【完結】北斗の拳 TS転生の章 (多部キャノン)
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第一話


北斗世界で戦ったりキャッキャウフフしたりするTSっ娘を誰かが書いてくれるのを待っていたら核の炎に包まれたのでガチ初投稿です。

※基本的に拾うのは原作範囲のみの予定です
そのため南斗人間砲弾はありません
聖帝がいい声で歌いだしたりはしません
魔皇帝の前にたみがひれふしたりもしません



言葉は『ドラえもん』で覚え、義務教育は『ドラゴンボール』で終えた。

……と、そこまでいくと大げさかもしれないが、ともかく幼い頃から漫画に囲まれて過ごした自分にとっての"ヒーロー"。

 

それは、スポーツ選手でも宇宙飛行士でもなく、漫画の中の強くてかっこいいキャラクターたちだった。

 

同じ男として、その強さに憧れて格闘技に手を出したこともある。

無邪気に最強を目指していたころは楽しかったが、ある日稽古と全く関係ないところでつまらない怪我をしてしまい、休みと復帰を繰り返しているうちに、ふっ、と気持ちが切れてしまった。

 

そうして、キャラクターや強さへの憧れは未だ持ち続けたまま、それでも他と変わらないような平凡な人生を歩んでいき…………

 

 

────ふと気がついたら、知らない女性に抱きつかれていた。

 

 

(……?? …………????)

 

 

あまりにも唐突。役得だぜうへへっ、なんて普段なら考えるような感想が浮かぶ暇もなく、頭は困惑で満たされる。

なぜなら、抱きついている女性は滂沱の涙を流し、自分に何事かを叫んでいるからだ。

なぜ泣いているのかはわからないが、その声を聞いているだけでどうしようもない哀しみが押し寄せてきて、わけもわからないまま一緒になって泣いてしまいそうだった。

 

────ズキンッと頭が痛む。

 

ふと周りを見るとこの場所に居て、泣いているのは眼の前の女性だけではないということに気づく。

その数、数十といったところか。狭い空間に身を寄せ合う彼らは殆どが子どもで、一人恰幅のいい年配の女性が居る。

いずれも、深い哀しみと不安感に押しつぶされそうになっているのが、ここからでも見て取れた。

 

────ズキンッズキンッと痛みが、何かが押し寄せる。

 

(しかし、改めて見ると、泣いているがものすごい美人だな……とりあえず、なんとか落ち着かせて話し……を……)

 

そこで気づく。

 

「…………え………?」

 

違う。この顔は、この女性は、知らない人なんかじゃない。

 

何度も何度も繰り返し読んで、憧れた漫画の登場人物。その世界の中でも多くの男……いや、"漢"たちが求めあった、彼女の名は。

 

 

「ユ……リア…………?」

 

 

────ズキンッズキンッズキンッ、バッッキィンッッ!

 

 

その名を呟いた瞬間、頭が爆発するんじゃないかと思うほどの情報と感情の波が、自分を襲った。

 

 

「ぅあ、あぁああっ!? ガ、ア"アア"ァァァァァア────ッッッ!!!」

「あぁ、マコト、マコト!? お願い、気をしっかり持って!」

 

 

なだれ込むそれは、一人の少女が歩んできた人生の記憶。

 

優しい姉ユリアとその婚約者とともに、普通の少女として泣き、笑い……しかし、ふとした瞬間何度も覚えていた違和感。

まるで今の自分が自分で無いような、自分がここにいるのが何かの間違いであるかのような、そんな焦燥にも似た感覚。

 

(こ、れは……私、だ……! どっちも、私……!)

 

奇妙な話だが、男だった時の自分と、マコトとして生きた自分。

そのどちらの記憶もあり、そのどちらも自分だと確信が出来る。

 

おそらく、前世は何かしらの要因で死んだ、もしくは魂だけがこちらに来て、本来原作では生まれるはずのないユリアの妹マコトとして生を受けた。

そのズレと違和感が今この時、マコトとしての哀しみの感情が爆発した瞬間につながり、記憶が蘇ったのだろう。

 

そして、なぜ哀しみが爆発したのかは……考えるまでもない。

マコトの記憶と、原作の知識、そして、今自分が居る場所に目の前の女性。

その全てが、無情な答えを私に突きつけていた。

 

 

「ね、ぇ、さんっ…………」

「マコト……大丈夫、なのね? ……あぁ、でも……!」

 

 

────でも。

 

 

 

「うぅ、あぁぁあ……トキが……! ケン、がぁ…………!」

 

 

 

★★★★★★★

 

 

北斗の拳。

 

核戦争によって荒廃した世紀末で、伝説の暗殺拳"北斗神拳"の伝承者たる主人公、ケンシロウを始めとした漢たちの生き様を描く、言わずと知れた名作だ。

 

そして、この漫画を象徴する拳法。

すなわち、一子相伝の暗殺拳たる北斗神拳の伝承者候補は、4人。

 

本来、そのうち心・技・体いずれにおいても非の打ち所がない才覚を示した次兄トキが伝承者として選ばれるはず……だった。

 

しかし、強きも弱きも平等に蝕む悪魔、核がもたらす『死の灰』は、シェルターに避難せんとする三人……次兄トキ、末弟ケンシロウとその婚約者ユリアを襲う。

たどり着いたシェルターが受け入れられるのはあと二人のみ。

それを知ったトキは、迷わずケンシロウとユリアをシェルター内に突き飛ばし、彼らを守る。

 

この出来事により死の灰に一人曝され、病に蝕まれたトキ。

彼は伝承者たる資格を失い、代わりにケンシロウが伝承者としての道を歩むこととなる……

これが、ある意味北斗の拳という物語の始まりといってもいいだろう。

 

 

────では、避難が必要だったのが三人でなく、四人だったなら?

 

本来いるはずのないイレギュラー、ユリアの妹マコト。

 

何も知らない彼女の存在があり、なおもシェルターが許した救いが二人のみだったなら?

そこで北斗の兄弟が取る選択は?

そんなものは決まっている。だからこそ、彼らは今なお色褪せないヒーローであり続けるのだから。

 

……しかし、それは必ずしも、マコトの救いとなる選択だったのかはわからない。

 

 

今は、まだ。

 

 

 

★★★★★★★

 

 

ユリア……姉さんの胸に抱かれながら、ここに至るまでの総てを思い出した自分……いや、私は、どうしようもない悔悟の念に潰されていた。

 

────どうして、思い出すのが今だったんだ。思い出すのがもっと前だったなら、一体どれほどこの事態への対策が取れたと思っているんだ。

────どうして、私がこんな所に居てしまっているんだ。今まさにこの瞬間、死の灰に蝕まれている人が、一体どれほどこの世界に必要な存在だと思っているんだ。

 

やがて時間が過ぎ、核の脅威が去ったとみて開け放たれるシェルター。

 

弾かれるように飛び出した私の目に入ったのは、無慈悲な白に染められた大地。

……そして、寄り添うように倒れ伏す二つの影。

 

私達はその様に全てを悟ると、幽鬼のごとき力ない足取りで駆け寄った。

 

 

「あ……あぁ……トキ、さん……ケンシロウ、さん……!」

 

 

 

「や……やぁ……」

「無事、か……二人、とも」

 

 

 

────どうして、この世界から、救世主は喪われなければならなかったんだ。

 

 

「──────────~~~~~~ッッッッ!!!!」

 

 

この世界を愛する今はもう名もなき一人の男として。

この世界に生きる一人の人間マコトとして。

 

その二人分の哀しみを受け、私は絶叫した。

 

 

 

 

その後、結局トキさん、ケンシロウさんともに北斗神拳伝承者として選ばれることは無かった。

かといって、四兄弟の残る二人、すなわち長兄ラオウと三男ジャギは現在行方知らずとなっている。

 

しかし、私は知っている。

彼ら、特にラオウは今も健在で、近いうちこの世紀末にて、間違いなく覇を唱えることとなると。

それもおそらく、原作とは違い"北斗神拳の正当伝承者"を名乗って。

 

そして、その覇道を止めるはずの人は……

 

「ゴホッゴホッ!」

「だ、大丈夫ですか、ケンシロウさん!」

 

死の灰被爆者の例に漏れず、その体を蝕まれている。

原作でのトキさんと同じくすぐに戦えないような体にされることこそ無かったが、これで正史のようにラオウを始めとする強敵と戦うことなどとても考えられないだろう。

 

「ああ、大丈夫だ……それよりもマコト」

 

ケンシロウさんは真剣な、でも、どこまでも優しい眼差しで。

言い聞かせるように私に語る。

 

「お前はあれから俺の助けとなってくれている。しかし、お前は俺の世話になど縛られることはない」

「…………っ」

「お前は、シェルターでのことなど何も気にする必要は無い。生きたいように生きていいんだ」

「それは、だって……私、は……ッ」

 

────私は本来、ここに居るはずのない存在だから。

漏れ出そうになったその言葉を辛うじて抑え込む。

 

原作や自分の存在についての話は、誰にもしていないし、する気もない。そんなことをこの人達に言って何になるというのか。

本来の原作ではこうだからこうすべきだった~など、ここに居て確かに生きている人達にとっては関係の無い話で、彼らが起こした行動を原作と比較して否定するなど、彼らへの侮辱に他ならない。

 

しかし、かといってケンシロウさんの言う通りに忘れて生きるなんて以ての外だ、と。

そんな考えがぐるぐると頭を渦巻き、次に出る言葉を探しあぐねていたその時。

 

絹を裂くような悲鳴が、私とケンシロウさんの二人を打ちすえた。

 

その悲鳴の主の声を、私達が聞き違えるはずもない。

 

「ッ、姉さん!!」

「ユリアッッ!」

 

 

 

 

────馬鹿な、早すぎる。なぜこのタイミングで。

 

駆けつけた私達の眼の前で、姉さんを手中に収め嗤う男。

背中にまでおろした長い金髪と碧眼を持つ、美しい、と言ってしまって差し支えのないその顔は、今この時は強烈な悪意と害意に歪められていた。

 

「力こそが正義、いい時代になったものだ。強者は心おきなく好きなものを自分のものにできる」

「ケン……マコトっ……!」

 

この世紀末に名だたる伝説の暗殺術、そのうち陰を北斗神拳とするなら陽は南斗聖拳。

そしてその使い手であるこの男、シン。

彼は姉さん……ユリアに懸想しており、この世紀末の世の理に従い力ずくで奪うことを画策する。

 

それ自体は私が知る原作でもあったが、問題はその時期だ。

 

本来はシェルターの件から1年ほどの時間が過ぎ、ケンシロウさんが伝承者として正式に選ばれ、安住の地を求め旅立つという段階になってからの強襲だったはずだ。

対して今は、被爆してからまだ1ヶ月も経っていない。

住む場所や食料といった環境の確保で精一杯だった状況だ。

 

(そう、か……! この世界ではケンシロウさんが伝承者として選ばれることがなくなったから……!)

 

要求を通すべき相手が力を失う……そうなると獣の本能を抑える枷は当然弛く、脆いものとなる。

"被爆したケンシロウではもはや愛するユリアを守りきることは出来ない、ならば奪うしか無い"……そこまでの思考に至る速さに差が出来るのは、考えてみれば当然のことだった。

 

しかし、かといってはいどうぞ、と渡すわけにはいかない。ケンシロウさんも、私も。

 

「狂ったか、シン!」

「姉さんを、どうするつもりですか。離してください」

 

「俺は昔からユリアが好きだった。俺と来いユリア! この暴力が支配する世界で、俺だけがお前を守ることが出来る!」

 

分かっていての確認だったが、やはり目的は姉さんだった。

しかし当然、姉さんがそれを受け入れるはずもない。

 

「な、なにを! 私はあなたにそう想われていると知っただけで死にたくなります」

「ますます好きになる! 俺はそういう強くて美しいものが好きなんだ!」

 

並の男ならこれだけで再起不能にすらなりかねないほどの鋭く、強い拒絶の言葉。

好きな女にそれを向けられても、シンはまるで動じない。

この純粋な愛……執念こそが、強さの理由だといわんばかりだ。

 

……しかし、私は知っている。

その愛が姉さんの心に届くことは決して無いということを。

 

それは原作の結末を見ているから……だけではない。

姉さん、ユリアの妹として最も近くで彼女の在り方を見てきたからこそ、このやり方では求めるほどに彼女の心が離れていくだけだと分かる。

 

────だからこそ、半ば無駄だと分かっていても、マコトとしてこう言わざるを得ない。

 

「あなたの愛は本物かもしれませんが、独りよがりに過ぎます。姉さんのことをそれだけ想えるほど見ていたのなら、このやり方で振り向いてくれるような女なのかどうか、本当にわからないのですか!?」

「────」

 

ぎらりっ、とこれまでほとんど姉さんとケンシロウさんにしか向けていなかった眼が、初めて強い殺意を伴って私を捉える。

 

狂気に染まった南斗六聖拳の一角。

これまでの人生ではまるで受けたことのないその圧力に、ブワッと全身の肌が粟立つのを感じた。

 

「言ってくれるな、ユリアの妹マコトよ。ならばどうする。力こそが正義のこの地で、誰がユリアを守れるというのか! 今まさに絶対たる力に蹂躙されようとしているのに、何も出来ない貴様たちで如何とするか!」

「────ッそれは」

 

「邪魔立てするなら、妹の貴様とて容赦はせんぞッ!」

「やめろ、シン! 俺が相手だ!」

 

…………そこからの流れは、本来の道筋とそう変わらなかった。

 

ただでさえ現時点での執念……心の強さに差がある両者の上、ケンシロウさんは死の灰に冒されている。

 

シンが放つ奥義、南斗獄屠拳の前に敗れたケンシロウさんは、姉さんのシンへの愛を強要する道具として、じわじわと甚振るように胸に傷をつけられていく。

その数、七つ。

 

「ぐあぁっ!! うおお~~!!」

「くそ……くそぉ……!」

「イヤ、ケ……ケン! マコトォ!」

 

そしてその間、私は戦うことすら出来ず、シンの配下達に抑えつけられていた。

 

「ゲェッヘッヘ! シン様ぁ、この妹のほうはどうしますかい」

「フン……そうだな、ユリアがケンシロウだけでは足りないというのであれば、仕方ない。この妹にも協力してもらう他あるまい」

 

「────ぁ────」

 

その言葉を聞いた瞬間、ただでさえギリギリで保っていた姉さんの心は、ついに限界を超えた。

 

「…………ぁ……ぁぃ……ます」

「ほう?」

 

「……愛します! 一生どこへでもついていきます!」

「フ……フフフフハハハハ聞いたかケンシロウ、マコト! 俺を死ぬほど嫌いだと言った女が!! 女の心がわりはおそろしいのぉ!! それもケンシロウでは耐えていたのが、マコトの危機とみるやいなやこれだ! いやはや大した愛されぶりだなケンシロウよ!」

 

 

────言わせてしまった。

ケンシロウさんたちの身体の件でのショックも冷めやらない姉さんに。

誰よりも私達を愛してくれた姉さんに、他の男を愛するという、その言葉を。

 

…………理性では分かっている。これはどうしようもない、仕方のないことだって。

時期の違いはあれ、守れず連れ去られることは避けようがないこと。

それにこのあとの展開を考えると、連れ去られた姉さんが死ぬことはおそらく無いだろう。

 

そう考えれば、シンの言うことにも一理はある。

心の有り様はともかく、この世紀末で、私と姉さん、ケンシロウさんで先行きの見えない旅をする……これと比べると、姉さんの生命の安全は遥かに保証されるのだから。

 

────しかし、一方で。

 

(許、せない……! 許せない……! 絶対に、絶対に取り返す……!)

 

彼女の妹として煮えたぎるこのどうしようもないほどの怒りは、抑えられないし抑える気もない。

私達を救うために、涙を流しながら連れて行かれる姉さんの姿。

それを地に伏したまま目に焼き付け、私とケンシロウさんは煮えたぎる怒りを胸に留め続けた。

 

 

 

 

シン達が去ったあと、身体の手当をした私達"三人"は、沈痛な面持ちで今後のことを話し合う。

やはり、ケンシロウさんはユリアさんを探すための旅に出るつもりのようだ。

 

そして。

 

「マコト、お前は……兄さん、トキと共に行くといい」

「…………」

 

そう、今この場には私、ケンシロウさん、そしてトキさんが居る。

本来の歴史ではシンに姉さんが連れ去られた時には、すでにトキさんは北斗神拳を医療に役立たせるため、旅立ったあとだった。

 

そして今、ちょうどそのための準備の一環として他の村に出払っていたところでの、今回のシンの強襲だった。

タイミングが悪い……というよりは、兄弟が分断されるその瞬間をシンが狙ったと考えるべきだろう。トキさんが帰ってきたのは、全てが終わった後だったのだ。

 

そして、復讐の旅に当事者とはいえ女の私が付いてくる必要はない。

準備が出来たらトキさんに付いていき、そこで新しい生き方を探せばいい……彼は、そう言っているのだ。

 

「トキの技能は、この先の村で様々な人の助けとなろう。もしお前にその気があるならば、その手伝いをしてやって欲しい」

「ケンシロウさん、私は────」

 

私の言葉を遮るように安心して、と穏やかな声色でケンシロウさんは続ける。

 

「ユリアは、俺が必ず救い出し、お前のもとへ送り届けよう……この生命に代えても、必ず」

 

…………それはとても妥当で、それでいてケンシロウさんらしい、優しい選択だ。

思えばこの後の旅でも、リンちゃんや村人を巻き込まないため、一人でしがらみを抱え行動することを好んでいた。

 

 

────でも。それでも、私は。

 

 

「待つんだ、ケンシロウ。……マコト、何か言いたいことがあるんじゃないか?」

「────はい」

 

改めて姿勢を正し、二人の目を真っ直ぐに見据える。

これから私が言うことはとても無茶で、ありえない、彼らからして荒唐無稽なもの。

だからこそ態度で、姿勢で、それがどれほど真剣なのかを、少しでも伝えなければならない。

 

「ケンシロウさん、トキさん。お二人にお願いがあります」

 

 

────すぅ、と息を吸い腹に力を込めて、そのまま伏してそれを乞う。

 

 

 

「私に、北斗神拳を教えてください」

 

 




原作シンは自身が治める街サザンクロスで
女子供にも容赦なく処刑や焼きごてによる烙印を部下にさせている描写があるので、多分妹相手でもやるときはやります
部下が勝手にやってるとしても結局野放しなので

Q.設定が固まってなかっただけでは?
A.きさまには地獄すらなまぬるい


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第二話

★★★★★★★

 

 

漫画、北斗の拳には様々な人物が登場する。

容姿、性格、そして生き様……皆それぞれに多角的な特徴・魅力があり、完結した今なお語るファンは数知れない。

 

そしてその中でも、最も話題として上げやすい要素といえば"強さ"になるだろう。

誰がどれほど強いか、また、どれほど強くなったのか……彼と彼が戦えば勝っていたのはどちらになるか……

北斗の拳ファンであるなら、そんな議論にロマンを感じないという者のほうが少ない。

 

では、北斗の拳における強さとは、どういった要因で決まるだろうか。

なぜ北斗世界において強者は強者足り得るのだろうか。

原作知識を持つ男でありながら、ユリアの妹として転生した女、マコトは考える。

 

(まずこの世界の人間は元いた世界に比べると、全体的に誰も彼もフィジカルが半端じゃなく強い)

 

根拠は絶対強者たるラオウやケンシロウといった北斗神拳の使い手……ではなく、そこらにいる悪役、いわゆるモヒカンだ。

終末戦争で大地は荒廃し、飲み水の確保にすら苦労することになったこの時代。

漁業は言うに及ばず、畜産も容易ではないであろう環境で食物によって得られる栄養成分の基準は、本来の世界とは比べるまでもなく低いはずだ。

 

実際、多数の悪党を束ね荒野を席巻する悪の親玉、ジャッカルでさえ井戸を追い求め「これで雨水をすすらなくて済む」とまでいう始末である。

 

そのくせ、ケンシロウにすれ違いざまに屠られては雨後のたけのこのように湧いて出るモヒカン。

彼らはその殆どが見るものを威圧する筋骨隆々の体躯を誇る。

かといって彼らが皆真面目に筋力トレーニングをしたりしている、という様子も当然無い。

ほぼ日々の略奪といった活動だけの、ナチュラルボーンであの体型が維持できているのだ。

 

また、彼らのような体格の持ち主で無くとも、例えばバットが居た村の少年、タキ。

彼は身一つで砂漠を渡りきり、紫外線に眼を焼かれ、最後はケンシロウの助けがありながらもその目的を果たした。

モヒカン以上に栄養の足りていないだろう幼い身体がなし得たこととしては、あまりに現実離れしているといえる。

 

つまり、この世界に産まれた人間はおそらく全員が、元の世界の常識では計れないポテンシャルを秘めていると考えていいだろう。

 

(ただ、今の私は────)

 

そう。フィジカルの話になると問題に上がるのが、マコトは現在女であるということ。

北斗の拳世界での女……例えばマミヤといった女の身で戦う戦士は居るが、ケンシロウ達と肩を並べるような一線級には程遠いと言わざるを得ない。

 

ではなぜ、彼女たちは強者たり得なかったのか?

 

(一つ確かなのは、元の世界と同じ理由ではないだろうってこと)

 

現代で女性と男性のフィジカルを比べるにあたって、まず最も大きな壁として当たるのは体格差だろう。

数kgとわずかな体重の違いで、試合の成立すらしなくなるボクシングの例にもあるように、体格・体重差は現代において非常に覆し難いアドバンテージとなっている。

 

それでは、北斗の拳でも同じことが言えるかと考えると、それは違う、となるだろう。

 

主人公、ケンシロウが戦っていた相手は一撃でやられるようなモヒカン含め大柄の男が数多く居る。

いや、むしろケンシロウ以下の体格の相手のほうが少ない。

 

もしこの世界が元の世界のように体格差で決まるなら、それこそデビルリバースを従えたジャッカルが天下を取り、ケンシロウはでかいババアにも勝てずに旅の終わりを迎えているだろう。

 

 

(この世界には、潜在能力を引き出すことで体格差を覆す技術がある。だから、体格はそう大きな問題にはならないはず)

 

つまり、単純なフィジカルや性差の問題ではない。

 

それらとは別にある、この世界における強さの最大の基準。

 

 

(これしか、考えられない)

 

 

それは────

 

 

 

("心"だ)

 

 

 

★★★★★★★

 

 

押し黙ったままのケンシロウさんとトキさんに、強くなりたい、強くなれると考えている旨の説明をする。

もちろん、原作で見てきた根拠といった部分はぼかしながらの拙い説明だが、それでも必死に自分が強くなることによるメリットを訴える。

 

今の乱れきった世の中では、ただ守られるより力をつけたほうがむしろ安全なはずだということ。

姉さん、ユリアを分かれて探すにしろ一緒に探すにしろ、目的を同じとするものが居たほうが効率が良いはずだということ。

これで私の後の人生が決まると言っていい、一世一代のプレゼンテーションだ。

 

しかし、それでも二人の表情は。硬い。

それは単に、私が危険な目に会うことを心配しているというだけで無いのは分かっている。

 

────なぜなら。

 

 

「マコトさん、あなたの気持ちはよく分かるが、あなたもまた分かっているはず。北斗神拳は一子相伝の秘技であり、おいそれと人に教えられるものではない。……ましてや、我々は今、正当な伝承者でも無いのだ」

 

ゆえになおさら、軽々に教えることが出来る立場にはない、とトキさんは続ける。

 

そう、北斗神拳は一子相伝の暗殺拳。

それゆえその正体不明の力に人々は畏怖し、『伝説であり最強』の名を欲しいままにしてきた。

ユリアの妹として関わる私ももちろんそれを知っている。だからこその当然の説得であった。

 

しかし、だ。

 

「……ならば、誰なら教えられますか? …………ラオウですか?」

「────!」

 

二人の表情が驚愕に変わる。

そうだ、本当は二人も分かっているはずだ。

現在は生死不明とされているが、あの男が核戦争などで死に絶えるような輩ではないということ。

そして。

 

「ラオウが生き残って伝承者となれば、その覇道と欲望は留まること無くこの世界を覆い尽くすはず。そうなれば、弱者のままの私は、真っ先に食い物として淘汰される対象となるでしょう」

 

ラオウの気質はケンシロウさんもトキさんも嫌というほど承知している。

ラオウが愛する姉さんのような存在はまだともかく、そうでない無力な女まで庇護されて安穏と暮らせるはずというのは、あまりに楽観的な考えだろう。

 

だからこそ、強さは絶対に、絶対に必要だ。

取り返すために、守るために…………生きるために。

 

「むぅ…………」

「すでにそこまで考えていたか、マコトよ」

 

「────それに、です」

 

……ここまでは、打算と理屈の話。

そしてここから噴出するのは、ずっと抑えてきた"心"の衝動。

それが赴くままに、彼らにぶつける。

 

「それに……それに! ケンシロウさんを傷つけて、姉さんを泣かせて奪ったあの男を! シンをぶん殴ってやりたいという気持ちは! それは、私にだってあります!」

 

そう、感情のままに私は叫ぶ。

婚約者のケンシロウさんに復讐の権利があるのなら、妹の私だってあるはずだ、と。

いや、足を引っ張るだけだった私こそが、それをしなければならない、と。

 

 

────その時、くしゃっと。

 

興奮のあまり息を切らせてしまった私の頭に、温かい感覚が宿る。

ケンシロウさんが私を撫でてくれた音だ。

 

 

「そうか……ありがとう。マコトは、ユリアだけでなく……俺のためにも、怒ってくれているのだな」

「…………っ私は……」

「兄さん」

 

ケンシロウさんが私を撫でたまま、トキさんに声を掛ける。

トキさんは少しの間目を瞑り、何事か頭を巡らせてから、返した。

 

「…………北斗神拳が一子相伝の秘技であることは変わらない、ゆえに我々がマコトさんを弟子にすることはない」

「…………」

 

「…………さて、それはそれとして、この先の乱世を生きるために、弱った我々もまた力をつける必要があるな、ケンシロウよ」

「ああ、そうだな。兄さん」

 

「マコトさん、我々は明日より北斗神拳の使い手同士での組手も交えた修行を行う。修行には非常な集中力が要されるゆえ周りのことなど見る余裕は無いだろう」

 

 

────だから、決して、覗いたりしてはいけないよ。

 

 

「はぃ…………! はい…………ッ!」

 

 

再び地面に伏した体勢のまま応える。

実質的な伝承の許可をもらえた私に今到来したのは、彼らの優しさに対する深く大きな感謝。

 

 

────そして。

 

 

(…………ごめんなさい)

 

 

 

その優しさを……"想定通り"利用しきったことへの強い罪悪感だった。

 

 

 

そう。この話をするにあたって私は、確かな打算と勝算を抱えて臨んでいた。

 

その勝算とは、今トキさん自身が告げた掟について。

 

北斗神拳が一子相伝であるということは、原作でも何度も語られていることだが、それは今でも本当に絶対の教えたり得ているのだろうか、と。

 

私は違う、と考える。

 

原作でジャギはこう言った。

 

「伝承者争いに敗れた者はあるものは拳を奪われ、あるものは記憶を消された、それが北斗千八百年の歴史の掟だ!」

 

っと。

 

しかし、実際のところはケンシロウさんが伝承者となった後も、残りの兄弟はバリバリ北斗神拳を活用し、世に混乱あるいは救いの手をもたらしている。

 

師であるリュウケンさんが亡くなったということを差し引いても、その掟が絶対のものだというのなら。

ラオウ、ジャギはともかくしてトキさんは北斗神拳を捨てているはずだ。

 

自身がラオウを止めるため、という大義名分はあったかもしれないが、掟を第一とするなら正当な伝承者のケンシロウさんだけに任せるのが妥当である。

 

そもそも、一子相伝にするほど門外不出の秘技というのなら、一般人の前でホイホイと使っているのもおかしな話だ。

それこそ暗殺拳の本分にならい標的のみを闇討ちし、仮に目撃者が居たら全員消してしまうぐらいのことはしていてもおかしくない。

 

しかし、そうはされない。

 

ケンシロウさんやトキさんは人々を守り、救うために力を振るい、ラオウは覇道のために力を示す。

ましてやラオウはバランという子供に北斗神拳を見せたことにより、将来的にバランは剛掌波や秘孔による奇跡をはじめとする力を身につけることとなる。

 

(つまり、北斗神拳が一子相伝であるという伝統は、もう形骸化しているんじゃないか?)

 

もしくは今、この世紀末によって形骸化したと考えるべきだろうか。

 

そしてそれはおそらく、この二人もなんとなく察しているはずだ。

 

私が北斗神拳の教えを乞うたとき、彼らは即座に切って捨てることをしなかった。

最後まで黙って話を聞いてくれたのは彼らが持つ優しさによるものだけでなく。

この先の世界、古い慣習が陳腐化する可能性にまで、考えが至っていたからではないか。

 

その上で、自分自身が強くなったほうが安心、逆に弱いままでは死ぬかもしれない……と。

半ば自分の身を人質にするような形で説得を続け。

そして最後はケンシロウさんにも共感出来るはずの、復讐心を伴った意志を叩きつける。

 

こうすれば、ほぼ間違いなく説得は出来ると考えた上での挑戦だった。

特にケンシロウさんは、原作でもリンちゃんやバットくんを始めとした者たちの願い……ワガママを最大限汲み取ってくれている。

 

そしてその目論見は成功し、私は北斗神拳を身につけることとなった。

 

……言っていることに嘘は一つも無い。

この先の世界が迎える苦境を考えれば、私は何一つ間違ったことはしていないはずだ。

 

 

────それでも。

 

(……苦しい、な)

 

ケンシロウさんの犠牲で生き残った私が今再び、その優しさに甘えて利用しているという事実。

 

そのトゲは、私の心に深く突き刺さったままだったが。

 

 

 

 

翌日から、北斗神拳を身につけるための修行が始まった。

 

もともと姉ユリアに比べると快活だったこの身体。

現状でもそこそこの身体能力こそ持ち合わせているが、当然この世界で生き抜くための武力としてはまるで足りない。

 

ましてや学ぶのは究極の拳法、北斗神拳。

ただがむしゃらに鍛えるのだけではいかに時を重ねようともモノにならないのは明白だった。

 

そんな中、私が最初に行った鍛錬……それは。

 

(────イメージ、しろ。これまで何度も見てきた強者達の動きを)

 

そして、自分がその力を振るうところを想像する。

今、自分の身体がどのように動いて、この先どう動けば再現出来るか思考する。

さらに、目の前で組み手を行う二人の姿も目に焼き付けながら、脳にも強く、強く刻み込む。

 

……そうして、戦っているイメージの中の自分を。

自分でなく脳内の強敵たちに……そして、『ケンシロウさん』にする。

 

 

そんな、"都合のいい妄想"からだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

────心。

 

元の世界でも心・技・体という言葉の一番上にあるとされる、強さはもちろん人を人たらしめるための最も大きな要素だ。

しかし、北斗の拳世界におけるそれが持つ力……エネルギーは元の世界の比ではない、とマコトは考える。

 

(一番わかり易い例は、ケンシロウさんとシンの力関係だ)

 

ケンシロウはシンに敗れ、ユリアを連れ去られた。その際シンはケンシロウに欲望、執念の差が勝敗を分けた、と言う。

そしてその一年後、シンの前に再び立ったケンシロウはシンに勝利を収めている。

 

────それも、圧倒的な力の差を以て。

 

そしてその後はほとんど期間を置かないまま多くの強敵と戦い、時に敗れることもあれど再戦し、最終的にはその全てに勝利している。

 

(シンは紛れもなく強者だった。でも、聖帝サウザーや拳王ラオウといった漢たちと比べると、さすがに力は数段劣るだろう。そして、ケンシロウさんは原作でも今回でも、そのシンに一撃で敗れている)

 

そこからたった一年でシンに影すら踏ませないほどの圧勝を収め、果てはサウザーやラオウまで倒し世界を救う……それはあまりにも異常……いや、異形といっていい成長ぶりだ。

 

そしてその成長をもたらしたものこそが、シンを悪鬼に変えケンシロウを世紀末最強の存在にした執念、すなわち心なのだ。

それは、ケンシロウ自身「俺を変えたものは貴様が教えた執念だ」とシンに突きつけていることからも明らかだろう。

 

────なぜケンシロウより体躯的には遥かに勝るモヒカンが、純粋な力比べですらまるで強者たちの相手にならないのか?

それは、心が"下っ端のやられ役"という型に当てはめられた弱いものだからではないか。

 

────なぜあれほど多くの強い男たちが居る世界で、体格のハンデなどあってないような条件で、なお女性は戦士たり得なかったのか?

それは、"女は男に守られる弱い生き物"という固定観念のもと育った心が影響しているのではないか。

 

(マミヤさんが村の代表として戦っているのは、あの世界でもかなりめずらしい光景として認識されていたはず。それも代表だった親の後を継ぐ形で、本来の彼女の気質からは離れた、言ってしまえば無理のある行動だった)

 

だからこそレイはマミヤに女であることを突きつけ、自分の幸せだけを考えていればいい、と守ろうとしたのだ。

 

一方、異なる価値観である現代の、ましてや元男としての感性を併せ持つマコト。

彼女にとって、本来女であることで受ける固定観念など、障害になるはずもない。

 

さらに、ケンシロウとの旅を経て成長したバットの存在もある。

少年時代、ケンシロウとの旅の中では一度も戦闘などしなかった彼も、大人になると黒王号に選ばれ、あの修羅の国を闊歩できるほどの強さを身につけている。

 

北斗神拳や南斗聖拳の使い手に師事したという描写も無いため、彼もケンシロウの戦いを見たという経験と……

何より、旅で育まれた心によってその強さに至ったと考えられるだろう。

 

……こうした、心が最重要ファクターであることを念頭に置いた上で、マコトは自身が置かれた現状を振り返る。

 

まず才────慈母星を宿星に持つ南斗最後の将たる姉、ユリア。

気質の問題もあり彼女自身は戦う者では無いが、その血を引く自分が一般人より武の才を持ち合わせていない、ということは考えづらいだろう。

 

体────フィジカルではどうか。

ケンシロウ以上に小さな体だが、前述の通り潜在能力の解放と技術によるカバーが不可能な範囲とは思えない。

そもそも、黒夜叉というもっと小さな体躯ながら強く、誇り高く在る漢も居る。

 

技術面での心配は不要だろう。

ケンシロウとトキという最高の手本が目の前に居るという贅沢すぎる環境。

これで不安があるなどと言っては、世の修行者達に囲まれ石を投げられて然るべきだ。

 

そして、心。

最も重要でかつ不安定なものだが、これに関してもマコトは他者が持ち合わせていないアドバンテージを持っているといえる。

 

なぜなら。

 

(私の心は、感情は、執念は……すでに、二人分ある)

 

元の世界で北斗の拳を愛する一人の男として。

この世界での一人のマコトとして。

それぞれの性でそれぞれが背負ったモノ。

 

それは、心が力と在り様を決めるこの世界における、マコトただ一人だけが持つ特異性。

これを活かさない手はない、と考えていた。

 

そうして才・体・技・心。

これら全てを改めて振り返り終えたマコト。

 

その上でマコトは、"これから自分が強くなることは可能だ"と断じた。

 

 

────誰よりも心を燃やして修行をしよう。

同じトレーニングでも、完成形をイメージするかしないかで結果に全く違いが出ることは、現代でも証明されている。

ましてやこの世界の心がもたらす影響を考えれば、その在り様で効率の差は別次元のものになるはずだ。

 

────食事や休息にも気を遣おう。

栄養を摂取するタイミングを始めとした現代の科学面での知識は、必ずこの世界でも役に立つはずだ。

 

────自分の限界を超え続けよう。

もとより高いポテンシャルを持つこの世界の身体は、常軌を逸した負荷にも耐えられるように出来ているはずだ。

 

 

────そして。

 

 

(私が、ケンシロウさんの代わりをつとめるんだ)

 

 

自分のために、この世界から喪われたモノ……"世紀末救世主伝説"を、自分の手で、取り返そう。

 

 

★★★★★★★

 




本日はある程度キリがいい三話まで同時投稿しています。
よろしければそちらもどうぞ。


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第三話


いわゆる修行回です
わるいてきも居ないので安心してご覧になれます


北斗神拳の修行────その過酷さは、苛烈を極めた。

 

ただでさえ死者すら出るとされる修行。

ケンシロウさんもトキさんも最大限気を遣ってくれているが、それでも身にかかる負荷は尋常ではない。

 

おまけにそれは、ただこなすだけでは足らない。

脳細胞の一つに至るまでも燃やし尽くして、限られた時間内で極限まで学び取らなければならない。

 

時間────そう、とにかく時間が足りない。

というのも、世紀末救世主伝説を再現するに当たってまず考えなければならないものが"時期"だからだ。

 

いくら修行をして強くなっても、戦えるようになったのがラオウが世界を征服し終えたあとでした、では何の意味もない。

それによりもたらされる犠牲は原作とは比べ物にならない、戦うまでもない完全なる敗北といえるだろう。

 

原作のケンシロウさんが旅立ち、リンちゃんやバットくん達と出会いシンの前に再び立ったのは確か、シンに姉さんを奪われてから一年後……シェルターでの一件から数えると約二年後だ。

そして、私が今生きる世界はシェルターの件から一ヶ月経ったところ。

 

つまり、あと約二年以内に。

私は伝承者として戦えるようにならなければならない。

 

……正直なところ、この二年ですら不安でたまらない。

すでにシンの強襲の時期がズレていることを考えると、それ以上に致命的な歴史の転換点を見過ごしてしまう可能性もある。

 

それに何より、後に五車星に救われるとはいえ、今現在の姉さんがシンが人々に振るう暴虐を目の当たりにし、日々心を痛めているのは現実なのだから。

 

 

「ぐ、が……ハァ! ぅ、ぐぅ! ……まだ……まだっ……!」

 

だからこそ、一分一秒を惜しんで身体を、精神を追い込み続ける。

 

より効率よく血肉にするため、修行前にも合間にも食事を詰め込んだら、修行中に全て吐いた。

胃液にまみれた吐瀉物は、その場で全部拾って食べ直した。

貴重な食料を無駄にするわけにはいかない。

 

オーバーワークによる怪我で時間をムダにすることを嫌い、肉体の休養こそ必要分だけ取ったが、イメージトレーニングは寝ても醒めても行い続けた。

鋼のような筋肉の鎧ではなく、現代において最も質が良いとされる柔らかく、しなやかな肉質の身体を常に頭に思い浮かべた。

脳が酷使によりオーバーヒートを起こし、鼻血を吹いて倒れるときだけは唯一何も考えずに休んだ。

 

一度、秘孔をついて一時的に疲労を忘れればより効率良く限界まで追い込めるのではないか、と提案してみたことがあったが、にべもなく却下された。

その時周りに気を配る余裕は殆ど無かったが、断ったときのケンシロウさんは心なしか少し哀しそうな目をしている気がした。

確かに、楽をしようとしすぎたかと反省した。

 

こうした"常軌を逸した最低限"の修行が実を結び始めたのか、開始当初に比べるとかなり強くなってきているのを感じる。

すでにそこらの野盗ぐらいなら問題なく倒す程度の力はあるだろう。

 

しかし。

 

(足りない────この程度じゃ……まるで二人に勝てる気がしない)

 

力をつければつけるほど、本来の北斗神拳伝承者たちが住む世界との次元の隔たりを感じる。

トキさんは言うに及ばず、技術的にはこの時点ですでに世紀末救世主たる力を備えていたケンシロウさんも凄まじい。

 

……というか、あまりにも強すぎる。

死の灰の影響は受けているはずなのに、なぜここまで動けるのか。

 

一度、疲労で完全に身体も頭も動かせなくなった隙間のタイミングで、それを尋ねてみたことがある。

 

「北斗神拳は究極の暗殺拳……病魔に蝕まれた身体でも戦う術があり、また脅威そのものをやり過ごすための術も備わっている」

「あの日、マコトさんはシェルターの前に倒れ伏す我々を見ただろう。実はあの時、お互いに秘孔を突き合って仮死状態とすることで、死の灰の影響を最小限に止めていたんだよ」

 

「あ……」

 

そうだ。あの日見た二人は、お互い寄り添うような形で倒れていた。

あれは、原作でケンシロウさんとレイさんが敵を欺くために披露した型と同じような状態だ。

 

思えば、原作でもトキさんは死の灰に冒された身体でありながら、あのラオウをあと一歩のところまで追い詰めるほどの実力を発揮した。

本来なら死の灰を浴びた時点ですぐにでも死を迎えておかしくない身体。

それがアレほどの輝きを発したのは、ケンシロウさんたちを救ったあの日、自らの秘孔を突いてその脅威を抑えていたからなのではないか。

 

そして、わざわざお互いの秘孔を突き合うという型があるぐらいなのだから、自分一人より互いに突いたほうがより強い効果を発するのは明らか……つまり。

 

(この世界での彼らへの死の灰の影響は、緩和されている……?)

 

これがこの世界にもたらす影響がどういったものになるかは分からない、それでも、少しほっとするのを感じた。

 

 

……それと同時に、疲れ切った身体と心に一瞬、ほんの一瞬だけ。

『それなら、私がこんな辛い目に合わなくても彼らだけで十分戦えるのでは』という思考がよぎったのを自覚した瞬間、私は自分で自分の顔を引っ叩いていた。

 

 

こんな弱い心のままで、ケンシロウさんのように戦えるはずがない。

 

 

 

 

さらに修行を続ける。

自分の心身を追い詰めれば追い詰めるほど、感覚が鋭敏になっていく。

 

暗殺拳たる北斗神拳の使い手が易々と背後を取られるようなことはあってはならない──その理念のもと行った、気配を殺したトキさんやケンシロウさんを捉えるという内容の修行。

これもかなり達成率が上がってきた。

 

そして、脳内のイメージと自分が出来る実際の動きもかなり近づいてきている。

もはや自分が男なのかマコトなのか、ケンシロウさんなのか……

そんな認識がぐちゃぐちゃに混ざり合い、曖昧に感じることも増えてきた。

 

上等だ、と思った。

自分の考えは間違っておらず、これを続けるほどに世紀末救世主に近づける、とすら喜んだ。

 

 

そんなある日、普段なら気絶するように眠っているであろう時間に目が覚めた。

ケンシロウさんとして戦い、しかし未熟なせいで強敵の前に敗れるイメージを夢として見たショックのせいだろうか。

 

すぐに寝付けるとも思えなかったので、近くで眠る二人を起こさないようそっと抜け出す。

少し汗を流してから寝ようと考え、月明かりをたよりにふらつく足取りで水場まで向かう。

 

 

────そして水場に着いた、その時だった。

 

 

「────────ッッ!?」

 

 

突然、何の前触れも無く視界の下に化け物が現れた。

 

すがたかたちこそ人間のシルエットをしているが、頬は痩せこけ、枯れ草のような艶のない髪は乱れ。

どんよりとした濃いクマは見るものに否応なく不吉な予感を与える。

 

そして何より異様なのが、眼だ。

自分は今にも死にそうな、そのくせ視界に映るものは全てを殺し尽くさんとするような、異様な眼光。

他全ては暗く陰鬱な印象にありながら、その光だけは爛々と獲物を求めているように見えた。

 

……ケンシロウさんは北斗神拳を使う自らを死神として例えたことがあったが。

今視界に映るこれは死を司る神ですらない、"死"そのものだ、と感じた。

 

当然、私が知る北斗の拳の世界にこんなやつは居ない。

それまで生き物の気配など一切感じなかったところに現れたその存在に、明確な恐怖を覚え私は叫ぶ。

 

 

「ぅぁ、わああああぁッッ!!」

 

そして半ば狂乱状態に陥りながらも、繰り出した拳。

修行で染み付いた型通りのそれはあやまたず目標に飛び、化け物を捉える。

 

────瞬間、化け物の身体が歪んで弾けたかと思うと、冷たい水の感触が全身を叩いた。

 

「…………ぁっ…………」

 

そして、気づく。

 

……なんてことはない。

眼にするまで一切の気配を感じなかったのも当たり前だ。

 

それは、月明かりに照らされた水面に写った……ただ無様に淀んだだけの私の顔だったのだから。

 

「…………なに、やってるん、だろう」

 

汗を流すどころか、身体も頭も完全に冷えてしまった。

のそのそと身体を拭いた私は、結局そのまま寝床に戻っていったのだった。

 

 

 

 

 

「…………私がやるか?」

 

「いや……俺がやろう」

 

「そう、だな……それがいいだろう」

 

 

 

 

翌日課された修行は、ケンシロウさんと行う組手だった。

 

修行を続けるうち、勝手に見学するだけという建前はすでに消え失せ、こうした実践さながらの項目を取り入れてもらえるようになっている。

 

しかし、今回それをするにあたってのケンシロウさんの様子は、普段とは違っていた。

実践さながらどころではなく、"実戦そのもの"のような鋭い気迫。

トキさんと組手をする際でさえ、ここまででは無いかもしれない。

 

そのさまに否応なく感じるのは緊張感と……

なにか、言いようのない悪い予感……恐怖。

 

そんな私をよそに、ケンシロウさんは口を開いた。

 

「マコトよ」

「……っ、はい」

 

「今日はお前が、北斗神拳を伝承するに足る存在かを確かめさせてもらう。全力でかかってこい」

 

………………。

 

……彼は、なんて言った?

北斗神拳を、伝承出来るかどうかを、試す?

 

……なら、今までの修行は?

これだけのことをしてきて、これで認められなければ、私は北斗神拳を使えない……?

 

 

「なっぇ、待」

「言葉は不要! この俺の身体に一撃でも浴びせられなかったなら! お前はその場で伝承者足る資格を失うと思え!」

 

そう気焔を吐き襲い来るケンシロウさん。

思考はまだ"突然つきつけられた終わり"という混乱から醒めていなかったが、それでも身体の方は反射的に動き、紙一重でケンシロウさんの拳を避けることに成功した。

 

そのまま後方に跳び距離を取ろうとするも、ケンシロウさんはそれを超える速さを以て距離を詰める。

 

「────ッ!」

 

とっさに拳打による迎撃を行うが、崩れた体勢からの苦し紛れの攻撃が通じるはずもなく。

難なく受けられると、そのまま腹に痛烈な殴打を浴びた。

 

「がっ、はっ!」

 

その衝撃に、私の軽い身体は鞠のようにたやすく地面を跳ね回る。

すでに後ろに下がりながらだったことと、咄嗟に腹部に意識を集中させていたおかげで、見た目の派手さほどの致命的なダメージはもらっていない。

しかし、ケンシロウさんが如何に本気で私を打ち倒そうとしているかは、今の打ち合いで十分すぎるほど感じられた。

 

グルンッと身体を回しながら地面に着地し、こちらの様子を伺うケンシロウさんを見据える。

 

……今になってケンシロウさんが、伝承の道を絶えさせるかもしれない苛烈な選択を取った理由はわからない。

しかし、かといって私もここで終わるわけには行かない。

 

だから、今出来る全力を持って抗う覚悟を決める。

 

「ふぅ~……ッ!」

 

イメージするのは、何度も何度もトレースを繰り返してきた世紀末最強の男、ケンシロウさんの動き。

それを自らの身体により再現する。

 

これまでの修業で身につけた力でもある、北斗神拳が真髄の一つ、闘気。

身体中に流れるこの力を呼気と共に練り上げ、高めていく。

 

そして前にくっと倒れ込むように身体を沈ませると、蹴り足に闘気を一気に流し、爆発的な加速で飛び掛かる!

 

「────疾ッッ!」

 

常人には消えたようにすら見えるだろう速度での疾走も、目の前の強者は容易く見切る。

連続して繰り出す拳を防がれると、そのまま死角を取るための"軸の移動"に流れる。

 

それは、北斗七星になぞらえた動き。

 

達人同士の戦いにおける死角とは北斗七星の星列にあるとされ、北斗神拳伝承者はそれに沿った動きをすることで勝機を得る。

つまり、北斗神拳の使い手同士の戦いは、この北斗七星の"陣取り"を制することが肝要となる。

 

純粋な肉体の強度の差で以て私より速く、鋭く動くケンシロウさん。

それに対し、私はあえて動きを落とした上での、急激な緩急の変化を以てそれに付いていく。

 

「あたぁーっ!」

「せあぁーっ!」

 

互いに気迫と共に拳を交わしては即座に移動に流れ、また打ち合いを繰り返す。

 

そして幾度かのぶつかり合いを経て、その均衡は崩れた。

 

「ぐッ────ぅ!」

 

この北斗七星の陣を手にしたのは、地力で勝るケンシロウさんだ。

決着を狙うその右拳が私に振るわれようとする。

 

「ほぉぉ! あたぁ!」

「ふぅっ、でぇりゃぁあ!」

 

そこで私が取った選択は防御ではなく、カウンター。

それも先に拳を入れる完全な形ではなく、ほぼ同時か自分のほうが僅か遅れて刺せるような、玉砕まがいの稚拙な攻撃。

 

追い詰められた結果純粋な勝利を捨て、せめて継承の条件にある一撃を浴びせる。

ただそれだけを狙った無様な抵抗。

 

 

────と、そう思わせるための攻撃だ。

 

 

「むっ!?」

「疾ッ、ぃいッッ!!」

 

ケンシロウさんが私の拳に意識を向け、お互いの拳が刺さる寸前。

私はカウンターのため流れていた重心の移動先を無理やり歪め、コマのように片足を軸に回転させた。

 

相手を欺く、詭道もまた北斗神拳。

それはケンシロウさん自身も言ったことだ。

 

目論見は刺さり、ケンシロウさんの拳は私の腹部を掠めながら通り過ぎる。

そのまま回転に身を任せ、無防備な身体に、今度こそ本命の蹴りを炸裂させる────っ!

 

 

「ごっふっ…………!」

 

あと、ほんの僅かで届く!

……残ったケンシロウさんの左拳が、再び私の腹に突き刺さったのは、そう希望を抱いた瞬間のことだった。

 

 

今度は、先程のように受け流せてはいない。

逆に受けた形となるカウンターは、身体の内部から噴火したかと錯覚を起こすほどの衝撃を私に与える。

 

「ぐ……ぐ、あっぅぅ、うぅう~~~~~ッッ!!」

 

────これすらも、届かない。

 

苦痛にまみれ、涙に滲んだ視界で強大過ぎる目の前の漢を、地べたから見上げただ呻く。

 

一体、何をすればこの人に届くのか。

揺れ動く足になんとか力を込め立ち上がるものの、じわじわとした諦念と絶望が、私を満たそうとしていた。

 

 

……いや、考えてみれば、これは当然のことと言えた。

私が目指す動きはケンシロウさんのもので、それは現状においてはケンシロウさん自身の劣化コピーに過ぎない。

 

私に出来る動きがケンシロウさんにも出来る以上、何をしても現時点で上を行くのは不可能に思えた。

私がこれまで身につけた力は、ケンシロウさん以外の強敵を倒すためのもので、ケンシロウさんそのものと雌雄を決することはそもそも想定していないのだ。

 

……ならば……この戦いは……

 

 

「……よい動きだった。かつて北斗神拳を学び始めてから、これほどの早さでここまでの戦いが出来たものは、おそらくおるまい」

 

だが、とケンシロウさんは続ける。

 

「如何に完成度を高めようとも、今のマコトが北斗神拳の極みに至ることはないだろう」

「……どう……して……ですか……これだけの修行をしてダメなら、こふっ、これ以上……これ以上、どうすればいいって言うんですか」

 

それがわかるなら、なんだってしてやる。

例えその先に命を捨てることがあったとしても、私は、私はケンシロウさんに────

 

 

その時、これまで黙って戦いを見つめていたトキさんが、初めて口を開いた。

 

 

「……北斗神拳の伝承者はしばしば人外のものとして例えられる。曰く死神、曰く闘神(インドラ)の化身。形容される言葉は数あれど、どれも正確とは言えない」

 

「なぜなら、北斗神拳はどこまでいっても人が振るう拳だから。……人が、人のままで、人の世のために使う。そこにこそ意義があるからだ」

 

 

──────あっ。

 

 

ゆえにマコトよ、とケンシロウさんが言葉を継ぐ。

 

 

 

「北斗神拳は、誰かの真似をするだけの人形に扱えるものではない!」

 

 

 

────────────。

 

 

 

その言葉を聞いて呑み込んだ瞬間────

私はまるで、今までモノクロにしか見えていなかった世界が、初めて色を持ったような感覚にとらわれていた。

 

 

私は、今まで、何をしていたんだろう。

 

 

「マコトよ。修行をしている時のお前は、いつも不思議な眼をしているな。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ぁ……ぅ……」

 

「お前がどれほどの覚悟を持って修行を始め、あれほどの痛苦に耐え続けているのかは、俺には計り知れん。だが────」

 

 

「────お前はその道の先に、何を見ている?」

 

 

「なに、って……それは、シンを倒して……姉さんを……」

 

────その先は?

 

…………それは、世にはびこる悪党を倒してまわって、人々を助けて……

 

────その先は?

 

その先は……そうだ、北斗と南斗の宿命に決着をつけなければ。

サウザーを、ラオウを倒して、世に一時とはいえ平和をもたらすんだ。

 

────その先は?

 

その後も天帝軍が世を乱す。

……それに決着をつけたら修羅の国にも渡り、カイオウの野望を食い止めなければならない。

 

────その先は?

 

そうしたら世を巡って過去の因縁の精算をしていって……ボルゲを倒して……

 

 

──────────その先は?

 

 

…………ない。あるはずがない。

なぜなら、ここで原作は完結しているから。

私が知る限りの北斗の拳は、ケンシロウさんの物語はここで終わっているから。

 

ケンシロウさんやトキさんが私の事情……ましてやこの世界が辿る本来の流れなど当然知る由も無い。

しかし、その上で修行に臨む私の姿を見て、その在り様の本質を見抜いた。

 

それは、元の世界に生きる男としてでも、この世界に生きるマコトとしてでもない……

ただただ、ケンシロウさんの代わりに生きて、そして死ぬ"舞台装置"だ。

 

ケンシロウさんを犠牲にして生き残った私は、それの代わりを果たすためなら死んでも構わないと……

いや、それどころか、それを果たして死ぬべきではないかとすら無意識の底で考えてしまっていた。

 

 

私は、今まで、何を見てきていたんだろう。

 

 

人を人たらしめるものとして、役割というものは欠かせないものだ。

この世界に生きる誇り高き漢たちは、皆その役割に殉じ鮮烈に散っていった。

だが、決してそれだけではない。

 

眼の前にいる漢……ケンシロウさん。

彼は婚約者を奪われた復讐の道中でも、復讐を果たした末での北斗・南斗の因縁の精算でも、決してその役割だけに腐心していたわけではない。

 

弱く、儚い者たちの願いを聞いた。

自分の意志で力を振るうことで時に人を助け、時に悪をくじいた。

 

 

つまり、ケンシロウさんは"それ"のためにその道を歩いたのではない。

ケンシロウさんという一人の漢として歩いた道…………その軌跡を指したものが、初めてこう呼ばれるんだ。

 

 

 

()()()()()()()()と。

 

 

 

「────────」

 

 

私は天を仰いだ姿勢のまま、暫くの間目を瞑っていた。

……その間、ケンシロウさんもトキさんも何も言わず見守ってくれていた。

 

────考えたいことがたくさんある。

彼らに伝えたい言葉が、感情が、溢れ出して止まらなくなりそうだ。

 

それでも、今は。

 

 

静かに眼を開き、戦うための構えを取る。

半身に構え左拳は前に突き出し、右拳は顔に近い位置で止める。

 

……それは、今までしていたようなケンシロウさんの猿真似ではない。

 

この世界で学んだ北斗神拳。

それに、元いた世界で学んだ格闘技の要素を取り入れた上で、今の私が出来る一番自然な構えを意識すると、この形になった。

 

「…………そうだ」

 

ケンシロウさんがここまで穏やかな顔で笑うのを見るのは、この世界に来て初めてかもしれない。

いや、これまでも見ていたはずのものに、今ようやく気づけただけか。

 

「…………行きますっ!」

 

代替のモノではなく、初めて(マコト)として振るわれたその拳は真っ直ぐにケンシロウさんに向かい…………

ドッと私の胸部を打ち抜いたケンシロウさんの拳の前に、その動きを止めた。

 

 

意識を失う直前に認識できた光景は、ほんの僅か……

ケンシロウさんの服を抉っていた、私の拳だった。

 

 

 

 

目が醒めると、辺りはすっかり暗くなっているところだった。

今は目に映る範囲に誰も居ないが、冷えないよう布団を被せられ、寝床に運ばれている優しさが暖かった。

 

身体を動かせることを確認すると、そのまま起き出して歩く。

目的地は今では数少ない、この世紀末でもたくましく咲き誇る品種の花畑。

なんとなく、なんとなくそこに行きたいと思った。

 

花畑に着いて腰を下ろす。

そのまま先程の組手で気づかせてもらったことを一つ一つ反芻していく。

 

その上で、最初に口をついて出たものは。

 

 

「…………原作愛の強さも、考えものだなあ」

 

 

そんな、自嘲の言葉だった。

 

原作を愛するあまり、シェルターでその記憶が覚醒した時のショックが大きなものになりすぎた。

登場人物を愛するあまり、その役割を自分のせいで歪ませてしまったと考え、それを贖おうとしていた。

 

ただでさえ罪悪感を始めとした、マコトが元々持っていた感情。

それらにこの原作への愛が上乗せされ、自分でもコントロールが出来なくなる程にまで膨らんでしまったのだ。

 

思えばシンにかけた言葉も、ケンシロウさん達に教えを乞うた言葉も何もかも。

『マコトならこう言うはず』『世紀末救世主になるためにこう言わなければならない』という義務感からくるものに過ぎなかった。

 

つまり、なんてことはない。一言で言ってしまえば、私は。

 

 

「あのシェルターの日から今日に至るまで、ず~~っと、テンパっていたんだ」

 

誰に強要されたわけでもないのに勝手に責任感を暴走させ、周りに心配をかけてしまった。

 

……おそらく、あのまま進んでいたなら自分で自分の胸に七つの傷をつけて伝説の再現を~ぐらいのことはしていただろう。

というか、今日までその発想に至らなかった幸運に感謝せざるを得ない。

昨日までに思いついていたなら、酔った勢いで目立つところに痛入れ墨を彫ってしまった人みたいになるところだった。

やってること半分原作のジャギじゃないか。

 

「心が大事だ~とか言っておいてこれはちょっと……恥ずかしい……」

 

冷静になった今思えば、強い人の真似だけをして自分の意志はほぼ介在させない~なんて、創作ならせいぜい中ボス止まりのやられ役マインドだ。

北斗の拳で出るとしたら、アニオリの尺稼ぎ用使い捨てキャラがいいとこで、とてもじゃないが主人公のやることじゃない。

……今の自分なら主人公に相応しいのかどうかは置いておくとして。

 

でも、今はそれに気づけた。

どこまでも優しくて強い、あの二人のおかげで。

 

私は、あの人達みたいになれるだろうか。

いや、もう無理になる必要はない。

私は私だ。私は私のままで、この世紀末で戦って、この世紀末で生き抜いて。

 

「────そして、この世紀末を楽しもう」

 

そうだ、私はあれほど愛した世界に今両の足をつけて立っている。

それなら誰かが歩いた道ばかりなぞるのではなく、私なりのやり方で関わっていくことが出来るはずだ。

 

思えば、原作は救世こそなったが、それにより犠牲になったものも多すぎる。

ラオウを始めとした雌雄を決するべき相手は、その使命に殉ずることは避けられないかもしれない。

しかし、そうでない、ただこの世紀末を精一杯生きる善良な人たち。

 

彼らの全てを拾うことは無理でも、知識を、力を持った私なら、その取りこぼしを少しでも防ぐことが出来るかもしれない。

 

それが、この世界に生きるマコトとして……私として、選ぶ道だ。

 

 

考えをまとめるほどに、これまでぼやけていた視界がクリアになっていくのを感じる。

そのままバタンっと仰向けの大の字に寝転がって、空を見上げた。

 

そういえば、この世界を象徴するほど大事なもののはずなのに、ちゃんとした形で星を見るのも、今日が初めてな気がする。

 

「…………キレイだなあ」

 

視界いっぱいに広がるのは、満天の星空。

そして、たった七つにしてそれら全てに負けないほどの輝きを放つ北斗七星。

 

 

…………その脇に輝く星は……見えない。

 

 

多分、昨日までの私ならそれを……死兆星を、見ていたことだろう。

もしかしたら落ちる前の秒読み段階だったのかもしれない。

だからこそこのタイミングで、荒療治をもって諭してくれた……というのは、さすがに考え過ぎだろうか。

 

そのまましばらく感慨にふけったあと……今日はまだ何も口にしていなかったことを思い出し、戻る。

鍛錬のためだとか、栄養がどうだとか、今回は考えることなく食べたいように食べて、ストレッチ程度に少し身体を動かしてから、寝た。

 

……眠りに入る直前、ケンシロウさんとの戦いの最後を思い出す。

繰り出した拳が一撃の条件に入っているのかどうかだけは少し心配になったけど、それも明日考えよう、と思った。

もしダメでも土下座でもなんでもしまくって頼み込んで、それでもダメならいっそ自分で拳法を作ってやろう、とまで開き直っていた。

 

 

────今日は、誰と戦う夢を見ることも無く、完全に熟睡できた。

 

 

 

 

翌朝、目を覚ました私はそのまま水場に向かう。

そこで顔を洗い身体を拭き、手櫛で髪を整えて……そして、水面に映るその姿を見た。

 

 

「────なんだ」

 

 

そこにあったのは、以前とは打って変わっていっそ現金なまでに血色の良くなった肌。

姉さん……ユリアに比べると短めにある程度切り揃えられた、艷やかな黒髪。

これまた姉さんに比べると若干幼い印象があるものの、切れ長で快活な瞳に整った目鼻立ち。

まだ若いながらも出るところの出た無駄の少ないプロポーション。

 

……そりゃそうだ。

ただでさえ美女揃いの北斗の拳世界の女性で、さらにその中でも一番美しいと言っていい存在である、姉さん。

 

私は、そんな彼女の実の妹なのだ。

 

 

「私もちゃんと、美人なんじゃないか」

 

 

そんな"当たり前"にすら、今この時になって初めて気づけたんだなあ、と。

 

私はひとり、笑ったのだった。

 

 

 

 

そして、修行を始めた日から約二年の時が過ぎた。

 

 

────────私の道が、始まる。

 

 




この主人公三話目にしてガチSEKKYOU(?)受けてる……

お待たせしました。次回から原作一話の範囲となります。


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心の叫び編
第四話


★★★★★★★

 

 

核の炎により荒廃した世界。そこにおける唯一絶対の法────暴力。

それを思うがまま振るい、弱者からの略奪を繰り返すことを生業とする、この世紀末を象徴するような存在……

 

その中でもひときわ優れた力を持つと自負する男、ジードは、しかして今その凶悪な人相に困惑の色を浮かべていた。

 

自らの名、ジードを掲げた徒党Z-ジード-。

荒野における絶対者であるはずの自分たちの仲間……いうなれば自分という存在の一部が、何者かによってその命脈を絶たれているのを目撃したからだ。

 

無論、そのリーダーとして抱いた怒りは治まる程度のもののはずがない。

激高するジードに、死体を検分していた仲間の一人が告げる。

 

「それにしても変な死体だ。内部から破裂したようなものと、そうでない、ただ化け物みたいな力でぶん殴られたような死体が並んでやがる」

 

死体は割合にして内部破裂6、殴打が4といったところか。

その不気味きわまる状況に、検分中の男の背中を冷たい汗が流れる。

 

「ジード!! こっちはまだ息がある!!」

 

息も絶え絶えだが、何事かこちらに伝えようとしている仲間。

ジードは安否の確認も忘れそれを揺さぶると、答えを急かした。

 

「おい! なんだ! 何があったんだっ!?」

「ほ……ほく、と……おん、な」

「ほく……おんな?」

 

そこまで言った途端、硬い頭蓋骨に覆われているはずの仲間の頭部がグニョり、と。

まるで出来損ないの粘土細工のように歪んだかと思うと、内側から血しぶきとともに爆散し弾けた。

 

すわ爆弾かと戦慄する仲間だが、ジードはこの世界にそのような精巧な武器が残っているはずはないと返す。

そして残されたのは、物言わぬ骸たちと共に訪れる静寂。

 

そして、彼らの仲間が遺した言葉、『ほくと』と『おんな』。

 

────『おんな』……女? いや、女にこんな真似が出来るはずがない。それに『ほくと』とは。

 

 

……その異様な死に様のインパクトも手伝ってか、自分以外の仲間は気づいていなかったが、不自然な点はもう一つある。

 

(これはなんだ……飛び道具か?)

 

死体の多くはせいぜいひと数人分程度の間隔で散乱していた。

しかし、何名かは明らかに離れた位置関係にありながら殺されていたのだ。

 

その死体には、まるで複数の精巧な矢で一斉に穿たれたような無数の穴が空けられていた。

……マシンガン?

まさか。それこそ爆弾以上にありえない過去の利器だ。

 

 

──── 一体、何が起こっている。

 

 

これまで自身の力を疑ったことなど一度として無かったジードだったが、拭いきれない不吉な予感は、無意識の底に泥のようにへばりつき離れることはなかった。

 

 

★★★★★★★

 

 

さんさんと照りつける太陽の下、歩く。ただただ歩く。

 

道行きが過酷な環境であることは想定、いや"予習"しており、持てる限界まで水は詰め込んだはずだったが、それでもなお今覚えるどうしようもない渇きは、結局避けられることはなかった。

 

途中襲いかかってきた通行人A……もとい、野盗の皆様からいくらかの食料や水は"拝借"出来たが、それを使い切ってもなお足りないこの道中。

もしかしたら、この先私達が行うことになる長い旅における、最大最悪のピンチが今この時なのかも知れない、なんて栓のないことも考えていた。

 

……いっそあと何度か野盗が襲いかかってきてくれやしないだろうか。

そんな不謹慎な愚痴を漏らしたくなったがさすがに隣を歩く彼、ケンシロウさんにたしなめられそうだ、と。

私は黙って歩き続けることを選んだ。

 

そう、私は今、ケンシロウさんと二人で旅をしている。

 

……本来の歴史よりも若干死の灰による身体への影響が抑えられたためか、今の時点では十分旅にも耐えることが出来る、というのがケンシロウさんの判断だ。

むしろ、私が旅をすることへの心配のほうが大きかった気さえする。

 

一方トキさんは、すでに本来の道……北斗神拳を医療に役立たせるための旅に出ている。

 

見送る際、トキさんに伝えたのはこれまでの世話と修行に対する大きな感謝と……あともう一つ。

 

 

 

 

「えっと、トキさん。今のこの世の中、どのような危険が待っているかわかりません。トキさんの不在を狙ったシンの例もあります」

 

少しでも耳を傾けてもらうよう、実例も出しながら続ける。

 

「だから、腰を落ち着ける場所が見つかったあと、もし可能なら、トキさんが居ない時に何者かに襲われた……そんな時の対策があると良いと思うんです」

 

それは早急に機能する連絡手段だったり、はたまた村人たちによる自衛手段だったり。

……これは、トキさんの村以外にも同じことが言える。

悲劇は何も、私達の目の前でばかり起こるものではないのだ。

 

「そう……だな。その通りだ。ありがとうマコトさん。肝に銘じておくよ」

 

……これで、全ての悲劇が未然に防がれる……なんて甘い考えは出来ない。

それでも、一つでも拾える命があるかもしれない。

 

トキさん自身の身体の安寧を、そしてトキさんが得るべき平穏の無事を祈りながら、私達はトキさんを見送ったのだった。

 

 

 

 

……トキさんのことばかり心配している場合ではない。

私なりの道を行く、とは決意したが流石に何も為せず荒野で渇いて果てました、なんてオリジナリティ溢れる終わり方は求めていない。

 

────それに、隣のケンシロウさんも、表情に出さないようにはしているがやはり辛そうだ。

予習のおかげでおそらく原作よりは多くの水が確保されていたはずだが、病の影響で若干弱った分も考えると"プラマイゼロ"といったところだろう。

 

そうした心配も抱えながら歩いて、歩き詰めて……やがて目すら霞んで来た頃────

 

 

「ぁ……ゃっ……た……!」

 

 

ようやく、目的としていた村に到着した。

ケンシロウさんと頷き合って村に足を踏み入れる。

 

────と、その時。

 

村に仕掛けられていた罠が作動し、私とケンシロウさんはまとめて網にかけられ宙に持ち上がった。

それを囲むのは、それぞれが武器を手にし、剣呑な雰囲気で私達を見やる村人と思わしき人たち。

 

……この後の流れは分かっている。

 

私達にも襲いかかってきた野盗一味、Z-ジード-。

彼らの仲間ではないかと嫌疑をかけられ、私達は牢に入れられることとなるだろう。

 

それ自体は構わない。

そこで水ももらえるはずだし、何よりそこではとても、とても大事な出会いが待っている。

抵抗なんてしないからとにかく早く進めてくれ、と声を大にして言いたいぐらいだ。

 

が、その前に。

意識がまだぎりぎり残っているうちに、どうしても一つだけ、言わなければならないことがある。

 

……それは命乞いなどではもちろんなく、私を取り囲む、彼らのための言葉。

最後に残った力を振り絞り、乾燥しきった唇がひび割れ血を流すのもいとわず声を出す。

 

「き……ぃて、ください……。この、近くを……野盗の集団、が……ぅろついて、います……私達も一度……おそわれ、ました……」

 

────それは、警告。

 

「すぐにでも、この村、に……来る、かも……しれません……たたかぅ、か、にげる、準備を……どうか……」

 

驚いた顔を見合わせて何事かを話す村人たち。

 

……それを確認すると、伝えるべきことは伝えた、と。

あとの流れを天に任せることを選択し、私の意識は一旦その活動を放棄した。

 

 

 

 

「さあ、ここに入れ!」

 

乱暴に牢屋に叩き込まれた音と衝撃に、再び意識が戻る。

 

どうやら、ケンシロウさんの向かいとなる別の牢屋に入れられたらしい。

性別面での配慮があったためかもしれないが、私としては少しだけ残念に思えた。

 

何故なら、ケンシロウさんが入った牢屋には、とある先客が一人。

 

 

「へ! またバカどもがドジ踏みやがったな」

 

(あっ……!)

 

 

悪態をつきながら笑う、おそらくこの後、私達に付いてくることになるであろう、その少年の名はバット。

 

この頃から憎まれ口こそ叩いてばかりの子だがその実、誰よりも優しい心を持っていることを私はすでに知っている。

 

その顔、その素直じゃない言葉を意識におさめた途端、抑えようとしてもどうしても口元が緩んでしまうのを感じた。

 

「ぃっ……な、なんだ、ニヤニヤ笑いやがって! そっちの無愛想な男といい、気味が悪いぜっ!」

 

ちょっと怖がらせてしまった。ごめんなさい。

 

 

……そうこうしているうちに、もう一つの"運命"が近づいてくる音を耳が捉える。

 

たどたどしく、幼い足取り。

平時ならともかく、この世紀末の世を生きるにはあまりにも儚い……

そんな音と共に現れる、その少女の名は。

 

 

(────リンちゃん)

 

たとえ原作の知識など無かったとしても、このまま成長すれば将来掛け値なしの美人に育つだろう────

そんな確信をいだかせる、幼くも可愛いらしい少女の顔は、しかし今は年齢特有の屈託さもなく、憂いの色に染まっていた。

 

無垢な少女が見させられた地獄。

それを想う私をよそに、リンちゃんはケンシロウさんとバットくんが居る牢屋に近づく。

村の大人の指示で世話役を任された彼女は、水を渡そうとしているのだ。

 

しかし、リンちゃんがケンシロウさんにそれを手渡そうとした瞬間、ガシャアンっと金属が軋む音が響く。

 

手渡すその腕を突然、バットくんが強く引っ張ったことで幼いリンちゃんの身体が鉄格子に押し付けられた音だ。

そのまま抑えつけながらバットくんが吠える。

 

「は、早くカギをっ! ……なにをグズグズしてんだ!! てめぇらも盗みに入って捕まったクチだろ!! 早く逃げねえと殺されちまうぞ!」

 

……リンちゃんよりは上とはいえまだまだ幼いと言っていい年齢の身で、まあたくましいものだ。

このバイタリティがあってこそ、これまで一人の旅で生きてこられたのだろう。

素直に尊敬出来る力といえる。

 

 

────が、それはそれとして。

 

(その乱暴はちょっと、NGです)

 

ケンシロウさんがバットくんの腕をガッと掴むのと同時、私はごく軽い力ながら"ソレ"を眼の前の牢目掛けて飛ばす。

 

ビキィッ!

べしぃんっ!

 

「う、うっぎゃぁあぁっぶべふぇっ!? こ、このクソタコいきなり何しやがるんだ~ッ!!」

 

ケンシロウさんに掴まれた腕の激痛に加え、突然"なにもないところからはたかれた"ような頬の衝撃に、少年は混乱の声を上げながらもんどり打った。

 

 

…………多分バットくんは、どちらもケンシロウさんのせいだと思うだろうけど、まあわざわざ訂正する必要もないだろう。

痛みの割合でいうとおそらく8:2ぐらいでケンシロウさんのほうが大きいだろうし。

彼は女子供をイジメるものには怖いのだ。

 

もちろん彼ほどじゃないが、私も同じ考えだ。乱暴は良くないよバットくん。

ましてやその娘は、将来の君の────

 

…………いや、今の時点でそれを考えるのは、さすがに気が早すぎるか。

 

 

直近ならともかく、イレギュラーを抱えたこの世界が歩むはるか先の未来のことなんて、もう誰にも分からないのだから。

 

 

 

 

その後、私が知る流れ通りにリンちゃんが、今度は水と食料を持って戻り、私達に振る舞われる。

 

水は常温で食事も有り合わせの、質だけの話をするなら粗末と言っていいもの。

しかし飢え、渇き切った私達からすれば天上からのたまわり物だ、とありがたくごちそうになった。

ケンシロウさんも言っていたが、まさしく生き返った心地といえる。

 

 

また、一つ興味深いことが起こった。

それは、リンちゃんが水と食事を運んで戻ってくるまでの間のことである。

 

お互いに名前を名乗るだけの簡単な自己紹介を終えたあと、バットくんが目ざとくケンシロウさんの背中に異変を感じ取ったのだ。

 

「んん? ……なんでぇお前、ケガしてんじゃねえかよー! ……ケッ、しょうがねえなあ、薬塗ってやるよ! 貴重品だぜっ!」

 

(あれ……ケガって、いつの間に? そんなことあったっけ? …………ああ、いや、そうか)

 

それは私の知る原作の────その最後の最後の段階で明かされた、空白の話。

 

遠い遠い先の未来で、記憶を失ったケンシロウさんとリンちゃんがこの地に再び訪れた時、ここでバットくんが掘った『ケンのバカ』という文字。

それと、土に塗れたこの時の薬。

 

それらを見つけたことで記憶を取り戻す糸口にする、ということがあった。

これは、このタイミングで起こったやり取りだったんだ。

 

「おい! そっちのおん……ねーちゃんも使うか!?」

 

一度使ったなら一人も二人も同じとばかりに私にも声をかけてくれるバットくん。

薬は特に必要では無いが、その私が知る記憶と変わらず在る暖かさは、薬以上に私の心に沁み入った。

 

「っ……今は、私は特にケガはしていないので大丈夫です。…………ありがとうございます、本当に」

「……こそ泥にしては、優しいな」

 

ケンシロウさんも軽口と微笑をもって返すが、実際のところあれはかなり嬉しく思っている時の態度だ。

 

……この荒廃した世界で一人擦れて生きながらも、本質の優しさまでは失っていない少年の存在に、どこか救われた気持ちになっているのだろう。

 

とはいえ、ここで会ったばかりのこの少年がそんな私達の心など知るはずもない。

いらないこと言うなら塗ってやらねえぞ、と照れ隠し混じりに悪態をつく。

 

 

「それより! 貴重な薬まで使ってやったんだからな! これからあんたらのことケン、マコトって呼ぶぜ! いいよな!」

 

 

その後すぐ、何事かの事情聴取のためか、大人に連れて行かれたことで話は打ち切られた。

結局薬により施された手当も、このやり取り自体もほんの一瞬の時間……長い人生から見れば、なんの他愛もない一エピソード。

 

 

────それでも。

 

 

「この嬉しさと、彼の優しさは……"決して忘れない"ようにしたいですね、ケンシロウさん」

 

「む……ああ。…………そうだな」

 

 

(……それともう一つ、考えなければいけないことが増えたかな)

 

 

 

 

食事を終えたあと、会話の流れでバットくんの口からリンちゃんの過去が明かされる。

 

そして、眼の前で両親を惨殺されたトラウマで声を発せなくなったという彼女の顔に、ケンシロウさんは優しく指を添え、"ソレ"を突いた。

あとは彼女自身の心の叫び次第だ、とはケンシロウさんの(ゲン)だ。

 

と、その時。

村人達が慌ただしく牢屋に押し入り、ケンシロウさんと私を抱えて牢屋から出させる。

 

誤解が解けて無罪放免……というわけではもちろん無く。

身体のどこかにZ-ジード-の刺青が無いかどうかを確認するために、まずケンシロウさんに服を脱ぐよう要求してきたのだ。

 

 

……服といえば、この旅をするにあたって私もケンシロウさんも、もちろん稽古中とは異なる装いとなっている。

 

ケンシロウさんは原作読者ならもはやおなじみとなっているだろう、身体にピッタリフィットしたジャケットだ。

そのあつらえたかのようなピッタリっぷりに、気合とともに弾け飛ぶこともしばしばある。

ジャケットの中のシャツは、その日によって着たり着なかったりしているようだ。

 

一方私は、上は形状、質ともにトレーナーに近いような柔らかめな素材の服に、気休め程度に巻いた革ベースの腹当てと、小さめの肩当てという装い。

 

腹当ては別に修行中に受けたケンシロウさんのアレがトラウマになったから……というわけではない……はず。

 

また、肩当ては「これが世紀末のトレンドらしい」っとびっしりとトゲの生えたものも一応用意してみせたが、やんわりと止められた。

 

……まあしょうがない。

私も仮にこれをつけたリンちゃんが隣を歩いている、と想像するとげんなりするし。

しかし、原作ファンとしてはちょっとだけ残念に思う気持ちもある。

 

あとは下に、動きやすさを重視したショートパンツのようなものに加え、防塵などを兼ねた厚目の黒いタイツを履いているという形だ。

これなら蹴り技を放っても、お見苦しいものを見せることもあまりないだろう。

 

そんな思考をしているうちに、ケンシロウさんの胸元がはだけられ、北斗七星にかたどられた七つの傷があらわになる。

『北斗現れるところ乱あり』……そんな言い伝えを思い出し、村長は震えおののいた様子だった。

 

……まあ今の世の中、北斗関係なくそこら中で乱れたおしてるとは思うけど。

 

 

予想外のものを目撃し時間はかけたものの、ケンシロウさんの身体に刺青が無いことの確認は済んだようだ。

そして次は、私の方にも目を向けられる。

 

(……あれ?)

 

のんきに見ていたがこれは、もしかして私も脱がなきゃならない流れなのでは?

元男としての意識もあるとはいえ、そっち方面のベースとしては(マコト)に大きく引っ張られているので、人並み程度の恥じらいはあるわけで。

 

…………困った。なんとか穏当に誤魔化せないものだろうか。

 

と、内心で冷や汗を流す私を見かね待ったをかけようとしたのか、ケンシロウさんが足を一歩踏み出した、その時。

 

「そ、村長! 大変だ、Z-ジード-が! Z-ジード-のやつらが、本当に来た!」

 

駆け込んできた村人の言葉に、即座に尋問が打ち切られ。

私達はすぐさま再び牢に放り込まれた。

 

…… 一瞬、牢に戻るのも拒否して向かったほうが早いかもしれないとも思ったが、それに伴う問答の時間を考えれば余計なことはするべきでないか。

ケンシロウさんも戻る気満々だったので、おとなしくそちらに合わせた。

 

そして私達……特にケンシロウさんを見て、何事かを決意したような目の輝きを見せたリンちゃんは、鍵を投げ入れて、走っていったのだった。

 

……このあと彼女が陥る危機を考えると、それを見送るのは空恐ろしいものがある。

しかし、あの鮮烈なシーンは、きっと彼女の……心の叫びを呼び覚ますためにも必要なはずだ。

 

────それに、私には"アレ"もある。

 

だから今は、私に出来ること……少しでも早く駆けつけるため、力を集中することに意識をさく。

バットくんから村を襲うZ-ジード-の脅威とリンちゃん達を襲う危機。

それを改めて教えられた私達は、目を合わせて頷きあうと、冷たく、固い格子にその両手をかけた。

 

……本来、如何に高い底力を持つこの世界の人間でも、人が人を逃さないために作られた、この無慈悲な鉄格子の前には無力だ。

それなりの道具を駆使してようやくといったところで、ましてや素手での脱出など夢物語もいいところだろう。

 

しかし、北斗神拳ならば……その不可能を、可能にすることが出来る。

 

本来人間が眠らせている潜在能力、70%。

それを自在に操る私達は今、おとぎ話を現実のものに変える────ッ!

 

 

「────────!」

「ふっ──────!」

 

 

通常、人の身から発せられるものとしてはありえないその圧力。

グシャァッという清々しいまでの破壊音とともに鉄格子はあっけなく白旗をあげる。

 

人一人が簡単に通れるほどのスペースを空け完全にひしゃげたそれは、まるで早く出ていってくれ、と恐ろしい侵入者に訴えかけているかのようだった。

 

 

────ケンシロウさんの格子の方は、の話だが。

 

 

「……………………」

 

私がやった方といえば……ひしゃげてはいるが、ギリギリ人が通れないぐらいの意地悪な変化に留まっていた。

 

…………もう一回。

 

「ふん、ぎっ────!!」

 

ギギギィ、とサビまみれの水道管が発するような不快な音とともに。

今度こそ人が通れる程度のスペースになったのを確認し、急いでくぐって脱出をする。

もはや私達を阻むものは何もない。

 

…………ただ一つ、気になったことがあるとするなら。

 

ケンシロウさんがやったときは純粋な驚きと畏敬の念で見ていたバットくんの目が、今はなんとも言えない複雑な色に変わっていたことぐらいか。

 

 

────すみません、まだまだ未熟者なんです。

 

 




2年漬けで得た、バット少年を微妙な感じに戦慄させたマコトくんの超パワー、次回炸裂(予定)


※2019/7/14
一応、挿絵というか主人公マコトくんのイメージイラスト的なナニかを描きました。
ほぼ自分用です。

◆北斗の拳原作のタッチにはまっったく合わせていません。
◆あくまで作者が勝手にイメージしているものなので、すでにイメージが固まっている方などは見ないほうが良いと思います。
◆もっと可愛いorカッコいいと思ってた! などがっかりするかもしれません。あと後日恥ずかしくなったら取り下げます。

それでも良い方は見てやってください。

【挿絵表示】

2019/8/7追加

【挿絵表示】

2019/8/13白岩@様よりいただいた支援絵

【挿絵表示】

2019/11/20白岩@様よりいただいた支援漫画

【挿絵表示】


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第五話


すげェ!この誤字報告超助かる!
感想、評価、ブックマーク含め皆様のおかげでまだ作品に死兆星が落ちずに済んでおります。
いつもありがとうございます。

────
マコトくんは出来るだけ真面目に生きようとはしますが、それはそれとして様式美も好みます。
というか北斗の拳ファンで様式美が嫌いな人は多分あまり居ません。


外に出た私達の眼に飛び込んできたもの。

それは、村人たちに襲い掛かるZ-ジード-の面々と、その中心にいるリーダー格の大男が、リンちゃんの幼い身体を高く持ち上げ何事かを叫ぶ光景。

 

それはまぎれもなくこの村が迎えた苦難、悲劇。

このままではさらなる惨劇により血が流れることになるのは、ここにいる誰もがたやすく想像が出来るだろう。

 

ただ、多数の犠牲者が出ていた私が知る流れに比べると、村人の被害はかなり少ないように思える。

しっかりと武装され、素人だてらに隊列を組んで当たれているのが理由だろうか。

 

原作との違い……私がこの村に入った時に訴えかけた警告によるものだとするなら、想像以上の成果だった。

 

……正直、よく初対面の怪しい女の言葉を信じてくれたものだ。

 

声という障がいを患ったリンちゃんがなんだかんだ捨てられずに育っていたところも見るに、Z-ジード-の被害でピリピリしていたとはいえ、元々彼らは善良な気質なのかもしれない。

 

それならばなおさら、その優しさが暴力に踏みにじられるところを見過ごすわけにはいかない。

 

 

「おー! なんだー!」 「てめー!」 「こらぁー!」

 

早速とばかりに息巻いた、Z-ジード-のうちの三人の男に取り囲まれる私とケンシロウさん。

 

……こちらを見る男たちの眼に、隠す気も無い好色な気配を感じたときはゾワッと鳥肌が立ったが。

この世紀末で旅をする以上、この先このようなことはいくらでもあるだろう。

 

早めに慣れるよう、つとめて平静を装い、声をかける。

 

「今、用があるのはリーダーの男です。どいてください」

「あぁ!? なめてんじゃねブびゃゴッッ!?」

 

そうですか、の言葉とともに、一切の躊躇をせず力任せに顔をぶちぬく。

同時にケンシロウさんもすでに残り二人の顔を吹き飛ばしている。

 

 

これ以上明確なものはない言える、そんな敵対意志を示した私達に、激高した他メンバーが襲い掛かる。

 

迫りくる敵を細めた眼で見やりながら、私は今自分が使える"力"を改めて振り返るため、思考を巡らせた。

 

 

 

修行のさなか────

ケンシロウさんとトキさんのおかげで、ようやく地に足をつけることが出来た私だったが。

 

それでも、現実として残された時間が多くないことには変わりがない。

ケンシロウさんのコピーを辞めた以上、すぐに自分なりの戦い方を模索し、完成度を高める必要があった。

 

そこでまず、私が考えたテーマが『取捨選択』だ。

 

つまり、北斗神拳のうちそれが必ずしも必要な技か、そうでないかの選択をし、重要度の高いものから全力で覚えていく、という形だ。

 

それは、千八百年の歴史を持つ代々の継承者からすれば邪道も邪道。

 

そもそも北斗神拳に限らず、一つの技を完成させることで初めて次に繋がる、という技も多いため、そうそう都合よくばかりはいかない。

 

しかし、死の灰の影響で二人の身体がいつ動かなくなるかわからないことと、姉さん……ユリアの存在のこともある。

その無茶を通すため、ケンシロウさんもトキさんも全面的に協力してくれた。

 

取捨選択にあたって優先度が低いもの……

たとえば原作であった『肩を組んだ際に突いて時間差で髪の毛が全部抜けて舌も引っこ抜かれる』なんて使用用途が狭いにも程がある秘孔。

こんなものは、どう考えても後回しでいいだろう。

 

そういった強者相手に押せるものでもない、生存に必須とは思えない要素を一旦切り捨てる。

その上で可能な限り大きな効果を発する秘孔、技を選んで傲慢に、かつ貪欲に吸収していく。

 

その多くは「こんな場面に使えるこんな技が欲しい」という私のリクエスト(おねだり)によるものだ。

北斗神拳自体の継承にはじまり、ワガママばかり聞いてもらっている二人には感謝の念しかない。

 

結果として私は、いくつかの格下相手を手早く片付けるための必殺の秘孔と、後に立ちはだかる強敵たちを想定した奥義……

 

そしてなにより、これから何度も降りかかるであろう"とある状況"を見越した技の鍛錬に注力することになった。

 

 

 

 

こうした経緯のもと振るわれる拳……

それにより敗れた悪党は、秘孔による爆散と、私自身が振るう北斗神拳でない拳による被害が混ざり、その骸を晒している。

 

そうしてZ-ジード-の大半を片付けた私達だが。

 

……ここに来て一つの問題に直面することになった。

 

 

「…………くっ」

 

……それは、リンちゃんを抱えるリーダー格ジードとの距離だ。

 

「ぬぅ~っき、貴様らかぁー! ここに来る前も、俺の仲間をやったのは~ッ!!」

 

彼らにとっての脅威が二人居るためか、村人たちの抵抗が想定より激しかったためか……

ともかくリーダーであるジードは私達の拳が届かない、かなり警戒した位置にまで下がっており、他メンバーを倒している間も近づく隙が無かったのだ。

 

ゆえに今、追い詰められたジードが取った選択とは。

 

 

「貴様らぁ! このガキが見えないのかぁ! それ以上一歩でも近づいて見ろ、その場でこいつの首をへし折ってやるぞ!!」

「────ッ」

 

格上を前にした悪党の特権にして最後の手段────すなわち、人質。

 

……それは単純ながら、恐ろしく有効な作戦だ。

事実、原作でもケンシロウさんはこの卑劣な手管により、多くの命を取りこぼし、時には自らが傷つけられている。

 

如何に触れられれば爆散する恐ろしい拳法の使い手を相手どろうとも、その距離にまで近づかなければ脅威でも何でも無い……

世紀末の世を小賢しく生きる悪党たちは、その思考に至るまでの早さは折り紙付きなのだ。

 

「……外道な」

「ッ────そちらに、近づかなければ、いいんですね」

 

「おーその通りだ! ……そうだ、そのまま両手を上げな。てめぇら二人ともだ! ……よし、ヤロウども! わかってるな!」

 

ヒヒヒッ、と下卑た笑いとともに残ったZ-ジード-達が再び取り囲もうとする……

今度はその顔に、勝利の確信から来る歪んだ笑みを張り付かせながら。

 

「当然、そいつらにも手を出すんじゃないぞ! この娘の命が惜しいのならなぁ!!」

 

そのままぐっとリンちゃんの首を掴むジード。

 

両手を上げたまま取り囲まれようとする私達と、苦しそうな顔のリンちゃんの目が交差した。

 

 

…………その、瞬間だった。

 

 

「ッ……ぅぅぅ────! ………ケ……ケ──────ン!! マコト、さ──────ん!! ……逃げて──────ッ!」

 

「────!」

 

 

────それは、リンちゃんの心の叫び。

地獄ばかり見てきた幼い少女の前に、今なお突きつけられた苦難の時。

 

それでもこの娘は、自分の身をいとわずその叫びを上げる。

"ここから逃げて" "自分のことは気にしないで"、と。

 

ケンシロウさんの秘孔の効果と、何より彼女自身の心の力。

それによって、本来出せるはずのない声が出せた────事情を知らぬ村人たちは、その奇跡に驚嘆する。

 

そして、驚いたのは耳元で突然大声を上げられたジードも同じ。

 

人形のように固まっておけばいいものを、と。

彼からすれば『大人しかった道具』の突然の奇行。

それに煩わしさを覚え、人質を取ってから一度も私達から外さなかった意識を今、リンちゃんに向ける。

 

 

(今ッ──────!!)

 

 

────それを確認すると同時、揃って挙げられていた私の両手が、残像すら生み出す速度を以て一つの"型"を取り始める。

 

 

それが描く軌道は、北斗七星。

 

その型────『天破の構え』にて練り上げられた闘気を放出し、"触れずして敵を打ち倒す"。

 

 

その技の名は。

 

 

(私自身の戦い方を探し始めたあの日以来、ずっと考えて、修行してきた。この世紀末で生きる人達を、一人でも多く守るために……こんな時! どんな種類の力が、技が! 私に必要なのかを────ッ!)

 

 

 

────────北斗神拳、奥義。

 

 

 

「天破活殺ッッ!!!」

 

 

 

両指先から高速で射出される闘気の弾丸。

ただでさえ油断していたところへの、拳など届こうはずもない位置に居たはずの女から放たれた、理外の端から来る攻撃。

それに全身を穿たれたジードは、たまらず悲鳴を上げ転げ回った。

 

衝撃により手放されたリンちゃんの身体が宙に投げ出される。

そしてそのまま重力に従い地面に落下……することも当然なく。

私が型を始めると同時に走り出していたケンシロウさんに優しく抱えられる。

さすがのナイスキャッチだ。

 

ケンシロウさんに抱きつき涙するリンちゃんの方に、私も駆け寄る。

 

────が、そこに再び現れるは、大きな影。

 

「ぐっぅうう! きさ、まぁっ! 何を、しやがったぁあー!!」

 

せっかく手にしていたはずの絶対の勝機を逃した男、ジードは怒りのまま吠える。

天破活殺を受け、ジードは倒れない。

むしろその殺意をさらに激しいものにし、私達に血走った目を向ける。

 

……先程撃った天破活殺。

それは、一瞬の隙の間に放つために威力を抑えて撃った、不完全なもの。

本来はアレにより秘孔を突くことで決定打となるのだが、あの状況でそこまでの技を繰り出すほどの練度は、今の私には無かったからだ。

 

 

それに、それに、だ。

 

 

罪のない村人を襲い、あまつさえリンちゃんを人質に取った一切の同情の余地が無い悪党、ジード。

彼を倒すという、この旅の始まりを象徴するにあたっての"ふさわしい技"など、とっくに決まっている。

 

 

────それこそ、私が生まれる前から。

 

 

ケンシロウさんのやること全てをなぞる気はすでにない。

が、最初は、この最初ぐらいは。

 

ケンシロウさんの掛け声も含めて借りたこの技を使っても、バチが当たることはないだろう、と。

 

 

「うおぉ~! ぶっ殺してやるぅうう!!!」

 

 

激高し襲い来る巨体、ジード。

それに対し私は柔らかく曲げた指先で、その顔を"撫でるように突く"。

 

 

「あたぁっ!」

「ぬぅっ!?」

 

そのまま突く、打つ、叩く、穿つ!

 

「あぁたたたたたたたたたた──────ッッ!!」

 

 

────北斗、百裂拳。

 

 

ジードの巨体が宙に舞い、地面に叩きつけられる。

それを確認する前に、私とケンシロウさんはすでに背を向けて歩きだしている。

 

しかしそこに三度立ち上がり、私に追いすがるは五体満足のジード。

顔を見ずとも、歪んだ笑いを浮かべているのが手に取るように分かる。

 

「待てぇい! ……ぐふふ~しょせん女の手遊び! 貴様の拳など、蚊ほども効かんわ~ッ!」

 

……そこまで聞いた私は立ち止まり、首だけを回し、その"最期"を見やりながら……

 

 

 

それを告げる。

 

 

 

「────────あなたはもう、死んでいます」

 

 

 

なにぃ、という声も最後まで発することは無く。

この荒野における悪の頭目ジードは、文字通り爆発四散したのだった。

 

 

 

 

その後、村人達との挨拶もそこそこに、私達は再び旅立った。

 

その道中を伴にするのは私とケンシロウさんともう一人、村で出会った少年、バットくん。

私達の戦いぶりを見て、ついていけば食いっぱぐれは無いと考え同行を願い出たのだ。

 

ケンシロウさんは勝手にしろ、という態度だったが、私としてはありがたい話だ。

 

正直なところ、私達は旅慣れしているからこの先も大丈夫……とはとてもじゃないが言い難い。

実際、今回この村にたどり着いたときも、かなりギリギリの状況だった。

 

……原作でこれ以降、ケンシロウさんが水分不足で倒れる、という描写がなくなったのは案外、彼のマネージメントが本当に有用だった可能性もある。

せっかくだし大いに頼らせてもらおう。

何も武力による解決だけが、生きるために必要なものではないのだ。

 

「ところでバットくんはいいんですが……リンちゃんは来ていないんですか?」

「あぁん? なんでリンが来るんだよ。あの村に残るに決まってるじゃねえか」

 

……あれ、そうだったか。

ああ、確かに言われてみれば、この段階では私の知る知識でもリンちゃんは合流していなかったんだ。

 

(……やっぱり、原作の記憶に曖昧な部分が増えてきている)

 

バットくんと出会った際、薬を塗ってくれようとした出来事に最初戸惑ったこともそうだ。

『言われてみればようやく』気づくぐらいに記憶の抜けや食い違いが発生し始めているのを感じる。

 

当然だ。

元々あった北斗の拳以外の記憶に加え、すでにこのマコトという生で得た様々な記憶が日々積み重なっているのだから。

 

(あまり、知識に頼ってばかりもいられなくなるな)

 

まだまだ鮮烈に記憶に残る出来事、エピソードは覚えていられる自信があるが、それもそういつまでも持つものではないだろう。

 

私がこの世界でなそうとすることのためにも、もっと頑張らないといけない……

一抹の不安とともに決意を新たにし、私は歩き始めたのだった。

 




天破活殺に代表されるように、北斗世界は飛び道具めっちゃあります。
なんなら手からビーム出して「砂地を凍結させ動きを見切るか」とか平気でやってきます。
子供心に読んでて一番???ってなったのは多分あの瞬間です。


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殉星編
第六話


ブォン、という風切り音とともに目前、鼻先にまで迫る拳を紙一重で避ける。

避けに用いた身体の流れをそのまま利用し、膝蹴りを横腹に打ち込む。必殺を狙ったものでなく、衝撃により一瞬身体を止め、有利な形で間合いを取るための布石だ。

 

そこで離れようとする所に、想定外の速さで追撃の拳が打ち込まれる。

回避は難しいと見てとっさに受けた手は、バチィッと快音を鳴らし容易く弾かれた。

 

左手の自由を一時的に失い、身体が泳いだ私にさらなる追撃が迫ろうとする……が、私の残った右手から、ほぼ予備動作無しで放たれた闘気による指弾。

この牽制が刺さり、かろうじて危機を脱出する。

 

しかし、このままでは決定打に欠ける。

立ち回りを変えるため深く腰を落とし私は────

 

 

「うるっせぇよ~! もういい加減寝ようぜマコト、ケン~!」

 

 

……しまった。夢中になりすぎてバットくんの不興を買ってしまった。

ただでさえ旅の疲労がのしかかっている上、成長期の身体に睡眠不足は耐えづらいものがあるだろう。

……そもそも私もまだ成長期のはずだし、いい加減寝なければ。

 

「す、すみませんバットくん。ではすみませんケンシロウさん、今日の修行はここまでで」

「うむ」

 

修行……そう、私は姉さんを取り戻すための旅に出てからも、こうして修行を積んでいる。

様々な要素、工夫により二年弱で確かに戦う力は身につけた。

しかし、それだけでこの先戦うことになる強敵達と比べて万全か、と言われると首を傾げざるを得ない。

 

(たとえば、純粋な力や潜在能力の使い方において、私はまだまだケンシロウさんには及んでいない)

 

その差が、バットくんと出会った村での鉄格子まわりのグダグダにつながったわけだ。

 

始めは、自分だけで修行をするつもりだったし、実際そうしていた。

 

……理由は、ケンシロウさんの身体に余計な負担をかけたくなかったから。

ただでさえ過酷な旅だ。

その上さらに激しい修行を続けて、それにより病の進行が早まる可能性を考えると、気が気でなかった。

 

が、ケンシロウさん自身の……おそらく私を心配している意志を受け、自分が早く強くなって少しでも安心させたほうがいい、という考えに切り替えた。

 

病は気から、という言葉も現代にある。

ましてや心の影響が強いこの世界においては、強い意志を無理に曲げて養生させるより、やるべきことをやらせるほうがいいこともある……かもしれない。

 

そんな経緯により、ある程度余裕がある道中はこうして二人で修行をしているのだ。

 

 

しかし、今日はさすがに長くやりすぎた。

おとなしく明日に備えようと修行を打ち切り、寝床の準備をし始める。

 

 

「ヒャァッハァ~! 待ちやがれジジィ~~!!」

 

────聞くからに悪漢という印象を受ける野卑な笑い声と、老人のものと思われる悲鳴が耳に飛び込んできたのは、そんな時だった。

 

 

 

小さな袋を持って必死に逃げまどう老人……ミスミさんと、それを追い詰め笑う、頭部に妙な刺青を入れた男、スペード。

会話の内容を聞くに、ミスミさんが持つ種もみを奪い取って食べよう、という私が知る原作通りの光景が繰り広げられているようだ。

 

…………しかし、種もみの状態でそのまま食べても特に味がするわけでも無いだろうに、よくわざわざ奪おうとしたものだ。

腹の足しと考えても、こうして追い回すカロリーのほうが高そうなものだが……

 

いや、彼らにしてみれば弱者を痛めつけて、あるいは殺して楽しむのが本懐で、実際のところは種もみなどどうでもいいのだろう。

世紀末ではありふれた光景とはいえ、改めてひどい話だ。

 

と、そこまで考えたところで、ケンシロウさんがすでに飛び降りて向かっているのを視認した。

慌てるバットくんを尻目に私も遅れて続く。

 

(この場で暴れて全滅させてもいいけど……いや、ここは)

 

一瞬だけ今の状況と"この先"に思考を巡らせ、声を上げる。

 

「ケンシロウさん! ご老人のほうは私が!」

 

そうしてミスミさんと袋を抱え距離を取る。

スペードと周りの男達は突然の闖入者、特にケンシロウさんにその注意が向けられていたため、安全の確保は容易かった。

 

 

────そしてそのまま、私が知る流れ通りにことが進む。

 

北斗神拳の使い手の前にスペードが使うボウガンなど止まった棒に過ぎない。

あっさりと二本目の矢を北斗神拳・二指真空把によって返されたスペードは、片目を失い絶叫とともに退散したのだった。

 

 

 

 

それぞれの無事の確認を終え、私達はミスミさんから話を聞く。

自分の村が食糧不足にあえいでいること。

半年という期間をかけて、ようやくこの種もみを見つけることが出来たこと。

 

そして。

 

「でもよぉ、なんだって自分で食べなかったんだ? 自分が死んじまったら元も子もねえだろーよ」

 

「いや……今ある食料はいずれは消える。だが、その種もみさえあれば、米が出来れば、もう誰も飢えることがなくなるんじゃ。……そうすれば、もう食料を奪い合うこともない、争いもなくなる」

 

……この種もみさえあれば村が救われるはずだということ。

 

 

────今日より、明日なんじゃ────

 

 

「────っ」

 

それを聞いたケンシロウさんは、村にまでミスミさんを送り届けることを心に決めたようだ。

もちろん、私に異存はない。彼のような未来を見据える善良な人は、今やこの世紀末では貴重な存在となった。

 

……それに。

 

 

(未来、未来か)

 

 

それはこの世界に来た当初、私が見失っていたものだ。……それを考えれば、なおさら守らなければならない、と。そう思った。

 

……バットくんはまだ不満そうだったが、村でお礼とかあるかもしれませんよ、と気休め程度になだめておく。

 

 

そして、夜。眠りに入る直前……ケンシロウさんがぼそり、と。

感慨深げにつぶやいた言葉が、耳に入った。

 

 

「……今日より明日…………久しぶりに人間にあった気がする……」

 

 

…………私達は人間に入ってますよね? 前科持ち(元人形)ですが今はセーフですよね?

 

 

★★★★★★★

 

 

「スペード様ァ! あいつら、あのジジイの村に着いたようですぜ!」

 

偵察に出していた部下の報告を聞くと、失った右目を眼帯で隠し、残った左目は狂気の色で染めた男、スペードは顔を歪めた。

 

化物のような男により負傷させられ、ほうほうの体で逃げ帰った……そう見せかけてその実、付かず離れずの距離から尾行をしていたのだ。

その理由は当然────復讐。

 

────オレ様から逃げやがったあのジジイは当然、あの男にも生き地獄を味わわせてやらねば気が済まない。

そう考えたスペードが取った方策は、奇襲だ。

 

それもあの男に正面から襲い掛かるのではなく、まずあの男が村から離れる瞬間を待つ。

その後、すぐに取って返しても間に合わない程度に離れたところで村を強襲し、ジジイ共を殺す。

男がのこのこと釣られてきたなら、その間に張った罠にかける。

あとは絶望の淵に居る男を、ジジイの死体の隣でじわじわとなぶり殺しにしてやればいい。

 

今からその様を思い浮かべたスペードは、ケヒッケヒッと漏れ出る笑いを抑えることが出来なかった。

 

 

「あ……スペード様! 出ました! あの男が、村から!」

「なに!? 貸せ!!」

 

部下が持つ双眼鏡をひったくると、自身もその光景を確認し、笑みをさらに深くする。

確かにあの男と、お付きか何かの子どもが1人、村から出ようとしているところだった。

 

 

が、そこで一つの違和感に気づく。

 

 

「────いや、確かあと一人居なかったか?」

「あー確かに、なんかちょろちょろ逃げてる女が居たような……」

 

そうだそうだ、確かに女だった。

最初からあの村が目的地だったか、旅に付いていけなくなり残ったか……どちらにせよ好都合だ。

 

────女もひっ捕らえて、せいぜいあの男の前でなぶってやろう。

より溜飲が下がる要素を得た、とスペードは自らの幸運に感謝した。

 

そして男たちが十分に離れたところを確認したスペードは、いきり立つ気持ちを抑えようともせず、バイクを走らせる。

 

 

自分が持つ部下全てを引き連れて向かう先は、村。

位置関係上、途中でくだんの男とすれ違う、が当然今は手を出さない。

見せつけるように腕を掲げて挑発をし、そのまま村へと進軍を進める。

 

男が慌てて追ってきたとしても、もう遅い。すでに村の入口はすぐそこだ。

まずは目についた村人共を、部下に手当たり次第に殺させ、ジジイと女だけは手ずから……

 

 

────とそこまで考えたところで、村の入口で何者かが仁王立ちしているのが視界に入る。

どこの間抜けが知らないが、このまま轢き殺してやろうか。

そう思いバイクのアクセルを更に回そうとし────

 

 

その何者か……女の腕が一瞬光ったかのように見えた瞬間、並走する部下の大半が爆散した。

 

 

★★★★★★★

 

 

北斗神拳において、離れた敵を攻撃するため用いられる技はいくつかある。

ジードにも使用した、練り上げた闘気を放出し秘孔を突く北斗神拳奥義、天破活殺。

さらに高められた闘気を以て、物理的な破壊を伴うレーザーのようなものを射出する北斗剛掌波。

その他、相手の技を見切り我が物とする北斗神拳……水影心によって、南斗聖拳による擬似的な遠距離攻撃をしていた場面もある。

 

今回、私が使ったのは天破活殺をベースに、一人に対して集中的に秘孔を突くのでなく、散弾銃のように闘気を撃ち出すアドリブ技だ。

これにより一人はバイクに穴を空けられたことで漏れ出たガソリンに引火し爆発、一人は操縦が利かなくなり隣と追突、一人はその場で周りを巻き込みながら横転……などといった形で、敵集団に甚大な被害と混乱を与えることに成功したのだった。

 

 

(────村には、一人足りとも通さない)

 

 

そう、このタイミングでのスペードの強襲。それを事前に頭に入れていた私は、わざとケンシロウさん達に先に村を出てもらうようお願いし、一人迎撃する態勢を整えた。

 

初めにスペードと邂逅した際、すでに戦い始めていたケンシロウさんはともかく、あの時点のスペードから見た私はただの無力な旅娘。

その場で戦い全滅させることは容易かったが、その時目に入ったスペード軍の規模から見るに、あれはあくまで軍全体から見た一部のみ。

あそこでリーダーだけを倒しても、残った部下が近くの村にとっての後の禍根になると考えた私は、あえてケンシロウさんだけに任せて傷を与え、放流したのだ。

 

スペードたちにとっての脅威が村から離れたこのタイミングで、復讐を誓い襲い来る本隊をこの場で確実に葬るために。

 

 

もちろん、自分たちが手のひらで踊らされていたことなど知るよしも無いスペードたちは、混乱と怒りの声を上げる。

 

「てってってめぇええ! 今一体何しやがったあアァ!!」

 

声が上がると同時、部下の生き残りと思わしき大男が、こちらに鎖を投げつける。腕で受けると鎖はそのままぎゅるりと巻き付き、私の腕を絡め取った。

……器用に投げるものだ。

 

「グフ、グフフ……! かかったな女がぁ……何をしたか知らんが、このまま引きずり込んでやるぅ!」

 

如何にも力自慢といった風貌のその男は、そのまま鎖を握った手に血管を浮かばせて、力任せに私を引っ張りこもうとする。

 

「────────ッ」

 

対して私は北斗神拳の真髄……すなわち潜在能力の解放によって"その男にわずかに勝る程度"の力を出して、それに抗う。

鎖は拮抗────どころか、わずかに自分のほうが引っ張られ始めていることに男は気づき、驚愕の声を上げる。

 

「な、なにぃ!? こんな、女ごときが、この俺様にぃ!?」

 

ありえない。そんなはずがない。そんなことは起こってはならない。

男は眼の前の現実を否定する為か、絶対の自信を持つ自分の力を誇示するためか。これまでにないほどの気力と共に、鎖を引きちぎらんばかりの勢いでそれを引っ張る。

 

「ゴアァアアァッッ!!」

「すぅ────────フッ!!」

「え、な、ぎぃあぁあ!」

 

────その瞬間を待っていた私は、即座に闘気を込めた手刀で、絡まる鎖を根本から断ち切る。

 

……後に出会う漢、レイさんが使う南斗水鳥拳。

 

あの切れ味にはまだ遠く及ばないまでも、使い古された粗雑な鎖程度なら、集中すれば切断など容易い。

 

当然、ギリギリまで張り詰めていた鎖の端は、その力の行き場を持て余し、引っ張っていた男と仲間の下に荒れ狂うかのように飛びかかる。

 

突然の被害を受けもんどり打って倒れた男達。

その混乱を見逃さず文字通り"一足飛び"で懐へ飛び込んだ私は、秘孔を突いてトドメを刺していく。

 

 

そして男たちの混乱の声が断末魔の悲鳴に、そして悲鳴から完全な静寂に変わる頃には、その場に残っているのは私とスペードだけとなった。

 

 

「ヤッ……ヤロウッふざけやが」

 

────バキィッ

 

右手に斧を構えて襲いかかってきた瞬間、その腕をへし折る。

叫びながら左手に斧を持ち変えれば即座に左腕を。

一瞬にして戦闘不能となり恐慌状態に陥った男は、悲鳴とともに私から背を向けて走り出す。

 

が、ドンッという音と共に目の前に居た男とぶつかり、尻もちをついてしまった。

ぶつかったのは当然スペードの部下などでは無く、スペードにとっての死神……戻ってきたケンシロウさんだ。

 

「ひっああっうわああああああっっ!!」

 

これで、スペードの逃げ場は、完全に無くなった。

物理的にももはや抵抗の余地はないだろう。

 

────すぐに殺さず、わざわざこういった甚振るかのようなマネをしているのは、何も犯した罪を自覚させるためなどではない。

彼には、やってもらわなければならないことが一つあるためだ。

 

もとより、未然に防ぐことが出来たとはいえ、今回の所業だけを見ても同情の余地などまるで無い相手。

 

(……悪いけど、容赦なくいこう)

 

十分に心が折れたことを確認した私は、両手で男の頭と尻を支えるような形で横向きに持ち上げる。

そのまますかさず首元後ろに位置するその秘孔を、四本の指を用い貫くかのように突き穿った。

 

「ぼげぇッッ!?」

 

「────解唖門天聴(かいあもんてんちょう)

 

「ごげ、が……っ! な、なん、だ……!?」

「……今あなたが突かれた秘孔。それは、私の質問に正確に答えない限り、全身の毛根に至るまで血を吹き出しバラバラに砕けるという効果を持ちます」

「な、は、なんだっ何を、何を言ってやがんだ!?」

 

「分かりませんか? ……質問に答えないなら、その場で殺すと言っているんです」

「ぃっ……ひ…………!」

 

────原作のように、わざわざダイヤだのクラブだのに情報を小出しにさせて回る必要もない。

 

「あなたが所属する組織────KINGについて。知っていることを全部話してもらいます」

 

ここで、核心の情報を根こそぎ拾ってしまおう。

 

 

 

 

念入りに追い詰めたかいもあってか、さすがに幹部格ということもあり、この段階としては十分といえる情報を得ることが出来た。

 

KINGという組織がどのような非道を行っているか。

残る幹部ダイヤ、クラブ、ハートの存在と主に担当している場所はどこか。

組織のボスであるKINGがおさめる街、南十字星-サザンクロス-の所在はいずこか。

 

そして。

 

「では、最後の質問ですが……ボスであるKINGとは何者ですか? 居場所はサザンクロスとやらで間違いないのですか?」

「居場所はそうだ……です! た、ただ正体は、誰も知りません! 得体の知れない、恐ろしい拳法を使います!」

 

「サザンクロス……拳法……!」

 

……ケンシロウさんが意味ありげにつぶやく。彼もKINGの正体に思い当たり始めているようだ。

 

「────では、見た目の特徴は? 髪の色や長さなど、見たことはあるんじゃないですか?」

「ひっそ、それ、は………あぁ……き、き……」

「き?」

 

「ぃ、ぃいいいぃあぁぁあ言えねえ、言えねええっっ! おゆるし、お許しください、KING様ァァ!」

「な────」

 

そう白目を剥いて叫ぶと、突かれている秘孔のことなど忘れたかのように意味を持たない言葉を吐き散らしながら、最後は秘孔の効果によりスペードは爆散したのだった。

 

(しまった、追い詰めすぎた……)

 

KINGの粛清の恐怖と間近に迫った死の恐怖で精神が限界を超えてしまったのだろうか。

ここまで無惨な殺し方をする必要は無かったかも知れない。

実際、予定では情報を手に入れ次第…………いや、もう済んだことだ。

 

どのみち後のことを考えれば生かしておく理由も無かったわけで、その過程にこだわるのは自己満足に過ぎない。

 

────今はそれよりも。

 

(彼の……シンの恐怖政治は、こちらでも変わらないか)

 

私が知る原作でも、生き延びたスペードの部下を手ずから処刑する場面があった。

スペードの最後の反応を見るにこちらでもそれは変わらない……いや。

 

(姉さんをさらったタイミングの早さを考えると、より長い統治で強調されていてもおかしくはないかも)

 

……こちらがやることは変わらないが、より気を引き締めていく必要がありそうだ。

 

 

 

 

「ありがとう……ありがとう……おかげで、おかげで村は救われました……!」

 

私とケンシロウさんに向けて涙ながらに頭を下げるミスミさん。

種もみを無事持ち帰り、さらに村を襲う脅威の存在がなくなったことでようやく肩の荷が下りた気分なのだろう。

 

その後、私たちが持つ知識と併せて、種もみを実らせるための方策を少し話し合った。

私の現代の知識と照らし合わせて……というのも少し考えなくも無かったが、専門家でも何でも無い素人だし、あまり余計なことを言う必要も無いか。

 

……それに、今思い出す事例としては少々不謹慎だが、荒野に倒れた死体の形に草が生い茂る、なんて無茶な場面も原作であったぐらいだし。

強くたくましい人が生きる世紀末は、植物もまた強くたくましいのだ、きっと。

 

半年かけて事をなし、ケンシロウさんの心を動かしたミスミさんの強い意志があれば、この種もみはきっとこの大地に豊かな実りをもたらすことだろう。

 

 

「────ふぅー……」

「あん? どうしたよマコト?」

「いえ、なんでもありませんよ」

 

 

目前に迫ったKING……シンとつける決着のこと、私自身に足りないもののこと、これから変わる未来のこと。

不安要素は考え始めればキリがない。

 

────それでも。

 

 

(……これは、多分私がこの世界に来た意味の……その第一歩だ)

 

 

満面の笑顔で未来に思いを馳せるミスミさんと村人たち、そしてそれを穏やかな微笑とともに見守るケンシロウさん。

 

彼らを見て、これまでやってきたこと……

そのほんの一部だけでも、今このとき報われていることを実感し、私は胸に灯る熱を噛み締めていた。

 




ミスミじいさん、生存。

アメトーークの北斗の拳芸人などでも、墓に種もみぱらぱら撒いてるだけやんけってツッコミが入っていましたが、この世界の生命はいろいろ強いので多分アレも立派に実ったことでしょう。


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第七話

全国1800万人のダイヤ様・クラブ様ファンの方々には申し訳ございません。
原作とやってることも死に様も変わらない罪によりカットです。


その後、スペードから得た情報をもとにし私達はKINGの支配圏を潰して回った。

 

その道中で非道をはたらくダイヤ、クラブを撃破する。

その所業は邪悪そのものだが、実力のほどはこれから戦う相手とは比べるにも値しないものだ。

 

そしてその過程……村で老若男女問わず当てられる焼きごて────

血の十字架(ブラッディークロス)をかたどったそれを烙印される光景を目のあたりにし、ケンシロウさんはKINGの正体に核心を得たのだった。

 

「…………マコトよ」

「…………シン、ですね。悪趣味な街を作ったものです」

 

部下たちが行っていた所業の悪辣さ……それだけを見ても被害者から見たシンは明確な悪だ。

 

……しかし、私は知っている。

後に明かされた事実で、姉さん……ユリアの命を投げうっての献身の末に、あえてユリア殺しの汚名を被り役割に殉じようとしている哀しき覚悟を。

 

もちろん、この世界でも全く同じ展開となっている確証は何もない。

もしかしたら、今でも姉さんはシンの元で囚われている可能性もあるし、五車星に助けられず命を落としている可能性も……覚悟、している。

 

ただ、いずれにしても。

 

(────話し合いの余地は、もしかしたらあるかもしれない)

 

そんな一握りの可能性を心におさめ、私達はシンの居城に向かったのだった。

 

…………この時の自分では気づかなかった、それ以上に昂ぶる気持ちも胸に秘めながら。

 

 

 

 

「────────」

 

 

サザンクロスに在るシンの居城、その最上階。

長い階段の上からこちらを見下ろすその男の目を見た瞬間、私は直前まで抱えていた甘い考えの一切を投げ捨てさせられた。

 

(────あの目は)

 

愛に、役割に殉じている……ただそれだけなら、それが向かう先を説得で変えることが出来た……もしかしたら、そんな未来もあったのかも知れない。

しかし。

 

(────彼はもう……愛に"殉じ終わっている"んだ)

 

愛に狂い、姉さんを奪い、道を誤り、姉さんの心をつかめず、それでも止まることが出来ず……

果ては姉さんを一度は目の前で失い、自ら姉さんを諦める決断をし、その先に残ったものは何の価値も無い自身が治める街にして愛の墓標、サザンクロス。

 

…………そして、自分がもたらした因縁への決着の想いだけだ。

 

彼は、明確に自分の死に場所をここに定めている。

 

それは、原作の知識があるからこそ伝わる機微。

 

ならば私が取る選択は────

 

「久しぶりだなケンシロウ、そしてユリアの妹よ」

「────シン! てめぇに会うために、地獄の底からはい戻ったぜ!!」

 

これまでに無いほどの怒気を発するケンシロウさん。

私も昂ぶる気持ちはある。が、それ以上に今確認しなければならないことは。

 

「…………姉さんは?」

「フン……そんなに会いたいなら会わせてやろう。見るがいい!」

 

そう言って奥の椅子を指し示すシン。

そこに座っていたモノは、紛れもなく。

 

「ユ……ユリア! 俺だ! ケンシロウだ!」

「………………」

 

……反応は無い。

 

「…………ユリア……」

「フッ、お前たちのことなど完全に忘れたとさ」

 

シンのその言葉を受けても。

つぅ、と流れる涙と共に、生きていてくれただけでいい、とケンシロウさんは漏らす。

 

……そして、それをよそに。

その時の私が感じたものは、底冷えしたかのような、そんな震え。

 

 

(なんて恐ろしく……哀しいまでに精巧に出来ているんだ)

 

なにも知らないケンシロウさんが本人と見誤るのも無理はない。

それは、遠目からとはいえ原作の知識があってようやく、辛うじて分かる程度というほど精美に作り込まれた、人形。

 

これほどのものを、ケンシロウさんと私へのこの一瞬の嫌がらせのために用意した? 当然、そんなはずがない。

 

この人形の出来が指し示すのは、シンのあまりにも深く強すぎる愛……そして、それを失ったことによる哀しみだ。

 

(────終わらせなければ、ならない)

 

決意とともにケンシロウさんと二人、階段を昇ろうとする。

が、ここでケンシロウさんがいち早くその気配……割って入らんとする悪意に気づいた。

 

「ブタを飼っているのか?」

 

直前まで見せていた感傷からは考えられないほどの、身も蓋もない辛辣な罵声だ。

愛する人とそれを奪った敵を目の当たりにして、普段以上に張り詰めているのかもしれない。

 

…………いや、これに関しては割といつものことだった。ケンシロウさんは基本的に悪党相手に口が悪い。

 

「ブヒ、ブヒヒヒヒヒ……君が北斗神拳とかを使う男かね!? 人をブタ扱いするとはいい度胸じゃないか!」

「やはりブタか……ブタはブタ小屋へ行け!」

 

その様子を見下ろしながら、お前たちが使う北斗神拳ではその男には勝てない、と言い放つシン。

……確かにこの男、ハートはこれまで倒してきた幹部……スペード、ダイヤ、クラブとは格が違う。

 

「……ケンシロウさん、気をつけてください。この男……自分の肉体に妙な自信を持っているように思えます」

「わかっている」

 

 

「というわけなのですみません、その男は任せますね」

 

 

言葉と同時、ダンッという激しい音を伴い私は跳躍する。そのまま一気に階段を跳び上がり────

 

 

「なにぃっ!?」

「疾っっぃいぃ!!」

 

 

その勢いのままシンに渾身の飛び回し蹴りを放つ。

 

部下のハートに対し私達がどう戦うか……その力の見極めばかりを考えていたのだろう、突然の奇襲に面食らい回避が遅れるシン。

しかしそこはさすがの南斗六聖拳というべきか、当たる寸前のところで腕を挟まれ、クリーンヒットには至らなかった。

 

────が、この奇襲の目論見自体は成功だ。

 

固い鉄の塊同士が高速でぶつかりあったかのような音が空間に大きく響き渡り、私とシンが間近で視線を交わし合う。

 

「ぐぅっ!? きさ、まぁ!」

「姉さんも見ているんでしょう? ……やるのなら、さっさとやりましょう」

 

 

北斗神拳の使い手が二対一をすることはない────ならば私とケンシロウさんのどちらがシンと戦うか。

 

姉さん、ユリアとの関係を考えるとどちらが戦うことにも正当性はある。

ゆえにこれに関しては流れ次第、という形で予め話し合いをしていたのだ。

 

私の動機としては……姉さんを奪ったことへの怒りや、その背景に対しての憂いを始めとして数えきれないほどの理由や感情はある、が。

この時おそらくもっとも強く私を動かしたのはそのどれでもなく、この世紀末に転生し鍛え上げていた時から溜まり続けていた"ほとばしり"。

 

思えば、あの修行を終えて以来の……いや、修行はあくまで修行。

純然たる命のやり取り────実戦という意味ではこれがこの世界に来て初めてとなるのだろう。

 

…………これまでの相手で油断や手抜きをしていたわけではない。

ただ単に、使う必要に迫られる前に終わる相手としか戦っていなかっただけだ。

 

南斗六聖拳の一人にして姉さんを奪い、ケンシロウさんを傷つけ、そして今は自らの終わりを求める哀しき男、シン。

心の、執念の力が全てを決める世界だと言うのなら、私が────マコトが初めに心を燃やし尽くす相手として、これ以上はいるまい。

 

だからこそ、これが最初の……ある意味マコトという存在のデビュー戦であるといえる。

 

 

すなわち、今から行うのは、初めての。

 

 

「────本気で、いきます」

 

 

自分の……100%の力を出しての戦いだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

────自分は一体、ナニと戦っているのだ。

 

南斗孤鷲拳を極め南斗六聖拳の一角として数えられ、圧倒的な暴力を以て自身が支配する街を作るにまで至った男、シン。

その男は今、女……マコトとの何合かの攻防の後に、そう戦慄する心の声を止めることが出来なかった。

 

「ゲフぅっっ!?」

 

いや、攻防と呼ぶには、それはあまりにも天秤が片側に傾きすぎていた。

 

まともに顔面を捉えたその一撃を契機として、追撃の手が迫る。

拳撃が、掌底が、打突が、足刀が、刺突が、矢継ぎ早に繰り出される。

 

一撃一撃は必殺の威力が込められたものではない。

ただ恐るべきはその早さと手数の多さ……そして、対処の困難さ。

 

(こい、つ────北斗神拳、だけではない!)

 

危険な秘孔を狙う北斗神拳を使ったかと思えば、突然そうでない別の拳法と思わしき動きが混ざる。

なまじ過去、ケンシロウと修行をしたことがあり、ある程度北斗神拳の知識を持っているということも、この場合においては逆風だった。

 

(攻撃が、読めん!!)

 

秘孔を狙った打突に対し刺突で迎撃しようとすれば、突然軌道が変わり裏拳で顎をかちあげられる。

あらわになった喉元を貫き穿つ勢いで迫る貫手を、半ば勘で手を差し込み辛うじて防ぐ。

意識が上部に向いたのを見計らったか、股間に対し容赦のない蹴り上げが行われる。

これまでの戦いの中でも最大規模で覚えた危機感に、反射的に手で受けようと下ろした瞬間、またも軌道が変わった脚がそのまま無防備な顔面を薙ぎ払う。

無理やり形勢を変えるために被弾覚悟で剛の拳を振るえば、突然静水のごとき動きを持って受け流され、泳いだ身体に連撃が突き刺さる。

おまけに距離を取って体勢を整えようにも、拳が届かない距離になったとみるや謎の見えない衝撃が弾幕として矢継ぎ早に撃ち出される。

 

「オォォォ!!」

 

一瞬の攻撃の切れ目に振り抜いた指が女の体を捉えた。

普通の人間ならただの引っ掻きにしかならないそれも、南斗孤鷲拳の使い手が振るうならば、あたかも四本の刀で同時に袈裟斬りにされたに等しい。

 

致命傷には至らないまでも服は破れ、肉は抉れ、鮮血が吹き出す。

これまで倒してきた屈強な身体を持つ男たちでも、激痛にのたうち回り許しを乞うには十分すぎる一撃。

 

────が、止まらない。

攻撃をされたことに怒りを感じるでもなく、苦痛に対してひるむでもなく、出血に焦り決着を急ぐでもない。

ただただ静かに、だが激しく攻撃を続け、その上で突かれた隙に対しては修正を取る。

 

 

戦いにおける心の有り様が、これまで蹂躙してきた相手とは違う、違いすぎる。

たった二年で、一体何があれば人がここまで変われるのだ。

 

ユリアをさらったあの日あの時点でのマコトは取るに足らない小娘……

いや、ユリアの妹ということもあってか、シンから見ても器量は上々といっていいものではあった。

 

が、それだけだ。

 

部下の報告で、ケンシロウと共にいる女マコトが北斗神拳と思わしきものを使っているというのは上がってきていた。

しかし、短い期間で身につけたにわか拳法など自分の前では児戯に等しい。

そのマコトがケンシロウを差し置いて飛びかかってきたときは、無粋な横槍を、と怒りすら覚えたほどだ。

 

それが蓋を開ければこれだ。

変幻自在に襲いかかる攻撃の数々にまるで対応の手が追いつかない。

 

途中、控えていた部下に背後から奇襲もかけさせたが、振り向きすらせず頭を打ち砕いていた。

こちらの取れる手段を一つ一つ潰していくこの女を前に、シンは明確に追い詰められつつあると感じていた。

 

……ここまで化けたことに。

化けるほどに執念を燃やしたことに理由があるとすれば、思い当たるのはたった一つ。

 

それならば、とシンが取った行動は。

 

「た、確かに貴様の執念を見た! ……ならば、その執念の元を絶ってやろう」

 

そう言うと、直ぐ側で静かに座る、マコトにとっての戦う動機であり最愛の姉ユリア

……正確には、それを精巧に模して作られた人形。

 

その胸を、無造作に突き貫くことだった。

 

衝撃に力なく崩れ落ちる人形……その顔をこれ見よがしにマコトに晒し、挑発する。

 

「フッ……フフフ……美しい死に顔じゃないか……ファハハハ! 俺を倒してもユリアはもういない! これで貴様の執念も目的も半減したというわけだ!!」

 

絶望し戦意を失うか、はたまた激高のあまり冷静さを欠いて荒れ狂うか……どちらにせよこの強さの拠り所が心にあるならば、これにより戦局が大いに変わる。

シンはそう確信し高笑いをする。

 

────が。

 

 

「それなら、私も手伝いますよ」

 

 

マコトは顔色一つ変えないままにそう言い放つと、最愛のはずのユリアの顔面に躊躇なく回し蹴りを放った。

 

本人を模したことで細い作りとなっている首はあっさりとその衝撃に屈し、首から上、頭部だけが宙を舞いシンのもとへ飛び掛かる。

 

「な、なんだとぉおっ!!?」

 

これに平静でいられなかったのはシンの方だ。

今、目的のため自ら破壊したとはいえ、それでも長い間愛で続けてきた心の拠り所。

こちらに高速で飛んでくるそれと目と目が合った瞬間、シンは破壊すべきか受け止めるべきかの選択を迫られ、ほんの一瞬とはいえ身体が硬直する。

 

────そしてマコトは、その隙を見逃さない。

 

「おおおおぉお!!」

 

研ぎ澄まされた連撃……今度は必殺の意が込められたそれがシンの全身を打ち叩く。

為す術無く吹き飛ばされたシンは、そのまま近くにあった柱に叩きつけられ、倒れ込んだのだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

────やはり、か。

 

かつてケンシロウさんが為す術もなく敗れ、自身は戦う土俵にすら上がれなかった因縁の相手、シン。

その男との戦いを続ければ続けるほどに、事前に想定……いや、半ば確信していた推測の正しさを悟る。

 

確かに私は強くなったのだろう。

純粋な力や潜在能力の使い方ではケンシロウさんに及ばないまでも、天破活殺を始めとした闘気の放出などには適性があったようで、彼とはまた違う方面での戦闘能力を手にしている。

 

トキさんには遠く及ばない練度とはいえ、大振りな攻撃に対してカウンターを入れる静の拳。これもトキさんとの修行を得た今では使えないわけではない。

それ以外にも身につけた様々な、いわゆる初見殺しに近い技術があれば、シンを追い詰めること自体はもとより不可能では無いと思っていた。

 

しかし、それら全てを差し引いてもなおあまりに一方的なこの戦況。

いや、本来辿るケンシロウさんとの戦いではこれ以上だったかもしれない。

それをもたらしたものの心当たりは、一つ。

 

(おそらくあの時より……姉さんをさらった時より、弱くなっている)

 

姉さんを手中に収めるために、愛のために心を燃やしていた当時と、その全てを失った今。

心の強さが力の大本となるこの世界で、この差がもたらすものは大きく、それが今の戦況に繋がっているのだ。

 

(それでも……いや、だからこそ躊躇をしてはいけない)

 

彼の……シン本来の強さの名誉のためにも、残骸となった心のまま振るう今の力には負けたくないと、そう強く思った。

 

だからこそ、彼が自らの人形を破壊し私の動揺を誘った時も……

正直、姉さんへの彼の愛を考えると躊躇う心はあったが、それすらも戦局のために利用することを決断出来た。

 

そして今、血まみれで私の前に倒れるシン。

もはや彼にもこれ以上戦う意志は無いようだ。

 

それと同時、ハートを撃退したケンシロウさんもこちらに合流し、その光景を目撃する。

 

 

決着は、ついた。

 

 

「ご、ふ……ここまで、とはな……俺の命は、あとどれくらいだ」

「1……いえ、あと2分です。……言い遺すことがあるならば……聞きます」

 

フッ、と険が取れた顔で笑い、シンはつぶやく。

 

「お前、は……気づいて、いたのだな……それが、人形だと言うことに」

「人形…………では、ユリアはどうしたのだ、シン!」

 

ケンシロウさんが詰め寄ると同時、静かにシンの両頬を伝わるのは、涙。

 

 

「いない……ユリアはもう、いないんだ」

 

 

そして、シンは語る。

 

あの後、姉さんに対して与えうるもの全てを与えるために、略奪と殺戮を繰り返したこと。

宝石、ドレス……いかに絢爛豪華な服飾を与えても姉さんは決してなびかなかったこと。

やり方を変えることが出来ず、しゃにむに走り続けた結果、一つの街を支配するまでの権力を得て、それを捧げたこと。

……そして姉さんは、そのために罪のない人間が脅かされ続けることに耐えられなくなり、最後は自ら身を投げだしたこと。

 

「泣いた……生まれて初めて、俺は泣いた……最後まで、とうとう最後までユリアの心を掴むことが出来なかった…………ユリアの中には、いつでもお前たちがいたからだろう」

 

……それは事実だろう。

ただ、最後に姉さんが飛び降りたことに関しては、この犠牲により心変わりをしてくれれば……という他でもない、魔道を歩み続けるシンを案じる想いもあったように思う。

私が知っている姉さんは、そういう人だ。

しかしシンがこれでやり方を変えることが無かった以上、おそらく言う必要の無いことだろう。

 

「こんな、築いた街も富も名声も権力も……虚しいだけだった。俺が欲しかったものはたった一つ、ユリアだ!!」

 

それは、彼自身の魂の慟哭。

深すぎる愛がもたらした悲劇。

 

「だが…………フフッ、まさかケンシロウでなく、妹のお前が俺を……止める、とはな。よほど姉を奪われたのが、腹に据えかねた、か」

「────────」

 

そう自嘲気味につぶやきながらふらふらと立ち上がり、街を見下ろせる位置の柱に身体を預けるシン。

すでに話すべきことは話し終えたが、死ぬまでに私の言い分……つまり、怒りを、糾弾を。それら全てを聞こうという意志が態度から感じられた。

 

 

…………彼がしでかしたことを許すことは出来ない。

 

しかし、彼の言葉を、その愛と哀しみを。

……そして、おそらくそのさらに裏にあるだろう真実を思った時。

 

死にゆく漢に、最後に私がかけようと……かけたいと思った言葉は。

 

 

「…………っ」

 

 

────無言で、シンのもとに私は歩み寄る。

 

姉さんを死なせた事実を聞きとどめを刺そうとしている、と判断したのだろう。

シンは静かに目を閉じてそれを待った。

 

 

そして、側まで近づいた私は。

 

彼にだけ聞こえるように────

耳元で、ささやく。

 

 

これは、甘さだろうか。

 

それとも彼の覚悟に、使命に殉じたその在り様に、泥を塗るような非道の所業だろうか。

 

…………それでも最期の最期、これくらいは。

…………これくらいは、きっと許されてもいいだろう、と。

 

 

そう信じて。

 

 

 

「シン、さん────姉さんのことは、任せてください。私が、必ず────幸せを取り戻します」

 

 

 

「────ッ────お前、は────そうか……そう、か…………!」

 

 

目を見開きながらシンはかろうじてそう返す。

 

……そしてフッと吹き出したかと思えば、これまでで最も大きく、心底おかしそうに。

 

 

彼は、笑った。

 

 

「フハッフッハハハハハハハハハッ!! そうか、そうか! 最初から、俺が勝てる相手などでは無かったか!!」

 

『ケンシロウ!!』、と。

何事かと見ていたケンシロウさんに、シンは声を上げる。

 

「この女、この世紀末の世で! 決して死なせるんじゃないぞ! 何があってもだ!」

 

「────無論、だ」

 

……たとえ経緯も詳細もわからなくとも、漢同士それだけで通ずるものがあったのだろう。

 

ケンシロウさんの答えを聞くと、シンはそのまま外に……は行かずに、その場で大の字に倒れ込んだ。

それと同時、突いていた秘孔の効果によりシンの身体の崩壊がはじまる。

 

「お前がそうなら、()()()()()()ならば! 俺はこのままお前の拳によって死ぬとしよう! ────さらばだマコト、ケンシロウ!!」

 

しかし、彼はそれすらも笑って受け入れた。

 

高笑いが止み、辺りが静寂に包まれる頃には…………この混迷する時代において、最期まで愛と役割に殉じた漢、南斗六聖拳のシン。

 

その亡骸が、満足気な顔をしたままそこに眠っていた。

 

 

 

 

「なんでだよ、なんでそんな男のために墓を作ってやるんだよ」

 

おそらく、姉さんと別れることになったその場所で、シンのための墓を作る私とケンシロウさん。

その様子を見たバットくんが不思議そうに疑問を投げかける。

 

きっと、この旅を続けるうち、説明するまでもなく彼も分かるようになるだろう。

 

…………それでも今は、万感の思いを吐き出すかのように、私達は言葉を以てそれに応えた。

 

「同じ女を」 「最愛の姉を」

 

 

「愛した男だから」

 

 




全国1億5000万人のハート様ファンの方々には誠に申し訳ございません。
彼は行間でひでぶ処理されました。

3話時点で書き溜め尽きてここまで無理やり続けてたので、ここからはしばらく溜めてから投下するかもしれません。


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第八話


この手のSSやるなら一回ぐらいはやっておかないと、ていうアレです。


★★★★★★★

 

 

────死に、魅入られている。

 

 

ダメ元でしてみる軽い提案。

例えるなら少々高い買い物をねだる年頃の娘のような、そんな程度の温度感を以て願われたその内容。

 

 

「私の秘孔を突いて、一時的に疲労や痛みを忘れさせてもらって、その間に修行を進めまくる! ……とかダメ、ですかね? その、とても効率が良いと思うのですが」

 

 

その時の娘……すなわち婚約者ユリアの妹、マコト。

 

表情こそ笑っているがその実、まるで光を灯していない彼女の眼を見た時。

北斗四兄弟が末弟、ケンシロウはそう考えざるを得なかった。

 

 

 

 

道を踏み外し悪鬼へと堕ちたシンにユリアを奪われ、ケンシロウが自身の力不足を痛感したあの日。

残されたユリアの妹、マコトはケンシロウとトキの二人に北斗神拳の師事を請うた。

 

その場の復讐心に囚われた激情のまま、とにかく身に着けたい、と言っているのであればケンシロウもトキも切り捨てていただろう。

しかし、彼女に出来る精一杯の理と感情両面での説得を経て、どうなるにせよ彼女が納得出来るところまでやらせてみよう、と判断した。

 

北斗神拳の修行は過酷なものだ。

覚悟を持った上で門戸を叩いたものの、修行の辛さに耐えきれず、あるいは才能が無いと判断され挫折していく男は数知れない。

 

ましてやユリアよりは快活だったとはいえ、これまで本格的な修行などしたことのない少女の身……伝承者としての力を身につけるのはまず不可能だ。

 

ただ、それでも護身術程度の効果は期待出来る。

 

何より、最愛の姉を失ったショックをこれにより紛らわすことが出来るのなら、それだけでも良いだろう、そんな風にケンシロウ達は考えていた。

 

 

しかし、実際に修行を開始してみれば、その考えはすぐに誤りだったことを知る。

 

 

ただ言われたままにこなすだけでも並大抵の労苦ではない北斗神拳の修行。

それを彼女は自分自身でハードルを上げ続け、知と力両面からなんとしてでも学びつくそう、という気概を燃やし続けていた。

 

年頃の娘相応の楽しみや幸せへの憧れも持っているだろうに、まるでそれを遠い過去に捨て去った修験者や修道女を思わせるような……そんな印象を抱かせることも珍しくはなかった。

 

思えばこういった大人びた表情を見せるようになったのは、シェルターのあの日からだろうか。

あの日以来、表面上は変わらないままの表情をしつつも、時折目に深い覚悟や決意の色が宿っているところを目にした。

 

自らが助かったことによる、二人への罪悪感も影響しているのだろう。

それに溺れそうになっていることも心配ではあったが、これに関しては罪悪感を向けられている側の自分達が、如何に言葉を弄そうとも意味がない。

彼女自身が割り切れる様になるまで、見守るしか無かった。

 

 

ともかく、通常では考えられないほどの精神、心の強さを以て行う修行。

それに引っ張られるかのように彼女の肉体も強くなる……いや、期間を考えれば強くなりすぎている。

すでにそこらの腕自慢など歯牙にもかけない実力を備えていると言っていいだろう。

 

…………しかしそのために、彼女が犠牲にしているものは。

 

 

 

 

「────それは、出来ん」

 

 

故にこそ、その場でケンシロウが返せた言葉はそれだけだった。

 

「あ、はははそうですよね、変なこと言ってすみません」

 

……それを聞いた彼女が、あくまで明るい態度のままだったことも、危機感を加速させた。

 

しかし、かといって修行を止めるという決断をするのも簡単ではない。

事実として、彼女は目を見張る速度で進化をしていき、それは彼女自身の意向にも沿っている。

また、この先の混迷する世界において、力を持ったほうが結果的に安全になる、という彼女の言葉もまた現実としてあるだろう。

何より、例えばただ無理やり彼女を打ち倒し、説き伏せようとしたとして、それではむしろ力不足を感じた彼女の無茶に拍車をかけるだけだ、という確信もあった。

 

 

もちろん、このままにするつもりはケンシロウにもトキにも無い。

なにか、なにか。彼女が致命的に間違っている理由を、問題を。具体性を以て示さなければならない。

 

 

復讐心という動機が問題か?

いや、ケンシロウ自身が持っている復讐心がある以上、それを咎めるのは筋違いもいいところだ。

 

時間────あまりにも急ぎすぎていることを咎めるべきか?

しかし、さらわれたユリアのことを思うと焦る気持ちはケンシロウも共感出来てしまう。

それに、肉体的な休養は必要なだけ取っている。

心だけを休めろと言って簡単に聴けるなら、このような無茶は最初からしていまい。

 

才能不足を理由に……いや、この短い期間ですでに北斗の二兄弟の気配を捉えることが出来始めている者に、そのような嘘は欠片の説得力も持たせられないだろう。

 

しかし、何も問題が無いはずはない。

何かしらの違和感────歪みのようなものは、すでに二人とも感じている。

 

 

なんとしてでも、それを早く見つけなければ。

 

 

……見つけることが出来たならば、それでいい。

しかしもしも、もしもそれが叶わなかったなら。

 

 

──────ユリアに続いて、その妹マコトまでをも、失うことになるのかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

その後、修行の項目にケンシロウ、トキ両名との組手が追加されたのは、彼ら二人にとっては苦肉の策であった。

 

ダメ元と言っていい。

拳同士でぶつかることによって、これまで見えていなかった何かが見えるようになるかも知れない……そんな淡い期待を込めた、試行錯誤の末の施策だった。

 

が、それを行ううち、一つの事実に気づく。

 

 

────似ている、いや似すぎている。

 

 

それは、単純な構えや呼吸が同じ、というわけではない。

それならば、拳を交わらせるまでもなく二人のどちらかが気づいていただろう。

しかし実際に戦ってみて、初めて目に見えて分かった、これまで感じていた違和感の正体。

 

初めに気づいたのは、トキだった。

 

 

(これ、は……ケンシロウ……?)

 

 

彼女なりの工夫はある。

そっくりそのままの動きではなく、彼女自身が使うためにしたのだろう、ある程度の改変はある。

 

しかし、その拳が。

その動きの結果が目指すものは。

紛れもなくこれまで何度も手を合わせていた弟、ケンシロウのものと同じであった。

 

 

なぜ、本来の伝承者候補としてトキではなく、同時に灰を浴びたケンシロウを目指しているのかは分からない。

しかし、この事実を踏まえた上で今思えば、彼女が持つ罪悪感の目は、よりケンシロウの方に向けられることが多かったようにも思える。

 

 

ここで、ようやく全てがつながる。

彼女はこの修業を、強くなろうと、自分が生きるためにしようとしているのでは、ない。

ただ、一刻も早くケンシロウになろうとしているのだ。

そして、そのためなら命を投げ捨ててもいいとすら考えている。

 

 

そこまで見抜き、トキはケンシロウと情報の共有を図る。

ケンシロウもほぼ時を同じくして同じ結論に至っており、その考えが間違いでないことを確信する。

 

……ここまでマコトが他でもないケンシロウに執着する理由は、ケンシロウ自身にもついぞ分からないままだったが。

とはいえ、理由さえわかったならば、出来ることはある。

そう言ってすでにその方策を打ち出し始めたケンシロウを、トキは見やる。

 

 

────存外、ケンシロウに深い想いを向けている女性は、一人とは限らないのかもしれぬな

 

 

そんな栓のないことも口に出かかったが、今言う必要も考える必要も無いことだ、と思い直しトキは口をつぐんだ。

 

 

 

 

そして、ケンシロウとマコトの……組手に名を借りた、限りなく実戦に近いそれが行われる。

 

初めにこの組手の結果次第で北斗神拳の伝承を禁ずる、と言った時に見せた、この世の終わりを迎えたかのような表情。

それ自体には一瞬胸が痛むものがあったが、年相応に感情を表に出すところを見るのが久々だったこともあり、それ以上の安心感を覚えた。

 

今なら、まだ間に合う。

だからこそこの戦いで、その歪みを突きつけなければならない。

 

自身がそう決意するのと同時。

すぅ、とマコトが目を細め戦う覚悟を決めたのを確認する。

 

そして。

 

ボッという炸裂音に近いそれとともにマコトの身体が消え、戦いが開始された。

 

 

 

(────強い!)

 

何合かの打ち合いを終え、ケンシロウは内心、戦慄する。

 

速度、技術、足運びのスムーズさはもちろんだが、何より戦いに臨む気迫が凄まじい。

彼女自身も、これがただの訓練では済まないものであることを察しているのだろう。

その上、バカ正直に攻めるだけでなく、詭道を以て相手の隙を作る老獪な術もすでに持ち合わせている。

 

しかし、その在り方は(いびつ)

本来あるはずの無い強さを、出来るべきではない動きを、持つはずのない少女が持ち合わせている。

そこに至るまでに少女が積んだその努力、想い。

考えれば考えるほど深まるのは『なぜ、ここまでになるまで気づいてやれなかったのか』という悔恨。

 

しかし、ケンシロウはそれを微塵も態度には出さず、ただただ冷静に対処し、勝利へと歩を進める。

ここで一撃をもらい、彼女が今向かう道の正しさを証明してしまうようなことがあるならば、もはや取り返しがつかない可能性がある。

 

故にこそマコトが抱える以上の、絶対たる必勝の気迫を以てケンシロウはこの戦いに臨んでいたのだ。

 

 

────そして、決着がついた。

 

 

強烈な一撃を受け、うずくまるマコト。

涙と反吐に濡れながら……彼女は、ケンシロウに漏らす。

 

『これで勝てないのなら、どうすればいいのかわからない』と。

 

……おそらく、彼女自身も薄々、自分が誤った道を進んでいることに気づいていたのだろう。

気づかないフリを、蓋をしていたその想いの端を、この時このタイミングになってようやく吐露できたのだ。

 

だから、今なら。

今でこそ、この言葉を突きつけることが出来る。

 

 

 

「北斗神拳は、誰かの真似をするだけの人形に扱えるものではない!」

 

 

 

────そこから彼女がどう考え、どう整理をつけたのかは彼女にしかわからない。

 

しかし翌日……水浴びをしていたのだろうか。

柔らかな朝日を少し濡れた髪に反射させながら、こちらに向かって来る彼女のその顔を見た時。

 

『もう、心配は要らない』とケンシロウとトキは微笑みあったのだった。

 

 

 

 

シンの部下にして特異な肉体を持つ巨漢、ハート。

これまでにないタイプの厄介な特性こそあったが、種が割れれば北斗神拳の敵ではない。

撃退し、階段を昇るとそこにあったものは……ケンシロウが始まる前から予測していた光景だった。

 

一撃による手傷こそ負っているものの、圧倒的な差を以てシンを追い詰めるマコト。

彼女自身は自分が不意をうって抜け駆けし、シンに戦いを挑んだと考えているだろうが、実のところケンシロウとしては元々譲るつもりであった。

自身が戦い、この手で復讐心に決着をつけたいという欲求は当然ある。

しかし、それ以上に彼女がもたらす、その可能性を見ていたくなったのだ。

 

病に冒されたトキやケンシロウに代わる……まだまだ小さな"北斗神拳伝承者"として。

 

そして今、彼女はあの南斗六聖拳の一人にして自分たちの因縁の相手、シンに堂々たる勝利を収めた。

 

……まだまだ伝承者として足りないものは多い。

 

この先戦う敵……特に、ケンシロウやトキから見ても本物の怪物と言わざるを得ない北斗四兄弟の長兄。

彼といつか雌雄を決することを考えると、不安要素など数え始めればキリが無いだろう。

 

 

────だが、それは。

 

 

「ケンシロウ!!」

 

と、シンが叫ぶ。

 

「この女、この世紀末の世で! 決して死なせるんじゃないぞ! 何があってもだ!」

 

……そのとおりだ。足りないものがあるのなら、側に付いている自分が言葉で、力で補えばいい。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だからこそ、そんな想いも込めた言葉を以て、強敵-とも-を安心させるために。

そして自分の決意を再確認するために。

ただ一言、マコトにもよく聞こえるよう力強く、彼はその言葉を返す。

 

 

「────無論、だ」

 

 

 

───────死なせはせん。おまえは、オレにとっても妹だ───────

 

 

 

★★★★★★★

 



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荒野の悪党ども編
第九話


「おぉ~なんだこりゃ?小さな村のくせにやけに活気があらぁ」

 

サザンクロスを後にした私達。

彼から聞かされた姉さん、ユリアの死……といっても私だけは、原作の知識とシンの最後の反応から、姉さんが生きていることをほぼ確信しているが。

 

……今の所、姉さんの生存に関してケンシロウさん達に言うつもりは、無い。

本来知っているはずのない情報な上、まだ未熟なこの時点で急いで会ったところで、それがどのような悪影響をもたらすかまるで予測ができないからだ。

なにより、会うべきだと姉さんが考えていれば、すでに姉さんの方から五車星を通じて接触してきているだろう。

つまり、『今はまだその時ではない』のだ。

 

 

ともかく、シンを倒し姉さんを取り戻す、という旅の目的が無くなったあとでも、私達は生きていかなければならない。

 

差し当たってたどり着いたのが、今私達が居る場所……オアシスだ。

 

水があり、人が集まり、物々交換も盛んに行われているここならば、まとまった食料の確保も出来るかもしれない。

そんな期待を込めて村……いや街といっていいそこを散策する。

 

 

いかに北斗神拳の使い手といっても、人間飲まず食わずでは要られないから。

 

 

 

途中、食事処あるいはバーのマスターと思わしき住人が、巨漢の男に暴行を振るわれている場面に遭遇する。

見るやいなや待ってましたとばかりに飛び出して、マスターと交渉を始めるバットくん。

そうして、この男を退治する代わりに食料を提供する、という形で話をつけてくれた。実にありがたい話だ。

 

一応口でも説得をしようとしたが、女ということもあり舐めきった態度でこちらに掴みかかる男。

あっさり撃退すると、私達はマスターの店に案内されたのだった。

 

……ちなみに、原作でケンシロウさんが使った技『北斗鋼筋分断脚』は私は使えないので、普通に力任せに片腕をへし折った。

ずっと一般人並に筋力を落とされるか、激痛とともにしばらく片腕が使えなくなるか……どちらが彼にとっての幸せだったかはわからない。

出来ることは、彼が強く誠実に生きることを願うのみだ。

 

 

そして、マスターから約束の食料を受け取る。……ぎりぎりまで抑えたその量は、この世紀末でたくましく商売の道を生きる彼の強かさを感じさせられた。

あわせてその時、今の食料と交換するのはどうだい、と酒を出しながら提案される。

 

……そういえば、今は世紀末だし現代のような未成年禁酒法などの概念は無いのだろうか。

私やバットくんはもちろんとして……そういえばケンシロウさんも、今の時点では18だか19だかの年齢のはず。

 

────今はまだその気はないが、いつか余裕ができたら……試しに皆と飲んでみるのも『この世紀末を楽しむ』うちに入って良いかもしれない。

そんな風に私は考えていた。

 

 

ただし、その時の私の耳に入ったのは。

 

 

「うっ!!」

 

 

酒を飲んだ直後に隣の男が鳴らしたドタァッという派手な転倒音と、それを見たマスターの他人事のようなその言葉。

 

 

「ありゃ……メチルアルコールって飲めねえのか」

 

 

…………どちらにせよ、この店で酒を飲むことは絶対にないな。

 

 

 

 

「それより、この近くで大きな街は無いかな。三人の食料一か月分くらいを稼げるような」

 

気を取り直してマスターに質問をするのはケンシロウさんだ。

これからも旅を続けることを考えると、食料の確保は再優先事項となる。

 

「ないない、そんなものは。どこへいってもにたりよったり……いや、あるにはあるがあそこは一度入ったら抜け出せねぇしな……」

 

む、この情報は。

 

「どういうことですか? 資源が豊富な街が近くにあると?」

「う……いや、それは……特にあんたみたいな女の人だとちょっと……」

 

マスターが言いよどむのと同時。

 

扉を開ける乱暴な音と共に、軍服に身を包んだ複数の男たちが乗り込んできた。

 

「あ、やばい! 今話したところのやつらですよ! あんた、隠れたほうが」

 

と、マスターの心配の声もつかの間、私達を視認した男たちがズカズカとこちらに歩み寄る。

 

 

「ほう……今日は女が居るじゃないか。それも上玉といっていい」

「……どうも、ありがとうございます。何かご用ですか?」

「喜べ、女。お前は神の国-ゴッドランド-に移住する権利を得たのだ。我々と共に来てもらおう」

 

……なるほど、彼らはこうして女を勧誘……いや、拉致しているのか。

「お、おいマコト……」とバットくんが心配そうにこちらを見るが、今はあえて気にせず続ける。

 

「その前に、神の国-ゴッドランド-とは何でしょうか? 何分この街には来たばかりなものなので、よろしければ無知な私どもにご教示いただきたく」

 

下手に出る(戦利品)の態度に気を良くしたか、フンッいいだろう、と鼻を鳴らしたかと思うと、恍惚とした表情で彼は語る。

 

 

それは、聞くに堪えない妄執の産物。

曰く、自分たちGOLANは神に選ばれた存在。故にこの世界を治めるための、自分たちの国……すなわち神の国-ゴッドランド-を建国する。

そして、そのために近隣の村々から女をさらい、自分たちの子を産ます。

それは年頃の娘や大人は当然、年端もいかない少女ですらも例外ではない。

女がこれに選ばれるのは神に選ばれるも同じ。極めて名誉なことであるこの選別に、万が一抵抗する者共がいるならば、神の裁きを下す……つまり殺してでも奪い取る、といった具合だ。

 

 

威圧感たっぷりに、こちらを脅かすのような口調で語られたその全容。

話の途中でケンシロウさんが何度か始末しそうになっていた方がよほど怖かったが、必死のアイコンタクトでなんとかそれを制止する。

ともかく聞きたいことは、仲間との情報の共有は出来た。

 

 

その上で、私が選んだ答えは。

 

 

「……その国には食料が潤沢にある、と伺いましたが……付いていけば、もう飢えることは無いのでしょうか?」

「む……フフフ! その通りだ! 我らが神の国-ゴッドランド-には全てがある! 水も! 食料も! そして力も権力もだ!」

 

「────素敵ですね。……わかりました。是非、私を連れて行ってください」

「うぇぇ!? 嘘だろ、マコト!?」

 

信じられない、とばかりに声を張り上げ止めようとするバットくん。が、GOLANの兵士達にジロリ、と睨まれるとそのまま小さくなってしまった。

 

……流れによるものとはいえ、相談をせずに心配をかけてしまって悪いとは思う。

が、おそらくケンシロウさんには先程のアイコンタクトで私の真意は伝わっている……はず。

 

 

真意といっても別に深遠なる智謀やら何やらがあるわけでは無い。

単に『せっかくなので向こうに案内させてさっさと潰してしまおう』というだけだ。

 

……こんな思想の下に作られる国など、百害あって一利も無いだろう。

 

 

もちろん、そんな内心は露とも知らない兵士は、諸手を挙げて歓迎する。

 

「素晴らしい! お前は、誰も犠牲にならない正しい選択をしたと言えよう。さあ、付いてくるがいい」

 

そう言うと、表に停めてあった護送車に取り付けられている檻に私を押し込む。

入る前に念の為、檻の素材や耐久性を確認しておいたが、これなら破るのは容易いだろう。

 

あとはこのまま神の国-ゴッドランド-に案内をしてもらい、着いたところで戦闘開始といこう。

 

 

思えば、この世界に来てから女の身体として記憶が目覚めて以来、戸惑うこと、侮られることこそあれど、優位にことが運ぶことはあまり無かった。

しかし今、初めてそれが活かされようとしている。

そのことに私は妙な満足感を覚えていた。

 

(女装して食料を巻き上げていたレイさんの例もあるし、もうちょっと積極的に活かすのもありかもしれない)

 

……元男としての意識もある、自分の羞恥心その他諸々にさえ目を瞑れれば、だが。

 

 

また、この場でこの檻に入ることには、もう一つほど意味がある。

檻に入ると同時、先に入れられている女達の中から、おそらく居るであろうその娘を探す。

 

 

────居た。

 

 

「リンちゃん!」

「え……ウソ、マコト、さん!? どうして……?」

 

やはり捕まって、この檻に入れられていたようだ。

 

「どうしてはこっちのセリフですよ……村から飛び出したのですか? 無茶をしますね」

「う……ごめんなさい。どうしてもケン達が心配で」

 

……バットくんといいこの世界は子供からしてバイタリティに溢れすぎている。

とはいえ、彼女がとても怖い思いをしていたのは事実。

安心させるために、頭を撫でながら一際声を小さくして、簡潔明瞭に彼女に言い聞かせる。

 

 

「もう大丈夫です。私は今わざと捕まっているので心配いりません。後ほど彼らを打ち倒します」

と。

 

それを聞くと、安心したとばかりに再会して以来初めての笑顔を見せるリンちゃん。

 

────うん、リンちゃんはやはり笑顔でいるのが一番だ。

 

あとは、このまま帰りの道順だけ頑張って覚えて、神の国-ゴッドランド-に着くのを待てばいいだろう。

 

 

(……しかし、何か忘れているような)

 

 

と、考えたのもつかの間。

護送車が突然急停止し、檻の中の何人かが小さく悲鳴をあげる。

 

何事か、と人垣をかいくぐり檻の一番前まで行く。

そこにあったのは、矢や刀剣で武装をした男の集団が、怒りをあらわにしながら護送車を取り囲んでいる光景だ。

 

それを見たGOLAN兵士の一人が鼻を鳴らす。

 

「フッ……ゲス共が。大方、自分の女を取り返しに来たのであろう」

 

(しまった、いかんいかん)

 

……そうだ、これがあった。

すっかり忘れていた。確かここから起こる殺戮劇のさなかにケンシロウさんが駆けつけてリンちゃんと再会したのだ。

 

そして、このまま見ているだけでは、間違いなくこの人たちという犠牲は生まれてしまう。

 

 

…………仕方ない、少しプラン変更だ。

 

 

「俺の妻を返せ―っ!」

「俺の恋人もだー!」

 

口々に叫びながら矢を射る男たち。

しかし、その矢はGOLANの兵士 ……そのリーダー格と思わしき男が持つ警棒のような武器の一振りであっさりと防がれる。

 

そして他の兵士たちに合図をすると、兵士たちは隠し持っていたナイフを今にも投擲せんとする。

このままでは男たちは彼女らの眼の前でナイフに貫かれ、その屍を晒すことになるだろう。

これは、そうした殺戮を見せつけることで過去を捨てさせ、より女たちを従順にすることを狙ったパフォーマンスでもあるのだ。

 

 

────が、そうはさせない。

 

 

(闘気はもう、"練り終わっている")

 

 

ここからだと少々狙いづらいが、射線はちゃんと通っている。

ならばあとは全力で撃ち出すだけだ。

 

 

「────天破活殺!!!」

 

 

正確には多人数相手に撃ち出す変形技だが。

 

ともかく、まさか背後の檻の中から突然攻撃をされることなど、全く考えていなかったであろう兵士達。

無防備な背中を撃ち抜かれた彼らは、悲鳴を上げる間も無く崩れ落ちる。

それを確認した私は檻を破ると、リーダー格の男の前に立ったのだった。

 

 

「……貴様……何をしたかは知らんが、やってくれたじゃないか」

 

男はビンッビンッと手に持った糸を張りながら、低く唸るように声を上げる。

 

……部下達がやられ、戦利品扱いしかしていなかった女の反逆を受けて、なお冷静さは失わないあたり相応の訓練を積んでいることが伺えた。

手にする武器の切れ味にも相当自信を持っているようだ。

証拠とばかりに、これ見よがしに糸を掲げ、挑発の声を上げる。

 

「面白い。さあ突いてこい! 突いてきた瞬間お前の手首は宙に舞う。……さあどうしたかかってこい~。フフ、おじけづいたか?」

「────ッ」

 

絶対の自信を持つらしい構えを取って調子が出てきたのか、ニタニタと笑う男。

彼を前に、さてどう戦うべきか、と私は考える。

正面から最速で殴ってもおそらくは勝てるだろうが、確実に隙を作ってから戦うのもいいだろう。

 

(周りに守るべき人も多いし……うん、やはりここは慎重に────)

 

「フフ、お前のような活きのいい女こそ最高の手土産になるだろう。安心しろ、例え腕や脚の一本や二本、無くなったとして胎さえ残れば神の子は産」

 

 

ボッ、と。

その言葉が言い終わる前に起こったものは、炸裂音。

 

それと同時、私の足が男のお大事様(股間)にめり込み、その尊厳を。その未来を。

 

破壊し尽くしていた。

 

 

────さらば、神の子。

 

 

「…………????」

 

 

男は一瞬、何があったのかわからずに呆けた顔で自分の下腹部を見やる。

そして、そこで起こっている惨劇を視認、自覚すると、まるでスローモーションで再生したかのようにゆっくりと顔が歪みだす。

 

「ぴょ…………!? オ、ゲッ……?! えっギッィィア、アァアアアァァ」

「あ、すみません」

 

生理的反射で思わずやってしまったが、叫ぶ男が見せたあまりの苦悶の表情っぷりにいたたまれなくなったので、すぐに秘孔を突いて爆散させた。

 

少々惨いことをしたと思うが、仕方がなかったとも思う。

 

…………今日は予定が崩れてばっかりだ。

 

 

ともあれこうして、住人に被害を出すことも無く、GOLANの尖兵は壊滅させられたのだった。

 

……捕まっていた女たちはともかく、助かったはずの男達が、股間を押さえながら恐ろしいナニかを見る目でこちらを見ていたのは気になったが。

 

元男としても気持ちは大変良くわかるので、特に何も言わないでおこう。

 

 

 

 

そして、駆けつけてきたケンシロウさん達と合流する。

 

私達の無事を確認し、一瞬喜ぶ顔を見せたバットくんだったが、すぐさまぎょっとした表情になり、慌てた様子で私に声を掛ける。

 

バットくんが慌てた理由、それは私が右手に持った戦利品……もとい生き残ったGOLANの一人の兵士だろう。

 

「お、おいマコト。なんでまだそんなやつ持ってるんだ……!? また拷問でもするのか?」

 

また拷問、という言葉を聞いてヒィッと震える男。

いつの間にか拷問系女子(?)というイメージを持たれていたのは心外だが、スペードにしたアレを見られていた以上文句も言えない。

 

それに、この男に関しては少し違う。

 

「いえ、彼にはこのまま神の国-ゴッドランド-まで案内をしていただこうと思いまして」

 

そう、彼はこの護送車を運転していた兵士である。

彼らの本拠地がどこに、どれくらいの距離にあるのかが不明ということで、当初の予定とは少し違ったが案内をしてもらうため、手を出さずにおいたのだ。

 

これは原作でケンシロウさんがよくさせていた手法でもある。

……修羅の国の『この地おさめる修羅』のように、完全にとばっちりで殺された上に、結局ケンシロウさんが一人で目的地にたどり着いたなんてひどい例もあるが。

 

「というわけでちょっと行ってきますので、皆さんはここで待っていてください」

 

そう言って護送車に乗り込む私と、当然後を続こうとするケンシロウさん。

 

 

────そして、そんな彼に振り向いて、私は言う。

 

 

「……すみませんケンシロウさん。一つ、ワガママを言っていいですか?」

「む」

 

 

……これは、この街に着いたときから密かに考えていたこと。

 

 

「今回は、私一人だけで行きたいと思うんです」

 




リマくんは生き残ったパパと幸せに暮らしました。


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第十話

今回、私が一人で神の国-ゴッドランド-に乗り込もうと決断した理由は、大きく二つある。

 

一つは、リンちゃんの存在だ。

原作でケンシロウさんが向かった神の国-ゴッドランド-。

ここは元特殊精鋭部隊レッドベレーの生き残り達の巣窟だ、あの男が生きて帰れるはずがない……とバーのマスターは言う。

それを聞いたリンちゃんはなんと、棍棒らしきものを持っただけの身で、そのまま神の国-ゴッドランド-の最奥まで乗り込んでくるのだ。バイタリティあるとかそういうレベルじゃない。

 

……ケンシロウさんが暴れている混乱の影響もあっただろうとはいえ、どの兵士にも見つからず、首領である大佐(カーネル)のもとまでたどり着けたのは控えめに言っても奇跡と言える。

おまけに、そこまでたどり着いたところで大佐に利用され、ケンシロウさんが手傷を負うという事態も起こっている。

私達が行って同じことが起きた際、今度もリンちゃんが無事でいられる可能性ははっきり言って低いだろう。

 

 

というわけで、このリンちゃんの暴走を抑える役割をケンシロウさんにお願いしたい、というのが一つ。

 

 

そしてもう一つは、私自身の成長のためだ。

 

まだまだ未熟な使い手としてのこの身、ケンシロウさんが付いてきてくれているのはものすごくありがたいし、何より安心感がある。

 

が、この安心感というやつが曲者だ。

これがあるのが当たり前になると、いざ本物の強敵と出会った。ケンシロウさんも居ない、さあどうしようという状況になった際、私は何も出来ない可能性がある。

 

原作の知識と、この世界における心の重要性を知っているからこそ、背中を守るものがいない状況で修羅場を乗り越える経験が必要だ、と考えていたのだ。

その点、南斗六聖拳ほどの強さではないが訓練を積んだ軍人の集団というのは、言い方は悪いが非常に手頃な相手と言えた。

彼らを一人で相手取るぐらいのことが出来ないのなら、この先の強敵達とはとてもじゃないが戦っていられないだろう。

 

 

つまり、私はこの世界に来て以来初となる"世紀末救世主(はじめてのおつかい) ひとりでできるもん"をする、というわけだ。

 

 

「む────しかし」

 

ケンシロウさんはかなり心配そうに渋っていたが、この先を考えて必要な経験だと思っていること、危険だと思ったらちゃんと逃げることを説得材料にし、なんとか納得してもらうことが出来た。

一度Yesと言ったならば、ケンシロウさんが約束を違える心配は要らないだろう。

 

 

あと、リンちゃんの身の確保はお願いします。

切実に。

 

 

 

そんな経緯で私は今、運転をする兵士の横、助手席で車に揺られている。

もちろん、男が何かしでかさないように見張りながらだ。

 

と、気を張っていたらあっという間に着いた。

リンちゃんが一人であっさりたどり着ける位置ということを考えると、近いのも当然か。

 

「では、すみませんがしばらく大人しくしていてください」

 

という言葉と共に秘孔を突いて眠ってもらう。

助ける約束で案内をしてもらった以上、問答無用で殺すつもりは今の所無い。

 

 

……ちょっと甘いだろうか、とも思ったが、ケンシロウさん達も従順な相手は意外に見逃していることも多いし、まあ良いだろう。

 

 

さて、着いたは良いがバカ正直に正面から乗り込む必要は特にない。

訓練をしている所に潜り込んだケンシロウさんにならい、スニーキングミッションと行こう。

 

首領である大佐。彼の居場所が塔であることは原作で把握しているが、今回も同じ場所に居るかはわからない。

どのみち幹部格のマッド軍曹(サージ)は、生かしておいたらかなり危険な人間性だ。まずは彼を倒しに行くとしよう。

 

 

そんな風に方針を決め、私は潜入を始めたのだった。

 

 

この時、暗殺拳北斗神拳の使い手として、何処までバレずに潜入しおおせるか。

その修行の成果を試すことが出来る機会に、少しばかりワクワクする気持ちがあったのは否定出来ない。

 

 

 

 

 

────やはり、甘かったかも知れない。

 

 

かくして神の国-ゴッドランド-に潜り込んだ私を出迎えたのは、ずらっと臨戦態勢で並んだ訓練兵と思わしき男たちと、その中心に陣取り油断無くこちらを伺うマッド軍曹。

 

ワクワクは一瞬で霧散した。

 

 

……私が潜入してから、まだ数分も経っていない。これは間違いなく、入る前から察知されていたと考えるべきだろう。

原因として考えられるとすればあの運転手の男だが、少なくても到着後の気絶は確実に実行している。

つまり、それ以前に何かしら連絡をしていた、ということになるが、それはそれで不可解だ。

 

何故なら。

 

 

(妙だ……この時代には通信機なんて精密機器はもう残っていないはず……いや)

 

 

少なくとも私が知る原作に置いては、今この時代には遠距離間での通信が出来るような上等なモノは無い。

基本的に村や街での伝達手段は口伝ばかりだった。

実際、その遅れのせいで避けられなかった惨劇は数知れない。

車やバイクがあるなら通信機ぐらい、とも思わなくも無いが、核に汚染された影響で電磁波やら何やらが悪さをしているのかもしれない。

 

しかし、彼らは核戦争前から存在していたバリバリの精鋭軍人、その特殊部隊の生き残りだ。

考えてみれば、『情報伝達手段』など軍人なら真っ先に重要視して確保に乗り出していてもおかしくはない。

 

おそらく、あの基地と護送車……もしくは兵士の装備とのみ繋がるような限定的なモノだろうが、何かしらの伝達手段があったのだろう。

運転中か、私が先程戦っていた時のどちらかはわからないが、それにより連絡をしていたのだ。

 

 

『敵対者きたる。厳重警戒を』と。

 

 

……正直、少し舐めていたかもしれない。

単純な拳法の力だけが全てではない、と頭には入れていたはずなのに、この脅威の可能性を見落としてしまっていた。

 

とはいえ、私がやることは変わらない。

一瞬自分を戒めた後、改めてGOLAN達を正面から見据えると、代表してマッド軍曹が声を上げる。

 

 

「ようこそようこそ! 麗しき侵入者よ! 我らがGOLANの尖兵を倒してのけたというその腕! 是非とも見せていただきたいものだ!」

 

 

すでに臨戦態勢だったためか、私の知る人物像より少々テンションがお高い気がする。

それは軍曹だけでなく周りの男達も同じなようで、ギラギラとした目を私に向けていた。

 

「日頃の訓練の成果を発揮する良い機会だ。良いな、貴様ら!」

「ははっ!!」

 

「疾ッ────!」

 

男たちが返事をするのと同時、私は最も近くに居た不運な男一人に飛びかかると、死なない程度の力で拳を一閃。派手な音とともに吹き飛ばした。

 

「ぐべぇっ!?」

 

あっさりと白目を剥き昏倒する男。

そしてすぐさま元居た位置に戻り、改めて彼らに向けて発言をする。

 

「私は、あなた達兵士全員まで殺すつもりはありません。おとなしく道を空けていただけないでしょうか」

 

最初に口で言うだけなら聞く耳など持たれないだろうが、力の一端を示したことで少しは効果がある……かもしれない。

これで軍曹との一対一に持ち込められれば、幾分話は早くなるだろう。

実際、兵士のうち何人かは動揺し尻込みを始めているのが見えた、が。

 

「ヒヒ、戦わないでくださ~い、だってよこいつ」

「へ、へへへ……一度、思いっきり人を殺ってみたかったんだ」

「おんな、おんな……めちゃくちゃに殴ってやってもいい、おんなが目の前に」

「この人数差でかか、勝てると思ってやがるバカ女は、おし、おしおきし、してやらないとなぁ」

 

それ以上に、GOLAN式に教育……または洗脳済みの男達が発する狂気。

この空間に溢れかえったそれに圧され、殺意が膨れ上がっていく。

 

 

やはり、戦いは避けられないようだ。

 

 

そうと決まればやることは単純だ。

言葉での説得を諦めた私が構えると同時。

 

「ぶち殺せ──ッ!!」

 

元精鋭部隊、レッドベレーにしてGOLANの兵士たちが、私に向けて殺到した。

 

 

 

 

ナイフ、鉄球、棒、ヌンチャク、刀……多種多様な武器で襲いかかる兵士たちの攻撃をかいくぐり、反撃で打ち倒していく。

男たちの動きは訓練されたそれだったが、北斗神拳の修行で手を合わせていた、トキさんやケンシロウさんの動きとは比べるべくも無い。

 

一合ごとに一人、また一人と兵士が沈んでいく。

……しかし、そのペースは私が想定していたものよりにぶいものとなっていた。

 

 

「ッ────!!」

 

 

胸元を狙ってまたも飛んできた飛来物をかわす。

その飛来物……マッド軍曹が誇る武器、吸血のニードルナイフはそのまま後ろに居た兵士に突き刺さり、痛みの悲鳴を演出する。

 

これが、想定外の要素。

兵士たちの戦いに合わせ、軍曹も容赦なく得意技の一つである投擲を私に仕掛けてきていたのだ。

まとめて倒そうと大技を狙うと、このニードルナイフの被害を受けかねない。

ケンシロウさんのように刺さっても筋力で無理やり止血をする……なんて自信は正直無かったので、余計な出血を避けるため必然、慎重な立ち回りにならざるを得なかった。

 

おまけに、ニードルナイフは射線上に味方がいようがお構いなしだ。

とにかく、私に一撃与えるために味方すら使い捨てよう、という邪悪な意志が感じられた。

 

「ファハハハどうしたどうしたぁ! 逃げてばかりでは夜通しかかっても終わらんぞぉ!」

「……ッ、ずいぶん、手厚い援護ですね。避けてるだけで勝手に全員倒してくれそうじゃないですか」

「ほざきおって。どのみち、この程度も避けられん弱卒はGOLANには必要無いわ!」

 

そんな言葉を聞いても当然のことだ、とばかりに襲い来る兵士達。

この思想の、思考の統一こそが彼らが軍隊である所以と言えるだろう。

 

「とはいえ、なかなか超人的な強さだな。これだけの獲物にはそうそうお目にかかれない。そろそろ俺も混ざるとしよう」

 

そういって両手にナイフを構えながら近づく軍曹。

 

彼ら兵士は軍曹の力に自信を持っているようでニヤニヤと笑うが、これは私からしてもチャンスだ。

 

ここで軍曹を倒せば面倒な投擲物もなくなり、何より兵士たちの士気も折ることが出来るだろう。

 

そう思い軍曹を見据え構えなおす。

 

 

 

シュルルルルル、という空気を切り裂くような音を私の耳が捉え、全力で回避をすることになったのは、それと同時だった。

 

バク宙のような動きで大きく後方に跳び下がり、着地をする私。

しかし、"それ"は確かに回避したはずの私の両肩を浅く抉る。

 

 

「うっ────!?」

 

 

それの正体は、投擲武器。

それもこれまで使われていたニードルナイフ、ではない。

 

 

(────ブーメラン!)

 

 

……GOLANにおいてこの武器を使いこなし、回避に専念した北斗神拳の使い手を捉えることが出来る男は、私が知る限りただ一人。

 

 

軍曹が喜色をあらわにその男を歓迎する。

 

 

「────おお! まさかあなたまでおいで下さるとは!」

 

「フ……何やら面白いことになっているようだったのでな」

 

 

(この男も、降りてきたか……!)

 

 

「あなたが来られれば百人力でしょう! ────大佐(カーネル)殿!」

 

 

 

 

「ぐっ────!?」

 

投擲されたブーメランとナイフがまたも私を切り裂く。

 

如何に回避や防御をしようとも、その位置に常に先回りするように投げられるブーメランと、大佐の指示を受けそれを援護するナイフの連携。

統率された特殊部隊の本領ともいえるそれに、今や私は防戦一方となっていた。

 

 

「バカめ! 貴様が如何に優れた拳法使いだろうとこのお方に勝てるわけがない! 大佐は超能力者なのだ!」

「フ……俺にはお前の動きを読むことが出来る。お前がどう動くかそれすら前もってな!!」

「…………!」

 

 

状況の打開策として考えられるのは、敵の意を読み、流れるように動くことで回避ないし迎撃を行う北斗神拳、空極流舞。

しかし、それをするにはここには多くの意識が混ざりすぎている。

さらに訓練を続ければ大佐と軍曹だけを嗅ぎ分けることが出来るようになるのかもしれないが、今はそれが可能なほどにこの技の練度は高まっていない。

 

敵兵士を盾に無理やり突破する、というのも考えたが、すでに兵士たちは軍曹と大佐の命令で下がっている。

それに、気絶あるいは死んだことで倒れた兵士たちとは、先程の回避でずいぶん離れてしまっていた。

 

……大佐は訓練により、私の目と筋肉の微弱な動きで先読みする技術を身に着けている。

ケンシロウさんが行ったように目を瞑り、一切の気配を消し去れば封じることは出来る……が、飛来物が多すぎるこの状況では、それをしたところでジリ貧になるだけだろう。

 

 

考えているうちに、さらに攻撃をもらう。

致命傷こそ避けられているが、あまり長引くとやがて出血多量により行動不能となるのは目に見えている。

 

抑えようとはしていても、ブーメランやナイフが体を掠めるたびに。

どうにかしなければ、と焦る想いに体が縛られていった。

そうして、ますます回避が困難な状況に追い込まれていく。

 

 

どうすればいい。この状況で、どうすればこの超能力を攻略出来る。

 

 

回避して、考えて、回避して、考えて、考えて────。

 

 

 

(……………………あれっ?)

 

 

その時、私はとある一つの考えに至り。

 

それと同時、ピタリ、と。

 

 

まるで、戦闘が突然終わったかのように静止したのだった。

 

 

 

★★★★★★★

 

 

「…………?」

 

精鋭軍人二人による嵐のような連携攻撃を凌ぐため、自身もまた激流のごとき動きを以て回避に勤しんでいた女。

それが突然、まるで核戦争前にはあったロボットのスイッチが切れたかのように、その動作を停止する。

 

直前まで行動を読んでいたとはいえ、さすがにこの不可解な心の動きまでは予測が出来なかった大佐。

無論、獲物の血を求めていたブーメランはむなしく空を切り、大佐の下に戻る。

 

とはいえ、何の問題も無い。

単に止まったというのならばそのまま串刺しにするだけだし、これがフェイントで急に動くつもりというならなおさら簡単だ。

自分はそれすらも読んで攻撃が可能なのだから。

 

そうして必勝の予感を以てブーメランを投げようとする、と。

 

戦闘中にもかかわらず突然、女がフゥーっと大きく息をついた。

 

 

「────やめました」

 

 

これまでの苦悶、煩悶の表情から一転。

妙にさっぱりとした、笑顔にすら見える表情で呟いたのは、降伏とも取れる宣言。

 

 

「ほう……ついに諦める気になったか? 女の小柄な身で、よくぞここまで戦い抜いたものだがな」

「ファハハハ! 我らGOLANに忠誠を誓うというのであれば、今からでも半殺しで済ませてやることもやぶさかではないぞ!」

 

 

その敵対者二人の言葉に対しても、女はあくまで落ち着いた、自然な様子で返す。

 

 

「ああいえ。えっと、どうやってあなたの超能力……予知を破ろうだとか、どうやったらスマートに勝てるかとか、小賢しく考えていたのですが……その、気づいたんです」

「む……?」

 

 

 

────ごちゃごちゃ考えるより……もう正面突破のほうが早いなって。

 

 

 

そう言うやいなや、前傾姿勢になり、スゥゥっと深呼吸をし始める女。

 

……明らかに、足に力が入ってきている。

このあまりにも分かりやすい体勢から取る動作など、もはや大佐が予知するまでも無く一目瞭然だ。

 

 

すなわち、ただまっすぐ前に跳びかかるだけ。

 

 

────だが、これは。

 

 

「動き、読めるんですよね? それでは、軍曹にちゃんと伝えてあげてくださいね」

 

 

女はそう続けるとさらにそのまま、倒れ込むのではないかと見紛うほどに身体を落とし…………

 

 

瞬間、床が爆裂し、女の姿がかき消えた。

 

 

「────!! 軍、」

 

軍曹、とかけようとした声が届く前に、ふわっと身体が宙に浮く軍曹。

 

 

「大、────」

 

 

こちらに向けた、おそらく助けを求めるのであろう最期の言葉を発する前。

先程まで二人が繰り出していた連携、それがさざ波か何かに思えるほど。

そんな、本物の連撃の嵐が軍曹の全身を覆いつくし、瞬く間に絶命させた。

 

 

★★★★★★★

 

 

結局のところ結論としては、『読まれても対応が追いつかない速さで動けばいい』だった。

 

これに至る直前までは、如何に上手く、キレイな形でこの超能力を破るか、ということばかり考えていた。

 

……まだまだ完璧な実力とは言えない私が、この世界で生きるにあたり、思考をし続けることは間違っていない。

実際、こうした考えを続けていたからこそ、ミスミさんを始めとした人たちの死の運命を曲げることが出来ている。

 

 

が、しかし。

 

(北斗神拳が出来ることは……決してそれだけじゃない)

 

伝説にして最強の暗殺拳、北斗神拳。

その伝承者を目指すからには、小賢しく、小綺麗に立ち回るばかりというのは……そう、如何にも"ふさわしくない"。

 

 

────北斗神拳は、こんなものではない。

もっと、もっと。圧倒的な、問答無用の強さで敵を打ち倒す。

そんな姿にも幼い頃から自分は憧れていたはずだ、と。

 

元より、私はここに、より強くなるために来たのだ。

 

その初心を思い返した私は、余計なことを考えるのをやめて、ただただ自分にできる最速だけを信じ、追求することにした。

 

 

そうして今、私の動きに集中していたはずの軍曹が、為す術無く地に沈む。

 

その様を、私の顔を、呆然とした表情で見やる大佐。

もはや彼が何を考え、何をしようが関係ない。

だからそのままもう一度、同じ体勢を取る。

 

 

「う、ぉ……あ、あぁぁ……!」

 

 

────ただし、それはもう一段加速する。

 

 

先ほどと違うのは、状況。

 

周りを囲む兵も居なくなり、より十分な足の踏み場、スペースが確保できている。

 

先ほどと違うのは、心構え。

 

一対一となりさらに余計な雑念の全てを取り払って、ただただ身に流れる闘気を脚に集中させていく。

 

 

……先ほど、大佐は私を指し小柄な身、と言った。

 

その通りだ。私は彼らやケンシロウさんに比べれば小柄で……そして、身軽。

 

その上で闘気の扱いは、足運びは。

すでに北斗神拳伝承者と比べても恥じないものとなっている、はず。

 

 

だから、ただ"それ"だけに集中をした時、その一点においてなら。

 

おそらくは、きっと。

 

 

「────私は、ケンシロウさんより、速い」

 

「ぁ、待ッ────────」

 

先ほど、軍曹を倒した時のそれを超える爆裂音が響き渡る。

 

極限まで狼狽はしていてもさすがは大佐というべきか、動きに反応すると、すでに持ち替えていた爪のような暗器で迎撃を試む。

が、動揺により弱まった心から繰り出されるその動きは、トップスピードに乗った今の私から見ればスローモーションだ。

 

 

それは、これまでされていたことの意趣返しのように。

私は彼の全ての動きに対し"後出し"で完膚なきまでに叩き伏せ、先に着地する。

 

それに遅れて、宙を舞っていたGOLANの首領、大佐。

全身をズタズタにされたその肢体が、ドシャァっという音と共に地に倒れ伏した。

 

 

(────私は、まだまだ、強くなれる)

 

 

決着が、ついた。

 

 

 

 

「……ゲッゥ……ば、バカ、な……それほどの、それほどの力がある、なら、何にでもなれるはず……お前、は……なんのために、こんな……」

 

「……ただ、生きるため、です」

 

「そんな……そんな、つまらない、こと、で……こ、後悔、せん……の…………か………………」

 

そう言うが最期、大佐はそのまま息を引き取った。

 

……彼も、なまじ強かったがために、核戦争で生き残ったために。

自分が最も優れた、神に選ばれた存在だ……そんな妄執に取り憑かれてしまった。

 

しかし。

 

「────ただ生きるのって、結構大変なんですよ」

 

もし彼が私が知るような、この世界に数多く居る強者たちの存在に気がつくことが出来ていたなら……ここまで増長し歪むことは無かったのかもしれない。

 

────彼や、今の私の実力で頂点に立てるようならこの世紀末、苦労は無いのだ。

 

……とはいえ、私もあまり偉そうなことを言える立場にはない。

この世界で目覚めてしばらくは、この生き方というやつを迷走させ、周りにご迷惑をおかけしたものだ。

 

 

ただ、後悔せんのか、と言う言葉だけは。

それに対してだけは私は、自信を持って、するはずがない、と返すだろう。

 

苦労ばかりのこの世紀末だが、こう見えても、私は。

 

 

「ご心配には及びません。ちゃんと、楽しんでますよ」

 

 

 

……そうして、あとに残されたのは、狂気に染まった軍人達の成れの果て(しかばね)と、完全に戦意を喪失した数名の生き残りのみ。

 

 

この日、神の国-ゴッドランド-は崩壊した。

 

 




楽しようとしたらハードモードになってたでござる


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第十一話

その後、諸々の後片付け……主に囚われていた人達の救出などが完了し、私は帰路につく。

もう神の国-ゴッドランド-に関しては心配は要らないだろう。

 

 

そして、その帰りの道中、おぼつかない足取りで一人歩く少年を見つける。

すでに目が見えていないのか、今にも高所から落ちようとしている、という危ないところだったが、なんとか間一髪で助けることが出来た。

 

 

……私は原作で彼の存在を知っていたからそのつもりで探していたが、ケンシロウさんはよく見つけたものだ。

 

ともかく、脱水症状を起こしかけている彼に、手持ちの水を分け与える。

貪るように飲み終え、ようやく人心地が着いたようだ。

……念のために質問しておこう。

 

「君は、一人で歩いてきたのですか? この先のオアシスを目指して?」

「は、はい……その、ぼくの村を助けてくれる、大人の人を探していて……」

 

やはり、間違いないか。

 

 

少年の名は、タキ。

あのバットくんが住んでいた村の少年だ。

 

彼の村は井戸が突然枯れ、それにより多くの人達が村を捨て出ていった。

しかし、新しい井戸さえ完成すれば水はかならず出る、と信じここまで人手を求めに来たのだ。

それ自体は間違っていない……が、間違っていないばかりに、それが後の悲劇を生むことになる。

 

私の知る原作では、今の私と同じようにタキくんに水を与えたケンシロウさんは、そのまま別れてオアシスのバーに戻る。

そしてそれに遅れてタキくんがバーに現れ、改めてこの依頼をすることになる。

 

しかし、その話を同じバーで聞いていたのが、ここら一帯に君臨する野盗の王、ジャッカル。

非常に狡猾かつ慎重な彼はその後、ケンシロウさん達との戦いを全力で避けた上で、水が出たタキくんの村を襲い、惨劇をもたらすのだ。

 

……正直なところ、あの男に対しては私がスペード達に使ったような、生半可な策が通用するとは考えづらい。

直接的な戦闘能力は低く、私やケンシロウさんが戦えば勝つことは造作でも無い。が、ジャッカルの恐ろしさはそんなところには無いのだ。

 

なので、ここで私が打ち出した方針は。

 

 

「────そうですか、それでは、一緒にオアシスまで行きましょうか。せっかくなので、詳しい話を聞かせてもらえますか?」

 

 

────そもそも、村の話を奴らに聞かせない、だった。

 

すでに協力者がここに居る以上、わざわざ誰が聞いているか分からないバーで話をすることはない。

ここで情報を手にした上で、後ほど改めて、人が居ないところででもケンシロウさん達に伝えれば良いのだ。

 

「い、いいんですか……? 水までもらったのにそんなことまで……あ、ありがとうございます……神様!」

 

神様とかご冗談を、とむず痒さから反射的に否定しかけて、ふと思いとどまる。

 

……思えば彼は、原作でも水を与えたケンシロウさんを神様と呼んでいた。

 

(神様が……自分を助けてくれる人が、まだこの世界にはいるって信じたいんだろうな)

 

純真な子供には生き辛すぎるこの世紀末で、呼び方一つで彼の心が慰められるなら……わざわざとがめることも無いか、と思った。

 

 

でも人前で呼ぶのは、出来れば勘弁してください。

 

 

 

 

そして、バーに戻った私達をいの一番に出迎えたのは、ガシャ~ンとグラスの割れる音。

……どうやら私の姿を見たマスターが、信じられないとばかりに手に持っていたそれを落としたようだ。

 

「あ……あんた! い……生きていたのか!?」

「マコト!! もう、何やってたんだよ遅いなー!」

 

そう言って笑顔を見せるバットくんとリンちゃん。

ケンシロウさんもいつもどおりの無表情に見えるが、その中に少し、安堵の色を覗かせているのがわかった。心配をかけてすみません。

 

「なっだから言ったろう! マコトなら神の国-ゴッドランド-なんて壊滅させられるって! 何しろ北斗神拳の使い手なんだぜー! どうだい納得したかおっちゃん!!」

「あ、ありがとうございます。あの、それは良いので、話したいことがありまして、とりあえず一旦ここから出ませんか?」

 

原作の知識がある私は、とにかくあまりここに長居したく無いのだ。

……が、その思いも虚しく、二人の男がぬっと私の背後に現れる。

 

 

「あんたか、神の国-ゴッドランド-を一人で潰したという女は……捜したぜ」

 

 

ゾワッとした。

それは、いきなり男二人に後ろから声をかけられたから……というわけではもちろん無く、その内容にだ。

 

(崩壊させたことを言ったのは、今が最初のはずなのに……すでに情報を掴まれている────)

 

後片付けで少々時間を取ったことを考えても、恐るべきアンテナの広さだ。

これが、この男たち……正確にはそのボスである男、ジャッカルが持つ危険性なのだ。

 

 

「お前のウワサを聞いて俺たちの組織に入れてやろうと思ってな。お前が入りゃ鬼に金棒、どんなことでも思いのままだ」

「あーいえ、そういうのはちょっと、興味ないって言いますか……」

 

と、ここでサッと割り込むバットくん。

あ、まずい。

 

「おっとぉ! そういう話はまずマネージャーの俺を通してもらわなくっちゃ!」

 

邪魔をされたと感じた男は躊躇なく、「ザコは引っ込んでろ!!」とバットくんに拳を振り上げるが、すかさず私は手を差し込みそれを止める。

 

……子供をどかせるだけにしてはあまりに強い勢いだ。

止めなければ少年の小さな体は血を吐きながら吹き飛ばされていただろう。ひどいことをする。

 

「────勧誘しようってところに、人の仲間に手を出そうとは、ずいぶん良い教育を受けていますね」

「あぁ!? てめぇ下手に出てりゃぁつけあがりやがって! 良いからこっちに」

「フッ────!」

 

もはや彼らと話すことはないだろう。

そう判断すると私は小さく息を吐きながら、男二人まとめて秘孔を突いて気絶させた。

 

 

……その様子を見ていたタキくんが、後ろから信じられないとばかりに声を上げる。

 

「え……すごい、大人の男を倒したんですか? これなら、村の井戸も……!」

「な……お前、まさかタキ、タキじゃねえかおい!!」 

「あっ!! そ……その声は、バ……バット兄ちゃん!! どうしてここに!?」

「いやどうしてってこっちのセリ」

 

 

「とにかく!! ここは!! 人が多いので!! 一旦!! 出ましょうか!!!」

 

 

こうして、話が進んでしまう前に力技で押し込むようにして、私達はバーを後にしたのだった。

 

 

 

 

「────おい、貴様ら。……分かってるな?」

「────へいッ」

 

 

 

 

「な、なんでぇあのババァまだ生きてやがるのか!!」

 

こうして、人通りのないところを選び、タキくんから私達は改めて話を聞く。

 

バットくんは憎まれ口を叩いているが、この厳しい世界で身寄りのない子どもたちを、自分を顧みず世話し続けるおばさん。

おばさんのことを含めた、村の困窮とタキくんの願いを聞いた私達は、満場一致で村に行くことを決めたのだった。

 

……その時。

 

 

「…………」

「……? どうかしたの、マコトさん?」

「ううん、なんでもないですよ、リンちゃん」

 

 

ほんの僅か、北斗神拳の使い手が、さらに気を張ってようやく分かるくらいの、微かな人の気配を感じた。

距離は遠く、普通に考えれば全く関係ない通行人か何かの可能性のほうが高いだろう。

 

しかし。

 

 

(……少し、覚悟をしておいたほうが良いかも知れない)

 

 

 

 

 

道中、何度も尾行者が居ないか、不審な点は無いかと目を光らせてはいたが、結局見つかることは無く。

そのままタキくんの案内のもと数日ほど歩き通し、目的の村が見えた。

住居の多くは壊れ、人通りは無く、作物などもほぼ見られない。

多くの村人が捨てた、というのもうなずける荒れようだ。

 

 

「ひゃ~~ひでぇ荒れ方! これじゃ誰だって見捨てらぁ、もうババァもとっくにくたばってんぜ! 帰ろうぜケン、マコト!」

 

……これで本当にじゃあ帰ろうか、て言ったら多分一番焦るんだろうな、バットくんは。

 

そんな事を考えながらも、さらに案内されるまま歩く。少ししたところで、話にあった井戸にたどり着いた。

 

 

「おばちゃ~~ん! バット兄ちゃんが帰ってきたよ~! それに手伝ってくれる人も見つかったよ!」

「ヤロ~ババァ! せっかく俺が戻ってきたのに出迎えぐらい出来ねえのか! ……いてっ!?」

 

バットくんの頭にごちんっと、小石がぶつけられたのはその時だった。

 

「どの面下げて帰ってきた! この道楽者のバカ息子!!」

 

そうして小石を片手に現れた壮年の女性。

この人がバットくんの育ての親であり、この村の取りまとめ役でもあるトヨさんだろう。

 

「や……やりやがったなこのくそババア~!」

 

どうどう、と抑える私達のところに来て、トヨさんはニッコリと笑う。

 

「よくおいでくださった、わしがトヨですじゃ。お疲れになったでしょう」

「はじめまして、マコトといいます。バットくんには、いつもお世話になっております」

「おぉおぉこんなカワイイ娘がバカ息子にお世話だなんて……ご迷惑ばかりおかけしてるでしょうに」

「おま、おま! いらねえ事ばっか言ってんじゃねえよババア!」

 

……ほんの少し、話すだけで伝わるのはトヨさんの暖かい人柄。

そして憎まれ口を叩き合いつつも、トヨさんとバットくんが互いに向ける深い愛情。

 

 

原作では後ほど明かされることだが、実はこのバットくんが村を一人で出たのは、他より身体が大きい自分が出ることで口減らしをするため……つまり、他でもない村を。トヨさんを想っての行動なのだ。

生来の気性・資質もあったとはいえ、この世紀末において少年が身一つで旅立つというのは、並々ならぬ覚悟を要したことだろう。

そして、そのことはトヨさんも分かっている。だからこそあえて厳しい態度を取って、バットくんの未練という形で負担になることを避けているのだ。

 

……この事実は、原作でトヨさんがジャッカルの手により殺され、その今際で明かされたこと。

最期はバットのおかあさん、という叫びと共に彼女は息を引き取ることになる……が。

 

(────そんなこと、絶対にさせるものか)

 

何事も無ければ、明かされることもないこの事実。

この世界で、それを知るのは、私だけでいいんだ。

 

少なくとも、今は。

 

 

また、それとは直接の関係は無いにしろ、私は今、必ず真っ先にやらなければならないことがある。

 

「さあさあ、長旅でお疲れでしょう、作業は明日にして、今日は水を飲んでゆっくりと休んでいってくだされ」

「よっしゃ! 水だぜ水ー! もう疲れたぜ~!」

 

そう言って飛び跳ねるように喜ぶバットくん。確かに私達も疲れてはいる。

休めるなら休みたいし、普段なら当然そのお言葉に甘えたい、が。

 

「────いえ。せっかくのご厚意ですが、私達は水を出すために来たのです。なので早速ですが、井戸を見せていただけますか? ……ケンシロウさんも、良いですよね?」

「む────いいだろう」

 

「え、いえ、しかしそんな……」

「えぇ!? お、おいどうしたんだよマコト! そんなもん明日で良いじゃねえかよー!」

 

明日では、ダメだ。

 

こんな、厚意を無碍にするような失礼な態度を取ってまで、井戸の件を解決したい理由。

それは、この村の……正確には、トヨさんの困窮具合にある。

 

元気な態度で上手く……それこそ、ケンシロウさんすら欺くほどに見事に隠しているが、実のところ、このトヨさんは水を一滴も飲んでいない。子どもや私達に振る舞う水を確保するためで、それもあと二日もつかどうかという状態だ。

自分が無茶をしてしまっては元も子もないとも思うが、そんな優しいトヨさんのためだからこそ、タキくんは一人で砂漠を渡るなんて無茶をしたのだ。

 

……そして、その優しさは最悪の結末を呼ぶ。

今日に至ってなおトヨさんが水を飲んでいないことを知ったタキくん。

彼は今日の夜中、なんと水を盗むために隣村に一人侵入する。そして水の番人に見つかりあえなく射殺され、その痛ましい躯をトヨさんの前に晒すことになるのだ。

トヨさんのためを思ってやったことで、他ならぬ彼女が嘆き苦しむことになる……あとたった一日待てば避けられたこの事態を、私が居る前で起こすことはあってはならない。

 

……それに、これほどどこも水不足であえいでる現状、水泥棒は人命に関わりかねない大罪だろう。

原作では門番はケンシロウさんに殺されたが、泥棒をしたのはこちらな以上、子どもとはいえ正直撃ち殺されてもあまり文句は言えなかったと個人的には思う。

これは、本来生まれる必要など無いはずの罪を、まだ七つのタキくんに背負わせないためでもあるのだ。

 

 

そんな内心を抱えながら、私とケンシロウさんは井戸の底にたどり着く。

 

────これは、確かに。

 

「硬い……それに、かなり厚い岩盤ですね」

 

「え、えぇ、これさえ割ることが出来れば、とは言われていますが、いかんせんこの厚さでして……やはり、明日からじっくり時間をかけてやっていただいた方が」

 

と、井戸の上から心配そうにトヨさんが声をかける。

なるほど、前提として一日二日で割れるようなものではない、とわかっているからこそ、タキくんはあれ程の無茶をしたのだろう。

 

 

しかし、何も問題はない。

 

 

「────よし、ケンシロウさん。やっちゃいましょう。今、ここで」

「良いだろう。併せろ」

 

「え……? 今って、まだ道具も……」

 

 

コォォォォっという呼吸と共に、身を流れる闘気を右拳に、ケンシロウさんは左拳に集中する。

 

この動作の目的はただ力を込めるだけでなく、精神のコントロールも兼ねている。

心の強さがモノをいうこの世界で大事なこと。それは、とにかく出来る、と信じることだ。

 

なりたい自分をイメージして修行をし強くなった時のように。今の自分の速さなら大佐を倒せると信じた時のように。

"北斗神拳なら出来て当然"と強く、強く認識し、そして────振り下ろす!

 

 

「おぉぉぉぉお────ッッッ!!」

 

 

さらに、ここには北斗神拳の使い手が二人。

本来起こり得なかった、生まれるはずがなかった破壊力が……奇跡が。

この狭い井戸の底で炸裂する。

 

原作ではタキくんの死によって生まれた哀しみの心の力もあったとはいえ、ケンシロウさんが一人、一撃のもと叩き割った岩盤……それは、この二つ分の威力の前に"当然の如く"崩壊し。

 

「お、おおぉ……き、奇跡、奇跡じゃ……! み、みんな、水だ! 水が出たよぉ!」

 

ゴボボボォォォ、という濁音……この村の人達が心の底から渇望していたその恵みの音と共に、井戸は復活したのだった。

 

 

 

 

「神様……タキはあなたのことをそう言っていたけど、あなた……いえあなた方は一体……」

 

「巡り合わせが良かっただけですよ。……それよりトヨさんは、ちゃんと水を飲まれましたよね?」

「なんと……えぇえぇ、もちろん、頂きましたよ。まさしく生き返った心地でした。……隠していたつもりでしたが、お見通しでしたか。これも神の御業なのでしょうか」

 

神の御業(カンニング)です。

確かにトヨさんの肌にも先ほどとは違って艶が出ている。

もうこれでタキくんが無茶をすることも無いだろう。

 

 

さて、気を取り直して、改めてトヨさん達に注意しなければならないことがあるわけだ、が。

 

「いいですか、水が出たことを誰にも知られてはいけません! 知られたらたちまち野盗共の餌食になってしまいます。隠し通してください」

 

ケンシロウさんが先に言ってくれた。

 

もちろん、永久に隠し通せるものではないが、少なくともジャッカルには情報を渡さないよう立ち回っていることから、これですぐに危険が及ぶことはない……はずだ。

あとはこの村で自衛手段を整えるなり、他の……例えば、原作で残された子どもたちがこの後お世話になることになる、マミヤさんがいる村へ受け入れてもらうよう薦めるのもいいだろう。

すぐには難しくても、野盗達が目の色を変えて狙うほどの豊富な水を手土産にすれば、交渉もきっと捗るはずだ。

 

 

(…………ふぅ…………)

 

 

……今回は直接戦闘こそなかったが、考えること、先回りしてやるべきことが多くてなかなか精神をすり減らした。

ただ、このまましばらく様子を見て何事もなければ。

 

 

(────なんとか、なりそうかな。よかった)

 

 

 

「ヒャッホ~~~!!」

「水だ~~~!!」

「おら~~どけどけ~~!!」

 

 

バイクに乗ったカラフルなモヒカン複数名が村になだれ込み、私が頭を抱えてうずくまったのは、そんな風に希望を持った瞬間のことだった。

 

 

 

ジャッカルの、偵察隊だ。

 

 



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第十二話

うなだれてばかりいる場合じゃない。

神の国-ゴッドランド-を崩壊させたものとして、遠巻きに私達の動向を探られていたか、はたまたこの村を捨てた人間から元々情報を得ていたか……

ともかく、この偵察隊が襲ってきた以上、ジャッカルがこの水を狙ってくるのはほぼ間違いないだろう。

 

水を狙い襲ってきた男達は、すでに外に出ていたケンシロウさんが"北斗虚無指弾"で倒そうというところだが……

 

「あ、待ったケンシロウさん! 気絶させるのは二人だけで、一人残してほしいです!」

 

バットくんが『あ、またなんかやろうとしてる』って顔で見ているが気にせず、一人残った男の背に回り、問いかける。

 

「あなた達は何故ここに? ただ通りすがった野盗ですか? それとも誰かの命令を受けて来ていますか?」

「あぁ? 誰が野盗だコラァ! てめぇなんざに言うわきゃねぇだろぉが!」

 

まあそうですよね。

 

口を割ってもらうためにスペードと同じように解唖門天聴(かいあもんてんちょう)を使うのも手ではあるが……アレは小さな子どもたちの前でやるには少々絵面が凄絶にすぎる。

意志の強い相手でも無さそうだし、ここはつい先日ケンシロウさんに教わった秘孔を活用しよう。

 

「へへ、バカが……はぐ、な、なんだ!? 口が、勝手、に」

「意志と関係なく口を割る、新一という秘孔です。改めて聞かせてもらえますか?」

「う、くそっ俺たち、は、ジャッカルの命令で見張ってた! 水が、出たから、先に奪おうと、したんだ!」

 

「ジャッカル……! 村に居た男から聞いたことがあります。恐ろしく狡猾な上、かなりの規模の野盗一味だとか」

 

と、補足してくれたのはトヨさんだ。

 

 

……これで必要な情報の共有は出来た。

改めて野盗の処理を終えると、私達は顔を突き合わせて考える。

 

「しかし、そんな連中もいるんじゃ水が出ても安心出来ねぇな」

「……こちらから倒しに行けるなら良いのですが、噂になるほど狡猾というのなら、ただ襲いに行っても逃げられるだけでしょうね」

 

実際、これはかなり難しい状況だ。

彼らの情報網によって私達の力……北斗神拳も知られている以上、私とケンシロウさんが村から出ることを確認しない限り襲ってくることは無いだろう。

かといって私達がこの村に永住する、というわけにもいかない。

 

悩む私達にガシャッという音とともに、心配ご無用っとトヨさんが虎の子を見せる。

 

「いざとなったらこれがあります! ふふ、弾も何発か残っておりますでな」

 

そういって掲げたのはかなり大きな銃だ。

リンちゃんも「スゴい!」と感動しているだけあって、鍛えた拳法家でも無い野盗を倒すぐらいなら十分な火力と言えるだろう。

 

「だから、この村のことは心配なされず、行ってくだされ。……この世の中にはわしらみたいな人間がいっぱいおります。あなた方が現れるのをきっと待っていることでしょう」

「む……」

「え、いや……だってよ、それは……ど、どうするケン、マコト」

 

私達のために気丈に振る舞うトヨさんと、それを心配するバットくん。

バットくんはどうする、と聞いてきているが内心どうしたいと考えているかは、こちらから聞くまでもないだろう。

 

そんな二人の顔を見比べて……私は、決めた。

 

「……わかりました。トヨさんのお言葉に甘え、私達は一度旅立たせていただきます」

「ぅ……」

「えぇ、えぇ。それが良いでしょう……はっなんだいあんたその目は? ドラ息子のくせにいっちょ前に私の心配かい?」

「な! そ、そんなんじゃねえよ! 勝手にしろババァ!」

 

心配をかけまいと送り出そうとするトヨさん。

……そんな彼女に向けて、私は出る前に声を掛ける。

 

 

「────ただ、トヨさんにちょっとお尋ねしたいことがあるのですが」

 

 

★★★★★★★

 

 

夜間、村から歩いて出る複数の影をジャッカル達は確認する。

……村のことが気になるのか何度か振り返ってはいたが、やがてその動きもやめ離れていった。

 

「よっしゃ、今なら行けますぜジャッカル! 村の連中を皆殺しだ!」

 

意気軒昂に声を上げるのは部下の一人だ。しかし、組織の長であるジャッカルはまだあくまで冷静に観察する。

 

「…………いや、まだだ。まず、アイツラの中に本当に北斗神拳使いの二人は居るんだろうな?」

「それはもう、何度も確認しましたって! 間違いなくあの女と、胸に七つの傷がある男の二人……あとはついでにガキも付いています!」

「そうか、だがもう少しだけ待て! ガキどもの悲鳴が聞こえんぐらいにな……………………よし、これだけ離れれば十分だ! 邪魔者はいなくなった!! いくぞ!!」

 

 

そうして、待ちわびた水と血を求め……飢えた獣どもは動き出したのだった。

 

 

 

 

「お……おばちゃん一体あれなぁに……まるでバケモノの大軍だよ」

「大丈夫、心配はいらん。……しかし、アレ程の規模だったとは……」

 

村の長、トヨは迫りくる脅威と、自身が抱える銃を交互に見比べ、考える。

さらに引きつけ、首領をこれで撃ち抜き殺すことが出来れば、やつらは銃を恐れ逃げ出すかも知れない。

他に手が無いならおそらくそうしていただろう。

 

 

が、ここで思い出すのは一人の女……マコトが村を出る前にかけてきた言葉。

 

 

────トヨさんは、銃を確実に当てる事が出来るような訓練を積まれていますか?

 

 

……銃の使い方こそ知られてはいても、専門的な訓練……ましてや人に向けて撃った経験など如何に世紀末といえど、一般人がそうそう持つものではない。

トヨもその例に漏れず、必中させる自信がある、とはとても言えない。

ただ、弾が複数あることから、ある程度至近距離でなら十分倒すことは可能だろう、と考えていた。

 

 

そしてそれを聞いたマコトは、うつむきながら少し考えて……その後、何かの覚悟を決めたように顔をあげると、使い方の指定をしてきた。

 

 

マコトに教えられた使い方は……正直なところ、素人目から見てもそれほど効果的なものには思えない。

少なくとも言われない限りは、自分でやろうとは考えはしないだろう。

 

……どうも、彼女自身もそう思っているのだろうか、真剣ではあるが若干不安げな内心は隠しきれていない。

 

「────ええ、分かりました。あなたの言うことを信じましょう」

 

が、しかしそれを伝えたのは他ならぬ村の救世主。

何より、最後まで自分たちの身を心から案じていることが目で、態度で伝わったからこそ、トヨはその策に命を預ける覚悟が出来た。

 

 

教えられたことを反復するとトヨは一人、ジャッカル達の進路上に出る。

 

 

そして、ジャッカルがギリギリ自分が視界に収められる程度の距離になった……

────その瞬間。ジャッカルに向けて銃を発砲してきたのだった。

 

 

「な、にぃ────!?」

 

 

当然、驚いたのはジャッカルだ。

村に残った無力な老人と子ども達を殺し水を奪うだけという、簡単かつお楽しみなだけの時間だったところに、突然自分を脅かしかねないものが現れたのだ。

悲鳴こそ上げずに済んだが、突然鳴り響いた轟音に内心ではかなり冷や汗を流していた。

 

「────ふん、こざかしいわ!」

 

が、状況を冷静に見られるようになると、その恐怖もすぐに無くなった。

何しろ使い手はどうやら素人も良いところのようだ。

あのような当たるはずもない遠い位置から発砲し、この時代において貴重な弾を無駄にしたのがその証拠。

大方、その発砲音や銃の存在で脅かすことで逃げ出すと思ったのだろうが、身をかがめてバイクを盾にする形で距離を詰めればこちらのものだ。

 

そう考え、着実に……先程までよりは若干慎重なペースで村へと迫るジャッカル一味。

 

そしてトヨ達の目前までたどり着き、バイクから降りたところでトヨが銃を構え声を張り上げる。

 

「出ていきなさい、撃つわよ!」

 

「グフフ……撃つなら撃ってみろ!!」

 

そう言って自分の服の中を……正確には自分の身体に大量に巻きつけてあるソレを晒すジャッカル。

 

ジャッカルが愛用するソレの名は。

 

 

(ダ……ダイナマイト!!)

 

 

「はあっ!! はははは~~!! 撃てばお前もそのガキどもも、粉々に砕け散るぞ!!」

 

「う……う……」

 

「さあどうするババァ! 撃て! 撃ってみろぉハハハァ~~!!」

 

 

剣を構え一歩、また一歩とジャッカルはトヨに近づく。

すぐに殺すつもりはない。自分を脅かそうとしたこの女への怒りはそれでは済まされない。

急所を外して突き刺し、じわじわと弱らせた上で、子どもたちと共に苦しめてやろう。

そんな風に考え、狂気にまみれた笑みで距離を詰め続ける。

 

 

────そして、その凶刃が今まさにトヨの身体を串刺しにしようとし……

 

 

それと同時。

 

 

「────ボゲェアッ!!?」

 

 

高速で飛来した拳大の石が、凶悪に歪められたジャッカルの顔にぶち当たった。

 

突然自分を襲った予想外の衝撃にたまらずジャッカルの巨体は倒れ伏す。

 

「な、なんだ!? 誰だぁ!!」

 

動揺し声を張り上げるジャッカルの部下に対し、暗闇からかかるもの。

 

 

────それは、生意気そうな少年の声。

 

 

「へ! 歓迎しないやつに石をぶん投げるのはこの村流の挨拶だぜ! ざまぁみやがれ!!」

 

 

そう言って笑うのは石を投げた……マコト達と共に村を出たはずの少年、バットであった。

 

 

 

 

激高するジャッカル達を前に立ちふさがり正面から戦う……なんてことはもちろんせず、バットはそのままトヨを連れ逃げ出した。

当然、立ち上がったものの怒りの収まらないジャッカル一味は全力で追う、が、ここはバット達からすれば勝手知ったる生まれ故郷。

入り組んだ路地裏や近道をたくみに使い、一味を翻弄していった。

 

さらに。

 

「せ──のっ!」

「ぐぇぁ!?」

「くっそ、またか!!」

 

村の子ども達の中でも比較的年長……特に、バットと仲の良かったいたずら好きの子ども達が中心となって、時には岩を落とし、時には落とし穴にはめてと妨害を繰り返す。

 

トヨだけでなくバットも戦っているというのに、 自分たちだけが守られている訳にはいかない、と村が一丸となって恐ろしい大人達に立ち向かっていた。

 

 

「そぉら、くらえ!!」

「ぐわぁあ!!」

 

その子どもたちの中でも、最も活躍をしたのはやはりバットだ。

この世紀末を一人で生きてきたメンタルとバイタリティに加え、直接切った張ったをしたわけでは無いにしろ多数の修羅場を経験している。

その経験を、知恵を。

全力で活かし、村を襲う魔手からトヨ達を守り続けていた。

 

それに、なにより。

 

(マコトのやつがいつもあんなに頑張ってんだ。俺だって、俺だって!)

 

ケンシロウに比べると自分とそれほど歳も離れておらず、おまけに女であるマコト。

そして、そんな彼女にいつも守られるばかりだった自分。

そのことに感じていた不甲斐なさが今この時、大きな心の炎となって燃え盛っていた。

 

 

が、しかしその懸命の勇気も、巨大な悪意の前にはやがて限界が訪れる。

 

「てめぇらぁ……あんなガキども相手にいつまで手こずってやがる!! クソ、もういいどきやがれ!!」

 

ジャッカルはそう言うと手持ちのダイナマイトに火を点け、標的が潜んでいるだろうというところに、怒りのままに投げつけたのだ。

 

 

「うわぁ──!!」

 

そうしていぶり出されたのはバットとトヨ、そしてタキを含む子ども数名。

 

「はぁ……はぁ……クソババァにガキども、よくもやってくれたな」

「う……クソ……」

「うぅ……バット……みんな、逃げて……」

 

物陰にいたため直撃こそ免れているが、爆風の衝撃でしばらくまともに走るのは難しいだろう。

そんな彼らの前に立ち、ジャッカルは勝利の確信とともに笑い、声を上げる。

 

「フォ────ックス!!」

「はは!!」

「わが軍団が誇る最高幹部よ、貴様の知恵を借りよう! こいつらを始末するにはどんな方法がいい?」

 

そうして軍団の中から現れた男、フォックス。

彼もまたジャッカルに負けず劣らず凶悪な人相をニマニマと歪めながら、卑劣をはたらくための頭脳を回す。

 

「は!! そうですね……ではババァの前でガキを一人ずつ絞首刑、ジャッカルに石をぶつけやがったガキは最後にはりつけにし、部下に死ぬまで石をぶつけさせる的当てゲーム、というのはいかがでしょう」

「うむ……そいつは面白い」

「……!! お、お願いじゃ、わしはどうなっても良い、子どもたちだけは殺さんでくれ、バット達をどうか、許してやってくれぇ……!!」

「…………ッ!」

 

顔を地面に擦り付け懇願をするトヨに、ジャッカルは自身の溜飲を下げながらも、さらに残酷に告げた。

 

「フッフフ! これは俺様達に楯突いた罰だ! ガキどもは一匹残らずぶち殺してやる、よ~く見ておけ!! さあ、ガキどもを捕まえろぉ!!」

「う、く……!」

 

 

その言葉を受け部下の男がトヨ達に迫る。

 

 

「さあ~~来いやガキどもぉ! ヒヘヘ! ガキのくせに手こずらせやがって!! 無駄な抵抗だったってのになあ!!」

 

 

 

「────────いえ、最高の仕事だったと思いますよ?」

 

 

 

突然後ろからかけられた女の声。

それに対する『へ?』という気の抜けた返事を最期に、部下の頭は弾け飛んだ。

 

 

 

★★★★★★★




子どもたちでもやり方次第でモヒカンを倒せるのが北斗世界
コウケツ様はそう教えてくれました


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第十三話

とにかく、時間との戦いだった。

 

慎重なジャッカルは、私達北斗神拳使いが二人同時に離れるまでは襲っては来ないだろうという推測。

その上ジャッカルにとっての脅威が一人ではないということから、場合によっては原作以上の距離に離れてようやく動き出す、という可能性すらあった。

 

そういった理由から、後から村の異変を察知する必要があり、そのために頼ったのがトヨさんが使う銃の音だった。

実際に原作でも、ケンシロウさんが村に駆けつけられたのは、ジャッカルを狙い撃った銃声によるものだ。

 

が、原作でのその弾丸は額を掠めるだけであえなく外れ、その後すでに距離を詰めているジャッカルによってトヨさんは突き刺される。

だからこそどうせ外れるなら、ということで威嚇を兼ねて先に撃ってもらうことを提案したのだ。

 

 

これにより私達の察知が早まり、さらにジャッカル達の行軍を遅らせるという効果も期待出来た、が。

 

(────それでも、おそらくこれだけじゃ時間が足りない)

 

原作でケンシロウさんが駆けつけた時には、すでにトヨさんは刺されたあと。

さらに子どもたちも完全に捕まり、その処刑の真っ最中という状況だ。

トヨさんの死という悲劇を防ぐため、それら全てに先駆けて馳せ参じようとするならば、もう一手必要だったわけだが……

 

「────」

 

バットくんが、私を見る。

その目に宿るのは、村を案じる想い。

村が、トヨさん達がジャッカルに狙われていることを知った上で、自分に何か出来ることは無いか、と訴えかける強い意志だ。

 

 

これはおそらく、村の困窮を見かねて自分が口減らしになる、と決意をした時の。

そして、本来辿るはずだった遠い未来で、ケンシロウさんのために自分の命を捧げる覚悟をした時と同じ目なのだろう。

 

 

少年時代と大人で、強さも立ち振舞いも大きく変わったバットくんだが、その根底にある気高さは、今この時から何も変わっていない。

 

 

だから、私は。

 

 

「……では、バットくんも戦っちゃいましょうか」

 

 

原作ではとても考えられなかったこの選択肢を、選ぶ決意が出来たのだった。

 

 

 

 

そうして今、彼らの奮闘の末、私達はジャッカルの下にたどり着くことが出来た。

 

部下が殺されるところを目の当たりにし、私達の姿を認めたジャッカルは、舌打ちとともに距離を取る。

 

「チッ! 銃声を聞きつけて戻ってきたか……引き上げだ」

 

「ははっ」

 

その命令を受け撤退の準備を始める部下。

が、それに対し部下のうちの一人が『なんであんな青二才どもに逃げなきゃいけねえんだ』と不満げに前に出た。

シュッシュッとシャドーをしながら私達の下ににじり寄る。

 

その姿をバカが、と吐き捨てつつも、これ幸いとさらにジャッカルは距離を取った。

命令を聞けない部下を囮に安全を確保できるのなら、儲けものとでも思っているのだろう。

 

「おうおう、こらチビガキども。 元プロボクサーだった俺様が相手してやろうじゃねぇか、お~?」

 

「それはすごいですね。デビューしたてでもプロはプロですが」

 

「おい、こいつから殺していいのか」

 

……私も結構ひどいことを言ったつもりだが、隣のケンシロウさんが吐いた剛速球にはちょっと勝てる気がしない。

当然男は怒り、歯を剥きながら叫んだ。

 

「なっ!? このガキャ~!! 死ねぇ!!」

 

元プロボクサーの男が大振りな右フックを放つ。

私達をまとめて殴り飛ばそうとしているようだが、その速度はこれまで戦った相手と比べても遥かに遅い。

 

私はケンシロウさんの邪魔にならないよう回避し、ジャッカル達の動きの牽制につとめる。

一方ケンシロウさんは高速でその腕を何度か軽く突くと、もはや見るまでもないと後ろを振り返った。

 

「北斗断骨筋」

 

「ん!? なんだ……? ……ゲッ!! あ~~!! あ~~!!」

 

するとみるみる男の腕が破壊音とともに変形し、その歪みが肩まで登り詰め……

最期はその顔までグシャッと陥没させるように破壊した。

 

 

「あべし!!」

 

 

その凄惨な処刑を見て戦慄するジャッカル一味だったが、それでもすでにバイクにまたがり、逃走の準備を完了しようとしていた。

そのまま、吐き捨てるように……それでいて懇願するように、ジャッカルは私達に言う。

 

「さすがの北斗神拳だな……フフッ俺達は逃げるが、俺はお前らとは争う気は無い」

 

「…………」

 

とにかく、ここまで来ても自分と私達は関係がない、というスタンスは崩す気が無いようだ。

 

「それに、俺達はお前らの誰も殺していない。ならばなおさら、わざわざ追う必要もないはずだ。そうだろう?」

 

「なるほど」

 

確かに、この世紀末の世では人は……特にジャッカルのような気質の人間は損得勘定で動くのが常識だ。

それに照らし合わせて考えるとなるほど、自分と戦う気が無い者たちを、わざわざ苦労してまで追うということは、如何にも不合理な話と言える。

ジャッカルもそれが分かっているからこそ、自分たちを追うことの不毛さを説き、身の安全を確保しようとしているのだ。

 

そうして十分に……私達の手が届かないぐらいにまで距離が離れると、安心したように笑う。

 

 

「よし、そういうことだからな! 貴様ら、全員バイクに乗ったな! さらばだハッハハハ!!」

 

 

「いえ、普通にダメですけど」

 

 

────天破活殺。

 

 

話の最中から溜めていた闘気を放出し、尻尾を巻いて逃げようとする獣達を無慈悲に撃ち抜く。

 

今回、この気を撃ち出す先……私が狙ったのは、三点だ。

 

まず二点。

 

「ぶぎゃっ!! な、俺が、なんでぇ!?」

 

最高幹部でありジャッカルの右腕とも言える存在、フォックスの両脚だ。

あまりにも唐突に訪れた痛みと衝撃の前に、フォックスはたまらずバイクから転げ落ち、のたうち回る。

 

 

「ぎゃあぁ!! いっでぇ肩が、肩が!」

 

そしてもう一点が、首領ジャッカルの右肩。

根本を抉るように穿たれたその傷は深く、激痛でまともに動かすことは困難となるだろう。

 

狙い通りに獣達に攻撃が刺さったのを確認すると、私はすぅっと大きく息を吸う。

そして苦悶と混乱の表情を浮かべるジャッカルに対し、声を張り上げた。

 

 

「お世話になった村に! このような真似をされて、そんな虫のいい話が通るわけがない!」

 

「ヒッィィッ!」

 

「どうやら! "運良く急所は外れた"ようですが、ここから逃げても私はお前達だけは、絶対に絶対に追いかけて殺す! ジャッカルの首が穫れるその時まで、何があっても諦めることは無いと知れ!」

 

その言葉を聞くとジャッカルは、元々痛みで青くなっていた顔色をさらに蒼白にし、ほうほうの体で逃走していったのだった。

もちろん、最高幹部として貢献してきたフォックスは置き去りにして、だ。

 

 

────ふぅ。

 

 

(多分これで良し、のはず)

 

 

この時、私があえてジャッカルにとどめを刺さず、逃したことには理由がある。

フォックスを生かしたまま捕らえられたことで、これからその理由の裏付けが取れるはずだ。

 

 

というわけで。

 

 

「……フォックスと言いましたね。置いていかれたようですが、覚悟は出来ていますね?」

 

私と、ゴキゴキッと拳を鳴らしたケンシロウさんが近づくと、フォックスはヒィッと甲高い声を上げた。

 

「ま、待った! 待って! 俺はあんたらに逆らう気はないぜ!!」

 

そう言うと動かない脚のまま頭をペコペコと下げて懇願する。

 

「ほら、この通りだ! こんな状態でやりあう気なんて毛頭ないぜ!! 誰にも手なんて出してねえんだ、見逃してくれよ!!」

 

「……『ガキ共を絞首刑にして、石を投げたガキは的当てゲームで殺すのはいかがでしょう』」

 

「う、あっいや、それは、冗談っていうか、ま、待てよ! や……やつ! ジャッカルの居場所を知りたくないか!? 見逃してくれたら教えようじゃないか!」

 

それはもちろん教えてもらうが、北斗神拳の前にはフォックスの意志などもとより関係がない。

故に、そのまま一歩、また一歩と近づく。

 

「お、おい! 俺はお前らとやる気は無いって言ってるんだぞ!」

 

この通りだっという言葉と共に仰向けに、五体投地の形で地面に横たわるフォックス。

 

「こ、こんな無抵抗の、ましてや怪我で戦えない男を殺そうってのかい! え!? おい!!」

 

……確かに、身を投げ出し命乞いをするばかりのこの男は、傍から見れば完全に戦意を喪失した無力な存在にしか見えないだろう。

バットくんたちも困惑しているようで、どうしようか、という顔で私達を見る。

 

 

────が、しかしこれは。

 

 

(────殺気が、悪意が。まるで隠しきれていない)

 

 

油断なくこちらの挙動と位置関係を伺う視線。全身の……特に首から背筋にかけての筋肉の盛り上がり。そもそもまだ手放さずにいる薄く光る刃。

それら全てが私とケンシロウさんに、この男の本心を雄弁に物語る。

 

これでは、例え原作の知識がない、あるいは忘れていたとしても引っかかることは無いだろう。

原作でケンシロウさんが所詮虚拳と断じた通り、あくまでこれは……ジャッカルが使う跳刀地背拳は、自分より弱いものを騙し討つためのものなのだ。

 

だから、私はその懇願を無視して闘気を練りながら、告げる。

 

「……跳刀地背拳なら通用しませんよ? ……今から3秒後に、先ほどあなたを撃ち抜いたもので攻撃します。死にたくないなら、跳んで避けてください」

 

「3」

「な、ぐ」

「2」

「クク!!」

「1」

 

「うおおお、ぶっ殺してやるぅ!! ハァッ!!」

 

 

……そうして本性をあらわし、派手に跳躍し暴れまわるフォックスの秘孔を突く。

 

「ぐぼぉ!!」

 

理由はもちろん、情報を得るため。

 

こちらからの質問は、この状況でジャッカルはどこに向かうか?だ。

そして、それに対して帰ってきた答え……それは、私が想定していた通りのものだった。

 

 

────ジャッカルの行き先はビレニィプリズン……

 

 

(やはり、そうか)

 

 

ジャッカルの目的は、ビレニィプリズンという凶悪犯ばかりを集めた刑務所の跡地……正確には、そこに眠る彼の切り札。

原作でもケンシロウさんに追い詰められたジャッカルが、無理やり封印を解いたその男の名は、悪魔の化身(デビルリバース)

 

私の記憶が確かなら、過去七百人を殺し、死刑執行もそのことごとくを生き延びたという怪物だ。

 

実際、一度ジャッカルを逃し、さらにこの生き物を解き放つという動きはリスクが高く、実行するかどうかは最後まで迷った。

しかし、原作でも鍵も無しにあっさりと個人の力で牢を解き放ち、さらに手持ちの爆弾で天井を破壊し完全に開け放つことまで出来ていた。

そのような簡単に解ける程度の拘束では、仮にここで見逃しても後の世の禍根となる可能性は極めて高い。

故に、ここでジャッカルとまとめて倒してしまうことにしたのだ。

 

 

欲しい情報は、得た。

 

 

最後まで抵抗してきたフォックスを改めて倒すと、訪れるのは一時の静寂。

 

 

残心……まだ周囲に気を張りながらも、私は改めて状況を考える。

 

周りにこれ以上の敵の気配──無し。

トヨさんや子どもたち、バットくんの犠牲──無し。

アレほど追い詰めたジャッカルが、のこのことこの村に戻ってくる可能性──まず無し。

 

 

(……つまり、これは)

 

 

 

「……お、終わったのか……? マコト……ケン……」

 

 

 

そう半ば"それ"を確信しながら言うバットくんの声を聞き、私は。

 

 

「────ふぅ~~~……!」

 

 

思いっきり息をつきながら、腰が抜けたかのように座り込んだのだった。

 

 

私達の……この村の、完全勝利だ。

 

 

 

 

普段の態度は何処へやら、飛び跳ねるように喜び、互いを称え合う子どもたちとトヨさんと……そしてバットくん。

 

明日をも知れないほどに困窮していた状況。

そこにもたらされた水の恵みに沸き立ち、それを襲う脅威に震え……

その上で、ただ守られたのではなく、自分たちの手で窮地を乗り越えられたことが、一際大きな喜びとなって彼らを包んでいるようだ。

 

……本当にみんなよく頑張った。

特に子どもであることを逆手に取ってジャッカル達の警戒から抜け、その上で勇気を振り絞って中心で戦い続けたバットくんは、MVPと言えるだろう。

彼の頑張りがなければ、ほぼ間違いなくトヨさんは犠牲になっていたのだから。

 

私としてはそれこそ、今すぐ彼らの輪に混じって抱きしめながら振り回したいぐらいの気持ちではあった、が。

 

(ここは……そうだな)

 

彼らの頑張りを労うのは、多分私よりも、と"彼"の背中を押すようにして、願う。

 

「────ケンシロウさん、お願いします」

「む……」

 

意図を汲み取ってくれたケンシロウさんは……彼にしては珍しく少しだけ迷ったような素振りを見せ。

そして、バットくんに近づく。

 

「バット」

 

「あ、ケン……」

 

 

「よく頑張ったな。────お前は男だ」

 

 

「…………!」

 

憎まれ口を叩いていても、実は心の中では兄貴と慕っている人からの最大の賛辞。

普段の口数が少ないケンシロウさんだからこそ、この言葉は……重い。

 

 

「う、ぅぅ……うぅぅ~~~~ッッッ!!」

 

 

感情を抑えきれなかったバットくんは、溢れ出る涙と共に、その喜びに浸ったのだった。

……自分が守った、トヨさんと子どもたちに、抱きとめられながら。

 

 

……ちょっとおせっかいだっただろうか。

しかし私の知る原作で、ケンシロウさんがバットくんに真っ直ぐな賛辞を送るのは、ずっとずっと後の話だ。

原作とは違う形で今頑張ったのだから、今それを受けてもいいじゃない、と考えるのは決しておかしなことではないはずだ、うん。

 

 

(────────さて、行くか)

 

 

心温まる光景を満足行くまで見届けた私は、最後の後始末の準備をする。

 

……帰るまでのこの村の防衛は念の為ケンシロウさんに任せれば安心だろう。

 

 

そうして私は一人、歩き出す。

 

 

────目的地は、ビレニィプリズンだ。

 

 




SLGで、クリアだけなら簡単だけど全員生存のS+クリアを狙うと難易度が跳ね上がるステージ。ジャッカル編はそんな感じです

デビルリバースまで終わらせる予定でしたが、一話が長くなりすぎたので分割します
次は多分早いうちに


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第十四話

「────ッ」

 

ビレニィプリズンに着くとやはりというか、想像以上というべきか。

そこかしこに散乱していたのは、ジャッカルの部下らしき男たちの死体だった。

 

この、バーと思われる店の中で、まとめて焼け焦げているのも間違いなくそうだろう。

 

『お前たちは絶対に追いかけて殺す』『ジャッカルの首を獲るまで諦めない』と、柄にもなく強い口調で脅しつけた成果は、彼らの裏切りと同士討ちという形で実を結んだようだ。

 

そして、風景の中でもひときわ目立つ大きな建物。

そこにあったのは一つの縦に割られた死体と、一人の看守らしき男。

 

「ひ……ひ……ジャ、ジャッカルが悪魔の封印を解きに!!」

 

男はこちらが話しかけるまでもなく一方的に叫ぶと、そのまま悲鳴を上げながら脇目も振らずに逃げ出していったのだった。

 

 

 

 

「おお、弟よ!! 幼い頃生き別れた俺とお前だ! 俺のことを忘れていても仕方がない!! だがな、俺はお前の兄として、命を賭けてでもここから逃してやりたいんだ!!」

 

地下の最奥……地底特別獄舎についた私の目に飛び込んできたもの。

それは巨大、という言葉で形容するのもバカバカしくなるような……

普通の人間と比べれば十分巨漢の域に入るジャッカルが、ままごとの人形か何かに思えるほどの、およそ人とは思えないサイズの大男。

そして、その男に握られたまま、自分を兄と偽り手懐けようと弁舌を繰るジャッカルの姿だった。

 

「昔、俺に見せたあの無邪気な笑顔をもう一度見せてくれ! 見てろ! いま外に出してやる!! 空を見せてやるぞ!!」

 

そう言うと手投げ式の爆弾を天井に放り投げ、暗い地底の監獄に風穴を開け、光を差し込む。

 

「お~、お~~。う……うっ……空…………お前、光くれた……」

 

この行動と言葉の前に、すでにこの大男……デビルリバースは出会ってまだ1分程度のジャッカルに、すでにほだされかけている。

 

(うーん、名演技だ)

 

原作のケンシロウさんが嫌味でとはいえ称賛の声を送ったのは伊達ではない。

機転の利かせ方といい、自分の命をチップにする度胸といい、道を誤らなければ彼はひとかどの人物になれたのかもしれない。

そう考えると少しだけ惜しい気持ちにもなったが、どのみち私がやることは変わらない、と彼らの前に出る。

 

「き、来たな! 弟よ! やつだ! やつこそがお前をここに閉じ込めた張本人だ!!」

「私何歳でその人閉じ込めたんですかね……」

「だ、だまれぇぃ!! 騙されるな弟よ! やつは恐ろしい女なのだ! だが心配はいらん、俺は死んでもお前を守ってやるぞ────ッ!!」

 

少々無理のある設定だと思ったが、どうやらその言葉で、デビルリバースは完全にジャッカルの味方をすることに決めたようだ。

ジャッカルを守るように抱えて移動させると、そのまま私に向けて殺意をみなぎらせる。

 

 

「お前か……俺を……閉じ込めたのは~~……殺すぅぅ!!」

 

 

デビルリバースが力任せにぶつけてきた岩を回避すると、そのまま破壊された瓦礫や壁を伝って、天井から外へ出る。

この狭い位置で戦うのは不利と判断してのことだ。

 

以前は闘技場か何かだったのだろうか、外は円形にかなりの範囲にまで地形が広がっていた。

 

 

「デビル! 追え、逃がすな!」

「うごお!」

 

ジャッカルの指示を受けると、その巨体からはとても想像が出来ない機敏な動作で跳び、私と同じく外に出るデビルリバース。

 

そのまま私を見据えると、これまた体躯に似合わない精美な動作で、戦うための型を取る。

 

 

────この構えから繰り出される拳法の名は、羅漢仁王拳。

 

 

そう、彼はただ巨体にあかせて暴威を振るうだけの獣では決して無い。

5000年と、歴史の長さなら北斗神拳すらをも超える拳法、羅漢仁王拳の使い手なのだ。

 

 

その様を見て、先ほどまでの必死さは何処へやら。

瓦礫に腰掛けて葉巻をふかしながら、デビルリバースの強さを私に自慢するジャッカル。

 

……いっそこの場でジャッカルから倒してやろうかとも思ったが、デビルリバースのこちらを見る目に隙の色はない。

まずはこちらに応対することに決める、と同時。

 

「つッ────!」

 

デビルリバースが振るう腕にあわせて、見えない無数の斬撃のようなものが私の服と皮膚を浅く切り裂く。

羅漢仁王拳の真髄である、風圧を利用した攻撃だ。

 

逃れるために横に回り込もうとすると、それに合わせてデビルリバースも機敏に回転する。

 

────が。

 

「ぐ、ぅ……うぅぅ……?」

「くっそ、ちょこまかと……」

 

……流石に巨体の割に速いとは言っても、限界はある。

速さを意識して動けば、今の時点でも見失いかけている通り、小回りの利く私の動きに付いていくことは難しいだろう。

 

おそらく、このまま翻弄を続けて足の指先などの先端部分から潰し、崩していくことで確実に勝利をすることは、そう難しくは無い。

 

が、私が今回その戦法を選ぶことはなかった。

 

「えぇい何をやっているデビル! そんな小バエさっさと押し潰してしまわねえか!」

 

その言葉を受け、腕を振るうデビルリバース。

力と質量にあかせた強烈な張り手が、私の進路上に突如立ち塞がった。

それを見た私は即座に上に跳んで回避……するのではなく、逆に足を踏みしめ、迎え撃つ姿勢を取る。

 

「ハハ、バカが! 潰せデビル!」

 

私の身体をすっぽりと覆えるサイズの手のひらが高速で迫る。

 

「おぉぉおおお!!」

 

それに対し私は、井戸の岩盤を叩き割った時……いや、それ以上の気迫と力を込めて、闘気をまとった右拳をぶつけた。

 

 

────その力と力の勝負の結果は。

 

 

「がっふッ……!」

 

 

打ち合った瞬間なす術無く、闘技場の客席にまで吹き飛ばされた私の姿が示していた。

 

 

────さらに、そこに迫る容赦のない追撃。

 

 

「風殺金剛拳!!」

 

デビルリバースが誇る奥義。

羅漢仁王拳によって練り固められた圧倒的な風圧が、大質量を以て客席ごと私を押しつぶす。

前世の感覚で例えるなら、暴走するトラックに正面衝突したような衝撃か、それ以上だろうか。

 

潜在能力を解放し全力で防御するも、私の小柄な身体は踏ん張りきれずに転がりまわり、そのままあえなく瓦礫に埋もれた。

 

 

(……勝てない、か)

 

 

「ハ、ハハ、ハハハハ! 一瞬何をやるのかと思えば! この巨体に女のガキの力が通用するわけが無い! とんだ間抜けヤロウだったな!」

 

瓦礫の中倒れ伏す私を見上げると、ジャッカルは勝利の確信に笑った。

 

「さあ行くぞデビル! 俺たちは無敵だ! 今度こそ村に行って、ババァやガキどもを潰し殺してやる!!」

「ぅ……ぐ……」

「? おい、どうした、なんだってんだデビル」

 

「ぃ……いた、ぃ……手……」

 

その声と同時、瓦礫が吹き飛ばされる音が耳に入り、驚愕の表情で振り返るジャッカル。

 

「な、バカなっ! まだ生きて……そ、それに、デビルの手に傷を!?」

 

私の渾身の拳は、確かにデビルリバースの強靭な肉体を抉っていた。

それによって奥義の要たる拳が傷ついたことも、まともにもらった私が意識を失わずにいられる理由だろう。

 

が、しかしそれでも受けたダメージで比較するならば、私のほうが遥かに大きい。

それを改めて確認したジャッカルは、ならばもう一度同じことをすればいいだけだ、と再び笑う。

 

「ふ、ふん! よく生きていたものだな! だが貴様の力などデビルの前ではゴミのようなもの! さあやれ、とどめだ、デビル!」

「ぅ…………」

 

 

────ああ、そうだ。

 

 

(来い……もう一度!)

 

 

「ぅ……うぅ……ぅ……?」

 

 

────力で押し勝ち、優位な立場にあるはずのデビルリバースが今、明確に躊躇している。

それは、直前の抵抗でもたらされた攻撃への警戒か、はたまた危機的状況にも関わらず、まるで折れていない私の表情に思うものがあったか……

ともかく、武人としての勘の冴えは、長い投獄生活に置いても完全に失われてはいなかったようだ。

 

が、横で指示を出す、完全に勝利を確信し増長をしている男、ジャッカルがそのような機微など察するはずもなく。

 

「おい、何をやっている! こんなボロボロのガキ一匹、さっさととどめ刺しちまわねえか!」

「う……ぅう~~……ころすぅ!!」

 

そうして、ジャッカルの言葉に押されるように、そして嫌な予感を無理やり振り払うかのように、デビルリバースの渾身の一撃が放たれる。

先程のような面積を重視した攻撃ではなく、純粋に打ち倒すことを目的とした、羅漢仁王拳による拳撃。

 

明らかに先程、私が打ち負けたものより強力なそれを目の当たりにした私は……

 

 

自分の肩を抱くように身を縮こませながら、その攻撃に背中を向けた。

 

 

それはまるで、突然暴力にさらされた臆病な村娘が、痛みから逃げる本能のままに取るような、敗者そのものの動作。

いよいよ以て大笑いを始めるジャッカルの声も、変わらず迫りくる大質量の拳の音も、殆ど耳に入れないまま……

 

私は考える。

 

 

────結論から言うと、この戦いに私が持ち込んだコンセプト……課題は、『剛拳』の完成だ。

 

デビルリバースは確かに圧倒的な体躯と、それを活かすための拳法も使いこなす傑出した存在ではある、が。この世界においては決して最強の個体でも何でも無い。

この先、私が必ず超えなければならない、高い高い壁。

同じ剛拳の、純粋な破壊力だけで比較したとしても、このデビルリバースが及びもつかない使い手が存在している。

 

その男……すなわち北斗四兄弟の長兄、ラオウ。なにも彼を剛拳で正面から打ち破ろうというわけではない。

しかし、小手先の技や技術だけでどうにかなる相手でも決して無い以上、選択肢の……敵にとっての脅威の一つとして、剛拳を身につけることは必須事項だと考えていた。

 

 

だからこそ、修行をしている時から考え続けていた。

ケンシロウさん達に劣るフィジカルで、ほんの一瞬、一時でいい。彼らに迫る程の剛拳を、一撃を放つためにはどうすれば良いのか。

 

 

(…………ヒントになったのは)

 

 

この技の着想を得たのはケンシロウさんでも、原作で死してなお、強敵として語られ続ける誇り高き漢たちでも無く……ある一人の歪んだ天才。

 

名をアミバという、トキさんの名前を偽りケンシロウさんの前に立ちふさがり、敗北した男。

秘孔の探求に執心する彼がケンシロウさんとの戦いで用いた……いや、用いかけた戦術だ。

 

 

「フッッ!!」

 

 

背を向ける動作と同時、左手によって右肩から二の腕にかけての秘孔を数箇所、幾度もの訓練を経て計算され尽くした力配分で突く。

 

コンマ数秒にも満たない速度で私の右腕が、右拳が改造……いや『進化』していく。

 

そうして、回転によりもたらされる遠心力、解放された100%の潜在能力、練り上げられた闘気、秘孔により強化された筋力。

そして、"────"の全てを載せた、現時点における私の最大最強の一撃が……

 

放たれた。

 

 

 

「────龍渦門鐘(りゅうかもんしょう)ッッ!!」

 

 

 

この闘技場から地下深くの獄舎まで響き渡らんとするほどの炸裂音を響かせたそれは。

 

 

「ぁ……ぁ……あぁっあぁ……?」

 

 

迫りくるデビルリバースの……過去七百人を血に染めたとされるその拳を、完膚なきまでに破壊し尽くしていた。

 

 

「ッ……!!」

 

私は、それを確認すると同時、すぐにもう一度自分の秘孔を突き、右腕の膨張を止め抑える。

 

原作のアミバが、強化は出来たのにも関わらず両拳が破裂したのは、おそらく膨張を止めるプロセスが不足していたこと。

そう解釈した私は、それならばインパクトのほんの一瞬にだけ、最大まで強化されるタイミングを合わせることが出来れば、極限までリスクを抑えた上で決定打になりうる一撃を放てる、と考えたのだ。

その目論見は無事成功し、今この時、デビルリバースの拳にも打ち勝つことが出来た。

 

 

(でも、多分この技の本質はそれではなくて────)

 

 

「な……は……? デビル……? なんだ、なにが起こった……?」

 

余裕の表情はすでに消え失せ、目を剥きながら呟くジャッカル。

その声を尻目に私は、デビルリバースの身体を駆け上がり、そして胸元……顔に手が届く位置までたどり着いた。

 

そして、何の遠慮も躊躇もせず、とどめの一撃のための構えを取る。

 

 

────龍は、もう一度轟く。

 

 

「で、デビル! 片腕ぐらいでなんだ! 早く残った腕で叩き潰せぇ!」

 

危機意識によるものだろうか、ジャッカルの言葉に先んじて振るわれていた拳が、私に迫る。

 

「ぐ、おぉおおおお!!」

 

が、もう遅い。すでに私は回転を始めている。

 

先程は正面から迫る拳にぶつけるための横回転……しかし、今度は北斗神拳の使い手として鍛えられた体幹を活かし、縦方向へくるん、と曲芸師のように軽やかに回った。

 

その上で、同じプロセスで強化され、アッパーのように撃ち出された右拳は、轟音と共にデビルリバースの顎をとらえんとする。

 

 

────プラシーボ効果、というものがある。

本来は有効成分が無い薬を、効果があるものと偽り飲ませることで、有効成分が働いたかのような効能が現れる現象のこと。

それは、すなわち思い込みの……心の力だ。

 

 

ただでさえ元の世界でも多くの例が挙げられているこれを、心の影響が強いこの世界で働かせたなら、どうなるか。

北斗の拳を知る一ファンとして、北斗神拳を身に着けた者として、秘孔がもたらす力を信じきっている私が使ったなら……どうなるか。

 

 

……それこそが、私が考える、この技の本質。

 

 

龍渦門昇(りゅうかもんしょう)!!」

 

 

遠心力、潜在能力、闘気、秘孔による肉体操作……そして何より、『これだけやったのだから強いに決まっている』という、いっそ子ども染みた憧憬の……心の力。

 

 

活火山をすら思わせるエネルギーが集約された、その一撃を受けたデビルリバースは、その巨体を天高く浮かせ、そして。

 

 

「はっあ────!? な、おい待て、おいっおいおいおいおい!?」

 

 

吹き飛ばされた大質量はそのまま"狙い通り"ジャッカルのもとへと向かう。

 

「ふざ、ふざけっデビル!! 来、来るんじゃねえこのバケモノがぁ!!? た、たすけ」

 

……すでに絶命しているデビルリバースに対する、無意味な言葉と命乞いを最後に。

 

 

「あ、ぐびゅぇ」

 

 

皮肉にも、彼が繰り返し命令していた通り……まるで虫かなにかのように押し潰されて、野盗の王は最期を迎えたのだった。

 

 

「ふぅ……終わった」

 

 

…………どうしようもない悪党である、彼らのために祈る言葉は、無い。

無い、が、これぐらいは言っておこうと思い最後に振り返った。

 

 

「さようなら、ジャッカル、デビルリバース」

 

 

そうして私は新たに確立された力の、その手応えを確かめるように右拳を握りしめながら……仲間達が待つ村へ帰っていったのだった。




「ぬぅ、あれはSS神拳奥義、緖利和座!」
「知っているのか、ライガ!」


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第十五話

★★★★★★★

 

 

普段は人の気配などない荒野に、耳障りな笑い声が木霊する。

 

「ヒャァ~~ハハ、まてぇいアマ~~!! これほどの上玉なら高く売れるぜハハハ──ッ!!」

 

声の主は、一人のフードを被った人物を追いかける、見るものを威圧する出で立ちに凶悪な人相を乗せた男達。

 

まだ顔が見えていないのにも関わらず、上玉の女と決めつけ血走った目で追う悪漢と、為す術無く逃げ惑う被害者。

何も知らずにこの光景を見たものの多くは、この先フードの人物が辿る過酷な運命を憐れむしかないだろう。

 

「…………お前、達、食料は持っているの、かい?」

 

フードの人物が辿々しく男達に問いかける。

もはや逃れられぬと見て、せめて従順に振る舞えばおこぼれに預かれると判断したのだろうか。

その態度に男達はいっそう気を良くしながら返答する。

 

「おうよ! いい子にしてたらたんまりやるぜぇ~!!」

 

 

その言葉を聞くとフードの人物は一瞬だけ逡巡したと思うと、意を決したようにバサッとそれを脱ぎ捨てて。

 

 

「────ならば、それをいただきます!」

 

「ゲッ!?  おと……いや、普通に女だな」

 

 

普通に(マコト)が出てきた。

 

 

★★★★★★★

 

 

ジャッカルを倒し、村へと戻った私を出迎えたもの。

それは、トヨさん達のねぎらいの言葉と……とある一つの朗報だった。

 

「マコトが行っている間に、子ども達の面倒を見てくれる村が見つかったんだ!」

「おお、それはいいニュースですね。ナイスです」

 

……この村がこのまま存続していくことを考えると、ネックとなるのが子どもの数だ。

いくら水が出たからと言っても、それだけで働き手となりえない、多くの子ども達をいつまでも養うということは難しい。

生活基盤を整えるためにも、村の自衛力の向上のためにも、出ていった男達を呼び戻し労働力とすることは必須と言えた。

 

そのため、労働力の男と入れ替わる形で、村の子ども達のうち希望者を中心に他に移住させる必要があり、バットくん達はその移住先を捜してくれていたのだ。

 

それ自体はとてもめでたい話だが、そこはこの世紀末、ただでおいしいばかりの話などあるはずもなく。

でも、とリンちゃんが補足してくれる。

 

「それには条件があって……その村はある野盗の武装グループに狙われていて、その集団を追い払ってくれたら必ず面倒を見るんだって」

 

私が知る原作と同じ条件なところを見ると、やはりあの村なのだろう。

あそこなら安心、と私が二つ返事で引き受けようとする、と。

バットくんがさらに懸念事項を付け加えてきた。

 

「それと……この村に残す食糧も考えると、その村に行くまでの食糧がちょっとだけ足りないんだってよ。おまけに最近その街道は、人さらい連中も出るって話もあるぜ」

 

あ、原作と違い生存者が増えると、こういう違いが発生することもあるのか。

 

「野盗なんざはケンとマコトが居たら心配ないだろうが、食糧はなあ……なんとか切り詰めて我慢させるしかねぇかなー」

 

そうして考え込むバットくん達。

 

 

「う……うーん、そう、ですねぇ……」

 

……原作の知識がある私は、これらに対する一つの解決案もすでに頭に浮かんでいる。浮かんではいる、が。これは。

 

 

「…………いち、おう……そのどちらもまとめて解決出来るかも知れない方法が……あるには……まあ、あります」

「え、本当か! いやーさすがマコトだぜ!」

 

そのやり口は完全に『パクり』な上、進んでやりたい手段ではなかったので、さすがと言われると少々複雑なモノがある。

とはいえ、子どもたちのためだと割り切り、結局それを実行することにしたのだった。

 

 

 

 

そうして、本来辿る歴史では女装して食糧を奪い取っていた漢、レイさん。

後にケンシロウさんたちの、かけがいの無い友となる彼が取った手法をまね、無力な娘を演じて人さらい達を打ち倒すと。

 

私は無事手に入った食糧を抱え、改めて移動先の村へ向かったのだった。

 

……一つだけ気になることがあるとすれば、襲ってきた男の得物が、うっすら覚えのある十字の刃物が付いたヌンチャクだったこと。

私の記憶が確かなら、これの持ち主は本来はレイさんを襲い食糧を提供するはずだった男のはず。

 

(…………そーりー、レイさん)

 

まあ、すぐ同じ村に来るでしょうし、一食抜くぐらい大丈夫ですよね?

 

 

(あと、このやり方はもう二度とやらない……多分)

 

男の意識も残しながら女の身体を武器にする、ということへの羞恥心や抵抗感はやはりまだ強い。

やるたびにこの世界で生きるのに大事な、心ががりがり削れていってしまいそうだ。

 

いや、むしろ本当に怖いのは、続ける内に抵抗感が無くなったり、ましてや楽しくなってくる可能性がありそうなことか。

すでにこの身体に精神性はだいぶ引っ張られているし、そこまでこだわるものでも無い気はするが……

 

……そういえば、レイさんやマミヤさんと出会ったなら、そういった男と女の、性差の話題にも触れることになるのだろうか。

 

 

私がどっち側の判定を下されるにしても、複雑な気持ちになりそうだ。

 

 

 

 

「あ、見て!! バット、マコトさん!!」

 

私達が件の村に着くと同時、リンちゃんが喜色の声をあげ、私達を呼ぶ。

 

「おぉ、これは」

「花だ! すげぇ~これじゃ野盗が狙うわけだぜ。他に比べりゃここは天国だ」

 

この村は豊かな水のおかげで自給自足が出来るようになり、非常に環境が安定していると村長は語る。

誇るだけあって村の人達も活気に満ちていて、人柄も良さそうだ。

ここならば子どもたちも安心だろう、と私達は頷きあった。

 

その時。

 

 

「その花は、あなた達の幸福な未来をしめしているのよ!」

 

後ろから聞こえてきた声に振り返る、とそこに居たのは、一人の女性。

 

 

(わーお、すっごい似てる……)

 

 

その女性の顔は、ここに居るはずの無い姉さん……ユリアと瓜二つのものだった。

生き返ったのか、と原作でケンシロウさんが一瞬思わされただけあって、輪郭、目鼻立ち、背格好、髪の長さに至るまでそっくりだ。

普通に私より似ている……別にショックなわけではないが。

 

強いて言うなら姉さんに比べると若干髪に癖があって、目つきが鋭く強い印象がある、というところか。

 

ケンシロウさんも、彼にしては珍しく汗をかくほどに驚いているようだ。

 

とはいえ、驚いてばかりいる場合でもない。

自分達が、用心棒として雇われたことを含め自己紹介をしあって、改めて彼女がマミヤという名前であること。

そして、この村の実質的なリーダーを彼女が務めていることを、私達は知ったのだった。

 

 

その後、マミヤさんと入れ替わるように、一人の男が現れる。

 

「今のマミヤとかいうのは、お前の女か? それならば、他人に取られんようにすることだな!」

 

そんなぶしつけな質問をケンシロウさんに投げながら、目つき鋭く佇む男。

 

「俺の名はレイ……覚えておくがいい!」

 

彼はそれだけを名乗ると、そのまま歩いて去って行った。

村の人達の反応を見るに、彼も用心棒として雇われたようだ、と私達は判断する。

 

 

────そして、彼が去った後、リンちゃん達が悲壮な表情で囁きあった。

 

「ケ、ケン! だめよ、あの人の目は、誰かを助けるような人のものじゃない!」

「俺もそう思うぜケン! あいつはとんでもねー大悪党のツラだ! 違いねぇー!」

 

「……分かっている」

 

「なー! マコトもそう思うだろ!?」

「うぇっ!? あーいや、ど、どうかなあ……ま、まだ初対面ですし、まあ、うん」

 

どうフォローしようかと考えていた所に振られ、思わず口ごもってしまった。

 

(……まあ実際、この時期はあの問題で、色々荒んでいたっていうのもあるだろうし)

 

少なくともこの段階では、野盗側に雇われて潜り込んだスパイだったりするわけで、その意味でもリンちゃん達の見立てはそう間違ってはいない。

が、それはそれとして裏を知る私は、ちょっとずるいがノーコメントということにしておいた。

 

いや、いい人なんですよほんと……

 

 

 

 

その後、マミヤさんにリンちゃんと……半ば強制的に私も連れられ、水浴び場に着いた。

村の守りに関しては連行される瞬間、ケンシロウさんと交代で、ということで話をつけたので心配ないだろう。

 

ちなみに私達が連れられた理由は、マミヤさん曰く女の子のキレイな髪が旅で台無しになっているとかなんとか。

 

(……これで"女を捨てている"、は無理があるのでは)

 

原作でこの先、戦士として生きていることを知らしめるためマミヤさんが言うセリフだが、少なくとも男二人が隣に居る状態で旅慣れしてしまっている私などよりは、よほど女子力が高く思える。

 

とはいえ、水浴びが出来ること自体は大変ありがたい。

一応、バスタオル一枚でリンちゃんの髪を洗うマミヤさんの方は出来るだけ見ないようにしながら、私も旅の汚れを落とす。

 

────と、その時。

 

この女(?)の花園に忍び込もうとする、不埒な足音が一つ。

鍛え上げられた拳法家特有の、静かな足音の持ち主は当然村人でも、ましてや野盗でもない。

 

「はっ!! だ、誰!?」

 

カッコつけたポーズで堂々と水浴び場に佇む彼は、先程会ったばかりの男、レイ。

当然、マミヤさんは招かれざる侵入者に怒りの声を上げる。

 

「どういうつもり!? 出ていって! 人を呼ぶわよ!」

「呼ぶが良い、来た人間が死ぬだけだ!」

 

レイさんは話にならぬと殴りかかるマミヤさんの拳を軽く避けると、巻いていたバスタオルを剥ぎ取る。

裸身をあらわにされたにも関わらず、悲鳴を上げるでもなくただキッと睨めつけるマミヤさんを見て、彼は一言漏らした。

 

「いい女だ……野盗にくれてやるには惜しい」

 

……その目に宿る色。

そこに下劣な欲情の色は一切無い。

それは、ただただ純粋に人を慮る優しさに溢れたものだった。

 

リンちゃんも、先ほどまで感じていた嫌悪はすでに無く、ただ驚きと共にその様子を見ている。

 

行動だけ取ってみれば完全に純然たる変質者そのものな彼を、来るのが分かっていてあえて排除に動き出さなかったのは、これをマミヤさんやリンちゃんにも見てほしかったからである。

……羞恥心よりそういう打算が勝つあたり、やはり私は女子力が足りていない気がしてきた。

 

一瞬自分の在り方に悩みかけた私の態度が伝わったわけではないだろうが、隅で気配を殺していた私とレイさんの目が合う。

しばらく何事かを考えていたかと思うと、これまたフッと優しい顔で笑った。

どういう想いで私を見ていたのかは分からないが……もしかしたら、妹さんと何かしら重なるものでもあったのかもしれない。私も妹だし。

 

 

「みんな! 野盗が、野盗が攻めてきたぞ──ッ!」

 

 

その時、聞こえてきたのは村の男の叫び声。

もう来やがったか、という舌打ちとともに走り去るレイさんと、それを追うマミヤさん。

 

遅れて私も、リンちゃんを守りながら外へ出たのだった。

 

 

 

 

「あぁたたたたた──っ!!」

               

広場に出た私が見たものは、村を襲った野盗が、ケンシロウさんの拳の前に為す術無く沈む光景。

そして、生き残りの野盗が助けを求めたレイさんに、あっさりと素手で切り刻まれ怨嗟の言葉と共に果てる姿だ。

 

素手……そう、レイさんはシンと同じく南斗の一派であり、その中でも最も華麗で、美しい拳と評される南斗水鳥拳の使い手。

南斗六聖拳に数えられるほどの達人だ。

 

北斗神拳のケンシロウさんと、南斗水鳥拳のレイさん。

私達がただの用心棒ではないことを見抜いたのだろうか、レイさんは自分の目的、その一端を明かす。

 

 

「フフ……奴らとお前達とでは勝負は見えている、だから俺は強い方に寝返った」

 

そして、俺はなんとしても生きねばならん、と力強く続ける。

 

 

「そう、胸に七つの傷を持つ男を殺すまでは!!」

「────────ッ」

 

 

私が知る原作通りのはずのこのセリフ……しかし、私はこれに密かにショックを受けていた。

 

胸に七つの傷を持つ男……当然ケンシロウさんでは無いその犯人の心当たり。

それは、一つしか無い。

 

が、しかし腑に落ちない。

元の世界でケンシロウさんが伝承者に選ばれた際、逆上してケンシロウさんに襲いかかったその男、北斗四兄弟が三男、ジャギ。

この世界ではケンシロウさんが伝承者ではなく、彼が本格的に狂ったその事件も私が知る限り起きていない。

である以上、彼がケンシロウさんに成り代わってまで罪を犯す必要性が、まるで感じられなかったからだ。

 

とはいえ、今のうちからそこまで考えていても仕方がない、とレイさんに何事か声をかけようとした時。

 

またも村の男が、今度は先ほどよりさらに緊迫感のある声で叫ぶ。

 

 

「た、大変だ! また野盗が! こ、コウが、コウが捕まっちまってる!!」

 

 

 

 

村の仕切りのようなものを隔てて、ずらっと並ぶ野盗集団。

その中心にいる男は、まだ少年と呼べるほどの年齢の男の子を羽交い締めにして、こちらに叫ぶ。

 

「貴様ら~! よくも俺たち同胞の血を流してくれたな! 血には血を! 命には命を! それが我ら一族の掟!!」

 

一族……そう、この村を襲ってきた男たち。

獣の皮のような特徴的な服装を身にまとった彼らは、ただの野盗集団ではない。

 

彼らの名は牙一族。

首領である牙大王を『オヤジ』と慕い、あたかも一つの家族のように結束して徒党を組む彼らは、ジャッカル達とはまた別の意味で厄介な集団だ。

 

お互いの仲間意識のようなものなど無いに等しかったジャッカルと違い、彼らは同胞が傷つけられると、必ず報復に走る。

それも、統制された情報網をフルに活用し、より復讐対象にダメージを与える形で、だ。

今回のこの所業も、その意味で非常に効果を上げていると言えた。

 

……何しろ。

 

「ッ────!!」

 

隣で野盗達……いや、正確には捕まえられている少年を目にしたマミヤさんの顔が、歪む。

必死に顔に出ないようにこらえているが、前提知識がある上で見ると、その内心の動揺は一目瞭然だ。

 

私とは違う形……これまで過ごしてきた経験から事情を知る村人は、焦りと共に叫ぶ。

 

「ククッ! 外道共が! みんな出ろ! コウを助け出すんだぁ!」

 

「────待ちなさい!」

 

が、その言葉に待ったをかけるのは、他ならぬマミヤさんだった。

 

「助けに行くことは私が許しません! コウが捕まったのは、彼に逃げる力が無かったから! そんな男のために、あなた達まで犠牲になることはありません! コウも分かっているはず!!」

 

……その言葉を聞いた私達よそ者の反応は様々だ。

 

辛いことだが仕方がないのか、と割り切ろうとしているようなバットくん。

なんとか助けられないかと心配そうにこちらとあちらを見比べるリンちゃん。

少しの驚きとともに、感心したとばかりの表情を見せるレイさんと、読み取れない無表情のままのケンシロウさん。

 

(……強い、な)

 

私は、どんな顔をしているだろうか。

捕まっている少年、コウ……彼がマミヤさんのたった一人残った家族、実の弟であることを知る私は。

 

 

原作知識という形で、この先に起こるであろう展開、未来の予測がつく私。

その理性の部分は、今コウくんを助けるためにこの力を振るうこと……その危険性を冷徹に算出している。

 

それでも、死を目前にして早く殺せ、と気丈に振る舞うコウくんと、村のために心を殺すマミヤさんの姿を見て私は、はじめから決まっていた答えを、改めて選び直したのだった。

 

 

もはや村人が出るのも間に合わないだろう。

牙一族の男が刀を手に、コウくんのもとににじり寄る。

 

「ハッハァ~見ろ! これが、俺達の血の代償だぁ~!! ────あ?」

 

その言葉と同時、ボンボンボボン、と場違いなほど軽妙なリズムを奏で、剣を持つ男、コウくんを拘束する男、そして両脇を固める男二人の頭が破裂した。

 

「……は、ぁ?」

 

あまりに唐突な死に、あっけにとられ硬直する牙一族。

その瞬間、私は再度闘気を練りながら、ケンシロウさんと共に彼らの下に疾走する。

 

その時、いち早く我に返った男の一人が、またもコウくんを捉えようと手を伸ばす。

が、それに対しても闘気を撃ち出し、止める。

 

「あ、あいつ! あの女だ! あいつが手から何か出して来てやがる!」

 

その情報が伝播するやいなや、形勢不利と見て逃げ出そうとする牙一族。

それを見た私は、追いついた牙一族に襲いかかりながら、ケンシロウさんに叫んだ。

 

 

「ケンシロウさん! 絶対に一人も逃さないでください! 全員ここで倒します!」

 

 

 

 

掃討戦、あるいは殲滅戦か。

それが終わり、コウくんと共に村に帰った私達を、村人達が喜びの声で迎え、称える。

 

驚いたことがあるとすれば、レイさんも掃討戦に参加してくれたことか。

 

話を聞くに、私達がコウくんを助け突っ込んでいった際にマミヤさんが見せた表情。

そして、それに対する村人の反応から、彼女たち姉弟の関係……そして、マミヤさんが取った覚悟の重さを察し、動いたというのだ。

 

原作のような悲劇的なシーンを見せられるまでもなく心が動いた彼は、今は荒んでいてもやはり義星の男なのだろう、と思った。

 

 

その後。

マミヤさん達のご両親の墓だろうか。その前で、人目を避けるような形で涙を流しながら抱き合い、謝罪の言葉を繰り返すマミヤさんとコウくん。

 

見捨てようとしてごめんなさい、と。

捕まってしまって、辛い決断をさせてしまってごめんなさい、と。

 

そして、生きていてくれて本当に良かった、と。

 

ケンシロウさんやレイさんと共にその様子を見た私は、自分がしたことが決して間違っていなかったことを再認識し……

 

 

(腹をくくろう、やれるだけやるしかない)

 

 

そう、改めて覚悟を決めた。

 

 

レイさんの協力もあって、開戦時に把握出来た限りの牙一族は全滅させられたはずだ。

しかし、それ以上に確信が持てること……それは、彼ら一族の狡猾さと周到さ。

間違いなくあの場において牙一族は、矢面に立っていた戦闘員だけではなく、偵察部隊も何処かに混じっていただろう、ということ。

 

つまり私が、あるいは私達が遠距離での攻撃が出来る、という事実は牙一族に知れ渡ったと見て間違いない。

そして、牙一族首領である、牙大王。

彼が使う拳法の特異性と、私が知るこの先の展開を考えると。

 

「────────ッ」

 

激しい運動のはずの、先程の掃討戦でもかくことは無かった汗。

それが今、一滴。私の額を流れるのを感じた。

 

 

これから私達は。

絶対に死なせてはならない人質を抱えた、おそらく原作以上に私達を警戒する牙大王と、対峙することになる。

 

 

────私の天破活殺が、封じられた状態で。

 

 




北斗の拳において人質作戦は何度も実行されていますが
その中でも最もそれを活用しケンシロウくん達を追い詰めたのは、多分こいつらだと思います


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第十六話

「マミヤさんは、まだ戦うの?」

「もちろん戦うわ。……どうして?」

「でも、コウさんは助かったし……その、マミヤさんが戦ってる姿って、あんまり幸せそうに見えない」

 

牙一族の村への強襲から一夜明け。

このままただ攻められるのを待つわけにはいかない、とマミヤさんは牙一族達の許に打って出ることを決意した。

 

そしてその準備のさなか、リンちゃんが投げかけたのがこの質問だ。

 

「マミヤさんって誰か好きな人とか……愛してる人っていないの……?」

 

主に元の世界の方の私に、何故かナイフのようにぐさっと来た言葉にも、マミヤさんは顔色一つ変えずに答える。

 

「いないわ。私はもうそんな感情は失くしたのよ! そんなことに割く時間は無いわ!」

 

……生き残った弟のコウくんを大事に想う気持ちはあるだろう。

しかし、その気持ちが強いからこそ、村のために一度は見捨てる選択をした自分は、戦士として強くあり続けなければならない。

そんな風に考えているように、私には見えた。

 

そして、足早に外へ出ようとするマミヤさんの前に立ち塞がるのは、レイさんだ。

 

「……どいて」

「お前が戦う必要はない! お前は女だ」

 

その言葉を鼻で笑いながら、力強くマミヤさんは宣言する。

 

 

「私はとうに女を捨てたわ! 今あなたの目の前に立っているのは女では無い、この村を守るただの戦士、マミヤよ!」

 

 

それを聞くとレイさんはフッと笑ったかと思うと、南斗聖拳の動きを以て眼の前の彼女に腕を振る。

 

 

たちまちシュバァっという音と共に服が破け、マミヤさんはその裸身を晒した。

……器用にもショーツだけ残っていたのは、せめてもの優しさと言える……のだろうか。

反射的に彼女は、自分の腕であらわになった胸を隠す。

 

思わずとったその行動に対し『女でなければ胸を隠す必要もない』と突きつけられ、硬直するマミヤさん。

そのままレイさんは、どこからか出したケープをマミヤさんに優しく被せ、言う。

 

「いいか、女は自分の幸せだけを考えていればいいんだ! ……女は武装よりもこれがよく似合う。……妹が、アイリがつけるはずだったケープだ」

 

そう言って私が知る原作通り去ろうとするレイさんだった、が。

 

 

「な、なら! マコトさんはどうなの! 彼女だって、女の身で戦うことが出来ているわ!」

 

「────!?」

 

 

まさかのここで矛先が飛んできた。

それを聞いて振り返ると、レイさんは無言で私の目の前に立ち、私はそれを内心焦りながら見上げる。

 

 

(────いやいやそんな、まさかでしょう)

 

……おそらく違うだろうが、念の為、万が一に備えていつでも動けるように心構えはしておく。

これは私の羞恥心やらの問題もあるが、何よりも……私の自惚れなら良いのだが、マミヤさんと同じことを私にした場合、なんとなくだが。

私よりも誰よりも、後ろに控えるあの人がとても怖いことになるのではないか……そんな予感がしたからだ。

 

そんな私の心配をよそに、レイさんは私の肩にぽんっと手を乗せ、笑う。

 

 

「確かに、な。彼女のような者は今まで見たことがない。……このマコトは女でありながら、すでに戦士として自立しているといえる」

 

照れます。

 

「俺はマコトの過去は知らん。だが、それでも戦う様子を見た今は、ある程度ならその心の在り様も分かる……おそらくお前との違いは」

 

それは、と続ける。

 

「強くありたいという執念か、強くならなければならなかったという義務感、その差だろう」

 

────おお、と思わず息を飲んだ。

さすがレイさんだ。この短い間によく人を見てくれている。

 

 

より正確に言うと私も、その始まりは記憶を取り戻した時の罪悪感や、マミヤさんと同じ義務感からだった。

が、しかし紆余曲折あった今は自らの意志で、むしろ強くなることを楽しみ、私はこの世紀末を前向きに生きているのだ。

 

村を守って死んでいった両親の後を継ぐ形で、戦士という道を選んだマミヤさん。

本来の心優しく穏やかな気質とは相反する生き方をする彼女とは、おそらくモチベーションが、心の在り方が違う、とレイさんは見切ったのだろう。

 

かといって、マミヤさんが間違っているというわけでも、もちろん無い。

こうして戦ってきたことにより、今まで村を守り、導いてきたことも。

そして何より、これまではマミヤさんの代わりが居なかったこともまた事実なのだから。

 

 

というわけで私からも一つ、言えることを言っておこう。

 

「確かに、義務感や責任感に縛られて、本来の在り方、やりたいことと異なる生き方をし続けること。それは、経験者である私から見てもオススメ出来ません」

 

具体的には……頑張りすぎて自分を見失なった時、夜間にその自分の姿が映った時などに、漏らしかねないぐらい酷いことになる。というかなった。

心の影響が強いこの世界では、心の歪みがもたらすモノも大きいのだ。

 

 

「とはいえ、これまでの状況から、マミヤさんも戦わなければならなかった、というのも分かります。なので……」

 

なので。

 

「このまま戦った先に、もしリンちゃんが言うように好きな人、愛する人が出来たなら。それを無理に否定するのでなく、その人に一緒に荷物を持ってもらう……そういう生き方も、良いのではないかと思うんです」

「────ッ」

 

そう、やらなければならないことは、何も自分一人だけでやらなければならない、とは限らない。

自分一人で持てないような荷物なら、誰かに投げてしまってもいいのだ。

これまで、ずっと一人で頑張ってきたのなら、なおさら。

 

「────そう、ね。……もしそんな人が出来ることがあったなら……それも、考えてみるわ」

 

こんな言葉だけでいきなり、これまでやってきた生き方を変えられる、ということは無いだろう。

それでも、この先そういうことが選べる状況になった時に、少しでも無理のない方向に進める……それぐらいには、背中を押せただろうか。

私はそんな風に考えながら。

今、マミヤさんが私やレイさんに向ける、多分出会ってから一番に柔らかく、自然な笑顔に、同じく笑顔で返した。

 

 

……ところで。

差し当たっての相手に、なにげに出会ったときからず~っと、不器用にマミヤさんのことを心配している漢が居るんですが……その辺どうですかね。

なんて無粋なセリフも頭をよぎったが、さすがに言うのは辞めておいた。

 

今は、だけど。

 

 

この世界では、無事に結ばれると良いな。

 

 

 

 

「俺には、妹が居た────」

 

牙一族の討伐のため、村を出て歩く私達。

メンバーはケンシロウさん、私、レイさん、そしてマミヤさんだ。

 

村の代表として見届ける義務がある、と力強く言い放ち付いて来るマミヤさん。

心配ではあったが、この世界の人達の行動力を考えると、下手に目の届かないところに置いて行動するのも余計に危ない、と判断しそのまま合流してもらった。

 

そしてその道中、レイさんが自分の過去を私達に明かしてくれたのだ。

 

結婚を迎えるという、幸せの絶頂期にあった妹のアイリさんを連れ去られたということ。

彼女を探すために泥をすすり、汚いことに手を染めてまでこれまで生きてきたということ。

彼女がつけるはずだったケープはすでに血に染まっているが、それでも、なんとしてもこれを彼女の許に返したいということ。

 

そして。

 

「────そして、アイリを連れ去ったという胸に七つの傷を持つ男! やつを殺すまでは死んでも死にきれん!」

 

北斗の者としては、身内の不始末でもある。

……この戦いで生き残れたなら、これにも決着をつけなければならないだろう。

 

 

レイさんの話が終わった、その時。

 

 

カッとライトが灯り、強い光に"崖の上が照らされる"。

 

見上げると、そこには。

 

 

「あ……アイリッッ!!!」

「なに!?」

「あれが、レイの妹……!」

 

照らされた先に居る女性を見たレイさんの言葉に、驚きの声を上げるケンシロウさんとマミヤさん。

 

その一方で私は。

 

(くっそ……)

 

内心、歯噛みする心を抑えることが出来なかった。

 

牙一族が仕掛けたものであろう、そのライトが照らした先にいるのは、レイさんの妹、アイリさん。

そして、そのアイリさんを後生大事に抱え、こちらを見下ろす屈強な大男。

 

「はっはっは~~っ!! お前のかわいい妹は、わしの手の中だ~~~っ!」

 

────牙一族の長、牙大王だ。

 

 

(やはり……警戒されている!)

 

もし、原作のように一度近くの岩にアイリさんを立たせて、レイさんが近づいた瞬間牙一族が襲う、といった罠の張り方をしていたなら、私は必ず先んじて助け出すことが出来た。

 

そのために、歩きながらも気を張り詰め、いつでも動けるよう闘気を練り込んでいたのだ。

 

しかし牙大王はそれを警戒し、生半可な罠に頼ることをせず、最初から人質を手中に収めたままでいることを選択したのだ。

それは紛れもなく、私が一番取ってほしくなかった戦法だった。

 

 

 

 

────華山角抵戯。

牙大王が使用する拳法の名だ。

 

その拳法の特性は、瞬時に肉体を鋼鉄化させること。

それがどのくらいの硬さかというと、原作のケンシロウさんですら一度秘孔をついて身体を柔らかくし、トドメを刺すという二ステップを踏むことになったほど。

もしかしたら、最初から渾身の力で必殺の秘孔を突くことも可能ではあったかもしれないが、それでも普通の拳では一切ダメージを与えられない硬さだったことは間違いない。

 

そしてその特性は、アイリさんを抱え、さらに遠距離攻撃を警戒しているという今現在の状況に於いて、私が取れる手に対する最善であり……私の立場からすれば最悪のカウンターと言えた。

間違いなく、ただ正面から撃ってもアイリさんを危険に晒すだけで、救出には繋がらないだろう。

 

 

(────私は、原作の北斗の拳を読んでいたころ、一度疑問に思ったことがある)

 

それは、どうして北斗神拳使いがラオウ達を始めとする強者に拳を当てた時、モヒカンと同じようにすぐに倒せる秘孔を突かないんだろう、ということだ。

 

これはこの世界で修行し、闘気という概念を身に着けた時、感覚でわかった。

闘気は攻防において要となる、この世界においてとても重大な要素。

どんな人間でも、大なり小なり闘気は常に身体を纏っているが、多くの人間はそれを使いこなすことが出来ない。

しかし、達人はそれを意識的か、あるいは無意識のうちに身体の致命的な部分に張り巡らせ、守る。

それにより、お互いの実力差が少なければ少ないほど、致命の秘孔を突くことが困難になっているのだ。

 

原作でケンシロウさんが北斗神拳、あるいは北斗琉拳の使い手と戦った時、本来一撃必殺の暗殺拳同士のぶつかり合いであるにも関わらず長期戦となったのは、彼らが他者に比べより強力な闘気を持ち、さらに秘孔を守るすべに長けていたからに他ならない。

 

 

この事実を踏まえた上で考える。

相手はより防御面に特化した拳法の使い手である牙大王。

こちらが撃てるのはタネの割れている、おまけに人質に気を遣わざるを得ない遠距離攻撃。

 

(通じる可能性は……極めて低い)

 

今この時が、これまでこの世界で生きてきた中で、最も厄介な状況である……そう私は考えていた。

 

 

そんな私の内心を知ってか知らずか、牙大王は人質を手に、にやにやと佇む。

 

 

「貴様ら、よくもわしのかわいい息子たちを殺してくれたな。フッフッ……これからこのわしと同じ思いを味わわせてやる!!」

 

そう言い放つと、手持ちの刀をアイリさんの肌に這わせ、薄く皮を切り裂く。

 

「いや────っに、兄さん!!」

「アイリ────!!」

 

流れ出る血にレイさんが叫び、牙大王がそれでこそ気が晴れる、と笑った。

 

……すでに、牙大王自身の言葉とレイさんの呼びかけにより、アイリさんは目が見えないながらも、今自分の前にレイさんがいることは把握している。

 

しかし、その兄妹が再会の喜びにひたることは……まだ出来ない。

 

「おっと、動くなよ!! 南斗の男、お前にはどうすることも出来ん!! そこで喚いておれ!!」

「くくっ!!」

 

確かに、今のこの状況。

全ては牙大王の胸三寸であり、私達が出来ることは何も無いように思える。

 

が。

 

 

(────やれることは、ある)

 

 

と、その時。

獣のような……いや、獣そのものといっていい雄叫びが木霊し、一人の男が現れる。

 

「なっお前たち、なぜあんな凶暴なやつを連れてきた! マダラがやつらを襲ったらいたぶる暇もない!!」

 

男の名は、マダラ。

牙一族において、牙大王を除いた最大戦力とも言っていい、凄まじい殺人狂だ。

 

私の闘気か、もしくはケンシロウさんが持つ死の雰囲気か。

それにあてられ取り乱すと、牙大王達が止める間も無く私達に襲いかかった。

 

 

 

 

「────貴様は、すでに死んでいる!!」

「おおお!! …………あわっ!?」

 

鋼鉄をも切り裂く爪や牙を持つ野獣も、北斗神拳の前では敵にならない。

 

原作通り、マダラをあっさり撃退するケンシロウさん。

そして、その様で牙一族に恐れの色が見えると、すかさず眼光ギラリと宣言する。

 

「その女を殺すなら殺せばいい。俺はお前達を抹殺するために雇われただけだ!」

 

その言葉を聞き牙大王はしばらく考え込んだかと思うと……ニヤリっと口元を歪めた。

 

 

「フフ……そのハッタリもいつまで続くかな?」

「なに?」

 

「そこの北斗の男はそう言ったが、お前たちはどうだ!? 南斗の男のかわいい妹を犠牲にして、このわしを倒すことが出来るかぁ!?」

「────ッ」

 

「お前たちが人質を無視して来るのならば仕方がない、だがこのアイリといったか、妹だけはこの場でいたぶって殺してやる! それでも良いならかかってくるがいい!」

「や、やめろ! やめてくれ! 俺はこいつとは違う!! アイリだけは殺さないでくれ! たのむ!!」

「ほう、ならば……」

 

 

ザッ、と。

レイさんの狼狽を見た牙大王が次の言葉を吐く前に、私は一歩、前に出る。

 

 

「────ならば、どうすればアイリさんを解放してくれますか?」

 

「…………フフッ」

 

(ぅ……っ)

 

じろぉっ、と全身を舐め回すような、ねばついた牙大王の視線。

単純な力関係ではない部分から来る怖気に、ブルっと震えそうになるが、表情に出さないようつとめる。

 

 

「そう、お前、お前だ。知っているぞ。そこの北斗の男に身内はおらん、が! 同じ北斗神拳を使うというお前はなんだ? 妹弟子か何か……そう、妹と言っていい存在ではないのか?」

 

ならば、と牙大王は高らかに続ける。

 

「お前がこの南斗の妹と同じ状況になったなら、その男の死神のような鉄面皮が苦痛に歪むところが見られるんじゃないか? それが叶うのならば、こんな人質は要らん!」

 

 

「────分かりました、私が、代わりに人質になれば良いんですね」

「ッそれは!」

「マコトさん!?」

 

 

レイさん、マミヤさんの静止の声を尻目に、私は自ら牙大王の下に歩みを進める、が。

 

「待てぇい!!」

 

それにストップをかけるのは、他ならぬ牙大王だ。

 

 

「息子達から聞いているぞ! 貴様も北斗神拳を、それも恐ろしい闘気を腕から撃ち出すとな! そんなヤツをのこのこと近づかせると思ったか、バカめが!!」

「…………ならば、どうすれば? 近づかなければ、人質になれません」

 

 

「人質になりたくば、今! 自分でその右腕をへし折るところを見せろ!! 自分で鍛えたその腕を、自分の手で破壊するのだ!!」

「────ッ」

「…………」

 

ケンシロウさんが、とてつもない形相で前に出ようとするのを、手で。そして目で制止する。

 

 

……頭こそ回っているが、牙大王の意識はすでに狂気に染まっている。

下手な刺激を与えてこれ以上アイリさんに被害を与える訳にはいかない。

 

 

「きさ、まら……そんな、ことを……彼女、に…………!」

 

レイさんが苦悶の表情で絞り出すように呟く。

人生の目的と言えるほどに探し求めようやく出会えた最愛の妹と、今ここで、犠牲になろうとしている私。

その間に揺れ動くレイさんを見た私は……不謹慎ながら、天秤にかけてもらえただけ少し嬉しい、と感じていた。

 

こんな優しい人を、いつまでも苦しめてはおけない。

どのみち選択肢なんて無いのだから、私がやることは決まっているのだ。

 

 

「ほぅ、それならば、この妹を見殺しにするか? ワシはどちらでも良いのだがな!」

「ぐ……」

 

それは嘘だろう。同じ復讐対象の身内として見るならば、戦闘力という意味では離しても脅威にはなりえないアイリさんより、私のほうが人質としての価値は大きいはずだ。

 

だからこそ、私の考えが正しければ……下手を打たなければおそらくアイリさんはこれで助かる、はずだ。

 

 

 

────ならば。

 

(諦めるしか、無いな)

 

牙大王に……牙一族に。隙は最後まで無かった。

彼らが上手くやったと言わざるを得ないだろう。

が、それはここに来る前から覚悟していたことだ。

 

 

ゆっくりと座り込もうとする私に、ケンシロウさんが静止の声をかける。

 

「待て、マコトよ」

 

「いえ、良いんです。……ケンシロウさん、そしてレイさん。あとは、お願いします」

 

「ぐ……ぅ……」

「マコト、さん……」

 

私は彼らの目を見ながらそう言うと、座り込みながら左手を自身の右肩にかける。

 

 

……怖い。

いくら鍛えたといっても、これから確実に襲い来るであろう激痛。

それを自分の手で起こさなければならないということは、怖い。

そして何より、この先が……"────"が正直なところ、怖くてたまらない。

 

それでも、心だけは折れず、前を向き続けなければならない。

そう、改めて覚悟を決めるように、すぅっと深く息を吸う。

 

 

────その時、一瞬。

心配そうな姉さん、ユリアの顔が、頭をよぎった。

 

 

そして。

 

 

「────ッッ!」

 

 

バキィッッ!!

 

 

 

いっそ、気持ちが良いとすら思えるほど。

それほどに分かりやすい、骨がへし折れる音が辺りに響き渡った。

 

 



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第十七話


ガチ本家設定です。

なお、今回『残酷な描写』タグが少々お仕事します。
苦手な方は薄目を開けてご覧ください。



★★★★★★★

 

牙大王。

中国拳法打雷台の流れを組む華山角抵戯の使い手にして、牙一族の長。

 

これまでも幾度となく統率された部下、いや息子を使い行ってきた、人質を使った一方的な蹂躙。

自身もまた優れた拳法家であり、さらにこうした場面にこの場にいる誰よりも多く触れてきた……その経験を持つ彼は、確信する。

 

 

────あれは、"間違いなく折っている"。

 

 

さすがの北斗神拳使いというべきか、アレほど派手に折ったにも関わらず悲鳴一つもらさなかったし、今でも痛みが顔に出ないよう必死にこらえようとしている。

しかし、かすかな身体の震えに加え、浮かび上がる脂汗まで隠すことは出来ない。

ましてや、周りの人間の狼狽までもが全て演技であるなど、まず考えられない。

故に、あれは演技などではありえない、と断じることが出来た。

 

 

そしてもちろん、牙大王はこれだけで済ますつもりはない。

何しろ北斗神拳だ。

それこそ、片手で残った指一本だけでも、自分ならともかく、息子の一人や二人程度簡単に片付ける実力は残っているだろう。

ならば手を緩めず、完全に無力化する必要がある。

 

見目美しく、また自身も非常に強い肉体を持つ若い女という、極上の得物を前にした牙大王。

この先、自分が思い描く最高の光景を作りあげるため。

牙大王は今、かつてない速さで自身の思考が展開していることを実感していた。

 

 

「よぅし、次は残った左腕と、右脚だ!」

「なっ!?」

 

南斗の男が驚愕し、仲間の女が悲鳴のような声を上げる。

 

「そんな、見たでしょう!? マコトさんはもう戦える身体じゃない! ましてやもう、自分の身体を折るなんて出来るはずが!」

「そうだ! だから貴様がやるのだ、南斗の男! 貴様が手ずから、北斗の女の左腕と、右足をへし折るのだ!!」

「ど、どこまで……! ……貴様ァ────!!」

 

怒りが沸点に達したのか、激高しながらこちらに向かおうとする南斗の男。が。

 

抱えた人質、アイリの胸元に再度剣を突き刺し、流れ出る血。

それを見せつけてやるとそら簡単だ。

こちらに向かっていた脚は止まり、唇から血を流しながら、その場で吠えることしか出来ない。

 

「うぅ、に、兄さん! 私のことなんて良い! 戦って!」

 

アイリが腕の中から叫ぶ。

見ず知らずの人間が今、自分のために犠牲になろうとしていること、そしてそれが自分の兄を苦しめていることが耐え難くなったのだ。

 

だが、無駄だ。この南斗の男がそれで割り切れるようなら、最初からこれほど有効な人質にはなっていない。

ただ、このままでは舌を噛み切って死なれる恐れがある。そう考え念のため息子に命じ、猿ぐつわを噛ませる。

これで余計なことも言わなくなり、一石二鳥といったところだろう。

 

 

「レイ、さん……」

 

その時、北斗の女が"これまでの強さが嘘に思えるような"弱々しい声で呼びかけ、南斗の男をじっと見る。

それをしばらく、煩悶の表情で見た南斗の男は。

 

 

「────すま、ん……!」

 

その言葉と共に、北斗の女の腕を掴み。

 

 

────ゴキィッ!

 

 

「ぅ……ぐ……ぎ……ぃ……!」

 

 

「すぐに脚だ! こちらに見えるようにやれ! 折れぇっ!!」

 

 

そして最後は、ベギョッという鈍い音。

 

 

「ぁ、ぅっぅ、ぐっぅ~~~~~~っっ!!」

 

 

「────ああ、胸が晴れる~~っ!」

 

本来、圧倒的な強者であるはずの北斗神拳と南斗聖拳の使い手。

それが自らの言葉一つで良いように踊らされ、ついには自ら壊されていく、この瞬間。

そして、無力感と屈辱感に満ちたやつらの表情。

それを見る牙大王は今この時、この上ない愉悦、悦楽を覚えていた。

 

 

「よぉしよし、よくやった! では、北斗の女を……そこの女! お前がここに連れて来い! それで南斗の男の妹は解放してやる!」

 

もはや北斗の女は歩くことすら出来まいが、当然残った北斗、南斗の男に連れて来させはしない。

 

指示通り肩を借り、ひょこひょこと。

焦れる程にゆっくり、自らこちらに向かう女達。

道中、何やら北斗の女がボソボソと女に囁いている、が。

残りの二人ならともかく拳法家でもないやつが出来ることなどあるはずが無い。

 

「……来たわ。さあ、アイリさんを離しなさい」

「フンッ」

 

そうしてアイリを投げ渡すと案の定、"何もせずに北斗の女を置き"すぐにアイリと共に戻っていった。

察するに自分のことは気にせず逃げろ、とでも言っていたのだろう。この状況下に置かれてなお、そう強がれるあたりは大したものだ。

 

────それでこそ楽しみがいがある、と牙大王はさらに笑みを深めた。

 

 

解放され、ようやく生きて再会した南斗の兄妹が涙を流し抱き合う。

しかし、牙大王がその時注目したのは当然そんな光景ではなく、残った北斗の男の表情だ。

 

 

(ククッ……!)

 

 

────未だ歪むことの無い無表情を装っているが、その内心はどうだ?

今自分の手の内にある女。同門か何かは知らないが、同じ北斗の拳を学ぶ身内、いうなれば妹と言えるだろう存在。

それを犠牲にし、代わりに今幸せを取り戻そうとしている他人を、南斗の兄妹を。心の底から祝福することが出来るか?

 

 

出来るはずがない。そんな人間がこの世にいるわけがない。

ならば、最後に取るべき詰めは、決まっている。

 

 

「グワハハハハハ!!」

「ぐぅっぁ!」

 

もたらされた人質……いや、生贄と言っていいそれを乱暴に抱きかかえる。

へし折れた部位に響いたか、その動作一つにも苦悶の声が上がった。

 

全身から流れる汗で乱れ、額に張り付いた髪。

歳不相応に、痛みによってなまめかしいほど上気した、それでいて苦悶に満ちた表情。

ようやく手に入れたそれを見た息子たちが、劣情の色を隠さず懇願する。

 

「お、オヤジ! その女、くれ、くれ! もう我慢できねえよぉ!」

 

「フフフ、そうだな……いや、この女はワシが手ずから楽しませてもらおう。思えばこの女含め、やつらにはずいぶんと我が息子たちが減らされたことだしなぁ」

 

そう言って腰周りを撫で付けるところを、やつらに見せつける。

 

「もちろん、役目が終わればお前たちにくれてやろう、切り刻むなりなんなり、好きに楽しめばいい」

「や、やった──! 俺、俺絶対残った左脚、欲しい!!」

 

「お、おのれ……どこまでも、外道な……」

「……悪魔ッ!!」

 

────そうだ、その反応だ。

そうしてこの女が迎える危機を煽り、奴らに強く意識させる。

その上で。

 

 

「だが、ワシも鬼ではない! 北斗の男!! 貴様、その南斗の男を殺せぇ!! そうすればマコトといったか、この女にも手出しをせず、解放してやろう!!」

「なに!?」

「当然、南斗の男! 貴様が北斗の男を殺してもいいぞ! どちらかが死んだならば、こいつは解放される!」

「…………ッ!」

 

南斗の男が驚愕に顔を歪め、北斗の男と視線を交わし合う。

 

この二人も、こちらの狙いは承知の上だろう、と牙大王は考える。

 

表裏一体の北斗と南斗が全力でぶつかったならば、その結果は当然、相討ちのはず。

仮にどちらかが勝ったとしても無傷ではいられまい。決着の瞬間にまとめて殺せばいい。

 

そこまで分かっていても奴らは、このマコトを見捨てる選択肢は取れないはずだ。

 

あのマミヤとかいう女に、アイリを約束通りあっさりと返したのも、このためだ。

こうして一方が助かり、一方が犠牲になるという構図を作り、奴らの仲に亀裂を入れ、殺し合いに熱を入れさせる。

 

もし、マミヤがこちらを殺そうとするなど、余計なことをしてきたならば改めて3人まとめて捕まえてやるのも手ではあったが……その辺りは奴らも賢明に判断したようだ。

 

 

「グフフ……なんとわしの頭の良いことよ」

 

 

そして、しばらく苦悩した上で、南斗の男が答えを出したようだ。

 

「……ケン! 俺は、アイリのために自ら命を張ったあの女を……マコトを死なせることは出来ん! そして俺もまた、やっと自由を掴んだアイリを守るため、生きねばならん!」

 

そう覚悟を決め、構える南斗の男。

 

「だからケン! お前も、俺を殺す気で来い! マコトを助けたいのなら、お前が俺を殺すんだ!」

 

「…………」

 

北斗の男はその言葉を受け、無言で構える。

それを見ると南斗の男は、先手を取って動いた。

 

「覚悟!!」

 

 

 

 

北斗、南斗の男の戦いは完全に五分と言えるものだった。

矢継ぎ早に繰り出される南斗の男の手刀に対し、見事な体捌きでそれを避け続ける北斗の男。

南斗の男の攻撃の余波で、巨大な岩石がバターのように溶ける様に、牙一族は感嘆の声を上げた。

 

「あの南斗の男、強えぞ!! おいどっちが勝つと思う!!」

「もちろん南斗の男だ! しかしよく北斗の男、無事だったな!!」

 

そんな息子たちの声をよそに、牙大王は人質の女、マコトにニヤニヤと声をかける。

 

「グフフ……おい、お前はどっちが勝ってほしい? お前のために争いそして死ぬのは、どっちの男が望みだ? ははは、こう考えるととんだ悪女だな!」

 

が、その挑発にもマコトは答えない。

それどころか、戦いをほとんど見もせず、折れた腕と脚を投げ出しうなだれながら、ブツブツと何事かを呟き続けるだけだ。

 

「ぃヶ……ぅ少……き…………右……」

 

(────チッ。追い詰めすぎたか?)

 

自分に逆らった敵対者が折れる様を見るのは気分が良いものだが、今の段階で自失状態となられても楽しみが減る。

おまけに、先程から北斗の男は防御に徹するばかりで、南斗の男は攻めあぐね続けている。

 

直前まで牙大王の心を満たしていた愉悦は、いつしか膠着した状況への苛立ちに変わり始めていた。

ギリッと歯ぎしりをすると、語気荒く牙大王は叫ぶ。

 

「貴様ら、何をもたもたしておる! この女の命が惜しくないのかぁ!!」

 

うなだれるマコトの頭を乱暴にわし掴み、押さえつける。

その時、ようやくマコトが顔を上げ、こちらを見る北斗の男達と視線を合わせた。

 

そして。

 

「はぁ~~~~ッッ!!」

 

 

マコトの顔を見ることで改めて危機感を煽られたか、初めて北斗の男が構えを取る。

 

 

「はっ! こ、この構えは……北斗神拳秘伝の聖極輪!!」

「この構えの持つ意味は貴様も知っていよう」

 

その後、お互いの隙を伺うかのようにしばらく睨み合っていたかと思うと、双方大仰な動作から、異様な構えを取りだした。

 

 

方や両腕を横に広げ、威圧するかのような体勢でジリジリと距離を詰める南斗の男。

 

「南斗虎破龍!」

 

方や両腕を前に突き出し、あたかも龍の口を思わせるような形を作り、迎え撃つ体勢を取る北斗の男。

 

「北斗龍撃虎!」

 

 

(グフフフ……!)

 

その構えが持つ意味は、牙一族達には分からない。

しかし、どう見ても防御を考えているようには思えないその構え。

それを受けて牙大王は、お互いが捨て身の覚悟で、次の打ち合いに臨むであろうことを察したのだった。

 

 

────そして。

 

 

「いやああ!!」

 

 

気合一閃。

南斗の男が雄叫びとともに、まるで手が無数に現れたかのように見えるほどの速度を以て、北斗の男に襲いかかる。

 

しかし、北斗の男はその中から一本の腕を選び取り掴むと、最短距離を取った右拳を南斗の男の顔面にぶつける。

凄まじい一撃をまともに受け、ゲフッと血を吐きながら吹き飛ばされそうになる南斗の男。

しかし、ただではやられない。その勢いを利用してぐるっと一回転したかと思うと、背中から回した手刀を北斗の男の胸に深く突き刺した。

 

 

「────決まった!!」

 

 

「…………!」

「やはり……相討ちか……」

 

 

表裏の拳法、北斗神拳と南斗聖拳。

その極まった使い手同士の最後の攻防もまた、牙大王の予測どおり……互角。

 

ほぼ同時に地面に倒れ込んだ二人に対し、牙大王の息子がソロリソロリと近づき、検分する。

 

 

そして、ニタァっと笑ったかと思うと、それを……牙一族にとっての紛れもない勝利の報告を口にする。

 

「オヤジ! 大丈夫だ、間違いなく死んでる!! 二人共心臓がぴくりとも動いてねぇ!!」

 

「フ……グハハハハッッ! この勝負、俺の切り札の方が強かったようだな!! さあ息子達よ、今こそこやつらを切り刻んで一族の恨みを晴らしてやれッ!!」

「おおお~~!!」

 

 

そうして刀を手に死体に殺到する牙一族達。

 

死体にたどり着くと同時、思い思いに殺意を振るう。

辺りに響くのは、肉が切り裂かれ、骨が砕かれる凄絶な音。

それを目の当たりにし、牙大王は感涙にむせび泣いた。

 

 

「ん~~~!! うう……気が晴れるぅ!! ……よお~~し息子たちよ、引き上げだ!! この女どもを殺せぇ!!」

「お~~!!」

 

死体への恨みを晴らしたなら、次は生きている肉で遊ぶ番だ。

歓喜の咆哮を上げ残った二人、マミヤとアイリに襲いかかる牙一族。

 

ようやく成就した理想の光景を前に、牙大王は目を細めながら、その幸せを噛み締めていた。

 

 

「────────お!?」

 

 

その時。

 

 

マミヤに斬りかかろうと振りかぶった牙一族の一人。

その首がずるぅっと横に滑り落ち、倒れた。

 

「んが!?」「んん!?」「はなな」「おぶっぇ」

 

 

それを皮切りに、次々と肉体が切断、ないし破裂していく牙一族達。

 

「な!!? ど、どうし……」

「おやじ……や、やつらが……やつらやつら……つらつら、つらららっ……らあ!!」

 

ありえない、あってはならないその光景に、大口を開けたまま完全に硬直する牙大王。

 

彼が見たものは、その言葉を最期に破裂した息子。

そして、バラバラになった息子たちの死体の中から現れた、五体満足で佇む北斗、南斗の二人組だった。

 

 

「き……貴様たち、は、図ったな~~!!」

 

 

牙大王の言葉に、男たちが静かに勝ち誇る。

 

「敵をあざむき、活路を開くのも我らが拳法の奥義!! 聖極輪の構えとは互いの秘孔を突き一時的に仮死状態になることの合図だったのだ!!」

 

故に、牙大王が抱えていたのは、切り札などではない。

 

 

「────貴様は最初から死神(ジョーカー)を引いていた!!」

 

 

しかし、その言葉を突きつけられてなお、牙大王は自身の勝利を疑わない。

 

なぜなら。

 

「ば、バカが!! こちらには切り札が、人質がいることを忘れたか!! 逆らうというのなら、こいつを」

 

 

 

その言葉を言い終わらないうち。

 

 

 

「────────は??」

 

 

牙大王は今度こそ、絶対にありえない、ありえるはずがないものを目の当たりにする。

 

 

眼前に迫りくるそれは、拳。

 

(ば……か……な)

 

撃ち出すのは、自分の足元で、身体も心も完全にへし折れていたはずの女。

 

間違いなく完璧にへし折れていた右腕を全力で、躊躇なく振るい叫ぶ女の名は、マコト。

 

 

「でぇえあぁりゃああああああッッッ!!!!」

 

「ぼっぎょああああぁぁぁぁ!!?」

 

寸分違わず牙大王の顔面にぶち当たったその拳は、その衝撃のまま牙大王を後方に吹き飛ばす。

奇跡的に、すんでのところで鋼鉄化が間に合ったため致命傷こそ避けたものの、衝撃までは殺せず、踏ん張る暇も無く牙大王は倒れ込む。

 

マコトはそれを確認すると、あんぐりと口を開けて佇む牙一族達を意にもかいさず、かがむ。

そうして右手と左脚を地面につけた、四足獣を思わせる体勢を取り。

 

「フゥッ────!!」

 

バァンッと地面が破裂したかのような音を響かせ、その場から跳躍。

そのまま崖の下に居た北斗の男に抱きかかえられ……そして笑った。

 

 

「────すみません! ただいま、戻りました!」

 

 

 

★★★★★★★

 

 

 

────癒し(ヒーリング)という能力がある。

その名の通り、触れることによって相手の傷を癒やす力だ。

 

世界観、間違えてません? と思わず言いたくなるような、まるでロールプレイングゲームか何かから出てきたかのような単語だが、これはれっきとした北斗の拳(この世界)の設定。

…………それも、他ならぬ私の姉さん、ユリアがおそらく生まれつき備えている力だ。

 

過去、激しい修行により傷だらけで倒れ伏したラオウ。

彼に対し意識的か、あるいは無意識にか。ともかく姉さんの癒しの力によって痛み、怪我を和らげられたラオウ。

私の記憶が正しければ、この出来事をきっかけに彼は姉さんに心惹かれるようになったはずだ。

 

この能力があったからこそ、南斗最後の将にして慈母星の守護者として数えられた、と考えるのも、そうおかしな話では無いだろう。

 

 

そして、ここからは私の推測、あるいは妄想のようなものになるが。

この力は薄っすらとケンシロウさん自身、彼もおそらくは気付かないままに備えているのではないか、と私は考えている。

根拠は原作での、ケンシロウさんが繰り広げた死闘の数々だ。

 

例を挙げると、初めにマミヤさん達の村でラオウと激戦を繰り広げた後。

お互いもう拳の一つも繰り出せないだろう、とトキさんが判定するほどに満身創痍となった彼らは、一時休戦に入る。

 

にもかかわらず、ケンシロウさんはそのすぐ後に狗法眼ガルフやユダの副官ダガールといった、彼から見れば格下とはいえ、一般人からすれば十分強者というべき相手を、その怪我を感じさせない動きで圧倒している。

 

一方ラオウはその間も怪我の回復につとめ、その後回復を図る稽古台としてコウリュウをその手にかけようやく完全復調と、明らかにケンシロウさんより遅いといえるペースで完治させている。

 

それ以外でも聖帝サウザーや羅将カイオウに対する敗戦後も、しばらく休んだ後はすぐに元通りか、それ以上の強さを身に着けて再戦。見事リベンジを果たしている。

特にカイオウ戦では攻撃を受けた腕が、明確に骨が粉々に砕けるような音を鳴らしていたのにも関わらず、だ。

 

おそらく、姉さんのように明確に他者を癒やすようなものではなくとも、他を圧倒する治癒力を備えていたのは、自分自身に対しこの癒しの力を持っていたからではないだろうか。

 

 

(────なら、私はどうだ?)

 

 

同じ血を引く実の姉が。そして同じ北斗神拳を身に着けた憧れの存在、ケンシロウさんが持つ癒しの力。

 

そんな能力があることを知識として知った上で、この自分だけが一切振るえない、ということは果たしてありえるか?

 

 

(ありえない。そんなはずはない。使えるに、決まっている!)

 

 

…………いや、正直なところ、実際に私にも備わっているかどうかは分からない。少なくとも修行の段階で自覚を出来たことはなかった。

が、それでもいい。この世界では心の力が……使える、と信じ込むことこそがきっと大事なのだから。

 

 

そしてそれが前提としてあるならば今回、牙大王からアイリさんを救い出し、打倒する方法は一つ。

 

すなわち、自分から傷ついてでも代わりに捕まり、癒しの力で一部分だけを牙大王の常識を超える速度で治し、一撃をぶち当てて隙を作る。

私は、アイリさんの正面からの救出が不可能と悟ったその時から、これを目標に動いていた。

 

 

闘気を放出し、殺気に鋭いマダラを呼び起こし、あえてケンシロウさんに始末を任せることで最大の脅威が彼であるとアピールする。

そしてケンシロウさんの身内としてマークされているだろう私に対し、代わりに人質になれと命令するよう流れを誘導する。

有情拳を応用すれば、痛みなど一切なく骨だけを折ることは可能だったが、あえてそれもせず言いなりのまま折って、痛みにあえぐだけの無力化された女を装った。

優しさのために思い悩むレイさんに、折ってほしいことを目で以てなんとか伝えることも出来た。

マミヤさんに担がれている時には、時間さえ稼いでくれれば私が隙を作れること、アイリさんを確保できたらすぐに戻ってケンシロウさん達にそれを伝えてほしいことを囁いた。

 

そうして捕まったあとは、ただただ自分の闘気の流れを右腕に集中させ、自分が癒しの力で治すところを強くイメージするため、心を燃やし続けていたのだ。

 

 

ここまで詳しい説明をする暇も無かったため、私がしたことはケンシロウさん達にも分からないだろう。

しかし、ケンシロウさんに抱きかかえられ、おそらく"してやったり"と笑っているであろう、私の顔を見たレイさんが、呟く。

 

 

「フッ……やはり、あの男が引いていたのは、規格外(ジョーカー)だったな」

 

 

 

 

「貴様らぁ~~っ!! よくもわしを騙しおったなぁ────っ!!」

 

鼻息荒く叫び、脚を踏みしめる牙大王。

そのまま彼は最後の奥の手、華山角抵戯が奥義、華山鋼鎧呼法を発動させる。

 

全身が真っ黒に変色していく様に、レイさんが困惑の声を上げた。

 

全身を鋼鉄の鎧と化すことであらゆる打撃に対し耐性を持たせるこの技。

それを誇ったまま牙大王はケンシロウさん達に襲いかかろうとし。

 

「あぁたたたたたたた────!」

 

有無を言わさず打ち込まれたケンシロウさんの拳撃に、全身を覆われた。

 

 

(────うわっ。あの秘孔は……)

 

 

が、牙大王からすれば無駄な攻撃。

 

「グフフ、効かぬといっておろうが……」

 

一瞬ひるんだものの、自慢の肉体の前には蚊に刺されたようなものだ、と笑う。

そして、今度こそ目の前の男達を押し潰してやろう、と地面を鳴らし踏み込もうとする、と。

 

 

────グシャグシャグシャッ。

 

 

「…………は??」

 

紙か、あるいは発泡スチロールか。

それを力任せに握りつぶしたかのような軽い音が響いたかと思うと。

 

牙大王はあっさりと、その巨体を地に横たえていた。

 

────そしてその脚は、もはや元の形がどういうものだったかが分からなくなるほど、グシャグシャに変形してしまっている。

 

 

「あ、ぁぃっ……いぎ、へ、あぎゃぁあああぁあ、げぶぅあ!!?」

 

 

その様を見て、ようやく自分の身に起こった異変に気付き、牙大王は叫ぶ……が、その瞬間、胸元……肋骨が音を立てて粉微塵になった。

ただ叫ぶという運動に対してすらも、ケンシロウさんが突いた秘孔は無慈悲に追い打ちをかける。

 

「ぁ、げぇ……? んな、な……にが……?」

「骨粗忘という秘孔を突いた。お前の全身の骨は、もはや肉体を支える事もできずに朽ち果てるのみ」

 

息も絶え絶えに漏らす牙大王に対しケンシロウさんはそう言い捨てる。

そして、倒れ込む牙大王に脚をかけ、踏みしめた。

 

「げゅ……! ひぐぇ……た、たす、いでぇ、いでぇぇ…………」

 

当然、踏まれた箇所からも無慈悲な破砕音が響き渡り、そのたびに牙大王は絶叫の声を上げることすらも許されずに、悶え苦しむ。

 

 

 

「た……たしゅ、たずげ……む、むずご、だぢ、ぃ……わしを、わしを、まも、れぇ……」

 

かろうじて意識と声をつなぎ、自身の息子たちに助けを乞う牙大王……だが。

 

「ひ、ひぃ……! 無理だ、オヤジが勝てない相手な上、あんな……ぃ、嫌だぁあ!!」

 

あまりに凄惨な光景に恐れを抱き、我先にと逃げ出す残った牙一族。

当然、レイさんが彼らを逃がすはずもなく、一人、また一人と首を狩られていった。

 

やがて彼らの悲鳴も止み。

最後に残ったものは、まるで高いところから落としてしまい壊れたガラス細工のような、無惨な姿に変わり果てた牙大王。

 

 

「ひ……ぃ……ゆる……も、もぅ……ごろ、じ、で…………ぁぼぇ!」

 

 

そして、最後はその額に指を突き刺すと、ケンシロウさんはただ一言。

怒りと殺意を凝縮させたかのような、たった一言を送ると……爆散させた。

 

 

 

「死ね」

 

 

 

(怖いっっ!!)

 

 

……とはいえ、私も牙大王に対する怒りは思いっきりあるのでまあ、うん。

 

 

良い子は、ケンシロウさんを怒らせないようにしましょう。

 

 

 

 

牙一族達を倒し、今度こそ心の底から、再会の喜びを噛み締めるレイさんとアイリさん。

 

その様をマミヤさんの肩を借りながら見やり、私は肩の荷がおりるような思いを感じていた。

 

 

(────はぁ、怖かった)

 

 

それは痛みに関してや、一応女の身に対して向けられる牙一族の目やら何やらももちろんあるが……何より。

 

(他の人に全部任せるということが、これだけ怖いことだなんて)

 

自分の運命を……役割を考えると、もしかしたらこの世界そのものの命運を、他者に委ねることになる、というのは、本当に怖いことだった。

 

 

私は今回、牙大王に選択を迫られた結果、自力での事態の解決を諦めざるを得なかった。

出来る範囲で努力し、隙を作ることには成功したが、マミヤさんやケンシロウさん、レイさんが何か一つミスをしたならばたちまちそれで詰みかねないという、綱渡りの連続だった。

いくら信頼をしている人と言っても、全面的に任せることが恐ろしいことには変わりがない。

 

 

────それでも、この選択を取ることが出来たのは、多分……そう、意地によるもの、になるだろうか。

 

 

そう思い、私が見るのは、マミヤさんの方だ。

 

「? どうしたの、マコトさん? 怪我が痛むの?」

「いいえ。…………ただ」

 

ただ。

 

 

────自分一人で持てないような荷物なら、誰かに投げてしまってもいいのだ。

 

 

(……なんて、偉そうなことを言った手前、自分がそれを出来ない~なんて、通りませんよね)

 

 

そんな言葉を口に出すことすらも気恥ずかしくて、ただ笑う私。

 

それに釣られるように、良く分からないな、という顔のまま、マミヤさんも一緒に笑ったのだった。

 

 

こうして、村に犠牲を出すことなく……牙一族は、壊滅した。

 

 

 



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北斗の兄妹編
第十八話



そろそろ『独自解釈』タグが本気を出し始めそうです


「むぅ~~ん……ぬ~~むりゃ…………どう、ですかね? 効いてそう?」

 

牙一族達との戦いの後、村へ戻ってしばらく体を休めた私は、その戦いで身につけた癒しの力(ヒーリング)の検証を行っていた。

 

「うーん、なんか……ちょっと暖かくて気持ちがいい……ような、気がする……多分」

 

今試しているのは、側頭部を少し怪我してしまった村の少年の治療だ。

切れている箇所をそのまま触っても痛いだけだと思うので、その周囲の箇所に触れたり撫でたり押したりもんだりと、ペタペタ弄っていた。

 

が、少年の反応を見るに、現状私が振るえる癒しの効果はそこまで劇的な、都合の良いものでも無さそうだ。

 

(さすがに、いきなり姉さんのようにはいかないか)

 

これは、軽い怪我に対して大仰な癒しを使わなくても……という必要性の有無から生まれる、私の心の方の問題もあるかもしれない。

実際、私の折れた左腕、右脚に関してはすでにほぼ完治しているのだから、現金なものだ。

逆に言うと、患部の状況が深刻であれば効果が大きくなり、延命などに繋がる可能性もあるにはある。

が、そもそもそんな状況にしないことの方がよほど大事だ。

 

私が姉さん、ユリアと同じぐらい慈愛だとか優しさだとかを纏った気質だったなら、怪我の大小に関わらずに高い効果を発揮できていた可能性もあるが……まあ、そんなものなのだろう。

 

そして、それでいい、とも思う。

私が居ればなんでも救えるから、誰がどんな大怪我をしても大丈夫……そんな、緩んだ心のままに生きることは、きっと自分のためにもならないだろうから。

 

癒しは、あくまで数ある選択肢のうちの一つ。

 

 

────私はこれまで通り、私が出来ることをし続けていくだけだ。

 

 

そう考えをまとめると、協力してくれた少年にお礼を言い、頭を撫でた。

 

……癒しのために触れた箇所だけでなく、少年の顔全体がかなりの熱を持っているように見えたが、癒しの効能で新陳代謝が進んでいるとか、そんな感じだろう。

 

……多分。

 

 

 

 

「私を連れ去った男の顔は知らない……あの男はいつも黒いヘルメットを被って顔を隠していたわ」

 

連れ去られた際に、絶望のあまり自ら目を閉ざしたアイリさん。後日彼女の治療を行い、同時にケンシロウさんが、自身の胸に七つの傷があることをレイさんに明かした。

それでも、ケンシロウさんではない別人が連れ去った、と確信しているレイさんは改めてアイリさんにあの日のことを聞いたのだった。

 

「紛らわしいやつだなぁ、ケン」

 

そう声を掛けるのはバットくんだ。が、その声が耳に入ったのかどうか、ケンシロウさんは何事かを心当たり有り気に呟く、と。

 

「う、ごっほ!」

 

(────ッ)

 

一度だけ、深く咳をした。

 

…………あまりの強さと普段のケンシロウさんの態度から、それこそ私以外は忘れてしまいかねないが、ケンシロウさんへの死の灰の影響は、今もケンシロウさんの肉体を蝕んでいる。

原作のトキさんに比べると、その症状は軽い。とはいえ、レイさんとの激しい戦いで傷つき、計画通りとはいえ一時仮死状態にまで至った身体の負担は大きいだろう。

癒しの力を意識しケンシロウさんの背中をさすりながら、私はしばらくは、ケンシロウさんを休ませるべきだろう、と考える。

 

 

ただ、今に至ってもやはりわからない。

 

 

(犯人は一人しか考えられない……でも、なぜ彼が……? それに、原作と同じくヘルメットまで)

 

 

 

 

────北斗四兄弟が三男、ジャギ。

究極の暗殺拳、北斗神拳の使い手であり伝承者候補の一角。

 

……で、ありながら、私が知る原作での扱いは……不遇の一語に尽きる。

 

まず、この世界における強者達の考えはおおむね、"鍛えた拳こそ全て"というものである。

そしてその中にあたって、含み針や銃といった道具に頼るジャギは情けない、間違っている男……そんな風にばかり扱われている。

 

ラオウからはジャギではケンシロウに勝てぬ、と言い捨てられ、師のリュウケンさんからはお前もケンシロウを少しは見習え、と(実際の想いはともかく)なじられる。

トキさんに至っては絡んでいる描写すら皆無という有様だ。

 

果ては、後に現れる他の強者たちからは"北斗三兄弟"とされ、ついには存在すら無かったものとして扱われる。

やったことがやったこととはいえ、彼からしたらたまったものではないだろう。

 

 

その一方で私としては、彼の戦い方は別に間違いでも何でも無い、と思っている。

これは、元の世界で生きていた男としての知識や価値観も影響しているのだろう。

 

拳一つで悪を打倒し、全てを解決するスーパーヒーローへの憧れはもちろんある。

が、今ある手札の中で最善を尽くすために努力する、というカッコ良さもあることを、私は様々な漫画で知っているからだ。

 

もとより、暗殺拳である北斗神拳はキレイ事ばかりの拳法ではない。

ケンシロウさんや私自身、闇討ちや騙し討ちのような真似をすることもある以上、ジャギだけが拳を使わないことを責められるいわれも無いのではないだろうか。

 

もし、ジャギの戦いに問題があるとすれば……それは武器などを使うことではなく、基礎となる拳法の練度不足の方だろう。

 

表があるから、裏が活きる。

如何に含み針などを隠し玉として使おうとも、それを隠すための北斗神拳自体が小さくまとまってしまっているならば、そもそも裏の選択肢も脅威になり得ない。

 

だから、最初から武器ありきで頼るのではなく、それを活かすための拳法を限界まで鍛え上げる……その脅威を知らしめた上で、突然それ以外の手段を躊躇なく使ってきたならば、どうか。

その時こそが、これまでの北斗神拳の歴史上にも現れなかった、恐ろしい拳法が誕生する瞬間となる……そんな可能性もあるのではないか。

 

 

────────と、そんな考えを、"私はジャギ本人に言ったことがある"。

 

 

……そう、実は私はこの世界で目覚めてから一度、ジャギと話す機会があった。

 

 

それは、ケンシロウさん達が死の灰を浴び、シンが襲いかかってくるまでの間。

彼らの世話のため、一人で買い出しをしていた時の話だ。

 

「よぉ~~。ユリアの妹の……マコトだったか? 出来の悪い弟の世話ぁやらされて大変だなぁ~?」

 

突然、馴れ馴れしく……それでいて、何かを伺うような、そんな不思議な距離感で話しかけてきた男、ジャギ。

 

挨拶代わりとばかりにケンシロウさんを悪し様に言われたことに、むっとする気持ちはあった。

が、それを口にする前に私は、このタイミングで一つのアイデアが思い浮かぶ。

 

(────ここで彼の、ケンシロウさんへの劣等感をある程度除くことが出来れば……後の悲劇が避けられるんじゃ?)

 

原作に於いて彼が歪み、凶行に走った理由。

その多くは、ケンシロウさん……自分の後から北斗神拳を学んだ年下であるにも関わらず、最高の才能を持ち誰からも認められる、彼への嫉妬、劣等感。

さらにその劣等感の根本の原因を辿るなら……それは、自分のことを誰も認めてくれない、という承認欲求の飢えに他ならないだろう。

 

ケンシロウさん達と比較され見下される彼とて、厳しい北斗神拳の修行を、今日まで伝承者候補として生き延びてきた選ばれし者。

そのありのままを認める者がもし一人でも現れたならば、アレほどに歪んで悪事に手を染めることも、もしかしたら無くなるのかもしれない。

 

そんな下心もあり、私は会話の流れで、ケンシロウさんへの劣等感を彼自身の主張として引き出し……そして、私の考えを伝えた。

内容としては、貴方の考えが間違っているとは思わない、ただ素人意見だがこうこう、こうすればより良くなるのではないか、といった具合で、それも割と長い時間話し込んでいたはず。

かといって、下手に出て彼を喜ばせよう、持ち上げようとするような殊勝な態度でも無い。

あくまでも対等に、大したオブラートにも包まずにどうにでもなーれ、と意見をぶつけた形だ。

 

……この時の私は、この世界に来たばかりという混乱や、ケンシロウさん達への罪悪感で、半ばヤケっぱちになっていたように思う。

今考えれば、相当危ない橋を渡っていたのかもしれない。

とはいえ、言ったことや考えていたことに嘘や欺瞞は一つもない。

幸いそれが通じたのか、その時のジャギは激高したりすることもなく、一通り話を終えると何事かを考えながら、去っていったのだった。

 

 

あの時の彼の態度は……すでに荒いものにはなっていたが、即座に犯罪に手を染めるほどに危ういものには見えなかった。

その上、ケンシロウさんが伝承者に選ばれていない以上、彼が発狂しケンシロウさんに襲いかかることもなかったはず。

だからこそ、アイリさんを攫い、売るという悪事を働く犯人像に繋がらなかったのだ。

 

 

考えられる原因としては、私と同じくジャギを思い浮かべていそうな、ケンシロウさんぐらいしか無さそうだが……

ひとまず彼に問いただしてみようか。そう考え声をかけようとする、と。

 

(うん……?)

 

何やら、見慣れぬ男がこちらに近づいて来た。

 

顔つきはどう見てもカタギのものではない、かなり凶悪な部類の人相……だが、その服装はなんというか、よくあるモヒカン的な出で立ちではなく、やたらと小奇麗に整えられている。

これは礼装、だろうか。しかし普段からつけているような感じでは無く、まるで服に着られているような覚束なさが印象に残った。

 

男は私の前に立つと、にっこりと笑みを浮かべ、かと思ったら妙にたどたどしく口を開く。

 

 

「探してい……お探し、そう、お探しいたしており、ました。……マコトさんですね?」

 

「あ、はいそうですが。あなたは?」

 

使い慣れていないであろう敬語のまま、彼は答える。

 

「私は使いのものだ、でございます。どうぞこちらへ……北斗神拳伝承者、ケンシロウ様があなたをお待ちです」

 

────ケンシロウさん、そこに居ますけど。

 

 

ケンシロウさんが増えた! なんてわけはもちろん無く。

このタイミングで彼の名を騙る人物は、やはりジャギしか居ないだろう。

 

隣りにいる本物ケンシロウさんも同じ考えのようで、ただ一言つぶやく。

 

「やはり……ジャギか」

 

私はその声を拾うと、とりあえずは何も知らないという体で、ケンシロウさんに改めて質問を投げる。

 

「ジャギって、あのケンシロウさんのお兄さんのジャギですよね? 彼が騙っているってことですか?」

「────む、おそらくは、だが」

 

 

このタイミングで彼がそう確信を持つ、ということは、つまり。

 

「────えっと、もしかして、なんですが、その……」

 

……私は、間違っていて欲しいと思いながらも、おそるおそる予測のままに問いかけた。

 

 

「ケンシロウさん、ジャギに何かしちゃいました?」

 

「した」

 

したんかい。

 

 

そもそも私が呼ばれた理由もまだいまいち分からないが……

それを知るためにも、使いの人には申し訳ないが、少し待ってもらうことになりそうだ。

 

「ケンシロウさん。詳しい話を、聞かせてもらえますか?」

 




マコトくんは海賊漫画でいうなら
船長のバトルもいいけど狙撃手のバトルもいいよねってタイプ


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第十九話


おもしれぇ女だぜ……は王道(純粋な女とは言っていない)


★★★★★★★

 

最強の暗殺拳、北斗神拳伝承者候補の一人にして、北斗四兄弟の三男に数えられる男、ジャギ。

 

その立場だけを見て取ると、世の強さを求める多くの男たちが彼に羨望の眼差しを送ることになるだろう。

 

しかし、当の彼といえば今、一つの薄ら暗い感情にその心の殆どを支配されていた。

 

 

────────どうして、俺ばかりがダメなんだ。

 

 

比類なき剛拳を振るう長兄、ラオウ。

自分から見てもそのラオウすら超えるかもしれない天賦の才を持つ次兄、トキ。

なるほど、この二人の兄者はまだ分かる。この二人に比べ自分に現状劣っている部分があるのは、認めざるを得ない。

 

しかし、末弟ケンシロウはどうだ。

確かにやつも才能だけなら……まあ、あるのだろう。

しかし、この世界で生きるには、ましてや非情な暗殺拳を学ぶものとしては、心根が……そう、精神的な面が、向いてなさすぎる。

それは兄者達も分かっているはず。

 

なのに、やつは常に誰からも一目おかれ、ましてやユリアという美しい女にまで好意を抱かれている。

やつが認められるのなら、それ以上に伝承者に向いた自分は、当然それ以上に評価されてしかるべきではないのか。

 

 

ケンシロウなんかより、俺が伝承した方が、北斗神拳は強くなれるのに。

 

 

いつしか、ジャギは毎日のようにそう考えるようになった。

 

そう、彼は決して虚栄心や私利私欲のためだけに力をつけ、伝承者の立場にこだわっていたわけではない。

原作でもケンシロウに『手段を選ばず戦える自分が伝承すれば、北斗神拳はより強くなれる』と言い、師リュウケンに対しても、早く伝承者を自分に決めるべきと説いていた彼。

それは、ある意味誰よりも真剣に、北斗神拳の未来を考えていたことの裏返しとも取れるのだ。

 

 

が、その主張は誰からも、まともに取り合ってすらもらえない。

ケンシロウとの稽古でも不覚を取り、プライドが傷つけられたことも後押しし、彼は日増しに鬱屈した感情が増大するのを感じていた。

 

 

────こんな理不尽な世界、いっそぶっ壊れちまえばいい。

 

 

……そんな願いが通じたわけでは、もちろん無いだろう。

無いだろうがしかし、幸か不幸かジャギが思い描き始めていたその夢に、現実が追いつく時が来た。

 

すなわち、核戦争。これにより世界は核の炎に包まれ、暴力が絶対の法となる世紀末が訪れたのだ。

 

これだ、と思った。

この混沌とした世界でなら、自分の手段を選ばぬやり方こそが、最も生き残るにふさわしい。

俺こそが真の強者の在り方だと、そう誰からも認められるはずだ。

 

そう考えたタイミングだった。

手勢の部下が血相を変えてジャギの前に現れると、息を切らしながらそれを伝える。

 

「た、大変ですジャギ様! と、トキ様とケンシロウ両名が……死の灰を!」

「な、なにぃっ!?」

 

その報告を聞き、最初に頭を支配したのは、純粋な驚き。

 

「あ、兄者は!? ラオウは何か言っていたのか!?」

「そ、それがラオウ様は何処にもおらず……行方をくらませたものと思われます!」

「そ、そう、か……そうか……」

 

 

────そうか。

 

 

そして、次に到来したのは……(くら)い喜び。

 

 

(それなら、俺が……俺が伝承者だろ!!)

 

 

死の灰を浴びた二人は論外。

ラオウまでもが居なくなったというのなら、唯一残った自分が伝承者にならない理由は、もはや存在しないはずだ。

いや、たとえラオウがあとから帰ってきたとしても、自分が先に名乗ってしまえばこちらのもの。

もはや邪魔者はいない、ついに自分の天下が来る……そう考える彼の心は今、久しく覚えの無かった高揚感で満たされていた。

 

 

(ああそうだ、邪魔者といえば)

 

報告によると二人は、被爆したとはいえすぐに死んだというわけではないらしい。

北斗神拳の秘伝で影響を最小限に抑え、やり過ごしたという話だ。

 

ならば、一度様子を見に行ってみるべきだろう。

その上で、ケンシロウがまだ往生際悪く北斗神拳の伝承者を目指しているようなら……

 

「いっそ、この俺様が引導を渡してやろうか? 北斗神拳、伝承者様としてなあ!」

 

意気揚々と、彼はケンシロウ達が居るという村に向かったのだった。

 

 

 

「────────」

 

そして、たどり着いた村でケンシロウ達の姿を遠目で見たジャギは……自身が直前まで抱えていた殺意が、急速にしぼんでいくのを感じていた。

 

ユリアと……その妹の、確かマコトといったか。

見栄えの良い二人に甲斐甲斐しく世話をされる様は、それはそれで腹立たしいものではあった。が、それだけだ。

ジャギから見るに、伝承者としての修行はおろか、日々の生活を何とかするのに精一杯といった状況。

 

伝承者としての修行時代に静かに、だが確実に燃えていたあの強くなるための情熱や覇気は。今の彼らの姿からは、まるで見受けられなかった。

 

あれならば、わざわざとどめを刺すまでも無い。

それが示すものはすなわち、自身の想像通り、彼らが伝承者争いから脱落したということ。

 

それは紛れもなく、ジャギが心から望んでいた最高の展開であった。

 

その、はずだった。

 

 

「────────チッ」

 

 

にも関わらず、今この時のジャギが無意識の内におこなったもの……それは、舌打ち。

 

(……? 今、俺はなにに苛ついた? ……まあいい)

 

 

そうだ。

そんなことより、これでいよいよ何の心配も無く、自分が北斗神拳伝承者を名乗ることが出来る。

修行を始めた幼い頃から、ずっと見続けていた夢。その結実の瞬間だ。

 

そう、これで北斗神拳伝承者になりさえすれば…………

 

………………

…………

……

 

「あ……?」

 

 

────伝承者になれば、なんだ?

 

 

どう変わるというのだ? 伝承者になれば何がどう良くなる?

……いや、そうだ、認められる。

自分の血が滲むような努力が間違っていなかったと、伝承者になったことでようやく肯定される。

 

 

────誰に?

 

 

(……誰が、俺を祝福するんだ?)

 

 

ここに来てふと、冷静に状況を振り返る。

今までの自分の評価が、見る目が変わったわけでも無い。

ただ外的要因によって競争相手が居なくなり、勝手に空いた椅子に、消去法で勝手に座り込んだだけ。

 

それが、自分が目指してきた北斗神拳伝承者の姿なのか?

 

他の兄弟達も、師であるリュウケンも。誰の心も変わっていない。

伝承者になれたとして、自分はその看板だけをただの成り行きで背負うことになる。

 

そして、その評価が変わることはこの先、もう────。

 

(────ああ)

 

ここでようやく、先ほど自分が無意識に苛ついた理由を自覚する。

あの感情の正体は……落胆。

 

 

競争相手に、ケンシロウに勝てないまま、ケンシロウより認められていないままに脱落をされたこと。

これにより、劣等感に凝り固まったジャギの心の内の……数少ない、純粋で真っ白な競争心。

 

すなわち、誇り。

 

それが満たされる機会を永遠に失ってしまった……そのことに彼は、今この時になって気がついたのだ。

 

 

「くっっっだらねぇ……」

 

 

その日、ジャギは伝承者の道を目指してから、ずっと自ら禁じていた飲酒に手を出した。

 

 

 

 

結局、自分に残ったものは、兄弟たちに勝てない半端な北斗神拳と、銃や含み針といった小細工の技術。

そして、そんな力を恐れて自分にへりくだり、いたずらに持ち上げるばかりの部下達。

その程度の、空虚なものだった。

 

それが分かっていても……いや、分かっているからこそ何をする気にもなれず、アルコールの入った頭のままぶらぶらと街をうろつく。

 

────買い出しか何かだろうか。

メモと荷物を片手にきょろきょろと街を歩く女……ケンシロウの婚約者であるユリアの妹、マコトを見かけたのは、そんな時だった。

 

 

今の所、彼女に特段恨みなどは無い。

ケンシロウは、このマコトやユリアを助けるために死の灰を被ったということだが、奴らしい甘ちゃんぶりだ、ぐらいにしか思っていない。

 

ただ、それはそれとして今の自分の気分は悪いし、憎らしいケンシロウの世話をしている女、ということもある。

軽くちょっかいを出して、憂さ晴らしでもしておこうか。

そんな軽い気分で、声をかけてみたのだった。

 

 

「よぉ~~。ユリアの妹の……マコトだったか?」

 

 

 

 

こいつ、こんなやつだったか?

 

会話を続ける内、ジャギの頭に到来したものは、困惑だった。

 

清廉潔白で母性にも溢れ、あのラオウすらをも惹きつける女、ユリア。

その妹ということで、このマコトもある程度の器量はあるとは思っていた、が、それも所詮小娘。

自分が軽く脅かしてやれば、すぐ涙目となりケンシロウのもとへ逃げ去る……その程度の相手だと認識していた。

 

が、彼女の応答はあくまでも冷静で、粗暴なばかりの部下と比べればはるか理知的。

何よりある程度緊張こそはしているものの、自分の力を恐れるでも侮るでも無く、あるがままを見て話をしている……そんな風に思えた。

 

この女なら、もしや。と、そう考えた瞬間。

次にマコトが発した言葉で、その熱は霧散する。

 

 

「……その、ジャギさんはどうして、そこまでケンシロウさんを嫌うのですか?」

 

 

────ああ、なんだ、そういうことか。

 

要はつまり、この女の目的は、自分が持つケンシロウへの悪意を取り除くことだ。

ケンシロウ本人から、愚痴でも聞かされていたのだろう。

せいぜいなだめて機嫌を取って、自分とケンシロウとの仲を取り持とう……そんな風に考えているから、今必死に話を続けようとしているのだ。

 

 

すぅ、とジャギは自身の頭が醒めるのを感じていた。

 

結局、この妹もユリアと同じで、見ていたのはケンシロウだけだ。

 

それならば、せいぜい突きつけて、分からせてやるとしよう。

自分がケンシロウに向ける憎悪を、やり場すらなくなった、自分の怒りを!

 

 

「当然だ! やつは甘ちゃんなくせに、才能だけで誰からも認められてやがる!! 俺よりも、やつのほうが伝承者に相応しいとな!!」

「…………」

「やつは俺に言った! なぜ含み針や銃に頼る、なぜ自分の拳だけで戦おうとせぬ、とな! おキレイなことだ!! 暗殺拳のくせに手を汚すことも嫌がるようなやつが、俺を差し置いて伝承者など、片腹痛いわ!!」

「────それは」

「黙れぇ!」

 

マコトが何事かを言おうとする。が、聞きたくない。こいつの、ユリアの妹の意見など、聞くまでもなく姉と似たものに決まっている。

ましてやケンシロウと常に一緒にいる女だ。

あいつの甘い考えに、ほだされていないわけが無いのだから。

 

「いいか、俺は拳法が全てだとは思ってねえんだ、要は強ければいいんだ! どんな手を使おうが勝てばいい! それが全てだ!!」

「ええ、それは私もそう思います」

「そりゃあそうだ! 貴様らはどうせ……あぁ?」

 

────なんだって?

 

「適性というものもありますし……純粋な拳以外のものでより勝利に近づけるというのなら、それは追求する価値があることですよね! 分かります、すごく」

 

…………。

 

…………なんだ、こいつは。

 

(ケンシロウの近くに居るくせに、やつだけが正しいって思ってないのか? ……いや)

 

ここで、ジャギはマコトの態度に得心がいく。

これはつまり、部下がするヨイショと同じだろう。

自分のことを持ち上げていい気分にさせ、態度を軟化させられれば御の字、といったところか。

そう、ジャギは考えた。

 

ただ、そうと分かってはいても、そこは承認欲求に飢えている男、ジャギ。

それならば、とより気持ちよくなれるための言葉を、眼の前の女から引き出そうとする。

 

「ほ~~? ならつまり、お前はケンシロウより俺のほうが強くて、伝承者にも相応しかったと思っているわけだな?」

 

「いえ、すみませんが現状は普通にケンシロウさんのほうが強いと思ってます」

 

(どういうことだよ!!)

 

いよいよ訳が分からなくなった。こいつは持ち上げたいのか貶めたいのかどっちなんだ。

そもそも自分に対しこんな事を言って、殺されないのかとか考えないのか。

 

「ぐ、てめぇっなんだってんだ! それなら、俺が間違っていないっていうのなら! なんでその俺よりケンシロウのほうが優れているって言いやがるんだ!」

「む……私の考えで良いのなら。素人考えですし、ちょっと長くなるかもしれませんが……構いませんか?」

「ああ上等だ! 分かるっていうんなら、聞かせてみろや!!」

 

混乱と焦りのまま、頭に浮かんだ言葉をそのまま目の前のマコトにぶつけるジャギ。

曲りなりにも北斗神拳の伝承者候補で、プライドも高い彼が、素人の女に戦いの意見を求めるなんて、本来はまずありえないこと。

が、今の自分がどうにもならない閉塞状態にあることと、眼の前の女の態度が、これまで出会ってきた誰とも違うということも手伝った結果、彼は普段からは考えられないほど素直に耳を傾ける気になった。

 

 

そして、マコトは語る。

このまま自分がケンシロウと戦えばどういう風に負けるのか。

"まるで実際に見てきた"かのように鮮明に。

 

その上で、自分の今の北斗神拳の練度では、彼らにしてみれば銃や針だけ気にかければいい程度である。

だから侮られる、それはもったいない、と続ける。

 

「えっと、大事なのは多分、自信を持つこと……もっと言うと、自分が取れる手段に、心を通わせることなんです」

「例えば仮に、今からケンシロウさんやラオウ、さんが含み針を使ったとしても、それは何の脅威にもならないでしょう。彼らは、そんなものに頼るのは良くない、という考えで生きているために、この戦法に心を燃やせないからです」

「ただ、自分でそれに行き着いたあなたが使う場合は、別です。どんな技術もそれを突き詰めたなら、きっとこだわりが生まれる……つまり心が通うはずです」

「この北斗世界……ちがった。ええと、今私達を取り巻く環境では、純粋な拳法の力が重要視されています。ただ、だからこそそれに囚われないあなたの考えは、それらとは違った可能性を秘めてるかもしれない……そう、私は思うんです」

 

 

……こうして、一通り話し終えたマコト。それを受けたジャギが漏らした言葉は。

 

 

「────────はん、理想論、じゃねぇ、か」

 

 

────そう。彼女が語るそれは、理想論で、夢物語だ。

 

マコトが練度が足りないと言い捨てるこの北斗神拳でさえ、ジャギからすれば途方もない苦労の末手に入れたもの。

それをもっと強くして、その上でそれ以外の手段も磨けと彼女は言う。

そんなことが簡単に出来ると思っている辺り、やはり素人は素人だ、とジャギは思った。

 

 

…………だが。

 

 

なぜだろう。

 

 

(……なぜ俺は今、こんなにもやる気がみなぎってきているんだ?)

 

 

マコトが語ったのは、理想論の、夢物語。

そう、夢。夢だ。

希望と言い変えても良い。

 

 

────自分の拳に希望が、期待がかかることなど、一体いつぶりのことだろうか。

 

 

彼女はケンシロウやトキ、ラオウといった強者達の実力を、おそらく正確に把握している。

その上で自分の戦い方に、別の可能性を見出し、こちらがその熱に圧されそうになるほどに語った。

 

ただそれだけで、乾いた土に水が染み渡るように。

あるいはとてつもない空腹の末、ようやく口にする握り飯のように。

 

語り口は特段秀逸でもない、凡庸と言っていいものであるにも関わらず、彼女のそれは驚くほどあっさりと、またたく間に。

 

ジャギの心に、火を点けた。

 

「ふ……ふん……まあ、暇つぶしにしては悪くない講釈だったがな」

 

その衝撃に揺れる彼が辛うじて言葉に出来たのは、そんな素直じゃない言葉だけだったが、彼女は特に気にした様子も無く。

そのまま別れ、アジトに戻ると、ジャギは持っていた酒を全て部下に投げ渡し……

それを始める。

 

 

────北斗神拳の、基礎の基礎。こんな初歩からの修行を行うのは、一体いつぶりのことだろうか。

 

 

目を見開きながら心配の声をかける部下も目に入らず、彼は取り憑かれたかのように、自分の可能性の追求に没頭したのだった。

 

 

 

そして。

 

ケンシロウ、ユリア、マコト。

この三人がシンの強襲にあったことが、報告として部下から上がったのは、それからしばらく経った日のことであった。

 

 

「じゃ、ジャギ様! な、南斗聖拳のシンが……!」

「なにぃ?」

 

シンの暴走と、ユリアの拉致……全てが終わってしばらく後に聞かされたその報告。

それを受けて最初にジャギが思ったことは、『言わないこっちゃねぇ』というものだった。

 

この世界に於いて彼は、シンをそそのかしたりはしていない。

シンは元々彼が持っていた思想に加え、ケンシロウ自身が被爆したという事実を知ったことで、彼自身の意志を以てあの選択をしたのだ。

 

そもそもこの頃のジャギといえば、修行で手一杯の状況であり、他のことにかまけている暇など無い。

 

(やはり、甘ちゃんのケンシロウではこうなるだろうな……いや、待て)

 

「…………ユリアがさらわれたと言ったな? やつには……まあ、妹が居たはずだが……一応聞くがそいつは?」

「いえ、さらわれたのはユリア様だけのようで、妹の方は無事のようです! ……えっと、妹が何か?」

「何でもねえ、下がれ。……ふん、そうか」

 

この時、ジャギは自分が極めて自然に、ケンシロウはもちろん美しいと感じていたユリアでも無く、マコトのことを一番に心配したことを自覚した。

 

そして、その思考に至った理由。それを理解するのは簡単だった。

当然だ。その女、マコトは。

誰からも……もしかしたら、自分ですらも見限りかけていた、自分の拳を。可能性を。

世界で唯一期待してくれた存在だったかもしれないのだ。

 

それこそ、もはや正当な伝承すらもジャギに取っては半ばどうでもよく、それよりもあの期待に応え……いや、いっそそれ以上に強くなった姿を見せて、大口開けて驚かせてやりたい。

自分が強くなろうとしているモチベーションすらも、ジャギはすでにマコトを中心に考え出していた。

 

 

────自分には、マコトが必要だ。

 

 

そして、その感情を自覚した時。

途端に、このシンの強襲が……そして、今生きる世紀末というものが、とてつもなく危険なものであることを認識する。

もしこれでマコトが拉致されたり、殺されていたとしたら……そう思うと全身に怖気が走り、それと同時、無事であることに素直に安堵した。

 

 

気がつけばジャギは、マコト達が居るであろう場所に足を向けていた。

向かっている最中も思考は続く。自分がやりたいこと、やるべきだと思うことを整理していく。

 

まず、これまではケンシロウの側に居たようだが、それではダメだ。

今回のシンの事件一つ取ってみてもそうだ。

やつではマコトを守ることなど出来ない。マコトも今回のことでそれが分かったはずだ。

もしまだ理解が及んでいないようなら、多少強引にでも、自分が目を覚まさせてやる必要があるだろう。

 

では、そのマコトは誰が守る? それは、自分を置いて他に居るまい。

さらにいうとラオウ、トキ、ケンシロウの三人が懸想しているのはユリアである。その意味でも、自分がマコトを手にすることに余計な障害は無い。

 

そうだ、北斗神拳の伝承者になったなら、その威光も自分の下にいる者を守るには最適と言えるのではないだろうか。

そのためなら空虚になりかけたあの看板も、再び手にする価値がある……いや、むしろ絶対に必要なはずだ。

 

そうして、正式な伝承者となり、マコトの希望を超えるほどの強さを手にし、彼女と思うがままに生きる……そんな生き方をすることが、もし出来たのなら。

 

 

「────────フンッ。悪く、ねぇな」

 

 

ジャギは今、確かな希望を胸に、力強く歩を進めていた。

 

 

 

 

「────────は??」

 

 

だからこそ、その光景を目にした時に芽生えた彼の激情。それは、筆舌に尽くしがたいものであった。

 

 

────なぜ、マコトが血反吐を吐きながら修行をしている?

────なぜ、その修行をケンシロウとトキが行っている?

 

────────なぜ、マコトが北斗神拳を……それも。

 

(ケンシロウの、動き、だとぉ!!??)

 

マコトが目指す動き。

皮肉にもこれまで、嫉妬心によりケンシロウを見続けていたジャギは、それを一目で看破する。

……看破、出来てしまう。

 

 

そこまで分かった時点でジャギが感じたもの……それは、これまで持っていた妬みも、空虚感も……そして、直前に抱きかけた希望すらも。

 

 

その全てを吹き飛ばすほどの、激烈なる怒りであった。

 

 

(ケンシロウッ……!! 貴様は、貴様はどこまで、どこまで俺から奪いやがれば気が済むんだァ!!)

 

 

ありえないにも、程がある話だった。

 

後から現れて北斗神拳を学んだくせに、またたく間に自分よりも認められて、ユリアの心まで射止めた男。

その後、自分の力不足で、甘さのせいであっさりとユリアを奪われ、マコトまでをも危機に晒した男。

そして今、そのマコトに地獄のような訓練を課し、その上でマコトに嫌われている様子もなく、新たな伝承者を作ろうとしている男。

 

……そう、伝承者だ。ようやくジャギが、マコトのためにかきむしる程に欲しくなったその立場に、有ろう事かマコト本人を据えようとしている。

それは、ジャギに取って唯一残った大事なものを二つ同時に奪わんとする、悪魔の所業にすら思えてならなかった。

 

 

この時のジャギが、この修業がマコトたっての希望で行われていることなど、知る由もない。

ただ、もとよりケンシロウに抱いていた悪感情。

それが今、この眼の前の状況に、致命的なまで悪しざまに穿った理屈を付けてしまったのだ。

 

 

マコトやトキも居るその場で襲いかからなかったのは、ぎりぎり残った彼の最後の理性と言えるのだろうか。

 

しかし、その日の修行を終えたか、マコトが倒れ込み、ケンシロウが一人になった……その瞬間。

 

 

「ケンシロォオォオオ────────ッッッ!!」

「────ジャギッ!?」

 

 

沸き上がる憤怒の化身となったジャギが、有無を言わさずに襲いかかったのだった。

 

 

 

「ぬ、ぅう────っ!?」

「オオォォオオ、ラアアァア!!」

 

気迫が違う、練度が違う……執念が違う。

 

マコトと出会い、ジャギが基礎から見つめ直した北斗神拳。

極めて高いモチベーションに後押しされ、短期間で確かな成長を果たしたそれは、ケンシロウの知る動きのものではなかった。

 

それに加え、今回襲い来るは、ユリアを連れ去ったシンに勝るとも劣らない、凄まじい執念。

 

二つの要因が合わさり振るわれる拳に、ケンシロウは今目の前にいる男が、かつてのジャギとは別物の存在である、と強く認識せざるを得なかった。

 

だが。

 

 

「ほぉお、アタァ────ッッ!」

「ぶぅ!? ぐっはぁあ!! クソ、クソ……!!」

 

別物であるのは、ケンシロウも同じ。

シンの一件によりその心に執念を宿し、甘さを捨て去ったケンシロウ。

本来の才能に心も追いついた男の拳は、ジャギの執念すらも粉砕する。

 

ましてや、ジャギの漏れ出る言葉を聞くに、この男の目的はマコトを奪うこと。

このタイミングになって、彼が突然マコトを狙った理由は分からない。

しかしユリアを奪われ、ましてや今、自ら過酷な道を歩もうと必死に努力する妹までもが、狂気の手に落ちようとしている。

それはケンシロウからすれば、到底看過出来るものではなかった。

 

 

そして、本来辿る歴史より遥かに高い次元で繰り広げられた戦いは……本来辿る歴史と、ほぼ同じ形で決着を迎える。

 

「ぎぃ、やぁああああ────!!」

「終わりだ、ジャギッッ!! 北斗八悶九断!!」

 

今のケンシロウに、甘さはない。

故に、すでに秘孔の効果で頭部が抉れ始めているジャギにも、そのままトドメを刺そうと一撃を振るう、が。

 

「カァアアアァァッッ!!」

「な、に!?」

 

その無慈悲な拳を前にしたジャギは、避けるでも硬直するでも無く、なんと自ら頭部を突き出し、頭突きのような形で迎え撃った。

結果、予想外の動きにより目測が外れ、傷つきはするもののケンシロウの一撃は致命の秘孔に至らない。

 

「ぐっ!!」

 

さらに、そのすさまじい気迫でケンシロウがほんの僅か怯んだ瞬間、この戦いで一度も使っていなかった含み針を使う。

狙い通り命中したそれは、ほんの一瞬だが、ケンシロウの視界を奪う。

 

 

それを確認するとジャギは……これまでの烈火のような攻めと正反対を行く、脱兎のごとき速度で逃げ出していったのだった。

 

 

ここに来て逃げの手を打ったその理由もまた、ジャギの執念。

 

(くそ、くそがぁ────! 死ぬわけには、まだ何も見せてねえのに、死ぬわけには────!!)

 

この場での勝ちがありえないことを判断したジャギ。

それによるケンシロウへの怒りや屈辱も、当然凄まじいものではあったが……

 

それ以上に、秘孔により顔がぐちゃぐちゃに変形するに至った今になって吹き出したもの……それは、恐怖。

 

何も為せていないうちに、マコトに力を見せていないうちに死ぬことへの恐れだ。

 

それに突き動かされるまま一心不乱に走る、走る。

そしてとても無事とは言えないまでも逃げおおせたジャギは、一人怨嗟の言葉を吐く。

 

「このままじゃあ、すまさねえ……絶対に、絶対に……強くなって、今度こそ取り返してやる……!!」

 

本当にほしいと思ったもののために。

そして、それを阻む怨敵への復讐のために。

 

希望と怨恨。

その二つの感情を併せ持ったまま、彼はその一言だけを呟くと、そのまま姿をくらませたのだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

「ということがあった」

「あ、はい……」

 

…………。

 

(えらいことになっていた……)

 

 

私が聞いたのはあくまでケンシロウさん視点での話のため、ジャギが襲うに至った本心などは、正確には分からない。

が、私が彼とした会話と、原作での彼の考え、行動と照らし合わせると……さすがに、そうした感情にはあまり敏感とは言えない私でも、感じ入るものはある。

 

まず間違いなく、彼がここまでの執念を燃やした理由は、私になるのだろう。

ただ、あの修行中の余裕のない状況で、実際に私のもとにジャギが現れたとしても、私や彼が望むような流れにはならなかったはず。

その意味で、私がしたことの尻拭いをし、守ってくれた形になるケンシロウさんには、改めて感謝しなければならない。

 

 

そして、それを示すためにも……この問題には、私自身が出て決着をつける必要がある。

 

自分の責任だと無理を押して出ようとするケンシロウさんに、半ば無理やり話をつける。

 

そして案内人に待たせたことを詫び、私はジャギの根城に向かったのだった。

 

 

……緊張する。

私の言葉で、生き方を、運命を変えてしまったかもしれない男ということもあるが、それ以上に。

 

ケンシロウさんの話と、私が示したその可能性。その行き着く先を考えると、これから対峙する男は。

 

 

おそらく、これまで戦った敵の中で……最強の存在となっているだろうから。

 

 



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第二十話


本日は二本立てでお送りします


「む…………」

「どうされましたか、マコト様?」

「いえ」

 

ジャギの部下の案内により私は今、彼がいるというオアシスへたどり着いた。

 

そこで私が最初に感じた印象は、『特に荒れ果ててはいないな』というものだった。

 

例えば、原作のように村人を埋めて、ジャギ像に対しケンシロウと言わなければ村人同士で首を切らせ合う……そんな悪趣味な催しや、それ以上のことをしているケースも覚悟していた。

が、意外というべきか、今のところそんな様子は見られない。

 

たまたま目につく範囲でやっていないだけか、もしかしたら私だけに隠そうとしている……いや、それはさすがに自惚れすぎか。

ただ、通りすがる村人が案内人に向ける視線を感じるに、彼ら一派が畏れられていることは間違い無さそうだ。

 

そうして本来の歴史とは異なる状況を訝しむ私を他所に、特にトラブルも無いままにあっさりと目的地に到着した。

案内人はオアシスでもひときわ大きな建物。その扉の前に立つと、中にいるであろう人物に声を掛ける。

 

「ジャ……ケンシロウ様。マコト様をお連れいたしました」

 

「わかった。下がれ」

 

(────)

 

案内人に返された声色は、落ち着いた……いっそ威厳があると言っても良いものだ。

原作のように、完全に狂気に塗れた状態では無いのだろうか。

 

 

そして、案内人が下がったのを見ると私は扉に手をかけ……開け放った。

 

 

「…………ジャギ」

 

「よお、マコトじゃねえか。……見違えたな」

 

「それは……こちらのセリフですよ」

 

 

ぱっと見の姿かたちは、私が知る原作とそう変わらない。

ヘルメットに胸もとを開けたジャケットという出で立ち……もちろん、胸にあるのは七つの傷だ。

 

だが、よく見ると筋肉はより絞られて洗練されているし、姿勢や体重移動などの立ち振舞い一つを取ってみても、伝わる印象は紛れもなく強者のそれだ。

 

それに、何より。

 

(闘気が……ここからでも伝わってくる)

 

拳の高みに至ったものは、その身に"闘気"を纏うことが出来る……これは、ラオウのセリフだったか。

 

流石に純粋な闘気量ではラオウには及ばない……はずだ。

しかし、それでもビリビリと刺すようなそれは、これまでのジャギがどれほど研鑽を重ねてきたのかを、如実に私に感じさせた。

 

 

そして、これだけの闘気をむき出しにしている……この事実からわかることは、もう一つ。

私は、それを予感しながらも、まずは言葉で以て問いかける。

 

 

「お久しぶりです。今日、私を呼んだのは何故ですか?」

 

その発言に対し、ばっと大仰な動作から手を差し出すジャギ。

 

「マコト。お前はこっちに来い。これからは俺の下で戦うんだ」

「…………」

 

 

主旨自体は想像通りだが、想定を遥かに超えたストレートっぷりに、思わず面食らってしまった。

 

「部下から聞いてるぜ? お前は北斗神拳を伝承したようだが……戦いぶりを見るに、北斗神拳だけにこだわっている訳ではない、そうだな?」

「それは……まあ、そうです」

「それなら、手段に縛られず生きるお前は、こちら側の人間のはずだ。違うか?」

 

「その返答をする前に……私からも一つ。何故ケンシロウさんを騙って悪事を? ……私の今の仲間に、南斗水鳥拳のレイという人が居ます。彼の妹、アイリさんをさらい売り払ったのはあなたなんですよね?」

 

そう私が逆に問いかけると……彼は一瞬動きを止めた後、ヘルメット越しに表情を歪め……笑った。

 

 

「────────っ。はっ!! それの何が悪い! 言ったはずだ! どんな手を使おうが勝てば、生き残ればいい、それが全てだとな!! それを肯定したのはお前でもあるんだ、何の文句がある!!」

 

自分で自分の言葉に押されるかのように、ヒートアップしながらジャギは続ける。

 

「そうさ! だからそのついでに、ケンシロウのやつに成りすましてやったんだ! やつが誰からも敵視されるようになれば、お前がやつと居る理由もますます無くなるからな!!」

「そうして俺は手に入れた! 金を! 力を! お前を案内したような部下を! あとはお前が俺の下に来れば盤石だ! お前が来るのなら、俺はお前が望む全てを与えてやってもいい!!」

 

 

…………シンに連れ去られたあとの姉さんは、こんな気持ちだったのだろうか。

 

今の返答に覚えた一瞬の違和感……もしくは気づき。

それに対し言いたいこともあるにはあった、が。どちらにしろ、私の答えは決まっている。

 

 

「あなたの答えは分かりました。────それなら、私はあなたと共に行くわけにはいきません」

 

そう言って、私が構えようとする、と。

 

 

「ああ、そうだろうな」

「ッ!?」

 

 

瞬間、ドォンッと轟音が一発。

 

それは、常人では目にも止まらぬほどの速さで銃を構えたジャギが、即座に、躊躇なく。私に発砲してきた音だ。

 

 

右大腿を狙い撃ち込まれたそれは、寸前で回避こそ出来たものの、先手を取られたことで身体が泳ぐ。

そして隙を見せた私に、ジャギはすでに間合いを詰めている。

 

たまらず迎撃しようと手を出した瞬間、私は確かにこの目で見た。

ジャギがまるで無数の手を生やした怪物……いや、阿修羅と化しているその様を。

 

「北斗羅漢撃────っ!!」

「ぐっぅうう────!?」

 

凄まじい速度で振るわれる無数の拳撃。何発かは辛うじて迎撃できたものの、避けきれなかった拳は私の全身を打ち据え、吹き飛ばした。

 

その勢いのまま壁に叩きつけられるが、痛みに呻いている暇はない。

私は相手の行動を見るまでもなく、最短最速で回避行動を取る。

 

私が居た場所に、銃声とともに弾痕が穿たれたのは、その直後の話だった。

 

改めて距離を取り息をつくと、私は内心の戦慄を隠しながらも声を掛ける。

 

「……いきなり、ずいぶん容赦が無いですね。さっきまでは私をモノにしたいように見えましたが?」

「ああ、今もそのつもりだぜ? が、お前は……たった二年で北斗神拳を一から学んで、ここまで来たような化け物は。いまさら口で何を言おうが変わりやしねえ。そうだろう?」

 

……流石というべきか、よく見透かされている。化け物呼ばわりはともかく。

彼も最初からそのつもりだったからこそ、再会した時点からあれ程の闘気を発していたのだ。

 

「どのみち、お前には俺を……生まれ変わった俺の力を、見せてやらなきゃならねえんだ。……だからよお?」

 

 

「────────殺す気でいくが、絶対に死ぬんじゃねえぞ?」

 

 

 

 

「はっはぁっ!!」

「────フゥッ!!」

 

銃声と、鞭を打ち据えたような鋭い音が立て続けに建物内に鳴り響く。

 

ジャギの銃撃を避けながら、私が飛ばした闘気の指弾。それを、ジャギが同じく闘気のこもった手で弾く音だ。

 

如何にジャギの銃の技術が高いものでも、気を張った北斗神拳使いに正面からの銃撃は通用しない。

が、私の指弾もジャギの防御を突き破ることは出来ず、見た目は激しい撃ち合いながら、一種の膠着状態が訪れる。

 

 

それを見て取った私は至近戦に切り替えようと距離を詰める。それと全く同時、同じ考えに至ったのであろうジャギが私に肉薄してきた。

 

瞬間、またもぶわっと現れた無数の腕が、私の視界を覆い尽くす。

 

北斗羅漢撃。

 

原作でもジャギが得意としていた技だが、今振るわれるそれは、私の知るものとはまるで別次元の……一つの、極み。

瞬時に展開されるそれは、拳の弾幕といってもいい。恐るべき技、恐るべき力だった。

 

「北斗羅漢撃────っ!!」

「ハァァッ!!」

「────!! ヌゥッ!?」

 

迫りくる腕に相対した私は、即座に開脚しながら身体を沈み込ませ、地面についた手を補助に横回転。

ジャギの拳に付き合わず、水面蹴りで足をすくう。

 

如何に正面からは対処困難な無数の拳撃といえど、それにより振るわれるものは、あくまで腕だ。

地面すれすれにまで身体を沈み込ませた私への決定打を放つことは出来ず、逆に注意が疎かになった下半身へ反撃を受け、ジャギはたたらを踏んだ。

 

 

すかさず身体を起こすその反動を利用して、突き上げられる私の拳。

必中の気迫を以てジャギのアゴを狙い、打ち込まれたその一撃は。

 

「ガァア!!」

「ッッ!?」

 

信じがたい速度で差し込まれたジャギの腕に阻まれ、空振りに終わる。

 

間髪入れず追撃の連打を打ち込むが、その殆どは体勢を整えたジャギに防がれ、結局出来たのは胸部に浅く掌底を打ち込み、距離を離すことくらいだった。

 

「……チッ」

「…………」

 

……息をつきながら、私は思考を巡らせる。

 

今の攻防だけを見るなら、私はかなり厳しい状況に追い込まれていると言えるだろう。

遠距離戦ではお互い決定打を出せずに膠着し、接近戦では羅漢撃で押し込まれる。

 

そして、私は羅漢撃への対策……それも、初見殺しに等しい手段を使ったにも拘らず、有効な一打をうてなかった形になるのだ。

 

 

……戦う前から、これまでで最強の敵だと予感したことは間違いではなかった。

よくここまで変わった、と。

その努力を想うと、この世界を愛する一人間として感動すら覚えた。

 

 

(────────だけど)

 

 

だけど、私が今の攻防で見出したものは……確かな勝機だ。

 

(…………)

 

悪辣、とまで言うと語弊があるものの、()()()()()()()()()()()()()という、その意味を考え、ほんの一瞬だけ躊躇する気持ちが芽生える。

 

が、しかしそれも即座に割り切って捨てる、と。

 

私は、動いた。

 

「疾ッッ!!」

「うおっ!?」

 

脚に闘気を込めた高速移動で再び、正面から距離を詰める。

すかさず羅漢撃を展開し迎撃しようとするジャギ。

 

それに対し私は────

 

あえて防御の意識を投げ捨てて、最速の一撃を真っ直ぐに、ジャギの頭部めがけて打ち放った。

 

「なっにぃ!? グゥッ!!」

 

 

瞬間、羅漢撃の動きが止まり、全力で防御に移行するジャギ。

 

結果、私の拳こそは防がれたものの、羅漢撃に身を晒したはずの私は、完全無傷。

さらに空いた右手で、すくい上げるような軌道の掌底を、再びジャギの頭部に打ち込む。

 

ジャギも私の狙いが分かったのだろう、それに対しても過敏に防御の手を取りながらも、早くもカウンターで私に拳を打ち込むという対応を行ってきた。

高まった技術力に裏打ちされた、いっそ芸術的なまでの交差法といえる。

 

「フッ────!!」

「ごほぉぁ!?」

 

が、それも想定内。苦悶の叫びとともにジャギの胸元から鮮血が吹き出す。

頭部を狙っていた私の掌底が、寸前で軌道が変わり胸部を穿つ刺突となったためだ。

 

頭部の防御とカウンターで埋められた意識。

その外からもたらされた攻撃を受け、ジャギは呻きながら距離を取ろうとする。

 

「せぇえああああっっ!」

「ぐっぅっぉおおおぉお!!」

 

そこにすかさず撃ち込まれるのは、私が放った闘気の弾幕だ。

ジャギはごろごろと転がり回避を試みるものの、そのことごとくに被弾し、衝撃に悶えた。

 

(────すごいな)

 

しかし、ジャギはそれすらも耐えきると、ガバっと起き上がる。

そして、そのまま……表面上は何事も無かったかのように構え直したのだった。

 

先ほどの刺突も、今の闘気弾も、私の攻撃は全て経絡秘孔を狙ったもので、実際その目論見通りに刺さっている。

にも拘らず、ジャギは今の動作で距離を取りながらも、被弾した端からその対策となる秘孔を自ら突いていき、そのダメージを最小限に抑えたのだ。

 

(……そういえば、原作でもケンシロウさんの秘孔を即座に解除していたっけ)

 

元々そういった術に適性があったのだろうか。

アレは、ジャギが生来持つ、生きるための執念のようなものが技術という形で現れているのだろう。

傍からはどんなに無様に見える形でも、生き残るための最善を尽くす……おそらくだが、これはケンシロウさんやラオウといった強者でも簡単には真似できない、ジャギの本能、反射に由来する技能のはずだ。

 

 

そう、反射。

達人同士の戦いほど、見てから思考する戦い方ばかりでは、その速度に追いつくことは出来ない。

武の極みに至る者を指す言葉に、無我の境地というものも現代にある。

あれは長年の経験を経て、行動を反射的に取るまでに落とし込むことで、他を圧倒する速度を生み出す……そんな技術体系の一つだと、私は認識している。

 

が、この反射は必ずしも良いことにばかり作用するものではない。

何を隠そう、今私がジャギに痛撃を与えられたのは、その反射を逆手に取ったものなのだから。

 

 

「へ……へへ、へへっへ……」

 

彼は、笑う。ただ何を言うでもなく。

 

…………怒りか、諦観か、それとも他の何かか。

その笑いがどういう感情から来るものなのかは、今の私にはわからない。

 

 

果たして今、彼から見てどういう風に映っているのだろうか。

 

 

────彼の感情すらをも戦術に組み込み、攻め立てているこの私は。

 

 

果たして今、彼はどういう想いで対峙しているのだろうか。

 

 

過去、ケンシロウさんに突かれた秘孔により、歪みに歪んでしまった顔。

原作でもヘルメットの中を見られただけで部下を惨殺し、傷が痛むたびにケンシロウさんへの憎悪を募らせ続けたと言うそれは。

 

 

────間違いなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだというのに。

 

 

 

★★★★★★★

 

 

(へっ……本当に、化物だぜ)

 

ジャギは今日だけで何度目になるか分からないその戦慄に、内心身を震わせていた。

 

マコトは、他のやつとは違う────そのこと自体は、あの日話したときから分かっていたことではあった。

 

だが、誰が信じられるだろうか。

多くの伝承者志望が門を叩き、そして破門や事故死と言う形で、夢半ばにして去っていった究極の暗殺拳、北斗神拳。

 

それを、たった二年やそこら学んだだけで、曲がりなりにも幼い頃からの修行という下地があった上で、さらに鍛錬を重ねた自分と互角に戦えている。

以前の劣等感だけで生きていた時にこの光景を目にしていたなら、その事実だけで……いや、それどころか、再会した時に感じた闘気の凄まじさだけで憤死していてもおかしくはなかった。

 

が、今はその強さが。そして、その容赦の無さが……妙に、心地いい。

 

 

今マコトが察知し、狙っている"それ"は、正しい。

ジャギは、ヘルメットの破壊により醜く歪んだ自分の顔を、マコトに見られることをこの上なく恐れており……そして、自身のそんな心も自覚している。

 

そしておそらくマコトは……マコトにだけは見られたくない、という気持ちすら理解した上で今、遠慮容赦なく攻めてきている。

それはジャギにとってはあまりに致命的で、あまりに無慈悲で……。

 

そして。

 

「へ……へへ、へへっへ……」

 

不思議なことに、もしかしたらそれと同じくらいに、嬉しいことでもあった。

 

 

何故なら。

 

 

────勝てばいい、それが全てだ。

 

 

あの日、彼女が言ったことに。彼女が肯定した自分の戦い方に……嘘は、なかったと。

そう、強くなった彼女自身の力を以て。

そして、その力に抗えるだけの自身の成長を以て。

これ以上無く、正しく証明できているということに他ならないから。

 

それこそ、食い詰めて実入りの良い悪事に手を出す瞬間まで、復讐心すら忘れかけていたほどに邁進した自身の努力が、間違いではなかった、と。

そう全身で肯定されているように思えたから。

 

 

だからこそこれに応えて、その上で……彼女に勝ちたい。

そう、ジャギは改めて思い。

 

そして、最後の勝負に出る決意をした。

 

 

「────ガアァァッッ!!」

 

雄叫びとともにマコトのもとへ前進し、距離を詰める。

 

これまで以上に両腕に闘気をみなぎらせ、羅漢撃の構えを取り────そして。

 

両者の身体がぶつかる直前、突然足元から跳んできた"つぶて"がマコトを襲った。

先ほどの銃撃時に抉れた地面を利用し、ジャギが蹴り上げたものだ。

 

一瞬視界が覆われるが、マコトは冷静に左手で弾き飛ばすと、残った右腕を再び頭部に向けて突き出す。

 

「なっ!?」

 

それに対し、ここに来て飛び出したのは、これまで一度も使っていなかったジャギの含み針だ。

これにはさすがに虚を突かれたようで、マコトは慌てて残った右腕で止め、ギリギリのところで被弾を免れる。

しかし、予期せぬ反撃への対処に意識を割かれたことにより、マコトの攻撃の手は止まってしまった。

 

今のジャギの羅漢撃は、それを見逃さない。

 

「ぶふっ! ぐっっぅ、ぅううぅ────っ!」

 

マコトの顔が弾かれ、全身を拳や刺突の嵐が覆う。

半ば本能でなんとか致命の秘孔は避けたものの、身体中を打ち据えた衝撃は筆舌に尽くしがたいものだ。

マコトは為す術無く前のめりに倒れようとし……

 

「おぉぉお────!!」

 

寸前、踏みとどまると、そこからジャギの頭部に向けて拳を打ち出す。

立っているのもやっとなはずのダメージにも拘らず、その拳はこれまでで最も洗練された……ジャギからして、美しいとすら感じる一撃であった。

 

 

────ああ、こいつなら。マコトなら、そう来ると思っていた。

 

 

そう、静かな想いとともにそれを見てとったジャギは────。

 

 

「カァアア!!」

 

 

防御ではなく自ら、その拳に頭をぶつけにいった。

 

「────ッ!?」

 

これまでジャギが必死に守ってきたはずのヘルメット。それに拳が吸い込まれ、驚愕に目を見開くマコト。

その姿を収め、ジャギは自分が最後の賭けに勝ったことを知る。

 

マコトに肯定された、勝つために何でもするというこの姿勢。

 

それを貫き通すために今、この男ジャギは、この最後の瞬間。

恐怖、反射、本能……その全てを心の力でねじ伏せ、あまつさえ利用した。

 

その上で、硬直するマコトに向けて打ち出すのは、とっておきの切り札……

これまで一度も使う素振りすら見せなかったその技────南斗聖拳。

 

 

シンにも肉薄する程に研ぎ澄まされたその一撃を、マコトのもとへ走らせながら、ジャギの心は、叫ぶ。

 

 

────どうだ、見たか。俺はここまで来たぞ。お前が認めた戦い方で、ここまで出来るようになったぞ!

兄者達や、ケンシロウのやつに、こんなことが出来るか? 女一人から得る勝利、その一つのためだけに、プライドも見栄も……愛すらもかなぐり捨てることが出来るか!?

出来るわけがない、これは絶対に、俺にしか出来るはずがないことなんだ!

俺は、俺だからこその、俺にしか出来なかった戦い方で今、お前に勝つぞ!

だから、他の伝承者なんて見るな、お前は俺を! この俺だけを見ろ!!

 

 

「────俺の名を、いってみろォオオッッ!!」

 

 

会心の雄叫びとともにその拳……南斗邪狼撃と名付けた一撃は今、マコトの身体へと到達し────。

 

 

その瞬間、ぼそり、と。

小さく……だけど確かに。

 

 

ジャギは、眼の前で微笑むマコトの口から出た……その言葉を、聞いた。

 

 

 

「────────信じてましたよ、ジャギ」

 

 

 

「なっあぁ!!??」

 

突き刺さると同時、驚きに硬直していたはずのマコトの身体は、ギュルンッと全身を力強く回転させる。

刺さった腕ごと引っ張られる形になり、ジャギは逆に身体が泳ぎ無防備となる。

 

そこに迫るのは、遠心力をフルに活かした渾身の拳。

それは今度こそ防御の手を介すること無く、頑丈なヘルメットを破壊しながら、ジャギの顔面にぶち当たった。

 

「ガッッバァアアア!!?」

 

叫びとともに吹き飛ばされ、仰向けに倒れ伏すジャギ。

遅れて、砕け散ったヘルメットの破片が、からーんっと静かになった建物に鳴り響く。

 

 

「ふぅ────っ…………」

 

そして、倒れこんだジャギが、もう動けないことを見て取ると。

マコトはようやく、座り込んで息をついたのだった。

 

 

「……つかれたぁ」

 

 

戦いは、終わった。

 

 

★★★★★★★



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第二十一話


本日二話目です
もし二十話を見ずにこちらに来た人が居たなら、前話からどうぞ



★★★★★★★

 

 

意識を失っていたのは数秒か、それとも数時間か……ともかく、ジャギが目を覚ました時、最初に視界に入ったもの。

それは、戦闘前と一見変わらぬ様子で、じっとこちらの様子を伺うマコトの姿だった。

 

「…………」

 

正直なところ、負けた時点で殺されることも覚悟していたし、そうでなくても目を覚ました時にはもう誰も居なくなっている、ということも……想定はしていた。

だが、幸いというべきか自分はまだ生かされ、そしてまだマコトが眼の前に居て、話すことも出来る。

 

それならば、と息をついて、ジャギはその言葉を吐き出す。

 

「────俺の、負けだ。つええな、お前は。…………最後に、信じてたって言ったが、あれは……読んでいたのか?」

「そう……ですね、うん。信じてました。今の貴方ならあれぐらいやれるんじゃないか、って」

「あれぐらいって……はっ、簡単に言ってくれるぜ。俺がどれほど…………」

 

そう自嘲気味に呟きながら自分の頭に手をやって……そこで、ジャギは気づく。

 

────そもそも今しているこれは、何の話だ? 俺とマコトは、何をやった、という話をしているんだ?

 

起きたばかりでぼやけていた思考が、それに追いつき。

そして、気づく。

 

 

自分が今、ヘルメットを完全に壊され、隠していた素顔をさらけ出してしまっているということに。

 

 

「ぁ、うぉ、ああぁあ!!」

 

 

反射的に頭を抑え、マコトから身を隠そうとする。

 

もう遅い、気絶している間からとっくに見られている、と。

そう理性では分かっていても、戦いが終わった今。

それを晒す恐怖に逆らうことは、ジャギには出来なかった。

 

 

見られたくなかった。

純粋に醜いものだと思っていたということもある。

が、それ以上に苦しいのがこれが仇敵に襲いかかり、返り討ちにあった結果の傷という事実だ。

それは、自分が強いと。強くなると信じてくれたマコトに対して、明確な弱さを見せることになる、と思っていたから。

彼女の前では、どこまでも強くありたいと思っていたから。

 

 

「その……ジャギが、人さらいをしたのは……」

 

おずおずとマコトが発した言葉を受け、もはや取り繕うことなど出来ないと半ば自棄になり……それでも、傷だけは手で隠し続けながら、返す。

 

「……こんな形相で、まともな仕事になんざありつけるわけがねぇ」

 

戦いの前に、マコトに切った啖呵は事実だ。

生きるためには食料や水が必要……たとえ修行だけをしていたかったとしても、それは変わらない。

だからそれを稼ぐために、弱者を踏みにじってでも手っ取り早く済むその手段を選んだ。

それに併せて、どうせやるなら、と後にマコトをケンシロウから引き剥がすために、ケンシロウを騙ることも考えたのだ。

 

もとよりジャギは、マコトと出会うことで改心し正義に目覚めた、という訳では断じてない。

 

ただ、こうした生きるための食い扶持を稼ぐ……

その必要最低限の悪事以外を働く暇も無いほどに、強くなることに精一杯だっただけだ。

 

 

そして、それももう終わった、とジャギは思った。

 

もし彼女に勝っていたなら、彼女を手にする障害であり、仇敵でもあるケンシロウを殺しに向かっていただろう。

 

が、そこに至る前の今。

自分に出来る限界を、死力を尽くして戦って、その上で正面から敗北した。

その相手は、自分の力を、成長を見てほしかった唯一の相手、マコト。

 

そして、自分の醜い傷も、弱さも、働いた悪事も。全て彼女のもとに曝された。

 

ならば。

 

────戦いでは生き残ったが、もはやこのさき生きる理由も、意味も無い。

そう、ジャギはすでに己の生涯を見限っていた。

 

 

「────────」

 

マコトが、何かを喋ろうとして、やめるところをジャギは見る。

それは、ジャギからしてもありがたいことだった。

 

……おそらくマコトは、この傷を醜いだとか、やった悪事はダメなことだとか、そんなことを自分に言うことはないだろう、と思う。

が、それでも内心ではどう思っているかまでは分からないし、下手な言葉による慰めで憐れまれることも、ジャギは望んでいなかった。

 

だからジャギも、スッと無言で立ち上がり、背を向ける。

 

────これで、いいだろう。

最後に会って、拳を合わせたのがこの女なら……望むものは手に入らなかったが、それでもある程度の満足を抱いて死ねるだろうから。

 

そんな思いを胸に、そのまま歩いて立ち去ろうとした。

 

 

立ち去ろうとするジャギの前に、北斗神拳の歩法まで活用したマコトが素早く回り込んだのは、その時だった。

 

 

 

「……?」

 

そして、自分の頭を押さえながらも訝しげに見やるジャギを、しばらく真顔で見つめたかと思うと────

突然、その腕をガシッと鷲掴みにし、動かそうとしてきた。

 

それも、潜在能力解放をふんだんに使った、万力を思わせるような力でだ。

 

「ぅ、ぅぉ……な、なんだっ……!?」

 

思わぬ奇行にジャギも抵抗するが、敗北し精魂尽きた今では、その力も弱々しい。

 

そして、あっさりと腕を広げられ、再びあらわになる傷。

すかさず、シュバァっと鋭い音を伴うほどの速さでマコトは手を差し込み────

 

 

ジャギの傷に、触れた。

 

 

「……ッ!」

 

 

その時、ジャギが感じたものは、突然触れられた刺激による一瞬の痛み。

そのすぐ後に自覚したのは、一瞬、焼けたかのように錯覚するほどの熱い感覚。

 

…………そして。

 

 

「ぁ……ぁ……?」

 

 

(…………あった……けぇ……)

 

 

陽だまりのような、どこまでも優しく、どこまでも淡い。

そんな……暖かさだった。

 

 

あの日以来ずっとジクジクと苛んでいた傷が、触れられている今は全く疼かない。

それどころか、全身が何かに包まれているような安らかな感覚すらする。

 

 

「…………ぁ……? なん、だ……?」

 

気づけば景色が、ほんの一瞬前と全く違うものに変わっていた。

 

立って、マコトを見下ろす形になっていた視界は、いつの間にか、何故か横向きに地面を眺めている。

 

……これは、再び倒れているのだろうか。

 

いや、それにしては地面の冷たい感触が無い。

頬にほんのりと感じるのは人肌の暖かさと、ショリショリとしたナイロン独特の感触。

 

 

そこで気づく。

 

今、ジャギは。

 

 

(……うそ、だろ……?)

 

 

自身が全く気が付かない間に、マコトの膝の上で横になっていたのだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

『戦いの動機はどうあれ、それは名誉の傷で恥じることはない』

『自分はそんなもの気にしない、増えた傷より得た力のほうが大事だ』

『難しいと思うが、出来れば、私を守るために戦ってくれたケンシロウさんを恨まないでほしい』

 

…………それを見た時、言いたいこと、言えることはたくさんあった。

だが、なんとなく、どれも違う気がした。

それでも、このままジャギを行かせてしまうのは良くないと思った。

 

そうして、何か出来ることは無いか、と考え……直前の戦いで目覚めた"あの力"を使ってみることを思いついた。

 

ただそれにしたって、いきなり頭に触れて大丈夫なのか、私に触れられるのは彼が一番嫌がることなんじゃ無いか……

そんな考えが浮かび、躊躇をしてしまう。

するとその態度に思うところがあったのか、ジャギが背を向けてどこかへ行こうとした。

 

それを見た私は焦りとともに……『もう面倒だ、怒られたら謝ろう』という発想に至る。

 

そもそも戦いに勝って、生殺与奪を握っているのは私のはずだ。

ならばこれは……そう、勝者特権というやつだ。

 

そうして私は、強硬策に出る。

 

幸いというべきか、いきなり手を弾かれたりすることもなく、ジャギは目を細め癒しの力を受け入れる。

…………どうやら、効いているようだ。

 

やはり患部の深刻さや私の心持ち次第で効果が変わる、という仮説は正しそうだ。

それが分かっただけでも重畳、と満足気に一人頷いていると。

 

「……ぅぇ?」

 

いつの間にか、ジャギがぼーっとした目のまま膝を折り、さらにこちらに倒れ込もうとしていた。

慌てて支え直しながら無理なく姿勢を変えようとすると、ジャギを横に倒すしか無かった。

 

そうしているうちに、私自身ほとんど意識しないままに……膝枕という形になっていた。

 

「ぉ、ぉぅ……」

 

 

(さ……さすがにこれは少し、は、恥ずかしいぞ)

 

ジャギ的にこれは良いのだろうか、と思い改めて彼の表情を見ると……本人も目を見開き、驚いているようだ。

無意識のうちにこうなった、ということはこれを本能が求めていた、ということになるだろうか。

 

我ながら律儀なことに癒しの力は続けているが、誰かに見られても事である、とさすがに一旦身を捩って離そうとした。

 

 

その時。

 

 

小さく……本当に小さく。北斗神拳使いの鍛えられた聴力を以てして、ようやく可聴域ギリギリというほどの、そんなささやかな声で。

ジャギが確かに呟いたのを…………私は、聞いた。

 

 

「…………かぁ……ちゃん…………」

 

「────────ッ」

 

(……あぁ……)

 

ここに来て私は、彼が本当に心の底で求めていたモノの正体に気がついた。

 

……前世の意識が目覚める前のマコトの記憶で、聞いたことがある。

彼は両親が……確か火災だったか。事故で亡くなり、ここに流れ着いたという経歴である、と。

 

拳法家としての承認欲求だとか、伝承者として認められることだとかの、それ以前。

純粋な親の……それも、母からの愛というものに飢えていた、というのが、彼の本質なのではないだろうか。

 

 

…………ただ。

 

「────────えっ、と。その」

 

「うお!? ち、ちがう、今のは────」

 

……そう、違う。

癒しの力による効果で何かを思い出したのか、一瞬母の影を見たようだが……残念ながら私は私で、彼の母の代わりにはなれない。

なれる、なんて思うのはきっと彼の本当の母親にも失礼な話だろう。そもそも私は年下である。

 

実際、ジャギ本人もそれは分かっているようで、気の迷いだった、と理性を取り戻し、慌てて抜けようとしている。

 

 

「あ、あはは。そうですね、私は母ではないので、今のは────」

 

 

────お互い、なかったことにしましょう。

 

そう続けようとして…………なぜか、口が止まった。

 

 

(…………あれ?)

 

 

口を止めたのは、私自身。

……いや、違う。

 

正確には(マコト)ではなく……元の世界で生きていた、男としての自分だ。

 

 

基本的にマコト側に引っ張られているはずの、私の男としての本能が、感性が。

この場面を前にそれを覆し……こう叫んだ。

 

 

────誤解を恐れずに言ってしまおう。

 

 

────男はみんな、マザコンである、と!

 

 

(…………!?)

 

 

その言葉を受け、衝撃と共に……私の中で、次々と理屈付けがなされていく。

 

みんな、と言っても、みんながみんな自立できないだとか、そういう話ではない。

ただ、それとは全く別のところで、どこかで男は自分を包んでくれる女を、安らぎを……母性を求めている、ということだ。

 

……そうだ。私が知る限り、この世界で一番多くの男に求められる姉さん、ユリア。

彼女が持つ慈母星など、まさにその象徴と言えるではないか。

 

ケンシロウさんやシンはもとより、ラオウやトキさんに至るまで姉さんに惹かれた理由。

それは、彼らのような強さを持ってしてなお……いや、むしろ強いからこそ、それ以上の母性で包み込んでくれる女を、無意識に求めていた。

そんな風に考えることも出来るのではないか。

 

それは、この世界で生きたマコトだけの意識では、まだ決して分かるはずの無かった機微。

だが、少なくとも、元の世界で生きた私の男としての意識は、彼らの考えに共感が出来る……出来てしまう。

 

 

そこまで考えた上で、改めて私の膝上でもがく一人の男を見る。

 

幼い頃に両親を無くし、その愛を十分に受けられないまま育ち、そして唯一の拠り所だった拳もずっと認められないままに生きて……

今ようやく、心の底で母の面影を。安らぎを得ようとしかけていた、彼。

 

 

そして、私は年下でもあるが……元の世界の意識や記憶も足してしまえば。

彼らよりもずっと年上であると……まあ、言えなくもない。

 

(…………それなら…………)

 

 

 

それなら。

 

 

 

まあ。

 

 

 

────────いいのかな。

 

 

 

「ぅ、お……?」

 

 

私は、身を起こしかけていたジャギの頭を、再びぐっと押さえつけ、再度膝に寝かせる。

 

そして身体を曲げると、困惑するジャギの耳元に顔を近づけ……

先程のジャギの呟きと同じぐらいの、か細い……だけど確かな声色で。

 

 

頭を撫でながら、それを……囁いた。

 

 

 

 

「────はい、お母さんですよ。…………本当に今まで、よく頑張りましたね、ジャギ」

 

「────────────────ぁ」

 

 

…………ジャギは、しばらく目を見開いたまま固まって……

 

そして、決壊した。

 

 

 

「ぅ、ぅぶ! ふっぅう、ぶう、ぐううぅ~~!!」

 

 

「うぉおおぉおぉ、おおおぉぉおおおぉお~~~~~~っっ!!!!」

 

 

ずっと、満たされなかった。

 

 

そんな、彼の。おそらく二十数年分の想いが、叫びが。

 

 

 

いつまでも、響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

(…………流れで、どえらいことをしてしまった気がする…………)

 

ようやく落ち着いたものの、様々な理由から、お互いに直視出来ずに頭を抱えていた私とジャギ。

が、いつまでもそうしているわけにもいかず、私は咳払いをすると改めて話をする。

 

「おほん、えー、えーっと、ジャギ……さん。その……この後、あなたはどうするんですか?」

 

「ジャギでいい……。そう、だな。もう、俺がしたいことは……ああ、そうだ」

 

ジャギもようやくこちらを見て、言葉を続ける。

 

「マコトの仲間に……俺がさらった女の兄が居るって言ったな。なら、俺はそいつのところに」

「いや、それはちょっと……やめて欲しいです」

 

すでに彼らは新しい人生を、幸せを掴み歩き出している。

そんな彼らのもとに今更贖罪だ、と出たとしても、レイさんからすれば、殺すしかないだろう。

アイリさんにしたって余計なトラウマを思い出させ、兄がさらに血を流すところを見るはめになるだけだ。

 

「誰のためにしろ、もし償いたいって気持ちがあるのなら……簡単に死ぬよりも、出来ればもっと別の形にしてくれる方が、私は好きです」

「……初めて話した時から思ってたがお前って……案外厳しいよな。強くなる方法にしたって、無茶苦茶言ってくれてるぜ」

「ぅ……ま、まあそれも期待のあらわれってことで……」

 

 

「……まあ、そういうことなら、なんとか別のことで生きていくことにするよ」

 

……レイさん達に相談もせず勝手に話を進めてしまっているが、これも勝者特権ということにしておこう。

 

それに、同列扱いはちょっと違うかもしれないが、言ってしまえば目的のために後天的に悪事を働くようになった、という意味なら実はレイさんも同じだ。

 

彼は言った。妹をさらった仇を探すため、汚いことにも手を染め、人を裏切り、騙し。泥をすすって生きてきた、と。

それは、原作であったような悪党から食糧を巻き上げるだけではなく、おそらく何の関係も無い善人達の被害も含んでいるだろう。

そうでなければ自嘲気味にこんな事を言う必要も無いし、実際最初に出会った時は、牙一族側から村に潜入し襲わせるという手引きだった。

ジャギの悪事がなければ起こっていなかった、とも言えるが、その論もレイさんの被害者たちからしてみたら何の関係も無いことだ。

 

 

そんな彼が、彼いわく人間に戻れたことで、幸せを掴むことが出来ているのなら。

今、憑き物が落ちたかのように穏やかな顔を見せるジャギ。彼もそうなることを、私が望むのは間違ったことではない……はずだ。

 

だから、私はジャギの断罪などをしないことを決めた。

 

そして私が彼に言うこと、指し示せるもの……そんなものは、最初に話した時からずっと変わっていない。

 

 

どうしたものか、と先行きを悩むジャギの前に立ち、私はバッと両腕を広げて、力強く。

 

それを言う。

 

 

「ジャギ」

 

 

「────────未来の、話をしましょう!」

 

 

 

★★★★★★★

 

 

 

────聞いていない、聞いていない、聞いていない!!

 

 

野盗の男は今、明確な混乱と、それ以上の死の恐怖に頭を支配されていた。

 

 

最近、野盗たちの間で、とみに話題になっていたとある村。

 

なんでも、関わる大半の人間が一度は見捨てたほどに困窮した村でありながら、突然湧いた水により、今ではオアシスと化したその場所。

だが、ある程度は男連中も戻ってはいるが、まだまだ自衛力は乏しいものだ。

実際村長をやっているというのは、どう見ても武力など持ち合わせていない年老いた女。

 

それを聞いた野盗の男は、仲間内と綿密な準備の末、そのオアシスを自分たちのものにするため襲いかかり……

 

そして今。

桁外れの武力の前に、為すすべなく壊滅しようとしていた。

 

 

「な、なんだ……なんだよ、てめぇ……! なんでこんな化け物が、こんなところに…………!」

 

その時、別の場所からぎゃぁあっという悲鳴が上がる。

思わず見るとそこにあったのは、脚を押さえて転げ回っている仲間と。

 

「さぁさぁ、こんなもんかい、悪党ども! さっさと出ていかないなら、もっと痛い目みるよ!」

 

脅威でもなんでも無かったはずの村長の女が、今仲間の脚を撃ち抜いたばかりの銃を振り回し、気勢を上げている光景だった。

 

 

まるで想定していなかったその事態。

ただ呆気にとられるだけの野盗のもとに、一人の男が近づく。

 

それは、見るも異様なヘルメットと胸についた七つの傷を携えた、どう見てもこんな村に居るには似つかわしくない、あまりに凶悪な面相の男。

にも関わらず村の人間は、その男を畏れるでもなく、平然としている。

 

そして、男が口を開いた。

 

「おぅばあさん、こいつで最後みたいだぜ」

「おお……さすがですね、ほんに助かります。銃のことまで教えてくださり……おかげさまで、村は何の心配もありませんですじゃ」

「は……俺が言うのも何だが、ばぁさんも村のガキどもも。良くこんな人相のやつを信じたもんだな?」

 

そういって自嘲気味に笑う男に、村長が笑顔で答える。

 

「確かに来られた始めはみんなびっくりしましたが……他ならぬあの方、救世主様のご紹介とあらばもう。無下にするはずもありませんて」

 

 

(……舐めやがって!)

 

まだ五体満足の自分が目の前にいることを忘れたか、と野盗の男は隠し持っていたナイフで突き刺そうとする……が。

 

「な……う、動けな……!」

 

全く気付かないうちに自分の腕に数本、細い針が刺さっていた。

経絡秘孔に寸分の狂いなく刺しこまれたそれは、野盗に抵抗すらも許さない。

 

 

「さあ~~て、覚悟は出来ているんだろうなあ~~?」

 

拳を鳴らしながら歩み寄るその男を前に、再び恐怖に顔を引きつらせ、野盗の男は絞り出すようにただ叫ぶ。

 

「な、なんだよ! なんなんだよ、何者なんだよ、お前はぁ!」

「あ~ん、お前、俺を見ても誰だかわかんねえのか?」

「し、知らねえ、お前なんか知らねえ! 知ってたら、こんなところ来るわけねえ!!」

 

「なら、教えてやろう、俺は────」

 

その言葉と同時、集まってきていた村の子どもたちが、声を揃えて、満面の笑顔で。

 

 

ヒーローの、その名を叫んだ。

 

 

「ジャ、ギ~~~~っっ!!」

 

 

 

「────そうだぁ! 俺こそが! ジャギ流北斗神拳使いの、ジャギ様だぁ!!」

 

 

 




もうちっとだけ続くんじゃ


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"────"の兄妹編
第二十二話



陰腹しながら書きました
この作品を始めて以来最大の苦渋の決断となります
全国138名の『アミバ強敵の会』会員の方には誠に申し訳ございません


「く、ぉっおお~~……!! バカな、バカな……俺様が…………この、天才の俺様がァァ!!」

 

今、私の目の前で傷だらけの身体を引きずり、苦悶の声をあげる男。

 

私が数え切れないほどお世話になったトキさんのような髪型をし、トキさんのような髪飾りを付け、そしてあんまりトキさんじゃない凶悪な人相を、更に歪みに歪めたその男が、私に吠える。

 

「貴様、貴様ァ……! この俺様にこんなことを……俺は、俺様はトキだぞぉ!?」

 

そして、それに対する私は。

 

 

「いや……アミバでしょう。知ってますよ?」

 

 

表情を変えないままに、目の前の男にその正体を突きつけたのであった。

 

 

 

 

「そういや、お前はこれからも旅を続けるんだったな」

 

ジャギとの戦いが終わり、彼の今後に関する話も一段落となった時、ふとジャギが思い出したかのように私に声をかけた。

 

「それなら……今も生き残っている兄者二人とまた会うことになるかもしれねえな」

 

あ、そういえば確か原作でもジャギと、これから戦うことになるであろうもうひとりは、最終的に拳王の命令で動いた~なんて事になっていたんだっけ。

正直あの私怨っぷりを考えると、どちらも命令なんてまるで関係なく動いていたとしか思えないが。

 

「今のあの二人のことを、ご存知なんですか? これまでに接触でもあったとか?」

 

私の質問を受け、ジャギは語る。

 

拳王の配下を名乗る男に、こちらに協力するよう命令されたが、無視したこと。

その後、アミバと名乗る南斗聖拳の使い手が接触してきたこと。

協力する気は無かったが、南斗聖拳のさわりを教えることと引き換えにトキの情報を求めて来たため、メリットを感じ利用したこと。

 

(なるほど……原作でもアミバがトキさんの怪我のことやらを知っていたのは、やはりここで情報を得たからだったのか)

 

「つまり、そのアミバという男は今、トキさんになりすまして殺戮を繰り返している、ということなんですね?」

 

「あぁ、そうだ。……一応言っておくが、俺にかけたような情けは要らねえと思うぞ。あれは秘孔を探すために殺すことを楽しんでいるし、説得も無理だ。お前らとは相容れんだろ」

 

人のことなんて言える立場じゃねえがな、と自嘲しながらジャギは言う。

 

「ん……そうでしょうね、やっぱり」

 

原作を知る私は、彼は彼で……なんというか哀しい、もったいない男である、という思いも強く持っている。

が、まずそもそもこの世界で彼との関わりなどは無いし、今行っている所業を放置する理由もない。

 

 

そんなわけで、ジャギが知る限りの詳しい情報を聞かせてもらった私は、人形(デク)狩り隊との邂逅を待たずして、直接彼の居城に殴り込んだのであった。

 

 

 

 

そうして始まったものは……ほぼ一方的な圧殺。そういってしまって差し支えの無いものだった。

 

そもそも私の知る原作における、ケンシロウさんとアミバの戦い。

 

その焦点は結局の所『これはトキなのか? トキじゃないのか?』の一点に尽きるもので、その迷いがあった心のままに拳を振るったせいで、ケンシロウさんは苦戦を強いられた。

逆にレイさんの登場で彼がトキさんではない、と判明してからは、まさにワンサイドゲーム。

もはや勝負にもなっていなかった。

 

で、ある以上、別モノに生まれ変わったジャギとの死闘を乗り越え、その上最初から彼の正体を、裏付けまで取った上で知っている私が負ける道理は……正直なところ、無いに等しい。

もちろん、油断しなければ、の話ではあるが。

 

「く、クソ~~! クソ~~ッ!! な、なんで俺のことを……だ、誰から聞きやがったんだ!!」

 

追い詰められた上にアミバ自身が正体を認めたことで、これまで従っていた部下達も見捨てて逃げていった。

その様を見てアミバが出来ることは、誰も彼もトキのことばかり、なぜ天才の自分を認めない、と憤慨の声をあげるのみだ。

 

────本当に、もったいない。

 

当然、彼の実力は本物のトキさんには遠く及ばないものだ。

しかし、それでもにわか仕込みのはずの北斗神拳で、迷いがあったとはいえあのケンシロウさんを追い詰め、今も激しい抵抗をしていたその実力は、確かなものだ。

レイさんを前にしても自分が誰よりも早く拳法を覚えた、と誇っていたことからも、彼が天才だったことは疑うべくもない。

 

 

……一応、本当に一応だが、聞いておこう。

 

「その……あなたはトキさんではありません。ですがその短期間で、それもおそらくほぼ独学でここまで北斗神拳を使えたことは、本当に素晴らしい才能だと思います。だから────」

「黙れぇえッッ!! 女のくせに上から偉そうにしやがって!! 貴様の戦い方だって、どうせトキに教えられたものなんだろうがぁ!!」

 

(…………ッ)

 

言葉を遮り、口の端から泡を吹き出し叫ぶ狂気に染まった形相を見て……私は、日和見に傾きかけていた自身の思考を、改めた。

 

彼もおそらく、ジャギと同じく承認欲求が肥大し暴走したケースだが……ジャギとはそこに至るまでの道筋も、今の状況も全く違う。

ジャギの件はあくまで例外的なケースと考えるべきだろう。

 

「────そう、ですね。……では」

 

私は、この世界で初めて地に足がついた時の初心を、もう一度思い出す。

 

────私なりに生きて、楽しんで。その上で、拾える善良な人達の命を拾う。

 

私は、私の大事なものを、これからもブレずに守っていこう。

そう決意を新たにすると、私は倒れ込むように身体を倒し……

 

「ヒッィィ……ッ! うわ、うわあああ~~っ!!」

 

足から爆発させた闘気による加速で、怯えながら構えるアミバのもとへたどり着き。

 

そして、躊躇なく致命の秘孔を叩き込んだ。

 

 

「うわらば!?」

 

 

(……出来れば、こうなる前に会いたかったな)

 

 

────さようなら、天才。

 

 

 

 

「……カサンドラ」

 

「えぇ、そこにトキさんが囚われているらしいわ」

 

アミバを倒し、村で待っていた仲間達と合流した私は、トキさんの情報を探してくれていたマミヤさんからその情報を得る。

……いや、正確にはマミヤさん達、からだ。

 

「ああ、その情報を掴んだ頃、口封じのために襲ってきた奴らも居たからな。その意味でも信憑性は高いはずだ」

 

初めは一人で探しに行こうとしていたマミヤさんだったが、私が一人では危ない、とレイさんに同行してもらうよう提案したのだ。

 

レイさんはレイさんで村のアイリさん達のことも心配していたが、そこは療養中のケンシロウさんが残っている以上問題ない、ということで二人で行くことに決まった。

 

原作では何気に拳王の配下に襲われ危機一髪、という状況だっただけに半ば無理やり案を通す形になったが、無事に情報を得られたところを見ると正解だったようだ。

これからも出来るだけ一緒に行動してもらうのが良いだろう。レイさんからしても悪い気はしないはずだし。

 

そして、後のことも考えたいくつかの準備を行うと、私と回復したケンシロウさんは、彼らの案内のもとカサンドラへ向かう。

もちろん道中、目的地に関する説明を受けながらだ。

 

────曰く、鬼の哭く街。

 

一度収容されたが最期、二度と生きて門を出ることは叶わないとされる地獄の監獄。

鬼や悪魔と畏れられた犯罪者達も哭いて出獄を乞うた街。

 

そしてその実態は、この世の多くの拳法家、武道家の伝承者達から極意を奪い、そして飼い殺すための修験場にして処刑場だ。

 

 

そんなカサンドラを統べる男は獄長であるウイグル……などではなく。

 

(…………拳王……いや、ラオウ)

 

北斗四兄弟が長兄、ラオウ。

 

原作という形で、そしてこの世界の記憶という形で、それぞれのラオウを知る私から見て、彼は決して心根が悪人というわけではない、と思っている。

が、かといって当然、善人でもない。

 

自らの覇道のため、弱者を食い物にすることへの躊躇など彼には無い。

そして、それが最も悪辣な形で出たものが、このカサンドラという存在になる。

 

どのみち、彼と敵対することは避けられないことだ。

ならば、悲劇を生み出し続けるだけのカサンドラは、当然叩き潰さねばならないだろう。

 

────大口を開け、待ち構えているかのようにそびえ立つ巨大な門……カサンドラの入り口にたどり着いたのは、私がそう決意を新たにした頃だった。

 

 

 

 

たどり着いたその門の両脇には、巨大な仁王像が二つ。

 

 

その異様さに押されながらも、一歩前へ進もうとするマミヤさんを、レイさんが止める。

 

「フ……マミヤ、よく見てみろ」

「…………? ハッ!! レ、レイッ!!」

 

これまで微動だにしていなかった像……いや、巨大な二人の人間がギョロッとマミヤさんをねめつけ、慌ててマミヤさんは下がったのだった。

 

……そう、この見るものを威圧する二つの仁王像は、何も飾りで取り付けられているわけではない。

拳王に取っての重要拠点であるこの場所は、ただ門をくぐるだけでも一筋縄ではいかないのだ。

 

「フフッ、俺達が居なければ死んでいたな。……おい、そんなところで突っ立ってねえでかかってこい! 俺が相手だ」

 

さりげなくマミヤさんをかばいながら前へと出るレイさんへ、門番を任される屈強な二人の男が応える。

 

「カサンドラの衛士、ライガ!」

「同じく、フウガ!」

 

「「この門を通ろうとするものには、死あるのみ!!」」

 

言葉と共に同時に襲いかかる二人。

そして、それを前にしても、レイさんは余裕の表情で迎え撃つ。

 

────だが。

 

「ムッ!? こ、この拳法は……!?」

 

このカサンドラの門番もまた、紛れもなく強者。

二人の間に張り巡らされた鋼線────

これを用いた特異な攻撃を受け、辛うじて身をかわすものの、レイさんは浅く頬を切り裂かれてしまう。

 

「やつら、何か妙なもの持ってやがる!!」

 

レイさんの戦慄の声に、誇るように相並び、構えながら彼らは告げた。

 

「「二神風雷拳!! 二身一体、同じ血、同じ筋肉、同じ感性を持つ者のみ習得可能の拳!!」」

 

「クッ……なかなか手ごわいな……。 よし!」

 

その拳法の脅威を知らしめられた上で、なお不敵に笑うレイさん。当然、彼はまだ戦うつもりのようだ。

 

「────」

 

私の記憶が正しければ、確かここでケンシロウさんが下がっていろ、とレイさんの代わりに出るのが、本来辿る歴史のはず。

 

当然今回、彼らの特性や攻略法を知る私が出たとしても、それは何の間違いでもないわけだが……

 

 

(……いや)

 

ここはレイさんに任せて、問題ないだろう。

 

もし私からすることがあるとすれば……念の為に、一声だけかけるぐらいだ。

 

「レイさん、その、彼らはおそらく────」

「ああ、大丈夫だマコト……分かっているさ」

 

うん、やはり大丈夫だった。

 

「「ゆくぞ!!」」

 

気勢を上げ、レイさんを挟み込むようにして再び襲いかかるライガ、フウガ。

 

そして、それをほぼ棒立ちのまま迎え入れ、彼らの間に挟まれる形となるレイさん。

拳法に明るくないマミヤさんでも、その危険性は分かったのだろう。

目を見開き「レイ!」と叫ぶが、それを受けてなおレイさんは涼しい顔のままだ。

 

「シャオッッ!!」

 

そして、気合一閃。

残像すら見えるほどの速さで腕を振るったと思えば、彼らの武器……鍛え上げられた大人ですら簡単に切り刻むはずの鋼線が、見事に断ち切られていた。

 

そのまま驚愕に目を見開く彼ら二人の首元に手を当てると、静かに笑うレイさん。

敗北を認めた彼らは、腕を下ろしたのだった。

 

 

原作では、レイさんの代わりに出たケンシロウさんが糸を断ち切り、同じ形で勝利したが……こういった戦い方をするなら、ケンシロウさんや私よりも、レイさんの南斗水鳥拳こそが相応しいと言えるだろう。

初見こそ見慣れない動きに戸惑うことこそあれ、タネさえ分かればレイさんの敵ではないのだ。

 

と、内心で勝手に鼻高々となっている私を他所に、彼らの話は進む。

 

なぜ殺さぬ、と疑問を投げかける兄弟に、レイさんは言った。

 

「フ……大方、身内でも人質に取られ従わされているのだろう。お前たちの目は、そう言っているぞ」

 

よしよし、とほくそ笑む。

原作でもケンシロウさんが看破したことだが、やはりレイさんも気づいていた。

これでこれまでの挑戦者と異なることを感じた彼らが、カサンドラの門を自ら開けてくれるはず。

 

そうして、私の知る流れ通りに目配せをし合うと、彼らは門に手をかけ…………。

 

 

────────ふと、その手を止めた。

 

 

彼らのその挙動に、表情に……浮かぶものは、迷いの色。

 

 

(…………んん?)

 

 

動きを止めたまま、ぽつぽつと二人は呟く。

 

「……確かに、あんた達は待ち望んでいた救世主かもしれぬ」

「あんた達なら、不落のカサンドラ伝説を打ち破ることも出来るかもしれない……だからこそ」

 

だからこそ。

 

「今は…………帰れ」

「……あのお方が居る今だけは……あまりにも危険なのだ」

 

 

────それは、私が知る流れには、無かった反応。

 

 

まさかレイさんの実力に今更不安を覚えたわけでもあるまい。

実際、ウイグル獄長も強者とは言え、レイさんだけで戦っても十分に勝てる相手のはずだ。

 

にも関わらず、躊躇を見せる彼らの反応。

 

それが指し示すものは、すなわち。

 

 

(今、このカサンドラで待つのは、獄長だけではない……?)

 

 

────────何かが、居るということ。

 

 




原作で一発もらっただけで「さがっていろ!!」されたレイくんの表情は忘れられない

どうでもいいですがマコトくんは前世で『アミバ強敵の会』愛読者でした(サイト消滅済み


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第二十三話

その後も、彼らはしばらく逡巡していたが、私達からしたらどの道進むしか無いわけで。

開かないなら無理矢理にでも通るぞ、とレイさんが態度で示すと、彼らは覚悟を決める。

 

そして、改めて力強く門を開け放ったのだった。

 

 

これまで一度も門が開けられることなど無かった、とどよめく看守たちを尻目に入場する私達。

それと同時、対角線上の奥にある扉が唸り声のような低い音とともにゆっくりと開き、巨大な影が現れる。

 

まず入ってきたのは、複数の囚人達。

彼らはいずれも、苦悶の表情を浮かべながら何かを担がされている。

 

そして、それに遅れて悠々と入ってきたのが、彼らに神輿のように担がせた椅子にふんぞり返る、巨大な体躯にもっさりとしたヒゲをたくわえた男。

 

そう、彼こそがこのカサンドラを……"表向き"統べる男。

 

 

「獄長、ウイグル様だ────ッ!!」

 

 

「フッフフ……よくぞ来たな、無謀なる挑戦者どもよ。その勇気だけは褒めてやろう」

 

と、嬉しそうにニヤつき、私達を見下ろすウイグル獄長。

私が知る原作でもそうだったが、彼は獄長という立場にありながら、自分に挑戦する存在を心待ちにしている節がある。

鍛え上げられた拳法家としての肉体に、その精神性。彼は悪党ではあるが、意外にも武人然とした在り方をしているのだ。

 

ウイグルの言葉に対し、私は一歩前へ出ながら返す。

 

「そうでしょうか。私には、無謀とは思えませんが」

 

────少なくとも、この段階ではね。

 

「ほう……」

 

 

「お、おい……彼女が出るのか?」

 

その様を見てレイさんに声をかけたのは、門を開けた衛士……ライガさんとフウガさん。

 

強者である彼らなら、私やケンシロウさんが拳法家であることは看破しているだろうが、やはり自分達と直接戦った男が出るものと思っていたのだろう。

その声色には若干の困惑と焦りが見られる。

 

「フ……彼女なら何の問題もない、上手くやるさ。……まあ見ていると良い」

 

そう言うレイさんも、隣に立つケンシロウさんも、腕組みをしながらすでに観戦モードである。

……彼らからの信頼が重い。いや嬉しいけど。

 

 

「フン……貴様たちはそいつの心配などしている場合じゃないだろう、えぇ? ライガ、フウガ」

「う…………」

 

「────連れて来い!!」

 

号令を受け、カサンドラの看守達が連れてきたのは、柱にくくりつけられた一人の青年。

 

「「ミツッッ!!」」

 

体格や顔つきはあまり似ていないが、彼はれっきとしたライガさん達の弟。

レイさんが看破した通り、彼らはこの弟を人質に取られたことで、衛士として戦わされていたのだ。

 

「グフフ……もはやこの人質も必要が無くなった。ワシのペットの餌にしてくれよう」

 

そう言って指笛を鳴らすと、何処からともなく巨大な……タカのような猛禽がやって来た。

ウイグルのペットである彼(?)は主人から差し出された、おあつらえ向けのそのご馳走に狙いを定める。

 

「ミ……ミツ……許せ!」

「先に向こうで待っていろ、俺たちもすぐに行く!」

 

待ちわびた救世主が現れたことを説かれ、覚悟を決めて頷くミツさん。

 

その彼のもとへ、猛禽の鋭く尖ったクチバシが迫り……

 

 

「グェアッ!」

 

 

────当然、私がそれを見過ごすはずもなく、闘気弾で秘孔を突き、気絶させる。

 

 

「むぅ……!」

 

原作のようなウイグル獄長の気まぐれを祈る必要も無い。

驚く彼らを尻目にミツさんのもとに跳ぶと、ロープを切断し解放。

 

「……頑張りましたね」

 

彼を抱え、ライガさん達のもとへ合流したのだった。

 

「み、ミツ……!」

「おぉ……おぉ……!!」

「あ、アニキ~~ッッ!!」

 

無事生還し、再会した喜びに咽び泣く兄弟達。

 

それを見やるウイグル獄長は一度不機嫌そうに鼻を鳴らす。が、すぐに思い直したのか、再びにやけた表情を顔に張り付けた。

 

 

「フン……まあ良いだろう。貴様らが言う救世主とやらが無様に敗れれば、その希望もさらなる絶望に変わるのだからな!」

 

そうして椅子から降りると、両手に持った自慢の鞭をぴしり、ぴしりと鳴らしながら、私と相対した。

 

 

 

 

「フフ、救世主が……その美しい顔が痛みと恐怖に歪む時が楽しみだな……! 行くぞ! 泰山流双条鞭!!」

 

気合とともに、二本の鞭が縦横無尽に踊る。

ウイグルが腕を振るうたびに地面が抉られ、私の皮膚や服がなすすべなく裂かれていく。

 

「ま、マコトッッ!」

「鞭のスピードは人間では見切れない……しかも奴は相当の達人!!」

 

心配そうに漏らすマミヤさんやレイさんの声が聞こえる。

 

……確かに現代においても、鞭とは人力で音速を超えるほどの速さを発揮するとされる武器。

それをこの世界の達人が振るう以上、その速度を完全に見切ることは、如何に北斗神拳使いでも困難と言わざるを得ないだろう。

 

「どうだ、恐怖の味は~~!!」

 

 

────が。

 

(痛っ、いたた、でも、もうちょっと……。こう、かな……よし、ここ!)

 

「ワハハ、ワハハハハハッ!! ────ハ?」

 

がくんっと。

ご機嫌に私の身体を蹂躙していたはずの鞭は、突然その行き先を予定から外したかと思うと、達人が振るう強烈な勢いのまま持ち主のもとに戻り……

 

牙を剥いた。

 

 

「あんぎゃッッ!!」

 

 

ベチィィッと快音を鳴らしながら獄長の顔にめり込んだその鞭の形。

それを見た観衆たちがどよめき、声を上げる。

 

「う、嘘だろ……!? 鞭、が……!」

「ちょ、蝶々結びにぃ!?」

 

多くの囚人達の血を吸ったであろう凶悪な鞭は、我ながら見事に左右対称な蝶々となって、強面なウイグル獄長の顔にその美しい跡を残したのだった。

 

「なああ!! ば、バカな、いつの間に……き、貴様~~ッッ!!」

「ふふ、似合ってますよ」

 

 

……この対策自体は、私が知る原作のこの戦いで、ケンシロウさんがやったことと同じだ。

 

鞭の軌道を見切って鞭同士を結び、獄長の身体以上に、プライドにダメージを与える。

と、いっても私が見切ったのは鞭自体ではなく、それを振るう獄長の筋肉の動きや癖だ。

如何に先端が音速を超える鞭の達人とはいえ、振るう本人までもが音速を超えるわけではないのだ。

 

あとは、それに合わせて鞭が通る場所に、予め手を置くような感覚で素早く結べばこの通りである。

おそらく、ケンシロウさんも同じ方法で鞭を結んだ……はず。

 

……さすがに鞭自体まで見えてたってことないですよね?

 

 

(とりあえず、これでどうかな……)

 

わざわざこんな回りくどい形で双条鞭を攻略したのは、何も意地悪やカッコつけのためではない。

……いや、カッコ良かったケンシロウさんを真似たいという気持ちがゼロ、というわけではないが、それはそれだ。

 

これは、今回ここに乗り込んだ目的の一つを果たすためである。

 

「し、信じられん……み、見えたか今の!?」

「おぉ……あの女なら、もしかしたらカサンドラ伝説を……」

「賭けよう……! 俺たちも、やつに……救世主に……!」

 

……そう、ライガさん達も出会ってから何度も発言している、"カサンドラ伝説"の打倒。

これは、ただ獄長であるウイグルを倒しただけで為せるものだとは限らない。

 

原作でも、獄長の仇討ちに燃える看守達全員に格の違いを見せ、自ら武器を落とさせることでようやくカサンドラが落ちた、とされたのだ。

今回も余計な犠牲が出ないその勝ち方を目指すのなら、この男、獄長には明確に格付けをした上で勝つことが望ましい。

そのために、獄長の手札を晒させ、その上を行くという形で対応をしているというわけだ。

 

 

もちろん、ご丁寧に挑発をされたと受け取った獄長の怒りは、推し量るまでもない。

憤怒の声とともに結ばれた鞭を引きちぎると、自身が被る兜の二本の角に手をかける。

 

「ハァッ!!」

 

そして、それを引き抜くと出てくるのはまたも鞭……

しかし、今度のそれは先ほどのような柄一つにつき一本というものではない。

十を超える数の鞭が柄にまとめられた、異様な形のその武器を見せつけ、獄長は笑う。

 

…………原作を読んだときから思っていたが、これは。

 

「あ、あの、すみません。それ、どうやって兜の中に納めていたんですか?」

 

『脳みその代わりに頭の中に収納されてました』

なんて言われても、うっかり信じてしまいそうなほどのその大質量。

 

それを前におもわず私が漏らしたのは純粋な疑問だったが、ウイグル獄長は恐れと受け取ったのだろう。

勝利の確信ににやりと笑うと、その武器を振るった。

 

「ウワッハハハハ、今度は避けられんぞ!! 泰山流千条鞭────ッッ!!」

 

その掛け声を受け、視界一面を覆い尽くす獄長の鞭。

自在に蠢きながら私に迫りくるそれは、さながら一本一本が別々の生き物の触手の大群だ。

 

ケンシロウさんでも「今度は結べそうにない」と呟くこの物量を以て対象を絡め取り、動きを封じることで次なる必殺の一撃に繋げる……

それこそがウイグル獄長の必勝の戦術で、このまま眺めていては私もその餌食となるだけだろう。

 

 

────が、この対策はすでに考えている。

 

そう思い、ちらっと。後ろで観戦している"彼"を見る。

幸いにして、最新の『お手本』を見ることが出来たのは、つい先程のことだ。

 

鞭の群れが迫るまでの一瞬の間に、修行時代からずっと続けてきたイメージトレーニング、そしてこれまでの戦いで見た全てを反芻し────

 

私は、それを放つ。

 

「フゥッッッ!!」

 

その手は、巨岩をも切り裂く鋭利な刃物。

その腕は、刃物を支えつつも自在にしなる万能の柄。

そして、それらを振るう様は華麗に羽ばたく鳥のごとく。

 

シュパァッと。

素手から放たれるものとしては不自然なほど軽く、そして鋭い。

そんな音が鳴った、と同時。

 

 

「なっぁ、ああぁ!? わ、ワシの、千条鞭が……!!」

「おぉ、アレは……! 俺の……!」

 

 

"私が振るう南斗水鳥拳"によって、ウイグル獄長が誇る千条鞭は、あえなくバラバラになった身を地に晒すこととなった。

 

(……ずっこいなー。北斗神拳)

 

自分で使っておいて内心で思わず呟いてしまったが、これは北斗神拳の真髄の一つ……

これまで見た、あるいは手を合わせた技を我が物として振るう奥義、水影心だ。

これによってこの場面で最も有効と思われるレイさんの技を借り、私は無事獄長の鞭を攻略したのだった。

 

「おのれ、おのれ、おのれぃ~~!! ならば、このワシの、不落のカサンドラ伝説の真の姿を見るがいい!!」

 

しかし、それでもなお。

萎えること無く溢れ出る闘志を剥き出しにすると、獄長は右肩を爆発的に膨らませ、それを前に突き出す異様な構えを取る。

 

見かけ上はボディビルダーが行うポージング、サイドチェストに近いものだろうか。

ただし、この構えに込められた気迫は、殺意は。競技用のそれとは当然違い、どこまでも禍々しいものだ。

 

そしてその構えのまま、彼が持つ巨体の常識からはそうそう考えられない速度で私のもとに突進してきた。

 

これこそが、ウイグル獄長の切り札にして最強の闘法。

その名も。

 

 

「蒙古覇極道────────ッッ!!」

 

 

目の前まで迫ったそれに対し、私は衝突の寸前で横っ飛びをし、身をかわす。

それにより、私の後ろにあった頑丈な鉄柱に獄長は突っ込むことになった。

 

「うわぁっ!? 獄長が!?」

 

観戦している者の多くが、自身の勢いのせいで自滅する獄長の姿を幻視する。

 

────が、実際に彼らが目にしたものは。

 

「おお、見ろ!!」

「あ、あの太さの鉄柱が、完全にひしゃげている!!」

 

肩に傷一つつかないまま、自身の力を誇る獄長の姿だった。

 

 

「……ふぅ」

 

分かっていたことだが、蒙古覇極道の破壊力自体は相当なものだ。

何しろこの技は、まともに受ければケンシロウさんですら、血反吐を吐きながら一瞬失神するほどの威力を持つ。

当然、純粋な体格で劣る私が受ければ同じか、それ以上に酷いことになることは疑う余地も無いだろう。

 

その威力を改めて目の当たりにし、私はほんの一瞬、考える。

遠距離から撃ち抜く、足を狙うなど、これに付き合わずに攻略する方法はいくつもあるが……

 

────いや、ここは。

 

 

ビッ、と。

私は二本、揃えた指を獄長と観衆に見えるように掲げる。

 

「んん……? なんだぁ~~!?」

「あなたの切り札……その力は分かりました。……二本、です。私はこの二本の指で、あなたの技を破ってみせましょう」

「き、貴様どこまでも……!! 俺をここまでコケにしたことは許せん、覚悟しろ!!」

 

 

私が知る流れのケンシロウさんは確か六本だったか……といっても、別に対抗して指を減らした、というわけではない。

ケンシロウさんは六本の指だけで蒙古覇極道を正面から受け止め、力技で引き裂くという荒業で攻略した。

一方の私は、正直なところアレが出来る自信はまだない。

 

ならばどうするか?

決まっている。単純な破壊力で勝てないのなら、いつもどおり技を、力学を駆使するのみだ。

 

そして。

 

(────その上で、正面から打ち破ってやる!)

 

 

「追い詰めたぞぉっ! ひしゃげて潰れろッッ!! 蒙古覇極道────ッッ!!」

 

 

迫りくる、重戦車もかくやという圧力を前にした私は、すかさず左手で右手首の秘孔を突く。

 

「む……あれをやるか、マコト」

 

 

……この技の基本的な発想は、デビルリバースを屠ったあの技、龍渦門鐘(りゅうかもんしょう)と変わらない。

秘孔による瞬間的な強化を以て、インパクトの一撃にかけるというスタンスだ。

 

異なるのは、強化箇所。

龍渦門鐘が右腕から拳にかけて強化することで面の破壊力を発揮するならば、これは指に強化と闘気を集中することで、点の貫通力を追求したものだ。

強化箇所が狭い分負担も小さく、また発動にかかる時間も短い。

 

「スゥッ────」

 

小さく、静かに息を吸う。

秘孔によって精鋭化された指先を一度収めるように、右手を脇近くで構える。

そして、目前に迫りくる鋼鉄の肉塊に打ち放った、その技の名は。

 

 

「────龍牙穿孔(りゅうがせんこう)

 

 

イメージするのは、現代世界のライフル弾のような回転力、貫通力。

ゴゥッと轟音を伴うほどに旋回しながら到達したそれは────。

 

 

「ビギッ!? ア、ギィイァアアアアッッッ!!!?」

 

 

狙い通り、鋼鉄以上の硬さを誇るウイグル獄長の蒙古覇極道すらを、貫き穿つ一本の槍となった。

 

そのまま体内に侵入した私の指は、容赦なく獄長の秘孔を内側から突き、肩を完全に爆散させる。

激痛という言葉も生ぬるいであろう、生き地獄をもたらす衝撃に絶叫の声をあげ、呻く獄長。

 

────が、この期に及んでなお、獄長は折れない。

 

どういう仕組みか、兜の一部が剥がれたかと思うと頭頂部が鉄製の鋭利な刃となった。

それを私に突き立てようと、頭を突き出す。

 

「貴様、ごときがぁ────ッ!!」

「────ッ!」

 

……これだ。

私が知る原作でもそうだったが、この精神の強さこそがこの獄長が他格闘家と一線を画するところだ。

人質を取ったり、囚人をなぶり殺しにしたりと外道であることに疑いは無いが、それでも闘士としての不屈のメンタリティは、この世界を見渡してもそうそうお目にかかれるものではない。

 

しかし。

 

「ぐぶぇぇ!?」

 

この攻撃が苦し紛れであることには変わりがない。

 

すかさずアゴを蹴り上げると、がら空きの身体を晒した獄長。

そこに私は、致命の秘孔を含めた連撃を叩き込む。

 

 

「えぶっげぼ、ぐぼべべばぁ~~~~っ!?」

 

 

不落のカサンドラ伝説を作り上げていた、350キロもの強靭な肉体。

それが今、なすすべなく宙を舞い、最後は血溜まりに沈むこととなった。

 

 

 

 

「か、げぅ……おゔぉろる、ぶべぇえっえぇ……」

 

……凄まじいことに、これでもまだ辛うじて息があるようだ。

 

原作で一度、ケンシロウさんが殺したと判断したにも関わらず、墓穴から這い出たほどの執念は、伊達ではないということか。

とはいえ、さすがにもう戦える状態では無いだろう。

 

(────これ以上、無駄に長く苦しませる必要もない)

 

そう判断した私は、息も絶え絶えの獄長のもとに、とどめを刺すため歩を進める。

 

 

 

コツ────ン、コツ────ン、と。

 

 

足音が聞こえたのは、その時だった。

 

歓声を始めとした雑多な音。

それに賑わうはずのその場所に、そんな足音一つは、本来はかき消されてしかるべきはずのもの。

 

にも関わらず、ここに居る全員の耳にはっきりと届くそれが示すもの。

それはすなわち、だんだんと近づいてくるその音の主が、それだけ強烈な存在感を放っている事実に他ならないだろう。

 

 

やがて、一斉に静まり返る私達の前に現れたのは……精悍な顔つきの、一人の男。

 

 

「あ"、あなだ、は~~、お”ぶ、あゔぁばろ~~! どうが、どうがやづをごろしぃ、でぇ~~!!」

 

すでに死に体となっているウイグル獄長がその男にすがりつくが、男はそれをただ黙って見下ろすのみだ。

 

その冷めた目を見やった周りの囚人や看守達は、一斉に震え上がり身を縮こませる。

 

(…………これは……)

 

────瞬間、ドゥッと独特の音が鳴った。

 

「おご……? こ、ごへ……?」

 

何かが破裂したかのように鋭く、激しく響いたそれは、風を切る……すなわち、攻撃の音。

 

自分が殺されたことにも気づかないウイグル獄長は、遅れて自分の胸元を見て……そこが完全に抉られ、抜き取られているところを知覚する。

 

そして、白目を剥きながら、血に沈みながら。それでも辛うじて絞り出せたものは、最期の断末魔。

 

「ざ……」

 

 

()()()()……!?」

 

 

……ウイグル獄長が絶命したのを確認すると、男は私達を……いや、違う。

 

"私"を真っ直ぐに見据えて、何かを噛みしめるかのようにゆっくりと口を開く。

 

 

「久しいな。見違えたものだ」

 

「…………ッ!」

 

 

────私は、この拳法を知っている。

────私は、この拳法を使う男を知っている。

 

────そして、この男もまた、私を知っている。

 

 

 

男が使う拳法の名は、泰山天狼拳。

 

 

 

この地、カサンドラで待っていたその男とは。

 

 

「我が妹、マコトよ」

 

 

拳王軍配下にして私の兄、リュウガだった。

 

 




墓穴に叩き込まれてなお
ケンシロウとトキを会わせるなと言うためだけに起き上がった
ウイグル獄長とかいう忠臣の鑑


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第二十四話


こいついつもハードモードしてんな


 

 

────おい! ……くな、マコト! ……前…………んだ、いいな!

 

 

 

実のところ、私や姉さんとその兄リュウガとの間にある親交は、私が知る限りそれほど深いものでは無い。

 

マコトとしての記憶でも、覚えているのはかなり幼い時の……私に対し、リュウガが何事かを怒っている(?)というぼんやりとした記憶のみで、そこからはリュウガが修行に出たためか、特に会った記憶なども無い。

 

実際、姉さんがシンにさらわれた時も、私が北斗神拳の修行を始めたときも、リュウガが私達の前に現れることは無かったはずだ。

 

さらに言うと私個人のリュウガへの印象としては……その幼少期の記憶から来る感情に、"原作でのあの行動"という知識を加えた結果……

『ある程度理解は出来るが、共感からは程遠い』

そんな、若干の苦手意識と言っていいものに占められている、というのが正直なところだった。

 

 

「……マコト、やつは一体? 妹、と言っていたがお前の兄なのか?」

 

困惑しているのは私だけではないようで、ケンシロウさんが私に声をかける。

そういえばケンシロウさんも、この辺りの関係は知らないのだった。

 

「えぇ、そうなのですが……えっと、どうしてあなたがこんなところに? ウイグル獄長は仲間に向けるような態度でしたが、あなたがここの首領なのですか?」

 

実際のところは違うと分かっているが、それは原作知識によるものだ。

とりあえずは何も知らない体で聞いておこう。

 

「フ……このカサンドラを真に統べるのはこのような男でも、もちろん俺でも無い。カサンドラを、いやこの世紀末を統べるに相応しいお方こそ、我が主にして世紀末覇者『拳王』なのだ!」

 

 

────拳王。ついに、直接この名を聞くことになった。

北斗神拳を身につけると決めたときから覚悟はしていたとはいえ、いよいよ迫ってきた拳王との戦いという現実が、私の肩に重くのしかかる。

 

「拳王……ラオウ、か!」

「ほう、知っていたかケンシロウ。さすが我が……いや、今はいいだろう」

 

 

「そう、ですか、ラオウの……。つまり、ここに現れた目的は、ラオウの部下として私達の前に立ちはだかる、ということであっていますか?」

「…………」

 

「お、おいマコト……」

 

すでに闘気を練り出し、臨戦態勢を取りつつある私に対し、心配そうに声をかけたのはレイさんだ。

 

立場の違いがあるとはいえ、兄と妹が戦おうとしている、ということ。

それは、妹のために修羅道に堕ち人生を捧げた彼からすれば、容易に見過ごせるものではないのだろう。

 

が、おそらく……兄としてより、この世界に生きる一人の男としてのリュウガ。

それを原作で知る私は、彼と戦わない道はほぼありえない、とすでに覚悟している。

 

 

彼が原作と異なるこのタイミングで現れた理由。

それは当然、私の存在以外に考えられないだろう。

 

そして、彼が動くその目的が、原作と同じもの……すなわち『この乱世における巨木となりうる北斗神拳使いの見極め』とするならば。

 

────────すでに、彼のその身体は、これまで私が守ってきた人達の血にまみれている可能性すらあるのだ。

 

それを思うたび、ぶるっという震えとともに心に何か昏いものが立ち込めていくのを感じる。

が、かろうじて態度に出る前に抑えることは出来た。

 

 

……そうだ。リュウガのことも気になるが、今はそれ以上に大事なことがある。

 

「いえ、それよりも……ラオウは今、何処に居ますか? 彼もここに来ているのですか?」

 

その質問を受け、リュウガの目がギラリ、と鋭く光った。

 

「フフフ……あのお方はすでに覇道のため動かれている! 今頃、拳王侵攻隊がこの辺りの村々を蹂躙して回っていることだろう!」

「な、にぃ!?」

「…………ッ」

 

驚愕の声を発したのは、レイさんだ。

……当然だ。近隣の村ということは、まず間違いなくこの辺りで最も大きく、栄えている村……すなわち、アイリさんやリンちゃん達が待つ村も標的となることは間違いないのだから。

 

(……私が知る流れより、早くなっている)

 

この辺りの時期、タイミングの記憶は正直曖昧になってはいるが、確かカサンドラを解放し、村に戻るところで侵攻の話を聞く、というのが原作の流れだったはず。

この世界ではアミバを早いペースで倒したこともあり、侵攻の手よりも早くカサンドラを落とし、村に帰還して迎え撃てる可能性が高いと思っていたが……

もしかしたら、立場上拳王の配下であるアミバを倒したことこそが、侵攻を決断させるトリガーになっていたのかもしれない。

 

「……グッゥ!!」

「待て、レイ!」

 

苦悶の顔で駆け出そうとするレイさんを思わずケンシロウさんが止めようとする、が。

恐らく、レイさんが止まることはないだろう。

一旦落ち着かせる、というのも彼の妹への愛情と気性を考えると、今すぐというわけには行かないはず。

 

それならば、いっそ。

 

 

「……それでは、レイさんは先に村へ向かっていただけますか?」

 

 

……本来の歴史を知る私としても、ここでレイさんを行かせるという選択。

その意味を考えると、底冷えするほど恐ろしいものがある。

 

しかし、アイリさん達の身に危険が迫っていることもまた事実だ。

それならば、私は"────"の可能性を信じよう。

 

 

そして、これだけは……気休めにしかならないかもしれないが、それでもこれだけは言っておかねばならない。

 

「ただ、レイさん。本隊が動いているならば、場合によっては拳王本人が出てくる可能性もあります。……実際に会っていた私の記憶と、これまでに聞いた話が正しいなら、今の彼が持つ力は……想像を絶するもののはずです」

「む……」

「なので、約束してください。拳王本人と相対したならば、私達を待つ、と。無理に一人で倒そうなんて考えない、と」

 

「────アイリさん達のためにも、あなたは絶対に生き残らなければならないはずです」

 

「……」

 

…………まだ会ってもいない相手に対し、出会ったら戦うな、命を大事にしろ、という私の懇願。

それは、彼の拳法家としてのプライドを傷つける卑劣な行為なのかもしれない。

 

が、それでもレイさんは、私の目をじっと見ると何か感じ入るものがあったのか「────ああ、分かった」と。

そう力強く頷いてくれたのであった。

 

 

そうしてレイさんと、無茶を止める役目をお願いしたマミヤさんが、カサンドラから離れるのを確認すると。

次に私はリュウガから目を離さないまま、ケンシロウさんに声をかけた。

 

「……ケンシロウさん。ラオウが本格的に動き始めたのなら……ラオウ以外にやられることは無いでしょうが、トキさんを再び移送されたりして、居場所を見失うことになるのはまずいです。……なので今のうちに、トキさんの解放をお願いしてもいいでしょうか?」

 

拳王親衛隊達の姿はまだ見えていないが、彼らが現れるとライガさん達の命が脅かされる危険もある。

そうでなくても戦いが終わればスムーズにレイさん達を追えるよう、ここに来た大目標はこのタイミングで達成しておくべきだろう。

 

 

────そうだ、私の目的はあくまでトキさんを解放し、ライガさん達の犠牲も出さないこと。

その上で、今は可能な限り早く……レイさんがラオウに秘孔・新血愁を打たれる前に追いつかなければならない。

 

 

それを邪魔するために立ち塞がるのが、このリュウガだというのなら。

 

 

(…………たとえ実の兄だとしても、私は────)

 

 

「マコト」

 

「っと、どうしました? ケンシロウさん」

 

この先の流れと、その対策への思考にふけっていた私だったが、ケンシロウさんの声ではたと呼び起こされる。

 

手分けすることや方針に何か不備でもあっただろうか、と内心身構える私に、ケンシロウさんは言い含めるように口を開いた。

 

 

「今、お前の目の前に居る男を、真っ直ぐに見ろ。それが出来るなら、俺は言うとおりに動こう」

 

 

「────────」

 

…………今、その言葉の意味を、真意を。

私が十全に受け止められたのかどうかは、まだ分からない。

それでも伝わった、この言葉に込められた重さを噛み締める。

 

「────はい!」

 

と。そんな私の返事を聞き、ケンシロウさんは何かに納得したようにしばし目を瞑ったかと思うと、そのままトキさんのもとへ向かったのだった。

 

 

「……ふっ。年上の男たちをアゴで使うとは、少し見ぬ間にたくましい女になったものだな」

 

「私のワガママに、付き合ってくれているだけですよ。……私もそれに、報いなければなりません。……立ち塞がるあなたを、倒してでも」

 

 

改めて構える私を見やり、リュウガもまた無言で構える。

突き出されたその手は、狼の牙を象形した威圧的なもの。

 

これこそがリュウガが使う拳法、泰山天狼拳。

そして、ここから繰り出される技の名は。

 

 

「イヤ────ッッ!! 天狼凍牙拳!!」

 

 

 

 

泰山天狼拳。

 

ケンシロウさん曰く、あまりに早いその拳は流血の間もなく敵を穿つ。そして、その餌食となったものは死の間際、凍気すら感じさせるという。

 

そして、私の知る原作においてリュウガはその拳を、まずケンシロウさんでは無く周りの人達。

ラオウとの戦いを終え残り少なくも幸福な余生を過ごしていたトキさんや、トキさんの村の住人に突き立て、殺戮を繰り返した。

 

その目的は、自身が血に濡れた魔狼となることで、北斗神拳の真髄である哀しみ。それをケンシロウさんに纏わせた上で戦い、ラオウを倒し乱世を治めるに足る器かどうかを確かめるため。

 

そして少なくとも、その手にかけられたトキさんは今際の際にこれが宿命である、と納得しケンシロウさんに全てを託す。

そして、殺戮の前に陰腹という形で、すでに自らの命を絶っていたリュウガ。

彼と共に静かに別れを告げ、天に還ったのであった。

 

 

……彼らのその行動に、理念に。今更私がどうこう言うことは無い。

あくまで今、私が生きているこことは別の世界での出来事なのだから。

 

 

が、しかし。

この世界で今、目の前にリュウガが現れた理由が、それと同じであるというのならば話は別だ。

 

その場合狙われるのはケンシロウさんか、解放されたトキさんか、はたまたこれまで関わってきた村々か……

いずれにせよ、どんな大義名分を掲げられても到底看過出来るものではない。

 

事実、彼は現時点で拳王軍に身を置いており、こうして私達の前に立ちはだかっている。

それに加え、アイリさん達が待つ村に侵攻の手が及ぼうとしていること、リュウガ自身がそれを良しとしている様子を目にしたことで、その疑念は膨れ上がる。

 

そうして私は半ば無意識の内に、この場で始末をつける……つまり、リュウガを殺すことにその思考を傾かせていた。

 

 

ケンシロウさんからその一言が、かけられるまでは。

 

 

 

 

「────づっっ!!」

 

 

狼を模した拳撃が、避けきれなかった私の身体をかすめる。

 

これまで目にしてきた使い手……その内、南斗六聖拳と比べても遜色が無いといえる、相当なスピードだ。

すべての攻撃を無傷で防ぐことは困難だろう。

 

────が。

 

「せぇええりゃあぁぁ!!」

「グ、ウゥ、オォオ!?」

 

速さ比べなら私もそうそう負けてはいない。

拳の速度はほぼ五分といったところだが、あくまで拳による打撃が主体の泰山天狼拳に対し、私の北斗神拳は足運びや体捌きにおいて遥かに勝っている。

 

そうして有利な位置関係から攻撃を続け、リュウガの身体に傷が刻まれていく。

 

すると、単純な殴り合いでは不利と踏んだのだろうか。

リュウガは右手を引き、左手を前に出す構えで静止すると、一層ギラついた目で私を睨んだ。

 

それを見た私がイメージしたもの……それは、獲物を前に今にも飛びかからんとする飢えた狼。

いうなれば、雌伏の構えといったところか。

その狙いは、おそらく────。

 

「疾ッッ!!」

 

私はその予想を確かめるためにも、リュウガが対処しづらい横面を取り、中段への回し蹴りを放つ。

 

そうして私の脚が当たるとほぼ同時、リュウガの天狼凍牙拳が私に迫る。それを私は闘気を込めた腕で受け止め……

 

「うっぐっ!!」

 

その腕の皮ごと、浅くだが削り取られることとなった。

 

掠める以外の形で、初めて天狼凍牙拳を受けた私。

その時覚えた感覚は────

 

(……冷たい、な)

 

拳の特性に違わず、冷気をもたらすその一撃に、まさに"冷や汗"が一筋流れたのだった。

 

……事前の予測どおり、あの構えは相打ち覚悟でのカウンターを狙ったもののようだ。

リュウガは今、自身が倒れることもいとわずに私と戦おうとしている。

それ自体は驚くべきことではない。原作でのリュウガも自身の死を織り込んだ上で見定めようとしていたのだから。

 

 

が、しかし。

 

 

(────────ああ、そっか)

 

 

これまでの攻防は短いものだったが、その中でも私はいくつもの『気づき』があった。

 

リュウガが自分からは攻めてこない構えということも手伝い、私は油断なく見据えながらも、それらを頭の中でまとめる。

 

 

気づきの一つは、泰山天狼拳の特性だ。

 

『あまりの速さに食らったものは冷気を感じる』というのがそれだが、この説明だけでは少し不可解な点がある。

 

何しろ原作でのケンシロウさんは、この拳以上の速さで攻撃を受け止め、一方的に反撃しリュウガを打ち倒している。

で、あるならばケンシロウさんの拳を受けた者たちも、泰山天狼拳以上に冷気を感じていてもおかしくはないはずだ。

 

つまり、純粋な速さ以外にその冷気をもたらすものがある、ということになるが……それも原作を知る私には見当がつく。

 

(────闘気だ。ほぼ間違いなく)

 

もしかしたら、未来で雌雄を決することになるかもしれない天帝の守護拳、元斗皇拳。

これは、闘気の放出において北斗神拳を超える力を持つ拳法だ。

そしてそれを極めた男、ファルコは闘気によって相手を焼き切ったり、逆に凍らせたりとまるで魔法使いか何かのような闘法を可能としている。

 

おそらく、泰山天狼拳もこの元斗皇拳に近い闘気を拳に纏わせることで、打撃を与えた箇所を瞬時に凍結。

それによって容易に骨肉をこそぎ落とすことが出来ているのだ。

 

その威力は今、闘気を纏った私の腕をも裂いたことでも分かるだろう。

穿つという一点において、北斗神拳でもそう簡単にはなし得ない攻撃力を持った、恐るべき拳法といえた。

 

(受けるのは、得策じゃないな)

 

この後に控えるであろう戦いを思うと、これ以上苦戦をするわけにはいかない、と改めて気を引き締める。

 

 

そう……苦戦。

私は今、本来の流れでのケンシロウさんが一方的に撃破したリュウガを相手に、苦戦を強いられている。

 

要因としてあの時点でのケンシロウさんが、ラオウやサウザーとの死闘を終え、またレイさんやシュウさんの死という哀しみを背負い強くなっていた、というのもあるだろう。

しかし、それ以上に断言できることが、一つ。

 

それこそが、二つ目の気付き……すなわち。

 

(…………強い。私の知るリュウガより、ずっと)

 

────当然、ジャギの時のように私が彼にアドバイスなどの介入をしているわけでもない。

それでこうも違うというのなら、それはやはりこの世界における最重要ファクターである、心の持ちようが違う、と考えるべきだろう。

 

では何故、その心が違うのか?

原作と同じく拳王の配下という立場で立ち塞がっているのなら、心も同じであるはずではないのか?

 

その疑問への解答を得るために私が放ったのが、先ほどの中段への回し蹴りだ。

"右脇腹"を狙ったそれを受けた時の彼の顔色と、その後の反応。それら全てを観察した上で、私は判断し……

 

────ふぅ、と。心に溜まっていた淀みを吐き出すかのように、軽く息をついたのだった。

 

「どうしたマコトよ、まだ戦いは終わっていないぞ」

 

「失礼、少し……ほんの少しだけ、余計な力が抜けたものでして」

 

 

…………()()()()()()()()()()()

 

 

それは、つまり。

 

 

────────まだ魔狼として、その手を血に染めてはいない、ということに気づいたから。

 




四話に挿絵追加しました(小声
pixivにあげてるのと同じです


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第二十五話


独自設定、独自設定です
一話のまえがき通り外伝設定は知らぬ存ぜぬ省みぬ


★★★★★★★

 

リュウガという男を語るにあたって、天狼星という宿星の存在を外すことは出来ないだろう。

 

何処にも属さぬ孤高の星でありながら、世が乱れた際には天帝の使者として北斗神拳伝承者の覚醒を促す……

その使命に、宿命に。殉じることこそが彼の在り方なのだ。

 

といっても当然、彼は生まれたときからそう在ろうとしていた訳ではない。

彼がその使命を知ることとなったのは、修行に出た先、泰山天狼拳の師の口から聞かされてのことだ。

 

 

そして、元々責任感が人一番強い男、リュウガ。

 

彼はそれを初めて知ることで、その時点では幼いながら、その宿命に殉ずる覚悟を決めていくことになる……

 

 

────と、いうわけでも無かった。

 

 

何故なら、()()()()()()()、その時のリュウガに取っては大事なものが他にあったからだ。

 

 

それは。

 

 

(────世が乱れるというのなら、もっと強くなって、俺が絶対に守ってやるんだ。ユリアと、マコトを!)

 

 

そう、元より修行に出た理由こそが『兄として妹を守る』という、ごく普遍的な……それでいて強い責任感から来るものであったリュウガ。

 

今、妹たちと離れることへの不安もあるにはあったが、妹たちがいる場には今の自分よりもずっと強い、北斗神拳の使い手達がいる。あそこよりも安全な場所などそうは無いだろう。

ならば、自分は自分で修行をすることで、世が乱れるというのならそれに備えるのがいい。それこそが、妹たちを最も確実に守ることに繋がる……と、そう信じた。

 

そして、告げられた自らの使命を果たすことが、より妹たちを守ることに繋がるのなら、将来はそうするのもいいんだろうな、と。

そう無邪気に考え、厳しい鍛錬にはげんでいた。

 

 

────────妹ユリアが、シンにさらわれ……そして死んだことを知るまでは。

 

 

 

 

「ば、かな……ユリア…………ユリア…………!」

 

望郷の念を抱き、修行がおろそかになることが無いよう、それまでは情報が届きにくい場所に居たことも災いした。

結果としてリュウガはさらわれた時点でその報を知ることは出来ず、全てが終わってしまってからようやく、それを耳に入れることとなったのだ。

 

 

当然、リュウガは強い哀しみと、それ以上の怒りと復讐心を胸に、討って立とうとした。

 

 

が、詳しい死因……すなわち、"彼女は自ら身を投げだした"ということを聞かされた時。

彼に到来したのは、深い絶望……そして、天啓のように頭に浮かんだ、全く別の考えだった。

 

 

それは、修行を始めた頃に師に聞かされた、宿星という考え方。

 

────自身の妹、ユリアが背負う星、慈母星。

────そして、ユリアをさらった男、シンが背負うは愛に殉ずる星、殉星。

 

ならば。

 

これら宿星によって、愛に殉ずるためにこそシンは行動を起こした。

そしてその狂気を、覇道を諌めるためにこそユリアは身投げという選択を取った。

そして、それでも今なおシンが止まらないのは、ユリアへの愛に殉じた行動を、最後まで止められないからだ、と。

そう考えられるのではないか?

 

そうだ、北斗神拳使いが周りにいる環境で、妹がみすみすさらわれ死ぬことなど、そうそう考えられることではない。

しかしそれらが、宿星によって導かれた宿命であるのなら、避けられない運命だったと言える。

 

それならば、自分もまたそれに倣い、宿命の下に生きなければならない、と。

そう自らに刻みつけるように信じた。

 

 

そう、これは宿命、宿命だ。そうに違い無い。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

なにしろ、なにしろ……そうでなければ。

 

 

 

「────────我が妹は……無駄死にでは無いか…………!!」

 

 

 

 

 

そうして、天狼星の宿命に導かれるままに、リュウガは北斗神拳使いを見極めるため、拳王の下に走った。

名目上は配下だが、実際のところウイグル獄長や拳王親衛隊のような直接の配下というよりは、現時点では協力者や同盟相手といった方が近い。

実際に、彼自身が積極的に拳王の敵を殺したり、略奪に加わったりという行動を取ることもまだ無かった。

 

それはリュウガの宿命が、見極めが。まだ終わっていないためであったが、拳王はそれも良しとした。

 

 

そして、リュウガは知る。

 

もう一人の妹、マコト。

彼女が北斗神拳伝承者候補だったトキ、ケンシロウに代わり北斗神拳を身につけたということを。

 

元々、彼女はシンに見逃されたことで生きていることは知っていたが、それで一足飛びに北斗神拳を身につけるとは。

「我が妹ながら、息災にも程がある」と。ほんの少しの苦笑と共に無事を喜んだ。

が、それも一瞬のこと。リュウガが知る北斗神拳使いの宿命を考えると、やはりどうしても暗く、重い気持ちを拭うことは出来なかった。

 

何しろ、北斗神拳の宿命であり、真髄……それは、哀しみだ。

ただでさえ乱れた今のこの世の中だ。彼女の行く先には多くの哀しみと別れがあることは避けられない。

いや、それどころか道半ばにして敗れ、地に還る可能性のほうが高いだろう。

どちらにせよ、一人の娘が掴むべき当たり前の平穏は、もはや望むべくも無いはずだ。

 

 

ただ、それは今自分達が生きる世紀末では、どこを見渡しても同じことだ、といえる。

そして、その道は他ならぬ彼女が決めたことで、心配ではあるが尊重したい、とも思っている。

 

それならば、と。今リュウガは自分がやるべきことを考える。

 

一つは、このまま順当に、ラオウが世を統べる巨木となるまでを見届けることだ。

そして、その上で可能ならば、その巨木の陰にマコトを入れるよう取り図らう。

見極めを終えた先、本格的に配下として貢献をしたならば、その妹を傘下に入れる提案をラオウが無下にすることは無いだろう。

 

 

…………そしてもう一つ、マコトが北斗神拳使いとして、さらに道を進み続けるというのならば。

その宿命を後押しするため、自身もまた宿星に殉ずる……すなわち。

魔狼となってでも、彼女に哀しみを背負わせ、覚醒を促すことになるだろう。

 

 

────たとえ、ただ一人残った最愛の妹に嫌悪され、その果てに殺されることになろうとも。

 

 

 

 

その後、自身に与えられた部下の情報網を通じて、マコトの足跡を追ったリュウガだったが……

そのうち、不可解な事実に困惑させられることとなる。

 

(信じられん……どういう、ことだ……?)

 

────始めは、たまたま上手くいっているだけだと思っていた。

期間が期間なのでまだ未熟な部分はあるだろうが、それでも北斗神拳の力は凄まじいものだ。

困難を前にしてもその力が上手くはまったなら、目の前の人一人救えるということは、確かに不思議な話ではない。

 

しかし、それは裏を返せば、哀しみをまだ体感出来ていないということ。

ならばいずれ、力不足により守りきれない者が出たり、場合によっては敗北することになるのは必定といえる、と。そう思っていた。

 

 

が、マコトは違った。

そんな宿命など我関せずと言わんばかりに救い、守り続けた。

 

さすがに完全に全ての足取りを把握できたわけではないが、それでも伝え聞く限り、マコトが関わる範囲でマコトが守ろうとした者は、未だ誰一人として犠牲になっていない。

 

……つまり、北斗神拳使いに、哀しみを残していない。

 

にも関わらず、彼女は勝ち続けている。

ユリアをさらった男シンを破ったかと思うと、明らかに強者といえるほどに生まれ変わったという伝承者候補のジャギや、拳王軍のアミバといった相手にも勝利を収め、今拳王軍と敵対するところまで来ようとしている。

 

それはユリアの殉死によって、宿命こそがこの世の全てと信じざるを得なかったリュウガにとって、その全てがひっくり返る偉業……いや、異形というべきものであった。

 

……もし、これまでの彼女の道程が、宿命通り哀しみを糧に勝ち残って来たものというのであれば、リュウガはそれを後押しするため、魔狼となることをためらわなかっただろう。

 

────だが、もしかしたら、と思う。

 

そもそも、たった二年やそこらで北斗神拳を使えている、ということがまず常識外のことなのだ。

 

そんな彼女が、もし宿命にも縛られない、彼女だけの道を歩もうとしているのならば……

その可能性に賭けるという選択肢も、もしかしたらあるのではないか。

 

この考えに兄としての欲目が、ひいき目が一切ない、とは言い切れない。

それに、宿命を否定することで、ユリアの死に意味を見出だせなくなるのでは、という恐れも強くある。

 

しかしそれでも、確かめたい。その可能性に……希望に賭けたい、と。

リュウガは今、自ら彼女の前に立ちはだかり、その目で見定めることを決意したのであった。

 

 

天狼星の宿星を持つ魔狼ではなく、妹の可能性を信じるただの兄、リュウガとして。

 

 

★★★★★★★

 

 

正直に白状すると、私はこの場でリュウガが現れたときから、原作での行動を理由に彼を色眼鏡で見てしまっていた。

それだけならまだしも、実際に戦おうとしている態度などから、ほぼ倒すべき敵だと断定しかけていた。

まあ、これに関してはラオウの配下として振る舞っていたリュウガもリュウガだとは思うが。

 

ともかく、そんな私の危うい方向に傾いていた思考を、たった一言で諭してくれたのがケンシロウさんだった。

 

 

────今、目の前に居る男を真っ直ぐに見てみろ。

 

その言葉を受け、実際に手を合わせ、改めて息を整えながら……

私は、再会してからのリュウガが取った行動を、出来うる限りフラットな目線で振り返ってみる。

 

 

私が仕留めきっていなかったウイグル獄長へのとどめを代わりに刺した。

本来言う必要がないはずの、拳王軍の侵攻をこちらに知らせた。

そして、止めに走るレイさんやトキさんの解放を目論むケンシロウさんに対しては、一切妨害などのそぶりを見せなかった。

 

 

────うん。

 

(…………どう考えても、敵のやることじゃない)

 

思えば、最初にここに現れた時から違和感はあった。

ウイグル獄長を殺した時のあの目。

一見、周りの看守たちを怯えさせたほどの冷たい目だったが、その根底にあったものは……そう、どちらかというと、慈悲。

無駄に苦しませることが無いよう、介錯をする者の目に見えた。

 

つまりはまあ、そういうことなのだろう。

 

 

……これまで私は、たくさん原作知識に助けられてきたが、それによって逆に見るべきものが見れなくなることもある。

結果的にそのことに気づかせてくれたケンシロウさんには、改めて感謝しなければならないだろう。

 

 

────さて、と。考えがまとまったところで、改めて戦況を見直す。

 

リュウガが敵ではないことが分かったとはいえ、目的に見極めが含まれていることはほぼ間違いないはずだ。

 

で、あるならばこれもまた、負けられない戦いである。

というか私が負けたらそれこそ、『こいつやっぱダメだわ、哀しみ足りてない!』なんて言いながら魔狼にジョブチェンジされるかもしれない。

 

かといって、今の状況を考えると、この調子で長々と戦い続けるのも得策ではない。

 

 

それならば。

 

 

「リュウガ。どうですか? ……見定めは、大体終わったのでは無いですか?」

「フ……見抜いていたか。そうだな、確かにお前は強くなった。……しかし、俺ごときを圧倒出来ないようでは、この先拳王に勝つことはかなわぬぞ」

「そう……かも、しれませんね。ならばどうでしょう。このままだらだらと、削り合いをするのはお互い本意ではないはず。ならば、次の奥義を尽くした一撃を以て決着とする、というのは?」

 

 

その私の言葉に、「いいだろう」と。

改めて雌伏の構えを取り直すと、これまでにないほどの闘気がリュウガの腕に集まっていくのを感じた。

 

 

一瞬、ぞわっと。震えが来たのは、単なるプレッシャーによるものだけではない。

 

(────ここまで寒気が、冷気が。伝わってくる)

 

了承した通り、これが彼の……泰山天狼拳の最大にして最後の一撃となるだろう。

 

 

そして、私もそれに応えるため、リュウガに負けないほどの闘気を溜める……ということもなく。

 

 

────逆に、全身から可能な限り力を抜いた、穏やかな……自然体のままにリュウガを見据えた。

 

 

★★★★★★★

 

 

リュウガが誇る泰山天狼拳が奥義。

その名を天狼絶凍牙(てんろうぜっとうが)

 

凍結を伴う全闘気エネルギーを集中させて打ち出すその拳は、相手の"身体に触れる寸前"から凍結効果をもたらす。

それにより攻防の刹那、敵対者の行動を一方的に鈍らせた上で、必殺の一撃を突き立てる。

 

これを破るにはその"凍気"をも超える闘気を込めて防御をするか、この奥義を遥かに超える速度により、凍結が届く前に打ち倒すしか無いといえる。

 

しかし、それを放つのはただでさえ拳速の凄まじさを称えられる泰山天狼拳。その速度を超えるというのは当然容易ではない。

さらにその中でも、血筋も手伝った結果、歴代屈指の才覚を誇る男、リュウガ。

十全に気力が満ちた彼が放つこの奥義は、必勝の型といっても過言ではなかった。

 

 

それに対しマコトが取った構えは、その闘気の激しさと対極にあるような、静かな自然体のもの。

とはいえ、リュウガはこれが、嵐の前の静けさであることを見切っている。

 

そうしてじり、じり、と。二人は間合いを詰める。

やがて、お互いの拳が届きそうな距離にまで近づくと……リュウガが、吠えた。

 

「ゆくぞマコト! 天狼、絶凍牙ッッ!!」

 

莫大な闘気は獲物を食らう狼のような形となり、マコトに襲いかかる。

 

そしてそれがマコトを捉えようとした瞬間────リュウガは、彼女の姿が"ブレ"る姿を目にした。

 

それに続けて、自身の拳を超える速さを以て今、リュウガの目の前に迫るもの、それは……

 

(────鞭ッ!?)

 

まるで一本の、しなる線のようになったかと見紛うほどの、超々高速のマコトの一撃。

それが、パァンッと。

小気味のいい"空気の破裂音"と共にリュウガの顔を弾き、そして。

 

「おぉぉおおお!!」

「ごっふ……!!」

 

続く二の矢となる渾身の拳が、リュウガの身体を打ち貫いたのであった。

 

 

(これ、は────! フ、フ……そう、か、そういうこと、か)

 

 

驚愕と共に崩れ落ちる刹那。

今の一撃の正体に、その意味に。

リュウガは思い当たると、思わず心の中で笑う。

 

おそらく、今彼女が体現したものは、鞭の特性(メカニズム)だ。

 

鞭を振るう際、それが最も早くなるのは、振る動きではなく、鞭を引いて戻す動作の時。

その瞬間に、先端が音速を超えたことを示す破裂音が鳴る、とされている。

 

そしてマコトは、余分な力を抜いた脱力状態から、北斗神拳の歩法を以てごく短距離を高速移動しながら腕を振るった。

あとは、鞭のようにしならせたその腕を、移動が止まり引き戻される瞬間を狙って対象にインパクトさせる。

これにより今、マコトの拳はリュウガの拳速を大きく超える鞭となり、奥義を打ち破ったのだ。

 

 

……そして、この場面でこの技を使う、ということが意味するもの。

 

それは、今マコトが倒した敵、ウイグル獄長。

鞭の達人である彼の動きをも取り入れ活かす、という意識であり、宣言であり……そして、可能性だ。

 

 

マコトは今、この戦いでリュウガが見定めたかったもの。

 

すなわち、哀しみに依らないこの先の希望を、可能性を示すことが出来て……

そしてそれは、確かにリュウガに伝わったのだ。

 

 

…………ただ、それはそれとして。

 

 

(フッ、抜け目、無いものだ…………)

 

 

最後は奥義の一撃で決めよう、なんて提案しておきながら、当然の権利のように二撃目を見据えた技を打ってきたことに、やはり苦笑の念は抑えきれなかったが。

 

 

────たくましく、なりすぎだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

(上手く、いった……)

 

直前に観察したウイグル獄長の鞭のしなりと、それを活かす達人の技術。

レイさんの南斗水鳥拳を真似た時のように、水影心の練度も増してきている今の私なら、それらを自身の拳に取り入れることも不可能ではない。

 

ひとまず、"龍尾(りゅうび)"と名付けたその技の感覚を反芻していると、私は崩れ落ちながらこちらを見つめるリュウガと、目が合った。

 

それは、単純に勝者を称えるようなものだけでなく。

別のなにかの感情も混じっているような……複雑で、だけど嫌な感じは全くしない、そんな不思議な色。

 

 

(あれ、この目……どこかで、見たことが…………)

 

 

────あっ。と、思ったその瞬間。

 

これまでモヤがかかっていたようにぼんやりとしていた記憶が今。

 

私の中に、蘇った。

 

 

 

 

「────おい泣くな、マコト! 泣いてたってなんにもならないぞ、がんばって前に歩くんだ、いいな!」

 

 

ゥビィヤアアアア、ギェャアアアア、と。

聞くに堪えないほどの大音量で、その時その場所に木霊するのは、泣き声だ。

 

その泣き声の主は、今よりもずっと幼い頃の私。

 

そう、確か一緒に走りだそうとしたその第一歩目かなにかで盛大にすっ転んで、痛さやら情けなさやらでもう訳が分からなくなって、ひたすらに泣き喚いていた、という場面だったか。

 

(うわーあ、我ながらこれはひどい)

 

涙に鼻水に涎にと、顔からあらゆる液体を撒き散らし訴えるその泣きっぷりときたら、とても人様にお見せ出来るようなものではない。

にも拘らず、元の世界の男としての意識や記憶が影響しているのだろうか。

自身のことながら、まるで他人事のように俯瞰して見えてしまっている今の状況が、かえって恨めしく思えた。

 

そして、そんな状態の私にかけられたのが兄、リュウガによる先ほどの厳しい言葉だ。

当時の私は、こんなにひどい目にあっているのに、なんでまた怒られなきゃならないんだ、とますます泣き声を強めたものだ。

そうだ、確かこの時の記憶が強くて、リュウガは厳しい、怖い人、という印象を覚えたのだろう。

 

 

────が、今思い出すことが出来たこの記憶には、まだ先がある。

 

 

「……もう! 兄さん! そんなきびしいこと言わないで! マコトはまだこんなに小さい、女の子なのよ!!」

 

リュウガに対してぷりぷりと憤るのは、女の子の声。

当然それは、泣いているばかりの私のものではない。

ここに居る三兄妹のうちの残る一人……すなわち姉さん、ユリアのものだ。

 

誰よりも優しく、それでいて当時から確かな芯の強さを持っていた姉さんは、私をかばいながらリュウガに対して詰め寄っていたのだ。

 

「ぅ、し、しかしだな、マコトのためを思えば厳しくするのも」

「それにしたって、言い方ってものがあります! 本当は兄さんも、こんな言い方したいんじゃないでしょ!?」

 

────姉さんつえぇ……

 

すでにしどろもどろになっているところに、さらに追撃を受け、リュウガはう~、と。苦悶するようにしばらく目を閉じたかと思うと。

 

考えをまとめながら喋っているのだろう。

たどたどしく、だがそれ以上の熱を持った弁を以て、改めて私を真っ直ぐに見ながら言い含める。

 

「えぇっと、だな……そう! コケるのは、良いんだ。だが、泣くんじゃなくて……ああいや、その、別に泣いてもいいんだ。ただ、泣きながらでもちゃんと前に進むんだ。そうしたら、俺も一緒に手を引いてやれるし、えっと、強くなったり出来るからな!」

「????」

 

そのリュウガのセリフを受けて、泣き声が小さくなる私。

といってもそれは、別に内容に感銘を受けたわけでもなく。

単に幼い当時の私の頭では『なにいってんだこいつ』という失礼な困惑だけが先に来たためだ。

 

その様子を見て笑いながらも、姉さんが横から声をかける。

 

「フフ、まだマコトにはむずかしいって。えっとね、マコト。リュウガは、マコトががんばって歩くなら、リュウガもいっしょにがんばって守ってやるって言ってるのよ」

「……がん、ばる……?」

「ええ、もちろん、私も。マコトががんばるなら、私もがんばるからね! ね、兄さん!」

「……あぁ、そうだ! マコト、がんばるんだ!」

 

……これでもまだ、当時の私は完全に理屈で理解できていたわけではない、が。

それでも、先ほどまで覚えていた不安は、もう。

その時の私の中からは、消え去っていた。

 

 

 

 

(ああ、そうだ…………)

 

 

あの時の、私に必死に説明する時の……『困ったな』というようでいて、それでいて何処までも優しい、その目。

 

 

今、崩れ落ちるリュウガが私を見る目は、それと同じなんだ。

 

どうして、忘れていたんだろう。

幼い頃から、最初から。今の今に至るまで。

 

────リュウガは、ずっと不器用で。そして優しい、私の兄だったのだ。

 

 

(……いや、多分)

 

それでも、多分完全に忘れていたわけではない、と私は思う。

 

何故なら……今にして思えば。

 

 

龍尾(りゅうび)

龍渦門鐘(りゅうかもんしょう)

────龍牙穿孔(りゅうがせんこう)

 

 

半ば無意識の、フィーリングで付けているつもりだった私の技の名前にも、しっかりとその影は顔を覗かせていたのだから。

 

 

(…………生まれ変わっても、自分のことですら中々分からないことって、あるんだなぁ)

 

 

と、そこまで考えフッ、と。息を吐いた私は。

 

 

今にも地に倒れようとしているリュウガの身体を抱え、支えていた。

 

 

「……どうしたマコト? 敵に対し手を差し伸べるなど、北斗神拳使いとして────」

 

「────いえ、もういいでしょう。…………お手合わせ、ありがとうございました」

 

いまだ不器用さを見せるその兄の言葉を、私はさえぎり。

 

 

…………そして。

 

 

「────改めて。久しぶり、兄さん」

 

 

「────────ああ、久しぶり。大きくなったな、マコト」

 

 

そう言って、倒れながらも微笑を浮かべ頭を撫でるリュウガと、支えながらもそれを受け、目を閉じる私。

 

 

…………こうして、兄妹喧嘩というにはあまりに激しく、殺し合いというにはあまりに優しい、そんな戦いは終幕し。

 

 

私達は今、ここカサンドラにて。

ただの、何処にでも居る……一つの兄妹に、戻ったのだった。

 



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北斗の兄妹編-2
第二十六話


★★★★★★★

 

 

────"死"が。

目の前に、明確に、形をなしていた。

 

蛇に睨まれた蛙という言葉があるが、今この時において感じる圧力は、力の差は。

 

南斗水鳥拳の使い手にして南斗六聖拳の一角、レイをもってして、それ以上のものだと。

 

 

「……一つだけ聞こう。北斗七星の横にある星を、貴様は見たことがあるか」

 

「…………ある!!」

 

 

その男、世紀末覇者拳王……ラオウを前にして、そう感じざるを得なかった。

 

 

そして、それだけの力を感じたからこそ……"だからこそ"、レイは────────

 

 

★★★★★★★

 

 

「ところで、結果的に勝ったのは私、ということになるのですが……結局、リュウガの目的は果たせたのでしょうか」

 

戦いを終え、無事に解放出来たトキさん、ケンシロウさんとも合流出来た私は、座り込むリュウガにそう質問をした。

 

ちなみに呼び方はリュウガのままだ。

二人の時ならまだともかく、人の目もある状況で兄さん呼びは少々照れくさいものがある。

ケンシロウさんも感極まった時はトキさんやラオウを兄さんと呼ぶが、普段は名前呼びなわけだし、私もそれに倣う感じでいいだろう。

 

「む……そうだな、確かにお前の力は、この乱世に希望を見出すに十分なものだと感じた。……しかし」

 

しかし、ですね分かります。

 

リュウガの迷いは、当然のものだ。

何しろ天秤にかけられる世紀末覇者、ラオウは現時点でも最強の力を持っているにも関わらず、まだまだ成長の余地が残されている男。

そしてそれは、肉体的にも精神的にも、だ。

 

私は原作知識という形でそれをよく知っているが、リュウガは己の使命や宿星から来る観察眼で、事前知識なしにそれをうっすら見抜いているのだろう。

 

むしろ安心した。

今の時点で「マコト最強や! 拳王なんて指先一つでダウンや!」なんて太鼓判を押される方がよほど困る話である。

 

……それにもちろん、まだまだ成長をするのはラオウだけではない。

 

「……分かりました、それなら。完全に納得できるその時まで、私達を見ていてください。……おそらく、直接雌雄を決する時も近いでしょうし」

 

今は、これで十分だ。

明確な私達の味方になったわけでなくても、少なくともこれで、原作のような魔狼となってまで見定めを急ぐ必要は無くなったはず。

そして、そのスタンスとリュウガの状況も、これでケンシロウさん、トキさんと共有出来た形になる。

 

 

それならば、もうここに用は無い。

リュウガはダメージのためどの道しばらくは動けないし、あとは急ぎ、私達三人でレイさんを追うだけだ。

敵の居なくなったカサンドラの後始末は、ライガさん達兄弟が買って出てくれている。

 

そう話もまとまり、私達は彼らから背を向け、出ようとし────

 

(…………)

 

 

一つだけ。心残りというかなんというか……

 

そう。"余計なこと"を言いたくなって、私は足を止めた。

 

「リュウガ」

「む……どうしたマコト」

 

……迷いながら、言葉を探しながら。

それでも確かに、ゆっくりと、口を紡ぐ。

 

「……宿星に、宿命に生きるあなたの生き方を、否定する気はありません。ですが……『自分の宿星がこれだから、自分はこうしか出来ない』と。そんな風に決めつけて生きるのは、なんていうかその……もったいない気がするんです」

 

それは、変わったあとの、未来の話。

 

心の在り様で何もかも変わってくるこの世界では、きっと、なおさら大切なこと。

 

一時期、私も運命を、宿命だけを再現するための奴隷になりかけていたから良く分かる。

……そう考えると、やはり私達は似たもの兄妹だ。

 

「だから、宿命以外に出来ることを……この世界に生きる一人間としての、その可能性を探すことは……これからも、辞めないでくれると嬉しいです」

 

────きっと、出来るはずだ。

なにしろ、すでに原作と違う道を、彼は辿ることが出来ているのだから。

 

「…………そう、だな。他ならぬお前がそう言うのだ、その通りなのだろう。……天狼ではなく、一人の男として、か」

 

『他ならぬお前』という言葉が彼にとってどれほどの意味を含むものなのか、今の私には分からない。

ケンシロウさん達が戻ってくるまでに話せたことも、そこまで多くは無いし。

 

ただ、この場で私は言うべきことは言い、彼はそれを受け取ってくれた。

今は、それでいい。

 

 

そうして、今度こそ私達は。

アイリさん達の村へ急ぎ歩を進めたのだった。

 

 

先んじて村へ向かっているであろう、男の無事を祈りながら。

 

 

(────どうか、無理だけはしませんように……本当に、お願いしますよ)

 

 

★★★★★★★

 

 

レイの妹、アイリ。

彼女にとっての争い、あるいは戦いとは。当然忌避するべき、遠い存在であるはずのものだった。

 

元々心穏やかで、優しい気性だったということもある。

ただ、兄のレイがそういった事柄からアイリを遠ざけ、守ってきたというのがその大きな要因となっているのも、また事実だ。

 

そして、彼女自身それが自分の……いや、この世紀末における"女"の役割だ、と。

女の身である自分は戦えないが、戦う男を支え、寄り添うことで幸せを目指していくものなんだ、と。

そうごく自然に考え、納得していた。

これは、アイリに限らず、この世紀末における男女ともに普遍的な、大多数が持つ考え方であるといえる。

 

それは、ある日悪漢に攫われ、未来に絶望し目を閉ざした後も同じだ。

状況に抗い、自ら道を切り開くことなど、考慮の余地にすら無い。

 

そうして流されて、人形のように従順に振る舞えば、こんな世界でも少しはマシな人生になるはずだ、と。

そんなか細い考えに縋って、日々を過ごしてきた。

 

あの日、彼女たちに出会うまでは。

 

 

『────────分かりました、私が、代わりに人質になれば良いんですね』

 

 

自分より年下で背丈も小さく、自分と同じ女で……なのに、自分の兄にも負けないほどの強さを持つ彼女。

そんな彼女が、こんな自分を助けるために自らを犠牲にし捕まる羽目になり、その上で活路を切り開いたという事実。

それは、彼女の価値観を一変させるには十分すぎるものだった。

 

変わりたい、と。守られるだけではいけない、と。

再び目が開き、彼女の姿かたちを初めて確認した時、改めて強くそう思った。

 

 

が、しかし。

いざそう思ったとしても、そこはこれまで戦う術など知るはずも無かった女性一人。

現実問題として、自分に出来ることが何なのかも分からない。

置いてもらっている村は、野盗の脅威から解放されてからは平和そのものだし、かといって兄達の旅に着いていっても足手まといとなるだけだ。

 

おまけに。

 

「えぇ!? いやいやいや、アイリちゃんが無理に戦うことなんて無いって! これまでずっと大変だったんだからさ、その分ゆっくり幸せにならなきゃ!」

 

アイリの境遇を知る優しい村人達。

彼らは当然アイリを守る対象だとばかり思っており、いざ出来ることは無いかと聞きに行っても、こうしてたしなめられるだけであった。

アイリからしても、彼らが100%の善意で言っているのが伝わっているからこそ、無理に聞き出して迷惑をかける、ということもはばかられた。

 

 

そうして、どこか歯切れの悪い、やりたいことはあるがあと一歩を踏み出す……そんなきっかけが無いままの日々。

 

 

────彼女が居る村に、拳王侵攻隊の手が迫ったのは、そんな頃だった。

 

 

 

「…………ぅ……ぅぅ……」

 

その『きっかけ』が訪れた時、彼女の心を蝕んだものは、期待でも高揚でも無く……ただただ、ぶり返した恐怖であった。

 

当然だ。如何に変わりたいと心で思ったとしても、今はまだ実際に行動に移す前の段階。

戦い方など結局教わっていないままな上、以前同じようにして悪漢に攫われ、絶望した時の記憶もまだ新しい。

 

また、あの日々に戻ってしまうのか。一度取り戻した希望を、再び失うことになるのか。

こんなことなら、希望なんて持つべきではなかったのではないか。

 

────いや。

 

「結局、弱い私達はこうやって……今の世界に翻弄されて、流されて生きるしか……ない……!」

 

そもそも、自分が変わろうなどと思ったことが間違いなんじゃないか。

そうだ、マコトが女性でありながらああも強いのは、ただ彼女が特別なヒーロー……救世主であっただけなのではないか。

そして、そうではない、何も変われないままの自分は、ここで震えているのが似合いの矮小な存在なのではないか。

 

恐怖と混乱がもたらす、そんな黒く濁った泥のような諦観。

それに心が押しつぶされ、薄暗い倉庫のようなところで、ただ肩を震わせていた時。

 

「だめ!! アイリさん、そんな事言ったらだめ!!」

 

口を開いたのは、隣に居る幼き少女……リンだった。

名を表すかのように凛とした真っ直ぐな目で、彼女は語りかける。

 

 

「マコトさん達も、あなたのお兄さんも必ず戻ってくる! 信じるのよ、いつか必ず明るい明日が、希望の日が来るって。だから、最後の最後まで諦めずに頑張ろう!」

 

 

────ああ、と思った。

 

(この子も、強いんだ……)

 

この子も、マコトと同じだ。

特別な、揺らがない自分の意思を持った強い救世主なんだ、と。

 

恐怖を感じているばかりの自分とは、違う種類の人間なんだ、と。

 

そして、そんな彼女だからこそ、この場で死なせるような真似はしたくない。

こうしている間にも、すでに侵攻隊の男たちの足音はこちらに近づいている。

 

……それならば、いっそ。

マコトがしたように自分が身代わりに出て、彼女だけでも逃がすのが、今の自分に出来る最大の貢献なのではないか。

そんな、うす暗い自己犠牲に心が傾きかけていた時……

 

 

改めて目の前のリンを見たアイリは、それに気づいた。

 

(…………震え、てる……?)

 

「え、えへへ……ごめんなさい、偉そうなこと言っちゃって」

 

気丈に、揺らがずに強くある、そんな目と言葉にばかり意識がいっていた。しかし、よくよく見るとリンの脚は、肩は、その小さく幼い体躯は。

…………自分と同じく、今も恐怖に震え続けている。

その上で、それを必死に噛み殺して、戦っているのだ。

 

(────あっ)

 

そして、その事実に気づくと同時、今になって思い出すのは、マコトと始めて出会った時の記憶。

 

 

(そうだ……あの人も、そうだった)

 

自ら人質になり、綱渡りを続けた上で牙大王を撃破した時、ちらっと見えた彼女の表情。

それは『これくらい、出来て当然さ』とでもいうような、何の悩みも無い自信満々なものだったか?

 

いいや、違う。

あの時彼女が思わず表したそれは、素人目からしても心底安心した、というような。

そして、抱えていた不安がやっと解消されたというような、そんなどこまでも等身大な、一人の人間の……女の子の表情。

 

 

この考えに至り、アイリはようやく分かった。

 

そう、リンもマコトも、きっと他の誰だって。

 

 

────強いから、怖くないんじゃない。

 

 

(()()()()()()()()()()()()()……!!)

 

 

「おら~~!! 誰か居るのか~~ッ!?」

 

 

そして、いよいよ迫ってくる粗雑な足音と声。

これが自分達を助けに来た、援軍である可能性など当然、ありえないだろう。

 

同じ考えに至ったリンが、覚悟を決めた目で、近くにある大きな布に手をかける。

 

そのまま『アイリさん、出てきちゃダメ』と、アイリだけに布を被せようとし────

 

「あ、アイリさん……?」

 

────その手を、アイリに止められた。

 

困惑するリンに笑顔を向けると、アイリはただ黙って倉庫の中から"それ"を見つけ出す。

 

…………いや、本当は。

ここに来たときから、"それ"があることは分かっていた。

分かっていて、でも自分に使えるはずがない、と気づかないフリをしていた。

 

 

けれど、そんな時間は……怖さを、弱さを理由に流される生き方は、今この場で終わりだ。

 

 

その時。

ドガァッと荒々しくドアを蹴破る音ともに入ってきたのは、侵攻隊の男。

 

 

「ここか~~!! はっはは────ッ!! ……は?」

 

 

弱者を追い詰め、刈り取る愉悦。

ただそれだけを考え、歪めていた男の顔は。

 

今、追い詰めたはずの、にも関わらず堂々と佇む女。

彼女が手に持つ力……すなわち、ボウガンの矢に貫かれ────

 

「あゔぇっひぇっっ!?」

 

歪めた顔を張り付けたまま、最期を迎えたのだった。

 

 

(…………私は、もう大丈夫)

 

 

「行こう、リンちゃん!!」

 

「────うんっ!」

 

 

 

 

「お、おぉ……これは…………!!」

 

急ぎ、村に戻ったレイが目にしたもの。

それは、レイが覚悟していたような、侵攻隊の魔の手によって蹂躙された凄惨な状況……などではなく。

 

「うおおおおぉ!! 俺たちも彼女らに負けるな、続けぇ────!!」

 

「ぐああ、何だこいつら、急に!!」

 

闘志を掲げ、命がけで抗う村人達の姿であった。

……そして、その最前線で懸命に戦うのは。

抗う術を知らず周囲の風に流され、人形のように生きるしか出来ないと……そう思っていたはずの、妹。

 

「あ……アイリか!」

 

「兄さん、私は……こっちは大丈夫!! 思う存分戦って!!」

 

「そうか……そう、か…………!!」

 

 

もはや、レイに弱点や憂いなどは一切無い。

 

 

「はやあっ!!」

 

「ぇっえろばっ!!」

 

彼の喜びを表すかのように、いっそう華麗に、そして激しく舞う水鳥。

それは、最後に残っていた拳王侵攻隊を指揮していた男を相手に振るわれる。

 

結果、彼が用いるガソリンを呑み込んで火を吹くという火闘術など、当然のごとく歯牙にもかけずに切り倒したのだった。

 

たちまち、村人達の歓声が上がる。

 

そうして、彼らがお互いの健闘をたたえるのを横目に、レイもまたアイリのもとへ駆け寄ろうとした。

 

 

────その時。

 

 

「お前がレイか。……南斗水鳥拳、楽しませてもらった」

 

 

掴み取った希望に湧く村に、レイのもとに。

死兆星が、降り立ったのであった。

 

 

 

 

「うっくっ!! な……なんだ今のは!!」

 

北斗四兄弟の長兄にして世紀末覇者、ラオウ。

マコトやケンシロウをして想像を絶する強者と、そう言わしめるほどの男の力を量るため、飛びかかったレイが見たもの。

それは、巨大な馬にまたがり、手綱を握ったままにも関わらずレイの視界を覆った、無数の拳の影であった。

 

「フッ……真の奥義を、真髄を極めたものはその身に"(オーラ)"をまとうことが出来る。貴様が見たものはそれだ!」

 

「"(オーラ)"!!」

 

レイもまた、この世界有数の達人。

この一合で、たったこれだけのやり取りで、レイは十全に悟る。

マコト達の言葉は誇張でもなんでも無く、この拳王という男は紛れもない怪物であるということ。

 

そして、絶対に無理をするな、死ぬな、というマコトの言葉の意味を。

 

「…………フッ……!」

 

────だが、それでも……いや、"だからこそ"。

 

 

(たとえ、刺し違えてでも……こいつをこのまま、マコト達に会わせるわけには、絶対に行かぬ!!)

 

 

これが、レイという男の……義星を持つ男の、決して変わることのない(さが)

 

 

マコトとの約束を違えることになる心苦しさはある。

しかしそれでも、アイリを失い死んでいた魂を蘇らせてくれた彼女達に報いるためには。

ここを死に場所にしてでも、戦うしか無い、と。レイはそう考えたのだった。

 

 

最後に、必死に止めようと自分に対し叫ぶアイリやリンを見る。

心配ではある、が。彼女達はすでに自立した心を持ち、自分の道を歩むことが出来ている。

その事実もまた、レイのこの選択を後押しすることになった。

 

 

「────たとえ、この身が砕かれようと!!」

 

 

自分の、命を賭けてでも。

 

 

「でやああ!! 南斗究極奥義、断己相殺拳!!」

 

全生命力を注ぎ込んだ必殺の気迫とともに、レイは飛ぶ。

たとえトドメに至らなくともいい。これで与えた傷が、彼女たちの道の礎となるのなら。

 

 

────そんな、どこまでも義に殉ずる男の覚悟をあざ笑うかのように。

 

 

ラオウは突然、自らの外套を広げると、それでレイを包んだ。

 

 

それは、常のレイならば食らうことなどありえないはずの、詭道と呼ぶのもはばかれるほどの些細な小細工。

 

彼に誤算があるとすれば。

正攻法でも自分より格上の男が、このような手段を使うことなど、まるで考慮していなかった点。

ただでさえ極度の緊張状態にあった彼は、想定外の反撃に対応することが出来ず、視界は塞がれ、構えは崩れる。

 

拳王を前に晒したその一瞬は、あまりに致命的な隙だった。

 

 

すでにレイが北斗七星の脇で輝く星……死兆星を見ていることを知るラオウは、吠える。

 

 

「フ……愚かな……。どりゃっ!! 神はすでに貴様に死を与えていたのだ!!」

 

 

勝利の確信とともに、裂ぱくの気合で、指を突き出す。

その指突が狙う先は、レイの胸元。

……正確にはそこに位置する秘孔、新血愁。

 

それを突かれたものは、三日三晩苦しみぬいた上で、最後には全身から血を吹き出し絶命することとなる。

解除する手段は────無い。

 

少なくとも、それを知るものは今はまだ、いない。ケンシロウもトキも……そして、マコトも。

 

 

────結局、マコトの願いとは裏腹に、ラオウを前にレイが止まることは、無かった。

 

 

では、未来が変わることは無いのか?

レイが見た死兆星……死の運命は、決して覆ることのないものなのか?

 

いや。

 

マコトは知っている。

レイと言う男が、義星という星がどういうものなのか。

……もしかしたら、この世界の誰よりも。

 

『自分は戦うことでしか借りを返せない男だ』と彼が考えていることを。

"本来の道筋"でもリンやアイリの声を以てして止められなかったことを。

 

マコトは知っている。

死の運命を告げる死兆星は、必ずしも絶対のものではないことを。

死兆星が、人によってもたらされる死の運命を告げるなら……それを変えるのもまた、人の手によるものであることを。

 

だから彼女は、"もう一手"。

カサンドラに向かう前からすでに、それを打っていたのだ。

 

 

────ガァンッと。激しい轟音が鳴り響く。

 

 

それと同時、荒々しくも正確に、精美に秘孔を狙っていたラオウの指は、レイの身体に到達する寸前弾かれ、"ブレ"た。

 

「ぬぅっ!?」

 

「ぐぁ!!」

 

これにより、指こそレイの胸元を抉るものの、本命である新血愁の秘孔には至らず、レイの身体はずり落ちる。

 

 

しかし、拳王が注意を向けたのはレイではなく、音の出どころ。

バッ、と身体ごと視線を向けたその先にあったのは、一人の男と、彼が持つ"それ"から流れ出す煙。

 

彼が持つそれは、銃。

音の正体は、銃声。

 

 

「き……貴様は!!」

 

 

それを持つ、彼の名は。

 

 

────どうか、無理だけはしませんように……本当に、お願いしますよ。レイ、そして────

 

 

「よぉ……。元気そうで何よりだぜ、兄者?」

 

 

────────ジャギ。

 

 



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第二十七話

 

 

「……………………」

「…………」

「……………………っ」

 

「……おう。何か俺に用があって、わざわざ来たんじゃねえのか?」

 

「ぅ……すみません。……えっと、そうなん、ですが……」

 

アミバを倒し、次なる目的地がカサンドラに決まった時。

その準備の一環として私は、トヨさんの村へと足を運んだ。

 

目的は当然、カサンドラ攻略の手伝い要請……なんて筈も無く、その先の話。

 

時期が前後する可能性こそあるが、記憶が正しければ拳王侵攻隊が……いや、ラオウが直接動くのは、このタイミングのはずだ。

そして、これまた原作通りに話が進むなら、先んじて帰ったレイさんがラオウの手にかかり、新血愁によって死の運命を決定づけられることとなる。

 

それが分かっているのなら、相応に急いで村に帰ることもまず思い浮かぶが……原作でトキさんを狙った待ち伏せのような、足止め部隊は今回も配置されているだろう。

 

そう考えるとやはり、別枠から侵攻にあわせ救援に駆けつける戦力がどうしてもほしい。

私はそれをジャギに願うため、ここに来たのだ。

 

……しかし。

 

 

「ジャギ~! 救世主の姉ちゃんとなぁに話してんだ~? またあとで拳法教えてくれよ~!」

「やかましい、今は……多分、大事な話してんだ! ガキどもはばぁさんの手伝いでもしてろや、しっしっ」

 

(…………ッ)

 

紹介した始めの頃は、彼が馴染めるか少し不安だったが、ジャギは短い期間ですでに村に受け入れられている。

 

それは、きっと。私の紹介だからってだけじゃなくて。

ジャギが身に着けた力と振る舞いによって、受け入れられる努力を怠らなかったからに他ならないだろう。

 

だからこそこうして実際に村に来て、彼らの顔を見て、その努力を。今の安穏とした日常を。

それを、想えば、想うほどに。

 

 

────"その今"を自分の手で壊すための言葉が、覚悟していた以上の重さとなり、私にのしかかっていたのだ。

 

 

「その……えっと」

「……あぁ~~、なんとなく分かった。……俺がさらった妹の兄、南斗の男に首でも持ってくるように言われたか?」

「違います!! ……彼にも、ジャギのことはすでに話してあります。……彼は、その、もちろん許せるわけは無いにしろ、処遇は決着をつけた私に任せる、と。そう言ってくれています。……ただ」

 

……私だって、この世紀末で、全ての命を拾えるなんてことは思っていない。

 

だが、一度、私の存在によって運命が変わり、生を、未来を掴んだジャギ。

そんな彼を、再び他ならぬ私が。

死の運命に叩き込むことになるかもしれない、ということ。

それは、すでに多くの敵達の死を見てきた私にとっても、明確な躊躇に苛まれる選択であった。

 

……それでも、ここに来た以上。

止まる選択肢は、無い。

 

「…………同じことかもしれません。いえ、もしかしたらそれ以上の……今こうして、未来を掴んだあなたに死んでくれ、と言」

「構わねえ。聞かせろ」

「────ッ」

 

言い終わらないうちに、被せるように躊躇なく受け入れたジャギの言葉。

そして、その言葉に込められた覚悟の力強さ。

 

それを受け、私は一度大きく息を吸って……そして、言葉を紡ぐ。

 

 

「────失礼しました。……あなた達の兄、ラオウ。彼が世紀末覇者拳王を名乗り、動き出しているという情報が入っています」

「…………」

「これから私達は、彼に対抗するためにもトキさんを解放せねばなりません。もし、その間に彼らの手が迫るとしたら、以前話した……レイさんの妹たちも居る、あの村を襲う可能性が高いのです」

「そういう、ことか……」

 

「私のお願いは一つ。侵攻隊が来たらその村へ救援へ行って、可能な限り誰も死なさないよう守って欲しいのです」

 

うなだれるように考え込むジャギ。

ただ、拳王の配下が迫ってくるだけなら、何人で来ようが今のジャギからすれば物の数ではない。

 

それでも考える必要があるのは、本隊が……すなわち、拳王軍を統べる存在が来たならば、の話。

 

「兄者……ラオウが相手か。……倒す必要は?」

「ありません。トキさんの解放次第、私達も必ず、急ぎ駆けつけます」

 

そして、その言葉を受けてジャギは。

 

「おう、いいぜ。やってやろうじゃねえか」

「────っ」

 

……おそらく、私がここまで躊躇していた理由が、ラオウの存在によるものだけではないことは、ジャギは分かっている。

 

分かっていてなお、それを受けるジャギの言葉と、態度は軽く。

その上で決して気楽に考えているわけではないことが、覚悟が。

私にも伝わってくる。

 

何しろ、私がここで救援を請うている村に居るのは。

 

(……アイリさん)

 

ジャギが攫い、売ったことが原因で人生が大きく変わった女性なのだから。

 

彼女と、そして彼女の兄との邂逅はジャギにとって、ある意味ラオウとの戦い以上の修羅場となるかもしれないのだ。

 

 

だからこそ、私は謝ることも、これ以上余計なことを言うこともなく……ただ、一言だけを返す。

 

 

「ありがとう……ございます……っ」

 

 

 

★★★★★★★

 

 

「貴様、は……!」

「あの……男は……」

 

「…………」

 

方や地面に倒れ伏しながら。方や離れた位置で立ち尽くしながら。

現れた男の姿を視界に収めた南斗の兄妹は、同時に目を見開き、呟く。

 

そしてその男、ジャギはそれら反応には応対せず、ただ黙ってラオウと相対し続けた。

 

「ジャギ、か……配下になることを断ったとは聞いていたが、うぬがこの俺と戦う気か?」

「……まあ、そのつもりだ」

 

「なんだと……ッ!!」

 

ここでレイは、今自分が妹の敵の手により命を救われ。

あまつさえその敵が、自分の代わりにラオウと戦おうとしていることを知る。

 

当然それは、拳法家としてもアイリの兄としても、到底看過出来るものではない。

致命の秘孔は外れたとはいえ、深いダメージを負った身体。

それを無理やり立たせ、感情のままジャギのもとに詰め寄る。

 

が、その足音を……紛れもなく殺気も混ざっているだろうそれを耳にし、あまつさえ真後ろに迫られてもなお、ジャギはラオウから目を切らない。

そのままジャギは、訝しむレイに静かに声をかけた。

 

「……今、刺してえなら、刺せばいい。……マコトのやつも、文句は言わねえよ」

「!!」

「ほう……」

 

その死をも覚悟した声色にレイは驚愕し、ラオウはわずか感嘆の声を漏らす。

 

「捨て鉢、というわけでもない。死をも呑み込んだ上で、この俺と対峙するか! 面白い、どうやら問うまでも無く、うぬも死兆星を見ているようだな!」

「あいにく乙女趣味な兄者と違って、星占いに興味はねえよ。……それより信じたいものも出来ちまったもんでな」

 

そのまま、おい南斗の男、とジャギは続ける。

 

「……気に入らねえなら、利用しろ。拳王を止めるために、殺しても惜しくない、捨て駒を拾ったとでも思え。……どのみち俺は、そのために来たんだ」

「ぐ……」

 

ジャギから出たマコトという単語もあり、彼がここに来た理由、その真意をすでにレイは察することが出来ている。

……ジャギの言葉とは裏腹に、ジャギを死なせることが、マコトの本意とはかけ離れていることも。

 

そしてレイは煩悶の末……マコトやケンシロウのことを思い返し、今この場ではその拳を収めることを選択する。

そのレイの判断を察したわけではないだろうが、同時にラオウが歯を剥き、吠えた。

 

「良いだろう、ならばかかってくるが良い! 我が愚弟が何処まで成長したか、この拳で確かめてくれるわ!!」

「その馬に乗ったままでか? ……俺の銃が、見えてねえわけじゃねぇよな兄者?」

「フッ……」

 

ここから馬ごと撃ち抜いてもいいんだぞ、と態度で表すジャギ。

 

それを前に不敵に笑ったかと思うと、ぬんっ! と掛け声とともに腕をジャギへと突き出すラオウ。

たったそれだけで、離れた場所に位置するはずのジャギの身体が切り刻まれ、全身を血が流れる。

ラオウが自らの溢れ出る闘気を放ったことにより、暴力的なまでの風圧が向けられたためだ。

 

「そのようなチャチな玩具で、この拳王の闘気と撃ち合えるとでも思ったか!!」

「ちっ……」

 

そしてラオウにとってのこれは、ただの挨拶代わりであって攻撃ですら無い。

 

「かかってこぬのなら、こちらから行くぞッ!!」

 

雄叫びに合わせるようにラオウが駆る馬……黒王号が走る。

それが、ジャギとラオウとの戦いの、始まりの狼煙となった。

 

 

 

 

「ぐ、クソ……! 北斗羅漢撃~~ッ!!」

「ぬるいわッ!!」

 

ラオウの突撃を見て横に回りながらも、ジャギが放った得意技、北斗羅漢撃を片腕であっさりと弾くラオウ。

そのまますかさず、高速の手刀で横薙ぎに腕を振るった。

 

「ガ、フッ!!」

 

間一髪攻撃を避けた、とジャギが思ったのもつかの間、横一文字に腹部が切り裂かれ、血が噴き出す。

 

(────掠っただけでこの威力かよ!)

 

北斗四兄弟としてこれまで過ごした経験から、ラオウが凄まじい力を持つことは、よく分かっているつもりだった。

が、しかしこの男は、ジャギが知るあの頃から。

さらに比べ物にならないほどに強くなっている。

 

やはり、まともに当たるのは得策ではない。

それを改めて認識したジャギは、さらに警戒を強め距離を取り始めた。

 

 

…………一方、優位に戦いを進めるラオウ。彼としてもジャギの変化を前にして、内心ではある種の驚きと疑念を覚えていた。

 

その疑念とは。

 

 

(……分からぬ。何故こいつは、こうも冷静なのだ?)

 

 

ラオウが知る限りのジャギという存在。彼を一言で表すならば、『功名心と虚栄心の権化』だ。

自分の実力を過大評価し、認められるのが当然と思っており、それが認められない鬱屈は弟のケンシロウに向けられる。

この世紀末で多少拳法の腕前が伸びようとも、その在り方自体がそうも変わることはない、と。そう考えていた。

 

事実、先ほど放たれた北斗羅漢撃は想定の範囲内の……

多少マシにはなっているが、それでもラオウからすれば取るに足らない程度の攻撃であった。

 

故に、それを受けてもラオウが馬から降りることもせず、見下されたまま戦っているという事実。

それはジャギにとっては耐え難い屈辱であり、それにより更に乱れた精神で振るわれる拳は、ラオウを前にあっさりと砕け散る……

その、はずだった。

 

しかし、予測に反しジャギはあくまで沈着冷静。

むしろ、馬に乗ったままで戦いが続くことを好都合と思っている節すら見える。

 

その後数度、打ち合いをしてもそれは変わらなかった。

圧倒的な地力差により、拳を交わすたびにジャギの身体には確実にダメージが刻まれている。

しかし、それでもジャギは焦らず、動じず。

付かず離れずの距離を取りながら戦い続けている。

 

(ちぃっ……!)

 

ラオウからしても理解の及ばぬ不気味さに、ほんの僅かながら。

次第に精神を乱され始めたのは、ラオウの方だった。

 

 

が、しかし。ラオウがこれで臆するような存在ならば、世紀末覇者など端から名乗るはずもなく。

 

────何を考えているかは知らぬが、それならばその小賢しい目論見ごと打ち砕くのみだ。

 

瞬間、そう割り切ると、さらに闘気をみなぎらせてジャギへの突進を再開した。

更に一歩踏み込み、確実に打ち倒すための必殺の気合が乗った猛進だ。

 

 

そして、それを見たジャギは。

 

「へっ……!」

 

 

────まるで逃げるように、近くにあった遮蔽物に身を隠したのであった。

 

 

「ふん……!」

 

当然、それを目にしたラオウが止まるわけもない。今更逃げようがこのまま轢き潰すのみ、とさらに加速させようとした……

 

その瞬間。

 

「むぅ!?」

 

突然、その遮蔽物が宙を舞い、ラオウのもとへと高速で飛来した。

ジャギが遮蔽物を、ラオウ目掛けて叩き込むように蹴り上げたためだ。

 

一瞬視界を防いだそれを目にしても、ラオウに動揺は無い。

ジャギから視線を切らないようにしながらも、にべもなく腕で払いのける。

 

 

────が。

 

その瞬間パシャァっという音とともに、不快な感覚にラオウと、彼がまたがる黒王号の身体の一部が晒される。

 

不快感の正体は、液体に濡らされた感触。

そして、この独特の刺激臭が示す液体の正体は。

 

(────ガソリン!!)

 

ジャギが身を隠し、蹴り上げた遮蔽物。

それは、レイに葬られた拳王侵攻隊の男……彼が使い遺した、ガソリンが入ったドラム缶だ。

 

それに思考が至る、と同時。ラオウの視界に映るもの。

 

 

それは、放物線を描き投げ込まれる二つの火種。

 

「────────ッ!!」

 

……膨大な闘気に包まれたラオウの身体に、生半可な炎など通用しない。

事実、本来辿る流れで燐の使い手であるシュレンと相対した時も、正面から苦もなく打ち破った。

 

が、しかし今は。

ラオウだけでなく、その下にいる黒王号にもガソリンがかかっている、今においては。

 

ラオウは良くても、黒王号は。

 

 

「お、のれぇ────!! 北斗、剛掌波────ッ!!」

 

 

拳法家が想定外の事態に陥った際、無意識で頼るものは、自身が最も得意とする技。

ラオウにとってのそれは、圧縮した闘気を手から打ち出し、触れたものを粉微塵に破壊する剛拳の奥義。

そんな、ラオウという存在を象徴するといってもいい技を受け、上空の火種は跡形も無く、まとめて霧散する。

 

この迎撃のため、ラオウがジャギから目を切ったのはほんの数瞬にも満たない、刹那の時間。

 

しかし、今のジャギにとっては。

戦いながらも環境を観察し、これを最初から狙っていたジャギにとってそれは、十分すぎる"勝機"。

 

火種を投げると同時に動いたことで、すでにラオウの懐へと潜り込んでいたジャギは、ラオウの横面目掛けて再びその技を放つ。

 

 

「北斗羅漢撃────ッッ!」

「させぬわッ!!」

 

 

が、直前の行動によりわずか反応が遅れるものの、さすがの拳王。

不十分な体勢ながら、半ば反射で腕を振るい、先ほどと同じようにジャギの拳を弾こうとし────

 

 

────逆に、その腕を弾かれた。

 

 

「ぬぅお!?」

「おぉぉおらあああぁあ!!」

 

 

先ほど()()()()()()()ものとは、まるで違う。

 

今のジャギという存在が放つ渾身の、本物の北斗羅漢撃を。

ラオウはその身に浴びる事となった。

 

 

★★★★★★★

 




ジャギ様といえば銃、含み針、そして火ってそれ一番言われてるから


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第二十八話


ラオウくんの二人称が統一されていないのは原作仕様となります
多分ある程度印象や場の雰囲気によって使い分けてらっしゃる気がします


★★★★★★★

 

 

「お、俺の身体に傷、を……!」

 

ジャギが放った北斗羅漢撃は、確かにラオウの身体を捉え、頑健な身体に傷を穿った。

 

────天が選んだのは自分だと、自身が最強である、と。そう確信を持って覇をとなえる拳王。

それに傷を負わせたのが、北斗四兄弟の中でも最も評価に値しなかった……言ってしまえば、歯牙にもかけていなかった男という事実。

 

それは、ラオウをもってして驚天動地といっても過言ではないほどの凄まじい衝撃を、驚きを。

彼に与えていた。

 

 

……だが、しかし。

 

 

「が、は、あぁ……ッ!!」

 

この攻防の末崩れ落ち、膝を折ったのはジャギの方だ。

 

拳の形に陥没した胸元を抑え、血反吐を吐きながら、ジャギは改めて戦慄する。

 

────あのタイミングでも、反撃してきやがるとは……!!

 

 

ラオウの恐ろしいところは、単純な剛拳の威力や闘気量だけではない。

 

歴代北斗神拳伝承者と比べても、最高峰といっていい才覚からもたらされる、類まれなる戦闘センス。

その真価が発揮されるのは、むしろ先ほどのように自身が窮地に陥った状況なのだ。

 

しかし当然、ジャギもそれは警戒していた。

だからこそあのような形で隙を作り、リスクを避けた上での攻撃に踏み切ったのだ。

 

にも関わらず、ここまで致命的な反撃をその身に浴びた理由……それにジャギは思い至り、内心で歯噛みする。

 

(しまっ、た……馬鹿、か俺は…………ッッ!!)

 

 

────あの兄者に。あれほど強かった、雲の上の存在だった兄者に今なら手が届く……!

…………勝てる……!!

 

 

認められない日々が続き、マコトとの出会いでようやく拳法家としての道を歩き出して……

そして、この土壇場で目にした勝機を前に芽生えたこの想い。

破滅の道を進んでいたジャギを生かし、変えさせたこの"希望"という馴染みの無かった感情が、皮肉にも先ほどの攻防に『必要以上の踏み込み』を与えてしまったのだ。

 

欲をかいたと言って捨てるにはあまりにも酷な、淡い希望。だが、少なくともジャギは今そう認識し、自身の愚かさを呪った。

結果として彼は、殆ど闘気での軽減も出来ない無防備な状態で、ラオウの一撃を受けることとなったのだ。

 

ただ、それでも。

 

「ぐ、ぎ……ぐ……!」

 

ジャギは、立ち上がる。何故なら、自分の体はまだ動くから。

……そして、マコトの願いを、彼女との約束を。まだ果たせていないから。

 

とはいえ、すでに立っているのもやっとという状態なのには変わりがない。

当然、拳王からすればとどめを刺すのは容易い……が、拳王はまだ、それをしない。

立ち上がったジャギを前に、自身の傷を拭うことも忘れ、ラオウはただ言葉をかけた。

 

「……信じられぬな。貴様に一体何があった……いや、そもそも。貴様は本当にジャギなのか?」

「…………」

「信じたいものが出来た、と言ったな。何かは分からぬが、それの影響か」

「まあ、な……まあ……なんていうか……あれだ」

 

少しばかり、言いにくそうに。しかし、それ以上に誇るように。

ジャギは、言葉を続けた。

 

「────俺には、希望の女神様ってやつが憑いちまってるんでな」

 

「────────」

 

戯言を、と切って捨てるのは簡単だった。

しかし、ジャギのここまでの戦いぶりに加え、何より今もなお不敵に笑う心の強さ。

それを見ると拳王をしてその言葉を吐くことは、はばかられた。

 

 

故に、この場でラオウが返すもの……それは、拳しかない。

ラオウは改めて、ジャギを見下していた弟ではなく、一人の強敵として打ち倒すことを決めた。

 

 

「そうか……良いだろう! ならば俺は、貴様のその希望とやらごと打ち砕いて────」

 

その時。

 

ラオウの言葉が言い終わらないうちに、ザッと足音とともに、気配が現れる。

 

「……へっ」

 

それを同時に感知したジャギは小さく笑い……そのまま倒れ込む。

そして、ラオウはそのジャギの姿を目に収め……あえて気配の方へは振り返らないまま、静かに、(おごそ)かに言葉をかける。

 

 

「────ジャギが言う希望とは、お前か」

「…………」

 

 

「久しい……いや、お前が"そう"なってから会うのは初めてか。────ならば、改めて名乗るがいい」

 

 

「────────リュウガ、ユリアの妹……そして、北斗神拳の使い手、マコトです。……希望の女神は、出来れば勘弁してください」

 

 

★★★★★★★

 

 

「ラオウ……」

「…………」

 

「貴様たちも来たか、トキ、ケンシロウ」

 

私の後ろから現れた二人に……その中でもやはり、トキさんに対して強い注視の目を向けるラオウ。

それは、単純な強さや拳法の相性からくる脅威という以外に、もう一つ。

彼ら二人が、実の兄弟だという関係によるものだろう。

 

彼ら二人もお互い言いたいことは色々あるだろうが、今この場で用があるのは私だ、と一歩前へ出る。

 

 

「ラオウ、あなたを止めに参りました……レイさん、ジャギとの連戦でお疲れなら、このままお帰りいただいても構いませんが」

 

「フ……ユリアの後をついて回っていたハナタレ小娘が抜かしよるわ。トキならばともかく、にわか仕込みのお前の拳でこの拳王と打ち合えるとでも思ったか?」

 

ぬんっ、とラオウが腕をこちらに向けると同時、闘気の圧が暴風となって私に襲いかかる。

それを無防備な、棒立ちのまま受けようとする私に対し、倒れ伏したままジャギが「マコト!」と緊迫した声で呼びかける。

 

「ふぅっっ!!」

「むぅ!」

 

それに対し心配無用、とばかりに私は闘気を展開。

かといってその闘気の質は、ラオウの闘気に対抗するような暴風ではない。

その風に晒されてもなお受け流す……いうなれば、柳のイメージだ。

 

「ほう……その闘気……なるほど。お前は、トキの師事も得ていたのだったな」

「……にわかなのは認めますが、これでも、私は勝つつもりで来ていますよ」

「面白い」

 

と、その言葉とともにラオウが見るのは、またもケンシロウさんとトキさんの方だ。

これは言外に『お前たちはそれでいいのか?』と彼らに問うているのだろう。

 

……北斗神拳使いに多対一は無い。

正直なところ私はそこまでその掟に強いこだわりは無いが、少なくともケンシロウさんやトキさんはラオウ相手にそれをしようとは思わないだろう。……途中交代という形でならともかく。

それに、私としてもこの先ラオウ以外の強敵とも戦うことになると考えると、やはり手段を選ばずこの戦いにだけ勝てばいい、とはならなかった。

 

なので、ラオウからして最も警戒しているトキさんじゃなく、まず私が一対一で戦うということに、こうした確認を挟むというのは至極当然の流れと言えた。

 

 

……だが、それはそれとして。

 

 

ラオウが彼らに目を向けたと見るや、足先に溜めた闘気を爆発させボッという炸裂音を残す────最近になって"龍流(りゅうるう)"と名付けたこの高速移動法で、私は未だ黒王号にまたがるラオウのもとへ走る。

 

「!!」

 

ラオウが発する闘気が形成する、拳の幻影をくぐり抜け、ラオウ自身の迎撃も柔拳で受け流すと、私はあえて真正直に、真っ直ぐに。その拳を放った。

当然、ラオウはそれを残った片方の手のひらで受ける。

が、バチィっと激しい音とともに受けた衝撃に、ラオウの表情がほんの少し、険しいものに変わったことを私は確認した。

 

「────────」

「ぬぅ……!」

 

……私がこの時、今の自分の力を誇示するような形でラオウに突っかかったのは。

自分のとある心の動き……その衝動の発露のため。

 

 

アミバではないが、目の前に対峙してなお、こうもトキ、トキとばかり気にされると私としては面白くないというか……

そう、"妬ける"ものがあったのだ。

 

 

「……気持ちはわかりますが、あまりつれなくしないで欲しいです」

 

 

何しろ。

 

龍渦門鐘にしたって。

トキさんから学んだ柔拳にしたって。

いや、他のあらゆる修行も、これまでの戦いも。

 

 

この世界で目覚めてからというもの、その行動ほぼ全ての照準は、行き着く先は。

今、このときのためにあったのだから。

 

 

「────私は、今までずっと、貴方を想って(たおすために)、ここまで生きて来たというのに」

 

 



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第二十九話

★★★★★★★

 

格下と呼ぶのもはばかられる程、歯牙にもかけていなかったジャギに、予想を大きく覆された。

最も警戒していた、自分を倒す腕を持つであろう男、トキが現れた。

そして、何より今目の前に立つ女の拳と、闘気を目の当たりにした。

 

この事態を受け、世紀末覇者拳王……ラオウは。

 

「ふん……確かに、ジャギをここまで変えた女という興味もある。……良いだろう!」

 

と、そう高らかに声を上げると、ついにその巨体を黒王号から下ろし、両の脚で地面を踏みしめることとなった。

 

 

「ならば、望み通り! この拳王の力を目の当たりにし、ひれ伏すが良い!!」

 

 

 

 

「はぁぁあッ!!」

「どおおぉりゃッッ!!」

 

 

────北斗神拳。

 

地上最強の暗殺拳であり、本来同時に存在するはずではない、一子相伝の秘伝。

 

その伝承者候補のうち二人は、核がもたらす死の灰によりその道を降りることを余儀なくされた。

一人は独自の、自らの道を選んで進むこととなった。

 

そうして、最後に残った二つの巨星。

それが今、この地にて、文字通り"雌雄"を決しようとしていた。

 

 

「ぬぅぅん!!」

 

やがては天をも掴むことになるであろう稀代の豪腕。

それを目の前の……ラオウはもちろん、並の拳法家と比べても幼い、矮小といっていい体躯の女に惜しむこと無く振るうラオウ。

 

その圧倒的な破壊圧を前にした女、マコト。

彼女はいずれの拳もまともに受けるのではなく、するり、という音をイメージさせる流麗な動きで流すことで対応し続けている。

 

……だが。

 

「づ、ぅう……っ!」

 

その柔拳は本家本元……トキの練度にはまだまだ至らない。

それぞれの目的のため別行動をしていた期間もある。

如何に心を燃やし、最高効率での修行に臨んでいたとしても、天才である彼の動きを真似るには、どうしても時間が足らなかったのだ。

 

結果として、トキに並ぶ天禀より繰り出される剛拳に曝されたマコトは、流そうと試みるたびに身体を削られるような、苦しくも危うい立ち回りを余儀なくされていた。

 

とはいえ、彼女ももちろん、それだけでは終わらない。

 

 

「疾ッッぃぃい!!」

 

受け流しきれなかった余波で身体は傷つき、体勢は泳ぐ。

しかし、マコトはその勢いを利用してそのまま一回転。遠心力を載せた渾身の裏拳をラオウの肩部に命中させ、追撃の手を止めた。

 

「ぬぅっ!!」

 

その一瞬の硬直を見逃さず、蹴りが、拳が、肘が、刺突が。ラオウの全身を覆う。

 

 

(────速い!!)

 

いや、速いだけではない。

 

確かに、彼女の攻撃一つ一つ取っても、そこらの達人より遥かに勝るものではある。

が、この男世紀末覇者ラオウの前に立ち、対抗するにはさすがに威力不足と言わざるを得ない。

しかし、彼女は戦いの流れの中、要所要所でそれを補う術を見せ、ラオウの猛攻に歯止めをかけていた。

 

その一環が、先程の回転による遠心力を利用した攻撃だ。

まるで踊りのように軽やかでいて、刃物のような切れ味で襲い来るその一撃。

それに加えラオウの力を利用した、カウンターによる痛撃と、純粋な速さで撃ち抜く攻撃。

 

それら全てを縦横無尽に組み合わせたその戦いぶりは、ラオウをして厄介な、攻めづらい相手である、と判断せざるを得ないものだった。

 

 

────ブォンッとラオウが突き上げた拳を寸前でかわしながらも、カウンターを打ち込むマコト。

が、それを物ともせず二の矢を放とうとするラオウを見て、一度後ろに大きく飛び、距離を取った。

 

 

「────ふぅ~~……!」

「ふん…………」

 

滝のように流れる汗を拭いながら、大きく息をつくマコトと、複数穿たれた傷口から流れる血も顧みず、そのマコトを見据えるラオウ。

 

単純に与えられた打撃の数やダメージ量を比べるならば、ラオウが受けたそれのほうが遥かに多い。

しかし、一度でもまともに受ければ即座に敗北に……いや、場合によっては死に繋がる攻撃を捌き続けるという、まるで地雷原を全力で駆け抜けるような攻防。

それは、戦う前から覚悟を決めていたはずのマコトの精神をも、尋常ならざる速度で削り続けていた。

 

 

と、その時。

 

マコトと同じく息を整えたラオウが、彼女に対し口を開いた。

 

「お前には問うて無かったな」

「む、なんでしょう」

 

消耗した精神を少しでも持ち直したかったマコトとしても、会話で一息つけるというのは渡りに船だ。

特に深く考えずにラオウの問いかけに食いついた。

 

「お前は、北斗七星の横で輝く星を見たことはあるのか?」

 

「…………あ~~……」

 

────そういえば、この時期のラオウは戦う相手に聞いて回っていたんだっけ、と。マコトは思い出す。

しかし、この問いかけに明瞭な答えを返すことは、彼女には出来なかった。

 

「……死兆星のことなら、わかりません。……というより、ここしばらく北斗七星自体見てないんですよ」

「ほう、何故だ?」

 

死兆星の存在を知っていてなお、見ていない、と。意外な返答を受け、続きを促すラオウ。

 

それに対しマコトは……少し迷ったような、こころなしか恥ずかしがるような、そんな面持ちで。

 

理由を語った。

 

 

「……だって、死兆星見えたら、怖いだけで全然メリット無いじゃないですか。……どうせ、見えても見えなくても、やることなんて変わらないのに」

 

 

────────その言葉を受け。

 

 

「……フ、フフ……フハハハハハハッッ!! メリット!! 死兆星をそう捉えるか!!」

 

 

なるほど、面白い。

 

ラオウからして、にわかには信じがたい速度で強くなり、ここに立ちはだかった想定外の存在(イレギュラー)

その強さの、在り方の一端を、ラオウはこの問答で感じとることが出来た。

 

"やることは変わらない"……道理だ。

なにしろラオウ自身も、仮に自分がそれを見たからといって、覇道を止めるつもりなど毛頭無い。

 

実際本来辿る原作において、彼が死兆星を見たからといって、それが彼の道に陰りを与えることなどついぞ無かった。

 

 

(ケンシロウたちに見出され、ジャギを変えた女、か)

 

この世界の人間は、自身の力を信じながらも、過去の伝統や言い伝えなども強く重んじる傾向がある。

 

しかしこの女は、紛れもなくラオウが知る者たちと異なる視点を、価値観を持っている。その上で、それから来る行動を成し遂げるだけの力を持つ傑物だ、と。

これまでの戦いとやり取りから、改めてラオウはそう評価し……

 

 

(…………惜しい、な)

 

 

…………そして、だからこそ彼女の"それ"を惜しんだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

問答の最中、急にラオウが笑い出した時はぎょっとしたが、特に気に障ったわけでは無さそうなので、とりあえず今は気にしないでおく。

別に、憎さや好悪で戦っているわけでもないし。

 

それより私が考えるべきは、話が終わった今と、これからの話だ。

 

 

(────やっぱり、正面から打ち合うのは厳しい。……いや、あのラオウ相手にここまで戦えている今が、奇跡みたいなものなんだけど)

 

 

どのみち、厳しい戦いになるのは、始めから分かっていたことだ。

そう改めて気合を入れると、私は戦いの方針を定め直した。

 

(削り合いで勝てないのなら……"想定通り"、賭けるしか無い)

 

この立ち回りに移行する時を考えて、これまで私はあえて基礎的な動きに終始……

つまり、自ら名付けた奥の手とも呼べる技の数々を使うことを避け、お互いの力量把握につとめていた。

 

そしてそれは、ラオウも同じだ。

彼は手抜きこそ一切していないが……かといって全力の本気というわけでは、間違いなく無い。

そうでなければ、この程度の被害で済んでいるはずがない。

 

そして、その様子見の必要は、お互いにもう不要だろう。

 

 

────つまり、本番はここから。

 

 

私にとってこの先の戦いは、この時のために覚えた技……すなわち。

 

 

(龍渦門鐘。これをぶち当てるための、戦いだ)

 

 

★★★★★★★

 

 

「はぁぁぁぁあ…………!」

「……! その構えは……お前はそれまでも、使えるのか」

 

マコトが気合と共に取ったそれ……"天破の構え"を目にしたラオウが、さらに感心したとばかりに呟く。

 

「生きるために、超、頑張って覚えましたよ……! いきます、天破、活殺ッッ!!」

 

それは、闘気を以て触れずして敵の秘孔を打ち貫くという、北斗神拳の奥義。

天破の構えで表した、北斗七星。それをなぞるように打ち出された、七つの弾丸が高速でラオウのもとへ迫る。

 

「────だが、このラオウに通用するか!!」

 

しかし、他流の拳法家が相手ならともかく、今対峙しているのは北斗神拳の極みに至り、特性も熟知する男、ラオウ。

 

如何に強力な奥義でも、予備動作まで見せられて対処できないはずはない、と同じく闘気を込めた腕で、七つの弾丸のことごとくを弾く。

 

 

が、弾いたと同時ラオウは、驚愕に目を見開くことになる。

 

「ぬ、うおぉおおッ!?」

 

目に飛び込んだそれは、七つの闘気弾に遅れてやってきた、ひときわ大きな闘気の塊。

 

最初の弾が七つの小さな綺羅星とするなら、最後に飛来するそれは、帯を引き迫りくる一つの彗星。

そして、その彗星の先にあったものは、"闘気を足先から打ち出した"マコトが、蹴り足を上げたままラオウを見据える姿だ。

 

天破活殺に加え、北斗七星の脇……死兆星を示す位置に追撃するという、闘気の扱いを練り上げたマコトの本領とも言える、その一撃。

動揺をもたらされながらもラオウはかろうじてそれを防ぐが、その衝撃によりこの戦いで始めて、身体が揺らぐ。

 

 

すかさず、マコトは龍流の高速移動にてラオウのもとへ肉薄する。

当然、ラオウはそれに対し迎撃のため拳を突き上げる、が。

マコトは寸前で、突然急停止することでそれを回避……そして、その動作に引っ張られるままに、腕を振るった。

 

狙いは、目だ。

 

「────龍尾」

「ぐぬっ!?」

 

両目そのものでなく、その間を弾くような感覚で打たれたその一撃に、一瞬ラオウの視界が闇に染まる。

 

如何に北斗神拳使いが、目が見えずとも気配で動きを察知する技術を持つといっても、これまで活用していた五感の一部。これが機能を停止させられた直後に満足に動くことは困難だ。

 

だが、このチャンスにマコトはすかさず、大技に繋げる……のではなく。

足刀でラオウの強靭な両足、その甲の破壊にかかった。

 

当然来るものと思っていた、次の致命打に備え急所を中心に張り巡らせていた闘気。

その隙間を縫うような末端への攻撃に、ラオウの身体が硬直する。

 

間髪入れずラオウの両膝に、蹴りによる追撃。

速度を重視した連打のため、足の甲も膝も完全な破壊には至らない。しかし鍛えるのが困難な箇所への容赦のない攻撃は、ラオウに確かなダメージを刻んでいく。

 

ここで、ラオウはマコトの狙いが関節や末端を狙うことで、こちらの力を削ぐことにある、と判断する。

体格で劣る小兵のセオリー通りではあるが、それもこれほどの速度と練度で行われるならば、十二分に厄介な代物だ。

 

だが、削り合い自体は望むところだ、とラオウは多少の被弾を折り込んで力強い歩調で前進しようとし────

 

 

唐突に、目の前に居たはずの女、マコトの姿を見失うことになった。

 

 

「な……に……!?」

 

 

マコトが突然上空に、高く飛び上がるところまでは確認した。

意表を突かれたことで一瞬反応が遅れるものの、逃げ場が無く、姿勢の制御も難しい空に逃げるのならば、むしろ対処はしやすい。

 

 

しかし、それを追って上に向けたラオウの視界に入ったもの……それは、何もない空のみだった。

 

 

────飛龍。

 

 

北斗神拳には、剛掌波のように闘気によって触れたものを吹き飛ばす術がある。

ならば、逆に足先から噴射した闘気を利用することで、あたかも空中を蹴るように、一度だけなら急激な方向転換をすることも可能かもしれない……そう考えたマコトが編み出し、ここまで温存していた奥の手だ。

 

 

ここに来て放った常識外れの、壁も天井も用いない三角飛びによりマコトはすでに、ラオウの背後に潜り込んでいる。

 

様子見を終え突如牙を剥いた、ラオウの身体を削り取るような立ち回り。

それの対処に心が傾いた瞬間での、予測を外す大胆な飛びかかり。

そして、その軌道の予測もさらに外す、誰にも見せていなかった奥の手。

 

二重三重の策が実り、ラオウは今この瞬間、完全にマコトの影を見失っている。

そして、当然マコト自身それは認識している。

だからこそ、飛龍により背後に降り立ったときからすでに、"その動作"は半ば完了していた。

 

 

その動作とは、自らの秘孔を突きながらの、回転。

その動作からもたらされる、マコトの切り札とは、当然。

 

 

(────────龍渦、門鐘!!)

 

 

より心の力を乗せるためにも、気合とともに叫び出したい思いも強くあった。

 

しかし、完全に裏を取った無防備の身体に放つという、決定的なアドバンテージを逃さないため。

マコトは心の中でのみ、その技の名を強く叫ぶことを選んだ。

 

 

そして、ラオウの背に迫る拳を、絶対的な勝機を前にしたマコトは────────

 

 

「っっうっあぁ!!??」

 

 

まるで首元の後ろが焼き尽くされるような、これまでの人生でも最大級のおぞましい死の予感。

猛然と襲いかかるそれを知覚すると同時、半ば反射的に、転げ回るように身をひねった。

 

 

その動作と全く同じタイミングで、寸前まで自分が居た場所をまるで大砲のような勢いで物体が通過する。

完全に体勢が崩れ、背後への意識など無かったはずのラオウが放った、触れるもの全て消し飛ばす後ろ蹴りだ。

 

 

(そう、だ……! ラオウには、これがあった……!!)

 

 

無想陰殺。

気配を、殺気を読むことで、思考を介さず無意識での反撃を試みる。

意識がないからこそ攻撃に対する恐怖も何も捨て去った上で、ただ純粋な迎撃を最速で放つことが出来るという、拳を極めたラオウだからこその北斗神拳奥義だ。

 

マコトとしても当然、察知されることを警戒し声に出さず、気配も限界まで抑えてその一撃を放った。

しかし、それでもなおわずかに漏れ出る殺気を読むことが出来たのは、ラオウの圧倒的な力と才覚を示すものに他ならない。

 

マコトの原作知識が、大まかな流れはともかく技の一つ一つとまでいくと、すでに薄まり始めているというのも災いした。

……いや、むしろ寸前で察知し、かろうじて致命傷を避けることが出来たのは、知識があったからこそか。

 

 

しくじった、と。そう彼女は考えながらも距離を取り、再び息をつく。

 

 

(────さて、次はどうしようかな……)

 

……決定的な勝機を逃し、ましてや無想陰殺の余波でさらにダメージを負ってなお、マコトの心は乱れない。

 

無想陰殺といった技の精度やフィジカルの違いは重要だが、それ以上に最も大事なことは、心で負けないということである、と彼女は今も忘れていないから。

 

 

そうして、何事も無かったかのように再び戦い出したマコトを見て────

 

 

「す、すっげぇ~~……」

 

 

そう口を開いたのは、ケンシロウ達の隣でこの戦いを見ていた少年、バットだった。

 

 

「マコトのやつ、あんなに強かったのかよ……。拳王もやべぇけど、まだまだ全然戦えるようだし、行けるんじゃねえかこれ……?」

 

思えば、そこらの悪党を圧倒的な力で倒すところは何度も見ていたが、全力で戦う彼女を見ることは初めてだったバット。

未だ底を見せない彼女の力を見て、応援の気持ちからくる希望的観測も込めた上で、勝利を信じるのは当然といえた。

 

……しかし、その言葉を受けた三人……ケンシロウ、トキ、そして傷口を抑えるレイの表情は、固い。

 

やがて、ゆっくりと。

バットの願いに対するような、苦い表情で声を上げたのは、ケンシロウだ。

 

「……トキ……これは」

 

「ああ……再会した時から、薄々感じてはいた……今のこの戦いと、何より彼女自身の言葉が、それを示している」

 

 

────それとはすなわち……この相並び立つ巨星の、その戦いの行く末。

 

 

「……おそらく、今のマコトでは……ラオウには、勝てない」

 




今のマコトくんなら鷹爪三角脚も完璧に使えます(やらない)


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第三十話

★★★★★★★

 

 

「げ……ぶ、ぅぅ……!!」

 

「────」

 

「ぐ、ひゅぅ、げほっぐ、ぅぅ、ううぅ~~…………!!」

 

 

この戦場において何よりも、誰よりも速く、激しく、そして軽やかに。地を滑り、空を舞い戦っていた女、マコト。

 

……彼女は今、その顔を苦悶に歪め、血と吐瀉物にまみれた地面に、ただうずくまっていた。

 

 

(く……そっ……!)

 

 

「な……なんで、だ……!?」

 

 

信じられないものを見た、とばかりに力なく呟くのは、つい先程までマコトの勝利を予感していた少年、バットだ。

 

背後からの攻撃を迎撃され、戦いを再開した直後はまだ良かった。マコトは確かに、ダメージも動揺も感じさせない"これまで通り"の戦いを、こなすことが出来ていたように見える。

 

変わったのは、ラオウの方だ。

 

マコトが繰り出す様々な連撃をラオウは受け、防ぎ、捌く。

拳を交わせるたびに、加速的にその精度は増していき、ラオウ自身が反撃をする機会もみるみる増えていった。

 

そうして今、ついにその拳はマコトの腹部を捉え、彼女を地に叩き伏せた。

 

幸いというべきか、突き刺さった拳自体は速度を重視したもので、渾身の一撃、というほどのそれではない。

そのため、マコトはかろうじて意識を手放すこと無く、歯を食いしばり痛苦に耐えながら、ラオウを睨み続けることだけは出来た。

 

そのマコトの態度に警戒すべきものがあったか。それとも、確信した勝利の到来による余裕からか。

ラオウは一度追撃の手を止め、ただ静かにマコトを見下ろす。

 

 

そして、代わりとばかりにバットは困惑の声をあげ続けた。

 

「さっきまで、互角に戦えてたじゃねえか!? なぁケン、なんで、なんでいきなりマコトのやつがやられてんだよ!?」

 

「…………経験の差、だ」

 

詰め寄るようなバットの言葉に、重々しく、そして……どこか慎重に、言葉を選ぶように。ケンシロウは答えた。

 

「マコトは……ごく短期間で北斗神拳を使えるようになるため、北斗神拳の技の全てではなく一部……彼女に取ってより必要なものだけを選択し学んでいった」

 

「……他の拳法家が相手ならば、それでも十分すぎるほどにマコトさんは強くなった。しかし、同じ北斗神拳使いであり、ここに居る誰よりも戦闘経験を積んだラオウ。実力が拮抗したこの男を倒すには、絶対的な引き出しが……経験が、不足していたのだろう」

 

ケンシロウの説明をトキが引き継ぐ。しかし、バットはまだ納得がいかないとばかりに食って掛かった。

 

「な、なら! さっき、マコトが勝てないって言ってたってことは、それも分かってたんだよな!? どうして二人とも、戦う前に止めなかったんだよ!?」

「……それは」

 

「そ、れは……私が、頼んだ、から、ですっ……!」

 

ケンシロウたちの言葉を遮ぎり、腹を抑えながらの苦しそうな声で、それでも力強く吐き出すのは、マコトだ。

 

「厳しい、戦いなのは……承知の、上、ですっ……。でも……いや、"だからこそ"この戦いは止めないでくれるよう、私がお願いして、いたの、です……!」

 

 

────これは、原作の展開を知る彼女ならではの選択。

 

原作に於けるこの戦いでケンシロウは、ラオウに対する柔拳を身に着けていないことを理由に、秘孔を突かれるという形でトキに止められた。

 

それによりトキはただでさえ病に蝕まれる身体に傷を重ねる。

また、最終的にはリンの声によりケンシロウが秘孔を破るものの、それに至るまでにさらに死者も出る寸前、という危うい状況だった。

 

故に、レイ達を追い村へと向かう道中、彼女は自分の柔拳を始めとした、ラオウと戦う武器をトキ達に提示し、約束を交わした。

『もし勝てる可能性があると思うなら、自分の戦いを止めないで欲しい』と。

二人……特にケンシロウは非常に複雑な表情こそしていたが、トキと一言二言何事かを話し合ったかと思うと、最終的には納得したようだ。

 

あの時の二人の態度から、おそらく二人から見ても厳しい……勝算の薄い戦いであることは、彼女もまた覚悟していた。

……その原因が経験不足ということには、この段階になるまで気付くことはなかったが。

 

 

とは言え、原因がそれだとしたら。

 

────────まだいける、と。彼女はそう考える。

 

(まだ一つだけ……私には、やれることがある……!)

 

 

……マコトがそう決意を深めるのとほぼ時を同じくして、それでもなんとか止めたい、と声をあげようとしたバット。

その時、彼の肩にそっと手が置かれる。

そうしてその男、ケンシロウはバットにだけ聞こえるように……迷いの無い、にも関わらず苦渋に満ちた複雑な表情のまま、ささやきかけた。

 

 

「────これは、彼女自身が気がつかなければ意味が無いことなのだ」

 

「…………っ!?」

 

それを聞いたバットは、ケンシロウが使った言葉にどこか違和感を覚え……だが、それ以上に有無を言わせぬとばかりの、ケンシロウの真剣な表情の前に、今自分が出来ることは何も無い、と理解させられることとなった。

 

 

ケンシロウ達が黙ったことで、再び戦いの空気に戻ったと感じたのだろうか。ラオウは警戒しながらも再び歩を進める。

無論、苦痛をこらえながらうずくまるマコトのもとへ、トドメを刺すためだ。

 

 

と、その時。

 

動き出したばかりにも関わらず、ピタッと。

ラオウがその歩みを止め、静かな……しかしよく通る声で呟いた。

 

 

「フッ、辞めておけ。そのようなもので俺は……────っ」

 

 

が、そのセリフは、予想外の光景を前に途中で打ち切られることとなる。

 

原作という形でマコトも知る、この場面に於いてラオウの動きを止めるもの。

それは『背後からボウガンで狙われる』という明確なる敵意の察知だ。

 

 

しかし、今回ラオウに対し向けられたものは────

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

「……"貴様ら"」

「え……ぇぇ……!?」

 

マコトからしても想定外の三つ……三方向からなる敵意。

 

すなわちマミヤ、アイリがボウガンにて。

そして、重傷の身をおしたジャギが、震える手で構えた銃にて。

 

それぞれ同時に、ラオウにその切っ先を向けていたのだ。

 

 

「どんな話をしていたとしても、村と、弟の恩人を……このまま殺させるわけにはいかないわ」

「マコトさん、今度は、私が……!」

 

「や、やめろ!!」

 

緊迫した声色で静止の声を上げた者。

それは当然、照準を突きつけられたラオウ……であるはずもなく、レイだった。

 

「北斗神拳には二指真空把がある! ボウガンなど役に立たん、矢を投げ返されて死ぬだけだ!!」

「…………!!」

 

レイの言葉に驚愕と恐怖を覚えながらも、それでも、それ以上の強い覚悟で撃つ決意を固めるマミヤとアイリ。

それを見たラオウは、笑う。

 

「フッ……面白い、やってみるがいい! なるほど、三発同時に撃ったならば、どれか一つぐらいは俺に当たるかもしれぬなあ!?」

 

この場に居る達人達は、ラオウのその言葉が欺瞞……嘘であることを確信している。

完全に不意をついたならばともかく、戦闘の緊張状態にある今、ラオウに並の飛び道具など何発重ねようと通じるはずもない。

 

それを察し、話している間にもトキはマミヤを、ケンシロウはアイリを守れるよう、さり気なく距離を詰めている。

もちろん、バットやリンは下がらせながらだ。

 

こうして、マコトのトドメへと向かうはずだった戦況は、ほんの一時だが、彼女たちによって膠着することとなった。

 

 

 

 

 

────ラオウは、考える。

 

ケンシロウとトキがどういうつもりで、マコトの戦い……いや、敗戦をただ眺めているのかは分からない。

が、奴らの性格から考えても、女二人への反撃を見過ごすということはしないだろう。

 

だが、それならそれで、別の形で代償を支払ってもらうだけだ。

この拳王に楯突いた者に、何の痛みも与えずに済ませては、世紀末覇者の沽券にも関わるというもの。

 

(…………フッ)

 

そこまで思考したところでラオウがチラりとねめつけたのは女二人では無く……

守るものもおらず、息も絶え絶えという様相で銃を構える男、ジャギだった。

 

狙いは、こいつだ。

 

 

 

────ジャギは、考える。

 

マコトの仲間の女達は、自身の死を覚悟して撃つつもりだろう。

しかし、この状況でラオウが狙うのは、恐らく自分だ、と。

 

 

そうすることで、自分が放った矢が原因で、助けに入った男を死なせた……そのトラウマを、恐怖を与えることで、歯向かう気概を折ろうとしているのだ。

……まあ、妹アイリの方からすれば、自分を攫い売った仇に対する正当な復讐なわけだが、とジャギは自嘲する。

 

正直なところ、今の自分の状態では、ラオウの二指真空把による反撃を防ぐことは難しいかもしれない。

だが、それでも、とジャギは引き金にかけた指の力を強める。

 

これによってほんの少しでもマコトが回復する、もしくはラオウの隙を見出すきっかけになるのなら、十分に命を張る価値のある場面だ。

 

『たとえ99%負ける場面でも、1%の勝機があれば戦うのが北斗神拳』……だったか。

聞いた当時はくだらないと吐き捨てたこの信念にも、今この時なら。

何のためらいもなく、身を委ねることが出来そうだった。

 

……それに、何より。

 

この状況で一瞬だけマコトと交わした視線……痛みにうめいているだけのはずの彼女が一瞬覗かせた、その目を見て。

 

『ああ、こいつはまた何かやるんだな』と。

不思議なほどの確信を持って、理解することが出来ていた。

 

 

 

────────そして、マコトは。

 

 

 

全く同時、三つの音が鳴った。

二つは、ドヒュッという風を切るボウガンの矢の音。

一つは、ガァンッという空気を破裂させたような銃声。

 

銃口を突きつけられながらも、膠着状態に飽いたラオウがマコトのもとへ踏み出した瞬間、三人が同時に放った攻撃によるものだ。

 

文明の利器がもたらす三方からの脅威に曝されても、拳王ラオウが動じることは無い。

小さく速い銃弾は銃口から弾道を読み冷静に避け、ボウガンの矢は二指真空把により二つとも難なく受け止める。

 

「あぁっ!!」

 

そうして、受け止めた矢をその技本来の使い道通り、彼女たちに返す……のではなく。

 

ギロリとジャギをにらみつけると、手を翻してその瀕死の男に、持った矢を容赦なく放とうとして────。

 

 

────その手を、上空に跳ね上げられた。

 

「ぬ、ぅっ!?」

 

ラオウの手を弾いたのは、天を向くように真っ直ぐに上げられた、脚。

 

 

「────十分です。皆さん、ありがとうございました」

 

 

そこに居たのは、直前まで深刻なダメージにうめいていたはずの女、マコト。

 

彼女たちによる、覚悟の足止め。

その最中も、焦る気持ちをこらえて絶えず発動させていた癒しの力。

 

 

復活したマコトは、童女のように朗らかに……それでいて鮮烈に、笑った。

 

 

「おかげで、私はまた戦える。……第3ラウンドといきましょう、ラオウ!」

 

 

 

 

「き、貴様っ……なぜここまで……!!」

 

 

────危険、だ。

 

即死にこそ至らないまでも、十分な手応えの一撃を叩き込んだはず。

にも関わらず、まだ声を発することが出来ていた、というのもそもそもおかしな話だった。

 

そして今、ほんの数瞬前までの苦悶の表情が嘘のように、軽快な動きで再びこの拳王に牙を剥いている。

 

思えば、ジャギとの戦いから今に至るまで、ずっと覆され続けた自身の想定。

そのジャギを変えた者もまた、この眼の前の女であったことを今、改めて思い返し……

 

「ぬぅぉおおお────!!」

 

ラオウは今、背中を流れた冷たい汗の感触を振り払うように、激しい気合とともに応戦した。

 

 

────こいつは今、ここで(たお)しておかなければならない!!

 

 

「はぁぁぁぁあ!!」

「うぉぅっ!!」

 

復活劇に動揺した、心の隙を縫うようなマコトの拳がラオウを捉え、鮮血が噴き出す。

 

身体は癒しの力で万全とは言えないまでも治し、心は仲間たちの助けによってかつて無く燃えている。

ラオウは、想定外の事態が重なった動揺もあり、今明確にマコトの勢いに押されだそうとしていた。

 

 

が、しかし。

百戦錬磨のラオウはその動揺も戦いの中で、驚くべき速度で鎮める。

 

そもそも、マコトが追い詰められた原因は純粋な実力ではなく、経験不足。それは復活した今も何も変わらない。

で、あるならばラオウがやるべきこともまた、何も変わらない。

 

そう判断したラオウは今、マコトが繰り出した、予測通りの軌道で秘孔を狙った左拳をかわす。

 

そして、技の終わり際に今度こそ致命の、渾身の一撃を放ち────。

 

「疾ッッぃぃい!!」

「ぶふぉッッ!?」

 

その顔面を、大きく弾かれることとなった。

 

 

胴回し回転蹴り。

マコトは左拳を"外した"勢いのまま倒れ込むように回転し、全体重を載せた蹴りを叩き込んだ。

 

突然の衝撃にぐらつくラオウに、追撃のローキックが迫る。

丸太のようなラオウの脚すらをも、刈り取らんとばかりに腰の入ったそれは、強力だが大振りだ。

逆に脚を破壊しようと闘気のこもった指で迎撃……その瞬間、突然軌道が変わった脚に顔が薙ぎ払われる。

 

立て続けに脳を揺らされたラオウに続けて迫るのは、鼻下の急所……人中目掛けて放たれた一本拳。

かろうじてそれを防いだかと思えば、肝臓を狙った三日月蹴りが。鎖骨を砕こうと打ち下ろす鉄槌が。肉ごと削ぎ落とさんとする勢いの肘打ちが。

間髪入れずラオウに襲いかかる。

 

このマコトの戦いに覚えた違和感……最初にそれを声に出したのは、レイだった。

 

「な……マコトのあの技は……? あれも、北斗神拳なのか!?」

 

 

(────────否ッ!! これは────)

 

 

連撃に曝される中、北斗神拳に習熟するラオウは心の中で叫ぶ。

 

そう。

今、マコトが使う技は北斗神拳ではない。

マコトの元の人格……前世で身に着けた格闘技経験と、知識から振るわれるものだ。

 

 

────マコトは、考える。

 

当然、元の世界で生きていた頃に今ほどの修行をして、この力を身に着けていたわけでは無い。

 

しかし、北斗神拳ほどの圧倒的な、ファンタジー染みた力で無くとも、この現代に至るまで継承され、科学的に強さが実証されている現代格闘技。

北斗神拳で身に着けた転龍呼吸法……人体の潜在能力を100%発揮するこの奥義を用いた上で、今の自分の技術で、力で以てそれを振るったなら。

 

それは、一つの立派な武器……選択肢になってしかるべきなのではないか、と。

 

そして、その武器に、ラオウがほんの僅かでも脅威を覚えたなら。

 

「天破活殺ッッ!!」

「ぐぅぅぉ!!」

 

本命である、北斗神拳の一撃を通すための、十分すぎる布石となる、と。

 

 

────ラオウが持つ、経験による読み。北斗神拳同士の戦いにおける絶対的な優位性は今、崩れた。

 

 

これが、ケンシロウとの実戦まがいの組手や、シンとの戦いでも使った、今のマコトが切ることが出来る最後の札。

 

しかしこの戦いすらも、長く持つものではない、とマコトは考えている。

 

如何にラオウに馴染みのない戦術といっても、その習熟度も脅威も、北斗神拳に比べれば浅いと言わざるを得ないもの。

ラオウに時間を与えれば、これすらも何時しか読まれ、今度こそ勝機は無くなるだろう。

 

しかし、今に限ってはその心配をする必要はほぼ無い、とも考えている。

 

何故なら。

 

 

「ぬぅぅぉおおおおお────ッッ!!」

 

 

鬼気迫る勢いでラオウの拳が振るわれる。

それは、この攻撃を耐えしのぐなどという気配など欠片も覗かせない、決死の猛攻だった。

 

紙一重で避けるたびに、裂かれた皮膚から鮮血が舞い散る。

すでにラオウもマコトも、血で濡れていない箇所を探すほうが難しい、極限の戦況。

 

致命打寸前の拳を叩き込んだにも関わらず、あり得ざる復活を果たしたマコト。

彼女に対し、さらに時間を与えるという選択肢は、今この時のラオウには無かった。

 

 

────今、この場でなんとしても決着をつける。

 

互いの利害が、方策が一致した結果、戦いは急速に終局を迎えようとしていた。

 

 

…………そして。

 

 

「岩山両斬波ッッ!!」

 

一瞬の隙を突き、マコトが放った闘気のこもった手刀。

かろうじて首を捻るものの、肩部を大きく裂かれる痛みにラオウは呻く……が。

 

(────抜けな……っ!?)

 

ズタズタのはずの筋肉を無理やり固めたことで、一瞬マコトの動きが止まる。

 

刹那のチャンスを逃すまいと、マコトの顔面に、ラオウの拳が振るわれる。

 

ラオウ自身の闘気による圧力も手伝い、マコトの顔より遥か巨大に見える、圧倒的迫力。渾身の拳。

それを目にしたマコトは、瞬時の判断により完全な回避を諦め……

 

タンッ、と。両足を地面から離し、極限まで脱力した状態でそれを受けた。

 

「ぶ、ぅぅうう────!!」

 

当然、マコトの柔らかな頬肉は無残に破け、顔は歪み弾かれる。

しかし、柔拳により可能な限り威力を殺したそれは、マコトの命脈を断つには至らない。

 

(────痛い、痛い痛い痛い、本当に痛い…………! でもっ…………!!)

 

「ッッ! ここで反撃だとッッ!?」

 

その弾かれる勢いを利用し、回転。

これまで以上の威力をその身に受けたなら、これまで以上の速さで、勢いで回り、攻撃に転化する。

 

今にも倒れこみたい、とガクガクとわらう脚に力を込め、霞む意識に喝を入れ。

マコトは、自身の秘孔を突いて、驚愕の声を上げたラオウへの最後の一撃を放つ。

 

 

「龍、渦……ッ!」

 

 

その気迫を、彼女が繰り出そうとする、小さな……だが明らかに自身を食い破るに足る"牙"を携えた、その拳を目にしたラオウ。

 

 

(…………負け、る……? この俺が…………!?)

 

 

瞬間、感じたのは明確な敗北の予感。

 

そして。

 

 

「ッがぁああああ────ッッ!!!!

 

「────ッ!!?? 門、鐘────ッ!!」

 

 

────だからこそ、これまでに無く燃え盛った、自身の誇り、矜持だ。

 

今、"こいつにだけは"何が何でも負けるわけには行かない。

 

その強い想いのもと、ほぼ同じタイミングで剛拳が振るわれる。

 

 

そして、拳が届く。

 

先に刺さったのは……速度、拳速で勝るマコトの拳。

それは、確かに頑健なラオウの皮膚を貫き、致命の急所を穿とうとしていた。

 

 

「が……ふっ……!!」

 

 

…………だが、その急所に届く前。

ラオウの拳による破壊圧は、表面に刺さったその時点で、マコトの内部に浸透し────

 

 

────今度こそ、マコトは、崩れ落ちた。

 

 

最後の攻防を経て今、意識を失うこの瞬間……マコトは、悟る。

 

 

(ああ、そう……か…………そりゃ、負け……る……か)

 

 

経験、なんかじゃなかった。敗因は……自分に、足りなかったものは────。

 

 

(やっぱ、り……強い、な…………)

 

 

 

 

★★★★★★★

 

 

「…………生きてる、か」

 

パチリ、と。直前までの意識にあった戦いが嘘のように静かに、穏やかに目を覚ます。

私の目に入ったのは、自分に被せられた布団と、何度か活用した覚えのある、マミヤさんの村の寝所だった。

 

敗れた以上、あの場で死んでいてもおかしくはなかったが……ケンシロウさん達に守られたか、はたまたラオウに見逃されたか。

どうやら幸いというべきか、私の道はまだ途切れてはいないようだ。

 

「マコトさん!!」

「おっ起きたかマコト!! 心配させんなよ~~!!」

 

喜色を隠さずに私に飛びついてくるのは、リンちゃんとバットくんだ。あとはケンシロウさんも居る。

……ここに居ないメンバーのことが気になるが、彼らの表情を見るに、最悪の……私の昏倒中に死者が出るといった事態は、恐らく免れている……はず。

 

 

ならば、今私が気にすべきことは。

 

 

「心配をかけてすみません。……ラオウは、どうしましたか?」

「やつは、再び旅立った。……しばらくは、受けた傷を癒やすために潜伏するだろう」

 

やはりというか、私の知る原作と、流れ自体はほぼ同じような形に収まったようだ。

 

ただ……原作との明確な違いは。

 

 

「…………敗けたん、ですね……私は」

 

その言葉を吐き出すとともに、私は無意識のうちに布団に顔を突っ伏していた。

 

敗けた。今まで覚えたことを、これまで身に着けたものを総動員して、私は彼に勝てなかった。

修行でケンシロウさん達に負けていた時とはまるで違う、どうしようもないほどの無力感に、心が打ちのめされるのを感じる。

 

無茶を通してくれたジャギや、マミヤさん達の助けを得てなお、届かなかったという事実。

それを飲み込む程に、今ここにいる彼らの心配そうな顔を見るのが辛くなった。

 

 

「しょ、しょうがねえよマコト……あんなの、バケモンだぜ! 伊達に世紀末覇者なんて名乗ってねえよ」

 

「……っ!! えぇ、そう、ですね」

 

 

……ああ。

 

 

「────────本当に、その通りです」

 

 

「…………」

 

 

ケンシロウさんは、ただ目を瞑って私の言葉を聞く……いや、恐らく、続きを促している。

 

そんな彼の態度に押された訳ではないが、私はなんとか一度気持ちと……そして、これからやるべきことの整理をつける。

そして、改めて姿勢を正し、彼らに言葉を続けた。

 

 

「皆さん、ご迷惑をかけたばかりですみませんが、一つワガママを許してほしいです」

 

 

今ここに居ない人達や、このあと本来辿るであろう道筋……気になることはいくらでもある。が、今は。

 

 

「少しの間、旅を……いえ、一人で向かいたいところがあります」

 

「た、旅? 向かうって、どこへだよ?」

 

「……それは」

 

 

そこは、今の"何者でもない"私にとって、きっと一番必要な、大切な場所。

 

 

 

「……ケンシロウさんや私達が育った地、北斗神拳の修行場…………そして、お墓へ」

 

 

 

「────────リュウケンさんに、会いに行こうと思うんです」

 

 




次回の後始末もろもろで北斗の兄妹編-2は終わり(の予定)です


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第三十一話

★★★★★★★

 

 

「────────ッ」

 

 

悔しさと。

何かに気づいたかのような、少しの驚きと。

そしてそれら以上に、不思議と誇らしげな。

 

そんな、形容しがたい複雑な表情を最後に、倒れ込んだマコト。

 

そんな彼女の姿を見届けたラオウは────。

 

 

「ガッフゥッ…………!!」

 

その瞬間、地面に膝を。

拳王として、決してつくまいと心に決めていたはずのそれを、つくことになった。

 

 

「フ……フ……! なんという、女、よ…………!」

 

「ラオウ…………」

 

「……トキ、か」

 

 

満身創痍、という言葉も生ぬるい傷の海。

その痛みをこらえながらマコトを見下ろすラオウに、静かに弟から声がかけられた。

 

そして、その呼びかけに対するラオウの答えは、言葉では無く。

 

「ぬ、ぐ、ぅうおおお……!!」

 

さらなる限界を振り絞って両の脚で力強く立ち上がり……そして、そのまま立ち去るというものだった。

 

 

「………………」

 

「…………そう、か」

 

 

────ラオウは、分かっている。

 

死の灰に冒されているとはいえ、今トキやケンシロウが自分に襲いかかれば、さすがに自分はひとたまりもなくやられる。

が、彼らは今、決してその選択を取らないであろう、ということを。

 

 

────トキ達は、分かっている。

 

今、自分たちの存在という抑止力が無かったとしても……恐らく、ラオウはこのマコトを殺すことはなかっただろう、ということを。

それは当然、敗者への情などではなく……むしろ、逆。

ラオウは、このマコトに対する"真の勝利"という執着を得て、完璧な形で叩き潰そう、と目論んでいることを。

 

 

────ラオウは、分かっている。

 

次に会うときまでこのマコトが生き残ったなら……それは、今回勝敗を分けた弱点を克服した、世紀末における最大最強の敵となるだろう、ということを。

そして、その上で彼女を打ち倒すことが出来れば……それこそがまさに、自身が目指した野望。

すなわち、天を掴む、ということに他ならないということを。

 

 

「フ…………」

 

 

世紀末覇者として全てを掴むため、カサンドラを作り、トキを幽閉し。

そうして、自らに逆らう者という、禍根を断つ生き方をしていたラオウ。

 

彼は今、この戦いを経て……逆らう者の存在を許容した上で、正面から叩き潰す。

……奇しくも本来辿るはずだった、ケンシロウやトキの存在を認めた歴史のような。

 

そんな、真の意味で全てを統べるための、彼だけの覇道を歩みだしたのだった。

 

 

「征くぞ、黒王」

 

 

まずは傷を癒やし、そして。

 

 

────────鍛え直しだ。

 

 

 

 

拳王侵攻軍という暴風、脅威は過ぎ去った。

 

アイリや村人たちの尽力の甲斐もあり、誰一人死者を出すこともなく、確かな平穏を取り戻したマミヤの村。

 

……が、しかし。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

今、この瞬間だけは。

ともすれば、侵攻軍の手が及んでいた時以上と言えるかもしれない、それほどの緊迫した空気に辺りは包まれていた。

 

 

その空気をもたらす主は、三人。

 

傷の手当を終えた南斗水鳥拳の使い手、レイ。

レイの妹、アイリ。

 

そして、マコトの要請によりこの村へと駆けつけ、初めて顔を合わせた形になる男……ジャギだった。

 

 

彼らの感情は、複雑だ。

 

 

まず、レイからすれば当然、何の罪も無いアイリをさらい売り払ったこの男を許せるはずはない。

 

アイリを取り戻し、下手人である胸に七つの傷を持つこの男を殺す────。

そのためだけに彼は修羅道に堕ちてまで、さまよい歩いていたのだ。

 

ただ、かといって今においては、即断で殺す、という選択は……取れない。

 

何故なら、そのアイリのために自ら身体を傷つけ人質になり、最後には彼女を救い出し、失ったアイリの視力まで取り返させた女、マコト。

 

この時牙大王に命令され、彼女自身にも促されたとはいえ、彼女の手足を折ったのは、レイの手によるものなのだ。

 

あの時の彼女の、苦悶を押し殺す表情と声は、到底忘れられるものではない。

何度この身を捧げても返しきれないほどの、途方も無い借りが出来ている。そうレイは認識していた。

 

そして、そんな彼女自身の手で撃退し……

どのような説得をしたのだろうか。

これまでと全く違う道を。人のための、確かな正道を歩み始めたという男、ジャギ。

 

事実、村に駆けつけたこの男によって自分の命は一度救われ、その後も命がけでラオウと戦うことでマコトの助けにもなっている。

 

…………マコトはレイ達にジャギのことを話したが、今この時に至るまで。

一度も『彼を殺さないで欲しい』という言葉を吐くことはなかった。

 

今、仮に自分が衝動のままにジャギを殺したとしても、彼女は決して責めることも、こちらを嫌うこともしないだろう。

 

ただ、それでも……これまで懸命に、自分の周りの命を拾うために生きてきたマコト。

彼女はきっと、言葉に出さずに嘆き、哀しむだろう。

 

もしかしたらそれにより、彼女の生き方自体に、拭えない影を帯びさせることにすらなるかもしれない。

 

 

────ああ、やはり無理だ。とレイは考える。

今、自分の手で、自分の感情のために殺すことは、出来ない。

 

 

……だが、もし。

それでも妹のアイリ自身がジャギを許せない、と殺したい、と。

 

そう少しでも考えるのなら、その手を汚させないために、レイは────。

 

 

 

アイリは、ただじっと、言葉を待っていた。

 

それは、話す言葉が見つからないわけでも、自分から喋るのが怖いわけでも無い。

目の前の男の様子から、きっとこの場面は、彼自身から動かなければならないのだろう、と。

なんとなく、そう理解していた。

 

……自分にとっての悪夢が始まったきっかけ。

あの出来事を忘れることは出来ないし、もう気にしていないから大丈夫、なんて許すことは当然、出来ない。

 

ただ、今はそんな恐怖の象徴を目の前にして、自分でも不思議なほどに穏やかで……

落ち着いた気持ちでいられている、と他人事のように感じていた。

 

この場で彼が何を言って、どういう結果になろうとも。

きっと後悔する選択は取らない、取りたくない、と。

 

そんな、まっすぐに澄んだ願いだけに、集中出来ていたからかもしれない。

 

すでに、彼女の肝は、据わっていた。

 

 

 

そして、ジャギは。

 

(……………………)

 

彼女たちに掛ける言葉として、単に謝罪をするというのは……多分、違う。

謝罪は、自らの過ちを認め、間違った自分を許して欲しいと。そんな気持ちを表明するためのものだ、とジャギは考えている。

 

だとすれば「いきなり攫って売り飛ばして人生壊してごめんなさい」と。

……そんな謝罪をしたところで、自分が許されるなどとは欠片も考えられないし、彼女達からしても許せるわけがない。

 

かといって、気が済むように殺してくれ、というのもまた、違う。

彼ら自身が始めからそれを望むならともかく、自分から殺されに行こうとするのは、マコトに言われたように楽をしようとしているだけだ。

 

……それに、今は……彼からして口の減らないガキ共と。

強くて、だけどか弱いばぁさんが残る村を、放っておきたくない、という気持ちもある。

 

 

「スゥ────、フゥ────…………」

 

 

……それなら、自分に出来ることは。

 

 

ゆっくりと、ジャギは無言で。

アイリに、両腕を差し出した。

 

その手に持ち、アイリが差し出されたもの……それは、銃。

 

それも、マコトやラオウ相手に勝利を収めるため、金と手間暇をかけてカスタムした、世界に一つだけの特別なものだ。

 

 

彼女は今日、戦うことを選び、ボウガンを手に取った。

そして、これからもその在り方を崩すつもりが無い、というのなら。

 

 

────かつて自分のためだけに道を、すなわち選択肢を奪った女。

 

そんな彼女に、今の自分が返せる誠意もまた、道……選択肢しか、無い。

 

 

「…………使え。使い方を間違えなければ、ボウガンよりよほどつえぇ。……自分も、周りの身も、守れるかもしれねえ」

 

「…………!」

 

「……俺に使い方を教えられるのは嫌だろう。……この近くの、オアシスがある村の村長、ばぁさんに仕込んである。その気があるなら、教えてもらえ。…………いらねえなら、売り払えば金になる」

 

 

静かな口調だが、おっかなびっくりといった体で、いっぱいいっぱいになりながら。

かろうじて、それを告げるジャギ。

 

彼に対し、アイリは返答をしようとして……彼女もまた、少し言葉に迷った。

 

 

────ありがとう、というのは、きっと違う。

 

彼は、礼を求めているわけでは無いから。

ただ、自分に返せるものを必死になって考え、差し出したものなのだから。

 

 

ならば、私がすべき返答は、と考え……

 

 

「────────確かに、受け取りました」

 

 

そう力強く、厳かな口調で銃を手にした。

 

……重い。

 

でも、だからこそ、この重さを抱えた上で。

心から役立たせよう、と。そう改めて決意させられた。

 

 

「…………じゃあ、な」

 

話は終わり、ゆっくりと立ち去ろうとするジャギ。

 

その歩みの遅さは、"他にやりたいこと"があるなら好きにすればいい、と。そう言外に伝えるかのようなものだった。

 

 

そんな不器用な彼を見て。

……最後に、アイリは言葉をかける。

 

 

自分に差し出された可能性の、未来に対しての礼は、言わない。言えない。

 

ただ、"それはそれとして"、これならば、言ってもいいだろう、と。

 

 

少しだけ頭を下げると、昨日までの彼女からは考えられないほどの、よく通るはっきりとした声で。

 

その想いを、伝えた。

 

 

「────────兄を、助けていただき、ありがとうございました。……いつか、あなたからも、(これ)を教わる日が来ることを……願っています」

 

「────ッッッ!!!!」

 

 

一瞬、ぶるっと身体を震わせたかと思うと、そのまま片手だけを上げ、ジャギは振り返らず去っていった。

 

…………その足跡には不思議と、血で無いなにかの液体で濡らされたような、そんな不思議な跡が、点々と残っていた。

 

 

「きゃっ!」

 

それを見届けたと同時、がばっと。アイリの肩が抱かれる。

そうして、抱き寄せた妹の頭を撫でる兄、レイ。

 

彼の顔に先程まで張り付いていた険は、今はもう。

綺麗サッパリ、失くなっていた。

 

 

 

「────────お前を、誇りに思うよ。我が自慢の妹よ」

 

「ん……えへへ……マコトさんやリンちゃんに、負けてられないから、ねっ」

 

 

かつて未来を失い、自ら目を塞ぎ。

 

ようやく開いた目で、自ら未来をつかみ取り。

 

……そして、新たにひらけた未来に、新たな約束を、希望を取り付けた南斗の兄妹。

 

 

彼らはどこまでも晴れやかな顔で、その新たな一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

「へへ、良かったな。あいつらが何話してたかはよく分からなかったけど、トラブルは起こらなかったみたいだぜ」

 

「む……そうだな」

 

「……んん? なんか変っていうか……やけに嬉しそうじゃね? あの男がレイ達におかしな手出さねえかって、隠れて見張ってたんじゃねえのか? ケン?」

 

 

「…………さあ、な」

 

 

 

 

「そうか……マコトは一人で旅立ったか」

 

 

一連の騒動も終わり、人心地ついた様子で集まる、マコト以外のメンバー。

その中で始めに声を上げたのは、レイだった。

 

それに対し、全てお見通しとばかりに返答をするのは、トキ。

 

「一時的なもので、目的を果たしたら戻るはずだろうがな。彼女の様子からして、そう遠くはあるまい」

 

「そう、それだよ! マコトのやつ、敗因を探るために旅に出たんだろ!? 結局経験不足じゃない、ラオウに負けた理由ってのは、何だったんだよ!!」

 

勢いよく食って掛かるのは、あの場で誰よりもマコトの敗北に衝撃を受けた少年、バット。

戦闘の最中ケンシロウにささやかれた言葉と、マコト自身の反応から、マコトの敗因に別の理由があることを、彼もすでに察していた。

 

「……そうだな。話すとしようか」

 

そんな彼と、よく状況が分かっていない者にも伝わるよう。

ゆっくりと、トキは語り始めた。

 

 

「その原因は……深くは、彼女の生来の気質と、もしかしたら過去の……彼女が強くなることを志した出来事にも影響されているかもしれない」

 

「…………」

 

「これまで、彼女と関わってきたあなた方なら分かるだろう。……彼女は、北斗神拳を身に着け、すでに世界でも指折りといっていい実力を身に着けている。にも拘らず、ここに居る誰に対しても丁寧に、細やかに……まるで自分の立場を、常に一歩下に置くような接し方をする」

 

「え……それって普通じゃねえの? いや今の世の中だと普通じゃないかもしれないけど、良いことじゃねえか」

 

トキの言葉に、バットは困惑する。

暴力が全てを支配する世紀末においては確かに珍しい考え方だが、そんなマコトだからこそ、自分たちはここまで付いてきたのではないか、と。

 

「もちろん、一人間としてはとても好ましい考えだ。如何に強い拳を振るえるようになろうとも、目の前の、敬意を表すべき相手からもそれを無くせば、たちまちただの獣の拳と成り果てるだろう」

 

「だが、彼女は……以前話した死の灰の一件からは特に、周りや我ら北斗兄弟に対し、その敬意と遠慮のような感情が大きくなりすぎてしまっているきらいがある。……修行時代にある程度は吹っ切れたが、その根底部分はカサンドラで再会したときも変わってはいなかった。ただの一拳法家ならばともかく、彼女が目指すものを考えると……この考えだけでは不足があるのだ」

 

────これに関しては、ずっと共にいたケンシロウの方がより分かっているだろう、とトキは促した。

 

それを受け、ケンシロウは言葉を引き継ぐ。

 

 

「……マコトは修行時代から今に至るまで。恐らく無意識のうちに、自分を指した"ある言葉"を使うことを避けている。少なくとも彼女の口からそれが出たことを、俺は聞いたことが……ない」

 

 

「そう、それこそがあの時のラオウが持ち、マコトさんが持ち得なかったもの。それは、つまり────────」

 

 

 

★★★★★★★

 

 

 

──────── 一言でいってしまうなら、プライド。…………自負心、になるのだろう。

 

 

別に敵を侮ったりだとか、原作のケンシロウさんを真似て、やたらとウィットに富んだ殺し方を実践すればいい、というものでもなく。

 

ただ、ケンシロウさんが当たり前のように、自然に誇っていたこと……

 

「北斗神拳は最強で、それを使う自分にもまた敗北はない」という、絶対の、確固たる自信。

 

多分、私はそれを持っていなかった。

そう思う理由も、そうなった理由も、今の私はたくさん思い浮かぶ。

 

例えば────

 

「────と、もう着いちゃったか…………むっ」

 

なんて考えている間に、早くもたどり着いたのは、私や姉さん、ケンシロウさん達が育った北斗の修行場。

そして、リュウケンさんが眠るであろう地だ。

 

 

さすがに、この地を出た頃に比べると、一人で行動していることもあって移動が速い。

しばらく考えことにふけりながらの、のんびりした行程の予定だったが、思いの外早く着いてしまった。

 

……そして、思考を追い出した理由は、もう一つ。

それはこの場に居る複数の……おそらく、招かれざる存在だ。

 

 

「へへ……」

「女だ、女……」

「こんなところに、こんな美味そうなやつが居るなんてな……」

 

 

(うーん、分かりやすい)

 

 

目で、態度で、言葉で。

彼らが何を考えているのかは十全に伝わってはいるが、とりあえず一応、対話だけは試みてみる。

 

「えっと、あなた方はここで何を? 外に出て長いとはいえ故郷なので、あまり踏み荒らされるのは困るのですが」

 

「あぁ~~ッッ!?」

 

そんな私のセリフに対して返ってくるのは、想定通りの聞くに堪えない罵詈雑言。

とりあえず彼らはこの辺りを荒らしている野盗で、今若い女を見つけてラッキーだから襲って売りさばこう、と考えていることだけは分かった。

 

ならもう、十分だ。

 

特に構えを取ることもなく、私は無造作に彼らのもとへと歩き出した。

 

 

 

 

「ぐぶぇぇえ!? な、なんだこの化け物ッ!! 逃げろぉ~~ッッ!?」

「なんなんだこいつ!? ち、ちくしょう、兄貴が居れば……!! 兄貴ぃ~~ッッ!!」

 

 

特別、殺めないよう気を遣って戦った……なんていうわけではないが、なんとなく今は、北斗神拳を振るう気にはなれなかった。

そんな気分のもと、力任せに殴り飛ばされた彼らは命を失うこと無く、ほうほうの体で逃げ帰る。

 

────ふぅ。

 

「…………なんなんだこいつ、か。…………本当に、なんなんでしょうね」

 

彼らが残した捨て台詞。

 

普段なら聞き流すだけのその言葉を受けて今、思い返すもの。

それは、ラオウに敗北し目覚めた時にかけられた、一つの言葉だった。

 

 

『────────あんなの、バケモンだぜ! 伊達に世紀末覇者なんて名乗ってねえよ』

 

 

あのバットくんのセリフには、全てが集約されている。

 

ラオウが名乗った、世紀末覇者という称号。

これが示すものは、自分こそが最強でこの世を統べるべきものであるという、絶対たる自負心。

 

こんな肩書き一つでそんなに変わるものか?

と考える人も多いだろうが、現代世界の基準でもこれは馬鹿にできない。

 

『立場が人を作る』なんて言葉がまことしやかにささやかれるように、立場によって自分も、周りの見る目も変わることで、本当に人格や能力まで変わってくるなんていうのは、全く珍しくもない話だ。

 

ましてや、この心の力が何よりも強く影響する北斗の拳世界。

多くの部下や敵に畏れられる、世紀末覇者という看板。

そして、その看板に恥じぬよう高め続けた自負心、プライドが実際の拳にもたらす影響力は、計り知れない。

 

 

────対して、私は。

 

修行を始めてから旅に出たあとも、トキさんと再会したときも、自分のことを何だと思っていただろうか。

 

…………ラオウと相対し、彼に名乗りあげた時、私は自分のことを何と言って表しただろうか。

 

そう考えると。

 

 

「……もしかしたら、あの時点でもう、勝負はついていたのかもしれないな」

 

 

私が、"あの言葉"を使うことを避けていた理由。

 

それは多分、単純な修行期間の短さから、全ての技を覚えられていないだとか、ケンシロウさんやトキさんに直接勝っていないだとか。

そういう、実力的な不足に対する謙遜の表れもあったが、何よりも。

 

……怖かったのだ。

 

生前の、子供の頃からずっと、ずっと憧れだった漫画のヒーロー。

そんなケンシロウさんやトキさんに成り代わり……退路のない、あの称号を名乗ることが。

 

その憧れは、立ちはだかった相手……ラオウにしたって変わらない。

あの戦いの最中考えた『これほど戦えているのが奇跡』なんて言葉。

あんなものは、無意識に相手を上の存在として見ていないと出てくるような言葉ではない。

 

彼らのようになりたい、追いつきたいと。

その一心で耐えてきたこれまでの修行、その道程。

 

抱えたこの憧れは、辛い道のりを乗り越えるためのとても大事な力で……私という存在の、根源。

 

 

でも、これからはもう、それだけでは、ダメだ。

 

 

今の私はもう……憧れで終わらせては、ダメだ。

 

 

今回、私がここに来たのも……ある意味では、それを吹っ切らせるため。

 

本当は、こんなことをせずとも、自分の意思だけで名乗らなければならないとは分かっている。

しかし実際に敗北した以上、区切りを付けるための荒療治を以てでも、それをしなければならない、と思った。

 

 

それとはつまり……リュウケンさんとの、手合わせ。

 

そしてそれを経ての……北斗神拳の、伝承だ。

 

 

 

 

リュウケンさんの墓の前に立ち、目を瞑り静かに手を合わせる。

 

(よろしく、お願いします)

 

そして、強くイメージする。

原作で私が知るリュウケンさんの技と、幼少期ユリア(姉さん)と共に覗いた修行風景での、実際の動き。

 

それらをかけ合わせて、あたかも本物のリュウケンさんと相対しているかのように、戦い始める。

 

……幸い、イメージは得意だ。修行を始めた頃、ケンシロウさんの真似をしていた時に、散々やったから。

 

あの頃の価値観やらもろもろは、私的に黒歴史に近いものがある。

が、それはそれとして当時に得た経験は今、まるで実体が現れたかと思うほどに再現出来た、リュウケンさんの影という形で活かすことが出来た。

 

 

「────────っと!!」

 

 

鋭く突きこまれた幻影の手刀を、かろうじてかわす。

 

ラオウやケンシロウさんのような激しさは無いが、流麗で老獪な動きから繰り出されるその動きは、トキさんに似ている。

原作本来の流れでラオウを追い詰めただけあって、非常に洗練されたものだった。

 

 

……いや、それにしたって。

 

 

(なんだろ……なんていうか、イメージに"淀みが無さすぎる"……)

 

 

原作知識や、幼少時に見た動きの記憶があるとはいえ、ケンシロウさん達に比べればその情報の絶対量は少ない……端的に言えば、完全再現するには資料不足であるはずだ。

 

にも拘らず、今目の前で揺らめくリュウケンさんの影は、驚くほど楽に、ブレずに正確にイメージし続けることが出来ている。

 

……戦いを経て強くなったことで、私自身のイメージ力も上がっているのだろうか。

 

それなら分からなくもないが……もし仮にそうでないのなら、これはまるで。

 

 

(と、あまり本筋じゃないことばかり考えてる場合じゃないな)

 

 

私が今考えるべきは、この幻影に打ち勝つことだ。

 

改めて気を入れ直すと、天破活殺も使った本来の戦闘術に切り替える……もちろん、墓石には万が一にも当てないようにしながら、だが。

 

ジャギやリュウガ、ラオウといった強者との戦いで強くなっていることもあり、老獪な技術を振るう幻影に対し、速さと勢いを以て優位に押し込む。

 

────このままいけば勝てる。とそう思ったその時。

 

私がイメージしているリュウケンさんの手が、脚が、全身が、複数に"ブレ"た。

といっても、これは私のイメージが失敗しているわけではない。

 

そのまま私を中心に円を描くように、分身しながら囲い込み、幻惑する。

 

この特徴的な動きから放たれるであろう、リュウケンさんが誇る北斗神拳の奥義は、一つ。

 

 

(……七星点心!!)

 

 

それは、人間の動きにある七つの死角に同時に拳を叩き込むことで、決して読ませず、回避も許さずに一方的に打ち沈めるという凄まじい奥義だ。

 

事実この七星点心は原作に於いてもリュウケンさんが振るい、本来地力で大きく勝るはずのラオウをも致命傷寸前というところまで容易く追い詰めている。

何も知らず、無策で突っ込んだなら、どのような達人でもなすすべなく死に導かれるだけだろう。

 

 

……だけど。

 

 

────すぅっと。私は目を閉じ、あえて微動だにせず、その七星点心に身を晒す。

 

そして、拳が私に届くであろう瞬間、その拳を全て弾き、受け止めていた。

 

『────ッ!?』

 

幻影のはずのリュウケンさんが、こころなしか驚愕したような表情を見せているように思えたのは、気のせいだろうか。

 

 

七星点心とは、人体唯一の不可視の死角に攻撃を加えることこそを奥義とする技。

完全な初見や、並の武術家がこれを受けて対処する方法は皆無といえる。

 

だけど、この技のからくりを知る私は、こう考える。

 

 

「……100と93が分かるなら、残りの7も分かる、よね」

 

 

そう。拳法家の急所である七つの死角。

 

ならば、北斗神拳を覚えることで人体に精通し、"死角になり得ない位置"が分かっているのなら。

あとはそれ以外の箇所だけを防げば、たとえ拳など見ずともその死角を防ぐことは……可能だ。

むしろ、来る場所が分かっている拳は、通常のそれよりも対処しやすいとすら言える。

 

 

────リュウケンさんの奥義は、打ち破った。……これで、決着だ。

 

 

そうして私は、深く拳を構え。

その風圧で幻影ごと振り払うかのような。

そんな勢いを乗せ、最後の拳を突き上げた。

 

 

「…………あれ?」

 

 

……が、その拳は予想を外れ、むなしく空を切る。

イメージなのだから手応えが無くて当たり前だとか、そういう話ではない。

 

その拳が当たる前に、幻影は確かに拳から逃れ、私の想像を飛び越えて……そして、宙に跳んだ。

 

 

その幻影を追って見上げた私の視界に広がったもの。

それは、すでに夜も更けたこの時間、満天に広がる星空……ではなく。

 

 

「うぇ、ちょ、ちょっと!?」

 

 

その空を埋め尽くさんばかりに分身し降り注ぐ、無数のリュウケンさんの幻影だった。

 

 

────北斗仙気雷弾。

 

 

これは、若かりし頃のリュウケンさんが、北斗琉拳の力に呑まれ魔界に踏み入った友、ジュウケイさんに向けて放った技。

七星点心を超える量の分身と共に空から飛びかかり、秘孔を突くという、七星点心と双璧をなすリュウケンさんの奥義だ。

 

原作という形で知るため、私から見たそれは、完全に初見の技というわけではない。

にも拘らず、このインパクトのある光景を見た私は今……一瞬、極度の混乱状態に陥っていた。

 

────何故、イメージがこの技までもを正確に再現出来ている?

それも若いころではなく、歳を召した身体で無理なく撃てるような、そんな極めて自然な形で。

 

幻影がもたらす動きの精巧さといい、私のイメージ力が増しただけで説明するには……今目の前にいるリュウケンさんはあまりにも強く、かつ"そのもの"すぎる。

 

 

ここでふっ、と。思い出す。

 

この世界は、何よりも心の影響力が、元の世界の常識を遥かに超えるものであることを。

そして、原作でもケンシロウさんの前で散っていった者たちは……まるで彼の心の中で生きているかのような、そんなただの思い出に収まらない影響を彼に与えていた、と。

 

────だとするなら、今私の目の前にいるこのイメージ……いや、"この人"は。

 

 

その思考に至った瞬間私は、揺れていた精神を自分でも驚くほどの早さで締め直す。

 

これは、願ってもない事態だ。

 

────ここに来た目的のためにもこの人の前で、無様を見せるわけには行かない!!

 

 

そうして改めて、私に迫りくるこの北斗仙気雷弾を見据える。

 

回避や防御は……出来ない。七星点心と違い、この分身から繰り出される攻撃箇所の特定は至難だ。

それに出来たとしても、今私はそれをすることはない。

 

私がこの、彼の渾身の奥義を前にしてやることは、一つ。

 

 

ドンッと脚で地面を踏み鳴らし、腰を深く落として構える。

 

────私なら出来る、と。いや、出来なければならない、と。

そう心より信じながら私は……リュウケンさんに向かって拳を走らせ、吠えた。

 

 

 

「一つ残らず────撃ち落としてやる!!」

 

 

 

 

「────────ぶ、はぁっ! ぜはぁっぜひゅぅ────っ!!」

 

 

こうして私は、正面から力技で。

息も絶え絶えとなりながらだが、北斗仙気雷弾がもたらす分身全てに拳で打ち勝ち、その幻影を吹きちらかした。

 

(し、死ぬかと、思った…………!!)

 

幻影のはずなのに、私に迫りくる突きの現実感は、迫力は。

どう思い返しても本物の、真に迫ったもの。

あれを無防備に食らっていたら、自分がどうなっていたかすらもわからない。

 

メチャクチャやってくれる……と思ったところで、ふと思い出した。

……そういえば原作でも、リュウケンさんはメチャクチャやってる人だった。……主にラオウやトキさんの回想とかで。

 

 

と、そこまで考えたところで。

 

────ぽんっと。

重量の無い手が私の頭に乗せられたような、そんな不思議な感覚に、私は顔を上げた。

 

そこには、満足気な顔で微笑む……そんな、始めて見るような笑顔の、リュウケンさんの幻影があった。

 

「────────」

 

結局のところ。

今の戦いもこの瞬間も、全て私の都合の良い妄想だ、と言われればそうなのかもしれない。

 

でも、その時の私は……確かに、リュウケンさんがここに来て……そして、彼のその心残りが今この時になって果たされた、と。

不思議なほどの確信と共に、そう信じることが出来た。

 

 

だから私が今、彼に……そして、自分自身に対し送る言葉は、決まっている。

 

 

「────ありがとう、ございました」

 

 

そして。

 

 

「…………北斗神拳と、この世界のことは……私に、任せてください」

 

 

私の言葉が届いたのか、ポンッポンッと。軽く二度、頭を叩いたかと思うと。

スゥ……っと、これまでの存在感が嘘のように、リュウケンさんはあっさりと光となり、消えていった。

 

 

そうして誰もいなくなった空間と、その先の墓石。

 

 

そこに向け私はもう一度深く、長く。頭を下げ続けたのだった。

 

 

(……生きてるうちにもっと、話しておけばよかったな)

 

 

 

 

 

 

「さて、目的も果たせたし、後は帰るだけ、なんだけど……」

 

 

思う存分感慨にふけ、再びクリアになった思考。

 

気分を新たにした私はこの先起こることと、それに対しやるべきことに思考を巡らせる。

 

 

────そして、一つばかり。

原作を読んだ時からどうしても気になっていたこと……確かめたいものがある、ということを思い出した。

 

これは、誰とも行動していない一人の、自由な今だからこそ出来ること。

少々帰りは遅くなってしまうが……まあ、元々期間は定めて無いしこれくらいは良いだろう。

 

 

そうと決まれば早速情報集めから……と考えたところで、ピリッという緊張が私の身を覆う。

 

 

ドカドカと乱雑な音と共に迫りくる無数の足音。

やがてその足音の主は私を見つけると、その印象にあやまたず野卑な口調で声を上げてきた。

 

 

「ああッ!! 見つけたぜこのアマァ!? 兄貴、あいつだ! あいつが俺たちに逆らいやがった拳法使いの女だ!」

 

 

兄貴なる人物に呼びかける男の声は、ここに到着した時に倒した野盗団のものだ。

どうやら援軍を用意し、今度こそ私を捉えようと引き返してきたらしい。

 

 

「お、お前が何者だろうと、もう終わりだぜぇ!? 兄貴は、南斗黒烏(こくう)拳を極めてる! なんたってあの、南斗六聖拳の候補だったくらいだっ!!」

「ク、ク……ッ」

 

そう部下の紹介を受け、不吉な笑い声と共に現れたのは、彼らの中でも一際オーラを放つ黒衣の男。

 

「……南斗、ですか」

 

……なるほど、その言葉はハッタリではないようだ。

 

その立ち振舞いは間違いなく強者が持つ特有のそれ。

おそらく南斗無音拳の大佐や羅漢仁王拳のデビルリバースと比較してなお、さらに上を行く達人なのだろう。

 

 

…………だけど。

 

 

「お、おい……? てめぇ、聞いてるのか!?」

 

 

その紹介にも、リーダー格の男にも構わず前に進む私へと、威圧しながらもどこか困惑したような部下の声が向けられる。

 

彼らからすれば、同じ拳法家として南斗六聖拳というブランドを出した以上、震えて命乞いに走るのが当然だ、という常識があったのだろう。

実際、これまでもそうして金品や、時には命を奪ってきたのかもしれない。

 

 

「────ご紹介、痛み入ります。それでは、私からも自己紹介を」

 

「……?」

 

 

これは、油断でも、余裕でも、自信でも無く。ただの事実であり……決まっていること。

 

そうでなければ、ならない、と。

 

"他ならぬ私が"、そう知らなければならないこと。

 

元南斗六聖拳候補で、達人級の実力を持つ拳法家。

そんな相手に相対し、今この場においては……私はあえて強い言葉で、高らかに叫ぼう。

 

 

────それがどうした、と。

 

 

『使い手』だとか『それを目指す者』だとか『候補』だとか。

 

そんな、曖昧な言葉で自分を形容する時間はもう……終わったのだから。

 

 

 

「私は……当代の()()()()()()()、マコトです。……一度拾った命を今、あえて捨ててでも前に立つというのなら────」

 

 

 

「────────かかって、こい」

 

 

 



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南斗の星々編
第三十二話


ちょっとだけ書き溜めしていた分遅くなりました


「…………むっ」

 

ケンシロウさん達に成果と自身の無事を報告するため、村へと戻ろうとした私を出迎えたもの。

 

それは、バットくん達の歓迎でも、のどかな村人達の姿でもなく。

不気味なほどの静寂と、遠巻きに私を取り囲む複数の気配だった。

 

私がそれを察したことに、相手も気づいたのだろうか。

その気配の中から一人の男が、みなぎる闘気を携えながらゆっくりと私の前に現れる。

 

「遅かったな……お前がマコトだな?」

「……そういうあなたは? ……どうやら、目が見えていないようですが」

 

「されど心の目は開いている! 私は南斗白鷺(はくろ)拳のシュウ! 南斗六聖拳の一人であり────お前を葬るものだ!」

 

 

精一杯の悪そうな顔と語気で私と相対するその男は、南斗六聖拳、仁星のシュウさん(超いい人)だった。

 

 

 

 

原作という形で彼の人となりを知る私は、彼の真意や目の前に現れた目的をほぼ把握しているといっていい。

 

が、あくまでも原作は原作で、必ずしもそれが今と合っているとは限らない。

そう思い私は、このまま彼の思惑に乗って会話を進めることにした。

 

そう、もしかしたら彼が何かの影響でとんでもない大悪人と化していて、本気で私を倒そうとしている可能性も0ではないのだ。

 

 

「南斗六聖拳の……いえ、それよりこの村には私の仲間たちが居たはずですが、彼らはどこに?」

「フ……奴らがどうなったかを知りたければ、この私を倒して聞き出すことだな!」

「ぶふぇん、げほっごほん! ────なる、ほど。それならば望み通りぜ、ぜんりょくでお相手しましょう」

 

「……? ああ、その通りだ。命を賭してかかってくるがいい!」

 

 

(……いけない、いけない)

 

『ケンシロウさんトキさんレイさんが居る村をどうにかした』という、あまりに無茶な設定で押し通そうとするのを目の当たりにして、思わず咳き込んでしまった。

 

シュウさんの実力は確かなものだが、仮にこれをなそうとするならば、それこそ拳王ラオウと聖帝サウザーの同時侵攻でも持ってこないといけないのではないだろうか。

 

とはいえ。

 

今の会話でやはり彼の攻撃的な態度が、原作通りの演技であることはほぼ確定した。

悪党のマネはし慣れていないだろうが、それをする彼の目的自体は真剣そのもの。

私も気を引き締め直そう、と改めて口を引き結ぶ。

 

 

そして、戦いが始まった。

 

 

「ふ~~んっっ!!」

 

シュウさんは挨拶代わりとばかりに、おもむろにこちらに鉄球を振り回す。

 

その鉄球の行き先は当然私の顔面……ではなく、そこから少しズレた右肩だ。

 

そこに彼の、若干の躊躇と配慮の気配を感じた私は、あえてそれを正面から拳で粉砕。

粉々になった鉄球を見せることで、言外にシュウさんに伝えた。

 

────遠慮は無用、と。

 

それを見て取ったシュウさんが纏う雰囲気が、一段と戦士のものに変わる。

彼自身の目的……つまり、"北斗神拳伝承者の力の見定め"をするにあたり、本気で確かめるに足る相手だと改めて判断したようだ。

 

 

「っせい!」

 

挨拶への返礼として私が懐に飛び込み拳を振るう。

目が見えぬはずのシュウさんは、それを難なくバク転のような動作で避けると、その動作のまま流れるような蹴り上げで反撃をした。

 

「────ッ!」

 

直撃こそもらわなかったものの、それでも私の皮膚が浅く切り裂かれ血が流れる。

 

「これぞ! 南斗白鷺拳の真髄、烈脚空舞ッ!!」

 

「つっ……!」

 

さらにそのまま、地面に手をつきながらの息をもつかせぬ足技が私を追撃する。

流麗な動きによる回避動作から放たれる、刃物以上の切れ味の足技……この攻防一体の体技こそが彼の南斗白鷺拳の真価だ。

 

 

無数に迫りくる変幻自在の蹴りから、私はつとめて冷静に一つの本命を見出す。

 

バシィっと。

そうして差し出した脚で受けると、シュウさんがよくぞかわした、と感嘆の声をあげた。

 

(…………やっぱり、すごい動きだ)

 

私としてもこの技は是非一度見て、実際に手を……いや、脚を合わせたかった。

このアクロバティックな動きと早さ、切れ味を重視した足技は、身軽な体格の私にかなり向いている……気がする。

 

 

「ふ……ならば、これはどうかな」

 

 

烈脚空舞を防がれ、距離を取ったシュウさんはその言葉とともに、おもむろに両手のひらを円の形に動かす。

そのまま幻惑するようにゆらり、ゆらりと揺れ動くと、そのまま私を中心にゆっくりと回り始めた。

 

リュウケンさんの七星点心にも似たこの技の名は、南斗白鷺拳奥義の誘幻掌だ。

 

揺れる動きで相手を惑わし隙を突く技だろうが、シュウさんが使う場合の脅威は、それだけに留まらない。

 

 

(────むぅ。本当に気配が読めない)

 

 

「フフ……恐怖は人の気配となり、容易に敵に間合いを掴ませてしまうだろう。しかし、盲目の私にはお前の拳に対する恐怖は、無い……!」

 

 

シュウさんにとって、目が見えないことはハンデですらない。

むしろ、それこそを強みとしたこの拳に、強い誇りを持っていることが見て取れる。

 

それは、これまでの私に足りなかったものである強い自負心であり……この世界に生きる強い漢の本領ともいえるものだった。

 

 

「……そう、ですね。おっしゃる通り、気配を掴めぬまま半端に手を出したところで、私はその隙を突かれるだけでしょう」

「フ……それが分かったなら、お前はどうする?」

 

「そうですね…………それでは」

 

 

────その対処法はいくつか考えられる。

原作でケンシロウさんがしたように、南斗聖拳で真空波を飛ばし、その音による恐怖で誘幻掌を破る、というのもそれだ。

 

ただ、シュウさんの目的と。

そして、ラオウとの戦いを経て改めて伝承者に至り……そして、ラオウへの雪辱を誓う私が今選ぶ方法は────

 

 

……決めた。

 

 

「────────それでは、気配を掴めぬまま。"半端じゃなく手を出すことにします"」

 

「ぬっ……!」

 

 

言葉と同時、爆発的に膨れ上がらせるのは、私の全身にみなぎる闘気。

そのままそれを一箇所……右腕に集約させて、シュウさんの声が聞こえたおおよその位置に差し向ける。

 

元より、早い段階で天破活殺を覚えたりと、闘気の放出に適性のあったこの身体。

それならば、ラオウとの剛拳との壮絶な打ち合いを経た今の自分ならば。この剛拳もまた『使えて当然』だ、と。

 

そんな、いっそ傲慢なまでの確信とともに、私は"それ"を。

 

 

圧縮され、破壊圧までもを纏うに至った闘気の塊を、打ち出した。

 

 

「────北斗、剛掌波ァッッッ!!」

 

「うおおぉッッ!?」

 

 

もちろん、直撃は考えていない。

シュウさんが居るであろう辺りの地面を狙い撃った剛掌波は、地を抉り風を切る音をシュウさんにもたらし、混乱させる。

 

そして、着弾。

足元が弾け跳び体勢が崩れたシュウさんを見た私は、彼のもとへ飛びかかった。

 

 

「くくっ!?」

 

 

が、シュウさんは抉れた地面にかろうじて手を付き、崩れた体勢から無理やり蹴りを繰り出し、迎撃を試みる。

 

そして、その振り上げられた脚を前にした私は────

 

 

「せぇえぇりゃあああっっ!!」

 

 

受けるでも回避するでもなく、そのまま脚を振り下ろし、シュウさんの蹴りと激突させた。

 

カミソリのような切れ味を誇るシュウさんの南斗白鷺拳に対し、私がイメージしたのは振り下ろされるナタ。

 

ギィンっと。鳴った音は、肉同士のぶつかり合いのそれではない。

まるで金属と金属が打ち合ったような、甲高い音が辺りに響く。

 

 

────そして。

 

「ぐあぁっ!!」

 

上空を取り全体重を乗せられた私の剛拳……いや、剛脚は、不十分な体勢から放たれた刃物を正面から打ち破った。

 

そのまま私は、打ち勝った勢いにあかせてシュウさんの懐に潜り、無防備な顔面に必殺の拳を走らせ────

 

 

それが刺さる寸前に、その拳を止めた。

 

 

「……甘いな。何故トドメを刺さん」

「その必要が無いからです。……あなたは、私を殺しに来たのでは無いのですよね?」

「────────ッ」

 

 

「お~い、マコト~~っ!!」

 

……この会話を決着と見たのだろうか。

私達を囲む気配の中から、聞き覚えのある声が私を呼ぶ声が聞こえた。

 

声の主は、リンちゃんとバットくん。かけられた声の内容はもちろん、私が知る原作と同じくシュウさんは味方だ、というものだ。

 

 

「……強い。聞いていたより、遥かに……私の南斗白鷺拳を、脚で破るものがいるとは、な」

 

「────ああ、そうだろうとも」

 

(あ……)

 

 

そして。

それに続いて。

 

…………かかる声は、もう一つ。

 

 

「フ……手酷くやられたな、シュウ。どうだ、マコトの力は」

「ああ、レイ……お前が言っていた通り……いや、それ以上だ。彼女ならば、聖帝も……」

 

 

「すまぬ、マコトさん。命を賭けねば、あなたの力を量ることが出来なかった! む…………マコトさん、何か?」

 

 

(────────ああ…………)

 

 

……この時、私は。

シュウさんのセリフが殆ど頭に入っていなかった。

 

演技による険も取れ、自然な、穏やかな表情で並ぶレイさんとシュウさん……

親友という間柄でありながら、本来辿る歴史の、ケンシロウさんの前ではついに会うことのなかった、この二人の姿を前にして。

 

この世界を愛するものとして、胸にこみ上げる感慨を、感情を。

表に出さないようこらえるのに、精一杯という状況だったから。

 

 

……私は別に、この光景のためだけに今まで行動をしていたわけではない。

そもそもまだ何も終わっていないし、この先始まるであろう聖帝達との戦いも考えなければならない。

 

ただ、それでも今は。

私の知る流れでは決して見ることが出来なかったであろう、優しい二人が無事再会出来た、この温かい光景を素直に喜ぼう、と。

そう思った。

 

 

これまで頑張ってきて……そして、ラオウによりもたらされる死の運命を、変えることが出来て────

 

 

「────────よかった」

 

「……フ! なんだ、村がどうにかなっているとでも思ったか? 心配性なやつめ」

 

私が一人漏らした呟き。

それを拾ったレイさんに、私は目頭を抑えながらも笑顔で返す。

 

 

「……ふふ、そうです、ね。私は生まれた時から、ずっと心配性なんです」

 

 

 

 

こうして、シュウさんの傷……特に正面から打ち合った脚に癒しの力をかける傍ら、詳しい話を聞く。

 

世紀末覇者拳王……ラオウが手傷を負い行軍が止まったということもあり、メキメキと勢力を伸ばしたという聖帝軍。

 

それを統べる男は、聖帝サウザー。

宿星として将星……極星を持ち、南斗六聖拳にして最強の拳法、南斗鳳凰拳の使い手である、紛れもなく南斗聖拳最強の男だ。

 

彼の軍の特徴といえば、その労働力。

通常では大人の男を使うところを、各地から幼い子どもをさらうことで、逆らうこと無く従わせ続けているという。

 

……正直、拳法家でもない未成熟な子どもが、食料といった管理コストに見合うだけの労働力となっているのか、私としては疑問なものがあるが……

この世界は砂漠横断実績があるタキくんのように、子どもでも並の現代人より高い身体能力を持っている、ということでその辺りの問題はクリアされているのだろうか。

 

当然、このような非道を同じ南斗六聖拳の一人で仁星を持つ漢、シュウさんが見過ごすはずもなく。

レジスタンス、つまり反乱軍を率いて聖帝軍に弓を引いている、というのが現状だ。

 

 

「────ただ、ここ最近はどういうわけか、その侵攻の手が若干止まっているように思えるのが、少し気になるところです」

「……む、そうなのですか」

 

ここで少し、気になる情報が出てきた。私が知る原作ではこうした会話は無かったはずだ。

……そういえば、ここに来るまでに子ども狩りをしている様子や、聖帝軍に襲われるということも特に無かった。

 

 

とはいっても、それは脅威が無くなったことを示すわけでも、レジスタンスとしての活動を止める理由になるものでもない。

むしろ、これからの大攻勢の準備をしている可能性もある、と彼らは警戒を強めている。

 

今回私の力を量るため接触したのも、こうしたレジスタンス活動の一環……つまり。

 

「マコトさん、どうか聖帝を打倒するため、我らに力を貸してはくれないだろうか」

 

────当然、こちらとしてもどの道決着をつける必要がある相手だ。

自分一人でもするつもりだった以上、断る理由は無いだろう。

 

「もちろんです。微力を尽くし……ああいえ、必ず倒しましょう。聖帝を」

 

 

つい口をついて出そうになった『いつもの感じ』な言葉を改めた上で、そう返答する。

 

……伝承者になったからといって、強気にばかり無理して振る舞う必要はないとは思っているが……

聖帝軍の暴虐に苦しむ彼らが、今。

北斗神拳伝承者から聞きたい言葉として考えると、こちらの方がきっとふさわしいはずだ。

鼓舞するという意味でも。

 

こうして、合流してきた仲間たち……といってもトキさんは今、彼の村へ戻って医療活動に勤しんでいるとのことなので、彼以外のメンバー。

つまりバットくん達年少組と、ケンシロウさん、レイさん、マミヤさんと共に、私はシュウさんのレジスタンス本部へ向かうこととなった。

 

 

「……向かわれるお仲間様は、こちらで全員でしょうか?」

 

と、ここで私に話しかけてきたのは、片目に傷をつけた出で立ちの男。

 

特に覚えのない人物だったが、シュウさん達レジスタンスの一員、と紹介を受ける。

シュウさんの手足として尽力されている彼は、実質副リーダーのような働きをしているそうだ。

確かに私から見ても、他のレジスタンスに比べ実力者のように見えた。……もちろんシュウさん程ではないだろうが。

 

「ええ、ちょっと大所帯ですが……問題なさそうなら、よろしくお願いします」

「いえいえ、問題などとんでもない……大歓迎ですよ。これからも何かご相談などがあれば是非、私にどうぞ」

「……えぇ、わかりました。こちらこそ、今後ともよろしく。……では、出発ですね」

 

 

────こうして、改めて私達はレジスタンスに向かったのだった。

 

 

……ああ、そうだ。

道すがら、これだけはレイさん達に聞いておこう。大事なことだ。

 

 

「ところでレイさん、私が居ない間────────」

 

 

 

 

「おお、シュウさん! 彼女が例の……!」

「ああ、歓迎の食事の準備は出来ているか?」

 

かくして案内を受けた私達をにこやかに出迎えたのは、シュウさん率いるレジスタンスの人達だ。

 

その構成は大人から子どもまで大小様々。

食糧事情に苦労しているのだろうか。

誰も彼も痩せてはいたが、その表情は悲壮の色を感じさせない、力強い活力に満ちていた。

 

 

「もちろんですとも! 今日は勝利祈願と歓迎会を兼ねた大盤振る舞いですよ! ……ただ」

「ただ?」

 

 

「ああいえすみません、大したことじゃあないんですが。待ちきれなかった子どもが先にちょっと食べてしまって……」

 

 

────────。

 

 

和やかな空気の中、そんな他愛のないセリフを聞いたその瞬間、私が覚えたものは。

 

後ろ髪が焦げつくような、それでいて顔中の血の気が引いて凍えるような。

そんな、とてつもなく悪い予感……焦燥感だった。

 

「む……全く。まあ、仕方あるまい。これほどの食料が並んだのは久しぶ────────」

 

 

「────その子どもは、どこにっっ!!?」

 

 

私が声を上げる、と同時。

 

 

「────────あっ……げ、ぶっ」

 

 

手に持っていたパンを取りこぼした一人の少年が、口から血を吐きながら。

その場に、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 

「りょ、リョウッッ!?」

 

 

私の記憶にある流れよりさらに早い、今このタイミングで差し向けられた、これは。

 

 

 

聖帝軍の謀略による……致死性の、猛毒だ。

 

 

 



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第三十三話

 

「ふぅ────────っ……!」

 

体力というよりは、精神の消耗により。

息を切らせながら戻った私の姿に、真っ先に飛びついてきたのはリョウくんの父親だった。

 

「ま、マコトさん! りょ、リョウは……!?」

 

「大丈夫、です。……なんとか一命は取り留められました」

 

「あぁ……! よかった、よかった……! 気づかなくてごめんなぁ、リョウ…………!!」

 

 

原作において、おそらく今と同じ毒を盛られたであろうこの少年。

ケンシロウさんが解毒の秘孔を突いても助からなかったのは、おそらく解毒をした時点で、彼の体力が尽きてしまっていたからだろう。

 

今回、私は解毒とともに癒しの力を全開で行使することによりその症状を遅らせ、なんとか治癒まで体力を持たせることが出来たのだ。

 

……危なかった。

あとほんの数秒でも対処が遅れていたなら、おそらく彼の命は無かった。

服毒自体は先に食べてしまったことで起こったことだが、むしろ発見が遅れもし複数人が同時に食べていたら……と考えると、ぞっとする。

 

そして、その考えに至ったのは周りも同じなようだ。彼らは苦々しげに呟いた。

 

「ひ、ひでぇ……」

「これが……聖帝の、やり方……!」

 

 

(……聖帝の、か)

 

 

確かにこれは、原作でも取られた彼らのやり口だ。

敵対者であるシュウさん自身にはかからなくても、今回のように彼が守る者に対してその悪意の刃を向けるだけでも、十分に彼に痛手を与えることが出来る。

 

……ただ、今回気になるのはその時期だ。

 

私が知る流れでは……すでに若干薄ぼんやりとしたものにはなっているが、確か彼らとケンシロウさんが合流し……

そして、レジスタンス活動として敵軍を一度撃退したあと、同時期に奪取した食料が毒入りだった、と。そういう感じのはず。

 

 

ただ、今回は合流した時点で、すでに用意されていた食材に毒が混入されていた。

それは単なる偶然で、いくつも展開されていた戦術のうちの一つに、たまたま今引っかかっただけ、という可能性も高い。

 

ただもし、そうでなく。これが向こうの目論見通りのタイミングであって。

 

そして、その違いをもたらしたものが、原作に無い私の存在だとするのなら。

 

これまではともかく、今このときの聖帝軍の狙いは、彼らの矛先は……

もしかしたら、シュウさん達レジスタンスではなく。

 

 

「…………私、か……?」

 

「うん? どうしたよマコト?」

 

つい口をついて出た言葉にバットくんが反応したので、なんでも無いです、と返しておく。

 

 

────どうやら、今回も……簡単にはいかなさそうだ。

 

 

 

 

その後も聖帝軍の謀略との戦いは続いた。

 

聖帝先遣隊との戦いでは個で勝るこちらが勝利を収めるものの、その戦利品にもやはり毒が仕込まれていたり、聖帝軍が隠れていたりと、中々素直に喜べる戦果とはならなかった。

 

手に入った飲食物に関しては、まず私やシュウさんが率先して調べ、食べることにしている。

北斗神拳使いは基本的に毒への耐性を持っている。

また北斗神拳ほどでないにしろ、シュウさんも原作通り、並の毒ではビクともしない。

 

レジスタンスメンバーはそれに驚き、若い娘に毒味をさせるなど……と苦々しげな様子だったが、現状他に手立ても無かった。

 

 

……警戒を強めた甲斐もあってか、今のところはまだ全員無事ではある。

しかし、この先飲料水に毒が仕込まれたり、本拠地に火を放たれたりと、より直接的で致命的な被害をこうむると、犠牲は避けられないだろう。

 

そのため、可能な限り早めに聖帝打倒に討って出たかったところではあるが……

 

 

「……まだ、わかりませんか」

「えぇ、こちらも全力で探していますが……すみません、聖帝本隊の位置となると、不思議なほどするりと索敵網から抜けられているようで」

 

そう私に申し訳無さそうに返すのは、片目に傷を負った副リーダー的男だ。

 

念の為他のメンバーに聞いても、やはり聖帝本人の位置はまだ特定が出来ていない。

おまけに、聖帝軍から秘孔で居場所を聞き出そうにも、前線で当たるような相手は、聖帝の正確な位置が誰一人与えられていなかったのだ。

 

 

(……周到な)

 

 

こうして、私達は閉塞感のある状況に、じりじりと焦れるような感覚に苛まれ続けていた。

 

 

 

 

「…………おかしい」

 

そんな報告が何度か続いたある日。

一人そう呟いたのは、シュウさんだった。

 

「おかしい、とは?」

「確かにヤツ、サウザーは自身の目的……覇道のために手段を選ばない……いや、選ばなくなってはいた。……しかし、ここまで悪辣な……姑息な手段ばかりを好んで行う男では無かったはずだ」

 

 

同感だ。

 

毒殺や奇襲までならまだ分かるが、自身の居場所を隠蔽し戦うこともしないというのは、少なくとも私が知る原作のサウザー像とは少々かけ離れたものがある。

 

 

ただそれとは別に、私はこういう……まるで人をおちょくるかのような知略を好むであろう人物に、一人ばかり心当たりがある。

 

 

その大きな根拠は、レイさん達と合流した際に聞いた、一つの情報だ。

 

あの時、私がした質問は、こうだ。

 

『自分が居ない間に何か起こらなかったか?』

 

それに対しレイさんは一瞬マミヤさんのほうに気まずそうな視線を向け……そして、マミヤさんが頷いたのを見て、私に答えた。

 

ひょんなことで、マミヤさんの後ろ肩に『UD』と描かれた紋章が焼き付けられているのを知ったこと。

これは南斗六聖拳の一人である、妖星のユダという男の所有物であったことを示す、消すことの出来ない証だ、という。

 

そしてレイさんは……自分が愛する女につけられたこの傷跡のために、"いずれユダとの決着をつける"と、そう決意したのだ。

……どうやらすでに愛する気持ちは隠さなくなっているようである。よきかな。

 

 

ただ、この出来事自体で何か特別大きな動きがあったというわけではない。

だからこそレイさん達は、いずれ来る決着を胸に秘めた上で、今はシュウさんと合流し聖帝との戦いを優先する選択を取った。

 

 

……つまり、ユダはまだ、撃退していないということ。

 

 

原作の流れを知る私は、この情報と原作の知識から、一つの考えに至る。

 

 

(おそらくユダとサウザー……彼らは今、組んで行動している)

 

 

思えば原作でも、『南斗六聖拳の崩壊を招いたのは始めに裏切ったユダだが、それを命じ動かしたのはサウザーである』と言われていた。

つまり彼らは同じ南斗六聖拳である、ということ以上の関わりを持っているといえる。

 

そして、同じ南斗六聖拳のレイさんに執着を見せる男、ユダ。

 

原作でラオウとケンシロウさんが相打ちになった際、レイさんが新血愁を突かれ死の運命が確定され、さらにマミヤさんが死兆星を見ていることをユダは知る。

その後ユダは、レイさんをあざ笑うために立ちふさがり……そして最後はレイさんに打ち倒された。

 

しかし、今回はレイさんが無事であるために、ユダが介入するタイミングが異なってきているのだ。

おそらく、ラオウの影響が弱まったことで、サウザーが覇を握るための後押しをするため彼のもとへ下り、まるで軍師のように仕えているのではないだろうか。

 

……サウザーがそのユダの作戦を採用している理由までは、まだ分からなかったが。

案外こういう手段も好きだったというだけか、もしくはユダが上手いこと説得したのだろうか。

 

 

ただ、だとすると。

 

(────やっぱり、このまま出方を待っているのは得策じゃないな……うーむ厄介だ)

 

原作でも、最終的には村のダムを破壊し猛毒を流し込もうとする、という暴挙にまで出ていたユダ。

そんな彼をこのまま自由にさせておくのは、どう考えても危険だ。

 

 

それならば…………割と毎度毎度のことにはなるが、こうするしかないだろう。

 

 

そう決意すると、私はシュウさんやレイさん達に向き直る。

 

そして、他のレジスタンス達にも聞こえるよう大きな声で。

 

自分の選択を伝えた。

 

 

「──── 一つ、賭けに出たい、と思います」

 

 

★★★★★★★

 

 

マコトが提案した内容とはつまり、『食料調達などに割く人手は最低限にして、聖帝の居場所把握に全力を注ぎ、早期に打ち倒そう』というものだ。

 

それに伴い、近くのマミヤの村やレジスタンス拠点防衛などのため残しておいた、自分たち主力の拳法家組も索敵に参加し、可能ならそのまま聖帝打倒に臨む。

どの道、規模で勝る聖帝軍にいつまでもゲリラ活動をしていては、先に限界を迎えるのはこちらのはず。

ならば、リスクを負ってでも短期決戦を挑もう、というのが彼女の考えだった。

 

「そ、それでは……皆様も、積極的に攻勢に出られる、ということなのですね……? おお、ついに……!」

 

その提案に感慨深げに賛同をするのは、目に傷を持つレジスタンスの男。

 

他のレジスタンス達も不安げな表情ではあったが、他に取れる手立ても無い、と最終的にはその案に賛同をしたのだった。

 

 

そして。

 

 

────聖帝の位置……正確には、彼が通るルートの特定が出来た、と報告が入ったのは、作戦を展開し始めて間もなくのことであった。

 

 

 

 

────マコトは、知らない。

 

 

「……ありがとうございます。それでは、作戦通りに。なんとしてもここで、聖帝サウザーを倒しましょう」

「えぇ……どうかよろしくお願いいたします」

 

今、サウザーのルート情報をマコト達に報告し、下がった男。

 

レジスタンスとしてこれまで献身的に活動し、誰からも信頼されるよう立ち位置を得た、片目に傷を持つその男。

 

 

 

「…………きひっ!」

 

報告を終え一人となった彼が今、トレードマークである眼帯をつけた本来の姿で、その顔を邪悪な形に歪めていることを。

 

 

────シュウは、知らない。

 

 

その男、名をダガール。

南斗六聖拳の一人、ユダの副官である彼は、ユダの命令により早期にレジスタンスへと潜り込んでいたことを。

 

心の目を開けていることで悪意や敵意といった気配には人一倍敏感ではあったシュウだが、相手は裏切りと知略を司るとされる、妖星を宿星に持つ男ユダ。

この男の陣営と、こうした化かし合いを制するには、彼は生来の根が善良にすぎた。

早くから協力しており、心を隠しながらの奸計に長けたダガールを疑うことまでは、さすがに難しかったのだ。

 

マコトの方はなおさらだ。

ダガールの存在自体は薄っすらと覚えてはいたが、トレードマークの眼帯が無いこともあり、変装した彼が始めから侵入していたとまでは、如何に原作知識があっても看破するのは困難だった。

 

 

ダガールは今、自分達の戦略が、目的が成就されたという確信に、これ以上無く笑みを深めながら歩き出す。

 

ダガール……いやユダの目的の一つは、マコトと合流後に命じられた、彼女を罠にはめて時間を無駄に使わせること。

 

……当然、先程教えた情報は偽物だ。

ダガールはマコト達が状況に焦り、一斉に攻勢に出るこの瞬間を待っていたのだ。

 

 

そして目的のもう一つは、もちろん────。

 

 

 

 

マコトは、向かう。

 

もたらされた情報から考えて、サウザーとはここで邂逅出来るはずだ、と信じ。

不安な内心を押し隠しながら、その場所へとひた走る。

 

 

その人影は、向かう。

 

作戦により無防備となったその地……マミヤが居る村へ。

この機を逃す手はないと、逸る気持ちを抑えながら、静かに歩み続ける。

 

 

 

────そして。

 

 

「はっ!? だ、誰…………!?」

 

 

村で仲間の無事を祈りながら佇むマミヤの前に、一人の男が現れる。

 

 

「久しぶりだな…………マミヤ!!」

 

 

その男の名は、妖星のユダ。

 

ユダは、マミヤに自身の……『UD』と描かれた紋章を見せつけながら、嗤った。

 

 

 

────それと同じ頃、人影はたどり着く。

 

 

奇襲のため、外套を深く被ったその人物は、ダガールから提示されたポイントに到着した。

 

 

が、しかし。

 

 

「へへへ……」

「馬鹿が、本当に来やがったぜ!」

 

「────────」

 

それを出迎えたのはサウザーではなく、聖帝軍の先遣隊。

足止めのために配置された男たちは、のこのこ現れた人物に対し、まんまと騙されたと嗤う。

 

 

そして、それを見た外套の人物は────。

 

 

 

 

「な、なぜ……あなたが、ここに……」

 

マミヤからすれば、何年も影も形もなかった因縁の男、ユダ。

それが今、この場に現れたことに、動揺を隠せないとばかりに呟く。

 

そしてその言葉は、自身の知略に絶対の自信を持つユダにとって、今この時は最も聴き心地のいい称賛に他ならなかった。

 

 

「フフ、フ、フハハハハハ!!」

「…………!?」

 

突然笑い出した男の姿に戸惑うマミヤに、ユダは言葉を続ける。

 

「お前は北斗七星の脇に輝く蒼星を見たことがあるか……?」

「……それは」

「ふふ、いや! もはや聞くまでもない! こうして俺がここに現れた以上! お前がその星、死を予言する死兆星を見ているのは間違いあるまい!」

 

────ユダのその言葉は、事実だ。

 

マミヤはユダが言う星、死兆星を目にしている。

そして、その死の運命の鍵を握る男が目の前で笑う男、ユダであることもまた、間違いないだろう。

 

 

「フハハハハハハ! そうとも知らず聖帝軍にかまけている男、レイ! 賭けのつもりで取った大攻勢が空振りに終わり、戻ってきたときには愛する女の姿はない! こんな間抜けな様があるか!!」

 

「…………! では、ユダがここに来たのは……!」

 

「そうだ! 愛した女を奪われ、泣き叫ぶピエロの姿を嘲笑うためよ! そのためにレジスタンスにスパイを送り、破壊工作をし、守りの手を無くすよう仕向けたのだ!!」

 

 

────なんという、歪んだ執着。

この男に取っては、聖帝の命令も南斗の宿星も、何も関係ない。

 

この男にあるのはただただ、己の手のひらで盤上をかき乱す快楽。

そして……絶対の美と知を持つはずの自分よりも美しい男、レイへの憎悪を晴らすという妄執だけだ。

 

 

「なんて、こと……本当に……」

 

「フハ、フハハハハハ!!」

 

 

「フフハハハハハハハハハハハハッッ!!!」

 

 

 

「────────そうか。それでは、気が済むまで笑ってみせるがいい」

 

 

 

空に顔を向け、大口を開けて高笑いする……端正に整ったつくりの、その顔面に。

容赦の無い肘鉄がめり込み、ぐしゃぁっと歪められたのは、その時だった。

 

 

「おっごわあぁぁああっっ!!?」

 

 

そして、男は現れる。

 

 

「な、あぁッ!? き、貴様はぁッ!!?」

 

 

「ユダよ。…………決着を、つけようか」

 

 

そこに居たのは、マコトの作戦により聖帝討伐に出たはずの男────レイ。

 

マミヤは一人、未だに信じられないとばかりに、小さく呟いた。

 

「……なんてこと……本当に、言ったとおりになるなんて……」

 

 

 

 

聖帝は、走る。

 

自身の威容を示すかのような、威圧的な装飾が施されたバイク。

その後部に取り付けられた椅子……いや玉座に腰かけ、進行する。

 

目的は、自身が治める領地の視察……もとい、その地で暴威を振るい、より恐怖を与えるため。

その道を塞ごうとするもの、すぐに頭を下げかしずかない者は『汚物』として火炎放射器を抱えた聖帝軍の部下が処理を行う。

 

 

そんな残虐な覇道を、笑みさえ携えながらひた走る聖帝のもとに。

 

 

────突然、ゴオォォっという低い音が迫り、サウザーは目を見開いた。

 

 

「ぬぅっ!!」

 

音の出どころは、聖帝めがけて投げ込まれた、とある物体。

 

火を吹きながら高速で飛来するその物体は、つい先程まで無辜の民を焼き払い蹂躙せんとしていた、火炎放射器だ。

 

 

南斗鳳凰拳を極めたサウザーなら鉄製のそれを切り裂くことは容易かったが、燃料も詰まったままのものに迂闊に手を出す必要もない、とその場から跳躍し、身をかわす。

 

そして着地したサウザーは、彼の威光を象徴するかのようなバイクと玉座が、引火し爆発する様を背にしながら。

 

この事態の仕掛け人……つまり、聖帝軍の部下を始末し火炎放射器を放ったその人物に、声をかけたのだった。

 

 

「ほう……そうか。貴様が、ここに来たか。……いや、好都合だ」

 

「暴虐にかまける人生はもう十分でしょう……あなたを、止めに来ました。サウザー」

 

「でかい口を叩くではないか、小娘……マコトよ」

 

 




「ケンシロウさんケンシロウさん! 少し前なんですが、見たこともない順位でランキングに載っ…………!?」

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第三十四話

★★★★★★★

 

 

上手い"嘘"の付き方として、『嘘の中にもある程度真実を織り交ぜる』というものがある。

 

聖帝軍、レジスタンスによる戦いにおいて、レジスタンスに居た二人の嘘つき、マコトとダガール。

 

今回、彼女たちはどちらもその手法を使っていた。

 

 

マコトは、考えた。

 

おそらくレジスタンス内部に、虚偽の情報を流しているものがいる、と。

 

というのもやはり、聖帝を名乗り覇道を邁進しているはずのサウザーが、レジスタンスを警戒ないし恐れて自らの情報を隠している、というのは性格上考えづらかったためだ。

 

つまり、サウザーの情報が無いのでなく、手に入った情報が意図的に捻じ曲げられている可能性が高い、と。

そう思った。

 

その内通者が何者なのか……本気で洗い出し、一人一人徹底的に調べ上げれば特定することは不可能ではない。

が、レジスタンスの現状を考えれば、そんなことに多くの時間を割く余裕があるとは言いづらかった。

まさか全員に秘孔、新一や解唖門天聴をかまして回るわけにもいかない。

 

ゆえに、マコトは"ズル"をした。

 

論理的に作戦の全容を見破るのではなく、繰り返し読んだ原作で知ったキャラクター像から、一足飛びに答えが得られる状況を作る……

つまり、あえて敵が動くであろう隙を作ることで、無理やり望む形に動かそうとしたのだ。

 

レジスタンスが居る前で宣言した、攻勢に出るという言葉自体は嘘ではない。

 

ただし、それで狙われるであろう村にレイを、拠点にシュウを、と戦力は残した上で、偽装と思われる情報には念の為ケンシロウに向かってもらう。

もし仮に、その情報が本物だった場合も、最もサウザーと戦える、もしくは無事退くことが出来る可能性が高かったのが理由だ。

 

そして、おそらくもたらされたこの偽装情報も一定の真実……つまり、同タイミングでサウザーが何処かで動く可能性が高いことも、マコトは読んでいた。

完全に嘘の情報を流すよりも、サウザーが動いているという裏付けがあったほうが、より信憑性が増すからだ。

 

その上で可能な限りレジスタンス達から動きの兆候の裏を取り、さらに原作でケンシロウとサウザーが当たった風景も思い出し、彼が通りそうな箇所に当たりをつけた、という形である。

 

 

今回、その読みは運良く当たったが……実のところマコトとしては、これが空振りに終わったとしても、そこまで問題とは考えていなかった。

重要なのは、これまで策で散々振り回された、ユダを釣ることが出来るかどうか、ということ。

 

そう、今回マコトが狙い打った本命は、ユダだ。

 

マコトは、自身の介入の余地が無いユダとマミヤの過去を考えると、今回も間違いなくユダはレイに執着している、と考えた。

 

 

(……それなら、ユダがこの状況で最も望むことは、間違いなく────)

 

『絶対の自信を持つ知略を以てレイ達を罠にはめ、その隙にレイが愛する女マミヤに危害を加える』ということだ。

 

 

あとはその結論ありきで、あとからそれっぽい理屈を付け足し、信頼の置けるケンシロウ達普段の仲間に相談をする。

 

────こうして、ユダはレイが待つ村に、自らその姿をあらわすこととなってしまった。

 

 

…………ユダの策略に、ダガールの偽装に。最後まで落ち度は無かった。

 

ダガールの存在を知るマコトも、シュウすらをも騙し通したその実力は妖星の名に、知略の星に相応しいものだった。

 

まさか会ったことすらも無い女に、性格や癖まで計算に入れた破られ方をされるなど、夢にも思えるはずが無かったのだ。

 

 

 

────ゆえに。

 

 

 

「ば、バカなバカな…………!! 何故だ、ありえん! この俺の頭脳が、知略が読み切られるなど…………!!」

 

 

その時のユダが覚えた衝撃が、混乱が。

レイの肘鉄による痛みすらをも忘れさせるほどに大きなものだったことも、無理からぬことだろう。

 

「……まあ、それに関しては、同感だ。……マコトのやつは、俺ですらたまに何が見えているのか、と薄ら寒くなるときがあるよ」

「マコト、マコトッ!! 北斗の女か!! くそ、あのような傷まみれの女がこの俺に……!!」

 

ユリアには及ばないまでも癒やしの力を身に着けているマコトは、現在のところ一般的な価値観で目立った傷跡などは残ってはいない。

 

が、身にはべらす女性の、髪に隠れた傷跡すらをも敏感に捉えるユダにとっては。

マコトとは、自身の預かり知らぬところで傷だらけで戦い続けるという、ユダの考える美しさとは遠くかけ離れた女だ。

 

「おのれ、おのれ、たかが女の分際で、この俺の策を、よくも……っ!!」

 

彼に取っての女とは、この世で最も美しい自分を飾り立てるための存在、装飾品だ。

そこから考えると手に取る前から傷がついている装飾品など、ユダに言わせれば論外もいいところなのである。

 

そんなユダの歪んだ価値観からすれば、たかが女の分際で逆らい、自らの策を破算させたマコトは当然、到底許せる存在ではなかった。

 

 

とはいえ。

 

「────ふんっ!!」

「ぐぬぅぉあっ!?」

 

レイからすればユダのそのような感情、怒りなど知ったことではない、と容赦なく拳を振るう。

 

ユダもさすがに南斗六聖拳の一角といった実力で、なんとか致命傷こそ避けてはいたものの、動揺のせいもありほぼ一方的に劣勢に追い込まれていた。

 

 

「遺言はその醜悪なたわごとでいいようだな。……恩ある女を悪し様に言われることも許せぬが、何より俺はこの女……マミヤのために。今ここでお前を倒さねばならん」

 

それは、レイとしては覚悟を促すためのセリフではあった。

が、この発言によってユダは、自らが握る情報……それも、決定的な"それ"の存在を思い出す。

 

 

「…………ふ、フフ、フハハハハハハ!! 女、女、女かっ!! 南斗水鳥拳のレイともあろうものが、なんて様だ!! そんな無意味なことのために必死になって動いていたなんてな!!」

「なにっ!?」

 

「今、俺がしていた話を聞いていなかったのか!? 良いかよく聞け~~!! その女、マミヤはな~~!! すでに……死兆星を見ているのだ────っ!!」

 

「────────っ」

 

その言葉を受けゆっくりと、マミヤに目を向けるレイ。

マミヤはその視線に対し、気まずそうに目を背けた。その所作が意味するもの……それは、肯定だ。

 

「……やはり、あのやり取りは本当だったのか……そうか、そしてその死をもたらすものが貴様……ユダということなのか」

「そぉうだ!! その通りだ!! 残念だったな、貴様がこれまでやってきたことは、まさにピエロの────────」

 

口の端から泡を吹きながら、自身が優位に立てたという確信から顔を歪め、詰め寄るユダ。

 

そんな彼を目の前にし、愛する女マミヤに。

死の運命が迫っていると知ったレイは。

 

 

「────フッ」と。

笑って。

 

目の前の男に、再び拳を叩き込んだ。

 

 

「ごぶぇ」と潰れたカエルのような悲鳴と共に、再び吹き飛ばされるユダ。

ふらふらと彼は起き上がると、再びの混乱に支配された頭のまま、ただ呆然とレイを見ていた。

 

「…………ぁ、なぁっ……?」

 

このレイが。

人のためにこそ生きる義星の男が、最も愛した女が死ぬと聞かされて。

その上で笑う理由も、すぐに迷いなく拳を振るえたことも、まるで理解が及ばない。

 

自身が告げたこの事実によりこの男は感情を乱し、泣き。

そして、迷いのある拳から放たれる水鳥拳を、自らが誇る南斗紅鶴拳で自在に料理する……そんな甘美な未来は、目の前にあるはずだったのだ。

 

だというのに、このときのユダの耳に入ったものは。

嘆きも憂いも一切無い……目の前の男からの力強いその言葉。

 

「フフ、そうか。……安心した」

「レイ……?」

「あ、安心、だと? 一体何を……」

 

ますます訳がわからない。こいつはマミヤを愛しているのではなかったのか。

そう口を開けて見やるユダに、レイは言い含めるように言葉を続けた。

 

 

「ユダよ……教えておこう。……この俺もまた、その死兆星というものを見ていたのだ」

「なっ……! い、いや、当然だッ!! 貴様はここで、俺に」

「いや違う。俺に死をもたらすもの……それはお前も知るであろう、拳王ラオウだったのだからな」

 

そして、レイは語る。

 

確かに自分に死の運命は迫っており、事実それは実現する刹那というきわまでいったということを。

しかし、それは……複雑な相手ではあるが、確かに人の手によって防がれたということを。

 

そして、その救援をもたらしたものも、また────

 

「やつは、マコトは俺に示した。死の運命は……人の手によって、変えられるということを。……ユダよ、俺の前からは今、あれほどはっきりと見えていた死兆星が、死の運命が。もはや影も形も無くなっているのだ!」

「な、なんだとぉ!?」

「そして!」

 

ズバァっと、力強い動作で振るわれた手刀で、ユダの身体が浅く切り裂かれる。

 

しかしユダは今、その痛みではなく。

目の前の男から発せられる圧倒的に充実した気力、圧力によって。

知らず知らずのうちに後退させられていた。

 

 

「それならば、マミヤの死の運命もまた変えられる、ということ! ……いや! この俺が変えるのだッ!! この先もマミヤを狙い死兆星が堕ちてくるというのなら……この俺がずっと傍で、全て! この手で!! 細切れに切り裂いてくれるッッ!!!!」

 

 

「レ、レイッ……!!」

 

「ぐ……ぐぅっ……!」

 

そのレイの……あまりにも力強い、啖呵の名を借りたプロポーズ。

 

それを聞いたマミヤは感涙にむせび、ユダは────

 

 

────それでもなお、嗤った。

 

 

「…………ク、フ、クック……! おめでたい奴らだ! この場で死ぬ貴様らにそのような未来など、あるはずも無い!」

「……貴様がこの俺を倒せる、と?」

 

「当然だ! 貴様はこの俺様に勝つことは出来ん、絶対にな!」

 

「────俺様は、妖星のユダ!! この天において最も輝く美と知略の星!! 貴様がいることは多少想定外だったが、何も問題は無い!! この俺様は常に、二重三重に策を用意しているのだ~~!!」

 

 

そんな、ユダのセリフと同時。

 

 

ドォンドォンッという轟音が鳴り、レイ達の下に届いた。

 

 

「ぬ、今の音は……!」

「まさか……! ダムを……!?」

 

この村に生きるレイとマミヤは、今の音がこの村の要である、ダムのある方角から鳴り響いたことに気づき、焦燥の声を上げる。

 

「そうだ! この村の豊富な水源を利用してやったのよ! 所定の時間に俺が合流しなかった時は爆破する手はずだったのだ! 万が一感づいた貴様が戻ってきたとしても、南斗水鳥拳の要である機動力を封じるためにな!」

 

「そんな……!」

 

 

「フハハハハハハ! そぉら水が流れてくるぞ、もはやお前たちは終わりだぁ! フ、フハハハハハハハハハハ!!」

 

「────────ッ!」

 

 

「フハ、フハハハハハハハハ!!」

 

 

…………

 

 

「フハハハハハハハハ!! フハハハハハハ、ハハ……………………?」

 

 

────しかし、そんなユダの願いとは裏腹に。

 

 

「…………?」

 

「…………?」

 

「…………??」

 

 

待てども聞こえるものはユダの高笑いと、それが困惑と共に止んだあと訪れた、静寂。

 

 

そして、そこから遅れてやってきた……

ずーる、ずーるとゆっくり何かを引きずるような、どこか気の抜けた音だ。

 

「…………??」

 

引きずられているのは、二人の男。

眼帯をつけた男と、丸いサングラスで目を隠した小さな男は、身体に開けられた風穴の痛みに呻きながら、力なく身体を投げ出している。

 

それを引きずるのはレジスタンスの男と、大人のその男にも負けない力強い歩みで手伝う、一人の少年。

 

そして、その最前を堂々と歩くのは……先程二発の轟音を奏でた銃を手にした、一人の女だ。

 

 

「あ、アイリ……!?」

 

「兄さん。マコトさんの助言で見回りをしていたら、今にもダムを壊そうとしている人が居たわ。……だから、ここにいるシバくん達と協力して捕まえたの。こっちは大丈夫よ!」

 

そう落ち着いた、しかしそれ以上にみなぎる自信を胸に報告をするのは、レイの妹アイリだった。

 

 

────ユダの副官ダガールと、部下コマク。

 

本来、彼らの実力……特に、原作で一蹴されたとはいえ、ケンシロウに一度は拳法での勝負を挑んだほどに自信を持つダガール。

彼は、如何に銃を学んだアイリや並の大人を叩き伏せるシバといえども、そう易々ととらえられる相手ではない。

 

とはいえ、今回はさすがに状況が悪すぎた。

 

そもそもユダと同じく、作戦が看破されているなど……

ましてやピンポイントにダム周りに警戒の手が及んでいるなど、特に潜入に成功していたダガールが、勘定に入れられるはずもない。

 

発見されるなどとも当然考えていなかったし、仮に見つかったとしても相手は拳法家でもない村人や自警団がせいぜいといったところで、自分たちの敵ではない。

むしろ、こんな"ぬるい"任務に自分たちが遣われるということを、若干不満に思っていたフシすらある。

 

 

……まさか、見敵と同時に躊躇なく発砲する女……それも、よりによって北斗神拳の使い手を相手取ることを想定された、常識はずれの性能の銃を使う相手に見つかるなど、一体誰が想定出来ただろうか。

 

原作においても、ボウガンを手に戦う決意をした直後から、害なす相手(モヒカン)の命を奪うことにためらいを見せなかった彼女。

生来穏やかな気質だったとはいえ、やはり芯の部分ではレイと同じく、戦う南斗の者なのだろう。

 

 

そうして、想定外にすぎる攻撃がもたらす混乱と痛みに、侵入者である彼らの頭が支配されたその瞬間。

疾風のように駆け出した、まだ幼いながらも仁星の心を受け継ぐシュウの息子、シバによって叩きのめされ、彼らは結局何も出来ずお縄に付き、ただ痛みに呻くこととなった。

 

 

「…………うぅ…………ぐぅぅぉぅ~~~~ッッッ!!」

 

 

……そして、その様を。

ダムを爆破し水浸しにする策も、その後コマクにより猛毒を流させるという策も、何もかも。

自らの策が、勝機が今、全て崩壊したことを突きつけられたユダ。

 

彼が出来たこともまた、何も出来ずにその場に呻くことだけだった。

 

 

「────────」

 

アイリは、そんなユダを目にし……この男がくだんの因縁の人物なのだろう、と理解する。

 

それに対し言いたいことや聞きたいことも確かにあったが、それよりもまず、どうしても今すぐ伝えたいことがある、と。

レイに、その神妙な表情を向けた。

 

 

「兄さん……大変よ」

「どうした、アイリ」

 

「……この銃、すごいわ」

「そ、そうか……よかったな……」

 

 

繰り返しになるが。

 

 

すでに、彼女の肝は、据わっていた。

 

 

 

 

────全て、失った。

 

地にうずくまり、苦悶するユダは、半ばぼやけた意識でそれでも思考する。

 

絶対の自信を持っていた知略は全て破られ、自身の美貌はレイの拳によりおびただしい流血と共に歪められ。

そして、元々信頼などしていなかったとはいえ部下もとらえられた。

自身の知略を頼りに着いてきた残りの部下も、この惨状を見れば当然脇目も振らず見捨てて逃げ出すだろう。

 

ユダは、思う。

 

 

──── 一体、どうしてこうなったのだろうか。一体、何が間違っていたのだろうか。

 

この、暴力が支配する世紀末で、知略に頼って成り上がろうとしたことか?

聖帝と手を組み、行動を起こしたことか?

今、策が看破されることを知らずに、のこのこと村へと来てしまったことか?

 

 

────いや、違う。間違いは、それよりもずっと前。

 

 

かつて、南斗聖拳の修行者達が集まり、技を披露したあの時。

 

そこで目にしたレイの南斗水鳥拳、飛燕流舞。

この技のあまりの見事さに、美しさに。心から見とれてしまったという事実。

 

それに嫉妬し、憎悪したことが今のユダという人格を形成したのだ。

 

 

そこから彼は、これまで以上に、狂気的なまでに美しいものだけを追い求めた。

そして、そんな中でも自分が最も美しい存在であるという自負心だけを支えに、これまで奪い、殺し、生きてきた。

 

……だが、その生き方には一つ、致命的な問題があった。

それは、進む道が外道である、だとかそういうものではない、もっと根本的な問題。

 

 

それは、ユダという人間が、本当に美しい……自分よりも美しいものへの憧れを捨てられなかった、ということだ。

 

 

だからこそ村を襲撃し、彼女の両親を殺してまでさらい、手に入れたはずの女マミヤにも何も出来なかった。

 

美しいものだけを求めていたにも関わらず、いざ美しいものを前にすれば無力になる……その矛盾した在り方こそが、今のユダという存在の本質だった。

 

 

「────────ッ」

 

 

そして、今。

最も強く憧れた、誰よりも美しく舞う男、レイ。

 

彼を前にし、その全てをさらけ出されたユダは。

 

 

「む……」

 

────────スゥッ、と。

 

直前までの苦悶の叫びも、憎しみに歪んだ表情も嘘のように。

静かに立ち上がり、レイを真っ直ぐに見据えた。

 

その淀みのない目を見て、レイもまた。

何を聞くでもなく、恨み言を吐くでもなく。

 

ただ、構えた。

 

 

「────ユダ」

 

「南斗紅鶴拳、奥義……」

 

ユダは、両手を虎の爪か……もしくは、名が表すような鶴のクチバシか。

対峙するものにそんな印象を想起させる圧力を伴った、最後の構えを取る。

 

 

なぜ飛燕流舞を見たあの時、狂おしいほどの嫉妬の炎に包まれたのか。

それは、本当に美しいものには自分の手は届かないのでは、という自身の最も弱く、目を背けたい部分を突きつけられ、それを認めたくなかったからではないか。

 

だからこそ、手が届かないものを地に堕とすことが出来たなら、その心も慰められるのではないか、と考えたのではないか。

 

 

あの日、歪み始めてから歩み、積み上げてきた全てを失ったユダ。

 

……いや、全てではない。自分にとって、最も大事な原初の想いだけが残った。

ゆえに彼は今、自分でも不思議なほどに、クリアになった思考で自身の全てを見つめ直し……その上で、目の前の男と相対することが出来ていた。

 

そして、本当に美しいものに手が届かないのならば、憧れが、自分の手に収まらないのであれば────

 

 

────自分にできることは、やれることは、たった一つ。

 

 

「今、この俺が! 貴様を超えてやる!! ────血粧嘴(けっしょうし)ッッ!!」

 

 

ユダの両手から放たれる、闘気を纏った神速の突き。

 

それを、レイは自身が誇る南斗水鳥拳の真髄、すなわち流麗華麗な跳躍を以て回避する。

 

その美しさに、その場にいる誰もが目を奪われ、見とれ、身体の動きを止め────────

 

「ぬぅぉおおおおあああッッ!!」

 

それでも、なお。

その憧れを無理やり振る切るような、裂帛(れっぱく)の気合と共に、ユダは自らの奥義を突き上げる。

 

「れ、レイッ!!」

「兄さん……!!」

 

触れるもの皆突き貫くその手刀が、闘気が今まさにレイに触れようとした、その瞬間。

 

 

「────────見事だ、ユダ」

 

 

白鳥が、ゆっくりと羽を広げるかのような。

そんな、神秘性すら感じさせる動作で、神がかり的なタイミングを以て。

 

レイは、ユダの両拳を左右に受け流した。

 

 

「お……おぉっ……!?」

 

そして、その動きにより天を向いたレイの両腕は、そのまま流れるようにユダの両肩へと吸い込まれ────────

 

 

「南斗水鳥拳奥義!! 飛翔白麗!!」

 

 

二人の南斗の男の因縁に、決着をつけたのだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

「────────つっ……」

 

聖帝サウザーとぶつかり、何合かの拳を交えた私は。

今この場において、私が知る原作にはない要素が戦場に渦巻いている、と。そう感じていた。

 

 

「フッ…………」

 

 

彼の表情は、原作でもよく見かけた、余裕のあるもの。

敵はすべて下郎と見下す、聖帝という在り方を象徴するかのような、傲慢な表情だ。

 

だが、様子見と状況把握を主目的に拳を振るった私に対し返された、その拳の質は、動きは。

 

原作でのケンシロウさんとの戦いでは見せなかった、彼の内心に渦巻くある感情を雄弁に私に物語っていた。

 

 

何故かは……ある程度は察しがつかなくもないが、まだ完全に分かったとは言えない。

ただ、恐らくは間違いないだろう。

 

 

彼が……聖帝サウザーが今、私に向けている感情……それは────

 

 

『怒り』だ。

 

 



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第三十五話


前回までのあらすじ
ダムくん、生存


雪崩のように迫りくる手刀や蹴り。そして、それらから生まれる真空波を受け、捌き、避け続ける。

 

「くっ…………!」

 

驚嘆すべきは、そのスピードだ。

 

今対峙する男、聖帝サウザー。

彼が振るうそれは純粋な拳力、破壊力こそ拳王ラオウには及ばないものだが、とにかく速く、圧力に満ちていて、何よりも切れ目がない。

 

特に、原作でケンシロウさんをも驚愕させた踏み込みの速度は、にわかには信じがたいものがある。

 

単純な最高速度なら私の高速移動、龍流にはほんの僅か劣る。

しかし、彼の踏み込みには一切の予備動作がなく、加速というプロセスもほぼ皆無に等しい。

 

「────っと!!」

 

今、私の頬をかすめていった十字型に切り裂く一撃……サウザーが誇る極星十字拳。

突然目の前に現れたかのような動きから、こういった技が間断なく放たれるという戦闘スタイル。

それは、ラオウが振るう剛拳とはまた種類の違うプレッシャーを私に与え続けていた。

 

……正直なところ、純粋な相性という意味では、私からすればサウザーのほうが厄介かもしれない。

ラオウはお互いの強みが全く違う分、小細工や速度差で誤魔化せる要素も多かったが、サウザーの場合は速度がほぼ互角な上、私に取ってはまともに喰らえば必殺級の一撃であることに変わりは無いからだ。

 

「どうした小娘? 逃げまどうだけではこの聖帝の身体に拳は届かぬぞ!」

 

攻撃を続けるサウザーから距離を取り、息をついた私にかけられたのは、余裕……いや、嘲りの言葉。

その態度の理由にも思うところはあったが、今はそれを頭に追い出す。

 

……このセリフを吐いている間も、戦っている間も、サウザーは構えをとっていない。

開戦当初からだらん、と腕を下ろした自然体だけを取り、防御も回避も考えずに彼の言う"制圧前進"をし続けていた。

 

「……確かに、そうですね。まずは攻撃をしなければ話にならない、というのは同感です」

 

 

恐ろしく見切りが困難で、戦いづらい相手であることは間違いない。

この拳力一つだけを取ってみても、南斗最強の名は伊達ではなく、紛れもない難敵であるといえた。

 

 

────が、それでも。

 

 

スゥッと目を細め、目の前に立つ男の挙動により深く、強く集中する。

筋肉だけでなく、呼吸や目線から次の動作の瞬間を見切る。

……彼の拳の特性上、受けに回るために待機する、ということはない。

必ず動くと分かっているのなら、その予兆さえ、見逃さなければ。

 

 

「────────ッッ!!」

 

 

あたかも剣の達人同士が行う、居合のような。

 

そんな緊張を伴う静寂から一転、刹那。

 

爆発的に動き出したサウザーと、それと同時に前へと踏み込むのは私の身体。

 

「ぬぅっ!」

 

そして、あえてその勢いに任せたまま、まっすぐに伸ばした身体を、顔を。

目を見開くサウザーに肉薄させ────。

 

「つッ!?」

 

ガァンッ、と。サウザーの鼻柱に頭突きを食らわせた。

 

 

北斗神拳伝承者から頭突きが飛び出すとは予想をしていなかったのか、サウザーは鼻から血を吹き出し一瞬、動揺する。

しかし、流石というべきかすぐさまその心の乱れを捨てると、拳を十字に斬ってサウザーは反撃してきた。

 

が、しかし私はそれを見越して、すでに身体を沈み込ませている。

 

「はぁぁぁあっ!!」

 

そして繰り出すのは、北斗神拳が誇る経絡秘孔を狙った連撃。

寸分違わず秘孔に吸い込まれるそれは、如何に外側の筋肉を鍛えた巨漢が相手でも、内部から爆裂させ、たちまち死に至らしめる。

 

北斗神拳の存在を知るものなら誰もが畏れ、避けるであろうこの必殺の攻撃を前にして────

 

────サウザーは、すんなりとその攻撃を受け入れた。

 

 

「…………ッッ!」

 

 

肉体に深く突きこまれたその一撃は……

表面こそ抉りサウザーに流血をもたらすが、それでもサウザーはニヤリと笑う。

 

「────────フッ!!」

「ぐぅっ!?」

 

そしてそのまま、極星十字拳で私を切り裂いてきた。

間一髪で直撃こそ避けたものの、最初から防御や回避を勘定に入れていないその一撃は、私の身体に確かな傷跡を残したのだった。

 

そして、傷跡を抑えながら距離を取った私は、そのままサウザーに問いかける。

 

 

「…………確かに、致命の秘孔を突いたはずですが」

 

……私の、その言葉を待っていたとばかりにサウザーは口角を上げると、見下ろしながら高笑いをした。

 

「────フ、フハハハハハハッ! この俺に貴様の北斗神拳は通じぬ! 神はこの俺に、不死身の肉体をも与えたのだ────ッ!!」

 

 

────そう。これこそがサウザーが聖帝を名乗り、ラオウと敵対しているにも関わらず今日までその覇道を歩んでこられた理由。

彼の身体に、私やラオウが用いる北斗神拳の秘孔は通じない。

この謎があるからこそ、ラオウはこれまでもサウザーとの戦いを避け続けていたのだ。

 

まさに北斗神拳の天敵とも言える存在。

素の実力だけでも相当なものにも関わらず、このような特異性までも持ち合わせているのならばなるほど、自身こそが神に選ばれたものとして頂点を目指すというのもうなずける話だった。

 

 

…………ただ。

 

 

「…………」

 

「────解せんな。貴様は何故今、畏れていない? もはや貴様に勝ち目は無いのだぞ」

 

サウザーからすれば、今の私のリアクションは肩透かしもいいところだろう。

北斗神拳使いにとって秘孔の存在とは、文字通り戦いにおける死活問題。

それが通じないことを初めて知らされたであろう私が、恐怖に震えながら慄く様をサウザーは当然幻視していたはずだ。

 

「……いや、まあ。やけにあっさりと秘孔を突かせてくれたので何かあるんだろうな、とは」

 

 

この返しは嘘である。

 

原作を知識として知る私は、当然この謎。

 

すなわち、サウザーが逆心臓……現代の言葉で言うならば『右心症』であるがために、秘孔の位置が逆になっていることを把握しているのだ。

……あとトキさんも知っている。

 

それでもなお今、リスクを負ってまで本来ある位置の秘孔を攻撃したのは、その事実とサウザーの戦闘スタイルを見極めるため。

 

そして、私は……サウザーの最大の謎を事前に知識として持ち、今改めて確認した上でなお、こう考える。

 

────厄介だ、と。

 

まず、サウザーが北斗神拳伝承者と戦うときの強みは、自身の秘孔を守る必要が無いことにある。

それはつまり構えの必要が無いだけでなく、本来強者が無意識のうちに秘孔に張り巡らせている闘気をも、ほぼ全て攻撃動作のために使えるということ。

 

これにより単純な闘気量ならラオウに劣るサウザーが、原作でサウザーの謎により持たされた動揺もあったとはいえ、あのタフなケンシロウさんを正面から撃退するほどの攻撃力を持つことが出来たのだ。

 

そして、秘孔の位置が表裏逆だということ。

この事実だけを取ってみれば、ならば逆の方を突けばいい、と思いがちだが、そう単純な話でもない。

 

原作でもサウザー自身が「表裏の謎が分かっただけでは正確な位置までは把握することは出来ない」と言っていた通り。

北斗神拳を極め、本能レベルで正しい秘孔を狙えるに至った者ほど、位置の異なる秘孔を正確に突くという修正をするのは困難となるのだ。

サウザーほどの強者を相手にしたならばなおさらである。

 

かといって原作のケンシロウさんのように秘孔の位置をあらわにしようにも、それを為すために結局一度は秘孔を突かなければならない。

おまけにあれは確か、大技である天破活殺を当てたことによってようやく剥がれた鎧だ。

同じ条件を今、この場で達成出来るかと言われると怪しいものがある。

 

 

────と。ここまで悪い条件ばかりを洗い出したが……

 

一応対処法は、ある。

 

 

たとえばラオウほどの剛拳なら、秘孔など関係なく北斗剛掌波なりを当てることが出来たなら、それだけで十分にサウザーの肉体を破壊することは可能かもしれない。

ただ、それに至るまでにラオウ自身が受ける傷も相当なものになるだろうし、だからこそ今は対決を避けていたのだろうが。

 

また、私にしたって、ラオウにしたように北斗神拳以外の拳法を織り交ぜることで、力を削ぐやり方も考えられる。

それこそ余裕をかまして無警戒で突かせてくれたなら、そのまま指の力にあかせて肉を抉り、皮ごと引っ剥がすなりしてやればいい。

 

……スマートな戦い方とは言えないが、たとえ秘孔を突けずとも痛撃を与えることが出来る、と知らしめサウザーの危機感を煽れば、秘孔に頼らずとも幾分戦いやすくはなるだろう。

 

────ただ。

 

 

「…………すぅ……ふぅ~~っっ…………」

「…………?」

 

この戦いが始まる以前から。

考えていた"それ"に思考を巡らす、と同時。

私は、思わず息が詰まりかけたことを自覚し一度大きな深呼吸を挟んだ。

 

息が詰まった理由は、明白。

今私は……この選択に強い緊張と、少しの恐怖と……そして、それら以上の躊躇を覚えている。

 

なぜなら。

 

この戦いを通して抱いた私の印象と、私が知る彼、サウザーという存在を考えると。

今から私がすることは……先程火炎放射器を投げたことなどとは、比べ物にならないほどに。

 

 

"────これ以上無く彼に喧嘩を売る"という、そんな選択となるだろうから。

 

 

────あぁ、と思う。

 

敵とはいえ。目的のためとはいえ。

 

 

(…………やだなぁ)

 

 

★★★★★★★

 

 

自らが誇る帝王の肉体。

その謎の驚異を知らしめられた上で、未だ冷静に見える目の前の女、マコト。

 

その態度自体にも業腹なものはあったが、内心の動揺を必死に隠している、とするならばそれも可愛い、健気なものだ。

どのみち、マコトの放つ北斗神拳はこの帝王の身体には通じないのだから。

 

そして、性懲りもなくリスクを負って懐に潜り込み、突き入れてきたマコト。

先ほどと同じく秘孔を狙ってきているそれは、もはや回避を考えるまでもない。

今度こそ食らうと同時に極星十字拳によって、"忌々しい"その肉を切り裂いてくれよう、と攻撃に意識を寄せる。

 

それでも、南斗最強の拳、南斗鳳凰拳を極めた者として、念の為視界の端にマコトの拳を収めることは忘れない。

 

とはいえやはり、その拳はまたも寸分違わず秘孔を狙い撃つための、流麗かつ精美な軌道を描く。

だが、サウザーが誇る肉体の前では、それこそがドツボである。

秘孔の狙いが正しければ正しいほど、表裏逆であるサウザーの身体には通じない、無意味な一撃にしかなりえないのだから。

 

 

そうして、迫りくるマコトの拳にやはり脅威は無いものとして、攻撃に集中するために目を切ろうとした……その瞬間。

 

「ハッッ!?」

 

 

サウザーの身体に届く寸前、マコトの拳が突然"ブレ"て、あらぬ場所に突き刺さったことに、サウザーは目を剥いた。

 

 

「なっ……にッ……!?」

 

 

刹那、ブワッと吹き出した悪寒と汗の感触に惑いながらも、これまで前進しかしていなかったサウザーが、大きく後ろに跳んだ。

距離を取ることには成功したが、その時自覚したものは、左足の若干の痺れと、腹の中がぐるぐると回るような不快な嘔吐感。

 

そして、それをなんとか抑えながらも目にしたものは。

 

そんなサウザーの様子と、自分の手を見比べながら、まるで。

 

「…………??」

 

『ん? まちがったかな?』とでも考えているかのような。

そんな、気の抜けた表情で首を傾げる、マコトの姿だった。

 

 

「────────ッッ」

 

────それを見て、"今の一撃の意味"を悟ったサウザーは、今度こそ。

 

さきほどまでの、見下ろすような。

余裕に満ちた外面すらをも投げ捨てて、激昂をむき出しにし……

 

 

つまりは。

 

 

ブチギレた。

 

 

「────貴様、貴、様ァァッッ!! まがりなりにも、北斗神拳伝承者ともあろうものが!! まさか、まさかこの俺と、()()()()()()で戦おうというのかぁあああ────ッッ!!!!」

 

 

「────ああ、すみません。にわかなので、慣習(そういうの)にはあんまりこだわりは無いんですよ」

 

 

★★★★★★★

 

 

────虚気(うつろぎ)、と。

今サウザーに使った技に、私は名付けた。

 

とはいっても、御大層な名前をつけるほど上等な技でもなんでも無い。

 

格闘技において、大事な要素の一つとして、脱力という概念がある。

これはつまり、拳などを繰り出す際、余計な力を可能な限り省くことで、より正確に、無駄なく、速く当てるという基礎技術だ。

 

当然、経絡秘孔への攻撃という寸分狂わぬ精度が求められる北斗神拳において、その重要性は他の拳法とはまるで違う。

恐らく、北斗神拳使いはこの世界の拳法家の中でも最も、力の配分に長けている存在と言ってもいいだろう。

 

だが、先程行った技に関しては、その真逆。

精美に狙い撃った拳が突き刺さる瞬間、あえて身体に余計な力を入れて緊張させることで、意図的に狙いをブレさせる。

 

するとただでさえ表裏逆となっているサウザーの身体に、さらにランダムで秘孔を突くような形となる。

これにより、『放った私にすらどうなるか分からない』という、そんな一撃となったのだ。

 

……言うまでもなく、これは私が勝手に思いついた技であり、邪道も邪道。

 

秘孔の位置が分かる普通の相手ならば、そのまま突いた方が当然早いし、サウザーのような相手にしたって、秘孔に頼らず勝つ方法を探したほうが遥かに確実だ。

戦術的な価値はほとんど無い、技というのもおこがましいような、そんな小手先の技術といえる。

事実、先程当たった一撃による効果も、今のサウザーを見る限りすでに治まり出していた。

 

だが、それでも。

 

 

「~~~~ッッッッ!!」

 

 

目の前で憤怒の形相をもってこちらを睨むサウザーを見て、私は。

 

(……ここまでは、良し。……多分)

 

 

この技を放った目論見。

すなわち、サウザーを怒らせること……ではなく。

聖帝という立場の鎧に包まれた、サウザー自身の心を剥き出しにすること。

 

これに成功したことを、悟ったのだった。

 

 

 

 

────私が繰り返し読んだ原作、北斗の拳の中で、このようなエピソードがあった。

 

幼き頃のケンシロウさんが、おそらくラオウの計らいにより南斗十人組手なるものに挑むこととなった際。

その素養を感じ取り、相手として名乗りあげたシュウさんに敗れ、その後命を救われるという、そんなやり取り。

 

この時、サウザーはケンシロウさんの助命を願い出たシュウさんに「たとえ貴様でも勝手な真似は許さん」「掟は掟だぞ!」などと食って掛かる。

北斗、南斗の他流試合において敗者は生きて帰れない、というのがルールだったためだ。

 

この時、シュウさんは自らの両目を裂くことと引き換えにサウザー達を引き下がらせ、ケンシロウさんを助けることに成功した。

それがケンシロウさんにとって返しきれない恩となっているわけだが……

逆に言えば、南斗六聖拳の一人であり、サウザーからして「たとえ貴様でも」と言わしめるほどに親交を持つ漢がそこまでしなければ、サウザーは掟に従うことを止めなかった、ということ。

 

……考えてみれば、おかしな話である。

すでに"あの出来事"により歪んでいるであろう時期のサウザーが、未だ昔からの慣習に強くこだわりを見せている。

弱者を蹴散らし、倫理不要の覇道を歩みだしている……いや、むしろ自らをこそルールとするかのような帝王、聖帝の在り方とはまるで逆ではないか。

 

私はそこにこそ、今現在、彼が私に向ける怒りの正体がある、と。

そう考えた。

 

 

だから、私は。

 

 

「聖帝ともあろうものが、たかが技一つにずいぶん鼻息荒くしてるじゃないですか。……私の戦い方が……いえ、私の存在が。そこまで気に入りませんか?」

 

「……貴様ッ…………」

 

 

"分かった上で"、それを突っつき回す選択を取ることにした。

 

 

「私は……どう思われようと、自分に出来ることを精一杯やるつもりです。私の拳にかかっている期待は、想いは。私一人だけのものではないから。……"愛する人達のためにも"私はもう、負けられないんです」

 

「────────ッ」

 

 

そうして私から出た、この言葉を聞いたサウザーは────

 

 

★★★★★★★

 

 

聖帝サウザーという男。

彼を、原作を見たマコトや、本来の流れで彼を撃退したケンシロウが一言で表すならば。

 

「誰よりも愛深く、故に間違えた男」である。

 

 

幼少期の彼、サウザーはオウガイという南斗鳳凰拳の伝承者に育てられ、南斗鳳凰拳を学ぶこととなった。

修行は厳しいものではあったが、それ以上に父としての愛を惜しみなく注がれた彼は、オウガイを心から慕うようになる。

 

しかし、彼が十五の時に行った南斗鳳凰拳を伝承するための『継承の儀』にて、目隠しをされた上で迫りくる刺客を倒したサウザー。

目隠しを取った彼は、血溜まりに倒れ伏すその刺客こそが最愛の師、オウガイであったことを知る。

 

……目を隠した上で師匠を倒し、超える。それが、南斗鳳凰拳伝承の掟であったためだ。

 

 

そうして、自らオウガイを手に掛けることとなったサウザーは────狂った。

 

 

「────────こんなに苦しいのなら、悲しいのなら……愛などいらぬ!!」と。

 

 

それ以来、彼は彼いわく愛を捨て、南斗鳳凰拳によりこの世の覇権を握るために動き出すこととなったのだ。

 

……その目的もまた、彼の師、オウガイの遺体を弔う墓標、聖帝十字陵を築き上げるという、愛のためのものではあるのだが。

 

ともあれ、これこそがサウザーが歪んだ理由。そして、歪んでいてなお、掟や慣習にこだわる理由だ。

 

彼からすれば、自らの師と死別したことで哀しみ、苦しんだのは愛のせいではあるが、その死別自体は掟のせいであるといえる。

愛を捨てると決意してもなお、死したオウガイへの愛の墓標のため生きているように、全てを蹂躙する覇道を突き進んでもなお、どこかで掟や慣習の存在が心に影を落とす。

 

それが今の、サウザーという男の生き方であった。

 

 

……そして、そんなサウザーが、目の前の女、マコトに対し向けている怒り、敵意の正体は────明白。

 

それまでは拳法のけの字も知らなかったはずの小娘が、本来の伝承者であるトキやケンシロウの代わりにぽっと現れては北斗神拳を振るっている。

 

ましてや、どうたらし込んだのかは知らないが、北斗神拳は一子相伝という掟の秘拳。

本来なら習うという土俵にも上がれないはずのそれを、これまで前例など無いはずの『女』という性を持つ者が覚え。

そしてその上、師であるトキやケンシロウを含めた周りの誰をも失うこと無く真っ直ぐと立ち、使い続けて、今に至って目の前に立ちはだかっている、という事実。

 

掟のために失い、愛のために狂いここまで来たサウザーからすれば、その存在全てが自分を否定するかのような。

そんな、まさしく不倶戴天の敵であると言えたのだ。

これならばまだ、最初から伝承者候補として育ったラオウが立ちはだかる方がよほど納得が行く話だ。

 

これら全てをひっくるめてサウザーは今、この女マコトだけは。

絶対に自分の手で殺さなければならない、と。そう考えていた。

 

……たとえそれが、マコトにしてみれば何の関係も無い……ただの八つ当たりであり嫉妬である、ということを、心のどこかで理解していたとしても。

 

 

(………………)

 

────ただ。

 

今のマコトが発したセリフ……愛のために、という言葉を聞き。

湧き上がった怒りが、むき出しになった心が。別の色を持ち始める。

 

そして、その代わりとばかりに顔を出したのが、"哀れみ"のような感情。

 

それは、本来たどる原作で、子どもを人質に取りシュウの命を絶った彼が。

レムという、ターバンを巻いた一人の少年の手により釘を突き刺された時と、同じ。

 

それまでの暴君である彼なら、一も二もなく怒りのままに殺していたであろう、シュウへの愛がもたらしたこの行為。

それを受けてもサウザーはただ、愛の哀しさに想いを馳せ、自らの過去を語ったのだ。

 

……この愛に対する哀しみこそが、怒りや憎悪よりも更に深いところ。

 

心の根底にある、サウザーの本質。

 

 

それを今、サウザーは自覚し、その上で。

 

 

「────愛するもののためにだと……? くだらぬ、くだらぬ!」

 

「……っ。何故、そう思うのですか?」

 

「決まっている! 貴様もまた、愛のために立ちはだかったことでここで死に、後に哀しみを残すこととなるのだ!! 愛ゆえに人は哀しまねばならぬ! 愛ゆえに人は苦しまねばならぬ! 愛ゆえに────────」

 

 

────自らの口で、マコトに。

 

原作の彼が、名も知らぬ少年に語ったように。

今にも溢れ出しそうなほど抱えていたその哀しみを、苦しみを。

全て、さらけ出したのだった。

 

 

…………こうして、サウザーの口から過去を明かされ、自らが知る歴史と、サウザーの想いに相違が無いことを確認したマコトは。

 

 

「……………………そう、ですか。わかりました」

 

と、一人つぶやく。

 

 

そして。

 

 

「…………では、やはり、あなたで。間違いないのですね」

 

 

その言葉とともに懐に手を入れると、お互いの手が届く、極めて近い位置まで歩み寄った。

 

 

「────────なん、だ。何を、言っている?」

 

 

今の彼女から闘気や害意は、感じない。

 

かといって、敵である彼女の不審な動きを、本来のサウザーが見逃すはずもない。

にも関わらず、それを通してしまったのは……まるで、彼女の目が『それどころではない』と。

そんな風に訴えかけているように、見えてしまったからかもしれない。

 

 

「あなたに、渡すものがあります」

 

そう言って彼女がゆっくりと差し出したもの。

それは、古く変色した、しかし丈夫な作りで確かな存在感を放つ、折りたたまれた紙。

 

ほとんど無意識のままそれを受け取り、書かれている文字を見たサウザーは。

 

 

「────────ぁ」

 

 

言葉も発せず、ただ、立ち尽くした。

 

 

書かれていたのは、二つの名前。

差出人と、宛名という形で記載されていたそれは、サウザーが誰よりもよく知る名前。

 

 

宛名は、サウザー。

 

差出人の名は、オウガイ。

 

 

「────────こ、れは…………」

 

 

この日、この時のために。

 

マコトが見つけ出し、今、渡したそれは。

 

 

「……………………っ」

 

 

彼の師匠、オウガイが。

 

 

最期に遺した……遺言状だ。

 

 




アミバ様の遺志は死なないんだ


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第三十六話

原作、北斗の拳を読んだ時からずっと疑問に思っていた。

 

リュウケン、オウガイ、ジュウケイ……

あくまで描写されている範囲内での話にはなるが、それぞれの拳法の師匠である彼らは、修行の厳しさとは裏腹に肝心な部分での放任主義が目立ち……言ってしまえば、説明不足のために弟子が悪影響を受けたという事例が少なくない。

 

ただ、それにしたってサウザーの伝承の件。

いくらオウガイ自身が満足して逝ったからと言っても、死に際のあの一言二言だけで終わらせるのは、サウザーに対しあまりに酷な話ではないか。

 

いや、一言かけられただけまだマシだ。

ただでさえ目隠しによりサウザー側の余裕が無い以上、サウザーが目を開けたときには、オウガイは完全に物言わぬ骸となっていた可能性すらあるのだ。

そうなったら何故自分が師匠に襲いかかられたのかすらも理解出来ないまま、愛深き彼はその場で混乱とショックのあまり廃人にでもなっていたかもしれない。

 

そんな凄絶な継承の儀を目の前にして。

あれほどサウザーに愛を注いで居たはずのオウガイが、彼に何も遺していない、という方が不自然な話ではないだろうか、と。

 

 

そんな風に考えた私は、ラオウに対する敗戦後、リュウケンさんからの伝承を終えるとそれを探しに旅立った。

 

原作知識についての話をしていない以上、普段のように彼らと行動を共にしているならばこういった奇行の説明は難しいが、一人きりのこのタイミングならばちょうどいい。

 

おまけに、探すのに相応の時間がかかるだろうと覚悟していた南斗鳳凰拳の修行場については、運良く通りかかった元南斗六星候補の野盗(親切なおじさま)が快く教えてくれた。

通りすがりからの武力を伴う情報収集は北斗神拳伝承者のたしなみである。

 

 

そうして、南斗鳳凰拳の修行場にたどり着いた私は。

 

「…………普通にあったなぁ……」

 

拍子抜けするほど、あっさりと。

目的のものを手に入れることが出来たのだった。

 

何しろ、普段使っていたであろう部屋の、最も目立つところにでん、と置かれていたのだ。

おそらくサウザーが継承し、身辺整理などをしている時に必ず見つけられるようにしていたのだろう。

 

……だが、そうはならなかった。

おそらくサウザーは師を失った直後から狂い、その亡骸だけを抱えて飛び出し、聖帝としての道を歩みだしたのだろうから。

 

 

ならば、これは本来見るべき人間が見なければならないものだろう、と。

差出人と宛名が、私の知る彼らであることだけを確認すると懐にしまい込んだ。

 

そして、旅からの帰還後。サウザー率いる聖帝軍と戦いが始まってからの私は。

誰も死なせないことを第一前提に、その上でこの遺言状を彼に突きつけることを目標にし、これまで動いていたのだ。

 

 

……彼に、これを見せた結果どうなるのかは、私にも分からない。

もしかしたら私が知る原作から外れ、よりひどいことになる可能性もあると考えると、空恐ろしいものがある。

 

それでも。

 

「思いついちゃったなら……しょうがない。うん、しょうがない」

 

 

────────私はどう思われようと、自分に出来ることを精一杯やる。

 

 

サウザーに向けて放った啖呵ではあるが、これはたとえ敵であるサウザーに対しても、何も変わることはないのだから。

 

 

 

 

遺言に書かれた筆跡を見たその瞬間、これが偽物である可能性はないと判断したのだろう。

サウザーは私からまさに無我夢中というような勢いでそれを奪うと、目の前に先程まで戦っていた者がいることすらをも忘れたように、一心不乱に遺言状を読みだした。

 

……おそらく今この場の私から闘気が無くなっている、というのも感じた上での行動だと思うが、それにしても彼にとって、師がどれほど大きな存在なのか。

この一幕だけで伺えると言えた。

 

そして、その師が彼に遺したもの。つまり、この手紙の中身についてだが…………

 

 

「…………お前がわざわざこれを持っていたということは……お前はもう、これを読んだのか?」

 

当然の疑問だ。

……でも、私は。

 

「いいえ。宛名と、差出人と。そして、これがまだ誰にも読まれていない状態だったことだけを確認して、懐に収めました。……南斗鳳凰拳の伝承については、その、知っていたので、もしかしたら必要になるかもしれない、と」

 

「そうか…………そうか…………」

 

 

そう、私はまだこの遺言状の中身を改めていない。

ただでさえ遺言を読んだサウザーがどういう行動に出るか分からない以上、安全を考えるなら検分して、渡す渡さないの判断をするべきだったのは間違いない。

 

……それでも、これを最初に読むのは荒らしに来た野盗でも私でも無く、サウザーであるべきだ、と。そう思ったのだ。

 

 

────そして、サウザーが遺言を読み終えた。

 

 

「…………」

 

……遺言など関係ないと再び襲いかかってくるか、それとも戦い自体を止めるか……今の彼の表情からはこの後取る選択は読み取れなかったが、どうなっても対応できるよう、私は静かに闘気を高め、身構える。

 

 

そして、サウザーは……まず、目を閉じたまま顔を天に向け、何事か考える。

その後ばっ、とこちらを見たかと思うと、そのまましばらく、形容しがたい複雑な面持ちのまま私の顔をじっと見つめた。

 

「…………っえっと」

 

戦いにおいて互いに目を合わせる、という行為は数え切れないほどやってきたが、それ以外でこうも視線を交わし合うというのは慣れていない。

サウザーの内心が掴みきれないということもあり、少々の居心地の悪さに、私がおもわず声を出した、その時。

 

 

「…………軍は、引き上げる。……二日後、十字陵にて、待つ」

 

 

静かな。

だけど、有無を言わせぬと言わんばかりの確かな力強さを以て。

ただそれだけを私に伝えると、そのままサウザーは背を向け、去っていった。

 

 

そして、それを聞いた私は────────

 

「ぇ、あ、はい。行きます、必ず。えっと、昼頃でいいですか?」

 

……この場での拳を収めるどころか、レジスタンスと戦っていた聖帝軍まで引き上げさせるという、予想以上の結果。

それを突きつけられた途端、臨戦態勢だった緊張が剥がされ、思わず呆けた素のテンションのままに返事をしてしまった。

 

どの道行かないという選択肢は無かったので、行くと言ったこと自体に問題はないが……

 

サウザー達が去り、一人になった今、改めて思い返すと。

私が取ってしまった、殺伐としたこの世紀末にあるまじきのどかな返答は、まるで。

 

 

「…………デートの約束じゃ、あるまいし」

 

 

あの瞬間の私はもしかしたら、サウザーの内から湧く気迫に呑まれていたのかもしれない。

 

決着には、改めて気を引き締め直して臨もうと決意するとともに。

 

せめて、サウザーがおかしな受け取り方をしていないことを祈ろう、と思った。

 

 

 

 

その後、一度レイさん達と合流しお互いの状況を報告。

宣言通りサウザーの部下達が一斉に下がったことと、ユダ一派の撃退に成功したことを知る。

 

……しかし、まさかレジスタンスに居たあの男が副官ダガールで、おまけにダム爆破の実行部隊として来ていたとは。

アイリさん達には危ない橋を渡らせてしまった、と冷や汗をかいたが当の彼ら……特にアイリさん本人は、兄達の役に立てたとご満悦だった。つよい。

 

そして、私からはサウザーと戦い、その後流れにより一旦勝負を預けることになったことを説明する。

 

「マコトならここで決着をつけることも出来たのでは?」

という至極当然の疑問もレイさんから飛び出したが、これに関しても私は少し考えがある。

 

実は私は、あの場でサウザーを倒し切るのは出来るだけ避けたいと考えていた。

それは単に、彼にオウガイの遺書を渡したかった、というだけではない。

 

……この考えが正しかったかどうかは、次に聖帝十字陵で彼と会った時に分かることだろう。

 

 

そして私達は、サウザーとの戦いから二日後。

約束通り、聖帝十字陵へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

遠くからでも分かるほどに大きく、高くそびえ立つ聖帝十字陵。

そこにたどり着いた私は、おもわずその威容に目を奪われそうになった、が。

 

何よりもまず確かめるべきものがある、と素早く周囲に目を配らせる。

 

そして。

 

 

(よしっ……!)

 

 

サウザーの部下こそ近くにいるものの、特に武器を突きつけられたり、拘束されたりしている様子も無く佇む子どもたち。

 

さらに、聖帝十字陵の頂で、革製の戦闘衣だけを身に着け、すでに臨戦態勢で私を見下ろすサウザー。

 

この光景を目にし、私は。

この戦いにおける最も大きな懸念事項がほぼ解決した、と内心で力強く拳を握ったのだった。

 

 

このサウザーとの……いや聖帝軍との決戦にあたり、私が最も恐れていたこと。

それは、労働力としてかき集められた罪のない子どもたちを人質に取られることだ。

 

原作においては彼らに加え、ケンシロウさんの敗北によりシュウさん達レジスタンス本部が襲撃を受け、レジスタンスの母子たちまで人質に取られた。

これにより、シュウさんはほぼ抵抗すら許されずサウザーに殺されることとなる。

 

その後、サウザーとケンシロウさんとの決戦により、ケンシロウさんは勝利するわけだが……

これに関してはサウザーが『人質など必要でない』と、自らこの絶対的優位を投げ捨てて戦ったためであり、もし人質をフルに活用されていたなら、勝負の行方がどうなったかは分からない。

 

ただ、これに関してはたまたま運良くサウザーが気まぐれを起こしたわけではない、と私は考えている。

 

すでにケンシロウさんに一度勝っている、という油断もあったかもしれないが、それよりも何より。

認めていた男、仁星のシュウさんが愛のために戦い、そして死んだことによりサウザー自身の感傷が呼び起こされた。

これにより同じくシュウさんに対する愛、哀しみのために戦おうとするケンシロウさんに対し、自らの拳で決着をつけたいと考えた……というのが、彼の選択の理由なのではないだろうか。

事実、シュウさんを慕う少年に攻撃をされ、怒りを表すでもなく彼が自らの過去を語ったのは、この直後のはずだ。

 

私は今回、可能な限りそれに近い状況を作ることで、聖帝軍対レジスタンスではなく、サウザー対私という個対個の構図になるよう動いてきた。

そのために、最初のサウザーとの邂逅でトラウマを刺激するような真似をし、そしてオウガイの遺書を渡した。

怒りにしろ何にしろ、彼の感傷を呼び起こした上で、注意を私に向けることこそを最優先としていたからだ。

あの場で決着をつけなかったのも、それによりサウザーの部下が暴走し、子どもたちに予期せぬ危害を加えられる可能性を憂慮したのだ。

 

そして、その小細工は今。

サウザーが部下にも、人質にも一切の執着を見せずに、私のみを鋭い目で見据えていることから、ほぼ成ったと考えて間違いないだろう。

 

ふぅ……と。気は緩めないようにしながらも、バレないよう内心で一息つく。

 

…………ユダの謀略やらといい、ここしばらくは考えないといけない要素が多く、はっきり言って胃が痛い日々ばかり過ごしたものだ。

だがおそらく、その甲斐はあったといえる……はず。

 

 

────あとは。

 

 

「望み通り、来ましたよ、サウザー。…………ここで、決着をつけるつもりということで、間違いないですね?」

 

 

私が、彼に。

 

おそらくは、原作とは全く違う心の在り様から振るわれる、南斗最強の拳を相手に。

 

勝利を、掴み取るだけだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

「…………来たか、マコト」

 

ぎらり、と。聖帝十字陵の頂から、自身を見上げるその女マコトに、サウザーは視線を向ける。

その視線に、一昨日にあったような理不尽な怒りの気は、ない。

 

しかし、かといって和睦をし、これから手を取り合おう、などといった生温い気配もまた、微塵も無い。

ただただ鋭く。打ち倒すべき敵としてマコトを見据えている、とその場に居る多くの者が感じていた。

 

その内心をより知らしめるかのように、サウザーは口を開く。

 

 

「まず、我が師オウガイが遺したものを届けたその働きに。そして、その権利を持ちえながら中を改めなかったお前の、その心に。────感謝をしよう」

 

 

その言葉を受けどよめいたのは、サウザーの部下や戦いを見届けに来たレジスタンス達だ。

 

恐怖と力の象徴、聖帝として君臨してきた、まさに暴君ともいえる存在であるサウザーが、まさか一人の小娘に真っ直ぐな感謝の念を伝えるとは。

バットやリンなどは驚きとともに、もう戦わなくても良くなったのでは、とまでささやきあっている。

 

……が。

 

「────でも、止まるつもりは……無いんですね」

 

「無論! 俺は全てを統べる者、聖帝サウザー!! 俺を止められるものは愛でも、情でも! ……っ、死人、の言葉でも無く、ただ一つ! 拳のみだ!!」

 

大気を震わすがごときそのサウザーの宣言を聞き、マコトは動揺した様子も無く。

ただ一言「そうでしょうね」と小さく呟くと、聖帝十字陵の階段半ばで静かに構えた。

 

 

と、その時。

この場にいる殆どの人間には届かないほどに小さく。

きりり、という何かが軋むような音が鳴る。

 

その音の出どころである弓を引き絞るのは、聖帝軍の男。

自分たちのボスが、どういうつもりで自分たちを下がらせたのかは知らない。

が、彼からすればわざわざ正々堂々と戦わせるまでもない。

 

「へへ……あばよ、北斗の女」

 

この場で後ろから撃ち抜いてやれば、あの女はどんな顔をして崩れ落ちてくれるか。

そんな、下劣な想像を働かせながらもその凶弾をマコトに放とうとし……

 

突然後ろから現れた、自分の頭をすっぽりと包むほどの巨大な手に、無造作に首ごとねじ切られた。

 

「────手出しはならぬ。この闘いを汚す者は許さぬ!」

「な、ひえぇ!! 貴様らはっっ!?」

 

「ほう……来たか。ラオウ、トキ」

 

驚愕の声を上げ散り散りに離れていく部下たち。

その中心に位置する圧倒的な存在感を持つ二人の男に、サウザーは一声をかけ……

かと思うと、すぐにマコトに目線を戻した。

 

「…………?」

 

北斗の二人の男。特に同じ覇を競う相手であるラオウを目にしたにしては淡白というか、言ってしまえば、そっけないとでも言うような。

そんなサウザーの様子に、ラオウとマコトは揃って、一瞬訝しげな表情を作る。

 

 

「────では、かかってくるがいい、当代北斗神拳伝承者、マコト!! 帝王の名のもとに、ここを北斗神拳終焉の地としてくれるわ!!」

 

が、高らかに放ったその言葉とともに、早くも開戦へと動いたサウザーを見て。

 

一人は見極めるために、一人はそれを打ち倒すために。

彼らは疑問も考慮も、今は頭から追いやることにしたのだった。

 

 

 

 

「ぬぅ……」

 

サウザー、マコトの戦いが始まり、少し経ったあと。

彼ら、特にラオウは内心で、大きな驚愕と戦慄を覚える自らの心を自覚していた。

 

驚きの理由は、今目の前で繰り広げられる戦いのレベル……すなわち彼らの強さに対してだ。

 

マコトに関しては、分かる。

世紀末覇者拳王たる自分をアレほどまでに追い詰めたのは彼女のみであり、その頃に持っていた弱点……自らの強さを信じるというプライドの欠如すらをもすでに克服したのならば。

アレもまた怪物に化けている可能性は、十分に考えられる事態といえた。

 

だが、サウザーはどうか。

 

確かにサウザーも、ラオウにして生涯最大の宿敵といえるほどの恐るべき敵ではある。

だが、それはあくまで北斗神拳の秘孔が通じないという特異体質を加味した上でのことであり、トキが知るその秘密さえ解明出来たならすぐにでも倒し、屈服させようと。

そういう相手であるとラオウは認識していた。

 

そしてそれを鑑みた上で……戦いにおいて、こちらの想定の及ばぬ手練手管をいくつも持ち合わせており、北斗神拳以外の戦闘法をも見せたマコトなら、たとえ秘孔の謎を解いておらずとも。

この戦いはまずマコトが有利に運ぶだろう、とラオウは見ていた。

何より、妙な視点で物事を見ているように思えるあの女ならば、それこそ秘孔の謎すら知っていてもおかしくはない。

 

────しかし。

 

 

「オォオオオオッッ!!」

「────つっう、でぇぁりゃああっ!!」

 

 

「…………強い!」

 

 

以前に拳を見た時とは比較にならぬほどの速さを、勢いを以て振るわれる南斗鳳凰拳。

並の拳法家では残像すら目に追えないであろうその拳は、たとえ秘孔の謎が無かったとしてもそう簡単には……と。

見ているラオウに汗をかかせるに足るほどの、凄まじいまでの力を誇っていた。

 

そして、何よりラオウが分からなかったのは。

 

「……分からぬ。やつのあの表情は、一体なんだ?」

 

その拳を振るうサウザーの表情、感情だ。

 

それは、ラオウがよく知る怒りでも、サウザーが聖帝であることを知らしめる傲慢さでもない。

静かに、どこか澄んだ目で……にも関わらず、振るわれる拳は遠慮容赦の欠片もない、あまりに鋭すぎるもの。

ただただ目の前の相手に打ち勝とうと……いや、ただ勝つというのも違うような、そんな形容しがたい複雑にすぎる表情。

 

「……むぅ……」

 

ラオウが発した言葉は独り言だったが、それを拾ったトキすらもまた、困ったようにただ唸る。

如何に愛や哀しみといった情をラオウより知るトキでも、この事態に至った経緯は知らないという事もあり、サウザーの内心までは推し量りきれなかったのだ。

 

────ただ。

 

今のサウザーが振るう拳の強さと、それをもたらす感情の正体が分からずとも。

それをなした原因、その心当たりに関してならばラオウもトキも。

容易く一致したのだった。

 

何しろジャギという似たような前科……もとい前例を、すでに彼らは知っているのだから。

 

 

「……ヤツだな……」

「……だろうな……」

 

 

大体、ヤツ(マコト)が悪かった。

 

 

★★★★★★★

 

 

(────────ぜんっぜん、分からん!)

 

 

鬼神もかくやという強さで私に襲いかかるサウザー。

 

そんな彼と拳を合わせながら私が第一に考えていたのは、このサウザーの強さの……いや、正確には強くなった理由だ。

 

まず前提として、原因は原作と異なる要素であるオウガイの遺書しか考えられない。

また、私はオウガイの遺書を読んではいないが、それでも原作という形で知る彼の人となりから、書かれた内容についてはある程度の察しはついている。

 

おそらくは、サウザーに対して言葉で伝えきれなかった愛の言葉や、この伝承の儀に至った心情。

もしくは南斗鳳凰拳の宿命についての話といったところではないだろうか。

 

そしてそれを受け取ったサウザー。

彼が取るであろう反応を考えると、一つは極限まで都合よくいくならば、読んだその場でこれまで歩んだ覇道を悔い改心する……ということ。

ただ、さすがにそう簡単にはいかないだろうし、実際そうはならなかった。

この世界の人間は、とりあえず拳を合わせるまではだいたい意地っ張りであることを私はよく知っている。

 

もう一つは、それでももはや止まれぬ、と引き続き覇道を歩むという選択。

少なくともこの戦いが始まる前の彼のセリフだけを取ると、これが最も近いように思える。

 

ただ、その場合は、心の奥底にある愛が遺言でさらに強くなり、それにも関わらず無理やり押し込めたことで、一昨日よりも精神的に弱体化していたはずだ。

……正直なところ、サウザーが止まらないならばそれはそれで戦いやすくなる、というのもこの遺書を突きつけた理由だったりする。

なので、これもない。このサウザーはどう見ても一昨日より、そして原作のこの決戦時よりも強く、何より迷いが無い。

 

……あとはオウガイが意外に過激派で、北斗の影に怯えていた南斗の遺志を継ぎ、北斗のくそったれどもを根絶やしにせよと遺した、なんて嫌すぎる想像も一瞬だけよぎった。

確かにこれなら今の迷いのないサウザーの強さにも説明が付くが、これはさすがに無いと信じよう。

何でもありのスピンオフ作品じゃあるまいし。

 

 

と、いうわけでしばらく戦った結論として、結局現状では分からないということだけが分かった。

それが把握出来れば戦いやすくなったかもしれないが……仕方がない。

分からないなら分からないなりに、やれることをやって勝つだけだ。

 

 

(……よし、気合入れ直しだ)

 

 

「疾ッッィィイッッ!!」

 

 

サウザーの猛攻に一瞬後ろに下がるそぶりを見せた私に、さらに追撃しようとするサウザー。

それに対し、私は急激に反転し被弾覚悟で前に出ると、刺突による攻撃を行う。

 

徹底して攻めに回るサウザーの戦術を前にし、引いた立ち回りで好き放題させるのは下策だ。

こうして前に出てかち合うほうが結果的にリスクは小さくなる。

 

「ぐ、ぬぅおっ!!」

 

サウザーは最初の邂逅時のように、余裕で突かせてくれたりはもうしない。

すでに虚気という形で見せたように『何をしでかすか分からない』という印象を与えている私の攻撃は、サウザーに回避か迎撃かの選択を迫ることが出来ている。

 

……それに、私はすでに表裏逆の秘密を知っていることを特に隠すつもりもなく、反対側に当たりをつけて秘孔を狙っている。

サウザーもおそらくすでに、私が"気づいていることに気づいている"だろう。

 

 

そして。

 

 

「せぇあ!! でぇえあありゃあ!!」

 

超高速で迫るサウザーの手刀を龍尾で弾き、掌底で顎をかち上げる。

十字型に切り裂く極星十字拳をかいくぐり、カウンターの拳を叩き込む。

鋭く放たれたサウザーの回し蹴りを、シュウさんの動きを取り入れた蹴り技で迎撃する。

 

……正面からの打ち合いで、徐々に私が押し込む場面が増えてきた。

致命の秘孔には至らないまでも、いくつもの痛撃によりサウザーの表情が苦しげに歪む。

 

確かに今のサウザーは恐るべき強さだが、私もまた最強の敵、ラオウとの死闘を経て大きく力を増している。

サウザーの秘孔の謎による迷いなどとも無縁な以上、そう簡単に遅れを取るわけには行かない。

 

 

────何より、サウザーはまだアレを……南斗鳳凰拳の最大奥義を、繰り出してはいないのだから。

 

 

(だから、まずはそれを引き出してからだ!)

 

またも放たれた極星十字拳を紙一重で防ぎながら、私はサウザーに拳を向ける。

完璧に隙を突けたわけではないが、ここからサウザーが迎撃するにせよ、回避するにせよ、すでに動きは想定出来ている。

である以上、この攻防で不利を背負わされる可能性はかなり低いと言えるだろう。

 

北斗神拳の奥義、水影心による技の見切りがある以上、長引けば長引くほど優位に働くのはこちらなのだから。

 

そんな、気の緩みとすら言えないような客観的な一つの事実。

 

……それに思いを馳せた私に、まるで(いな)、と突きつけるかのように。

 

サウザーが次に取った行動は、私の想定を大きく覆すものとなった。

 

 

「────なっ……は、ぇっ!?」

 

拳が刺さる寸前に彼、サウザーが取った動きは、回避。

それも、ただの逃避ではなく、後ろに倒れ込みながら地面に手をつき、回避動作と同時に鋭く蹴り上げる、という流麗華美な動き。

 

「な、ばかな!?」

 

かろうじて身を捩るも、その蹴りによって私の身体から血が流れる。

それと同時、下から見上げていた一人の漢……シュウさんが上げた驚愕の声が、私の耳に刺さった。

 

……シュウさんの反応から見ても、今のは私の見間違いではない。

だが、戦闘中にも関わらず見間違いを疑うほどの衝撃に揺れる私は、続けて放たれたサウザーの攻撃をまともに食らうこととなる。

 

「っっづッぅぁッ!?」

 

その攻撃とは、衝撃波。

直前の回避動作により離れた距離を物ともせず、ただ手を振るうだけで"それ"は遠くから私の身体を裂く。

 

しかし、私は今。

そんな傷の痛みなど比較にならないほどの混乱に、頭の殆どを支配されていた。

 

 

なんとか衝撃波が迫る僅かな隙間を見計らい脱出をすると、私は息をつき動揺を鎮めながら、改めて。

今放たれた二つの技について考察する。

 

私の拳を回避した技の名は、烈脚空舞。

そしてその後、私の身体を刻んだ衝撃波は、この世界で、この目で見るのは初めての技、伝衝裂波。

 

サウザーが使った技の正体を知りながら……いや、"知っているからこそ"、私は先程極限まで混乱し、狼狽したのだ。

 

 

────使えてもおかしくはない、とは思う。

 

────だが、それ以上に。絶対に使うはずがないのに、と強く思う。

 

 

何故なら、今サウザーが使った技。

それは、南斗だが、異なる流派……それぞれシュウさんの南斗白鷺拳と、ユダの南斗紅鶴拳。

 

それらを振るうという選択は、自らの南斗鳳凰拳こそが最強と信じ、敵は全て下郎とする精神の在り方と真っ向から反するはずだから。

 

 

「────────っ」

 

オウガイの遺書により強くなること自体は想定していた私も、この事態はさすがに考えていない。

 

そう思い、一体この男は何を考えているのか、と改めて。

 

 

……対峙するサウザーの、その目を見て。

 

 

(…………ぁっ)

 

 

…………全て、悟った。

 

 

(────────ああ。そういう…………ことか…………)

 

 

悟ったものは、サウザーがやろうとしていること。

そして、その上で、その先で。

 

この私に、求められていること。

 

 

ああ、と。

どこか他人事のように、ふわふわとした思考のままに思いを馳せる。

 

やはり、私は今から。この漢を。

 

 

────殺さなければ、ならないんだなあ、と。

 

 




今章の〆に向け若干書き溜めをしていました
続きは今回ほどには間は空かない気がします


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第三十七話

独自設定の時間よー


★★★★★★★

 

サウザーが初めてマコトと邂逅し、遺言状を手渡された時のこと。

 

マコトが想像していた通り。

オウガイがサウザーに遺した遺言は、特別劇的な名文が刻まれていた、などとというわけではなかった。

 

……当然だ。小説家などではなく、あくまで拳法家である彼が遺せるもの。

それはただ師として、そして父として如何に自分がサウザーを愛していたか、という溢れる想いだけなのだ。

 

「────────っ」

 

ただ、それで十分。

目の前で死に果て、冷たく降り注ぐ雨によりあっという前に失われた、師の体温(ぬくもり)を、生きた言葉を。

心の底から渇望していたそれを、サウザーは確かにその手紙から感じることが出来たのだから。

 

……そして、その中にあって、一つ。

特にサウザーの目を惹き脳裏に焼き付けた、とある事実がある。

 

それを見たサウザーは……ある一つの選択をした。

そして、直前までの強さ激しさが嘘のように、所在なさげに佇みチラチラとこちらを伺うマコト。

彼女に向け、伝える。

 

()()()に決着をつけよう、と。

 

一度レイ達と合流したかったこともあり、その時のマコトは特に疑問も抱かず了承した。

……翌日ならばともかく、本来あえてわざわざ二日置く必要はなかったはずなのに、だ。

 

そして、この提案を経て手にした一日を使い。

彼は、溢れる才覚と精神の力により、"それら"を一線級のものに、磨き上げたのだ。

 

それらとは、当然────────

 

 

「────っサウ、ザー……あなたは……"同じこと"、を……!」

 

聖帝十字陵における決戦。

その最中サウザーが繰り出した、南斗鳳凰拳以外の南斗聖拳。

 

それを目にした上で、マコトは……今のサウザーの顔を。

 

 

原作における彼の最期の瞬間と全く同じ、険の取れた純粋で穏やかな……

まるで、子どものような、そんな表情を見ながら呟いた。

 

 

「────"同じ"、だったのだ」

 

サウザーが、静かに返す。

 

「我が師オウガイ。あの人もまた、俺と同じ哀しみを経て……そして、愛を捨て去った経験がある、と。そうつづられていた」

 

そのまま、彼は語った。

 

オウガイ自身もまた、サウザーと同じ境遇……つまりみなし児だったところを先々代の伝承者に拾われ、南斗鳳凰拳を身に着けたこと。

その後、サウザーと同じように伝承の儀で師を失ったこと。

……そしてオウガイの場合は、サウザーのように別れ際に話すことも出来なかった。

師に襲いかかられた理由も、自分が師を殺さなければならなかった理由も分からず荒れに荒れ……時には、その手を血に染めたことすらあったと言う。

 

その後鳳凰拳伝承の……一子相伝の宿命を知ったことで、ようやく。

オウガイは師の真意を悟り、そして悲嘆と後悔に塗れた。

 

……サウザーを拾ったことも、始めは愛のためなどでは無かった。

幼い身を抱き上げながら恐れられないよう優しく微笑む表情の裏で、節くれだったその心を表に出さないよう必死に努力をしていた。

師の真似事でも何でも良いから、師の意思を踏みにじったことへの罪滅ぼしをしよう、というのがその理由だった。

 

そして、始めはそんな真似事のつもりで始めた修行の日々。

それを経るにつれて、オウガイがサウザーに向ける感情がどうなっていったか……それに関しては今更これ以上、言う必要も無いだろう。

 

────唯一つ、言えることがあるとすれば。

あの愛に溢れた、陽だまりのような優しい時間に救われていたのは、サウザーだけではなかった、ということだけだ。

 

 

「────────っ」

 

サウザーが戦闘の最中に語ったこの話。

その意味を理解できたものは、ほとんどこの場には居ない。

単に聖帝の力に従えられてきただけの部下はもちろん、レジスタンスの面々も訳がわからないと首をかしげるばかりだ。

 

だが、サウザーとのこれまでの交流から、過去をある程度知る北斗の兄弟と南斗六聖の面々は。

揃って噛みしめるように、静かに目を閉じた。

 

 

────サウザーの真意が、このオウガイと同じ。

 

……すなわちこの場で南斗鳳凰拳の、いや()()()()()()()()()()()()()を行い、そして死ぬことにある、と理解出来たから。

 

 

一瞬、これが決戦の場であることを忘れさせるかのような、静寂が場を支配する。

 

その空気を作り出したのがサウザーなら、壊すのもまた、サウザーだった。

 

「────話は、終わりだ」

「……サウザーっ……!」

「敵の心配をしている場合では無い! 貴様がここで俺に破れる程度の者ならば! 俺の覇道が止まることもないのだからなッッ!!」

 

それもまた、本心である。

伝承の儀は、弟子も命がけで師を超えるという凄絶さがあってこその伝統であり、だからこその南斗鳳凰拳なのだから。

 

北斗神拳伝承者としてふさわしい力の一端を見せた上で、サウザーに師オウガイの手紙を届け。

そして何より今もまだ、愛を持った上で戦い続けているという女、マコト。

そんなマコトだからこそ、サウザーは伝承の……最期の相手に彼女を選んだ。

 

しかし、それが見込み違いだったならば。もはやサウザーが伝承するべき相手なども存在しえない。

そうなればその身が朽ち果てるまで、これまで通りの覇道を貫き続けることになるだろう。

 

 

サウザーは今、マコトが止めなければならない。

 

 

再び険しい表情に戻ると、鬼気迫る勢いを以て拳を振るうサウザー。

 

彼を前に、マコトもその事実を改めて認識し────

そして、覚悟を決めた。

 

 

★★★★★★★

 

 

実際のところ。

今サウザーが次々と私に放つ、鳳凰拳以外の南斗聖拳は。

戦術的な面だけで見るとそこまでの脅威では……ない。

 

といっても当然、それはサウザーの練度が低いからでは無い。

むしろ、もともとある程度身につけていたのかもしれないが、それでもたった二日空けただけで、シュウさんやレイさんといった本来の使い手に劣らないほどの鋭さを身に着けてきたのは、驚嘆すべきことだ。

 

おそらく、これを使われたのが北斗神拳伝承者以外なら……そして、私以外なら。

この圧倒的な技のバリエーションの前に、成すすべもなく敗れていただろう。

 

(────でも、私は知っている)

 

シンやレイさん、シュウさんの戦いで。

そして何より、散々見漁った彼らの原作の活躍という形で。

 

多くの技が初見でありながら初見で無いという矛盾。

それは、水影心による吸収も手伝い、サウザーが振るう拳のほぼ全てに対応する確かな糧となっていた。

 

……そして、それは私に防がれ続けているサウザーも感じているだろう。

彼がただ勝つことだけを考えるならば、自身の体力を消耗してまで私の手札を増やす理由はない。

他の技に慣れだした今、すぐさま最も得意とする南斗鳳凰拳に切り替え攻めた方が、よほど勝機があると言える。

 

もちろんそれは私の方も同じだ。

このまま攻めさせるよりも、技と技の隙間を計らい距離を詰めて攻めきってしまうのが最も有効だろう、と。

頭の中では冷静に算出出来てしまっている。

 

 

それでも、辞めない。辞められない。

サウザーがそれらを振るうことも、私がそれを吸収することも。

 

 

ずきん、ずきんと心が痛む。

 

今はもう、サウザーが振るう技に見覚えのあるものはほとんど無い。

 

それはつまり、サウザーが知る南斗の技が残り少なくなっている、ということ。

……終わりが迫って来ている、ということ。

 

 

────あぁ、と、"今一度"思う。

 

倒すべき相手とはいえ。何より、彼自身の意志を汲んだ結果のものとはいえ。

 

 

(…………やだなぁ)

 

 

 

 

「────見事なものだ」

 

一対の美しくも力強き鶴を思わせるような、そんな闘気の刃をやり過ごした私に対し、一言。

だらん、と腕を下げ息をつきながら、サウザーは静かに口を開いた。

 

「我が師オウガイの言葉を届けた者へと。そして、南斗聖拳そのものの最後の敵である、北斗神拳伝承者へと。……俺が果たすべき義理は、果たしたと言えよう」

「……間違い、ありません。戦いはまだ途中ではありますが。……それでも今、この場で。北斗神拳伝承者として、あなたに心よりの感謝を」

 

サウザーが知る限りの。伝承すべき技はもう、無くなったのだ。

 

それを悟った私が返した言葉を聞くと、サウザーはたんっと軽く。だけどどこまでも厳かに。

自分が捨て去るはずだった愛の象徴、すなわち聖帝十字陵の頂点に飛び移る。

 

…………そして。

 

「ならば、その礼に。何よりお前の力に。我が奥義を以て応えよう」

 

 

「南斗鳳凰拳に、構えが……!!」

 

ラオウですらも見たことが無かったそれを。

これまでの動きとは、精度も身にまとう雰囲気も全く異なる、彼本来の構えを取る。

 

 

まるで彼の拳法が示す鳥────鳳凰が翼を広げたような。

それでいて、神への恭順と贖罪を示す十字架のような。

両握り拳を大きく横へと広げた、そんな荘厳に過ぎる構えを取り……彼は、叫んだ。

 

 

「南斗鳳凰拳奥義、天翔十字鳳ッッッ!!!!」

 

 

(ついに、これが出た…………!)

 

南斗聖拳最強であるサウザーという存在を象徴するかのような、その奥義。

これを破らずして、サウザーへの勝利はありえない。

 

「…………破ってみせよ、マコト!!」

 

「そのつもりで、来ていますっ!!」

 

 

サウザーが吐き出す気合の声と同時、宙を舞う巨体。

それに対し私はまず、真っ直ぐに拳を振るう。

 

……本来、拳法の達人同士の対決において、不用意に飛びかかるのは自殺行為である。

攻撃することだけを考えたならば、体重や勢いが乗ることで相応の威力も期待できるだろう。

しかし、いざ迎撃された時を考えると、空中では姿勢の制御が困難なため、敵の攻撃を回避するすべがないからだ。

 

当然、私が彼に放った拳もサウザーは無防備に受けることになるだろう、と。

ここに居る殆どの人間が考えたはずだ。

 

が。

 

 

「────────つッぅ!!」

 

 

私が鋭く放った拳打は、そこに居るはずのサウザーの身体をすり抜けると、逆に私の肩口から血が吹き出す。

先に攻撃を当てたはずの私が、一方的に傷を負う……

そんな世の理に反する光景を見た、サウザーの部下か誰かの驚愕の声が耳に入った。

 

(……本当に、当たらないんだ……っ)

 

対峙する私から見てもただの的にしか思えない、ゆったりしたその動き。

それに吸い込まれるように手を出し、味わわされたものは、連綿と受け継がれて来た技巧の極みだ。

 

(……でも)

 

でも、私は知っている。

こことは違う世界で。私が知る北斗の拳の世界で。

これを破った漢が居ることを。

そして、その技をすでに私は、血がにじむような努力の末、手にしていることを。

 

再び私に向け飛びかかろうとするサウザーを目に収め。

私は、躊躇なく。

それを放つための、構えを取った。

 

 

「────────っ」

 

私の手の動きを見たサウザーが、静かに息を飲み込み、そして再び飛びかかる。

 

北斗七星の動きとともに、爆発的に闘気を高めるこの構えの名は、北斗神拳秘奥義────天破の構え。

そして、ここから放つ技の名はもちろん────

 

 

「────────天破活殺ッッ!!」

 

 

触れずして敵の身体を貫く、不可視にして究極の、七つからなる闘気の弾丸。

これまでの旅の間も、欠かすことの無かった修業によって高め続けてきたその練度は。

Z-ジード-に放った時よりも……うぬぼれでなければ、原作でケンシロウさんが放った時のそれよりも高いはずだ。

 

そんな天破活殺は当然、宙に舞う羽根となったサウザーの下へも、一分の狂いもなく向かい────

 

 

「────鳳凰纏(ほうおうてん)

 

 

そして、前方から後方へと。

翼を思わせる形でサウザーが纏う、()()()()()()()()()

 

 

「────────ッッ!!」

 

 

大技を放ち隙を見せる私の下にふわり、と。五体満足のサウザーが降り立つ。

全力で身をかわすが、避け切れなかったその手刀により、この戦いで最も大きく私の身体が傷つき、血を吹き出すこととなった。

 

「ぐっぅぅ、ぁ…………!?」

 

「なっ…………」

「なんだと……っ!?」

 

膝を付き痛みにこらえながら見上げる私に、再び頂点へと戻ったサウザーが、聖帝が。

見下ろしながら、告げた。

 

 

「────見たか、マコトよ。貴様の天破活殺は見切り……今、鳳凰は成った!!」

「…………っ」

 

「これこそが、絶対不敗の秘奥義、天翔十字鳳!! そして俺こそが!! 究極の南斗聖拳、南斗鳳凰拳そのものなのだ!!」

 

いつしかこの戦いを彩るように、天から降り注いでいた雹。

それに打たれながら、慢心も悪意も無く、ただ師から受け継いだ自らの拳を誇る、サウザー。

 

 

(────ああ)

 

そして、私は今。

 

そんな彼の姿を見上げながら。

 

 

(キレイだなあ……)

 

 

と。場違いなほどに素直な、そんな感想を抱いていた。

 

 

サウザーが私の天破活殺を破ったこと。

もちろんそれはとても凄まじいことだし、事実トキさんやラオウの驚愕の声も漏れ聞こえた程だ。

 

……だけど、私はどこかで、こんなことになるのではないか、と予感していた。

何しろ、この場で初めて使った原作と違い、この世界での私はこれまでも何度も天破活殺を行使していたのだから。

 

特異体質にあぐらをかいて突かせるのではなく、全力を以てぶつかる今のサウザーなら、もしかしたら得た情報をもとにこれぐらいやるのではないか、と。

そんな予感……いや、"期待"をどこかで私はしていた。

そうでなければ、防がれてからの反撃に対し回避が間に合うことはなかっただろう。

 

南斗鳳凰拳が奥義、天翔十字鳳。

これはおそらく、自身の闘気を極限まで抑え、さらに全身を脱力させることによって成立する、カウンター技だ。

これら脱力により相手の敵意をはらんだ攻撃を見切り、長年の修行の末身に着けた技巧を以て受け流し、そして一方的に反撃する。

 

さらに、サウザーはそれに加え不可視の攻撃である天破活殺に対してすらも、後出しで纏う闘気の衣、すなわち鳳凰纏により対処を可能にした。

 

それは、拳でも、闘気でも捉えることが出来ない、人の身では触れることすら叶わない幻の存在……まさに鳳凰。

サウザーは今ここに来て、そのような存在へと至り。

 

そして私はその姿に。

南斗究極と言って過言ではないその秘奥義に、見惚れた。

 

 

……南斗紅鶴拳のユダは、レイさんの美しさに見惚れたことを不覚だと、生涯の恥だと考えていたようだが。

私は、追い詰められながらもなお、素直に憧れることが出来るこの心を、誇らしく思う。

 

たとえ北斗神拳伝承者になったとしても。

私という存在を始めてくれたこの憧れは、これからもきっと捨てることはないだろう。

 

 

……そして。

 

「本当にすごいです、サウザー」

「…………」

 

「拳も、闘気も通じない相手が居るなど、これまでの北斗神拳伝承者も考えたことすら無かったでしょう。……あなたのような本物の強者が、全てを出し尽くして私と戦ってくれていることを、心より嬉しく思います。…………ですが」

 

 

────それでも、この憧れが私の心にある限り。

 

 

「勝つのは、私です」

 

 

★★★★★★★

 

 

マコトのその言葉を、苦し紛れと笑い捨てるのは簡単だったが、サウザーはそうしようとは思わなかった。

……いや、正確にはもはや、そのようなことはどうでも良かった。

 

サウザーにあるのはただ、自分に出来るあるがままを目の前の相手にぶつけ。

そして、目の前の相手が繰り出すあるがままを、見届けるだけだ、と。

 

 

そう考えるとサウザーは、最後の。

決定的な一撃をマコトに与えるため、これまでで最も高く、美しく。空を舞った。

 

最大最高の闘志を内に秘め、それでいて表に出すのは最も静かで軽やかに。

 

そんな、最後の天翔十字鳳の舞いを目の前にし、マコトは────

 

 

サウザーと同じか、それ以上に。

ふっ、と険の取れた、穏やかな表情で微笑むと、同じく宙を舞った。

 

 

「なっ────」

 

 

そのままマコトは、両手を広げてサウザーの下へ向かう。

その動きに、手に、脚に、闘気に、表情に。

天翔十字鳳が見切るべき敵意はどこにも、欠片すらなく。

 

何人にも捉えられぬ宙を生きる羽根となったサウザーは……

今、それと同じ存在、羽根となったマコトに。

 

ぽんっと、生まれたての赤子をあやすように。

どこまでも優しく、暖かく抱きとめられた。

 

(────慈母、星……っ!?)

 

究極と言っていい戦いの最中起こった、あまりにも場違いなその動作。

 

それに、一瞬彼が知る、南斗最後の将の幻影を見た、と同時。

 

 

「でぇえああああ、りゃぁああああッッ!!!!」

 

 

一転。

 

完全な密着状態からいくつもの秘孔を押し込みながら、全身をフルに使った烈火の如き激しい動きで。

サウザーの巨体を投げ飛ばし、十字陵の石面に叩きつけた。

 

「がっ、はぁぁあッッ───────!!」

 

直前まで完全な脱力状態だった上、予想外の動きにより一瞬生まれた、思考の空白。

 

マコトの動きに反応し反撃を試みるも間に合わず、サウザーは無防備な状態で全身を打ち、叩きつけられた反動で宙を浮くことになる。

そして、致命的な隙を晒したサウザーに間髪入れず迫るのは。

 

「────────ッッ!」

 

北斗七星と死兆星をかたどった八つの闘気からなる、"マコトの天破活殺"。

 

サウザーはそれを、今度こそ受け流す事が出来ず、まともに食らうこととなった。

 

 

★★★★★★★

 

 

(…………なんだか、ひどいことをした気がする)

 

サウザーが完成させた究極の天翔十字鳳の前には、通常の拳も天破活殺も、おそらく剛掌波なども通用しない。

まるでこの世の理から飛び出たかのようなあの軽やかな舞いの前では、どれほど鋭くとも殺気のこもった攻撃は無意味だ。

 

だから私はまず、攻撃だとか攻略だとかそういうことを考えずに。

ただ、同じ位置に行きたい、たどり着きたい、と。

そんな純粋な憧れのままに、全身から力を抜き、飛んだ。

 

天翔十字鳳は使えないが、もとより力の配分に関しては潜在能力を操る北斗神拳こそ本家本元だ。

ましてや私は、柔拳や虚気という形でそれを活かした戦闘スタイルを用いている。

 

もちろん、如何に北斗神拳伝承者としての適性や水影心による吸収があるとはいえ、南斗最強の秘奥義をいきなり使用することは不可能である。

あれは、宙を舞った後の、相手の動きに対する完璧な見切りと反撃があってこそ成立する技だ。

 

だが、その前の宙を舞うだけなら。同じステージにただ立つ、というだけなら。

今の私ならきっと出来る、とそう信じて私は飛んだ。

 

飛んだ後のことは、考えていなかった。そういう目論見は全て、サウザーを打ち倒すべき相手としていだく敵意に繋がってしまうから。

 

だから、とりあえず一緒に真似して飛んで、そうしたら近づいてきたから、とりあえず手を差し出して優しく抱きとめてみて、そして────────

 

『あ、今捕まえてる』となったのでぶん投げたというわけだ。

 

絵面だけ見たら赤子のように抱き上げておいて、すかさず地面に叩きつけるという酷いものとなっているが、あくまでお互い真剣に勝ちに行った結果である。

……この行動に移るのがあと一瞬遅ければ、正気に戻ったサウザーの攻撃を食らっていただろうし、実際のところ紙一重だったのは間違いない。

 

そして、これにより。

決着は"ほぼ"ついた、と見ていいだろう。

 

 

「ぐ……ぬ……ぅお……っ!」

 

 

かろうじて起き上がったサウザーが呻く。

投げる直前に突いた秘孔や天破活殺により、彼の全身はすでにまともに動かせる状態ではない。

特に、脚は地に縫い付けられたように動かない。

 

────鳳凰すでに飛ばず、である。

 

だが、それでも。

 

 

「────引く気は、無いのですね」

 

その私の分かりきった質問に、彼はただ一言『無い』とだけ答えた。

 

(…………っ)

 

彼が、ここで。

私が知り、そして予感していた"あるセリフ"を吐かなかったことに、ほんの少し私の心が揺れる。

 

が、彼の真意が、この戦いの最中に私が悟ったもの。

つまり、伝承の儀を最後まで果たすことにある、ということに変わりはない。

 

 

ふぅ、と小さく息をつき、構える。

 

(…………ならば、私は)

 

サウザーのその意思を汲み取り……その上で、最後に。

それでも、彼に一片の救いだけでもありますように、と。

 

その技の使用を、改めて心に決めた。

 

 

────技の名は、北斗有情抱朐夢(ほうきょうむ)

 

これは原作本来の流れでケンシロウさんが放った、北斗有情猛翔破を元にした技だ。

 

苦痛を生まない有情拳本来の効果に加え、打たれるとともに秘孔の力で身体の芯から暖かな熱が灯り……さらには、ある種の幻覚作用をもたらし、打たれた者が最も欲する夢に抱かれ、そのまま眠るように逝く。

そんな、まるでサウザーのためだけにあるような技だ。

 

……いや、まるで、ではない。

私は貴重な修行時間を使ってまで、実戦の役には立たないであろうこれを、わざわざ編み出したのだから。

 

私がそんなことをした理由。それに想いを巡らせる前に、サウザーが最後の一撃を繰り出す。

 

飛びかかるような、堕ちるような。

美しさと儚さを併せ持った、そんな動きのままに、彼は満身創痍の拳を走らせた。

 

そして、私はその動きにカウンターをする形で……それを、放つ。

 

 

「北斗、有情抱朐夢────ッ!!」

 

 

鋭く息を吐きながら打ち込まれた、私の拳を目の前に。

 

「────────ふっ」

 

サウザーは、満足そうに笑い、目を瞑り……その身を委ねた。

 

 

(…………っ、さようなら、サウザー)

 

……そして、お互いが予見した形の通り、私の拳がサウザーの身体に吸い込まれ────────

 

 

 

命中する、その直前で。

 

 

ピタッ、と。

 

 

止まった。

 

 

 

「────────っ」

 

 

「…………?」

 

 

……来るはずの、終わりが、来ない。

 

 

そして、終わりをもたらすはずの、この場所にあったのは。

 

 

困惑したように、うっすら目を開けてこちらを伺うサウザーと。

 

 

「……………………あ、あれっ??」

 

 

……多分、そのサウザー以上に、困惑で頭をいっぱいにしながら。

 

 

ただ、"自分で止めた自分の拳"を見ているだけの、私の姿だった。

 

 



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第三十八話


You Are Shock?


「…………っ」

 

死を受け入れたサウザーに向け、放った最後の拳。

それを止めたのが自分自身であることに気づいた私は、目を閉じたまま顔を天に向け……考える。

その後ばっ、とサウザーを見ると、困惑が張り付く彼の顔を、そのまましばらくじっと眺めた。

 

「……な、んだ……? 何をしている、貴様」

 

図らずも、サウザーに遺言状を読ませた時と真逆となった状況に、サウザーが口を開く。

その言外にあるものは、決着がついたのだから早くとどめを刺せ、という催促だ。

 

(…………)

 

私は、それを……聞こえていながらあえて無視すると、自分でもあやふやな思考を。

そして、自分が拳を止めた意味を。

もしかしたらさっきまでの戦い以上に、真剣に整理するよう腐心していた。

 

 

理由はたくさん、たくさん思い浮かぶ。

 

(それは多分……"殺す理由"も"殺さない理由"も)

 

……まず、愛が深すぎたためにオウガイの死のショックにより狂ってしまった、という経緯こそあれど。

その後覇道を進み、多くの部下を率い罪なき子どもを従えてきた、というのは彼自身が取った選択だ。

その上で、彼自身がオウガイの後を追って死ぬことを望んでいるならば、その意志を汲み取るのも彼のためだ、と私は最初に考えたはずなのだ。

 

ただ裏を返せば、身一つで数多くの部下をまとめ上げ、また子どもを管理した上でこの聖帝十字陵を完成させた、という事実。

これが示すものは、この乱世において得難い統率力と知力、武力の全てを兼ね備えているということ。

そんな人物がこれまでの道を悔いたことに、この戦いの結果があるのだとしたら。

この類まれなる才覚をただ葬る、というのも……おかしな言い方になるが、この乱世に取っての大きな損失に他ならないのではないだろうか。

 

 

……そう。サウザーは多分、きっと。

師オウガイのように、愛を捨てたこれまでの道程を今、悔いているように思える。

 

私の知る原作で、今回と同じようにケンシロウさんの天破活殺を受け、満身創痍になった彼は言った。

 

『ひ……引かぬ!! 媚びぬ省みぬ!!』と。

 

これは、サウザーの帝王としての誇りを示す力強い覚悟の言葉であり……

そして、内心の傷を覆い隠すための強がりでもある、と私は思っている。

 

『引かぬ』と『媚びぬ』は言葉そのままに受け取っていいだろう。

ケンシロウさんの前に立ちふさがる南斗最強の男として、彼が引くことも媚びることも、無い。

 

だが、『省みぬ』はどうだろうか。

そのセリフを放った場である聖帝十字陵こそが、彼が過去を、想い出を省みた結果生まれたもののはずなのに。

最初から愛と情という過去に縛られていなければ、愛と情の墓などわざわざ作る必要もないはずだ。

事実、その後有情拳を受けたサウザーは最期の瞬間も、師のぬくもりを求めて死体に寄り添い、散っていった。

 

……そして今回。

オウガイの遺言で戦いに臨む前からぬくもりを思い出したサウザーは、このセリフを吐かなかった。

それは、原作で見て見ぬ振りをしていたそれを、彼自身自覚した上で、この伝承に臨んだという証左なのではないだろうか。

 

 

こういった、私が殺す理由と、殺さない理由。

相反する考えが有情拳を放つその刹那、私すら自覚していなかった心の奥底で。

頭痛すら引き起こすほどにバチバチぐるぐるせめぎ合い続けて……そして。

 

 

最後に残ったものは、やはりというべきか。

この世界で目覚める前……つまり、前世からずっと抱えてきたロマン、憧れだった。

 

 

(私はきっと……見たいんだ。サウザーが"────────"した後の、その先を)

 

 

……だから。

 

 

★★★★★★★

 

 

たっぷりと時間を使い考えた末……マコトは、口を開く。

 

「……ごめんなさい、サウザー。私はあなたを殺せません。……あなたの、師匠の後を追いたいというその気持ちに、応えることが出来ません」

「っそこまで! そこまで俺の考えが分かっていて、何故だ……!? 貴様は、俺がこれまでやってきたことも知っているはずだろうが!!」

 

正確には全部ではないが、その通りマコトは知っている。

覇道のために殺してきた(やってきた)ことも、本来シュウを殺すはずだった(やるはずだった)ことも。

 

……でも。いや、だからこそ彼女は。

 

「でも、今は。それを悔いているのではないですか? だからこそ師と同じ伝承の儀を、やり通すことを選んだ」

「……ッッ!! それが、どうした!! 仮にそうだとしたならば、なおさら俺が同じ宿命に殉ずることは間違っていないはずだ!!」

 

「────いいえ。サウザーには一つ、やり残したことがあるはずです」

「なんだと……!」

 

真意が掴めないマコトの問いに、サウザーは顔を歪めながら続ける。

 

「俺が知る拳法はすでに伝え、その上で全身全霊をかけた戦いにお前は勝利した! これ以上、俺がお前に伝えるものなどっ……!」

 

内心に抱えていた想いを、感情を絞り出すように。

苦しげに吐露するサウザーに、マコトはゆっくりと首を振りながら、言い含めるように伝えた。

 

「違います、違うんです。拳法とか技術だとか、そんなことじゃないんです。……聞かせてください、サウザー」

 

 

「あなたが師オウガイから受け取ったものは、南斗鳳凰拳の力だけなのですか?」

 

「…………ッ!!」

 

 

その言葉が届いた瞬間、サウザーの脳裏を巡ったもの。

 

それは、厳しい修行を終えた一日の終わりに、優しく頭を撫でるオウガイの手のぬくもり。

それは、厳しい修行を終えた一日の終わりに、腹を空かせたサウザーに振る舞われる料理のぬくもり。

それは、厳しい修行の最中に向けられる……厳しくも、どこまでも暖かな眼差し。

 

……そして。

 

「ぅ……あ、ぁっ……!」

 

そして、オウガイが最期に記した遺言状の、そのさらに最後を締めくくる言葉。

 

それと、今ここにいるマコトの言葉が、同時にサウザーに叩きつけられる。

 

 

『先程も書いた通り。わしがお前を拾い育てたのは、それを捨てたことへの罪滅ぼしだった』

「私も、あなたが関わってきた者たちも。その誰も、あなたが師から受け取ったはずのそれを、まだ受け取ってはいません」

 

『わしは、この伝承の儀でそれを捨て去り、そして数多くの者に迷惑をかけてきてしまった。そこはもう、取り返しがつかん』

「あなたは、これまでそれを捨て去り、そしてたくさん取りこぼしてきました。そこはもう、変えられない」

 

 

故に、オウガイとマコトは今、サウザーに求めた。

一度歪んでしまったサウザーが、再び……"────────"した、その先を。

 

 

『だから、出来ればお前はそうならないで欲しい。わしが捨て去ったはずの……しかし、お前と出会い過ごして、ようやく再び手にできたそれを────』

「だから、あえて強くこう言います。それのために今死ぬのではなく、これからはそれを全部……全部、未来のために、目についた片っ端から拾い集めて────」

 

 

 

「────────愛をとりもどせ、と」

 

 

 

……そして、今度こそ。

完全に、険の取れた。

そんな表情のままの、サウザーの慟哭が響いた。

 

それは、産まれたての赤子のようなか細い声量ではあったが……

不思議と、その場に居る誰の耳にも届き、そして強く。

心に、残り続けた。

 

 

「……お……オォ……ぐ、……うぅ……!! お、お師、さんっ…………! お師さんっ…………!!」

 

 

 

 

★★★★★★★

 

 

 

「────これで、良かったのか?」

 

 

……戦いが終わり、帰還しようとする道中。

最初に口を開いたのは、レイさんだった。

 

サウザーはあのあと……長く長く黙り込んだ上で、たった一言。

『しばらく、一人にしてくれ』と、小さく呟いた。

 

私があの場で言えることは多分、全部伝えた。

あとは、サウザー自身が決めることだと判断した私達は、一度村へと戻ることにしたのだ。

 

 

そして、このレイさんのセリフは、私に対してのものでもあり。

サウザーとずっと戦ってきて……おそらく、これまでにも犠牲を払ってきたシュウさんに対してでもあるだろう。

 

シュウさんはそれに対し、何の憂いも無いとばかりに、ただにこやかに頷いた。

 

その一方、私は……すぐに答えを返すことが出来なかった。

 

 

……先程の、私のサウザーに向けた発言と、選択を思い返す。

 

正直なところ、私は名も顔も知らない人たちが受けた苦しみから、その義憤のままに殺してやろう、という考えはあまり持ち合わせていない。

かといって、サウザーの願いと伝承の儀の伝統を覆してまで、生かそうとした理由に関しては……一体、何故自分でもあれだけ強く推し進めたのか。

答えはさっき伝えたはずにも関わらず、まだ喉の奥で何かが引っかかっているような、不思議な感覚が残っている。

 

(私は、どうして────)

 

この世界を愛する人間として最初に抱いたもの。

出来るだけ無駄に死なせたくない、というその想い自体はおかしなものではない。

だが、それは果たして本人の意志を遮ってまで通す程に、尊いものなのだろうか、と。

 

 

……そう、好きな世界の、好きな人物達だからこそ、個人の意志は尊重すべきと頭では分かっているはず。

だから、サウザーに限らず、この世界のそうした意志は出来るだけ通そう……と。

 

(…………あっ)

 

 

そうして、これまで出会った人物に思いを巡らせた途端。

 

私は、気づいた。

 

 

(────────あぁ、そっか)

 

 

サウザーに対して想い、そして示した未来というロマン。

それは、確かに私の本心ではある。

 

でも、そのさらに先。

最後の最後心に残った、私自身の素直な気持ちにして、本音の本音。

 

 

……それは、最も原初的な、なんでもないただの"好き嫌い"の話だった。

 

 

────シンの時は、私にもまだ余裕が無く、また彼自身が歩んだ道を一切悔いてはいなかった。

だから、彼が望むまま天に送り……いや、迂遠な言い回しはやめよう。

私の意思で、殺した。殺すしかなかった。

 

────ジャギの時は、私の影響により彼が変わり、それにより本来もたらす被害がぐっと小さくなり、彼がこれからそれを為す理由も、新たな道の提示により無くなった。

だから、私の意思で、殺さなかった。死のうとしているのを、止めた。

 

────リュウガの時は、考えるまでもなく、殺す必要が欠片も無かった。

 

 

これまでの戦いで強く印象に残った、彼らと今のサウザーには、共通しているものが一つある。

 

それは、私と戦い敗れたならば、その私の拳にかかり死のうとしている、ということ。

 

つまり、それぞれにそれぞれの思惑があるとはいえ。

全員がこの世界の漢の価値観によって、当たり前のように。

私に自分の屍を超えさせようと、哀しみを背負わせようとしている、ということだ。

 

 

これは、この世界に生きる強い漢達に認められたということで。

間違いなくとても名誉で、光栄なことで。

 

 

……そして、それでいて。

 

 

「…………冗談じゃないや」

 

「? マコト……?」

 

 

私はそれが、()()()()()()()()()()()()()()()()()、という気持ちに。

今このときになって、ようやく気がついたのだ。

 

それは、この世界に来て自己を確立して。

その上で、ただの使い手から北斗神拳伝承者として生きることを決意した今、初めて芽生えた……

いや、自覚できた、私だけの激情。

 

 

…………なんで。

 

 

(なんで、すでにケンシロウさんを犠牲に生きている私が、他の人の死まで背負わなきゃならないんだっ……!!)

 

 

そもそも、この世界で生きたマコトとしての価値観もあるとはいえ、元の現代一般人としての記憶や常識も残る私は。

いくら生きるためと割り切ったからといって、多くの敵対者をこの手で殺している、というだけで十分に重すぎる話なのだ。

 

ましてや、シェルターでの慟哭により生まれた、強い強い哀しみから始まっている私の道程。

そのケンシロウさん達の犠牲と、これまでに倒した者の返り血に染まった私が、これ以上不要な死を背負うのは。

心という力を維持することを考えても、単純にデメリットが大きすぎる。

 

北斗有情抱朐夢なんてものをわざわざ編み出したのもそうだ。

あれは、サウザーに対して心の救いを……という想い以上に。

そうすることで、自分の心の負荷を少しでも和らげようとしたのが、その本質なのではないか。

 

……それに、ラオウの存在もある。

彼は、サウザーのように覇道を悔いるようなことは絶対にありえない。

命ある限り世に覇をなそうとする以上、私が生きるためには彼の命を奪うことは……

北斗の拳の一ファンとして憧れた、彼を殺すことは、まず避けられないだろう。

 

それならば。それならば、もう。

 

 

────────もう、哀しみは、お腹いっぱいだ。

 

 

(…………ははっ)

 

……ああ、なんとも。

この世界の救世主っぽくない結論だなあ、と私は自嘲する。

でも、それと同じぐらい。それでいいんじゃないか、とも思った。

 

ケンシロウさんの道を。

世紀末救世主伝説を再現する代替品ではなく、私なりの世紀末を生きよう、と。

この世界で目覚めて初めて得ることが出来た、その選択こそが私の初心だったのだから。

 

…………だから。

 

 

「────ええ。"私は"、これでいいんです」

 

 

っと。

少し間が空いたが、心配無用とばかりに力強く応えると。

 

レイさんも聞いていたケンシロウさんも、こころなしか満足したように微笑んだ。

 

 

その彼らの態度に背を押されたわけではないが、それでも私はピンっと胸を張ると。

 

サウザーと、この先の未来に想いを馳せ、村へと帰っていったのだった。

 

 

この選択が正しかったのかどうかは、まだ分からない。

この世界における救世主としての、ただの甘さや弱さでしかないと言われたなら、そうなのかもしれない。

 

それでも、下を向いて歩く必要は、無い。

 

 

────改めて、私の進む道は、決まったのだから。

 

 

 

★★★★★★★

 

 

「……師よ」

 

 

聖帝十字陵。

その中に作られた、とある一つの小さな空間。

 

サウザーが『聖室』と呼ぶその場所には最愛の師、オウガイの遺体が安置されている。

 

その聖室を開き、座したまま佇むオウガイの姿を目に収めながら、サウザーは。

聖帝十字陵の、とある箇所に手をかけていた。

 

 

……それは、大きく見事にそびえ立つこの聖帝十字陵の。

 

"致命的な構造上の欠陥"の要点となる箇所だ。

 

 

「…………」

 

原作において、サウザーが師の遺体に寄り添い死んだ際。

 

聖帝十字陵がまるでその後を追うかのように、ひとりでに崩れていったのは、その直後の話だった。

 

なぜ、ケンシロウが意図的に十字陵を破壊したという描写が無いのにも関わらず、そのような現象が起こったのか?

それは、十字陵がこの致命的に脆い欠陥を抱えた作りであったことが理由だ。

 

……ある意味、当然とも言える。

如何にこの世界の子どもが強い身体能力を持つとはいっても、子どもは子ども。

建築のプロでもないであろう彼らが、あれ程の巨大な建造物を。

満足な食事も与えられない状況で作らされて、完全完璧な出来栄えとなる方が不自然な話なのだ。

 

────そして、それをサウザーは建設後に気づいた……いや。

本当は建設途中の段階から知っていて、気づかないふりをしていた、という事を。

今戦いを終えて初めて、サウザーは自覚した。

 

それは、愛を捨てたと豪語した上で師の愛を求めていたのと同じように。

愛と情の墓を、オウガイを眠らせるための墓を、十字陵という威容を持つ形で残すこと。

それが根本的に過ちであることを、心の奥底では悟っていたからに他ならない。

 

 

そして今、その箇所に。

原作では、戦いにおける余波で傷つき崩れたほどに脆いその部分に今、サウザーは手をかけたまま、語りかけるように呟いた。

 

 

「……俺は、あなたの愛を知り、愛によって救われたにも関わらず……それを捨て……いや、捨てた振りをして生きていた。……とんでもない、親不孝者だ」

 

「あなたは言った。自分のようにはなるな、と。マコト(やつ)は言った。過去が変えられないなら、未来に目を向けろ、と」

 

それは、一人残ったサウザーが。

考え抜いた末の、決意の言葉。

 

「俺に、そのようなことが出来るかなどは、分からぬ。……おそらく、ただ暴を振るうだけのこれまでの覇道などよりも、よほど困難な道なのではないかと思う……だが」

 

それでも。

 

「地獄に行くであろう俺が。あなたに、向こうで会えることは無いかもしれぬ。だがもし、その時が来たら、やつの生き方のように、胸を張って。あなたに会いに行けるように……俺は」

 

 

言葉に押されるように、サウザーの手に。

握る力が、加わっていく。

 

 

────そして。

 

 

「……もう二度と。引かず、歪まず、そして省みず。その未来のために、生きていこうと思う。……だから」

 

 

「今はしばし、さらばだ……お師さん……!!」

 

 

サウザーは、その箇所を。

心に残った過去の残骸ごと打ち砕くように、力のままに────握りつぶした。

 

 

ガランガランと、上からゆっくりと階段が崩れる。

辺りに響く鳴動が、これまでのサウザーを支えた、過去の終焉を伝える。

 

────この日、聖帝十字陵は。

先代鳳凰拳伝承者、オウガイの遺体を覆い隠すように崩壊し……

それと共に、聖帝サウザーという存在は、死んだ。

 

 

この場に残ったものは、身一つ。

これまでの道でそぎ落としてきた、その全てを拾い集めるため生きる、一人の漢。

 

すでに夜も更けた今、その身体に吹き付ける風は、ひどく冷たい。

 

だが、それでもサウザーは。

今の何者でも無くなった自分を見て、師がどこかで笑ってくれている気がする、と。

 

そんな、心に灯ったかすかな……だけど、確かなぬくもりを抱いて、一人。

その道を、歩き出したのだった。

 

 



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北斗の兄妹編-3
第三十九話


短めの章となります


「…………ふぅ。終わりました、トキさん。……どうでしょうか?」

「ああ、今日も楽になったよ。ありがとうマコトさん」

 

トキさんの胸元に当てていた手を離し、私がそう確認を取ると、トキさんはにこやかに答えた。

 

これは、私が姉さん譲りの癒やしの力を身に着けてからというもの、可能な限り欠かさず行っている日課だ。

 

死の灰の影響が特に深い肺などの胸部を中心に、回復効果のある秘孔を押すとともに癒しの力を当てる。

もともとの秘孔の効果に加え、癒しの力によって内外から身体を照らす治癒の力は、確かな効果を彼ら……トキさんとケンシロウさんに発揮していた。

 

……ただ、それも完治には、まるで至らない。

出来ることは、原作よりも病の進行を遅らせることのみだ。

 

 

「────────っ」

 

トキさんの次に施術を行う、ケンシロウさんの身体を見る。

……そのたびに、何度割り切ろうとしても、私の心に少し暗い影が刺すのを感じる。

 

いくら先のことに、未来のことに想いを馳せたとしても。

この二人に近づく死期、という現実はまだ何も変わることはないのだから。

 

……顔に出すまいとはしていたが、そんな私の心の動きを察したのかもしれない。

ケンシロウさんが普段なら言わないようなセリフを今日、初めて吐いた。

 

『いつもすまんな』、と。

 

私はそれに対し……薄く笑ってこう返答する。

 

「ふっ、それは言わない約束ですよ」

「……そんな約束はしていない」

「はい」

 

真面目に返された。

 

……私の返事が強がりから出た軽口だと自覚していても、こうして会話をしているだけでほんの少しだけ心が軽くなる。

今はただ、それがありがたかった。

 

南斗聖拳最強の漢と決着をつけた以上……これから戦うべき、考えるべき相手は、ほぼラオウ一人に絞られる。

あの敗戦時より私は強くなっているとは思うが、それはラオウも同じことだ。

 

その意味でも余計なこと、というわけでないが、今は自分が強くなることだけに集中したいと思った。

そうでなければ、きっとラオウを破ることは出来ないだろうから。

 

 

(────さて、気を取り直そう)

 

そうと分かっているなら、私は今やるべきことをやるだけだ、といつも通り修行を行うことにした。

 

サウザーから教えられた技の反復など、やることはいくらでもある。

 

私は時間を惜しむように一人、外へと駆け出していったのだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

「…………私からやるか?」

 

「そうだな……頼むとしよう」

 

「うむ……では」

 

 

 

 

ゆっくりと、ゆったりと。

 

少女は、太極拳を思わせるようなゆるやかな、それでいてしなやかな動を取り、技を振るう。

一つ一つ型を確認しながら振るうのは、聖帝サウザーから見取り覚えた南斗の技の数々だ。

 

しかし、ゆっくりとした動作とは裏腹に、瞳が閉じられた顔に浮かび上がるのは、珠のような汗。

彼女が短い期間で強くなり、またここまで生き抜いてくるために振るい続けてきたイメージ、心の力。

動作の代わりとばかりに激しく燃えたぎっているそれは、決戦の時を今か今かと待ちわびているかのようだった。

 

そして、そんな彼女のもとに歩み寄る気配が、一つ。

 

修行に集中しながらも、彼女はその気配を逃さず捉えていたが……

この時点で修行を止めても気を使わせるだけだ、と。

用事があるのかもわからない以上、声をかけられるまでは修行を続けることを彼女は選んだ。

 

「修行中すまないな。少し時間をもらえるだろうか、マコトさん」

 

が、直接声をかけられたならば是非もない。

しゅばぁっとこれまでの動作が嘘のように機敏に振り返ると、マコトはその来訪者────トキを歓待する。

 

「はい、もちろん大丈夫です! 今お茶をお持ち────」

 

彼がこういう形で話しかける以上、一言二言で済む話ではなさそうだ、と。

マコトは急ぎ、聞く準備のため駆け出そうとするが、トキは苦笑とともにそれを抑える。

 

そして、彼女に向かい合うと。

あえて、真っ直ぐに立ったままの姿勢で話し始めた。

 

「ありがとう、だがこのままでいいんだ。……マコトさんは次に見据えた戦いで、ラオウと決着をつけるつもりだな?」

「────────っ、その、つもりです」

 

トキの声色と、切り出された話題。

そこに込められた真剣な空気を感じ、改めて背筋を伸ばしながらマコトは答える。

 

それに対し、トキはしばし目を瞑り思案すると……

いつも以上にゆっくりと。

一語一語を確かめ、思い出しながら行うように。

 

 

「そうか……ならば、先にこれを聞いてくれるだろうか」

 

 

それを、語った。

 

 

「私とラオウ……二人の兄弟の因縁。いや、宿命の話を」

 

 

 

 

ここでトキの口から伝えられた話。

それは、マコトが知る原作で明かされたものと、全く同じものだ。

 

自分とラオウが、実の兄弟であったこと。

始め、師であるリュウケンはラオウと自分のどちらか一人のみを養子とすると言い、自分たちは崖から突き落とされたが、ラオウが自分を抱えて登ったことで、二人とも育てるよう認められたこと。

ラオウの修行を覗くうち、自分にも拳法の才があることが発覚し、一子相伝である北斗神拳の伝承者候補となったこと。

 

……そして、ラオウが道を誤ったその時は、弟である自身の手でそれを止めるよう、ラオウから伝えられており……それを自身の宿命としたこと。

 

この過去から分かること。

それは、ラオウの覇王としてだけではない、確かな人としての心の有り様と。

そして、如何にラオウとトキの心に、それぞれが大きなものとして存在していたか、ということ。

 

 

マコトは、トキ直々に語られるその過去の一語一句に至るまでをも、聞き逃さないよう腐心していた。

 

それは、原作との差異が無いことの確認をするためもあったが、それ以上に今トキがこれを語ることの重大さを。

彼女は薄々感じ取っていたからかもしれない。

 

 

「……私は、病や怪我に苦しむ人々のために、この北斗神拳と残された寿命を使い。その上で、病により死期が目前に迫ったならば、この命が燃え尽きる前に。ラオウとの決着をつけ宿命を果たすつもりだった。……いや、今でもそうだ」

 

「…………」

 

それも、マコトは知っている。

ここで止めようとするケンシロウにトキが力を見せ、その後命を賭してラオウと死闘を演じたのが、彼女が読んだ原作本来の流れだ。

 

 

「…………だが」

 

だが、と。マコトに向け少しばかりの苦笑を滲ませながら、トキは言葉を続ける。

 

 

「だが、今それをするにあたり。……困ったことに、三つほど心残りというか……少し、考えるべきことが出来たんだ」

「考えるべきこと、とは……?」

 

「──── 一つは、死期だ。マコトさんのおかげで私の死期は、始めに思っていたよりもずっと後になっている。果たしてまだ幾ばくかの時間があるうちに、村で待つ患者達(彼ら)を省みず、ラオウと決着をつけるべきなのか、とね」

 

それは、身体的な理由。

これはマコトの癒しの力に加え、ラオウが拳王として動き出した時に、トキがラオウと戦うことが無かったのも要因だろう。

あの場面でダメージを負わなかったこともあり、この世界でのトキの身にかかる負担は、本来辿る道筋よりも小さなものとなっている。

 

 

「────二つ目は、これまで見てきた、マコトさんの生き方」

「…………私の……?」

 

「私はこの世界において、宿命とは何よりも重いものだと思っていた。が、一子相伝であるはずの北斗神拳を学び始めた時から、あなたはそれらに囚われない、新しい形の可能性を私達に見せ続けてくれている。これを受けると、ただいたずらに宿命ばかりを追い求めるのも必ずしも正解とは限らない、と。最近、そんな風に考えるようになった」

 

加えて、価値観の変革。

トキに取って宿命が大事なものであることは今でも変わらないが、それのためだけに他の全てを捨てる、となるには。

マコトを含めた周りの環境が今のトキに与えている影響は、大きなものとなりすぎていた。

 

 

「それなら────…………っ!!」

 

それならラオウとの戦いはもう、と。

思わずマコトが口に出そうとした、その瞬間。

 

 

これまでの……真剣でありながらもどこか穏やかで、安心感をもたらすような。

そんな空気が、一変した。

 

 

「────────そして、三つ目」

 

 

その時彼女が感じたものは、これまで相対していた敵と比べてもさらに最上等と言える、とてつもなく圧倒的かつ精錬、清廉たるプレッシャー。

 

家屋すら薙ぎ倒す、嵐の轟音。

それが耳に刺さった、と錯覚に陥るほどのそれを受け、弾かれたように構えるマコトに、トキは続ける。

 

 

「ラオウ、そしてサウザーとの戦いを見させてもらった。……驚いたよ。彼が天破活殺すらをも破ったことも、それを受けてなお、マコトさんが間髪入れず打ち倒したことも。あの戦いの最中私が考えたことは、あなたがこれまで歩んできた道程の、確かな素晴らしさと……そして」

 

「────そして、私ならあれをどう破っただろうか、ということ。……あれを破ったマコトさんと、私ならどう戦うだろうか、ということ」

「────っ」

 

「その時私は気づいた……いや、思い出した。私がラオウとの戦いを目指したのは、強くなったのは。宿命以上に私の心を燃やす、ただの拳法家としての望みであったのだ、と」

「ただの拳法家、としての……つまり、トキさんは」

 

「ああ」

 

 

溢れ出した闘気が、再びトキのもとへと帰り、そして流れる。

神々しさすら覚えるほどに白く美しく、そして力強いオーラに包まれながら、トキは。

 

 

いや、一人の拳法家は、マコトに言った。

 

 

「思えば修行以外で。本気で"こう"したことは、一度も無かった」

 

 

「────マコトさん。今この場で、私と。全力で戦ってもらうことは、出来ないだろうか」

 

 

★★★★★★★



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第四十話

(そ、そう来たかぁ~~……)

 

……実際のところ、このタイミングでトキさんが切り出す話としては。

ラオウとの因縁や、それを解消するための戦いについてになるんだろうなあ、と。

原作から一応アタリを付けてはいた。

 

だから、トキさんにまだ時間があることや彼を待つ患者達を引き合いに止めるか、それとも彼の意志を尊重してラオウとの決戦を応援するか……

そんな判断にばかり頭を悩ませていたところに、突然向けられた矛先。突然叩きつけられた闘気の圧力。

 

それは、強烈なショックとなって『どのみちしばらく戦いは無さそうだし修行頑張るか~』なんて緩みかけていた私を叩き起こしたのだった。

 

 

────今一度、醒めた思考でトキさんの行動の真意を探る。

 

トキさんが私と戦ってみたい、と考えたのは本心だろう。

 

自分で言うのも照れくさいというか恥ずかしいものがあるが。

客観的に見て私の存在は、この世界の強い漢達から見ても『おかしなことやっとる』となっていても……まあ、不思議ではない。

 

原作知識やこの世界の理を利用した、抜け道的な方法を用いているとはいえ。

それでも結果を見ればトキさん自身が指導した素人一人が、短い期間でラオウやサウザーに対抗出来るようになったという事実。

これは、彼の拳法家としての興味を惹くには十分ということなのだろう。

 

……理由がそれだけなのかどうかまでは、まだわからないが。

 

ともあれ、この戦いで私がトキさんに敗れたなら。

トキさんはそれで満足して隠居する……なんてことには多分なるまい。

拳法家としての欲求に赴くまま、ラオウとの戦いにも臨むはずだ。

 

それは、必ずしも致命的な事態になるとは限らない。

原作でもラオウは、トキさんに対しての愛を捨てきれずに、勝利したにも拘わらずトキさんへのトドメを刺さなかった。

 

ただ、状況もトキさんの体調も異なる今回同じことになる、という保証は無い。

病の進行が遅い分、より拮抗した戦いとなり、余裕がなくなったラオウがトキさんを殺めてしまう可能性も捨てきれない。

 

おまけに彼の実力を考えると下手をすれば、トキさんがラオウを倒してしまうことすらも考えられる。

北斗の拳第一部-完-、というやつだ。

さすがにそれは……宿命という正当性こそあれど私としてはまあ、困る。色々と。

 

 

というわけで例によって例のごとく。

私としてはこれから、負けられない戦いに臨む形になる。

 

……ある意味では、好都合だ。

あのトキさんがここまで私を真剣に見て戦ってくれるという、ファンならずとも誇らしくてたまらないこの出来事。

 

で、あるならば私も、それに見合うほどに心を燃やして……全身全霊を以てぶつかりたいと思ったから。

 

 

だから、トキさんの言葉に対する私の回答は決まっている、と。

 

私はあえてそれを口に出さずトキさんに向かい合う。

そして、握った右拳を胸の前で、もう片方の手のひらに当てる姿勢を見せることで、返答とした。

 

 

────北斗天帰掌。

 

これは、北斗の使い手同士で真剣勝負を行う際、たとえその結果命を落とすこととなったとしても、悔いなく天へと帰るという意思表示であり、儀礼だ。

 

とはいえ、これはどちらかというと。

こういう儀礼を示さないと本気でぶつかるのがはばかられる戦いに、『全力でお願いします』と願うというのがその本懐になるだろうか。

原作でもこの世界でも、同じ北斗の者であるジャギやラオウとの戦いでは用いなかったのは、おそらくそういうことだろう。

 

少なくとも、私個人としては正直なところ。

ここで死んでも、はたまた殺してしまっても悔いなんて残りまくるに決まっている。が、それはそれだ。

トキさんの想いに答えるためにも、私はその内心を自覚した上で、この返答をする。

 

 

そして、トキさんも。

もしかしたら私の内心まで分かっているかもしれないが、それでもかつてない真剣な様相で、同じく天帰掌を返した。

 

 

儀礼を終え通常の構えに戻ると、私とトキさんは静かに向かい合う。

もうこの時点ですでに、戦いは始まっている。

 

トキさんは当然、押せば押すだけ引く澄んだ柔拳。

対する私は、剛柔織り交ぜた雑食染みた拳。

 

────トキさんから攻めに動くことは、おそらくない。

 

そう判断した私は、リスクを承知で。

先にトキさんの下へと飛びかかったのだった。

 

 

 

 

「────っうわ、とぉっ!」

 

幾ばくかの攻防の後、またも流され、泳いだ身体に迫る追撃をかろうじて受け止め、距離を離す。

 

……強い。

 

原作のケンシロウさんとトキさんの戦いは、結果はどうあれその後ラオウと戦うという前提があった。

なので一瞬の交錯のみで終わったが、今回はそうではない。

 

数多の敵を打ち倒してきた拳が。

シュウさんとの対決を制した蹴りが。

当代の誰よりも扱いに自信があった闘気の放出が。

トキさんが見たことは殆どないはずの、元の世界での格闘技術が。

 

ほとんど、通用しない。

 

ゆらり、ゆらりと揺れながら待ち構え、私の多種多様な攻撃のことごとくを受け流すその手管。

これがトキさん本来の戦い方であり、北斗神拳の歴史上でも類を見ない才覚が成す本領なのだ。

 

私がそれだけ受け流されてなお、かろうじて致命的な痛打をもらっていないのは。

ひとえにトキさん自身から学んだ柔拳のおかげだと言えるだろう。

ただこれも当然、目の前の天才が放つ柔拳……それに正面から対抗出来る練度とは、まだ言えない。

 

トキさん達に師事し修行を始めた時から分かっていたつもりだったが……

それでもここに来てトキさんが発揮するその全力までは、まだまだ測りきれていなかったようだ。

 

……当然といえば当然だ。

彼は、さらに病が進行した原作でもなお、あのラオウを紙一重のところまで追い詰めた、この世界屈指の傑物なのだから。

 

 

(…………さて、どうしようかな)

 

 

感動も感嘆の言葉も尽きないが、いつまでもただのファンでは居られない。

私はトキさん達の弟子として、そして当代の北斗神拳伝承者として。

今この場で、全力の彼を打ち倒さなければならないのだから。

 

────改めて、目の前の漢を倒すべき相手として、戦力の分析を行う。

 

まず純粋な技術において私が彼に勝てる目は……ほぼ無い。

私も技術においてはこの世界でもかなりの水準にあると自惚れてはいるが、トキさんはさすがに別格だ。

 

かといってフィジカルという点でもトキさんは決して弱くはない。

病に弱っているというイメージからは想像しづらいが、意外に体格的にもケンシロウさん以上と十分に恵まれているトキさん。

単純な力だけで比べても私を上回っているのだ。

 

当然、心も強い。

驚愕したり涙を流したりということこそあれど、その精神は柔拳の達人にふさわしく強靭。

全てを受け流す柳のようなその心の強さは、案外割と動揺することが多いラオウ以上と言えるかもしれない。

 

 

……考えれば考えるほどに、いっそ笑えてくるぐらい強く。

そして、隙など全く無さそうに思える。

 

だが、それは錯覚だ。

トキさんとて、絶対無敵の存在では断じて無い。

 

何故なら。

 

 

(────トキさんは原作で描写されている中でも、三度敗れている)

 

 

そのうち一戦はケンシロウさんに哀しみを残すため、兄リュウガの手にわざとかかった、ということでノーカウントとしても。

残り二戦のラオウとの戦いでは、どちらも追い詰めこそすれ最終的には敗れている。

 

圧倒的な強さの描写こそ目立つが、純粋な戦績だけをフラットに見てしまうなら。

実はトキさんは、いわゆる名無しのモヒカン以外には一度も勝利を収めていないはずなのだ。

 

そこまで考えた上で、そんなトキさんの戦いから、今の自分に出来ることを、逆算すると。

 

今、私がトキさんに対し突ける点は、二つある。

 

 

そして、それを実践するための具体的な方法を模索した結果……それは一つに絞られた。

 

(……おそらく今出来ることは、これしかない)

 

 

私が原作知識と、これまでの経験全てを活かし。

 

導き出した対トキさん最終戦術……それは。

 

 

────────作戦名……死ぬ気でがんばる、だ。

 

 

★★★★★★★

 

 

何度目かになる攻防を終え。

距離を離したマコトが自分を見る目を見て、トキは思わず苦笑が漏れそうになった。

 

まるでこちらを恐ろしい化け物か何かを見る目で見ているが────その目をしたいのはこちらの方である、と。

 

確かに今の攻防において、優位に立ち回ったのはトキの方だと言える。

マコトの攻撃はことごとくが防がれ、逆にトキの反撃の多くはマコトの身体を掠め、少しずつダメージを与えている。

 

だが、逆に言えば。

歴代最高の才覚を有し、マコトより遥かに早くから北斗神拳を修め。

さらにマコトにそれを教えたトキの全力を以てして、"優位止まり"なのだ。

 

ラオウやサウザーとの戦いを見て分かってはいた。

分かってはいたが、それでもなお信じがたいと理性が拒みたくなるこの現実。

トキは内心、マコトと出会ってから何度目になるかも分からない戦慄を、今もまた感じていた。

 

 

────はっきり言って、トキは彼女にここまでの才能があるとは思っていなかった。

 

いや、正確には今でも思っていない。

たとえば、同じ技一つの伝授をしたとしても、才能とは習得速度の違いという形で如実にあらわれる。

そして、トキやケンシロウ程の天才ともなると一を聞いて十も百も知る、といった形であっという間にモノにする。

 

また北斗以外でも、我流でありながらそれに等しい速度で拳を磨き上げたという男のこともトキは知っている。

ジュウザという名のその男はマコトやユリアの腹違いの兄であったが。

そこまでの才能、理解力というべきものがマコトに引き継がれている様子は、トキから見ても無い、と言わざるを得なかった。

 

(だが、現実として彼女は、ここに立っている)

 

異常なまでの精神の強さと執念を以て、そして単純な才能ではない、思いもしなかった抜け道的な手段を用いて。

まるで強くなる、勝利をするという結果を直接引き出しているようなその在り様。

それに空恐ろしいものを感じたことがあるのは、おそらくトキだけではないだろう。

 

 

「────────っ」

 

そして、そんな彼女の目に今。

これまでも何度か見せてきた、決意の光のようなものが宿ったのを見て。

トキは思考を中断し、それに備える心構えをした。

 

一挙手一投足を漏らすまいと凝視するトキが見た、マコトの次の動きは。

 

 

「ふぅ~~~~…………」

 

自分の中に留まる空気を、一片も残さないとばかりに全て吐き出す深い息吹。

 

そして。

 

「すぅぅぅ────────っっ!!」

 

肺の容量限界を超えるような勢いで。

呼吸法を奥義の要とする北斗神拳使いが全力全開を以て行う、深呼吸だった。

 

 

姉譲りの美麗なスタイルにより形よく突き出た胸が、さらに膨らむその様は。

そこらの野盗からすれば、扇情的なものにしか映らないかもしれないが、この時のトキが覚えたのは────とてつもない危機感。

 

 

そしてそれをトキが自覚すると同時、そのままマコトが飛びかかり、再び攻撃を加えてきた。

 

 

「────っ!!」

 

繰り出す攻撃は、一見先程までと同じ。

 

打突、刺突、手刀、足技、闘気術……数多の手段を以て展開されるその攻めを、トキはこれまで通り全て防ぐ。

 

(…………っこれは……)

 

が、今度は先程までと違い、トキの反撃の手が追いつかない。

マコトの苛烈な攻撃の前に、トキは防御手だけで精一杯となり、一方的に攻撃に晒される。

 

あのトキをして、防御だけに追われる。

この状況をもたらしたものは、マコトが振るう異常極まる拳の速度だ。

 

と言っても当然、マコトが突然覚醒しこれまでより早く動けるようになった、というわけではない。

 

 

(っ、無茶を、する……!)

 

先程までとの違い。それは、彼女の攻撃に切れ目が一切存在しない、ということ。

深く深く吸い込んだ息が続く限りの、完全なる無呼吸で連打をし続けることで、呼吸の隙という攻撃の間を無くして攻め立てているのだ。

 

攻撃を流し反撃をする、というトキの基本プロセスに対し、今のマコトは"攻撃しながら攻撃している"。

 

これを行うのが並の達人ならば、当然トキは歯牙にもかけずに打ち破るだろう。

しかし、当代北斗神拳伝承者にして、現存する北斗神拳使いで最速と言っていい拳のマコトがそれを振るったならば、別。

 

飛んできた拳に対し、トキが攻撃を流そうとした瞬間には次の拳が飛ぶという状況。

これでは如何にトキの技術が優れていたとしても、それを発揮する機会そのものが訪れない。

 

……そして、この戦法による効果は、トキのカウンターが封じられただけに留まらなかった。

 

 

「ぅ……ぬっ……むっ……!」

 

自身と同等以上の速度で、切れ目なく放り込まれ続ける攻撃。

それに対応するには当然、自身も切れ目なく防御をし続ける必要がある。

 

ましてや一見軽い攻撃に見えてもそれは、経絡秘孔を狙う暗殺拳、北斗神拳。

強靭な皮膚と溢れんばかりの闘気に包まれた肉体を持つラオウならばともかく、それ以外の者からすれば捨て置くにはあまりに危険過ぎる一打だ。

 

必然、その全てへ対応するためトキは、いつしかマコトに続き無呼吸で立ち回ることを強制されていた。

 

実時間にすれば、わずか数分にも満たないもの。

だが、その間に交錯した無呼吸の攻防は、実に数百手。

 

────先に、賭けに出ることを決意したのは、トキの方だった。

 

 

(ここだっ!!)

 

「────────っ!!」

 

視認すら困難な速度で無数に迫るマコトの拳。

その中からほんの僅か、大振りとなった一つを選び掴み取る。

 

猛烈な勢いで削り合う呼吸、そして体力。

その限界が訪れる前にトキは、多少の被弾を覚悟の上でマコトの拳を抑え、柔拳に移行しようとし────────。

 

「なっ!?」

 

────その瞬間、マコトの柔拳により投げられ宙に浮かされた。

 

 

(読まれていたっ!!)

 

ここでトキは、自分がその拳を選んだのではなく、選ばされたということに気づく。

無呼吸の連打で体力の削り合いに持ち込んだのは、それにより選択肢を狭められたトキが放つ柔拳を狙い撃つため。

トキより練度の劣る柔拳でも、最初から打つ前提で待ち構えているならば、マコトが先手を取ることは、容易い。

 

 

────────が。

 

 

「まだ、だ!!」

「ぅ、わっ────!?」

 

それでもなお。

依然、トキは天才。

 

完全に不利な形で始まった柔拳対決で、すでに宙に浮かされたという、これ以上なく崩れた体勢でありながら。

極みに至った技巧の冴えにより、掴んだままのマコトの手を利用し、逆に投げ返した。

 

「ぐっ……!」

 

結果、トキに続き、マコトは宙に放り投げられることとなる。

それも、トキ以上に体勢が崩れた計算外の形で。

 

「────勝機!!」

 

トキはこの瞬間、訪れた確かなそれに、ギラリと目を光らせた。

 

自身の体勢も完全なものではないが、お互いが体勢を変えられない空に居るというこの状況。

 

ここでトキが。

北斗二千年の中で最も華麗な技を持ち、空中戦こそをその真髄とするトキが放つ技は、当然────

 

 

「いや────ッ!! 天翔百烈拳!!」

 

類まれな実力に似合わぬ穏やかな気性でありながら、それでもなお内に秘めたる熱い激情。

それを全て吐き出すかのような、気合の叫びを携え放つのは、トキの奥義である拳撃の嵐。

 

それは、逃げ場の無い空中に追いやられ、為す術もないマコトのもとへと吸い込まれ……

 

 

そして、命中の寸前。

目の前からマコトがかき消えたことで、虚しく空を切ることとなる。

 

 

「────っ!?」

 

 

驚愕に見開いたトキの目が次に捉えたのは、あとから宙を舞ったにも拘わらず、すでに地面に両の足を踏みしめ構えるマコト。

 

そのありえない光景を実現させたのは、ラオウとの戦いでも用いた一度だけのマコトの空中歩行……飛龍。

 

トキに投げられた瞬間から、全力で練られていた体内の闘気。

それを噴出することで、天翔百烈拳を回避しながら地面へと降り立ったマコトは。

トキに向けて、拳を打ち上げる。

 

それに対するは、再び放たれたトキの天翔百烈拳。

 

片や、予期せぬ回避に心と体勢を乱され、さらに本領ではない地上への相手に向けたトキの拳。

片や、安定した地面で待ち構え狙いすました一撃を放つマコト。

 

幾重の策を以て作り上げられたこの状況において、それは本来の技量差を覆し────

 

 

マコトの拳は今、トキの身体を捉えたのだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

「────────ぶっ、はぁっ! はぁっ! はひゅ! はひゅ~~っ!!」

 

私の拳を受け、トキさんが地に倒れたのを確認し。

私はようやく、まるで溺死寸前といった風情で酸素を吸う権利を得た。

 

そして、拳を受けたトキさんよりよほど酷い顔をしているであろう、そんな私を見やったトキさんは再びの苦笑とともに。

 

『あなたの勝ちだ』と。

 

ただ一言、そう告げた。

 

「は、はひっ……!」

 

(う、上手くいった……きつかった……!!)

 

 

────死ぬ気でがんばる。

私がトキさんに対し取ったこの作戦は、簡単に言えば『ごく短期的に挑む持久戦』だ。

 

私の知る原作でもこの世界でも、無双の実力を誇るトキさんだが。

その戦いぶりには、二点ほど……かろうじてだが、弱点と呼ぶべきものがある。

 

 

一つはやはり、持久力。

つまり、スタミナ面だ。

 

死の灰の影響を受けたトキさんは、原作でも戦いが長引けば長引くほど動きに精彩を欠いていき、最後には巨漢のラオウにも攻撃をあっさりと避けられるようになる。

それは、影響が弱くなっているこの世界でも、本質的には変わらない。

 

また、おそらくだが死の灰の影響を差し引いたとしても、やはりスタミナは狙い撃って損が無いポイントと言える。

 

なぜなら世界最高の技術を振るうからには、それに要される精神力もまた、膨大なものとなるからだ。

それは、自分でも柔拳を使っているからよく分かる。特にラオウとの戦いは不完全な柔拳でも恐ろしい速さで精神がすり減ったものだ。

 

そしてトキさんは、体格面でラオウやカイオウなどには劣りながら、それでも彼らに劣らない出力を発揮する。

それを実現するためには、その分ある程度以上燃費を犠牲にしている、と考えるのが自然なのだ。

 

 

そしてもう一つは、戦術性。

 

……普段の理知的な姿を考えると意外に思えるが、実はトキさんは戦いにおいてほとんど戦術を用いない。

むしろ、ラオウに足を槍で縫い付けられたりと、相手の発想の前に後手に回っている。

残るケンシロウさんやジャギも戦術を以て敵と戦っていることを考えると、トキさんはその分野において一歩譲る、と言えるのではないだろうか。

 

拳法を始めた時点からすでに天才であった彼は、おそらくその身と技術だけでどのような相手とでも渡り合えた。

だからこそ、そのような手段を使う癖が付かなかったのかもしれない。

 

 

そこまで考えた私が取ったもの。

それが先程の、速度とスタミナにあかせた無呼吸連打により、強制的に泥仕合に引き込む、という戦術と呼ぶのもはばかられるゴリ押し戦法だった。

 

実際、今の私がトキさんを破るとするなら、アレしか考えられない。

如何に持久戦が有効とはいえ、長々と戦い続ければ頭の良いトキさんは、対応策などあっさりと考えるだろう。

その考える暇を与えずに攻め立てることで、ようやく全力の彼を相手にワンチャンスを掴み取ることが出来たのだ。

 

 

(…………)

 

この勝利を喜ぶ心がある一方、ずきんっと心を痛める想い。

 

トキさんが死の灰に侵されたのが私達のためだ、という事実がある以上。

私がこの戦術を取ることに思うことは……当然、ある。

 

だが、それを理由に私が躊躇し、取れる手を取らず敗北などしたならば。

トキさんが願った全力という言葉も、先程取った北斗天帰掌も、ひいてはこれまでの戦いも全て無意味なものとなる。

 

だから私は、その痛みを覆い隠すように。

努めてしっかりとした口調で、改めてトキさんに挨拶をする。

 

 

「っありがとう、ございました!」

 

その私の声と顔を見て。

トキさんは一瞬、何かを言いたそうな顔をした気がした。

 

 

「────いや、そうだな。こちらこそありがとう、満足の行く戦いだったよ」

 

が、すぐにそれを飲み込むように表情を戻すと、そう挨拶を返してくれたのだった。

 

 

……今、トキさんが。

本当は私に何を言おうとしたのかは、まだわからない。

 

が、おそらく。

それは今考える必要がないことだろう、と思う。

 

私がそう判断した理由は、とある一つの予感。

 

トキさんに話があるとするならば、きっと明日、私が"それ"を終えてからになるだろうから。

 

だから私は、今は詳しいことも聞くこと無く。

この時点で修業を切り上げると身体を休め、明日に備えたのだった。

 

 

 

 

そして、次の日。

 

トキさんと戦った同じ場所で一人佇む私のもとに。

予測通り現れたのは、一人の漢の気配。

 

 

(…………)

 

トキさんが戦うことを願った時点から、多分こうなるだろう、という予感はあった。

その意味も意義も分かるし、これはきっと私のためになることだ、と頭でも感覚でもちゃんと理解出来ている。

 

……でも、それはそれとして、現れたその人に対して。

昨日、トキさんという掛け値なしの強敵と戦ったばかりの身として。

せめて、せめてこの一言ぐらいは、言わせてはもらえないだろうか。

 

 

「…………エグくないですか?」

 

 

「……だが、お前は。それも、超えてゆくのだろう」

 

 

静かに。

私の言葉にそう返したのは、北斗四兄弟の末弟……そして本来の世紀末救世主、ケンシロウさん。

 

元より無口な彼が訪れた理由は当然、暇だから話に花を咲かせよう、なんてものであるはずもなく。

 

 

早速とばかりに私の予感に違わない……

だけど、私の予想の斜め上な言葉を用い、"それ"を告げた。

 

 

「マコトよ」

「……っ、はい」

 

 

「今日はお前が、北斗神拳を伝承するに足る存在かを確かめさせてもらう。全力でかかってこい」

 

「────────ふふっ!」

 

真剣な場面にも拘わらず、思わず笑みがこぼれる。

 

それは今となっては懐かしい、私が道を誤りかけていた修行の日々。

その中で、私を引き戻すための戦いの前に、ケンシロウさんが放ったこのセリフ。

 

ケンシロウさんも分かっていて、あえてその時と全く同じセリフを使っているのだ。

 

"あの時とは、違うのだろう?"と。

 

 

ああ、初めてこの言葉を聞いたあの日は。

比喩でもなんでもなく、世界の終わりを告げられたように感じたものだ。

 

私にも、そしてこの世界にも。

ケンシロウさんが世紀末救世主になれない以上、私がなる以外の道はない、と。

そうとばかり思っていたから。

 

 

……でも、今は。

 

 

「────っ」

 

万感の思いごと身体に溜め込むように。

胸いっぱいになるまで息を深く吸い込む。

 

そして、ドンッと。

あの日の心に渦巻いていた暗雲ごと、力強く振り払うように、脚を踏みしめ構えながら────

 

 

私は、叫んだ。

 

 

「────────っはい! よろしく、お願いします!!」

 

 




ケンシロウさんは子供の頃に南斗十人組手をやったのよ!
北斗二人組手ぐらいなによ!!


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第四十一話


三話見返しながら書きました


低く、低く。

 

地面スレスレまで、倒れ込むように沈み込ませた姿勢から、練り上げた闘気を蹴り足に爆発させる。

 

「────疾ッッッ!!」

 

鋭く息を吐く音と、爆発音を置き去りにするかのように。

高速の移動術である龍流を使った私は、その加速を乗せた拳をケンシロウさんに放った。

 

「っ!!」

 

これまでの私の格闘人生でおそらく最速であっただろう一撃を、ケンシロウさんは被弾する寸前で手を差し込み、受け止める。

瞬間、私は受け止められた手に柔拳を仕掛け崩そうとしたが、刹那で力の流れを見切ったケンシロウさんは手を離した。

そして初弾を防がれた私と、防いだケンシロウさんは同時に"軸の移動"を始める。

 

それは、北斗七星になぞらえた動き。

 

達人同士の戦いにおける死角とは北斗七星の星列にあるとされ、北斗神拳の使い手として拮抗した戦力、似た戦闘スタイルを持つ私達は、この北斗七星の"陣取り"を制することを要点とする。

これは過去の修行で、ケンシロウさんと戦った時と展開的には同じだ。

 

(……でも、今の私は!)

 

身軽な体躯、適性を活かした闘気の扱い、そして強敵たちとの戦いで刻まれた経験。

 

それらがもたらす純粋な速度で以て今、"ケンシロウさんより速く動く"私に対し、ケンシロウさんは技巧と超人的な勘の冴えを以て付いてくる、という状況となった。

 

移動のために脚を踏み出すごとに砂埃が舞い、接近するたびに炸裂弾もかくやという拳の弾幕が展開される。

 

 

(────よし、いける……!)

 

極限の陣取り合戦を続けるうち、天秤が少しずつ傾いたのは、速さで勝るこちらの方だった。

あの時は殆ど手も足も出なかったケンシロウさんを、純粋な立ち回りで制することが出来る────

思わずその感慨にふけりたい想いも芽生えたが、今はまだ冷静に、確実にその勝機を逃さないよう目を凝らす。

 

……そして攻防を続け。

その北斗七星の陣の制圧……つまり、決定的なチャンスに手をかけようとした────

その次の瞬間。

 

「っ!?」

 

私は、強烈なまでに降って湧いた危機感に。

それまでの戦術や立ち回りの一切を投げ捨てて飛び下がっていた。

 

下がりながらも私が目にしたものは。

本来手を向けられるはずがないその死角に向け。

世紀末を制するに足る神威の拳を、容赦なく差し込んでいたケンシロウさんの姿だ。

 

(…………っ、あっぶない!)

 

今ケンシロウさんが取った行動。

それは、私がリュウケンさんの魂的なアレと手を合わせた時に行使した、七星点心破りと同じもの。

死角以外の狙えるであろうポイントから死角を逆算し、正道でなくてもいいとばかりに、その拳をねじ込んだのだ。

 

最初からこれを狙ってわざと遅く動いていた……というわけではないはずだ。

おそらく、陣取りの段階でこのまま真正直に続けるのは不利と早々に悟った上で、臨機応変に切り替えたのだろう。

 

「ふぅ~~っ…………」

 

これだ。

これこそが、本来の世紀末救世主伝説を作るはずだったケンシロウさんが持つ力の一つ。

悪党の人質やジャギの武器を姑息な手と断じる傍ら、相手の戦術に対しては驚くほどの機転で対処をする。

勝利を確信していた敵対者の一体何人が、これにより苦渋を舐めさせられてきたことか。

 

 

……そして、ケンシロウさんの力について。

私が今、改めて認識したことは、もう一つ。

 

「…………ありがとうございます、ケンシロウさん」

「…………」

 

元々持っていた強さこそあれ。

本来の歴史と違い、強敵との戦いの数々をこなしていないケンシロウさん。

 

原作に比べ病や経験の不足という重荷を背負いながら、おそらく原作以上に困難な戦いを経て来た私の前に、今もなお彼が立ち塞がっている……

いや、"立ち塞がることが出来ている"。

 

その意味を想った私の口から漏れ出たのは。

この世界に目覚めて何度目になるかも分からない、深い深い感謝の言葉だった。

 

修行の日々でも。

そして、その先の旅の道中でも。

ケンシロウさんはずっと、ずっと強く在り続けてくれていた。

 

私が知る限り、彼にこの世界で最強になりたいだとか、世に名を知らしめたいなどという野望は存在しない。

その上、旅の目的であった姉さん、ユリアはすでに死んだものだと思っている。

 

ケンシロウさんのことをよく知る私だからこそ、確信を持って言える。

 

それでもなお、病に弱る身を押してまで一緒に修業を続けてくれたのは、私のためだ、と。

 

修行をしていた時も、その二年後旅に出た時も。

まだまだ北斗神拳伝承者を名乗るには未熟な身であった私は、修行のためにずっとケンシロウさんと手合わせをしてきた。

この経験が無かったなら、私はきっとジャギやリュウガ、サウザーといった強敵に勝つことなど出来なかっただろう。

 

日増しに強くなっているであろう私と手合わせをし続ける……つまり、私を成長させるという形で守る。

そのために彼が裏にどれほどの努力をし、どれほど心を燃やして来たのかは、もはや想像もつかない。

 

(────やっぱり、ケンシロウさんは)

 

死の灰を被った今、世紀末にとっての直接的な救世主にはならないのかもしれない。

それでも間違いなく、私がこの世界で目覚めた時……いや、元の世界に居た時からずっと、依然変わらぬ私のヒーローなんだ。

 

 

そして、だからこそ改めて……この人に勝ちたい、と強く思う。

 

この戦いの勝利を以て、私はもう大丈夫だ、と。

いつまでも、そんな果てのない苦労に縛られる必要は無い、と伝えたい。

 

……それに。

 

勝算、と呼べるほどはっきりとした形のあるものではないが、それでも。

 

 

────私は、この戦いはきっと勝てるだろう、と。そう思っている。

 

 

★★★★★★★

 

 

マコトは、この戦いにおいて。

トキに用いた、無呼吸連打による短期的持久戦をしかける気は、無かった。

それは当然、彼の体調を想った遠慮や容赦から出た判断ではなく、逆。

 

特に口などは出さなかったが、自分とトキとの戦いをケンシロウが見ていない理由も無かった以上。

彼に一度見せた同じ手が通じる可能性は、極めて低いと考えたからだ。

 

 

そして、そこまで考えたマコトが選んだ戦術。

お互いの手が届かない位置で、様子を見るケンシロウに対し。

答え合わせをするかのように、マコトの体内に、闘気が満ちていく。

 

「────フッ!!」

 

一閃。

マコトの手刀が空を薙いだかと思うと、ケンシロウの胸元から浅く血が吹き出した。

 

続けてマコトが腕を振るうたびに、地面が浅く裂け、砂埃が舞う。

 

それは南斗紅鶴拳、伝衝裂波。

 

サウザーとの戦いを経て身につけた南斗聖拳が放つ衝撃波。

これによりマコトは、その場に居ながらにしてケンシロウに攻撃を加え続ける。

 

並の人間なら瞬く間にバラバラに刻むであろう、地を裂き抉る鎌風。

……しかし、()()()()()()()が、ケンシロウにまともに通じるはずもない。

回避ではなく、あえて防御に注力し受けることで、攻撃の癖を見切ることをケンシロウは選択する。

 

「むっ!?」

 

────が、巧妙に混ぜられた、一際大きな圧を放つ衝撃波を前に。

ケンシロウは、その場からの離脱を強制させられた。

 

南斗聖拳で最も蹴り技に長けた、南斗白鷺拳。

その真髄と伝衝裂波を組み合わせることで、手から出すそれを大きく超える衝撃波を飛ばしたためだ。

 

……そして、本来ありえざる南斗同士の組み合わせにより生まれたこの"陽動"は。

ケンシロウ相手に確かに実を結ぶ。

 

「ぐぅっお!!」

 

強烈な南斗の衝撃波を回避したはずのケンシロウ。

その地点に向け、すでに放たれていたのは、北斗の御業。

 

すなわち、マコトの得意技────天破活殺。

 

精巧極まる闘気の配分により、脚から打ち出す伝衝裂波と別口に、すでに指先から放つ闘気を練り上げていたマコト。

彼女の攻撃は、彼女とケンシロウの通算二度目となる真剣勝負において、初めて。

ケンシロウに痛撃を与えたのだった。

 

しかし、与えたとはいってもそれは、伝衝裂波と同時に打ち出したために、必殺と呼ぶには足りない闘気量。

秘孔を突いたことで一瞬硬直はするが、それもすぐに解除されると分かっているマコトは、彼のもとに疾走(はし)る。

 

 

そんなマコトの姿を視界に収め、衝撃に揺れるケンシロウ。

……そして、彼が取った選択は。

 

「ほぉぁあっ!!」

 

(────なっ、前っ!?)

 

トキの柔拳すら破った彼女を前にして、このまま防戦するだけでは一方的に打ち倒されるだけだ、と。

本能とも呼べる勝負勘による、極めて迅速な判断からもたらされたケンシロウの迎撃に、マコトは目を見開いた。

 

「それならっ!!」

 

即座にマコトは踏み込みにブレーキをかけると、その慣性を利用した一撃、龍尾を繰り出す。

鞭の原理を以て放たれる最速の拳は、ケンシロウの拳より先に彼の目の合間を目掛け放たれ……

そして、空を切った。

 

(消えっ……!?)

 

それを自覚すると同時、マコトは湧き上がる闘気を全て防御に回した状態で、トンッと脚を地面に離す。

 

「あぁたたたたた────っ!!」

「うぐっぶっ、ぐっぅぅう~~っ!」

 

その瞬間、全身を覆うのはケンシロウの突きの連打。

 

────マコトの記憶からは薄れて消えかけていたこれは、原作でケンシロウがサウザーとの戦いで用いた技能だ。

相手の意識が攻撃に転じるその瞬間を狙い、自身を死角に潜り込ませることで、正面で対峙しながら姿を見失わせる。

 

リュウケンが見出した北斗神拳伝承者候補……その中でも拳法家でなく、あくまで暗殺者として。

ラオウを超える適性を持った、ケンシロウならではの絶技だ。

 

暗殺拳、北斗神拳。

その北斗二千年の歴史の真髄と言っても良い攻撃に晒され。

まともな回避も迎撃も間に合わないと悟ったマコトは、柔拳の応用によりその拳の被害を最小限に抑えることを選択した。

 

吹き飛ばされながらも自らの秘孔を突くことで秘孔外しをすると、今の攻防で受けた痛みを隠すように、ケンシロウに鋭い目線を送る。

 

そして、そんなマコトに対し、ケンシロウは構えを解かぬままに口を開いた。

 

「────技の選択肢が広いのは良いことだ。だが、それぞれの技の繋ぎにはまだ課題が残るようだな」

「ぅ……確かに。はい、覚えて帰ります……」

 

端的な。

しかし鋭い洞察力からもたらされるこうした指摘は、稽古中にも何度も受けていた。

 

ただ、実戦に等しい場でもこうした発言をするのは。

原作でも強敵相手に勝因の解説をする、彼の癖のようなものなのだろう。

マコトは、自分が知る彼と変わらぬその姿に、いつ負けるともしれないこの状況を一瞬忘れ、素直に喜んだ。

 

 

が、すぐにそれも切り替える。

 

そう、この場においても真剣である以上、ケンシロウは原作と遜色ない実力を発揮しているように思う。

 

……ただ、それでも一つだけ。

経験でも、死の灰の影響でも無い、それ以上にケンシロウの強さを支える、とあるもの。

それがない以上、この勝負で勝つのは自分だ、とマコトは考え。

 

決着をつけるため、内に残る闘気を全開にし構え直した。

 

それ、とは。

本来辿る歴史の戦いにおいて、ケンシロウが最も力を発揮する理由となってきたもの。

 

 

────すなわち、悪への怒りだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

執念、と言い換えてもいい。

 

ともかく、世紀末という舞台においてケンシロウさんを主人公たらしめる最大の要因。

それは、私自身が強くなれた理由でもある、心の力だと考えて間違いないだろう。

 

そして、ケンシロウさんがそれを最も発揮してきたのは、いつだって。

絶対に負けられない強敵、それに対してのものだった。

 

恋人の仇や、その男を仇敵に仕立て上げた、かつて兄と呼んだ男への怒り。

恩人を目の前で喪った哀しみと、それをもたらした暴虐の聖帝への怒り。

そして、幼い頃からの因縁の対象であり、最大の強敵である兄に対しつける、決着への執念。

 

それらと比較すると、今のこの手合わせは如何に真剣なものとはいえ。

彼を支える怒りや執念といったものは、まず存在しないはず。

……私が知らない間に、彼の怒りを死ぬほど買ってたってわけでもなければ、だが。

 

(それならば……!)

 

 

────もはや、小細工は不要。

 

どの道今、この場で生半可な戦術を使ったとして、似た戦闘スタイルを持つケンシロウさんを完全にやり込むのは、難しいだろう。

 

だから、私は持てる技術と闘気と拳力と……

何より、トキさんに続きこの戦いに勝ち、先に進むという明確な目的、すなわち執念を胸に。

ケンシロウさんを"北斗神拳により"真正面から打倒することにした。

 

その正攻法こそが、最も勝率が高いと判断した。

 

そして、その想いのまま構えた私に向け。

 

 

「…………そうか」

 

 

ケンシロウさんはそう一言だけ呟くと、同じように闘気を高める。

 

 

「…………行きますっ!!」

 

 

私はその言葉とともに。

最短最速の突貫にてケンシロウさんに肉迫すると、全てを出し尽くす勢いの連打を仕掛けた。

そして、ケンシロウさんもそれに応え、連撃を以て迎え撃つ。

 

この世界で言うならば、幾十幾百ものダイナマイトが連鎖的に破裂したかのような。

そんな爆裂音が辺りに響き続ける。

 

 

お互いが知る限りの打撃を、お互いが出せる限りの速度を以て。

 

そして、お互いが心の力により、高まり続けた拳の速度が限界を超えて────

 

 

(────今ッ!!)

 

「ぬっ!?」

 

その瞬間、私は極限まで上り詰めた速度を投げ捨てて、ズラした間を以てケンシロウさんの腕を絡め取る。

戦術は使わないとは言ったが、持ち得る技を使わないとは言っていない、と。

私はお互いの意識が打突のみに傾いたのを見て、柔拳により体勢を崩す選択を取った。

 

相手を欺く、詭道もまた北斗神拳。

今度は修行時のあの時のように、追い詰められた状況を覆すために使うのではなく。

五分の状況であえて用いることで、より虚を突く形となっている。

 

憧れたケンシロウさんやラオウの力を。

伝えてくれたトキさんの技を。

自らにも言い聞かせるよう指し示したジャギの詭道を。

 

これら全てを引っくるめたこれこそが私の正道、これこそが私の北斗神拳なのだ。

 

 

そしてその集大成は今、ケンシロウさんの体勢を致命的なまでに崩すことに成功し。

私は再度、引き絞った渾身の一撃をケンシロウさんに放つ。

 

 

それと、同時。

 

 

「っほぉぉぁあああああああっっ!!!」

 

 

「────ッ!!?」

 

 

突然ケンシロウさんが私に浴びせたもの。

それは、これまでの戦いで一度も見せなかった、尋常でないほどの気合、叫び、執念。

 

これらをむき出しにし、大地を割りながら脚を踏みしめ、崩れたはずの体勢を持ち直す。

 

そしてそのままカウンターの形で、私に拳を叩き込んできた。

 

 

「な…………っ!!」

 

 

以前のラオウとの戦い。

その最終局面で叩き込まれたものか、それ以上と言えるものかもしれない、埒外の心の力。

 

瞬間、私が感じたものは当然、この戦いにおける最大の危機感。

それ以上に頭を埋め尽くす混乱。

それらに圧され、全身を縮こませようと襲いくる恐怖。

 

 

(な、なんで、なんで!? わけがわからない────)

 

 

そして。

 

 

(────でも、ここで負けたら! あの時と、変わらない!!)

 

 

それら以上に魂を燃やしたもの。

それは、北斗神拳伝承者としての矜持であり……反骨心。

 

 

「────ッッ!!」

 

 

ぎりぃっと。

歯を食いしばり、混乱から弱気に流れかけた心を灼熱させる。

 

そしてラオウに負けたあの時より、ほんの一瞬でも早く。

その拳が到達するよう、どこまでも前のめりに拳を放ち。

 

 

「どぉぉぉお、りっやぁああああッッ!!!!」

「ほぉぉぉお、あたぁあああああッッ!!!!」

 

 

北斗の拳が、交錯した。

 

 

 

 

「……強くなったな。マコト」

「……ケンシロウさん達の、おかげですよ……えっと」

 

 

「────────"どうして"、て。聞いても、いいですか?」

「…………」

 

ばたん、と仰向けの大の字で倒れたままに。

対照的に、うつ伏せで行儀よく倒れ込んでいるケンシロウさんに、私は力なくそう質問した。

 

 

……結局、最後は完全に相打ち、同士討ちとなった。

 

当代の伝承者として、何よりケンシロウさんやトキさんに教えを請うた身として。

今回はなんとしても勝ちたい、と考えていたからもちろんショックに思う気持ちはある。

 

しかし、それを阻んだものはそんな私の心の力以上に燃える、ケンシロウさんの気力、底力だ。

一体何故、この手合わせに彼がそこまでの執念を燃やしたのか。

それを、私は知りたかった。

 

 

そんな私が投げかけた質問に対し、ケンシロウさんはしばらく無言を貫き……

そして、ごく淡々と。彼らしくあっさりと。

 

私に、その返答をした。

 

 

「……マコトよ。此度の戦いは引き分けに終わり……決着がついていない」

「……? えっと、はい」

 

 

「だから、生きて戻ってこい。……続きを、せねばならん」

 

 

「────────ぁっ」

 

 

……ケンシロウさんが言ったそれは、一見何でも無い再戦の約束。

 

それでいて、ラオウとの決戦を鼓舞する激励。

 

 

(あぁ……そっか……)

 

 

……そして、そして。

 

 

「……っはい、はい…………必ず、また…………っ!!」

 

 

────────そして何より…………()()()()()()だった。

 

 

……私は、彼らが臨んだ手合わせについて。

その目的がラオウとの対決で苦しんだ、私の経験不足を補うことにある、と思っていた。

実際、この実戦まがいの死闘によって、私はさらに北斗神拳相手の真剣勝負に順応することが出来ただろう。

 

でも、それだけではなかった。

 

この世界において。

私という存在が始まったきっかけである、シェルターの……死の灰の一件。

 

私が、いくら目についた人を助けても、苦しむ人の力になれても。

心に沈み込んだこの哀しみ(トラウマ)が払拭されることは、無い。

 

言ってもどうしようもないことだ、と心の奥底にしまい込んでいたはずのそれに彼らは気づき。

その上で、決戦に赴く私に手合わせを挑み……

私の想像など及びも尽かないほどの気力で、全力の実力を見せつけることで。

 

 

心配などするな、と。そう言ったのだ。

 

 

(────ヒーロー、だなあ……本当に、どこまでも)

 

私が彼らに心配をかけまいと、力を見せようとする想い以上に。

彼らは私に心配をかけまいと、その力を振るった。

 

私がどんな選択を取って、どんな道を歩もうとも。

彼れは彼らで、ただヒーローとして在り続けるだけなのだ。

 

 

「────────っ」

 

もう一度、改めて深呼吸をした。

 

 

仰向けに寝転がる私の視界いっぱいに広がる、青空。

そして、私達を照らす太陽。

 

そんな真っ白な光に向け、私は倒れたままゆっくりと。

……この世紀末を勝ち抜くには、まだまだ小さく見えるその手を伸ばす。

 

 

……現実問題として、彼らの病に関しては何も解決したわけではない。

そうである以上、どれだけ今この場で救われた想いがあったとしても。

それを完全に吹っ切るということは無いだろうし、しようとも思えない。

 

「…………でも」

 

 

それでも、今。

二人が伝えてくれたこの想いは、決して無駄にすることだけはしない、と。

 

ひとまず、目の前に広がるこの蒼天に拳をかざし。

 

これから、この天を競う相手である、ラオウとの戦いに向け……私は、誓ったのだった。

 




いやあ、主人公は強敵でしたね


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何でもない日編
第四十二話



え!!
決戦前に同じ世界観で日常回を!?
でき


★★★★★★★

 

 

マコトは、少しばかり悩んでいた。

 

 

聖帝サウザーとの戦いを終え、敵対者という形での南斗の因縁は終息し。

続けて行われた、北斗の兄弟との手合わせも乗り切った……もとい、ひとまず完了した。

 

その後に起こることといえば、マコトが覚えている限りの本来の歴史ならば。

残った北斗の漢、ケンシロウとラオウのどちらが世を統べる巨木に相応しいか、と。

泰山天狼拳の使い手であり、ユリアの兄でもあるリュウガが見極めを目的に強襲する、という出来事になる。

 

が、すでにリュウガと出会い決着をつけているこの世界において、それが起こることは当然無い。

マコトも一応何かが起こるかも、と警戒し村人などに様子を聞いて回ったが、返ってくるのは拍子抜けするほど平穏な答えばかりだ。

もちろん、ラオウが動き出した、という報告もまだ無い。

 

リュウガ周りの出来事が終われば、いよいよラオウとの決戦ということで、その対策に時間を使うべきだ、という考えもあったが。

すでに自身の存在により変わった部分も多い以上、取れる対策の手はそれほど多くは思いつかなかった。

どの道どんな策を取ろうとも、最終的に覇道を目指す彼と戦う、という結果が変わることもまず無いだろう。

 

 

(ぬ~~ん…………)

 

かといって、いつも通りケンシロウ達と修行をしようにも。

真剣勝負を終えた昨日の今日でじゃあもう一度……というのも『なんか違うな』となったりして。

 

……もう一つやりたいというか、必ずやるべきだと思っていることはあるが。

それは拳王との戦いを無事終えてから、腰を据えてやることだ、と決めている。

 

 

つまり、有り体に言ってマコトは。

この世界に来て初めて、やることが決まらずに困る……要は、暇になってしまったのだ。

 

 

(……ま、いっか)

 

とはいえ、それならそれでゆっくり落ち着いて、イメージトレーニングなりに精を出そう、と。

この世界で生き残るために、骨の髄まで修行癖が染み付いている女、マコト。

彼女はあっさりそう割り切ると、ラオウとの対決の脳内シミュレートに、その余暇を費やすことを選択したのだった。

 

早速座り込み目を瞑ると、何度逢瀬を重ねた(ころしあった)かも分からないラオウの幻影を、想像上に呼び出す。

 

(ラオウの肉体に伝衝裂波の鎌風は風のヒューイよろしく効く気がしないしまずは龍流で回り込むかいやあえて効かないことに気づかない振りして本命は砂埃で視界を塞いでああでも気配読まれるしここはやっぱり────)

 

「マコトさーん! 今大丈夫かなー?」

 

 

マコト達の旅に付いてきて、今はバットや子どもたちと同じく村で腰を落ち着ける少女、リン。

そして、マミヤの二人の女性ペアが、珍しくマコトだけに声をかけてきたのは、そんな時だった。

 

 

★★★★★★★

 

 

「もちろん大丈夫ですよ、どうしまし────っ、と」

 

呼びかけに応え振り返った私の目に飛び込んだもの。

それは気配から予想した通りの二人、リンちゃんとマミヤさんだったが、それでも私は言葉を詰まらせることになった。

 

何故なら振り返った先に居たマミヤさんが、いつものような動きやすい服に革製のズボン、ブーツという装いではなく。

普段の固い印象とは対象的な、柔らかな絹のドレスにその身を包んでいたからだ。

 

豪華な装飾をあしらった綺羅びやかなもの……というにはいささか質素な作りだったが、むしろそのシンプルさがかえって、溢れんばかりのマミヤさんの魅力を引き立たせている。

 

……そういえば原作でマミヤさんが、ケンシロウさんに気がある素振りを見せていた時に、一度こうした姿を見せたことがあったっけ。

ただ、今このタイミングで、マミヤさんがこの衣装になっているってことは、つまり。

 

「ね! すごくキレイでしょう!? マミヤさん、この後レイさんと会ってくるんだって!」

「も、もう、リンちゃん。恥ずかしいわ……ごめんねマコトさん、考え事の邪魔しちゃって」

 

(あらあらまあまあっ)

 

と、口を抑えて内心でニヤつく。

 

……この世界では死別することの無かった、レイさんとマミヤさん。

彼らの関係は、どうやら今も順調に育まれているようだ。

 

さり気なく二人で行動する機会を作ったりと、接点を増やした甲斐があったのかもしれない。

まあ私が余計なことをせずとも、二人ならやがて結ばれていたとは思うが。死兆星は握りつぶすがこういう運命なら大歓迎である。

 

もちろん、この姿を見せられても、姉さんへの想いから眉一つ動かさなかったケンシロウさんとは違う。

すでに両想いであるレイさんへの効果はてきめんだろう。

少なくとも私の中の男の価値観でも、マコトとしての価値観でも満場一致でパーフェクトだ。一言付き評価で10点満点を入れてるね。

 

リンちゃんがはしゃいでこちらに見せに来た気持ちも、よく分かる。

花が咲いている、という光景を見ただけでも感動に打ち震える、この荒れ果てた世紀末。

そもそもキレイなもの、美しいものを見る機会自体が少ない今の世界で、年頃の少女がファッションに楽しみを見出すのは至極当然の話なのだ。

 

「おお、どこの天女様かと思ったら知り合いだった……めちゃんこキレイですよマミヤさん!」

 

「ま、マコトさんまで、な、何言ってるのよ、もう……!」

 

と、いうわけなので、リンちゃんに乗っかるような形になるが。

私はせっかくなので、心に浮かんだままのそんな感想を、思いつく限りの語彙を以てマミヤさんへの賛辞の言葉とした。

『こんな上玉になびかねえなら、南斗ん家の水鳥ってやつは去勢されてやがるぜぇっ!』ってなものだ。

 

……もちろん実際にそんな言葉遣いをしたわけではないが、要約すればだいたいこんな感じである。

 

 

そして。

 

微妙に暇であったこと。

レイさんとの仲が順調と知りいい気分になったこと。

さらに、褒めるたびに恥ずかしそうに身を捩るマミヤさんが、新鮮で可愛かったこと。

これらの要素があわさり妙にハイになったこの時の私は、その後も調子に乗ってやんややんやと褒め続ける。

 

 

……すると、だ。

 

そんな私に対し、もう辛抱たまらんとばかりに。

 

それまでほぼ一方的に言われるがままだったマミヤさんが、突然私を指差し────

叫んだ。

 

 

「そ、そんなに言うなら、マコトさんもこういう格好してみたらいいじゃない! 私が似合うならあなたも似合うはずでしょう!?」

 

っと。

 

 

「………………………………」

 

ほんの、一瞬前まで。

 

この世界に来て以来、一番といっていいほど饒舌に動いていた口はピタリ、とその活動を止め。

その上でゆっくりと目をそらした、私の視線の先にあったものは。

 

『ハッ確かに!』とでも書いてあるかのような、そんないかにもな表情でこちらをガン見する……リンちゃんの姿だった。

 

 

────────やべぇ。

 

 

★★★★★★★

 

 

元々大人しく女性的だった姉ユリアに比べると、動きやすさや着やすさといった実利を重視していたマコトの意識。

それに加わったのは、趣味=漫画でファッションのファの字にすら興味の無かった男の記憶。

 

そんな存在をかけ合わせたキメラであり、これまで世紀末で戦い抜くという目的に邁進していたマコトが、キレイだなんだというものに憧れなど持つはずもなく。

いかにも女性的な格好をすることなども、当然のように避けて過ごしてきた。

 

が、今この時はそれも通用しない。

 

『いや私はそういうのいいんで』『ちょっと今更にも程があるし』『ほら世紀末まだ終わってないし』

などと垂れ流される世迷い言を無視し、リンとマミヤは万力もかくやという圧力を以てマコトを連行する。

 

普段なら使えた『かー、修行が忙しいからなー』なんて言い訳も。

調子に乗って長々とマミヤを弄り倒した今に限っては、説得力欠如も甚だしい。

結果的にマコトはろくに抵抗も出来ず、言われるがままに服屋の更衣室に放り込まれることとなった。

 

……もちろん、マコトが本当にその気になれば。

如何に彼女たちの心が謎の執念に燃えていようが、逃れる事も拒否する事も可能ではある。

 

しかし、マミヤを弄ったこともあるが、それ以上に。

『修行や戦いばかりで殆ど彼女たちと絡めていない』という、これまで効率を求め生きていたからこその、ちょっとした負い目のようなものも普段からあったりして。

 

似合うにしろ似合わないにしろ、二人……

特に今、心から楽しそうなリンちゃんが満足するならまあ、しょうがないか、と。

結局、彼女たちの意向通り着せかえ人形になる覚悟を、彼女は決めたのだった。

 

(────この世紀末では女は翻弄され、流されて生きるしか無いのね……なんてね)

 

 

 

 

「わー、キレイー! こうしてみると、マミヤさんと姉妹のお姫様みたい!」

「ぅぐ……ぁ、ありがとうございます……しかし、マミヤさんのような用も無いのにドレスでうろつくのはちょっと……」

「お姫様……確かに……あれだけの強さなのに、どうしてこんなに柔らかい身体なのかしら……」

 

着せ替えショーの始めは、マミヤとお揃いのデザインであるドレスだった。

普段は露出度の低い服に覆われながら今、珍しく外気に晒すことになった瑞々しい肌をぷにぷにとつつかれる。

 

最も万能で強いとされている、柔らかな肉質。

これを強くイメージして修行を続けた賜物ではあるが、当然筋肉とは硬いもの、という常識で生きるマミヤ達からすれば理解不能の産物だった。

 

 

「こっちのアイリさんと同じ服もステキ! お金持ちの家のお嬢様みたいだわ!」

「リンちゃんやけに詳しいですね……って、これよく見たら膝上まで透けてるじゃないですか! 無理、無理です絶対無理!」

 

次に着せられたアイリのものと同じそれは、肩を出し胸元は強調し。

下のスカートはロングでありながら、薄い素材により透けたシルエットが、素肌を晒すよりも一層扇情的に映える服装。

鍛えられ磨かれたスタイルによりマコトは、衣装の魅力を引き出すに十分な素材ではあった……が、それが逆にマコトの羞恥心に触れた。

 

(……今思い出したけど、原作で着てた姉さんの服……あれのスリットも結構エグかった覚えが……この世界の女性達って……)

 

ここでふと、今いる世界は現代ではなく、世紀末である、ということを改めて思い出す。

強い男に守ってもらう、という染み付いた価値観のために、美をウリにするということへの抵抗が薄いのだろうか。

マコトの知るそれとは全く違う方面で感じる強さに、マコトは圧倒されていた。

 

 

その後、ひとしきり彼女たちが満足するまでファッションショーは続き。

 

結局マコトは交渉と抵抗の末、一つの衣装に落ち着くことになる。

 

それは、胸元に装飾としてスカーフをあしらった、シンプルなブラウスのような半袖のトップスと、リン達の強い勧めによる膝上ぐらいまでを覆うスカート。

生足を晒すのは勘弁ということで着けたタイツに、普段履くものより小さめのブーツという装いだ。

 

これならまあ、ちょっと思春期の子供がおしゃれしだしたくらいに収まるからぎりセーフだろう、というマコト独自のボーダーラインが働いた結果である。

 

 

「…………スースーします」

 

それでもやはり、長年短パン小娘として培われた感覚は、突然もたらされた開放感にどうしても抵抗の念を拭えなかったが。

 

そして例によって囃し立てられる、カワイイ、可愛いとお褒めの言葉。

それ自体にはもう慣れたが、それでも普段より遥かに女性的なこの格好への羞恥心が無くなるわけでもない。

 

 

……が、それはそれとして。

 

 

(全くもう…………でも、うん。ちょっぴり強引だったけど)

 

それでも、この過酷な世界で、楽しそうに笑っている彼女たちと過ごせる時間。

それがどれだけ尊いものかということにふと、想いを馳せたマコトは。

 

「まあその、えっと。色々ありましたがこういう事はしたことがなかったので、今日は良い気分転換になりました。二人とも、ありがとうございます」

 

っと。

そんな、心に浮かんだままの感想を、彼女たちに伝えたのだった。

 

 

★★★★★★★

 

 

ふぅ、と内心で一息つきながら、私は思う。

 

 

実際、リンちゃん達の楽しみに付き合うため、のつもりではあったが、決戦を前に随分と肩の力が抜けた気がする。

優しくて気が回る彼女たちのことだからもしかしたら、根を詰めているように見えた私のためにしてくれた、なんてことも十分にありえる話である。

 

だとしたら、やはりすごい人達だ。

 

たとえ拳法の実力を持たずとも。

この世紀末でたくましく生きる彼女たちという存在に、私が持つこのリスペクトが失われることは。

この先何があろうとも、決して無いと断言出来る。

 

だからここはきっと、ありがとうでいいんだろう、と。

そう素直に思えたのだ。

 

 

「…………?」

「…………?」

 

(…………?)

 

私のその言葉に対し。

まるで『何言ってんだこいつ』とでも言うような、そんなありえないものを見たという表情の二人に気がつくまでは、だが。

 

 

「……なんだか、まるで締めようとしているような言葉だけど……本番はここからでしょう?」

 

「本、番……? いや、この後は帰って着替えるだけですけど」

 

私の返答にいやいやいや、と二人揃って手を振ると、リンちゃんがマミヤさんの困惑を引き継ぐ。

 

そして。

 

大昔から定められた、当たり前の掟を言い聞かせるがごとく。

 

何の迷いも無く、その言葉を発したのだった。

 

 

「ダメよマコトさん! せっかくステキな衣装に着替えたんだから、お世話になってる男の人たちにも、ちゃんとお披露目しなきゃ!」

 

 

────────何言ってんだこいつら。

 




一話でさらっと終わらせる予定だったんです
本当です


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第四十三話

その後も、見せられるわけがない、いいや見せるべきだのと一対二の舌戦はグダグダと続いたが。

決定打となったのは、リンちゃんが放ったとある一言だった。

 

「どうしてもマコトさんが恥ずかしいなら仕方ないけど……でも」

「……でも、なんですか? 何を言われても私はですね……」

 

「……普段見れないマコトさんの姿を見たら、みんなも普段見れない反応をしてくれると思うの……マコトさんは見たくは、ない?」

「う、ぐぅぉ────!!」

 

告げられたそれは、あまりにも甘美な誘惑。

突きつけられたそれは、思わずこの子は私の出自を知った上でとぼけているんじゃないか、と。

そんな疑念を持ちそうになった程の、あまりにクリティカルな言葉。

 

見たくない、なんて言えるわけがない。

 

レイさんとマミヤさんの進展を喜び、シュウさんとレイさんの再会に打ち震え、ジャギやサウザーの行く末にロマンを見出し。

そんな世紀末を生きてきたこの私が、昔から憧れた人物たちの私の知らない反応に、興味を惹かれないなんてことはありえない。

……当事者が自分でさえなければ、どれほど良かったか。

 

思わず『ありまぁす!』と、反射的に口をついて出かけたその言葉。

が、しかし私が持つ男の記憶も携えた理性は、いやいや待て待て、としぶとくあがき続ける。

 

「い、いや、そもそも。私が着替えただけで良い反応を得られる、と決めてかかるのがまずおこがましいというか……全然無反応だったり、笑われたりして終わる可能性も普通にあるわけで……」

 

うだうだごにょごにょ、と。

抵抗と言うには、我ながらいささか弱く女々しいそのセリフ。

 

そんな私に対し「安心しなさい」と。

微笑みかけたのは、ドレスの効果か普段よりなお女性的に見えるマミヤさんだ。

 

どこまでも優しく、まっすぐなその眼差し。

そして、ケンシロウさんが姉さんの生き写しと見紛ったこともあるこの姿……

 

これは、慈母星……?

 

「あなたを見てもしそんな反応をする男がいたら……私が許さないわ」

 

娥媚刺(がびし)でも刺すのかな?

 

どうやら慈母星よりもうちょっと恐ろしいなにかだったらしい、と。

私は据わった目で宣言したマミヤさんから目をそらす。

 

同時に何故か、痛覚をむき出しにする秘孔龍頷(りょうがん)を突かれた上で、娥媚刺を刺されて叫んでいるジャギの姿を幻視した。

まあ、さすがにこれは冗談で言っているとは思うが。

 

……ここで、ふと沸いた疑問がそのまま口をついて出る。

 

「……ちなみにマミヤさんは、レイさんのところにはまだ行かなくても?」

「ええ、会うのは夜の予定だから。このドレスはリンちゃんにせがまれて、先に一度着てみたの。だから安心してね」

 

逃さないから安心してね、ですね分かります。

リンちゃん一人ならどうにか言いくるめて、と思ったがどうやらそれも叶わないようだ。

 

 

……そうして、こうして。

 

「大丈夫よマコトさん、きっとみんな驚いてくれるわ」

「ぅ……む……ぅぐ、ぐ……」

 

 

リンちゃんとマミヤさんがつけた太鼓判に押されて、北斗の漢の反応を見る、という動機も出来てしまって。

 

悩んで悩んで、頭の中でぐるぐる回って……結局、最終的には。

 

 

「ふ……二人がそんなに言うなら、し、仕方ないですね……! まあ、た、試すだけでも、とりあえずやってみましょうか、うん」

 

っと。

そういうことになった。

 

 

★★★★★★★

 

 

道中。

 

彼女たちが出会ってからこれまでに至るまで、自分がオシャレなんて……という態度を隠そうともしていなかったマコトが。

数歩進むたびに、スカーフの角度や前髪を忙しなくいじっているのを見て。

後ろを歩くリンとマミヤが、声に出さないよう笑い合っていたことを、マコトは、知らない。

 

 

存外、当代の北斗神拳伝承者はちょろかった。

 

 

 

 

ジャギは、悩んでいた。

 

 

「…………どうですか」

 

っと。

 

自分が世話になっている村の恩人であり、自分にもまたターニングポイントとなった道を指し示した女、マコト。

異常そのものな成長速度で、今や化け物といって差支えない強さを持ったその女は、突然村に訪問したかと思うと。

いきなり仁王立ちで、たったそれだけのセリフと共にジャギの前に立ち塞がってきたからだ。

 

当然はじめに出たのは『何やってんだこいつ?』という困惑に満ちた感想。

次に沸いたのは、妙な語気の強さと眼力(めぢから)から、戦いにでも来たのかという想像。

 

実際、そのままのセリフは喉まで出かかった、が。

よくよく見ると。

 

「…………笑うなら、別に笑ってもいいですよ」

「…………」

 

視線は泳ぎ、引き結ぼうとしている口元はおかしな形に歪み。

あまつさえ全身はプルプルと小刻みに震えている。

 

彼女らしからぬ言葉数の少なさといい、耳まで赤く染まった面持ちといい。

気づけば、どこから見ても彼女の状態はいっぱいいっぱいである、と。

そう言ってしまっていい有様であった。

 

おまけに後ろには、その様子を微笑ましそうに見る仲間の女二人。

さらに自分の隣には、それ以上に笑顔満点といった体のバァさん、村の村長であるトヨだ。

 

(…………あぁ~~……)

 

……道を踏み外していた頃は当然、この村に来た直後に同じ事態に陥っても。

彼は何も察することが出来なかっただろう。

 

が、用心棒といった形で村に入り、多少なりとも対人経験を積んだ今なら。

『わがままなガキども』に合わせるために、多少不本意なことでもやるべきことをやってきた、今のジャギなら。

 

 

「…………笑うところなんかねえよ。……まあ、良いんじゃねえか」

 

そう、簡潔に。

彼女が立たされている状況を理解した上で、そんな"空気を読んだ称賛"をすることぐらいは、出来る。

 

「…………っ!」

「わぁ…………っ!」

 

驚いたように口と目を小さく開くマコトと、手を口にあて喜色をあらわにするリン。

 

その様子に、先程まで満ちていた謎の緊迫感の霧散を感じたのだろうか。

ワッと、村の子どもが彼女たちを取り囲んだ。

 

「救世主様きれーい」だとか「かわいいー」だとか「いつ結婚すんだー」だとか。

好き勝手に囃し立てられるそれらを、幾分余裕を取り戻した様子のマコトやジャギは軽く茶化し、流す。

 

「いやぁそれほどでも……ちょ、ちょっとスカート引っ張るな、やめ、やめなさい」

「なにやってんだ……オラ、あんままとわりついてんじゃねえぞガキども」

 

そんな様子に、リンやマミヤは再び、満足そうに顔を突き合わせ笑ったのだった。

 

 

……ただ、そんな中にあって、一つだけ。

 

「ねえねえー、ジャギと救世主様ってどっちが強いのー?」

「────────っ」

 

っと。

無邪気に問いかけられた、そんな言葉を受けた瞬間。

 

ジャギは確かに、ほんの一瞬ピタッと。

その動きを、止めた。

 

 

★★★★★★★

 

 

────────驚いた。

 

それは、いざ見せるという段階になって、緊張やら何やらで全く口が回らなくなった自分に対して、というのもあるが。

 

何より、そんな状況を受けて理不尽にも答えを迫られたジャギが。

本来辿る歴史で外道に堕ち、どうしようもない悪党に成り果てたあのジャギが、見事状況を理解し慮った答えを返してくれたことに、だ。

 

正直なところ、からかわれたりするぐらいならマシで……そもそも完全に気づかれなくてダダ滑りする、という恐ろしすぎる事態も覚悟していた。

それだけに、彼の答えを聞いた私は、内心小さくない衝撃を味わったのだ。

 

……いや、考えてみれば当たり前だ。

違う道を歩き、違う心を手にし、そして自分の人生を歩んでいるジャギ。

それが、私が知る記憶などとはまるで別物の存在となっているのは、"何でもない普通"のことだ。

 

そして、その何でもない普通が。

普通にまっとうな人生を送れている彼の今が何よりも嬉しい、と。

私は素直にそう受け止めた。

 

……初めにジャギに披露しに来たのは。

単にケンシロウさん達が見当たらなかったってことで、最も近場に居る知り合いに来た、というだけであった、はずだ。

 

それでも、今では彼のその答え一つに。

大げさかもしれないが、これまでの人生が肯定されたかのような、そんな高揚感に包まれ。

それとともに、私をガチガチに縛っていた緊張もいつしか消えていた。

ここに来てよかった、と思う。

 

 

────だから。

 

 

「ねえねえー、ジャギと救世主様ってどっちが強いのー?」

 

そんな他愛もない質問に、ジャギの身体がほんの刹那、硬直したのを我ながら目ざとく見つけると。

 

今度は私の番だな、と。

内心、グッと拳を握り決意したのだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

『なにか、悩み事があるんじゃないですか?』

 

(────────っ!)

 

先程の質問に一瞬の躊躇の後、ただ「さぁな」とだけ返し、以降は平常通り対応していたジャギ。

そんな彼の耳にだけ聞こえたのは、子ども達の喧騒に包まれる中で発せられた、ごく小さな声量による問いかけだった。

 

究極の暗殺拳、北斗神拳。

その使い手である彼女らは、聴力という点においても常人のはるか上を行く。

本来の伝承者であるケンシロウなどは「2キロ先の内緒話すら聞き取れる」とされるほどだ。

 

故に、確かな意志と指向性を持った声を小さく小さく発したならば。

拳法の素人ばかりのこの場において、"堂々と内緒(ひそひそ)話をする"ことなど彼女たちには容易い。

 

そして、そんな彼女の問いかけに対し────何故分かった、だとか何故そんなことを、という今更な質問をジャギは返さない。

マコトはこういう人間であり、だからこそ自分が今、ここにいることが出来る。

そのことをジャギはよく知っていたからだ。

 

だから、ジャギは観念したように。

心の内を素直に話すことを選んだ。

 

『……最近ガキどもが拳法を学びたい、と言ってきてやがる。野盗どもと戦う俺を見てこうなりたい、ってな』

『……結構なことではないのですか?』

 

マコトのその返答をいや、とジャギは否定する。

 

『教えたとして、だ。俺の拳法は……お前は肯定してくれたとはいえ、断じてキレイなものじゃねぇ。これを学んで外に出たガキどもが、俺の拳法のせいで忌み嫌われ……果ては、お前と会う前の俺のようになっちまうってこともありうる』

『…………』

 

……それは、北斗神拳を彼なりに真剣に考え、その上で編み出した戦い方を。

誰にも認められない不遇の時代を長く過ごした、ジャギだからこそ至った懸念。

 

彼らが行く先で会う人物が。

マコトのように、純粋な拳力でなく武器や小細工も用いるような、そんな在り方を肯定してくれるものばかりとは限らない。

仮に居たとしてもそれは、後ろ暗い人生を送ってきた野盗だとか、そんな日陰を生きる連中ばかりになるのではないか、と。

 

────それに。

 

『……それに、俺はもうお前に負けちまってるからな。本当は、お前みたいなやつが教えるのが良いんじゃねえかと思っている』

『どちらが強いか、という質問で詰まったのはそういうことですか……なるほど……それなら……』

 

それならば、と僅かな間を置いて。

 

 

「────ジャギ」

「あん?」

 

 

これまでのような内緒話でなく、子ども達にも聞こえるよく通る声で。

女性的な装いを披露しに来たはずの少女は、格好や年齢相応の朗らかな笑みを浮かべ。

 

それでいて、バキキッと。凶悪なまでの力を拳に込めながら、言葉を続けた。

 

 

「せっかく来たんです。久しぶりにってほどではありませんが……軽く手合わせをお願いできますか?」

 




二話で終わらせるつもりだったんです
本当です
さすがに次で終わるね間違いない


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第四十四話


突然の自分語り失礼します
北斗の拳で特に好きな悪役はゴンズ様です
突然の自分語り失礼しました


★★★★★★★

 

 

「ぷふぅ────……」

「ふぅ、ぐふぅ……はぁ……!」

 

「お、おぉ~~! すげぇ~~……!」

 

その後。

どちらが強いか、という質問があったことからも興味を持つ子どもは多かったのだろう。

マコトの提案を大喜びで後押しする声にも逆らえず、ジャギはなし崩し的にマコトと組手をした。

 

結論として、子ども達から見たその結果は、ほぼ互角。

互いに極めて高度な、それでいて子ども達にも分かる範囲内での技術を見せつけ合った上で、互いに余力を残しその手合わせは終了となる。

 

(……やっぱバケモンだぜ)

 

……スカーフこそ外したとはいえ、動きやすさを重視した普段とは違う、ましてや下はスカートという装いのままで。

おまけに教育に悪いものは決してお見せしない、とばかりにその場から殆ど動かず、服も破らせず。

半ば本気で放った北斗羅漢撃までをも苦もなく捌ききったという事実に、ジャギは内心嘆息したが。

 

強い……いや、また強くなっている。

ジャギもあれから研鑽を欠かしたつもりは無いが、彼女が生き抜いてきた実戦の濃密さはそれ以上のものだったのだろう。

 

しかし、と。組手を終えたジャギは頭をひねる。

今大事なのは彼女の単純な強さではなく、その目的の方だ。

彼女に限って突然、自分の力の誇示のために手合わせを申し込んだということはないだろう。

 

 

一息つきながらにジャギが抱いた、そんな疑問は。

 

「救世主の姉ちゃんもすんげー! ねえねえ、どうやったらそんな強くなれるの!?」

 

という。

手合わせを終えた途端飛びついてきた、子ども達の無邪気な声で氷解することになった。

 

 

(────あぁ、なるほどな)

 

 

マコトがこの組手で示したもの。

それは、かつてジャギに提示したものと同じ。

すなわち可能性……選択肢だろう。

 

ジャギの強さばかりを見て育つのが問題なら、他の強さを見せつければいい。

事実、以前マコトがこの村を救った戦い。それを知らない者は特に、彼女の強さに興味津々だ。

 

自身の拳が絶対無敵のものではないことを知った今。

何も知らぬ子どもたちの妄信的な憧れも風化していくはずだ。

ジャギはそう結論づけた。

 

 

……そう、これでいい。

マコトに認められた自分の拳を卑下するつもりは無いが、邪道で無い拳で生き抜いていけるなら、それに越したことはない。

ジャギは子ども達にそれを教えたマコトの助力に感謝し……

 

(…………へっ)

 

その上でなお、ほんの少しばかり寂しい、と。

そう感じる自分の女々しさに自嘲した。

 

 

だが、それもすぐに押し込むと。

ジャギはマコトの思惑に乗ろうと仕上げの声をかける。

 

「お~お~、良いじゃねえかお前ら。わりいがマコト、兄者ぶっ倒して暇になったら、ガキどもをしごいてやってくれや」

「…………」

 

「えぇ!? いいのー!? オレらも姉ちゃんみたいに強くなれるのかー!?」

 

 

当然、歓喜の声を上げる少年。

 

その反応に満足気にジャギは頷くと、当然来るであろうマコトの了承を待つ。

 

 

と、その時。

 

突然、ジャギは服を小さく引っ張られる感触を受け、そちらに目を向けた。

 

「…………」

 

それを行ったのは、最初からジャギの近くに佇んでいた一人の少年。

「あん?」というジャギの困惑を受け、少年はおずおずと……

しかし、はっきりとそれを言った。

 

「…………おれ、いい。救世主様より、ジャギに教えてもらう」

「ほう、それはどうしてですか?」

 

少年の発言に、食い気味に続きを促したのはマコトだ。

 

少年はマコトを見て……少し申し訳無さそうな顔をしたかと思うと。

目を閉じながら、叫んだ。

 

 

「だって……だって、前におれたちを助けてくれたのは、ジャギなんだもん! ジャギみたいになりたいから、おれは強くなりたいんだ!」

 

「────────っ」

 

……と。

 

そんな、力強い叫びを受け。

 

一瞬しん、と静まり返ったかと思うと。

 

やがて俺も、僕も、と。

全員では無いにしろ、子どもたちは口々に賛同の声を上げ、ジャギに寄り添っていった。

 

 

「────残念、振られてしまったようです」

 

ふふんっ、と。

その様子を見て、言動と一致しない嬉しそうな表情のままただ笑うマコト。

この事態に混乱しているのは当のジャギのみだ。

 

「な、なんだお前ら、何言ってやがんだ?」

 

ありえない、意味がわからない。

 

より強くて、実際に兄者たちを含む多くの人間に認められているマコトの拳法。

邪道で嫌われものな自分の拳より、どう考えてもそちらを学んだほうが良いに決まってる、とただただジャギは戸惑い続けた。

 

 

『……大丈夫ですよ、ジャギ』

『っ!』

 

その時。

再び小さな声で囁きを飛ばしたのは、当然マコトだ。

 

彼女は、以前ジャギと雌雄を決したあの時のように。

幼い子どもに言い聞かせるように、言い含めるように、ジャギからして慈愛すら感じる微笑みとともに。

 

戸惑うジャギに、ゆっくりと。

 

それを、口にした。

 

 

『彼らにとっての……"世紀末救世主(ヒーロー)"は、他ならぬあなたなのですから』

 

「────────あ……?」

 

 

────ジャギが、考えた通り。

マコトが子ども達に示したものは可能性であり、選択肢だ。

だが、マコトは子どもたちがジャギに向ける憧れの視線から、こうなることをほぼ確信しながら、それを提示した。

 

井戸問題やジャッカルの襲撃といった村に訪れた最初の危機、その際の貢献から救世主様だなんて言われているが。

あの時は子ども達の前ではあまり拳法を振るっていない上、あれから新しく増えた子ども達も含めて。

彼らが間近で見続けたのは、マコトでなくジャギが戦う姿である。

 

それにより長く根付いた憧れは、ちょっとやそっとの新しい選択肢で簡単に揺らぐものではない。

いや、むしろ選択肢があった上でさらに自ら選んだことで、より強固な心持ちで学ぶことが出来るはずだ。

……それはマコト自身、未だブレずに持ち続ける北斗神拳への憧れ、という形でも証明している。

 

だから、マコトは自信を持って改めて言う。

進む道の正しさを信じられなかった昔のジャギとは違う。

最高の目標が……確かなヒーローが居る彼らが、不幸になることなどきっと無いだろう、と。

いや、たとえこの先に苦難があったとしても、ジャギの拳を学んだことを後悔することなど無いだろう、と。

 

……そして、それでも不安なら。

 

『そんな苦難が起こらないぐらいに、それこそジャギが、圧倒的に強くしてやればいい……違いますか?』

 

っと。

 

 

……マコトの、そんな考えを聞いたジャギ。

 

彼は、何かを思い出すかのようにしばらく目を閉じたかと思うと……ぽつり、と言葉を漏らした。

 

 

『────────はん、理想論、じゃねぇ、か』

 

 

『えぇ、理想論です。……お嫌いですか?」

 

 

ああ、嫌いじゃない。嫌いなわけない。嫌いになれるはずが無い。

ジャギは、自分こそがこの世で生きる誰よりも。

その理想論に救われた男であることを自覚しているのだから。

 

 

……だから。

 

 

「けっ……! しょうがねえやってやるよ! ……どいつもこいつも、物好きな野郎ばっかだぜ」

 

「全くです。……案外、物好き多かったりするんですよね、この世界」

 

 

最後は、周りにも聞こえる声で。

お互い多くのものを含む言い草での、そんなセリフとともに。

 

ジャギとマコトは、理想を胸に笑いあったのだった。

 

 

 

 

「マコトさん、あの後何人かの子ども達と話してたけど、やっぱりマコトさんも教えるの?」

「うんうん! マコトさんならきっといい師匠(センセイ)になるんじゃないかな」

 

マミヤ達からそんな質問が飛んできたのは、ジャギ達と別れ、一旦元いた村へと三人で帰ろうとする道中でのことだった。

 

……元々彼女たちの仲は悪いものではなかったが、今日だけでずいぶん気安く話せる間柄になったようだ。

 

「うーん……もしかしたら最終的にはそうなるかもしれませんが……それも、この後の流れ次第ですかね」

 

『この後?』と頭を捻る彼女たちに、マコトは続ける。

 

「えぇ、ちょっと思いついたというか……良い機会なので、もう一つやりたいことが出来たんですよね。……ただ」

 

そのままマコトが、そのためにはちょっとだけ遠出の必要がある、と。

なので、一旦一人で行動をしたい、と。

そんな旨を伝えると、二人は了承したのだった。

 

離れる事自体は残念に思う気持ちも二人にはあったが、すでに見たいものは見れたということもある。

特にマミヤの場合は、この後彼女に取ってのメインイベントも控えているのだ。

 

「……も、もちろん勝手に着替えたりはしませんので……多分」

「え、別にもう……いいえ、是非そうしましょう!」

 

「お、おぅ……」

 

二人的にはすでに十分満足していたので、着替えたいといったなら別にそれで良かったわけだが。

律儀にもこの装いを続行してくれると言うのならば、是非もない。

村に着くと『頑張ってね』という、合っているのかどうかも分からない激励を送り、別れることとなった。

 

 

「────ふぅ。さて、行こう」

 

 

そして、一人になったマコトは再び歩き出す。

 

衣装への羞恥心が無くなったわけではないが、何よりも好きに世紀末を生きる『いつもの感じ』となったマコトの心の前には。

歩むその足も、先程までよりはずいぶんと軽やかなものとなっていた。

 

 

「────────良いんじゃねえか、か」

 

…………その道中、一度だけ。

足取りが軽くなった本当の理由は、単に今の自分を褒めてくれた、あのたった一言のおかげではないか、と。

脳裏をリフレインする言葉とともに、そんな疑念が一瞬だけ頭をよぎったが、すぐに『ないない』と切って捨てた。

 

 

(……さすがに、そこまでチョロくはないわ、うん)

 

 

 

 

サウザーは、悩んでいた。

 

 

「が、ひっな、なんで貴様が、こんなところわらッッッ!?」

「…………」

 

一人ふらり、と立ち寄った村で行われていたそれは、鎖を巻きつけた村人をハンマー投げに見立て投げ殺し、その距離を競うという極めて醜悪な催しだ。

 

その地において今まさに新たな犠牲者を放り投げようとし、そしてサウザーに一撃のもと斬殺されたゴンズと呼ばれていた男。

その死体にも、続けて今まさに仕留めた、村を支配する頭領であった男にもろくに目を向けないまま、サウザーは一人呟く。

 

「…………外から見た俺は、このような存在と成り果てていたのか」

 

暴を振りかざし、弱者を踏みつけ食い物にする。

弱肉強食という言葉をまるで免罪符にするかのように、欲望のままに生きる醜悪な悪党たち。

 

マコトとの戦いで部下も去り、その上でマコトと師の言葉によりサウザーは。

それ以来そんな、以前までの自分を見ているような無体を働く悪党たちを、倒して回っていた。

……この辺りは拳王が治める村だったはずだが、元より敵対していた相手である以上それも関係ない。

 

だが。

 

「あ、ありがとう……ございます」

「…………」

 

助けられたことへの、確かな感謝。

しかしその中にも恐れの色を隠しきれていない村長の姿に。

サウザーは、これで良いのだろうか、と思う。

 

それは単に目の前で悪党が惨死したから、というよりは。

最大の敵であったラオウが治める村であるからこそ、聖帝として暴を振りかざしていた頃の自分を知っているのだろう、とサウザーは判断した。

実際、これまで立ち寄った村でも、ことごとく同じ目を向けられ……

果ては助けた対象に命乞いをされたなんてこともあったのだ。

 

そして、それは当然のことだとも思っている。

何しろそれらは誤解でも何でもない、純然たる事実なのだから。

サウザーが聖帝であった頃に下で抑えつけられていた者たちが感じた恐怖。

それは、今目の前に居る村人たちが感じるそれとは比較にもならないものなのだ。

 

 

(────ここで、続けるべきでは無いのだろうな)

 

そもそも、この行動自体。

熱く燃える信念や考えのような物があるわけでもない。

ただ、全てを失い何をすれば分からなくもなり、しかし何もしないわけには行かないということで、ひとまず悪党の断罪という形でマコトの真似をしていたに過ぎない。

 

その結果出来上がったもの。

それは、悪党の死体が散乱するこの地と、恐れの色をひた隠す善良な村人と、それをどうすることも出来ずただ無言で佇む自分。

今この場に師や、マコトが求めた愛と呼べるようなものがあるとは、サウザーにはとても思えなかった。

 

……もちろん、続けていったならば、いつしか見る目も変わり、異なる状況となるかもしれない。

 

だが、そこに至るまでにいたずらに恐怖や混乱を招くぐらいならば。

この辺りはシュウやマコトに任せ、自分はどこか遠いところ……そう、例えば。

この世紀末でも残っているらしい海を渡った、その果ての地にでも行くのが似合いなのではないか、と。

 

 

そこまで考えたサウザーは、そこに向け足を踏み出そうとし────────

 

 

「息災のようだな、サウザー」

 

 

と、後ろから声をかけられる。

 

振り返ったサウザーの前で微笑を浮かべていたその声の主は。

南斗の者としてかねてより親交があり、そしてサウザーが聖帝となって覇を唱えてからは、敵対し骨肉の争いを繰り広げていた相手……

 

仁星の漢、南斗白鷺拳のシュウだった。

 

 

 

 

「…………俺にも分かるようにもう一度説明してくれ」

 

 

偶然ではなく、サウザーを探し訪ねてきた漢、シュウ。

サウザーがシュウと顔を会わせたのは、マコトとの戦いを終えてからはこれが初めてとなる。

 

当然それまで敵対していたということもあり、気まずさのようなものをサウザーは感じていた、が。

当のシュウは何事も無かったのように、何故か親交のあった昔かそれ以上に気安い様子で、サウザーにある提案をした。

 

そして、彼から提案されたそれを聞かされたサウザーは……理解を拒むかのように頭を抑えながら、かろうじてそう返したのだった。

 

「まあそう言うだろうとは思っていたがな。……だが、そんなお前だからこそ、だ。サウザー」

 

そして一拍置いたシュウは、改めてはっきりと、サウザーに伝える。

 

 

「お前に、我々が面倒を見ている子どもたち……中でも特に、強さに憧れている子たちの世話を願いたい」

 

 

……シュウがした提案は、大まかに言うとこうだ。

サウザーとの戦いのため結成したレジスタンスは、そのまま拳王軍や野盗の暴虐から人々を守るために振るう。

その際、子ども達の保護も行ってはいるが、その全員の面倒を見るのは現実問題困難である。

 

中でも特に、"とある理由"によって強さを求めているやんちゃな子たちは存外多い。

故に、その子どもの世話や修行をサウザーに任せたい。

代わりに、こちらからは食料などの提供を行う……と。

 

 

改めてこの提案を聞いたサウザーは、頭を抱えながら呆れたように漏らす。

 

「……正気とは思えんな」

 

サウザーの反応は当然だ。

レジスタンスの子どもたちからすれば、敬愛するシュウを最も苦しめてきた敵の親玉。

さらに、聖帝軍に囚われていた子どもたちからすれば、自分たちを苦しめてきた張本人である。

 

そんな状況で子どもがそれを希望するのも、シュウがその発想に至るのも、どう考えてもありえない話で……

 

「────いや待て。まさかその話は……」

 

そこまで考えたところで、気づく。

まさにその通り、如何に過去ケンシロウを助けたように、子どもという可能性を大事にするシュウだとしても。

いや、子どもを大事に思うならばなおさら、シュウがこのようなことを思いつくというのは、まずありえない。

 

だが、そんな"ありえない"を起こす……サウザーはつい最近の経験から、そんな珍妙な存在に確かな覚えがあった。

 

 

「さすが、察しがいいなサウザー」

 

「…………ど、どうも……です」

 

 

笑うシュウに促され、後ろから何人かの子どもを連れながら、少しだけ気まずそうに出てきたのは。

サウザーが今頭を悩ませている、生き方というもの……それを大きく変えた女、マコトであった。

 

その姿を見て……サウザーからして言いたいこと、聞きたいことは山のようにあったが。

何よりもまず、最初に感じた疑問はそのまま口をついて出た。

 

 

「…………とりあえず何だ貴様、その格好は」

 

「…………ほっといてください」

 

 

 

 

初めにマコトがサウザーの居場所を尋ねるとともに、この提案を持ってきた時は。

当然、さすがのシュウも無理があるのでは、と難しい顔をした。

そしてそれはマコトも分かっていたようで「こちらにもアテがあるので、もしシュウさんの周りに希望者がいれば」という、そんな程度の温度感ではあった。

 

そして結局、シュウからして恩ある存在であるマコトの願いだったということもあり。

一応話だけでも通してみよう、と子どもたちに説明をする。

 

 

そして、その結果が────────

 

 

「サウザー。彼らが今回、サウザーのもとでの修行を希望した子どもたちです。……見覚えは、ありませんか?」

「ぬ……これは……」

 

ずらっと並んだ子どもたちの顔、そのいずれにも、うっすらとだが覚えがあることにサウザーは気づく。

記憶にあるその顔ぶれは……そう、あの日聖帝十字陵においてサウザーとマコトの戦いを見上げていた者たちだ。

 

あの戦いで間近に見た拳法の強さに、凄さに憧れて集ったのだ、と子どもたちを紹介するマコト。

が、しかしそれでも受けるサウザーの表情は、固い。

 

「……それならばお前が教えるべきだろう。俺が過去にお前達子どもに何をしたかしらん訳ではあるまい」

「……えぇ、たしかにその通りです。ただ、私は先にどうしてもやらなければならないことがありますし……それに、です」

「…………?」

 

自分がしでかしたことが許されることではない、と考えて固辞しようとするサウザー。

たとえ彼らが良くても、自分がそれをすることを許せないのだ。

 

それに対し、マコトはあっさりとその意見、感情を肯定しながらも、訝しがるサウザーに続けた。

 

 

「あなたの師、オウガイも。今あなたが持つものと同じ葛藤の末にあなたを育て……そして愛を取り戻したのでは無いでしょうか?」

 

「…………っ!!」

 

その言葉に……師が遺した手紙と、その裏を知った今思えば。

サウザーの修行時代に稀に覗かせていた、師の葛藤や陰を思い出し、ぶるっと震える。

 

 

「正直に言いますと、私もシュウさんたちレジスタンスや、あなたが従えてきた子どもが賛同する可能性は低い、と思っていました。なので、私の方から子どもを紹介する予定だったのです」

 

それは、ジャギがいる村で、ジャギのような武器などを使った戦いではなく。

『やっぱり男なら拳一つで勝負だろ!』という価値観に憧れる、一部の子どもたちだ。

 

人が集まれば、様々な価値観、様々な憧れは出来るもの。

それを知るマコトは村を出る前に彼らに、別の強者のもとで学ぶ気は無いか、と予め話をつけてここに来ていたのだ。

 

 

「ですが、結果は見ての通り、何人もの子どもが今あなたのもとに集っています。それは、何故でしょうか?」

 

「……それはっ……」

 

「……それは、あの日のあなたの姿を、見たからです」

 

 

もし、彼ら子どもたちがあの日の戦いを実際に目にせず。

単に『サウザーは心変わりをしたので、彼のもとで頑張ってください』と言うだけならば、当然相手にもしなかっただろう。

 

しかし、彼らはあの日罪滅ぼしを決意し、命を投げ出して行った凄絶な戦いを。

そして、その上で師のぬくもりを思い出し、あげた慟哭を。

貴き誇りを取り戻したその姿を、間近で見ていたのだ。

 

子どもは賢いが、その多くが素直な生き物である。

強烈なまでに印象に残ったその光景に、それまで感じていた辛さや恨みつらみ以上の価値を見出した者がいたならば。

それを為すであろうサウザーのもとへ向かう決意も、マコトやシュウが考える以上に容易いものとなった。

 

だから、と。

 

平和な現代でなく、過酷な世紀末で生きる子どもたちならではの。

その強さたくましさを想いながら、マコトは続ける。

 

 

「これまであなたが、様々なものを踏みにじってきたのが事実なら……あの日、彼らの胸をうった戦いを、生き様を見せたということもまた事実です。……過去に目を向けるのなら、そのどちらにも目を向けるべきなのでは無いですか?」

 

「……そういう、ことだ。お互い、過去を水に流すことはまだ出来ないかもしれぬ。だがこの先に……未来にそうすることが出来るよう、努力をするのはきっと間違いではないはずだ」

 

そう、マコトの言葉を後押ししたのはシュウだ。

子どもの……ケンシロウの未来という光のために、自らの光を閉ざした男は。

もしかしたらマコト以上に、この世界の未来を信じた上で同調した。

 

「……………………」

 

「えっと、それにですね、やってほしい理由は他にも色々あって……」

 

……そして、それを聞いて黙り込むサウザーに、さらにマコトは続ける。

 

やり方と目的は間違っていたとはいえ、子どもたちを統率する経験があるならば、この世紀末でそれを生かさない手は無いだの。

子どもたちにとっての選択肢は多いほうがいい、やってみてダメそうならやめればいいだの。

つらつらと並び立てられるマコトの主張。

 

 

その必死な演説を、表情をしばらく眺めていたサウザーは。

 

 

「だから、不安もお有りかと思いますが、もちろん私もシュウさんもサポートしますし……えっと、サウザー?」

 

 

突然、「フッ」と。

 

息を吹き出したかと思うと。

 

 

「フ、フフ、フハハハハハハハハハ!」

 

 

「ふぁ、な、なんですか!?」

 

 

何時ぶりになるかも分からない、この世界ではマコトも初めて目にする。

そんな、高笑いをしたのだった。

 

今笑うところあった? と困惑するマコトたちを置き去りに、サウザーは笑い続ける。

 

────ああ、思い返せば初めて邂逅し、戦った時もそうだった。

この女は敵である自分のためにわざわざ師の遺書を持ってきて、それを突きつけ。

……そして、その反応を見る時も、今と同じ心配そうな表情をしていた。

 

この暴力が支配する世紀末で、それを生き抜くだけの確かな力を持ちながら。

このようなことに、それこそ戦う時以上に真剣に当たるその姿に、ちぐはぐさに。

サウザーは可笑しさを感じたのだ。

 

 

「────フハハハハハ! 何故、俺でなく提案しているだけの貴様のほうが必死なのだ!」

 

 

────本来、これまでの道を悔い、改めて。

その上で、進む道に迷っているこちら側のほうが頭を下げてどうにかしてくれと懇願する立場だというのに、と。

 

 

(なるほど、な)

 

 

思えば、戒律に縛られぬ生き方に対する逆恨みと、それから来る敵対心にはじまり。

その後は、師の言葉を届けた、確かな恩ある存在となり。

最後は、自らを打ち倒し、新たな道を指し示した北斗神拳の伝承者。

 

そういった、立ち位置というフィルターを通してでしか見ていなかったこの拳法家を。

今、お互いにそれを脱ぎ捨て、その上でただ一つの個として。

敵であった自分のために、あたふたと説得を続ける様を見て。

 

────ああ、この女はこんな顔をしていたのだな、と。

今になって初めて、サウザーは知ったのだ。

 

 

「……存外、良いではないか」

 

 

「……えっと、よく分かりませんがオッケーってことですか?」

 

 

ぼそり、とつぶやいた一言。

 

……それがどういう意味を持つのかは、つぶやいたサウザー自身もまだ、計りきれないものではあったが。

耳ざとく拾い約束を取り付けようとするマコトに、サウザーは「ああ」と。そう返したのであった。

 

 

同意を得られたことに、我が事以上の喜びを見せるマコトとシュウ。

 

そんな二人の様子に水を差したいわけではないが、「ただし!」と。

サウザーはたった一つだけ、マコトに対し条件を提示する。

 

 

「貴様も生きて帰り、たまにはこいつらの様子を見に来い。……俺の南斗聖拳も覚えたのだ。拳王などに負けることは許さんぞ」

 

「────────はい」

 

ぴしっと。緩んでいた顔を締め返事をするマコト。

それに一筋の安心感を覚えながらも、サウザーは続ける。

 

 

「無闇矢鱈に俺たちに未来だの理想だのを提示したのだ。……ならば貴様も、それを最後まで通して見ろ。それが……お前の北斗神拳伝承者としての責任だと、そう思え!!」

 

 

そんな、照れ隠しも混ざった叱咤激励の声に。

マコトは改めて「はい!!」と。

大きく返事をすることで、了承の意を示したのだった。

 

 

 

「…………ところで、先の話になりますが。……一子相伝の伝承の儀などは……」

 

「…………せん」

 

 

★★★★★★★

 

 

こうして、無事子どもたちの居場所と、サウザーが進む道という心残りが片付いた私は。

彼らと別れ、村へと戻る帰路の途中、改めて想う。

 

きっかけは強引で恥ずかしいものではあったが、こうして今日。

彼らと会うことが出来て本当に良かった、と。

 

(ジャギも、サウザーも、みんなも……頑張ってる。変わろうとしている)

 

 

正直、今回は……特にサウザー周りは根回しの時点から、自分でも色々無理があるのでは、という疑念との戦いだった。

しかし、話の流れもあったとはいえ、死の運命を捻じ曲げ確かな道を示したジャギと違い。

投げっぱなしのような形に終わっていたサウザーは、どうしても心残りとなっていたのだ。

 

自分が余計なことをせずとも、良い方向に向かっていた可能性は当然あるが……それでも、最後のサウザーやシュウさん、そして子どもたちの顔を見る限り。

私が取った選択は、きっと間違ってはいないはずだ。

 

…………サウザーのもとでの修行を希望する、と集った子どもたちの中に。

ターバンを巻いた、大変見覚えのあるとある少年が混じっているのを見たときには、小さな悲鳴も漏れたが。

この世界ではシュウさんもどうにかなっていないし、きっと大丈夫だろう、うん。

原作で彼が見せた行動を見るに、むしろ心の強さという点において最も有望なのかもしれない。

 

 

ともかく。

 

"今"をより良いものとするために。

提案したのは私かもしれないが、勇気を出して選んだのは彼ら自身だ。

 

そして、そんな彼らの姿に私自身もまた、勇気を、希望をもらった。

 

衣装を見せるとかではなく、未来に向け力強く生きる人たちの姿を見ることが出来たのが、今回の最大の収穫だ。

……マミヤさんやリンちゃんが、どこまで考えていたのかまでは分からないが、戻ったら改めてお礼を言わなければなるまい。

 

……まさに、夢のような時間だった。

 

「────上手く、行き過ぎですけどね……と、もう着いたか」

 

そんな風に考えているうちに、慣れ親しんだ村へとたどり着く。

 

はじめに目についたのは、これまた見慣れたいつものメンバー。

その中には、今朝は見かけなかったケンシロウさんの姿もある。

 

……そういえば、彼にはまだ今の衣装を見せていなかった。

 

姉さんという心に決めた人がいる以上。

あまり張り切って見せて、原作のマミヤさんのようにスルーされる、という事態を考えると少々怖いものもあるが。

まあ、妹っぽい小娘がお洒落をしたぐらいなら、存外彼もちゃんとリアクションをしてくれるかもしれない。

 

 

そんなちょっとした期待を胸に、彼のもとへと近づいた────────

その瞬間。

 

 

ケンシロウさんが、一際大きく……咳き込んだ。

 

 

「う、ごっ、ぼっ!!」

 

 

「────────っ」

 

 

帰還を告げる私の声も、リンちゃんたちの出迎えの声も。

本来あがるはずだったそれらはなく、ただただ静寂が場を包み込む。

 

……ケンシロウさん達が死の灰を浴びてからというもの、咳き込む事自体はこれまでも何度も見ている。

 

「け、ケン……?」

 

にも拘らず、顔を青くしながら、ようやく震える声をかけたのは、リンちゃんだ。

 

……当然だ。

今ケンシロウさんが吐いたものは、ただの咳だけではなく。

 

この世界において初めて目にする……赤黒い血の混じったそれだったのだから。

 

それが意味するものは、死の灰がもたらす病の無慈悲な進行。

すなわち、迫りくるタイムリミットを告げる合図。

 

その光景に私たちはそれ以上の声も出せずに、ただ立ち尽くす。

 

 

そして。

 

 

 

「おぉ~~い、大変だぁ~~ッ!! 拳王軍が、拳王軍が~~ッッ!!」

 

 

拳王軍の本格的な侵攻を知らせる、悲鳴にも似た村人の叫びが響き渡ったのは、それと全く同時のタイミングだった。

 

 

瞬間、ぞわり、と。

 

 

這い出るように私の背中を撫でた"それ"は。

 

私が目覚めた時から、ずっと変わらず傍にあって。

 

それでも、ただ先のことだ、と。

 

見えないよう、見えないようにしていたもの。

 

 

(………………っ)

 

 

 

────────夢の時間は、終わり。

 

 

 

現実が、追いつく時が来た。

 

 




次回より世紀末救世主編となります
次は最後まで書き溜めをしてから投稿する予定なので、これまでより間が空く可能性が高いです
ご了承ください

急に気が変わったらその限りではありません


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世紀末救世主編
第四十五話



大変お待たせしました
書き溜めた分を投下していきます


『拳王軍が本格的に活動を再開した』

 

この日私達が受けたその報せ。

それは、紛れもない緊急事態を告げるものではある、が。

幸いというべきか、今この場に直接彼らが攻め込んで来た、などというわけではなかった。

 

報せはあくまで、拳王軍が覇道に向け侵攻を始めた、というものなのだ。

 

そのため、私はまず血を吐いたケンシロウさん、そしてトキさんに癒やしの力(ヒーリング)を行使する。

……どの道、時刻はすでに遅く、後ほど出発するにあたってもバットくん達の準備などは必要だ。

 

それならば、今日は。

死の病の進行が深刻化してきた彼らへの癒やしに、気力体力の全てを使い切り。

その上できっちり休み、明日から万全の状態で戦いに赴くべきだろう。

 

目前に控えた拳王軍との戦い、その修羅場を前に可能なかぎり取りこぼしがないよう。

出来る範囲で考え続けながら、癒やしに力を注ぎ込む。

 

 

(────よし、大丈夫だ)

 

突然重なった出来事にさすがに少し焦ったが、まだ頭はちゃんと回っている。

原作でも血を吐いたからといって、すぐ死んでしまうようなこともなかった。

そうだ、だから今はやるべきことをやるのに集中すればいい。姉さんを殺させずラオウをちゃんと倒して、拾える命を拾って、そして────

 

 

「……マコト……マコト、もう大丈夫だ」

「っ……と、分かりました。異常などありましたら、すぐに言ってくださいね」

 

考え込んでいたせいか、ずいぶん長く治療をしていたらしい。

ケンシロウさんが死……いや、症状が進んでしまった今を考えると、気持ちとしてはこれでも足りないぐらいだが。

 

とにかく、私が今出来ること、やるべきことはこれくらいだ。

 

同じようにトキさんにも癒やしを施し、明日の準備を整えると。

 

私はそれまでとは逆に、出来るだけ何も考えないように床についたのだった。

 

 

「…………大丈夫、大丈夫っ……」

 

 

瞳を閉じる瞬間、無意識に口をついて出たこのセリフが。

一体何を指してのものなのか、その時の私には分からなかったが。

 

 

 

 

翌日、私達は村を出発した。

メンバーはこのマミヤさんの村へと行き着いた時と同じでケンシロウさん、バットくん、リンちゃん、私の四人だ。

レイさんはマミヤさんを、トキさんは村の患者たちを守るという目的もあり、同行することは選ばなかった。

 

トキさんは因縁から考えるともちろん一緒に来るものと思っていたが……前回の手合わせは、そういう諸々を割り切るためのものだったのかもしれない。

 

来てくれれば当然助かりはするが、実際拳王軍の侵攻の手がどこまで及ぶかもわからないし、妥当な判断だろう。

トヨさんの村の件もそうだが、未来のある人間である以上、救うことが出来たからってハイそれで終わり、というわけにもなかなか行かないのだ。

 

……それに。

 

(後顧の憂いは、出来るだけ少ないほうが、いい)

 

戦略的には枷や負担となるかもしれないこの選択もまた、ラオウに立ち向かうための心の力となるはずだから。

 

 

さて、ラオウと戦うために旅立ったは良いものの。

いきなりこの場に拳王軍の本隊……つまりラオウ本人がおいでになるわけでもない。

 

そんなわけで私達は、まず村や集落を回り、活発に動き始めた拳王軍討伐を行うことになった。

原作で五車星の誰かが『拳王軍は頭さえ潰せば離散する烏合の衆』と断じたように、側近はともかく末端は外道な野盗とそう変わらない。

 

 

「おらおら~~!! でけえ図体ばっかりしやがってグズがぁ! これでぷす~っといっちまうぜ~~!!」

 

 

その考えを後押しするかのような野卑な笑い声。

それが私達の耳に飛び込んできたのは、そんな時だった。

 

 

 

 

(よくこの体格相手に手を出そうって気になれるなあ……)

 

 

彼らのボスであるラオウ以上の巨体を誇りながら、身を畳むようにうずくまって頭を抱える一人の男。

彼目掛け、今にもナイフを突き立てようとするのは拳王軍の配下だ。

 

原作を知る私はその巨漢の正体も、今このような"弱者の演技"をしている理由もよく知っているが、どの道彼らの蛮行を見逃す理由も無い。

 

「────────ふっ!」

 

軽く息を吐きながら飛ばした闘気の指弾は、突き刺すために振るわれた、配下が持つナイフの柄に命中し。

あらぬタイミングであらぬ方向に押し出された凶器は、その行き先を配下自身の胸元に選んだのだった。

 

「なっなんでろおれっ」

 

(また独特な断末魔を────────っと)

 

……その時、事前に知識を持つ私は。

うずくまっていたはずの巨体の彼がほんの一瞬、だけど鋭く覇気ある視線をこちらに向けたのを見逃さなかった。

思えば、彼はこの時点から北斗神拳伝承者の見極めを行っていたのだろう。

 

そして。

 

 

「ぷふぅ~~ありがとう、助かったよ」

 

 

難なく拳王軍の掃討を終えると、巨体の男は安心したという表情で私達に礼を言う。

……改めて見るとやばいサイズだ。

寄って行ったリンちゃんの小さな身体など、ぷふぅ~~、という吐息だけで飛ばされやしないかとハラハラする。

 

とはいえ、今の時点でリンちゃんバットくん達からすればただの被害者Aだ。

 

実際バットくんなんかは、そんなデケェ図体してもったいねえ、ウドの大木かよとまで呆れ声をかけている……第一声から言い過ぎでは?

案外、ケンシロウさん達への強さの憧れから、割と本気で今の自分の小さな体と比べて、この体格を羨ましいと思っていたりしたのかもしれない。

 

さて、そんなバットくんの発言を受けても面目ない、とただにこやかに笑う……傍から見れば純朴なだけにも見える男。

 

彼の正体は、南斗最後の将を守る守護者である南斗五車星の一角、山のフドウだ。

 

原作でも今でも、最初に会った時に素性を隠し弱者の振りをしているのは、北斗神拳伝承者の実力や人柄を見極めるためだったはず。

悪意で動いているわけではない以上、彼の意向通りそれに乗っても、別にそこまで不都合があるわけではない。

 

……とはいえ、だ。

 

 

「────それで、私に何か用があるのではないですか? わざわざ実力を隠して接触されたほどに、特別で重要な何かが」

 

「────────っ」

 

私の言葉を受けた瞬間、緩く作っていた表情に驚きの色が混ざり……そしてすぐさま、先程も一瞬見せた、鋭い拳法家のそれに変わった。

 

「さすが、ですね。よく人を見ておられる……あの方にそっくりです」

 

突然始まった緊迫感のあるやり取りに、先程まで軽口を叩いていたバットくんは、訳がわからないとぽかんと口を開けていた。

リンちゃんも同じようなものだが、無言のまま表情を変えないケンシロウさんは、やはり気づいていたようだ。

 

……実際、彼の本当の目的。

すなわち『ラオウより先に私を南斗最後の将に会わせる』ということを考えたなら、結論を勿体ぶらせる必要はあまりないはずだ。

 

如何に気弱で温厚な態度を見せていても、鍛え上げられた巨体と闘気までは隠せるものではない。

おそらく原作のケンシロウさんもある程度察した上で、あの時点で言及する理由も無かったということで黙っていたのだろう。

 

が、その裏を知る私としては当然、さっさと答えを言ってもらったほうがいい。

そのためちょっとしたズルにはなるが、彼に何かしらの目的があるとお見通し、という態度で核心を話してもらうことにしたのだ。

 

 

そして、彼は私が知る原作通り、語る。

 

自分が南斗六聖拳のうち、最後に残った将を守護する五人の拳法家……南斗五車星の一人であるということ。

接触の目的はやはり、この乱世の平定のため、南斗最後の将に私を会わせることにある、ということ。

 

(…………姉さん)

 

……後に彼自身の口から語られるだろうが。

その南斗最後の将こそがシンに拐われ死んだとされていた、ケンシロウさん最愛の恋人でもある私の姉、ユリアその人なのだ。

 

私がこの世紀末で生き、旅を続けていた大目的でもある姉さん。

彼女のもとへ行くということに、もちろん異論などあるはずもない。

 

ただ、それにあたり。

たとえ原作を知らずとも、口にしていたであろう懸念事項。

これはどうしても聞いておかねばなるまい。

 

「……しかし、現在拳王ラオウの軍が村々を蹂躙している最中です。それを捨て置くというのは……」

 

「そのご心配はもっともです。ですがご安心を。すでに私以外の五車星が向かい、命を賭して恐怖の暴凶星、拳王の狂気を止めにかかっていることでしょう」

 

「……ッ!」

 

半ば分かっていたとはいえ、その言葉に私は息を呑む。

……私が思わず取ったこの反応。その理由をわかるものは、居ない。

 

(…………もう、動いてしまっていたのかっ……)

 

 

フドウさんがしたこの返答。

それは、ある種予測通りのものであり……そしてその上で、私の胸にキリリとした痛みを走らせる宣告でもあった。

 

原作の流れを知る私は、彼ら五車星の命を賭けた献身。

それがもたらす結果のことを……よく知っていたから。

 

 

そもそもこの時点でのラオウは、南斗最後の将という存在そのものに特に興味はなく、ただ侵攻をしていただけのはず。

そんな状況でまず五車星の一人、風のヒューイが「天を握るは我が南斗の将が相応しい」と高らかに名乗りを上げ……そして、ラオウの拳の前に一撃で葬られる。

 

そして続けて襲いかかった炎のシュレン。戦いにおいて彼が見せた異常とも言える執念、死に様の前に、初めてラオウは南斗最後の将に興味を持ち……

さらに、その後に戦った"一人の漢"が見せた態度や戦いぶりに、最後の将が自身が愛した人物、ユリアであることを確信する。

 

その後紆余曲折の末、姉さんと先に出会い、さらい。

最終的にケンシロウさんと相見えることとなった。

 

……つまり、彼らの目的、願いとは裏腹に。

皮肉にも姉さんと会わせないがために命を散らせたことが、ラオウと姉さんの邂逅を実現させてしまったのだ。

おまけに、根本にあった『ラオウと将が会えば将は哀しみの涙に濡れる』という理念すらも、実現してみれば『そうでもなかった』のである。

 

(────無駄死に、とは言わない……言えない)

 

このめぐり合わせにより愛と哀しみを知ったラオウ。

そんな世紀末最強の強敵(とも)となった彼を倒したことにより、ケンシロウさんが名実ともに最強の存在と相成ったのもまた事実なのだから。

 

……それに、姉さんもまたラオウと会ったことで……いや、今はこれについて考えるのは辞めておこう。

 

 

ともかく。

 

彼らの行動、献身によって、結果的に世の中は一時の平和を取り戻した。

そんな側面は確かに存在している。

 

……だが。

 

 

(……そのために、五人の命は……重すぎる……!)

 

 

状況が動いた結果、たまたまそうはなったとはいえ、彼らが本来持つ願いに沿ったものとはまるで言えない。

そして、それを知る私は……彼らの犠牲が無くとも、出来うる限り最良の結果を呼び込むために動くことが出来る、はずだ。

 

だからこそ今、早い内に彼、フドウさんの素性を聞き出し、可能なら彼らの動きを止めたかったのだ。

 

しかし、それももう……

 

(────いや、まだだ。……まだ、間に合わないとは限らない)

 

 

「……失礼を承知で言わせてください」

「伺います」

 

フドウさんからすれば、最後の将と会うための懸念が無くなったはずの私が、神妙な表情で食い下がるのは不思議に思うだろう。

……でも、それでも私は。

 

「拳王、ラオウは南斗六聖拳をも大きく上回る実力を持つ、本物の怪物です。あなた方五車星が六聖拳より圧倒的に強いという訳でもないのなら……はっきりいって足止めすらままならない、と私は考えています」

「…………」

 

「元より、私が彼と決着をつけるのは遅かれ早かれ避けられないことで、避けるつもりもありません。……今からでも五車星を引いてもらうことは、出来ないでしょうか」

 

私が放ったそれは、言外に『無駄死にだからやめろ』と伝える、懇願の体をなした忠言。

彼らの心を、誇りを知った上で踏みにじるかのような暴言であるとも言える。

 

如何に北斗神拳伝承者で、南斗最後の将の妹とはいえ。

はるか年下の小娘からそんなセリフを叩きつけられて、内心穏やかでいられるものはそう多くないだろう。

 

しかし、フドウさんはあくまで穏やかなその態度を崩さず。

その上で、溢れんばかりの自信を持ってドンっと胸を叩きながらに答えた。

 

 

……そしてその答えは。

フドウさんとの会話で初めて、私の予測が覆されるものとなる。

 

 

「……ありがとうございます。ですが、将の永遠の光のためなら、我々五車の星は粉塵に砕け散っても本望」

「……っ! 私は、それが」

 

死を前提とした彼の言葉に、昂ぶりかけた感情を自覚しながら返す言葉。

それを遮るかのように、フドウさんは続けた。

 

「それに、ご安心ください! ……ええ、たしかにあなたのおっしゃる通り。我々では、あのラオウに対し単純な力で対抗をすることは難しいでしょう……ですが」

 

────ですが。

 

「彼なら……マコトさんもよく知るであろう、あの男が加わった今ならば。間違いなく五車の星は、ラオウの肝を冷やすことになるでしょう」

「っ……その、人は」

 

目を見開きながら聞き返す私にええ、と頷くフドウさん。

彼が示唆したのは、五車星の一角たる一人の漢だ。

 

……私は、その人のことを知っている。

知っているに決まっている。

 

この世界の知識を知る前世の記憶はもちろん、純粋なこの世界に生きた一人のマコトとしても。

どちらの記憶にも確かに存在する、とある天才。

 

本来の歴史では役目を放棄し奔放に振る舞いながらも、風のヒューイ、炎のシュレンの死後、南斗最後の将の正体を知ったことで動き出したはずの、その漢は。

 

 

「────ジュウザ。マコトさんの腹違いの兄でもある、あの天才は……"雲"は。すでに風や炎と共に、動き出しております」

 

 



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第四十六話

★★★★★★★

 

────人生とは、空を流れる雲のように。どこまでも自由に、楽しく過ごすべきものだ、と。

 

常日頃からジュウザという男は、そんな考えのもと生き、育ってきた。

 

食事を楽しみ、睡眠を楽しみ、天才である自らの力を誇り、近い年代の北斗の修行者をからかい……

そして、幼い頃から共に育った女達を愛す。

 

その姉妹……歳が近く、時が経つにつれ美しく育った姉ユリアは一人の女として。

そしてその妹、マコトはユリアの妹として。

 

彼は無邪気に、奔放に、……そして、それでいて真剣に。

その愛する想いを深めていった。

 

 

物心ついたころから、やりたいと思って出来なかったことなど一つとして無い。

 

誰もが認める天才である自分はこの先、多少の苦労こそ経験するかもしれないが。

それでも最終的には、望んだ全てを、そしてユリアを手に入れることが出来るのだろう、と。

口には出さないまでも、そう心から信じていた。

 

 

「────────ならぬ! お前がどれほど愛そうとも、お前とユリアは決して結ばれぬ。……何故ならお前とユリアは腹違いの兄妹なのだ!!」

 

 

あの日、南斗に属する重鎮である男から、この事実を明かされるまでは。

 

 

……正直なところ、「それがどうした」と。

元より一般的な倫理観よりも、より楽しい道を選ぶことに喜びを感じるジュウザは、全てを無視して自分のものにする、という選択肢もあった。

事実、彼にしては珍しく迷い……ある日、現実にユリアの細い身体に、思わずその手を伸ばそうと考えたこともある。

 

「…………っ」

 

しかし彼はその時……ユリア自身の意志で選んだ男。

すなわちケンシロウに向ける、彼女の一点の"曇り"も無い笑顔を目の当たりにし。

伸ばした腕を下げるとともに、悟ったのだった。

 

────雲が、太陽と並び立つことはない、と。

 

その瞬間、何もかも全てがどうでも良くなった……とまでは言わないにしろ、少なくとも以前ほど何かに情熱を向けるということは無くなり。

いつしか一人で享楽的に、場当たり的にばかり過ごすことがジュウザの日常となっていった。

 

それは、これまでのようにユリアやマコトに近づき、関わろうとすればするほど。

どうしても恋敵であるケンシロウの存在を、ひいてはユリアを諦めなければならなくなったという現実を直視しなければならない、という心情的な理由が大きかった。

また、なまじ有り余る才能により、拳法の練習をほとんどしなくなってもなお、敵など殆ど居なかったということもある。

 

後に自らの使命として、南斗の将を守護する星としての役割も告げられたが。

当然、その時の彼にとって、そんなことはどうでも良いものだった。

 

今となっては、自分を縛る慣習だの掟だのよりも、広い外の世界に目を向け自由に生きる……

そんな、空を流れる雲のような生き様こそが、自分の生きる道だと。そう思っていた。

 

ただ、その時、ふと。

強くなって守るためだ、と。

あえてユリア達と離れていった、立場上自分の義兄に当たる男……リュウガのことを思い出す。

 

彼は、その後も宿命のために身を捧げるかのように、激しい修行に邁進していると聞いた。

とはいえ、ジュウザはそれを受けても、その事実に焦ることなども特に無い。

元よりクソ真面目な人間だという印象通りだ、ぐらいにしか思わなかった。

 

それも、もはや自分には何の関係もないことなのだから。

 

ただ。

 

「……やつのように、最初から兄妹だって知っていたなら、俺もちっとは違ったのかね……」

 

代わりにその時、羨むかのようなそんな言葉は、思わず口をついて出てしまったが。

 

とはいえ、そんな感傷も、空に在ってもやがて千切れ消えゆく雲のように。

すぐにこの世界に溶けて消えていった。

 

(やーめだやめだ、女々しい。……俺らしくもない)

 

 

そして、雲は流れ続ける。

 

 

 

 

ユリアやマコト、ケンシロウ達の情報も、慣習も因縁も何もかも。

遮断して好き勝手に生きていたジュウザも、それが続けばどうしても耳に入る言葉は出てくる。

 

北斗神拳伝承者候補だった男、ケンシロウが南斗六聖拳のシンに敗れたこと。

彼に拐われたユリアは命を落としたこと。

昔自分がからかってやった北斗四兄弟の長兄ラオウが軍を起こし、義兄リュウガがそこに身を置いたこと。

 

────そして。

 

 

「……はっ。よくやるぜ、どいつもこいつも」

 

ユリアの妹、マコトが北斗神拳を身に着け、様々な場所で悪党どもと戦っている、ということ。

 

まあ、姉のことを慕っていた彼女ならば。

奪い返すためにしろ、復讐のためにしろ、何かしらの行動を起こすのはそうおかしな話ではないだろう。

実際にわかには信じがたいことだが、(シン)を仕留めKINGを崩壊させたのはそのマコトだという話だ。

 

ただ、その奇跡で満足してやめておけば良いものを。

マコトはその後も北斗神拳伝承者として、世を乱す悪との戦いに身を投じ続けているという。

 

これも乱世の平定だのなんだのといった、北斗の掟に従っただけなのだろうが、つまらん生き方を選んだものだ、と。

過ぎゆく日の、自分や姉に向けていた無邪気な笑顔を思い出し、ジュウザは一人嘆息した。

 

ユリアの死は紛れもない悲劇であり、実際初めて聞いたときには悲嘆にくれたが、それもこの世紀末では話自体はありふれたものだ。

それならば、生き残ったなりに自由に楽しく生きるのが一番だろうに。

 

そんな、僅か芽生えた同情心。

それも彼は意識して忘れるようにする、と。

 

マコトに当てつけるわけではないだろうが、ますます享楽的な……

それも、悪党がさらってきた女をまた略奪したり、女風呂に飛び込んで反応を楽しんだりといった乱痴気な行動を増やしていった。

 

 

……そんな行動に対し。

五車星としての使命を果たすよう再三苦言を呈しに来ていた、フドウの部下である男。

 

彼から放たれたこの言葉は、激高し「その事を忘れねば叩き殺す」とまで脅したあとも。

抜けない棘のように、心に刺さり続けたが。

 

 

────どんなに無頼を装っても我々の目には……ユリア様(あのお方)を忘れようとする哀しい行動に見えまする!!

 

 

 

 

それは、偶然の出来事だった。

 

「……おいおいおいマコトよぉ、さすがにサウザー(そいつ)相手は無茶なんじゃねえかあ?」

 

その日耳に入った、北斗神拳伝承者の女がこれから、あの聖帝サウザーと雌雄を決する、という情報。

曲がりなりにも南斗に連なるものだったからこそ、たまたまとは言えその情報を仕入れることが出来たわけだが、だからこそ彼が覚えたのは呆れの感情だ。

 

元より、南斗五車星とは南斗六聖拳最後の将を守るものであり、基本的に六聖拳より立場的には下の存在である。

もちろん、ジュウザはユダだのといったそこらの六聖拳に自分の腕が劣るはずなどない、と自負してはいたが、さすがに南斗最強の男の実力は認めざるを得ない。

 

ましてやサウザーは、北斗神拳に対する絶対的な強みを備え、拳王ラオウも相手取ることを避けているという話だ。

自分でも勝てるかどうか怪しいような男を相手に、その条件で挑むマコトが勝てるとは、ジュウザにはとても思えなかった。

 

「…………ちっ、あ~あ! しょうがねえなあ」

 

すでに過去に目を背け、奔放な雲として流れることを決めた人生だったが。

"よく知った相手"がこれから死ぬと分かっていて、あえて無視するのも収まりが悪い。

 

ひとまず戦いを見届け、マコトが死ぬ前に横槍をくれてやるのもまあ『雲ゆえの気まぐれ』の範疇だろう、と。

 

そんな、まるで何かに言い訳をするかのような理由付けを終えた雲は、久方ぶりに目的を持って流れたのだった。

 

 

 

 

「は……はは、はははっ……!! おいおい、なんだそりゃ……見たかよ、おい!!」

 

 

バンバンバン、と。

同じように隣で見上げていた、全く知らない男の背中を無遠慮に叩きながら。

興奮しきった様子でジュウザは呟いた。

 

叩かれたなんの関係もない、聖帝軍だかレジスタンスだかの男は心底迷惑そうに顔を歪めていたが、その時のジュウザにはそんなもの視界にも入らない。

 

あの日、聖帝十字陵の決戦にひそかに紛れ込んでいた男、ジュウザ。

そして、彼の眼前で繰り広げられた、マコトとサウザーの戦い、その結末。

 

それを見届けたジュウザの心に、はじめに最も強く浮かんだ言葉は……一つ。

 

 

(────バカヤロウ、なぁにが"よく知った相手"だよ……!!)

 

 

その強さはもちろん、考えも、生き方も、出した答えも。

ジュウザが知るあの時のマコトとは、何もかも違っているではないか。

 

自身が認識していたよりもさらに強くなっているサウザーを破り、そして誰も測りきれなかった彼の哀しみを知り……

その上で、最後には凝り固まったその生き方すらをも変えてみせた。

 

北斗の掟に従い乱世の平定だけを目指すつまらない生き方……なんて、とんでもない勘違いだ。

 

掟と過去と、情愛に縛られがんじがらめとなった敵にすらその手を伸ばし。

果てに、自らが望む未来を掴み取るその在り方は────雲。

 

いや、もしくは雲のそのさらに上で、自らの光を発し続ける星のようにだろうか。

ともかく、その時のジュウザには、そんな感慨が浮かぶほどにひどく眩しいものに見えたのだった。

 

「……俺なんぞより、よっぽど自由に生きてやがるじゃねえかよ」

 

ユリアを愛する資格を奪われ、遠ざけ。

そのくせ、彼女の死すら受け入れられずに忘れようと粗暴に振る舞う。

 

フドウの従者に言われたあの言葉は、図星だ。

 

誰よりも自由を愛して生きると豪語していながら、その実自身という存在全ては過去に縛られていた。

遠ざけたマコトも含めた、今現実に自分の前にあるはずのものすら、見ようとしていなかった。

 

ジュウザは変わったマコトと、変わらない今までの自らを振り返ると、そう自嘲した。

 

 

「…………ハッ!」

 

 

────だから。

 

マコトに会い、話をしたい、話を聞きたい。

何よりこれまでの頑張りを褒めてやりたい、と。

 

そんな、再び芽生えた兄としての当然の感情。それらもあえて飲み込むと、その場から立ち去り。

 

 

「……よぉ、ちょっといいかよ?」

「はっ! いかが致しましたか、ジュウザ様!」

 

────ジュウザの方から声をかけられることなど、滅多に無い。

この珍事に姿勢を正し返答するフドウの部下たちに、ジュウザは頭をかきながら、努めてぶっきらぼうに伝えた。

 

 

「まあ、なんだ……そこまで言うのなら、一度会わせてみろよ。……その将ってやつと」

 

 

────最初から何も見ようとしないのと、見た上で選択し生きるのは、違う。

 

その日、初めてジュウザは。

まず、自らに示された役割に、自らの意思で向き合うことを選んだのだった。

 

そして、ジュウザが将と対面したその日から。

 

 

「…………はぁ~~……ッ! ふう……、はぁ~~……ッ!!」

 

 

五車星の従者である彼らは、いつぶりになるかも分からない……

 

これまで投げ捨ててきた時間、その全てを取り戻すかのような鬼気迫る勢いで。

 

激しい修行に臨む、一人の天才を目にするようになったのだ。

 

 

★★★★★★★

 

 

「ジュウザ、が…………」

「ええ、彼はある日から、人が違ったかのように厳しい修行に励み……溢れる本来の才覚を存分に発揮する、稀代の拳法家と成っております」

「人が違ったように~~? マコト、おめーまぁたなんかしたんじゃねえのかぁ?」

 

しっ、知らないアルよ……

 

バットくんが呆れたような目を向け突っついてくるが、さすがに今回は濡れ衣だろう……多分。

少なくともこの世界において、私が目覚めてから彼と話したりしたことはなかったはず。

 

彼が人が違ったように動き出した、というのに理由があるとするならば。

やはり原作でそうであったように、最後の将の正体……つまり姉さんの存在を知ったからになるだろう。

 

覚えている限りの原作では、ヒューイとシュレンがラオウに敗れた後。

切羽詰まった五車星の部下が、薬かなにかでジュウザを強引に拉致した上で将の正体を見せ、ジュウザは本気になった。

今回、そのタイミングがずれたことに原作に無い私の存在が影響しているかも、と考えると間接的にはなんかした、とも言えなくもないが。

 

 

ともかく。

 

「そういうことなので、マコトさんがご心配を頂く必要はありません。……それに、我ら五車星はこの時のために生きていたようなものなのです」

「…………」

「それに、何より……我が将は、あなたと。あなたこそとの対面を、熱望されておられるはずです。……どうか!」

 

……それを言われると、弱い。

 

私としても、可能な限りラオウに先んじて姉さんに会いたいとは思っている。

それは、単に心情的なものだけではなく、姉さんの無事に関わる都合上でも、だ。

……どちらを優先するにせよ、失いたくない者の命はどうしてもかかる場面である。

 

それに、フドウさん達五車星がこの任務にかける気持ちも、ただ無下にして良いものではない。

究極的に彼らが命を賭けているのは(マコト)ではなく、(ユリア)のためなのだから。

 

その考えのもと、澄んだ……真っ直ぐな目を私に向け続ける漢、フドウさんを今一度見る。

 

今では五車星の一角として頼られ、多くの子ども達に慕われる彼だが。

実は彼はかつて、悪鬼として欲望のままに暴を振るい、自分以外の命を虫けらと踏みにじり……そして、姉さんの慈愛によって生まれ変わったという過去を持つ。

 

だからこそなおさら、その罪滅ぼしのための献身を惜しまないのだろう。

もしかしたら、他の五車星にも同じような事情があるのかもしれない。

 

……それならば、と私は結論を出す。

 

 

「……分かりました。お時間を取らせてしまい、すみません。向かいましょう、あなた方が言う将の下へ」

「おお……! ありがとうございます、この山のフドウ、必ずや身命を賭して将の下へお送りいたしましょう」

 

思えば、ずいぶんとこの場で話し込んでしまっていた。

道中、拳王軍たちの襲撃で足止めを食うことも考えると、どちらにせよだらだらと長居するものではないだろう。

 

こうして、私達はフドウさんの案内に従い、歩き出そうとした。

 

 

「…………ただし」

 

────ただし、だ。

 

この世紀末で生きる私は、この選択だけを安易に結論とするわけには行かない、と。

 

フドウさんに向き直ると、力強い口調を以てそれを伝えた。

 

 

「────ただし……二つほど、条件をつけさせてください」

 




悪鬼フドウとかいう世紀末前から世紀末ファッションに生きていた
北斗の拳住人の鑑


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第四十七話


原作で描写が少ないキャラはいくら盛ってもいい
自由とはそういうものだ


★★★★★★★

 

荒野を、黒い影が猛進していた。

 

遠目からは一体の巨大な獣を思わせるそれだが、物珍しさから近づこうとするものは、当然居ない。

 

この荒野の……いや、この世紀末においての最大最強。

そんな存在に限りなく近いものとなった影の正体は、一糸乱れぬ行軍を続ける、拳王軍の本隊だ。

 

そして、その頂点に立つ男、拳王。

彼が当代の北斗神拳伝承者と戦い受けた傷は、すでに完治している。

 

傷を受ける以前よりも、遥かに勢いを増したこの侵攻。

もはやそれを止めえるものは、その北斗神拳伝承者である女以外には存在しない。

 

彼女以外にできることは、天災がごとき侵攻がもたらす被害を恐れ、震えながら祈るのみ────

 

その、はずだった。

 

 

「拳王様ァッッ!!」

 

進軍により響き渡る轟音。

それにもかき消されないほどの声量で放たれたのは、拳王ラオウの側近による悲鳴じみた呼びかけだ。

 

が、声をかけられたラオウ本人がそれに返答をすることはない。

なぜならラオウもまた、言われるまでもなく同じその光景を目にすることとなっているからだ。

 

「ぬぅ……っ!」

 

 

────豪炎が、渦を巻いていた。

 

 

それは、炎のような何か、ではなく炎そのもの。

それが、まるで意思を持った生物のように、拳王軍の行く手を阻まんと立ち塞がっていた。

 

「ひ、ひぃいいぃ、うわあああぁあ!!」

 

その異様を目にした拳王軍配下の一人が、悲鳴を上げる。

見れば悲鳴を上げた男は、すでにここに至るまでに身体の節々に痛々しい火傷と矢傷を帯びており、満身創痍という状態だった。

 

「く、来るぞ────ッ!!」

 

続けて上がった叫び声。

それに呼応するかのように、ずらっと空を埋め拳王軍に殺到したのは、おびただしい数の火矢だ。

 

「────ッ!!」

 

ただの矢が持つ殺傷力に加え、それが火を纏い迫りくるという、生物が持つ根源的な恐怖を呼び起こす、その脅威。

それは、血を血で洗うかのような殺伐とした世紀末を生きる悪党たちからしても、悲鳴を上げ逃げ惑うほどの恐怖……トラウマとなるには、十分なものであった。

 

とはいえ、北斗神拳を極めた世紀末覇者、拳王本人に火矢など効くはずもない。

羽虫でも払うかのように腕を振るうだけで、拳王に飛んだ火矢はなすすべなく地に落ちる。

 

また、拳王自身だけでなく特に精鋭となる一部の拳王側近達も、すでに"幾度もの襲撃"による経験から的確に斬り裂き撃ち落とし、と対処する。

雑兵の類はともかく、さすがに拳王軍の側近ともなると火矢のみでそうは狼狽しない。

 

しかし、彼らを襲う脅威はまだ、終わらない。

 

 

「う、うおおおぉわあああッッ!!」

 

そびえ立っていた火柱が突如、まるで自ら意思を持って動き出したかのように。

拳王軍のもとに襲いかかった。

 

その炎は、叩き落とされながらもいまだ燻っていた火矢を巻き込み、業火となって拳王軍を薙ぎ払う。

すでに極限まで動揺していた拳王軍の末端は、もはや拳王の喝も耳に入らず、悲鳴とともにのたうち回ることしか出来ない。

結局その地獄は、拳王ラオウが放った北斗剛掌波により空いた風穴から、ほうほうの体で配下たちが脱出するまで続くこととなった。

 

「…………ちぃっ……」

 

すでに心が折れかけている配下を見て、拳王軍は苛立ったような舌打ちをこぼす。

 

ここしばらく、幾度にも渡り拳王軍はこういった、意思を持ったような炎に襲われるという怪現象に見舞われていた。

 

一連の現象で、拳王自身は傷などは一筋たりとも負っていない。

しかし、それでもこう何度も行軍を止められ、手勢に被害を与えられるとなると当然、心穏やかでは居られるはずもなかった。

 

────なにより。

 

「…………っ!」

 

そんな拳王の視界に今、拳は届かないがその表情は分かる、という絶妙な距離感でこちらを見てはニヤリ、と笑う一人の男。

ラオウ自身もよく知る拳法家であるその男…………ジュウザ。

 

彼は、下手人である自身の存在を隠す気も無くこうして現れては挑発し、そしてまた離れる。

そしてしばらく経ったと思ったら、再びこういった妨害を行うということを繰り返していた。

 

 

(…………まさか、この男が動き出すとは)

 

 

当然、プライドの高いラオウからすれば、純粋な憤怒で爆発してしまってもおかしくない、この状況。

もしかしたら、それこそがジュウザの目論見だったのかもしれない。

事実、配下たちの恐慌や怒りに押されるように、ラオウもまた苛立ちを感じる心は少なからずあった。

 

が、しかし当のラオウは、そんな明確な屈辱と怒りを感じながらも、その一方で今。

不思議なほどに冷静な思考を続けることが出来ていた。

 

その理由は、ジュウザがよく知る人物だからこそ今、ラオウが覚えた一つの違和感。

 

彼が炎を起こした原理などは知るはずもないし、どうでもいい。

問題は、愛するユリアを手に出来なかったことで世捨て人同然となっていたこの男が、なぜこのタイミングで突然自分に弓を引いてきたのか。

一度問いかけた拳王に、彼自身は雲ゆえの気まぐれと軽く返していたが、一連の行動にはそんな言葉で表すには重すぎる、確固たる意思や執念のようなものが感じられた。

 

少なくともジュウザは、これで拳王自身を直接害することが出来る、とは思っていないだろう、と拳王は見る。

かといって雑兵ばかりをいくら掃除しようが、根本的に拳王軍の崩壊に至ることは無い。

結局のところ、極まった拳法家同士の戦いでは、余人など何人居ようがそれが影響をもたらすことは無いからだ。

究極、この場にいる配下全員が一斉にかかることがあったとして、ラオウはもちろん、ジュウザにも勝つことは出来ないだろう。

 

で、あるならば目的はあくまで精神を乱すことか、『足止め』をすることに他ならない。

 

足止め……何から?

それは当然、拳王軍から。

 

では、何のために?

 

この拳王軍がこのまま行進を続けていたとして、世を捨てたはずのジュウザにどんな不都合があった?

この侵攻の先に一体、ジュウザを変えたほどの何がある?

 

……まさか、マコトか?

いや、その可能性は十分にあるが、だとしたらもっと早くに動き出していたとしてもおかしくはない。

それに今更、ジュウザがユリアからマコトに鞍替えしたということも考えづらいだろう。

 

 

(…………面白い)

 

 

元よりラオウの残る目的は、マコトと決着をつけ世紀末にて天を握ることだけといっても良かったが。

侵攻の先に待つ何かに、ジュウザの後ろにいるものに。

今この時、ラオウは明確に興味を覚えた。

 

その内心を伝えるかのように、立ち去る前のジュウザに薄く歪めた口と共に、ぎらっと鋭い視線を向ける。

それにジュウザはほんの一瞬、顔を険しくすると……何事も無かったように去っていったのだった。

 

 

 

 

「ダーメだな。ありゃ、これ以上崩れはせんわ」

 

退却が完了するやいなや、もうお手上げさ、とでも言いたげなポーズとともにごちるジュウザ。

 

「ならば、今こそ我らの拳で拳王を討ち果たすべきだ!」

 

投げやりとも捉えられかねないジュウザの言葉を受け、そう血潮をたぎらせたのは、髪も鎧も赤く染まった炎の男シュレンだ。

この場にいるもうひとりの男、青みがかった髪に鉢金を巻いた男、風のヒューイも、兄星であるシュレンの言葉を後押しするようにうなずいた。

 

炎のシュレンと風のヒューイ。

二人は雲のジュウザや山のフドウと同じく南斗五車星に属し、南斗最後の将であるユリアのために命を投げ捨ててでも戦う男たちだ。

 

彼らはもともとこの拳王軍の侵攻に対し、残る五車星の一角、軍略家である海のリハクの要請により立ち向かうところだった。

当然彼らの目論見としては、拳法家の誇りにかけ真正面から拳王と相対し、打倒することにある。

 

倒せればもちろんそれでよし。

また、力及ばず敗れることががあっても、その献身により拳王の足を止めることが出来たならば、それが将のためになると、そう信じて。

 

故に、まず最も機動力に優れた風の旅団を率いるヒューイが拳王軍に襲いかかろうとし……

 

「まあ待てよ。どうせなら、もっと面白いやり方があるぞ」

 

っと。

今や全身に気力と拳力をみなぎらせた男、ジュウザ。

ヒューイの肩におかれた彼の手によって、その"確定していた死"を止められたのだった。

 

 

ジュウザという人間は元より、必ずしも一対一で、拳法家として正々堂々と戦うなどといったこだわりは持ち合わせていない。

本来辿るはずだった流れでも、拳王の拳を"スカして"拳王の愛馬黒王号を奪ったり、配下に命じて岩を落とさせたりと、どちらかというと今のジャギのように策を弄して戦うタイプだ。

 

そんな彼からして今、五車星として認められる力を持ちながらバカ正直に拳王と戦おうとしている二人の姿は……

言ってしまえばあまりに非効率でもったいないものに見えた。

故に彼は言う。お前たちの力は、ラオウを相手にしたとしてもっと別の形で活かすことが出来るはずだ、と。

 

それこそが、幾度も拳王軍を襲った災火の正体。

 

……原作においてシュレンと相対した拳王は、彼は燐を操り炎を生み出すと看破した。

しかし当然のことながら、ただ燐を使うというだけで、大の男をまとめて火だるまにするような炎を瞬時に生み出すことは困難だ。

それを成したのは、リュウガの凍りつく闘気と同じような、シュレンの放つ特有の闘気によるもの。

燐を呼び水に闘気を走らせ紅蓮の炎を自在に操る……この力があったからこそ彼は、南斗五車星の一角炎のシュレンとして君臨することが出来ているのだ。

 

これはもちろん、風のヒューイに対しても同じことが言える。

触れずして鋼鉄の刀をも細切れに裂くことが出来る風の刃は、闘気によって風を自在に操る彼の適性を以て初めて為せる技だ。

……それがラオウに通じなかったのはひとえに、ラオウの闘気があまりに膨大過ぎたからと言えるだろう。

 

そして兄弟星という関係にある彼らの拳力は当然、揃って使用することで初めて真価を発揮する。

風が炎を運び、育て。膨れ上がったそれは、まるで意思を持ったかのように自在に動き、拳王軍を襲う。

 

この魔法じみた芸当により現在、五車星自身はもちろんその配下にもまるで被害を出すことなく、行軍を遅滞させることに成功していた。

聖帝軍も消滅した今、マコト達を除けばこの世紀末で、これほど拳王軍に打撃を与えられたものは、居ない。

南斗最後の将を守護する五車星に相応しい、得難い戦果だったといって差し支えはないだろう。

 

 

とはいえ、それももはや限界だ。

使える火矢や燐にも限りはあるし、自分たちはともかく作戦を通しての配下たちの疲労も無視できるものではない。

何より、肝心のラオウへのダメージは皆無で、精神的な動揺も想定以上に見られないのだ。

 

この事態を受け、今こそ我らの拳で直接ラオウを葬り去る時だ、とシュレン達は気勢を上げた。

彼らからすれば最初からそうするつもりだったということもあり、命を賭けて戦うことに躊躇いなどあるはずもない。

 

そして、そんな彼らの言葉を聞き……バリボリと頭を掻きながらにジュウザは立ち上がると。

 

「……ああ、そうだな。じゃあまあ、拳王のバカヤロウをぶん殴ってやりにいくか」

 

そう、事も無げに彼らの言葉に首肯し。

まるで天気がいいから散歩でもしようか、とでも言うかのような気軽さで、死地へと向かい歩き出したのだった。

 

そんな、あっさりと決意を見せた彼の態度に、少しの困惑が混ざった表情を互いに見合わせながらに、シュレンとヒューイは追従しようとし────

 

 

一転、今まででも最も真剣な声色によってかけられたジュウザのその言葉に。

彼らはその歩みを、止められることとなった。

 

 

「────ただし、戦うのは…………オレ一人だ」

 

 

 

 

「……変わりおったな、ジュウザのやつ」

「……うむ」

 

今、両腕を少し横に広げ下ろした、構えとも言えないような不敵な自然体にて、拳王と相対する男、ジュウザ。

彼の堂々たる立ち姿を少し離れた位置にて見やりながら、シュレンとヒューイは言葉を交わす。

 

はじめ、ジュウザが一人でラオウと戦おうとしていることを知り、当然彼ら二人は反射的に異を唱えた。

が、その反論でジュウザを説き伏せるためには、現状の二人には致命的に欠けているものがあった。

 

「そうか。ならばうぬらは、今二人でかかればこの俺を倒せると思うか?」

 

「ぬ……」

「ぐっ……!」

 

そう。彼らでは仮に同時にかかったとしても、少なくとも今のジュウザを相手に勝利をすることはとても出来ない。

で、あるならばもし、ラオウがジュウザで勝てない相手だった時もまた、勝利をおさめることはまず不可能だ。

 

同じ五車星でありながら、今の彼らにはそれほどまでに隔絶した差が出来ていることを、間近で見る彼らは誰よりも痛感していた。

 

ならば三人でかかればいい、とも案としては出たが。

その場合ジュウザの身をすり合わすような接近戦と、シュレン、ヒューイの合わせ技による豪炎は相性が悪すぎる。

ジュウザごとまとめて焼き払ってしまうようでは、すでにラオウには効果が薄いという結果が出ていることも手伝い、逆にラオウへの援護射撃に等しいものとなるだろう。

 

「まあ、俺が敗けたらどうもこうも、お前らの好きにすればいいとは思うが、な」

 

故に彼らは、その軽い口調の裏に見せる強い覚悟も手伝い、この場でジュウザがリスクを買って出ることを認めざるを得なかった。

その事実に対する悔しい、と無力を嘆く思いはもちろんある。

しかし、それとは裏腹に彼らは、ジュウザが自らこの選択を取ったことに、強い感慨を覚えていた。

 

 

(…………っ)

 

ぎゅぅ、と。

シュレンは、拳王軍に痛撃を浴びせた手応えを反芻するように拳を握る。

 

思えば、今回自ら拳王を戦うことを決めたことといい、その前に自分たちの力を活かす戦いを提示したことといい。

ジュウザが自分たちを見る目は、自身以上に正確で、的を射たものに思えた。

 

あれだけ好き勝手に、自分のためだけに生きてきた人間が、誰よりも深く、冷静に一個人を見られる存在になるまで変わった……

この事実に以前からのジュウザを知る彼らが覚えた感動はいかばかりか。

 

……そして、だからこそ。

 

「……ヒューイ、分かっているな」

「無論」

 

ジュウザの言葉通り、ジュウザが敗北を喫する時まで彼らは手を出すつもりは無い。

 

しかし、もしその時が訪れたならば、たとえ、この命に代えてでも。

将を守るためにも、最も得難い才覚を示した彼を逃がすことに喜んでその身を捧げようと。

 

そんな強い決意を、密かに交わしたのだった。

 

 

「願わくば、我らが将とその妹君と……そして腹違いの兄(ジュウザ)が再び笑い合うその姿を、目にしてみたいものだがな」

 

「…………フッ」

 

 

今は一歩、拳力及ばずとも。

 

彼らもまた、誇り高き漢であった。

 

 

 

 

「────フッ。コソコソと、くだらぬ小細工に励むのはもう終わりか?」

 

「ああ、もはや出来ることなど何も残っておらぬわ。潔く玉砕させてもらうとしよう!」

 

「ぬかしよるわ!」

 

これまでの戦法から一転、裸一貫の単騎にてラオウの前に立ち塞がったジュウザ。

それを見たラオウによる、幾度と繰り返された妨害への意趣返しに対しても、ジュウザはあくまで軽く返した。

 

当然、ジュウザの諦めたような言葉がまやかしであることをラオウは分かっている……

が、これがジュウザに取っての死地であること。

それ自体には何の紛れは無いということもまた、ラオウは見切っている。

 

だからこそ、半ば無意味だとは分かっていても。

改めてラオウは、その質問をした。

 

「今一度問おう。何故、この拳王の前に立ち塞がった! 愛する者と……ユリアと結ばれず、心を捨てたはずの貴様が何故今、そうも闘気を滾らせている!!」

 

「…………」

 

「答えぬか……ならば、貴様ら南斗五車星が守護する宿命にある、という将とやらのためか。あるいは、それ以外か────────よかろう!!」

 

ザッ、と。

ジュウザの天賦の才と、今ここに満ちる確かな気迫を感じ取ったラオウは。

一合と手を合わせることもなく、愛馬黒王号から地に降り立つことを選んだのだった。

 

 

「さすがにラオウ、我が拳の威を認めたか!! …………わが将のためにこの場に拳王! お前を葬ろう!!」

 

 

それを見たジュウザもまた、不敵な笑みを崩さぬままに闘気を高める。

 

 

「容赦はせぬぞ!!」

 

「したらお前の負けだ!!」

 

 

互いに鋭く言い放ったこの言葉が、開戦の狼煙となった。

 

 

 

 

戦いが始まると同時。

方や覇気猛々しく、方や涼やかかつ無造作に距離を詰める……

 

と、お互いの拳が届く間合いに入ったやいなや、ジュウザはくるり、と大胆にも後ろを振り向き。

そこから予測困難な軌道の後ろ蹴りを放った。

 

「ぬっ!?」

 

そしてその蹴りは、反射的に腕を差し込んだラオウをあざ笑うかのように軌道を変える。

残像を残しながら縦横無尽、変幻自在に迫るそれは、まるで突然千人からなる蹴りを向けられたような、そんな世紀末覇者拳王からしても常識はずれの一撃。

そして、その幻影にわずかでもまどうならば、突き刺さるは本命である必殺の一蹴。

 

だが、ラオウはその中にあっても、迷いなく力のこもった本命の一撃を見定めると、闘気を込めた腕で受ける。

天賦の才持つジュウザが放った、渾身の蹴り。その類まれなる威力を予感したラオウは、地を踏みしめる両足にさらに力を込め。

 

(────────軽いッッ!?)

 

その"異様なまでの威力のなさ"に危機感を抱く────が、遅い。

 

「おぉぉおお!!」

 

ラオウに受けさせ引っ掛けた腕を、文字通り"足がかりに"し。

軽業師のように登ったジュウザは、そのままラオウの肩口から水面蹴りに近い形で、無防備な顔面を蹴り飛ばした。

 

「ぐっふぅッ!?」

 

「あぁ! 拳王様ッ!!」

 

それだけでも十分に技として通じる、変幻自在の蹴りをも布石とし、ラオウの腕を封じながらに放った一撃。

それは、すでに最大限に警戒していたラオウの意識をも、更に覆すに足るものだった。

 

 

「…………恐るべき、技のキレよ!! ……どうやら蘇るどころか、俺が知るジュウザとは比べようも無い進化を遂げているようだな!!」

 

「ごくっ……」

 

最初の攻防で一方的に拳王が痛撃を受けたという事実と、当の拳王がたたらを踏みながらに漏らした、賛辞の言葉。

それは、自分たちが主の力を絶対のものとして誇る拳王軍配下達の背中に、冷たい汗を流すには十分すぎるものであった。

 

────まさか、拳王様が敗れるのでは。

 

そんな不安すら一抹とはいえ心に湧き出るものがいた事も、無理からぬことであろう。

ジュウザは紛れもなく、拳王に牙を突き立てるだけの力を持つ、天才なのだ。

 

そんな一撃を加えたジュウザもまた、雲のように気軽な、涼し気な表情をそのままにニヤリ、と笑い────

 

 

そして。

 

 

(────────冗談、じゃねえや)

 

 

と、内心。

今の攻防で()()()()()()()()()()()を、思った。

 

 

なぜなら。

 

まだ拳王がこちらの力を測りかねている最初の立ち合いにて。

自身の拳法の特性……すなわち邪拳による初見殺しとも言える技巧を惜しまず使って。

 

完全に優位な姿勢で放った完璧な蹴りに対し……ラオウが残した片腕による迎撃は、あとほんの僅かでジュウザの命脈絶つ秘孔に届くまでに迫っていたのだ。

 

もしも、早くに最後の将……愛するユリアの存在を知り修行をしていた時間がなかったなら。

今の一瞬で自分は容易く終わっていた、と確信が出来る。

 

……いや、本当はユリアのために戦うと決め、そして改めて戦場でラオウを見たときから、それには気づいていた。

気づいていたが、それを意識し、死を恐れることは自分の背水の邪拳を鈍らせるだけである、と本能的にあえて無視していた。

その事実を今、ジュウザは改めてこの攻防で痛感させられ、冷たい汗を流す。

 

 

────シュレンやヒューイの可能性も見出した雲の慧眼から……一つだけ、断言出来ることがある。

 

あの日、自分が目覚めるきっかけの一つとなった、実際に目にしたサウザーとマコトの戦い。

常識外れの成長を続けサウザーまでをも破った彼女が、そこからさらに成長している、ということを最大限加味した上で。

 

 

……それでもマコトが、このラオウに敵うことは無いだろう、と。

 

 

この男は、世紀末覇者は今、あまりにも…………強くなりすぎている。

 

 

★★★★★★★

 



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第四十八話


要約:大体マコトくんのせい


★★★★★★★

 

────危機感。

 

今、ジュウザと相対するラオウが、これほどまでの力を身に着けた理由を一言で表すとするならば。

この言葉こそが、最も簡潔に説明出来ていると言えるだろう。

 

 

本来辿る原作、マミヤの村にて初めてケンシロウとラオウが対峙した際。

その戦いは、トキの手助けやリンの後押しによる心の力も働いた結果、決着のつかない引き分けで終わっている。

そうして、それまで自らを脅かすものなどせいぜいトキぐらいだと認識していたラオウは、ケンシロウの力を存分に認め立ち去っていった。

 

この出来事により、次なる決着に臨む際。

ラオウがケンシロウを意識して……すなわち危機感を持ったことによって、彼がさらに強くなっていったことは間違いないだろう。

 

事実、北斗神拳の師であるリュウケンを超える実力を持つとされる男、コウリュウ。

傷を癒やしたラオウは、そんな達人すらをも苦もなく屠ることが出来ているのだ。

 

 

一方、この世界において同じくマミヤの村にて、マコトとラオウが初めて対峙した際。

マコトは、ジャギやマミヤ達の手助けを受けていながらなお、完全なる敗北を喫している。

 

では、その結果を受けたラオウは。

原作のような危機感を抱くこと無く、勝利の余韻に酔いしれその場を去ることとなっただろうか。

 

答えは当然、否である。

 

何故なら、あの時点でのマコトには明確な敗因があり。

そしてそれはこの敗北を受けて克服してくるだろう、ということをラオウは予感していたからだ。

 

さらに言えば、ごく短い期間で学んだ北斗神拳で。

ラオウからすれば、戦うことすら考えられないような華奢な女の体躯で。

そんな明確な敗因を持ち合わせていながら、なお『あと一歩』のところまで拳王が追い詰められたのだ。

 

……元より、豪胆な覇道を歩むという生き方とは裏腹に。

自身に逆らう拳法家をカサンドラに監禁し、禍根を断つという側面も持ち合わせていた通り、慎重で繊細な顔も覗かせる男、ラオウ。

 

そんな彼が、この脅威を目の当たりにして。

これまで通りの過ごし方をするなど、出来ない。出来るはずがない。

 

故に、彼は鍛え直した。

 

マコトがラオウを最大の目標として、心の力を燃やすことでここまでたどり着いたように。

 

ラオウもまた、次に戦うマコトを……ともすれば『格上の怪物』にすらなり得ると考え。

もしかしたら、当時のマコト以上と言ってもいいほどの。

そんな強い心の力で以て今、この場に至るまでに成長……いや、進化したのだ。

 

 

最強の肉体と、最高の才と、それにも驕らず燃えたぎる心を併せ持った存在。

 

それが今、この場に立つ世紀末覇者拳王、ラオウという漢だった。

 

 

「────────ッッ」

 

 

そしてジュウザは、皮肉にもというべきか。

強くなったことでより、眼の前の怪物が持つおぞましいほどの力を把握することが出来ている。

 

しかし、それでもジュウザが退くことや恐れることは、無い。

恐れは拳を鈍らせ、曇らせる……

生か、あるいは死かの極地に身を置く戦いこそが、ジュウザが振るう我流の拳の真髄なのだ。

 

とはいえ、対峙する男の圧倒的な拳力を目にした上で、無策で特攻するという選択肢も無い。

ジュウザはただ時間稼ぎの捨て駒になるためではなく、勝利するためにこそ、この場に立ったのだから。

 

 

「────フッ」

 

っと。

しばらく無言で睨み合っていた彼らのうち、覚悟を決めたようにジュウザが突然笑う。

 

そして、全身の力を抜きながらに、ゆらり、ゆらりと左右に揺れた、と思うと。

 

ふわり、と、こともなげに。

 

()()()()()空へと舞った。

 

「────まさ、かッ!?」

 

迫りくる豪炎を前にしても汗一つかくことがなかった拳王が。

この戦いにおいて今、はじめて明確な動揺に冷たい汗を流す。

 

 

そして、必中の気迫を以て放たれたラオウの拳は、"当たり前のように"ジュウザの身体を通り抜け。

ラオウは、無防備な懐へとジュウザの侵入を許してしまった。

 

静かに流れる身体の動きとは裏腹にビシっと鋭く、それでいてあくまで軽く。

ラオウの胸元にジュウザの両手のひらがかざされる。

 

そこから披露される、ジュウザが誇る我流拳の奥義はもちろん────────

 

 

「撃壁背水掌ッッ!!」

 

「グフッ!!!」

 

 

鋼鉄をも超える強度のラオウの肉体から、多量の鮮血が飛び散る。

ジュウザが叫び声とともに、至近距離からの強烈無比な一撃を浴びせたためだ。

 

「────ッ!!」

 

そして、それを為したジュウザは即座に後方へと飛び退き、拳王の反撃を防ぐ。

 

「ああ、拳王様がやられた!」と。

叫ばれた部下の言葉に表されるように、確かなダメージを負ったラオウ。

彼に対し、ジュウザは未だ無傷だった。

 

……しかし。

 

「────浅かったわ」

 

「……フンッ……」

 

ジュウザは、まともに決まれば一撃で決着となってもおかしくない、自らが誇る奥義の手応えから。

今の攻防でラオウに致命打を与えることが出来なかったことを悟り、内心唇を噛む。

 

撃壁背水掌は、現代で言う寸勁のような理屈により放たれる奥義だ。

ほんの少しの、わずか数ミリの隙間さえあれば、絶妙な体重移動と闘気のあわせ技で最大のインパクトを発揮する。

身をすり合わせる接近戦でこそ真価を発揮する、我流のジュウザならではの秘術である。

 

しかしラオウは、ジュウザに懐に潜り込まれた刹那、半ば本能でその特性を見抜くと。

後ろではなくあえて前に歩を進めることで、奥義に必要な"わずか数ミリ"を殺し、威力を半減させた。

 

掛け値なしの天才の拳を目の当たりにし、一見危地に見える死中にこそ活路を見出す。

ラオウという名の覇道、その生き様を存分に示すかのような、彼だからこその解答であった。

 

とはいえ、それでジュウザが諦めるなど、当然無い。

それならば何度でも打ち込んでやる、とラオウに聞こえるよう呟くと、再び揺れる動きを見せつけた。

 

「その動き、やはり貴様、サウザーの技を……!」

 

そう、先程もラオウを驚愕させ、容易く懐を取ることを可能にしたこの動き。

それはあの時目にした、マコトとサウザーの戦い……そこで使われた南斗鳳凰拳究極奥義、天翔十字鳳を再現したものだ。

 

当然、鳳凰拳伝承者でもないジュウザが、この技を完璧に使いこなせているわけでは無い。

しかし、行き着いた拳法は我流ながら同じ南斗に属するもので、元より身軽な動きと類まれなる見切りの技術を併せ持つ天才、ジュウザならば。

あの日見た動きを元に、それに近しい効果をこの土壇場で行使することは、決して不可能ではなかった。

 

「ッチィ!」

 

実際にサウザーと戦った、今のマコトでも出来なかったこの絶技。

それを前に剛拳使いのラオウが出来ることは、当たらぬと分かっている拳を振るうのみ。

 

そうして差し出された拳を難なくジュウザは回避し、再び潜り込もうとし────

 

「────ぬっ!?」

 

ドゴォ、という破砕音と共に。

踏み出した足が捉えるはずだった、大地が崩れていることに声を漏らす。

 

ラオウが突き出した"回避されると分かっていた"拳が、そのまま地面へと闘気弾を発したことにより、地形を崩したことが理由だ。

 

「そこだぁ!」

 

如何に何者でも捉えられない羽を真似たジュウザでも、無限に空を舞うことは出来ない以上、地面の存在は必須だ。

ましてや完全なものではない奥義は、あらぬ方向から加えられた妨害に、その真価を容易く失う。

 

まるで実体を得たかのように、無防備な身を晒したジュウザに対し、ラオウは烈ぱくの気合で渾身の拳を振るう。

 

それは、とっておきの秘奥義を破られた動揺に目を見開く、ジュウザの命脈を断ち切らんとその身体に吸い込まれ……

 

 

────ぬるんっ。

 

 

「な、にッ!?」

 

すかさず身を捻ったジュウザの身体を掠めると、予め身体中に塗られていた油によってあえなく滑り、空を切った。

 

「────元より、種明かしは一度きりよ!」

 

回避しながらしてやったり、という表情で誇ったのは、ジュウザだ。

 

そう、ジュウザは自分が真似するこの奥義が、完全でないことも認めた上で今、あえて見せ札として使った。

変幻自在こそを信条とする邪拳は、元より同じ相手への再使用は想定していないのだ。

 

そしてその奇策は成り、ラオウの拳を油で滑らせ回避した勢いのまま、一回転。

至近距離ながら寸勁とは別の形で、ラオウに牙突き立てるに足るエネルギーを携えたジュウザは。

必倒の気迫を以て渾身の後ろ回し蹴りを放った。

 

雲尽旋蹴(うんじんせんしゅう)ッッ!!」

 

「────お、のれぇ!!」

 

それでもなお、超人的な反応によるラオウの迎撃の肘が迫る……が、遅い。

 

如何にラオウの実力が上がっていても、このタイミングで出された反撃よりも自分の一撃の方が遥かに早く刺さることを、ジュウザはすでに見切っている。

 

 

そしてその予測に違わず、ジュウザの蹴りは確かに、あやまたずラオウの頭部を先に捉えた。

 

 

────────ボゴォッ!!

 

 

「────ガ、ハァアァッッッッ!!!?」

 

 

…………そして、そのジュウザの蹴りと()()()()

 

突如、爆発的な加速を見せたラオウの肘がジュウザの身体に突き刺さり。

 

 

圧倒的な破壊圧の前に、ジュウザはいとも容易く、まるで紙くずのように吹き飛ばされたのだった。

 

 

「ば、バカ、な!?」

 

この事態に、これまで黙って戦況を見守っていたシュレン達からも驚愕の声があがる。

 

かろうじて目で追えた彼らから見ても、ジュウザの攻撃はラオウより遥か早く刺さり、それにより勢いを殺されたラオウの剛拳はジュウザに届くことなく止まる、そのはずだった。

 

しかし刹那、常識では考えられない加速を果たしたラオウの肘は、ほぼ同時にジュウザの胸部に命中。

ジュウザの蹴りのそれとは比較にもならないほどの甚大なダメージを、彼の身体に刻み込んだ。

 

……もし、曲がりなりにも先に届いたジュウザの蹴りにより、その衝撃が幾分ながら殺されていなかったなら。

この一撃だけでジュウザの身体はバラバラに弾け飛んでいてもおかしくはなかった、と。

そう思わせるほどに、ラオウが放ったそれは凄まじい一撃だった。

 

 

────剛爆靠(ごうばくこう)

 

この土壇場でラオウが使ったこの技は、彼にとっては苦汁とも言えるあの戦い。

すなわち、マコトとの直接対決により着想を得たものだ。

 

飛龍、と彼女が呼ぶ、足先から闘気を爆発させ、その加速を以て一度のみ空中機動を可能とする妙技。

その脅威を実際に体感した……正確には修行時に彼女との戦いを思い返したことで、技の正体に行き着いたラオウ。

 

それを自己流に変化させ編み出したのがこの、インパクトの瞬間手から強烈な闘気を噴出し、爆発的な加速を生み出す剛と速を併せ持った一撃だ。

それは、天才ジュウザの見切りすら覆し、彼に致命打に等しいダメージを叩き込むこととなった。

 

「ぐ、ぐ……! フ、フフ……まさか、ゲフッ! これ、にも返してくる、とはな……!」

 

「フ……致命の秘孔ではないにせよ、もはやまともに身体を動かすことも出来ぬだろう。ここまでだ、ジュウザ!!」

 

甚大な被害に身体を震わせながらも、あくまで笑みを絶やさずに口を開くジュウザ。

しかしラオウはそれも虚勢に過ぎぬ、とジュウザに決定した敗北を突きつける。

 

そうして心を折ったならば。

にわかに気になりだした南斗の将、その正体を割らせる事が可能だ、と。

 

「……そうか、ならば────────」

 

────しかし。

 

 

「っ!?」

 

「────さあ、打ってこい、ラオウ!!」

 

ラオウの思惑と裏腹に、その時のジュウザが見せたもの。

それは、言葉と共にスウッと両腕を広げ、無防備な身体を晒す姿だった。

当然、これまでも幾度となく彼の戦術を味わったラオウだけに、額面通り受け取り油断する、ということは無い。

 

ただラオウが見るに、少なくともジュウザはラオウの拳を受けること……つまり、すでに死を前提に入れた覚悟をしているように思えた。

それが示す意味は、単純に潔く敗けを認めたか、はたまた玉砕覚悟での相打ち狙いか……

 

しかしどのような策があろうとも、それを真正面から打ち破ることこそが彼が選んだ覇道、その生き様。

 

ならばここで、世紀末覇者拳王が返す答えは決まっていた。

 

「良かろう!! では地獄へいくがよい!!」

 

そんな言葉と共に迫りくる必殺の剛拳を。

どこか他人事のように視界に収めながら、ジュウザは考える。

 

 

恐るべき拳王の強さを相手に、確かに自分は勝てなかった。

だが、それでも。ただでは死なぬ、ただで命は捨てぬ。

 

(将よ……あんたに会った時からこの命、無いものと思っていた……最後だ!!)

 

すでに身体中が悲鳴を上げているこの状況。

この上に拳王の拳を受ければ無論、死は免れない。

 

────それでも、自分は死を恐れずに。

 

その上で、冥土の土産に腕の一本は持っていく、と。

 

そうすることできっと、後に続く者に遺せるものがある、と。そう信じて。

 

 

そうして、拳が届く瞬間。

 

始めに、救出しようとこちらに駆け出そうとしているシュレン達に目を向け。

 

次に、自分が命を使うに足る最愛の女、ユリアの無事を願い。

 

そして最後に。

後に続く者、すなわち拳王と戦うであろうマコトのことを思い浮かべ────────

 

 

「────────ッう、おおおおおぁあああああッッ!!!!」

 

「ッッ!!?」

 

 

瞬間。

思考をほとんど介さないままに無理やり身体を捻ったことで。

ラオウの拳は浅く肉を抉るものの、ジュウザはかろうじて命を繋ぐこととなった。

 

 

「な、に……!?」

 

「────────…………ッッ!!」

 

 

間違いなくこの拳を受け、命を捨てるつもりだった。

直前までそう認識していた拳王は当然驚きに目を剥くが、目を見開き困惑しているのはジュウザも同じだ。

 

……今更死に臆し、命が惜しくなったのだろうか。

 

ありえない。愛するユリアのために命を使い切る決意は、今この場に至っても何一つ揺らぐことは無い。

 

だが今、自分の身体を突き動かしたものも、間違いなく自分の内から……すなわち心の力によって出たもので。

それがどこから来たものかをジュウザはほんの僅か考え……そして、すぐに得心した。

 

「……っ血は、争えぬか……フ、ハハ、ハッ……!」

 

「何故だ……!? 何故貴様が今更、生にしがみついたッ……!?」

 

ラオウの戸惑いが耳に入りながらも、その時ジュウザの脳裏によぎったもの。

 

 

────それは、あの日見上げた聖帝十字陵。

そこで腹違いの妹が繰り広げた……最後の最後まで誰の命をも諦めずに戦い抜いた、あの光景。

 

あの日、彼女が意図せずしてジュウザに見せたそれは。

宿命に殉ずる名誉ある死に様では無く……未来に繋ぐ生き様だ。

 

……ジュウザは、別にそれを殊勝にも真似して、命を惜しもうと考えたわけではない。

雲のように自分の意思で生き、そして命を使うことに躊躇しない在り方もまた、ジュウザ自身の誇りであることに間違いはないのだから。

 

だが、"それはそれとして"だ。

 

 

────悔しいではないか。

 

 

(妹に出来たぐらいのことを、兄の俺がこなせないなんざ、なあ!?)

 

このまま素直に拳にかかり死んでしまって、あの生き様を見せた妹に後を託す。

 

それはたとえ一拳法家として、南斗五車星として、そして雲のジュウザとして何の間違いでなかったとしても。

兄として見たならばきっと────、と。

 

だから。

 

自分は自他共に認める天才であり、その気になれば成し遂げられないことなど何もない────

あの日、ユリアに手が届かない運命であることを知り、打ちひしがれた瞬間までは、確かに抱えていたこの矜持。

 

それは、この死地において今再び、確かな輝きを放ち。

 

ジュウザにもう一つの、彼だけの……

すなわち、"両取り"の選択肢を与えたのだった。

 

マコトのように、最後の最後まで命を抱え生き汚くあがく。

ユリアのために、最後の最後は命を惜しまず戦い抜く。

 

それが、二人の兄として。

今、雲のジュウザが自らの意思で選んだ、答え。

 

 

そんな、万感の意志を携えて。

ジュウザは歯を剥きながら、ひどく簡潔に。

 

ラオウが放った疑問に、再び動き出した拳とともに、応えたのだった。

 

 

「────兄ゆえの……ただの意地よッッ!!」

 

 

 

 

戦い、戦い、戦い抜いた。

 

すでに満身創痍の身で、死の恐怖を知らず、その上で生にしがみつく、泥臭くも美しいその戦いぶりは。

南斗六聖拳はおろか、北斗の兄弟達と比べてもまるで劣らない、まばゆい輝きを放ち続けた。

 

「ぐ、く、ぶ、ぐっぅ…………!」

 

「…………」

 

────しかし、それでもなお。

今のラオウ相手に勝ち切るには、至らず。

 

着実に刻まれ続けた傷跡に彼の身体はついに、どのような強い意志を以てしても身じろぎすら困難なほどに、追い詰められてしまった。

敗北を悟ったシュレン、ヒューイも加勢に向かうが、ラオウが放った闘気圧に吹き飛ばされ、その救援の手は及ばない。

 

 

そしていよいよ、最期の時が来た。

 

 

「────────敵ながら。見事であった、ジュウザ」

 

 

ラオウはすでに、トドメの一撃を振りかぶっている。

 

……ジュウザの口から最後の将の正体を吐かせる、という当初の目的をラオウは忘れたわけではない。

 

しかしラオウは、このどこまでも強く誇り高き漢との決着を前に。

それは今、不純物にしか成りえない些事である、と断じた。

 

()()()()()()()()()()()()()()────

 

「言い遺す言葉はあるか」

 

正体とは別に、まるで一筋のみジュウザとの別れを惜しむ気持ちがあるような、そんな感傷が口をついて出るラオウ。

 

彼に対してジュウザはあくまで最後まで、不敵な笑みをたたえながら、応える。

 

「…………"お前には"、くれてやらねぇよ」

 

「……フッ、そうか」

 

 

それを、別れの挨拶と認めたラオウは────ゴウっと拳を振るった。

 

(わるいな、マコト……ユリア)

 

今度こそ迫りくる拳を前にし、内心で二人に侘びながらも。

 

それでも、やるべきことは、やりたいことは、自分がやれることは全て出しつくし……それで負けるのならば仕方がない、と。

 

最後に、そのような境地に至ったジュウザは目を閉じると、これまでの生き方が嘘のように潔くその拳を受け入れる。

 

 

そして────拳王はその剛拳を、振り抜いた。

 

 

「……………………っ」

 

 

しかし……その拳が捉えたものは、何もない空間のみ。

 

それは、拳王とジュウザはもちろん、倒れ伏すシュレン達にとってすらもまるで予想していなかった事態。

 

拳王は当然、眉根を寄せ。

 

 

……そして、ジュウザは。

 

 

その拳王以上に、顔をしかめた。

 

目で幾十もの苦虫を噛み潰したかのような、そんな心底不本意な表情のままに。

 

未だ苛む激痛をも押してかぶりを振ったのだった。

 

 

「…………かぁ~~やだやだ、ほんっっっとやだ!! よりにもよって、恋敵(お前)に助けられるのかよッ!!」

 

っと。

 

 

そんな、抱えた満身創痍の漢からの雑言を受けてもただ「すまぬな」っと。

 

 

表情も変えないままに静かに答え、拳王の前に立ったのは……一人の漢。

 

 

その姿にラオウは、トドメを刺しそこねたことへの憤りも忘れると。

 

喜色にも近い感情のままに、ただ吠えたのだった。

 

 

「そうか、お前が……お前がここに来たか────────ケンシロウッ!!」

 

 

★★★★★★★

 

 

「来たな~~!! 拳王配下最強部隊、長槍騎兵隊の死の特攻を味わうがいいわ~~ッ!!」

 

奇声を上げながら崖から飛びかかり槍を突き出すという、死の特攻という言葉が比喩にもなっていないあんまりな戦法で襲う拳王配下軍。

 

それをフドウさんとともに蹴散らした私は、拳王軍の抵抗が激しくなってきている感覚に軽く頭を抑える。

 

私の知る原作とはタイミングが異なっているかもしれないが、ともかく私達に差し向けられる足止めの数が増えてきた。

 

それが示すものはおそらく。

ラオウが私だけではなく、南斗最後の将に興味を持ち、私より先に会うことを意識し始めた可能性が高い、ということ。

 

(……五車星の彼らは……ジュウザは無事だろうか)

 

如何に本来の流れとは異なり、ジュウザが本気になって動いているとはいえ。

それでも拳王ラオウと対峙し彼らが無事で居られる保証は、一つとして無い。

 

だからこそ私は考えても仕方がない、と思いつつもどうしても彼らと……

そして、別れてラオウの下へ向かってもらったケンシロウさんの無事を祈った。

 

 

 

 

私がフドウさんの案内通り将に会うにあたり、出した二つの条件。

 

そのうちの一つが、代わりとしてケンシロウさんを五車星に助力……いや、救援に向かってもらうというものだ。

 

……こういった手分け自体はこれまでも幾度も行ってきた作戦ではあるが、今回それを決断するための心労は、これまでの比ではなかった。

 

何しろ私は、この戦いが始まる直前にケンシロウさんの吐血という形で、死の病の進行を目の当たりにしている。

おまけに五車星と戦っているのはこれまでで最強の敵である、世紀末覇者ラオウだ。

実際、トキさんとともに残ってもらうべきか、と出立するその時まで迷いに迷っていた。

 

それでも今、当たり前のように側にあろうとする彼の力を、この期に及んで頼るという決意が出来たのは……

間違いなく、サウザーを倒したあと彼らが"挑んでくれた"立ち合いのおかげだろう。

あれでケンシロウさん達が見せてくれた心の力があればこそ、私は拾える全部を拾い集めるために動くことが出来ているのだ。

 

 

「……それは……しかし、ケンシロウさんも……いや……」

 

私が繰り出した提案に、わかりやすいほどに迷いの表情を見せたのはフドウさんだ。

彼の迷いは当然だ。

将の幸せを願う彼は、恋人であるケンシロウさんも彼女に会わせたい、と間違いなく願っていただろうから。

 

その気持ちは良く分かる……いや、何なら幼い頃から彼らの幸せを願う私のほうがきっと、その気持ちは強い。

 

 

……そして、その上で。

 

迷う彼の背中を押すかのように、どうなるにせよ、と私は残る条件を口にする。

 

「そしてもう一つ。……今この場で教えて下さい。……あなた方が守る最後の将の、その正体を」

「…………!!」

「将の……正体……?」

 

そう。

そもそもフドウさん達が南斗最後の将……姉さんの正体を隠してたのは、それをラオウに知られて奪われることを防ぐため。

しかしお互いが将を求め動き出すことこの時に当たって、隠し立てをする理由はもはや無いだろう。

 

それに何より、すでに将の正体を知る私が。

同じように姉さんとの再会を渇望するであろうケンシロウさんに、その正体を知らせずに動いてもらう、ということはなんというか。

ものすっごく嫌な、フェアじゃない真似に思えてならなかったのだ。

 

そして、経緯は違えど。

 

フドウさんもしばし考えたあとに……同じ結論に至ったようで。

 

 

「…………我が将は女性にございます」

 

「…………」

 

「女性…………は、まさか!」

 

 

「左様……南斗最後の将はあなた方が愛した女性、ユリア様にございます!」

 

 

ついに彼の口から。

この事実が語られることとなったのだ。

 

 

 

 

そうして、全てを知った上で……それでもなお私のワガママを叶えてくれるため、五車星の下へと走ったケンシロウさん。

 

……ちなみに、目的はあくまでラオウ打倒で無く、救出である、と強く念押ししている。

 

どの道ラオウとは私が戦う気満々なのだ。

そんな私に伝承者としての役割を譲ってくれた彼が、ラオウと本気で命のやり取りをすることは無いとは思うが……ケンシロウさんを前にしたラオウがどう出るかまではわからない以上、それでも危険なのは間違いない。

 

彼らの無事を願いながらも、決して油断せず確実に拳王軍を打ち倒し。

私とフドウさん、そしてバットくんとリンちゃんは将の居城に向かい歩を進めていく。

 

 

「フ、フドウ様~~!! フドウ様~~~~ッッ!!」

 

フドウさんの配下と思しき男達が、焦りの色を隠すこともせず。

一人の傷ついた少年を抱えながら悲痛な声を上げ向かってきたのは、そんな時だった。

 

「なっど、どうしたんだお前達!!」

 

「は、はいそれが大変で────っ!? あ、いや、その…………!!」

 

当然驚いたフドウさんに何事か、と問われ返そうとする男────

が、横にいる私の存在に気づくと、しまった、というように口ごもる。

 

(……このタイミングで来た、か)

 

緊急の事態にも拘らず今、彼が口ごもった理由。

それはおそらく、彼らの第一目的が北斗神拳伝承者である私を将に会わせることにあり。

それ以外の情報を入れてしまうことはその妨げとなり、ひいては使命の放棄に成りかねない、ということを悟ったからだろう。

 

フドウさんも彼の態度に並々ならぬ事態が発生している、と察しひとまず私から離れて話を伺おうとする、が。

 

「いいえ、今ここで話してください。────何が、ありましたか?」

 

当然、原作を知る私がそんな選択をさせるはずもなく、話を聴くまではここを動かない、と。

不安そうな視線を向ける少年にも言い含めるような強い意思を見せ、話を聞き出したのだった。

 

 

 

 

「────ヒ、ヒヒヒヒ!! よく来たなぁ、拳王様に逆らう愚か者共よ!!」

 

 

こうして、フドウさん配下の男の案内でたどり着いた、とある流砂地帯。

 

そこで待っていたのは、凶悪な面相で甲高い声を張り上げ笑うリーダー格の男と、ズラッと並び弓矢を抱えた拳王軍の群れ。

そして、リーダー格の男になすすべなく抱えられた、二人の少年の姿だった。

 

「……ぐ、ぐ……タンジ、ジロ……!」

 

それは、フドウさん配下の報告と……そして、私が知る原作とほぼ同じ光景だ。

 

ヒルカと名乗るリーダー格の男に抱えられる少年、タンジくんとジロくん。

彼らはフドウさんが血のつながった家族のように可愛がり、世話をしている子ども達である。

 

そしてそれを今、この危険な底なし流砂地帯にさらい笑うのは、皮肉にも彼らの実父である拳王軍配下の男なのだ。

 

当然、子どもたちを愛するフドウさんからすれば、如何な使命を帯びていようとも見過ごせるはずもない。

 

原作においても狡猾な男が周到に仕組んだ、実の子どもを人質に使ったこの作戦。

それに釣り出されたフドウさんだけでは、この事態の解決は不可能だ。

 

だから私は、余計なタイムラグで危険に晒す必要も無い、ということで半ば無理やり彼らに付いていったのだ。

そもそもこんな状況で子ども達を見捨てて会いに行ったとして、あの姉さんが喜ぶはずもない。

 

 

……そう、この選択自体は間違ってはいない、はずだ。

 

だがしかし、この状況は。

 

(────────おかしい。明らかに弓矢を構えた部下の数が多い……いや、多すぎる)

 

確か私が知る原作では、部下もいるにはいたが。

それはフドウさんの救出を妨害するため程度の手勢であり、こうも数十人と揃えたものではなかったはず。

 

しかし今回は間違いなくそれより多くの手勢が弓を構え……何より。

 

「────────っ」

 

その照準がフドウさんでも私でも無く。

 

バットくんやリンちゃん、そしてフドウさんの配下達に向いていることに気付くと、私は内心唇を噛んだ。

 

 

(……そういう、ことか……!)

 

……思えば、原作とのタイミングのズレも少し気になっていた。

 

そう、確か本来は、拳王軍の大軍勢の前にフドウさんが足止めを買って出て……

そしてケンシロウさんが一人で行動をしたところで偶然、拳王軍に襲われる少年を保護。

その少年よりはじめて、ケンシロウさんはヒルカの情報を得た。

 

そして、フドウさん達は拳王軍の撃退を進めていくうちにこの流砂地帯にたどり着き、この光景に出くわすこととなる。

それはおそらく、厄介なケンシロウさんとフドウさんが離れたタイミングでフドウさんの情を突き、確実に仕留めるためにヒルカが整えた舞台だったのだ。

 

一方、今回は。

さらったという情報がフドウさんの配下に漏れた……いや、おそらくは意図的に流したことにより、ヒルカは計算通り私とフドウさんをここに導いたのだ。

 

この行動が示すヒルカの狙いは、考えるまでもない。

 

「…………っ」

 

拳王軍で最も冷酷残忍とされ、配下最強を名乗る男、ヒルカ。

彼が今、この場で取ったその選択は、紛れもなく。

 

……フドウさん以上に、守るべきものを抱えた"私"こそを狙い撃った、悪辣な人質作戦だった。

 




次回、拳王配下最強の男、がんばります


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第四十九話

(…………くそっ、厄介な……)

 

静かに冷たい汗を流す私の視界に映ったもの。

それは、油断なく構えた弓矢を私達に向ける多数の拳王軍配下と、底なし流砂の近くでフドウさんの子ども達を抱えニヤつく男、ヒルカ。

 

当然、警戒態勢である北斗神拳使いの私自身に向けられるだけならば、弓矢など何発射たれようが"止まった棒"である。

しかし、敵方もそれは承知しているようで、狙いはあくまで私の後ろにいるバットくん達に定めていた。

 

それに加え、ヒルカが抱えた子ども達はフドウさんに取ってとても大事な存在。

ほぼ間違いなく、この後子ども達を流砂に落とし、フドウさんにそれを助けに行かせ。

それと同時に一斉に矢を放つことで、私に庇わせるという目論見を持っているはずだ。

 

原作の彼らはフドウさんが子どもの犠牲を絶対に見過ごせない、という弱点を知って似たような行動に出たわけだが。

北斗神拳伝承者である私、マコトのこれまでの道程から、そっくりそのまま同じ戦法が突き刺さることに気づいたのだろう。

……大正解だ。憎らしいことに。

 

こんなことなら、それこそ原作のケンシロウさんのように後から現れて奇襲をかける形にすれば良かった、とも思わなくもないが。

それはそれで先にフドウさんや子ども達にリスクを背負わせることに繋がる。

 

状況の打開として考えられる手段としては天破活殺になるだろうが……

今回の相手、ヒルカは拳王配下最強を名乗るだけあり、ほぼ間違いなくある程度の闘気を操ることが出来る。

また、ラオウの配下ということもあり、北斗神拳の遠距離技を知識として持っていてもおかしくはない。

……以前の牙大王ほどではないにしろ、通じる可能性は低い。

 

また、今からバットくん達を下がらせるという選択肢も無い。囲まれているこの状況、むしろ私達から離れれば離れるほど守れる確率が減るだろう。

 

「ぐ、くっ……タンジ、ジロ……ヒルカ貴様、何をする気だ!!」

 

私のような知識と照らし合わせたわけではないだろうが、それでもこの状況に覚えたであろう不吉な予感。

それに突き動かされるように声を上げたフドウさんを、ヒルカは見下しながら口を歪める。

 

「フフ……北斗神拳使いのガキはともかく、貴様はこの底なし流砂の恐ろしさは良く分かっているだろう」

 

「な、まさかっ! ば、バカなことはやめ────ッッ!?」

 

ヒルカの言葉と、今にも取ろうとしたその挙動。それを受け、弾かれたように動き出した巨体。

 

「────ッ私が助けます! バットくん達をお願いします!」

 

「なっ!?」

 

潜在能力を解放した万力が如き力でそれを引き止めながら、私が飛び出したのは、それらと同時の出来事だった。

 

フドウさんが行っても自力で流砂から抜けることは出来ないが、私ならそれが可能だ、と。

全力の高速歩行術、龍流によりヒルカの近くにある底なし流砂に向けて足を踏み出す。

 

大丈夫、問題ない。

これまで鍛えた私の速度ならきっと、子どもたちをまとめて助けることが出来るはずだ。

 

そう強く信じ走り出した……その瞬間、私の目が捉えたものは。

 

 

「────な!? ふざ、けっ……!! くっそぉっ!!!」

 

 

二人の子どもを、わざと"別々の流砂に放り込んだ"、ヒルカの邪心に満ちた醜悪にすぎる笑みだった。

 

 

あまりの所業に沸いた怒りと、想定以上の危機感に一瞬、視界が真っ赤に染まる。

思わず漏れ出た悪態とともに、これまでにないほどに頭を回しながら闘気を全開に、より近い方の流砂に転がるように駆け出した。

 

 

(────手が、足りない…………ッッ!!)

 

 

フドウさんは私が走り出すと同時、バットくん達に放たれた矢を払うのに手一杯だ。

 

フドウさんを確実に流砂に落とすためまとめて放り込んだ原作と違い、異なる二つの深い流砂に落とされたというこの状況。

彼らを助けるには、流砂の底まで走り子どもを拾い上げ、その上で足先から闘気を噴出する飛龍によって流砂を抜けて、次は子どもを抱えたまま再度同じことをしなければならない。

 

さらに、フドウさんのような巨体ならともかく、彼らの小さな体では瞬く間に砂に飲み込まれて消えてしまう。

当然、それに間に合わせるために私は、本来防御に回すための闘気も意識も、全て加速のためだけに充てることとなった。

 

「手を、取ってっっ!!」

 

そして流砂に消えようとしていた一人目の少年を拾い上げ懐に抱き込んだ、その瞬間。

 

 

「つっうっぐ、ぅう!!」

 

一、二、三……四本の矢が私の肩口から腕にかけて突き刺さる。

 

抱えた少年に当てないだけで精一杯だった私を穿ったそれは、考えるまでも無くヒルカの部下達の攻撃だ。

 

原作の似た場面で子どもをかばったケンシロウさんにも通じたとおり、如何に北斗神拳使いといえど闘気を介さず身体に直撃したならば、ただの矢も相応の脅威になる。

しかし今、私の身体に刺さったものは四本のみで、刺さった箇所のいずれも致命傷には程遠いもの。

 

これは、予行演習だ。

ここで一斉に放たなかったのは間違いなく、もうひとりの少年を助けるために私が限界ぎりぎりまで闘気を使った瞬間に、確実に仕留めるためだろう。

 

そして私は彼らの狙い、策略が分かっていたとしても、行かないという選択肢が存在しない。

 

 

予感がある。

 

もし仮にここでもう一人の少年の命を諦め、五体満足でヒルカ達を倒すことが出来たとして。

この状況で私がその犠牲を出し、心にヒビを入れたという事実がある限り。

拳王ラオウに勝てる可能性は万に一つも無くなるだろう、と。

 

無論、そんな先を見据えた打算が無くとも、この犠牲を良しとすることなど。

フドウさんが、他の誰が許そうが、これまで生きてきた私としての道のりが許さない、許すはずがない。

 

────まだラオウとの戦いですらないのに。

 

(……こんなところで、こんなところで犠牲なんて、絶対に出してたまるか……っ!!)

 

 

吹き出る痛みと焦燥を噛み殺し、流砂の底から飛龍により無理矢理外へと飛び出す。

 

そこで私が目にしたのは案の定、一斉にもう一人の少年がいる流砂に矢を構える拳王軍と、恐怖と絶望に涙し今にもその姿を砂に埋もれさせようとしている少年。

 

ぎりぃっ、と歯を食いしばりながら、私はほとんど思考を介さないままにその死地に身を投げ出そうとする。

仮に少年に手が届いたとしても、その瞬間放たれた矢は今度こそ、私の全身を覆い尽くすだろう。

 

それでも私は、やらなければならない。

 

どれだけ危険に思えても、ラオウと戦うことに比べれば、と自分を鼓舞しながら。

 

たとえ今、幾千の矢に貫かれようと。

子どものために、自分のために、そしてその先の未来のために。

極限の生を掴み取ろうと、私は流砂の底に身を疾走(はし)らせ────

 

 

「────へっ?」

 

 

ぽんっと。

 

唐突に肩に置かれた、場違いなほど温かい手の感触に、ほんの一瞬思考の空白が生まれると。

 

拳王軍配下の中から躍り出た一人の人物が、代わりにその流砂へと身を投げ出す光景を目にしたのだった。

 

 

「な、なんだ!? 誰だッ!!?」

 

 

当然、そんな事態を想定しているはずがないヒルカは驚愕の声を上げ、弓矢を構えた配下達は誰を狙えばいいのかとただ狼狽える。

 

北斗神拳の使い手たる女や、規格外の体格を持つ山のフドウならばともかく、そうでない男が飛び込んだだけで時間稼ぎにもならない、ただの自殺でしか無い、と。

ヒルカや、他の誰もがそう考えたのも、当然のことだろう。

 

だが、私は。

流砂に飛び込んでいった"彼"のあの眼と視線を交わした私は。

 

「────ははっ」

 

そう、力なく笑い……そして、息をつきながらぺたん、と座り込んだのだった。

 

 

もう、安心だろう。

 

 

そして、迷いなく流砂へと飛び込んだ男。

彼はまっすぐ伸ばしたその手を沈みかけた少年……ではなく、あえて流砂の方にあてがったと思うと。

 

「────フンッッ!」

 

そんな気合とともに、彼特有の闘気を流し込んだ。

 

瞬間、全てを無慈悲に飲み込むはずだった死の流砂は。

 

 

その表面をまたたく間に"凍りつかせ"……活動を停止させることとなった。

 

 

「────すごいっ……!」

 

「ば、ばば、バカな、バカなぁッッ!! 何故貴様が、邪魔をぉッッ!?」

 

すぐさま少年を拾い上げ、ゆうゆうと凍りついた砂地に佇む一人の男。

その様に私が感嘆の声を上げると、ようやく正体を悟ったヒルカが、口の端から泡を飛ばし叫ぶ。

 

「無論、彼女たちの決戦に(けが)れた手を伸ばす……腐った枝を断ち切るためよ」

 

そう言いながら返した男の笑みに、宿命だけに縛られた悲壮感は欠片も見受けられない。

ひと目見た瞬間、私が安堵の息を漏らしたのも、当然だ。

 

今白目を剥きながら叫ぶ男、ヒルカ。

『拳王軍配下最強』を自称する彼に対しながら、慈愛と誇りに満ちた眼差しで、抱えた子どもの砂を払う彼の名は。

 

 

真なる拳王軍配下最強にして私の兄、泰山天狼拳のリュウガその人だったのだから。

 

 

 

 

「貴様、貴様リュウガ!! 何のマネだ、まさか拳王様を裏切ろうというのかああああッ!!」

 

激昂とともに彼が両手から放ったのは、泰山妖拳蛇咬帯と言う彼特有の拳法だ。

特殊な帯に闘気をまとわせ自在に操ることで、敵に絡みつかせ。

視界を、呼吸を、自由を奪い締め上げるという邪拳である。

 

元より頑丈な素材で作られた上、込められた闘気により手足の如く動く強靭な帯。

それに一度捕まったが最期、普通の人間では破ることも外すことも出来ず、暗闇の恐怖の中なすすべなく殺されることだろう。

 

……が。

 

「あ、な、ぁああ!?」

 

ヒルカが帯を放った相手……それは私でなく、その計画を破算させたためか怒りが向けられたリュウガ。

彼の構える手に絡みついた瞬間、彼の拠り所である帯はあっさりと凍結し、粉々となった身を地面に晒すこととなった。

 

……そりゃそうだ、と思う。

単純な拳法の相性差もあるが、元より拳法家としての練度が、格が違いすぎる。

 

一方私は、リュウガから子どもを手渡されると、抱えた二人を早々にフドウさんに返還。

うっぷんを晴らす……ではないがようやく得た自由を謳歌するかのように、手早く拳王軍配下を片付けていた。

 

今はそれも概ね終わり、ゆっくりとヒルカに歩み寄るリュウガを見守っている、という状況だ。

 

そして、前に立つリュウガに向けヒルカは拳王軍配下の立場から罵詈雑言を飛ばす。

彼からしてみれば、同じ配下のリュウガが自分の邪魔をするなど、当然許されることではないだろう。

 

「腐った枝は大木をも揺るがす! 拳王の配下に貴様のような者は必要ない!!」

 

 

そんな彼にリュウガが返した言葉……原作を知る私が半ば予想していた通りの答え。

それを受けヒルカは、発狂しながら全身から刃物を出して抵抗し────

 

ボゥッと。

風切り音とともに振るわれた、狼を模した神速の拳に身体を貫かれた。

 

「がっかッ…………ヒュッ……!」

 

……目前に迫った、どうしようもない死の恐怖。

穿たれたそれはすでに致命傷というべきものだったが。

それでもヒルカが宿す執念は、なんとか生き延びよう、逃れようとフラフラとおぼつかない足取りで駆け出す────が。

 

「────あっ、そこは……!」

 

私が思わず声を挟んだそこは、つい先程、彼自ら実子を投げ入れた、底なし流砂。

流れ落ちる砂に足を取られ、倒れ伏したヒルカは、泰山天狼拳を受けた者特有の寒気に身を震わせながら……滑り落ちる自らの身体を抱き力なく声を上げる。

 

「ヒ、ッヒ……さ、寒い……! 嫌だ、怖い、ああ、誰か、誰か助────」

 

まだ生き残りの配下は幾人か残っているが。

そんな彼の声に応えるものは、助けられる者は当然、居ない。

 

「あぁ……あぁ……ひ、いやだ……いや……だ……」

 

そのまま彼はゆっくりとゆっくりと、孤独な寒さに怯えながら、独り砂の中に消えようとし────

 

 

ドンッドンッドンッ、と。

 

同時に、私が放った天破活殺により突かれた秘孔。

 

その効果……有情抱朐夢(ほうきょうむ)によりもたらされたまどろみの中、果てていったのだった。

 

 

「────っ!! あぁ……あった、かい……気持ち、いい…………」

 

 

「ごめ……ん……ごめん……なぁ……たん………ろ」

 

 

(…………っ)

 

 

……別に私は、死にゆく敵に唐突に同情心を覚えたわけではない、はずだ。

そうだとしたならば、私は倒した敵全てに有情拳を突いて回っているはずだから。

 

原作のケンシロウさんが彼を倒す際に放った「そんな技を持ったばかりに鬼に堕ちたか」という言葉。

仮にそれがどのような意味を持つものであれ、今実際に彼がしたことに同情の余地は無い。

 

だから私が今したことは……それでも、どうしようもなく血のつながった子どもで、今も複雑な表情で佇むタンジくん、ジロくんの二人に。

苦悶に震えながら死ぬ実父の最期を見せたくなかった……と。

 

多分、きっと。それだけだろう。

 

 

それだけでいい。

 

 

 

 

「────図らずも、我々が出会った時と同じ形となったな」

 

 

ヒルカ達を撃破し、一息ついた私にそう声をかけたのは、リュウガだ。

確かにあのときは、私がトドメを刺し損ね苦しめる形となったウイグル獄長をリュウガが介錯したのだった。

役割は違うにしろ、状況としては当時の再現のような形になったと言えるだろう。

 

とはいえ、その先の展開まで前と同じになることは無い……無いよね?

 

「マコトも、あなた方も身構える必要はない。俺が出向いた目的は先程告げたとおりだ」

 

……それだ。

確かに原作でも初めてケンシロウさんとリュウガが邂逅した際。

魔狼として無辜の人々に手をかける前の彼がしていたことは、拳王の権力をかさに外道を働く配下を"間引く"というものだった。

 

その意味で今回彼がしたことは、一見原作の行動と同じものと言える……が、そうではない。

 

(……多分、半分は嘘だ)

 

ヒルカ達が取った手段が外道なのは間違いない。

が、しかし原作で彼が間引いた、村の住人に面白半分に非道を働く配下と違い。

今回ヒルカ達が行っていたのはれっきとした作戦行動だ。

 

事実、私はそれによりかなり危険な状況に追い込まれざるを得なかった。

彼の行動を非道として処分するにしろ、配下としての立場を考えると拳王と敵対する私を助けてまで妨害する必要は無かったはず。

だからこそ、ヒルカもリュウガに対し裏切ったのかと怨嗟の声を上げていたのだ。

 

天狼星が見出した、世を統べる資格を持つ両雄、ということから、私とラオウの決着に横槍を入れたくなかった……と。

それもまあ、理由としてはあるかも知れない。

が、それはそれでじゃあラオウと戦ってる五車星は止めなくていいの? となるわけで。

 

だから結局、どんな建前で飾り立てようとも。

彼がわざわざこんなところまで来て、拳を振るった理由は……宿命でも使命でもなんでも無く、ただ。

 

「…………ありがとう、兄さん」

 

ただ一人の、妹を心配する兄として動いただけなんだろう、と。

私は彼に、万感の想いを込めお礼を伝えたのだった。

 

私が彼の心根に気づき、かけたこのお礼。

それを受けたリュウガはほんの一瞬苦笑を見せると。

 

ぽんっと私の頭に手を乗せ、撫でながら言った。

 

「マコトよ……ラオウと、決着をつけるのだな」

「……はい」

 

「……今、あの男は俺の想像を遥かに飛び越え……紛れもなく、この世紀末を統べるに相応しい、圧倒的な力を手にしている。……もしかしたら……いや、きっとお前よりも、だ」

「…………はい」

 

間近でラオウを見続け、そして今の私を見た上で、それでも冷静に冷徹に告げられた彼我の力量差。

彼の言葉は、重い。

 

「お前も、もちろんラオウも。どちらが勝って乱世を平定したとしても、天狼星の宿命に背くことは無いだろう……だが」

 

だが。

 

 

「俺はあえてこう言おう。…………頑張れ、お前が勝て、マコト! 他ならぬお前が勝って、必ず生きて帰ってくるんだ!!」

 

 

────これが、私の兄。リュウガが選んだ、その在り方、その誇り。

 

 

使命を、宿命を重んじ生きて、生きて。

そして最後に、兄としての愛を叫んだ、この世界に生きる一人の漢。

 

「────────っ」

 

ああ、心が沸き立つ。勇気が吹き出る。

 

突き刺された矢傷がもたらす熱など、今私の心に灯る熱さに比べれば如何ほどのものだろうか。

 

 

「……はい……うん……っ!」

 

熱とともに湧き出そうになった何かをこらえる、歪んだ顔。

それを見られることを避けるように、私はほんの少しの間だけ。

 

北斗神拳伝承者でなく、ただの一人の妹として、彼の胸元に顔を伏せることを選んだのだった。

 

 

 

 

その後、リュウガは私達に着いてくる……のではなく。

保護された子ども達とともに、フドウさん配下の案内のもと、フドウさんの村へと向かうこととなった。

 

フドウさんからすれば、これで安心して本来の役目である将のもとへの案内が出来る。

タンジくんやジロくんも助けてくれたリュウガに懐いているようなので、願ったりだろう。

 

……そしてそれ以上に。

 

(────よし……っ)

 

私は内心で、心配事の一つが大きく解決に近づいた、その手応えに拳を握ったのだった。

 

何故なら、本来の流れではフドウさんがここでケンシロウさんと別れ彼の村へと行ったことで。

ケンシロウさんへの恐怖を払拭するため、と突如強襲してきたラオウの手にかけられ、フドウさんは子どもたちの前で死を迎えることになるからだ。

 

この先どういう展開を辿るにしても、フドウさんが眼の届かない範囲で殺される危険性は、これで大きく下がったと言えるだろう。

村のリスクを承知で無理矢理フドウさんを連れ出すか、それともラオウから目を離さないよう立ち回るか……

そんな選択で悩んでいた私にとって、リュウガの存在はその意味でもありがたいものだった。

 

 

そして、私が覚えている限り、将の下へたどり着く障害は……これで全て取り除かれたはず。

 

ならば、あとは。

 

 

「…………ふぅ~~…………」

 

「行きましょう、マコトさん」

 

 

南斗最後の将が待つ居城で……ラオウと、決着をつけるだけだ。

 

そして、それはすなわち。

いよいよユリア……姉さんと再会を果たすということ。

 

間近に迫ったその瞬間に、本懐を遂げられたフドウさんは満足感をあらわにし、バットくんやリンちゃんも安堵の顔を浮かべる。

 

 

そして、そんな彼らの表情に私は。

 

釣られて笑うということなど、"当然無く"。

 

(…………っ)

 

先程リュウガによって灯された暖かさ。

それも吹き飛ぶほどの、かきむしりたくなるような焦燥感に……胸を締め付けられていた。

 

焦燥の理由はもちろん、最後の将に会えるか分からないからでも、控えたラオウとの決戦に臆したわけでも無い。

 

そんなことよりもっと、もっと根底から。

私がこの世界で生きることを決めた後も、常に心の奥底に巣食っていた……最後の最後に残った現実。

それに、向き合わなければならない時が来たからだ。

 

 

────向き合う現実の名は、死。

 

 

これから会う私の最愛の姉、ユリアは。

 

ラオウを倒すことが出来た本来の流れでもなお、避けることが出来なかった……

 

死の病に、身体を蝕まれているのだ。

 




『闘気で砂地を凍結させる』は原作要素です
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第五十話

★★★★★★★

 

 

────立場だとか、適性だとか、宿命だとか運命だとか。

 

自分がする"それ"を許してくれないモノなんて、数えあげたらキリがなかった。

 

 

それでも、自分より小さな身体で、幼い年齢で、自分と同じ女の性を持ちながら。

 

頑張って頑張って、戦って……

自らの意思を通し続ける"あの子"のことを知った私は、思った。

 

 

『ああ、頑張ろう』と。

 

私も負けてはいられない、と。

 

 

誰に無理だと言われようと。誰に無茶だと咎められようと。

 

もう、私が止まることは、ない。

 

それをする理由なんて、はじめから決まっているのだから。

 

 

それは、ただただ"────────"を一心に想い続けた…………愛の、ために。

 

 

 

 

「ヌゥゥウゥ────ッッ!!」

 

「ほぉおあああ────ッッ!!」

 

気合一閃。

互いに必倒の気迫を込めた拳を、叫びとともに打ち交わす。

 

……そして彼らのそれは。その一合のみで、十分だった。

 

「────────っ!」

 

「────ぐっ、は……!」

 

拳より血を流しながらも依然佇む拳王と、身体の多くの箇所を傷つけながら膝をつくケンシロウ。

いつ以来になるかもわからない、北斗神拳伝承者候補同士の戦い。

今この場においてその天秤は、ラオウに傾くことを選んだ。

 

……しかし、その勝利を受けても、傷ついた自身の拳を見やるラオウの口から漏れ出たのは、勝利を誇る口上ではなく。

憂いすら含むほどに、神妙な言葉だった。

 

「……あの甘かったケンシロウが。病に倒れ、一線を退いた上でなおこの拳圧を……なるほど、師リュウケンもただ耄碌したわけではなかったということか」

「…………」

 

「俺の敵はトキだけではなかった……もしケンシロウ、病に倒れたのがお前で、お前でさえ無かったならば……お前は…………いや」

 

一瞬彼の目に覗かせた、確かな……覇道だけを生きる男のものとは違う、確かな感情の色。

それもラオウはギュウっと、拳で握り潰すようにかき消すと。

 

「……くだらぬ感傷よ。……天が選んだのが我であった、ただそれだけのことだ!」

「…………ラオウ」

 

そう言い放ち、愛馬黒王号にまたがる。

すでに戦闘不能となったジュウザ達五車星が、それでもなお制止しようと身体を起こすが、ラオウがそれで止まることはない。

 

何故なら。

 

「無駄だ。貴様たちの……何よりジュウザが見せた戦いぶりが俺に将の正体を悟らせた! お前の心を蘇らせ、あれほどまでの執念を呼び起こす者など、この世に一人!」

「な……に……っ!!」

「…………」

 

「────ユリア! このラオウに相応しいあの女以外に存在せぬわ────!!」

 

そう、ラオウはジュウザとの戦いに決着をつけた時点から、その正体を見切っていた。

そうと分かったならば、優先すべきは当然この場で時間をかけてまで、すでに決着のついた彼らを始末することではない。

 

 

「…………驚かぬか、ケンシロウ。どうやら、うぬも知っていたようだな!」

「ああ。そして……"彼女"も知っている」

 

あくまで冷静に返すケンシロウに、ラオウは嬉しそうに笑う。

 

「フハハハハ! そう、マコト! 最後に残った、我が最大の敵! やつもまた、ユリアの下へと走っていることだろう!」

「…………」

 

「ならば今、全てがユリアの下に集う!! 俺が目指した天も!! 俺に相応しい女も、何もかも!!」

 

今、ラオウが行き着いたこの事実。

それがもたらす喜びは、これまでの戦いで受けた傷が問題にもならないほどの……

そんな、かつてない沸き立つ力となって、ラオウの心に火を灯したのだった。

 

「ハハハハハッ!! ゆくぞ黒王!!!」

 

そうして走り出したラオウを止められるものは、もはや居ない。

 

この世紀末の、その宿命に。

全ての決着がつく瞬間は、もう間近に迫っていた。

 

 

 

 

ドゴォっと。

何者をも通さないためと頑丈な鋼鉄で形作られたはずの巨大な扉は、世紀末最強の剛拳の前になすすべなく砕かれる。

 

そうして全ての敷居を、障害を突破した暴虐の覇王ラオウは。

 

「────────ユリアッッ!!」

「……ラオウ…………」

 

「ようやくお前をこの手に握るときがきた……永かった……!」

 

南斗最後の将としてあてがわれた、全身を覆う鎧と兜。

その中から美しい瞳の光を覗かせる彼女の下へとたどり着くと、その手を差し出した。

 

「さあ、その仮面を取れ!! 顔を見せてくれ!!」

 

が、ラオウがユリアに焦がれていた想い。

彼自身は愛と呼ばれることを否定するそれはこの時、その仮面の人物が目的のものでは無いことを悟らせる。

 

「────貴様、ユリアでは無いなッ!!」

 

言葉と共に突き出された二本の指からなる拳。

それは荒々しさとは裏腹に絶妙な力加減を以て、彼女が被る仮面のみを砕いたのだった。

 

あっけなくあらわにされたその顔は、ラオウもよく知る人物のもの。

 

「貴様は、トウ!! そうか、貴様が足止めを……!」

 

ラオウも知る女。

南斗五車星の残る一角、海のリハクの娘であるトウは、ラオウの言葉を受け……

美しい造形のその双眸から唐突に涙を流し、答えた。

 

「足止め……それもございます。……ですが本心はあなたに、あなた様に会いとうございました!」

「なにィ!!」

 

そう、トウは南斗五車星の娘ながら、幼い頃より。

ラオウが覇道を進むに至った今になってもなお、一途に、一心に彼のことを想い続けた。

 

そしてそれを、その愛を。

今この場で、初めて言葉として伝えたトウは、ラオウに強い意思で呼びかけ続ける。

 

「どうあっても、ユリア様を諦めることは出来ませぬか……ユリア様の心は、ケンシロウ様達にあると分かっていても!!」

「くどい!! 誰を愛そうがどんなに汚れようが構わぬ、最後にこのラオウの横におればよい!!」

「そ……それほど、までに……!」

 

対して、ラオウが見せたその執着。

トウはそれを、母を知らぬラオウが、ユリアが持つ慈母星に打たれたことによるものだと言い……そして、泣いた。

 

自分ではどうあがいても敵わない、ラオウを一心に想い続けたこの愛が届くことはない、と。

 

「…………ユリアはどこにいる!」

 

「────────ッ」

 

 

そうして、トウが選んだ行動は。

ラオウの想いの前に身を引くことでも、五車星の娘としての足止めの役割に殉ずることでも無く。

 

「ぬっ!!」

 

ラオウが腰につけていた短刀、目ざとく見つけていたそれを素早く奪い。

それをラオウではなく、自分の胸にかざすというものだった。

 

無論それは、選んでくれなければこのまま死ぬ、なんて情に訴えるものであるはずも無い。

無いが、それ以上ともいえる狂気の選択。

しかし、少なくとも愛憎に狂ったその時のトウは、こうする以外の選択肢を持つことが出来なかった。

 

全ては、ラオウを一心に想い続けた愛のために。

 

────彼に届かぬこの想いならば、せめて目の前で死に果てることで、彼の心に自分を残そう。

そうすれば、彼の中に自分は生き続けることが出来る、と。

 

 

そして。

 

目の前のラオウがそれを止めることも当然無く。

手にした短刀は柔らかい皮膚に抵抗なく、無情に突き刺さろうとし。

 

「────あぁッ!?」

 

ギィンっと。

 

瞬間、横側から与えられた"見えない衝撃"によって、宙を舞うことになった。

 

「────────来たか!!」

 

同時に、目の前の女の告白も、自死ですらも無表情に見ていたばかりのラオウは。

現金なほど凶悪に頬を歪めながら、衝撃を加えた方向へと顔を向ける。

 

そこに居たのは、闘気を打ち出した構えのまま息をつく一人の少女。

 

すなわち、最後に残った最大の強敵……マコトの姿だった。

 

 

★★★★★★★

 

 

(……危なかった)

 

姉さん、ユリアが居るという居城にたどり着いた私を出迎えたもの。

それは、倒れ伏す多数の五車星配下と思しき人達と、まさに今砕かれたばかりと破片をこぼす、かつて門だった建造物だった。

 

これによりタッチの差でラオウが侵入してきたことを知った私は、バットくん達をフドウさんに任せ即座に先行。

姉さんより前に、彼女を……このままだと間違いなく死を迎えることとなるだろう、トウさんの下へと向かったのだった。

 

……原作で彼女が見せた、『愛した男の心に残るために自殺する』という選択。

それは、私が持つ現代の倫理から見ても、おそらくこの世紀末の多くの人から見ても歪んだものではあったが、だからといって全てを否定することは出来ない。

それで彼女の愛がラオウに届くのならば、少なくともそれもまた一つの愛の形……そういう見方も出来ないわけでもないからだ。

 

────しかし、その想いがラオウに届くことは、無い。

 

原作でその死に様を見たラオウはただ「馬鹿な女よ」と一言言い捨て。

そして自らがユリアにかける執着の形を再認識するのみだった。

 

結局、その後邂逅を果たした姉さんと、ケンシロウさんとの死闘……そして最期を迎える瞬間まで。

ラオウが彼女の愛を想うことは、ついぞ無かったはずだ。

 

それに、仮に私が持つ、ラオウが辿る生き様という知識をすでに忘却していたとしても。

今この世界で生き、実際に目にしてきたラオウという存在に対し、あの手段での愛が届くことは無い、と断言出来ただろう。

 

……ついでに言えば、もしラオウが目の前で死なれたことを気にするようなメンタルなら、それはそれで彼女の行動は問題だ。

少なくとも私は、仮に私を好きだと言ってくれる人が居たとして。

「あなたの中で永遠に生きるために目の前で死にます!」なんてやられたら「マジで勘弁してくれ」と返さざるを得ない。

 

というわけで、半ば私のワガママによるものではあるが、ともかく彼女の自死という道を私は止めることを選んだのだ。

 

 

そうして今、最優先でラオウの足跡を追いたどり着いた今、この場で。

今にも彼女が突き立てようとしていた短刀を弾き、私はラオウと相対することとなった。

 

「────フ、姉との再会よりこの場で割って入ることを選ぶか……愚かではあるがなるほど、貴様らしい選択と言えような!!」

「…………」

 

私としては正直なところ、このようななし崩し的な形で、この最強の男と決着をつけることになるのは、あまり歓迎出来る事態ではなかった。

だがラオウの解釈を受け自分でも一理あるな、と納得するとともに。

やはりこの選択は間違ってはいない、と密かに心を奮起させる。

 

そうと決まれば、と。

私はあえて彼の言葉に返事することなく、まず呆然とこちらを見る彼女、トウさんを問答無用で気絶させた。

 

「────うぅっ!」

 

(……ごめんなさい)

 

申し訳ないが、ラオウが目の前に居る今この場で、彼女を説得している暇は無い。

かといって放置をしていて、隙が出来た途端自殺を完遂されたらなんて思うと、気が気でない。

 

決戦に集中するために、私は彼女の説得は父であるリハクさんや仲間のフドウさんに任せることにしたのだ。

……文句はお互い生き残れたなら、その後に聞かせてもらおう。

 

 

そして。

 

「お久しぶりです……というほど間が空いたつもりはないですが。どうも、以前お会いした時とは別人に見えますね」

 

「────フ」

 

改めて私は、今の彼が放つ圧倒的な存在感、闘気量。

それを目の当たりにし、圧されかけた心をつとめて隠しながらに言葉を交わす。

 

「貴様とてあの時とは違う、と。その自信があればこそ俺の前に立つのだろう。…………ならば、名乗るがいい」

 

「────────そう、ですね。では改めて」

 

 

「私は北斗神拳伝承者、マコトです。…………今、この場で、私の全てを賭け。あなたを倒しに来ました、ラオウ!」

 

「フハハハハハッッ!! よう言った!! ならばその望みごと、今!! このラオウの拳で砕き散らしてくれようッ!!」

 

 

「はぁッッ!!」

 

掛け声と同時、早速とばかりに私は龍流によりラオウの下へと駆け出す。

ラオウはその速度をも捕捉することが出来ている、が。かといって安易な迎撃の手を向けることは無かった。

 

理由は、以前繰り広げたあの戦い。

純粋なフィジカルや闘気量で劣る私は、徹底的に真正面からの打ち合いを避け、隙をつくという立ち回りに終始していた。

そしてそれは確かに、彼を追い詰めるほどに効果を発揮していたのだ。

 

ましてや今回、より強くなったラオウの前に、私が取れる戦法など。

以前以上に慎重に逃げ回りながら戦う以外に無く、如何にラオウがそれを捉えるかの戦いになる────と、ラオウがそう考えるのは当然だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

高速で走りながら、自分の左手を右手首に添える。

磨き上げた精微な技術により、傍目では認識できないほど静かに、さり気なく突かれた秘孔はほんの一瞬、私の右手指に剛力を宿した。

 

なおも真正面から迫りくる私の身体に、警戒を外さないままに。

それでも、風圧だけで全てを砕きかねない威力を伴う、ラオウの剛拳が突き出され────

 

 

「────────龍牙穿孔(りゅうがせんこう)ッッ!!」

 

「ぬ────これは、凍気ッ!?」

 

その拳を狙い螺旋状に放たれた私のそれは、過去ウイグル獄長に放った時とは違う。

ただでさえ鋼鉄を容易く貫く一撃は、実際に手を合わせ、またより進化した形を目にした、血の繋がりを持つ兄の凍気をも再現している。

 

純粋な凍度ではリュウガに及ばないまでも、対象に突き刺さる前に僅か凍らせ鈍らせることに成功し。

リュウガの名も冠する真なる螺旋は、巨大で岩堅なラオウの拳をも今、正面から穿つことに成功した。

 

「ヌゥッ!!」

 

「どおおぉお、り、やあああああっっ!!」

 

ラオウの拳を止めると同時、限りなく全力に近い闘気を込めた右回し蹴りを放つ。

立て続けの"真正面からの奇襲"という想定していなかっただろう戦法に、ラオウは僅か反応を遅らせる……

が、それでもとっさに差し込んだ腕で私の蹴りを受け止めた。

 

「────────ッ」

 

ざざざっ、と圧倒的な体格を持つラオウが、踏ん張りながらも僅か後ずさる。

元より、ここまで来て私を舐めていたというわけは当然ないだろうが。

それでも予測とは異なった戦い方に、ラオウはこれまで以上に緊張感を持ったように私には見えた。

 

本格的に高められた闘気に押しつぶされそうな重圧を覚えながらも、私はさらに前へと踏み出す。

 

 

────もはやこの期に及んで、出し惜しみは不要。

 

 

私が学び、身につけてきた、これまでの全て。

 

それをぶつける時は、今この場を置いて他に無いのだから。

 

 

決戦の時は来た。

 

 

★★★★★★★

 

 

マコトは、強くなった。

 

以前の戦いで抱えていた『伝承者としての自負心の欠如』という弱みは当然消え去り。

また、経験の浅さ故に突かれた手数の少なさも、サウザー、トキ、ケンシロウとの死闘を経てほぼ克服している。

無論、北斗神拳だけに頼らない戦い方は健在で、剛柔織り交ぜた多彩な立ち回りは、確かに今のラオウとすら戦うに足る力を発揮していた。

もし、始めにマコトと戦った時のラオウと今のマコトが戦ったならば、勝利を収めていたのはおそらくマコトであったことだろう。

 

……だが。それでも、だ。

 

「……つっぅ、ぐうぅ……!」

 

此度の決戦の戦局は。

半ば一方的と言っていいほどに、ラオウが優位に進め続けていた。

 

幾重ものフェイントを織り交ぜた多種多様な拳が、蹴りが、闘気弾が打ち払われる。

トキとの手合わせも経て、世界屈指の練度を誇るに至った柔拳も今のラオウを崩し切ることは出来ない。

返礼とばかりに差し込まれた一撃はどれも必殺のもので、紙一重の回避のたびにマコトの全身が総毛立つ。

 

 

この状況をもたらしたものは、純粋な、圧倒的なまでのラオウの実力。

 

元より究極に限りなく近い体と技を備えていた彼、ラオウ。

それにマコトが対抗するためには、それ以上に心を燃やし、知恵を回して戦うしかなかった。

しかし、今のラオウはその心すらもマコト以上に燃えたぎっているのだ。

 

如何にマコトが技術と知恵で立ち回り続けても、それを覆すには至らない。

ともすればその差は、以前に戦った時以上と言えるかもしれない。

それほどまでに、今のラオウは隔絶した存在となっていたのだ。

 

……付け加えるなら、当のマコト自身が、今は────

 

 

「ば、バカな……!」

 

「な、なんという力……見誤っていた……まさか、まさかこれほどの怪物となっていたとは……!」

 

そんな状況に愕然と声を漏らしたのは、追いついてきた山のフドウ。

そしてもう一人、残る五車星の一角であり気絶したトウの父親でもある壮年の男、海のリハクだ。

 

世が世なら万の軍勢を縦横に操るとされる五車星きっての軍略家として、対拳王戦略の大部分を担ってきた彼だが。

この力の前には、足止めなど何の意味もなかった、と。このような相手なら始めから逃げに徹するか、玉砕前提で罠にかけるべきだった、と。

ここに来て、自らの見通しの甘さを痛感させられることとなっていた。

 

「この海のリハク、一生の不覚……! このままでは、マコト様まで……!!」

 

苦汁にまみれながらうなだれるリハク。

それに押されるようにフドウ、そして彼と共にこの場にたどり着いたバットやリンの胸中にも絶望感がのしかかり始める。

 

そして、そんな中にあって。

 

このまま順調に、順当にマコトが敗北することなどありえ無い、と。

誰よりも確信している者が居た。

 

……それは。

 

「────この程度の、はずがなかろう!!」

 

「っぐ……!!」

 

ブオン、と豪腕を振るいマコトの小さな身体を弾き飛ばした男……すなわち、他ならぬ敵対者、ラオウだ。

 

マコトの存在に幾度となく想定を覆され続けた男は、この戦況にたどり着いてなお。

このまま押し切って勝てるなどと、甘い現実に浸ることは断じて選ばなかった。

 

『マコトは前回の敗因こそ克服してこの場に立ったが、自分が圧倒的に強くなったことで為す術もなく敗れる』

 

……あり得ない。

マコトがそんな程度で終わってくれる"殊勝な化物"なら、自分がここまで強くなる必要など無かったのだ。

 

 

そして、ラオウは。

マコトが未だ残しているであろう確かな勝因、それにもすでに見当をつけている。

 

純粋な北斗神拳同士でも、マコトが使うそれ以外の拳法でもラオウを相手に勝ち切るには至らない。

そのような状況でマコトがラオウを倒す手段があるとするならば……それは、たった一つ。

 

 

すなわち、北斗神拳究極奥義────無想転生に目覚めることだ。

 

 

今際のきわの師リュウケンからラオウが聞かされたこの奥義。

それは、哀しみを知るものだけが目覚めることが出来るという、北斗神拳二千年の歴史上最強の秘伝だ。

当然、マコトもケンシロウやトキからこれの存在を知らされているだろう。

さらに言えば、マコトが拳法を身に着けた経緯を考えるならば、間違いなく条件となる哀しみも抱えているはずだ。

 

で、あるならばマコトがこの場に立ち、未だ絶望に沈まず戦い続けている理由。

それは、この無想転生の発動に望みを繋いでいるからである、と。

ラオウはそう考えた。

 

────そしてラオウは、それを止めるつもりはない。

最強の強敵となったマコトを、それをも超える自らの拳で打ち破り、天を掴むと。

 

あの日倒れ伏したマコトに止めを刺すこと無く去っていったのはただ一つ、その目的のためにあったのだから。

 

 

さあ、早く見せてみろ。

 

お前はここで終わるような存在ではないだろう。

 

 

……そして。もしも、もしもそうでないというのなら。

 

この場でお前は、何も残せず、姉にも再会できず……天に滅することになるのだ、と。

 

 

……そんなラオウの、仮定に仮定を積み重ねた想像であり、確信。

 

今この場に置いて、それは……完膚なきまでに、正鵠を射ていた。

 

 

(……くそ、くそ……!)

 

一合、また一合と。

拳を重ねるたびに、明確に追い詰められる感覚に、マコトは歯噛みし続ける。

 

ラオウが考え、口にしたとおり。

マコトは確かに、今の立ち回り以外の可能性を、勝機を抱えてこの戦いに臨んでいた。

 

にも拘らず、戦況は刻一刻とマコトを不利たらしめ続けている。

それは当然、マコトがこの期に及んで出し惜しみをしているわけではなく、むしろ逆。

 

マコトは、始めからラオウが指摘したそれを……北斗神拳究極奥義を使いたい、使うべきだ、と。

脳が焼けるほどに意識して戦い続けていた。

その結果が、この戦局なのである。

 

この程度のはずがない、とラオウの言葉を受けても、マコトに出来ることは変わらない。

マコトは未だ無想転生に至ることが出来ず、ラオウが最大限に想像……いや期待したそれは起こらず。

 

「がっぶ、は、ぁっあ…………ッ!!」

 

剛爆靠(ごうばくこう)

ジュウザを破った爆拳がマコトの腹部に突き刺さった。

似た技を使う自らの経験から寸前で察知、後ろに飛び下がることこそ叶ったものの、強烈無比な剛拳は、減衰されてなお驚異的なものだ。

 

 

血反吐を吐きながらも、震える脚で立ち上がろうとするマコト。

彼女の目は、心は。未だ折れるには至っていない。

 

だが、あまりに絶望的なこの状況。

それは、マコトの敗北をこの場の誰しもに確信させるに足るものだった。

 

 

 

────だから。

 

 

 

カツ────ン、カツ────ン、と。

 

 

戦いの激しさと裏腹に、絶望の静寂に満ちたこの場において、その足音は。

 

場違いなほど高く鳴り響き、一時。

 

彼らの思考を、視線を一身に集めるものとなった。

 

 

「────バカな!? なぜ、なぜ出てこられてしまったのか!!」

 

階段からゆっくりと、だけど圧倒的な存在感を持って降りてきたその姿に。

はじめに悲痛な声をあげたのは、リハクだ。

 

「フ、ハハ、ハハハハハハハハハッッ!!」

 

次に上がった笑い声は、当然ラオウのもの。

 

「……ぁ……ああ…………!」

 

そして最後に、小さく漏れ出た、数え切れないほどの感情が載せられたそれを、マコトが発する。

 

 

この場に現れた足音の主は。

すでに仮面を外した、本来の姿で現れた人物は。

 

彼らが追い求め続けた南斗最後の将にて慈母星の象徴……

 

 

すなわちマコトの姉、ユリアだった。

 

 

 

 

「ゆ、ユリア様、何故……!」

 

「リハク……私の身を案じこの場から遠ざけたあなたの想い、とても嬉しく想います。……ですが」

 

ユリアはキッと強い意思を携えた目線で場を見渡すと、そのまま階段を降りきり、彼らと同じ場に立ったのだった。

 

 

(……姉さん……!)

 

彼女を見て、傷ついた身体を押さえるマコトは。

ユリアとまた生きて再会出来たという喜びを感じるとともに、それ以上の危機感に焦りを募らせることとなる。

 

何故なら彼女が降り立ったのは、マコト以上にラオウと近い位置なのだ。

当然、今からマコトがユリアを確保しようと走っても、先にラオウの手が届くことになる。

 

ラオウの手にかけさせないために必死に戦い続けていたマコトからすれば、内心はどうあれ涼しい顔でラオウの近くに降り立ったユリアに。

困惑と焦りと……いっそ怒りに近いまでの感情を覚えたのは、無理からぬことだろう。

 

 

そして、事態はマコトが危惧したとおりに動き続ける。

 

「フハハハハハ!! ユリア!! 天を握った俺に相応しい女よ!! 俺のものとなることに決めたか、それとも────」

 

「────傷つき敗れる妹の姿を見ていられなくなったか!! いずれにせよ、出てきたからには逃しはせんぞ!!」

 

「────────ッ」

 

ラオウの言葉に、顔を青くしながら息を呑むマコト。

彼女の反応の理由は明白である。

もしユリアが出てきた理由が、ラオウが言った通りのものだとしたならば。

 

あの日、狂気に走ったシンの前に何も出来ず倒れ、そして姉が自分たちを守るために連れていかれた悲劇の過去。

そこから自分が、何も変わっていないということの証明に他ならないのだから。

 

「さあ、来い……ユリアッ!!」

 

ユリアに伸ばされた、世紀末覇者ラオウの、天をも掴む剛拳。

 

それを見て違う、あの時の自分とは違う、と。

 

降って湧いた絶望を、再び味わうことになりかねない喪失感を、否定するように力を込め。

 

マコトは無謀を承知で、ラオウを止めるために駆け出し────────

 

 

────────バッシィッ!! と。

 

 

強烈な勢いで弾かれた、いっそ爽快なまでに小気味の良い音を耳にすることになった。

 

 

「────────ッ!?」

 

 

音の正体は、ユリアに伸ばしたラオウの腕が弾かれ、跳ね上げられた衝撃によるもの。

 

そして、それを成したのはマコトでも無ければ、この事態に悪鬼としての力を解き放った山のフドウ……でも無く。

 

海のリハクでも、もちろんリンでもバットでも無い。

 

 

「な……に……!?」

 

「…………」

 

ラオウの腕を弾いたもの。

 

それは、手を伸ばされた他ならぬその女……無力なはずの慈母星、ユリアが振り上げた細腕であった。

 

ラオウが掠れた声を漏らすほどに愕然としたのも、当然だ。

如何にユリアを手にするための、相応に力を抜いたものだったとはいえ、彼女に伸ばされた屈強な腕は、生半可な衝撃ではびくともしないもの。

それを弾いたユリアの手は、信じがたいことに、間違いなく『闘気』を携えたもので。

 

────同時に、ダンッと力強い音を鳴らし、ユリアの身体が宙を舞う。

 

軽やかな宙返りをしながら、呆然とするラオウから距離を取ったその動作は。

紛れもなく、練り上げられた拳法……南斗聖拳の動き。

 

 

ありえないにも程がある、その光景。

 

それを前にラオウは、ユリアに声をかけるよりも先に、またか、と。

またも貴様の差し金か、と勢いよくマコトに顔を向けた。

 

これまでも数え切れないほどの『ありえない』を起こしてきたこの女。

それを目の当たりにし続けてきたラオウが、またもこの状況をこいつが作ったのだ、と真っ先に考えたのは当然のことだ。

 

そして、その目を向けられた当のマコトはというと。

 

 

例のごとく『上手く行った』だとか、『してやったり』とでもような自信に満ちた表情で佇む……

ということなど、当然無く。

 

 

「は…………ぁっ…………??? …………はぇ?????」

 

 

ただただ、あんぐりと口を開けた……

そんな、この世界に生まれてこのかた、これ以上驚いたことは無い、と言わんばかりの呆けた表情を晒していた。

 

ただ、ふと。

ありえない、という思いと同時。

幼い頃に確かにかけられた姉の言葉が今、マコトの脳裏に蘇る。

 

 

"────────ええ、もちろん、私も。"

 

 

それは、この世界に生きるラオウは当然、先の世界を知るマコトも、考慮に入れたことすらなかった未来。

 

 

"────────マコトががんばるなら"

 

 

今、その女。南斗最後の将にして慈母星の象徴たるユリアは、目一杯高めた闘気と共に構え、ラオウに鋭く声をあげる。

 

 

"────────私もがんばるからね!"

 

 

それは、ただただ────最愛の妹を一心に想い続けた…………愛の、ために。

 

 

「ラオウ……マコトを倒し、私を手に入れるというのなら……この私を倒していきなさい!!」

 

 

ラオウが手にしようとした、ただ全てを癒す女としての慈母星は。

 

マコトが知っていた、ただしとやかに世紀末で生き、そして運命に殉ずる哀しき姉は。

 

 

ユリアはもう、死んでいた。

 

 

★★★★★★★

 




???「マコト……マコト……姉より優れた妹はいません……いいですね……」


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第五十一話


例の技の描写は媒体によって色々演出が変わりますが
今作はこういう感じでしています


★★★★★★★

 

そもそもの話、である。

 

ここに至るまでにマコトが持っていた、『不治の病を抱えながら宿命に殉じる薄幸の姉』という印象。

それは確かに事実ではあるが、それがユリアの全てというわけではない。

 

時に暴虐を振るう悪鬼フドウの前に幼いながらに立ちはだかり、命の大切さを諭し。

時に愛と覇道に狂うシンを止めるために、自らの命を投げ出した。

 

彼女は幼い頃よりずっと。

何よりも他者のためにこそ、ためらうことなく命を張るという生き方を貫き続けていた。

そんな彼女だからこそ、ケンシロウやラオウを始めとした多くの者が惹かれ、求めたのだ。

 

で、あるならばマコトが知る原作で見せた最後の姿も。

自分の命の使い道を、世紀末を統べるに相応しい漢達……すなわち北斗の兄弟に捧げることに決めた、と。

ただそれだけに他ならない。

 

────では、この世紀末で戦っているのが、元より才覚溢れ力を持っていたケンシロウではなく……自分の後を付いて回ってきていた妹、マコトならば。

ユリアは、どうしただろうか。

 

ころんだだけで大泣きして、自分や兄が励ましてようやく前に進めた。

そんな普通の少女だったマコトが、血反吐にまみれながら、今もなお運命に抗い続けていると知ったならば。

ユリアは、自分の命をどう使っただろうか。

 

"そういうこと"をする気質じゃない、と。

才覚や適性を理由に、彼女は諦めるだろうか。

 

自分が守ってきた妹に、強くなった最愛の妹にただ守られるなどと、常識的で賢い生き方を、彼女は良しとしただろうか。

 

「────────っ」

 

決意をした彼女が止まることは、無かった。

 

南斗の先達が多数居るこの環境で、彼女は自らの力で戦う力を求めた。

 

全ては自分を、この世界を想い戦い続ける……最愛の妹への愛のために。

 

 

誰に無理だと言われようと。誰に無茶だと咎められようと。

 

 

……誰に、()()()()()()()()()と諭されても。

 

 

 

 

ただ、全てをこの手に収めるために。

この世に覇道をとなえるために。

 

自らに歯向かう敵対者を、迷いなく討ち滅ぼし続けてきた男、ラオウ。

 

そんな彼は今、ここに来て初めて。

明確な迷いに押されながらに、その拳を振るうこととなっていた。

 

何しろ今、彼の目の前に立ちはだかるのは、彼が初めて心底から執着した女、ユリア。

幼い頃の修行で死にかけた時、たった一度撫でただけで傷の痛みを失せさせた神の手、母の星。

その時柔らかく開かれていた拳は今、闘気をまといラオウのもとへと迫り続けている。

 

わからない。

何故ユリアが戦っているのか、そもそも何故拳法を覚えているのか、何故自分の前に立ちはだかっているのか。

 

────何よりも。

 

何故、ここまで鋭い闘気と拳を振るいながらも……彼女のそれには、一欠片たりとも敵意、殺意を感じられないのか。

 

そう、これが今、世紀末最強となった男が敵対者に対し、未だまともに拳を振るうことすら出来ていない最大の理由であった。

もし、彼女が放つ拳が、これまで屠ってきた敵対者のように殺意を孕んだものであったなら。

如何にラオウが執着した女といえども、半ば本能的に敵対者として仕留めていたはずだ。

 

この困惑が、この動揺が。

ありえないはずの戦いを今、ありえないほどに継続させていた。

 

 

……そして、その戦況を鑑みた上で。

ラオウと同じく、一瞬自失状態になりかけながらも、目の前の状況を見つめ直したマコトは、確信する。

 

────────無理だ。勝てるわけが無い、と。

 

戦うものとしての気質を持たないながらに、図らずしも……おそらく心の力により尋常でない速度で拳法を修めたユリアとはいえ。

鍛えたとするならばタイミングとしてはシンにさらわれ、南斗五車星に救われた後しか考えられない。

そして、そうであるならば、いくらなんでも時間がなさすぎる。

 

シンにユリアを奪われた直後から、原作知識と現代知識、そして心の力をフル活用したマコトでも、ここまでに至るまでの苦労は計り知れないものだ。

ましてやそのような知識のない姉が、どれほど才を持ち、どれだけ心を燃やしたとしても。

自分とも、ましてやラオウとも並ぶような力を持つことなど、絶対に不可能なのだ。

 

 

────止めなくてはならない。

 

呆然としながらも半ば無意識に自身にかけていた、姉譲りの癒しの力(ヒーリング)も。

この戦いで受けた傷の全てを治すには到底至らないものではあったが、かといって呆けて見ているわけにはいかない。

いくら今はラオウが迷いの中にあるとはいえ、彼がそれを振り切った時。

差し向けられる拳は、確実にユリアの命を絶つものになるのだから。

 

 

そうしてマコトは足を踏み出そうとする……と、その時だ。

いつ死んでもおかしくない、何一つとして余裕の無い状況にありながら。

 

不思議なことにユリアはラオウではなく、マコトと。

その視線を、交わし合ったのだ。

 

「────────ぁ」

 

そして、その眼に宿った。

彼女のあまりに強い覚悟と……そして"────"の色を悟ったマコトは一瞬、その足を止められ。

 

同時に、ぎゅっと。

力強く、だけど優しく。

後ろから肩を抑えられたことで、その場に留まることとなってしまった。

 

「────ケン、シロウ、さん…………」

 

振り返りながら力なく発したマコトの言葉に。

この場にたどり着き、それを見たケンシロウもまた。

愛と誇らしさと……そして哀しみに彩られた眼とともに答える。

 

「…………見届けるのだ。ユリアが選んだ……その道を」

 

 

 

 

「────────ッ、いつまでも……!」

 

如何に他ならぬユリアと相対するという混乱の極地にあり、思うままに拳を振るえない状況にあったラオウでも。

その状況が続いたなら、戸惑いは焦れに、焦れは仄かな怒りへと変わっていく。

 

ユリアがラオウに向け使った拳は、攻めではなく守りに主眼を置いた動きだ。

その特性は南斗でありながら、どちらかというとトキが扱う柔拳に近しいもの。

 

すべての攻撃を受け止め、守り。そして見せた隙には喝を入れるかのように鋭く攻撃を差し込む。

そんな、ユリアが持つ慈母星という宿星に表されるような、母性すら感じる拳であった。

 

そしてそれは、紛れもなくにわかの真似事の範疇にない、確かな意思を、力強さを感じるもの。

あのユリアがこのような力を身に着けた、というその事実自体の困惑も手伝い、ラオウはここまでロクに手を出すことが出来ずにいたのだ。

 

 

……だが、それももう終わる。

 

 

現実にここにある力として。

彼女のそれはマコトにもサウザーにも、トキにもケンシロウにも及ばないものだ、とラオウは見定めた。

 

必然、一合、また一合と。

ラオウの心が平静を取り戻すにつれ、ユリアの防御も追いつかず、玉のような肌に生傷も刻まれつつあった。

 

無論ここに居るフドウやリハクがそれを良しとするはずもなく、無理矢理割って入ろうと幾度となく脚を踏み出す。

しかし、そのたびに全てを見透かしたようなユリアの視線が走り、彼らの身体をそこに縛り付けていた。

何より、最も真っ先に動くであろうマコトが、そしてここにたどり着いたケンシロウが、未だ手を出さないことを選んでいるのだ。

 

それもまた、ラオウには理解が及ばない。

何故周りの者は手を出していない……いや、ユリアは手を出させないのか。

 

そもそも、元の力を考えれば信じがたいほどの実力を身に着けたとはいえ。

今の自分には到底及ばない力と分かっていて、何故今もなお必死に抗おうとしているのか。

見ろ。すでに表情には隠しきれない苦悶が浮かび、顔色も青ざめたものへと変わりつつあるではないか。

 

(分からぬのなら、その身体に訊くまでだ……!)

 

未だ、目の前の女を完全に倒すべき敵として割り切ることは出来てはいない。

しかし、それでもラオウはすでに、彼女を倒すには十分な力をその拳に込め始めている。

あとはこれを振るい、自白のための秘孔をついてでも。

 

彼女が見せた戦いの意味を、その意義を。拳を以て問いただそうとし。

 

 

「────────ぅ、こっふ…………!!」

 

「────────ッッッ!?」

 

 

これまで真っ直ぐ伸ばした姿勢で、鮮やかに拳法を振るい続けてきたユリアが、突如。

反射のように背中を丸めると、その口から多量の血を吐き出すところを目にすることとなる。

 

 

────ラオウはまだ拳を当てたわけでも、闘気弾を撃ち放ったわけでもない。

無論、周りの人間がユリアに害を為したなどということもありえない。

 

それは、つまり。

 

 

「吐血…………そしてその顔色……! まさかユリア、お前は……トキやケンシロウと同じ死の病に……! い、いつからだ……!?」

 

 

再び沸いた驚愕に身を震わせながら、ラオウが放ったその質問。

それにユリアは静かに微笑み、返した。

 

「シンに連れ去られたあと……すぐに。……あと、数ヶ月の命でしょう」

「────────っ」

 

そしてユリアは、語る。

 

自分に与えられたのは限られた命……

ならば、何事にも抗うことなく天命の流れに生きようと、南斗の将が動けば北斗が、天が動くというその宿命に生きようと。

始めはそう考えた、と。

 

そして、妹マコトは本来の血筋を辿るなら、自分と同じ南斗の者。

ならば、南斗でありながら北斗の業を身に着け伝承者となったマコトは。

『北斗と南斗が合わさるとき天が平定される』という宿命を、一人きりで達成することも叶うかもしれない、ただ一人の存在なのだ。

 

故に、ユリアを最後の将に据えた周りの者は言った。

ケンシロウも病に倒れた今、そのマコトを戦いへといざない宿命を果たさせることだけを考えるべきだ、と。

それこそが南斗の将としての、我々の役目に他ならない、と。

 

────でも。

 

「でも、ダメでした」

 

「…………ダメ、だと……?」

 

しかし。誰よりも他者を想い、何よりも妹を想うユリアは。

その宿命に、運命に従うという当たり前の選択を、許すことが出来なかった。

 

「だって、そうでしょう? ……もし本当に宿命の通りだとしたならば……マコトは、一人ぼっちになってしまうかもしれないもの」

「────ッ!!」

「…………ぁ……」

 

そう。北斗、南斗の宿命を一人で完結させられるということは。

それは、ただ一人きりでどこまでも行ける……いや"行くことが出来てしまう"、ということ。

 

それこそ、マコトが修行時にケンシロウの代替としてそれを目指したような。

そんな、宿命を叶えるためだけの、たった一人きりの舞台装置。

 

導く者であるケンシロウとトキが、死の灰で明日をも知れぬ身となったこともあり。

ユリアは、ここにたどり着くまでにマコトがすり切れてしまう可能性があると考え、それを恐れた。

 

結果的に、それは杞憂だった。

マコトは、マコトが望んだ誰一人として死なせず。多くの者の支えのもと、ここまで生き残ることが出来た。

しかし、ユリアが危惧したそれは、ある意味ではとても正しい。

 

……事実としてマコトは、この世界でただ一人。

未来の知識という異端を持つことで、他者とは違う視点を生き……

それにより今、ユリアが辿る運命をも、たった一人で背負い憂い続けていたのだから。

 

 

────だから。

 

すぅ、っと息を吸うと。

ユリアは、静かにマコトに。

口から血を流した、痛々しい……その上で気丈な、柔らかな笑顔を向ける。

 

「…………マコト」

「…………うん」

 

「私が連れ去られたあの日から、あなたはずっと、ずっと頑張ってきましたね。きっともう、これ以上無いくらいに頑張って頑張って……ここまでたどり着くことが出来たのでしょう」

「……みんなの、おかげです」

 

「……そう……良かった。……でも、そんな頑張ったマコトに、姉さん、あと一つだけワガママを言いますね」

 

そして、一拍。

 

吐血とともに弱まった闘気を再び、精一杯。

ラオウに、そして何よりラオウに挑まんとするマコトの闘気に。

少しでも、少しでも近づけようとするかのように。

 

命を燃やし高めながら、ユリアは叫んだ。

 

「…………頑張って、マコト! あなたを絶対に一人にはさせない! 私も最後の最後まで、あなたと一緒に、頑張るから!!」

 

「────────ッッ」

 

「なん、と、いう……!!」

 

 

マコトとラオウは、今こそ悟る。

 

 

たった、これだけだ。

 

たったこの一つの言葉のためだけに、ユリアは残り少ない命を燃やすことを選んだのだ、と。

マコトはユリアの言葉と同時、ガバっと、表情を髪で覆い隠すように顔を伏せる。

 

そして、ラオウは。

 

「なんという女よ!!」

 

ぶわっと両目から涙を溢れさせ……これまで否定し続けていた哀しみを、そして愛を知った。

 

この時ラオウの感傷を爆発させたのは、無論その無限の献身性を見せた最愛の女、ユリア。

そしてもう一人、ラオウが目指した天そのものである最大の強敵、マコト。

 

なんという、ことだろうか。

 

最愛の女は、愛する男と妹から引き剥がされ、そして再会したときにはすでに命は風前の灯となっており……それでも、その命を戦い続ける妹のために使い。

最大の強敵は、愛する姉を失い、それでも戦い続け……ようやく生存を知らされ再会出来たと思ったら、またもその命に手が届かないことを知る。

 

その、ラオウから見た二人分の、二つの悲劇は。

 

皮肉にも当のマコトに対する、最大にして究極の力を今、ラオウの身に宿すことになった。

 

 

「────────ユリアッッ!! お前の覚悟、想い! 見届けた!! うぬへの愛を、一生背負っていってやるわ────ッッ!!」

 

 

涙で歪んだ顔で……今度こそ迷いなく。

 

ラオウが真っ直ぐに突いた秘孔により、ユリアは静かに、力なく。

眠るように、崩れ落ちた。

 

 

「…………生まれてはじめて、女を手に掛けた……このラオウにも、まだ涙が残っていたわ……!」

 

それとともに完全に目覚めたもの。

 

それは、ラオウの身体を纏う。

蒼く澄んだ、どこまでも純粋で、どこまでも崇高な闘気。

 

ただでさえ隔絶した力を持ちながら今、究極奥義────無想転生をラオウは会得した。

 

彼は、今も顔を伏せ表情を消したマコトに目を向ける。

 

(…………)

 

彼女が追い求めた姉を喪い、さらに絶対たる存在となった漢が目の前にあるという状況。

もはや闘気も失せ果てた彼女に対し、ラオウが手を出す必要すらもないのかも知れない。

 

だが、それでもラオウは背負ったユリアへの想いのため、そして何よりここまでたどり着いたマコトの矜持のため。

滑るように脚を踏み出すと、この場の誰も反応が敵わない速度、精度を以て拳を差し出す。

 

 

「────せめて、姉と共に……眠れ!!」

 

 

それに込められたものは敵意でも、殺意でも無い。

 

 

無想にして究極の拳は、世紀末を生き抜いた、幼い身体を看取るように振るわれ────────

 

 

「…………ふふっ」

 

 

そして、確かにそこにあった、マコトの身体を。

 

 

最初から誰も、何も居なかったかのように…………"通り抜けた"。

 

 

「…………ッッ!!」

 

 

 

 

────枷は、二つあった。

 

 

一つはもちろん、彼女が目覚めたきっかけでもあるケンシロウ、トキの死の灰被爆。

 

前世から無邪気に愛してやまなかった彼ら……特に本来被害を受けるはずではなかったケンシロウが、自分の存在により死の運命を背負ったという事実。

それは確かに彼女の心に影を落としてはいたが……しかし、他ならぬケンシロウ、トキの働きかけにより、完全では無いにしろマコトは割り切ることが出来ている。

 

だが、早くからもう一つ、マコトが抱えていた大きな大きな枷。

それこそが今ここにいる彼女、ユリアの……正確にはユリアが背負った病という、避けられなかった死の運命であった。

 

マコトが知る原作でもこの世界でも、ユリアはシンにさらわれた後、すぐにこの病を患う。

マコトが北斗神拳を身に着ける前に起こったこの出来事に、彼女が干渉できることは、無い。

そして原作の未来においても、結局ユリアはようやく結ばれたケンシロウを残し……静かにこの世を去ることとなるのだ。

 

彼女は、ずっと心の中で叫んでいた。

「どうして姉さんばかりがこんな目に」と。

 

北斗神拳を身に着け、原作の知識を活かし、そして多くの人を力の限り助ける。

自らの意思で選んだこの道程自体に、後悔することは何もない。

これらが無意味だったなんてことは、今生きている人々のためにも、絶対に思うことは無い。

 

しかし、皮肉にもその道行きが順調であればあるほど。

光が強ければ強いほど、裏側にある影もまた濃くなっていくように。

()()()()()()()()()()()()()()()()()という変えられない事実は、救いを続けるほどに、より重くのしかかり続けていた。

 

故に、マミヤとリンによりつかの間の平穏を楽しんだあの日、最後の戦いを知らせる合図があった時から。

マコトは改めて突きつけられたケンシロウ達の運命と、この戦いの先で目にするであろう姉ユリアの運命に思い至り……揺れたのだ。

 

────死なせたくない。

 

助けなければならない。

 

でも、具体的にどうすればいいのか……わからない。

 

ユリアのことだけを考えるならば、原作でラオウがユリアに突いた延命の秘孔に期待して、そのまま会わせるべきかもしれない。

しかし、すでに自分がラオウに干渉をしている以上、ラオウの心向きが原作通りかどうかもわからない。下手に邂逅させた時点で姉が殺される可能性は十分ある。

そして当然、原作通りに行くならば腹違いの兄を含めた五車星やリハクの娘トウの命も、無い。

 

ならばやはり、五車星の犠牲を可能な限り回避した上でユリアと先に会い、ラオウを撃退し。

もしあの延命の秘孔が彼以外知らないものだったならば、彼から聞き出して、それを実践して、その後はあてもなく完治の可能性を追って……と。

 

そんな、他人も自分の命も綱渡りにすぎるあやふやな思考。浮ついた絶望。

それが、この決戦に臨むにあたり彼女が一人、抱えていたものの正体だった。

 

(…………大丈夫、大丈夫っ……)

 

ただ、マコトはその状況に、この悲劇だけに腐ることはしなかった。

 

どうしようもないように見えるこんな状況ではあるが、”だからこそ"追える可能性もある、とか細い希望を求め。

出来るはずだ、と自分に言い聞かせ続けた。

 

それこそが、北斗神拳の究極奥義────すなわち無想転生。

 

本来辿る道筋にて、ケンシロウは多くの強敵(とも)達と戦い、看取り、喪ってきた。

この道のりで得た『哀しみ』によって、ケンシロウは究極奥義の開眼に至ったのだ。

 

しかしもちろん、マコトはケンシロウと同じ道を生きてきたわけではない。

故に単純に考えれば、マコトがケンシロウと同じ無想転生に至れる道理は、無い。

 

だが、ここでマコトが注目したのは、ケンシロウではなくラオウの方だ。

ラオウはそれまで自らの力を、覇道をのみ信じ、哀しみを背負うことなどしなかった。

にも拘らず、原作でも……そして今もまた、ユリアという存在に哀しみを知り、無想転生に目覚めた。

 

このことからマコトが出していた結論。

それは、無想転生の条件に哀しみの多寡は重要ではない、ということ。

大事なのは無想転生を使うに足る拳力と……そして何より、その哀しみにどれだけ多くのものを感じたか、ということなのだ。

 

だから、最初の時点で大きな哀しみを知る自分にも。

この最後の場面で無想転生を使う資格はきっとあるはずだ、と。

 

 

────でも。

 

(ダメ、だな……やっぱり、私には)

 

そんなすがるような想いとは裏腹に、マコトの心にある冷静な部分は、その結論を否定していた。

 

……当然だ。

北斗神拳究極奥義を使うに足る、極まった武力を持ち合わせた上で、最後の最後で最大のショックとともに哀しみを知り、目覚めたラオウ。

対するマコトは、北斗神拳を欠片も学んでいない一般人であるうちに大きな哀しみを知り……その後はそれを覆い隠し、その上で哀しみを否定する道程を選んできたのだから。

 

 

だから、マコトが無想転生に目覚めることは無く。

 

今、無想転生に目覚めた世紀末最強の男、ラオウを前に無残に敗れ去るのみ。

 

 

────────その、はずだった。

 

 

 

 

「ぬ……ぅ……ッ!」

 

 

無想転生に目覚めしラオウが放った、必殺にして必中のはずの拳。

それをふわり、と事も無げに、まるで"通り抜けるように"避け……それでも、究極の拳の余波により、顔に痛々しい切り傷を刻まれながら。

 

「ふ……ふふ、は、あはは……ははははははっ!!」

 

マコトはそんなことを意にも介さぬ、とでもいうかのようにただ、笑った。

 

そしてすたすた、と無造作に、静かに横たわる姉ユリアのもとへと歩を進める。

 

「…………マコト、さん……?」

「……お、おい…………っ!」

 

ショックのあまり気でも触れてしまったのか、とリンとバットが心配そうな声をかける。

ラオウですら、何を考えているのか図れぬと、黙ってマコトの行動を見ることしか出来なかった。

 

そしてマコトは、ユリアの元へとたどり着くと、がばっとその身体を抱きしめ……

手にかけた、というラオウの言葉とは裏腹に、今もまだ確かな生命の鼓動を刻む、姉のぬくもりを感じながら、感極まった声色で。

 

ただ、一言だけつぶやいた。

 

 

「……もう大丈夫。本当に、ありがとう……姉さん」

 

 

そして、それと同時。

 

「────なん、だ、と……!?」

 

ゴォッ、と。

 

これまでの彼女とは比べ物にならないほどの闘気が、離れた位置にある拳王の肌に突き刺さる。

 

質量を伴うほどの闘気に圧された空気が、渦を巻くように彼女の元へと集い、物理的な圧力すらをもラオウに感じさせる。

 

 

────枷は、二つあった。

 

 

ケンシロウとトキの身体も、ユリアの身体も。

ラオウとの決着がついたなら治す方法を探そうと、そう心の表面で決意しながらも……どこかで冷徹に、きっと出来ないだろうと見切りをつけている自分が居た。

 

何故なら、他ならぬ彼らが……特にユリアは、その死もまた宿命だ、と。

そう静かに受け止めるばかりだと思っていたから。

事実、原作においてユリアはこの残り少ない命ならば、とラオウの手にかかり天へと送られることを選んでいた。

 

そしてそのことをマコトは哀しんでいた……いや、哀れんですらいた。

 

だが、違った。

 

決戦の前、マコトがずっと尊敬していた救世主(ケンシロウ)達がマコトに挑み、未来を示したように。

 

彼女は、マコトもケンシロウもラオウも、他の誰も。

考慮の余地すらなかったはずの選択を……未来を今、見せた。

 

たとえ、結果的に死の運命は変えられずとも、それがどうした、とばかりに。

それ以上の、絶対にありえない光景を、自分のために見せてくれた。

 

────ユリアが取った行動は、決して最善で、効率的で、賢い選択というわけではない。

同じ運命に抗うにしたって、マコトを激励するためにしたって。

彼女の適性にあわせて取れる手段は他にもあったはずであり、だからこそ周りの人間も無理だ、無茶だと忠言していた。

 

だが、そんな中にあってなお、ユリアは。

誰もが一番ありえないと思った、マコトと並んで戦う力をつけるというために、命を使うことを選んだ。

 

ラオウはそのユリアの行動を、残り少ない命を妹に捧げる、これ以上も無く不器用で哀しみに満ちた選択だ、と受け止め。

 

 

そして、マコトは。

 

 

「────ありえない、は」

 

「…………」

 

再びユリアを横たえると、ラオウの元へと振り返り。

顔を伏せたまま、静かにマコトは口を開く。

 

「ありえないは、もう見ちゃった、見せてくれた……

最初から、恐れることなんて何もなかった……

ケンシロウさんもトキさんも、姉さんも……そう、教えてくれた、()()()()()

 

 

段々と強くなる声色に合わせるように、マコトの身体に、力が宿る。

 

そしてマコトは今度こそ、一点の曇りもなく、"心"の底の底から信じ、叫んだ。

 

病に冒されながら、彼女が知る歴史以上の力で勇気づけてくれる……救世主達が起こした、奇跡。

ユリア自らが拳を振るい、ラオウに立ち向かう……そんなありえるはずがなかった、奇跡。

 

それに比べたら、自分がラオウを倒し、その後ユリア達の死の運命をも捻じ曲げる、なんて都合のいい……

 

そんな奇跡など、起こらないはずがない、と。

 

 

「いいや、"その程度の奇跡"……起こせない……はずがないッッ!!」

 

「────ッッ!!」

 

 

マコトが切った啖呵と同時、弾いたかのようにラオウの巨躯を動かしたもの────それはやはり、ラオウをここまでの存在に押し上げたもの、危機感。

致命的な殺気に本能的に反応する技、無想陰殺もかくやという速さにて。

ラオウが持つ神がかり的な戦闘センスは、目の前の女を今、流れも矜持も全て無視してでも仕留めるべきだ、とそう判断した。

 

「オォォオォッッッ!!」

 

そして、その拳は究極の一。

 

無より転じて生を拾う無想転生の、蒼い闘気からなる残像とともに。

滑るように近づいたラオウは、マコトにそれを振るい────

 

ふわり、と。

再び、踊るような舞うような。

そんな足運びを刻むマコトに、回避されることとなった。

 

そして、今度はマコトの動きを目に捉えたラオウは、改めて驚愕に目を見開く。

 

 

「違う、貴様、その闘気は……ッ!! 貴様のそれは……()()()()()()()()ッ!!?」

 

 

ラオウが目にしたものは、自身と同じく闘気の残像とともに回り込んだマコト。

 

だが、その残像の色は…………無想転生の哀しみからなる、澄み切った蒼色では、無い。

 

 

「────お待たせしました、ラオウ」

 

 

今のマコトならば、言える。

 

かつて、人が創り出した北斗神拳。

その究極奥義が無想転生だというのならば。

それに代わる究極奥義を生み出すのもまた、人である、と。

 

 

ワガママを聞き入れ、鍛え、見守り続けてくれた漢、ケンシロウとトキを想う。

────古きよりの掟ではなく、新たに芽生えた可能性を。

 

異なる道を指し示すと、自ら変わることを選んだ漢、ジャギにリュウガ、サウザーを想う。

────後を託す死に様ではなく、後に残る生き様を。

 

自身ですら諦めかけた命の輝きを、これ以上無い形で見せてくれた最愛の姉、ユリアを想う。

────避けられなかった哀しみではなく、心の力で叫ぶ希望を!!

 

 

この哀しみに溢れた世紀末において。

 

全ての夢と、全ての希望を抱え続けた、マコトだけが至った究極奥義。

 

 

今、蒼く澄んだ闘気に相対する、彼女が放つ闘気は────────虹色。

 

 

「これが、私が選んだ生き方。たどり着くことが出来た、答え。……これが、私の────」

 

 

 

────────()()転生。

 

 

 

「ラオウ……決着をつけましょう!!」

 

 

究極の蒼と、無限の虹が。

 

 

激突した。

 

★★★★★★★

 



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第五十二話

★★★★★★★

 

本来辿る原作、北斗の兄弟達による最終決戦において。

ケンシロウとラオウは互いに無想転生に目覚めた上で、その雌雄を決する。

 

その際、お互いが全く同じ究極奥義を行使したことにより、それらは打ち消し合い……

そして最後には、無垢な子供の戦いと称されたような、そんな純粋な拳力の打ち合いのみとなった。

 

「オオォォォオオオオオオ────ッッ!!」

「せぇえああああああ────ッッ!!」

 

しかし今、この場においてはそうはならない。

 

元より極まった力を持ちながら、それをマコトへの対抗心で磨き上げ、最後に目覚めたラオウの無想転生。

心に巣食っていた全ての枷を取り払い、眠らせていた力を発揮する術を得て、最後にたどり着いたマコトの夢創転生。

 

究極奥義同士でありながら似て非なるものとして、それぞれの力を十全に押し付け合う。

それはあたかも、それぞれが歩んできたこれまでの道程全てをぶつけるかのような。

そんな、掛け値なしに全てを出し尽くさんとする、極限の戦いの様相を繰り広げることとなった。

 

 

「ぐ、うぅうッ!?」

 

 

はじめにその均衡を破ったのは、世紀末覇者拳王、ラオウの拳。

真っ直ぐに放たれた左拳は、桁外れの威力と、異常極まる精度を伴いマコトを捉えた。

 

即座に突かれた秘孔を外し、致命傷を免れながら後ろに跳ぶマコト。

彼女に対しラオウは、指を突きつけながらに口を開く。

 

「この極地で、無想転生にあらざる新たな答え……それを見つけ出した貴様の生き様、見事と言っておこう!! だが、しかし────」

 

「────ッ!!」

 

「この俺の無想転生に対するには、貴様の拳は、雑味(ざつみ)がすぎるわ────ッッ!!」

 

 

叫びと共に放たれる追撃は、どれも荒々しい言葉の迫力とは裏腹に、またも精微な……芸術的と言ってもいいほどの、迷いのない真っ直ぐな拳だった。

 

かろうじて直撃こそ避けたものの、その一撃一撃でマコトの肌は裂け、抉れる。

噴水のように吹き出した血しぶきに、後ろで見届けるバットやリンの顔も次第に青ざめ始めた。

 

 

……これまでの立ち合いでラオウが掴み、今突きつけた事実。

それは、互いが異なる答えにたどり着いたからこそ発生した、拳の特性の違いだ。

 

北斗神拳に代々伝わる究極奥義、無想転生。

 

強い哀しみにより目覚め、無より転じて生を拾うというこの奥義が持つ特性……それは、"純化"。

純粋な一つの感情により束ねられた無想の拳は、澄んだ蒼い闘気を纏い、そして狂いなく敵を打ち貫く。

 

この一つの感情のみが発揮する迷いのなさこそが今、極限をも超えた速度と練度をラオウの拳に乗せているのだ。

 

対してマコトが行き着いた、夢創転生。

 

それがもたらす闘気の虹色に表されるように、彼女が乗せる感情は一つだけではない。

 

故にマコトの夢創転生は、ラオウの無想転生のような完全な迷いのなさを持てず、純粋な拳速や拳圧で劣る。

 

この事実が今、究極奥義に目覚めたはずのマコトをも、一方的に不利たらしめていたのだ。

 

 

(────ははっ)

 

そして当然、これは戦うマコトもすでに痛感している。

たとえ自分が、当初すがっていた目論見通り無想転生に目覚めたとしても、ラオウを相手に楽な戦いができるなどとは思っていなかった。

 

ラオウがどれほどの力を持ち、どれほどの存在感にてこの世界に在るのか。

この世界において自分ほどそれを知る人間は居ない、と。

目覚めた当初からずっと、そううぬぼれていたから。

 

しかし、それでも、それにしても。

 

────本当に凄いな、と思う。

 

これほどの力を身に着けた自分でも、これだけあっさりと追い詰めてくれる、その厳しさ。

もしこの世にこれを持つ漢が、ラオウが居なければ。

自分がここまでたどり着くことなんて絶対に無かった、と確信を持って彼女は言う。

 

……だから。

 

(…………がんばろう)

 

もっと、もっと。

今の自分ならどこまでも行ける、と心に力を込める。

 

もっと、もっと。

どこまでも偉大な、"大好きな漢"に、並び立つに相応しい力を。

 

……元より、対峙する相手に純粋なフィジカルで劣るなんて、いつものことだった。

 

それを覆してきたのは、いつだって。

前世で得た知識も、今世で得た想いも、自分に出来る何もかもをぶつけて、生き抜いてきたから。

 

だから私は今も、これからもずっと変わらず、そうあり続けるだけだ、と。

 

 

目の前に迫りくる、この世紀末最強の拳を前に、深く身体を沈み込ませると────

 

「ヌゥッ!?」

 

余人では残像すらも追えない速度と"切れ味"を以て、ラオウの身体を斬り裂いた。

 

世紀末に存在するいかなる刃物も、闘気を全開に纏った今のラオウの身体を裂くことは出来ない。

それを成したのは当然、マコトが磨き上げてきた拳……その手刀。

そして、振るったその拳の名は────

 

「南斗、水鳥拳────レイか!!」

 

開手した構えで静かに佇むマコトに、今もこの世紀末で健在なはずの漢、レイの姿が重なる。

しかしラオウはそれにも一切の動揺を見せず、幻影を振り払うかのようにマコトに拳を振り上げると。

 

────ふわり、と流されカウンターの痛撃を受けることとなった。

 

極まったラオウの剛拳すらも完全に受け流し、一方的に攻撃を返す技巧。

その神技を振るう存在……そんな者、今マコトに重なった影をラオウが見るまでもない。

 

「…………トキッ……!!」

 

マコトが振るった、これまで関わってきた者たちが持つ拳。

 

それは、今の完璧な柔拳といい、先程たやすくラオウの肉を裂いた南斗水鳥拳の切れ味といい。

本人に劣らぬ……どころか、今のマコトの拳力に準じた高さに至っているかもしれない、と。

ラオウは実際に対峙した手応えから推察する。

 

元よりマコトと出会う前は、最もラオウを追い詰め得る存在であった実弟、トキ。

稀代の才能を持つ彼の拳を身に宿しながらマコトは、ゆらり、とラオウの元へと近づく。

当然、ラオウと相性がいい柔拳にてこのまま押し通すためだ。

 

 

────そして、ラオウは。

 

 

「────────それが、どうしたぁあアアアァッッッッ!!!!」

 

「────ッッ!!?」

 

 

すかさず右掌に圧縮した闘気を地面に放出。

互いの両脚がついていた硬い大地をたやすく砕き、揺らした。

 

()()()()、想定内よ!!」

 

一寸の狂いも許されない、至高の技術を求められるからこそ。

突然大地の踏ん張りが効かなくなったことで柔拳は狂わされ、マコトは瞠目した。

全てを薙ぎ払う横殴りの拳をかろうじて後ろに跳んでかわすと、息をつきながら彼女は感嘆する。

 

(……あっさりと、対処してきた)

 

何を繰り出してくるかわからない相手、それがマコトである、と。

十全に認めた上で鍛え直し、この決戦に臨んだラオウ。

彼のその想定はマコトの夢創転生による、これまで学んだ拳法のほぼ完全な再現という絶技を目の当たりにしてなお、精神を揺らすには至らないものだった。

 

 

「オオォォオアアアッッ!!!」

 

そして、ラオウの勢いは止まらない。

 

元より、この世紀末で……いや、これまでの過去全てを含めた歴史の中でも、今のこの自分こそが最強の存在と信じるラオウに取って。

今、マコトが宿す漢達の拳、想いなど全て蹴散らせて然るべきものだからだ。

 

紫電が如き速力で突きこまれる貫き手を捌く。

阿修羅を思わせる手数でなだれ込む拳撃を打ち払う。

十字の軌跡からなる万物を裂く極星の拳を突き貫く。

 

ラオウにも覚えのある彼らの拳。

それを振るうマコトの力は、なるほど確かにこの世紀末で覇権を握るに相応しいものである。

 

しかしそれも、もはや世紀末覇者でも拳王でも無い、ただ一人の、世紀末最強の存在となったラオウという漢が居なければの話なのだ。

 

 

そうして、ラオウが知る漢達。

 

マコトに宿るように見えた彼らの幻影を退けた上で。

 

ラオウは一際力を込めた、必殺の拳を叩き込もうと闘気を込め────────

 

「────ッッ!?」

 

瞬間、ニコッと。

この極限の戦いと、負ったダメージにはいかにも似つかわしくない、無垢な……

思わず漏れ出てしまったような、そんなマコトの笑みが視界に入ると。

 

 

(────風……ッ!?)

 

「ガッハァアッッ!!!!」

 

鋭い風が自身を撫でた感覚と同時────その全身を、強烈無比な打撃の嵐が覆い尽くした。

 

そして、それを為したマコトはすでに、ラオウとすれ違うように後ろに回り込んでいる。

血を吹き出しながらも、かろうじて振り向き様に拳を差し込んだことで、追撃は免れることは出来たものの。

今の彼女がもたらした攻撃、その脅威にラオウは大きな衝撃を受けていた。

 

(────なんという、疾風(はや)さ……!! 今の拳は、一体……!?)

 

動揺に揺れかけた心を鎮めながら、ラオウは考える。

 

……自分が知る北斗神拳に当然、このような技は存在しない。

 

そうなると考えられるのは、未だマコトが隠し持っていた技か。

いや、風といえば南斗五車星にそれを操るものが居た。

その男自身の技は自分に通じるものではないが、それを今のマコトが使うに足る領域まで引き上げたなら。

こうなる可能性もありえないわけではないのか、と。

 

そう考えればやはり、先程見せられたトキの柔拳で感じたとおりだ。

自身の無想転生に比べ純粋たる力で劣る、マコトの夢創転生が持つ特性とは。

マコトが知るこの世界に生きる漢の拳を、今のマコトの実力相応に引き上げ使いこなすことにあるのだろう。

 

すなわち、今自身の目の前に立ち塞がるのは。

紛れもなくマコトがこれまで歩んだ、この世紀末の道程そのものになるのだ、と。

 

「フ、ハハハハハ!!!」

 

上等だ。

それでこそ世紀末で天を掴み取る男に、このラオウに相応しい相手だ、と。

 

ラオウは笑い、再び闘気をみなぎらせながらマコトに向かい────

 

 

────────()()()()

 

 

瞬間、ゾワリッと。

高揚したはずの戦意に冷や水を浴びせられたような。

そんな、降って湧いたとてつもなく不吉な予感に、歩みを鈍らされることになった。

 

それをもたらしたのは、これまでも幾度となくラオウの窮地に働いてきた、彼だけが持つ神がかり的な直感、戦闘センス。

 

それは、理屈も根拠もまるで足りないはずのこの状況にありながら、それでもなお声を大にして叫ぶ。

 

────これまで、数え切れないほど想定を覆してきたこの女が今、浮かべた笑みの意味はそれで間違いないのか。

 

────今目の前に立つ存在は、本当に"その程度"のものなのか、と。

 

 

「……彼、がした、ように……ぜひゅっ、『もう葬っている』とは……流石に、ふぅ、いきませんね」

 

 

ラオウの警戒を察したわけではないだろうが、息を切らせながらにボソリ、とマコトが自嘲気味に呟いた言葉。

それもまた、ラオウには意味がわからない言葉ではあったが、にも拘らず"それ"は爆発的に膨れ上がっていく。

 

それとは、つまり。

 

……今自分が相手にしているものは、彼女のこれまでの道程全てなんてものよりも、もっと、ずっと、遥かに……致命的に恐ろしい何かなのではないか、という危機感。

 

かといって、当然ラオウがそれで止まるはずもなく。

 

彼女と出会ってからこれまでに至るまでの、最大といっていいほどの警戒をしながらも。

彼の拳は依然、迷いなくマコトを襲う。

 

 

そして、そんなラオウに対しマコトが放った次なる拳。

 

────それは、例えるならば光の蛇。

 

不規則な軌道でえぐるように放たれた拳は、あたかも一本の線となり。

 

「グっウゥ!?」

 

後ほんの僅か前に居たなら、たちまち致命打になっていたかもしれない、と。

ラオウをしてそう思わせるほどに、彼の身体に深い傷跡を刻みつけた。

 

しかし、その時。

ラオウを本当に驚愕に叩き込み、叫び声をあげさせたのは、その拳自体ではない。

 

「────なん、だ…………()()()()()()ッッ!?」

 

攻撃の刹那、マコトに宿るように見えた人物。

それは"全く見覚えの無い"、だけどどこかケンシロウに似た雰囲気を持つ一人の青年だ。

 

これまでの流れから、今の恐るべき拳の使い手であることは間違いない。

しかし、ラオウは知らない。こんな男のことなど、知るはずもない。

 

マコトがこれまで歩んだ道のりの中で、様々な拳法家と戦う機会があったのは、おかしなことではない。

しかし、こんな力を持った拳法が、それも自分が知る北斗神拳でも南斗聖拳でも無いこんなものが、おいそれと存在していいはずがない。

 

故に、ラオウは叫んだ。

一体何が起こっているのか、一体自分は何と戦っているのだ、と。

 

 

……ラオウの見立ては、そう間違ったものではなかった。

 

マコトが至った究極奥義、夢創転生が持つ特性。

それは確かに、彼女が知る拳法を彼女のスペック相応のものとして再現する、というものではあった。

 

だが、彼女が知るのは。

彼女が見ているものは。

これまで歩んで来た過去であり、掴み取った今であり。

 

そして、未だ不確かな、それでいて常に彼女とともにあった……"ありえざる未来"。

 

……立て続けにマコトが放った拳を、ラオウが知らないのは当然だ。

 

魔舞紅躁(まぶこうそう)。そして、擾摩光掌(じょうまこうしょう)

 

彼女が使った技は未だ彼女が出会うことも無く、それでいて、遠い先で出会うことになるかもしれない漢達……

すなわち、北斗の兄弟にも劣らぬ実力を持つ二人の羅将、その奥義を再現したものなのだから。

 

 

────無論、使える技は、彼らのものだけではない。

 

 

「ガァアアアア────────!!」

 

 

湧き上がった危機感は十全に感じつつも、無想転生に至ったラオウが恐怖に臆すことは無い。

自分が預かり知らぬ拳をいくら放たれようが、自分が知らぬ強者がどれほどこの世にいようが。

最終的に自分の拳がそれに勝っていればいい、と。

 

ラオウは未だ衰えぬ、どころか最大限まで高めた闘気を一つの技────

すなわち、ラオウ最大の奥義、天将奔烈(てんしょうほうれつ)を以てマコトにぶつけようと足を踏み出す。

 

そして、それを前にマコトは。

 

そんな脅威を目にしても、その場から脚を動かすことなく……ただ、両手を合わせ拝むような姿勢を取った。

 

瞬間、マコトに宿った漢の影。

それを目にしたラオウは、これまでとはまた別の驚愕が漏れ出ることになる。

 

「────ケン、シロウ……ッッ!?」

 

それは、ラオウがよく知る。

それでいて、ラオウが知るはずもない、今以上の気迫と力に満ち充ちた末弟の姿だった。

 

北斗神拳創始者の生涯に触れ、北斗宗家の秘拳を会得し真なる世紀末最強の存在となった漢、ケンシロウ。

 

今はもう、決してありえることが無くなったその未来を恋患(おも)うように。

マコトは自らの闘気を消し、祈り、そして────

 

「────────喝ッ!!」

「────ッ!?」

 

拳盗捨断(けんとうしゃだん)ッッ!!」

 

極めて強大、それでいて静謐な闘気とともに、圧倒的な気迫をラオウに叩きつける。

それと同時、フオッと上段から振るわれたのは左の手刀。

 

その軌跡は一筋の光となって、気迫により防御に回されたラオウの両腕を、まるですり抜けたかのように通過すると。

 

「グ、ゥアアアアアアッッ────!!!!」

 

世紀末覇者の拳を。

神域に至った世紀末最強の拳を。

破壊しつくしていたのだった。

 

 

「ぐ……うぅ……!! ふ~~、ふぅ~~ッ!!」

 

かつてない激痛がラオウを襲う。

この世紀末で生きるにあたり、全ての拠り所となっていた自分の、最強の拳が壊された感覚に、全身から汗が吹き出た。

 

しかし。

それでもなお。

北斗の長兄、ラオウは倒れず。

 

激烈な痛みとそれ以上の混乱に頭を埋められながらも、世紀末覇者としての彼の矜持は、依然折れずに勝利を求め続ける。

 

そして、見上げたその視線の先にあったものは。

 

「う……ぜひゅっ……! げっほ、ぐ、ぶ、うぅ…………! まだ、ま、だぁ……っ!!」

 

そんなラオウと遜色無いほどに。

今にも倒れそうなほどに消耗しきっている、血まみれのマコトの姿だった。

 

(勝機っ……!!)

 

……当然だ。

如何に心の力で鍛えてきたとはいえ。

全ての枷を解かれて深奥の力を発揮したとはいえ。

それを宿す身体は、まだまだ成長途上のもの。

 

この先を生きた漢達の究極奥義を再現するために、彼女の身体に無理を強いていないはずが無かったのだ。

 

全ては、純粋な拳力で勝るラオウに立ち向かうため。

マコトもまた、極限状態なのである。

 

「ぐ、か……うぅうううおおおオオォオ…………!!」

 

「ふ、ぎ……うぅううううううウゥウウ…………!!」

 

方や、粉々に砕かれた拳を無理矢理握り、今こそ最大の強敵から天を勝ち取るために。

方や、バラバラに千切れそうな全身を無理矢理奮い立たせ、今こそ長きの憧れに決着をつけるために。

 

砕けんばかりに歯を食いしばり、崩折れそうな脚を大地に踏みしめ。

 

そして、ほぼ同時に。

 

動いた。

 

 

「あああぁぁアアアッッッ!!」

 

ほんの僅か先に届いたのは、絞り出すような気迫とともにマコトが繰り出した、前蹴り上げ。

 

虹色の軌跡を描きまっすぐに差し込まれた一撃は、ラオウの顎を跳ね上げ刹那、その巨体にたたらを踏ませる。

 

それと同時、ラオウが目にした、マコトに宿る"最後の影"。

それは、今度こそラオウもよく知る……間違えるはずもない、一人の漢だった。

 

 

繰り出されたのは、無数の拳撃。

 

その影、その漢。ケンシロウを追い求め歩み始めた、マコトの拳は。

 

この最後の場面で、彼の物語の原初ともいえる、たった一つの奥義を選んだのだった。

 

 

────奥義の名は、北斗百裂拳。

 

 

「だぁあああああああ、り、ああああああ!!!!」

 

十、二十、三十。一撃一撃に必倒の気迫が込められた北斗の拳が、ラオウの全身に叩きつけられる。

 

「ぬ、う、ぐ、オオオオォオ~~ッッ!!」

 

四十、五十、六十。致命となる秘孔を瀬戸際で防ぎながら、ラオウは死力を尽くして耐え続ける。マコトはすでに限界を超えている。ならばこれを凌いだ先にあるのは紛れもなく、渇望し続けた勝利なのだから。

 

「────────~~~~っっっっ!!!!」

 

七十、八十、九十。もはや、気合の叫びも枯れ尽くした全身全霊。埒外の負荷に全身の血管が切れ、血を吹き出させる。それでもなお、マコトが拳を止めることは無い。

 

 

そして────百。

 

 

拳は、止まった。

 

 

「…………ッッ!!」

 

「最後、だ……!!」

 

北斗の奥義を出し尽くし、虹の闘気も失せ果てふらり、と力なくグラつくマコト。

 

彼女を前に、同じく蒼の闘気を失いながらも。

未だ両の脚でしかと大地に立ち、意識を繋いだラオウは。

 

倒れ伏す彼女を看取るのではなく、自らの拳で最後の決着をつけるため。

 

 

これまでで最も静かな、最も純粋な。

そんな、幼き頃に帰ったような拳を彼女に差し込むと────

 

 

────ぎゅるりっ、と。

 

 

"本当の最後となる、彼女自身の拳"。その動作を目にすることとなった。

 

 

「────────フッ……!」

 

 

マコトは、グラつき流れた身体をそのまま遠心力にあてると。

回転動作のさなか秘孔を突き、右拳に最後の力を宿す。

 

 

これまでの全ては、この時、この一撃のために。

 

最大の強敵を倒すために、最高の憧れを超えるために。

 

この世界でも無く、ここじゃない世界でも無く。

 

どこに生きる誰のものでもない、マコトだけが身につけた、マコトだけの拳が。

 

 

龍が、轟いた。

 

 

「────────龍渦門鐘(りゅうかもんしょう)ッッッッ!!!!」

 

 

★★★★★★★




薄々お気づきかもしれませんが、次回最終話です


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最終話

ずっと、ずっと。

この世界で戦って生き抜こうと決めた時から。

ラオウの姿は、私の前にあった。

 

私がこの世界で目覚めた時には、ラオウは私に対しユリアの妹である、ということ以上の関心を向けることはきっとなかっただろう。

それでも、私はこの人に勝つために、この人を超えて生きていくために。

ずっと、ずっと、鍛え続けてきた。

 

そうして、身につけた私だけの拳────龍渦門鐘(りゅうかもんしょう)

長い、長い道のりを経て届いたそれは、ラオウの身体深くに突き刺さり。

 

「────────見事、だ」

 

戦いに、決着をつけたのだった。

 

 

……限界を超え続けたこの身体は、今すぐにでも倒れ込みたい、と私に悲鳴を発し続ける。

 

しかし、それでも私は何が何でも今はまだ倒れまい、倒れてはいけないと意地を張り続けた。

その理由はもちろん、目の前の漢が、ラオウが。決着がついた今も、倒れず私の前に在ったから。

 

「……哀しみではなく。全ての希望と、全ての夢を背負った、か……ガフッ! フ、お前は最後の最後まで……北斗の宿命などに収まるものではなかったのだな」

 

「…………」

 

全身を覆うであろう痛みを、苦悶を感じながらも、それでもこれまで話した中で最も穏やかな口調で、ラオウは私に声をかけ続ける。

 

「…………見せてくれ。このラオウを倒した女の、その顔を」

 

すっと、私の両頬に大きな手を当て、目を合わせるラオウ。

 

当然私がそれを拒否することなどなく、私は彼の、最期の。

 

 

その心意気、に沿う……よう、に……って……

 

 

────────あれ?

 

 

「……あっ、わっ。ちょ、ちょっと待って、すみ……ずび、まぜん、待って…………!」

 

 

瞬間、私の両目から流れ出したもの。

 

それは、この世界で目覚めてから、ケンシロウさん達が死の灰に蝕まれたあの悲劇の日以来。

ただの一度も流すことがなかった……いや、流さないと決めていたはずの。

 

 

とめどなく溢れる、大粒の涙だった。

 

 

ああ、ダメだ。これは、ダメだ。

 

私は、この最高に強い漢と正面から戦って、勝つことが出来た。

 

ならば、当然、それを見送るときも強くあらねばならないと。

それこそが彼の矜持を守ることになると。

そう思って今も、立ち続けていたはずなのだ。

 

「う……ぶ、……ぐじゅっ……ちが、ぢがう……! ちがうんです、ごん、な…………!」

 

なのに、感情が溢れてきて止められない。

目に焼き付けようと決めた彼の顔が、涙で滲んでまるで見ることが出来ない。

 

……この世界で目覚めて修行を始めてから。

ずっと、ずっとラオウを超えるためにと想い、憧れ続けてきた。

 

そして今、それが成ったと同時……ラオウの、憑き物が落ちたかのような静かな口調を受け、心が理解したのだろう。

 

その憧れと……永遠の別れを告げる時が来たのだ、と。

 

『原作の流れ』など、もはや考えるまでもない。

全てを出し切り敗れたラオウは、もはや何の悔いもなく天に帰ることとなる。

それは、戦う前から分かっていたことだ。

 

ジャギやサウザーとは、違う。

私がここで彼の生存をいくら願ったとしても、それはラオウの救いにも何にもならない。

最後の最後まで悔いることなく覇道を貫き……そして敗れたならば散っていくからこそのラオウなのだから。

 

だから私はそれを、ちゃんと見届けなければならない、と。

そう頭で分かっているのに、心が止まってくれない。

 

(ダメだ……ダメだ……! 最期なのに、最期なのに顔すらちゃんと見られないなんて、そんなの……!)

 

そう、焦れば焦るほど、最期という現実をますます意識してしまい。

これまでずっと耐え続けてきた、期間の長さに比例するかのように……とめどなく涙が溢れ続ける。

 

 

……そして、そんな。

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているであろう私と向かい合うと。

 

ラオウはフッ、と苦笑したように少しだけ目を細め……言った。

 

 

「そう……だな……聞かせてくれぬか、マコト。お前がこれまで潜り抜けた戦いを。……歩んできた、道のりを」

 

 

────と。

 

 

「…………へ……?」

 

 

 

 

私は話した。全部話した。

 

……途中、ラオウからも一つだけ。

自分には生き別れた兄が居るということ。

彼もまた今は哀しみに、狂気に沈み……やがてそれが膨らんだまま、私達の前に立ちふさがることがあるかもしれないことを、語ってくれた。

 

でも、それ以外はずっとずっと、私が話し続けていた。

 

思えば、戦いという形以外で、直接関わったことなどほとんど無かったラオウに対し。

私がどういう想いで強くなろうとし、どういう想いで敵と戦い……そして、どういう想いで"彼ら"と関わってきたのか。

 

無論原作知識なんてものは言えるはずもなく、おまけに嗚咽を漏らしながらに辿々しく語ったそれは。

聞くに堪えないような稚拙な演説だったかも知れない。

だが、ラオウは黙って、ただ聞き続けてくれた。

 

私には、分かる。

 

この世紀末を拳で生き抜いてきた根っからの武人である漢、ラオウは。

こんな言葉などを介さずとも、あの全てを出し尽くすような戦いで、彼が知りたいことは全部知ることが出来たはずだ。

 

にも拘らず今、わざわざこんな時間を取ってまで。

これまで生きた軌跡を話してほしい、と頼んだのは。

 

間違いなく自分のためでなく……私のため。

 

そして。

 

「────────見事だ、妹よ!!」

 

「────────っはい……っ!」

 

全てを聞き終えた彼が言ってくれた言葉通り……北斗神拳使いである妹を想う、兄としての……愛なのだろう、と。

 

「…………っ」

 

彼の心意気のおかげで。

ようやく涙を収めることが出来た、それでも真っ赤に腫らしたであろう目で、改めて。

どこまでも強く、そして優しい一人の漢と、視線を交わす。

 

今度こそ、大丈夫だと。

最強の漢を破ったものとして、胸を張って生き続けると。

そう、目に言葉を乗せ、ラオウに伝えた。

 

あなたのおかげでここまで来れたと、あなたのおかげでここからも生きていける、と。

そう、ラオウに伝えることが出来た。

 

 

「…………ユリアのことも、気づいているのだろうな」

 

「……はい。あなたが姉さんにくれた命に感謝します。……絶対に無駄にはしません」

 

「そうか……」

 

 

ならば、もはやこれ以上私達の間に言葉は不要だ。

 

同じく悟ったラオウは、最後に振り返ると……この場にいる中から一人。

一人の漢にだけ、たった一言をかける。

 

 

「────ケンシロウ。もう、こやつを……泣かせるでないぞ」

 

「────あぁ、兄さん」

 

 

ケンシロウさんも頷いたとおり。

私が流す涙は、きっとこれが最後のもので……

そして、最後に背負う哀しみになるだろう。

 

 

フッ、と。満足そうにラオウは笑うと、一人高台へと向かう。

 

 

振るうべき拳は、尽くした。

 

果たすべき野望は、潰えた。

 

かけるべき言葉は、交わした。

 

 

心残り(カイオウ)のことも話し、もはや彼が未来に憂うことなど何一つ無い。

 

 

ならば、彼が放つ最後の叫びは…………決まっている。

 

 

「────このラオウ、天へ帰るに人の手は借りぬ!!」

 

 

ズッ、と。

自ら秘孔を刺すと。

 

闘気……いや、ラオウの身体に残った生命力そのものが、ラオウの右拳に集められ、束ねられる。

 

 

そして。

 

 

掲げた拳からその全てを放出し…………見事な立ち姿のまま、彼は逝った。

 

 

(…………本当に、ありがとうございました…………兄さん)

 

 

「我が生涯に一片の悔いなし────────ッッ!!」

 

 

★★★★★★★

 

 

巨星は堕ち。戦いは、終わった。

 

「ああ……! マコトさん、ユリアさんが、目を……!」

 

それと同時、ユリアの様子を見ていたリンが、彼女が目を覚ましたことを告げる。

 

ラオウは結局、ユリアを殺さなかった。

それどころか、彼が知る秘孔の効果により一時的に病状を停止させることを選んだのだ。

 

これにより数ヶ月と無かった余命は、今しばらくの猶予を手にすることとなる。

 

……最期まで、多くのものを遺してくれた漢に向け、マコトは今一度、頭を下げる。

だが、今に至った彼女は当然、この結果だけに満足することはない。

 

(…………また、忙しくなるな)

 

そう、長きの憧れに決着をつけたからといって、休んでいる暇など無い。

これからはユリアと、そしてケンシロウとトキの病を治すために、身を粉にすることとなるのだ。

 

しかし、これまでと違い、その道を歩む彼女の目に、不安の色は無い。

 

常に医療という形で北斗神拳を振るってきたトキの知識は当然、この戦いで得た南斗の人々との縁もある。

何より、夢創転生という形で無限の夢を、未来を、可能性を宿した自分は。

 

どのような困難があろうともそれを乗り越えるのは……そう、もはや『既定路線』なのだから。

 

……だから、マコトはその未来に想いを馳せながらも。

 

 

まず今、この時だけは、と目覚めた姉に声をかけたのだった。

 

 

「姉さん……! あーもう、こんな無茶して……泥だらけじゃないですか、ひどい怪我とかしてませんよね?」

 

咎めるような口調と裏腹の、柔らかい笑顔で姉に、手を差し伸べるマコト。

 

「無茶も怪我も、コホッ、あなたの、方よ……! 本当に、今までどれだけの苦労を……」

 

かけられた言葉に返しながら、傷ついたマコトの手を取るユリア。

 

 

どちらからも、言いたいこと、伝えたいこと、労いたいことが山のようにある。

 

でも、何よりもまずは今。

この傷ついた、疲れきった身体に、ほんの少しでもやすらぎが届きますように、と。

 

そうして、彼女たち二人は、当然のように。

 

最愛の姉妹のため、"お互いが"ごく自然に癒しの力を込め、手を取り合った。

 

 

────その時、だった。

 

 

「────────っ、これはっ!?」

 

「────あ、熱っつっ!? ふぁっな、なに!?」

 

 

彼女達が感じたものは、火傷をしたかと一瞬錯覚を起こすほどの異様で、激しい……だけど優しい熱。

 

 

そして、その熱が引いたあと。

少し離れた場所で見守るケンシロウも、何事かと覗き込むバットやリンの姿も、目に入らないほど一心に。

 

ただ、じくじくと熱い感触を宿す、自身の拳を見つめたマコトは。

 

「────────あっ……は……ふ、ふふ、ふっ」

 

「……マコト……?」

 

 

「ふふ、ふ、ははは、あははははは…………っ!!」

 

 

死闘により刻まれていた大量の傷が、痛みが。

"今のほんの一瞬で、きれいさっぱり消えていた"、という現実を認識し。

 

 

ただ、笑った。

 

 

「ふふ、なんだ……もう、ずっと、ずっと。ずっと、ずっと悩んでたっていうのに。……答えはここに、最初から……あったんじゃないかっ……!!」

 

「だ、大丈夫、マコト……きゃっ!?」

 

 

同時にぽすん、と。

心配そうな声をあげるユリアの……これまでずっと守るべき、救うべき存在とばかり見ていた、頼もしい姉のもとへと飛び込んだマコト。

彼女は、その身体に……正確には、ユリアの胸のあたりにすっと優しく手を乗せると。

 

 

「────────」

 

 

あえて、言葉は発さず。

見上げる形でただ、ユリアと視線を交わした。

 

…………離れていた時間は長くとも。

姉妹には、それだけで十分だった。

 

 

「マコトっ……えぇ、……うんっ……!」

 

 

ユリアはうなずき、それを見たマコトはすぅっと目を閉じ。

 

そして、全く同時に。

 

それぞれが持つ癒しの力を……全力でユリアの身体に注ぎ込んだ。

 

 

────────北斗と南斗が一つとなる時、乱世は平定される……奇跡が、起こる。

 

 

瞬間。世紀末を、極光(オーロラ)が包んだ。

 

 

………………

…………

……

 

 

「…………! ああ、マコトっ……ケン……っ! 私、私……っ……!」

 

 

光がやんだと同時、そう彼女が発した歓喜の声に釣られるように。

マコト達は、ユリアの……その姿を見た。

 

 

そこにあったのは、以前までのような美しくもどこか儚く、青白かった……そんな顔色など見る影もない、いっそ現金なまでに血色の良くなった肌。

 

妹、マコトと比べ長く伸ばされた、太陽の光に照らされまばゆく艶めく黒髪。

 

これまたマコトに比べると落ち着いた作りでありながら、今このときだけはまるで童女のように、屈託なく笑う笑顔。

 

 

「ユリ、ア……まさか……身体が……病、が……っ!?」

 

 

最初に、かろうじて震える声をかけたのは、この光景を後ろで……

いや、思えばマコトがマコトとして目覚めたあの日から。

ずっと、後ろから静かに見守ってきていた漢、ケンシロウ。

 

「う……おお、おおおお…………!」

 

救世主であると同時、まだ十代のいち男性でもある彼は今、初めて。

歳相応というべき表情のままに……ただ、目の当たりにした奇跡に、滂沱の涙を流したのだった。

 

 

────────癒しの力(ヒーリング)

 

 

この暴力が渦巻く世紀末において、ただ人を癒し、治すためにあり。

そして、本来辿る原作においても多くの漢の、身体のみならず心さえも暖め、抱きとめてきた……

そんな、ユリアだけが他者に使えたはずの、正真正銘の奇跡の力。

 

 

では、その癒しの力を振るえるものが、同時に二人存在したなら?

 

本来あるはずのないイレギュラー、ユリアの妹マコト。

 

旅路で目覚めた彼女の力と、元より圧倒的な素養を持ちながら、さらに修行により闘気の扱いまでもを学んだユリアの力。

一人分だけでも、これまで病の侵攻を抑え続けてこられたそれが。

今この場ではじめて姉妹で重なることで……二つ、合わさるようなことがあったなら。

 

その時、これまでずっと。

絶望の象徴として側に在り続けてきたもの……すなわち、死の病。

逃れ得なかったはずの、その運命が辿る結末とは?

 

 

…………そんなものは決まっている。

 

 

この話は、どこまでいっても、夢と希望の物語なのだから!!

 

 

「…………姉さんッ!!」

 

「…………マコトッ!!」

 

 

 

────────哀しみから始まった物語は今、全ての道程を糧に一つの結末に至る。

 

 

 

たとえこの先、どんな苦難が待ち受けようとも。

もう、彼女たちがうつむくことや、後ろを向くことは無いだろう。

 

 

 

高すぎるほどに熱を持った、未だ幼さ残る、柔らかく小さな手を取り合ったまま。

 

 

 

その手で勝ち取った、無限の未来へ向かい────────

咲き誇る花のような笑顔のままに、彼女たちは駆け出していった。

 

 

 

-完-

 

 




というわけでこの作品は一旦これで完結となります
長くのご愛読、誠にありがとうございました

当作品は元々自分用のRPG(R指定つくやつ)を作ろうとしたものの、まずキャラに何かを喋らせる方法が分からねえ!
とテキスト段階で哀しみを背負ったため、じゃあなんか一本ぐらい好きな作品で小説書いとくべ、と見切り発車してみたものとなります

そんな雑なスタートの当作をここまで続けられたのは、月並みな言葉ですが評価感想支援絵ブクマ閲覧誤字指摘その他諸々で支えてくださった皆様のおかげです(三話ぐらいで作品に死兆星落とす覚悟で書いてた)
……いやマジでずっと読み専だったのですが、作者にとってここまで反響が大事なものだったとは、海のリハクの目を持ってしても読めませんでした
ともかく、本当にありがとうございます

また、原作勢の方は「は? 二部やれや」とお思いかもしれません
実際ある程度の構想自体は無くも無いのですが、少なくとも原作通りの二部全部をやることは無いかと思います
理由は色々ありますが、第一はこの作品でやりたいテーマはほぼ全てやりきったということ、
あとは、続きをやるにしても多分原作と流れがあんまり変わらなくなってぶっちゃけ一部ほど書いてて面白くならn……

なのでもし仮にやるとしたら、ダイジェストというかEX話という感じで、構想してある美味しい部分だけをやる、という形になりそうです
読んでくださる方々と作者自身の需要やら何やら次第になりますが、あまり期待せずお待ちいただければ幸いです
「やっぱ無いな」と思ったらもしかしたら活動報告にダイジェストプロットだけ上げたりするかもしれません

今後は遠回りしていたゲーム作りに戻るか、別所でのオリジナル小説に挑戦するかのどちらかをぼんやり考えております
また会う機会がありましたら、何卒よろしくお願い申し上げます


TS原作沿い作品増えろ
 


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