうなってしまったからには、本部に指示を仰ぐしかあるまい……! 後退! 後退だ!」

 

 倒れたポケモンを回収した警官隊が後退し、パトカーを盾にして遠巻きに見張るだけになる。

 

「……つまんない」

 

 モニタールームから画面越しにドラピオンへ指示を出していたウィルゴが、溜め息を吐く。

 

「少しは楽しめると思ったのにもう終わりなの? ……ま、所詮は支給されたポケモンをマニュアル通りに使うだけの連中……こんなもんか……」

 

 座った椅子ごとぐるぐる回り、再び訪れた退屈を紛らわそうとするが、もちろんそんな事ではこの渇きは満たされない。

 

「各班、状況報告。A班」

 

「こちらA班、所内の巡回中ですが異常はありません」

 

「B班」

 

「B班です。『S』を確認、これより採取を開始します」

 

「C班」

 

「C班、動力室へ侵入成功しました。装置への充電中です」

 

 発電所内で分散して作業をする各班の進捗状況を聞くと、ウィルゴは再びモニターへと目線を戻す。

 すると……。

 

「……ん……?」

 

 階段に設置された監視カメラの映像に、屋上から下りてきたと思われる女性と少女が映し出される。

 

「何、こいつら? 警察でも所員でもないみたいだけど……そういえばルプスの奴が、ロケット団は前にも子供に邪魔されたって言ってたけど、こいつらもそんなヒーロー願望持ちかしら?」

 

 ウィルゴは2人の動きを観察し、少なくとも迷い込んだり、逃げ出そうというわけでない事を悟る。

 そして、何かを思いついたかのように口の端を吊り上げると、ヘッドセットのマイクに呼びかける。

 

「ラピオ、聞こえる? 今からそっちにグロックとドーラを送るから、入れ替わりにこっちへ戻ってきてちょうだい。……警察なんかよりも面白そうなのが来たわよ♪」

 

 そう言うと、2つのモンスターボールを開き、ポケモンを出す。

 どくづきポケモン『ドクロッグ』と、メガムカデポケモン『ペンドラー』だ。

 

「出入口にラピオがいるわ。交代して出入口を守ってちょうだい。お願いね」

 

 発電所の見取り図を見せながら説明すると、2体は早々と理解して走り出し、モニタールームを後にした。

 

「A班、屋上から3階に侵入者よ。足止めしておいて」

 

「侵入者!? わ、わかりました!」

 

 

 

「ツバキ、わかってると思うが……」

 

「……うん……!」

 

 屋上からの侵入に成功した2人は、周囲を警戒しながら歩みを進める。

 ……と。

 

「っ! いたぞ、侵入者だ!」

 

 ウィルゴの命を受けたロケット団員に発見されてしまったが、イソラはまったく慌てずに冷ややかに睨み付ける。

 

「ちょうど良い、貴様らの指揮官の所へ案内してもらおう」

 

「なんだと? ふんっ、何者か知らんが、邪魔をするならば排除する! 行け、ゴルバット!」

 

 ロケット団員はゴルバットを繰り出すが、それを見たイソラ……そしてツバキまでもが呆れた表情を見せる。

 

「……愚かな集団だ、とは思っていたが……ここまで馬鹿だとは」

 

「な、何ぃっ!? ……って、あれ? ど、どうしたゴルバット!? 動きにキレが無いぞ!?」

 

 イソラの暴言に怒りを露にする団員であったが、すぐにゴルバットの異常に気付く。

 

「こんな狭い通路で、翼の大きいゴルバットを使う奴があるか馬鹿め」

 

 指摘するイソラに、ツバキも頷いて追従する。

 

「狭い場所でのひこうタイプの戦い方という物を教育してやる。行けっ、エモンガ!」

 

 ボールから飛び出したのは、手足の間の膜を広げて空を滑空する、モモンガポケモンの『エモンガ』だ。

 

「そんなチマいポケモンに負けるかよ! “エアカッター”!」

 

「“こうそくいどう”」

 

 壁や天井に翼の先端をぶつけながらも、ゴルバットが羽ばたいて空気の刃を飛ばしてきた。

 だが、エモンガはその刃の間を縫うように飛び上がると、壁、天井、床を目にも止まらぬスピードで跳ね回って、瞬時にゴルバットの背後を取った。

 

「“エレキボール”」

 

 ゴルバットが振り向く間も無く、膜を擦り合わせてから広げ、そこから発射した電気の塊をゴルバットの背中へと叩き込む。

 

「いたぞー!」

 

 倒れたゴルバットをボールに戻して逃げ出した団員を追おうとしたその時、後ろから声が聞こえ、前からも足音が近付く。

 

「ツバキ!」

 

「うん! ファンファン、お願い!」

 

 ツバキとイソラは、背中を合わせて場所を入れ替わると、それぞれ自分の正面の相手に集中する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキ側に3人、イソラ側に5人……ポケモンを愛する者達とロケット団との戦いが、本格的に始まろうとしていた。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!

完全にゲーム版に準拠した場合、色々と時系列などがおかしい部分もありますが、そこはパラレルワールドという事で何とぞ……。


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第33話:狂者の愉悦

第33話です。
サブタイからして嫌な予感しかしないですねぇ……。


「ファンファン、“じゃれつく”!」

 

「エモンガ、“アイアンテール”!」

 

 ロケット団による占拠事件の発生したカントー発電所。

 その施設内に、凛とした指示の声と轟音が響く。

 

「うわっ! ニュ、ニューラぁ!」

 

「お、俺のデルビルが……! つ、強い……! なんなんだこいつら……!?」

 

 潜入したツバキとイソラを挟撃したロケット団員達だったが、彼女達のポケモンは、トレーナーの怒りと気迫を受けてか驚異的な戦闘能力を発揮し、団員達のポケモンを次々戦闘不能にしていく。

 

「くそっ! アーボック、“こおりのキバ”!」

 

「挟み撃ちだ! ゴースト、“シャドークロー”!」

 

 コブラポケモン『アーボック』が冷気を放つ牙を剥き、ガスじょうポケモン『ゴースト』が自身の影で巨大な爪を形作り、それぞれ左右からエモンガに迫る。

 

「……馬鹿め。“ほうでん”」

 

 が、近付いたのが仇となり、エモンガが無差別に周囲に放出した電撃で容易く一網打尽にされてしまった。

 

「ズバット、“かみつく”だ!」

 

「ファンファン、“まるくなる”!」

 

 鋭い牙を剥いて空中から襲いかかるズバットだったが、身体を丸めて防御態勢に入ったファンファンには文字通り歯が立たず、痛みで怯んだところを鼻で掴まれてしまった。

 

「そのまま“ころがる”!」

 

 ズバットを鼻で掴んだまま回転に巻き込んだファンファンは、へびポケモン『アーボ』に“ころがる”をヒットさせると同時に、ズバットを投げ飛ばす。

 

「だ、駄目だ……! ガキだけならまだしも、あっちの女が強すぎる……!」

 

 無論、ツバキとイソラでは実力に雲泥の差があり、ツバキ単独ではこのロケット団員達に太刀打ちする事はまだできないだろう。

 だが、2人が背中合わせに立ち、実力の高いイソラが多勢の方を一手に引き受けているため、ツバキも正面の相手にだけ気を配れば良い状況となっている事で十分に渡り合う事ができている。

 

「悪い人達になんて絶対負けません……負けられません!」

 

「ふっ、その意気だ。……さぁ、どうする貴様ら。まだやるか?」

 

「うっ……」

 

 手持ちの大半を戦闘不能にされた団員達は、イソラの鋭い眼差しに射抜かれ、後退りを始める。

 しかしその時、どこからか地鳴りのような音と振動が響き始めた。

 

「……? 何……?」

 

「……どこからだ……!?」

 

 イソラが神経を研ぎ澄まし、周囲を警戒する。

 まさにその瞬間、2人の真横の壁を破壊して、紫色の巨大なサソリが姿を現した。

 

「(ドラピオン……!? 完全に不意を突かれた……!)」

 

 ドラピオンの振り回す巨大な爪をバク転で回避したイソラの前に、ひらひらと何かが落ちてくる。

 赤と白のツートンカラーの、丸みを帯びた帽子だ。

 

「っ!! ツバキっ!!」

 

「……お姉ちゃんっ……!」

 

 もうもうと立ち込める煙が晴れると、ツバキはドラピオンの右腕の爪でガッチリと掴まれ、脚をバタつかせていた。

 

「ウフフ……つーかまーえた♪」

 

 そして、ドラピオンの脇に立つトレーナーらしき女性が口を開いた。

 

「ツバキを放せ貴様っ!!」

 

「ふぅん、あんたツバキって言うんだ……ふむふむ……」

 

 黒い服を纏った女性……ウィルゴは、イソラの怒号などまったく意に介さずに捕らえたツバキを眺める。

 当のツバキはどうにか拘束から逃れようともがくが、ドラピオンの腕はビクともしない。

 

「あんまり暴れない方が良いわよ? ドラピオンの腕は、車だって粉砕しちゃうんだから。ちょっと力加減を間違えれば、人間の身体なんて1発でバラバラよ?(……ま、アタシのラピオに限ってそんなミスはしないけどね)」

 

 ウィルゴはツバキの爪先から頭までじっと観察する。

 だが、死と隣り合わせの状況だというのに、ツバキの表情に恐怖は無く、ロケット団への怒り、そして悪事に利用されるポケモンへの憐れみに満ちていた。

 

「……ウフっ、気に入ったわ。行くわよラピオ」

 

 そして、そのままイソラに背を向けて立ち去ろうとする。

 

「待て貴様っ!」

 

「安心して。ちょぉっと向こうでお話しするだけよ。ポケモントレーナーらしく、ね。あんたは目付き悪くて可愛くないから興味無し。どこへでも行きなさいな」

 

 その時、近くの階段から新たに10名ほどのロケット団員が駆けつけた。

 

「ちょうど良かったわ。あんた達、そいつを外に放り出しなさい。じゃ、さよならぁ~」

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

「ツバキっ!!」

 

 互いの叫びも虚しく、ツバキを捕らえたままのドラピオンとウィルゴは姿を消し、ロケット団員がポケモンを出して行く手を阻む。

 

「…………どけ…………どけ、貴様ら…………」

 

 殺気にも似た怒気を放つイソラに、団員達は気圧されるが、逃げようとはしない。

 

「こ、断る……! 我々とてウィルゴ様の機嫌を損ねれば、どんなお仕置きが待っているかわからんのだ……!」

 

「…………そうか……戻れ、エモンガ。ファンファンも下がっていろ」

 

 イソラは低く静かな声のままエモンガをボールに戻し、取り残されたファンファンを自分の後ろへと下がらせる。

 そして、無言のままに新たに取り出したボールから、かえんポケモン『リザードン』を繰り出すが、この狭い通路にその体躯は少々窮屈そうである。

 

「……今は加減をしている余裕は無いのでな……押し通らせてもらうぞっ!!」

 

 イソラは首に下げて服の中に入れていた紐を引くと、その先端に付いた丸い石を露出させる。

 

「リザードン……我が怒りを蒼き炎とし、さらなる高みへ舞い上がれ……!!」

 

 イソラが握り込んだ石から光が溢れ、リザードンの左腕に付いたリングに嵌められた石も共鳴を始める。

 

「な、なんだ……!?」

 

「ひっ……ひいぃ……!」

 

 光を浴びて変化するリザードンのシルエットと、急激に上昇する周囲の熱量に、団員達が目を見開き、腰を抜かす。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「う……うわぁぁぁーーーーーーっっっ!!!」

 

 

 

「……ここは……」

 

 ツバキを掴んだドラピオンは、それまでの通路続きから一変、広い部屋へと出る。

 

「もう良いわよラピオ。放してあげなさい」

 

 ウィルゴの指示に従い、ドラピオンはツバキを床……いや、地面に下ろす。

 

「ウフフ……ここの連中も、相当なバトル好きよねぇ。わざわざこんな頑丈な部屋を増設してまでバトルフィールドを作るんだから。カタログスペックでは、内側でギャラドスやボーマンダが暴れようと施設には影響が出ないってんだから大したもんよねぇ?」

 

 そう、ツバキの連れてこられた部屋は、なんとバトルフィールドだったのである。

 

「……何をするつもりなんですか」

 

「ポケモントレーナーがバトルフィールドでする事なんて決まってるでしょう? ポケモンバトルよ」

 

 ウィルゴはニタァと笑うと、ドラピオンの顎を撫でながら宣言する。

 

「ウフフ……あんたにとっても、悪い話じゃないわよ? なにしろあんたが勝てば、アタシ達はここの施設に手を出す事無く帰ってあげるんだから」

 

「……!」

 

 ツバキは思わず息を飲む。

 自分はまだまだ半人前で、相手は腕に自信がある様子とはいえ、バトル1回で凶悪犯罪を止める事ができるという、確かに破格の話を持ちかけてきたのだから。

 

「……わたしが……負けたら……?」

 

「そうねぇ……」

 

 ツバキからの質問に、ウィルゴは目を閉じて考える素振りを見せた後、口の端を歪めてツバキを指し示す。

 

「あんた、アタシのモノになりなさい」

 

「っ!? な……何……を……!?」

 

 唐突な私物化宣告に、ツバキの頭が混乱するが、相手はそんな事はお構い無しに話を進める。

 

「ウフっ……さぁ、どうするのかしら? カントー中の電気と自分自身……あんたはどっちを守りたいのかしらねぇ?(……と言っても、ハナからここを壊す気なんて無いんだけどね♪)」

 

「…………わ、わかりました……わたしが勝てば……勝てば良いんですから……!」

 

「あら、意外とアグレッシブ。ま、そうでないとね♪」

 

 もしもこの発電所を破壊されれば、カントー中から光が消え、未曾有の混乱が起きるであろう。

 そんな危機と自分1人……天秤にかける事などツバキにはできなかった。

 ならば、無茶でもなんでも、勝利する他無い。

 

「それじゃあサービスよ。手持ち全部使って、このラピオを倒して見せなさいな」

 

 ドラピオンをフィールドへと送り出したウィルゴは、完全にツバキを侮っている様子だ。

 

「(どく・あくタイプのドラピオン……すごく強そう……! 状態異常にして、少しでも弱らせないと……!)」

 

 まだまだ未熟な自分ですら感じ取れるほどの圧倒的なオーラを放つドラピオンを前に、単純な戦闘能力では勝ち目は無いと判断したツバキは、腰のモンスターボールに指を這わせる。

 

「……お願い、ミスティっ!」

 

 いつものように勢いよく飛び出したミスティだが、これまでに経験が無いほどの覇気を放つドラピオンに、一瞬だけ身体が竦み上がる。

 

「ミスティ、怖いだろうけど……発電所を守るためにお願いっ!」

 

 ツバキの声援を受け、ミスティは表情を引き締めて「怖くなんかないし」と言わんばかりにドラピオンと睨み合う。

 

「ミスティ、“しびれごな”!」

 

 ジャンプしたミスティの葉から黄色い粉が振り撒かれる。

 

「返してあげなさい。“クロスポイズン”」

 

 その指示に頷いたドラピオンは、その場で両腕を交差させて、全力で振るう。

 それによって凄まじい風圧が起き、“しびれごな”諸共ミスティを吹き飛ばしてしまう。

 

「な……なんてパワー……! ミスティ、連続で“エナジーボール”!」

 

 5枚の葉を別個に動かして空中でバランスを取ったミスティは、その葉の先端に小型の“エナジーボール”5発を作り出して発射した。

 “エナジーボール”はドラピオンの周囲に着弾し、砂を巻き上げて視界を塞ぐ。

 

「目眩ましね。“クロスポイズン”」

 

 先ほどと同様、クロスさせた腕を振り抜いて風圧を巻き起こし、邪魔な砂を払ったドラピオンだが、ミスティは砂に紛れてその足元に迫っていた。

 

「へぇ……」

 

「“ねむりごな”!」

 

 至近距離で放出された“ねむりごな”がドラピオンを覆い、強烈な睡魔が襲う。

 

「やった……! ミスティ、“エナジーボール”!」

 

 ミスティは、眠って無防備になったドラピオンの周囲を走り回りながら、次々に“エナジーボール”をヒットさせていく。

 ざっと30発は当てただろうか。

 爆煙がドラピオンの周りを覆い、ほとんど何も見えなくなる。

 

「…………おはよう、ラピオ♪」

 

 煙の中のシルエットが両腕を振るい、風圧で煙が晴れると、何も変わった様子の無いドラピオンが姿を現した。

 

「そ……そんな……!?」

 

「よく眠れたかしらラピオ? 寝不足解消してくれた上に、マッサージまでしてもらって悪いわねぇ♪」

 

 ウィルゴは、大仰な所作でわざとらしい礼をすると、再び歪な笑みを浮かべる。

 

「お礼よ、取っておいて。“ミサイルばり”」

 

 ドラピオンの口から3発の針が発射され、それぞれ違う方向に飛んでから、ミスティを包囲するように誘導して直撃した。

 

「ミスティっ!」

 

 立ち込める煙が霧散し、姿が露になったミスティは、目を回して動かなくなっていた。

 

「そんな……一撃……?」

 

「あ、泣く? 泣いちゃう?」

 

 これまでジム戦で度々根性を見せて活躍したミスティが、“ミサイルばり”の一撃で倒されてしまった事にショックを受けるツバキを、ウィルゴが煽る。

 

「っ! 戻ってミスティ! ……お疲れ様」

 

 その煽りで我に返ったツバキは、ミスティをボールに戻す。

 そして確信した。

 目の前の相手は、弱者を甚振って遊んでいるのだと。

 

「ほらほら、まだポケモンは残っているんでしょう? もっともっと楽しみましょうよ。ウフフ……もっと顔を歪めて良いのよ? 怒りなさい、悲しみなさい、悔しさと恐怖に打ち震えなさい。ウフ……ウフフフ……アハハハハハ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これまでに出会ったトレーナー達とは、あまりに趣の違いすぎるウィルゴに、ツバキは生まれて初めてバトル相手への戦慄を感じ始めていた。

 

 

 

つづく




イカれてるキャラって嫌いじゃないわ!
というわけで今回もお付き合いいただき、ありがとうございました!

もう残業は嫌じゃあ……オラに文章と挿絵を書き溜める時間をくれぇ……。


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第34話:意地と全力

暑さでボーッとしてたら、1度全消去しちゃった第34話です!
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 ロケット団に占拠されたカントー発電所へ潜入し、イソラと共に奮戦するツバキだったが、ロケット団幹部・ウィルゴに囚われ、半ば強制的にポケモンバトルをする事になってしまう。

 弱者を甚振る事で悦に浸り、それを実現するだけの実力を備えるウィルゴの狂気にツバキは戦慄する……。

 

「ほらぁ……ちゃーんと最後までやらないと、発電所はドッカーンよ?」

 

「わ、わかってます……! ルーシア、お願いっ!」

 

 歪な笑みを浮かべるウィルゴに恐怖するツバキだが、気圧されてばかりもいられない。

 2番手として出したルーシアは、ゲットしてから技や特性こそ確認したものの、バトルは練習すらした事が無い。

 

「ルーシア、初バトルの相手がこんな怖い人とポケモンで悪いけど……お願い……!」

 

「あら、失礼しちゃうわね。怖くなるのはこれからなのに……ウフフ……」

 

「っ! ルーシア、“あやしいかぜ”!」

 

 ルーシアの周りの風が、泣くような音を立てて逆巻き、ドラピオンの周囲で渦を巻く。

 

「“かみくだく”」

 

 が、“あやしいかぜ”など意に介していないかのように渦の中から顔を出したドラピオンが、大口を開けてルーシアに迫る。

 

「ルーシア、上昇!」

 

 ルーシアはすんでのところで急上昇し、技による直接的なダメージは回避したが、開いた口を閉じた時の衝撃波が襲いかかり、吹き飛ばされてしまった。

 

「ルーシア! ……まだ行ける……!?」

 

 体勢を立て直したルーシアが、いつものイタズラな笑みでなく、真面目な表情で頷く。

 

「うん……! “おどろかす”!」

 

 ゴーストタイプらしい不規則な動きでドラピオンに肉薄したルーシアは、目を見開き、大きな口から舌を出して驚かし、ドラピオンが一瞬怯む。

 

「今っ! “あやしいひかり”!」

 

 その一瞬の隙を見逃さずに指示を飛ばす。

 ルーシアの目が発光し、それを見たドラピオンの目から光が消えていく。混乱状態だ。

 

「ふぅん……味な真似をするわねぇ。ちょっと侮りすぎたかしら?」

 

 狂乱してフィールドを駆け回るドラピオンとは対照的に、ウィルゴは焦る様子も無く、その光景を眺めている。

 

「“あやしいかぜ”!」

 

 マトモにやり合えば勝ち目が皆無である以上、とにかく僅かな隙の間に少しずつでもダメージを稼がなければならない。

 走り回るドラピオンを、不気味な音を響かせながら、風の刃が襲う。

 

「ウフ……ウフフ……良いわねぇ……弱い奴が頭を絞って繰り出す必死の抵抗……たまらないわぁ……♪」

 

 しかし、こんな物はピンチですらないのか、ウィルゴは変わらず恍惚とした表情を浮かべている。

 

「そ・し・て……そんな相手を力任せにねじ伏せるのはもっと最高♪ “クロスポイズン”」

 

 混乱が解け、ピタリと動きを止めたドラピオンが、伸縮自在の身体を活かした柔軟な動きで瞬時に方向転換し、ルーシアと距離を詰める。

 降り下ろされた両腕によって地面に叩き付けられたルーシアは、バウンドして無残に横たわる。

 

「ルーシア! ……ごめん、休んでて……(次は……シェルルはダメ……元々の性格に加えて、バトルの経験が無さすぎる……なら……!)」

 

 依怙贔屓な気がして他のポケモンへの罪悪感はあるものの、飛び抜けて臆病なシェルルを、この圧倒的すぎる相手の前に出す事はどうしてもできなかった。

 

「行って、ケーン!」

 

 投げたボールから飛び出したケーンは、炎を背中から吹き出しながら着地し、ドラピオンを見上げる。

 思えばケーンもシェルルほどではないが、当初はとても臆病だった。

 ジム戦やそのための特訓を重ねた成果か、今ではこの怪物相手にも逃げ出さないほどに頼もしくなった。……腰は引けて、脚も震えているが。

 

「ケーン、大丈夫! わたしが付いてるよ!」

 

 ツバキとケーンは互いに頷くと、覚悟を決めてドラピオンと対峙する。

 

「(上手い具合に火傷状態にできれば、少しは勝ち目もあるはず……!)ケーン、“ひのこ”!」

 

 ケーンの口から炎の塊が連射され、ドラピオンの手足、胴体、顔面とヒットするが、肝心のドラピオンは表情1つ変えない。

 

「うう……! なら、“えんまく”!」

 

 今度は黒い煙をもうもうと吐き出すケーン。

 恐らくはミスティとのバトルの時のように、腕を振って起こした風圧で吹き飛ばすだろうが、一瞬でも視界を奪えれば良い。

 

「目眩ましは無駄ってわからないわけ?」

 

 そのウィルゴの言葉をキーに、ドラピオンが両腕を振るって鬱陶しい煙を払う。

 だが、その煙の先にケーンの姿は無い。

 

「ふぅん、かくれんぼかしら?」

 

「いいえ! “ひのこ”!」

 

「っ!?」

 

 ドラピオンの背中に、突如として炎が爆ぜる。

 よく見れば、そこにはケーンがへばりつき、甲殻に覆われていない関節部分を集中的に攻撃している。

 

「ケーン、そのまま!」

 

「こ、これはさすがにマズいわ……!」

 

 ウィルゴの顔に初めて焦燥感が浮かび上がり、ツバキは思わず表情を緩める。

 

「……なぁ~んちゃってぇ♪」

 

 ……しかし、ウィルゴの表情は見る見る狂喜のそれへと歪み、束の間の喜びは即座に別の感情に上書きされる。

 ドラピオンは首を180°回転させると、両腕の爪でケーンを捕縛してしまう。

 

「なっ……! ケ、ケーン……!」

 

「はい、“かみくだく”」

 

 そして、放り投げられたケーンを、邪悪なオーラで形作られた大顎が襲い、その身体は力無く空中を舞う。

 

「ケーン!」

 

 慌てて走ったツバキが、地面に激突寸前のケーンをどうにかキャッチする。

 

「ケーン、大丈夫……!? ……ごめん……ごめんね……」

 

 あまりにも一方的。

 実力の差はあるとは思っていたが、現実はその差が絶望的すぎた。

 まるで地上から空の雲に向かって石を当てようとしているかのようだ。

 

「……うっ……うぅ……」

 

 ツバキはこれまで、ジム戦を始め様々な激戦を経験し、その度に心が折れそうになったが、ポケモン達……そして彼らと共に掴めると信じた成長と勝利を目標に、決して諦めなかった。

 ポケモン達の覚悟に応え、同じ歩幅で共に進もうと誓ったあの日の想いは、忘れてはいない。

 だが今、ツバキの心はただ1つの言葉に支配されようとしていた。

 勝てない。

 経験した事が無いほどの、あまりにも圧倒的な力の差に、ツバキは勝利のビジョンが見えなくなってしまっていた。

 折れかかった心が、怒りや闘志を黒く塗り潰し、ツバキの目からは涙が溢れそうになる。

 だが……。

 

「……えっ……!?」

 

 腰のモンスターボールがカタカタと揺れ、2体のポケモンが飛び出した。

 

「ポポくん……!? シェルル……!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 勝手にボールから出たポポ……さらには臆病なはずのシェルルまでもがドラピオンとウィルゴを睨み付ける。

 まるで「ツバキを泣かせるな」とでも言うかのように。

 

「2人とも……」

 

「あら、勝手に出ちゃったわね。ウフフ……たかがバトルで熱くなっちゃって、まぁ可愛い事……」

 

 ドラピオンに比べれば遥かに小さい体躯で威嚇するポポとシェルルをウィルゴが嘲笑うと、ツバキは頭にカッと血が上る感覚に襲われる。

 

「っ!! ……たかが、なんかじゃありません……! わたしだけならまだしも……ポケモン達の、バトルに懸ける本気と全力を馬鹿にしないでっ!!」

 

「本気……全力ねぇ……そういうのは、もっと強くなってから言ってほしいわねぇ、ウフフ……」

 

 大切なポケモン達への愚弄を受けて恐怖心や諦めが消滅し、再び怒りが込み上げると同時に、ポケモン達の姿がツバキの挫けかけた勇気を奮い立たせた。

 もはや勝てる勝てないではなく、目の前の相手に、自分とポケモン達の意地と全力を見せつけ、考えを改めさせずにはいられない。

 

「……シェルル……あなたがこんなに勇気を出したんだもん! 相手が強いからって、肝心のわたしが弱音なんて格好悪いよね……! お願い、シェルル! “アクアジェット”!」

 

 シェルルの周囲に水分が集まり、渦を巻くような水流となってシェルルを包み込むと、凄まじい勢いでドラピオンへと突っ込んでいく。

 まず正面から一撃を加え、さらに素早い動きで攪乱しながら次々に攻撃を当てていく。

 

「さすがにすばしっこいわねぇ。でもね、それならそれでやりようはあるのよ。こんな風にねぇ」

 

 ウィルゴが指を鳴らすと、ドラピオンは両腕を思いきり振り回して周囲に突風を巻き起こす。

 ドラピオンの驚異的なパワーで発生した風に煽られたシェルルは、その平たい身体が災いしてあっさりと宙を舞う。

 

「はい、仕上げ。“ミサイルばり”」

 

 そして、ドラピオンの口から放たれた5本の針がシェルルを追い、爆発を起こした。

 尾のように煙を引きながら落下したシェルルに、ツバキは走り寄って抱き上げる。

 

「シェルルっ! ……怖かったよね……なのに……ごめん……!」

 

 シェルルを抱き締めるツバキに、ポポが寄り添う。

 

「……ポポくん、お願い。わたしと一緒に……!」

 

 シェルルをボールに戻してポポへと視線を向けるツバキに対し、ポポは「皆まで言うな」と翼を振るい、フィールドへと降り立つ。

 

「あら、相談はもう終わり? それじゃ、そろそろこの遊びも終わりって事ね。個人的には、もっともっと無力感に絶望したり、泣き喚いたりしてほしかったんだけどねぇ。思った以上にしぶとかったわね」

 

「……バトルは…………バトルは遊びじゃありませんっ! ポポくん、“たつまき”!」

 

 ポポが翼を激しく羽ばたかせ、3つの“たつまき”で囲むようにドラピオンを攻撃する。

 

「あいにくと、アタシには遊びでなけりゃ暇潰し程度のもんなのよ。“クロスポイズン”」

 

 しかし、ドラピオンが振り抜いた両腕の爪は“たつまき”を切断して霧散させてしまう。

 

「というか、必死な子を苛めるのは楽しいけどさぁ……そこまで行くと逆に鬱陶しいんだけど。“かみくだく”」

 

 ドラピオンが口を開き、オーラの大顎がポポに牙を剥く。

 

「“でんこうせっか”!」

 

 それに対してポポは“でんこうせっか”で加速して回避し、真横からドラピオンへとぶつかっていく。

 

「“ミサイルばり”」

 

 今度はドラピオンがそれに対抗する形で4発の“ミサイルばり”を口から撃ち出し、極めて正確な誘導でポポを追いつめる。

 振り切ろうとスピードを維持して空を舞うポポだが、真後ろで爆発した“ミサイルばり”の爆風で吹き飛ばされて、バランスを失ってしまった。

 

「終わりよ。“クロスポイズン”」

 

 両腕を振り上げたドラピオンが、失速して落下するポポを待ち構える。

 

「地面に“たつまき”!」

 

 それを見たツバキの指示を受け、ポポはどうにか体勢を立て直すと翼を広げ、全力で地面、そしてそこで待ち構えるドラピオンへ向けて大きく羽ばたき、“たつまき”を起こす。

 真下からの強風によってポポの身体は浮かび上がり、少なくとも落下からの追撃は回避に成功した。

 

「飛び回る奴ってのは本当に面倒ねぇ……“どくどく”よ」

 

 再度“たつまき”を切り捨てたドラピオンが、両腕の爪の先から勢いよく毒液を噴出し、空中のポポは下半身に猛毒を浴びてしまう。

 

「ああっ……!? ポ、ポポくん……!」

 

 毒は瞬く間に全身を蝕み、ポポの顔色が青ざめる。

 

「(ポポくん……こうなったら、もう時間はかけられない……! 今出せる全力を、一撃に込めるしか……!)」

 

 ツバキの意図を察したポポが、大きく旋回し、ドラピオンを見据えて弱点を探る。

 

「ポポくん、これで終わらせるよ! 全身全霊……! “ブレイブバード”!!」

 

 ポポは上空から、翼を折り畳みながら加速し、全身に突風逆巻くオーラを纏ってドラピオンへと突撃する。

 狙うは胴体の関節ただ一点。

 ポポの眼光はその弱点を正確に射抜き、渾身の“ブレイブバード”は、まさに狙い通りの部分に直撃した。

 だが……。

 

「“クロスポイズン”」

 

 ドラピオンの頑強さは、ツバキとポポの想定を遥かに上回り、受け止められた上で“クロスポイズン”によるカウンターがポポの胴体を直撃し、壁に向けて盛大に吹っ飛ばした。

 

「っっ!! ポポくぅぅーーーーん!!」

 

 果たしてそれは幸か、はたまた不幸か。

 ポポが飛ばされたのが自身の近くだったため、ツバキは走り出し、その身体を受け止めようと試みたのだ。

 

「っ! あ゙ぅっ……! ……ぁ……は……」

 

 だが、ドラピオンのパワーは、人間1人分のクッションでどうにかなるレベルではない。

 当然の事ながらツバキはポポ諸共吹っ飛ばされ、背中と後頭部を壁に強打し、ポポを抱くように倒れ込んでしまった。

 

「……ぅ…………ポ……ポ……く……」

 

 朦朧とする意識の中、ツバキは震える手でモンスターボールを腰から外し、ポポをボールに戻してそのまま意識を失ってしまう。

 

「はぁ……なんでそこまで熱くなるのかしらねぇ……なんだか興醒め……調子狂っちゃったわ」

 

 しゃがみ込んでツバキの様子を確認するウィルゴは、心底理解不能という冷ややかな表情で立ち上がる。

 その時、遠くから徐々に地響きが近付き、フィールドの地面を貫いて巨大な影が現れた。

 

「ドサイドン……ルプスからのお迎えかしら?」

 

 すると、ドリルポケモン『ドサイドン』が胸に着けた機械から男性の声が答える。

 

「その通り、目的は達成した。お前の部下とポケモンは回収済みだ。お前も早く戻れ」

 

「了解。じゃ、行くわよ……ん? どうしたのラピオ」

 

 興味を失ったのか、倒れたツバキを放置して帰ろうとするウィルゴの肩を、ドラピオンが叩く。

 そして、自身の胴体を指し示すのでウィルゴがそこを見てみると……。

 

「……っ!? 嘘……ラピオの身体に傷……? まさか、さっきの“ブレイブバード”で……!? こんな雑魚があんたに傷を付ける威力を出せたっての……!?」

 

 それは凝視しなければわからないほどに小さな小さな傷であったが、ウィルゴにはそれすら信じ難い。

 

「……ふ……ふふふ……! なるほど、これがあんた達の本気と全力ってわけ……良いわ、認めてあげる。アタシのラピオに傷を付けられるなら、少なくとも足元の石ころくらいの実力はあるって事だからねぇ……次に会った時には、もう少し楽しめそうだわ。ウフフ……」

 

 

 

「ファンファン、次は…………そっちか!」

 

 ツバキがポポを庇って倒れた頃、行く手を阻むロケット団員を一掃したイソラは、ファンファンの嗅覚を頼りに発電所内を走り回っていた。

 

「(ファンファンがいてくれて助かった……! ……それにしてもさっきの女……私は奴の顔を知っている……だが、どこで見た? どこで知った?)」

 

 走りながら、ツバキを拐った相手の顔を思い出し、記憶の海から該当する記憶を探り出そうとするが、頭を振ってその作業を中断する。

 

「(……いや、そんな事は今はどうでも良い……! 今はツバキ……ツバキだ……!)」

 

 そして、ファンファンが1つの部屋へと入っていくので、イソラも後に続く。

 すると、眼前に広がっていたのは、壁際で倒れたツバキと、そこから離れようとするさっきの女の姿だった。

 

「っ!! ツバキっ! ……貴様……! ツバキに何をしたぁっ!!」

 

「ん……? あら、もしかしてあの数を突破してきたの? ふぅん、やるじゃない。何をしたも何も、ポケモンバトルよ。とりあえず生きてるし、安心なさいな」

 

 相変わらずイソラの怒号などまるで気にせずに淡々と答える。

 そして、その飄々とした表情と喋り方が、イソラの記憶の中の1人の人物像と一致した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「っ! ……そうだ……思い出した……! 貴様は確か……!」

 

「ウィルゴよ」

 

 だが、イソラがその名を口にする前に、相手が話し始めた。

 

「ウィルゴ……だと……?」

 

「そう、ロケット団幹部・三凶星の1人、ウィルゴ……それが今のアタシの名前。それじゃ、縁があったらまた会いましょ♪」

 

 そう言うとウィルゴはドラピオンをボールに戻し、ドサイドンに掴まって地面の穴へと消えていった。

 

「待てっ! ……いや、それよりツバキ……!」

 

 一瞬追おうとしたイソラであったが、すぐにツバキの方へと駆け出していた。

 ファンファンが呼びかけ、揺り起こそうとしても、ツバキは呻き声を溢すだけ。

 

「ツバキ……! しっかりしろ! ツバキ……!! ……起きてくれ……! っ……ツバキぃぃーーーーっっ!!」

 

 イソラの叫びが響く。

 ようやく突入した警官隊がそれを発見して呼んだ救急車の音が、事件の一旦の終結を物語る事ととなった。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

そういえばツバキって肝心のジム戦は勝つけど、それ以外では戦績悪すぎるような……もしかして二次創作含めたポケモン主人公最弱なのでは……?


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第35話:憧れ

第35話は、ツバキサイドとロケット団サイドの半々となります。


「…………あれ……? ここ……どこだろ……」

 

 意識が朦朧として、視界がぼやけている。

 

「……明るくて……賑やか……」

 

 徐々に景色がはっきりと見えてくる。

 広いバトルフィールドを備えた巨大なスタジアム……テレビで見たポケモンリーグの会場に似ている。

 自分は今、そのフィールドの片側に立っているようだ。

 

「ツバキ」

 

「……お姉……ちゃん……?」

 

 フィールドの向かい側に、イソラが優しい笑みを浮かべて立っている。

 

「ツバキ、ポケモンリーグ優勝おめでとう」

 

「優勝……? わたしが……?」

 

「ああ、そうだ。強くなったなツバキ。さぁ、約束通り、私とバトルをしよう。……本気のバトルを」

 

「本気のバトル……そう……そうだ……わたしは…………本気の……!」

 

 何かを思い出しそうになった瞬間、イソラの投げたボールから光が溢れ、見る見る世界を包んでいった。

 

 

 

「……ん……」

 

 再び目を開くと、見知らぬ天井が視界に映る。

 妙な気怠さに抗って首を動かすと、目を閉じて俯くイソラが見えた。

 

「……お姉ちゃん……」

 

 その声に反応し、イソラが顔を上げる。

 

「っ! ツバキ……! ……ああ……良かった……良かった、ツバキ……!」

 

 ツバキに抱き付こうと腕を広げたイソラだったが、ハッとして腕を下ろした。

 

「あ、いや、すまない……痛い所とかはあるか?」

 

「……ん……痛くはないけど……身体が怠いような……」

 

「……無理も無い。お前は4日間ずっと眠っていたんだから」

 

「4日間……眠って……? ……あっ……」

 

 そこまで言われて、ツバキは自分が何故この状況にあるのかを思い出した。

 カントー発電所でロケット団の女性と戦って敗れ、吹き飛ばされたポポを庇おうとして頭を打ったのだ。

 

「お、お姉ちゃん! 発電所は……!?」

 

「大丈夫、無事だ。ロケット団は逃げていったよ」

 

 イソラから眠っていた間の報告を受け、ツバキは安堵の息を漏らす。

 とりあえず心に余裕が生まれたためか、半身を起こして窓の外へと目を向ける。

 

「……ここは?」

 

「ハナダシティの病院だ。命に別状は無いし、後遺症も無いそうだ」

 

「ここが……ハナダシティ……」

 

 発電所からの距離で言えばシオンタウンが近かったが、間にイワヤマトンネルがあるため、即座に出動できる救急車が来れるのはハナダシティだけだったらしい。

 しばらく2人は沈黙していたが、やがて口を開いた。

 

「……お姉ちゃん」「……ツバキ」

 

 2人同時に。

 

「な、なんだ、ツバキ? 先に言いなさい」

 

「……うん。あの……約束破って側を離れて……ごめんなさい……そのせいでこんな事に……」

 

「な、何を言うんだ! あれはお前のせいじゃない! 拐った奴と…………ちゃんとお前を守りきれなかった私の責任だ……すまなかった、ツバキ……。たった1人の大切な妹分を守れず……何が『戦翼の女帝(フェザー・エンプレス)』か……」

 

 イソラはツバキの謝罪を否定し、逆に自身の落ち度を謝罪すると、自虐するように呟く。

 その姿は、ツバキの知るどんな姿よりも弱々しい。

 

「……それこそ気にしないでよ、お姉ちゃん……。それにわたし……負けちゃったよ、お姉ちゃん……絶対に……絶対に悪い人には負けたくなかったのに……!」

 

 ポケモンを愛するはずの自分が、ポケモンを苦しめる悪人に敗れた……その事実はあまりにもショックが大きかった。

 それも、苦戦させたり焦らせたりもできずに一方的に叩きのめされてしまったのだから、なおの事自分に自信が持てなくなってきた。

 

「……ツバキ、それは仕方ない事だ……相手が悪すぎたんだ」

 

「……え……? どういう事……?」

 

 イソラはベッド脇の椅子から立ち上がると、腕を組んで語り始めた。

 

「お前が戦った相手……自分ではロケット団幹部のウィルゴなどと名乗っていたが……」

 

 そして、窓辺へと歩き、窓の外を眺めて目を細める。

 

「……奴の名はベラ。元プロトレーナーだ」

 

「プロ……トレーナー……?」

 

 プロトレーナー……その座につくには数々の実績と、試験での好成績を必要とする、ポケモンリーグ協会公認のトレーナーの事だ。

 各地のジムが役割を果たせているかの調査を行ったり、ポケモンに関連する事件の解決を求められたり、イベントや大会のエキシビション役を任されるなど、ポケモンリーグのための仕事を与えられる。

 そしてその代わりに、給与が支給されたり、各地のショップでサービスを受けられるパスが発行されたり、大会にシード枠で参加できたりといった特典を得られる。

 

「史上最年少でプロトレーナー入りを果たした人物として知られるが、同時に史上最速で引退を表明した人物でもある」

 

 確かに、彼女の実力はプロと言われても違和感の無い物だった。

 

「どくタイプを巧みに操り、容赦の無い苛烈な戦術で多くのトレーナーを戦慄させ、『猛毒暴君(ベノム・タイラント)』の異名で恐れられた実力者……四天王やチャンピオンですら一目置くほどだったんだ。引退発表後に失踪し、行方知れずだったんだが……まさかロケット団に加わっていたとは……」

 

 イソラは複雑な表情のまま淡々と語るが、注意深く聞くと、その声がわずかに震えているのがわかる。

 

「お姉ちゃん……」

 

「……いかんな。お前に悟られるとは私もまだまだ、か……。ああ、私はベラに憧れていた……自分とほぼ変わらぬ歳でありながら、テレビの中で大人達に混じるどころか……圧倒するその姿に憧れたよ。まぁ、並みいる強豪を片端から蹴散らした後のインタビューで、「暇潰しにもならなかった」と言ってのけたのには度肝を抜かれたがな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……今も、尊敬してる?」

 

「どうだろうな……少なくとも、ロケット団にいる、という事実は、イメージを大きく変えたと思う。だが、憧れたもう1つの理由……ポケモンを愛する心だけは、ロケット団に加わっても変わっていないと思いたい。……信じたいという事は、まだ敬意のような物はあるのかもな……」

 

 ポケモンを愛する心……言われてみれば、彼女は事ある毎にニックネームを付けたドラピオンを撫で、その時だけは狂気が薄れた優しい目をしていた気がする。

 ロケット団はポケモンを苦しめる組織であるという先入観から考えもしなかったが、中にはポケモンが好きな人もいるのかもしれない。

 もっとも、その場合は何故ロケット団にいるのか、という疑問は残るが。

 

「……今度会ったら、聞いてみようよお姉ちゃん」

 

「……そうだな」

 

 と、そこで会話が1度途切れたが、イソラがポンと柏手を打つ。

 

「おっと、そうだ」

 

 そして病室を出ていき、しばらくすると騒がしい足音が近付いてきた。

 足音の主……達は、一気に病室内へと雪崩れ込み、ツバキの周りに集まる。

 

「わっ……! ポ、ポポくん、ミスティ、ファンファン、ケーン、シェルル、ルーシア……!」

 

 それは、ツバキが心から愛する大切なポケモン達。

 少し遅れてイソラも戻ってきた。

 

「ポケモンセンターで回復してからというもの、皆ボールに戻ろうとしなくてな。食事中も心ここにあらずという感じだった。……本当にポケモンから慕われているな、ツバキ。……だが」

 

 が、イソラはツバキの頭上を飛び回るルーシアと、ベッドの上で跳ね回るファンファンの頭を鷲掴みして持ち上げる。

 

「……嬉しい気持ちはわかるが、病院では静かにしなさいお前達」

 

 イソラのアイアンクロー!

 ルーシアとファンファンはもんぜつしている!

 

「(ルーシアはともかく、ファンファンは30kg以上あるんだけど……片手で持ち上げるなんて、お姉ちゃんはすごいなぁ……)」

 

 イソラのお仕置きを受けて悶えるルーシアとファンファンの姿に、他のポケモン達は大人しくなり、ツバキは微笑ましく見守る。

 

「……ベラさん、か……強かったなぁ……」

 

 いまだに彼女のバトル中の狂気や恐ろしさは拭えていない。

 だが、元プロトレーナーという経歴を知る事によって、“ポケモンを苦しめるだけ”と思っていた先入観が取り払われると、意外にも憎悪のような物は抜け落ち、むしろ目標にしようという気すら起きていた。

 

「……今度会った時は、もっと食い付ける……うぅん、勝てるように……一緒に頑張ろうね、皆」

 

 イソラ同様、遥か高い目標ではあるが、だからこそ挑戦のし甲斐がある。

 今回の事件で、ロケット団の恐ろしさや、自分の未熟さを痛感する事になったが、同時に新たな目標を見付け、ポケモン達との絆が一層強くなった事を実感できたのは、大きな収穫だと思えた。

 

 

 

「ただいま~。ああ、アクイラ、陽動お疲れ様」

 

「よう、ウィルゴ。どうだったよ?」

 

 アジトへと帰還したウィルゴが部屋に入ると、ソファーでくつろぐアクイラが出迎えた。

 

「アタシを誰だと思ってんのよ? ほら、この通り『S』は確保してある……って、あんたは知ってんでしょうが、ルプス?」

 

 ウィルゴは電気を帯びた羽の入ったカプセルを取り出し、見せつけるように振る。

 それに答えたのは、部屋の中にいたもう1人の人物。

 

「無論だ。だからこそドサイドンを迎えにやったのだ。……しかし、これでようやく計画を第2段階に移せるか」

 

 立ち上がったのは、顎髭を蓄え、黒いコートを纏った男性だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「お前が発電所で充電した装置に、『S』、『F』、『I』を組み込み、同質の力を引き寄せ捕縛する……やっとここまで来られた……」

 

「カプセル内に収納した物質が内包するエネルギーを、装置が解析して増幅する……だったか? どういう仕組みだか知らねえが、上手くいくのか?」

 

「上手くいってもらわねば困るのだ。引き寄せた後、捕縛するのは我々三凶星の役目だぞ」

 

 そう言いながらコートの男性……ルプスは端末を操作し、モニターにポケモンの姿を映し出す。

 

「伝説の三鳥……サンダー、ファイヤー、フリーザー……これまでに収集した行動パターンから分析するに、自身と同質のエネルギーを感知すれば、高確率で現れるはずだ」

 

「それまたずいぶんと身近な伝説ねぇ……」

 

「そう言うな。身近だからこそ、我らの計画最初のサンプルとして相応しいのだ。なお、捕縛にはこの装置を使用する」

 

 次いでモニターに映し出されたのは、楽器のトライアングルをそのまま大きくしたような、黒い三角形の物体。

 

「これは?」

 

「以前、どこぞのコレクターが珍しいポケモンを捕縛するために用意した装置らしい。これは回収した破片から構造を解析し、改良を加えた物だ。空中に浮かべた複数個の間に強力なエネルギーフィールドを形成し、内外を完全にシャットアウトする。内部からのエネルギー放射に対しては反射が行われ、閉じ込められた対象は自滅する事になるという代物だ」

 

「意地の悪い機械だなオイ……で、それで捕まえるために俺らがバトルして弱らせるわけか」

 

「そうだ。私はサンダーに当たる。ファイヤーはアクイラ、フリーザーはウィルゴが担当しろ」

 

 ルプスから2人へ、担当するポケモンのデータ一式が渡される。

 

「ファイヤーか。熱いバトルになると良いんだがな……」

 

「フリーザー……ウフフ、少しはアタシを満たしてくれるかしら……?」

 

 アクイラとウィルゴは、受け取ったデータを確認し、

それぞれに期待を胸に抱いている。

 

「……だがまぁ、ウィルゴは先ほど戻ったばかり……次の作戦開始は明後日からとしよう。明日はゆっくり休む事だ」

 

「あら、それはどうも。……久々にポケモン達を外で遊ばせようかしら?」

 

「変装忘れてバレるようなヘマすんじゃねえぞ。俺もたまにゃ自由に暴れさせてやっかなあ……」

 

 翌日の行動計画を立てながら部屋を出るアクイラとウィルゴの後ろ姿に、ルプスは溜め息を吐く。

 

「……ふぅ……どうにも緊張感の無い奴らだ……確かにホウエンやシンオウの連中と比べればスケールは劣るが、一応は伝説のポケモンを相手にするのだがな……やれやれ……」

 

 葉巻に火を点けたルプスは、煙を吹かして天井を見上げる。

 

「(まぁ、頼もしいと言えば頼もしいか……。……ともかく失敗はできん……事を急いで、アポロ殿達の轍は踏まぬようにせねば……)…………そうだ、失敗はできぬのだ……サカキ様に相応しき組織を……今一度……」

 

 ルプスは煙の中に、姿を消した主君の姿を見た気がした。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!

初登場時(声のみ)以外では、登場すると必ず挿絵に描かれるウィルゴは、実は作者のお気に入りキャラです。
狂った台詞書いてて楽しい。


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第36話:カムバック!自由な日々!

ちょっとしたギャグ回となる第36話です。


 カントー発電所での戦いで意識を失い、4日後に目覚めたツバキは、命に別状は無いものの、様子見でしばし入院する事になった。

 

「……特訓したい……」

 

「ダメだ。先生からも安静にしろと言われているだろう」

 

 ……という会話を、ここ2日で10回はしている。

 

「でも、ハナダジム戦が……」

 

「ダーメーだ。今のところ後遺症は無いと診断されているが、打ったのが他でもない頭なんだからな? 用心をしすぎという事は無い」

 

 リンゴの皮をナイフで剥きながら、イソラが何度目かの注意をして、ベッドに寝たツバキがそれに対して頬を膨らませる。

 

「……あ、皆のお散歩を……」

 

「私が毎日やってるので安心しろ。……散歩にかこつけて外出して特訓するつもりだろう」

 

「……んむぅ……」

 

 ポポと旅に出てポケモン達と出会い、毎日が目新しさに溢れたドキドキする日々だったためか、このようなひたすら大人しくする……という暮らしはどうにも落ち着かない。

 

「まったく……昔よりも明るくなったのは良いが、こういう時くらいは大人しくしていなさい。……よし、剥けたぞ。ほら、あーん」

 

「ひ、1人で食べられるよぉ……」

 

 皿に並べたリンゴに楊枝を刺して差し出すイソラに顔を赤くしたツバキは、身体を起こして皿ごと受け取ろうとする。

 

「うむぅ……昔は逆に軽い風邪だろうと「お姉ちゃん食べさせて~」と甘えてきたのだが……反抗期かはたまた姉離れか……お姉ちゃん寂しいなぁ……」

 

「どっちでもないよぉ! さすがに10歳になってそれは恥ずかしいだけ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 というより、実の姉妹ならともかくとして、ただのご近所のお姉さんにそこまで甲斐甲斐しくされる事自体が珍しいとも言える。

 顔を赤くしながらシャリシャリとリンゴをかじるツバキを、イソラは微笑ましく眺め、そのせいでさらにツバキは赤くなる。

 

「……んもう……」

 

 リンゴを食べ終えたツバキは、スリッパを履いてベッドから起き上がる。

 

「ツバキ?」

 

「ちょっとジュース買ってくる」

 

 イソラにじーっと見られて熱くなった顔を冷まそうと部屋を出たツバキは、自動販売機にお金を入れて、ミックスオレのボタンを押す。

 

「えっと、お姉ちゃんはサイコソーダが好きだったよね」

 

 取り出し口からミックスオレを回収すると、もう1度お金を投入し、今度はサイコソーダのボタンを押した。

 ……困った部分はあるものの、やっぱりイソラが大好きなんだなぁと、自分自身に苦笑いする。

 飲み物を買って戻ろうとすると、ポケギアの電話機能で会話するイソラが病室の前に立っていた。

 

「……なるほど。ひこうタイプトレーナーを集めて……ふふっ、私などにお声がけをいただけるとは光栄です、ハヤトさん。……はい、是非参加させていただきます。協力できる事があればいつでも。……はい、では」

 

 電話を切ったイソラが、ツバキに気付いて手を振ってきた。

 用事が済んだようなのでツバキが近付き、サイコソーダを手渡す。

 

「ありがとう、ツバキ」

 

「お姉ちゃん、さっきの電話は?」

 

「ああ、ジョウト地方キキョウジムのジムリーダー・ハヤトさんだ。なんでも、各地方からひこうタイプを専門とするエキスパートトレーナーを集めて、地方同士の交流を目的としたイベントをやるそうなんだが、そのカントー代表として私に声をかけてくれたんだ」

 

「へえぇ……! お姉ちゃんすごい! 他にはどんな人が来るの!?」

 

 身近な人物……しかも自分が尊敬する人物が、ジムリーダー直々に指名された事が自分の事のように嬉しいツバキは、興奮気味に尋ねる。

 

「ホウエン地方からはヒワマキジムリーダー・ナギさん。イッシュ地方からはフキヨセジムリーダー・フウロ。そして、アローラ地方からは四天王・カヒリさんを呼ぶそうだ。……正直、唯一肩書きが無いのが恥ずかしいくらいのメンバーだよ」

 

 とはいえ、肩書きが無いのはイソラ自身の選択の結果である。

 実のところ、プロトレーナーやジムリーダーへの勧誘は何度か行われているにもかかわらず、イソラは鳥ポケモンのように自由を好むがために、その都度話を断っていたのだ。

 

「ハヤトさんとナギさんは、私にひこうタイプの扱い方を教えてくれた、師とも呼べる人達だからな……会えるのが楽しみだ。フウロの奴は元気だろうか……カヒリさんともゆっくり話をしてみたいものだ」

 

 共にひこうタイプを愛する仲間達を思い出し、イソラは自然と笑みを浮かべていた。

 

「開催は来年を予定しているらしい。……そうだ、お前も皆に紹介しなければな」

 

「えぇっ!? い、良いよわたしは! そ、そんなすごい人達の前になんて……」

 

 まさかの有名人揃いの中へのお誘いに、ツバキは全力で頭と手をバタつかせる。

 

「なぁに、一般参加者として来れば良いんだ。主催はエキスパートトレーナーだが、一般参加は1体でもひこうタイプがいれば良いからな。その頃にはポポは今よりもずっと強くなっているだろうし、他のひこうポケモンも捕まえているかもしれん」

 

「そ……それはそうかもだけど……」

 

「ちなみにハヤトさんによると、いずれは協会に働きかけ、このような特定のタイプごとのイベントを協会公認イベントにしたいらしい。地方同士もだが、好みの合う同好の士の交流や、タイプへの理解を深める目的もあるそうだ」

 

 ジムリーダーといえど、ただジムへのチャレンジャーを待つだけ……というわけではない。

 バトルを通してポケモンバトルという文化の活性化と、全体的なレベルの向上を目指したり、こういったイベントを企画してポケモンへの理解を深め、人間との関係をより身近な物とする事もまた重要な役目なのである。

 

「じゃあ、むしろわたしみたいな新米こそ参加した方が良いって事?」

 

「そうだな……少なくともポケモンへの理解を深められるという点では、新人教育に向いている。だが、そもそもにしてポケモンバトルは、玄人や素人といった枠組みをそうそう気にしてやる物ではないだろう。主催するジムリーダー達も、一般トレーナーから雲の上の存在のように思われているのをどうにかしたいと思って企画したらしいしな」

 

 言うまでも無いが、ジムリーダーや四天王、チャンピオンらは、卓越した戦術眼や発想力を持ち、高い実力を誇る、極めて優秀なトレーナー達である。

 そういった世間からの認識が強いため、一般トレーナーとはどうしても1歩引かれた関わりとなり、敬遠されがちになってしまう。

 だが、彼らの大半はその肩書に誇りは持ってはいるものの、恐れられたり、変に遠慮されたりというのはご免被る……と考えているのだ。

 

「強いとはいえ、彼らもまたポケモントレーナー……身分や経歴など関係無しに、対等な目線でポケモンバトルを楽しみたいのさ」

 

「……えっと、じゃあ…………こんな風に話されるのがお嫌なんですか、イソラさん?」

 

 その話を聞いたツバキが1歩下がり、わざと固い口調で話しかけると、イソラは青ざめた顔でツバキの肩を掴む。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やめろやめなさいやめてくれ! お前にそんな他人行儀にされたら、私は本当に死んでしまう! 頼むからいつも通りにお姉ちゃんと呼んでくれ!」

 

「じょ、冗談だよお姉ちゃん……!(ほ、本気の目だ……!)」

 

 声も身体も震えて、半泣きで懇願するイソラにドン引きしたツバキは、慌てて冗談だと取り繕う。

 

「ふぅ……趣味が悪いなもう……ま、ともかくそういう事だ。このイベントで、ジムリーダーらに対する苦手意識も払拭しようという事なんだそうだ」

 

「そっかぁ……言われてみればわたしも、漠然とすごい人達だなー、わたしとは違うなーって思ってた……」

 

 と、そんな話をしていると、白衣を着た男性が近付いてきた。この病院に勤め、ツバキの診察を担当した医師だ。

 

「ああ、ツバキさんちょうど良かった」

 

「あっ、先生。こんにちは」

 

 ツバキが丁寧に頭を下げると、医師の方も優しい笑顔で挨拶を返してくる。

 

「はい、こんにちは。お姉さんもご一緒なら話が早い。ここまで経過を見てきましたが、どうやらもう大丈夫そうです」

 

「えっ、じゃあ……」

 

 ツバキが期待に満ちた視線を向けると、医師はにっこりと笑って頷く。

 

「はい、もう退院して大丈夫ですよ」

 

「……! あ、ありがとうございました! 聞いた? お姉ちゃん!」

 

「ああ。……先生、お世話になりました」

 

「いやいや、本当に大事にならなくて良かったです。……ジム戦とポケモンリーグ、頑張ってください。影ながら応援していますよ」

 

「は、はいっ! ありがとうございます!」

 

 退院できる上、医師からの思わぬ激励でテンションの上がったツバキは、挨拶もそこそこに部屋へ戻り、退院準備を始めた。

 

「まったく、あの子は……落ち着きが無くてすいません」

 

「はははっ、どうも入院生活でかなり鬱憤が溜まっているようですからな。……それにしても良いですなぁ、夢と希望に満ちた若者は。見ていると、こちらまで明るい気分になります」

 

「ええ。私も色々ありましたが……あの子がいればこそ、今日まで諦めずに努力をしてこれた……と思います」

 

 イソラはいつもの下心を含んだ物でなく、純粋に愛しい妹や娘を見るような澄んだ瞳でツバキの背中を見つめる。

 

「羨ましいものです。私の若い頃も、そんな存在がいればトレーナーを続けていたかもしれませんなぁ」

 

「ほう、先生もトレーナーでしたか」

 

「ジム巡りを終えるまでもなく挫折しましたがね。ただ、人生は不思議と言うべきか皮肉と言うべきか……トレーナーの道を諦めたおかげでこうして医師になり、人やポケモンを救う仕事ができている。トレーナーとしての道に未練はありますが、かといって今の仕事に後悔はありませんよ。だからこそ、若者の夢は応援したい。私のように中途半端でなく、未練の無いスッキリした道を歩んでもらいたいのですよ」

 

「……未練の無い道か……」

 

 年長者故の含蓄ある言葉。

 イソラはその言葉を胸にしっかりと刻み、いずれ自分も誰かに伝えようと心に決める。

 

「お姉ちゃん、行こう!」

 

「早いな!?」

 

 気が付けば、いつもの格好をしたツバキが目の前に立っている。

 

「先生、お世話になりました!」

 

「いえいえ、病気や怪我には気を付け、元気に夢へ向けて進むのですよ」

 

「はいっ! お姉ちゃん、外で待ってるね!」

 

 そう言ってツバキは走……りはさすがにしなかった。なにしろ病院の廊下なので。

 

「……ふふっ……では先生、そろそろ失礼いたします。……あの子の未練の無い道……導き、守らねばなりませんので」

 

「ええ、そうしてあげてください」

 

 軽く会釈をしたイソラは、病院の外で待つツバキの元へ歩みを進め、廊下の曲がり角へ消えていった。

 

「若者が往く、夢への道か……眩しく心地よい道だ。……若者の未来に幸あれ」

 

 医師はそう呟き、次の患者の診察へ向かう。

 彼女らには彼女らの道があるように、自分にはこの医師としての道があり、成すべき事がある。

 ならば、夢へまっすぐに進む若者達にしっかり胸を張れるよう、この道を精一杯往こう……そう、決意を新たにして。

 

 

 

つづく




第36話終了!お疲れ様でした!

今回登場した意味ありげなお医者さんですが、再登場予定はありません。


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第37話:一寸の虫にも

入院後、ジム戦前となれば……特訓!
……というわけで特訓回となる第37話です。


「~♪」

 

 ハナダシティ東に広がる9番道路。

 イワヤマトンネルやカントー発電所へ続くこの道は一方通行の段差や行き止まりが多く、目的地までの直線距離と実際の移動距離では大きな差がある。

 それでも近年は車や大型のポケモンが通れるように整備が進められてはいるが。

 

「なんだか、こうして歩くのすっごい久しぶりな気がするね、ポポくん」

 

 その道を、肩にピジョンを乗せた少女と、保護者のような女性が歩いている。

 

「この辺りも変わったものだ。歩きやすいよう整備されつつも、野生ポケモン達の生活環境にも気を配っているようだな」

 

 入院期間は決して長くはなかったが、ツバキにとっては相当な拘束時間に感じられたらしく、久々の外出のせいかテンションが高い。

 

「あっ、あそこ広場になってる。あそこなら特訓できそう!」

 

「こら、走るなツバキ」

 

 ツバキが走り出し、イソラが咎める。

 そう、ツバキの目的は、ハナダジム攻略に向けた特訓だ。

 意識を失っていた期間と入院期間を合わせると、そこそこに時間を潰されていた事になるので、どうにか取り返したいらしい。

 

「お姉ちゃん、ハナダジムって確か……」

 

「ああ、みずタイプ専門ジムだったはずだ。くさとでんきタイプが有利だな。ただ、みずタイプはこおり技を覚えている事もあるから、くさタイプを使うなら注意は必要だ」

 

「そっかぁ……よし……! おいで、ミスティ!」

 

 ツバキがボールを投げると、5枚の葉でバランスを取りながらミスティが着地する。

 

「でんきポケモンは持ってないから、くさポケモンのミスティが鍵になるかも……! 頑張ろ、ミスティ!」

 

 ツバキがミスティの前にしゃがみ込んで気合いを入れると、ミスティも葉をピンと立たせて応じ、やる気を燃やしている。

 その様子を見ていたイソラは、ふと疑問を口にする。

 

「……前から思っていたが、ミスティはかなり鍛えられて実力も高いはずなのに、まだ進化していないな……」

 

「……言われてみれば……なんでだろう? ミスティ、何か理由があるの?」

 

 ツバキはミスティを目線の高さまで持ち上げると、首を傾げながら尋ねるが、ミスティはふんすと鼻息を荒くするだけだ。

 

「……うぅ……ポケモンの言いたい事がわからないのは、わたしがまだまだだからなのかなぁ……」

 

「いやいや、たまに例外な人はいるが、普通は言葉はわからんぞ。大半のトレーナーはポケモンとは気持ちで通じ合うものだから、こればかりは長く付き合い続けるしかない」

 

「だよね……でも、できるだけわかるように努力するね、ミスティ」

 

 まだまだ付き合いが足りない事にしょんぼりしたツバキは、ミスティをゆっくりと地面に下ろす。

 

「……そういえば、ポケモンはほとんどが条件を満たした時点で進化するが、中には進化のタイミングを自分で見極めて機会を待つ個体もいると聞く。ミスティもそのクチかもな」

 

「タイミング?」

 

「ほとんどのポケモンは、進化でエネルギーを大量に消費するのか、進化後は技の習得が遅くなるんだ。しかも、進化すると特定の技を覚えなくなってしまうポケモンもいる」

 

「そ、そうなの……!?」

 

 とはいえ、技の習得が遅くなるのと、進化によって様々な能力が向上するのとでは一長一短、どちらが損でどちらが得という話でもない。

 

「なので、もしミスティがそのタイプなら、いつ進化するかは本人に一任するしか無いな」

 

「うん、わかった。……ミスティ、あなたが何を考えてるのかはまだわからないけど、きっとあなたの好きなようにするのが正解なんだと思うよ!」

 

 頭を撫でられたミスティは力強く頷き、ツバキの期待に応えて見せる意思を固めた。

 

「それじゃ、そろそろ特訓を始めるか、ツバキ。どうする? 私が相手をしても良いんだが……」

 

「うぅん……とりあえずわたし達だけでやってみようと思う。……出てきて、シェルル!」

 

 ミスティに続いてボールから出たのはシェルル……だが、いつものように、ボールから出ると同時にツバキの後ろへ隠れてしまう。

 

「あっ……! もうシェルルったら……!」

 

 ツバキは振り向いてからしゃがみ、シェルルに向けて右腕を伸ばし、そのまま登らせる。

 

「この前の発電所では、あんなにやる気になってくれたでしょ? シェルルはやればできる子なんだから、自信を持って、ね?」

 

 肩に乗ったシェルルに優しい声色で語りかけると、何度か触角を動かして悩んでいたが、やがて意を決して飛び降り、ミスティと対峙する。

 

「ツバキ、良ければ私がミスティに指示を出そうか?」

 

「えっ、本当!? お願い、お姉ちゃん! ……1人だと両方に指示するの大変で……」

 

「ははっ、だろうな。そういうわけだミスティ。ツバキ以外からの指示は不本意だろうが、付き合ってくれ」

 

 イソラがしゃがんで右手を差し出すと、ミスティは最も大きい葉で握手(?)に応じた。

 

「では……うん、このコインを投げて、地面に落ちたのをバトル開始の合図にしよう」

 

「わかったよ、お姉ちゃん。……シェルル、お姉ちゃんが指示をする以上、ミスティはいつもよりもずっと手強くなるはず……気を引き締めるよ……!」

 

 ツバキとシェルルが気合いを込める中、イソラが手の上に置いたコインを親指で弾く。

 互いに緊張が走り、くるくると裏表を入れ替えながら落下するコインが、コンクリートの地面に甲高い音を立てて落ちると同時、イソラが動く。

 

「“エナジーボール”!」

 

 ミスティが緑色のエネルギーを集束し、球状に成形して発射する。

 

「シェルル、“アクアジェット”!」

 

 それに対してシェルルは、水流を身体に纏って高速で移動し、“エナジーボール”を回避すると同時にミスティへ突進を行う。

 

「(やはりあの素早さは厄介だが……ミスティならばそれを封じられる)」

 

「シェルル、“むしのていこう”!」

 

 シェルルが身体中のエネルギーを精一杯集め、集束を終えると口から放出する。

 

「“エナジーボール”で迎撃!」

 

 ミスティは瞬時に小振りな“エナジーボール”を生成し、“むしのていこう”のエネルギー弾へぶつけて相殺させる。

 2つのエネルギーの衝突によって生じた爆発で、ミスティとシェルルを爆風が襲い、平べったいシェルルはひっくり返ってもがいてしまう。

 

「あっ……! シェ、シェルル……!」

 

「ミスティ、“しびれごな”!」

 

 ジャンプしたミスティが、もがき暴れるシェルルに“しびれごな”を浴びせかけ、シェルルは麻痺状態となってしまった。

 

「シェルル! だ、大丈夫……?」

 

 どうにか起き上がったシェルルだが、身体が痺れて上手く動けないようで、その動きは目に見えて鈍くなっている。

 

「シェルルの欠点はその体型だ。平たい身体はちょっとした衝撃でひっくり返り、身動きが取れなくなってしまう。そこをどうやってカバーするかが、トレーナーの腕の見せ所といったところだな」

 

「うぅん……確かにそうだよね……」

 

 優れたトレーナーであれば、こちらの体型や体格を利用した戦術を繰り出してくる可能性も高く、ツバキの目指すポケモンリーグともなれば、そのレベルの相手がゴロゴロいるであろう。

 そういった単純な能力や技に限らない部分まで理解し、どう対策しておくか……というのもまたトレーナーには必要なスキルと言えるだろう。

 

「……とりあえずもうやめておくか。シェルル最大の武器はそのすばしっこさ。それを封じられては、継続は厳しいだろう」

 

「うん……シェルル、どうする……?」

 

 ツバキがその背中に語りかけると、シェルルは触角をピーンと立たせて継続の意思を見せる。

 

「……わかった……! お姉ちゃん、シェルルまだやる気みたいだよ!」

 

「(……あの臆病なコソクムシが圧倒的不利な状況下で、ここまで意欲的にバトルに臨むとは……)……ふっ……良いだろう。もう少し頼むぞ、ミスティ」

 

 ミスティもシェルルに触発されてか、ますますやる気をたぎらせている。

 

「“アクアジェット”!」

 

 再度水流を纏い、ミスティへ突進するが、そのスピードは著しく低下している。

 

「(スピードが落ちた状態でなお“アクアジェット”……ここからさらに別の技へ繋げてくるか)落ち着いて動きを観察しろミスティ。今のスピードならばギリギリまで引き付けても回避可能だ」

 

 イソラの指示を受け、ミスティはシェルルから目を離さず、その動きをじっと見極める。

 そして、シェルルとミスティの間隔が大きく縮まった瞬間、ツバキが次の手を打つ。

 

「“すなかけ”!」

 

 シェルルが“アクアジェット”の速度を落とし、頭の先端を地面にぶつけてミスティへと砂をぶちまける。

 

「やはりか。“エナジーボール”を地面に!」

 

 ミスティが先ほどと同様に、素早く小さな“エナジーボール”を生成して足元に発射。

 爆風が“すなかけ”を巻き込み、打ち消してしまった。

 

「地面を這って“むしのていこう”!」

 

 コソクムシの身体は平べったいのは散々指摘されている。

 だが、実際のところは頭の先端となる口の部分から背中にかけて、丸みを伴って徐々に厚みを増していく形状であり、正面や上方からの衝撃は、よほど強烈でない限りは受け流す事ができる。

 実際、これまでにシェルルが吹き飛ばされていたのは、技を使うためにジャンプしていたり、正真正銘真下からの衝撃を受けた場合などである。

 つまり、身体の下側全体がほぼ接地するくらいに姿勢を低くすれば、先ほどの爆圧程度ならば耐えられるのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そして今、ひたすら地面を這って移動する事によって、“エナジーボール”による爆風にも負けずに前進し、ついにミスティの眼前に……。

 

「なるほど、ポケモンの体型の長短を理解し、それを活かす動きを徹底したか。だが」

 

 立ったはずだった。

 

「相手もその動きを見越した戦術を立てる……という事も想定しなければな。“エナジーボール”!」

 

 実際にミスティがいたのは、シェルルの眼前どころか、その頭上。

 無防備な背中に向けて“エナジーボール”が放たれ、痺れた身体では素早く回避ともいかないシェルルに直撃した。

 

「あぁぁっ……!」

 

 せっかくやる気を出したシェルルだったが、あえなく目を回してダウンとなってしまった。

 

「シェ、シェルル! ご、ごめんね……わたしの考えがまだ足りなかったよ……」

 

 ツバキはシェルルを抱き上げて、少し焦げ目の付いた背中を撫でる。

 

「良い動きだったぞ、ミスティ。その実力で、これからもツバキを助けてやってくれ」

 

 頷いたミスティは、ツバキとシェルルへと駆け寄る。

 

「はう……負けちゃった…………でも……すごいね、ミスティ! ……わたしもお姉ちゃんみたいにテキパキ指示してあげられたらなぁ……ふぅ……」

 

「仕方ないさ。こればかりは経験……ひたすら実践あるのみだ。お前は元々、人見知りする引っ込み思案な性格だしな。ほら、キズぐすりだ」

 

「うん」

 

 ツバキがイソラに手渡されたキズぐすりをシェルルに吹きかけていると……。

 

「んん……? そこにいるのは……よぉ、ツバキじゃねぇか!」

 

 草むらの中を歩いていた男性が、ツバキに気付いて近寄ってくる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「え…………えぇっと……すいません、どこかでお会いしましたか……?」

 

 ……が、あいにくとツバキにはこの人物に見覚えが無いのである。

 

「あー、まぁ仕方ねぇか……結構前だしな……」

 

 男性は溜め息を吐くと、改めてツバキに向き直る。

 

「俺はゲントだ。元クチバジムのジムトレーナーだよ」

 

「……ゲン……ト………………えぇぇぇーーーーっっっ!?」

 

 そう、それはツバキが初めてクチバジムに挑戦した時、レベル差に物を言わせてライボルトでボッコボコにしてくれた男である。

 

「え……なんでここに……? というか……前はもっとこう……失礼ですけど、性格悪そうな目付きと威圧感だったような……」

 

「い、言うようになったじゃねぇかツバキ……。ま、まぁ俺もあれから色々あってよ。お前に負けた後、もう1度自分を見つめ直して、ポケモン達とも向き合おうと思ってな。マチスさんに暇をもらって、ジム巡りで修行中なんだよ」

 

 なんだか物凄く漂白されてしまっているが、どうやら本当にあのゲントらしい。

 

「ツバキ、お前には感謝してるんだ。あん時お前に負けなきゃ、俺はずっと格下ばっか苛めてイキってる、井の中のニョロトノだったからな……それと、あん時は色々と悪かった」

 

「い、いえ、そんな……わ、わたしもあの時は必死で……」

 

「はっはっ! 相変わらず謙虚だなお前! だが、だからこそマチスさんも見込んだんだろうよ……っ!?」

 

 ……そこでゲントは、背後から凄まじい敵意と殺気を感じ、背筋が凍るような感覚に襲われる。

 まるで“ねっぷう”と“ふぶき”を同時に浴びているような、複雑で恐ろしい感覚……。

 

「……ツバキを……呼び捨てにする男…………何者だ貴様はぁぁぁーーーーっっっ!?」

 

 恐る恐る振り返ると、オニゴーリのような恐ろしい形相のイソラが、敵意を剥き出しにして咆哮を上げていた……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!

ミスティが進化しないのは、決してクサイハナになるのが嫌とか、そういんじゃないですよ!?

ところで“むしのていこう”って具体的にどういう技なんでしょうね。
分類は特殊技なのに、説明文は物理っぽい……謎の多い技だ……。


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第38話:帰ってきた電光野郎

ゲントとの再会からの第38話です!


 9番道路での特訓の最中、ツバキに声をかけてきた男性。

 なんと彼は、クチバジムジムトレーナー・ゲントだった……が、以前の相手を見下す高圧的な態度から一変。ぶっきらぼうながらもフレンドリーさを併せ持つ人物となり、ツバキに感謝と謝罪の言葉を述べたのだが……。

 

「貴様ぁぁっ!! ツバキを呼び捨てにするとは、どういう関係だ!?」

 

「い、いや、どういうって……」

 

 イソラがゲントの胸ぐらを掴み、激しく揺すりながらツバキとの関係を問い詰めるが、当のゲントは突然の事に理解が追い付いていない。

 そうこうしてる内に、イソラの想像はどんどん飛躍する。

 

「はっ……! ま、まさか……手を出したのか……? ツバキに……私のツバキにぃぃぃーーーーっっっ!!」

 

「ぐげっ……ぐ……ぐる……じぃ……!」

 

 興奮のあまりどんどん力が入り、ゲントの首が締まってゆく。

 慌ててツバキがイソラの腕を掴み、制止しようとする。

 

「お、お姉ちゃん待って! 落ち着いて! ゲントさんは前にわたしとバトルしたクチバジムのトレーナーさんなの……!」

 

 そこでようやくイソラの力が弱まる。

 

「……マチスさんの所の? ……ふむ」

 

「げほっ、げほっ……い、いきなりなんなんだよ……」

 

「……まぁ良い。ともかくだ……私の目の黒い内は、私より弱い男にツバキはやらんからな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ゲントの目の色が変わった。

 

「……理由はどうあれ、トレーナーとして堂々と弱い宣言されて黙ってられるか! あんた! 俺とバトルだ!」

 

 ビシッとイソラを指差し、ゲントがバトルを挑む。

 

「ゲ、ゲントさん……やめておいた方が……」

 

「なぁに、パワーアップした俺のポケモンの力、見たらお前もたまげるぜ!」

 

「良かろう。挑まれたバトルから逃げるはトレーナーの恥だ」

 

「お、お姉ちゃんもやる気だし……」

 

 かくしてイソラの一言に端を発する、トレーナーのプライドと、ツバキの将来を懸けたバトルが……今!

 

「アーケオス、“だいちのちから”」

 

「ラ、ライボルトぉっ!?」

 

 終了した。

 

「じょ、冗談だろおい……俺の自慢のライボルトがあっさり……な、何者なんだあんた……」

 

 呆然とするゲントに対し、ツバキがおずおずと口を開いた。

 

「お、お姉ちゃんはカントーを代表するひこうタイプのエキスパートなんです……皆からは『戦翼の女帝(フェザー・エンプレス)』って呼ばれてるくらいで……」

 

「そ、そりゃまたとんでもない相手に挑んじまったな俺も……」

 

「ほら」

 

 うなだれるゲントに対して、イソラがキズぐすりを投げてよこした。

 

「……筋は悪くないし、ポケモン達の伸び代もかなりある。だが、圧倒的に経験不足だな。特に洞察力や発想力という点ではツバキの方が大きく上回るし、しかも可愛い」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 最後の一文はどう考えても不要だが、洞察力と発想力の部分はまさにその通りなので、何も言えずにぐぬるしかない。

 実際、自分はかつてツバキの発想力に負けたも同然なので、彼女のその点に関しては認めざるをえない。

 

「ふんっ、少なくとも、今のままでは私どころかツバキにも完敗するだろうな。もっと精進し、そのポケモン達に相応しいトレーナーになる事だ」

 

 イソラ側も、ゲントの素質などの部分はトレーナーとしての観点から認めるが、ツバキと親しげに話す見知らぬ男という事でその警戒心と手厳しさはかなりの物である。

 ……親しいどころか、正真正銘初心者だったツバキを一方的に叩きのめし、危うくトレーナーとしての道を挫折させるところだったと知ったら、どんな反応をするであろうか。

 

「んぐぐ……! ……おー、やってやろうじゃねぇか! いつか吠え面かかせてやっから首洗って待ってろ! 俺は世界一のでんきタイプ使いになってやるんだからな!」

 

「身の丈を超えた宣言を大言壮語と呼ぶのを知ってるか?」

 

「なんだとぉ!? ……おい、ツバキ! バトルだ!」

 

「ふえっ!?」

 

 唐突に話を振られ、ツバキは困惑する。

 

「俺だってあれから自分もポケモンも鍛え直したんだ……! あっさり完敗なんざしねぇって事を証明してやるぜ!」

 

 言葉は乱暴だが、確かに燃え上がるような……そして真剣な熱意は感じられる。

 自然、ツバキの抱いていた苦手意識は薄くなり、自分でも気が付かない内に頷いていた。

 

「……わかりました。お相手します……!」

 

「……まぁ、ツバキがやると言うなら良いが……では、シンプルに1対1で良いな?」

 

「うんっ!」「おうっ!」

 

 2人が同時に返事をして、バトル形式が決まったところで、双方は出すポケモンを吟味する。

 

「(あいつの手持ちには確かナゾノクサがいたはず……近付くと粉技をよけにくくなるから、遠距離主体にしたいが……)」

 

「(ゲントさんはでんきタイプ使い……積極的に麻痺を狙ってくるかもしれない……それなら……)」

 

 両者が答えを出したのはほぼ同時だった。

 

「お願いファンファン!」

 

「頼むぞレアコイル!」

 

 いつもの地面とは異なる、コンクリートの上に着地したファンファンの前に浮かぶは、磁石と単眼の付いた、3つの金属質の球体……じしゃくポケモン『レアコイル』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うぐっ、読みが外れたか……! じめんタイプを持ってたとは……!」

 

「(……そういえば、前のゲントさんとのバトルでは、ファンファンは出さなかったんだっけ……)」

 

 ナゾノクサを出してくるであろうという予想が空振りしてしまい、頭を抱えるゲントだったが、すぐに平静を取り戻した。

 

「ふー……まぁ良いさ。麻痺させるだけがでんきタイプじゃないってのを見せてやる……!」

 

「……それでは、ゴマゾウ対レアコイルの1本勝負。相手を戦闘不能にした側の勝利とする。バトル……開始っ!」

 

 イソラが高く掲げた腕を降り下ろしたのを開始の合図とし、まずはゲントが動いた。

 

「レアコイル、“きんぞくおん”!」

 

 レアコイルを構成する3つの球体が、互い違いに身体を擦り合わせ、金属の擦れる音が周囲に響き渡る。

 

「ひやあぁぁぁ~~~~!!」

 

 あまりに不快な音に、ツバキは思わず耳を塞いでしまう。

 見れば、イソラ……と、技を指示した本人であるゲントも同じような反応である。

 

「(“きんぞくおん”は、生理的嫌悪感を煽る音で相手の精神を掻き乱し、特殊技に対する抵抗力を下げる技……でんき技は効かないので、他の特殊技でゴリ押す腹積もりか)」

 

「うぅぅぅ……! ファ、ファンファン、“ころがる”!」

 

 大きな耳が仇となり、ツバキら人間よりも影響の大きいファンファンは、よろめきながら身体を丸めて突進を始めた。

 が、はがねタイプを持つレアコイルには元々効きにくい上、思うようにスピードが出なかった事もあってダメージが小さい。

 

「(ファンファンはでんき技を無効にできるが、じめん技を持たない上に、攻撃技がいずれもレアコイルと相性が悪い……有効打が無いか)」

 

「よっしゃ、このまま畳みかけるぞ! “ミラーショット”だ!」

 

 レアコイルの身体が眩い光を放ち、それが集束して弾丸のように発射される。

 

「“ころがる”!」

 

 ファンファンは“ミラーショット”の着弾寸前、“ころがる”で離脱に成功したが、逃げの一手ではどうしようもなく、かつ打つべき手が無いのは変わりが無い。

 

「(どうしよう……“ころがる”も“じゃれつく”もレアコイルにはあんまり効かないし、防御を弱められる技も無い……こうなったら相手の技をかわしながら、少しずつダメージを積んでいくしか……!)」

 

 “ころがる”は相手に当てる度に勢いを増し、徐々にそのダメージを大きくする技なので、有効打の無い現状では、これを主軸に戦術を構築する必要がある。

 その場合に問題となるのは、相手の特殊技だ。

 こちらは“きんぞくおん”を受けて特殊技にかなり弱くなっており、1段階進化をしているレアコイルの能力も考慮すれば、1発1発が致命傷になりうる。

 

「ファンファン、できるだけスピードを落とさないで! 止まったら終わりだよ……!」

 

 ゴロゴロと不規則に転がり回り、時折レアコイルへと突進……今はこれを繰り返すのが最善策だ。

 

「えぇい、ちょこまかと……! よぉし、レアコイル! “マグネットボム”を見せてやれ!」

 

 その指示と共に、レアコイルのU字磁石の間に金属片が集まって塊となり、次々に射出され、転がるファンファンを追う。

 

「追いかけてくる……!?」

 

「ふふん、“マグネットボム”からは逃げられないぜ! 点火!」

 

 ファンファンに追いついて完全に包囲した瞬間、一斉に起爆した。

 至近距離での連続爆発はファンファンのスピードを殺し、着実に足を止めにかかる。

 そして、その隙を見逃すほどゲントはバカでも鈍くもないようであった。

 

「遅くなった……今だ! “ミラーショット”!」

 

「っ! “こらえる”!」

 

 再度レアコイルの身体の輝きが弾丸として撃ち出され、動きの鈍ったファンファンにヒットした。

 

「あぁぁ……! ファ……ファンファーーーーン!!」

 

 “こらえる”で戦闘不能は避けたものの、爆発の勢いでファンファンの身体は空中高く放り上げられてしまう。

 だが、その身体が太陽と重なった瞬間、一際強い光を放って周囲の目を眩ませる。

 

「何の光ぃっ!?」

 

「これは……このタイミングでか!」

 

「……もしかして……!?」

 

 光が弱まると同時に、巨大なシルエットが地響きと共に落下し、コンクリートを陥没させた。

 

「な……なんだとぉ……!?」

 

「ファ……ファンファン……?」

 

 鼻先から尻尾までを覆う頑強な鎧のような黒い表皮、灰色の身体から伸びる2本の鋭い牙、そして大地を震わせる重量と、それを支える太い手足。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そう、今ツバキの目の前にいるのは、ながはなポケモン『ゴマゾウ』ではなく、よろいポケモン『ドンファン』である。

 

「ミスティと共に、ポポに次ぐ古参だったファンファン……ついに進化したか……!」

 

「進化……じゃあ、本当にこの子があのファンファン……!?」

 

 ツバキが驚いていると、ドンファンは彼女に近付き、その身体を擦り寄せてきた。

 

「この甘え方…………ふふっ、本当に……本当にファンファン……! こんなに強そうで立派になったのが、ファンファンなんだ……!」

 

 嬉しさのあまり、ツバキも抱き締めるように両腕をいっぱいに広げてファンファンの身体を撫で回す。

 

「ぐぅ……! バトル中の進化とは……熱くしてくれるじゃねぇか……! だが! 勝つのは俺だぜツバキ!」

 

「っ! そうはいきません! ファンファンの初進化……絶対に勝利で飾らせてあげるんですから! ね、ファンファン……!」

 

 ファンファンは頷くと、ツバキから離れてレアコイルと対峙する。

 一方でツバキは、すぐにポケモン図鑑でドンファンのデータを確認し、体躯の変化による新たな戦術を構築する。

 

「(っ……! この技なら……!)……ファンファン! “マグニチュード”!」

 

 ファンファンが重々しく前脚を持ち上げ、地面に叩き付けると、地響きが周囲にいる全てを襲った。

 

「(“マグニチュード”は使う度にランダムで威力の変わるじめん技……! これは“じしん”にも迫る規模だ……!)」

 

 レアコイルは浮遊して地面から離れようとするが、“マグニチュード”によって磁場に大きな乱れが生じたのか、逆に落下してモロにダメージを受けてしまった。

 

「ファンファン、“ころがる”!」

 

 そしてファンファンは、ズシンズシンと音を立てながら走り出し、身体を丸めて高速回転しながら、身動きの取れないレアコイルへと突撃する。

 一気に体重が120kgまで増加したファンファンの質量による突撃は、もはやタイプ相性云々どころの問題ではなく、まして回転が加わっているとなれば、レアコイルはただただ蹂躙されるのみであった。

 強烈に跳ね飛ばされたレアコイルは、3つの球体と6つの磁石をバラバラにしながら地面へと落下し、戦闘不能となってしまった。

 

「レ、レ、レ、レアコイルぅーーーーっ!?」

 

「勝負あり。このバトル、ゴマゾウ改めドンファンの勝利により、ツバキの勝ちとする」

 

「や、やった……! ファンファンやっt……え、ちょ……?」

 

 ファンファンに駆け寄ろうとしたツバキだったが、先にファンファンの方からズシンズシンと地鳴りを起こしながら嬉しそうに突っ込んできた。

 

「ファ、ファンファン待って! ストップ! ステイ!」

 

「ファンファンを止めろ、ムクホーク! ウォーグル!」

 

 イソラの投げたボールから飛び出したもうきんポケモン『ムクホーク』と、ゆうもうポケモン『ウォーグル』、そしてポポも加わって3体がかりでファンファンを食い止め、危うくツバキに激突というところで停止する。

 先に述べたが、ドンファンの体重は120kg。

 もしもツバキがのしかかられた場合、良くても全身複雑骨折、悪ければ命を落としかねない。

 

「ふぅ……あ、危なかった……こら、ファンファン。進化も含めて嬉しいのはわかるが、今のお前はゴマゾウの頃とは違う。ちょっとした事で大好きなツバキを大怪我させてしまうんだ、気を付けなさい」

 

 そこまで言われてようやくファンファンは事の重大さに気付いたようで、耳と鼻がしょぼんと垂れてうなだれてしまう。

 

「ご、ごめんねファンファン、びっくりしちゃって……」

 

 腰を抜かしていたツバキが立ち上がり、ファンファンに近付いてその鼻を撫でる。

 

「……その姿もすごく格好良いよ、ファンファン。……今までみたいに触れ合えないのは残念だけど……わたしがファンファンを大好きって気持ちは変わらないし、これからも強くなると思う。だから寂しがらないで、ね?」

 

 優しく穏やかな声色で囁きながら頬擦りし、ゆっくりと牙を撫でるツバキの姿に、ファンファンは落ち着きを取り戻して大人しくなる。

 

「……お姉ちゃん、やっぱりゲントさんは強いと思う。ファンファンが進化してくれなかったら、わたし、きっと負けてた」

 

「……ふむ……確かにツバキに完敗……というのは撤回してやるか。おい。……うん?」

 

 イソラがゲントに目を向けると、彼の視線はファンファンに優しく寄り添うツバキへ注がれ、ボーッとしている。

 

「……ふつくしい……」

 

「っ!!」

 

 ゲントがポツリと溢したその言葉を聞いた瞬間、イソラの怒りが再び爆発した。

 

「やっっっぱりか貴様ぁぁぁーーーーっっっ!!」

 

「あ、いや違……! 決してやましい気持ちは無い! お袋みたいだなって……!」

 

「なお悪いわぁぁぁっっっ!!」

 

 その辺の岩を拳で砕き、大きめの破片を握ったイソラがゲントを追い回す中、ツバキは先ほどと変わらずにファンファンを抱き締めながら目を閉じていた。

 

「……大好きだよ、ファンファン……」

 

 ファンファンの温もりを肌で感じながら、ツバキは襲いくる眠気に抗う事無く意識を手放した。

 

 

 

つづく




はい、今回も駄文や落書きへのお付き合いありがとうございました!

ゲントくん、ロリコン疑惑。


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第39話:穏やかなる水面、ハナダジムへの挑戦

ハナダジム戦直前の第39話です!


 窓の外から、ポッポやムックルの声が聞こえる。

 

「……ん……あれ……朝……? ……ふあぁ…………お姉ちゃん……?」

 

 部屋の構造を見るに、ポケモンセンターの個室のようだが、ツバキにはポケモンセンターへ来た記憶は無い。

 

「でも、ちゃんとパジャマ着てるし……えっと、昨日は確か……」

 

 ツバキは曖昧な記憶の糸を辿り、昨日の出来事を思い出そうとする。

 

「うん、ファンファンが進化して……確かその時はゲントさんとバトルしてて……その後は……うぅん……?」

 

 辿れる記憶はそこまでだった。

 それもそのはず、ツバキはゲントとのバトルが終わり、イソラとゲントがケンカを始めたのを横目に、ドンファンへと進化したファンファンにもたれたまま眠りに落ちたのだ。

 

「そう、そうだった! ……あれ? じゃあなんでパジャマ…………まさか……」

 

 ツバキは洗濯されていた私服に着替えると、急いでロビーへと向かい、いつものようにコーヒーで一服しているイソラを発見する。

 

「お姉ちゃん!」

 

「ん……ああ、おはようツバキ」

 

「おはよう! ねぇお姉ちゃん、もしかして昨日……」

 

 バッグからパジャマを取り出して指差すと、イソラは大変良い笑顔を見せた。

 

「ああ、着替えさせたぞ!」

 

 そしてツバキは逆に真っ赤になって困惑の表情を浮かべる。

 

「な……ななな……なんでぇ!? 恥ずかしいよぉ……!」

 

「だからとて、汗をかいたままの服で寝かせるわけにもいかないだろう? 風邪や汗疹の元だ」

 

「そ、それはそうだけどぉ……」

 

 ぐうの音も出ないとはこの事であろう。

 イソラからの至極真っ当な正論を受け、ツバキは黙ってしまう。

 

「それに、着替えるだけでは不足だ。身体を拭いたり、シャワーを浴びたり、その後の髪と肌の手入れも必要不可欠」

 

「……え……ま、まさかお姉ちゃん……それ……」

 

「うむ! 全部やったぞ!」

 

 またしても満面の笑みのイソラとは対照的に、ツバキは耳まで真っ赤になり、穴があったら入りたい気分になってしまう。

 

「あうぅ……10歳で……10歳でそんなぁ……」

 

「気にするな、小さい時から一緒に風呂にも入っていたじゃないか」

 

「それとこれとは別なのぉ!」

 

 寝ている間に脱がされ、拭かれ、洗われ、手入れされ、そしてパジャマに着替えさせられるという、赤ん坊もかくやという扱いに、ツバキの顔はほのおタイプと見紛うほどに上気してしまっていた。

 これ以上は恥ずかしさで倒れると判断したツバキは、話題を変える事にした。

 

「そ、そういえばお姉ちゃん、ゲントさんはどうしたの?」

 

「ん? ゲント? ……………………ああ、あいつか。あの男なら、でんきタイプを探しながらイワヤマトンネルを抜けてシオンタウンに行くと言っていたぞ」

 

 ……沈黙の長さと、何かを思い出すような素振りからして、どうも本気で忘れていたようである。

 

「そ、そうなんだ……。ともかく! 今日はハナダジムへ挑戦して、昨日の特訓の成果を見せるよ!」

 

「そうだな。それと、“10まんボルト”を覚えているナオをボックスから連れてくと良いんじゃないか?」

 

「あ、確かに……! ……うぅん………………うん、ごめん、ケーン……しばらくナオと入れ替わりでボックスにいて」

 

 ツバキはケーンの入ったボールを腰から外し、パソコンの横の装置に置いてパソコンを操作する。

 こうして手持ちのケーンがボックスに送られ、替わりにナオが送られてきた。

 

「ナオ、今日はお願いね」

 

 答えるようにナオのボールがカタカタと揺れ、ツバキは頼もしさを感じる。

 

「ナオもやる気十分なようだな。……では、行くか」

 

「うんっ……!」

 

 ツバキは表情を引き締めてポケモンセンターの扉を開け、その姿にかつての自分を重ねたイソラは微笑ましく見守りつつ後に続いた。

 

「(しかしハナダジムか……カスミの奴はどうしているんだろうか。まだあいつがジムリーダーなのか、それとも……)」

 

 2人がハナダジムへ向かって歩いていると、ジムの前を箒で掃除している少女がいた。

 

「~♪」

 

「……あの……」

 

「ひゃいっ!?」

 

 鼻歌を歌いながらの掃除に集中していたのか、ツバキが声をかけると変な声で返事をした。

 

「あっ、すすす、すいません、気が付かず……!」

 

「い、いえいえ! こちらこそ驚かせてごめんなさい!」

 

 ペコペコとお互いに頭を下げ合う様子は、端から見るとかなりおかしい状況だ。

 見かねたイソラが話を進める事にしたようで、1歩前に出る。

 

「……こほん。あー、ジムの関係者の方ですか?」

 

「あ……は、はい……そうですけど……もしかして……?」

 

「えと……ジム戦をお願いしたいんですけど……」

 

 ツバキが挑戦者である旨を伝えると、少女は驚いてひっくり返りそうになったが、イソラが腕を掴んで持ちこたえる。

 

「す、すいません……で、では中へどどどうぞ……!」

 

 ぎこちなく案内する少女に続いてジムの中に入ると、黒眼鏡をかけた男性が書類の整理をしていた。

 

「……ん? ああ、ルイさ……また掃除なんてしていたんですか?」

 

 男性に詰め寄られ、ルイと呼ばれた少女が縮こまる。

 

「は、はい……。あ、あのクロタさん! ちょ、挑戦者の方だそうです!」

 

「……ほう」

 

 クロタと呼ばれた男性が書類をファイルへと閉じ、ツバキ達に近付いてきた。

 

「ようこそチャレンジャー、ハナダジムへ。クロタと申します」

 

 物腰は柔らかいが、その身から放たれる気配はただ者ではない。

 

「はじめまして、イソラです」

 

「グ、グレンタウンから来ましたツバキです! あ、あの……ジムリーダーさんですか?」

 

「……いえ、ジムリーダーは……」

 

 ツバキの問いかけに対してクロタが首を横に振り、ツバキ達の隣を指差す。

 

「そこのルイさんです」

 

「……え?」

 

 ツバキが目を見開き、イソラもいかにも強者な雰囲気を纏うクロタをジムリーダーと思っていたため、呆気に取られてしまった。

 

「ど、どうも……ハナダジムリーダーのルイ……です……! ……あの、クロタさん……やっぱりボクよりクロタさんが……」

 

「またそんな……もっと自信を持ってください。カスミさんの期待を裏切るのですか?」

 

「うっ……わ、わかりました……準備してきます」

 

 ツバキ達に頭を下げて奥の部屋へ入っていくルイの背中を見送り、クロタが溜め息を漏らす。

 

「……実は彼女、今日がジムリーダー就任後初のジム戦なのですよ」

 

「……なるほど、それであんなに……」

 

「元々はジムトレーナーとして働いていましたが、先代ジムリーダーであるカスミさんの推薦を受け、試験も見事パスして正式にジムリーダーに就任していますので、実力は本物なのです。ただ、気が弱い上に自己評価が非常に低いのが欠点でしてね」

 

「(要するにツバキと同じタイプか……)」

 

 イソラはツバキに視線を向け、妙に納得した表情を見せる。

 

「これまでもチャレンジャーはいたのですが、獣のような嗅覚で察知してその都度逃げ出してしまい、やむなく私が代理を務めていた有り様でして。ま、今日はあなた方と鉢合わせして、逃げようにも逃げられなかったようですが」

 

「……初ジム戦ってそういう意味ですか……」

 

 どうやら臆病さという点ではかつてのツバキ以上という、困った人物らしい。

 その時、扉の隙間からルイが顔を出して手招きをしてきた。

 

「じゅ、準備できましたので……ど、どうぞ……」

 

 クロタを含む3人が部屋へ入ると、そこはバトルフィールド……なのだが、さすがはみずタイプのジムと言うべきか、周囲をプールで囲われた、円形のフィールドとなっている。

 

「まさにみずの試練とでも言ったところか」

 

「いつものジム戦ほど自由には動けないね……」

 

 ツバキの考える通り、ほぼ部屋全体を縦横無尽に駆け回る事のできたこれまでのジム戦と比較して、ポケモンの動きにはかなりの制限がかけられそうだ。

 それは何も陸上系のポケモンに限らず、空を飛べるポケモンも相手の攻撃によって水中へ落下するリスクを考えねばならない。

 

「え、えっと……挑戦者は確か……」

 

「あ、わたし、ツバキです」

 

 ツバキが名乗り出て1歩前へ踏み出す。

 

「で、では……バッジはいくつですか?」

 

「4つです」

 

「4つ……じゃ、じゃあトレーナーレベル5ですね……3対3のバトルで、バ、バトル中の入れ替えはツバキさんのみ可能です。そ、そして……」

 

 ルイが端末を操作し、天井から10個のモンスターボールが乗った台座が下りてきた。

 

「こ、この中からツバキさんがボールを3つ選び、その3体が今回のジム戦でのボクの手持ちになります」

 

「10体はまったく同じタイプ構成のポケモンはおらず、得意戦術もバラバラです。自分のポケモンが有利に立ち回れる相手を引き当てられるか否か……運も実力の内という言葉を具現化した形式です」

 

 ルイの説明をクロタが補足する。

 しかし、これはルイ側からすれば、挑戦者の選択に依存する即席パーティでのバトルとなり、その都度異なる戦術構築が必要となる事を意味する。

 つまり、ルイはそれが十分に可能な力量を持つトレーナーである事を、この形式そのものが裏付けていると言えるだろう。

 ツバキは10個のボールを凝視するが、当然中身が見えるわけでもなく、結局は直感で選ぶ事になる。

 

「……うぅん…………………………これと、これと…………あとは……これ! この3体にします!」

 

 選んだ3つのボールを渡すと、ルイはそれをたどたどしく受け取り、腰のベルトへと装着する。

 ビクビクした態度は変わらないものの、その目付きは大きく変化しており、選択された3体による戦術パターンを頭の中で組み上げているようだ。

 

「(……この顔……すでにかなりの数の戦術を構築し、凄まじい速度で脳内模擬戦をしているな)……ツバキ、気を付けろ。……強いぞ」

 

「お姉ちゃん……うん……!」

 

 そして両者がフィールドを挟んで向かい立ち、いよいよバトル開始の秒読みに入る。

 

「審判はこのクロタが務めさせていただきます。今回のジム戦は3対3のシングルバトル。バトル中のポケモン交代は、チャレンジャーのみ許可されます。よろしいですね?」

 

「はいっ!」

 

「は、はいぃっ……! ……で、では……ハナダジムリーダー・ルイ……! い、行きますぅぅーーっ!!」

 

――――ジムリーダーのルイが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「それでは、まずジムリーダーからポケモンを」

 

 クロタに促されたルイが腰のボールに手を伸ばし、迷い無く1つ目を手に取る。

 

「お、お、お願いします……ハスブレロぉっ!」

 

 へなへなと投げられたボールから飛び出したのは、頭にハスの葉のような皿を持つ、ようきポケモンの『ハスブレロ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(ハスブレロ……みずとくさの複合タイプか……厄介だな。本来対みずとして機能する、くさとでんき技の威力が抑えられてしまう上、粉系の技が効かないので状態異常にしにくい)」

 

 観客席に座ったイソラが冷静に相手の分析を始め、ツバキもまたポケモン図鑑でそのタイプ構成に悩む。

 

「(このタイプだと、ミスティもナオも全力は出せない……でも、くさタイプを持ってるなら……!)……出番だよ、ポポくん!」

 

 ツバキが投げたボールから、翼を広げてポポが飛び出した。

 前回のヤマブキジム戦に続いて先鋒としての抜擢だ。

 

「(ポポか……確かにくさタイプ相手なら、ひこうタイプのポポは有利だ。だが……)」

 

 ホバリングしてフィールドを見下ろすポポと、それを見上げるハスブレロ……両者は今にもぶつかり合いを始めそうな、一触即発状態だ。

 それを制するように上げられたクロタの右腕に、誰もが注目する。

 

「それでは、ジムリーダー・ルイと、チャレンジャー・ツバキによるジム戦を始める。ハスブレロ対ピジョン……バトル…………開始っ!」

 

 そして、その右腕が振り下ろされると共に、2人のトレーナーが同時に声を上げた。

 

 

 

つづく




今回も駄文へのお付き合い、ありがとうございました!

イソラがシスコン通り越して変態になりつつある気がする。

ルイの服装は、ORASのピクニックガールをモチーフにしています。


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第40話:変化する事、水の如し!変幻自在のハナダジム!

ハナダジム戦開始となる40話です!それではどうぞ!


 ハナダシティ。

 この街自体には注目すべき場所はあまり無いが、カントー地方の電力を支えるカントー発電所、デートスポットとして名高い25番道路、ポケモン転送システムの開発者にしてボックス管理者、そして名うてのポケモンマニアで知られるマサキ氏の住居など、観光名所ではないが多方面で需要の多いスポットの中継点となっている。

 極めつけが街から少し離れた北西部に存在する謎の洞窟であり、内部は強力な野生ポケモンがひしめき、幾度もトレーナーや協会のチームが調査に立ち入ったものの、いまだその全貌は解明されていない。

 ……そしてそんなハナダシティの一角、ハナダジム。

 審判を務めるクロタのバトル開始の合図と共に、2人のトレーナーが同時にポケモンへの指示を叫んだ。

 

「“たつまき”!」

 

「バ、“バブルこうせん”!」

 

 ポポが翼をはためかせて3つの風の渦を作り出し、ハスブレロを取り囲むように攻撃するが、ハスブレロは驚異的なスピードでその合間をすり抜け、空中のポポに向かって勢いよく泡を吐き出した。

 

「旋回してよけて!」

 

 数は多いが、直線状に纏められて発射されたため、回避はそう難しくはない。

 ……しかし、これが罠だった。

 

「……あっ!? こ、これは……!」

 

 ポポにかわされた“バブルこうせん”の泡は、ジムの天井に当たって拡散し、フィールドの空中を無数に漂う浮遊機雷へと変貌したのである。

 

「(やはり対策していたか……あの複合タイプの数少ない弱点の1つはひこうタイプ。あれはそのひこうタイプから、空中を飛べるというアドバンテージを奪うための戦術か)」

 

 イソラの指摘通り、ポポは周囲を泡に囲まれ、身動きの取れない状態になってしまっていた。

 

「ポ、ポポくん、脱出して!」

 

 ポポはどうにか泡の合間を縫って、泡の無い高さまで下りようとするが、必然そのスピードは著しく低下し、隙だらけとなる。

 

「こ、“こごえるかぜ”ぇ!」

 

 そこへハスブレロが強烈な冷気を吹き付けて追撃してくるのだから、たまったものではない。

 効果抜群のこおり技を全身で浴びてしまったポポは、泡に当たりながらフィールドへと落下した。

 

「ポポくんっ!」

 

 起き上がって土煙を払ったポポだが、どうにも動作が重い……と、よく見ればポポの翼に大量に霜が付着している上、部分的に凍ってしまっているではないか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(まずいな……翼をもがれた鳥ポケモンなど、陸に打ち上げられたコイキング同然だ。“すなかけ”も“たつまき”も翼を使うし、“でんこうせっか”と“ブレイブバード”は空中での機動力を活かした技……どうする、ツバキ……?)」

 

 ポポは凍結した翼をどうにかしようと振り回すが、わずかな霜が飛び散るばかりだ。

 

「(ど、どうすれば良い……? あの氷をなんとかしないと、技を出せない……!)」

 

「ハ、ハスブレロ! “あまごい”ぃ!」

 

 ツバキの悩む間にも、相手は次の手を打ってくる。

 フィールド上空にもくもくと雨雲が現れ、屋内にもかかわらず雨を降らせ始めたのだ。

 

「あ、雨……?」

 

「(雨が降っている間は、みずタイプの技は威力が上がる……相手の動きが鈍っている間に悠々と自分に有利な状況を作り出すか……やはり強い……!)」

 

 しかも、雨が降り始めてから、ハスブレロがかなり機敏に動いており、特性《すいすい》によって素早さを補強しているようである。

 

「ハスブレロ! バ、“バブルこうせん”っ!」

 

 動きに大きく制限のかかったポポに対し、容赦の無い追撃が行われる。

 

「っ! 翼で受け止めて!」

 

 ツバキの指示に従い、ポポは左右の翼で身体を守るように“バブルこうせん”を受け止める。

 すると、ダメージも当然あるものの、同時に“バブルこうせん”で霜が払われ、氷が溶けて砕けていく。

 

「(うっ……!? あ、あえて技を受けて氷を……!? ピ、ピジョンはそんなに頑丈なポケモンじゃないのに……!?)」

 

 ルイとしては、相手が不自由ながらも攻撃をよけようとし、無防備になったところへさらに連続攻撃を仕掛けて勝負を決めようと考えていたため、正面から受けられたのは誤算だ。

 というのも、臆病なルイの性格からして、『(耐久型のポケモンを除いて)相手からの攻撃は回避する物』という認識が強かったのが大きい。

 

「ポポくん、行ける!?」

 

 残った欠片を払い落とし、ポポが答えるように大きく翼を広げる。

 

「うんっ! 反撃、行くよ! “でんこうせっか”!」

 

 ポポが大きく……は、飛び上がらない。

 下手に高度を上げて、先ほどのような窮地に陥ってしまってはかなわない。

 低空飛行で器用に加速していき、ハスブレロの周囲を飛び回って、その背後から強烈な一撃を加えた。

 

「あわわわわ……! は、速すぎますよぉ……! だ、だ、大丈夫!? ハスブレロ!」

 

 背後から攻撃されたために、顔面からフィールドに突っ込んでしまったハスブレロが起き上がり、首を振って砂を落とすと、両腕を振り回して闘志をたぎらせる。

 

「よ、良かった……。じゃ、じゃあ、“こごえるかぜ”!」

 

 再度“こごえるかぜ”によって動きを封じようと目論むが、ツバキもその辺りは学習している。

 

「ポポくん、“たつまき”!」

 

 ポポが羽ばたいて巻き起こした“たつまき”が“こごえるかぜ”を巻き込み、超低温の暴風と化してハスブレロを襲う。

 

「プ、プールに飛び込んで!」

 

 間一髪、“すいすい”による素早い動きでプールへと飛び込んだハスブレロは“たつまき”を回避し、次なる攻撃の機を窺う。

 一方のツバキとポポは、“たつまき”でプールの水を多少巻き上げたものの、完全にハスブレロを見失ってしまった。

 高所から探したいが、それは最初の“バブルこうせん”の悪夢を再度呼ぶ事になるだろう。

 

「ポポくん、“でんこうせっか”で飛び回りながら探して!」

 

 “でんこうせっか”のスピードならば、水中からの奇襲もそうそう上手くはいかないはずだ。

 

「バ、“バブルこうせん”!」

 

 プールから飛び出したハスブレロが、“バブルこうせん”でポポを襲撃するも、やはり“でんこうせっか”の速さを捉える事はできないらしく、ポポに掠める事すら無い。

 また、この高さでさっきのような浮遊機雷にすると、自分の動きも阻害してしまうためか、今度の“バブルこうせん”は弾力を弱めてあるようで、泡は壁に当たって割れる。

 

「“すなかけ”!」

 

 ポポが地面すれすれを滑空し、尾羽を使ってハスブレロに向けて砂を巻き上げる。

 

「ハ、ハスブレロぉっ! ……う~……こ、“こごえるかぜ”!」

 

 視界の利かない状態で正面に“こごえるかぜ”が放たれるが、ポポには当たらず、ハスブレロの脇をすり抜けていった。

 だが。

 

「っ!?」

 

「……ほう」

 

 ツバキが驚愕し、イソラが感心したような声を上げる。

 なんと、“こごえるかぜ”によってフィールド表面が凍ってしまったのだ。

 

「(最後っ屁という奴か……ポポはともかく、地に足を付けるポケモンは苦労するぞ)」

 

「くっ……! “ブレイブバード”!」

 

 ハスブレロの脇をすり抜けたポポが急上昇した後に急降下、空気を裂いてハスブレロに頭上から突撃する。

 気配は感じているものの、目の見えないハスブレロは右往左往してしまう。

 

「ま……真上に“れいとうパンチ”ぃ!」

 

 目は見えずとも耳は健在。

 ルイの指示が届いたハスブレロは、冷気を拳に纏わせ、真上に向けて全力で突き出した。

 直後、技同士のぶつかり合いによって大爆発が起き、爆煙がフィールドを覆った。

 

「ポ、ポポくん……!」

 

 そして煙が徐々に晴れると……ポポとハスブレロは重なるようにして揃って目を回していた。

 “ブレイブバード”のオーラと正面からぶつかった“れいとうパンチ”は、表面の冷気こそ大部分が消えてしまったが、拳そのものはオーラの中のポポを直撃し、ポポはそれまでのダメージと“ブレイブバード”の反動も重なって倒れ、ハスブレロは弱点タイプの大技の直撃によって倒れたのだ。

 

「……ハスブレロ、ピジョン、共に戦闘不能! 引き分け!」

 

 クロタによるジャッジの声。

 2人は同時にポケモンをボールへと戻す。

 

「……お疲れ様、ポポくん。休みながら待っててね」

 

「あう……ご、ごめんねハスブレロ……お疲れ様……」

 

「(1戦目から引き分けとは……相性で不利なハスブレロでそこまで持っていったのだから、これは油断できんな……)」

 

 ポケモンの数で言えば引き分けの互角だが、フィールドを凍らされ、雨も降り続け、相手はプールも活用できるとなれば、どちらかと言うとツバキ側の不利と言える状況となった。

 

「……に、2番手……お、お願いっ! トドグラー!」

 

 ハスブレロに続いてルイが繰り出したのは、たままわしポケモン『トドグラー』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(トドグラーは…………こおりとみず……! ミスティは危ない……なら!)……お願いね、ナオっ!」

 

 対するツバキの2番手は、ルーシアと入れ替わりにしばらくボックスに預けられていたナオだ。

 

「(なるほど、ナオならば超能力で浮遊して、凍結したフィールドの影響を受けない……考えたなツバキ)」

 

 ナオは足元が凍っているのを確認すると、お気に入りのモンスターボールをツバキに預けて浮遊する。

 

「それでは、トドグラー対ニャオニクス。バトル……開始っ!」

 

 2戦目開始の合図がフィールドに響く。

 

「ナオ、“サイコショック”!」

 

「トドグラー、た、“たくわえる”!」

 

 ナオがサイコエネルギーを物質化すると同時に、トドグラーは大きく息を吸って身体に力を込める。

 そして、サイコエネルギーの塊が投擲され、トドグラーにヒットした……が、思ったほどのダメージは無いらしい。

 どうやら、ハスブレロほどの機敏さが無い代わりに、非常に頑強なようだ。

 

「(“たくわえる”は、大きく力を溜め込み、物理攻撃にも特殊攻撃にも耐性を付ける強化技だ……なるほど、ハスブレロとは異なり、耐久型のポケモンというわけか)」

 

「ア、“アクアリング”ぅ!」

 

 トドグラーの周りに、大気中の水分が2重の輪を描き、リングとなってその身体を覆う。

 

「わぁ、綺麗……じゃなくって! ナオ、弱点技で一気に決めよう! “10まんボルト”!」

 

 ナオの毛が逆立ち、その身体が帯電を始める。

 バチバチという音と共に、電気の流れが目視できるほど膨大になると同時に、トドグラーへ向けて放たれた。

 

「“たくわえる”ぅ!」

 

 トドグラーがさらに力を溜め込み、ますます頑強さを増す。

 “10まんボルト”が直撃し、確かにダメージはそこそこあるようなのだが、トドグラーはまだまだ余裕がありそうだ。

 しかも“アクアリング”が光り、トドグラーが多少元気になった。

 

「(“アクアリング”は時間経過と共に体力を回復し続ける技……長期戦は相手のペースに乗せられるだけだが、“たくわえる”で打たれ強くなっているので、どうしても時間はかかるか……)」

 

「み、“みずのはどう”っ!」

 

 トドグラーの口の前に大量の水が集まり、集束されて一直線にナオへと発射された。

 

「ナオ、“ひかりのかべ”!」

 

 ナオはそれに対してエネルギー体の障壁を作り出して受け止める。

 雨が降っているとはいえ、障壁によって大きく威力の減衰した“みずのはどう”は、ナオにはほとんどダメージを与えられなかった。

 ……しかし、ナオの様子がおかしい。

 

「っ!? ナ、ナオっ!?」

 

 突然、超能力が切れてフィールドに落下し、さらに身体を地面に叩き付け始めたのだ。

 “みずのはどう”の追加効果で、混乱してしまったのである。

 

「しっかりしてナオ! わたしの声聞こえる!?」

 

 だが、ナオはツバキの声にも反応せず、フィールドを走り回って氷で転ぶ。

 そうこうしている間にも、トドグラーは“アクアリング”でダメージを回復していってしまう。

 

「ト、トドグラー! オ、“オーロラビーム”!」

 

 混乱するナオへ向け、トドグラーの口から7色に輝く煌びやかな光線が発射される。

 ナオは当然よけられずに直撃してしまい、無抵抗のまま吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。

 

「ナ、ナオぉっ!」

 

 パラパラと音を立てる壁の破片と共に床に落ちたナオが、ふらつきながら立ち上がる。

 ……と、その身から発せられる雰囲気が大きく変化した。

 

「えっ……?」

 

「(あれは……《かちき》が発動したのか? ……そうか、確か“オーロラビーム”には、稀に相手の攻撃を下げる効果があった……それに反応したか!)」

 

 正気に戻って浮かび上がったナオの目が怒りに染まり、鋭い視線がトドグラーに向けられる。

 全身からサイコエネルギーが溢れるナオに睨まれ、トドグラーは思わず竦み上がって後退りしてしまう。

 おまけに、ナオに恐れを抱いたかのように雨が止んでしまった。

 

「(な、なんだかあのニャオニクス……さっきまでと全然違うよぉ……!)」

 

 《かちき》持ちのニャオニクスは珍しいためか、ルイは何が起こっているのかを正確には把握できていないが、直感的にヤバい事態である事は察しているようだ。

 

「ナオ! “10まんボルト”!」

 

 先ほどとは比較にならない規模の電力が瞬く間にナオの周囲を覆い、それが一気にトドグラー目がけて放射された。

 《かちき》で大きく強化された弱点技の“10まんボルト”……さしものトドグラーもこれはかなりキツいようで、もがき苦しんでいる。

 ……が、そこはさすがの耐久力。体力の半分近くを持っていかれはしたものの、それでもなお闘志は衰えない。

 

「た、耐えられた……! よ、よしっ! トドグラー、連続して“みずのはどう”!」

 

 トドグラーによる反撃として、出力を抑え、代わりに連射能力を引き上げた“みずのはどう”が次々に発射される。

 

「ナオ! 動き回ってよけて!」

 

 超能力によって浮遊したナオは、ふわりふわりと不規則に浮沈を繰り返し、“みずのはどう”を回避するが、これもトドグラーの時間稼ぎだ。

 ナオが回避に集中している間に、“アクアリング”で回復しようという思惑である。

 が、当然の事ながらツバキはそれを許したくはない。

 

「(イチかバチか……一気に行くしかない……!)ナオ! “ひかりのかべ”を出して突っ込んで!」

 

 ナオは前面に“ひかりのかべ”を展開すると、まっすぐにトドグラーへと突撃を敢行する。

 雨が止んだ上に、連射と引き換えに出力の下がった“みずのはどう”は、“ひかりのかべ”を透過するとほぼ水しぶき同然でダメージは皆無に近い。

 それでも混乱のリスクは残っているが、構わずに突っ込んでいき、とうとうトドグラーの懐へ潜り込んだ。

 

「あっ……!!」

 

「“10まんボルト”!」

 

 膨大な電気が至近距離からトドグラーを襲い、凄まじい電撃の音と光が周囲を覆った。

 

「ト、ト、トドグラぁーっ!」

 

 音が消え、光が弱まると、ツバキとルイは同時に目を開く。

 そこには倒れたトドグラーと、勝ち誇るナオがいた。

 

「……トドグラー、戦闘不能! ニャオニクスの勝ちっ!」

 

 クロタの宣言と共に、ナオがツバキへと抱き付いてきた。

 

「ナオっ! えへへ、ありがとうナオ……♪」

 

「うぅぅ~……ごめん……ごめんねトドグラー……」

 

 ルイは暗い表情でトドグラーをボールに戻し、最後のボールを手に取る。

 

「……い、いよいよ最後……です……。で、でも! この子は……ひ、一味違いますよっ!」

 

「……!」

 

 ボールを突き出し、それまでに無い(彼女にしては)強気な言葉に、ナオと喜び合っていたツバキの表情に緊張の色が浮かぶ。

 果たして、ルイがそこまでの自信を持つ最後の1体とは……?

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きへのお付き合い、ありがとうございました!

改めて確認したら、すでに投稿開始から2ヶ月経ってたんですね!
……2ヶ月&40話かけてやっと5個目のバッジ取ろうってとこかぁ……。



追記:“オーロラビーム”の追加効果が攻撃でなく素早さになっていましたので修正。失礼いたしました。


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第41話:荒ぶる剛腕!激流を乗り越えて!

ハナダジム戦決着の第41話です。

いつもより投稿が遅れて申し訳ありません。
ワシは悪くねぇ、会社だ、会社が悪いんだ……!


 ハナダジムリーダー・ルイに3対3のジム戦を挑んだツバキは、ポポを失いながらもハスブレロ、トドグラーの2体を倒し、数の上で優位に立つ事に成功した。

 しかし、弱気なはずのルイは最後の1体であるにもかかわらず、強気な発言を繰り出す。

 

「ト、トレーナーレベル5の人で、この子を突破した人は…………な、何人でしたっけ、クロタさん……?」

 

「……2人です」

 

「そ、そう! 2人しかいないんです!」

 

 自信満々かと思いきや、言葉に詰まって視線を泳がせたルイは、今度は自信無さげにおずおずとクロタに尋ね、答えを得るや再度自信満々にボールを突き出す。

 まぁ、これまでジム戦を担当してきたのがクロタなので、仕方ない部分もあるにはあるが……。

 

「と、ともかくすごいんですね!?」

 

「と、ともかくすごいんです!」

 

「(なんだこの会話……)」

 

 どうにも性格の根っこ部分の波長が合うのか、ツバキとルイの2人だけだと、ツッコミ不在の漫才のような会話になってしまうらしい。

 

「と……というわけで……! こ、この子でお相手です! お願いっ! ラグラージ!」

 

 先ほどとはうって変わって、ルイはかなり気合いの入った投擲を見せ、空中で開いたボールから、フィールドにポケモンのシルエットが現れた。

 全体的に青い身体、頭部と尻尾には大きな黒いヒレ、そしてたくましく発達した前腕と、強靭な肉体を支える太い後脚。

 ぬまうおポケモンの『ラグラージ』である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(みずとじめんの複合タイプ……くさタイプ以外に弱点を持たない、耐久力に優れたタイプ構成だ。中でもラグラージは、かなりのパワーファイター……しぶとさとパワーを併せ持つ難敵と言えるだろう)」

 

 ラグラージとナオが向かい合い、火花を散らす中、クロタが右腕を振り上げ……。

 

「では、ラグラージ対ニャオニクス。バトル……開始っ!」

 

 一気に降り下ろした。

 

「ナオ、“サイコショック”!」

 

 先手を打ったのはツバキだ。

 両手の中に円盤状のサイコエネルギーを実体化して、ラグラージを左右から挟み込むように投擲する。

 

「い、“いわなだれ”で防御!」

 

 ルイの指示と共に空中に岩塊が出現し、ラグラージの左右に落下……迫っていた“サイコショック”に対する盾となった。

 

「防がれた……!?」

 

「こ、今度はこっちから……! た、“たきのぼり”ぃ!」

 

 空中に発生した水流がラグラージの両腕をグローブのように覆い、一直線にナオへと突っ込んでくる。

 鈍重そうな見た目とは裏腹に侮れないスピードであり、ナオはよけられずに強烈なアッパーを受けてしまい、くるくると回りながら吹き飛ばされた。

 ……が、どうにか超能力で体勢を立て直し、ラグラージに睨みを利かせる。

 

「ナオ! まだ大丈夫!?」

 

 ナオはちらりとツバキへと目を向け、静かに頷きを返す。

 

「(……とはいえ、離れて攻撃すると“いわなだれ”で防御されて、近付くと“たきのぼり”……それに、まだ見せてない2つの技も気になる。意外とスピードは速かったけど、しっかり距離を取れば反応できなくも無いし、遠距離攻撃を持ってるかも……)」

 

 ツバキの予想では、ラグラージの残りの技は遠距離攻撃用の技を1つと、もう1つが搦め手系の技という構成だ。

 無論、技全て攻撃用という可能性もあるが。

 

「(それなら、こっちの方が小柄なのを活かして、スピードと体格で相手に捉えさせない戦い方を……!)ナオ、“サイコショック”を小さくして連射! 攻撃しながら近付いて!」

 

 両手にサイコエネルギーを蓄えたナオが、飛翔してラグラージへと接近する。

 そして両手のエネルギーの塊を、少しずつ小さな円盤状へと成形して次々に投擲し、ラグラージの反撃を牽制する。

 

「ち、近付いてきた……! い、“いわなだれ”ぇっ!」

 

 それに対してラグラージは、自身の前面に大量の岩を落として壁代わりにする。

 岩の壁を乗り越えてくるならば引き続き“いわなだれ”で攻撃し、左右に迂回してくるならば、両手に水を集めて“たきのぼり”を応用したパンチをお見舞いする算段だ。

 神経を尖らせて虎視眈々と待ち構えるラグラージだが、ナオは一向に姿を現さない。

 と、その時、ラグラージの視界の端を何かが横切り、すかさず水流を纏ったパンチを叩き込んだ。

 

「っ!! サ、“サイコショック”……!? ラ、ラグラージ、上!」

 

 時すでに遅し。

 “サイコショック”のエネルギー盤でラグラージの視線が外れた一瞬の内に岩を飛び越えたナオは、小さな身体を活かしてラグラージの懐へ潜り込み、手に残ったありったけのサイコエネルギーを直接ぶつけた。

 

「(この距離なら“いわなだれ”は自分を巻き込むし、“たきのぼり”は足元に打ち込むには大振りすぎる……! ラグラージはナオの小さい身体を捉えられないはず……!)」

 

 ツバキがちらっと見ると、ルイはラグラージの足元をうろちょろするナオの素早さにあわあわして、当のラグラージも自分の体格が災いしてナオを見つけるのも困難な様子だ。

 

「(行けるかも……!)ナオ、そのまま“サイコショック”!」

 

 ラグラージの周囲や股下を動き回りながら、ナオは両手を突き合わせてサイコエネルギーを増幅させていく。

 しかし、それを見たルイの指示が、ツバキのこの時点での勝機を奪う。

 

「ミ……“ミラーコート”ぉ!」

 

「えっ……?」

 

 ラグラージの表面を虹色の膜が覆うと同時に、ナオの手から“サイコショック”が放たれる。

 しかし、直撃したはずのエネルギー盤とラグラージの身体が拮抗し、エネルギー盤が見る見る内に肥大化していく。

 

「えっ? えっ?」

 

 困惑するツバキをよそに、ナオの身体と同じくらいまで大きくなったエネルギー盤が跳ね返り、逆にナオを直撃した。

 

「ナ……ナオぉぉーーーーっっ!!」

 

 力無く宙を舞ったナオの身体が、フィールドの外へと落下し、あわやプールに落ちるというタイミングで、ツバキが両腕を伸ばしてキャッチに成功した。

 

「うぅ……ナ、ナオはもうダメみたいです…………お疲れ様、ナオ……よく頑張ったね」

 

 ツバキはクロタに目を回したナオを見せる。

 

「……ニャオニクス、戦闘不能! ラグラージの勝ちっ!」

 

 それを見たクロタが高らかに宣言し、ラグラージが両腕を上げて勝ち誇る。

 そのはりきり具合からして、少なく見積もってもまだ体力は3分の2以上残っていそうだ。

 

「“ミラーコート”は特殊技で受けたダメージを倍増して跳ね返す奇襲技だが、自分もダメージ自体は受けている……さすがにタフだな、ラグラージは……」

 

 ラグラージはタイプ構成だけでなく、種族としての能力もまたかなりのタフネスを誇り、攻守に隙の無い強力なポケモンなのである。

 

「(さて、ツバキの3体目は恐らく……)」

 

 ナオをボールに戻したツバキは、別のボールを握り、じっと見つめている。

 

「(今回のジム戦……全てはあなたに掛かってる……わたしも精一杯頑張るからね……!)……お願い……! ミスティっ!」

 

 目を閉じ、自身の想いを込めるようにギュッと握ったボールを、開眼と共に勢いよく放り投げた。

 ボールから飛び出したミスティは、“こごえるかぜ”で凍ったフィールドに面食らいつつも、なんとか体勢を安定させる。

 

「ミスティ! かなり足場が悪いけど、ここで頑張れば5個目のバッジが取れるかもしれないの! だから一緒に頑張ろうっ!」

 

 ツバキの檄を受けたミスティは、葉をぶんぶんと振り回して戦意を高めている。

 

「(ツバキさん……前のピジョンも、ニャオニクスも、あのナゾノクサも……本当にポケモンと信頼し合ってるんだなぁ……それに引きかえ……)」

 

 ルイは目を細めてラグラージの背中を見つめる。

 

「(ボクは……ボクはポケモンを信じてるけど、ポケモン達は……? ……ジム戦から逃げてばっかりのボクは、ポケモンに信頼されてる……? そんなんでポケモンにボクを信じてって言える……?)」

 

「では、ハナダジム戦最終戦を始めます!」

 

 思索の波に拐われそうになったルイだったが、クロタの声で現実に引き戻され、頭を振って思考を切り替える。

 

「ラグラージ対ナゾノクサ。最終バトル……開始っ!!」

 

 今度もツバキが先制する。

 

「ミスティ、“どくどく”!」

 

 思うような動作ができそうもない氷のフィールドでは、下手な動きは自滅を招く。

 まずは現在位置から状態異常の付加を狙う事にしたようだ。

 

「っ! プ、プールに逃げて!」

 

 猛毒の液は、飛び散った飛沫ですら皮膚に付着すれば瞬く間に肉体を蝕むだろう。

 だがそんな毒液も、この膨大な量の水の前には無力だ。

 バックステップでプールに飛び込んだラグラージは、水中を泳いでミスティの死角へと忍び寄る。

 フィールドの周りは全てプール……どこから現れてもおかしくはない。

 

「ミスティ、冷静に。いつでも技を出せる準備をしておいてね」

 

 ツバキは水面をじっと見つめ、わずかな変化も見逃すまいとする。

 ラグラージほどの体躯ならば、どんなに泳ぎが上手かろうと、一切水面を乱す事無く浮上するなど不可能のはずだからだ。

 

「(す、すごい……ツバキさんとナゾノクサ……話し合いもしてないのに、それぞれ違う方を監視してて死角が無い……!)」

 

 ツバキが左の水面を見れば、ミスティはその反対、右側に注意を配る。

 ミスティが左を見れば、今度はツバキが右を注視する。

 阿吽の呼吸というのはこういう事を指すのかと、ルイはバトル中にもかかわらず感心する。

 

「(って、いけない……! ラグラージもずっと水中で息が続くわけじゃないんだ……!) れ、“れいとうビーム”!」

 

 ミスティの左後方の水面が揺れ、ラグラージが猛スピードで浮上してくる。

 

「左後ろっ! “エナジーボール”!」

 

 最も大きい物を除いた4枚の葉を4方向に向けていたミスティは、ツバキの指示が飛んだ方向の葉から小さめの“エナジーボール”を射出する。

 それはちょうど水中から飛び出したラグラージの顔面にヒットし、口から放とうとしていた“れいとうビーム”は見当外れの方へと発射された。

 小さいとはいえ、いわゆる4倍弱点となる技を受けてはさしものラグラージも堪える。

 

「ラ、ラグラージぃ! こ、こっちに戻ってきて!」

 

 ラグラージはルイ側から這い出て、フィールドの上へと戻る。

 

「(ま……負ける……! ラグラージ自身は強いのに……ボクがもたついてるから……や、やっぱり……ボク……)」

 

 ルイの思考が黒く染まりかけたその時、ラグラージがルイの方を振り向いて一声吼えた。

 

「えっ……ラ、ラグラージ……?」

 

 ルイを見つめるその瞳は、不手際を責めたり、嘲笑するようなそれではない。

 それはむしろ……。

 

「もっと自分を信じろ」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、ルイの脳裏を駆け回る、ジムリーダー就任までの道。

 

 

 

「ルイ~♪」

 

 そうだ……ポケモン達の身体を洗っていたボクに、カスミさんが声をかけてきて……驚くような事を言ったんだ。

 

「じ、次期ジムリーダーに推薦……? な、なんでですかぁ……!?」

 

 本当にカスミさんは突拍子も無い事をしたり言ったりする人。

 

「私が相応しいって思ったから! ルイはいっつもポケモン達のお世話してくれてこの子達を熟知してるし、たまにやる模擬バトルだって、やる度にメキメキ実力を付けてる。ルイにとっては普通かもしれないけど、並のトレーナーが羨ましがる成長速度なんだからね? もっと自分を信じなさいよ♪」

 

 ……自分を信じる……。

 

「……か……勝っちゃった……試験官さんに……」

 

 自分を……。

 

「ルイ、これからはあんたがハナダのジムリーダーよ。ジムとポケモン達の事、よろしくね」

 

 ポケモンを……。

 

「ルイさん、ポケモン達もたまにはあなたと共にバトルしたそうですよ? 少しはご自分を信じてはいかがです?」

 

 ポケモンを信じる……そんな自分を……!

 

 

 

「(……そう……そうだったんだ……ポケモンに信じられてるかじゃない……大事なのは……ポケモンを信じてる自分を…………!)」

 

 不思議とルイの頭の中がスーっと風が抜けるようにすっきりしていく。

 なんの事は無い。

 信頼という物が互いを信じる事で生まれるならば、ポケモンに信じられているのか、という不安は、ポケモンを信じる自分自身を信じられていなかったという事だったのだ。

 

「……ラグラージ」

 

 ルイとラグラージの視線がぶつかる。

 

「大丈夫、ボクを信じて」

 

 自分が信じれば、ポケモンも信じてくれる……そう、はっきりとした自信を持てば良いだけの話だった。

 ポケモンに自信を持つのはトレーナーとして当たり前。大事なのは、自分にも自信を持つ事なのだ。

 

「ツバキさん……今は油断しましたけど……ボクもラグラージもまだまだ行けます。簡単に負けるつもりはありません!」

 

 突如として雰囲気の変貌したルイにツバキは驚きつつも、次の瞬間には笑みを浮かべていた。

 

「……はいっ! お願いします!」

 

「……行きますっ! ラグラージ、“れいとうビーム”!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 吹っ切れた表情のルイは、別人のようにはきはきと指示を出し、心なしかラグラージのやる気も違うように見える。

 さて、凍ったフィールドでの遠距離攻撃……やられる側としてはたまったものではないが、相手は待ってなどくれない。

 しかも、こおりタイプの“れいとうビーム”は、ミスティへは効果抜群……当然の事ながらマトモに受けるわけにはいかない。

 

「転がってよけて!」

 

 氷の上を少し滑ったミスティは前転の要領で転がり、“れいとうビーム”はその頭上を通りすぎる。

 先に述べた通り、ここは氷上……1度転がり始めれば、そう簡単には止まらない。

 ミスティは氷上を滑走してラグラージへと急接近する。

 

「ラグラージ、“いわなだれ”っ!」

 

 そんなミスティに、頭上から無数の岩塊が襲いかかる。

 

「ミスティ! “エナジーボール”で迎え撃って!」

 

 5枚の葉から“エナジーボール”を射出して撃ち落とすが、落ちる岩を片っ端から迎撃しては、いくらなんでも手……もとい葉が足りないので、本当に直撃コースとなる物のみを落とす事に集中する。

 が、周囲に落下した岩が氷を砕き、飛び散る岩と氷の破片がミスティに着実にダメージを与える。

 

「岩に集中しすぎて、動きが単調になってますよ! “れいとうビーム”!」

 

「うっ……!?」

 

 ラグラージの口から青白い光線が発射され、岩への対応に追われるミスティに迫る。

 滑って移動していた上、直前まで別の行動を取っていたミスティでは回避は間に合わず、正面から当たった光線がその身を凍てつかせる。

 

「ミ、ミスティ!」

 

 幸いにして氷状態とはならなかったものの、弱点技を受けたミスティは、寒さも相まってガチガチと震えている。

 

「(ルイさんの指示も、ラグラージの気迫も、さっきまでとはまるで別物……! どうすれば突破できる……!?)」

 

 ツバキは思考を巡らせ、氷に阻まれたこの状況を打開してラグラージに勝利する策を思案する。

 

「(下手な“エナジーボール”は“ミラーコート”で大ダメージになって返ってくるけど、勝つにはこれを撃ち込むしか……なら、“ねむりごな”で無抵抗にする必要がある……でも……)」

 

 泳げも飛べもしないミスティが確実に“ねむりごな”を決めるならば、ラグラージによる迎撃をすり抜けながら、この氷上を滑るしか道は無い。

 

「(…………っ! 違う……! 道がある!)」

 

 フィールドを観察していたツバキの脳裏に、1つの戦術が浮かぶ。

 ラグラージによる迎撃がある点は同じだが、氷の上よりはマシなはずだ。

 

「ミスティ、もう1度近付くよ! 走って!」

 

 ツバキを信じるミスティは、再度ラグラージへ向けて走り出す。

 

「させませんよ! “れいとうビーム”!」

 

 小柄な相手に近付かれると厄介なのはナオの時に学習済みである以上、ルイ側はそれを断固阻止する。

 ミスティの“エナジーボール”は、ナオの“サイコショック”よりも生成と射出が早く、至近距離からでは“ミラーコート”展開が間に合わない可能性があるのだ。

 

「ミスティ! 岩に飛び乗って!」

 

「えっ!?」

 

 そう、ツバキが目を付けたのは、“いわなだれ”によって落下した大量の岩。

 少なくとも一直線に滑るという形で動きが阻害される事は無く、5枚の葉を動かして身体のバランスを取れるミスティならば、その上に立つ事は難しくない。

 岩へと飛び乗ったミスティの後ろを、“れいとうビーム”が通過していく。

 

「岩を飛び越えながら“エナジーボール”!」

 

 散乱する岩の上を次々に飛び継ぎながら、目眩ましに“エナジーボール”を発射する。

 “ミラーコート”を警戒してか、ラグラージに直撃はせずにその足元に着弾して一瞬だけ視界を奪う。

 

「(こっちの“いわなだれ”を利用するなんて……! でも……でもボクだって負けたくない……! 初めてポケモン達と一緒にジム戦をしたんだから、勝ちで飾ってあげたい……!)ラグラージ! “れいとうビーム”連射! 近付けないで!」

 

 ラグラージの口から低出力の“れいとうビーム”が対空砲火のごとく発射され、ミスティの接近を妨げる。

 

「ミスティ、決めてっ!」

 

 最後の岩から大きくジャンプしたミスティが、“れいとうビーム”を掻い潜って落下していく。

 葉や身体の一部が凍ってしまっていたが、ここまで来たら構ってはいられない。

 そして……。

 

「っ!!」

 

「取りましたっ! “ねむりごな”!」

 

 ラグラージの足元へ着地したミスティから青い粉が噴出され、ラグラージを強烈な眠気が襲い、その場に倒れ込んでしまった。

 

「ありったけのパワーで……“エナジーボール”っ!!」

 

 そして、無防備になったラグラージの背中に特大の“エナジーボール”が叩き込まれ、すさまじい爆煙がフィールドを覆った。

 

「ラ……ラグラージぃぃっっ!!」

 

 煙が薄れ、倒れた両者のシルエットが浮かび上がる。

 ……いや、ミスティは倒れそうになってはいるものの、葉を支えにしてギリギリで踏みとどまっていた。

 

「……ラグラージ、戦闘不能! ナゾノクサの勝ちっ! よってこのジム戦、チャレンジャー・ツバキの勝利とする!」

 

 クロタの宣言が部屋中に響き、イソラがツバキへ、そしてクロタがルイへとそれぞれ歩み寄る。

 

「やったなツバキ!」

 

「お姉ちゃん……うん、皆が頑張ってくれたから……! ありがとう、ミスティ」

 

 ツバキがミスティに頬擦りして、葉に付いた氷を握って溶かす。

 

「はぅ……ごめんねラグラージ……ボク……」

 

 一方のルイは、ラグラージを抱き締めてキズぐすりを塗りながら、その身体を労るように撫でる。

 すると、目を覚ましたラグラージが抱き返してきた。

 

「ラグラージ……そうだね、今言うのはごめんじゃなくて……ありがとう、だね」

 

「……ルイさん。ご自分に自信を持てたようですね」

 

 それを見ていたクロタが声をかける。

 

「クロタさん…………はい。……カスミさんやクロタさんも言ってくれてたのに……なんでボクもっと早く気付かなかったんだろう、こんなに簡単で大事な事なのに……」

 

「ふっ……それはルイさんの性格からして仕方ないでしょう。今はルイさんがジムリーダーとして一皮剥けた事を喜ぶべきでは?」

 

「……そうですね。……さて、と……それじゃあ、ジムリーダーのジム戦最後の仕事……してきますね」

 

 ルイはラグラージを一撫ですると立ち上がり、部屋の隅の壁を裏返すと、1枚のディスクとプラスチックケースを取り出し、ツバキへと歩み寄る。

 

「ツバキさん」

 

「あ、ルイさん……」

 

 ツバキはイソラと共にポケモン達にキズぐすりを塗っていたが、ルイが近付いてくると立ち上がって向かい合った。

 

「おめでとうございます……そして、ありがとうございます、ツバキさん。お互いを信じるツバキさんとポケモン達の姿が、ボクにも大切な事を気付かせてくれました」

 

 そう言うと、ルイはケースのフタを開き、水色の雫のような形のバッジを取り出した。

 

「ポケモンリーグ公認、ハナダジム突破の証……ブルーバッジです。ボクの初めてのジム戦を素晴らしい物にしてくれて、ありがとうございました」

 

「こちらこそ……ありがとうございます!」

 

 ツバキはバッジを受け取ると、ポケモン達と一緒に眺めて笑みを浮かべた後、バッジケースへ5個目のバッジとして収納する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そしてこれはボクの気持ちです。“たきのぼり”の技マシン……ぜひ旅のお役に立ててください」

 

 差し出された青いディスクを受け取り、ツバキはそれを胸に抱く。

 

「わぁ……あ、ありがとうございます、ルイさん!」

 

「い、いえ、こちらこそありがとうですよ!」

 

「いえ、わたしの方が……」

 

「ボクの方が……」

 

 そこまで言葉を交わして、不意に2人は顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出して笑いをこらえる。

 

「……あの2人、良い友人になれそうですね、クロタさん」

 

「ええ、性格が似ているのでしょう。きっとツバキさんに触発され、ルイさんはさらなる成長を遂げるはずです」

 

 笑い合う少女達を見守る2人の表情は穏やかで、若いトレーナーの明るい将来へ抱く希望に満ちていた。

 

 

 

つづく

 

 

 

【ツバキの現在の手持ちポケモン】

 

■ポポ(ピジョン(♂))

レベル36

特性:するどいめ

覚えている技

・すなかけ

・たつまき

・でんこうせっか

・ブレイブバード

 

■ミスティ(ナゾノクサ(♀))

レベル33

特性:ようりょくそ

覚えている技

・エナジーボール

・どくどく

・しびれごな

・ねむりごな

 

■ファンファン(ドンファン(♂))

レベル31

特性:がんじょう

覚えている技

・こらえる

・マグニチュード

・ころがる

・じゃれつく

 

■ナオ(ニャオニクス(♀))

レベル30

特性:かちき

覚えている技

・サイコショック

・ひかりのかべ

・10まんボルト

・あくび

 

■シェルル(コソクムシ(♀))

レベル24

特性:にげごし

覚えている技

・むしのていこう

・すなかけ

・アクアジェット

 

■ルーシア(ムウマ(♀))

レベル28

特性:ふゆう

覚えている技

・おどろかす

・あやしいひかり

・くろいまなざし

・あやしいかぜ

 

【ルイの使用ポケモン】

 

■ハスブレロ(♀)

レベル29

特性:すいすい

覚えている技

・バブルこうせん

・あまごい

・れいとうパンチ

・こごえるかぜ

 

■トドグラー(♂)

レベル32

特性:あついしぼう

覚えている技

・オーロラビーム

・アクアリング

・たくわえる

・みずのはどう

 

■ラグラージ(♂)

レベル39

特性:げきりゅう

覚えている技

・いわなだれ

・れいとうビーム

・たきのぼり

・ミラーコート




今回も長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

って、なんで主人公じゃなくてジムリーダー側が覚醒しとんねん……。
というかラグラージ、お前描くの難しいわ!


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第42話:託される生命

ちょっとまったりしながらハナダシティを離れる第42話です。
集中力が無いせいで、一気に書き溜められない自分が憎いです。


 ハナダジムでのジムリーダー・ルイとのジム戦を制したツバキは、バトルを通してルイと意気投合し、その日はイソラと共にルイの家に招かれて宿泊する事になった。

 

「ど、どうぞ入ってください。ボ、ボクはホウエン地方から来て1人暮らしなので、遠慮はいりませんから!」

 

「「お邪魔します」」

 

 自宅の扉を開いてツバキとイソラを招き入れるルイに対し、2人は声を揃えて挨拶を返す。

 玄関へと足を踏み入れると、かめのこポケモン『ゼニガメ』と、ぬまうおポケモン『ミズゴロウ』が駆け寄ってきた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「た、ただいま、ガメメ、ゴロロ」

 

「あっ、可愛い! わたし、この子は知ってます。ゼニガメですよね?」

 

「は、はい……! カ、カントーに来てから捕まえたんです……」

 

「こっちの子は……ラグラージに似てるし、進化前ですか?」

 

「そ、そうです。こ、このミズゴロウからヌマクローを経てラグラージに進化します」

 

 2体を撫でるルイの隣にしゃがんだツバキがゆっくりと手を伸ばすと、ゼニガメとミズゴロウは一瞬身構えたが、すぐに危険の無い相手と理解し、大人しくツバキに頭を撫でられている。

 

「……ツ、ツバキさんすごいですね……ガメメは人への警戒心が強いのに……」

 

「ツバキはポケモンに好かれる事に関しては天才的だからな。……ところで……」

 

 イソラがちらっとルイに視線を移し、ツバキも同様に顔をそちらへ向ける。

 

「うん…………ルイさん、戻っちゃってますよね、喋り方……?」

 

「あうぅ……そ、そうなんですぅ……バトル中は確かに自信を持ててた気がしてたんですけどぉ……」

 

 ルイが心底無念という感じに溜め息を吐く。

 

「ふむ……という事は、恐らくバトル時の高揚感も上乗せされて、普段の緊張や不安が麻痺するんだろうな。またバトルをすれば、あの自信満々の姿になるんじゃないか? ポケモンのフォルムチェンジみたいに」

 

「バトルの時だけ性格が変わるって事? なんか格好良い!」

 

「うぅぅ……で、できれば普段から自分に自信を持ちたいんですけど……」

 

 そんなやり取りをしながらルイ手製の夕食を振る舞われ、主に性格の似通ったツバキとルイの会話が弾み、2人が疑問に思った事にイソラがアドバイスを送る、というのが続いた。

 

「あ……そ、そうだ! ツバキさん達に見てもらいたい物があるんでした……!」

 

 そして食後、お茶を飲んで話していると、ふとルイが思い出したように立ち上がった。

 ぱたぱたと他の部屋へ去ったルイが、再び急ぎ足で戻ってきたが、その腕には……。

 

「それは……?」

 

「ほう、ポケモンのタマゴだな」

 

 そう、それは全体的に緑系統のカラーリングで彩られた、ポケモンのタマゴだった。

 

「ゴロロ……あのミズゴロウは、前に育て屋さんにラグラージ2体を預けた時見つかったタマゴから育てたんですけど、これはその時に育て屋のおじさんからもらったんです」

 

「それはなんでまた……」

 

「な、なんでも元々は他のトレーナーさんの物だったんですけど、その人がいらないと言ったので育て屋さんがもらったそうなんです。でも、最近はそうやって預かるタマゴが増えて、とても面倒を見きれないらしくて……」

 

「なるほど。それで色々なトレーナーに譲って、手伝ってもらっているというわけだ。……捨てるわけにもいかんし、育て屋も苦労が絶えないな」

 

 イソラの発言に頷きつつも、ルイは気落ちした表情を見せる。

 

「……でも、受け取ったは良いんですけど、ボクはボクでジムリーダーとして意外と忙しくて……ジム戦用のポケモンも育てなきゃなりませんし……そ、そこでツバキさん!」

 

「は、はい……?」

 

「こ、このタマゴ、育ててもらえませんか!?」

 

 ガラにもなく身を乗り出してきたルイの態度と言葉に、ツバキは目をパチクリとさせている。

 

「え…………えぇっ!? わ、わたしが……!?」

 

「も、もちろん無理にとは言いません! で、でもポケモンのタマゴは、元気なポケモンとトレーナーと一緒にあちこち行くのが良いらしいので……ほ、本当によろしければなんです……けど……」

 

「ふむ……タマゴは後々ポケモンが生まれる関係上、持ち歩く場合は手持ちポケモンの1体として扱われる。当然タマゴはバトルできないので、生まれるまでは手持ち-1体のハンデを負う事になる」

 

 それはつまり、バトル時に出せるポケモンの種類が減り、選択も狭まるという事を意味する。

 ……だったらイソラが持てば、という考えも出るだろうが、イソラとしてはツバキにポケモンをタマゴから育てる事を経験させておきたいのである。

 

「……わかりました。このタマゴは、わたしがしっかり育てて見せます!」

 

「あ、ありがとうございます! ……なにしろ、この街の主だったトレーナーの皆さんは軒並みタマゴを預かってるので、これはもう旅をするトレーナーさんにお願いするしか、と思っていたので……ボクもこんな感じで……」

 

 と、ルイが別の部屋の扉を開けると、暖房の入った部屋の中で8個のタマゴが布団の上に置かれ、タオルを巻かれていた。

 

「……うわぁ……これも全部……?」

 

「は、はい……トレーナーさんから育て屋さんに譲られたタマゴを、ボクが預かってる物です。1日に何回か撫でたり、タオルを巻く位置や暖房の温度を変えたり、声をかけたり……」

 

「まったく……どうにも最近は、世話をしきれないのにポケモンを増やそうとする奴が多すぎる。しかもこうして割を食う者がいるのだからタチが悪い」

 

 ズラリと並んだタマゴを撫でるルイをツバキとイソラも手伝い、今日の分のタマゴの世話を終える。

 

「はぁう……あ、ありがとうございました……」

 

「気にしないでください。わたしもタマゴのお世話の予行演習になりましたし」

 

「……ルイ。良ければだが……私もタマゴを1つ預かろうか?」

 

「えっ、イ、イソラさんも!? い、良いんですか!?」

 

 ルイを不憫に思ってか、思わぬ申し出をしたイソラにルイが目を輝かせる。

 

「ああ、さすがに1人で8個は厳しいだろう。……まぁ、7個になったところで大差は無いかもしれんがな」

 

「い、いえ! そんな事無いです! じゃ、じゃあ、どれか1個、お願いします!」

 

 ルイに頷いたイソラはタマゴの前にしゃがみ込み、じっと眺め……。

 

「……これにするか」

 

 青と白の色合いのタマゴを選び、ゆっくりと持ち上げようとして、ハッとする。

 

「っと、いかんいかん……ルイ、明日朝一でポケモンセンターで手持ちを調整してくるので、今晩はこのままにさせてもらうぞ」

 

「はいっ! それじゃ、お2人の分のタマゴは他と分けておきますね」

 

 ルイは2つのタマゴを順番に別の布団に並べ、倒れないように下半分をタオルケットで固定する。

 

「これで良しっと。それじゃあ、ボクは2階でお2人の布団を用意してますので、先にお風呂をどうぞ」

 

「(っっ!! ツバキと……風呂っ!!)」

 

 イソラの目付きが変わり、ツバキは背筋にぞくりと寒気を感じる。

 

「……お……お姉ちゃん……?」

 

「ツバキ、ルイの好意を無下にするわけにもいかん! さぁ行こうか!」

 

 イソラはツバキの腕を掴むと、いそいそと風呂場へと向かう。

 

「お、お姉ちゃん待って! じゅ、順番に……」

 

「時間は有限だ! 纏めて済ませられる事は済ませてしまおう!」

 

 ツバキの言葉をことごとく流して進むイソラ、そしてただただ引っ張られるばかりのツバキを見送ったルイは、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「ふふっ……ツバキさんとイソラさん、本当に仲が良いなぁ……さて、準備準備!」

 

 20分ほどして、ルイがゼニガメとミズゴロウを寝かしつけていると、何があったのか顔を赤くして頬を膨らませたツバキと、頭にタンコブのできたイソラが、ほかほかと湯気を纏いながら戻ってきた。

 

「もうっ……! お姉ちゃんなんか知らない!」

 

 肩を怒らせて通りすぎたツバキに驚いたルイは、後から来たイソラに尋ねる。

 

「な、何かあったんですか……!?」

 

「うーむ……少しスキンシップしようとしただけなのだが……妹分の身体を洗うくらい、おかしくないはずなのだがな……」

 

「…………い、妹分がいないのでわかりませんが……た、たぶんそれはあまり普通じゃないと思います……」

 

「えっ……そ、そうなのか……!? だ、だが2歳くらいの時は、むしろ喜んでいたぞ!?」

 

「2歳と10歳じゃちょっと……」

 

「む、むうぅ……そうなのか……それは悪い事をしてしまったな……」

 

 イソラは汗をダラダラと流し、珍しく心底焦っている様子が見て取れる。

 ゼニガメとミズゴロウを寝かせたルイとイソラが2階の寝室に向かうと、正座して目を閉じたツバキが待っていた。頬を膨らませたままで。

 

「ツ、ツバキ……その、さ、さっきは悪かった! さすがに調子に乗りすぎたと反省している! すまん!」

 

 イソラが頭を下げると、ツバキは左目を開けてイソラを見てボソリと呟いた。

 

「…………今度やったら、これからずっと『イソラさん』て呼んじゃうから」

 

 ルイには意味不明な謎の脅し文句にしか思えなかったが、とりあえずイソラには効果抜群のようで、ガタガタ震えながらコクコクと頷いている。

 

「じゃ、じゃあ、お好きな布団を使ってください。ボ、ボクもお風呂に入ってきますので……」

 

 それから少ししてルイが部屋に戻ると、ツバキとイソラは隣り合わせの布団で、向かい合って寝息を立てていた。

 

「(……ふふっ……やっぱり仲良しさんだなぁ……本当の姉妹じゃないなんて嘘みたい)」

 

 ルイは残った布団に潜り込むと、仲良し姉妹を眺めながら眠りに落ちていった。

 

「……むにゃ……おねえひゃん…………えへへ……♪」

 

 

 

「こっちがツバキさんで……こっちがイソラさんでしたね」

 

 翌朝、ポケモンセンターでツバキはファンファンを、イソラはテッカニンをボックスに預けると、ルイからタマゴを受け取った。

 

「ありがとうございます、ルイさん! わぁ、ほんのりあったかい……本当にこの中でポケモンが生きてるんだぁ……♪」

 

「ふふっ、タマゴから育てるというのは、何度経験してもワクワクするな」

 

 まずツバキが受け取ってタマゴを抱き締め、次いでイソラも手渡される。

 

「えへへぇ……お揃いだね、お姉ちゃん♪」

 

「そうだな、ツバキ。ふっ、タマゴの世話は私の方が先輩だから、私の真似をすると良いぞ」

 

「はぁーい!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 タマゴを抱いて仲睦まじく話すこの2人が、昨夜は喧嘩していたと言って信じる人はそういないだろう。

 なにしろ、その現場を見ていたルイでさえ、あれは夢だったのではと思うほどなのだから。

 

「(……心の奥底で強く繋がってるから、少し喧嘩してもすぐにくっついちゃうのかも……)」

 

「ん、何か言ったかルイ?」

 

「い、いえ! なんでもないです! ……そ、それじゃあ……」

 

「あっ、はい! タマゴ、ありがとうございます! 絶対に立派なポケモンに育てますから!」

 

 ツバキがタマゴを撫でながらルイに頭を下げ、イソラもそれに続く。

 

「……はい! 残りのジム戦……それにポケモンリーグ、頑張ってくださいね! ボクももうジム戦から逃げたりしませんから!」

 

「頑張りますっ……! ルイさんもお元気で!」

 

「達者でな」

 

 手を振るルイに、2人はタマゴを持っていない方の腕を大きく振り返す。

 2人が目指すは、ニビシティとハナダシティを繋ぐおつきみ山へと通じる4番道路。

 ジムバッジは5個……ポケモンリーグに参加するには残り3つというところまで来ていた……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

それにしてもポケモンのタマゴって本当に不思議なブツですよね……。


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第43話:真紅の戦鬼

新キャラ登場となる第43話です!


 ハナダジムリーダー・ルイから、それぞれポケモンのタマゴを託されたツバキとイソラは、タマゴが冷えてしまわないように気を付けつつ、おつきみ山を目指して4番道路を進んでいた。

 

「ポケモンのタマゴはそこそこ頑丈だが、衝撃を与えないに越した事は無い。こうして身体の前に両腕でしっかり持つんだ」

 

「こ、こう?」

 

 ツバキと向かい合って座り、イソラがゆっくり手順を説明しつつタマゴを抱き、ツバキがそれを真似する。

 ツバキがルイに譲られたタマゴの扱いを学んでいる最中なのだ。

 

「立ち上がる時は前傾姿勢になりがちなので、タマゴの抱き方もこうやって前をカバーできる形にする事。それか、安定させられる場所に一旦置いてから立ち上がり、後から持ち上げても良い」

 

「お、落とさないように前をカバーして……わわっ……!」

 

 言われた通りにタマゴを持って立ち上がろうとするが、これがなかなか難しい。

 ただでさえ物を持ったまま立ち上がるというのは難しいのに、タマゴは時々動くのだから無理も無い。

 

「そうやってタマゴが動くので、斜面の側などに置くと転がる危険があるからな、絶対にやってはいけないぞ」

 

「はーい」

 

 何度か試す内に、だんだんとコツが掴めてきたツバキは、ようやく立ち上がる事に成功した。

 

「よし、その感じを忘れるなよ」

 

「う、うん……!」

 

 イソラも立ち上がるが、さすがに慣れているようであり、身体とタマゴの重心バランスを取るのもお手の物だ。

 

「さて、ではおつきみ山に向かうか。運が良ければピッピが見れるかもな」

 

「ピッピ……!? 本で読んだ事ある! 可愛いようせいポケモンだよね……! 会いたいなぁ……」

 

 ようせいポケモン『ピッピ』。

 そのマスコットのような愛くるしい姿から人気が高い一方でめったに人前に姿を現さないが、昔からおつきみ山では何度か目撃例があるのだ。

 

「ま、こればかりは運だがな。さぁ、行くぞ」

 

 2人は並んでおつきみ山への道を進む……が、なにやらおつきみ山入り口付近に人だかりができている。

 

「うん……?」

 

「なんだろう……?」

 

 顔を見合わせた2人は、手近な人に聞いてみる事にした。

 

「ああ、なんでも崩落事故だってよ。1週間だったか2週間だったか忘れたが、そんくらい前にもあったんだけどなぁ」

 

「むぅ……崩落か……」

 

「幸い、人やポケモンは巻き込まれなかったんだが、通行止めなんだってさ」

 

 イソラが背伸びをして入り口を見てみると、複数の重機が絶賛稼働しており、作業員も忙しそうに走り回っている。

 

「……これでは通過はできないか…………ん?」

 

 と、そこでイソラは野次馬の前列辺りにいる人物の後ろ姿に目を止める。

 

「あの後ろ姿……もしかして……?」

 

「お姉ちゃん?」

 

「ツバキ、少しここで待っていてくれ」

 

 イソラは人混みを掻き分け、その人物へと近付いていく。

 

「スカーレット?」

 

 そう呼びかけられた人物は、緩慢な動作で振り向き、眠そうな目でじっとイソラを観察している。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「………………イソラ?」

 

 少しすると、イソラがその人物と共にツバキの元へ戻ってきた。

 

「待たせたなツバキ。知り合いらしき後ろ姿を見つけたのでな。紹介しよう、シンオウ地方のポケモントレーナー・スカーレットだ」

 

 スカーレットと紹介された女性が、じっとツバキを眺める。

 

「………………よろしく。スカーレット。ワタシ」

 

「よ、よろしくお願いします、ツバキです!」

 

 改めて見るとまるでファンタジー世界の魔法使いのような格好をしているが、なにより目を引くのが、その名が体を表したかのような真っ赤な髪と瞳である。

 ……もっとも、髪……特に前髪はあまり手入れをしないのかボサボサだが。

 

「………………ツバキ」

 

「はわっ!?」

 

 と、いきなりスカーレットが両手でツバキの両頬に触れ、軽くつまんだり撫でたりし始めた。

 

「……おい、ツバキはデリケートなんだから、そのくらいにしてくれ」

 

「………………柔らかい。気に入った。ワタシ」

 

 ひとしきりぷにぷにし終えると、スカーレットは満足げな表情を浮かべ、ツバキの頭を撫でる。

 

「ごめん。いきなり」

 

「い、いえ……」

 

 とは言ったものの、突然の事でツバキの頬は上気して赤くなってしまっていた。

 

「すまんなツバキ……スカーレットの癖なんだ。なんでも、肌に触れる事で相手の内面までわかるそうだ」

 

 イソラのフォローにスカーレットが頷く。

 

「………………清らか。まっすぐ。……ちょっと臆病。……でも……芯、強い。ツバキの心」

 

「……ほう、正確だな……本当にそれでわかるのか……」

 

 眉唾程度に聞いていた話だが、ツバキの性格をピタリ言い当てるスカーレットに、イソラも驚きを隠せないようだ。

 

「……しかし、一昨年下期のイッシュリーグ以来か。カントーに来てたとはな」

 

「来た事無かった。カントー。ピッピ捕まえに来た。おつきみ山。そして参加する。ポケモンリーグ……!」

 

 めらめらと燃えている……らしいスカーレットは、ビシッとイソラを指差す。

 

「つける。決着! ポケモンリーグ!」

 

「……あー……気合いを入れてるところ悪いんだが、今回のトージョウリーグは私は参加しないんだ。今回はこの子の応援でな」

 

 しばらくそのままの姿勢だったスカーレットが、がくりとうなだれる。

 

「………………残念……」

 

 あまりの落胆ぶりにツバキが慌てて話を逸らそうとする。

 

「え、えと、あの……お、お姉ちゃん、スカーレットさんとは何度もバトルしたの?」

 

「ああ。最初にシンオウリーグでバトルして、その後ホウエン、またシンオウで、次がイッシュだったか」

 

「2勝2敗。ライバル」

 

 そう言って頷き合っているが、ツバキが驚いたのはあのイソラ相手に2勝をもぎ取っているという点だ。

 ポケモンリーグに何度も参加している辺りからも、相当な強者である事が窺える。

 

「す、すごい……強いんですねスカーレットさんって……!」

 

「ああ、強いぞ。普段はボーッとしてて強そうには見えないが、一度バトルとなれば、どんな状況でも失わない冷静さと判断力、決断力。そしてパワーを重視した戦術で圧倒的な実力を見せつけてくれる。その道では『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』と呼ばれ有名だ」

 

「………………可愛くない。その名前。プリティ・オーガとかの方が良い」

 

「((オーガ)は良いんだ……)」

 

 どうにもこのスカーレットという人物、センスが色々とズレているようである。

 ツバキがスカーレットの発言に首を傾げていると、彼女はおもむろにモンスターボールを取り出した。

 

「………………イソラ」

 

「む…………ふっ、良いだろう」

 

 するとイソラもボールを取り、向かい合った2人はボールを持った腕を伸ばしてカチンと軽くボールをぶつけると、距離を取り始めた。

 

「ツバキ、少し離れていなさい」

 

「………………危ないよ」

 

 ……2人の行動と言動を見るに、どうやらバトルをするらしいので、ツバキは言われた通りにそろりそろりと後ろへと下がる。

 

「(言わなくても何をするか通じる……この2人、本当にライバルなんだ……!)」

 

 しばし睨み合った2人は、示し合わせたかのように同時にボールを投げた。

 

「行けっ、メガヤンマ!」

 

「ミミロップ」

 

 イソラが繰り出すは、長い胴をしならせて6枚の羽から羽音と衝撃波を撒き散らすオニトンボポケモン『メガヤンマ』。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 対するスカーレットのポケモンは、もふもふとした毛に覆われた長い耳を持つうさぎポケモン『ミミロップ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「じゃ、じゃあわたしが審判するね。メガヤンマ対ミミロップのバトル……スタート!」

 

「“れいとうパンチ”」

 

「“みきり”!」

 

 先手を打ったミミロップが、驚異的な脚力で一気に距離を詰めて冷気で覆われた拳を突き出すが、メガヤンマは身体で円を描くように動いてそれを回避する。

 そのままミミロップと最初の立ち位置を入れ替わるように移動したメガヤンマだが、先ほどよりも動きが素早く見える。

 

「………………《かそく》」

 

 特性《かそく》。

 バトル中に少しずつ自身の素早さを引き上げていく特性であり、放っておくと手の付けられない速度になる事も多い。

 

「今度はこちらから行くぞ。“エアスラッシュ”!」

 

 メガヤンマが尻尾の部分を除いた2対4枚の羽を羽ばたかせて強風を巻き起こし、ヒュンヒュンという風切り音と共に空気の刃がミミロップを襲った。

 

「“れいとうパンチ”。地面」

 

 対してミミロップは、冷気纏う拳を地面に打ち付けてそこから巨大な氷の壁を発生させ、“エアスラッシュ”を受け止める。

 

「“なかまづくり”」

 

 そして、氷の壁の後ろから跳び跳ねたミミロップは、メガヤンマの手(?)を握ると、まるで友人のようにブンブンと腕を上下させてメガヤンマを困惑させる。

 

「(むぅっ……! “なかまづくり”は相手の特性を自分の物と同じに変える技……! 《ぶきよう》か《メロメロボディ》かわからんが、どちらにしても《かそく》は潰されたか……!)」

 

 それはつまり、もうメガヤンマの速度向上が望めない事を意味し、相手のミミロップもかなりの素早さを持つ以上、速度を上げて優位に立つという当初の戦術が破綻したという事。

 

「ならば攻めるまで! “むしのさざめき”!」

 

 メガヤンマが6枚の羽を激しく振動させて強烈な音波を発する。

 音による攻撃であるため、先ほどのように氷の壁を作っても防ぐ事はできない。

 大きな耳を持つミミロップには人より鮮明に聞こえているのか、かなりのダメージが入っているようだ。

 もっとも、ツバキにとっては両者の技が半分以上出揃って初めてダメージが入るというこのバトル自体が驚きの連続だが。

 

「“おんがえし”」

 

「“はがねのつばさ”!」

 

 スカーレットを一瞥して気合いを入れたミミロップの拳と、鋼鉄のように硬質化したメガヤンマの羽が激突し、周囲に衝撃波を拡散させる。

 そんな激突を空中で4回、5回と繰り返し、両者はそれぞれのトレーナーの前へと降り立つ。

 

「す……すごい……」

 

 すぐに中断されたアクイラ戦を除けば、強者同士のバトルを第三者の目で見る機会はこれが初めてだ。

 

「(こ、これが……「強い」って事なんだ……!)」

 

 まさにレベルが違うバトル。

 自身の憧れたイソラの強さそのものを表すこのバトルに、ツバキは得体の知れない感動を覚えていた。

 

「“エアスラッシュ”!」

 

「“れいとうパンチ”」

 

 再び放たれた空気の刃に対し、ミミロップは冷気を纏うどころか、空気中の水分を凍結させて巨大な氷塊のグローブを作り出し、ジャブを繰り返して“エアスラッシュ”を受け止めながら突き進む。

 

「“みきり”!」

 

 メガヤンマに接近して巨大な氷を振りかぶったミミロップだったが、その重量が災いしてわずかに動きが鈍り、メガヤンマの“みきり”で回避されてしまった。

 が、地面に叩き付けられた氷のグローブが砕け散り、その破片がメガヤンマを襲った。

 

「“おんがえし”」

 

 大きめの破片を踏み台に、ミミロップが空中のメガヤンマへと迫り、拳を振りかぶる。

 

「(この距離と速度……“エアスラッシュ”と“むしのさざめき”は間に合わん……!)“はがねのつばさ”!」

 

 両者の技は再度空中でぶつかり合い、一際大きな衝撃波がツバキにまで届いた。

 度重なる衝突とダメージで体力を使い果たした2体は、揃って地上へと落下してしまった。

 

「……メ、メガヤンマもミミロップも戦闘不能みたいです! 引き分け!」

 

 ツバキが2体を撫でていると、それぞれのトレーナーが駆け寄って自分のポケモンを抱き起こした。

 

「……よくやった、メガヤンマ。良いバトルだったぞ」

 

「………………頑張った。ミミロップ。すっごい頑張った」

 

 そして2体をボールに戻すと、どちらからともなく手を伸ばして握手をした。

 

「やはり私達の再会にはバトルが相応しいな」

 

「見れる。互いの成長。ワタシ達らしい」

 

 その様子からも、2人がこれまで幾度も戦い、競い、認め合ってきた事がわかる。

 

「……さて、待たせたなツバキ。どうにもこいつと会うとバトルせずにはいられなくてな」

 

「闘争本能。トレーナーとしての」

 

「うぅん、すっごいバトルでわたしびっくりしちゃった! わたしもいつか、あれくらい強くなれるかな!?」

 

 目をキラキラと輝かせるツバキに2人は顔を見合わせて微笑み、同時に答えた。

 

「「もちろん」」

 

 

 

 その後、おつきみ山を通過できないという事でルートを改めて考える必要が出てきたので、同じくニビシティを目指すスカーレットも交えてタウンマップを見ながらの話し合いが始まった。

 

「私のポケモンで空を飛んでニビシティに直行しても良いんだが、ツバキはできるだけ色んなポケモンに会いながら進みたいんだったな」

 

「うん。だから、歩いて行けるルートがあれば良いんだけど……」

 

 その時、もぐもぐとおにぎりを食べていたスカーレットがタウンマップを指差した。

 

「………………ふぃふはほはは」

 

「飲み込んでから喋れ」

 

 イソラのツッコミに喉を鳴らしたスカーレットが改めて口を開く。

 

「………………ディグダの穴」

 

「ふむ、なるほど……確かにこれなら徒歩でも行けるか」

 

「ディグダの穴?」

 

 ツバキが首を傾げると、イソラがマップの該当部分を拡大してツバキに見せた。

 

「クチバシティから11番道路へ向かう途中、洞穴があっただろう? それがディグダの穴だ。もぐらポケモンの『ディグダ』と『ダグトリオ』が開通させた地下通路らしい」

 

「行ける。クチバシティからニビシティ」

 

「へぇ……! やっぱりポケモンの力ってすごい!」

 

「ふふっ、そうだな。そうなるとハナダシティ南からヤマブキシティを経由してクチバシティへ行くのが最短ルートか」

 

 わかりやすいように指でツツツとルートをなぞると、ツバキとスカーレットが頷いた。

 

「よし……それではこのルートで行くか。スカーレットも行くだろう?」

 

「………………行く。同じ。目的地」

 

「よろしくお願いします、スカーレットさん! ポケモンや他の地方の事、教えてください!」

 

 スカーレットは頷きながらツバキの頬に触れる。

 

「……あ、あの……」

 

「………………柔らかい。落ち着く」

 

「……おい、私のツバキだぞ。ほどほどにしろ…………聞いているのか!? おい、スカーレット!」

 

「………………ぷにぷに……♪」

 

 イソラの声が聞こえているのかいないのか、スカーレットはツバキの頬をつまみ続け、ツバキは動こうにも動けない。

 こうして実力は確かながら色々と奇異な旅の道連れを加えたツバキ達は、南へ向けて進む事になったのだった。

 

 

 

つづく




はい、今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

改めての説明になりますが、この世界観では半年ごとにリーグが開催されるため、上期と下期に分かれております。
開催時期が被らない地方もあるため、やろうと思えば地方Aのリーグを終えた直後に地方Bのリーグに参加もできます。(無論、バッジは集める必要あり)


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第44話:モグモグパニック!ディグダの穴の珍騒動!

サブタイ通りディグダの穴を進む第44話です!


 おつきみ山を通ってニビシティへ向かうべく4番道路を進むツバキとイソラだったが、おつきみ山は崩落事故であいにくの通行止め。

 道中、イソラのライバルであるスカーレットと出会い、目的地が同じという事でしばし一緒に行動する事になった一行は、ディグダの穴を通ってニビシティへ行くため、ハナダシティへ戻りそこからヤマブキシティ、そしてクチバシティを目指す事になった。

 

「このゲートの先がヤマブキシティだな」

 

「前はシオンタウンからイワヤマトンネル、ハナダシティの順番だったけど、直行するとこんなに近いんだね」

 

 ハナダシティとヤマブキシティを結ぶゲート内を通過しながら、ツバキ達はとりとめも無い会話をしている。

 

「だな。しかしスカーレット、よくディグダの穴の事を知っていたな」

 

「………………ん」

 

 と、イソラの言葉に対して、スカーレットはなにやら本を取り出して見せてきた。

 

「うん? ……『カントー地方を一生楽しむガイドブック』?」

 

「たくさん載ってる。名所。勉強した」

 

「さ、さすが凄腕トレーナーさん……勉強熱心なんですね。やっぱりリーグ参加のために効率的なジムの回り方とか考えるんですか?」

 

「…………えー…………あー……」

 

 しかし、スカーレットはツバキの質問に視線を泳がせてしまう。

 

「……クチバビーチ、おつきみ山、ニビ博物館……観光名所にばかり印が付けてあるようだが? お前絶対半分くらい観光旅行気分だっただろう」

 

 タマゴを器用に片手で持ちながらガイドブックに目を通していたイソラが、印の付いたページを開いてジト目で突き付ける。

 

「………………ぷにぷに。ツバキ」

 

「話を逸らすな!」

 

 そんなじゃれ合いをしている内に、一行はヤマブキシティへと到着する。

 

「この前来たばっかりなのに、なんだか久しぶりな気がするなぁ、ヤマブキシティ……」

 

「……まぁ、色々あったからな……」

 

「アケビさんに会ったり、イワヤマトンネルでイワークに追いかけられたり、発電所でロケット団と戦ったり……」

 

 ツバキとイソラが思い出に浸りながら歩いていると、スカーレットが顔をしかめる。

 

「………………嫌い。ロケット団」

 

「えっ……もしかして見た事あるんですか……?」

 

「盗られそうになった。ポケモン。この前」

 

 まさかの被害報告にツバキもイソラも驚いてスカーレットを振り向いた。

 

「えぇっ!? だ、大丈夫だったんですか!?」

 

「うん。叩きのめした。怒ったから」

 

「……まぁ、そうなるな……」

 

 「こいつなら大抵の事態は単独でどうにかできる」という一種の信頼を抱いているイソラはうんうんと頷く。

 

「でも、逃げられた。強いの来た。ドサイドン使う」

 

「ドサイドンだと……? ……ロケット団のドサイドン……」

 

 イソラの脳裏に浮かんだのは、発電所での戦いでウィルゴを回収していったあのドサイドンだ。

 

「(だが、ウィルゴ……ベラはどくタイプを専門とするトレーナー……奴とは別のトレーナーがいるという事か……)」

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

「いや……確かベラの奴は自分で三凶星と名乗った。つまり、奴を除いてあと2人……恐らくはあのアクイラというのも実力的にその1人だろう。そして残りの1人がスカーレットの出会った奴と考えて良いんじゃないか」

 

「あ、あんな強い人が他に2人も……」

 

 ツバキが思い出したのは、ドラピオン単騎でロクに消耗も無く自身の手持ちを壊滅させた、ベラの恐ろしいまでの強さ。

 そのクラスの実力者3人が悪の組織に加わっているという事実は、ツバキに大きな衝撃を与えた。

 

「ベラがどくタイプ専門、私が戦ったアクイラはヘルガー、ドンカラス、バルジーナという構成からあくタイプ専門だろう。となると、スカーレットが遭遇した奴も何かしらのエキスパート……ドサイドンを使うという事は、いわタイプかじめんタイプの使い手の可能性が高いか……」

 

「強かった。勝つ。次は」

 

「次など無い方が良いんだが……万が一遭遇してしまったらそうも言ってられんからな。何か企んでいるようだし、どこに現れるかわからん」

 

 イソラは眉をひそめて真剣な面持ちであれこれ考えているようだが、そうこうしている内に一行はヤマブキシティを通過し、クチバシティへ続く6番道路へ踏み込んでいた。

 

「うぅ……お姉ちゃんやスカーレットさんくらい強ければ良いけど、もしわたしが会っちゃったらどうしよう……」

 

「大丈夫、今度こそ絶対に守って見せるさ。お前のためなら3人同時にだって戦って勝つ!」

 

 イソラがグッと拳を握り、闘志を燃やす。

 実際、ツバキのピンチとなればそのくらいはやりかねないのがこの人物の恐ろしいところだ。

 

「………………潮の香り……」

 

 イソラが燃えていると、スカーレットが鼻をヒクヒクさせてポツリと呟いた。

 

「うん? ……おお、もうクチバシティに入っていたか。ついつい話に夢中になってしまったな」

 

「そうだね、お姉ちゃん。……でも、クチバシティも懐かしいような気がする……マチスさん元気かな」

 

「ははっ、なんだツバキ、ずいぶんとマチスさんを気に入っているようだな?」

 

 イソラがからかうような口調で言うと、ツバキは頬をほんのりと赤く染める。

 

「うん……だってマチスさんはわたしの初めての(ジム戦の)相手だから……」

 

「!?」

 

「……?」

 

 イソラの表情が固まり、スカーレットは頭の上に「?」を浮かべている。

 

「マチスさんてとっても優しくて(励ましてもらった的な意味で)、(人物の器が)大きいし……。最初は緊張したけど、(頭を撫でてもらうの)気持ちよかったし……あぁ、でも今思うとあんなお願いはしたなかったかなぁ……あぅぅ……」

 

 イソラや家族以外に撫でてもらう事を要求したのが恥ずかしくなり、ツバキはますます赤くなる。

 それに比例してイソラの顔は真っ青になり、眉をピクピクと震わせている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そしてタマゴをスカーレットに押し付けると、両手でガシッとツバキの肩を掴んだ。

 

「ツ……ツツツツバキ……おおお怒らないから、ちょ、ちょっとお姉ちゃんに詳しく話しなさい……!」

 

「え……え? う、うん……?」

 

 

 

 

 

「なんだ、そういう事か……私はてっきりツバキが大人の階段を上ってしまったかと思って、あやうくマチスさんを○しに行くところだったぞ……

 

「階段?」

 

「知らなくて良い。ツバキまだ。イソラの悪い癖」

 

 安堵の表情のイソラ、キョトンとしたツバキ、そして呆れ顔のスカーレットは、気を取り直してクチバシティを進んでディグダの穴を目指す。

 

「………………ここ」

 

 一行は11番道路へ入ってすぐの所にある洞穴の入り口に到着し、足を踏み入れる。

 

「ふわぁ……これ、本当にポケモンが掘ったんだぁ……!」

 

 洞穴内部は高さも幅も人が十分に通れるほどになっており、とても小柄なポケモンが開通させたとは思えない規模である。

 

「ここまでの規模にするには、いったいどれだけの数のディグダ・ダグトリオが、どれだけの時間をかけたのだろうな……まったく、ポケモンとはすごい生き物だよ」

 

「神秘。自然と生命」

 

 その時、ツバキ達の前の地面が盛り上がり、ポケモンが飛び出してきた。

 黒い身体に鋭い爪の……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……この子がディグダ?」

 

「いや、これは『モグリュー』だな。もぐらポケモンには違いないが、種族が違う」

 

 ツバキがしゃがんで手を伸ばしていると、続々とモグリューが地面から這い出てきたではないか。

 

「………………来た。いっぱい」

 

 すると、その背後の地面も盛り上がり、別のポケモンがポコポコと湧き出てきた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あれだ、あれがディグダだ。ダグトリオもいるな」

 

「……もぐら……なんかモグリューの方がわたしのイメージのもぐらに近いような……」

 

 そんな事を話していると、突然ディグダ達とモグリュー達が睨み合いからの乱闘を始めてしまった。

 

「わわわっ……!? な、何!? 何!?」

 

「……まずいな、完全に興奮状態だ。こんな数のディグダ達が乱闘などしては、地盤が穴だらけになってしまうし、洞穴も崩れかねん。……ペリッパー!」

 

 イソラが投げたボールからみずどりポケモン『ペリッパー』が飛び出すと同時に、天井付近に雨雲が現れた。

 ペリッパーの特性《あめふらし》だ。

 本来ならば洞穴内ではありえない突然の雨に、ディグダ達もモグリュー達も面食らい、文字通り頭を冷やしたようである。

 

「落ち着けお前達。お前達が暴れたら大変な事になるんだ」

 

 イソラが身振り手振りでなだめると、ディグダ達とモグリュー達が口々に鳴き始めた。

 ……が、当然言ってる事などわからない。

 

「むうぅ……」

 

「………………任せて。ワタシに」

 

「えっ、スカーレットさんポケモンの言葉がわかるんですか!?」

 

「わかんない。だからわかるようにする。……オーベム」

 

 スカーレットがボールを取り出し、中から宇宙人のようなポケモンが姿を現した。

 ブレインポケモンの『オーベム』だ。

 

「お願い。オーベム。教えて。この子達の言いたい事」

 

 そう言うと自身はオーベムの右手を握り、モグリューには左手を握らせた。

 

「……そうか、《テレパシー》か! バトルでは味方と心を通じ合わせて全体攻撃での安全な箇所を教えてもらい、自分は被害を受けないようにする特性だが、こんな使い方もあるか」

 

 感心するイソラをよそに、目を閉じたスカーレットがポツリポツリと語り出した。

 

「……来た。他の場所から。……無かった。他に住める所。お願いした。住ませてほしい。断られた。ディグダ達に」

 

 次いでオーベムの左手をディグダの頭に置いた。

 

「……作った。自分達で。かけた。たくさんの時間。ここはワタシ達の場所」

 

「……なるほど、つまりこれは縄張り争いか……。モグリュー達としては生活に適した場所が無いので居候させてほしいが、ディグダ達としては気の遠くなる時間をかけ開拓した自分達だけの楽園に余所者は入れたくないと……」

 

「うぅ……どっちの言いたい事もわかるような……」

 

 イソラは顎に手を添え、ツバキはディグダとモグリューを交互に見てアワアワしている。

 

「本来は自然界に人間が干渉するのは好ましくないが、このままケンカを続けられては周辺にも影響が出てしまう。どうにかしてやりたいが……」

 

「…………………どっちももぐら。似てる。場所の好み」

 

 うーんと考え込むばかりのイソラ達に、1度落ち着いたディグダ達のイライラも再度募り始めた。

 

「まぁまぁ、お前達もこの洞穴が崩れるのは困るだろう? もう少し待ってくれ」

 

 イソラとスカーレットがなだめる中、ツバキが何かを思いついたらしい。

 

「……あっ、そうだ! ポケモン図鑑に何かヒントがあるかも……!」

 

 そう言うとツバキはポケモン図鑑を取り出し、ディグダやモグリューのデータを確認し始める。

 

「………………お姉ちゃん! これ見て!」

 

「うん? ……ふむ……」

 

「………………何?」

 

 ツバキの見せた図鑑を、イソラとスカーレットが覗き込む。

 

「さっきスカーレットさんは場所の好みが似てるって言いました。でも、似てるだけでまったく同じじゃないなら……それに食べ物とかの好みも住み分けに使えるんじゃないかなって」

 

 ツバキはそう言って、指先で地面に図を描き始めた。

 

「ディグダ達の食べ物は木の根っこが多いみたいで、どちらかと言うと浅い所に住むんです。それに対してモグリューと進化系のドリュウズは雑食で、地面の中の虫とかでも食べちゃえるのでわりと深い所にも住めるみたいです。だから……」

 

 話しながらもツバキは図を描き進め、どんどん広げていく。

 

「今わたし達のいるこのディグダの穴はそのままディグダ達の物。モグリュー達には、少し深い所を新しく掘って住んでもらうんです。……もちろん一から掘るので手間も時間もかかりますけど……」

 

「ふむ……だが、モグリュー達の気に入っている土質はこことそう変わらんはずだし、深度で住み分けるなら餌の奪い合いになる事もほぼ無いだろう」

 

 つまり、モグリュー達には今3つの選択肢がある事になる。

 当ては無いが他を探すか。

 このままディグダ達と不毛な争いを続けるか。

 苦労をして新天地を作るか。

 スカーレットがオーベムを介してモグリュー達に伝えると、彼らはなにやらひそひそと話し始めた。

 

「まぁ、モグリューがカントーに来たのは人間のせいでもあるが……それでもディグダ達の作った聖地に苦労無く転がり込むのは少しムシが良すぎる……と、私は思うぞ」

 

 しばらく話していたモグリュー達の代表らしき個体が、オーベム越しにスカーレットに意思を伝えてきた。

 

「………………乗った。ツバキの案。確かに図々しかった。反省。……ディグダは?」

 

 ディグダ達の代表がオーベムに触れる。

 

「………………侵さない。自分達の縄張り。約束するなら許す」

 

 その言葉にモグリューが頷くと、ディグダ達はしばらく考え、顔を見合わせた後、地面に引っ込んでいった。

 

「……どうやらとりあえずは納得してくれたか……だが、この先どうなるかはモグリュー達次第だ。……あまりディグダ達を刺激しないように頼むぞ?」

 

 イソラが頭を撫でると、モグリューはツバキ達に頭を下げてから地面へと潜っていった。

 と、モグリューの消えた穴から黄緑色の石が飛び出してきた。

 

「……? お姉ちゃん、これ……」

 

「ほう、雷の石か。……どうやらモグリューからの礼らしいぞツバキ」

 

「え……で、でもまだ絶対解決するって決まったわけじゃ……」

 

「厚意受け取らない。失礼」

 

 躊躇っていたツバキだが、イソラとスカーレットに勧められ、ようやく受け取る気になったようだ。

 

「……モグリュー! ありがとうー! 大事にするからねー!」

 

 ツバキはしゃがみ込むとモグリューの掘った穴に向かって感謝の言葉を叫んだ。

 礼に礼を返す形だが、ツバキらしいと言えばツバキらしいだろう。

 こうしてディグダとモグリューの争いを、とりあえずの形とはいえ止める事に成功したツバキ達は、ニビシティへの歩みを再開する。

 この先、ディグダ達とモグリュー達が上手く住み分けできるか否か……それは誰にもわからない……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきましてありがとうございました!

ディグダの地面の下の姿が気になってもう何年になるだろう……。


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第45話:科学の力ってすげー!ニビ科学博物館!

ちょっと退屈な第45話です。


 ディグダの穴でディグダとモグリューの縄張り争いを収めたツバキ達は、そのまま洞穴を進み、ついに太陽の下へと這い出る。

 

「んっ……まぶしい……」

 

 ツバキは薄暗い地下に慣れた目を擦り、改めて空を見上げる。

 イソラとスカーレットも順番に出てきて目を細める。

 

「ふぅ、ようやく抜けられたか……ここは2番道路か。ニビシティはここから北だな」

 

「………………楽しみ。ニビシティ」

 

 スカーレットは表情こそあまり変わっていないが、ガイドブックを握り締めてワクワクしているようだ。

 

「そういえば博物館に印を付けていたな。ニビ科学博物館、だったか」

 

「博物館……お姉ちゃん、わたしも行ってみたい!」

 

「行く。ツバキも。楽しい。きっと」

 

 ツバキにガイドブックを見せながらスカーレットが歩き出し、イソラがその後ろを歩く。

 

「へぇ、大昔のポケモンの化石かぁ……!」

 

「プテラ。格好良い。見たい。早く」

 

「(……私が実物を持ってるんだがなぁ……まぁ、実物と化石では見た時の感慨も方向性が違うか)」

 

 ワクワクする2人を1歩下がった位置から見守るイソラという構図は、さながら親子のようである。

 さて、そんな親子はようやくニビシティへと辿り着き、早速博物館へと向かう。

 

「「おー!」」

 

「改装・増築したのか……私の記憶よりも立派な建物になってるな」

 

 正面ゲートが設けられた大きな建物内に入ると、受付カウンターで入場料として1人100円(ツバキのみ子供料金50円)を支払う。

 

「建物は大きくなったが、料金は良心的なままだな」

 

「見る! 色々!」

 

「はいっ! 勉強にもなりますし!」

 

 2人は期待に目を輝かせ、ずんずんと中へと入っていく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 まず一行を出迎えたのは、巨大な隕石だ。

 

「お……」

 

「おっきい……!」

 

「ふむ、ホウエン地方の流星の滝に落下した隕石か……現在発見されている隕石の中では欠損が少なく、サイズも大きい、か」

 

 その隣にはおつきみ山で発見された一回り小さい隕石も展示され、拳大のそれと比較すると流星の滝の隕石の大きさが際立つ。

 続いては宇宙関連という事で、スペースシャトルやロケットの模型が展示されている。

 

「わぁ……! 格好良い……!」

 

「ロマン。宇宙。神秘的」

 

「こちらはトクサネ宇宙センター協力の精巧な模型か。いまだ人類には宇宙は未知の世界……宇宙から来たポケモンというのもいるらしいし、畏れも憧れもあるな」

 

 その先には、様々なポケモンの写真や説明がずらりと並ぶ。

 

「宇宙と交信していると言われるスターミー、宇宙に極めて近いオゾン層に暮らすレックウザ、隕石のように宇宙から落下してくるメテノ……そして宇宙からやって来て地球で生活していると考えられているデオキシス、ピッピ、ソルロック、ルナトーン、オーベム……もしかしたらポケモンと宇宙は密接な関係にあるのかもな」

 

 それらポケモンの解説文の側には、イソラに見覚えのある人物の名前があった。

 

「(ほう、解説にはアローラ地方のホクラニ天文台責任者のマーレイン氏も全面協力……ははっ、どうりで文に見覚えがあると思った)」

 

「はぁ……ポケモンて本当に神秘的で素敵だなぁ……♪」

 

「連れてってほしい。この子達に。宇宙」

 

 イソラがアローラで出会った人物を思い出している間、ツバキとスカーレットはキャッキャキャッキャとはしゃいでいる。

 

「でも聞いてみた。オーベムに。教えてくれなかった……」

 

「そうなんですか? ……なんででしょう……?」

 

 それは恐らく、どう答えても自分か相手のどちらかが困るからだろう。

 

「ふふっ、久々に来たが、やはりこういうのを見るのはワクワクするな。……ん、2階は海に関連するエリアか」

 

 1階の宇宙関連エリアを見終えたツバキ達は2階へと上がる。

 2階は海の中をイメージしたのか、天井や壁が青系の色に染められており、海のポケモンの模型があちこちにぶら下がっていた。

 特に階段を上って真っ先に目に飛び込んでくる巨大な影は圧巻の一言だ。

 

「お、お姉ちゃん……あの真ん中のおっきいのは……」

 

「うきくじらポケモンの『ホエルオー』の模型だな。ポケモンの中でも最大級の大きさだ。さすがに原寸大ではないようだが、迫力は十分だな」

 

「見た事ある。本物。凄い。これも……!」

 

 2階の天井スペースの3分の1は占めているであろうホエルオーの模型に、ツバキは目をまん丸くしてしまう。

 

「ん? これは……点字か? ……ホウエン地方の海底遺跡で発見された石室の壁に書かれた文の写し、か。……ふむ、ホエルオーの他、ちょうじゅポケモン『ジーランス』に関して書かれているようだな」

 

「そんな大昔から点字が……というより、そんな大昔からポケモンと関わってたんだ、人間て……」

 

「ホウエンだけじゃない。シンオウ。カロス。他にも色々。神話多い。大昔の」

 

「創世神話、英雄伝説、古代戦争、かがやき様……人智を超えたポケモンの力は、遥かな昔から人間に畏怖を以て崇められてきたのだな」

 

 そして次に見えてきたのは、大きさ順に並んだいくつもの船の模型達だ。

 

「この大きいのは知ってる! サント・アンヌ号!」

 

「正解だ。クチバ港を母港とする、世界最大級の豪華客船だな」

 

 高速船アクア号、連絡船タイドリップ号、遊覧船ロイヤルイッシュ号……様々な地方の様々な形の船がずらりと並ぶ様は非常に壮観であり、ツバキ・スカーレットのみならずイソラも笑みを隠せないようだ。

 

「……あっ……」

 

 展示品を見ていたツバキは、1枚の絵の前で立ち止まった。

 プレートには『海の守り神・ルギア』と書かれている。

 

「…………ルギア…………昔どこかで見たような……」

 

 ツバキは目を閉じてしばし思考の海に沈み……。

 

「…………っ! 思い出した……! あの時、グレン島の空を覆ってた火山灰を、もう1体のポケモンと一緒に払ってくれた……!」

 

 そう、それはツバキがもう一度会いたいと願い、旅の目的の1つとなった存在だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ルギア…………ルギア……!」

 

 ようやく得た名前という手掛かりを、ツバキは記憶に刻むように繰り返す。

 

「ん……そうか、ルギアの事を知ったか」

 

「お姉ちゃん」

 

 少し遅れてきたイソラがツバキの視線を追い、その心中を悟った。

 

「私もあの時の事が忘れられず、旅の中で調べていたんだ。結果としてルギアに関する伝承などは知る事ができたが、本物にはいまだ会えていない」

 

「……そっか……伝説のポケモンだもんね……でも、わたしは信じてるよ。いつか絶対会える、って。そしたら、あの時のお礼を言うんだ♪」

 

「……ふふっ、そうか……そうだな。信じる事は力だ。どんな願いも夢も、信じなければ可能性すら訪れないのだから」

 

 そのように話していると、船の模型をじっくり見ていたスカーレットが追いついてきた。

 

「………………お待たせ。次。3階。お待ちかね。ポケモンコーナー」

 

 さらに階段を上ると、天井から吊るされたプテラの化石が一行を出迎えた。

 

「わわわっ……! び、びっくりしたぁ……す、すごい牙……ノコギリみたいにギザギザだね……!」

 

「かつて、頑強な皮膚と強靭な体力、そして鋭い牙を持つプテラに勝てる空のポケモンはおらず。太古の大空を支配していたのはプテラだったとする説もある」

 

「怖い。でも格好良い」

 

 そんな絶対捕食者であるプテラの化石の下には、様々な古代ポケモンの化石と解説文が並ぶ。

 

「空の支配者たるプテラに対し、地上の王者と呼ばれたガチゴラス、鉄壁の守りを持つトリデプス、水中の狩人カブトプス……いずれもいかにも過酷な太古の時代を生きたと思わせる面構えだ」

 

「あっ! これがさっき言ってたジーランスだね! ……1億年も姿が変わってないポケモン!? け、桁が違うね……」

 

 次に並ぶは、顔と思われる部分に不思議な点が打たれた3体のポケモンの模型だ。

 

「……? 見た事無いポケモン……お姉ちゃん、これは?」

 

「これは『レジロック』、『レジアイス』、『レジスチル』だ。遥か昔、人間によって封印されたポケモンとされている。さっき海のコーナーで点字があっただろう? あれとも関係があるようだぞ」

 

「へぇ~! どういう関係なんだろう……知れば知るほど不思議がいっぱいだね、ポケモンって!」

 

「ああ。ポケモンの秘密を全て解き明かそうと思ったら、それこそ宇宙の規模で考えねばならんほど気の遠くなる時間が必要なんだろうな……」

 

 ツバキが興味深く見ながら進むと、レジロック達よりもさらに巨大な模型が。

 

「きょだいポケモン『レジギガス』。3体のレジポケモンの長とも、彼らを作り出したとも言われる伝説のポケモンだ」

 

「ふわぁぁぁ……ホエルオーとはまた違う迫力だね……!」

 

 さて、次は……。

 

「……タマゴ……うぅん、繭? こっちは樹……かな……?」

 

「これはカロス地方の伝説のポケモン、『イベルタル』と『ゼルネアス』の休眠状態と言われている。あらゆる生命を奪う破壊の力・イベルタル。そしてあらゆる生命を永遠の物とする救済の力・ゼルネアス。彼らはその力を使い果たすと、この形態となって1000年の間眠りにつくそうだ」

 

「………………さすが違う。スケール……」

 

「そしてその隣がちつじょポケモン『ジガルデ』。自然界の生態系を監視し、それが著しく乱された時、真の力を発揮して修正を行うらしい」

 

 見た事の無いポケモン達の、想像もできないスケールの話題に、ツバキもスカーレットも呆気に取られるばかりで開いた口が塞がらないようである。

 あまりにも膨大な情報量に、博物館を出る頃にはツバキの頭はパンク寸前となっていた。

 

「……はぁ~~~~……ポケモンて……すごい……」

 

「ははっ、さすがに一気に詰め込みすぎたようだな、ツバキ」

 

「………………楽しかった。すごく。とても楽しかった!」

 

 放心状態のツバキに対して、スカーレットは満面の笑みでご満悦の様子だ。どうやら脳の情報処理能力はツバキより上らしい。

 

「さて、もうずいぶんと暗くなったな……少し早いが、夕食にするか」

 

「賛成」

 

「うんっ!」

 

 3人は揃って手近なレストランへと歩き始める。

 ポケモンの不思議、神秘……彼女達が食事中、それらについて熱く語り合ったのは言うまでも無いだろう。

 さあ、勉強の後はバトル……!

 目指せ、ニビジム攻略!

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!

バトルも事件も無く、ただひたすら博物館を見て回るだけのお話……たまには良いよね?


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第46話:姫騎士推参

博物館でのお勉強を終え、ジム戦に向けた特訓……をするはずだった第46話です!


 ニビ科学博物館で科学、そしてポケモンの様々な知識を心行くまで堪能したツバキ達3人は、ついつい遅くまで話し込んでしまい、翌日は揃って昼過ぎに目を覚ます事になってしまった。

 

「……ふあ…………あふっ……お姉ちゃん、スカーレットさんおはよ~……」

 

「……んむ……おはようツバキ……」

 

「………………zzz……」

 

 ツバキはタマゴを抱き締めながら、肩にポポを乗せてゆらゆらと歩く。額にはクチバシの跡が残っており、ポポが黙っていられないほど寝ぼけていたようだ。

 イソラはイソラでテーブルに置かれたコーヒーカップの前でボーッとしており、スカーレットに至っては寝たまま歩いている。

 

「……んくっ…………ふぅ……昨夜はつい遅くまで語ってしまったな……」

 

 お気に入りのグランブルマウンテンを飲み干しながらも、まだまだ眠そうである。

 

「それくらい博物館がすごかったからね~…………はふぅ……ポポくん、スカーレットさんも起こしてあげて……」

 

 バサバサと羽ばたいたポポはスカーレットの前でホバリングし、その額を目掛けてクチバシを突き出した。

 

「っっっ!! ~~~~っ! ○¥◇∞>!!」

 

 どうやらバッチリ目が覚めたようだ。元気にポケモンセンターの床を転げ回っている。

 

「………………なんて事させる。ツバキ」

 

「ん~……ごめんなさ……ふあぁ~……あふぅ…………」

 

 ……ツバキの額にもう1つクチバシの跡が増える事となった。

 

 

 

「……やっと頭がはっきりしてきたな、やれやれ……」

 

「……わたしは頭がズキズキするよ……」

 

「……ワタシも……」

 

 イソラが身体を伸ばし、残り2人が額をさすりながら、ニビシティ東の3番道路を進む。

 目的は、ニビジム攻略のための特訓で、今回はスカーレットとのバトルだ。

 

「しかし、ツバキが自発的にスカーレットとバトルしたいと言うとは思わなかったな。以前までのお前なら、腰が引けていただろうに」

 

「うん。でも、昨日博物館でルギアの絵を見た時、思ったの。いつかあの伝説のポケモンに会おう! ……っていうのに、怯えてばかりじゃ情けないな、って」

 

「………………良い事。挑戦。力になる。ワタシ」

 

 ツバキがやる気をメラメラと燃やしながら歩いていると、なにやら先の方が騒がしい。

 

「……ん……? あれはおつきみ山の方か……? ポケモンの鳴き声のようだが……」

 

 聞こえてきたのは、もはや鳴き声というよりは咆哮に近い。

 

「ひゃっ……!?」

 

「…………怪獣?」

 

「気になるな……行ってみよう」

 

 と、一行がおつきみ山へ向かうと、先日のハナダシティ側出入口と同じように人だかりが。

 あの時と違うのは、野次馬達の表情が緊張で強張り、その視線が洞窟の中へと注がれている事。

 

「すいません、何かあったのですか?」

 

「あっ、あんたらも近付かない方が良いぞ! おつきみ山の中に、怪物が出たんだ!」

 

「怪物……?」

 

「す、凄く恐ろしい鳴き声で、空を飛んで炎を撒き散らして……うう、思い出すだけで震えが……」

 

 男性は青ざめた顔をして、もう耐えられないと言わんばかりに走り去ってしまった。

 

「空を飛んで炎を撒き散らす怪物か……放ってもおけんか」

 

 その時、一際大きな咆哮が洞窟内から響き、野次馬が我先にと散っていった。

 イソラを先頭に、一行は逃げる野次馬に逆流するように洞窟内部へと侵入する。

 

「……ふむ……わずかだが周りの温度が高い……それにあちこちに焦げた跡がある。本当に炎を使うようだな」

 

「………………爪の跡もある」

 

 岩壁が焼け焦げ、岩を抉るような爪の跡が残り、どうやら怪物はかなり大型でパワーのあるポケモンであるらしい。

 イソラ達が奥に進もうとしたその時、入口から金属質の音が聞こえてきた。

 

「ちょっとあなた方! ここは危ないですわよ!」

 

「っ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 振り返れば、そこにいたのは長い金髪をなびかせ、白銀の甲冑を纏った少女だ。

 左右にはかっちゅうポケモン『アーマルド』とツンドラポケモン『アマルルガ』が控えている。

 

「さぁ、早く…………あら? どこかで見たような……………………あっ! 思い出しましたわ! あなた方、『戦翼の女帝(フェザー・エンプレス)』に、『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』ですわね!? まぁまぁまぁ! 本物にお会いできて光栄ですわ!」

 

 少女は両手でイソラとスカーレットの手を取るとブンブンと握手してくる。

 

「もしかしてそちらの可愛らしいお嬢さんも何か…………はっ! し、失礼いたしましたわ! 自ら名乗らぬとはとんだご無礼を……!」

 

 我に返った少女は慌てて後退して顔を赤くする。

 

「い、いや、お気になさらず……」

 

「いえ! 礼節に反しますわ!」

 

 少女はビシッと足を揃え、右腕の肘を曲げて拳を胸の前に置くと、凛とした声で名乗りを上げた。

 

「わたくしはニビシティジムリーダー・エーデルと申しますわ。以後お見知りおきを」

 

「ジ、ジムリーダーさん……!?」

 

 なんと、街から離れたこんな場所でジムリーダーと出会うとは……世の中は何があるかわからないな、とツバキは考えていたが、自分がまだ挨拶をしていない事に気付いた。

 

「あ、す、すいません! わ、わたしツバキって言います!」

 

「イソラです、はじめまして」

 

「…………スカーレット。ワタシ」

 

 釣られるように挨拶をする3人だったが、何度目かの咆哮が洞窟中に響き渡り、一行に緊張が走る。

 

「ゆっくりお話ししたいところですが、先にこの声の主をどうにかしなければなりませんわ。普通のトレーナーならば追い返すつもりでしたが、高名な皆様となれば話は別……よろしければご助力願えませんか?」

 

「元よりそのつもりです。……しかし、音が反響して正確な位置が掴めないな…………よし、出てこいクロバット!」

 

 イソラが投げたボールからクロバットが飛び出し、イソラの右腕に掴まる。

 

「クロバット、超音波で洞窟内を精査だ。最も大きい動体を探ってくれ」

 

「まぁ! さすが『戦翼の女帝』……! ひこうタイプの扱い方を熟知してますのね!」

 

 クロバットが時々停止しながら空中を飛び回り、5分ほどすると何かを探知したようで一直線に移動を始めた。

 

「見つけたか(……あの爪の跡……そして空を飛んで炎を……恐らく怪物の正体は……)」

 

 4人がクロバットの後を追うと、壁や天井に何かがどしんどしんとぶつかる音が響き、だんだんと大きくなってくる。

 そして少し広い部屋に出ると、そこにいたのは……。

 

「やはりボーマンダ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 怒りを表すかのような烈火のごとき深紅の翼をはためかせ、太く長い尻尾を地面に叩き付け、大きく開いた口からは眼前の敵をたじろがせる咆哮と高温の炎が発せられる。

 ドラゴンポケモン『ボーマンダ』だ。

 

「な、なんかお姉ちゃんのボーマンダより怖い……!?」

 

「恐らくは進化して間も無いのだろう。コモルーからボーマンダへ進化する際の戦闘力の伸びは目覚ましいが、その分進化前とは桁違いに高まったパワーを制御しきれない事があるんだ」

 

「なんにしても、まずは止めねばなりませんわ! アマルルガ、“こごえるかぜ”ですわ!」

 

 エーデルの指示の下、アマルルガの口から冷気を帯びた風が放たれる。

 しかし、ボーマンダが薙ぎ払うように“かえんほうしゃ”を吐くと、あまりの高温に“こごえるかぜ”がかき消されてしまった。

 

「止める。動き。ドータクン」

 

 スカーレットが放ったボールから現れたのは、どうたくポケモンの『ドータクン』。名は体を表すとは良く言ったもので、青い銅鐸のような姿が特徴的だ。

 

「……動きを止める……そうだ! お願い、ミスティ!」

 

 スカーレットに続いてツバキもボールを投げ、ミスティが回転しながら着地する。

 

「ミスティ……なるほどな。戻れ、クロバット! 行けっ! ムクホーク!」

 

 次いでイソラがクロバットをボールに戻し、代わりにムクホークを繰り出した。

 

「“サイコキネシス”。控えめに」

 

 ドータクンの念動の力が作用し、ボーマンダの身体から自由を奪う。

 しかし、必要以上に傷付けまいと手心を加えたためかボーマンダのパワーに押し負け始める。

 

「今ですわ! 翼を狙って“こごえるかぜ”!」

 

 ボーマンダの動きが封じられている内に左から回り込んだアマルルガが再度冷たい息を吐き、首を自由に動かせないボーマンダは抵抗できずに翼が凍ってしまった。

 

「よし……ツバキ!」

 

「うんっ! ミスティ、ムクホークに!」

 

 トトトトっと走るミスティの横をムクホークが低空飛行し、ミスティがその背に飛び乗ると、ムクホークはそのままボーマンダの頭上へと飛翔する。

 

「今だよっ! “ねむりごな”!」

 

 ムクホークから飛び降りたミスティが葉を揺らし、ボーマンダに“ねむりごな”が降り注いだ。

 

「(なんて息の合ったコンビネーション……! あっという間にボーマンダを無力化してしまいましたわ!)」

 

 ツバキがミスティを出した時点で互いの意図を理解し、その後も多くを語らずに行動したツバキとイソラの連携に、エーデルは目を見開く。

 

「……っと、感心するのは後ですわ! モンスターボール!」

 

 “サイコキネシス”に囚われたまま眠るボーマンダに対してエーデルがモンスターボールを投擲し、捕獲に成功する。

 

「ふぅ……一件落着ですわね。皆様、ニビシティに住まう者を代表し、ご協力に感謝いたしますわ」

 

「いえ、大事にならず良かったです」

 

 深々と頭を下げるエーデルに、一行は気恥ずかしさを覚える。

 騒ぎを収めておつきみ山を出ると、散っていた野次馬が戻っていた。

 

「……皆様、怪物の正体は野生のボーマンダでした! このボーマンダはわたくしが責任を持って安全な場所へと放しますわ!」

 

 ボーマンダの入ったボールを掲げて宣言するエーデルに、野次馬から歓声が上がる。

 

「「「ひーめっさまっ! ひーめっさまっ!」」」

 

 突然の姫様コールである。

 

「そして! 今回の騒動の解決は、こちらの方々の並々ならぬご尽力あってのものです! 皆様、どうか彼女達の勇気ある行動にも盛大なる拍手をお願いいたしますわ!」

 

 その言葉に従い、大きな拍手が一行に贈られる。

 当のツバキ達はといえば、前触れ無く話を振られた上、アーマルドに押されて観衆の前に引っ張り出されて困惑顔だ。

 

 

 

「それにしても、イソラさんとツバキさんの連携には驚きましたわ。まさに阿吽の呼吸ですわね!」

 

 ボーマンダを回復している待ち時間で、4人はポケモンセンターでティータイムと洒落こんでいた。

 

「ふふっ、この子との付き合いも長いですからね」

 

「お、お姉ちゃん恥ずかしいよぅ……」

 

 エーデルの賞賛の言葉に、イソラはツバキを抱き締めて頭を撫で回し、ツバキの顔は赤く染まる。

 イソラに撫でられるのは好きだが、スカーレットにエーデルまで見ている前ではさすがに恥ずかしいのだ。

 

「ツバキさんは確かにまだ未熟なようですが、かなりの才気を感じますわ。遠からぬ未来、イソラさんやスカーレットさんのような異名を取っているかもしれませんわね」

 

「確かに。すごかった。ツバキ」

 

 エーデルとスカーレットから口々に褒められ、ツバキは熟したチェリンボのように真っ赤になってしまう。

 

「そういえばエーデルさんはどうしてそのような格好を?」

 

 ふぬけた顔をしていたイソラが真顔に戻り、エーデルの甲冑姿に注目する。

 

「ウフフ……カロス地方のガンピ様をご存じですか?」

 

「ガンピさんですか。以前カロスリーグに参加した際、お姿を拝見した事が」

 

 ガンピ。

 はがねタイプを得意とするカロス地方四天王の1人であり、堂々たる騎士道の体現者である。

 

「わたくしはそのガンピ様に騎士道とポケモン道を学んだ弟子なのですわ。……最も、扱うのはいわタイプですけども。だって、いわタイプの方が好きなんですもの♪」

 

「……格好良い。騎士道」

 

「なるほど……では、『姫様』、というのは?」

 

「……あー……」

 

 甲冑を着ている理由に納得したイソラからの次なる質問に、エーデルは空を仰ぐ。

 

「……嘘か真か、わたくしの祖先はかつてカロス地方に存在した王家……の分家筋だそうですわ。もっとも、家系図が途切れてしまって空白期間があるので証拠とは言い難いですが。どこからかその話が伝わった結果、人々から『姫様』と言われ、この格好も相まっていつしか『姫騎士』と呼ばれるようになってしまったのですわ」

 

「………………お姫様。憧れ。女の子の」

 

 スカーレットは目を輝かせているが、エーデル当人は真偽の定かでない話から来る姫扱いはあまり嬉しくないようだ。

 

「エーデルさん、お待たせしました! ボーマンダは元気になりましたよ!」

 

 そんな話をしていると、受付カウンターからジョーイさんがエーデルに呼びかけてきた。

 

「ありがとうございます、ジョーイさん。いつも助かっていますわ」

 

 ボーマンダのボールを受け取ったエーデルは、頭を下げると優雅な所作で振り返りその場を後にする。

 ツバキ達がその後を追おうとすると、ジョーイさんが小声で耳打ちしてきた。

 

「エーデルさんが姫騎士と呼ばれているのは、どちらかと言えば彼女の人間性由来なんです。優雅で高貴な立ち居振舞いで、高潔な性格ながら気配りを忘れず、他人のために努力を惜しまない……そんな彼女への人々の感謝と敬意があの呼び名なんですよ」

 

「へぇぇ……! 素敵なお話ですね! ……でも、なんで直接言ってあげないんですか?」

 

「うふふっ、エーデルさんて堂々としているように見えて恥ずかしがり屋さんなんですよ」

 

「……なるほど。ストレートに伝えると変に意識させてしまうかもしれない、と」

 

「ええ♪」

 

 ジョーイさんから微笑ましい話を聞いた一行は、早足でエーデルに追いつくと、おつきみ山の洞窟ではなく外側を登り、ある程度の高さまで来るとエーデルがボールを取り出す。

 

「おいでなさい、ボーマンダ!」

 

 普通に出した場合とは異なる青い光に包まれてボーマンダが姿を現した。

 

「さぁ、これであなたは自由ですわ。この広い大空に思う存分羽ばたきなさいな!」

 

 頷いたボーマンダは、赤い翼を羽ばたかせて空の彼方へと消えていった。

 

「……この近くの林にタツベイの巣があるのですわ。そこでコモルー、そしてボーマンダへと進化し、旅立っていくのです」

 

「ふむ……では、あの個体は運悪く洞窟に迷い込み、そのまま進化してしまったわけか……不自然だと思った。身体も翼も大きいボーマンダがなぜ洞窟に、と」

 

「ええ……さぞや窮屈で怖かったでしょう。暴れてしまうのも無理はありませんわ」

 

 エーデルは両手を合わせ、不運なボーマンダのゆく道が明るくある事を祈る。

 

「………………綺麗。聖女みたい」

 

「っ!? ま、まぁ……まぁまぁ! 聖女だなんてそんな……オホホホホ♪」

 

 スカーレットのポツリとした呟きに、エーデルは満更でもなさそうである。

 

「……さて、ツバキさん。あなたはジム巡り中でしたわね」

 

「はい。……でも、もう少し特訓を積んでからニビジムに挑戦したいと思います」

 

 ツバキの真剣な眼差しを見たエーデルは、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。

 

「……ええ、いつでもいらっしゃいな。挑戦、お待ちしておりますわ!」

 

 ニビジムリーダー……姫騎士・エーデル。

 はたしてツバキは、この眼前に立ちはだかる強固な岩壁を破る事はできるのか……?

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

当初はタケシの弟であるジロウをジムリーダーにしようとしましたが、アニメ版のオリキャラなので取り止めました。


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第47話:鬼との特訓!打倒姫騎士!

更新遅れてごめんなさい!
特訓回の第47話です!


 おつきみ山で暴れるボーマンダを、ニビジムリーダーである姫騎士ことエーデルと共に鎮めたツバキは、いわタイプを操る彼女とのジム戦に備えてスカーレットに特訓の相手を頼み、3番道路の脇に用意された公共バトルフィールドに立っていた。

 タマゴを抱くイソラの隣で、ファイアローが同じようにタマゴを抱えている。ツバキがルイからもらったタマゴだ。

 

「…………弱点多い。いわタイプ。でも強い」

 

「みず、くさ、かくとう、じめん、はがねと弱点は5つもあるからな。その分、ほのお、こおり、ひこう、むしの4タイプに大打撃を与えてくる上、頑強でパワフルなポケモンが多い。ツバキのポケモンだと、ポポ、ケーン、シェルルは苦戦を強いられるだろうな」

 

「逆に有利に戦えるのはミスティとファンファンだけだね……うぅん……」

 

 あまりの有効打の少なさに、ツバキが頭を抱える。

 

「ナオとルーシアは“エナジーボール”を覚えられる上、別段いわタイプに弱いわけではないから、この辺りも一考の余地はあるぞ」

 

「そっか、覚えさせる技でも補えるもんね」

 

 とはいえ、ニビジムのバトル形式がわからないので、特定のポケモンに絞っての特訓は裏目に出る可能性もある。

 となれば、手持ち6体を均等に鍛えるのが最も確実……というわけで、ツバキは引き続きケーンをボックスに預けた上で、イソラにタマゴを任せて手持ちを6体揃えてきたのだ。

 

「………………戦う。実際に。わかりやすい。……ギガイアス」

 

 スカーレットの取り出したボールから、巨大な岩塊のようなポケモンが飛び出し、地響きと共に着地した。

 こうあつポケモンの『ギガイアス』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 黒く重厚感あるボディから、オレンジ色の結晶が突き出た外観をしており、そこに存在しているだけで圧迫感・威圧感を放っている。

 

「む……あのギガイアス……さてはイッシュリーグで使った個体か」

 

 そう、このギガイアスは、イソラとスカーレットがバトルしたイッシュリーグでスカーレットが使用し、ひこうタイプで固められたイソラのパーティを大いに苦しめた相手なのである。

 

「あいつの頑強さは頭一つ抜けている……物理的な攻撃はほぼ効かないと言って良いだろう」

 

「そう。硬い。この子。どんどんする。攻撃」

 

 スカーレットの言葉を翻訳すると。

 

「このギガイアスはとても頑丈なので、ガンガン技を撃って練習せよ!」

 

 ……というような事らしい。

 

「え……い、良いんですか……?」

 

「攻撃受ける。磨かれる。この子の硬さ」

 

「(なるほど……あのギガイアスは、あえて技を受けさせる事を繰り返してあれだけの頑強さを鍛えたのか……存外スパルタだなスカーレットは……)」

 

 一歩間違えば虐待とも取られかねない特訓法だが、そこまでに積み重ねた互いへの信頼があってこそ、ギガイアスはそれに耐える忍耐力を得られたとも考えられる。

 この部分の線引きは難しく、トレーナー本人は良かれと思った行動が、周囲の人間や、当のポケモンからは悪行・愚行と思われる事も珍しくないのだ。

 ツバキはナオとルーシアの頭に技マシンレコーダーをセットして“エナジーボール”を習得させ、スカーレット、そしてギガイアスと向かい合う。

 

「…………行くよ。ギガイアス」

 

 囁くようなスカーレットの声に、ギガイアスが脚を持ち上げて地面を踏み鳴らし、攻撃を受ける態勢に入った。

 

「まず撃ってみる。攻撃技色々」

 

「じゃ……じゃあ、行きます! まずはポポくん! “でんこうせっか”!」

 

 1番手のポポが急上昇し、見る見る速度を上げ、ギガイアスにぶつかっていく。

 ……が、ギガイアスは文字通り微動だにしない。

 

「次! “ブレイブバード”!」

 

 先ほど同様に上昇したポポは角度を変えると翼を折り畳み、急降下の速度を上乗せして、空気を裂くオーラを纏って突進する。

 ……のだが、こちらもギガイアスは全然堪えない。

 

「………………硬い。いわタイプ。こんな風に」

 

「た、確かにすごい硬さ……! なら、これです! “たつまき”!」

 

 ポポの羽ばたきが空気の流れを乱し、3つの風の渦がギガイアスを襲う。

 

「…………ある。勢い。でもダメ」

 

 ギガイアスは逆巻く3つの風の中央にあって、まったく動じていないようだ。

 

「足りない。ギガイアス動かすには。いわタイプ。重いポケモン多い。効きにくい。風の技」

 

「うぅ……そうみたいです…………次、ミスティ! “エナジーボール”!」

 

 ポポと入れ替わりにギガイアスの前に出たミスティが、大きな緑色のエネルギー球を作り出し、ギガイアスへと発射して見事に着弾する。

 

「そう。こういうの。いわタイプに効く」

 

「よしっ……! 次、ファンファン! “ころがる”!」

 

 続いて前に出たのはファンファン。

 助走をつけて軽く跳びはね、身体を丸めると勢いよくギガイアスへと転がっていく。

 さすがに重量のあるファンファンの回転しながらの突進は少しは堪えるらしく、その勢いでギガイアスがわずかながら後退した。

 

「…………良い。こういうのも。隙を作れる」

 

「タイプ相性と質量や慣性は別物だからな。仮に体重460kgのカビゴンの“のしかかり”を体長40cm体重20kgのイシツブテが受ければ、たとえ相性上ではいまひとつでも、実際にはタダではすまないだろう」

 

「か、考えてみればそうだよね……」

 

「大事。相性。でもそれだけじゃダメ。効きづらい技。使い道ある」

 

 これがポケモンバトルの奥深い部分であり、トレーナーの腕の見せどころだ。

 タイプ相性ばかりに思考を縛られていては、柔軟な発想をする相手に強烈な痛手を負わされる事もあるだろう。

 ポケモンの様々な個性や特徴を活かす戦い方は、クチバジムの時からツバキが心がけている事だが、やはりそこはまだまだ経験不足……時に相手のペースに乗せられ、戦い方が雑になる事がたまにある。

 

「自分のポケモンはもちろんだが、出てきた相手のポケモンの体格や種としての特徴も素早く把握し、どのように立ち回れば最大限優位な状況を作り出せるか……それを冷静に考える事を怠らないようにな」

 

「うんっ……! スカーレットさん、続き、お願いします!」

 

「わかった。ギガイアス、まだ平気?」

 

 ギガイアスはズシンズシンと両脚を動かし、まだまだ元気だとアピールする。

 

「ありがとう、ギガイアス! よーし……! ファンファン、“マグニチュード”!」

 

 器用に後ろ脚で立ち上がったファンファンが、前脚を地面に叩き付けて周囲に震動を起こす。

 ギガイアスは4本の太い脚でしっかりと地面に立つポケモンだが、それ故に地面の異常にはダイレクトに影響を受けてしまう。

 

「ぐらついた! ここで“じゃれつく”!」

 

 ギガイアスが足元の震動に気を取られたところへ、ファンファンが鼻を振り回して突撃、大きくその身体を傾かせる事に成功した。

 

「…………良い感じ。きっと活躍する。そのパワーと体重」

 

「確かに。ファンファンのパワーは今のツバキのパーティでは随一だ。他のポケモンとは活躍の方向性は変わってくるだろうな」

 

「よぉし……! 次はナオ!」

 

「待って」

 

 ふわりと浮遊したナオがファンファンと交代すると、スカーレットがストップをかけた。

 

「ナオから変える。趣向」

 

「趣向を……変える?」

 

 ツバキが首を傾げると、スカーレットは右腕を振り上げ、ギガイアスへと指示を出す。

 

「“すなあらし”」

 

 その指示と共にギガイアスが雄叫びを上げると、周囲の砂が巻き上げられ、風を伴って吹きすさび始めた。

 

「うぅ……!?」

 

「撃ってみて。“エナジーボール”」

 

「は、はいっ! ナオ、“エナジーボール”!」

 

 ナオの全身から指先へとエネルギーが流れ、両手の間に強力なエネルギーの塊を形成する。

 しかしミスティと比較すると、タイプが一致しないせいか生成がわずかに遅いようだ。

 それでもかなりのエネルギー量の球体が完成し、ナオは勢いよくギガイアスへ向けて発射した。

 

「……えっ……!?」

 

 ツバキは目を見開く。

 煙の向こうから姿を現したギガイアスは、特殊技が得意なナオから弱点技を受けたにもかかわらず平然としていたのだ。

 

「ど、どうして……?」

 

 驚くツバキの疑問に、イソラが答えた。

 

「これがいわタイプの厄介であり頼もしい部分の1つだ。砂嵐の中のいわタイプは、十重二十重の砂のフィルターとコーティングで、特殊技に対して著しく強くなるんだ。加えていわ、じめん、はがね以外のタイプは、一部例外を除いて砂嵐でダメージを受け続けてしまう」

 

「…………だからある。砂嵐特化パーティ」

 

「ぶ、物理攻撃に元々強いのに、特殊攻撃にまで強くなられたら、どうやって勝てば……」

 

 思わずあわあわするツバキの姿に顔が緩みそうになったイソラだったが、首を振ってどうにか真面目な表情を維持する。

 

「方法は色々ある。砂嵐を始め、技や特性によって変化した天候は、時間の経過と共に元に戻るのでそれを待つ」

 

「………………“あまごい”や“にほんばれ”。使うのもあり」

 

「あとは……お、そうだ。防御力などに依存せず、自分と相手の体力を均等に分け合う“いたみわけ”という技があるんだが、ルーシアがそろそろ覚える頃じゃないか?」

 

 顎に手を当て考えていたイソラが、ルーシアを見て思い出したように言うと、ツバキはルーシアを抱き上げる。

 

「そうなの? ルーシア」

 

 が、尋ねてみてもルーシアは首を傾げるばかりである。

 

「まぁ、大抵のポケモンは自分がいつ、どんな技を覚えるかなどは知らないし、考えもしないだろう。……ミスティは例外のようだがな」

 

「ミスティかぁ……どんな技を覚えるのを待ってるんだろう? ふふっ、楽しみだね♪」

 

 ツバキに撫でられたミスティは、「楽しみにしてろ」とでも言いたそうに鼻を鳴らした。

 

「ミスティ……こいつは大物になるかもな……」

 

 実際、ミスティは賢く頼りになるしっかり者であり、優れたバトルセンスからジム戦での活躍も多い。

 以前にイソラが指示を出した事があったが、その際もいつもと違うトレーナーの指示に柔軟に対応していた辺り、バトル中における判断力もなかなかの物であると言えるだろう。

 

「……なかなかいない。あれだけのナゾノクサ」

 

「ああ。他のポケモン達もそれぞれに目を見張る能力を持っていて、それらが皆ツバキを慕っている。これも人徳と呼ぶべきかな」

 

 しゃがんでポケモン達を順番に撫でるツバキを見ながら、イソラとスカーレットは彼女の人柄が優れた人材ならぬポケ材を引き寄せるのだろうと得心する。

 

「あっ、ご、ごめんなさいスカーレットさん、特訓中に……!」

 

「……気にしないで。再開。大丈夫?」

 

「はい! お願いします!」

 

 元気に返事をするツバキに、スカーレットは静かに微笑んだ。

 

「…………好き。そういう素直なところ」

 

 その瞬間、イソラがスカーレットの頭を両手で掴んでグリンッと自分の方へ向ける。

 

「手 を 出 す な よ ?」

 

「…………そういう意味。違う」

 

 ツバキはそんなやり取りを首を傾げて見守り、相手の準備が整うのを待つ。

 

「………………お待たせ。する。再開」

 

「はいっ! ナオ! “サイコショック”!」

 

 特殊技でありながらエネルギーを実体化させる事で相手の物理的防御力を参照する“サイコショック”は、相手の能力や鍛え方次第では普通の特殊技よりも大きなダメージを見込める変わった技だ。

 一方それは欠点でもあり、大半のいわタイプのように極端に防御力の高い相手には効果が薄く、少なくとも眼前のギガイアスには軽く弾かれてしまった。

 

「…………面白い技。“サイコショック”。でも扱い難しい。大事。見極め」

 

「……みたいですね……相性だけ見て考え無しに使ったら逆効果かも……うん。それじゃ、次はシェルルの番!」

 

 指名されたシェルルは一瞬ビクッとしたが、少し迷った後に意を決してギガイアスの前へと飛び出した。

 

「大丈夫だよシェルル! ギガイアスはわたし達の技の練習に付き合ってくれてる良い人……良いポケモンだよ! 胸を借りるつもりで行こう! さぁ、“むしのていこう”だよ!」

 

 ツバキからの励ましでやる気を出したシェルルが、身体のエネルギーを一点に集中し、勢いよく口から射出した。

 ……が、いかんせん相手はいわタイプ……むしタイプの技はあまり効いていないようだ。

 

「シェルル元気出して! 次は“アクアジェット”!」

 

 まったく通用せずに落ち込むシェルルだが、頭を振って気持ちを切り替え、水流を纏って高速で突進していく。

 ……少なくとも“むしのていこう”よりは効いたようで、ギガイアスは当たった場所をじっと見ている。

 

「………………悪くない。スピード。スピードは大事。咄嗟の回避にも便利」

 

「“でんこうせっか”とかと同じ感覚って事ですね……それじゃあ次は……出番だよ、ルーシ……ひやあぁぁぁーーーーっっっ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキが振り向くと、“おどろかす”の時のような顔のルーシアが目の前におり、ツバキは思わず尻餅をついてしまった。

 

「もうっ! イタズラはほどほどに、だよ! ほら、“いたみわけ”覚えるのを目指して!」

 

 が、ルーシアは聞いているのかいないのか、ケタケタ笑いながらふわふわと気ままに飛び回っている。

 

「「………………ルーシア」」

 

 しかし、イソラとスカーレットが揃って低い声で呼びかけると、大人しくフィールドに降りてきた。

 

「…………鍛える。ルーシア。ここからは……バトル」

 

「はいっ! もしかしたら、今回がジム戦デビューになるかもしれないよ! 頑張ろうね、ルーシア!」

 

 イソラ達に凄まれたのが堪えたのか、珍しくやる気のありそうな表情を見せるルーシア。

 

「では、ここからはギガイアス対ルーシアのバトルだな? 審判は私が務めよう。両者準備は?」

 

「ん」

 

「良いよ……!」

 

「では、バトル……スタート!」

 

「ルーシア、“エナジーボール”!」

 

「“すなあらし”」

 

 ルーシアが身体の前でエネルギーを圧縮する一方で、ギガイアスが砂嵐を巻き起こし、飛び交う砂利が徐々にルーシアの体力を削る。

 それに耐えて“エナジーボール”を射出するが、ナオの時と同様に砂嵐下のギガイアスには大きなダメージは入っていないようだ。

 

「それならこっちは“あやしいかぜ”です!」

 

 砂嵐の音に紛れ、すすり泣くような音を出しながらギガイアスの周りを不自然な風の刃が舞う。

 しかしこれもイマイチ効いていない。

 

「…………効かない。ギガイアスには」

 

「効果が薄いのはわかってます! “あやしいひかり”!」

 

 砂嵐と風に紛れて肉薄したルーシアがギガイアスの目の前に飛び出し、瞳から不気味な光を放つ。

 それを見たギガイアスは正常な判断力を失い、まったくデタラメにフィールドを動き回る。

 

「(ふむ……混乱させて砂嵐が収まるまでの時間を稼ぎ、消えた瞬間に“エナジーボール”での追撃を行う、というところか)」

 

「今の内にダメージを稼ぐ……! “あやしいかぜ”!」

 

 再びおどろおどろしい空気を伴った風がギガイアスを囲い、旋風がその身にわずかずつだがダメージを蓄積させていく。

 と、いきなり“あやしいかぜ”の勢いが、先ほどよりも増してきた。

 

「わぁっ! な、何!?」

 

「む……なるほど、“あやしいかぜ”の追加効果で、ルーシアの全能力が一時的に強化されたか」

 

 この追加効果発動はルーシアに大きな追い風となったが、ギガイアスもようやく正気に戻る。

 

「“ストーンエッジ”」

 

 我に返ったギガイアスが大きな脚で地面を叩くと、いくつかの鋭く尖った岩塊が現れ、切っ先をルーシアに向けて一斉に飛んできた。

 

「ルーシアよけて!」

 

 翼などで飛行する鳥ポケモンと違い、まったく不規則に浮遊するゴーストポケモンに狙って攻撃を当てるのは難しい。

 

「散って」

 

 だが、スカーレットが指を鳴らすと、飛んでいた“ストーンエッジ”が1つ辺り6個の欠片に分散し、多弾頭ミサイルのような面制圧攻撃へと早変わりした。

 完全に不意を打たれたルーシアはこれに対処しきれず、2発3発と被弾して地面に落下してしまった。

 

「ルーシアっ!」

 

 欠片になっていたため、本来よりもダメージは小さいが、お世辞にも打たれ強いとは言い難いルーシアにはかなりの痛手だ。

 恐らく分散前に直撃していれば1発で倒されていただろう。

 

「ルーシア……! ……ルーシア、まだ行ける……?」

 

 不安げに尋ねるツバキの声に反応したルーシアは、目を開けて再び浮遊すると、甲高い鳴き声を上げる。

 それはツバキへの肯定の意思。

 ルーシアが大声を上げたその時、ルーシアの身体から禍々しいオーラが湧き上がり、見る見るギガイアスへと伸びて両者を結んだ。

 すると、途端にギガイアスが苦しみ出し、ルーシアは逆に少し元気を取り戻す。

 

「っ! “いたみわけ”だ! 覚えたか!」

 

「こ、これが“いたみわけ”……!?」

 

「そうだ。お互いの体力をきっちり均等に分ける都合上、自分の体力が少なく、相手の体力が多い時ほど効果は大きい」

 

 このタイミングでの“いたみわけ”習得は大きく、まさにこの技が有効な状況にマッチしている。

 ツバキはここで決めるしかないと考え、それを後押しするかのように砂嵐が晴れていく。

 

「来たっ……! ルーシア! 近づいて“エナジーボール”!」

 

 再び砂嵐を張られる前に至近距離から叩き込む……能力差から考えても、それが最も勝てる見込みのある方法だ。

 まして相手はギリギリまで体力の減っていたルーシアと体力を分け合ったのだから、渾身の一撃を当てれば行けるはずだ。

 

「近づけない。“ストーンエッジ”」

 

 再度出現した岩が、ルーシアの行く手を阻むかのように降り注ぐ。

 

「受け流して!」

 

 無理によけて他の岩に直撃するくらいならば、常に前を見据え、身体をわずかに動かして大ダメージだけを予防する。

 結果、身体の表面を複数の岩が掠めたが、1発の直撃も無くギガイアスへの接近に成功する。

 

「(取った……!)」

 

「“ヘビーボンバー”」

 

「えっ」

 

 ルーシアがエネルギー弾を完成させる直前、ギガイアスが高くはないものの飛び上がり、その身体をルーシア目掛け落下させてきた。

 目の前で鈍重そうな物体が異様に機敏な動きを見せた事で思考の固まったルーシアは回避が遅れ、その下敷きになってしまった。

 

「ル、ルーシア!」

 

 ギガイアスが身体を起こして移動すると、下から目を回したルーシアが現れた。

 

「ルーシア戦闘不能! ギガイアスの勝ち!」

 

「…………危なかった。ご苦労様。ギガイアス」

 

 スカーレットはギガイアスをボールに戻し、ルーシアを抱き上げると駆け寄ってきたツバキに手渡した。

 

「……はい。頑張った。ルーシアも」

 

「はい……うぅぅ……意外と速く動ける上に飛び跳ねるとは思いませんでした……ごめんねルーシア、すぐにポケモンセンターに連れていくからボールの中で休んでて……」

 

 ツバキもルーシアをボールに戻すと、スカーレットに右手を差し出した。

 

「……スカーレットさん、ありがとうございます。負けちゃいましたけど……技の使い方がよくわかりました!」

 

「…………飲み込み早い。ツバキ。あとはひたすら実践。積む。経験」

 

「はいっ!」

 

 スカーレットとの特訓でポケモンの技に一層理解を深めたツバキは、スカーレットと握手を交わす。

 特訓を経た彼女は、頑強ないわタイプを操るであろうニビジムリーダー・エーデルにどのように立ち向かうのであろうか……。

 

 

 

つづく




今回は投稿が遅れて本当に申し訳ありませんでした!
スマホを機種変したら勝手が違いすぎて四苦八苦してる内に……。


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第48話:誇りを懸けて!

ニビジム戦スタートの第48話になります!


「……よし、準備完了! 行くよポポくん!」

 

 ポケモンセンターの個室で外出準備を終えたツバキは、肩にポポを乗せるとロビーへ向かう。

 そこにはイソラとスカーレットがツバキ同様準備を完了して待っていた。

 

「行くか、ツバキ」

 

「……挑戦。ニビジム」

 

 そう、今日はツバキがニビジムへ挑戦する日なのだ。

 ツバキのジムバッジは現在5個……トレーナーレベル6ともなれば、かなりの苦戦が予測される。

 姫騎士ことニビジムリーダー・エーデルとの面識はあるが、暴れるボーマンダを鎮めるための戦いしか見ていないため、彼女がどのような戦術を駆使するのか、そしてニビジムのバトル形式がどのような物なのかは一切不明だ。

 できる事は全てやりきり、あとはスカーレットとの特訓の成果を、どれだけ実戦で出せるか、だろう。

 

「頑張る。ツバキ」

 

「はいっ! スカーレットさんから学んだ事を忘れずに頑張ります!」

 

 ツバキはスカーレットに挨拶をすると、イソラと目配せをして微笑み、2人の間をすり抜けてニビジムへと歩み始めた。

 そんなツバキの少し後ろを、イソラとスカーレットが並んで歩きながら小声で話し合う。

 

「……ツバキは変わった」

 

「…………変わった?」

 

「ああ。……昔はな、ひたすら私の後ろを歩いて、光を恐れるようにその影の中で縮こまっていたんだ。だが、ポケモンとの旅で大きく成長した今のツバキは、こうして進んで先頭に立って自ら光を浴びながら歩くようになってくれた。……それがな、とても嬉しいんだ、幼い頃から一緒にいた身としては」

 

「…………そう。親心ならぬ姉心」

 

「そんなところだろうな。まぁ、少し寂しくはあるが、な」

 

 昔よりも大きくなったツバキの背中を見ながら、イソラは目を細める。

 考えてみれば、自分の後ろにばかりいたため、彼女の背中はあまり見た事が無かったかもしれない……が、そのわずかな記憶のそれと比較しても、今のツバキの背中はとても頼もしくなった。

 それは何も単純な大きさだけではなく、抱いた想い、背負った覚悟の強さが大きく見せているのだ。

 ……もう、自分がいなければ何もできない臆病な少女などどこにもいないのかもしれない。

 イソラがそう考えたその時、先頭を歩いていたツバキが足を止めた。

 

「……お姉ちゃん」

 

「ん……? どうしたツバキ」

 

「………………ニ……」

 

 ツバキがゆっくり振り向き……その顔はやや赤くなっていた。

 

「……ニビジムって……どこだったっけ……?」

 

「……博物館に行く途中、左手に大きな建物があっただろう。そこだ」

 

 ツバキはバツが悪そうに「えへへ……」と笑うと、再び歩き始めた。

 

「………………まだまだかかる? 手」

 

「……だな」

 

 イソラはさっきより少し弱々しくなったツバキの背中を見ながら、呆れ半分、安堵半分の溜め息を吐いて苦笑いを浮かべた。

 危うく出だしでつまずくところであったが、どうにかこうにかニビジムへと辿り着いた。

 

「……すぅー…………はぁー…………うんっ……!」

 

 深呼吸して高揚する心を抑えたツバキは、ニビジムの扉を開き、中へと足を踏み入れる。

 

「す、すいませーん! ジム戦をお願いしまーす!」

 

 しばらくすると、老齢の男性が奥から現れて応対する。

 

「失礼、少し外しておりましてな。ジム戦希望は、どちらの方ですかな?」

 

「はいっ、わたしです! グレンタウンのツバキです!」

 

「ほうほう……なかなかに良い目をしていらっしゃる。……では、まずは私とバトル……」

 

「じいや、お待ちなさい」

 

 男性がモンスターボールを取り出そうとした瞬間、凛とした声が彼を制止した。

 

「っ! お、お嬢様……?」

 

「そちらのツバキさんは、わたくしがお招きしたのです。よってトレーナー戦は不要ですわ」

 

 現れたのは、先日よりもさらに重装備を身に付けたエーデルで、腰には剣まで携えている。

 

「はっ、承知いたしました。エーデルお嬢様のお知り合いとは知らず失礼いたしました。ジムトレーナーのレヴンと申します」

 

 レヴンと名乗る男性は、姿勢を正して深々と頭を下げる。

 

「い、いえいえ! ……もしかしてエーデルさんの……」

 

「わたくしの家に仕えてくれている執事ですわ。わたくしの幼い頃から、側で守ってくれてますの」

 

「自慢ではありませんが、このレヴン……お嬢様に仕えてより19年、1度たりとも不逞の輩をお嬢様に近づけた事はありません」

 

 レヴンは自慢ではないと言いつつも、肝心の態度はいかにもその事が誇らしいと言わんばかりである。 

 

「この通り頼もしいのですが、おかげでわたくし、男性と知り合う機には恵まれませんの……」

 

「お嬢様に言い寄ろうとする男がことごとく情けないだけです。せめて私を倒せるくらいでなければ、お嬢様には釣り合いませぬ」

 

 その言葉を聞いたイソラが目の色を変え、レヴンの手を取った。

 

「わかります……わかりますよレヴンさん! やはり大切な人には馬の骨など近づけたくはありませんよね!」

 

「おお! ご理解いただけますか!」

 

 なにやら保護者同士で意気投合してしまっている横で、エーデルが話を進める。

 

「さて……ツバキさん、お待ちしておりましたわ。どういうわけだか今日、あなたが来そうな気がしていましたの。バトルフィールドは整えて清めてありますわ」

 

「そ、そうなんですか……? 不思議ですね」

 

「ふふ……では、こちらですわ。……じいや、いつまでイソラさんと語っておりますの! 審判をお願いいたしますわ!」

 

「はっ! か、かしこまりました!」

 

 会話がヒートアップしていたレヴンを大声で呼んだエーデルは、ツバキ達を連れて大きな扉をくぐり、バトルフィールドへと案内する。

 砂の多い荒野のようなフィールドには、大小様々なゴツゴツした岩が転がっている。

 

「さぁ、ここがニビジムのバトルフィールドです。見ての通り砂と岩が散乱し、挑戦者の行動を遮りますわ。ひたすら翻弄されるか、はたまたこれを利用して自身の優位を作るか……あなたの手腕、お見せいただきます」

 

 エーデルは甲冑の金属音を響かせながら歩き、フィールドを挟んでツバキと対峙する。

 

「ツバキさんは確か、バッジは5個でしたわね?」

 

「はいっ!」

 

「ふふっ、準備しておきましたわ。では、ニビジム戦の説明をさせていただきます。……ツバキさん、ポケモンバトルは基本は1対1ですが……例外も存在しますわ」

 

「……! も、もしかしてダブルバトルですか!?」

 

 ツバキは思わず身構える。

 ポケモン2体を同時に出して戦うダブルバトル……タマムシジムでラニーとアケビを相手にしてそれっきりだからである。

 ましてジムリーダーを相手に行うのは初めてになる。

 

「……ふふっ……いえ……ニビジムのバトル形式はズバリ……」

 

 エーデルは指を3本立ててツバキへ突きつける。

 

「トリプルバトルですわ!」

 

「ト……トリプルバトル……!?」

 

 まさかの3体同時に使用するバトル形式である。

 

「トリプルバトルか……合計6体ものポケモンが入り乱れて戦うが、あまりにも複雑……状況把握と指示が難しいので、あまり見かけなくなった形式だな」

 

「…………イッシュ。カロス。……そのくらい?」

 

「だな。まぁ、熟練のトレーナーの中には好む者も少なくはないが」

 

 観客席に移動したイソラとスカーレットがトリプルバトルという形式について話している時、フィールドではツバキがこの形式への対処法を模索していた。

 

「(3体同時指示……わたしにできるかな…………うぅん、やらなきゃ、だよね! でも、あんまり複雑な指示は隙が大きいから……)」

 

 ぶつぶつと呟くツバキに、エーデルは3つのモンスターボールを見せる。

 

「では、先にわたくしの使用するポケモンをお見せします。……おいでなさい! ユレイドル! アバゴーラ! ガチゴラス!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 エーデルの投擲したボールからまず現れたのは、以前にタマムシジムでバトル経験のあるリリーラの進化した姿、いわつぼポケモン『ユレイドル』。

 次に青い身体を頑丈な甲羅で覆ったこだいがめポケモン『アバゴーラ』。

 最後にその両者の後ろに着地したのは、巨大な恐竜のような姿をしたぼうくんポケモン『ガチゴラス』だ。

 

「さ、さすがに強そう……! タイプは……」

 

 ツバキが図鑑を開いて相手の情報を確認する。

 

「(ユレイドルがいわ・くさ、アバゴーラがみず・いわ、ガチゴラスがいわ・ドラゴン……!)」

 

 いずれもかくとうタイプが弱点だが、あいにくとツバキはそれを使えるポケモンは持っていない。

 

「(ファンファンを使うつもりだったけど、ユレイドルとアバゴーラが怖いなぁ……)」

 

 どちらもそれぞれくさタイプ、みずタイプをいわタイプと併せ持ち、じめんタイプのファンファンにはかなり重い相手だ。

 だが、ナオとルーシアに新たに覚えさせた“エナジーボール”は、タイプ相性上、アバゴーラにしか大きなダメージを狙えない。

 かといってポポやシェルルはいわタイプは大の苦手と来ている。

 

「…………悩んでる。ツバキ」

 

「だろうな。エーデルさんのポケモンは、かくとう技が無いというだけでかなり嫌らしくなるパーティ構成だ。が、ポケモントレーナーには悩む事も大切だからな」

 

 しばし目を閉じて考え込んでいたツバキだったが、ゆっくりと瞼を開いて顔を上げる。

 

「……お待たせしました」

 

「お気になさらず。……決まりまして?」

 

「はいっ! わたしが選んだのはこの子達です! お願い! ミスティ! ファンファン! ルーシア!」

 

 ツバキが同時に投げた3つのボールからポケモン達が飛び出し、最も重いファンファンが地響きと共に着地し、その背中にミスティ、そして最後にふわふわとルーシアが下りてきた。

 

「ふむ、苦手な相手が多いと知りながら、あえてファンファンを使うか……」

 

「何かある。ツバキ。考え」

 

「ああ、あの子は無能じゃない。何か策を考えているだろう」

 

 イソラ達が見守る中、いよいよバトルの準備が整い、レヴンがフィールドへ近づく。

 

「両者、準備はよろしいですかな?」

 

「ええ」

 

「はい!」

 

「では、ジムリーダー・エーデルとチャレンジャー・ツバキのジム戦を始めますぞ!」

 

 レヴンが右腕を振り上げると同時、エーデルは微笑んで剣を引き抜くと、胸の前に構えて誓いの姿勢を取る。

 

「……さぁ、始めますわよツバキさん。我が師・ガンピ様、そして先代ジムリーダー・タケシ様の名に懸け、易々とバッジは渡しません。このエーデル、チャレンジャーと正々堂々相まみえる事をここに誓いますわ! 尋常にいざ! いざ!」

 

――――ジムリーダーのエーデルが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「両者見合って。バトル…………開始っ!!」

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きへのお付き合い、ありがとうございます!

エーデルの剣はちゃんと刃を潰してありますのでご安心を。


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第49話:ニビジム攻略戦!砂塵の先へ!

ニビジム戦その1となる第49話です!


 いよいよニビジムへ挑戦したツバキは、3体のポケモンへ同時に指示を出さねばならないトリプルバトルに参加させるポケモンを吟味し、ミスティ、ファンファン、ルーシアを繰り出した。

 ツバキとエーデル、両者の準備が整った事を確認した審判のレヴンは、掲げた右手を勢いよく振り下ろした。

 

「両者見合って。バトル…………開始っ!」

 

 その合図と共にツバキが腕を突き出して指示を飛ばす。

 

「ミスティ、ファンファンの上に! ファンファン、“マグニチュード”!」

 

 ファンファンの上に飛び乗ったミスティが、横に突き出た耳に葉を絡ませてしっかり掴まると、ファンファンは前脚を上げて地面に叩き付けた。

 それによって周囲に震動が伝播し、フィールド全体を揺るがす地震が発生した。

 

「“ワイドガード”ですわ!」

 

 前面に出たアバゴーラが、交差させた両腕を横に払うと、青い障壁がユレイドル、アバゴーラ、ガチゴラスの3体を覆い、自分達への“マグニチュード”の衝撃を無効化した。

 

「(やっぱり持ってた、“ワイドガード”……!)」

 

 味方への全体攻撃ダメージを防ぐ“ワイドガード”。

 その効力はタマムシジムでのダブルバトルで学習済みのツバキは、相手3体の内の誰かが持っているであろうと睨んで探りを入れたのだ。

 ミスティは技を出すファンファンの上に乗せ、ルーシアは特性《ふゆう》で“マグニチュード”に巻き込まれる事を回避するフォーメーションを組んだが、“ワイドガード”があるとなるとあまり活かせそうにはない。

 

「(ふふっ、今のは様子見、といったところですわね。こちらに防御技があるか否かを確認し、あわよくば大打撃を狙う……さすがにやりますわ……!)……今度はこちらから参りますわ! “すなあらし“!」

 

「(来たっ……!)」

 

 ユレイドルの周りで風が巻き起こり、それは周囲の砂を巻き込みながら範囲を広げ、やがてフィールド全体を包み込んだ。

 

「ルーシア、“あやしいかぜ”!」

 

 それに対抗するように金切り声を上げたルーシアの周囲の空気が流れを変え、ルーシア達3体を中心とした渦のようになって砂嵐からの隔離に成功した。

 

「風を用いた技である事を利用して攻撃技を守りに使う……悪くない着眼点ですが、ここで守備に走るのは甘くてよ! “からをやぶる”ですわ!」

 

 アバゴーラの甲羅の表面が弾け、身軽になったアバゴーラは雄叫びを上げる。

 

「むぅ……ツバキも普通であれば上手く凌いだと褒めてやりたいが……相手はいずれも優秀な強化技を習得するポケモンだ。それを使う猶予を与えてしまったのはまずいな」

 

 イソラの言う通り、“からをやぶる”事によってアバゴーラの守りは薄くなったが、攻撃能力と素早さは大きく向上している。

 

「……でも見て。ツバキ。落ち着いてる」

 

「む……確かに……」

 

 スカーレットの指差した先にいるツバキは、この状況下にあって平静を保っている。……ように見える。

 

「ファンファン、“ころがる”!」

 

 渦の中から身体を丸めて高速で回転するファンファンが飛び出し、アバゴーラ目掛けて突撃してきた。

 

「“バリアー”!」

 

 アバゴーラの前に出たユレイドルが、正面に“バリアー”を展開してファンファンの突進を受け止める。

 弾かれたファンファンは、そのまま岩を盾にしながらフィールドを転がり回る。

 その様子を観察しながら、エーデルは眉間に皺を寄せた。

 

「(……じめんタイプのドンファンは砂嵐のダメージは受けませんわ……砂嵐が晴れるまでドンファンで時間稼ぎ…………いえ、ツバキさんは進んで3対1の状況を作るほど愚かなトレーナーではないはず。ならばムウマとナゾノクサもどこかから機を窺っているはずですわ……!)」

 

 エーデルはファンファンの動きにも注意しつつ、目を細めて砂嵐の中を凝視する。

 

「ドンファンに“エナジーボール“! ”ハイドロポンプ”!」

 

 ユレイドルが眼前で触手を纏め、中央に緑色のエネルギー弾を作り出し、アバゴーラが大きく息を吸い込む。

 直後、エネルギー弾と高水圧砲が発射されるが、視界の悪い砂嵐の中、高速で転がり回るファンファンにはそうそう当たらない。

 

「(……この動き……やはりドンファンは囮で、本命は残り2体……?)……ガチゴラス! 周辺警戒! ユレイドルはそのままドンファンを牽制なさい!」

 

 エーデルが最も警戒しているのは、くさタイプであるミスティだ。

 砂嵐下とはいえ、“からをやぶる”で防御面の薄くなったアバゴーラが、4倍弱点のタイプ一致技を受ける事は極めて危険だからだ。

 そのために前はユレイドル、後ろはガチゴラスが固め、アバゴーラが奇襲を受けないようにしているが、いかんせん相手は非常に小柄なナゾノクサ……岩陰に隠れながら接近されると認識しづらい。

 

「(ふふっ、ですが、ドンファンが陽動を始めてからずいぶんと経ちますわ。ナゾノクサも砂嵐でだいぶ弱っているはず……動きも鈍って、少しは発見しやすくなっているでしょう。さぁ、どこですの……?)」

 

 エーデルは目ぼしい岩陰をじっと見つめ、ミスティの姿を探す……が、一向に現れる気配が無い。

 

「……っ! くくっ、なるほどな……さすがというか……奇想天外な事をする」

 

「イソラ?」

 

「ミスティの居所……見当がついたよ。見たら驚くだろうな」

 

 イソラはツバキの発想力に素直に感心し、その成長を心中で喜ぶ。

 

「ファンファン、“ころがる”!」

 

 間近に着弾する“エナジーボール”にも怯まず、ファンファンが激しく蛇行しながらユレイドルへと迫る。

 

「しつこいですわねっ! “じしん“と”ワイドガード”ですわ!」

 

 ユレイドルが重い胴体をどすんどすんと動かして震動を起こすと同時に、アバゴーラが青い障壁で味方を守る。

 激しく揺れる地面によってファンファンの動きに若干の鈍りが見えたが……なんと、その身体が緑色に光り始めた。

 

「っ!?」

 

「“エナジーボール”!」

 

 岩をジャンプ台代わりに跳ねたファンファンが丸まった形態を解除すると同時に、その内側からミスティとルーシアがエネルギーのチャージを終えた状態で飛び出し、即座に“エナジーボール”を生成した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「え……えぇぇっっ!?」

 

 めったに表情を崩さないスカーレットが、驚愕の表情で身を乗り出す。

 

「ふふっ……ファンファンが身体を丸める際、ミスティとルーシアを抱き締めるように内側に隠したんだ。どちらもファンファンよりも遥かに小さいし軽いからな」

 

 驚いているのはスカーレットだけではなく、対戦相手のエーデル、審判のレヴンまでも開いた口が塞がらないようだ。

 

「……はっ! “エナジーボール”で迎撃! “いわなだれ”!」

 

 我に返ったエーデルはすぐさま指示を出し、ユレイドルがエネルギーチャージを行い、アバゴーラが空中に岩を出現させてミスティ達目掛けて飛ばしてきた。

 が、もう遅い。

 ミスティとルーシアが同時に発射した“エナジーボール”が頭上からアバゴーラを直撃し、その身に致命的なダメージを与えた。

 

「ファンファン、“じゃれつく”!」

 

 そして、ファンファンは全体重を乗せてユレイドルに力いっぱい“じゃれつく”。

 迎撃のために撃たれた“エナジーボール”がヒットしたが、幸い速射性を重視してエネルギーチャージが不十分だったので一撃必殺とはならなかった。

 ユレイドルに激突したファンファンが着地するのと、顔面に2発の“エナジーボール”を食らったアバゴーラがひっくり返ったのはほぼ同時だった。

 少し遅れてミスティとルーシアも下りてきたが、“いわなだれ”の弾幕で無傷とはいかなかったようだ。

 

「……アバゴーラ、戦闘不能!」

 

 守りが弱まっていたところへ4倍弱点の技2発、しかも急所にヒットとなると、とてもアバゴーラは立ってはいられなかった。

 目を回して倒れたアバゴーラをボールに戻したエーデルは、悔しそうに唇を噛む。

 

「くっ……申し訳ありませんアバゴーラ……。ツバキさんを侮ったつもりはありませんでしたが……それでもわたくしのどこかに慢心があったのかもしれませんわ……!」

 

 変わらず悔しさに溢れた表情でボールを懐へしまったエーデルだったが、スッと顔を上げるとツバキに柔らかく笑いかけた。

 

「やはり……やはりわたくしの目に狂いはありませんでしたわツバキさん。その機転、発想力……並のトレーナーでは比較にもなりません」

 

「エーデルさん……」

 

「……ですが! わたくしもニビジムを預かる身! このエーデル、ここより本気の本気、全力を以て応じますわ! “エナジーボール”最大チャージですわ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 再びユレイドルがエネルギーチャージを始める。

 

「わたしだって負けません! 全力も全力ですっ! “あやしいかぜ”! “エナジーボール”!」

 

 負けじとルーシアが周りの風を操り、突風の刃がユレイドルを襲い、ミスティが放ったエネルギー弾もヒットする。

 だが、ネリアのリリーラがそうだったように、このユレイドルもまたかなりのタフネスっぷり。

 “じゃれつく”も含めて何発も被弾しているにもかかわらず半分以上は体力が残っていそうだ。

 

「援護ですわ! “ストーンエッジ”!」

 

 ガチゴラスが脚を地面に叩き付け、浮かび上がった鋭い岩塊を一斉にミスティ達へと発射する。

 “ストーンエッジ”はいわタイプ技の中でもかなり威力が高い部類に入り、その形状からヒットした時のダメージも大きくなりやすい。

 

「よけて!」

 

 ミスティ達は手近な岩陰に隠れて“ストーンエッジ”をやり過ごすが、砂嵐がファンファン以外の2体を襲う。

 その時、ユレイドルの目が光り、極めて巨大なエネルギー弾が触手の先端に作られた。

 

「発射ですわ!」

 

 ユレイドルが天井へ向けて発射した巨大“エナジーボール”は、空中で炸裂してツバキのポケモン達に降り注ぐ。

 かなりの密度で隕石のように降ってくるエネルギー弾は、ミスティ達ならともかくとして大柄なファンファンには回避が困難だ。

 転がってよけようとするファンファンだったが、丸まるのが間に合わずに背中に何発も着弾してしまう。

 助けようにもミスティ達もまた回避でいっぱいいっぱいなのだ。

 

「“りゅうのまい”!」

 

 その隙を逃さず、エーデルは次の手を打った。

 ガチゴラスはその太い尻尾を震い、首の周りの毛を揺らし、地面を踏み鳴らして激しく舞う。

 自身の闘争心を大きく高めたガチゴラスは、大きな雄叫びを上げてここから始まるであろうさらなる激闘に備えた。

 

「“りゅうのまい”は素早さと攻撃力を引き上げる技……厳しい戦いになるな……」

 

「…………本番。ここから」

 

 数では優位に立ったものの、ファンファンは満身創痍、ミスティとルーシアも砂嵐も合わせてそれなりにダメージを受けている。

 対して相手はタフなユレイドルと、強化された無傷のガチゴラスが控える。

 はたしてツバキはこの強力な矛と盾を破り、バッジを手にできるのであろうか……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

ハナダジムまでの微妙な技ラッシュから一転、構成はともかくとしてガチ技で溢れかえってしまった……。


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第50話:月光の導き!暴君を討て!

遅れてごめんなさい!
ニビジム戦パート2となる第50話です!


 ニビシティはカントー地方において、街としては最も北西部に位置している。

 観光スポットとして名高いおつきみ山と隣接し、近年大改装を行ったニビ科学博物館のおかげで日々多くの観光客が訪れている。

 南には広大なトキワの森が広がり、膨大な種類のポケモンが生息しており、ポケモントレーナー垂涎の捕獲スポットとなっている。

 ジム巡りという視点で見ると、ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士の研究所が南部のマサラタウンに存在し、そこで初心者用ポケモンをもらってから冒険を始めるトレーナーが非常に多いため、ニビジムが初のジム戦という人は少なくない。

 ……本来であれば間にあるトキワジムが最初の挑戦となるはずなのだが、どうにもここのジムリーダーに就任する者はことごとく放浪癖があるらしく、代理も立てずにジムを空けている事が多いのだ。

 さて、そんなニビジムでのツバキの挑戦は……。

 

「(……どうにかアバゴーラは倒せたけど、こっちも……特にファンファンはかなり消耗してる……)」

 

 奇策によって、“ワイドガード”を使う厄介なアバゴーラを先に撃破したものの、当然そこに至るまでに無傷などという上手い話は無い。

 ミスティとルーシアはアバゴーラの“いわなだれ”、ファンファンはユレイドルの“エナジーボール”のダメージを受け、前者2体は砂嵐のダメージも上乗せされてしまっている。

 相手は特に“りゅうのまい”で強化されたガチゴラスが無傷で残っているのが危険極まりない。

 ユレイドルの方も耐久力が高く、ガチゴラスが攻めてユレイドルが防ぐという図式が目に見えるかのようだ。

 

「(……よし、ガチゴラスを放っておくのは危ないけど、先にユレイドルを……!)ルーシア、“あやしいかぜ”! ミスティとファンファンは“マグニチュード”フォーメーション!」

 

 ルーシアが泣き声のような音を響かせて風を巻き起こし、相手を牽制している間に、ミスティを上に乗せたファンファンが前脚を何度も地面に叩き付けて地響きを起こす。

 

「来ましたわね! ですが…………やはり……!」

 

 エーデルがニヤリと笑う。

 それもそのはず、今の“マグニチュード”の震動は、先ほど放ったそれよりも遥かに揺れが小さく、相手2体はきょとんと足元を覗いているだけなのだ。

 

「くっ……!?」

 

「……“マグニチュード”は使う度に威力がランダムに変わる技だ。そうそう“じしん”クラスの揺れは発生しない、か」

 

 世の中「まさか」と思う事がわりかし起こるものである。

 ツバキも“マグニチュード”の不安定さは知っていたものの、まさかこのタイミングで最低威力が出てしまうとは思っていなかった。

 

「ドンファンに“ドラゴンクロー”ですわ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 お返しとばかりにガチゴラスの両手の先に強力なオーラの実体化した爪が形成され、“りゅうのまい”の効果か見かけによらず機敏な動きでファンファンへと突っ込んできた。

 

「ファンファン、“じゃれつく”!」

 

 ミスティを下ろしたファンファンが長い鼻を全力で振り回してガチゴラスを迎え撃つ。

 しかし、横に薙いだファンファンの鼻を、一時停止してバックステップでかわしたガチゴラスが再度突進し、爪で一閃。

 体重100kgを越えるファンファンの身体が吹き飛ばされ、砂埃を上げながらフィールドを滑っていく。

 

「ファンファンっ!!」

 

 フィールドの外まで弾き出されたファンファンに、レヴンが近付き確認を取る。

 

「……ドンファン、戦闘不能!」

 

「……“じゃれつく”じゃなく“こらえる”を使っておけば…………くぅっ……ごめん、ファンファン……! あとはわたし達に任せて休んでて!」

 

 ファンファンをボールに戻したツバキは、一声かけるとすぐにフィールドへと視線を戻す。

 

「(ファンファンの頑張りを無駄にしないためにも負けられない……! ガチゴラスの攻撃は強すぎる……マトモに受けたら耐えられないかも……! 何か……何か……!)」

 

「“エナジーボール”と“ストーンエッジ”ですわ!」

 

「っ!! 岩陰に隠れて!」

 

 緑色のエネルギー弾と鋭い岩塊が飛来し、ツバキの思考を引き戻す。

 これは真剣勝負のジム戦……悠長に思考する間など与えてはもらえず、バトルの中で思考と行動を同時に行わねばならない。

 その意味では、考える事も把握しなければならない情報も膨大なトリプルバトルは、極めて難度が高いバトル形式であると言える。

 

「(うぅ……せめてガチゴラスかユレイドルどちらか……倒さなくても良い、とにかく動きを………………あっ……!)」

 

 一気に撃破は無理でも、一時的に動きを封じるだけならば……ツバキの脳裏に1つの策が浮かび上がる。

 どのみちガチゴラスのパワーの前ではミスティもルーシアも吹けば飛ぶレベルである以上、ここは賭けに出る他無い。

 

「“ドラゴンクロー”! “エナジーボール”で援護!」

 

 足音を響かせながらガチゴラスが迫り、その横を“エナジーボール”がすり抜けてくる。

 間近に着弾した“エナジーボール”が爆風と砂埃を巻き上げ、ミスティの視界を遮ってしまった。

 砂埃の中に巨大なシルエットが浮かび上がり、大きな爪を高々と振りかぶると、勢いよく振り下ろした。

 

「ミスティ!」

 

 ツバキが叫ぶと同時に、砂埃を払うようにルーシアがミスティを抱えて飛び出してきた。

 

「ほっ…………よ、よしっ! 反撃するよ! ルーシア、“あやしいかぜ”!」

 

 安堵の息を吐いたツバキは、気を取り直してルーシアへ指示を出す。

 砂嵐も弱まり、頃合いとしては悪くない。

 

「ふっ、その程度の向かい風を恐れるガチゴラスではありませんわ! “ドラゴンクロー”!」

 

 ガチゴラスは巨大な爪で空気を裂きながらずんずん突き進んでくる。

 

「……接近戦……してきてくれましたね! ミスティ、“ねむりごな”!」

 

 近付いたガチゴラスをギリギリまで引き付けたミスティは、大きな葉を振るって青白い粉をばら蒔く。

 粉は先に使用していた“あやしいかぜ”に乗り、ガチゴラスを完全に覆いつくした。

 

「なっ……!? ガ、ガチゴラス!」

 

 ただの“ねむりごな”ならば、“じゃれつく”をよけた時のようにバックステップで離れれば良いし、“りゅうのまい”を使用したガチゴラスなら可能だっただろう。

 だが、風に乗って飛散してしまうともうどうしようもない。

 周囲に広がった“ねむりごな”は瞬く間にガチゴラスの体内に侵入し、その瞼を重くさせ、やがて深い眠りへと誘った。

 

「今の内に! ルーシア、ユレイドルに“いたみわけ”!」

 

 ルーシアの身体から伸びた漆黒のオーラがユレイドルを捕捉し、その豊富な体力を、弱ったルーシアの体力と仲良く2分割した。

 ユレイドルははっきりわかるほどに弱り、胴体から伸びる長い首は、重い頭を支えきれなくなって横たわってしまう。

 

「ユレイドルっ! くっ、よもや“いたみわけ”とは……!」

 

「ダブルで“エナジーボール”!」

 

 ミスティとルーシアが並んで同時に“エナジーボール”を発射し、身動きの取れないユレイドルを直撃した。

 ユレイドルの頭が煙を引きながら倒れ込み、起き上がろうと頭を地面にあてがうも力尽きてしまった。

 

「ユレイドル、戦闘不能っ!」

 

「くっ…………ユレイドル、お疲れ様でしたわ……今回はあなたの素晴らしい耐久力が仇になってしまいましたわね……ゆっくり休んでくださいまし」

 

 エーデルはユレイドルを戻したボールを撫でると、キリッと引き締めた顔を上げる。

 

「やりますわね……! ですが、まだまだここからですわ!」

 

 エーデルの気迫に充てられてか、ガチゴラスが目を覚まして雄叫びと共に起き上がった。

 

「もう起き……!?」

 

「“かみくだく”ですわ!」

 

 ガチゴラスが大口を開け、その身から染み出した禍々しいオーラが巨大な口を形作り、上顎と下顎の牙がミスティとルーシアを挟み込もうとする。

 

「ルーシア!」

 

 ツバキの目配せに気付いたルーシアは、先ほど同様に慌ててミスティを抱えて回避するが、牙が噛み合った瞬間の衝撃波で纏めて吹き飛ばされてしまった。

 

「追撃の“ストーンエッジ”ですわ!」

 

 ぐるぐると宙を舞うルーシアとミスティに、鋭く尖った岩が発射された。

 すると、ルーシアはミスティを掴んで投げ飛ばし、ガチゴラスに“いたみわけ”を試みる。

 

「っ!? ル、ルーシアっ!?」

 

 ルーシアとガチゴラスが黒いオーラで繋がった次の瞬間、“ストーンエッジ”がルーシアに連続でヒットした。

 ルーシアはフラフラになり、見る見る高度が落ちていくが、なおもガチゴラスと自身の間のオーラを維持していたが、地面に着いたと同時に倒れてしまった。

 

「ムウマ、戦闘不能っ!」

 

 その宣言にうなだれたツバキが、ルーシアをボールに回収するのを見ながらイソラが呟いた。

 

「……意外だったな……ルーシアの奴にあれほどの気概があったとは……」

 

「…………格好良かった」

 

「ああ、少し見直した」

 

 これまでイソラ達は、ルーシアの気ままでイタズラ好きな面しか見ていなかったため、この行動には素直に感心するしか無かった。

 ツバキもまたミスティを救うべく奮闘したルーシアに、精一杯の感謝を込めてボールを抱き締める。

 

「……ルーシア、ありがとう……ルーシアの頑張り、絶対に無駄にしないから……! ……勝つよ、ミスティっ!!」

 

 改めて決意を固めたツバキの気合いが燃え上がり、ミスティも自身を救ったルーシアの捨て身の行動、その根性に勝利を誓うかのように一際大きく鳴き声を上げた。

 その時だ。

 ミスティの身体が強烈な光を放ち、フィールドに注目していた全員の目を眩ませたのだ。

 

「うっ!?」

 

「こ、これ……!」

 

「………………進化……!」

 

 光が弱まり、全員に視界が戻る。

 そこにはナゾノクサ時代同様の黒く丸い身体はそのままに、新たに手が生え、頭には葉の代わりに4枚の丸い花びらを備えたポケモンがおり、ゆっくりと目を開いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ざっそうポケモン『クサイハナ』。

 だが、勝ち気な姉御肌だったミスティが進化した個体だからか、一般的に知られているクサイハナと顔つきが異なり、軽く前傾姿勢となって戦闘態勢を取っている。

 

「や……やった……やったよミスティ! とうとう進化できたね! ……うん、図鑑の姿よりもずっと格好良くて頼もしい……やっぱりミスティなんだ……! やったぁ!」

 

「ほう……これは……」

 

 レヴンが鼻をひくつかせる。

 

「まぁ……なんて優雅な香り……それでいて刺激的で闘争心がくすぐられますわ……!」

 

「ふむ……トレーナーと強い信頼関係で結ばれたクサイハナは悪臭は出さないと聞くが……これは独特な香りだな。ミスティの強気な性格が影響しているのか……?」

 

「…………うん。不思議な香り。嫌いじゃない」

 

 クサイハナの通常の野生個体は、その名の通りに天敵への備えとして悪臭を出している。

 しかしミスティの出す匂いは、嗅ぐ者の気持ちを高揚させる効果がある特殊な物のようだ。

 

「あれ……でも、あれだけ進化を先延ばしにしてたミスティが進化した……という事は……!?」

 

 ツバキは図鑑からミスティの個体データを呼び出し、習得技を見て笑顔を浮かべる。

 

「やった……! すごいよミスティ! これのために進化しなかったんだね! よぉし……行こう! わたし達なら勝てるよっ!」

 

 ツバキの言葉を受け、トントンと軽くステップを踏んだミスティは一気にガチゴラス目掛けて走り出した。

 

「進化には驚きましたが、それでも簡単には負けませんわ! “ドラゴンクロー”!」

 

 ガチゴラスの爪がオーラを纏い、ミスティを迎え撃つべく走り出す。

 

「“エナジーボール”で煙幕!」

 

 ジャンプしたミスティの花びらが光り、中央に向けてエネルギーが送られる。

 そして頭頂部をガチゴラスに向けると、めしべから大型の“エナジーボール”が発射され、足元に着弾して砂を巻き上げた。

 

「押し通りなさい!」

 

 ガチゴラスが右腕の“ドラゴンクロー”でガリガリとミスティのいそうな地面を抉りながら一気に振り上げる。

 だが、ミスティはまさにその真横ギリギリを丸い身体で転がり抜けてガチゴラスの背後に回り込んだ。

 

「なっ……なんですってぇ!?」

 

「小さくて丸い身体にはこういう使い方もあります! ミスティ! “ムーンフォース”!!」

 

 ミスティの身体から膨大なエネルギーがジムの天井へ向けて立ち上ぼり、月のように大きな球体を作り出す。

 それは青白い光を放つ高密度のエネルギーの塊と化し、ガチゴラスへと落下していくと、眩い光の中へと飲み込んでいった。

 

「ガ……ガチゴラスぅぅぅーーーーっっっ!!」

 

 フィールドを包む光が消えると、ガチゴラスが立っている。

 が、一声叫ぶとその巨体がぐらりと揺れ、フィールドに倒れ込んで砂埃を撒き散らした。

 

「……ガチゴラス、戦闘不能っ! よって勝者、チャレンジャー・ツバキ!!」

 

 慎重に近付いたレヴンがガチゴラスの状態を確認し、高らかに宣言する。

 

「…………!! ……や…………やったぁぁーーーーっっ!!」

 

「……ルーシアが倒れる前に使っていた“いたみわけ”が功を奏したか」

 

「うん。頑張った。皆」

 

 ツバキがミスティを抱いて大喜びをしていると、レヴンがゴロゴロとワゴンを押してやってきた。

 

「お嬢様、ツバキ様。体力回復用の道具をご用意いたしました。どうぞ」

 

「あっ、ありがとうございます! ……ミスティ、ファンファン、ルーシア、今回復するからね」

 

「ありがとう、じいや。さぁ皆、げんきのかけらですわ」

 

 ツバキとエーデルはそれぞれ用意された道具で自分のポケモンを回復し、ファンファンとルーシアは勝利を知ると喜んでツバキにじゃれついてきた。

 

「ふふっ、仲睦まじく結構ですわね。その絆と信頼が勝利の秘訣、ですわ。……じいや!」

 

「はっ、ご用意してございますぞ」

 

 レヴンが差し出したプラスチックケースからバッジを取り出したエーデルがツバキへ微笑みかける。

 

「あなたとあなたのポケモンの健闘と誇りを称え、ここにポケモンリーグ公認、ニビジム突破の証であるグレーバッジを進呈いたしますわ」

 

 灰色をした八角形のバッジを受け取ったツバキは、ジム戦の疲れも忘れてその輝きに目を奪われる。

 

「わぁ……! ありがとうございます!」

 

「そしてこちらが……“ストーンエッジ”と“いわなだれ”の技マシンですわ。威力はあるけれど当てにくい“ストーンエッジ”、威力で劣りますが攻撃範囲の広い“いわなだれ”……お好きな方をお好きなように使ってくださいな」

 

「2つも……!? あ、ありがとうございます! ……皆見て見て、グレーバ……」

 

 しゃがんでポケモン達にグレーバッジを見せようとしたツバキの頭上をルーシアが通り過ぎる。

 何事かと頭をさするツバキの左手に髪の毛の感触が伝わる。

 

「あれ……? あ、あぁっ! わたしの帽子っ!?」

 

 見ればルーシアが帽子をくわえてケタケタと笑って浮遊しており、カンカンに怒ったミスティが慌てて追いかけている。

 

「……ぷふっ! ……バトル中はあんなに仲良かったのに……ふふっ、あははっ♪」

 

 ルーシアのイタズラに怒ろうとしたツバキだったが、ミスティとルーシアの追いかけっこを見ているとそんな気持ちが薄れ、代わりに笑いが込み上げてきた。

 イソラ、スカーレット、エーデル、レヴン……周囲にいた人々も、ツバキに釣られるように笑顔を浮かべている。

 

「まったくもう…………ん?」

 

 ツバキの笑いが収まってくると、ファンファンがゆっくりとツバキに身体をすり寄せてきた。

 

「ふふっ、そうだね。ファンファンもすごく頑張ったよね、良い子良い子♪」

 

 ツバキがその身体に触れて撫でると、ファンファンは気持ち良さそうに目を閉じてリラックスしている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 激闘の直後とは思えない和気藹々とした日常風景に、ツバキはちょっとした幸せを感じていた。

 

 

 

つづく

 

 

 

【ツバキの現在の手持ちポケモン】

 

■ポポ(ピジョン(♂️))

レベル42

特性:するどいめ

覚えている技

・すなかけ

・たつまき

・でんこうせっか

・ブレイブバード

 

■ミスティ(クサイハナ(♀️))

レベル43

特性:ようりょくそ

覚えている技

・エナジーボール

・どくどく

・ムーンフォース

・ねむりごな

 

■ファンファン(ドンファン(♂️))

レベル40

特性:がんじょう

覚えている技

・こらえる

・マグニチュード

・ころがる

・じゃれつく

 

■ナオ(ニャオニクス(♀️))

レベル38

特性:かちき

覚えている技

・サイコショック

・ひかりのかべ

・エナジーボール

・あくび

 

■シェルル(コソクムシ(♀️))

レベル28

特性:にげごし

覚えている技

・むしのていこう

・すなかけ

・アクアジェット

 

■ルーシア(ムウマ(♀️))

レベル35

特性:ふゆう

覚えている技

・エナジーボール

・あやしいひかり

・いたみわけ

・あやしいかぜ

 

【エーデルの使用ポケモン】

 

■アバゴーラ(♂️)

レベル42

特性:がんじょう

覚えている技

・ワイドガード

・からをやぶる

・ハイドロポンプ※引き継ぎ技

・いわなだれ

 

■ユレイドル(♀️)

レベル43

特性:きゅうばん

覚えている技

・エナジーボール

・じしん

・すなあらし

・バリアー

 

■ガチゴラス(♂️)

レベル46

特性:がんじょうあご

覚えている技

・かみくだく

・ドラゴンクロー

・ストーンエッジ

・りゅうのまい




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

正直に告白いたしますと、今回はかなりスランプ状態で、全然筆が進みませんでした。
ストーリー全体のプロットは決まってるのですが、1話1話の細かい部分で悩んでしまいまして……。
そこで、まことに勝手ながら、これまでよりも更新ペースを少し落とさせていただきたいと思います……が、失踪だけは絶対にしません。
どうかご理解いただいた上で、これからも本作を楽しんでいただけると幸いです。


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第51話:迷い惑ってトキワの森

バッジ6つ目獲得からの第51話です!


 ニビジム戦の翌朝、ツバキはポケモンセンターのロビーで、バッジケースを眺めていた。

 

「これで6つ……あと2つでわたしもポケモンリーグに参加できる……」

 

 ツバキは緩みそうになる自身の頬をピシャリと叩いて気合いを入れる。

 

「ダメダメ、気を緩めちゃ! この先のジム戦はトレーナーレベル7と8……さらに厳しい戦いになるんだし、ポケモンより先にわたしがしっかりしなきゃ……! ……でも……」

 

 ちらりと足元に目を落とせば、好みのソースがかかったポケモンフーズを頬張る大事なポケモン達。

 特にジム戦中で進化したミスティは、進化直後とあってエネルギーを消耗しているらしく、ナゾノクサ時代よりも多く食べている。

 

「……えへへ……ミスティも進化したし、その事を喜ぶくらい……今は良いよね、お姉ちゃん?」

 

 ポポに次ぐ最古参であるにもかかわらず、“ムーンフォース”習得のために長期に渡り進化を耐え続け、ナオやファンファンに先を越されてきたミスティだからこそ、その喜びはまた格別なのだ。

 イソラはツバキの問いかけに笑顔で頷く。

 

「そうだな。しかしやはりクサイハナとしては変わっている。目は常にキリッと開いてるし、口元も引き締めて蜜をこぼしていない……本当にクサイハナなのかミスティは……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキも図鑑で確認した一般的なクサイハナとの違いに初めは困惑したものの、今は実にミスティらしい進化をしたと思える。

 

「えへへ~、ミスティ~♪」

 

 ツバキはしゃがみ込むと、食事を終えたミスティを抱き上げて頬擦りをする。

 

「こらこら、食べ終わったばかりの身体をあまり動かすな」

 

「はぁい」

 

 グランブルマウンテンを一口すすったイソラは、じっとミスティを見つめると、ツバキに向き直った。

 

「ところで、最終的にミスティはどう進化させるつもりなんだ?」

 

「え? どうって?」

 

「クサイハナは分岐進化する。リーフの石でラフレシア、太陽の石でキレイハナになるんだ。……ほら、こういうのだ」

 

 イソラは自分のポケモン図鑑で目当ての道具の情報を呼び出し、ツバキに見せる。

 

「あっ、これ……」

 

 と、それを見たツバキは自分のバッグを漁ると、それらしい石をテーブルの上に並べ始めた。

 

「……なんでこんなに進化の石が……リーフの石に雷の石、太陽の石と闇の石まであるじゃないか、これはルーシアを進化させられるな」

 

「えっと、これがこの前モグリューにもらったので、こっちはアンズさんにもらって、これはファンファンが掘り当てた石で、それでこれがナオの宝物! わたしのモンスターボールと交換したんだよ!」

 

 ツバキはにこやかにリーフの石をイソラに見せる。

 

「ああ、それでナオの奴が壊れたモンスターボールを持ってるのか……」

 

 ファンファンの拾った太陽の石以外は誰かからもらった物な辺り、ツバキの人徳とでも言うべきか。

 

「まぁ、それはそれとして……両方持っているなら話は早い。どちらにするか決めておくと良いぞ」

 

「うぅん……ラフレシアとキレイハナかぁ……」

 

 名前検索で出てきた2体のポケモンの情報を確認するツバキは、少し考えた後にポケモン図鑑の画面を交互にスワイプしつつミスティに見せる。

 

「ねぇミスティ、あなたはどっちに進化したい?」

 

「なるほど、本人に聞くか。まぁ、ツバキらしいが」

 

 呆れるような、感心するような表情でイソラが見守る中、ミスティがビシッと指差したのは……。

 

「ふむ……ラフレシアか……見た目的にはナゾノクサ、クサイハナからの正統進化とでも言えるからな」

 

「ラフレシア……おっきな花が綺麗なポケモンだね。それじゃミスティ、進化したくなったら、いつでも言ってね」

 

 ツバキの差し出した手に、ミスティも軽くタッチして笑い合う。

 

「さて、と。それじゃあまたタマゴを持たなきゃね。いつまでもお姉ちゃんに預けっぱなしってわけにもいかないし。ケーンもそろそろボックスから出してあげないとだしなぁ……」

 

 言いながらツバキは、ポポ以外のポケモン達をボールに戻すとパソコンの前に座り、腕を組んで誰をボックスに預けるかを考える。

 

「…………うーん………………ファンファン、ナオ、ごめん……しばらくボックスにいてね」

 

 順番に操作し、2体の入ったボールをボックスへ送ると、代わりにやってきたボールからケーンを出して抱き上げた。

 

「ずっとボックスに入れててごめんねケーン~……!」

 

「まぁ、みずタイプのハナダジム、いわタイプのニビジムと苦手な相手が続いたからな。だが、これから通るトキワの森はくさタイプやむしタイプが多い。ポポに加えてケーンもいれば盤石の態勢だろうな」

 

 ケーンに頬擦りするツバキを見て、「自分にもしてほしい」という言葉を飲み込んだイソラは、この先の道程についてアドバイスを行う。

 

「そっかぁ……うん、トキワの森を抜けながら特訓しよう! 次のジム戦で活躍できるように、一緒に頑張ろうね、ケーン!」

 

 ツバキが久々にボックスから出したケーンとじゃれていると、盛大に欠伸しながらスカーレットが2階から降りてきた。

 

「くぁ…………っふ………………おはよう」

 

「おはよう、もうすぐ昼だがな」

 

 イソラから缶コーヒーを手渡されたスカーレットは、それを開けながらツバキに目を向ける。

 

「えっへへへ~……あ、スカーレットさん、おはようございます!」

 

「……おはよう。……もう行くの? イソラとツバキ」

 

「ああ。……そういえばお前はこれからジム戦か」

 

 そう、博物館ではしゃぎまくっていたので忘れがちだが、スカーレットの主目的はそちらでなくポケモンリーグ参加のためのジム戦である。

 

「スカーレットさんとエーデルさんのバトル……うぅぅ……見ていきたいけど……!」

 

 ツバキは心の天秤が揺れているのを感じ取っていた。

 どんどん先に進んで未知のポケモンやトレーナーと出会い、ポケモン達を育てたいが、強者同士のバトルを観戦するのも自身の成長に繋がるからだ。

 

「気持ちはわかるぞツバキ。だが、こうも考えられる。……ポケモンリーグに行けば、強いトレーナー同士のバトルはこれでもかと見られる、と」

 

「そう。でも野生ポケモン。自由。一期一会」

 

「うぅっ……た、確かに……」

 

 もしかしたら出発が1日遅れるだけで、本来出会えたポケモンと会えないかもしれない。

 自然界に生きる生命体は、日々様々な変化を続けているのだから。

 

「……うー……ざ、残念ですけど……観戦は諦めます……」

 

「……ん。また会う。ツバキ。ポケモンリーグ」

 

 スカーレットがツバキの頬をぷにぷにとつまみ、柔らかな笑みを浮かべた。

 こうしてスカーレットと別れたツバキ達は、ニビシティを南下し、トキワの森へと向かう。

 

「近年、トキワの森は植樹活動なども相まって以前よりも広くなり、2番道路はほぼ森の一部となっているようだ。……ただ、どうにも植物の成長速度が尋常ではないらしい」

 

「へぇ……何か理由があるのかなぁ……」

 

 肩にポポを乗せたツバキと、ポケギアで土地の詳しい情報を確認していたイソラが歩きながら会話をしていると、そこかしこにポケモンの姿が見られた。

 

「あのポケモンは……へぇ、コロボーシかぁ。あっちの子は……タネボー? あはっ、ドングリみたいで可愛いね、ポポくん♪」

 

「豊かな自然の中にはやはり多くのポケモンが暮らすというわけだな。……む……」

 

 それまでツバキに優しい笑みを向けていたイソラだったが、何者かの視線と、周囲の異常を察知して表情が険しくなる。

 

「……止まれ、ツバキ」

 

「……? お姉ちゃん? ……あ、あれ……?」

 

 立ち止まったツバキも、周りが先ほどまでとまるで雰囲気が違う事に気付いた。

 

「わ、わたし達……道なりに沿って歩いてたはずなのに……?」

 

 周りは鬱蒼と生い茂る深い森となり、立っている場所は道だったはずが、いつの間にか腰の高さまで伸びた草ばかりとなっていた。

 振り返っても道などどこにも無い。

 

「な……何これ……? どうなってるの……!?」

 

「……私から離れるな」

 

 ツバキはイソラの服の裾をギュッと掴み、イソラとポポが周囲の気配に神経を尖らせる。

 その時だった。

 森の奥から枝を踏みしめる音が聞こえてきて、そちらに目を向ければ大木のようなポケモンが立っていたのだ。

 

「このポケモンは……オーロットか!」

 

 

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 ろうぼくポケモン『オーロット』。

 老木の分類が示す通り、枯れた木に手足と単眼が付いたような外見をしており、胴や腕の隙間からは黒い不定形の本体が見え隠れする。

 オーロットは腕をぐるんぐるんと振り回し、戦闘態勢に入っている。

 

「確かオーロットは森の番人とも呼ばれ、森を荒らす者には容赦が無いと聞くが……」

 

「わ、わたし達何もしてないよぉ!?」

 

「……聞いてはくれんようだぞ……!」

 

 オーロットは足音を響かせながら、両腕を緑色に発光させて突撃してきた。

 

「やむをえん、少しバトルで頭を冷やさせる! デリバード!」

 

「ケ、ケーン、お願いっ!」

 

 ケーンと共に立ったのは、赤を基調とした身体に、顔の周りや袋状の尻尾が白く染まったサンタクロースのようなポケモン……はこびやポケモンの『デリバード』だ。

 しかし、2対1であるにもかかわらず、オーロットは構わずに腕を振り下ろしてきた。

 

「“ウッドハンマー”か。“ドリルくちばし”で迎撃」

 

 迫る“ウッドハンマー”に対し、デリバードは身体を高速回転させながらクチバシを突き出して突進し、衝突する。

 

「ケーン、“ひのこ”!」

 

 力は互角でも、体躯の差から弾かれてしまったデリバードにオーロットが追撃しようしたところへ、“ひのこ”が襲いかかり一瞬怯ませる。

 

「すまない、助かった。どうやら相手のパワーが私の予想以上だったらしい。“れいとうビーム”!」

 

 デリバードの口から青白い光線が発射され、オーロットにヒットする寸前、オーロットの姿が地面に吸い込まれていってしまった。

 

「えっ!? き、消え……」

 

「“ゴーストダイブ”……! どこから来るかわからんぞ、気を付けろ!」

 

 ポケモン達だけでなく、ツバキとイソラも周辺を警戒し、オーロット出現の兆候を見逃すまいとする。

 そしてその姿がケーンの背後に浮かび上がってきた。

 

「っ! ケーン、気合いを入れて!」

 

 オーロットに気が付かないケーンにはツバキの言葉の意味がわからなかったが、とりあえず言う通りにすると、背中の炎がより激しく燃え上がり、オーロットはたまらず後退りしてしまった。

 

「“ドリルくちばし”!」

 

 そこへデリバードが突進し、先ほどとは逆にオーロットの身体を撥ね飛ばす。

 だが、オーロットはまたしても地面に空いた黒い穴へと沈んでしまう。

 

「……手強い……かなりの実力者だぞ、あのオーロットは」

 

 今度はどこから来るかと見渡していると、突然ケーンが宙を舞った。

 

「ケ、ケーンっ!」

 

 見れば、ケーンの足元から拳を突き出したオーロットが這い出てきているではないか。

 

「真下か……! 特に4足歩行のポケモンには大きな死角となるか……って、ツバキ!?」

 

 イソラの横をツバキが走り抜けた。

 落下してくるケーンをキャッチしようとしているようだ。

 

「ケーン! っと! ととと…………」

 

 タイミングを見計らい、腕でクッションを作ると、ボスッとケーンが落ちてきた。

 走りながらキャッチしたためかバランスが崩れ、前のめりになるツバキだったが、コツンと安定感のある物にぶつかり無事停止……。

 

「離れろツバキっ!」

 

「え?」

 

 全然無事ではなかった。

 ぶつかったのは他でもないオーロットだったのだから。

 オーロットは赤い単眼でツバキを見据え、右腕を発光させて振り上げる。

 

「あわわわわわっ!?」

 

 思わず目を閉じたツバキの腕から、ケーンが勢いよく飛び出し、オーロットの顔にへばり付いた。

 

「あっ!? ケ、ケーン危ないよ、離れて!」

 

 驚いたオーロットは技を中断し、ケーンを引き剥がそうともがいている。

 そして左腕でがっちり掴むと、捨てるように地面に叩き付けてしまった。

 ケーンの身体は地面にバウンドして一際大きく跳ね上がった……が、突如としてその身体が青い光を放ち、浮かび上がるシルエットが形を変えてゆく。

 

「っ! これは……! ケーン!」

 

 ツバキはその光を見ると、期待と歓喜から笑みを浮かべる。

 そう、進化の光だ。

 

「ここで進化するか……!」

 

 光が収まると、シルエットは身体を捻って体勢を立て直し、前脚を先にしてしなやかな動きで着地した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「か…………格好可愛い……! やったねケーン!」

 

 かざんポケモン『マグマラシ』へと進化したケーンは、頭部と背中から炎を吹き出し、進化直後の興奮を発散する。

 

「マグマラシかぁ…………あっ、これ新しい技……! よし……! 行くよケーン! “ニトロチャージ”!」

 

 背中の炎が一層激しく噴出し、それを推進力に一気に加速したケーンの目にも止まらぬ突進がオーロットにヒットする。

 

「“ひのこ”!」

 

 そのまま背後へ回り込んだケーンから“ひのこ”が撃ち出され、振り向こうとしたオーロットに次々に命中し、ついに膝(?)を折る事に成功した。

 

「はっ……はっ…………お、大人しくなってくれた……! ……ケーン、すごく格好良かったよ! ……あつっ!」

 

 オーロットから戦意が消えたのを確認し、ツバキは一回り大きくなったケーンを両腕で抱き上げ、頭を撫でようとして慌てて左手を離す。

 ヒノアラシ時代と異なり、背中だけでなく頭にも炎の噴出口が追加され、今の今まで激しく燃え上がっていたのだから、熱いのは当たり前である。

 ついでにケーンの身体を支えている右手も熱い。

 

「付き合い方を工夫しないと火傷するぞツバキ。……さて、オーロット。私達は森を荒らしたりはしていないはずだが……知らず知らずの内に、何か気に障る事をしてしまったのか?」

 

 イソラに静かに問いかけられたオーロットは、周囲に響くような低い鳴き声を上げる。

 すると風景が見る見る変化していき、ツバキ達の立っている場所は元々いた道の真ん中に戻っていた。

 

「……なるほど。ゴーストタイプを併せ持つオーロットならば、少し空間を歪めるくらいは可能か」

 

「歪める?」

 

「そうだな……一時的にオーロットが作った別の空間に放り込まれていたと考えれば良い」

 

 イソラがツバキに説明すると、オーロットが歩み寄り、オボンの実を差し出してきた。

 

「……くれるの? ありがとう、オーロット。はい、ケーン」

 

「もらっておこう。ほら、デリバード」

 

 それぞれもらった木の実をポケモンに食べさせて体力を回復させる。

 するとオーロットは2人に手招きをして、ゆっくり森の奥へと歩き始めた。

 

「……どうも事情があるようだな。行くぞツバキ」

 

「うん、もしかしたら何か困ってるのかも……!」

 

 ツバキとイソラは導くようなオーロットと共に、森の奥へと進んでいく。

 果たしてそこで待っている物は……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きへお付き合いいただいてありがとうございました!

ゴーストポケモンの後をついてくとか怖すぎる気がする。

投稿の間隔を少し開けたら心にゆとりが生まれた…かもしれないです。


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第52話:あなたを守りたいから

森の騒動に巻き込まれる第52話となります!


 スカーレットと別れてトキワシティを目指すツバキ達だったが、トキワの森に差し掛かった途端、ろうぼくポケモン・オーロットに襲われる。

 マグマラシへと進化したケーンの奮戦によって無力化されたオーロットだったが、ツバキ達に何かを訴え、導くように森の奥へと進んでいく。

 その意思を感じ取ったツバキ達は、その後ろをついていく事に……。

 

 

 

「ねぇ、オーロット。わたし達にどうしてほしいの?」

 

 ツバキは前を歩くオーロットに尋ね、オーロットも振り返って何か呟いているようだが、当然ポケモンの言葉などわからない。

 

「うーむ……スカーレットのように《テレパシー》を持つポケモンを持っておけば良かったな……」

 

 オーロットの案内で森の中を歩くツバキ達は、この先に待ち受ける物がなんなのかを図りかねていた。

 ちなみにケーンはもうボールに戻してある。万が一炎が森に燃え広がっては一大事だ。

 と、不意にカタカタと揺れたボールからシェルルが飛び出し、素早くツバキの頭の上へと移動する。

 

「わっ!? ……もう、シェルルったらまた勝手に出てきて……」

 

「まぁ、この森は多くのポケモンが暮らしているし、シェルルの好奇心が刺激されるんだろうな」

 

 仕方なくツバキはそのままシェルルを頭に乗せたまま進む事にする。

 腕にはタマゴを抱いているし、なによりその好奇心はツバキにも共感できるからだ。

 ……ちなみに脇を飛ぶポポは、以前まで自分の指定席だったツバキの頭の上をシェルルに取られて、やや複雑そうな顔をしている。

 その時、前方からなにやら羽音が聞こえてきて、どくばちポケモン『スピアー』2体と、どくがポケモン『ドクケイル』が飛んできたかと思えば、オーロットと何事か話している。

 

「ふむ、やはりあのオーロットは森の代表者のような立場らしいな」

 

「うん……あ、少しスピードが……行こう、お姉ちゃん!」

 

 スピアー達に急かされて足を早めたオーロットに置いていかれぬよう、ツバキ達も足早になって追いかける。

 すると、人の気配……それも1人2人のそれではなく、少なくとも10人以上の気配を感じる。

 姿勢を低くしたオーロットに倣い、ツバキとイソラも膝を曲げてそろりそろりと進み、茂みの陰から覗くと……。

 

「……!! あいつら……!」

 

「どうしてここに……!」

 

 そこにいたのは、統一された黒い服に身を包んだ男達……そう、ロケット団だったのだ。

 2人はその姿を見るなり、あからさまに不機嫌な顔になる。

 

「何を企んでるんだろう…………でも、ベラさん達はいなさそうだし、あんなに強いオーロットなら……」

 

「……いや、奴らの連れてるポケモンを見てみろ」

 

「え? ……あっ……! デルビル、ヤミカラス、ニューラ……」

 

 いずれもあくタイプに加え、ほのお、ひこう、こおり……と、見事にオーロットの苦手なタイプが揃っている。

 それも全部で30体はいる。

 

「……そうか、読めたぞ。奴らの狙いは……木だ」

 

「木?」

 

「ああ。トキワの森の木は、質の良い木材に加工できる。木炭にするならウバメの森、木材にするならトキワの森とされるほどに。だが、自然への配慮として伐採する量は極めて少なく、それ故に希少価値が高いんだ」

 

 良い物を手に入れるためには金に糸目を付けない人間というのはごまんといる。

 ロケット団の狙いは、そういった人物達との裏取引といったところであろう。

 

「だが、この森を強力なオーロットが守っていると知り、オーロットに有利なポケモンをあんなに大量に連れてきたのだろう。特にほのおタイプのデルビルは、迂闊に手を出すと森を焼きかねない」

 

「じゃあ……オーロットはロケット団を倒すのをわたし達に手伝ってほしかったって事……?」

 

「だろうな。さっきのバトルはそれを頼めるだけの実力があるかのテストだったんだ。だろう、オーロット?」

 

 イソラが尋ねれば、オーロットが静かに頷く。

 1対1ならともかく、あれだけの苦手な相手と戦うなど、いくら強くても身が持たない。

 

「そっか…………っ! お姉ちゃん、あれ!」

 

 ツバキの指差す先をよく見れば、檻のような物が見え、中に10体ほどのポケモンが閉じ込められている。

 

「バタフリーとパラセクト、クヌギダマ、ムクバードにデデンネ……森のポケモンか。木のついでに捕まえる腹積もりというわけか……」

 

「あんな狭い所に大勢詰め込むなんて……! あっ……」

 

 どうしたものかと見張っていると、アンテナポケモン『デデンネ』が小さな身体を活かして鉄格子の隙間から抜け出したのが見えた。

 しかし、すぐさまデルビルとニューラに気付かれて囲まれてしまい、呆れ顔のロケット団員が近付く。

 

「逃げられると思ったか? ……貴重な商品に傷を付けたくはないんだが……ま、仕方ねぇか。デルビル、ちょいと懲らしめてやれ。“ほのおのキバ”だ」

 

 命じられたデルビルの牙を炎が覆い、デデンネ目掛けて飛びかかっていく。

 

「ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

 気が付けばツバキは技を指示していた。

 高速で突っ込み、デルビルとニューラの合間をすり抜けたポポは、デデンネを脚で掴んで飛び去り、旋回してツバキの元へと戻る。

 

「……ふぅ……ま、間に合った……」

 

 ツバキは左手でタマゴを保持すると、デデンネを右腕に抱いてホッと一息……。

 

「な、なんだお前ら!?」

 

 ついている場合ではなかった。

 ロケット団員達に気付かれ、にわかに騒がしくなる……が、事ここに至っては隠れても仕方ない。

 

「ポ、ポケモン達を放してください!」

 

「ついでに木の伐採も諦めてもらうぞ、ロケット団。ペリッパー、シンボラー、ルチャブル」

 

 イソラが3つのボールを投げると、ペリッパーに加えてとりもどきポケモン『シンボラー』と、レスリングポケモン『ルチャブル』がロケット団と対峙する。

 

「はっ、誰だか知らねぇが、ロケット団と知りつつ挑むとは大した度胸じゃねぇか! お前らのポケモンも土産にいただいて…………あ?」

 

 ツバキ達を煽るリーダー格らしい男の鼻先に水滴が落ち、それはすぐに雨へと変わった。

 

「ペリッパーの特性、《あめふらし》。これで自暴自棄になって森に火を放つ事もできまい」

 

「雨がなんだってんだ! おいお前ら、やっちまえ!」

 

「「「おぉぉぉーーーーっっっ!!」」」

 

 男の指示で、残る団員とその手持ち……27体が一斉に襲いかかってくる。

 

「ふんっ……まぁ、ハナから堂々としたバトルなど期待していなかったがな! “ハイドロポンプ”! “マジカルシャイン”! “とびひざげり”!」

 

 ペリッパーの口から強烈な勢いの水流が発射され、迫る一団の前衛を薙ぎ払い、それをかわした相手にシンボラーの身体から放たれた光が降り注ぐ。

 怯んだところへルチャブルが突っ込み、白兵戦で次々にトドメを刺していく。

 

「デルビル、“かえんほうしゃ”!」

 

「ポポくん、“たつまき”!」

 

 ツバキ目掛けて炎が放たれるも、雨で弱体化してる事もあって風の渦があっさりと巻き上げてそのままデルビルを飲み込んだ。

 

「よし……! 相手のほとんどがお姉ちゃんの方に行ってる内に……! ごめんオーロット、これ預かってて! ……シェルル、良い子だからここで待っててね」

 

 ツバキはオーロットにタマゴとデデンネを任せると、シェルルを地面に置いて走り出した。

 目指すはポケモン達の囚われた檻だ。

 

「させるか! ニューラ、“メタルクロー”だ!」

 

「ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

 爪を硬化させて振りかざしたニューラの胴に、ポポの高速突撃が直撃し、盛大に吹き飛ばした。

 ポポはそのままツバキの周りを飛び回り、近付く相手を片っ端から蹴散らしていく。

 

「っ! やっぱり鍵が……ポポくん、お願い!」

 

 ポポの護衛で檻まで辿り着いたツバキは、予想通り付いていた鍵に顔をしかめるが、ポポのクチバシで破壊を試みる。

 ツバキ自身も手頃な石を掴むと、ポポと交互に鍵を叩いて壊そうとする。

 

「ヤミカラス、“つばさでうつ”だ!」

 

「うっ……!?」

 

 そんなツバキの背後から勢いよくヤミカラスが突っ込んできて、その背中に一撃を加えようとするが、横合いから“アクアジェット”で突撃してきたシェルルに撥ねられ、逆から突進してきたデデンネの“ほっぺすりすり”で撃墜されてしまった。

 

「シェルル! デデンネ……!? ……待っててって言ったのに! もう……!」

 

 言いながらもツバキの表情は柔らかく、安堵の色が見える。

 

「“ラスターカノン”!」

 

 シンボラーのエネルギーが頭頂部へ集束し、目のような部位から眩い銀色の光線が放たれてニューラを昏倒させた。

 

「これで……ひぃ、ふぅ、みぃ……22体目か。ツバキは……よし、大丈夫そうだな、さすがだ」

 

 迫るロケット団のポケモンを次々に撃破するイソラは、横目にツバキの健在を確認し、シェルル達に守られつつポケモン達を救出しようとする姿に感心する。

 

「うおぉぉーーーーっ!」

 

 その時、団員の1人が電磁警棒(スタンロッド)を振りかぶって襲いかかってきた。

 

「むっ……!」

 

 が、イソラはそれをバックステップでかわすと、バランスを崩した相手の顔面に膝蹴りのカウンターを叩き込む。

 

「あがぁぁーーーーっっ! は、鼻がぁぁ……!」

 

「とうとうポケモンバトルすら放棄したか。ポケモントレーナーの面汚し……クズめ」

 

 痛みにのたうち回る団員の首筋に手刀を打ち込み気絶させたイソラは、引き続き他の団員のポケモンとの交戦を行う。

 

「えいっ! えいっ! ……えぇーーいっ!!」

 

 度重なる衝撃によって歪んだ錠前が、ツバキの振り下ろした石によって完全に鍵としての用を成さなくなり、ボスッと地面に落ちた。

 

「やった……!」

 

 ツバキは残った鎖を外すと、檻の扉を開いてポケモン達を脱出させる。

 ぞろぞろと出てきたポケモン達は、場の混乱に紛れて茂みの陰や木の上へと散っていく。

 

「はぁ……なんとかなったぁ……それじゃあわたし達も……」

 

「“きりさく”だ!」

 

「……ぇ?」

 

 ポケモン達の救出に成功し、イソラの加勢に向かおうとしたツバキの首を目掛け、木の上からニューラが鋭い爪を振りかざして襲いかかった。

 

「なっ……! ツ、ツバキっ!!」

 

 役割を果たして完全に気を抜いていたツバキとポケモン達はその機敏さに反応できなかった……シェルルを除いて。

 生来臆病かつ好奇心と警戒心の強いシェルルは、ニューラの動き出す瞬間の枝と葉の音を聞きわけ、“アクアジェット”を発動する。

 その臆病なシェルルが敵の前に出る理由……そんな物は1つしか無い。

 守りたい、この人を。

 自分と近しく、自分を理解し、自分を守ってくれるこの人を。

 それが……それだけがシェルルを本能的に突き動かし、ツバキとニューラの間に割り込ませた。

 

「シェ……」

 

 その願いを。

 その覚悟を。

 その想いを叶えるために。

 実現のための力が欲しい。

 戦うため、守るための力を……!

 そしてそれは……。

 

「シェルルっ!!」

 

 眩い光と共にカタチを成した。

 

「っっ!!」

 

 大切なポケモンに爪が振り下ろされた瞬間に閉じたツバキの瞼。

 その上から光が射し込んだかと思えば、それはすぐに収まって、視界は再び暗闇が支配した。

 その変化をいぶかしんだツバキが目を開くと、眼前には白い甲殻が広がっている。

 

「あれは……!」

 

 

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「……………………シェルル……?」

 

 そのポケモンはツバキを凌駕する巨躯と鋭利な爪を有し、右腕にツバキを抱き、左腕の巨大な盾のような甲殻でニューラの爪を受け止めている。

 そしてそのまま腕を振るうと、ニューラは容易く吹き飛ばされ、近くにいたデルビルやロケット団員を巻き込んでいく。

 

「グソクムシャに進化したか!」

 

 そうこうポケモン『グソクムシャ』。

 これがシェルルの得た、大切な者を守る力。

 コソクムシ時代とは比較にならない巨躯と、それに相応しい頑強さとパワー。

 力を求めたその結果としては十分と言えるだろう。

 だが、シェルルには1つだけ懸念があった。

 

「……………………」

 

 このあまりにも恐ろしく獰猛な姿へと変貌した自身を、ツバキがどう思うか、である。

 元より彼女を守るために求めた姿。

 それを果たせたならば、彼女の元を去る事になろうとも……。

 

「……シェルル……」

 

 だが、そんな事は杞憂だった。

 ツバキはシェルルの胴体へと抱き付き、ゆっくりと顔を擦り寄せてきた。

 

「ありがとう、守ってくれて。……すごく格好良くて……すごく立派で……! すごく素敵だよ!」

 

 満面の笑みで見上げるその姿は、シェルルの中の恐れや不安を全て消し去るに十分だった。

 シェルルはツバキの肩を掴んで引き離すと、重々しい足音を立てて振り返り、咆哮を上げてロケット団のポケモン達と対峙する。

 

「……うん! 行くよシェルル! “アクアジェット”!」

 

 シェルルの全身を水流が包み込み、爆発するように加速すると、驚異的な速度と勢いで敵の群れの中を突き進んでいく。

 立ちはだかる者はことごとくその爪で蹴散らされ、地に倒れ伏していく。

 

「う、うわあぁ……! な、なんなんだありゃあ……!」

 

 まだまだアローラのポケモンが浸透していないカントーのロケット団にとっては、今のシェルルは完全に未知の怪物。

 言い様の無い恐怖に煽られ、1人、また1人と逃げ出していく。

 

「ば、馬鹿っ! 逃げるな! トレーナーさえ片付ければ終わりだ! “かみつく”!」

 

 かろうじて冷静さを維持していたリーダー格が、ツバキへの攻撃を指示し、デルビルが牙を剥いて飛びかかる。

 だが、突如としてデルビルの背中に衝撃が走り、その身体は地面に叩き付けられた。

 その体躯からは想像もできない速度でデルビルに迫り、背後から攻撃したシェルルは、地面でバウンドしたデルビルにさらに回し蹴りを叩き込んでトレーナーの男へと吹き飛ばした。

 

「うわあっ!!」

 

「“ふいうち”……! あの図体でなんて速さだ……!」

 

 相手の攻撃に反応し、その動作の隙を突いて先制攻撃を仕掛ける“ふいうち”。

 増加した体重、大型化した身体の不利を補うだけの速度を生み出すこの技によって、シェルルは大幅に強化されたパワーを100%活かす事が可能となっている。

 

「シェ、シェルルすごい……!」

 

 あっという間に残ったロケット団員を殲滅したシェルルは、ノシノシとツバキの前へと戻ってきた。

 ツバキはシェルルの腕をさすると、目を細める。

 

「……本当に……本当に立派で強くなったねシェルル…………これからもわたしに力を貸してくれる?」

 

 シェルルは答える代わりにツバキをギュッと抱き締めた。

 

「……ありがとう。わたしもシェルルに負けないように、一緒に頑張って、一緒に強くなっていくよ……!」

 

「……よし、と。待たせたなツバキ」

 

「お姉ちゃん! 見て見て、シェルルが進化したよ! すごいでしょ!」

 

 倒れたロケット団員達を縛り上げたイソラがシェルルを見上げながらツバキへと歩み寄る。

 

「ああ、見違えるようだ。私もグソクムシャはアローラで1人のトレーナーが持っているのを見ただけだからな……立派な姿だ」

 

 イソラが手を伸ばそうとすると、シェルルはツバキの後ろに隠れてしまった。……身体が大きすぎて全然隠れられていないが。

 

「……性格の根っこは変わっていないようだな」

 

 イソラは今なおシェルルに怖がられているショックを隠して手を引っ込めた。

 すると、ボフッという音と共にツバキの頭上に何か落ちてきた。

 

「うひゃいっ!? な、何何!?」

 

「落ち着けツバキ、デデンネだ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「デ、デデンネ……?」

 

 デデンネは嬉しそうにツバキの頭にしがみついて足をパタパタ動かしている。

 

「……自分も仲間も助けられたからか、かなり喜んでいるな。お前に懐いているようだし、ゲットしたらどうだ? お前はまだでんきタイプを持ってないしな」

 

「ゲット……」

 

 ツバキは頭の上のデデンネを両手で掴んで顔の前へ持ってくると、目線を合わせて語りかける。

 

「ねぇ、デデンネ。わたしと一緒に来る? この森から離れる事になっちゃうけど……それでも……来てくれる?」

 

 デデンネはじっとツバキを見つめていたが、大きく頷いて笑顔を見せた。

 

「……ありがとう! それじゃ……えいっ」

 

 ツバキはバッグからモンスターボールを取り出すと、デデンネの鼻先にコツンと当てる。

 デデンネの身体が収納されたボールは、ゆらゆら揺れていたがすぐに動きを止め、スイッチ部分の点灯も消えた。

 

「……~~! やったぁ! シェルルが進化して、新しい仲間も増えたぁ! ポケモン達も助けられたし、良い事ばっかりだね!」

 

「お前の行いが良いからだろうな」

 

 手持ちがいっぱいなので、デデンネのボールはすぐに転送された。

 

「……今の内に名前を考えておかないとね、えへへ♪」

 

 ツバキがボールの消えた空を眺めていると、オーロットがタマゴを差し出してきた。

 

「ああっ、ごめんオーロット! ずっと持たせちゃってたね!」

 

 慌ててタマゴを受け取ると、一緒に何か包みのような物を渡された。

 

「……? これは?」

 

 ツバキが開けてみると、中にはさらさらとした粉が入っていた。

 

「ん、それは銀の粉か」

 

「銀の粉?」

 

「ああ。ポケモンに持たせておくと、むしタイプの技が強くなる不思議な粉だ。森を守ってくれたお礼らしいぞ」

 

「そうなんだぁ……! ありがとう、オーロット!」

 

 ツバキが抱き付き、オーロットも嬉しそうに目を細める。

 その後、オーロットらに案内されてトキワシティ側の出口に辿り着いたツバキ達は、森のポケモンに別れを告げて歩みを再開する。

 次なる目標はトキワジム……果たして攻略なるか……?

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文にお付き合いいただきありがとうございました!

3話連続進化ラッシュ…まぁ、ジム巡りは終盤、物語全体でも中盤だし、多少はね?
トレーナーのピンチでポケモン進化って、ベタでマンネリですが、実際演出として使いやすいんですよねぇ…。


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第53話:トキワジム突入……ならず!?

トキワシティ行きとなる第53話です!


 オーロットの頼みで、トキワの森の木を伐採せんとするロケット団と戦う中、訪れたツバキの危機にシェルルはグソクムシャへと進化してロケット団を一掃。

 さらにロケット団から助けたデデンネに懐かれたツバキは、彼をゲットして仲間を増やすと、改めてトキワシティを目指して進み始めた。

 

 

 

「植物の成長を促進して森を拡げていたのはオーロットだったんだな」

 

「最初襲われた時はどうなるかと思ったけど、森が大好きな優しいポケモンだったね」

 

 森を出たツバキとイソラは、雑談をしながら2番道路を南下する。

 まぁ、大部分を森に飲まれて、本当に短くなってしまっている道ではあるが。

 

「それはそれとして、次はトキワジムだね! よぉし……!」

 

 次なる挑戦に闘志を燃やして気合いを入れるツバキの姿は、旅に出たばかりの頃を思えば、もはや別人と言えるほどに生き生きとしている。

 が、対するイソラは腕を組んで思案顔だ。

 

「……うぅむ……トキワジム……トキワジムなぁ……」

 

「……? どうしたのお姉ちゃん?」

 

「いや………………うん、まぁ……場所の確認も兼ねて、先に行ってみようか」

 

 歯切れの悪いイソラの態度を疑問に思いつつも、ツバキは歩みを進めて無事トキワシティに到着し、イソラに案内されてトキワジムへ向かう。

 そして、イソラの態度の意味と理由を知る事になった。

 

「……えぇ……」

 

 唖然とするツバキの視線の先にあるのは、ジムの扉に貼り付けられた1枚の紙。

 

〈ただいま外出中。恐れ入りますが、御用の方は日をお改めください。 トキワジムリーダー〉

 

「はぁ……やはりか。どうにもここのジムリーダーになる奴は、やたらとジムを留守にしがちなんだが、今のジムリーダーもその類らしい……」

 

 イソラは溜め息を吐くと、やれやれといった様子で首を捻る。

 

「お姉ちゃん、どうしよう……?」

 

「まぁ……戻るまで特訓しつつ待つか、先にグレンジムを攻略するかだな」

 

「……グレンジム……」

 

 ツバキとイソラの故郷であるグレンタウンに存在するポケモンジム。

 その名に妙な懐かしさを覚えたツバキは、郷愁からか目を閉じてしばし考え込んでいたが、やがて笑顔を浮かべてイソラを見上げた。

 

「……うん、ここで待っててもいつ戻るかわからないし……グレンタウンに行こう! パパとママにも会いたいし……」

 

 考えてみれば、旅の途中では両親も電話で会話をしただけで、旅立ちの朝の挨拶以来対面はしていない。

 一応テレビ電話もポケモンセンターに設置されているのだが、旅の初期は顔を見たら意思が鈍るかもしれないと考え、あえて普通の電話にしていたのが習慣として染み付いてしまったのだ。

 

「ふむ……となるとルートはいくつかあるな。南のマサラタウンからさらに南下して21番水道をポケモンに乗っても行けるし、来た時同様にクチバシティから連絡船を使っても良い。セキチクシティから19、20番水道を進む手もあるぞ」

 

「マサラタウン……マサラタウンてあのオーキド博士の研究所がある所だよね……!? 行ってみたい!」

 

 ポケモンに関わる者として、ポケモン研究第一人者であるオーキド博士はまさに憧れの存在。

 それはポケモントレーナーとして日の浅いツバキとて例外ではない。

 

「ふっ……そう言うと思ったし、私も行きたかった。実のところ、これまで2回くらいしかお会いした事が無かったからな」

 

 そして当然イソラも、である。

 各地を巡り、様々な地方のポケモン研究者と出会ったが、オーキド博士の名声は彼らにも大きな影響を与えていた。

 オーキド博士が称賛される度に、出身地方の同じイソラは少し誇らしい気分になっていた。

 

「よぉし! それじゃあマサラタウンに……! ……の、前に……」

 

 ツバキはポケモンセンターに向かうと、パソコン操作を始めた。

 

「うーんと…………うん、ミスティ、かなぁ……ごめんねミスティ、少しの間ボックスにいてね」

 

 キーボードを叩いて操作を進めると、ミスティの入ったボールが転送され、別のボールが送られてきた。

 

「ふふっ、出ておいで、スフィン!」

 

 掲げたボールからデデンネが飛び出し、ツバキの腕の中へと落ちてきた。

 

「スフィン?」

 

「えっへへ~、形が球体(スフィア)だから! 丸々して可愛いよね~♪」

 

「ああ、なるほど……」

 

 可愛いという感想はイソラも同意だが、どちらかと言うと饅頭や大福、鏡餅みたいだなと思っていたのは言わない方が賢明だと判断し、とりあえず頷いておく。

 

「これからよろしくね、スフィン!」

 

 そしてツバキは満面の笑みでスフィンに頬擦りを……。

 

「っ! ま、待てツバ……」

 

 時すでに遅し。

 スフィンと頬を擦り合わせたツバキの身体に電流が流れる。

 

「んびびびびびっ!? ……ふひゅぅ~……」

 

 ツバキは身体が痺れ、スフィンを抱いた姿勢のまま、ペタリと座り込んでしまった。

 

「……デデンネの頬には電気袋があって、常に一定量の電気を溜め込んでいる、と言おうとしたんだがな……」

 

 かく言うイソラも、エモンガで同じ事をしてしまった経験があるので、あまり強く言えない。

 

「……あうあうあう……」

 

「顔の筋肉が痺れたか……やれやれ」

 

 イソラが表情の固まったツバキの頬や顎の周りを丹念にマッサージしていくと、少しずつ顔が動くようになってきた。

 

「はふぅ……びっくりしたぁ……」

 

「ケーンの場合もだが、触れ合いには気を付けてな……」

 

 仕方なくスフィンを撫でるだけで我慢するツバキの頭を、イソラが宥めるようにポンポンと軽く叩く。

 

「そ、それじゃ改めて出発だね!」

 

「ああ。だが、“なみのり”を覚えたポケモンを連れてくるから少しだけ待っててくれ」

 

 イソラは手早く自分のボックスと接続し、手持ちを入れ替えて戻ってきた。

 

「よし、では行くか」

 

「うんっ! オーキド博士かぁ……本やテレビ、ラジオでは知ってるけど、本物は初めてだなぁ……」

 

 スフィンをボールに戻したツバキは、意気揚々とマサラタウンへ向けて歩き出した。

 トキワシティとマサラタウンの間に存在する1番道路を進むと、あちこちで野生ポケモンをゲットしようとするトレーナーの姿が見られ、彼らの多くはフシギダネやゼニガメを連れている。

 

「マサラタウンの研究所でポケモンをもらってトレーナーデビューする人は多いからな。ここはバトルやゲットの練習をするのにぴったりなんだ」

 

「へぇ~……わたしもグレンタウン以外で生まれてたら、あんな風に練習してたのかなぁ…………あたっ! あいたたたっ!? なっ!? なななっ!?」

 

 ツバキがボソリと呟くと、肩に乗っていたポポが側頭部を突ついてきた。

 

「あー……グレンタウン以外で生まれていたら、ポポと出会う事も無かったという事だからな……」

 

「ご、ごめんごめんポポくぅ~ん! そういう意味で言ったんじゃないってばぁ~!」

 

 

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 走り回るツバキと、飛び回ってその後頭部を突つくポポのじゃれ合いを、イソラは微笑ましく見守る。

 

「(ふふっ……まるで兄妹だな……)」

 

 基本的にツバキに危害を加える者には容赦しないイソラだが、長く共にいるポポに関しては、数少ないツバキの世話を任せられる存在として見ており、かつ本気でツバキに攻撃をするわけがないという信頼もあるので、笑って黙認している。

 しばらくするとじんじんする側頭部と後頭部を撫でながらツバキが戻ってきた。

 ポポをボールに戻せばそれで終わりだったのだが、そうしない……というよりその発想が出てこなかったのがツバキらしい。

 

「うぅ……そういうつもりじゃなかったのに……」

 

「まぁ、それだけポポにとってお前との思い出が大切という事だ」

 

「それはわたしだって同じだけどぉ……」

 

 ぶつぶつ言いながらマサラタウンへの歩みを再開するツバキ達。

 その時、甲高い鳴き声が一帯の空に響き渡った。

 

「ひゃっ!? な、何……?」

 

「……っ! あれは……!」

 

 ツバキとイソラ、そして周りのトレーナー達が見上げた先に、火の粉を散らしながら飛ぶポケモンの姿があった。

 

「ファイヤーか!」

 

「ファイヤー!? 伝説のポケモンだよね……!?」

 

「ああ……伝説と呼ばれる中では個体数はそこそこいるようだが、希少なポケモンである事には変わりない。こんな所で見られるとは思わなかった。向こうはセキエイ高原……いや、シロガネ山か……? 確か何回か目撃例があったな」

 

 ファイヤーの飛び去った方角を眺めながら、イソラはその先に鎮座するカントー・ジョウト最大級の山へと思いを馳せる。

 

「しかし、こんな人里の空を飛ぶなんて珍しいな……」

 

「そうなの?」

 

「ああ。そうそう人目につかぬが故の伝説ポケモンだからな。ふっ、縁起が良いものを見られた」

 

「そうだね! えへへ、良い事あるかなぁ」

 

 にこにこしながら歩き出したツバキに笑いかけながら、イソラは真顔で振り向く。

 

「……あれだけ地上で騒がれても、まったく気にも留めず、何かに導かれるようにまっすぐに…………何も無ければ良いのだが……」

 

 イソラの胸に湧いた正体不明の違和感と不安。

 それが現実の物とならぬよう願いながら、イソラはツバキの後を追っていった。

 

 

 

 

――――シロガネ山山頂

 

「おっほ、マジで来やがった」

 

 

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 周囲に熱気を撒き散らしながら飛来したファイヤーを、黒衣の男が見上げ、唸り声を上げていた機械のスイッチを切る。

 

「よう、ファイヤー。俺はアクイラってんだ。早速だが、バトルを申し込ませてもらうぜ! 行くぞヘルガー!」

 

 アクイラがボールを投擲し、ファイヤーの前に地獄の番犬のごとき遠吠えを上げながらヘルガーが着地した。

 

「まずはその気になってもらわねえとな。“バークアウト”!」

 

 ヘルガーの悪意を乗せた咆哮がファイヤーの全身を震わせ、敵意と恐怖心を同時に掻き立てる。

 ギロリとヘルガーを睨み付けたファイヤーが飛び上がり、口から超高熱の“かえんほうしゃ”が放たれ、地上のヘルガーを飲み込んだ。

 

「なるほどな、さすが伝説のポケモンだ。すげえ熱量だぜ……だが……」

 

 地上を覆っていた炎が、1ヶ所に吸い寄せられ、見る見る内にその量を減らしていく。

 炎の中からヘルガーが姿を現し、周囲に燃え盛る炎を吸い上げ、飲み込んでいく。

 

「その炎も、こいつにゃ効かねえ。むしろご馳走さんってとこだ」

 

 特性《もらいび》によって相手の炎を喰らい、自らの力としたヘルガーが口の周りを舐め回し、満足げな表情を見せる。

 

「もらってばっかじゃ悪いからな、返すぜ。“かえんほうしゃ”だ」

 

 ヘルガーの口の端から漏れ出た炎は、ファイヤーのそれを喰らい、本来よりも遥かに熱量を増している。

 そしてファイヤー目掛けて一気に発射された“かえんほうしゃ”が、その身体を包み込み、ファイヤーは苦しみから呻き声を上げた。

 

「わりいわりい。もらった炎が強すぎてコントロールしきれなかったみてえだ」

 

 ファイヤーが大きな翼を振るい、身体に纏わり付いた炎を振り払う。

 

「ほー、やるじゃねえか、そうでなきゃあな。“バークアウト”」

 

 再度上げたヘルガーの凄まじい吠え声に、ファイヤーの身体が竦み上がるも、翼を振り下ろして突風を巻き起こし、“エアスラッシュ”を放った。

 しかし、それはヘルガーの身体にヒットしたにもかかわらず大したダメージを与えられていないようにも見える。

 それもそのはず、“バークアウト”は声に乗せた悪意を以て相手の精神を磨り減らし、特殊攻撃を思うように使えなくする追加効果があるのだ。

 それを2回も食らったのだから、ファイヤーの戦意はもうガタガタになってしまっている。

 

「くっくく、もう十分か。悪いなファイヤー」

 

 そう言うとアクイラは手元のリモコンのスイッチを入れる。

 すると、周囲に散乱していた黒い三角形の物体が浮かび上がり、弱ったファイヤーを囲むように位置付けし、互いの間にエネルギーフィールドを展開する。

 突然の事にパニック状態となったファイヤーは口から炎を放つも、エネルギーフィールドに跳ね返され、己の身を焼いてしまう。

 

「ちと狭い鳥籠だが、まあ、我慢してくれや。………………おう、ルプスか? アクイラだ。ファイヤーの捕獲に成功したぜ。迎えをよこしてくれ」

 

「了解、連絡しておく。こちらもサンダーが接近しているようだからな、切るぞ」

 

「あいよ。…………ウィルゴ、そっちはどうだ?」

 

「ふたご島に向かってる最中よ。船の擬装に手間取ったわ」

 

「そうかい。ま、気を付けてな。……さあて、と」

 

 同僚への連絡を終えたアクイラは、近くの岩に腰かける。

 

「迎えのヘリが来るまで待機か……暇だなあヘルガー」

 

 アクイラは寄り添ってきたヘルガーの顎を撫でながら、エネルギーフィールドの中で衰弱するファイヤーを眺める。

 

「……ふー……やっぱ気分の良いもんじゃねえな……」

 

 これが自分の役割とはいえ、腐ってもポケモントレーナー……徒にポケモンを傷付けるこの装置には懐疑的である。

 

「ま、組織の活動なんてそんなもんか……悪く思わねえでくれよな、ファイヤー」

 

 こうして炎を纏う伝説のポケモンは、人知れずロケット団の手に堕ちてしまったのだった……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文にお付き合いいただきありがとうございました!

ファ、ファイヤーさんが弱いんやない…特殊寄りほのおタイプなのに《もらいび》+“バークアウト”でメタられただけやねん…。


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第54話:進化を超えたシンカ

マサラタウンにさよならバイバイ♪
というわけで第54話です!


 あいにくのトキワジムリーダー不在を受け、ツバキ達は先にグレンジムを突破しようと南下し、その道中、ポケモン研究の権威・オーキド博士の研究所を訪れてみようとマサラタウンをとりあえずの目的地と定める。

 当然、伝説のポケモン・ファイヤーが密かにロケット団に捕獲された事など知らずに……。

 

 

 

「ファイヤー綺麗だったなぁ……今度はもっと近くで見てみたいかも」

 

「ふふっ、なんならいっそゲットでも狙ってみるか?」

 

「え……い、いやそれはさすがに……」

 

 途中で見かけたファイヤーについての感想を交わしながら、ツバキ達は1番道路を進む。

 やがて、静閑な町並みの中に一際大きな建物が見えてきた。

 

「見えてきた、あれがオーキド研究所だ」

 

「わぁ……!」

 

 目を輝かせるツバキの視線の先には、赤い屋根が印象的な立派な建物が飛び込んでくる。

 タマムシシティやヤマブキシティの建物も大きいが、それらとはまた異なる趣で、マサラタウンの雰囲気によく溶け込んでいる。

 

「さて、では行こうか」

 

 イソラが研究所の扉を開くと、中にはパソコンを筆頭とした様々な機械、各地方のポケモンに関する膨大な書物や研究資料を納めたキャビネットがところ狭しと並び、大勢の研究員がそこかしこで資料を確認したり、会話をしている。

 その内の1人、年若い男性がツバキ達に気付き、近付いてきた。

 

「やぁ、ようこそオーキド研究所へ! 今日はどのようなご用件ですか? ……おや? あなたは……」

 

「こんにちは。私はグレンタウンから来ましたイソラと申します。こちらは妹分のツバキです」

 

「ツ、ツバキです! はじめまして!」

 

 緊張からか、大袈裟に頭……というより上半身を折り曲げて挨拶をするツバキに、男性の表情に笑みが浮かぶ。

 

「ははっ、よろしくお願いします。……はて、イソラ……グレンタウン…………ああ! もしかして『戦翼の女帝(フェザー・エンプレス)』ですか! お会いできて光栄です」

 

 その名を出せば、大抵の相手が思い出す異名。

 本人は謙遜しているが、やはり地元である事も手伝い、イソラはカントー地方では結構な知名度があるようだ。

 

「(やっぱりお姉ちゃんはすごいなぁ……こういうのネームバリューって言うんだよね……)」

 

「しかし申し訳ありません……せっかく来ていただいたのに、あいにくとオーキド博士は不在でして……イッシュ地方で開かれる学会のため、2日ほど前に出発してしまったのです」

 

「む、それは残念です……」

 

 ツバキとイソラは、揃って落胆の表情を見せる。

 

「……うん?」

 

 そこで男性は、ツバキのバッグから赤い機械の角が見えている事に気付く。

 

「……あっ! そ、それはポケモン図鑑の最新モデル……!? 待てよ……グレンタウン……グレンタウン…………っ! なるほど、あなたが……!」

 

「えっ?」

 

 きょとんとするツバキとは対照的に、男性は納得したようにうんうんと頷いている。

 

「いや、実は半年ほど前、グレンタウンのカツラさんからオーキド博士に連絡がありまして。もうすぐ旅立つ新人トレーナーがいるので、ポケモン図鑑を用意してほしい、と。新たな若いトレーナーの誕生を喜んだオーキド博士が取り寄せたのが、その新型ポケモン図鑑なのですよ」

 

「カツラさんが……」

 

 歳の離れたツバキの旅立ちへの祝福・応援も兼ねてか、なかなか粋な計らいである。

 カツラ本人の感覚的には、祖父から孫へのプレゼントのような感じなのかもしれない。

 顔見知りの人物の思いやりを感じ取り、ツバキの胸には温かい感情が湧いてきた。

 

「それと……もしもそのトレーナーが訪れたら、これを渡すようにと言われています。どうぞ、開けてみてください」

 

 男性はキャビネットの引き出しを開けると、中から少し大きめの箱を取り出し、手近な机の上に置いた。

 ツバキが首を傾げつつも、促されるままに箱を開けると……。

 

「っ! こ、これは……!」

 

 イソラがその中身に驚愕する。

 

 

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 中に入っていたのは、キラキラと虹のような輝きを放つ丸い石が納められた小箱と、それを嵌めるためと思われる窪みのあるペンダントだった。

 

「……? 綺麗な石とペンダントだけど……お姉ちゃん、知ってるの?」

 

「……キーストーン……」

 

「キー……ストーン……?」

 

 聞き慣れない単語に、ツバキは再度首を傾げる。

 

「ああ。進化を超えた力……メガシンカを行うのに必要となる物の1つだ」

 

「メガシンカとは、ごく一部のポケモンにのみ見られる現象で、一時的に姿を変えて爆発的な力を発揮するのです」

 

「メガシンカ……」

 

「トレーナーとの強い絆によって発現するこの現象は、通常の進化と異なり、バトル中の一時的な変化だ。終われば本来の姿へと戻る。加えてポケモンには特に大きな消耗をもたらし、トレーナーにもポケモンほどではないが負荷がかかるんだ」

 

 そこだけを聞くと、どちらかと言うと危険や怖いという感想が出そうなもので、実際ツバキも少し腰が引けている。

 

「だが、見事にその試練を乗り越える事ができれば、それは極めて強い絆の証明となり、大きな力になる。まぁ、使うか否かは結局のところ個人の意思だがな」

 

「……絆の証明……」

 

「ま、使うかどうかは置いておいて、とりあえずお守り代わりにでもお持ちになっては?」

 

 男性がペンダントを差し出し、ツバキはそれを恐る恐る両手で受け取った。

 

「さすがに持ってるだけで体力を奪われる事は無いから安心しろ」

 

「う……うん…………お姉ちゃんは……これ、持ってるの……?」

 

 手の中のキーストーンをじっと見つめるツバキは、ふと思った事をイソラに尋ねてみる。

 

「ん……見せていなかったか」

 

 思い返してみれば、イソラがツバキと合流後に初めてメガシンカしたのは、発電所での戦いでツバキがウィルゴに拉致され、その救出に向かった時だった。

 イソラは首から下げた紐を引き、服の中からキーストーンを取り出した。

 

「ほら、これだ」

 

「これが……」

 

 見れば見るほどに不思議な輝きを放つ石がゆらゆら揺れて、ツバキは目を奪われる。

 ……一方の男性は、胸の谷間から引き出されたであろうそれに、顔を赤くして目を背けているが。

 

「メガシンカ……怖くなかったの?」

 

「そうだなぁ……初めの頃は戸惑いはあったかな。なにしろ運動したわけでもないのに、同じくらい体力が減るからな。だが……同時にポケモンとの強い一体感も感じたのを覚えている。自分は今、ポケモンと共に戦っている……とな」

 

「一体感……」

 

 これまでツバキの経験したバトルにも、それが無かったわけではない。

 イソラがそう言うからには、メガシンカはそれすら上回る一体感や高揚感がある……という事なのだろう。

 そう思うと、ツバキも少しだけ興味が湧いてきた。

 

「まぁ、どのみちこれだけだとメガシンカはできないがな。ポケモンごとに対応するメガストーンが必要になる。たとえばリザードンにはリザードナイト、プテラにはプテラナイトがという具合にな」

 

「そうなんだ……やっぱり簡単には手に入らないの?」

 

「少なくとも、カントーで発見された……という話はあまり聞かないな。比較的報告が多いのは、ホウエンやカロスか」

 

 残念なようなホッとしたような……そんな複雑な感情がツバキの胸中で渦巻いている。

 

「なぁに、さっき言われたようにお守りとして持っておけば良いさ。お前ならばいずれはメガストーンも手に入れられるだろうし、その時に考えても遅くはない」

 

「そう……だね。うん、そうする! あの、ありがとうございます!」

 

「いえ、私は頼まれた物を渡しただけですので」

 

 オーキド博士には会えなかったものの、その代わりにキーストーンという、得がたい物を手に入れたツバキは、改めてグレンタウンを目指す事にする。

 研究所を出て、見送りする男性に手を振りながら歩き、2人は21番水道へと続く水路の前に立つ。

 

「よし……出てこい、マンタイン」

 

 イソラが水面に向けたボールから、翼のように大きく広げたヒレが特徴的なカイトポケモン『マンタイン』が現れた。

 

「わっ、マンタイン! 前に連絡船の上から見たけど、こんなに近くで見るのは初めてだなぁ……! ……? あれ? なんだか背中に……」

 

 そう、そのマンタインの背中には、手すりと座席が付いているのである。

 

「これはアローラ地方のライドポケモン用シートだ。向こうは様々な場面でケンタロスやリザードンといったポケモンに乗り、その力を借りて移動する事が多いんだ。記念に1つもらったので、マンタインに取り付けたんだ」

 

「へぇ~、ライドポケモンかぁ……!」

 

「頼むぞ、マンタイン」

 

 イソラが優しくその頭を撫でると、マンタインが身体を擦り寄せ、甘えるような鳴き声を上げる。

 

「ははっ、お前は本当に甘えん坊だな。よしよし、後で遊んでやるからな」

 

 イソラは靴を脱ぐとマンタインのヒレの端から乗り、背中のシートに腰かけると、ツバキを手招きした。

 

「ほら、おいでツバキ。大丈夫、マンタインは大人しいから、乗っても暴れたりはしない」

 

「う、うん……」

 

 が、大型とはいえ、やはりポケモンの身体を踏むというのにはなかなか抵抗がある。

 

「ご、ごめんねマンタイン……」

 

 ツバキもイソラに倣って靴を脱ぐと、マンタインに一言謝ってから恐る恐るといった調子でその身体に乗って歩みを進め、シートまで辿り着く。

 そして、先にシートに座ったイソラの膝の上に腰かけると、手すりをギュッと握った。

 それを確認したイソラは、シートベルトを伸ばしてツバキと自身の身体をシートに固定した。

 ツバキと自分のタマゴも二重三重にガッチリ固定すると、自身も手すりを握る。

 

「よし……行くぞ。出発だマンタイン!」

 

 イソラのかけ声と共に、マンタインが驚異の瞬発力で発進し、スピードが出てくるとヒレで水面を打って大きく飛び上がった。

 

「わっ! わっ! わぁぁっ!」

 

 それまで感じた事の無い疾走感。

 水滴が舞い、風を切る未知の感覚にツバキは驚愕するも、決して不快感は無く、むしろ爽快感が突き抜けていく。

 

 

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「……あはっ! あはははっ♪ すごいスピードだねお姉ちゃん!」

 

「ふふん、私のマンタインは鍛え方が違うからな。危ないのでやらないが、その気になればもっと速くもできるぞ」

 

 尻尾を靡かせ滑空したマンタインが着水し、勢いも手伝って盛大に水が跳ねた。

 

「わぷっ! ……あははっ! 楽しい~♪」

 

 これまで経験した事の無いシチュエーションにはしゃぐツバキの様子を、イソラは目を細め、子を見守る母のような眼差しで微笑む。

 かつてはツバキがこんなにも年相応に無邪気な表情ではしゃぐ様など想像もできなかった。

 ニビシティでも思った事だが、やはりポケモンと旅をする内に性格も明るく積極的かつ開放的に改善されているのだろう。

 ひたすら自分の後ろを付いて回っていたあの頃を懐かしむ事が無いと言えば嘘になるが、今のツバキの方が良いのは言うまでもない。

 

「……良かったな、ツバキ」

 

「あははっ♪ ……え? お姉ちゃん何か言った?」

 

「ん? いや、なんでもないよ。……よし、周りに人もポケモンもいないし、あれをやるか。マンタイン、“なみのり”だ!」

 

 直後、前方の水面がざわめき、見る見る大きな波へと変化していった。

 マンタインはスピードを上げて波を駆け上り、その最上部を維持しつつ、上下する波を器用に乗りこなして見せる。

 

「わわっ!? すごいすごーい! すごいねマンタイン!」

 

「親バカのようだが、こと水上でのアクロバティックな動きでこいつを上回るポケモンはそうはいないと私は思っている。お前が気に入ってくれて良かったよ」

 

 だんだんと潮の香りも強くなり、波の上という高所なだけになおさら強く鼻を刺激する。

 

「……懐かしい香り…………お姉ちゃん、わたし達……」

 

「……ああ」

 

 水平線に島の影が浮かび、マンタインのスピードもあってどんどん大きくなってきた。

 それはツバキ……そしてイソラにとってはなによりも見慣れ、どこよりも安心できる場所……。

 

「……帰ってきたんだ……グレンタウンに!」

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきましてありがとうございます!

肝心のオーキド博士がいないせいで1話の間に入る→出るで終わったマサラタウンさん…。


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第55話:故郷

グレンタウンへの里帰りとなる第55話です!


 マサラタウンのオーキド研究所を訪れたツバキ達は、オーキド博士に会う事は叶わなかった。

 しかし、代わりにメガシンカに必要なアイテム・キーストーンを受け取ると、21番水道を通り、7つ目のジムのあるグレンタウンを目指して海上を進む。

 ポケモンリーグ参加を志して旅立ったあの日と変わらぬ故郷に無事上陸したツバキ達は……。

 

「行くぞマンタイン。……それっ」

 

 イソラの投げたフリスビーを、マンタインがダイナミックに跳ねてキャッチし、イソラの元へと戻ってきた。

 

「よしよし、今日もキレのあるジャンプだったぞ」

 

「大きい身体なのに、本当にすごい動きだよね、マンタイン……!」

 

 グレンタウンの浜辺で、約束通りマンタインと遊んでいた。

 イソラに撫でられ、ツバキに褒められたマンタインは見事なドヤ顔である。

 

「言っただろう? 水上アクロバットでこいつに勝るポケモンはそういない、とな。今度はツバキが投げてみるか?」

 

「良いの? よ、よーし……! 行くよマンタイン、そー……れっ! って、ああっ!?」

 

 イソラから渡されたフリスビーを受け取り、力を込めて投げたツバキだったが、勢いあまって見当違いの方へと飛んでしまった。

 

「大丈夫だ」

 

 マンタインは素早く方向転換すると、マサラタウンを出た時同様の瞬発力と加速力でフリスビーを追い、大きくジャンプすると、空中で身体を回転させて仰向けの体勢で咥えてキャッチに成功。

 落下までの僅かな間に再び身体を回転させ、着水に備える事も怠らない。

 

「……あの大きい身体で何をどうやったらあんな事ができるの?」

 

「……まぁ……練習かな……」

 

 凄いを通り越して、もはや一種の芸術じみたマンタインの動きに、ツバキは驚きや興奮がオーバーフローしてしまったようで、一周回って普段のテンションに落ち着いている。

 とはいえ、やはり口にフリスビーを咥えて戻ってくるマンタインは可愛いので、受け取った後に頭をめいっぱい撫でているが。

 

「よし、そろそろ行くか。戻れマンタイン」

 

 満足顔のマンタインをモンスターボールの回収用光線が取り込み、その姿が消えると、ツバキも立ち上がって町を見渡す。

 

「……えへへ、当たり前だけど、全然変わらないなぁ。色々あったけど、ここから旅立ってまだ半年も経ってないんだよね……」

 

 ツバキの時間の感覚を狂わせたのは、ジム巡りやポケモン達との出会い、ロケット団との遭遇などなど、グレンタウンに籠っていてはまず知る事の無かった出来事の数々であろう。

 

「そうだな。お前が旅に出た事で見て、聞いて、肌で感じた様々な事は、そう錯覚するほどの価値あるモノだった、というわけだな。さぁ、おじさんとおばさん、カツラさん達に挨拶に行こうか。私も父さんと母さんに顔を見せたいしな」

 

「うんっ!」

 

 ツバキは砂浜を走り、追いかけるポポとイソラと共に階段を上って町中へと入ると、自宅を目指して歩き出す。

 

「おや、ツバキちゃんじゃないか。久しぶりだなぁ! お、イソラちゃんもか!」

 

 かいりきポケモンの『ゴーリキー』と共にリヤカーに大量の野菜を乗せて声をかけてきたのは、近所の八百屋のおじさんである。

 

「あっ、お久しぶりです!」

 

「ご無沙汰です」

 

 ツバキとイソラが揃って挨拶をすると、ゴーリキーを休憩させ、リヤカーに腰を下ろした。

 

「旅に出たとは聞いてたけど……ははぁん、さては…………ホームシックか!」

 

「ち、違います! ジム巡りで今度はグレンジムに挑戦するんですぅっ!」

 

 大声で反論するツバキに、おじさんはわざとらしく耳を塞いで大笑いする。

 

「とっとっと……いやいや、すんげぇ声がデカくなったなぁ! ナッハッハ! 島の外はツバキちゃんを良い方向に変えてくれたらしいな!」

 

「あらあら! 今の大きい声はツバキちゃんだったの!?」

 

 今度は近所のパン屋のおばさんがツバキの声を聞きつけて現れた。

 

「じゃあ、この立派なピジョンはポポか!」

 

 リサイクルショップのおじさん。

 

「ふぇふぇふぇ、見ない内に大きくなったのう、その内2m越えるかのう」

 

 診療所のおじいさん。

 

「心なしか、顔も凛々しくなった気がするわねぇ♪」

 

 美容院のお姉さん。

 

「うぅむ、今のツバキちゃんをモデルにフィギュアを作って良いかね?」

 

 玩具屋のお兄さん。

 と、顔馴染みの人達にもみくちゃにされ、解放されるまで1時間もかかってしまった。

 まぁ、お土産に野菜だのパンだの木の実だのあれこれ持たされたが。

 木の実が大量に入ったバスケットをぶら下げ、さすがにポポも重そうである

 

「あうぅ……目が回りそう……」

 

「ははっ、同年代の子供があまりいないのもあって、ツバキは近所のマスコットみたいな扱いだったからな」

 

 イソラはそう言いながら、行く先々で撫でられたり、触られたりするのを怖がって、自分の背中にしがみついていた幼いツバキを思い出し、自然と笑みが零れていた。

 

「……ん、見えてきたな」

 

「うん……わたしの家……!」

 

 ツバキはドアノブを握り、息を吸うと、勢いよく扉を開けて、帰宅時の定番の言葉を叫んだ。

 

「ただいま! パパ、ママ!」

 

 すると、キッチンで料理をしていた女性が振り向いて、驚きを隠せない表情を見せた。

 

「……まぁ……! まぁまぁまぁ! おかえりツバキ~!」

 

 母はコンロの火を止めるとツバキに駆け寄り、思いきり抱き締めて頭を撫でる。

 

「まぁまぁ! 本当に大きくなって、まぁ……! あら、いけない、パパも呼ばないとね! あなた~! あなたぁ! ツバキとイソラちゃんが帰ってきましたよぉ~!」

 

 母がツバキを1度放し、2階に声をかけると、ドタドタと騒がしい音と共に父が降りてきた。

 

「おおぉっ、ツバキ! よく帰ったなぁ!」

 

 夫婦の行動というのは似てくるのか、母の時と同様に抱き締めて頭を撫でてきた。

 ツバキの父・シャコバと、母・ミミナ。

 

 

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 本当にこの2人は行動パターンがよく似ており、家の中の掃除をする時にも同じ場所をやろうとしたり、別々に出かけても最終的に同じ場所に同じタイミングで現れたりと、仲良しエピソードには事欠かない。

 

「まぁまぁ、イソラちゃんもよく来てくれたわねぇ」

 

「え? ちょ……」

 

 イソラも気を抜いた隙にミミナに抱かれて撫でられてしまった。

 ツバキの家とイソラの家は、昔から家族ぐるみの付き合いをしており、彼らにとっては向かいの家の子も、自分の娘同然なのである。

 

「おお、イソラちゃん! いやいや、よくここまでツバキを……はぐっ!?」

 

 シャコバもイソラに抱き付こうとしたが、ミミナから顔面に強烈なアイアンクローを食らってしまう。

 

「……まぁまぁ、あなたぁ? いくらなんでも、18歳という年頃の女の子に中年男性が抱き付くのはNGよぉ? うふふふふ……」

 

「マ、ママ……冗談……冗談だから……いだだだだだっ!」

 

 女性に対する行きすぎた冗談にはミミナも笑顔で怒り、夫の頭を掴んだ指にミリミリと力が込められ、とうとうシャコバからギブアップを引き出した。

 

「まぁまぁ、ちょっとやりすぎたかしら?」

 

「……あいかわらずおばさんは強いですね……物理的に……」

 

「ええ、ええ、昔からケンカの強さが自慢だからねぇ、うふふふふ♪」

 

 何を隠そう、イソラのアイアンクローは彼女の直伝であり、昔、女の子の1人旅という事で他にも様々な技を教えてもらったのである。

 現在のイソラの身のこなしはそれらがベースとなっており、旅の途中の危機を脱するのにも多大な貢献をしている。

 

「うふふ、でもちょうど良かったわ。今日はツバキの好物のクリームコロッケにしようと思ってたの♪」

 

「本当に!?」

 

 ミミナの発言にツバキが食いついた。

 

「なんだか、今日は不思議と朝からクリームコロッケ作ろうかな~って気分でね~。虫の知らせかしらねぇ、うふふふ♪」

 

「いててて……そ、それじゃあ今日は、イソラちゃんのお宅も招いてパーティーにしたらどうかな、ママ」

 

「まぁまぁ! それは良い考え! そうと決まれば、気合いを入れないとねぇ。カイくん、バリリン、手伝ってちょうだいな♪」

 

 ミミナの取り出したボールから、くわがたポケモン『カイロス』と、バリアーポケモン『バリヤード』が現れた。

 2体はツバキとイソラに気付くと、嬉しそうに擦り寄ってきた。

 

「えへへ、カイくんもバリリンも久しぶりだね。ほら、ポポくんだよ! ……あ、ごめん。バスケット持たせたままだった……」

 

 母の手持ちとの再会を喜び、立派に進化したパートナーを紹介しようとしたツバキだったが、そのパートナーが必死の形相でバスケットを保持している事にようやく気付き、慌てて受け取る。

 旧友と戯れるポポをしばらく眺めたツバキは、立ち上がり、両親に顔を向けた。

 

「それじゃあ今度はお姉ちゃんの家に行ってくるね。行こう、お姉ちゃん!」

 

「ああ。では、失礼しました」

 

 2人が出ていくと、シャコバもミミナも感慨深げな表情を見せる。

 

「……声も大きくなって、表情も明るくなって……本当にツバキは立派になりましたね、あなた」

 

「ああ……旅に出たいと言い出した時は不安だったけど、良い結果に転がってくれたようだな。イソラちゃんが一緒にいてくれたのもプラスだったろう」

 

「そうねぇ。先輩トレーナーが一緒にいるのは大きいですからねぇ」

 

 同意するミミナの反応に、シャコバは鼻をふんすと鳴らした。

 

「うむ! イソラちゃんがついていれば、悪い虫が寄ってくる事も無いだろうしな!」

 

「まぁまぁ、またそんな過保護な事を……お付き合いする相手くらい、あの子はちゃんと選べると思うけど……」

 

「大事な1人娘だぞ? ヘラヘラしながら寄ってくる男になんぞくれてやる気は無いっ!」

 

「……あなた、それはツバキに付き合うべき人を見る目が無いと言いたいのかしら?」

 

 ミミナから発せられる気配が変わり、指先をわきわきさせている事に気付くと、慌てて訂正するシャコバ。

 

「あ、いやそうではなくて…………有象無象じゃなく、ツバキの心から惚れ込んだ相手ならって事だよ!」

 

「そう、それなら大丈夫ですねぇ。さて、それじゃお料理を再開しましょう。あなたはカイくんと一緒にお買い物に行ってきてくださいな。急いで」

 

 ミミナの圧に負け、シャコバは慌てて買い物かごを準備してメモを受け取ると、カイロスを伴って出かけていった。

 

「うふふふ……さぁ、バリリン! 今日はツバキが無事帰ってきたお祝いに、あれもこれも作るわよ! いざ!」

 

 ツバキ宅のキッチンに、包丁がまな板を叩く音が、ボウルの中の液体をかき混ぜる音が、そして油の爆ぜる音が響き渡った。

 

 

 

「父さん、母さん、ただいま」

 

「……! ……おかえり」

 

 イソラが玄関を開くと、リビングの椅子に座った父が新聞を読みながら挨拶を返してきた。

 

「あら、イソラおかえり! 帰るなら連絡してくれれば良いのに。お、ツバキちゃんいらっしゃい! 帰ってきたのね」

 

 イソラの母が駆け寄り、イソラとツバキの肩を抱く。

 

「ふふ、サプライズにしようと思ってね。父さんも母さんも変わってないようで安心したよ」

 

「あっははは! ポケモンの進化じゃあるまいし、そうそう人間は変わんないわよ!」

 

 朗らかに2人をもてなす母。

 父は父で、新聞の陰からちらちらと様子を窺い、口元には笑みが浮かんでいる。

 イソラの父・テンジと、母・イロハ。

 

 

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 寡黙な父と快活な母という対照的な夫婦だが、それ故に互いの歯車は凹凸が噛み合うようで、会話は特別多くはないものの相手の事をよく理解し合っている。

 

「あの、おばさん。今日、ママがパーティーをするって言ってて……良かったらうちでお夕飯食べませんか?」

 

「あらぁ、良いわね! それならお呼ばれしちゃいましょうか、父さん?」

 

「……そうだな」

 

 本人としては興味無さげに言ったつもりだろうが、嬉しさの隠せていない声色で呟くテンジに、イロハはやれやれといった表情。

 

「じゃ、あたしはミミナさんを手伝ってくるよ。父さんは家庭菜園から果物を用意してね」

 

「……おう」

 

 テンジは新聞を畳んで立ち上がると、裏庭へと出ていった。

 

「イソラとツバキちゃんはゆっくりしてて良いよ。イソラの部屋もそのままだから。あ、そうそう、冷蔵庫にサイコソーダとミックスオレが入ってるから、良かったら飲みな」

 

「ありがとう、母さん」

 

「ありがとうございます!」

 

 明るい笑顔を残してイロハが玄関を出ていくと、ツバキ達は飲み物とコップを持って、2階のイソラの部屋へ向かった。

 部屋の中は水色に雲の模様という空をイメージした壁紙で覆われ、飾ってある小物も飛行機や鳥ポケモンなどの意匠を含む物が多い。

 机の上のパソコン……その横には、ツバキ・イソラ両家にカツラを加えた写真が飾られている。

 

「そういえば、お姉ちゃんの部屋に来るのって、すごい久しぶりかも……」

 

「そうだな……言われてみると、私が旅に出るようになってからは全然か?」

 

 イソラがコップにそれぞれの飲み物を注ぎながら、ツバキの言葉に応じた。

 

「うん。でも、記憶の中の雰囲気とほとんど同じだね。お姉ちゃんて昔から空が好きだったし」

 

「まぁな。昔は空を見上げる度、「どこまで続いているんだろう?」「この先に何があるんだろう?」と好奇心が疼いて仕方なかったからな。狭い島の中で暮らしているからこそ、その広さにますます心惹かれたというわけだ。……ふふっ……」

 

 幼い日の子供らしいたわいない憧れを思い出し、イソラは小さな笑いが零れてしまった。

 まさかそんな何気ない子供心が、『戦翼の女帝(フェザー・エンプレス)』などという大それた異名を得るまでに自分を昇華させてくれるとは、世の中わからないものである。

 

「でも、本当に空って魅力的だもんね。わたしも火山灰に空が隠されちゃった時は、それまでそこにあるのが当たり前だった蒼い空が、見たくて見たくてたまらなかったのを覚えてる。人って、空に憧れるようにできてるのかなぁ」

 

「ふっ……そうかもしれないな」

 

 実際、人類の歴史の中で、空は海と共にその文明発展の象徴となり、人間の技術はより深くへ潜り、より高くへ昇る事を目指して向上してきた。

 そこにはやはり未知への憧れがあったのだろう。

 

「……憧れ……か……」

 

 イソラは風車に息を吹きかけて遊ぶツバキに目をやる。

 この子にとって自分は憧れの存在だ。

 だが、その小さな身体に秘めた才能を考えると、いずれは自分を凌駕するトレーナーとなるだろう。

 そうなる事への期待も大きいが、この子から憧れを向けられなくなる不安も決して小さくはない。

 

「(……馬鹿か私は。可愛い妹分の成長を喜ばないでどうする? …………以前、人間はエゴの上に成り立つ生き物かも、と考えた事があったが……案外当たってるのかもしれないな……まったく……)」

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 イソラの心中での葛藤などつゆ知らず、ツバキが純粋な眼差しを向けている。

 ……そんな目で見られては、イソラはくだらない事を考えていた自分を恥じる他ない。

 

「……いや。気にするな、大した事じゃないからな。……なぁ、ツバキ」

 

「何?」

 

「……いつかバトルする時……その時は、お互いに自分の持てる全てを出しきった、本気で最高のバトルをしような」

 

「……? うん、もちろんだよ!」

 

 突然そんな事を言い出したイソラに首を傾げつつも、ツバキは満面の笑みで頷いた。

 その時、外から自分達を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。

 

「あっ、ママの声だ! 準備できたって! 行こう、お姉ちゃん!」

 

「……ふふっ、そうだな」

 

 ツバキは遊んでいた風車を元の場所へ戻し、空っぽになったコップをトレイに乗せると、部屋を出ようとするが、バランスが取り辛いようだ。

 イソラはツバキが落としそうになった2つのコップを手に取る。

 

「無理をするな。こういう事は協力してやった方が良い」

 

「えへへ……ごめん、お姉ちゃん。でも、その通りだよね、ありがとう」

 

 この子が自分を超えるその時まで。

 自分はこの子の憧れでいられるよう……その期待を裏切らぬよう……この子が無事にそこまで成長できるよう、努力し、協力し、見守っていこう。

 そう改めて決意したイソラは、ツバキと共に歩き出し、かつての自分の憧れが詰まった部屋を後にした。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いしていただき、ありがとうございます!

ツバキとイソラの両親が本格的に登場しましたが、キャライメージが固まったのがわりと最近なため、以前にちょっと出た時とは微妙にキャラが違います。


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第56話:グレンジムの熱き壁

第56話は……これといって盛り上がりは無いかもです?


 グレンジムに挑戦するため、久しぶりにグレンタウンへ帰郷したツバキは、両親や近所の人々に祝福され、自宅でパーティーを行う事に。

 母・ミミナはかなり気合いを入れたようで、イソラの母であるイロハの手伝いもあり、ツバキの好物・クリームコロッケを筆頭に様々な料理がずらりと並び、見る者を圧倒した。

 ツバキ達の無事の帰還とバッジ6つ獲得を祝い、そして7つ目のバッジ獲得を願ってのパーティーが始まると、両親達は立て続けにツバキらに質問し、旅の様子を聞きたがった。

 その内に両家の父がうちの子自慢を始めたかと思えば、相手方の娘も褒めて結局何がしたかったのかわからなくなったり、母達がツバキとイソラにかつての自分を重ねて昔話を始めたりなど、若干カオスながらもパーティーは大盛り上がりを見せた。

 そして……。

 

「…………ん…………?」

 

 ぐらぐらと揺れる感覚に、ツバキの意識が呼び覚まされる。

 地震だろうかとも思ったが、それにしてはもっと身近……というより、腕の中で……。

 

「っ!! タ、タマゴが……!?」

 

 ツバキは布団をはね除けて起き上がる。

 そう、腕に抱いて眠っていたタマゴが、揺れ始めたのである。

 

「あわわわわ……! ど、どうしよう!? お、お姉ちゃん! パパ!? ママーっ! マチスさーん!!」

 

 パニックのあまり、ここにいない人まで呼び始めたツバキの声を聞きつけ、真っ先にイソラがツバキの部屋に駆け込んできた。

 

「ど、どうしたツバキっ!?」

 

 次いでツバキの両親と、泊まっていたイソラの両親がぞろぞろと集まってきた。

 

「なんだなんだ?」

 

「まぁまぁ、昨日持ってたタマゴじゃないの!」

 

「……孵化か」

 

「そういえばポケモン生まれるの間近で見るの初めてだわぁ」

 

「落ち着けツバキ。下半分くらいをこう、掛け布団で固定して……む?」

 

 タマゴの周りを丸めた掛け布団で固めるイソラの腕の中でタマゴが揺れる。

 

「お、お姉ちゃんのタマゴも……!?」

 

 同じタイミングでルイからもらったとはいえ、2人の持つタマゴがほぼ同時に孵ろうとしているとは。

 イソラは慌てず、ツバキのタマゴと同様に自分のそれも固定していくと、少しだけ離れて様子を見守り、ツバキもそれに倣う。

 間も無く揺れは大きくなり、表面にヒビが入り始めた。

 

「う……」

 

「生まれるぞ……!」

 

 6人分のざわめきが静まり、その場の誰もが息を飲んで2つのタマゴに意識を集中し……。

 2つは同時に光を放った。

 

「わっ……!? …………う……?」

 

 思わず右手で目を覆ったツバキは、光が収まると指を開いてタマゴの状態を確認した。

 そこにいたのは、青く、蛇のように細長い身体を持つポケモンと、緑系統の体色で口から2本の牙が生えたポケモンだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まぁまぁまぁ! ミニリュウとキバゴ……両方ドラゴンとは奇遇ねぇ!」

 

「ドラゴン!? へぇ~、この子達ドラゴンタイプなんだぁ! わたしのタマゴは緑色だったから……キバゴの方かな」

 

「私のタマゴは青かったからミニリュウだな」

 

 6人が生まれたばかりのドラゴン達を観察していると、2体は周りの人々を見渡した後、それぞれツバキとイソラをじっと見つめて飛びついた。

 

「わわっ!? ……すごーい、誰がトレーナーかわかるんだ……。えへへ、キバゴかぁ……わたしツバキ! よろしくね!」

 

「タマゴ時代に大事にされていた記憶があるんだろうな。よしよし、これからよろしくなミニリュウ」

 

 ツバキとイソラが抱く2体を、両親達が満面の笑みで撫で、母達に至っては写真撮影まで始めた。

 

「いやいや、あのツバキもとうとうタマゴからポケモンを育てるまでになったか……パパは嬉しいやら寂しいやら……」

 

「まぁまぁ、あなたそういうのはツバキがお嫁に行く時に取っておいたら?」

 

 ツバキの両親は、うんうんと頷きながら涙ぐむシャコバをミミナがなだめ……。

 

「イソラは何回か孵したポケモンを見せてくれたけど、ミニリュウは初めてじゃないかしらね父さん」

 

「……そうだな」

 

 イソラの両親は、これまでイソラが孵したポケモンを思い出しながら話すイロハに対してテンジが短く相槌を打つ。

 

「うん、私もミニリュウを育てるのは初めてだよ。ふふっ、お前はどんな性格で、何が好きなんだろうな?」

 

「わたしは生まれたばかりのポケモン育てるの初めてだからなぁ……でも、精一杯お世話するからね、キバゴ!」

 

 結局、それから30分は2体のベビー達に関する話題で盛り上がり、やがてミミナが朝食の準備に行くと、他の面々も思い出したように下りていった。

 

「ミニリュウ、これからお前は私の仲間だ。頼むぞ」

 

 イソラは新品のモンスターボールを取り出すと、ミニリュウの鼻先に軽く当ててゲットし、正式に手持ちに加えた。

 

「じゃ、じゃあわたしも……キバゴ、これから一緒に頑張って強くなろう!」

 

 ツバキもキバゴの額にモンスターボールを当て、ゲットに成功した。

 

「キバゴ……牙……うぅん、ファングから取るとファンファンと紛らわしいかなぁ……」

 

「ニックネームか。なら、斧から取ったらどうだ? キバゴ系の牙はどんどん鋭くなり、斧のような形になるからな」

 

「そうなの?」

 

 ツバキはポケギアの検索機能で斧について検索する。

 

「……斧って色んな種類があるんだね……んん…………あ、これちょっとキバゴに似てるかも!」

 

「ふむ、バルディッシュか。三日月斧とも呼ばれる武器で、刃の部分が全体重量の大部分を占めている破壊力の高い斧だな」

 

「バルディッシュ……じゃあ、バルディ、かな! このくらい力強く育ちますようにって!」

 

「バルディか……うむ、悪くない。……さて、ではニックネームも決まったところで、私達も下りるか」

 

「うん、そうだね」

 

 2人が階段を下りると、ミミナとイロハが談笑しながら朝食の準備をしている後ろで、シャコバがテレビで朝のニュースを、テンジが新聞紙を見ている。

 もはやこの夫婦2組にとって、相手の家も勝手知ったるなんとやら……というより自分の家同然に慣れてしまっているようだ。

 

「……へえ……ママ、ニビシティで怪しい連中が逮捕されたってさ」

 

 テレビを見ていたシャコバが、映ったニュースを見てミミナに声をかける。

 

「まぁ、怪しいって?」

 

「なんか服装からロケット団じゃないかって言ってるよ。チェーンソーやらなんやらが近くに置いてあって、木を伐採しようとしてたんじゃないかってさ」

 

「まぁ、怖い」

 

 ツバキとイソラはギクリとする。

 まず間違いなくトキワの森で倒した連中の事であろう。

 

「気を失って縛り上げられた状態でトキワの森の入口に放置されてたらしい」

 

「へぇ、そりゃ不思議。誰かヒーローみたいのがいたんですかねぇ」

 

 恐らくはオーロットによって森の外へつまみ出されたのだろう。

 ツバキ達はまさか自分がやりましたと言い出せるはずも無く、作り笑いを浮かべてしまう。

 が、そこはやはり親……娘のおかしな様子に気付いてしまったようだ。

 

「……ツバキ、イソラちゃん。何か隠してないかな?」

 

「ナ、ナニモー?」

 

「ゾンジアゲマセン」

 

 ごまかそうとするが、どうにも2人揃って嘘が苦手なようで、視線が泳いで言葉は棒読みとなってしまい、自白したも同然の状態となる。

 

「ツバキ?」

 

「……イソラ」

 

 4人からの圧力を受けた事でとうとうツバキ達は折れ、本当の事をぽつりぽつりと話し始めた。

 無論、発電所での交戦に関しても。

 

 

 

「危ないじゃないか!!」

 

 案の定怒られた。

 

「……その義侠心には感心するが……」

 

「「ごめんなさい……」」

 

 シャコバとテンジに叱られ、2人はしゅんとうなだれる。

 

「まぁまぁまぁ、結果的に無事だったんですし、もう良いじゃありませんか。私も若い頃は旅をしながら街中の不良に片っ端からケンカを売ったものですよ、うふふ♪」

 

「いや、ママ……不良グループとロケット団じゃ全然違うだろう……」

 

「まぁまぁ、勘違いしちゃったロクデナシの集まりって意味じゃ同じじゃありませんか」

 

 見かねたミミナが助け船を出した。

 

「そうそう。それに昔から男は度胸、女は愛嬌と言いますけど、女にも度胸は必要ですよ」

 

「む……だが……」

 

 イロハの援護攻撃にテンジが言葉を詰まらせる。

 母親連合に妙に気迫があるためか、父親連合は分が悪くなってきたようで、普段から頭が上がらないであろう事が窺える。

 

「……はぁ……わかった。済んだ事はもう良い。人助けにはなったわけだしな。だが、もう危ない事をしちゃダメだぞ! そういう事は警察に任せなさい、警察に」

 

「義を見てせざるは勇無きなり……その精神は素晴らしいが、まずは自分の身を守る事が最優先だ」

 

「「はい、ごめんなさい……」」

 

 とはいえ父親という立場からすれば、大事な娘が危ない橋を渡っていたと知れば厳しく叱らずにはいられないものである。

 対する母親勢は同じ女性としての立場から、娘達の動かずにはいられなかった気持ちを理解できるため、どうしても娘サイドにつきたくなるのだろう。

 

「まったく……それでツバキ。次はこのグレンタウンでジム戦をするんだろ?」

 

「う、うん…………あっ……」

 

 父からの問いかけに、下げていた頭を上げたツバキはハッとする。

 

「……そうか、グレンジムに……カツラさんに挑むという事は……」

 

「そうだ。まずはパパを倒してみなさい」

 

 そう、ツバキの父・シャコバは、グレンジムのジムトレーナー……チャレンジャーが進むべきジムリーダーへ続く道を塞ぐ壁なのである。

 

「……言っておくが、娘だからと手加減はしない。ママもわかってるだろ?」

 

「ええ、ええ。ポケモンバトルは真剣勝負ですからね。もちろんそこには何も言いませんよ」

 

「うむ……そういう事だツバキ。ジムに挑むなら、万全の態勢で来なさい。パパもジムトレーナーとして、易々と道を開けはしないからな」

 

 真剣な面持ちの父の気迫に、ツバキは息を飲む。

 娘を応援する父であると同時に、その娘を阻むジムトレーナーでもある……当然葛藤はあるが、そこは歴戦のポケモントレーナーとして割り切らねばならない。

 

「……うん……! 絶対にパパに勝って、カツラさんに挑んで見せるよ……!」

 

 そんな父の心境を理解しているツバキもまた真剣な眼差しで見つめ返し、力強く頷いた。

 父と娘……親子の演じる激戦の日は近い。

 

 

 

――――イワヤマトンネル・頂上

 イワヤマトンネルは、基本的に内部の洞窟を通る場所であり、険しい山道……いや、そもそも道すら無い外周部を通ろうとする者はまずいない。

 そのイワヤマトンネルの最上部で、激しい稲光と轟音が幾度も轟いた。

 

「……無駄だ。貴様の雷は私のドサイドンには掠り傷すら付けられんよ。仮にも伝説と呼ばれる貴様だ……もう理解しているはずだろう、サンダーよ」

 

 そう語る男……ルプスの前に立つドサイドンは、実際に何度も雷を落とされたが、顔色1つ変えていない。

 たとえ何万、何億ボルトの電圧であろうと、その顔色が変わる事は無いだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それに対峙する、鋭く尖った全身の羽毛を帯電させるポケモン……でんげきポケモン『サンダー』は、男の言う通り、自身の電撃が通用しない事を……いや、そもそも勝ち目が無い事までも理解できている。

 だが、電気を操るポケモンの頂点に近い存在であるが故の誇りが逃走を許さないのだ。

 サンダーは渾身の力を込めて飛び上がると、身体ごと高速回転しながら急降下し、槍のような鋭いクチバシの先端でドサイドンを貫かんとする。

 

「“ドリルくちばし”か。ドサイドン」

 

 ドサイドンは両腕を開くと、まっすぐ落下してくるサンダーを待ち構える。

 そしてサンダーのリーチを正確に把握し、その先端が自身の胸板を貫く寸前に勢いよく掴んだのだ。

 回転と落下、そしてサンダー自身のスピードが乗った“ドリルくちばし”を受け止めたドサイドンの手からは摩擦で煙が上がるが、サンダーの回転は見る見る落ちていき、やがて完全に停止して暴れ始めた。

 

「“ストーンエッジ”」

 

 クチバシを掴まれ、電撃も効かない……完全に詰んだサンダーに、ルプスは容赦無く追い討ちをかける。

 身動きの取れないサンダーの下腹部を、地面から隆起した鋭い岩が直撃し、その衝撃にサンダーは白目を剥いて昏倒してしまった。

 

「貴様に恨みは無いが、ロケット団……サカキ様の覇道の礎になってもらわねばならんのでな。悪く思うな、サンダー」

 

 ルプスが手元のスイッチを入れると、アクイラの使用した物と同じ、黒い三角形の機械が浮かび上がり、気絶したサンダーをエネルギーフィールドの中へと閉じ込めた。

 

「……ルプスだ。そちらはどうだウィルゴ」

 

「ふたご島最上部に到着したわ。これから装置を起動してフリーザーを誘導する」

 

「了解、抜かるなよ。貴様は私やアクイラと異なり、捕獲対象とのポケモンの相性が特別良いわけではない。完全に実力で破らねばならんのだ」

 

「それは楽しみね。アタシを満たしてくれるのなら、苦戦してみるのも面白いかも?」

 

「おい」

 

「冗談よ。それじゃ装置を起動するから切るわよ」

 

 プツンという音を最後に、通信機は沈黙した。

 

「……やれやれ。ともあれ、これでサンダーとファイヤーは捕獲完了か。……プロジェクト・キメラ……これが成れば、ロケット団は再び世界を窺う事が可能となり、長きに渡る雌伏の時は終焉を告げる事となる……もう間も無くですぞ、サカキ様……」

 

 ルプスの独白……それを聞いたのは、ドサイドンと夜空の星ばかりであった……。

 

 

 

つづく




はい、今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!

いわ・じめんとかいうサンダーさん殺し。


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第57話:立ちはだかるシャコバ!父娘の激突!

グレンジム戦前哨戦開始となる第57話です!


 タマゴが孵り、喜んだのも束の間……発電所やトキワの森でのロケット団との戦いを両親に話さざるをえなくなり、当然の事ながら怒られてしまったツバキとイソラだったが、母達の取り成しでどうにかその場は収まった。

 話はグレンジムへの挑戦に変わり、父・シャコバはジムトレーナーとしてツバキを遮る壁となる事を宣言し、ツバキもその宣戦布告のごとき発言に渾身の気迫を以て応じたのだった。

 

 

 

「やぁ、イソラくん、ツバキくん! 昨日の近所の騒ぎは君達が帰ってきたが故か!」

 

 昼頃、ツバキ達はカツラの元を訪れていた。

 カツラは孫のような2人を招き入れると、嬉しそうに茶を振る舞った。

 

「挨拶が遅れてごめんなさい、カツラさん……」

 

「かっかっか! なになに、あの騒ぎ具合からして、かなりの時間……そうさな、少なくとも1時間は近所の人達に捕まっていたのだろう? 気にする事は無い」

 

 口を開けて笑うカツラの人としての器はさすがであり、それと同時に、外から聞こえてくる音だけでその場の状況を正確に把握する優れた洞察力と推理力は年の功とでも言うべきか。

 

「さて、私を訪ねてきたのは、グレンジム攻略のヒントをもらいに来た……というわけではないのだろう? イソラくん」

 

 サングラス越しにカツラの鋭い視線を感じ、イソラは姿勢を正して頷いた。

 

「はい。……カツラさんは、ロケット団が活動を再開した事は?」

 

「知っている。カントー発電所襲撃事件は連日報道されたからな。加えてニビシティやヤマブキシティでも、それらしい者が目撃されたらしい。どちらも発電所襲撃の少し前……警察の目をそちらへ向ける陽動だったと考えるのが自然か」

 

「ええ。仮にロケット団が再び組織的かつ表だって活動するとしたら、何が目的だと思いますか?」

 

 イソラの質問に対し、カツラは茶を一口啜り息を整えた。

 

「……そうだな……ただポケモンなどを裏で売買するならば、もっと秘密裏に行うだろう。発電所からの撤退も迅速で、作戦失敗でやむなく逃げたという感じではなく、むしろ目的を達して帰還したかのようだ」

 

「目的、とは?」

 

「……これはあくまで憶測だが……伝説のポケモン・サンダーに関する事かもしれん。あの発電所は一時期放棄されて無人となり、サンダーが住み着いていたという話がある。実際、あの辺りでの目撃情報は多いからな。それと……」

 

 カツラは本棚のファイルから何枚か写真を取り出してツバキ達に見せた。

 

「これは……落雷の瞬間ですか……? ……っ!?」

 

「お姉ちゃん……これ、おかしいよ……」

 

「……気付いたか。それは昨日、シオンタウンの友人から送られてきたイワヤマトンネルを写した物だ。その部分にだけ厚い雷雲がかかっているだろう?」

 

「では……これはサンダーによる物だと?」

 

「憶測の域を出ないがね。だが、発電所襲撃事件後間も無くサンダーが現れたとすると、偶然とも思えんのだよ」

 

 3人は写真を見ながらしばし沈黙するが、ふとツバキが思い出した事を口にする。

 

「伝説のポケモンといえば……お姉ちゃん、わたし達はついこの前ファイヤーを見たよね?」

 

「……ああ。まるでシロガネ山に引き寄せられるようにまっすぐ飛んでいた」

 

「ふむ…………もし……もしもだ。もしもロケット団が、ファイヤーを誘き寄せる事のできる機械のような物を使っていたとしたら……このサンダーもその被害者の可能性が出てくる。つまり、奴らの目的は……」

 

「伝説ポケモン……サンダー、ファイヤー……そして恐らくはフリーザーの捕獲……ですか?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まだ確証は無いが、だからといって放置もできない、か。こう言ってはなんだが、伝説ポケモンを奴らが従えれば、警察程度でどうにかなる話ではないからね」

 

 もちろん警察もポケモンを所持し、犯罪への対応に協力してもらってはいるが、やはりバトルを専門とする本業のポケモントレーナーと比較すると質は劣りがち。

 加えて言い方は悪くなるが、組織である以上は現場の警察官は指示待ち人間にならざるをえないのも問題である。

 

「どれだけできるかはわからんが、各地の知人に協力を仰ぎ、より詳細な情報を集めるとしよう」

 

「ありがとうございます。……実を言うと、カツラさんのその人脈を当てにしていました」

 

 ポケモントレーナーとしてはベテランであり、ジムリーダーも長年務め、科学者として見識広く知識が豊富という、様々な分野で高名なカツラは、カントーはもちろん、他地方にも広いコネクションを持つ。

 そのカツラと知り合いである事は、イソラにとって幸運だったと言えるだろう。

 

「情報が入ったら連絡しよう。……ツバキくんはそろそろジム戦の準備をしたいだろうしな」

 

 カツラに視線を向けられたツバキは、はにかみながら握り拳を作り意気込みを語る。

 

「……えへへ、わかっちゃいますか? わたし、絶対にパパにもカツラさんにも負けたくありませんから!」

 

「かっかっか! 強気な事だ……以前のツバキくんからは想像もできん言葉だが、良い変化と言えるだろうな。挑戦、待っているぞ!」

 

「はい、失礼しました」

 

「では」

 

 ロケット団に関する情報を粗方カツラに提供したツバキとイソラは、頭を下げるとカツラの自宅を後にした。

 

「あとは大人達に任せよう、ツバキ。お前はポケモンリーグの夢を追えば良いさ」

 

「うん……」

 

「(もっとも……父さんには悪いが、私は大人側として行動させてもらうが、な)」

 

 イソラにとってロケット団を始めとした悪の組織は、ツバキの生きる未来には不要な存在である。

 抹消する機会があるならば、両親に背き、己の全てを捨ててでも成し遂げる覚悟がある。

 表には出さないものの、親に叱られた程度ではもはや止まる事が無いほどに彼らへの憎悪は積もり積もっているのだ。

 

「……ところでツバキ。グレンジムへの挑戦は、誰を連れていくんだ? ほのおタイプに攻撃面で有利なのは、みず、じめん、いわタイプだが……」

 

「どうしようかなぁ……ミスティはくさタイプだから不利だし……シェルルはむしタイプだけど、みずタイプもあるからそこまで苦手じゃないんだよね……うぅん……」

 

 ツバキは図鑑に登録してある自身のポケモン達の個体情報を確認し、脳をフル回転させて戦術を練っている。

 

「しかしバルディは手持ちから外さざるをえないか……ドラゴンはほのお技に強いが、さすがに生まれたばかりではな……」

 

「うん……いくらなんでもいきなりジム戦には出せないよね。でもね、お姉ちゃん。わたし、バルディは連れてこうと思う」

 

 ツバキの発言に、イソラは目を見開く。

 

「……バトルには出さないが連れていくのか? それは……」

 

「わたしが不利になる、でしょ? わかってるよ、お姉ちゃん。でも……見ててほしいんだ、バルディにわたしのバトルを。いつかはあの子も経験する世界を」

 

 見上げてくるツバキの目は真剣そのもので、決して半端な考えで語った言葉でない事がイソラにもすぐわかった。

 

「……本気なんだな。なら、その分他の手持ちの選抜にはより気を配らんとな」

 

「うんっ! お姉ちゃん、相談に乗ってね!」

 

「もちろん。私にできる事なら、何でも言ってくれ」

 

 そう話しながら2人はポケモンセンターへと入り、ツバキはイソラからのアドバイスを元に手持ちを吟味していく。

 昼食を取るのも忘れ、グレンジム攻略のための戦術を話し合う内、ふと窓の外へ視線を向けた時にはすっかり日が落ちていた。

 

 

 

「ただいまぁ……」

 

「おかえり、ツバキ。まぁまぁ、疲れた顔をしちゃって♪」

 

 頭を使いすぎてくたくたになって帰宅したツバキの頭を、ミミナがぐりぐりと撫で回した。

 

「おお、おかえりツバキ。遅かったな」

 

「ただいま、パパ。カツラさんの所へ行った後、お姉ちゃんと色々話してたから。……あのね、パパ」

 

「うん? なんだい?」

 

「わたし……明日グレンジムに挑むよ」

 

「……! ……そうか」

 

 ツバキの宣言を受けたシャコバは、驚いた表情を見せた後、不敵に笑う。

 

「お前がどんな戦術を立てたかは聞かない。だが、パパもジムトレーナーとしてのプライドがあるからな。負けないぞ」

 

「……うんっ!」

 

 シャコバが突き出した拳に、ツバキも拳を合わせる。

 

「(……小さな手だ。だが、昔はもっと小さかったのが、ここまで育ち、挑んでくるまでになったんだな……)」

 

 シャコバが思い出すのは、自分の指先ほどの小さな小さな赤子の手。

 微笑む愛妻と、腕の中で眠る人形のような愛娘。

 10年間の思い出が巡り、今まさに自分を見上げる少女へと重なる。

 

「………………うっ……」

 

「……? パ、パパ?」

 

 娘のこれまでの成長を思い返したシャコバが涙ぐみ、ツバキは呆気に取られてしまう。

 

「まぁまぁまぁ、思い出し泣きですか? まったく泣き虫ねぇ、あなたは……うふふ♪」

 

 ミミナがハンカチでシャコバの涙を拭き取るが、なかなか収まらないようである。

 

「うぐぅっ……! パ……パパは……負゛けない゛からな゛ぁっ!!」

 

「う……うん……」

 

 ……さすがにこの泣きっぷりには若干引いてしまうツバキであった……。

 

 

 

「……よし、と」

 

 翌朝、ツバキは自室の鏡の前で帽子の角度を調整し、出発の準備を終える。

 すでにシャコバは家を出て、カツラと共にグレンジムで待ち構えている事だろう。

 

「ママ、いってきます」

 

「いってらっしゃい。後でママも応援に行くからね、うふふ♪」

 

「うん! ……ポポくん、出ておいで!」

 

 ミミナと挨拶を交わして外に出たツバキは、モンスターボールからポポを出す。

 

「……今日は故郷でのジム戦……わたしにとって大きな意味を持つバトル。力を貸してね、ポポくん。わたしも精一杯頑張るから!」

 

 ツバキの肩に掴まったポポが、了承の意を込めて翼を広げる。

 

「気合いが入っているな、ツバキ」

 

 そんなツバキ達を見て、街灯に寄りかかっていたイソラが声をかける。

 

「おはよう、お姉ちゃん」

 

「ああ、おはよう。……行くか」

 

「うん」

 

 さすがに地元なので迷いようの無いツバキは、グレンジムへ向けて歩き出し、その後をイソラがついていく。

 無事グレンジム前へ到着したツバキは、ゆっくりとジムの扉を開き、中へと足を踏み入れた。

 受付カウンターには誰もおらず、大きな扉が開け放たれている。まるでツバキを招いているかのように。

 ツバキは躊躇無く内部へと踏み込んでいき、それを待っていたかのように部屋の中のバトルフィールドがライトアップされた。

 

「……来たな、ツバキ」

 

「パパ…………うん、来たよ」

 

 フィールドの真ん中に、腕を組んで仁王立ちしたシャコバが待っていた。

 

「カツラさんの待つ部屋はこの先だ。そこへ行くには、パパを倒すしか道は無いぞ」

 

「わかってる。そのために来たんだから」

 

「……そうだな。イソラちゃん、審判を頼めるかな?」

 

「わかりました」

 

 ツバキとシャコバの2人は視線を交わすと、それぞれフィールドの端へと立って対峙する。

 

「ルールは2対2のシングルバトルだ。先に相手の2体を倒した方の勝ち……シンプルだろう?」

 

「2体……わかった」

 

 ツバキは部屋の隅に設置された応援席にボールを向け、バルディを出した。

 飛び出したバルディは周りをキョロキョロして、ツバキを見つけると駆け寄ろうとしたが、ツバキ自身に制止された。

 

「止まってバルディ。……お願い、そこで見ててほしいの」

 

 ツバキの真面目かつ真剣な眼差しに気圧され、バルディは大人しく椅子に座り込んだ。

 

「ありがとう、バルディ。……お待たせ、パパ」

 

「いや……そうか、バトルを見せるために……あのツバキが……」

 

 またも娘の成長に感動しそうになったが、歯を食い縛ってどうにか持ちこたえる。

 その時、ツバキ達の入ってきた入口から、ミミナとテンジ、イロハが入ってきた。

 

「まぁまぁ、ちょうど始まるところかしら?」

 

「カメラを見つけるのに時間かかっちゃいましたけど、間に合いましたかねぇ」

 

「……そのようだな」

 

 ぞろぞろと入ってきた3人を、イソラがバルディの座る応援席へと誘導すると、ミミナがバルディを抱き上げて椅子に座り、バルディは自身の膝の上へと座らせた。

 

「ツバキ~、頑張ってね~! あ、あなたもね~」

 

「ツバキちゃんの晴れ舞台ですからねぇ、しっかり記録しないと!」

 

「うむ……」

 

 応援団の登場に微笑ましい視線を送っていたイソラが、1歩フィールドへと近付いた。

 

「それでは、これよりジムトレーナー・シャコバと、チャレンジャー・ツバキのバトルを始めます! ルールは2対2シングル! 両者、1体目を!」

 

「……行くよ! パ……」

 

「甘ったれるなっ!!」

 

「っ!?」

 

 ツバキの言葉をシャコバの怒号が制した。

 

「ここはバトルフィールド! トレーナーにとっての戦場だ!! そこに立ったからには俺を父親などではなく、討ち破るべき敵と思えっ!! チャレンジャー!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その身から発される覇気は普段の優しい父とはまるで真逆。

 肌がビリビリと痺れるような感覚にツバキは俯くが、すぐに顔を上げた。

 

「……ごめんなさい! 改めて……行きます! シャコバさん!」

 

「受けて立つ! グレンジムジムトレーナー・『焔壁(ファイヤー・ウォール)』シャコバ……チャレンジャーの闘志を焼き尽くして見せよう! 来いっ!!」

 

 親子でなく好敵手として対峙した2人のトレーナーは、握り込んだボールを同時にフィールドへと投げ込み、激戦の口火を切るシルエットが形を成した。

 

 

 

つづく




はい、今回も駄文雑文にお付き合いいただきありがとうございました!

親子バトル開幕。
シャコバのトレーナー装束はXYのベテラントレーナーを参考にしてアレンジしました。


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第58話:その背中を超えてゆけ

おそらく過去最長となる第58話です!


 グレンジムへと挑戦し、ジムトレーナーである父・シャコバとのバトルに臨んだツバキは彼からの一喝を受けて気合いを入れ直すと、父と同時にモンスターボールを放り投げ、親子対決の火蓋がついに切って落とされた。

 

 

 

「お願い、シェルル!」

 

「行けっ、マグカルゴ!」

 

 ボールから飛び出したシェルルがフィールドに着地すると、突然部屋の中の気温がムワッと上がり、視界がぼやけた。

 

「うっ……! こ、これは……!?」

 

 ツバキがぼやける視界の中で熱の発散元を探すと、シャコバの前に岩を殻のように背負った赤いポケモンがいた。

 ようがんポケモンの『マグカルゴ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「マグカルゴの身体は超高温のマグマで構成されている。存在するだけで周囲を灼熱地獄へ変え、その熱は思考を鈍らせる……さぁ、その状況下、お前はこいつに勝てるか?」

 

「か、勝ちます……!」

 

 額に浮いた汗を拭うツバキに対し、シャコバは間近にマグカルゴがいるにもかかわらず涼しい顔をして、ツバキを試すかのように言葉を紡ぐ。

 ツバキは始める前から精神的に負けるわけにはいかず、笑顔を浮かべて応じた。

 

「……それでは第1試合、マグカルゴ対グソクムシャ。バトル……」

 

 イソラが右手を高く掲げ……。

 

「……開始っ!」

 

 合図と共に振り下ろした。

 

「シェルル、“アクアジェット”!」

 

 先手を取ったシェルルが水流を纏い、目にも止まらぬ速さでマグカルゴへ迫る。

 が、マグカルゴに近付くに連れて身体を覆う水が蒸発していく。マグカルゴの体温が高すぎるのだ。

 結局シェルルはそのまま方向転換してツバキの前へと戻ってきた。

 

「その程度のみず技では、マグカルゴに当てる事すらできんぞ。“からをやぶる”」

 

 マグカルゴの殻の表面が弾け飛び、背中から高熱の炎が吹き出した。

 守りを捨てる事で攻撃能力を劇的に引き上げる“からをやぶる”は極めて厄介な技である事はツバキも学習済みだが、あの高温の身体もまた曲者だ。

 

「半端なみずタイプ技じゃ全然効かない……! それなら……シェルル、“たきのぼり”!」

 

 シェルルの両腕に大気中の水分が集まり、“アクアジェット”とは比較にならないサイズの水の拳を作り出し、大きく拳を引きながら突っ込んでいく。

 

「(これなら蒸発する前に当てられるはず……!)」

 

 接近中も水分を集めていたため、水の拳はほぼそのままのサイズでマグカルゴをリーチ内に捉え、強烈な水のアッパーを叩き込む……しかし、その拳は虚しく空を切る。

 

「なっ……えっ……!?」

 

「“からをやぶる”は攻撃力だけではない……身軽さも補強する技だ」

 

 マグカルゴはいつの間にかシェルルの背後へと回り込み、その背中に狙いを定めていた。

 

「シェル……!」

 

「“かえんほうしゃ”」

 

 マグカルゴの口から凄まじい勢いで炎が噴射され、無防備なシェルルの背中を焼いた。

 

「……っ! “たきのぼり”で防御!」

 

 熱さに悶えるシェルルだったが、ツバキの指示に従い腕に水分を集め、振り向いて水の盾で“かえんほうしゃ”を受け止める。

 水と炎は相殺を繰り返し、周囲は白い蒸気に覆われていく。

 

「シェルル、一旦離れて!」

 

 視界が悪くなり、不意討ちを警戒したツバキは、シェルルを蒸気の外へと出して態勢を整えさせる。

 

「良い判断だ。あのまま蒸気の中に入れば、マグカルゴの柔軟な身体で再度背後に回り、今度こそトドメを刺すつもりだったのだがな」

 

 シャコバはペラペラと想定していた戦術を話すが、それは彼のバトルにおけるポリシーである「同じ手と、機を逃した手は二度と使わない」ためであり、使わない戦術を話したところで何もデメリットは無いからだ。

 むしろ今後同じ状況になった際に相手に無用な警戒を促せるメリットとなりうる。

 考える事の増えた人間というのは、得てして視野が狭くなりがちであり、付け入る隙を自ら増やしているも同然なのだ。

 

「(熱で思考を阻害し、言葉で惑わせ、正常な判断力を奪う……なんて老獪な戦術……さすがは『焔壁(ファイヤー・ウォール)』だ……)」

 

 イソラもかつてカントーでジム巡りをした際にシャコバともバトルをしたが、やはり同様に苦しめられた事を思い出す。

 ポケモンバトルには単純なポケモンの強さだけでなく、トレーナー自身の精神力も大きな影響を及ぼす。

 なにしろポケモン……特にほのおタイプやこおりタイプはそこにいるだけで周辺の気温を変化させてしまう者も多く、中には天候自体を変えてしまうポケモンもいる。

 そういった状況下で惑わされる事無く正確な指示を出せるか否かが勝敗を分ける……それがポケモンバトルなのだから。

 

「来ないのならこちらから仕掛ける! “だいちのちから”!」

 

 マグカルゴが身体を震わせると、地面を突き破って膨大なエネルギーの柱が何本も隆起し、シェルルに迫る。

 

「“アクアジェット”!」

 

 それに対し、ツバキは“アクアジェット”の加速力を活用しての回避を試みる。

 コソクムシからグソクムシャへと進化し、体格とパワーと引き換えに平時の敏捷性は失ったが、“アクアジェット”使用時のスピードに関しては、進化に伴う全身の筋力増強によって磨きがかかっている。

 実際、シェルルはぐんぐん加速し、迫るエネルギー柱を見る見る引き離していく。

 

「(“アクアジェット”はスピードはあるけど水分が足りずに蒸発しちゃう……“たきのぼり”はマグカルゴの速さを捉えられない……どうしよう………………ん……待って……? ……行けるかも……!)……シェルル、そのまま相手の周りを飛び回って!」

 

 シェルルの加速は増していき、水の蒸発しない距離を保ちながらマグカルゴの周囲を残像が残るほどの速度で飛翔するが、そのマグカルゴはまだシェルルの姿を捉えられているようだ。

 

「(あの巨体でこれほどのスピード……初めて見たが、これがグソクムシャか……! だが……!)マグカルゴ! “かえんほうしゃ”で薙ぎ払え!」

 

 マグカルゴはその場でジャンプすると、回転しながら地上に炎を噴射し、スピードを上げるシェルルに対して点でなく面での制圧を行う。

 

「……取った! シェルル、“いわなだれ”!!」

 

「何っ!?」

 

 急停止したシェルルが地面に爪を突き立て、無数の岩塊を浮遊させると、身体に火炎を浴びながらも空中のマグカルゴ目掛けて一斉に弾き飛ばす。

 いかに素早かろうと、鳥ポケモンでもなければ空中でできる動きは極めて限定的だ。

 案の定マグカルゴは飛来する岩をよけきれずに次々にヒットして地面に落下、降り注ぐ岩の下敷きとなった。

 

「(思った通り……! パパはシェルルの……グソクムシャの覚える技を把握してない!)」

 

 現在のカントー地方は、実に多種多様なポケモンが溢れ返っているが、交流の始まったばかりのアローラ地方のポケモンだけはまだまだ浸透していない。

 いかに古参のトレーナーであるシャコバでも、イソラのように各地方を飛び回っているわけでもない以上、ただでさえ膨大な種類のポケモンの中で身近にいないポケモンまで完全には把握できていなかったのである。

 

「マグカルゴ! 脱出だ!」

 

 だが、あまりに咄嗟の出来事にマグカルゴは怯み、思うように動く事ができない。

 

「今っ! “たきのぼり”!」

 

 シェルルの十文字の目が動けないマグカルゴを見据え、両腕を激しく逆巻く水流が覆う。

 振りかぶった右腕の爪でがりがりと地面を削りながら走り出し、マグカルゴを捕らえた岩の檻へ、上半身を捻るように大きく腕を振り上げた。

 その腕力と水流は、岩ごとマグカルゴを空中へと放り出し、シェルルは飛び上がって左腕によるさらなる追撃を加え、地面へと叩き付けた。

 

「っ……!」

 

 地面に落ちて動かないマグカルゴにイソラが慎重に近付いていき、その様子を確かめる。

 

「……マグカルゴ、戦闘不能! グソクムシャの勝ち!」

 

「っ! やった……まずは1勝だよシェルル! ありがとう! ……熱かったよね……?」

 

 喜ぶツバキに対して、シェルルは水の膜越しとはいえマグカルゴに直接触れた、白い煙を上げる手を振って応える。

 当然の事ながらシェルルもダメージは大きい。

 “からをやぶる”で強化された“かえんほうしゃ”を2発も食らってしまった上、どうやらマグカルゴの特性《ほのおのからだ》によって火傷を負ってしまったようだ。

 

「戻れ、マグカルゴ。……ご苦労だったな」

 

 シャコバはマグカルゴをボールに戻すと、もう1つのボールを手に取り、じっと見つめる。

 

「(……まさか1体目だけでマグカルゴを倒すとは……。……ツバキ、お前は確かに昔から利発な子だった。だが……正直ここまでのトレーナーになるとは思っていなかった……お前の才能を信じてやれなかったんだ)」

 

 ちらりと視線をミミナに向ければ、微笑んで手を振ってくる。

 

「(ミミナ……思えば、お前はツバキの旅立ちにはほとんど反対しなかった。……お前は見抜いていたんだろうな、ツバキの中に眠る才能を……そしてこの旅で開花すると信じていた。……まったく……親としての格は完全に負けたか……ならば……)」

 

 ギリッとボールを握り、目を見開くと右腕を大きく振りかぶる。

 

「(せめて俺は壁……試練となってお前の成長の助けとなろう……! それが俺の父親として、トレーナーとしてのけじめだ!)……お前の出番だ! ギャロップ!!」

 

 決意を秘めた眼差しと共に空を舞ったボールから現れたのは、炎の鬣を持つひのうまポケモン『ギャロップ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「こいつが俺の切り札だ。倒せるものなら倒してみろ、チャレンジャー!」

 

「……! ギャロップ……!」

 

「(ギャロップの身体はマグカルゴに比べれば遥かに体温は低い……はずだが、この熱量……ギャロップの闘志が炎をより猛らせているのか……)」

 

 イソラは頬を伝う汗を拭い、腕を振り上げる。

 

「では、ギャロップ対グソクムシャでバトルを再開します。……バトル……始めっ!」

 

 バトル再開の合図と共に、今度は両者は同時に動いた。

 

「“アクアジェット”!」

 

「“でんこうせっか”!」

 

 水流を纏ったシェルルが高速で突進を行うのと、ギャロップが前脚で地面を掻いて駆け出したのは同時。

 しかし、次の瞬間に弾き飛ばされていたのはシェルルだった。

 

「っ!? は、速いっ……! シェルル、大丈夫!?」

 

 頑丈な甲殻で覆われた背中で受け身を取ったシェルルが土煙を払いながら立ち上がり、再度戦闘態勢へ移行する。

 

「(ギャロップは地上を走るポケモンの中ではトップクラスの加速力……10歩も走れば時速240kmにも達するのだから、バトルに必要な速度となれば5、6歩あれば十分か。加えて……)」

 

 イソラが着目したのは、赤みを増したシェルルの腕だ。

 

「(火傷状態……あれではロクに力を入れる事もできん。“アクアジェット”はほとんどダメージを与えられていまい)」

 

 そう、相手の方が最高速を出すのが早く、こちらは不完全だったとはいえ、激突した以上はギャロップも弱点技を受けているはずなのだ。

 にもかかわらずダメージなどまるで感じさせずピンピンしているのは、この火傷によるシェルルの攻撃力低下が大きい。

 

「くっ……!」

 

「休んでいる暇はないぞ! “ほのおのうず”!」

 

 ギャロップの鬣と尻尾が激しく燃え上がり、空中に火の玉が形成されると、2振りの鞭のように伸びてシェルルを囲み、回転を始めた。

 それは瞬く間に渦を形作り、360度から襲いかかる火の粉と高熱がシェルルの体力を奪う。

 

「熱っ……! くぅっ……シェルル、“たきのぼり”で身体を濡らして!」

 

 渦からの脱出のため、“たきのぼり”の要領で水分を集めようとするものの、周囲を炎に囲まれている状況では集める端から蒸発してしまう。

 

「その渦に囚われた時点で詰みだ。ギャロップ!」

 

 ギャロップの角の先端が帯電し、全身に伝播、さらに強力になった電流が身体を鎧のように覆い、脚で地面を掻き始めた。

 

「“ワイルドボルト”!」

 

 その指示を待っていたかのようにギャロップが駆け出し、走った後に稲光と火の粉を残しながら“ほのおのうず”へと突進する。

 

「シェルルっ!!」

 

 ツバキの叫びも虚しく、渦の中からシェルルが撥ね飛ばされ、飛び出したギャロップが身体を横向きにして急停止する。

 

「……グソクムシャ、戦闘不能! ギャロップの勝ち!」

 

 帯電しながら落下したシェルルに駆け寄ったイソラが状態確認を行った上で宣言する。

 

「シェルル…………ごめん、ありがとう。マグカルゴからの連戦なのに頑張ってくれたね……後は任せて休んでて」

 

 申し訳なさそうなシェルルの頭を撫で、ボールに戻したツバキは元の位置に戻ると目を閉じる。

 

「…………行くよ」

 

 ゆっくりと目を開くと、隣に控えるパートナーへと語りかける。

 

「……ポポくんっ!!」

 

 待ってましたとばかりに翼を開き、ポポがフィールドへと飛び込んだ。

 

「(わたしとポポくんで始めた旅……パパを超えるこのバトルは1つの目標だった……なら、やっぱりここでポポくん以上の子はいないよね……!)」

 

 ツバキとポポが目配せして頷き合う。

 

「両者2体目となったため、ここからを第2試合とします。両者、準備は?」

 

「大丈夫!」

 

「問題無い」

 

「わかりました。では、第2試合、ギャロップ対ピジョン。バトル……開始っ!!」

 

 イソラが腕を振り下ろすと同時にツバキの指示が飛ぶ。

 

「ポポくん、“たつまき”!」

 

 ポポの羽ばたきが風の流れをコントロールし、強力な3つの風の渦を作り出してギャロップを囲むように迫る。

 

「(これが“たつまき”だと……!? なんて威力だ……! 生半可な炎は飲み込まれるな……!)ギャロップ! “でんこうせっか”で駆け抜けろ!」

 

 ギャロップが走り出し、“たつまき”の合間を縫って駆けるや、一瞬にしてポポに体当たりを食らわせた。

 

「スピードならポポくんも負けない! “でんこうせっか”!」

 

 撥ねられたポポが姿勢を制御し、墜落コースから復帰するとそのまま加速してギャロップの脇腹に一撃を叩き込む。

 

「速い……! “ほのおのうず”!」

 

 先ほど同様に全身の炎を滾らせ、炎の鞭がポポを取り込まんと襲いかかる。

 

「“でんこうせっか”でよけて!」

 

 しかし、ポポのスピードは迫る炎を上回る。

 執拗に伸びる炎をかわしながら、ポポはフィールド上空を縦横無尽に飛び回る。

 だが。

 

「っ! ダメ! どんどん下がってきてる!」

 

「もう遅い! “フレアドライブ”!」

 

 炎の鞭の回避に集中しすぎたポポは、自身の高度が落ちてしまっている事に……そして進行ルートにギャロップが待ち構えている事に気が付くのが遅れた。

 それまでポポを追い回していた炎がギャロップの周りに集まり、巨大な炎の塊と化して突撃してきた。

 慣性の付いたポポは止まる事ができず、真っ向からそれを受ける形になってしまう。

 

「ポ、ポポくんっ!」

 

 強烈な炎の突進を受けたポポだったが、落下中に羽ばたいてどうにか墜落を免れた。

 

「甘い。あまりにも甘いな。そんな程度でカツラさんに挑むつもりだったのか!?」

 

「……そうだよ。わたしは今……勝つためにここにいる!」

 

「……!」

 

 威圧したつもりが、ツバキはまったく臆する事無く声を上げた。

 

「そのためにポケモン達と一緒にたくさんたくさん頑張ってきた。でも……ここはまだ、わたしの終点じゃない! パパを超えて、カツラさんを超えて……お姉ちゃんだって超えるためにもっともっと頑張るんだから! そうだよね、ポポくんっ!」

 

 ツバキのこれまでに無いほどの気迫を受け、ポポは力の限りに声を合わせ、翼を広げ……光を放った。

 

「何っ……!?」

 

「……ポケモンはトレーナーに応える……か」

 

 眩い光。

 だが、ツバキは目を逸らさない。

 大切なパートナーの見た事の無い勇姿がそこに現れようとしているのだから。

 

「ポポくん……行こう。わたし達の旅は……これからなんだから!!」

 

 その言葉に答えるかのように勢いよく振るわれた巨大な翼が光を払う。

 頭部から伸びた長い飾り羽が、宙を舞う光の粒子を纏う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 とりポケモン『ピジョット』。

 ポッポ系統が自力で到達しうる最後の姿である。

 その大きな後ろ姿をツバキが目を細めて見つめると、小さなポッポの姿が重なる。

 

「(……すごく立派になったね、ポポくん……あんなに小さい……わたしの頭に乗れちゃうくらいだったポポくん……)」

 

 小さな友達、初めてのポケモンだったパートナーの背中が、今はこんなにも頼もしい。

 

「……さぁ、行くよ! 一緒にここを乗り越えよう!」

 

「……ふっ……進化か……だが、まだギャロップを超えるには至らない! “ワイルドボルト”!」

 

 ギャロップの全身が電気を帯び、そのまま身体をすっぽり覆って突進してくる。

 

「ポポくん、“すなかけ”!」

 

 ポポがピジョン時代よりも大型化した翼を一振りすると、砂嵐レベルの砂埃が舞い上がり、突っ込んでくるギャロップを襲った。

 

「くっ! 翼の力がさらに増している……!」

 

 砂に阻まれて標的を見失ったギャロップが急停止する。

 

「“でんこうせっか”!」

 

 だが、そんな状況下であろうと、ポポの《するどいめ》にはまったく問題にならない。

 鋭さを増したクチバシによる一撃は、無防備なギャロップの急所を直撃して大ダメージを与える。

 

「“ワイルドボルト”で脱出しろ!」

 

 全身に電気を纏う事でポポの近接攻撃を牽制しつつ、ギャロップは砂の中から脱出に成功するが、まだ目に入った砂が完全には除去できていない。

 

「(……これ以上は危険か。相手から受けたダメージだけでなく、“ワイルドボルト”と“フレアドライブ”の反動もある。……次で決めねばな)」

 

「(進化したおかげで反撃はできたけど……さっきの“フレアドライブ”がかなり効いてる……もう後は無いかも……それなら……!)」

 

 2体のポケモンはトレーナーの前まで戻って相手と十分な距離を取る。

 

「…………」

 

「…………」

 

 さすが親子と言うべきか、両者は互いに次が最後の一撃となるであろう事を察し、大技の準備をする。

 そして2人は同時に息を吸い……。

 

「“ブレイブバード”!」

 

「“フレアドライブ”!」

 

 同時に最後の指示を叫んだ。

 逆巻く空気を切り裂き、強大なオーラがポポを包む。

 鬣、脚、背中、尻尾……全身の炎が燃え盛り、ギャロップを覆う。

 2体は真正面から相手に向けて全速力で突撃を敢行する。

 膨大なエネルギーの奔流同士が真っ向から激突し、わずかに押し、わずかに押される、寄せては返すの攻防。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 衝突部から溢れる音と光は徐々に大きくなり、それが最高潮へ達した次の瞬間、相殺し合うエネルギーは大爆発を起こした。

 

「きゃっ……!」

 

「ぐっ……!」

 

 もうもうとバトルフィールドに立ち込める煙の中、2つのシルエットが浮かび上がる。

 疲弊し、もはや相手と距離を取る体力も残されてない2体が、息を切らして睨み合っていた。

 そして、両者の震える脚が同時に力を失い……。

 

 

 

 ギャロップの身体が横倒しとなり、ポポの身体が右の翼だけで支えられている。

 

「………………ギャロップ、戦闘不能! ピジョットの勝ち! よって…………勝者……チャレンジャー・ツバキ!」

 

 イソラがツバキを指し示すと、呆気に取られていたツバキがハッとしてポポへと駆け寄る。

 

「……ポポくんっ! ……わたし達……パパに勝ったんだよ……! ありがとうっ! それと……進化、おめでとう!」

 

 ポポを抱き上げて頬擦りするツバキを眺めながら、シャコバもギャロップへと歩み寄る。

 

「……よくやったな、ギャロップ。休んでくれ」

 

 シャコバがギャロップをボールに戻すと、ミミナが近付いてきていた。

 

「どうでした?」

 

「……ああ……楽しかった……もしかしたら、これまでで最も楽しいバトルだったかもしれない。やはりツバキは……素晴らしい子だよ……」

 

「うふっ、当たり前ですよ。だって……あなたと私の子ですもの♪」

 

「っ! ……ははっ……かなわないな、ママには。…………ツバキ」

 

 ミミナの微笑みに不意討ちを食らったシャコバは、苦笑してツバキへと声をかける。

 そして見上げてくるツバキの前に立つと、その小さな身体を抱き寄せた。

 

「……強くなったな、ツバキ。よくここまで頑張った、偉いぞ」

 

「ええ、ええ、本当に……ママ、少し涙ぐんじゃったわ」

 

 ミミナもシャコバの腕の上からツバキを抱く。

 

「パパ……ママ………………うん……うんっ……! わたしもポケモン達も……頑張ったよ!」

 

 太陽のような笑顔を浮かべるツバキの頭を、2人もまた笑顔で撫でた。

 

「だが……パパより強いトレーナーはたくさんいる! そして、その内の1人が……この先で待っているぞ!」

 

 シャコバが示す扉の先に待つ人物……グレンジムジムリーダー・カツラ。

 

「……うん……!」

 

「さ、ツバキちゃん、ポケモン達を回復しましょ」

 

 いつの間にか各種回復薬を持って、テンジとイロハが側まで来ていた。

 ポケモンの回復を終えれば、いよいよ7つ目のジムバッジを賭けたツバキの戦いが始まるのである……。

 

 

 

つづく




はい、今回も駄文雑文落書きにお付き合いくださりありがとうございました!

ここまで長くなってもまだ前哨戦なんだよなぁ……。
ちなみに長いのは2対2程度で2話に分けるのもアレなので1話に強引に纏めた結果です。


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第59話:燃える心、衰えず!

遅くなりましたが、グレンジム戦本番、第59話です!


 父・シャコバとのバトルに勝利し、ジムリーダーへの挑戦権を得たツバキは、ポケモン達の回復を終えるとジムの奥へ続く通路へと足を踏み入れ、先へと進んでいく。

 肩にはピジョットへと進化したポポが掴まり、腕にはバトルを見学していたバルディを抱いている。

 

「ねぇバルディ、わたし達のバトル……どうだったかな?」

 

 ツバキからの問いに対し、バルディは興奮冷めやらぬ様子で、拍手をしたりマッスルポーズを取ったりしている。

 

「えへへ……少しは参考になったら良いんだけど……いつかはバルディにも参加してもらいたいからね」

 

 なんなら今からでもとばかりにバルディはジャブを繰り出して気合いを入れている。

 

「うぅん……さすがにまだ早いかなぁ……もう少ししたら、ね?」

 

「そうだな、何事も順序が大切だぞ、バルディ。なに、心配せずとも、いずれは活躍できるさ」

 

 しょんぼりするバルディの頭をツバキが撫でると、隣を歩くイソラも慰めた。

 ……ちなみにその後ろでは……。

 

「うぐぅ……ツバキが……あのツバキがあんなに強くなってくれて……うぐおぉぉぉう……!」

 

「まぁまぁ、あなたったら今になってそんなに泣いちゃって……ツバキがカツラさんに勝った時に流す分が無くなっちゃいますよ?」

 

「でも本当にツバキちゃん立派でしたねぇ。堂々としてて状況もしっかり把握してて」

 

「うむ……」

 

 さながら娘の発表を見に来た授業参観の親御さんのごとき会話をしながら、4人の大人達が後に続いていた。

 

「……もう……恥ずかしいぃ……」

 

「まぁ、仕方ないな。こう言ってはなんだが、昔のお前は気弱で臆病、およそバトルなどとは無縁な性格だったからな。それがジムバッジ6つを集め、父親にして手強いジムトレーナーであるシャコバおじさんを破り、今まさに7つ目のバッジを勝ち取りに行こうとしているんだからな」

 

 と、自分で言っておきながら、改めて言葉にする事でイソラはツバキの著しい成長を実感し、シャコバほどではないものの感慨深い気持ちが込み上げてきた。

 

「(ふふっ……お前が私と本気でバトルする日も、そう遠くないかもしれないな……)」

 

 守るべき対象から、好敵手へと着実に変化しているツバキの将来に期待を膨らませたところで、通路の先に光が射し込んでいるのが見えてきた。

 

「……いよいよだな。全力を尽くすんだぞ、ツバキ」

 

「うん……! バルディ、今度のバトルも見守っててね。お願い、ママ」

 

 ツバキはミミナにバルディを手渡すと、光に向かって歩みを早める。

 その先に広がっていたのは、シャコバとバトルしたよりも大きなバトルフィールドで、天井もより高くなっている。

 

「よく来たな、ツバキくん!!」

 

 そしてそのバトルフィールドの向かい側に、その老人は立っていた。

 

「シャコバくんは我がグレンジムを守る最強の防壁。その彼を破り、ここまで来た君は、十分にこのカツラに挑む資格を有している! ワシらトレーナーの間に多くの言葉はいらん! 来たまえ!」

 

 大仰なポージングでずれたサングラスを指で直し、カツラはツバキをフィールドへと招く。

 

「はいっ! よろしくお願いします、カツラさん!」

 

 カツラの言う通り、ここまで来ればあとはただバトルをするだけ……必要以上の言葉を交わす事無くそれに臨めば良い。

 ツバキはフィールドを挟んでカツラと向かい合い、あらん限りの闘志を込めた目で相手を見つめる。

 

「うむ、良い目だ……シャコバくん、審判を頼むよ!」

 

「お任せを」

 

 シャコバがフィールドを見渡せる位置へ立ち、両者へ交互に視線を向ける。

 

「では、ルールの説明を行います。トレーナーレベル7なので、3対3のシングルバトルとシンプルな形式ですが……」

 

 そう言ってシャコバがリモコンを取り出して操作すると、天井が開いて巨大なルーレットが下りてきた。

 

「これは……?」

 

「ふっふっふ、これぞワシの作り出したルーレットマシン……グルグルグレン2号改だ!」

 

「……いえ、名前はどうでも。これは最初のバトル開始前、そしてどちらかのポケモンが1体戦闘不能になる度に回転し、針の止まった目に応じてフィールド全体に影響を及ぼす効果が発動するシステムです」

 

 やたら自慢げなカツラを少々冷たくあしらったシャコバの説明を受け、ツバキがじっとルーレットを見つめる。

 ルーレットマシンには等間隔で区切られた中に様々なアイコンが描かれており、その数15。

 

「何が起きるかは止まってみないとわからない……って事ですよね」

 

「その通り! ポケモンバトルはフィールドもまた重要な要素だ! 刻一刻と変わる状況下においても、それに応じた適切な行動を指示できるか否かがポケモントレーナーの腕の見せどころ!」

 

 天候やフィールドの状況変化を前提としたパーティ構成を好むトレーナーは多く、この手の戦術はパターンに嵌まると絶大な戦果を挙げる事が可能となる。

 逆にバラエティに富んだパーティ構成で、多様な状況への対応力を重視するトレーナーもまた多い。

 が、そのいずれも真価を発揮するには豊富な知識と冷静な判断力を持つトレーナーが必要不可欠なのである。

 

「……ルールはわかりました。始めましょう!」

 

「その意気やよし! では行くぞツバキくん! 決して鎮火できぬワシの闘志! 受け止めてみたまえ!! うおぉぉぉーーーーっっっ!!!」

 

――――ジムリーダーのカツラが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「燃えて行くぞ、バクーダ!」

 

「お願い、ファンファン!」

 

 地鳴りと共にフィールドに着地したファンファンと向かい合うは、背中に火山のようなコブを持つ、ふんかポケモン『バクーダ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(うっ……つ、強そう……だけど、ファンファンのパワーなら……!)」

 

「(ドンファンか……あの突進力は侮れん、距離には注意せねば)」

 

「両者先鋒が出揃いましたので、最初のルーレット回転を始めます。回転スタート!」

 

 ツバキとカツラが互いに相手のポケモンを警戒する中、ルーレットが回り始める。

 目にも止まらぬスピードで針が回り、やがて動きが緩やかになり……1つのアイコンを指して停止した。

 

「最初のアイコンは水滴! 天候が雨となります!」

 

 部屋の壁の一部が開き、中からどうたくポケモンの『ドータクン』が現れた。

 

「ドータクン、“あまごい”を!」

 

 ドータクンが低い唸り声を上げると、フィールド上空に雨雲が出現し、フィールド内にのみ雨を降らせ始めた。

 

「(むぅ、いきなり雨とはツイとらん……雨が降る中では、ワシのポケモンが得意とするほのお技が弱まってしまう。ツキを持っとるな、ツバキくん)」

 

「場が整いました。それでは、グレンジム戦、ジムリーダー・カツラ対チャレンジャー・ツバキの第1戦……バクーダ対ドンファンのバトルを開始します! ……バトル……」

 

 ツバキとカツラは瞬きもせずに相手を睨み、身構える。

 

「…………開始っ!」

 

 その声が熱き激戦の狼煙となった。

 

「“ころがる”!」

 

「“ラスターカノン”!」

 

 ファンファンが空中で身体を丸め、派手にフィールドの水滴を跳ね上げて着地すると、高速で回転しながらバクーダへと突撃する。

 それに対してバクーダの全身が光輝き、その光を顔面に集束すると、光線としてファンファン目掛け発射した。

 直線的な突進をしているファンファンは回避できず、真正面から被弾してしまった。

 

「油断はいかんぞバクーダ!」

 

 攻撃のヒットで不敵な笑みを浮かべるバクーダに、カツラが釘を刺す。

 そしてカツラの思った通り、立ち込める煙の中から回転を緩めずファンファンが飛び出してきた。

 

「左前方、地面に“ラスターカノン”! チャージは半端でもかまわんっ!」

 

 先ほどよりも集束する光を減らし、足元に光線を発射したバクーダは、爆風で右側へと吹っ飛び、すんでのところでファンファンの突撃を回避した。

 重量級で、お世辞にも機敏とは言い難いバクーダで攻撃を回避するための、緊急離脱法である。

 

「(“ラスターカノン”を受けてなおあの勢い……直撃していれば危なかったわい……! 水で濡れた地面の滑りが良いのもあるのだろうが……)」

 

 ファンファンはカツラの前で方向転換すると、再度バクーダ目掛けて突進していく。

 ドンファンへの進化で筋力とスタミナが大幅に強化されたファンファンの“ころがる”は、そうそう勢いは衰えない。

 よけてもよけても戻ってくるこの突進は、相手からすれば厄介極まりないだろう。

 

「ならばっ! バクーダ、“ストーンエッジ”!」

 

 バクーダが前脚で地面を叩くと、転がってくるファンファンの前に大小様々なサイズの岩柱が突き出てきた。

 小さい岩で跳ねたファンファンは、ゴツゴツとした岩の上を転げ回り、勢いが落ちたところで新たに現れた岩柱の間に挟まってしまった。

 

「あぁっ……!? ファ、ファンファン……!」

 

「ふっふっふ、地面を転がるモノは、凹凸に弱いものだよツバキくん! “じしん”!」

 

 その場で小さくジャンプしたバクーダが着地すると、強烈な震動がフィールドを襲い、ファンファンの身体は無数の岩の破片と共に放り上げられてしまった。

 

「“ラスターカノン”だ!」

 

 空中で無防備になったファンファンへ、バクーダから眩い光線が放たれる。

 

「ファンファン、“こらえる”!」

 

 ツバキの指示を受け、ファンファンはどうにかこうにかバクーダの方へ向き直り、頑強な外皮で防御態勢を取る。

 光線がヒットし、ファンファンは着実にダメージが蓄積するが、最後の最後で踏みとどまった。

 

「よく耐えたね……! ファンファン、“マグニチュー”……え……?」

 

 懐のポケモン図鑑からアラームが鳴り響く。

 ツバキが図鑑を開き、ファンファンの個体情報を確認する。

 

「……! よぉし……! ファンファン、“じしん”!」

 

 そう、ファンファンは新たに“じしん”を習得したのである。

 高所から全体重を乗せ、身体を地面へ叩き付け、お返しとばかりに地面を揺るがす。

 

「むおぉぉぉう!?」

 

 その揺れはこれまでに使った“マグニチュード”の威力を遥かに凌駕。

 まるで建物その物が地盤から揺れているかのような感覚であり、審判役のシャコバはもちろん、重量級のバクーダですら立っていられなくなってしまった。

 

「(このタイミングで“じしん”を覚えたか……!)」

 

「ファンファン、“ころがる”! 相手は動けないよ!」

 

 その隙を逃さず、ファンファンの追撃が行われる。

 身体を動かす事も、意識を集中する事もできないバクーダは、ファンファンの高速回転しながらの突進を顔面に受けてしまった。

 

「バクーダ!」

 

 強烈な突進を受けたバクーダの身体が宙を舞う。

 しかし、それと同時に雨が止み、雨雲が霧散した。“あまごい”の効果時間が経過したのだ。

 

「……よし! バクーダ、“だいもんじ”だ!」

 

 キッと目を見開いたバクーダの背中が発熱し、全身に熱エネルギーが伝導する。

 次の瞬間、周囲の温度が急激に上昇し、バクーダの口から『大』の字をした凄まじい勢いの炎が地上のファンファン目掛けて発射される。

 転がって回避を試みたファンファンだったが、効果範囲の広さに負け、燃え盛る炎に飲み込まれてしまった。

 

「ファンファン!」

 

 地上を焼き尽くした炎が消えると、こんがり焼けたファンファンが倒れ伏していた。

 シャコバがフィールドの熱さに耐えながらその様子を確認に向かう。

 

「…………ドンファン、戦闘不能! バクーダの勝ち!」

 

 ツバキも慌てて駆け寄り、少し熱いがファンファンの身体を撫でさする。

 

「っ! ……ファンファン、よく頑張ったね、ありがとう。ゆっくり休んでて」

 

 ツバキはファンファンをボールに戻すと、元の場所へと戻り、次のボールを取り出した。

 

「ファンファンがギリギリまで粘ってくれた……その頑張り、無駄にできない! 行って、シェルル!」

 

 シャコバとのバトルに続いて、このカツラ戦でも選抜されたシェルル。

 やはりツバキが持つ唯一のみずタイプ故に、ほのおタイプへの対抗策としての期待が大きいのだ。

 

「ほほう、グソクムシャか。カントーでは見ないポケモンだ……気を引き締めねばな……シャコバくん」

 

「はい。では、ルーレット回転!」

 

 再度ルーレットの針が回り、徐々にスピードが落ちて1つのアイコンを指し示した。

 

「止まったアイコンは虹! フィールド全体に虹がかかります! カメックス、“みずのちかい”! リザードン、“ほのおのちかい”!」

 

 ドータクンの時と同様に壁が開き、現れた2体のポケモン……こうらポケモン『カメックス』とかえんポケモン『リザードン』は、フィールドの真ん中に炎と水流を同時に放つ。

 すると、相反する2つの技は衝突と同時に蒸発し、あとには大きな虹が残った。

 

「わぁ……!」

 

「虹が出ている間は、技の追加効果が発動しやすくなります。それでは、バクーダ対グソクムシャ。バトル………………開始っ!」

 

 今度はカツラが先制して動く。

 

「バクーダ! “だいもん”……」

 

「“ふいうち”!」

 

 炎を口の中に生成するバクーダの視界からシェルルが消え、その気配は瞬時に背後へ現れた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 完全に意識を前方へ集中して背後が無防備になっていたバクーダへ、シェルルの剛腕による強烈な一撃が加えられる。

 

「むぅっ! 速い……! 奇襲を得意とするポケモンと聞いてはいたが……!」

 

 相手が攻撃に移る瞬間の隙を突いて死角から先制攻撃を仕掛ける“ふいうち”……この技を使う時、シェルルの俊敏性は最大限まで引き上げられ、常とは比較にならないスピードでの行動を可能とする。

 シェルルの大柄な体躯に惑わされた相手を驚愕させる意味でも、まさに不意討ちであると言えるだろう。

 

「“たきのぼり”!」

 

 相手が驚いた隙は逃さない。

 両腕に水を纏ったシェルルは、バクーダの胴体へ捩じ込むようなアッパーを打ち込む。

 さすがに220kgもあるバクーダの身体を浮かせるまでは行かないものの、ほのおとじめんを併せ持つバクーダにみずタイプ技は効果抜群だ。

 

「バクーダ、“ストーン”……むっ!?」

 

 カツラが指示を止める。

 めっぽう苦手なみず技を間近で受けた事で、バクーダが怯んでしまったのだ。

 

「(くっ、虹の影響で“たきのぼり”の怯み効果が出たか……!)」

 

「このまま行くよ、シェルル! “たきのぼり”!」

 

 そして動きの鈍ったバクーダに、激しい水流で覆われた爪による追撃の一撃がクリーンヒット。

 

「“ラスターカノン”!」

 

 ……するかと思われたその時、バクーダの身体が輝き、シェルルの視界を光が遮った。

 そしてそのまま強烈な光線に押され、強制的に距離を取る形へと持ち込まれてしまった。

 

「ふぅ、どうにか怯みの解除が間に合ったか……あの距離で即座に出せる技はあれぐらいだったからな……」

 

「……決めきれなかった……!」

 

 バクーダに対して優位に進めていたシェルルだったが、トドメの直前で仕切り直しとなってしまった。

 互いに熱を上げていくグレンジム戦。

 熱戦はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

カツラさんは何十年経ってもあの姿から変わらないだろうという謎の安心感。


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第60話:燃えよ闘志!熱風のグレンジム!

対カツラその2、引き続きバクーダ戦からスタートの第60話です!


 いよいよグレンジムジムリーダーカツラとのジム戦に臨んだツバキ。

 ルーレットによってフィールドの状況が変化する中、バクーダとのバトルでファンファンを失い、2体目のシェルルもいまだバクーダを破れずにいた。

 

 

 

「さぁさぁ、ワシのバクーダはまだ健在だぞツバキくん! こいつのタフネスを破るにはまだまだ踏み込みが足りん!」

 

「(うぅ、本当に頑丈……“ころがる”、“じしん”、“ふいうち”、“たきのぼり”と当ててるのに……)」

 

 確かにバクーダの特性《ハードロック》は、本来苦手とするタイプのダメージを軽減する強力な物ではあるが、カツラのバクーダの頑強さはもはやその域を超えており、相当鍛えられているであろう事が窺える。

 とはいえ、決してピンピンしてるわけではなく、もう一押しといったところではあるが。

 

「(もう少し……もう少しなのに、そのあと少しが……!)」

 

 数の上で不利な現状、シェルルのダメージを極力抑えながらバクーダを倒し、2体目を引き出す必要があるが、カツラにもバクーダにもこちらの手の内を半分は見せてしまっている。

 やみくもに“ふいうち”を使っても、先ほどと同等の成果が出せるとは思えない。

 

「(あとカツラさんが見ていないのは、“アクアジェット”と“いわなだれ”……この組み合わせでなんとか意表を突ければ……)」

 

「バクーダ、“ストーンエッジ”だ!」

 

「っ!」

 

 思考を巡らせるツバキの意識をカツラの指示が引き戻し、地面から次々に突き出す鋭い岩の柱がシェルルへと迫る。

 シェルルのパワーならば正面から粉砕も可能だろうが、大きな隙をさらす事になる。

 かといって回避は通常状態のシェルルの速度では難しい……と、なれば。

 

「“アクアジェット”!」

 

 そう、この技でよけるしか道は無いのだ。

 もしかするとカツラは、こうして追い込んでこちらの技を確認しようとしているのかもしれない。

 仮にそうだと理解しても、なお動かざるをえない状況へ持ち込む辺りは、さすが亀の甲より年の功か。

 

「っ! 岩に沿って飛んで!」

 

 ツバキの指示を受けたシェルルは水流で全身を覆うと一気に加速し、迫る岩の端ギリギリをすり抜けて正面からバクーダへ向かっていく。

 

「むぅっ……!」

 

 この動きはカツラにも想定外だった。

 これまで数多のトレーナーと戦った経験則から、左右どちらかへ大きく飛び出して距離を取るか、岩を破壊して凌ぐかするであろうと考えていたからだ。

 だが、元より追撃のために“だいもんじ”の準備はできている。

 

「“だいもんじ”発射!」

 

「シェルル、“ストーンエッジ”を壊して投げつけて!」

 

「っ!?」

 

 “アクアジェット”でバクーダへ迫りながら、シェルルは左腕の爪で“ストーンエッジ”の岩を砕くと、大きな破片を拾い上げてバクーダ目掛けて投げつけた。

 大きく広がる前の“だいもんじ”の炎を押し返しながら、巨大な岩の破片がバクーダの顔面に激突して砕けた。

 そして……。

 

「“たきのぼり”っ!」

 

 砕け散った破片の向こう側から、全身を覆っていた“アクアジェット”の水流を両腕に集中させたシェルルが襲いかかり、力を込めた右腕でバクーダの顎を打ち上げた。

 たまらずバクーダは前脚が浮かび上がり、そのままぐらりと後ろに倒れ、動かなくなってしまった。

 

「…………バクーダ、戦闘不能! グソクムシャの勝ち!」

 

「……! やった! 頑張ったね、シェルル!」

 

 ツバキが戻ってきたシェルルとハイタッチする一方、カツラは笑みを浮かべながらバクーダをボールへ戻す。

 

「バクーダ、ご苦労。休んでいてくれ」

 

 バクーダのボールをしまったカツラは、2番手となるポケモンを繰り出すべく新たなボールを手にする。

 

「(使える物はなんでも使う……まさにポケモンバトルの真髄だ。恐らくツバキくんは、無意識にそれを理解し、学習し、実践しているのだろう。……ふっ、将来は良いトレーナーになるな)」

 

 カツラの思っている通り、ツバキの戦術は思考の末に構築された理屈と、本能や無意識下の直感的理解力が融合した形となっており、それが彼女の柔軟な発想力を生み出している。

 そこに度重なる努力による地力向上と、ポケモン達との強い結び付きが加わる事で、本人が考えているよりも大きな力を発揮する事が可能となっているのである。

 

「……さすがだ、ツバキくん! だが、まだ1体倒しただけ……油断はしておるまいな?」

 

「もちろんです!」

 

 バクーダとのバトルが熾烈だったために忘れそうになるが、まだようやく1体目撃破でイーブン……シェルルの手の内をほぼ見せ、わずかながらダメージも負っている事を思えば、むしろ不利な状況とも言える。

 しかし、だからと臆するつもりはツバキにはまったく無い。

 ポケモン達を信じ、そして彼らから向けられる信頼に応えるだけだ。

 

「シェルル、まだ行ける?」

 

 ツバキの問いかけに、シェルルは爪を突き合わせて咆哮する形で答える。

 

「うん……! ここからが正念場、一緒に頑張ろう!」

 

「ふふふ……良い信頼関係を築いているようだな。だが、それならワシらとて引けは取らん! 行くぞエンブオー!」

 

 カツラの投げたボールから飛び出したポケモンは、地鳴りと土煙を上げながらフィールドに着地し、シェルルを視界に捉えると髭のような顎の炎を激しく燃やし始めた。

 おおひぶたポケモンの『エンブオー』である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 見るからに重量感に溢れ、2足歩行なのでバクーダよりも機動力に優れているだろう。

 

「手強そうだけど……わたし達は負けません! 負けられません!」

 

「カッカッカ! 良かろう! では……シャコバくん!」

 

「はっ! ルーレット……回転!」

 

 三度回転を始めるルーレット。

 ここまでは雨、虹とツバキに有利な状況を作ってくれたが、次ははたして……。

 ツバキがドキドキしながらルーレットの針を見守る中、そのスピードが落ちて……。

 

「次のアイコンは霧! フィールドに“ミストフィールド”が展開されます!」

 

「ミスト……フィールド……?」

 

 ツバキが首を傾げると、カツラが人差し指を立てて解説してくれた。

 

「うむ、ミストフィールドが場に展開していると、地面にいるポケモンは状態異常にならん上、ドラゴンタイプの技で受けるダメージが減るのだ! ……なぁシャコバくん、さっきからワシに不利なフィールドが続いとるんだが……君、何かしとらんかね?」

 

「そう言われましても、確率の神様を恨んでくださいとしか。それに、あらゆる状況に対応できるのが優れたトレーナーでしょう?」

 

「それはそうなんだが……まぁ良いか」

 

 開いた壁の中から現れたヒヤリングポケモン『タブンネ』が、耳をぴくぴく震わせ、シャコバの指示を待つ。

 

「よし、タブンネ、“ミストフィールド”を頼む!」

 

 頷いたタブンネが地面に手を当てると、そこからバトルフィールド全体に広がるように紫色の薄モヤが立ち込めた。

 なるほど、このモヤがポケモンの体表面に付着し、状態異常を防いでくれるのだろう。

 

「フィールド展開完了! では、エンブオー対グソクムシャ。バトル……開始っ!」

 

「“ビルドアップ”!」

 

「“アクアジェット”!」

 

 エンブオーが力こぶを作り、全身に力を込めようとした矢先、水流と共に突っ込んできたシェルルの体当たりを受けてしまう。

 だが、どっしりとしたエンブオーの身体はその衝撃を持ちこたえ、逆にシェルルを押し返すほどのパワーを発揮した。

 

「シェ、シェルルが力負けするなんて……! くっ……今度は“たきのぼり”!」

 

 エンブオーのパワーで弾き飛ばされたシェルルだが、体勢を整えて着地するや、即座に姿勢を低くして地面を蹴り、右腕へと水分を集めながら走る。

 

「“アームハンマー”で迎え撃て!」

 

 エンブオーの両腕に一層力が込められ、筋肉で肥大化する。

 大きく振りかぶったエンブオーの腕と、突き出したシェルルの腕が激突し、互いに一歩も引かぬ力勝負へと発展する。

 パワーで言えば本来はどちらも同等だが、“ビルドアップ”によって全身の筋力を増幅した今のエンブオーにはやや分が悪い。

 しかも、エンブオーは上から、シェルルは下からの攻撃を行ったため、相手は重量に任せた力押しが可能ときている。

 

「うぅっ……!」

 

「ふふふ、力比べこそはエンブオーの真骨頂! グソクムシャもなかなかのようだが、状況が悪かったな!」

 

 だが、この状況は決して覆せないわけではない。

 上から力任せに押してくるのなら、即座にその場を離れれば相手は勝手に地面に倒れ込んでくれる。

 

「(でも、カツラさんがそんな事を予想してないなんてあり得ない……むしろそれを待ってるかもしれない……!)」

 

 なにしろ相手は各地方のジムリーダーの中でも最古参の部類に入るベテラントレーナー……自分の持つポケモンの長所も短所も知り尽くし、エンブオーの重量が時に仇となる事も当然把握しているはずだ。

 ならば、その状況に陥った場合のリカバリー手段も用意していて然るべきであろう。

 

「(……だとしても、このままじゃ完全に押し負ける……! 読まれてたとしてもやるしか……!)……シェルル、“アクアジェット”で離れて!」

 

 シェルルは瞬時にエンブオーの眼前から消え、横向きに飛んでいく。

 

「地面へ“だいもんじ”!」

 

 バランスを崩したエンブオーだったが、強烈な炎の噴射で身体を支え、すぐさま逃げたシェルルへと向き直った。

 

「そのまま発射だ!」

 

 身体の前で燃え続けていた炎が勢いを増し、形を変えながらシェルルを追う。

 バクーダの時のように盾にできる物も無い。

 

「くっ……! “たきのぼり”で腕に水を!」

 

 甲冑のような装甲を持つ両腕に大量の水分を纏わせ、身体を覆うように構えたそれは、シャコバのマグカルゴとのバトルで見せた水の盾だ。

 だが、エンブオーの炎は見ているだけで恐怖に身震いするほどの勢いであり、これで防ぎきれる保証は無い……無いが、現状で取れる最善の策である事もまた確かなのだ。

 やがて炎はシェルルに真っ向から衝突し、水の蒸発音と水蒸気が瞬く間にフィールド中に溢れる。

 

「お願い……耐えてシェルル……!」

 

 もうもうとフィールドを覆った水蒸気の中に、炎の輝きだけがうっすらと見える状態となり、それも徐々に弱まってくる。

 視界は少しずつ回復し、フィールドの状態もだいぶわかるようになり、その中に……シェルルは立っていた。

 水蒸気が晴れ、盾として構えていた両腕を開いたシェルルは、息絶え絶えになりながらもエンブオーを睨みつける。

 

「シェルル!」

 

「耐えたか……!」

 

 ツバキの歓喜と、カツラの驚愕が重なる。

 シェルルは振り向くと、ツバキを急かすように鳴き声を上げた。

 

「っ、そ、そうだった! “いわなだれ”!」

 

 シェルルが“だいもんじ”を耐えた事に喜んでいたツバキは、うっかり指示を出すのが遅れてしまった。

 ともあれシェルルは地面に爪を突き立て、多数の岩塊をフィールド上空に浮遊させると、次々にエンブオーへ落下させていく。

 鈍重なエンブオーならば、広範囲に降り注ぐ岩の雨をかわす事はできないはず、という算段だ。

 だが。

 

「“ふいうち”だエンブオー!」

 

「えっ……!?」

 

 瞬間、エンブオーの姿が霞み、シェルルの下腹部に拳がめり込む。

 それと同時に、さっきまでエンブオーの立っていた場所に岩が落ちて土煙を上げた。

 シェルルがよろめきながら後退したかと思うと、ツバキのベルトに着いたモンスターボールが反応し、放たれた回収用光線がシェルルの姿を取り込んだ。

 

「っ! ……そっか、《ききかいひ》……うん、ここまで頑張ってくれたもんね、しばらく休んでて」

 

 グソクムシャの特性《ききかいひ》。

 自身が大きなダメージを負った時に生存本能が働いて一時退却し、味方と入れ替わる特性だ。

 

「……ポポくん、お願い」

 

 頷いたポポがフィールドへ降り立つ。

 

「(あれだけ攻撃してようやく《ききかいひ》が発動するのか……呆れるほど堅牢なポケモンだ……そして、ツバキくんのラストはポポくんか……)」

 

 シェルルの堅さに閉口しつつも、知らない仲ではないポポが出てきた事もあってカツラもテンションが上がってきた。

 怪我をしたポッポの頃から知っている相手なので、ツバキ同様にその成長を楽しみにしていたのだ。

 

「パパの時と同じように……カツラさんもわたしが超えたい、超えなきゃと思ってた壁……! 今、ポケモン達……そしてポポくんと一緒に超えて見せます!」

 

「ワシもツバキくんだけでなく、ポポくんがどれだけ強くなったかも知りたかった! どこからでも来なさい!」

 

「では、戦闘不能ではないため、ルーレットの目はこのまま、ミストフィールドで続行となります! エンブオー対ピジョット。バトル……開始っ!」

 

「“でんこうせっか”!」

 

「“ふいうち”!」

 

 バトル開始の合図と共に、互いのポケモンが残像を残して消える。

 高速で動き回る2体は、人間の動体視力を超えた超スピードの世界で幾度も激突し、その衝撃と音だけが周囲の者達へと伝わる。

 元よりスピードに優れるポポは加速によってさらなるスピードを得るも、エンブオーの重い身体に大ダメージを与えるにはパワーが不足。

 対するエンブオーは“ふいうち”のスピードに重量を乗せた破壊力が武器だが、空を飛び回り、反応速度も優秀なポポには致命傷になるような攻撃はいなされてしまう。

 つまり、周囲に響き渡る音からは想像もつかないが、実際の両者のダメージはあまり大きくないのである。

 しばらくすると双方共にトレーナーの前へと舞い戻り、再び睨み合いに戻る。

 

「“だいもんじ”!」

 

「“たつまき”!」

 

 エンブオーの放った炎を、進化によってさらに筋力のアップしたポポの“たつまき”が飲み込み、空中消滅させる。

 これもまた双方にダメージは無く、なかなか有効打が見つからない……いや、正確にはカツラには見つからないのだ。

 元よりほのおタイプにかくとうタイプを併せ持つエンブオーは、タイプ面ではポポに不利であり、スピード型とヘビーファイター型という点でも相性が悪い。

 一方ツバキは……。

 

「(たぶん、“ブレイブバード”なら大きいダメージが狙える。あれはパワーもスピードもポポくんの技ではピカイチだもん。でも……)」

 

 “ブレイブバード”は相手に与えたダメージが大きいほど自分にも反動が返ってくる技であり、まだカツラに詳細不明の1体が残っているこの状況では、極力ポポの体力を削りたくはないのだ。

 が、このまま小競り合いを続けても消耗する事には変わり無く、経験の差からカツラが何か起死回生の手を出してくるかもしれない。

 

「(……できるだけ反動を抑えるためにも、他の技で少しでも削らないと…………そうだ!)ポポくん、“すなかけ”!」

 

 ポポの大きな翼が大量の砂を巻き上げ、フィールドを覆った。

 

「(むっ、目眩ましか。……たしかポポくんの特性は“するどいめ”だったな……この砂に紛れて“でんこうせっか”……いや、“ブレイブバード”を仕掛けてくるか……?)」

 

 カツラはツバキが旅に出る時、新型ポケモン図鑑の機能説明のためにポポの個体情報を確認し、“ブレイブバード”を覚えていた事を知っている。

 砂で視界を遮り、意識の向いていない死角から強烈な一撃を当てて仕留めるつもりとカツラは踏んだ。

 

「ポポくん、“たつまき”!」

 

「なぬっ!? 自分で撒いた砂を自分で巻き上げると言うのか!?」

 

 ツバキの指示は、カツラの予想を外してきた。

 ポポの羽ばたきで風が3つの巨大な渦を作り出し、“すなかけ”によって蔓延した砂を巻き上げていく。

 

「こ……これは……!?」

 

 3つの“たつまき”がエンブオーの周囲を回転し、巻き込んだ砂利や小石、そして“ストーンエッジ”や“いわなだれ”の破片がエンブオーに断続的なダメージを与え続ける。

 

「まぁまぁまぁ……これってもしかして……」

 

「ええ……恐らくはシャコバおじさんとのバトルで見た“ほのおのうず”から着想を得たのでしょう。ピジョットにまで進化したポポだからこそできる、“すなかけ”と“たつまき”の併せ技……さしずめ“さじんのうず”……!」

 

 どんなに小さいダメージでも、ダメージには違いない。ならば、その小さいダメージを高速で蓄積させてしまえば良い。

 全身余すところ無く秒単位でダメージを与えるこの合体技により、エンブオーの体力は瞬く間に奪われていく。

 

「脱出だエンブオー!」

 

 だが、ピジョン時代よりも勢いを増した“たつまき”は強力な砂と風の檻となり、エンブオーの重量級の身体を以てしても突破が叶わない。

 今、この檻を解錠できるのは……。

 

「ポポくん! “ブレイブバード”!!」

 

 技を使ったポポだけだ。

 空気を裂いて巨大なオーラが全身を覆い、空高く舞い上がると一気に急降下する。

 主に道を譲る臣下のごとく、ポポの接近に合わせて“たつまき”が割れてエンブオーへの道を開いた。

 

「“だいもんじ”だ!」

 

 負けじと顎の炎を燃え上がらせ、『大』の字状の業火が放たれる。

 しかし、ポポの纏う鳥型のオーラは、そんな炎をものともせずに打ち消して一層猛々しさを増していく。

 

 一閃。

 

 ポポは地面に爪を食い込ませ、広げた翼をブレーキにしながらエンブオーの背後へ着地した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 一拍遅れて“たつまき”が勢いよく霧散し、同時にエンブオーが呻き声を上げてその場に倒れ込んだ。

 

「…………はっ……! エ、エンブオー戦闘不能! ピジョットの勝ち!」

 

 娘とそのパートナーの成長を第三者目線で改めて目の当たりにして感動したシャコバが、慌てて宣言する。

 ポポはツバキの周りを旋回し、彼女の伸ばした右腕に掴まる。

 

「やったねポポくん! 進化してますます強さと格好良さに磨きがかかってるよ!」

 

 左手で頬を撫でると、ポポも嬉しそうに目を細めている。

 

「よくやってくれた、エンブオー……休んでいてくれ。……本当に強くなったな2人とも……」

 

 エンブオーを戻したカツラは、最後のボールを握りしめてツバキとポポを見つめ、2人も見つめ返す。

 

「だが……炎とは消える間際にこそ激しく燃える物! この最後の1体、倒せるか!!」

 

「倒せますっ! わたし達なら!!」

 

 決着がどんな形になるにせよ、いよいよグレンジム戦は最終盤へと突入し、ツバキとカツラ両者の闘志は最高潮にまで燃え上がっていた。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

※砂塵の大竜巻ではありません。エンドサイクならぬエンド砂塵やめて。

気が付けば連載開始から4ヵ月も経ってたんですねぇ、早いもんです。


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第61話:決着!水よ炎よ旋風よ!

大変長らくお待たせしました!
力と気合いを込めて書いてたら10000字超えちゃった、最長記録更新の第61話です!


 いよいよ佳境を迎えたツバキのグレンジム挑戦。

 ファンファンこそ失ったものの、カツラのバクーダ、エンブオーを破り、残りポケモン数は2対1でツバキがリードする。

 だが、こちらはポポとシェルルにダメージが残る一方、カツラの3体目は無傷な上に詳細が不明であり、絶対的優位とは言いがたい。

 そしてその3体目……カツラの切り札がついにその姿を現す。

 

 

 

「ツバキくん、ワシの手持ちも残りは1体……このバトルは間も無く終わりを迎える。バトルの炎……その消える間際の熱と輝きを見せてやろう! 行けぃ、ウインディ!!」

 

 カツラが高々と放り投げたボールから飛び出した影は、宙返りをして軽やかにフィールドに立つと、大きな咆哮を上げてポポの全身の羽毛を震わせる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 炎のような橙色の身体には黒い模様が走り、各部位から靡く白い毛はさながら炎から立ち上る煙。

 これこそはその美しさと雄々しさを兼ね備えた姿故に各地の言い伝えに度々登場する、でんせつポケモン『ウインディ』だ。

 

「こ、この子がカツラさんの……!」

 

「そう! 切り札だ! このウインディというポケモンはワシのお気に入りでな。トレーナーレベル5以上の切り札は全てウインディにしているのだ。無論、全員異なる方向性の育て方をしとるがな」

 

 カツラはウインディの事を自慢げに話そうとする。

 ……が。

 

「カツラさん、今はジム戦の最中なので、そういう話はバトル後にしてあげてください」

 

 シャコバに遮られた。ごもっとも。

 

「そ、そうだな、すまんすまん。……というわけで勝負だツバキくん!」

 

「はい!」

 

「では、ルーレット回転開始!」

 

 グルグルとルーレットが高速回転を始める。

 4回目となるルーレットの回転……気まぐれな針が示す次なる目は……。

 

「アイコンは炎! フィールドが火の海になり、ほのおタイプ以外に持続ダメージが入ります! フシギバナ、“くさのちかい”! リザードン、“ほのおのちかい”!」

 

 リザードンが今度はフシギバナと共に現れる。

 フシギバナが背中の花から射出した緑色のエネルギーが空中で炸裂し、フィールドの周囲を囲むように広がっていく。

 そこへリザードンが真っ赤なオーラを纏う炎を吐くと、瞬く間に“くさのちかい”に沿って燃え広がり、フィールド内外を炎が隔離した。

 

「うっ……すごい熱……!」

 

「ふっ、この炎の中、どれだけ耐えられるかな? 行くぞっ!」

 

「では、ウインディ対ピジョット。バトル…………開始っ!」

 

 振り下ろされたシャコバの右手が、グレンジム戦終盤開始の合図となった。

 

「ウインディ、“だいもんじ”!」

 

「っ! “たつまき”!」

 

 ウインディの全身の毛並みが炎のように揺らめき、口から高温の炎が放射され、『大』の字へと形を変えてゆく。

 ツバキもポポも熱さによってほんの一瞬だけ指示と判断が遅れるが、どうにか翼で周辺の空気の流れを乱して“たつまき”を繰り出した。

 エンブオーのそれと同じように、炎は風に巻き上げられて空中へ拡散していった。

 だが。

 

「“しんそく”!」

 

 次の瞬間、ポポの背後に現れたウインディが、強靭な前脚でポポを地面へと叩き落とした。

 

「ポ、ポポくんっ!?」

 

 ポポの《するどいめ》を以てしても追いきれないスピードで空中の相手の背中を取るという、驚異の瞬発力。

 

「こ……これがウインディ……なんて速いの……!」

 

「ふっふっふっ、ウインディは最大で時速400kmを超えるとも言われるポケモンだ。当然よっぽどの事が無ければそんなスピードでは走らんが、瞬発力、加速力、そしてスタミナはそれを実現できるだけの物を備えているのだよ」

 

「じ、時速400km!?」

 

 カントーとジョウトを結ぶリニアモーターカーには及ばないものの、どう考えても地上を走る生き物が出すような速度ではない。

 しかし、そんな生き物が目の前に存在してしまっているのだから、本当にポケモンというのは不可思議なものだ。

 

「……ポポくん、大丈夫!?」

 

 ツバキの呼びかけに、ポポは起き上がって翼を振って答える。

 

「……あのスピード……もしかしたらポポくんの“でんこうせっか”よりも速いかも……ポポくん、一旦戻って!」

 

「ほう、交代か」

 

 ジムリーダーから明言された場合のごく一部の例外を除き、ジム戦ではチャレンジャーのみバトル中のポケモン交代が許される。

 ポポが羽ばたいてツバキの隣へと舞い戻ると、ツバキは手に持ったままだったボールを構える。

 

「疲れてるだろうけど……お願い、もう少しだけ頑張って! シェルルっ!」

 

 投げられたボールから、特性《ききかいひ》で戻っていたシェルルが再度姿を現した。

 ボールの中で休み、多少はバクーダ、エンブオーとの連戦の疲れが取れたようだ。

 じりじりと体表を焼く火の海に、汗を拭いながらツバキはシェルルの背中を見つめる。

 

「(時間をかければかけるだけ不利になるのはこっち……ここは弱点技で畳みかける!)」

 

「では、ウインディ対グソクムシャでバトル……再開っ!」

 

「“しんそく”!」

 

「“ふいうち”!」

 

 先にウインディ、一瞬遅れてシェルルがわずかな砂埃を残して姿を消す。

 ウインディの側面へ回ろうとするシェルルだったが、気が付けば逆にウインディに背後を取られ、そのスピードからの突進を受けてしまい地面へ倒れ込んだ。

 

「っ……! “ふいうち”よりも速い……!」

 

 幸いと言うべきか、ポポよりも遥かに頑強な甲殻を持つシェルルにはさほどダメージは無い。

 しかし、どうにかあのスピードを捉え、攻撃を当てなければジリ貧になるのは明白。

 

「(スピードでは追いつけない……なら待ち構えて当てるしかないけど……どうすれば……)」

 

「考えておるようだが、行かせてもらうぞ! ウインディ、“りゅうのはどう”!」

 

 再びウインディの体毛が逆立ち、全身から立ち上った青いオーラが巨大な竜の姿を取ってシェルルへと一直線に突っ込んできた。

 その迫力に気圧されそうになるも、息を飲んでまっすぐに見据える。

 

「“アクアジェット”!」

 

 姿勢を低くしたシェルルを水の膜が覆い、地面スレスレを低空飛行で突撃し、“りゅうのはどう”の下をすり抜けてウインディへ迫る。

 

「“しんそく”で返り討ちにしてしまえぃっ!」

 

 “アクアジェット”の当たる寸前でウインディの姿がかき消えた。

 

「……今っ! 地面に爪を突き立てて振り向いてっ!」

 

 高速飛行状態で両腕の爪を地面へ突き刺したシェルルはそのまま前のめりになると、空中でひっくり返るように背後へ向き直る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そこでは今まさにウインディが前脚を振り上げていた。

 

「な、なんとっ!?」

 

「“たきのぼり”っ!」

 

 シェルルの身体から飛び散ろうとしていた“アクアジェット”の水が再度集まり、右腕に水の爪を形成、そして一気に振り上げた。

 完全に背後を取った気になっていたウインディは、まさかの迎撃態勢を取っていたシェルルに面食らい、その爪の顎への直撃を許してしまった。

 

「ウインディっ!」

 

 しかし、さすがはカツラの切り札。ウインディは派手に打ち上げられたものの、すぐさま空中で姿勢を制御し、前脚から着地して臨戦態勢へと移る。

 

「よし……! “フレアドライブ”!」

 

 周囲の火の海から炎が舞い上がり、ウインディを炎の鎧のごとく包み込むと、音を立てて激しく燃え上がった。

 

「“たきのぼり”で受け止めて!」

 

 対するシェルルは両腕に水を纏い、身体の前面を覆って防御態勢へ移る。

 燃え盛る業火の塊と化したウインディが火の粉を散らし、空気を焼きながら駆ける。

 荒れ狂う波浪の盾を構えたシェルルが足腰に力を込め、激しい水音を鳴らしながら待ち構える。

 次の瞬間。

 

「ひゃっ……!」

 

「むうぅっ……!」

 

 炎と水が衝突すると同時に、エンブオーの時とは比較にならないほどの水蒸気が、一瞬にしてフィールドどころか部屋全体を覆いつくした。

 視界の利かぬ中、水が激しく蒸発する音だけが止めどなく響き続け、見守る者達の不安を煽る。

 そして。

 

「っ!?」

 

 水蒸気の中を1つの物体が凄まじい速度で突き進み、ツバキの真横を通過し……。

 

「……シェ……」

 

 壁に激突する音が部屋を揺るがした。

 

「シェルルっ!」

 

 晴れる水蒸気の向こうに見えたのは、部屋の壁を大きく凹ませてめり込んだシェルルだった。

 ツバキが駆け寄ると、シェルルは首を動かしてツバキを見た後、ガクンとうなだれて動かなくなった。

 

「……グソクムシャ、戦闘不能! ウインディの勝ち!」

 

「……なんというポケモンだ……あの勢いのウインディとここまで競り合い……」

 

 カツラがシェルルからフィールドのウインディへと視線を移す。

 

「そしてここまで疲弊させるとは……!」

 

 ウインディは脚の震えなどは無いものの、舌を出して息を切らせ、身体を上下させて呼吸を整えている。

 

「……シェルル……すごく……すごく頑張ったね、ありがとう……あとは休んでてね」

 

 シェルルの頭を撫で、ボールに戻したツバキは立ち上がると、走った事でズレた帽子を直して元の位置へと戻った。

 視線を向けるは、このバトルの最後を飾る、自身の最高のパートナー。

 

「……ポポくん。ここまで来たらこのジム戦……泣いても笑っても、じゃなく……笑って終わろう! 皆で!」

 

 ポポは頷き、ツバキの伸ばした右腕に掴まる。

 

「これで最後っ! お願い、ポポくんっ!!」

 

 そして、ツバキが右腕を振ると同時に飛び立ったポポが、ウインディを睨みながらフィールドへと入る。

 

「それでは最後のルーレット回転を始めます!」

 

 心なしか、今までよりも勢いを付けて回転を始めたルーレット。

 その針が示す最後のアイコンは……。

 

「……決定しました。最後のアイコンは太陽! 日差しが強くなり、ほのおタイプ技が強く、みずタイプ技が弱くなります! ドータクン、“にほんばれ”!」

 

 再度現れたドータクンが、響くような重低音を鳴らすと、天井の近くに太陽のような物が出現し、フィールドを照らし出した。

 ここに来てほのおタイプを操るカツラの真価を発揮する場になってしまったが、じたばたしても騒いでも意味は無い。

 それならば、目の前のバトルに集中する……それだけで良い。

 

「さぁツバキくん! 名残惜しいが……だからこそより激しく燃え上がろうではないか! 君の……君達の闘志を燃やし尽くすつもりで来たまえ!」

 

「はい! 行きます!」

 

「それでは、ウインディ対ピジョットの最終バトル! ……開始っ!」

 

 シャコバが右腕を振り下ろすと、状況は即座に動き出す。

 

「“りゅうのはどう”!」

 

 ウインディの闘気が竜の形を成し、強大なエネルギーの奔流が空のポポ目掛け襲いかかる。

 

「(“でんこうせっか”でよけられる……でも、そこを“しんそく”で狙ってくるかも……それなら!)ポポくん、“すなかけ”!」

 

 ポポは翼をはためかせてフィールドの砂を巻き上げ、その中へと姿を隠す。

 “りゅうのはどう”はポポを捉えた手応えも無く砂の中から飛び出し、空中で爆散してしまった。

 

「(うーむ……やはりあの砂が曲者だな。《するどいめ》とのコンボで一方的にこちらが狙われる)」

 

 本来“すなかけ”はお世辞にも強力とは言いがたい技であり、初期に覚えていてもいずれは忘れさせる技の筆頭となる。

 それを特性、そしてポケモンの種としての特徴と組み合わせる事でここまで厄介な技へ昇華させたツバキに、カツラは素直に感心する。

 

「(感心してばかりもいられんか。では……)ウインディ、“りゅうのはどう”を小さく連射だ!」

 

 ウインディから湧き上がったオーラが小型の竜の形になり、次々に砂の中へと発射される。

 それらは連続して爆発し、爆風は砂を吹き飛ばす。

 技の爆風で砂を散らすというのは、タマムシジムでネリアのハハコモリも見せた戦術だ。

 加えてこちらはトレーナーレベル7の切り札という事でポケモンのパワーはあちらを大きく上回り、技の爆発範囲も広く、数を撃っているのでポポへの被弾も狙える。

 案の定1つの爆発と共にポポの声が聞こえた。

 

「今の声の方へ“だいもんじ”だ!」

 

 すかさず追撃。

 ウインディの口から放たれた炎が大きく形を変えながら声の主の元へ向かう。

 

「(さ、さすがカツラさん、鋭い……! でも、負けられない!)ポポくん、“ブレイブバード”!」

 

 ウインディの狙いは正確で、炎はまっすぐにポポへと向かっていた。

 だが、“ブレイブバード”のオーラを纏う瞬間に発生する衝撃波により周囲の砂が散り、“だいもんじ”もそれに巻き込まれてしまう。

 それでもやはり“にほんばれ”の影響下故に多少勢いが弱まった程度で、この状態でもエンブオーの同じ技と同等かそれ以上の威力がありそうだ。

 逆巻く空気とオーラを纏い、ウインディ目掛けて急降下するポポと、なおも勢いのある“だいもんじ”がとうとう激突した。

 風と炎は互いに譲らず、混ざり合う事で周囲に凄まじい熱風を放ち続ける。

 

「っ……!」

 

「むむむむ……!」

 

 エンブオーの“だいもんじ”は“ブレイブバード”のオーラに打ち消された事を考えると、いかにこの炎が強力であるかが否が応でもわかるというもの。

 しかし、その衝突もオーラ・炎共に小さくなり、限界を迎える。

 競り合う2つのエネルギーは同時に消失し、ポポは衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 ウインディにしてみれば大きなチャンスだが、体内に蓄えた炎のエネルギーをかなり消耗してしまい、思うように動けないらしい。

 

「ポポくん、頑張って!」

 

「ウインディ! 立て! 立つんだ!」

 

 信頼するトレーナーの檄を受け、ポポは空中で体勢を立て直し、ウインディもしっかり地面を踏みしめて立ち上がる。

 

「“でんこうせっか”!」

 

「“しんそく”!」

 

 両者は同時に姿を消し、またもぶつかり合う音だけが聞こえる。

 

「やっぱり……! さっきよりもスピードが落ちて、“でんこうせっか”でなんとか追いつけてる!」

 

「むぅ……消耗が大きくなりすぎたか……!」

 

 やはりシェルルから“たきのぼり”の直撃を受けた事が尾を引いており、そこにさらにシェルル、先ほどのポポとの競り合いが加わる事で、身体能力の低下が見られる。

 もっとも、そこまで疲弊させてようやく互角に持ち込めるというウインディの実力がとんでもないとも言えるが。

 ともあれ、最初は圧倒されていたスピード面で、どうにかわずかに劣るというところまで弱らせたのは大きい。

 

「(でも、やっぱり“だいもんじ”と“フレアドライブ”は受けるのは怖い……撃たれたら絶対にかわさないと)」

 

 “にほんばれ”の効果で威力が増幅されたほのお技は、放つポケモンの消耗を補って余りある脅威であり、ポポも疲弊している以上は相殺にも期待できない。

 軽く10回以上は激突した両者が、一旦スピードを落として元の立ち位置へ戻った。

 

「“だいもんじ”!」

 

「“たつまき”で壁を作って!」

 

 予想通りに炎の勢いはまだまだ盛んであり、『大』の字の炎は通過した後を焼きながら迫ってくる。

 それを3つの“たつまき”を束ねた風の防壁が遮り、それぞれが異なる方向へ回転する風は炎を徐々に削り取っていく。

 

「さらに“だいもんじ”だ!」

 

 そこへ第2射が放たれると1射目と一体となってさらに火力を増し、一気に“たつまき”側の分が悪くなってきた。

 あれだけ弱体化してもなおこの火力なのだから、完調状態で撃たれればひとたまりもなかっただろう。

 

「抑えきれない……! 離れてポポくん!」

 

 ポポが風を煽る翼を止め、空中で身体を翻して急降下すると同時に、残っていた風の壁を突き破って“だいもんじ”が先ほどまでポポのいた空間を通過し、壁に着弾した。

 後には酸素の燃焼する臭いと異様な高温の空気が残り、当たった壁は焼けただれて熔解している。

 

「あ、あんなの当たってたら……」

 

 ツバキは熔けた壁を見て青ざめる。

 ポケモンの攻撃技は生き物に対してよりも無機物へのダメージが大きい事になってはいるが、これほどの火力となると、直撃すれば焼き鳥ルートは免れないだろう。

 ただ、それだけの火力を出すには相応の消耗が付きまとうものである。

 

「(むぅ……さすがにもう“だいもんじ”は使えんな……あとは“フレアドライブ”を使う機を窺うのが得策か)……よし、“りゅうのはどう”だ!」

 

 竜を模した大きなエネルギー体がウインディの身体から溢れ、大きくしなった後に突っ込んでくる。

 シェルルの時は下をすり抜けられたため、今度の竜の形のオーラは大口を開け、地面を抉りながら突き進んできた。

 

「(たぶん、近くなった時に跳ね上がってくる!)ポポくん、“でんこう”……」

 

 “でんこうせっか”のスピードで回避しようと試みたツバキだったが、次の瞬間、“りゅうのはどう”は無数に分裂して対空弾幕を張ってきた。

 

「っっ!! “でんこうせっか”!」

 

 その驚愕から来るわずかな一瞬の隙……それが命取りとなった。

 加速しようとしたところへ1発着弾し、怯んだポポの身体へ次々に襲いかかったのだ。

 

「ポ……ポポくんっ!!」

 

 ツバキの声に反応してか、黒い爆煙の中からポポが飛び出してきたが、見るからにダメージは大きい。

 が、それでもまだその瞳からは闘志は消えてはおらず、むしろより激しく燃え上がっている。

 

「……うんっ……! わたし達も苦しいけど、向こうだってあと一歩! 諦めずに行こう!」

 

 答えるようにポポが甲高い声を上げたその時、ツバキのポケモン図鑑からアラームが鳴り響いた。

 

「(っ! もしかして新しい技……? ………………!!)」

 

 ウインディの動きに気を配りながらポポの個体情報を確認したツバキは、驚いた後に頷いて見せる。

 

「……どのみちそろそろ限界が近い……それなら賭けに出てでも決めるよ、ポポくん! “でんこうせっか”!」

 

 覚悟を決めたかのような表情の末、ポポが一気に加速し、旋回や方向転換なども組み合わせて攪乱しつつ突撃する。

 

「させん! “しんそく”!」

 

 またも両者は高速の世界へ突入して激突するが、互いに疲労は溜まりに溜まり、そのスピードは完全に互角。

 ポポがクチバシを突き出し、爪を振りかざせば、ウインディは牙と強靭な脚で応戦する。

 しかし、パワーの面でウインディがわずかに勝り、ポポはその前脚の一撃で弾き飛ばされてしまった。

 

「よし! “フレア”……む!?」

 

 カツラがトドメの“フレアドライブ”を指示しようとした瞬間、“にほんばれ”の効果が切れて日差しが弱まってきた。

 

「かまわん! “フレアドライブ”!」

 

 ウインディは最後の炎を燃やし尽くすように炎のエネルギーを噴出し、自身の身体を包み込むと、ポポ目掛けて猛進する。

 

「……天気が戻る……それを待ってました! 行くよ、ポポくん!」

 

 ポポが目を見開き、身体をひねって体勢を立て直し、ウインディを見据えると、ツバキのその指示を待つ。

 

「ポポくん! “ぼ う ふ う”!!!

 

 ポポの翼が光輝き、その光が広がる事でまるで翼が大きくなったかのように錯覚する。

 そして、その光の翼を振るうと同時にフィールドの風の流れが乱れ、荒れ狂い始めたのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それは瞬く間に“たつまき”の比ではない、四方八方から吹き荒ぶ風を生み出し、ウインディを襲った。

 

「な……にぃ……!?」

 

 あまりの突風、烈風、旋風の暴力にウインディを包んでいた炎が消え去り、その身体がふわりと浮かび上がる。

 吹きつけ、切りつけ、叩き付け……まさに360度上下左右全方位から様々なベクトルの力をぶつけられて宙を舞ったウインディが、風の消失と共に力無く地面に落下してバウンドした。

 

「ウインディ……!」

 

 落下から間も無く、ウインディがピクリと動き、脚を地面に押し付けるようにして起き上がると、疲労でふらふら高度の下がってきたポポを睨み……そのまま横倒しになって力尽きた。

 

「……ウ、ウインディ……戦闘不能! ピジョットの勝ち! よって勝者……チャレンジャー・ツバキ!!」

 

 倒れたウインディの様子を確認したシャコバが右腕を振り上げ、ツバキを指し示す。

 自身を指し、柔らかな笑みを向ける父の姿に、ツバキは心の奥から湧き上がる勝利の実感に顔を綻ばせる。

 

「……勝った……? 勝った……! カツラさんに勝った!!」

 

 フィールド内に駆け込んだツバキは、とうとう力尽きて落ちてきたポポを受け止めて抱き締めた。

 

「勝ったよポポくん! わたし達があのカツラさんに! ありがとう~! 本当にありがとうポポくん~!!」

 

「……ふっ……負けたか…………立派な戦いぶりだったぞ、ウインディ。休んでいてくれ」

 

 カツラはウインディの毛並みを撫でさすると、労いの言葉をかけてからボールへと戻し、喜び合うツバキとポポに目を細める。

 

「ツバキっ! やったな!」

 

 あまりの熱戦に、思わず途中から無言になっていたイソラや両親達が駆け寄ってきた。

 ミミナに抱かれたバルディも、激戦に次ぐ激戦に興奮冷めやらぬといったところだ。

 

「ツバキもポポくんも他の子達も本当に凄いわぁ! あんまり強くなってたから、ママもビックリしちゃった!」

 

「まぁミミナさん、その前にポケモン達を回復しましょ」

 

「うむ……さぁ、ツバキちゃん、傷ついたポケモンを」

 

 ツバキの出したファンファンとシェルル、そしてポポがテンジとイロハのテキパキとした治療を受け、ツバキがそれを見守っていると、カツラとシャコバが歩み寄ってきた。

 

「見事! 見事だツバキくん! ふっふふ、互角と知りつつも指示したあの“でんこうせっか”……“にほんばれ”が切れるまでの時間稼ぎだろう?」

 

「じ、実はそうなんです……“ぼうふう”は晴れてる時には効果が薄いらしくて……」

 

「うむ! 技の特徴を理解し、それを用いた戦術を可能にするであろうというポケモンへの信頼! 本当に立派なトレーナーになったな! 見ろ、シャコバくんなんて今にも号泣しそうだ!」

 

 言われてそちらへ顔を向ければ、シャコバは鼻をすすって涙ぐんでいる。

 

「うぐうぅぅ……! ツバキが……あのツバキがとうとうカツラさんに……! ぐふおぉぉぉ……!!」

 

「あらあらまぁまぁ、ご自分が負けた時もあんなに泣いたのに……水分が渇れ果てちゃわないかしら?」

 

 ミミナがさっきとは別のハンカチを取り出し、シャコバの目元を拭き取るのを見ながら、カツラは白衣のポケットからプラスチックケースを取り出した。

 

「ツバキくん! そして……そのポケモン達!」

 

 手当てを終えたポポ、ファンファン、シェルルがツバキの周りに集まり、カツラの言葉を待つ。

 

「トレーナーとポケモンが互いを信頼し合う事で、普通なら不可能と思える事でも実現は可能となる! そして君達の絆はすでにその域に達している! 重ねて言おう、見事だ!!」

 

 そして、ケースを開くと赤いバッジを手に取り、ツバキへ差し出した。

 

「ポケモンリーグ公認、グレンジム突破の証・クリムゾンバッジ……君達ならば手にする資格は十分だ!」

 

 炎のような形に真っ赤な輝きを放つそのバッジを、ツバキは手のひらに受け取ると、その表情はますます明るくなった。

 

「~~~っ!! ありがとうございます、カツラさんっ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキとポケモン達は輪になってその輝きを眺め、互いに笑顔を向け合う。

 

「(ふふふ……良い喜びようだ。ポケモン達もツバキくんを対等な友として大切に思っている。ポケモンを道具としか思えん連中に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわい)」

 

 ツバキ達の微笑ましい姿に、自然とカツラの表情も緩くなる。

 

「ではツバキくん、これはおまけの技マシンだ! 中身は“だいもんじ”! よーく狙って使わんと当てにくいのが珠に傷だが、威力はさっきのバトルで見ての通りだ! そして……」

 

 バッジに技マシンも受け取り満面の笑顔のツバキを余所に、カツラは懐からもう1つ手のひら大のケースを取り出した。

 

「今の君とポポくんにこそこれは相応しい! 持っていきたまえ!」

 

 手渡された丸い石を、ツバキはキョトンとした顔で見つめる。

 

「……? キーストーンに似てるけど……これは……?」

 

「っ! カツラさん、これはまさか……!」

 

 それを覗き込んだイソラが、石に負けないほどに目を丸くした。

 

「うむ! それはピジョットナイト! ポポくんのメガシンカに必要となるメガストーンだ!」

 

「…………ええぇぇぇっっ!!? い、良いんですかっ!?」

 

 ツバキは一拍置いてようやく理解し、驚愕の声と表情をカツラへ向ける。

 

「もちろんだ! そのために取り寄せたのだからな!」

 

「……あ……ありがとうございますっ!!」

 

 まさかまさかのメガストーン。ツバキは押し戴いて何度も頭を下げる。

 

「カッカッカ! なになに、かまわんよ! だが、メガシンカは消耗が大きい上にデリケートなものでな……取り扱いには注意するのだぞ!」

 

「はいっ!! やったよポポくん! メガストーンだって!」

 

 バッジ、技マシン、そしてメガストーンを持ち、どれをポケモン達に見せようかと混乱した末、3体に1つずつ見せる事にしたツバキの後ろ姿。

 それを見ながら、イソラがカツラに話しかけた。

 

「カツラさん、本当はあのメガストーン……キーストーンと同じタイミングで渡す事もできたのでは? カツラさんほどの人が、キーストーンだけ先に渡し、メガストーンの方は「手に入るかも」などという不確定要素に賭けるとは思えないもので」

 

「……ふっ、鋭いなイソラくん。その通りだ。……ツバキくんを疑うわけではないが……それでもメガシンカを可能とするだけの絆を築き上げるのは、容易い事ではない。どうしてもそれを自分の目で確かめねば気が済まんかったのだ」

 

「確かに…………可能だと思いますか? 今のツバキは」

 

「ポケモンとの信頼関係は申し分無い……むしろ十分すぎるほどだ。あとはどれだけ呼吸を合わせられるか、だな。まぁ、ツバキくんならすぐにマスターしそうではあるが……」

 

「……そうですね……」

 

 ポケモン達と喜びを分かち合い、共に勝利を噛みしめるツバキ。

 イソラには、その背中に未来へ羽ばたく翼が見えた気がした。

 

 

 

つづく

 

 

 

【ツバキの現在の手持ち】

 

■ポポ(ピジョット(♂️))

レベル51

特性:するどいめ

覚えている技

・すなかけ

・ぼうふう

・でんこうせっか

・ブレイブバード

 

■ファンファン(ドンファン(♂️))

レベル45

特性:がんじょう

覚えている技

・こらえる

・じしん

・ころがる

・じゃれつく

 

■ナオ(ニャオニクス(♀))

レベル42

特性:かちき

覚えている技

・サイコショック

・ひかりのかべ

・10まんボルト

・あくび

 

■ケーン(マグマラシ(♂️))

レベル35

特性:もうか

覚えている技

・えんまく

・ひのこ

・でんこうせっか

・ニトロチャージ

 

■シェルル(グソクムシャ(♀))

レベル40

特性:ききかいひ

覚えている技

・ふいうち

・たきのぼり

・いわなだれ

・アクアジェット

 

■バルディ(キバゴ(♂️))

レベル1

特性:かたやぶり

覚えている技

・ひっかく

・カウンター

・つじぎり

 

【カツラの使用ポケモン】

 

■バクーダ(♂️)

レベル47

特性:ハードロック

覚えている技

・じしん

・だいもんじ

・ストーンエッジ

・ラスターカノン

 

■エンブオー(♂️)

レベル50

特性:もうか

覚えている技

・アームハンマー

・ビルドアップ

・だいもんじ

・ふいうち

 

■ウインディ(♂️)

レベル54

特性:いかく

覚えている技

・フレアドライブ

・しんそく

・だいもんじ

・りゅうのはどう




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきまして、ありがとうございました!

どうしよう…“すなかけ”が便利すぎて、最後までこれ覚えてる気がする…。
“ぼうふう”はレベル1の基本技だけど…まぁ、アニメでもマシン技や教え技を自然に覚える事あるし良いよね(諦め)


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第62話:渡り鳥の帰る場所

久々にロケット団サイド付きの第62話です!


 グレンジムでのカツラとの熱気渦巻く激戦を、ポポが土壇場で習得した“ぼうふう”を決め手として勝利をもぎ取ったツバキは……。

 

「…………すー…………すー…………」

 

 まだ自宅の布団で夢の中だった。

 

「ママ、ツバキは?」

 

「まだ寝てますよ。昨日はあれだけの接戦でしたもの、よっぽど疲れたのねぇ」

 

 シャコバとミミナがツバキの部屋の扉を少し開けて中を覗き込むと、ツバキは布団にくるまり、静かに寝息を立てて胸を上下させている。

 

「ふふっ……確かに凄く頑張ってたからなぁ。もう少し寝かしておくか」

 

「ええ、ええ。今の内に朝ごはんを用意しときましょ」

 

 両親はツバキを起こさないよう、ゆっくりと扉を閉めて1階へ降りていった。

 

 

 

「……そうですか。やはり……」

 

 イソラはカツラの家の客間で、ソファーに座って眉間に皺を寄せている。

 向かいに座ったカツラもまた、その表情は厳しい。

 

「うむ。シロガネ山で妙な機械を運ぶ一団が目撃され、通報を受けた警備隊が向かったが、ヘリで逃げられたそうだ。それも大型のポケモンが入りそうなカプセルを吊り下げてな」

 

「ファイヤー……ですか」

 

「恐らくはな。この前話したイワヤマトンネルの時も、ヘリのローター音が聞こえたらしい」

 

 ここまで情報が出揃うと、よっぽど鈍感でもなければ状況は理解できる。

 すなわち、ロケット団がサンダー、ファイヤー、フリーザーの伝説の三鳥を狙い、すでにその内の2体は手の内に収めた、という事だ。

 

「一応警察にも連絡はしたが……やはり物的証拠が無いのでは大っぴらには動けんようだ。ジムリーダーからの情報提供という事で、前向きに検討し、調査はすると言っていたが」

 

「……その分だと、警察が動く頃には事が終わっていそうですね……」

 

 仕方無いとはいえ、こういう表沙汰にはなっていないが切迫している場面において、警察という組織はあまり頼りにはならない。

 こうなってくると、そういったしがらみに囚われない一般人の方が事件解決の糸口になったりするもの。

 実際過去には1人のポケモントレーナーが悪事を働く組織を壊滅させたという話は様々な地方で語られている。

 たとえばシンオウ地方のギンガ団、たとえばイッシュ地方のプラズマ団、たとえばカロス地方のフレア団……いずれも伝説のポケモンが関わる大事件を引き起こしたが、現地のトレーナーが組織のトップを破って瓦解させている。

 

「そうなると、フリーザーの目撃例が多いふたご島周辺で張り込むのがベストでしょうか」

 

「そうだな……できればその場では取り押さえず、アジトまで案内をさせて一網打尽にしたいからな。何人か派遣して見張らせよう」

 

 組織の末端……指先を掴んだところで、切り捨てられればそれでおしまいだ。

 故に現状最も優先すべきは、今のロケット団を統率している人物……組織の頭を捕らえる事なのだ。

 

「懸念すべきは、伝説ポケモンを捕獲できるだけの手練れがいるかもしれない、という事か。不意討ちを仕掛けたとしても相手が相手だからな……下級構成員程度では返り討ちに遭うのが関の山である以上、相当な実力者と考えるべきだな」

 

「……恐らくは奴らの間で三凶星と呼ばれている者達でしょう。それらしい者を2人ほど知っています。1人はあくタイプの使い手と思われるアクイラ。1人はどくタイプの使い手ウィルゴ……これは元プロトレーナーのベラでした」

 

「『猛毒暴君(ベノム・タイラント)』か……確かに並外れた実力に対して精神面には危うい部分があったが、ロケット団に与していたとは」

 

 カツラは有望であったトレーナーの将来が歪んだ事に嘆息し、サングラスを外してレンズの汚れを拭き取る。

 

「ともかく、今のロケット団にも油断のならない人材がいるという事か……やれやれ。……では、何か動きがあったら連絡しよう」

 

「はい、ではこれで失礼させていただきます。お邪魔しました」

 

 カツラはイソラを見送ると、目を細めて空を見上げた。

 

「……ふぅ……できればこんな事件は、若者を関わらせる事無く終わらせたいものだな……」

 

 

 

「ミニリュウ、“しんそく”!」

 

 蛇のような長い胴を持つそのポケモンは、身体を縮こませると、バネのように跳ねて眼前のモコモコとした影へとぶつかっていく。

 見る見るスピードの上がったミニリュウだったが、相手……チルタリスの綿のような羽毛にはぶつかってもお互いにほとんどダメージが無い。

 ミニリュウは気合いを込めた攻撃が相手に全く効いていない事に愕然として落ち込んでしまった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 まぁ、数値に換算するとレベル1と85ほどの差があるので仕方無いのだが。

 

「ふむ、生まれたばかりなのに大したスピードだな。……気にするな、お前はこれから伸びていくんだから。誰だって初めの頃などそんなものだ」

 

 イソラが頭を撫でるとミニリュウは元気を取り戻し、再度チルタリスと向き合う。

 そう、イソラは現在、浜辺でミニリュウの特訓中なのである。

 

「やる気満々だなミニリュウ。……しかし、ミニリュウもバルディも同じタイミングで生まれたせいかどちらもなかなかに好戦的だな……まぁ、向上心があるのは良い事だ。チルタリス、もう少し頼む」

 

 チルタリスが頷くと、改めてイソラの指示が飛ぶ。

 

「“まきつく”!」

 

 ミニリュウがチルタリスへ飛びかかり、長い身体を巻き付けて締め上げる……が、やっぱりモフモフの羽毛がクッションになり、チルタリスはキョトンとした顔でミニリュウを見つめている。

 

「まぁ、さすがにパワー不足か。私のチルタリスはその羽毛の防御力を最大限発揮できるように育てているしな。よしよし、お前は素早さがなかなかのようだし、そこを重点的に育てていくとしよう」

 

 ミニリュウはイソラに褒められて嬉しそうに身体を擦り付けてきた。

 と、その時。

 

「お姉ちゃ~ん!」

 

「ん、ツバキか」

 

 浜辺への階段を駆け下り、ツバキとポポがやって来た。

 

「おはようツバキ。もう少し寝てると思ったんだがな」

 

「おはよう。……って! もう十分寝坊の時間だよぉ! 9時だよ、9時! パパもママも起こしてくれないし!」

 

 ツバキはポケギアに表示された時間を指し示して頬を膨らませる。

 

「ははっ、仕方無いさ。昨日のバトルは激戦だったからな。おじさん達も、お前を気遣って起こさなかったんだろう。……それにしても早いものだな、ジムバッジも残すは1つだけか」

 

「………………うん、そうだね。わたしもびっくりだよ」

 

 それとなく話を逸らしたイソラに、ツバキもしばらくは上目遣いに睨むが、すぐに笑顔に戻ってバッジケースを取り出した。

 バッジを納めるスペースはあと1つ分。

 それが埋まった時、ツバキはポケモンリーグ参加資格を得られるのである。

 

「だが、バッジが最後の1つという事は、相手のジムリーダーもジム戦としては最高レベルの攻略難度という事。昨日以上の厳しい戦いとなるのは間違いない。精進を怠るなよ」

 

「もちろん! ポケモンリーグに参加する前に、ジムバッジを手に入れなきゃ話にならないもんね! 最後のジム戦目指して一緒に頑張ろうね、ポポくん!」

 

 脇をホバリングするポポとハイタッチするツバキを、イソラは微笑ましく見守る……というかにやけてる。

 

「……では、もう行くのか?」

 

「うん。……やっぱり自分の家って怖いよね。優しいパパとママに、住み慣れた部屋……ついついいつまでもいたくなっちゃうから」

 

「……意志が鈍りそう、か?」

 

「……うん」

 

 生来甘えん坊なところのあるツバキは、旅でたくましくなったとはいえ、やはり本質的な部分は変わらない。

 このまま居心地の良い場所にいては、リーグ参加という苦労を伴う目的への意欲を失いかねないと考えているのだ。

 だからこそ、旅の間もテレビ電話で顔を見る事も無く、普通の電話での会話も控えめにしていたのだから、ここまで来てその意志を鈍らせたくはない。

 

「だから……もう行くよ」

 

「挨拶は済ませたのか?」

 

「え…………えっと……」

 

 ツバキが言葉を詰まらせ、視線を泳がせる。

 どうやら答えはNOらしい。

 

「ツバキー」

 

 その時、ツバキも使った階段を、ツバキとイソラの両親達が下りてきた。

 

「ツバキ、もう行くんでしょ? はい、お弁当。おにぎり作ったから、イソラちゃんと食べてね」

 

「え……えぇっ!? なんでわかったの!?」

 

 バスケットを押し付けられて困惑するツバキに、両親はにこにこと笑みを見せる。

 

「パパもママも、昔旅をしていた頃はツバキと同じ気持ちだったからなぁ。親が恋しいけど、夢にも走りたくて意地になって……」

 

「そうそう、懐かしいですねぇ。それにツバキ、朝ごはんの時も少し上の空だったでしょう? なんとなくピーンと来ちゃうのよねぇ♪」

 

「う……」

 

 さすがはツバキと同じように旅をしていた両親、お見通しである。

 

「でもね、ツバキ。そのくらい帰りたいと思える場所があるからこそ、辛い旅を頑張れるって事もあるのよ?」

 

「そうだな。苦労して苦労して……その苦労に見合う物を旅で手に入れて、胸を張って「ただいま」と帰れる場所と、たくさんの土産話を持って帰ってあげたい人。そういうのがあるから、張り合いも出てくるんだ」

 

「……そう……なのかな? でも……」

 

 まだ不安を口にしようとするツバキを、ミミナが優しく抱き締めた。

 

「大丈夫、ツバキは強い子。諦めそうになっても、ギリギリで踏み止まってまた歩き出せる子よ。ママもパパもツバキより知ってるんだから♪」

 

 シャコバはミミナに抱かれるツバキの頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 

「そうだぞツバキ。それでもどうしても辛くなったら、恥ずかしがらず帰ってくれば良いさ。何度だって「おかえり」と「いってらっしゃい」を言ってあげるからな」

 

「だからツバキも何度言っても良いのよ。「ただいま」と「いってきます」って」

 

「っ……!」

 

 両親の暖かな想いに触れ、ツバキは思わず涙ぐむが、慌てて両手で目を擦って拭い去る。

 そして、それを見つめるイソラの肩に、イロハの手が置かれた。

 

「……母さん?」

 

「あんたもだよ、イソラ。いつも帰ってきたって3日といないんだから……たまには親孝行と思って、ゆっくり過ごしてよね。ねぇ、父さん?」

 

「……ああ、そうだな。お前はいつも忙しなく飛び回ってるし、休息は必要だ」

 

 不器用なりの思いやりを見せる父の姿に、イソラはツバキと同様に胸の奥から暖かい気持ちが込み上げるのを感じる。

 

「父さん………………ふふっ、わかった。次に帰ってきた時はそうする。その時は、私のポケモン達の自慢話をたくさん聞いてもらおうかな」

 

「あははっ! 良いよ、一晩中だって父さんと2人で聞いてあげる! なら、そのためにも今は……」

 

「ああ」

 

 イソラはツバキと顔を見合わせると、それぞれの両親の顔をまっすぐに見つめて声を揃えた。

 

「「いってきます!」」

 

 

 

 

 

――――ふたご島最上部

 

「いやぁ~、驚いたわねぇ……」

 

 女性は口の中で飴を転がしながら、目の前の氷塊を見上げている。

 

「まさかアタシのラピオを一撃で凍らせるなんて……さすが伝説ってとこ?」

 

 女性はさらに視線を上へと移動させる。

 そこにいたのは、青い翼と身体を持ち、長くしなやかな尾羽をたなびかせて宙に羽ばたくポケモン。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 伝説の三鳥の一角たるれいとうポケモン『フリーザー』だ。

 そして、女性……ロケット団幹部・ウィルゴの眼前にあるのは、フリーザーの“ふぶき”によって凍結したドラピオンである。

 フリーザーは「次はお前だ」と言わんばかりに冷たくウィルゴを見下ろしている。

 

「なるほどね、挑む奴はことごとくこうやって一瞬で氷漬けか……おっかないわねぇ……でもまぁ……」

 

 フリーザーの翼が冷気を纏い、大きく振りかぶる。

 

「凍らせたから何? って感じだけどねぇ♪」

 

 冷気を風に乗せて放つ直前、氷塊が砕け散り、ドラピオンが凍結前と変わらぬ姿で現れ、フリーザーは目を丸くする。

 だがそこは伝説のポケモン……さすがに肝が据わっており、技を中断する事無く翼を勢いよく振り下ろし、強烈な冷気の乗った突風が襲いかかった。

 

「“かみくだく”」

 

 ウィルゴは慌てるでもなく技を指示し、ドラピオンの身体から立ち上った禍々しいオーラが鋭い牙を備えた大顎を形成したかと思うと……“ふ ぶ き” を 丸 ご と 飲 み 込 み 爆 発 を 起 こ し た。

 これにはフリーザーも呆気に取られ、硬直してしまう。

 

「うふっ……わかった? さっきのはよけられなかったんじゃなく……わざと受け止めて()()()のよ♪ 少しは優越感てもんを感じられたかしらぁ? あっははははは!!」

 

 ウィルゴの興奮が高まって見る見る瞳孔が開き、口の端が歪に吊り上がる。

 

「勝ったと思った? 希望を抱いた? 自分への自信を再認識した? あはははは! それが全部絶望に塗り潰される気分はどう!? ねぇ、伝説のポケモンサマぁ!? あはっ! あははははは!! “ミサイルばり”よ!」

 

 ドラピオンの口から4本の針が射出され、フリーザーの翼に着弾する。

 痛みで正気に戻ったフリーザーは、羽ばたいて姿勢を制御する事で墜落を免れた。

 

「逃がさないわよぉ! “どくどく”!」

 

 ドラピオンの爪の先端から発射された毒液がフリーザーの脚にかかり、瞬く間に全身を蝕んでゆく。

 

「“クロスポイズン”!」

 

 力が抜け、地面に落ちてもがくフリーザーの背中に、ドラピオンの交差させた爪の一撃がクリーンヒットし、フリーザーはしばし痙攣した後に動きを止めた。

 

「あら、やりすぎたかしら? ま、瀕死にはなってないようだし、大丈夫でしょ。回収回収っと」

 

 ウィルゴがスイッチを入れると、黒い三角形の装置が起動し、グッタリとしたフリーザーを収容した。

 

「ふぅ……ま、そこそこは楽しめたかしらねぇ…………でも……足りない……まだまだ満たされない……アタシを満たしてくれるのはこいつでもないのね……」

 

 ウィルゴは不満げな表情で飴を噛み砕き、隣に侍るドラピオンの顎を撫でる。

 

「……ねぇ、ラピオ……どうすればアタシは満たされるのかしら……この渇きは誰が潤してくれるの……?」

 

 ドラピオンは通じぬ言葉を紡ぐ事は無く、黙ってウィルゴを抱き締めた。

 傷付けぬように、壊さぬように……護るように。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

自分で書いといてなんだけど、このドラピオン化け物すぎへんか…。


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第63話:試す者、試されるモノ

トキワジム挑戦を目指す第63話です!


 7つ目のバッジを手に入れるところまで来たものの、このまま居心地の良い故郷に留まっていては、意志も覚悟も鈍ってしまうかも……そんな不安感から密かに旅立とうとしていたツバキであったが、それを見抜いて見送りに来た両親の想いを受けると、決意を新たにして別れを告げ、再びグレンタウンを飛び立った。

 そう、ツバキとイソラの2人は、現在空の上をボーマンダの背に乗って飛行中なのだ。

 

「グレンタウンに帰った時は“なみのり”で海上を進んだからな。ツバキはこうして空を飛ぶのは初めてだろう?」

 

「うんっ! 潮風を受けながら進む海も良かったけど、空の上も好きかも!」

 

 イソラの腰に腕を回したツバキが、無邪気な笑顔を見せる。

 

「ふふっ、そうだろう。私もこうしてポケモンと飛ぶのは好きだ。子供の頃から憧れていた空が近くなるからな。まぁ、いかに空を飛べるポケモンでも、人間を乗せたり掴んだりして飛ぶのは意外と難しく、一朝一夕では身に付かない技術なんだがな」

 

「そうなの?」

 

「ああ。ほら、前に発電所に乗り込む時にポポに掴まっていたが、途中でバランスを崩しそうになったし、到着後もしばらくポポがヘトヘトになっていたろう? 単独で飛ぶ時とは体力や筋肉の使い方がまるで違うし、重心も大きく変化するのでバランスが取りにくいんだ。“そらをとぶ”を覚えるとその辺りを本能的に理解して、習熟までが非常に早いらしいがな」

 

 “そらをとぶ”。

 上空まで飛び上がってからの急降下で攻撃するために発動から相手へのヒットが長く、お世辞にも優秀な技とは言い難いが、どちらかと言えばイソラの語る移動手段としての活躍が多い。

 ただし、遠くアローラ地方においては移動専用として訓練されたポケモンに騎乗する『ライドポケモン』が存在し、“そらをとぶ”や“なみのり”等のポケモンの技による移動が禁止されている。

 

「まぁ、バトルで使おうとすると癖のある技だからな……あまりオススメはしない。今のポポは“ブレイブバード”に“ぼうふう”と、ひこうタイプ最高クラスの技を2つ覚えているしな」

 

「そっかぁ……じゃあ、“そらをとぶ”には頼らずに練習あるのみなんだね……いつかポポくんに掴まって自由に飛べたら良いなぁ」

 

 ツバキがちらりと顔を横へ向けると、ポポはボーマンダの横にぴったり並んで飛び、ツバキに頷いた。

 

「ふふっ、しかし……私のボーマンダのスピードに追随できるのもさることながら、この巨大な翼の風圧に負けず、これほど近くを飛べるとは……大した奴に成長したものだな、ポポは」

 

 目を細めたイソラの脳裏をよぎるのは、今よりもずっと小さなツバキと、その腕の中に収まるほど小さなポッポ時代のポポ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それが今では体躯に差こそあれ、巨大なドラゴンと並んで飛べるほどの強靭な体力と筋力を備えるようになった事に、ツバキの成長と同じくらいの感慨を覚える。

 

「……ん、マサラタウンの上を通過したな。よし、トキワシティは目の前だ、下りるぞ」

 

「うんっ!」

 

 スピードを落としたボーマンダが羽ばたきを小さくしながら徐々に降下し、4本の脚で着地すると、体勢を低くしてイソラとツバキを降ろした。

 

「グレンタウンからここまで頑張ったな、ボーマンダ、ありがとう」

 

「ありがとう、ボーマンダ!」

 

 2人から揃って撫でられ、嬉しそうなボーマンダがボールの中へと消える。

 

「さて、トキワジムだが……実のところ、あそこのジムはなんのタイプのエキスパートか、というのが決まっていない」

 

「……決まってない?」

 

 首を傾げるツバキに、イソラが唸りながら答えた。

 

「昔はじめんタイプの使い手がジムリーダーだったんだが、その次の奴は使うタイプがバラバラだったんだ。今はどうだか知らんが、細かいタイプ相性よりもパーティの総合力が試されると言って良いだろう」

 

「うぅん……総合力………………あっ!」

 

 と、そこでツバキは、バッグからキーストーンとピジョットナイトを取り出した。

 

「メガシンカ! これを使いこなせれば、勝ちも見えるかな!?」

 

「メガシンカか………………まぁ、とりあえずは試してみると良い。キーストーンを自分が、そしてメガストーンは対応するポケモンに持たせるんだ」

 

「うんっ! キーストーンをペンダントに嵌めて~、ポポくんはメガストーンを嵌めたリングを脚につけて~……」

 

 イソラが予備に持っていたメガストーン用のリングをポポの右脚にカチリと装着し、ツバキ自身はペンダントを首から下げる。

 

「準備完了だね!」

 

「ああ。まずは目を閉じて心を落ち着かせるんだ。ポポの呼吸を肌で感じ、自分の感覚を一致させる」

 

「か、感覚を一致……? え、えぇと、目を閉じて……落ち着いて……」

 

 ポポも呼吸のリズムを一定にしてツバキに合わせんとする。

 

「…………………………な、なんとなく一体感ある……気がする。よ、よぉし! ポポくん、メガシンカ!」

 

 ツバキがカッと目を見開く。

 …………。

 ………………。

 ……………………しかし何も起きなかった。

 

「……やっぱりダメ?」

 

「まぁ、これもコツがいるからなぁ……」

 

 言うなり、イソラはベルトからモンスターボールを外すと、空中へ放り投げた。

 中から現れたのはチルタリスだ。

 

「手本を見せるが……正直これはトレーナーとポケモンの相性も関わってくるからな。あまり参考にはならんかもしれん」

 

「お願い! お姉ちゃん!」

 

 手を合わせて頼み込むツバキに頷いたイソラが、チルタリスと共にツバキから距離を取る。

 

「……行くぞ、チルタリス」

 

 イソラは胸元からキーストーンを引き出すと、右手で握り込んで目を閉じ、微動だにせず深呼吸をひとつ。

 すると、指の隙間から徐々に光が漏れ出て、それは瞬く間に輝きを増していく。

 さらにそれに反応し、普段モコモコした羽毛に隠れたチルタリスの首の付け根からも似た光が溢れる。

 

「わぁぁ……!」

 

「……私達の想いの全てを乗せて……雲海へ響かせよう、優しく荒々しき旋律を! チルタリス! メガシンカっ!!」

 

 そして、イソラが右腕を掲げると同時に、イソラとチルタリスから溢れ出たオーラが絡み合ったかと思うと、一瞬にしてチルタリスの身体を包み込んだ。

 チルタリスのシルエットが見る見る内に膨れ上がり、纏った光の鎧が砕け散ってその姿が露になる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 青みの強かった体色はより淡い色合いとなり、尻尾も倍以上の長さとなっている。

 そして最大の特徴であった羽毛は大きく膨張し、さながら入道雲のような様相を呈している。

 

「わ……わあぁぁぁ……!!」

 

 メガシンカを初めて目の当たりにしたツバキは、目をキラキラと輝かせている。

 

「ふぅ…………」

 

 イソラとチルタリスが同時に息を吐き、ツバキの方へと顔を向けた。

 

「どうだ? 何か掴めそうか?」

 

「うーん……」

 

 尋ねられたツバキは腕を組んで唸っている。

 

「……なんとなく……感覚的には?」

 

「ははっ、まぁそうだろうな。たぶんすぐにマスターはできないだろうし、メガシンカよりも大人しく特訓した方が良いかもな」

 

「うん……そんな楽な道は無いって事だね…………よし!」

 

 ツバキはペシッと自身の頬を叩いて気合いを入れると、ポポに目を向ける。

 

「一緒に特訓頑張ろう、ポポくん! トキワジム攻略目指して……ファイトーっ!」

 

 ツバキの突き出した右手にポポが翼を合わせ、共にやる気の炎を燃やしている。

 そんなツバキ達に近付く足音が1つ。

 

「へぇ……お前、トキワジムに挑むのか」

 

「えっ?」

 

 驚いたツバキが振り向くと、黒を貴重とした服装の、赤い髪をした青年が興味深そうにこちらを見ていた。

 

「バッジは?」

 

「え……えっと……7個……ですけど……」

 

「……ほう……」

 

 青年はツバキのバッジ数を知ると、さらに興味を引かれたらしい。

 

「俺はギン。ポケモントレーナーだ」

 

 ギンと名乗ったトレーナーを、イソラが訝しげに見つめる。

 

「(ギン……? この男、どこかで見た記憶があるが……)」

 

「わ、わたしツバキって言います!」

 

「イソラだ」

 

 礼儀として名乗り返す2人を眺めた後、ギンはツバキに1つ話を持ちかけた。

 

「お前、俺とバトルをしろ」

 

「……え?」

 

「バトルだ、ポケモンバトル。トレーナーレベル8に挑めるだけの実力か試してやる。練習にもなって悪い話じゃないはずだ」

 

 ツバキがちらりとイソラの方を向くと、イソラは静かに頷いた。

 

「……受けてみなさい、ツバキ」

 

「う、うん……! わ、わかりました、お受けします!」

 

「ふんっ、そうこないとな。こっちだ、バトルフィールドがある」

 

 ギンは首をくいっと動かしてついてくるよう促して歩き始めた。

 

「……ツバキ、心してかかれ。この男、かなりの実力のようだ」

 

「わ、わかった……!」

 

 ほどなくしてフィールドに到着し、ツバキとギンはその両端に立つ。

 

「両者使用ポケモンは1体、相手を戦闘不能にすれば勝ち……で、かまわないな?」

 

「うん!」

 

「ああ」

 

 そしてギンがボールをかまえ、ツバキが肩のポポに目配せする。

 

「行くぞ、オーダイル」

 

「ポポくん、行って!」

 

 ギンの投げたボールから、青い身体をした大柄なワニのようなポケモンが四つん這いで現れ、器用に後ろ脚で立ち上がって咆哮を上げた。

 

 

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 おおあごポケモンの『オーダイル』だ。

 

「……強いな」

 

 オーダイルの身体から発せられる覇気が並のポケモンのそれではない事を見抜いたイソラがポツリと呟く。

 イソラだけでなくツバキも肌がピリピリとする覇気を受け、本能的に相手が強者である事を悟った。

 

「ポポくん、気を付けて……!」

 

 ポポもまた息を飲み、相手から目を逸らす事無く睨み付ける。

 一瞬でも隙を見せれば命取りとなる事を理解しているのだ。

 

「それでは、バトル…………開始っ!」

 

「“でんこうせっか”!」

 

 先手必勝。

 ポポが宙返りの後一気に加速し、軌道を変えながらオーダイル目掛けて突進していく。

 

「速いな」

 

 ギンはポポのスピードに素直に感心する。

 上下左右自由自在に飛び回るポポは残像ができるほどに速度を増し、隙を見てオーダイルの背中に突撃した。

 しかし。

 

「……っ……!」

 

 オーダイルはその場を動く事無く、わずかに上半身を捻って強靭な左腕でポポの突進を受け止めていた。

 

「オーダイルがよける事を諦めて受け止める方を選ぶとはな……大したスピードだ。“アクアブレイク”」

 

 オーダイルは受け止めた腕に力を込めてポポを振り払うと、地面を蹴って飛び上がり、両手の爪の先に水圧カッターのごとく水の刃を展開して振り下ろした。

 

「“でんこうせっか”でよけて!」

 

 体勢を崩したポポだったが、翼と尾羽を使って持ち直すと、地面すれすれで加速して攻撃回避に成功した。

 凄まじい音に目を向ければ、オーダイルの爪の形に地面が抉り取られている。

 

「なるほど、スピードじゃ完全に負けているようだな。なら、追い付かせてもらうぞ。“こうそくいどう”」

 

 オーダイルが地面に強く足を踏み込んだかと思うと、その姿が消え、青い影のような物が時々見えるだけという驚異的なスピードで動き回る。

 

「ポポくん、見えてる!?」

 

 隙を見せられないポポはオーダイルから片時も目を離さずに頷く。

 

「よし……! “ぼうふう”!」

 

 一層高く飛び上がったポポが翼をはためかせると、周囲の空気は見る見る荒れ狂い、旋風の刃がオーダイルを襲った。

 

「《するどいめ》で目標を見失わず、翼の力も大したもの……悪くないピジョットだ、よく育てられている。……“ハイドロカノン”」

 

 吹き荒れる風に物怖じする事も無く、オーダイルはボールから出てきた時のような四つん這いの姿勢になって地面を踏みしめる。

 

「(……! “ハイドロカノン”……! みずタイプ最高峰の威力を誇る究極技……!)」

 

 大きく息を吸い込んだオーダイルが、風の先にいるであろうポポを睨み、目を見開くと同時に大砲のような高圧水流がその口から放たれた。

 “ハイドロカノン”は幾層にも重なった風のカーテンを次々と撃ち抜き、この風を起こしている張本人……ポポへ一直線に突き進む。

 想定もしていない圧倒的な貫通力。

 動揺したポポは風を起こす翼の動きを止めるのが一瞬遅れ、真正面から“ハイドロカノン”の直撃を受けてしまった。

 

「ポポくんっ!」

 

 風が止み、多量の水が雨のように降り注いで虹がかかる。

 そして、その中をポポが力無く落下してきた。

 

「っ!」

 

 考える前に身体が動き、ツバキはポポの落下地点へと走ると、腕を広げてその身体を受け止めた……が、ピジョットへの進化で大型化して体重も増えたポポの質量を支えきれずに倒れ込んでしまう。

 

「……いたたた……ポポくん、大丈夫……?」

 

 ツバキが起き上がって腕の中のポポに声をかけると、その目が開かれた。

 だが、ポポはオーダイルをギロリと見据えてツバキの腕から抜け出そうとする。

 

「ポ、ポポくん、もういい! もういいよ! そんな身体じゃもう……!」

 

「(……“ハイドロカノン”の直撃を受けたってのに、トレーナーの面目を守ろうとまだ戦おうとするのか)……戻れ、オーダイル。ご苦労だった」

 

 ギンがボールに戻した事でオーダイルが姿を消すと、ポポは糸の切れた人形のようにがくりと力が抜けた。

 

「ポポくん……」

 

「……ほら、すごいキズぐすりだ。回復してやれ」

 

 ツバキへ歩み寄ったギンが、キズぐすりを差し出した。

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 素直に受け取ったツバキがポポの全身にキズぐすりを吹き付けて塗り込むと、ポポが再び目を開いた。

 

「……なるほど、お前とそのピジョットの絆は相当に強いな。だが……まだ足りない」

 

「え……足りない……?」

 

「そうだ。ピジョットにはまだまだ秘めたポテンシャルがあり、そいつが信じるお前にも同様にあるんだろう。だが、微妙……本当に微妙に噛み合っていない事で、どちらもその真価を引き出せていない。トレーナーとポケモンが1つになる……そんな感覚を得られるように努力する事だ。今のお前達では、トキワのジムリーダーには絶対に勝てない。……じゃあな」

 

 それだけ言うと、ギンは踵を返して歩き去っていってしまった。

 

「……強い。“ぼうふう”の中にあって冷静に相手の位置を探る胆力と正確な射撃……トレーナーだけでなく、あのオーダイルも百戦錬磨の強者だ」

 

 ギンと入れ替わるようにツバキに歩み寄ったイソラが、ポポの頭を撫でる。

 

「……本当に強かった……わたしじゃ手も足も出なかった………………ねぇ、お姉ちゃん……ポケモンと1つになるって、どうすれば良いの……!? このままじゃポポくんも他のポケモン達もわたしがダメダメなせいで……!」

 

「落ち着けっ!!」

 

 焦りから取り乱すツバキの肩を掴み、イソラが一喝する。

 

「……ツバキ、ポケモンは物じゃない。同じ種類でも個体ごとに嗜好も性格もトレーナーとの相性も違う。他人ができるのはせいぜい技を教えたり特性の扱い方をアドバイスするくらい……トレーナーとポケモンの関係性……その向き合い方は、自分にしかわからないんだ。だからツバキ。どうすれば1つになれるか……それはお前自身が考えるんだ。トレーナーとポケモンは、迷い、悩み、その苦悩の果てに互いを理解し、真のパートナーとなるんだからな」

 

「……わたし自身が……」

 

 ツバキはポポの頬を撫で、一層強く抱き締める。

 

「……ポポくん……わたし、どうすれば良いかまだわからないけど……絶対……絶対に掴んで見せるから……! わたしらしいポケモンとの繋がり方……!」

 

 頷いたポポは、翼の先でツバキの頬を撫でた。

 自身の頬とポポの翼が涙で濡れている事に、ツバキはまだ気付いていない……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきまして、どうもありがとうございました!

やはりメガシンカは規格違いなので、安易に習得はさせられませんなぁ…。


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第64話:陰謀の狂風

あのキャラクター再登場となる第64話です!


 最後のジムバッジ獲得を目指してトキワシティ近郊に降り立ったツバキ達の前に現れた、ギンと名乗るトレーナー。

 彼にバトルを挑まれたツバキはポポを繰り出すも、相手の操るオーダイルにはまったく歯が立たず、“ハイドロカノン”の一撃で撃墜されてしまった。

 敗れたツバキにギンは語った。「ポケモンと1つになれるよう努力しろ」と。

 はたしてその言葉の意味するところとは……。

 

 

 

 ポケモンセンターのテラス……朝の日差しに照らされた見晴らしの良いその場所で、ツバキが椅子に座り、正面のテーブルにはポポが乗り、向かい合って互いの顔をじっと見つめている。

 

「…………いち、にの……さんっ!」

 

 合図と共にツバキが右を向き、ポポが左を向いた。

 

「…………また合わない……」

 

「……何をしてるんだ、ツバキ……」

 

 妹分の謎の行動に、やや顔をしかめたイソラが声をかけた。

 が、振り向いたツバキの表情は真剣そのものだ。

 

「特訓だよ、お姉ちゃん! こうしてポポくんの目を見て、考えてる事を読み取って、ポポくんと同じ方を向けるようにする特訓!」

 

「……なるほど。だがツバキ、それは…………心を合わせてるのではなく、ただの読心術じゃないか?」

 

「…………………………」

 

 真剣な顔のまま固まってしまった。

 

「あ、いやすまん……ケチをつける気じゃなかったんだが……」

 

「……ううん、いいの……自分でもなんか違う気がしてたし……」

 

 ツバキはぐでーっとテーブルに突っ伏し、飛び立ったポポはツバキの背中に乗る。

 

「……はぁ……ポケモンと1つに……かぁ…………どうすればもっとポポくん達と心を合わせられるのかなぁ……」

 

 背中から顔の前へと移動してきたポポを見つめて、ツバキが溜め息を吐く。

 ポケモントレーナーであれば、ほぼ確実に避けられない悩みだ。

 ツバキはその裏表の無い性格から、ポケモンと出会ってから仲良くなるまでが非常に早いのが特徴だが、仲良くなる事と一心同体になる事とでは微妙に違う。

 

「昨日も言ったが、一朝一夕でマスターできる事ではないからな……バトルの特訓をしながらそちらも考えるのが無難じゃないか?」

 

「……そうだね、こうしてる時間ももったいないし。でも、トキワジムのタイプが決まってないとなると、誰を手持ちにして鍛えるのが良いのかな?」

 

「まぁ、基本的にはどんな相手、どんなバトル形式にも対応できるよう、タイプをバラけさせるのが好ましいな。かつ、単体の戦闘能力も高めなのが良いが、そこでもパワー重視とスピード重視のバランスが大切……ん?」

 

 ツバキへアドバイスを送るイソラから着信音が鳴り響く。

 ポケギアの電話機能だ。

 

「すまない、少し出てくる。…………はい、イソラです。……なにかありましたか、カツラさん」

 

「おお、イソラくん。……いや、伝えようかは迷ったんだが……ロケット団が動いた」

 

「っ!! そう……ですか……」

 

 ロケット団……忌むべきその名を聞いたイソラが唇を噛む。

 

「昨晩、ふたご島から連絡船に偽装した船が出た。手の者が発信器を取り付けたところ、クチバ湾の途中……タマムシシティの南で反応が弱まった後に消えたので、連中のアジトはその辺りにあると考えられる。恐らくは電波の届かない洞窟の中だ」

 

「……わかりました。直線距離ならすぐなのですぐに向かいます」

 

「入口を見つけるだけで良いぞ。すぐに警察を……」

 

「いえ、私がやります。……正直に言って……雑魚はともかく、三凶星は警察官程度でどうにかなる相手ではありません。束になっても勝ち目は無いでしょう」

 

「それは………………すまん……ワシが今すぐそこへ飛んでいければ……」

 

 電話の向こうのカツラの声が弱々しくなる。

 年長者たる自分が、若者に危険を冒させねばならぬ悔しさと申し訳なさの滲む声色から、イソラはカツラの人柄の良さを改めて感じる。

 

「……お任せください。いつまでも年上の方々に甘えてはいられません。……ツバキがいる以上、私もまた大人として戦います。では」

 

 イソラは電話を切ると、ツバキの元へと戻る。

 

「すまないツバキ。カツラさんからで、グレンタウンに忘れ物をしたらしくてな。すぐに取りに行ってくる。悪いが特訓は1人で頼む。今日中には戻れないかもしれないから、ポケモンセンターに泊まっていてくれ」

 

 ……が、当のツバキは無言で疑念の目をイソラに向けている。

 イソラの妙な早口が気になってしまったらしい。

 

「で、ではなるべく早く戻る! 行くぞプテラ!」

 

 ツバキの圧に押されたイソラは、慌てて出したプテラの背中に乗ると飛び立っていった。

 

「……とはいえ、三凶星クラスを同時に相手するのは少々骨が折れるか…………仕方無い、ここは恥を忍んで……」

 

 イソラはポケギア電話機能の連絡先リストを開くと、ある人物にコールを入れる。

 

 

 

――――2番道路・ディグダの穴入口

 

 プテラから降りたイソラは、彼をボールに入れると近くの林の中へと分け入り、木陰に立っている人物を見つけて声をかける。

 

「突然呼び出してすまなかったな」

 

 木にもたれかかってリンゴをかじっていた女性が、赤い長髪を揺らしながらゆっくりとイソラへと顔を向けた。

 

 

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「………………いい。別に」

 

 起伏の乏しい声で答えた女性は、リンゴの芯を紙袋に放り込み、真紅の瞳でじっとイソラを見据える。

 それは一時期行動を共にし、その後ニビシティで別れたイソラのライバルたるシンオウ地方出身トレーナー・スカーレットだった。

 

「巻き込むのもどうかと思ったんだが……三凶星の内、私の知らない残り1人との戦闘経験があるのがお前だけでな……情報は多いに越した事は無いので、協力を頼みたい」

 

「いいよ」

 

 悩む間も無く頷いたスカーレットに、逆にイソラの方が驚かされてしまった。

 

「ずいぶんアッサリしてるな……」

 

「…………友達。ライバル。困ったら助け合う」

 

 ふわりと微笑んだスカーレットが左手を差し出す。

 呆気に取られたイソラも、すぐに笑顔を返してその手を握って握手を交わした。

 

「……助かる、ありがとう」

 

「…………ところでツバキ……」

 

「いや、さすがにこんな事にツバキは巻き込めないので置いて……」

 

 ……が、スカーレットはすっと持ち上げた指先でイソラの後ろを指差した。

 

「………………後ろ」

 

 まさかと思ったイソラが振り向くと、そこにはなんと、息を切らせたツバキが立っており、傍らにはポポが控える。

 

「お姉ちゃんっ!」

 

「ツ、ツバキ!? どうしてここに!?」

 

 いつものクールな姿からは想像もできない表情で驚くイソラに、ツバキがずんずんと歩み寄る。

 

「お姉ちゃん、ピジョットがすっごく目が良いポケモンなの知ってるでしょ? お姉ちゃんに気付かれないくらい離れてたって、ポポくんには丸見えなんだから。ポポくんがお姉ちゃんを追いかけて行き先を突き止めて、わたしを案内してくれたの」

 

「は……ははは……いやー、ポケモンの特徴をよく理解できているな! さすがだ!」

 

「……っ! ごまかさないで!」

 

 笑いとおだてでやり過ごそうとしたイソラの態度が癪に障ったのか、ツバキはイソラですら聞いた事が無いほどの大声を上げ、イソラもスカーレットも思わず肩をビクリと震わせる。

 

「お姉ちゃんがわたしをよく知ってるように、わたしもお姉ちゃんをよく知ってる! お姉ちゃんは……隠し事が下手っぴ! さっきの態度ですぐに何か隠してるってわかったよ! スカーレットさんまで呼んで、何をする気なの!?」

 

 常とは別人のような剣幕に押されてしまい、イソラは思わず後退りするが、ツバキはツバキでさらに詰め寄ってくる。

 

「さぁ、どこで何をする気なの!? 教えてくれなきゃ、ポポくんに掴まってどこまでもついてっちゃうよ! 人を運ぶのに慣れてないポポくんはわたしを落としちゃうかもしれないよ! それでも良いの!?」

 

 とうとうイソラが自分を溺愛している事を逆手に取って、自分自身を人質にし始めた。

 旅の初期から考えれば、ずいぶんと強かかつたくましくなったものである。

 

「う……うぐぐ……」

 

 

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 詰めて詰めて、後退し後退し……が、そのやり取りも背後の木に阻まれて終わりを迎えた。

 

「………………ふふっ……。負け。イソラの」

 

 スカーレットに肩を叩かれ、ついにイソラも観念したようで、がっくりとうなだれる。

 

「……うぅぅ………………ロ……ロケット団のアジトがわかったので……潰しに行くんだ……」

 

「……はぁ……やっぱり……ロケット団絡みだと思った」

 

 爪先立ちをして睨んでいたツバキが、溜め息を吐きながらすとんと足をしっかり地面に付ける。

 10歳という事でまだまだ小柄なツバキに、頭1つ分以上大きいイソラが押されている様はスカーレット的にはなかなか面白かったらしく、微笑ましげに2人を眺めている。

 

「もちろん、連れてってくれるよね? 前にも言ったけど、わたしだってロケット団みたいな人達は許せない……ダメって言われても行くからね。どうしても置いていきたいなら、気絶でもさせれば良いよ」

 

 ツバキは鼻息荒く腕を組み、じっとイソラを睨む。

 無論、イソラにそんな事ができるはずもなく、ツバキもそれを理解した上で言っているのだ。

 

「だ、だが……危ない事には首を突っ込まないとシャコバおじさんに……」

 

「それ、お姉ちゃんも言われたよね?」

 

 動揺故か、イソラの言葉はことごとくツバキの返しで無力化されてしまっている。

 ツバキの決意が固い事を理解したスカーレットが、イソラの肩に手を置いた。

 

「…………諦める。イソラ。それに……強い。ツバキ。底力」

 

「……仕方無い、か。確かにツバキもずいぶんと強くなったからな……ふぅ……また父さんやおじさんに怒られるな……」

 

「一緒に怒られてあげるから諦めて」

 

 もはやどちらが年上かわかったものではない。

 

「……こほん…………恐らくは伝説の三鳥全てがすでにロケット団の手に落ちている。となると、連中がそれを利用して何かやらかそうとしているのは間違いあるまい。一刻も早く叩く必要がある、行くぞ」

 

 年上としてお姉ちゃんとしての威厳を取り戻そうと、咳払いの後に方針を説明するイソラ。

 が。

 

「あっ! ツバキは危ないからポポに掴まるんじゃなく、私とボーマンダに乗りなさい! いいな!?」

 

「う、うん……」

 

 ……とりあえずツバキをたじろがせる事はできたので、目的の半分ほどは達成したかもしれない。

 威厳とは程遠いが。

 

「うむ。では……頼むぞ、ボーマンダ!」

 

「…………ガブリアス」

 

 イソラのボールから現れたボーマンダの隣に、同じようにスカーレットのボールから飛び出したポケモンが着地する。

 

 

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 青紫色の体色をした2足歩行のポケモンであり、前腕部からは翼のようなヒレが下側に伸び、頭部左右からは楕円形の突起物が突き出ている。

 マッハポケモンの『ガブリアス』である。

 

「お前の移動用ポケモンは相変わらずガブリアスか」

 

「…………落ち着く。ざらざらの感触」

 

 スカーレットは姿勢を低くしたガブリアスの背に跨がると、その皮膚に頬擦りをする。

 

「……まぁ別に良いが……よし、乗れ、ツバキ」

 

 イソラが伸ばした右手に掴まり、ツバキがボーマンダの背に乗り込む。

 

「……では……行くぞ!」

 

 赤い翼をはためかせ、周囲の木々を風で煽りながら空へと羽ばたいたボーマンダを追いかけるように、助走をつけたガブリアスがジャンプして手足を折り畳み、そのまま飛び立った。

 

「……すごい……本当に空飛ぶポケモンだったんだあの子……」

 

「信じ難いがな……」

 

 ポポやボーマンダはその立派な翼からいかにも飛ぶぞという風体だが、ガブリアスはどう見てもその類ではない。

 にもかかわらず平然と空を飛んで自分達の乗るボーマンダの後ろにぴったりついてきているのだから、いったいどういう身体の構造をしているのか謎である。

 そうこうしている内に16~17番道路……サイクリングロードが見えてきた。

 道なりに進めばかなりの遠回りだが、やはり空を飛んで直線距離で進めるのは大きい。

 

「反応の消えた場所はタマムシシティの南だったな……よし、あの下をくぐるぞ」

 

 サイクリングロードは、タマムシ側からセキチク側に向かって下り坂となっている。

 その斜めになった橋と海面の間を、ボーマンダとガブリアスは器用にすり抜けると、砂浜……というにはあまりに小さいわずかな地面へと着陸する事に決めた。

 ボーマンダが下りるには小さすぎるので、先にガブリアスが着地し、イソラはギリギリのところでボーマンダをボールに戻す。

 イソラは自力で着地に成功し、ツバキはガブリアスがキャッチした。

 

「ありがとう、ガブリアス」

 

 ツバキに頭を撫でられたガブリアスは嬉しそうに笑い、そっと彼女を地面へ降ろした。

 

「さて、この辺りか……ペリッパー、頼む」

 

 ボーマンダと入れ替わりでボールから出てきたペリッパーが、雨雲を……。

 

「いや、バトルじゃないから《あめふらし》はいい」

 

 呼ばなくていいと言われてしまった。

 

「海鳥のペリッパーならば、この辺りを飛んでいても怪しまれん。ペリッパー、中くらいの船が入れるような洞穴があるはずなんだ。探してきてくれないか?」

 

 頷いたペリッパーが旋回してその場を離れていく。

 ペリッパーがアジトの入口を発見して戻れば、三鳥救出とロケット団壊滅のための潜入、そして戦闘が始まる。

 ポケモントレーナーによる悪の組織の壊滅……はたしてツバキ達の戦いはその逸話の1つとなるのか……それとも……。

 

 

 

つづく




はい、今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

いよいよロケット団とのバトルが本格的に始まります!
…これポケモンリーグ編まで含めたら100話越えるのでは……?


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第65話:アジト突入!ロケット団を撃滅せよ!

ロケット団編突入となる第65話です!


 ロケット団らしき一団がふたご島を離れた……カツラからその話を聞いたイソラは、スカーレットに協力を要請し、発信器の反応が消失した場所へ向かおうとする。

 しかし、彼女が何かを隠している事を察知したツバキにその場を押さえられて追及を受け、スカーレットの口添えもあって彼女も同行させる事となった。

 そして3人はロケット団のアジトがあるとおぼしき場所へ到着すると、偵察に出したペリッパーの帰りを待つ事に。

 

 

 

「……ふむ……あくタイプの使い手は多く、見つけるのに苦労したが……恐らくこれがロケット団加入前のアクイラだ」

 

 ペリッパーが戻るまでの間、少しでも相手の情報を集めようと考えたイソラは、特にアクイラに関するデータをネット上で探していた。

 ベラがウィルゴと名乗っているように、アクイラもまず本名ではないであろう。

 そうなると手がかりは、あくタイプを操る優秀なトレーナーという事だけなので時間がかかったが、ようやくそれらしい情報を得る。

 

「本名クシダ。若くしてポケモントレーナーとして卓越した才覚を発揮し、ポケモンリーグをはじめ数々の大会で好成績を残している。特にあくタイプの扱いに長け、防御を切り捨てた苛烈な攻めで圧倒するパワーファイターであると同時に、相手のわずかな間隙を見逃さない観察眼とあくタイプ特有の絡め手を巧みに組み合わせる狡猾な一面も併せ持つ優秀なトレーナーらしい。だが……」

 

 イソラはさらに読み進めていく。

 

「非常に喧嘩っ早い……というより闘争本能に極めて忠実で、白熱してくるとバトルフィールドの中しか見えていないかのように、時に相手のトレーナーをも攻撃に巻き込み、対戦ポケモンを戦闘不能という事ではなく、本当の意味での瀕死状態にまで追い込んだ事が1度2度ではない危険人物でもある……か」

 

「………………おっかない」

 

「こ、怖い人なんだね…………で、でも、怖がっていられない! ロケット団なんてやめさせないと……!」

 

 ツバキが両手を握り締めて自分を奮い立たせたその時、ペリッパーがイソラの元へと戻ってきた。

 

「どうだった、ペリッパー?」

 

 ペリッパーはくいくいと首……というより身体全体を動かしてイソラ達を導こうとしており、無事アジトの入口を発見したようである。

 

「よし……出てこい、ギャラドス」

 

 イソラが取り出したボールから水上に現れたのは、青く長い身体を持つ、龍のようなポケモン。

 

 

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 一度怒れば、天を焦がし、地を焼いて暴れ狂うと言われるきょうあくポケモン『ギャラドス』だ。

 ……しかし、その巨体と強面な顔とは裏腹に、自身より遥かに小さいイソラに擦り寄り甘えるという、衝撃的な登場を果たした。

 

「よしよし。……ん? ああ、こいつはコイキングの頃から甘えん坊でな。ボールから出すと毎回このスキンシップから始めるんだ」

 

 ツバキとスカーレットの唖然とした表情と視線に気付くと、イソラはギャラドスの額を撫でながら、2人の心中を察したかのように話す。

 

「そ……そうなんだ……」

 

「………………ギャップ萌え?」

 

 顔を見合わせるツバキ達に首を傾げながら、イソラはギャラドスに向き直る。

 

「ギャラドス。背中だけ出して潜航し、そこに私達を乗せてくれ」

 

 ギャラドスは素直に頷き、身体を海中へ沈め、その背中の一部分のみを露出させた。

 

「よし、2人とも乗れ」

 

 先に乗ったイソラの手招きに従い、ツバキとスカーレットが順にギャラドスの背中へと乗り込んだ。

 

「案内を頼む、ペリッパー」

 

 先を飛ぶペリッパーの後を追い、ギャラドスが潜航状態で前進を始める。

 しばらくすると、ごつごつとした大小様々なサイズの岩がいくつも海面に顔を出し、さながら迷路のような様相を呈するエリアだ。

 

「ふむ……ギャラドス、まだ進めそうか?」

 

 尻尾をパシャッと跳ね上げてギャラドスが答え、細長い身体を駆使し、器用に岩の合間を縫って進んでいく。

 

「船の航路からは外れ、周りは断崖絶壁で釣り目当ての者もそうそう来ないし、これらの岩が外からの目を欺く……なるほど、隠れて悪事を働くにはもってこいだ」

 

 ペリッパーの案内で岩の迷路を進む一行の前に、ぽっかり穴の空いた岩壁が姿を現した。

 

「ここは……タマムシシティの下か」

 

 イソラは入口らしき穴のある崖を見上げて位置を確認し、納得したように頷く。

 

「そういえば、かつてはタマムシシティの地下にロケット団のアジトがあったな……ロケット団壊滅の折に完全閉鎖されたそうだが。まさか1度一掃された場所に再びアジトが造られるとは思いもよらないか。ある意味心理の裏を突いている」

 

「………………どうする?」

 

「決まっている。ペリッパー、ご苦労だった、戻ってくれ。出てこいチルタリス」

 

 ペリッパーをボールへ戻し、次いで出したのはチルタリスだ。

 

「2人とも耳を塞げ。ギャラドスはそのまま水中にいろよ。……よし、チルタリス、あの穴へ向けて“うたう”」

 

 イソラは自分の耳を両手で塞ぎ、ツバキ、スカーレット両名がそれに倣ったのを確認するとチルタリスへと指示を出す。

 チルタリスは翼を広げて目を閉じると、その口から聞く者の心を虜にする美しい歌声を奏で始めた。

 

「……そろそろ良いか。チルタリス、“うたう”中止」

 

 歌い始めてから1分ほど。

 イソラに止められてチルタリスが口を閉じる。

 

「ギャラドス、突入するぞ」

 

 イソラがギャラドスの背中をぽんぽんと叩くと、ギャラドスがゆっくりと穴へ向けて前進し、チルタリスも後へ続く。

 入口から入ってしばらく水路を進むと、天井と壁がだんだんと広がり、広い空間に出た。

 明らかに人工的に広げられた空間はドックになっており、8艘の小型ボートと、連絡船に偽装した船が1隻停泊していた。

 

「やはりここで合っていたようだな」

 

「お姉ちゃん、あれ!」

 

 ツバキが指差した先には、共通の黒いユニフォームを纏った男達が何人も倒れている。

 洞窟内で反響した“うたう”によって眠気を刺激されたようだ。

 

「まずは侵入成功。あとは気付かれずにどこまで入り込めるかだな」

 

 岸に寄せたギャラドスの背中から降りた3人は、とりあえずドック内で眠っている団員達を集め、一纏めにして縛り上げておく。

 

「ありがとう、ギャラドス。助かったぞ」

 

 イソラはギャラドスの顔を撫でてからボールへと戻す。

 団員の1人が持っていたアジトの見取り図を確認すると、ここからさらに2階層ほど下へ広げられているようだ。

 

「行くぞ。今日こそロケット団を完全に撲滅する」

 

 イソラを先頭に、スカーレット、ツバキと続いてアジト内の通路を進む。

 ……と。

 

「…………ん? っ! な、なんだお前ら!?」

 

 曲がり角で巡回中と思われる団員と鉢合わせしてしまった。

 無線機に手を伸ばした団員だったが、次の瞬間、脇腹にイソラの回し蹴りがクリーンヒットし、吹っ飛ばされて壁に激突した。

 

「がっ……! ……か……ふ……」

 

「……チルタリス、ツバキの目と耳を塞げ」

 

「え? わわっ……!?」

 

 チルタリスがそのふわりとした翼で、鼻と口を除いたツバキの顔を覆った。

 

「お、お姉ちゃん……?」

 

 イソラは起き上がろうとする団員へ近付くと……。

 

「うぐぐ…………ぎっ!?」

 

 なおも連絡を取ろうと伸ばした右腕を勢いよく踏みつけた。

 

「答えろ。お前達は伝説のポケモンを捕らえて何をしようとしている」

 

「うっ……うぅ……」

 

 口をつぐもうとする団員だったが。

 

「っ!? ぐぎっ……! あが……があぁぁぁ……!」

 

 イソラは相手の関節を歪めんばかりに踏みつける脚にさらに力を込める。

 

「ふむ、痛いか? だが、お前達がこれまでに苦しめたポケモン達のそれに比べれば大した事はあるまい? ……私はお前達ロケット団を殺したいほど憎んでいる。無論、これ以上の事をするにも躊躇いは無い。お前が答えないならさっさと次の奴を探すだけだ」

 

 脚が踏み込まれる度に骨と筋肉が脳へ激痛を訴え、今にも腕が断裂しそうな感覚に襲われる。

 

「わ、わかった! わかったからやめてくれぇっ!」

 

 みしみしと身体の中へ悲鳴を響かせ始めた自身の腕、そして殺意以外の感情の無いイソラの眼差しに恐怖した団員は、顔を青ざめてとうとう口を開いた。

 

「お、俺も詳しい事はわからないが、捕まえた3体のエネルギーだ遺伝子だって話してて……ち、地下……最下層の研究エリアに運んだんだ……! こ、この通路を進んだ先に貨物運搬用のエレベーターがある……! 俺……俺が知ってるのは……それだけだ……! 本当だ!」

 

「……そうか。チルタリス、“うたう”」

 

 イソラとスカーレットが耳を塞ぎ、チルタリスが歌を鳴り響かせる。

 男はすぐに眠りに落ち、その場で寝息を立て始めた。

 

「行くぞ」

 

 手がかりを得た一行は再び歩き始める。

 

「チルタリス、もうツバキを放して良いぞ」

 

「……もう! なんなのお姉ちゃん!」

 

 羽毛による視覚と聴覚の遮断から解放されたツバキは、ぷりぷりと怒りながら腕を振っている。

 当然、先ほどのようなえげつない尋問をツバキに見せないための配慮であるが、当の本人は何も説明されず不満げだ。

 

「すまんすまん。だが、今は時間が無いからな。後にしてくれ」

 

「むー……」

 

 

 

「あーらら、侵入されちゃってるわねぇ」

 

 モニターに映る3人組がエレベーターに乗り込む様子を眺める女性が面白そうに呟く。

 

「よもやこの場所に気付く者がいるとはな。キメラプロトの起動にはまだ時間がかかる……アクイラ、ウィルゴ、迎撃に向かえ。トラップで分断して各個撃破せよ」

 

 ロングコートを纏い、顎髭を蓄えた壮年の男性の指示にもう1人の男性が歓喜する。

 

「なら俺は女帝と闘るぜ! 前はバトルが中断されちまったんで、不完全燃焼でなぁ。……待てよ……だが鬼も捨て難いな……」

 

「どっちでも好きにすればぁ? アタシはぁ……んふっ……♪」

 

 女性は画面の中の帽子を被った少女をじっと見つめ、舐めていた飴を噛み砕いた。

 

「うふふ……前よりは愉しませてくれるようになったかしらぁ……? 弱い奴の必死の抵抗、そしてそれを真っ向からぶち壊してやった時の絶望の表情……あはぁっ♪ バトルの醍醐味よねぇ♪」

 

「相変わらずわけわかんねぇ上に悪趣味な奴だぜ……バトルの醍醐味つったら強ぇ奴との死闘だろうが」

 

「なんでも良いから早く行けっ!!」

 

 バトルに関する持論で対立し始めた2人に、コートの男性が雷を落とすと、2人はようやく移動していった。

 

「まったく……だが、あの2人ならば撃退はできるだろう。悪くてもキメラ起動まで時間は稼げるか……やれやれ」

 

 

 

 エレベーターで最下層までやってきた3人は、それぞれ周囲を警戒しつつ通路を進む。

 

「……妙だ。いやに静かすぎないか? ここは敵の本丸のはずだろう」

 

「………………する。嫌な予感」

 

「それって、罠ってこ……」

 

 ツバキがイソラの疑念に質問しようとしたその時。

 言い終わる前に突如としてツバキの姿がかき消えてしまった。

 

「っ!? ツバキっ! ……くっ、これは……!」

 

 駆け寄ったイソラが、先ほどまでツバキの立っていたその足元で発光する平べったい機械を手に取る。

 

「使い捨てのワープパネル……! くっ、一方通行か……!」

 

 それは、ヤマブキジムなどにも設置されている、特定の座標へ物質を転送する装置の使い捨てタイプ。

 持ち運びして好きな場所に設置し、別の場所に置いた同タイプと連動させられるが、内蔵バッテリーの容量から1回使うと機能を停止してしまう。

 イソラはボケギアの電話機能でツバキを呼び出してみる。

 

「………………っ! ツバキ! 無事か!?」

 

「お姉ちゃん! そっちは大丈夫!?」

 

 聞こえてきた声にイソラが安堵の息を漏らす。

 

「良かった……この地下で通じるという事は、そう遠くに飛ばされたわけではないようだ。こちらは私もスカーレットも無事だ、お前の方は?」

 

「平気! ……でも、どうしよう……」

 

「互いの詳しい場所がわからない以上、別々に進むしかない。……気を付けろよ。恐らく今のお前ならば雑魚ども相手なら問題は無いと思うが……連中は数を恃みにしてくるはずだ」

 

「……わかった。お姉ちゃん達も気を付けてね!」

 

 電話がプツリと切れる。

 

「……敵地で分断されたというのに、不安を感じさせないあの声……ふふっ、本当にたくましくなったものだ……」

 

「…………イソラ……」

 

 少し寂しそうなイソラにスカーレットが声をかけると、彼女はすぐに顔を上げた。

 

「私達も行くぞスカーレット。ツバキに負けてはいられん」

 

 歩みを再開したイソラとスカーレット。

 だが、その行く手を遮るべく、4人の団員が通路の正面へポケモンと共に陣取った。

 

「スリープ、ゴースト、ニューラ、ベトベター…………かわいそうにな……このような連中の悪事に利用されるとは…………ペリッパー」

 

 怒気の籠るイソラの声と共にペリッパーが姿を現し、通路の天井付近に雨雲が広がる。

 

「怯むなっ! アクイラ様の手を煩わせるまでもない! ここで止めるぞ! “サイコカッター”!」

 

「“シャドーボール”!」

 

「“こごえるかぜ”!」

 

「“ヘドロこうげき”!」

 

「ふぅ…………“ハイドロポンプ”」

 

 サイコエネルギーの刃、影を固めたエネルギー弾、凍てつく冷風、毒液の塊……それら全てを高圧の水流が飲み込み……。

 

「うっ!? うわ……うわぁぁぁーーーーっっっ!!」

 

 そのまま相手のポケモンとトレーナーまでをも押し流してしまった。

 

「……ふんっ……」

 

 倒れた団員達を侮蔑の眼差しで見下ろし、イソラはその間を歩き去っていく。

 

「……ぐぐっ……! お、おのれ……!」

 

 その内の辛うじて意識を保っていた1人が、倒れたまま電磁警棒(スタンロッド)に手を伸ばし……。

 

「ぐっ……!?」

 

 そのまま全身に刺激が走り、完全に沈黙した。

 

「…………ありがと。レントラー」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 スカーレットの脇で黒い体毛を帯電させているのは、逆立った鬣を持つ四足獣型のポケモン……がんこうポケモンの『レントラー』である。

 倒れた相手に電撃を浴びせる、柄にも無い容赦の無さを見せたスカーレットであるが、実のところイソラほど表には出さないだけで、彼女もまたロケット団のような輩を激しく憎悪している。

 というのも、彼女がまだ駆け出しトレーナーだった頃、地元シンオウ地方にて、伝説のポケモン『アグノム』の捕獲を目論むギンガ団幹部・ジュピターの前に正義感から立ちはだかるも一蹴され、アグノムのついでに手持ちのミミロルを奪われてしまった事に由来する。

 事件解決後にミミロルは無事手元に戻されたが、それ以来他人のポケモンを奪ったり、野生でも相手の意を無視して力尽くで連れ去ろうとする者に対して強い怒りと憎しみを抱いて生きてきたのだ。

 

「………………行く。レントラー」

 

 スカーレットは真紅の瞳で周りを見渡し、今度こそ全員無力化した事を確認してからレントラーを伴ってイソラの後を追った。

 イソラとスカーレット、そしてツバキ。

 敵の策略によって2組に別れた一行は、底の見えぬロケット団の野心を砕くべく、それぞれに行動を開始した……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

守る守る言いながら毎度のようにツバキとはぐれるポンコツお姉ちゃん。
ただ、こうして引き離さないと、ツバキの成長の機会を食いかねないレベルで味方としては強すぎるのがイソラの欠点なのです…。
自分で言うのもなんですが、強すぎて扱いには慎重にならざるをえない困ったちゃん。


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第66話:暴君の渇き

ロケット団アジトでの別行動ツバキサイドの第66話です!


 伝説の三鳥を捕獲したロケット団の企みを阻止するべくそのアジトへと突入したツバキ、イソラ、スカーレットの3人。

 しかし、その動きをロケット団幹部・三凶星に察知され、彼らの仕掛けたワープパネルの罠によって2組に分断されてしまう。

 幸いにして同じアジト内の別の場所へ転送されただけとわかり、ツバキ、そしてイソラとスカーレット組はそれぞれ独自に先へ……アジト最深部を目指して歩みを進める。

 

 

 

「ケーン、“だいもんじ”!」

 

 ケーンの背中と頭部から炎が吹き出し、体内のエネルギーを活性化させると、口から勢いよく放射した炎が『大』の字の形へ変化して紫色をしたボール状のポケモンを焼き尽くした。

 

「あっちちち! く、くそっ、俺のドガースが……! 覚えてろっ!」

 

 慌てて自分のポケモンをボールへ戻した男が逃げ去っていくのを確認し、ツバキはほっと一息。

 

「ふぅっ……やったねケーン! こういう狭い場所だと、“だいもんじ”は頼りになるね」

 

 カツラからもらった技マシンで覚えさせた“だいもんじ”。

 本来は隙が大きく命中率に難のある技だが、天井と壁に逃げ場を塞がれる屋内の通路においては回避はほぼ不可能であり、単純な威力の高さという恩恵のみを受けられる。

 

「今ので7人は倒したけど……まだ先はありそうだなぁ……」

 

 イソラの語った通り、今となっては下級団員程度ならば十分に撃退可能な実力をツバキは備えている。

 イソラ達と分断されてからここまで、ポケモンを入れ替えながら、主に通路で遭遇するロケット団員とのバトルを繰り返して進んできた。

 

「……ここまでは一本道だったから良かったけど、もし分かれ道があったらどうしよう…………ううん! 悩んでる暇があったら行動! だよね!」

 

 ぶんぶんと頭を振って不安と迷いを振り払うと、ツバキはケーンと共にアジト内を走る。

 その時。

 

「そこまでだ、この先には行かせん」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 立ちはだかったのは、これまでの下っ端とは明らかに纏う雰囲気の異なる、短い黒髪に眼鏡という出で立ちの男性だ。

 

「……誰ですか」

 

「俺はシュルマ。ウィルゴ様の副官を務めている。この先でウィルゴ様が君を待っているが……残念ながら君がそこへ行く事は無い。ここで俺に倒されるからだ」

 

 シュルマはモンスターボールを手に取り、身構える。

 

「……いいえ、行かせてもらいます。行かなきゃいけないんです!」

 

「……何故だ? 確かに我々は伝説の三鳥を捕らえているが……それは君に直接関係のある事ではないだろう? なのに何故ノコノコとこんな所まで乗り込んできた?」

 

「苦しめられてるポケモンがいたら助ける! 当たり前の事です!」

 

「……っ!!」

 

 はっきりと断言したツバキに、シュルマは一瞬だけ目を丸くした。

 

「…………ならば……ならば、やってみろ! 俺を倒して先へ進んでみろ……! 行けっ、アーボック!」

 

 シュルマの投げたボールから現れたのは、腹部に恐ろしい顔のような模様を持つ、コブラポケモン『アーボック』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 だが、以前にツバキがポケモン図鑑で見た事のある模様とはやや趣が異なり、より威圧感を感じさせる意匠だ。

 その模様の凄みに、ケーンは怯んで一歩後退するが、すぐに炎を燃やして己を奮い立たせた。

 

「び、びっくりした……でも、ここで引く事なんてできない! 一緒に頑張ろう、ケーン!」

 

「(……なんてまっすぐな子だ……ただただポケモンを愛し、救うための理由など1つあれば良い、か……そしてこの熱意……もしかしたらこの子なら……)」

 

 シュルマはケーンを激励し、自身も拳を握り込んで気合いを入れるツバキを見てふと思案する。

 

「行きますっ! ケーン、“ニトロチャージ”!」

 

 瞼の向こうで燃え上がる炎の輝きが、シュルマの中の静寂を破った。

 

「っ……! “とぐろをまく”!」

 

 アーボックはその長い身体を素早く螺旋状に巻き込んで防御態勢を取ると同時に、精神統一によって雑念を切り捨て、戦意を研ぎ澄ます。

 直後、炎を纏ったケーンの突進が、とぐろを巻いたアーボックの胴に激突した。

 ……が、がっちり防御の構えを取っていたアーボックの身体は、その程度ではビクともしない。

 

「“とぐろをまく”は攻撃力と防御力を同時に増強し、精神の集中によって敵の動きを捉えやすくなる技。加えて君のマグマラシは、アーボックの特性である《いかく》に怯え、戦闘意欲を削がれている。そんな攻撃ではアーボックをたじろがせる事もできないぞ」

 

「くっ……! それなら、“だいもんじ”!」

 

 後方へ跳び退いたケーンの背中から炎が吹き出す。

 

「この熱量……まともに受ければキツいか。“アクアテール”!」

 

 相手は中間進化体とはいえ、ほのおタイプ技屈指の火力を誇る“だいもんじ”は、能力の不足を補うに十分。

 ならばと考えたシュルマの指示を受け、アーボックがぐるぐると尻尾を回して水分を集めると、瞬く間に大容量の水がその尻尾を覆った。

 そのまま回転を始めた水をぶちまけるかのように勢いよく尻尾を振れば、さながら濁流のようにケーンを飲み込もうとする。

 

「……! “だいもんじ”を床に撃って!」

 

 目標変更。

 炎をチャージしてアーボックへと向けていた頭を真下へ向け、一気に“だいもんじ”を噴射すれば、ケーンの身体はロケットや熱気球のごとく宙に浮かび上がる。

 

「何っ……!?」

 

 “だいもんじ”のまさかの使い方にシュルマが目を剥く。

 これはグレンジムでのカツラ戦で、相手のエンブオーが倒れ込みそうになるのを“だいもんじ”で姿勢制御していたのを参考に、ケーンはエンブオーよりもずっと軽い事を利用して考案した回避方法だ。

 ケーンは流れてきた水を無事にかわし、代わりにツバキの膝下が少し濡れてしまったが、気にしている場合ではない。

 

「そのまま“でんこうせっか”!」

 

 天井近くまで上昇したケーンは、天井、壁と蹴って加速しつつ移動し、次の瞬間にはアーボックの背後へと着地していた。

 

「っ!!」

 

「“だいもんじ”!」

 

 そしてその背中へと高熱の炎が放射された。

 素早く発射するために多少チャージが足りないが、それでもアーボックにはかなりのダメージが入ったようだ。

 しかし。

 

「“ポイズンテール”!」

 

 真横から紫色に発光するアーボックの尻尾がケーンに叩き付けられた。

 

「ケーンっ!」

 

 弾き飛ばされたケーンは通路の壁に激突し、さらにその表情は青ざめ、苦悶の色が浮かぶ。

 

「毒状態……!」

 

 こうなるともう時間が経つほどに状況は悪くなる一方だ。

 それでもシュルマは追撃の手は緩めない。

 

「“アイアンテール”!」

 

 今度は尻尾が金属質の輝きを放つと共にピンと伸びて硬質化し、ケーン目掛け振り下ろされる。

 

「“でんこうせっか”でよけて!」

 

 間一髪のところでケーンは転がるように横へと加速して“アイアンテール”を回避し、壁が身代わりとして粉々に粉砕された。

 “アクアテール”、“ポイズンテール”、そして“アイアンテール”……このアーボックは攻撃技の全てをその尻尾を使って行うようだ。

 

「(下手に後ろに回ると危ない……! だけど、正面からじゃ“だいもんじ”は隙が………………っ!)」

 

 そこまで考えてツバキは地の利に気付く。

 

「これなら行けるかも……! ケーン……苦しいだろうけど、もう少しだけお願い! “ニトロチャージ”で脇をすり抜けて!」

 

 ケーンが頷き、炎を纏って通路を駆け抜ける。

 そしてアーボックの真横を抜けると、そのまま周りをぐるぐると走り回る。

 

「(スピードによる攪乱か……だが、今のアーボックに“ニトロチャージ”や“でんこうせっか”の打撃はほとんど効かない……注意すべきは“だいもんじ”だが、この至近距離でチャージ無しで撃たれる程度ならば大した事はない)……惑わされるなアーボック。冷静に相手の動きのクセを見抜くんだ」

 

 アーボックは頷いた……のだが、そこでシュルマは違和感を感じる。

 言葉をかけてから頷くまで、少し間があったのだ。

 

「……? アーボッ…………っ!」

 

 シュルマの頬を伝う1滴の汗。

 それが答えだった。

 

「(気温が高くなっている……!? これは……“ニトロチャージ”の熱か!)」

 

 そう、“ニトロチャージ”で炎を纏ったまま走り続けるケーンによって周囲の温度が高まり、その熱は回転の中心にいるアーボックの体温を急激に引き上げ、意識を朦朧とさせていたのである。

 直接的な攻撃ではなく、技の副産物によって状況を変化させ、相手を内側から消耗させる……シュルマは眼前の少女がこのような機転を利かせた事に驚きつつも、その目論みに早めに気付けた事でほくそ笑む。

 

「ふっ……なかなか味な真似をするが……残念だったな! “ポイズンテール”で薙ぎ払え!」

 

 アーボックはとぐろを巻いた状態で尻尾を伸ばし、毒を染み出させて振り回した。

 アーボックの周りを駆けるケーンに、正面から“ポイズンテール”が迫り……。

 

「今っ! “でんこうせっか”でジャンプ!」

 

 ケーンはアーボックの尻尾を飛び越えると、そのまま壁を蹴って一気に天井にまで跳び上がった。

 

「なっ……!?」

 

「“だいもんじ”!」

 

 熱によって頭の働かないアーボックは、目の前から消えたケーンの居場所が真上である事に気付かず、周りをキョロキョロと見回している。

 

「真上に……尻尾は伸ばせませんよね……! 発射ぁ!!」

 

 死角。

 尻尾を駆使して多様な攻撃を仕掛けるシュルマのアーボックだが、それ故に尻尾の届かない場所に陣取られれば打つ手が無いのである。

 

「ア、アーボックっ!」

 

 頭上で高まる熱に、ようやくアーボックが頭を上げるが時すでに遅し。

 ケーンの口から発射された『大』の字の炎がアーボックの視界を完全に支配し、直後、その身体が激しく燃え上がった。

 炎はしばらく燃え続けた後に鎮火し、アーボックは長い身体をくたっと横たえた。

 

「……負け……か…………よくやった、アーボック……休んでくれ」

 

 シュルマは膝をつきつつもアーボックをボールへ戻して労いの声をかける。

 

「はぁっ……はぁっ……ケーン……ご苦労様……」

 

 見ればツバキもまた熱に緊張感も加わってか、かなり汗をかいて息が荒いが、それでもケーンを抱きかかえ、毒消しを塗り込んでいる。

 

「(あの発想力……熱意……そしてバトルへの必死さ…………この子ならば可能かもしれない……!)……君、トレーナーになってどのくらいだ?」

 

「……え? ま、まだなったばかり……ですけど……」

 

 突然敵に妙な事を尋ねてきたシュルマの態度を怪しみながらも、ツバキは答える。

 

「……そうか、その必死さは新人故、か………………実は君に……頼みがある……聞いてほしい」

 

「……頼み……?」

 

「ウィルゴ様……いや…………ベラに……勝ってくれ。勝って、彼女を表の世界へ引き戻してくれ……!」

 

 ツバキには、シュルマの言葉の意味がよくわからなかった。

 ロケット団員が、その幹部を倒してほしいと願っているのだから無理も無い。

 

「どうして……?」

 

「……俺とベラは同じトキワシティで育った幼馴染みで、いつも一緒だった……いや、俺が勝手に彼女に付きまとってただけなんだが…………ともかく、そんな昔からの知り合いがロケット団だなんだって裏の世界にいるのはもう我慢がならないんだ!」

 

「そ……そんな事を言われても……」

 

「……少し、彼女の事を話そう。ベラは……ベラの心は少し特殊で、常に退屈という名の渇きに苛まれているんだ」

 

「……渇き……ですか?」

 

 座り込んだシュルマの前に、ツバキもいつの間にかケーンをボールへ戻してしゃがみ込んでいた。

 

「そうだ。それは凄まじい疼きとなって彼女を蝕み……結果、彼女はその渇きを潤し、心を満たすために必死になってしまい、いつしか精神にも歪みが生じ始めた。言ってしまえばロケット団へ加わったのも、裏世界の刺激が心を満たしてくれると考えたからだ」

 

「……でも……」

 

「わかっている……どんな理由があれ、ロケット団として活動した事は許されない……それでも……彼女に救いを与えてほしいんだ……頼む……」

 

 だんだんとシュルマの声が、嗚咽の混ざったそれへと変わってきて、ツバキは驚いてしまう。

 

「あ、あのっ……? どうして……わたしにそんな……もっと強い人だって……」

 

「君じゃないと駄目なんだ。相応に経験を積んだ優秀なトレーナーは、大なり小なり達観した部分があり、バトルに遊び以上の意味を見出だせていないベラへは熱を伝えきれないんだ。だが、君は必死だ……新人特有のその感情剥き出しの必死さなら、彼女に変化をもたらせるかもしれない。加えて君はどうやらかなりのバトルの才能を秘めている。彼女に一矢報いられる新人という厳しい条件を、君ならクリアできるかもしれないんだ」

 

 シュルマは眼鏡を外して目を擦ると、じっとツバキを見据える。

 

「ベラは才能があった……あまりにもありすぎた。周りとの実力差は一回りも二回りも広がり、遊び半分ですら誰も勝てなくなってしまった。結果として1度もバトルに本気で臨む事無く今に至ってしまっている。だが、バトルの醍醐味は互いの全力と全力……本気のぶつかり合いだろう。それを楽しい事と理解してくれれば……彼女は表の世界でも生きていけるはずなんだ……!」

 

 ベラの事を案じて語るシュルマの目に宿る熱意は本物。

 その事がツバキにも理解できるほどに彼は真剣なのだ。

 

「……約束はできません。ベラさんは強いですから、勝てる保証なんてありません。でも……わたしだってポケモントレーナー……気持ちだけは勝つつもりでバトルします」

 

「それでかまわない。……すまない……悪人のくせに君みたいな子にこんな事を頼むなんて、ムシの良い話だと自分でも思う……だが、俺じゃあもう彼女の心を動かせないんだ……」

 

 立ち上がったツバキに対し、シュルマはこれでもかと頭を下げ続ける。

 

「いえ……ロケット団は嫌いですけど……あなたは良い人だって、そう思えます。……ありがとうございました。ロケット団の中にもあなたみたいな人がいるってわかって、わたし少しホッとしました。それじゃ……」

 

 ツバキは悪の組織に向けるとは思えない柔らかい笑みを浮かべると、ペコリと頭を下げて通路の先へと進んでいった。

 

「……俺に……ベラやあの子の才能の半分でもあれば…………くそっ……!」

 

 幼馴染みの心を救う事すら、通りすがりの幼い少女に託すしかない己の不甲斐なさに、シュルマは拳を壁に打ち付けた……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきましてありがとうございました!

当然の事ながら今回登場したアーボックの模様は公式には存在しません。
いつか全模様出揃った時の事は考えない。


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第67話:餓狼

今度はイソラ&スカーレットサイドに移る第67話です!
…長いです。


 敵の罠により、ロケット団アジト内で別行動を取る事になってしまったツバキ達。

 ツバキがウィルゴの副官・シュルマを破り、彼からウィルゴへの勝利を託された頃、イソラ達は……。

 

 

 

「“エアスラッシュ”」

 

「“ワイルドボルト”」

 

 ペリッパーが翼を振るうと同時に響いた風切り音。

 それと共に放たれた空気の刃が、通路を塞ぐように並んだポケモン達の間を駆け抜けてその体勢を崩し、そこへ電撃を纏ったレントラーの猛烈な突撃が炸裂して、纏めて轢き倒していった。

 宙を舞ったポケモン達は、バラバラとロケット団員達の前へと落ちていく。

 

「ベ、ベトベトン! コラッタ……!」

 

「お、俺の……俺のゴルバットがぁ……!?」

 

「デルビル! ……うぐぐ……ひ、引けっ! 引けぇっ!」

 

「ち、ちくしょう! 化け物どもめ!」

 

 各々自分のポケモンをボールへ戻し、捨て台詞を吐いて逃げていく団員達。

 

「私達は化け物らしいぞスカーレット」

 

「………………がおー。鬼だぞ」

 

 レントラーと共に威嚇するようなポーズで勝利を誇示するスカーレットに少し呆れながらもイソラは歩みを進める。

 ここまでは完全に鎧袖一触という言葉の意味そのままの快進撃なのは確かだが、イソラからすればポケモンの実力をまったく引き出せていない下級団員相手では誇る気にもならない。

 それは恐らくスカーレットも同じであり、あのポーズは相手への煽りの意味が大きいだろう。

 

「……む……」

 

「………………分かれ道」

 

 通路を進んできたイソラ達の前に、まっすぐ進む道と、左へ逸れた道が現れる。

 

「見取り図によると、最終的にはどちらも最奥部へは辿り着けるが、最短ルートはこのまま直進か……だが……スカーレット、お前はそちらの脇道を頼みたい」

 

「………………いるかも。ツバキ」

 

「そういう事だ。できれば合流して進みたいからな。頼めるか?」

 

「…………ん」

 

 どちらともなく拳を突き出して打ち合わせると、微笑みを交わしてそれぞれ別の道を進み始めた。

 

「さて……ペリッパー、まだ大丈夫か?」

 

 イソラの問いかけにペリッパーが翼を高々と掲げ、自信たっぷりに答える。

 

「頼もしい事だ。……むっ」

 

 進む内に通路を抜け、広い空間へと出る。

 そして、そこに佇む影が1つ……。

 

「……くく……くははは……! はっははは! 来たなあ、女帝っ!!」

 

「……三凶星……アクイラか……!」

 

 腕を組んで立っていたその男は、イソラの姿を見るや歓喜の高笑いを上げる。

 

「そうさ、最短ルートで奥を目指すなら、必ずここを通る。そう踏んで待ってた甲斐があったってもんさ! くっくくく……! さあ、ごちゃごちゃ言うつもりはねえ……始めようぜ! バトルを! 俺に勝てたらここを通してやっからよお!!」

 

 そう言ってアクイラは1枚のカードを取り出した。

 

「くくく……奥の研究エリアに入るために必要なカードキー……その片割れだ。……しかし、安心したぜ、アンタが来てくれて。チビッ子の方に来られても、あんなのとバトルしてもつまらねえからよお」

 

 チビッ子というのは、十中八九ツバキの事を指しているのだろう。

 それを聞いたイソラの口から、嘲るように小さな笑い声が漏れ出た。

 

「ふふっ……あまり舐めない事だ。確かにあの子の実力はまだ未熟……だが、その身に秘めた才覚は私をも凌駕する、と私は信じている。仮にこちらへ来たのがあの子でも結果は同じ……貴様は道を譲る事になる」

 

「……その口振り……もうアンタが勝つ事が決まってるかのようじゃねえか?」

 

 遠回しな勝利宣言を受け、さすがに面白くないのかアクイラが顔をしかめるが、イソラは臆する事無く言葉を続ける。

 

「当たり前だ。負ける事を考えてバトルするトレーナーがどこにいる。勝つ事を考え、策を練り、ポケモンと共に全力でバトルに臨み、そして最初の考えを現実へと変える。それがポケモントレーナー……ポケモン達の生命と運命を預かった者の責任だ。……違うか?」

 

 イソラのその言葉を受け、数秒間真顔のままだったアクイラが、大声を上げて笑い始めた。

 

「……くはっ……くはははははっ! いや……ちげえねえ、その通りだ。それがポケモン達への礼儀ってもんだったな。今のは俺が悪かった。……なら、改めて……決めようぜ、女帝。俺とアンタの勝利のビジョン! そのどちらが現実のもんとなるかをな! ルール無用の裏バトルの真髄、見せてやるぜっ!」

 

――――ロケット団幹部のアクイラが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(モンスターボール2つ……2体同時に使ってくるか)戻れペリッパー」

 

 2つのボールを取り出したアクイラに対し、イソラはペリッパーのボールをベルトへ戻し、改めて1つ構える。

 

「ほう、俺が2体出すと知ってなお1体……そいつがアンタの最強か」

 

「そうだ。私の最初にして最強のパートナー。初志貫徹を体現するポケモン。……待たせたな、お前の出番だ……オニドリルっ!」

 

 イソラが投げたボールが開き、巨大な翼を広げたポケモンのシルエットが形作られる。

 

 

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 それと同時にアクイラに降りかかる圧倒的な威圧感、プレッシャー……それはファイヤーと相対した時の比ではないほどの物だ。

 

「く……くくく……なるほど、こいつは確かに最強と呼ぶに相応しい……!」

 

「当然。こいつは強力なドラゴンだろうと、メガシンカ体だろうと、私と共に決して引く事無く戦い、勝利を収めてきた歴戦のオニドリル。私を象徴するポケモンと呼んでも過言ではない」

 

 オニドリルはイソラの前へと着地し、鋭い眼光でアクイラを射抜く。

 

「くく……こいつなら相手にとって不足はねえ! 行くぞ、ヘルガー! アブソル!」

 

 アクイラの両手のボールから飛び出した光が、2体の獣の形を成していく。

 完全に固着した2体のポケモンは、ゆっくりと目を開いて眼前の敵を負けじと睨みつける。

 

 

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 片方は以前に対峙したダークポケモン『ヘルガー』、そしてもう片方は全身の白い体毛と対照的な黒い顔とそこから伸びる刃のようなツノが特徴的なわざわいポケモン『アブソル』だ。

 だが、その姿を見ると……。

 

「……っ!?」

 

 イソラは目を丸くする。なぜならば……。

 

「(2体ともメガストーンを持っているだと……!?)」

 

 そう、現れた2体の首には、虹色に輝くメガストーンがぶら下がっていたのだから。

 

「くっくく……さすがにアンタも……2体同時メガシンカは相手取った事はねえよなあ?」

 

「ああ。ただでさえ負担の大きいメガシンカ……それを2体分も支えるとなれば、並のトレーナーの肉体と精神では耐えられん。……正気か?」

 

 イソラのその問いに、アクイラは不敵な笑みを浮かべ、目を見開いて答えた。

 

「くっははははは! あいにくと俺は並じゃあねえ……熱いバトルのためなら……自分の命すら懸けられるほどにイカれてるもんでねえっ!!」

 

 言うなりアクイラは右袖を捲り、キーストーンの嵌まったメガリングを露にする。

 

「さあ、行くぞ! 悪には悪の絆があるってのを見せてやろう! 目に焼き付けな……俺達自身がアンタにとっての災厄だ!! ヘルガー! アブソル! メガシンカ!!」

 

 アクイラの右腕から放出されたオーラは空中に一時止まり肥大化すると、2つに分割されてヘルガーとアブソルの2体の身体を包み込む。

 ヘルガーのシルエットは激しく燃え上がり、纏っていた光を吹き飛ばすように姿を現した。

 

 

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 露となったその姿は、頭部と背中の骨のようなパーツ、そしてツノが大型化し、爪は赤く発色している。

 そしてアブソルはといえば、頭部の体毛が片目を覆うほどに伸び、外見上の最大の変化は翼のように広がった背中の体毛だ。

 

「……本当に2体同時にメガシンカさせるとは……なんて奴だ……」

 

 通常、公式戦でのメガシンカは1回のバトルで1体までとされている。

 それは驚異的な戦闘能力の向上故にルール上決められているのもあるが、ポケモンとトレーナー双方に大きな負荷がかかり、それ以上は肉体と精神が保たない、というのも理由の1つである。

 それを2体同時に行っているというのだから、アクイラにかかっている負担は冗談で済むレベルではない。

 

「……くっ……くくく……さああ……闘ろうぜ女帝いぃぃ……!!」

 

 放っておけばその負荷で自滅しそうではあるが、イソラのボケモントレーナーとしての矜持がそれを許さない。

 たとえそれが相手がロケット団のような悪党であろうとも。

 

「良いだろう、来い!」

 

「くっくく……なら遠慮無く行かせてもらうぜえっ! ヘルガー、“かえんほうしゃ”! アブソル、“あくのはどう”!」

 

 ヘルガーの口からメガシンカ前とは比較にならない熱量の炎が放射され、アブソルの身体からは溢れ出た漆黒のオーラがオニドリル目掛け襲いかかる。

 

「オニドリル! “こうそくいどう”!」

 

 翼をはためかせて飛び立ったオニドリルが錐揉み回転で炎を回避し、続けて直線コースに入って速度を上げると、追ってくる“あくのはどう”を引き離す。

 

「ヘルガーへ“ドリルライナー”!」

 

 かと思えば急降下を敢行し、器用に翼が床に当たらない高さを維持して高速で回転しながら弾丸のようにヘルガーへ突撃していく。

 

「“かげぶんしん”!」

 

 鋭いクチバシがヘルガーを刺し貫く寸前、その姿が霞み、横並びに3体のヘルガーが出現した。

 オニドリルはその内の1体を貫いて飛び去るが、それは分身に過ぎず即座にかき消えた。

 

「……やはり一筋縄では行かんか。(ヘルガーはメガシンカして特性が《サンパワー》に変化しているはず……)オニドリル! “ねっぷう”だ!」

 

 オニドリルの両翼が熱を帯び、そのまま羽ばたけば高熱の風がフィールド全体を覆い尽くし、ヘルガーとアブソルの身体に全方位から吹き付ける。

 ヘルガーの特性はほのおタイプ技を無効・吸収して自身を強化する《もらいび》だが、メガシンカによって変化した事で普通にダメージが通るようになっている。

 身を焼く熱風が表皮をじりじりと焦がし、ヘルガーはともかく元々打たれ強いわけではないアブソルにはかなりのダメージが入った。

 

「やるじゃねえか……! “ストーンエッジ”!」

 

 アブソルが前脚を叩き付けると、床から無数の鋭い岩塊が等間隔で突き出して風の流れをコントロールし、アブソル達への被害を抑え込む。

 

「(ちっ……ほとんど風の無い屋内なせいで風向きが計算しやすくなっている……こいつには風を使う技は通用しないか)」

 

「今度はこっちから行かせてもらうぜ! “めざめるパワー”! “サイコカッター”!」

 

 ヘルガーの首回りから青白いエネルギー弾が6つ撃ち出され、アブソルがツノを振り回すとピンク色のサイコエネルギーの刃が2つ3つと射出された。

 

「(弾数が多い……! だが……!)」

 

 オニドリルは“こうそくいどう”でスピードが大きく向上している。

 いかに数が多くとも、包囲されないように注意を払えばさほど恐れる事は無い。

 実際、次々に襲いかかる弾と刃を、急上昇、急降下、急加減速を駆使してオニドリルは器用にかわしていく。

 

「(恐らくこれはこちらを誘導する囮……! 本命は……)」

 

「“オーバーヒート”!」

 

 オニドリルの真正面にヘルガーが飛び上がり、その口の端から炎が溢れ出る。

 

「ならば“ドリル”……」

 

「“ふいうち”!」

 

「っ!!」

 

 翼を広げ、急降下からの“ドリルライナー”を決めようとしたオニドリルの背後に現れたアブソルが、強靭な前脚でオニドリルの両翼を抑え込んだ。

 そこへヘルガーから放たれた、“かえんほうしゃ”を遥かに上回る火力を誇る“オーバーヒート”が直撃し、身動きの取れないオニドリルの身体を炎が包む。

 

「オニドリル! 負けるな!」

 

 だが、イソラ最強のパートナーの名は伊達ではない。

 

「“ドリルライナー”!」

 

 着火と同時にアブソルが離れて拘束が外れると、“ドリルライナー”で身体を高速回転させて炎を吹き飛ばして復帰した。

 

「くくっ……“オーバーヒート”の直撃を受けてまだやれるとはな……化け物じみた耐久力だぜ」

 

「……化け物……化け物……化け物……貴様ら何度私を化け物呼ばわりする気だあぁぁっっ!!」

 

「……あ?」

 

 突然キレ始めたイソラに、バトル中にもかかわらずアクイラの表情が崩れる。

 が、考えてみればイソラは強いとはいえまだ18歳という年頃の女性であり、こう何度も化け物扱いされれば怒りたくもなるというもの。

 ……今化け物と言われたのはオニドリルの方だが。

 

「もはや我慢ならん! “ドリルくちばし”!」

 

 あいにくとデリケートな乙女心には疎いオニドリルが呆れたような表情を浮かべた後に一際高く飛び上がり、身体を回転させながら鋭いクチバシでヘルガーを狙う。

 

「わけがわからねえが、やる気が出たなら結構だぜ! “かえんほうしゃ”! “ストーンエッジ”!」

 

 再度ヘルガーの口から炎が噴射されるが、“オーバーヒート”でエネルギーを使いすぎたためか、炎の勢いは落ちている。

 それを補佐するように突き出た岩がオニドリルの動きを阻害しようとする……が。

 

「ドリルの名は伊達ではないっ!」

 

 凄まじい勢いで回転するクチバシは、立ちはだかる岩を次々に刺し貫き、ポケモンとしての名、そして技名が示す通りに穴を穿ち、砕き、破砕していく。

 さらには迫ってきた炎すらもその回転を以て霧散させていき、そのままヘルガーに突進をクリティカルヒットさせる。

 

「なんだとっ……!? くっ……ぐっ……!? ……ごふっ……!」

 

 その瞬間、アクイラの口から血が噴き出す。

 

「っ!?」

 

 イソラが目を剥く。

 とうとうメガシンカ2体分の負荷が本格的にアクイラの身体を壊し始めたのだ。

 吐血した主人の姿にヘルガーとアブソルが振り向くが、アクイラは逆に声を荒げた。

 

「構うなっ! バトル中だぞっ!!」

 

 袖で血を拭きながら、アクイラはなおも指示を続ける。

 

「……かふっ……! ……“めざめるパワー”! “あくのはどう”!」

 

 ヘルガー達は戸惑いつつも、指示通りに技を放つ。

 

「“こうそくいどう”!(……まずいぞ。このままでは奴は命を落としかねない………………ふざけるな! ポケモンバトルの中で死人が出るような事があってたまるか! バトルはそんな物じゃない……! ……仕方無い……頼むぞ……!)」

 

 イソラはオニドリルに指示を飛ばしながら、右腕を後ろに振る。

 オニドリルの速度はますます引き上げられ、技を狙って当てるのは難しくなってくる。

 

「“ストーンエッジ”! ヘルガーはそこに“めざめるパワー”!」

 

 だが、そこは三凶星……そんなもので完封できる相手ではない。

 点が駄目なら面で制圧する。

 無数に突き出した岩にエネルギー弾が次々にヒットし、細かい破片が膨大な数の対空砲火と化してオニドリルの全身に突き刺さった。

 

「オ、オニドリルっ!」

 

 墜落したオニドリルは、すぐさま立ち上がって全身に力を込め、刺さった破片を筋肉の膨張で弾き出した。

 

「オニドリル……まだ、行けるか?」

 

 オニドリルの甲高い声がその問いへの返答だ。

 その大きな翼を振るい、なおも継戦の構えを見せる。

 

「……よし。アブソルへ“ドリルくちばし”!」

 

 何度目かの飛翔から、これもまた何度目かの回転と急降下。

 だが、“ストーンエッジ”の破片による負傷はそのスピードを大きく鈍らせた。

 

「へ……へははは……! まだ……どうにか……追いきれるスピードだぜ……! ”サイコカッター”……!」

 

 放たれるサイコエネルギーの刃を、回転しつつも左右へ小刻みに動いて回避するが、翼の大きさが災いして1発が着弾してしまう。

 その隙にヘルガーが背後へ回り、オニドリルは完全に挟撃態勢を取られてしまった。

 

「く……くひははは…………メ……メガシンカ2体を相手に……よく……保ったもんだな…………! だが……終わりだ……女帝……! 単騎で挑んだ事を……後悔しやがれえっ!! “かえんほうしゃ”! “あくのはどう”!」

 

 息絶え絶えのオニドリルに対し、ヘルガーとアブソルが技の準備に入る。

 

「……単騎……? ……違うな……2体さ、私もな。……“かげぬい”」

 

 その小声の指示と共に、イソラの背後の通路から2本の針のような物が射出され、イソラの髪の先端を掠めて飛来する。

 

「飛べっ!!」

 

 オニドリルが残った力を振り絞って飛翔すると、一文字に並んだ形となったヘルガーとアブソルの影に、飛んできた針が突き刺さった。

 

「な……に……!?」

 

 ヘルガーとアブソルはもがくが、まるで床に縫い付けられたように身体がその場を離れようとしない。

 

「……私はひこうタイプを専門としている。だが……ほんの一握りだけイレギュラー……例外が存在する」

 

 通路を歩いてきたその影の姿が徐々に明らかとなる。

 

「良い……狙撃だ…………ジュナイパー」

 

 

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 全体のシルエットは人型に近く、葉でできたフードを被り、顔には眼鏡のような模様。

 身体全体を覆い隠せそうなほど大きな茶色の翼を有するそのポケモンは、やばねポケモンの『ジュナイパー』……くさとゴーストタイプだ。

 

「……よもや、卑怯とは言うまいな?」

 

「……くくっ……言うわけが……ねえ……! 最初に言っただろう……ルール無用……ってよ……! しかし……いつの間に出しやがった……?」

 

「つい……さっきさ。白熱すると……フィールド内しか見えないというのは……本当だったようだな……」

 

 そう、アクイラの身体に変化が起きて吐血した時、予想以上に手こずったイソラは、早期にバトルを終わらせるべく後方へとジュナイパーのボールを投げ、機会を窺っていたのだ。

 通常ならば途中からのポケモン追加とバトル乱入などルール違反もいいところであるが、これはその縛りを外れた裏バトルなのである。

 

「あいにく……どんな相手にも正々堂々などと言えるほど……清くはないのでな……! “ドリルライナー”! “リーフブレード”!」

 

 ジュナイパーの放った矢によって拘束されて身動きの取れないヘルガーへ、余波で床を抉りながら回転するオニドリルが突進し、アブソルへは腕となる翼の一部が刃のように伸びたジュナイパーが斬りかかる。

 動きを封じられた2体は無抵抗のままその一撃を受けて大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「だが、拘束は外れた……! ……“かえんほうしゃ”で牽制! オニドリルに“ストーンエッジ”!」

 

 2体は空中で身体を捻ると、揃って壁を蹴ってフィールドへと復帰し、ヘルガーが炎を吹き出してジュナイパーの動きを阻害しているその間にアブソルが鋭く尖った岩を次々と隆起させてオニドリルを襲う。

 

「……“ドリルくちばし”だオニドリル! 全てとは言わん……! 手前のいくつかだけでも貫けっ……!」

 

 イソラに考えがあると信じ、オニドリルは身体の回転を早めながら、“ストーンエッジ”へ真っ向から突撃を敢行する。

 ここまでのダメージで体力は著しく低下し、“ドリルくちばし”のパワーも目に見えて落ちている。

 それでも立ち塞がる肉厚の岩柱を4本5本と貫いていくのはさすがであるが、案の定6本目以降からは勢いが落ちていった。

 ジュナイパーはオニドリルの方へ行こうとしたり、アブソルを狙撃しようとすれば、ヘルガーが敏感に察知して炎を噴射してくる。

 

「くっははは……! 終わり……だ……! ぐっ……ごほっ……ごほっ……!」

 

「……ああ…………終わりだ……! “ゴーストダイブ”!」

 

 炎が直撃するその瞬間、ジュナイパーの足元に黒い穴が開いてその姿が吸い込まれる。

 そして、ジュナイパーの消えた先には、“ストーンエッジ”をコントロールしていて動けないアブソル。

 

「っ!! よ……よけろっ……!!」

 

 血反吐の混ざったアクイラの叫びにアブソルが振り向くが、もう遅い。

 アブソルの身体が炎に包まれ、前脚を上げて熱に悶える叫びと共に岩塊がボロボロと崩れ、その先から突撃してきたオニドリルの“ドリルくちばし”が腹部を直撃。

 アブソルは白目を剥いてぐらりと揺れ、その身体が一瞬光ったかと思えば、表面が光の粒子となって弾け、メガシンカ前の姿で床に倒れ込んだ。

 

「アブ……ソル……!」

 

 そして、味方を撃ってしまった事に愕然とするヘルガーの背後に穴が開き、現れたジュナイパーが鋭利な足の爪に不気味なオーラを纏わせて振り下ろす。

 完全に無防備になっていたヘルガーは、背中でまともに受け、床に強く打ち付けられてしまった。

 

「っ……終わらせるぞ! “ドリルライナー”!」

 

 アブソルを破り、“ドリルくちばし”の回転を緩めぬまま上昇していたオニドリルが、大きく旋回して急降下し、今まさに床をバウンドしたヘルガーを勢いよく突き上げる。

 宙を舞ったヘルガーは、空中で2度3度ゆっくり回転し、アブソルのように光の粒子が尾を引きながら落下。床へぶつかると同時にメガシンカが完全に解け、そのまま動かなくなった。

 

「……が……ぁ…………はぁっ……はぁっ……」

 

 アクイラが片膝をつく。

 メガシンカの負荷から解放されたとはいえ、身心共に消耗は激しく、呼吸は荒く不規則だ。

 

「……くっ……くははっ……! ……負けたよ……俺の負けだ……」

 

「……それだけの……覚悟と実力……真っ当に使えば、ジムリーダーはおろか……四天王すら現実的に目指す事も……できたろうに……」

 

 対するイソラも、隠そうとはしているが言葉の合間合間で吐き出す息の荒さはごまかせない。

 

「……くくっ…………悪いが……もう……ルールで細かく……縛られた……表のバトルじゃ…………俺の闘争心……は…………満足……しねえのさ…………くく……は……。……楽しかったぜ……女帝……」

 

「……私は……全然楽しくなかったよ。貴様が……ロケット団でさえ……なければ……楽しめたろうが、な……」

 

「……ははっ……そうかい……そりゃ……惜しい事を…………し……た……………………」

 

 アクイラの首ががくんと垂れ、片膝立ちの体勢で硬直する。

 積もり積もった疲労と負担が祟り、その姿勢のまま失神してしまったようだ。

 

「……ジュナイパー、よく……やってくれた。戻って……休んでてくれ……」

 

 それを見届けたイソラはジュナイパーをボールへ戻し、深呼吸をひとつ。

 そして、膝から崩れ落ちそうになるところを、オニドリルの翼で支えられる。

 

「……すまない、オニドリル……お前も疲れているのにな…………まるでZ技を使った後のようだ……これほど精神を磨り減らしてしまうとはな……」

 

 イソラはオニドリルの翼を優しくどけると、その場にぺたりと座り込んでしまった。

 

「……他のポケモンや、ツバキ達には……こんな弱々しい姿は……見せられんな……ふふっ…………こんなところを見せるのは……お前の前だけだ……」

 

 座り込んだままオニドリルのクチバシをゆっくりと撫で、懐からキズぐすりを取り出すと、その傷口に吹き付けていく。

 

「こんなにまで傷付けてしまって……すまないな…………まったく……こんな奴があと2人もいるとは……先が重いな、オニドリル……」

 

 少しそのままで休んだ後、イソラは足腰に力を込めて立ち上がる。

 

「……あまりのんびりもしていられん……行こう」

 

 ゆっくりとアクイラに歩み寄り、そのジャケットのポケットからカードキーを抜くと、イソラとオニドリルは先へと進む。

 その歩みは徐々に速度を増し、ほんの数m歩く頃には背筋も伸ばし、やせ我慢が入りつつもいつも通りのイソラへと戻る。

 

「弱い私は終わりだ。……あの子のためにも、表面上だけでも強くあらねば、な。私は……あの子の憧れなのだから……」

 

 イソラは顔を上げ、しっかりと前を見据えて己の脚で歩き始める。

 脳裏に浮かぶは、今もこのアジトのどこかで懸命に戦っているであろう、大切な妹分の可愛い笑顔。

 後ろを向き、地面を見つめるのはほんの一瞬で良い。

 彼女がいずれ自分を超えていくその時まで、彼女の憧れそのままの自分でいるために……彼女の期待と信頼に全力で応えるために。

 自分は前を向いて、より高くを見上げていなければならないのだから。

 

 

 

つづく

 




今回も駄文雑文長文落書きにお付き合いいただきありがとうございます。

メガシンカ2体と拮抗するオニドリルが化け物なのか、2体がかりでオニドリル程度と互角なヘルガー&アブソルが弱いのか…その判断は読者の皆様に委ねようと思います。


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第68話:暴君

三凶星戦パート2となる第68話です


 ロケット団アジトの中、ツバキとはぐれて下級団員を蹴散らしながら進むイソラは、分かれ道でスカーレットと一時別行動を取り、三凶星の一角たるアクイラと遭遇する。

 切り札のオニドリルを繰り出すイソラに対し、ヘルガーとアブソル……2体のメガシンカ体を同時に扱うアクイラ。

 数の差もあり次第に押されるイソラは、隠し玉であるジュナイパーを加えてどうにか撃破に成功。

 アクイラからカードキーを手に入れて先へと進んだイソラから、場面は再びツバキへと移る……。

 

 

 

「ベトベター! “ヘドロばくだん”!」

 

 紫色のドロリとした身体のポケモンが、自分の身体の一部を掬い取り、丸くこねて投げつけてきた。

 

「ナオ、“サイコショック”!」

 

 ナオの目が光り、両手に構成されたサイコエネルギーの塊を順番に投げつければ、1つが“ヘドロばくだん”と相殺、もう1つがベトベターの顔面を直撃し、後ろの団員を巻き込んで倒れた。

 

「うぐぐ……くそ……お、覚えてろ……!」

 

 団員はベトベターをボールへ戻し、鼻を押さえながら逃げていった。

 ベトベターも懐けばだいぶ臭いが抑えられるのだが、あの様子を見る限り、あまり懐かれてはいないようだ。

 

「ご苦労様、ナオ。……それにしても、何人いるんだろう……もう10人くらいは倒したはずなんだけど……」

 

 数でこちらに勝る相手というのは、当然の事ながら厄介なものである。

 単純に物量で押し潰そうとするのもそうだが、こうして立て続けに襲撃されると、疲労がどんどん蓄積していってしまう。

 

「ともかく早くベラさんを…………っ!」

 

 ツバキの背筋に走る、ぞくりとした悪寒。

 現在進んでいる通路の先から感じるそれに、ツバキは覚えがあった。

 

「……ごめん、ナオ……ボールに戻ってて」

 

 頷いたナオは、お気に入りのモンスターボールを持って大人しく回収光線に吸い込まれた。

 それを見届け、ツバキは表情を引き締めて通路を進む。

 そして、通路を抜けた先の広間に……彼女はいた。

 

「うふふふ……待ってたわぁ、ツバキ。調味料達のおもてなしはいかがでしたかぁ?」

 

 ドラピオンに寄りかかり、伸ばした舌先で棒付きキャンディを弄びながら、ウィルゴが横目でツバキを捉える。

 調味料……それは、ここまでにツバキが倒してきた団員達の事だろう。

 つまり、彼女はツバキを料理に見立て、下級団員達で下ごしらえをしていた……という事だ。自分が最高の味で味わうために。

 

「そりゃあ、塵を一気に散らすのも楽しいんだけど、こういうのはやっぱりある程度の抵抗が無いとねぇ。そういう足掻きを全力で叩き潰された時の絶望ってのが、一番面白い顔するし♪」

 

 メインディッシュを前にして、心底楽しそうにウィルゴは笑う。

 相手を掌中で弄び、希望を見出だしたところを絶望へと塗り潰し、その事に至高の愉悦を抱く、まさに歪な心。

 これがポケモンバトル本来の楽しさを知らぬが故に歪んだ結果だというのなら、恐怖を通り越して哀れみすらも覚える……実際、ツバキの胸中にはそういう感情が湧き上がっていた。

 

「……バトルです、ベラさん」

 

「……あら? アタシの事知ったのね。……あぁ、そういえば一緒にいた奴が知ってそうな素振りだったわねぇ……アレから教えられた感じかしらね? ……うふふ……だとしたら……勝ち目が無い事も理解できそうなもんだけどねぇ……♪」

 

 完全にツバキを格下と捉え、実際その実力にはとんでもない開きがあるのだろう。

 だが、彼女が餌や獲物と考えている相手……すなわちツバキはただの料理ではなく、いまだ調理前の牙を剥く獣である事には気付いていない。

 

「そうねぇ……どうせ勝つ事なんてできないんだし…………うん、このラピオに膝をつかせる事ができたら……このカードキーをあげちゃおうかしら? いっちばん奥に進むための2枚ある内の1枚よ。うふふふ、このくらいの条件なら、死に物狂いになればやれそうじゃない?」

 

 恐らくウィルゴは、こうして実現できそうなクリアーラインを用意し、そこに到達寸前で絶望の淵へと突き落とそうと考えているのだろう。

 

「前みたいに片っ端から一撃でおしまい……なーんてのは飽きたからやめてね? せいぜい足掻いてもがいて必死に抵抗してね♪ あっははははは!!」

 

――――ロケット団幹部のウィルゴが勝負を仕掛けてきた!

 

 

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「さぁ、ラピオ……遊んであげなさいな」

 

 ウィルゴが身を起こし、ドラピオンをけしかける。

 ドラピオンはウィルゴをじっと見つめた後、のそりと前へと出てきた。

 

「来た……!」

 

 かつて、まるで本気を出していないにもかかわらず、ツバキの手持ちを苦も無く一蹴し、壊滅させた怪物。

 あの時の恐怖が全身を震わせるが、ツバキは足幅を開き、床を踏みしめて自身を奮い立たせる。

 

「(トレーナーの不安はポケモンまで不安にする……そうだよね、お姉ちゃん……!)……行くよっ! ポポくんっ!」

 

 最強の敵には最高のパートナーを。

 ツバキの投げたボールから現れたシルエットは見る見る内に鳥の形へと変化し、頭部の長い飾り羽に光の粒子を纏ったポポが、甲高い雄叫びと共に宙に舞った。

 

「ふぅん、あの時のピジョンね……さて、どれだけの獲物に仕上がったかしら? まずは小手調べ……“ミサイルばり”よ」

 

 ドラピオンが上半身を後方へ仰け反らせ、体勢を戻すと同時に口から吐いた5発の針が空中のポポを追尾する。

 

「ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

 宙返りの後、瞬く間に加速したポポは、“ミサイルばり”の間をすり抜け、一気に急上昇し、落下加速を加えた突進を叩き込むが、ドラピオンはその程度ではビクともしない。

 

「スピードはまぁまぁってとこね。でも、そんなもんじゃ当たったところで無意味も無意味、むしろそっちのが痛いんじゃないの?」

 

 ウィルゴの言う通り、ドラピオンの頑強な甲殻にはポポの打撃はまったく通用せず、逆にポポがクチバシをさすっている。

 

「(やっぱり全然効いてない……でも、物理技がダメなら特殊技!)ポポくん、“ぼうふう”!」

 

 ツバキの前へとUターンしたポポは、光輝く翼を激しくはためかせ、周囲の空気の流れを乱し、操り、ドラピオンへと叩き付ける。

 

「振り払いなさい」

 

 まったく慌てる様子も無く、ウィルゴはにやにやとした表情のまま指示を下す。

 ドラピオンは蛇腹状の胴体を活かし、鋭利な爪を有する両腕を伸ばしたまま上半身を大きく回転させ、“ぼうふう”に匹敵する強風を巻き起こす。

 2つの相反する流れを有する風が激突し、高音、低音、様々な騒音が響き渡り、やがて対消滅した。

 

「……う……そ……」

 

 技でもない、単なる上半身の回転だけでポポ最大の技である“ぼうふう”を打ち消してしまった。

 口を開けたまま唖然とするツバキを見て、ウィルゴが首を傾げる。

 

「……あら? もしかして今の……そいつの最強技だったりする? ご~めんごめん、いきなり戦意が折れちゃったかしら?」

 

 わざとらしく煽るウィルゴだが、あの時よりも経験を積んだツバキの心は、そう容易くは折れない。

 

「……まだです! バトルは最後までやらないとわかりません!」

 

「ふぅん、少しはマシになったのね。ま、その方が……心折る楽しみが大きくなるけどねぇ~♪ あ、あとね、最後までやらないとわからないって言うけどぉ……アンタがアタシに勝つってのは100%無いから♪ あっははは!」

 

 愉快そうな笑い声を上げるウィルゴを意に介さず、ツバキはバトルを続行する。

 

「“でんこうせっか”!」

 

 再度加速して高所からドラピオンへと突進していくポポ。

 

「(同じ技……こいつもそこまで馬鹿ってわけじゃないわよね……なら、次に仕掛けてくるのは……)」

 

 ポポの加速がさらに増し、急加速で一瞬にしてドラピオンの背後へと回り込む。

 

「“ぼうふう”!」

 

 相手が先ほどの動きをする間を作れない距離、しかも背後からならば決まる可能性は高い。

 

「“ミサイルばり”」

 

 だが、ドラピオンは頭をぐりんと180度回転させ、口から2発の針を発射。ポポの翼に着弾してしまった。

 

「あぁっ! ポ、ポポくん! こっちに戻って!」

 

 “でんこうせっか”の加速でドラピオンの脇をすり抜け、ポポはツバキの前へと舞い戻る。

 

「あら……まだ動けるの? おっかしいわねぇ……フリーザーはこれで相当動きが鈍ったんだけど……この辺は野生とトレーナー付きの差かしら?」

 

「フリーザーを……!?」

 

 ひこうタイプと相性の悪いむしタイプ技である“ミサイルばり”で伝説の三鳥……その一角を仕留めたというウィルゴの発言に、ツバキは息を飲む。

 

「(やっぱり強い……それも桁違いに……! だけど、逃げ出すわけにはいかない……!)」

 

 恐ろしいのは、相手はここまで効果の薄いはずの“ミサイルばり”しか使っていないのに、こちらを圧倒しているという事だ。

 もしも本気でかかってくれば、冗談抜きに一瞬で終わってしまいかねない。

 ここから相手の提示した条件まで一気に達成できる可能性があるとすれば……。

 

「(……メガシンカ……)」

 

 相手はおろか、自分にとってすらも未知数のメガシンカ。

 どれほどのパワーアップになるかはわからないが、成功すれば多少は可能性も出てくるかもしれない。

 問題は……。

 

「(……どうすれば……どうすればメガシンカできるの……? どうすればポポくんと1つになれるの……?)」

 

 肝心のメガシンカの条件がわからないのだ。

 一体感を感じろ、1つになれと言われても、どうすればそれが成せるかがツバキにはさっぱりわからない。

 

「ちょっとちょっと、なぁに考え込んでるの? まだまだ抵抗してよ、足掻いてよ。“ミサイルばり”」

 

 ツバキの思考を遮るようにしてドラピオンの口から3発の針が撃ち出される。

 

「っ! “でんこうせっか”!」

 

 最初と同じように針と針の間を猛スピードで駆け抜け回避する。

 だが。

 

「“かみくだく”」

 

 その動きを読んでいたかのように、ポポの進行ルート上に移動したドラピオンが巨大な口の形をした禍々しいオーラを形成し、鋭い牙がギロチンのように振り下ろされる。

 

「つ、翼を広げて急停止!」

 

 大きな翼と尾羽を広げ、空気抵抗を増やして急制動をかける。

 危ういところで直撃は回避できたものの、大顎が閉じた瞬間の衝撃波に煽られてポポは体勢を崩してしまった。

 

「へぇ~、今のをよけるなんて凄いじゃない! うふふ、まさに獲物が死に物狂いで逃げ回ってるってとこね♪」

 

 いつでもトドメを刺せる獲物を、手の上で転がして遊んでいる。

 だが、それはこちらにとっては大きなチャンスだ。

 相手が油断し、慢心している今こそがその急所に一撃を入れる絶好の機会……だというのに、そのために必要なメガシンカができない。

 

「(くっ……! ここには砂なんて全然無いから“すなかけ”はできないし、“ブレイブバード”が当たっても大したダメージにはならなそうだし……やっぱりメガシンカしないと……強くならないと……!)」

 

 と、そこでツバキは何かが引っかかる。

 

「(……強く……なる……? ……強くなる……そしてポポくんと1つに……? ……もしかして……)……ポポくん」

 

 ツバキは、自身の前へ戻ってきたポポの背中に語りかける。

 

「……強く……なりたい?」

 

 ツバキからの藪から棒な問いかけ。

 ポポは視線をツバキへと向け、「言うまでもないだろう」とでも言わんばかりに小さく鳴く。

 

「(……なんだ…………簡単な事だった……わたしが1人で勝手に難しく考えてただけだったんだ)」

 

「“クロスポイズン”!」

 

 ほうと息を吐くツバキになどお構い無しに、両腕の爪を紫色に発光させたドラピオンが突っ込んでくる。

 

「“でんこうせっか”でよけて!(1つになるって言葉に縛られて、逆にあれこれ考えて、余計に難しくしてただけなんだ)」

 

「“どくどく”よ!」

 

 宙を舞うポポに迫る毒液の対空砲火を見ながら、ツバキは自分の頭の中がすっきり晴れ渡るような感覚を感じ取る。

 

「(そう……わたし達はもう……)」

 

――ポポくんと一緒にポケモンリーグに行きたい……一緒に強くなりたい。

 

「(もう、とっくに……)」

 

――皆で一緒に強くなろうね。

 

「(とっくの昔に……)」

 

――皆とわたしならできるはずだよね!

 

 ツバキの脳裏を次々によぎる、これまでに何度も……何度も何度もポケモン達と交わしてきた言葉。

 仲間が増え、新しい技を覚え、進化し、ジムバッジを手にして……その度に皆で喜びを分かち合い、共により高みを目指そうと誓い合った。

 答えなどという物は、すでにツバキの中に眠っていたのだ。

 

「(わたし達は……1つだったんだ!)」

 

 刹那。

 ツバキのペンダントが虹色の光を放ち、ポポの脚に着けたリングも同じ輝きを見せる。

 

「っ!? な、何よこれ……!」

 

「……強くなりたい……勝ちたい……そして……ずっと一緒にいたい! ……わたし達の想いは、とっくに1つだったのに……わたし、バカみたいだね、ポポくん」

 

 輝きで目の眩んだドラピオンの横を通り過ぎ、ツバキの眼前でホバリングするポポは「やっと気付いたか」と言いたげな呆れた眼差し。

 答えは単純でも、1度深く考え込み、思考の沼に沈んでしまうと、その単純な答えにすら辿り着けない……そんな事は往々にしてあるものであり、今回のツバキはまさにそのパターンだった。

 

「それじゃ改めて…………一緒に強くなろう! ポポくん!」

 

 ツバキとポポはハイタッチを交わし、ドラピオンへと向き直る。

 そして、ツバキは輝きを放つペンダント……キーストーンを両手で握り込み、あらん限りの想いをそこに集中する。

 

「重ねた想いを翼に変えて、蒼い空の向こうまで……! これがわたし達の……キズナのカタチ!! ポポくん! メガシンカ!!

 

 両者の輝きは眩いオーラと化して混ざり、溶け合い、ポポの身体を覆う。

 そのシルエットは見る見る肥大化し、力強く翼を広げた瞬間に光の膜が弾け飛んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 瞼を開くと、より鋭くなった目の形がはっきりとわかる。

 頭部の飾り羽は少し短くなったが、その内の1房が大きく伸び、見ようによってはまるで尻尾のようだ。

 翼の一部と尾羽には青いカラーリングが加わり、新たなポポの姿を彩る。

 筋力の増強と共に全身はよりマッシブになり、ホバリングのため羽ばたく度に周囲に風を巻き起こしている。

 

「……感じるよ、ポポくん……ポポくんの暖かい想いが、わたしの中に流れ込んでくる。これが……メガシンカ……!」

 

 ツバキは目を閉じて微笑むと、表情を引き締め、改めてドラピオン、そしてベラを見据える。

 

「……は……ははは……! あっはははは! メガシンカ……まさかねぇ……楽しませてくれるじゃない……! そうよ、それくらい抵抗してくれないと張り合いが無いわ! “どくどく”!」

 

「跳ね返して!」

 

 ポポが力を込めて振りかぶった翼を振り下ろすと、ドラピオンの爪から放たれた毒液は勢いを落とし、ドラピオンの周りの床に水音を立てて落ちる。

 

「“ミサイルばり”!」

 

 今度は一気に5発の針が発射され、上下左右からポポへと迫る。

 

「“でんこうせっか”!」

 

 このパターンは何度目か、針の合間を縫ってすり抜けるポポと、それを待ち構えるドラピオン。

 

「“クロスポイズン”で迎え撃ちなさい!」

 

「そのまま“ブレイブバード”!」

 

 “でんこうせっか”の状態からさらに急加速し、強烈な突撃が腕を振り上げたドラピオンの身体に激突する。

 メガシンカによる筋力強化は、そのまま動きの1つ1つにも大きな影響を与える。

 瞬発力・加速力共に通常のピジョット時よりもさらに向上し、相手に突進した際にも大きな力が乗ってダメージ増加を期待できる上、強靭な筋肉は己を守る鎧にもなる。

 だが、相手も三凶星の1人とそのパートナーである。

 メガシンカしたからと易々勝てる相手ではなく、ドラピオンは“ブレイブバード”を受けつつもポポの翼をがっちり爪で拘束した。

 

「あっ……!?」

 

「“クロスポイズン”!」

 

 ポポを空中へと放り投げて自身も飛び上がると、体勢を立て直される前に、交差させた腕を振り抜くように叩き付け、その身を床へと激突させた。

 

「“ミサイルばり”!」

 

 そのまま上空から4発の針を口から発射し、起き上がろうとするポポへ追い討ちをかける。

 ポポは横へ転がるようにして必死に回避するが、最後の1発がかわしきれず、着弾して爆発を起こした。

 

「ポポくんっ!」

 

 ツバキの声に反応してか、爆煙に穴を空けてポポが飛び出してきたが、すでにかなりのダメージを負っている。

 

「ポポくん、まだ大丈夫……?」

 

 「当たり前だ」という言葉の代わりに、翼を振るい、大きな声を上げて己とツバキを鼓舞するポポ。

 

「……うんっ! まだまだ……結果はわからないよね!」

 

 ツバキも両手を握りしめ、ポポに負けないように気合いを入れる。

 だが、ツバキのその顔を見たウィルゴの表情が険しくなる。

 

「……なんなのよアンタ……なんで笑ってんのよ……」

 

「えっ……?」

 

「なんで笑ってんのかって聞いてんのよ! アンタ状況わかってるわけ!? 虎の子のメガシンカをしても、アタシのラピオに手も足も出なくてボロボロになってんの! わかる!? わかってんならもっと絶望しなさいよ! 泣き叫んで「やめてください」って言いなさいよ!」

 

 思い通りに行かないのが面白くないのか、ウィルゴが激しく憤る。

 

「……そんな事しません。わたしもポポくんも絶対に諦めません。それに……本気のバトルは……楽しいですから!」

 

「っ! ……むかつく……楽しむのはアンタじゃなくてアタシっ! 弱い奴は強い奴の玩具になってりゃいいのよっ!!」

 

「違います! 自分も相手も楽しくなるのがポケモンバトルです!」

 

 ことごとく反論してくるツバキの態度に、ウィルゴの眉間に皺が寄り、両目が左右非対称に見開かれる。

 

「……ああ、そう……もういい……興が冷めたわ。…………壊してやる……アタシの毒で侵して犯して冒してぶっ壊してやる! 恐怖で2度とモンスターボールを持つ事すらできないくらいにねぇっ!!」

 

 舐めていた飴を投げ捨て、ウィルゴが怒りを露にする。

 

「連続で“ミサイルばり”! 弾幕を張りなさい!」

 

 ドラピオンが大きく口を開き、そこから30発以上の針が次々に発射され、ポポの追尾を始める。

 

「かわしきれない……! “ぼうふう”で防いで!」

 

 メガシンカ前とは比較にならないほどに巨大な光の翼を形成し、それを勢いよく振り下ろせば、“ぼうふう”の威力もまた桁違いに跳ね上がっており、吹き荒ぶ旋風で飛んできた針はことごとく失速し、落下していく。

 

「だからなんだってのよ! そんな風なんか飲み込んでやるわ! “かみくだく”!」

 

 ドラピオンが咆哮し、今度は全身からドス黒いオーラを放出し、先ほどよりも遥かに大きな大顎を作り出す。

 大顎はフィールドに吹く風そのものを食らい、完全に牙が閉じられた瞬間、閉じ込められた膨大なエネルギーで大爆発を起こした。

 

「そのまま“クロスポイズン”! アンタの柔軟性を見せてやんなさい!」

 

 

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 ドラピオンは爆風と爆煙を爪で切り裂き、胴だけでなく腕も蛇腹状である事を利用して伸縮させ、まるで鞭のように毒の滲む爪を振り回して突っ込んできた。

 強化された視力でドラピオンの動きを見極めながら紙一重の回避を続けるポポだったが、不意に左から激しくしなってきた腕を叩き付けられ、壁に激突してしまう。

 

「ああっ……! で、“でんこうせっか”!」

 

 追い討ちをかけるように爪を突き出してきたドラピオンだが、急加速でポポに回避され、突き刺さった爪が壁を粉砕した。

 

「……ポポくん、“ぼうふう”……さっきよりまだ強くできる?」

 

 羽ばたいて戻ってきたポポに、小声で尋ねると、ポポは小さく頷いた。

 

「うん……もう後は無いから……賭けに出よう、ポポくん。……行くよ! “ぼうふう”!」

 

 ポポが甲高い声を上げると、先ほどよりもさらに大きさと輝きを増した翼が形作られ、周囲の風が逆巻き始める。

 瞬く間に無数の風の流れを内包した、旋風の檻がフィールドを包み込んだ。

 

「学習能力の無い奴……! 吹き飛ばしてやりなさい!」

 

 最初に“ぼうふう”を打ち消した時のように、腕を伸ばすドラピオン。

 

「今だよ! このまま“ブレイブバード”!!」

 

 ツバキの渾身の叫び。

 応えるようにポポは光の翼を維持したまま上昇し、ドラピオンを正面に捉えると急降下を始め、オーラを纏う。

 

「そんなもの……!」

 

「回転開始っ!」

 

「っ!?」

 

 落下スピードが上がる中、ポポはドリルのように回転し、纏ったオーラもそれに従って螺旋を描く。

 さらにはそのオーラが周囲の風すら巻き込み始めたのだ。

 

「なっ……!」

 

 風の刃とオーラはポポのクチバシ……先端部分に行くにつれ圧縮され、密度を増す。

 傍目に見れば三角錐の形となったポポは、まっすぐにドラピオンへと突撃していく。

 “ぼうふう”と“ブレイブバード”が組み合わさったそれはまるで、風で作り出された槍……“旋風突撃槍(ワールウインドランス)”。

 

 

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 槍の穂先は寸分違わずドラピオンの胴へ直撃し、なおも回転を増す。

 だが、ドラピオンも床を踏みしめ、その場で耐えきる構えを見せる。

 

「お願い……お願い! 負けないで! 頑張ってポポくんっ!!」

 

 ツバキは祈るように指を絡め、懸命に声を張り上げる。

 

「……何よ……なんなのよ! 弱いくせに……弱いくせになんでそんなに熱くなれんのよっ!!?」

 

「ポケモンが好きだからです!!」

 

「っ!?」

 

 まったく間を置かぬツバキの力強い即答に、ウィルゴは絶句する。

 そんなトレーナー同士のやり取りがポケモン達にも伝わったのか、ポポは最後の力を振り絞って回転を上げていき、ついにドラピオンの身体を一気に押し出し、背後の壁へと叩き付けた。

 

「ラピオっ!!」

 

 力を使い果たし、落下するように離れたポポを、ドラピオンは睨み続けたが、その身体を支える4本の脚からフッと力が抜け、胴体が床に接した。

 

「……っ!!」

 

 それはつまり、最初にウィルゴが提示した条件……『ドラピオンに膝をつかせる』が達成された事を意味する。

 それを自覚しているのか、ウィルゴ自身もその場に崩れ落ち、膝をついた。

 

「……そんな……アタシの……ラピオが……」

 

「……賭けは……わたし達の勝ちです……!」

 

 ポポの身体を光が包んだかと思うと、それは無数の粒子となって大気中に消えていき、通常状態に戻ったポポがその場に倒れた。

 

「……っ! ポポくんっ!」

 

 ツバキがポポへと駆け寄り、その身体を抱き寄せる。

 

「ごめん……それにありがとう……!」

 

 キズぐすりを取り出し、ポポの身体へ吹き付けていく。

 すると。

 

「……ほら」

 

 背後からかけられた声に振り返ると、1枚のカードが回転して飛んできて、ツバキは反射的にキャッチする。

 

「…………約束のカードキーよ。それ持ってさっさと消えて」

 

「……! あ……ありがとうございます!!」

 

 正直な話、ウィルゴが最初の条件を反故にする可能性もあった。

 実際、ドラピオンは一時的に体力を消耗しただけで、まだ戦闘不能には陥ってはおらず、戦意も消えてはいないのだから。

 だが、彼女はそうしなかった。

 それは、バトルで交わした約束は違えないという、ポケモントレーナーとしての最低限のプライド故だろう。

 

「……消えろって言ってんのよ……!」

 

 ぎろりと睨まれ、ツバキはポポを両腕で抱いたまま立ち上がり、ペコリと頭を下げて走り去っていった。

 

 

 

「……ラピオ……」

 

 ツバキが去った後、ウィルゴはドラピオンに寄り添い、その身体を撫でるようにキズぐすりを塗っていた。

 

「いくらなんでも気を抜きすぎたわよね……ごめん……」

 

 応急手当てを終えると、ウィルゴはしばらく無言で立ち尽くし、突然空になったキズぐすりの容器を床に叩き付けた。

 

「……なん……なのよぉっ!! 弱いくせに……! アタシより弱いくせに……!! なんで……!」

 

 壁に何度も何度も拳を打ち付け、部屋中に音が響き渡るが、やがてそれは小さくなっていった。

 

「……なんでアイツはあんなに充実してんのよ……アタシの方が強いのに……なんでアタシは満たされないのよ……!! アタシとアイツ……何が違うのよ……!」

 

 再び崩れ落ちたウィルゴに、今度はドラピオンの方から寄り添い、そっとその身体を抱き締める。

 

「……ねぇ、ラピオ……アイツにあってアタシに無いモノって……なんなの……?」

 

 ドラピオンは答えない。

 ただただ主の不安を抑えようと、抱き締めるだけだ。

 

「……そうよね……聞いても仕方無い、か………………でも……たとえあれが子供の夢想だったとしても……」

 

 回されたドラピオンの腕を撫で、ウィルゴは目を伏せる。

 

「……今は無性に……もう1度アンタの声が聞きたいわ……ラピオ……」

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

メガシンカ回は2話に分けようとも思ったのですが、さくさく進めたいので1話に圧縮してしまいました。
あといつの間にか本作用の落書きが150枚越えてましたw


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第69話:第三の凶星

サブタイからして察せられる、彼が出陣する第69話です!


 ロケット団員達を破りながらアジト内を進むツバキの前に現れた、三凶星・ウィルゴ。

 相も変わらず怪物じみた強さを誇る彼女のドラピオンを相手に苦戦を強いられる中、ツバキはポポと想いを重ね、ついにメガシンカに成功。

 なおもこちらを圧倒するドラピオンに一矢報いた事で、ウィルゴに提示された条件をクリアー……勝利とは言い難いものの、先へ進むためのカードキーを受け取り、ツバキはアジト最奥部を目指して走り出した。

 

 

 

「………………いない。ツバキ」

 

 レントラーを伴い、スカーレットが左右を見回しながら通路を歩いている。

 すると、曲がり角の向こうから騒がしい足音が3つ近付いてきた。

 

「いたぞっ!」

 

「相手は1人だ! やっちまえ!」

 

「よし、行けっ! マタドガス!」

 

 ロケット団員達はゴルバット、スリーパー、マタドガスを繰り出し、一斉に襲いかかってきた。

 さすがにこれだけ最奥部に近い場所を守る団員はここまでの連中とは練度が違うようで、いずれもなかなかに鍛えられているようだ。

 

「………………“ほうでん”」

 

 が、スカーレットレベルから見ると誤差の域を出ておらず、レントラーの黒い体毛から飛び散る電撃で容易く一掃してしまった。

 

「なっ……あぎゃぎゃぎゃぎゃ!?」

 

 帯電して飛ばされてきたポケモン達にぶつかった団員達も身体が痺れ、その場に倒れて痙攣している。

 その横を涼しい顔をして通り抜けるスカーレットだったが、またも進行先の曲がり角から喧騒が響いて身構える。

 

「どわぁーちっちちち! くっ、くそぅ! 覚えてろぉっ!」

 

 迫る炎に追われ、ポケモンをボールに戻した団員は、恐らくこれまで何度も言ってきて言い慣れているであろう捨て台詞を吐いてスカーレットの前を横切っていった。

 その後を追うように角の向こうから現れたマグマラシとそのトレーナー。

 

「……! ツバキ!」

 

「えっ……あっ、スカーレットさん!」

 

 スカーレットはツバキに駆け寄り……。

 

「………………ぷにぷに」

 

「……あの……」

 

 頬をぷにり始めた。

 

「…………良いほっぺ。ツバキの」

 

「……褒められてるのかなこれ……。あ、そうだ! 見てください! これ、奥に進むためのカードキーだそうです!」

 

 ツバキがバッグから取り出したカードを見て、スカーレットは表情を綻ばせた。

 

「……! 凄い。ツバキ。お手柄」

 

「ふにゃ……えへへへ……♪」

 

 スカーレットに頭を撫でられ、ツバキの顔が蕩ける。

 

「………………ふふっ……。先行ってる。イソラ」

 

「……あっ! そ、そうでした……! 早くわたし達も行きましょう!」

 

 ハッとして慌てて表情を引き締めたツバキは、通路の先を指差してスカーレットの手を引いて走り出した。

 

 

 

「お姉ちゃ~ん!」

 

 大きな扉の前で周囲を警戒していたイソラが、自分を呼ぶ声を聞いた瞬間に表情を変える。

 

「っ!! ツバキっ!!」

 

 そして、ギャロップやウインディもかくやという加速力でツバキに駆け寄ると抱き締め、その頭を全力で撫で回し始めた。

 

「あぁぁ~~~~!! 良かった良かった! お姉ちゃんとっても心配したぞツバキぃ~~!!」

 

「ぐ……ぐるじぃ……」

 

 押し付けられたイソラの胸で呼吸を阻害され、ツバキがもがく。

 

「ていっ」

 

 見かねたスカーレットがイソラの後頭部にガツンと音を立ててモンスターボールをぶつけて正気に戻した。

 

「はっ……! す、すまんツバキ! 大丈夫か!?」

 

「ひゅー……ひゅー………………う、うん……」

 

「…………落ち着いて。イソラ」

 

 若干青ざめた顔をしたツバキに慌てて頭を下げるイソラと、ぶつけたボールを指先で回しながらそれを眺めるスカーレット……とても悪の組織のアジトに潜入しているとは思えない光景だが、この面子ではこうなるのも致し方ない。

 と、そこでイソラは、ツバキがキーストーンの嵌まったペンダントを首から下げている事に気付いた。

 

「それはキーストーン……もしかして……できたのか!? メガシンカ!?」

 

「……うん。わたし、今までポポくんと1つになるには何をどうしたら……って難しく考えすぎてたみたい。わたしとポケモン達の想いなんて、ずっと1つだったんだって事に気が付いたら……できちゃった」

 

 悪戯っぽく笑うツバキの表情を見て、しばらく沈黙していたイソラだったが……。

 

「……お…………おぉぉぉーーーーっっ!! 凄いぞツバキ! もうメガシンカを体得するなんて! まったくこの才能お化けめ!」

 

 抱擁地獄再び。

 この暴走さえ無ければ、イソラは強くて格好良くて頼りになる理想の先輩なのだが……。

 

「ていっ」

 

 今度は容赦無く拳骨が飛んできた。

 

「あだっ! ……ええい、さっきから執拗に後頭部を叩くんじゃない!」

 

「…………死んじゃう。ツバキ」

 

 スカーレットの指差す先には、ぐったりとして口からナニか出ているツバキ。

 

「あ゛……」

 

 

 

「はふぅ……」

 

「すまん……本当にすまなかった」

 

 見事な90度謝罪をするイソラに対し、溜め息を吐いたツバキが口を開く。

 

「……もういいから先に進も?」

 

 そう言って扉の左右に設置されたスキャナーの左側に立ったツバキがカードキーを取り出し、イソラも右側に移動して同じようにカードキーを手にする。

 ちなみにツバキがウィルゴからカードキーを勝ち取った話を聞いた際にもイソラが暴走しそうになったが、ツバキがスカーレットの後ろに隠れたので不発に終わった。

 ツバキとイソラは頷き合い、同時にカードキーをかざす。

 ブザーが3秒ほど鳴った後、重々しい音を立てながら扉がゆっくりと左右へスライドしていく。

 それを見た3人が中へ入っていくと、待ち構えていたかのようにその前に立ちはだかる人影が1つ現れた。

 

「想定外だよ、こんなにも早くここまで辿り着かれるとは。……ウィルゴめ……だから遊びはほどほどにしろと常から言っておったのだ」

 

 ロングコートを纏い、蓄えた顎髭を撫でてぼやく男。

 

「貴様が三凶星最後の1人か……その顔、見覚えがあるぞ」

 

「いかにも。私はルプス。……ふむ、かの『戦翼の女帝(フェザー・エンプレス)』に顔を知られているとは光栄の至り。そうだな……私もかつては『地将(ジオ・ジェネラル)』と呼ばれた事もあったが、そのためかな」

 

「……やはりか。じめんタイプの使い手ショウマ。私がトレーナーとなった時にはすでに引退していたが、貴様も名の知れたトレーナーだった……甚だ遺憾だがな」

 

 イソラは本来であれば偉大な先達として憧れるべき存在が、このような悪の道へ走った事に嘆くような溜め息を吐く。

 

「過去の話だ。……しかし、よもや女帝と戦鬼が同時に乗り込んでくるとはな……雑魚どもはいざ知らず、アクイラとウィルゴまでも突破されたのは疑問であったが、これなら納得だ。まぁ、そちらの無名の少女にウィルゴがしてやられたのは完全に自業自得だがね」

 

 ルプスはツバキを一瞥し、呆れるような素振りを見せると、改めてイソラを睨んだ。

 

「だが、これ以上はやらせん。命まで取るつもりは無いが、少なくとも計画完遂までは大人しくしてもらわねばならん」

 

「1つ教えろ。なぜ貴様らはまた活動を始めた? ジョウト地方での一件で、貴様らは2度目の解散を宣言したはずだ」

 

 モンスターボールを手に取ったルプスに対し、イソラが疑問をぶつける。

 イソラの言う一件とは、かつてロケット団の残党がジョウト地方最大の大都会たるコガネシティを襲撃・占拠し、行方不明のロケット団ボスのサカキへ帰還を呼びかけた事件である。

 この事件は、ジョウト地方出身のとあるトレーナーによってリーダー格が敗北し、解散する事で一応の解決を見たはずなのだ。

 

「ふむ、アポロ殿の一件か。あいにくだが、彼らと我々は派閥が異なるのだよ」

 

「派閥だと……?」

 

「いかにも。ジョウト地方で活動していたのは、ロケット団再興のため、旗頭としてサカキ様を呼び戻そうとした一派。対して我々は、サカキ様にお戻りいただくため、最初の解散以降カントー地方に潜伏し続け、密かに勢力基盤を作り直していた一派なのだ。私はその陣頭に立ち、優秀ながら表世界に不平不満を持つトレーナーを戦力として集め、様々な手法で資金確保に奔走していたのだよ」

 

 早い話が、目的と手段が真逆の派閥同士だったらしい。

 

「アクイラとウィルゴもそうしてスカウトしたわけか……ふんっ、ずいぶんとペラペラ喋るじゃないか」

 

「問題は無い。君達をここで捕らえれば良いのだからな。無論、我々に降るのならば歓迎しよう。我が計画が成れば、世の中の珍しいポケモンを集めるのも思いのまま……トレーナー冥利に尽きるであろう?」

 

 アクイラ達が敗れたからか、なんとルプスは両腕を広げてスカウトを持ちかけてきた。

 が、当然3人は表情をより険しくする。

 

「降れだと? 冗談じゃ……」

 

「お断りしますっ!!」

 

 イソラが否定しようとしたその時、もっと大きな拒絶の声が響いた。ツバキだ。

 

「わたし達は珍しいポケモンが欲しいんじゃありませんっ! 色んなポケモンと仲良くなって、一緒に成長していきたいんです! 力尽くでポケモンを連れ去ったり、物みたいに売るような人達の仲間になんか絶対になりません!!」

 

 激昂の声を張り上げるツバキに驚くイソラだったが、すぐに口元に笑みが浮かぶ。

 

「……ふっ……よく言ったぞ、ツバキ」

 

「…………ん。偉い」

 

 スカーレットもツバキの頭に手を置き、称賛する。

 

「……そうか。残念だ。ならば、しばらくの間窮屈な思いをしてもらう外無いな」

 

 改めてボールを構えたルプスを応戦しようと、腰のボールに手を伸ばしたツバキとイソラだが、1歩前に出たスカーレットが両手で2人を制した。

 

「………………疲れてる。2人。……任せて」

 

「スカーレットさん……」

 

 それを見たルプスが、口の端を吊り上げる。

 

「ほう、『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』か……そういえば以前相対した時は決着が有耶無耶であったか。ふっ、私もトレーナーの端くれ……これはなかなかの……」

 

「黙れ」

 

 強敵と対峙する喜びを口にしようとしたルプスを、スカーレットの低い声が遮った。

 

「…………名乗るな。ポケモントレーナー。お前なんかが」

 

 ボールを握ったスカーレットの真紅の瞳が敵意に染まり、側にいるツバキ達すら悪寒を感じるほどの闘気が全身から溢れ出す。

 

「お……お姉ちゃん……」

 

「ああ……スカーレットの奴、かなり()()()ぞ……」

 

 だが、ルプスはまるで動じずに顎を撫でている。

 

「ふむ……嫌われたものだ。まぁ良い。立ち塞がる者は叩き伏せるのみ……全てはサカキ様のために!」

 

――――ロケット団幹部のルプスが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「粉砕せよ、ドサイドン!」

 

「ルカリオ!」

 

 地響きと共に現れ、鼻のドリルが回転して唸り声を上げ、こちらを威嚇するドサイドン。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その眼前に軽やかに着地したのは、人に近い体格の、青と黒で身体を彩られた獣人のようなポケモン。

 はどうポケモンの『ルカリオ』である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ルカリオ……たしかスカーレットのポケモンの中でも古参の部類に入る奴だ。あいつを出したという事は、相当腹に据えかねているな……だが……」

 

「お姉ちゃん?」

 

 怪訝そうに目を細めるイソラに、ツバキが首を傾げる。

 

「ルカリオはかくとうとはがねタイプ、対するドサイドンはじめんといわタイプ……つまり」

 

「……かくとう技で向こうの弱点を突けるけど、向こうもじめん技でこっちの弱点を突ける」

 

「そう、互いに有利であると同時に不利でもあるんだ。……まさにトレーナーの質でどちらにでも転がるというわけだが…………む……」

 

 ツバキが固唾を飲んで見守る中、イソラはルカリオの左腕に銀色のリングが装着されている事に気付く。

 そして、スカーレットがショートパンツのポケットから取り出したのは……こう言ってはなんだが、身嗜みに無頓着そうなスカーレットの持ち物としては意外なコンパクトミラー。

 だが、ここで着目すべきは、その蓋に輝く虹色の石だ。

 

「キーストーン!」

 

 ツバキが驚きの声を上げ、スカーレットはコンパクトをルカリオへと向ける。

 

「…………ワタシ達の絆。波導の奔流となって邪を祓う。……ルカリオ。メガシンカ……!」

 

 コンパクトのキーストーンとルカリオのメガストーンが反応し、溢れ出た光が絡み合ってルカリオを包み込んだ。

 ルカリオが拳を突き合わせる事で頭頂部から順に光が消失していき、変化した姿が露となった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 全体のシルエットはさほど変わらないものの、頭部から伸びる黒い房は腰辺りまでの長さとなり、手足の先端部分はスカーレットの髪や瞳のような真紅に染まっている。

 不意にその手の中から青い光が溢れ、上下に伸びかと思うと、ルカリオが握り込んだ瞬間に槍のような形を成して実体化した。

 

「メガシンカか……さすがに君レベルともなれば使ってくるか。では、その実力を試させてもらおう。“ストーンエッジ”」

 

 当然の事ながら開始の挨拶などは無い。メガシンカを待っただけ有情か。

 ドサイドンが床を殴りつけると、次々と床から突き出した鋭利な岩がルカリオに迫る。

 

「“ボーンラッシュ”」

 

 ルカリオが手にした波導の槍を車輪のように右へ左へ回転させ、向かってくる“ストーンエッジ”へ自ら突進していく。

 そして、岩塊と近付いた瞬間に一閃すれば、無数に迫っていた岩の柱達は纏めて切断され、その向こうのドサイドンと視線が合った。

 岩の上半分が降り注ぐ中、そのまま岩の断面を跳び移り、ドサイドンへと迫っていくルカリオだったが……。

 

「延」

 

 ルプスのその言葉と共に、切断したはずの岩の断面から新たに岩塊が突き出し、真上を通過しようとしたルカリオの腹部を打った。

 

「……!」

 

 しかし、タイプ相性の関係からダメージはさほど大きくはなく、ルカリオは空中で1回転をしてスカーレットの眼前に着地した。

 

「私のドサイドンはこう見えて技巧派でね。こいつの技をそこらのポケモンの使うそれと同じとは思わぬ事だ」

 

「………………」

 

 スカーレットはいつになく真剣な面差しでルプスを睨む。

 

「……お姉ちゃん……」

 

「言うなツバキ。ロケット団相手とはいえ、これはポケモンバトル……私達が横槍を入れて良い場面ではない」

 

 何かを言おうとするツバキを、イソラは厳しい口調で窘める。

 

「信じろ。あいつは……スカーレットはロケット団などに負けるようなヤワなトレーナーじゃない。何しろあいつは……『鬼』なんだからな」

 

 イソラの信頼に満ちた視線を追うツバキ。

 その目に映るのは、これまでに無いほどの激情が滲むスカーレットの背中。

 鬼の激情は、果たして最後の凶星を飲み込むのか、それとも飲み込まれるのか……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただいてありがとうございました!

ルプス戦もさっさと終わらせてしまおうかとも思いましたが、やはりこれまでほとんど表に出てこなかったキャラなので、少し尺を取ってあげようかなと。



愛用してたシャーペンがとうとう寿命で逝ったでござる…。


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第70話:プロジェクト・キメラ

サブタイ回収の第70話です!


 別行動を取っていたツバキ、イソラ、スカーレットの3人は無事に合流を果たし、ツバキとイソラが手に入れたカードキーを使っていよいよロケット団アジトの最奥部へと足を踏み入れる。

 そこで一行を待っていたのは、三凶星最後の1人であるじめんタイプの使い手・ルプス。

 その相手を買って出たスカーレットはルカリオを繰り出し、メガシンカさせてルプスのドサイドンと対峙した。

 

 

 

「どうしたね戦鬼。よもやこの程度で戦意が折れたわけではあるまいな?」

 

 ルプスが挑発するようにスカーレットへ言葉をぶつけるが、当然彼女はそんなものは気にしない……というより、ロケット団の言葉などはマトモに聞かずに流しているようだ。

 

「“はどうだん”」

 

 ルカリオが槍を空中へ放り投げ、合わせた両手の間に全身の波導を集束・圧縮させた球体を作り出す。

 それを左右に分割し、左、そして右の順にドサイドン目掛けて投擲したあと、落ちてきた槍を掴んで後を追うように走り出した。

 

「……ふっ……」

 

 ルプスが不敵な笑みを浮かべた直後、2発のエネルギー弾がドサイドンにヒットし、盛大な爆煙が上がるが、ルカリオは構わずその中へと突入し、槍を突き出した。

 

「やった……!」

 

「……いや、やってない。見ろ」

 

 喜ぶツバキを窘めるように、イソラが冷静に言葉を続ける。

 言われてツバキが目を凝らして見れば……。

 

「……えっ……!?」

 

 ルカリオの手に握られた波導エネルギーの槍。

 その穂先が突き刺さったドサイドンの姿が、水面に映った影のように揺らめいている。

 

「“みがわり”……自分のエネルギーの一部を切り取り、そっくりな分身を作り出して相手の攻撃を受けさせる技だ」

 

「っ! じゃあ……!」

 

「“アームハンマー”」

 

 分身を突き破り、その向こうからドサイドンの拳が飛び出してきた。

 引き戻した槍の柄で受け止めるルカリオだが、250kgを優に越えるドサイドンの重量が乗ったパンチは受けきれるものではなく、力負けして殴り飛ばされてしまった。

 

「“はどうだん”」

 

 ルカリオはスカーレットの指示で左手に練り上げた“はどうだん”をクッションにして天井への激突を回避し、槍を床に突き立てて衝撃を和らげながら着地した。

 

「……ツバキ、気付いているか?」

 

「えっ……?」

 

 突然声をかけられ、ツバキがキョトンとした表情を見せる。

 

「奴のドサイドン……初めに現れた場所からほとんど動いていない」

 

「……それって……」

 

「ああ……恐らくだが、あのドサイドンは『攻め』ではなく『守り』に主眼を置いて育てられている。攻め込んできた相手の攻撃を受け止め、いなし、パワーを活かした強力なカウンターで撃滅する戦法を得意とするのだろう。積極的に攻めるスカーレットのルカリオとは少し相性が悪い」

 

 ツバキが心配そうな視線をスカーレットへ向けるが、その頭にイソラの手が置かれる。

 

「まぁ、さっきも言ったが心配はいらん。スカーレットは私が出会った中でも十指に入るトレーナーだ。……さて……」

 

 イソラは部屋の中をぐるりと見渡す。

 

「(……三鳥はここにはいない……もっと奥か……? だが、ちょうど奴が立ちはだかっている場所が狭くなっていて、こっそり奥へ……とはいかんな……それも見越してあそこに陣取ったか。大人しくバトルが終わるのを待つか、それとも………………いや、やめよう。これはスカーレットのバトル……邪魔をする事はできん)」

 

 ついさっきツバキに語った、横槍を入れる事は許されないという自分の言葉を思い出し、ポケモントレーナーにあるまじき考えを消し去るかのようにイソラは首を振る。

 事ここに至ったからには、彼女の勝利を信じる以外、ギャラリーの立場となった自分達に許される行動は無いのだ。

 

「うぅ……スカーレットさん頑張って……!」

 

 祈るようなツバキと、腕を組んでバトルの様子を冷静に観察するイソラ。

 

「(幸運なのは、どうも相手はじめん技を出し渋っているという事か。じめんタイプの技は“じならし”や“じしん”など、大地を揺るがして攻撃を行う物が多いから、地中にあるこのアジト内で使えば自分達も生き埋めになりかねんからな)」

 

 地下に潜伏していたとはいえ、本当の意味で地下に潜る事になるのは彼らも御免だろう。

 ともあれ、弱点の1つであるじめん技が実質的に封じられた以上、もう1つの弱点、かくとう技の“アームハンマー”に気を付ければ、勝機は十分にある。

 問題は迂闊に攻め込むと“みがわり”によって攪乱され、こちらに隙が生じる可能性が高い事。

 

「(ふっ……さしもの鬼も攻めあぐねているか。ふふふ、そうだ……大いに時間をかけて考えるが良い……)」

 

 ルプスは時間稼ぎに成功している事に内心ほくそ笑みつつも、決して表情や口には出さない。

 

「“ボーンラッシュ”」

 

 だが、スカーレットは動揺や不安など微塵も感じさせずに指示を下す。

 ルカリオもまたスカーレットへ全幅の信頼を置き、その指示に誤りなど無いのだと確信して槍を振るって突進していく。

 

「“ストーンエッジ”・射」

 

 ドサイドンが足を踏み鳴らし、無数の岩塊が床から突き出てドサイドンの周りに浮遊する。

 そして、その鋭い先端を一斉にルカリオへ向け、ミサイルの如く次々と射出されて加速する。

 ルカリオは飛来する岩のミサイルを前にしても、ある物は姿勢を低くしてかわし、ある物は槍で捌いて軌道を逸らし、またある物は逆に足場として利用し、決して足を止めようとはしない。

 

「ほう、やるものだ。……爆」

 

 ルプスのその言葉と共に“ストーンエッジ”に蓄えられたエネルギーが内側から爆発。全ての岩が同時に爆発し、おびただしい数の破片が弾け飛んでその場にいた全員の視界を遮るほどの煙が発生した。

 

「ひゃあっ……!」

 

 ツバキの前に立って爆風と煙から守りながらも、イソラは爆発の中心から目を離さない。

 その時だ。煙の中から1つの物体が驚異的なスピードで飛び出した。

 その物体……ルカリオは瞬く間すら無くドサイドンの眼前へ接近し、手にした槍でその顎を突き上げ、ドサイドンはたまらず大きく後ろへと仰け反る。

 

「……“しんそく”か。あの岩の散弾を回避し、“みがわり”の間も与えず私のドサイドンに一撃を入れるとは」

 

「し……“しんそく”? 今のが……? ポポくんの“でんこうせっか”や、カツラさんのウインディの“しんそく”より速かったよ……!?」

 

 ツバキが驚くのも無理は無い。

 なにしろあまりにも動きが速すぎて、ルプスやイソラ、そして攻撃されたドサイドン自身ですらも、攻撃を受けるまでルカリオが煙から飛び出した事に気付かなかったのだから。

 ツバキに至っては、ドサイドンがよろめいて初めてそちらへ視線を向けたのだ。

 

「…………畳み掛ける。“ボーンラッシュ”」

 

 相手が体勢を崩した隙を逃さず、体躯の差を活かした連続攻撃を仕掛ける。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 まず跳び跳ねて顔面に槍を叩き付け、次いで肩を経由して背中へ回り、そこへもう一撃。そして脇腹へも一撃。

 容赦の無い連撃が打ち込まれ、頑強なプロテクターを纏うドサイドンといえども平然とはしていられない。

 

「ふぅむ、やはり取り付かれると不利か」

 

 だというのに、ルプスは不気味なほどに落ち着いており、まるで焦りが見られない。

 

「(……あの落ち着きぶりはなんだ……? まるでここまで…………っ!)」

 

 イソラはハッとするが、すでに遅い。

 

「“だいちのちから”」

 

 ドサイドンの周囲の床が光を放ち、ルカリオがそれに気付いた時には床から噴き上げた膨大な大地のエネルギーの奔流に飲み込まれていた。

 

「私があまりにじめん技を使わぬので、恐らく君達はドサイドンのじめん技は“じしん”辺りと思ったのだろうな。だが、使えない技を覚えさせた状態でのこのこと侵入者の前に現れると思うかね?」

 

「……なるほどな……あえてじめん技を使わず、私達の認識を誤った方向へ誘導したわけか……ルカリオを誘い込んだここぞという場面で“だいちのちから”を決めるために」

 

 そもそもドサイドンは特殊技よりも物理技を得意とするポケモンであり、特殊技である“だいちのちから”を持っている事などは想像の外である。

 この二重の意識誘導によって、ルカリオは完全に死角からのダメージを受ける事となってしまった。

 ルプスのかつての異名である『地将(ジオ・ジェネラル)』は、彼がじめんタイプの使い手である事に加え、『知将』という言葉を由来としている。

 まさに彼はその名に恥じない知恵者ぶりを発揮し、メガシンカ体であるルカリオ相手にまったく引けを取らない戦いを見せている。

 が、焦りが見えないのはスカーレットも同じだ。

 

「“はどうだん”」

 

 彼女は変わらず淡々と指示を続ける。

 普段と違うのは、声にわずかに怒気が込められている事くらいだ。

 そんなスカーレットの静かな指示を受けたルカリオの左手に発生したエネルギー弾が撃ち出され、ドサイドンへと向かう。

 

「懲りないな。“ストーンエッジ”・壁」

 

 斜め下から突き出た2本の岩が、折り重なるようにルカリオとドサイドンの間に立ち塞がり、“はどうだん”への盾となって砕け散った。

 

「見ての通り、遠距離攻撃は“ストーンエッジ”で遮られ、近付けば広範囲の“だいちのちから”で一掃される。ふっ、詰み……ではないかね、鬼よ?」

 

「………………そう。終わり」

 

 その言葉にツバキが一瞬目を丸くするが、すぅっとスカーレットが手袋を外した右腕を高く掲げるのを見て、出そうとした言葉が引っ込む。

 

「………………勝ち。ワタシ達」

 

 そして、スカーレットが指を鳴らすと同時に、ドサイドンの周囲の床から細かい光が無数に立ち上り、それに反応するかのようにドサイドンの額、背中、脇腹が青白い光を放つ。

 

「……っ!? な、なんだ……!?」

 

「……教えてやる。それ、全部波導エネルギー」

 

「何っ……!?」

 

 スカーレットの語る間にも、波導エネルギーは輝きを増し、ドサイドンは振り払おうとするも叶わない。

 

「顔、背中、脇腹……そっか! さっき“ボーンラッシュ”を当てたところ……!」

 

「ああ、恐らくあの時に打ち込んだんだろう……波導の時限爆弾を。そして周りに散らばっているのは……」

 

「……っ! “はどうだん”!」

 

 そう。それは何度もドサイドンへ発射されながら、ついぞ直撃の叶わなかった波導エネルギーの塊。

 だが、その砕けた残片は今、ドサイドンを幾重にも囲む爆弾と化している。

 

「……発火」

 

 スカーレットの振り下ろした右腕を合図に、波導の欠片達は次々に連鎖爆発を起こし、ドサイドンの断末魔が爆煙の中に消えていく。

 

「ドサイドンっ!!」

 

 立ち込める煙の中、ルプスの声に応じてかろうじて立ち上がったドサイドン。

 だが、その直上よりまっすぐに落下する物体あり。

 

「“コメットパンチ”」

 

 それは、持っていた槍を波導エネルギーへと変換し、右手の拳に集束したルカリオだ。

 さながら大気圏外から落下する隕石のように勢いを増し、波導エネルギーと空気が摩擦して燃焼するその様は、見る者を圧倒する迫力を放っている。

 そう、今まさに隕石が迫っているドサイドンですらもその輝きから目を離す事ができず、そのままエネルギーの渦の中へと飲み込まれた。

 その瞬間、凄まじい爆風と光が辺り一面を覆い、誰もが吹き飛ばされないように姿勢を低くして懸命に踏みとどまろうとする。

 

「ぐっ……くっ……!」

 

「あわわわわ……!」

 

「ぬうぅ……!」

 

「………………」

 

 やがて風と音と光が弱まり、その場の全員が状況を確認せんと一斉に目を開いた。

 そこには、大の字になって倒れ込んだドサイドンと、再構成した槍を振るい、勝利を告げる雄叫びを上げるルカリオがいた。

 

「……頑張った。偉い。ルカリオ」

 

 メガシンカを解除したルカリオに歩み寄ったスカーレットが、その頭を撫でる。

 ルカリオは表情こそ変わっていないが、尻尾をブンブン振っているのが見えた。

 

「……ご苦労、ドサイドン」

 

 ルプスはドサイドンをボールへ戻し、労いの言葉をかける。

 

「さぁ、スカーレットの……私達の勝ちだ。三鳥を解放してもらうぞ

 

「……ふ…………ふふふ……ふっははははは……!」

 

 突如として大きな笑い声を上げるルプス。

 気でも触れたかと疑念の目を向けるイソラだが、ルプスは構わずに言葉をつづけた

 

「ふっふふふ……助かったよ、律儀に私の相手をしてくれてな」

 

「何……?」

 

 その時、ルプスのコートに付いたRの字型のバッジが光り、声が聞こえてきた。どうやら通信機能があるようだ。

 

「ルプス様! 完成度75%ほどですが行けます!」

 

「ふふ……十分だ。出せ」

 

 ガゴンッという音、そして地響き。

 部屋の中の床……その一部が左右に開き、その下から巨大なケージが姿を現した。

 

「なっ……なんだ……!?」

 

 ケージの中から発せられる、背筋を凍らせるかのような圧倒的なプレッシャー。

 ツバキはもちろん、イソラとスカーレットも思わず身構える。

 

「ふっ……では、見せてさしあげよう。我がプロジェクト・キメラ……その最初の成果を」

 

 ケージが開き、その中から地鳴りと共に姿を現す……合成獣(キメラ)

 

「な……に……!?」

 

「何……これ……? ポケモン……なの……!?」

 

「…………!」

 

 燃えるような熱を放つ胴、電流を帯びた翼、冷気が周囲の空気を凍てつかせる長い尾、そして6つの鋭い瞳がツバキ達を見据える。

 

「ふふふ……これこそは我が計画の要……クローンキメラの試作第1号、キメラプロト。便宜上名をつけるなら……そうだな、少々安直ではあるが」

 

 ルプスは自身の作品たるキメラを見上げ、こう続けた。

 

「サ・ファイ・ザーとでも呼ぼうか」

 

 

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 3つの甲高い鳴き声が混ざり合い、恐ろしくも悲しげな声が反響する。

 

「サ・ファイ・ザーだと……!? 貴様……まさか捕らえた三鳥を……!」

 

「安心したまえ、クローンと言っただろう? オリジナルは極めて貴重なサンプルだからな。おいそれとは浪費できんよ。元々は羽から得られる情報だけで作るつもりだったのだが、事前の研究の結果、我々の技術では実戦に耐えうるクローンは作れない事がわかり、本体も捕らえる事にしたのだ」

 

 ルプスはサ・ファイ・ザーへ歩み寄り、その胴に手をつく。

 

「残念ながら我がロケット団のクローン技術は未熟でね。こいつのエネルギー総量は、三鳥の単純な合計よりも低い。だが、その本質は『数』にある。合計値では劣るが、ポケモン単体として見ればその能力は伝説級に劣りはしない。それを量産すれば、いかなる相手であろうと恐るるに足りん……まさに最強の生体兵器だ」

 

「……貴……様……!」

 

 ギリッという音を立て、イソラが歯を食い縛る。

 

「どこまで生命を弄べば気が済むんだ! ロケット団っ!! それが人間のする事かっ!!」

 

「君はバイオ工学を学ぶ人間全てにそのセリフを叩き付けるつもりかね? これは人間の性だよ。人は手にした技術を、実行するかは別にして、必ず1度は軍事転用しようと考える。これもその一例に過ぎんよ。人間のする事か? 否、人間だからこそする事なのだよ。……さて……」

 

 ルプスの目付きが変わる。獲物を狩るハンターの目に。

 

「講義はこの辺にしておこう。ちょうど完成度向上のための実戦データが欲しかったところだ。邪魔者も捕らえられて一石二鳥というわけだな、ふふ……」

 

 サ・ファイ・ザーの発するプレッシャーに、闘気と敵意が乗り、戦闘態勢へと移行する。

 

「……ツバキ。サ・ファイ・ザーは下から出てきた。つまり、見取り図には無い、さらに下のエリアがある。三鳥が捕らえられているとすればそこだろう。行け」

 

 イソラが小声でツバキへ耳打ちする。

 

「えっ……? で、でも……」

 

 反論しようとするツバキの肩をスカーレットが叩く。

 

「…………お願い。助けてあげて」

 

「スカーレットさん…………わ、わかったよ、お姉ちゃん……!」

 

 隙を見てツバキが駆け出し、部屋の奥へと向かう。

 

「むっ……そうはさせ……ぐっ……!」

 

 ツバキを取り押さえようとモンスターボールを取り出すルプスだったが、そのボールは突如飛来した矢によって叩き落とされた。

 ルプスがイソラの方を向けば、二の矢をつがえたジュナイパーが立っている。

 

「貴様の相手は私達だ! ペリッパー! ボーマンダ!」

 

「ガブリアス。ドータクン。ドレディア」

 

 イソラ、スカーレット両名はジュナイパーを含め、各々3体のポケモンを繰り出して応戦の構えを取る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ツバキの邪魔はさせん! このような怪物をこれ以上作らせはしない!」

 

「………………許さない。クズ野郎……!」

 

 捕らわれた三鳥救出へ向かうツバキ。

 ルプスの作り出した歪な魔獣と対峙するイソラとスカーレット。

 対ロケット団の戦いは、いよいよ最終局面へと移ろうとしていた……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!

ご存じの方も多いと思いますが、今回登場のサ・ファイ・ザーはポケモン漫画の金字塔、ポケスペの同名合成ポケモンを元ネタとしています。(外見は変えてありますが)
というか、三鳥とプロジェクト・キメラという計画名でなんとなく思い出した人もいるのではないでしょうか?


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第71話:キメラの脅威!三鳥を救え!

三鳥救出に動く第71話です!


 スカーレットのメガルカリオと三凶星ルプスのドサイドンが繰り広げるバトルは、策謀渦巻く激闘の末スカーレット達の勝利に終わった。

 だが、そのバトル自体がルプスによる時間稼ぎだった。

 彼の合図と共に姿を現したのは、伝説のポケモン……サンダー、ファイヤー、フリーザーの遺伝子を組み合わせた合成クローンポケモン、サ・ファイ・ザー。

 イソラとスカーレットは、さらに下の階層がある事を知ると、そこにいるであろう三鳥を救出すべくツバキを向かわせ、自分達は眼前の怪物と対峙する……。

 

 

 

「そちらへ侵入者が1名向かった。狙いは三鳥だ。捕らえろ」

 

「はっ!」

 

 部下への通信を終えたルプスが嘲るような笑みを浮かべる。

 

「ふっ……最下層は様々な研究データを有する最重要エリア……そこを守る連中は、アクイラらには劣るが優秀な部類に入る。君達のどちらかが行けばともかく、あのような少女ではな」

 

 恐らくはルプス自身が訓練を行った部隊なのだろう。その自信はかなりの物だ。

 だが、イソラ達はツバキの事をよくわかっているが故、逆にその慢心に安堵すらした。

 

「ふんっ……それを聞いて安心した。貴様は過小評価している。あの子の才能と底力……そしてポケモンへの愛情をな。貴様らのようなポケモンを虐げる連中相手のあの子は強い……貴様らの負けだ」

 

「ん」

 

 胸を張ってツバキの勝利を確信するイソラに、スカーレットも追従する。

 

「ふむ……ずいぶんと信頼しているものだ。まぁ、仮にあの少女が三鳥を奪取したとしても、ここを抑えていれば外には出られん。そして君達はこのサ・ファイ・ザーが片を付けよう」

 

 ルプスの声に応じ、鼓膜を震わせる3つの鳴き声が木霊する。

 

「やってみろ! “ハイドロポンプ”! “だいもんじ”! “かげぬい”!」

 

「“ドラゴンダイブ”。“ラスターカノン”。“めざめるパワー”」

 

 高圧水流、『大』の字型の業火、禍々しい思念を纏う矢、全身の輝きを一点に集束したエネルギー砲、氷のエネルギー弾の弾幕が一斉に発射され、少し遅れて竜型オーラを前面に展開したガブリアスが突撃していく。

 

「……“ほうでん”、“ねっぷう”、“ふぶき”」

 

 ルプスが慌てる様子も無く小声で指示すると、サ・ファイ・ザーの翼が帯電し、周囲へ電撃を撒き散らし、中央のファイヤーの口から炎が広範囲へ噴射され、長い尾を振り回して超低温の風が吹き荒れる。

 広域に展開された3つのエネルギーは、ある箇所では混ざり合い、ある箇所では対消滅で周囲に爆発的なエネルギーを散布し、またある箇所では相乗効果で個々の威力を引き上げた。

 それらは膨大なエネルギーの波となって暴走し、イソラ達からの技をことごとく飲み込み、ガブリアスはオーラを掻き消されて弾き飛ばされた。

 

「なっ……!?」

 

「……今のは……」

 

 イソラもスカーレットも、目を見開き、口を半開きにして驚愕の表情を浮かべる。

 なにしろ、相手は同時に3つの強大な技を同時に発動したのだから無理も無い。

 

「驚いてくれてなによりだ。そう、これこそはサ・ファイ・ザーの特性、《トリプルオーダー》。伝説のポケモン3体分の頭脳が生み出す演算能力を最大限に活用した結果、サ・ファイ・ザーは12の技を習得し、3種類の技を同時に扱う事ができるのだよ」

 

「な……にぃ……!?」

 

「そんな……馬鹿な……!」

 

 バリエーションに富んだ12の技、そしてその中から状況に応じた3つを、伝説のポケモン3体のそれを統合した圧倒的なパワーで放ってくる。

 確かにこのような怪物が量産されれば、冗談でなく本当にロケット団が世界を掌握しかねない。

 

「ふふふ……そして、それらを用いて他の伝説のポケモンを捕獲し、それらを使った新たなクローンキメラを作り出す。戦車や戦闘機を造るよりも資源を浪費せず、産業廃棄物や有害物質も出さないクリーンかつ圧倒的な力……このプロジェクト・キメラこそ、サカキ様が率いるロケット団に相応しい力なのだ!」

 

 ルプスはキメラを統べる主君の姿を幻視し、その配下たる己に改めて誇りを抱く。

 

「ふっ……さぁ、まだバトルは始まったばかりだ……まだまだデータ収集に協力してもらおう!」

 

「くっ……! 抜かるなよスカーレット!」

 

「ん。……させない。世界征服なんて……!」

 

 2人とそのポケモン達は態勢を立て直し、翼を広げて甲高い鳴き声を轟かせる異形を前に、再度臨戦態勢を取った。

 

 

 

「ポケモンのクローンなんて……早く止めないと……!」

 

 ツバキは道具として作り出された哀れな命をこれ以上産み出さないため、階段を駆け下りる。

 

「っ!」

 

 そして、下りきったツバキの前に3人の団員が立ち塞がった。

 これまでの下っ端団員と異なり、チカチカと光る機械の付いたゴーグルを装着している。

 

「侵入者確認!」

 

「確保する!」

 

「ロケット団のために!」

 

 3人の投げたボールから、アーボック、スピアー、ヤミカラスが飛び出し、ツバキを睨みつける。

 

「くっ……!(バルディはまだ出せない……ポポくんはベラさんとのバトルで疲れてるし、ケーンも連戦が……それならここは……!)」

 

 ツバキは両手で腰のベルトに並んだボールから3つを選んで放り投げる。

 

「お願いね! ファンファン! ナオ! シェルル!」

 

 ファンファンが大きな音を立てて着地し、次いでシェルルが片膝を付いて降り立ち、ナオはサイコパワーで浮遊する。

 

 

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 すると、団員達はゴーグルに付いた機械をなにやら操作し始めた。

 

「ふっ、一番高くてレベル49か。我々の敵ではないな」

 

 どうやらツバキの持つポケモン図鑑と同様、ポケモンの大まかな能力を数値として表示できる機能があるようだ。

 

「邪魔をしないでください! わたしはサンダー達を助けたいだけなんです!」

 

「そうはさせない!」

 

「あれらは我々の計画に必要不可欠なサンプル」

 

「まだ使い道はあるからな……!」

 

 あまりにも冷徹にして残忍なその台詞に、ツバキはポポがピジョンへ進化したあの戦いや、初めてロケット団と遭遇した時の怒りが蘇るのを感じる。

 

「……そう……あなた達もそうなんですね……」

 

 精神面に歪みはありながらも己のポケモンに対する愛情は感じたウィルゴや、確かな労いの意思を見せていたシュルマとの戦いの後だけに、目の前の心無き男達への怒りはなおさら燃え上がる。

 

「……許さない……! ポケモンはあなた達の道具じゃないっ!!」

 

「ほざくな小娘! アーボック、“ヘドロばくだん”!」

 

「偉そうに言う前に我々を倒してみるんだな! “どくづき”!」

 

「弱い奴には吠える資格すら無いんだよ! “あくのはどう”!」

 

 ツバキの激昂などどこ吹く風とばかりに団員達は技の指示を下す。

 

「勝ちます! そのために来たんです! シェルル、“いわなだれ”!」

 

 シェルルが床に爪を突き立てると空中に無数の岩が出現し、自分達と団員達の間に落下して相手の技を防ぐ壁となる。

 だが、唯一接近戦を仕掛けてきたどくばちポケモンの『スピアー』が岩の壁を飛び越え、槍のような両腕から毒を滲ませて突きかかってきた。

 

「“サイコショック”!」

 

 ナオの畳まれていた耳が開き、両手にリング状に固着させたサイコエネルギーを生成すると、そのまま手持ち武器のように接近してきたスピアーへ叩き付け、相手トレーナーの元へと強制送還してやる。

 しかし、寸前で両腕を交差させて防御態勢を取ったため、一撃で撃破とはいかなかった。

 

「スピアー! くそっ、小賢しい……」

 

「慌てるな。相手は小娘1人だ、焦る必要は無い。ヤミカラス! “シャドーボー”……」

 

「“ふいうち”!」

 

 岩の陰から瞬時に飛び出したシェルルが、飛翔したヤミカラスの真下を取り、アッパーのように爪を突き上げる。

 下腹部に直撃を受けたヤミカラスは、口元に生成していた紫色のエネルギー弾を吐き出して天井へ飛ばしてしまい、自身はたまらず落下する。

 

「“じゃれつく”!」

 

 そして、鋭い牙と自慢のパワーで岩の壁を突き破って突進したファンファンが鼻を振り回し、落下してきたヤミカラスを盛大にホームラン。

 

「な、何ぃっ!? ヤミカラスが……!」

 

 ツバキの持つロケット団への敵意がそうさせるのか、常のバトルよりも頭……というよりは直感が冴え、相手の行動に対する反撃法が即座に口をついて出てくる。

 

「くそっ! どうなってる!? こっちの方がレベルは上なはずだ!」

 

「この測定機壊れてるんじゃないのか!?」

 

 口々に自分達の苦戦が信じられないという旨の発言をする団員達を見て、ツバキは旅立ちの日にカツラから言われた言葉を思い出す。

 

――レベルというのは、ポケモンのおおまかな強さを数値化した物だ。もっとも、あくまで目安……ポケモンの強さは、トレーナーとの信頼関係など様々な要因で変動するからね。

 

 まさにそこが目の前の連中とツバキの差を決定的なものとしている。

 目先の数字を絶対の物と信じ込み、ポケモンも常に想定通りのスペックを発揮する道具としての認識が強いため、ツバキと彼らとではポケモンとの息の合い方に雲泥の差があるのだ。

 

「ポケモンを道具としか思えない人達になんか、わたしは負けません! ファンファン、“ころがる”! ナオは“サイコショック”で弾幕! シェルルはヤミカラスに“アクアジェット”!」

 

 ドスンドスンと音を立てて走り出したファンファンが小ジャンプし、空中で身体を丸めてタイヤのような形態になると、高速で回転して猛突進していく。

 一瞬よけようとした相手の3体だったが、次々に投擲されるサイコエネルギーの塊が逃げ道を塞ぎ、唯一エスパー技が無効となるヤミカラスがナオを止めようとするも、水流を纏って突っ込んできたシェルルのタックルを受けてダウンしてしまった。

 そうこうしている内に残る2体へファンファンが迫り、細長い身体のアーボックのみがギリギリで回避に成功、スピアーはあえなく轢かれてくるくると宙を舞う。

 

「くそうっ! 俺達はルプス様直々の訓練を受けたエリートなんだぞっ! アーボック! ドンファンに“アクアテール”!」

 

「何やってるスピアー! ニャオニクスに“シザークロス”だ!」

 

「ファンファン、“じゃれつく”! ナオは“リフレクター”の後“10まんボルト”!」

 

 尻尾に水を纏わせて襲いかかってきたアーボックに対し、ファンファンは鼻を振り回して応戦するが、さすがに肉薄されると柔軟な動きをするアーボック相手では分が悪いようだ。

 一方のナオはスピアーと空中戦を展開し、前面に物理攻撃を防ぐ障壁を張って振り回されるスピアーの両腕の針を捌くと、攻撃を弾かれてよろめいた隙を突いて高圧の電流を叩き込んだ。

 

「ナオ、“サイコショック”! ファンファン、“ころがる”!」

 

 ナオは“10まんボルト”で身体の痺れたスピアーへ、両手に掴んだサイコエネルギーのリングを叩き付けてトドメを刺す。

 そして、ファンファンは正面から“アクアテール”が迫った瞬間を狙い、その尻尾を内側に巻き込むようにして身体を丸めて転がり始めた。

 当然アーボックは離れる事もできず、回転に合わせてビタンビタンと床に叩き付けられ、ファンファンが急ブレーキと共に防御態勢を解除すると、勢いのままに放り出され……。

 

「“たきのぼり”!」

 

 空中で無防備なところへシェルルの激流のごとき水流で覆われた爪が打ち込まれ、アーボックは天井へ叩き付けられた後に団員達の上に落下した。

 

「ぐえっ……!」

 

「ば……馬鹿な……ありえねぇ……」

 

「こ、こんな子供に……!」

 

 アーボックの長い胴に押し潰されながら、団員達は信じ難いというようにツバキを見る。

 

「小娘だの子供だの…………大人なら大人らしく、子供のお手本になるようにしてください! 皆、行くよ!」

 

 相手が戦意を喪失した事を確認し、ツバキはファンファンに跨がって通路を走り出した。

 

「ううっ……くそぅ……」

 

「……あっ! ル、ルプス様……! 申し訳ございません! 突破されました! お、お許しを……!」

 

 アーボックをボールに戻して起き上がった1人が、無線機でルプスへ報告する。

 

「3人もいて少女1人も止められんのか……まぁ良い。お前達は予備のポケモンを用意して追撃せよ。私もこちらを片付けたら向かおう」

 

「は……ははぁっ!」

 

 

 

「それにしても、皆本当に強くなったね。すごいよ、皆!」

 

 ツバキはナオを胸に抱いて、ファンファン、シェルルと並んで歩く。

 バトル直後にツバキを乗せて全力疾走したため、さしものファンファンも疲れてしまったのでペースを落としたのだ。

 ボールに戻していない理由としては、どこにロケット団員が潜んでいるかわからない、というのがある。

 ロケット団の中にはトレーナーへの直接攻撃も厭わない者がいる事はすでにわかっており、その組織のアジトに侵入している以上、護衛は必要となる。

 いつバトルになっても対応できるよう、先のバトルで出した3体を、キズぐすりによる応急処置を行った後もそのまま連れ歩いているというわけだ。

 

「……でも、サンダー達はどこなんだろう……早く見つけて助けてあげないと……」

 

 その時、ナオが耳をピクリと動かし、ツバキの腕を離れて浮かび上がった。

 

「ナオ? どうしたの?」

 

 すると、ファンファンも鼻を床に擦り付けて匂いを嗅ぎ始めた。

 

「……もしかして、何か見つけたの?」

 

 ファンファンとナオが顔を合わせ、同時にツバキに向かって頷いた。

 

「っ! やった……! 手がかりが欲しいところだったし、とにかく行ってみよう! 案内お願いね! シェルルも行くよ!」

 

 自分だけ手がかり発見にこれといって役立ってない事に若干落ち込みつつ、シェルルもツバキの後に続いて走り出した。

 ファンファンの嗅覚とナオの聴力を頼りに辿り着いたのは、ツバキの身長の倍はある大きなシャッターの前だ。

 近くにはさっきサ・ファイ・ザーが上にやって来た時の大型リフトもある。

 

「……ここみたいだね。シェルル、お願いできる?」

 

 シャッターを指差して尋ねるツバキに、ようやく役に立てそうになったシェルルがブンブンと頷き、シャッターの前に立つ。

 そして、両腕を交差させて全神経を研ぎ澄まし、大きくジャンプすると、目にも止まらぬ速度で爪を振るう。

 シェルルの着地と同時にシャッターが軋み、次の瞬間、ガラガラと音を立てて崩壊した。

 

「やったぁ! ありがとう、シェルル!」

 

 ツバキとポケモン達が中へ突入し、真っ先に目に飛び込んできたのは……。

 

「……! サンダー! ファイヤー! フリーザー!」

 

 複数の黒い三角形の機械が発するエネルギーフィールドに閉じ込められ、翼を畳んで疲弊している三鳥の姿だった。

 

「し、侵入者か!?」

 

 その声に顔を向ければ、コンソールを操作していたと思われる研究員が、こちらを見て震えている。

 だが、どこにもモンスターボールを持っている様子は無く、まず脅威にはならないと判断し、ツバキはサンダー達に向き直る。

 

「わたしは敵じゃないよ! 今そこから出してあげるから! ナオ、“サイコショック”! シェルル、“たきのぼり”!」

 

 ナオとシェルルがそれぞれ黒い機械に攻撃を加え、フィールドを解除しようとする。

 

「や、やめろ! 三鳥からはまだ取っていないデータがたくさんあるんだ! 伝説のポケモンのデータはまだまだ少ない……徹底的に調べれば、様々な技術の発展が……!」

 

 抵抗の術を持たないからか、研究員はひたすら言葉でツバキを止めようとするが、当然聞く耳は持たない。

 

「ポケモンをこんなに苦しめてまで急いでやる事ですか!?」

 

「うっ……そ、それは……」

 

 ツバキの怒鳴り声を受け、研究員は言葉を詰まらせてしまう。

 

「……技術は大事……それはわたしだってわかります。……でも、ずっとずっと昔から人と関わって暮らしてきたポケモン達の事は、もっともっと大事にしなきゃいけないんじゃないですか!? こんな所にずっと閉じ込めてたら、サンダー達は死んじゃうかもしれないんですよ!?」

 

「………………」

 

 研究員は俯いて完全に沈黙してしまった。

 どうやらさっきの団員達と比べれば、まだ良心が欠片程度は残っているようだ。

 

「……少なくともわたしは、そんな事して手に入れた技術なんて……嬉しくありません」

 

 ツバキが言い終わると同時に、ナオの振り下ろしたサイコエネルギーのリングによって、サンダーを閉じ込めていた機械が砕け散り、フィールドが消失してサンダーが崩れ落ちる。

 

「サンダー! ……ナオとシェルルはそのままファイヤーとフリーザーも助けてあげて!」

 

 ナオ達へ指示を飛ばしながら、ツバキはバッグの中をまさぐり、キズぐすりと黄色いぷっくりした木の実を取り出した。

 

「ほら、サンダー……オボンの実だよ、食べて?」

 

 サンダーの頭を撫でながら、その口の中に2つに割ったオボンの実を与える。

 弱って電圧は下がっているとはいえ、サンダーの羽毛は帯電し、撫でている手が痺れるが我慢する。そんな事より目の前の苦しむポケモンだ。

 次いでサンダーの身体を見回し、下腹部に傷を発見すると、そこにキズぐすりを塗り込んでいく。

 すると、うっすらと目を開けたサンダーが、弱々しいながらも鳴き声を上げた。

 

「ほっ……とりあえずは大丈夫になったかな……よし、次っ!」

 

 ちょうどナオによってファイヤーが、シェルルによってフリーザーが解放され、その場に倒れ込んだ。

 ツバキはサンダーの時と同様の手順で2体を介抱し、毒を浴びていたフリーザーには解毒効果のあるモモンの実を食べさせた。

 

「ふぅ……これでどうにか……なったかな?」

 

 やがて3体は少しは元気を取り戻し、自力で立ち上がるまでに回復した。

 

「良かった……! でも、ここは地下……地面の下なの。皆を逃がすには、地上に出ないといけない……お願い、わたしを信じてついてきて!」

 

 3体はしばし互いの顔を見合わせていたが、同意するように揃って甲高い鳴き声を上げた。

 

「ありがとう! さぁ、行こう!」

 

 ツバキが先導しようとした矢先、部屋の外からバタバタと足音が近付いてきた。

 

「やい小娘! 今度はさっきのよう……に……は……?」

 

 それは、さっき倒した3人組だった。

 どうやら新しくポケモンを持ってきたようだが、解放された三鳥の姿を見るや硬直し、顔が青ざめる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 三鳥は明確な敵を確認し、鋭い眼光でギロリと睨みつけた。

 

「ひいっ!?」

 

 そして、“10まんボルト”、“かえんほうしゃ”、“れいとうビーム”が同時に放たれた。

 

「うわあぁぁぁーーーーっっっ!! に、逃げろぉぉーーっっ!!」

 

「たっ、助けてくれぇぇぇーーーーっっっ!!」

 

 3人は電撃と火炎と冷気に追い回され、凄まじい勢いで逃げ去っていった。

 

「すごい……弱ってるのにあれだけの力があるんだ……やっぱり伝説のポケモンは違うなぁ…………って、言ってる場合じゃなかった! さぁ、あそこのリフトから上に行けるみたい! 行くよ! っと、そうだ!」

 

 走り出そうとしたツバキだったが、ピタリと止まって三鳥に向き直った。

 

「……あのね、今、上ではあなた達のデータで作った、クローンポケモンとわたしのお姉ちゃん達が戦ってるの……もしかしたら、上がってすぐにバトルになるかもしれない……大丈夫……?」

 

 三鳥は「伝説を舐めるな」と言いたげに口々に鳴き声を響かせた。

 それを見て頼もしさを感じたツバキは、目を閉じて頷き、再度前を向く。

 

「……うん、伝説のポケモンに失礼だったよね……。よし! じゃあ、改めて……行こう!」

 

 ツバキとポケモン達、そして三鳥はリフトに乗り込み、上のフロアへ移動する。

 その先のまたその先……自由な蒼い空を目指して。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございました!

今はこれに集中したいのに、続編のアイディアが頭の中でガンガンに囁くの…誰かタスケテ…。


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第72話:VSサ・ファイ・ザー!悲しき合成獣を打ち破れ!

サ・ファイ・ザーと本格的にバトルが始まる第72話です!


 ツバキを先へ進ませ、合成ポケモン『サ・ファイ・ザー』との戦闘を開始するイソラとスカーレットだったが、特性《トリプルオーダー》によって同時に3つの技を放つ規格外の怪物を前に、否応なしに苦戦の予感を胸に抱く事となる。

 一方、アジト最深部へ侵入したツバキは、ルプス配下の部隊を撃破し、ついに捕らえられた三鳥を発見し、その解放に成功する。

 献身的な介抱によって三鳥からの信頼を得たツバキは、イソラ達の救援に向かうべく、上のフロアへ向かうリフトへと乗り込んだ……。

 

 

 

 時間は少し遡り、ツバキが立ちはだかった団員達とのバトルを終えた頃、イソラ達は……。

 

「“10まんボルト”、“かえんほうしゃ”、“れいとうビーム”」

 

 サ・ファイ・ザーの3つの首から、それぞれ異なるタイプの技が空中へ放たれる。

 別々の方向へ飛んだ3つの技は、それぞれに効果の大きいターゲットを直撃し、床へと叩き落とした。

 

「ペリッパー!」

 

「ドータクン……! ガブリアス……!」

 

 同時に3体が戦闘不能となり、イソラとスカーレットは歯噛みする。

 

「くっ……よくやってくれた、ペリッパー。……これが3体分のパワーか……!」

 

「……ありがと。ドータクン。ガブリアス。……強い」

 

 2人はそれぞれ自分の倒れたポケモンをボールへ回収し、次なる一手を思案する。

 

「ふっ、さしもの君達も、このサ・ファイ・ザー相手では力不足か……残りのポケモンも全て出してはどうかね? その一斉攻撃ならば、掠り傷くらいは付けられるかもしれんぞ?」

 

 サ・ファイ・ザーのパワーがあまりに圧倒的だからか、緻密な戦術で知られた『地将』らしくもない、慢心の見え隠れする物言いのルプス。

 

「ふんっ……余計なお世話だ」

 

「ん」

 

「そうか……もっと一対多の戦闘データを得たいんだがな。……む?」

 

 その時、ルプスのバッジが音と光を放ち始めた。

 

「サ・ファイ・ザー、しばし独自判断で迎撃。……私だ」

 

「っ! “げきりん”! “リーフストーム”!」

 

「“エナジーボール”」

 

 ルプスが無線に出た隙に攻撃を仕掛けるイソラ達であったが、サ・ファイ・ザーは翼を振るって電気と冷気を混ぜ合わせた障壁を展開し、完全に防御の構えを取る。

 技は次々と障壁に飲まれて霧散し、怒り狂ったような雄叫びを上げて太い腕を振り下ろしたボーマンダの身体も容易く弾かれてしまった。

 

「…………3人もいて少女1人も捕らえられんのか……まぁ良い。お前達は予備のポケモンを用意して追撃せよ。私もこちらを片付けたら向かおう」

 

 ルプスは呆れ気味に無線を切ると、イソラ達に向き直る。

 

「なるほど、確かにあの少女を少し侮っていたようだ。私の部下達を破り、三鳥の元へ向かったとの事……なかなかどうして人は外見ではわからぬものだな。……まぁ、先ほども言ったように、ここを抑えている限りは逃げられんがな」

 

「そうか……さすがツバキだ。……ならば」

 

「…………負けてられない。ワタシ達」

 

 ツバキの快進撃を知り、イソラとスカーレットは己を奮い立たせる。

 ここで弱音を吐いていては、自分達よりも幼いにもかかわらず奮闘しているツバキに顔向けができない。

 ツバキが戻れば3対1となり、もしかしたら三鳥の助力も得られるかもしれない。

 今はそこに望みを託し、この怪物を相手にできるだけ長時間持ちこたえるのが最優先となるだろう。

 

「“だいもんじ”!」

 

 ボーマンダの口から高温の炎が噴射されるが、それはサ・ファイ・ザーへの直撃コースではなく、その足元だ。

 

「(ふむ……? “だいもんじ”は命中に難のある技ではあるが……)」

 

 ルプスもサ・ファイ・ザーも、防御するまでもない場所で燃え上がる炎を見つめる。

 

「“かげぬい”だジュナイパー!」

 

 ジュナイパーが首の辺りから伸びる紐を弦にして矢をつがえ、先端に自身のオーラを纏わせて引き絞り、狙いを定めて発射した。

 

「“かえんほうしゃ”」

 

 矢を迎撃するために、中央のファイヤーの口から炎が放たれる。

 だが、矢はジュナイパーの思念でカクンと軌道を変え、炎をかわしてサ・ファイ・ザー直上の天井へと向かう。

 

「……むっ……!」

 

 ルプスがイソラの意図に気付くが、もう遅い。

 矢はカツンと音を立てて天井に突き刺さる。床の炎に照らされて天井に映し出された、サ・ファイ・ザーの影へと。

 

「続けて“かげぬい”!」

 

 ジュナイパーは目にも止まらぬ速度で一気に3本の矢をつがえ、扇状に発射する。

 気が付けば最初の1本も合わせた4本の矢が天井に突き刺さり、サ・ファイ・ザーはまるで天井に縫い付けられたかのように身動きを封じられてもがいている。

 

「ふぅむ、やってくれるな。さすがは女帝か」

 

 だが、ルプスにはまるで慌てる様子は見られない。

 もっとも、相手の態度など気にしている余裕はイソラ達には無いため、この機を逃さずに攻め立てる。

 

「ともかく今はダメージを稼ぐ! “だいもんじ”! “かげぬい”!」

 

「“めざめるパワー”。……お願い、フローゼル。“ハイドロポンプ”」

 

 ボーマンダ、ジュナイパー、ドレディアの一斉攻撃に、スカーレットが新たに繰り出したうみイタチポケモン『フローゼル』の“ハイドロポンプ”も加わり、動けないサ・ファイ・ザーへと集中砲火が浴びせられ、翼も封じられたその身体を爆煙が覆った。

 

 

 

 地下アジト内にガコンガコンと重厚なリフトが上昇する音が反響している。

 リフトの稼働中も三鳥の傷と疲労を癒すべく、バッグから取り出した様々な木の実を食べさせ、薬を塗り込んでいく。

 

「お姉ちゃん達……大丈夫かなぁ……ずいぶん時間がかかっちゃったけど……」

 

 案ずるはあの怪物の前に残してきたイソラとスカーレットの事だ。

 2人とも自分とは比較にならないほどの実力者ではあるが、サ・ファイ・ザーは伝説のポケモン3体のパワーを併せ持つ、前代未聞の存在……恐らくイソラ達もバトル経験の無いポケモンだろう。

 不安から溜め息の漏れるツバキを、ファンファン達が励まそうとじゃれつき、三鳥はそれをじっと見つめている。

 

「……そうだね、考え込んでいても仕方無いよね。上についたらすぐバトルできるようにしておこう!」

 

 そうこうしている内に、リフトの進行先……上のフロアの床が左右にスライドしていき、間から光が差し込む。

 

「……! つ、ついた……!」

 

 と、せり上がってきたツバキ達のちょうど目の前を、凄まじい勢いの炎や水が横切っていき、上の方で爆発音が鳴り響いた。

 

「ひゃあぁぁっっ!?」

 

 思わずしゃがみ込んだツバキの悲鳴に、イソラ、次いでスカーレットとルプスが気付いた。

 

「っ!! ツバキっ!!」

 

 駆け寄りそうになったイソラだったが、ツバキの背後に控える三鳥を見て動きが止まる。

 

「サ、サンダー……ファイヤー……フリーザー……! 無事に救出できたんだな! 凄いぞツバキ!」

 

 改めて駆け寄ってツバキを抱き締めるイソラ、そしてそれを見て安堵の表情を見せるスカーレットとは対照的に、ルプスは驚愕の表情へと変わる。

 

「……三鳥を従えたのか……!? あれだけ痛めつけて捕らえたのだ……人間不信になっていてもおかしくないはず……」

 

 ツバキ達は揃ってスカーレットの隣へ戻り、ルプスと対峙する。

 

「ツバキはポケモンの喜びも悲しみも本気で分かち合おうとする優しい子だ。心の底から相手に寄り添い、相手が傷付いていれば、下心無くその傷を癒そうとできる。そんな真心を見せられては、サンダー達も応えぬわけにはいかないだろうさ……!」

 

 三鳥は同意するように大きな雄叫びを上げ、煙の向こうにいる自分達の力を模した怪物を睨む。

 

「……ふふふ……なるほど、認めよう。少女よ、私は君をあまりにも侮っていた。そして改めて問う。我が部下となる気は無いかね? そのポケモンを従える才は……」

 

「何度聞かれても同じです! お断りします! 第一、従えたんじゃありません! サンダー達に力を貸してほしいってお願いしたんてす!」

 

 全て言いきる前にキッパリと断られ、ルプスは苦笑する。

 

「ふっ……予想はしていたが嫌われているものだな。まぁ、仕方あるまい……サ・ファイ・ザー!」

 

 ルプスの声に反応し、強風と共に煙が晴れ、サ・ファイ・ザーがその姿を現した。

 

「さすがにあの無防備な状態で一斉攻撃を受けたからな。多少ダメージが入ってしまったようだ」

 

 ルプスはそう言うが、パッと見てそれほどのダメージがあるようには思えないのが、底知れない不気味さを演出している。

 

「では、ここまで頑張った君達に、良い物を見せてあげるとしよう。……君達は……熱いほどの冷気を感じた事はあるかね?」

 

「っ!?」

 

「“コールドフレア”」

 

 サ・ファイ・ザーの尾から溢れ出た冷気がその翼を覆い、勢いよく羽ばたいて猛烈な冷風を起こす。

 冷風はイソラが指示を下す間も無く、ボーマンダを一瞬にして包み込んだ。

 

「ボ、ボーマンダ!!」

 

 やがて弱まった冷風の中から、青いはずの身体を真っ赤に染めたボーマンダが落ちてきた。

 

「くっ……火傷状態だと……!? ……極度の凍傷か……!」

 

「もう1つサービスしよう。“フリーズボルト”」

 

 サ・ファイ・ザーは冷気を纏ったままの翼を振るい、大気中の水分を凍結させて作り出した氷塊を、電撃でコーティングして射出してきた。

 こちらも驚異的な弾速でジュナイパーに着弾し、その身体を一気に壁へと叩き付けた。

 

「ジュナイパー!!」

 

 帯電して目を回すジュナイパー。

 イソラはボーマンダとジュナイパーをボールへと戻し、苦々しくサ・ファイ・ザーを見上げる。

 

「ボーマンダ……ジュナイパー……すまない。……貴様……その技はたしか……!」

 

「さすがに各地方を旅しているだけあって知っているか。ふふっ、そう……イッシュ地方に伝わる伝説のドラゴンポケモン・キュレム……その身は己の発する冷気によって凍てつき、同じく伝説のポケモンにして半身であるレシラムとゼクロムを取り込む事によって、業火と轟雷の力を得る事ができるという。こおり・ほのお・でんき……奇しくもドラゴンを除いて三鳥とタイプが一致していた事に目を付けた私は、サ・ファイ・ザーでその力を再現できないものかと考えたのだよ。ふっ、結果は見ての通りだ」

 

 キュレムはイッシュ地方の英雄伝説に語られる、真実を司るはくようポケモン『レシラム』と、理想を司るこくいんポケモン『ゼクロム』が分割した後の抜け殻とされ、それらと合身する事で本来の力を発揮すると言われるきょうかいポケモンである。

 ルプスの語る通り、サ・ファイ・ザーはその3体のタイプをドラゴンタイプを除いて持ち併せ、しかもキュレムが同時に合体できるのはどちらか1体のみであるのに対し、こちらはそれら全てを同時に操る事が可能なのだ。

 

「くっ……!」

 

「強い……! だが……」

 

 イソラはちらりと後ろの三鳥に目を向ける。

 

「(奴はクローン技術が未熟で、サ・ファイ・ザーのパワーは三鳥の総量には劣ると言っていた。ならば、サンダー達の合わせたパワーを真正面からぶつければ、競り勝つ事ができるかもしれん……!)」

 

 問題はあちらが1つの身体で纏まっているが、こちらは別々の肉体の個体が3体であり、同レベルのパワーを発揮するには息を合わせなければならない事だ。

 仲が悪いわけではないようだが、それでも3つのバラバラの思考を噛み合わせる事は容易い事ではない。

 さらに、長らく捕らえられていたために三鳥が全力を出せるか怪しいという懸念もある。

 ならば、ここで打つべき手は……。

 

「……サンダー、ファイヤー、フリーザー。私達3人で奴の気を引く。お前達は3体で完全に息を合わせた攻撃を奴に叩き込める瞬間を待って力を溜めておいてくれ。2人も良いな?」

 

「お姉ちゃん……わ、わかった……! お願いね、サンダー達……!」

 

「…………切り札。三鳥」

 

 小声での作戦会議を終え、それぞれに目配せして頷いたツバキ、イソラ、スカーレットが前に出る。

 

「ほう、三鳥には頼らない気かね? まぁ、体力を消耗しているそいつらでは、大して役には立つまいがな」

 

 3人は持てる全ての力を一点に集中するため、この状況での切り札を1体ずつ使う事に決め、ボールから出していた他のポケモンを回収する。

 

「(オニドリルはまだ疲労が取れていない……メガシンカ体2体を相手にしたのだ、無理も無い……)……今はお前に頼るしか無い……頼むぞ、ギャラドス!」

 

「……ミミロップ……!」

 

「お願いっ! ポポくんっ!!」

 

 そして選び出された3体が、自分を信じたトレーナー達の前に降り立つ。

 

「行くぞギャラドス!」

 

 イソラが服から引っ張り出したキーストーンを握り込む。

 

「……見せる。ミミロップの全部」

 

 スカーレットがメガコンパクトを構える。

 

「ポポくん……わたし達は……勝たなきゃいけないの!」

 

 ツバキがメガペンダントを両手で握り締める。

 

「お前の挑む激流、私も共に昇って見せよう! ギャラドス!」

 

「……ワタシ達の絆を闘志と燃やす。……跳び越える。限界さえも。ミミロップ」

 

「重ねた想いを翼に変えて……! 蒼い空の向こうまで! これがわたし達の……キズナのカタチ! ポポくん!」

 

 3人のキーストーンが同時に輝きを放ち、虹色のオーラと化して己のポケモンに降り注ぐ。

 

「「「メガシンカ!!!」」」

 

 光に包まれたギャラドスの身体が肥大化し、ミミロップは長い耳のフサフサとした毛で覆われた部分が萎み、ポポは飾り羽が部分的に伸びて翼が大きくなっていく。

 そして、光の消失と共に、それらの変化した詳細な姿が露となる。

 

 

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「ほう……メガシンカ3体……さすがに少し重いか?」

 

 台詞の内容とは裏腹に、ルプスの表情からは余裕が消える事は無い。

 イソラとスカーレットは、やろうと思えばアクイラのように2体同時にメガシンカさせる事も可能かもしれないが、あまりにも消耗が大きく、そして早い。

 ここまで戦った所感としては、サ・ファイ・ザーはメガシンカ体でも対抗しきれる相手ではない。3体がかりで相手に傾きつつもギリギリ拮抗といったところだ。

 それもトレーナー1人が1体に指示を集中してようやくなので、とても複数をメガシンカさせている余裕は無いのだ。

 

「……2人とも、無理はするな。一瞬でも気を抜けば勝ち目は無い。奴の攻撃は防ぐのではなく回避する事に専念し、隙の少ない技で確実に削りを入れるんだ」

 

「う、うんっ……!」

 

「わかった」

 

 3人と3体は覚悟を決め、規格外の戦闘力を有する怪物と互いに睨みを利かせる。

 ルプスはルプスで、表面上は余裕の態度を崩していないが、メガシンカ体3体という事で警戒心を強めている。

 

「(まぁ、まず心配は無いだろうが、念には念だ。絶対的優位にあったとて、油断して足元を揺るがされてはどうなるかわからんからな。特にあの少女は実力が未知数だ……)」

 

 圧倒的な格下としてハナから脅威とは認識せず、イソラとスカーレットばかりを警戒していたが、彼女は曲がりなりにもウィルゴを突破し、多数の下っ端団員を破り、自身の訓練した部下をも撃破しているのだ。

 さらにはこの短時間で三鳥からも信頼を得ているなど、改めて見れば幼い無名トレーナーとして頭から除外するには不安要素の多い相手だ。

 

「……よかろう。君達を強敵と認め、敬意を表して全力で叩き潰してやろう!! 我が理想! サカキ様の覇道! その道を照らす篝火、消せるものならば消してみろっ!!」

 

 ポケモンを愛し、共に未来を作ろうとするトレーナー達と、望まず生を受けた悲しき怪物との戦いは、最終局面へと突入していく……。

 

 

 

つづく




はい、今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきましてありがとうございます。

えー、寒くなってまいりましたが、皆様は日々を健康に過ごせていますでしょうか?
…劉翼は盛大に体調を崩してしまい、まったく頭が働かない日々を送っております。
ようやくロケット団編も佳境だというのに、己の不摂生が原因で更新が遅れています事、深くお詫びいたします。
…だから見放さないでね(小声)


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第73話:3大メガシンカVSキメラ!激闘の果て!

大変長らくお待たせしました!
サ・ファイ・ザーとのガチバトルとなる第73話です!


 三鳥を救出したツバキは、サ・ファイ・ザーとルプスを足止めしていたイソラ、スカーレットの2人と無事に合流する事に成功する。

 だが、イッシュ地方の伝説ポケモン・キュレムの技さえもコピーしたサ・ファイ・ザーのパワーは予想を遥かに上回り、これを破るには救出したサンダー、ファイヤー、フリーザーの力を結集する外無いと判断したイソラは、彼らが全力の攻撃を叩き込めるまで時間を稼ぐため、ツバキとスカーレットの2人と共にメガシンカを敢行。

 今ここに揃ったポポ、ギャラドス、ミミロップ……3体のメガシンカ体が、3つの力を併せ持つ合成獣との最後の戦いを始めようとしていた……。

 

 

 

 睨み合う2つの勢力。

 

 

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 片やメガシンカによるパワーアップを果たした3体のポケモン。

 片や伝説級の3つの力を宿した合成ポケモン。

 互いに一筋縄ではいかない相手と理解しているが故、軽々しく動く事ができない。

 だが、メガシンカは時間が経てば経つほどにトレーナーとポケモン双方への負担が増してくるため、いつまでも睨み合いを続ける事はできない。

 

「……“ストーンエッジ”!」

 

 先手を打ったのはイソラのギャラドスだ。

 太さを増した身体をしならせて床に尻尾を叩き付ければ、鋭く尖った岩が次々と突き出してサ・ファイ・ザーを襲う。

 

「“10まんボルト”」

 

 それに対してサ・ファイ・ザーは翼を帯電させ、発生した電撃をサンダーの頭部からビーム砲のように集束して発射し、迫る岩を片端から粉砕していく。

 

「“ふるいたてる”から“シャドーボール”」

 

 その隙にミミロップは全身の毛を逆立てて闘気を高め、攻撃の下準備に入る。

 自分の影に手を触れると、そこから漆黒のエネルギー体を抜き取り、球状に練り上げて投げつけた。

 

「“れいとうビーム”」

 

 電撃で“ストーンエッジ”を応戦しつつ、フリーザーの口から床へ超低温の青白い光線が放たれ、まるで成長する植物のように氷の壁が見る見る形作られ、“シャドーボール”を防ぐ防壁となった。

 

「“でんこうせっか”!」

 

 だが、崩れる氷塊の中を、引き絞られ放たれた矢のごとくポポが驚異的な速度で突っ切ってきた。

 

「“リフレクター”」

 

 あわやそのクチバシがサ・ファイ・ザーの身体に突き立てられるかと思われたが、両者の間に発生した半透明の障壁に遮られ、弾き返されてしまった。

 

「か……固い……!」

 

「さすがに技を3つまで同時に扱えるというだけはあるか……!」

 

「……厄介」

 

 イソラとスカーレットで引き付け、スピードの速いポポで一撃を加えるコンビネーションを見せるも、相手の特性《トリプルオーダー》の対応力はその上を行っていた。

 空中で姿勢を制御してツバキの前へ戻ったポポに倣い、ギャラドスとミミロップも距離を取って再度の攻撃態勢へ移行する。

 

「強力なメガシンカ体とはいえ、所詮は別個の存在が3体。3つの力を一体としたサ・ファイ・ザーの反応速度と対応能力には及ばんよ」

 

 3体からの連続攻撃を苦も無くいなし、ルプスが自信満々で嘲る。

 だが、それだけの自信を持っているだけあり、サ・ファイ・ザーは全ての面においてツバキ達のポケモンを圧倒している。

 

「(……“ほうでん”、“ねっぷう”、“ふぶき”、“10まんボルト”、“かえんほうしゃ”、“れいとうビーム”、“コールドフレア”、“フリーズボルト”、そして“リフレクター”……ここまで9つの技が明らかとなった……残る3つはなんだ……? ひこうタイプ技が1つは入っていると思うが、“エアスラッシュ”か“ぼうふう”か……でなければ“ドリルくちばし”か“ゴッドバード”……くっ、三鳥の覚える技全般となると候補が多すぎる……!)」

 

 相手の技構成を読みきれず、イソラが歯噛みする。

 当然の事ながら12もの技を習得できるポケモンなど相手にした事は無く、実戦に耐えうる技に限っても三鳥が覚える技は12個に絞り込むにはあまりに膨大なのである。

 

「お姉ちゃん」

 

 悩んでいるところへ声をかけられたイソラが振り向くと、ツバキは目で何かを訴えてくる。

 

「……よし……! ギャラドス!」

 

 そこから彼女の意図を察したイソラは、ギャラドスへ呼びかける。

 

「ポポくん!」

 

 さらにツバキもそれに続き、声を揃えて次の技を指示した。

 

「「“ぼうふう”!!」」

 

 ポポが翼を、ギャラドスが大型化した背中のヒレをはためかせると、まさに文字通りの意味で周囲の空気が一変。

 瞬く間に風が叫び声を上げて逆巻き、吹き荒れ、身を裂く何十何百の刃と化す。

 

「ふむ……2体でそれぞれ異なる風速と風向きの“ぼうふう”を放ち、何重にも連なる攻防一対の風の防壁を作り出したか」

 

 吹き荒ぶ風に煽られる髪を押さえながらも、ルプスは冷静に分析し、状況把握に努める。

 

「目には目を、風には風を。そちらが広範囲で攻めるならば、こちらは一点突破で応じさせてもらおう。“コールドフレア”」

 

 サ・ファイ・ザーが冷気を纏った長い尾を円を描くように揺らすと、それは冷風の螺旋を作り出す。

 そして、尾を全力で振り下ろせば、その螺旋が横向きの竜巻とでも形容すべき形となって“ぼうふう”へ突き刺さり、周りの風を巻き込んで大きくなっていく。

 

「っ! よけろギャラドス!」

 

「ポポくん! “でんこうせっか”でかわして!」

 

 風の防壁を突き破られた事を悟ったツバキとイソラは声を張り上げ、そのポケモン達はギリギリのところで冷風の弾丸の直撃を回避した。……が、その弾丸が放つ強力な冷気は、通過時の余波となって2体を襲う。

 

「くっ……! メガシンカ2体の大技ですらこうも易々破られるか……!」

 

 伝説のドラゴンポケモンの技を再現しただけあり、その威力は絶大。しかもそれを圧縮し、範囲を絞った上で撃ってきたのだからたまらない。

 

「“れいとうパンチ”」

 

 その時、吹き止もうとしていた風の中から巨大な氷塊が飛び出してきた。

 よく見ればそれは、両腕に氷で作り出したグローブを装着したミミロップだ。

 

 

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 パンチに冷気を纏わせるのではなく、パンチそのものを氷にしてしまう使い方は、以前にハナダシティ近郊で行ったイソラのメガヤンマとのバトルでも見せたものだが、メガシンカによるパワーアップで、その氷のサイズはミミロップの身体を正面から隠してしまうほど巨大になっている。

 ここまで来ると、もはやグローブというよりはハンマーのような鈍器とでも呼ぶべきサイズだ。

 

「“かえんほうしゃ”」

 

 自慢の脚力を駆使して遥か上方より奇襲してきたミミロップだが、ルプスは決して慌てない。

 狙いを定めたファイヤーの口から炎が噴射され、その氷を正面から解かしてゆく。

 

「……離れて!」

 

 これも失敗と判断したスカーレットの指示を受け、ミミロップは氷の先端部分を切り離し、それを脚で押し込むように足場にして飛び退き離脱。残った氷は即座に蒸発してしまった。

 

「…………ダメ。これでも」

 

「……なんて怪物なんだこいつは……」

 

「で、でも……諦めない!」

 

「そうかね? だが、世の中には諦めが必要となる時もあるのだ。それは恥ではない」

 

 攻撃をことごとく捌かれたツバキらに対し、ルプスは遠回しに諦めろと告げる。

 しかし、3人の表情に諦めの色などは無い。

 

「……そうだな。だが、それは今ではない。少なくとも貴様らのような生命を弄ぶ連中に屈するつもりなど毛頭無いのだからな!!」

 

 イソラの切る啖呵にツバキとスカーレットも頷いて同意の姿勢を見せる。

 

「……これだけの力の差を見てもなお感情に任せて大言を吐くか。若さ故か、はたまた無知故か。トレーナーの無謀で負け戦に付き合わされるポケモンには同情するよ」

 

 これ見よがしに溜め息を吐き、呆れた口調で紡がれたルプスの言葉に、今度はポケモン達が大声を上げ始めた。

 

 

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「ギャラドス……」

 

「…………ミミロップ」

 

「ポポくん……?」

 

 ……メガシンカによる一体感の影響か、なんとなくではあるものの、ツバキ達にはポケモンの言わんとする事が……意思のようなモノが伝わってきた。

 

――自分達はトレーナーの道具ではない。戦うべきか否かは自分で決める。

 

――そして今戦っているのは、勝利を信じるトレーナー、そしてそのトレーナーを信じる自分を信じているからだ。

 

――それこそが自分達の意思であり、トレーナーとの絆なのだ。

 

「ふむ……抗議の声か? 健気な事だな」

 

 無論、ルプスには意味などはわからないが、ポケモン達の表情から自分の言葉への反発である事は理解できた。

 

「だが、絶対的な力の差というものは、信念だ絆だでどうにかなる話ではないのだ。君達がどれだけ強固な意思を持っていようとも、地上から伸ばした手が星を掴む事などできん。“フリーズボルト”、“かえんほうしゃ”」

 

 話は終わりとばかりにルプスが技の指示を出し、尾の冷気で作り出した氷塊に、翼から放った電撃を帯電させて射出し、ファイヤーの口からは“かえんほうしゃ”が放たれた。

 

「“ぼうふう”!」

 

「“れいとうパンチ”」

 

 ポポの翼が起こす強風で炎の威力が多少弱まり、どうにか回避も可能な小ささとなる。

 飛んできた“フリーズボルト”は、ミミロップが両手で殴りつけた床から突き出た氷の壁で防ごうとしたが、その貫徹力はこちらの予想を上回り、容易く壁を突き抜けてきた。

 危ういところでミミロップは身体を折り曲げて氷塊をよける事ができたが、やはり防ぐよりもかわす方に注力するのが賢明そうだ。

 と、そこでツバキはある事に気付いた。

 

「……お姉ちゃん」

 

「ん……?」

 

 ツバキがイソラとスカーレットに耳打ちすると、2人は顔を見合わせる。

 

「……なるほど。言われてみれば確かに……」

 

「…………価値ある。試す」

 

「ああ。この際、打てる手は全て打ちたいからな。……よし、行くぞ!」

 

 そう言うと、3人とそのポケモンは、バラバラと左右に分かれ始めた。

 

「む……? 包囲戦術に切り替えるつもりか? ふふふ、だが、サ・ファイ・ザーの3つの首、6つの目の前では無駄な足掻きだな。“10まんボルト”、“かえんほうしゃ”、“れいとうビーム”」

 

 左へ向かったポポには電撃、右へ向かったミミロップに炎、ギャラドスに青白い光線が発射される。

 

「“でんこうせっか”!」

 

「連続“れいとうパンチ”」

 

「“ストーンエッジ”!」

 

 ポポは“でんこうせっか”による急加速と大型化した飾り羽、尾羽を駆使した姿勢制御で、連続して放たれる電撃を回避。

 

「“10まんボルト”をかわすのは、マチスさんの時に経験済みだもん……!」

 

 ミミロップは両手に氷のグローブを作り出しては切り離して射出を繰り返し、炎との衝突で水蒸気を発生させて姿を眩ませる。

 

「…………使い方次第。炎への氷」

 

 ギャラドスは壁のように横並びに突き出した岩で“れいとうビーム”を防ぎながら、その後ろを進む。

 

「“れいとうビーム”は貫徹力を重視した技ではない。ならば防ぎようはある!」

 

 そして、どうにかこうにかサ・ファイ・ザーからの迎撃をいなしながら、3人は同じ事を考えていた。

 

「(やっぱり……!)」

 

「(そういう事か……!)」

 

「(……それなら)」

 

 自分達で勝つまで行かなくても良い。三鳥が力を溜め、叩き込むチャンスを作れれば十分。

 その条件ならば、相手のある事情を加味すると勝機が見えてくる。

 

「見えたぞ……! サ・ファイ・ザーの死角……弱点が!」

 

「死角だと? ふっ、そんな物は幻想という奴だ、女帝。鳥ポケモン特有の可動域の広い頭部を3つ持ち、360度全てカバーするサ・ファイ・ザーに死角などは存在しない! “エアスラッシュ”! “ふぶき”!」

 

 翼を広げたサ・ファイ・ザーがその場で勢いよく回転すると、周囲に風切り音を反響させながら空気の刃が飛び交う。

 さらに、その状態で尾からも強力な冷気を撒き散らし、分散したポポ達に同時攻撃を仕掛けてきた。

 

「風には風、でしたよね……!」

 

「私達も倣わせてもらおうか!」

 

「「“ぼうふう”!!」」

 

 ポポとギャラドスが先ほどと同様、周囲の風を暴走したように荒れ狂わせ、空気の刃へこちらも風の刃をぶつける。

 加えて、広範囲に拡散している分、“コールドフレア”に比べてピンポイントでの勢いが劣っている“ふぶき”も威力が減衰する。

 ミミロップはギャラドスの背中に乗る事で風の防壁の庇護を受け、どうにかやり過ごした。

 

「範囲攻撃技は、攻撃範囲が広がれば広がるほど単体への威力は落ちる! その状態ならばメガシンカのパワーでも対応可能……これが単体である事の弱点の1つだ!」

 

「むっ……」

 

「そして、もう1つ! さっきの3つの技……あの時、ポポくんに“れいとうビーム”、ギャラドスに“10まんボルト”を使っていれば、同時に2体に弱点を突けていました。……そうしなかったのは……」

 

「…………それぞれのタイプの技を担当する、サンダーとフリーザーの頭が左右……真逆の位置にあるから、あの状況でそうするには、身体ごと動かさなくちゃいけなかった。頭の場所のせいで融通が利かない」

 

「ぬぅっ……!」

 

 ここまでに攻撃と迎撃を重ねた結果ツバキ達が掴んだサ・ファイ・ザーの欠点を突きつけられ、初めてルプスに困惑の表情が浮かんだ。

 

「3つの力を1つの身体に纏めた事は確かに驚異。圧倒的なパワーを生み出す。だが、それは自ら数の利を捨てたと同義だ! “アクアテール”!」

 

 ギャラドスの尻尾部分に水分が集まり、瞬時に轟音を立てる水流の膜を作り出す。

 ギャラドスは身体を車輪のように空中で回転させ、勢いをつけてサ・ファイ・ザーへ尻尾を振り下ろした。

 

「“れいとうビーム”!」

 

 フリーザーの口から発射された光線がギャラドスの尻尾に命中するが、タイプ相性が悪い事に加え、タービンのように激しく回転する水流はなかなか凍らず、そのままフリーザーの頭へと叩き付けられた。

 

「“コールドフレア”ならどうにかなったかもしれんがな……そうしなかったのは何故か? 簡単な話だ。貴様は“れいとうビーム”以外のこおり技の機能を、フリーザーの物をそのまま移植した尾に集中しているんだ! だから、上からの攻撃に対し、下へ垂れ下がった尾を使った技での迎撃ができない!」

 

「おのれ……!」

 

 そう、この強力無比な怪物と戦う上ではこれが大きい。

 イソラとスカーレットは3つの力の合成と聞き、思考を司る頭部、そして生き物の機能の大部分が集中する胴体に着目していた。

 だが、2人よりも目線の低いツバキの視界には、自然とその下……すなわちサ・ファイ・ザーの尾が入っていた。

 結果、“れいとうビーム”を除いたこおりタイプの技が、その長い尾の冷気を使っている事に気付き、その確認を兼ねてこの包囲攻撃を仕掛けたのだ。

 “コールドフレア”、“フリーズボルト”という2つの高威力技もその例外ではなく、少なくとも上方からの攻撃に対しては身体を大きく傾けなければ使えない。

 それがメガシンカ体との3対1の戦闘でどれだけリスクの大きい行動かはルプスも理解しているため、動きを最小限にして出せる技を中心に攻撃を行っていたというわけだ。

 

「……ふっ……褒めてやろう。そこまで辿り着くとはな……だが、サ・ファイ・ザーのパワーを舐めぬ事だ! 舞え! サ・ファイ・ザー!」

 

 ルプスの声を受け、サ・ファイ・ザーが大きく飛び上がり、ツバキ達を見下ろす。

 

「広範囲攻撃は威力が落ちる……だが、それは技1つの場合だ! “ほうでん”! “ねっぷう”! “ふぶき”!」

 

 帯電する翼、熱を帯びる身体、冷気纏う尾。

 3つの声が重なったサ・ファイ・ザーの叫び声と共に、それらが一斉にエネルギーの奔流と化して解き放たれる。

 

「っ! よけられん! “ぼうふう”!」

 

「ポポくんも“ぼうふう”!」

 

「“れいとうパンチ”!」

 

 回避は不可能と早々にその手段は切り捨て、可能な限りの防御態勢で相殺とまでは行かずとも、ダメージの軽減に努める。

 即座に風と氷の防壁を作り出し、その後ろで大柄なギャラドスが他の2体を身体で巻いて守りを固める。

 渾身の力を込めての“ぼうふう”と“れいとうパンチ”で防御を固めたが、相乗効果で威力の上がった3つの技はそれでも軽減しきれない。

 

「くっ……!」

 

 技の余波は離れたツバキ達にも襲いかかり、3人は姿勢を低くして耐え、イソラがツバキの身体を庇うように抱く。

 

「どうだ……! その程度の弱点は、パワーで補える! 力ある者こそが全てにおいて優れているのだ!」

 

 煙が晴れると、残っていた氷の欠片がカランカランと音を立てて形を崩していく。

 同時にギャラドスが身を起こし、その内側からポポとミミロップが飛び出してきた。

 2体はともかく、ギャラドスは大きな身体が災いして表面に決して無視のできないダメージを受けてしまっている。

 

「やはり受け流しきれんか……すまん、ギャラドス。……これ以上長引かせるのは得策ではないな」

 

「うん……!」

 

「……戦術は?」

 

「さっきと同じように包囲……したいところだが、同じ手はそうそう通じまい」

 

 圧倒的な力を得た事によって慢心の見えるルプスだが、腐ってもかつてはその名を知られたトレーナー……2度も同じ攻略法で仕掛けてどうにかできる相手ではないだろう。

 

「……あ」

 

 その時、スカーレットがポンと手を打ち、自身の考えをツバキとイソラに耳打ちする。

 

「え……大丈夫なんですか……?」

 

「…………やるしかない」

 

 一瞬悩む素振りを見せたツバキだったが、イソラ、スカーレットと共に覚悟と決意を固めて再度向き直る。

 

「“ストーンエッジ”!」

 

「“れいとうパンチ”」

 

 ギャラドスが床から発生させた尖った岩を、次々と尻尾で破壊してサ・ファイ・ザーへと飛ばす。

 それに続いてミミロップは氷のグローブをロケットパンチのように連続発射し、ギャラドスと共に対空弾幕を展開する。

 

「“かえんほうしゃ”! “10まんボルト”!」

 

 それに対するルプスは、上方からの火炎で氷を、電撃で岩を迎撃すべくサ・ファイ・ザーに指示を下し、サンダー、そしてファイヤーの口からそれらの技を繰り出させる。

 灼熱の炎は触れる前から氷を解かし、集束された電撃は岩を撃ち抜き砕いていく。

 

「取った」

 

 もうもうと立ち込める煙と水蒸気の中から、何かが矢のように飛び出したと思った次の瞬間、突如サ・ファイ・ザーの身体がガクンと下に引っ張られた。

 

「何っ……!? ミミロップだと!?」

 

 それは、サ・ファイ・ザーの長い尾にしがみついたミミロップだった。

 

「“ほうでん”だ! 振り落とせ!」

 

 サ・ファイ・ザーの身体が帯電し、周りにガムシャラに電撃を飛ばし始めた。

 当然、その身体に密着しているミミロップにも電流が流れ、苦悶の表情を浮かべる。

 

「……ごめん。少しでいい、耐えて……! ……“れいとうパンチ”!」

 

 ミミロップはそのまま“れいとうパンチ”の要領で冷気を集め、掴んだ尾を凍結させ始めた。サ・ファイ・ザーの尾そのものが冷気を放っているため、凍結面積は瞬く間に広がり、あっという間に尾の70%ほどが氷に包まれた。

 

「こ、これは……!?」

 

 

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 さながら巨大な氷の塊をぶら下げているような形となったサ・ファイ・ザーは、上手く身動きが取れずに下降を始めたのだ。

 役目を終えたミミロップはさっさと手を放し、“でんこうせっか”で飛んできたポポの脚に掴まって離脱していく。

 

「さぁ、この状態で上手くこおり技を使えるか! いや、使えるわけが無い! 冷気を操るといえど、まさか自身が完全に凍結してしまうなど想定外だろうからな! 冷気のエネルギーは氷の中に閉じ込められたも同然だ!」

 

「お、おのれ……! 小賢しい真似をっ!!」

 

 もはや余裕の仮面は完全に剥がれ落ち、ルプスの激昂が露となる。

 だが、ギャラドスもミミロップもダメージが大きく、もうここで決めなければ後が無いのはこちらも同じだ。

 当然、ポポだけが残っても勝ち目など皆無。相手のメカニズムがわかり始めたので上手くいなせるようにはなったが、そもそものエネルギー量は桁違いなほど差があるのだから、3つの力をポポ1体に集中されてはどうしようもない。

 だからこそ、決め手の一撃を次で叩き込まねばならない。

 3人は顔を見合わせ、言葉こそ交わさないものの、互いに考えている事は同じと信じて頷き合い、一斉に自身と一体となったポケモンへと指示を飛ばした。

 

「終わりだ! “ぼうふう”!」

 

「“ぼうふう”だよ!」

 

「“シャドーボール”」

 

 2つの暴れ狂う風は1つに重なって勢力を増し、叩き付ける台風もかくやという勢いにまで増幅されてサ・ファイ・ザーを襲う。

 さらに、その風に乗ったギャラドスの背中から、ミミロップが両手に作り出した影のエネルギー弾も放たれて風と共に襲来する。

 

「“10まんボルト”! “エアスラッシュ”!」

 

 迎撃のため、サンダーの頭から電撃が、翼から空気の刃が放たれ、迫り来る旋風の壁と激突して拮抗し始める。

 “コールドフレア”よりも威力・貫徹力共に劣る技にもかかわらず、ここまで持ちこたえられる辺り、やはりサ・ファイ・ザーのパワーは凄まじい。

 

「“ブレイブバード”!!」

 

 押し合いへし合いを3、4回ほど繰り返したその時、風の中から周囲の空気を巻き込みながらドリルのように回転するポポが飛び出し、サ・ファイ・ザーの胴へと渾身の突撃を仕掛けた。

 これによって技への集中が一瞬途切れた事で形勢は一気に傾き、サ・ファイ・ザーは風とエネルギー弾の雨霰を全身に浴びる事となってしまった。

 

「“ほうでん”と“ねっぷう”で弾き飛ばせ!!」

 

 サ・ファイ・ザーの6つの目が見開かれ、電撃と炎がバラ撒かれる。

 

「“アクアテール”!」

 

「“とびひざげり”!」

 

「“ブレイブバード”!」

 

 飛び散る電流と炎を浴びながらも、ギャラドスがサンダーの頭部へ水流を纏った尻尾を巻きつけて締め上げ、ミミロップがフリーザーの頭部へ折り曲げた膝を高所から叩き付け、そして全身にオーラを纏ったポポがファイヤーの頭部へまるでアッパーのように下から突進して突き上げた。

 まさに大ダメージ覚悟。肉を切らせての突貫を敢行した3体。

 恐らくここが最初にして最後の好機……そう判断したトレーナー達は、同時に後ろへと振り向き、叫びを上げた。

 

「サンダー!!」

 

「……ファイヤー!」

 

「フリーザー! お願いっ!!」

 

 その声が向けられた方をルプスが見上げると、サンダーを頂点にして三角形の陣形を取る三鳥が、今まさにここまで蓄えたエネルギーを一気に開放しようとしていた。

 

「お……おのれぇぇぇーーーーっっっ!!! “10まんボルト”! “かえんほうしゃ”! “れいとうビーム”!」

 

 翼を振るい、身体をよじり、纏わり付くポポ達3体を蹴散らしたサ・ファイ・ザーは、3つの頭部から電撃、炎、冷気の光線を斉射し、上空の三鳥を撃墜せんと試みる。

 呼応するようにサンダーの両翼の間に激しい電流が迸り、1本の電撃となって発射された。

 

「“かみなり”か!」

 

 ファイヤーの翼や尾羽の炎が縮小し、全身から口の一点へとエネルギーが集束していき、“かえんほうしゃ”や“だいもんじ”すら上回る勢いと熱量の炎が一気に噴射された。

 

「……“もえつきる”……!」

 

 フリーザーの周囲の気温が急激に低下し、身体の前で交差させた翼を勢いよく開くと、瞬時に周りの水分が雪へと変わり、突風と共に降り注いだ。

 

「これが本物の……“ふぶき”……!」

 

 三鳥が残る力の全てを懸けて放った大技は、互いを打ち消さない距離を保ちながら速度を増していく。

 そして、空中でサ・ファイ・ザーの3つの技と激突し、ほんの一瞬の押し合いの後にそれらを飲み込み、そのままの勢いでサ・ファイ・ザー本体をもその激しい奔流の中へと取り込んでしまった。

 

「なっ……ば……馬鹿な……!?」

 

 迸る電流、燃え上がる業火、凍てつく吹雪……それら全てを一斉に浴びたサ・ファイ・ザーは、身体を黒く焦がしてしばしそのままの姿勢で静止し……ゆっくりと後方へと倒れて動かなくなった。

 科学技術によって複製され、継ぎ接ぎされた悲しき合成獣は……今、本物に敗れたのだ。

 

「…………馬鹿な…………ありえん……何故だ…………最高峰の戦闘力を持つ……我が……キメラが………………負けた…………?」

 

 ルプスは気も力も完全に抜け、コートをはためかせてその場に膝をつく。

 

「……確かに、単体で見ればとんでもない怪物……凄まじいパワーだった。だが……本来決して相容れない生命を、ありえるはずの無い歪な形へ、強引に組み合わせたのだ。……ならば、互いをよく知る三鳥同士、そして私達3人が一体となれば、負ける道理は無い! ポケモンも人間と同じだ。互いを認め合い、高め合う事で、その力は際限無く増していくんだ! 貴様はそこを履き違え、個の力のみを高める事に腐心し、生命を軽んじた! その時点で遅かれ早かれ限界が訪れる事が決定していたんだ!!」

 

 放心したルプスへと、イソラの怒号が飛ぶ。

 だが、彼女はすぐに呆れたような顔になって溜め息を吐いた。

 

「……まぁ、偉そうに言ったものの、結局トドメを刺したのは三鳥……私達と合わせれば、6対1でやっと倒したんだが、な……。ふぅ……本当にとんでもない怪物を作り出してくれたよ、まったく……」

 

「……は……はふぅ~……お、終わったぁ……」

 

 一気に気が抜けたツバキはどうやら腰も抜けたらしく、ペタリとへたり込む。

 

「…………ふぅ……」

 

 スカーレットも片膝をついて肩で息をしている。ツバキもそうだが、張り詰めていた空気が和らぐと同時に、維持していたメガシンカが解除された事による影響もあるのだろう。

 

「おいおい……」

 

 そんな2人に呆れながらも、イソラの脚もガクガクと震えている。

 そうこうしている内に、メガシンカを解除したポケモン達が、それぞれのトレーナーの元へと戻ってきた。

 イソラは自身に擦り寄るギャラドスの頬を撫でて労う。

 

「ふふっ、本当によくやってくれたな、ギャラドス。ありがとう」

 

 ツバキはバサバサと目の前に着地したポポを抱き締め、その身体に頬擦りする。

 

「ポポくんもすごかった。すごく頑張って、すごく格好良くて……戦ってる間も負けたくないって気持ちが伝わってきた。……ありがとう、ポポくん」

 

 スカーレットはミミロップに肩を貸してもらって立ち上がると、ミミロップと拳を突き合わせる。

 

「…………さすがミミロップ。ありがとう。……言えない。それしか。……本当にありがとう」

 

 3人がそれぞれのポケモンと喜び合う一方、三鳥も力を使い果たし、互いに背中を預けて伝説ポケモンらしくもなくぐったりしている。

 ……その時だった。

 

 

 

〈……愚かなり、人間……浅はかなり、人間………………許し難し……人間〉

 

 

 

 

「……!? な、なんだ……?」

 

「こ、声……?」

 

「…………!」

 

 その場の全員の頭に響くような声が直接送られ、大きな地鳴りと共にアジトの壁を極大の光線が突き破った。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

いやー、1週間もかかっちまったぜハッハッハ!…ごめんなさい。
これでも体調戻り始めてから突貫作業で書いたの…許して…。

とりあえずロケット団編は次回辺りで終わりを迎え、その後は改めて8つ目のジムバッジ獲得に向かいます!
途中で投稿ペース落ちたのもあってロケット団編がかれこれ1ヶ月と半月近くかかってますからねぇ…。やれやれ。


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第74話:海神の審判

ロケット団アジトに突入してきたその正体とは!?
というわけで第74話スタートです!


 ツバキ達は三鳥との共闘の末、とうとうサ・ファイ・ザーを撃破し、ルプスの……ロケット団のクローンキメラ量産計画、プロジェクト・キメラを頓挫させる事に成功した。

 メガシンカ体3体と三鳥での撃破とはいえ、撃破は撃破。それぞれ死力を尽くした自身のポケモンを労い、その勝利を共に喜ぶ。

 そんな時、ツバキ達の脳内に怒りの感情が込められた声が響き渡り、部屋の壁をオレンジ色の光線が貫き、粉砕した。

 

 

 

〈……嗚呼……人間とはかくも愚かにして恐れを知らぬ生き物……決して折れぬ心は美徳にして罪悪……此度の事象はその悪しき面が作用したが故か……〉

 

 壁にぽっかりと空いた穴から、巨大な翼を広げ、それは現れた。

 

「な…………なぜ……ここに……!?」

 

「…………初めて見た……」

 

「こ…………これが……!」

 

 

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「……ルギア……」

 

 きめ細かな粒子を放つ白銀の身体に、海のような青い色合いが映える。

 長い尻尾を靡かせ、そのポケモン……ルギアは、深海のように冷たい視線でルプスを見下ろしていた。

 

〈人間よ……我が同胞を捕らえたばかりか、その生命を歪め、冒涜した罪……断じて許し難い〉

 

「これは……テレパシー……? それも特性のそれとは比べ物にならない……! この場の全員の脳にこれほど鮮明に自分の意思を直接伝えるとは……!」

 

「す……すごい……そんな事までできるなんて……!」

 

 イソラもツバキも、そして表情にはあまり出さないが、スカーレットも本物のルギアを初めて見た事で呆気に取られ、ただただ見上げるばかりだ。

 一方のルギアは、倒れたサ・ファイ・ザーを一瞥して目を伏せる。

 

〈……神ならぬ身にして生命を創造せし愚行……一体幾度繰り返せば気が済むのか……嗚呼……度し難し……許し難し…………人間よ……我が同胞までも手に掛けた以上、最早見過ごす事はできぬ〉

 

 厳かでありながら、心に響き渡る心地良さをも内包するその声が紡ぐは、三鳥達を捕らえてキメラを作り出したルプスへの怒りの言葉。

 

「ぐっ……!」

 

 その迫力に圧され、ルプスはまともに口を開く事さえ叶わないようだ。

 

〈汝の罪は既に度を超えている…………せめてもの慈悲……我が手によりて汝の心身を灼き、その魂魄を浄化し、輪廻の輪へと送らん〉

 

 その言葉が意味するのは、早い話が……『死』である。

 ここまで聞いた限りでは、ルギアと三鳥とは仲間であり、その仲間をここまで傷付け、冒涜された事で、ルプスに対する怒りは頂点に達しているという事らしい。

 

「……えっ……心身を灼くって……つまり……」

 

 ツバキが目を見開いてイソラを見上げれば、彼女は静かに首を振るばかり。

 

「……そういう事だ。同情などできん。奴は怒りを買って当たり前の事をしたのだから……」

 

 次いでスカーレットを見ても、返ってくる反応は同じ……沈黙だ。

 

「くっ………………ふ……ふふふ……我が生……ここまで、というわけか……」

 

 ルプスはもはや助かる事はできぬと諦め、その場に座り込む。

 

「後追いとはいえ、サカキ様と同じ道を一時でも歩めた……そう思えば悔いは無い。我が計画は潰えたが、潜伏しているロケット団は我々だけではあるまい。必ずやサカキ様と共にロケット団は再起するだろう」

 

 そして、腰のモンスターボールをベルトごと外して投げ打つと、胡座をかいてルギアをキッと睨む。

 

「……よかろう、ルギア! 私は己の信じる道を進んだのだ! 謝罪の言葉も弁明の言葉も無い! 貴様の思う通りにするがいい!」

 

 その言葉にはルギアも少し驚いたようで、わずかに目を細めた。

 

〈潔い事よ……汝もその覚悟を誤らなければ、善き存在となれたであろうな。……なれば、その最期の勇姿……我が瞳に刻もう。……心安らかに逝くが良い〉

 

 死の覚悟を決めたルプスの態度に感じ入ったルギアが口を開き、周囲の空気を急激に吸い込み始める。

 そして、集めた空気を超高密度に圧縮し、膨大なエネルギーの塊へと変化させたのだ。

 これこそはルギアだけが使えるとされる技、“エアロブラスト”。圧縮した空気の渦を一気に噴射し、その威力は山の表面を抉り、吹き飛ばしてしまうほどと伝えられる。

 言い伝えと実物とは多少違いがあるが、それが今、1人の人間の断罪のために放たれようとしている。

 臨界。

 数秒後にはルプスの身体が一欠片も残さず消滅しているであろう事は、誰もが予想できた。

 許す事のできない悪党とはいえ、その無惨な最期はさすがに直視できず、イソラもスカーレットも顔を背けて目を瞑る。

 

 

 

 ……だが、その時はいつまで経っても訪れなかった。

 

〈……どういうつもりだ……? ……人の子よ〉

 

 頭に響いたその声にハッとしたイソラが顔を上げ、思わず叫び声を上げる。

 

「……っ!! ツ……ツバキっ!!」

 

 そう、ルプスとルギアの間に、両腕両脚を広げたツバキが立ちはだかっていたのだ。

 

 

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「バ、バカっ! 戻れツバキ!!」

 

「ツバキ!」

 

 イソラとスカーレットの声にも応じず、ツバキはそこに仁王立ちし続ける。

 

〈……何故にその者を庇いだてするのか? 同じ種族の情故か? 汝はその者の罪を許すと……そう言うのか?〉

 

 その問いかけに、ツバキはブンブンと髪を振り乱して首を横に振る。

 

「違います! 許せません! 許しちゃいけないと思います! ……でも……でも、それでも……!」

 

 ゆっくりと目を開いたツバキが、まっすぐにルギアの目を見つめる。

 

「それでも……この人の命は1つしか無い……代わりの利かないかけがえの無い物なの! お願い……奪わないで!! どんな人でも! どんなポケモンでも! 命の重さに違いなんて無いはずでしょ!?」

 

「ツバキ……」

 

 一瞬で人間をバラバラにできる技を放つ寸前の伝説ポケモンの前に立ち塞がり、救いようの無い悪人の命を助けようと身体を張るツバキの姿に、イソラは絶句し、その名を絞り出す事しかできなかった。

 

「(……ああ……そう……そうだった。この子はこういう子だった……。気が弱いのに他人を気遣い、時に感情に任せて後先考えずに飛び出していく……そんな……呆れるほどにどこまでも優しい子だった……)」

 

 ルギアは自身を見上げる人間の少女をじっと見つめている。

 

〈(……なんという……曇り無い清流の如き瞳……恐怖はある。この人間への怒りもある。だが、それをたった1つの想いを以て塗り替えている……)〉

 

 ルギアはしばし考え込む。

 

〈……人の子よ。その尊き生命を、その者は弄んだのだぞ。自然の摂理に背きし歪なる生命を創造し、いずれはそれを幾百幾千と繰り返すであろう。……それでもこの場で裁くを良しとせぬか?〉

 

「そんな事はさせません! 絶対に! 何度でも止めます!」

 

 ルギアからの度重なる問いかけに強く反論するツバキ。まっすぐに見つめてくる瞳からもその決意の程が窺える。

 その時、ツバキの前に大きな翼を広げたシルエットが飛び出してきた。

 

「……! ポ……ポポくん!?」

 

 そう、それは満身創痍だったポポである。

 それに反応してか、ツバキのベルトに装着されたモンスターボールもカタカタと揺れ始め、5つの影が飛び出した。

 

 

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「ファ、ファンファン……ナオ……ケーン……シェルル……バルディ……」

 

 ポケモン達はポポに続くようにツバキとルギアの間に割って入り、鳴き声を上げる。

 

〈主を護ろうと言うのか……汝らは己が命を投げ出すまでにその人の子を信じ、愛すると……〉

 

 さらには三鳥もルギアの足下に集い、何かを訴えるかのように声を上げ始めた。

 それはまるで……いや、まず間違いなくルギアにツバキの助命を嘆願しているのだろう。

 

〈……! 汝らまでも……。理解しておるのか? その人間こそは汝らを虜とし、冒涜せし元凶なるぞ〉

 

 ルギアからそう諭されても、三鳥は口々に声を上げ続ける。

 彼らからすれば、強引に捕らえられ、実験に使われ、クローンを作られ……人間不審に陥りかけていたところへ、純粋な思いやりを以て献身的に接してくれたツバキは数少ない信用できる人間。

 人間を再び信用できるようになるかもしれない切っ掛けとなる人物なのだ。

 

〈……此度の件の当事者は汝ら。その汝らがそれで良いと言うのならば………………よかろう、人の子よ。我が同胞達の願い、そして我が前に立った汝の勇気に免じて此度は引こう。人間の罪は人間の理の下に裁くが良い。だが……次は無いぞ〉

 

 そう言うと、ルギアは目を光らせて念力でサ・ファイ・ザーの身体を持ち上げる。

 

〈この者も歪とはいえ同胞の一部を持つ者……なれば、我らの元へと受け入れようぞ。どのみち人の世に在っては手に余る存在であろう。我が朋友ならば、正しき生命として再生できるやもしれん。……往くぞ、同胞達よ〉

 

 そのまま三鳥を率いて最初に空けた穴へと向かうルギア。

 

「あっ……ま、待ってルギア!」

 

 だが、その背中にツバキが声をかけて手を伸ばす。

 

「あ…………あの………………よ、4年前……グレン島にかかってた火山灰を払ってくれて……ありがとう!」

 

 大きな声で感謝の言葉を告げたツバキに、ルギアは不思議そうな顔を返す。

 

〈……火山灰…………嗚呼……記憶に在る。……そうか、汝はあの場に在って見ていたか。だが……〉

 

「わかってる。わたし達人間のためじゃないんだよね。……でも、あの時消えていく火山灰の間から見えた蒼い空が、わたしにもっと広い世界を見たいって思わせてくれた。だからポポくんやたくさんのポケモン、人に会えて、今のわたしがいるの。あなたが何を思ってやったんだとしても、その結果としてわたしがわたしになれた。この『ありがとう』は、そういう意味。わたしに希望を見せてくれたあなたに、ずっとずっとお礼が言いたかったの」

 

 肩に掴まったポポを見て目を細めながら言葉を紡ぐツバキ。

 

〈……そうか。なればその謝意を受け取ろう。そして、我も礼を返すとしよう。……人の子よ。我が同胞を、悪意在る者より救い出してくれた事、感謝する〉

 

 ルギアはツバキの前に着地し、その長い首を垂れる。

 

〈……名を……聞いておこう。純粋なる人の子よ〉

 

「……ツバキ! わたしはツバキっていうの!」

 

〈……記憶しておこう。……ツバキよ。その曇り無き瞳と心に、この先も陰りが差さぬ事を願っているぞ。……さらばだ〉

 

 そして、その場で羽ばたいて浮遊すると、今度こそ穴の中へとその白銀の身体を溶け込ませて消えていった。

 

 

 

〈……人間か。愚かで脆く弱く罪深く……優しく暖かく強く慈愛に満ちている。彼の者らの本質は何処に在るのであろうな……〉

 

 ルギアの自問に、サンダーが答えるように甲高い声を上げる。

 

〈……そうだな。我らと同じやもしれん。本質など個によって異なるのであろう。なれば、今暫くは見守るとしよう……〉

 

 やがて岸壁に空いた穴から5つの影が飛び出し、先頭を往く白銀の影が、潮風に乗せて世界中に響かせんばかりの威厳に満ちた声を上げた。

 

 

 

「…………はふっ…………」

 

 ルギア達の消えた穴をしばらく見つめていたツバキが、不意にその場に崩れ落ちる。

 

「ツバキっ!」

 

 それを見て我に返ったイソラが慌てて駆け寄ると、ツバキは困ったような表情のまま小さく笑う。

 

「あ……あはは…………ま、また……腰抜けちゃった……」

 

「……まったく……無茶をする」

 

「ご、ごめん……でも、気付いたら動いちゃってて……」

 

「……やれやれ」

 

 呆れながらも笑みを浮かべてツバキに肩を貸すイソラを見ながら、スカーレットは座り込んだままのルプスを一瞥する。

 

「…………逃げないの?」

 

 その問いに対し、ルプスは完全に諦めたという顔で答えた。

 

「人の道を外れた私だが、最後の矜持はある。……あのようなモノを見せられては、醜くジタバタするなどその矜持が許さん。私が見苦しければ見苦しいほどサカキ様にも会わせる顔が無いからな」

 

 そう言ってルプスはその場に留まり、目を閉じて瞑想を始めた。

 

 

 

 それから1時間後、警官隊の突入が始まった。

 

「おーい、ツバキぃっ!」

 

 雪崩れ込む警官の中から、明らかに場違いなサラシを巻いた女性が駆け寄ってきた。

 

「えっ……ネリアさん?」

 

 それはタマムシシティジムのジムリーダー代理であるネリアだ。警官隊だけだと頼りないので、カツラから連絡を受けて参加したのであろう。

 ネリアはツバキの首に左腕を回すと、右手でその頭をわしゃわしゃとやや乱暴に撫でる。

 

「バッカお前……どこから入ったのかくれぇカツラのオッサンに言っとけ! 入口探しちまったじゃねぇか!」

 

「あ……ご、ごめんなさい……」

 

 そう、ツバキどころかイソラとスカーレットさえも、突入に集中しすぎて完全に連絡を忘れていたのである。

 

「しかもアジトん中で会う奴ことごとく手持ち戦闘不能とかで速攻降参してくるしよぉ……お前ら暴れすぎだろうがよ………………しかしまぁ……よく頑張ったよな、お前」

 

 乱暴だった撫で方が次第に優しくなり、ツバキが見上げればネリアの表情には微笑みが浮かんでいる。

 

「ったく、良い顔になりやがってよ。タマムシにカチコミかけてきた時からさらに別人みてぇになってんぞ」

 

「えっ……そ、そうですか? えへへ……♪」

 

 ネリアに撫でられてツバキの顔が蕩ける影で、先の言葉通り、ルプスがなんら抵抗せずに警官に手錠をかけられて連行されていく。

 

「んーと、そっちのあんたがこないだ来たスカーレット……つーこたぁ、そっちの姉ちゃんがイソラか。タマムシジムリーダー代理のネリアだ、よろしくな」

 

「ああ、よろしく。イソラだ」

 

「聞いてるぜ、アケビのダチになってくれたんだってな。さんきゅ。あいつ無駄に明るくて前向きなくせに寂しがりでよ。あんたとツバキの事嬉しそうに話してやがったよ」

 

 タマムシジムトレーナーのアケビ。

 ツバキとはタマムシジムで、イソラとはシオンタウンで出会い、その無邪気さと爛漫さで瞬く間に打ち解けた。

 あの無邪気な笑顔を思い出し、イソラは笑いが込み上げてきた。

 

「……ふふっ、アケビか。どうやら変わらず元気そうだな」

 

「おう。その内タマムシジムにも遊びに来いよ。とーぜん、チャレンジャーとしてでもかまわねぇぜ」

 

「そうだな、考えておこう」

 

 

 

 ツバキ達が警官隊とネリアと共にアジトを出ると、なんと突入から丸1日が経過しようとしていた。

 

「ふあ…………どうりで眠いわけだよね……」

 

「ああ……まさか1日中ロケット団と戦っていたとはな……」

 

 欠伸混じりにふと見上げた岸壁には、ぽっかりと大きな穴が空いている。

 

「あそこからでっけぇポケモンが飛び出してきてよ。そんで調べに来たらここの入口を見つけたっつぅわけよ」

 

「ルギア……あそこからあんな地下深くまで入ってきたの……?」

 

「“エアロブラスト”か……噂に違わぬ凄まじい威力だな」

 

「…………凄い」

 

 そんな威力の技の前に自分が飛び出していたのかと思うと、今になって身震いのしてくるツバキであった。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

てなわけで正体はルギアでした!
とりあえずだんだんツバキがお前のような10歳児がいるか!なキャラになってますね…。


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第75話:特訓開始!ダブルバトル再び!

今年最後の投稿となる第75話です!


 ロケット団のプロジェクト・キメラはツバキ達の手によって潰えた。

 そこへ乱入してきた海の守り神と呼ばれるポケモン……ルギアは、仲間達の命を弄んだルプスを断罪せんとするが、その前にツバキ、そして彼女のポケモン達が立ちはだかり、その必死の説得によってこの場を見逃す事とする。

 かつて自身に未来への希望をくれたルギアに、かねてよりの願いだったあの日のお礼を届けたツバキは、駆けつけたネリアらと共に地上へと帰還を果たした。

 

 

 

「…………すー…………すー…………」

 

 警察での聴取を終えたツバキ達は、そのままタマムシシティのポケモンセンターに宿泊。

 ほぼ丸1日に渡るロケット団との激戦、その疲れと睡眠不足から、昼を回ってもツバキは布団の中で寝息を立てていた。

 

「…………すぅ…………」

 

「…………くー…………」

 

 そしてそれは、イソラとスカーレットも同様。

 結局3人は夕方近くに目覚め、慌ててポケモンをボールから出してみると、ポケモン達も同じく眠っている者が多かった。

 遅めの昼食を食べると、本物のルギアに出会った感動が蘇り、三鳥と共闘したという経験も手伝い、3人で昨日の思い出を語り合う。

 その内、イソラがネリアから聞いた話へと話題を移行させる。

 

「なんでも、逮捕者は120人にも上るようだぞ。直接犯罪行為には関わっていない研究員や外部の協力者なども合わせれば150は下らん」

 

「120……すごい数だね……」

 

 少なくとも、その内の半数ほどはツバキ達に手持ちを撃破されて抵抗の術を失った事で、突入した警官隊に投降したのだが、無我夢中だったツバキは自分がそこまでの戦果を上げていた事には気付いていないようだ。

 

「そうだな。しかし、どうも警察が突入してくる前に逃亡した奴もそこそこいるようだ。まだ芽は摘みきれていないという事だな」

 

「…………潔くない」

 

 甘い香りを漂わせるエネココアのカップを口に運びながら、スカーレットが不機嫌そうな顔をする。

 

「そもそも今回のロケット団残党も、往生際の悪さの極みだからな。いわゆる悪の組織というのは大体そんなもんさ。他の地方で活動していた組織の連中も、逃亡して潜伏している者は少なくないと聞くしな」

 

 それに対してグランブルマウンテンのカップを傾けるイソラは呆れ顔。

 

「どうしてポケモンを悪い事に使う人は減らないんだろう……ポケモンはそんな事するための道具なんかじゃないのに……」

 

 ツバキがミックスオレを飲み干して溜め息を吐くと、その頭をイソラが撫でる。

 

「誰もがお前のように考えられるわけじゃない。お前もわかっていると思うが、ポケモンは大きな力を持った生き物だ。人間は力を手にすると、普通ならしない事、できない事をしようとする。言ってしまえば、お前がジム巡りの旅をしているのも、ポケモンという力あってこそ…1人だったらまずしなかったはずだ」

 

「それは…………うん……そうかも……」

 

「……だが、それ自体は悪い事じゃない。問題はその先……手にした力をどの方向へ使うかだ。そこでの舵の切り方で人としての質を問われる」

 

 ツバキを撫でているというのに、イソラはいつもの変態的にやけ顔ではなく真剣そのものの表情で語り続け、ツバキも耳を傾け続ける。

 

「人間、大きな力が手元にあると、気も大きくなってその力を振るいたくなるものだ。その結果の1つが私達ポケモントレーナーであり、奴らロケット団でもある。自分の良心でその衝動に歯止めをかけられるか否か……奴らはその一線を越えてしまった方。私達もどこかで1つ間違っていたら、奴らと同類になっていたかもしれない……人の心とは、そんな危ういバランスで成り立っているんだ」

 

「……バランス、かぁ……」

 

 眉をひそめて悩むツバキを見て、イソラは小さく笑う。

 

「ははっ、そう気にする事でもない。小難しく言ってしまったが、結局のところその人間の心根次第……なら、お前はお前らしくポケモン達に接すれば大丈夫さ。お前はその舵取りを間違えるような子じゃないからな」

 

「……そうだよ。ツバキ」

 

 撫でていた頭をポンポンと軽く叩いて手を離すイソラの言葉に、スカーレットも頷いている。

 

「わたしらしく…………うん、わかった! わたしはわたしらしく、ポケモン達と一緒に強くなっていくよ! そうと決まれば特く……」

 

「待て待て待て」

 

 立ち上がって特訓に向かおうとするツバキの腕をイソラが掴んで引き止める。

 

「窓の外を見ろ、もう夕暮れだ。さすがに始めるには遅すぎる。明日にしよう」

 

「あう……本当だ…………そういえばスカーレットさんはバッジはいくつになったんですか?」

 

 再び座り直したツバキが、ふと気になった事をスカーレットに尋ねる。

 するとスカーレットは両手を開き、親指を畳んだ状態で見せてきた。つまり。

 

「え……えぇっ!? もう8個集めたんですか!?」

 

「……むふぅ」ドヤァ……

 

「ふっ、驚くには及ばないぞツバキ。なにしろこれはスカーレットにしては遅いくらいだ。イッシュリーグの時はスタートがほぼ同じだったのに、私がバッジ6つの時にはもう集め終えていたからな。こいつのパワーとスピードを兼ね備えたバトルスタイルは、ジムリーダーといえどもそうそう止められん」

 

 その話を聞いたツバキは、改めてスカーレットがとんでもない実力者である事を実感して息を飲む。

 ……まぁ、普段のぼーっとしたスカーレットの姿からはイマイチ想像がつかない……とはいえイソラやロケット団とのバトルでその一端は見ているので、信じる信じないという話でもないのだが。

 結局ツバキ達は、しばらくしてから一緒に夕食を済ませ、明日に備えて早めに寝る事にした。

 

 

 

「よぉし、今日こそ特訓するよ! 頑張ろうね、ポポくん!」

 

 1日ほぼ休みだった事もあり、目覚めたツバキはすっかりリフレッシュして気合い十分だ。

 と、その時。腰のモンスターボールから大きめの影が飛び出した。

 

「わっ!? も、もうシェルル~……出てくるならそう言ってよぉ…………ん? どうしたの?」

 

 勝手にボールから現れたシェルルは、ツバキの腰に装着した他のボールを爪で小突いている。

 

「……? これはバルディのボールだけど…………もしかして、バルディが出たがってるの?」

 

 シェルルがこくこくと頷き、応じるようにバルディの入ったボールも揺れる。

 

「そっか……そういえば、ロケット団のアジトでも全然出さなかったからなぁ……うん、じゃあ出ておいで、バルディ!」

 

 勢いよくボールから飛び出した小柄なドラゴンは、スタッと着地し、ツバキの方を向いてファイティングポーズを決める。

 

「…………ひょっとしてジム戦に出たいの?」

 

 ツバキの言葉に我が意を得たりとばかりに首を縦に振りまくるバルディ。

 それを見て不安げな顔なのはイソラだ。

 

「うーむ……グレンジム戦などに触発されたのかもしれんが、バルディはまだ経験がな……いきなりトレーナーレベル8のジム戦に出すのは不安があるな……やる気はかなりあるようだが……」

 

「………………」

 

 ツバキはしゃがみ込んでバルディを抱き上げ、目線を合わせてしばし見つめ合う。

 そして。

 

「お姉ちゃん。わたし、バルディを鍛えてトキワジム戦に出してあげたい。バルディの目……すごく燃えてる気がするんだもん」

 

 バルディと共にイソラへ向けたツバキの視線に込められた想いは、決して興味半分や半端な気持ちではない、ポケモンの意を汲み、全力で歩みを共にしたいという意志の表れ。

 ポケモンに寄り添うトレーナーとしてのその気持ちがわかるだけに、イソラにはそれ以上の口出しなどできるはずもなかった。

 

「……わかった。お前のジム戦でお前が決めた事だからな。私もできるだけの協力はしよう」

 

 イソラが協力を申し出たその時。

 

「話はー」

 

「きかせてもらったぁ!」

 

 ゆったりとした声と、やたら元気な声が割り込んできたのだ。

 その聞き覚えのある声に振り返れば、2人の少女がビシッとポーズを決めていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「アケビさんじょー!」

 

「ラニーさんじょー」

 

 そう、それはタマムシジムのジムトレーナー・ラニーとアケビである。

 しばしポーズを維持して伸ばした腕がぷるぷるしてきた頃、ようやく2人がポーズを解除して歩み……いや、アケビは駆け寄ってきた。

 

「ツバキちゃんひさしぶりー! イソラさんにスカーレットさんも! って、もしかしてツバキちゃん達とスカーレットさんて知り合いだったの?」

 

 ツバキに抱き付いたアケビが、後ろのイソラ達にも手を振り、ツバキとスカーレットの顔を見比べる。

 相変わらずちっちゃい。

 

「おー……あなたがアケビちゃんの言ってたイソラさんですかー。はじめましてー、ラニーですー。シオンタウンではうちのアケビちゃんがお世話になったそうでー」

 

「いや、こちらこそ」

 

 対してイソラとラニーは落ち着いた挨拶を交わしている。

 ラニーとアケビが同い年である事を知ったスカーレットがどんな顔をするのかは読者の方々の想像にお任せしたい。

 

「ツバキちゃんがジム戦に挑戦するときいて!」

 

「お手伝いに来ましたよー。今日はうちのジムお休みですしー」

 

「えっ……それは嬉しいんですけど……良いんですか?」

 

 せっかくの休みという事なら、それぞれ自分のやりたい事をした方が良いのではと申し訳なさそうな顔をするツバキだが、ラニー達はニッと笑う。

 

「気にしないで! ツバキちゃん! ホンネを言うと、あたし達、ツバキちゃんとバトルしたいの!」

 

「知らない仲じゃありませんからねー。どれだけ強くなったのか楽しみでもあるのでー。だから早くバトルしましょー」

 

 両腕を広げて走り回るアケビほどではないが、ラニーもバトルがしたくてウズウズしているようだ。……どうもおっとりした見た目や喋り方とは裏腹に、結構なバトルジャンキーらしい。

 

「それにー。実は私達もあれから新しいポケモンを育ててるのでー、その実力を試したいのもあるんですよー。これならお互いに協力し合う事になるしー、良いんじゃないー?」

 

「うーん……そ、そういう事なら……」

 

 ツバキが全て言い終える前に、ラニーとアケビがハイタッチ。

 

「オッケーだってー」

 

「やったね! じゃあ、前とおんなじ、ダブルバトルにしようよ!」

 

 2人はツバキからの答えを待たず、いそいそとバトルフィールドへと向かう。

 

「ははっ、相変わらず忙しないな、アケビは」

 

「うん、こっちまで元気になっちゃうね」

 

 笑いながらツバキ達3人も後に続く。

 そして、向かいに立ってラニー達と対峙するツバキの隣に、ボールを握ったイソラが立った。

 

「私も育てたいポケモンがいるのでな……参加させてもらっても?」

 

「もちろんですよー。ジムチャレンジャーのテストバトルじゃありませんしー。……それにー……あの『戦翼の女帝(フェザー・エンプレス)』とバトルできるなんて楽しみが増えますしねー」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 猫のような口の端を吊り上げてニヤリと笑うラニーと、今すぐにでもバトルを始めたくて落ち着きの無いアケビがボールを手にする。

 両チームを見渡せる位置に立ったスカーレットが、審判役となるようだ。

 

「…………ポケモンを」

 

「待ってましたー! 出ておいで、ポポッコ!」

 

「行きますー。出番だよー、エルフーン」

 

「よぉし! 行くよ、バルディ!」

 

「ミニリュウ! お前に任せる!」

 

 両者のポケモンがフィールドに出揃い、睨み合う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 アケビが出したのは、頭に黄色い花を咲かせた緑色の身体を持つ、わたくさポケモンの『ポポッコ』。

 そしてラニーが出したのは、茶色い小柄な身体にモフッとした綿を纏った、かぜかくれポケモン『エルフーン』だ。

 

「エルフーンか……厄介だな。フェアリータイプにはドラゴンタイプの技が通用しない上、あちらからの攻撃はかなり効くからな。気を付けろ」

 

「わかった!」

 

 話し合いが終わったところで、スカーレットが右腕を振り上げる。

 

「…………では。バトル………………スタート!」

 

 その腕が振り下ろされたのを合図に、両者一斉に動き出す。

 

「エルフーン、“にほんばれ”ー」

 

「ミニリュウ、エルフーンに“しんそく”だ!」

 

「バルディ、あなたもエルフーンに“ひっかく”!」

 

「ポポッコ、“いかりのこな”!」

 

 エルフーンが身体を縮こませ、両手を広げると、太陽の輝きがより強くなってきた。

 その隙を逃さずミニリュウが高速で突進し、エルフーンの軽い身体を撥ね飛ばす。

 だが、同時に技を指示したはずのバルディは、なぜか赤い粉を撒きながらふわふわと浮かぶポポッコの方を追いかけて爪を振り回している。

 

「バ、バルディ!?」

 

「相手を刺激する香りの粉で攻撃を自分に引き付ける“いかりのこな”……素早い攻撃を仕掛けたミニリュウは影響を受けなかったが、バルディはまんまと引っ掛かってしまったな。しかも恐らくあのポポッコは特性が《ようりょくそ》か《リーフガード》。天気が晴れの時に真価を発揮する特性だ」

 

「じゃあ……!」

 

 ツバキが天を仰ぎ、燦々と降り注ぐ日差しに目を細める。

 

「特性《いたずらごころ》でこういう変化技を素早く出せるエルフーンとの連携……やるな、あの2人。気を付けないと相手のペースに飲まれるぞ」

 

 やはりというか、この2人のポケモンはダブルバトルでのコンビネーションを意識した育て方をしているようだ。

 

「今度はこっちから行っくよー! キバゴに“タネマシンガン”!」

 

「アケビちゃん、落ち着いてー。キバゴに“くすぐる”」

 

 ぴゅうっと風に乗ってバルディにしがみついたエルフーンが、全身の綿を細かく動かしてくすぐりまくり、笑い転げるバルディを残して再び飛び去る。

 直後、ポポッコの口から30発はあろうかという種の弾丸が連続して発射されてバルディに着弾し、その身体がゴロゴロと転がる。

 

「くっ……! 負けないで! “カウンター”!」

 

 だが、転んでもただでは起きない。

 尻尾で地面を叩いて飛び起きたバルディは、そのままの勢いで空中のポポッコに迫ると、首を振り回して口から生えた牙を叩き付けた。

 

「わわわっ! ポポッコ大丈夫!?」

 

「おー……やっぱりやるねー、ツバキちゃん」

 

「うむ、今の“カウンター”での切り返しはなかなかだったぞ、ツバキ」

 

「えへへ……でも、バルディすごいね! 尻尾のパワーであんなにジャンプできるなんて!」

 

 バルディは見せつけるように尻尾を振ってドヤ顔を披露する。

 

「むむむ……! ちっちゃいと思って油断したかな……!」

 

 ちっちゃいのはポポッコもキバゴと大差無い上、ついでにトレーナー自身も同年代よりちっちゃいのだが、本人はさほど気にしていないようだ。

 

「大丈夫大丈夫ー、まだまだ巻き返せるよー。“マジカルシャイン”ー」

 

 エルフーンの身体が眩い光を放ち、それは見る見る内に周囲の景色を飲み込んで白く染めていく。

 

「“しんそく”! バルディを乗せてよけろ!」

 

「ミニリュウに乗って!」

 

 広がる光に対し、ミニリュウは横へと大きく飛び出して加速し、その背にバルディを乗せて“マジカルシャイン”の回避を試みる。

 

「子供の頃観てたカントー昔話思い出すなー……じゃなくて速いねー……ミニリュウ自身大きいから、キバゴ1体乗ったくらいじゃスピード落ちないかぁ……」

 

「でも逃がさない! “タネマシンガン”!」

 

 ミニリュウの進行先へポポッコが種を連射し、そのスピードを落とそうとするが、ミニリュウは時々地面に着地して改めてジャンプ・加速する事でその射撃予測を狂わせる。

 

「むきーっ! 当たらないよぉっ!」

 

「はいはい、オコリザルの真似お上手ー。……逃げられたかー……」

 

 ラニーの言葉通り、エルフーンから放たれていた光は徐々に弱まり、終息していく。

 

「よし……! 反撃だ! ポポッコに“りゅうのいぶき”!」

 

 長い身体を横向きにして腹で急ブレーキをかけ、反転したミニリュウが口から猛烈な勢いのエネルギー波を放射する。

 

「エルフーン! 盾になってー!」

 

 エルフーンが綿を前面に広げてポポッコの前に立ち、“りゅうのいぶき”を受け止める。

 フェアリータイプを持つエルフーンには、ドラゴンタイプ技である“りゅうのいぶき”ではまったくダメージが入らない。

 

「ふっ……そう来ると思ったぞ!」

 

「っ!」

 

 そう、ダメージは入らない。ダメージは。

 

「“ひっかく”!」

 

 正面から吹きつける“りゅうのいぶき”で視界の悪くなったエルフーンの顔に、ミニリュウの背中からジャンプしたバルディの爪が振り下ろされる。

 思わぬ奇襲によろめいたエルフーンは、ポポッコを巻き込んで後ろへと倒れ込んでしまう。

 

「“つじぎり”!」

 

「“コットンガード”ー!」

 

 続けて爪による追い討ちをかけて畳みかけようとするバルディだったが、エルフーンは素早く綿を膨張させてクッションのようにする事でその衝撃を緩和する。

 切ったのがほぼ綿だったために予想よりも手応えが無く、体勢を崩したバルディの前にポポッコが浮遊する。

 

「ポポッコ! “つばめがえし”!」

 

 ギュルンッと回転してバルディへ体当たりを仕掛けるポポッコ。

 

「“まきつく”だ!」

 

 だが、その身体にミニリュウが巻きついて締め上げ、回転を無理矢理止めてしまう。

 

「っ! 今っ! “つじぎり”っ!」

 

 一旦着地したバルディが再度飛び上がり、ミニリュウに巻きつかれたポポッコに頭上から漆黒のオーラを纏った両手の爪を振り下ろす。

 ミニリュウがタイミング良く拘束を解き、バルディの爪はポポッコの頭頂部を直撃し、その身体を勢いよく地面へ叩き付けた。

 

「あわわわっ! ポ、ポポッコー!」

 

 妙に弾力のある身体をバウンドさせ、アケビの足元まで転がってきたポポッコはぐるぐると目を回している。

 

「……ポポッコ。戦闘不能」

 

「うー……やられちゃったぁ……ごめんね、ポポッコぉ……」

 

 ポポッコを抱いてへたり込んだアケビ。

 そんな彼女に、ラニーが姉のような優しい表情で微笑みかける。

 

「アケビちゃん頑張ったねー。あとは任せてー。“マジカルシャイン”ー!」

 

 バルディ達がポポッコの相手をしている間に起き上がっていたエルフーンの身体が、再度光り始めた。

 

「(くっ、この距離では退避は間に合わん……!)……地面に“たたきつける”!」

 

 ミニリュウがぐるんっと回した尻尾を叩き付け、地面を隆起させてバルディと共にその陰に身を隠す。

 そのわずか2秒後に“マジカルシャイン”の光が襲いかかり、バルディとミニリュウを守るめくれ上がった地面ごと飲み込んだ。

 

「バルディっ!」

 

「耐えられるか……!?」

 

 さしものイソラもこれは完全にポケモンのガッツに任せるしかなく、2人が固唾を飲んで見守る中、光が薄くなり、周りの景色が元の色に戻っていく。

 そして、その中で……2体は健在だった。無論、立っているのがやっとの状態ではあるが。

 どうやらミニリュウが長い身体でバルディを庇っていたようで、ミニリュウの方がダメージは大きそうだ。

 

「ミニリュウの方が多少レベルが上だからな……良い判断だ、ミニリュウ。よく耐えてくれたな」

 

「うう、ごめんねミニリュウ……でも、おかげでバルディも耐えられたよ、ありがとう! バルディも頑張ったね!」

 

 ツバキ達がポケモンを労う一方、トドメのつもりだったラニーは顎に手を当て不満顔だ。

 

「むむー……決めきれなかった……だけど、ここまで来たら一気に行くよー……! エルフーン! “マジカルシャイン”ー!」

 

「させん! “しんそく”!」

 

 三度身体から光を放とうとしたエルフーンに、真正面から驚異的な勢いで突撃してくるミニリュウ。

 エルフーンは風に流されるほどの軽い身体でふわりふわりとミニリュウ渾身の頭突きを受け流すが、そちらに意識を集中しているためか“マジカルシャイン”を出す余裕が無いようだ。

 ミニリュウが長い身体を活かした伸縮で頭を突き出し、それをエルフーンが軽やかによける……その攻防の裏で密かにツバキのポケモン図鑑からアラームが鳴り響き、ツバキが確認すると、表示されたバルディの個体データに新たな情報が追加されていた。

 

「……お姉ちゃん!」

 

 ツバキの呼びかけに顔を向けたイソラは、彼女の表情からその意図を察して頷いた。

 

「……よし、やるか!」

 

「うん! バルディ! ミニリュウ達の方へ走って!」

 

 答えるように一声を放ったバルディが腕を振り回して走り出す。

 

「キバゴが来てるよー! 注意してー!」

 

 ラニーの指示でちらりとバルディの姿を確認したエルフーンは、ミニリュウと挟み撃ちにされないように少しずつ方向を変えていく。

 1対多の場合、まず気を付けるべきは囲まれないようにする事。そういう意味ではここでのラニーの行動は定石だ。

 だが、基本や常識というものは、あまりにも当たり前すぎて、時として逆手に取られる場合もあるのである。

 

「“しんそく”!」

 

「“ダブルチョップ”!」

 

 エルフーンの眼前から一瞬にしてミニリュウが消え、その背後から突き出た牙を青く発光させたバルディが大きくジャンプしてきた。

 バルディはそのまま自由落下の勢いを活かし、首を思いきり振るってエルフーンの前の地面に2回連続で衝撃波を叩き込む。

 “ダブルチョップ”はドラゴンタイプの技なので、エルフーンに直接当てても効果は無い。……が、狙いはそこではない。

 6kg強という軽量のエルフーンは、この衝撃波が地面を直撃した際の風圧に耐えられず後方へ飛ばされてしまったのだ。

 

「エルフーン!」

 

 そして、その飛ばされた先には……。

 

「“たたきつける”!」

 

 そう、ミニリュウである。

 ミニリュウは飛んできたエルフーンを、大きくしならせた尻尾で地面へ叩き付ける。

 エルフーンは小さく呻き、綿を撒きながら転がり、動きを止めた。

 

「…………エルフーン。戦闘不能。勝ち。イソラとツバキ」

 

「……や……やったぁ! 勝ったよお姉ちゃん! バルディ~!」

 

 ピョンピョンと飛び跳ね、バルディへと駆け寄るツバキを見ながら、イソラもミニリュウへと歩み寄る。

 

「……ふぅ……。ラニー、そしてアケビか……かなりのコンビネーションだったな……お前も頑張ったな、ミニリュウ」

 

 イソラ手ずからオボンの実を与え、食べている間に身体にキズぐすりを塗り込む。

 

「は~……ごめんアケビちゃん、負けちゃったー。エルフーンもごめんねー」

 

「ううん! ラニーちゃんすごくすっごく頑張ってたもん! それに……楽しかったでしょ?」

 

 無邪気な笑みを向けてそう言うアケビの姿に、ラニーの表情にも柔らかさが戻る。

 

「……うん、楽しかったよー。アケビちゃんはー?」

 

「もっちろん楽しかった! でも、ツバキちゃんとイソラさんのコンビもすごいよね!」

 

「ホントだよー、私達もコンビネーションは悪くないはずなんだけどなー」

 

 ポケモンをボールへ戻したラニー達がツバキ達へと歩み寄り、手を差し出すと、ツバキとイソラは顔を見合わせてから笑顔で握手に応じた。

 

「いや、正直驚いた。私とツバキは付き合いが長いからな。息はかなり合っているという自負があるのに、だいぶ追いつめられてしまった」

 

「お姉ちゃんも思った? わたしが前に対戦した時よりももっと連携がすごくなっててびっくりしちゃいました!」

 

 ツバキ達が正直な感想を言うと、ラニーがアケビをひょいと抱き上げ、2人揃ってピース。

 

「だって私達はー」

 

「タマムシが誇るさいきょータッグトレーナーなんだから! 名付けてふたりはタグトレ!」

 

「……アケビちゃん、そのネタは古いよー。だいぶ前の魔法少女アニメじゃないー」

 

 ラニーのツッコミから一拍置いて笑い合う2人を見て、この凹凸コンビもまた自分達と同様、血の繋がりは無くとも姉妹同然の絆で結ばれている……そう実感したツバキ達であった。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

本当は大晦日に投稿して、作品投稿を以て1年の締めとするつもりでしたが、あんまりお待たせしてもアレだなと思った結果、こんな中途半端な日時での更新となってしまいました、ゴメンなさい。


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第76話:いざ往かん!トキワジムを攻略せよ!

あけましておめでとうございます!
新年1発目の投稿となる第76話です!


 ロケット団アジトでの戦いを終えたツバキは、改めて8つ目のジムバッジ獲得を目指し、トキワジム挑戦に向けた特訓を開始する。

 その特訓に協力を申し出たのは、タマムシジムトレーナーであるラニーとアケビ。

 イソラと組んで彼女達とのダブルバトルに臨んだツバキは、2人のコンビネーションに苦戦しつつも、イソラとのさらに上を行く連携によって、見事に勝利を掴み取った。

 

 

 

 

 が、タマゴから生まれてからロクにバトル経験の無いバルディをジム戦に投入しようというのだから、たった1度のバトルでさぁ挑戦……などと行くほどツバキも甘く考えてはいない。

 ラニー達とのバトルを終えた後も手持ちポケモン達との特訓を続け、日が傾き始めた頃には自分も含めてヘトヘトになってしまっていた。

 

「まったく……最後のジム戦だからと気合いが入るのはわかるが、もう少しペース配分を考えないと駄目だぞ」

 

「はぁ……はぁ…………ごめんなさーい……」

 

 へたり込んだツバキの周りには、ポポ、ミスティ、ケーン、ルーシア、スフィン、バルディがトレーナー同様に息を切らせて転がっている。

 

「ふひー……ツバキちゃんて思ってたよりずっと熱血だね、ラニーちゃん……」

 

「だねー。それにしても色んなポケモン捕まえたねー。デデンネって初めて見たよー」

 

 アケビも座り込んでしまっているが、ラニーは相変わらずのユルい口調でスフィンを撫でている。

 

「えへへ、トキワの森で友達になったんです! ……でも、ごめんなさい、アケビさんとラニーさんまでこんなに付き合わせちゃって……」

 

「気にしないでってば、ツバキちゃん!」

 

「そーそー。久々のツバキちゃんとのバトル、凄く楽しかったよー」

 

 ツバキとしては2人の休日をほぼ丸々自分の特訓に付き合わせてしまった事への申し訳なさがあったのだが、その2人の嘘偽りの無い満面の笑みを受け、少しは申し訳ないという気持ちが和らいだ。

 

「…………良い友達」

 

「ああ。ま、ツバキの人柄だな」

 

 ……そして、結局その日はもう遅いという事で解散となり、ツバキはラニーとアケビに手を振ってポケモンセンターへと戻っていった。

 

「……ツバキちゃんかー……。不思議な子だねー」

 

「え?」

 

 ツバキ達の背が見えなくなるまで手を振っていたラニーがポツリと呟き、アケビが首を傾げる。

 

「才能があって強いはずなんだけど、イソラさんやスカーレットさんみたいな強力な威圧感や覇気、貫禄みたいのは無いんだよねー。まぁ、そこはまだまだ新米トレーナーだからなのかもしれないけどー。なんというか……優しさが強さに直結してるって感じかなー」

 

「あ! なんかわかるー! 近くにいるとあったかいんだよねー! ポケモン達も一緒で幸せそうで!」

 

「そうそう、そういうのー。ポケモンが一生懸命なのはもちろんだけど、ツバキちゃん自身も同じくらい一生懸命でー、行動や言動一つ一つでポケモンと一緒に頑張ろー、って気持ちが伝わるんだよねー」

 

 そんな話をしながら横断歩道を渡ろうとした2人の耳に改造エンジンの爆音が飛び込み、赤信号など知った事かと3台のバイクが目の前を横切っていった。

 

「ひゃあっ!?」

 

「おっとっとー……! こらー、危ないでしょー! 信号くらい守りなさいー!」

 

 ラニーが間延びした怒鳴り声を上げるも、ヘルメットと爆音で隔絶された彼らの耳に届くはずもない。

 

「危ないなもー……アケビちゃん大丈夫ー? ……アケビちゃんー?」

 

 ラニーの声かけにも応じないアケビの身体が小刻みに震え、繋いだ手に力が込められる。

 

「……ラニーちゃん……ラニーちゃんは……いなくならないよね……? あたしを1人に……しないよね……?」

 

 アケビは青ざめた顔、震える両手でラニーの右手を掴んで放さない。表情にいつもの明るさは無く、その目にはうっすらと涙すら浮かんでいる。

 

「……アケビちゃん……」

 

 それは、大切な存在と永遠に別れる事への恐怖。

 恐らくは先ほどの暴走族のバイクが、バイク事故によって永眠する事となった両親を思い出させ、そのトラウマを刺激したのだろう。

 

「……当たり前でしょー? 友達はー、友達を裏切らないんだよー。私はアケビちゃんをからかうけどー……嘘はつかないでしょー?」

 

「……うん……」

 

「じゃあそれを踏まえて約束しよーか。私はー、アケビちゃんに黙って遠くに行ったりはしないよー。はい、指切りー」

 

 アケビの震える小指にラニーの小指が絡み、2本の指が固く結ばれると、アケビを襲っていた震えが治まり始めた。

 

「……うんっ! 約束ね!」

 

 ようやく戻ったアケビの笑顔に微笑み返すと、2人は改めて歩き出した。……だが、ラニーはアケビに気付かれないよう、そっとバイクの走り去った方を一瞥する。

 

「(……バイクのナンバー……覚えたよー……?)」

 

 自分だけでなく周囲の人々やポケモンまでも明るく元気な気持ちにさせるアケビの屈託の無い笑顔が、ラニーも大好きだった。だからこそ……。

 

「(アケビちゃんの笑顔を一時でも曇らせる人はー…………絶対に許さない……)」

 

 その口元はいつも通りの猫のような笑顔だが、瞳には相手を焼き尽くさんばかりの強い怒りが渦巻いていた……。

 ……2日後、タマムシシティ近郊を縄張りとしていた暴走族4人組が警察に出頭し、信号無視を始めとする暴走行為やバイクの違法改造を自白した。

 その表情は恐怖にひきつっているかのように青ざめて変化が乏しく、聴取を担当した警官が気になって尋ねても、当人達は決してその話題に触れようとはしなかったというが……それはまた別のお話である。

 

 ともかく面子の変化こそあれ、このような特訓が3日間続き、他の手持ちポケモン達には到底及ばないものの、バルディもそこそこバトルに慣れてきたようだ。

 格上相手の練習バトルもあったおかげで、レベル換算すると25ほどか。

 ……そして、とうとうツバキは決意した。

 

「トキワシティに行く!」

 

 ビシッとトキワシティの方角を指差すツバキに、イソラが頷いた。

 

「うむ。まだまだバルディは完璧な仕上がりとは言い難いが、それを言い始めるとキリが無い。ある程度妥協は必要だな」

 

「…………じゃあ、お別れ。ここで」

 

 意気込むツバキ、それに頷くイソラに対し、スカーレットが別れを告げる。

 

「…………ライバル。ツバキ。……良くない。手の内知るの」

 

 そう、ツバキとスカーレットはどちらもポケモンリーグ優勝を狙うライバル同士。ジム戦を見物して、相手の戦術を事前に知る事はフェアではないのである。

 

「そう……ですか……寂しいですけど、しょうがないですよね。スカーレットさん、色々お世話になりました!」

 

「ロケット団との戦いなどに呼び出して悪かったな。この礼はいずれする」

 

「……気にしないで。待ってる。ポケモンリーグで」

 

「はいっ! 絶対に行きますから!」

 

 イソラと共にボーマンダの背に跨がったツバキにスカーレットが拳を突き出し、ツバキもそれに右手を出して応じる。

 こうして2人のトレーナーは、数多のポケモントレーナー達の目指す栄光の舞台……ポケモンリーグでの再会と激突を誓い、その想いを込めた拳を突き合わせたのだった。

 

 深紅の翼がはためき、サイクリングロード上空を横切ってトキワシティへひとっ飛び。

 タマムシシティへ向かった時と同様、最短ルートで飛んだのであっという間に到着した。

 

「ありがとう、ボーマンダ!」

 

「移動といえばお前任せでいつもすまないな。助かっているよ、ありがとう」

 

 撫でられたボーマンダはごろごろと喉を鳴らしてボールに戻っていく。

 

「よし、手持ちの最終調整だな」

 

「うん! ……あれ?」

 

 不意にツバキのボールが揺れ、2つのシルエットが飛び出してきた。

 

「ミスティにルーシア……どうしたの?」

 

 ボールから出たミスティが、ツバキの肩からかかっているバッグの底をベシベシと叩いている。

 

「……なるほど。最後のジム戦だからな。ツバキ、リーフの石と闇の石を出してやったらどうだ?」

 

「……そっか。進化する事に決めたんだね。ルーシアも」

 

 ミスティがコロンビア……ではなくマッスルポーズを決めて気合いをアピールし、ルーシアは……特にいつもと変わった様子は無く、楽しそうにフワフワと浮いている。だが、わざわざミスティと一緒に出てきた辺り、その気があるのだろう。

 頷いたツバキはバッグからリーフの石、闇の石を取り出すと、2体の前に置く。あくまでも自分の意思での進化を促すためだ。

 ミスティとルーシアは顔を見合わせてアイコンタクトを交わすと、同時に眼前の石へと触れた。

 当然、その身体から青白い光が放たれたのも同時だった。

 ミスティの全身のシルエットが見る見る内に大きくなり、特に頭の花は身体の全幅よりも広がっていく。

 一方ルーシアのシルエットは、髪のように靡いていた頭が上に向けて尖っていき、胴は縦にも横にもまるでドレスのように大きく伸びていく。

 そして、光が徐々に収まり、新たな姿を手に入れたミスティとルーシアがツバキの目に飛び込んできた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「こ……これが……!」

 

「ああ。立派な姿となったものだ」

 

 まずミスティは、体色こそ変化は無いものの、クサイハナ時代とは比較にならないサイズの赤く巨大な花を頭部に持つ、フラワーポケモン『ラフレシア』へと進化した。

 クサイハナの時同様、強気で姉御肌な性格が前面に出て、どことなく凛々しさやたくましさが感じられる。

 続いてルーシアは紫の体色、帽子のような頭、ローブを纏ったような身体など全体的に魔女を思わせる姿が特徴的な、マジカルポケモン『ムウマージ』に進化を遂げた。

 

「か……可愛いっ……! ミスティもルーシアもますます綺麗で可愛くなったね!」

 

 ツバキは両腕でミスティとルーシアを抱き寄せ、順番に頬擦りする。

 

「ふふっ……トキワジム戦を前にして、大きく戦力アップだな」

 

「うんっ! 2人とも、改めてよろしく! 最後のジム戦、皆で一緒に頑張ろう! そして、8個目のジムバッジを絶対に勝ち取って、ポケモンリーグに行くよ!」

 

 ツバキの檄に気まぐれで悪戯好きなルーシアもさすがに真剣な面持ちで頷き、ミスティは当たり前と言わんばかりに鼻息荒く右手を空へと掲げた。

 

 トキワシティは初心者からベテランまで、非常に幅の広いトレーナーに拠点として利用される街として知られる。

 というのも、ジム巡りを行う新米トレーナーは南のマサラタウンでフシギダネ・ヒトカゲ・ゼニガメから成る初心者向けポケモンを1体受け取り、1番道路を経由してこのトキワシティへ北上するのだが、彼らにとっては初となるポケモンセンターやフレンドリィショップといった施設が完備されている街なのだ。

 そのため、しばらくはここを拠点に2番道路やトキワの森でポケモンを捕まえたり育てたりを繰り返し、トキワジムに挑戦、またはニビシティへと旅立っていくのである。

 では、ベテランが利用するのは何故か?

 答えは簡単。西の22番道路の先、セキエイ高原にはポケモンリーグ運営本部が存在しているのだ。

 カントー、またはジョウト地方で8つのジムバッジを集めた実力派トレーナー達は、ここセキエイ高原のポケモンリーグセキエイスタジアムで半年に1度開催されるトージョウリーグに参加して腕を競うのである。

 そのセキエイ高原に最も近い街であるトキワシティは、前述の通り必要な施設は完備されているため、リーグ参加前の準備期間を過ごす街として重宝されているというわけだ。

 

 そして今……1人の少女がそのポケモンリーグ参加のために必要な最後のバッジ獲得を目指し、トキワジムの前に立っていた。

 以前立ち寄った時に貼られていたジムリーダー不在の貼り紙は剥がされ、中には明かりが点っている。

 

「……い、いよいよなんだね……! うぅ……いつものジム戦より緊張してきた……!」

 

「まぁ、負けておしまいというわけでもない。負けたら負けたで、特訓し直して再挑戦すればいい。……だがま……結果はどうあれ、やるからには気持ちだけでも勝つ気で行かないと、な?」

 

「うん……!」

 

 イソラに背中を押され、トキワジムの扉を開く。

 受付カウンターにいた女性が立ち上がって一礼し、歩み寄ってきた。

 

「ようこそ、トキワジムへ。ジム戦の申し込みですか?」

 

「は、はいっ! グレンタウンのツバキです!」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 ツバキの初々しさに微笑んだ女性は、カウンターに設置された電話の受話器を取る。

 

「……ジムリーダー、チャレンジャーです。……はい。グレンタウンのツバキさん、女性です。……はい。……はい、わかりました」

 

 ジムリーダーとの会話を終えた女性は、ツバキに向き直り、奥の扉を指し示す。

 

「あちらでジムリーダーがお待ちです。どうぞ」

 

 女性の先導でジムの奥へと進み、ついに最後のジムリーダーが待つ部屋への入口が開かれた。

 バトルフィールドのある部屋の中は薄暗く、奥の方の椅子に誰かが座っているのがぼんやり見える程度だ。

 

「あ、あのっ……! わたし、グレンタウンから来ましたツバキと言います! 今日はよろしくお願いしますっ!」

 

 ツバキが挨拶をすると、その人影は立ち上がり、こう声をかけてきた。

 

「……来たって事は……掴めたか? ポケモンとの一体感て奴は」

 

「……えっ……?」

 

 その声と言葉には聞き覚えがあった。

 次の瞬間、バトルフィールドを中心に部屋の中の照明が点灯し、視界に映った赤い髪がツバキの記憶からある人物の名を引き出した。

 

「ギ……ギンさんっ……!?」

 

 そう、その声の主は、グレンジム戦を終えてトキワシティにやってきたツバキの前に現れてバトルを挑み、オーダイルでポポの最強技“ぼうふう”をものともせずに完封したギンというトレーナーだったのだ。

 

「……そうだな。こっちも改めて挨拶しておこう。よく来たチャレンジャー。俺がお前と戦うトキワのジムリーダー…………シルバーだ」

 

「……!?」

 

 赤い髪の青年……ギン改めシルバー。

 今再び相対したその威圧感は以前の比ではなく、あの時はまったく本気でなかったのだという事を本能的に理解させてきた。

 と、同時にツバキの中の緊張が和らぎ、落ち着きが戻ってきた。それはバトル前の高揚感故か。

 

「……よろしくお願いします。あれから色々考えましたし、色々あったりしました。そして……シルバーさんの望んだ答えかはわかりませんけど、わたし達なりの決断にたどり着きました」

 

「それでいい。答えなんてのは他人に要求される物でなく、トレーナーとポケモンの間にしか無いんだからな」

 

 シルバーはツバキの返しに満足したのか、肯定の言葉を向けてきた。

 

「お前はたしか……トレーナーレベル8だったな。ほぼ全力で行けるってわけだ。……ここはマサラタウンから近いから、必然的にトレーナーレベルのまだ低い新人の相手が多い。こう言っちゃなんだが、どうしても退屈でな。……だが、お前……今のお前なら、その退屈を払拭してくれる……そんな予感がする」

 

 眼光は鋭いままだが、悪意の類は感じられない笑みを浮かべるシルバー。

 

「俺は小細工は苦手でな。バトルのルールは4対4でシングルバトルだ。……ただし」

 

 シルバーが指を鳴らすと部屋の壁の一部が開き、中にスペースがあるのが見える。グレンジムでルーレットに応じた技を使うポケモンが待機していたのと同タイプの機構ようだ。

 

「持ち物ありのバトルだ。お前はあの中に置いてあるレンタルアイテムをポケモンに持たせてこい」

 

「持ち物……?」

 

 首を傾げるツバキに、イソラがアドバイスする。

 

「ほら、トキワの森でオーロットからむしタイプ技を強くする銀の粉をもらっただろう? ああいうのだ。公式ルールでは、ポケモン1体につき1つ道具を持たせて良い事になっている」

 

「……自然に存在し、ポケモンが本能的に使い方を理解している物。ポケモンバトルをサポートするために人間が開発した物。種類も効果も様々な道具を、どのポケモンにどんな目的で使わせるか……バトルにおいては、その判断力もポケモンの強さやトレーナーの知識と同じくらいの重要性がある。お前の判断力、試させてもらうぞ」

 

 イソラのアドバイスで納得したツバキは、シルバーの言葉にコクコクと頷くと、さっそくレンタルアイテムの納められた部屋へ向かった。

 

「わ……わぁぁぁ……!」

 

「……これはまた……よくこれだけ集めたものだ……」

 

 そこには自然物・人工物合わせて多種多様なポケモン用の持ち物が大まかなカテゴリー別に所狭しと並び、ツバキはそれを見るだけで圧倒される。

 

「これが全部ポケモンがバトルで使う道具なの……?」

 

「ああ。同じポケモンでも特性や覚える技によって戦法に違いが出るが、持ち物もまたその多様性に拍車をかけているんだ。ツバキ、使用ポケモン4体、さらに相手は恐らくタイプの縛りが無いマルチトレーナー……選出と持ち物はよく考えるんだぞ」

 

「う……うん……!」

 

 ツバキがイソラのアドバイスを受けながらポケモンと持ち物を選ぶのに要した時間は15分ほどであろうか。

 フィールドに戻ると、シルバーは目を閉じてその場で腕を組んで待っていた。

 

「決まったようだな」

 

「はい、お待たせしました」

 

「気にするな。トレーナーがポケモンのために悩むのは当たり前の事だからな。……じゃ、そろそろ始めるとするか。ミラ、審判を頼むぞ」

 

「かしこまりました」

 

 ツバキとシルバーがそれぞれフィールドの端へ、受付の女性……ミラが審判のポジションへ移動し、イソラはツバキのバッグを預かって観戦席に座る。

 

「それでは、これよりジムリーダー・シルバーとチャレンジャー・ツバキによるジム戦を始めます。ルールはシングルバトル。相手の手持ち4体を先に全滅させた側の勝利とします。バトル中のポケモン交代はチャレンジャーのみ認められます」

 

 ミラの説明に2人は無言で頷き、シルバーがツバキを見据えて口を開いた。

 

「……俺は弱い奴が嫌いだった。……だが、今は弱くても良いんだと思っている。人もポケモンも、弱いから互いに力を合わせてどこまでも強くなれる。1人で自分は強い強いとイキってる奴よりも、助け合って1歩1歩少しずつでも弱さを克服して歩んでいく奴らの方が眩しいと学ぶ事ができたからだ」

 

 そして、ベルトから外したモンスターボールを握り、纏う雰囲気を変化させる。

 

「俺はこいつらと共にまだまだ強くなるつもりだ。それはお前も同じだろう? ……見せてみろ。お前がポケモン達と歩んできた、これまでの全てを! 積み重ねてきた絆の輝きを! 強くなる未来を形作る力を!」

 

――――ジムリーダーのシルバーが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

つづく




新年早々、駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

冒頭の特訓部分をもっと丁寧に書こうかなとも思ったのですが、なんか特訓だけでさらに数話使っちゃいそうなんでカットとなりました。絵面的にも地味ですし。

ではでは今年もまったり更新していきますので、お付き合いいただけると幸いです!本年もよろしくお願いいたします!


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第77話:最後のジムリーダー

強敵とのバトルになるとガクンと更新頻度の下がる男、劉翼。
というわけで遅くなりました第77話です。


 ジム戦に向けての特訓にひとまずの区切りをつけたツバキは、ついにトキワジムの門を叩く。

 そこでジムリーダーとして待っていたのは、以前にツバキとバトルし、そして圧倒したギンことシルバーだった。

 バトル形式自体は4対4のシングルバトルという単純な物ながら、全員持ち物ありでのバトルはツバキにとっては前代未聞。

 慎重にポケモンと道具の組み合わせを選んだツバキはシルバーの前に立ち、ついに最後のジム戦が幕を開ける……。

 

 

 

「まずはお前だ。頼むぞ、ゲンガー」

 

 シルバーの投擲したボールから、紫色の丸っこい体格をしたポケモンが現れ、真っ赤な目でツバキを見据える。

 シャドーポケモン『ゲンガー』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 すぐさまポケモン図鑑でタイプを確認したツバキは、迎え撃つポケモンを頭の中で選抜し、ボールに手を伸ばす。

 

「(ゴーストとどく……ポポくんならゴーストは効かないけど、最初のバトルで毒を受けたら……それならここは……!)」

 

 指先でボールの順番を確認し、目当てのポケモンが入ったボールを掴むと、大きく振りかぶってフィールドに投げ入れた。

 

「お願いっ! ルーシア!」

 

 宙を舞うボールから飛び出した紫の影は、コマのように回転しながら地面近くまで降り立ち、ローブのような身体を大きく広げる。

 

「(ムウマージか……ゴーストタイプ同士はドラゴン同様、お互いに弱点を突く事ができる……さぁ、それを踏まえて何を仕掛けてくる……?)」

 

 シルバーが向けるは、バッジ7つを集め、それからさらに一皮剥けたと感じられるツバキへの期待。

 彼女の纏う雰囲気などから、自身の全力とまでは行かずとも、その大部分を発揮しても受け止め、破りうる程度には実力をつけているはずだという確信があった。

 両者のポケモンが出揃い、審判のミラが1歩前に出て右腕を上げる。

 

「では、トキワジム戦第1戦、ゲンガー対ムウマージ。……バトル…………開始っ!」

 

「“あやしいかぜ”!」

 

「潜行」

 

 ルーシアが先手を取って周囲の空気の流れを変え、叫び声のような風切り音と共に吹き荒ぶ風の刃でゲンガーを襲うが、直後、ゲンガーは足元の影の中へと沈んでしまった。

 

「えっ……!?」

 

「“シャドーボール”」

 

 ツバキ同様呆気に取られていたルーシアの影が揺らめいたかと思うと、そこからゲンガーの上半身が飛び出し、合わせた両手の間に黒いエネルギーの球を生成して射出した。

 完全に不意を打たれたルーシアは身をよじって回避しようとするが間に合わず、両腕で身体をガードするのが精一杯だった。

 

「ル……ルーシアっ!」

 

 爆風で飛ばされながらも体勢を立て直したルーシアが足元を睨むがすでにそこにゲンガーの姿は無く、元の位置に留まっていたゲンガー自身の影の中から現れた。

 

「今のは……!」

 

「これがゲンガーが持つ能力だ。影に潜み獲物の様子を窺い、そして仕留める……シャドーポケモンと呼ばれる所以て奴さ。加えて俺の鍛えたゲンガーは自分自身の影から独立して行動し、他の影との間を移動する事ができる。この神出鬼没の戦術……お前はどう対応する?」

 

「くっ……!」

 

 影から影へ。実体の無いあやふやな存在の間を自在に行き来するという驚異の能力。

 当たり前だが、ツバキはまだこんな戦術を取るポケモンを相手にバトルした経験は無い。

 

「(これじゃあ下手に攻撃しても隙を作るだけ……どうにかしてあの能力を封じるなり予想するなりしないと、こっちが不利になるしか……!)」

 

 だが、影などという物はその気になれば作る方法はいくらでもある。言ってしまえば何かを投げるだけでもその下には影ができるのだから。

 そのいくらでも移動先を増やせるゲンガーのこの能力を封じるなど、そう容易い事ではない。

 

「考え込んでいる暇は無いぞ。“あくのはどう”」

 

 自身の影に下半身を沈めたゲンガーが、高速でフィールドを移動しながら両手に禍々しいオーラを持つエネルギーの塊を発生させると、そこから散弾銃のようにエネルギー弾を乱射してくる。

 

 

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「“あやしいかぜ”で壁を作って!」

 

 刃に変えて飛ばした先ほどとは異なり、今度は自身の周りに風を巻き起こして防壁を作り出し、飛散する“あくのはどう”を受け止める事に成功した。

 が、依然として相手の動きを捉える事ができない状況に変化は無い。

 己の影の中に浮沈し、さらには別の場所の影に瞬時に現れるゲンガーをどう攻略すべきか。

 

「…………あっ…………」

 

 そこで思いついたのは、確実に通る保証は無いものの、現状他の方法は存在しないであろう策。

 バトルでは決断力が重要だ。ならばここで動かずしていつ動くのか?

 ツバキが何か閃いた事を察したルーシアが横目でこちらを見る。

 

「……うん、動くのなら……今しか無いよね! ルーシア! “マジカルフレイム”!」

 

「潜行」

 

 ルーシアが両腕を広げ、口から呪文のような鳴き声を上げると、身体の前に炎の塊が現れて見る見る大きくなる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ゲンガーが影に消えてもかまわずその炎を膨らませ、そして地面へ噴射した。

 

「かまわないからどんどんやっちゃって!」

 

 ツバキの指示でルーシアは空中で回転し、地上を薙ぎ払うように炎を放ち続ける。

 

「……! これは…………なるほどな……大人しい顔をして、なかなか大それた真似をするじゃないか」

 

 焼け野原と化していくフィールドを見て、シルバーはツバキの意図を理解した。

 すなわち、相手が地上のどこから現れるかわからないのなら、その地上を全て焼いてしまえば良い、という意図である。 

 ツバキらしからぬ過激な作戦だが、実際神出鬼没の相手に対抗するならばこれ以上の策は考えつかない。

 恐らく今頃ゲンガーは行く先々に火の手が回っていて四苦八苦している事だろう。影の中などどうなっているかはわからないが、もしかしたら普通に熱がっているかもしれない。

 ともあれ今の状態で迂闊に影から出れば、その瞬間にヒヒダルマとなってしまう事はまさに火を見るより明らかだ。

 

「(あとは……!)」

 

 今、ゲンガーがこの状態から逃れる手段は1つ。

 浮遊し、回転するルーシアの真下。唯一炎を撒かれる事を免れた……いや、あえて残しておいたその場所に逃げ込む事だ。

 

「……“マジカルフレイム”!」

 

「“ふいうち”!」

 

 直後、その影から飛び出したゲンガーの爪がルーシアの胴に食い込むが、崩れ落ちそうになるところをギリギリで踏ん張ったルーシア。

 そして、体勢を立て直すと同時に唱えた呪文で生成された炎が発射され、その全身に浴びる事となった。

 

「“こごえるかぜ”!」

 

 ゲンガーは両手を振りかざして冷気を帯びた風を真下へ吹きつけて落下先の炎を消し、そこにできた自分の影の中へ逃げ込んだ。

 

「(よし、逃げられはしたが状況はそう悪いわけではない。“マジカルフレイム”は術式を内包した炎で相手の精神を攪乱する事で、特殊攻撃能力を低下させる技。特殊攻撃を得意とするゲンガーには効果が大きい。……まぁ、ルーシアも“シャドーボール”と“ふいうち”で小さくないダメージがあるのが懸念事項だが……)」

 

 イソラは冷静に状況を分析するが、どちらに軍配が上がるかはまだわからない。

 ジムリーダー側はポケモン交代ができない都合上、能力を低下させる事は大きなアドバンテージとなる。

 だが、地力の違いから総合的なダメージレースではゲンガー側がリードしているのも事実。

 炎によって出現場所が限定されているのは今も変わっていないし、待ち伏せ自体は難しくないが、影から“ふいうち”で飛び出す際のスピードは対応できるようものではなく、1、2撃もらう事は覚悟しなければならない。

 

「(……あと1回……あと1回ルーシアが耐えられれば反撃できる……!)」

 

「(こいつ……まだ何かこのムウマージに仕込んでるな…………上等だ……! 飛び込んでそいつを暴いてやる……!)“シャドーボール”!」

 

 先ほど消えた影から再び顔を出したゲンガーが、ルーシアへ向けてエネルギー球を2発投げてまたも影の中へ消える。

 少し距離があった事も手伝いルーシアはこれを回避したが、それは囮。今度はルーシアの影からゲンガーが飛び出し、本命である大型の“シャドーボール”をゼロ距離でルーシアへ叩き込んだ。

 

「っ! お願い! 耐えてっ!」

 

 爆圧で吹き飛ばされたルーシア。

 だが、その中でツバキと視線がぶつかり……ツバキは賭けに勝利した事を確信する。

 

「……! “あやしいかぜ”!」

 

 直後、瞬時に身体を捻って持ち直したルーシアは、落下中のゲンガーの真下へ信じ難いスピードで滑り込んだ。

 

「なっ……速いっ!」

 

 シルバーは先ほどまでとまったく異なるそのスピードに度肝を抜かれるが、舌を出して口元を舐めるルーシアの姿を見てそのスピードの正体を悟った。

 

「……カムラの実……!」

 

 極めて大きなダメージを受けた時に食べる事によって、一時的に素早さを向上させるカムラの実。

 これがツバキがルーシアに持たせた道具だ。

 この木の実のおかげでゲンガーを上回るスピードを得たルーシアは、下から上へ向かって“あやしいかぜ”を巻き起こし、ゲンガーを風に巻き込んで影への逃走を遮った。

 

「特性《がんじょう》でもないのに、ギリギリまで使えないカムラの実とは……! リスキーな事をする……!」

 

「ルーシアは気まぐれだけど、やる時はやってくれる子です! “いたみわけ”!」

 

 風が霧散し、無防備に空中へ放り出されたゲンガーとルーシアの間にオーラの管が繋がり、互いの残り体力を均等に分割する。

 

「(っ! こいつ……限界まで体力が減らないと発動しないカムラの実を持たせたのは、この“いたみわけ”での擬似回復まで見越しての事か……! そのまま戦闘不能になるリスクは大きいが、成功すれば能力上昇とそこからの反撃でリターンも大きい!)」

 

 さらに、ゲンガーは威力の乏しい“あやしいかぜ”と、ゴーストタイプに特別有利なわけでもない“マジカルフレイム”を受けただけなので、ルーシアに比べれば体力は大きく残っていたのも結果として“いたみわけ”の効果をより強力にした。

 

「(……俺のゲンガーにどう対応するかとタカを括っていたら、逆にこっちを追い詰める状況に持ってきやがった………………ふっ……)」

 

 シルバーの口が吊り上がり、笑みが浮かぶ。

 

「(面白い……! 嫌でもゴールドを思い出させる奴だ……! こないだのスカーレットって奴と同じ……あれに比べればまだまだ荒削りだが、確かな強者の匂いだ……!)」

 

 トキワシティ近郊で出会った当初は見た目と態度から侮っていたが、その時のバトルの中でポケモンとの強い絆を感じて認識を改め、そして今、彼女はさらなる成長を遂げて自身に挑んできた。

 この状況に高揚せずしてポケモントレーナーと……ジムリーダーとは呼べないであろう。

 それこそはまさにポケモントレーナーとしての本能なのだから。

 

「フンッ…………ツバキ!」

 

「ひゃいっ!?」

 

 突然大声で呼ばれ、思わず素っ頓狂な返事をしてしまうツバキに、シルバーは顔を上げて笑みを見せた。

 

「改めて認めよう。お前は強い。対応力、決断力、そしてポケモンとの信頼……どれもトレーナーレベル8に相応しい……いや、もしかしたらそれ以上の実力だ」

 

 シルバーからの思わぬ称賛を受けたツバキは、2回3回と目をパチクリさせていたが、やがて力強い笑みを返した。

 

「……ありがとうございます! でも、わたしにとってはまだまだ夢への道の途中なんです! さっきシルバーさんが言ったように、わたしはポケモン達ともっともっと強くなります!」

 

 ツバキの切った啖呵を聞くと、シルバーはますます嬉しそうに歯を見せ笑う。

 

「フンッ! そう……それでこそだ! ポケモントレーナーたる者、その強さへの貪欲さこそを原動力にしていかないとな! だが、俺のゲンガーはまだまだ負けちゃいない! 本気で行くぞゲンガー!」

 

「ルーシア! まだこのジム戦は始まったばかり……このまま一気に行くよ!」

 

 両者の檄にそれぞれのポケモンが答えるように吼える。

 

「……シルバー様があんなに楽しそうに……ふふっ、この前のスカーレットさんといい、ゲントさんといい、今回のポケモンリーグは有望なトレーナーが豊作ですね」

 

 だんだん生き生きとしてきたシルバーを見て、ミラが柔らかく微笑む。

 

「ゲント……どこかで聞いたような…………………………ああ、あの男か。あいつもここに来たのか……」

 

 ミラの溢したその名前を聞いて、イソラはしばし考える素振りを見せてようやく思い出す。

 元クチバジムトレーナーのゲント。ジム巡りの旅をして武者修行をしていると言っていたが、ここにも挑戦済みとは。

 

「(……私のツバキに馴れ馴れしい気に食わんロリコン男だが、実力自体は確かという事か……ますます腹の立つ奴だな……)」

 

 「今度会ったらとりあえずぶん殴ろう」とイソラが考えている間に、バトルは再開されていた。

 

「“こごえるかぜ”だ!」

 

 真上に向けて冷風を吹き上げるゲンガー。

 当たればせっかくカムラの実で上がった素早さを元に戻されてしまうので、ルーシアは身をよじって直撃を避ける。

 しかし、ハナからゲンガーはルーシアを狙ってはいない。

 その狙いは“こごえるかぜ”を噴水のように高所から拡散させ、地面を覆う炎の勢いを弱めて鎮火する事にあると気付いたツバキは、すぐさまその目論見を潰すために動く。

 炎が消えれば再びゲンガーは影に潜って縦横無尽にフィールドを移動し、こちらへの一方的な攻撃が可能となってしまう。

 

「……! ルーシア、“あやしいひかり”!」

 

 低空飛行で素早くゲンガーとの距離を詰めたルーシアの目が怪しく輝き、それを見たゲンガーの目から光が失われる……寸前、ゲンガーは取り出した緑色の木の実をかじって飛び退いたのだ。

 

「えっ……!?」

 

 混乱状態にして一気に状況をこちらへ傾けるつもりが、即座に回復されてツバキは目を丸くする。

 

「……危ないところだったぜ。万一のためにラムの実を持たせて正解だった」

 

「(混乱を含むあらゆる状態異常を回復するラムの実か……恐らくは麻痺や氷状態でゲンガーの素早さを封じられる事を警戒して持たせてあったのだろうな)」

 

 予想外の状況となり、ツバキが怯んだ隙をシルバーは見逃さなかった。

 

「炎はだいぶ弱まった! “シャドーボール”で一気に吹き飛ばせ!」

 

 ゲンガーの両手に“シャドーボール”が形作られ、爆風で炎を消し飛ばす準備が整いつつある。

 ツバキとしては何がなんでも防ぎたいが、“あやしいかぜ”は範囲調節が少々難しく、上にいるゲンガーを真下から巻き上げた先ほどのような状況でもなければ、どのみち風で周りの炎を消してしまう恐れがある。

 “いたみわけ”は1度使った後では効果が薄く、何より技の性質上相手を倒す事はできない。

 ならばここで相手を遮るために打てる手は消去法で1つしか無い。

 

「“マジカルフレイム”!」

 

 今まさに発射された“シャドーボール”に、接近しながら呪文を詠唱したルーシアの放った炎が激突。

 “シャドーボール”はゲンガーと同じゴーストタイプの技なので威力は上がるが、さっきの“マジカルフレイム”のヒットで特殊攻撃が弱まっている。

 そのおかげか“マジカルフレイム”でどうにか拮抗できている……ように見えたが、2つの回転するエネルギー球によって炎は徐々に削られるように小さくなっていく。

 ここでやはり顕著になるのは地力の差。

 

「(うぅっ……つ、強い……! これがトレーナーレベル8用のポケモン……!)」

 

 まさにジム戦における最強レベル。

 弱体化してなおこちらを押しつつあるのだから、とんでもない強さである。

 恐ろしいのは、このゲンガーはあくまで手持ち4体の先発にすぎないという事で、少なくとも同等かそれ以上の実力を持つポケモン3体が後に控えている事実。

 

「(でも……負けられない!)」

 

 ツバキは手で頬をぴしゃりと叩いて己を奮い立たせ、この状況での最善策を考案すべく脳をフル回転させる。

 ルーシアが押し負けてしまう前に、なんとしてでも。

 

「(炎……周りの炎は弱まってるし簡単に消えちゃう……ここで倒せればもう炎を維持する必要は無いけど……)」

 

 鎮火されるのを承知で別方向からの攻撃に切り替える手もあるが、それで倒せなければ戦況はまたあちら有利に傾く。

 だが、このまま押し負けてルーシアが破れれば、後続のポケモンにまでその不利な状況を引き継ぐ事になってしまう。

 ならばどれだけ分が悪かろうと、賭けに出る以外に道は存在しないだろう。

 

「……ルーシア、上昇! そこから下に“あやしいかぜ”!」

 

 ツバキからの決意の込められた指示を受けたルーシアは呪文を中断して大きく高度を上げ、周辺の空気に干渉を始めた。

 術者のいなくなった“マジカルフレイム”はあっさり打ち消されて“シャドーボール”がフィールドに着弾し、拡散した爆風が弱まっていた周囲の炎を吹き消してしまった。

 それでもスピードではゲンガーを上回っているルーシアの攻撃に対し、若干地面から浮いている状態から影に潜行しての回避までは間に合わないとシルバーは判断。

 

「チッ……! “シャドーボール”で撃ち落とせ!」

 

 ここでルーシアを倒しておく必要があると考えたシルバーは、“シャドーボール”での撃破を試みる。

 “あやしいかぜ”は攻撃範囲が広いが、それ故に密度はさほどでもないため、“シャドーボール”でピンポイント攻撃をすれば“マジカルフレイム”同様に押しきれるはずだ。

 ゲンガーの目が赤く光り、影から抽出した黒いエネルギーを大型の球状に成形して投げようとするが、“あやしいかぜ”の到達の方が早い。

 結果、真上から遅い来る風刃を、持ち上げた“シャドーボール”で支える形となってしまった。

 

「(……おかしい。さっき“あやしいかぜ”を使った時は、ここまで発動も到達も早くなかったはずだ……! ………………しまった……! “あやしいかぜ”の追加効果か!?)」

 

 そう、“あやしいかぜ”には、まれに自身の全能力を引き上げる効果がある。

 さっき真下からゲンガーに攻撃した時にその効果が発動し、カムラの実を食べた状態からさらに強化されていたのだ。

 無論、これはツバキにとっても予想外ではあるが、有利な状況になったのには違いない。

 

「そのまま! そのまま押しちゃって!」

 

「押せっ! 突破しろ!」

 

 2体のポケモンの技は上下から激突し、互いに相手に当てようと押して押されを繰り返す。

 緒戦の勝敗は後々に大きく影響する事を理解しているが故に、両者決して譲らぬ応酬。

 それを繰り返す内に、“シャドーボール”にかかる負荷が限界を越え……内包されたエネルギーが大爆発を起こした。

 

「ひゃっ!? ル、ルーシア……!」

 

「くっ……! ゲンガー!」

 

 もうもうと立ち込める煙の中に、地面が盛り上がったようなシルエットが浮かぶ。

 

「「……!」」

 

 ……煙が霧散し、シルエットが露になる。

 そこにいたのは、うつ伏せに倒れたゲンガー……そしてその上に折り重なってぐったりとうなだれたルーシアだった。

 ミラはひと塊になって倒れた2体に駆け寄り、その身体に触れる。

 

「…………ゲンガー、ムウマージ、共に戦闘不能! 引き分けとなります!」

 

「ひ……引き分け……」

 

「……俺のゲンガーと引き分けとはな……」

 

 2人はそれぞれのポケモンに歩み寄り、まずツバキがルーシアを抱き起こして、次いでシルバーが片膝をついてゲンガーを撫でる。

 

「ご苦労様、すごく頑張ったね……ありがとう、ルーシア」

 

「よくやってくれた、ゲンガー。……弱った中でずいぶん長く頑張ってくれた」

 

 双方自分のポケモンを撫でた後にボールへと戻し、視線をぶつけて闘志を確認し合うと元の立ち位置へと戻っていく。

 

「ふっ……トレーナーがトレーナーならそのポケモンも大したもんだ。よく鍛えてあるムウマージだったし、お前の期待に応えようと実力以上の奮戦ぶりを見せたようだな」

 

「はい。特訓の時以上に気合いが入っていました。だからこそ……ルーシアの頑張りを無駄にするつもりはありません!」

 

 ルーシアのボールを見て閉じた目が、シルバーに向けて開かれると、その瞳にはさっきよりも激しい闘志の炎が燃えている。

 

「なら、俺も全力で受け止めてやる。遠慮無くお前達の全てをぶつけてこい! 次はお前だ、フーディン!」

 

 シルバーの2番手か姿を現す。

 ボールから飛び出したのは、黄色い身体と、狐や逆向きの星のような形の頭部、そしてそこから伸びる長い髭が特徴的な、ねんりきポケモン『フーディン』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 両手に持ったスプーンを舞うように振るい、サイコパワーを増幅させているようだ。

 

「フーディン…………エスパータイプ、かぁ……。シェルルを連れてくればよかったけど、言っても仕方無いね。ゲンガーと同じように素早いみたいだから……」

 

 左手でポケモン図鑑を確認しながら、右手で腰に並んだモンスターボールを選ぶ。

 

「……初めてのジム戦だね。行っけぇ! スフィン!」

 

 ツバキが次鋒として選んだのはスフィンだ。

 フィールドにボールを投げ込んだはずなのだが、何故かツバキの頭の上で固着した。

 

「ふぎゅっ……! ……もう、スフィンったら……これからバトルなんだよ?」

 

 両手で抱いて頭から下ろしたツバキにフィールドを指差され、スフィンは納得したように短い手足でフィールドへと駆けていく。

 

「デデンネか。たまにトキワの森で見かけるな」

 

「この子はそのトキワの森で仲間にしたポケモンです! とっても元気で甘えん坊ですけど、すばしっこいですよ!」

 

「それは楽しみだ。……ミラ」

 

 シルバーに声をかけられたミラが頷く。

 

「はい。それでは第2戦、フーディン対デデンネ。バトル…………開始っ!」

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

強敵をどう強敵に見せるかですぐにスランプになる奴。はい、自分です。
本作のシルバーはHGSSのシルバーのその後ですが、オーダイル連れな辺りはポケスペ版をイメージしています。


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第78話:激闘、トキワジム!勝利への一手!

1週間空くのが当たり前になってきたなぁ…。
というわけでトキワジム戦パート2の第78話です!


 いよいよ最後のジムであるトキワジムのジムリーダー・シルバーに挑んだツバキ。

 ツバキの出したルーシアは、先発で出てきたゲンガーの影に潜伏するトリッキーな戦術に苦戦するも、善戦の末にどうにか相討ちへと持ち込んで緒戦敗北という事態は回避できた。

 次に現れたフーディンに対してジム戦初参加となるスフィンを繰り出したツバキの思惑は……?

 

 

 

 ミラによるバトル開始の合図がバトルフィールドに響く。

 

「スフィン、“10まんボルト”!」

 

 スフィンが頬の電気袋を擦って電力を増幅させると、フーディンに向けて電撃か放たれる。

 

「ん……体格のわりに威力があるな……“サイコキネシス”!」

 

 対するフーディンはスプーンを交差させ、全神経を研ぎ澄ましてサイコパワーを集束する。

 すると、“10まんボルト”の電撃はカクンと軌道を変えて天井に向かい、そのまま空中で消滅してしまった。

 

「(曲げられた……!? ……すごい超能力……!)」

 

「驚いてる間にこっちからも行かせてもらう! “みらいよち”!」

 

 フーディンが両手のスプーンを掲げ、小声で何か呟いた次の瞬間、フィールド全体に鈴のような甲高い音が鳴り響いた。

 頭に直接響くような音に耳を塞いだツバキだが、周囲には特に変わった様子は無い。

 

「(……? 攻撃技じゃない……? と、とにかく今は怯まずに……!)スフィン、フーディンに近付くよ!」

 

 スフィンは電気袋を叩いて帯電させる事で気合いを入れ、4足体勢になると前脚で地面を掻いて勢いよく走り出した。

 小柄な身体が生み出すそのスピードは目を見張るものがある。

 

「(なるほど、速いな。“サイコキネシス”は使う対象に意識を集中する必要があるが、こうちょこまか動かれちゃそれも難しいか)……“マジカルシャイン”!」

 

 ツバキの語った通り非常にすばしっこいスフィンを見たシルバーは、広範囲をカバーする“マジカルシャイン”での攻撃に切り替える。

 全身から両手のスプーンへと流れたエネルギーが強烈な光へと変換され、フーディンを中心として半球状に広がっていく。

 

「(うっ……! も、もう少し近付いて使いたかったけど……!)スフィン! “かいでんぱ”!」

 

 スフィンの髭が一瞬バチっと放電したかと思うと、目には見えない電波が周辺に拡散していき、直後、“マジカルシャイン”の光に飲まれてしまった。

 だが、突然フーディンが頭を抱えたかと思うと、“マジカルシャイン”も急激に弱まり、スフィンがゴロゴロと転がり出てきた。

 その時、スフィンが長い尻尾で何かを巻いている様子が初めて明らかになった。

 

「(あれは……磁石か。さっきの“10まんボルト”が妙に強力だと思ったが、あれのせいか)」

 

 磁石はポケモンに持たせる事ででんきタイプ技の威力を向上させる道具だ。

 これはつまり、ツバキはでんき技をメインにした戦術を構築したという事を意味している。

 

「(まぁ、デデンネは技の選択肢はあまり広くないからな。……だが、“かいでんぱ”……厄介な技を食らったな。相手の脳波に干渉する電波を放って精神を掻き乱す“かいでんぱ”は、特殊攻撃を駆使するフーディンにはかなり刺さる……)」

 

 頭を叩いてとりあえずは戦闘態勢へ戻ったフーディンだが、先ほどと比べれば平常心はかなり失われてしまっている。

 一方のスフィンは、“マジカルシャイン”でダメージを受けはしたものの、ギリギリのところで“かいでんぱ”による弱体化が間に合い、致命的な痛手とはならなかった。

 

「な、なんとか間に合った……よぉし、それじゃ……! ……?」

 

 次の指示を出そうとしたツバキの耳に、再び鈴の鳴るような音が響く。

 と、その時だった。

 

「っ!?」

 

 空中にポッカリと開いた穴から、強力なサイコエネルギーの塊が飛び出し、スフィンの背中を直撃したのだ。

 

「ス、スフィンっ!(…………! みらい……よち……!)」

 

 ここに至ってようやくツバキは“みらいよち”……その技の意味と真価を理解した。

 

「気付いたようだな。そうだ、それが“みらいよち”だ。使ってから実際の発動まで間が空いて扱いの難しい技だが、使いこなせればこうして意表を突いた戦い方ができる。それ自体には攻撃の意思なんてもんが無いサイコエネルギーの塊……事前の察知はまず不可能だ」

 

「くぅっ……スフィン! 大丈夫!?」

 

 ツバキの呼びかけでスフィンは起き上がって頭を振りまくり、両手で顔をぺしぺしと叩いて意識をはっきりさせると、再度フーディンと対峙した。

 

「(ほっ…………って、安心していられないね。“かいでんぱ”を使う前に出した技だからダメージは大きいみたいだし……)」

 

 後ろから見てもスフィンの呼吸がかなり荒くなっているのが見て取れるほどであり、体力的な猶予はあまり無いようだ。

 

「……スフィン! “かいでんぱ”を出しながらフーディンに向かって走って!」

 

 長い尻尾を振って走り出したスフィンは、フーディンへ電波を飛ばしながら素早くフィールドを駆ける。

 なまじ頭脳の発達したフーディンはこの電波の影響をかなり大きく受けるようで、両手で頭を抱えてロクに超能力を扱えないらしい。

 

「くっ……! “くさむすび”だ!」

 

 エスパー技が駄目なら他のタイプの技。

 フーディンは頭痛の中どうにか右手のスプーンを地面に突き刺すと、地面のあちこちにツタで作った輪っかを出現させてスフィンの転倒を狙う。

 “くさむすび”は本来、重量のあるポケモンほど効果が大きい技であり、スフィンのような小型相手ではダメージには期待できない。

 だが。

 

「あっ……!?」

 

 なんと、出現したツタの輪の1つにスフィンの身体がスッポリ嵌まってしまった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 あまりの事に驚いたスフィンは“かいでんぱ”の発信を止めてしまい、身体を引き抜こうともがきまくるが、瓢箪のようなはたまた鏡餅のような体型で勢いよく突っ込んでしまった事が災いし、絶妙にフィットしてしまった。

 

「よし、頭痛は解けたか。なら“みらいよち”だ!」

 

 三度あの鈴のような音が響き渡る。

 四度目の音が響いた時、スフィンは恐らく立ってはいないだろう。

 

「(なんとかしなきゃ……! なんとか……! ……そ、そうだ!)スフィン! そのまま“10まんボルト”!」

 

「“マジカルシャイン”だ!」

 

 スフィンがその場で放電すると同時、フーディンの振ったスプーンから光が放たれた。

 そして、電撃で焼き切れたツタからの脱出には成功したスフィンに、“マジカルシャイン”が迫る。

 

「今度は真上に弱めの“10まんボルト”!」

 

 地から天へ。落雷とは逆向きに電撃が伸びていき、天井に吊るされた無数の照明の1つに当たって帯電させる。

 

「尻尾を上に向けて!」

 

 ツバキに言われるままにスフィンが尻尾を立たせた瞬間、その身体が照明に引っ張られるようにして飛び上がって“マジカルシャイン”による光のドームを回避した。

 

「何っ!?」

 

 ガチンという音を立て、スフィンの尻尾が巻きついた磁石と、帯電した照明が密着した。

 

「……なるほど、考えたな。デデンネほどの体躯なら、磁石と通電した金属を使えばこんな回避もできるか……!」

 

 わずか2kgほどのスフィン故にできる芸当。これがもしも40kgオーバーのライボルトやレントラーであったならこのような回避手段は実現できなかっただろう。

 

「よし……上手くいった! スフィン、電気を吸い取って!」

 

 デデンネの尻尾は電気を吸い上げる器官を兼ねている。

 急速に電気を吸収すると磁力はその効力を失い、当然スフィンは落下する。

 

「次! 右斜め前の照明に“10まんボルト”!」

 

 さっきと同じ要領で電撃を放ち、別の照明に電気を帯びさせて尻尾を向ければ、まるで空中ブランコのように照明から照明へとアクロバティックに飛び移ってゆく。

 

「よくもこんな事を思いつくもんだな。だが、地上を走り回ってた時に比べればスピードは緩やかだ。フーディン、惑わされず冷静に“サイコキネシス”で捉えろ」

 

 フーディンがスプーンを構えて精神を統一し、空中を往くスフィンに狙いを定める。

 

「“10まんボルト”! 当たらなくてもいい! 連続で撃って!」

 

 出力を抑えて連射能力を重視した、さながら“1まんボルト”とでも呼ぶべき電撃がスフィンの髭から4発5発と撃ち出され、地上のフーディンに降り注ぐ。

 だが、狙いが荒いためにほとんどがその付近に着弾するのみで、唯一の直撃コースだった1発もフーディンの周りの強力なサイコパワーで歪められて見当違いの方向へ曲がってしまった。

 

「(こっちの集中を乱すつもりか? ……いや、それにしては……)」

 

 確かに降り注いだ電撃はその稲光で視界をチカチカと眩ませ、一瞬は集中力を奪えるが、フーディンの精神力ならばそれくらいはすぐに立て直せる。

 シルバーがふと視線を落とすと、フーディンの周りにわずかに電気が残留しているのがわかる。

 それを見たシルバーが、ハッと上へと向き直る。

 

「(……っ! こいつまさかっ!?)」

 

「尻尾をフーディンに向けて!」

 

 気付いた時にはもう手遅れ。

 尻尾で保持された磁石がビリビリと反応し、照明から電気を吸ったスフィンは一直線にフーディンへと向かう。

 周囲に溜まった電気を帯びてしまった、フーディンの手の中のスプーンへ向かって。

 

「かわせっ!」

 

 この状況で「かわせ」と言われて「はい、わかりました」と実際に回避できるポケモンはそう多くはいまい。

 重力と磁力の相乗効果で、スフィンの落下速度は大きく跳ね上がっている。

 後退しようとしたフーディンの右手のスプーン目掛けてスフィンが突っ込み、筋力には自信の無いフーディンはその不意の衝撃に耐えきれず後ろへ倒れ込んでいく。

 

「“ほっぺすりすり”!」

 

 倒れたフーディンに取りついたスフィンは、スプーンに付いたままの磁石を尻尾から放して顔の部分まで移動すると、頬の電気袋を勢いよくゴシゴシと擦り付ける。

 電気袋の電気をダイレクトに食らったフーディンはたまらず痙攣して麻痺状態に陥ってしまった。

 

「振り払え! “サイコキネシス”!」

 

 だが、身体が痺れたフーディンは思うように動く事ができない。

 その時、真上の空間に穴が開き始めた。先ほどの“みらいよち”が発動したのだ。

 

「スフィン、引き付けて! ……今っ! よけて!」

 

 “みらいよち”のサイコエネルギーが間近に迫った瞬間、横に転がるようにしてフーディンの身体から降りたスフィン。

 当然サイコエネルギーが向かう先は技の発動者であるフーディンだ。

 麻痺状態で動きの鈍いフーディンは回避行動もおぼつかず、あえなく直撃。

 

 

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「チッ……!」

 

 だが、エスパータイプであるフーディンにはエスパー技は効果が薄く、使用した時には“かいでんぱ”で特殊攻撃が弱まっていたのも、この時ばかりはシルバー側にとって幸いだった。

 スプーンから磁石を外して投げ捨てたフーディンが立ち上がるが、麻痺と疲弊でふらふらしている。

 

「うん、このまま行けば……! …………? スフィン?」

 

 ツバキはようやく見えてきた活路に笑みを浮かべるが、スフィンがなにやらもがいている事に気付いた。

 

「スフィン……!?」

 

 よく見れば、スフィンの頬に無数の針が生えた黒いボールがくっつき、それを取ろうとしているではないか。

 

「なっ……何これ……!?」

 

「(……くっつき針か……触れた相手に付着し、持続的なダメージを与える道具。……だが、当のフーディンはまるで痛がる様子は無かった……もしやあのフーディン、特性は《マジックガード》か……? まれにこの特性を持つフーディンがいると聞いた事はあるが……)」

 

 《マジックガード》はバトルにおいて、技によって直接的に与えられる以外のダメージを特殊なオーラによるコーティングで無効にしてしまうという特性であり、フーディン及び進化前のケーシィ、ユンゲラーでこの特性を持った個体は希少とされている。

 

「(フーディンは物理的な攻撃には弱く、弱点の内あくタイプとむしタイプの物理攻撃には接触攻撃技が多い。そこを逆手に取って、倒れるまで延々ダメージを与え続けるあの道具を選んだか)」

 

 針を取ろうとするも、その手すらも針で傷付き、スフィンには着実にダメージが蓄積していく。

 

「くっ……! 戻って、スフィン!」

 

 ツバキがボールを手にしてスフィンを回収する。

 

「少し休んでてね。……フーディンはあと少し……行くよ! バルディ!」

 

 次に投げたボールは、スフィン同様に初の公式戦参加となるバルディだ。

 ボールから飛び出したバルディは、フーディンを見るとバトルへの意欲を表すかのようにジャブを繰り出したり、短い脚でエアキックしている。

 

「次はキバゴか。根性がありそうな顔をしている上、かなり強気で好戦的だ。ことバトルに関しては伸びるタイプだな」

 

「ありがとうございます。この子は今回が初めてのジム戦ですから、絶対に勝たせてあげたいんです! 行きます! バルディ、まずは近付くよ!」

 

 力こぶを作ってやる気満々のバルディは、フーディン目掛け勢いよく走り出した。

 だが、残念ながらそのスピードはスフィンのそれとは比べるべくも無い。

 

「(通常ならこのくらいは容易く迎撃できるが……)」

 

 そう、今のフーディンは麻痺状態で身体の自由がほとんど利かないという事を忘れてはならない。

 さらには“かいでんぱ”で特殊攻撃を弱体化されているため、全力どころか本来の半分の力も発揮できていないだろう。

 

「“くさむすび”だ!」

 

 ならば、まずは相手の動きを封じる事が先決。その間に追撃を放てば、麻痺による不利もある程度はカバーできる。

 次々にツタで作られた輪が地面から出現するが、スフィンほどのスピードでないのが幸いして進行ルート上に現れたツタの目視から回避動作まで多少の猶予があるので転倒はしない。

 だが、回避のためにスピードが落ちているのは確かであり……。

 

「“みらいよち”!」

 

 その隙を突いて時間差攻撃の布石を打つシルバー。

 

「(うっ……まずいかも…………こうなったら強行突破で一気に取りつく!)バルディ、“ダブルチョップ”でツタを切りながらまっすぐ進んで!」

 

 ツバキのこの一言でバルディは横への回避をやめ、身体から溢れ出る闘気を纏わせた牙を振るって正面に出現するツタを切断して一直線にフーディンへ向かう。

 

「“マジカルシャイン”で迎え撃て!」

 

 フーディンが技のためにスプーンを構えようとした瞬間、右手の指先が痺れてスプーンを取り落としてしまった。

 

「っ! チャンス! バルディ、“つじぎり”!」

 

 身体の麻痺で大きな隙ができたフーディンを討つべく、バルディが速度を上げる。

 牙に纏わせた闘気を一旦引っ込めたバルディは、右手の先端に改めて刃のように集束させる。

 

 

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 そして、地面に強く足を踏み込んで大きく飛び跳ね、スプーンを拾おうとしたフーディンの首筋目掛けて横薙ぎに振り抜いた。

 だが、フーディンは残った左手のスプーンで防御態勢を取り、技を完全に防ぐ事はできずによろめいたものの、急所である首への直撃は避けた。

 そして同時に空間に穴が開き始め、そこからサイコエネルギーが放出されてバルディの背中にヒットした。

 先も述べた通り、“かいでんぱ”で弱っているのでダメージは本来のそれより大きく軽減されているが、それでもレベルの差かバルディにはそこそこのダメージ。

 

「ああっ……! バ、バルディ!」

 

 背後からの攻撃を受けてゴロゴロと転がり、うつ伏せに倒れたバルディは、ふらりと起き上がると漏斗のような形の木の実を取り出してかぶりついた。

 大きな口で一気に食べ尽くし、全身を駆け巡る熱を発散するように咆哮を上げる。

 

「(フィラの実か……体力を大きく回復するが、ポケモンの好みによってはそのあまりの辛さに混乱する木の実……)」

 

 だが、バルディはむしろ辛い味が好みだったようで、満足げな表情を浮かべている。

 

「ふぅ……どうにか耐えられた……。相手ももうギリギリのはず……次で決めるよ! バルディ! “りゅうのいかり”!」

 

 木の実の辛さでいまだ身体が熱を持っているバルディが両脚を開いて身体全体に力を込めると、大口を開けて咆哮し、口から衝撃波を放つ。

 フーディンは両手を交差させて守りに入るが、衝撃でビリビリと身体が震える。

 

「“つじぎり”!」

 

 相手の動きが鈍った隙にバルディは走り出す。

 これ以上長引かせては、レベルで劣るこちらがどんどん不利になっていくであろう事は容易に想像がつく。

 

「“サイコキネシス”だ!」

 

 対するシルバー側も黙ってやられるつもりは毛頭無い。

 ダメージと疲労で集中力は落ちているが、それでもフーディンの超能力はバルディを捉え、その動きを止めてしまった。

 止めようとするフーディンの精神力と、進もうとするバルディの筋力がぶつかり合う。

 だが、スフィンからの連戦と弱体化の影響は大きかった。

 次第にバルディの足が進み始め、ついに力任せに拘束を破って駆け出すと、跳躍と同時に右手の爪の先へ闘気で刃を作り出し、渾身の力でフーディンの身体を薙いだ。

 一瞬の静寂の後、フーディンが小さな呻き声を上げて膝をつき、前のめりに倒れてしまった。

 

「……フーディン、戦闘不能! キバゴの勝ち!」

 

 その勝利の宣言を聞き、右手の刃を誇らしげに高々と掲げ、バルディが何度目かの咆哮を上げる。

 

「や、やった……! バルディ格好良い!」

 

 しゃがんだツバキとバルディがハイタッチして喜びを分かち合っている一方、シルバーは柔らかい笑みを浮かべてフーディンをボールに戻す。

 

「ご苦労、フーディン。休んでてくれ」

 

 フーディンを労ってボールへ戻したシルバーを見て、ツバキとバルディは気を取り直して再度の戦闘態勢へ。

 

「(残ってる数はこっちが多いけど、スフィンもバルディもダメージが溜まってる。向こうは無傷の2体が残ってるし、油断したらあっという間にやられちゃう……!)」

 

「……本当に大した根性だ。俺もこんなバトルは嫌いじゃないからな、純粋に嬉しい。……さぁ、次のこいつ相手にはどんなバトルを見せてくれるんだ? ……行けっ、マニューラ!」

 

 シルバーの3番手は、ボールから飛び出すと足音も無く片脚の爪先で着地し、もう片方の足裏を接地させる時も砂利の音ひとつしない。

 頭部や首の赤い飾りを揺らし、鋭い爪を振って空気を裂く2足歩行のポケモン。

 かぎづめポケモンの『マニューラ』である。

 

 

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 思わずたじろいでしまう冷たいプレッシャーを放つ鋭い眼光に、ツバキもバルディも息を飲む。

 

「(つ……強そう……うぅん、強い! ゲンガーより、フーディンより……!)」

 

 イソラ達ほど戦いの空気に慣れているわけではないツバキですら、そのプレッシャーからマニューラが圧倒的な強敵である確信を抱く。

 両者合わせて8体のポケモンの内6体が出揃い、ツバキのトキワジム戦も中盤の終わりに差し掛かろうとしていた……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

先発のゲンガーで丸々1話使ってしまったので、その後のメンバーを1話内で2体以上倒してしまうと、結局ゲンガー以下という印象になってしまう…結果、なし崩し的に1体1話というスローペースに…。


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第79話:冷たい戦慄、マニューラ!

お待たせしました、第79話です!


 トキワジム戦に挑んだツバキは、先発のゲンガーをルーシアとの相討ちながら破った。

 次に出てきたフーディンは、スフィンの小柄な体躯を活かした立体機動と電撃による麻痺を駆使して翻弄し、交代で出したバルディで撃破に成功する。

 だが、シルバーの3番手であるマニューラの放つプレッシャーは前者2体を大きく上回り、底知れぬ不気味さを醸し出していた……。

 

 

 

「っ……」

 

 ツバキは顔を伝う1筋の汗に気付く。

 無論、暑いわけではなく目の前に立った強敵に対する緊張から来るものである。

 プレッシャーに加えて発散される冷気も合わせて、まさに文字通りの冷や汗といったところか。

 それはバルディも同じで、まだバトルが始まっていないにもかかわらず片時もマニューラから目を離す事ができない。

 バルディの場合、ドラゴンタイプである自身の天敵たるこおりタイプが相手という事を本能的に察し、プレッシャーをより強く感じているのかもしれない。

 

「さぁ、続けようぜ。ポケモンの交代は良いのか?」

 

「ぁ……は、はい! このままで!」

 

 ツバキの返答を聞いたシルバーはミラに目配せする。

 

「はい。それでは第3戦、マニューラ対キバゴ。バトル…………開始っ!」

 

 ミラによるバトル開始の合図が響くも、今度はツバキ、シルバー共にすぐには指示を出さない。

 バルディとマニューラは互いに睨み合い、一定の距離を保ったまま円を描くように立ち位置を調整する。

 

「(相手はこおりタイプ……あの爪の形からして、近付いて攻撃するのが得意なはず……。まずはどんな技を持ってるのか確認しないと……)」

 

 スフィンに交代しなかったのはこれが大きい。

 先のゲンガーやフーディンと異なる雰囲気をマニューラから感じ取ったツバキは、ともかく開始と共に先手を打ってきたこれまでの方針から一時切り替え、まず相手の出方を窺う事にしたのだ。

 くっつき針で持続ダメージを受け続ける今のスフィンは、この様子見に不向きと判断したわけである。

 

「(見た目のちまっこさに騙されそうになるが、あのキバゴはかなりパワーがある。打たれ弱いマニューラが迂闊に近付くと手痛い反撃を食らいそうだ……。やるなら一撃で瀕死かそれに近いところへ持っていく必要があるな……)」

 

 シルバー側もタイプ相性では有利ながら、バルディの腕力・筋力を警戒して隙を窺う。

 しかし、次第にバルディが痺れを切らしてきた事をツバキが察する。好戦的な性格が裏目に出てしまったと言えるだろう。

 

「(……動くならまず相手の足を止めないと……それなら今打てる手は……)」

 

 直感的なまでに即座に脳内に組み上げられていく作戦。

 今、ツバキはその直感に従う以外に活路を見出だす事はできないのだ。

 

「……バルディ、“りゅうのいかり”!」

 

 待ってましたとバルディが大きく口を開き、闘志を込めた衝撃波を放つ。

 

「チッ……“でんこうせっか”だ!」

 

 先に動かれた事で少々予定が前倒しにはなったものの、シルバーも戦術を構築して戦闘開始。

 マニューラはその場に残像を残して横へ駆け出し、衝撃波が残像に当たる頃にはすでにバルディの横腹へ爪による斬撃を叩き込んでいた。

 

「バルディっ! は、速い……! “ダブルチョップ”!」

 

 よろめきながらも片足でバランスを取って持ち直したバルディは、仕返しするかのように口から左右に突き出た牙にオーラを纏わせてマニューラへと向かう。

 だが、何度牙を振り回しても、ほぼ爪先だけでステップを踏み、バク転や宙返りも組み合わさったマニューラの軽快な回避動作にまったく追従できていない。

 そんな攻防を繰り返す内に、頭全体を振り回している影響でバルディの目が回ってきてしまった。

 

「くっ……! 一旦距離を取って!」

 

 一際大きく牙を振ってマニューラを追い払い、飛び跳ねながら後退。

 しかし、シルバーはその隙を見逃さない。

 

「逃がすな! “つららおとし”!」

 

 牙をかわして身の丈を大きく越えたジャンプをしたマニューラは、両手に冷気を纏わせる。

 そして、身体の前に集めた水分を凍結させて巨大な氷柱を作り出すと、踵を振り下ろしてバルディ目掛け勢いよく蹴り落とす。

 ふらついているバルディにこれを回避する事ができるか否か……。

 

「(……かわせない……! でも、かわせないならできるだけ壊すだけ!)“りゅうのいかり”!」

 

 息を吸い込んで吐き出すと同時に放つ衝撃波。

 が、いかんせんサイズが違いすぎて、表面が多少削れて落下角度がわずかに逸れたという程度。

 とはいえ、ギリギリながらも直撃コースは避けたため、あとは距離を取るのみ。

 10歩ほど走ったところで氷柱が地面に落下し、周囲に氷の破片がバラ撒かれ、砂埃が舞い上がる。

 

「バルディ、“つじぎり”!」

 

 飛んでくる破片を両手で弾き、極力被弾を避ける。が。

 

「“じごくづき”だ!」

 

「っ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 破片と煙に紛れて肉薄したマニューラが、右手の爪を揃えて突き出し、バルディの喉に思いきり突き立てた。

 破片に意識を集中していたバルディはこの一撃に対処できず、たまらず後ろへゴロゴロと転がってしまう。

 

「決めろ! “つららおとし”!」

 

 再度マニューラが冷気を纏う両手を揃える。

 

「“カウンター”!」

 

 しかし、技の準備に入ったその瞬間、尻尾で地面を叩いて跳ね起きたバルディが飛びかかり、頭を振りかぶってマニューラの側頭部に勢いよく牙を打ち付けた。

 

「何っ……! あの体勢からあれほどのジャンプ力を……!?」

 

 予想外の一撃をもらってしまったマニューラだったが、地面に激突寸前で受け身を取っての着地に成功し、2回転ほど転がってから起き上がると、牙をぶつけられた部分を撫でさすってバルディを睨む。

 

「(不意にマニューラの“じごくづき”を食らって立ち上がるどころか“カウンター”まで決めるとはな……。だが、あのキバゴは特別打たれ強いわけじゃない……ただ根性だけで立ってやがるんだ……!)」

 

 足元がおぼつかず、身体は左右に揺れ、それでも目だけは見開かれてマニューラを捉え続ける。

 シルバーはバルディを見た時に「根性がありそうだ」と言ったが、その根性が想定外なほどだったわけである。

 無論、それはただ負けん気が強いというだけではなく、トレーナーへ強い信頼を抱いているからこそ是が非でも勝とうと願い、その執念が根性となって身体を支えているのだ。

 

「(……似てるぜ、本当に。トレーナーもポケモンも互いに相手のために必死になって支え合おうとする…………フンッ、まるでお前を相手にしてるようだぜ、ゴールド……!)」

 

 思い出すのは、かつて幾度もポケモンバトルを重ね、その都度「力のある奴が本当に強い」という自分の思想に影響を与えてきたライバルの顔。

 強いポケモンを揃えて何度バトルしても、彼が絆を結んだポケモン達はそのさらに上を行っていた。

 それが何度も何度も繰り返される内、シルバーは己の思想が揺らぎ、そして新たな信念が生まれた事に気付かざるをえなかったのだ。

 

「(……だが、今俺はお前と……あの時のお前達と同じ場所に立っている……! 俺はもうポケモンを強さを誇示する道具だなんて思わない……! 俺は勝つ! こいつらと一緒に勝って勝って勝って……自分達の限界を超えて見せる!)」

 

 思い起こしたライバルの姿が、シルバーの闘志をさらに燃え上がらせる。

 

「……勝つぞマニューラ! “でんこうせっか”で攪乱だ!」

 

 一層奮起したシルバーの闘志を受け、マニューラが瞬時に加速してバルディの周囲を駆ける。

 まるで“かげぶんしん”を使ったかのように残像を残して走り回るマニューラの圧倒的なスピードに、バルディはとても目が追いつかない。

 

「落ち着いて! “りゅうのいかり”で周りを攻撃!」

 

 周囲を走るマニューラに対し、バルディもその場で回転しながら衝撃波を連続して放つ。

 速度に優れる相手には一点集中よりも範囲攻撃が有効なのは言うまでも無い。

 一方、広範囲を攻撃できる技はそれだけ隙が大きくなりやすく、エネルギーの消費もかさむ傾向にある。

 こうなると単純に当てるか当てられるかの勝負となり、ダメージの大きいバルディと、走り続けるマニューラの体力のどちらが先に尽きるか、である。

 しかし、ついにバルディの射線とマニューラの移動ルートが重なる瞬間が訪れる。と、思われたその時だ。

 マニューラの身体から眩い光が放たれ、バルディの視界を奪ってしまったのだ。

 

「うっ……!?」

 

 ツバキも思わず右腕で顔を覆う。

 目潰しを食らったバルディは攻撃まで一瞬の間が空き、衝撃波はマニューラの遥か後ろを虚しく通りすぎてしまう。

 そして、バルディが目を開くとそこにはもうマニューラの姿は無く、代わりに頭上から強い冷気が降り注ぐ。

 

「……ぁ……」

 

 見上げればそこには巨大な氷柱が形作られ、バルディへと落下を始めていた。

 元々のダメージの蓄積でふらついていたところへ、光による目潰しまで食らってしまっては、もはや根性だ回避だの話ではない。

 バルディはロクに動く事もできず、あえなく氷柱の落下に巻き込まれてしまった。

 

「バルディっ!!」

 

 もうもうと立ち込める煙が次第に晴れ、その中から仰向けになって目を回しているバルディの姿が浮かび上がった。

 

「……キバゴ、戦闘不能! マニューラの勝ち!」

 

 ツバキはバルディに駆け寄り抱き起こすと、その頭を優しく撫でながらモンスターボールを取り出す。

 

「……ありがとう、バルディ。よく頑張ったね。あとは任せて」

 

 敗れはしたものの、フーディン、マニューラと遥か格上の相手との立て続けのバトルであった事を思えば、バルディの善戦ぶりは十分に称賛に値するものであろう。

 バルディの奮戦を労い、ボールに戻したツバキはフィールドの端へと戻ると次なるポケモンのボールを取り出しながら考える。

 

「(……でも、さっきの光はなんなんだろう……“フラッシュ”って技はあるらしいけど、マニューラは覚えるのかな……?)」

 

 と、そこでツバキは気付いた。

 目を凝らしてフィールドを見ると、わずかにキラキラと光っているのだ。

 砕けた氷の欠片かとも思ったが、光を反射しているのではなく、まるでそれ自体が光を放っているかのよう。

 

「(……もしかして……光の粉……!)」

 

 光の粉とは、その名の通りに光を放つ不思議な粉末の入った袋であり、ポケモンに持たせておくとまれに中身を撒いて相手の目を眩ませる事ができる道具だ。

 レンタルアイテムの保管庫でイソラから道具の説明を受けた時、ツバキもポケモンに持たせようかと散々迷ったのである。

 

「(……ごめん、スフィン……もう少しだけお願い……!)……行って! スフィン!」

 

 投げ入れたボールからスフィンが飛び出してマニューラと対峙するが、当然の事ながらくっつき針は付いたままである。

 出てきたのがスフィンである事を確認したシルバーは、ミラの方を向いて催促する。

 

「ミラ、針を付けたままで待たせるな」

 

「はい。では、マニューラ対デデンネ。バトル開始っ!」

 

 バトルスタートの合図と同時に両者が動き出す。

 

「“10まんボルト”!」

 

「“でんこうせっか”!」

 

 スフィンの電気袋が帯電を始めるが、次の瞬間には背後に回り込んでいたマニューラの回し蹴りが入り、丸い身体で転がってしまう。

 それでも起き上がって電撃を放ったが、すでにそこにマニューラの姿は無い。

 

「(やっぱり速い……! “ほっぺすりすり”で麻痺させられれば行けそうなんだけど、あんなに速くちゃ当てるのも……フーディンほど“かいでんぱ”も効かなそうだし……)」

 

 “かいでんぱ”でフーディンに頭痛を起こす事ができたのは、相手が人間のそれを遥か上回る驚異的な頭脳を持っていたおかげであり、特殊攻撃をほとんど使わないマニューラには効果が薄い。

 

「(あとマニューラに対抗できる手は……)」

 

「“つららおとし”だ!」

 

 ツバキの考えている間にもシルバーからの攻撃の手が緩む事は無い。

 瞬時に凍結した水分が生み出す氷柱が今度は2本。しかも大きい。

 小さくすばしっこいスフィンへの対策として、より広範囲をカバーできるだけの大きさで圧殺するといったところか。

 時間差で落下してくる2本の氷柱。

 

「よけて!」

 

 スフィンは氷柱の形と大きさを観察し、これをかわす方策を考えると走り出した。

 そして、ある程度進むと急停止し、そのスフィンの真後ろに1本目が落下し、破片を撒き散らす。

 だが、スフィンは構わずその破片の散る中へとUターンしていくではないか。

 

「なっ……!?」

 

「ええっ!?」

 

 この行動にはシルバーどころか回避を指示したツバキ自身も驚いてしまう。

 一呼吸おいて2本目も落下し、同じように破片と煙が辺りを満たしていく。

 

「(……あのデデンネ、まさかこれが狙いか……!)」

 

 フィールドを覆う煙で、トレーナーもポケモンもまったく視界が利かない。

 “つららおとし”で仕留められればよし、かわされても巨大な氷柱の回避に必死になって効果範囲から抜け出したところへ追撃を……そう考えていたシルバーの目論見を知ってか知らずか、スフィンは危険を顧みずにこの氷柱の崩落の中へと飛び込んでしまったのだ。

 なにしろ相手は0.2mという極めて小さなポケモンだ。

 いまだ氷柱が音を立てて崩れている中、そんな小さい相手を立ち込める煙と大小様々な破片の中で見つけるのは至難の業である。

 一方のスフィンは、崩落に巻き込まれる危険は大きいが、破片の陰や煙の隙間からマニューラを捉える事自体に苦労は無いだろう。

 マニューラは視線が向けられている事は察しつつも、それがどこから向けられているのかがわからない。

 

「……スフィン……こんな危ない事まで…………うん……スフィンの勇気……応えて見せるよ! スフィン! “10まんボルト”!」

 

 耳に届いたツバキの指示に応じ、煙の中から電撃が伸びてマニューラを襲う。

 だが、そこはバトル慣れしたマニューラ。すぐさま伏せの体勢を取って電撃を回避して見せる。

 そこへ地面に突き立った氷柱が崩れ、大きめの破片が落ちてきた。

 

「バックステップ!」

 

 背面飛びで立ち上がったマニューラは、落下する破片を軽やかに回避していく。

 だが、その時……目が合ってしまった。

 一際大きな破片の上に乗っていたスフィンと。

 

「“じゃれつく”!」

 

 目を丸くして一瞬思考の停止したマニューラの顔に飛びついたスフィンは、耳を引っ張ったり尻尾で顔面をひっぱたいたりと暴れ放題。

 

 

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 あくタイプであるマニューラにフェアリータイプの“じゃれつく”は効果抜群である。

 

「“じごくづき”!」

 

「“10まんボルト”!」

 

 マニューラは左手でスフィンの長い尻尾を掴んで放り投げ、空中で無防備となったその身体に、束ねた爪で貫手を叩き付けた。

 が、それと同時にスフィンが身体から放電し、マニューラを感電させる。

 これだけ至近距離での電撃ならば、光の粉が発動しようがしまいがかわしようが無いだろう。

 最後っ屁としてありったけの電撃を浴びせたスフィンが宙を舞い、地面に落下した後ゴロゴロと力無くツバキの元へ転がる。

 

「スフィンっ! ……うん、頑張ってくれてありがとう」

 

 目を回すスフィンを腕に抱いて、ツバキは優しく労う。

 

「……デデンネ、戦闘不能! マニューラの……」

 

「待て」

 

 マニューラの勝利を宣言しようとしたミラを制し、シルバーがそのマニューラの方へと顎を動かす。

 ミラがそれに従って視線を向けると、マニューラは“じごくづき”をした姿勢のまま息を荒くして立っており、そのまま仰向けに倒れてしまった。

 マニューラは元々打たれ強いポケモンではなく、どちらかと言えば脆い部類に入る。

 “カウンター”、“じゃれつく”、“10まんボルト”と受けてギリギリまで立っていたのは、むしろよく耐えたとすら言えるだろう。

 

「……! マニューラ、デデンネ、共に戦闘不能! 引き分けです!」

 

 なんと本日2回目の引き分け。

 残るポケモンは両者1体ずつであり、必然的にエース同士のバトルでの決着となる。

 

「よくやったマニューラ。休んでいてくれ」

 

 マニューラをボールへ戻し、同じようにスフィンを回収していたツバキへと目を向けるシルバー。

 その視線に気付いたツバキも立ち上がり、互いに睨みを利かせ合う。

 

「とうとう最後の1体だな」

 

「はい」

 

「……強いチャレンジャーはまぁ、それなりにいた。そいつらとのバトルも面白かった」

 

 「だが」と間をおいたシルバーは、一旦目を閉じてから、口元に笑みを浮かべながら瞼を持ち上げる。

 

「……ここまで熱くて楽しいのは久しぶりだ! お前はまだまだ青臭さも素人感も抜けていない。なのに、こんなにも俺に食らいつき、俺をこんなに楽しませてくれている……まったく、不思議だよな。ふっ……そう、このアンバランス……歪さ……何が起きるかわからない不確定な瞬間の連続……これがポケモンバトルの醍醐味だ……!」

 

 その笑顔は心の底からの楽しさが表面化したかのようで、目の鋭さなどは気にならないほどに邪気というものが無い。

 

「……わたしも最初の頃は強い人とのバトルは怖くて、気後れして、でもワクワクして……不思議な気分でした。でも今はすごく楽しいんです! ポケモン達と繋がってるのがすごく近くに感じられて、相手もポケモンととっても仲が良いんだってわかるんです!」

 

 それに応じるかのように、ツバキも満面の笑みを浮かべ、旅の初期と今の心境の変化を語る。

 もはやここに立っている2人の関係性は、ジムリーダーとチャレンジャーのような形式ばったものではなく、ただただ純粋にバトルを楽しむ、単なるポケモントレーナーのそれとなっていた。

 その時、シルバーが腰に身に付けているボールの1つが揺れ始める。

 

「っ! ……そうか……お前も戦いたいんだな、こいつらと」

 

 すると、シルバーは構えていたボールを下ろし、代わりに揺れていたボールを外してツバキへとむける。

 

「ツバキ。悪いが、この最後のバトル……ジムリーダーとしてのポケモンじゃなく、ポケモントレーナー・シルバーとしてのポケモンを使わせてもらう……!」

 

「はいっ! わたし達も、わたし達の持てる全部で力の限り戦います!」

 

 ボールを構えた2人は目線をぶつけ合い、示し合わせたかのように同時にフィールドへと投げ入れた。

 

「お願いっ!」

 

「頼むぞっ!」

 

 ボールから飛び出した2つのシルエットが、地と空に分かれて今、対峙する……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきましてありがとうございます!

不覚ながらまたしても体調を崩してしまいました…。
今のままだと月に4、5話くらいしか更新できないのでどうにかペースを上げたいのですが、序盤とは比較にならない終盤強敵とのバトルとなると、どうしても描写に気を遣う必要が出てきてスランプ頻度が上がってしまいましてね…むろんペースアップの努力はしていきまする。


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第80話:天地激突!互いの信念を懸けて!

こうしんがない ただのしかばねのようだ

ところがぎっちょん!生きてるんだなぁ!
はい、というわけで長らくお待たせしました。何度も文章消してやり直し繰り返してたらこんなに経ってしまっておりました第80話です!


 シルバーの3番手として現れたマニューラは、そのスピードを以てツバキを翻弄する。

 バルディとスフィンの2体をマニューラによって破られながらもその撃破に成功し、とうとうお互い最後の1体の激突となる。

 ジムリーダーではなく、1人のポケモントレーナーとしてバトルを楽しみたいシルバーは自身のとっておきのポケモンを繰り出し、ツバキもそれに応じてエースポケモンで迎え撃つ……。

 

 

 

「お願いっ! ポポくんっ!」

 

「頼むぞ、オーダイル!」

 

 フィールドに投げ込まれた2つのボールから現れたシルエットの内、1つは大きな翼を広げて空へと舞い上がり、もう1つは咆哮と共に地面を踏みしめる。

 

 

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 ツバキの繰り出したポポとシルバーの繰り出したオーダイル。天地に分かれた2体は、互いに闘志燃える瞳で睨み合う。

 

「ん……」

 

 そこでシルバーはポポの右脚に取り付けられたリングと、そこに嵌まった虹色の石に気付く。

 

「……そうか、メガシンカをモノにしたのか」

 

「モノにした……そう言えるかもしれません。わたし達自身は考えすぎてたところをスッキリさせたくらいの感覚ですけど……」

 

 少し考えてからそう語るツバキを見たシルバーは、小さな笑い声を溢すと、紐を通してペンダント状になった青い宝石のような物を懐から取り出した。

 

「お前のポケモンだけ持ち物が明らかなのはアンフェアーだな。……こいつは神秘の雫。ポケモンに持たせる事で水を扱う能力を向上させ、みずタイプ技を使った時に与えるダメージを増加させる持ち物だ。オーダイル」

 

 シルバーから神秘の雫を投げ渡されたオーダイルは紐を首にかけ、それを見届けたシルバーがミラに視線を向ける。

 気付いたミラも頷き、最後のバトル開始の合図をすべく右腕を掲げた。

 

「それでは、トキワジム最終戦……オーダイル対ピジョット。バトル……開始っ!」

 

 バトルがスタートしてもシルバーはすぐには動かず、その意図を察したツバキはメガペンダントを取り出してしっかりと握る。

 

「……行くよ、ポポくん。今のわたし達の重ねた想いも、力も、全部……シルバーさんにぶつけよう! ポポくん! メガシンカ!」

 

 ペンダントから溢れた光が煙のように立ちのぼり、同じようにポポから溢れ出た光と絡み合ってポポの身体を包み込んだ。

 大型化したシルエットが翼を振るい、光の衣を脱ぎ捨てて粒子を飛散させる。

 

 

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 黄色とピンクで彩られた飾り羽を靡かせ、己を見上げるオーダイルを甲高い鳴き声で威圧するが、オーダイルも負けじと睨み返してきた。

 

「……見事、と言わせてもらうぜ。だが、それだけで俺のオーダイルに勝てると思うなよ! 行くぞ! “アクアブレイク”!」

 

 強靭な脚で飛び上がったオーダイルが両手の爪を水流でコーティングし、右手から順にX字状に振り下ろすと、その斬擊の軌跡に沿って水圧の刃が飛ぶ。

 

 

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「“でんこうせっか”!」

 

 ヒュッという空気の揺れる音と共にポポが一瞬にして急上昇し、かわされた水圧カッターが背後にあったジムの壁に爪跡を刻み込むと同時に、いまだ空中に留まっていたオーダイルの横腹へポポの放った高速の体当たりがヒットした。

 以前は背後からの“でんこうせっか”を片手で受け止めて見せたオーダイルだが、今回はポポ側の著しい速度向上もあってわずかに反応が遅れて直撃を許してしまった。

 それでも空中でバランスを取り直し、しっかり脚から着地するのはさすがである。

 

「前にバトルした時点でスピードはかなりのものだったが、さらに磨きをかけたな。なら前回同様、こっちもスピードを上げさせてもらう! “こうそくいどう”!」

 

 オーダイルが左右にステップを踏んだかと思うと、見る見る内にその速度が上がり、足腰の筋肉を最大限に活性化させる。

 オーダイルは重量感のある身体からは想像もできない軽やかなステップでポポを挑発して見せた。

 

「……もう1度“でんこうせっか”!」

 

「迎え撃て! “れいとうパンチ”!」

 

 真横へ高速で飛び出したポポに対し、オーダイルは右手に冷気を込めて待ち構え、背後に気配を感じ取ると反射的にその場で小さく飛び跳ねて180度回転し、拳から前腕全体を冷気で覆うと、ストレートではなくラリアットのように右腕を振り回す。

 予感的中。振るった腕は見事ポポの横っ面を殴りつけ、その身体を軽く吹き飛ばしてしまう。

 だが、ポポも決して負けてはおらず、翼と尾羽をいっぱいに広げて制動をかけると素早く体勢を立て直して再度突進し、腕を振り抜いて隙のできたオーダイルに激突してよろめかせた。

 バトルが始まったばかりだというのに、まるで力比べのように互いに全身でぶつかり合う。

 そんな激突を何度か繰り返した両者は一旦距離を取り、それぞれのトレーナーの前へと戻っていく。

 

「(ポポくんのスピードにあんなについてこれるなんて……!)」

 

「(オーダイルのパワーとこれだけやり合えるとはな……!)」

 

 お互い、自分のポケモンが得意とするバトルスタイルに相手が食らいついてくる事に驚きつつ、それすらも楽しんでいる。

 

「(“アクアブレイク”、“こうそくいどう”、“れいとうパンチ”……たぶん残り1つは……)」

 

 相手の技の最後の1つに、ツバキは心当たりがあった。

 前回のバトルで、“ぼうふう”を撃ち貫いた上でその先にいたポポまでも一撃の元に撃墜した、みずタイプ最強の大技……“ハイドロカノン”。

 後からイソラに教えてもらった事だが、あの技は威力が絶大な一方でエネルギーの消耗が激しく、身体にかかる負担も大きいために連発できず、使用後はしばらく動く事もままならないリスキーな一面を持っているのだという。

 

「(つまり、使ってくるのは確実にこっちに当てて……倒せる時!)」

 

 そうなると遠距離攻撃は“アクアブレイク”で飛んでくる水圧カッターくらい。

 相手も追いつきつつはあるがスピードに関してはまだこちらが1歩リードしている現状では、“れいとうパンチ”はかわそうと思えば行けるだろう。

 それらをかわす過程で動き回っていれば、自然と“ハイドロカノン”は撃ってこないようになるはずだ。

 逆に言えば、それらを受けて動きが鈍ってしまえば、あの一撃必殺に等しい威力の水圧砲が躊躇無く撃たれるというわけだ。特に氷状態になりうる“れいとうパンチ”は極めて危険である。

 “こうそくいどう”でさらにスピードが強化される前に決着をつけたいところだ。

 

「ポポくん、“すなかけ”!」

 

 視界を奪う事さえできれば、このバトルはかなり優位に立ち回れる。そう考えたツバキの指示で、ポポが大きな翼を振り下ろし、オーダイル目掛けてフィールドの砂を巻き上げる。

 だが、そんな単純な手が効くならば苦労はしないものだ。

 

「“アクアブレイク”から“れいとうパンチ”だ!」

 

 左手の爪に水を、右手の拳に冷気を纏わせたオーダイルは、まず左手を全力で振り下ろして洪水のように多量の水分を飛ばし、砂の大部分に水を含ませると、今度は手刀で横方向に切り払うような動きで右腕を振るう。

 すると、砂だった物は拡散した冷気で凍結し、ロクに飛距離を稼げぬまま小さな氷の粒子へ変化して空中で砕け散ってしまい、後にはキラキラとした破片が舞うのみとなった。

 これをものの2、3秒でやってのけたのだから怪物じみている。

 

「(す、砂が一瞬で氷にされちゃった……!)」

 

 少々オーダイルの“れいとうパンチ”を甘く見すぎていたかもしれない。腕力に物を言わせて、冷気を乗せた風圧すらも武器にしてしまうとは。

 通常よりも腕を大振りにしなければならない上、射程も大した事はないとはいえ、なかなかに厄介な特技を持っている。

 スカーレットのミミロップといい、彼らほどの手練れとなると“れいとうパンチ”1つ取っても本来の用途と違う使い方をしてくるという事か。

 

「今度はこっちから行くぜ! “アクアブレイク”!」

 

 再度両手に水流を纏わせたオーダイルは、“みだれひっかき”の如く連続してガムシャラに腕を振り回す。

 当然、水圧カッターもその分だけ生成され、無数の水の刃がホバリングするポポに襲いかかってきた。

 

「(数が多すぎるし、あちこち飛びすぎてる……! かわすのはむしろ危ない!)……“ぼうふう”で守って!」

 

 ポポは光で覆って大型化した翼をはためかせて周囲の空気の流れを前面に集中させ、風の壁を作り出す。

 高い切断力を持つとはいえ、所詮は水である“アクアブレイク”のカッターは吹き荒れる風に遮られて縮小し、やがて霧散していった。

 ……ちなみにツバキはシルバーのオーダイル以外の“アクアブレイク”を知らないので当然のように受け入れているが、本来は爪や指の先に作った水の刃で切りつける近接攻撃であり、水圧カッターを遠距離へ飛ばす技ではない。

 これもまた“れいとうパンチ”同様、元々の用途の枠を超えた技へ昇華されていると言えるだろう。

 

「そのまま“ブレイブバード”!」

 

 翼の動きを一旦停止して後方へ宙返りをしたポポは、ぐんぐん加速して自ら張った風の壁を突き抜け、全身を鳥のような形のオーラで覆い、オーダイル目掛けてまっすぐに突撃していく。

 

「速いな……! 受け止めるぞ! “アクアブレイク”の水流を使え!」

 

 シルバーからの指示で、オーダイルは両手を手袋やグローブのように水を集中させて覆い、足でしっかりと地面を踏みしめて強力なオーラを纏うポポを迎撃する。

 ポポの勢いは凄まじく、激突と同時にオーダイルの身体は押し出され、踏み込んだ地面に深い跡が掘り込まれていく。

 だが、オーダイルのパワーはその勢いに勝利した。

 オーラと水流は互いを蒸発させ合っていたが、とうとうそのオーラを破ってオーダイルの両手がポポの両翼を捕らえたのだ。

 

「あっ……!?」

 

「そのまま地面に叩き付けろ!」

 

 翼の付け根を掴んだままポポを持ち上げたオーダイルは、その身体を勢いよく地面へ振り下ろし、腹から叩き付けた。

 あまりの勢いにポポの身体はバウンドし、本人の意思とは関係無く宙を舞う。

 

「ポポくんっ!」

 

「“れいとうパンチ”だ!」

 

 そして、その無防備なところへ冷気を纏った右ストレートが打ち込まれ、ポポは盛大に回転しながら吹き飛ばされてしまった。

 

「もう一撃!」

 

 まだまだ追撃の手は緩めない。

 地面を蹴ったオーダイルは、冷気放つ拳をさらに打ち込もうと、飛ばされるポポに追い縋る。

 そして、右腕を大きく振りかぶった瞬間。

 

「“すなかけ”!」

 

 ポポはカッと目を見開いて、地面側にあった左翼の先端で砂を掻きながら振り上げる。

 何枚もの羽で掻き出された砂が舞い、オーダイルの顔面を直撃すると、オーダイルはたまらず技を中断して顔を押さえる。

 

「あの体勢から“すなかけ”だと……!?」

 

「“ブレイブバード”!」

 

 翼を前面に振るって風を起こす事で急停止したポポは身体を回転させながら上昇し、しっかりと狙いを定めると再度弾丸のようにオーダイルへと突進する。

 両手で顔を押さえて悶絶するオーダイルは、抵抗らしい抵抗もできないままに“ブレイブバード”を腹に受け、初めて全身で地面へ倒れ込んでしまう。

 

「チッ……! 水で洗い流せ!」

 

 オーダイルは“アクアブレイク”の要領で爪に水分を集めて上空に水を撃ち出すと、重力に従って落ちてきた水で目を洗い始めた。

 パチパチとまばたきして洗浄を終えたオーダイルが立ち上がると、シルバーもホッと一息。

 

「(こいつは気が抜けないな……わずかでも隙を見せれば、あのスピードで怒涛の連続攻撃が襲ってきやがる。ここまで“すなかけ”を厄介に感じる日が来るとは思ってなかったぜ……!)」

 

「(あっという間に“すなかけ”を打ち消された……! なんてみずタイプらしいやり方……! ……基本的にもう“すなかけ”は効かないと思った方が良いかも……)」

 

 ツバキもシルバーも、自身の予想を越えてくる相手の発想力に脱帽し、同じ手は通用しないであろうと次なる戦術を練り上げる。

 

「……“アクアブレイク”!」

 

 交差させた両腕を開くように振るい、元通りの位置に戻っているポポへと水圧カッターを飛ばすオーダイル。

 

「“でんこうせっか”でよけて!」

 

「今だ! 接近しろ!」

 

 ポポが加速して上空へ飛び上がる回避動作を取った瞬間、オーダイルも走り出してカッターの後を追う。

 

「“れいとうパンチ”だ!」

 

 そして、ポポが飛翔してカッターを回避したその時、その後に続くように走っていたオーダイルが右腕を振り回した。

 

「っ! ポポくんよけて!」

 

 だが、カッターに気を取られていたポポは反応が遅れ、強力な冷気を秘めた風圧に煽られてバランスを崩してしまった。

 どうにか精一杯翼を振るって着地できたが、どうもこの“れいとうパンチ”の風圧、さながら“こごえるかぜ”のような効果も持ち併せているようで、ポポの翼の表面に霜が付いてしまっている。

 鍛え抜かれた技の冴えと、オーダイルの腕力だからこそ実現した副次効果というわけだ。

 

「っ……!(これ……何度も受けると危ない……!)」

 

 幸い本家よりも影響力は弱いようだが、それでも若干ポポの動きが鈍ってしまっているのだ。

 これを2回3回と食らえば翼を動かす事もままならず、飛行すらできなくなると考えて良いだろう。

 

「続けて行くぞ! “れいとうパンチ”!」

 

 オーダイルはポポへ駆け寄りながら、両腕を右に左にと順番に振り回して冷風を飛ばしてくる。

 前述した通り、腕が大振りになるのでそこまで連射速度は早くないが、危険な攻撃である事には変わり無い。

 

「“でんこうせっか”!」

 

 このままでは動き出しが遅いが、そこは“でんこうせっか”によって最大限に引き出される瞬発力でカバー。

 素早く飛び上がり、バレルロールや旋回、急降下等を組み合わせて吹きつける冷風の塊を回避していく。

 だが、当然の事ながら近付けば近付くほど相手から射出されてからのタイムラグが減り、かわすのは困難になっていくもので、次第に翼の先端を掠めそうになるため、結局一旦距離を取る事に。

 しかし、ここでこの回避し続けるという行動が、明確な結果として実を結んだ。

 

「(……! チッ、時間をかけすぎたか……!)」

 

 “アクアブレイク”、そしてこの“れいとうパンチ”というオーダイルの主力技2つには共通する動作がある。それは、腕を大きく振るという事。

 シルバーのオーダイルはかなりスタミナがある方だが、すでにこのバトルが始まってから左右合わせて80回以上は振っており、さすがに腕と肩が疲れてきたようでだんだんと振るスピードが落ちてきているのだ。

 ツバキとしては突破口を見出だせないので回避に専念していたのだが、それが思いがけず相手の疲弊を招いたのである。

 そしてシルバーからすれば、これまでのバトルはその多くが今の半分ほどの時間で終わっていたため、この事態は本来想定していたオーダイルのバトル時間をオーバーしたが故に起きた計算のズレというわけだ。

 

「(ったく……いつもは勝つにしても負けるにしても、もっと早く決まってるってのに、ここまで白熱するとはな……! ……だからこそ面白い!)」

 

 今はそんなズレすらも面白い、楽しい。

 放浪のトレーナー時代に経験した数多の強豪達とのバトルのように、立場にも時間にも囚われずにひたすら全力をぶつけ合うのが楽しくてたまらない。

 

「……オーダイル! 少しセーブするぞ!」

 

 シルバーの指示を受けたオーダイルは、両腕を軽く折り畳んで身体の前で構える、迎撃を重視したファイティングポーズを取る。

 この構えは大きく振りかぶるストレートより威力は落ちるが、非常に早くジャブを打つ事ができるため、“こうそくいどう”を使ったオーダイルの反応速度ならば“でんこうせっか”で攻撃されても咄嗟の反撃が間に合う。

 “れいとうパンチ”の威力と攻撃範囲を抑え、近接攻撃を仕掛けてきた相手を素早い反撃で凍結させる戦術に切り替えたわけだ。

 相手が唯一の遠距離技である“ぼうふう”を使ってきたなら、その間は風のコントロールのために移動はできないので、そこに“ハイドロカノン”を撃ち込めば良い。

 耐久力ではオーダイルに分がある以上、この戦術ならば体力の消耗を差し引いても優位に立った上でバトルを進める事ができる。

 

「……くっ……!」

 

 ツバキはまばたきも忘れて、ごくりと息を飲む。ツバキにも理解できるほどに、オーダイルの構えには隙という物が見られないのである。

 シルバーの個体は“アクアブレイク”も“れいとうパンチ”も中~遠距離の攻撃が可能になっているので忘れがちだが、鋭い牙と爪、逞しい手足、そしてガッシリとした体格などからも察せられる通り、本来オーダイルは近接戦闘でこそ真価を発揮するポケモンなのだ。

 オーダイル自身、自分の身体の得意とする戦い方を本能で理解している上、シルバーも決してその点の修練を疎かにはしていない。

 それがこの隙の無い構えとして表れ、ツバキの手出しを躊躇させている。

 

「(……だいぶダメージを与えたはずだけど、たぶんポポくんの方が危ない。“アクアブレイク”も何度か掠ったし、“れいとうパンチ”も受けちゃってる)」

 

 ……という理屈もあるにはあるが、実のところメガシンカの影響か、ポポの感じているらしき疲労感をツバキも感じ取っている。

 そして、そこから導き出された結論は、ズバリ「もう後が無い」である。

 ここから反撃体勢を整えている相手に対し、馬鹿正直に正面から接近戦を挑めば、体力差で押し負けるのは目に見えている。

 

「(……そうなると残った手は……一か八かあれしか無い、かな……)」

 

 そのままでは接近戦ができないとなれば、使える技は1つ。“ぼうふう”だ。

 だが、考え無しに使えばそれは間違い無く相手の“ハイドロカノン”を誘発して致命的なダメージを受けるため、一工夫が必要となる。

 しかもツバキの『工夫』は、それでもなお分の悪い賭けでしかないのだ。

 ツバキは最後のジムバトルでまでこれまで同様のイチバチの賭けに出なければならない事に苦笑しつつ、顔を上げてポポを背中に声をかける。

 

「……ポポくん!」

 

 ツバキからの呼びかけにわずかに首を動かしたポポはその意図を察してか、すぐに視線をオーダイルへ戻し、尾羽をパタつかせて返事の代わりにする。

 

「……うん! ポポくん、“でんこうせっか”!」

 

 その指示が聞こえた瞬間、ポポはバサバサと大きく羽ばたき、急加速してオーダイルへ全身で向かっていく。

 オーダイルは脚幅を広げて身構えるが、そこをシルバーが制止した。

 

「待て、動くな! ……横に逸れる……?」

 

 最初はまっすぐオーダイル目掛けて進んでいたのが少しずつ左へ逸れていき、そのままオーダイルの横を通過してしまった。

 

「(……“ぼうふう”……! “でんこうせっか”のスピードで攪乱して、こっちの“ハイドロカノン”発射態勢が整う前に片をつける気か!)」

 

 両者スピードに優れたポケモン同士のこのバトルでは、正面に撃つのと背後へ身体ごと振り向いてから撃つのとでは所要時間の差がより大きく影響する。

 これだけの高速戦闘となれば対応の一瞬の遅れが命取りとなるなど、さほど珍しい事でもない。

 だが、後ろ脚の発達したオーダイルの中でもシルバーの個体は特に運動能力を重点的に育てられており、片脚を軸に素早く方向転換する事など造作も無い。

 これまでもスピード自慢のポケモンは幾度も相手にしてきたが、オーダイルのその機敏さとパワーで打ち破ってきたのだ。

 

「……そこだ! “ハイドロカノン”!」

 

 右斜め後方の上空にポポの姿を捉え、右脚だけで立ったオーダイルはその場で回転し、間髪入れずに四つん這いになって射撃態勢を取る。ガッシリとした体格からは想像もつかないこの見事なバランス感覚には、その太い尻尾も大いに貢献しているのだ。

 さて、それはさておき、すでに周囲の風を操って自身を中心とした暴風域を作り出しつつあるポポに対し、オーダイルの開いた大口へは急速に水分が集められている。

 先に放たれるのは風か。水か。

 

「……発射だっ!!」

 

 結果は水。

 圧縮された水がカノン砲と見紛う高圧水流となって発射され、風のカーテンを突き進んでいく。

 ツバキが口を開いて何事か叫んでいるが、騒音に掻き消されてシルバーには聞こえない。

 結局は“ぼうふう”を破った“ハイドロカノン”でポポが撃墜される、前回とまったく同じ終結を見る。

 そう思われたその時、シルバーは異常に気付いた。

 

「…………? な……なんだ……あれは……!?」

 

 “ハイドロカノン”がヒットした“ぼうふう”の真ん中が渦を描き、そこへ2つの技が吸い込まれていく。

 

「ま……まさか……!?」

 

 言うまでも無い。この状況を作っているのは暴風域の中心にいるポポだ。

 ロケット団アジトでドラピオンとバトルした時のように、“ブレイブバード”のオーラを纏いながらドリルの如く回転するポポの周りで風が逆巻き、それに巻き込まれる形で“ハイドロカノン”の水も巻き上げられているのだ。

 

「もっと! もっと!! もっと!!! 空気も! 風も! 水も! 全部を巻き込んで!!」

 

 ツバキは高く掲げた右腕を振り下ろすと同時に、最後の指示を力の限り叫んだ。

 

「“ブレイブバァァーーーードォォッッ”!!」

 

 風と水とオーラの3つが高速で絡み合って螺旋を描き、天井ギリギリにまで上昇。カクンと先端がオーダイルを捉え、急降下する。

 “ハイドロカノン”の反動で身体の自由が利かないオーダイルに、これをかわす術など存在していなかった。

 真っ向から“ハイドロカノン”を受け止め、それすら己の力に変えて生み出した巨大な渦……名付けるならば。

 

 “勇気の大渦(ブレイブ・シュトローム)

 

 一歩間違えば力とするどころか己の身を滅ぼす事になるであろう、捨て身の戦法。

 覚悟と勇気が形となった渦の中へ飲み込まれかけたオーダイルがやっとの思いで左目を開くと、その膨大なエネルギーの奔流の奥から、ポポがまっしぐらに突撃してくるのが見えた。

 自身をしっかりと見据えるその瞳に宿る炎は、バトルへの闘志であり、トレーナーへの信頼であり、そしてトレーナーと共有する信念。

 それを見てとったオーダイルは、目を閉じて満足げな笑みを浮かべ、光の中へと消えていった。

 視覚も聴覚も使い物にならないフィールドの状況。

 ツバキ、そしてシルバーも、無駄と知りつつもそのフィールドから目を離せない。

 それはイソラとミラも同じであり、眩い光と旋風が支配するフィールドを見守り続けていた。

 

「(どっちだ……!?)」

 

「(立っているのは……!)」

 

 どちらが立っていてもおかしくはないし、どちらも倒れていてもおかしくない。

 故に、誰もが一刻も早く状況を把握しようと、目を凝らしてフィールドの中の様子を窺っている。

 徐々に目が慣れてくると共に、光が薄くなってフィールドが鮮明に見えてきた。

 全員の目に飛び込んできたのは、背中合わせに立っているポポとオーダイルの姿だった。

 

 

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 どちらも脚が震え、肩で息をしている状態。

 次の瞬間、オーダイルが一際大きな咆哮を上げると、最後の力を使い果たしたかのように膝をつき、うつ伏せに倒れ込んだ。

 ポポは両翼を地面につき、プルプルと震えながらも決して胴を接地させようとはしない。

 

「……おいっ!」

 

 シルバーに声をかけられ、我に返ったミラが慌てて腕を振り上げる。

 

「っ! オ、オーダイル戦闘不能! ピジョットの勝ち! よ、よって勝者……チャレンジャー・グレンタウンのツバキ!」

 

 その宣言が耳に入ると同時にポポの全身から力が抜け、ボスッと土煙を上げて倒れ伏して身体が一瞬光ったかと思うと、その光が剥がれて宙へと消えていき、後にはメガシンカの解けたポポが残された。

 

「あっ……! ポ、ポポくっ……!」

 

 思わず駆け寄ろうとしたツバキだったが、脚が思うように動かずに崩れ落ちてしまった。

 

「あ……あれ……? お、おかしいな……」

 

 自然と顔が下を向き、地面を見つめる事になっているツバキの視界に、見覚えのある靴が写り込んだ。

 首に力を込めて顔を上げると、そこにはポポを抱いたイソラが立っていた。

 

「これだけの時間メガシンカを維持したのは初めてだろう? 疲れて当然だ」

 

 イソラは目線を合わせるように片膝をついてしゃがむと、へたり込んだツバキにポポを手渡す。

 

「……ポポくん。……ありがとう……こんなになるまで頑張ってくれて……」

 

 ポポの身体を抱き締めるツバキに微笑みながら、イソラはキズぐすりを取り出してポポ、そして他の傷付いたポケモン達の手当てを始めた。

 シルバーも同じようにオーダイルを手当てしながら、ツバキ達を眺めていた。

 

「……負けたな、オーダイル。よくやってくれた。ツバキ……本当に面白い奴だ」

 

「シルバー様……お疲れ様でした」

 

「ん……悪いな」

 

 ミラにサイコソーダを手渡され、クイッと一口飲んだシルバーは、ポケットからプラスチックケースを取り出してミラに何事か伝えるとツバキへ歩み寄る。

 それを見たツバキは、イソラに肩を借りて立ち上がった。

 

「……良いバトルだった。礼を言わせてもらう」

 

「シルバーさん……こちらこそ、ありがとうございました」

 

「つい熱くなって、トレーナーレベル不相応のオーダイルを使っちまったが……お前はそれすらも見事に打ち破った。これはつまり、お前とお前のポケモン達は、ジムバッジ8個分よりも上の実力を持ってるって事だ」

 

 苦笑しながらケースを開いたシルバーは、中から葉っぱのような形をしたバッジを取り出した。

 

「ま、それでも証は必要だからな。……これがポケモンリーグ公認、トキワジムを突破した者の証……グリーンバッジだ。受け取れ」

 

 ツバキはイソラの顔を見て、笑顔と共に頷きを返されると、右手を伸ばしてバッジを受け取った。

 

「あ……ありがとう……ございます」

 

 そして、握り込んだバッジの感触がツバキに実感を抱かせる。すなわち、自分はシルバーに勝利したのだ、という実感を。

 

「…………や…………やったぁぁーーーーっっっ!! ……っとと……わわわっ!」

 

 喜びのあまり大きな声を上げて両腕を振り上げるツバキだったが、まだ少し脚がふらついて後ろに倒れそうになってしまう。

 その背中を大きな翼と紫色の腕が、そして脚をオレンジと緑、2対の手が支えた。

 

「っと……」

 

 ツバキが振り返ると、そこにはイソラの手当てを受けたポケモン達が笑顔で待っていた。

 

「……ポポくん……ルーシア……スフィン……バルディ……」

 

 共にこの激戦を戦った大切なポケモン達のその笑顔を見て、ツバキにも自然と笑顔が戻る。

 

「……ありがとう、皆! 皆のおかげだよ、シルバーさんに勝てたのは!」

 

 しっかりと足をつけてから振り向いたツバキは両腕を広げ、心からのお礼を口にしながらポケモン達を包み込む。

 

 

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「シルバー様、お持ちいたしました」

 

「ああ。……ツバキ」

 

 ポケモン達と抱き合って喜びを分かち合うツバキに、シルバーは3枚のディスクを差し出した。

 

「え……これ……」

 

「それぞれ“きあいだま”、“あくのはどう”、“マジカルシャイン”の技マシン。どれも使い勝手の違う技……どのポケモンにどういう目的で使わせるかはお前次第だ」

 

 技マシンを受け取り、ギュッと胸に抱いたツバキは、満面の笑みをシルバーへ向ける。

 

「……ありがとうございます! シルバーさん! ……でも、3つも良いんですか……?」

 

「気にするな、熱いバトルの礼だと思え。……それはそれとして、これでお前はバッジ8つ。つまり、ポケモンリーグ……セキエイスタジアムで行われるトージョウリーグへの出場資格を満たした事になる」

 

 「そういえばそうだ」という表情のツバキに、シルバーは若干呆れながらも言葉を続ける。

 

「開催は1ヶ月後。カントー及びジョウトから、8つのジムを突破した強豪達が集う大規模な大会だ。……気を抜くなよ、ツバキ。周りも自分と同等か、それ以上と思ってトレーニングを欠かさない事だ」

 

 ゴクリと息を飲んだツバキは、力強く頷いて答えた。

 

「……はいっ! が、頑張ります!」

 

 ツバキがグッと握り拳を作ると、ポケモン達も同じく拳を握る。

 

「……ぷっ…………はっはははは……! ったく、本当に面白い奴らだよ、お前らは。……期待してるぜ、ポケモンリーグ」

 

 シルバーが笑うと、ツバキも周りのポケモン達が自分の真似をしている事に気付いて「えへへ」と笑う。

 

 大丈夫。

 自分と、このポケモン達なら、どんな厳しい戦いにでも支え合って挑んでいける。

 そんな確信のようなモノを抱き、ツバキは改めてポケモン達を抱き締めた。

 

 

 

つづく

 

 

 

【ツバキの現在の手持ち】

 

■ポポ(ピジョット(♂️))

レベル62

特性:するどいめ

覚えている技

・すなかけ

・ぼうふう

・でんこうせっか

・ブレイブバード

 

■ミスティ(ラフレシア(♀️))

レベル53

特性:ようりょくそ

覚えている技

・エナジーボール

・どくどく

・ムーンフォース

・ねむりごな

 

■ケーン(マグマラシ(♂️))

レベル45

特性:もうか

覚えている技

・えんまく

・だいもんじ

・でんこうせっか

・ニトロチャージ

 

■ルーシア(ムウマージ(♀️))

レベル42

特性:ふゆう

覚えている技

・マジカルフレイム

・あやしいひかり

・いたみわけ

・あやしいかぜ

 

■スフィン(デデンネ(♀️))

レベル44

特性:ほおぶくろ

覚えている技

・ほっぺすりすり

・じゃれつく

・10まんボルト

・かいでんぱ

 

■バルディ(キバゴ(♂️))

レベル30

特性:かたやぶり

覚えている技

・りゅうのいかり

・カウンター

・つじぎり

・ダブルチョップ

 

【シルバーの使用ポケモン】

 

■ゲンガー(♂️)

レベル56

特性:のろわれボディ

覚えている技

・ふいうち

・あくのはどう

・シャドーボール

・こごえるかぜ

 

■フーディン(♂️)

レベル58

特性:マジックガード

覚えている技

・サイコキネシス

・みらいよち

・くさむすび

・マジカルシャイン

 

■マニューラ(♂️)

レベル61

特性:プレッシャー

覚えている技

・でんこうせっか

・バークアウト

・つららおとし

・じごくづき

 

■オーダイル(♂️)

レベル90

特性:げきりゅう

覚えている技

・こうそくいどう

・れいとうパンチ

・アクアブレイク

・ハイドロカノン




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

いやー、今回のスランプは長かったです。
ジム巡り編最後を飾るバトルなもんだから、なかなか納得のいく文章にならず、うんうん唸る事10日あまり…大変お待たせしてしまって申し訳ないです。
ただ、これでポケモンリーグ編まではそこまで気を遣わねばならんバトルは無いはずなので、幾分気が楽になりました。


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第81話:終章スタート!目指せポケモンリーグ!

ジム戦終わって一段落な第81話です!


 互いに次々にポケモンが戦闘不能となり、とうとうポポとオーダイルのエース同士での激突となったトキワジム戦。

 メガシンカしたポポ相手に引くどころかパワフルさを活かした戦い方で優位に事を運ぶオーダイルだったが、ポポの放った捨て身の一撃を受け、ついに地に倒れ伏した。

 激闘の末、8個目のジムバッジを手にしたツバキは、晴れてポケモンリーグへの参加資格を得る。

 開催を1ヶ月後に控えたトージョウリーグ。そこには一体どんな強敵が待ち受けているのだろうか……。

 

 

 

「……これで夢だったポケモンリーグに参加できるんだ……」

 

 ジム戦の後、ポケモンセンターのラウンジでバッジケースの中に揃った8つのバッジを眺め、ポツリと呟くツバキ。

 それを見たイソラが、その頭にポンと手を乗せて語りかける。

 

「ふふっ、だが、ここまで来たらもっと夢を大きくしたらどうだ?」

 

「……そ、そうだよね! うん……せめて予選突破…………うぅん、優勝目指していく!」

 

「ああ、その意気だ。ま、シルバーも言っていたが、他の参加者も同じ条件……バッジ8個を集めてやって来る実力者なのだから、簡単な話ではないがな」

 

 特にトージョウリーグはカントー地方とジョウト地方の両方から参加者が集まるため、競争率が高くなりがちだ。

 参加動機も様々で、ポケモンリーグに夢を抱いて参加する新人トレーナー、腕試しのため参加するベテラントレーナー、さらには全地方リーグ制覇を目指す強者までいる。

 思うように捕まえられなかったり育たないポケモン、手強いジムリーダー、そして洞窟や山、水上など過酷な道程に挫折する者も少なくない中、それを乗り越える根気と実力を兼ね備えた者達が集まるのだから、厳しい戦いとなるであろう事は間違い無い。

 

「……うん、そうだよ! 今までも大変な事はたくさんあったけど、ポケモン達と一緒に乗り越えてきたんだもん! よぉし……目標はトージョウリーグ優勝!」

 

 ツバキは自分を奮い立たせるように腕を突き上げて宣言する。

 ……が、その大声に周りの利用者が一斉に振り返った事で我に反って縮こまってしまった。

 

「………………あ、そうだ」

 

 ふと思い出したように立ち上がったツバキは、備え付けの電話機へと走る。

 

 

 

――――グレンタウン

 

「あー……今日は忙しかったなぁ……」

 

 トレーナー装束の入った鞄を肩にかけ、コキコキと首を鳴らして歩いているのはツバキの父であるシャコバだ。

 ジムトレーナーである彼の仕事は、当然の事ながらジムへの挑戦者の数や質に応じて暇にもなるし忙しくもなる。

 そして、今日はなんと挑戦者が14人にも上ったのだから忙しいのなんの。その内5人が自身を突破してカツラと戦い、見事バッジを手にしたのはさらにその中の2人に留まった。

 

「(リーグ開催が近いからか、滑り込み狙いのトレーナーが多いからなぁ……しかし、最後のあのトレーナー……強かった。俺だけでなくトレーナーレベル8のカツラさんもあれほど苦戦させるとは。ありゃ生粋のどくタイプ使いだな……)」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その日のバトルを思い出しながら家路を進むシャコバが自宅に到着して玄関を開けると、なにやら話し声が聞こえる。

 

「……まぁまぁ、良かったわねぇ。……えぇ……えぇ……うん、わかってるわよ♪」

 

 見れば、ミミナが受話器を持って嬉しそうに会話しており、シャコバに気付くと笑顔で手招きしてきた。

 

「あ、パパが帰ってきたわ。替わるわね? ……はい、あなた。ツバキからですよ」

 

「何っ!?」

 

 この時期、そしてミミナの様子から、もしやと思ったシャコバは受話器を受け取り、その向こうの愛娘に声をかける。

 

「……もしもし、ツバキか?」

 

「あっ、パパ! 聞いて聞いて! わたし、とうとう8個目のジムバッジを手に入れたんだよ!」

 

 「やはり」と思いつつも、だからといって嬉しくないわけではなく……。

 

「……! そうか……! やったなツバキ! これで晴れてポケモンリーグ参加ってわけだ! 頑張ったな!」

 

 自分の事のように嬉しさを抑えきれない夫の様子に、ミミナも満面の笑み。

 

「うん! トージョウリーグは1ヶ月後、セキエイスタジアムでだって! ……それで……あの……」

 

「当然、直接応援に行くとも! どうせリーグ期間中はジムは休みだ!」

 

「もちろんママも行くからね~♪」

 

 ツバキに聞こえるように横から割り込むミミナ。

 それを聞いたツバキの声に喜色が籠るのがわかる。

 

「……! うん! それまで特訓、頑張るね!」

 

「はっはっは! 特訓で頑張りすぎて本番でへばるなよ?」

 

 父からの忠告に舌をペロッと出すツバキの姿が、シャコバの脳裏には鮮明に浮かぶ。

 

「はーい! それじゃ、そろそろ切るね。おやすみなさい、パパ、ママ!」

 

「ああ、おやすみ、ツバキ」

 

「おやすみ~♪」

 

 ツバキが受話器を置くのを確認すると、シャコバもそっと元に戻し、それを待っていたミミナが笑顔で話しかける。

 

「うふふ、さすがあなたと私の娘ですね♪」

 

「才能はママ譲りだからな」

 

「それなら努力家なところはあなた似ですねぇ~」

 

 2人は笑い合い、1ヶ月後に訪れる我が子の晴れ舞台に向けた準備を始めた……。

 

 

 

「ん~~~っ! よく寝たぁ……」

 

 ツバキは思いきり身体を伸ばし、頭の真上まで昇った太陽に目を細める。

 後ろを向けばポケモン達がポケモンフーズにがっつき、特に昨日ジム戦をした4体の食欲は凄い。

 と、あまりにかき込みすぎて喉に詰まらせ、目を白黒させるバルディの背中を、ミスティが慌てて叩いて吐き出させた。

 

「バ、バルディ大丈夫!? ……はぁ、良かった……ミスティ、ありがとう。……それと、ごめんね。せっかく進化したのにジム戦に出してあげられなくて」

 

 ツバキに謝られて不思議そうな顔をしたミスティは、「気にするな」と言わんばかりに手をパタパタと振っている。

 この辺りはさすが姉御肌。あまり気にしない性質らしい。

 

「ツバキ、昼食を終えたらセキエイ高原に向かうか? 早めに参加登録しておいた方が良いと思うが」

 

 グランブルマウンテンを飲んでいたイソラに声をかけられると、ツバキはハッとした様子で口に手を添える。

 

「あ、そっか。バッジ集めただけだと、参加資格をもらえただけなんだよね……」

 

 そう、資格を得ても、参加登録を済ませなければ意味が無い。

 開催は1ヶ月後だが、試合スケジュール調整などの兼ね合いから、登録手続きはその1週間前までに済ませる事になっているのだ。

 

「早めに着いても選手用の宿舎はもう開放されているし、トレーニング施設も使えるはずなので、さして困る事は無い……と、言いたいところだが……」

 

「……ところだが?」

 

「向こうでの特訓は必然、他の参加者に手の内を晒す事になる。逆にこちらも相手を探れるというメリットにもなるが。なので、この辺りで一通りの特訓をして、その仕上がりに納得してから向かってもいい」

 

 参加登録をうっかり忘れる前に現地へ向かえば、そんな憂いも無くリーグ開催まで特訓に集中できるが、ライバル達に手持ちポケモンや技を見られる恐れがある。

 ギリギリまでトキワシティ近郊で特訓していけばバレる事は無いが、1週間前には行かなければならない上に向こうでは特訓しないという事になるため、特訓に割ける総合的な時間が少なくなる。

 どちらにしてもメリットとデメリットがあるため、一概にこちらが良いという選択肢は無い。

 

「うーん……」

 

 ツバキは腕を組んでしばし考え込んでいたが、結論を出したのか目を開けてうんうんと頷く。

 

「……まだまだ経験不足のわたし達には、少しでも多く鍛える時間が必要だと思う。だから、早めに行こうかなって」

 

「そうか。なら、早速準備をしようか」

 

 自分達のカップとポケモン達の皿を片付けてポケモンセンターを出たツバキとイソラは、まずフレンドリィショップでキズぐすりなどの消耗品を補充し、シルバーからもらった技マシンでポケモン達に新たな技を覚えさせ……ようとしたのだが、その途中。

 

「……ツバキ……残念だが、デデンネは“マジカルシャイン”を覚えないんだ……」

 

「立派なフェアリータイプで特殊技のが得意なのに……スフィンかわいそう……」

 

 そう、念願のフェアリータイプ特殊技を手に入れたぞと思いきや、まさかの習得不可能だったのである。

 2人からの哀れみの視線を受け、スフィンはなんとも言い難い気分になってしまった……。

 さて、そんな準備を一通り終え、いよいよセキエイ高原ポケモンリーグ本部を目指してトキワシティを出ようとする2人。

 

「よぉ」

 

 そこへ後ろから声がかけられた。

 

「えっ? あ、シルバーさん! ミラさんも!」

 

「お疲れが残っていないようでなによりです、ツバキさん」

 

 振り返れば、ズボンのポケットに手を突っ込んだシルバーと、礼儀正しくお辞儀するミラが並んでいた。

 

「やっぱりもう行くんだな。お前ならトレーニングに費やす時間を重視すると思ったぜ」

 

「うっ……わ、わかっちゃいますか……?」

 

「ああ。俺も昔ポケモンリーグに参加した時は、周りの目を気にする暇があったらポケモンを鍛えようとしてたからな。……ほら、餞別だ」

 

 そう言ってシルバーが差し出したのは、黒く長い帯だ。

 

「それは達人の帯。そいつを持たせたポケモンは、相手に効果の大きい技を使う時、より効率的にダメージを与えるコツを掴めるように……わかりやすく言えば相手に与えるダメージが大きくなる。色々なタイプの技を覚えたポケモンに持たせてやれ」

 

「わぁ……! ありがとうございます!」

 

 ツバキは物珍しそうに帯を眺め、嬉しそうに微笑んだ。

 

「まぁ、用事はそれくらいなんだが………………頑張れよ。お前らならポケモンリーグでも良い線まで行けると思うぜ」

 

「はいっ!」

 

 シルバーの激励を受けて元気よく返事をしたツバキは、イソラと共に手を振って別れを告げ、22番道路へと進んでいった。

 

「……ポケモンリーグか……」

 

「シルバー様?」

 

 シルバーは遥か彼方を眺め、ここからは見えないセキエイスタジアムを思い浮かべる。

 

「レッドとグリーンはアローラ、ゴールドの奴はカロス……どいつもこいつも好き勝手にあちこち行ってやがる。俺も誰か適当にジムリーダー押し付けられそうな奴を見つけて、またポケモンリーグに挑戦してみるかな。……ミラ、やってみるか?」

 

「ご、ご冗談を! 私如きにシルバー様の代わりなど務まりません……!」

 

 シルバーの冗談混じりの発言に、ミラは慌てて拒否の意思を見せる。

 

「ふっ、冗談だ。……なぁ、ミラ。昨日ツバキに負けた時……俺は負けたのが……なによりオーダイルを使って負けたのが悔しくて仕方無かったんだが、その時に思ったのが……親父もレッドに負けた時にこんな気持ちだったのかもって事だ」

 

「……サカキ様が……?」

 

「ああ。俺はポケモン、親父はロケット団て違いはあるが、どっちも自分を慕って、信じてついてきてくれる連中ってのは同じだ。当然、ロケット団を肯定する気は無いがな。……で、そいつらの頭として戦って、そして負けた結果、自分はその期待と信頼を裏切っちまったんじゃないかってな。要するに……自分が不甲斐なくて仕方無い……そんな気持ちさ」

 

 シルバーは空を見上げ、そこにもう何年も会っていない父親の顔を幻視する。

 

「だから自分を磨き直そうとして姿を消した……向けられる信頼に応えられる強さを求めて。……あの頃の俺には、親父の背中が情けなく見えていたが……今になってあの時の親父の気持ちがなんとなく察せられるとはな……」

 

「シルバー様……」

 

 胸元に手を当て、不安そうな顔をするミラに、シルバーは不敵な笑みを向けた。

 

「……安心しろ、俺まで消えようとは思わねぇよ。それよりミラ。ちょうどティータイムだし、お前ら当時のロケット団員から見た親父の事を茶でも飲みながら聞かせてくれないか。……今なら親父の事にも、少しは真剣に向き合える気がするんでな」

 

「……かしこまりました。シンオウから取り寄せた茶葉がございますので、準備をいたします」

 

 お茶を淹れる準備のためジムに戻っていくミラの背中を眺めた後、シルバーは再度空を見上げた。

 

「(……今度会ったら散々に文句と愚痴を叩き付けてやる。覚悟しとけよ、クソ親父)」

 

 心中で毒づいたシルバーは、ミラの後をのんびりと追う。

 あの甲斐性なしの親父にどんな文句をぶつけてやろうかと考えながら。

 

 

 

 一方、セキエイ高原へ続く22番道路を歩くツバキとイソラは、周りに増えてくる木々や草の香りにトキワの森を思い出していた。

 

「あの時はびっくりしたよね~、いきなり周りの景色が変わっちゃって」

 

「ああ。あのオーロットはトキワの森のリーダー格みたいだったし、なかなかの実力者だったな。……しかし、あれも案の定ロケット団の仕業だったし、いつの時代も迷惑な連中だよ」

 

「でも、おかげでスフィンに会えてシェルルも進化できたからなぁ~。……迷惑だなっていうのはわたしも思うけど。……あっ」

 

 緑豊かという事は、野生のポケモンも多いという事。

 ツバキの指差した先には、ポポよりも一回り小柄なピジョット。そしてそのピジョットがクチバシで毛繕いしているのはさらに小さい2体のポッポと……1体のオニスズメだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ほう、珍しいな。種の異なるポケモン同士があんなに仲睦まじくしているとは。まぁ、ガルーラやハハコモリなんかは他の小さいポケモンを世話する事もあるにはあるが」

 

「へぇ……! ポポくん、見て見て。ポポくんもあんなに小さい頃があったよね!」

 

 脇を飛ぶポポに語りかけると、ポポも幼いポッポの頃を思い出したのか、懐かしそうに4体のポケモンを眺めている。

 

「……本当に仲良さそうだね。そういえば、ポケモンて違うポケモン同士でも言葉が通じるんだっけ」

 

「ああ、そう言われているな。まぁ、科学的に実証されたわけではないが」

 

 実のところ、ポケモンの言語というのは謎が多く、人間にはポケモンの種類ごとにまったく異なる鳴き声にしか聞こえないのに、当のポケモン同士は会話しているかのように意思の疎通ができているのである。

 人間の言葉のような鳴き声をしているひとがたポケモン『ルージュラ』を参考にポケモン言語を研究していた学者もいたが、結果は芳しくはなかったらしい。

 

「……そういえば……確か人間にもポケモンの言葉を完全に理解できる者がごくまれにいると聞いたな。カントー地方ではトキワ出身のトレーナーに確認された事があるらしいが……」

 

 仲睦まじいピジョット達に心癒されたツバキ達は歩みを再開したが、ふと思い出したようにイソラが呟き、ツバキもそれに反応する。

 

「そうなの? いいなぁ……わたしもポケモン達ともっとお話ししたいなぁ」

 

 一応、以前ディグダの穴でスカーレットがやって見せたように、特性《テレパシー》のポケモンを介する事でポケモンの意思を読み取る事自体は可能だが、やはり口から紡いだ言葉を伝え合うのとは違う。

 

「まぁ、これも科学的根拠は無いから、事実か眉唾かは解釈次第だな」

 

「えー……でも、本当だったら夢があるよね! ね、ポポくん?」

 

 呼びかけられたポポは同意するように短い鳴き声を上げる。

 

「ポケモンと話せる人かぁ……会ってみたいなぁ……♪」

 

 もしもそんな人物がいるのなら、聞いてみたい事がたくさんある。

 自分とポケモン達は心が通じ合っているという自負はあるが、やはり直接言葉も交わしたいというのがツバキの本音で、ポケモンと会話する秘訣などがあればぜひ教えてほしいものである。

 そんな事を考えながら進むツバキ達の前に、セキエイ高原へ続く最後の関門……チャンピオンロードが立ち塞がる。

 その入口を覗き込み、ツバキは薄暗い洞窟の中を探ろうと目を細める。

 

「……お姉ちゃん、ここは……」

 

「チャンピオンロード。22番道路とセキエイ高原を結ぶ険しい洞窟だ。中には手強い野生ポケモンも生息し、しかも全体的に好戦的な傾向にある。入り組んだ洞窟と野生ポケモンの試練を見事に乗り切った者が辿り着けるのがポケモンリーグというわけだ」

 

 イソラの説明を受けたツバキは、ごくりと息を飲む。

 

「そ、そっか……ここを抜けなきゃいけないんだね……よし……!」

 

 ツバキは深呼吸して気合いを入れると、2つのボールを取り出す。

 

「ポポくん、一旦戻って。中は狭そうだからね」

 

 左手に持ったボールにポポを戻すと、次いで右手のボールに視線を落とす。

 

「暗いところといえば……お願いね、ケーン!」

 

 ボールの中から現れたケーンは、周りが薄暗い事に気付くとツバキの意図を察し、頭と背中に燃える炎の出力を上げて周囲を照らし始め、壁や天井のゴツゴツとした岩肌まで見えるようになった。

 

「ありがとう、ケーン。……それじゃあ……行こう……!」

 

 ケーンと並んで歩き始めるツバキの背中に、確かな成長を見たイソラは柔らかく微笑む。

 実のところ、イソラのポケモンならばセキエイ高原までひとっ飛びできるし、この洞窟をさらに明るく照らす事もできる。

 だが、これはツバキの旅であり、自分はその同行者にすぎない。

 彼女自身の試練である以上、手助けは最低限に留め、極力自分の力で突破させねば意味が無い。

 ツバキを溺愛し、彼女に対しては甘いイソラではあるが、それはあくまで姉貴分としての対応。

 ポケモントレーナーとしては極めて公平に接し、必要以上の助力をしないという節度はわきまえているのだ。

 

「(頑張れよ、ツバキ。お前とポケモン達の力で見事ここを抜けるんだ)」

 

 可愛い妹分を手助けしたい姉としての衝動と、甘やかしてはならないトレーナーとしての自制心がせめぎ合い、どうにか自身を抑え込んだイソラは、少し遅れてツバキの背中を追い始めた。

 ポケモントレーナーの憧れ。栄光のポケモンリーグ。

 その輝かしい舞台を目指し、少女達は暗い闇の中へと足を踏み入れた……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

サカキとシルバーの関係性を知った時の衝撃は大きかったですなぁ…ポケスペでさらに掘り下げられてわりとお気に入りの設定ですねあれは。
原作のチャンピオンロードは波乗りだ怪力だと面倒だった…。


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第82話:栄光への道、チャンピオンロード

面倒くささに定評のあるチャンピオンロードを進む第82話です!


 8つ目のジムバッジを手に入れたツバキは、いよいよトージョウリーグへの参加登録のため、セキエイ高原目指してトキワシティを後にした。

 道中、野生のピジョットとポッポに混じって本当の家族のように仲良く遊ぶオニスズメを目撃し、違う種のポケモンでもあれだけ仲良くなれるのだと心を和ませるツバキ達。

 そのまま歩みを進める彼女達を待ち受けるは、セキエイ高原へ向かう者の最後の試練、チャンピオンロード。

 薄暗く起伏に富み、攻撃的な野生ポケモンが潜む洞窟へ、ツバキ達は足を踏み入れる……。

 

 

 

「うーん……広くなったり狭くなったり……思ってたよりずっと進むのが難しいなぁ……」

 

 狭い通路を横向きになってすり抜けるツバキのその言葉通り、チャンピオンロードの内部は狭く細長い通路と、少し広い小部屋のような空間で構成されている。

 おまけに分かれ道や段差、果ては梯子やロープで登り降りしなければならない場所もあるなど、予想以上に厳しい道だ。

 

「ああ、私が前に来た時よりもさらに険しく……む……んぐぐ……くっ!」

 

 自身の経験を語ろうとしたイソラが動きを止め、なにやら四苦八苦している。

 ……どうやら通路が狭すぎて胸が引っかかったらしく、一旦下がって幅の広い所まで戻り、身体の角度を変えてリトライする。

 

「(……わたしまだ子供で良かった……)」

 

 いつもは発育の良いイソラを羨ましく思うツバキであったが、今ばかりは身長が低く身体の凹凸も少ない自分に感謝しておく。

 

「むぅ……いくらなんでも体型によっては通る事もままならんというのは極端すぎる気がする……」

 

 イソラはブツブツと愚痴りながらツバキの後ろを少し遅れてついてくる。

 そして、だんだんと道幅が広くなり、久々の小部屋に到着した瞬間、炎の明かりで先導していたケーンが突然唸り声を上げ始めた。

 

「ケーン? ……ひゃあっ!?」

 

 様子の変貌したケーンに声をかけた直後、頭上を黒い影が素早く掠めていった。

 

「ツバキっ!? どうした!?」

 

「な、何かが頭の上を……っ! ケーン、炎を強くして!」

 

 ケーンがツバキからの指示で頭の炎の出力を上げると、前方を照らす明かりが強くなり、襲撃者の姿が浮かび上がってきた。

 揺らめく炎に照らされ、その宝石のような目はより輝きを増し、鋭く生え揃った歯を笑うようにカチカチ鳴らしている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あれは……ヤミラミか!」

 

 ようやく追いついたイソラがそのポケモンの名を告げると、ツバキは即座にポケモン図鑑で相手のタイプを確認する。

 くらやみポケモン『ヤミラミ』。そのタイプは……。

 

「えっと……あくとゴースト…………ん? あれ……? って事は………………フェアリータイプでしか弱点を突けないの……!?」

 

「そうなる。とにかく弱点の少なさが特徴なポケモンでな」

 

 効果的にダメージを与えるには、相手がタイプ相性上苦手とする技で攻撃するのが最も手軽かつ確実。

 その苦手なタイプが少ないというのは、それだけでアドバンテージとなるのだ。

 

「ノーマル、かくとう、エスパーと無効にしてしまうタイプも3つあるし、搦め手を得意とするので厄介な奴だ。…………ツバキ、さらに厄介になりそうだぞ」

 

「え? ……うっ……」

 

 イソラに倣って周りを見渡すと、さらに4体のヤミラミが洞窟の奥から這い出してきているのが見えた。

 

「(5体……さすがにケーンだけじゃ厳しいかも……ポポくんが飛び回れるほどの広さは無いから……)」

 

 腰のボールに手を伸ばしながら脳をフル回転させて各選択肢をシミュレートし、ボールを掴む頃には結論が出ていた。

 

「ミスティ! スフィン!」

 

 構えた2つのボールから飛び出した光が大きな花と小さな球体を形成し、ケーンの左右にミスティとスフィンが並び立つ。

 

「(なるほど、ミスティとスフィンか。ポポは洞窟内では機動力を活かしきれないし、あくとゴーストを併せ持つヤミラミにルーシアは相性が悪い。バルディは複数の相手とのバトルは経験が無いからか? スフィンも慣れているわけではないが、フェアリータイプを持つので有利に立ち回れるだろう。ミスティは“ムーンフォース”を持つし、なにより経験が豊富だ)」

 

 イソラは並んだポケモンを見てツバキの選出理由を考察しつつ、納得して頷く。

 ヤミラミ達は相手が増えた事で刺激されたのか完全に戦闘体勢に入り、中央の個体が周りに指示を出すと、両端に位置する2体の宝石状の目が輝きを増し、光が弱まったと思った次の瞬間、光線を発射してきた。

 

「(“パワージェム”か)」

 

「ミスティ、“エナジーボール”! スフィン、“10まんボルト”!」

 

 ミスティが身体を傾けて頭部中心のめしべから緑色のエネルギー球を、スフィンが電気袋を帯電させてアンテナ状の髭から電撃をそれぞれ放って迎撃する。

 両者の技は空中で激突して爆発を起こしたが、今度はその煙の中から3体のヤミラミが紫色のエネルギーでコーティングした爪を振りかざして飛びかかってきた。

 

「気を付けろ! “シャドークロー”だ!」

 

「っ! “ねむりごな”!」

 

 向かってくるヤミラミ達へ向かってミスティの花びらから青白い粉が撒かれる。

 吸えばたちどころに眠気に襲われる“ねむりごな”。だが、その危険性を察知してか、ヤミラミの内の1体が近くにあった岩に左腕を絡めて固定具にすると右手でもう1体を掴み、さらに掴まれたヤミラミが残る1体を掴んで強引に引き戻した。

 

「かわされた……!?」

 

「かなりのチームワークだな……あの真ん中の奴がリーダーか」

 

 常に他4体の中央に立ち、こちらと距離を取りながら仲間に指示を飛ばしている個体。あのヤミラミによってこの集団はかなり統制が取れており、先のように2体が目眩ましを仕掛けて残り3体が近接戦闘を行うという連携も可能としている。

 おまけに洞察力にも優れ、“ねむりごな”が撒かれるやすぐさま仲間を引き戻してその回避に動いている。

 

「(……強いな。図鑑機能に従って数値換算をすると、少なく見積もってもレベル60はある)」

 

 恐らくはこの洞窟のヤミラミの中でも最上位に位置する個体であろうとイソラは睨む。

 

「(確かに強いけど、落ち着いていけばきっと……! ニビジムでのトリプルバトルを思い出して……!)」

 

 相手があの時より2体多いが、それでも複数同士のバトルは経験済みだ。

 となれば、この面子でどのような連携をしていくか。そして、相手の連携を如何にして崩すかが重要となるだろう。

 と、ツバキが考えている間に再び相手の攻撃が始まった。

 2体が“パワージェム”、もう2体が両手の間に紫色のエネルギー球……“シャドーボール”の発射体勢に入っている。

 

「ケーン、“だいもんじ”!」

 

 技が撃たれる前ならば隙の大きい“だいもんじ”も間に合うし、そもそも4体分のエネルギー総量に対抗できる大技となるとこれくらいだ。数で劣っている分、単発火力で補わねば。

 

「“エナジーボール”と“10まんボルト”で援護!」

 

 そこにミスティとスフィンによる支援も入れば、少なくとも押し負けるという事は無い。

 しかし、ケーンに少し遅れて2体が技の準備に入ったその時。真ん中のヤミラミの影が急速に伸びてきて、ケーンの背後で膨れ上がったかと思うとその背中に攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「えっ……!?」

 

「(“かげうち”……!)」

 

 技を出そうとした瞬間に攻撃を受けてケーンが怯み、残る2体もそちらに気を取られた結果、ヤミラミ達の集中砲火をもろに浴びる事となってしまった。

 

「ミスティ! ケーン! スフィン!」

 

 もうもうと立ち込める煙の中、大きな影が揺らめく。

 煙が晴れると、ケーンとスフィンの前に大きな花びらを盾のようにして仁王立ちするミスティの姿が現れた。

 攻撃が止むと、ミスティは顔を上げながら花びらを叩いて汚れを払うと、鼻息荒くヤミラミ達を睨みつける。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『母は強し』という言葉があるようにこういう時女性は強いようで、その迫力はまさに皆の姉御。

 

「ミ、ミスティすごい……」

 

 クサイハナの頃よりも遥かに大きくなった花びらの影響か、相対した相手に与える威圧感はかなりの物のようで、ヤミラミ達もリーダー格以外の4体は怯んで1歩後退り。

 だが、リーダーが鼓舞するように大声を上げると、どうにか戦意を取り戻してミスティらと向かい合う。

 

「ふむ……さっきのも上手いな。素早く攻撃できる“かげうち”で気を引いて、仲間の攻撃を当てやすくしたのか。ミスティのおかげでケーンとスフィンは無事だったが……」

 

 イソラはグラエナやマニューラが優れたチームワークで獲物を襲う事は知っているが、ヤミラミがこれほど戦術的に立ち回るのは初めて見た。

 色々な地方を巡って色々なポケモンを見てきたが、まだまだポケモンには自身の知らない面もあるのだなと、イソラは感慨深げに頷いている。

 

「……だけど、技のパワーはこっちが上のはず……!」

 

 ツバキは周囲を見渡して地形を観察すると、このヤミラミ達への対抗策を脳内で組み上げていく。

 

「……よしっ! ケーン、“だいもんじ”!」

 

 あまり悩んでいるとまたさっきのような連携攻撃が飛んでくるであろう今の状況では、大まかな戦術を決めたら戦いながら微調整をしていくのがベストだろう。

 ケーンの身体の炎が音を立てて噴き上がり、体内で増幅された炎が口から巨大な『大』の字となってヤミラミ達のど真ん中へと発射される。

 この小部屋はあくまで通路よりは広いというだけで、屋外とは比較にならないほど狭い。

 その真ん中を大きな炎が突き進んでくるのでは、纏まって行動しての回避は難しいと理解したようで、やむなくヤミラミ達は四方に散って“だいもんじ”をかわした。

 

「今だよ! “エナジーボール”をバラ撒いて!」

 

 この分散こそがツバキの狙いである。

 単体ではこちらに及ばない彼らが、リーダーによって統制されたチームワークで手強くなっているのならば、その統制を失わせれば良い。

 ミスティのめしべから浮かび上がった大きなエネルギー球は、細かい弾丸へと分裂してヤミラミ達へ散弾銃のように乱射される。

 バラバラに逃げていたヤミラミ達はこの畳み掛けるような広域攻撃には対処しきれず、1体、また1体と“エナジーボール”に被弾してしまう。

 

「“じゃれつく”!」

 

 そして、その被弾でバランスの崩れた相手へスフィンが自慢の素早さで接近し、尻尾を叩き付けて噛みついてと襲いかかる。

 分散させてからの各個撃破。相手に数で劣っている場合のシンプルかつ効果的な常套手段である。

 

「まず1体! スフィン、一旦戻って!」

 

 “じゃれつく”を食らった個体が倒れた頃、“エナジーボール”が止み、ヤミラミ達がまた集結しだしたのを見たツバキがスフィンを呼び戻す。

 相手は5体での行動が基本だったのか、1体が倒されてざわつき始めた。

 やはりというか、リーダー以外の個体は冷静さなどに乏しいようで、3体がそわそわと落ち着きを無くしているのがわかる。

 しかし、唯一微動だにしていなかったリーダーが一喝すると、3体はビクッとした後に顔を見合わせ、爪を構えて戦闘態勢に戻った。

 

「うぅん……あのリーダーを倒せれば早いんだけど、そう簡単にもいきそうにないなぁ……」

 

 先ほどイソラが推察した通り、このリーダー格の個体の基本能力はレベル60相当。他のヤミラミを残した状態で戦うのは少し難しい相手だ。

 

「(やっぱり1体ずつ倒していくのが1番確実、かな)スフィン、“10まんボルト”!」

 

 とにかく相手より先に動く。

 後手に回れば数の暴力でどんどん不利になっていくのは目に見えている以上、ひたすら攻める。

 スフィンから電撃が放たれると、リーダーのヤミラミはそれをかわしながら鳴き声を上げる。

 すると、2体が飛び跳ねながらミスティとケーンへ“シャドーボール”を放ってきた。

 

「“エナジーボール”で迎え撃って! ケーンは“でんこうせっか”でよけて!」

 

 ミスティは自分に飛んでくる“シャドーボール”へ素早く練り上げた“エナジーボール”をぶつけて空中で爆散させ、その脇をすり抜けてケーンに向かったもう1発は、“でんこうせっか”の急加速で回避されて壁に着弾した。

 だが、ツバキはすぐにそれが囮だった事に気付いてハッとする。

 

「っ! スフィン!」

 

 そう、今の“シャドーボール”は、ミスティとケーンの動きを一瞬封じるための物。

 リーダーともう1体は、その隙に“シャドークロー”でスフィンへと襲いかかっていたのだ。

 スフィンは尻尾を振り回す“じゃれつく”でこれに対応するも、1本の尻尾と4本の腕では文字通りの手数が違うのは当たり前であり、2、3回凌いだところで横からの薙ぎ払うような攻撃に吹っ飛ばされてしまい、そこをもう1体にも狙われて叩かれ、壁と天井でバウンドして落下する。

 ヤミラミ達は落ちてくるところへさらなる追撃をしようと待ち構えていたが、その頭上を何かが高速で通りすぎ、それと同時にスフィンの姿が消えてしまった。

 その『何か』はツバキの前に着地し、姿勢を低くして背中に乗せていたスフィンを降ろした。

 

「ケーン! スフィンを助けてくれたんだ、ありがとう!」

 

 それは“でんこうせっか”で加速していたケーンだ。

 “シャドーボール”をかわした後にスフィンのピンチに気付くと、そのまま勢いを殺す事無く駆けつけ、落ちてきたスフィンを回収したわけである。

 スフィンはどうにかこうにか自力で立ち上がるも、攻撃と壁への激突でダメージは大きい。

 壁の岩肌で傷付いたスフィンを見たケーンが眉をひそめ、ヤミラミ達へ向き直って頭と背中の炎をこれまでに無いほど燃え上がらせる。

 その炎は見る見る膨れ上がり、ついにはケーンの全身を包み込んで強烈な光を放ち始めた。

 

「ケ、ケーン……!?」

 

「この輝きは……進化か!」

 

 炎のようなシルエットがゆらゆらと燃えるように大きく伸びていき、ツバキが見上げるほどに高くなった。

 次の瞬間、その身体を包んでいた光が弾け飛び、キラキラと光る火の粉が舞う中、ケーンが目を開く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これこそ首の回りからより激しくなった炎を噴き出す、かざんポケモン『バクフーン』だ。

 4足歩行が基本だったマグマラシから一転し、太くたくましくなった後ろ脚で立ち上がる2足歩行へと変化。

 首回りから炎を噴出しながら、鋭くなった牙の生える口を大きく開けて相手を威嚇する。

 

「お……おっきい……!」

 

 大きさ的にはバクフーンは一般的に1.7mほどで、シェルル……つまりグソクムシャの2mには及ばないのだが、身体から放つ熱気で周囲の空間が歪んでいるためか、さらに大きく見える。

 

「……す……すごいっ! おっきくて格好良いよケーン!」

 

 ツバキからの称賛を受けたケーンは、照れ隠しかヤミラミ達へ威嚇の咆哮を上げる。

 急激な温度の上昇も相まってか、ぶつけられる威圧感は圧倒的で、他3体はもちろん、ここまで冷静さを失わなかったリーダー格も思わずたじろいでしまう。

 と、同時にツバキのポケモン図鑑からアラームが鳴り響き、開いてケーンの個体データを確認すれば、そこにはかざんポケモンという分類に相応しい技が燦然と輝いていた。

 

「……よし……! ケーン! “ふんか”!」

 

 目を大きく見開いたケーンの炎の勢いがさらに増し、轟音を洞窟内に反響させながら激しく燃え上がる。

 薄暗い洞窟は真昼間のように明るく照らされ、暗がりに慣れたヤミラミ達はたまらず目を覆う。

 そして、燃え盛る勢いが最高潮に達したその瞬間、首回りの炎がヒュッと引っ込み、開いた口から前面へ怒濤の勢いで高温の炎が発射される。

 扇状に広がっていく炎の前に逃げ場など無く、ヤミラミは次々にその奔流に飲まれていった。

 

「……す……すごい……」

 

 ツバキがその火力に呆気に取られている内に炎が弱まり、後にはヤミラミ達がピクピクと痙攣して倒れていた。

 

「やったね、ケー…………あれ? 1……2……3……」

 

 ツバキは倒れたヤミラミ達の数を数え、1体足りない事に気付いたまさにその時、上から小石と砂が落ちてきて、何事かとケーンが顔を上げると、1体のヤミラミが落下しながら目にも止まらぬ速度で爪を振るい、がら空きの胴に強烈な一撃を浴びせた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ケーンっ!?」

 

「あいつ……! 天井に爪を突き刺して炎をやり過ごしたのか!」

 

 やはり他のヤミラミとは別物と呼べる実力を持つらしく、地面に着地するとバク転で一気に距離を取る。

 

「ツバキ! “ふんか”は受けたダメージが大きいほど威力が減る! 今の“シャドークロー”はかなり効いたようだから、さっきみたいな威力は期待できないぞ!」

 

「わ、わかった! ケーン、“ニトロチャージ”!」

 

 攻撃された部分をさすっていたケーンはマグマラシの時のような4足歩行体勢を取り、1度引っ込めた炎を再度メラメラ燃やしながら前脚で地面を掻くと、勢いよく炎を噴出し、それをトリガーに一気に加速してヤミラミへと突っ込んでいく。

 進化で筋力が大きく強化され、加速力もマグマラシの頃の比ではない。

 その一撃はヤミラミに回避の間を与えず直撃したが、相手もタダで攻撃を受けてやるつもりはさらさら無く、突進してきたケーンの頭に左腕でしがみつき、右手の爪で“シャドークロー”による攻撃を仕掛け続ける。

 だが、耐える。

 ひたすら“シャドークロー”に耐えながらますます身体を覆う炎を燃え上がらせて加速していく。

 そして、その先にあるのは……壁だ。

 それに気付いたヤミラミは離れようとするが、ケーンはヤミラミの脚に噛みついて逃亡を許さない。

 そのまま加速し続け、とうとうケーンはヤミラミを頭にへばり付けたまま壁へと激突し、盛大な土煙を上げる。

 

「ケ……ケーン……」

 

 まさかヤミラミごと壁に突撃していくとはツバキはおろかイソラにも予想外。

 パラパラと石の破片が転がり、煙が立ち込める中、ピクリと動いたケーンが後退りして立ち上がり、頭をぶんぶん振って砂を払う。

 そして、煙の晴れた先では壁にヤミラミが壁にめり込んでおり、ケーンが離れると石と砂と共に崩れ落ちた。

 

「か……勝った……! やったぁ! ケーン!」

 

 ツバキは喜びのあまりケーンへ駆け寄り、その背中に抱き付く。

 

「……あっついっ!!」

 

 そしてすぐに離れた。

 

「マグマラシに進化した時も同じ失敗をしたろう……抱き付くならバトルしてない時にしなさい。……ほら、ヤミラミ、オボンの実だ」

 

 呆れながら歩み寄るイソラは、伸びたヤミラミを抱き起こして黄色い木の実を食べさせ、水を飲ませて流し込んだ。

 目を覚ましたヤミラミはキョロキョロ辺りを見回していたが、自身がバトルに敗れた事を理解してうなだれる。

 他のヤミラミ達もオボンの実で回復するとリーダーの周りに集まり、互いに声をかけ合って励ましているようだ。

 するとリーダーが歩み寄り、洞窟の奥を指差してツバキの手を引く。

 

「えっと……ついてこいって事かな……?」

 

「……まぁ、行ってみるか」

 

 先導していくヤミラミ達の後を追い、段差をよじ登り、狭い通路を通り抜ける。

 そうして進む内に、正面に光が見えてきた。

 

「……! お姉ちゃん!」

 

「ああ、出口だ!」

 

 進むごとにその光が大きくなっていき、視界いっぱいに広がる。

 洞窟の闇に慣れつつあった目を擦って改めて瞼を持ち上げると、そこは洞窟の岩壁に空いた横穴で、地上の道端に生えた木の枝が幾重にも折り重なり、外側からは見えにくくなっているらしい。

 地上まで少し高さがあるが、目の前の枝を伝って木を降りれば問題は無さそうだ。

 そして、枝の隙間からは大きなドームが見えている。

 

「あれはセキエイスタジアム。……私の時はもっとチャンピオンロードを抜けるのに時間がかかったんだが……」

 

「……ヤミラミ、もしかして近道を教えてくれたの?」

 

 ツバキに尋ねられ、ヤミラミ達は口々に鳴き声を上げている。

 

「……ありがとう! すごく助かったよ!」

 

 ツバキがリーダーのヤミラミを抱きしめると、気恥ずかしさからか硬直してしまった。

 

「ふふっ、自分達を負かした強い相手へのご褒美といったところか」

 

「えへへ、そっかぁ……! 嬉しいな♪」

 

 手を振って洞窟の中へと戻っていくヤミラミ達に別れを告げ、ツバキとイソラは枝に乗り移る。

 そのまま木の幹まで移動すると、しがみついてよじよじと降りていく。

 

「よい……しょっと!」

 

 ストンと着地したツバキが顔を上げると、その前に聳え立つ巨大なドーム……セキエイスタジアムの大きさがよりはっきりする。

 

「巨大なセンタードームを中心とし、そこから四方に伸びる通路とその先のノース、サウス、イースト、ウェストという4つのドームで構成されるセキエイスタジアム。この中で行われるのが、カントーとジョウトの実力者がポケモンバトルの腕を競い合うトージョウリーグだ」

 

「い、いよいよ来たんだね……!」

 

「ああ。さぁツバキ、参加登録をしよう」

 

「う、うんっ……!」

 

 ついに到着した、夢にまで見たセキエイスタジアム。

 ツバキはここを拠点とし、1ヶ月後のリーグ開催に備える事となる。

 ――――物語はついに最終局面へ……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

バルディがまだキバゴなのが気になる?
なぁに、開催まであと1ヶ月もあるから大丈夫大丈夫!(楽観視)


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第83話:女帝演舞

イソラがバトルするだけなので、特に読まなくとも問題無い第83話です!


 ポケモンリーグが開催されるセキエイスタジアムへと続く険路、チャンピオンロード。

 洞窟そのものの薄暗さに加え、登って下りて曲がってと変化を繰り返す道に翻弄されるツバキ達の前に現れたのは、ヤミラミの群れ。

 統率の取れた連携攻撃に苦戦するツバキであったが、バトル中にマグマラシからバクフーンへと進化したケーンの火力と馬力によって撃退に成功。

 勝者へのご褒美か、ヤミラミの案内で大きくショートカットに成功し、巨大な中央のセンタードームと周囲に築かれた一回り小さい4つのドームで構成されるセキエイスタジアムへ到着。

 その広大さに圧倒されつつも、トージョウリーグへの参加登録のため、ツバキはセンタードームへと向かった。

 

 

 

「はい、グレンタウンのツバキさんですね。登録完了です。開催は1ヶ月後となりますので、どうぞ選手宿舎で英気を養って本番を頑張ってください。こちらが部屋の鍵となります。部屋には予備のベッドも収納されていますので、お連れ様もお泊まりいただけますよ」

 

「ありがとうございます」

 

 宿舎の部屋の鍵を受け取り、ツバキとイソラは受付に背を向けて歩き出す。

 

「カナズミシティのトウマさんですね。登録完了いたしました」

 

「フスベシティのボック様。登録完了です」

 

「はい、エイセツシティのスノウさんですね。登録完了となります」

 

 出口へ歩いていると、他の受付で登録を行うトレーナーの姿が散見される。

 服装も身体的特徴も様々で、民族衣装のような物を纏ったトレーナーもいる。

 

「他にもあんなに参加者がいるんだ……わたしの知らない街から来た人もたくさん……」

 

「トージョウリーグの参加資格はカントーかジョウトのバッジを8つだが、だからといってその2つの地方のトレーナーだけが参加するわけではない。最近は遠くイッシュ地方やカロス地方からもはるばる参加しに来るトレーナーもいるようだぞ」

 

「そういえばスカーレットさんもシンオウ地方出身だもんね」

 

 2人がそんな話をしながら外へ出ると、もうすっかり夕焼け空となっていた。

 

「さすがに今日はもう特訓はやめといた方がいいよね……」

 

「だなぁ。それにしても少し見ない間に施設がさらに充実しているな……さすがポケモンリーグ本部」

 

 5つのドームの周りには選手宿舎の他、さながらホテルのような建物も林立しており、これは観客用のようだ。ドームの収容人数が多いため、建物もそれに見合う大きさと数なのだろう。

 他にもトレーナーとポケモン両方を鍛えられるトレーニング施設やショッピングセンター、大浴場に、各地方で知られる有名店が立ち並ぶ総合レストラン。

 ポケモンセンターも通常の医療施設も完備し、ストレス発散用のゲームセンターやスポーツジムまで揃っている。

 ここまで至れり尽くせりだと、ここに住みたいという人もいるかもしれない。(無論、開催期間外は開放されていないが)

 

「すごいよね、本当に。まるでここが1つの街みたい……わっ!?」

 

「ツバキ!?」

 

 道の端に寄って様々な建物を見上げていたツバキであったが、突然何かのぶつかる衝撃に押し出されて倒れそうになり、イソラが慌てて受け止めた。

 何事かと顔を上げると、雲をつくような大男と、その左右にそれよりは体格の劣る2人の男が並んでいた。

 

「んっだコラァ! 兄貴にぶつかって詫びも無しかコラァ!」

 

「ザッケンナコラー! スッゾコラー!」

 

 左右の男は大声を張り上げて威圧するが、ツバキもロケット団との戦いで耐性がついているので、以前ほどの怯えは無い。

 

「おい、こちらは道の端で止まっていたんだぞ。そちらが余所見をして歩いていたのではないのか?」

 

 ツバキの前に立ったイソラが睨むと、男達は矛先をそちらへと向ける。

 

「兄貴の道を塞ぐなっつってんだよコラァ!」

 

「ザッケンナコラー! 兄貴はなぁ、ジョウトのバッジを8つ集めた超つえぇトレーナーなんだぜコラー!」

 

「だからなんだ。子供相手に理不尽に当たって良い理由にはならんぞ」

 

 まったく動じずに切り返すイソラに男達はたじろぐが、それまで黙っていた真ん中の男が前に出る。

 

「気に入らねぇな、生意気な女ってのは。いいかよく聞け。この世は力が全てだ。強い奴が正しく、弱い奴が悪い。そういうもんなんだよ。そして俺様達イワキ3兄弟は強いから正しいんだ」

 

「……そうか。では、こちらが強い事を証明すれば良いのだな?」

 

「何?」

 

 目を剥く男へイソラがモンスターボールを握った右手を向け、高らかに宣言する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「貴様らにバトルを申し込む。バッジ8つの実力を確かめてやる」

 

「おっ、お姉ちゃん……!?」

 

「お前は下がっていろツバキ。こいつは腐ってもリーグ参加者……つまり、お前のライバルになりうる奴だ。みすみす手の内を明かす必要は無い」

 

 ツバキとイソラのやり取りを聞いていた3人が顔を見合わせ、一斉に笑い声を上げ始めた。

 

「ガッハハハハ! そ、そのガキがリーグ参加者だと? ガハハハハ! 聞いたかコウジ、コウゾウ!」

 

「聞いた聞いた! キヒヒヒヒ! こんなガキがバッジ8つとは……!」

 

「ケヒヒヒヒ! どうもカントーのジムはかなりレベルがヌルいらしいぜ! 兄貴なら1日で全部終わるんじゃねぇの?」

 

 故郷カントー地方を愚弄するその発言にイソラの眉がピクリと動いたが、男達……イワキ兄弟はまったく気付かず馬鹿笑いを続けている。

 

「……この挑戦を受けるのか、受けないのか。返答は?」

 

「ガッハハハハ……! 良いだろう、受けてやろう! 戦いってのは使う物が変わっただけで、今も昔も男のもんだってのを教えてやる! 俺様はエンジュシティのコウイチだ!」

 

「グレンタウンのイソラ。向こうにバトルフィールドがある。そこでやろう」

 

 一行は茜色に染まりつつあるドーム外周を進み、バトルフィールドへと立つ。

 両者はモンスターボールを握り、同時にフィールドへと投げ込んだ。

 

「行くぞ、ムクホーク」

 

 イソラのボールから現れたのは、基本部分は灰色と白で彩られ、頭部や首回りの黒い羽毛をアクセントとした大型の鳥ポケモン。もうきんポケモン『ムクホーク』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ふんっ、ひこうタイプか。運の無い奴だ。やっちまえゴローニャ!」

 

 次いでコウイチが出したのは、岩を固めてボール状にしたような身体から手足と頭を出した、メガトンポケモン『ゴローニャ』だ。

 さらに、その横に灰色の頑丈な皮膚と鼻先の角が特徴のドリルポケモン『サイドン』と、一見木のような姿をしたまねポケモン『ウソッキー』が現れた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「えっ……!?」

 

 ツバキが驚いて目を向けると、コウジ、コウゾウと呼ばれた2人がニヤニヤ笑いながらボールを持っている。

 これにはいつの間にかバトルの見物に集まっていたギャラリーからもブーイングが起きた。

 

「3対1なんてズルいぞ!」

 

「それでも男かよ!」

 

 だが、兄弟はそんな物は屁でもないのか、悪びれる様子など皆無である。

 

「おいおい、人聞きわりぃな。自信満々でケンカ売ってきたのはそっちの姉ちゃんだぜ? 何の得にもならねぇバトルを受けてやったんだから、こんくらいのハンデ当たり前じゃねぇか」

 

 なおも止まぬブーイングを、右腕を伸ばしたイソラが制し、ムクホークも問題無いとばかりに甲高い鳴き声を夕焼け空へと鳴り響かせる。

 あまりにも堂々としたその姿と声に、逆に兄弟とそのポケモン達の方が怯んでしまった。

 

「……時間が時間だ。さっさと始めようか」

 

「……ガッハハハハ! イキりやがって! ……“ストーンエッジ”だ!」

 

「サイドン! お前も“ストーンエッジ”!」

 

「ウソッキー! “うちおとす”だぁっ!」

 

 ゴローニャとサイドンが地面を踏み鳴らし、隆起した岩を浮遊させてムクホークへ発射し、ウソッキーは小さめの岩を回し蹴りで加速させて飛ばしてきた。

 

「なるほど、なかなかのパワーだ。ウソッキーへ“でんこうせっか”」

 

 ムクホークはその場で羽ばたいて一気に加速したかと思うと、岩の弾幕を恐れる事無くまっすぐにその中へと突っ込み、飛んでくる岩をきりもみ回転で右へ左へ器用に回避していく。

 ある時は時折翼を畳んでわざと失速し、またある時は翼の角度を微調整して身体を傾ける事で、あわや直撃と思われた岩も難無くよけて見せる。

 岩の嵐を無傷で抜けたムクホークは、そのままの勢いでウソッキーの顔面目掛けて突進し、すり抜けざまに鋭いクチバシで相手の額を打ったが、さすがいわタイプというべきかわずかによろめいただけに留まる。

 

「すばしっこい奴だ! “ロックブラスト”だゴローニャ!」

 

「もう1度“ストーンエッジ”!」

 

 ゴローニャは地面へ拳を打ち付けて20個ほどの大きな岩塊を浮遊させ、それをマシンガンのように連続で発射してきた。

 そして、サイドンは再び地団駄を踏んで隆起した鋭い岩にその太い尻尾をバットのように叩き付け、先ほどよりも高速で飛ばしてくる。

 

「弾幕来るぞ。右、下降、左、右、上昇、左」

 

 迫る岩の群れにも臆せず空を往くムクホークは、イソラの指示からほとんどタイムラグ無しにその通りの動きを実行して次々に岩塊を回避する。

 だが、さすがに激しい動きが多いためか、方向転換の度に辺りに羽根が舞い散る。

 

「よし……! よし……!! 余裕が無くなってきやがった!」

 

「そのまま追い落とせ!」

 

 弾幕がより激しくなり、徐々にムクホークの高度が下がってくる。

 

「……取ったぁ! “アームハンマー”だ!」

 

 ちょうど良い高さまで下りてきたところへ、ジャンプしたウソッキーが勢いよく右腕を振り上げる。

 

「遅い。“インファイト”」

 

 だが、その腕が振り下ろされる事は永遠に無かった。

 素早く振り向いたムクホークは、ウソッキーの顔面にクチバシで一撃を加えて怯ませると、強靭な脚の爪で胴と横っ面にキックを立て続けに計2発、そして最後に強烈な回し蹴りの連続攻撃を浴びせてウソッキーを地面へ叩き落としたのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 単純な技のダメージに加え、それによって加速した落下速度、そして地面への激突はウソッキーの体力を一瞬にして削りきり、戦闘不能に追い込んだ。

 

「ば……馬鹿な……一撃……!? ウソッキーは特性《がんじょう》…………あ……ああぁっ……!!」

 

 《がんじょう》は体力がまったく削られていない場合、一撃で戦闘不能になるようなダメージを受けてもギリギリでこらえる事が可能な特性で、主にいわタイプやはがねタイプに多く見られる。

 そう、一撃ではない。

 さほど大きくは無かったものの、最初の“でんこうせっか”ですでにダメージは負っていたのだ。

 

「く、くそぅっ! すまねぇ、兄貴達!」

 

「馬鹿野郎! 何やってんだコウゾウ! ちぃっ……! “かえんほうしゃ”だゴローニャ!」

 

「サイドンは“れいとうビーム”!」

 

 今度はゴローニャが口から炎を吐き、サイドンは角の先端から冷気を集束した光線を発射して空中のムクホークを襲う。

 

「ほう、くさタイプ対策にでも覚えさせていたか。だが、駄目だな。対策は結構だが、使うべき局面と相手をよく考えねば逆効果、かえって隙を生む。下降、左旋回」

 

 ムクホークは空中を薙ぎ払うように放たれた炎をかわしながら“れいとうビーム”を誘導し、“かえんほうしゃ”に当てて激しい水蒸気を発生させる。

 

「“ブレイブバード”」

 

 そこから急降下で飛び出したムクホークは地面スレスレの低空を高速で飛行し、空中の水蒸気に気を取られているサイドンの脚に突進して転倒させた。

 サイドンが近くにいたゴローニャまでも巻き込み、揃って地面に倒れ込んでしまった時にはムクホークの姿は遥か上空で、後にはヒラヒラと灰色の羽根が舞うのみ。

 

「ちょこまかちょこまか……! 早く起きろゴローニャ!」

 

「お前もだサイドン!」

 

 2人に発破をかけられ、ゴローニャとサイドンはノタノタと地面へ手をついて起き上がる。

 

「今度こそ当てろよ! “ストーンエッジ”!」

 

「お前もだ! “ストーンエッジ”!」

 

 兄弟の怒号が飛び、空のムクホークへ発射する岩を用意するため、ゴローニャとサイドンが腕を振り上げる……のだが、その動きは異様に遅く、やっと振り上げたかと思えば振り下ろすのも遅い。

 そうして叩いた地面から出てきたのは、最初に使った“ストーンエッジ”とは比較にならないほど小さい岩の欠片。

 ひょろひょろ飛んでいった礫は、ムクホークの翼で容易く叩き落とされた。

 

「な……何やってやがる!? やる気あるのか!?」

 

「遊んでんじゃねぇぞコラァ!」

 

 トレーナーに叱られ、2体のポケモンは困り顔だ。

 

「……ふぅ……トレーナーの無茶振りに懸命に応えているというのに、報われないな。そんなだからバトル中、自分のポケモンの様子が変わった事にも気が付かない」

 

 呆れ顔のイソラに触発され、兄弟が睨みつけてくる。

 

「な、何ぃ……!?」

 

「ポケモンの様子って………………は? あ、兄貴っ! あれ! あれ!」

 

「あ? ……な、なんだありゃあっ!?」

 

 改めてゴローニャとサイドンの姿を観察すると、その身体のあちこちから灰色のふわふわした物がはみ出ているではないか。

 

「言われてやっと気付いたか。ポケモンに実力があっても、それをトレーナーが活かせないのではな」

 

 イソラの頭上をムクホークが通過し、ひらひらと落ちてきた1枚の羽根を右手の親指と人差し指の間に挟んでキャッチする。

 

「“フェザーダンス”。相手に羽根を纏わり付かせ、攻撃動作を妨害する技だ。ましてゴローニャもサイドンも打たれ強い代償として身体には隙間が多い。関節はもちろん、その隙間に異物が詰まれば、苛立ちやもどかしさから思い通りに力を込める事はできないだろう」

 

 淡々と紡がれるイソラの言葉に、兄弟は揃ってあんぐり口を開けたまま。

 

「バトル中とはいえ、あれだけ羽根が散る事をおかしいと感じなかったのか? お前達のポケモンはパワーはあるし、指示にも忠実。はっきり言って優秀なポケモンだ。これまでのバトルでもさぞ活躍した事だろう。だが、肝心要のトレーナーがそんなでは、実力の半分も出せていないな」

 

「ぐ……ぐぐぐ……!」

 

 ぐぅの音も出ないとはこの事か。

 実際、鳥ポケモンなんだから羽根が抜け落ちるくらいおかしくないと疑問を抱きすらしなかったのだから、反論のしようが無い。

 

「これに懲りたら、もう少しポケモンに相応しいトレーナーとなる事だ。ゴローニャへ“ブレイブバード”」

 

 ムクホークが左側へ寄りながら急上昇し、十分な高度まで上がってから翼を折り畳んで急降下。周囲の空気を巻き込みながら、鋭利な針のようなオーラを展開して一直線に突撃していく。

 

「か、“かえんほうしゃ”だ!」

 

「“れいとうビーム”!」

 

 ゴローニャ達は思うように動かない身体の向きをどうにか変え、炎と冷気による対空攻撃を行う。

 だが、力が入らないのか、直線的にしか飛ばないそれらに対し、ムクホークはわずかに身体をよじるだけで回避し、ゴローニャの身体の上部付近に突進。

 丸い身体のゴローニャは高空からの突撃を受けて転がり、サイドンにぶつかってしまった。

 

「“インファイト”」

 

 そして、2体が一纏めになったところへ肉薄し、風切り音が周囲に響くほどの速度で左右の脚の爪を振るうと、一瞬にしてそれぞれに10発以上の打撃と斬撃が打ち込まれる。

 ムクホークが宙返りをしてイソラの肩に止まると同時に、ゴローニャとサイドンは呻き声を上げながら倒れ、辺りに土煙が舞う。

 

「……これがカントートレーナーの実力だ」

 

 イソラは肩にムクホークを乗せたまま、まるで奇術師がショーを終えたかのように大仰に腕を振って礼をする。

 バトルフィールドの周りは一瞬静まり返り、次の瞬間、大歓声と拍手が鳴り響いた。

 

「に……苦手ないわタイプ3体相手に勝っちゃった……」

 

 ツバキは自分も初めに比べればそこそこ実力をつけたと考えていたが、さらにその上を行くイソラの実力を目の当たりにして呆然としてしまう。

 と、その時。ドンッと拳を地面に打ち付ける音が聞こえた。

 

「馬鹿な……馬鹿なっ! 俺様はバッジを8つ集めたんだぞ! 1度も負けずにだ! なんでこんな女に負ける!?」

 

「自惚れるなっ!!」

 

 往生際悪く噛み付くコウイチに、それまで物静かに接していたイソラが声を荒げる。

 

「なるほど、ジムリーダーに勝って自信をつけるのは結構だ。元よりそうしてトレーナーのモチベーションを上げ、ポケモンバトルという文化を活性化させるのがポケモンリーグでありポケモンジムだ。だが」

 

 イソラはムクホークの頬を右手で撫で、一瞬だけ優しい表情を見せた後、再度厳しい視線をイワキ兄弟へと向けた。

 

「それで天下を取った気になるのは大きな間違いだ! お前達が目の当たりにしたのはジムリーダーの実力のほんの一端に過ぎない! 相手はチャレンジャーに合わせてくれている事を忘れるな!」

 

 矢継ぎ早に飛び出す厳しい言葉の数々は、これまで数多のジムリーダーと戦ってきたイソラの経験も加わり、実に説得力がある。

 

「トレーナーの成すべき事は、その勝利をバネにしてポケモンと共により高みを目指して精進する事! 自信と慢心を履き違えるんじゃないっ!!」

 

 これには兄弟も返す言葉が無く、ポケモンをボールに戻すと捨て台詞すら吐かずにすごすごと立ち去っていった。

 

「……ご苦労だったな、ムクホーク。すぐにポケモンセンターに連れていってやるからな」

 

 ギャラリーが散ってくると、イソラもムクホークをボールに戻してツバキの元へと帰ってきた。

 

「お姉ちゃんすごいっ! 格好良かったよ!」

 

 目を輝かせて興奮気味のツバキであったが、イソラは困ったという顔をしている。

 

「いや、実を言うとかなり緊張していた。トレーナーはともかく、ポケモンの方は実力が高かったからな。数値換算すると、ゴローニャはレベル70前後。サイドンとウソッキーは60といったところか。どうもポケモンを強く育てるという一点においてのみは才能があったらしい。奴がそれを踏まえて成長すれば、かなりの強敵になるだろう」

 

「そうなの?」

 

「ああ。だが、たまにいるんだ。そういう特定の才能だけが飛び抜けていると、他の大事な要素の成長が遅れる奴が。今の奴は強く育てる事はできても、精神の成長が未熟で、自分の使うポケモン以外に興味を持たない……さらに言えばその自分のポケモンすら常に最大のスペックを発揮してくれると思っているタイプだな。機械でなく生き物である以上、そんな事はありえないのだがな」

 

 何かの才能が優れているがために、他が歪になる。

 それを聞いてツバキが思い出したのは、ロケット団員のシュルマから聞いたウィルゴ……ベラの話だ。

 ポケモンバトルに卓越した才を発揮してしまったが故に周囲との実力差が広がり、全力でぶつかり合うポケモンバトルの楽しさを理解する事ができず、弱者をいたぶる事に快楽を見出す嗜虐嗜好へと歪んでいったという。

 ロケット団アジトで一本取る事には成功したが、果たしてあれで彼女の考えを変える事ができたのだろうか?

 ロケット団が壊滅した今となっては聞く事はできない疑問が、見上げた紅の空へと消えていった。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

思えば作中で散々異名が語られているわりには、イソラが本腰を入れてバトルする場面があまり無かったのでちょっとテコ入れしました。
まぁ、相手は大した事はないんですけどね…。

あと今回使用した分で本作挿絵用の落書きが200枚の大台に乗りました!
ここまで根気強く来られたのも皆様のおかげです!これからもお付き合いいただけるとありがたいかなーって!


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第84話:ドラゴン・インパクト

おまちどおさまです!第84話が来ました!


 セキエイスタジアムにて参加登録を済ませたツバキは、広大な敷地と充実した施設に目を丸くしていたが、その時、ジョウト地方からやってきたイワキ3兄弟の長男・コウイチにぶつかってしまい絡まれる。

 道の端で止まっている相手にぶつかりながら「自分はジムバッジ8つを集めた強者である」として威張り散らし、いちゃもんをつけてくる彼らに対し、イソラはバトルを申し込む。

 卑怯にも3体のいわタイプを同時に繰り出してきたイワキ兄弟であったが、イソラのムクホークは危なげ無くこれを撃破。

 なおも食い下がるコウイチに、とうとうイソラから怒号と共に説教が飛び、ポケモントレーナーのあるべき姿勢を説かれたイワキ兄弟は何も言えずに退散するのだった。

 

 

 

 

 昨日のイソラのバトルから一夜明け、セキエイスタジアム敷地内の選手用宿舎では……。

 

「お姉ちゃぁぁーーーーんっ!!」

 

 とある一室からツバキの怒声が響き、窓際にいたマメパトが驚いて飛び去っていた。

 

「もう1つベッドあるんだから、添い寝なんてしなくていいのっ!!」

 

「いや、私もそちらで寝ていたはずなんだが……不思議だ」

 

 なんという事はない。

 別々のベッドで寝ていたはずが、イソラがいつの間にかツバキを抱き枕のようにして寝ていたためにツバキが怒っているという、いつもの光景……いや、こんなもんがいつもあってたまるかという感じだが。

 

「またやったらわたしはポケモンセンターの個室に泊まるからね!」

 

「わ、わかったわかった! すまない! 悪気は無かったんだ!」

 

 腕を組んで怒るツバキに、イソラは両手を合わせて平謝りだ。

 

「……もう……昨日はやっぱり格好良いなって思ったのに、一晩も明けない内にこれなんだから……」

 

「いや、本当に悪かった……たぶん寝ぼけていたんだと思うが、ともかく気を付ける」

 

 とりあえず仲直りを済ませた2人はポケモンセンターへ向かい、サンドイッチで簡単な朝食を終えると、手持ちポケモンの入れ替えを行ってからトレーニング施設へと向かう。

 建物に入り、受付に選手IDを見せて施設利用を申し出てから奥へ進むと、1階にはサンドバッグやランニングマシンといった人間用施設でも見かける基礎的な物が用意されている。

 

「わぁ……色々ある! あ、あっちの階段は何かな?」

 

 地下へ下りると、広いスペースにタイプ別の技訓練用に的が並び、その1つ1つの間には周囲に流れ弾などの被害を出さないように超硬度複合合金製の仕切りが設けられている。

 この仕切りはポケモンリーグ協会の依頼の下、カントーのシルフカンパニーとホウエンのデボンコーポレーションが共同開発した物であり、各地方にある同種のトレーニング施設へ提供されている。曰く、『“はかいこうせん”でも“ギガインパクト”でも100回当てても壊れない』との事。

 バトルフィールドも設置され、屋外のそれと比べて広さに種類があり、あえて狭いフィールドを選ぶ事で細かい動作をより洗練し、最小限の動きで実現できるようになったりする。

 

「すごい! ここなら特訓もはかどりそう!」

 

「まさにそのための施設だからな」

 

「うぅん……こんなに色々あると、何から始めようか迷っちゃうなぁ」

 

 ツバキはここまでに見てきた設備を再度確認しながら歩き、トレーニングに勤しむ他のトレーナーの姿を観察する。

 1階に戻って体力等の基礎部分を鍛える?

 地下で技の精度や効率的な使い方を練習する?

 はたまたバトルフィールドで模擬戦をする?

 そもそも誰を鍛える?

 唐突にできる事がたくさん増えたからか、そんな考えがツバキの頭の中をグルグル駆け巡っていると。

 

「ねぇねぇ、君~」

 

 後ろから声をかけられて振り返ると、少しふっくらとした男の子が立っていた。歳はツバキと同じくらいだろうか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「もしかして~、君もリーグに出るの~?」

 

「えっと……まぁ……」

 

 突然の事で頭を整理しきれていないツバキがそう答えると、安心したかのように息を1つ。

 

「良かった~。周りが強そうな年上の人ばっかりで不安だったんだよ~。あ、オイラはフスベシティから来たボックって言うんだ~、よろしく~」

 

「へぇ、フスベシティ! あ、わたしグレンタウンから来ましたツバキです!」

 

 ツバキが手を差し出すと、ボックも一拍遅れて握り返し、歳の近い者同士握手を交わした。

 

「おーい、ツバキ。何からやるか決まっ……おや?」

 

 施設内を見て回っていたイソラが戻ってくると、なにやらツバキは見慣れない少年と話をしている。

 

「あ、お姉ちゃん!」

 

「ただいま。その子は?」

 

「えっと、今ここで会った、フスベシティのボックさん!」

 

「『さん』はいらないよ~。はじめまして~」

 

 ボックはツバキの呼称にツッコミを入れつつイソラへ頭を下げた。

 

「うん、はじめまして。私はイソラだ」

 

 ぽやんとした見た目のわりに礼儀をわきまえているボックに対して微笑んで挨拶を返すイソラの服の裾を、ツバキがくいくいと引っ張る。

 

「それでね、お姉ちゃん。わたし、とりあえず今はボックさんとバトルしようと思うの!」

 

「ほう、それは良い。やはり実戦は何にも勝るトレーニングになるからな。……ふむ、あそこの中くらいのバトルフィールドがちょうど良さそうだ」

 

 指差したバトルフィールドへ向かうボックの背中を見ながら、イソラがツバキへ耳打ちする。

 

「ツバキ、気を付けろ。おっとりしているが、お前とそう変わらん歳で見事にバッジ8つを集めている相手だ。しかも、フスベシティはドラゴン使いの里として知られる街……もしかしたらドラゴンポケモンを使ってくるかもしれん」

 

「ドラゴンポケモン…………うん、わかった」

 

 ツバキとボックの2人はフィールドの両端で向かい合い、同時に腰のボールを1つ手にする。

 

「行くよ~、ツバキ~! ガバイト、レッツゴ~!」

 

「お願い! バルディっ!」

 

 フィールドに着地したバルディの前に、砂埃を上げて下り立ったのは、青紫色の体色と、背中のヒレ、鋭い1本の爪が特徴的なポケモンだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ほらあなポケモン『ガバイト』。ツバキはその姿を一目見ると……。

 

「……? なんだかどこかで見たような……」

 

 ガバイトの身体的特徴にデジャヴを覚えて首を傾げるツバキへ、イソラが答えを告げる。

 

「スカーレットが持っていたガブリアスを覚えているか? あのポケモンの進化前だ」

 

「あ、そっかぁ!」

 

「お~、ガブリアス知ってるんだ~。オイラのガバイトも、いつか立派なガブリアスになるために毎日頑張ってるんだ~」

 

 ボックの言葉を体現するかのように、ボールから出てからのガバイトは腕の爪を振り回してやる気満々だ。

 

「よし、では使用ポケモンはその2体で良いな?」

 

「うんっ!」

 

「いいよ~」

 

 2人の意思を確認したイソラは、右手を振り上げる。

 

「では、バトル……開始っ!」

 

 振り下ろされたイソラの腕を合図に、バトルがスタートした。

 

「先手必勝だ~! “ドラゴンクロ~”!」

 

 素早く走り出したガバイトの両手が激しく荒々しいオーラを噴出し、一瞬にして両腕全体をコーティングする。

 その瞬発力はなかなかのもので、あっという間に距離を詰めてきた。

 

「“ダブルチョップ”で迎え撃って!」

 

 対するバルディは口の両端から突き出た牙へ青いオーラを纏わせ、ガバイトが振り下ろした“ドラゴンクロー”を、首を振ってギリギリで受け止める。

 

「(すごい~! あの体勢から受け止めた~! 驚きのパワ~だよ~!)」

 

 だが、パワーでは決して大きく劣るわけではないにしても体格の差は如何ともし難く、上から力任せに押し込んでくるガバイトに次第に力負けし始める。

 そして、脚が震えてわずかに体勢が崩れた瞬間、ガバイトはここぞとばかりにフリーだった左腕で横薙ぎに“ドラゴンクロー”を叩き付けてきた。

 

「バルディっ!」

 

 やはり腕が長く、攻撃に使いやすいのは大きい。

 実際、口の牙が主武装となるバルディに対し、両腕を使った攻撃を仕掛けられるガバイトは手数にしても対応力にしてもかなり有利だ。

 

「負けないで! “カウンター”!」

 

 吹っ飛ばされたバルディは、短い脚を懸命に伸ばして着地するや素早く地面を蹴ってガバイトへ肉薄し、まさに体勢を整えるところだったその土手っ腹に、お返しとばかりに牙を叩き付ける。

 予想外のパワーで与えた以上のダメージを返され、よろめくガバイトであったが、そこはあのガブリアスの進化前。両脚を開き、尻尾も接地させて身体を支えて見せた。

 

「すごいパワ~だけど~、オイラのガバイトはもっともっとタフなんだよ~! “アイアンテ~ル”~!」

 

 しっかりと地面へ足を踏み込み、前傾姿勢になったガバイトはドスドスと音を立ててフィールドを駆け、勢いをつけると身体を捻り、硬質化して銀色の輝きを放つ尻尾を遠心力で叩き付けるように振り回す。

 

「(っ! これは防げない!)地面に“りゅうのいかり”!」

 

 その質量と遠心力の加わった攻撃を防ぐ事は不可能だと直感的に悟ったツバキの指示を受け、バルディは小さく跳ねて地面へ向けて口から衝撃波を吐くと、その反動で空中高く飛び上がって“アイアンテール”を回避した。

 コマのようにグルグルと回るガバイトはそのまま直進し、しばらく進んだところでやっと停止してバルディを探し始める。

 

「上だよ~! “めざめるパワ~”!」

 

 ボックからの指示でバルディの姿を確認したガバイトの口から6つの赤いエネルギー弾が放出され、一斉に空中のバルディへ対空砲火のように放たれた。

 

「“りゅうのいかり”!」

 

 対するバルディは大きく息を吸い込んでから大口を開き、ここまでで最大級の衝撃波を発射。

 空気をビリビリと振動させるほどの衝撃波でエネルギー弾が掻き消され、その余波はガバイトにも襲いかかった。

 

「うわぁ~! ま、まるで“りゅうのはどう”だよ~……!」

 

 ボックは改めてバルディの小さな身体に秘められた驚異的なパワーの恐ろしさを感じる。キバゴの状態でこれなら、進化したらどうなってしまうのか?

 

「……ガバイト~、これは同じドラゴンタイプとして負けられないよ~! “ドラゴンクロ~”!」

 

「勢いを利用するよ! “ダブルチョップ”!」

 

 ガバイトは檄を飛ばされ奮起し、右手の爪に龍を象ったオーラを纏わせてジャンプし、落下してくるバルディを迎撃する。

 バルディも牙を青く発光させ、自由落下による加速を利用して全体重を乗せた一撃をお見舞いせんとガバイト目掛けて落ちていく。

 そして、両者は空中で激突。

 バルディの牙とガバイトの爪が押し合いへし合い、互いに纏わせたオーラが稲光のように伸びたかと思えば激しく爆ぜる。

 だが、今度はさっきとは逆にバルディ側が上から押し込む形となっており、地に足を付いておらず、ジャンプした勢い以外は技の推進力だけが原動力となっていたガバイトは、重力に任せて牙を押し付けてくるバルディに押され始める。

 

「バルディっ! 頑張って!」

 

「負けるなガバイト~!」

 

 ツバキとボックはそれぞれのポケモンへと声の続く限り応援を続けるが、その次の瞬間。突如2体の身体が青白い光を放ち始めた。

 

「えっ……!?」

 

「ま……まさか~!?」

 

「同時にか……!?」

 

 そう、進化だ。進化が始まったのだ。

 しかし、自然界でならばともかく、別々のトレーナーが所持していて種の異なるポケモン同士が、バトル中に同時進化するなどイソラでも見た事が無い。

 

「(ポケモンはトレーナーの強い想いに応えるとは言うが……それがまったく同じタイミングに重なるとは……!)」

 

 ポケモン達は若き主の闘志をその身に宿し、それを形とするかのように姿を変えていく。

 両者共に身体が肥大化し、ガバイトの腕の翼が、バルディの突き出た牙が伸びていく。

 進化が始まったのが同時なら、進化が終わったのも同時。2体を包んでいた光が消失し、わずかな粒子のみが舞い散る中、両者は同時に目を開き、進化後の余韻も無く一層の力を込めると相手から勢いよく離れてトレーナーの前へと下り立った。

 片やマッハポケモン『ガブリアス』。ツバキも見覚えのある姿へと進化した。

 そして片やあごオノポケモン『オノンド』。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 キバゴに比べて体色は濃くなり、表皮は見ただけでわかるほどに硬質化してさながら鎧のよう。特徴であった牙は倍以上に伸び、刃と形容して差し支え無いほどの鋭さを備えた。

 

「や、やった……! ついに進化だねバルディ! たくましくて格好良い! ……そっか、オノンドかぁ……!」

 

「念願の進化だよ~! 夢が叶ったね、ガバ……ガブリアス~!」

 

 ツバキは図鑑でバルディの進化で変化した姿と技を確認し、ボックも待ちに待ったガブリアスへの進化でテンションが高い。

 進化の当事者である両者は地面へ足を付けると、改めて自分の身体の変化を確認するように腕や尻尾を振り回したり、その場で足踏みをしていたが、それが終わると互いに顔を見合わせてニヤリと不敵に笑う。

 その表情からは、「これでもうお前には負けないぞ」という意思が伝わってくるかのようだ。

 

「やる気は……」

 

「十分みたいだね~! それじゃ行くよ~! “ドラゴンクロ~”!」

 

 ガブリアスが咆哮し、右腕全体を強大なオーラで覆う。

 そのオーラは進化前よりも遥かに大きく、海原を往く龍のごとく激しく波打つ。

 

「それならこっちは……“りゅうのまい”!」

 

 それに対してツバキは、新たに習得した技を指示した。

 その場の空気を切り裂くかのように大きな牙を振るい、ずんぐりとした体格からは想像のつかない軽快な動きで舞うバルディの身体から闘気が放出され、背後に巨大なドラゴンが控えているかのような錯覚を受ける。

 その迫力に一瞬怯んだガブリアスだったが、頭を左右に振って迷いも恐怖も振り払いつつ前屈みの突撃体勢を取ると、ガバイト時よりも発達した脚で勢いよく地面を蹴った。

 舞を終えたバルディは、右腕のオーラを脈動させて突撃してくるガブリアスを見据えると、脚を広げて待ち構える。

 

「“ダブルチョップ”!」

 

 見るからにガバイトのそれより強力になっているガブリアスの“ドラゴンクロー”。

 強大なドラゴンに対抗するにはこちらもドラゴンをぶつける……それが今の状況ではベストとツバキは考えた。

 “つじぎり”ではあの勢いにはまず押し負けるし、悠長に“カウンター”を待っていて一撃で倒されましたでは話にもならない。

 となれば、“りゅうのまい”で強化し、かつバルディの本領たるドラゴンタイプの技である“ダブルチョップ”が最適解だ。

 左右の牙をガブリアスにも劣らぬ激しいオーラでコーティングし、こちらも走り出した。

 互いに相手を睨みながらフィールドを駆け、ちょうど中央辺りで両者はぶつかり合う。

 先手を取ってジャンプからの振り下ろしを仕掛けたバルディの牙を、ガブリアスは咄嗟にオーラで包んだ左腕を水平に構えて受け止めて、右腕の“ドラゴンクロー”で仕留めようとしたが、バルディはそのまま力を入れて牙を押し込み、慌ててその状態を維持しようと跳ね上げたガブリアスの腕をバネにして前方へ跳んだ。

 空中で身体を捻ってガブリアスの背後へ着地したバルディは間髪入れずその背中へ突進していくが、ガブリアスも負けじと左脚で身体を支えてその場で180度回転し、連続で振り回される牙を両手の爪で捌いて見せる。

 

「(“りゅうのまい”を使ったバルディの攻撃に、どうにかではあるが対応している……やるな、あのガブリアス。どうもバルディ同様に負けず嫌いらしい)」

 

 性格が似ている上に同じドラゴンタイプ同士。ライバル意識が生まれるのはむしろ当たり前と言えるだろう。

 

「そこだ~! “アイアンテ~ル”~!」

 

「跳ねてかわして! “つじぎり”!」

 

「爪で受け流すんだ~!」

 

 “ドラゴンクロー”と“ダブルチョップ”の応酬の合間に他の技による搦め手も割り込むが、2体は近接戦闘の間合いから離れようとはせず、一拍おくと再びドラゴンのオーラを得物に纏わせた格闘戦を繰り広げる。

 2体のドラゴンは優に30回以上も剣戟を重ねたが、その内にスタミナ差でバルディの動きに鈍りが出てきた。

 進化した数が相手は2回、バルディは1回で、言ってしまえばパワーアップの回数が少ないのだ。

 加えて、バルディは体格のわりにパワーがあるが、言い換えれば身体に蓄えられるエネルギー量に対して体力の消費量が大きいという事だ。

 結果、好戦的で常に全力を出すバルディの性格と肝心の肉体が噛み合わず、極めて持久力が無いという事になってしまっているわけである。

 

「(……まずいかも……バルディがかなり疲れちゃってる……! なんとかしないと……!)」

 

 この状況を打開すべくツバキは脳をフル回転させるが、そうこうしている間にもバルディは押していた状態から徐々に押され気味になってきた。

 

「今だ~! “アイアンテ~ル”~!」

 

「っ!!」

 

 横から飛んできた“ドラゴンクロー”を受け流すため、頭をより大きく振って牙で弾いたが、視線が横に逸れたその隙を突いてガブリアスが宙返りをするように“アイアンテール”を放つ。

 下側からアッパーのように迫る硬質化した尻尾を確認した時には遅く、顎に一撃を叩き込まれてバルディの身体が空中に浮いた。

 

「“ドラゴンクロ~”!」

 

 素早くオーラで覆った右腕を振り下ろし、宙を舞うバルディの腹部へ強烈な追撃が入った。

 

「バルディっ!!」

 

 地面へ押し付けられたバルディは、コイキングのように口をパクパク開閉していたが、ついにガクリと力が抜けて動かなくなってしまった。

 

「……そこまでっ! このバトル、ガブリアスの勝ちとする! ……荒削りではあるが、身体のあらゆる部位を活用した良い戦い方だった。見事だ」

 

「へへ~……ありがとう~。ガブリアス~、もっと強くなろうな~」

 

 イソラからの賛辞を受けたボックは、フラフラのガブリアスを支えながら共にガッツポーズ。

 

「ツバキ。お前とバルディも良く戦ったが、彼らには1歩及ばなかったな。だが……」

 

「うん、わかってる。めげないよ! わたしも、バルディも!」

 

 バルディを抱くツバキは、目の端に浮かんだ涙を拭い、笑顔を浮かべてイソラに答えた。

 

「……すぐポケモンセンターに連れてってあげるから、それまで休んでてね。……ボックさん、ありがとうございました!」

 

 バルディをボールに戻したツバキは立ち上がり、ボックに手を差し伸べた。

 

「こちらこそだよ~! そのオノンド、進化したばっかりであんなに強いんだから末恐ろしいよ~……オイラ達もうかうかしてられないな~……!」

 

 ボックが笑顔で握り返すと、ツバキも笑みを返して2人は笑い合う。

 若いトレーナーが互いをライバルとして切磋琢磨する姿に、イソラはまだまだポケモンバトルという文化の未来は明るい事に安堵して表情を和らげる。

 

「(……って、私もまだ18だった……何を年寄りみたいな事を言っているんだ……)」

 

 心中でノリツッコミをしつつ、2人を労うべく歩み寄るイソラであった。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

突然ですが…
腰 を 痛 め ま し た !
痛い…寝転がりからの起き上がりが特に痛い…。

時に、ここから
あっという間に1ヶ月後が経った…というド○ゴンボール的な時間跳躍ってアリだと思いますかね?
最低限のプロットはありますが、この期間中に進化やゲットのような重要イベントが挟まる事は無いので、時間と話数を食うわりには必要性があまり無いんですよね、特訓編。
それよりもリーグ本番のが気になる人もいると思うので、特訓編をキングクリムゾンしてしまおうかとも考えております。


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第85話:トージョウリーグ開幕!予選開始の狼煙!

腰の状態が改善されてきましたので更新再開です!


 イソラとイワキ兄弟とのバトルの翌日、選手宿舎に宿泊して朝を迎えたツバキは、イソラのいつものアレに辟易としつつトレーニング施設へと向かう。

 充実した設備にどんなトレーニングをしようかと悩んでいた中で出会ったのは、ジョウト地方はフスベシティからリーグに参加する少年トレーナー・ボック。

 歳の近い2人は意気投合し、トレーニング代わりにバトルをする事となる。

 バルディとガバイトというドラゴンタイプ同士のバトルは熾烈にして苛烈を極めたが、そのバトルの最中、2体のポケモンが同時に眩い光を放ち、まったく同じタイミングでの進化を遂げた。

 オノンドへと進化したバルディはさらに磨きのかかったパワーで攻めるが、大柄な身体を活かした柔軟なバトルを行うガブリアスには1歩及ばず敗北を喫する。

 ツバキとバルディは敗北の悔しさをバネに、さらなる特訓を重ねてリーグ本番に臨む事を決意するのだった。

 

 

 

 ボックとバトルした翌日。今日もツバキはトレーニング施設を訪れていた。

 ツバキの前でサンドバッグに一定のテンポで牙を打ち込んでいるのはバルディだ。

 

「ワン・ツー、ワン・ツー」

 

 ツバキの手拍子に合わせ、テンポを崩さないように順番に左右へ身体を捻って牙を振るう。

 周りでは他のポケモン達もサンドバッグを叩いたり、ランニングマシンの上で走ったり、バーベルを持ち上げたりと自己鍛練に励んでいる。

 

「気合いが入ってるな、バルディは」

 

「あ、お姉ちゃん。うん、やっぱり昨日ガブリアスに負けたのが悔しかったみたい。……わたしもだけど」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキはイソラと話している間にも手拍子は忘れず、バルディもそのタイミングに合わせて動き、逸りすぎず遅れすぎないように気を付けているようだ。

 

「なるほどな。それでペース配分を考えるように一定のリズムで身体を動かしているのか」

 

「うん。バルディはパワーがあるのは良いんだけど、おかげですぐに体力を使いきっちゃうみたいだから」

 

 闘争心を抑え、パワーをセーブする事を覚えれば、押しきれそうな相手は全力を出して短期決戦を目指し、そうでない相手には様子を見ながら要所要所で強力な一撃を叩き込むという対応の幅が生まれ、バルディはさらなる強さを身に付ける事ができるだろう。

 実際、オノンドへ進化したバルディはパワーだけで言えばシェルル以上であり、多少セーブしたとしても十分戦闘には耐えうるのである。

 

「確かにそこさえどうにかなれば、バルディの頼もしさは得難いものだからな」

 

「バルディは生まれてそんなに経ってないから、加減がわからないんだと思う。それを根気強く教えてあげれば……。ね、ポポくん」

 

 ホバリングしながらサンドバッグにクチバシを突き立てているポポへ声をかけると、一連の動作を中断して返事のように一声を上げた。

 ポポもポッポからピジョンに進化してからは、それまでのようにツバキの頭に乗る事ができなくなったために肩に掴まるようになったが、そのバランスの取り方や適切な力加減を覚えるまでは時間がかかったものだ。当然、ピジョットに進化してからはますますシビアになり、何度か加減を間違えてツバキの肩に爪が食い込んだ事もあった。

 それでも繰り返し練習を重ねた結果、滑空してきてから掴まっても即座にバランスを取り、ツバキの肌を傷付けるような事も無くなったのだ。

 

「だからバルディもきっと今よりずっと強くなれるよ。わたしや他の皆も一緒に頑張るんだからね! 開催までの残り1ヶ月……みっちり特訓して、長所を伸ばして欠点は克服しよう!」

 

 腕を突き上げたツバキの声に応じ、ポケモン達も一斉に声を上げた。

 

 

 

「申し訳ございません……他の利用者様のご迷惑になりますので、大声は……」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

 ……スタッフに注意されてポケモン達ともども頭を下げる事になったが。

 まぁ、それはそれとして、施設の充実ぶりから特訓の効率も日を追うごとに上がっていき、地下のバトルフィールドや技用ターゲットですぐに実力の向上を実感できる楽しさから、特訓の日々は流れるように過ぎていった。

 光陰矢の如しという言葉があるが、まさにその通りであり、1ヶ月という期間が過ぎるのは一瞬のようにすら感じられた。

 そして、開催が1週間後に迫ったある日。

 

「今日のトレーニングも良い感じだったな、ツバキ」

 

 この日もラストスパートに差し掛かった特訓を終え、トレーニング施設を出たツバキとイソラ。

 ツバキの肩に乗ったポポもくたびれたという顔だ。

 

「うんっ! 皆も出会った時とは別人みたいに頼もしくなったよ!」

 

 ポケモン達からすれば、以前は臆病でいつもビクビクしていたツバキの方が今では別人のようなのだが、本人にはあまり自覚は無いようだ。

 ……と。そんな2人の前を、赤い髪を靡かせて風のように走り去っていく人物がいた。

 

「わひゃっ!?」

 

「っ! ……今のはまさか……」

 

 どうやら件の人物はセンタードームに入っていったらしい。

 2人が後を追ってみると、参加登録を行うカウンターの前に立った人物がポケモン図鑑を差し出し、受付スタッフがパソコンを操作している。

 

「はい、ズイタウンのスカーレットさんですね。登録完了しましたよ。こちら、選手宿舎の個室の鍵と、選手IDとなります」

 

「…………ありがとうございます」

 

 息を切らせて受け取り、ただでさえボサボサの髪が全力疾走でさらに凄い事になったスカーレットが、深呼吸をして振り向く。

 

「…………あ」

 

 そこにいたのは、驚いた顔のツバキと、呆れた顔のイソラだった。

 

「……スカーレットさん……」

 

「前々から疑問だったんだが、なんでお前はバッジ集めはやたら早いくせに、肝心の大会への参加登録だけはいつもギリギリ滑り込みなんだ……」

 

 イソラからの至極真っ当な疑問に、スカーレットは顎に人指し指を当ててしばし考え込む。

 

「………………なんでかな?」

 

「いや、こっちが聞いてるんだが……」

 

 考えても仕方無いと判断したのか、スカーレットは腰を屈めるとツバキの頬に両手を添え始めた。

 

「…………来た。ツバキも。……負けないよ」

 

「ツバキの頬をプニプニしながら言っても締まらんぞ」

 

 と、そんな感じでスカーレットがギリギリで参加登録を済ませ、さらに1週間……そう、トージョウリーグ開催の日がやってきたのだ。

 

 

 

 

「えーっと、ポケモン図鑑よし。選手IDカードよし……」

 

 朝。ベッドの上に並べた持ち物を確認しながらバッグへ詰めていくツバキ。

 全て詰め込んだバッグを身体にかけると、モンスターボールを腰のベルトへ装着し、最後に帽子をかぶって鏡の前に立つ。

 

「い、いよいよ今日なんだ…………よしっ!」

 

 ピシャッと頬を叩いて勇気と気合いを充填したツバキが部屋を出ると、イソラが壁にもたれかかって待っていた。

 

「準備は万全か?」

 

「うん!」

 

 他の部屋からもぞろぞろと選手が現れ、宿舎を出ていくので、ツバキ達もその後に続いて進む。

 外へ出ると、凄い数の人が行き交い、あちこちから聞こえる話し声や足音が混ざり合う。

 

「こ、この人達全部観客……!?」

 

「……と、選手に運営スタッフだな。トージョウリーグは規模が大きいからな」

 

 人混みの中をセンタードームへ向かって歩いていると、上空から何かが羽ばたく音が聞こえてきた。

 

「あっ、あのモンスターボール型の帽子……いたいた! ツバキ~♪」

 

 自分を呼ぶ声に顔を上げると、リザードンに乗った両親が手を振っている。

 が、さすがにこの人の群れの中へ降りるわけにはいかない。開会式にはまだ時間があるため、ツバキ達は誘導するように人の少ない方へ移動する。

 

「ご苦労だったなリザードン」

 

 シャコバがリザードンをボールへ戻し、2人が着地した。

 

「っと」

 

「よいしょっと♪」

 

「パパ! ママ!」

 

 舗装された地面に下り立った両親へ、ツバキが駆け寄って抱き付く。

 

「こうして顔を合わせるのもしばらくぶりな気がするな。イソラちゃんも久しぶりだね」

 

「はい、お久しぶりです。うちの親は?」

 

「乗れるポケモンがリザードンしかいなかったんで、やむなく船で来ると言ってたよ。離島はこういう時不便だ。……お、そうだ」

 

 イソラの両親に関して話していたシャコバが、背負っていたリュックを下ろし、中から出した布の両端を掴んで広げて見せた。

 空色の布地に、黒い縁取りを施された白字で大きくツバキの名が書かれている。

 

「どうだツバキ、この横断幕! 本当はもっと大きくしたかったんだが、ママに止められてな」

 

「いくら娘の晴れ舞台だからって、大きすぎて周りに迷惑かけちゃいけないものねぇ」

 

 とは言うものの、妥協の産物であろうこれでさえ大の大人であるシャコバが両手をいっぱいに伸ばしても広がりきっていないので、十分に大きい。

 恐らくイソラの両親も含めた4人が横並びになり、両端の2人で持つ事を想定している長さなのだろう。

 

「……は……恥ずかしい……」

 

 自分の名前がでかでかと書かれた横断幕を持って大声で声援を送る両親達の姿を思い浮かべたツバキは、顔を真っ赤にしてしまった。

 

「か、開会式始まるからもう行くからね!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すかのように、わざとらしく足音を立てて歩き出す。

 

「ツバキ。私もおじさん達と観客席に行く。……頑張れよ」

 

「あっ……」

 

 そうだ。ずっと共に行動していたイソラだが、今回の彼女はリーグ参加者ではないので一緒には来てくれない。

 ここから先は正真正銘、自分とポケモン達だけで戦い抜かねばならないのだ。

 一瞬寂しげな表情を見せたツバキであったが、一旦伏せた目を開いた時にはもう覚悟を決めた顔へと変わっていた。

 

「……うん、わかった。皆と一緒に精一杯頑張る!」

 

 並んだモンスターボールを撫で、右手で握り拳を作ってやる気満々の表情を向けるツバキの姿は、旅立ったばかりの頃からは想像もつかない頼もしさを感じさせる。

 背中を向けて人混みの中へ消えていったツバキを見送り、イソラ達もセンタードームの観客用入口へ移動していく。

 

「……グレンジムでのバトル以来、昔のツバキの事を思い出す事があるんだ」

 

 歩きながらシャコバがポツリと口を開く。

 

「声が小さくて、すぐに私達やイソラちゃんの後ろに隠れたり、家の中に閉じこもったり……今のようにポケモン達と共に広い世界を活発に動き回る姿なんて考えられなかった」

 

「ふふっ、そうでしたねぇ……外に出る時だって、イソラちゃんと一緒じゃないとテコでも動かなかったし……」

 

「そう考えると、本当にツバキは変わりました」

 

 保護者3人は、しみじみとツバキのこれまでの歩みを回想して笑い合う。

 

「ツバキを決定的に変えたのはポケモン達なんだろうな。……そんなポケモン達との大きな挑戦なんだ。きっとツバキはもっともっと高く翔べる! ……親としての勘だけどな」

 

「なかなかどうして勘とは侮れないものです。……ここまで来たら、私達はただひたすらにツバキとツバキのポケモン達の健闘と勝利を祈りましょう。その飛翔を信じて」

 

 

 

 センタードームの受付では、それぞれの選手IDに対応したパッと見スマートフォンのような見た目の縦長の機械が用意されており、ツバキ達選手に渡されていく。

 

「こちらの端末は『リーグ・サポート・デバイス』……『LSD』と言いまして、選手の皆様個人のデータが登録されており、開会後は試合の日程や、スタジアムのどこでどのような試合が行われるのかなどの情報が配信されますので、紛失しないようお願いいたします」

 

「わかりました!」

 

 つまり、今受け取ったこの機械は、ポケモンリーグ協会のデータベースに登録された物に加え、参加登録時に申告した様々なツバキ個人のデータが詰まっており、ツバキの今大会での行動をサポートしてくれる便利アイテムとなるわけだ。

 

「全参加者の到着を確認いたしました。それでは皆様、奥へお進みください」

 

 しぱらくの間ロビーに待機していたツバキ達であったが、スタッフの先導で移動を始める。

 

「……よっ、ツバキ」

 

「えっ? あっ……ゲントさん!」

 

 移動中、後ろから声をかけられ振り返ると、元クチバジムトレーナーのゲントが歯を見せてニッと笑っていた。

 

「ふふん、やっぱりお前も参加できたんだな。ま、優勝すんのは俺だけどな」

 

「それは違うよ~」

 

 自信満々に意気込みを語るゲントの後ろからさらに別の声が割り込み、声の主はツバキの右に並ぶ。

 

「ボックさん」

 

「ツバキ久しぶり~。それよりおじさん。優勝するのはオイラだから~、さっきのは間違いだよ~」

 

 まさかのおじさん呼ばわりにゲントが固まる。

 

「おじ…………あ、あのなボウズ……俺はまだ17! おじさん扱いされる歳じゃねぇ!」

 

「そうなの~? 老け顔だね~。それよりツバキ~。できれば決勝戦で戦いたいね~」

 

「はいっ!」

 

 互いに勝ちを譲るつもりは無いというライバル同士の会話をしている内に、光の零れる大きな扉が見えてきた。

 

「っ……! …………わ……わあぁぁぁ……!」

 

 扉を抜けた先に広がっていたのは、これまでに見るどころか想像すらできなかったほどの広大なフィールド。

 ジムのフィールドや野外の公共バトルフィールドなど比較にすらならない。

 

「これがセキエイスタジアムが誇る世界最大級のバトルフィールド……マスター・グランド・ステージか……! 初めて見たぜ!」

 

 その広大さにゲントが感嘆の声を漏らす。

 

「皆様、これより開会式を執り行います。IDコード1桁の方はこちらの列へお並びください。同じように隣の列に10代、20代と順番にお願いいたします」

 

 自身のIDを確認した選手達がぞろぞろと指定された列へ移動し、7つの列が出来上がった。

 

「ご協力ありがとうございます。それでは、トージョウリーグチャンピオン・ワタル氏から開会のご挨拶をいただきたいと思います!」

 

 選手達の目線よりも一段高い位置に設置された舞台上へ、緋色の逆立った髪と、外側が黒、内側が赤のマントを揺らして1人の男性が上がる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 彼こそトージョウリーグ四天王のさらに上、チャンピオンの座に君臨するドラゴンポケモン使いとして名高きカントー・ジョウト最強のポケモントレーナーたるワタルである。

 舞台の上に立ったワタルは、マイクを握り、フィールドに並んだ選手達を右から左へと見渡すと、再度正面を向いて口を開いた。

 

「……諸君! 君達はカントー、またはジョウトの8つのバッジを集め、ここに集った強者である! その道程は決して平坦な物ではなかっただろう! 負けそうになった事もあるだろう。諦めそうになった事もあるだろう。挫けそうになった事もあるだろう。だが、君達は君達の信じるポケモンと共に、その弱い心に……安息という名の堕落への誘惑に打ち勝ち、今ここに立っている!」

 

 デモンストレーションも兼ねているためか、ワタルの身振り手振りはひとつひとつが大仰だが、そこに陳腐さなどを感じないのは、チャンピオンとしての経験の中で備えた風格や威厳故か。

 

「今大会では、君達がその厳しい戦いの日々で培った知性と強さ、ポケモン達との絆の全てを遺憾無く発揮し、四天王……そしてこのワタルをも破るつもりでポケモンリーグ史に残る熱いバトルを見せてほしい! それでは、チャンピオン・ワタルの名において、ここにトージョウリーグの開会を宣言する! トレーナー諸君! 夢と決意を胸に……奮起せよ!!」

 

 マントを煽るように右腕を勢いよく振って、会場全てに響かせるかの如く高らかに開会宣言を行うワタルの言葉が終わると、選手からも観客席からも拍手喝采と大歓声が巻き起こる。

 

「す、すごい迫力……! あれがチャンピオン……ワタルさんなんだ……!」

 

「そうだよ~、格好良いでしょ~。オイラもいつかワタルさんやフスベジムリーダーのイブキさんみたいな、強くて格好良いドラゴン使いになるんだ~」

 

 ツバキもボックも最高峰のトレーナーを前にして興奮気味で、この辺りはさすがに歳相応といったところ。

 

「チャンピオン、ありがとうございました! では皆様、これより予選のルールを説明させていただきます。受付で渡された端末、LSDをご覧ください」

 

 司会からの説明という事で、選手達は自分のLSDを取り出して画面に目を落とす。

 すると、一瞬のノイズの後、ツバキの持つLSDの画面に『B』の文字が現れた。

 

「はい、お手元のLSDの画面には、AからDのアルファベットが表示されたと思います。それは選手の皆様が予選のためにそれぞれ向かう場所を示しています。Aはここセンタードームの北、ノースドーム。Bは東のイーストドーム。Cは南のサウスドーム。そしてDは西のウェストドームで試合が行われる事を意味しています」

 

 つまり、ツバキはBだったのでイーストドームへ向かえば良いというわけだ。

 

「そして、予選の内容は各ブロックごとのトーナメント形式でのバトルとなり、持ち物無しでのダブルバトル! 相手の出した2体を両方撃破した選手が勝ち上がり、その繰り返しで生き残った各ブロックの上位選手2名……つまり、4つのブロックから計8名が決勝トーナメントへ進む事ができるのです!」

 

 今並んでいる選手の列が7つという事は、参加者は60から69人。

 それが4つのブロックに分けられ、最終的にそこからさらに8人にまで減って決勝トーナメントへ駒を進めるのだ。

 相手は全員ジムバッジ8つを集めた実力者である事を思えば、予選の時点で突破難度はかなり高いと言えるだろう。

 

「予選第1回戦は、30分後に各ブロックで一斉にスタートします。移動時間を含めてもロビーのパソコンで手持ちを入れ替える時間は十分にありますので、万全の準備を整えて試合に臨んでください。なお、予選の様子はこのマスター・グランド・ステージに立体映像で映し出されますので、観客の皆様はこの場でお楽しみいただけます」

 

 気が付けば周りの選手達はちらほらと移動を始めており、ツバキも慌ててロビーへと戻ってパソコンを操作する。

 

「(ダブルバトルって事は、広い範囲を攻撃できる技があると便利だよね……ファンファンの“じしん”、ケーンの“ふんか”、シェルルの“いわなだれ”……)」

 

 5分ほど唸ってようやく手持ち6体を決めたツバキは、LSDに表示されたスタジアム内部の地図を確認しながらイーストドームへと歩き出した。

 

「試合開始までの時間も出てるし地図も見れるし便利だなぁ」

 

 大会に参加し、進んでいく上で必要となるあらゆる情報が詰め込まれたこの小さな機械がとても頼もしく感じる。

 

「えっと、イーストドームは……あっ、向こうか」

 

 画面に映る地図には、自分の現在地を示す光点と、目的地として設定したイーストドームを示す矢印、そしてそこまでの最短ルートが光って表示されている。

 しかも大まかな所要時間までわかるので、自分がしっかり時間管理できれば慌てるような事態にもならない。

 光っている道順に従って進むと、10分ほどでイーストドームの予選会場に到着した。

 広い会場には十分な面積のバトルフィールドが20個もあり、見渡すと用意されたベンチに座って待機する選手や、多数のスタッフの姿が見られる。

 

「……ここでバトルするんだ」

 

 その広さに呆気に取られていると、LSDからアラームが鳴り響き、ボーッとしていたツバキは驚いてしまう。

 わたわたと端末を取り出して確認すると、表示されたのは右上にBと書かれたトーナメント表だ。

 どうやらこれはツバキの参加する予選Bブロックのトーナメント表らしい。

 これによるとこのBブロックの参加者はツバキ含め16人。最後の1人まで戦うのではなく、上位2人が決勝トーナメントへ進めるという事は、8人によるトーナメント×2と考えるべきか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(だからって、先に進むのが楽になったわけじゃない……ちょっとでも気を抜いたらあっさり予選落ちも…………うぅん、悪い方ばっかりに考えちゃ駄目! 今はただ、気合いを入れて全力で挑むだけなんだから……!)」

 

 刻一刻と近付く予選開始の時。

 果たしてツバキは無事に予選を突破し、決勝トーナメントへと進めるのだろうか……?

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

大規模大会という事で当初はもっと…それこそ100人くらいの大会にしようかとも思いましたが、ダイジェストにしてもくどすぎるのでやめました。


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第86話:予選開始!生き残りを懸けた熱戦!

腰の状態が改善されたと言ったな。あれは嘘だ。
というわけで予選開始の第86話でっす!


 ついに始まったトージョウリーグ。

 60名を越える参加者達は4つのブロックに分けられて予選を行い、決勝トーナメントへ進めるのはその中の8名のみ。

 ツバキは自身を含めた16名が2つだけの決勝トーナメント進出の席を奪い合うBブロックへ振り分けられ、ここで勝ち抜いていかねばならない。

 果たしてツバキの前にはどのような強敵、難敵が待ち受けているのだろうか……?

 

 

 

 

「選手、ならびに観客の皆様。大変お待たせいたしました! 只今よりトージョウリーグ予選1回戦を開始いたします! 選手はLSDにて指定された番号のバトルフィールドへお願いいたします!」

 

 5つのドームにアナウンスが木霊し、観客の声援と共に全てのリーグ参加者がバトルフィールドへと向かう。

 無論、ツバキも。

 

「開会式での説明通り、予選でのバトルは持ち物無しのダブルバトルとなり、相手のポケモンを2体とも戦闘不能にした選手の勝利です! なお、2回戦は1回戦の試合が全て終了してから5分間の休憩を挟んで行われ、3回戦も同様の手順となります」

 

 選手達が位置につく間、改めて予選のルールが説明され、観客も選手も耳に入るその情報を頭の中で反復させている。

 指定されたフィールドに立ったツバキの前に立ったのは、13、4歳ほどの金髪の少女。

 頭の右側に纏めたサイドテールを靡かせて向かい側に立った少女は、強気な笑みを浮かべて腰のモンスターボールに手を添える。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ふぅん、アナタがアタシの相手? もっと強面なのが来ると思ったけど……ま、良いわ。アタシはライモンシティのカルミア。イッシュの広大な大地に育てられたアタシのパワー、見せてあげるんだから!」

 

「グレンタウンのツバキです! わたしだってここで終わるつもりはありません!」

 

 バトル前に互いに名乗り、自分を奮い立たせる意味合いも込めて意気込みを語る。

 

「両者、ポケモンを」

 

「はいっ! 行くよ、ナオ! ケーン!」

 

「レッツ・パーリィ! マラカッチ! ゼブライカ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキのボールから飛び出したナオは、サイコパワーで浮遊し、空中でくるりと1回転してからゆっくりと下降。持っていたお気に入りのモンスターボールをツバキへと預けて相手へ向き直る。

 同じく飛び出したケーンは、その横に一旦四つん這いで着地してから、2本の後ろ脚で地面を踏みしめ、自身の大きさを誇示するかのように上体を持ち上げて咆哮した。

 対するカルミアが繰り出したのは、緑系統のカラーリングで、角のような部位にはピンク色の花を咲かせた植物型のポケモン、サボテンポケモンの“マラカッチ”と、黒を基調とし、稲光を思わせる白い縞模様が身体に走る馬のようなポケモン、らいでんポケモン“ゼブライカ”だ。

 他のフィールドでもボールから現れたポケモン達が睨み合い、トレーナー共々バトル開始を今か今かと待っている。

 

「……全ての選手が位置についた事を確認しました! それでは、いよいよ本当の意味でのトージョウリーグ開幕です! 予選1回戦、バトル…………スターーーーットっ!!」

 

 そのアナウンスを合図に、各バトルフィールドでバトルが始まり、あちこちで怒声混じりで指示するトレーナーの声と、荒々しいポケモンの鳴き声が上がり始めた。

 ツバキ達も遅れるものかと視線をぶつけてバトルをスタートする。

 

「ケーン、“ふんか”! ナオは“マジカルシャイン”で援護!」

 

「“ニードルガード”と“まもる”よ!」

 

 ケーンの首回りの炎が激しく燃え上がったかと思うと、それが引っ込むと同時に口から高温の炎が相手フィールドの広範囲に拡散しつつ噴射され、ナオの身体からは眩い光が周囲に広がっていく。

 以前イソラに説明された通り、“ふんか”はダメージを負っていない時にこそ最大火力を発揮する技で、受けたダメージが大きくなるほどその勢いは衰えていく。

 故に、使うべきタイミングは今のようなバトルが始まってすぐが好ましいが、言い換えればこの技を知る者にとっては使用タイミングを非常に読みやすい技なのだ。

 炎と光が相手フィールドを覆って視界不良に陥ったが、やがて緑と青、2つの半透明な障壁が姿を現した。

 

「……っ! 防……がれた!?」

 

 障壁を張っていたのは、言うまでもなく相手のマラカッチとゼブライカだ。

 炎と光が消失すると、それに続くように障壁もチカチカと点滅しながら消えていき、後には無傷の2体が残る。

 

「ふっふふーん♪ “ふんか”はバクーダとバクフーンを象徴する技だもの、当然、場に出てきた時点で警戒するわ! そして見ての通り、ダブルバトルではこういう防御技はシングルバトル以上の重要性を持つの。覚えときなさい! さぁ、授業はおしまい! 今度はこっちの番よ! ニャオニクスに“じごくづき”! バクフーンに“ワイルドボルト”!」

 

 マラカッチが踊るように身体を振るとカシャカシャと音が鳴り響き、そのリズムに合わせて右腕から生えた黄色いトゲが怪しく輝きを放つ。

 その横ではゼブライカの四肢を微弱な電気が覆ったかと思うと、瞬く間に身体全体を包む激しい放電現象へと変化している。

 次の瞬間、マラカッチは一見動き辛そうな根のような脚で勢いよく地面を蹴ってナオへ飛びかかり、ゼブライカは電気によって刺激された全身の筋肉をフル活用し、驚異的な瞬発力で電撃を纏った突進をケーン目掛けて放った。

 

「ナオ! “リフレクター”!」

 

 それに対して、ツバキは守備を強化する指示を飛ばす。

 普段折り畳まれているナオの耳が開くと、塞がれていた器官からサイコパワーが溢れ出し、物理的な壁となってナオとケーンの前面に展開された。

 マラカッチとゼブライカは壁に激突するが、元の勢いが強かったため力任せに突破してしまった。

 突き出されたマラカッチの右腕がまっすぐにナオの胴へ打ち込まれて身体が宙を舞い、ゼブライカの突進を受け止めようとしたケーンは撥ね飛ばされてしまう。

 だが、“リフレクター”によって勢いが殺されていたおかげで、ダメージが減って2体はすぐに立ち上がった。

 

「(“ひかりのかべ”と迷ったけど、“リフレクター”を覚えておいて良かった……!)」

 

 “ひかりのかべ”は特殊攻撃、“リフレクター”は物理攻撃を軽減してくれる障壁を展開する技。

 イソラ曰く、ポケモンが元々覚えていた技ならば忘れても思い出す方法があるというので、“ひかりのかべ”を一旦忘れて技マシンで“リフレクター”を習得させる事で、ナオが苦手な物理面をカバーしていたのだがそれが運良く功を奏した。

 

「ナオ、ゼブライカに“サイコショック”! ケーン、マラカッチに“ニトロチャージ”!」

 

 初撃をいなされてしまったが、ここから反撃開始だ。

 ナオは軽やかに浮かび上がると、両手にサイコエネルギーをリング状に実体化させて投擲。形成されたチャクラムは大きく弧を描きつつ、逃げ道を塞ぐように左右に分かれてゼブライカへと飛んでいく。

 一方で4足体勢となったケーンの首回りの炎を燃え上がらせ、その炎が生き物のように広がって身体を包み込むと、一気に加速してマラカッチへ突っ込んでいく。

 

「“シグナルビーム”で迎撃! マラカッチは“ニードルガード”よ!」

 

 ゼブライカの鬣の内、前方に突き出た2房が発光し、赤と青2本の光線が発射されて絡み合うと、向かって右側のチャクラムへ伸びていく。

 だが、チャクラムは急に加速して光線を回避し、旋回してゼブライカへ向かってきた。

 撃ち落とそうと躍起になって“シグナルビーム”を連射してようやく撃墜したが、その意地が仇となる。

 

「ゼ、ゼブライカ、左! 左!」

 

 カルミアの指摘で我に返ったが時すでに遅く、左から飛んできたチャクラムが激突し、ゼブライカは横倒しになってしまう。

 ケーンの方はというと、炎を纏ってマラカッチへ一直線に突撃していたが、相手が両腕を前に構えるとさっきのように緑色の障壁が展開し、さらにそこから鋭い針が突き出てきた。

 加速したケーンは急停止できず、障壁へ突っ込んだ上に針が身体に食い込み、大きな声を上げながら戻ってきた。

 

「ケ、ケーン! 今のは……!」

 

「これが“ニードルガード”よ! 攻撃を防いだ上、触ろうとした相手にダメージを与える技! ……ゼブライカ、大丈夫?」

 

 声をかけられたゼブライカが起き上がり、短く嘶いて答える。

 ピョンピョンと跳ね回っていたケーンも痛みが引いて平常心を取り戻し、改めて相手と向き合う。

 今の攻撃は結果を見るとさしずめ痛み分けに終わったと言えるか。

 

「(ムムム……あんな変則的に動く“サイコショック”初めて見たわ。あのニャオニクス、かなりサイコパワーの制御が得意みたいね……。バクフーンの方も“ニードルガード”で防がなかったら危険な火力だったわ……)」

 

「(手強い……! 迂闊に手を出すと逆にこっちが追い詰められそう……。こんなに守りが固いなんて……やっぱりポケモンを見た目で判断しちゃダメって事だね……!)」

 

 お互い一筋縄ではいかない相手に警戒心を強め、バトルの指示のため精神を集中していく。

 

「(……よし、向こうのニャオニクスを先に倒して、2対1の状態にするのが良さそうね。まずは……)ゼブライカ! ニャオニクスに“いやなおと”よ!」

 

「っ……!?」

 

 ゼブライカの鬣が帯電したかと思うと、ナオの周りでパチパチという音が聞こえ、それがどんどん大きくなった上、次第にあちこちから響き始めたのだ。

 優れた聴力を持つナオには不快極まりない音のようで、折り畳んだ耳をさらに両手で押さえて音を遮断しようとしている。

 

「ふふん、どーよ! 身体に力が入らないでしょ! “じごくづき”と“ワイルドボルト”でニャオニクスに集中攻撃よ! 多少の妨害は無視しなさい!」

 

 “いやなおと”は不快な音を聞かせて脱力させ、物理的な防御力を著しく低下させる技だ。

 ただでさえ物理攻撃には弱いナオには致命的で、もはや吹けば飛ぶ紙防御と呼べるほどに下がってしまっているだろう。

 ともかく相手の数を減らすため、腕を振って構えたマラカッチと、全身を帯電させたゼブライカが同時にナオ目掛けて突っ込んでいく。

 だが。

 

「……“マジカルシャイン”!」

 

 ナオの閉じられた耳が展開し、見開いた目が強く輝いた次の瞬間、周囲の空間が湾曲。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そして、ナオの身体が激しく発光し、その光が一瞬にしてマラカッチとゼブライカを飲み込んだ。

 

「……は?」

 

 飲み込まれた2体は、食らったのは光だというのにまるで物理攻撃を受けたように吹き飛ばされ、カルミアの眼前に落下してきた。

 

「な……なによこの威力……? さ、さっきまでと全然違うじゃない……!?」

 

 カルミアは完全に予測の範囲を超えている“マジカルシャイン”の火力に度肝を抜かれ、思わず自分のポケモンとナオの顔を交互に見比べてしまう。

 

「これがナオの……ニャオニクスの特性、《かちき》です! 能力を下げられた時、代わりに精神力を研ぎ澄ます特性です!」

 

「か、《かちき》ですって!? そ、そんな特性持ったニャオニクスがいたなんて……!」

 

 以前にヤマブキジム戦の最中にイソラが驚いていたように、特性が《かちき》のニャオニクスは大変珍しく、ニャオニクスの原産地と目されているカロス地方の人間ですらもその事を知らない者は多い。

 ましてイッシュ地方出身のカルミアでは、むしろ知っていた方が不自然だろう。

 そして、その驚愕によって生じた隙をツバキは見逃さない。

 

「ナオ! “マジカルシャイン”!」

 

 三度ナオの身体から強烈な光が放たれ、見る見る内に広がってマラカッチ達に迫ってくる。

 

「くっ……! “ニードルガード”と“まもる”!」

 

 起き上がったマラカッチとゼブライカは最初の攻撃を凌いだ時と同様、前面に障壁を展開して暴力的なまでの勢いで迫る光に備える。

 いかに火力があろうとも、この障壁の防御力を破る事は叶わない。

 ……正面からの攻撃ならば、の話だが。

 

「“でんこうせっか”!」

 

 “でんこうせっか”の加速力を活かしたジャンプで、ドーム状に広がっていく光を飛び越え、その前に降り立ったケーンがなおも止まらずに駆け続け、障壁を張っているマラカッチとゼブライカの間をすり抜けていく。

 

「ウソっ……!?」

 

 そして、急ブレーキをかけたケーンの視界に、無防備な2つの背中が広がる。

 

「“ふんか”っ!!」

 

「し、しまっ……!」

 

 カルミアは慌ててポケモン達へ指示を出そうとするが、すでに手遅れだった。

 そもそも、この状況で守りを解けば、それまで防いでいた“マジカルシャイン”をモロに浴びる事になる。

 想定外の《かちき》の発動に面食らい、咄嗟に冷静さを欠いた指示を出してしまった時点で、詰みだったのだ。

 もしも防御でなく回避の指示を出していれば。

 もしも片方をディフェンス、片方をオフェンスに回していれば。

 もしもバクフーンの方から倒していれば。

 そんな後悔の念をかき消すように、勢いよく放たれた業火がマラカッチとゼブライカを包み込んだ。

 “リフレクター”越しの“ワイルドボルト”と“ニードルガード”を食らい、万全の状態よりも威力は落ちているが、《かちき》で著しく強化された“マジカルシャイン”を受けた相手には十分。さらにくさタイプのマラカッチには効果抜群だ。

 

「マ、マラカッチ! ゼブライカ!」

 

 “マジカルシャイン”の光と“ふんか”の炎に挟み込まれて完全に姿が見えなくなってしまった2体にカルミアが大声で呼びかける。

 だが、現実は非情だ。薄れる輝きの中から現れたのは、完全に戦闘能力を失って倒れ伏した自身のポケモン達だったのだから。

 

「……マラカッチ、ゼブライカ、共に戦闘不能! ツバキ選手、予選1回戦突破!」

 

 フィールド近くに待機していた審判が左腕をツバキへ向ける。

 

「や、やった……! やったよ、ナオ! ケーン! まずは1回戦を勝ち抜いたね! お疲れ様~! ……あっつ!!」

 

 勝者宣言を受けてナオとケーンがツバキへ駆け寄り、ツバキも2体を抱き締め返した。……もはや様式美とばかりにケーンのあっつあつの首回りに触れてしまったが。

 

「んぐぐぐ………………はぁ……マラカッチ、ゼブライカ、よくやってくれたわ。今のはアタシが冷静に対処できてれば……うぅん、何言ったって言い訳にしかならないわね。……ごめん」

 

 カルミアは倒れた2体に歩み寄ると、しゃがみ込んでその身体を撫でる。

 ポツリと落ちた雫にマラカッチとゼブライカがうっすらと目を開き、慰めようとするかのように身体をすり寄せた。

 

「……もう……チクチクするしピリピリするじゃない。……ありがと」

 

 2体をボールに戻し、両腕で顔を擦ると、立ち上がってツバキに走り寄っていく。

 

「ツバキ!」

 

「カルミアさん」

 

「……アタシに勝ったんだから、半端なとこで負けたら承知しないからね! アタシはこんな奴と戦ったんだって胸を張れるくらいの結果は出しなさいよ! ……頑張ってよね、ホント」

 

 カルミアの差し出した右手を眺めて一瞬呆気に取られたツバキであったが、すぐに笑顔を浮かべて握り返した。

 

「……はいっ! 頑張ります!」

 

 夢へ近付く者がいる一方で、遠のく者もいる。勝者か敗者しかいないポケモンバトルの無情。

 だが、その結果はどちらにとっても決して無駄ではない。

 勝者は自信を、敗者は悔しさを糧に、より一層夢へ向けて邁進していくのだから。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきましてありがとうございました!

本当は予選なんてザーッと流しちゃおうかなとも思いましたが、せっかくなのでちゃんと書く事にしました。
余計に時間がかかってしまいそうですが、どうか作者の自己満足に付き合ってやってください。

あと、皆さんも腰をやっちまった時は、ちょっと良くなったからって調子乗って前と同じ生活にすぐ戻ろうとしない方が良いですよ。悪化しますので。(経験談)


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第87話:攻防一対!堅牢なる岩壁を粉砕せよ!

大っっっ変長らくお待たせいたしました!予選2回戦の第87話です!


 トージョウリーグ決勝トーナメントへ進む8人を決める予選が始まった。

 ツバキはBブロックで3回の勝利を掴まねばならず、その最初の相手として現れたのは、イッシュ地方ライモンシティからはるばる今大会に参加したトレーナー・カルミア。

 ナオとケーンの広範囲攻撃で一気に決めようとするツバキであったが、防御技を駆使して攻撃を凌ぎつつ反撃を狙うマラカッチとゼブライカに苦戦を強いられる。

 だが、相手にとって想定外だったナオの特性《かちき》の発動によって流れはツバキへと傾き、カルミアが態勢を立て直す前に勝利をもぎ取る事に成功。

 敗れたカルミアはツバキに不器用な激励を送り、ツバキも力と意志を込めて頷く事で応えて見せたのだった。

 

 

 

「皆様、只今予選1回戦全ての試合終了を確認いたしました。5分間の休憩を挟み、2回戦に移りたいと思います。選手の皆様は、スタッフからポケモンの体力回復用の道具を受け取り、待機をお願いいたします」

 

 5つのドームにアナウンスが響き渡る。

 このアナウンスの3分前に試合を終えていたツバキは、すでに受け取ったアイテムでポケモンの回復までを済ませてベンチに座り、ナオとケーンの入ったモンスターボールを撫でていた。

 

「えへへ、ご苦労様、2人とも。カルミアさんも手強かったけど、2人のおかげでどうにか勝てたよ」

 

 返事をするようにカタカタと揺れる2つのボール。

 ポケモンと心が通じ合っている事を実感して微笑んだツバキは、LSDに表示されたトーナメント表に視線を落とす。

 表示される名前は自分と自分が終えた試合の相手の物のみで、それ以外の選手の名は書かれていない。

 この先、誰が自分と戦う事になるのかはわからない、という事だ。

 

「(……誰が相手だとしても、皆と力を合わせて絶対に勝って見せる……! わたしは……ポケモンリーグで優勝する!)」

 

 そもそものツバキが旅に出た目的を辿ると、離島であるグレン島を離れ、広い世界を見て様々な経験をする事で気弱な自分を変えようという思いが強く、ポケモンリーグ参加もその一環に過ぎなかった。

 だが、その様々な経験がツバキを変えた。今、彼女は確固たる意志を以てポケモンリーグへの参加から優勝へと自身の夢を変化させたのだ。

 『夢』とは人間が人間として生きるための原動力だ。夢という名の辿り着くべき目標を持たない人間では、終着点もわからなければ進むべき道もわからない。さながら水面に浮かぶ落ち葉のように周りに流されるだけの無気力な一生を送る事になるだろう。

 ツバキもまた、生まれ育った島から出る勇気が足りなければ、世界の片隅の小島でその生涯を終えていたかもしれない。

 しかし、もうその心配はいらない。今やツバキの胸には大きな『夢』が根付いているのだから。

 

「お待たせいたしました! 只今より予選2回戦を行います! 各選手はLSDで指示された番号のフィールドへの移動をお願いいたします!」

 

「あっ、もう5分かぁ……。よし、次も頑張ろう!」

 

 両手でピシャリと頬を打って気合いを入れたツバキは、指定されたバトルフィールドへと歩いていく。すると。

 

「……あっ! お、お前は……!?」

 

「え? ……あぁっ!?」

 

 向かい側に立っていた相手の声に顔を上げると、そこには見覚えのある人物が驚いた顔でこちらを見ていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ツバキの1.5倍は下らないその巨躯を忘れるはずもない。1ヶ月前、セキエイスタジアムに来たばかりのツバキに難癖をつけ、イソラに弟2人と共に一蹴されたジョウト地方エンジュシティのポケモントレーナー・コウイチだ。

 

「……そうか。そういやあの女は参加者じゃないんだったな。チッ……今度こそ泡吹かせてやろうと思ってたのによ。……まぁ良い。俺様の前に立つ奴はチビだろうが女だろうが関係ねぇ……ぶっ飛ばすだけだ!」

 

「小さいからって、簡単に倒せると思わないでください! わたしもわたしのポケモン達も、たくさんの強い人達と戦って、そして勝ってここにいるんです!」

 

 体躯も年齢も自分の遥か下で、見た目からして軟弱そうな相手とツバキを見ていたコウイチは、この強気な発言に目を丸くする。

 

「……ハッ……! チビのくせに言うじゃねぇか。……なるほど、ちったぁ骨がありそうだ。なら、それこそ遠慮はしねぇで叩きのめしてやるぜ!」

 

 コウイチの威圧にも怯まず、ツバキは彼と視線をぶつけて火花を散らす。

 

「双方、ポケモンを出してください」

 

 審判からの指示に、2人は同時に両手にボールを取る。

 

「(たぶんコウイチさんはいわタイプを出してくるはず。それならきっと、この子に覚えてもらった技が役に立つ……!)……お願いっ! ミスティ! シェルル!」

 

「やっちまおうぜ! ゴローニャ! バンギラス!」

 

 4つのシルエットがボールから飛び出し、2組に分かれて対峙する。

 大きな赤い花を揺らすミスティと、白い甲冑のような甲殻が照明を照り返すシェルル。

 それと向かい合うは、イソラとのバトルでも現れたボール状に固まった岩石のようなポケモン、ゴローニャ。

 そして、その横に重々しい音と粉塵を巻き上げて立ったのは、全身を緑色の鎧の如き頑強な皮膚で覆った2足歩行の怪獣を思わせるポケモン……よろいポケモンの『バンギラス』である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 シェルル……グソクムシャとバンギラス。奇しくも両者は『鎧』の共通点を持つポケモンを繰り出したのだ。

 

「(つ、強そうなポケモン……! ロケット団のドサイドンもすごかったけど、あのポケモンも本当に怪獣みたい……!)」

 

「(見た事ねぇポケモンだ。だが、あの4対の手脚、甲殻の形、顔つき……むしタイプか)」

 

 アローラ地方原産とされているグソクムシャは、カントーでもジョウトでもまだまだ馴染みの無いポケモンである。

 だが、コウイチも決してトレーナーとして無能なわけではなく、ポケモンの外観上の特徴からおおよそのタイプを判別する事くらいはできる。

 

「(いわタイプ相手にむしタイプを出しちまうとは運の無いガキだ。……いや、まさかそれも想定して出しやがったのか……? だとしたら、そもそもむしタイプじゃないのか、それともいわに対して有利な技を持ってるのか……)」

 

 1ヶ月前、イソラに敗れてトレーナーの道理を説かれてから、コウイチはわずかながらバトルスタイルに変化があった。

 それまではどんどん強くなっていく自身のポケモンのパワーを以て力任せに叩きのめし、相手の事を気にするといえばせいぜいパッと見で判断したタイプくらいなものだった。とはいえ、それでバッジ8つを集めて見せたのだから、イソラの推察通り、ポケモンを扱う才には欠けていても、強く育てる才には恵まれていたのだろう。

 ともあれ、以前はごり押し脳筋と呼んで差し支えない人物であったが、あの一件以来、ほとんど無自覚ながら相手のポケモンを観察し、その能力や相手トレーナーの意図などにも思考を巡らせるようになったのである。

 

 

 

「イソラちゃん。あの相手トレーナー、ツバキの知り合いなのかい?」

 

 センタードームの観客席で、立体映像として映し出された予選の様子を見ていたシャコバがイソラへ尋ねた。

 

「知り合いというか……1ヶ月前、つまらない事でツバキに絡んできたので叩きのめしてやったジョウト地方のトレーナーです」

 

「ほう、ツバキに……まぁ、イソラちゃんが叩いてくれたならそれは良いか。で、強いのか?」

 

 一瞬眉間に皺を寄せたシャコバだったが、すでにイソラに『お仕置き』されているのならと話を続ける。

 

「難しいところです。なにしろ才能が歪でしてね」

 

「というと?」

 

「育成……ポケモンの得手不得手を直感的に理解し、長所を伸ばす事で効率的に強くする才能に秀でているようなのです。ただ、その強さを活かすに本人が未熟と言いますか……なまじポケモンが見る見る強くなったせいで本来するべき苦労をしなかった結果、精神面の成長が遅れ、パワーに頼った戦い方になったのではと推察しています」

 

 以前、イソラはツバキに「人間は大きな力を持つと気も大きくなる」と語ったが、彼の場合はその力があまりに大きかったために失敗する事がほとんど無く、それが誤りである事に気付かなかったのだろう。

 だが、力を過信する者はそれ以上に大きな力に打ちのめされると目が覚めるものである。

 

「ふぅむ、力任せな脳筋相手なら成長した今のツバキで倒せそうだが……」

 

「勝てなくはないでしょうが、軽視もできません。1ヶ月前とはわけが違います。人間、変わる時は本当に短期間で変わるというのは他ならぬツバキが証明しています」

 

「『士三日会わざれば刮目して見よ』か……確かに」

 

 『士三日会わざれば刮目して見よ』とは、太古のとある武将にまつわる逸話であり、意味としてはイソラの語る通り、人は成長する時は成長する。なので、会わなかった期間が短くとも、相手を以前と同じと見ない事。というようなものだ。

 

「全選手の準備が整いました! 只今より予選2回戦を始めます!」

 

「おっ、始まるか」

 

 スピーカーから響くアナウンスに、イソラとシャコバは話を切り上げてツバキの様子に目を向け、その試合をしっかり目に焼き付けんと集中した。

 

 

 

 ツバキとコウイチ。両者のポケモンは睨み合い、バトル開始の合図を今か今かと待ち続ける。

 

「トージョウリーグ予選2回戦。バトル………………スタァァァーーーーっトっ!!」

 

 そのアナウンスが終わるや否や、コウイチが動いた。

 

「さぁ、バンギラス! 開幕だぜ!」

 

 その言葉を待っていたかのようにバンギラスが咆哮すると、その足元の砂がバンギラスを中心に舞い上がり始め、それは瞬く間に吹き荒ぶ風を伴ってフィールド全体を覆い隠してしまった。

 

「“すなあらし”……!?」

 

 当たらずとも遠からず。これはバンギラスの特性《すなおこし》によって発生した砂嵐であるが、効果や特徴としては“すなあらし”による物と同様だ。

 幾重にも吹き荒れる砂と風が視界を遮り、煽られた砂利がポケモンの体力を奪っていく上、いわタイプの身体をコーティングして特殊攻撃への耐性を引き上げてしまう。

 

「お前らの舞台は整った。さぁ、暴れるぞ! “ストーンエッジ”!」

 

 コウイチの号令一下、ゴローニャとバンギラスが同時に腕をフィールドへと叩き付けると、槍のごとく鋭い岩柱が続々と突き出てミスティとシェルルに迫る。

 

「迎え撃……うぅん、よけて! シェルル! ミスティを抱えて“アクアジェット”!」

 

 最初は迎撃するつもりだったツバキだが、2体分の“ストーンエッジ”は予想以上に勢いがあって数も多い。

 これを受け止めるのは並大抵の技では不可能と見限り、さっさと回避の指示を飛ばした。

 そして、ここで左右に分散するのは下策。各個撃破されるのがオチだろう。

 シェルルは指示通りに両手でミスティを掴み、ミスティは目を閉じた上で身を任せる。そして、シェルルは全身を水流でコーティングするや、弾丸の如く加速して横へ飛び退いた。

 “でんこうせっか”と同等の加速力を持つ“アクアジェット”ならば、この程度は造作も無い事だ。

 

「逃がすんじゃねぇ! “かえんほうしゃ”と“だいちのちから”だ!」

 

 ゴローニャが口から炎を噴射し、バンギラスの足元から立ち上ったエネルギー体が球状に圧縮されて撃ち出される。

 

「“いわなだれ”!」

 

 纏っていた水を霧散させながらミスティを放して着地したシェルルは、両腕の爪をフィールドへ突き立てて無数の岩を浮かび上がらせると、次々に落下させて積み上げ、岩の壁を作り出した。

 幸いにして相手の出した技はどちらもポケモンのタイプとは違う、いわゆるサブウエポンと呼ばれる物であり、この岩の壁を一撃で粉砕するほどの威力は無かった。

 とはいえ、守りに徹しているわけにもいかない。ミスティとシェルルは砂嵐によってじわじわと体力を削られ、時間をかけるほど追い込まれていくからだ。

 体力が減れば、肝心な場面で思うように身体が動かないという事態も考えられる以上、むしろ押していかねばならないだろう。

 

「(たしかゴローニャはいわとじめんタイプ……ミスティのくさタイプ技には2重に弱い。それなら砂嵐で特殊技に強くなってても、当たればダメージは小さくないはず。それに、図鑑で確認したバンギラスのタイプはいわとあくだから、シェルルが活躍してくれる! ……はず!)」

 

 さて、相手の弱点も見抜いたところで次に直面した問題は、シェルルが作ったこの岩の壁だ。

 相手がこれをどう突破してくるか、である。2体揃って迂回してくるのか、分かれて挟み込むようにやって来るのか、正面から力任せに突破してくるのか。

 それに、相手の出方次第ではこちらから動く必要もある。

 

「“ヘビーボンバー”だゴローニャ!」

 

 どうやら相手から動いてくれたようだ。

 手足を収納して身体を丸めたゴローニャが、大きくジャンプしてから岩の壁に激突して粉々に粉砕した。300kgの体重が高所から自由落下してきたのだから、積み上げた岩などひとたまりも無い。

 

「“かみくだく”!」

 

 さらに、崩れる岩を頑丈な身体で弾きながら突っ込んできたバンギラスが大口を開け、その周りにバンギラスの頭部そっくりの漆黒のオーラを形成して襲いかかる。

 

「(来たっ……!)ミスティ、“エナジーボール”! 連射して!」

 

 ミスティはバンギラスの突撃にも怯まず、頭頂部を相手に向けてめしべから膨らんだ緑色のエネルギー球をマシンガンのように乱射するが、元々強固な鎧を纏っている上に砂嵐でコーティングされたバンギラスの身体にはほとんどダメージが無く、せいぜい目眩まし程度の効果だろう。

 だが、それで十分だ。頑強な鎧を纏う怪獣といえども目まで頑強なわけではない。生き物としての条件反射として眼前で強い光や衝撃が発生すると一瞬目を閉じる。それこそがこの鎧の怪物に付け入る最大のチャンスだ。

 

「シェルル! “アクアジェット”から“かわらわり”っ!」

 

「何っ!?」

 

 目を閉じてバンギラスの視界がほんのわずかに塞がれたその瞬間、“アクアジェット”の推進力で飛び上がったシェルルが白く発光させた右腕を振り上げ、眼下の怪獣の脳天目掛けて振り下ろしたのだ。

 鈍重そうな見た目のシェルルが一瞬にして頭上へ飛んだなどとは思いもしないバンギラスは無防備なままに“かわらわり”を叩き込まれ、目を白黒させてふらふらと後退りする。

 いわタイプ、あくタイプ共にかくとうタイプ技には弱く、それを併せ持つバンギラスはたまったものではない。

 以前のニビジム戦では、かくとう技が無いばかりにポケモンの選抜に頭を悩ませる事となってしまったため、今回は選択の幅を広げておくべく、ヤマブキジムで貰った技マシンで覚えさせておいたのだ。

 

「カバーしろ! “かえんほうしゃ”!」

 

 相方のピンチにどすどすと駆けつけてきたゴローニャがシェルルへ炎を噴射し、着地したばかりのシェルルは回避行動を取れずに炎に飲まれてしまった。

 

「あぁっ!? ア、“アクアジェット”!」

 

 即座に身体を水流で覆う事で消火し、発生した水蒸気に紛れて後退したが、バンギラスへ一気に追撃をかけて撃破する目論見は失敗に終わった。

 

「チッ……思ったよりやりやがる……」

 

 ゴローニャは特殊技が得意なわけではないためダメージは大きくないが、畳み掛けようとした直後に気勢を削がれたのは痛い。戦いにおいて勢いとは重要な要素だ。

 それでなくとも砂嵐による継続ダメージで心身共にじりじり消耗しているのだから、早めに決定打となる一撃を与えなければならない。

 “かわらわり”のダメージは小さくはないようだが、それでもバンギラスは落ちていた岩を掴んで頭にぶつける事で意識をはっきりさせ、ゴローニャと並んで体勢を立て直した。

 

「(やっぱりいわタイプって頑丈だなぁ…………ってそんな事考えてる場合じゃないんだった……!)」

 

 あまりのタフネスぶりについつい感心してしまったが、頭を振って雑念を吹き飛ばす。

 

「(今の一撃はかなり効いたみたい……よし、先にバンギラスから倒せば、後が楽になる!)」

 

 と、決めたまでは良いのだが、ゴローニャと並ばれてしまっている現状では、迂闊に動いた瞬間に集中砲火を受けて返り討ちに合うだろう。まずは相手の連携を断つ事が肝要だ。

 

「……シェルル、“アクアジェット”!」

 

 大気中の水分を集める事で一瞬にして全身を覆い、自慢の瞬発力でゴローニャとバンギラスの間を駆け抜けていく。

 パワーも頑丈さもこちらに勝る相手に対し、優位に立つにはスピードを活かす他無い。

 案の定、2体はシェルルのスピードを目で追いきれず、一拍遅れて振り向いた。

 

「落ち着け! ゴローニャ、ラフレシアに“かえんほうしゃ”! バンギラスはそのまま“ストーンエッジ”だ!」

 

 2体でシェルルを追いそうになったが、コウイチの指示でゴローニャは再度方向転換し、牽制の意味合いも込めてミスティに対して炎を吐いて分断を狙う。

 それとタイミングを同じくして、バンギラスが拳で床を打ち、突き出た岩柱が猛スピードでシェルルに追い縋る。

 ツバキとしてはシェルルを先行させる事で相手の意識をそちらへ集中させた隙にミスティが接近し、“ねむりごな”を撒いて纏めて眠らせた上で、反転したシェルルと共に無防備になった2体を挟撃しようと考えていたのだが、コウイチはその手には乗らずに役割を分担して対応して見せた。この辺りの駆け引きも1ヶ月前からの成長と言えるだろう。

 

「っ……! “ムーンフォース”で迎え撃って! シェルルはそのまま引き付けて!」

 

 ミスティの5枚の花びらから放出されたピンク色の小さなエネルギー粒が上空で集まって満月のような形を成し、そこから集束されたエネルギーが“かえんほうしゃ”と激突するように発射され、やや押され気味ではあるが抑え込みに成功した。

 一方のシェルルは移動しながらも周りの水分を集めながら“ストーンエッジ”から逃亡を続ける。水流コーティングは砂嵐からも本体を守ってくれるフィルターの役目も持っているのだ。

 

「すばしっこい……! だったら、これでどうだ! バンギラス! “ストーンエッジ”を砕いて飛ばしてやれ!」

 

 シェルルの動きを観察していたバンギラスは、狙いを定めて手近な岩柱に拳を叩きつけて粉砕すると、砕かれた大小の破片が音を立てて飛んでいく。

 その速度は地面から順番に突き出ていくよりも遥かに速く、一際大きな破片がシェルルの背中に激突し、怯んでスピードが落ちたところへ残る破片、そして遅れてきた“ストーンエッジ”の本体が直撃してその身体を打ち上げた。

 

「ああぁっ……!?」

 

 タイプ相性上最悪の一撃を受けて空高く舞ったシェルル。

 だが、落下していく中でその視線がツバキとぶつかる。深刻なダメージを受けつつも、まだ闘志が残っているのだ。

 

「……うん! “アクアジェット”!」

 

 トレーナーとして、その闘志に応えないわけにはいかない。

 ツバキが自分の意志を理解してくれた事。シェルルにはそれが嬉しい。

 その喜びを表現するかのように身体を回転させて体勢を直し、膝を立てて着地すると、一気に水流を纏ってバンギラスへ突撃していく。

 

「虫の息のくせにイキりやがって……! “ストーンエッジ”!」

 

「“かわらわり”!」

 

 突っ込んでくるシェルルを迎え撃つべく突き出す岩の柱。

 それに対処すべく、纏っていた水流が弾け、その勢いを殺さぬままに突進していくや、両腕を眩い光で覆って勢いよく振るい、迫る岩を砕いていく。

 残った体力を使いきるかのように全力で腕を振って、1つ、2つ、3つと岩を破砕していき、鬼気迫る表情のままにバンギラスへの歩みを止める事はない。

 

「ぐっ……! “ストーンエッジ”を掴め、叩き付けろ!」

 

「そのまま“かわらわり”!」

 

 バンギラスは近くの岩の根元を尻尾で薙いでへし折ると、勢いよく片手で持ち上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そして、下段に構え直すやシェルルへ向けて足音を立てながら走り始める。

 両者互いに相手へ突撃していき、ほぼ同時に腕を振りかぶる。

 振り上げられる岩、振り下ろされる腕。それらの速度や勢いは互角。そして……。

 

「うっ……!」

 

「ぐっ……!」

 

 岩の棍棒がシェルルの横っ面へ打ち付けられ、シェルルの腕がバンギラスの首筋にめり込んでいる。それはまるでクロスカウンターが決まったかのよう。

 そのまま時が止まったかのように動きを止めていた2体は、相手より先に倒れるものかと言わんばかりに、ふらふらと後退りして睨み合う。

 そして、持っていた岩が手を離れて砂埃と共に地に落ちると、バンギラス自身も身体が横へとぐらつき、大きな音を立てて倒れ伏した。

 それを見たシェルルは表情こそわからないが、にやりと笑ったかのような雰囲気のままに身体が揺れ、砂埃を上げて仰向けに倒れた。

 

「バンギラス、グソクムシャ、共に戦闘不能!」

 

 共に鎧のような頑強な身体を持っていた2体は、激しい追撃と奇襲で効果の大きい技を幾度もぶつけ合った結果、相討ち同然の形で倒れてしまった。

 

「うぅ……シェルル……ご苦労様、ありがとう」

 

「チッ…………戻れ、バンギラス」

 

 2人は倒れたポケモンをボールへ戻すと、残る1体へと視線を戻す。

 その残されたミスティとゴローニャは、“ムーンフォース”と“かえんほうしゃ”の撃ち合いを繰り返していたが、相方が倒れた事に気付くと距離を取ってトレーナーの元へと戻っていく。

 

「ミスティ、シェルルが頑張ってバンギラスを倒してくれたんだから、わたし達も負けてられないよ!」

 

「ゴローニャ、こうなるともう後がねぇ。気張って行くぞ……!」

 

 そう、1体ずつが倒れた今、残った1体の奮戦ぶりが互いの勝敗を分ける事となる。

 ミスティは“ねむりごな”や“どくどく”で搦め手を狙えるし、ゴローニャに対してタイプ相性上優位に立てるが、砂嵐によってダメージと疲労が蓄積されている。

 ゴローニャは“エナジーボール”を撃たれると危ないが、砂嵐が吹いている間はそのダメージを多少軽減し、“かえんほうしゃ”で弱点を突き、質量を活かした“ヘビーボンバー”なども強力。

 以上の事から一概にどちらが有利とは言い難い状況だ。

 

「(だからこそ、今すぐ動く!)ミスティ、“エナジーボール”!」

 

 迷えば迷うほどに疲労は蓄積して不利になる。ならば考える前に動くのが吉だ。

 

「“ストーンエッジ”で防げ!」

 

 ゴローニャが地面を踏みならすと、交差して壁になるように2本の岩柱が突き出し、飛来した“エナジーボール”を受け止めてしまった。

 

「もう1度“ストーンエッジ”だ!」

 

 “エナジーボール”を防いで見せた岩柱は、今度はミスティの方へ向けて連続で突き出てきた。

 あいにくとミスティには“アクアジェット”のような加速系の技は無いので、ひらりと回避とはいかない。

 

「えっと、えっと……! ……? 砂嵐が…………」

 

 迫り来る刃物のように鋭利な岩の柱に焦るツバキであったが、ふと、視界を覆っていた砂嵐が少し弱くなっている事に気付く。

 考えてみればこの砂嵐はバトル開始時から吹き荒び、引き起こした張本人たるバンギラスも倒れた今、経過時間的にもそろそろ収まる頃であろう。

 

「……そうだ! ミスティ、“エナジーボール”のエネルギーを地面に!」

 

 その指示を受けてツバキの意図を察したミスティは、めしべに“エナジーボール”用のエネルギーを集めて膨らませると、発射せずにそのまま小さくジャンプし、頭頂部を地面に向ける。

 そして、貯めたエネルギー球をその場で爆発させ、その爆風で空高く飛び上がって“ストーンエッジ”を回避したのだ。

 

「なんだとっ!?」

 

 そして、そのハイジャンプは単なる回避のためだけのものではない。

 

「回転しながら“ねむりごな”!」

 

 空中で身体を捻ったミスティは、ギュンギュンと音が聞こえてきそうなほどに回転し、辺りに青白い粉を飛散させる。

 高所から撒かれた粉は、折良く収まりつつあった砂嵐の微弱な風に乗って拡散していき、あっという間にフィールド中を覆ってしまった。

 当然の事ながらゴローニャもその影響を受けてしまい、重くなる瞼に抗いつつもとうとう完全に目を閉じていびきをかき始めた。

 

「ゴ、ゴローニャっ!!」

 

「取った……! そのまま“エナジーボール”!」

 

 ミスティは落下しながらも高いびきのゴローニャを視界に捉えると、頭頂部をそちらへ向けてエネルギーの集束を始める。

 

「ゴローニャ起きろ! 起きるんだゴローニャ!」

 

 コウイチは懸命にゴローニャへ呼びかけを続けるが、一向に目を覚ます気配は無い。

 

「ゴロ…………うっ……!?」

 

 視界の端で強くなる緑色の光。それはミスティから発射されるとまっすぐにゴローニャへと向かい、大きな爆発を引き起こした。

 いわとじめん複合のゴローニャに、くさタイプの“エナジーボール”は致命的なレベルのダメージだ。

 だが……煙の中、動く影あり。

 

「えっ……!?」

 

 ツバキは思わず声を上げて驚いてしまう。砂嵐がほぼ止んだ以上、“エナジーボール”のダメージを軽減する事はできないはずだからだ。

 しかし、彼女は1つ肝心な事を忘れていた。

 

「……《がんじょう》……!」

 

 そう、ポケモンバトルを複雑化させる要素の1つ、特性だ。

 ここまでのバトル、ツバキはバンギラスの方へ集中的に攻撃を行い、ゴローニャに対しては牽制や相手の攻撃を防ぐ目的でしか技を使っておらず、あちらはまったくの無傷だったのだ。

 故に、完調状態であれば致命傷になるダメージでもギリギリ持ちこたえる特性、《がんじょう》が発動したのだ。

 砂嵐によるスリップダメージに焦り、勝負を急いだが故の見落としだ。

 

「よし……よしっ! いいぞゴローニャ! “かえんほうしゃ”!」

 

 今のダメージで目覚めたゴローニャは、落下中のミスティに狙いを定めると、口から高温の炎を噴き出して反撃を仕掛ける。

 ひこうタイプでもないミスティにはこれをよける術は無く、伸びてきた炎の中に飲まれてしまった。

 

「ミスティぃぃーーーーっっ!!」

 

 火の玉と化したミスティが地面へ落下し、バタバタもがいてどうにかこうにか花びらについた炎を消して一息つく。

 と、思ったのも束の間……よく見れば左腕に赤く火傷痕が残ってしまっている。

 それに気付いたミスティは、苦悶の表情を浮かべて左腕を押さえ込んだ。

 一難去ってまた一難とはこの事か。

 

「うぅっ……やっと砂嵐から解放されたのに……! でも、ここまで来たら負けるわけにはいかない……! ミスティ! 次で決めるよ! 苦しいだろうけど……お願い!」

 

「ゴローニャ! お前は強い! きっとあと一撃で勝てる! 踏ん張れ!」

 

 互いにこのバトルの勝敗を己のポケモンの次なる一撃に賭け、あらん限りの声を張り上げて激励を送る。

 向かい合って戦意を練り上げていた両者は、近くに刺さっていた“ストーンエッジ”の岩が崩れる音を合図に走り出した。

 

「“エナジーボール”!」

 

「“ストーンエッジ”!」

 

 ミスティは走りながら頭頂部をゴローニャへ向け、めしべに緑色のエネルギーを集束させていく。

 ゴローニャは残った体力を振り絞って地面へ右の拳を叩き付け、岩の柱を連続で突き出させる。

 技の出はゴローニャの方がわずかに速い。しかし。

 

「ぐっ……!?」

 

 コウイチは目を剥いて絶句する。

 それもそのはず。突き出た“ストーンエッジ”は、正面から突っ込んでくるミスティに対し、なんと少しずつ右へ右へと逸れていってしまったのだ。

 以前、ツバキはニビジムリーダーであるエーデルから“ストーンエッジ”の技マシンを受け取った際、「威力は高いが命中に難がある」と説明されたが、今その言葉の意味するところを目の当たりにする事となったわけだ。

 そして、ミスティは逸れていった岩柱の合間を縫って隙だらけのゴローニャに肉薄。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そのまま超至近距離から溜めに溜めたエネルギーを球状にして一気に放出した。

 先ほどとは比較にならぬ爆風が巻き起こる。その中から煙を引きながら吹き飛ばされたゴローニャが飛び出し、轟音と共にフィールドの外へ落下。

 ゴローニャはうっすらと目を開け、まだ自分は戦えるとばかりに天井の照明へと震える腕を伸ばす。

 

「……もういい。俺様…………いや、俺達の負けだ、ゴローニャ」

 

 力尽きて地に落ちそうになるゴローニャの腕をコウイチが支え、首を左右に振りながら自身の敗北を認める言葉を紡いだ。

 それを聞いたゴローニャは無念さから悔し涙を浮かべ、ゆっくり目を閉じて動かなくなってしまった。

 

「……ゴローニャ、戦闘不能! ツバキ選手、予選2回戦突破!」

 

「…………は……はあぅぅ……か、勝てたぁ……」

 

 この勝利にはまさに運が大きく響いた。

 最後の“ストーンエッジ”が外れなければ、勝てたか怪しいものである。

 

「ミスティ、ご苦労様。……火傷、辛そうだね……ボールで休んでて。すぐ回復してあげるからね」

 

 自身の元へ戻ってきたミスティを労い、ボールに戻したツバキは、同じくゴローニャをボールへ戻して背中を向けたコウイチに気付く。

 

「あ、あのっ!」

 

「負け犬は吼えねぇ。じゃあな」

 

 声をかけようとしたが、コウイチは振り向く事無くそのままイーストドームから立ち去ってしまった。

 

 

 

「兄貴!」

 

 ドームを出てしばし歩くと、コウジとコウゾウが後を追ってきた。

 

「あ、兄貴……その……」

 

「回復して帰るぞ」

 

 弟達の声にも立ち止まらず、そのままポケモンセンターへと向かう。

 

「……鍛え直しだ。初心に返ってな」

 

 握り込んだゴローニャのボールに語りかけるように紡がれる言葉。

 

「(次は負けねぇ。俺とゴローニャ達は今よりも強くなれるんだからよ)」

 

 初めは気に入らない女の背中にくっついてるチビとしか思っていなかった。

 だが、実際に戦ってみるとどうだ?

 本人もポケモンを信頼し、ポケモンからも全幅の信頼を返され、少ない言葉でも互いに思いを交わして「まさか」という戦術を度々見せてきた。

 あのチビを信頼するポケモン達は、迷いなど微塵も抱かずにその指示を実行し、結果を出す事でそれに応え、とうとう自身を破った。

 ……きっとあれこそが自分に足りなかったモノなのだ。自分もポケモンを信じていないわけではないが、あそこまで互いの全てを預け合える関係にあったと胸を張って言えるだろうか?

 その差が今回の結果を生んだ……という事なのだろう。

 

「(……俺はもう1度、俺の道を作り直す。あいつとあいつのポケモンみてぇに、お前らから信頼されるように)……だから……もう1度チャンスをくれ、ゴローニャ……」

 

 力尽きたはずのゴローニャのボールが応えるように揺れ、コウイチの口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

 

つづく




やっとお休み取れたぁぁぁんっ!!疲れたもぉぉぉんっ!!!

はい、というわけで今回も駄文雑文中略ありがとうございます!
そして、お待たせしてしまって申し訳ありません!悪いのはうちの会社です!(責任転嫁)

ここからは自分の作品を書いていきますし、皆様の作品も追っていきます!
どうか見捨てずにもう少しお付き合いくだちい!!


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第88話:双龍乱舞!宿命の対決!

お休み欲しいです。切実に。
というわけで予選最終戦となる第88話です。


 1回戦でカルミアを下して迎えた予選2回戦。

 次に立ちはだかったのは、1ヶ月前にイソラによって叩きのめされたイワキ兄弟の長男・コウイチだった。

 自分のポケモンすらよく観察せずにイソラに圧倒された1ヶ月前とはうって変わって、言動こそ荒々しいままながらも戦況を冷静に分析し、判断する事を覚えた彼は手強かった。

 体力を奪う砂嵐吹き荒れる中、ゴローニャとバンギラスのパワー、そしてタフさに押されるミスティとシェルルであったが、まずシェルルがバンギラスと相討ちとなり、次いでミスティが天運を味方につけてゴローニャの撃破に成功。

 強い信頼関係故にトレーナーの指示にもポケモンの行動にも迷いのほとんど無いツバキに敗れたコウイチはその姿に思うところがあり、もう1度ポケモンと向き合い、初心からやり直す決意を固めてセキエイスタジアムを後にするのだった。

 

 

 

「只今予選2回戦の全試合が終了いたしました! 5分間の休憩を挟んだ後、3回戦を開始いたします!」

 

 2回戦のバトルはどうやら自分が最後だったらしい。

 ツバキはアナウンスを聞きながら、スタッフから受け取ったキズぐすりと、万能薬ことなんでもなおしでミスティとシェルルの手当てを行う。

 

「……うん、これで大丈夫だね。それにしても、2人とも本当にお疲れ様、だったね! コウイチさん強かったなぁ……2人が精一杯頑張ってくれたからなんとか勝てたけど……」

 

 回復した2体を撫でつつ、あわや敗退というところまで追い込まれた直前のバトルを思い出す。

 この先のバトルはさらに厳しく、激しくなるだろうというツバキの不安を見抜いてか、どうにか励まさんとミスティとシェルルが身体をすり寄せてきた。

 

「ひゃっ! ……あはは……ごめんね、ちょっと弱気になるところだったよ。確かに厳しいバトルだったけど、まだまだ予選だもんね。うん、もっと前を見ていかないと! ありがとう、2人とも」

 

 頷いた2体をボールへと戻したところで残り時間は1分ほどで、次のバトルでは誰を出すべきか思案する。

 キズぐすりなどは傷は治してくれるが疲労はほぼそのままなので、できればここまで出していないポケモンで行きたい。

 ……と言っても、そうなると残りは2体だけで選択肢は無いのだが。

 広範囲攻撃のできるナオとケーンを早々と出してしまったのは失敗だったかもしれない。

 

「選手の皆様、お待たせいたしました! これより予選3回戦を開始いたします! LSDにて指定されたバトルフィールドへ移動をお願いいたします!」

 

「あっ、もう時間……うん、考えてばかりでも仕方無い、か……。よぉし、ともかく次が予選最後のバトル……頑張ろう!」

 

 アナウンスが響くとツバキは立ち上がり、肩を回して歩き出す。

 そして、LSDの画面に表示されたフィールドに立つと……。

 

「あっ……ツバキ……」

 

「えっ…………ボック……さん……」

 

 

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 向かいに立っていたのは、フスベシティのボックだった。

 お互い、こんなところで当たる事になるとは思っておらず、顔を見合わせてしばし硬直してしまう。

 

「両者、ポケモンを出して準備をお願いします」

 

「あっ……は、はい……」

 

「わ、わかりました~……」

 

 しどろもどろになりつつも、2人はベルトのボールに手をかける。

 

「ポ、ポポくん! バルディ! お願い!」

 

「頼んだよ、ガブリアス~! クリムガン~!」

 

 ツバキの投げたボールから、大きな翼をはためかせて飛び出したポポと、その背に乗ったバルディが現れる。

 

 

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 それに対するは、以前のバトルでガバイトから進化したガブリアス。そして、それより1歩引いた位置に従者のように現れたのは、鮮やかな青い体色と、それとは対称的な真っ赤な頭部を持つドラゴンポケモン……ほらあなポケモン『クリムガン』だ。

 どうやらガブリアスとは結び付きが強いようで、互いに目配せして言葉少なながら何事か会話している。

 

「……ツバキとは決勝で戦いたかったな~……」

 

 そんなポケモン達の様子を見ながら、両手を頭の後ろで組んだボックがぼやくように呟いた。

 

「そうですね……わたしもです」

 

 出会ってさほど時間は経っていないが、2人はそれぞれ歳の近いライバルとして相手を認識していた。

 だからこそ、戦うならばもっと先で……できる事なら優勝を賭けた決勝戦で全力で競い合いたかった。

 それがまさか決勝トーナメントに進むための予選でどちらかが敗退する事になるとは。

 世の中思い通りに事が運ばないなど往々にしてあるものだが、小さく年若い少年少女のささやかなライバル心にすらも手心を加えてはくれない神様のなんと意地の悪い事か。

 いや、戦う機会を与えてくれただけ有情であろうか?

 

「セキエイスタジアムにお越しの皆様! 全選手の準備が完了し、いよいよ決勝トーナメントへ進出する8名が決まる予選第3回戦を始めたいと思います! 選手の皆様は、悔いの無い全力のバトルをお願いいたします! ……では、試合開始のカウントを始めます! ……5」

 

「……!」

 

 とうとうカウントが始まってしまった。

 いまだ覚悟の決まりきらぬ2人を置き去りにして。

 

「4」

 

 だが、2人も若いとはいえここまで相応の修羅場を潜り抜けてきた実力派トレーナー。

 

「3」

 

 いつまでも甘ったれた事を言うほど世間知らずでも素人でもない。

 

「2」

 

 事ここに至ったからには、己の全力を発揮し、相手が終生忘れられないバトルをその網膜と脳裏に刻み付ける……それだけだ。もっとも、持ち物禁止というルールの都合上、メガシンカができないので真の意味での全力は出せないのだが。

 ともあれ2人の思考は互いに全身全霊を以てぶつかるという、その一点に収束し、重なった。

 

「1」

 

 故に、この5カウントの間に2人は……。

 

「バトル………………スタァァァーーーートっ!!」

 

 互いを打ち壊すべき『壁』と認識した。

 

「ガブリアス、オノンドに“めざめるパワ~”! クリムガン、ピジョットに“かみなりパンチ”~!」

 

「ポポくん、“ぼうふう”! バルディは“りゅうのまい”!」

 

 ガブリアスの身体から小さなエネルギー弾が飛び出すと、隊列を組んでバルディ目掛け飛翔。

 クリムガンは右手に電撃を纏わせ、足音を立てながら地面を蹴り、空中のポポへ突進していく。

 だが、相手の外見から近接戦闘を得意とするであろうと予想したツバキは、即座に“ぼうふう”による風の防壁構築を指示。

 ポポが光輝き巨大化した翼を勢いよく振れば、周囲の風が前面に集中し、生半可な攻撃では突破の叶わぬ分厚い風のカーテンの出来上がりだ。

 バルディはそのカーテンに守られながら、太い尻尾、刃の如き牙で風切り音を鳴らして荒々しく舞い、自身の中の闘気を高めていく。

 相手方の技は“ぼうふう”によって阻まれ、どうやら初撃をやり過ごしつつ攻撃の下準備を整える作戦、その第1段階は成功したようだ。

 そう思った次の瞬間、突然ポポの背中に衝撃が走り、地面に叩き付けられてしまった。

 

「うっ……!? ポ、ポポくんっ!」

 

 バルディと起き上がったポポがそちらへ目を向ければ、そこにいたのは今まさに着地したばかりのクリムガンだ。

 風を操って壁にするべく前面に集めてしまったため、横や背後への警戒が手薄になるのは予想できていたが、あまりにも速すぎる。

 ……だが、鈍重そうな見た目に反した速度で相手の背後から奇襲を仕掛けるその挙動には、ツバキも見覚えがあった。

 

「……“ふいうち”……」

 

 現在は一時他の技に変えているが、シェルルの覚えていたそれと同じ、相手の攻撃技の隙を突いて死角から襲撃する技だ。

 “でんこうせっか”と同等のスピードに加え、相手の意識の外から攻撃するために与えるダメージも大きい厄介極まりないこの技を習得しているのは明確な脅威と言える。

 そして、風を操っていたポポの気が逸れた事で風のカーテンの制御が乱れ、一際激しく吹き荒れた後に霧散してしまった。

 “りゅうのまい”を使って準備完了と思ったのも束の間、一瞬にしてガブリアスとクリムガンの挟撃態勢を整えられ、逆に不利な状況となった。

 

「くっ……! ポポくん! クリムガンに“でんこうせっか”! バルディはガブリアスに“ドラゴンクロー”!」

 

「“ふいうち”で迎え撃て~! ガブリアスも“ドラゴンクロ~”!」

 

 小さく羽ばたいたポポが姿が霞むほどに急加速してクリムガンへ突撃し、相手方もそれに応じるようにその場に砂埃を残して姿を消した。

 人間の目では追えない高速の世界で爪をぶつけ合う音が響く一方、バルディは全身から放出した覇気を両手に集約し、龍の頭のような形を形成する。トレーニング期間中に“ダブルチョップ”に代わって習得した“ドラゴンクロー”だ。

 

 

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 “ダブルチョップ”と比較すると手数で劣るが、口から突き出た牙を使っていたあちらに対し、こちらは両手を使用する技なので可動域が広く対応力に優れる。

 何より“ダブルチョップ”連発=頭を思い切り振り回しまくるという図式となっていた結果、やりすぎると目を回してしまう重大な欠点があったのだが、それが無くなったのは大きい。

 迎撃に動いたガブリアスもまた、手の先端の鋭い爪を同様のオーラでコーティングして走り出した。

 体格差を埋めるかのように大きくジャンプし、落下速度を加えた斬撃を繰り出すバルディと、地面を蹴ってそれを迎え撃つガブリアス。それは2体が初めてバトルをした時の再現であるかのようだ。

 あの時は空中での押し合いの最中に両者が同時に進化したが、今回は互いに龍のオーラを纏う両手を幾度も振り上げ、振り下ろし、薙ぎ払い、剣戟を重ねていく。

 オーラ同士の激突は極小規模の爆発を引き起こし、2体はその衝撃でさらに上昇して空中戦を繰り広げる。

 

「(……冗談でしょ~……ガブリアスの方がオノンドより2倍近く大きいのに、互角に切り結んでる……)」

 

 ボックはその空中戦を見守りながら、表情こそ平静を装っているが内心驚愕のあまり冷や汗を流していた。

 当然だろう。体格の差というのは特に格闘戦において優劣を分けるほどに大きな意味を持つ要素だ。

 無論、それだけが絶対に結果へ繋がるわけではないが、無視できるものでもない。

 だというのに、あのオノンドはガブリアスの半分ほどの体長でありながら、驚異的なパワーで1歩も引かぬ戦いぶりを見せているのだ。

 

「(……でも、あくまで互角……負けてるわけじゃない~!)そこで“アイアンテ~ル”~!」

 

 打ち合いによってわずかに距離が開いた瞬間、ガブリアスは身体を捻って勢いよく尻尾を振り回す。

 あいにくとリーチではガブリアスに軍配が上がり、硬質化した尻尾を横合いから叩き付けられ、バルディは墜落してしまった。

 

「! ポポくん!」

 

 ポポはクリムガンとの高速戦闘の只中にあったが、ツバキの呼びかけでその意図を理解し、一際大きく振った爪でクリムガンの身体を弾いて体勢を崩してから身を翻すと、落下するバルディへ接近し、強靭な脚でガッチリその両肩を掴んで救出に成功した。

 

「そのまま“りゅうのはどう”!」

 

 ポポに吊り下げられた体勢のまま、バルディが口を大きく開き、身体の奥底から青いエネルギー波を発射する。

 “ドラゴンクロー”同様、新たに習得した“りゅうのはどう”だ。

 放たれたエネルギーは追撃を狙っていたガブリアス目掛けて飛んでいきながらその形を巨大な口を開いた龍の形へと変化させる。

 

「っ! 下降だ~!」

 

 鳥ポケモンのように自由自在にホバリングや旋回とはいかないものの、ガブリアスはガバイトからの進化に伴い飛行能力を得ている。

 肘を曲げ、腕の翼を左右に広げた飛行形態を解除し、ガクンと急下降する事で“りゅうのはどう”を回避する事はできたが、バルディは取り逃がしてしまった。

 

「(仕留めきれなかった~……でも、手応えはあった。それにしてもピジョットはスピ~ド、オノンドはパワ~がすごいな~……早いところどっちかは倒さなきゃ~!)」

 

 現状でボックが最も警戒するのはポポとバルディの連携である。

 ポポのスピードとバルディのパワーを組み合わせた機動戦闘を展開されるとかなり厄介なので、2体は常に分断しておきたい。

 無防備状態への“アイアンテール”の直撃で与えたダメージは決して小さくはないはずであり、バルディが“アイアンテール”のヒットした脇腹をしきりに気にしているのを見るに、追加効果である防御力の低下が発生した可能性が高い。

 もしそうならば、ここで一気に畳み掛ければバルディの撃破は不可能ではない。無論、高い機動力を誇るポポの介入が予想されるが、クリムガンの“ふいうち”を駆使した妨害で対処できるだろう。

 

「……よし。クリムガン、“いわなだれ”~!」

 

 作戦を決めたボックが指示を飛ばし、クリムガンの両腕が地面に叩き付けられると、無数の岩が上空まで浮かび上がってからポポ達の頭上へ降り注いだ。

 

「よけて!」

 

 ポポは飛び退こうと必死に羽ばたいたが、バルディを掴んだままでは思うように速度が上がらず、“いわなだれ”の範囲から逃れる事が叶わない。

 無理も無いだろう。バルディはオノンドへの進化によって体重が36kgまで増加している。

 ピジョン時代にはすでにツバキをぶら下げて飛ぶ事のできたポポであるが、それも目的地に着いた途端にバテてしまったし、何より今は運搬能力よりもスピードが欲しい局面であり、荷をぶら下げていては通常時と同じ速さなど出せようはずがない。

 

「(さぁ、これから逃れるにはオノンドを放すしかないよ~!)」

 

 ボックの狙いはまさにそこだ。

 掴んだバルディを放さず共倒れするにしても、放して分断するにしても、状況は自身に優位に動く。

 言ってしまえば、相手のポケモンに相方を見捨てるか否かの選択を迫る、冷酷とも取れる戦術である。

 しかし、バルディがポポへ向けて何かを伝えるかのように鳴き声を上げると、ポポは急に停止して、降ってくる岩へと向き直った。

 

「えっ!? …………そっか……! よぉし……“りゅうのはどう”!」

 

 その動作からポポとバルディが起こさんとする行動を察し、ツバキは指示を下した。

 待っていましたとばかりにポポがバルディを空中へ放り投げると、その身体は1回転してからポポの背中に着地。

 そして、大きく息を吸い込んでエネルギー波を放出して射線上の岩を吹き飛ばすと、ポポは“でんこうせっか”で全身の筋肉を無理矢理フル稼働させ、“ブレイブバード”の要領で翼を畳んだ高速飛行形態となり、“りゅうのはどう”で岩の雨に空いたトンネルの中へと突っ込んでいった。

 そう、まさかの選択肢は『回避』ではなく『突破』。

 まさにボックの危惧するパワーとスピードの組み合わせそのものの、強引ながらも最も被害の少ない解だった。

 とはいえ大きな岩にこそ当たりはしなかったが、小さな破片は降り注ぎ続け、それに対してこちらから高速で当たりに行っているのだから、ダメージはそこそこ入ってしまった。無論、直撃よりは遥かにマシではあるが。

 

「(ど、どうにかダメージを抑えられた……ポポくん達の閃きに感謝しないと……)」

 

「(ま、まさかあんな無茶なかわし方するなんて……ホントに面白いなぁ、ツバキ達は~)」

 

 ツバキとしてはポポとバルディの咄嗟の思いつきを察し、そのアイデアに合わせた指示を出しただけなのだが、ボックにとってはそれを思いつくポケモンもポケモンなら、即座に理解して指示するツバキもツバキである。

 が、相手に与えた総ダメージはまだボックの方がリードしており、ツバキ達はその攻勢を一時的に凌いだだけだ。重要なのは、ここからいかにして反撃するかだ。

 

「(相手はどっちもドラゴン……やっぱり攻撃の要のバルディをポポくんでサポートするしか勝てる見込みは無い!)」

 

 ここまでの攻防で、ボックがこちらの連携を断とうとしているのはわかった。

 だが、それだけ必死に分断しようとするという事は、同時にそれこそがボックの恐れている戦い方である事をツバキに確信させる結果となった。

 意地悪というわけではないが、バトルにおいては相手の嫌がる事をする方が有利になるものなのだ。

 

「バルディ、“りゅうのまい”!」

 

 2度目の“りゅうのまい”。荒々しく暴れ狂うかのような激しい舞で自身を鼓舞して戦意を奮わせ、攻撃力と敏捷性を劇的に強化する技だ。

 いわゆる『積み技』と呼ばれる中でも非常に優秀な部類に入り、それを2度も使ったとなれば、戦闘力の向上はかなりのものとなる。

 

「っ! させるな~! “ドラゴンクロ~”!」

 

 ただでさえパワー自慢のバルディにこれ以上舞われれば、本当に取り返しのつかない事になる。

 そうなる前に仕留めようと指示を飛ばすボックに応え、ガブリアスは地面に大きく足を踏み込んで姿勢を低くすると、マッハポケモンという分類に恥じぬ加速力でバルディへ突進していく。

 ドラゴンタイプにじめんタイプを併せ持つガブリアスは、空中での小回りこそポポには及ばないが、地上での機動力は数多のポケモンの中でも群を抜いている。

 

「ポポくん、“でんこうせっか”で食い止めて!」

 

「邪魔させるな~! “ふいうち”~!」

 

 加速しながらの急降下でガブリアスへ襲いかかったポポを、真横からクリムガンが急襲した。

 そちらに対処している間に、その背後を狙いのバルディへ向けて一直線に駆けるガブリアスが横切り、爪に激しく波打つオーラを纏わせる。

 

「“すなかけ”!」

 

 咄嗟の指示で、ポポは脚の爪で蹴るように地面を引っ掻き、腕を振り上げたクリムガンの顔面に砂を浴びせた。

 近接戦闘中のわずかな隙の中で繰り出したため、翼を羽ばたかせて大量の砂を巻き上げるいつもの“すなかけ”とは規模が雲泥の差ではあるが、一時的に視界を奪えれば十分だ。

 クリムガンが両手で目に入った砂を払い落とそうとしている内にポポは方向転換し、改めてガブリアスの背中を追う。

 

「後ろから来てるぞ~! 弾き飛ばせ~!」

 

 ボックの指示でガブリアスも背後から高速で迫るポポの気配に気付き、足裏を接地させて急停止すると、上半身を捻ってオーラを纏ったままの左腕を後方へ向けて振るった。

 “でんこうせっか”で追っていたポポは慣性によって止まる事ができず、振り回された腕が横っ面を打ち、吹き飛ばされてしまう。

 ガブリアスはそんなポポには見向きもせずに舞の終わらぬバルディへ再度突撃していく。

 だが。

 

 

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 なおも追い縋るポポは、両脚でガブリアスの肩を掴んで必死にバルディへの妨害を阻止せんと翼をいっぱいに羽ばたかせて揉み合いとなる。

 その執念の裏には、ツバキの期待に応えたい想いもあるにはあるが、ツバキのポケモンの中でも最古参の立場として、最も加入順の若いバルディを助けようという、親心のようなものもある。

 ポポにとって後から仲間に加わったポケモン達は、皆弟のような妹のような存在なのである。

 それ故、彼らがケンカをしたり悪戯をすれば叱るし、危険が迫れば護るし、ツバキが望むなら共にバトルへも挑むのだ。

 『決死』という言葉の通り、持てる力を全て脚と翼に込めて抑え込むポポの気迫に圧されてか、ガブリアスも暴れるが拘束を外すには至らない。

 

「クリムガン! ガブリアスを助けるんだ~! “ドラゴンクロ~”!」

 

 ようやく砂を落としたクリムガンがまばたきし、揉み合うポポとガブリアスの姿を視界に捉えたところでボックからの指示が耳に入る。

 ガブリアス達同様に腕をオーラでコーティングしたクリムガンは、相方を阻むポポへと襲いかかる。

 

「……! ポポくん後ろっ!!」

 

 ツバキに注意を促されたポポは、クリムガンが腕を構えると同時に脚に全力を込めて大きく振り、掴んだガブリアスを後方へ押しやる。

 当然、振り抜かれたクリムガンの“ドラゴンクロー”は本来狙うべきポポではなく、よろめいたガブリアスの背中にその一撃を打ち込んでしまった。フレンドリーファイアである。

 

「ガブリアスぅっ!!」

 

 『目には目を、歯には歯を』の理屈なのか、ドラゴンタイプの技は同じドラゴンタイプの強靭な皮膚にも大きなダメージを与える事ができる。それを背後から受けてしまっては、無視できないダメージとなるだろう。

 だが、ガブリアスは苦悶の表情を浮かべつつも、転んでもただでは起きない。

 立ち位置的に自身に背中を晒す事になったポポへ、“ドラゴンクロー”を叩き付けたのだ。

 あまりの衝撃にポポの瞳の焦点が揺れ、地面を何度もバウンドして天地がひっくり返る。

 

「ポポくんっ!」

 

「仕留める! “かみなりパンチ”だ~!」

 

 地に伏したポポへトドメを刺さんと、ガブリアスの脇をすり抜けたクリムガンが電撃を帯びた右腕を振りかぶる。

 

「……“ドラゴンクロー”!」

 

 が、倒れたポポの上を放たれた矢のような影が飛び越え、迫っていたクリムガンにオーラ纏う一撃を叩き込んだ。

 予想外の攻撃を受けたクリムガンは目を白黒させ、衝撃に備えていなかった事もあって派手に吹っ飛ばされてしまい、横倒しになって地面を滑っていく。

 

「クリムガンっ! ……遅かったか~……」

 

 ポポを守るように立ったその相手を見て、ボックが嘆息を漏らす。

 ……そう、“りゅうのまい”を終えたバルディである。

 2度に渡る舞によって高められた闘気が、視認できるほどのエネルギーとなって全身から迸り、空気に触れてバチバチと音を立てている。

 意識をポポへ向けていたとはいえ、クリムガンが攻撃を受ける寸前まで反応できなかったのだから、その速度も舞う前とは比較にならない。

 

「(こうなっちゃうと簡単には行かないな~……向こうもダメージはかなり溜まってるはずだけど~……)」

 

「(かなりダメージは受けちゃったけど、まだまだ反撃はできるはず……! ……ポポくんの体力が保てばいいんだけど……)」

 

 バルディに助け起こされ、頭を振りつつ素早く羽ばたき、身体に付いた砂を払い落とすポポ。

 同様にガブリアスに助け起こされたクリムガンは、先ほどの誤爆を詫びているようだが、ガブリアスはポポ達を指して何事か鳴いている。「謝っている暇があったら、あいつらを倒すぞ」とでもいったところだろうか。

 

「……ポポくん! バルディを乗せて!」

 

「させるか~! “めざめるパワ~”と“いわなだれ”~!」

 

 バルディを背中に乗せて飛び立とうとするポポの正面からはエネルギー弾の弾幕。上方からは降り注ぐ岩塊の雨が襲いかかる。

 

「“でんこうせっか”で突破! バルディは“りゅうのはどう”を弱めに連発! しっかり掴まっててね!」

 

 一際大きく羽ばたいたポポはホバリングの後、“でんこうせっか”で一気に加速し、エネルギー弾の中へと飛び込んでいった。

 “いわなだれ”の中を抜けた時のように翼を折り畳む事で極力被弾面積を抑え、右に左にロールして紙一重でエネルギー弾を回避しつつ前進。

 そして、ポポに乗ったバルディは、上から降りかかる岩の中でも直撃コースにある物に狙いを絞り、威力を抑えて連射可能にした“りゅうのはどう”を発射して迎撃していく。

 ポポのみ、バルディのみのどちらでも実現しえない、髙機動戦闘の真骨頂だ。

 

「そのままガブリアスに!」

 

 ツバキの狙いは、クリムガンのフレンドリーファイアで大きなダメージを負ったガブリアス。総合戦闘力的にも、クリムガンよりこちらが脅威となるのは明らかなので、先に討っておきたいというわけだ。

 今のスピードならば、ガブリアスに取り付いて一気に撃破可能だろう。

 ……そう思っていたのだが。

 

「“ふいうち”~!」

 

 その攻撃指示が聞こえた瞬間、ポポもバルディも周囲に警戒の目を向ける。

 右か?

 左か?

 はたまた後方か?

 ……否。

 正面だ。

 クリムガンは引き上げられるスピードのみを目当てに“ふいうち”を発動し、ポポ達とガブリアスの間に仁王立ちしてポポの翼を掴み、力尽くで止めたのだ。

 だが、“でんこうせっか”によって生まれた慣性は簡単には殺せない。クリムガンの身体は大きく後方へと押し出され、胴体にはポポのクチバシがめり込み、クリムガンは歯を食い縛ってその痛みに耐える。

 急激に動きを止められた事でポポの体勢は前のめりとなり、当然シートベルトなど無い背中に乗っていたバルディは空中へ放り出されてしまった。

 そして、機動力の要である翼を掴まれてもがく事しかできないポポの身体に、電流が流れ始める。

 

「“かみなりパンチ”~!」

 

 左腕でポポを持ち上げたクリムガンは、右腕を振りかぶってそのがら空きの胴目掛けまさに雷のごとき打撃を放つ。

 

「っ! “りゅうのはどう”! 間に合って!!」

 

 空中で体勢を変えたバルディの口から強力なエネルギー波が地上へと発射される。目標は当然ポポを討たんとするクリムガンだ。

 光の柱のように空中から降り注いだエネルギー波が、ポポを掴んだ左腕だけは避けるようにクリムガンを飲み込む。……だが、クリムガンはその拳を止める事は無かった。

 膨大なエネルギーの渦を浴びながらも、まったく勢いを減衰させず、握り込んだ拳を電撃と共にポポへと打ち込んだのだ。

 

「あぁっ……!?」

 

 宙を舞ったポポが地に墜ちるのと、敵に一矢報いてニヤリと笑ったクリムガンが倒れ伏すのは同時だった。

 

「……ピジョット、クリムガン、共に戦闘不能!」

 

 動かない事を確認した審判が、両者共に戦闘継続不可能と判断した。

 

「……ご苦労様、ポポくん。ボールで休んで待っててね」

 

「頑張ったねクリムガン~……後は任せといて~」

 

 ツバキとボックは同時にポケモンをボールへと戻して労いの言葉をかけた。

 恐らくクリムガンはガブリアスへのフレンドリーファイアを気にして、埋め合わせの意味を込めて最後に意地を見せたのだろう。

 

「(……真面目だよね~、クリムガンは~……)」

 

 ガブリアスがフカマルの時から共にいたクリムガンはその才を見抜いていたのか、自分の方が強い頃から彼に仕えるように行動を共にし、戦い方を教えてきた。

 それだけに、故意ではないにしろ彼を攻撃してしまった事には大きく責任を感じていたのだろう。

 

「……負けられないね~……そんな意地見せられたら負けられないよねガブリアス~!」

 

 その問いかけに答えるようにガブリアスが吼える。

 供にして友であり、そして師でもあるクリムガンの捨て身の覚悟を目の当たりにし、奮起しないはずがない。

 対するバルディも、信頼する仲間であり先輩であるポポの敗走に憤り、負けじと咆哮した。

 2体のドラゴンの咆哮がぶつかり合い、混ざり合い、まるで周囲の空間を震わせるかのように共振する。

 その共振が最高潮に達したその時、バルディの身体が突如として眩く光輝いた。

 

「「っっ!!??」」

 

 ツバキもボックも、突然の現象に目を丸くする。無論ガブリアスもだ。

 そんな周囲の驚愕を余所に、光を放つシルエットは見る見る形を変えていく。

 身長がぐんぐん伸びていき、それと共に頭の横の突起物は弓形に変形していく。手足も尻尾も同様に長くなり、高さがガブリアスに迫るほどになったところで、覆っていた光が弾け飛んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 開かれた瞼の向こうに光る丸く赤い瞳がガブリアスを睨む。

 左右に長く突き出していた牙は変形し、斧の刃のような形状となっており、さらに身体を覆っていた鎧は面積が広がり、色合いも緑から一転、金色とでも言うべきものへと変化した。

 キバゴ系統が到達しうる最終形態……あごオノポケモン『オノノクス』へと進化したのだ。

 

「バ……バルディすごい……本当の本当にドラゴンみたい……。すっごく格好良い……!」

 

 みたいも何も正真正銘のドラゴンなのだが、今のツバキにはそんな理屈はどうでもいいようだ。

 興奮冷めやらぬといった表情で、その見違えた背中に釘付けとなる。

 

「……は……ははは…………う……そでしょ~……? こ、ここで進化する~……?」

 

 一方のボックは乾いた笑いを漏らす。

 それは、強敵がさらに強くなった事への不安と、ライバルとのバトルがさらに熱い展開となった事への喜びがない交ぜとなった複雑な心境故だ。

 

「……まったく……予選でやるような内容じゃないよね~……! ガブリアス! とんでもなく手強くなってるよ~! 力を全部出しきるぞ~!」

 

 一瞬気圧されたガブリアスであったが、ボックの檄を受けて奮起する。それに、宿敵が強くなった事はますますガブリアスの闘争心に火を点けたようだ。

 

「バルディ! 強くなったその力で絶対に勝とう!ポポくんのためにも!」

 

 ツバキもバルディへと檄を飛ばし、より荒々しくなった咆哮が周囲の人々にビリビリと振動を与える。

 

「オイラだって……負けられないんだぁ~っ!! “めざめるパワ~”!」

 

「わたしだって……こんなところで終われません! “りゅうのはどう”!」

 

 ガブリアスから放たれたエネルギー弾がマシンガンのように次々とバルディへ撃ち出される。

 対するバルディの口からは、オノンドの時よりも激しくなったエネルギー波が発射され、“めざめるパワー”を飲み込む。

 だが、単発火力では勝るが手数で押され気味となってしまう。

 

「なら、接近戦! “ドラゴンクロー”!」

 

 斧のような牙を振り回して唸り声を上げたバルディの両腕をオーラが覆う。“りゅうのはどう”と同様にそのエネルギー量はさらに大きく、そして激しくなっており、膨大なエネルギーの奔流で周囲の空間が歪んで見える。

 前傾姿勢となり、長い尻尾を揺らして走り出したバルディに対して身構えるガブリアス。だが、“りゅうのまい”2回によって強化された瞬発力はとてもマトモな反応速度で追えるものではない。

 

「“アイアンテ~ル”っ!」

 

 見てから使うのでは遅い。あの速度に合わせて攻撃するならば、事前に放った攻撃に相手からぶつかるよう仕向ける『置き』しか無い。

 ガブリアスが長い尻尾を銀色に光らせて硬質化し、身体全体を大きく振り回す。

 予想的中。相手の迎撃が始まる前に懐へ飛び込もうとしていたバルディは、頑強になった尻尾に遠心力も加わった一撃を真横から受けてしまった。

 ……だが、耐える。

 オーラを纏った左腕で受け止めたバルディは、決して小さくはないそのダメージを無視してガブリアスの胸に右腕を叩き付けた。

 ガブリアスは目を見開き、地面に爪跡を残して大きく後退させられてしまう。

 

「ガブリアスっ! まだ行ける!?」

 

 よほど切迫しているのか、普段の間延びした口調が鳴りを潜めたボックが懸命に呼びかける。

 膝をつきそうになったガブリアスは、執念で立ち上がって吼えて見せた。

 

「このまま決めるよバルディ! “ドラゴンクロー”!」

 

 再度ガブリアスとの距離を詰めるバルディ。

 

「地面に“めざめるパワ~”っ!」

 

 対するガブリアスは、エネルギー弾を浮遊させると、拡散させて地面へ叩き付けて砂埃を巻き上げる。

 構わずその中に突っ込んだバルディは、ガブリアスの立つ位置にアタリをつけて大きく右腕を振り抜いた。

 

「“ドラゴンクロ~”!」

 

 だが、その爪は虚しく空を切る。

 そして、同様のオーラを纏う鋭い爪が頭上から振り下ろされ、バルディの身体を切り裂く。

 咄嗟に身を引いたので致命傷には至らないながらも、オーラの余波で後退りする。

 

「“カウンター”!」

 

 やられたらやり返す。

 ギロリとガブリアスを睨み、尻尾で地面を叩いて大きく上半身を捻ったバルディは、口から突き出た斧のような牙を振るい、意趣返しのごとくガブリアスの胴を斬り付けた。

 

「負けるな! “アイアンテ~ル”!」

 

 よろめいたガブリアスも目を開いて睨み返し、倒れそうになるところを右足で地面を抉るように踏みとどまると、体勢を戻す際の勢いのままに尻尾をバルディの胴に叩き付ける。

 どちらもすでに限界を超えるダメージを負っているにもかかわらず、決して倒れようとしない。

 無様に負けたくない、宿敵に勝ちたい、トレーナーに勝利を届けたい……この2体にとって理由などはもはやなんの意味も無いし、考えるつもりも無い。

 細かい理屈も気高い信念も無く、その思考にあるのはただ『勝つ』というシンプルな2文字だけ。

 故にその身体を動かすのは意地以上にもはや本能。

 だが、限界まで研ぎ澄まされた本能は、時として平時の実力を遥かに凌駕する力を生み出す。

 現に今の2体は、トレーナーの指示を頭で考える事無く即座に身体で実践している。

 相手の攻撃も『どうすればよけられるか』など考えず、ダメージを最小限に抑える防衛本能のままに動いている。

 ……しかし、それすらももはや限界。

 立っているのが不思議なほどの状態で、2体はひたすらに相手を視界に収めたまま戦闘態勢を崩さない。

 

「……バルディ……」

 

「……ガブリアス……」

 

 ……恐らく最後。次が最後の攻撃。当てようが外そうが、それで体力の全てを使いきる。

 だから。

 

「「“ドラゴンクロ~ー”っっ!!!!」」

 

 右腕の先端、その一点にのみ全エネルギーを集束した双龍が同時に地を蹴り、宿敵を討ち倒すためだけに振りかぶり、そして打つ。

 交差する腕。

 顔前に迫る爪。

 だが……。

 突き出されたガブリアスの爪がバルディの牙で受け流され虚空を切り……。

 その顔面にバルディの爪が打ち付けられた……。

 

――――

―――

――

 

「…………ガ、ガブリアス、戦闘不能っ!! オノノクスの勝ち! ツバキ選手、予選Bブロック突破!! 決勝トーナメント進出っ!!」

 

 静寂の中で、そんな声が聞こえた。

 ツバキはなおも他人事のように呆然と立っていたが、バルディがガブリアスの上に折り重なって倒れた音で我に返る。

 

「っ!! バルディっ!!」

 

 フィールドへ駆け込んだツバキは、必死にバルディに呼びかけ、彼がうっすら目を開いた事に安堵の息を漏らした。

 バルディは地面に両手をつき、痙攣しながら身体を起こしてうつ伏せ状態から寝返りをうつように仰向けになる。

 

「ガブリアス……」

 

 ガブリアスもまた、ツバキ同様に駆け寄ったボックへと目を向ける。

 

「……いい、バトルだったよ。ガブリアス~…………ありがとう」

 

 ボックは倒れたままのその身体を両腕で抱き締め、精一杯の労いの意を込めて頭を撫でる。

 そして、同じようにバルディを撫でていたツバキと視線がぶつかり、特別な言葉も笑い声も無く、ただ微笑みを交わした。

 全てをやりきった、友達へ向ける柔らかい微笑みを。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

Q.他の人が2話も3話も更新できる期間、あなたは何をしていたのですか?
A.仕事が忙しくて筆が…。
Q.忙しくなってるのは他の人も同様では?
A.はい、ごめんなさい。怠惰でした。

というわけでまずは平謝りです。本当にごめんなさい!でも本当に執筆の時間が全然取れなかったんですごめんなさい!
お詫びに龍舞2積型破りオノノクスと戦う権利を差し上げますから!

…ところでなんで相方が舞ってる間600族含むドラゴン2体相手に大立ち回りしてんのこの序盤鳥。

ん?ドラゴンクローがガチゴラスの使った時と描写が違う?こまけぇこたぁ(以下略


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第89話:決勝トーナメント前夜

今回の第89話はバトル無しの選手紹介的面の強いお話となっています。


 ライモンシティのカルミア、エンジュシティのコウイチと破り、ついに迎えた予選最終戦。

 だが、そこで待ち構えていたのは、スタジアムに到着して間も無く出会って意気投合したフスベシティのボックだった。

 お互いもっと先で戦いたかったと思いつつも、嘆いたところで試合開始の合図は待ってはくれない。

 ガブリアス、クリムガンと強力なドラゴンポケモンを並べたボックに対してツバキはポポとバルディを繰り出して応戦。

 トレーニング期間で習得したバルディの新技、“ドラゴンクロー”と“りゅうのはどう”を中心に奮戦するも、ポポとクリムガンは共倒れとなってしまう。

 残ったバルディとガブリアスが奮起して睨み合う中、突如バルディの身体が輝きを放ち、その姿を大きく変化させる。

 オノノクスへと進化したバルディとガブリアスの戦闘はますます激しさを増し、幾度にも渡る技の応酬の末、渾身の“ドラゴンクロー”の打ち合いをバルディが僅差で制した。

 ギリギリのバトルを終えたツバキとボックは多くを語らず、ただ相手に笑みを向けて幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 ツバキがボックに勝利したのに前後し、他の選手達も続々と決勝トーナメントへと駒を進めていた。

 

「ユキノオーさん、“ふぶき”です!」

 

 雪男と見紛う恰幅の良い真っ白なポケモンの口から、あらゆる物を凍てつかせる凶悪な冷気が強風を伴って広範囲へ噴射され、対峙していた2体のポケモンを完全に凍結させてしまった。

 

「バッフロン、ドリュウズ共に戦闘不能! スノウ選手、予選Aブロック突破! 決勝トーナメント進出!」

 

「ふふふ……私達の勝利です。さすがユキノオーさんにフリージオさんです。このまま立ち塞がるモノ全て凍らせてさしあげるです」

 

 左目を隠すほどの長く真っ白な前髪を掻き上げた少女が、青い瞳を晒して微笑む。

 

 

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――カロス地方・エイセツシティのスノウ

 

 

 

「デンリュウ、“ほうでん”だ!」

 

 電気のような金とも黄とも取れる髪色の青年が指示を飛ばす。

 額と尻尾に赤い球体を持つ黄色いドラゴンを思わせるポケモンが全身から四方八方へ無差別に電撃を放ち、周囲の全てを攻撃する。

 隣にいる寸胴体型の人型ポケモン、そして向かい合っていた食虫植物のようなポケモン2体に容赦無く電撃が降り注いだ。

 

「くぅっ! だ、だが! ウツボットもマスキッパもくさタイプ! でんきタイプ技は……」

 

「わかってるさ! 本命は……こっちだ! エレキブル、“れいとうパンチ”!」

 

 電撃を避けようと移動している内にひと塊になった2体の背後に、信じ難い速度で大きなシルエットが回り込んだ。

 気配に気付いた2体が振り向くより速く、冷気を帯びた両手で相手2体を挟み込むように打ち合わせる。

 ごっつんこという音でも聞こえてきそうなほどの勢いで2体は頭から激突し、目を回しながら大きな1つの氷塊に変わってしまった。

 

「ウツボット、マスキッパ共に戦闘不能! ゲント選手、予選Aブロック突破! 決勝トーナメント進出!」

 

「っしゃあ! 見たか《でんきエンジン》の力!」

 

 

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――カントー地方・クチバシティのゲント

 

 

 

「オコリザル! “ほのおのパンチ”!」

 

 手がボクシンググローブのようになった、刺々しい毛並みの1頭身のポケモンが、鼻息も荒く敵目掛け突進し、至近距離に達するや炎を帯びたストレートを連続で打ち込む。

 だが、耳や尻尾が植物の葉のようになった4足歩行のポケモンは、しなやかな身体で軽やかなステップを踏んでそれらを全て回避して見せる。

 

「…………“リーフブレード”」

 

 そして、真っ赤な髪と瞳をした女性のボソボソとした指示を聞き取り、尻尾の葉をピンと伸ばすと逆に相手に向けて斬り込む。

 怯んだオコリザルの懐に一瞬にして潜り込むと、前脚だけで体重を支え、身体を回転させる形で振り抜いた葉の刃で一刀両断。

 先ほどと同じようにしなやかに着地するその背後でオコリザルがどうと倒れた。

 

「オコリザル、戦闘不能! スカーレット選手、予選Bブロック突破! 決勝トーナメント進出!」

 

「………………やった。リーフィア。エテボース」

 

 

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――シンオウ地方・ズイタウンのスカーレット

 

 

 

「キテルグマァっ! “アームハンムァー”っ!!」

 

 燃える炎のようなオレンジ色の髪を揺らし、大仰にポージングしながら技の指示を出す男性。

 それに答えるは、頭部から背中、尻尾にかけてピンク、前面の胸から下が黒色をした熊の着ぐるみのようなポケモン。片脚を上げて大きくジャンプすると右腕を振り上げ、真下にいた相手ポケモンへその腕を叩き付けた。

 地面は見てわかるほどに陥没し、叩き込まれた相手は目を白黒させてそのまま倒れてしまった。

 

「サワムラー、戦闘不能! ガラム選手、予選Cブロック突破! 決勝トーナメント進出!」

 

「うおぉぉぉぉうっ!! リングマ! キテルグマ! まだまだバトルをエンジョイしようぜぇぇぇぇっ!!」

 

 

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――アローラ地方・コニコシティのガラム

 

 

 

「レアコイル、“ラスターカノン”を」

 

 磁石のついた3つの金属の球体が光り輝いたかと思うと、それが一点に集束されて光線のように発射され、敵ポケモンを撃ち抜いた。

 

「ニンフィア戦闘不能! ロウィー選手、予選Cブロック突破! 決勝トーナメント進出!」

 

「ふっ、僕の分析力と計算、そこに君達の実力が組み合わされば、破れぬ敵はいませんね、レアコイル、メタグロス」

 

 拭いた眼鏡をかけ直した茶髪の青年が、自慢げにポケモン達を撫でた。

 

 

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――ホウエン地方・キンセツシティのロウィー

 

 

 

「“リーフストーム”や!」

 

 ニコニコした笑顔の周りを黄色い花びらで飾った、直立した花のようなポケモンが、腕……というか葉を左右に伸ばしてその場で高速回転すると、無数の葉が逆巻く巨大な竜巻が発生し、敵ポケモンをいとも容易く飲み込んでしまう。

 高々と空中へ放り出された相手は力無く地面に落下し、目を回して動かなくなった。

 

「ヌオ―、戦闘不能! マユリ選手、予選Dブロック突破! 決勝トーナメント進出!」

 

「ふぅ、ようやったな、キマワリ、パラセクト。せやけど、『勝って兜の緒を締めよ』やで。ここからが本番……気ぃ引き締めていこか」

 

 黄緑色の軽くウェーブした髪を撫で、少女は厳しい言葉とは裏腹に優しい微笑みをポケモン達に向ける。

 

 

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――ジョウト地方・コガネシティのマユリ

 

 

 

「“どくづき”」

 

 両腕が突撃槍のような形となった蜂型のポケモンが瞬く間に間合いを詰め、相手が視線を向けた時にはすでに槍の一撃を加えてトレーナーの前に戻っていた。

 相手のポケモンは何が起きたのかを理解する前に青ざめ、泡を吹いて倒れてしまった。

 

「バシャーモ、戦闘不能! スコーピオ選手、予選Dブロック突破! 決勝トーナメント進出!」

 

「……ふん……」

 

 さそりポケモン『スコルピ』を模した仮面で顔の上半分を隠したトレーナーが、退屈そうに鼻を鳴らして踵を返した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

――詳細不明、謎のトレーナー・スコーピオ

 

 

 

 上記7名にツバキを加えた8名が予選を見事勝ち抜き、決勝トーナメントへと進んだのである。

 

「ともあれ、まずは予選突破おめでとう! ツバキ! さすがパパ達の子だ!」

 

 スタジアム周辺に建てられたレストランで、シャコバがツバキの頭を撫でる。

 

「いやぁ、ツバキちゃんも強くなったもんだねぇ」

 

「うむ……」

 

 2回戦が終わった頃に遅れてやって来たイソラの両親・テンジとイロハも交え、ツバキの予選突破を祝した食事会が開かれているのだ。

 

「うぅ~……あ、頭撫でるのやめてよぉ~……」

 

 顔を真っ赤にしたツバキがちらりと横へ目を向ける。

 

「あはは~、ツバキ真っ赤っかだ~」

 

「………………かわいい」

 

 そこにいたのは、ボックとスカーレットだ。ツバキとイソラの友人という事でお呼ばれしたのである。

 ツバキは当初、予選敗退となってしまったボックをこのような席に呼ぶのは気が引けていたのだが、イソラが声をかけたところ意外にもノリノリで承諾したらしい。

 

「オイラはジョウト住まいだからね~。参加も優勝もまたチャンスがあるよ~。それにやっぱり恨んだり怒ったりよりは友達をお祝いした方が楽しいからさ~。決勝ト~ナメント、頑張ってねツバキ~」

 

 ボックはニヘラという擬音がつきそうな笑顔でツバキを激励すると、ジュースを口に運んで喉を鳴らす。

 

「(……まったく、よくできた子だ。私が声をかけた時は、少し目元が赤かったのにな)」

 

 そう、全ての予選が終わり、トレーナー達がポケモンの回復も済ませた頃、イソラは先述の通りボックの姿を探していた。

 時々近くの人に尋ねながら10分ほど探したところでイーストドーム近くに植えられた木の陰で彼を見つけて声をかけたのだ。

 ……そうして振り向いたボックは目を見開き、潤んだ瞳でイソラの姿を捉えると、慌てて両腕で顔を擦ってから改めて笑いかけてきた。

 夕暮れ時でわかりにくかったが、足元のコンクリートには水滴の跡が見えた気がする。

 当然と言えば当然だろう。

 リーグ優勝を夢見て、ポケモン達と共に血の滲む努力を続けてバッジ8つを集め、ようやく参加したのに決勝トーナメントに進む事すらできずに自身のポケモンリーグは終わってしまったのだ。

 チャンスはまたあるとは言うものの、少なくとも今回はそのポケモン達との苦労が報われずに終わった事に変わりは無い。

 10歳そこらの少年の心に爪跡を残すには十分な悲しみと悔しさが容赦無くのしかかったのだから、泣くなという方が無理な話だ。

 

「(……切り換えが早いというか、割り切りが潔いというか……健気なものだ)」

 

 それでもなお、彼は自身を破ったツバキに憎悪を向けもしなければ妬む事も無く、ただ純粋な祝福と応援の言葉を贈る。

 イソラは彼の純粋な人柄に感心しながらグラスを傾けた。

 

「……もう! パパったらいつまで撫でてるのっ!」

 

 友達の前で子供扱いされまくった事に、とうとうツバキが真っ赤な顔で怒った。

 

「そうよぉ、あなた。ツバキはもう立派なポケモントレーナーなんだから、旅に出る前と同じ感覚で接するのはNGよぉ」

 

「……うぅむ、それもそうだ……。いや、悪かったなツバキ。ただ、あのツバキがこんなに強くなってくれたのがパパは嬉しくてなぁ」

 

 ミミナに窘められつつも、しみじみとツバキの幼い頃の話を始めようとするシャコバに対してツバキが怒り、それを見ている周囲からは笑い声が上がる。

 そんなやり取りが繰り返されながら和やかに食事会は進み、夜も更けていった。

 

 

 

「………………楽しかった」

 

 夜風に当たって歩くスカーレットがポツリと呟き、横に並ぶイソラがそれに答えた。

 

「そうか、それは良かったよ。……しかし、お前がツバキと同じブロックだったとはな。危うく予選で潰し合う事になるところだった」

 

「わたしも聞いた時ビックリしちゃった! ……正直に言うと、戦わずに済んでちょっとだけホッとしてるんだ……弱気になっちゃいけないのはわかってるんだけど……どうしてもスカーレットさんに勝てるイメージが湧かなくて……」

 

 イソラの隣を歩くツバキも会話に加わり、少し不安げな表情を見せる。

 

「へ~、スカ~レットさんてそんな強いんだ~。ねぇねぇ、明日オイラとバトルしてくれない~?」

 

 さらにその横からボックが顔を出してスカーレットにバトルを申し込む。

 4人揃って選手宿舎へ帰る途中なのだ。

 

「…………ごめん。調整に集中したい。明日」

 

「ん~、そっか~……それもそうだよね~。残念だけど仕方無いね~」

 

 予選と本戦の間には1日の空白があり、その後は1回戦、2回戦(準決勝)、3回戦(決勝)が1日ごとに行われるため、実質明日が最後の調整期間となるのだ。

 無論、現在の状態ですでに万全だという自信があるならば、しっかり休んで英気を養っても良い。時間の使い方は自由である。

 だが、実際に休むだけで過ごすトレーナーはほぼいない。

 皆少しでも勝てる確率を上げるため、予選での経験も踏まえてこの機会を技の構成や、ポケモンのコンディションの調整に費やすのだ。

 考えるべき要素は山ほどありキリが無いが、決して悔いの残らぬ大会になるよう、その中で自分達にできる事は全てやるのである。

 

「しかし、決勝ト~ナメントか~。勝ち抜いてきた他の6人はどんな人なんだろ~? やっぱり凄く強いんだろうな~」

 

「……他の6人か……確かに強者揃いだろうな」

 

 ボックの素朴な疑問にイソラが相槌を打つ。

 すると、突然ツバキが目を見開いて夜空を指差した。

 

「……あっ! 流れ星!」

 

 4人が同時に空を見上げると、たくさんの光が暗い夜空の中を流れては消えていく。

 

「………………綺麗。レックウ座流星群」

 

「レックウザ?」

 

「ああ、ほら、あそこからあそこの間の星を結ぶと、伝説のポケモン・レックウザに見えるだろう?」

 

 イソラはポケモン図鑑に表示したてんくうポケモン『レックウザ』の姿と比較しながら夜空を指差す。

 

「で、この流星群はその口に当たる部分から出てるように見えるからレックウ座流星群というわけだ」

 

「へぇー! ……あっ、お願い事しなきゃ!」

 

 なるほどと手を打ったツバキは、思い出したように慌てて両手を合わせて目を閉じ、空に念を送るように祈り始めた。

 他の3人もそれに倣い、目を閉じて空を流れる星達に願う。

 彼女達がそれぞれ何を願い、祈ったのか。その答えは本人達の心の中にある。

 

 

 

「……ふむ……今回は新進気鋭のトレーナーが多いな……情報が少ない」

 

 翌朝、ポケモンセンターのロビーでパソコンのキーを叩きながらイソラが呟いた。

 画面に表示されているのは、予選突破を果たしたトレーナー達の過去大会における活躍……の一部だ

 

「(……エイセツシティのスノウ。通称『銀世界の姫君(ブリザード・プリンセス)』。こおりタイプを使用し、霰を降らせて相手の行動を阻害する戦術を得意とするトレーナーか。地元カロスリーグではベスト4に入り、後に渡ったホウエンリーグで準優勝……強いな)」

 

 髪も肌も透き通るように白く、青いガラス玉のような瞳が美しさを際立たせる。

 予選ではユキノオーを使用していたが、並んだ姿はまさに雪男と雪女だ。

 

「(キンセツシティのロウィー。通称『電子の指揮者(エレクトロ・コンダクター)』。こちらはデータを重視した冷静沈着かつ正確無比の戦術で知られるトレーナー……。ホウエンリーグベスト8、後再度参加しベスト4進出、さらにイッシュリーグでもベスト4か。一見パッとしないが、参加大会全てで決勝トーナメントに出ている辺り十分に強いトレーナーだ)」

 

 常にポケモン図鑑とノートパソコンは肌身離さず持ち歩き、平時は双眼鏡片手にポケモンの生態調査に励んでいるという。

 長めの茶髪を首筋の辺りで束ねて眼鏡をかけた、いかにも知的な青年だ。

 

「(そして、コニコシティのガラム。自称『ロイヤルマスクの一番弟子』。アローラリーグベスト4。この前のアローラリーグに参加していたが、あれからすぐにこちらへ来てバッジを集めたのか……やるな)」

 

 イソラはアローラリーグで彼のバトルを見たが、ともかくパワー重視のバトルスタイルが自慢のトレーナーで、スピードとパワーを駆使するスカーレットとは異なり、屈強なポケモンで相手の攻撃を受け止めて反撃を行うのを得意とするようである。

 筋肉質な身体に、炎が揺れているかのような髪型と髪色が特徴的な男性だ。

 ちなみにロイヤルマスクとは、アローラ地方で人気のバトルロイヤルというバトル競技での王者である。

 

「(……今回の参加者でわかっているのはこのくらい……いや、肝心な奴の事がまだか)」

 

 正直彼女の記録は大会の度に見てきたのだが、再度確認しておく事にする。

 

「(ズイタウンのスカーレット。通称『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』。強化技を絡めた圧倒的な火力とスピードによる圧殺戦術を持ち味とするトレーナー。シンオウリーグベスト8に始まり、ホウエンリーグベスト4、2度目のシンオウリーグでは準優勝、イッシュリーグベスト4、カロスリーグ優勝、2度目のホウエンリーグ準優勝、3度目のシンオウリーグ優勝、2度目のイッシュリーグ優勝……優勝したどの大会もその後の四天王戦に勝利し、チャンピオンに敗れる)」

 

 いつ見てもその実力のほどが窺える経歴だ。

 敗れこそしているものの、チャンピオンのポケモンとも善戦し、ラスト1体まで追い込む事がほとんどである。

 イソラの知る限り、ジムリーダーや四天王、チャンピオンを除いた一般トレーナーでは最強クラスの実力を備えた強敵と言えるだろう。

 

「お姉ちゃんおはよう。いないと思ったらポケモンセンターに来てたんだね」

 

「ん、おはようツバキ」

 

 挨拶してきたツバキに対し、イソラはパソコンをシャットダウンして挨拶を返す。

 スカーレットの経歴を見てしまうと、ツバキが尻込みしてしまう恐れがあるからだ。

 今のツバキならば大丈夫だとは思うが、余計な不安は与えないに限る。

 

「……あれ? ねぇお姉ちゃん、あれゲントさんじゃないかな?」

 

 突然パソコンを閉じてしまったイソラに一瞬疑念を抱いたツバキであったが、透明な自動ドアの向こうに見えた見覚えある人物の方に意識が向いたようだ。

 どうも道行く人々に何か尋ねているようだ。

 

「……くっそー……誰も持ってねえかぁ……」

 

「ゲントさん」

 

 背後から声をかけられ、飛び上がらんばかりに驚いたゲントは、ギギギと音がしそうな動作で振り向いた。

 

「……よよよ……よぉ、ツバキにイソラ……」

 

「さっきから何してるんだ不審者」

 

 イソラは相変わらずゲントへの警戒心と敵意に満ちた棘のある言い回しである。

 

「誰が不審者だ! …………な、なぁツバキ。こんな事を聞くのもアレなんだが……」

 

「ツバキとの交際なら認めんぞ」

 

「そんなんじゃねぇよ! お前はツバキの父ちゃんかよ! じゃなくて……雷の石を持ってないか聞きたかったんだよ!」

 

 イソラの横槍に顔を真っ赤にするゲントに、ツバキはキョトンとした表情で答えた。

 

「雷の石……? えと……持ってますけど……」

 

「はぁ、やっぱそうだろうなぁ……わりぃ、今のは忘れt…………ぇ、持ってんの? マジで?」

 

「はい」

 

 ツバキはバッグから黄緑色のピカピカした石を取り出して見せる。

 

「おぉぉ…………頼むツバキ! そいつを俺に譲ってくれないか!?」

 

「あ、はい。良いですよ」

 

「マジか!? あっさりだな!?」

 

 あまりにもあっさり快諾されてしまったためか、欲しいと言いつつも驚いてしまった。

 

「おい、良いのかツバキ? モグリューからもらった石だが……」

 

「うーん……残念だけど、今のわたしには使い道が無いし……。このままだと宝の……えっと……あ、そう、『宝の持ち腐れ』になっちゃうでしょ? それなら欲しがってる人に使ってもらった方が良いんじゃないかなって」

 

「むぅ……まぁ、お前がもらった物だし、お前がそう言うのなら……」

 

 イソラはまだ不満がありそうだが、ツバキの持ち物である以上はしぶしぶながら引き下がるしかない。

 

「ありがてぇっ! ……っと、もちろんタダでもらおうなんて思っちゃいねぇ。えぇっと、アレはどこだったかいな、と」

 

 ゲントは差し出された雷の石を喜んで受け取ると、背負っていたリュックを下ろして中を探り始めた。

 

「お、あったあった。ほら、代わりにこれをやるよ」

 

 ゲントが渡してきたのは、2枚のディスク……技マシンであった。

 

「そいつは防御技の代名詞“まもる”と“みがわり”の技マシンだ。どっちも隙のある技なんで使いどころがムズいけど……お前なら使えるんじゃねぇか?」

 

「わぁ……! 良いんですか!?」

 

 雷の石1つを渡して技マシン2つを受け取る事になり、さすがに少し気の引けるツバキだが、ゲントは歯を見せて笑う。

 

「気にすんなよ。俺にとっちゃこの雷の石は、そいつを渡してもまだ足りないくらいの価値があるんだからな」

 

「……はいっ! ありがとうございます!」

 

「……っ!!」

 

 ツバキの屈託の無い満面の笑みを返され、ゲントは顔が熱くなるのを感じながら立ち上がる。

 

「じゃ、じゃあな! 助かったぜ! できれば決勝で会おうぜ!」

 

 リュックを背負い直すと、そのまま背を向けて走り去ってしまった。

 

「……ロリコンめ」

 

 小声でイソラが毒づいたが、その声がツバキの耳に入る事は無かった。

 

 

 

「……皆様。いよいよ始まります。……トージョウリーグ! 決勝トーナメントぉぉぉぉーーーーっっ!!」

 

 ハイテンションな実況者のアナウンスに負けないほどの歓声がセキエイスタジアム・センタードームに響き渡る。

 ついに始まるのだ、予選を勝ち抜いた8名による決勝トーナメントが。

 

「この決勝トーナメントの試合は持ち物ありとなります。形式は全てシングルバトルで、1回戦は3対3、準決勝となる2回戦は4対4、そして決勝たる3回戦は6対6のフルバトル! バトル中のポケモン交代は各トレーナーごとに1回戦が2回、2回戦が3回、3回戦が4回まで可能であり、持ち物、技、特性による交代は回数にカウントされません!」

 

「(持ち物ありのシングル……)」

 

 実況によるルール説明を、ツバキは選手控え室で聞き、頭の中で反復する。

 前日の内にLSDに通知が来ていたので把握はしていたが、確認は何度しても無駄にはならない。

 

「それでは! いよいよスタジアムにお越しの選手ならびに観客の皆様、そしてカメラの向こうの皆様に発表いたしましょう! 決勝トーナメント1回戦を戦う8名の強者と、その試合の組み合わせを! スクリーンをご覧ください!」

 

 観客の視線と無数のカメラが一斉に巨大スクリーンへと向けられ、半分に分かれた画面の左右に8人の姿が次々に入れ替わり立ち替わり映し出される。

 徐々にその速度が遅くなり……2人の選手の姿がはっきりと映された。

 

「記念すべき第1試合! ……マユリ選手VSスコーピオ選手!」

 

 黄緑の髪をした少女と仮面を付けたトレーナーが映り、その後も次々とトレーナーが映し出されていく。

 

「第2試合! ツバキ選手VSゲント選手!」

 

「第3試合! ロウィー選手VSスカーレット選手!」

 

「そして第4試合! スノウ選手VSガラム選手!」

 

 対戦の組み合わせが発表される度に、客席からは大歓声が上がる。

 広い会場の空気に当てられたところに、いよいよ決勝トーナメントが始まるという興奮も相まって、観客達はまだ試合が始まってすらいないのにテンションが上がりっぱなしで騒がずにはいられないのだろう。

 当然過去のポケモンリーグも観戦したりテレビで見ていた者などもいるため、少し名の知れた選手が映されると大騒ぎである。

 一方、やたらやかましいガラムを除き、選手控え室は静まり返っていた。

 

「……ゲントさんと……」

 

「……決勝で会おうって言った矢先にこれか。ったく、締まらねぇなぁ。……わりぃなツバキ。あいにくとお前の快進撃はここで終わりみてぇだ」

 

 両者残念そうな表情を浮かべるも、ゲントのこの言葉でツバキの闘志にも火が点いた。

 

「……いえ、わたしは負けません。負けたくありません!」

 

「……それは俺だって同じさ。……お前には恩も借りもあるが、手加減しねぇからな」

 

「わかってます……!」

 

 メラメラと闘志を燃やす2人。

 クチバジムから始まる因縁で結ばれた2人は、ついにポケモンリーグという大舞台で激突する……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

バトルが無いと退屈だとは思いますが、ご容赦のほどを……。

後から見たらスノウとスカーレットのポーズ被っとるやんけorz

話は変わりますが、次回からの決勝トーナメント…正直な話、ツバキの試合以外の描写はどうしようかと迷っております。
主人公たるツバキのバトルのみ細かく書くか、せっかくの決勝トーナメント進出者同士のバトルなので、そちらも書くか…。
…と、自分だけではとても決めきれないのでアンケートを用意しました!ぜひご協力お願いいたします!
なお、アンケートを表示するのはポケモンリーグ開催期間中の第85話以降のみとなります。

追記:アンケートへのご協力ありがとうございました!


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結果は上記の通り『できれば見たい』が8、『見なくても良い』が2となりました!
後者を選んだ方には申し訳ありませんが、全試合を描写する方向で進めてまいります!


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第90話:魔蠍の蝕み

はいはーい、ようやっと投稿、決勝トーナメントスタートの第90話です!
いつも遅れてごめんなさい。


 ついに決勝トーナメントへ進出する8名が出揃った。

 『銀世界の姫君(ブリザード・プリンセス)』、『電子の指揮者(エレクトロ・コンダクター)』、『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』など名の通った強豪も参加する中、ツバキは第2試合でゲントと当たる事になる。

 2人が闘志を漲らせる傍らで、第1試合を戦うコガネシティのマユリと、謎のトレーナー・スコーピオが選手控え室から移動を始める。

 セキエイスタジアム最大のバトルフィールド……マスター・グランド・ステージに、戦風が吹き荒れようとしていた……。

 

 

 

――クチバシティ

 

「マチスさん、始まりますね」

 

「Yes。ポケモントレーナーの祭典、ポケモンリーグ。その決勝トーナメントまで進むトレーナー達のバトルが楽しみでないはずがありマセン」

 

 テレビ画面に視線を注ぐ2人の男性。ジムリーダーのマチスと、ジム戦での審判役の男性だ。

 

「しかし、驚きましたね。あのゲントがここまで行けるとは」

 

「HAHAHA……! いやいや、ゲントはあれで才能は十分にありマース。それを開花させる機が無かっただけデス。……ゲントもデスが、ツバキも決勝トーナメントへ進めたようデスね」

 

「マチスさんの見立ては間違っていなかった……という事ですね」

 

「Yes、Yeーs! まったく鼻が高いデース! ……これからは、あの2人のような若い世代が中心になっていくのデス。頑張ってもらいたいものデース」

 

 マチスは豪快に笑ったかと思うと神妙な顔になり、画面の向こうにいる若人達の戦いを焼き付けるべく目を向けた。

 

 

 

――セキチクシティ

 

「ツバキは第2試合かー。でも、アタイ的には第1試合のスコーピオも気になるんだよねー。……ズズッ……」

 

 ジムリーダーのアンズは、お茶をすすって煎餅をかじりながらテレビ画面に注目する。

 

「アタイ以上……それどころか父上にも比肩するどくタイプの使い手なんだから、気にならない方がおかしいよね。ツバキの方も気になるけど、今はこっちに注目させてもらいましょかね、と」

 

 同じどくタイプのエキスパートとして、自身を容易く破っていった謎のトレーナーに興味津々のアンズであった。

 

 

 

――タマムシシティ

 

「ネリアさーん!」

 

「ご希望のハンバーガー買ってきましたよー」

 

 扉を開けて入ってきた大小の少女達……ジムトレーナーのラニーとアケビの腕には、これでもかとハンバーガーショップの紙袋が抱えられている。

 

「おう! オレもキンキンに冷やしたコーラ用意しといたぜ! クーラーボックスん中にゃ缶のもあっから、ヌルくなる心配はねぇぜ!」

 

 それを迎えるはジムリーダー代理のネリア。

 ネリアとラニーがソファーに腰かけ、アケビがラニーの膝の上に座って観戦準備は完了だ。

 

「ハンバーガーとコーラ片手にリーグ観戦! これぞイッシュ流だぜ!」

 

「いつもの事ですけどー、盛大に太りそうですねー……」

 

「あ、ラニーちゃん! さっきスクリーンにツバキちゃんとスカーレットさん映ったよ!」

 

 いつも漫才をしているタマムシトリオが、今日は騒がしさ5割増し(当社比)だ。

 

「へへ、んじゃ応援するとしますか。アケビの友達をよ」

 

「「おー!!」」

 

 その意気の全ては……友達のために。

 

 

 

――ヤマブキシティ

 

「いよいよ決勝トーナメントっスか……! くぅぅ~! 代行としての役目が無ければ自分も参加したかったっス……!」

 

 画面に映る選手達を見ながら悔しそうに拳を握るは、ヤマブキジムリーダー代行・リョウブだ。

 

 

「……いやいや、ナツメさん不在の今、このお役目は責任重大。そんな事考えちゃダメっスね! ツバキさん、スカーレットさん、ゲントさん、スコーピオさん、頑張ってくださいっス!」

 

 頭を振って気持ちを切り替えたリョウブは、自分を破り、さらにリーグの決勝トーナメントまで進んだ4人へ人知れず声援を送った。

 

 

 

――ハナダシティ

 

「さ、さすが強そうな人達ばっかりです……」

 

「……ツバキさんのような少女もいる以上、見た目はあまり関係無いと思いますが……」

 

 身震いするジムリーダー・ルイにツッコミを入れるのは、黒眼鏡で視線の読めぬジムトレーナーのクロタ。

 

「そ、それは確かに……で、でもスコーピオさんとか、あのガラムって人とか……」

 

「そりゃ、たまたまそういう人が混ざる事もあるでしょう。……やれやれ、ツバキさんとのバトルで吹っ切れたと思ったのですが……」

 

「うっ……も、もちろん! ボ、ボクだって少しは変わりました! いつまでも怖じ気づいてばっかりじゃありません!」

 

 ルイは明らかに虚勢を張って、柄にもない腕組みなどして見せる。

 クロタはこのやり取りに呆れつつも微笑ましくもあると思うが、決して口には出さない。

 

「(……まぁ、以前のルイさんであればその虚勢を張るという考え自体が無かっただろう。そういう意味では成長、か。……ふふっ……)」

 

 そして、ちょうど画面に映ったツバキに目を向ける。

 

「(彼女やルイさんのような将来有望な若者が育っているのは喜ばしい事だ。……ルイさんのためにも、頑張ってください、ツバキさん)」

 

 

 

――ニビシティ

 

「お嬢様、朝食の準備ができましてございます」

 

 主に対して恭しくお辞儀をした初老の男性。

 

「ふふっ……さてはこの時間に合わせましたわね?」

 

 艶やかな金色の髪を揺らして応じたのは、ニビジムリーダーのエーデルである。

 いつも身に纏っていた甲冑を脱いだ姿は、ごく普通の少女と変わり無い。

 

「はい。せっかくのポケモンリーグ期間。優れたるトレーナー同士の熱き戦いを眺めながらの朝食も一興かと」

 

「よい判断です、じいや。……どの選手も素晴らしい面構え……今までに無いようなバトルが見られそうですわ」

 

 優雅にティーカップを傾け、エーデルは画面を注視する。

 トレーナーとポケモンの結び付きが強いほどにバトルはより激しく美しく昇華、洗練されていくもの。

 そのような素晴らしいバトルを自身がやる事はもちろん、他者のバトルを見る事もまたトレーナーとしての至福の時なのだ。

 ましてそれが、自身が目をかけた後輩トレーナーならばなおの事だ。

 

「……ふふふっ、ツバキさん……あなたの健闘、祈っておりますわ」

 

 

 

――グレンタウン

 

「……ワシも行きたかったなぁ……。ジムリーダーである事はワシの誇りだが、毎度毎度この時ばかりは貧乏くじだと思ってしまうわい……」

 

 椅子の背もたれに身体を預け、サングラスに反射するテレビ画面を見ながら愚痴るカツラ。

 ジムリーダーは管轄の街の治安を守る事も仕事の内なので、リーグ期間中はジムが休みとはいえ、そうそう遠出はできないのである。

 

「ツバキくん達のバトルを間近で見られんとは……! それに、ゲントくん、スカーレットくん、そしてあのスコーピオとやら……あれだけの逸材が揃う試合を、テレビ越しでしか見れぬとはなんたる拷問……! ……かくなる上は……!」

 

 カツラは無念と未練を潰すかのように拳を握ると、腕を高く掲げて声を張り上げる。

 

「現地にいる気分で応援あるのみ! ツバキくーん! 頑張るのだぞぉーーーーっっ!!」

 

 グレンタウンから遠く離れたセキエイ高原にまで声を届けるつもりでカツラは叫ぶ。

 幼い頃からその成長を見守ってきた、若きトレーナーの勝利を信じて。

 

 

 

――トキワシティ

 

「さすがはシルバー様。特に着目した4人は全員決勝トーナメントへ進みましたね」

 

 赤い髪の青年の目の前のテーブルにコーヒーカップを静かに置いた女性がテレビに目を向けて呟く。

 

「ふんっ……俺に勝った以上はそうでないと困る。むしろまだスタート地点に立ったばかりみたいなもんだ」

 

 赤髪の青年、トキワジムリーダー・シルバーはカップを口の前まで持っていって香りを楽しんだ後に一口含み、満足げに笑みを浮かべる。

 口では厳しく言いつつも、やはり自分の人を見る目に誤りが無かったというのは嬉しい。

 

「(……しかし、あのスコーピオとかいう奴……あれほどの実力者がまったくの無名とは考え辛い。恐らく仮面の下は……)」

 

 スコーピオがトキワジムを突破してから、シルバーはポケモンリーグ協会のデータベースにアクセスし、過去に各地方リーグに参加した経験のあるトレーナーデータとの照合を行った。

 そしてその結果、1人のトレーナーが条件に合致したのだ。

 

「(……まぁ、さすがに現れた理由まではわからなかったが、な)」

 

 なんにせよ、大会を彩る強者が参加した事それ自体は悪い事ではない。

 シルバーは期待半分、不安半分な心持ちのまま、テレビ中継に視線を戻した……。

 

 

 

「さぁ、皆様……ついに始まります! トージョウリーグ決勝トーナメント1回戦第1試合! マユリ選手とスコーピオ選手の戦いが! 実況はわたくし、ブルースが務めさせていただきます!」

 

 実況席に座った男性が、テンションも高く大声を張り上げ、観客も負けじと大歓声を上げる。

 

「では、さっそく栄えある第1試合を飾る2人に登場していただきましょう! ゲート・オープンっ!」

 

 フィールド両端の大きな開き戸が重々しい音を立てて開いていき、2人の選手が入場してきた。

 

 

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「コガネシティのマユリ選手ーーーーっ!! ポケモンリーグ参加は今回が初となりますが、予選から危なげ無い戦いを見せており、破竹の勢いで優勝を目指します! 将来有望なトレーナーの熱き闘志をその目に焼き付けろぉぉーーーーっっ!!」

 

 ウェーブした黄緑の髪の少女が、紹介に合わせるように目を開いて対戦相手を睨む。

 

「対するはスコーピオ選手ーーーーっ!! 本名、年齢、出身、経歴全てが仮面の奥に隠された謎のトレーナー! わかっているのは、カントーのバッジ8つをわずか半月の内に集めたという驚異的な実力の持ち主という事だけ! この2人がどのような試合を見せてくれるのか、わたくし年甲斐も無くワクワクドキドキしております!!」

 

 仮面を付けたトレーナーは、熱気高まる会場の空気など気にも留めず、対峙するマユリに意識を集中している。

 

「……あんたが何者かなんて知らへんし、知りたいとも思わへん。ウチが目指すんは優勝ひとつやさかい、誰が相手やろうとシバき倒すだけや。……けどまぁ、ウチが勝ったらその怪しい仮面脱ぐくらいはしてもらおか」

 

「…………」

 

 マユリからの挑発にも反応せず、くいくいと動かした人差し指で逆に挑発を返すスコーピオ。

 

「おぉっと、すでにお互い闘争心が燃え滾っているようです! では、あまりお待たせしても悪いので、始めてしまいましょう! 両者最初のポケモンを!」

 

 3対3のシングルバトル。2人の先発は……。

 

「行くでぇ……ヘラクロスっ!」

 

「…………」

 

 2つのボールが宙を舞い、上下に開いた中から飛び出した光がポケモンの形を成してフィールドに降り立つ。

 マユリが繰り出したのは、先端が二又に分かれた立派なツノを持つカブトムシのようなポケモンだ。

 

 

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1ぽんヅノポケモン『ヘラクロス』である。

 特徴的なツノの基部には黒い帯が巻かれており、これはツバキがシルバーにもらった物と同じ達人の帯のようだ。

 それと向かい合うように現れたのは、黄色い身体に鋭く巨大な円錐状の腕、そして黒い帯のような縞模様の入った下半身から伸びる毒針が恐怖を煽るどくばちポケモン『スピアー』だ。

 

 

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 こちらは腰に当たる部分に小さな袋が括り付けられている。

 

「マユリ選手の先発はヘラクロス! 対するスコーピオ選手はスピアーだ! むしタイプ同士となる先鋒戦、期待に胸が膨らみます! ……それではいよいよバトルスタートです! 5カウントで始めたいと思います! ……5!」

 

 ブルースのかけ声に合わせ、観客達も共にカウントを始める。

 

「「「4! 3! 2! 1!」」」

 

「ゼロぉぉぉぉーーーーっっ!!」

 

「“ストーンエッジ”!」

 

 カウント0と共に先手を打ったのはマユリ。

 ヘラクロスが大きなツノを地面へ叩き付け、岩の柱が次々に隆起してスピアーに迫る。

 

「マユリ選手素早い! 弱点のいわ技を撃って速攻をかけるーーっ!!」

 

「“ドリルライナー”」

 

 だが、スコーピオが指示したのは回避でなく攻撃。

 スピアーも動じる事無く両腕を揃えて羽ばたくと、迫る岩に対してドリルのように高速で回転し、余波で地面を抉りつつ突進していく。

 

「……ハ?」

 

 ……一瞬だった。

 わずか一瞬で10本はあろうかという太い岩の柱全ての基部に大きな穴が空いて、音を立てて倒壊していく中、無数の岩の破片や砂埃と共にヘラクロスの身体がぐるんぐるんと宙を舞っていた。

 マユリは目を見開いてそれを見上げていたが、ハッと我に返って指示する。

 

「……っ!! ヘラクロス! “ビルドアップ”で着地や!」

 

 落下の中でヘラクロスは全身に力を込めて筋肉を膨張させると、頭が下になるように空中で体勢を変え、太くたくましくなった腕で受け身を取って着地した。

 

「ほっ…………(な、なんてスピードや……全然見えへんかった……)」

 

 自身もヘラクロスも動体視力には自信があったマユリは、スピアーの動きにまったく反応できなかった事に少なからず衝撃を受けた。

 だが、驚いてばかりもいられない。なんとか反撃しなければ。

 

「な、なんというスピード! お恥ずかしながらわたくし、今の一撃まったく見えませんでした! 先手を打ちながらも先にダメージを受けてしまったヘラクロスですが、自慢の筋力で立て直しました!」

 

 ブルースの興奮も高まり、だんだんと声量が上がってきた。

 

「(……よぅし……目に物見せたる……!)」

 

 マユリは下唇を舐めるとスピアーの一挙手一投足に意識を集中し、反撃の糸口となる一瞬の隙を逃さぬように全神経を研ぎ澄ます。

 

「“どくづき”」

 

「(来たっ……!)」

 

 スピアーが攻撃のために速度を引き上げる直前、激しくなった羽の音と動作に反応してマユリがほぽ直感のままに動く。

 

「横から“フェイント”や!」

 

 “どくづき”を仕掛けるべく突進してきたスピアーに対し、ヘラクロスが右腕でストレートを放つ構えを取り、スピアーの動きがわずかに鈍った。

 だが、その構えはフェイクである。スピアーに生じた隙を見逃さなかったヘラクロスは、一瞬にして構えを解いて肉薄すると、スピアーの真横から回し蹴りを打ち込んだ。

 

「ヒットーーーーっ! ヘラクロス、見事な“フェイント”で高速のスピアーを捉えました! ここから反撃なるかーーーーっ!?」

 

 “フェイント”はこの通り攻撃を仕掛けるふりをし、相手がその対応に動いた隙を突いてまったく異なる攻撃法で不意を打つ技である。

 その性質上、“まもる”や“みきり”などで攻撃に備えた相手の死角から奇襲する事を得意とし、それら防御技を破れる数少ない技なのだ。

 もっとも、当初の動きから刹那とも言えるわずかな時間でまったく違う攻撃動作へ切り替えるために威力は低くなりがちだが、いくらダメージが小さくとも、打撃を受ければ必ず動きは鈍る。

 それに、筋肉を一時的に強化して物理的な攻撃と防御能力を向上させる“ビルドアップ”を使ったのだから、防御力はさして高くないスピアーにはその一撃は致命的。

 ……の、はずだったのだ。

 

「“とんぼがえり”」

 

 だが、スピアーは回し蹴りを受けて吹っ飛んだかと思うと、即座に槍のような右腕を地面へ突き立ててそれを軸に回転し、遠心力も加わってさらに速度を上げた突進を敢行し、腰の袋から銀色に輝く粉を撒きながら突っ込んできた。

 

「ウソやろ……!?」

 

 着地の瞬間を狙われたヘラクロスに超高速の一撃を打ち込み、宙返りをしてスコーピオの元へと戻っていく。

 ヘラクロスはごろごろと力無く転がり、そのまま動かなくなってしまった。

 

「ヘラクロス、戦闘不能!」

 

 審判が駆け寄り、ヘラクロスの状態を確認して宣言すると、会場に歓声が広がった。

 

「に……2発……? ウチのヘラクロスがたった2発で倒れたいうんか……?」

 

「な……なんという事でしょうーーーーっっ!! マユリ選手の先鋒ヘラクロス! 早くも倒れてしまったぁぁ!!」

 

 ブルースの熱苦しい実況が反響する観客席で、腕を組んで観戦していたシャコバが口を開いた。

 

「……イソラちゃん。あのスピアー……」

 

「はい。“フェイント”が当たる寸前、わずかに動かした腕の毒針を盾にしていました。さらにその鋼鉄もかくやという頑強な針に……恐らくヘラクロスは関節を当ててしまったのでしょう。攻撃のつもりが逆にダメージを受けた上、着地の際に関節の痛みで体勢が崩れ、“とんぼがえり”が急所に当たっていたように見えました」

 

 隣で観戦していたボックは、2人の会話に口をあんぐり。

 

「……あの一瞬でそこまで見えてたの……? ……どうなってるんだろ~、この人達の目~……」

 

「いやいや、ボックだって経験を積めばそれくらいはできるさ。……しかし、あのスピアーは強いな。恐らくトレーナーからの指示は最低限なものしか出ておらず、ポケモン自身がその指示を最も効率的に実行できる行動をその場で判断している。トレーナーとポケモン双方の理解と信頼が無ければ為せない業だ」

 

 ポケモンリーグの決勝トーナメントともなれば、ポケモンの強さだけではどうにもならない。

 指示を出す方も聞く方も、お互いに相手がどういった考えを持っているのかをしっかり理解しておかねば、とても対応が追いつかないだろう。

 

「“とんぼがえり”は相手に攻撃を行い、その余勢を駆ってトレーナーの元へ戻り、控えのポケモンと交代する技。攻撃をしつつ次の一手を打てる便利な技だが、元いたポケモンが受けるはずだった相手の攻撃を、交代で出たポケモンが食らう恐れもある。だが、この技で倒してしまえば、次にポケモンを出すタイミングを相手トレーナーと合わせる事ができ、そのリスクを打ち消せる。……そこまで考えて“とんぼがえり”を指示していたとしたら、あのスコーピオというトレーナー……恐ろしい技量だぞ」

 

「……オイラもまだまだ学ぶ事があるんだね~……」

 

 自分のいる場所は、ポケモンバトルの世界において入口程度でしかない。

 イソラの話す駆け引きの妙、バトルの奥深さを聞き、その事を実感したボックは、汗の滲んだ手を握り込んだ。

 

「(この粉……むしタイプ技を強化する銀の粉やな……くっ……!)……ヘラクロス、ようやってくれたな。休んどいてや」

 

 ヘラクロスの入ったボールを撫でてからしまったマユリは、風に乗って手の甲に付着した粉を払ってから次なるボールを手にする。

 スコーピオもまたスピアーの物とは別のボールを握って構えている。

 

「あんたの出番やで! キリンリキ!」

 

「…………」

 

 マユリの投げたボールから現れたのは、身体の前半分こそ一般的なキリンに近い外見だが、後ろ半分が黒く、尻尾は先端が丸い頭のようになっている奇抜な見た目の4足歩行のポケモンだ。

 

 

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くびながポケモンの『キリンリキ』である。

 なんとその顔には眼鏡がかけられており、傍目にはなかなかシュールな見た目に仕上がっている。

 だが、侮る事なかれ。これは特殊技の威力を上げる物知りメガネという道具であり、エスパータイプを持つキリンリキには適した持ち物なのだ。

 長めの首を振ってボールの外の空気を楽しむキリンリキだが、向かいに着地した相手を確認して戦闘モードに入る。

 その相手は赤く透き通った球状の器官を持つ、水色の笠のような形の身体と、そこから伸びる無数の触手を脚のようにして器用に立って見せる。

 

 

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くらげポケモン『ドククラゲ』だ。

 

「……キリンリキ、気ぃ付けるんやで。あの触手は1本1本が毒持ち……迂闊に近付かず慎重に行くんや」

 

 囁くようなマユリの指示に静かに頷いたキリンリキは、じっとドククラゲを見つめてその動きに気を配る。

 

「バトル……再開っ!」

 

 審判が再開を告げるが、お互いにすぐには動かずに一定の距離を開けて睨み合う。

 

「おぉっと!? 先鋒が双方場を離れ、次に現れたキリンリキとドククラゲですが、なかなか動きません! まずは警戒と様子見でしょうか!?」

 

「(……ドククラゲは地上ならそう機敏には動けへんはずや。こういう手合いには間合いを保ったまま遠距離攻撃で攻める……!)キリンリキ! “10まんボルト”や!」

 

 キリンリキの2本のツノの間にバチバチ音を立てて電気が発生し、瞬く間に強力な電撃と化してドククラゲ目掛け放電された。

 

「先に動いたのはまたもマユリ選手! 着実に弱点を突いていくぅーー!」

 

 ドククラゲはでんき技に弱いみずタイプではあるが、種族としての特徴として特殊攻撃に対しての耐性が高めなので、“10まんボルト”といえど効果的とは言い難い。

 が、下手に接近して毒の触手に絡め取られるよりは安全で堅実な遠距離攻撃をしていた方がマシである事もまた事実だ。

 

「“アクアリング”」

 

 弱点タイプの技を撃たれてもスコーピオに焦る素振りなど無く、まったく変わらぬ調子のままに指示を出す。

 ドククラゲが雄叫びを上げると、周辺の水分が集まって2つのリングを形作り、ドククラゲを輪の軸にしてゆらりゆらりと回り始めた。

 直後、放たれた電撃がドククラゲにヒットしたが、やはりそこまで大きなダメージにはなっていないようだ。

 そして周囲を回る水のリングが光ると、ドククラゲのダメージを癒していく。

 さらに、ドククラゲが触手を2本ほど身体の内側へと巻き込んでから再び伸ばすと、そこにはなにやら黒いドロドロした塊が掴まれていた。

 ……と、思った次の瞬間、ドククラゲはその塊をパクリと食べてしまい、元気を取り戻してしまったではないか。

 

「……! 黒いヘドロ……!」

 

 黒いヘドロ。

 その名の通りヘドロの塊で、どくタイプ以外が持つとあまりの毒性故に体力を蝕まれるが、どくタイプは逆にこれを取り込む事によって体力を回復させられる道具である。

 これと“アクアリング”との併用によって、ドククラゲの体力回復能力はかなりのものとなっているのは明らかだ。

 

「ドククラゲ、弱点技を受けましたが、驚異の回復力であっという間に傷を癒してしまいました!」

 

「耐久重視ちゅうわけか……! だったら回復上回る連続攻撃すればええだけの話や! “サイコ”……」

 

「“ねっとう”」

 

 マユリの指示を遮るように紡がれたスコーピオの言葉がドククラゲに届き、前部の牙のような部位を持ち上げ、そこから熱せられた水が放射されてキリンリキへ振りかかる。

 

「うっ……!? “こうそくいどう”!」

 

 出そうとしていた“サイコキネシス”を中断し、前後の脚の蹄で地面を鳴らすと、急加速で走り出して“ねっとう”を回避した。

 

「(“ねっとう”は火傷にされる可能性のある技や。継続ダメージを与えられるのはキツいなんてもんやないで……! 走り回ってればそうそう当たらへんけど、精神集中が必要な“サイコキネシス”は使えへん……!)しゃーない、“10まんボルト”で攻めるで!」

 

 広大なフィールドを走り回る事で、連続で放水される“ねっとう”を巧みにかわしながら、ツノから電撃を浴びせる。

 時折柔軟な身体を活かしたゆらりとした動きで避けられるが、6割ほどは命中し、少しずつダメージは蓄積しているようだ。

 

「……? ねぇ、イソラさん~。確かドククラゲって、80本ある触手全部を普段から伸ばしてるわけじゃないんだよね~?」

 

 そのバトルを眺めていたボックが、イソラへ疑問を投げかけた。

 

「ああ。通常は移動用に10本ほどを伸ばし、残りは収納している。……気が付いたか。そうだ。あのドククラゲは、場に出た時から明らかに30本以上伸ばした状態で動かし続け、さらにその場からほとんど動いていない。何か狙っているのだろうが……」

 

 イソラが訝しんで目を細めた次の瞬間、()()は起きた。

 高速で動き回っていたキリンリキが、突然転倒したのである。

 

「キリンリキっ!? ……っっ!!」

 

 倒れたキリンリキを見たマユリは絶句した。

 何故なら、その後ろ脚には地面から突き出した2本の触手が絡み付いていたのだ。

 

「こ、これはなんと!? 地面からドククラゲの触手が生えて、キリンリキを捕まえてしまったーーーーっっ!!」

 

「……なるほど。多めに伸ばして動かしていた触手は、本命であるあの2本を隠すためか。人間にしろポケモンにしろ、動いている物体には自然と意識が向くものだ。だからこそ、その触手のカーテンの奥で地面を掘り進めていた2本に対しては注意が向けられなかったんだ。しかも、ドククラゲの触手は水分を吸えば吸うだけ伸びていく」

 

「水分……あっ……! ……“ねっとう”~……!」

 

 そう、口から噴射されていた“ねっとう”は、ポツリポツリと足元に水滴を垂らし続け、地中を進んでいた触手がそれを吸ってどんどん伸びていったのである。

 

「ふ、振りほどくんや!」

 

 もがくキリンリキの身体がドククラゲの側にずるずると引きずられていき、大きな笠の中から残る触手が全て伸びる。

 

「“どくづき”」

 

 そして、身動きの取れないキリンリキへ、毒を帯びた70本もの触手が連続で打ち込まれ、立ち上る砂煙の中にキリンリキの叫び声が木霊した。

 

「キリンリキぃーーーーっっっ!!!」

 

 徐々に静けさが戻り、晴れた砂煙の奥から見えてきたのは、顔どころか全身が青ざめて痙攣を続けるキリンリキの姿だった。

 

「キ、キリンリキ戦闘不能!」

 

 もはや近付いて確認するまでもない。観客席から見ても、戦闘継続など不可能な状態なのは明らかなのだから。

 

「くっ……ぅ……も、戻れキリンリキ! ……ごめんなキリンリキ」

 

 マユリは歯を食い縛りながらキリンリキをボールへと戻す。

 

「(うぅ、最後は誰を……)」

 

 ラストの1体を出すべくモンスターボールに手を伸ばしたところで、マユリは気が付いてしまった。

 自分の身体が今、出会った事の無いほどの強さを持つ相手を前にして震えている事に。

 

「(バ、バカ! なに震えとんねん! まだや……まだ巻き返せるはずやで……!?)」

 

 圧勝……とはいかないものの、ジムリーダー達とのバトルを無事に制し、揃った8つのバッジに自分とポケモン達の成長を見てきたマユリは、過信には程遠いがそれなりの自信を持っていた。

 今マユリの中ではその自信にヒビが入り、軋みと共に崩れ始めているのだ。

 

「(……怖ない……怖ない……! ウチは……!)」

 

 動物は自分よりも強く大きい相手を本能的に恐れ、よほど切迫していなければ挑もうとはしない。

 それは人間も同様であるが、人間には野生動物には無い物が備わっている。

 

「ウチは……ウチらは勝つんやっ!! 行くでエアームド!!」

 

 『矜持』と『信念』である。

 今ここで本能的な恐怖に膝を屈する事は容易い。

 だが、それはここまで共に歩んできたポケモン達との絆と努力を蔑ろにする裏切り行為に等しい。

 ポケモントレーナーとしてそれだけはできない。するわけにはいかない。

 故にマユリは心を蝕む恐怖を振り払い、懸命に己を奮い立たせてボールをフィールドへと投げ入れる。

 その意志に応えるかのような甲高い叫びを上げ、降り注ぐ太陽光を銀色の身体で照らし返す鳥ポケモンが翼を広げて空を舞う。

 

 

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よろいどりポケモン『エアームド』である。

 

「……へぇ」

 

 恐怖に屈する事無く挑んできたマユリの覇気に、スコーピオの口から初めてポケモンへの指示以外の声が漏れ出た。 

 

「マユリ選手の3番手はエアームド! さぁ、ここから逆転はできるのか!?」

 

「バトル……再開っ!!」

 

 審判が両腕を振って合図した瞬間、双方から同時に指示が飛ぶ。

 

「“ねっとう”」

 

「“ボディパージ”!」

 

 空中のエアームド目掛けてドククラゲの口から“ねっとう”が噴射される。

 一方のエアームドは身体が一瞬光ったかと思うと、その光と共に身体の表皮が薄く剥がれて弾け飛び、先ほどまでよりも早い羽ばたきを見せる。

 そして、重そうな見た目とは裏腹に軽やかかつ迅速に旋回して“ねっとう”を回避して見せた。

 “ボディパージ”は主にいわタイプ、はがねタイプが覚え、鉄や岩でできた身体表面の余剰部分を削ぎ落として運動性を引き上げると同時に体重を軽くする技である。 

 

「は、速い! マユリ選手のエアームドなんという速さ! あまりのスピード故に空中に残像が見えます! これは先ほどスコーピオ選手のスピアーが見せたスピードをも上回っているのではないでしょうか!?」

 

 ブルースの語る通り、ドククラゲから放たれた“ねっとう”が当たるのは残像ばかりであり、エアームド本体はすでに別の場所を飛んでいるという状況だ。

 

「“ドリルくちばし”や!」

 

 狙いの定まらぬドククラゲの背後から、全身を回転させてエアームドが高速で突っ込み、一撃離脱してまた去っていく。

 360度あらゆる方向からランダムに繰り返される突撃に、ドククラゲは反応がとても追いつかない。

 “アクアリング”と黒いヘドロによる回復力も、連続攻撃の前にだんだんとジリ貧になりつつある。

 

「エアームド速い! 速すぎる! これはドククラゲ万事休すかーーーーっっ!?」

 

「……」

 

 どう考えてもドククラゲは追いつめられている。

 にもかかわらず、スコーピオはドククラゲをボールに戻そうとはせず、ただただバトルを静観している。

 

「……今」

 

 スコーピオが小さく呟いたその瞬間。

 ドククラゲの笠に付いた赤い球状器官が眩く発光し、会場中に激しい超音波が反響したのだ。

 

「うわぁぁぁーーーーっっっ!? こ、これは凄い!! 頭に直接響くような超音波が、この場の全ての人とポケモンを襲っているようです!!」

 

「ぐっ……! そ、そういえば、ドククラゲは狩りをする際、あの球体を発光させる事で海面を揺らすほどの超音波を出して獲物を弱らせるという……!」

 

 実況席のブルースや、観客席のイソラ達ですらこの状態なのだから、間近で超音波を浴びたエアームドはたまったものではない。

 案の定動きが止まり、地面に落下してのたうち回っている。

 無論、そこを見逃すつもりなど無い。ドククラゲの触手が伸び、エアームドを捕らえんと迫る。

 

「ぐくっ……! き、聞こえとるかエアームド! い、“いわなだれ”や!」

 

 耳を押さえながらマユリは声の限り叫んで指示を飛ばす。

 かろうじてその指示が届いたエアームドが顔を上げ、大きく広げた鋼鉄の翼を地面へと叩き付けると、空中へ無数の岩が打ち上げられてドククラゲの頭上に落下していく。

 

「弾きなさい」

 

 ドククラゲが触手40本ほどを再度伸ばして目にも止まらぬ速度で振り回し、落ちてくる岩を次々に弾き飛ばし、あるいは破砕していく。

 元よりドククラゲの触手は80本全てで異なる獲物を追えるほどに器用かつ精密な動作が可能であり、手数で攻めても物理的な攻撃であればこのように防がれてしまう。

 例外があるとすれば、ドククラゲの反応速度を上回るスピードか、圧倒的なパワーであるか、であろう。

 

「……そこや! “ドリルくちばし”っ!!」

 

 薄い鉄の翼が風を、空気を切り裂く音。

 降り注ぐ岩の迎撃に意識を向けていたドククラゲは超音波の発振を中止しており、マユリには“いわなだれ”を使えばそうなるであろうという目論見もあった。

 だからこそ、今。

 あの厄介な超音波さえ無ければ、ドククラゲはエアームドのスピードを捉える事はできないと踏んだが故に仕掛けた攻撃なのだ。

 

「エアームドとてつもないスピード! 通るか!? 通るか!? 通るかぁぁーーーーっっ!!?」

 

「行けぇぇぇーーーーっっっ!!!」

 

 マユリの切なる願いを乗せ、回転速度を増したエアームドが突っ込んでいく。

 何度も“10まんボルト”と“ドリルくちばし”がヒットし、回復量よりもダメージの方が勝っているはず。

 今ここでこの渾身の一撃を直撃させればきっと倒せる。

 マユリもエアームドもそう信じ、全身に力を込め、回転数をさらに上げてドククラゲへ一直線。

 どう回避しようとも間に合わず、エアームドの鋼鉄の身体がこの速度で突っ込むならば触手程度では止めようは無い。

 

 

 

「“ミラータイプ”」

 

 “ドリルくちばし”がヒットする寸前、ドククラゲの身体が頭頂部から順に触手の先まで銀色に光った。

 そして、エアームドの全身全霊を懸けた突撃がその胴体に直撃……したはずだったのだ。

 

「な……ぁ……」

 

 マユリは目を見開いて絶句してしまう。

 ……“ミラータイプ”。

 相手ポケモンのタイプを一瞬にして読み取り、そのテクスチャを自身に張り付けてタイプ構成をコピーする技だ。

 つまり、今のドククラゲは本来のみず・どくではなく、エアームドの写し身としてはがね・ひこうタイプへと変化しているのだ。

 そして、はがねタイプにはひこう技である“ドリルくちばし”はほとんど通用しない。

 鋼の強固さを得たドククラゲに激突したエアームドの身体は虚しく回転を弱めていく。

 ……無論、その状態は隙だらけであり、ドククラゲの触手が両翼と両脚に絡み付いて拘束されてしまった。

 

「……頑張った方ね。“ねっとう”」

 

 身体を大きく広げるように捕らえられたエアームドに、真正面かつ至近距離から“ねっとう”が噴射され、その熱さにエアームドが絶叫する。

 

「エアームドぉっっ!!」

 

 逃げるも抵抗するもままならず、高温の水を噴射され続ける事1分以上。

 触手の拘束が緩み、火傷に次ぐ火傷で真っ赤になったエアームドの身体は力無く落下して横たわった。

 

「エ……エアームド……戦闘不能……! スコーピオ選手の勝ち! 1回戦突破!!」

 

 審判が躊躇いがちに宣言すると、1拍遅れて観客から大歓声が上がった。

 

「き……決まったぁぁぁーーーーっっっ!!! スコーピオ選手、なんと1体の損失も無くマユリ選手を下し、決勝トーナメント2回戦……準決勝へと進出を決めましたぁぁーーーーっっ!! まさかの展開に、わたくし年甲斐も無く心が熱く燃え滾っております!!」

 

「エアー……ムド……」

 

 ブルースの熱い実況も耳に入らぬマユリは、よろよろとエアームドに近付くと、いまだ熱を帯びたままの鋼鉄の身体を抱いて震え始めた。

 その姿を見つめていたスコーピオは、そっと自身の胸に右手を当てて溜め息を吐く。

 

「…………治まらない。最後の方は少しは良かったけど……やっぱりこいつじゃない……こいつじゃ足りない……」

 

 羽織ったマントを翻し、スコーピオは静かにフィールドを後にする。

 残されたのは、いまだ止まぬ歓声にかき消される、少女のか細いすすり泣きだけだった……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

最初の方のジムリーダー達の描写いらなかったかなー、とあらかた書き終えてから思う劉翼でした。
…あと決してマユリが弱いわけじゃないのですよ?
ちなみにエアームドが持ってたのは弱点保険です。《がんじょう》を利用して弱点保険で攻撃を、“ボディパージ”で素早さを強化して戦うバトルスタイルでしたが、使わず終いでした。


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第91話:電光の因縁

この更新の遅さ、我ながらどうにかできないもんか…。
てなわけでようやくツバキのバトルとなる第91話です!


 ポケモンリーグ決勝トーナメント1回戦。

 ツバキとゲントの第2試合に先駆けて行われたマユリとスコーピオの第1試合。

 積極的に先制攻撃を仕掛けるマユリだったが、スコーピオのペースはまったく乱されず、ポケモンの特徴を熟知した戦術で圧倒されてしまう。

 結局マユリは、スコーピオのポケモンを倒すどころか3体目を引きずり出す事すらできずに敗退。

 スコーピオはマユリにはほとんど興味を示さず、バトルが終わるとさっさとフィールドを去り、マユリだけが悔しさに身体を震わせていた……。

 

 

 

「ふむ……コガネシティのマユリ、か……。素早い相手には瞬発力に補正のかかる先制技。動きの鈍い要塞型の相手にはスピードを維持しつつ遠距離攻撃。恐らく先鋒の時点で相手がどくタイプ使いと感付いて、後続はエスパーのキリンリキとはがねのエアームドを選んだのだろう。バトルのセオリーを押さえた堅実なバトルだったな」

 

 観客席のイソラは、直前まで行われていた試合内容から、敗れこそしたもののマユリも優秀なトレーナーであった事を再確認する。

 

「……が、いかんせんセオリーに忠実すぎる。ポケモンの持つあらゆる特徴を駆使して変化球を投げてくる相手にはめっぽう弱いタイプだ。まぁ、まだ若く伸び代もある。ここでへこたれずに頑張ってほしいところだな」

 

 基本を忘れず、それを忠実に守る事は強みでもあり弱みでもある。

 もっと臨機応変な思考ができるようになれば、マユリは今よりも格段に強くなるであろうとイソラは評価した。

 それこそツバキが今回だけでなくこの先もポケモンリーグへの挑戦を続けるならば、手強いライバルになる可能性も高いであろう、と。

 

 

 

 一方、第2試合を戦うツバキとゲントは、選手控え室を別々の扉から出てフィールド左右のゲート前で待機していた。

 

「(ゲントさんはでんきタイプ使い……ファンファンなら有利に戦えるけど、じめん対策を何もしてないなんてあるかな……? ……まずは様子見をした方が良さそう)」

 

「(ツバキはたしかドンファン持ってたよな……けど、あいつの事だから、こっちがじめん対策してると思って、初手で出してくる事は無い……だろう。たぶん)」

 

 ツバキとゲントは、向かいの扉の先にいる対戦相手の思考を読み合いながら、最初に出すポケモンを脳内で選抜する。

 そんな静かな脳内シミュレートの時間を、熱いアナウンスが破った。

 

「さあぁっ! いまだ第1試合の興奮冷めやらぬ会場ですが、そろそろ第2試合に移りたいと思います! まだまだ熱く燃える試合は控えているぞぉっ!! ゲート開放! 選手……入ぅぅ場ぉぉぉぅっ!!」

 

 大きく分厚い扉が左右に開き、隙間から射し込む光が暗闇に慣れてきていた視界を奪っていく。

 その眩しさに右手を一瞬だけ目の前にかざしたツバキは、息を飲んでゆっくりと歩き出す。

 

「まずは……グレンタウンのツバキ選手ーーーーっ!! トレーナー登録して半年! 初のジム巡りの旅にして無事バッジを集め終えたばかりか、リーグ予選も突破して見事この場に立ちました! この若き才女の戦いを見逃すなぁーーっっ!!」

 

 妙に持ち上げられた紹介を受け、気恥ずかしさとこそばゆさからツバキの頬がやや赤く染まる。

 

「さぁ、それと対峙するは……クチバシティのゲント選手ーーーーっ!! なんとこのゲント選手、元ジムトレーナー! 特定タイプのエキスパートを目指すトレーナーにとってのエリート街道を捨ててまでフリーになった彼の真意はいかに!?」

 

 一方のゲントはというと、ツバキのように照れたりはしていないものの、だからと満更でもなさそうな表情というわけでもない。

 

「……こうしてバトルすんのも久々な気がすんな、ツバキ。9番道路以来か」

 

「はい。あれから色々あって……強くなりましたよ。ポケモン達も、わたしも!」

 

 眉を吊り上げ、自信に満ちた真剣な眼差しを相手に向ける、ツバキにしては珍しい表情。

 ゲントはツバキと初めて出会った時を思い出し、本当にツバキは変わったのだと思うと同時に、浅はかで傲慢だった自分の愚かしさまで思い出してしまい、バツが悪くなって頭を掻く。

 

「……ま、俺も遊んでたわけじゃない。自分なりにできる限りの特訓を重ねて、バトルを繰り返してそれなりに強くなったつもりだ。だけどな、そういう地道な特訓をする気になったのも、今俺がこうしてここにいられるのも、お前のおかげなんだ。……だから」

 

 ズボンのポケットに突っ込んでいた両手を抜いたゲントは、モンスターボールへと手を伸ばす。

 

「感謝の念を込めて……生まれ変わった俺達の全力でぶつからせてもらうぜっ!」

 

 ツバキもそれに応じ、ボールを掴んで睨み合う。

 

「わたしもわたし達の全部を見せますよっ!」

 

――――ポケモントレーナーのゲントが勝負を仕掛けてきた!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「どうやらこの2人の選手は顔見知り! ライバル同士のバトルともなれば、きっととてつもない熱さになる事でしょうっ! さぁ、それでは両者ポケモンをっ!」

 

 実況のブルースに促され、2人は手にしたボールを同時に空高く放り投げた。

 

「お願い、ミスティっ!」

 

「かますぜデンチュラっ!」

 

 空中で開いたボールから飛び出したミスティは、5枚の大きな花びらを揺らして豪快に着地すると、同じタイミングで正面に現れた相手ポケモンに睨みを利かせる。

 全身を黄色い毛に覆われ、背中側に青いラインの入った4本脚の虫系ポケモンだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 でんきグモポケモン『デンチュラ』。非常に珍しい、むしとでんきの複合タイプである。

 でんきタイプらしくその身体は帯電しているようで、時折ふさふさとした毛先がスパークしている。

 また、図鑑の姿との相違点として口に当たる部分に牙のような物が装着されている。これは自身の攻撃を相手に当てた時、その迫力で相手を怯ませる事のある鋭い牙という道具である。

 

「ツバキ選手の1番手はラフレシア! ゲント選手はデンチュラ! 単純なタイプ相性ではお互い可も無く不可も無くといったところ! トレーナーの戦術眼が試されます!」

 

 ポケモンが出揃ったところでブルースに目配せされ、フィールドの端に立った審判が1歩前に出る。

 

「それでは、これより決勝トーナメント1回戦第2試合を始めます! 両者構え! ……バトル………………スタート!!」

 

 審判が両手に持った旗を振り下ろし、それがバトル開始の合図となった。

 

「“エナジーボール”!」

 

「“ねばねばネット”!」

 

 ツバキの素早い指示に従ってミスティがめしべにエネルギー集束を始めるが、デンチュラの行動は早かった。

 口から発射された糸が広がり、5つのクモの巣状に展開してミスティの周りに設置された。

 だが、自身に当たったわけではないため、ミスティは構わずエネルギー球を射出。

 その弾速は速く、デンチュラは回避動作が間に合わず“エナジーボール”がヒットしてしまう。

 まぁ、むしタイプなのでくさタイプ技はあまり大きなダメージにはならないのだが。

 

「初撃を決めたのはツバキ選手のラフレシア! このまま流れを引き寄せられるかっ!?」

 

「(デンチュラがよけきれない……!? なんて速さだよ……。あんまダメージはねぇけど、当たるよりは当たらねぇ方が良いに決まってるからな……気を付けねぇと)」

 

 デンチュラの瞬発力にはかなり自信があったのだが、ミスティはゲントの予想を遥かに越えて“エナジーボール”を使い慣れており、元々のセンスも相まって、火力も速度もこれまで遭遇したくさタイプ達を大きく上回っていた。

 

「(……このフィールドに置かれたクモの巣……気にはなるけど、今は目の前のバトルに集中しなきゃ……!)」

 

 ツバキはツバキで、設置された“ねばねばネット”が気がかりなようで、集中せねばと思いつつも視界の端にネットが映るとついそちらへ意識が向いてしまう。

 

「“でんじは”だ!」

 

 だが、それが相手に付け入る隙を与えてしまい、対応が一瞬遅れた。

 デンチュラが全身の毛を逆立てて微弱な電気を放つと、瞬く間にミスティの身体の神経と筋肉が麻痺し始め、たまらず膝(?)をついてしまった。

 

「あぁっと! ラフレシアが“でんじは”を食らって麻痺してしまったぁ! これは痛いっ!!」

 

「しまった……!」

 

 初めての大舞台の空気や、数えきれない人々の目もあってか、普段通りの集中力を出せなかったが故の不覚。

 麻痺状態となってしまっては、思い通りに動く事は叶わない。初手から不利に傾き始めてしまった。

 

「へっ、油断したな! こうなっちまえばデンチュラの素早さには追いつけないだろ! “シグナルビーム”!」

 

 ガサガサと4本の脚を器用に動かしてミスティの周囲を走り回るデンチュラ。

 6つの複眼の内顔の中央に並んだ4つが点滅し、赤と青2色の光線が発射され、螺旋状に絡み合いながらミスティへ迫る。

 ミスティは回避しようと身体を起こすが、麻痺した脚の筋肉が言う事を聞かずあえなく直撃してしまった。

 

「ミ、ミスティっ!」

 

 どくタイプを併せ持っていたおかげで大ダメージとはならなかったものの、小さいダメージというわけでもない。

 デンチュラの動きを追おうと身体を回転させようにも、手脚が痺れて満足に動く事すらままならない。

 

「速いっ! そして容赦が無いっ! ゲント選手のデンチュラ、4本の脚を駆使した高速機動でラフレシアを翻弄します!!」

 

「(一旦戻す……? うぅ、でも戻せる回数も限りがあるし、麻痺したままじゃ………………あ……。……そうだ、どうして気付かなかったんだろ……むしろそれがくさタイプの……ミスティの本領発揮じゃない……!)」

 

 ふらりと立ち上がるミスティを見て焦りを感じていたツバキであったが、頭の中でふと考えた『麻痺』という単語から、普段であれば真っ先に考えたであろう戦術を閃く。

 やはり、緊張とは人間の思考を大きく阻害するようだ。 

 

「(……落ち着いて。見てる人が多くなっただけで、基本は今までのジム戦やリーグ予選と同じ。…………うん、行ける……!)」

 

 ツバキは相手が攻撃に出ていない事を確認すると、静かに深呼吸をする。

 

「……ミスティ、反撃するよ!」

 

 平静を取り戻したツバキの様子にミスティは安堵の溜め息を吐くと、痺れる脚を力尽くで動かし、ダンッと地面を踏みしめて応えた。

 トレーナーとポケモンはただ指示をする側と聞く側というだけの関係ではない。

 ポケモンという生き物はとても賢く、トレーナーと認めた相手の心の機微にも敏感なので、トレーナーに迷いがあればポケモンはそれを本能的に感じ取り、そちらに気を遣ったり、「本当にその指示で大丈夫なのか?」と疑念を抱いて全力を発揮する事はできない。

 逆にトレーナーが常に自信を持って堂々としていれば、ポケモンも安心し、「その指示には決して間違いは無いだろう」という信頼から眼前の相手にのみ集中できる。

 新人トレーナーとポケモンの息がなかなか合わない事が多いのも、これが原因の場合がほとんどだ。

 ……まぁ、早い話が……。

 

「ミスティ、“どくどく”!」

 

 今のツバキとミスティは、麻痺による不利など撥ね除けうる……という事である。

 動き回るデンチュラに対し、ミスティは口から毒液を連続で発射し、放物線を描きながら雨霰と降らせて見せる。

 元よりくさタイプは状態異常を駆使した搦め手を得意とするタイプであり、ましてミスティはどくタイプでもあるのだ。

 こんな基本を忘れるなど、まったく自分らしくないと、ツバキ自身も呆れ気味だ。

 

「っと、やべぇ……! よけろデンチュラ!」

 

 4本脚の機動性はさすがであり、降り注ぐ毒液を左右に走り回り、飛び回り回避していく。

 その動作は非常に軽快で、確かに今のミスティで真っ向から対峙するのは困難であろう。

 ……が、その回避動作自体がすでにツバキの術中である事にゲントは気付いていない。

 

「そんなもんじゃデンチュラを捉えるなんざできやしねぇぜっ! “シグナルビーム”!」

 

 毒液をかわしながら、再びデンチュラの4つの目が点滅する。

 ……しかし、光線が放たれる直前、デンチュラは突然目を見開いて叫び声を上げた。

 

「っ!? こ、これはぁぁーーっっ!?」

 

 ブルースが実況席から立ち上がり、フィールドを見下ろす。

 

「な、何ぃっ……!?」

 

 ゲントも思わず上擦った声になってしまい、フィールドを右に左にと確認する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ……毒。

 毒。毒。毒。

 フィールドのどこを見ても毒液の水溜まりだらけなのだ。

 

「(アンズさんとのバトルが役に立った……!)」

 

 そう、これはセキチクジム戦で使った、『“ようかいえき”地雷原』の応用である。

 今回はそのアンズからもらった“どくどく”の猛毒を使い、さらに凶悪になっている。

 いかに素早く、攻撃を当てづらいデンチュラでも、これで毒状態にしてしまえば、あとはじわじわと自滅を待つだけとなる。

 

「な……なんという事でしょう! フィールドのあちこちが降り注いだ猛毒液で侵食されています! ツバキ選手、可愛い顔してえげつない!! デンチュラ猛毒に苦しんでいるぅーーっっ!!」

 

 空から降ってくる毒液を飛び跳ねながら回避していたデンチュラは、地に落ちて水溜まりを作っていた方の毒にまで注意が向かなかったのだ。

 

「くっ……デンチュラ、大丈夫か!? しっかりしろ!(どうする……デンチュラを戻すか……!? ……くそっ、こんな事なら“ボルトチェンジ”でも覚えさせとくんだった……!)」

 

 “ボルトチェンジ”は電気を纏って加速した体当たりを行い、その勢いのままトレーナーの元へ戻って控えポケモンと交代する技……つまりは“とんぼがえり”のでんきタイプ版である。

 技や特性による交代は公式試合の交代回数制限にカウントされないため、覚えておくとなにかと便利なのだ。

 というかこの系統の技が無いと、特に交代可能回数の少ない1回戦ではラストエ○クサー病になってなかなか交代を使えない場合が多い。

 

「……続行だ! もう少しの辛抱だぞデンチュラ! 先に相手を倒しちまえば良い! “シグナルビーム”!」

 

 必死に励ますゲントの声に応じ、倒れかけていた脚を立ててデンチュラが身体を起こして複眼を点滅させる。

 瞬く間に身体を蝕んでいく猛毒によって意識が途絶えてしまう前に、せめてミスティを倒してしまわなければ、せっかく麻痺にして有利な状況を作ったのが無駄になってしまう。

 

「“ムーンフォース”で迎撃! その場から動かなくていい!」

 

 ミスティの場合、平時の“ムーンフォース”は身体から抽出した強力なエネルギーを、空中で球状に固めてから圧縮した光線として発射するが、今は身体が自由に動かないし時間も無い。

 相手の“シグナルビーム”を防いで毒の回る時間を稼げば良いので、ピンク色の光を放った花びらから放出されたエネルギーは集束せず、頭頂部を正面へ向けてそのまま障壁のように広範囲に展開する。

 直後エネルギー同士の衝突が発生し、それはやがて爆発を引き起こして爆風と爆煙が周囲に飛散するが、両者にダメージは無い。

 先ほどから攻撃技を“シグナルビーム”しか撃ってこないところを見るに、恐らく残る攻撃技はミスティに効果の薄いでんきタイプ技。

 “シグナルビーム”は弾速こそ速めだが、弾道は直線的なのでデンチュラとの位置関係に気を付ければ防げなくもない。

 互いに決定打となる攻撃技は無いとなれば、こちらが連続攻撃によって倒されるか、それを捌ききって相手が毒で倒れるかの根比べだ。

 

「(毒は受けても素早さが下がったわけじゃない! 守りの隙を突けば行けるはずだ!)頑張れデンチュラ! そのまま“シグナルビーム”連射!」

 

「(くっ……これなら“ムーンフォース”より連続で使える方が……)同じ要領で“エナジーボール”!」

 

 デンチュラはじわじわと毒で弱らせられながらもその機敏さは健在で、ミスティの周りを駆け回りながら2色の光線を放って一気に勝負を決めようとする。

 対するミスティは“ムーンフォース”の代わりに、素早くエネルギー生成のできる“エナジーボール”を防御に使用して防ぐ。

 

「なんという不思議な光景でしょう! 使っているのは互いに遠距離攻撃技だというのに、行われているのは至近距離でのギリギリの攻防っ! 果たしてこの応酬に勝ち残るのはどちらだぁぁーーっっ!?」

 

 だが、デンチュラは動けば動くほどに毒の回りが早くなり、ミスティは麻痺のせいで反応が遅れて“シグナルビーム”を受けてしまう。

 もはやどちらのダメージの方が大きいのかポケモン達自身にすらわからない。

 互いにかなり足取りが怪しく、少なくとも限界は近いらしい事だけがかろうじて読み取れる。

 

「「((くっ……まだ倒れない……!?)」」

 

 当人達は知る由も無いが、あまりにも泥沼と化した状況に、ツバキとゲントの2人は一言一句まったく同じ台詞を脳内で呟いていた。

 先に倒れるのはデンチュラか? ミスティか?

 着実に疲弊が溜まっているにもかかわらず一向に決着のつかないこの事態は、戦っている2人とそのポケモンだけでなく、観客達の心をもハラハラさせ始める。

 そして、会場中に伝播したその不安の感情が、プレッシャーとなってフィールドに立つ2人へと還元された。

 

「(これ以上は……)」

 

「(時間をかけられねぇ……!)」

 

 バトルが長引きすぎて、麻痺と毒で苦しむ相手をこれ以上見たくないという感情まで湧いてきた2人は、示し合わせたわけでもないのに、一か八か攻勢に出る事を同時に決意する。

 

「「((……行くしかないっ!!))」」

 

 トレーナーの意思を感じ取ったのか、2体のポケモンは最後の一撃を放つために距離を開ける。

 

「……“ムーンフォース”!」

 

「……“シグナルビーム”!」

 

 チャージもそこそこに高速で撃ち合っていた先ほどまでとは違い、互いに自身に残されたエネルギー全てをその一撃に込めるかのように、全身の神経を攻撃を放つ一点に集中させていく。

 ミスティの頭上には巨大なエネルギーの集積体が渦巻き、複眼を激しく点滅させるデンチュラの顔の前には赤と青が混ざり合う大きなエネルギー球が生成される。

 

「「……発射ぁぁっっ!!」」

 

 そして、2つのエネルギー体が一際強く発光したかと思うと、それまでで最も眩く、そして太い光線が伸びていく。

 残る力の全てを乗せたピンク、そして2色の光線は空中で激突し、力比べをするように押しては押され、押されては押し返す。

 しかし、突然ミスティがガクリと体勢を崩してしまい、エネルギー制御に乱れが生じる。

 

「あっ……!?」

 

 麻痺によってほんの一瞬、脚の筋肉から力が抜けたのだ。

 そして、その一瞬で“シグナルビーム”は矢のように“ムーンフォース”を貫いていき、ミスティに正面から直撃した。

 赤青の光線に押し出され、ミスティはツバキの脇を横切って壁へと叩き付けられた。

 

「わっ……!? ミ……ミスティっっ!!」

 

 光線の消失と共にミスティの身体は完全に脱力して崩れ落ち、目を回して動かなくなってしまった。

 

「……ラフレシア戦闘不の……」

 

 審判が宣言しようとした瞬間、フィールドからも物音が響く。

 審判、そしてミスティの方を向いていたツバキもその音の方向へ振り向くと、デンチュラが青い顔をしており、4本の脚を伸ばしきって地に伏せていた。

 全エネルギーを使いきった反動か、身体から力が抜けて、とうとう毒に屈してしまったようである。

 

「ラ、ラフレシア、デンチュラ共に戦闘不能! 引き分けっ!!」

 

 緒戦からの引き分け宣言に、観客席からは歓声とどよめきが混ざり合った声が上がる。

 

「ななななんとっ! 先鋒戦はまさかまさかの引き分け! 初っ端から引き分けです! これでますますどんな形の決着となるかがわからなくなりました!」

 

「……ミスティ、お疲れ様。ゆっくり休んでてね」

 

「よく頑張ったなデンチュラ。お前の頑張りは無駄にゃしねぇ……!」

 

 ブルースの実況が鳴り響く中、ツバキとゲントは状態異常を押して必死の戦いを演じた自身のポケモンをボールに戻してその努力に労いと感謝を告げる。

 

「……(最初からちゃんと落ち着いていれば勝てたかもしれなかった………………うぅん、『たら、れば』なんて言っても仕方無い。この失敗を次に活かさなきゃ……!)」

 

「……(あの毒液にさえ気付いてたらなぁ…………つっても過ぎた事か。問題はこの後どうするか、だな……)」

 

 どうもこの2人、バトルスタイルなどは別物なのだが、思考の方向性自体はかなり似通っているらしい。

 2人は改めて現在の状況を整理しつつ、次のポケモンの入ったボールに手を伸ばす。

 

「(ちょっと“どくどく”をあちこち撒きすぎたかな……あれは気を付けなきゃ自分が踏んじゃいそう。なら……この子……!)」

 

「(ったく、まるで“どくびし”だなありゃ。となりゃ……こいつの出番か……!)」

 

 そして、選んだボールをこれまた同時に放り投げた。

 

「お願い、ルーシアっ!」

 

「頼んだぜ、シビルドンっ!」

 

 次鋒として選ばれたのはルーシアだ。

 でんきタイプに強いわけではないが、掴み所の無いトリッキーな戦い方は大いに相手を悩ませられるはずだ。

 そんなルーシアの身体に、長い影が投影される。

 見上げれば、太陽光に照らされて身体の表面がぬらぬらと光る魚のようなポケモンが、宙を泳ぐように舞いながらゆっくりと降下してくるではないか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ……でんきうおポケモン『シビルドン』。魚のようだが、みずタイプは持たない、歴としたでんき単タイプである。

 よく見てみれば、その身体は地面に接地しておらず、わずかに浮遊している。

 

「で、でんきタイプなんだ……」

 

 見た目からは想像のつかぬタイプ構成に驚くツバキに対して、ゲントは自慢げに鼻を擦る。

 

「いやぁ、チョンチーでも釣ろうと糸垂らしてたらシビビールがかかっちまってな。釣り上げるのにかなり苦労させられて、その根性が気に入ったんで育てる事にしたんだ。……けど、進化に必要な雷の石持ってねぇ事に気付いちまってな……」

 

「雷の石……あっ、だからこの前……!」

 

 そう、ツバキは先日、ゲントに雷の石を譲り渡している。

 

「大当たり。お前のおかげで、こいつはようやく実力の全部を発揮できるようになったってわけさ。……さぁ、ツバキ。ここからが本番だ。……行くぜ……!」

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

さすがに主人公のバトルを1話でさくっと終わらせるわけにもいかんので2話に分割する事にしました。
デンチュラかわいいよデンチュラ。


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第92話:ひこうじゃないけど空中戦!?地に足つかぬ激闘!

大変遅れてしまい申し訳ありません。
あと、ゲント戦は2話に分けると言ったな。あれは嘘だ。
というわけで前半後半のつもりが、なぜか中盤戦となってしまった第92話です!


 スコーピオがマユリを容易く下した第1試合に続く、ツバキとゲントが戦う第2試合。

 ツバキはミスティ、ゲントはデンチュラを繰り出し、双方状態異常を駆使して一進一退の攻防を繰り広げるが、ミスティは“シグナルビーム”の直撃を受けて戦闘不能となり、デンチュラもまた猛毒のダメージ蓄積により倒れてしまい、先鋒戦は引き分けに終わる。

 迎えた次鋒戦は、ミスティの撒いた“どくどく”の水溜まりを意識してか、ツバキはルーシア、ゲントはシビルドンと、浮遊するポケモン同士のバトルとなった。

 

 

 

 

「互いに最初の1体を失い、次いで出てきたのは、どちらも現在確認されている特性が《ふゆう》のみのポケモンです! ひこうタイプ同士のような空中戦とはいかないでしょうが、一風変わったバトルが見られるのではと、わたくし年甲斐もなくワクワクドキドキが膨らんでおります!」

 

 ブルースの癖である『隙あらば自分語り』を流しつつ、審判が両手の旗を両者に向ける。

 

「それでは、バトル………………再開っ!!」

 

 旗の動きを追っていたツバキとゲントは、その合図と共に同時に動きを見せるが、ゲントの方が1歩早かった。

 

「“アクアテール”だ!」

 

 空中を揺蕩うシビルドンの尻尾の周りに、渦を巻いて水分が集められていき、ドリルやタービンのように激しく回転する水流が形作られる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 シビルドンの長い尻尾が荒天時の海のように荒れ狂い、右に左にと振り回されながらルーシアへ迫ってきた。

 

「(先に動かれた……!)ルーシア、“あやしいかぜ”!」

 

 長い胴を持ち、尻尾を用いた攻撃を仕掛けてくる相手ならロケット団アジトでアーボックとの対戦経験のあるツバキだが、あちらがあくまで地上という平面上での動きだったのに対し、シビルドンは空中を自在に泳ぎ回る事で、極めて立体的な3次元攻撃動作を可能としている。

 無論、そこから繰り出される打撃攻撃の回避はアーボックの時以上に困難だ。

 だが、回避が難しいなら防御。逆巻く風で水を巻き上げる事で“アクアテール”を妨害してしまおうというのがツバキの狙いである。

 ツバキの意図を察したルーシアが、空気そのものに反響するような不気味な鳴き声を上げると、悲鳴とも喜声ともとれる音を出しながら、その周囲に風が渦を巻く。

 

「へっ、やっぱ防御に出たな! だが、そっからすぐに次の動きには移れねぇよなぁっ! シビルドン! 水を吸われちまう前に“アクアテール”を地面に叩き付けろ!」

 

「えっ……!?」

 

 風で壁を作って待ち構えていたツバキとルーシアの思惑に反し、シビルドンは身体をくねらせて回頭すると、尻尾をぐるぐると回しながら思いっきり地面へ振り下ろした。

 回転力、遠心力、重力。全てを乗せた一撃によって、尻尾に纏っていた水は凄まじい勢いで周囲へ飛び散り、濁流のように地面を覆っていった。

 

「っ! これは……!」

 

 ここに来てツバキもゲントの意図を理解した。

 驚異的な量と勢いの水が、瞬く間にフィールドを侵食していき、それまで地面を蝕んでいた“どくどく”の猛毒液を洗い流してしまったのだ。

 

「そうさ、厄介な毒液の掃除をさせてもらったぜ! そっちが防御を固めてくれた間にな!」

 

 ゲント側のフィールドに点在していた毒の水溜まりは、そのままにしておけば設置技である“どくびし”に似た効果を発揮し、ゲントの3番手が地面に足をついた瞬間にその身体を毒で侵してしまう。

 だが、何も考えずに漠然と処理しようとしても、それが大きな隙となってルーシアの攻勢を許す事になる。

 そこでゲントは、回避の難しい技で攻撃をするふりをし、ルーシアが防御態勢をとるように仕向け、毒液処理を行うための隙を作り出した、というわけだ。

 

「ゲ、ゲント選手荒業ーーーーっっ!! “アクアテール”の水で“どくどく”トラップを洗い流してしまったぁぁーーっっ!!」

 

 “なみのり”や“だくりゅう”のような多量の水で相手を押し流す技ならともかく、打撃技である“アクアテール”でこんな芸当をするのは想定外。

 ブルースの実況にも熱が入っているのがわかる。

 

「(……やっぱり一筋縄じゃいかない……強い!)」

 

 9番道路でのバトルでも感じた事だが、今のゲントはクチバジムで戦った時とはまるで別人だ。

 それは性格や人相という話に止まらず、バトルスタイルも大きく変化している。

 ポケモンの能力差に物を言わせた力任せの戦い方は見る影も無く、デンチュラの4足歩行の機動力、そしてシビルドンの浮遊能力と蛇のような身体が生み出す変幻自在の軌道……言うなれば『形状』をバトルの中核に据えている戦い方だ。

 通常はまずどんな戦術を取るかを決め、その戦術に合致した能力を持つポケモンを選ぶ。

 彼の場合はその順番が逆で、そのポケモンがどんな形をしていて、どの程度まで変形させられるのか。そして、その形が得意としている移動方法は何か……などを正確に理解し、その範囲で実現可能な戦術をリアルタイムで構築しているのだ。

 ……とはいえ、もちろん使用ポケモンを先に決め、その特徴をフル活用した戦い方を後から考えるトレーナーも皆無というわけではなく、他でもないツバキもそのクチである。

 ここでもまた2人の似ている部分が露となったわけだ。

 ともあれ、最初に戦った時とは比較にならない強敵となったゲントに、ツバキはさらなる激戦を予感して息を飲む。

 

「(守りに回ったら一気に相手のペースに飲まれる……!)ルーシア! “マジカルフレイム”!」

 

 初手は相手の思惑通りに防御に回り、まんまとトラップを解除されてしまったが、ここから攻勢に転じればまだ巻き返しは図れるだろう。

 ルーシアが空中へ浮かび上がり、呪文を唱えるようなボソボソとした鳴き声と共に、身体から溢れ出した黒いエネルギーが炎へと変化し、大きな火の玉が作り出される。

 

「シビルドン! “10まん”……いや、“アクアテール”だ!」

 

 ルーシアを追うようにシビルドンが身体をくねらせながら上昇し、その尻尾にまたも水流が渦巻く。

 

「両者飛んだーーっ! 舞台は空中へ移り、どんなバトルを見せてくれるのかーーっ!?」

 

 シビルドンの水流は見る見る内に水量と勢いを増すが、発動が早かった分、先に攻撃したのはルーシアだ。

 向かってくるシビルドンに対して、炎が踊るように襲いかかった。

 

「今だ! 水をばら撒けっ!」

 

 水を纏う尻尾を大きくしならせたシビルドンは、勢いよく横薙ぎに払い、大量の水を迫る炎目掛けて撒き散らした。

 水と炎がぶつかれば、発生する事象はわかりきっている。

 案の定、大量の水蒸気が膨れ上がり、ルーシアとシビルドンの姿が誰の目にも映らなくなってしまった。

 

「わっ……!? ル、ルーシアっ!」

 

「…………捕まえたぜっ!」

 

 驚くツバキに対し、静かに水蒸気を見つめていたゲントが、おもむろにグッと拳を握る。

 晴れ行く水蒸気の中、2体のシルエットがひと塊になっているのが見えてきた。

 

「そ、そんな……まさか……!?」

 

 まさにそのまさか。

 ゲントの言葉通り、ルーシアはシビルドンの長い身体に巻き付かれ、締め上げられていたのだ。

 

「あんな水蒸気がいきなり発生しちゃぁ、誰だって一瞬動きが止まる。つまり、直前に位置を覚えてりゃ、シビルドンのリーチなら十分に捕獲可能ってわけよ! そのまま“10まんボルト”だ!」

 

 シビルドンが頭を振りかぶり、ルーシアの帽子のような頭頂部をすっぽり口で包むと、4本の牙から激しい電撃を流し始め、眩い閃光と共にルーシアが苦しげな声を上げる。

 

「あぁっ!?」

 

「こ、これは凄いっ! あの水蒸気の中、見事ムウマージを捕らえたシビルドンの追撃っ! ムウマージ危うしぃぃっっ!!」

 

 当然ルーシアは逃げようともがくが、黒光りする長い胴に巻き付かれている上、大きな両腕でもがっちり拘束されており、とてもじゃないが脱出はできそうもない。

 電撃を浴びている状態では、呪文を唱えられないので“マジカルフレイム”は使えず、“あやしいかぜ”も風速や風向きのコントロールには相応の集中力を要する。

 ルーシア……ムウマージは魔女のような見た目通りに特殊技を使用した遠距離攻撃を得意とするが、それ故に近接攻撃手段に乏しいため、こうした至近距離での戦闘には滅法弱い。

 

「(……今ルーシアが動かせるのは……!)」

 

 苦しむルーシアの姿に焦りが生まれるが、バトルで大切なのは、状況を冷静に見極め、その後の展開まで見据えた指示を出せる冷静さだ。

 

「(……っ!)ルーシア! “あやしいひかり”!」

 

 ツバキの指示をどうにか聞き取ったルーシアは、唯一拘束されていない部位である首を目一杯に振ってシビルドンの牙を外すと、関節の許す限り後方へ首を回し、ギリギリのところでシビルドンと視界がぶつかる。

 これ幸いと見開いたルーシアの目が怪しい紫色に光ると、シビルドンが低い唸り声を上げながら拘束を解いてしまった。

 

「しまった……!? お、おいシビルドンしっかりしろーっ!」

 

「ムウマージ脱出! シビルドン、“あやしいひかり”で混乱してしまい、狂ったように空中をのたうち回っているぅーーっ!」

 

 目の焦点の合わぬまま、風に煽られる鯉のぼりのように空中を泳ぎ、壁や地面に頭を激突させるシビルドン。

 

「今の内に距離を!」

 

 解放されたルーシアはふらふらとシビルドンの側から離れ、ようやく一息つくと、取り出した黄色い木の実を食べ始める。体力が半分ほどに減った時に、少し回復してくれるオボンの実だ。

 ツバキはこの1ヶ月、リーグ戦に向けた特訓をする傍ら、イソラから木の実栽培のレクチャーを受け、購買で調達したプランターで様々な木の実を育ててきたのだ。

 トキワジム戦で使用したカムラの実のような能力上昇系の木の実も一考したが、あちらは本当に体力が限界ギリギリまで減らないと使えないため、リスクが大きい。あの時使えたのは、その博打にたまたま勝てたからに過ぎない。

 そんなわけで持たせたオボンの実のおかげで多少傷を癒やせたが、混乱するシビルドンが無差別に電撃を放ちまくっているため、あまりのんびりもできない。

 

「(相手が混乱してる今が巻き返しのチャンス!)“マジカルフレイム”!」

 

 相手が思い通りに動けないからと容赦などしない。

 詠唱される呪文と共に大きくなっていく炎が生き物のように揺らめき、一直線に空中のシビルドンへ伸びて、その身体を一瞬にして包み込んだ。

 

「うわぁぁーーっ!? か、蒲焼きにされちまうぞシビルドンっ!!」

 

「シビルドン炎上ーーーーっっ!! “マジカルフレイム”は、特殊な術式を込めた炎を受けたポケモンの精神を掻き乱し、特殊攻撃の威力を弱めてしまう技! シビルドン大丈夫かぁーーっ!?」

 

 ブルースからも熱く心配されてしまうシビルドンであったが、不意に口から何かを空中へと吐き出した。

 

「あれは……葉っぱ?」

 

 ひらりひらりと宙を舞うは、真っ白な葉のような物だ。

 と、そちらに目を向けていると、その葉の真下にいたシビルドンが、唐突に空気を震わせるような大きな鳴き声を上げたではないか。

 

「ふえっ!? ……あ、あれ……? なんだかシビルドンが元気になってるような……」

 

 それはきっと気のせいではあるまい。

 シビルドンは先ほどまでの狂乱が嘘のように落ち着き、弱った様子などまったく見られない。

 

「こ、これは白いハーブ! ポケモンの能力が下がった時、心を落ち着かせる不思議な香りで、下がった分を元に戻せる持ち物です! “マジカルフレイム”の能力低下を無効にしましたぁーーっ!!」

 

「(“ばかぢから”用に持たせてたんだが、思わぬところで役に立ったぜ……!)」

 

 “ばかぢから”は、一時的に限界を越えた怪力を発揮し、驚異的なパワーで相手を叩き潰す物理技だが、無理をした代償として、その直後に疲労と筋肉痛に襲われて攻撃力と防御力が低下してしまう。

 高火力物理技を使いつつ、そのデメリットを白いハーブで相殺……というのが狙いだったわけである。

 しかも、“マジカルフレイム”の熱によって、混濁していた意識をはっきり取り戻し、さらに白いハーブの香りで落ち着いた事で混乱が解除されている。

 思いもかけぬ混乱状態の回復で、まだまだ戦況がどちらへ傾くかはわからなくなった。

 とはいえ白いハーブは消耗品。計算外の消費をしてしまったため、おいそれと“ばかぢから”は使えなくなってしまったとも言える。

 

「(……ダメージレースじゃ並ばれちまったが、向こうの技は3つ明らかになった。対してこっちはまだバレてんのは2つ。幸いっつぅべきか、ムウマージ相手ならかくとう技の“ばかぢから”は効かねぇからまず使わねぇ。少なくとも、こいつと戦ってる間は「どんな技を隠してるのか」って疑心暗鬼にしておける。白いハーブ持ってるだけなら、弱体化技を警戒してただけって可能性もあるしな)」

 

 直接的な技の応酬だけがポケモンバトルではない。情報戦もまた重要なポイントだ。

 相手がどういう技を持っているかわからないと、警戒心と猜疑心が生まれ、それによって無意識の内に思い切りの良さが鈍る事もある。

 逆に言えば、いかに4つの技それぞれをここぞという場面まで温存し、手の内を悟らせないかが肝要なのだ。

 そういう観点で言えば、シビルドンの手を半分は隠し通しているゲントは優勢であると言えるだろう。

 それでなくともシビルドンは習得可能な技のレパートリーがやたら広く、何をしてくるかわからないポケモンなのだから、ツバキも迂闊な事はできないはずだ。

 

「“マジカルフレイム”!」

 

「え? あっ、ちょ……ア、“アクアテール”で迎え撃て!」

 

 そう思っていた矢先、ツバキはまったく躊躇無く攻撃を再開した。

 ツバキはさっき、守りに徹すれば追い込まれる事を理解し、攻めに転ずる事を決心した。

 それに加え、ツバキも経験を積んで強くはなったが、まだまだ駆け引きという点では未熟な部分のある新米の域は出ていないため、ゲントが思っていたほど過剰な反応はしてくれなかったのだ。

 

「ツバキ選手攻める! 攻める! 舞い踊る炎がシビルドンを襲います!」

 

 慌てて出されたゲントの迎撃指示を聞いたシビルドンの水を纏った尻尾と、ルーシアの放った炎とがぶつかり、再び水蒸気が発生して膨らんでいく。

 

「急上昇して“あやしいかぜ”!」

 

 だが、同じ轍は踏まない。

 真っ白な水蒸気の中から、コマのように回転しながら勢いよく飛び出したルーシアが金切り声を上げ、共鳴するように周囲の風が不気味に泣きながら渦を巻く。

 風は水蒸気を巻き上げると同時に、中にいるシビルドンを風の刃で切りつけていく。

 

「くっ……追え! シビルドン! “10まんボルト”で牽制しながら距離を詰めろ!」

 

 ゲントもバッジ8つを集め、予選を突破してここにいる実力者。

 このまま止まっていては風に切り刻まれるだけだが、だからと慌てて出ていくのもまた愚策と理解している。

 視界を遮っている水蒸気の向こう側で、出てきたところを狙い撃ちしようとルーシアが待ち伏せている可能性も十分にある。

 故に、何は無くともまず牽制。

 指向性の電撃を4発5発と向こう側へ発射し、出ていった瞬間が無防備にならないようにしておく。まぐれでもルーシアに当たれば儲けものだ。

 一方、立ち込める水蒸気の外側にいるルーシアは、ゲントの予想通りに“マジカルフレイム”の攻撃準備をして待ち構えていたが、中から飛んできた電撃に驚いて、空中で体勢が崩れてしまう。

 

「……! 出てくる! 上昇!」

 

 ツバキの指示が飛び、ルーシアは慌てて高度を上げる。

 間一髪、さっきまで浮かんでいた場所に、水蒸気の中から飛び出したシビルドンが突っ込んできた。

 もう1度あの身体に巻き付かれて近接戦に持ち込まれたら勝ち目は無い。

 

「距離を取って! 近付かれたらおしまいだよ! “マジカルフレイム”!」

 

「逃がすな! 近付きさえすりゃ終わりだ! “10まんボルト”!」

 

 “マジカルフレイム”発射用の火の玉を維持し、時折炎を噴射して牽制しつつ宙を舞うルーシア。

 シビルドンも蛇のように不規則に身体をくねらせて炎をかわし、ルーシアを減速させようと電撃を放ちながら後を追う。

 

「凄い! どんどん上昇していくぅーーっ!! 炎と電気が幾度と無く交差し、互いに紙一重でよけながら一定の距離を保っています!」

 

 いつの間にか両者の高度はかなり高い位置にまで上昇しており、少なく見積もっても地上10m以上……15mはあるだろうか。

 “10まんボルト”が放たれれば、ルーシアは錐揉みして回避し、体勢を立て直しながら“マジカルフレイム”で反撃する。

 その炎を中心に螺旋を描くように避けたシビルドンが、再度“10まんボルト”でルーシアを狙う。

 

 

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 それを繰り返しながら、2体はぐんぐん上昇を続けていく。

 バトル開始時、ブルースがひこうタイプのような空中戦とはいかない……と言っていたが、とんでもない。2体は今まさにその空中戦を演じているのだ。

 ……だが、さすがにこれ以上高度が上がっては、指示を出すのもままならない。

 スタジアムのドーム状天井は展開し、その先には広大な空が広がっている。つまり、ほっとくと際限無く上昇してしまいかねないのだ。

 

「「……下降っ!!」」

 

 このままだとマトモにバトルができないと判断したツバキとゲントは目を合わせ、互いに同じ事を考えていると察すると、声を揃えて高度を下げるよう、大声で指示を飛ばす。

 その指示がギリギリで耳に入ったルーシアとシビルドンは、自分達が知らず知らずの内にとんでもない高さまで来ていた事にようやく気付き、我先にと急降下していく。

 

「あっ! 両者降りてきました! わたくし正直ホッとしています! 姿が見えなくなってしまうと、実況のしようがありませんので!!」

 

 実況できなくなる状況というのは、実況者としては1番困る事態である。

 ルーシア達が高度を下げてくれた事に安堵しつつ、爪先立ちをしていたブルースは席につく。

 さて、戻ってきた2体はというと……疲れている。どう見ても疲れている。

 まぁ、当然と言えば当然だ。浮遊できるとはいえ、それには多少なりとも体力を使う。それをぐんぐん急上昇しながら攻撃まで絡めて繰り返していたのだから、疲れない方がおかしい。

 

「……ルーシア、まだ行ける?」

 

「シビルドン、まだ大丈夫か?」

 

 ツバキもゲントも自身のポケモンが疲弊しているのを見て気遣うが、どうもこの2体、激しい空中戦を演じている内にライバル心が芽生えたのか、どちらも相手に背中を見せるつもりは無いと言わんばかりに首を横に振りまくる。

 

「あはは……わ、わかったよルーシア。もう少し頑張ろうね!」

 

「根性あんのは良いけど、あんま無理すんなよ、シビルドン」

 

 2人はポケモン達の意を汲み、再度フィールドへと送り出した。

 

「おっと! どうやらどちらも引く気は無いようです! 双方ダメージはほぼ同じくらいでしょうか? まだまだ勝敗の行方はわかりません!」

 

 ブルースの言葉通り、受けたダメージと疲労が相まって、2体の様子は目に見えてバトル前とは違う。

 それでも互いに相手を睨み、闘志の炎を燃やし続けている。

 

「……“あやしいかぜ”!」

 

 ルーシアの周囲で風が怪しく流れを変え始める。

 ……だが、ゲントはその攻撃準備の隙を狙っていた。

 

「っ! ここだ! “アクロバット”!」

 

 軽く飛び跳ねたシビルドンが身体を丸め、一気に伸ばしたかと思うと驚異的なスピードでルーシアに肉薄し、尻尾を振って地面へ叩き落としてしまった。

 

「っ!? 速い……!! ルーシア!」

 

 “アクロバット”。

 持ち物を持っていない場合、通常より動きが軽やかになって威力の上がる、ひこうタイプの技だ。

 白いハーブを消費した後、この技を使う機を窺っていたが、常に動き回る空中戦ではなかなか隙が見つからなかったのだ。

 高度を下げて仕切り直しとなり、両者の距離が十分離れているが故にツバキの警戒が緩んだ今こそ絶好のチャンスだったわけだ。

 

「畳み掛けるぞ! “アクアテール”!」

 

 シビルドンは地面に落下したルーシアへ突っ込み、周囲を水流がコーティングした尻尾を振り下ろす。

 すんでのところでルーシアは転がって回避したが、高速回転する水流の当たった地面は、掘削用ドリルを押し当てられたかのように削られてしまう。

 “アクアテール”は連続で振り下ろされ、ルーシアもそれに合わせて必死の形相で回避運動を繰り返している。

 浮かび上がる事さえできれば良いのだが、間断無い連続攻撃にその隙が見つけられない上、相手と視線を合わせている余裕も無いので“あやしいひかり”も使えない。

 そうこうしている内に“アクアテール”がルーシアの身体を掠り始めてしまい、回避が追いつかなくなるのも時間の問題となってきた。

 

「あぁーーっと! ムウマージ避けるので精一杯で抵抗できず! このままあえなく敗れてしまうのかーーっ!?」

 

「(終わりだぜ、ツバキ!)」

 

 ルーシアを倒して2対1となれば圧倒的に有利。

 ツバキの残る1体に2体がかりなら勝算は十分だ。

 

「くっ……本当はもうちょっとダメージに差をつけてから使いたかったけど……このまま倒されたら意味が無い! ルーシア! “いたみわけ”!」

 

「何ぃっ!? い、“いたみわけ”だとぉっ!?」

 

 勝利のビジョンが見えていたゲントだったが、唐突に現実へ引き戻されてしまった。

 ルーシアから伸びた紫色のオーラの管がシビルドンと結び付き、咄嗟の事にシビルドンの動きが止まる。

 そして、一瞬にして両者の体力を均等に分かち、戦況を変えてしまった。

 

「こ、ここで“いたみわけ”ぇぇーーーーっっ!! これぞまさに逆転の一手! シビルドン苦しんでいますっ!!」

 

 強烈な脱力感に襲われたシビルドンは思わず両手を地面について身動きが取れなくなってしまい、その隙にルーシアは回復した体力で一気に抜け出した。

 

「しまったっ!!」

 

「“マジカルフレイム”っ!!」

 

 動けないシビルドンの背後に回ったルーシアが呪文を詠唱し、炎の塊を作り出す。

 膨張した炎は二又に分かれながら空中へ舞い上がり、獲物目掛けて急降下。

 蛇が巻き付くような炎の動きによってシビルドンの身体は激しく燃え上がり、大きな叫び声は徐々に小さくなっていく。

 

「シ……シビルドンっ!!」

 

 10秒ほど燃え続けた末に鎮火したシビルドンはゆらゆらと揺れた後、空中のルーシアを振り返って虚ろな目で見据え、そのまま小さな呻きと共に横倒しになって目を回した。

 

「シビルドン戦闘不能! ムウマージの勝ち!」

 

「決まったぁぁーーーーっっ!! 接近戦、空中戦、そしてまた接近戦と戦いの舞台を切り替えながらの激戦! 制したのはツバキ選手のムウマージ! ゲント選手、最後の1体まで追い込まれたぁぁーーーーっっ!!」

 

 激しい戦いを終えたシビルドンがボールへと戻っていき、ゲントはそのボールを指先でとんとんと軽く叩いた。

 

「ご苦労さん。あとは任せな、シビルドン」

 

 そして、取り出された3つ目の……最後のボール。

 それはゲントの右手の中で、パリパリと微弱な電気を帯びているようにも見える。

 

「っ! ……そうか、お前も覚えてるんだな、ツバキを。……そうだ。やっぱここを決めるのは……お前しかいねぇっ!!」

 

 どうやら本当に帯電していたようで、一瞬驚いたような表情を見せたゲントは、ボールの中にいる相棒の意を察し、不敵な笑みを浮かべてボールを大きく振りかぶった。

 

「ぶちかますぜ、ライボルトっ!!」

 

 空高く投擲されたボールから飛び出した光が、稲妻のようにジグザグの軌道を描きながら地面へと落下する。

 

「……! あのポケモンは……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 避雷針のように逆立った黄色い鬣と、しっかり地面へ踏み込んだ四肢がバチバチと音を立てて放電する。

 開いた瞼の奥から覗く赤い瞳がツバキを捉え、闘争心を高めるかのように全身を電撃が駆け巡る。

 

「ゲント選手最後のポケモンは……ライボルトだぁぁーーーーっっ!! なんかもう物凄くバチバチ言っています! 観客席の皆様にも見えているでしょうか? あの青白い電光が!」

 

 ツバキの初めてのポケモンバトル。

 初めてのトレーナー戦。

 初めての敗北。

 そして……初めての勝利。

 目の前に立つのは、それら全てをツバキに教えたポケモン。

 旅に出たツバキの、その後の全てを決めたポケモンと言っても過言ではない。

 

「ライ……ボルト……!」

 

 ほうでんポケモン『ライボルト』。

 始まりの雷撃が、今この大舞台で再びツバキに牙を剥く……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

えー、というわけでゲント戦は3話構成となってしまいました。
こんな事なら無理矢理にでも前回にシビルドン戦入れとけば良かったかも…?


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第93話:迅雷一閃!雷撃の向こう側へ!

今欲しい物:時間。
というわけでゲント戦ラストの第93話です!


 ツバキとゲントのバトルは中盤へ突入し、共に特性が《ふゆう》のルーシアとシビルドンは激しい空中戦を展開して会場の目を釘付けにする。

 シビルドンの長い身体を駆使した戦術に苦戦を強いられるツバキであったが、起死回生の“いたみわけ”で戦況をひっくり返し、トドメの“マジカルフレイム”によって決着をつける。

 そして閃光と共に現れたゲントの3体目は、ツバキにとっても思い出深い、あのライボルトだった……。

 

 

 

「さぁ、素晴らしい空中戦を見せてくれた両選手ですが、残りポケモン数ではツバキ選手が1歩リード! ゲント選手は追いつめられましたが、その表情に焦りらしいものは窺えません! ライボルトへの絶対的な信頼の成せる技かっっ!!」

 

 ブルースの言葉通り、ゲントの顔にはむしろ余裕の色すら見える。

 

「へへっ、ライボルトまで引きずり出されるとはな。だが、こいつもお前と戦いたかったようだぜ、ツバキ!」

 

 ゲントの言葉に同意するかのように咆哮するライボルトの姿を見たツバキの頬を1筋の冷や汗が流れる。

 あれからそれなりに経験を積んだツバキだからこそ、このライボルトもゲント同様、以前のバトルから劇的な変化を遂げている事がわかるからだ。

 恐らくその強さは先のデンチュラ、シビルドンをも遥かに上回っているだろう。

 

「(それでもわたし達は……勝って先に進む!)……ルーシア、一旦下がる?」

 

 決意を固めたツバキの問いかけに、ルーシアは首を横に振って交代を拒否。

 ルーシアは理解しているのだ。シビルドンとの戦闘で消耗している自分が下がって、後に備えたとしても、大した意味が無いのだと。

 それならば、体力の続く限り戦闘を続行してライボルトの手の内を引き出しながら疲弊させ、3体目に全てを託すべきなのだ。

 そして、そんな「捨て駒になりなさい」という非情な指示はツバキには出せないだろう、とも理解できているが故、ルーシア自らが率先してその道を進むわけである。

 

「ツバキ選手、ムウマージ続投っ!! シビルドンに続いてこのままライボルト撃破までを狙うかぁぁーーっっ!?」

 

「それでは、バトル…………再開っ!!」

 

 審判の合図とほぼ同時に、2人の目付きが変わり、意識をバトルへ集中する。

 

「“マジカルフレイム”!」

 

 呪文と共に湧き上がった禍々しいオーラが赤黒い炎を形成し、ライボルトへ向けてフルパワーで発射される。

 

「目には目を、炎には炎をってなぁ! “かえんほうしゃ”!」

 

 対するライボルトも、口の端から火の粉を踊らせたかと思うと、高温の炎を勢いよく放射して“マジカルフレイム”へぶつけた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「熱うぅぅぅぅいっっ!! 炎と炎の激突っ! 両者の炎が空中でぶつかり、互いを飲み込もうと巨大化しつつあります!」

 

 2つの炎が混ざり合い、フィールドを赤々と染めていく。

 やがてその炎は、太陽かと見紛うほどの高温の球体へと変化し、あまりの熱に周辺の景色が蜃気楼のように揺らめき、視界が利かなくなってきた。

 

「頃合いだな……“でんこうせっか”! 足元へ潜り込め!」

 

 口から炎を吐きながらもライボルトの四肢が帯電を始め、そこから一瞬にして加速する。

 使用者の消えた“かえんほうしゃ”を“マジカルフレイム”が撃ち抜き、ライボルトのいた場所を焼き払うが、すでにそこに敵の姿は無い。

 

「……!?」

 

 ……真下。

 空中から炎を放っていたルーシアのちょうど真下に、それはいた。

 “でんこうせっか”で一気に加速したライボルトは、形成された炎の塊の下を熱さを感じる間すら無い速度で駆け抜け、ルーシアの死角に潜り込んだのだ。

 

「“かみなり”だっ!!」

 

 ルーシアが気付くよりも早く、身体に溜まった電気が上空へ放出され、それに驚いたルーシアの動きが止まる。

 そして、ライボルトが尖った尻尾を避雷針のように高く掲げると、拡散した電気は空中で集束し、1本の稲妻となってライボルトの尻尾へ……つまり、間にいるルーシアへ直撃した。

 

「なんとぉぉぉーーーーっっ!? ゲント選手のライボルト、“でんこうせっか”の加速を利用してムウマージの真下へ回り込み、命中に難のある“かみなり”を《ひらいしん》で誘導したぁぁーーーーっっ!!」

 

「ルーシアっ!!」

 

 “かみなり”はでんきタイプ技の中でも最高峰の威力を誇る技だ。

 しかも、ポケモンの技は技を使用するポケモンとタイプが合致すればダメージが上がるという特徴がある。

 結果、シビルドンからの連戦で疲弊したルーシアを戦闘不能にするには十分すぎる電圧の“かみなり”が降り注ぐ事となった。

 身体の表面を電気が走り、しばらく浮いていたルーシアの身体は、くるくる回りながら落下してしまった。

 

「ムウマージ、戦闘不能! ライボルトの勝ち!」

 

 これを以て、とうとう最後の1体同士のバトルとなる事が決まり、観客からも様々な色の声が上がる。

 

「まさに電撃的! ライボルト、雷のごとき驚異の速さでムウマージを撃破! ツバキ選手もラスト1体へと追いつめられました!!」

 

「お疲れ様、ルーシア。よく頑張ったね。ゆっくり休んでて」

 

 両手で持ったボールを撫で擦り、優しく語りかけたツバキは、3体目の入ったボールを取り出した。

 

「……ミスティとルーシアの繋いだバトン、絶対に無駄にしないよ……! お願いっ! ファンファンっ!」

 

 ツバキの投げたボールから、大きなタイヤ……いや、丸まった状態のファンファンが空高く飛び出して着地した。

 その状態でフィールドの真ん中辺りを旋回してツバキの前へと戻ってきたファンファンが防御形態を解き、4本の太い脚で地面を踏み鳴らす。

 

「ツバキ選手最後の1体はドンファン! さぁ、タイプ相性ならライボルトに有利ですが……はたして!!」

 

 ファンファンの姿を見たゲントは、ブルースの暑苦しい声とは対極の静かな声で語る。

 

「ドンファンか……考えてみりゃ、クチバジムじゃあいつを見る事無く俺達は負けたんだったな、ライボルト。9番道路じゃ戦ったのはレアコイルだったし……。お前にとっちゃ、ようやくその雪辱を果たせる機会ってわけだ。……やろうぜ、相棒っ! あいつを倒して俺達はツバキを超えるんだ!!」

 

 だんだんと語気の強くなったゲントの喝に対して、ライボルトもファンファンへ闘気をぶつけるかのように全身から放電する。

 

「(ファンファンはじめんタイプだから、“かみなり”は効かない……。でも、あのライボルトのスピードは早めになんとかしなきゃ……!)」

 

 ツバキが思考する間も状況は動いていき、審判が旗を持った両手を高く振り上げる。

 

「それでは、バトル…………再開っ!!」

 

「(まずはこれで……!)ファンファン、“じしん”っ!」

 

 ファンファンが雄叫びと共に重々しく前脚を上げようとするが、どうにも動きが鈍い。

 

「ファンファン……? ……あっ……!?」

 

 疑問を感じたツバキがファンファンを観察すると、すぐにその理由が明らかになった。

 

 

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 ファンファンの脚回りや足裏に、粘り気のある糸が付着し、動きを阻害していたのである。

 

「っ! 最初の“ねばねばネット”……!」

 

 それは、先鋒戦で相手のデンチュラが最初に使用した技、“ねばねばネット”。

 使われたミスティ自身には影響が無く、宙に浮いていたルーシアもその罠にかからなかったが、ネットはツバキ側のフィールドに設置され、地に足つける獲物が現れるのを待っていたのである。

 

「おぉっと! ドンファンが“ねばねばネット”に引っかかってしまった! これはバトルへの影響が大きいぞっ!!」

 

 ただでさえファンファンとライボルトではスピードに差があるのに、この状態ではとてもその動きを追うなど不可能だ。

 攻撃を当てようとするなら、かなり高度な予測が必要となるだろう。

 だが、フィールド全域に震動を引き起こす“じしん”ならば、速さなど関係無い。

 ファンファンは言う事を聞かない脚を懸命に持ち上げ、どうにか地面へと叩き付けて地響きを起こす。

 地響きが徐々に大きくなりつつある中、ゲントは焦るどころか笑みすら浮かべて次なる指示を飛ばした。

 

「へっ! 対策は万全だぜ! “でんじふゆう”だっ!」

 

 ライボルトの身体の表面を流れていた電気が四肢へと集まり、それはさらに周辺の地面へ拡散していく。

 次の瞬間、ライボルトの身体が宙へと浮かび上がった。

 

「……!!」

 

 震動で打ち上げられたわけではない。

 4本の脚と、その周囲に作り出した磁場によって、地面と反発するように浮いているのだ。

 

「ライボルト浮いたぁぁーーーーっっ!! これではじめん技は効きませんっ!!」

 

「くっ……!」

 

 しかし、これで4つの技全てが判明した。

 “かえんほうしゃ”、“でんこうせっか”、“かみなり”、そして“でんじふゆう”。

 この内、“かみなり”はファンファンには効果が無いため、攻撃技は“かえんほうしゃ”と“でんこうせっか”に限定される。

 が、頼みの広範囲攻撃である“じしん”を無効化された以上、その2つだけでも相当な脅威だ。

 なにしろ、あちらは驚異的なスピードでこちらを一方的に攻撃できるのだから。

 

「(……あのスピードをどうやって捉えれば良い……?)」

 

 さすがにひこうタイプやシビルドンのように自在に空を飛んでいるわけではなく、ある程度は地面と近い必要はあるが、それでも機動力は飛躍的に向上している。

 宙に浮いてスピードもあるライボルトに対し、こちらは元々鈍重な上に“ねばねばネット”でさらに動きが鈍くなっている。

 ……正直かなり厳しいと言わざるをえないだろう。

 

「今度はこっちから攻めさせてもらうぜ! “かえんほうしゃ”!」

 

「うっ……! “ころがる”!」

 

 空中のライボルトから噴射された炎が迫る。

 ファンファンは小さく飛び跳ねて身体を丸めると、車のタイヤのように転がり出し、頑強な表皮と回転によって防御を試みた。

 いわタイプの技なだけあり、ほのお技である“かえんほうしゃ”への耐性はあるようで、ファンファンに当たった炎が左右に分散していく。

 

「上方からの火炎攻撃っ! ドンファン、得意のタイヤ形態でなんとか防御に出ます!!」

 

 しかし、やはり熱いものは熱い。次第に表面が赤く染まっていき、ファンファンの呻きも聞こえるようになってきた。

 

「……! 方向転換!」

 

 しつこく追い縋る炎を撒くようにジグザグに転がり回り、フィールドの端でUターン。

 ライボルトも息切れしてきたようで、炎の噴射が一旦中止された。

 どうにか凌いだファンファンが、土煙を上げながら戻ってきて防御態勢を解除した。

 

「ふぅ……危なかった……。…………あれは…………」

 

 額の汗を拭ったツバキの視界に映ったのは、ファンファンが転がりまくった事でもうもうと巻き上げられた土煙、砂埃。

 

「(……ちょっと待って? あれとこれで……これをこうしたら…………行けるかも……!)」

 

「考え込んでる時間は無いぜ! “でんこうせっか”!」

 

 ライボルトの四肢を覆う電気が激しくスパークして筋肉を刺激し、驚異の加速力で空中を駆けるように突っ込んできた。

 複雑な軌道で徐々に高度を下げるライボルトに、ファンファンは目が追いつかず、対応しようと身体の向きを変えようにも、足の裏のねばねばが邪魔をする。

 当然、相手の動きは捉えられず、真横から当て逃げされてしまった。

 そこそこ体重があって防御力も高いファンファンに効果は薄いが、それでもこのままではジリ貧だ。

 

「……それなら賭けに出るしかないっ! ファンファン、“ころがる”っ!」

 

 ファンファンが再度防御態勢を取り、猛スピードで地面を転がり始める。

 

「おぉーーっと!? ツバキ選手のドンファン、凄まじい勢いで転がり出しました! まるで暴走トラックだぁぁーーーーっっ!!」

 

「いくら地べた走り回ったって空中のライボルトには…………っ!!」

 

 余裕の表情を崩さなかったゲントだったが、円を描くようにフィールドを転がるファンファンによって、見る見る内に砂埃が巻き上げられるのを見て、その表情がわずかに動いた。

 

「(煙幕か! こっちの視界を塞いで、動きを封じようってわけだな……! だが、甘いぜツバキ!)……乗せられるなライボルト! 確かに煙は広く舞ってるが、ぶ厚いわけじゃない! ドンファンの図体なら必ず影が映るぞ!」

 

「っ……!」

 

 ゲントはあくまで冷静な対処をライボルトに促し、ツバキの眉がぴくりと動く。

 ライボルトはその指示に従い、空中から煙の中を慎重に見回し、そして、砂のベールの向こうにファンファンのシルエットを発見すると遠吠えを上げた。

 

「! 見つけた! 向こうはこっちのスピードには反応できねぇ! “でんこうせっか”で一気に近付いて至近距離から“かえんほうしゃ”をぶち込んでやれっ!!」

 

 ライボルトのスパークが激しさを増したかと思うと、まるで自分自身が雷であるかのように超高速でファンファンへ肉薄。

 

「速いっ! さすがライボルト、圧倒的スピードっ!! 疾風迅雷! 電光石火! ドンファンはこれに対抗できるのかぁぁーーーーっっ!?」

 

 一瞬でファンファンとの距離を詰めたライボルトは、ほぼ零距離から減衰の無い火炎を…………吐かない。

 

「ライボルトっ……!?」

 

 なぜかライボルトは炎を吐かず、眼下のファンファンを見て目を白黒させている。

 そして、目を凝らしたゲントにもその理由がわかった。

 

「な……なんだありゃぁっ!?」

 

 砂埃の中に映るファンファンの影が、ライボルトが近付いた途端、石の落ちた水面のようにゆらゆらと揺れ、ゆっくりと消えていったのである。

 

「今だよファンファンっ!」

 

 そして、それに気を取られていたライボルトの真横からファンファンが飛び出し、全身でのしかかり、地面へ強引に引きずり下ろしたのだ。

 

「なっ!? ラ、ライボルトっ!!」

 

「こ、これは何が起きたのでしょうっ!? ドンファンを追いつめたはずのライボルト、逆にドンファンにのしかかられてしまいましたっ!!」

 

「“じゃれつく”!」

 

 ファンファン……つまりドンファンは鈍重な分、その体重はライボルトの3倍近い。

 そんな重量でのしかかられた上、振り回した鼻で打たれ、脚でダンダンと踏みつけられてはたまったものではない。

 元々ライボルトは打たれ強いポケモンではなく、パワーも体格も圧倒的に優れているファンファンに連続で攻撃を食らい、見る見るダメージが蓄積していく。

 

「脱出しろ! “かえんほうしゃ”!」

 

 苦しんでいたライボルトが目を見開き、今度こそ至近距離から炎を浴びせかける。

 ファンファンはたまらず後退し、ライボルトはどうにか脱出に成功した。

 しかし、いくら“かえんほうしゃ”を食らったとはいえ、ファンファンの弱り方は尋常ではない。まるで、攻撃以外で体力を使ったかのような……。

 

「……っ! さっきのは“みがわり”か!!」

 

「そうです! 技マシン、ありがたく使わせてもらいました! そして……!」

 

 砂埃の中から出てきたファンファンは、黄色とオレンジの混ざったような木の実の欠片を口から放り出して見せた。

 

「体力が減った時に攻撃力を上げるチイラの実……!?(……そうか……! “みがわり”は自分の体力を削り取って抽出したエネルギーで自分そっくりの分身を作る技……! くそっ、やってくれるぜ……!)」

 

「ツバキ選手、“みがわり”と目眩ましを使い、反撃に成功! さぁ、これでまだまだバトルの結末は読めなくなりましたぁぁーーーーっっ!!」

 

 確かに、一方的に翻弄されていたところからの反撃はできた。

 だが、“みがわり”も相まってファンファンの体力もかなり削られており、チイラの実で強化した攻撃力で短期決戦を挑まねば勝ち目は無いだろう。

 そのための仕込みもさっきの接触時に済んでいる。

 

「……ちょっとばっか油断したがなツバキ。……能力が上がったのはそっちだけじゃないんだぜ!」

 

「えっ……?」

 

 ゲントに言われて見てみれば、ライボルトもファンファンのように口から果汁を垂らしながら咀嚼をしている。

 

「攻撃力を上げるチイラの実と同じように特殊攻撃力を上げるヤタピの実だぜ! そして、けっこうなダメージはもらったが、機動力の差が埋まったわけじゃねぇ! 仕切り直しだ! “かえんほうしゃ”!」

 

「くっ……!? “ころがる”でよけて!」

 

 またも空中から地上へ炎を吐き、ファンファンを襲うライボルト。その炎の勢いはそれまでの倍はあるだろうか。飛び散る火の粉の大きさも量もまるで別物だ。

 ファンファンは先ほどと同じようにフィールドを転がって炎から逃れるが、さっきとは決定的に違う事がある。

 ライボルトの首の旋回が遅いのだ。それによって、炎がファンファンに追いつきそうになっても、方向転換されるとすぐさま引き離されてしまう。

 

「!? ど、どうしたんだライボル…………なぁっ!?」

 

 目を細めて空中のライボルトを観察したゲントは、その異常の原因を悟る。

 ライボルトの顎から胴にかけ、白くねばついた糸が絡み付いていたのである。

 

「“ねばねばネット”……!? ……あぁっ! ま、まさかさっき踏まれた時に……!?」

 

 そう、“みがわり”に惑わされてのしかかられた際、“じゃれつく”ついでにファンファンの足裏の“ねばねばネット”を擦り付けられ、まったくありがたくないお裾分けをされてしまったのだ。

 

「なんという事かぁぁーーーーっっ!? ゲント選手が最初に仕掛けた“ねばねばネット”! ドンファンに効果覿面と思いきや、巡り巡って自分に返ってきてしまったぁぁーーーーっっ!!」

 

「おいおいおいおい……! こんな返しありかよ……!? くそっ……! ライボルト! 旋回する時は身体ごと動かせっ!」

 

 こうなったらもう、首は動かないものと諦め、身体自体の向きを変えて追う方が良い。

 幸いにして“ねばねばネット”は磁場による浮遊能力そのものにはなんら影響を及ぼさないので、首や関節を動かしにくい事を除けば機動力に変化は無い。

 つくづく“でんじふゆう”様々である。

 

「“ころがる”を続けて! 止まったらすぐに炎を浴びちゃう!」

 

 右へ炎が迫れば左へ避け、左へ迫れば右へ避ける。

 ドンファンはこの防御形態における地上での機動性が最大の武器であり、同じようないわゆる重戦車タイプのポケモン達の中での差別化点となっている。

 ライボルトの炎はなかなかファンファンを捉えられないが、さすがにファンファン側も転がり通しで疲労の色が見える。

 砂埃が上がり始め、ライボルトの息切れも近そうなので良い頃合いだ。

 

「ファンファン! 煙の中に入って!」

 

 大きくカーブしたファンファンは、その勢いのまま砂埃の中へ突入し、炎の追跡が途絶えた事を確認すると、通常形態へ戻って息を整える。

 空中のライボルトも炎を吐きすぎて呼吸が荒くなっている。

 

「ドンファンもライボルトも息絶え絶え! 両者の疲労は限界に近いようです! 会場の誰もが、この激戦の決着……その時が近い事を肌で感じているのではないでしょうか!?」

 

 まさにブルースの言葉通り、ファンファン、ライボルト共に疲労困憊であり、どちらも相応にダメージを受けている。

 特にファンファンは攻撃に加えて“みがわり”を使ったのでかなりキツい。

 さらに、双方攻撃に関する能力を向上させる木の実を使用しており、疲弊した今の状態ではほんの一撃が冗談抜きに致命傷となりうる。

 お互いの疲労故に暗黙のインターバルとなっている今が、恐らく最後の戦術構築期間となる。

 

「(だいぶ動きは鈍らせたけど、相手が空を飛んでるのは変わらない……。たぶんもう誘い出しは引っかからないし、そもそも体力的に“みがわり”が使えない……どうやって攻撃を当てよう……?)」

 

 ツバキはフィールドを見回すが、空中のライボルトに届く攻撃を出せそうな物は……。

 

「…………!(……これしかないっ!)」

 

 ツバキは必死に記憶の糸を手繰り寄せ、この状況を打開する起死回生の戦術を組み上げていく。

 いつも通りに賭けにはなるが、そもそもそういう事を考える時は大抵賭けに出ざるをえない状況なのである。

 

「よぉし……! “ころがる”だよファンファンっ!」

 

 呼吸を整え、身体を休めたファンファンが小ジャンプの後身体を丸め、高速回転しながら砂埃の外へと飛び出した。

 

「ツバキ選手動くっ! 相変わらず凄い回転です!」

 

「今度はどう来る気だ……!? 気を付けろよライボルト! まずは観察だ!」

 

 少なくともいきなり大ジャンプして襲ってきたりはしないはずなので、ライボルトの動きが自由とは言い難い現状では迂闊に動かない方が賢明だ。

 それでなくともツバキは何をしてくるかわからないトレーナーなのだから、その一挙手一投足にはしっかり気を配っておくべきであろう。

 そうしている間にも地上のファンファンはぐんぐん速度を上げていく。

 と、そこでゲントは、ファンファンの動きに法則性がある事に気が付いた。

 

「(あいつ……ある程度走り回ったら最終的には特定の1ヶ所に……? ……っ! あれは……! ……そうか、そういう事かよ)」

 

 ゲントの注視するその場所にあるのは……盛り土。

 シビルドンの“アクアテール”や、ファンファンの“ころがる”で舞い上がったフィールドの土や砂を1ヶ所に集めているのだ。

 

「(土のジャンプ台ってわけかよ……! だが、詰めが甘いぜ! そのジャンプ台が向いている方向は、ライボルトとは真逆だ!)」

 

 そう、あれを使ってジャンプして空中のライボルトへ攻撃するにしても、向きが合っていなければ無意味なのだ。

 

「(……よし! そろそろ……!)ファンファン!」

 

 ツバキの合図で、ファンファンは軌道を変えてジャンプ台へと向かう。

 

「(こっちは浮かんでるんだ! あいつが何を企んでるにしたって、ジャンプしてから反応したって間に合う!)」

 

 むしろ空中で無防備になった瞬間こそ攻撃のチャンス。飛ぶなら飛んでみろといったところだ。

 そして、転がり続けるファンファンがジャンプ台を駆け上がり、その勢いを利用して一気に空高く跳ね上がった。

 

「今だ! “かえん……!」

 

「“じしん”だよっ!!」

 

「ほうs”……何ぃっ!?」

 

 予想外の無効技の指示に、思わず“かえんほうしゃ”の指示を途中でやめてしまうゲント。

 これ幸いとライボルトよりも高く跳んだファンファンは、高々度からの自由落下で過去最大級の震動を引き起こす。

 

「うわあぁぁぁぁーーーーっっ!? こ、これは凄い揺れです! 天災と見紛うほどの恐ろしいほどの震動っ!! し、しかし、“でんじふゆう”中のライボルトには効果がありませんっ!!」

 

 ブルースの実況通りにその威力は凄まじく、落下地点を中心にフィールドが滅茶苦茶に隆起し、まるでゴツゴツとした岩場のようになってしまい、しかもそれらは治まらぬ震動で上下を繰り返している。

 だが、どれだけ威力があろうとも、所詮は地上での出来事であり、空に浮かぶライボルトにとっては対岸の火事のようなもの。

 ……と、思っていたのだが。

 

「……!? こ、これはどうした事っ!? ライボルトの動きが怪しいぞおぉぉっっ!?」

 

「なんだとっ!?」

 

 ゲントが見上げれば、ライボルトはわたわた慌てふためき、四肢を懸命に動かしているが、浮沈しつつもその高度は徐々に下がってきている。

 

「っ!! こ……これは…………しまった……!? あの時と同じだっ……!!」

 

 ゲントの思考にフラッシュバックしたのは、9番道路で行ったレアコイルを使用してのツバキとのバトル。

 まだゴマゾウだったファンファン相手に終始優勢に立っていたが、ドンファンに進化して放たれた“マグニチュード”で足元を崩された瞬間、レアコイルが今のライボルトのようになってしまったのだ。

 ……電気で浮遊しているポケモンは、常に地面との距離を一定に保つため、高度な演算を行いながら微細な磁場の操作を行っている。

 つまり、現在のこの地面があちこち隆起し、しかも動き続けている状態は……。

 

「……磁場を……乱された……!!」

 

 ……というわけである。

 今のライボルトは、脳内での計算が掻き乱されて高度の維持がまったく上手く行かず、軽いパニック状態となってしまっているのだ。

 

「やっぱり! レアコイルとおんなじ! ファンファン、決めるよ! “ころがる”から“じしん”!」

 

 ファンファンは何度目かの形態変化を行い、ゴツゴツとしたフィールドをものともせずに転がっていき、一際大きく隆起した地面へ乗ると、壊れてしまった先ほどのジャンプ台代わりに転がり、そして跳び……高度の下がったライボルトの真上で通常形態へ戻った。

 

「ライボルトっ! ライボルトしっかりしろ! 上だ! 上に“かえんほうしゃ”だっ!!」

 

 喉の潰れそうな大声で叫ぶゲント。

 その声が辛うじて耳に届いたのか、ライボルトは虚ろな目はそのままに、トレーナーから指示されたポケモンとしての反射で身体を上へと向け、即座に出せるだけの出力を出して炎を噴射した。

 当然だが、ファンファンに飛行能力は無いので回避動作などできるはずがない。

 

「!? そんな……!」

 

 ライボルトが完全にパニックに陥っていた事に油断していた。まさかパニックになりながらも指示通りの行動が取れるとは。

 この反撃はツバキにとっては想定外なのだ。

 だが、ファンファンは身体の前半分のみを軽く丸め、黒く頑強な外皮部分で炎を受け止めて見せた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ファンファンっ!!」

 

 先に述べた通り、熱いものは熱いし、今度は身体が回転しているわけでもないので受け止めた炎はほとんど逃げていかない。

 それでもファンファンは、迫る炎を裂きながら落下し、そしてライボルトに激突してそのまま地表へご同行願う。

 その様はさながら大気圏外から地上目掛けて落下する隕石もかくや。

 そして、団子状態の両者が地面へとなんのクッションも無しに突っ込み、さっき以上の衝撃と震動が発生し、フィールドが盛大に陥没した。

 

「うおぉぉぉぉーーーーっっっっ!!! なんっっっという衝撃っ!? 120kgの質量があの高さから落下したのだから無理もありませんっっ!! フィールドをの修繕チームが待機していて良かったっっ!!」

 

 激しいバトルが頻発するポケモンリーグでは、最新の科学技術とポケモンの力を併用した協会お抱えのチームが常に待機し、バトル終了と共にフィールドの修復と整地を行う。

 そして、これほどまでにフィールドが破壊されるのは、今大会では初の事。

 恐らくフィールドの惨状を見ただけなら、決勝戦でも行われたのかと思う人もいるであろう……というぐらいのクレーターができあがっているのである。

 

「ファンファン……」

 

「ライボルト……!」

 

 ツバキ、ゲントはもちろん、ブルースも息を飲んで見守り、荒れに荒れた地面を進む審判の言葉を待つ。

 そんな彼ら、そして会場に響き渡ったのは、ずしん、ずしんとクレーターの中から上がってくるような足音。

 そして……黒い外皮を泥だらけにしたファンファンが姿を現し、鼻を高々掲げて大声で鳴いた。己の勝利をその場の全てに知らせるかのように。

 審判がクレーターの底を覗き込むと、痙攣しながらも起き上がる気配の無いライボルトが横たわっていた。

 

「……ラ………………ライボルト戦闘不能っっ!! ドンファンの勝ち!! よって、勝者! グレンタウンのツバキ選手っっ!!」

 

 一瞬の静寂。

 そして、そこからの会場を震わせる大歓声。

 

「決まった……決まりましたっっ!! 激戦の末に2回戦……準決勝へと駒を進めたのはツバキ選手ですっっ!!」

 

 ブルースの実況、観客の歓声。それらが響くフィールドの中をゲントが進み、クレーターを滑り降りていく。

 

「よっ……と。…………ライボルト」

 

 片膝をついて鬣を撫でるゲントの声に反応し、うっすらと目を開けるライボルト。

 

「……ははっ……負けちまったな。だがな、お前はお前にできる事を全力でやってくれたんだ。……誇れよ、ライボルト。お前は誰にも恥じないバトルをして見せたんだ。デンチュラもシビルドンもきっと褒めてくれるさ」

 

 にかっと歯を見せて笑ったゲントは、ライボルトをボールに戻すとクレーターをよじ登る。

 ……と、クレーターの縁に掴まったところで、上から手を差し伸べられた。

 

「……ゲントさん」

 

 ツバキだった。

 太陽を背にして四つん這いになり、微笑みながら手を伸ばしてくるツバキの姿にドキッとしてしまったゲントは、慌てて首を振ると、照れ隠しの笑みを浮かべてその手を取る。

 

「わりぃな、ツバキ」

 

「ん……しょっ!」

 

 小さな身体で精一杯ゲントを引っ張り上げたツバキは、ニコッと笑みを返してきた。

 

「……ありがとうございました、ゲントさん。すごくドキドキするバトルでした」

 

「こっちこそな。お前のおかげで俺もこんなバトルができるようになったんだ。お前には本当に感謝しかねぇよ。……けどな」

 

 そして、ポンっとツバキの頭に手を置くと、不敵に笑う。

 

「次は負けねぇ!」

 

 それに対して、ツバキも同じような表情を浮かべた。

 

「次も負けません!」

 

 修繕チームが忙しく行き交うその横で、2人はどちらからともなく声を上げて笑い合った。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

いやほんと…1話更新するのにどんだけかかってんのよ…。
ほぼ毎日残業なもんで、まともに時間取れるのが休日くらいなのが原因なんですが、なんか良い方法無いものか…。


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第94話:戦鬼と指揮者

お待たせしました!
第94話は第3試合となります!


 ツバキとゲントとで行われたセキエイリーグ決勝トーナメント1回戦第2試合は熾烈を極めた。

 ミスティを失いながらもデンチュラ、シビルドンと撃破したツバキの前に現れたライボルトは、驚異的な加速力でルーシアを破ってファンファンと対峙する。

 “でんじふゆう”で空中へ浮かび上がってじめん技を無効にするライボルトに、有効打を持たないファンファンは大いに苦しめられる。

 だが、フィールドを粉砕して磁場のコントロールを乱す作戦で相手の高度を下げる事に成功。

 決死の突撃によって地面へ叩き落とし、全体重をかけた“じしん”を打ち込む事で勝利をもぎ取る。

 互いに全力を振るってのバトルを終えた2人の間に、初対面の頃の確執など微塵も存在しなかった。

 

 

 

「いやぁ~、凄いバトルだったね~」

 

 間延びした喋り方ながらも感嘆の色の籠るボックの言葉に、イソラが頷いた。

 

「うむ……ツバキに馴れ馴れしいのが気に入らんが、実力はそこそこと認めざるを得ん。ポケモンの育て方も悪くない。甚だ遺憾ではあるが。……さて……」

 

 イソラが選手入場ゲートへ目を向ける。

 

「来るぞ。『鬼』が……」

 

 

 

「ツバキ選手とゲント選手の手に汗握る激闘っ! 会場はいまだその興奮冷めやらぬ雰囲気ですが、フィールドの修繕が完了いたしましたので、第3試合を始めたいと思います!! 選手! 入ぅぅぅ場ぉぉぉう!!」

 

 殊更よく響くブルースの声と共にフィールドへ続くゲートが開き、2人のトレーナーが入場してくる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「さぁ、まずは……キンセツシティのロウィー選手ーーーーっ!! 各地のリーグやイベントで上位に食い込む優れた分析力と判断力はさながらコンピューター! 今大会においてもそれらは健在! ポケモンとの呼吸もバッチリです!! 『電子の指揮者(エレクトロ・コンダクター)』とも呼ばれる知将は、この試合ではどのような知略の冴えを見せてくれるのでしょうかぁぁーーーーっっ!?」

 

 静かな足取りで入場してきた長髪の男性は、揃えた人差し指と中指で眼鏡の位置を調整しながら、向かい側から歩いてくる人物に目を向ける。

 

「対するは……ズイタウンのスカーレット選手ーーーーっ!! もはや知る人ぞ知るの域を越えた強豪! 実はわたくし、『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』の異名に違わぬ圧倒的な強さを生で見るのは初めてで、興奮気味であります!!」

 

 今日だけでどれほどの言葉を大音響で紡いできたのかわからないブルースであるが、声量は落ちるどころかますますヒートアップしていく。まったくもって喉が心配になる男である。

 そして、そんな熱く騒がしいブルースの声とは真逆のテンションでゆっくりと歩く女性は、紅い瞳で対戦者をじっと見つめている。

 ぼんやりとした表情とは裏腹に、その眼差しは獲物を品定めする狩人のそれの如く鋭い。

 

「『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』……ふっ、1度手合わせ願いたいと、常々思っていたのですよ」

 

「…………ん。よろしく」

 

 礼儀正しく会釈するロウィーに対し、スカーレットも彼女なりに最大限の礼儀を以て応えようと、軽く頭を下げる。

 

「両選手、試合前の挨拶を済ませたようです! それでは、早速出していただきましょう! 最初のポケモンをっ!!」

 

 その言葉を待っていたかのように、2人はモンスターボールを手に取り構える。

 

「行きましょうか! カクレオンっ!」

 

「…………コジョンド」

 

 回転しながら宙を舞うボールが開き、中から放たれた白い光が2体のポケモンを形作る。

 ロウィーが出したのは、緑色の体色をした2足歩行の爬虫類といった姿をし、腹部にギザギザとした赤いラインが走っている。

 いろへんげポケモンの『カクレオン』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その向かいに着地し、両腕の長い体毛を演舞のように振るうイタチのようなポケモン。

 ぶじゅつポケモン『コジョンド』である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 右目にはス◯ウターのようなレンズを持つ装置が取り付けられている。相手の急所を見極めて大ダメージを狙いやすくなるピントレンズという道具だ。

 

「この試合の先鋒戦を飾るのは、カクレオンとコジョンドだぁぁーーーーっっ!! タイプ相性ではロウィー選手がやや不利かっっ!!」

 

「(ふっ、コジョンドですか。やはりスピードとパワーを兼ね備えた、あなたの定石通りのポケモンですね。……さて、どこまで僕の分析通りに行きますかね……)」

 

 まずは想定通りの傾向を持つポケモンが現れ、心中でほくそ笑むロウィー。

 だが、分析でどうにかできる相手ならば、ここまでその名を高める事はできなかっただろう。

 奥の深いポケモンバトルというもので勝ち続けられるのは、発想力と対応力を際限無く鍛え、他者の予想を上回った者だけなのだ。

 

「それでは、セキエイリーグ決勝トーナメント、1回戦第3試合。バトル………………スタートっ!!」

 

 審判が掲げた両手の旗を振り下ろすと同時に、まずロウィーが動いた。

 

「“ねこだまし”です!」

 

 姿勢を低くしたカクレオンが、脚で地面を掻いたと思った次の瞬間、コジョンドと一気に距離を詰め、その眼前で両手を勢いよく打ち合わせた。

 コジョンドは驚いて転倒しそうになったが、両足で地面を踏み締めてこらえて見せた。

 

「“はどうだん”」

 

 スカーレットも即座に反撃の一手を打つ。

 踏みとどまったばかりか、カクレオン側へ踏み込んだコジョンドの右手に、瞬時にエネルギー弾が生成される。

 

「ロウィー選手速攻っっ!! しかし、スカーレット選手も負けていません! すぐさま反撃に移りますっ!」

 

 全身の闘気を攻撃用のエネルギーに変換し、一点に圧縮した“はどうだん”。生成から発射、そして弾速も速く、回避はほぼ不可能な強力技である。

 

「(やはり特性は相手の攻撃を受けても怯む事の無い《せいしんりょく》!)しかし、それも想定通りです! “かげうち”!」

 

 コジョンドが“はどうだん”を発射したのと同時に、カクレオンの影がコジョンドの背後へ伸びていき、そこから黒い針のような物が突き出してその背中を襲った。

 カクレオンも“はどうだん”を食らい、最初の攻防は痛み分けに終わった。……と、思われたのだが……。

 

「………………っ!」

 

 スカーレットが目を細め、戦況を正確に捉えようと真紅の瞳がフィールドを見つめる。

 その視線の先で立ち上る爆煙の中から現れたのは、まるでダメージが見られないカクレオンだった。

 よく見れば、赤かった腹部のラインは薄紫色に変色している。

 

「こ、これはどうしたのでしょう!? 効果抜群のはずの“はどうだん”を受けたカクレオン、まったく動じる事無くピンピンしております!!」

 

 ブルースもわけがわからないという様子で実況をする中、スカーレットがわずかに口を動かした。

 

「…………《へんげんじざい》」

 

「ふっ……さすが博識でいらっしゃる。そう、僕のカクレオンは非常に珍しい《へんげんじざい》の特性を持ちます。自身の出す技に応じたタイプへ己を変化させる、トリッキーな特性ですよ」

 

 眼鏡の位置をくいっと直しながら語るロウィーのその言葉通り、《へんげんじざい》は極めて稀少な特性で、確認されている所持ポケモンは4種類。内3種類は同じ進化系統なので、実質的には2種類しか存在していない。

 しかも、その該当するポケモンですら他の特性である場合がほとんどで、この特性自体知らないという人もいる。

 

「ロウィー選手のカクレオン、まさかまさかの《へんげんじざい》っっ!! これはかなり厄介な特性ですっ! この特性により、“かげうち”を使ったカクレオンは現在ゴーストタイプに変化しております!! かくとう技の“はどうだん”は無効にされましたぁぁーーーーっっ!!」

 

 珍しい特性を持つポケモンの登場によって、序盤から会場の盛り上がりが物凄い事になっている。

 一方のスカーレットは何事か考えているのか、カクレオンをじっと観察し、ゆっくりと口を開いた。

 

「………………“はどうだん”。跳ねて」

 

 身軽な身体で大きく飛び跳ねたコジョンドの両手にエネルギー弾が形作られていく。

 だが、先の通りに“はどうだん”は現在のカクレオンには効果が無い技だ。

 

「おっと! スカーレット選手何かの作戦でしょうか!? 通用しない“はどうだん”を再び指示しましたっ!」

 

 と、実況している間にコジョンドが2つのエネルギー弾を地上目掛け投擲する。

 

「カクレオン、下手に動かぬように」

 

 対してロウィーは、落ち着いて相手の出方を見る方向で行くようだ。

 飛来した“はどうだん”は、カクレオンの左右の地面に着弾し、大きく砂埃を巻き上げた。

 

「(やはり目眩まし……。このパターン、次は煙に紛れて強化技を積む確率が8割といったところですか)」

 

 事前に主だったトレーナーの記録を確認していたロウィーは、スカーレットのこれまでのバトルデータから、彼女が強化技を絡めたパワー&スピード戦術を得意とする事を把握している。

 

「“つるぎのまい”」

 

 コジョンドの身体から放出された闘気が青く発光し、2本の剣を形作ると、コジョンドはそれを両手に握り、しなやかに、軽やかにステップを踏みながら舞う。

 振られた剣の軌跡が空気を裂き、青い帯を引くが如く煌めいている。

 “つるぎのまい”は、舞によって精神を統一し、攻撃に覇気を乗せる事で攻撃力を引き上げる技……つまり、ロウィーの読みが的中したわけである。

 

「(予想通り。ここまでは想定した通りに進んでいますが……こちらも次の布石を打っておきましょう)……カクレオン! “ステルスロック”です!」

 

 ロウィーがカクレオンを呼びながら指を鳴らすと、煙の中から鋭く小振りな岩が無数に飛び出し、スカーレット側のフィールドに浮遊する。

 そして、フィールドを覆っていた砂埃が晴れていくと……。

 

「……っ!? い、いませんっ! カクレオンの姿がどこにも見えませんっ!!」

 

 ブルースの驚愕の声が響き渡り、観客からもどよめきが上がる。

 

「………………いわタイプ」

 

 スカーレットがぼそりと呟く。

 カクレオンは周囲の景色に溶け込むように体色を変化させる事ができるが、腹部のギザギザ模様だけは通常は消す事ができない。

 だが、ロウィーの個体は《へんげんじざい》という稀少特性を持つが故か、その模様部分を自身のタイプに合わせた色に変える、特異な能力を身に付けているようだ。

 今のカクレオンは“ステルスロック”を使用していわタイプへ変化し、恐らく模様は茶系に変わっているだろう。

 そして、フィールドは茶色い土や砂で構成されているので、姿勢を低くすればほぼ完全な保護色となっているのだ。

 

「ふふっ……さぁ、どう対処しますか?」

 

 姿の見えぬ敵。

 ポケモンも生き物である以上、対象を観測する上で視覚は大きなウェイトを占めている。それがほぼ役に立たないのだ。

 しかし、スカーレットの表情は平時と何も変わらない。……ように見える。

 

「…………コジョンド」

 

 左右に首を振ってカクレオンを探すコジョンドへ、スカーレットが声をかけた。

 

「…………落ち着いて。感じて。相手を」

 

 そのアドバイスにより、コジョンドはそれまでの張り詰めていた雰囲気から一転し、両腕をだらりと下げ、瞼を閉じ、鼻先を軽く持ち上げて精神を落ち着かせる。

 

「コジョンド脱力しております! 相手の居所を探っているのでしょうか……!?」

 

 周りの喧騒などどこ吹く風とばかりに、静かでゆっくりな呼吸を続けるコジョンド。

 

「……面白い。捉えられるなら捉えて見せてもらいましょうか! 接近して“つばめがえし”!」

 

 離れた位置から“つばめがえし”の準備をしてしまうと、模様の色がひこうタイプのそれに変わってバレてしまうので、至近距離から発動するのだ。

 目には見えないが確かにそこにいるカクレオンは、じわりじわりとコジョンドへ接近していく。

 誰もが事の成り行きを固唾を飲んで見守る中、コジョンドの鼻先がぴくりと動いた。

 

「“ストーンエッジ”」

 

 スカーレットの指示でコジョンドが足で地面を叩くと、その右斜め後方に尖った岩が1本突き出し、模様が空色になったカクレオンが姿を現して空高く打ち上げられてしまった。

 

「なっ……!?」

 

「“どくづき”」

 

 一旦獲物を捉えてしまえば、後にはコジョンドの身軽さを活かした連続攻撃が控えている。

 自ら作り出した岩の柱を飛び跳ねながら駆け上がり、その頂点で大きくジャンプすると、コジョンドは落下中のカクレオンに追いつき、毒を帯びた貫手が目にも止まらぬ速さで連続してカクレオンへと打ち込まれる。

 

「“はどうだん”」

 

 そして、優に10発は打ち込んだところで右手をカクレオンへ押し当て、そのまま闘気を圧縮したエネルギー弾を生成して発射した。

 カクレオンは“はどうだん”諸共に地面へ叩き付けられ、エネルギー弾の爆発に巻き込まれてしまった。

 慌てて審判が爆心地へ向かい、状況を確認する。

 そこには、大の字になって倒れ、目を回しているカクレオンの姿。

 口からはオレンジ色に白っぽいラインの走る木の実が転げ落ちている。相手の物理攻撃を受けた時に食べる事で防御力を上げるアッキの実だが、怒涛の連続攻撃で飲み込む暇が無かったようだ。

 

「…………カクレオン、戦闘不能! コジョンドの勝ち!」

 

 観客席から大きな歓声が上がる。

 

「コジョンド、姿の見えないカクレオンを見事捉え、まず1勝をもぎ取りましたっ!! 序盤から熱いバトルをありがとうっ!!」

 

 

 

「凄いな~……あれ、本当に気配を察して当てたのかな~?」

 

「まぁ、確かにかくとうタイプは感覚の鋭いポケモンも多いから、不可能ではないだろう。だが、今の場合は違うな」

 

 不可視のカクレオンに普通に攻撃を当てたコジョンドに驚いていたボックであったが、イソラは彼の言葉をさらっと否定した。

 

「肝はあの腕から垂れ下がった袖のような体毛だ。姿が消えているとはいえ、カクレオンは地上を歩行するポケモン……どんなにゆっくり歩いても、振動は地面へ伝わる。コジョンドは地面に付けた体毛でその振動を感知してカクレオンの動きを読んだんだ」

 

「……なるほど~……」

 

 

 

「ご苦労様です、カクレオン。良くやってくれました(……さすがは『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』。易々とこちらの予想を上回ってくれますね。ですが、僕もまだまだ諦めるつもりはありません。飽く無き探究心と知識欲こそが僕の原動力ですからね)」

 

 ロウィーは自身の予測を破られたというのに、悔しがるどころか嬉しそうな表情をして次のボールに手を伸ばす。

 と、それを制するようにスカーレットが右手を上げ、自身が手にしたモンスターボールを指差した。

 

「おっと、どうやらロウィー選手が次のポケモンを出すこのタイミングで、スカーレット選手もポケモンを交代するようです! それでは両者ポケモンを!」

 

 1回戦の交代可能回数はわずか2回。

 だが、スカーレットは惜しげ無くその権利を行使する選択をした。

 恐らくはコジョンドの手の内を全てバラしてしまったため、相手がそれを考慮した選出をしてくるのを警戒したのだろう。

 コジョンドも相当に鍛えられた実力者ではあるが、ポケモンのスペックを過信せず、細心の注意を払いながら戦術を構築する堅実さもまた、スカーレットの強さを支えている要素の1つなのである。

 

「さぁ、頼みましたよ! ネンドールっ!」

 

「…………ゴウカザル」

 

 カクレオンに次いでロウィーが投げたボールから飛び出したのは、太ましい体格の黒い土偶や埴輪といった姿をし、頭部にずらりと横並びになった赤い目が特徴的なポケモン。

 どぐうポケモン『ネンドール』だ。

 

 

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 サイコパワーでふわふわと浮遊するネンドールの目が捉えたのは、燃えるような頭部と長い手脚を持つ猿のようなポケモンだ。

 

 

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 かえんポケモン『ゴウカザル』。シンオウ地方での初心者用ポケモンとして知られる、こざるポケモン『ヒコザル』の最終進化形態である。

 

「ロウィー選手の2番手はネンドール! そして、スカーレット選手はゴウカザル! さぁ、ここからこの2体はどのようなバトルを展開してくれるのでしょうかっ!?」

 

 

 

「あれ? またかくとうタイプ……? スカ~レットさんてかくとう使いってわけじゃないよね~?」

 

「ああ。スカーレットは……まぁ、例外もいるが、火力と素早さを併せ持ったポケモンを好む。そして、かくとうタイプは大体が鈍足重戦車系と高速速攻系に分かれ、それ故に後者を良く使うんだ。得意戦術とタイプ傾向が合致しているわけだな」

 

「ふ~ん……あ、始まるみたい~。……あれ? でも……」

 

 腕を組んで唸るボックの視線の先で、審判が両手に持った旗を掲げる。

 

 

 

「それでは、バトル…………再開っ!!」

 

 勢いよく振り下ろされた旗を合図に、2人が動き出そうとした瞬間、フィールドに浮いた岩が次々とゴウカザルへ襲いかかった。

 ゴウカザルは両腕を交差させ、顔を守るような防御体勢を取って耐える。

 

「おぉっと! ゴウカザル、設置技“ステルスロック”によってダメージを受けてしまったぁぁーーーーっっ!!」

 

 そう、“ステルスロック”は発動後、相手の場に浮遊し、新たに登場したポケモンに自動でダメージを与えるトラップと化す技なのである。

 

「(しかし、彼女は恐らくそれも踏まえた上でゴウカザルを出してきました。……その程度のダメージは大した障害ではない……という事ですか)」

 

 ゴウカザルはお世辞にも耐久力に優れたポケモンではないが、スカーレットはあえてその選出をした。

 そのダメージはハンデにすらならないという意味なのか、ダメージを受ける事自体が戦術なのか……それはスカーレット本人にしかわからない。

 

「“グロウパンチ”」

 

 ガードを解いたゴウカザルは、スカーレットからの信頼に応えるかのようにニヤリと笑い、ファイティングポーズを取って軽く足踏みすると、飛ぶように加速してネンドールの懐に潜り込み、その胴に素早く拳を打ち込んだ。

 かくとう技なのでエスパータイプを持つネンドールにダメージは少ないが、狙いはそこではない。

 

「ゴウカザルさすが速いっ! ネンドールに先んじて一撃を叩き込みました!! しかも、“グロウパンチ”は相手に当てるほど拳が頑丈になって与えるダメージが増す技! 機先を制しつつパワーアップも怠りませんっ!!」

 

「(ふふ……やはり速い。しかし、その速さこそ命取り……!)ネンドール! “トリックルーム”を!」

 

 ネンドールの目が全て開かれて赤い光を放つ。

 光は立方体状に広がっていき、一瞬にしてフィールドをすっぽり覆ってしまった。

 

「こ、これは“トリックルーム”っ!! スカーレット選手これは苦しいっ! この空間の中では、普段動きの素早いポケモンほどその動きが鈍くなってしまいますっ!!」

 

 ゴウカザルは自身の身体の重さに違和感を感じて手脚を動かすが、まるでスローモーションをかけているかのようにゆっくりとした動きになってしまっている。

 

「ポケモンバトルにおいて、素早い事がメリットだけを生むとは限りませんよ。“チャージビーム”!」

 

 ネンドールの胴の横に浮いていた漏斗やスポイトのような形状の両腕が切り離され、空中を乱舞しながらゴウカザルを左右から挟み込み、先端から細く黄色い光線を発射した。

 動きの重いゴウカザルは回避が間に合わず、次々と光線を浴びてしまう。

 

「ゴウカザルよけられないっ!! 自在に飛び回るネンドールの両腕からの攻撃がことごとくヒットーーっ! しかも、“チャージビーム”は攻撃後、余った電気を体内に蓄えて特殊攻撃能力を引き上げる効果を持ちます! “トリックルーム”で動きの鈍った相手を一方的に攻撃しつつ火力を補強していくぅぅーーーーっっ!!」

 

 一旦攻撃が止み、ゴウカザルが防御の構えを解除すると、視線の先のネンドールが何か食べているのが見えた。

 リンゴの芯のように見えるそれは、食べ残しという道具だ。

 一見するとただの残飯だが、持っているポケモンの体力を少しずつ回復してくれる、耐久ポケモン御用達の持ち物なのだ。

 

「さぁ、耐久に乏しいゴウカザルでどこまで耐えられますか? “だいちのちから”!」

 

 両腕がネンドール本体の周囲を高速で回転し、付近の地面が発光し始めた。

 

「これは危ないっ! ほのおタイプのゴウカザルには、じめん技の“だいちのちから”は効果抜群だっ!! どうするスカーレット選手ぅぅーーーーっっ!!」

 

 ブルースの熱気とは裏腹に、スカーレットはまったく表情を変えずに呟いた。

 

「こうする。“ストーンエッジ”」

 

 ゴウカザルが両腕を地面へ打ち付けると、さほど大きくない岩柱が突き出した。……かと思うと、それは地面からすっぽ抜けて空中へ舞い上がり、ゴウカザルもそれを追うように渾身の力を込めてジャンプした。

 

「なっ……!?」

 

「えっ……!? こ……こ……これは……なんとぉぉーーーーっっ!?」

 

 ロウィーもブルースも審判も……そして多くの観客も、その光景に目を丸くしてしまう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ゴ……ゴウカザル……! “ストーンエッジ”の岩をサーフボード代わりに、下から噴き上げる“だいちのちから”に乗りましたぁぁーーーーっっ!!」

 

 まるで“なみのり”のように“だいちのちから”のエネルギーを利用して空中サーフィンを披露するゴウカザルに、誰もが口を開いて呆気に取られてしまった。

 この状態ならば、ゴウカザルはバランス維持と方向転換のためにわずかに手脚を動かせば良いだけなので、動きの重さもほとんど障害にならない。

 

「ス……“ストーンエッジ”をこんな扱い方をするなんて……!? くっ! “チャージビーム”!」

 

 ロウィーも驚いてばかりではいられない。

 すぐさま迎撃の指示を出し、浮遊したネンドールの腕が、岩の上のゴウカザルに光線を浴びせる。

 しかし、耐える。

 両腕でガードし、岩が破壊されない体勢になりながら耐える。

 連射される“チャージビーム”の威力は高くなっていき、ダメージの蓄積度合いも増していくが、それでも耐える。

 そして、攻撃が止んだ瞬間、ゴウカザルの頭部が激しく燃え上がった。

 

「っ!! 《もうか》!?」

 

「ありがとう。火力と機動力。……“フレアドライブ”」

 

 炎の尾を引きながらゴウカザルはネンドールへ方向転換し、岩を蹴って大きく跳ねた。

 その手にはオレンジと黄色の果実が握られ、一気に半分以上を齧り取った。

 先の試合でファンファンも使用した、ピンチの時に攻撃力を向上させるチイラの実だ。

 

「ネンドール! “サイコキネ”……」

 

 比較的近い距離となったため“サイコキネシス”で捕らえようとしたが、ゴウカザルの乗り捨てた“ストーンエッジ”がネンドールの顔面に激突し、その身体がぐらりとよろけてしまった。

 そして、空中のゴウカザルは身体を丸め、高速で回転しながら全身を炎で覆っていく。

 その炎は秒単位で強くなっていき、空中にはあっと言う間にネンドールよりも巨大な火の玉が完成し、周囲に陽炎が揺らめく。

 

「あ、熱いっ! ここまでその熱が伝わってきます!! わたくし、お恥ずかしながらこんな規模の“フレアドライブ”を見るのは初めてでございますっ!!」

 

 観客席からも歓声に混ざって「熱い」という声が上がる中、火の玉は瞬く間にネンドールを飲み込み、盛大な爆発を引き起こした。

 

「ネ、ネンドールっ!!」

 

 爆ぜる炎が徐々に弱まり、爆煙も晴れてくると、切り離された腕が無造作に転がり、ネンドール本体も体色の黒さを増した状態で目を回して倒れていた。

 

「あちち…………ネンドール、戦闘不能っ! ゴウカザルの勝ちっ!!」

 

「決まったぁぁーーーーっっ!! “トリックルーム”による不利をものともせず、ゴウカザルが決めましたぁぁーーーーっっ!!」

 

 “グロウパンチ”、チイラの実で攻撃力が上昇したところに、ほのおタイプ技を強化する《もうか》が発動し、さらにその状態でほのおタイプ最高峰の威力を誇る“フレアドライブ”。

 当然、一撃必殺級の火力である。

 ゴウカザルが勝利の雄叫びを上げ、その咆哮を会場中へと鳴り響かせる。

 

 

 

「いや~、スカ~レットさん凄いね~! あのピンチを切り抜けるなんて~……!」

 

「ピンチか……どうかな」

 

「え?」

 

「確かにゴウカザルはかなり体力が削られていた。一見ピンチだ。……だが、あいつは受ける攻撃と捌く攻撃を正確に見極め、《もうか》とチイラの実のためにダメージコントロールをしていたように見える。こう言ってはなんだが……最大火力のためにピンチを演出した感じだな」

 

 イソラはやれやれといった表情でスカーレットを見つめる。

 

「とぼけた顔の裏で緻密な計算を繰り返し、時として自分にも自分のポケモンにも背筋が凍るほどの冷徹さを見せる。決して力だけではないんだよ、あいつの恐ろしさは」

 

 

 

「……良くやってくれましたね、ネンドール。休んでいてください」

 

 ロウィーはネンドールを労い、ボールへと戻すと微笑む。

 

「……また……予測の上を行かれましたか。……ふ……ふふふ……」

 

 そして、スカーレットに向き直ると、閉じていた瞼を開いた。

 

「……素晴らしい! やはりポケモンバトルは素晴らしいっ!」

 

 まさかの歓喜の声を上げるロウィーに、スカーレットも少しだけ目を丸くした。

 

「刻々と戦況が変化し、まったく同じ状況になる事は皆無……予測、計算、分析……それら全てが瞬く間に上書きされていく! そうでしたよ……僕はかつて、この果ての無い『未知』の渦巻く世界に魅せられた!!」

 

 先までの冷静さとは裏腹のハイテンションのまま、ロウィーは指先をピンと伸ばしてスカーレットを差す。

 

「あなたとのバトルはまさにその極地! 常にこちらの想定を上回る状況を作られ、知るべき事、知りたい事が無尽蔵に湧き上がる! いや、もはや建前など不要……! 僕はもっとあなたとバトルがしたいっ!!」

 

 しばし沈黙していたスカーレットの表情に笑みが浮かび、ゆっくりと口を開いた。

 

「………………そうだね。楽しい。バトルは。……やろう。最後のバトル」

 

 スカーレットがゴウカザルをボールに戻し、ロウィーと同時に次のボールを構える。

 交代回数を使い切ってでも、彼の願いに応じるつもりなのだ。

 戦鬼と指揮者最後のバトルが、幕を開ける……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

ピントレンズの形状は公式の物だとコジョンドに装着できないため、独自の形にさせていただきました。

ところで前々から気になってたんですが、挿絵ってちゃんと見えてますかね?
スマホ変えてから写真のサイズが大きくなりすぎてしまったので、リサイズアプリで小さくしてから掲載してるんですが、自分のでは表示されてるけど読者の皆様には見えてるのかなぁと…。





続編の主人公のデザインできました。今度は男の子です。

【挿絵表示】

まぁ、今はこの作品を完結させなきゃなりませんし、続編を連載するかは未定です。


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第95話:鋼鉄の剛腕

今回は多忙とかでなく、完全なるスランプでした。
そんなスランプの末の第95話です、どうぞ。


 トージョウリーグ決勝トーナメント1回戦は、半ばを過ぎて第3試合へ。

 『電子の指揮者』・ロウィーと、『真紅の戦鬼』・スカーレット……異名を持つ者同士のバトルがスタートし、両者のポケモンは序盤から激しくぶつかり合う。

 まずはコジョンドが姿の見えないカクレオンを振動で察知して撃破。

 次いで“トリックルーム”を駆使するネンドールをゴウカザルが想定外の強襲を仕掛けて撃破し、バトルはスカーレット優位で進んでいく。

 だが、分析の上を行く展開が次々起きた事で、知識欲に貪欲なロウィーの興奮は頂点に達した。

 そもそものポケモンバトルを始めた切っ掛け……謎と未知に溢れた世界に魅了された事を思い出したロウィーは、それまでの冷静の仮面を脱ぎ捨て、全力でバトルを楽しむ姿勢を見せる。

 スカーレットもそれに応じ、ゴウカザルを戻して3体目を披露するのだった。

 

 

 

「さぁ、ネンドールを破られたロウィー選手、そしてスカーレット選手も新たなポケモンを繰り出す模様です! これでスカーレット選手は今試合での交代権を全て使い切りました!」

 

 ブルースの声に後押しされるように、ロウィーとスカーレットはボールを手にした右腕を同時に振りかぶり、フィールドへ投げ込んだ。

 

「楽しみましょうか、メタグロスっ!」

 

「ガブリアス」

 

 ロウィーのボールから飛び出したのは、青い金属質の身体から伸びる4本の腕と、頭部の中央にある白いX字が特徴のポケモン。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これはてつあしポケモンの『メタグロス』と言い、ヤマブキジムでツバキが戦ったメタングの進化形態だ。

 それに対するは、予選でボックも使用したガブリアス。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ただ、スカーレットのガブリアスはボックの個体よりも大柄な身体をしており、牙も爪もより鋭い。

 さらに、メタグロスは右前腕、ガブリアスは首に虹色に輝く石……メガストーンを装着している。

 

 

 

「ガブリアスか……本気だなスカーレット」

 

「やっぱりガブリアスって格好良いよね~。で、本気って事はスカーレットさんのガブリアスって強いの~?」

 

 スカーレットの出したポケモンを見て顎を撫でるイソラへ、大好きなドラゴンに見惚れつつボックが質問を投げかけた。

 

「スカーレットはシンオウ、イッシュのポケモンを中心に多種多様なポケモンを所持している。その中でもスカーレットが強敵と認めた相手にのみ使用される、『鬼の三本角(トライホーン)』と呼ばれる3体のポケモンの一角だ。……まぁ、移動手段としても便利なので、3体の中ではよく見る方だがな」

 

 マッハポケモンの分類通り、驚異的なスピードで飛行可能なガブリアスの乗り心地が大層お気に入りなスカーレットは、わりと頻繁にその背中に乗っている。

 おかげであまり特別感は無く、ガブリアス当人も他2体と並べられる事に疑問を抱き始めている今日この頃。

 しかも、ロケット団アジトでのサ・ファイ・ザーとのバトルでは、相手が次元の違う強さの怪物だったとはいえ、あえなく撃破されてしまい、ますます自分に自信を無くし始めていた。

 スカーレットとしては、ロウィーに本気で応えると同時に、ガブリアスに自信を取り戻させようという魂胆があっての選出なのである。

 「アナタはワタシの自慢」なのだという事を、全幅の信頼という形で伝えたいのだ。

 

 

 

「さぁ、両選手の3体目はそれぞれメタグロスとガブリアス! どちらも非常に強力なポケモンとして有名です! これまで以上の熱戦が期待できそうですっ!!」

 

「……それでは、バトル………………再開っ!!」

 

 審判が両手の旗を振り下ろして試合再開の合図を出すと同時に、“ステルスロック”がその切っ先をガブリアスへ向けて襲いかかるがじめんタイプのガブリアスは回避も防御もせずに涼しい顔で受けきって見せた。

 そして、そんなものは大勢に影響は無いとばかりにトレーナー2人はすぐには動かず、ゆっくりした動きでそれぞれ白衣とショートパンツのポケットに手を突っ込むと、ロウィーはペンデュラム、スカーレットはコンパクトを取り出した。

 

「応じていただき嬉しく思いますよ、スカーレットさん」

 

「ん」

 

 そして、2人はそれぞれのアイテムに仕込まれたキーストーンを握り込み、瞼を閉じる。

 始まるのだ。メガシンカ同士の戦いが。

 

「絆が生む力……それはあらゆる計算を超越したその先にある! 鋼の如く硬く、炎の如く熱く、水の如く変幻自在なるその力、お見せしましょう! メタグロス!」

 

「……砂塵も吹き飛ぶワタシ達の絆。刃に変えて敵を断つ。……ガブリアス」

 

 2人の握ったキーストーンと、ポケモン達が身に付けたメガストーンが同時に輝きを放ち、2対の石は共鳴反応を起こして空気を震わせる。

 

「「メガシンカ!!」」

 

 輝きが最高潮に達し、激しく波打つオーラへ変貌しながら2体のポケモンの身体を包み込むと、そのシルエットを変化させる。

 メタグロスの身体が浮かび上がり、X字の装飾が伸びていく。

 接地していた4本の腕が全て前面へと向けられ、その先端の爪も大きく、そして鋭くなっていくのがわかる。

 ガブリアスの方は、身体の表面に牙か棘のような物が生え、特に肩から手先にかけての変化は著しく、爪と翼が溶け合うように大きな鎌状へ再構成されていく。

 そして、両者の変化が止まると、覆っていたオーラが弾け飛び、メガシンカという力を得たその姿を現した。

 

 

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「なんとなんとなんとぉぉーーーーっっ!! まさかの両者メガシンカ披露っっ!! 1回戦からこんなバトルを見られるとは……! さすがは厳しい予選を勝ち抜いた猛者達ですっ!!」

 

 同時にメガシンカした2体を見て、ブルースも観客も一気にテンションが突き抜けてしまったようで、会場は凄まじい熱気に包まれつつある。

 だが、対峙する2人は目の前の相手に意識を集中し、その他の喧騒は雑音として無意識に処理する。

 すでに試合開始の合図は出ているのだ。

 

「さぁ、始めましょうか! メタグロス! “でんじふゆう”です!」

 

 メタグロスの全身が帯電し、その電気が底面部に集まると、体重940kg以上にまで増加した鋼鉄の身体がふわりと空中へ浮かび上がった。

 

「メタグロス浮きましたっ! はがね最大の弱点であるじめん技への対策も怠りませんっ!!」

 

 ハイテンションなブルースの実況の傍らで、ロウィーは人差し指を立て、忠告するように口を開いた。

 

「先に言っておきますが、先の試合のライボルトのように磁場を乱してどうにかしよう……などとは思わない事です。メタグロスの4つの頭脳ならば、どれだけ地面が震動し、隆起しようとも、リアルタイムで再演算をし続ける事が可能ですからね」

 

 そもそもメタングは、その進化前であるてっきゅうポケモン『ダンバル』が2体合体した姿であり、メタグロスはそのメタング2体が合体……つまり、ダンバル4体の集合体と言えるポケモンなのだ。

 要するに4つの脳を持っているのだが、それらは独立した思考はしておらず、一種の神経ネットワークで繋いで並列化する事によって1つの大きな頭脳となっているため、スーパーコンピューターに匹敵、あるいは凌駕する高い知能を有するに至ったのである。

 そして、その頭脳にかかれば戦闘しながら周囲の状況を把握しつつ計算や演算を継続するなど容易い事なのだ。

 

「……なら、こうする。“だいもんじ”」

 

 ガブリアスの口から炎が溢れたかと思うと、一瞬会場が真っ赤に染まったと錯覚するほどの火炎が噴射され、巨大な『大』の字の形となってメタグロスへ迫る。

 じめん技を封じられたからと有効打が消えたわけではない。

 はがねとエスパーを併せ持つメタグロスに対しては、ほのおも効くし、ゴーストやあく技も効果的なのだ。

 

「“サイコキネシス”です!」

 

 メタグロスの目が青白く光り、周囲の空間が歪んだと同時、酸素を燃焼させながら進んでいた炎がその動きを鈍くし始めた。

 強力な念力によって、手を触れる事無く対象物を動かす“サイコキネシス”だ。

 主に相手を浮遊させて地面や壁に叩き付けたり、サイコエネルギーをそのままぶつけてダメージを与える攻撃技だが、ロウィーは“だいもんじ”に対して防御技のように使用したのだ。

 だが。

 

「(勢いを殺しきれない……!? なんて火力なんだ……!)」

 

 炎は確かにスピードが落ちたが、それでもなお進行を止めず、ガブリアスから放たれた2射目を受けて加速した。

 

「……回避ですっ!」

 

 炎がじわじわと迫り、完全に防ぐ事は不可能と判断し、防御から回避へ作戦変更。

 即座に“サイコキネシス”の対象を炎から自身に切り換えたメタグロスは、恐るべきスピードで空中を横に滑り、勢いを取り戻した炎を回避した。

 

「ロウィー選手上手いっ! “サイコキネシス”を駆使して“だいもんじ”の回避に成功しました!」

 

 ブルースは興奮気味だが、当のロウィーは渋い顔だ。

 

「(メガシンカによってさらに向上したサイコパワーでも抑えきれないとは……彼女のガブリアスは何度か映像記録で見ましたが、やはり日々強くなっている……!)」

 

 やっぱりというか成長速度が早い上、それによる変化が著しい生き物であるポケモンに関しては、過去の記録はあまりアテにはならないものだとロウィーは苦笑。

 せいぜい得意とする戦法や、大まかな能力傾向がわかる……くらいの認識でいた方が良いだろう。

 

「(ふふっ……だからこそポケモンバトルは、常に新鮮な気持ちで挑める……!)今度はこちらから行かせていただきますよ! “コメットパンチ”!」

 

 メタグロスがロケットのように急上昇し、遥か上空で停止すると、前部に展開した4本の腕の内、上部の1対2本を伸ばして全身からエネルギーを集中する。

 そして、赤い瞳でガブリアスを捉えると、急加速で隕石のように落下し、剛腕を覆うエネルギーを半ば暴走させるように荒れ狂わせていく。

 その速度は恐ろしく速く回避は困難であり、また、メタグロスのコンピューターの如く正確な判断力ならば、仮に回避したところで逡巡も動揺も無く方向転換して襲いかかってくるだろう。

 無論その場合、落下状態から直接激突するわけではなくなるのでダメージは多少軽減されるだろうが、ガブリアスも回避のために動いた直後はどうしても無防備になり、恐らく最終的なダメージはどちらでも大差無いだろう。

 ならば。

 

「“ドラゴンダイブ”」

 

 こちらも真っ向から突撃技を使用して受け止める。

 衝撃こそ大きくなるが、表面がエネルギーコーティングされ、さらに受ける体勢もある程度コントロールできる分、ダメージを抑えられるだろう。

 スカーレットとしては少々気になる事もあるのだが……。

 後方へ飛び退いたガブリアスの上半身をドラゴン型のオーラが包み込み、落ちてくるメタグロスをキッと睨むと一気に飛び出した。

 上下から猛スピードで距離を詰めていく2体は空中で激突し、互いを覆う膨大なエネルギー同士がぶつかり合って、激しい音と火花を会場中へ散らしていく。

 

「取った! “れいとうパンチ”!」

 

「っ! “だいもんじ”!」

 

 メタグロスの上部2本の腕はガブリアスと激しい鍔迫り合いを続けている。

 その時、下部にあるフリーだった2本が周囲の水分を凍結させて表面を氷で覆い、振り上げるようなパンチでガブリアスを襲った。

 ガブリアスは素早く離れて口から炎を吐いての迎撃で氷を溶かしたが、“れいとうパンチ”を防いだ代償として妨げる物の無くなった“コメットパンチ”を叩き込まれ、地面へ墜落する事となってしまった。

 

「これは凄いっ!! ロウィー選手のメタグロス、“コメットパンチ”をしながら同時に“れいとうパンチ”も繰り出しましたっ!! “コメットパンチ”を受けたガブリアス大丈夫かぁぁーーーーっっ!?」

 

 “コメットパンチ”と“れいとうパンチ”の同時攻撃。どちらかに対処すれば、もう片方への対処が疎かとなってしまう。

 4本の腕と、常識外れの処理能力を誇る頭脳持つメガメタグロスだからこそ可能となる戦術だ。

 墜落したガブリアスは砂埃を払って起き上がり、落下の衝撃で揺れる意識を、頭を振って正常に戻した。

 

「このまま決めますよ! “れいとうパンチ”!」

 

 今度は4本全てを冷気で覆ったメタグロスが、まっすぐに突っ込んできた。

 だが、スカーレットは表情を変えぬまま口を開いて指示を出す。

 

「………………読めた。“りゅうのまい”」

 

「!? 弱点技が迫る中で強化技……!?」

 

「ス、スカーレット選手どうしたのか!? このままではガブリアスは4倍ものダメージを受ける事になりますが、いったいどんな作戦を考えついたのかぁぁーーーーっっ!?」

 

 一見すればただの自殺行為。

 本来バトルを優位に進めるための強化技を使っている隙に倒されましたではまったくの無意味、骨折り損でしかない。

 しかし、指示を出すスカーレットも、その指示を受けたガブリアスも迷い無くその選択に踏み切った。

 ガブリアスの両手脚を青いオーラが覆い、咆哮を上げながら荒々しく舞い始める。

 その間もメタグロスは迫り、ついにそのリーチにガブリアスを捉えて冷気纏う拳を突き出した。

 が、最初の一撃は舞い踊るガブリアスの背中をすり抜けてかわされてしまう。

 だが、メタグロスの腕は4本ある。すかさず2発、3発とパンチを繰り出すメタグロス。

 

「ば……馬鹿な……!?」

 

 ロウィーは目の前の現実が本当に現実なのかわからないという表情。

 当然だ。4本の腕から連続して繰り出されるパンチを、ガブリアスは舞いつつも全て紙一重で回避し続けているのだから。

 胴を狙ったパンチはターンでかわし、脚を狙ったパンチはステップを踏んでかわす。

 左右から挟むようなパンチは、鎌を器用に使ってのバク転で空振りさせる。

 何度打ち込んでもまったくガブリアスに当たらず、冷気が地面を凍結させるのみ。

 

「…………頭良い。メタグロス。……でも」

 

 一旦瞼を下ろしたスカーレットが、ニヤリと笑いながら目を開く。

 

「…………変えられない。身体の可動域だけは」

 

「(!? ま、まさか……ここまでのやり取りだけでメタグロスの身体の動き……各関節や筋組織の収縮でどこまで腕が動き、どこに死角があるかを完全に見切ったというのですか……!? トレーナーのみならずポケモンまでも……!?)」

 

 まさかとは思うが、もはやこの回避に次ぐ回避はそうとしか思えない。

 いずれのパンチも、当たりそうなところまでは行くが、どうしてもヒットどころか掠りすらしない。

 冷気で多少寒そうにはしているが、ダメージとは言い難い。

 

「“だいもんじ”」

 

 “りゅうのまい”によって、回避動作がさらに速くなったガブリアスの口から炎が漏れ出る。

 

「距離を取るのです!」

 

 ガブリアスからの弱点技を察し、メタグロスは攻撃を中止し、地面に身体をぶつけ、擦り付けながらも急いで離れ、間一髪で頭上を通過した炎をかわした。

 

「(危なかった……! 近接戦はやはりリスクが大きい……ならば!) メタグロス! “サイコキネシス”!」

 

 面でなく点の攻撃であるパンチが当たらないのなら、当たるような攻撃をするだけだ。

 “サイコキネシス”はサイコパワーの届く距離内で相手を視界に収めてさえいれば使えるので、反応速度など関係無い。

 メタグロスが距離を取り、意識を集中してサイコパワーを高め始める。

 

「凍った地面を斬って」

 

 スカーレットは即座に指示を出し、ガブリアスが交差させた鎌状の腕を地面へ向けて左右に振り抜くと、綺麗に切断された大きな氷の板が宙を舞う。

 結果、“サイコキネシス”はガブリアスではなく、その前に落ちてきた氷板を捉えてしまう。

 

「投げ飛ばしなさい!」

 

 メタグロスはすぐさま邪魔な氷を横へと放り、本来の獲物へ再度狙いを定める。

 

「“ドラゴンダイブ”」

 

 だが、メタグロスが氷に対処した2秒ほどの間にオーラの展開を終えたガブリアスが、メタグロスがこちらへ振り向くまでの一瞬の隙を突き、砂を巻き上げながら猛突進する。

 マッハポケモンの名は伊達ではない。

 地面からホバークラフトのようにわずかに浮いて、滑るように突撃するガブリアスの速度にメタグロスは驚きこそしたものの、すぐにガブリアスへサイコパワーをぶつける。

 が、あまりにもガブリアスの速度が速すぎたために“サイコキネシス”で勢いを抑えきれず、オーラを纏ったままのガブリアスがメタグロスの顔面に激突した。

 

「メタグロスっ!(くっ……ガブリアスが速すぎて、“サイコキネシス”発動の距離が近すぎた……!)」

 

 いかに“サイコキネシス”といえど、動く物体の慣性を完全に消す事はできない。

 対象が速ければ速いほど、止めるのに必要な距離も長くなるのだ。

 驚異的なエネルギー量のオーラを纏ったガブリアスの突進を受けたメタグロスの巨体が傾ぎ、呻き声が上がる。

 

「もう1度。“だいもんじ”」

 

「“れいとうパンチ”! 冷気集束!」

 

 “サイコキネシス”の拘束から解放されたガブリアスが大きく飛び上がり、メタグロスの頭上から『大』の字型の炎を噴射する。

 対するメタグロスは身体ごと上方へ向き直り、4本の腕をいっぱいに伸ばして周囲の水分を前面へ集中し、一斉に凍結させて氷の盾を作り出した。

 高温の炎と分厚い氷が衝突し、激しい水蒸気が膨れ上がるように周辺に広がっていく。

 

「あぁーーーっと!! 凄い水蒸気ですっ!! フィールド面積の半分は包み隠されてしまいましたっ!!」

 

「(ガブリアスの頭部の突起はセンサーになっています。恐らくはこの水蒸気の中でもこちらを発見してくるはず……!)」

 

 ガブリアスは本来、砂塵渦巻く砂漠に生息するポケモンだ。

 吹き荒れる砂嵐の中でも獲物をしっかり捕らえられるように感覚器を発達させた、まさに環境に適応した進化を遂げたポケモンと言えるだろう。

 

「(しかし、対象の位置は探れても、その体勢まではわからないはず……)……メタグロス、“れいとうパンチ”用意……!」

 

 ロウィーは声を荒げていた先ほどまでから一転、メタグロスにギリギリで聞こえる程度の声量で指示を出した。

 メタグロスは4本の腕を可能な限り別々の方向へ伸ばして冷気を纏わせ、どこからガブリアスが飛び出してきても迎撃できる体勢を取る。

 この状況で懸念すべきは、遠距離から放たれる“だいもんじ”だが……。

 

「(……彼女のガブリアスがポケモンリーグ協会企画のイベントやミニ大会含む公式戦で登場したのは6回。その全てで“だいもんじ”が使われていますが……5回より多く使った事は皆無! 5回使ったら、長引くバトルでもその後は使用していない。つまり、ガブリアスが“だいもんじ”を使える限界が5回の可能性が高い……!)」

 

 そして、この試合でガブリアスが“だいもんじ”を使ったのは4回。

 従来通りならば、猶予はあと1回。その貴重な1回を、センサーで位置自体は探れるとはいえ、視界不良の中での遠距離攻撃で使い切るだろうか?

 使うとすれば、もっと必殺の距離、タイミングで使うのが定石だ。

 まして、ガブリアスの技の残り1枠がメインウエポンのじめん技であるならば、“でんじふゆう”状態のメタグロスへの唯一の有効打となるのが“だいもんじ”なのだから、最後の1発の使用には慎重にならざるを得ないはずだ。

 “りゅうのまい”を使う可能性もあるにはあるが、メタグロスのスピードは“サイコキネシス”も併用すれば、直線的なルートに限ってはガブリアスにも匹敵する。

 そんな高速を誇る相手と対峙し、しかも水蒸気で技の予備動作を読めない状況下で、悠長に舞う選択など普通ならばしない。

 そこから導き出される選択肢は、“ドラゴンダイブ”による近接攻撃。

 “ドラゴンダイブ”の加速で一気に接近さえすれば、“だいもんじ”を必中の距離で放つ事も可能なのだから、この選択をする可能性が極めて濃厚だ。

 そういった結論の末に、現在できる最善策を取ったロウィーではあったが……。

 

「(さぁ………………僕の予想を裏切って見せてください……!)」

 

 その内心では、彼女が自身の計算の先を行く戦術を見せてくれる事に期待してしまっている。

 先にロウィー自身が心中で語ったように、彼のポケモンバトルにかける熱意、その原動力は知的好奇心が大部分を占めている。

 それ故、自分の想定を上回るような事態……自分の知識に無い事態こそ、本来彼が求めて止まないバトル展開なのだ。

 そして……スカーレットはそれに応えた。

 

「…………ガブリアス。“だいもんじ”。……そして」

 

 ガブリアスが炎を口の中で増幅する間に、続く指示。

 

「“だいもんじ”の中に“ドラゴンダイブ”」

 

「な……にっ……!?」

 

 ガブリアスは一際大きな『大』の字の炎を吹き出すと、間髪入れず全身にオーラを纏って地面を蹴り、自らその炎の中へ飛び込んでいった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「こ、こ、こ、これはなんとぉっ!? ガブリアスが炎の中に入ってしまいましたぁっ!? 大丈夫かっ!? 熱くないかっ!?」

 

「(ば、馬鹿な……! いくらドラゴンタイプはほのお技に耐性があるからといって、あのように全身を炎で包んでしまっては火傷が………………っ!)」

 

 あまりにも予想外の出来事に心配まで始めたブルースと、スカーレットの無謀な行動に絶句するロウィー。

 だが、当のガブリアスは顔色を変える事無く、炎に包まれたまま水蒸気の中へと突入した。

 

「そ……そうか……! “ドラゴンダイブ”は……全身から放出したオーラ……エネルギーの膜で身体を覆って突進する技…………オーラの鎧で炎を……!」

 

 つまり、現在のガブリアスは本体の外側にオーラ、そして炎の2層の膜を纏っている状態であり、炎を直接浴びているわけではないため、多少熱さは感じているだろうがダメージと呼べるほどではないのだ。

 

「は……ははは…………これが……『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』……!!」

 

 完全に想定範囲をオーバーした手を打ってきたスカーレットに対し、ロウィーは諦めと喜びの入り交じる笑いを溢す。

 スカーレットは右手の手袋を外すと、腕をゆっくり、高く伸ばして瞼を閉じる。

 

「…………強い。凄く強い。アナタのメタグロス。……でも……ワタシのガブリアスは……もっと強い」

 

 そして、炎とオーラを纏うガブリアスがまっすぐにメタグロスへと突撃し、“れいとうパンチ”の冷気を蒸発させてメタグロス本体へ激突。

 空気が悲鳴を上げているかのような音を出しながら、940kgの鋼鉄の塊をぐんぐん押し出していく。

 そのままフィールドの端まで来た瞬間、スカーレットの掲げた指先が滑り、フィンガースナップが鳴り響く。

 

「チェックメイト」

 

 スカーレットのその声が合図だったかのようにガブリアスが目を見開き、ジェット機のように加速してメタグロスをフィールドのバトルエリア、その遥か先の壁へと叩き付け、完全にめり込ませた。

 その衝撃は観客席にまで伝わりぐらぐらと震動が襲うが、それは観客達の興奮をさらに加速させたらしい。

 

「……ふっ……」

 

 小さな笑い声を漏らして振り向いたロウィーは、静かな足取りでメタグロスへと近付いていく。

 そのメタグロスは身体が一瞬発光し、直後、弾けた光の粒子と共にメガシンカ前の姿へ戻り、ぐらりと地面へ倒れ伏した。

 

「……メ……メタグロス戦闘不能っ!! ガブリアスの勝ちっ!! よって勝者! ズイタウンのスカーレット選手っ!! 1回戦突破っ!!」

 

「……見事なバトルでした、メタグロス。しかし、それでも彼女には及ばなかった……ポケモンバトルとは本当に果ての見えぬものですね……」

 

「…………お疲れ様。ガブリアス。……やっぱりアナタは最高、だね」

 

 2人は戦い終えたポケモンをボールへと戻し、心からの労いを送る。

 

「き……決まりましたぁぁーーーーっっ!! 準決勝への切符を手にしたのはスカーレット選手っ! ロウィー選手も素晴らしいバトルを見せてくれました! 皆様、どうぞ激戦を演じた2人に惜しみ無い拍手をっ!!」

 

 ブルース、審判、観客からの拍手が響く中、ロウィーとスカーレットの両者が歩み寄り、互いの手を握った。

 

「負けこそしましたが、実に充実した時間でした。感謝します」

 

「……こっちこそ。ありがとう」

 

 互いを称賛した2人はそれぞれ相手に背を向けると、そのまま控え室へと歩き出す。

 ポケモントレーナーという、バトルの勝敗を競う者達は常に別々の道を歩み、同じ道を共に進む事は無い。

 だが、同じ目的地を目指す以上、時としてその道は交わり、違う分岐を生み出す。

 彼らトレーナー達の道、可能性は、そうして無限に広がっていくのである……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただき、ありがとうございます!

ロウィーも強いと描写しつつ、スカーレットはさらに強いという描写にするのが非常に難しく、何度も執筆と消去とを繰り返しました
…。
そう考えると、次の試合は気が楽かもしれませんね。


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第96話:銀世界への招待状

大変お待たせいたしました!
1回戦最終試合開始の第96話です!


 ロウィーとスカーレットの決勝トーナメント1回戦第3試合。

 常に自身の想定を超えた戦術を披露するスカーレットに対し、ロウィーは最後の賭けとしてメガシンカ対決を仕掛ける。

 ロウィーはメタグロス、スカーレットはガブリアスと、それぞれ自分にとって自慢とするポケモンを繰り出してメガシンカさせる。

 メガシンカ同士の激闘が繰り広げられるが、次第にメタグロスの動きを学習したスカーレットとガブリアスが優位に立つ。

 水蒸気で動きを読まれにくい事を活用し、“れいとうパンチ”によるカウンターを狙うロウィーだったが、まず使わないと考えていた“だいもんじ”に、さらに“ドラゴンダイブ”を加えた突撃を受けて敗北を喫する。

 それでも、想定外の戦術の数々を目の当たりにして知識欲を満たす事ができた上、熱いバトルを楽しめたロウィーはスカーレットに握手を求め、彼女もそれに応じ、互いの健闘を称えあったのだった。

 

 

 

「あー…………今回の決勝トーナメント……1回戦から凄い事になってると思いませんか皆様っ!?」

 

 燃え尽きたかのように椅子にもたれていたブルースが、再燃焼とばかりに立ち上がり、マイクに叫ぶ。

 

「ロウィー選手とスカーレット選手のメガシンカ対決でお腹いっぱい? いやいや、まだまだ続きますよっ!! 次の対戦カードも大いに興味を引く組み合わせ! では! 本日最後の試合を飾る2人に……登場していただきましょぉぉぉぉうっっ!!」

 

 第4試合……1回戦最後のバトルだ。

 ゲートが開き、髪も肌も真っ白な少女と、それとは対照的な燃える炎を思わせるオレンジ髪の男性が入場する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「片や、エイセツシティのスノウ選手ーーーーっ!! またの名を『銀世界の姫君(ブリザード・プリンセス)』! 敵という敵をことごとく凍てつかせてきた氷の申し子っ!! 幻想的な戦いに見惚れて凍らないように気を付けろぉぉーーーーっっ!!」

 

 左目を覆い隠す髪を鋤くように掻き上げた少女が柔らかな笑みを浮かべながらバトルフィールドへと歩みを進める。

 

「対するはぁっ! コニコシティのガラム選手ーーーーっっ!! アローラ地方で人気のバトルロイヤルにおいて、圧倒的なパワーを以て対峙する相手全てを瞬く間に粉砕するパワーファイターっ!! その力の前には一瞬の油断が命取りっ!!」

 

 少女とは真逆、歩幅が大きく堂々とした歩き方で、男性は少女よりも早くフィールド前へ到着して腕を組んで待機。

 そして、少女……スノウが自分と向かい合う位置につくと、息を吸い込み、大きく両腕を回すような仕草と共に爆発かと思うような大声を上げた。

 

「…………アロォォーーーーラァァーーーーッッ!!」

 

 突然の咆哮に、その場の全員が驚いてギョッとしてしまう。

 

「……ぬっはははは! やはり大きく挨拶をするのは気持ちが良い!! ……ん? ああ、すまんすまん! 今のはアローラ地方特有の挨拶だっ!! 驚かせるつもりは無かったんだがな! ぬっはははは!!」

 

 右手をひらひらさせながら豪快な笑い声を上げるガラムに目をぱちくりさせていたスノウだが、すぐに平静を取り戻して口元に笑みを浮かべる。

 

「……なるほどです。こんな感じです? あろーらー♪」

 

 ふわりとした動作で身体の前から外側へ両腕を回すスノウを見ると、ガラムはうんうん頷いてまた豪快に笑う。

 

「おう、そんな感じだ!! ……ああ、いかんいかん。つい話し込んでしまうのが俺の悪い癖だ!」

 

 ガラムがちらりと審判に目をやると、あちらも空気に飲まれていたのか、ハッとして口を開いた。

 

「……あっ……。そ、それでは両者、ポケモンを!」

 

 2人は同時にボールを手にすると、真逆のテンションで空高く投擲した。

 

「始めるです、アマルルガさん」

 

「行くぞぉぉっっ!! オニシズクモぉぉっっ!」

 

 開いたボールからまず飛び出したのは、以前におつきみ山でニビジムリーダー・エーデルが出していた、ツンドラポケモン『アマルルガ』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 青や水色などの寒色系に彩られた身体を持ち、長い首と、後頭部から背中にかけて生えたヒレを揺らして臨戦態勢といったところ。

 首には氷柱のような青い刺の生えた岩を、紐を通してぶら下げている。

 これは冷たい岩という道具で、持たせたポケモンが天候を霰にすると、通常よりも長い時間その天候を維持できる。

 そして、その向かいに水音を立てながら降り立ったのは、すいほうポケモンの『オニシズクモ』。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 楕円で構成された身体からは6本の長い脚が伸び、胴と同じく楕円形の頭部は分類名通りに水泡で覆われている。

 頭の水泡の中には、植物の根のような物が浮かんでいるのが見える。

 体力を吸収する技を使用した際、より多く回復を行えるようになる大きな根っこだ。

 

「(初めて見るポケモンです……ごく最近までアローラ地方は他地方との交流が少なかったらしいですし、そのせいでわからない事も多い地域です……)」

 

 この世界にはポケモンリーグという物が存在する地方は非常に多いが、実はポケモンリーグ協会に承認されている物は意外にも少ない。

 独自に行われていた慣習などが形を変えてリーグになったり、地方活性化のために新たにリーグ文化を興したりと、その発祥は様々。

 そういった地方の有力者が協会に加入と承認を求めてきたり、逆に協会側からコンタクトを取る事で、本格的な交流が始まり、トレーナー達の出入りも多くなっていくのだ。

 そういう意味では、古くから残る試練と大試練なる風習を発展させて発足したアローラリーグは、まだまだ若いリーグと言えるだろう。

 なんでも、現地のポケモン研究者であるククイ博士がカントーにやって来た際、こちらのリーグに感銘を受け、地元アローラにもリーグを作りたいと考えたのがそもそもの始まりらしい。

 そのため、他地方に流れるアローラ地方の情報はあまり多くはなく、協会から正式なリーグと認められた事でようやく広まり始めたのである。

 

「スノウ選手はアマルルガ! そして、ガラム選手はオニシズクモです! お恥ずかしながらわたくし、オニシズクモの実物を見るのは初めてでございますっ!!(ぐぬぬ……アローラのポケモンはまだ勉強中……! だが……だがしかしっ! 実況者の誇りに懸けて必ず盛り上げて見せるぞ!!)」

 

 実況者として日々ポケモンに関する勉強は欠かさないブルースではあるものの、いかんせんポケモンという生き物は奥も謎も深すぎて、専門の研究職ですらその種類や生態の全てを把握はしていないとすら言われるのだから、実況者の得られる知識も限られてくる。

 が、それでもなお燃えるのが実況者。

 「よくわからん」で済ますのは、彼のプライドが許さないのである。

 

「さぁ、それではそろそろ幕を開けましょう……1回戦最終試合、スノウ選手対ガラム選手のバトルを!!」

 

 実況席のブルースからの目配せを受けて、審判が両手に持った旗を掲げる。

 

「では、先鋒戦……アマルルガ対オニシズクモ。バトル…………開始っ!!」

 

 試合開始の合図が出ると同時、アマルルガの首の結晶状器官とヒレが発光し、甲高い鳴き声が木霊した。

 そして、突如空が黒く染まったかと思うと雪が降り始め、やがてそれは固形化が進み霰へと変化した

 

「なんだ……!?」

 

「ふふふ……これがアマルルガさんの特性、《ゆきふらし》です。場に出るだけで雪と霰を降らせてしまうのです」

 

 突然降り始めた霰に驚いたガラムへ向けて、スノウが自慢げに語る。

 

「《ゆきふらし》だと!? そんなアマルルガ聞いた事が無いぞ!?」

 

「私のアマルルガさんは少し特殊なのです。というのも、この子は化石から再生されたのではなく、南極の永久凍土……その地下深くでアマルスの状態で眠ったまま氷漬けになっていたのです」

 

 フィールドから飛び出たアマルルガの尻尾を撫でながら、スノウは空を見上げる。

 

「然るべき研究機関に送られて粗方調査が終わった後、南極調査隊のリーダーだった私のお父様が預かり、私に譲られた直後に覚醒したのです。恐らくですが、この子はこの特性によって降らせた雪と霰で自分自身を氷漬けにする事で絶滅を免れたのです」

 

「ほうほう……なるほど、古代の厳しさをその身で体験し、そして生き延びた太古の生き証人というわけか。ぬっはははは! 相手にとって不足無し!! ラナキラマウンテンに山籠り修行をした俺とポケモン達には、この程度の寒さは蚊が刺すようなものよ!!」

 

 と、その時、不意に風に煽られた大きめの雹が、大口を開けて笑っていたガラムの額に激突した。

 

「あ」

 

「……ぬっはははは! まぁ、さすがに霰が当たると痛いがな! ぬっはははは!!」

 

 赤くなった額を擦り、なおも笑うガラムに、スノウは微妙そうな表情。

 

「……今度は私が話しすぎたみたいです。そろそろ始めないと、皆さんも退屈です」

 

「うむ! さっきは俺が話しすぎたからな! おあいこになったところで始めるかっ! 行くぞ嬢ちゃん! バトルをエンジョイしようぜぇぇーーーーっっ!! オニシズクモ、“たくわえる”だっ!」

 

 本格的にバトルスタートという事でより声量の増したガラムが指示を出すと、オニシズクモは大きく息を吸うような仕草で水泡を膨らませる。

 力を蓄え、防御関係の能力を向上させる“たくわえる”だ。

 

「さぁっ! まさかの《ゆきふらし》を持つアマルルガには驚きましたが、ついに両者動き始めましたっ! ガラム選手、まずは下準備といったところでしょうか!」

 

 ガラムは風体こそ脳筋に見えるが、そこはやはり相応の実力者で、こういうバトルの下ごしらえにも気を配る事を怠りはしない。

 

「それなら、こちらから攻めさせてもらうです。アマルルガさん、“10まんボルト”です!」

 

 アマルルガのヒレの動きが激しくなり、明滅と共に周囲がスパークし始める。

 そして、長い首を振って雄叫びを上げると、強烈な電撃が空中を走り、オニシズクモを襲う。

 オニシズクモの巨体では回避は叶わず、あえなく被弾し、感電してしまう。

 

「(見た目からしてオニシズクモはみずタイプとむしタイプ! それなら“10まんボルト”が効くはずです!)」

 

 スノウの目算は正しく、オニシズクモのタイプ構成はまさにその通り。

 弱点であるでんき技を受けたオニシズクモは水泡を震わせて電撃に耐えるが、次第に呻き声を上げ始める。

 

「オニシズクモ、早速弱点技を受けてしまった! これはバトルの展開に大きく影響するかぁっっ!?」

 

「なんのぉっ! 気合いだオニシズクモぉっっ!!」

 

 マイクでも持ってるのかと思わんばかりの声量で叫ぶガラムに鼓舞されたオニシズクモが大きく左右に身体を振り、前2本の脚を持ち上げて叫ぶと、なんと全身を襲っていた電撃をはね除けてしまった。

 

「えっ!?」

 

「ぬっはははは! こいつに生半可な特殊技は効かん! そんじょそこらのオニシズクモとはオニシズクモが違う!」

 

 ガラムが豪快に笑うのはこの日だけで何度めか。

 自慢するように笑うガラムに同意するかのように、オニシズクモはまだまだ行けるとばかりに水泡を膨らませて余力をアピールしている。

 シズクモは通常、オニシズクモや他のシズクモと共に群れを作り、一人立ちできる程度に育つまでは集団生活をするポケモンだ。

 だが、ガラムの個体は手のひらよりも小さい頃から1体で生きてきた特異な境遇であった。

 そのたくましさと根性を気に入ったガラムはシズクモを仲間に誘い、今日まで他のポケモン達共々修行に次ぐ修行の日々を送ってきたのだ。

 その過程で鍛えられた忍耐力はバトル中における防御能力向上へと繋がり、この非常に打たれ強いオニシズクモが出来上がったわけである。

 降ってくる霰もぶつかりまくっているが、その耐久力故か、はたまた強がりか、ダメージを感じさせない。

 

「(特殊攻撃に強いみたいです……こおり技は効きにくいし、それならいわ技一択です!)アマルルガさん! “いわなだれ”です!」

 

 アマルルガが持ち上げた前脚で地面を叩くと無数の岩が空高く浮遊し、オニシズクモ目掛けて一斉に降り注ぐ。

 いわタイプの物理技にはさらに威力の高い“ストーンエッジ”もあるが、あちらはやや命中に難があるため、安定性を重視するトレーナーは“いわなだれ”を使用する事が多い。

 また、こちらは広範囲に岩が落下する性質上、攻撃範囲が非常に広く、複数の相手へのヒットが期待できるためにダブルバトルではこちらが優先的に使われやすい。

 

「なんのなんのぉっ! “アクアブレイク”だっ!!」

 

 オニシズクモの6本の脚を逆巻く水の渦が覆ったかと思うと、その巨体からは想像もできない跳躍力で跳ね、空中で脚を全て伸ばすとコマか風車のように回転を始めた。

 次々に落下してくる岩塊は、水の車輪と化したオニシズクモの脚に弾かれ、切断され、粉砕されていく。

 

「オ……オニシズクモ凄いっ!! 降り注ぐ岩をことごとく破砕し、弱点技を物ともしませんっ!!」

 

「あらら……無茶苦茶な防ぎ方です……」

 

 予想しようの無い防御方法で“いわなだれ”を凌がれてしまい、スノウは驚くような呆れるような表情を見せる。

 

「形ある物ならば必ず壊せる! パワーは最強の攻撃と最強の防御を同時に実現するっ!! さぁ、今度はこっちから行くぞぉっ! “ギガドレイン”っ!!」

 

 咆哮と共に膨らんだオニシズクモの水泡から緑色のエネルギー波が放たれてアマルルガの身体を一瞬にして覆い、激しく点滅する。

 苦しむアマルルガからオニシズクモへ向けて、無数の光の粒が送られ、オニシズクモは見る見る内に体力を回復していく。

 相手にダメージを与えると同時に、ダメージ量に応じて自身の体力を回復するくさタイプ技“ギガドレイン”。

 いわタイプを持つアマルルガにとっては弱点になる上、大きな根っこの補助効果もあって両者の体力差が広がりつつある。

 

「“10まんボルト”で振りほどくです!」

 

 アマルルガはスノウの指示によって全身から放電。

 自身に纏わり付いていたエネルギーの膜を稲妻で引き裂き、オニシズクモと距離を取るために後退する。

 

「し、信じられません! ポケモンバトルはタイプ相性が全てではないとはいえ、むしタイプのオニシズクモがいわタイプのアマルルガを一方的に押しておりますっ!!」

 

 相手の攻撃を力尽くで受け止め、反撃の吸収技で削りを入れつつダメージを回復……さすがガラムがその根性を気に入っただけあり、このオニシズクモはかなりの実力者。

 工夫すればアマルルガだけでも突破できそうではあるが……。

 

「うーん、参りましたねー、予想以上の相手です。……仕方無いです。アマルルガさん、戻ってください」

 

 ゴリ押しは下策と判断したスノウは、モンスターボールを取り出してアマルルガを一旦控えに戻した。

 

「おっと、スノウ選手ここでポケモン交代です! あまり無理をしない堅実な判断です」

 

「(ぬぅ……《ゆきふらし》という事は、霰が止んだ頃にまた出すつもりだな……厄介な。次のポケモンを出すタイミングが縛られるぜ……)」

 

 腕を組んだガラムが苦い顔を見せる。

 なんだかんだ言いつつも、ガラムはトレーナーとして平均以上の実力を有する人物であり、観察眼も戦術眼も相応のものを持ち併せている。

 それは、彼が得意とするバトルロイヤルというバトル形式を繰り返す内に培われたものだ。

 4体のポケモンが向かい合い、その全てが敵同士。

 誰がどのような思考の下、どのように行動するかを読み、自身も誰を優先して倒すか、そして誰が自身を狙ってきて、それにどう対処するかなど、考えなければならない事はいくらでもある。

 その中に長らく身を置いてきた彼は、勝ちも負けも味わう内、やがてその見た目とは裏腹の鋭い思考能力を得るに至ったのだ。

 

「ふふふ……次はあなたにお任せです。ユキメノコさんっ」

 

 スノウの投げたボールから白い影が飛び出し、不規則かつゆっくりと降りてきて、地面すれすれで浮遊した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 一見すると着物を着た少女のようにも見えるが、頭部から直に腕が伸びているなど、よく見れば異形。

 さらには胴体が空洞になっている関係上、入り込んだ風が反響し、常に不気味な音を響かせている。

 各地の雪女伝説と関わりがあるとされる、ゆきぐにポケモン『ユキメノコ』だ。

 

「スノウ選手の2番手はユキメノコですっ! 重量級のアマルルガとは打って変わって身軽なポケモンが出てきましたっ!!」

 

 ブルースが話している間に、審判が旗を掲げる。

 

「それでは、バトル………………再開っ!」

 

「先手必勝ぉっ! “アクアブレイク”だぁっ!!」

 

 機先を制して動いたのはガラム。

 先ほどのように跳躍したオニシズクモが、水流を纏った前2本の脚を交差させてユキメノコへ迫る。

 

「“ふぶき”です」

 

 ユキメノコが左右に開いた両腕を前方へ向けて振ると、周囲の空気の流れが乱れ、冷たい風と共に雪と霰も混じった猛吹雪が吹き荒れ始めた。

 だが、オニシズクモはまったく意に介さず突進していく。

 

「特殊技は効かんと言ったぁっ!! ましてみずタイプにこおり技ではなぁっ!!」

 

 スノウ自身も考えていた事だが、みずタイプに対してこおりタイプ技は効果が薄く、基本的に使用する事は無い。

 事実、オニシズクモは気にも止めずに吹雪の中をユキメノコ目掛けて落下し、長い脚のリーチにユキメノコを収めると、交差した脚で切りつけるように左右へ振り抜いた。

 ……しかし、技が当たったと思われた次の瞬間、ユキメノコの姿が粉雪のように崩れ、吹き荒ぶ吹雪の中へ消えてしまった。

 

「何っ!? ……《ゆきがくれ》か!!」

 

 《ゆきがくれ》。

 天気が霰の時、その中に身を溶け込ませる事で回避率を上げる特性である。

 

「……うふふふ……ここまで勝ち進んできた以上、相応の実力だとは思っていましたが、予想を遥かに上回る方でした。私も全力で応じないと失礼というものです。……“シャドーボール”」

 

 それまでのおっとりとした声色から一転し、抑揚の無い技の指示が出されるや、吹雪に閉ざされた真っ白な世界の向こうから、背景とは真逆……漆黒のエネルギー球が飛来し、オニシズクモの背中にヒットする。

 

「っ! そっちか! “アクアブレイク”!」

 

 再度脚に水流を纏わせて、攻撃の飛んできた方向へ向けて振るうが、ほんの一瞬白いベールに切れ間ができただけで、何かに当たった手応えは無い。

 かと思えば、またも背後から、横から、上から、前から。

 あらゆる方向から無数に“シャドーボール”が撃たれ、次々にオニシズクモを襲った。

 

「なっ……!?」

 

 相手の動きを読むどころか姿を見る事すら叶わないのでは、ガラムの得意な読み合いもへったくれもありはしない。

 そうこうしている内に10発以上の“シャドーボール”を浴びたオニシズクモが、とうとうその脚を伸ばしきって力尽きてしまった。

 吹雪に覆われた先にかすかに見えていたそのシルエットの変化に、ガラムは絶句する。

 

「馬鹿な……! 俺のオニシズクモが……!?」

 

「うふふふ……まず、ひとつ……」

 

 確認に向かった審判が雪まみれになりながら吹雪の中から現れ、呼吸を整えると大声で宣言した。

 

「はぁっ……はぁっ…………オ……オニシズクモ戦闘不能! ユキメノコの勝ちっ!」

 

「おぉっと! 力と技の応酬が続いた試合ですが、ここに来てようやくポケモンの数に変化がありましたっ! アマルルガはだいぶダメージを受けましたが、先に相手を減らしたのはスノウ選手っ! 正直申し上げまして、視界が真っ白で何が起きたのかよくわかりませんっ!! スタッフ! サーマルゴーグルお願いします!」

 

 まさに実況者泣かせの状況。

 こうもフィールドを白銀に染め上げられては、戦況の把握もままならない。

 急ぎ熱源を感知できる機器を用意して観客にバトルの状況を伝えなければ、実況者の名折れである。

 

「ぬうぅ……! よくやったぞ、オニシズクモ! お前の熱い闘志、確かに受け取った!」

 

 オニシズクモをボールに戻したガラムは、吹雪を隔てた向かいに立つスノウへと目を向けるが、当然その姿は見えない。

 ……にもかかわらず、まるであちらこちらから視線を向けられているかのような不快感に襲われる。

 

「……ふふふふ……ユキメノコさんが見せる銀世界の幻想(イリュージョン)はまだまだ始まったばかり……どうぞごゆっくりお楽しみください。……身も心も……凍てつくまで……♪」

 

 

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 白銀の世界に君臨する姫君が笑う。

 無邪気に。

 優雅に。

 淑やかに。

 そして……冷酷に。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

最後のスノウはもっと狂気に満ちた表情も描いてみたのですが、女の子がして良いレベルじゃないほどの凶悪な面構えになってしまったのでボツにしました。


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第97話:切り札『Z』!白銀砕く鉄拳!

約1ヶ月の休載を経て復活いたしました!お待たせしてごめんなさい!



 小さな雪の姫。

 大きな炎の闘士。

 霰に紛れた強襲を得手とするスノウと、攻撃も防御も圧倒的パワーで両立するガラムのバトルが始まった。

 いわタイプを持つアマルルガに対し、本来不利なはずのむしタイプ・オニシズクモでガンガン押し込んでいくガラム。

 スノウは形勢不利を悟ると、アマルルガを戻して2番手ユキメノコを繰り出す。

 オニシズクモは悪天候に身を隠して襲い来るユキメノコの動きを捉える事叶わず、一方的な攻撃によって自慢の耐久を活かせぬまま倒れてしまった。

 『銀世界の姫君(ブリザード・プリンセス)』……その異名の所以たるスノウの本気が、とうとう露になる……。

 

 

 

 オニシズクモを破られたガラムは、2番手を収めたモンスターボールを手に握る。

 

「(銀世界の幻想ね……確かに幻みてぇに動きが見えねぇ。……だったらよ、こっちもこの霰を使わせてもらうぜ……!)……打ち壊せ! サンドパンっ!!」

 

 ヒビが入るのではと心配になるほど握られたボールが投擲され、放たれた光が形を成していく。

 地面に着地すると同時に完全に固着したそのポケモンが、ゆっくりと顔を上げる。

 

 

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 ねずみポケモン『サンドパン』だ。

 透き通るような白と水色の身体、手足から伸びる太く鋭い鉤爪。

 だが、何より目を引くのは、その頭部と背中から伸びる鋭利な氷柱。

 これはどうやら氷のコーティングのようで、太陽光に照らされた氷の中には、本体と呼ぶべき鋼鉄のトゲがうっすらと見える。

 その首からは命の珠と呼ばれる、体力を攻撃力に変換する不思議な宝珠がぶら下がり、これも寒色系のカラーリングによく馴染んでいる。

 

「あ……あれがサンドパンです……!?」

 

 スノウは驚いたように目を丸くする。

 

「ぬっはははは! 驚いてるな嬢ちゃん。俺もジョウトに来てこっちのサンドパン見た時は驚いたぜ。アローラじゃ雪山に住んでるポケモンが、他の地方じゃ砂漠や砂地に住んでんだからな」

 

 そう、驚くのも無理は無いのだ。

 一般的にサンドパンというポケモンは、砂漠で暮らすじめんタイプのポケモンだからだ。

 しかし、ガラムらアローラ生まれにとって馴染み深いこの姿は、雪山や雪原を住み処とするこおりタイプとはがねタイプの複合タイプなのだ。

 

「観客の皆様! 我々は今、とても珍しいものを見られました! これは噂に聞くリージョンフォームっ!! 本来とは異なる特定の環境下で生き抜くため、長い時をかけて己の生態を変化させた姿のポケモンなのですっ!!」

 

 カントーでもジョウトでも珍しくはないサンドパンが、まるで異なる姿で登場した事で、会場は大いに沸き立った。

 

「……雫のような大きな目……走破力に優れた爪の形……氷柱のような美しいトゲ…………素敵です……次はアローラに行きたいです……」

 

 特にこの美しい姿はこおりタイプ使いであるスノウの琴線に触れたらしく、彼女の胸には早くもアローラサンドパンのゲットという野望が燃え上がっていた。

 審判もアローラサンドパンの姿に見惚れていたが、気を取り直して1歩進み出ると、スノウとガラムを交互に見ながら呼びかける。

 

「それでは両者、準備はよろしいですか?」

 

「はい」

 

「おうっ!」

 

 その返事を確認すると、両手の旗を振り上げ……。

 

「では、バトル………………再開っ!!」

 

 振り下ろした。

 

「“シャドーボール”です」

 

 今度は先の意趣返しのようにスノウ側からの先制攻撃。

 真っ白な身体を吹雪の中に溶け込ませたユキメノコは、合わせた両手の間に黒いエネルギー球を作り出し、サンドパンへ向けて発射した。

 高速で飛来した影の豪速球は、サンドパンに回避の間を与えず、その背中に直撃する。

 

「……へっ! “メタルバースト”だ!」

 

 だが、ガラムが不敵に笑ったかと思うと被弾したサンドパンの身体が光を放ち、それが一旦体内へ集束した直後、サンドパンを中心として強烈なエネルギーの波が広範囲に拡散し、ユキメノコもその中に飲み込まれてしまった。

 

「(しまった……! まさか“メタルバースト”とは……! ……いえ、はがねタイプを持っているのなら、当然警戒すべきでした……!)」

 

 スノウらしからぬ勝負の急ぎ具合であるが、当然理由はある。

 というのも、このアローラサンドパン……スノウとの相性が最悪なのである。

 彼女が得意とするのは、霰に姿を隠した攪乱及び奇襲と、その霰によるスリップダメージの併用。

 そして、命中に難はあるがこおりタイプ最高峰の威力を誇る“ふぶき”。これは霰が降っている場合にはほぼ必中となる上、その強力な冷気によって相手を凍結状態にしやすい技だ。

 上記戦術に加え、あわよくば“ふぶき”で凍らせてしまうのがスノウのバトルの基本。

 ……なのだが、こおりタイプのアローラサンドパンは凍らない上、はがねタイプもあるのでこおり技がほとんど通用せず、霰もダメージどころか、むしろ降れ降れといったところ。

 さらに、あちらからははがね技で大ダメージを叩き込まれてしまうのだ。

 バトルが長引いてこちらの手を明かせば明かすほどに不利を強いられる事になるというわけだ。

 なので、それなりに効果の見込める“シャドーボール”で速攻をかけるのが正解と判断した上で攻撃を行ったのだが、その焦りが“メタルバースト”への警戒を怠らせてしまった。

 “メタルバースト”は主にはがねタイプが習得する反撃技であり、受けたダメージに自身のエネルギーも加えた反撃を行い、より大きなダメージとして跳ね返す。

 習得可能ポケモンが限られる分、物理技に反応する“カウンター”と特殊技に反応する“ミラーコート”の長所を併せ持っており、どちらの攻撃を受けても問題無く反撃可能という強力な技なのだ。

 反撃ダメージ量では少し劣っているのだが、対応力の面では大きく上回っており、反撃系の中では扱いやすい技と言えるだろう。

 

「スノウ選手のユキメノコ、サンドパンにダメージこそ与えたものの、“メタルバースト”による手痛い反撃を受けましたっ!! オニシズクモを破った勢いを維持して行きたいところですが……!?」

 

「残念だがそうは問屋がなんとやらぁっ!! “アイアンヘッド”だ!」

 

 “メタルバースト”のエネルギー波でダメージを与えた際に聞こえたユキメノコの声の方向へ、頑強な爪で雪を蹴ったサンドパンが驚異的な速度で突進していく。

 

「(速いっ!?)“まもる”ですっ!」

 

 ユキメノコが咄嗟に展開した障壁によって、鋼鉄のような輝きを放つ頭突き攻撃は間一髪で防御成功。

 

「おせぇっ!」

 

 ……したはずなのだが、見えない壁にぶつかったサンドパンは一旦身を引き、異様に機敏な動きで横向きにステップを踏むや、障壁の脇をすり抜けて頭を振りかぶり、その額をユキメノコの頭に激突させた。

 

「(……! この速さ……!?)……《ゆきかき》……ですか」

 

「ご明察だっ! アローラのサンドパンは普通はユキメノコと同じ《ゆきがくれ》なんだがな! こいつはサンドの頃、ラナキラマウンテンの雪原でいやに速く走り回っていたんだ! 仲間にしてみたらこの通りよっ!!」

 

 強烈な頭突きでユキメノコを吹き飛ばしたサンドパンは、「どうだ」とばかりに鉤状の爪を振り回して降り注ぐ霰を切り裂く。

 《ゆきかき》は霰が降っている場合に限り、降り積もった雪や霰を掻き分けて動きに勢いを付ける特性なのだ。

 一方のユキメノコは、起き上がりながらクラクラする頭を手のひらで叩いて治そうとしている。

 

「こいつで決めるぜっ! “アイアンヘッド”っ!!」

 

 サンドパンは4足歩行状態になると足元を踏み固め、雪原で鍛えられた強靭な脚力で一気に加速し、硬化した頭で再度ユキメノコへ突進を敢行した。

 

「同じ手は食わないです。“かなしばり”っ」

 

 それに対し、ユキメノコはゆっくりと目を見開き、その瞳から不気味な輝きをサンドパンへ向けて放つ。

 すると、まさに金縛りに遭ったかのようにサンドパンの動きが鈍り、両手両足の爪を突き立てて緊急着地した。

 “かなしばり”。

 直前に相手の出した技の動作を学習し、その動きを適切に封じ込められるタイミングを見計らって超能力で筋肉を麻痺させる技。

 これによってしばらくの間その技を出す事ができなくなってしまい、場合によっては決定打となる技を完全に封じられ、手も足も出なくなってしまう可能性もある。

 

「(ぬっ……! “アイアンヘッド”を封じられたか! だがしかし! それだけが攻撃技じゃぁねぇぜ!)……よし! “つららばり”だっ!」

 

 サンドパンは四つん這いの体勢になると背中を空へ向ける。

 すると、背中のトゲが青白く発光し、5本の太い氷の針が打ち上げられた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おぉっと、ガラム選手のサンドパン、“つららばり”を発射しましたが、姿の見えないユキメノコにどのように攻撃するのでしょう……!?」

 

「へっ……! こうすんのさっ!! サンドパンっ!!」

 

 ガラムの合図と共に、発射された“つららばり”が光ったかと思うと爆散し、一回り小さい氷柱が地面へ降り注ぐ。

 それはさながら、空中で分裂して無数の子弾をバラ撒くクラスター爆弾のようだ。

 

「っ! これは……!」

 

「《ゆきがくれ》はあくまで雪景色に溶け込んでるだけだ。実体が消えたわけじゃねぇっ!!」

 

 ユキメノコはこおりタイプなので、こおり技の“つららばり”はダメージには期待できない。

 だが、そこそこの質量がある氷柱が上空から降り注いでぶつかったとなれば、呻き声のひとつも出てしまうのが生き物である。

 一面の雪景色の中で、サンドパンは“つららばり”を発射した体勢のまま微動だにしない。

 周りには氷柱が落下する音だけが響いていたが、その中にほんのわずかな鳴き声が混ざると、サンドパンは大きな爪を振って雪を巻き上げながら方向転換し、声のした方へ一直線に突っ込んでいく。

 《ゆきかき》の効果もあり、そのスピードはオニシズクモとは雲泥の差。

 加えてあちこちに刺さった氷柱がユキメノコの進路を塞ぐ一方、鋼鉄もかくやという頑強な身体のサンドパンは、それらを平然とへし折りながら突き進める。

 

「食らえぇぇーーーーいっ!! “アクアテール”っ!」

 

「“シャドーボール”を爆発させるですっ!」

 

 銀世界を駆け抜けながら尻尾に水流を纏わせるサンドパン。

 対するユキメノコは、両手の間にエネルギー球を生成し、一瞬にして自身の半分ほどの大きさへ肥大化させていく。

 サンドパンの“アクアテール”が先か、ユキメノコの“シャドーボール”が先か。

 結果は……“シャドーボール”だった。

 迫るサンドパンに向けて発射された“シャドーボール”は、少し飛んでから膨張して爆散し、その爆風に周囲の氷柱とサンドパンを巻き込んだ。

 

「ちっ……!」

 

「(タイプは変わってもサンドパンはサンドパン……特殊攻撃は苦手なはずです)続けて“シャドーボール”です!」

 

 相手が爆発に怯んだ隙に勝負を決めようと、第2射のチャージが始まる。

 

「2枚抜きなんざさせるかよぉっ! サンドパン! お前のパワーを見せてやれっ! “アクアテール”っ!!」

 

「同じ手は食わないと言ったです! 発射っ!」

 

 ユキメノコから“シャドーボール”が放たれ、白いカーテンの向こうで爆発音が響く。

 

「やったですか……?」

 

 スノウは目を細めるが、やはりユキメノコのシルエットが薄く見えているのみ。

 しかし……。

 

「……っ!?」

 

 巨大な何かが近付いてくる。それもかなりの勢いで。

 その正体は……サンドパンだ。

 鉤状の爪を凍結した地面に突き刺し、バリバリと引き剥がして分厚い氷の盾に変えて突っ込んできたのだ。

 

「な……なんとぉぉーーーーっっ!! サンドパン、周囲の地面から氷を剥がし、それで身を守りながら突撃してきたぁぁーーーーっっ!! なんてパワー! なんてスピード! これが凍てつく氷の世界に適応したサンドパンかぁぁーーーーっっ!!」

 

「(あ、あんな物持ってあれだけのスピード……!? どういうパワーしてるんですか!?)」

 

 ユキメノコもサンドパンの気迫に圧されて立ち竦むが、すぐに我に返って“シャドーボール”を放ちながら後退する。

 だが、氷の盾は少しずつひび割れながらもエネルギー球に耐える。

 

「逃がすなあぁぁーーーーっっ!!」

 

 サンドパンは水流が音を立てて渦巻く尻尾を振りながら身体ごと回転すると、爪で刺していた氷の板を、《ゆきがくれ》で逃れようとするユキメノコ目掛けてフリスビーのように投げつけた。

 まだ距離があると思っていたユキメノコはあえなく氷が直撃し、その下敷きになってしまった。

 飛び上がったサンドパンは、ユキメノコを捕らえた氷の直上で身体を横向きにして回転。

 まるで奇術の切断ショーで使う回転ノコギリのように、動けないユキメノコへと襲いかかったのだ。

 

「……! 仕方無いです……“シャドーボール”を暴発させてください!」

 

 その指示を聞いたユキメノコは、それもやむ無しという表情を浮かべると、氷の下の両手にエネルギーを集束させる。

 直後、空中から迫っていたサンドパン、そしてユキメノコ自身も巻き込む巨大な爆発が起き、無数の氷の破片があちこちに飛び散った。

 

「ユキメノコ捨て身の自爆っっ!! 吹雪の中はエネルギーの奔流であちこち赤くなっております!! 審判、確認はもう少し待たないと危険ですよっ!」

 

 サーマルゴーグルでフィールドを確認するブルースが、吹雪の中へ入ろうとした審判を制止した。

 

「自爆たぁな……根性あるなんてもんじゃねぇぜ……」

 

 さしものガラムも、この展開には驚きを隠せないようだ。

 

「……ごめんなさい、ユキメノコさん……」

 

 一方のスノウはというと、目を伏せて沈痛な面持ちのままフィールドを見つめている。

 こおりタイプの使い手という事で冷たい部分があると見られがちな彼女ではあるが、感情を押し殺した冷徹な面こそあれ、決して冷血というわけではなく、むしろポケモン達への思いやりは人一倍だ。

 冷徹な指示にも躊躇い無くポケモンが従うのは、普段から強い信頼関係を築けているが故なのである。

 間も無くフィールドの状態が収まり、霰も弱まった事で審判が確認に向かった。

 

「…………ユキメノコ、サンドパン、共に戦闘不能っ!」

 

 審判の宣言で、またも観客席が沸き立つ。

 

「ユキメノコ決死の“シャドーボール”で両者撃沈っ!! これでガラム選手は最後の1体となり、対するスノウ選手はアマルルガ含め2体を残しております!」

 

「……っし、よくやったなサンドパン。……さぁて、数の上じゃぁ俺が不利か。……へっ! 元より俺も俺のポケモンも逆境こそが真骨頂っ! 周り全て敵のバトルロイヤルで鍛えた忍耐はここからが本領発揮だっ!! 俺達の闘志でお前の銀世界を解かし尽くしてやるぜぇぇっっ!!」

 

「ご苦労様です、ユキメノコさん。……ふふっ、あいにくですが、あなたの闘志が凍って永久凍土に沈むのが先なのです」

 

 2体目を戻した2人は、バチバチ音がしそうなくらいに闘志をぶつけ合い、次なるボールを手にする。

 

「さぁ、お前の力をあの嬢ちゃんに見せてやりなっ! キテルグマぁっ!!」

 

「ユキメノコさんの頑張りでタイミングばっちりです。もう1度お願いします、アマルルガさんっ!」

 

 ガラムが投げたボールからピンク色の物体が飛び出し、空中でカラダを丸めて回転しながら落下し、地鳴りと共に着地した。

 

 

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 ごうわんポケモン『キテルグマ』。

 その名の通りに熊の着ぐるみのような愛嬌のある姿をしている。

 ……が、その実恐ろしく筋力が発達しており、しかも力の加減が極めて苦手な上、親しい相手を抱き締める習性がある。

 これらの要素が合わさった結果、仲良くなった相手ほど絞め殺される可能性が増すという危険極まりないポケモンと化し、アローラ地方で最も危険なポケモンとして注意が呼びかけられている。

 特にガラムが繰り出したこの個体はよほど鍛えられているのか、その場にいるだけで周囲の空気を圧迫しているかのような雰囲気すら漂わせている。

 そのプレッシャーは向かいに立ったアマルルガも戦慄させ、氷の冷たさとはまったく異なる悪寒を感じさせている。

 

「(なかなか愛らしいポケモンですけど……なんでしょう、この感じ……視線だけでじりじりと焼かれているかのようです……)」

 

 それまで少なくとも表面上は平静を保っていたスノウの頬を冷や汗が伝う。

 

「……負けません。アマルルガさん、《ゆきふらし》をお願いします」

 

 圧に負けそうになったアマルルガが、自身を奮い立たせる事も兼ねて咆哮し、上空で霧散しそうになっていた黒雲を再度結合させて霰を降らせる。

 だが、その悪天候の中にあってもキテルグマは微動だにせず、じっとアマルルガを見つめ続けている。

 確かに一見可愛らしいのだが、今の状況ではその表情の読めない面構えが逆に不気味さを醸し出している。

 

「両者、準備は良いですね? ……では、バトル…………再開っ!」

 

「アマルルガさん、“ふぶき”です!」

 

 キテルグマを警戒するスノウは再び速攻に動く。

 アマルルガの鳴き声が木霊し、雪と霰と風のオーケストラがフィールドを覆う。

 

「構わねぇ、突っ込めキテルグマっ!! “ドレインパンチ”っ!」

 

 キテルグマは身体を温めるかのようにその場で2度3度と軽く跳ねて肩を回すと、見事なクラウチングポーズを取って走り出し、吹き荒ぶ“ふぶき”の中へと突っ込んでいった。

 

「キテルグマ、“ふぶき”も気にせず突撃したぁぁーーーーっっ!?」

 

「ト、トレーナーも無茶苦茶ならポケモンも無茶苦茶です……」

 

 アマルルガの図体では素早く移動する事はまず不可能。

 キテルグマは先ほどまでアマルルガがいた場所へ方向を一切変えずに走っていくと、案の定大きなシルエットを発見し、闘気を込めた右腕を引き、そして地面を蹴って一気に距離を詰めると同時にストレートを繰り出した。

 アマルルガは白いベールを引き裂いて現れたキテルグマに対応できず、その胴に強烈なパンチを受けてしまう。

 いわとこおりという、かくとうタイプが弱点となる2つのタイプを併せ持つアマルルガにこれは致命的なダメージだ。

 しかも“ドレインパンチ”は“ギガドレイン”同様、与えたダメージに応じて自身の体力を回復する技であり、アマルルガの受けた絶大なダメージはキテルグマの“ふぶき”によるダメージを帳消しにしてしまった。

 

「畳み掛けろっ! “ぶんまわす”っ!!」

 

 あまりのダメージにふらつくアマルルガの背後に回ったキテルグマは、その長い尻尾を掴むや力任せに持ち上げ、そして振り回す。

 

「アマルルガさんっ……!?」

 

「こ、これは凄いっ!! 体重225kgもの巨体が、まるでハンマー投げのように振り回されておりますっ!!」

 

 ガラム以外の全員が呆気に取られる中、キテルグマはアマルルガを引きずって走り回ってそのままジャンプすると、振り上げた武器を振り下ろすようにアマルルガを地面へ投げ飛ばした。

 身体が大きく体重が重いというのは、地上にいる時は安定性などの恩恵を受けられるが、このように空中から叩き付けられてしまうような場合には全身にかかる負荷が大きくなりがちだ。

 地響きと土煙を引き起こして落下したアマルルガへ、審判が駆け寄る。

 

「……アマルルガ、戦闘不能っ!」

 

「アマルルガ敗れたぁぁーーーーっっ!! ガラム選手、数の不利を一瞬にして覆し、1対1へ持ち込みましたっ!!」

 

 歓声響く中、スノウは優しい眼差しでアマルルガをボールに戻すと、一転して苦々しい表情でキテルグマの方を見つめる。

 

「よく頑張ってくれましたね、アマルルガさん。……やっぱりさっきの悪寒は気のせいなんかじゃなかったです。あのポケモン……強いです。……と、なると……あなたしかいませんね」

 

 そして、最後の1体の入ったボールを取り出し、願いを込めるように両手で握り……。

 

「……決めますよ。オニゴーリさんっ!」

 

 一切の笑みが消えた真剣な表情でフィールドへと投げ込んだ。

 込められた願いに応えるかのような咆哮を上げてボールから飛び出したのは、白い球体状の身体から黒いツノの生えた、鬼の頭のようなポケモン。

 

 

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 がんめんポケモン『オニゴーリ』だ。

 冷気を纏うその右ツノには虹色に輝く宝珠を括り付けている。

 

「最後はオニゴーリか! ……なるほど、すげぇ冷気だ。俺のキテルグマが寒さで身震いしてやがる」

 

「このオニゴーリさんは、さっきのユキメノコさんとほぼ同時に生まれた兄妹のようなもの……どうやら仇討ちをしたくていつもより荒々しくなってるようです」

 

 その言葉通り、オニゴーリはキテルグマを睨んで威嚇するように上下の歯をガチンガチンと噛み鳴らしている。

 

「へへっ……残念だが、そのオニゴーリもキテルグマには勝てねぇ! こいつの拳はどんな氷も岩も鉄も砕くんだぜぇっ!!」

 

「やれるものなら」

 

 言うなりスノウは左手で前髪を掻き上げて後ろへ流し、それまで長い髪で隠されていた左耳を露にする。

 そして、そこに光るイヤリング……正確にはその先端にぶら下がるオニゴーリの装着している物と似た宝珠……キーストーンを露出させた。

 

「こ、これはもしや……キーストーンっ! スノウ選手はオニゴーリをメガシンカさせるつもりなのかっ!? えーと……や、やはりスノウ選手のこれまでの公式戦績ではメガシンカは使用されていませんっ!! これが、彼女の公式記録に残る初めてのメガシンカですっ!! というか、お恥ずかしながらわたくし、オニゴーリのメガシンカを見るのは初めてで興奮気味でありますっっ!!」

 

「ふふふ……では、ご期待に応えて……行きましょうかオニゴーリさん」

 

 スノウは祈るように両手を合わせて目を閉じると、オニゴーリと呼吸を合わせ始めた。

 

「(メガシンカ……通常の進化を超えてさらなる力を与える、トレーナーとポケモンの絆が形になるシンカか。アローラじゃあまり見かけねぇが、かなりのパワーアップと聞く……。へっ、面白いじゃねぇか……!)」

 

「……ふふっ……私達の絆の色で、白銀の世界を染め上げましょう。そして、世界凍てつく氷の顎門(あぎと)が全てを砕くっ! オニゴーリさん! メガシンカっ!!」

 

 メガイヤリングから眩い光が放たれ、オニゴーリの全身を包み込んでその形状を変化させていく。

 身体はひと回り大型化し、下半分の凹凸が多く、そして大きくなる。

 額からは左右のそれに続く第3のツノが伸びて変化が緩やかになると、オニゴーリを覆っていた光が弾け、粒子となって立ち上るように消え去る。

 そして、新たな力を得た氷の魔人が人々の前に姿を現した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……これがメガシンカ……! メガオニゴーリか! ますます冷気が強くなりやがったな!! だがっ! さっきも言った通りに逆境の時ほど俺達は強くなるんだぜぇぇっっ!!」

 

 顎に当たる部分が黒く染まり、大口を開けて周囲を凍てつかせるメガオニゴーリを前に、ガラムもキテルグマも全身に力を込めて闘志を燃やす。

 審判は闘気渦巻くフィールドへ息を飲んで近付くと、いよいよ最後の戦いの幕を開ける旗を振りかぶる。

 

「そ、それでは、バトル………………再開っっ!!」

 

「“ふぶき”ですっ!」

 

「“ドレインパンチ”っ!!」

 

 それはアマルルガ戦の再現。

 大きく開かれたオニゴーリの口から放たれた冷気と周囲の荒れ狂う風が混ざり合って発生した猛烈なブリザードがキテルグマを襲い、そのキテルグマが力任せに突破を図る。

 ……図っているのだが……。

 

「あぁっとぉっ!? アマルルガの時は見事に“ふぶき”を突き破って“ドレインパンチ”を打ち込んだキテルグマですが、メガシンカしたオニゴーリから放たれる“ふぶき”を越えられないっ! 先へ進めませんっ!! 足を前へ出すも押し戻されていますっ!!」

 

 アマルルガの“ふぶき”を突破し、その巨体を持ち上げて振り回す驚異の筋力を見せつけたキテルグマが、進む事すらままならない。

 

「(くっ……!? これがメガシンカの力ってわけかよ……!)……だったらこいつはどうだっ!! “アームハンマー”っ!!」

 

 降りしきる霰、雪。そしてアマルルガ、ユキメノコ、オニゴーリ全員が使用した“ふぶき”によって、フィールドには分厚い氷の層が出来上がっている。

 サンドパンの時にそうしたように、再びこれを利用する策を思いついたガラムはさっそく行動に移す。

 足幅を広く取って踏みとどまったキテルグマが両腕を持ち上げ、一気に地面へ振り下ろす。

 まるで“じしん”を使ったかのように激しく地面が震動するが、目的はそこではない。

 

「気合だっ! 根性だっっ!! キテルグマぁぁーーーーっっ!!」

 

 ポケモンのように咆哮するガラムの檄に応え、キテルグマは地面に突き刺さった腕に力を込める。

 直後、震動に加えて地鳴りが響き、オニゴーリも思わず周囲を確認する。

 ミシミシ……。

 バキバキ……。

 バリバリ……。

 軋む音、ヒビの入る音、割れる音。

 

「な…………ぁ……え…………!?」

 

 元々霰で視界は悪かったが、さらに視界が暗くなってきた。

 スノウは目を丸くして首の仰角を上げてその障害物を見上げる。

 オニゴーリの、スノウの眼前には、直径4m……いや、5mはあろうかという氷の壁がそびえ立っていたのだ。

 

「……は…………剥がしたぁぁーーーーっっ!? キテルグマ、ほぼフィールド全体の凍結した地面を腕力で抉り、引き剥がしましたぁぁーーーーっっ!! 氷の盾を作ったサンドパンの時ですら驚かされたのに、まったくもって常軌を逸したパワーですっっ!!」

 

 だが、剥がしただけで終わるわけがなく、氷の壁が音を立ててオニゴーリの方へと倒れてくる。

 さすがに対象の質量が大きすぎて、“ふぶき”では押し返す事ができない。

 

「ならば……! オニゴーリさん! “アイアンヘッド”ですっ!」

 

 メガシンカによって爆発的にパワーアップしたオニゴーリは、その頑強な氷の鎧を纏った球体状の身体自体が破壊力抜群の弾丸……いや、砲弾のようなものだ。

 オニゴーリは赤く染まった瞳でしっかり前を見据えると、頭部をさらに硬質化させ、ロケットのように勢いよく飛び出していった。

 砲弾の種類に徹甲弾という物がある。

 厚い装甲を撃ち貫くために使用される弾であり、硬い金属の円錐に高い運動エネルギーを加える事で貫徹力を追求した砲弾で、主に主力戦車の主砲弾として使用される。

 厚さ40cmにもなる氷壁を先端のツノで穿ち、それによって空いた穴を硬い本体で突き破っていくオニゴーリの姿は、この徹甲弾を彷彿とさせる。

 

「貫いたぁぁーーーーっっ!! 押し潰されそうなほどの氷の壁を、オニゴーリは驚異のパワーで突き破りましたぁぁーーーーっっ!! なんなんだこのパワーとパワーの応酬はっっ!?」

 

 ズズゥンと地鳴りを上げて倒れた氷によって、周囲には強い風圧が発生し、オニゴーリも一瞬だけ目を閉じてしまう。

 

「“ドレインパンチ”だっ!」

 

 その隙を逃さない……というよりその隙を作るのが目的だったガラム側が攻勢をかける。

 キテルグマの進行を阻むほどの“ふぶき”を止めるには、大質量による陽動が有効であると判断したが故だ。

 

「“かみくだく”ですっ!」

 

 スノウ側もこれに即応し、予備動作の少ない技での迎撃に出る。

 白い靄の中から右腕を引きながら突っ込んでくるキテルグマの方へ向き直ったオニゴーリの口に、禍々しいオーラで構成された牙が現れ、キテルグマへ攻撃を仕掛けた。

 キテルグマは咄嗟に左腕でそれを受け止め、鋭く邪悪な牙が食い込んだ。……はずだったのだが。

 ……なんというか……手応えというか歯応えというかが圧倒的に足りず、綿を噛んでいるかのようなもふっとした感触に、オニゴーリも目を丸くしてしまう。

 

「隙あり“ドレインパンチ”だぜぇっっ!!」

 

 左腕で受け止めたオニゴーリへ、右腕を振り抜いてその顔面に強烈な一撃を叩き込む。

 同時にオニゴーリから体力を奪いつつ、大きく後方へ飛び退いて態勢を整えるキテルグマ。

 

「(“かみくだく”がまったく効いていない……あのポケモンがかくとうタイプと考えても、単なるタイプ相性にしてはダメージの軽減量が大きすぎるです。……と、なると……)」

 

 ダメージらしいダメージの見えないキテルグマを見つめ、スノウが脳内で分析をしていると、それを察したガラムが腕を組んで話し始めた。

 

「不思議に思ってるみてぇだな嬢ちゃん。ダメージが異様に小さすぎると考えてるんだろう? ……ご明察。これがキテルグマの特性……《もふもふ》だっ!」

 

「もふ…………え?」

 

「……《もふもふ》だっっ!!」

 

 ガラムの強面な見た目のイメージからかけ離れた可愛らしい単語に理解が追いつかないのか、思わず聞き返してしまったスノウへ、律義に同じ台詞を繰り返すガラム。

 

「こいつはそのもっふもふした感触のおかげで、相手に直接触れる……いわゆる接触技のダメージが軽減されるって特性なのさっ!!」

 

 ガラムの言葉に合わせるように両手を顔の前で揃えて首を傾げるあざといポーズを決めるキテルグマだが、化け物じみた圧倒的なパワーを見た後なのでむしろ狂気しか感じない。

 

「(《もふもふ》……特性名こそ愛嬌がありますが、生半可な接触技が通用しないのは厄介です。ここは特殊技主体で攻めるのが上策ですけど……“ふぶき”を独力で突破できない事こそわかりましたが、あちらもそれは理解してるはずですし、易々とは使わせてくれないでしょうね)」

 

 このキテルグマ相手では力比べのような接近戦は自殺行為と早々に判断し、特殊技メインの戦術を構築していくスノウ。

 

「……オニゴーリさん、“めざめるパワー”です!」

 

 オニゴーリの身体が光り輝き、その光が6つの茶色いエネルギーの弾丸へと変化してオニゴーリの周囲を高速で回転し、咆哮と共にキテルグマへ発射された。

 

「(むっ……! やはり特殊技で攻めてきたか! しかもあの色……かくとうタイプかっ!!)」

 

 “めざめるパワー”は、使用するポケモンによってタイプが変化する一風変わった技である。

 しかも同じ種類のポケモンでも個体ごとに異なるのだ。

 これはポケモンが体内に蓄積している『気』とでも呼ぶべきエネルギーを攻撃に転用しているためだが、この技の存在によって思わぬ相手から思わぬ痛手を負わされる事も決して珍しくはなくなっている。

 そして、このオニゴーリが使ったのは、ガラムの読み通りにかくとうタイプの“めざめるパワー”。

 こおりタイプの弱点となるいわタイプ、はがねタイプに対して大きな効果が見込める、オニゴーリのタイプと噛み合ったタイプになっている。

 かくとうタイプにノーマルタイプを併せ持っているキテルグマにもかなりのダメージが期待できるし、当然これは接触技に該当しないので《もふもふ》に軽減される事は無い。

 

「(さすがにマトモに食らいたくはねぇな……)よし、キテルグマっ! その辺の氷に“ぶんまわす”だっ!!」

 

 一際大きな氷はさっきの陽動に使ってしまったが、それが倒れた際に砕けた大きめの破片は周辺に散乱している。

 キテルグマはその中の1つを両手で掴むと、勢いよく振り回して飛来するエネルギー弾を叩き落としていく。

 しかし、高い威力を誇るが素早さの低下する“アームハンマー”を使ったために少し動きが鈍く、6発中2発の迎撃に失敗して脇腹と右脚にヒットしてしまった。

 

「(ちぃっ……! やっぱさっきの“ドレインパンチ”で決めきれなかったのは痛ぇな。メガシンカで氷の外殻がさらに頑丈になってやがるせいか……! 霰もじわじわダメージと疲れを蓄積させてきてるし、さっさと決めねぇと危ねぇな……)」

 

 基本的には豪快なガラムではあるが、遠距離攻撃中心の戦術に切り替え、霰のスリップダメージと併せて消耗戦を仕掛けてきたスノウとオニゴーリには危機感を抱く。

 これを読んでいる方もすでにお気付きだろうが、キテルグマはその特性による接触技への優れた耐性と、現実離れした怪力を駆使した接近戦を得手とするポケモンで、相手に遠距離攻撃に徹されると分が悪いのである。

 ごうわんポケモンの分類が示す通りの戦いが得意な一方、てんで苦手な戦い方もあるのだ。

 

「(さっさと終わらせねぇとジリ貧だ……! ……しゃぁねぇ、こいつで決まるかはわからねぇ……いや、決めなきゃならねぇんだっ!!)……キテルグマっ! “じだんだ”だっ!」

 

 キテルグマは両腕を振り回しながら、その場で地面をダンダンと踏み鳴らして大地を揺らす。

 

「地面に“アイアンヘッド”です!」

 

 対するオニゴーリは軽く跳び跳ねると、硬化させた頭部を下にして落下し、衝突した反動で飛び上がって地響きを回避した。

 

「っし! 行くぞキテルグマっ!!」

 

 オニゴーリに隙ができたのを確認すると、菱形の窪みが彫られた銀色のリングを取り出して右の手首に装着する。

 

「おっと、ここでガラム選手、メガバングル…………いや、これはまさか……!? ゼ……Zリングっ!?」

 

「Zリング……!?」

 

 ブルースが驚きながら発した単語を、スノウも反復する。

 

「……癒しを司る気まぐれなる守り神カプ・テテフよ。遥かアローラより我に加護を与えたまえ」

 

 一方のガラムは、それまでのハイテンションが嘘であったかのように目を閉じてリングに手を翳すと、一節一節をゆっくり紡いで祈りを捧げる。

 

「アローラ地方に伝わる秘伝の奥義・Z技っっ!! トレーナーとポケモンの全力を、バトル中たった1度の攻撃に注いで放たれる必殺技ですっ!!」

 

 トレーナーとポケモンの絆を、別の姿への変化という形で具現化するメガシンカに対し、Z技は1発こっきりながらも絶大な火力の必殺技として発現するのである。

 

「……俺達の全身全霊、耐えられるか嬢ちゃんっ!!」

 

 Zリングに嵌め込まれた茶色のクリスタルが虹色の光を放ち、ガラムとキテルグマの動きがリンクする。

 ガラムが足幅を広く取ると、キテルグマも同じように動いて闘志を激しく燃焼させる。

 

「っ! 来る……! オニゴーリさん!」

 

 スノウの指示でオニゴーリがキテルグマから距離を取って警戒を強める。

 

「大地に迸る雄々しき『Z』よぉっ!! 俺達の闘志を拳に変えて、堅牢なる氷を砕けぇっっ!!」

 

 左右に広げた腕を前へと伸ばして交差させ。

 

「“全力(ぜぇぇぇんりょく)!」

 

 腰を落として獲物を見据え。

 

無双(むそぉぉぉぉ)!」

 

 腰だめにした右腕を弾丸のように勢いよく前へ突き出し。

 

(げきぃ)!」

 

 勢いを増しながら左の拳と交互に連続して打ち込む。離れた相手へ思念の拳を飛ばすかのように。

 

(れぇぇつ)!」

 

 すると、ガラムとキテルグマから溢れ出たオーラが巨大な拳を形作り。

 

(けぇぇぇぇん)!!”」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 20発以上の拳がオニゴーリ目掛けて撃ち出された。

 

「っっ! “ふぶき”ですっ!!」

 

 オニゴーリは怯む事無く浮遊し、自身の冷気で周辺の空気を急速冷却させると、降りしきる霰を巻き込んで凍える暴風を発生させ、拳の群れへと噴射して迎撃する。

 拳は4発5発とその強風に煽られて失速し、地面に落下して爆発を起こす。

 だが、その爆風によってわずかに“ふぶき”の勢いが弱まった合間に残りの拳が食い込んでいき、また同じ工程を繰り返す。

 

「(相殺しきれない……!?)」

 

 その数と威力は絶大で、見る間に“ふぶき”に穴が空けられていく。

 そして、ついにオニゴーリ側のコントロールが根負けし、一際大きな爆発で“ふぶき”が拡散してしまった。

 

「なっ……!?」

 

「ぶち抜けぇぇぇぇーーーーっっっっ!!!!」

 

 渾身の力で放たれた最後の1発が、うっすらと白い靄の残った空間に風穴を空けて飛来し、オニゴーリの顔面を直撃。そのままL字状に方向を変えると、オニゴーリを拘束したまま高度を上げていく。

 

「オニゴーリさんっっ!!」

 

「……どんな雨だろうが、雪だろうが、霰だろうが……必ず消し飛ばしてやるっ!! その先の太陽を掴むためによぉっっ!!」

 

 ガラムが空中へ向けて開いた右手を強く握り込むと同時に上空で大爆発が起き、その爆風が周囲の黒雲を吹き飛ばす。

 そして、遮られていた太陽が顔を覗かせると、眩しい陽射しが会場へと射し込み、その中をオニゴーリが虹色の衣を脱ぎ捨てながら落下してきた。

 地面に激突したオニゴーリの身体は3回ほどバウンドした後、力無くごろごろと転がり、そのまま動かなくなってしまった。

 

「……オ…………オニゴーリ戦闘不能っっ!! キテルグマの勝ちっ! よって勝者、ガラム選手っ!! 1回戦突破っ!!」

 

 オニゴーリの様子を確認した審判が立ち上がり、旗を掲げながら高らかに宣言すると、会場のボルテージが最高潮となる。

 

「ついに決まりましたぁっっ!! 1回戦最後の試合を制したのはガラム選手っっ!! 数多の強豪を凍結させてきたスノウ選手の霰戦術をも自慢のパワーで粉砕して見せましたぁぁっっ!! メガシンカとZ技の激しいバトルに、お恥ずかしながらわたくし、いまだ震えが止まりませんっっ!! 冷たくも熱いバトルをありがとうっ! ありがとうっっ!!」

 

 ブルースから始まり次第に大きくなる拍手の中、スノウはメガシンカの解けたオニゴーリへ歩み寄ると、その額をゆっくり優しく撫でる。

 

「……オニゴーリさん、お疲れ様でした。まさかオニゴーリさんの“ふぶき”が真正面から破られるなんて…………ふふっ、どうやら私に驕りがあったようです。……雪はいずれ解けるもの……太陽のようなあの人は天敵かもしれませんね、私達には。……でも……」

 

 スノウとオニゴーリが視線を向けた先では、ガラムがキテルグマとハイタッチして勝利を喜び合っていた。

 

「雪は解けるしかありませんが、氷は条件さえ揃えば厚みを増して堅固になっていく…………そんな決して砕けない氷のように、これからも精進をしていくです。オニゴーリさん達と一緒に」

 

 いまだ闘志冷めやらぬガラム達から視線を外したスノウは、左手を額に翳して目を細め、空を見上げる。

 

「……あの眩しい陽射しにも負けないような、氷山のように硬く、強いトレーナーに、きっとなるです……!」

 

 何度太陽の輝きに解かされそうになろうとも、その都度より強くなって立ち上がって見せる。

 スノウのそんな決意と共に、この日最後の戦いはその幕を下ろしたのだった。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

夏バテと夏風邪のダブルパンチを食らったところで軽い鬱状態になり、何もやる気の起きない期間が続きましたが、だいぶ落ち着きましたので、更新を再開すると同時に皆様の作品も見て回らせていただきます!
本っ当に個人的な理由でお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした!


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第98話:侵蝕者の罠

準決勝スタートの第98話です!


 スノウとガラムの激戦は、ガラムの繰り出したリージョンフォームのサンドパンによってさらに白熱していく。

 《ゆきかき》を駆使した高速戦闘でユキメノコを押していくサンドパンであったが、“シャドーボール”を意図的に暴発させたユキメノコによって相討ちに持ち込まれてしまった。

 ガラムが3番手として繰り出したキテルグマは、スノウが再度出したアマルルガをその圧倒的なパワーで真正面から瞬殺し、彼女の切り札であるオニゴーリを引きずり出す。

 メガシンカしたオニゴーリの“ふぶき”はキテルグマでも容易には突破できず、ガラムはキテルグマのパワーを活かした奇策で隙を作り、起死回生の一手としてアローラに伝わるZ技を発動する。

 バトル中1度限りのチャンスながらも絶大なパワーを発揮するZ技の前にメガオニゴーリは惜しくも破れ去ってしまう。

 こうして決勝トーナメント1回戦は全ての試合が終了し、準決勝へ進む4人のトレーナーが決定したのだった。

 

 

 

「えー、選手並びに観客の皆様。大変お疲れ様でした! ただいまの試合を以て、決勝トーナメント1回戦は終了となりますっ! 明日は激戦を制した強者達による2回戦……準決勝が行われます!」

 

 ブルースも観客もまだまだ激闘観戦の興奮が治まらず、宣言も客席のガヤもかなり声量がある。

 

「では、1回戦を勝ち抜いた選手の確認も兼ね、明日の試合の組み合わせを発表いたします! 準決勝第1試合! スコーピオ選手対ツバキ選手! 圧倒的な実力を誇る謎の仮面トレーナーと、無限の可能性を秘めた新人トレーナーの試合となります!!」

 

 スクリーンにスコーピオとツバキの姿が映し出されただけで客席からは歓声が上がる。

 テンションの上がった人間というのは、ちょっとした事でも騒いでしまうものらしい。

 

「続いて第2試合! スカーレット選手対ガラム選手! 遥かアローラよりやって来た熱き闘士が『鬼』へと挑戦状を叩き付けるぅぅーーーーっっ!!」

 

 観客はバトルの余韻に浸る間も無く、明日の試合への期待で興奮に興奮を重ねられ、血圧が大変な事になっている。

 

「第1試合開始は明日の昼12時きっかり! 選手も観客の皆様も明日に備えて今日はごゆっくりお休みください! 実況は熱さだけなら一級品のブルースでお送りしました!」

 

 

 

「ツバキ! お疲れ様、だったな!」

 

 控え室から戻ってきたツバキにイソラが抱き付き、煙が出そうな勢いで頭を撫でまくる。

 

「お姉ちゃん熱い! 冗談じゃなくて本当に熱い!」

 

 慌ててイソラから離れて帽子を被り直し、守るように頭を両手でカバーするツバキ。

 

「あはは~、でも良いバトルだったよツバキ~。相手が空中にいるのに“じしん”を指示した時はどうするのかと思ったよ~」

 

「ありがとうございます、ボックさん。あれは前にゲントさんとバトルした時の事を思い出してもしかしたら……と思って」

 

 ボックからも称賛を受け、強張っていたツバキの表情に笑顔が戻る。

 

「ゲントくんか……グレンジムに来た時も思ったが、あれもなかなか面白いトレーナーだ。クチバジムのジムトレーナーだったらしいが、戦術の中に確かにマチスさんの影響らしい部分もあり、それでいてオリジナリティもあるバトルスタイルだった。ツバキといい、ボックくんといい、ああいう若者がいると嬉しくなるな!」

 

 シャコバはしみじみといった感じに腕を組んで頷いている。

 

「あいつツバキを狙ってますよ」

 

「うむ! どうもハナから信用できんと思ってたんだ!! そう易々と娘は渡さん!!」

 

 が、イソラの耳打ちひとつで華麗な手のひら返し。これが父親の業である。

 

「あらあらまぁまぁ……」

 

 ミミナはミミナで表情こそ笑顔だが、纏う雰囲気が一変している。

 どうも年頃の子を持つ親というのはかなり神経質になるようだ。

 

「まぁ、それはさておき明日はあのスコーピオとかいうのとバトルか。1回戦でのあの戦いぶりを見る限り、ゲントを遥かに上回る実力だ。……気を付けろよ」

 

「う、うん。わたしも控え室のモニターで見てたけどすごかった……。でも、気持ちで負けちゃダメだよね! ファイトっ! オー!!」

 

 ツバキは両手を握り込んで気合いを入れ、マイナスに傾きそうになる心に自ら喝を入れた。

 

「その意気だ。あの実況者も言っていたが、今日はゆっくり休む事だな。メンタルも体調も万全の態勢で挑もう」

 

「うんっ!」

 

 

 

 翌日、早起きしたツバキは1人パソコンを操作していた。

 

「(あのスコーピオさんて人はどくタイプ使い……毒を浴びないミスティはそのまま手持ちで、ポポくんもそのまま……残りの枠は……)」

 

 対どくタイプを想定したパーティと戦術を構築し、今の自分にできる最高の布陣で挑まねばならない。

 しかし、それでもまだ明確な勝利のビジョンは見えてこない。

 それほどまでに昨日見たスコーピオのバトルは凄まじかったのだ。

 どくに大ダメージを与えられるエスパータイプ、どく技を完全無効にするはがねタイプを使ったマユリですら、スコーピオの手持ちを1体も倒せずに敗退した。

 仮に有利なタイプばかりを揃えたとしても、相手はわずかな隙間から侵入し、侵蝕してくるだろう。

 

「……ダメダメっ! 気持ちで負けないっ!」

 

 ツバキは不安で押し潰されそうな心を勇気づけるように頭を振って頬を張る。

 

「(勝てるかどうか考えるんじゃない。勝つために戦うんだから!)」

 

 それから2時間かけて手持ちと持ち物の調整を行い、遅めの朝食を済ませたツバキは、精神統一を兼ねた小休止の後に会場へと向かう。

 11時に控え室に入り、先にいた3人のトレーナー達と視線を交わしてから席に座って合図を待つ。

 

「(勝ち抜いてきた。ツバキ。やっぱり侮れない)」

 

「(あんな嬢ちゃんが勝ち上がってくるとはな。やっぱポケモンバトルじゃ見た目なんざ当てになんねぇな)」

 

「(…………)」

 

 最後に入ってきたツバキに対し、他の3人も三者三様の感想を抱きつつ待機する。

 そして、控え室のスピーカーからアナウンスが流れ、立ち上がったツバキとスコーピオが別々の扉へ歩き出す。

 

「ツバキ」

 

 と、近くを横切る時にスカーレットがツバキの手を握ってきた。

 

「ひゃっ……!? ス、スカーレットさん……?」

 

「…………リラックス。大丈夫。ツバキなら」

 

 ほぐすような優しい力加減で手を握るスカーレットの言葉を聞いて、ツバキは自分がガチガチに緊張していた事に気付いた。

 周りの3人がいかにも強者という雰囲気を纏っている中に、自分1人だけ新米が混じっているのだから緊張するのも当たり前なのだが、それでは最高のコンディションでのバトルなど望めない。

 真剣試合で適度な緊張は必要だが、そちらに傾きすぎては逆効果なのだ。

 

「……ありがとうございます! いってきます!」

 

「……ん」

 

 互いに笑みを交わし、ツバキは扉の先にある戦いの舞台へと向かった。

 

 

 

「さぁ皆様! お待たせいたしましたぁぁーーーーっっ!! 只今よりトージョウリーグ決勝トーナメント、準決勝第1試合を始めまぁぁぁぁぁぁすっっ!! 実況は引き続き、わたくしブルースがお伝えいたしまぁぁーーーーすっっ!!」

 

 相変わらずやかましいブルースの声と共に、ついに準決勝が始まった。

 予選、そして1回戦を勝ち上がった強豪達のバトルという事で、会場の盛り上がりは前日以上だ。

 

「それでは、整備に整備を重ねたフィールドで本日最初のバトルを見せてくれる2人の選手に……登場していただきましょぉぉーーーーうっ!! ゲート・オープンっ!」

 

 分厚い鉄の扉が軋み、重々しく左右へ開かれると、2つの人影が暗闇から踏み出してくる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「謎が謎呼ぶ仮面の凄腕トレーナー・スコーピオ選手っ! 1回戦では相性の不利を容易く覆し、1体の損失も無く準決勝へ駒を進めましたっ! この試合ではどのような戦術を披露してくれるのでしょうかっ!?」

 

 ツバキよりも歩幅の大きなスコーピオは、いち早く位置についてツバキを見つめている。

 

「対するはっ! ジム巡り初挑戦ながらもリーグ参加、予選突破を成し遂げ、ゲント選手を破って1回戦をも勝ち抜いた新星・ツバキ選手っ! 彼女は1回戦でも見せてくれたような、意外性に富んだ奇抜な戦術を持ち味とするトレーナー! これは今試合にも期待が持てますっ!」

 

 ツバキが位置につくのを待ち、旗を手にした審判が2人へ呼びかける。

 

「準決勝は使用ポケモン4体。バトル中の交代はそれぞれ3回まで可能です。それでは両者、最初のポケモンを」

 

 2人は腰のベルトに並んだ中から選んだモンスターボールを同時に構え、フィールドへと投げ込んだ。

 

「ミスティお願いっ!」

 

「…………」

 

 赤い大きな花びらが、勢いよく落下し、そして着地する。

 それを見下ろすように空中に現れたのは、紫色をした大小の風船が連なったようなポケモン。

 どくガスポケモン『マタドガス』だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ツバキ選手の先鋒は1回戦に続いてラフレシア! それを迎え撃つスコーピオ選手の先鋒はマタドガス! どくタイプ同士のスタートとなり、開幕から波乱の予感ですっ!」

 

「(やっぱりどくタイプが出てきた……!)」

 

 まずは相手がどくタイプ使いという予想が的中。毒状態を無効にするミスティを出したのは正解だった。

 だが、それだけではマユリの二の舞。

 タイプ相性だけでなく、戦術でも相手の先を行かなければ到底勝ち目など無いであろう。

 

 

 

「ラフレシアか~……毒状態にはならないけど~……」

 

「あぁ。ミスティ……ラフレシアの覚える攻撃技は、そのほとんどがどくタイプには効果が薄い。対してマタドガスは見かけによらず多才で、様々なタイプの技を覚えられる。……と、なればツバキの戦術は恐らく……」

 

 ボックに相槌を打ちながら、現状は決してツバキ有利とは限らないと語るイソラは、その先にあるツバキの閃きに期待を寄せつつ静かに見守る事にした。

 

 

 

「では、準決勝第1試合。先鋒戦、マタドガス対ラフレシア。バトル………………開始っ!!」

 

「ミスティ、“エナジーボール”っ!」

 

 花の上部を相手に向け、5枚の花びらからめしべへエネルギーが集められていき、緑色の大きなエネルギー球が生成され、一瞬のスパークの後に発射された。

 

「ツバキ選手の先制!」

 

「“かえんほうしゃ”」

 

 先手を取られてもスコーピオに焦りは皆無。

 連なった左右のドガースが交互に膨らんでは萎みを繰り返し、大きい方の口から灼熱の炎が吹き出された。

 くさタイプ技の“エナジーボール”はほのお技と相性が悪く、一瞬にして打ち消されてしまった。

 

「(取った!)ミスティっ!」

 

 だが、そこまではツバキの狙い通り。

 “エナジーボール”は相手にヒットした時、稀に特殊攻撃に対する抵抗力を弱体化させる事がある。

 マタドガスはどくタイプなのでダメージこそ小さいが、その後のバトルに響く能力低下は相手としても無視はできないはずなので、きっと迎撃するなり回避するなりしてくるだろうと踏んでの攻撃だ。

 フィールドを舞う爆風と火の粉に紛れて駆けたミスティが、めしべの中で睡魔を誘発する粉……“ねむりごな”を生成しながらマタドガスへ迫る。

 

「今っ! “ねむ”……」

 

「“ちょうはつ”」

 

 突如としてフィールドにガチンガチンという音が響き渡る。

 

「っ!?」

 

 何事かとツバキが視線を巡らせると、マタドガスが2つの口を交互に噛み鳴らし、時折歯軋りも混ぜ合わせて不快な音を鳴り響かせていた。

 すると、ミスティが突然足を止め、怒りを露にしてマタドガスを睨む。

 当然“ねむりごな”の生成も停止してしまっている。

 

「おぁぁーーーーっっとぉっ!! ラフレシア、マタドガスに“ちょうはつ”され、攻撃技しか使えないっ!」

 

「くっ……!」

 

 

 

「やられたな……やはりどくタイプを前にくさタイプを出し続けていたのだから目的もバレるか……。マタドガスはどちらかと言えば耐久タイプのポケモンで、状態異常や能力の低下をこそ警戒する。それらを防ぐために“ちょうはつ”を覚えていてもおかしくはない」

 

「出鼻を挫かれた感じか~……どうするんだろツバキ……」

 

「確かに最初の駆け引きはあちらに軍配が上がったね。……だけど、あの子はバトルの中でその場にある全てを使って二の矢三の矢を作り続ける。まだまだ倒れるような子じゃないさ」

 

 先の展開にも差し障りあるのではと危惧するボックだが、シャコバは我が子への信頼を込めた言葉と視線をツバキへ向け、ミミナとイソラ親子も肯定するようにじっとツバキを見守る。

 

「……頑張れ、ツバキ……!」

 

 それを見たボックも、両の拳を握ってライバルへと静かにエールを送った。

 

 

 

「さぁ! 補助技を封じられたラフレシアに対し、容赦の無い“かえんほうしゃ”の連続砲火が降りかかるっ! 紙一重でかわし続けていますが、頭の花びらが重いのか動きが鈍っているぞぉーーっ!」

 

 マタドガスの左右の口から噴射される炎が、ミスティの周囲を焼き払う。

 両方の口から同時に吐けば威力も増しそうではあるが、どうやら短い間隔で交互に吹き出す事で連射能力を重視しているらしく、マシンガンのように炎の塊を吐き続けている。

 

「(……これ、ミスティがかわしてるように見えるけど……違う。かわせるギリギリのところに攻撃してきてるんだ……!)」

 

 よけなければその大きな花びらに当たるが、わずかに身体を動かせばかわせるという絶妙なポイントへ立て続けに攻撃してきている。

 苛烈に見える連射も、散布界が広いために大部分はどうやっても当たらない場所に着弾しているのがツバキの位置からはわかる。

 

「……“ムーンフォース”で全部吹き飛ばして!」

 

 幸い炎の弾丸は1発1発の火力は大した事がないので、ミスティの“ムーンフォース”ならば弾幕を打ち消した上でマタドガス本体までのダメージが期待できる。

 “ムーンフォース”は稀に相手の特殊攻撃力を低下させる追加効果が発動するので、これが決まれば後々まで響いてくるだろう。

 仮に連射をやめて正面火力を増強されても、弾幕が無くなる分だけ回避は楽になる。

 と、なると、ここは多少の被弾を覚悟の上で攻めに転じるのが得策とツバキは考える。

 それに、弾幕の中を正面から突進していけば相手の意表を突けるかもしれない。

 発光した花びらから放出されたピンク色のエネルギーが空中で球体を形作る。

 ……しかし。

 

「“どくびし”」

 

「……!?」

 

 膨張したマタドガスの各所に空いた穴から毒液が噴出し、それらは飛び散りながら形を変え、さながら尖ったテトラポットとでも言うべき形状となってフィールド全体に散らばった。

 

「あぁっとぉ! “どくびし”は交代で出てきたポケモンを毒状態にしてしまう設置技! ツバキ選手、“ムーンフォース”の準備中の隙を突かれて厄介な技を使われてしまったぁっ!!」

 

「(やられたっ……! 威力を下げた“かえんほうしゃ”は、こっちにそれを払うための大技を使わせるのが目的だったんだ! そしてその隙に“どくびし”を……!)……発射っ!」

 

 それでも、わざわざチャージした技を使わないわけにはいかない。

 集束したエネルギーが“どくびし”を撒き終えたマタドガス目掛けて放射され、その身体を飲み込んだ。

 ……だが、やはりフェアリータイプの技はどくタイプには効果が今一つであり、元々耐久力に優れるポケモンである事もあってピンピンしている。

 追加効果が出たかどうかはまだ不明だが、少なくともツバキの望んだ結果になったとは言い難い。

 と、マタドガスはおもむろに身体に無数に空いた穴の1つから黒い粘液を吐き出し、それを食べてしまった。

 それは1回戦でドククラゲが持っていた黒いヘドロ。どくタイプの体力を持続的に回復させる道具だ。

 

「くっ……!」

 

 ここまでが全て相手の掌の上だった。

 地に足をつけるポケモンを、一部を除き毒で蝕む“どくびし”。まさにどくタイプ使いにとって最高のフィールドだ。

 しかも、黒いヘドロによる回復までを見越し、“ムーンフォース”を食らう事も厭わず“どくびし”を使用したように見える。

 

「(……遊ぶみたいにわざと隙を見せながら、相手の抵抗を逆手に取ってじわじわ追い詰めてくこの戦い方…………わたし、知ってる……!)」

 

 巻き戻しをかけたかのようにツバキの頭の中で記憶が巡り、1人の女性の姿が浮かび上がる。

 

「(っ…………とにかく今はこの状況をどうにかしなきゃ……! たしか……“どくびし”はどくタイプのポケモンを場に出せば消せるはず。ミスティを戻して、後で改めて交代すれば……)」

 

 これなら“どくびし”は消せるが、問題は交代先のポケモンだ。

 ひこうタイプのポポは影響を受けないが、手持ちの中でも切り札であるポポを早めに出して消耗させてしまうのは避けたい。

 だが、他のポケモンは誰を出しても“どくびし”で毒に侵される。

 はがねタイプでもいれば良かったのだが、今さらそんな事を嘆いても仕方無い。

 

「(……ちょっともったいないけど……そんな事言ってられない! 今はこれが1番良い手のはず!)戻ってミスティ!」

 

 ツバキはミスティのボールを取り出し、赤い回収用光線を放って収納すると、次のポケモンのボールと持ち変えた。

 

「ツバキ選手、早くも交代権を使用しました! やはりラフレシアでは相性が悪かったか!? これでこの試合での交代は残り2回となりました!」

 

「お願いっ! ナオっ!」

 

 投擲されたボールから飛び出し、片膝立ちで着地したナオに“どくびし”が刺さり、その身体に毒が回り始めた。

 が、ナオはすぐさま緑色の木の実を取り出して両手で頬張る。

 あらゆる状態異常を取り除くラムの実によって毒が中和されたナオが立ち上がり、精神を集中してサイコパワーで浮かび上がった。

 

「(もっとバトルが進んでから使いたかったんだけど、背に腹はかえられないからね……!)」

 

 ツバキとしてはどくタイプ相手に大ダメージを狙えるナオに、毒対策のラムの実を持たせて優位に立とうとしていたのだが、まさかの序盤も序盤でそれを消費する事になってしまった。

 “ねむりごな”で相手の先鋒を眠らせて攻撃機会を増やそうという思惑も潰され、かねてより用意していた作戦がことごとく狂わされている。

 

「(苦戦するとは思ってたけど、こんな序盤からなんて……!)」

 

 どくタイプ使いという事で毒状態を警戒していたが、やはりそれだけに頼っている相手ではない。

 ポケモンはよく鍛えられてトレーナーへの信頼も厚く、そのトレーナーも豊富な知識と優れた戦術眼で、刻々と変化する水の流れのように柔軟に戦い方を変えてくる。

 

「ツバキ選手の2体目はニャオニクス! “どくびし”を食らいましたが、ラムの実で即座に回復し、万全の戦闘態勢です!」

 

 万全どころかスタート前から先手を打たれているのだが、まぁ、ブルースに文句を言っても仕方無い。

 ともあれ、こうなったからにはせめてナオを温存した上でマタドガスを撃破くらいはしないと、この後が厳しいだろう。

 

「バトル……再開っ!」

 

 その審判の合図と共にツバキが動く。

 

「“サイコショック”!」

 

 ナオの両手にサイコエネルギーを固体化したチャクラムが出現し、左から順にマタドガスへ投げつける。

 マタドガスの技の内判明しているのは、“かえんほうしゃ”と“どくびし”、そして“ちょうはつ”の3つ。

 残りはどくタイプの攻撃技を持っているであろうと予想はできるが、とにかく少しでも相手の情報を得るため、他に何を覚えているのか探りを入れたいのだ。

 左右から弧を描いて飛ぶこの“サイコショック”は、予選でもカルミアのゼブライカの迎撃を掻い潜ってダメージを与えた技で、その軌道故に回避が難しい。

 “ムーンフォース”と異なり、どくタイプに効果の大きいエスパー技なのでノーガードで受け止める事は無いはずであり、挟み込むような配置故“かえんほうしゃ”での迎撃は困難……つまり、広範囲に攻撃する技を使わざるを得ない。

 

「(どんな技を使う……?)」

 

 ツバキは半ば期待のようなものも込めて相手の動きに注視する。

 

「“ヘドロばくだん”」

 

 マタドガスが身体を上に向け、真っ黒く大きなヘドロの塊を空中へ吐き出した。

 ヘドロは空中で爆散し、マタドガスの周りに滝のように降り注いでその身体をコーティングして黒く染め上げる。

 飛来した“サイコショック”は、ヘドロのカーテンとヘドロの鎧で二重に勢いを殺され、その先の本体には大したダメージを与えられずに消滅してしまった。

 

「(ど、どく技でほぼ完全にエスパー技を打ち消しちゃった……!)」

 

「“かえんほうしゃ”」

 

 驚いている合間に反撃が来る。

 今度は“サイコショック”の意趣返しのように、左右の口からV字状に放った炎の幅を徐々に狭めてきている。

 今なら真正面ががら空きだが、恐らくはそれもわざと作った隙で、そこへ突っ込んだ瞬間、より強力な技が撃たれる事だろう。

 炎がまだ残っている時に正面からそんな技を撃たれれば、逃げ場は上しか無く、垂直に上昇するその隙こそ真の狙い目。

 それでいてそれ以前のどこで判断をしくじっても結局はアウトという、十重二十重に敷かれたトラップだ。

 

「(……常識に囚われてたらダメっ! 常識でどうにかできる人じゃない! だからここは……!)ナオっ! 炎に“サイコショック”!」

 

 ナオは一瞬ツバキの方を見たが、すぐにその意図を読んで不敵に笑うと、左右から迫る炎へサイコエネルギーの塊を投げ、同時に自身もマタドガスへ接近していく。

 

「(“サイコショック”で炎を抑えて逃げ道を確保しつつ隙のある正面からってわけね。……悪くはないけど甘いのよ……!)“ヘドロばくだん”」

 

 炎の噴射が止まり、瞬時に“ヘドロばくだん”の発射態勢へ移行するマタドガス。

 だが、発射元が無くなったからと炎がいきなり消えるわけではないし、“ヘドロばくだん”は爆散して毒液を撒き散らす。

 この距離とナオの移動速度から計算しても回避は困難というか不可能である。

 

「っ! 今だよナオっ!」

 

 だが、ツバキの合図でその計算は狂わされた。

 炎に押し負けそうになっていた“サイコショック”のチャクラムが直角に軌道を変え、2つともナオの手元へ戻って一体したのだ。

 

「っっ!!?」

 

 初めて驚愕したような仕草を見せたスコーピオを置き去りにして、状況はさらに推移する。

 1つに纏まったサイコエネルギーは、リング状から長大な剣のような形に変化して唸りを上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これは予選で戦ったカルミアがナオのサイコパワーコントロールの巧みさに驚いていた事から、“サイコショック”の軌道や形状、エネルギー量をかなり自由に操れるのではと考えた攻撃方法だ。

 形状変化に伴って著しく広がったリーチによって、爆発前の“ヘドロばくだん”を真っ二つに両断。さらにその間をすり抜けたナオが再び剣を上段に構え、マタドガスの頭上から振り下ろした。

 

「っ……! “ヘドロばくだん”!」

 

 目を見開いたマタドガスが、咆哮と共に特大のヘドロを放出した。

 “サイコショック”がマタドガスにヒットした瞬間、そのナオにも爆弾がヒット。両手に握る剣を形作っていたサイコエネルギーが弾けて霧散していく。

 

「マ……マタドガス、戦闘不能っ! ニャオニクスの勝ちっ!」

 

  力無く転がったマタドガスの様子を確かめていた審判の宣言と共に歓声が上がる。

 

「急ぅぅぅぅ所に当たったぁぁーーーーっっ!! どうやらドガース同士を繋ぐ結合部にクリーンヒットしたようですっっ!!」

 

 ブルースの暑苦しい叫びの中、ナオがフワフワとツバキの元へと戻ってきた。

 

「やったねナオ! 先に1体倒せたよ! ……でも、やっぱり……あの人……」

 

 完全に想定外の攻勢を受けながらも、即座に反撃を指示し、ただでは倒れない選択をした。

 その状況把握能力、そして決断力はやはり只者ではない。

 ツバキは確信し、向かいに立つ人物に対し、ある人物の名を告げた。

 

「……ベラさん……ですよね」

 

 マタドガスをボールへ戻したスコーピオは、ツバキのその言葉を聞くと軽く笑い声を漏らした。

 

「……ふふっ……やっぱり、1度正面から戦った相手にはバレるわねぇ……」

 

 スコーピオが身体を覆っていたマントの留め具を外してその場に脱ぎ捨て、女性的なボディラインを露にしながら、右手を仮面の縁にかけて持ち上げる。

 そして、その素顔が明らかとなるや、観客席でどよめきが起こる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……お久しぶり、とでも言うべきかしら? それとも『ベラ』としては……はじめまして、かしらね?」

 

 仮面の下から現れたのは、これまでツバキと2度に渡りバトルを行ってきた、ロケット団幹部『三凶星』の1人・ウィルゴこと、かつて『猛毒暴君(ベノム・タイラント)』の異名を取った元プロトレーナーのベラだったのだ。

 

「……どうして……」

 

 なぜここに、というツバキの呟きに、ベラの表情から笑みが消える。

 

「……あれからずっとおかしいのよ。何をしても心がざわついて落ち着かない、満足できない。胸の内側から引っ掻き回されてるような感じが止まらない。……今までバトルでこんな感覚になった事は無かったわ」

 

 胸元に添えた右手を握り締め、ツバキをキッと睨む。

 

「……アンタと戦った後からよ。そして、このバトルの中でもずっと胸が騒ぎ続けてる。……だから、アンタを叩き潰せば治るはず……消えるはずなのよ……! そのためにアタシは今ここにいんのよっ!!」

 

 湧き上がる未知の感覚への不安を掻き消すかのように、ベラは声を荒げ、伸ばした右手でツバキを指差す。

 

「続けるわよ……アタシの全力でアンタを完膚無きまでに叩きのめしてやるっ!!」

 

 ……歪みの中で研がれ続けた暴君の毒牙が、三度ツバキを襲おうとしていた……。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

というわけでスコーピオの正体はウィルゴことベラでした!
…まぁ、かなりヒント散りばめてたっつーか隠す気あんのかって感じでしたが。

今の仕事の状況だと、2週間に1話更新くらいになっちゃいますかねぇ…もちっと短縮したいんですが…。



追記:マタドガスが5つ技を覚えていたので修正しました。

追記その2:“ちょうはつ”の存在を秒で忘れるアホな描写になってたとこを修正しました。ご指摘ありがとうございました!


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第99話:猛毒暴君

大っっっっ変お待たせいたしましたぁっっ!!
まぁ、言い訳は次話で聞いてやってください。事前の通知通り2話同時更新となっております。


 トージョウリーグ決勝トーナメントは1回戦が終わって準決勝へ。

 その前半を飾るはツバキとスコーピオのバトル。

 毒状態を駆使してくると予想したツバキは先鋒としてミスティを繰り出し、毒を無効にしつつ“ねむりごな”で相手を無力化しようと考えたが、相手のマタドガスの“ちょうはつ”によって“ねむりごな”を封じられて水泡に帰してしまう。

 有効打を持たない上、相手からは“かえんほうしゃ”で抜群を取られてしまうミスティを下げ、切り札のようなものだったナオを早々に繰り出す事になり、しかも設置された“どくびし”のためにラムの実も消費する散々な展開となる。

 しかし、ナオの卓越したサイコパワーのコントロールにより相手の意表を突く事に成功し、ダメージを負いながらもマタドガスを撃破して相手より先に痛手を与える。

 スコーピオの戦い方に既視感を覚えたツバキが、看破したその相手の名を告げると、スコーピオは仮面とマントを脱ぎ捨ててその素顔を白日の下へ。

 

 

 

        ――暴君、再臨ス――

 

 

 

「ま……まさかまさかまさか……まさかの『猛毒暴君(ベノム・タイラント)』ですっ!! スコーピオ選手の正体は、なんとあのプロトレーナー・ベラでしたぁっっ!! ポケモンリーグ史上最年少でプロトレーナー入りをした天才でありながら電撃引退を表明し、そのまま失踪していた彼女が、今! 再び! 表舞台に姿を現しましたぁぁーーーーっっ!!」

 

 予想外の『消えた天才』の登場にテンション爆上げとなったブルースの熱に押されるように、観客席も大いに沸き立つ。

 一方のベラはというと、口元を歪めながら次のモンスターボールを取り出す。

 

「……さぁ、アンタの力見せてやんなさい。出番よラミー」

 

 投擲されたボールから飛び出した光が膨張し、縦長の巨大な影を形作る。

 

「え……? な……なにこれ……!?」

 

 あまりの大きさにツバキは目を白黒させて見上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 固着したその姿は、茶色い身体に紫や赤のアクセントが効いた大きな海藻のような特異な形をして、いかにも水棲生物といった趣だが、まるでそこが水中であるかのように宙を揺蕩っている。

 クサモドキポケモン『ドラミドロ』。

 みずタイプとくさタイプのような姿をしているが、ベラの使用ポケモンという事でどくタイプであり、さらにドラゴンタイプも持ち併せる珍しいタイプ構成である。

 なにより特筆すべきはそのサイズで、ドラミドロは通常1.8m程度と成人男性の大きさなのだが、ベラの個体は3mに届くかというほどの巨体なのだ。

 その独特な姿も相まってか与えられる威圧感が凄まじく、相対するナオが1mにも満たないため、なおさらその大きさが際立っている。

 

 

 

「なんて大きさだ……あれだけのサイズにするのは容易ではないぞ。よほど丹精込めて育てない限りは」

 

 イソラもこれほどのドラミドロは見た事が無く、顎に手を添えて感嘆の声を漏らす。

 同時に、ベラもやはり自身のポケモンに対しては確かな愛情を持って育てている事が理解でき、彼女が自分の憎むロケット団に加わっていた事実もあって複雑な心境となる。

 

「まるで怪獣映画だね~……。オイラ、ドラミドロ見るの初めてなんだけど、他のドラゴンと全然雰囲気が違くて格好良いなぁ~」

 

「違うのは見た目だけじゃないぞ。戦い方も、ドラゴンタイプには物理攻撃主体の者が多い中、ドラミドロは攻撃も防御も特殊方面が得意だ。豊富な技の選択肢や独特のタイプ構成も相まって、他のドラゴンと同じ感覚で戦うと痛い目を見るな」

 

 イソラは以前カロスリーグに参加した際にドラミドロとの戦闘経験があり、想像を上回る激しい攻勢に手こずらされた事を思い出す。

 ましてこの個体はあの暴君の育てたドラミドロなのだから、その戦闘力はあの時の比ではないだろう。

 

 

 

「さぁ! それではスコーピオ選手改めベラ選手とツバキ選手の試合を再開いたしましょうっっ!! 先に手持ちを削られてしまったベラ選手、2番手のドラミドロでどのような戦いを披露してくれるのでしょうかっっ!!」

 

 失踪した元プロトレーナーの復活という展開に血管切れそうなほどに興奮するブルースから「はよ! はよ!」と急かされ、審判が旗を掲げる。

 

「は……はっ! で、ではドラミドロ対ニャオニクス! 試合…………再開っ!」

 

「“サイコショック”!」

 

 先に動いたのはツバキ。

 相手の力が未知数な以上、先手を取って少しでもダメージレースの面で有利に立ち回っておきたいのだ。

 だが、ベラ側も飛んでくるチャクラムをそのまま受けるつもりは無い。

 “サイコショック”は特殊技ながら相手に物理的なダメージを与えるので、特殊防御力より物理防御力が低いドラミドロにとっては厄介な技となる。

 

「“りゅうのはどう”よ」

 

 ゆらゆら気ままに浮かんでいたドラミドロの纏うオーラが一変し、全身から溢れんばかりの高エネルギーが口へと流れていく。

 

「(撃ち落とす気なの……!?)」

 

 マタドガスとのバトルで、ナオの“サイコショック”はかなりコントロールに融通が利くのはベラも理解しているはずなのだが、それでも迎撃を狙うという事はよほど精度に自信があるのだろうか。

 次の瞬間、ドラミドロの細い口から咆哮のような轟音を奏でながら、青白いエネルギー波が放たれた。

 ……と、直進していたそれは突然唸りを上げてカーブしたのだ。

 

「っ!?」

 

 ツバキは目を見開いてフリーズしてしまう。

 ドラミドロから発射された“りゅうのはどう”は、まるで自分の意思を持っている龍のように空中を泳いだかと思うと2つに分裂。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 標的を捉えると、飛来した“サイコショック”にそれぞれ激突して相殺してしまったのである。

 

「なんとベラ選手のドラミドロ! “りゅうのはどう”を誘導兵器のように自在に操り、“サイコショック”を打ち消したぁぁーーーーっっ!!」

 

 ツバキの知る“りゅうのはどう”は、バルディの火力重視でほぼ直進するタイプと、カツラのウインディが使った範囲重視で大型化と拡散が可能なタイプ。

 だが、目の前の相手が使ったのはそのどちらでもない、高精度の誘導能力のあるタイプで、しかも“サイコショック”を易々と飲み込んでしまった事から火力もありそうだ。

 というか、発射時点ですでにかなりの大きさで、2つに分割してなおバルディのそれと同等かそれ以上の威力と推察できる。

 

「驚いたかしら? この子は見ての通り図体が大きいから死角も多い。それを補うために鍛えたのがこの誘導“りゅうのはどう”。……簡単には逃げられないわよ?」

 

 鍛えたと軽く言い放つが、それが並大抵の努力で実現したものでない事はツバキにもわかる。

 いくらトレーナーに才能があっても、ポケモン側が特訓についていけなくては意味を成さないのだから、ある程度はトレーナー側もポケモンに歩調を合わせる必要がある。

 そういった面から見てもベラのポケモンへの思い入れは本物であり、今でこそ性格が大いに歪んではいるものの、彼女の本質は決して邪悪なモノではない証と言えるだろう。

 それがわかれば十分。

 ツバキは以前、ロケット団アジトで出会ったシュルマという男性から頼まれた事を思い出す。

 

 ――ベラに……勝ってくれ。勝って、彼女を表の世界へ引き戻してくれ……!

 

 幼馴染みという極めて近い立場にありながら、心が歪んで裏世界へ沈み行くベラを止められず、その救済を他人に託すしか無かった彼の無念はどれほどのものだったのだろう。

 そんな彼の悔しさと熱意を無駄にしたくはない。

 まだ彼女の心にポケモンを想う優しさが残っているのなら、きっとこちら側へ連れ戻せるはずだ。

 ツバキにできる事は、自分とポケモン達の全力でぶつかり、ポケモンバトルの本当の楽しさを彼女に理解してもらう……ただそれだけ。

 決して弱者をいたぶる事を楽しむものではないとわかってもらわねばならない。

 

「“りゅうのはどう”」

 

「っっ! “マジカルシャイン”っ!」

 

 再度ドラミドロの口に集まったエネルギーが集束されて発射され、今度はビーム砲のようにナオ目掛けて直進してくる。

 対するナオは、身体を縮こませると同時に全身にエネルギーを行き渡らせ、両手脚を広げて周囲に強力なエネルギー波のドームを形成した。

 フェアリータイプ技の“マジカルシャイン”は、ドラゴンタイプ技相手の撃ち合いならば有利なはずだ。

 読み通りに“りゅうのはどう”は“マジカルシャイン”に衝突すると、それまでの勢いが一気に減衰してしまう。

 しかし、それでも完全には消滅せず、正面を塞がれたエネルギーの塊は分裂したかと思うとドームに沿うように地面を抉り、砕きながらフィールドを暴れ回った末に空中で爆発した。

 

「ぅ……わぁ……」

 

 ツバキはフィールドの惨状を見て愕然とする。

 地面は“りゅうのはどう”の暴走によって深々と抉られて無数の溝が出来上がってしまい、無惨な爪跡がその火力を物語っていた。

 恐ろしいのは、タイプ相性が最悪の“マジカルシャイン”に当たってもすぐに消滅する事無く、これだけの破壊力を維持していた事である。

 

「ああ、そうそう、言い忘れてたわ。ラミーの特性は自分と同じタイプの技を強化する《てきおうりょく》。威力は見ての通り…………瞬殺されたくないなら、どく技とドラゴン技は死に物狂いでよけなさい」

 

 言われるまでも無い。こんな威力をマトモに受ければ、誇張表現でなく本当に瞬殺されてしまう。

 幸いナオは小柄な上、サイコパワーによる浮遊で不規則な機動が可能なので、回避は十分に狙える。

 誘導性能は厄介だが、上記の強みを活かせば戦えるだろう。

 なにより、最初の“サイコショック”をしっかり相殺に持ち込んだ事は、裏を返せば直撃を恐れているとも言える。

 ならばそこへの一点集中で攻めれば勝機はある。

 

「破壊的な威力の“りゅうのはどう”をどうにかかわしたツバキ選手っ! ここから反撃に出たいところですがっ!?」

 

 そう、反撃には出たいのだが、その好機がなかなか訪れない。

 一気に距離を詰めて至近距離から“サイコショック”を叩き込めば、下手打てば自滅しかねない“りゅうのはどう”封じにもなって一石二鳥。

 ……が、そもそもその“りゅうのはどう”のせいで近付けないのである。

 しかし、手が無いわけではない。

 ツバキはここまで使われた2回の“りゅうのはどう”を観察し、撃ち始めは太い1本のエネルギーの塊で発射され、ある程度の距離を飛んだ後に分裂、または出力強化など、その時々に適した挙動に変化するという事に気付いたのだ。

 

「(……よしっ! このまま遠くから攻撃しててもこっちの方が危なくなるし……行くしかないっ!)突っ込むよ、ナオっ!」

 

 距離があるほど不利になるのなら、危険を冒してでも接近しなければ活路は開けない。

 ナオは浮遊したままサイコパワーの出力を引き上げ、蛇行しながらドラミドロへと突進していく。

 無論、それを黙って見ていてくれるほどベラは愚かではない。

 

「あらぁ、これだけでカタがついちゃうかしら? もう1度“りゅうのはどう”よ」

 

 ドラミドロから撃ち出されたエネルギー波が一定距離を飛翔後、4つの小さいエネルギー弾に分割され、網で囲うようにナオを襲う。

 

「“マジカルシャイン”を纏って!」

 

 迎撃にも速度を緩めぬナオは、本来広範囲に放射する“マジカルシャイン”用のエネルギーを抑え込み、自身を覆う衣として着込む。

 分裂した影響で1発辺りの火力が落ちた“りゅうのはどう”は、フェアリー技の“マジカルシャイン”を突破できず、軌道が逸れて空中へ消え、或いは地面へ落ちて爆発を起こした。

 

「……!!」

 

 迎撃をいなされたベラは驚愕して目を見開き。

 

「……かかった」

 

 口の端を吊り上げた。

 直後、立ち込める煙の中から何かツタのような、葉のような物が伸びてナオに巻き付き、その身体を締め上げた。

 ナオはたまらず“マジカルシャイン”を解除してしまい、呻き声を上げる。

 

「ナオっ!?」

 

 晴れ行く煙の向こうから伸びる、ナオを拘束するツタの正体……それはなんとドラミドロの腕だった。

 

「なぁぁぁんとぉぉーーーーっっ!? 上手く“りゅうのはどう”をいなして接近したニャオニクスですが、“マジカルシャイン”ごとドラミドロに捕獲されてしまったぁぁーーーーっっ!!」

 

 どくタイプを持つので多少軽減されているとはいえ、ドラゴンタイプが天敵であるフェアリー技に臆する事無く掴みにかかってくるとは。

 

「はぁい、捕まえた。あの“りゅうのはどう”を見せられれば、そりゃ接近戦に賭けるしか無いわよねぇ。……“どくどく”」

 

 ドラミドロは捕らえたナオを必中の距離まで引き寄せると、口から禍々しい紫色をした毒液を大量に吹き出し、ナオの全身に浴びせかけた。

 ナオが顔を振って付着した毒液を払うが、即座に全身に染み込んだ毒がその身体を蝕み始めている。

 だが、暴君の責め苦はそれで終わりではない。

 

「“ベノムショック”よ」

 

 次いで吐き出された毒液は先ほどよりも明るめの紫色。

 それがナオにかかると、見る見る内にその顔が青ざめ、次の瞬間には身体を捩らせ、断末魔の如き叫びが木霊した。

 “ベノムショック”の毒は特殊な性質を持ち、それ自体の毒性は大した事がないのだが、その真価は他のどく技とのコンビネーションにある。

 この毒は対象に付着すると、すでに体内に侵入している別の毒に反応し、その成分を刺激して活性化させ、相手の内外から耐え難い苦痛を与えるという凶悪な側面を持つ技なのである。

 その効果がフルに発揮された場合の威力は、“ヘドロばくだん”や“ヘドロウェーブ”といった他のどくタイプ特殊技の追随を許さないほどとされている。

 

「あぁぁっ……!!」

 

「時にはじわじわと獲物を蝕み、時には一瞬にしてその息の根を止める……打たれて初めてその恐怖を真に理解する事になる。……これが『毒』の力よ」

 

 表情を歪めるベラに歯噛みしながら、ツバキは慌ててナオのボールを取り出す。……だが。

 

「(……ここで戻したら、残りの交代回数は1回だけ……! まだ出てきてない相手のポケモンが2体もいるのに! でも、このままじゃナオが……!)」

 

 苦しむポケモンを一時的にでも助けるためリスクを負って戻すか、心を鬼にして戦闘不能になるまで静観するか……。

 そんな葛藤をするツバキの耳に、わずかに響きの変化したナオの声と、観客席からのどよめきが届く。

 ツバキが顔を上げると、ナオは依然として拘束されたまま。

 だが、恐らくは視界のぶれているであろう焦点の合わぬ目でドラミドロを睨み、狂乱の叫びを上げながらも、“サイコショック”用のエネルギーを右手に纏ったまま力任せにドラミドロへ叩き付けているのだ。

 もはや猛毒の苦痛で精神を集中できず、チャクラムや剣の形に成形する事すらできないのだろう。

 それでもなお、残った理性と力を振り絞り、自身にできる最後の抵抗を無我夢中で繰り返しているのだ。

 獲物は完全に抵抗力を失ったと考えていたドラミドロは、予想外の反撃で幾度も腕にダメージを受けてしまうが、その口からはピンクがかった果汁が滴る。

 エスパー技のダメージを軽減するウタンの実。数少ない弱点の1つをカバーするために持たせた木の実で、ナオがサイコエネルギーを振り上げた瞬間、咄嗟に口に含む事で被害を抑えたのだ。

 

「っ! 投げ飛ばして“りゅうのはどう”よ!」

 

 ドラミドロは痛みに耐えながらナオを拘束する腕に力を込めると、自身より遥かに小さなその身体を空中へ放り投げ、出力は多少控えているが“りゅうのはどう”を発射して追撃を仕掛ける。

 すでにナオには浮遊するだけの余力も無く、あえなくその直撃を受けて爆発と共に宙を舞い、無抵抗のまま地面へ叩き付けられた。

 

「……ニャオニクス戦闘不能っ! ドラミドロの勝ちっ!」

 

「……ごめんね、ナオ……。でも、すっごく頑張ってくれたね、ありがとう。ゆっくり休んでて」

 

 歓声とざわめきが広がる中、ナオを抱き上げて労いながらボールに戻すツバキ。

 それを見るベラは、厄介なエスパータイプを処理できたというのに、その表情に喜色は無い。

 

「(どうなってんのよ……アタシの目算じゃ“ベノムショック”をぶち込んだ時点で戦闘不能になってるはずだったのに、なんであんな反撃ができたの……? ……考えてみれば、前々からアイツのポケモンは、追い込まれる度に異様なまでにこっちの想定範囲を超えてきた……一体アイツらのどこにそんな力があるっていうのよ……)」

 

 ベラはかつて天才、鬼才と称されただけあって相手の力を見抜く才にも長けており、その予測を指標にして相手をいたぶりながらバトルを進め、そして勝利してきた。

 だが、眼前に立つ少女とそのポケモン達は、ことごとくその予測を上回る力を発揮してきた。

 これまでのベラであれば、弱者の抵抗が必死であればあるほど叩き潰した時の愉悦が大きかったが、どういうわけか今は苛立ちと得体の知れぬ感情がぐるぐると渦を巻いている。

 自分の心中の事でありながら自分で理解ができない不快感が膨らむ。

 

「さぁっ! これで手持ちの数は両者再び並びました! どちらも1体はバトルのダメージが残り、2体はいまだその正体を明かしておりませんっ!」

 

 ブルースの状況整理を聞きながら、ツバキは次に打つべき手を模索する。

 

「(次は誰を出すべき……? “どくびし”を潰すならミスティだけど……)」

 

 ドラミドロはどくタイプとドラゴンタイプの複合タイプ。ミスティの主力となるくさタイプ技はどく単体の時よりも効きにくい。

 幸いと言うべきか、“ムーンフォース”は通りが良くはなったが、お世辞にも機敏とは言い難いミスティは、基本的には攻撃を受け止めて反撃するスタイルになりがちだ。

 だが、《てきおうりょく》が適用されて馬鹿馬鹿しい火力となっている“りゅうのはどう”に耐えながら、“ムーンフォース”を撃ち込む事は可能なのだろうか?

 かといって他のポケモンは場に出た瞬間に“どくびし”で毒状態にされてしまう。

 そうなれば“ベノムショック”による大打撃を受けざるを得なくなるだろう。

 そのトラップをかわせるのはミスティ以外は空を飛ぶポポかルーシアだが、あいにくとルーシアは今回留守番中で、ポポはメガシンカ込みで最後の切り札であり、ここで出して消耗させてしまった場合、後々の状況の悪化は目に見えている。

 と、こうなると消去法で結局はミスティという事になってしまう。

 

「……もう1度お願いっ! ミスティっ!」

 

 ツバキはミスティでドラミドロ相手にどう動くべきかを脳内シミュレートしながら、モンスターボールを投げ込んだ。

 暴君の前に、再び真っ赤な大輪を揺らしてミスティが立つ。

 足元に散らばった紫色の刺を一瞥したミスティが一際大きく足を踏み鳴らすと、周囲の地面に波紋のような物が広がり、全ての“どくびし”が一瞬浮かび上がった後に破裂して消滅した。

 

「再び登場したラフレシア、まずはこれ以上不利な状況を作らないように“どくびし”を破壊しました!」

 

 少なくともドラミドロは“どくびし”は使わないはず。

 もしも入れていた場合、攻撃技が“ベノムショック”と“りゅうのはどう”の2本に頼りきりとなり、そのどちらにも無効タイプが存在する以上、どちらかが使えなくなって残った1本だけで戦わねばならない事態もありうる。

 そういった事態を回避するためにも残り1枠は別タイプの攻撃技であり、再度の“どくびし”設置は無いとツバキは踏んだ。

 そして、ツバキ……というよりミスティには、相手の主力技2つを弱体化できる秘策がある。

 

「それでは、ドラミドロ対ラフレシア。バトル…………再開っ!」

 

「(さぁて、さっきのニャオニクスがやたらしぶとかったせいで、ちょっと“りゅうのはどう”を使いすぎたわね。アイツの狙いはたぶん“ねむりごな”。けど、この無風状態じゃロクに飛びやしないわ。距離を詰めさせなければ問題無い。“ベノムショック”で十分ね)」

 

 ツバキ逆転の決め手は恐らく“ねむりごな”であるが、粉という極めて細かく軽い物質なので、噴出されてもすぐに空気中で飛散してしまう。

 中~遠距離に飛ばそうと思ったら、特定の方向へ吹く風を利用する外無い。

 ニビジムでは砂嵐の風に紛れさせたが、あれは対象であるガチゴラスの口や鼻といった粉の侵入口が大きく、呼吸での吸引量も多かったおかげである。

 ドラミドロは普段は口をすぼめている上、鼻が極めて小さいので、風の無い状態で飛散した粉程度では効果は期待できない。

 つまり、意図的に強い風を起こせないのなら、至近距離からドラミドロ目掛けて“ねむりごな”を発射する以外に手が無いのだ。

 

「(ふん……その鈍重な身体で近付けるもんなら来てみなさいよ……!)“ベノムショック”よ」

 

 タイプ一致に《てきおうりょく》の補正まで入った“ベノムショック”は、毒とのコンボでなくとも威力は十分。

 なまじ頭の花が巨大なせいで、ラフレシアというポケモンの動きは鈍く、さらにラフレシアの習得技は大部分がどくタイプに有効打を与えられない。特にメインウエポンのくさタイプ技などはほぼ役に立たないと言っても良い。

 “ベノムショック”を連打しているだけでもドラミドロは相手を完封できてしまうのだ。

 

「かわして!」

 

 案の定、ミスティは連射される“ベノムショック”を転がるようにしてよけるので精一杯であり、それでも完全回避とはいかず身体の端に着弾して、とても近付く余裕など無い。

 ……しかし、以前に自慢のパートナーに膝を付かせたこの少女が、なんの考えも無しにラフレシアを繰り出して右往左往するだけなどありうるのだろうか?

 “ねむりごな”だけが突破口と結論付けたが、本当にそれだけなのだろうか?

 

「(……ラフレシアの覚える技で、ある程度の距離があっても使えて、ラミーの優位を崩せる技………………っ!)ラミー! “りゅうのはどう”よっ! 一気に決めなさいっ!!」

 

 突然声を荒げる主人に戸惑いながらも、ドラミドロは毒液による弾幕を停止し、エネルギーチャージを始める。

 

「(気付かれた! ここから届くっ……!?)ミスティ! “なやみのタネ”っ!」

 

 ミスティが身体を傾けてめしべをドラミドロへ向け、1粒の拳大の種子が発射される。

 そして“りゅうのはどう”が放たれる直前、それはドラミドロの頭上で炸裂し、キラキラと輝く粉が降り注ぐ。

 直後にドラミドロの口から放射されたエネルギー波は、明らかに先ほどまでより威力、速度共に低下しており、ミスティがサイドステップを踏むと、大きな花びらに被弾はしたが軽傷で済んでしまった。

 回避後の地面を見ても、“マジカルシャイン”で逸らされて大暴れした技と同じとは思えないほどに被害が無い。

 

「ツバキ選手上手いっ! “なやみのタネ”は相手の特性を強制的に《ふみん》に変えてしまう技っ! 《てきおうりょく》で高い火力を出していたドラミドロですが、ガクンと弱体化させられましたっ!!」

 

「チッ……やってくれたわね……」

 

 相手がどくタイプ使いである事から“どくどく”は使い物にならないと考えたツバキは、一時的に他の技に変える選択をした。

 そこで相談したイソラから教えられたのが“なやみのタネ”。

 前述の通り、どくタイプ相手に有効な技をミスティはほぼ覚えないので、下手な攻撃技よりもくさタイプお得意の搦め手を伸ばす方が良いのではという判断だ。

 “ねむりごな”は使えなくなるものの、逆にそれを先に使えば相手はそちらばかりを警戒し、真逆の発想である“なやみのタネ”が思考から消える可能性もある。

 特性によって高い戦闘能力を実現しているポケモンは多く、そういう相手にハマれば強制的な特性変更はかなり強烈な効力が見込める。

 一例としては、互いの攻撃がほぼ確実にヒットする《ノーガード》によって“ばくれつパンチ”や“ストーンエッジ”など、威力はあるが命中に難のある技を苦も無く多用できるカイリキー。

 精神統一によって攻撃能力を引き上げる《ヨガパワー》で爆発的な火力を有するチャーレム。

 弱点タイプの技によるダメージを軽減する《ハードロック》により驚異的な耐久力を実現したドサイドン。

 ……などなど、その枚挙には暇が無い。

 ともかく《てきおうりょく》を消してしまった事で、ドラミドロは著しい火力の低下に見舞われる。

 

「(この隙に……!)“ムーンフォース”!」

 

 “なやみのタネ”による特性変化は交代するとリセットされてしまう。

 厄介な相手に交代を促すために使われる場合もあるが、今のツバキにとってはこの弱体化した状態こそ逆転の鍵である。

 故にひたすら攻める。ただただ攻撃を続ける。

 花びらから放たれたエネルギーが集まって球体となり、高密度エネルギーのビームとなって発射される。

 

「チィッ……! “ハイドロポンプ”!」

 

 ドラゴン技の“りゅうのはどう”、《てきおうりょく》の無い“ベノムショック”では対処不可と即座に判断し、第3の攻撃技で迎撃。

 大きく息を吸い込んだドラミドロの口から凝縮された水圧砲が噴射され、“ムーンフォース”と激突する。

 さすがにレベル差があり、しかも“ハイドロポンプ”はみずタイプ技全体の中でも五指に入る威力。

 空中での激突は次第にドラミドロ側が押し始め、勢いを止められた“ムーンフォース”はエネルギーの分解が始まる。

 

「あぁーーーーっとっ!! 技と技の熱い競り合いが続きますが、これはドラミドロ優勢かっ!?」

 

 ブルースがそう言った直後、それまで技同士の激突を腕組みして見守っていたベラが目を見開いた。

 

「……! しまった……!?」

 

 その視線の先には、ドラミドロの直下で花びらに“ムーンフォース”のエネルギーを集めているミスティがいた。

 

「(囮……!!)」

 

 そう。今“ハイドロポンプ”を放つドラミドロと対峙しているその先にミスティはいないのだ。

 同じ技でもポケモンの種類や性格、鍛え方によってはまるで異なる性質を持つ場合がある。

 威力では劣る“ムーンフォース”だが、ミスティの使用するそれは圧縮した球状のエネルギーを頭上に設置し、そこから集束したビームを放つという流れとなっており、そのエネルギーを使いきるまで自動で照射を続け、本体は自由に動き回れる。

 チャージに時間はかかるものの、いわば“置きムーンフォース”とでも呼ぶべき使い方ができるのである。

 だが、そんな“ムーンフォース”の使い方に遭遇した事の無いベラは、完全に不意を打たれた形となってしまう。

 そして、強者であるが故に今のこの状況を正確に理解する。

 すなわち、『詰み』であると。

 真下のミスティを攻撃するために“ハイドロポンプ”の噴射を止めれば、今は押している“ムーンフォース”が一気にドラミドロを飲み込む。

 が、噴射を止めなくとも真下から同じ技を撃たれて結果は変わらない。

 初めから《てきおうりょく》込みの“りゅうのはどう”を使っていれば、恐らくそこで決着はついた。

 その判断ミスが、結局はドラミドロを失う結果となったのだ。

 これこそ、弱者を嬲って楽しむ『遊び』とするベラと、持てる知恵と力をフル活用し、決死の覚悟で勝利に食らい付く『勝負』とするツバキ……2人のポケモンバトルへの認識と姿勢の違いが導いた状況だ。

 ドラミドロ自身もベラ同様に状況を理解し、自分の体力では継戦不可と判断した。

 そしてわずかに顔を横へ背けると、“ハイドロポンプ”を噴射したまま、見下ろすように真下へ射線を変更した。

 

「っ!? ラミー!?」

 

 命令していない行動を取った自身のポケモンに、ベラは驚きを隠せない。

 “ハイドロポンプ”はミスティに直撃はせず、また相手がくさタイプな事もあり、相討ちに持ち込むまではいかなかったものの、強烈な水飛沫は多少なりともダメージを与える事には成功した。

 無論、その代償として2方向からの“ムーンフォース”を全身に浴びる事にはなったが。

 どのみち自身が倒れるならば、せめてわずかでも相手にダメージを……その最後の足掻きを達成したドラミドロは、ビームの消滅と共に、黒煙と咆哮を上げながらゆっくりとその巨体をフィールドに横たえた。

 

「げほっ……ド、ドラミドロ戦闘不能っ! ラフレシアの勝ちっ!」

 

 ドラミドロが倒れた時に発生した砂埃でむせながら、審判がドラミドロの敗北を告げた。

 

「圧倒的な火力でフィールドを支配したドラミドロ! ついに! ついに敗れたぁぁーーーーっっ!!」

 

 ブルースはいつものように暑苦しくやかましい声で叫ぶが、ドラミドロをボールに戻すベラの耳にはその声が半分ほどしか入らない。

 なぜドラミドロがあれほどの執念で指示されていない攻撃を行ったのか。

 たかが遊びになぜそれほどまで……それこそ見苦しいと言えるほどに熱くなったのか。

 今のベラにはドラミドロの心境は理解できない。

 ただ、ドラミドロが力を尽くした上で倒れた事だけはわかっている。

 

「……お疲れ、ラミー」

 

 だから、何は無くとも労いの言葉だけは忘れない。

 ……本音を言えばマタドガスの時にも言ってあげたかったのだが。

 ともかく、精神の歪みがどれだけ大きくなろうとも、そのポケモントレーナーが最低限備えるポケモンへの思いやりだけは不変の物なのだ。

 

「(……でも……この感じは何……? ムカつくだけじゃない、この感情……)」

 

 ベラとて常勝無敗ではない。

 強豪トレーナーに敗北した事も1度2度ではなかった。

 だが、そもそもポケモンバトルを遊びや暇潰しとしか認識していないベラには勝敗そのものへの執着が無いに等しく、負けたところで思い通りにならぬが故の苛立ちが湧き上がる程度。

 だが、2体のポケモンを破られた今の彼女の胸中には、それまでとは異なる感情が膨らみつつあった。

 しかし、ベラはその未知の感情を拒絶するように首を振ると、次なるボールを手にした。

 

「……アンタの出番よ。ピース」

 

 投げられたボールから放たれた光は、巨大な円錐状の両腕を持った蜂の姿を作り出す。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 1回戦でも使用された、どくばちポケモン『スピアー』だ。

 羽音が大きくなり、交差させた腕を振り抜くと同時に、離れた場所にいるツバキにまで風圧が届き、帽子は飛びそうになり、その髪を乱暴に靡かせる。

 マタドガスとドラミドロが弱かったわけではないものの、このスピアーは彼らよりもさらに格上である事がバトル前からわかる。

 以前のバトルで見せたドラピオンに勝るとも劣らない、窒息しそうなほどの圧力を含んだ覇気が伝わってくるのだ。

 

「ベラ選手の3番手はスピアー! 1回戦にてマユリ選手の使用するヘラクロス本来のタフネスをものともせず軽くあしらった驚異的スピードの持ち主! ここまでの2体とは大きく傾向が異なりますが、ツバキ選手はどのように立ち向かうのでしょうかっ!?」

 

 否。警戒すべきはスピードだけではない。

 幾重にも並んだ“ストーンエッジ”を、“ドリルライナー”で纏めて貫き、その先にいたヘラクロスをも空中へ撥ね飛ばすほどのパワーも持ち併せている、危険極まりない相手だ。

 技の構成も1回戦と同じとは限らず、一瞬気を抜くだけで壊滅的な被害を受けるであろう事は想像に難くない。

 

「この子を出したからには、もう調子付くのもおしまいよ。……力の差が絶望的って事をわからせてやるわ……!」

 

 暴君の放つ凶悪的なまでの圧がツバキを飲み込まんとする。

 だが、彼女はまだ気付いていない。ツバキとツバキのポケモン達の熱に引きずられるように、自身が『たかが遊び』に感情を昂らせ、闘志を燃やしつつある事に。

 

「では、スピアー対ラフレシア。バトル………………再開っ!」

 

「(あのスピアーは動きが速いから、普通に攻撃しても当たらない……それなら!)バラバラに“エナジーボール”!」

 

 素早く生成した緑色のエネルギー球から、細かな弾丸が散弾銃のように広範囲に発射される。

 むしタイプとどくタイプを持つスピアーにダメージは期待できないが、体重が軽く、耐久力もさして高くないので、攻撃を当てさえすれば動きは鈍る可能性がある。

 そこへ連続して攻撃を叩き込む事ができれば勝機も見えるはずだ。

 が、ヘラクロスが一撃を打ち込んで吹き飛ばした際は、逆にその勢いを利用して素早いリカバリーと反撃に繋げていた事を考えると、とにかく弾幕を張って相手に行動させないというのが重要だろう。

 

「速い相手への対処としてはセオリー通りね。もっとも、相手が常識の範疇を超えてたら意味が無いけどねぇっ! 全部見えてるわね、ピース! “どくづき”よ!」

 

 スピアーの複眼が真っ赤に明滅し、両腕を紫色のオーラが覆う。

 そして、羽の振動が激しくなり、少し後方へ身を引いたかと思うと、真っ向から“エナジーボール”の雨霰の中へと突進してきた。

 

「そんな……!?」

 

 スピアーは自身に被弾する弾道のエネルギー弾のみを正確に見極め、両腕の槍で次々に粉砕して道を切り開く。

 それがわずか2、3秒の間に行われ、5秒が経過する頃にはミスティがその槍の直撃を受け、地面を激しくバウンドしていた。

 

「……えっ!? ミ、ミスティっ!?」

 

 自分の足元まで転がってきたミスティに、ようやくツバキが気付いて視線を落とした。

 ミスティは両手をついてふらふらと立ち上がり、上空でホバリングして見下ろすスピアーを睨む。

 くさタイプとどくタイプの複合タイプであるミスティには、どく技は可も無く不可も無くといったはずなのだが、明らかに一撃のダメージが大きすぎる。

 スピアー自身に何かあるのではとよく観察してみれば、両腕の槍の穂先に細い針が括り付けられている。

 

「(あれはたしか……!)」

 

 ポケモン図鑑に内蔵された、公式戦使用可能な持ち物のリストで見た事がある。

 それはポケモンに持たせる事でどくタイプ技の使用時に威力を引き上げる、名前そのままの毒針という道具だ。

 圧倒的なスピードに加え、持ち物で補強されたあの火力……やはり真っ向から殴り合っても無駄な相手。

 どうにか搦め手でそのどちらかを封じなければ。

 

「(……まただわ。今の一撃で倒れてもおかしくないのに立ち上がってきた……どうなってるのよコイツのポケモン……!)」

 

 知識、経験、ポケモンの能力、バトルセンス。全て自分の方が上のはずなのに、攻撃も防御もこちらの想定を遥かに上回る力を発揮して食い下がってくる。

 初めは彼女の事は虐め甲斐のあるサンドバッグ程度にしか思っていなかったのに、気付けばこちらの喉元にまで食らい付くほどになっていた。

 一体何がこの少女とポケモンに力を与えているのか、ベラには皆目見当がつかない。

 ……ただ1つ言えるのは、これまでの雑魚どもと同じ感覚で相手をする事はできない、という事。

 胸の内に渦巻くこのわけのわからない感情を消すためにも、なんとしてでもコイツを打ちのめさなければならない。

 

「(叩き潰す……! 全力でぶちのめしてやる……!)」

 

 暴君の毒が猛威を振るうのはまだまだこれから。

 激しく燃焼する闘志がポケモントレーナーの本能を呼び覚まし、『遊び』が『死闘』へと変わりつつあった。

 

 

 

つづく




ここではあえて多くを語りませぬ。
続いてもう1話をどうぞ!


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第100話:動き出したココロ

というわけでツバキとベラのバトル3話目です。
今回の話を100話目にしたかったためにかなり詰め込みました。

なお、2話同時更新のため、前話を見ていない方はぜひそちらからどうぞ。


 マタドガスを撃破したツバキとナオの前に現れたのは、通常の個体よりも遥かに巨大な体躯を持つドラミドロ。

 《てきおうりょく》による補正を受けた驚異的な破壊力の技を次々に放たれ、ナオは決死の抵抗を見せるも倒れ、再度飛び出したミスティが猛毒の巨龍と向かい合う。

 相手が技の温存を試みたその隙を突き、特性を強制的に変化させる“なやみのタネ”でその弱体化に成功したミスティは、“ハイドロポンプ”の反撃を受けつつ発射した“ムーンフォース”を浴びせ、ドラミドロを撃破する。

 主に勝利を届ける事に執着したドラミドロの姿勢に困惑しながらもベラが繰り出すは、体格こそ大きく劣りながら先の2体を凌駕する威圧感を発するスピアー。

 “エナジーボール”の弾幕を突破して一瞬で距離を詰めるそのスピードと、鋭い毒針の攻撃力を兼ね備えた強敵に、ミスティは追い詰められていく……。

 

 

 

 太陽光に照らされ、不気味に輝く突撃槍の穂先。

 鳴り響き続ける羽音は不安と焦燥、そして恐怖を掻き立てる。

 ミスティと対峙するスピアーの圧倒的すぎるスピードは、1回戦で見せたそれを遥かに凌駕しており、あの時はまだまだ本気など出していなかった事が窺える。

 それを封じるために放った弾幕も、強力な毒針による早業で打ち消されてしまった。

 こうなってくるとミスティでの戦闘継続は難しいかもしれないが、かといってここで退かせて他のポケモンに交代したとしても、恐らく次に出てくるであろうあのポケモンにミスティは太刀打ちできるかどうか……。

 

「考え込んでる暇なんて無いわよ! “シザークロス”!」

 

「!! 右の地面に“エナジーボール”!」

 

 両腕を振り上げて加速してきたスピアー。

 対するミスティは自慢の“エナジーボール”早撃ちの要領で素早くエネルギー球を生成してツバキの指示通りの場所へ着弾させると、その爆風で横へ吹っ飛んで回避行動を取った。

 間一髪。直後にミスティのいた場所へスピアーが両腕を交差させて振り下ろし、爆煙がX字状に切断され、地面にも同様の傷跡が刻まれた。

 

「チッ……!」

 

「あ、危なかった……」

 

 グレンジム戦でカツラのバクーダがやっていた、鈍足ポケモン用の緊急回避手段。

 見様見真似ではあったが、ミスティがバクーダほどの重量級ではないのもあってか、思いの外上手くいった。

 まぁ、間近でそれなりの規模の爆発を起こしたのでダメージもあるにはあるが、振り下ろした時の衝撃波だけで深々と抉られた地面を見れば、直撃よりは遥かにマシであった事は明白だろう。

 ミスティのタイプ構成では、どく技もむし技も弱点とはならないが、特別耐性があるわけでもない。

 ましてあれだけの威力ならば、リスク覚悟の強引な回避をしてでもかわさなければなるまい。

 

「“エナジーボール”!」

 

 ミスティは宙を舞いながら、そして着地しながら小型の“エナジーボール”のマシンガンをスピアーへ乱射し、着地の隙を狙われぬよう牽制する。

 さしものスピアーも攻撃直後にはわずか数秒ながら硬直があり、この弾幕は捌ききれず飲み込まれた。

 ……が、先述の通りにスピアーにくさタイプ技は効果が薄く、もうもうと立ち込める煙の中からすぐに飛び出してベラの前へと戻っていった。

 “エナジーボール”には相手の特殊攻撃耐性を下げる追加効果があるため、運良くそれが発動すればゴリ押しもできそうではあるが、恐らくその前にミスティが倒されるだろう。

 あのスピードを封じるなら麻痺させるのが手っ取り早いが、スフィンはどくタイプに弱いフェアリータイプなのでボックスに預けてしまっているし、ミスティは“しびれごな”をとっくの昔に忘れている。

 

「小賢しい……! “どくづき”よ!」

 

 スピアーは指示を受けて即座に加速すると、ジグザグの軌道でありながら異常なまでの速度で離れた位置のミスティへ迫ってきた。

 やはり機動力が段違いだ。

 

「(同じ手はたぶん通じない! それなら……!)ミスティ、回りながら“ねむりごな”!」

 

 ミスティは身体を捻るとその場で跳ね、回転しながら周囲に“ねむりごな”を散布する。

 セキチクジムにてアンズのズバットとのバトルでも披露した、回転しつつ粉技をバラ撒き、自分を覆う防壁として利用する戦術。

 素早ければ素早いほど急激な減速が効かず、この粉の檻の中へ自ら突っ込む事になる。

 

「やるじゃない。でもねぇ……そんなもん、アタシのピースなら避け方なんていくらでもあんのよっ! 加速!」

 

 ベラの命令にスピアーは無言で応え、減速したり進路変更するどころかさらにスピードを上げてくる。

 ……そこからは一瞬の出来事だった。

 拡散する青白い粉。仰向けの体勢で地面を跳ねるミスティの身体。

 あまりの高速飛行によって発生した風圧が、スピアーの進路上の“ねむりごな”を吹き飛ばしてしまったのだ。

 

「ミスティっ!!」

 

 ツバキの声を受け、ミスティは接地した両手で身体を押し上げ、ふらふら立ち上がった。

 度重なるダメージにより、気を抜けばそのまま倒れてしまいそうなほどに疲弊し、足取りもおぼつかない。

 それでもその視線は常にスピアーを追い続ける。

 実のところ、肉体はとうの昔に限界を迎え、本来ならば戦闘不能となっているはず。

 だが、生来の負けん気の強さとツバキへの献身が不屈の闘志となり、精神力だけが全身の筋肉を繋ぎ止める糸となって身体を支えているのだ。

 

「(コイツまた……!)」

 

 ナオに続いて異常なほどの耐久力でまたも凌いだミスティに、ベラの苛立ちが募る。

 ……しかし、同時に何か高揚感のような物も胸の奥から沸々と湧き上がってきた事に戸惑いも感じている。

 

「……とどめよ! “どくづき”! 最高速で決めなさいっ!」

 

 空中で大きく旋回したスピアーは、地上の標的をその赤い目で捉えると、両腕を揃えて羽ばたき、驚異の加速力で真っ直ぐに突撃してきた。

 今のミスティでは、耐えるもかわすもまず不可能。

 決着は一瞬だ。

 

「スピアー驚くべき加速っ! 間違い無く今大会最高速度っ!! MAXスピードでぇぇぇすっっ!!」

 

 ブルースの早口の実況の合間にスピアーの槍はミスティに直撃し、その身体をフィールドの外まで撥ね飛ばす。

 ……はずであった。

 だが、大きく後退こそさせられたが、ミスティはフィールド内に健在。スピアーもミスティの前でホバリングしたままだ。

 

「ミスティ!?」

 

「ピース……!?」

 

 スピアーは、その目の形ゆえに表情こそわからないが、焦っている事は誰の目にも明らかだった。

 何故なら、ミスティにガッチリ掴まれた槍の穂先を、上半身を揺らして何度も何度も引き戻そうとしているのだから。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 槍が痛々しく胴にめり込んだミスティは、強気な眼差しのままに「してやったり」とニヤリと笑う。

 

「……っ! ね…………“ねむりごな”っ!!」

 

 その指示を待ってましたとばかりに声を上げるミスティ。

 ボンッという音と共に、めしべから青白い粉が勢いよく噴出された。

 慌てて羽を羽ばたかせて“ねむりごな”を撥ね除けようとするスピアーだったが、ミスティが最後の力で放ったそれは、視界の色を塗り替えるほどに量も密度も桁違いだ。

 やがてミスティに掴まれた腕から力が抜け、羽の動きもスローモーションがかかったように遅くなり、スピアーはその場に墜落して寝息を立て始めた。

 それを見届けたミスティは、誇らしげに空を見上げ、ゆっくりと後ろへ倒れてそのまま動かなくなってしまった。

 

「……ラ……ラフレシア戦闘不能っ! スピアーの勝ちっ!」

 

「執念で粘りに粘ったラフレシアついに倒れるぅぅーーーーっっ!! しかし、最後の最後でスピアーを眠らせ、そのスピードを殺しましたぁっ!!」

 

「ミスティ…………ありがとう……ありがとう……!」

 

 ツバキはミスティを戻したボールを両手で握り締め、額にこつりと当てて精一杯の感謝を伝える。

 ポポを除けば最古参となる皆の姉御としての意地を見せ、恐らくはベラの手持ちで2番目の強敵を無力化して見せたミスティの姿は、ツバキにより強く勝利を決意させた。

 滲んだ涙を拭ったツバキは、3番手となるポケモンのボールを取り出し、自分と先に倒れた2体の想いを込めるように一呼吸おいてからフィールドへと投げ入れる。

 

「……お願い! シェルルっ!」

 

 その意志と覚悟を受け継ぎ、白き甲冑纏う魔人が戦場に立つ。

 己を鼓舞するためか、はたまた相対する者を威嚇するためか、黒く鋭い爪を振りかざして咆哮を上げる。

 その左腕にはシルバーからもらった達人の帯が巻かれ、風に翻っている。

 

「ツバキ選手の3番手は……なんとグソクムシャっ! カントーではなかなか見られないポケモンが現れましたぁっ!」

 

「(発電所の時にいたちっこい虫ポケモンが進化した奴ね……見た目からして重戦車系能力。地面の陥没具合から体重は100~110kg。装甲の形状から察するに……タイプはみずとむし。泳ぐ速度はまぁまぁだろうけど、地上では鈍重なはず。“アクアジェット”でそれを補うつもりね)」

 

 ベラにとっては初めて見るポケモンであったが、さすがの観察力と豊富な経験則から、即座にその特徴の大部分を分析し、的中させた。

 

「では、スピアー対グソクムシャ。バトル…………再開っ!」

 

 再開とは言っても、スピアーは依然として眠りについたまま。ツバキからすれば渾身の一撃を打ち込むチャンスだ。

 

「シェルル! “いわなだれ”っ!」

 

 シェルルが両腕の爪を地面へ突き立てて全身の覇気を送り込むと、浮かび上がった巨大な岩塊が狙いを定めてスピアーに迫る。

 無論、眠りこけているスピアーは回避ができず、瞬きする間にその下敷きになった。

 むしタイプを持つスピアーに、いわ技の“いわなだれ”は効果抜群。

 しかも当てた技が弱点の場合に威力を向上させる達人の帯も巻いているため、スピアーが耐久に優れているわけでない事もあってダメージは極めて大きい。

 

「これは効いたぁぁーーーーっっ!! 無防備なところへ“いわなだれ”の痛ぅぅ烈な一撃ぃっっ!!」

 

「……目、覚めたわね?」

 

 腕を組んでいたベラの呟きに反応するように岩が吹き飛び、中から現れたスピアーの羽が動き出し、勢いよく飛び出したかと思うと下降し、地面すれすれでホバリング。

 すぐさま状況を理解すると、急ぎベラの前へと戻る。

 

「……行けるわね、ピース」

 

 返事の代わりに、スピアーは寝起きの身体を慣らすように、その場で両腕の槍を目にも止まらぬ速度で突き出す。

 並のスピアーならば致命傷となって目を回しているほどのダメージを受けながら、なおもそのスピードは鈍っていないのだから、まったくもって化け物じみている。

 

「さぁ、お返しといきましょうか? “シザークロス”!」

 

 くるりと軽快に宙返りをしたスピアーが、相変わらずのスピードで突っ込みながら腕を振り上げる。

 

「“アクアジェット”っ!」

 

 対するシェルルは全身に水の膜を纏うと水の噴射で飛び出し、“シザークロス”の一撃を紙一重でかわす。

 が、ここで飛び上がってしまったのは失策だった。

 

「真下がガラ空きよ。“どくづき”!」

 

 ヘラクロス戦で見せた動き再び。スピアーは右腕を地面に突き刺し、そこを軸に回転すると上空のシェルルに高速で肉薄し、毒の滲む両腕の槍を突き出してその背中に一撃を加える。

 予想を遥かに上回る早さでのリカバリーに、シェルルは完全に不意を打たれてしまう。

 だが、そうこうポケモンの名は伊達ではない。その頑強な甲殻はスピアーの槍ですらも完全に貫く事はできず、わずかに先端が刺さる程度。

 とはいえ、スピアーと違ってシェルルは自由自在な飛行などはできない。

 殻で防いだとしても、そこからどうにかできるわけではなく、腕を振ってスピアーを払いのけて着地するだけだ。

 “アクアジェット”による飛行も、噴射の角度を変えれば方向転換は一応できるが、基本的には直線的な軌道のみ。突進力はあるが、小回りの利く飛行能力を持った相手となれば空中戦では到底敵わない。

 

「(やっぱりなんとかして地面へ引きずり下ろさないと……!)」

 

 スピードでは劣るが、パワーならばこちらの方が遥かに上。相手を掴みさえできれば勝機はある。

 鍵となるのは“アクアジェット”と……。

 

「考えてる暇なんて無いって言ったわよねぇ? “つばめがえし”!」

 

 腕を交差して前傾姿勢となったスピアーが、“しんそく”と見紛うほどの速度でシェルルへ真っ直ぐに突っ込み、ツバキが指示を出す間すら与えず、唯一甲殻に覆われていない腹部へ槍による一閃を叩き付けた。

 

 

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「……えっ……? ……シェルル? シェルルっ!?」

 

 ツバキは数度の瞬きの後、驚いたようにシェルルに声をかける。

 この反応は当然と言えば当然。何故なら、ブルースや観客はおろか、ツバキですらも“つばめがえし”の一連の動作を認識できず、スピアーの姿がぶれたかと思った次の瞬間、突然シェルルがダメージを受けたようにしか見えなかったのだ。

 

「な……何が起きたのでしょうっ!? グソクムシャが膝をつきましたっ!? 皆様の中に、今何が起きたかを把握できた方はいらっしゃいますか!?」

 

「うふふふ……“アクアジェット”でかわしても良いのよ? この技にかかれば、どんな回避も無駄な足掻きだけどねぇ……」

 

 “つばめがえし”は所謂必中技と呼ばれるもので、先制技と呼ばれる“でんこうせっか”などが瞬発力、加速力による機動性強化を主としているのに対し、こちらは攻撃動作の高速化に重点を置いて相手の回避を許さない。

 

「(元々のスピードもあって速すぎる……!)」

 

 真っ向からの“どくづき”をミスティに止められたからか、“つばめがえし”による回避不能の戦法に切り換えてきた。

 ひこうタイプ技故、防御力に優れるとはいえむしタイプのシェルルには楽観視できないダメージとなる。

 

「(なんとか……なんとか攻撃の予兆さえ掴めれば……!)」

 

 ツバキの考えている反撃の一手は、相手の動きを追えなければ使えない。

 なんとしてでも一瞬……ほんの一瞬だけでもあの超高速攻撃の予備動作を読めれば手はある。

 どんな生き物であれ、どんなに高速であれ、動くには必ずその前兆があるはずだ。

 羽か? 足か? 胴か? それとも纏う空気か?

 

「“つばめがえし”!」

 

 再びあの攻撃。

 ベラが指示を終える頃には、すでに攻撃がシェルルの右の脇腹を打っていた。

 あれだけのスピードでありながら、身構えるシェルルのガードを的確にすり抜け、弱点となる部位をピンポイントに突いてくる。

 しかし、その一撃の前にツバキの耳がナニかを捉えた。

 

「(……今の……? …………それしか無い……よね……! ここまで来たら!)」

 

 賭け。

 もはやツバキのバトルにおいてはお約束とでも言うべき展開になってしまったが、強敵相手となれば安定だけではどうにもならないものだ。

 

「(さすがにしぶといわね……タフな奴。けど、どう足掻いたってアンタはピースを捉えられない!)“つばめがえし”!」

 

 ――ブゥン

 その音が鼓膜を震わせた瞬間、反射的にツバキは叫んでいた。

 

「“ふいうち”っ!!」

 

 一瞬で距離を詰め、薙ぎ払うように槍を振るうスピアー。

 時間が止まったような感覚の中、目の前に白い甲殻の欠片がわずかに舞う。

 そして、背後の気配に気付いた時には、巨大な腕を振り下ろしての一撃で地面へ叩き付けられていた。

 

「なっ……!?」

 

 自身の持つポケモンの中でも最速を誇るスピアーの一撃をいなされ、ベラの表情が驚愕で固定されてしまう。

 ……初動の勢いを付けるべく、わずかに上昇するために動かす羽の動き。

 だが、虫……特に蜂の羽の動きというものは、身体のサイズに対して大きな羽を高速で動かす都合上、どうしても大きくなる。

 スピアーの動きは速いといえど音速の域には達していない。そのため、その大きな音がわずかながらスピアー本体より先に届いたのだ。

 そこからは直感的というか、本能的というか……考えるより先に言葉が口をついて出ていた。

 スピアーは飛び立とうともがくが、剛力を誇るシェルルの腕の拘束から逃れる事ができない。

 

「“いわなだれ”っ!」

 

 シェルルは右腕でスピアーの背中を抑えたまま、左腕を地面へと突き刺す。

 地響きが次第に大きくなり、何かが地中からせり上がってくるような感覚。

 そして、シェルルが“アクアジェット”の噴射で緊急離脱すると同時に、凄まじい勢いで飛び出した大量の岩が、スピアーの身体を連続で打ち、そのままぐんぐん上空へと連れ去っていき、スピアーを中心にして団子のように纏まった。

 

「ピースっ!」

 

 すでに1発“いわなだれ”を受けていたスピアーにとっては今度こそ致命傷。

 もはやベラの声が聞こえているかすら怪しい。

 着地したシェルルが、その岩を背にして右腕を横に払うと、岩のボールの隙間から幾条もの光が漏れ、直後、内包されたエネルギーが爆発を起こして粉々に砕け散った。

 

「強ぉぉぉぉ烈っっ!! 弱点のいわ技を2発も受けてしまったスピアーっっ! どうなった!? どうなったんだぁぁーーーーっっ!?」

 

 もうもうと広がる白煙。

 誰もがその中に見えるであろうシルエットを探す。

 ……その時、煙の一部が裂け、右腕を突き出したスピアーがシェルル目掛けて真っ直ぐに突進してきた。

 

「嘘っ……!?」

 

「ピース……!?」

 

 シェルルは頑強な盾の如き左腕を構えるが、スピアーも力任せに振るった左腕でそのガードをこじ開け、シェルルの腹部に紫色のオーラを纏った右腕を突き立てる。

 そして、その直後……点滅する複眼から光が失われ、羽も停止し、ドサッと音を立てて地面へ落下した。

 その身体は見るからにボロボロになっており、どうして最後の最後で動けていたのかが不思議なほどであった。

 

「……ス…………スピアー……戦闘不能……戦闘不能!! グソクムシャの勝ちっ!!」

 

 大きな歓声。

 観客席の熱狂はますます高まり、この日最高潮とすら言えるほどだ。

 

「ピース……お疲れ」

 

 ドラミドロ同様に最後の抵抗を見せたスピアーだが、それはあまりにも無様であまりに見苦しい。

 そのはずなのに、ベラの心の奥底から湧き上がるは不快感でなく高揚感。

 

「(……わけわかんない)」

 

 複雑な心境のまま、ベラは最後のボールを手にした。

 

「っっ……!?」

 

 あれほど熱狂していた観客席が静まり返り、トレーナーと共に観戦していたポケモンの一部が慌ててボールへと戻る。

 向かい立つツバキも、頬にも背中にも嫌な汗が伝わるのを感じる。

 それらは全て、ベラの握ったボールから発せられる覇気と闘気のあまりの鋭さによって引き起こされたものだ。

 

「(く……来る……!)」

 

「……そう、アンタも戦いたいのね。アタシの命令じゃなく……自分の意志で。……良いわ。暴れなさい……ラピオっっ!!」

 

 カタカタと揺れるボールが空高く舞い、巨大な蠍が姿を現す。

 蛇腹状の腕を伸ばし、ハサミのように向かい合って並ぶ鋭い鉤爪を地面へ突き刺して咆哮する。

 

 

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 ばけさそりポケモン『ドラピオン』。

 発電所占拠事件の際には警官隊の繰り出したポケモン43体を単騎で全滅させ、フリーザー捕獲に際しては伝説級ポケモンの“ふぶき”すらも真っ向から粉砕して作戦を成功させた、ベラが擁する最強にして最凶のポケモンだ。

 おまけに胴体には体力を犠牲に火力を上げる命の珠を括り付けており、そこから放たれる一撃一撃が恐ろしい威力となっているであろう事は明白。

 

「ぅ……く……!」

 

 以前よりも凄みを増したドラピオンのプレッシャーに、ツバキは脚が震えてよろめくが、気合いで持ちこたえる。

 

「……何してるの? 早く再開の宣言をしてちょうだい」

 

 試合の当事者を除けば最も近くでそのプレッシャーを浴びて放心していた審判だったが、ベラに催促されて正気に戻った。

 

「あっ……は、はいっ! で、では……ドラピオン対グソクムシャ。バトル…………再開っ!」

 

 試合が始まるが、両者は距離を保ったまますぐには動かない。

 ツバキはちらりとシェルルの背中に目を向ける。

 ……どう見ても苦し気。かなり息が荒く、ここからは見えないが顔色も悪いだろう。

 

「(……やっぱりさっきスピアーが最後に使ったのは“どくづき”! シェルルが毒にやられてる……!)」

 

 この試合だけで何度毒状態にされた事だろう。

 幾度も幾度も苦しみを与え、消耗を誘うどくタイプの恐ろしさをこれでもかと実感させられている。

 

「来ないなら……こっちから行かせてもらうわよっ! “ミサイルばり”!」

 

 ドラピオンが上空へ開いた大口から5発の針が発射され、その先端をガクンとシェルルへ向けて加速する。

 ツバキの記憶では、“ミサイルばり”の名が示す通り、それなりの誘導性能もあったはずなので、下手な回避は逆効果だ。

 

「“たきのぼり”で弾いてっ!」

 

 シェルルが両腕に水流を纏うと腰を落として身構え、針がリーチに入るや右腕、少し遅れて左腕の順にアッパーを繰り出して迎撃する。

 1本ずつ処理していては間に合わないので、威力のある攻撃で纏めて弾き飛ばす作戦だ。

 

「すぐに“アクアジェット”!」

 

 迎撃を終えると即座に腕の水を拡散させ、それを改めて全身に纏って一気に加速する。

 “ミサイルばり”迎撃直後の隙を狙われる可能性も十分にあり得る以上、瞬発力に優れた技で機先を制するのが吉と考えたのだ。

 

「技の流れが非常にスムーズ! 迎撃から即座に反撃へと繋げます!」

 

「受け止めなさい! “クロスポイズン”!」

 

 それに対してドラピオンは、その場から動かず交差させた両腕を紫のオーラでコーティングし、シェルルの水圧を活かした突進を受け止めて見せる。

 持ち前のパワーと加速の組み合わさった突撃は威力抜群……の、はずなのだが、ドラピオンの身体はわずかに後退させられた程度。

 よく見れば、4本の脚から伸びる爪を地面に食い込ませてアンカーの役目を果たしている。これではよほど馬鹿げた勢いでなければよろけさせる事すらできない。

 

「なんとドラピオン、あの勢いを真正面から受け止めましたっ! なんてパワーっ! なんて安定性っ!!」

 

 そうこうしている内にシェルルの勢いが落ち、その隙を突いたドラピオンがそのまま腕を振り抜き、“クロスポイズン”を叩き込む。

 シェルルの甲殻は確かに強固で衝撃には強いが、このように怪力で押されるのには弱い。

 大きく後退させられたシェルルへ、ドラピオンのさらなる追撃が迫る。

 

「投げ飛ばしなさい!」

 

 胴と腕を伸ばしたドラピオンは、層になっているシェルルの殻の隙間に爪を差し込んでガッチリ掴むと、大きく身体を捻って上空へと放り投げる。

 

「“かみくだく”!」

 

 頭を180°回転させて空中のシェルルを視界に捉えるや否や、口を大きく開いて頭部にエネルギーを集中させる。

 それは即座に禍々しい牙の形となって実体化し、見る見る内に巨大化してシェルルをその大顎の餌食にせんと襲いかかる。

 フリーザーの“ふぶき”と相殺するほどのエネルギー密度だ。マトモに受ければただでは済まない。

 

「“アクアジェット”で真下によけてっ!」

 

 シェルルは手脚をバタつかせて身体の正面を地面へ向けると、背中の殻の隙間から水を噴射して隕石のように落下し、凶悪な顎の一撃を回避した。

 ベラのポケモンの攻撃は、いずれも多少のダメージ覚悟でもかわさなければまずい物ばかり。

 回避にもリスクが伴うため、毒による持続的な消耗と相まって非常に苦しい戦いを強いられている。

 

「ほらほらぁ! 必死で逃げなきゃ一瞬で消し飛ぶわよっ!! “ミサイルばり”!」

 

 着地の際に膝にダメージが入って立ち上がりの遅れたシェルルへの容赦無い追撃。

 4発の針が弧を描いて飛来し、シェルルへの着弾と共に大爆発を起こした。

 

「無慈悲っ! 息を整える事すら許さぬ攻撃のラッシュ! ラッシュっ!! まさに暴君っ!!」

 

 毒で弱った相手への絶え間無い追い討ち。躊躇も情け容赦も無いその猛攻こそ、彼女がかつて暴君と呼ばれた所以。

 暴君は自身の君臨する戦場に、己と忠臣以外の存在を許さないのである。

 

「シェルルっ……!」

 

 ツバキの呼びかけに応じたシェルルが黒煙から飛び出し、左腕の盾をクッションにして着地。

 宙に浮いている間に身体の角度を調整し、慣性で吹っ飛びそうになりそうなところを地面に両手の爪を突き立てる事で強引に押し止める。

 

「“いわなだれ”!」

 

 爪を突き刺した状態である事を活用し、そのまま自身のエネルギーを地面へ流して“いわなだれ”に繋げる。

 シェルルの左右から30個はあろうかという岩の塊が浮上し、一際高く飛び上がった後にドラピオンへ弾丸のように襲いかかる。

 

「しゃらくさい! “あくのはどう”!」

 

 ドラピオンが大きく息を吸い込み、生成したエネルギーを全身に行き渡らせる。

 そして、一瞬の静寂の後の咆哮と共にドス黒いエネルギー弾が広範囲に拡散。降り注ぐ岩をことごとく破砕し、その先にいたシェルルにまで着弾した。

 禍々しいエネルギーを弾丸にして発射する“あくのはどう”。

 ここまで“ミサイルばり”、“クロスポイズン”、“かみくだく”を見せているため、以前のバトル時からの変化は“どくどく”からこの技に置き換わっただけとなる。

 いわゆるフルアタと呼ばれる全て攻撃技の構成であり、どくタイプ特有の嫌らしさは消えたものの、ベラの個体は元々が怪物じみた能力なため、特殊遠距離攻撃も備えた事で危険度はむしろ跳ね上がっている。

 と、ここでシェルルの身体が震え出す。

 ツバキはすぐさまシェルルの特性である《ききかいひ》であると理解した。

 体力が半分を切ると控えと交代する特性だが、他ならぬシェルル自身がその効力に抵抗しようとしている。

 

「……シェルル、無理しないで。ここは一旦引いて!」

 

 ツバキからのその言葉を受け、ようやくシェルルは渋々ながら納得してボールへと戻った。

 

「お疲れ様。少し休んでてね」

 

 グソクムシャは物理面において高い戦闘能力を有する強力なポケモンだが、この特性がなかなかに扱い辛い。

 能力を強化する技はボールに戻るとリセットされるので効果が薄く、“であいがしら”や“ふいうち”など補う手段もあるが、基礎的な素早さは低いので先手を打たれやすい。

 総合的に見ると、育て方やバトル中の体力配分、後続のポケモンとの連携などを緻密に吟味する必要のある玄人向けのポケモンと言えるだろう。

 ともあれ、これでツバキの4体目がとうとう明らかとなる。

 

「……行くよ。この大舞台に、一緒に羽ばたこう! お願いっ! ポポくんっ!!」

 

 祈るように両手で持ったボールがふわりと空へと舞い上がり、中から飛び出した光が、翼を広げた巨鳥の姿を構築する。

 その身に秘めた闘志を現出させるように力強く羽ばたくと、一陣の風がフィールドを駆け抜けた。

 

「……来たわね」

 

 そよぐ髪を右手で押さえ、ベラが上空の影を睨む。

 

「ツバキ選手最後のポケモンは……ピジョットだぁっ!」

 

 甲高い鳴き声が会場を震わせる。鬣のような美しい飾り羽を靡かせつつゆっくりと高度を下げ、砂埃を巻き上げながら鋭い爪を地面へ食い込ませた。

 ツバキの切り札にして最初の、そして最高のパートナー・ポポ。

 小さい頃から、きっと一緒に立とうと約束していた舞台に、ついにポポは降り立った。

 だが、ここすらもまだ通過点に過ぎない。

 ツバキはポポを始めとする仲間と共に過ごした旅の中で、さらにその先へと進む事を決めたのだから。

 人の抱く目標、夢という、際限無く大きくなっていく山の頂は、まだまだここではないのだ。

 

「それでは、ドラピオン対ピジョット。バトル…………再開っ!」

 

 ……開始の合図が出されてもベラは動かない。待っているのだ。討つべき相手が現れるのを。

 

「来なさい。アンタ達の力の全て……真っ向からねじ伏せてあげるわ」

 

「……それなら、お言葉に甘えて。行くよ、ポポくん」

 

 ツバキは首にかけたペンダントを外すと、キーストーンを強く握り込んで力と想いを精一杯込める。

 

「重ねた想いを翼に変えて……わたし達の全部をあなたに届けます! これがわたし達の……キズナのカタチ! ポポくん! メガシンカっ!!」

 

 指の合間から溢れた虹色の光が、人々の視界を支配する。

 眩しいはずなのに、誰もが視線を逸らせず釘付けになってしまう、不思議な光。

 

「こ、この輝きはまさか……! ツバキ選手まさかの……メガシンカ使いっっ!?(……ま、間違い無い……半年だ……まだ半年なんだ彼女は……なのにもうメガシンカを……!?)」

 

 ブルースは手元の選手データとフィールドのツバキを交互に見比べる。

 トレーナー歴半年ほどの少女が、そのわずかな期間の間にここまで辿り着く実力を身に付けたのも驚きなのに、人とポケモンの絆の極地とまで言えるメガシンカすらも習得しているとは。

 この少女はこのまま行ったらどれだけの力をその身に宿してしまうのだろうか?

 ブルースならずとも、自然と興味を持ってしまうだろう。

 

「(……変な感じ……この光を見てると、胸の奥が熱くなる……)」

 

 ベラもまた、その輝きから目を離す事ができていない。

 自身のパートナーに辛酸を舐めさせた仇敵が姿を現そうとしているのに、不思議と清々しい気分になっていく。

 

「(……この変な感じも、アイツらを倒せば消えるに違いないわ……! アタシがアタシに戻るはずよ……!)」

 

 彼女はまだ気付かない。いや、認めない。

 それはおかしな変化をしようとしているのではなく、かつての……トレーナーになりたての頃の自分の心に戻りつつあるのだ、という事を。

 彼女にとっての自分らしさとは、今の歪み、湾曲した心なのだと錯覚しているのだ。

 だが、無意識の奥の奥……深層心理の底に眠る本来の自分が、声にならない叫びを上げている。

 「あの頃に戻りたい」

 「ポケモンと一緒にいるだけで楽しかった頃へ帰りたい」

 その叫び声のせめてもの抵抗。ツバキとポポの絆が生み出した輝きを、半ば羨望のような眼差しで見つめる。

 

 

 

「……うっそぉ……ツバキ、メガシンカ使えたの~……?」

 

 口をあんぐり開けたボックが、心底驚いたという表情でイソラに尋ねる。

 出会ってからリーグ開催までの間、何度も特訓を兼ねたバトルを重ねてきたが、そんな様子は微塵も見られなかったのだから無理も無い。

 

「ああ。ポケモンとの絆の強さは言うまでもなく、あとはどう心を一体にするかだったが、それも私の見ていないところでマスターしてしまった。ボックも私も、うかうかしていたら追い付かれるどころか置いていかれてしまうかもな?」

 

「……うへぇ~……ライバルとしての道は険しそうだぁ~……」

 

 もっとも、イソラは簡単に追い抜かせるつもりは無いし、ボックも負けたままで終わる気などさらさら無いのだが。

 

 

 

 明らかに増加した全身の筋肉。

 鋭さを増した眼光。

 脚も太く、大きくなり、それに伴って爪も鋭く大型化。

 美しくたなびいていた飾り羽は中央の1房を除いて短くなり、美しさよりもワイルドさを醸し出す。

 ポッポ系統は本来、鳩に酷似した特徴を持つのだが、この姿はさながら猛禽類。

 元々強かった羽ばたく力は、その筋力増強と共に荒々しさと激しさを増し、翼を振るうごとにフィールド表面が削り取られていく。

 

「ポポくん、絶対に気を抜かないで。それで……絶対にわたし達の想いをベラさんに届けよう!」

 

 静かに語りかけるツバキの声に、大気を震わせる鳴き声が答える。

 

「……うん、行くよ! “でんこうせっか”!」

 

 軽く羽ばたいてホバリングしたポポの姿が霞むように掻き消え、一瞬にしてドラピオンの背後へ移動。そのまま突進攻撃を仕掛ける。

 

「相変わらずウザいくらいすばしっこいわね……! “クロスポイズン”!」

 

 しかし、180°回転する頭部に、伸縮する蛇腹状の腕と胴を持つドラピオンの可動域は極めて広く、死角という物はほぼ存在していない。

 すぐさま身体の向きはそのままに、頭と腕を反転させ、毒の滲む爪を振り上げる。

 が、いかにベラのドラピオンと言えど、スピードならばポポは負けはしない。

 振り上げた両腕が振り下ろされる前に、その胴体へ一撃を加えて素早く離脱。

 

「逃がさない! “あくのはどう”!」

 

 さすがの耐久力。高速の一閃を受けながらも、ドラピオンは即座に反撃態勢へ移行した。

 撤退を図るポポの背後から、ドラピオンの放った邪悪なオーラを固着させたエネルギー弾が迫る。

 右へ左へバレルロールし、高度を上下させて回避を試みるが、大型化した翼が仇となってついに着弾。

 だが、多少のダメージでは怯まぬ屈強な肉体も同時に得ているポポは、若干体勢を崩しながらもツバキの元へと帰還した。

 

「まずは互いに相手への一撃を加える事に成功! しかし、体格の観点から見ると、ピジョットへのダメージの方が大きいと言えるでしょうか!?」

 

 ドラピオンは関節こそ柔軟に伸縮するが、それを覆っている甲殻自体は非常に堅牢であり、物理的な攻撃は効果が薄い。

 だが、“ぼうふう”は以前、上半身の回転で起こした風圧で相殺されてしまった上、技の発動にも予備動作が必要で隙が発生しやすい。

 あれから特訓を重ね、メガシンカによるパワーアップもあるので、あの時の二の舞になはならないとは思うが、相手も着実に手強くなっている。下手な事はしない方が賢明だ。

 ならば、イソラから教えてもらった『あの技』が役に立つだろう。“ぼうふう”よりも威力は劣るが、その分隙は少ない。

 あとはそれを使うタイミングを逃さない事だ。

 両者は睨み合い、次なる一手の指示を下されるその瞬間を、一瞬の油断も無く待っている。

 

 

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「“ミサイルばり”よ!」

 

 再び距離を取ったポポへ、誘導弾による遠隔攻撃。

 4発の針が四方に拡散した後、弧を描いて囲い込むように急接近する。

 わずかずつ時間差で放たれている上、明らかに中心部が意図的に空けられており、そこに逃げ込めばドラピオン本体の攻撃が待っているというオチ……つまりはわざと安全圏を用意しておく、マタドガスの時と同様の罠だ。

 だが、今回その対象となったのは機動性トップクラスのポポ。

 サイコパワーで浮遊していたナオとは異なり、完全な飛行能力を有している。

 

「“でんこうせっか”でよけて!」

 

 故に、一見逃げ場が少なく見えても、空中という3次元空間を味方に付けているポポならば回避ルートの選択肢はいくらでもある。

 ポポは目だけを動かして4発の針を確認し、現在の軌道と、こちらが動いた際に予想される軌道変化から逆算して最も安全なルートを導き出すと、一際強く羽ばたいてから飛翔して急加速。

 まず2発の合間を潜り抜けながら上昇し、追い縋る次の2発を視界に収める。

 翼を折り畳んで失速すると、そのまま自由落下で1発回避。

 最後の1発がこちらの動きを予測して軌道を変えると、今度は逆に大きく翼を広げて空中ブレーキをかけて真下を通過させ、馬力の上がった足を振り下ろして叩き落とした。

 かわした3発も勢いを失い、次々に落下していく。

 どうやらドラピオンの意思で動かしているのではなく、それ自体がある程度の独立性を持って誘導しているようだ。それはそれでどうやって鍛えればそうなるのか知りたいところではあるが。

 

「っ……! あれを全部かわすなんてやるじゃない……! なら、これはどうかしら!? “あくのはどう”っ!」

 

 ドラピオンが身体を縮込ませるように両腕を交差させてエネルギーをチャージし始める。

 わずかではあるが、発生した隙。それをツバキは見逃さなかった。

 

「(ここだっ!)ポポくん! “ねっぷう”!」

 

 ポポが翼を大きく後方へ反らし、羽の1枚1枚が熱を帯びる。

 そのまま全力で前方へ羽ばたくと、熱波と強風の二重攻撃となってドラピオンを襲う。

 イソラもオニドリルを始め、何体かのポケモンに覚えさせている“ねっぷう”。

 ほのおタイプ技ではあるが、翼のあるポケモンであればその多くが習得できるため、相性補完の意味でも有用な技だ

 当然物理攻撃でなく特殊攻撃なので、堅固なドラピオンにも大きなダメージが見込める。

 

「熱っ……! チィっ……! こんなもの……吹き飛ばしてやんなさい!」

 

 目には目を、特殊技には特殊技を。

 じりじりと身を焦がす熱に耐えながら、ドラピオンは蓄えたエネルギーを、弾丸状でなく技名通り波のように前方広範囲へ放出。

 使い手と同様のあくタイプ技な事もあってその勢いは凄まじく、瞬く間に“ねっぷう”を押し返し始めた。

 

「……ダメだ……! 上昇っ!」

 

 無理は禁物だ。

 攻撃を中断したポポは、前方上空へ一直線に退避する。

 “あくのはどう”は縦横共に扇状に広がっているので、距離があるほど被弾リスクが高い。

 そのため、ただ上昇するよりは、前進しながら上昇した方がまだ回避がしやすいのだ。

 だが、その拡散速度がツバキとポポの想定を大きく上回っており、早々と回避に走ったにも関わらず、ポポは脚に被弾してしまいバランスを崩す。

 尾羽を大きく動かして体勢を戻しつつ全力で羽ばたいて上昇し、どうにかその禍々しい波動に飲み込まれる事は避けられたが、被弾した脚に、焼かれたようにずきずきとした痛みが走る。

 弾丸状、波動状の2種類を使い分ける“あくのはどう”……これほど厄介だとは。

 

「(脚だけでもあんなにダメージが……! あれに飲み込まれたら、それだけで終わっちゃいそう……!)」

 

 それだけはなんとしてでも回避せねば。

 次に撃たれたら、“でんこうせっか”の使用も躊躇せず行う必要がありそうだ。

 だが、相手は命の珠の効果により、技を使えば使うほど体力が削られているはず。

 上手く攻撃をかわし続ける事ができれば有利になってはいくが、相手はあのベラ。同じミスを繰り返しはしないだろう。

 

「そっちから近付いて来ないなら、それはそれでやりようはあるわ。“ミサイルばり”よ!」

 

 今度は隙の少ない“ミサイルばり”での遠距離攻撃。

 むしタイプ技なので、ひこうタイプのポポには相性の上では効果が薄い。

 ただ、誘導性がある上、1発当たれば残りも次々ヒットするのが厄介で、ドラピオン自身の地力の高さに加えて命の珠の補正もあり、軽視はできない。

 何よりこちらが空中にいる、というのが厄介さを大きく引き上げている。

 バトルにおいて空を飛べる事は大きなアドバンテージだが、地面を踏み締めて踏ん張る事も、受け身を取る事もできないため、わずかな衝撃で体勢を崩しやすいのだ。

 しかも、今度は5発が時間差でなく完全同時に飛んできた。1発1発かわす事はできない。

 

「それなら“ねっぷう”で!」

 

 あくまでも“ミサイルばり”の迎撃だけが目的なので、最初に使った時ほどの威力は不要。

 身体を傾けて右翼のみを振りかぶると、勢いよく薙ぎ払い、前方から迫る5発の針をその熱波に飲み込む。

 

「“クロスポイズン”!」

 

「っ!?」

 

 だが、まさにその威力を落とした“ねっぷう”こそ、ベラが想定した付け入る隙だった。

 両腕を左右に薙ぐように振るい、熱波を切り裂いて突っ込んできたドラピオンが、その風圧にほんの一瞬目を瞑ってしまったポポへ、ハンマーのように腕を叩き付けた。

 そのままポポは真っ逆さま。地面へ激突すればそのダメージは計り知れない。

 

「っ……“ブレイブバード”っ!」

 

 迷っている暇は無い。

 翼を広げた鳥のようなオーラがポポの全身を覆い、落下速度を増していく。

 そして、地面すれすれでガクンと方向転換し、カタカナの『レ』のような軌道で上昇すると、落下中のドラピオンへ突撃を仕掛けた。

 強力なポケモンとはいえ、その主な活動範囲は地上である以上、空中では無防備であり、あえなく胴体の隙間にポポのクチバシが突き立てられる。

 その勢い、そして支えとなる物の無い空中という事も相まって、ドラピオンの身体は大きく吹き飛ばされ、今度はこちらが地面へ急降下する事になってしまう。

 

「ラピオ! 受け身を取りなさい!」

 

 頭から落下していくドラピオンは両腕を一旦引いた後、勢いよく伸ばして地面を叩き、その衝撃で滞空すると、その身体の形状からは想像もできないほどに軽快な動作で宙返りを披露し、無事に脚から着地した。

 

「(あの身体であんなに身軽に動けるの……!? ……やっぱりあのドラピオン……強すぎる……! それを育てて使いこなすベラさんも桁違いに強い……!)」

 

「(あの状態からすぐさま“ブレイブバード”で復帰するなんて……ホントにやってくれるわね……! ったく、チビのクセに頭の回転早すぎんのよ……!)」

 

 互いに知恵を振り絞っての技の応酬。

 攻めればいなされ、攻められれば防ぐ。空と陸の境界など存在しないかのような一進一退の攻防が続いていく。

 本人達は気付いてないが、その表情には徐々に笑みが浮かび、頬を伝う汗を無意識に拭っていた。

 ポケモンバトルの醍醐味は、トレーナーとポケモンがそれまでに積み上げた十人十色の全力のぶつかり合い。

 使うポケモン、選ぶ技、重視する戦い方……それら全てトレーナー毎に異なる信念の元に決まり、1つとして同じパターンは存在しない。

 その異なる信念同士を激突させ、自分とは違う世界を垣間見る事。そして、そこに自分の存在した証を刻む事こそ、トレーナーとしての本能が求める至福なのだ。

 それは決して、遊び半分では到達できない世界。

 ベラは今、あまりに才気に恵まれすぎていたがために見る事の叶わなかったその領域……『本気の世界』へ踏み込もうとしているのだ。

 

「“あくのはどう”をバラ撒いてやんなさいっ!」

 

「“ねっぷう”で押し返して!」

 

 今度は再び弾丸状の“あくのはどう”で対空弾幕を張ってこちらの行動を妨害しようと試みる。

 あの押し流すような波動状態でないならばこちらに分がある。

 ……と、思ったのだが、エネルギーを凝縮して弾丸にしているためか、何発かは相殺しきれず貫通し、ポポを襲った。

 

「上昇っ!」

 

 尾羽を団扇のように力強く振って高度を上げ、ギリギリで回避する。

 ……どうやら“あくのはどう”を撃たれたら下手に防ごうとせず、素直に回避に専念した方が良さそうだ。

 

「跳びなさいっ! “かみくだく”!」

 

 と、そこへすかさず必殺の威力を誇る“かみくだく”。

 腕と尻尾を勢いよく打ち付け、地面を陥没させながら飛び跳ねたドラピオンからエネルギーが放出され、無数の糸のように絡みつつ鋭利な牙の並ぶ禍々しい大口を紡ぎ上げ、“あくのはどう”に気を取られていたポポを飲み込もうと襲いかかる。

 ドラピオンの身体構造は、力学的に考えてもジャンプなどするためにはできていないのだが、それが飛行しているポポと同程度の高度まで単純なパワーだけで上昇できるのだから、もはや常識を大きく逸脱している。

 やはりというべきか、人間の構築した既存の常識などは、ポケモンという不可思議な生き物の前では容易く覆されてしまうようだ。

 

「(これをかわしても、また同じ事の繰り返し……距離を取って、遠くから攻撃されて、よけた隙に近付かれて……ここで流れを変えるしか無い……!)……ポポくん! そのまま“ブレイブバード”っ!!」

 

 ポポは身を翻すと、迫る顎門を避けるどころか、槍のように先端を鋭くしたオーラを纏ってその中へ突っ込んでいく。

 

「な……なんとぉぉーーーーっっ!? ピジョット、まさかの迫り来る巨大な口の中への突撃ぃぃーーーーっっ!?」

 

「嘘でしょ……!?」

 

 ベラもドラピオンも、相手はこの攻撃に対して回避に動くと考えていたため、急激な加速で接近してきたポポへの対応が遅れ、牙が噛み合う前にその内部へ侵入されてしまう。

 ベラのドラピオンの“かみくだく”は、実体化させたエネルギーの塊。

 それ自体がある程度の攻撃力を持つが、特にエネルギー密度が高いのは上下の牙部分であり、フリーザーの“ふぶき”を無効にした時もこの部分で相手の技の威力をほぼ殺し、内部で消滅させていた。

 つまり、牙を通過されてしまうとそのダメージは著しく低下してしまう。

 まして、今のポポは攻防一対の強力なオーラで身を守っている。……という事は。

 

「出てくるわよ! “クロスポイズン”で受け止めなさいっ!!」

 

 言うが早いか、悪魔のような様相の漆黒のエネルギー体の内部から無数の光の筋が伸び、次の瞬間、眩い光の槍が悪魔を突き破ってまっすぐにドラピオンへ突っ込んできた。

 対するドラピオンは両腕を紫色に発光させ、X字を描くように振り下ろし、その槍の穂先を受け止める。

 

「押してっっ!!」

 

「押し返しなさいっっ!!」

 

 ポポの勢いは盛んであり、そのままぐんぐん押し込まれ、とうとう地上へ降下。

 なおも突き穿つかのように押してくるが、ドラピオンも脚の爪を地面へ食い込ませて抵抗を開始。

 がりがりと地面が削られ、抉られ、ドラピオンの込めた力とポポの押し込む力がいかに強いかを物語る。

 だが、徐々にポポ側の力が弱まり、互いに拮抗し始める。

 ポポもドラピオンも、ここまでのダメージですでに疲労が溜まりに溜まっている。

 特にドラピオンはシェルルからの連戦に命の珠の反動もあって、本来ならば純粋なパワー勝負であれば優勢なはずのポポとも互角程度に落ち込んでいる。

 押すも引くもならずの取っ組み合いとなった2体の姿に、誰もが息を飲み、手を握り締めて見守るしか無い。

 それはベラも同じであり、爪が食い込むほど握られた手には汗が滲む。

 ツバキの熱意、会場の熱狂、そして、激突する2体の熱気に浮かされたような感覚。

 それなのに、頭は不思議なくらいに冴え渡り、心の底から何か知らない感情がマグマのようにふつふつと燃え上がり、噴き上がる。

 そして、その感情がとうとう、歪な膜を破って外の世界へと飛び出した。

 

「…………って……」

 

 そよ風の音にすら掻き消されそうな、か細い声。

 だが、ドラピオンにはその声が確かに聞こえ、驚いたように視線だけをベラへと向ける。

 

「…………勝って……!」

 

 より鮮明に、そして明確な意志の籠った声が、まるで耳元で囁かれたかのよう。

 直後、大きく息を吸ったベラの口が開かれた。

 

「……勝って! 勝ちなさいラピオっっ!!

 

 ドラピオンは目を見開く。

 ……それは、ドラピオン……いや、彼だけではない。

 ベラの持つ全てのポケモンが、ずっとずっと待ち望んでいた言葉。

 ポケモンバトルに暇潰しや憂さ晴らし以上の意味を見出ださず、その勝敗自体には一切執着してこなかった彼女の、初めての勝利への渇望。

 ……嘘偽りの無い、心からの叫び。

 

〈……君のその言葉を……私達は待っていた〉

 

「……!?」

 

 ベラの耳……いや、脳内に直接声が響いたような気がした。

 だが、それを掻き消すかのようにドラピオンの咆哮が会場中に轟き、聞いた者全ての心身を震わせる。

 ポポを受け止めたその腕に力が込められ、思い切り振り抜くとポポの身体が弾き飛ばされた。

 ベラから本当に聞きたかった命令を受け、ドラピオンの雰囲気が一変する。

 そこまでの疲弊と消耗が消え去ったかのように、表情も仕草も生き生きとしているのだ。

 無論、それは空元気であろうが、バトルにおいて戦意が高まった事は大きな意味を持つ。

 

「くっ……! 一旦引いて態勢を立て直して!」

 

 元々パワー面では不利な以上、戦意高揚した相手と正面きっての戦闘を継続するのは危険だ。

 くるりとロールしたポポは、ツバキの前へと戻りドラピオンを睨む。

 

「……ラピオ。アイツの動きの癖は見切ったわね? ……そろそろ決めるわよ」

 

 脳に直接語りかけるような声に妙な懐かしさを感じながら、バトルに集中すべく頭を振って雑念を捨てるベラ。

 闘志こそ再燃したが、蓄積したダメージ自体はかなり危ういだろう。

 余計な事に気を取られていては、ツバキには勝てない。

 ……そう、ベラは今、明確に「勝ちたい」と願っているのだ。

 

「(“でんこうせっか”を使われたら動きを追いきれない。その前に接近戦に持ち込んで、パワーでねじ伏せる……!)ラピオ! “ミサイルばり”よ!」

 

 ドラピオンの口が開いて5発の針が順次発射され、拡散した後ポポを包み込むような軌道で襲い来る。

 同時にドラピオン自身も4本の脚と両腕を器用に動かす6足歩行でポポへ向けて移動を始め、次にどのような命令が出ても対応できる準備にかかる。

 ドラピオンの鋏状の爪は、その形状と握力により車を一瞬にしてスクラップに変えてしまうほどと言われる。

 掴んでしまえばもはや逃れる術は無く、その後は一方的な蹂躙が待っているのだ。

 

「(さっきみたいに“ねっぷう”を使ったらまた同じ事に……! しかも後ろからドラピオンも来てるから、“でんこうせっか”でよけても、その後の隙を狙われる……!)」

 

 隙を生じぬ二段構えとは良く言ったものである。

 時間差で飛んでいく遠距離攻撃に自身も続く事で、相手の対応に合わせてこちらも柔軟な追撃が可能というわけだ。

 “ブレイブバード”、“ぼうふう”は強力だが隙があり、“ねっぷう”も針と相手を同時に焼くほどの威力を出すには少し準備がいる。

 “でんこうせっか”も針を回避した瞬間を狙われれば危険であり、そもそもこちらの回避ルートを絞り込み、即座に追撃できるような弾道で撃っていると見るべきだろう。

 

「(……守るのもよけるのもダメなら、攻めるだけ!)正面に“でんこうせっか”! 当たって砕け……ちゃダメだけど!」

 

 ポポもそれ以外手段が無いと理解し、覚悟を決めるように鳴きながら羽ばたくと、向かってくる針とドラピオン目掛けて突っ込んでいく。

 無論、かわせそうな物はギリギリでもかわすが、最悪被弾もやむ無しという覚悟の上での突撃だ。

 飛んでいる時は何より翼に大きな衝撃が加わるのが危険なので、翼を畳んで被弾面積を抑え、万一着弾しても被害が小さくなるよう工夫する。

 案の定1発目と2発目を紙一重でかわした直後、左翼を3発目が掠り、わずかにバランスが崩れたところに4発目と5発目が迫り来る。

 ポポは飛来する針の内1発を、首を振って硬いクチバシで弾いたが、最後の1発は右翼にヒットした。

 だが、傾ぐ身体を根性で立て直し、一瞬落ちたスピードも即座に取り戻すどころか加速させていく。

 もはや体力は限界。加速しつつ敵を正面に捉えたこの機を逃せば、もう逆転の目は無い。

 それはドラピオンも同じで、命の珠の反動を考慮すると技を使える猶予はあと一撃。

 

「突っ込んでくるとはね……! でも、これでトドメよ! “クロスポイズン”っ!!」

 

 これを最後の一撃とすべく、残った力のほぼ全てを振り絞って両腕を振り上げる。

 溢れたエネルギーが放出され、毒々しい紫色のオーラが火の粉のように散り、雷撃のように迸る。

 

「ここで終わりにするっ! 加速を利用して“ブレイブバード”っっ!!」

 

 ポポも最大加速のままに身体をオーラで覆う。

 今出せる力での最大威力を出すべく、オーラで巨鳥を象ってきたこれまでの“ブレイブバード”とは異なり、纏うオーラが守るは突撃姿勢となった身体の前部のみ。

 ほぼ全エネルギーを凝縮し、“ブレイブバード”本来の突撃形態ではなく、ごく限定的な部位にのみ圧縮した高密度のエネルギーで打ち貫く、まさに『貫徹』に特化した形態へ。

 

 

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 一閃。

 

 

 

 それまでの泥臭いほどの力のぶつかり合い、根性のままに繰り出していた技の応酬とは真逆。

 両者が最大戦速で激突し、交差したその刹那の一瞬で全てが決まった。

 圧縮されたエネルギー同士は、衝突と同時に爆発を起こすかと思われたが、一瞬の静寂の後に膨大な数の光の粒子となって弾け、会場中を照らし出した。

 全身全霊を込めた一撃を交わした2体は、地面に荒々しく爪跡を残しながら6~7mほど進んだところで停止する。

 蛍のように光球が舞う中、ぐらりとポポの身体が揺れ、その身体が発光したかと思うと、光の膜が剥がれ落ちて空中へと消えていき、メガシンカが解けて元の姿へと戻っていった。

 

「っ……! ポポ……くん……」

 

 ドラピオンは振り向き、地に伏したポポの姿を見届けると、会場を揺るがすほどの咆哮を響かせる。

 そして、全てを出しきって放心したその表情のまま身体が傾き、土煙を上げて倒れた。

 

「……ラピオ……」

 

 ツバキもベラも、倒れたパートナーを見て、その場でしばし硬直する外無かった。

 

 

 

「そ……そんな……引き分け……? ここまで来て……?」

 

「いや」

 

 衝撃の結末に落胆したようなボックだったが、イソラが即座に否定した。

 

「忘れたのか? 今、ツバキの手元には……」

 

「え……? あっ…………そっか、グソクムシャ……!」

 

 エース同士のあまりの熱戦に完全に失念していたが、ツバキの元には《ききかいひ》で戻ったシェルルが残っている。

 それはつまり、ツバキがベラの手持ちを全て破り、決勝戦へ駒を進めた事を意味する。

 

「……しかし危なかった。もしもスピアーとドラピオンの持ち物が逆であったなら、ツバキは負けていただろう。あのドラピオンは強すぎる。今のツバキがマトモにやり合っても、石造りの城をスコップで崩そうとしているようなもの……命の珠の反動があったが故の勝利だ。もちろん、ツバキの勝利のために実力以上の粘りを見せたポケモン達の力も大きいがな」

 

 口にこそ出さないが、仮に命の珠以外を持ったドラピオンと戦えば、自分のオニドリルでも勝てるか否かは五分であろうとイソラは分析する。

 メガシンカ体2体とも互角に戦えるオニドリルですら必勝とはならないのだから、ベラのドラピオンがいかに怪物じみているかも窺えるというもの。

 

 

 

「……ド……ドラピオン、ピジョット共に戦闘、不能…………両者戦闘不能っっ!! 引き分けです! よって勝者! グレンタウンのツバキ選手っっ!!」

 

 駆け寄った審判は、2度3度とポポとドラピオンを交互に確認すると、これまで以上の大声で高らかに宣言した。

 

「き…………決まりましたぁぁぁぁーーーーーーっっ!!! パワー! スピード! テクニック! 全てを激しくぶつけ合った熱い激闘を制したのは、まさかまさかのツバキ選手ぅぅーーーーっっ!! よもやのかの暴君を破っての勝利っ!! 熱すぎるバトルとこの大番狂わせの結果に、わたくし心臓の鼓動が恐ろしく早くなっておりますっっ!! ベラ選手! ツバキ選手! 両者共に素晴らしいバトルでしたっ! ありがとう! ありがとうっっ!!」

 

 空気すら揺るがす大歓声の中、ベラは呆然とドラピオンを見つめ続けていた。

 

「…………負け、た……? アタシが……アタシのラピオが……?」

 

 アジトでのバトルで不覚こそ取ったが、それまではその圧倒的な実力で不敗神話すらも語られた最高のパートナーが……敗れた。

 

「(なんで……どうして……? 前みたいな遊びじゃない……本気……全力だったのに…………本気? アタシ……本気になってたの? バトルなんかに?)」

 

 バトルが終わり、全ての感覚がクールダウンした途端、バトル中の事がまるで夢だったかのように思えて現実感を失う。

 だが、現にドラピオンは激しいバトルに力尽き、自身の視界の先に倒れている。

 その時だ。

 水滴の滴るような音に気付いたベラが視線を落とすと、地面が水玉模様に彩られていくのが見えた。

 

「(水……雨……? こんな天気で? …………違う……これ……アタシ……?)」

 

 すぐにそれが雨ではなく、自身の目尻から溢れ、頬を伝って落ちていく涙である事に気付いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「(……? 何これ……涙……? なんで? なんで泣いてんのよ? 意味わかんない。止まらない? なんで?)」

 

 拭っても拭っても、際限無くぼろぼろと零れる涙と共に、心の奥底から湧き上がる感情。

 不快感ではない。むしろ清々しくすらあるのに、決してそれだけではない違和感。

 

「(何? なんなの、これ? 知らない……こんな気持ち……こんな感情知らない……! アタシ……こんなの……!)」

 

「ベラさん」

 

 フィールド補修班が忙しなく走る中、倒れたポポに寄り添うツバキがベラへと声をかける。

 

「……わかります、わたしにも。今までたくさん経験しましたから。……今……悔しいんですよね?」

 

「……くや……しい……?」

 

 涙を流しながら、まるで知らない単語を聞いた子供のように目を開いてツバキの言葉を反復する。

 

「はい。わたしも、初めてベラさんとバトルして負けた後、すごく悔しかったです。あの時のわたしには、ベラさんのバトルへの姿勢はよくわからなかったから、絶対に負けたくなかった。……だから、あの後は皆と一緒にたくさん……たくさんたくさん特訓を頑張って、バトルもたくさんして……そうやって、ここまで来ました。……ね? 今回も、今までも……きっとこれからも。いつも頑張ってくれてありがとう、ポポくん」

 

 優しく頭を撫でるツバキの声に反応して目を開いたポポも、同意するように小さく鳴いた。

 悔しい。

 遊びではない、真剣勝負。本気と本気のぶつかり合いだからこそ、自分の本気が一歩及ばなかった事が悔しくてたまらない。

 それは、これまで本気でバトルをした事の無かったベラには完全に未知の感情だ。

 

「……悔しい……これが……悔しい……? …………そう……アタシ…………勝ちたかったのね……アンタに……本気の勝負で……」

 

 そこまで言って、ベラはようやくふらふらとドラピオンへ歩み寄る。

 両手で涙を拭うとその場にしゃがみ込み、ドラピオンの身体を労るように撫でながら語りかける。

 

「……ラピオ。……ごめんね……負けたわ、アタシ……」

 

〈……ベラ……〉

 

 ……今度ははっきり聞こえた。

 ベラは周りを見渡した後、ドラピオンへと視線を下ろす。

 

「……ラピオ……? 今の……声……」

 

〈ベラ……? ……そうか。また私達の声が……届くようになったのか……。覚えていないか、ベラ。昔……君がまだ我々……君達がポケモンと呼ぶ存在に触れ始めたばかりの頃……君と私達はよく話していたんだ。こうして、言葉と心で〉

 

 ……覚えている。この声を。

 幼い頃から、ベラの周りには人間以外の声も溢れていた。

 ……トキワシティ出身のトレーナーには、ごく稀に特殊な力の素養を持って生まれる事があるという噂がある。

 その者はポケモンの声を理解し、通常よりも遥かに深く心を通わせる事ができるという。ベラはまさにその力を生まれながらに発現させていたのだ。

 だが、周りの大人も子供も、それを言葉ではなくただの鳴き声としか認識できていなかった。

 そして、いつからかベラ自身にもその声は届かなくなり、あれは子供故の夢想、幻聴の類だった、と自分を無理矢理納得させるようになっていったのだ。

 ……それでも、ベラの心の中にはいつも、いつまでも彼らの声がうっすらと残り続けていた。

 

「……忘れるわけ……ないでしょ……! どれだけ……どれ、だけ……また……聞きたいって……!」

 

〈……私達は……ずっと声を上げ続けていた。君にまた声を聞いてほしい、と。だが……いつしか君の心は歪み始め、どす黒い靄のような物がかかっていった。……恐らくはその歪みと靄に遮られ、私達の声は掻き消されてしまったのだろう〉

 

 ドラピオンのその言葉を聞いたベラはハッとして記憶の糸を手繰り寄せる。

 言われてみれば、ポケモンバトルをするようになって少ししてからだ。彼らの声が聞こえにくく、そして聞こえなくなっていったのは。

 天賦の才を持って生まれた強者故に心を蝕む退屈と渇きを満たすため、弱者をいたぶる事に愉悦と快楽を求め始めると、もはやその声は完全に届かなくなっていた。

 ……聞きたいと願っていた仲間達の声を遮っていたのは、己の充足感のために歪み続ける自分自身だったのだ。

 

〈……すまなかった、ベラ。そうなる前に君を止める事ができていれば……私達はずっとその事を悔やんでいた。私達にせめてできる事は、声をかけ続けながら、君の隣を歩み続ける事だけだったんだ……〉

 

「……謝ってんじゃないわよ……バカ…………謝りたいのは……アタシの方なのに……!」

 

 1度は抑えた涙が再び零れ始め、ベラは両腕でドラピオンを抱き締めて嗚咽の声を漏らす。

 

〈だが……こうしてまた声が届くようになったという事は、君の心が正常に戻り始めているのだろう。……あの少女との本気のバトル……楽しかったのだろう?〉

 

「…………うん……今まで弱い奴を虐めて愉しんでたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい楽しかったし……悔しかった。……そう……アイツらがあんなにもバトルに熱くなれる理由……ようやくわかった。本気で戦うと、こんなにも心が満たされるのね……」

 

 その言葉を聞いたドラピオンは、横たえた身体を起こしてベラを見下ろす。

 

〈そう感じる事ができたのなら、もう大丈夫だ。君の心が歪に捩れる事も無くなるだろう。今回のその悔しさを、次のバトル、そのさらに次のバトルで勝利を掴むための活力としよう。私達も君と同じ気持ちでいるのだから〉

 

「……アタシにもできる? 今からでも……やり直せる?」

 

〈むしろ、ここからが始まりだとも。……一緒に強くなっていこう、ベラ。心も、身体も〉

 

 と、傷付いた身体で無理をしたためか、ドラピオンの身体が揺れ、ベラが両手で支える。

 

「……そうね。でも今は、アンタ達を休ませるのが先。その後の事は……今はいいわ」

 

 赤くなった目元のまま、ベラは柔らかい笑みを浮かべてドラピオンをボールに戻し立ち上がると、ツバキに向き直る。

 

「負けたわ。本当にやってくれるわねアンタ」

 

「ベラさん……」

 

 そして、つかつかと歩み寄ると、右手を差し出した。

 

「……それと……その………………ぁ…………あり……がと…………」

 

 視線を泳がせて頬を赤らめながら、彼女なりに精一杯の気持ちを込めたであろう感謝の一言を小声で呟く姿は、それまでの残忍にして横暴、享楽主義な暴君の姿とはまるで逆。

 その仕草に妙な微笑ましさを覚えたツバキは、彼女の心を正しい方向へ引き戻す事ができた実感を得て、満面の笑みを浮かべて握手に応じた。

 

「……はいっ! またバトル、してください!」

 

「……き……気が向いたらね……」

 

 まぁ、ベラからすればツバキはあまりにまっすぐすぎて直視できないというのが本音。

 バトル本来の楽しさを教えてくれた事には感謝しているが、ベラ自身の性格もあり、とてもその純真な目を見ながら謝意を示す事などできそうもない。

 

「そ、それじゃ……せいぜい頑張る事ね」

 

 これまで他人に感謝するという事自体をほぼしてこなかったベラは、もう居心地の悪さと羞恥心の限界とばかりに手を振りほどくように離し、踵を返して歩き出した。

 

「頑張りますっ! ありがとうございましたっ!」

 

「(声デカいってのよいちいち……!)」

 

 幸い周りで補修作業が突貫で進められているので、2人の会話は他には聞こえなかったが、やはりベラには素直なツバキの言葉がちくちく刺さるらしい。

 バトルの高揚感の余韻と恥ずかしさから顔は真っ赤だが、ぶっきらぼうに手を振り、歩き去っていく彼女の口元には笑みが浮かび、その胸の内はこれまでに無い温かな気持ちで満たされていた。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございました!

えー……文章纏めれば良いだけなので時間はかからないと言って1ヵ月経ってしまいましたね。
正直に言います。モチベ下がってました。
ツバキ対ベラは初期構想からあったレベルで書きたかったはずなのに、まったく思い通りの文章が書けないモヤモヤが1つ。
で、もう1つに早く書かねばってのが枷になってめっちゃ重荷になっていましたが、どうにかこうにかその荷を一旦降ろせました。
さすがに今回の長期活動休止は極めてイレギュラーなので、同じような事は起こらない。……はずです。

たぶん失踪を疑われた方も多いと思います。
まことに申し訳ありませんでした!
今後も細々書いていきますので、気が向いた時にでも見てやってください!


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第101話:緋色の戦場

1話ごとの間隔が開く対価として書き溜めが習慣になってきました。
すでに次話は文章だけは書き終えて挿絵を残すのみ。今はさらに次の話に取り掛かっています。


 互いに手持ちの半数が戦闘不能となり、ますますヒートアップするツバキ対ベラの試合。

 ミスティからのバトンを受け取ったシェルルは、強固な甲殻を活かした立ち回りをするも、次第にその装甲の死角へピンポイントで攻撃を受けてしまう。

 だが、“ふいうち”の瞬間的な加速によって相手の意表を突き、“いわなだれ”で致命傷を与えての逆転を成し遂げる。

 最後に捨て身の“どくづき”で毒状態にされるものの、とうとうベラの切り札……あのドラピオンを引きずり出した。

 やはりドラピオンは桁違いに強く、命の珠によって体力を代償に爆発的な火力を有し、シェルルの攻撃は容易く受け止められて瞬く間に《ききかいひ》での撤退を余儀無くされる。

 ツバキはポポを繰り出し、バトルはエース同士の対決へ。

 メガシンカしてスピードで翻弄するポポに対し、面制圧攻撃を中心に攻め立てるドラピオン。

 1歩も譲らぬ激戦の中で、ついにベラは「勝ちたい」という意志を抱いている事を自覚し、本気をぶつけ合うバトル本来の楽しさを知る。

 技の応酬で白熱するバトルは最終局面を迎え、互いの全てを懸けた“ブレイブバード”と“クロスポイズン”の一撃を交わし、両者共に戦闘不能となる。

 結果はシェルルが手元に残っていたツバキの勝利となり、ベラは人生で初めて悔しさからの涙を流す。

 だが、ツバキとの一連のバトルを通して心の歪みが修復されたベラは、ずっと聞こえていなかったポケモン達の声を再び聞けるようになる。

 ドラピオンの言葉を受け、胸中にかかっていた靄の晴れたベラは、素直ではないもののツバキへ感謝と称賛を送り、フィールドを後にするのだった。

 

 

 

「……ふぅ……」

 

 試合を終えたベラは、選手用通路を歩き、小さく息を吐いた。

 これまでに感じた事の無かった高揚感と充足感。

 それはドラピオンに語った通り、他者を圧倒的な力でいたぶっていた時とは比較にならないほどだ。

 そして、もっと早くこの事に気付けていれば良かったとも思う。せめて発電所でのバトルでツバキとポケモンが見せたあの必死な姿で考えを改めていれば。

 

「ベラ」

 

 ふと、前から呼び止められ、ベラは顔を上げる。

 そこに立っていたのは、ロケット団在籍時の副官……そして幼馴染みのシュルマだ。

 

「……リード」

 

 シュルマはウィルゴ同様あくまでロケット団でのコードネーム。

 本名のリードと呼ばれた彼は、ここに潜り込むためか、大会スタッフの服を着ている。

 この選手入退場通路には、選手用の他、緊急時避難用を兼ねたスタッフ用の出入り口もあるのだ。

 ベラはじっとリードの顔を見つめて何か考えているようで、対するリードは妙な気恥ずかしさを覚える。

 互いに無言の時間が30秒ほど過ぎた頃、リードが口を開いた。

 

「あ、あの…………た……楽しかったか?」

 

「……そうね。悪くない時間を過ごせたわ」

 

 ロケット団時代は上下関係にあったためか、ぎこちなく話しかけたリードへ、ベラはさばさばとした返事を返す。

 

「そ、そうか、それは良かったね……はは……」

 

 ベラに続くようにアジトを離れた彼は警察による逮捕を免れ、行方を眩ませたベラを探していたが、どくタイプの使い手がカントー各地のジムを猛烈な勢いで制覇していると聞き、もしやと考えてこのリーグ会場で待つ事にしたのだ。

 そして、その予感は的中した。

 彼女は現れ、ツバキとバトルし……あの少女は見事に約束を果たしてベラに勝利してくれた。

 今自分の前にいるベラは真顔ではあるが、涙を流した痕跡が目元や頬に見て取れるし、何より身に纏う雰囲気が以前と大きく異なっている。

 まだ困惑を拭えないリードへ、今度はベラから口を開いた。

 

「なんにしても丁度いいところへ来たわ」

 

 ベラはボールペンとメモ帳を取り出すと、なにやらさらさらと書き込み、そのページを破って渡してきた。

 

「……はい、これ」

 

「……? これは……?」

 

 そこには数字とアルファベットの羅列が書かれており、理解の追いつかないリード。

 だが、直後にベラが放った言葉で彼はさらに仰天する。

 

「アタシのポケモン達のボックスにアクセスするためのパスワード。世話、よろしく」

 

 そう言って横を歩き去ろうとするベラを、リードは慌てて呼び止めた。

 

「ま、待ってくれ! よろしくって……ベラはどうするつもりなんだ……!?」

 

「はぁ? 決まってんでしょ。警察よ。け・い・さ・つ。やらかした奴が行くとこなんて他に無いでしょうが」

 

 あっけらかんと言い放つベラに、リードはますます驚かされる。

 

「そ、それなら俺も……」

 

「あのねぇ……アンタ人の話聞いてた? どこの誰とも知れないどっかの施設の奴に任せるよりはアンタに頼みたいっつってんの。アンタなんてどこにでもいるモブ同然の地味顔なんだから、黙ってりゃ元ロケット団なんてわかんないわよ」

 

 さらりとひどい事を言われた気もするが、今のリードは心境的にそんな事を気にする余裕は無い。

 

「で……でも……」

 

「……ふぅん……アンタ……アタシの頼みが聞けないってわけ? このアタシの頼みが? へぇー……」

 

 明らかに不機嫌になったベラの発する空気が一変し、そこに至ってリードはハッとする。

 ロケット団時代、彼女の機嫌を損ねた団員が、顔面に拳を打ち込まれて昏倒したのを見た事があったからだ。

 「しまった」と思った時にはすでに遅く、早足で歩み寄ってきたベラによって胸倉を掴まれていた。

 リードは反射的に目を閉じ、歯を食い縛る。

 ……だが、顔面を襲うはずの痛みは一向に訪れない。

 花のような甘い香りが鼻をくすぐり、柔らかなしっとりとした感触が頬に触れた。

 

「……!?!?」

 

 驚いて目を開いたリードの視界に、背伸びでピンと立っていたベラが元の体勢に戻るのが見えた。

 

「……報酬の前払いよ。これで嫌とは言わせない」

 

 ベラの顔は上気して赤く、口調は変わらないながらも声色には緊張などが含まれている。

 

「ぇ……あ……ぁの……」

 

「返事」

 

「ぁ……は、はい……」

 

「……よろしい」

 

 そこでリードは、至極当たり前の事に今更ながら気付いてしまう。

 自分は今、ベラを見下ろす形になっている。

 これまではあれほど威圧感に満ちて、大きく見えていたというのに、今のベラは背伸びをしなければ自分の頭1つ分近く小さい。

 

「(……そう、か……俺達は……俺達の関係は……変わっていなかったんだ……)」

 

 2人の目線の差は、幼いあの日から変わってなどいない。

 ただ、ベラを想いながらも、彼女の圧倒的な強さ故に無意識に抱いていた恐怖と敬意が、強大な存在に見せていただけだったのだ。

 本当は自分の腕にも収まってしまいそうな華奢な女性だというのに。

 もしかしたら、自分でも手を伸ばせば彼女をその手で救えたのかもしれない。

 だが、募った畏敬の念が「彼女のような高く大きな存在には、自分では届かない」と誤認させていた。

 

「……ホント、よろしくね。ポケモン達はアタシの命同然……誰か1人にでも何かあったら許さないから」

 

「……わかった。しっかり面倒を見ておく。だから……絶対にポケモン達を迎えに戻ってくれ」

 

「当たり前よ。……じゃあ……」

 

 そう言って掴んでいた胸倉を放すと、ベラは振り向き、再び歩き出した。

 ……と、思いきや。

 

「……リード」

 

「え……」

 

 足を止めたベラは、顔を背けたまま彼へ最後のメッセージを伝える。

 

「……ロケット団(あんなとこ)まで付き合ってくれて……ありがとね」

 

 恐らくはその顔は真っ赤に染まっていただろう。

 ツバキの時もそうだったが、ポケモンはともかくとして他人へ感謝の気持ちを伝えるなど何年ぶりだかわからないほどなのだから。

 もはや返しの言葉を聞くのも恥ずかしいとばかりに、ベラは足早にその場を後にし、もっと早くに彼女を救えなかった事への後悔の涙を流すリードだけが残された。

 

 

 

「さぁて……衝撃の結果を生んだ第1試合の興奮もいまだ覚めませんが、次なる試合に移りましょうっ!! 果たしてこの試合を制し、決勝でツバキ選手と激突するのはどちらだぁぁーーーーっっ!? 選手……入場ぉぉぉぉーーーーっっ!!」

 

 開いたゲートから、長い真紅の髪を揺らす女性と、炎の如く燃え上がる髪の男性が現れる。

 

「苛烈なるバトルの鬼! スカーレット選手かっ! はたまた、南国の太陽が育てた烈火の闘士! ガラム選手かっ!」

 

 奇しくも両者は、高い攻撃力で一気に捩じ伏せるバトルスタイルを得意としている共通点を持つ。

 決定的に違うのは相手の攻撃への対処法で、スカーレットは一部例外はあれど、機動力で回避に重点を置いて隙を窺い、ガラムは高い耐久力で受け止めてからのカウンターが主戦術という点だ。

 

「どちらもここまでの試合で、その優れたバトルセンスを遺憾無く発揮して参りました! この試合にも期待がかかります……!」

 

 ブルースが熱く語る間にも両者は歩を進め、ついに位置につく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…………よろしく」

 

「おう、こちらこそな。『真紅の戦鬼(クリムゾン・オーガ)』……こんなにも早く戦えるとは思わなかったぜ。俺的戦いてぇトレーナー100選でも10の指に入るからな、あんたは」

 

「……そう。なら……」

 

 スカーレットがモンスターボールを握る。

 

「勝ちたいトレーナー100選の1番に格上げしてもらう」

 

「上等! あんたの記憶に俺の名前を刻んでもらうぜっ!!」

 

 闘争心燃える2人は、審判の指示が出る前に、握ったボールを投擲する。

 

「…………エテボース」

 

「行くぜナッシーっっ!!」

 

 開いたボールから飛び出した光が、それぞれにポケモンの姿を形成して大地に立つ。

 長い手のような2本の尻尾で器用にスカーレットの前に立ったのは、紫色の猿のような姿をしたおながポケモン『エテボース』。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 尻尾をバネのように動かして身体を上下に揺らしながら、悪戯っぽく笑っている。

 と、そのエテボースを覆い隠すように影が伸び、エテボースもスカーレットも思わず真顔で見上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「こ……これは……!? もしやこれは噂に聞くアローラ地方特有の姿をしたナッシーっ!? 先のサンドパン同様の、リージョンフォームポケモンですっっ!! なんっっという大きさでしょう!?」

 

 ガッシリとした茶色の胴体から、天を衝くほどの長い長い首が伸びており、少なく見積もっても10mはあるだろう。

 その先端には四方に広がる葉を髪のように蓄えた頭部があり、そこにはヤシの実を思わせる顔が3つ並び、それぞれに異なる表情ながら、眼下の敵対者へ向ける闘志だけは共通している。

 アローラナッシーは細長い首を曲げ、遥か下にいるエテボースを品定めするかの如く観察している。

 何しろ両者の身長差は実に8~9倍差。先ほどのナオとドラミドロのそれよりさらに差が開いているのだから、見下ろされる側が受けるプレッシャーもかなりのものだろう。

 実際、エテボースはスカーレットの手持ちとしては歴戦の部類に入るが、これほどサイズ差のある相手とのバトルは初めてであり、完全に度肝を抜かれている。

 ただ、その表情に浮かぶのは決して恐怖の色ではなく、むしろ経験が無いほどの巨体を誇る相手とのバトルに高揚しているという顔だ。

 

「どうやら両者はトレーナー、ポケモン共に戦意増し増しのようです! ならば長々お待たせしては申し訳ないっ! というわけで始めてしまいましょうっっ!!」

 

 ブルースに促された審判が旗を振り上げる。

 

「はっ! それでは、トージョウリーグ準決勝第2試合、スカーレット選手対ガラム選手のバトルを開始いたします! 先鋒、エテボース対ナッシー。バトル…………開始っっ!!」

 

 旗が振り下ろされ、圧倒的な体格差の2体のバトルがスタートした。

 

「っしゃあ! まずは“りゅう”……」

 

「“ねこだまし”」

 

 ガラムが最初の指示を発しようとしたが、その最中に静かに放たれたスカーレットの方が早い。

 まさに猿の如き軽い身のこなしで一気に距離を詰めたエテボースはナッシーの首を駆け上がり、その眼前へ飛び出すと、大きく開いた尻尾でナッシーの中央の頭を挟み込むように打った。

 予想を遥かに上回る素早さで先手を打たれたナッシーは怯み、わずかに後退する。

 

「エテボース速いっ! ナッシー、その動きを捉えきれません! まずは先制攻撃を許してしまいましたぁっ!!」

 

 エテボースは華麗な宙返りでナッシーから離れると、尻尾で側転するように着地した。

 ここまでの動きを見てもわかる通り、このエテボースというポケモンは、長い2本の尻尾の先が極めて器用に発達しており、本来の手よりも繊細な作業が可能である。

 樹上の移動はもちろんの事、地上でもこれを使った移動の方がスムーズなほどで、攻撃、防御、回避、受け身など、バトルに必要な要素の大部分をこの尻尾で賄っているのだ。

 

 

 

「《テクニシャン》」

 

 ポツリとボックが呟くと、イソラがそれに反応した。

 

「ほう、よくわかったな」

 

「さすがにわかるよ~。いくらなんでも、普通の“ねこだまし”じゃあの巨体をあんなにたじろがせるのは無理だもん~」

 

 《テクニシャン》とはポケモンの特性の1つであり、本来は大した威力の無い技を器用に使いこなし、適切なタイミングと適切な攻撃部位へ打ち込む事で火力の底上げが可能というもの。

 威力は心許ないが、強力な効果を持つ技との相性が抜群で、そのタイプの主力技と同程度の威力まで引き上げられるのが強みだ。

 

「あれがなかなか厄介でな……素早い動きと、特性で強化した優秀な小技を組み合わせた戦術は、わかってはいても対処し辛い」

 

 あのエテボースと数回バトルした事のあるイソラは、過去の苦戦を思い出して溜め息を吐いた。

 

「しかし、あちらのナッシーも油断ならない相手だ。なにしろリージョンフォームのナッシーは、エスパータイプがドラゴンタイプに変化していて、巨体を活かしたパワフルな戦い方を得意とするようになっている。通常のナッシーと同じ対処法は通じないと見て良い」

 

 

 

「かぁぁ……まずは出鼻を挫かれちまったか! だが! そんなもんで俺達は止まらねぇぇーーっっ!! “タネばくだん”だっ!!」

 

 ナッシーが大きく首を揺らし、頭頂部の葉の根本から巨大な種子が発射される。

 

「……来る。備えて」

 

 身のこなしの軽いエテボースに、ただ単発の攻撃を放つだけとは思えない。

 1回戦での試合でも、彼は粗暴な風体とは裏腹に、しっかりと相手の特徴に合わせた戦術を適時組み上げていたのだから、あの種にも何か仕掛けがあるのは間違い無いだろう。

 考えてる間にも種子はぐんぐん上昇していく。

 そして、ある程度の高度まで上昇すると炸裂し、中から一回り小型の種が無数に現れ、周辺を焼き尽くす絨毯爆撃のようにバラ撒かれる。

 

「ナッシーの反撃っっ! 素早いエテボースを捉えるための広範囲爆撃だあぁぁっっ!!」

 

「…………“スピードスター”」

 

 降り注ぐ範囲が広すぎる上、最初の1発のサイズはこれまで見た事が無いほど大きく、子弾の爆発範囲もそれに比例して大きいだろう。

 回避を指示してもかわしきれないと判断し、スカーレットは迎撃を命じる。

 エテボースの尻尾の先端が光を帯びる。

 後方へ飛び退きながら軽くジャンプし、その尻尾を勢いよく振ると、星型の弾丸が少なくとも20発は空中へ向けて放たれる。

 撒かれた爆弾と星型弾は地上7、8mほどの高度で激突して相殺する。

 数が数故に全ての撃墜は叶わなかったが、そんなものは初めから狙っていない。

 要はこちらの機動力を殺されない程度に場所が開けていれば良いので、回避の妨げとなる爆弾のみ撃ち落とせばそれで十分。

 案の定相殺した爆弾はかなりの爆発力を見せており、地上で爆発していればエテボースの逃げ場が無かっただろう。

 エテボースは残された空白のエリアを走り回って爆撃の回避に成功し、ナッシーを挑発するように逆立ちして見せる。

 

「エテボースお見事っ! 最低限の逃げ道のみを確保して、無駄弾を撃たない迎撃で見事回避です!」

 

「やるねぇ、あれを完全回避とは……」

 

 だが、スカーレットは一瞬たりとも油断しない。

 先ほどの“タネばくだん”、一見するとただ無造作にバラ撒かれているようだが、驚くべきはナッシー自身の巨体に1発分の爆風すら及んでいない点。

 恐らくあの技は、身体が巨大なアローラナッシーの死角と鈍足を補うために特に力を入れて鍛えたのだろう。

 特訓に特訓を重ね、どの程度のエネルギー量を注いで、どれぐらいのサイズの種を作れば、どの方向、飛距離、散布界で小型弾が撒かれるかを、何度も失敗してダメージを受けながら習得した、緻密な計算とたゆまぬ努力の結晶。

 それはトレーナー側にとっても、ポケモンと真摯に向き合う心と、並々ならぬ忍耐が必要な苦行だっただろう。

 決して行き当たりばったりの力押しだけではないこの男の戦い方は、一切の油断ができない。

 

「…………次はこっち。“つばめがえし”」

 

 逆立ちから即座に体勢を戻したエテボースが、曲げた尻尾をバネにして飛び跳ねながらナッシーへ迫る。

 これによってただ走るよりも不規則な動作となり、軌道を読まれにくい。

 

「近付いて“タネばくだん”を使わせねぇ気だな! だが、予想はしてたぜっ!! “ドラゴンハンマー”!!」

 

 ナッシーが長大な首を右側後方へしならせる。

 

「っ! よけてっ!」

 

 だが、この時のエテボースは運悪く跳ねている最中……空中にいた。

 すかさずナッシーが勢いよく首を振り下ろし、ヤシの実よろしく頑強な頭部で、重量を乗せたヘッドバットをエテボースへ打ち付けた。

 長い上にしなりのある首によって、その攻撃範囲は見た目以上に広く、そこに速度も加わる事で回避困難な質量攻撃となるのである。

 だが、エテボースもあのスカーレットの手持ちポケモン。やられてばかりではない。

 押し潰される寸前に両足と尻尾で踏み止まり、ナッシーの力がわずかに緩んだ隙を突いて真横に抜けると、無防備な頭部へ、素早く横に薙いだ尻尾で一撃を加えた。

 

「圧倒的な巨体から放たれた大迫力の“ドラゴンハンマー”! かわす事こそできませんでしたが、どうにか凌いで反撃の一撃が入りましたぁっ!」

 

 ……が、さすがにサイズがサイズなためか、“つばめがえし”は効果抜群のはずなのに、見た目にはさほどダメージが入っているように見えない。

 こちらが攻撃力に自信があるなら、あちらは耐久力に自信があるのだろう。

 

「(……さっきの技……“ドラゴンハンマー”。正確だった。やけに。……やっぱり……)」

 

 その理由には思い当たる節があり、スカーレットは再び首を高くもたげたナッシーを見上げる。

 注目すべきはその頭……そう、3つの顔である。

 本来のナッシーは、くさとエスパータイプ。

 アローラのナッシーは、エスパーとしての素養が退化した代わりにドラゴンの本能が目覚めてタイプが変化した。

 だが、もしも3つの頭にそれぞれ意思疎通する程度のエスパー能力が残っていると仮定した場合、6つの目で得た情報を3つの脳が処理、さらにテレパシーでリアルタイムに共有し、それらを統合した演算を行えば……。

 大小のジャンプを行う事で動きを読まれ辛いとはいっても、それはあくまで普通のポケモンが相手の場合であり、上記のような処理がナッシーの脳内で実行されているなら、先読み同然の正確な攻撃が可能になってもおかしくはない。

 この仮定が正しいならば、先の“タネばくだん”の拡散範囲が緻密に計算され尽くしていたのも頷ける。

 

「……手強い」

 

 優れた情報処理能力とパワーを併せ持つ巨大なポケモン。

 敵となれば厄介極まりないはずだが、スカーレットもエテボースも、むしろ楽しげに笑みを浮かべる。

 当然だろう。

 ポケモンリーグは、トレーナーとポケモンの日々の研鑽を発揮する晴れ舞台。

 自分達の積み重ねがどこまで通用するかを試しに来ているのだから、立ちはだかる壁は高くなければ困る。

 越えるべき壁が高く分厚いほど、そこを越えた時の達成感もより大きくなるというものだ。

 だからこそ、トレーナー達はより強い相手を求め、己とポケモンの全身全霊をフルに発揮して勝利へと駆けていくのだから。

 

「……頭に“スピードスター”」

 

 ウォーミングアップは終わったとばかりにその場でとんとんと跳ねたエテボースが、尻尾を発光させながら一際大きくジャンプし、そのまま空中で身体を捻ったかと思うと高速回転を始め、先ほどよりは小さい星型の弾が四方八方へ放出される。

 だが、一定距離を飛んだそれらは、一斉に軌道を変えてナッシーへ殺到する。

 

「これは凄いっ! コマのように回転するエテボースから放たれた“スピードスター”が、ナッシーを完全に包囲する形となりましたぁっっ!! どうするナッシーーーーっっ!?」

 

 “スピードスター”は必中技にカテゴライズされる技であり、極めて高い追尾性能を誇る。

 その代償か本来は威力には乏しいのだが、エテボースはこの技と同じノーマルタイプであり、与ダメージに補正が乗る。

 もひとつオマケに《テクニシャン》でさらに威力アップである。

 

「すげぇ数だな、ざっと80発はあるか! だったらこれはどうだい! “りゅうのはどう”っ!!」

 

 ナッシーの6つの目が飛来する弾を睨み、それぞれ違う方向を向いて口を開き、その口内にエネルギーが渦を巻く。

 轟音が鳴り響き、青白いエネルギー波が発射され、照射状態のまま頭を別々に動かして迫る弾を薙ぎ払う。

 この3つの頭が別々に動いて複数の目標を同時に狙えるというのが曲者で、別方向から飛んできた弾が次々に撃墜されていく。

 無論、何発かは迎撃をすり抜けて着弾するが、いかに《テクニシャン》が適用されていても、この巨体相手には数発当たった程度では堪えない。

 だが。

 

「“つばめがえし”」

 

 ナッシーの足回りに痛みが走る。

 何事かと頭の1つが下を見ようとするが、長い首が災いして足元までは見えず、“スピードスター”の迎撃を中断しなければ何が起きているかを把握できない。

 さて、では実際には何が起きているかのかと第三者視点で見てみると、エテボースがナッシーの身体に取り付き、“つばめがえし”を繰り出しながら両脚の間を跳ね回っているのである。

 

「ぬあぁぁーーーーっっ!? や、やってくれるじゃねぇか!! このための“スピードスター”かよ!?」

 

 このガラムの言葉は正しい。

 “スピードスター”を回転しながら発射したのは、より多くの方向からナッシーを包み込む軌道にするためであり、それによってナッシーがそれぞれの方向に対応するよう仕向けるのが狙い。

 大きくジャンプしながら発射したのは、相手が迎撃する弾の高度を上げ、足元を死角にするため。

 数が多いのは、足元からの攻撃に気付いても、すぐにはそちらへ対処できない状況を作るためである。

 ここに来てナッシーの縦に大きな身体が決定的な隙を生み出してしまった。

 あまりにも巨体すぎて、上下から同時攻撃を受けるとどちらかへの対処が困難なのだ。

 機敏に動き回って回避などできる身体でもないし、そもそも相手の接近を許さないための“タネばくだん”であったが、“りゅうのはどう”を使っている最中なのでそれもできない。

 

「ナッシー苦しいっ! “スピードスター”の対処に追われ、足元のエテボースにまったく抵抗できませんっ!!」

 

 脚をちくちく攻撃しているだけなので、頭部への攻撃に比べればダメージは小さいが、相手が“スピードスター”の迎撃を終えるか中断するまでは連続で打ち込める。

 別々の方向から誘導してくる星型弾、その数実に85発。これら全てを処理するのは、3つの頭を以てしても困難だ。

 つまり、迎撃を続けるにせよ、中断するにせよ、どちらにしてもダメージは受けなければならないのである。

 

「(こうもあっさりナッシーの欠点を突かれるたぁな……! だが、こいつは簡単にゃ沈みゃあしねぇぜ!)“スピードスター”に専念しろ!」

 

 自信満々で迎撃続行を指示するガラム。

 そこになんらかの反撃の意図があると睨むスカーレットは、改めてナッシーを上から下まで観察するが……。

 

「(……何企んでる……?)」

 

 と、その時。ナッシーの頭頂部から何かが発射された。

 “タネばくだん”かとも思ったが、よく見ればそれは黄色い果実……体力を回復させるオボンの実だ。

 ある程度被弾しながらも、全“スピードスター”を片付け終えたナッシーは、落ちてきたオボンの実を一口で飲み込むと、じろりとエテボースを睨む。

 

「後ろに回って」

 

 エテボースはさっさとナッシーの脚の間を潜り抜け、背後へと回り込む。

 しかし。

 

「……そこだっ! “アクアテール”っ!!」

 

 水流を纏った尻尾が突如として眼前に現れ、振り子のように迫る。

 エテボースは間一髪で左へ飛び退いてかわしたが、なんと尻尾は意思を持つかのように身をくねらせ、今度は右側から薙ぐように迫ってきた。

 

「ガード!」

 

 まだジャンプしている途中だったために回避はできず、2本の尻尾を身体の前で交差させて防御を固める。

 が、やはりそもそもの質量が違いすぎるため、エテボースは全力で振り抜かれた“アクアテール”で吹っ飛ばされてしまう。

 そして、そこでようやくスカーレットはナッシーの尻尾を視界に収めて驚愕の表情を見せる。

 

「……! 頭……!」

 

 ゆらゆらと揺れるナッシーの尻尾……その先端には、第4の頭とでも呼ぶべき球体が付いていたのだ。

 

「ふふん、その通りよぉっ! さすがに本体たる3つの頭ほどじゃねぇが、この尻尾の頭も外敵を察知して自衛するくらいの知能がある!! こっちの反撃から逃れるために、死角に回ろうとすると思ってたぜっ!! “りゅうのはどう”!!」

 

 ナッシーが首を捻り、地面をバウンドするエテボースを射界に収める。

 開いた口から放たれた3つのエネルギー波が1本に集束し、咆哮を轟かせて迫る。

 

「どうだっ! かわせるかっっ!?」

 

「…………無理」

 

 直後、耳をつんざく爆音が響き、フィールドの一角に黒煙が上がった。

 

「エテボース危うしっっ!! あの体勢からでは回避はできなかったかぁぁーーーーっっ!?」

 

 もうもうと立ち上る煙。

 フィールドを完全に静寂が包もうとしたその瞬間。黒い煙を引きながら、中から何かが飛び出してきた。

 

「何ぃっ!?」

 

「……かわすのは無理。でも」

 

 四肢を伸ばし、丸めていた身体が元に戻り始める。

 前面を覆っていた手のような尻尾が、空気を裂く音と共に激しくしなる。

 その尾の表面は白銀に輝き、太陽光に照らされて光沢を放っている。

 

「防ぐ事はできる」

 

「ぐっ……! “アイアンテール”、か……!?」

 

 はがねタイプ技である“アイアンテール”。

 本来は鋼鉄の如く強度を増した尻尾を叩き付けて攻撃する技だが、ドラゴン技ははがねタイプに対して効果が薄い事をスカーレットは利用し、エテボースの大きな尻尾を盾にして“りゅうのはどう”を防御する使い方をしたのだ。

 しかも、エテボースは本体の手でチイラの実を握って齧っており、攻撃力を増強している。

 あまりにも想定外の出来事すぎたためか、目の前まで跳躍してきたエテボースが尻尾を振りかぶっても、ナッシーは目を白黒させるばかり。

 

「っ! “りゅうのはどう”だ!」

 

 慌てて口を開いてエネルギーチャージを始めるナッシーだが、エテボースの方がわずかに早かった。

 

「栓をして」

 

 エテボースは限界まで引き絞った鋼鉄の尻尾を、ナッシー中央の顔が開いていた口の中へ勢いよく突っ込んだ。

 

「なぁっ!?」

 

 大きな鉄の塊と化した尻尾を2つ同時に口へ放り込まれたナッシー。

 口内で迸り、発射を待つばかりとなっていたエネルギーは行き場を無くし、逆流して体内を暴れ回る。

 左右の頭はエテボースの距離が近すぎて仰角が合わず、身体の中を走るエネルギー波にもがくばかり。

 首を振り回すナッシーによってエテボースが振り落とされると、暴走するエネルギーが3つの頭の口から乱射されては空へと消えていく。

 

「致命的っ! 発射寸前だった“りゅうのはどう”がエテボースによって妨害され、壮絶な自爆となってしまったぁぁぁぁ!!」

 

 やがて動きを止めたナッシーの口からは白い蒸気のような物が立ち上る。

 誰もが戦闘続行不能かとも思ったが……。

 

「……終わってない。エテボース」

 

 スカーレットはナッシーを睨んだままエテボースに釘を刺し、まだまだ臨戦態勢を解かない。

 その時だった。

 三度ナッシーの頭頂部から何かが飛び出した。

 翳した右手で日光を妨げ、目を凝らして見れば、さっき使ったはずのオボンの実ではないか。

 

「……《しゅうかく》……!」

 

 《しゅうかく》とは、木の実を食べたポケモンが、食べた後に残った種から同じ種類の木の実を新たに生成する場合のある特性だ。

 野生でこの特性を持つポケモンは非常に珍しく、いざ探そうとすればそのポケモンの生息地に何日……運に恵まれなければ何週間何ヵ月と滞在してようやくという確率だ。

 しかも対象のポケモンのほとんどは鬱蒼としたジャングルに暮らしているため、なおさら長期の滞在が辛くなってしまう。

 見ての通り、オボンの実などの体力回復木の実を繰り返し使用する事で、ポケモン本来の実力よりも遥かにタフさが増してしまう。

 

「こいつのしぶとさは折り紙付きだぜ! “タネばくだん”!」

 

 直上に発射された種子が爆発し、またも大量の小型爆弾が散布される。

 

「“スピードスター”!」

 

 それへの対応も先ほどと同じ。進路を塞ぐ爆弾を星型弾で撃墜するべく、エテボースが尻尾を発光させる。

 だが、ここからが違う展開となった。

 

「それを待ってたぜ! “ドラゴンハンマー”だっっ!!」

 

 なんとナッシーは、降り注ぐ爆弾など気にも留めずに地鳴りを響かせながら前進し、首をしならせる。

 “スピードスター”を使う瞬間は、素早いエテボースの動きが鈍る絶好のチャンスであると理解し、リスクを犯してでも仕留めに行く選択をしたのだ。

 

「……!」

 

 実際その目論見は意表を突いており、あれだけ自身に当たらないように計算して使用していた“タネばくだん”の中へ飛び込んでくるのは、スカーレットにも予想外の行動だ。

 ナッシーは雨霰と降り続ける“タネばくだん”にも、正面から飛んでくる“スピードスター”にも気後れせずに首を振り下ろし、攻撃態勢だったエテボースに渾身の一撃を打ち付けた。

 

「エテボース!」

 

 それはスカーレットにしては珍しい叫び声。

 頭を地面にめり込ませたナッシーの首がゆっくりと持ち上げられ、クレーターの中心に大の字で倒れて目を回すエテボースの姿が晒される。

 

「……エテボース戦闘不能っ! ナッシーの勝ちっ!」

 

「な……なんという事でしょうっ! 予選からここまで、1体の脱落も無かったスカーレット選手! 今大会初の戦闘不能者が出てしまいましたぁぁっっ!! 凄いぞガラム選手ぅぅっっ!!」

 

「っっしゃあぁぁーーーーっっ!!」

 

 

 

「スカーレット相手に先に一本取ったか。ガラム……アローラリーグの時よりも……いや、それどころか1回戦よりもさらに戦術が洗練されているな……」

 

「な、なんでそんな落ち着いてるの~? ライバルなんじゃないの~!?」

 

 淡々と感心しているイソラへボックのツッコミが入るが、イソラはその表情を変える事は無い。

 

「そうだな、ライバルだし友人だ。だが、それとこれは別だ。なんならこのままスカーレットが敗退する可能性すらある。……いいかボック。ポケモンバトルの展開に『絶対』は無い。勝つも負けるも紙一重……確かに私以外に負けるなとも思うが、負ける時は負けるものだ」

 

 イソラもライバルの劣勢に思うところはあるが、あくまでトレーナーとしてのシリアスな視点で見守る。

 ……と、思いきや。

 

「しかしまぁ……恐らくはここからが本番だ」

 

「本番……?」

 

「あぁ。……ふふっ……どうやらあいつも、初手で1体倒された事で、ようやく身も心も温まってきたようだ」

 

 冷静に戦況を分析していたイソラだが、その顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 

「ガラムは完全に1回戦のロウィー同様の強敵と認識された。相手の実力が高ければ高いほどにスカーレットは燃え上がる……まったく、あいつは前々から大事な時にスロースターターすぎる。……たぶん1回戦以上のバトルがここから始まる。目に焼き付けておくと良いぞ、ボック」

 

 フィールドから視線を逸らさぬままそう話すイソラの横顔は、ボックの目にはとても楽しそうに映っていた。

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

奇をてらって先鋒戦終了時点ではスカーレットを不利にしてみました。
そしてさりげなく申し訳程度のラブコメ要素。


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第102話:攻める事激流の如く!水獣の猛撃!

うーむ、せっかく盛り上がるポケモンリーグ編なのに月1投稿じゃいつ終わるかわからんぞ…。
まぁ、そんなわけでスカーレットVSガラムその2です。


 ツバキとのバトルに敗れ、選手用通路を進むベラの前に現れたシュルマこと幼馴染みのリード。

 ベラは彼に自身のポケモン達を任せ、警察に自首する旨を伝えるが、リードはなかなか承服しようとしない。

 業を煮やしたベラに胸倉を掴まれて目を瞑るリードだったが、彼女から贈られたのは鉄拳ではなく、頬への軽い口付け。

 それを報酬と称して改めてポケモンの事を託したベラは、ここまで付いてきてくれた彼に感謝の言葉を伝え、その場を後にした。

 一方でスタートしたスカーレット対ガラムの試合は、巨体を誇るアローラナッシーに対して繰り出されたエテボースが苦戦し、スカーレット劣勢というまさかの展開。

 弱小技の火力を増強する《テクニシャン》を駆使した戦術と素早い身のこなしで翻弄するエテボースだが、稀少な特性《しゅうかく》によってオボンの実を繰り返し使用するナッシーの耐久力と広範囲攻撃の嵐に次第にジリ貧となっていく。

 とうとう自傷も辞さない突撃を仕掛けられてエテボースは倒れ、スカーレットの方が先に手持ちを削られる結果となってしまった。

 だが、彼女をよく知るイソラは、大して慌てる様子も無くボックにこう語った。

 「ここからが本番だ」と。

 

 

 

「…………ありがとう。エテボース」

 

 戦闘不能となったエテボースを収納したボールを撫でたスカーレットは、次なるポケモンの入ったボールを手に取る。

 

「さぁ、先鋒戦で敗れたスカーレット選手の2番手は……!?」

 

 スカーレットはブルースの実況に促されるようにボールを握った右腕をまっすぐ前へと向ける。

 易々とは動かないその表情には今、小さく笑みが浮かんでいる。

 

「………………フローゼル」

 

 空中高く放り投げられたボールが開き、飛び出したポケモンは空中で身体を丸め、滞空している間に少なくとも10回は回転する軽快な動作を見せてから着地した。

 

 

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 立ち上がったその姿で目を引くのは、首から背中にかけて存在する、浮き輪やゴムボートのように空気で伸縮する黄色い器官と、しなやかな胴から伸びる2本の尻尾。

 うみイタチポケモン『フローゼル』。

 海難救助にも活躍するほど達者な泳ぎを見せるポケモンであり、特徴的な浮き袋を活用して緩急をつける独特の泳法で有名だ。

 フローゼルは息を大きく吸って肩を回しながら、目の前の巨大な敵にも臆さず強気に睨んでいる。

 

「おいおい、くさタイプのナッシー相手にみずタイプか?」

 

 さしものガラムも、この選抜には首を傾げている。

 とはいえ、それは落胆や失望のそれではなく、単純にどのように対処してくるか予想ができていないといった意味合いが強い。

 

「(まぁ、みずタイプにゃサブウェポンとしてこおりタイプ技を採用する事が多いから、それが狙いか? だが……攻撃範囲の広い“タネばくだん”を中心に立ち回れば、まだまだ優位は崩れねぇはずだ)」

 

 仮にこおり技を覚えていても、使用するポケモンとタイプが一致しない以上、その威力はさして大きくはない。

 対するナッシーは3つの技がタイプ一致で、元々の能力の高さもあって技の火力はかなりのものだ。

 ナッシーのタイプ構成上、当たれば致命的だが、迎撃は十分可能であり、こちらは“タネばくだん”でじわじわと追いつめていけば良い……というのがガラムの筋書きだ。

 もっとも、相手が相手なので、予想を上回る事態が発生しないとも限らないため警戒は緩めないが。

 

「スカーレット選手の次鋒はフローゼル! ナッシーの巨体にもまったく怯む様子がありませんっ! タイプ相性の上では不利なこの選択が、どう試合の流れを変えていくのか!?」

 

「それでは、フローゼル対ナッシー。バトル…………再開っ!」

 

 ブルースが喋り終えるのを待っていた審判の声を合図に、試合が再開された。

 

「“れいとうビーム”」

 

 バック転して四つん這いになったフローゼルの口から圧縮された冷気が照射され、青白い光線がナッシー目掛け延びていく。

 

「(やっぱこおり技持ちか!)“りゅうのはどう”だっ!」

 

 ナッシーの3つの頭が正面を向き、中央の口から咆哮と共に放たれたエネルギー波に左右の口が放ったものが飲み込まれてその出力を強化する。

 思った通り、メインウェポンである“りゅうのはどう”は相手の“れいとうビーム”とわずかに競り合うと、すぐに押し返し始めた。

 複合タイプは単タイプよりも弱点が増えやすいが、その分攻撃の面においてはタイプ一致でより多くの技の火力が底上げされるのが利点だ。

 

「やはりタイプ一致は強いっ! “れいとうビーム”、有利なはずの“りゅうのはどう”相手に劣勢だぁぁーーーーっっ!!」

 

 そもそも身体のサイズに差がありすぎて、総エネルギー量が桁違いだ。

 力押しではフローゼル側が圧倒的に不利と言えるだろう。

 

「(駄目。やっぱり)……左」

 

 スカーレットとしては、ナッシー相手に必殺技となり得る“れいとうビーム”にどのような対応をしてくるかを測る目的の初撃だったので、変に粘るつもりは無い。

 フローゼルはジリジリと摺り足で左に動き、機を見てパッと華麗な側転で飛び退いた。

 

「ナッシー、一旦下がれ!」

 

 抵抗する力の消えた“りゅうのはどう”は、一直線に延びて地面を焼きながら破砕したが、隙を見せる事を嫌ってかナッシーはすぐに照射をやめてフローゼルを視界に収めつつ距離を取る。

 ここで照射状態のままフローゼルの動きを追う選択肢もあったが、“りゅうのはどう”×3は地面に当たって爆ぜる余波で自分の視界も悪化する欠点がある。

 小柄で素早いフローゼルを見失う恐れがある以上、過度の使用は厳禁と判断したのだ。

 

「今度は“タネばくだん”だっ!」

 

 後退しながら頭頂部から発射された種子が爆発し、何度もこちらを苦しめた子弾が降り注ぐ。

 

「…………待ってた。それ。“ビルドアップ”」

 

 フローゼルは自慢の素早さでよける……事も無く、その場で両腕を振り上げて力むと、全身の筋肉を膨張させ、受け止める態勢を整える。

 

「おぉぉっっとぉ!? フローゼルまさかの“タネばくだん”を受けるつもりかぁっ!?」

 

 筋肉を肥大化させると同時に表皮を硬化させて物理的攻撃力と防御力を向上させる“ビルドアップ”だが、フローゼルは元々耐久力に乏しいポケモンだ。

 果たして弱点技を受け止めきれるか?

 次の瞬間、ナッシーの周辺を除いたフィールド全域に連続して爆発が発生した。

 

「“タネばくだん”炸裂っ!! さすがの制圧力ですっっ!!」

 

 まるで空爆を受けているかのような迫力で爆風と爆炎が絶え間無く連鎖し、それが徐々に止んで静けさが戻る。

 フィールドを支配する黒煙の中を、ナッシーはフローゼルを探して左右を3つの頭で見渡す。

 

「どうだっ!? どうだっっ!? 弱点技を真っ向から受けたフローゼルはどうなったぁっっ!?」

 

 やがて煙が薄くなってくると、その向こうのある一点に何か光が灯っているのが見えてくる。

 

「あれは……!? なんと……なんとなんとなんとぉぉーーっっ!! フローゼルは……健っっ在っっ!! そしてそして! あの手に光っているのは……弱点保険だぁぁーーーーっっ!!」

 

 右手で光輝くカードを翳して煙の中から現れたフローゼルの姿は貫禄に満ちており、ナッシーも思わず息を飲んだ。

 弱点保険は一見すると名前通りの保険証のような形をしていて、ポケモンの持ち物としては珍妙だが、その実特異な能力を秘めており、所持ポケモンが弱点となる技を受けた時、物理、特殊の両攻撃力を大きく引き上げる強力なアイテムなのである。

 

「(弱点保険だと……!? 耐久の低いフローゼルに弱点保険なんざ、とんでもねぇ博打じゃねぇか……! ……いや、これもあいつのポケモンへの信頼の為せる業か……!!)」

 

 ガラムもまた、弱点技を受けながら弱るどころか威風堂々とするフローゼルと、そうなるのが当然という風なスカーレットに心底感服してしまいそうな心持ちだ。

 

「整った。準備。……“かみくだく”」

 

 弱点保険を使うために“タネばくだん”を待っていたが、これでようやくフローゼルは本気を出せるようになり、その場で軽いスクワットをする。

 そして、腰を落として姿勢を低くすると、地面を蹴って一気に最高速度まで加速し、歯を噛み鳴らしながらナッシーへと距離を詰める。

 

「(速いっ!)近付けるな! “タネばくだん”!」

 

 エテボースのスピードもかなりのものだったが、このフローゼルはそれ以上だ。

 狙って攻撃を当てるのは困難だが、速ければ速いほどコントロールは難しくなりがちなのが道理。

 絨毯爆撃を仕掛ければ、自分から爆発の中へ突っ込んでいく事にも期待できるだろう。

 ……だが、ガラムのその狙いは脆くも崩壊する事となった。

 

「な……何ぃぃーーーーっっ!?」

 

 驚愕に顔が引きつるガラムの視線の先。

 そこにいたのは、走りながらも視線を縦横に動かし、2本の尻尾で地面を叩いて身体ごと左右へ跳ねる事によって、眼前の爆発をほとんど減速無しに回避していくフローゼルだった。

 フローゼルの尻尾は進化前のブイゼル同様、水中で回転させて推進力を生み出せるほどに力強く、“ビルドアップ”で全身の筋肉も増強している事もあってこのような芸当が可能となっている。

 パワフルな2本の尻尾……ならばエテボースでもできそうだが、実際のところあちらは尻尾に身体能力の大部分を依存している都合上、本体の手脚で出せる速度がフローゼルに大きく劣っているのだ。

 

「速い! 速いっ!! 速ぁぁぁぁいっっ!! 降り注ぐ爆弾の雨の中、フローゼルまったく怯む事無く突き進むぅぅーーっっ!!」

 

 ブルースが叫んでいる内にフローゼルはすでにナッシーの懐へと飛び込み、ワニが大口を開いて飛びかかるようにそのガッシリとした脚へと噛み付いて強引に慣性を殺しつつナッシーへダメージを与える。

 “ビルドアップ”に弱点保険まで発動したフローゼルの攻撃力は凄まじく、サイズ差を考えれば蚊に刺されたようなものなはずのナッシーは、首を振り回して悶絶している。

 脚を踏み鳴らしてフローゼルを振り解こうともがくが、ドス黒く禍々しいエネルギーを纏った牙はしっかりと獲物を捕らえて離さない。

 そして、ナッシーが重い身体を動かして疲弊している内に、フローゼルは脚を伝って背中側へと回る。

 

「“れいとうビーム”」

 

 ナッシーの首を駆け上ったフローゼルは、頭部付近を蹴って後方へ跳ぶと、下を向いた状態で口から冷気を帯びた光線を放ち、そのままナッシーの背中から頭部までを縦に一閃するように首を動かした。

 

 

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 こちらも物理攻撃同様に弱点保険で強化された事もあって威力は絶大で、ナッシーはあっという間に尻尾などのほんの一部を除いた全身が凍結してしまった。

 ……相手が木の実を使ったしぶとさを持つのなら、その木の実を食べる間すら与えぬ強力無比な一撃で仕留める。それがスカーレットが導き出した《しゅうかく》ナッシーの攻略法だった。

 フローゼルが片膝立ちの体勢で着地すると同時に、ナッシーの氷が砕け散り、その巨体が唸りを上げて傾いでいく。

 やがて地響きと共に、無数の氷の破片が雹の如く降り注ぐ音が鳴り響いた。

 

「………………ナッシー……ナッシー戦闘不能っ! フローゼルの勝ちっ!」

 

 危険な雹が降り止むのを待っていた審判が、足元に注意しながらナッシーへ走り、その状態を確認した後、大声で叫んだ。

 

「圧倒的な巨体と回復力を武器にエテボースを降したナッシー! ついに敗れるぅっ! これでお互い残りは3対3の互角状態に戻りましたぁぁっっ!!」

 

 数の上では確かに互角だが、フローゼルは3つの技が明らかとなり、“ビルドアップ”でダメージを軽減したとはいえ弱点技をノーガードで受け止めており、情報アドバンテージもダメージレースもやや不利だ。

 一方で弱点保険による攻撃面の著しい強化もされ、元々かなり素早い事もあり、ガラム側は次のポケモンの選出には悩む事となるだろう。

 半端な耐久のポケモンでは一撃で勝負が決まりかねない。よほど高耐久か、フローゼルの技に強い耐性を持つポケモンでなければ。

 

「まさか……お前がこんなアッサリやられちまうとはな……ご苦労さん、ナッシー(……厄介な相手だぜ。さて、どうすっかなぁ……)」

 

 と、頭の中で迷うような言葉を浮かべながらも、指先はすでに次のポケモンが入ったボールを捉えていた。

 それはもはやトレーナーの本能が思考に先んじて最適な選択肢を示しているとしか表現のしようが無く、実際ガラム自身も無意識での行動だった。

 

「ん…………へっ、そうだな……確かにお前しかいねぇか。……頼むぜ、マシェードっ!!」

 

 ガラムは己の本能の選択に苦笑しつつも納得し、勢いよくフィールドへボールを投げ込んだ。

 中から現れたのは、白く細い胴体と、紫とピンクで彩られた、ゆっくり明滅する大きなキノコの傘を持つポケモンだ。

 

 

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 アローラ地方では森の中で最も出会いたくないポケモンとして知られる、はっこうポケモンの『マシェード』である。

 当然その理由はマシェードの生態にあり、マシェードはその特徴的なキノコから放つ胞子の発光によって獲物を森の奥深くへと誘い込み、胞子が持つ睡眠効果で昏睡させてから精気を吸い取ってしまうのである。

 遭難した上で体力も気力も著しく低下させられる事がどれだけ恐ろしいかは説明するまでもないだろう。

 キテルグマが恐れられる理由を直接的な危険性とするならば、マシェードは間接的に命の危機を引き起こすポケモンと言える。

 獲物を視界に捉えたマシェードは、指先に装着された鋭く光沢のある爪をカチカチと鳴らして威嚇している。

 これは先制の爪という道具で、素早さに乏しいポケモンでも、相手より先手を打てる事があるというもの。確実性は無いが、強烈な逆転の可能性も秘めた道具である。

 

「(……キノコのポケモン。多い。厄介なの。……油断できない)」

 

 ファンシーな色合いながらもどこか不気味さも醸し出しているマシェードに、スカーレットの思考は警戒の色を強める。

 マシェードに限らず、パラセクトやキノガッサなど、キノコを持つポケモンは“キノコのほうし”を始め状態異常を引き起こす技を豊富に習得する曲者揃いであり、対応を誤ればこちらの戦術をガタガタにされてしまう恐れがある。

 

「ガラム選手は2体目もくさタイプ! フローゼルは強力な“れいとうビーム”を持っていますが、どのような策を以てこれを破るつもりなのかっ!?」

 

 ブルースの言う通りだ。

 抜群の運動性に加え、弱点保険の強化を受けた射程の長い“れいとうビーム”を覚えているフローゼルは、くさタイプ始めこおり技を弱点に持つポケモンには悪夢のような相手である。

 それを踏まえた上でマシェードを繰り出したからには、その不利を覆す策を用意してあるのだろう。

 

「(さぁて……この博打に勝てねぇと後がキツいが……)」

 

 当のガラムはといえば、実はマシェードを出した上での勝機は、かなりの運否天賦の先にあるものだった。

 賭けに負ければ一気に形勢不利。だが、勝ちさえすれば相手方に傾きつつある戦局をこちらへ揺り戻す事もできるし、そこまでは行かずとも再び対等な状態に戻せるだろう。

 

「それでは、フローゼル対マシェード。試合…………再開っ!」

 

「“れいとうビーム”」

 

 初手で片を付けるべくスカーレットが動き、開かれたフローゼルの口に冷気が集まる。

 

「“ひかりのかべ”だっ!」

 

 対するガラムの指示は、特殊攻撃ダメージを軽減する障壁を展開する“ひかりのかべ”。

 やはり技の下準備が整うのはフローゼルの方が早い。

 と、思われたその時。マシェードの持つ先制の爪が太陽光を鏡のように反射し、フローゼルの目をほんの一瞬だけ潰した。

 この一瞬が致命的で、怯んだフローゼルの技の出が遅れ、マシェードに先制を許してしまった。

 フローゼルは眩しさに目を瞑りながらも、先ほどまで敵のいた地点へ向けて“れいとうビーム”を放つ。

 だが、すでにマシェードは周囲に透明な光の障壁を張っており、発射された光線はその壁に当たって一瞬静止し、直後に出力が落ちた状態で貫通した。

 元がかなりの威力だったため、障壁で軽減されてもなお無視できないダメージだが、耐久力を中心に鍛えたガラムのマシェードは見事これに耐える。

 両腕を交差させ、さらに大きな傘を正面に向ける防御体勢となっていたマシェードは上半身を振り回し、表面に付着した氷と霜を払い落とし、ガッツポーズを決めて健在ぶりをアピールした。

 

「耐えたぁぁーーーーっっ!! “ひかりのかべ”を駆使して、マシェード耐えましたぁぁーーーーっっ!!」

 

「…………お見事」

 

 これにはスカーレットも素直に称賛するしかない。

 これまで今の状態のフローゼルから弱点技を食らって耐えた相手は皆無であり、ガラムのマシェードはその第一号となったのだ。

 

「(最初の賭けは勝った! お次はどうだ……!)“ちからをすいとる”だっ!!」

 

 マシェードが両手を翳すと、フローゼルの両脇の地面から半透明な手のような物が伸び、まだ視界がチカチカしていて反応の遅れたフローゼルを掴む。

 そのままもがくフローゼルから何かを吸い上げるような挙動を見せた後、手は拘束を解いて地面の中へ消えていった。

 

「おぉっっとぉっ!! “ちからをすいとる”は、回復技っ! しかも、相手の攻撃力が高いほど多く回復し、その上で攻撃力を下げてしまう厄介な技ですっっ!! フローゼル、力が抜けてしまいましたぁぁっっ!!」

 

 体力的なダメージは無いのだが、全身の疲労感が急激に増してしまい、フローゼルは足元がおぼつかない。

 物理攻撃力の低下はもちろん、他の動きも若干鈍ってしまいそうだ。

 

「(…………)」

 

 元々使い手がそう多くはない技なため、スカーレットも実際に見るのはこれが初めてだが、確かに厄介極まりない。

 やはり未知の相手とのバトルは予想を大きく裏切ってくれるもので、それがまた楽しい。

 

「…………ふふ……」

 

 スカーレットの口元に笑みが浮かぶ。

 “れいとうビーム”の威力に変化は無いが、脱力させられて動作に力が入らないのは痛い、

 攻撃動作の初動が遅れ、相手との攻防に支障が出る可能性も大いにある。

 そんな危険な状況下にあっても、スカーレットはバトルが楽しくて楽しくて仕方無いのだ。

 

「…………“れいとうビーム”!」

 

 笑みを湛えた表情のままにスカーレットが指示を出すと、フローゼルは腰を落として足幅を開き、尻尾を接地させて口を開く。

 恐らくは直立状態では発射の反動に耐えきれないほどに筋肉疲労が深刻なのだろう。

 が、その隙を見逃すガラムではない。

 

「おせぇっ! “エナジーボール”っ!」

 

 マシェードが上半身を後方へ捻り、右手にエネルギー球を生成すると、見事な投球フォームでやや上向きにフローゼルへと投げ付けた。

 直後、フローゼルも口からマシェード目掛けて“れいとうビーム”を発射した。

 それはほんの一瞬の差であったが、先にも述べた通り、その一瞬は致命的。

 ポケモンリーグ準決勝を戦うほどのトレーナー達にとっては、速さにしろ、技の威力にしろ、ほんのわずかな差が勝敗を分けるほど重要な場合も珍しくない。

 2つのエネルギー体は激突……する事は無く、放たれた高度の差から“エナジーボール”が上、“れいとうビーム”がその下……と、それぞれの弾道を保ったまま敵へと向かっていく。

 だが、一足先に攻撃を終えたマシェードは、再び“ひかりのかべ”を盾にした防御体勢に入る猶予があったのに対し、出遅れたフローゼルはその攻撃体勢のままに放物線を描いて落ちてくる“エナジーボール”を浴びざるを得ない。

 

「(決まった……!)」

 

 ナッシー戦で消耗したフローゼルが、今また効果抜群の“エナジーボール”をノーガードで受ければ、間違い無く勝負は決まる。

 緑色のエネルギー球は、無防備な上方からフローゼルへ襲いかかり、着弾と同時に大きな爆発を起こした。

 一方のマシェードは、万全の防備によって“れいとうビーム”の被害を軽減して怪しく笑う。

 

「“ちからをすいとる”を受けた弊害かっ!? フローゼルこれまでかぁぁーーーーっっ!?」

 

「………………」

 

 スカーレットは瞬きもせずに横へ広がる黒煙を見つめる。

 そして。

 

「“かみくだく”」

 

 まったく変わらない調子のままに技名を口にした瞬間、大きく口を開いたフローゼルが、煙を引き裂いて弾丸の如く飛び出してきた。

 

「何っ!?」

 

 不意を突かれたマシェードは右腕に噛み付かれ、フローゼルの勢いもあってバランスを崩して倒れてしまった。

 

「マシェードっ! な、なんであんな…………っ!?」

 

 ガラムが視線をフローゼルのいた方へ戻すと、薄くなる煙の隙間から覗く地面がキラキラと光っているではないか。

 氷だ。

 地面が一直線の道を作るように凍っているのだ。

 

「ま……まさか……! あのやたら低い姿勢で撃った“れいとうビーム”は……!」

 

 あの腰を落とした体勢は技の反動を防ぐためでなく、この地面の凍結を狙ったもの……そして、その凍った地面へすぐさま飛び乗るためのもの。

 疲労しているにもかかわらずあれだけの速度で飛び付いてこれたのも、氷の上を滑ってきたならば納得がいく。

 

「くそっ! “エナジーボール”だっ!」

 

 頭の傘の大きさが災いし、仰向けに倒れた状態から起き上がれないマシェードは、状況を打開すべく手の中にエネルギー球を生成し始める。

 

「“アクアブレイク”」

 

 だが、完全にマウントを取る形となったフローゼルはそれを許さない。

 一瞬で両手の爪に水流を纏ったフローゼルは、払い除けるような動作で左腕を薙ぎ、生成途中の“エナジーボール”を弾き飛ばしてしまう。

 こうなってしまうともうタイプ相性などはまったく意味が無い。

 フローゼルは両腕を大きく振りかぶると、身体の倦怠感を振り払うかの如く“アクアブレイク”を連打し、もがくマシェードに怒涛の追撃を叩き込む。

 

「あぁぁーーーーっっとぉっっ!! 容赦無いっ! 容赦無いフローゼルの連続攻撃ぃっっ!! マシェード、腕で防御しますが、反撃する間も無いっっ!!」

 

 とはいえ、さすがにフローゼルも限界が近い。

 ナッシーからの連戦と“ちからをすいとる”で溜まった疲労と脱力感を強引に捩じ伏せて身体を動かしているので、筋肉や節々が悲鳴を上げ始めている。

 それを察したスカーレットも、締めに動く事にした。

 

「……“れいとうビーム”。持ち上げて」

 

 フローゼルは雄叫びを上げて両腕でマシェードを掴むと、今の自身が出せる渾身の力を込めて真上に持ち上げ、口を開く。

 マシェードもバタバタと暴れて抵抗するが、捨て身の覚悟であるフローゼルはよろめきつつもその手は放さない。

 そして、フローゼルの口内が光ったかと思うと、それまでで最大出力の“れいとうビーム”が発射され、マシェードの身体を凍結させながら空中へ押し上げていく。

 見る見る内に氷に閉じ込められていくマシェードの動きが停止すると、天高く伸びていた青白い光の柱が細くなっていき、フィールドにはキラキラと細氷が降り注ぐ。

 息絶え絶えのままに空を仰ぐフローゼルの背後に巨大な氷塊が落着し、右手に握り拳を作ったフローゼルが裏拳で小突くと、そこからヒビが広がった氷は粉々に砕け散り、中からぐったりとしたマシェードが現れてうつ伏せに倒れた。

 

「……マシェード戦闘不能っ! フローゼルの勝ちっ!」

 

 その宣言と、脚が震えながらも右腕を高く突き上げるフローゼルの姿に、客席から歓声が上がる。

 どう見ても立っているのがやっとというところである。

 

「……ぅし、強敵相手によくやったぜ、マシェード」

 

 ガラムはマシェードを戻したボールをしまうと、フローゼルをじっと見つめる。

 

「(エテボース戦の疲れもあったはあったが、あの状態から二枚抜きしやがるかよ……なんて奴だ)」

 

 ガラムは驚きが隠せないようだが、実はフローゼルは、スカーレットの手持ちの中ではミミロップに次いでゲットした古参ポケモン。

 『鬼の三本角(トライホーン)』の3体は別格だが、フローゼルもそれに次ぐ実力を持つポケモンだった。

 これまで弱点保険を発動したフローゼルが攻めきれなかった相手は少なく、その実力には絶対の自信と信頼があったからこそ、この結果にはスカーレットも驚かされたのだ。

 さらに興味深いのは、バトル開始から今に至るまで、ガラムの技の指示や考案する戦術が、驚異的な早さで正確さや鋭さを増している事。

 つまり、バトルの中での学習と成長が、異常なほどに早いのだ。

 

「(……面白い。本当に)」

 

 アローラという、自分にとって未知のエリアからやって来たこのトレーナーには、まだまだ潜在能力が眠っているに違いない。

 と、なれば期待を寄せるなという方が無理な話と言えるだろう。

 きっと彼はバトルが長引けば長引くほど手強くなる。できればどこまで強くなるかを見たいが……。

 

「(……できない。それは)」

 

 意図的に長引かせるとなれば、それは手を抜くという侮辱行為にしかならず、真剣勝負中のポケモントレーナーとしては忌避すべき行いである。

 何より決勝戦には是が非でも進みたい。そこには今、自分が最も興味を抱いているトレーナーが待っている。

 最初に出会った時は、ライバルが連れている小動物のような少女としか映らなかったが、その後は会う度にバトルセンスも性格も劇的な変化を遂げ、いつの間にかかつて鬼才として恐れられたトレーナーを破り、ポケモンリーグ初参加にして決勝戦にまで進出するほどのトレーナーとなっていた。

 その急激な成長は、まるでポケモンの進化のようだ。

 

「(…………ツバキ)」

 

 スーパーコンピューターのような判断力や思考能力を持つわけでも、ベテランの如き経験や風格を持つわけでもない。

 なのに不思議と興味を引かれるあの少女が、一足先に決勝戦へ駒を進めているのだ。

 当然の事ながら眼前の好敵手とのバトルも全力で楽しむが、真の目的はそれを踏み越えたさらにその先にある。

 

「(……全力で)」

 

 そう、全力だ。ガラムは全力で叩き潰すに相応しい相手なのだ。

 スカーレットはフローゼルのボールを取り出し、センサー部をその背中に向ける。

 

「…………お疲れ様。休んで。戻って」

 

 ボールから放たれた赤い光線に包まれ、フローゼルがフィールドから姿を消すと、入れ替わりに別のボールが握られる。

 

「おっと、このタイミングでスカーレット選手もポケモン交代のようです! さすがに消耗が大きいか!?」

 

「………………終わらせる。そろそろ」

 

 スカーレットはボールを持った右腕をゆっくりと上げ、ガラムへと向けながら、ぼそりと呟く。

 これはつまり、この1体でガラムの残る2体を撃破するという宣言も同然。

 それは決して、侮っているわけでも、驕りでもない。実力に裏打ちされた、絶対的な勝利への自信と宣誓だ。

 そして、とうとうスカーレットを『鬼』たらしめる三本の角の一角が出陣する。

 

「…………行くよ。……ルカリオ」

 

 

 

つづく




今回も駄文雑文落書きにお付き合いいただきありがとうございます!

なんか個人的にはフローゼルって「うーん、シンオウを感じる」ってな感じのポケモンなんですよね。
なんというかシンオウといえばこのポケモン!みたいな。
だから活躍させたい欲が溢れちゃうんですよねぇ…。


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