夢の守り人の人理修復 (クウキ)
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1話 旅の再来

スランプ気味になってて別作品が進まなくなったので、それの解消も兼ねていくつか考えてた妄想を書き連ねました。
ちなみにこれ以外だと異聞帯パラダイス・ロスト、異聞帯ヘルヘイムとか考えてました


 鳥のさえずる声。草木が風になびく音。さわやかな風。

 その全てが心地良く感じられたし、それに合わせて感じる太陽のぽかぽかとした日差しもまた眠気を誘うものだった。

 

「……いい気持ちだ」

 

 男が呟く。両脇で寝ている仲間に目をやると、二人ともまたスヤスヤと眠っていた。

 顔がにやけているので、何かいい夢でも見ているのだろうか、とも思いつつ、男自身もまた目を閉じた。

 ああ。こんな時間が、ずっと続けばいいのに。そんな彼の願いが叶えられる事はない。

 

 彼はこれから、死ぬのだから。

 

「死にたくない、か。まさか俺が、そんな事を思うなんてな」

 

 思いを馳せたのは、いつかの間違った世界。

 死にたくないという自分の想いを利用され、しかし最後には自分自身でそれを否定した。

 何故今の自分がそれを覚えているのかも分からないが、まあ、そんな事もあるのだろうと深く気に留めない。

 

 

 妙に深い眠気が男を襲う。おそらく、その「時」が来てしまったのだろうと悟った。

 死ぬことに対して恐れがないわけではない。

 しかし、間違った世界で彼は知った。

 自身が死んだあとの世界を託せる存在──自身と同じ様に、仮面の宿命を背負った戦士たちがいる事を。

 

 ならば、男に恐れはあっても悔いはない。

 思う事があるとすれば、そう。

 せめて残された夢だけは叶ってほしいものだ。

 そんな事を思いつつ、彼はまた眠りに身を投じた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──塩基配列 ヒトゲノムと確────確認でき■せ──

 

 

 

 ──塩基配列 ヒトゲノムと確認

 

 ──霊器配列 善性・中立と確認

 

 

『ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。ここは人理継続保障機関 カルデア』

 

『指紋認証 声紋認証 遺伝子認証 クリア。魔術回路の測定……完了しました』

 

『登録名と一致します。貴方を霊長類の一員である事を認めます』

 

『はじめまして。貴方は本日最後の来館者です』

 

『どうぞ、善き時間をお過ごしください』

 

 

 

 

 昔々、あるところに男の子がいました。その男の子は、自分の夢を持っていませんでした。

 

 旅をしていた彼はあるとき、ささいな事から人間を襲う怪物と戦うことになりました。

 

 彼は戦いの中で色々なものをみました。身勝手な人間。優しい人間。身勝手な怪物。優しい怪物。

 

 その中で彼は戦いつづけ、戦いが終わった後には自分の夢を持つことが出来ました。戦いの中で知り合った大切な友達の語っていた、世界一優しい夢を。

 

 ──さて、その夢とはいったいなんでしょう? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬を伝う感覚に刺激されてか、男はゆっくりと目を開けた。

 視界に映ったのは見慣れない天井と、彼の顔を興味深そうに覗きこむ白い毛の小動物の顔。

 

「何だ……ここ、どこだ?」

「フォウ! フー、フォーウ!」

 

 完全に状況が飲み込めない様子の男の顔を、小動物がペロペロと舐める。

 眠っていた自身を起こした時と同じ感触。おそらく、この存在が自身を起こしてくれたのだろうと納得した彼はゆっくりと体を起こすが、直後に首筋に痛みが走った。

 

「痛っつ……!」

 

 寝違えた時の鋭い痛みに、寝ぼけ気味の頭が無理やり刺激される。

 そこまで変な姿勢で寝ていたのだろうかと思っていると、彼に声をかける存在があった。

 

「あの、大丈夫ですか、先輩?」

 

 

 声をかけられた方を振り向く男。そこにいたのは、男より二、三歳程年下であろう少女だった。薄紫色のボブヘアで、整った顔立ちの少女。

 人形のような印象を感じさせる彼女は、物静かな声で、しかし心配している様子で彼に話しかけた。

 

「誰だ、お前」

「え、えっと、名乗る程の者ではないとか……コホン。どうあれ、質問よろしいでしょうか。何故先輩はこんな場所で眠っていたのですか?」

「……質問に質問で返すんじゃねえよ。お前、名前もないのかよ」

「いえ、名前はあるのです。あるのですが……すみません、口に出す機会がなかったもので」

「……?」

 

 少女の予想外の返答に、男はおもわず顔をしかめる。

 

「あの、失礼しました。改めて名乗らせて頂きます。私はマシュ・キリエライトと申します、先輩」

 

 マシュと名乗った彼女は、他人行儀な姿勢を一切崩すことなく男に一礼と共に自己紹介をする。「先輩」という独特な呼ばれ方に首を捻りつつも、彼は「まあいいか」と半ば無理やり納得した。

 すると、通路の奥からこちらに歩いてくる存在に気がつく。

 緑色のスーツに同じく緑色のシルクハットを被った糸目の男は、マシュを見つけると安心したような顔で彼女に近付いた。

 

「マシュ、ここにいたのか。あれほど勝手に歩きまわってはいけないと──おっと、先客がいたんだね」

「……あんたは?」

「私はレフ・ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人さ」

 

 自己紹介を済ませたレフは、誰にでも安心感を与える様な曇りない笑顔を男に向ける。

 それが、どこか気味の悪い印象をおぼえる。本人は社交的な面をアピールしている「つもり」なのだろうが、男にはそう感じられなかった。

 まるで笑顔という仮面の下から「警戒心」を向けられている様な。少なくとも、現時点でこの緑衣の男に対して良い印象を抱くことは、男にはできなかった。

 

「ところで君は……?」

「先輩はここで熟睡していたのです。それはもう、すやすやと」

「熟睡していた? ここで? ああ、さてはシミュレートを受けたね? 霊子ダイブは慣れていないと脳にくる。ということは、君は新人さんかな」

「……シミュレートとか、新人とか、何の事だよ」

「ん? 記憶に無いのかい? 新人さんとはいえ説明は受けている筈だが……ふむ。君、名前は?」

「俺の、名前……」

 

 一般的に、誰でも答えられる簡単な問い。そんな問いに男が答えようとしたその時。

 答えようとした男の頭を、ガン、と殴られたような気がして。途端に、声がでなくなった。

 

「! ……!! んだこれ、なんで……!」

「先輩? どうかされましたか?」

 

 いくら声を出して名前を答えようとしても、男の口から出るのは掠れた息の音だけ。だというのに、それ以外の声は何の以上もなく発声される。

 ──そもそも、自分の名前は何だったのかという疑問に至った時、男は脳内に起こっている違和感に気がついた。

 そう、それはまるで声として発しようとした単語が「頭の中から抜け落ちている」様な。

 

 その様子を見て、レフは「やはりね」と呟き、続けて言葉を重ねる。

 

「霊子ダイブが余程脳に来たのだろうね。珍しい反応だが、ありえない話ではない──おそらく一時的に記憶が混濁しているのだろう」

「……はあ」

 

 レフの説明が理解できないのは、自分が馬鹿だからなのか、それとも専門的な知識が絡んでいるからなのか。とにかく自分の脳に何かしらの負荷がかかってしまった、という事だけが男は理解できた。

 

「おい、ちゃんとその混濁っていうのは治るんだろうな? 自分の名前も分からないなんて状態、やってられるかよ」

「記憶の方は安心したまえ、ここには優秀な医療チームがいるからね。それに、君は正式にここに招かれた48人目のマスターだ。ならば……」

 

 レフはどこからか取り出した端末を開くと、それを手慣れた手つきで操作。

 いくつかのウィンドウを経由した後、男の顔写真と共に名前が表示された。

 

「ほらね。君の名前も書いてある」

「──乾、巧」

 

 乾巧。その響きに、男はどこか馴染みのある愛嬌の様なものを感じる。例えるならそう、長年使っていた道具の様な、ピッタリと手の馴染む感覚。

 これが自分の名前なのだろうと、男……否。乾巧は、確証のない確信を得ていた。

 

「しかしこれは重症だな。一度、自室に向かって休んでいるといい」

「ああ、どうにも頭が冴えねえ。そうさせてもらうぜ」

「そういうことでしたら、私がご案内します」

 

 手を挙げ、マシュが申し出る。

 それを見たレフが、興味深げに「ほう」と口に出す。

 

「君がここまで積極的に他人と関わろうとするのも珍しいね。マシュ、彼のどこが気に入ったんだい?」

「そう……ですね。強いて言うなら、人間らしいところでしょうか」

「なるほど。カルデアの人間は一癖も二癖もある人間ばかりだからね! 私も乾君とはいい関係が築けそうだ!」

「……そーかよ」

「おや、私は嫌われてしまったかな? ハッハッハ、では私は退散しようかな」

 

 

 

 その様なやりとりの後、レフはマシュに巧を任せ、彼が来た通路の方向にへと戻っていった。

 レフの後ろ姿を巧が意味ありげに見つめている事にマシュが気付くと、レフが去った事を確認して巧にそれを尋ねる。

 

「あの、先輩。レフ教授がどうかしたのですか?」

「……どうにも気に入らないんだよ、あいつ」

「はあ……?」

 

 ただ一言、そう吐き捨てられた言葉から感じられるのは不信感。

 単に相性の問題だろうか。マシュはそこまでそれを気に留める事もせず、行きましょうかと巧に告げると歩き出す。

 面倒くさそうな素振りを見せつつ、巧も付いていった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 マシュに案内された巧は、カルデアにある一室の扉の前まで来ていた。

 

「こちらが先輩用の個室となります」

「……そうか。じゃあ、俺は適当に眠らしてもらうぜ」

「お大事にしてください。では、私はこれで。またどこかでお会いしましょう」

 

 マシュは巧に大きく礼をした後、踵を返して立ち去ろうとする。

 大きな欠伸をしながら部屋に入ろうと一歩踏みだそうとして、巧はその動きを止め。通路の奥に消えようとしているマシュの方へ向き直った。

 

 

「──マシュ」

「っ、はい?」

 

 巧に初めて自身の名前を呼ばれたことに身体をビクッとさせながらも、マシュは巧の方を向く。

 難しい顔をしている巧が、言いづらそうに一言。

 

「その……ありがとな、色々」

「……はい!」

 

 一瞬の驚きの後、素直な感謝の気持ちに顔を朗らかにさせながら、改めてマシュは去っていった。

 残された巧は頭をくしゃくしゃに掻きながら、どこか恥ずかしさを覚えていた。慣れないことをしてしまったような、そんな気恥ずかしさ。

 

「……寝るか」

 

 少し考えたあと、結論はそれに至る。軽い様子の巧だが、記憶が無いことに対して思うことがないわけではない。

 しかし、どうせ自分が悩んでも仕方ない事なのだ。一時的なものであるなら心配する事もない──レフの言葉を信用したわけではないが。

 ならば今はこの眠気に従い、惰眠を貪るのが一番だろう。

 

「──は?」

「──ん?」

 

 そうして巧が部屋に入ったところで、その出会いは訪れた。

 部屋に入って第一に巧が目にしたのは、正に今食べていたであろうケーキを乗せた皿を片手にベッドで怠けている男。

 

「うえええええぇ!? 誰だ君は!?」

「あんたこそ何者だよ。ここ、俺の部屋らしいぞ」

「君の部屋? ここが? あー……そっかあ、とうとう最後の子が来ちゃったわけかぁ」

 

 肩をガックシとさせて項垂れながら「さようなら、僕のサボり場……」と呟く様子の男を、巧は呆れた様子で見つめる。

 程なくして元気を取り戻した男は、改めて巧に向き直ると自己紹介をした。

 

「ボクは医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。何故か皆からはDr.ロマンと呼ばれたりしているけどね」

「……乾巧だ。あんた、こんな所でサボってていいのか?」

「うっ、それを言われると正直色々と……そういう君はどうなんだ? 確か説明会があった筈だけど……所長のカミナリでも落とされたかい?」

「説明会?」

「あれ? 説明を受けてなかったのかな? それなら今からでも行ったほうがいいと思うけど」

「──実は」

 

 そこで巧は、自分の身に起こったらしき一連の出来事について説明した。その中には記憶喪失、マシュとレフとの出会い等のここまでの経緯も含めてある。

 全てを話し終わったあと、ロマニはどこか納得出来ない様子で首を傾けた。

 

「変だなあ。レイシフト候補として呼ばれたって事は適正が高いんだから、普通はそんな事起きないんだけど……って言っても巧君が覚えてないなら分からないか」

「正直ここがどこなのかも分からないんだが、ここはどこなんだ?」

「ああ、その説明をしておいた方がいいね。じゃあ、順を追って説明していこう」

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア。それが、巧の現在居る施設の名前だった。

 簡単に言ってしまえば、カルデアの使命は世界の未来を守る事。カルデアスと呼ばれる発明によって、未来に人類が自ら築き上げていく文明の光を観測する事で、現代の世界の存続を保障する。

 しかし、その観測結果に突如異変が起きた。それによると2016年に世界が滅びているという結果が知らされ、どうやらその原因は過去での時間の歪みにあるという事が判明した。

 

「それを防ぐために、レイシフトと呼ばれる方法で時間旅行して、時間の歪みである特異点を直しに──おーい、巧くん?」

「……頭が痛くなった。おとぎ話か何かかよ?」

「ああ、そっか。最初にこんな話聞かされたらそりゃ困るよね。しかしこれは事実なんだ」

 

 先程までの柔らかな笑みから一転、真面目な顔でロマニは語る。

 その様子からしてどうやらからかわれているわけではないらしいと巧は思うが、それならそれでこの空想じみた話に自分が巻き込まれている、という事になる。

 

「……ったく、どうすりゃいいか分からねえ」

「あはは……しかし、記憶喪失とは大変だ。僕が少し診て──うん? 通信?」

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?』

 

 ロマニの腕に取り付けられた機器からの声の主は、先ほど出会ったレフだった。

 彼からの要請を聞いたロマニは、どことなく焦った様子で話す。

 

「やあレフ。何かあったのかい?」

『Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下数名に若干の変調が見られる』

「なら、麻酔をかけにいこうか」

『急いでくれ。いま医務室だろう? そこからなら二分で到着できるはずだ』

 

 レフからの通信は切れた。

 同時に、巧の容赦無い言葉が飛びかかる。

 

「ここ、俺の部屋だぞ。 俺は知らねえからな」

「あわわ、何も言わないでくれよ……僕たちは友達だろう?」

「勝手に俺の部屋をサボり場にしといて、友達ヅラするんじゃねえよ」

「ガーン……うう、酷いぞ! 何も言い返せないけど!」

 

 不機嫌そうにしながらバッサリと切り捨てる巧に、ブーブーと抗議するロマニ。

 

「と、とりあえずミッションが終わった後にでも、医務室に来てくれよ。ここで会ったのも何かの縁だ、今度は僕からケーキを──」

 

 そしてそれは、唐突に起こった。

 

「……停電か?」

「まさか、カルデアで停電なんて……!」

 

 突然二人が居た部屋の電気が消える。そして次の瞬間、爆音がどこかで鳴り響く。その少し後に、薄暗くなった部屋に警報が鳴り響く。

 記憶のない巧にも分かる。それは、危険を意味するものであると。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました』

『中央区核の障壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから避難してください』

 

「今のは爆発音か!? 一体何が起こっている……!?」

 

 薄暗かった部屋は、警報と共に光るサイレンのライトで真っ赤に照らされている。それは正しく、今の状況を表しているのだろう。

 腰掛けていたベッドから立ち上がり、驚愕を浮かべると共に焦るロマニ。その横で、巧は一つの事が気がかりになっていた。

 またどこかでお会いしましょう。そう自身に告げた、彼女の事を。

 

「ッ──!」

「巧くん!? おい、どこに行くんだ!」

 

 居ても立ってもいられず、巧は駆け足で部屋を飛び出した。

 ロマニの静止が聞こえる気がしたが、そんなものを聞いている余裕はなかった。

 

「、はぁ、はぁ……!」

 

 息が切れそうな事などどうでもいい。

 困っていた自身を助けてくれたあの少女の事が頭から離れない。見捨てる事など出来るはずがなかった。

 ああ、そんな事出来る筈がない。目の前で誰かが傷付くのを、優しい面を秘めている彼は嫌う。

 少なくとも「今」の乾巧とはそういう人間なのだから。

 

「フォウ!」

 

 今尚全速力で走っている巧の前方から、小さな影が鳴き声と共にこちらを呼んでいるのを見つけた」

 わしゃわしゃとした白毛の小動物。巧が目覚めた時にいたのと同じ動物だった。

 

「お前……!」

「フォウフォーウ!」

 

 小動物が座っていたのは、とある一室の扉の前。小動物が示していたのも、何となくここの様な気がしていて。

 とりあえず入ろうと、巧が扉を開けた先に待つのは──地獄だ。

 

「──」

 

 今なお広がろうとしている火災。崩れた瓦礫。ちらほらと見える、瓦礫の下敷きになった人影。

 部屋の中央に鎮座する赤い球体。あれが、話に聞いたカルデアスなのだろう。

 

「おい! 誰かいないか!」

 

 精一杯巧が叫んでも、返事はない。ここにいないだけなのか、それとも──犠牲になったのか。後者を選びたくない巧は、夢中で火中に踏み入った。

 

「くそ、熱……!」

 

 自分が本能的に苦手なものなのだろうか。何となく火からなるべく離れつつも、巧は辺りを探す。

 

「……おい!」

 

 そうして、彼は探し求めていたものを見つける。頭部からは血を流し、巨大な瓦礫に下半身を覆われたマシュを。

 それを目撃した瞬間、彼の中で何かが壊れた気がして。無我夢中で、マシュに駆け寄った。

 

「あ、せん、ぱい」

「しっかりしろ!」

 

 血相を変えた巧が、励ましの言葉と共に瓦礫を持ち上げようとする。

 しかし、現実は非常だ。あまりにも巨大な質量を備えるそれは、巧の腕力を持ってしても持ち上がる事はない。

 

「……いいんです。私は、助かりませんから」

「うるせえ、黙ってろ!」

 

「自分を助けた少女を助けられない」自分への苛立ちから、思わず出る非情な言葉。

 荒い口調を恥じつつ再度思考。どうすれば助かる。どうすれば持ち上げられる。

 ──無理だ。そう結論が出たことには、何の不思議もなかった。

 悔しさから瓦礫を掴む手に力がこもり、血がポタ、ポタと地面に垂れる。

 

「クソ……!」

『中央障壁 封鎖します。館内洗浄開始まで あと 180秒です』

「あ……しまっちゃい、ました。これじゃあもう、外には」

 

 少女の悲観の表情に、悔しがる巧はどうしてやる事もできず、ただ目の前で立ちすくむしかなかった。

 その内、マシュの前で座り込む。俯く顔をマシュが覗きこむと、ただひたすらに悔しそうな表情が伺えた。

 どれほどの時が立ってからか。ポツリと、巧が喋り始める。

 

「……今の内に言っとく」

「え……?」

「借り、返せなかったな。悪い」

 

 何の事なのか一瞬マシュには理解出来なかったが、すぐ後に先ほど礼を言われた事だと察する事が出来た。

 そんな事を気にする必要はない。そう口にしようとしたマシュだが、一瞬口を噤んだ後に一言。

 

「……あの、では、一つだけ」

「なんだ」

「手を、にぎって、もらえませんか……?」

「……」

 

 一瞬考えたあと、自身を見上げるマシュの顔を見た巧は何も言わずに手を伸ばした。

 

「せんぱいの手、ゴツゴツしてますね」

「……男だからな」

「そういう、ものなのです、ね。しらなかった──」

「……ッ」

 

 安心した表情のマシュの目が、どんどんうっすらと閉じていく。

 声をかけてやるべきか、巧が迷ったその時。

 青白い光が、彼らを包み込んだ──

 

『全工程完了。ファーストオーダー実証を開始します』

 

 



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2話 新たな出会い

初投稿から時間かかった挙句、今回あまり話進んでなくてすみません。
時間確保出来たので、今度こそは近いうちに投稿出来るかと思われます。


 冬木市。

 周りを山地と海に囲われているその土地は、時期が時期ならとてものどかで過ごしやすい場所だったのだろう。

 ──現在、その町は目を覆う様な災害に襲われていた。

 

 

 

 

「フォーウ? フォウ、フォーウ!」

「……またこのパターンかよ」

 

 頰に伝う、覚えのある感触と呼び声に意識を引き戻される。

 瞼を擦りながら、倒れていた男──乾巧は起き上がった。

 

 何となく辺りを見回す。

 そこは先ほどまで居た火の海に包まれた一室ではない、完全なる外界──尤も、火の海、という点では同じだった。

 

 元はどこかの街だったのだろう。

 だが、街を形作っていたであろう街並みは今や見るも無残な姿となっている。

 

 街一帯を覆う炎はとどまる事を知らずに燃え続け、電柱やビルはまるで大地震でも来たかの様に倒壊している。

 

「暑っ……」

 

 今更ながらに、巧は自分の格好を自覚する。

 厚手の黒いコートにセーター。明らかに周りで火が燃え盛っている今の気温──というか、温度環境に適してはいない。

 どうりで蒸し暑く感じるわけだ、と巧はコートを脱ぐとそれをもういらんと言わんばかりに放り投げ──様とする手を直前で止め、少し形を整えた後に左手に掛け直した。

 

「マシュは、一緒じゃなかったのか?」

「フォーウ……」

 

 何を考えるにしても、いの一番に気になったのはマシュの事だった。

 しかし、巧の問いにフォウはか細い鳴き声と共に首を横に振る。

 

「……そうか」

 

 あの怪我では助からないというのは素人の巧にも明白だ。

 覚悟していた事ではあった。

 あったにしても──乾巧にとって、それは耐えきれない事だった。

 

「どこかにマシュがいるかもしれねぇ」

 

 それでも、ここで立ち止まりたくない。

 そう決意した巧はフォウと共に、荒れ果てた街の中にへと進んでいく。

 

 

 ──のだが。

 

 

 最初に感じ取ったのは、一定のリズムを保って鳴っている軽快な音か、それともそのあまりにも異質すぎる光景か。

 巧の前方、数十メートル先にそれはいた。

 赤黒い骨「だけ」で形作られている人型のそれが数匹。

 群れをなし、巧の方へ向かってきているのだ。

 

「んだよ、あれ……」

 

 申し訳程度に羽織っている布切れの隙間から見える「中身」は、明らかに骨だけ。

 骸骨の群れは、ケタケタと笑いながら巧達を囲っている。

 

 生に足掻く自分達を笑っているのだろうか。

 そんな事を考える余裕がある自分に対して巧は内心驚いていた。

 

「……なんだ、この感じ」

 

 明らかに常軌を逸した存在。だというのに、巧はどこか冷静にそれらを受け入れていた。

 そう、まるでそんな異常事態に慣れているかの様に。

 

 むしろ、自分はそんな異常を打ち倒す存在だったのではないかとまで思えてくる。

 

「って、んな訳ねえか──とにかく逃げるぞ!」

「フォウ!」

 

 直感的に感じたそれを妄想と切り捨て、来た道を走って戻る。

 明らかに危険な存在に、巧は戦闘ではなく逃走を選んだ。

 

 当然だ、危険な相手にわざわざ戦いを挑む道理はない。

 当然なのだが、何分相手が悪かった。

 

「なっ」

 

 巧の耳に風を切る音が届いた刹那、右腿に激痛が走る。

 

「クソ、痛ぇ……!」

 

 体勢を崩し、走っていた勢いのままに身体が地面を滑った。

 痛い、痛い。熱い鉄棒を当てられているかの様な感覚。

 

 足に目をやると、履いていたズボンの一部を破られ、そこから流血している。

 後方を見てみれば、構えていた弓を下ろしている骸骨の姿が見られる。おそらくその個体の弓によるものなのだろう。

 

「ッ、くそ……!」

 

 その隙を見逃す相手でもなく、骨人形達は巧との距離をジリジリと詰めてきている。

 わざわざ弓を使わずに近付いてくる辺り、本当に悪趣味な奴らである、と巧は思う。

 

 立ち上がろうにも、激痛からうまく足を動かす事も出来そうにない。

 逃走はおろか抵抗することまで難しいだろう。

 

 ──ここで死ぬ。

 そんな予感が、巧の脳裏をよぎった。

 

「フー……!」

「馬鹿、早く逃げろ!」

 

 巧の一歩前に出て、フォウが威嚇する。

 それを制止させる巧だが既に時遅し。

 

 近付いてきた骸骨の一体がフォウに対して剣を振るい──

 

「──ご無事ですか! 先輩、フォウさん!」

 

 ガキィン、と。

 明らかに生物を斬る音ではない、金属同士が擦れる音を響かせ。

 骨人形と巧達の間に、割り込んだ存在がいた。

 

 所々を露出させているものの、ほぼ全身を覆っている濃紫の鎧。

 それを纏った「彼女」は、華奢で小柄な身体には似合わない大盾を構えている。

 

 巧にはその武装は見覚えがなくとも、彼女の髪色には見覚えがあった。

 忘れる筈もない。

 つい先程まで共にいた彼女と同じものだったのだから。

 

「お前……マシュ、か?」

「はい、ですが説明は後ほど。マシュ・キリエライト、これよりマスター・乾巧の救助に入ります!」

 

 平然とした様子で答えながら、襲いかかってきた骸骨に勢いよく盾を激突させる事で逆に跳ね返す。

 

 見た目からでも相当の重量を備えているであろうそれを、まるで中身をパンパンに詰めたバッグを振り回しているその光景。

 

 先ほどまでの弱々しかったマシュと、今のマシュとのあまりにも乖離している光景。

 脳が錯覚を起こしていると言われても、今なら納得できるだろう。

 

「ふっ! やあっ!」

 

 一騎当千。その戦闘を一言で表すならそれだ。

 

 骨人形の振るう剣を軽々と盾で押し返し、隙を作ったところですかさず盾を振るって粉砕。

 

 遠くから弓を構える骨人形に対しては、脚力のみで詰め寄り、勢いを乗せた盾の一撃でまた粉砕。

 

 まだ動きに拙さはあるものの、身体能力のスペック差が勝敗を物語っていた。

 隊列を組む知性もない、ただ群がっていた骨人形達は、為す術なくその身体を粉々にされるだけだ。

 

「これで、最後!!」

 

 そうして最後の骨人形にトドメを刺し、戦闘は終わりを迎える。

 初の戦闘が無事に終わった事に安心して一息付いた後、マシュは巧の方へと向き直った。

 

「先輩、お怪我はありませんか?」

「……それ、お前にも言えることだろ」

 

 なんともない様に立ち上がりながら、巧が言う。

 そう。マシュはあの不気味な骸骨達と果敢に戦っていた。

 先ほどまで瓦礫の下敷きになっていた彼女が、だ。

 

「それは──」

『ああ、やっと繋がった! もしもし、こちらカルデア管制室だ! 聞こえているかい!?』

「……ロマニ?」

 

 自分の身に起こった出来事について説明しようとしたマシュの声を遮ったのは、巧にとっても聞き覚えのある声だった。

 突然空中に浮かび上がった映像に、先程出会ったドクター・ロマニが映し出される。

 

「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト完了しました。

 同伴者は乾巧1名、心身共に異常はありません。

 レイシフト適応、マスター適応ともに良好。彼を正式な調査員として登録してください」

『……やはり巧くんもレイシフトに巻き込まれていたのか。コフィンなしでよく意味消失に耐えてくれた。それは嬉しい』

 

 レイシフトという単語はギリギリ脳内に引っかかる程度には記憶に残っていたが、それ以外の専門的な単語はもう巧にチンプンカンプンだった。

 

『しかし、マシュ……君が無事なのも嬉しいんだけど、その格好はどういうコトなんだい!? 

 ハレンチすぎる、僕はそんな子に育てた覚えはないぞ!?』

「……これは、変身したのです。カルデアの制服では先輩を守れなかったので」

『変身……? 何言ってるんだマシュ。

 頭でも打ったのか? それとも、やっぱりさっきので──』

「──ドクター・ロマン。ちょっと、黙って」

 

 一見コントの様なやり取りだが、どうやら大真面目に言っているらしいマシュの怒気を込めた冷徹な言葉。

 効果はてきめんだった様で、一瞬で口を塞いだロマニを確認してマシュが話し始めた。

 

「わたしの状態をチェックしてみて下さい。それで──」

 

 マシュとロマニの横で、巧は瓦礫に腰掛けて物思いにふけっていた。

 

 先程の会話でマシュが何気なく発してた「変身」という言葉。

 それが妙に聞き覚えのある「懐かしい言葉」だった気がして、しかし何故そう思ったのかは巧にも理解が出来なかった。

 

 

 

 次の瞬間、巧の脳内をいくつかの声が反響する。

 

 

 ──変身

 

 

 最初に聞こえた声に聞き覚えはない。

 弱虫な自分を着飾り、強く見せている男の声──な、気がした。

 直感的に浮かんだイメージは、煌びやかな宝石。

 

 

 

 

『英霊と人間の融合……デミ・サーヴァント。カルデア六つ目の実験だ』

 

 

 ──レッツ、変身! 

 次に聞こえた声にも聞き覚えがない。

 周りをからかう事もあるお調子者だが、家族の事をとても思いやる男の声──な、気がした。

 また直感的に浮かんだイメージは、赤いラインが入った白のマフラー。

 

 

「……いえ、彼は私に戦闘能力を残して消滅しました」

 

 

 ──変身……! 

 次に聞こえた声には、どこか聞き覚えがあった。

 何となく好きになれない、何かに対する強い執念を感じさせる声。前の二人よりそのイメージははっきりとしていて。

 浮かんだイメージは──どこか見覚えのある女性だった。

 

 

『巧!』

 

 

 彼女は屈託のない笑顔で名前を呼んでいて──

 咄嗟に彼女の名前を呼びたくなって。

 それでも喉から声を発することの出来ない事が、どうしようもなくもどかしかった。

 

『──おい、巧くん?』

 

 ドクターの一声で、巧は現実に引き戻された。

 

「っ、どうした?」

「どうしたも何も、先程からドクターが呼んでいましたが……大丈夫ですか?」

「……なんでもない。ボーッとしちまってただけだ」

 

 嘘である。

 明らかに相談すべき事柄だったが、今の状況を考えれば余計な心配をかけるわけにはいかない。

 

 それに、今のは明らかに自分の記憶に関わる事である、と巧は確信している。

 自分の事なのだから、誰かに手伝ってもらうわけにもいかないだろう。

 

「そうですか? それならよろしいのですが……」

 

 巧の嘘に一先ずマシュは納得する。

 ロマニもどうやら納得した様で、ゴホンとわざとらしく咳をした後に続けて喋った。

 

『とにかく、そちらに無事シフトできたのは巧くんだけのようだ。

 そしてすまない、何も事情を説明しないままこんな事になってしまって。分からない事だらけだと思うが、どうか心配しないでほしい。

 キミには既に強力な武器がある。マシュという、人類最強の兵器がね』

「……兵器というのは、どうかと。たぶん言い過ぎです」

 

 武器、兵器という呼び方に不服があったのだろうマシュは拗ねた様子を見せる。

 先程の人ならざるモノを蹂躙する光景を考えれば、マシュの事を兵器と称するのも納得できる部分はあるのも事実である。

 だからといって、巧にはマシュとの接し方を変えるつもりはないが。

 

『まあまあ、サーヴァントはそういうものだって巧くんに納得してもらえればいいんだって』

 

 ロマニはマシュの事を兵器扱いしていたわけではなく、サーヴァントなる物の存在を理解してほしかっただけらしい。

 察するにサーヴァントとはマシュの事を指している単語の様だが、その定義はよく分からないままだ。

 ──何か特別な力を持つ人間、という事なのだろうか。

 

 

『ただしサーヴァントは頼れる味方であると同時に、弱点もある。魔力の供給源……マスターがいなければ消えてしまう、という点だ。

 それはつまり、巧くんの命はマシュに、そしてマシュの命は巧くんに預けられた、という事だ』

「マスターとか魔力だとか……さっきのおとぎ話の続きかよ」

『うん、困惑するのも無理はない。キミにはマスターとサーヴァントの関係も、そもそも魔術という概念すら説明していなかったからね。

 いい機会だ、ここで軽く説明してしまおう。まず魔術とはだが──』

 

 と、ロマニによる講義が始まろうとした所でその映像が急激に乱れ始める。

 

「ドクター、通信が乱れています。通信途絶まで、あと十秒」

『むっ、予備電源に替えたばかりでシバの出力が安定していないのか。仕方ない、説明は後ほど。

 とにかく、そこから2キロ程移動した先に霊脈の強いポイントがある。何とかそこに辿り着いてくれ、そうすればこちらからの通信も安定する。いいか、くれぐれも無茶な行動は控える様に。こっちも出来る限り早く電力を──』

 

 ブツリ、とそこで通信は完全に途絶えた。

 

「……ったく。行くか」

「はい。頼もしいです、先輩。実はものすごく怖かったので、助かります」

 

 そんなマシュの弱音に驚き、巧は別の事にも気が付いた。

 体が僅かに震えているのだ。巧のではなく、マシュの体が。

 

「お前、怖いのに何でさっき戦ったんだよ」

「それは……私の機密事項です。いくら先輩相手でも、これは言えません」

 

 そう告げるマシュの顔が少し朱に染まっているのが少し気になったが、巧はそれ以上詮索するのは無粋だと判断する。

 

「まあいいけどよ、言わなくても」

「はい。それと……先程、手を握って頂きありがとうございました」

 

 そう言って、マシュは礼儀正しくぺこりと頭を下げた。

 

「……んなことかよ」

「はい。あの時のそんな事だけで、私は救われたのです」

 

 巧の目を真っ直ぐと見つめる、マシュの透き通る様な眼差し。

 呆れたのか、それとも別の理由か。一度大きくため息をついた後に巧はそっぽを向いて歩き出した。

 

「──どうでもいいんだよ、んな事。さっさと行くぞ」

「はい。あの、先輩」

「今度はなんだよ」

「そちらは逆の方向です」

「……」

 

 顔に充血していく感覚に、羞恥心を感じる巧だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「タイムスリップ、か。ここは何年なんだ?」

「記録によれば、ここは2004年の日本、フユキと呼ばれる地方都市だそうです。無論、こんな大火災が起きたという記録は存在しません」

 

 マシュからの補足を頭に入れつつ、改めて巧は街の惨状に目を向ける。

 街一帯を覆う様な災害が本来の歴史に記されてないのは明らかに不自然でしかない。ロマニが語っていた人類史の歪みとは、この事を指していたのだろうか。

 

「夢……じゃないんだよな」

「ええ。ここは紛れもない現実です」

 

 夢だと思いたい状況から無意識に呟きが零れ、それをマシュに指摘される。

 街を未だに覆う炎に巻き込まれた人々がどれだけいたのかは、都市部であるというのに全く人気を感じさせない事から何となくは想像できた。

 ──だからこそ、揺らめく炎を尻目に、巧の握られた拳に力が篭る。

 

 ────キャアアアア!? 

 

「おい、今のは!」

「ええ、どう考えても悲鳴です。急ぎましょう!」

 

 突然聞こえた女性の悲鳴。

 聞こえた方向に巧達が駆けつけると、先程と同じ骸骨達が、腰を抜かした白髪の女性を襲っている場面に出会した。

 

「マシュ、いけるか!」

「はい! マシュ・キリエライト、戦闘を開始します!」

 

 巧の声に応え、マシュが飛び出す。

 女性を囲んでいた骸骨の一部を軽々と蹴散らすと女性を庇う様にして立ち塞がった。

 

「所長、ご無事ですか!」

「あ、あなた……マシュ!?」

「ええ、マシュ・キリエライトです。話は後ほど!」

 

 

 

 

 

 その戦いの結果は言うまでもない。

 先程の戦闘と同じように、マシュが骸骨の群れを軽々と薙ぎ払う事で戦闘は終了した。

 いくらマシュが戦闘慣れしていないとはいえ、相手はただの骸骨。硬質な金属で出来た盾と、その重量をものともせずに振り回せる筋力を兼ね備えた相手ではどう足掻いても勝ち目はない。

 

「戦闘、終了しました。お怪我はありませんか、所長?」

「………………どういうこと?」

 

「所長? ああ、わたしの状況ですね。信じがたい事だとは思いますが、実は──」

「サーヴァントとの融合、デミ・サーヴァントでしょ。そんなの見れば分かるわよ。わたしが聞きたいのは、どうして今になって成功したかって事! 

 いいえ、それ以上に貴方! 私の説明会に顔も出さなかった一般人!」

「……はぁ?」

「なんでマスターになってるの!? サーヴァントと契約できるのは一流の魔術師だけ! 

 アンタなんかがマスターになれる筈ないじゃない! その子にどんな乱暴を働いて言いなりにしたの!?」

 

 急にヒステリックになったかと思えば、今度は巧にへとその矛先を向け始めたのは、マシュに所長と呼ばれた女性。

 見下している様な態度に、浴びせられる罵詈雑言。当然言われっぱなしのままにしておく巧ではない。

 

「あんた、会っていきなり何だよ? 乱暴なんか働いてねーよ、馬鹿か」

「はぁ!? ば、馬鹿ですって!? ただの一般人枠が、名門中の名門「アニムスフィア家」の当主たるこの私に、馬鹿ですって!?」

「二回も言うなよ。馬鹿、馬鹿、ばーか」

「──な、ん、で、す、っ、て!!」

「二人とも、いい加減に……!」

 

 二人の喧嘩を止めようとするマシュだが、エスカレートしていく口喧嘩を止める方法を彼女が知るはずもない。

「ばか」「あほ」「ガキ」の飛び交うそれは、まるで小学生の喧嘩。

 

 結局、二人の喧嘩をマシュが力付くで引き剥がし、状況説明に入るまでに数分がかかった。

 

 

 

 

 

 

「おーおー、お熱いというか何というか……ま、とりあえずは様子見かね」

 

 ケタケタと軽快に笑いながら、彼らの様子を伺う男が一人。といっても、彼がいるのは巧達から十数キロは離れた地点、倒壊しかけているボロボロのビルの屋上。

 サーヴァントである彼ならば、この程度の距離を監視するのは容易い事だった。

 

「セイバーの野郎は様子見、アーチャーの野郎はそのお守り、他の奴らは自由奔放──そして、最後にあいつらか」

 

 真紅の瞳が、街の一角に向けられる。

 そこにいたのは、全身を灰色に染めた異形の怪物。

 一つ一つの個体で形が異なるそれらは、何かを探している様に街中を徘徊している。

 英霊である彼が、この場に現れる為の依代の一つ──聖杯に与えられた知識の内、どれにも該当しない。

 であればそれは、今の時代には存在しない筈の未知なる生物。

 

「あいつらどっから出てきたんだか──こいつも含めて、だけどな」

 

 彼の横に置かれた、銀色のアタッシュケース。

 開かれているそれに入っていた物は、機械に詳しくない彼にも、現在の技術を凌駕したものだと理解できる。

 ──用途は不明だが、それは戦う為の道具である。彼の戦士としての勘が、そう告げていた。

 

「こいつはどうするべきかねぇ……分かる奴でもいれば、話は別なんだが」

 

 

「見ても分からんもんを考えても仕方ない」と、開かれていたケースを閉じると、再び彼はこの世界にやってきた「漂流者」達の観察に戻る。

 

 ケースの側面には、特徴的なロゴと共に英語でこう書かれていた。

 ──『SMART BRAIN』と。

 

 

 

 



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3話 出会いと迷い

大変遅れてしまい、申し訳ございませんでした。
次回以降はさすがにもう少し速く投稿出来るようになると思われます。


 合流した三人は、霊脈を通じてカルデアとの通信を復旧。

 そして、この特異点を調査すべく町を散策していた──のだが。

 

「ったく、ガキったらありゃしねえ」

「は!? どっちがガキよ、ガキ!」

 

 再び始まる喧嘩に頭を悩ませる。

 どちらかが喧嘩を売り、沸点の低いどちらかがそれを買ってしまう。そうして始まる口喧嘩。

 先程からずっとこうだった。

 

「っ、二人とも静かに!」

 

 しかし。マシュの一声で、その喧嘩は収まることとなる。

 

『全員、すぐにそこから逃げるんだ! 

 高速で近付いてくる反応──サーヴァントだ、近い!』

 

 サーヴァント。魔術という概念をよく知らない巧だが、その言葉には聞き覚えがあった。

 強化された肉体を手に入れたとされるマシュ。そんな彼女の事を、そう呼称していた。

 ──つまり今から来るのは、そんなマシュと同じような存在という事。

 

 

 

 距離にすると数キロ──否、それより遥かに近く。

 一行の正面から、それは迫ってきていた。

 

 不自然なまでに黒く染まった体。

 シルエットのみの異様な光景のナニカが、手にする杭を巧たちに向かって投げ飛ばしていた。

 

「防御を──!」

 

 マシュ一人ならば何とか避けれるが、その後ろには巧とオルガマリーがいる。

 故に、その一撃を受けざるを得なかった。

 

 構えられた盾が、飛んできた杭とぶつかり合った。

 金属がぶつかり合う鈍い音と共に、衝撃が電撃の如くマシュの全身を伝う。

 

 しかし、何とか防げた。

 マシュがそう確信した刹那、ナニカが放った蹴りにより、彼女の体は後方に吹き飛ばされていた。

 

「な──!」

「マシュ!」

 

 勢いよく瓦礫に身体をぶつけるマシュ。

 しかし、痛みに苦しむ暇もない。再び飛んできた杭を避けるべく、身体に鞭を打って動かした。

 

「はぁああああっ!!」

「──」

 

 紙一重の所で杭を避けたマシュが、反撃に出るべく盾を振るう。

 しかし、敵対者は今までとは違う相手。ただの骨の塊であれば難なく倒せた一撃も、それからしたらデタラメに振られているのと何ら変わりない。

 

 ひらりとそれを避けられ、次の瞬間マシュの視界からナニカは消えていた。

 

「え──」

「──右だ!」

 

 混乱するマシュに届く巧の声。理解するよりも速く、反射的に身体がその声に従い反応する。

 気がついたときには、何も見ず、ただおもいきり盾を振り回していた。

 

 死角に回り、杭を構え飛びかかっていたナニカ。

 しかし、横からタイミングよく衝突した盾によって吹き飛ばされていた。

 

 かなりの質量を持つ盾の一撃。当然ただでは済まず、その身体からは紫の光が漏れ出している。

 

「──」

 

 しかし、マシュは目撃した。

 そのナニカがニヤリ、と笑う様を。

 笑みの意味を一瞬考え、

 

『これは──サーヴァントだ! ()()()()()()!』

 

 ロマニの通信が、全てに答えを出した。

 巧とオルガマリー。その背後を狙う黒い影を確認する。しかし、今自分がここを離れれば正面の敵対者は容赦なく彼らを狙うだろう

 。

 一瞬のうちに提示された選択肢に、一瞬思考を挟んだマシュ。だがそれでは遅い。

 迷っている暇もなく、影は巧たちを襲い──

 

「危ねえっ!」

 

 ──寸での所で、巧がオルガマリーを引っ掴んで押し倒す。

 一瞬遅れ、影の放った短剣が彼らの頭があった場所を通過していった。

 

 誰かに見られれば誤解されるような構図の二人。だが、今の彼らにそんな邪な考えが挟まれる余裕はない。

 

「くそ、新しいやつか……!」

 

 巧は、新手が現れた事に歯噛みし。

 

「……わ、わた、わたし……」

 

 オルガマリーは、一瞬の間に起きた出来事に混乱していた。

 

『セイハイ……!』

 

 ただでさえ見えないシルエットのような体と、それを覆うようにして被る大柄の黒布。

 風貌からして不気味さしか感じられない彼は、何かを呟きながら新たな短剣を構える。

 

『まずい……完全に想定外だ! 今の戦力で突破は難しい、そこから逃げるんだ!』

 

 焦ったロマニの通信。が、状況はそれらを許してはくれない。

 ジリジリと詰め寄ってくる敵。片方はマシュが相手できるものの、もう片方は巧たちだけで相手しなければならない。

 

「──っらぁ!」

 

 そこで、巧が動いた。

 目前の影に対して思いっきり踏み込み、拳を振るう。

 

「は、ちょっと!?」

 

 オルガマリーの驚く声。

 倒せるとまでは思っていない。しかし、少しでも動きが乱れてくれれば逃げる隙も生まれる。

 

 が。

 期待とは裏腹に、その拳はいともたやすく掴まれた。

 

「──」

 

 空いた手に構えられる短剣。

 驚く間も無く、それは巧の心臓に突き立てられ──そのまま、影が炎上していった。

 

 同時に、巧たちと影との間に割り込んだ存在がいた。深くフードを被り、木製と思わしき杖を構えた男性。

 その格好とは不釣り合いなもの──アタッシュケースが彼の手に握られていた。

 

「……は?」

「グォォォ……キャスター、ナゼ──」

「あん? お前らより見所があるからに決まってんだろ」

 

 地面を転げ、身を焼く苦痛に苦しむ影。

 それに向けて容赦なく放たれた火球が、彼の体を跡形もなく消滅させた。

 

「見所のあるガキは嫌いじゃない。

 それに、魔術師として、マスターとしてはまあ未熟だが──その性根は信頼できる。気に入ったぜ、アンタ」

 

 男が振り返り、フードの下から赤い瞳を覗かせる。

 どうやら後者は巧に向けられての言葉の様だった。

 

「お前、誰だよ」

「おっと、悪いが答える暇はないらしい。ひとまず、奴を倒すほうがいいと思うぜ」

 

 目を向けられるは、マシュが対峙していたナニカ。

 

「嬢ちゃん、力量で言えばアンタはヤツには負けてねぇ。気張れば番狂わせだってあるかもだ」

「は……はい!」

 

 男の言葉に奮起し、立ち上がるマシュ。

 

「援護はしてやる。が、最後を決めるのはアンタだ。

 そら、行ってこい!」

「行きます!」

 

 再び盾を構えたマシュが飛び出す。

 対するナニカは、それを迎え撃とうとする訳でもなくジリジリと後退していく。

 

 先程までとは逆転した状況。逃げなければならない理由はあれど、この状況下で戦わなければならない理由は一つもない。

 

「おっと、逃がすかよ」

 

 男が言葉と共に火を放つ。奔る火はナニカに襲い掛かるが、しかしその身を焼き尽くすわけでもない。

 ナニカの背後を塞ぐ様に、火の壁が出来上がった。

 

「やぁああああああ!」

 

 退路を失ったナニカを襲う盾の一撃。

 力任せで乱暴であるものの、それすら今のナニカの状況下では致命的。

 

 受け止める事で防ごうとしたものの、その力が拮抗する事はない。

 怪力を誇る筈のナニカの腕のほうが耐えきれず、勢いに押されのけぞった。

 

「ッ……!」

「これで、倒れて!」

 

 天に向かって大きく振り上げられた盾が、ガラ空きの胴体目掛け振り下ろされ。

 なす術もないナニカの肉体は、その一撃で粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

「はぁ──はぁ──っ、倒せた……!」

「初めてのサーヴァント戦にしちゃ上出来だ。やっぱり見所あるぜ、アンタ」

 

 肩で息をするマシュ。

 そんな彼女の肩を快活に叩き、愉快に笑う男。

 

「で、お前は誰なんだよ」

「おっと、申し遅れたな。俺はキャスター──この聖杯戦争に参加していたサーヴァントだ」

 

 改めて名前を名乗った男──キャスターが語ったのは、この土地で行われた聖杯戦争に起きた異変について。

 

 万能の願望機、聖杯。

 それを巡った戦争が、この街では繰り広げられていた。

 しかし、街は一夜にして一変しこの有様。

 人間は消え、キャスターを除いたサーヴァントは暴走。

 

 残ったキャスターも、歪んだまま続いている聖杯戦争の生き残りとして他のサーヴァントから狙われていた。

 その中でも特段面倒なのはセイバー。

 大聖杯と呼ばれる願望器が眠る洞窟の中に、アーチャーと共に陣取っているとか。

 

「──それと、気がかりな奴等がもう1組いる。灰色の怪物だ」

「灰色の……?」

「ああ。俺の時代に居たような魔獣ともまた違うらしいが……奴さん、どうやらこいつを欲しがってる様だぜ」

 

 彼が見せびらかしたのは、彼の服装に不釣り合いなアタッシュケース。

 ──途端、巧の脳裏を過ぎる感覚。

 知っている。自分は、それをどこかで見たことがある。

 

「このアタッシュケース……中身を拝見してみてもよろしいですか?」

「ああ、開けてみな」

 

 キャスターの言うまま、それを開くマシュ。

 中から覗かせるのは、銀色のベルトに携帯電話。

 また、円状の筒のような物体や窪みのある四角形の物体も共に入っていた。

 が、何に使うのか見当もつかないようなものばかりだ。

 

『それは……ベルトかい? 見るからに現代の装備らしいが……』

「さあな。俺にも使い方はよう分からん」

 

 なぜそんなものを狙う集団がいるのか。

 深まる謎を余所に、それを見た巧の脳内で巻き起こるざわめきはより一層激しくなる。

 同時に、直感にも近い一つの考えが脳裏を過ぎる。

 

 偶然でもなんでもない。自分はそれを知っているのだ、と。

 

「──先輩!?」

 

 そうして、ドサリと。

 巧の意識は深いところに落ちていった──

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「巧!」

「たっくん!」

 

 快活に笑う男女。

 その笑顔が、愛おしい程に懐かしく感じる。

 

「■■! ■■■!」

 

 名前を呼ぶ自分。が、名を呼ぶという行為は認識できるのに、肝心の音が聞こえない。

 喉を振り絞っても、空気の掠れた音しか感じられない。

 

 そして、徐々に巧の目の前から彼らは消えていき──

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……なんだここ」

 

 次に目を開けたときには、知らない天井を見上げていた。

 辺りを見回す。薄暗い部屋の一角、カーテンで仕切られたベッドの上で巧は横になっていた。

 

 身体を起こし、カーテンを開ける。

 古ぼけた薬品棚や、教室机が見受けられる。どうやらどこかの学校の保健室の様だった。

 

 状況を整理した所で、どうにも冴えない思考に苛立ち、頭をポリポリとかく。

 まるで悩みがあると言わんばかりに大きくため息をついた後、

 

「……外の空気でも吸うか」

 

 欠伸をしながら保健室を出た巧は、そこで一人の女性と鉢合わせる。

 オルガマリーだ。

 

「──キミ、大丈夫なの?」

「……ああ。悪かったな」

「これに懲りて体調管理はしっかりなさい。それと、ここまで運んでくれたマシュに感謝するのね」

「余計なお世話だ」

「ちょっと、人がせっかく忠告してあげてるのに──!」

 

 ガミガミと言われる事を面倒くさがり、足早にその場を後にすると、荒れ果てた校内を散策する。

 

 階段を見つけて上階に上がり、長い階段を登りきって屋上に出た。

 

 未だに残る焦げた匂いに顔を歪め、床に寝っ転がって空を見上げる。

 視界に広がる一面の黒。それは夜空ではなく、未だ立ち込める黒煙によるものだろう。

 

 それは、未だに晴れない自分の心にも思えた。

 

「……」

「──先輩?」

 

 巧を呼ぶ声。

 振り返れば、そこにはマシュがいた。

 

「目が覚めたのですね、安心しました!」

「ああ……運んでくれたんだってな、悪い」

「いえ、無事ならそれで……顔色が良くないように見えますが、大丈夫ですか?」

「……生まれつきだよ、悪いか」

「え、いや、その……もしや、記憶の事で悩んでいらしたのですか?」

 

 言葉に詰まる巧。

 人と話すのに慣れていないマシュと言えど、その反応だけで判断するには充分すぎる程だった。

 観念した巧は、酷くため息をついた後に語りだす。

 

「……乾巧って男がどんな奴だったのか、考えてたんだよ」

「……」

「もしかしたら、記憶をなくす前の俺は悪い奴だったのかもしれねぇ。逆に、道に迷った子供を交番に届けるようないい奴だったかもしれねぇ。

 ──そこまで考えて、自分がどんな奴なのか分からなくて怖くなった」

 

 乾巧には自分がない。

 カルデアで目覚めてからは従うままに動き、トラブルに巻き込まれて無我夢中だった。

 それらをひとまずは乗り切り、落ち着いた所でその悩みは毒のように巧の心を蝕んでいく。

 

 自分という誰もが普遍的に持つものを、今の巧は持ち合わせていない。

 その事が、どうしようもなく不安だった。

 

「……それなら、作っていけばいいのではないでしょうか」

 

 ならば、と。

 巧の方を向くマシュは、出来るだけ丁寧に自分の考えを語り出した。

 

「自分がない事が不安なら、ここから新しい自分を作るというのも良いと思います」

「……それが元の俺とは限らねえだろ」

「それこそ問題はないのではないでしょうか。どれが自分か決めるのも、先輩の自由です」

 

 たとえば、自分がそうだったように。

 なにもない所から、ある医者のおかげで少しずつ何かを知れた様に。

 たとえ無だとしても、なにかを作れるのではないか。

 

「それに、先輩が極悪人というのは絶対にないと断言できます」

「?」

「あの時、記憶がない筈の先輩は必死に私の手を握ってくれました。それが答えだと、私は信じたいです」

 

 曇りのない笑顔を浮かべるマシュ。

 それがどうしようもなく無垢で、綺麗で。

 こみ上げる感情に巧はおもわず顔をしかめ、そっぽを向いた。

 

「す、すみません! 私なんかが偉そうな口を──」

『──休息中のところすまない! マシュ、その学校に未確認の反応が複数迫っている! 

 おそらくだが、キャスターの言っていた怪物だ!』

 

 緊迫する空気。

 二人が屋上から校庭を見下ろしてみれば、既にキャスターとオルガマリーが灰色の怪物たちと交戦している。

 

「マスター、失礼します!」

「おい、ちょっと──!」

 

 有無も聞かずにマシュが巧を抱き抱えると、屋上の柵を飛び越える。

 当然、その先に床はない。二人の体は、重力に従うままに落下していった。

 

 迫る地面。

 空中でマシュが姿勢を整え、土埃を立てながらも無事地上に降り立った。

 

「ヒュー、やるな嬢ちゃん!」

「マシュ、乾!」

「お待たせしました。マシュ・キリエライト、加勢します!」

 

 ブツブツ文句を言う巧を下ろし、戦闘態勢に入るマシュ。

 数にして、6体。動物らしき意匠を体に残している灰色の怪物が、再びマシュ達に襲いかかってきた。

 

「あああああっ!」

 

 背後の巧を守るべく、迎え撃つマシュ。

 筋肉と思わしき部位が隆起している怪物の拳を、なんとか盾で防ぐ。

 が、背後に回った細い体の怪物が放つ針を防ぐことは出来ず、肩を貫かれた。

 

「っ──!」

 

 走る激痛。盾を持つ手が一瞬緩んだ所で、再びふるわれる拳。防げる筈もなく、マシュの体は宙を舞い、巧たちの前に落下し倒れる。

 

「マシュ!」

「嬢ちゃん! チッ、邪魔だ──!」

 

 吠える様な叫び。が、それと共に放たれた火は空中を飛ぶ怪物達を捉えることはない。

 鳥類、昆虫──種類はともかく各々の羽を使い、高速で飛び回りながら撹乱する怪物達にキャスターは苦戦していた。

 

 マシュを相手取っていた怪物達。その標的がひとまずは倒れたということは、また新たな標的が生まれるということ。

 

「──ひっ」

「っ……!」

 

 無機質な灰色の眼が、巧たちを映す。

 そのままゆっくりと迫ってくる怪物たち。が、その恐怖に呑まれている二人はそこから動くことができない。

 

 ──と、そこで。見かねたキャスターから、巧の足元目掛けてアタッシュケースが投げられた。

 

「おい兄ちゃん! アンタはそいつを見て反応したんだ、なら多分使えんだろ! こいつは多分戦うための物だ!」

「あぁ? 使うったってどうやって……!」

「為せば成るって奴だ! とりあえずやってみろ!」

 

 言われるがままにアタッシュケースを開き、中の物を再び確認する。

 再び感じる既視感。やはり、自分はこれが何なのかを知っている。

 

「……ったく、本当になんとかなりやがる」

「ちょ、ちょっと。あなた、本当に使い方がわかるの?」

「ああ、らしいぜ」

 

 直感のままベルトを手に取り、腰に装着。

 残る装備もまた直感に従いベルトに装備し、残った携帯電話型のアイテム──「ファイズフォン」を手に取った。

 

「せんぱい──逃げて、ください」

「馬鹿、んなことできるか」

 

 倒れるマシュの前に立ち、ファイズフォンを開く。

 恐怖はある。が、それ以上に勇気も湧き上がる。

 

『5』

 

 キーをおもうがままに押す。

 

 マシュは、怖がっていたのにそれでも戦う道を選んだ。それは一重に守りたいものがあったからなのだろう。

 

『5』

 

 迷っている自分が馬鹿らしくなる。

 こんな何もないと悩んでいた自分を、彼女は守ってくれていたのだ。

 

『5』

 

 ならばここで戦わなければ、情けなくて彼女に会わせる顔はない。

 決意と共に、エンターキーを強く押した。

 

「──やってやるよ。今の俺が、俺としてやりてぇ事を!」

『STANDING BY』

 

 入力が終わったファイズフォンを閉じ、待機音声を鳴らすそれを天高く掲げ。

 幻覚の様に聞いた「あの言葉」を叫びながら、それをベルトの窪みに差し込んだ。

 

「変身!」

『COMPLETE』

 

 ベルトを中心に、巧を包む赤い閃光。

 それが収まった時、そこに立つのは巧ではない別の姿だった。

 

 ぼんやりと光る金の瞳。

 黒い素体に銀の装甲、それを血管のように伝う赤いライン。

 

 本来生まれるはずもない世界にて、戦士──「ファイズ」が復活した瞬間だった。

 



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