グランバニア王女異時空旅行記 (ティムアル)
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旅行前記1

 いつか見た老婆の魔女。どこか虚ろ目の彼女は抜けた歯で笑いながらこちらを見上げる。

 開いた両の手のひらを透明な珠にかざしては私と対照して何かを紡ぐ。

 

「ー―お前さん、運命という言葉を信じるかね?」

 

 

 

***

 

 

 

 かつてこのグランバニアを統べていたデュムパポス王の話題を、ここ最近よく耳にする。

 

 大魔王ミルドラースを始め、人間に対して明確な敵意を持つ魔物が淘汰されたためだろうか、民が昔話に耽るのも自然なことかもしれない。

 

 先王は決して人当たりが良かったわけではないが、勇猛で仁義に厚く、そして何より誰とでも対等な立場を築いた。

 時に着古された作業着を身に纏い、民とともに農耕や伐採に精を出す王は人々から「庶民派王」と揶揄されたり「パパス王」と親しみを込めて呼ばれたりもした。

 

 私も、一度だけ会ったことがある。祖父、いやパパス王は噂とは違い、温厚で優しそうな印象だった。

 

 祖母に向ける眼差し故だろうか、はたまた私達の願望が生み出した幻だったのかは分からないが、ひどく優しい目をしていた。私は、それだけでパパス王に対する興味が尽きなくなった。

 

 強くて優しくて頼れるだなんて、人としては完璧な存在だ。そんな人と、私は会って話がしてみたい。

 そして父は、パパス王の話になると嬉々として会話に参加してくる。童心に立ち返ったようなその瞳に、またしても心は動かされる。

 

 

 それからパパス王のことを訊いて回った。移民や子供にまで声をかけたのは、正直自分でもどうかと思ったけど。

 

……あー、そうか。道理でパパス王の話をよく聞くと思えば、全て私が蒔いた種のせいじゃないか。私が持ち込んだ話題で、皆は盛り上がっていたのだ。

 

「そっか。ははは……」

 

 思わず乾いた笑いが漏れる。笑うしかなかった。嗤うしか、なかった。

 

「ポピー、あまり夜風に当たっていると体に障るぞ」

 

 振り向いた先にいたのは、いつもの父ではなくて、緑翠の短髪を風に揺らした軽い感じの男性だった。彼はヘンリーおじさん。

 お父さんと若い頃に苦楽を共にしたとかいう話だけど、華奢な体躯にきらびやかな衣服、性格に至っても父とは正反対な人だ。

 本当にお父さんと仲良くしていたのか怪しいところではある。

 

「何か悩み事でもあるのですか、ポピー?」

 

 隣に立つ女性は母と同じ金髪だが、醸し出される雰囲気が上品というか……

 これ以上言うと母の悪口のようになってしまうので控えるが、育った環境の違いだろう、気の強いおかみさんに育てられたらしい母とは培ってきたものが違うのだ。

 

 そのマリアさんという女性は、元教団の信者で元奴隷、さらには元修道女と、なんとも波乱万丈の人生を送っている。

 まあ、さすがにお父さんには負けるけど。

 

「えぇと、火照った体を冷まそうと……すぐ部屋に戻ります。心配かけてすみません、お父さん(・・・・)お母さん(・・・・)

 

「そうか。何にせよ困ったことがあれば聞けよ? ポピーはこの国の王女だ。ラインハットの顔が落ち込んでいたら民にも影響するからな」

 

「まあ。娘のこととなると素直じゃないんですから」

 

 結論から言えば、私の目的は達成された。パパス王は、この時代で生きている。私が、過去を変えたのだ。たぶん。

 

 面と向かって憧れの祖父と話をする、そんな夢を叶える足掛かりができた。……だけなら良かったが、私はラインハットへ飛ばされ現状の通りヘンリーおじさんとマリアさんの娘となっていた。

 

 元々おじいちゃんの亡くなった原因である幼少期のヘンリーおじさん誘拐を、時を遡って解決することから私は手を付け始めた。

 

 宛はあったためそこから手段を練る……ことにしたのだろうが、どうにもそこからの記憶がない。

 

 これも歴史を変えたことによる弊害、というやつだろうか。

 

 ともかく大事態だ。私の過ちが、世界をあらぬ方へ変えてしまった可能性がある。即刻、現状の把握と原因の究明に乗り出さねば。

 

 そのためには……

 

「ポピー、お前背がでかくなったか?」

 

 おじさんの手が私の頭に伸びる。なんだろう、お父さん以外の人に触られるのあんまり好きじゃなかったけど、少しだけ安心する、かも。

 

 って、そうじゃない。まず私には色々とこの世界のことを知る必要がある。だが詮索のようなことを一人でしても怪しいだけだから、先に理解者を作っておくべきか。

 

「それに……このところ雰囲気変わったよな。遭難先でなんかあったか?」

 

「う、うん……その……」

 

 やはり、親の目は誤魔化せない。特別行動を起こしていなくても、バレてしまうのは時間の問題か。

 私は意を決した。

 

「私がこの国の王女、ポピーじゃないって言ったら信じる?」

 

「ん?」

 

 私の言葉を聞き、瞬きをする二人。理解が追いついていない、といった表情だ。

 おじさんは少しして、苦笑を浮かべた。

 

「おいおい、変な冗談はよせって。どこからどうみてもポピーじゃないか」

 

「外見は同じでも、中身が違うって言ったら?」

 

「……ふーむ。そうきたか」

 

 そして、顎に手を当ててまた考え込んだ彼。すぐには信じてもらえないだろうと睨んではいた。が、おじさんは今度は悪い笑みで私を見据えてきた。

 

「冗談にしては数日前からと随分手の込んだいたずらだが、それに乗っかるのも面白そうだ」

 

「面白そうって……」

 

 これが冗談や夢なら私の憂鬱もここにはないというのに。自業自得だけど。

 

「ええと……私はまだ何が何だか分からないのですが……」

 

 マリアさんが困惑気味に瞳を泳がせる。

 うーん、なら説明を加えたいけど、これは信じてもらえる方向で行っていいのだろうか。

 

「……じゃあ、順番に話してくね」

 

 

 表情を窺いながら、私は口を開く。

 どう伝えたものか悩ましかったが、必要なことは言い切れたと思う。

 

「歴史を変えたって……まずそこが信じられないぞ」

 

「まあ、そうだよね」

 

「だが面白い!」

 

「えぇ……」

 

 私の体験を余興か何かと捉えているんだろうか、と呟くとマリアさんが横で「昔はこぞってカジノに足を運んでいましたからね」と微笑む。何やってんだこの王族。

 

「でも、私達の娘ですもの。あなた、信じましょう?」

 

 元修道女のありがたい言葉に心が救われる。あなただけが王族の良心です。

 ただ、一言言わせてもらえば、私の言葉を信じてしまうと私はマリアさんの娘ではないことになるのだが……

 

「お前、それ信じるとここにいるポピーは俺達の娘じゃないってことになるけどいいのか?」

 

 なんで言っちゃうの!?

 あんなに優しくて暖かくて清らかな笑顔だったのに、彼は何を思ってそれを崩しにかかったのか。見えてなかったのか?

 

 と、必要なものも捉えられない目なんて不要だという決定的事実は置いておいて、先の発言で混乱に陥ったマリアさんを宥めて落ち着いたところで質問攻めにしよう。

 

「気になってたんだけど、デール王は?」

 

「デール? あぁ……二人目の母親の子か。幼い頃に死んだよ、どこぞの盗賊団に拐われてな。本当は俺が狙いだったみたいだけど」

 

「それって、お義母さんが……」

 

「ああ。仕向けたんだろうな。結局計画がバレて盗賊ごと捕まった。……さっきデール()って言ったか? そっちじゃ俺じゃなくてデールなんだな」

 

 おじさんは避けるように話題を変えた。自分を亡き者にしようとした母に思うところがあるのは当たり前だろう。

 

「うん。おじさんは光の教団っていうのに売り飛ばされて10年以上奴隷として働いていたんだよ」

 

「うわ、悲惨だな」

 

「話だとマリアさんとはその先で会ったらしいけどね」

 

「まあ。出会いというものは不思議ですね。たどり着き方は違えど、必ずこうして引かれ合う」

 

 そうだ。歴史が変わり、現在も大幅に変わったはずなのに、所々で元いた世界と似ている。

 

 いつか見た魔女に、運命を信じるか訊かれたことがある。その時はよく分からなかったが、今ならはっきりと言える。

 

 私は運命を信じる。

 

 ラインハットに生まれても、私がポピーとして存在していられたように、おじさんとマリアさんが変わらず出会えたように、大きな流れに逆らえる事実があるんだ。

 

 ならば私も、その運命と同じように抗ってみせよう。

 ラインハットのポピーではない、誇り高きこの、ポピレア・エル・シ・グランバニアが。

 

 私達に都合のいい未来を必ず手に入れるんだ。

 

 方法は……これから探すけど。



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旅行前記2

 私は原因究明のためにまずは実情を把握しようと思った。話では祖父と父の境遇を大幅に変えてしまったそうだから、調べれば他にも世界に変化はあるだろうと踏んでのことだ。

 

 始めに、グランバニアへ訪れることにした。祖父の弟であるオジロン王と、父の従兄弟にあたるドリス姉さんは相変わらず健在のようで、特に姉さんは私を見ると久々に会いに来た孫のように可愛がってくれた。

 

 今の私とは血縁関係がないはずだけど、面倒見の良さが表れてまさに姉さんという呼称が相応しい。

 

「ポピー、なんだか雰囲気変わったんじゃない?」

 

「そうかな?」

 

 本当は「そうなの?」と聞きたいところだが、変に訝しまれても困るので誤魔化すまでに留める。

 

「そうよ。なんかこう、大雑把な感じになったわ」

 

 ああ、そうか。きっとこっちの私はもっと上品な感じなんだ。なんと言ってもあのマリアさんの娘だからね。

 

「ドリス姉様……?」

 

 ふと悪戯心が湧き上がったので、それっぽく言ってみる。

 するとドリス姉さんは少し唸って、

 

「こんなこと言うのもなんだけど、似合ってはないわね。いつものポピーではあるけど、無理してるって感じで」

 

 うーん、環境というものはこうも変化を与えてしまうのか。きっと纏う雰囲気からして大違いなんだろう。

 

「どういう心境の変化かしらないけど、歓迎するわ。ようこそ堕落の世界へ」

 

「堕落って言うより、ただ脱力して生きているように見えるけど」

 

 ドリス姉さんは王女なのにかなりフランクだ。きらびやかな生活を送りたいという思いとは裏腹に、窮屈さからは解き放たれたいという意志を持っているためだろうか。

 少なくとも私の知っている姉さんはそうだったはずだ。

 

「……それで、そろそろ触れた方がいいのかな、姉さんのその格好について」

 

 全身を覆うローブに、筒状に伸びた円帽子。赤で統一されたその装束はある種鮮やかと言えたが、装飾などの一切ないところを見ると素朴さがやや前に出る。

 その姿はまるで、聖職者のようだった。

 

「ああごめん、今仕事の休憩中だから」

 

「仕事? 姉さんって王女なんだよね?」

 

「あれ、言ってなかったっけ? 私、神官やってるんだ。その片手間で王女やってるって感じ」

 

 そう語る姉さん。グランバニアの王族ってそんなに暇してたっけ? と記憶を辿ってみるが、私と言えば小さい頃から両親を探すやら魔王を倒すやらで戦いに明け暮れてたからちゃんと王族として認められている気がしない。

 

 まあきっと、グランバニアでは許される話なのだろう。そう思うことにした。

 

 そして姉さんは「ついでだから見ていく?」と軽く誘って私を一階の住民フロアを抜けて、奥の祭壇へ連れ出した。

 

「っと、ようこそ悟りの地へ。大昔はダーマ神殿って場所で行われてたらしいけど、流石に城をそれ用に仕立て上げるわけにもいかないからね」

 

 石畳に余計なアクセントを加えない雰囲気はそのままに、鏡ややたらに大きな燭台が複数置かれて以前の教会とは違い物々しい感じがする。

 

「悟りの地?」

 

「えっとね、人には得手不得手ってものがあるじゃない? 何気なしに生きていればそれに引っ張られてしまうけど、ここではその境界線を取っ払って一つのことに専念して鍛錬を行えるようにするの。それを悟りって呼んでるのよ」

 

「へえ……よくわかんないけど」

 

「物は試し。ポピーも悟りを開いてみない?」

 

「うん。ちょっとやってみようかな、興味あるし」

 

「お待ちください!」

 

 乗り気になった私を遮ったのは、兵士の男性と魔法使い風のお爺さんだった。ああ、この人達のこと完全に忘れてた。

 

「ポピー、誰?」

 

 姉さんが私に顔を向けて指をさす。

 

「ラインハットから付き添いとしてお父さんにつけてもらった人達。兵士のピピンに、魔法研究の顧問ベネットさん」

 

 ピピンはともかく、ベネットお爺さんがラインハットにいたのは驚きだった。見向きもされていなかった彼の研究はここでは偉大なものとして評され、王国に引き抜かれるまでに至っていたのだ。

 年齢を考えると成果が実るのが遅すぎるとも考えられるが。

 

「ポピー姫にそのような怪しい秘術、むざむざ受けさせるわけには行きません!」

 

「まずはわしらに安全か確かめさせてもらうわい」

 

「えーっと……ポピーはそれでいいのかしら?」

 

「うん、なんかややこしくしてごめんね」

 

 二人とも過保護なんだよなぁ。前のポピーが何をしたのか知らないけど、私が旅に出るといったら真っ先に名乗り出たのが彼らだったんだよね。

 

 他にも立候補者はいたけど、行軍するわけじゃあるまいし、最終的に早い者勝ちってことで二人に決めた。

 

「じゃあ、始めるわね。……目を閉じて、心を鎮めてください。自ずと内に秘める炎が見えてくるでしょう。それがあなた自身。今からあなたは内なる自分と向き合い、新しいあなたに気づくのです」

 

 姉さんの指示に従いピピンは目を閉じて心を落ち着かせている。その間、姉さんは暇そうに欠伸をかいて「この口調やっぱ疲れるわねー」と呟いている。

 それでいいのか神官。

 

「さあ、もういいわよ。目を開けて」

 

「……何か見えた気がしますが、はっきりとは」

 

「本人は別にそれでいいのよ、私が全部見たから。えー、あなたは兵士なだけに誰かを守れる存在でありたいと願っている。今は特に特定の人物を」

 

 ピピンが一瞬びくっとする。「別にバラしたりしないから大丈夫よ」と姉さんが宥めれば彼は落ち着きを取り戻す。

 

「でも力だけでは大切な人を守りきれない。あなたは行き詰まりをも感じている」

 

 見抜かれたというように、ピピンの目が見開かれる。

 

「傷を癒やすこともまた守ること、そして時に非情に敵と相対せねばならない時もあるでしょう。だからあなたには治癒の魔法と、死の魔法が必要ね」

 

「死の、魔法……」

 

「それをどう使うかはあなた次第よ。じゃあ悟りを開くわね」

 

 祈りを捧げ始めた姉さんに呼応するように、ピピンの心臓辺りから光が放たれ、やがて天を衝くほどに輝きは増していった。

 

 暫くしてその光は細い一線に収束すると、次に瞬けばもう途切れてしまった。

 

「これであなたは『神官』として修練を積むことができるわ。それを存分に活かして守りたい人を守ってね」

 

 ドリス姉さんが最後にウインクをする。その行為は、王族としても神官としてもいかんのではないだろうか。とはいえ、

 

「姉さんって結構凄い人だったんだ」

 

「失礼ね。私だってダーマ神官になるために必死に頑張ったのよ。おかげで受け継がれてきた技術を潰えさせずに済んだし、世への貢献もばっちりじゃないかしら」

 

 いや、神官とかではなく、半ば人生相談みたいになってたし溢れる庇護のようなものは一体どのような頑張りで身につくものなのか。

 

「さて、次はそのお爺ちゃんね」

 

 ベネットさんも同様に事が進められる。

 

「魔法研究を行う上で、自身も魔法が使えた方が何かと捗るんじゃないかしら。これからは、『魔法使い』を名乗れるように祈っとくわ」

 

 見た目に変化はないが、二人の顔を見ていると内側で何かしらの変化があったことは想像できる。さて、最後は私の番か。

 

「姫は当然、『武闘家』ですよね」

 

「いつも鍛錬に励むのを見てますじゃ。しかしそれが実らないのが不憫で不憫で」

 

 まて、ここの私は武闘派なのか? いや、まだ志望の段階か。

 しかしおしとやかな癖に心の中は穏やかではないのか、暗雲立ち込めてるな。

 

「あ、やんないやんない! 直接殴るとか私無理だよ! えっと、そう! 諦めがついたんだっ」

 

「ご無理をなされて……このベネット、姫様の望みを直接叶えて差し上げられず不甲斐ない」

 

「無理してるとかじゃないよ、ほんとに! 魔法とかのが興味あるし!」

 

「姫はこんな時にもお優しい。しかしもう少し自分のことを大事になさってもいいのですよ」

 

「ああもうきりがない! 姉さん、ちゃちゃっと見ちゃって!」

 

「わ、わかったわ……」

 

 そして私はドリス姉さんの前に立ち、目を閉じた。

 

 しばらく心を落ち着かせているとふと、体が温かい海の中にいることにいることに気がついた。

 

 しかし真っ暗だ。

 ここはどこ。

 何か、明かりは。

 

 ぽっ、と炎が灯る音がする。

 

 青白く光るそれは儚く揺れて、でも力強くて。

 

(これが、私自身……)

 

 炎に手を伸ばした、その瞬間。何か記憶のようなものが私に流れ込んできた。

 

 私は理解した。いや思い出した。この事態に陥った経緯さえ全て。

 

 しかし目を開けるとぼんやりとして、記憶は曖昧になってしまった。全部、わかったのに。

 

「うん、ポピーは中々に魔法が得意みたいね。そして魔物や動物とも心を通わせることができる。自然と同調できるということは、魔法を扱うことにも同等の感性を持っているわ」

 

「うん」

 

 確かに鳥とかとよく話をすることもある。魔法だけなら、戦うこともできるし。

 

「でもそれ故に、繊細さがほしいところね。もちろん魔法に対してのよ」

 

 姉さんは「性格に関しては直しようがなさそうだから」と続ける。余計なお世話だ。

 

「ここは一からやり直して『魔法使い』なんてどうかしら。修了の頃にはきっと今以上に魔法が洗練されているはずよ」

 

 そう聞いて私は思わず振り返って「ほらね!」と示すが「そんなはずは……」「おいたわしや……」と取り合ってもらえない。おいたわしくはないよ。

 

「念の為に聞いておくんだけど、私の希望も叶えてくれたりするの? 例えば『武闘家』になりたいとか」

 

「できるわよ。やっとく?」

 

「ううん、『魔法使い』でいいや」

 

 二人にはなんとなく申し訳ないけど、武術を極めた私なんて想像できないからね。




適性検査とカウンセリング


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旅行前記3

「そういえば、料金とかは?」

 

「んー、今回は友人としてサービスってことでタダでいいわ」

 

「ほんとに!?」

 

「うそうそ。というかお金は一切もらわないことにしてるのよ。あくまで慈善事業だし。グランバニアに観光客を呼び込むためでもあるし」

 

「あー……じゃあこれ知らないのひょっとして私くらい?」

 

 グランバニアに来る前にヘンリーおじさんも教えてくれればいいのに自分の目で確かめてこいなんて言うからなあ。

 

 

 先程まで嘆いていた付き添いの二人は思いの外復活が早く姫様のご決断ならば有無を言わずついていくのみ! とか言って意気込んでいる。

 なんか、責任感じちゃうなぁ。

 

 

 そうして私達はグランバニアを発つことにした。『悟り』のようないい経験もできたし、やり残したことはない。

 

 出発する前に姉さんから一国の王女がふらふらしているのは危ないとのことで、髪の色くらい変えるようにと助言を受けた。

 なんとなく青か黒が似合いそうと言われたので目立ちにくい黒を選んだ。お父さんと同じ色っていうのもある。

 

 そうしたら『黒髪の悟り』を開くなどと言って祈りを込めて私の髪色を変えてしまった。

 そんなことまでできるんだと、悟りの汎用性の高さに舌を巻かざるを得ない。

 

 

 所変わって、火山地帯の近隣に存在する何とも危険な街サラボナ。

 

 兵士と行動しているなんていかにも怪しいのでピピンを本格的に神官っぽくコーディネートしている時。

 

「ちょっとあんた」

 

 ふいに呼び止められる。突然のことに私のことかわからず戸惑っているとその人はじっと数秒見つめてきてこう言った。

 

「やっぱりなんでもないわ。呼び止めて悪かったわね」

 

 ボリュームたっぷりにカールした黒髪の綺麗な女性は、かつて母と共に父を争ったというデボラさんだった。

 

「あ、あの……」

 

「何? あ、もしかして知り合いだった? どこかで会ったことある気がしたのよね」

 

「えっと……」

 

 どうやら向こうに明確な面識はないみたいだ。ここはどう出るべきか。

 

「よかったら上がっていく? 私の家、すぐそこだから」

 

「あ、はい。お邪魔します」

 

 私の知ってる彼女とは違い、少し物柔らかな印象を受ける。そのせいか、つい誘いを受けてしまった。

 

「ポピー姫、よろしいのですか?」

 

 ピピンが小声で聞いてくる。

 

「うん。きっと心配ないよ」

 

 私の身元が知られたら少し面倒なことになりそうだけど、それでも弁解の余地はあると思う。

 

 

「……で、名前は何ていうの?」

 

「ポピレアです」

 

「ポピレア、ねぇ。アルカパ辺りの子かしら」

 

「いえ、辺境の生まれですので」

 

「ああ、孤島の集落の所ね。一度しか訪れなかったから顔までは覚えていなかったわ。ごめんなさいね」

 

「あ、いえ……」

 

 なんだか勘違いをしてくれているので、話を合わせておけば誤魔化すことができそうだ。デボラさんは「それにしても……」と私を上から下まで眺め回す。

 

「なんだか他人とは思えないわ。例えるなら……将来生まれるはずの娘、みたいな感じかしら」

 

「わしが来た途端に孫の話をして、どういう嫌がらせだ? お前が早く相手を決めねば孫の顔は生涯見られないというのに……」

 

 奥から現れた男性は彼女の父であるルドマンさん。人間界きっての大富豪の彼はラフな部屋着姿で怪訝そうに果実酒の入ったグラスを傾ける。

 

「孫なら今にフローラが頑張ってくれるはずよ。たぶん」

 

「あれは旦那の方に問題があるからな……先が思いやられる」

 

 そしてそのまま、彼らは話に没頭してしまう。

 

 未だに孫の姿を拝めないことを嘆くルドマンさん。

 

 デボラさんの候補は引く手数多だそうが、肝心な本人の選り好みする性格は健在で、進展はないとか。しかし性格のせいで誰も寄り付かないあのデボラさんよりはマシなのではないだろうか。

 

 次女の家庭は二人の時間を大切にしたいだとかで十数年。両親は心を揉むばかりだが、いつまでも変わらない二人の関係、それも素敵な愛の形かなと子供ながらに思ったり。

 

「……ああ、放ったらかしにしてしまったわね」

 

「大丈夫です!」

 

 私、待つのには慣れてるから。待つだけじゃなく、根気強く探すのもね。

 

「ここへは観光へ来たの?」

 

「はい」

 

「おお、それならば存分に寛いでいくといい。温泉も水浴場も何でも揃っているからな」

 

 温泉。そういえばこの街の外観がかなり変わっていたから、私の知らない施設があるのかもしれない。

 

「来たばかりだとここのことあまり知らないでしょ。良かったら案内するわ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 さて、こうして街へ駆り出されたわけだが、サラボナは以前にも増して賑わいを見せていた。中には水着のままで歩く家族連れもいて何事かと思わせるほどだ。

 

「今ではこのサラボナそのものが、パパの手によって大型商業施設に生まれ変わってしまったわ」

 

「あー、あのやたら大きい建物ですか」

 

「ええ。そしてその実態は温泉と水浴場が一体になった今までにないレジャー施設よ。様々な環境と香りで温泉が楽しめ、水浴場には子供も楽しめるアトラクションが用意されているの。これによって幅広い年齢層から顧客を集めているわ」

 

 ルドマンさんは豪商と聞くから、現実でもこれくらいしてもおかしくないだろう。

 

「屋内には雑貨や記念品も売ってるから帰り際に買っていけるし、あらゆる点で死角なしよ」

 

 以前にカジノを大型船に建設する斬新な事業を行ったルドマンさんだが、今度は火山の地熱を利用することに目をつけたらしい。

 

「あらデボラ姉さん」

 

「おはようフローラ。今朝は騒がしいわね、どうかした?」

 

 清らかな青い髪の女性が、急いだ様子で歩いてくる。彼女はその途中で姉の存在に気づき足を止めたようだ。

 

「はい。私の水晶玉に反応が」

 

「それは、勇者が近くにいるということかしら?」

 

「定かではありませんが……あら? その子は……」

 

 視線が、私に向けられる。

 

「ポピレアといいます! デボラさんとは故郷でお世話になりました!」

 

「ポピレアちゃん……何か、不思議な力を感じます」

 

 フローラさんは私から何かを感じ取るように、眉間にシワを寄せる。なんだと言うんだろう。

 それに、勇者という言葉も気になる。兄さんのことではないのか。知られていないということは魔王すら存在しない世界だったのか。

 

「もしかして、ポピレアがー―」

 

「少し、違う気がします。ですが、探している人物ではあるかもしれません。後ろのお二人も」

 

「えっと、話が見えないんですが……」

 

「フローラ、説明が足りないわ」

 

「あっ、ごめんなさい。実は……勇者と導かれし7人の仲間を探せとのお告げがあったのです」

 

「勇者だなんて伝記じゃあるまいし何かの冗談だと思ったけど、生憎フローラの占いって外れたことないのよね」

 

 勇者を探せ。昔お父さんも同じことを言われたことがあったらしい。それは魔界にいるおばあちゃんを救うために紡がれた言葉ではあったけど、事態の大本には魔王がいた。

 

 勇者という言葉のその裏にあるのはやはり魔王か。

 平和だと思ってたここは、魔王が討伐された後ではなくら未だに訪れていない世界だったのだろうか。

 

「勇者と7人の仲間……それを探してどうするんですか?」

 

「それは、勇者様のお力が必要になったかとしか……いずれ来る災厄に備えて強き意志の持ち主を探せ、と」

 

「でも肝心の勇者がどこにいるか検討もつかないのよね。そんな大事な勇者サマがぽっと湧き出るようなものでもないと思うから、どっかで隠れて暮らしてたりするのかしら」

 

 災厄、それと居場所のわからない勇者。勇者が私の兄ならばまだ見つけやすいが……過去に行った私は一体何をしてきたんだ。

 まるで脅威は去っていないじゃないか。

 

「……俯いちゃって、気分でも悪い?」

 

「いえ、勇者に少し心当たりが。場所まではわかりませんが」

 

「本当ですか! ……押し付けがましいですが、探すのを手伝っては下さいませんか? 私達二人では、どうにも手が足りなくて」

 

「分かりました。私も無関係ではないようですし、可能な限り協力させていただきます」

 

 責任も、取らなければならないだろう。

 

「ありがとうございます。私にはこの水晶がありますので、手分けして探しましょう」

 

 ティムアル兄さん、あの場所にいるといいけど。




観光旅行パート1


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旅行前記4

 フローラさん達と別れて私達はアルカパへ向けて北上していた。

 勇者が隠れる場所といえば妖精の国あたりが怪しいが、崖に阻まれて船では上陸できない他、魔法の絨毯もないしマスタードラゴンも呼びかけに応じてくれないため今は捜索の術がない。

 

「ねえベネットお爺ちゃん。勇者について何か知ってることない?」

 

 ポートセルミより出港した船の上で、私は尋ねる。ここでの世界のこと、歴史でさえ私は何も知らないと今更気づいたのだ。

 

「勇者、のう……生憎かつて世界の支配を目論んだ魔王を、彼の者が退けたという伝承しか知らんのですじゃ」

 

「そっか……」

 

 年長者だからという理由で訊いてみたものの、あまり多くの情報を持っていないようだった。

 それ自体は残念ではあるが、大昔に顕現して以来勇者の姿はなかったという情報が知れただけでも聞いた価値はあった。

 

 その後、ベネットさんは頭を捻りながら頑張って思い出そうとしてくれたが、魔王の手先の幻影を打ち破った真実の鏡の話と、既知の事実であったためそれ以上の情報は得られずのまま。

 

 

 することもないのでしばしの間甲板から広大な海を眺める。

 

「海が珍しいのですか? ラインハットからはあまりよく見えませんからね」

 

「ううん。広いなーってぼんやり思ってただけ」

 

「確かに。あの地平線の先にもまた海が広がっていると思うと、偉大ささえ感じますね」

 

「うん……」

 

 隣で同じようにして海を眺めるピピンが、しかし手すりにも寄りかからず兵士然と立って私に同調してくれる。

 よく、揺れる船上であの姿勢を維持できるものだと少し思考が逸れる。ちなみにお爺ちゃんは少し休むと言って船内に戻ったようだ。

 

「姫、無理をなされてはいませんか?」

 

「え?」

 

「時折、姫は思いつめたような顔で俯かれます。ご自身を責めるような、そんな表情に痛々しささえ覚えるのです」

 

 ピピンが突然、真剣な顔でそのようなことを言うものだから私は少しの間呆けてしまった。そして、まさにそれだと言われんばかりに私は俯いてしまい、

 

「あはは……顔に出ちゃってたんだ」

 

 乾いた笑いを漏らした。

 

「私は仕方なしに同行をお許し頂いた一介の兵に過ぎませんが、それでも姫の旅の苦悩を取り払いたい。そう思っております」

 

 だから溜め込まずに話してほしい。ピピンはそう言った。

 でも私は躊躇ってしまった。信じることが怖かったのか、懺悔が怖かったのか、正直なところは分からない。

 

「心配してくれてありがとう。でもこれは私の問題だから」

 

「……分かりました。いずれ、お話してくれることを待ち望んでおります。その時はこのピピン、親身にもただの不満のはけ口にもなりましょう」

 

「うん。ありがとう」

 

 本気で心配してくれることに申し訳無さを覚えながら、私は耳に着港の準備を始める威勢のいい船員たちの声を聞いていた。

 

 

 

 港についてさらに北上すれば、見えてきたのは私の記憶と大差ないアルカパの街並みだった。

 人間界一の接客と部屋数を誇る宿屋へ向かえば、そこに母はいた。

 

 今や若くして女将となった眼前に立つ母ビアンカは、当然のように私を接客した。

 そう、私を一客として認識したのだ。当たり前かもしれないがなんだか寂しい。

 

 そうやって気を落とした私の表情を読み取ったらしいピピンがこちらを見るが、何も言わないでいてくれた。ごめん。

 

 母に泊まるつもりがないことを告げ、ティムアル兄さんがいないかだけ訊いたが、そもそもそんな人物知らないとの返答だった。

 母と一緒にいる可能性にもかけていただけに残念である。

 

 

 アルカパでは特に兄さんの情報も得られそうになかったため、一度東へ進んで次の村を目指す。

 

 お父さんの育った村でもあるサンタローズ。第二の故郷だと、穏やかな目で父は語っていた。それ故に村が襲われたことには相当のショックだったらしい。

 

 私もあの凄惨な様をよく覚えている。何が行われたかを想像すると少し吐き気がしたが、お父さんはその比ではなかったと思う。

 

 復興後も何度か訪れた。まだ葉の青い草木が初々しく、だが決意を持って空へ伸びている姿が希望の象徴のようで眩しかった。

 

 だがここにはそれがない。復興前の、いや、壊されることのなかったサンタローズがここなのだろう。清らかな風を運ぶ緑が心までも穏やかにする。

 

 好きだ。

 直感でそう思った。

 

「やあ、ポピーじゃないか」

 

 大きく空気を吸い込んでいると、声をかけられる。爽やかに笑顔を見せたその男性は、逞しい肩に桑を担いで、頭に紫色のターバンを巻いていた。

 

「お父さん!」

 

「お、お父さん!? ……あはは、確かにそれくらいの歳の差があることは承知しているけど」

 

 しまった、失言だ。

 

 しかし父に会えたことによる喜びを抑えきれなかったのは仕方がない。その後ろで祖父がいたことで、私の興奮度にも拍車がかかっている。

 

「それに、君は王女で僕は農民。身分の差だってある。それでも二人で乗り越えるって誓ったじゃないか」

 

「ち、誓った……?」

 

 一体、なんのことを言っているのだろう。

 いや、考えれば私が知らないのは当たり前の話なのだけど、今の発言はまるで……

 

「まさか、忘れてしまったのかい? ああ……やっぱり下賤な者とは嫌だから全てなかったことにしたんだね……」

 

「狼狽するな、リュカ。王女の様子がいつもと少し違うのに気がつかないか」

 

 祖父が鋭い眼光で父の隣に立つ。流石のお祖父ちゃんは洞察力が他人とは段違いのようだ。

 

「うん。雰囲気はいつもと違うけど、それでもポピーはポピーだからさ」

 

 例え外見や性格が変わったとしても、その魂が同じなら何度だって愛せるよ、と続ける彼。

 魂ってなに。

 

「しかしリュカ、その魂にも僅かな差が見受けられます。この方はポピー王女に限りなく近い何者かですが、私達の知っているポピー王女ではありません」

 

 そこへ割っていったのは穏やかな口調で父を諌める女性だった。あの姿は……おばあちゃんだ。

 生きている。私の家族はみんな生きているんだ。

 

「……本当だ。よく気がついたね、母さん」

 

「こういうことには長けていますからね。リュカはもう少し見る目を養うべきです」

 

「やれやれ、私には何のことかさっぱりだ」

 

 父と祖母は何やら私を見ながら魂論議に花を咲かせるが、ここは祖父の意見に賛同するばかりだ。

 

 後ろでは「姫はこんな男のどこがいいのか……」とピピンが勝手に嘆いているし、もうどうしたらいいんだろう。

 

 うぅ……ええい! この際だ。全て話してしまおう。世界は違えどこの人達は私の家族だし、大丈夫!

 

「あの、お話があります! お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん!」

 

 私が声を上げると、突然のことに三人は驚いたようだが、大事な話ならとおばあちゃんが家へ入るように勧めてくれた。

 事情をまだ一切話せていないが、全て包容してくれそうな優しさに涙が出そうだ。

 

 

 そして、ついでにピピンとベネットお爺ちゃん、その場にいたサンチョにも加わってもらい、私はここに来た経緯を知り得る範囲で話したのだった。

 

 その反応はやはりというか、皆一様に驚いていた。

 

「ふむ……未だ理解が追いついていないがつまり、ここは本来辿るはずだった未来ではなく、家族だった私達も別々の場所で暮らしているというわけか」

 

「大体それで大丈夫だよ、おじいちゃん!」

 

「……その呼び方、慣れんな」

 

「僕とポピーが恋人じゃなくて親子だなんて信じられないよ」

 

「私としてはお父さんが恋人っていうのが信じられないけど……」

 

 確かに結婚するならお父さんみたいな人と、みたいな考えはあったけど本当にそうしたいわけじゃない。

 ただ、私がもう少し早く生まれていたら、なんて考えなくはない。結ばれたいわけじゃないけど。

 

 そもそも親子で結婚なんかできないし……あ、でもこの世界では他人だから大丈夫か。別に羨ましいなんて思わないけど。

 ここの私はお父さんにウェディングドレスを着せてもらえるのか……そっか。

 

「ポピー、顔赤いけど大丈夫? 横になるかい?」

 

「っ! 平気平気! とにかくっ、お父さんはこの世界の私とどこまでっ……じゃなくて、勇者の居場所について知っていることはありませんか?」

 

 あ、動揺しすぎて話が飛躍した。まあ、訊きたい事でもあったしいいか。

 

 その言葉を聞いて祖父とサンチョさんが反応を示した。そして一言ついてくるように命じられたのだった。




「ごめんピピン。これは私の問題だから」→すぐ話す(しかも他人に)

彼には件の話がそれだとは伝わってないためまだ大丈夫です。ポピーに関することは家族にも話していないですし


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旅行前記5

 私達は祖父に連れられ、さらにさらに北上し川を越えてうす暗い洞窟へとやってきた。

 

 ここは確か、以前にお父さんと訪れた場所だ。最奥には古ぼけてはいたがこの上なく上質なマントが納められていたのを覚えている。

 しかし中は既に魔物の根城となっており、お父さんでさえ苦戦を強いられるような精強なモンスター達が跋扈していた。

 

 魔物がいるのはここでも同じようだが、外でもそうだったように弱い者ばかりしか見受けられない。嵐の前の静けさとは、こういうことなのだろうか。

 

 で、ここに来た理由は奥にある勇者の武具を取りにきたためだとおじいちゃん。

 勇者の到来を待ち望んでいたらしい祖父は、その人物を探す私達の存在に内心歓喜したようだ。顔には出てないけど。

 

 そして私達には道中の魔物の掃討を頼むと言われた。しかし悟りの副作用か、こと戦闘では動きが鈍くなる今の私達では却って祖父の邪魔になってしまう。おじいちゃんなら一撃でここらの魔物を葬れるだろうし。

 

 そう返したらなんと祖父も「戦士」の悟りを開いていたらしく、本調子を出せず困っているのだという。

 

「どうも胡散臭い話だったが、彼女の言葉は私の心理を突いたものだったのでな」

 

 仕方なしに引き受ければ今の体に。しかしこうして初心に帰ることも鍛錬になると剣を振るう祖父の堅実さには頭が下がるばかりだ。

 私は彼に倣いメラをそこらで走り回るアルミラージに放っていく。素早く捉えにくいが、火球を三発ほど当ててやればすぐに動かなくなった。

 

 しかし数が多いな。これだけ魔物が部屋を埋め尽くしていたら一人で対処するのは大変だっただろう。

 

「姫、お怪我を……!」

 

「これくらい平気だよっ」

 

 ピピンが脚の擦り傷を見つけて気遣ってくれるが、この程度本当になんでもない。魔界ではもっと大変だったから。

 しかし見兼ねたのか慣れないホイミで治療をしてくれるピピン。お礼は言っておくけど、魔力の節約はちゃんとしてね。

 

 

 体を動かしている内に、段々と魔法の使い方を理解してきた。まあ魔法を使うだけなら前もできたけど、今度のは閃きに近いというか、その型を理解しているというか、不思議な感覚だ。

 

 これも悟りによるものだろうか、そんなことを自分の発したメラミが着弾するのを見届けながら考える。

 すると物陰から現れたベビーパンサーが土煙に紛れて私に襲いかかる。身を屈むよりも前に私の口から呪文が出た。放たれるは眠りの魔法。

 

 ラリホーはすぐに効果を示したが、ベビーパンサーの勢いは収まらない。まあ、空中だったしね。

 

「むぐっ!」

 

 私の顔に程よく柔らかい腹が当たる。ふかふかだ。

 

 すぐに心配して駆け寄るピピンたち。私は無事だよ、倒れて後頭部を強打したのと爪があたって怪我したのを除けばね。

 

 

「いてて……ホイミじゃ痛みまでは引かないみたいだね」

 

「力及ばず、申し訳ありません。しかしあの憎き獣は私が仕留めてみせます。しばしお待ちを!」

 

 そう言ってピピンは地に横たわるベビーパンサーへ向けて「ザラキ!」と勢いよく唱えていく。それを受けた豹の子は死の眠りへと誘われていったようだ。

 

「ピピンはさっきからそればっかり使ってるよね」

 

「敵を手っ取り早く片付けることで姫……いえ、皆さんに危害が及ぶ危険性を減らしているのです」

 

「へえ……」

 

 ピピンなりに考えての行動だったんだなぁ。……どう見ても楽しんでるみたいだけど。

 

 そうして、なみいる魔物の群れを祖父と共になぎ倒していくピピンを眺めながら、私達は奥へ奥へと進んでいく。

 

 

 進むほど魔物は強くなっていくようで、戦闘の勘を取り戻しつつあるとはいえ私達は苦戦を強いられていた。

 

 広範囲に撒き散らせるようになった火炎の魔法で徒党を組むマドハンドを対処しながら、隙あればおじいちゃんやピピンと対峙する屈強なボストロールへ火球を投げつける。

 

 ここまでくるといよいよ息が上がってきた。ベネットお爺ちゃんは私達の間で休憩中だし。

 

 そしてよくよく聞くとこの管理体制は祖父が祖母の協力を得ながら作ったとのことらしい。

 

「……え、魔物が勇者の武具を守ってるの!?」

 

「うむ。これだけの数ならば安々と賊を撃退できるだろう。それに侵入者がいればマーサに連絡がいき、すぐさま私が駆けつけられるようになっているのだ」

 

「ふーん、よく出来てるんだなぁ……」

 

 じゃあ管理者用に抜け道とかないのかと聞いたが、万が一利用されても困るので無いと即時に返された。

 本当だったら一人でこれだけの数を相手して進むつもりだったのか、流石だ。

 

 

 そして最終層と言われ辿り着いた先にいたのは一体の機械兵と祭壇に刺さる剣、それから防具一式だった。

 

「キラーマシン!? 魔界の魔物までいるんだ?」

 

「ザラキ!」

 

 ピピンが前に出て死の呪文を唱える。見たところ何も起こっていないようだけど。

 

「効かないよ、ピピン……」

 

「まだまだっ、ザラキ!」

 

 しかしなおもキラーマシンに変化は見られない。そして三度目のザラキでようやくピピンも「そんな……」と状況を理解したようだ。

 むしろ即死の魔法がこんな重要な立ち位置の番人に効いたときの危険性を考えてほしいよ。

 

「ピピピ、ガーッ!」

 

 天空の守護者ことキラーマシンは既に私達をターゲットと捉えたようで、攻撃の体勢に入ってしまった。

 

 キラーマシンの左腕から矢が弾き出されて足元に突き刺さる。続けて矢が数本放たれるが、おじいちゃんが剣で全て叩き折ってしまった。すごい。

 

 そのまま斬りかかっていく祖父に合わせてキラーマシンも曲刀のような得物を振り下ろす。鍔迫り合いの最中、クロスボウ状になった左腕を祖父の腹に向けてキリキリと弦を張る。

 

「このっ!」

 

 すかさずピピンが槍を腕に突き刺して上に逸らした。暴発した矢が天井にぶち当たって石の破片が落ちてくる。凄まじい威力だ。

 

 そして攻撃を妨げられ激昂したらしいキラーマシンは弓を連続で引き辺り一帯を破壊し始める。

 

「うぐっ……」

 

「ピピン!」

 

 流れ弾から私とベネットさんを守るためにピピンが庇ってくれたが、肩と太ももに矢を受けてしまった。深々と抉られた傷は、見ているだけでも痛い。

 

「私のことは構わずパパス殿を……!」

 

 彼の言葉に祖父を見れば、攻勢の激しい敵に対して防戦一方な姿が映った。私達を庇うために矢を素手で掴んではその手を血塗れにしている。

 私、完全に足手まといになってる。

 

「これ以上は……」

 

 おじいちゃん一人に任せるわけにはいかない。私は立ち上がり、杖を前に掲げた。

 

「おじいちゃんっ!」

 

 私の声に、祖父は視線を僅かにこちらへ向けると横へ跳んだ。そして唱えるのはメラゾーマ。熱量の高い火球は着弾とともに大きな音を立て火柱を上げる。

 

 しかしキラーマシンはいとも容易くそれを躱し、ボウガンを引き絞る。そうはさせまいと私は続けざまにベギラゴンを唱え魔物を火の海に放り込む。

 

 それでもキラーマシンは余裕を見せるように、炎の中から矢を放ってきた。だがベネットさんのヒャドがそれを阻む。

 

「ありがとう!」

 

 彼のおかげで、次の呪文にすぐさま移ることができる。ベネットお爺ちゃんは矢一本しか防げないことを恥じていたが、十分だ。ヒャドを攻撃以外で使うなんて発想も私からしては目から鱗だし。

 

「ルカナン!」

 

 軟化の魔法をキラーマシンに、特に左肩辺りを中心にかける。途端に硬そうだった金属部分が緩む様子が見える。

 その反撃とばかりにキラーマシンはボウガンを私に向けた。

 

 しかし流石にもう、魔力が尽きた。

 道中もそうだが、今の連発は結構堪えたな。

 ベネットさんもすぐにはヒャドを放てないようだし、矢を防ぐ術がない。

 

 放たれた矢は、私目掛けて飛ぶ。

 

 時間の流れが、遅く感じる。矢がゆっくりと私との距離を近づけていく。

 

 そして……

 そして矢は私の、足元へと落ちた。

 

「ガッ!」

 

 機械兵の左肩から下は、背後から襲った祖父によって切り落とされ、切断部から火花を散らしていた。

 

「無事かっ! ポピー王女!」

 

「うん、間一髪ね……」

 

 内心、死ぬかと思った。おじいちゃんがもう少し遅ければどうなっていたか分からない。

 

 しかしこれで、キラーマシンは凶悪な武器を一つ失った。これでぐっと戦いやすくなる、そう思った矢先、

 

「ガーッ! ピッ! ガガッ!」

 

 突然キラーマシンは上半身部分を高速で回転させ、奇怪な音を発する。守護者が暴走って管理どうなってるの!

 

 そして一番の脅威はキラーマシンのその目から熱線が放たれたことだ。当てられた地面は焼き切られ、切り口が赤々と熱を放っている。

 

 今も暴走を続ける殺人兵器は、やけに明るくなった室内で憤りを滲ませるように赤い目を光らせた。




インフレーションの末…



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旅行前記6

 キラーマシンは、ひとしきり目から火を吹いたあと休息とばかりにその場で動かなくなった。

 しかしどうやら力を蓄えているような雰囲気で、機能を停止したわけではなさそうだ。

 

 次の手が来る前に、倒すか頭部を破壊するかしなければ全滅もあり得るだろう。だが、エネルギー切れかと思えばその機械兵は強襲した祖父の剣を今も難なく捌いているため、好機が来たわけではなさそうだった。

 

 さらに祖父が一撃加える間に相手は二度曲刀を振り下ろすため、戦闘能力は上がっているようだ。

 

 しかし向こうが剣にだけ集中しているのならば、私もやりやすい。

 

 少しだけ、深呼吸をする。魔力はあまり戻っていないけど、やるしかない。

 

「ルカニ!」

 

 今度はキラーマシンの右腕の関節部分を軟化させる。あれだけ激しく動いていればそれだけで自壊してくれるに違いない。あるいは、

 

「はあぁッ!」

 

 おじいちゃんの剣が相手の得物に激しくぶつかれば、そこから伝わった衝撃がそこに大きな負荷を与えてくれるはずだ。

 

 そして祖父の猛攻の末、音を立ててキラーマシンの腕は崩れ落ちた。残るは目だけだ。

 

 祖父もそう思ったのか、剣を突き出してキラーマシンの頭部を狙う。が、キラーマシンは予備動作なく、目から細い光線を放って彼の肩を撃った。

 

「うっ……」

 

 祖父の手から剣がこぼれ落ち、カランと金属音が響く。何らかのチャージが必要だと思い込んでいたあの攻撃に小出しするような使い方があったとは、機械兵の狡猾な一手に歯噛みするばかりだ。

 そして続けて膝も負傷させた戦士を前にキラーマシンは、どこか余裕を含んだ動作で目に光を集めていく。

 

 このままでは祖父が撃たれてしまう。私は必死でメラミを放つも、あまり効果を為していないようで、炎は金属の体に弾かれる。

 

 どうすれば、奴を止められる?

 

 走って助けに行こうにも、私が何かできるわけでもなければ足場は先の熱線でボロボロだ。とても走れる環境じゃない。

 無事なのは勇者の武具から向こう側の床と壁のみである。

 

「……? そういえばどうしてあそこだけ……」

 

 そう呟いて理解した。理解してすぐ走り出した。先程は走れる環境じゃないと称したが訂正する。無理しなければ(・・・・・・・)走れる環境じゃない。

 

 私はその途中で、何度も転んだ。赤々と熱された地面が私の腕や足を焼いたが、構わず走った。目標は兜。その裏が安全ということは、その防御力を考えても確信を持てるだろう。

 

 そこへ祖父を連れ出せれば、今回は無事でいられるだろう。

 

 しかし私が兜の元へ辿り着く寸前、発射間近だったキラーマシンがこちらを振り向く。

 

「ギラ」

 

 放った小さな火炎がキラーマシンの頭部に纏わりつき、視界を遮る。それにより野太い光線が直後にあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「まあ、仮にも守護してるんだし、そういう行動に出るよね」

 

 勇者の武具が無傷で、明らかに意図的にそれらを避けて攻撃していたところを見ると、この機械兵は守るべき対象を認識している。

 ならばその対象が狙われたときの対応は、一つしかないはずだ。

 

 私は光線が収まるのを待ち、止んだ瞬間にすかさず杖の先端をキラーマシンの目に叩きつける。カツ、と軽い音がなる。

 

「通っ……れっ!」

 

 杖を押し込んでいき、ルカニをかけてやれば僅かにヒビが入る。

 

「もう少し……!」

 

 その目からまたしても光線が発射され、私の頬を掠める。大丈夫、射線はある程度私が操作できる。

 

「これで……終わりっ!」

 

 私は体に残っていた魔力をかき集め、何とか練り上げると、キラーマシンの後頭部めがけて爆裂魔法を放った。

 

「イオっ!」

 

 がくんと衝撃が伝われば、痛みに耐えなければならないのはどうやら私らしかった。焼けた腕に走る激しい疼痛を無視しながら二度目の爆発に合わせて杖を押し込む。

 

 パキ、と割れる音が聞こえればキラーマシンは活動を止め、膝から崩れ落ちた。

 

「終わった……」

 

 急激に襲ってきた脱力感から私はその場で座り込んでしまう。今まで私がいかに人に頼って戦いをこなしてきたか思い知った。

 

 それから私はおもむろに袋から青色の石を取り出して祈りを込める。ほんの少しだが、疲労と傷が回復したように感じる。

 賢者の石は念じればそれを触媒に身体の内側から肉が再生していく優れ物だが、過去へ行くため色々準備している中の荷物に入っていたようだ。

 

「どうにか片付いたようだな」

 

「おじいちゃん、平気?」

 

「うむ。その石が私の傷をも癒やしてくれたようだ」

 

 傷がないことを確認するように肩を押さえる祖父。彼だけでなく、ピピンも無事だったようだ。しかしその側には人間大の気になる箱が一つ存在した。

 

「えっと、その棺桶は?」

 

「ベネット殿が私を庇い、息絶えてしまわれましたが聖なる加護による処置はどうにか間に合いました。これならば教会にて魂を喚び戻してもらえるはずです」

 

 ピピンの話によれば、人は死ぬとその肉体を急激に風化させてしまうらしいが、その前に外界の影響を受けなくなるという神聖な棺桶に入れてしまえば、還魂の処置により生き返らせることが可能だという。

 

 人はすぐに屍になる。そうなってからでは魂が戻るべき場所を失い、二度と還ってくることはないのだ。

 

「さて、もはや気づいてはいるだろうが、そこにあるのがかつて勇者が身に纏いし武具たちだ」

 

 思わず会話に花を咲かせてしまった私達を遮り、おじいちゃんが祭壇の上を指し示す。

 

「当然ではあるが、これらは勇者にしか身につけることができない。故に特定の人物を探すにこれほど優れた道具はあるまい。この装備があれば四手に分かれて人探しが出来よう」

 

「なるほど」

 

 お父さんも勇者の剣を携えて勇者探しのために各地を旅していたらしいし、理には適っているのだろうか。

 

 その後魔力の回復した私は洞窟から帰還する魔法を唱え、村へ飛んで帰ってきた。ベネットお爺ちゃんもきちんと蘇生してもらっている。

 

「大変だったねポピー。後でゆっくり休むといい」

 

「う、うん」

 

 このお父さん、優しさは変わらないけどなんか変な感じ。私をどういう対象で見ているかによってちょっと雰囲気が変わるみたいだ。

 

「それで、これからは僕、サンチョ、父さん、それと君達の四つに分かれて勇者を探すことになったよ。ああ、サラボナの占い師って人を数えると五つかな」

 

「こんなに協力してもらっちゃって……ありがとう、お父さん」

 

「うん。僕には他にも探すものがあるし、気にしないで」

 

 頭の上にポンと手を置かれる。急にお父さんらしく振る舞わなくても……なんだかもどかしい気持ちだ。

 

 

 体の疲労感が限界まで達し、その場で眠りに落ちてしまった私。目を覚ましてブランケットがかけられていることに気づく。横ではお父さんが微笑みを交わして祖父と話をしていた。

 

 ふと、サンチョの姿がないことを疑問に思うと、街へ出かけていったと教えてくれた。

 なんでもこれからの旅に船がどうしても必要になってくるとの話で、そのための資金を単独で稼ぎに行ったらしい。

 

 商人の悟りを開いたらしいサンチョは、武器商を展開して稼ぎ込むのだという。ここのところずっと商売をしたい欲に駆られていた彼は、客の中に勇者がいないか探しながら居座るつもりとのこと。

 

 船を買うだなんてかなり時間がかかるのではないかと訊くと、倒した魔物が落とした鉄の槍やら兜が大量に保管してあるそうで、船の方も造船関係の知り合いがいるらしく資金面はある程度抑えが利くらしい。

 

 旅先で魔物から戦利品を得ることもあるだろうから、サンチョに渡せば利益のある程度を貰い路銀に充てることができる。良い関係性だ。

 薬や羽でも構わないが、魔物が力を増しいていく中で住民の防衛の意識が高まる今が武器屋の儲け時、らしい。

 

 しかし船が用意できるまではやはり少しかかりそうなので、一度フローラさん達の元へ訪れてみようと私は早速ルーラを唱えた。

 

 そこには、まるで祭りが行われる前の喧騒が響いていた。




魔物達にこんな酷なことをさせるのは誰なんですかねぇ…(すっとぼけ)


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