fate/Tiba-si night (d d)
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bloody sword
やはり聖杯戦争はよくわからない


嘗て極東の島国でとある儀式が行われた。

儀式は『聖杯召喚』と呼ばれ、特殊な贄を七体呼び出し、その魂を一つの器に収めることで『聖杯』と成すものであった。

しかしそれを得られるのが一人だけだと知った三組の魔術師は、あろうことか、呼び出した贄を使って争い始めた。

これはその歴史。

何時しか『聖杯戦争』と名を変えた、七人の魔術師と英霊の物語。

奇跡を欲するのなら汝、自らの力をもって最強を証明せよ…。

 

……………………

 

日本。その首都である東京のベッドタウンの一つである千葉県千葉市のマンションの一室。

そこで高校生の少女が一人、親元を離れて暮らしていた。

彼女の趣味なのだろう、あまり物は置かれていないが一つ一つがよく作り込まれていて、絢爛ではないものの洗練という言葉がよく似合うものばかりだ。

年ごろの少女の部屋にしては可愛いげが足りないかも知れないがそれが彼女の心情を表してもいた。

しかし部屋の一角に他の家具達とは一線を隔す物が一つだけ置かれていた。

それは部屋の中央、本来そこに置いてあった筈のガラス天盤のテーブルは、今は部屋の端に寄せられ、そこには不気味に輝く赤い石板が異様な存在感を放ちながら鎮座していた。

洗練、といえばそれも洗練といえるかもしれない。石に刻まれた紋様や屹立する装飾は周りの家具達にも勝る緻密さだ。けれどそれが異様に見えるのは何故だろう。

それは魔方陣だ。

現代ではめったにお目にかかかれない、本物の魔方陣。

時は真夜中、時計の針が頂点を過ぎた頃。

その魔方陣のそばには二人の女性が立っていた。

部屋の主人であろう少女と、一部を除き少女によく似た容姿をした女性。

二人は赤い石板を挟んで向かい合って立っている、その瞳はお互いを見つめていた。

けれど二人の間に親密さなど欠片もなく、緊張に満たされた静寂の中で、少女の目は爛々と揺れ、根目つけるように目の前の女性を睨んでいる。

それを見た少女より2、3ばかり年の離れた女性は余裕からかうっすらとその口許に笑みを浮かべている。

すると少女はその右手を手前に差し出した。その手の甲には主従の証である令呪が赤く刻まれている。少女の意思に従うように腕が水平の位置で止まると、令呪もまた輝き始めた。

そして少女は自らが持つ三度だけの命令権を使いこう言い放った。

「令呪でもって命じます、貴方の全霊でもって私に聖杯をもたらしなさい」

次の瞬間令呪はこれまで以上に輝き、その輝きで部屋を満たした後、細やかな雪の結晶と鋭い剣を型どった紋章のその一片を消失しまた元の姿へと戻っていった。

 

 

interlude 1-1

 

「ごめん桜、もう一度言って」

遠坂凛はそう言って現在日本にいる実の妹に再度、説明を促した。

そう言う彼女は現在ロンドンにいる。ロンドンにある魔術教会三大の一つである時計塔で業を研きつつ、自分という魔術師の存在をここ時計塔に、ひいては魔術社会そのものに知らしめるためである。

その予定は一部(金髪)を除いて(巨乳)順調だったのだが、ああ思い出すだけでイライラする。

それもこの電話により終止符がうたれようとしていた。

「解った、ありがと桜。イリヤにもよろしく言っておいて」

そうして妹との国際電話を終えた彼女はケータイを元の持ち主に放り投げこう訪ねた。

「それで、どうする?士郎」

当の本人はあたふたとこれを受け取ると、しっかりと質問は聞いていたようでケータイをポッケにしまうときっぱりとこう告げた。

「決まってる、日本に戻ろう遠坂」

 

interlude out

 

 

 

 

 

 



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とにかく比企谷八幡は腐っている

「解った、今日はもういいぞ、帰ってよし。ああ作文は再提出すること」

「てことは内容はOKっすか?」

すると俺の顔の横を拳が通り過ぎていった。あっぶねぇ。

「何か言ったか?小僧」

「小僧って、確かに先生の年からすれば小僧かもしれないっすけど…」

するとまたもや拳がつき出される。今度は少しかすった。

こうして国語教師で生活指導な平塚先生のお説教は予想よりだいぶはやく終えられた。

途中、作文を読み始めた時は言って聞かせたい程素晴らしいかと現実逃避もしたのだが、先生は何かに気づいた様子を見せ、そしてどこか焦ったように説教を終わらせたのだ。

これ、用事を思い出しただけだな。なら最初から呼ばないで欲しい。

先生は既に俺に背を向け何かしらかの作業を始めていたので、俺はプリントを鞄にしまい職員室を後にする。

「それじゃ、失礼しましたー」

「ああ、夜道には気をつけろよ」

まるで悪役が言う脅し文句のようだ。少年誌だと失敗するが、同人誌だとせいこうする。

「先生も気をつけてくださいね」

てきとうに返事をして職員室を後にする。ドアをしめ俺はとぼとぼとリノリウムの床を歩く。ふと、後ろを振り返ると、俺への説教を早めに切り上げた何かをするために、何処かへと向かう平塚先生の後ろ姿が見えた。議院の記者会見並みにふわふわしてんな。

俺はそのまま階段を下り昇降口を目指す。

その途中、かしましい騒ぎ声が耳に入った。HRからもう一時間にもなろうというのに、教室内は未だ活気に満ちている。けれどこれは特に珍しいことではない。

清廉潔白なる学舎は、放課後になると青春劇を演じる舞台背景へと変貌をとげる。

普段はチャイムがなると即行で帰る帰宅部エースであるこの俺もこうして掃除や説教なんかで直ぐには帰れない事がある。

そんな時はこんな風に教室でダベっているリア充どもを見かけることになるのだ。

せっかく並べた机を崩すなとか、綺麗にした黒板に落書きするな、女子ども止めるなら本気で止めろ「ヤメナヨ~(笑)」じゃねえとか思ったりするのだ。

それで自分の席に女子が座っていたりすると次の日どきどきするからやめてくださいね。

恐らく他の教室でも似たような光景が見られる事だろう。毎日毎日ご苦労な事だ。

既に4月も過ぎ新しいクラスにも慣れてきてそれぞれの立ち位置も固まってくるころ。それで前のクラスの奴にあうと違和感を覚えたりする。

お互いを確認しあうような彼らの会話は、何処か5月上旬の斜陽によく合っているように感じられた。

そんなことを考えている内に何時しか喧騒は通り過ぎ、笑い声は聞こえなくなった。俺は駐輪場に停めてあった自転車に股がり学校を後にする。今日も今日とてかわりばえのしない一日を過ごした。

それに不満はない。

もとよりこんなご都合主義に四方を固められた箱庭に期待などしていない。青春など嘘っぱちだ、ラブコメ何てもっての他、書き直しの必要を認めない。

やはり青春とは悪である。

 



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千葉市の夜に彼らは踊る

時折吹く寒風に体を縮ませながら帰ってきた俺は、制服から普段着に着替え冷蔵庫にあったmaxコーヒーを開けた。世間が未だ寒さを忘れえぬ中、暖房の効いた室内で冷えたmaxコーヒーを啜る、これぞ至高の娯楽である。

しばらくすると妹の小町が帰ってきた。生徒会の引き継ぎがどうたらで最近の帰りは俺より遅い。

「お帰り、小町も飲むか?」

「お兄ちゃん…、小町疲れてるから冗談は後にして」

俺は本気だったがどうやら小町にはまだ早かったらしい。仕方なく俺は温かいココアを淹れてやった。

それからダラダラと午後を過ごし、夕飯を食べ、歯を磨き、一っ風呂浴びてから自分の部屋に戻る。そして机の上にある帰ってきてからコツコツと進めてきた再提出のプリントを見やった。

途中、カマクラとじゃれたりケータイを弄ったりしながら書いたので中身はどーもはっきりしないがそれでも後は纏めるだけになっていた。

さて、どうしたものか、再提出のプリントなんて適当に済ませればいいのだがまとめとなると俺の中の真面目さが顔を出す。下手をすると全体が悪くなってしまう事も無くはない。終わり良ければすべて良しなら、逆説的に悪ければ駄作なのである。例え今まで何度もアニメ化された作品でも顛末が悪ければ今まで良いとされてきた部分でさえ叩かれる。

う~ん、と唸っていたところで、そういえば再提出の期限が決められていないことに気がついた。

あの教師はどうやらそそっかしいところがあるらしい。俺も気づかなかったが。これで提出を後らせようものならグチグチ嫌味を言われるに違いない。

なんだかどうでもよくなってきたので俺は最後の一文をささっと書き足した。

『終わり良ければ~と言うように最後まで貫きたいと思います』っと良しできた。

それを鞄にしまうと一仕事終えた後のmaxコーヒーを頂こうとリビングへと足を向けた。

すると小町もちょうどリビングに降りてきていた。

「あっ、お兄ちゃん、良いところに!」

何やら不穏な事を言っている。これは良くないことだ、少なくとも俺にとっては!

「あー、お兄ちゃんったら、またそんな顔して」

「なんだよ、何か頼み事か?俺作文書いたばっかで疲れてるんだけど」

「へー何の作文?」

「高校生活を振り替えって」

その言葉を聞いた小町がヨヨヨと泣き崩れた。

「ごめんねお兄ちゃん、今日はゆっくり休んでいいよ」

「小町ちゃん?何でそんな温かい眼差しを向けるのかな?」

「だってお兄ちゃんの高校生活って良いこと何も無いでしょ?」

こいつ、なんてどストレートに言いやがるだ。

「いいんだよ、作文なんて適当に済ませたんだから。それより何かあるんだろ?聞くだけ聞いてやるよ」

「否定はしないんだね…、まあお兄ちゃんが良いなら良いけど」

そう言うと小町は事の次第を話し始めた。どうやらシャーペンの芯が無くなって困っていたらしい。なんだそんなことか。

「なら俺のをやるよ」

「ほんと?ありがと、お兄ちゃん!」

フッ、親の金で妹の尊敬を得る、人は俺を妹の錬金術師と呼ぶ!カッコ悪いとか言わない。

というわけで二人して部屋へと戻る。

「ほら、これで良いか?」

「うん、ありがとお兄ちゃん」

そう言って小町はトタトタと部屋を出ていった。

さて、俺は自分のシャー芯を用意しなければ。

実は俺もあまり持っていなかった。しかし小町は今年受験生でできることはしてやりたかったのでこれくらい大した事じゃない。

というわけで今は皐月の夜英語にするとメイ ナイト、マックロクロスケでも出てきそうな暗い夜道を俺は自転車で駆けていた。目的地は最寄りのコンビニだ、そう時間はかからない。10分程無心でベダルを踏み続け、自転車を停めると俺は店内の文房具エリアへと向かった。こじんまりと最小限の物だけが陣取っているスペース。いつも来ているので特に迷うことはなかった。なかったが目当てのものはそこにはなかった。もう夜も遅いし何もかかってないフックがあるので在庫があればそこに掛かっていたのだろう。念のため店員にも確認するが無いとの事だった。仕方ないので別のコンビニへと向かうことにする。しかし運悪くそこにも在庫がなくシャー芯を買うことができたのは家から三番目のコンビニだった。

自動ドアから外に出てmaxコーヒーを啜る。風とともに火照った体を心地よい涼しさが癒してくれる。

時刻は既に10時を過ぎている。思ていたよりも時間がかかってしまった。

けれど目当ての物は手に入れることができた。静かな宵闇を照らす車のライトが目に眩しい。俺はそのまま、名残惜しい気持ちと一緒に最後に一口を流し込んだ。

 

そ の と き だ っ た ! !

 

突如かん高い音が響き俺の耳を襲った。

「!?」

思わず持っていた缶を落としてしまう。幸い全て飲み干していたので中身をぶちまけずにはすんだがカラカラと転がっていってしまう。

とっさに追いかけて拾い上げる。

と同時に、まるで鍋をひっくり返したかのように思考が氾濫した。

いったい何が起こったんだ!?

突如辺り一帯に響き渡った轟音。未だ耳の中で反響している。

その音は鈍く響きまるで爆音上映のような、そう思うのはそれがあまりに非現実的だからか。いやだとしてもここは立川シネマではなくよくあるコンビニの駐車場だ。

だが不可解な事は音だけではなかった。

あれだけの爆音が鳴り響いたというのにまるで何も無かったかのように周囲が反応を示さないことだ。

すぐそこにたむろしてる連中がいるがせいぜい俺がマッカンを落としたときに顔を上げる程度、車もまばらに走っているが特に変な様子はない。

コンビニの店員が様子を見に出てくるかともおもったがそんな素振りはなく、のんきに欠伸をかきながら営業を続けている。

明らかにおかしい。まさか俺の聞き間違い?そんな筈はない。飲み終わっていたから良かったもののこっちは驚いてmaxコーヒーを落としているんだ。

「はっ」

思わず変な笑いが漏れた。

以上なのはどっちだ?俺か周りか?確かに俺はおかしいのかもしれない、だが周りはもっとおかしい。何処かで見た光景に似ていた。何時か感じた疎外感に似ていた。

無論それだけで済む話ではないがその感傷は少しだけ思考の氾濫をごまかしてくれた。

問題はこの後どうするかだ。

音は何故発せられたのか?聞こえる者とそうでない者がいるのは何故なのか?

今の状況は仕組まれたのか、それとも何かの手違いで起きているのか。

俺個人を狙ったものだとは思えない。俺はボッチだからな、狙われることがあるとすれば嫌がらせとかだろうが、こんな大がかりな嫌がらせもない。

だとすると他にも聞こえたやつがいるかもしれない。

そいつらを探すか?

…いや、駄目だ。闇雲に探しても意味はないだろう。

家に帰ろうとは思わなかった。

家も安全とは言えない、むしろ被害を増やすだけだ。

だとすればもう道は一つしか残っていない。

俺はお袋にお腹を壊したとメールを送った。

 

…………

 

音がしたと思われる方へと自転車を走らせる。幸い家とは逆方向だ。

音はあれからも数秒おきに鳴り響いている。時折道を修正しながらそれらしき場所に辿り着いた。

そこはまさにうってつけと言わんばかりの既に使われなくなった廃工場だった。

一部が錆びて潰れてしまった柵から中に入る。自転車は直ぐに使えるよう鍵をかけずに置いておくことにして、俺は廃工場へと足を踏み入れた。

何を作っていたかは知らないが、かしましく動いていたであろう機械達は既に撤去され、今はいくつかの備え付けだったものと錆びついた建材、広大なスペースが物悲しく残るだけだ。

そこを、俺は足音を殺しながら進んでいく。音は間違いなくこの建物から響いているが最初に比べて小さくなっていて、さらに反響して距離感が掴めない。

だがいちおう場所の目処はたっていた。建物内は暗い、しかし壁の割れ目から少しだけ光が漏れてきている。

そうやってソロソロと歩を進めて目的の部屋に辿り着こうというとき、突然光の中を一筋の光が遮った。

思わず声が出そうになる。口に手をやってそれを押さえながら横にあった機械に身を隠す。

そこから少しだけ顔を出して影が通り過ぎた場所を確認した。

影がむくりと起き上がる。

明らかに人のスピードではなかったが驚くべき事に影は人の形をしていた。

気持ちもう数ミリ首を伸ばし、改めて影の正体を確認する。

服のところどころに赤色が滲んでいる。あれは模様ではないだろう、血だ。

そう理解した瞬間体が冷たくなるのを感じた。

しかしそれは次の瞬間、驚愕の波に押し流された。艶やかな黒髪と起伏のある肢体。その姿は何処かで目にしたような、いや、影の正体は平塚先生その人だった。

は!?いやいや、ちょっとまて!

あの人こんなとこで何やってんだ!?

しかし数々の疑問は直ぐに消し飛んだ。

額から一筋汗が溢れる。

先生はボロボロだ。一つ一つの傷は浅いようだがあの数ではかなりの血を流している筈だ。

すると先生の向かい側から声が聞こえてきた。こっちは聞き覚えのない男の声だ。

「どうした?もう終わりでいいのか?」

どこか余裕の感じられる声音。その声に先生が返事をする。

「そんな訳ない、だろう。私は、まだやれるぞ」

そういいながらまるでボクシングのようにファイティングポーズをとってみせる。だがそれが強がりであることは明らかだ。

「…良いねえあんた。俺のマスターにも見習って欲しいくらいだぜ。だが生憎時間切れでな、悪いが次で最後にさせてもらうぜ」

先生からの返事はない。ただ拳を握って構えるだけだ。

「この一撃、手向けとして受け取りなぁ!」

その言葉が終わる前に俺は走り出した。壁材の影から得体の知れないものが見え思考が急激にブレーキをかけた。

そこに居たのはまるでハリウッド映画から飛び出したかのような珍妙な格好をした男。

全身真っ青なタイツを着こみ手には深紅の槍を携えている。

先生の「ひっ、比企谷!?」という声が意識の隅から聞こえてきた。

もしかするとこれは本当に映画の撮影だったのかもしれない。

血は特殊メイクで轟音に誰も反応を示さなかったのは、事前に通知があったからなのかもしれない。

なんて名演技だ、完全に騙された。

というか何故俺は飛び出したのだろう?

しかし既に何もかもが遅い。俺は転びそうになりながらも青い男に飛び付いた。

「ズ、っっ、ヴぁ」

瞬間、今度は俺自身が影となって吹っ飛んだ。

そのまま床に体を引きずりながら転がっていく。脇腹に強烈な痛みが走り思わず声が漏れる。吐き出させられた空気と一緒に血が数滴飛び散った。

「なんだ?気配がしねぇから警戒したんだが、ずいぶんと軽いな。アサシンのサーヴァント…にしちゃあ御粗末だし」

言葉の意味が判らないのは知らないからか脳に響くこの痛みのせいか、判るのはこれが撮影でないということと奴がそうとう手加減してくれたということだ。

何故物陰から飛び出したのか、自分でも判らない。前に犬を助けるために車に轢かれたのとは訳が違う。先生に死なれたら状況を知る手がかりが無くなると思ったからか。

それともただの錯乱だったのか。

ガツィーンッ

その時例の音が俺の真横で響いた。

痛みで霞む意識の中、つられて俺は音がした方へと目を向けた。

すぐ目の前に平塚先生の背中と、そこから生える紅い棘があった。

 

 



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今宵も七人は揃い、宴が始まる

体を貫いていたものが、ゆっくりと引き抜かれていく。そこから濁々と血液が流れ出していく。

生命が零れていくような様はどこか別世界の事のようで。

崩れ落ちる先生の先に青い死神の姿が見えた。

槍兵は先生の体から槍を引き抜くと滴る血液もそままに槍を構え直す。

またあれを突き刺そうというのか、人の体に。

俺達を見下ろすその顔はどこか達観していて、さも当然であると何の感慨も抱いていないようだった。

「あん?」

以外、というよりは威圧するような声。

その声に俺は自分が先生と槍兵の間に立っている事に気がついた。

けれど不思議と恐怖は無かった。槍を引き抜いて持ち変えた分の隙間、距離でいうなら先程組み合った時の方が近い。何より、この場において場違いである俺は何処にいようと大差無かった。まるで教室のようだ。

「に、…げろ、比企、谷」

「だ、そうだが?」

後ろから蚊の鳴くような声、だからこそその状態と、それでも俺の身を案じる気遣いが痛いほどよく伝わってきた。

ボッチは他人の感情に無関心だと思われがちだがむしろ逆だ。気にしすぎるほど気にしてしまう。特に悪意には敏感になってしまう。何か裏があるのではないかと思えてしまう自分に腹がたつ。

「逃げたら、見逃してくれるのか?」

「いちおう聞いとくが、おめえ魔術師じゃねぇんだよな?」

「…言ってる意味がわからん…」

魔術師?何かの隠語か?まさか本当にそんなものを指してる訳じゃあるまい。

「そうか、まぁ神秘の秘匿は命令にねぇしな」

シンピノヒトク?また知らない単語が出てきた。

すると槍兵は後ろで倒れている平塚先生をチラと見てこう付け加えた。

「好みの女が命がけで守ったガキだ。今日の事を黙ってんなら見逃してやるよ」

どうやら俺はここから生きて戻れるらしい。

「ま、信じられねぇってんならそれでも良いけどよ」

ニタニタと槍兵が笑う。俺がどうするのか試しているのだ。俺はといえば槍兵の言うことを受け入れていた。

この男は先生を好みだといった、けれど殺すことに何の感慨も抱かない。そして誰かから命令を受けていることも。つまりこいつはそういう奴なのだ。俺なんか殺す価値もないと言外に告げていた。

俺は生きてここを出られる、五体満足で、何も失うことなく。

…いや、その場合、平塚先生はどうなる?

先生の生死に俺の存在は関係ない。例え俺が今日ここに来なくても、今立ち向かっても先生の死は既に決められた結果だ。であれば俺が思い悩む必要はない、気に病む必要はない。これは世界の理なんだ。不条理に踏み潰されるのに理由入らないんだ。

先生が死ぬのは仕方がない。俺を守ってくれた、自分の身が危ないのに俺の身を案じてくれた先生が死ぬのは―――

「先生を見殺しにするなんてっ」

次の瞬間、鼻先に槍が突きつけられらた。切っ先にこびりついた先生の血の臭いが俺の言葉を遮った。

「調子に乗んなよ小僧、俺の温情で見逃してやるっつってんだ。そこがお前の限界だ。それ以上を望むってんなら覚悟はできてんだろうなぁ!?」

喉が渇き呼吸がかすれるのとは裏腹に額には汗の玉が複数浮き上がる。心臓の鼓動が今までに無いくらい早くなっていた。

「てめぇが生きるかしぬかだけ選べ」

先生をおいて生きるか、ここで一緒に果てるか。

「いっ生きます…」

その言葉を聞くと槍兵は深紅の槍を引っ込めた。

「行きな、それが若人の生きる道よ」

俺は男の横を通り過ぎ出口を目指す。先生の傍らを明け渡す。

膝が笑っている、踏み出す足は今にも崩れてしまいそうだ。

しかし俺は生きて帰ることができる、ただいまを言うことができる、小町にシャーペンの芯を届けられる。だいぶ遅くなってしまったからきっと心配していることだろう。

「ごめんな小町」

先に謝っておく事にした。

俺は傍らに落ちていた紙を拾い上げた。恐らく平塚先生の持ち物だ。側には見覚えのあるペンケースも落ちている。

紙には意味のわからない言葉が羅列してあった。それはまるで魔術師が使う呪文のようだ。槍兵がそんなようなことを言っていたのを思い出す。

その呪文を言い終えた時、唐突に眠気が襲ってきた。まるで自分の中の何かをごっそりと持っていかれたような気がした。まあいいさ、好きなだけ持っていけ。

霞ながら揺れる視界の中で、何もないところから現れ、黄金に揺れる輝きを見た―――。

 

………………

 

気付くと少女()は闇の中にいた。

ここが何処かもわからない。自分が誰かもわからない。

どうやら周囲は得体の知れない液体で満たされているようで動くとネチョネチョと音がした。少女はそれをたいそう気味悪がって身をよじるが逆効果なのはいうまでもない。少女が諦めて大人しくなると、暗闇じゅうに響くように声が聞こえてきた。

「うふふ、もうすぐ、もうすぐ生まれる」

その意味はわからなかったが、声はひどく醜悪で聞くだけで耳がつぶれそうだった。

その声が消えた後世界は唐突に動き出した。

景色は静から動に移り変わり、周りの液体と共に少女は光の穴めがけて滑り落ちていった。

そうして気がつくと少女は明るい木組みの部屋の中央で泣き叫んでいた。

何も服はまとっておらず、その体には未だに得体の知れない液体がべっとりとこびりついている。

その傍らにはそんな少女をにこやかに見つめる一人の女性が立っていた。

女性はその艶やかな唇をにっこりと反らせ泣き叫ぶ少女に語りかけた。

「ようこそ親愛なる我が子、生まれてきてくれて母はとても嬉しいわ」

俺はその言葉を拒絶した。だってこの女性が少女の母親だというのか。見た目小学生程の少女が産まれたばかりの赤ん坊だというのか。

あまりにも常軌を逸している。俺の知るそれとはかけ離れている。

女性が近付くと少女は泣くのをやめ、まるで親の敵でもみるように女性を睨み付ける。

それでも構わず、服が濡れるのもいとわず女性は少女をその腕で抱き締めた。

「憎きあの女の子、目元なんかそっくりねぇ」

その瞬間、ゆっくりと浮遊するように意識がその場から離れ始めた。

そうしてこれは夢なのだと理解して、同時に俺はほっとした。

これが夢なら全ては偽りにすぎない。あの少女は本当は存在しないのだと思ったから…。

 

…………………

 

目が覚めると見えたのは知ってる天井だった。何でだよ、そこは知らない天井だろ!?

というか自宅の自分の部屋の天井だった。使いなれたベッドの上で俺は目が覚めた。

え?まさかの夢落ち!?傷だらけの平塚先生も青いタイツ男も全部夢!?だとするとなんとも不思議な夢を見たものである。いや、元々夢は不思議でワンダーなものではあるが。

槍兵に打たれた脇腹も特に後はない。あれだけ吹っ飛んだのなら痣くらいあってもいい筈だ。

本当に夢だったのだろうか、なんだかとても悲しくなってきた。

と、そこで枕元の時計が目に入る。時刻は午前10時を過ぎていて今日は木曜日なので完全に遅刻だ。

ヨッシャ、休日だ、録り溜めたアニメでもみようっ、といつもならなるのだが今日はそういう訳にはいかない。

もし本当に夢だとしたら、いやむしろ夢であってほしいくらいだが、それでも学校に行って確認しなければならない事がある。

ぐ~

ここで腹の虫が鳴いた。もう半日以上何も食べていない事になる。しかしこの時間では家に誰もいないだろうし、勝手に飯が出てくることはない。

いや、もしかしたら後で起きる俺のために何か用意してくれているかもしれない。

俺は期待を胸にリビングへと向かった。

するとそこには全身鎧を纏った不信人物がいた。

ふー、やれやれ、いい加減にしろよこのやろう。

こっちは空腹とダルさでそれどころではない。

俺は鎧の男を無視し、テーブルを確認する。するとそこには『お兄ちゃんへ 起きたら食べること 小町的にポイント高っかいー』と書かれたメモと、食べかすの乗った平皿が置いてあった。

「てめぇー、ここにあったやつ食べやがったな!?」

「あ?」

すごい低い声で凄まれた。

危ない、危ない。小町のアホっぽい書き置きが無かったら、殴りかかっていたところだ。小町に感謝するんだな!

仕方ない飯は途中のコンビニで済ますとしよう。

となるとリビングにもう用はない俺は自分の部屋へと踵をかえす。そしてドアを開けるとまたあの鎧男がいた。

リビングにいたやつと同一人物だと思われる。いったい何がしたいんだ?こいつは。

「なぁ、無理にとは言わんがその兜とってくれないか?スッゲー不信だから」

なんというかすげーごつい兜だ、角とかついてる。ちょっとかっこいい。

そう言うと鎧の男はあっさりとその顔を覆っていた兜を取り去った。すると中から出てきたのは以外にも兜とは似ても似つかない整った女の顔だった。まるで日の光そのもののように輝く黄金の紙。総てを見透すかのような透き通る碧色の瞳。長くしなやかに延びたまつげにほんのりとピンク色に染まる唇。

そんな姿に見とれそうになるが、きつく睨みを効かせた瞳が俺を現実へと引っ張り戻した。そして俺は何故かその顔に見覚えを感じた。

そうだ昨日の夜、廃工場で意識を失う前に見た黄金に輝く何か。

「おっ、お前が助けてくれたのか?」

少しどもったが俺の中ではセーフの範疇だ。

すると少女は心底残念そうに言葉を返す。

「はー、ほんと何も知らねぇんだなお前。せっかく呼ばれたってのにハズレくじかよ」

確かに素人が混ざってきたらめんどくさいのはわかる。いや、集団になることが無いのでわかりませんでしたっ、てへっ。

「そーだ、お前を助けたのはオレだよ」

「近くに倒れてた女の人はどうした?」

「あぁん?」

何故かまた凄まれた。なんなんだいったい。

「それがお前に関係あんのか?」

有るか無いかといわれたら。

「有るな。俺はあの人に助けられた」

「はっ、弱っちぃ癖に他人の心配かよ」

確か槍兵も似たような事を言っていた。こいつらは分を弁えない連中を嫌うらしい。だとすれば俺なんかはもっとも嫌われる部類の人間ではなかろうか。

「ランサーはオレにビビって逃げてったからな、助かったんじゃねえの?」

しかし律儀にも少女はそう教えてくれた。案外根は良い奴なのかもしれない。

「俺は学校行くけどお前はどうする?」

「霊体化してついてく」

霊体化?あっそう。

玄関を出ようとすると少女は光の粒になって消えた。これが霊体化か。

えろいことし放題だなと思いましたまる。

学校に着くとちょうどチャイムが鳴り響いた。

と同時に俺のケータイの着信音もなる。

何の気なしにケータイをつけるとその着信履歴に恐怖した。

さっきまでは恐らく授業中だったので控えられていたが、その前までは1分おきに同じアドレスからメールなり通話なりが試みられていた。

ていうかいつのまに登録したんだよ平塚先生。

そういう間にも一度は止んだ着信音がまた鳴り始める。さすがにこのまま無視し続けるのはお互いに益がないのでこれに応答する。

「もしもし、比企谷ですけど」

『ぶっ、わっ、ひ、比企谷!?急にでるな、びっくりするだろうが!』

ひどい言われようだ。でないのが正解だったのか。

「あーじゃあもう切りますね?」

『む、待て、体の方は大丈夫か?その、そういうのはあまり得意じゃ無くてな』

すると今度は頑張ってお弁当作ってきたの、みたいなしおらしい声が聞こえてきた。

やめろよちょっときゅんとしちゃったじゃないか。

「…大丈夫みたいです、じゃあ授業があるのでもう切りますね」

『ああ、放課後職員室に来てくれ、話をしよう』

通話を切り俺は教室へと向かった。

体がどうにも重く授業は全く身が入らず、そうこうしているうちにいつのまにか放課後になっていた。

俺は椅子にへばりつく尻をなんとかはがして職員室に向かった。

「先生、来ましたよ」

「お…、おう」

何故か先生の態度がいやによそよそしい。何か企んでいるのかと身構えてしまう。

「その…、巻き込んでしまって、すまない」

なんだそういうことか。ならそれは先生が気に病むことではない。

「別に良いっすよ、自分から首突っ込んだようなもんですから」

「そうか…、助けて…くれて、アリガトナ…」

ええい、なんだこの可愛い人は。もう先生ルートで良いんじゃないか?

「助けたのは俺じゃないんで、説明してくれるんじゃなかったんですか?」

「あ、ああ、場所を変えよう、ここじゃあれだからな」

予想していた事なので直ぐに移動を開始する。

俺はリノリウムの床を先生の後ろについて歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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されど雪ノ下雪乃の説明は淀みなく進む

暫く先生の後をついて歩いた。どうやら目的地は特別棟に有るらしい。

あそこには使われていない教室もあり内緒ばなしをするにはうってつけだ。そのどれかを使うのだろうか。

そして先生はとある教室の前で足を止めた。表札を見るが何も書かれていない。やはり空き教室か。

しかしそんな表向きに反して平塚先生は中に声をかけた。

「入るぞ、雪ノ下」

てっきり二人で話すと思っていたがどうやら先客がいるようだ…。

俺も先生の後に続いて入室する。

背中越しに中の様子を探ると、そこでは長い黒髪の少女が一人窓から入る斜陽の中で本を読んでいた。

思わず息を飲む。

その光景はまるで絵画じみていて、世界が滅んだ後でもここで同じように本を読んでいるのではないか、そんな風に思えるほどその空間は儚さに満ちていた。

生徒の有象無象が着ている学校指定の制服も彼女が着ると何処か違って見える。

「先生、部屋に入るときはノックをしてくださいとお願いした筈ですが?」

「しかし君はそれで返事をしたためしが無いじゃないか」

「答える間も無く先生が入ってくるんですよ」

先生の言葉に彼女は不満げな視線を送る。

「それで、そのぬぼーっとした人が?」

「ああ、昨日話した比企谷だ」

なんか紹介されたので前に出る。ていうかぬぼーって何だよ。

「2年F組の比企谷です」

「現状を説明してあげるから席についてもらえるかしら?」

このいやに高圧的な女生徒が説明にてくれるらしい。それは願ってもない事なのですぐさま席に着こうとするが、着くべき席が何処にも無かったら。

座れっつっといて椅子がねえってどういうことだよ。何かのトンチか?下民は床がお似合いよ的な?それとも遠回しに帰れって言ってんのか、高度すぎんだろ。俺でなきゃ見逃しちゃうね!

しかしそんなことではめげない俺は、後ろに積んであった内の一つを持ってきてそれに座った。

「それじゃあ始めるわ」

特に言及は無しですかそーですか。

「厳密に言うと少し語弊が在るけれど、貴方は魔術師の争いに巻き込まれたのよ」

俺は彼女の事を以前から知っていた。

2年J組、雪ノ下雪乃。

もちろん話したことがあると言うわけではなく、単に名前と顔を知っていると言うことだが。

この千葉市立総武高等学校には9つの普通科の他に2、3偏差値の高い国際教養科というクラスある。

そういった事情から何かと注目を集めるそのクラスにおいて、なお異彩を放つのがこの雪ノ下雪乃という少女なのである。定期テストや学力テストでは常に学年一位に鎮座し、またその類い希なる優れた容姿で衆目を集めている。

正直先生の口から彼女の名前が出たときは心底驚いた。が、しかし今はそれどころではない。

俺は彼女の言葉に疑問の形で返答した。

「何の為にそんなことしてるんだ?」

しかし目の前の彼女は俺の問いかけを聞くなり固まってしまった。

暫くするとわざとらしく咳払いして会話を再開する。

「んん、貴方がそこまで早く受け入れるとは思わなかったわ」

「ああ、まあ色々あったからな」

「貴方の質問だけれど、聖杯を手に入れる為」

「聖杯?ってキリストの血を受けたとかいうあれのことか?」

「以外と物知りね今日から浅知恵がや君と呼んであげるわ」

「おい待て、それ思いっきり馬鹿にしてるだろ」

「あら、教えをこう立場の貴方にぴったりでしょう?」

くそ、そう言われると反論しづらい。雪ノ下はしてやったりといった風に微笑を浮かべていた。

なまじ顔が整っているもんだからそれが似合うのがまたムカつく。

「それとは別物、魔術で作り出した擬似的な聖杯、願えば何でも叶うのだそうよ」

「まるでお伽噺だな」

「そうね、けど貴方は既にそれを目にしているわ」

「どうゆうことだよ」

「聖杯に選ばれた7人のマスターはそれぞれがサーヴァントという強力な使い魔を召喚する。そしてサーヴァントは神秘の性質上広く知られた者達から選ばれるの。偉人もしくは伝説上の存在といったね」

「まじか、じゃあドラえもんとか孫悟空とかも呼べるのかよ」

「ドラえもん…っ、は神秘の関係でそのものになるかわからないけれど、西遊記の孫悟空なら可能なのではないかしら」

ドラゴンボールの方だったのだが、というかドラえもんは知ってるんだな…。SF(すこしふしぎ)

「さっきから言ってるその神秘って何だ?」

そういえば青い槍兵もそんなことを言っていた。

「神秘というのは未知が生み出すエネルギーのことよ。知っている人が少ないほどその力は強大になり、多いほど確固たるものになる」

「??ちょっと待て、結局どっちが良いんだ?」

「程度の違いよ、貴方も魔術や魔術師という言葉は知っていたでしょう?けれどどういったものか知らなかった」

なんるほどな。ん?待てよ、けど槍兵は秘匿する気は無いと言っていた。まあ、一人二人増えたところで大した違いはないのかもしれないが。

「神秘は普段の生活にも深く根付いている。なんだかわかるかしら?広く知られているけれど実態はほとんどの人が知らない物」

「…宗教か」

「正解、教科書に載っているようなものはそのまま魔術界の勢力図に当てはめて問題ないわ、後は占いや風水といったものもそうね」

つまりは筋書きに乗っ取った結論ではなく。信頼に基づいた推論、強い信仰を受けてその力は増大し、そしてそれを裏切って始めて形になる。

「ずいぶんと勝手な話だな」

「そうね魔術師というのは何処か歪んでいるのかもしれないわ…」

雪ノ下の視線に何処か影がさす。なぜだか俺はそれを見ていられなくなってつい冗談を口走ってしまう。

「なら愛とか理想も神秘なのかもな」

すると雪ノ下はその艶やかな唇に微笑を浮かべる。

「そうね、実態を知っている人が居ればそうなのかもね」

雪ノ下の言う通りだ。ただ信じているだけでは、それらは手の届かないものなのだろう。

「一度休憩にしましょう」

そう言って雪ノ下は席から立ち上がる。

俺の横を通りすぎ、教室を出て左へ歩いていく。

雪ノ下の姿が見えなくなった後、俺も立ち上がり教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦いは始まり、けれど日々は終わりを告げず

教室から出ると俺は右側へ歩きだした。目的地は一番近い自動販売機だがここからだと二つあり俺は何となく右を選んだ。道すがらさっき聞いた事を反芻する。どれもこれも胡散臭いが、そのどれも恐らく事実だ。

自販機の前に来ると淀みない手つきでmaxコーヒーのボタンをおす。出てきた缶をとりだし蓋を開け、口をつける。かくして喉を潤すのに不適切な強い甘味のする液体が食道を通りすぎていった。

「ふー」

知らず息をはく。

聖杯、神秘、サーヴァント…。

聞き馴染みのない単語が浮かんでは消えていく。混みあった頭にmaxコーヒーはよく染み渡ってくれた。

そうして暫く味わっていると横から声をかけられた。

「それ、上手いのか?」

この声は俺のサーヴァント様だろう。

つられて俺はそちらを振り向く。

ぶっっ!?

思わず口の中身を吹き出しかける。

そこに立っていたのは俺の使い魔であるらしい彼女だったが、その格好は朝の鎧姿ではなく、小町の中学の制服を着ていた。

「何だお前、豚みたいな顔しやがって」

「お前っ、その服どうしたんだ!?」

「鎧だと目立つからな、適当に持ってきた」

適当に持ってきたのがそれなのか…。

「そんな事よりそれ、上手いのか?」

再度問うてくる。それとはmaxコーヒーの事だろう。

上手いか不味いかといえば…。

「飲みごたえのある一品だな」

「そうかじゃあそれを買うのと、その機械から強奪するのとどっちが良い?」

素直に買ってくれとは言えんのか?まあ、俺の命運はこいつにかかってると言っても良いしこれぐらい大した出費でもないか。

俺は先程と同じ行程を繰り返し、出てきたマッカンを投げ渡した。

それを彼女は淀みなく片手で受けとる。

俺は自分のを飲みながら横目で彼女を監察した。

小町に同じことをすれば慌てて、ややもすると落としてしまうかもしれない。中学高の制服だったからか彼女が本当に普通の人間ではないのだと、そんなことで考えてしまう。

そんな彼女がmaxコーヒーを手にしていることが何だかおかしく思えてくる。

ふと疑問に思うことがある。それは彼女の正体。あの容姿と鎧はヨーロッパのものに見える。けれど小町の制服が入るほどの小柄な少女の有名人というと思い至るものがない。

ひょっとすると彼女はあまりメジャーな人物ではないのかもしれない。

目の前の彼女に聞いてしまえば良いのだがなぜだか聞いてはいけないような気がする。実を言うとまだ彼女とどんな風に付き合えば良いかわからない。他のやつならわかる、付き合わなければ良いのだ。

けれど今回はそういう訳にはいかない。

ボッチにとって『二人組作ってー』は死を意味するが、強制的に作られた二人組も居心地が悪いものだ。特に今はとんでもなく軽い御輿として担がれている状態な訳だから俺としては非常にやりずらい。

と、そこで彼女が手に持つマッカンを見つめるだけでいっこうに飲もうとしないのに気がついた。

「どうしたんだ?」

しかし彼女は応えない。

そこで俺はその理由に思い至った。

余計なお世話かもしれない、ただの勘違いかもしれない。

けれどこのままではらちが開かないので俺は彼女にそっと手を伸ばした。

すると彼女が俺にマッカンを渡してくる。俺はプルタブを剥がすと、今度は手伝いにそれを渡す。その瞬間二人の手が触れた気がするが、その熱は直ぐに消え去ってしまう。少女は缶を受けとると俺とは反対側を向いて口をつけた。窓に映った彼女の顔が上気しているように見えたのは、落ち始めた日が見せた幻だろう。

「ん…、なかなかいけるな」

ほう、この味がわかるとはきっと味のわかる伝説の持ち主に違いない。

「プルタブは知らないんだな、日本語は話せるのに」

「必要な知識は聖杯から与えられるようになってる」

戦いには娯楽も必要だろうに聖杯とやらは気がきかないらしい。

「何だ比企谷とセイバーじゃないか。話はもういいのか?」

するといつのまにかいなくなっていた平塚先生が通りかかった。

「比企谷、サーヴァントを趣味の捌け口にするのはよくないぞ」

「いや、別に俺が着せてる訳じゃないんで」

あらぬ誤解を受けていた。

まるで俺が妹趣味の変態みたいではないか。

いや妹は好きだが変態ではない、変態紳士だ。

「まあ、サーヴァントとうまくやれているようで良かったよ」

「コーヒー一つ貢いだだけっすけどね」

「コーヒーの一つ位安いもんだ。はっはっは、…はは、…はぁ」

いったい何があったのか先生の高笑いは次第に小さくなりついにはため息へと変わってしまった。

「んじゃ、そろそろ戻りますんで」

「私も、一緒に、行く…」

そう言って先生は俺の後をとぼとぼとついてきた。

「あんなに…あんなに尽くしたのに」

誰か!早くこの人を見つけてあげて!

いつのまにかセイバーと呼ばれた彼女はいなくなり、俺は先生と二人で教室を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼と彼女達の行く末は未だ知れず

「あら、遅刻とはいい度胸ね」

教室に戻ると既に雪ノ下は席についていた。

「特に時間は指定してなかっただろ、俺は悪くない」

「はあ、まあ良いわ。それじゃあ説明を再開するわね」

俺が席につくと雪ノ下は直ぐに話し始めた。

「まずはサーヴァントの性能について、サーヴァントの能力は大きく分けて基礎能力、スキル、そして宝具の3つ。全て各サーヴァントの逸話が元になっているけれどスキルは呼び出されたクラスの、基礎能力は呼び出したマスターの影響を受けるわ」

「宝具って何だ?」

「宝具はそれぞれの英雄が持つ奥の手よ、その分魔力を消費するから使いすぎるとマスターが干からびて死ぬわ。セイバーを召喚して気を失ったでしょ、それの酷い状態ね」

マジかよ、あれってそんなヤバイ状態だったのか。

「次に…唐突だけれど貴方サーヴァントに自力で勝てると思う?」

「無理だな」

即答だった。それほど目にした訳ではないが、それでも廃工場での出来事は俺の目に焼き付いている。

「そうね、たいへん遺憾だけれどそれは私も…いえ、貴方よりはましだけれど、弱ったサーヴァントなら倒せないこともないけれど、概ね…、大概…、まあ、同じね」

どんだけ認めたくないんだよ。雪ノ下は地獄の釜で茹でられているかのような苦悶の表情を浮かべていた。

「けれどそんなサーヴァントにも弱点がある、何だかわかるかしら?」

「まあ今までの話からするとそれも逸話が関わってくるんだろ?有名なところだとアキレス腱とか弁慶の泣き所とか」

「一つは正解。もう一つは?」

もう一つ、頭をひねるが答えは全くわからない。

「答えは……マスターよ」

とたん室内の温度が急激に下がったような錯覚に襲われる。

雪ノ下の氷のような視線が俺を刺しているからだろうか。

サーヴァントを呼び出したのがマスターなら、それが重要な鍵になっていることは想像に難くない。何故そんなことに思い至らなかったのか。いやそうではない。俺は恐らく考えないようにしていたのではないか。

雪ノ下の瞳はそれを見透かしているようだった。

そんな俺の動揺も意に介さず雪ノ下は説明を続ける。

「サーヴァントはマスターから送られてくる魔力によって活動している。そしてマスターはサーヴァントを現代に繋ぎ止めておく楔でもある」

だからマスターが弱点になる。サーヴァントに勝つのが難しい以上マスターが優先的に狙われるのは必然だ。恐らく俺はマスターの中では最弱、そうなったとき俺は文字通りお荷物でしかなくなる。

「けれど一蓮托生というわけでもないの。どちらか一方が敗退しても残ったもう一方は他の契約者を探して復帰することはできる」

思っていたよりはサーヴァントとマスターの繋がりは希薄であるらしい。つまりセイバーにとって俺は必ずしも必要ではないということだ。

「…ちょっと待て、サーヴァントはマスターの死後も活動するのか?」

「当然でしょう?サーヴァントも聖杯を求めているのだから。何の為に貴方のような浅はかな素人の下につくと思ってるのよ」

召喚されたら主を守るものだと思っていたがサーヴァントも一人の個人として戦いに参加しているのだ。

過去の英雄達が必ずしもハッピーエンドを迎えた訳じゃない。失意の中に生涯を閉じたものもいる。

きっとセイバーもその中の一人なのだ…。

正直そうまでして叶えたい願いなんて俺にはすこしもピンとこない。時代や立場が変われば常識も変わっていくので理解しようというのがそもそもの間違いなのかもしれない。

しかしあくまで目的のために俺を利用しているのならこっちも事務的に付き合えばいい。ようやくセイバーとの接し方がわかった気がする。

「じゃあ、マスターを裏切ることもできるんだな」

先程の二者共立的なルールは俺のように弱者側のマスターにとってはサーヴァントに利があるように思える。

さっさと乗り換えてしまいと思うのが当然である。

「そうねけれどマスターにもサーヴァントを制御する為の力が与えられるわ、手の甲に赤い痣のようなものができているのに気づいたかしら?」

「ああ」

「それは令呪といって三回だけサーヴァントに強制権を行使できるのよ」

何だその薄い本が厚くなる能力は。たいへん良いですね。ゲヘヘ。

「卑劣な妄想をしているところ悪いけれど、セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士は魔術に対して耐性を持っているから貴方程度の力じゃ直ぐ切られて死ぬんじゃないかしら」

べ、別に妄想何かしてねぇーし。そんな大事な力を性欲処理の為に使うわけないだろ。ハチマンウソツカナイ。

「けれど令呪はサーヴァントを抑制するだけではないわ、刹那的で具体的であるほどその効果は強くなる。一時的にならサーヴァントとしての能力を上回る事もできる。どう使うかは貴方次第ね」

「ああ、そうするよ」

「話は以上よ、何か質問はある?」

しばし頭をひねり、比較的重要度の高い質問をぶつける。

「魔力…を他所から持ってくる方法は無いのか?」

サーヴァントの活動には魔力を消費する。ならたくさんあるに越したことはない。

だがこの質問はヤブヘビだったらしい。雪ノ下の視線の温度が急激に落ちていく。

「無いことは無いわね」

しかし質問には肯定を返す。

「サーヴァントに人の魂を喰わせればいい」

成る程、冷たい視線の理由はこれか。

「けどこの方法はお勧めしないわ」

「どうしてだ」

「もし関係ない人を襲えば、私が始末しに行くから」

自信と覚悟に裏打ちされた一匙も疑問を抱かせない声。魂を喰って魔力を補充した敵をそれでも正面から切って落とすというのだから相当なものだ。

だが今回ばかりはそんな強情さが儚く思える。

「こんな殺し合いをしてるのにか?」

「勘違いしない方が良いわね、これはあくまで私の信条だから。他のマスターはそこまで甘くないわよ」

こいつ、自分を甘いと評するのか。実際甘いのだろう。それは隙に他ならないのだから。

「わかった、質問はもうない」

すると雪ノ下はスカートの裾を払って姿勢を正し直す。

「それではこちらから質問よ、貴方本当にこの戦いに参加する意思はあるの?」

「…そんなこと聞いてどうするんだ?」

「もし貴方が望むならセイバーさんを引き取っても良いと言っているのよ」

成る程、合点がいった。どうやらこの交渉をするために今日の説明は在ったらしい。律儀なもんだな。

だがこの申し出には疑問もある。

「雪ノ下、お前もマスター何だろ?」

「ええ」

「なら既にお前はサーヴァントを従えているはずだ」

そして恐らく聖杯を手に出来るのはどちらか一人だけ。

「最後まで生き残ったら一騎討ちで決めてもらうわ。セイバーさんもそれで問題ない筈よ」

引き取った上で始末するのではなく、あくまで協力するのが目的なのか。

どうやら雪ノ下はセイバーの性格を多少知っているらしい。

今の言い方だと一騎討ちに挑まないのかと挑発しているようにも聞こえる。

もしセイバーがこれを受け入れるのなら俺が拒む余地はない。

「オレはお前らとは組まねぇぞ」

突然横に現れたセイバーが雪ノ下の勧誘を断った。

良かった、格好は朝の鎧姿だ。

もし小町の制服で現れたらさらに話がややこしくなっていたところだ。

「その男につくメリットが貴方には無いと思うのだけれど?」

雪ノ下の言う通りだ。俺の方が勝っている点など正直思いつかない。

いったいどんな理由で誘いを蹴るのかと、俺は次の言葉を神妙な心持ちで待つ。

「セイバーさんとかいう呼び方が気に入らないからだ」

何だそれは。これを聞いた雪ノ下もだいぶ腹に据えかねたようで、まるで燃えるがごとく剣呑な眼差しでセイバーを睨み付けている。

「貴方の意見は聞いてないわ、比企谷君、貴方が令呪を使えば済むことよ」

何故かその剣先が俺に向けられた。いや完全にセイバー話してましたよね、雪ノ下さん?

「おい、令呪を使いやがったら殺すぞ」

そしてセイバーまでもが俺を問い詰めてくる。

まさに前門の虎(雪ノ下)後門の狼(セイバー)だ。

「そしたら貴方のマスターはいなくなるわね、私はそれでも構わないけど」

いやいや良くねーよ、どっちにしろ俺は死ぬんですけど。

二人の視線が同時に俺を突き刺す。針の筵とはこの事か。ハチマンオウチカエリタイ。

「…悪いが雪ノ下、セイバーは渡せない」

結局、俺にはこう答えるしかなかった。

「そう…、やっぱりサーヴァントの考える事はわからないわ」

そう言って雪ノ下は溜め息をつく。大丈夫だぞ、俺もわかんねーから。

「それでどうするんだ、ここで戦うのか?」

交渉は決裂した、なら俺と雪ノ下はただの敵同士だ。

「戦闘はさけるのが平塚先生とセイバーのマスターを紹介する時の約束よ、そっちがその気なら私は構わないけれど」

平塚先生に目配せする。先生は申し訳ないというジェスチャーをしていたが、今日の説明があっただけでも万々歳だ。

「どうする?マスター」

「いや、今はやめておこう」

この教室はいわば雪ノ下のホームだ。何が仕掛けてあるかわからない。

「それじゃあな、説明は素直に感謝してる」

「強者が弱者に施しを与えるのは当然でしょう?」

ノブリスオブリージュとかいうやつだったか。雪ノ下はフフンと微笑む。なまじ顔が整っているものだからとても様になっているように見える。

「お前、友達いないだろ」

「そうね、まず友達の定義をはっきりさせてくれるかしら?」

「もういいわ、それは友達いない奴の台詞だ」

ソースは俺。

俺と雪ノ下はそのまま睨み合う。

しかしそれもほんの数秒のことで俺は踵を返し教室を後にしようとする。

「せいぜいセイバーの影で怯えていることね」

「初めからそのつもりだ」

その憮然とした態度が妙に清々しささえ感じさせる。

こんな争いが無ければ、もしかしたら、とそんな事まで考えてしまう。

が、自らの考えを否定する。

それならこの出会いすら無いのだから。

そのまま俺は教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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やはり腹がへっては戦はできぬ

学校から家へと帰り、自室のベッドへと横たわった。マットレスに体を預けると体のあちこちが重いことに気付く。

どうやらあの短時間でだいぶ疲れたようだ。

雪ノ下雪乃、総武高校一の美少女にして秀才、そして7人のマスターにうちの一人である魔術師。

ふと、伸ばした腕の手の甲を見た。そこにはセイバーとの主従の証である令呪が、まるで初めからそこにあったように肌に馴染んで刻まれている。

弓形に中央が膨らんだ線が3つ、円を画くように連なっている。これは全員同じなのだろうか?それとも何か意味があるのか。

「お兄ちゃん、いる?」

「ああ」

ドアを叩く音がして、次に妹の小町の声が聞こえてくる。返事をすると直ぐに制服姿の小町が入ってくる。

ハッと、ここで小町は昨日の事をどう理解しているのかと疑問に思う。

しかし朝食を用意してくれていたところをみると問題ないようにも思える。

「どお?サンドイッチ美味しかった?」

あれはサンドイッチだったのか。

「ああ、小町の愛情がこもってるものが不味いわけないだろう」

「え、そっそかー。じゃあ小町戻るねー」

どうやら特に気にしてはいないようだ。

「期限きれそうなやつを処分しただけって言ってたぞ」

ついでセイバーが霊体化を解いて部屋に現れる。

何で誰も幸せにならない事を言うかなーこいつは、俺も薄々気づいてたけど。

そしてセイバーはあいも変わらず小町の制服を着ていた。

「なあ、それ脱いでくれないか?傷とかつくと困るし」

するとセイバーはいきなり目の前で脱ぎ出した。

まあ、騎士何て男社会だろうし特に気にしないのかもしれない。

だが俺は現代を生きる思春期の高校生である。目の前でストリップショーでも始められたものならもう色々といたたまれない。

「セイバー、その、お前は気にしなくても俺は気になるんだが」

「あ?そりゃどういう意味だ?」

いきなり脱ぎ出したのはセイバーなのに何故か俺が睨まれる。怖い、それと怖い。

仕方ないここは紳士である俺が部屋を空けよう。別にビビった訳ではない。中学レベルの体に興味ないからだ、俺はロリコンじゃないからな。全く世話のかかるサーヴァントだぜ。

一度部屋を出てmaxコーヒーを飲みながら時間を潰し部屋へと戻る。

既にセイバーは着替えを終えていて妙に露出の高い服を着ていた。あんまり変わらねえじゃねえか!?

「これでいいんだろ?服は返してきてやったぞ」

確かに俺が小町に服を返すと色々と面倒だ、そういうところは気が利くらしい。

しかし肝心なところに届いていない。いやむしろ肝心な所しか隠れていない。しかも俺のベッドに座っている。

しかし繰り返すが俺は女子中学生に興奮するロリコンではない。

意を決して俺はセイバーの隣に腰を降ろす。

そこにあったのは女の子の肌だった。

成る程剣士のクラスだといわんばかりに鍛えられてはいるものの、そこにはシミ一つなく、しっとりと瑞々しさを感じさせるはりにあふれ、透き通るように美しい。

そして胸部には、小さいながらもしっかりとした膨らみが見てとれる。しかしその肉感に吸い寄せられるように視線を動かしても、もはや宿命といわんばかりに申し訳程度のサイズの布が双丘に股がって横たわっており、頂上を目指す俺の前に立ち塞がっていた。

「何だ?精神攻撃か?」

セイバーの剣を抜く動きに俺の思考が引き戻される。

「いや、少し疲れてるだけだ」

危ない、危ない。ついセイバーの体に意識を奪われてしまった。きっと疲労のせいだろう。ていうか精神攻撃だったら切るつもりなのかよ。

早急にセイバーの服を用意しようと俺は決意した。

「それで、これからどうすんだ?」

「作戦会議だな、俺の魔術師としての素養はどんなもんだ?」

「雑魚も雑魚、全力の30%位しか出せねえ」

マジかよ、期待はしてなかったがそこまでとは。

「お前よくそれで雪ノ下の誘いを断ったな」

「二度は言わねえよ」

呼び方が気に入らない、こいつはそんな理由で優劣をひっくり返してしまう奴なのだ。

「お前ホントに聖杯がほしいのか?」

「勘違いすんなよ、オレはオレのやりたいようにするだけだ」

いつものようにものすごい剣幕で睨まれる。

雪ノ下はサーヴァントは聖杯の為に戦っていると言っていたが案外そうでも無いらしい。それは雪ノ下が嘘を言っているわけではなく、きっとあくまで前提の一つだということだ。

しかしだとすれば聖杯という目標がわかっていれば、接しやすいと思っていた俺にとってはだいぶ痛い事柄になる。

「そう言うお前はどうなんだ?巻き込まれただけなんだろ?」

セイバーは俺の覚悟の程を聞いているのだろう。「ちょっと男子、真面目にやりなさいよー」のもっと酷いバージョンだ。

「そのままだ、巻き込まれたから、死にたくないから戦う」

叶えたい願いなんて俺にはない。細かいものならいくらでもあるが、それでこの戦いに興じようなんて死んでも思わないだろう。

「そうかよ」

セイバーのぶっきらぼうな返事は俺にその心境をよませない。

はたしてこの回答が正解だったのか否か、いずれ自分の身で確かめることになるかもしれない。

例えば今もっとも身近に控えている問題は俺のマスターとしての(ここ重要)スペックが低いことでセイバーが満足に力を発揮できない事だ。であれば魂食いなるものをしなけれなならないかもしれない。お前の魂いただくよ!

「セイバー、魂を喰うと食われたやつはどうなるんだ?」

「程度にもよるが、全部食えば死ぬ少しなら一日眠るくらいで、回復もする」

雪ノ下の言うことがどの程度を指すのかわからないが、あまり悠長に進める余裕はなさそうだ。

「した方が良いと思うか?」

「マスターはお前だろ?」

俺が決めろということか…。殺人は普通に犯罪だし、雪ノ下を敵に回すのは痛い。何より俺は自分のために戦っている、彼の者は言った「撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」と、しかしこちらが先に撃って、尚且つこっちにはサーヴァントがいる状況で、はたして撃たれる覚悟があると言えるのだろうか?

「セイバー、さん付けで呼ばれるのと魂喰うのどっちが嫌だ?」

「あ?ちっ、いけすかねえ奴。あの根暗そっくりだな」

何だよ、そっちだって質問で返しただろ?あと俺は根暗じゃない、騒ぐと引かれるから静かにしてるだけだ。

「魂喰いはしねえ、なんか汚そうだし」

しかしその言い分はなんか府に落ちた。

「それじゃあ、質問は終わりだ。10時くらいになったら出るから、それまでは好きにしててくれ」

「ちょっと待て、オレの正体を聞かないのか?」

俺が部屋を出ようとするとセイバーが呼び止めてくる。

「ああ、身バレの元はなるべく減らしたいからな、戦闘はお前に任せるつもりだし」

「あっそ」

そうして一度お花つみをして部屋に戻ると俺のベッドにセイバーが眠っていた。

夜の戦いに備えて仮眠でもとろうと思ったのだが。

仕方がないので俺はカーペットの上で眠ることにした。

 

……………

 

ゆらゆらと迫る藁人形を、手に持つ剣で、足で、体でなぎ倒していく。倒すたびにバラバラに散った藁は寄り集まって、再び彼女めがけて押し寄せてくる。

前後左右、時には上から覆い被さってくる藁人形を、直感とでもいうべき反射でものの見事に打ち倒していく。

あれからどれだけの時が流れたのか、少女の身長は少しのび、体格もがっしりした気がする。

金色の髪もしなやかに延び、後ろに無造作に纏められている。動くたびにそれがゆらゆらと揺れていた。

すると突然全ての藁人形が動かなくなる。と同時に部屋に人影が入ってきた。

いや人影ではない。全身黒い鎧に包まれた一人の男騎士である。その顔は常に深いシワが刻まれている。

「人形が人形遊びとは酔狂な事だな」

「ああ?ぶっ殺されてぇのか!」

部長面の騎士は事も無げに彼女に語りかける。

「お前に報せがある。明日、城で入隊の儀が行われる。早く出世したいのならそこで結果を出すことだ。それと、それに伴って…母上からお前に贈りたい物があるそうだ、上に上がってこい」

そんなことを淡々と話すと騎士は少女の返事も聞かず階段を上がっていってしまう。

少女もケッと吐き捨てた後、階段に消えていった。

 

………………

 

揺れながら鳴るケータイを右手で制止する。

「うをぉ?!」

床で寝た筈の俺はいつのまにかベッドにいて、横でセイバーが寝ていた。例の露出過多の服で。

現在時刻は8時ちょい。

そのまま部屋を出てキッチンへと向かう。そこでは小町がエプロン姿で晩飯を作っていた。

「あ、お兄ちゃーん、もう直ぐできるよー」

「ああ」

どうやら今日は親の帰りが遅く小町が料理当番を任されているようだ。

「何か手伝うことあるか?」

「んんー?じゃあ洗い物お願い」

「あいよ」

寝起きのおぼろ気な頭に冷たい水が心地いい。

全く料理と関係無い事に思うが、こういうのはこまめに洗うのが溜めないコツなのだ、料理関係ねーな。どうやらまだ意識が起ききっていないらしい、むしろ皿洗いが適当なのだ。

包丁やらまな板やら、切った野菜を置いといた皿なんかを洗い、ついでに切れはしを捨てておく。最後にフライパンを洗って終了っと。

それで横を見やるとそれはそれは見事なカツ丼が出来上がっていた。

「何でカツ丼なんだ?」

「んー、何となく?あ、お兄ちゃんこれ持ってって、小町コーヒー容れるから」

「カツ丼にコーヒー?巷ではそんな物が流行ってるのか?」

「そんなわけないじゃん、コーヒーはお兄ちゃんの分。自分のにはお茶容れるし」

そう言ってこぽこぽお湯を注ぎ始める。まあいいけどコーヒー好きだし。

「練乳忘れんなよー」

「あいよー」

暫く待っていると小町が2つのカップを持って席につく。

「いただきまぁーす」

「いただきます」

二人でこの世全ての食材に感謝してはしを進める。

「ふふ」

「何だ?気持ち悪い」

「なんか新婚さんみたいだったなーって、あ、今の小町的にポイント高い!」

いきなり何を言い出すかと思えば、かわいいなこんちくしょう。

ポイントなら既にカンストしているまである。何に使うのか知らんが。

「バッカ、それなら料理は俺の仕事だろ、専業主夫的に」

「えー、小町の堪忍袋を掴もうなんて、百万光年早いよ」

「それを言うなら胃袋だろ、それと光年は距離の単位だ」

お前はニビジムのトレーナーか。

「やれやれ、お兄ちゃん、愛があれば言葉なんて些細な問題だよ」

「小町ちゃん、お行儀悪いわよ」

小町は手を広げてどうしようもねえなあというポーズをとってみせた、まるでおっさんである。

しかし専業主夫的には正しいのかもしれない。

俺の心は既につかまれていた!

そんなどうでもいい会話をしながらカツ丼を食べ進めていく。

「ごちそうさん」

「ごちそうさまでした」

「俺が洗っとくから小町は戻ってていいぞ」

「うんわかったー」

さてここからが問題だ。手早く済ませてしまおう。

部屋に戻るとセイバーは未だに俺のベッドで眠っていた。もういいや…何も考えないようにしよ。

「セイバー、メシだ」

「メシー?」

セイバーは腰を上げると目を擦りながら俺から容器を受けとる。

「なんか雑じゃねぇか?」

「しょうがないだろ、いいからさっさと食べろ」

小町に見つからないようにしないといけないのであまり手間のかかる物は作れない。

しかし一度口に入れるとセイバーは夢中になって食べ始めた。やっぱり、卵かけご飯は最高だぜ!

「うめー、やっぱ飯はこっちの方がいけるな」

そう言ってセイバーは至福の表情を浮かべる。気分は異世界転生者である。正直卵かけご飯程度でここまで満足されると恥ずかしいが喜んでいるので良しとしよう。

そんなこんなで時刻はもうすぐ10時になろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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どうしても彼らはその身を投げ出さずにいられない

interlude 2-1

 

「くそっ、何処に行ったんだ遠坂の奴」

土地鑑のない道を目を凝らしながら走る。

ほんの数分前に拠点としている借屋から出たはずの遠坂は探せども探せども見つからない。

ひょっとすると徒歩ではなく、サーヴァントの脚力に任せてどこぞのビルの上にでも飛んでいったのかもしれない。だとするとこの間抜けっぷりを一方的に見られている可能性もあるわけだ。

そう考えて少し憤慨する。

遠坂に見られるのは今さらかまわない。

問題なのはその隣にいるであろう弓兵の存在だ。あいつにこんな姿を見られたら、きっとろくでもない嫌味を聞かされる事だろう。

「たくっ、遠坂のやつ、何もあいつを召喚しなくたっていいじゃないか」

確かにアヴァロンを彼女に返した今、今回の目的も含めてあいつが適任だというのはわかるし、今さら文句を言っても仕方ないのだが、相手が相手なのでそれも仕方がない。

「ふう、…しょうがない、戻るか」

あまり一人で歩き回るのは危険だ。今夜は夜食でも作って待っていることにしよう。

そう思い、振り返った時だった。

「お兄さん、何してるの?」

声は幼く少年とも少女とも判断できない。

けれど目の前に在ったのは肉の壁だった。

 

interlude out

 

俺はあらかじめ用意していた靴を履いて自室の窓から外に出た、勿論、セイバーに担がれる形でだ。

「でどうすんだ?」

「とりあえずこの辺を見て回るか。何処か見ておきたい場所とかあるか?」

「面白いとこ」

面白い…ちょっと遠いがディスティニーランドとか?

「本気で言ってんのか?」

「冗談のわからねえ奴だな、とりあえず高いとこ行けばそれなりに見渡せんだろ」

「じゃあ、頼む」

俺は両手をあげ万歳のポーズをしてみせる。それを見たセイバーがうへぇーと嫌そうな顔をする。

しょうがないだろ、俺も見た目女の子のセイバーに担がれるのは恥ずかしいが、この辺りの高いところなんて高層ビル位だし、一般人が簡単に出入りできるところじゃない。

そうゆうわけで俺はセイバーと夜の町を自由飛行する。これがメチャメチャ怖い。

「おい、あんまくっつくな気持ち悪ぃ」

そうしてとあるビルの屋上に辿り着く。

「どうだ?セイバー」

「人が蟻んこみてえに多いな。よくこんなとこで聖杯戦争なんざ開こうと思ったもんだ」

確かに夜中といっても人影は絶えることはない、むしろ昼より夜の人口密度が高いベッドタウンであるここ千葉はこれからこそ人が帰ってくる時間帯である。

魔術師は自らの秘術が外に漏れるのを嫌う。だからこそ夜を狙って戦うのだろうが、聖杯戦争を仕掛けた奴は何故ここで開こうと思ったのか。まあ、昔はそこまで発展していなかっただろうし、魔術の事情など俺には知る由もない。だがどちらにせよ、これでは戦える場所はだいぶ限られるだろう。

 

interlude 2-2

 

驚きよりも恐怖が上回った。だが修練の成果か、体は何とか戦闘体勢に移行してくれた。

けれどサーヴァント相手に生身の人間がいくら態勢を整えたところで何の意味もない。

しかし意味がないというのなら、俺に話しかけてくる意味もわからなかった。

声は続く。

「お兄さん魔術師だよね?何でこんな所にいるの、危ないよ?」

声は何処からともなく響いてくるようで、方向も距離も判別できない。こちらから姿は見えないが、向こうからは見えているのだろう。

「お兄さん?あれ、もしかして聞こえてないのかな?聞こえてるなら返事をしてほしいなぁ。言うことが無いなら、ウーン、…手を上げてくれても良いよ」

口調には幼さが見てとれる。

どうしてだと?そんなこと言えるものか。

俺は今回選ばれなかったが遠坂はマスターの一人だ。

しかし答えなかったところで見逃してもらえる訳でもないだろう。

かくなるうえは。

「お、俺はおこぼれを狙いに来ただけだぁ!もう帰るから見逃してくれぇ~」

どうだ?さすがに厳しいか?

「そっか、うん良いよ」

良いんかい?!

なんだろう、この幼さに一方的に振り回される懐かしい感じは。目の前にいるのバーサーカーだし。

そうバーサーカー、あのバーサーカーなのだ。

こういうことも起こりうるのだろうが、やはりイリヤがマスターではないバーサーカーは違和感がある。

「見逃すのはいいけど、その前に一つだけ聞いてもいいかな?」

どうせノーと言える立場じゃない。

「何だ?」

「うん、あのね?イリヤスフィールって子を知らないかな?」

ナニ?

聞こえる筈の無い名前が聞こえた。

いやそんな筈は無いのだが、どうしても脳が拒んだのか、俺にはそんなふうに聞こえた。

「悪いがそんな奴は知らない」

「そっかー、知らないかー」

よせばいいのにこの口はもっと多くのことを聞き出そうとして止まらない。

「ちなみにそいつを見つけてどうするんだ?」

「殺すの!」

「それは…マスターだからか?」

「うーん、それもあるけど、あいつはしなないといけないんだよ、私達を裏切ったんだから」

シナナイトイケナイ??????―――――――

イリヤが裏切った?何を、誰を?

いったいこいつは誰なんだ――――――

「ひぃーーー!!」

突然左側から悲鳴が聞こえてきた。

とっさに目の前の怪物から目を離してしまう。

そこには腰を抜かして尻餅を着きながらも、必死に後退る人影があった。

しまった!一般人に見られたのか!?

突然のことに失念していたが、ここは普通の一般道。何時人が通っても不思議じゃない。

俺はそこまで神秘の秘匿を気にしている訳じゃないが、バーサーカーのマスターがどうするかはわからない。

すると人影は何故か後退をやめ、その場でごそごそと何かをし始める。そして何かを取り出すとカシャっという音と共にフラッシュがたかれた。

なっ!?あいつ写真を撮りやがった。

今どきインターネットで簡単に情報が広められることぐらい、科学に疎い魔術師でも知っている。

あいつが写真をどうするかはわからない、だが可能性があれば充分だ。

あの少年は殺される。

だからそれを防ぐために走る、それだけの事だ。

―――「投影開始(トレース・オン)

右手に莫夜、左手には干将。

何も無い所から魔力を糧に白黒一対の剣が現れる。

魔術の原則を無視して、とある世界からこぼれ落ちてきた代物だ。

二振りの剣を手にバーサーカーの前に立ちはだかる。

遠隔会話だったせいかバーサーカーは初動が遅れたようだが、既にすんでのところまで迫っている。

秒も数えぬうちに吹き飛ばされるか、殴り殺されるだろう。どちらにせよ俺に勝つ未来など最初から無い。

ならなぜこんなことをしたのだろう。

そんな事今さら考えたところで意味がない。

当たれば人体なんて簡単に引きちぎれる人形の台風がもう目前まで迫っている。

その直後。

バーサーカーの頭部が切り落とされた。

 

interlude out

 

「地形はだいたい判った」

どうやらセイバーはあの一瞬で千葉市一帯を記憶したらしい。戦闘だけでなく頭脳も遥かに優秀だ。

俺は本当にただマスターという位置に収まっているだけで、犬とかその辺の木でも大した違いは無いんじゃなかろうか。

「でどうする?」

「お前の好きに行ってくれ」

けれど今さらそんな事を考えても仕方がないので、修学旅行でも一歩後ろを行く大和撫子タイプの俺は今夜もセイバーの後ろに着いて歩く。

小町の制服を返したセイバーは今は俺の中学の頃のジャージを着ている。粗っぽい髪型だと運動部の女の子のようでちょっとかわいい。

黒を基調としていて夜の闇によく溶け込んでいるのだが、金色の髪がそれを無駄にしている。

ちなみに俺も全身真っ黒で完全に気配を殺している。恐らく普通の服でも大して変わらないとか言わない。俺は気配遮断のスキルを保持しているのだ。俺はサーヴァントだったのか!

平塚先生からのクラスとスキルが書かれたメールを反芻していると不意にセイバーが足を止めた。

「どうした?」

「敵だ」

その言葉に俺は意図せず身構える。

セイバーが気づいたのだ、相手も気づいているのが道理だろう。

わかるのはアサシンでは無いことくらいか。いや、もしかするとわざと気配をたれ流している可能性もあるか?敵は二人いてもう一体がこっちを狙っているのかもしれない。

様々な可能性が頭の中を駆け回る。けれど今までの経験がどうにか俺を冷静に保たせてくれた。

「…来ないな、様子を探ってるのか?」

誘っているのだろうか?

「わからねぇ、微動だにしねぇ」

「もう少し近づけるか、うわわ?!」

するとセイバーは俺の腕をつかんで走り出す。

そして曲がり角のところで急停止した。

「なんなんだ…」

「その奥にいるぞ」

言われるがまま俺は塀の角から様子を探る。

「?!」

あまりの光景に絶句してしまう。

そこにいたのは2メートルを悠に越す巨漢。その体は鋼のような筋肉に覆われていて、一つの腕がセイバーよりも太い。

暗闇に光る両の目は人の意思など意に介さぬようにギラギラと輝いていた。

あれは人の形をしているだけの怪物だ。出会えば抗うまもなく蹂躙されるだろう事が俺でさえ易々と感じられた。

うっすらと見えるステータスも、その形相に反せずどれもセイバーより上を示していた。

であるならば、その異形を前にいっさい臆する様子なく立つあの青年は何者なのか?!

「あいつがあのデカブツのマスターか?」

「ちっ、がう」

乱れる呼吸を製し、何とか返事をする。

仕組みはわからないが右手の令呪が先程からマスターの存在を訴えている。しかしあの青年の事では無さそうだ。

だからこそその光景の不可解さが際立っている。

ならばきっとあいつはバーサーカーの味方なのだ。

「どうする、マスター?」

「っ~、、」

どうする?!あれと戦うのか?あの怪物と?!無理だ、勝てるはずがない。しかし無事に逃げられる保証はない、いやここまで来てしまったらもう一度は刃を交わすしかない。嫌そうじゃない、聖杯戦争に参加している以上いずれはあの怪物と戦わねばならないのだ。完全に失敗した。完全になめていた。せいぜいランサー位が相手だと錯覚していた。

「おい、オレがお前のサーヴァントなんだぞ。負ける訳ねぇだろうが」

ビックリした、急に声かけんなよ。

よくもあの怪物を前にそんな事が言えたものだ。けれど今はそれがありがたかった。

「戦うぞ、けど正面からは無しだ」

「ああ」

「狙うのはサーヴァントの方だ、俺が囮になるからその隙に倒せ」

「はあ?お前は弱っちいんだから隠れてろよ」

「駄目だ、お前の場所はばれてるんだから奇襲にならない、何よりこの町に絶対安全な場所なんて無い。せいぜいお前のそばくらいだ」

「っ~~、…わかったよ」

そう言ってセイバーは霊体化して消えてしまう。

どっと夜の闇が押し寄せてきた。

けれど頭は冷えていくのを感じる。ボッチは一人の方がやり易いものだから。

意を決し俺は曲がり角から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ならば十二の試練に挑まん

「斬れ、セイバー」

俺の呟きに反応して右手の令呪が赤い輝きを放つ。

静かなる雄叫び。紅蓮の意思を持った闇夜の奇襲。

果たして、作戦は成功した。セイバーの鋭い一撃がバーサーカーの頭部を吹き飛ばした。

「まだだ、セイバーァァァー!!」

すると赤髪の男が突然叫びだした。

何だ?何を言ってるんだ?

バーサーカーは頭を切り飛ばされその姿はまるでデゥラハンのようだ。体は生を失ったゆらゆらとたゆたうのみだ。

いやそれではおかしい、倒されたサーヴァントはすぐにでも消えていく筈…。

そして、唐突に、バーサーカーの頭部が切り口から盛り上がり再生した。

「■■■■■■■■■■!!」

そして自らの復活を知らしめるかのように耳を突き破る雄叫びを上げた。

直後、赤い髪の男につき倒される。

やはりこいつは敵なのか。

気づくとセイバーがバーサーカーの拳を受け止めていた。

何が何だかわからない。

だがどうやらセイバーは窮地に立たされているらしい。

速すぎて俺には何をしているのかまるでわからないが、バーサーカーとぶつかる度にセイバーの影が形をへこませている。

当然だ相手のステータスはセイバーより格上なのだ。

だがそれだけじゃない、何故か奴の拳はセイバーに切りつけられても傷一つつかない、さっきは首を切り裂いたというのに。

「パンクラチオン…」

すると横にいた男が何かを呟いた。パンクラチオン、確か古代ギリシアの格闘競技及び格闘術だったか。男も目の前で行われる戦闘に釘付けのようで突き飛ばしてからはなにもしてこない。

もしかしてこいつはバーサーカーの味方じゃない?

「あいつの正体知ってるのか?」

「え?あ、ああ、ヘラクレスだ」

ヘラクレスだと、確かにそれならあの強さも頷ける。

「あいつの宝具は神話で達成した十二の難業そのもので、十二人分の生命力と最高級の攻撃しか通さない体、そして一度受けた攻撃には耐性までつくおまけ付きだ」

「はあ?!何だよ、そりゃ?!」

まさに廃人ゲーマーもビックリのチートもんだ。

完全にゲームバランスが崩壊していた。

「そんなものどうやって倒せば…」

二人して沈黙が続く。当然だただの人間にどうこうできるレベルを越えている。

「遠坂に…電話してみる、ダメ元で、アーチャーなら何とかできるかもしれない」

マジかよ、あのレベルがまだいるってことか?

すぐさま青年が電話をかけ始める程なくして話し始めた。

「遠坂!?悪いけど理由は後だ!今すぐ家の近くまで戻ってきてくれ!」

どうやら電話は繋がったらしい。これでうまくいってくれるといいが。

「は!?あ、おい!」

こりゃ駄目だったな…。

「悪い、あっちも戦闘中みたいだ…」

案の定、青年はうなだれた声で結果を報告してきた。

万事、休すか。

「トレース…オン」

すると横で呪文のようなものが聞こえる。

見ると青年が弓を構えていた。

「それでどうにかなるのか?」

「いや、目眩まし位にはなるかもしれない」

しかし、それでどうやって後十一回もあの化け物を倒しきれるだろう。

どうやらこの青年は随分と諦めの悪い性格をしているらしい。

俺はほぼ諦めた気持ちで戦闘の方に顔を向ける。

ちょうど二人の英傑は動きを止めていてその姿が俺にもよく見えた。

バーサーカーはやはり傷一つなく戦闘開始前と全く変わらない相貌を見せつける。

対してセイバーは鎧のそこかしこをへこませ或いは削り取られ、全ての隙間から余すことなく血が溢れていた。自慢の角も片方がへし折れている。

「ごほっ、っ」

咳き込むと兜から血が吹き出してきた。

しかしそんな状態でもセイバーが剣を置くことはない。

顔は見えないが、あの輝かしい碧眼は今もバーサーカーを睨み付けていることだろう。

そんなこの世ならざるような状況だからだろうか、セイバーと横の青年は相性が良さそうだと、そんなどうでもいいことを考えてしまう。

そうこうしているうちにセイバーは今一度眼前の怪物を討ち果たそうと突進していった。

「なあ、あんたがマスターになればセイバーはもっと強くなれるか?」

「え?無理だ、俺もそんなに優れてる訳じゃないからな」

そうか、ならやはりこうするしかなさそうだ。

俺は右手を前につきだし、手の甲にある令呪に念じるように口にした。

「セイバー、雪ノ下のとこまで飛べ!」

「!?」

それと共に令呪が赤く輝き出す。

それに呼応してセイバーの体も輝きだした。

しかし命令が実行されることはない。

「ふざけんなてめぇ!何考えてんだ!?!」

セイバーが怒号をあげる。ちっ、三騎士の耐魔力のスキルか。俺のスペックが低いせいもあるだろう。

だがさすがに二つ目は抗えない筈だ。俺は再び令呪を使おうと息を吸い込んだ。

 

interlude 3-1

 

「セイバー、雪ノ下のとこまで飛べ!」

「!?」

隣の少年の言うことを直ぐには理解できなかった。いや時間がたったとしても完全に理解できはしないだろう。

けれどその表面だけは理解できた、気がした。

この少年はサーヴァントだけを逃がそうとしているのだ。そんな事をすればマスターである少年だけでなくこの俺も一緒に死ぬことになるだろうが、そんなことは俺の意識からは消え去っていた。

この少年の行動に激しく同調した。と同時にこの少年を守りたいと思った。

ここで死なせてはいけないと。

その瞬間、何処か世界の彼方から誰かが語りかけてきた。

使いなさい

何を?

貴方の奥に眠る力を

駄目だ魔力が足りない

ならば私が貸して差し上げましょう

お前が?

彼らを守りたいのでしょう?

ああ

ならば唱えなさい残酷な世界を貴方の意のままにする呪文を

呪文…

そうです体は…

「体は…

剣で出来ている「剣で出来ている!」

次の瞬間、世界は一変した。

足りない筈の魔力はそこをつかず、その言葉は世界と心とを入れ換えた。

 

interlude out

 

何だこれ、これも魔術だというのか!?確かにこの戦いに巻き込まれて俺の世界は大きく変わった。

しかしこれはそんな次元じゃない。

立ち並んでいた住宅もアスファルトの路面も全て消え失せ、目の前にはただ吹き荒ぶ荒野が広がっていた。

地球の終わりにでもタイムスリップしたのか、そうとしか思えないほど地平には生気と呼べるものが感じられなかった。

しかしそれでは不可解な物がその荒野には無数に存在していた。

剣だ。

荒れ果てた大地に、見渡す限りの剣が突き立っている。

時代、地域、用途、刀剣であるという事以外全く共通点のないそれらが、いったい何を意味しているのか俺には想像すらつかなかった。

そんな世界に残された人影が四つ。

それでも未だに戦い続けているセイバーとバーサーカー。

そして立ち尽くす俺と、恐らくこの世界の創造主である赤い髪の青年。

体は剣で出来ている、青年がそう叫んでから世界はその姿を変えたのだ。

「これはお前がやったのか?」

「ああ、固有結界って言うらしいけど細かいことは俺にもよくわからない」

説明されてもたぶんわからないのでそれはいい、問題はその固有結界とやらでいったい何をしようとしているのか。

青年が右手をあげると、荒野が息を吹き返すように黄金で編まれた鎖が出現した。同時に四本。それは大きなうねりとなってバーサーカーを絡めとらんと向かっていく。

はじめの一本がセイバーとバーサーカーの間を切り裂いた。

セイバーの兜がこっちを向く。鎖の出所を確かめたのだろう。

その後も絶えず鎖がバーサーカーへと向かっていく。しかしバーサーカーもさるものでいくら自在の鎖といってもそう簡単には捕まらない。

前後左右、時には上から地中から襲う鎖を巧みな体裁きでかわしていく。本当にあれがバーサーカーの動きなのか?!

「セイバー、お前も手伝ってくれ?!」

セイバーならいずれそうしただろうがあまり悠長にしている時間はない。

するとセイバーは飛び交う鎖を足場にして空中を舞い始めた。

当然その攻撃はダメージにはならないがジリジリとバーサーカーを追い詰めていく。

そして鎖の反動で跳躍したセイバーがバーサーカーを蹴り飛ばすと、その隙を見逃さずその手足を黄金の鎖が縛り上げた。最初は雄叫びを上げ抵抗していたバーサーカーだが今はただ切なく唸るだけだ。

あの災害のようだった怪物が今は巨大な案山子とかしている。

驚きの手際だった。

「これからどうするんだ?」

確かに動きを封じることはできた。だがバーサーカーにはまだ宝具にまで昇華し鎧じみた肉体が残っている。

すると青年は額にたまった汗を拭い、大きく息を吐くと、鎖を出現させた時と同じように右手を前につきだした。

ここでか。

そこでようやく今まで沈黙していた刀剣達が動き出した。

震え、中に浮き始めるおよそ数十本の剣。

しかし何処にでもあるようなものではない。

豪華な装飾が施されたものから、ただ己の本分を全うするかのごとく質素なものまで。

その一つ一つがこの世の物とは思えない宝剣で、聖剣で、麗剣だった。

そんな類い希なる剣達が一斉にバーサーカーへと向き直った。

「こいつらをうち続ける、あいつが倒れるまで」

バーサーカーは最上級の攻撃しか許さない。

これならばあの怪物を倒しうるかもしれない。

ヘラクレスといえど息絶えるかもしれない。

神話の英雄を打ち倒すべく青年はその強靭な意思を持った瞳を向ける。

俺もまるで野次馬のようにその視線を追う、けれど背景になりきれない俺のひねた心が、荘厳な刀剣達に気をとられて見落としていたセイバーの変化に気づかせた。

「セ、イバー?」

彼女が纏う雰囲気はこれまでのものとは違っていた。何故そう思ったのかはわからないが、確かに俺はそう確信した。

確信して、次の瞬間、咄嗟に叫んだ。

「避けろ!」

同時に青年を突き飛ばす。

もといた場所を赤い稲妻が通りすぎた。

背中がチリチリする気がするが今は気にしていられない。

「ウヲアオォォォォーーーーーー!!!」

直後耳をつんざく雄叫びが聞こえてくる。

それが終わる前にセイバーはこっちに向かって跳ねた。

青年は待機させていた剣を慌ててセイバーに射出する。

それをセイバーは横に弾けて回避を図る。それ位の判断力は残っているという事か、それとも磨き上げた戦闘スキルの賜物か。降雨のごとく襲い来る剣群の中、セイバーはまるでさっきまでのバーサーカーのように暴れ狂う。

だがバーサーカーとは一線をかくす点がある。それは彼女が既に満身創痍だということ。

全ての剣を回避できる筈もなく、その中の一つがセイバーを捉えた。

それを手に持つ剣で弾こうとするが逆に弾き返され、飛来した剣はセイバーの太ももを叩いた。

押し付けられた力のまま斜め後ろに吹っ飛ぶ。

それでも動きを止めることはなく、直ぐに立ち上がり右に左に動き回る。直接のダメージは無いものの、今の彼女には鎧越しに響くだけでも相当な痛手だろう。

彼女の強情さはバーサーカーとの戦いでよくわかっている。それが今は青年の方に向けられていた。

ちらと青年の横顔を見ると苦渋に歪んでいるのがわかる。

当然だ。さっきまで共に怪物を倒すため戦っていた仲間が、理由もわからず襲いかかってくるのだから。

そう理由だ。何故セイバーは突然暴れ始めたのか?

「止まれ、セイバー!」

しかし止まるようすはない。俺の声は全く届いていていないようだ。聞こえているかすら怪しい。

こんな行動をとる理由はなんだ。赤髪の男の魔術が関係しているのは明らかだが、その関係がわからない。

世界が豹変したときは問題なかった。暴れだしたのは男が剣を操り出してから。

「…あの剣はいったい何なんだ?」

我ながらひどい質問だ。マジックの種明かしを求めているのだから。というか魔術師は秘密主義者ではなかったか?

「宝具の、劣化品だ、」

しかし男は俺の質問に真摯に答える。

成る程確かにそれなら俺が目を奪われるのも頷ける。

劣化品とはいえ宝具は宝具。そういったものに憧れを抱くのは俺達凡人のさがなのだろう。

だがそれはひょっとするとその持ち主である英雄達も同じなのではないか。

彼らは願いの叶う杯なんぞを求めて俺みたいな役立たずでさえマスターだなんだと担ぎ上げる。

それはつまり執着心だ。

目も眩むような伝説は時にその目を曇らせる、あげく要らぬ羨望を抱かせる。

そして見に余る幻想はいずれ自分に帰ってくるのだ。

何故この男がそんなものを持っているかはこの際関係ない。

おそらく男の繰り出した剣の中の一つがセイバーの逆鱗に触れたのだ。

突然セイバーが暴れだした理由はわかった。しかし同時に絶望した。

それでいったいどうしろというのだ。

謝れば済む問題はないだろうし、このままではセイバーが力尽きるか、よしんば青年を倒してもその後バーサーカーに殺されるだけだ。

「令呪を使え!嫌かもだけど、バーサーカーを倒して俺は逃げるから」

そうしたいのはやまやまだが、セイバーの意に沿わない令呪は二つ必要だと先程判明した。だが今俺に残されているのは一つだけだ。

そこまで考えて何かが喉の奥からせり上がってくるのを感じた。飲み込もうとしたが体がうまく応えず、そのまま地面に吐き出してしまう。

見ると足元には赤いシミが出来ていた。

「大丈夫か?!」

声が聞こえてくる。

何をすれば良いんだっけ?

そうだ、セイバーを止めないと…。

覚束ない足でふらふらと歩き出す。

「お、おい、どこ行くんだ?」

「ちょっと時間稼ぎ、頼む」

そう言い残して俺は目的の場所へと向かう。

あまり時間は残されていない。

一体この行動にどれ程の意味があるかわからない。

セイバーの抱えるものに比べたら大したものではないだろう。

しかし俺に残された手札はこれくらいしかない。

少し走って、また血を吐いて歩く、調子が良くなったらまた走るを繰り返す。

やがて目的の場所まで辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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こうして二日目の夜は過ぎ去っていく

interlude 4-1

 

「時間稼ぎ頼む」

そう言った少年の顔は今にも死んでしまいそうな程蒼白だった。

口からは真っ赤な鮮血が滴っている。セイバーが魔力を際限なくすいとっているため、体を蝕んでいるのだ。俺は彼女とパスがうまく繋がっていなかったため、彼女には苦労させたが俺自身が被害を受けることは無かった。

そもそもバーサーカー以外のサーヴァントがここまで魔力を要求すること事態がまれだ。

何をするつもりなのかそのまま千鳥足で歩き出す。

悪いが構っている余裕はないので直ぐに視線を戻す。

正面ではセイバーが怒りのままにその体躯を暴れさせていた。

バーサーカーとの戦いで体力をほぼ削り取られているお陰で何とかサーヴァントの脚力を押さえ込めていた。

しかし今回のセイバーの能力なのかその姿や太刀筋といったものが全く把握できない。

少しでも油断したらそのまま命を持っていかれるだろう。

するとセイバーが立ち止まって剣を両手で構える。

きっと宝具を撃とうとしているのだ。

それを許すわけにはいかない。

俺が彼の英雄目掛けて剣を繰り出そうとしたその時、荒野一帯に声が響き渡った。

「セイバァァァァーーー!!」

それは今回のセイバーのマスターである少年の声。

不意に出所を見るが何処にも姿が見あたらない。

おかしいな、ここには立ち並ぶ剣以外何もないはずなのに。

いやある。

ここではたと気づいた。

荒野にそびえる一本の、いや一体の巨大の存在を。

案の定、少年は黄金の鎖でその肢体を縛られたバーサーカーの直ぐ隣にいた。あいつまたあんな危険なところに。

いったい何をするつもりなのか、あの体では今叫んだのだって重労働の筈だ。

次の瞬間、荒野はどす黒い魔力で満たされた。

しまった!?

声につられてセイバーの事を失念していた。一斉一代の大失態。

慌てて俺はセイバーの方に向き直り、その姿に我を忘れた。

最初に思ったのは愛おしいだった。次に思ったのはうれしい。そして三つ目でようやくそれはおかしいと否定できた。

黄金に揺れる髪の毛、常に彼方を見つめる透き通るような両の碧眼。歴戦の騎士とは思えないその体躯。

まさに瓜二つ、彼女の生き写しだった。

直ぐにその正体に辿り着く。

騎士王アーサーに仕えた反逆の騎士、モードレッド。それが今回のセイバーの真名だ。

それならこのおぞましい魔力も理解できる。

荒れ果てた荒野がより物悲しさを増す。気づけばセイバーの足元は一面の血溜まりで埋まっていた。

まるで固有結界を蝕んでいるようで異様な吐き気に襲われた。

その果てしない憎悪を体現するかのように彼女の剣からは血の色と同じ雷が天高く昇っていた。

その憎悪は俺に向けられたものだ。おそらく俺が彼女、前回のセイバー、アルトリア・ペンドラゴンの剣を投影したから。

セイバーが彼女にどんな思いを抱いていたのかはわからない。だがその思いの丈はこの光景を見れば一目でわかる。宝具とはいわばその持ち主を写す鏡。つまりはこの憎しみに満ちた荒れ狂う雷がセイバーの生涯そのものということだ。

受けきれるだろうかこの俺に。

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』では足りない、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』クラスの宝具でなければ太刀打ちできない。だが今の俺にそれをなし得るだけの力は無い。

ならば持ちうる全ての防御で対抗するしかない。

やってやる、やらねば死ぬのだ。

俺は来るべきその時を想像して生唾を飲み込んだ。

「お前は宇宙一可愛い女の子だーーー!!」

「は?」

突然、この重苦しい空気を全く読まない声が荒野を席巻した。

当然声の主はセイバーのマスターだ。

「な、な、な」

何を言ってるんだお前はー!?

こんな状況で愛の告白をするその厚顔さはむしろ尊敬に値する。

しかしゲームでそんな選択肢を選べば当然バッドエンドだろう。

ちらりと横を見るとセイバーの顔がマスターの方を向いていた。

全くもって聞く耳持たなかったセイバーの意識を振り向かせたということだろうか。

すると少年は続けてこう叫んだ。

「セイバー、宝具をこっちに撃て!」

「な!?」

少年の声に反応して右手が赤く輝き出す。今の言葉に令呪が使われたのだ。

いったい何を考えていやがるんだ?!自分を犠牲にするにも程がある。

すると少年はバーサーカーの後ろに隠れる。成る程、バーサーカーの体を盾にしようというわけか。

しかしその直後またしても予期しない最悪が俺達を襲った。

「■■■■■■■■■!!!」

今まで沈黙を守っていたバーサーカーが突如雄叫びをあげる。そのまま体を縛り付けていた鎖を振りほどいた。バーサーカーの体が赤く輝いている。令呪が発動したのだ。

まずい、今バーサーカーの真後ろにはセイバーのマスターが立っている。

だが苦あれば楽あり。バーサーカーはマスターの方ではなくセイバーに向かって走り出した。

凶化を受けたバーサーカーがセイバーの宝具に反応したのか。

直後荒野は憎悪によって形をなした雷によって赤黒く照らされた。

俺は少年とバーサーカーの間にありったけの防御宝具を展開する。

そしてセイバーのマスターはとうに魔力を限界まで吸われ、突っ伏すように倒れていた。

 

interlude out

 

霞む視界に黒い血に染まる世界が映る。

「はっ」

そのあまりの壮大さに思わず嘲笑が漏れた。

あれに比べればさっきまで俺が吐いた血液など微々たるものだろう。

いったいその小さな体にどれ程のものを抱えているのだろう。

聖杯を得れば少しは解消されるのだろうか、とふと考える。

きっとそうはならないだろう。

少女ははじめからして狂っていた。いや、おかしかったのは世界の方だったかもしれない。ならば彼女が今も狂い続けているのは道理とも言えるかもしれない。

けれど俺はここまで。

とある隊長様は言う、強者は世界がどうであるかではなく、どうあるべきか語らなくてはならないと。

ならば生まれついての弱者、パーフェクトルーザーたるこの俺はここまでだ。

俺はただの語り部でしかない。彼ら彼女らのように物語の主役にはなれないのだ。

そこで意識が途切れた。

彼女の宝具が撃たれる。宝具とはその英雄の写し身で、それを受けきれるだけの力は俺にはない。

例え俺が死んでもセイバーには雪ノ下がいる。

だからせめて、王になれ、セイバー…………。

 

………………

 

痛みが甦り、だるさと共に目が覚める。

ここは、何処だ?

手足の感覚はある、どうやら死は免れたらしい。

しかし視界がはっきりせず状況が把握できない。

これで気絶したのは二日で二度目になる。こんな調子ではいつかもたなくなるだろう。

体の中をかき混ぜられたかのように気持ち悪い。それを想像してさらに気持ち悪くなった。

ここは…ベッドだろうか。かすかに下に柔らかい感触がある。

取り合えず起きてみよう。意気込んで重い体を起こす。

すると喉に固いものがめり込んできた。慌てて体勢をもとに戻す。ものは抜けたがそこから何か暖かいものが垂れてきた。よーく見てみると目の前に剣が突き立てられていた。

そしてそれを俺に股がり構えているのはセイバー…。

「よお、よく眠れたか?」

セイバーは例の露出が半端ない服を着ていて、俺の覚醒をみて声をかけてきた。

ひょっとして、俺が起きるのを待っていたのだろうか?そう考えるとちょっと可愛らしいが剣を構えての事なのでヤンデレ感が増す。

「いや、だいぶ気持ち悪くてな」

「そうか、お前には二つ選択肢がある。俺に殺されるか、それを拒んで俺に首を落とされるかだ」

「実質一つじゃねえか!?」

おそらく俺が可愛いと言ったことにご立腹なご様子。そんなに嫌だったのか、ちょっと傷つくなぁ。

しかし直ぐに殺さないということは多少はチャンスが残されているのかもしれない。つまりツンデレである。どのデレも命がけである辺り攻略何度の高さがうかがえる。

「セイバー、直ぐに殺さないということはお前俺のことがす…」

「あああ?!!」

まつげの先を剣が切り落とした。

危ない全部言ってたらデッドエンド直行だっただろう。

ここは慎重に選択肢を選ばなければ。

「けど、お前も悪いんだぞ、いきなり暴れだすから」

「けっ」

そう毒づいて以外にもあっさりと剣を収めるセイバー。

「次言ったら即斬るからな、今はあの野郎が先だ」

あの野郎とはおそらく赤い髪の青年の事だろう。結局名前を聞きそびれてしまった。

つまり他に標的がいるから俺は後回しにされたということか。

「結局あの後どうなったんだ?」

「もとの世界に戻ったらどいつもいなくなってやがった」

いなくなっていた、ということはバーサーカーは倒せたのだろうか?いやそうだとしたらそう言うか、セイバーは自分の戦果を濁したりはしないだろう。

逃したと言わない辺りがプライドの高さをうかがえるが。

時計を見ると時刻は夜中の二時過ぎ。アニメでも見てればこのくらいになることもあるか。

「悪い、俺は寝る」

起きたばかりだが体は重りをつけたように重い。

市価愛明日、じゃない今日行けば明日は土曜日、下手に怪しまれない為にも学校に行っとくべきだろう。用事もあるしな。

喉の傷を処置して、俺はベッドに横になる。

微睡みに身を任せながら今日の出来事を整理することにしよう。

バーサーカーの正体とその宝具、十二個ある命の内いくつ削れたかわからないが、その体はもはやセイバーの通常攻撃では傷一つつけられない。

令呪は残り二つ。

マスターではない謎の男。固有結界なる魔術で宝具の劣化品すら作り出す。バーサーカーの正体もこいつが教えてくれた。一応今回は味方だったが向こうも聖杯戦争に参加している遠坂というマスターの協力者らしいし、いずれ戦うことになるかもしれない。何よりセイバーが目の敵にしている。次会えばいきなり切りかかりかねない。バーサーカーに対抗できるというアーチャーも要注意だ…ZZZ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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再度比企谷八幡はその扉を開く

《…で爆発があり、死傷者は…名、原因はガス爆発によるものだという…》

「ガス爆発だって、怖いなー」

朝のニュースを見て小町がそんな事を呟いている。

興味があるとも思えないが受験も控えていることで、ちょっと意識が高くなっているのかもしれない。

「んじゃ、俺出るな」

「あーいよっ」

小町はパンをかじりながらてきとうに返事をする。

一晩寝ても疲れがとれないので今日は早めに家を出た。

春の風に吹かれながらゆっくりのんびりペダルをこぐ。

空は晴れ晴れとしているが、目的地が学校というだけで気分は雨模様だ。

家は英語でホーム、ホームの反対はアウェイ、つまり家以外は全てアウェイだ。帰ってごろごろしたい。

心でそんな悪態をつきつつも俺はえっちらおっちらペダルを漕ぎ続けた。

気がつけば時分は昼休みになっていた。授業中の記憶が全く無い。当てられれていない事を祈るのみだ。

俺は席をたつと購買で昼飯を買い、いつものベストプレースに腰を下ろした。

吹き抜ける潮風が心地よい。

正面ではテニス部の女子が壁を使って練習している。その音をBGMに俺は今日の戦利品を広げた。

「セイバーどれが食いたい?」

中空に呼び掛ける。

しかしセイバーの返事はない。

「セイバー?」

返事はない、ただのご立腹のようだ。

「食べちまうぞ?」

これも応答はなし。

仏の顔も三度まで。宝具にすると三度攻撃されるまで反撃できないマゾ仕様だろう。発動すると相手は死ぬ。

一緒に買ってきたmaxコーヒーのタブを開け、強い甘味のする液体を流し込む。若干喉がヒリヒリするが少女漫画のごとし甘味がそれを吹き飛ばす。痛みも消し飛ばすとは麻薬じみた恐ろしい飲み物である。

それからしばらく風に吹かれながら、テニス部の子の練習を見ていた。

テニスの事はわからないが、一生懸命ボールを追いかける様は可愛らしい。

すると、その子がこちらに歩いてきた。ははーん、これは俺に用と見せかけて違うパターンのやつだな。その手にはかかるまいと周囲を確認するが特に人影は見あたらない。

そしてテニス部の少女は俺の前で立ち止まった。

なんだろう見られるのは恥ずかしいとかだろうか。気持ち悪いとか言われたらマゾ宝具が発動してしまう!

「比企谷君、もうすぐ昼休み終わるけど食べないの?」

はて、時計を確認すると昼休み終了まで残り五分と少しになっていた。

「ごめんね、迷惑かとも思ったんだけど、気になっちゃって」

「そんなこと無いぞ、助かった」

こんな俺にまで気を使ってくれるなんて、この子は天使か何かなのだろう。

「ありがとな…」

と、ここで彼女の名前を知らないことが判明する。向こうは俺のことを知っているようだがどこかであっただろうか?

「もう、比企谷君、僕の名前覚えてないでしょ?」

そう言って天使はその赤らんだ頬をふくれさせる。

はちまんにこうかはばつぐんだ!80000のダメージ!

「戸塚だよ、戸塚彩加」

「あ、ああ覚えた、二度と忘れない」

これはお墓まで持っていくことになりそうだ。むしろ一緒に入ってほしいまである。

「俺は比企谷八幡、八幡と呼んでくれ」

「え?」

しまったいきなり下の名前はやりすぎだったか。

「うん、よろしく八幡!」

しかし目の前にいたのは天使だった。人の世の理が通じないのも頷ける。

はちまんのたいりょくはぜんかいふくした!

 

………………

 

終業のチャイムがなり、ホームルームが始まる。終了とともに俺はケータイを開いた。

そこには平塚先生に送ったメールの返信がある。

《私は用事があるので比企谷君は先に行っていてください》

先生には仲介をしてほしかったのだがそううまくはいかないようだ。

しかしメールしたことで先方にもこちらに戦闘の意思がないことは伝わっただろう。

俺は鞄をもってとある教室へと向かう。

そこは二日目に聖杯戦争について説明を受けた部屋だ。

特別棟に入ると人はまばらになる。

さすがにここで攻撃はしてこないだろうが、警戒を解く方が難しい。

そして目当ての教室までたどり着くとドアの窪みに手をかけ勢いよく開こうとするがどうやら鍵がかかっているようだ。

おかしいな、メールでは先に行っていてとあったのに。

だがまあ雪ノ下もホームルームの途中で抜けられはしないだろうし…。

そこで異変に気がついた。

ドアがいつの間にか消えている。

「!?」

「何あれ?」

そんな声が侮蔑の混じった笑い声ととともに後ろから聞こえてきた。

辺りを見回すとドアは10メートルほど移動したところにあった。

恐らく幻術かなにかだろうが、殺傷目的ではなく俺を辱しめるだけの意地の悪いトラップだった。

俺は本当のドアの前に立つと勢いよくスライドさせた。

そこでは前来たときと同じように、彼女は斜陽を背に本を読んでいた。

俺が足を踏み入れると雪ノ下は本を閉じ声をかけてきた。

「ノックくらいしたらどうかしら、マナー知らず君?」

もはや原型をとどめていない。

「そんなもん必要なかったんじゃないか?」

「ごめんなさい、部屋に来る人全員にかけているトラップなの、貴方が来るのなら外しておくべきだったわね」

「は、こんな部屋にそう人が来るかよ」

俺と雪ノ下はしばし睨み合う。しかし今日はこんな事をしている場合ではないのだ。

「今日はお前に話があるんだ」

「ええ、平塚先生から聞いているわ」

ならはじめから素直に聞け。

「いったいどんな悲話を聞かせてくれるのかしら?」

秘話ではなく悲話を使っているのがその得意気な顔から察せられた。

「おい雪ノ下、俺にだって楽しいことの一つや二つあるぞ」

「例えば?」

「戸塚と話してる時とか、小町と話してる時とか、あと二人のこと考えてる時とか」

「気持ち悪い、生きてて恥ずかしいと思わないの?」

「おい、言い過ぎだぞ、謝れよ俺の両親に!」

「貴方にではないのね…」

俺も今のは流石に自分できもいと思う。

雪ノ下は頭痛でもするのかこめかみを押さえてため息をつく。

また話がそれてしまった。こいつと話しているとどうも明後日の方に行ってしまう。

「率直に言うが、雪ノ下、お前俺と手を…」

「お断りします」

「おい、最後まで言わせろよ」

「必要ないわね、貴方のようなろくでなしのお荷物シスコン君と手を組んで何のメリットがあるのかしら?」

ひどい言われようだがだいたい事実だ。でもシスコンは聖杯戦争とは無関係のように思う。

「実は昨日サーヴァントと戦ったんだが」

「そう、それではセイバーはもう居ないのね」

「いるから、その状態で共闘提案しないから」

「そうね、貴方が楽に脱落できるのにそうしない訳が無いわよね。ごめんなさい、貴方の浅はかさから目を背けていた私が悪いの」

「お前謝るの下手だな、それじゃあまるで俺が責められてるみたいじゃねぇか」

「ええ、そのつもりだけれど?」

再び何度目かの睨み合いに突入する。

こいつは悪態をつかなきゃ会話もできんのか。

それをいちいち拾ってしまう俺も大概だが。

「その時得た情報を持ってる。具体的に言うとサーヴァント一人の正体と宝具。そして別のマスターの協力者とその魔術だ」

「そう、それはなかなかね」

どうやら感触は良いようだ。このままうまく行ってくれるといいが

「それだけの情報を貴方が無償で得られる筈無いと思うのだけれど?」

ちっ、嫌なところを。

「セイバーの宝具を使った。正体もたぶん知られただろう」

令呪を使いきってしまったことはナイショだ。

「そう…」

雪ノ下は顎に手を当て考える仕草をとる。

俺は彼女が答えを出すのをただ待った。

沈黙はそう長くは居座らなかった。

「やっぱり、お断りするわ」

「そうか…」

こちらの手札は全てきった。ならばもうこの場にとどまる理由はない。

「待ちなさい」

すると部屋を後にしようとする俺を何故か雪ノ下は呼び止める。

「今貴方が話した分の見返りをあげるわ」

「見返り?たったあれだけのことでか?」

「私にかかればそれも有益な情報ということよ」

雪ノ下はそう自信ありげに微笑する。事実、自信があるのだろうが、貰えるものは貰っておこう。

俺は再度雪ノ下に向き直る。

「貴方のクラスの葉山君だけれど、聖杯戦争から脱落したわ」

「はあ?!」

いきなり出てきたその名前は予想だにしないものだった。

しかも参戦していたことすら知らなかったのに、既に脱落しているという。

そういえばクラスの様子がどこかおかしかった気がするが葉山が来ていないせいだったのか。

「それは…死んだってことか?」

「いいえ、今は彼の家が懇意にしている病院に入院しているわ。右手先に酷い損傷があるみたいだけど、命に別状はないみたい」

「右手先?」

「令呪のあった場所でしょう。殺すこともできたでしょうに良心的とも言えるわね」

マスターであった事もだが、何でもそつなくこなすイメージのあの葉山がそんな状態になっていることが想像できなかった。

「これくらいでいいかしら?」

「ああ、充分だ」

当初の目的は果たせなかったが収穫もあった。

「んじゃ、俺はもう行く」

「ええ、さようなら」

俺のそっけない言葉に雪ノ下も同じうように返す。

同盟が叶わなかった今、俺達は目的は違えど立場上は敵同士。ならば長居は無用だ。

いや違う、聖杯戦争なんて物が始まる前から俺も雪ノ下も馴れ合いなんて必要としてこなかった。

気持ち早足歩く。ドアまでの距離など大したこと無いのだが何故か俺の足は少しでも先に行きたがった。

そうしてドアに手をかける。

しかし俺がそれを動かす前に、向こう側からドアは開かれた。

「話しは聞かせてもらったぞ二人とも!」

いや、急に開けんなよ。

「ノックをしてくださいと何度言えば…」

「すまんすまん、それよりも私から提案がある」

「何ですか…?」

雪ノ下はため息をつきつつも、平塚先生の話を促す。

「うむ、二人で決闘をしてみてはどうだろう?」

「突然何を言い出すかと思えば」

先生にうろんな目を向ける雪ノ下。

「勝った方は相手に何か要求してもいい。膠着状態とも言える今、差別化を図るいい機会だと思うのだが?」

「この男が要求をのむとは思えませんが?」

おい、俺が負ける前提で進めてんじゃねぇ。

「む、それはそうかもしれないが…」

しかも肯定すんなよ。あんたが言い出したことだろ。

「なら魔術であらかじめ契約しておけばいい」

「ギアスでも使うんですか?」

「おお、やはりお前なら知っているか。どうだ?すごいだろう、羨ましいだろう?」

てきとうに言ったのだが、マジか、魔術スゲー。

いやこの場合コー〇〇アスがすごいのか?

「待ってください、まだやるとは…」

「比企谷だって曲がりなりにもサーヴァントと戦って生き残ったんだ。それとも雪ノ下は自信が無いとでもいうのか?」

「っ……、……良いでしょう。そんな安い挑発にのる訳ではありませんが、その男が調子にのると迷惑なので提案を受け入れます」

いや、完全にのってます、雪ノ下さん。

「雪ノ下はこう言っているがお前はどうする?」

何故か雪ノ下までやる気になってしまったがどのみち決めるのは俺ではない。

《どうする?セイバー》

《いいんじゃねぇの?俺は負けねぇし》

「俺も大丈夫です」

「よし、それじゃあルールを詰めよう。クー、良いなあ、熱い展開になってきたじゃないか!」

あんたそれが目的だろ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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放課後の教室で彼は彼女に世話をやく

決闘のルールを決め終わった俺は平塚先生と廊下を歩いていた。

「すまんな比企谷、いきなり決闘何て言い出して」

すると先生がそんな今更すぎることを謝ってきた。

「どういう意味です?」

「葉山があんなことになっただろう、少し後悔していてな」

「葉山ですか?」

「ああ、本人が望んだこと、それも正確ではないんだが…」

先生は何事かを言い淀む。

「あいつは周りの期待に応えるやつですからね」

「はは、それもあるが魔術師の家系ってやつは個人よりその家が培ってきた魔術を優先する傾向にあるんだ。そしてその家で産まれた子供達は、小さい頃からその教えをそばで見て、自然とそれに自らを染めてしまうんだ」

「先生はそうは見えませんが」

「私の家は魔術師としては平凡以下だからな。運が良かったとも言えるが。そういう考え方は古くからある名門に多いんだ。それこそ葉山や雪ノ下のようなな」

「案外世知辛いんすね魔術師って」

「ああ、だから葉山の件もあまり納得しきれなくてな。だからお前達の決闘を促したのも私なりの、まあ、ちょっとした悪あがきだ」

「悪あがき?」

「決闘の後は同盟を結ぶことになるだろう。その間はお前達二人で争わずにすむ」

成る程、確かにそれは悪あがきだ。例え同盟を組もうと最終的な敵対者であることに変わりはないのだから。

「それに、私は君に期待してもいるんだよ」

「…」

「君はマスターでありながら魔術師の世界に染まっていない。まあ、一般的な世界にも染まっていないが」

おい、俺のしんみりした気持ちを返せよ。

「だから雪ノ下が君に関わることで何らかの影響を受けないかとね」

「あいつが周りの影響を受けるとは思えませんが」

「それが彼女の良いところでも悪いところでもある、それは君にも言えることだが。君たち二人はとてもよく似ている」

人は善でも悪でもなければ、それを見る周りの価値観ですらしっかりとした基準があるわけではない。

だからこそ俺も雪ノ下もせめて自分だけは確あろうとしているのではなかろうか。

だからこそ誰に影響も受けられずにいる。ならば俺たち二人だったら?何かが変わるのだろうか?

「何はともあれ、先ずは今夜の決闘に備えたまえ」そう言って先生は職員室へと消えていった。

先生と別れて俺は一人廊下を歩く。

ふと、一つの教室が目に留まった。普段なら放課後はリア充やリア充擬きが、ガヤガヤと青春アピールにせいを出しているのだが、今日に限って、いや葉山が入院しているからか、我らが2年F組の教室は誰の人影もなかった。

そんな珍しい光景に引かれて、ボッチの人気のない空間を好む性質もあいまって、俺は普段なら入ることのない放課後の教室に足を踏み入れた。

机と椅子の間をぬって、窓際まで進む。

外の風景を見渡し、そのまま校庭を見下ろす。

そこでは運動部が忙しなくボールを追いかけたり、走り回ったりしている。葉山が所属しているサッカー部も活動していた。

今日の夜12時、ここで雪ノ下との決闘がある。

校庭の広さは縦横100メートル程。遮蔽物は無くはないが、ほとんどが端に寄せられ、主な戦闘は200メートルトラックの中で行われるのではないか。

それも苦手とは言わないが、セイバーはやはり色々な障害物を利用したセオリー無視の縦横無尽な戦い方が得意な筈だ。

何か役に立つものはないかと目を走らせる。

「ヒッキー?」

そんな俺を後ろで呼ぶ声がした。いや俺だよな?違ったら恥ずかしいぞ。しかしこの教室に人がいないのは確認済みなのでやはり俺のことだろう。

俺は後ろを振り向いた。

そこには明るく染めた髪を右上でお団子じょうに纏めた女子生徒がいた。

誰だったっけ?同じクラスの筈だが名前が思い出せない。だがその出で立ちから今時のジョシコウセイらしいことは察せられた。つまりは俺の敵である。

「その、何、見てたの?」

女子生徒は続けて問いかけてくる。

「別に」

「そ、そか、なんか真剣に見てるみたいだったから」

彼女は手持ちぶさたなのか、頭に乗ったお団子をくしくしと掻く。

これ以上話していても無駄だろう。

俺は窓際を離れ、教室を立ち去ろうとする。

「あ、…ヒッキー、この後隼人君の家にお見舞い行くんだけど、良かったらヒッキーも…」

「葉山んちに行くのは止めとけ」

「そうだよね、ヒッキーが行っても…え?」

ちっ、しまった、葉山の名前に思わず反応してしまった。

それにしてもこいつ、何の為に俺なんかを誘うのか。

突然の忠告に女子生徒は驚いたようだが、それでも話を再開させる。

「どうして?」

訝しげな表情を向けてくる。しかし聖杯戦争のことなど言える筈がない。

「先生が話してるのを聞いたんだ。あいつは今実家にいるから、たぶん意味ないぞ」

「そっか、隼人君独り暮らしだもんね。教えてくれてありがと、ヒッキー」

そう言って女子生徒は笑顔を見せる。

どうやら誤魔化せたようだ。

「じゃあ、俺はもう行くぞ」

「うん、ヒッキーはやっぱり優しいね」

何を言ってるのかわからなかったが大したことでもないのでそのまま俺は教室を後にする。

「また来週~」

使い降るされたアニメの予告みたいな声が聞こえてくる。

来週か。葉山が脱落したのだ俺もいつそうなるかわからない。

俺は後ろ手に右手を振るにとどめた。

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 とある会議と決戦前

interlude 5-1

 

「今日のところは留守場してなさいって言ったでしょうが、このアンポンタン!死にたがり!」

「悪かったって遠坂、反省してる。すっごく反省してるから。でも死にたがりは酷いぞ」

俺だって別に死にたいわけではない。

千葉市郊外にある一軒家のリビングで俺は絶賛説教され中なのだった。

「たくっ、こんなよくわからない事で死んでられないっての」

確かに一理あるが、いくら一度経験したとはいえこれは聖杯戦争なのだしちょっと油断し過ぎではないだろうか。

だがこれは言っても聞かないだろうし、俺がサポートしなければ。

「でも遠坂も無事で帰ってきてくれて良かった」

「はぁー!?人の事より自分の心配でしょうがあんたわー!」

「いや、そっちも戦闘があったんだろ?」

「別に問題無いわよ、あんたがピンチだっていうから切り上げてきたっていうのにどこにもいないし」

なんだかんだ言ってやっぱり遠坂はやさしい、面倒見がいいと言うべきか。彼女にとって敵前逃亡はどしがたいはずだが、それでも俺のことを探し回ってくれたらしい。

だがそれが不可解でもある。俺は家の近所にいたのだし、探せば直ぐに見つかった筈なのだ。

「まあ良いわ、話を先に進めましょう。最近は身を潜めてると思ってたんだけどなー」

こうしてしっかりと目標に向かってくれるのが遠坂の良いところだ。最後の言葉の意味はよくわからないが。

「それじゃあ、まずは士郎から聞かせてくれる?」

「ああ」

俺は昨日の出来事を順番にできるだけ細かく伝える。遠坂はそれを眉をピクピクさせながら聞いていた。

「声が聞こえた?」

「ああ、それで固有結界がつかえたんだ」

「魔力を供給した?誰が、何の為に…」

それは俺にもよくわからない。

「バーサーカーを倒してほしかったからとか?」

「それはそうかもだけど、士郎の固有結界の能力を何で知ってるのかしら?」

確かにそうだ。固有結界を使えるというだけでなく、それがバーサーカーの天敵になるという事も知っていたということになる。

「けど正体を絞ることはできるわ。パスも繋がず魔力の譲渡ができるなんてそうとう魔力操作が得意でないと…」

そこで遠坂が何かに気づいた様子で声を詰まらせる。が首を横に降りそれを自分で否定したようだ。

「じゃあ、そいつはキャスターかもしれないな」

「そうね、そしてこの不可解な聖杯戦争の首謀者である可能性も高いわ」

「?なんでさ?」

「いい?今回の聖杯戦争は始まることすら知らされていなかったのよ。つまり7人が集まることすら難しかったの。なら当然首謀者が有利に進められる筈でしょ?」

成る程、今現在もっとも状況を把握してそうなのは、俺に魔力を譲渡した人物ということか。

「けどセイバーとバーサーカーのマスターも数合わせには見えなかったぞ」

バーサーカーのマスターは、…イリヤを探していたし、セイバーのマスターであるあの少年も戦いにとまどっている様子はなかった。

「そっそれは、きっとたまたまよ、たまたま!」

遠坂は見るからにとまどっている。それとたまたま連呼されると少しいたたまれない。

「とわいえ私が戦った子も優秀だったし、あーもう訳わかんない!」

遠坂は諦めて癇癪をおこす、しかし優秀と言わせるとはそのマスターはなかなかの手練れのようだ、しかもその子ということは俺達よりも年下だということか。セイバーとバーサーカーのマスターもたぶん年下だろうし、あれから2年しかたっていないというのになんだかおじさんになった気分だ。

「そういえば、まだ遠坂の話を聞いてないぞ」

「そうだったかしら、私の相手は高校生くらいの女の子で「目の前に戦いがあるから戦う」って言ってたわ」

それはまたどこかで聞いたことのある台詞だ。

その女の子は目の前の赤い悪魔のように恐ろしくて、悪知恵がきいて、とても魅力的な人物なのだろう。

遠坂の表情もわりと傷ついて帰ってきたのにどこか晴れ晴れとしていた。

 

interlude out

 

時刻は現在夜の11時、雪ノ下との決闘を考えるとそろそろ家をでたほうが良いだろう。

かの巌流島での決闘で宮本武蔵はわざと遅れることで佐々木小次郎の勝ち気を削いだというが、此度はセルフギアスクロールなるもので12時までに校門を潜らなければ負けになってしまう。

「おい、まさか行かねぇってんじゃねぇだろうな」

セイバーがしびれをきらしてそうきいてくる。

一応サーヴァントが潜ればいいことになっているので必ずしも俺が行く必要はない。

「いや、そろそろ出る」

「…ならいい」

昨日と同じように窓から外に出る。

夜の闇はいつもより暗く感じられた。

本日二度目になる登校路を自転車で走る。近くのコンビニに止めそこからは歩きで学校に向かった。

その間もセイバーと会話をすることはない。

昨日からどこか彼女の行動に違和感を覚える。がそれはきっと俺の勘違いだろう。こうして聖杯戦争がらみのことではちゃんと会話できている。それは最初から変わらない筈だ。

こうして夜の町を二人歩いていても、それは一人と一人でしかなく、マスターとサーヴァントという関係に収まっているだけだ。

ただ機械のように足を動かし、校門の前までたどりついた。

そのまま会話もなく俺達はふたてに別れる。これからの作戦は事前に決めてある。

セイバーは校門を潜り、俺は離れたところのフェンスをよじ登って学校に侵入した。

校内に入ったことを悟られない為だ。

普段ならセイバーと離れるという自殺行為はごめんこうむるが、決闘のためなので仕方がない。

それに俺達は雪ノ下のサーヴァントにあたりをつけていた。今まで雪ノ下と話していたときセイバーはサーヴァントの気配を感じなかったという。セイバーがいることを知っているのだから雪ノ下がサーヴァントをつれていないわけがない。

つまりそいつは気配遮断のスキルを持つアサシンということになる。であれば少なくとも俺が奇襲で死ぬことはない筈だ。

もしかしたら気配遮断を自前で持っているのかもしれないが、そこはあえて無視する。

ひっかかるのはあの雪ノ下がアサシンという、言ってしまえば邪道なサーヴァントを選んだことだ。

しかもその上で決闘を受け入れたこと。単に挑発に引っ掛かっただけかもしれないが。

今更考えてもせんないことだ。俺は整備にでも使われるんであろう壁から生えた突起をつかんでボイラー室だか配電室だかの上に陣どる。そのまま身をかがめ双眼鏡で校庭を観察した。

既にセイバーは向こうの陣営と邂逅していて、そこには平塚先生、雪ノ下、そして見知らぬ男が立っていた。

その男は袴を纏い、手にはその身程もある長い刀を携えていた。その顔立ちは日本人のもの、遜色ないジャパニーズサムライだった。

というかあれはたまたま家で想起した佐々木小次郎ではないのか?

あの長刀は正しく物干し竿、正式には備中青江。

ヘラクレスはあまり実感がわかなかったが、その英雄の登場に若干こころ引かれるものがある。

しかしふと疑問に思う。あいつはアサシンなのか?それどころか自前でも気配遮断を持っているとは思えない。

まさか雪ノ下はサーヴァントをつれずにあの場にいたのだろうか?

しかもあの男をクラスに当てはめるならセイバーが正しいのではないか。しかし雪ノ下もセイバーのことをセイバーと呼んでいた。あれはフェイクなのか、それともまさか二人目のセイバー?!

そして雪ノ下が歴史の敗者をパートナーにしているのも違和感がある。

宮本武蔵を喚ぼうとして間違えたとか?

数々の疑問はいっこうに解決する様子はない。

けれどもうすぐ時刻は12時になろうとしていた。

とりあえず俺は佐々木小次郎の伝説をセイバーに伝え、じっと決闘が始まるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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常に雪ノ下陽乃は見守っている

interlude 6-1

 

「そう、貴方一人。比企谷君にしては賢明ね」

皐月の夜の寒風が肌を刺す中、少女の声はそれでもなお涼やかに沈みかえった校庭に響き渡る。

対してくぐもった声は鎧で身を守る騎士ゆえか。

「御託はいい、さっさと始めろよ」

「では改めてルールを説明するぞ」

教師であり魔術師であり、そして今宵の決闘の立会人でもある平塚女史が胸ポケットから一枚の紙を取り出す。

1、雪ノ下雪乃と比企谷八幡の決闘を行うものとし、またサーヴァントを用いても良い事とする。

2、サーヴァントが消滅するかマスターに無効化が発動する、負けを宣言した場合を敗北とする。

3、マスターへの致死量を越える攻撃は無効化される。

4、決闘場所は総武高校校庭、時刻は夜12時開戦とし

それまでにサーヴァントかマスターのどちらかが校門を潜らなければ敗北とする。

5、乱入者が認められた場合、記入者全員の同意があるまで決闘は中断とする。

 

雪ノ下雪乃

比企谷八幡

平塚静

 

平塚女史の少し作った声が夜の校庭にこだまする。

それを読み終えた時、時刻は12時、1分前になっていた。

短針と長身が頂点に上る前に白銀を纏った騎士は走り出した。

そして二つの針が重なった頃、二人の英傑が持つ剣と刀も交錯した。

 

interlude out

 

interlude 6-2

 

「どう?アーチャー、あの二人狙えそう?」

「あの位置のままなら問題ない。だがいいのか?マスターを狙った方が確実だぞ」

「言ったでしょう、今回の聖杯戦争は普通じゃないの。倒すだけじゃなくて情報戦もしないといけない。それにセイバーもアサシンも連戦だし、特にセイバーは消耗している筈よ」

死人に口無し、殺してしまっては何も聞けなくなる。

「良いわよね、士郎?」

遠坂が俺にたずねてくる。いや、たずねるていの追求、ようは事後承諾。此度の奇襲は遠坂の中で既に決まっている。これはつまり自分につくか否かを問うているのだ。

なら俺の答えは一つしかない。

「それも、仕方ないと思う」

今回のセイバー、モードレッド。彼女の国を守る円卓の一人であり、それを滅ぼした元凶の騎士。知りたいことは山程あるが軽々しく立ち入ってはいけないことだとわかっている。自分が彼女のマスターであればと願わなくはないが、今回のセイバーのマスターはあの気高い少年なのだ。

であれば俺はその敵対者を貫くだけだ。

「此度のアサシンはどうにも骨がおれそうだからな。お前が見逃したことが還って好機に繋がったという訳か」

「そんなつもりじゃ無い、あいつは話のできるやつだ」

「その男もどうやらあそこにはいないようだがな」

今回の聖杯戦争は年下が多いということで、ここ総武高校にあたりをつけてあの決闘を発見した。しかしそこに件の少年の姿はなかった。俺の目からは校庭全てを見通すことはできないが、千里眼を持つアーチャーが見つけられないならあの場には居ないということだろう。

くそ、どこに行ったんだあいつ。

「凛、狙うのならば早くしろ、アサシンが押し始めた」

優れたマスターを引いた今回のアサシンはその限界まで能力が引き出されている。

その巧妙な剣技はセイバーでさえ凌駕するのか。

彼の宝具のことも考えると、開けた場所での戦いはかなり分が悪い。

「目の前の好機を逃す気はないわ、良いわよアーチャー、撃ちなさい」

「了解した」

既につがえられていた矢が引き絞られる。その瞬間、渦を巻く虹剣は細く鋭く姿を変えた。

決まり手など無いアーチャーではあるが、得意のやり口だった。

つがえられた矢、剣の名前は『虹霓剣(カラドボルグ)』。

それをアーチャーが改造したもので『偽⚫螺旋剣(カラドボルグⅡ)』という。

矢は引き絞られ三十秒の後、放たれる。さらに着弾時幻想としての宝具の形を捨て去り『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』として周囲一帯を吹き飛ばすのだ。

壊れていても宝具は宝具、まともに受ければひとたまりもない。

できればセイバーの誤解を解けたら良かったがそれも難しそうだ。

刻一刻とカウントダウンは進んでいく。

場には沈黙が居座り、アーチャーの外套がたなびく音だけが響いていた。

俺も遠坂もアーチャーが事を終えるのをただ黙って待っている。

しかしその静寂をアーチャー自身の声が遮った。

「伏せろ!」

驚きつつ声に従い身をかがめる。

その刹那、揺れる視界の中でアーチャーが矢を放ったのが見えた。

しかしまだ構えて20秒程しかたっていない。それでは威力が死んでしまう。

しかしその思考は矢が直ぐに爆発四散したことで霧散した。

産み出された爆風が体をうつ。

「くそ!どうなってる、アーチャー!?」

遠坂を支えながらアーチャーを問いただす。

こんな近くで発動させるなんて何を考えてやがるんだ。

しかしアーチャーは質問に答えない。俺達に背を向け、いったいその瞳は何を捉えているのか。

しかしその代わりに新しく現れた声が俺の質問に回答した。

「一対一の決闘を外野が邪魔するなんて、お姉さんちょっと感心しないなぁ」

声のした方を振り替えるとそこには黒い髪を肩口で切り揃えた同い年くらいの女性が立っていた。

服装は現代のもので下はストレッチ素材のスタイルのでるパンツ、上は肩を露出させた半袖のシャツだ。少し襟の辺りがだぼっとしていて、ちょっと直視しづらい。

アーチャーが矢を放ったのはこの女性のせいなのか。

「何?貴方、あの女の子の関係者?」

女の子とはアサシンのマスターの事だろう。ここからでも見える艶やかな黒髪が目の前の女性によく似ているように思う。それに関係者なら俺達の邪魔をする理由になる。

「ええ、あの子は私の妹なの。だから放っておけないの、わかるわよね、遠坂さん?」

「?!…そう、お見通しって訳」

俺には兄弟が居ないからよくわからない、という訳ではなく、遠坂と桜の関係の事を言っているのだ。

「放っておけないって、敵対するって事か?」

「士郎?」

もしあいつが桜を脅しに使おうとしているのなら、それは遠坂だけの問題ではない。

「いいえ、あの決闘を邪魔しないのなら、こちらも攻撃する気は無いわ」

「ふん、何が攻撃する気は無いわっよ、こっちにはサーヴァントが居るってのに何ができるって言うのよ」

それは少し違うと思う。そんなことは向こうもわかっている筈だからだ。

「本当にそうかしら?ねぇ、弓兵さん?」

「どういう意味よ」

すると今まで黙っていたアーチャーがここで口を開いた。

「凛、目を凝らしてよく見てみろ」

「何よそれ…」

悪態をつきながらも遠坂は言われたようにする。

「なっ!?」

「どうしたんだ遠坂?」

「あいつ…サーヴァントだわ」

「は?!」

それを聞いた俺も同じように驚声を響かせてしまう。

それも仕方ないだろう。現代に妹がいるサーヴァント、それが意味するのはつまり。

「未来の英雄」

思わず声が出た。驚いたわけではなく、己に飲み込ませるために。

他紙かに驚きはした。しかしこちらとしては彼女で二人目だ。それに一人目は本当に予想だにしないところからやって来た。

「まだわからないわ、変装が得意なサーヴァントだっているんだから」

「私はどっちでも構わないけど、どうせ校庭は狙わせないし」

「上等じゃない、あんたも倒すべき敵ならここで相手になってやるわよ、アーチャー」

アーチャーに開戦を指示する遠坂。それを聞いたアーチャーはいつものように投影を開始する。しかし手にしたものは今までとは違っていた。

「アーチャー?」

その光景に遠坂が思わずといったようすで声をかける。

開いた手に収まったそれらはいつもの白黒一対の剣ではなく、よく似た銀色の双剣だ。

しかしそれは全くの別物だ。何故ならあれは宝具ではない。形は似ているがその質は大きく劣るだろう。

「おい、アーチャー」

「衛宮士郎、凛を勝たせたいのならばお前は手を出さないことだ」

「な、おいそれどういう意味だ?」

しかしアーチャーはまたも俺の質問に答えない。

「まあいいわ、アーチャーにも考えがあるんだろうし、ここは任せましょう」

そう言って遠坂は二人から離れていく。

納得はいかないが、俺も遠坂の後を追う。

幸いにも相手は近接戦闘が得意なタイプには見えない。まともに宝具と打ち合わなければあれでも問題ないだろうし、遠坂の言う通りなにか作戦があるのかもしれない。

「なんだ?いつものやつは使わねえのか?」

ここで再び乱入者が現れた。

しかしこちらの声は気覚えがある。

「面白そうな事になってるじゃねぇか、俺も混ぜろよ」

その男は蒼い戦装束を身に纏い、深紅の槍を携えた前回のランサーだった。

「貴様こそ随分と弱体化しているようだが?」

「ぬかせ、お前程度これで充分なんだよ」

「そうなのか?遠坂」

「ええ、前回よりステータスが落ちてる」

アサシンは前回よりも強くなっていたがランサーは逆のようだ。

「お二人は仲が良いみたいだけど、ひょっとして出典が同じなのかしら?」

アーチャーとランサーの険悪極まりない会話に女性は事も無げに入っていく。

「は、こんなやつが俺の周りにいたら猪に食われて死ぬのがせいぜいだったろうぜ」

「この男とは呼ばれた先でよく一緒になるだけだ。真名を探るのは良いが、言葉を選んでほしいものだな」

それは初耳だ。前回はそんなこと無かった筈だが。

「それで、あんたはそのままでいいのかい?剣なり杖なり、それくらい待っててやるぜ?」

「お気遣いありがとう、優しいのね、けど問題ないわ」

「そうかい、なら遠慮なく行かせてもらうぜ」

ランサーのその一言でこの場の空気が一息にその重みを増す。

それに押された訳でもないだろうが、皆一様に腰をおとした。

しかしそこからは誰一人動こうとしない。攻撃を仕掛ければそれが隙になるからだ。

互いが互いを牽制しあっての膠着状態。

ともすれば永遠に続きそうなそのにらみ合いを、ランサーがいとも容易く切り裂いた。

蒼い稲妻と化したランサーがアーチャーへと向かっていく。

まずい、あの剣ではゲイボルクと打ち合うなんて不可能だ。

そしてその隙をつこうと女性サーヴァントが動き出す。

けれどアーチャーが向き直った瞬間、ランサーは急激に方向を変え、その槍を女性サーヴァントに突きこんだ。本当の狙いはこっちだったのだ。

ランサーが幾重にも突き出す槍は波となって女性サーヴァントを襲う。

まさに神速、ステータスが落ちているとはとても思えない。

けれど女性サーヴァントはその手に魔力を流すと、放たれる槍全てに空を切らせた。

所々かすってはいるものの、すき間など無いと思われたランサーの攻撃をかわしきったのだ。

「本当に未来の英霊なのかしら、だとすればキャスター?」

隣でそんな呟き声がする。

恐らく今の攻防に現代に通じるものがあったからではあるまいか。

女性サーヴァントはその肢体を魔術で強化している。それはサーヴァントレベルまで強化されているものの現代の術式と似かよっている。それにランサーの槍をさばいた技術は合気道のように思えた。

「ちぃ」

ランサーは攻撃の手を止め横に跳躍する。引いたのではない、その背後をアーチャーが狙っていたからだ。

アーチャーの斬撃をランサーは紙一重でかわす。

その結果、女性サーヴァントの前でアーチャーは体勢を崩してしまう形になる。

ここぞとばかりに手刀を突きこんだ。

けれどそれがアーチャーを捉えることはなかった。

直後、二振りの剣が女性サーヴァントを襲ったからだ。

ランサーの槍同様、その剣も受け流されてしまうがアーチャーはその間に離脱する。

飛来した剣はアーチャーが射出したもの。そして後ろに下がりながら手にしていた剣も放り捨てる。

そしてまた投影。気がつくとそれはいつもの夫婦剣に戻っていて、射出したものも、放り投げたのも同じだ。

つまり今この場には三つの夫婦剣が存在することになる。

アーチャーはステップを踏み再び前進を開始する。

と同時に、空中の干将と莫夜も弧を画いて飛来する。

それは三方からの不可避の絶技。

刃の檻。

夫婦剣は互いに引かれあいその間に押し入るものを容赦なく切断する。

先程のランサーの攻撃よりもなお隙の無い攻撃。

それは逃げ場など無い筈だった。

女性サーヴァントの体を散り散りに切り裂く筈だった。

だがそうはならなかった。

女性サーヴァントは不可避の絶技をいとも容易くかわしてみせた。

「なっ」

遠坂の驚声がこだまする。

彼女も同じ魔術師だからこの場にいる誰よりも、その偉業を理解していた。

「空間転移!?」

それがマジックの種。けれどそれは現代の魔術師はおろか、前回のキャスター、直接世界に呼び掛ける神言を用いる神代の魔女でさえ、自らの神殿内でしか行えない奇跡中の奇跡。

それをあのサーヴァントはこんな雑居ビルの屋上でそれも無詠唱でやってのけた。

「ありえない、結界内ですら無いっていうのに、しかもより神秘の薄い未来の魔術師が」

「んー、今の方が濃いけどね、神秘」

確かに現代の方がやり易いことはあるかもしれない。けど事はそういう問題ではないのだ。

「結界なんて必要ないわ。だって私の居るところが私の結界だもの」

「何が結界よ、周囲にマナの異常なんて無いじゃない!」

冗談なのか本気なのか女性サーヴァントは微笑んだままだ。

「ふむ、では結界人間とでも言ったところか」

すると何故かアーチャーがいきなりそんな事を言い出した。

「ふ、あはははは」

それを聞いた女性サーヴァントが笑い始める。

「あー、面白い。冗談も言えたのね皮肉屋の弓兵さん?でも、もう少しかわいい名前がいいかな?」

「今の一撃をかわされるようでは、私のこうじる全ては君に届かないだろう」

「…そうかしら?貴方の投影は私にも真似できないし、もっと色々見せてほしいな」

アーチャーは女性サーヴァントと会話しているがその実、向こうの話はいっさい聞いていなかった。

「だがランサー、お前なら違うのではないか?」

「あん?」

突然の名指しに状況を傍観していたランサーが訝しげな視線を送る。

だが言われて気がついた、思い出した。

ランサーの宝具でなら。

「ち、気色悪ぃなぁ。要するにあれか?俺に殺ってほしいってか?」

「そうとりたければ好きにするといい、私はわりに合わない仕事は降りさせてもらう。決闘を邪魔しなければいいのだったな?」

「ええ」

「行くぞ、凛」

アーチャーはそう言ってビルを飛び降りてしまう。

「ちょっと、アーチャー?!」

遠坂が後を追うが直ぐに諦めた様子で帰ってくる。

「ありゃ駄目ね、士郎、行きましょう」

「ええ!ほんとに良いのか?」

「ええ、理由は後で令呪使ってでも吐かせるから。いちおう、後ろはお願い」

そう言って遠坂も階段を下りていってしまう。

正直、意味がわからない。遠坂はよくあんな奴と聖杯戦争を戦い抜けたと思う。

言われたとおり、俺は追撃を警戒するが特にそんな様子はなさそうだ。

けれどその最中不意に女性サーヴァントと目があってしまう。すると彼女はその艶やかな唇を反らせて、フフと笑いかけてくる。

サーヴァントというが格好は現代の物だし、その容姿は遠坂にもひけをとらない程整っていて、なんだか、何か挨拶をしなければいけないような気がしてくる。

「え、ええっと、お前名前は…て、言えるわけ無いよな、悪い、忘れてくれ」

「ふふふ」

そんな俺の様子に彼女は堪えきれないという風に笑みを漏らす。

ええい何を言ってるんだ俺は、恥ずかしい。

しかし彼女はそんな無様な俺に気をつっかた訳では無いだろうが、質問に回答を寄越した。

「雪ノ下陽乃よ、クラスはキャスター。雪乃ちゃんをあんまり虐めないであげてね、衛宮士郎君」

やはり俺の事も知っているのか。

雪乃とはアサシンのマスターの事だろう。

現代に家族のいる未来の英霊。

俺の知る限りでは彼女で二人目。

色々と気になることはある。

聖杯にかける願いとか。

どうやって英霊になったのかとか。

けれどそれは今聞けるようなことではない。

「悪いけど、それは約束できない」

「そう、ならいずれまた会いましょう」

そんな会話を残して俺は階段を下りた。

 

interlude out

 

 

interlude 6-3

 

「で、どうすんだ?俺の宝具、受けきるあてはあんのかい?」

「あら、弓兵さんとは因縁がお在りの様だったけど、言う通りにするのかしら?」

屋上に残された二人のサーヴァント。二人の間にあるのは吹き荒れるビル風と聖杯戦争のみ。であれば戦いは避けられるはずもなかった。

「は、あんな奴はどうでもいい、それにこっちにも色々と事情ってもんがある」

そう言うとランサーは腰を屈め手に持つ深紅の槍をキャスターに向けた。

と同時に周囲のマナが槍に流れ込み始めた。

「その心臓貰い受ける!!」

前口上、迸る気合いと共にランサーは走り出す。

この時点で既に結末は決まっていた。

ランサーの宝具は因果逆転の呪いの槍。

撃てば必ず急所を貫くという結果を作り出す。

その軌道は結果を忠実に再現し、いかな防御も回避も通用しない。

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』!!!

真名解放と共に深紅の槍が突き出される。それに少し遅れてキャスターがその場から消えた。アーチャーの時と同じように別の場所に転移したのだ。

点による移動と、線による移動。追い付くことなどありえない。

しかし英雄達はそんな常識を覆す。そんな幻想を形にする。

ゲイボルクは必ず当たるという結果を産む呪いの槍だ。

如何なる過程を経ようと槍はその獲物を貫く。

その瞬間、ランサーはサーヴァントの領域でさえ凌駕した。

無限にも思えるほどの一瞬。あまりの速さに時が止まってしまったかに感じる刹那。

再び時間が動き出した時、ランサーの槍はキャスターの左の胸を貫いていた。

いくら呪いの槍といってもランサーのそれは対人宝具の域を出ない。

呪いもかける相手がいなければ意味がない。

あるいはキャスターがもっと遠くまで逃げていれば

避けられたかもしれない。

しかしキャスターの心臓はランサーの腕と槍を限界まで伸ばしたギリギリ内。

妹の決闘を守る彼女はあまり遠くまで逃げることはできなかった。

屈んだ姿勢から立ち上がったランサーは勢いよく槍を引き抜く。引っ掛かった血肉が飛び散った。

「悪く思うなよ、っても覚えてらんねぇのか」

ランサーは槍についた血肉を振り落としながら、自らが貫いた相手に声をかける。

「ゲイボルク、ね。まさか光の御子さんだったなんて」

「そういうことだ、相手が悪かったな、こいつを正面から避けたのなんて師匠くらいのもんだからな」

「クーフーリンの師匠、確かスカサハだったかしら?」

「おー、現代でそれだけ知ってりゃあ大したもんだ。俺のマスターなんてろくに知らなかったからな」

勝者と敗者の会話は続く。校庭の決闘も終わり静かになった夜の町で、二人のサーヴァントの奇妙な時間が流れていた。

だがさすがにそれに気づいたランサーがキャスターに疑問を投げ掛ける。

「てめぇ、何故まだ消えていかねぇ」

心臓を貫かれ、霊基に現界不可能な程の傷をおった筈のキャスターは、しかしいっこうに退場しようとしない。

「さあ、私効かないのよ、こういうの」

キャスターは自らに空いた穴の縁を指でなぞりながら、日溜まりのような笑顔で不敵に笑う。

「てめぇ、まともな体じゃねぇな?」

「どうかしら?まあどっちでも良いけれど。それじゃあ、今夜は楽しかったわ、機会があれば今度はお茶でも飲みましょう」

そう言ってキャスターは転移で消えていった。

「ちっ」

後には一人残されたランサーの悪態だけが響いていた。

 

interlude out

 

 

 

 

 

 



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今度こそ決闘はその幕をあげる

夜の学校の校庭。そう聞くとどこかオムニバスロマンな響きを感じるかもしれない。

が、何の事はない。青春と称し犯罪行為に勤しむ者共が、胆試しや花火をしたりするだけである。例え補導されたとしても、それですら青春の輝きとして思いでのアルバムに刻まれる。青春の前に敵はいない。否、青春じたいが敵なのだ。何度でも言おう、青春とは悪である。

無論、孤高にして至高のボッチであるこの俺はそんなものに縁など無い。ではなぜこんなところに居るかというと、聖杯戦争という妙な争いに巻き込まれたからである。

決闘が始まって5分程が経った現在、どの付く素人である俺の目から見てもセイバーの劣勢は明らかだった。

細かいやり取りは俺の目では追えないが、戦況はバーサーカーと戦った時と同じように感じられた。

攻めては凌がれ、引いても直ぐに追い付かれて体勢を整えられない。セイバーが立ち会いを苦手としている訳ではない。相手の敏捷が桁違いなのだ。

セイバーの剣撃を正体不明のサーヴァントは長物の日本刀でさばいていく。物理的にはありえないことだ。響くのは金属同士がぶつかり合うかん高い音。

そんな風に打ち合えば日本刀何て直ぐにひしゃげてしまう筈だ。

しかしそうはならない。

それがあの刀のスペックなのか、雪ノ下が何かしているかのかまではわからないが。

…例えここで負けたとしても案外、俺のサーヴァントでいるよりセイバーが聖杯を手にする可能性は高いんじゃなかろうか。

しかしそれもセイバーが生き残った場合のはなし。

つまり勝つにしろ負けるにしろ、俺がこのまま隠れていたらまずいということだ。

「ん?」

「にゃー」

なんだ猫か。

しかし無策で出ていっても瞬殺されるだけ。既に令呪を使いきってしまっている俺にできることなどあるのだろうか?

「にゃー」

「…」

 

interlude 7-1

 

単純なパワーなら明らかにこっちが上回っている。

しかし向こうの剣の腕はそれを補ってあまりある程に熟達していた。

どの角度から斬り込もうと、連撃の間隔を変えようと、あのひょろい剣士はそれに正確に刀を合わせ力を受け流してしまう。

敵の攻撃は全て一撃必殺の首狙い。隙間を縫う超精密な斬撃に、鎧も兜もほとんど意味がない。

それも続けていれば刀がもたない。

しかし奴のマスターが刀を強化しそれを防いでいる。

普通、刀を強化したら上がるのは切れ味だ。しかしあの雪ノ下とかいう女は刀ではなく金属の固まりとして強化し硬度を上げている。魔力操作が優れている証拠だ。

雷を纏った魔力をぶつけようとしても耐電術式で威力を削いでくる。

それもサーヴァントの戦闘速度でだ。

マスターの差はれきぜんだ。

そのステータスも限界まで引き出されているだろう。

…だからなんだというのか。

どんな不都合な情報も全て些細なことだと吐き捨てる。

オレは最強のサーヴァント、あの死んだ魚みたいな目のマスターには文句をいってもいいたりないくらいだ。

最初は弱っちぃ癖に他人の心配をする癪な野郎だと思った。

その後なかなか使える奴だと思った。

集団から孤立している姿に親近感を覚えたこともある。

だが今はよくわからない。

自分を差し置いてオレを逃がそうとしたり、傷付きながらも助けようとしたり。

いったい何を考えているのか理解の外にある。

だが今はそんな事は関係ない。

オレはあの人の息子なのだ。最優の騎士王、そしてその国を滅ぼした反逆の騎士でもある。ならばオレは最強の英雄だ。こんな奴に遅れをとるわけにはいかない。

居間も隠れて怯えているであろうへっぽこマスターが言うにはあいつは佐々木小次郎だかいう日本の剣客らしい。

おそらく飛び道具や小細工は無いということだ。それは奴の行動にも合致する。

こちらが引くと休む暇も与えないように追撃してくる。それは遠距離が不得手だという何よりの証。

ならばそれを利用しないてはない。

引いて引いて引きまくって、建物の中に突っ込んだ。硝子が割れ飛び散り、椅子や机が転がり回る。

ここはガッコウという集まって勉強をする場所らしい。腑抜けが見栄を張り合っている場所に見えたが、とにかく壁に囲まれたこの場は俺が有利だ。

物が散乱した教室でサムライ野郎と対峙する。

「どうした、ここにきたかったのだろう?」

図星だが挑発には乗らない。相手も来ざるをえなかったことを知っているからだ。

「はっ上等!」

気合いと共にその場からミサイルの様に弾け飛ぶ。

しかしそれは目の前のアサシンではなく横の壁に向かって。

着地の衝撃で壁にはヒビが入るがそこからバウンドしてアサシンを狙う。

いとも容易く受け流されてしまうが、今度は逆の壁に着地し、上にはね天井からのバウンドで獲物を狙う。

これにはさすがのアサシンもたまらず膝をつく。それでもセイバーが止まることはなく再び壁に向かって跳躍した。

「成る程これは燕より速いかもしれん」

「なぁーにおかしな事ぬかしてやがる!」

その後もハリケーンのような攻撃にアサシンは防戦一方だった。しかしセイバーも決定打を与えられずにいた。

「うをりゃ!」

「な?!」

するとセイバーは跳躍後に手に持つ剣をアサシンに向かって投げ飛ばした。飄々としているアサシンもこれには虚を突かれバランスを崩す。

直後、剣を捨てたセイバーは拳を握り跳躍した勢いのまま突き込んだ。

「ふっ」

初めてアサシンが回避を図る。しかしすれ違う瞬間セイバーは拳を開いて手中に刀を握り込んだ。

「おらおらおらあああああ!」

そのまま力任せにぶん回す。

刀の先についたアサシンは勢いよく壁に叩きつけられる。

「なん、と、型や、ぶりな、剣士」

「どうしたー?離しても良いんだぜー?」

当然、離せばアサシンの負けは決定である。

「それもいいが、こういう趣向はどうだ?」

するとアサシンは思いきり刀の柄の底を叩いて、捕まれたままセイバーの首めがけて切っ先を突き込んできた。

セイバーの手中で火花が散る。

日本刀の反りによる滑りの特性をセイバーは知らなかったのだ。

「何!?」

たまらずセイバーは手を離す。ただでは終わらせはしないとアサシンを力の限り蹴飛ばした。

アサシンは教室の外まで吹っ飛ぶ。

それを追いかけて校庭の逆側で再び対峙した。

するとサムライの方から話しかけてきた。

「ふむ、まだまだ未完成、いや未完成のまま完成してしまったとでも言うべきか?」

「ああ?」

「何、お主の剣の腕の事よ。勝利だけを目指し鍛え上げた技術には執念を感じるが、何せ底が浅い。それでは一流の兵には攻め入れまいて。マスターに助力いただいてる俺が言うのもなんだが」

「んだと?」

こっちの太刀筋は『不貞隠しの兜(シークレット ・オブ・ぺディグリー)』の効果で認識できない筈だ。出鱈目を言ってるのか?

「そちらのはわからずとも自分の太刀筋位はわかる。そこから逆算しただけの事よ」

思考をよんだかのように言葉を返すアサシン。まあ、見えていようといまいと正しい保証はない。

話ながらセイバーは自らのマスターが言っていた事を思い出す。

奴の宝具はおそらく燕返しという剣技らしい。

超高速の切り返しとか、命中、回避に関わらず必ず命中し威力は60だとか訳のわからない事を言っていた。

必ず当たる、その部分が妙に引っ掛かる。かわすことのできない剣技、はたしてそれは父上にも有効なのだろうか?彼女にとって騎士王の威光はその瞳を焼くのに充分すぎるほどだ。故に王が自分以外に破れる姿など想像できなかった。

いいやそんなはずはない、我が父君なら必ずやそれを覆す筈だ。ならば避けられない剣技など存在しない道理。ならば自分がそれをしないわけにはいかない。

「おい、お喋りサムライ、お前の宝具絶対に避けられないんだってな?」

「む?そんなことないとおもうが、燕より速く自由であれば容易に避けられるだろう」

「燕だぁ?なめてんのか、てめぇ」

「事実を言ったつもりだが、では試してみるか?」

すると今まで無型だったアサシンが初めて構えをとった。

「構わぬよな、雪乃殿?」

「…仕方ないわね、できればセイバーを引き入れたかったけれど、比企谷君がいないのでは。いいでしょう、開帳を許可します」

サムライの纏う空気は今までとさほど変わらない。しかしこの後来るであろう攻撃の恐ろしさを直感がびしばしと伝えてきた。

いまのところ奴に付け入る隙はない。

ならば大技を打ち破りその隙を狙う。

ゆらりと、和装のサーヴァントは何の予兆もなく静から動へしなやかにその動きを変えた。

背中越しに構えられた刀が、男が振り替えると同時に月光が反射し輝いた。しかし直後それは命を刈り取る冷たい凶器として向かってくる。

「燕返しっ!!」

気合いと共に刀は振りかざされる。

だが何の事はない。勢いはついたが、この程度ならかわすのは容易い。むしろ動きが単調な分これまでより顕著に。

軌道は大上段、…いや、中断払い…、いや下段…!?

これは幻覚なのか、自分の見ているものが信じられない。

しかし確かにサムライの体は重なって見え、刀は三方に別れているように見える。

しかもそのどれもが命をたつ事ができると直感が告げていた。

それは正しく奇跡の御技―――一つの刀身が同時に三つの軌跡を描く。

多重次元屈折減少―――現代では魔法の一つに数えられる究極の理。

神秘を用いてそこを目指し多くが挫折した頂きに男はその身一つで辿り着いた。

それが秘剣『燕返し』。

宝具を持たない歴史の歪みに産まれたアサシンの必殺魔剣である。

逃げられない。かといって防ぐこともできない。

セイバーの思考は土壇場で超高速の域に達していた。しかしそれは敗北を覆す手段にはならない。むしろそれを受け入れさせられる時間でしかなかった。

まだ誰一人倒していない。ランサーには逃げられ、バーサーカーには蹂躙され、そして今目の前のサムライに負ける。宝具まで撃って偽物を振りかざす不遜な男も倒せず。ここで死ぬ?ここで終わり?これがオレの聖杯戦争なのか。

なんて惨め、なんてとるに足らない。

だからなのか、だから父上は私を認めてくださらなかったのか!?

ふざけるなっ、ならオレは、オレは何の為に産まれてきた!?!

失意の中で振り抜いた剣は迫る三つのどれにも合わせられていなかった。

相討ちを狙ったわけではない。自らの価値が定まらないのだからそれをかけようがない。

視界はもはや意味を失い、暗闇の中で剣を振った。

それは産まれ持った戦闘センス故か、それとも元々が闇の中だったのか。

振り抜く剣はそれでも今までと変わらない精度だった。

 

interlude out

 

 

 

 

 



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そして決着は袂を別つ

沈黙に沈む総武高校の校庭に一迅の風が吹きぬける。決闘は終着を迎え、勝者と敗者はただ過ぎ行く時の中に佇んでいた。

しかしそれも風が通り抜ける間の事。再び二人の時間は動き始めた。

「どうなろうと文句は無いでしょうね?」

珍しく雪ノ下は感情の高ぶりを押さえられないといった様子で、声を震わせながら俺を糾弾する。

まるで勝敗が逆であるかのように。

傍らには平塚先生とセイバー。侍の姿はなかった。

「貴方の往生際の悪さは称賛に値するわ」

誉められてしまった、まあ俺もひねくれた諦めの悪さには諦めている。

そして雪ノ下の怒りの訳も推測できないではない。

決闘は俺が負けて終わった。

そのいきさつは単純だ。

侍の宝具が発動した瞬間、俺は二人の間に飛び込んだ。

生身の人間がそんなことをすればヒトの形も残らない程ぐちゃぐちゃにされるだろう。

だが今回の決闘はマスターへの致命傷を与える攻撃は無効化されるように契約されている。

だから佐々木小次郎の刀が俺に少しでも触れた瞬間その動きは強制的に停止する。当然この瞬間、俺の敗北は決定した。だがここで話は終わらない。

決闘は終わったが戦闘は終わらない。

「奴を斬れ、セイバー!」

サーヴァント同士の戦いは少しの遅れが致命傷を産む。

完全に虚を突かれた佐々木は直後セイバーに首を斬り飛ばされた。

「ははは、まさかこんな最期を迎えようとは。なんとも小狡い男が居たものよ、似た者主従というわけか」

侍は首だけになっても不敵に笑い軽口を叩く。しかし体は現界をとどめておけず光の粒になって消え初めていた。

「すまない雪乃殿、貴殿との約束、果たせそうにない」

雪ノ下はまだ状況を呑み込めないようで、消え行く自らのサーヴァントを前にして何も言えないでいる。

侍はその様子を見てははっと笑った後。

「後は頼む」

そういい残して消えていった。

「どうなろうと文句は無いでしょうね?」

そして雪ノ下がどうにか正気を取り戻して今に至る。

決闘に負けた俺は雪ノ下のどんな命令でも一つだけ聞かねばならない。

しかし雪ノ下も自らのサーヴァントを失った。今はもう聖杯戦争の参加者ではないのだ。

だがここで諦める彼女ではないだろう。おそらくセイバーを新しい使い魔にして再び参戦する筈だ。

その為の手段も用意されている。

問題は命令の内容だ。もちろんただセイバーを譲渡させることは可能だが、別に俺に死ねとも言えるのだ。

そこまではしないと思いたいが、令呪のある右腕を切断しろ位は言うかもしれない。

すると決着から今まで黙っていたセイバーが口を開いた。

「ユキノ、オレはおとなしくお前をマスターだと認める。だから…その役立たずはもう放っておけ」

「そう…良いでしょう」

この提案を雪ノ下も承諾する。セイバーの気難しさを先の交渉で理解しているからだ。

だがそのおかげで俺は悲惨な命令を受けずに済んだ。

雪ノ下はセイバーと手を合わせて何言か発すると周囲がパッと輝き出す。それで俺の腕から令呪の残骸が消え、変わりにセイバーと会わせた雪ノ下の右手の甲に新しい令呪が浮かび上がった。

これでサーヴァントの交換は成功した。敗退者は俺へと正しく入れ替わった。

これが俺と雪ノ下の決闘の顛末だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 とある彼らの日常風景

interlude 8-1

 

「フフ、シロウお帰りなさい」

久しぶりに我が家へと帰ると玄関には銀髪の少女が立っていて、その可愛らしい笑顔で俺を出迎えてくれた。

その少女――イリヤは藤ねえの家の居候なのでわざわざこっちに来てくれたのかもしれない。

「ご飯にする?お風呂にする?それとも~、わ・た・し?」

ゴクリ。

「だ、誰だー、イリヤにこんなこと教えたやつは!?」

「タイガだよ、家に帰ると何時もやってくるの」

ちなみに帰ってくるのは藤ねえらしい。

イリヤは目を細めてクスクスと笑う。

何処かにきっとあるような何でもない光景。

しかしこの場にはとある矛盾が介在していた。

「イリヤ、動いて大丈夫なのか?」

理由は何となくわかっていた、しかし俺は確認しないではいられなかった。

「うん、大丈夫だよ」

イリヤは満面の笑みでそう答える。

その表情に俺はホッと内心で溜め息をつく。

「ちょっとー、後がつかえてるんですけどー」

「ああ悪い、遠坂、直ぐどく」

後ろで赤い悪魔が文句を言っている。あまりその手帳にネタを増やすわけにはいかない。いや既に取り返しのつかないことになってるかもしれないが。

俺は廊下へと上がり道を空けた。

「ふー、あー疲れた。やっぱり士郎の家は落ち着くわねー」

「オバサン臭いわよ、リン。この一年でだいぶ老けたんじゃない?」

「失礼ね!まだそんな年じゃないわよ!」

相変わらずこの二人は仲が良いのか悪いのか、疲れたと言いながらこの調子である。

「まあまあ、えーと、桜はどうしてるんだ?」

「サクラならダイガクにいってるんじゃない?」

「そっか、今年から大学生だもんな」

なんだか時の流れが妙に寂しく感じられるが、桜が頑張っているのなら何よりだ。

しかし今回はその日常に暗い影が差そうとしていた。本来ならもう少しあっちにいる予定だったのだが、急遽日本に帰ってきたのはその為だ。

居間に腰を下ろすと早速その話になる。

「現状は電話した通りよ。本格的に大聖杯が起動を始めたわ」

「それじゃあ本当にまた聖杯戦争が起きるのか?」

「ええ、間違いなく」

イリヤは澄まして首肯するが事はそう簡単ではない。

前回の戦いからまだ二年しか経っていない。あんなものをそうポンポン起こされたらたまったもんじゃない。

遠坂も納得いかないようでイリヤに疑問をぶつける。

「本来聖杯戦争の間隔は十年単位よ。それはもったいぶってそうした訳じゃない」

「リンは魔力が足りないって言うんでしょう?シロウも」

「ああ、イリヤの言ってることは本当なんだろうけど俺も引っ掛かる」

「けどその問題は解決済みよ」

そうなのか、さすがはアインツベルンの魔術師、それなら話が早い。

「大聖杯は龍洞から消失したわ」

「はあああ!?」

居間に遠坂の驚声が響きわたる。

「あんなものをばれずに持ち出しったて言うの!?それこそ不可能よ!」

「リン、貴方の家の家訓はなんだったかしら?」

常に余裕をもって優雅たれ、である。

それを聞いて遠坂はぐぬぬと押し黙る。遠坂の家の事情はある意味、彼女に対する特効薬みたいなものだ。俺は様々な事情をかんがみて控えているが、イリヤにそのような容赦はない。

「持ち出されたのは概念、中身でそのものじゃないの」

「ちょっと、それだっておかしいじゃない。あんないりくんだ概念を抽出するなんてできるかどうかすら怪しいわ」

「それは元からある機能みたいよ」

「はああああああ!?」

遠坂の外面はいとも容易く崩れ去った。

「それじゃあ、何処で聖杯戦争が起こるかわからないのか?」

「ちょっと士郎、貴方切り替えが早過ぎるんじゃないの?」

遠坂は何やら不服そうな顔をする。

おそらく魔術社会に染まっていない俺の方が驚きが少ないのだと思う。

「今は現状把握の方が大事だろ?話は俺が聞いておくから、遠坂はしばらくブーたれてていいぞ」

「べ、別に大丈夫なんだからこれくらい!何年あんたの魔術に付き合ってると思ってるのよ!」

そんなに長かったろうか?

「リンの頭は固いから解りづらいのよね」

「余計なお世話よ、早く話を続けてくれるかしら?」

「それじゃあシロウの質問に答えるわね。大まかな位置ならわかるからたぶんそこに聖杯が現れると思うわ」

「それは何処なんだ?」

「私は日本の地理には詳しくないけど、サクラが言うにはチバってとこらしいわ」

「千葉?何でまた」

「さあ、日本の地脈とかはリンの方が詳しいんじゃない?」

俺は遠坂に視線を移す。彼女は顎に手をやり何事かを考えている。

「私の記憶では、あそこは儀式に適した町じゃないわよ、列島の隅っこで平地だし、近くに東京があるからそっちに力を吸われちゃうし」

「やっぱり、行ってみるしかないか」

もともそのつもりで帰ってきたんだし、それは構わない。

「ええ、遠坂の土地に手を出したこと後悔させてやるわ」

「ありがとうイリヤ、教えてくれなかったら何も知らずに居たところだ」

「他所の魔術師にこのまま聖杯を奪われたら癪だもの、アインツベルンとして制裁しないといけないわ」

その凍るような微笑に身震いする。

ここに恐ろしいタッグが誕生してしまった。此度の犯人に同乗してしまいそうだ。

「それで大聖杯の事は解ったけど、小聖杯はどうなっているのかしら?」

俄に活気づいていた雰囲気はそんな遠坂の一言で何処かへと逃げ去ってしまった。

それでも遠坂は詰問を続ける。

「イリヤ、貴方がまだそこまで動けるのも無関係じゃないわよね?」

「ええ、そうね」

しかしイリヤはそれにも態度を崩すことなく平然と肯定する。

本来なら、前回の聖杯戦争終結と同時にイリヤもその役割を終えるはずだった。

けれどそうはならなかった。

「おそらく二年前から今回の兆候は有ったんでしょうね。だから私は生き残った」

「それは今回も小聖杯を担うため?」

「それはわからないわ、前回までと同じように進行するとは限らないもの」

それはそうだ。場所が変わったのだから、内容が変わっても不思議じゃない。

だが。

「けれど間違いなく私は今も大聖杯とリンクしている。その可能性は高い」

そして。

「今回の問題が片付けば私は今度こそ死ぬでしょうね」

この二年でイリヤはほんの少しだけ成長した。

半分がホムンクルスである彼女は普通の人間よりも成長は遅いが、それでも積み重ねた時間は確かにそこに存在している。

その彼女は自分自身にそんな結論をくだす。

「そんな顔しないでシロウ、元々前回で死んじゃう筈だったんだから。それに誰でも最期は同じだもの」

「士郎、貴方はここに残ってもいいわよ」

この赤い悪魔は時おり優しさを見せることがある。

残された時間をイリヤと共に過ごせと言っているのだ。

「いや、大丈夫だ。俺は遠坂の弟子で、今回は戦うために帰ってきたんだから」

そんな俺を見つめるイリヤの表情は自分より使命を優先するという男に対して聖母のごとき穏やかなものだった。

それは幼い姉の弟に対する慈しみであるかのように。

ピンポーン

するとチャイムをならす音がする。

玄関の戸を開けると、そこには大学に行っているはずの桜が立っていた。

「えヘヘ、早引きして来ちゃいました」

 

interlude out

 

雪ノ下との決闘に負けたその翌日。

俺はとあるデパートの一階インフォメーション前に来ていた。

「ちゃんと時間通りに来たようね」

後から登場した雪ノ下が偉そうにそんなことを言ってくる。

後ろにはセイバーも霊体化を解いてついてきていた。

彼女は既に俺のサーヴァントではない、すなわち俺は聖杯戦争とは関わり無い筈なのに何故こんなことになっているかというと、昨夜雪ノ下から指令が届いたからである。

もちろんケータイのアドレスなんかを交換したわけではなく、魔術で一方的に言い渡されただけだ。

「んで、もう帰ってもいいか?」

ここに来いという指令は既に果たした。

「はあ、そんな訳ないでしょう。今日は買い物と聴取をするのよ」

なんか相容れない言葉がならんでいた。カツ丼でも出てくるのだろうか?俺おととい食ったんだけどなー。

そんなことを考えながら雪ノ下の後をつらつらとついていく。すると雪ノ下は店内の見取り図の前で足を止めた。目的の店を探しているんだろう。

手持ちぶさたに周囲を見回しているとセイバーと目が合う。しかしセイバーは直ぐに視線をそらした。

昨日まで共に戦っていたというのに冷たいもんだ。しかし魔術素人である俺は足を引っ張ってばかりだっただろうしそれも当然かもしれない。

ふとセイバーの服装が目にはいる。既に雪ノ下のサーヴァントの筈だがその格好は俺と夜を散策していた時のジャージ姿だ。まあどうせもう着れないやつだから良いんだけど。

そういえばセイバーの服を買おうと思っていたことを思い出す。

「なあ、買い物って何買うんだ?」

「セイバーの服よ、あんな格好で部屋を彷徨かれたらたまらないわ」

ああ、雪ノ下もあの破廉恥な服を見たらしい。その様を想像して脳内に百合の花を咲かせる。雪剣?剣雪?悪くないですね。

「行きましょう」

雪ノ下は目当ての店を見つけて歩き出す。

「?服飾系なら向こうじゃないのか?」

俺がそういうと雪ノ下は俺が指差した方に方向を帰る。

「別にどう行っても同じでしょう、いずれは辿り着くのだから」

確かに店の中は一周できる作りになっているが、最初の方だと遠回りだ。

「気になる店があれば言ってくれる?」

「ああ」

目的のフロアに辿り着いた俺達は今度は一つ一つの店を物色する。

しばらく歩くととある店にセイバーは入っていく。

それはこのエリアに一つだけある、ロックな感じの店だった。

俺と雪ノ下は二人でセイバーの後についていく。

あまりこういった店には入らないので少しドキドキする。

店内は黒い壁に覆われ、そこにドクロやキラキラとした装飾のついた服がならんでいた。

なんというかセイバーのイメージ通りな店だな。

セイバーはキョロキョロと店内を見回している。

雪ノ下は何やら品物を撫でたり引っ張ったりしている。

「何してるんだ?お前」

「縫製を確かめているのよ、なかなか丈夫ね」

そりゃ、雪ノ下が触っているのは革ジャンだもの。

「ていうか意外だな、お前も買うのか?」

雪ノ下もこの店の商品も刺々しいのは同じだが、雪ノ下のはもっと冷たいというか高貴な感じだ。意地悪な女王様みたいな格好があっているだろう。

「まあ、こういったものは似合わないかもね」

そういって雪ノ下は持っていた物を棚に戻す。

「そうでもねぇんじゃねえの?お前何でも似合うだろ」

イメージとは違うが見た目は美少女の雪ノ下なら案外こういった服でも様になるのではなかろうか。

するとセイバーがこっちに来て雪ノ下と何やら話している。どうやら食指に触れるものがあったらしい。二人で奥に入っていくと暫くして紙袋をもって帰ってきた。

既にセイバーは新に着替えている。

雪ノ下の顔が優れないのはそれがへそだしだからだろう。

まああれよりはましだと妥協したみたいだが。

俺は戻ってきた二人に手を伸ばす。

それに対して雪ノ下は訝しげな顔を返す。

「いや、紙袋よこせよ」

「そう、殊勝な心がけね」

いや、いずれ持たされるなら一緒だと思っただけだが。

袋の中をちらと見るとセイバーの服の他にもう一着別のが入っていた。着回し用だろうか?

「それで、これからどうするんだ?」

「そうね、思っていたより早く済んでしまったから」

現在時刻は11時前。おそらく買い物の後は飯にする予定だったのだろうがそれには少し早い。

「なあ、やることねーならあそこ行こうぜ」

セイバーが指差したのはゲームセンターだった。

「はあ、セイバー、今日は遊びに来た訳じゃ…」

何故か途中で言葉をつまらせる雪ノ下。その視線の行方を追ってみると、それはゲームセンターの中にあるクレーンゲームに向けられている。

ガラスケースの中を見てみるとディスティニーランドのマスコットである目付きの悪いパンダの縫いぐるみが景品になっているようだ。

「んん、…仕方ないわね、ずっとそうしていたら息が詰まってしまうし」

そう言ってゲームセンターの方に歩き出した。

ああ、あれが欲しくなったんですね、雪ノ下さん?

セイバーは敷地にはいるとコインをいくつかもって消えてしまう。

雪ノ下はさっそく例のクレーンゲームに挑戦するようだ。

お金を挿入口に入れると手元のボタンが点滅し出す。

それを押すとクレーンが動きだすので、ちょうど良いところで離す。

横、前と二方向の移動で目標物へと距離を詰めていく。

そしてそれが終わるとクレーンはゆっくりと降りていき底面につくとアームを開閉させる。

しかし無情にも景品は少し持ち上がったところでアームを滑り落ち元の場所へと戻ってしまった。

バンッ!

ひえぇ、クレーンゲームで台バンしてる奴始めてみたよ。怖い、それと怖い。

すると雪ノ下は挿入口の隣に100円玉で塔を積み上げた。

うわー、ガチだよこいつ。

しかしそれらは虚しくも成果をあげることなく高さを徐々に減らしていく。

その様子にいたたまれなくなり思わず声をかけてしまった。

「代わりにとってやろうか?」

すると雪ノ下は振り替えって俺をギロリと睨む。いや何でだよ。

「貴方にあれが取れるというの?」

「まあ見てろって、これでもゲーセンはよくくるんだ」

すると雪ノ下は残ったコインを回収して俺に筐体を明け渡す。

俺は財布から100円玉を二枚取りだし挿入する。

集中しろ、タイミングが命だ。

脳の全神経を研ぎ澄まし俺はその一瞬を待った。

ここだ!

俺の命令を受けた右手が一瞬のタイムラグの後動き出す。

それすらも計算に入れた俺の右手は高々と天に突き立てられた。

「すいませーん、これ取って貰えます?」

「良いですよー」

そう言って店員さんがパッとクレーンを動かすと景品が受け取り口に落ちてくる。

「どうぞー」

「どうも」

こうして俺は無事景品を入手することができた。

「小賢しい貴方らしいやり方ね」

「別にいいだろ、手に入ったんだから」

そう言って景品を差し出す。

「何?」

「いや、俺が持っててもしょうがねぇだろ」

「別に要らないわ、貴方が取ったのだから貴方のものでしょう」

俺は頑として譲らない雪ノ下の手に縫いぐるみを押し付ける。

「な?!」

初めは納得いかない様子で眉根を寄せていた雪ノ下も暫くすると諦めたようで縫いぐるみをその両腕で抱き締めた。

「悪いな、色は選べなくて」

「別に構わないわ、これが欲しかったもの」

そう言って雪ノ下は縫いぐるみを見つめて微笑んだ。

その表情に思わず胸がなる。

そういう顔もできるんだな。

「いやー、大漁、大漁」

そこでセイバーが数枚のコインを何倍にもして帰ってきた。

あれ?セイバーにとらせりゃ良かったんじゃね?

 

interlude 8-2

 

「何はともかく、あの雪ノ下ってのが怪しいと思うのよねー」

既に定例となった御前、ではなく午前会議。

遠坂は昨日の出来事を振り替えってそう結論付けた。

その言い分事態は特に違和感のあるものではない。

聖杯に何かを仕掛けられそうで、勝つその実態は謎に包まれている。

現在時計塔の知り合いに頼んで雪ノ下家について調査してもらっている。

「けど何で雪ノ下が大聖杯を持ち出せたんだ」

「だから元からそういうものだったんでしょ?」

「なぜ雪ノ下が御三家の子孫すら知らなかったそれを知り、なおかつ実行できるのだ?」

キャスターを前に逃亡した理由を問い詰められたアーチャーはそのまま会議に参加し仕返しとばかりに遠坂を攻め立てる。

「う…だ、だからそれをこれから調べるんでしょうが!何よ二人して、あんたらほんとは仲良しなんでしょ!」

「やれやれ、趣味の悪い冗談はよせ」

俺とアーチャーの詰問に耐えかねた遠坂が吠える。

その発言は断固否定するがこの質問にもちゃんと理由があるのだ。

大聖杯敷設から今まで雪ノ下が聖杯戦争に関わったことは一度もない。

それはイリヤがアインツベルンの大翁に聞いたことなのでまず間違いないそうだ。

「そういえば雪ノ下が表の顔で経営している建設会社はあの葉山が顧問弁護士を勤めているそうだぞ」

アーチャーが新たな情報を追加する。

「あら、そうなの?まあ、同じ土地に構える魔術師同士だし面識はあるわよね」

しかしその葉山のマスターである葉山隼人は遠坂達が家を訪れた際に家ごと爆破されて既に敗退している。

「それじゃ、雪ノ下に狙いを絞るってことでいいわね?」

「それは良いけど、どうやって探りを入れるんだ?」

「まず間違いなく邪魔になるのはキャスターでしょうね」

今一番調査しやすいのは遠坂が戦った雪ノ下姉妹の妹の方だろう。顔と名前、そして総武高校の学生だということまでわかっている。

しかしその前にキャスターが立ちはだかるのは想像に難くない。

「どうアーチャー、キャスター、倒せる?」

「やれと言われればやるより無いが、こちらも消滅を覚悟する必要がある」

「そう、やっぱり」

アーチャーの答えは芳しいものではなかったが予想の範疇だったようだ。

「ならマスターを狙えばいいんじゃないか?それなら雪ノ下を調べることにもなるだろ?」

「それは、そうなんだけど…」

しかし何故か遠回りだはそこで言い淀む。なんだろう、何処か見落としがあっただろうか。

「キャスターのマスターは本当に雪ノ下なのかしら?」

「え」

ユキノシタハルノのマスターが雪ノ下ではない?

確かに縁を用意できるのなら召喚することはできる。だけどキャスターは未来の英霊で聖遺物を用意するのは大変だ。

ならば、残りのマスターの数を考えても未だに顔を見せない雪ノ下姉妹の姉、雪ノ下陽乃自身がマスターであるとちょっとややこしいが思ったのだが。

「例えば、私と桜みたいに」

「あ」

言われて遠坂が何を考えているのか思い至った。

姉は英霊になる可能性を秘めていて、妹の方も遠坂が認める優秀な魔術師だ。

それは遠坂と桜の関係によく似ていた。

魔術師の世界は基本的に一子相伝だ。

だが優秀な跡継ぎが二人産まれた場合、そのどちらにも可能性を残したいと思うのはわからないことじゃない。

そうするとどちらか一方が家を離れることになる。

実際に遠坂と桜がそうなのだ。

だとすると雪ノ下を名乗り英霊になった自分の姿をどう思っただろうか。

「仲は良さそうだったよな」

キャスターは終始妹を気にかけていた。そこはまるで遠坂みたいだ。

「どうかな、キャスターならばあそこで私達を倒すこともできた筈だ。だがそうしなかった、仲が良いとは言いがたいな」

アーチャーがすぐさま俺の間違いを指摘してくる。

「それに未来の英霊の姿に現代を見るのは早計だと思うが?」

ああ、確かにその通りだ。

「ふん、仲がいいならそれが一番に決まってる」

「はいはい、喧嘩は後にしてよね、今は味方同士なんだから」

「では私は見張りに戻るとしよう」

そう言ってアーチャーは光、粒になって消えた。

アーチャーには当然前回の記憶がない。

本人はやりづらいと言っていたがとてもそうは思えない。

さてそれでは話を再開しよう。キャスターのマスターが雪ノ下かどうかは結局会ってみないとわからない。

しかしこっちでもやはりキャスターは邪魔をしてくるだろう。

「あ、それじゃあ少年Aからあたってみるのはどうだ?」

少年Aとはセイバーのマスターのことである。名前がわからないのでこう呼んでいる。

「あいつは雪ノ下の妹さんと面識があるみたいだし、キャスターの守護下にも入っていないんじゃないか?」

「確かにそうね、でも士郎は接触しちゃダメよ」

「なんでさ?」

「はあ、貴方セイバーに嫌われてるじゃない」

「あ」

確かにそうだった。おそらく俺が彼らにもう一度会ったら直ぐに戦闘になってしまうだろう。

そうしてふと思い出す。昨夜、彼と雪ノ下雪乃は決闘をしていた。気づいたら終わっていたのでその結末を確認していない。

果たしてあの闘いはどちらが勝ったのだろうか。

 

interlude out

 

 

 

 

 



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やはり魔王は不意に訪れる

「それではこの前言っていた情報の開示を要求します」

その後フードコートに入ってそれぞれが昼食を用意した後、雪ノ下がそう切り出してきた。

まあもう俺はマスターではないので話しても構わないが。

「こんなところで話して大丈夫なのか?、それにセイバーにきけよ」

「こんなところで貴方みたいに人の話を盗み聞きする人はいないわ。もし聞こえても映画か何かの話だと思うでしょう」

うるさいな、ボッチにとって情報収集は生命線なんだよ。まったく、何で係の奴は俺にだけ教室移動になったの伝えないの?

「それにセイバーは聞いても話してくれないのよ」

あー、確かにセイバーなら言わないかもな。

仕方がないので俺がバーサーカーと戦った時の事を要約して話した。

セイバーはケッとたまに悪態をつきながら、雪ノ下は難しそうな顔で聞いていた。

「そう、よくわかったわ」

「それでどうだ?感想は」

はたして俺の行動は専門家にとってどう写るのか、答え合わせがしたかった。雪ノ下なら忌憚ない意見を聞かせてくれるだろう。

「率直にいって、貴方にしてはよくやったのではないかしら」

マジか、正直メッタメタにこき下ろされるものだと思っていた。

「雪ノ下にしては手緩いな」

「心外ね。私は暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは言わないつもりよ」

そう雪ノ下は言ってのける。なんて清々しいまでの開き直りっぷり。ていうか自覚あったのかよ。

そのいさぎの良さは逆に称賛したいくらいだ。

しかし。

「今の状況だと不利じゃないのか?」

戦いのほとんどは情報戦だ。時には敵を欺くことも必要になってくる。

しかし雪ノ下は自らその利点を捨てている。

それは諸刃の剣、いやもはや逆刃刀だ。

真の強者とは戦う前から勝っているのでござる。

「それくらいのハンデは必要でしょう?それに隠し事くらいはするわ」

そう雪ノ下は澄ましていう。

「それとも小細工を弄して貴方がバーサーカーに勝てるのかしら?」

ああ、それは無理だ。いくら情報戦が大事といっても覆せない戦力差は存在する。

「じゃあ、お前はどうすんだよ?」

「決まっているでしょう、正面から叩き潰すのよ」

マジかこいつ。あの生きる災害みたいな怪物を小バエかなんかと一緒だというのか。

俺の話を聞いて、俺なんかよりよっぽどその恐ろしさを理解しているだろうに。

こいつの強情さにはあきれるばかりだ。だが聖杯戦争から脱落した俺にはそれを諌めることも助けることもできない。俺にはもう関係のない話なのだ。

「それじゃあ、用事は終わったしもう帰って良いよな?」

「いいえ、あなたについては調べたいことがあるから、この後家まで来てもらうわ」

そんなこと聞いてないんですけど。ていうか何を調べるというのか。女の子からの自宅への誘いだというのに、俺の心は舞い上がるどころか今にも寝込みそうなほど凍えている。

心臓はドキドキではなくバクバクと動悸がしていた。

それぞれの食器を返し席を後にする。

そのまま出口へと歩き出す。さっそく雪ノ下の家に向かうようだ。

しかしその途中、覚えのない声に呼び止められた。

「あれー、もしかして雪乃ちゃん?」

雪ノ下が。

「姉さん…」

雪ノ下はうっとおしそうに返答する。

雪ノ下には姉がいたのか。

まさか姉貴分というわけではあるまい。

確かにこの女性は何処か雪ノ下に似ている気がする。

しかし似ているからこそ俺は雪ノ下とは違う部分が気になった。胸の事ではない。

「珍しいね、雪乃ちゃんがこんなとこに居るなんて」

「何処にいようと私の自由でしょう、姉さんには関係ないわ」

「あー、そんなこと言っちゃうんだ、ふーん」

「っ……」

雪ノ下が黙ったひょうしに俺の方をちらと見る。

「わかった、デートだ。もー、雪乃ちゃんも隅に置けないなー」

「!誰が…」

「この子も彼氏にもらったのかな?」

すると女性は雪ノ下が抱き締めていたパンさんの縫いぐるみに手を伸ばす。

それを雪ノ下は身を引いてかわした。

二人の視線が交錯し、その間には沈黙が流れる。

これは雪ノ下の家の問題で俺なんかが首を突っ込むものじゃないんだろう。

だがこの後用事がある俺としてはさっさとこの場を離れたい。

「あの、俺達用事があるんで…」

「えー、ていうか君、誰?」

「っ…比企谷です」

その表情は突然無機質なものに変わり、その声は俺に有無を謂わさぬ迫力があった。

「なーんて、冗談に決まってんじゃーん」

しかしそれも直ぐ元の張り付けたような笑顔に戻り、俺に身を寄せてくる。なんというかうすら寒い笑顔だ。雪ノ下と造脂は似かよっているのに、笑顔ひとつでここまで違うものになるのか。

そのコロコロ変わる表情の居心地の悪さに俺はつい避けてしまう。

「あれ、嫌われちゃったかな?」

「あ、いえ、耳が弱いんで近くで話されるとちょっと…」

するとそれを聞いた女性は思わずといった風に笑い始める。

「あはははは、面白い子だね」

「はあ、比企谷君、初対面の女性に性癖を晒すのはどうかと思うわ」

「うるさいな、しょうがないだろ」

「あはは、あはははは、あは」

あんたはいつまで笑ってんだ。

「あー笑った笑った。それで、君は何て言うのかな?」

すると今度は後ろにいたセイバーに声をかける。

「人に名前を聞くときは自分から名乗るもんだ」

「ありゃ、言ってなかったか。私は雪ノ下陽乃、雪乃ちゃんのお姉さんです、よろしくね?」

「…セイバーだ」

「ふーん、かっこいい名前だね?」

そう言った後雪ノ下陽乃は踵を返した。

「それじゃ、あんまりはめを外しちゃ駄目だぞー」

最後まで笑顔を張り付かせたまま女性は去っていった。その足取りはまるでモデルのようで彼女が通りすぎると誰もが目で追ってしまう。俺もその姿が見えなくなるまで目を離すことができなかった。

「なんというか嵐みたいな人だったな」

「そうね、今のだけでだいぶ疲れたわ」

「どっかで休んでいくか?」

「大丈夫よ、家に戻ればお茶くらい出してあげるわ」

そうか、そういえばそんな話だったな。

「それにしてもお前の姉ちゃん強化外骨格みたいな顔だな」

俺はデパートの出口に向かって歩き始める。しかし雪ノ下はその場に立ち止まっていた。

「どうした?」

「いえ、初対面で姉さんの演技を見破った人、あまりいないから」

成る程、そういうことか。確かに俺も危うく騙されるところだった。

「ほとんどの人はあの笑顔を見てコロッと騙されるわ。強化外骨格、言い得て妙ね」

「まあ、俺もお前の笑顔を見てなかったら騙されてたかもな」

飾ることのない本当の笑顔。先にそれを見ていたからこそ俺は気づくことができた。

「何を馬鹿なことを」

雪ノ下はそう言ってため息をつく。

「あ、やっぱ俺maxコーヒー買ってくるわ」

「しょうがないわね、私は先に行ってるわ」

そこで俺と雪ノ下は一度別れる。

振り替えると彼女の後ろ姿が見えた。

俺はそれが見えなくなるまでずっと視線を離さずにいた。

 

 

 

 

 

 



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それでも聖杯戦争は続いていく

ほのぼのとした買い物を経て、突然の雪ノ下姉との邂逅をはたして、俺は雪ノ下の家で優雅にお茶を飲んでいた。

「ふむ、いい茶葉だ。ブランドものかな?」

お茶の良し悪しは判らないがとりあえずそう言っておくことにする。

「そう、コンビニで買ったものだけれどお口にあってよかったわ」

やっぱりな何処かで飲んだ味だと思ったわ。さすがは俺の舌だ。それに最近のボトル茶は職人でも違いがわからないくらい品質がいいらしいし間違えても問題ない。選ばれた綾鷹は別格だ。

「それで何を調べるんだ?」

「貴方はそこでお茶していればいいわ」

あっそう。お言葉に甘えて俺はおしゃれなカップに入ったコンビニのお茶を啜る。見てくれだけでも整えれば、気分はお金持ちだ。そのまま俺は机の中央に積まれたお茶菓子にてを伸ばし、茶色のクッキーを一つとると口にほうばった。

次の瞬間、体に電流が流れる。

「あばばばっばばあばっbn」

「ふむ、これは効くっと」

「ちょっと待て、お前何してんだ!」

「言ったでしょ、調べるって」

雪ノ下はきょとんと首を傾げる。

やめろよ、ちょっとかわいいじゃねーか。

「お茶を飲んでいろとも言った、こんなんで飲めるか」

雪ノ下はぐぬぬと眉根を寄せる。

しかし何か思い至ると再び食って掛かってきた。

「確か貴方はお菓子も食べようとした筈だけれど?」

いやそれは重箱の隅をなんとやらだろう。

俺と雪ノ下は互いに睨み合う。

しかしこのままでは埒が開かない。

雪ノ下もそう思ったのか二人同時に溜飲を下げた。

「貴方に効く魔術を確かめていたのよ」

「俺に効く?どういうことだ?」

「どうやら貴方には効かない魔術があるみたいなのよ」

よく判らないがひこうタイプにじめん技は効かないみたいなことだろうか。

「決闘の夜、私は学校とその周辺に使い魔を放って貴方が小狡い手を使ってこないよう警戒していたわ。けれど結果は貴方も知る通りよ」

マジか、全く気がつかなかった。

それがなければ俺は瞬殺されていた訳か。気づかないうちに助けられたことが他にもあるかもしれない。

「でもさっきの電気ショックは効いたよな」

「ええ、だからその条件を調べているのだけれど」

成る程、調べるとはこの事か。

確かに何故そんなことが起きるのか俺も気になるところだ。

「それってよくあることなのか?」

「特殊な体質をもって生まれてくる人はいるわ。人を魅了したり、石化したりする魔眼とかね」

そうか、しかし特別なものであることに替わりはない。選ばれたのは綾鷹ではなく俺だったわけか。

「貴方は普通の人間ではないということね、人でなし君」

「おい、その言い方わざとだろ」

雪ノ下はしてやったりという顔をしていた。

だから可愛いからやめろって。

「何か今までに変わったことは無かったかしら?人と違ってるとか、あ…」

「そうだよ、人と違うのは日常茶飯事だよ」

言われる前に言ってやったが虚しい分ダメージはどっこいだった。

しかしそんな話をしているとある出来事を思い出した。

「そういやセイバーを召喚した夜でっけー音がしたんだが周りには聞こえてないみたいだったな」

その時の光景を思い出す。思えばあれが聖杯戦争に参加するきっかけだった。

「人払いの結界ね。一定の方向から意識を遠ざけるの」

つまり音は聞こえていたがそれに反応することができない状態だったというわけか。しかし俺には効かなかったようだが。

「あとランサーが俺の気配がしないとか言ってたな」

「そう、そういうことかも…」

すると雪ノ下が何かに気づいたようだ。

「どうしたんだ?」

「基準は対象設定にあるのかもしれないわ」

「対象設定?」

「人払いや使い魔の監視は不特定多数に向けたものだった、けれど今さっき貴方に撃ったものや特別棟の教室のトラップは貴方個人に向けたものなの」

あー、要するに範囲攻撃無効みたいなことか。

「貴方の影が薄すぎて魔術ですら存在を認識しづらいという事ね、幽霊谷君」

成る程、影が薄いから幽霊、てそれもう無くなってるじゃねえか!こいつ、普通に名前を呼んだ時の方が少ない気がする。

「ふー」

結論が出てスッキリしたのか雪ノ下は口をつけていなかったお茶を啜る。

「もう貴方に用はないわ、帰っていいわよ」

そしてこの態度である。

その辺のコンビニのお茶の癖に。

「お前、何でわざわざ俺の体質なんて調べたんだ?」

「知らないことを突き詰めるのは魔術師の本分よ」

つまりはわからないままにしておけなかったということか。魔術師とは己の研鑽に倒錯する連中だと平塚先生は言っていた。しかし今回の事は俺の体にまつわることなので良しとしよう。

「そうなった原因とかわからないのか?」

「そうね、先祖が関係している事もあるけれど、貴方の家は一般家庭なのでしょう?」

「ああ」

俺の親はよくいるサラリーマンだし、小町は可愛い妹だし、カマクラは猫だ。

俺はそのまま玄関をめざすと途中でセイバーと出くわした。

今はもう俺のサーヴァントではないが元マスターとして話しかけるくらいは許されるだろう。

「雪ノ下とはやっていけそうか?」

「難しいな、あいつの言ってることは綺麗事だ」

セイバーは簡単に否定する。

「けどまあ、どっかの間抜けがへましたからな。やるしかねえだろ」

セイバーはぶっきらぼうに答える。

決闘の時、俺が勝手に飛び出した事を怒っているのだろうか。

いや、こいつはキレたらわかりやすく突っかかってくる筈だ。

アサシンの宝具に対処して、セイバーを雪ノ下に譲渡することもできた。

これが最善だった筈だ。

それはセイバーもわかっているだろう。

正直雪ノ下とセイバーはあまり相性が良いとは思えない。

雪ノ下は信念というか譲れないものがある。それはセイバーも同じだが、戦闘では使えるものは何でも使うタイプで正面から叩き潰すと言った雪ノ下とはベクトルが違う。

まあそれでも俺よりは増しだろう。

俺はそのまま雪ノ下の家を後にした。

 

…………………

 

朝、目を覚ました俺は寝ぼけ眼を擦りながら時計を見やる。時刻は7時前、いつも通りの時間だ。

雪ノ下との買い物があった土曜日から、日曜は特に何もなくだらだらとすごし今日は泣く子はもっと泣く月曜日だ。

未だ体の節々は痛むものの昨日一日休んだおかげでだいぶ元の調子に戻ってきている。

ようやく戦いから解放され俺の日常は再開されつつあった。

「お兄ちゃん、おっはー」

「おう」

小町と挨拶を交わし俺は食卓につく。台所からはじゅーじゅーとこぎみよい音が聞こえてくる。

「もうちょっとだからー」

どうやら今日は小町が料理当番のようだ。

しばらくすると二人分の皿をもって現れる。

「いつも悪いねー」

「もう、それは言わない約束でしょー」

小町はエプロンをとると同時に制服に着替える。

我が妹ながら何てずぼらな。

毎度のことなので俺は気にも留めず皿に乗った自家製フレンチトーストを頬張った。

小町もコーヒーをもって参上する。

「ふっふ、今日はイギリッシュにまとめてみました」

「イギリッシュってなんだよ、てっきりブリティッシュって言うのかと思ってたぞ」

ちなみにフレンチトーストはフレンチさんが考案しただけでフランス料理でもない、これ豆な。

するとそれきり小町は黙ってしまう。顔を向けると鳩が豆鉄砲くったような顔をしていた。

「お兄ちゃんが変だ」

「小町ちゃん?いきなり何を言い出しているの?」

「なんかこう何時もより目が腐ってるのは元からか、性根が曲がってるのも元からだし、んーとにかくなんか変!」

もしかしてこいつ俺をバカにしてるのか?

「何時もはもっと適当というか、逆にそこに愛を感じてたのに」

妹がヤバイ性癖に目覚めかけていた。毎日冷たくしてせっせとポイントを稼いでしまいそうだ。

「アホなこと言ってると遅刻すんぞ」

「えー、ほんとなのにー」

小町はまだブーブー言っていたが俺は食器をかたすと学校へと向かった。

クラスの様子も以前とは違っていた。

我が2年F組カーストの頂点に君臨する葉山が土日を跨いでも学校に来ないからだ。

クラスの太陽(笑)を失った教室はどんよりとした空気が支配していた。

「あ、ヒッキー、やっはろー」

すると何故か女子が俺に話しかけてくる。こいつは確か前に葉山の家に行くのを止めたやつだ。それに恩でも感じているのだろうか。

「ヒッキーは葉山君のこと何か知ってる?」

ああ、そうか。また俺が何か聞いているかもと期待しているわけか。

「いや、何も」

「そっか」

それきり女子生徒は黙ってしまう。まるで脅迫のような沈黙がこの場に蟠る。

俺は悪くないぞ、ほんとの事を言っても大して替わらないのだから。むしろもっと悪くなるまである。

「変なメッセージは届いたんだけど…」

「メッセージ?」

その女子生徒は何やらケータイをいじると画面を見せてくる。

そこには地図と《宝のありか》と書かれていた。

確かにこれは変だ。差出人には隼人君とある。

「これどこなんだ?」

地図には印がついておりここが宝のありかなのだろう。

「え、さっさあ?」

しかし受け取った本人は理解できていないようだった。

脱落した葉山からのメッセージだ。良いか悪いかはさておききっと何か意味があるものなんだろう。

だが気になるのはあのオトモダチとの空気感を何より大事にしていた男が、聖杯戦争に関係ない奴を巻き込もうとするか?

これは誰かが送った罠なのかもしれない。

「まあきっとウィルスか何かに引っ掛かったんだろうな。けど一応調べてみるから画像もらっても良いか?」

「え、い、良いけど。アドレスコウカンスルノ?」

俺の言葉を聞いた女子はその場で何かモジモジしだす。

承諾を得ると俺は自分のケータイでその画像の写真を撮った。

「むー」

すると女子生徒は何やら不服そうな顔をする。何だよアドレス交換するの嫌だったんだろ?

その後授業を適当に受け学校は昼休みになった。

俺は何時ものベストプレースで昼食をとる。しかし何かが足りないような気がしてしまい俺は二の足を踏む。暫く考えてあることに気がついた。

そうだ、今日は戸塚が来ていないんだ。クラスの太陽がいないのでは心が晴れないのは仕方ない。

俺はそんな寂しい気持ちを噛み殺すようにパンを咀嚼し一緒に飲み込んだ。

「ハッチマーン」

すると何処からかそんな俺を呼ぶ声がする。

いや後ろからだ。

やがて声は大きくなると、そいつは勢いよく飛び出してきた。

「我、参上!」

デカイ体に指貫グローブの痛々しいこいつは材木座義輝。俺とは初対面以上知り合い未満の関係だ。

ざいもくざがあらわれた!はちまんはめのまえがまっくらになった…。

「聞いてよはちえもーん」

「ええいうざったい」

何故か材木座は俺に泣きついてくる。

「この土日で魔導少女マジ☆デスカの公式サイトが荒らされたのでござるよー」

「だからなんだってんだよ」

「ほぽぉ、この一大事にその鉄面皮っぷり、さては貴様が犯人かー、真実はいつもひとーつ!」

「はいはい、ワロスワロス」

こいつに付き合っている体力は今の俺には残されていない。

「むー冷たいぞはちまん、一緒に体育の二人組つくってーを乗り越えたなかではないか」

「そんなことで仲良くなってたまるか」

ちょっとしたことで勘違いして痛い目を見るのが俄ボッチにはよくあることだ。ソースは俺。

ボッチとボッチは馴れ合わない。それは傷を舐め合うのと一緒だから。それはお互いに効果抜群のドラゴンタイプのように。つまり真のボッチとはドラゴンに他ならない。

「ガーン」

はちまんのこうげき!こうかはばつぐんだ!

ざいもくざはたおれた。

俺は苦しみもがいている材木座を残してその場を後にした。

 

………………

 

自宅へと戻った俺はベッドに潜り込んだ。

最近はろくに休みもとれず録画したアニメが溜まっているのだがそんな気分にもならなかった。

なのでゴロゴロと転がって暇をもて余しているのだ。

するとわずかに開いたドアの隙間からカマクラが入ってくる。

仕方ない、今は我が家の猫様を可愛がることにしよう。こーいこい。手を前にさしだしカマクラを誘う。しかし少し顔を覗かせただけで何処かへと行ってしまった。

「あー、暇」

「なんだ、じゃあちょいと頼まれてくれよ」

「!?」

突然聞こえた声に驚いて身をおこす。

その声は聞き覚えのあるものだった。

予想通り俺の視界に飛び込んできたのは、もう見慣れてしまった時代錯誤な、青い装束を纏ったランサーだった。

「よお、お互い生き残ってるみたいで何よりだな」

心臓がものすごいスピードで脈打つ俺に対してランサーはにこやかに話しかけてくる。

こいつとは初日の因縁がある、しかし殺すときは躊躇しないことも知っている。

なら何しにやって来たのか?

俺はもう聖杯戦争に関係無い筈だ。

「そういやセイバーはどうしたんだ?」

どうやらこいつはその事を知らないらしい。

しかしあの決闘の顛末をコイツに話していいものか。

「…セイバーは、もういない」

「そうか、あいつとは決着つけたかったんだけどな」

嘘は言っていない。セイバーはもうこの家にはいないのだから。

「まあでもそっちの方が都合がいいかもな。実はお前に会って欲しい奴がいるんだ」

「会って欲しい奴?」

「俺のマスター」

ランサーの言葉に驚き数秒間沈黙するがすぐに会話を再開する。

「どういうことだ?」

「実はそいつもお前と同じで巻き込まれた口でな。まあお前と違って自分から召喚した訳じゃねぇみたいだが。あんまりにもうまくいかねぇてんでパニクっちまってんだ」

ランサーは心底悩ましそうにため息をつく。

それはランサーの快活なイメージとは少し離れて見える。

こいつも色々と苦労しているのかもしれない。

「それで、俺が会ってどうしろと?」

「てきとうに話聞いてくれりゃいい。正直期待はしてねぇ、藁にもすがるってやつだな」

「断ったら?」

「まあ、しゃーねーな」

どうやら罠の可能性は低そうだ。

「引き受けたら何かあるのか?」

「めざといな、俺のマスターが知れるのじゃダメか?」

成る程、確かにランサーのマスターがわかれば雪ノ下とセイバーの助けになるかも…、いやいや、俺はもう聖杯戦争には関係無いんだった。

「言ったろ、俺はもう脱落してんだよ」

「なら何が欲しいんだ?ムカつくやつでもぶっ飛ばしてやろうか」

ムカつくやつかまあ、今までのトラウマをほじくりかえせばいくらでもいるが、既に俺は自分の糧にしているのでもう気にしていない。別に思い出したくない訳では決してない。

それにそんなことにサーヴァントを使うのは牛刀割鶏というものだろう。

「まあいいや、行ってから考える」

「おう、わりぃな」

こいつが約束を反故にするような奴でないことはわかっている。

それに暇だしな。

俺はちょちょいと支度をして玄関に向かった。

「あれ、お兄ちゃん、またお出掛け?」

その途中、小町とでくわした。

「ちょっと散歩」

「ふーん、あ、そういえば玉子きれちゃってたからついでに買ってきて」

「気が向いたらな」

「えー、お兄ちゃんの意地悪、おたんこなす、ラノベ主人こー!」

「いやいや、いかないとは言ってないから」

誰がラノベ主人公だ、俺をあんな楽してハーレム作る連中と一緒にするな。いやなれるもんならなりたいが。

そして俺は家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 



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これまでもランサーは彼女を気にしてきた

「ほれ、着いたぞ」

はあ、はあ。

ランサーに担がれて俺はとあるマンションの一角につれてこられた。

サーヴァントに運ばれるのはこれで2度目だが全く慣れない。

ランサーの話では巻き込まれたマスターだと言っていたが、成る程ただのマンションである。

まるで自分の家であるかのように合鍵を使ってドアを開けた。

「おい、そんな正面から入って大丈夫なのか?」

「ああ、あいつの親は共働きだし、最悪、記憶をいじっちまえばいい」

俺は玄関で靴を脱いでランサーの後を追う。

ランサーは一つの扉の前で立ち止まる。

ここにマスターが居るのか。

ドアには木屑模様のプレートがさがっており、そこには《いろはの部屋》と書かれていた。

この部屋の主人の名前だろう。

もしかしてランサーのマスターは女の子なのか。

しまった、その可能性を完全に失念していた。

果たして俺が話したところで意味があるのだろうか。

こん、こん。

「入るぞ」

ランサーは返事を待たずドアを開けて入室する。

ここまで来て帰るわけにもいかない。幸い、ランサーも期待はしていないとのことだったし、ここはきっちり仕事だけこなして帰るとしよう。

俺も意を決してランサーに続く。

その部屋はいかにも今時のジョシコウセイって感じの部屋で、壁にも制服がかかっていた。

やばい、ちょっとドキドキしてきた。

そのまま部屋を一通り見渡すと、ベッドの上にピンク色の塊が鎮座していた。

「ランサー?」

するとその塊から声がしてくる。どうやら中に誰かいるようだ。いや間違いなくランサーのマスターだろうが何やってんだ?

声につられてそっちに目をやると毛布の隙間からこちらを覗く二つの光点と目があった。

「だ、誰!?ランサー!!」

甲高く響く声と共に毛布がバサッと崩れ、中から女の子が産まれてくる。まるで桃太郎のようだ、桃娘か。山形辺りでろこどる始めてそう。

しかしそんな事を悠長に考えている場合ではなかった。

「令呪で命じる!そいつを…」

おいおいおい!

「落ち着け、そいつは敵じゃねえ」

するとランサーが指で何やら空中に文字を書く。

その後、部屋に甘い香りが漂ってきた。

「落ち着いたか?」

「………うん」

どうやら今のには人を落ち着かせる効果があるようだ。

それにしてもいきなり令呪を使おうとするとはそのはちゃめちゃっぷりがわかる。

「それで、その目付きがいやらしい人は誰なの?」

いやらしくねえよ、確かに脱ぎたての制服ってエロいなと思ったが表情には出してない筈だ、出してないよな?

「こいつはセイバーのマスター…、いや、元マスターか。こいつも魔術は素人だから話が合うんじゃねぇーかと思ってな」

ランサーの話を聞いた彼女はじっと俺の方を見つめてくる。

「余計なことを…」

そして目をそらすとそう呟いた。

「おめぇが毎晩泣き腫らしてるからだろうが」

「?!、適当なこと言うな!!」

彼女は近くにあった枕を投げつける。

それをランサーは首の動きだけでひょいとかわした。

なんというかとてもいたたまれない。

「なあ、あいつもああ言ってることだし、もう帰って良いか?」

ランサーはまたため息を一つつくと。

「悪いな、ここまで来てもらっといてなんだが」

承諾は得たことだしさっさと余計な俺は退散するとしよう。

「ま、待ってよ、一度引き受けておいて、もう帰るなんててきとー過ぎるでしょ」

なんだこいつ、まさかとは思うが俺とお話ししたいのか?

俺を睨み付けるその瞳は潤んでいて今にも泣きそうだ。

壁にかけられた総武高校の制服のポケットからはリボンが垂れている。この色は一年生のものだ。

つまりこいつは俺の後輩に当たるらしい。

年下の女の子に頼られて断れないのは妹を持つお兄ちゃんのさがなのだ。小町は本当に罪作りである。

「しょうがねえな」

俺は誘われるままに腰を下ろした。

「お茶くらい出してもらおうか」

「偉そうにしないでよ、私の方が長く生き残ってるんだから」

こいつ、だから俺を引き留めたのか。ただ優越感に浸るために。

「ランサー、お茶!」

「ヘイヘイ」

しかしどうやら飲み物はくれるらしい。少女の声に消えていくランサー、その様子はなんだか微笑ましくもある。

「それじゃあ、まずは自己紹介から。私の名前は一色いろは」

「俺は比企谷八幡、総武高校の2年生だ」

「うげぇ、先輩…だったん、ですか…?」

目の前の少女、一色は驚きと後悔が混ざりあった歪みきった顔をしていた。

ふ、わざわざ学年を強調したかいもあるというもんだ。普段ならこんな枠組みは糞くらえだが、自分がその恩恵を受けられるなら話は別だ。

「で、でも、マスターとしては私の方が上ですからね!」

しかし一色はしぶとく食い下がってくる。ようやく発見した自分以下の存在を手放したくないのだろう。その気持ちはわからんでもないが自分にやられるととてもうざったい。

「お待ちどー」

ここでランサーが飲み物を持ってきてくれた。

ひとまずはそれでお茶を濁すことにする。

「ランサー、お前使いっ走りみたいなことしてていいのか?」

「まあ、それが使い魔ってもんだろ。俺はおもしれぇ戦いができりゃぁそれで良いのよ」

マジかよ、どこぞの金髪セイバーにも聞かせてやりたい言葉だ。

「お前ありゃあ良いサーヴァントだぞ、大事にしろよ」

「でも絶対当たる槍とかいってぜんぜん当たらないんですよ、詐欺ですよ、詐欺」

「おい、勝手に宝具ばらしてんじゃねぇよ!」

「良いでしょ、先輩はもう脱落してるんだし」

絶対当たる槍?なのに当たらない?どういうことだ?

「当たってはいるぞ、それでもピンピンしてやがるだけだ」

ランサーはそう言って苛立たしそうに腕を組む。

確かにバーサーカーとかが相手なら一度殺しても復活するだろう。

「あのユキノシタとかいうキャスター…」

「雪ノ下?今、雪ノ下つったか?」

しかもキャスター?

「ああ、キャスターはユキノシタハルノって名のってんだよ」

それはデパートであった雪ノ下の姉の名前ではなかったか?

「そんなことあり得るのか?だって今も生きてる奴だろ?」

「ああ、アーチャーもそうだぜ」

「!?」

アーチャーは確かバーサーカーと戦った時に共闘した青年の仲間のサーヴァントだ。

「結構いるもんなんだな」

「その二人しか知らねぇけどな」

ぎゅう。

「いったっ、…なんだよ」

急に一色が俺の手をつねってきた。

「先輩はランサーと話しに来たんですか?」

「なんだよ別に良いだろ」

「良いわけないですし…、そもそも先輩は脱落したんだからそんな話聞かなくていいじゃないですか」

こだわるなぁ。第一俺は脱落したのではなく自分から降りたのだ。

「んじゃ、後は若い二人に任せるわ」

ランサーが空気よんだオッサンみたいな事を言って消えた。

まあ年齢を考えればお爺さんもいいとこだろうが。

「ていうか何話すんだよ、好きじゃないグループ内の奴とかか?」

「うわあ」

一色は飛んできたゴキブリを見るような顔をしていた。

「何だよ、違うのか?」

「そりゃそういう子もいますけど、それを口に出しちゃうのが駄目なんですよ」

いやいるのかよ、そっちの方が怖えよ。

「じゃあコイバナとかか?」

「先輩は私を何だと思ってるんですか?」

そりゃあ毎日、化粧と男うけのことばっか考えてるびっちだよ。

「まあ良いですけど、じゃあ先輩のタイプを教えてください」

「そりゃもう戸塚だろ、戸塚しかいない」

すると一色は口を開けて固まってしまう。

「何だよ」

「あ、いえ、まさか実名が出ると思わなかったので。先輩、好きな人いたんですね」

「ああ、戸塚の為なら死んでもいいな」

何せ戸塚は天使だ。天使なら死なないか、あはははははは。

「お前は?」

「私のタイプ、知りたいんですか?」

「いや全く興味ない」

「なんですかそれー」

一色は俺の肩をべしびし叩いてくる。だって話の流れで聞いただけだし。

「私のタイプは葉山先輩です」

「あー、それっぽい」

やはりこのてのタイプはああいうのが好きなのは常識だ。テストに出るレベル。

「…」

しかしその後一色は俯いて黙ってしまう。

「お前、葉山がマスターだったって知ってるのか」

「はい、というか聖杯戦争の事を教えてくれたのは葉山先輩ですから」

成る程そうだったのか。俺にとっての平塚先生や雪ノ下がこいつにとっては葉山だったのだ。

「良かったな、タイプの男で」

「はい、これは運命だと思いました。でも」

葉山は自宅ごと爆破されて脱落した。雪ノ下からこの話を聞いたのが三日目だからそれよりも早く。一色が葉山とすごした時間はそれほど長くはないだろう。

「それからは、どうしていいかわからなくて…」

「そんなに怖いなら、ランサーを自害させればいいじゃねぇか」

「おいっ!!」

ランサーは急に現れて突っ込みを入れてくる。

「じ、自害って、自殺ってことですか!?できませんよそんなこと」

ふとお茶を取ろうとして正面のランサーと目が合う。その表情は澄ましていたが、どこか苦味があるように見える。

降りることができなければ、攻めることもできない。

何も決断できないでいるマスターを抱えてランサーも参っている。しかしそれは彼女の優しさゆえでもあることを理解してもいる。だからこそ見捨てることができず、俺なんかにこうして頼んできたというわけだ。

「俺に譲るか?」

「え?」

不意にそんなことをくちばしってしまう。一度放り投げた分際で。彼女達に全てを押し付けた分際で。

「何て言ったんですか、先輩?」

「悪い、なんでもない忘れてくれ」

俺は既に聖杯戦争からは降りた身だ。また舞台に上がることなどどうして許されるだろう。

「俺はそれでも構わねぇぜ?」

どうやらランサーには聞こえたらしくそんなことを言ってくる。

「もー、仲間外れにしないでください!」

そう言って一色はまたべしびし叩いてくる。痛えなぁ、あと痛い。

「それじゃあ、次は先輩の番ですよ」

「あ?何がだよ」

「決まってるじゃないですか、どんな風に戦って、負けたのかですよ」

既に落ちが決まっていた、しかもバッドエンドだ。

というかエンディングまでいったらセイバー達のいきさつまでばれてしまう。押し付けた手前これ以上足を引っ張ると寝付きが悪い。

どこかで別ルートをでっち上げなければ。

「えーと、まずはでっけー音が聞こえてな」

「そうだそれ、俺の人払いの結界、なんで効いてねーんだ?」

あれはランサーがはったものだったのか。

「なんかの体質らしいぞ」

「気配が感じられないのもか?」

あー、そんなことも言ってたな。しかし雪ノ下が言っていたのは一定の魔術が効かないということだった。

「えー、気配ならあるでしょ、たぶん」

たぶんってなんだ、たぶんて。

しかし一色にはわかるみたいなので、おそらく雪ノ下の使い魔が俺を発見できなかったのと同種の現象だろう。

「たぶんな、で、ランサーと平塚先生が戦ってるのを見たんだ」

「あ」

すると隣で一色がおかしな声を漏らす。

横を見ると、今日会った初めの頃のように瞳を滲ませていた。

「すみません、先輩が巻き込まれたのって、私の、せいですか…?」

ああ、そういうことか。

すると一色の眼窩から一滴、雫が溢れ落ちる。

女の涙ほど胡散臭いものはねぇと思っている俺もこれには動揺せざるをえなかった。

「ちげぇよ、ランサーは俺を逃がそうとしてた。自分から首を突っ込んだんだ」

「どうして…逃げなかったんですか?」

言われてふと考える。何故あのとき俺はセイバーを召喚したのだろうと、そもそも何故あそこに飛び込んでいったのか。

しかしいくら考えても答えは出ない。

「さあな、おかしなことに巻き込まれて変になってたんだろう」

ならば、答えなど無いのだろうというのが俺の結論だった。

「ふふ、…先輩は元から変ですよ」

一色はそう言って静かに笑った。俺はポケットにあったティッシュを渡す。小町が男なら女の涙を拭くものは常備しておきなさいといつも持たせてくるので癖になっているのだ。俺はこの胸で泣かせるから大丈夫と言ったら鼻で笑われた。まさかそれが役に立つとは。

ちょうどいいここらで切り上げるとするか。

「んじゃ、もういいか?小町、妹に買い物頼まれてんだ」

「えー、もうですかー?」

「しょうがないだろ、買い物頼まれてんだから」

大事なことなので二回言いました。

「まあ、先輩みたいなのは女の子と話しなれてないでしょうから、今日はこのくらいにしといてあげます」

「いや、俺のサーヴァント女の子だったから、メチャクチャ話してたから」

あまり話した記憶がないのはあれだ、戦いの疲れで記憶が曖昧なんだ。

「その子、消滅しちゃったんですよね…」

「…ああ」

消滅はしていないが、同じようなものだろう。

「そうだ、先輩、連絡できるようにしませんか?」

そう言ってケータイを見せてくる。

俺はポケットから自分のを取り出すと、一色に投げ渡した。

「わっ、なんですか?」

「やっといてくれ、俺よくわかんねーし」

「よく簡単に渡せますね、通話アプリ何も入ってないじゃないですか!」

必要なかったからな。

一色は器用に両手で二つのケータイを操作している。

「出来ました」

俺はケータイをポケットににしまうと部屋を後にした。

「たく、この時代の女ってのはよくわかんねーな」

ランサーがついてきてそんな愚痴を言ってくる。

それでも放っておけない辺り、年頃の娘を持つ父親のようだ。

サーヴァントとマスターの関係にも色々とあるものだ。

消える間際、アサシンに雪ノ下を頼むと言われたのを思い出す。

あの二人はどんな関係性を気づいていたのだろう。

わかるのはそれを俺が破壊したこと。しかしそれは仕方のないことなので別に良いだろう。

ではセイバーと俺は?

なんのことはない。会話も事務的なものでしか無かったし、ただ聖杯戦争のために急造したものでしかない。それも俺が足を引っ張ってセイバーが苦労する、その繰り返し。

セイバーと離れてから三日が経とうとしている。契約してからもそれくらいなので既に雪ノ下と過ごした時間の方が長いだろう。

セイバーも全力を発揮しているだろうし、どう考えてもこれが最善の選択であるという結論に変わりはない。

「あら、いろはのお友だち?」

すると見知らぬ女性に声をかけられる。

しまった、親が帰って来たのか。

「はい、…お邪魔しました」

「いいえ、あの子最近元気が無いけど、仲良くしてあげてね?」

「はい」

一色の様子がおかしいのは親も気づいているらしい。

そういえば小町も朝、俺がおかしいと言っていた。

もしかすると俺も自分が気づかないところで何か変わっているのかもしれない。

しかし俺の場合は既に聖杯戦争から敗退した。これから少しずつ戻っていくことだろう。

俺はその女性に軽く会釈すると一色の家を後にした。

 

 



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閑話 とある週末のラスボスさん

interlude 9-1

 

比企谷八幡からセイバーを奪い取って二日目、日曜日の夜。雪ノ下雪乃はセイバーと町を歩いていた。

最優のクラスであるセイバーのサーヴァントを手に入れても彼女の胸の内の不安が消えることはない。

彼女の姉、雪ノ下陽乃が何を考えているのか解らない。いずれは打倒しなければならないのか、それすらも判別できなかった。

それが夜の町をいく彼女の足を速めているのは言わずもがなだ。

土曜の夜は何の成果も出せなかった。それどころか未だに敵の一体もほふっていない。今日こそはと彼女は意気込んでいた。

だがそれも時間の問題だろう。何せ平凡以下のマスターからいっきに最高ランクのマスターへと鞍替えし、ステータスを著しく上げたセイバーが隣にいるのだから。

だから周囲を敵に囲まれた状態でも全く押される事なく殲滅していく。

「おらおら、おらーーー!!」

それはいままでの鬱憤を晴らすかのように、群がる雑兵達をめった斬りにしていく。

「歯応えのねぇ連中だなぁ!」

「そうね、けど数が多すぎるわ」

敵は人の形をしていて、その格好は鎧を着た者から着流しの者まで様々で、特色を絞らせない。

しかしこれだけの人型の兵士を用意できるということは、これは宝具で間違いないだろう。

比企谷八幡の話でバーサーカーの宝具は判明しているので、残るはアーチャー、ランサー、ライダーのどれか。

その中でもアーチャーとランサーの戦いかたとは違う気がする。であればライダーしかいない。

しかしここでちょっとした疑問が発生する。

これまでの情報からすると、ライダーのマスターは消去法で葉山隼人である筈なのだ。

だが彼は既に敗退している。なら結論はこうだ。

葉山隼人は自らのサーヴァントに裏切られた。

新たなマスターが生まれその人物が攻撃をしかけてきている。

そこまで一瞬で思い至り、雪ノ下雪乃は眉を潜めた。人と繋がる事を得意とする彼が裏切られたのだ、皮肉と思わざるを得ない。

だが既に雪ノ下雪乃とセイバーは次の動きを始めていた。

群がる雑兵をいくら蹴散らしても、それがつきることはない。

ならばその根本を絶つしかない。

兵士達は円形の広場に繋がるすべての道から現れていて、ここからでは出現場所を絞れない。ならば動けば良い話だ。

二人は一つの道に狙いを絞り行軍を開始する。

やがてその群れの端に到達した。そして今度は外周をなぞるように進む。

一筆書きのようにいずれは終点に辿り着く筈だ。

しかし外周を走っていたはずがいつの間にか、再び兵士達の群れに囲まれてしまっている。雪ノ下雪乃はその綺麗に整った眉目を歪めさせる。

失念していた。兵士達を排出しているポイントも同時に移動していたのだ。

ならばいくら追いかけても群れはその形を変え、こちらを飲み込まんとしてくる。だったら。

「セイバー、私を担いで跳びなさい」

直後、その体がふわりと浮く。サーヴァントの跳躍でいっきに空高く舞い上がる。

地上から追えないのなら、上空から俯瞰すれば良い。

強烈なGに耐えながら雪ノ下雪乃は下を見つめる。

兵士達の群れはさながら、闇夜を行く竜のように町を蠢いていた。

その数は千も下らないだろう。

これだけの兵士をただで用意できるとは思えない。しかし人一人の魔力量だとも思えない。ライダーの新しいマスターは何処かに魔力を貯めているのかもしれない。

その出現場所を目を凝らして探す。

徐々に群れの行動パターンが見えてきた。その始まりに標的がいる筈だ。

そしてあと少しでそれが見えるという直前、何者かに上から叩き落とされた。

「!?」

謎の人物と斬り合うセイバー。その最中、彼女は中空に放り出された。セイバーが投げ捨てたのだ。担ぎながらでは空中で戦えないと判断したからだろう。一回転して体勢を整えた後、着地する。

その後セイバーも落ちてきた。

「セイバー、いきなり投げ飛ばすなんて…」

「うるせぇな、それくらいでごちゃごちゃぬかすな。ほら敵が来るぜ」

セイバーの視線を追うと先程攻撃してきた人物が立っていた。

あれがライダーだろうか。

その姿は全身黒ずくめで夜の闇に紛れて確認できない。

「セイバー、雷!」

声と共にセイバーの剣から電気を帯びた魔力が弾け飛ぶ。それは闇を吹き飛ばし敵の姿を白日にさらした。しかしそれでも姿を把握できない。何か靄がかかったようにその人物は揺らいでいた。

「ちっ、オレと似たような宝具か」

セイバーは一人ごちるとその影めがけて走り出す。

それに対して影も動き出した。交差する黒と銀。

勝負は一瞬で決着した。

セイバーの剣が敵の獲物を弾き飛ばすと、さらに翻り影の心臓を貫いたのだ。

雪ノ下雪乃をマスターにし、その性能を限界まで引き出されたセイバーに一対一の果たし合いで叶うはずがなかった。

セイバーは剣を抜くと影が頭部につけていた兜を払いのけた。

じょじょに靄が薄れていく、と同時にその体が光の粒となって消えていく。

雪ノ下雪乃もその正体を確認しようとセイバーの横に並ぶ。

「なん…だと…」

その耳がセイバーの呟きを捉えた。思わずその顔をうかがうが兜で顔は見えなかった。

続いて敵の顔を拝む。しかし現代の人間である彼女に顔を見ただけでそれを判別できるわけがない。しかしセイバーにはわかった。つまり同じ時代、同じ地域の英雄だったのか。

「セイバー、この人は誰なの?」

それに答えたわけではないがたまたまセイバーの呟きが返答する形となった。

「てめぇ、ランスロット…」

次の瞬間、湖の騎士は光の中に消えていった。

 

interlude out

 

interlude 9-2

 

「ここは…?」

目が覚めると体を縛られた状態で暗い部屋の中にいた。

「はーぁい、隼人、元気してた?」

「!?」

聞き覚えのない声、見覚えのない姿。しかし葉山隼人は確かにある一人の人物を想起した。

「は、るのさん、なのか…」

「正解」

しかしそういう彼女にはやはり見覚えがない。

「そんなバカな。貴方は12年前、第4次聖杯戦争に巻き込まれて死んだ筈だ」

「うん、だから生き返ったって言ったらどうする?」

「!?」

彼はそれを即座に否定できなかった。魔術の世界の奥深さ、何より、目の前の人物が規格外である事を知っていたからだ。

「それで俺に何をするつもりですか?」

「んー、なんだと思う?」

雪ノ下陽乃は妖艶な笑みを浮かべると、葉山隼人の露出した太ももを指先で撫でた。

「っ…」

「ふーん、そんな反応するんだ。以外とうぶなのね隼人」

彼女のなまめかしい指はそこで止まらずさらに上まで伸びてくる。

「こんなに強ばらせちゃって、お姉さんに全部任せて良いのよ。やさしく剥いてあげるから」

そう言って彼女は葉山隼人の肉を摘まむと言葉通りその皮をゆっくりと下に降ろした。

「あ…あああ!」

思わず彼の口から叫声が漏れる。

その痛みに耐え、葉山隼人はなんとか反撃を試みた。

「…雪乃ちゃ…、雪ノ下さんにはもう会ったんですか?」

「うん」

当然か。この人が彼女を手放す訳がない。

「貴方が死んでから、雪ノ下さんがどんな思いをしたのか知っているんですか?」

「…う」

すると目の前の彼女は頭を押さえてうめき出す。

「…?」

「無駄だ、その女は私達に犯行できぬよう改造をほどこしてある」

次いで現れた人物は今度こそ本当に知らない人だった。

 

 

 

 



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こうして比企谷八幡は深淵を覗く

そんなこんなで町を歩く俺八幡。

現在夜の6時過ぎ、空も段々と闇が濃くなってきた。

そんな夕暮れ時を俺はスーパー目指して歩いていた。

一色の家を出る言い訳に使っちまったもんだから、俺は渋々小町からの言いつけであるお買い物を果たしにいくのである。

ウィーン。

自動ドアを経て店内へとはいる。ここのはたまに俺を認識しないおんぼろだが今回はちゃんと開いてくれた。

小町に頼まれたのはたしか卵だったか。俺は記憶をたどって特に迷う事なく卵のスペースへたどり着き、八個入りのパックを籠に入れた。

これがはじめてのおつかいだったらお蔵入り間違いなしのハイペースで目的を終えたわけだが、まあせっかくきたのだしもうちょっと物色していくか。もしかすると掘り出し物が見つかるかもしれない。

そういうわけで店内をうろついてみる。

「あれ、お前…」

すると突然声をかけられた。誰だろうもし昔のクラスメイトとかだったら全力で他人のふりをしようと心に決め振り替えると、そこにいたのはバーサーカー(セイバー)と共に戦ったあの青年だった。

「お前も買い物か?…え~と」

そういえばお互いに名前を知らないのだと思い出す。

「比企谷だ」

「そっか、俺は衛宮、衛宮士郎。よろしくな」

そういって青年は握手を求めてくる。

特に拒む理由もないのでそれに応じる。

「あ、そうだ、セイバーは…、こんなとこで暴れられたら困るぞ」

「いねぇよ、俺はもう敗退したからな」

「そっか、じゃあもうセイバーは消滅したんだな…」

「残念そうだな」

自分を狙う敵がいなくなったというのにその顔はどこか未練がありそうだ。

「ああ、俺は前回の聖杯戦争でアーサー王を召喚したんだ」

成る程、じゃあセイバーはその国を滅ばした張本人というわけだ。

「自分の手で倒したかったってことか?」

弔い合戦が目的ならその表情も理解できる。

「いや、ちょっと話してみたくて」

「?、話してどうするんだ?」

「解らない、どうしてセイバーに、じゃないアーサーに反逆したのか聞いてみたいけど、簡単には教えてくれないだろうし」

どうやらアーサー王はセイバークラスとして召喚されたらしい、ややこしいな。

そしてこの男はサーヴァントの人と成りを気にするタイプのようだ。

そしてそれでうまくいったからこそ、前回の戦いを勝ち抜きこうして今生きているんだろう。

俺はその手の話をセイバーがしてこなかった。セイバーの情動を俺なんかが理解できる筈もないと考えたからだ。あるいはセイバーのマスターがこの人であったらそれも変わったのだろうか。

「そういえば聖杯戦争ってけっこうあるんだな」

それともこの男が見かけによらずお爺ちゃんなのだろうか。

「そうだよ、それを聞かなきゃいけなかったんだ」

すると衛宮は急に声をあらげる。

「でもここで話すのもな、比企谷、この後って空いてるか?」

「ああ」

「じゃあ、家に晩飯食いに来ないか?ご馳走するからさ」

確かにこの後、いやもっと後になっても特に用事は無いが、急にお呼ばれして良いのだろうか。

「俺が行ったら迷惑じゃないか?」

「大丈夫だって。桜もイリヤもそんな事思う奴じゃないし」

「遠坂って奴はいないのか?」

「今日は外で食べるってさ。最近戦果が無くて焦ってるみたいだ」

戦果がないっ、か…。今戦況はどうなっているのだろう。この町で聖杯戦争が行われている筈だが、意外にもその余波は全く届いてこない。あれだけ激しい戦いが毎夜行われているというのにだ。

「桜はおっぱい大きいし、イリヤはかわいいぞ」

「そうか、しょうがないな」

女の子目当てでいくのではない話を聞きにいくだけだ。ハチマンウソツカナイ。

俺は一度家に帰ってから衛宮の家に向かった。

その途中、雑談がてら魔術教会の事とかを聞いた。

「ついたぞ」

そこはどこにでもあるような一軒家だった。

「お兄ちゃん、お帰りなさい!」

「ただいま、イリヤ」

中に入ると銀色の髪をたなびかせる可憐な少女が出迎えてくれた。

この子がイリヤか、確かにこの世のものとは思えないいかわいさだ。小町がいなかったら危うく犯罪者になっていたところだ。

しかし俺の存在を確認した少女はその綺麗な瞳に剣呑な色をにじませる。平たくいうとにらんできた。

「誰?こいつ」

そしてこの言いぐさである。

「比企谷だよ、前話した少年A、スーパーで会ったんだ」

なんだ少年Aって。俺の存在感の無さを揶揄ってんのか。

「私の結界に反応がなかったんだけど」

「そうなのか?」

そんなもの張ってあったのか、ていうかこの子も魔術師だったのか。

「なんかそういう体質らしいぞ」

俺は家に上がるとリビングに通された。

そこには淡く紫がかった黒髪の女性がいた。確かに服の上からでもわかる豊かな膨らみが目を奪う。

こんな人達と一つ屋根の下で暮らしているとか、衛宮は爆発しろと思いましたマル。

「先輩のお客様ですか?すみませんお出迎えできなくて…」

「いえ、お構い無く」

こんな俺にまで丁寧に接してくれるとかこの人は天使か。いかんいかん、俺には戸塚がいるんだ。

手のひらに戸塚を描いて10回飲み込む。なんとか平常を保つことができた。

「桜、晩飯作るから手伝ってくれ」

「あ、はい」

女性は勢いよく立ち上がる。女性の胸についたボールも弾む。

俺の心もいっしょに弾んだ。すまない戸塚、万乳引力には逆らえない!

二人が台所に消え、俺は銀髪の少女――イリヤと二人きりになってしまう。

その少女は何やら一生懸命、折り紙を折っていた。

その姿はノスタルジックを刺激されなんとも癒される。

特にすることもないのでそれを眺めている事にする。

すると手本が載った本を見ながらもくもくと折り進めていた手が止まってしまう。

本を唸りながら凝視し、再び紙に向かうものの手が進むことはない。

そういうことか。

「貸してみろ」

俺が手を伸ばすと本と中途半端に折られた紙をこっちに渡してくる。

ふむ、これならなんとかなりそうだ。

俺は変なシワが依らないよう細心の注意を払って紙を折っていく。

イリヤはそれを黙って見ていた。

工程を一つ進めると少女にそれを返す。

少女はそれを最後まで折りきった。

手元を見るとイルカができていた。

「何でそんなもん折ってたんだ?」

「暇だったから」

あー、あるよな、てきとうに始めたらいつの間にか熱中してるやつ。

「これあげるわ」

「良いのか?」

「ええ、魔術師の基本は等価交換だもの」

まあ、少女からの贈り物だ、断る理由もない。

するとイリヤは立ち上がって俺の頭をぺたぺたさわり始める。

「な、なんだ?」

「ほんとに魔術は素人なのね。しょうがないから洗脳するのはやめてあげるわ」

洗脳!?そんな事考えてたのかよ。

可憐な少女から突如飛び出した物騒な言葉に俺は面食らってしまう。

「素人とかわかるものなのか?」

「ええ、魔術に対して免疫がないから。よくこれで今まで生き残って――」

するとイリヤの声は途切れてしまう。その顔は頭の上なのでよくわからないが、ハゲでもあったのだろうか…。

「私やサクラと同じ…ううん、ちょっと違う…」

「イリヤ、比企谷をいじめちゃダメだぞ」

衛宮が台所から姿を現す。どうやら晩餐の支度が整ったようだ。

「むー、いじめてないもん!シロウが遊んでくれないからじゃない!」

「しょうがないだろ、聖杯戦争中なんだから」

衛宮の言葉を聞いてそっぽを向くイリヤ。それを見て苦笑いする衛宮。

少女の扱いに苦戦しているようである。

「晩御飯ができましたよー」

続いて間桐さんもエプロン姿で登場する。うんこれはいいですね。八万点をあげたい!

「えへへ、今日はお客さんがいるので頑張っちゃいました!」

守りたい、この笑顔。危うく告白して失恋するところだった。とても気まずくなっていただろう。己の自制心を誉めてあげたい。

その後テーブルに今日のご馳走が並べられる。

メニューはなんと自家製のお好み焼きだった。

しばしその味を堪能する。

箸で切っても断面が潰れないその弾力。柔らかい噛みごたえながらも、お焦げや中に散りばめられた具材がアクセントを加える。

野菜の甘味とソースの辛味が混ざりあい、時おり見つかる豚肉の旨味は食卓を至高の一時へと押し上げた。

要するにとてもうまかった。

「そろそろ話をはじめてもいいか?」

食事が一段落したところで衛宮がそうきり出してきた。

「ああ」

そうだった、今日ここに来た目的はこっちだった。

「まず、比企谷は聖杯戦争についてどこまで知ってるんだ?」

「基本的なルールだけだな、仕組みとかその辺は知らない」

説明されても解らないだろうが。

「それはあの雪ノ下って子に聞いたのか?」

「ああ」

「そうか…」

すると衛宮は黙りこくってしまう。その間俺は食後のお茶をすする。

「比企谷、実は今回の聖杯戦争はいつもとはだいぶ違うんだ」

視線で先を促す。

「前回から二年しか経っていない、最短でも10年は必要なのにだ。それに場所も、元々は冬木ってとこで行われていた」

成る程、確かにそれは違うな。だが。

「それのどこが問題なんだ?」

「え?」

そもそもが聖杯戦争なんてものが開かれていること自体が俺にとっては異常なのだ。それくらいの違いが何を意味するのか、魔術に疎い俺にはよく解らない。

「あれ?何が問題なんだっけ?」

すると衛宮がそんな事を言い出す。おいおい、大丈夫か?

「それ自体は問題じゃないわ、聖杯が汚染されて大量殺戮兵器に成ってるのが問題なのよ」

そんな衛宮をみかねてイリヤが助け船を出してくれる。

それを聞いたとたん俺の体にいいえぬ不安のようなものが押し寄せてきた。

別に聖杯なんてものを信じていたわけではない。しかしその姿が見えないからこそ、俺は心の何処かで、有るのかもしれないと思っていたんだろう。それをこの時実感した。

俺の脳裏に映っていたのは、人が多量に殺されるかもしれないことではなく、今もその汚れた聖杯を求めて戦っているであろう二人の姿だった。

「ありがとう、イリヤ。ここからが本題なんだが、俺達はその犯人が雪ノ下なんじゃないかと思ってるんだ」

「雪ノ下が?」

「ああ、妹さんの事じゃなくて家族がって意味だけど」

「どうしてだ?」

「ここ千葉に古くから居る力を持った魔術師で、後、他のマスターに比べるとってとこだけど…」

セイバーの俺、アーチャーの衛宮の仲間、ランサーの一色は除外していいだろう。残るはアサシンの雪ノ下、バーサーカー、ライダー、キャスターのマスターはわからないが、内一つは葉山でキャスターは雪ノ下陽乃を名乗っている…。

確定とは言えないが、怪しむには充分すぎる手札だろう。

「確かに怪しいな」

「ああ、それで妹さんに何か気になるところとかなかったか?」

言われてこれまでの戦いの記憶を遡る。

「少なくとも雪ノ下はその件には関わっていない。もしそうなら俺にルールを教えたりするのは非効率だ」

決闘を受け入れたり、買い物に行ったり、俺の体質を解明したり矛盾する事がありすぎる。

俺は内心ほっとしている自分に驚いた。

「そうか、妹さんには知らされていないのか?」

「もしかしたら、聖杯が汚染されていること自体知らないって可能性もあるわ」

だとすれば素直に話せば解決するのかもしれない。しかしデパートで会った姉の雪ノ下陽乃さんの事を思い出す。あの人がその事を知らないとはどうも思えない。だが人類の滅亡を願っているとも思えない。いったいこの事件の犯人は何を企んでいるのか。

「汚染を除く方法が発見されたっていう可能性は無いのか?」

「無いとは言えないけれど難しいんじゃないかしら?今も聖杯は汚染されたままだし、残された時間であのレベルの呪いを解くのはそれこそ聖杯位の礼装が必要よ」

成る程、聖杯を使って聖杯を手にいれたのでは本末転倒だ。

「なあ、比企谷…妹さんとも話せないかな?」

「雪ノ下と…?」

「何にせよ強い味方になってくれるんじゃないか?」

強い味方か、確かに雪ノ下の能力は桁外れではあるが…。

「実は今日遠坂が妹さんと決着をつけるって言ってたから場所もわかるかもしれない」

連絡手段も用意されてるわけか。

「一つ問題がある」

「なんだ?」

「俺から奪ったセイバーを雪ノ下は使ってるんだ」

「え」

衛宮の額からはダラダラと汗が吹き出していた。

「ま、まあ、なんとかなるさ」

ほんとかよ。

「わかった」

「よし、それじゃあさっそく遠坂に電話してみる」

衛宮はケータイを取り出すとバーサーカーと戦った時のように電話をかけ始めた。

プルルルルル、プルルルルル。

「あの、先輩?」

「悪い桜、遠坂に電話してるから後にしてくれ」

プルルルルル、プルルルルル。

「それが…、ですね…」

間桐さんがポケットからおもむろに何かを取り出す。

「部屋を掃除してたら…」

その手には誰かからの着信を告げるケータイがあった。

プルルルルル、プルルルルル、ガチャ。

《もしもし、先輩?》

「と、遠坂~~~!」

その後、俺達は町をかけずり回った。

 

 

 

 

 



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閑話 とある埠頭の邂逅記

interlude 10-1

 

外気はそれほど冷えてはいないが、風が吹けば肌を刺す、そんな5月の夜。

町はそんな冷気を吹き飛ばすかのように喧騒で溢れていた。

それは、過ぎ行く一日を惜しむかのように。

時刻はまだ10時台、騒がしさに酔う彼らが夢から覚めるまではいま少し時間がかかるだろう。

そんな中颯爽と歩く一人の女性がいた。

薄手の赤いコートを羽織り、長い黒髪は人房だけ束ねられその他は自然に下ろされている。風にたなびくと宝石のようにキラキラと瞬いた。

胸元には金色に輝る十字のネックレスが揺れている。

ともすれば回りにうろつく酔っ払いに絡まれてしまいそうだが、彼女の高貴さにあてられ酔いが醒めるのかただ手を振り、彼女がにこやかに振り返すという光景が続いていた。

だが実際彼女は一人ではなかった。

「あまり回りを見回していると不審がられるぞ、凛」

聖杯戦争という殺し合いに参加しているマスターの一人である彼女の傍らには、今も使い魔のサーヴァントがその身を護衛している。

周囲の目に写らないのは彼が霊体化しているからである。

前回と同じアーチャーのクラスとして召喚された自らの主に釘を刺す。

「ああ、ごめん。こういうとこあまり来たことなかったから」

前回と違い時計塔の魔術師として参加している遠坂凛は自らの不手際を詫びた。

成る程っとアーチャーは首肯する。体はないのでそういうイメージだが。

大人びた彼女だがその年はまだ20にみたない。特に魔術師、それも一つの土地のオーナーとなると自らの土地を離れることは滅多にないだろう。魔術と土地の親和性は高い。ゆえにそれを極めようとすると、ひっきょう、引きこもりがちに為る。

立場上そういった輩を相手にすることもあるアーチャーはそんなことを思い出した。

「そうか、だが程々にしておけよ」

「わかってる」

目立つということは敵を引き寄せるということにもなる。それは望むところだ。

一人前の大人に片足を踏み込んだ少女は不敵に笑うのだった。

それからもう少し歩いて静かな埠頭へとやって来た。

聖杯戦争にはもってこいの場所だが、そこらじゅうを電子の目が監視していることを科学に疎い魔術師の一人である彼女でも知っている。

無論、多少の油断はご愛敬だ。

「どう?サーヴァントの気配、ある?」

「いや、特には」

手がかりがないのでとりあえず人気の無いところを順番に回っているのだ、そう簡単に見つかるとは思っていない。

そう思って振り返った時だった。

雲の合間から差す月明かりの中に一人の侍が立っていた。

この時代にこんなところであんな奇抜な格好をしている人はいない。

それもあるが遠坂凛は目の前の男に見覚えがあった。

月明かりが身の丈程もある長刀に反射している。

昔話にでも出てきそうなその袴姿。

いや、実際に彼は昔の日本で生活していたのだ。

その名は佐々木小次郎。

前回の聖杯戦争でキャスターのルール違反により召喚されたアサシンだ。

その彼が何故今回も喚ばれているのか。もしかしたら前回の事で何らかの縁ができたのだろうか。

しかしそのアサシンには一つだけ記憶と違う所があった。

それは彼の隣にぼやっと見える彼のステータス。

サーヴァントの能力は契約したマスターに左右される。

前回のキャスターはケチな魔術師らしくギリギリの魔力しか与えていなかった。

今回は優秀なマスターに巡り会えたのだろう。

もはやアサシンであることが疑わしい数値だ。

「あら、貴方一人?マスターは臆病風にでも吹かれたのかしら?」

けれど遠坂凛はその脅意をおくびにも出さない。

常に余裕をもって優雅たれ。

それが彼女の家の家訓であるからだ。

「心外ね、そもそも弱点であるマスターはあまり前にでない方が理にかなうと思うのだけれど?」

そう言いながらアサシンのマスターだと思われる人物はアサシンの背後から姿を見せる。

長い艶やかな黒髪を途中で纏めた高校生程の女の子だった。

けれど油断はできない。

魔術師としての上限はほとんどの場合産まれたときに決まっている。

研鑽とはつまりそれをどれだけ形にできるかでしかない。

何より他でもない自分自身が二年前は彼女の立場だったのだから。

「そういう貴方のサーヴァントはどうしたのかしら?」

「心配御無用、もういるから」

彼女の声が響くのを越えて、背後から矢が飛来した。

アサシンはその刀で矢を叩き落とす。

本来なら決定打になってもおかしくないタイミングだったが侍は涼しい顔でやってのける。

しかしそれと同じものが2本、3本と続けざまに強襲する。さしものアサシンも防戦一方である。

「これはアーチャー?」

「御明察」

彼女は涼やかに答えるが事はそう容易ではない。

アーチャーの姿はここから確認することはできない。そうとう遠い位置から狙っているということだ。

遠距離戦を唯一得意とするアーチャーの戦法としては何よりだろう。

だが此度の戦いの最大の弱点はマスターなのだ。

これではいざというときマスターを守れない。

この主従はあべこべなのである。

よほど腕に自信があるのか。

それとも何かの罠なのか。

人は理由を求める生き物だ。

それは科学でも魔術でも変わらない。その研鑽の末に今がある。

しかしそれも踏み込むだけの自由と覚悟があればの話。

その点において雪ノ下雪乃に死角は無かった。

「アサシン、行きなさい」

雪ノ下雪乃はあえて藪をつつきにいく。鬼が出ようと、邪が出ようと構わない。返り討ちにしてやると

彼女の瞳は火がついたように揺れていた。

指示を聞いたアサシンがその場を飛び出す。

無論、常人からすれば息も吐けぬ程の飛来する矢の隙間。

けれど最速のクラスであるランサーに比肩する俊敏性を持つ彼は易々とその包囲網から脱出した。

「さてと、こっちもそろそろ始めようかしら?」

遠坂凛は指を鳴らしながら開戦を誘う。

実は今の少女の判断に少し心引かれていた。

「いつでもどうぞ」

対して雪ノ下雪乃は涼やかに、すらりと立ち尽くしたまま返答するがその瞳は揺らいだままだ。

できれば今すぐにでも始めたいところだがまずはしっかりと役割を果たさねばならない。

「ところで貴方が聖杯に託す願いは何?」

目の前の少女は少しいぶかしんだ後。

「特にないけれど、目の前に戦いがあるからといって避ける必要はないでしょ?」

それは不明瞭だったけれど、彼女には納得のいくものだった。

「そ、なら、楽しい戦いにしましょう」

それを開戦の合図とし、手始めに数発ガンドを撃ち込んだ。

少女はそれを軽くかわす。

身のこなしは上々、なら。

今度は呪いの砲弾を四方八方にばら蒔いた。

それに遅れて少女の伸ばした腕から魔力の波が出現する。

バババババババババンッ!!

エネルギーを持った魔力同士が衝突する。

この子、なんて魔力コントロールなの!?

放たれた波の一つ一つは薄く、それ一枚では何の意味もない。いや何枚あったところで遠坂凛の砲撃じみたガンドはそれを貫くだろう。それに威力が弱まろうと当たれば呪い自体に影響はない。

けれど少女が発した波は一枚の布ではなく、小さな粒の集合体なのだ。

それがガンドと衝突するすると弾けて他のガンドを追撃する。

つまりガンド同士がぶつかるのと同じ現象を起こしているのだ。

それが薄い波を何倍にも厚くしている。

あじなまねを、ならこれでどう!!

今度はガンドを一直線に並べて発射する。これなら粒が別のガンドに当たることはない。

さながらガンドビームである。

しかし範囲攻撃の優位性を捨て去ったため、容易にかわされてしまう。

しまった、これじゃあ最初と一緒じゃない。

同じミスをやらかすなんて、なんて失態。

遠坂凛は一時、その手を止める。

「来ないならこっちから行くわ!」

こちらの攻撃はいなされたのだ、向こうにも同じようにして返してやりたいところ。

少女の腕が優雅に空中を舞うと氷の剣が出現した。

それも8つ。剣は鋭い切っ先を向けるとそのまま向かってきた。

遠坂凛は懐から赤い宝石を取り出すと正面に投げ捨てた。

Gben Sie(燃えろ)!」

宝石は一瞬瞬くと熱エネルギーを発し、瞬く間に燃え盛る豪火へと姿を変えた。

それに無防備にも突っ込んだ氷剣達は一瞬で霧散してしまう。

しかし直後、今度は土気色の剣が炎を切り裂いて向かってきた。

それをぎりぎりで避けながら彼女の魔術を考察する。

水属性の氷と、土属性の岩。少なくとも二つの適性を持っているということか。

それに自然素材を純粋に加工した武器。それは自然干渉と物体干渉、魔術の二大基礎を高いレベルで修得しているという事だ。

まあ、アサシンのステータスを見た時点で彼女の能力の高さは把握している。

燃え盛る炎によって向こうにはこちらが見えていないはず。

なら奇襲のチャンスだ。

思考が決着するやいなや、遠坂凛は前方へ駆け出す。

あらかじめ指の間に宝石をセットしておく。

炎の脇を掠めるように通り過ぎた。

直後、視界全体を少女の体が覆った。

その顔は驚きに目が見開かれている。

おそらく自分も似たような顔をしていただろう。

何の事はない。お互いに同じことを考えただけだ。

「破っ!」

走った勢いのまま掌ていを突き込む。

少女は体を捻ってかわしそのまま回し蹴りを放つ。

それをしゃがんでかわし、正面にある軸足を崩そうと低空姿勢のまま蹴りをうつ。

みごとヒットし、少女はバランスを崩した。

チャンス!

立ち上がると渾身の双ていを放った。

しかし少女は左手だけで体重を支えると、逆立ちのまま腰を捻ってこちらの攻撃に蹴りを合わせてくる。

しかしそのまま攻撃を繰り返す。

いくら彼女でも逆立ちのまま凌ぎきれる筈がない。

案の定、少女は無理矢理、連撃の隙間を縫って飛び上がる。

着地の隙を狙って再び渾身の一撃をみまった。

「え?」

けれど直後、視界が横転する。

重力を無視して夜の埠頭が舞い上がる。

違う逆だ、自分の方が跳ねたのだ。

自らの意思とは裏腹に遠坂凛は泳ぐように空中を舞った。

そのままコンクリートに激突する。

「くううっ」

頭が明滅する。

感触は無かった。驚くことに少女は触れることなく人間を投げ飛ばしたのだ。

すぐさま追撃が来るはずだ。遠坂凛は祈るように立ち上がった。

しかし思ったような攻撃は来ない。前方を確認すると、自分と少女の間に数本、矢がささっていた。

どうやらお節介なパートナーに助けられたらしい。

「ありがとう、アーチャー」

「二度は無いぞ、くっ」

どうやらこっちを助けた替わりに向こうはアサシンに追い付かれたらしい。

改めて確信する。少女は強い。こちらは単純な戦いではないので、できれば後でマスターと話をできるよう若干手を抜いているのだが、それでこの有り様だ。

しかしこの少女なら本気を出しても大丈夫だろう。

そう思い彼女を見据え、その変化に気がついた。

「はあ、はあ、はあ」

少女は膝に手をつき、その呼吸は乱れに乱れていた。

それもそうだろう彼女の体力はこの時点でつきかけていた。

ふーん、弱点は体力だった訳か。

遠坂凛はその顔に悪魔の微笑を浮かべる。

心肺機能は才能では補えない。

一時は追い詰められたがこれで形勢逆転。

さてどうしてやろうかとにじり寄ったときだった。

プルルルルル。

何よ、こんなときに!?

音の出所はわかっている。内ポケットの簡易型携帯電話である。これが簡易型だと認めたくはないが。

だが今は戦闘中だ。出るわけにもいかない。

「鳴って…はあ、いるようだけれど…はあ、良いのかしら…?」

汗でぐっしょりになりながらそんなことを言ってくる少女。

けれど確かにこれにかけてくるのは今がどんな時か知っているもののみ、つまりそれを踏まえても連絡をとりたいということだ。

遠坂凛はおっかなびっくりそれを取り出すと画面を開いた。

そこにはいくつかの記号と《衛宮 士郎》という文字が書かれている。

ええっと、これを押せば良いのよね?

それに触れると画面が変わり、一緒に音が聞こえてきた。

《遠坂?!理由は〰〰〰》

「はあ!?こっちも戦闘中だっての、自分で何とかしなさい!」

ケータイの電源を切る。あの男はまた厄介事に首を突っ込んだらしい。家で待ってろって言ったのに。

まあそれを聞かない奴だって事はわかってたし、わかった上で一緒に居るのだが。

さて、と現状を確認する。

マスターの戦いはこちらが有利だ。けれど少女の才能は本物、どんな秘策があってもおかしくない。

サーヴァントの方はいつ負けてもおかしくない。

アサシンには例の剣技があるからだ。

以上の事を踏まえ遠坂凛は判断をくだす。

「悪いけど用事ができたわ、この勝負預けといてくれないかしら?」

「残念だけど…それは無理…ね」

断られたか、まあ無理もないわね。近距離しか戦えないアサシンにとってアーチャーは天敵だもの。

Punktre(灯れ)!」

近接戦が始まる前に驚いて落とした宝石は少女の目先に転がっていた。

呪文を起点に魔力を解放した宝石は目映いばかりの輝きを放った。

それに目を焼かれた少女の視界は一時何も写らなくなる。

そこから回復した彼女が埠頭を見つめた時には、そこに遠坂凛の姿はなかった。

 

interlude out

 

interlude 10-1

 

プルルルルル、プルルルルル、プルルルルル、プルルルルル、ツー、発信音の後にメッセージを残してください。ピー。

《私だ。面倒なのでこのまま話す、折り返しはいらない。調査の結果、雪ノ下は200年程前は時計塔に在籍していたことがわかった。とはいっても魔術師としてではなくその補佐、土地に流れる魔力の流れや量といったものを観測する仕事を担っていた。根元を目指すことが命題となる魔術師としては珍しい家系だな。まあそれが彼らなりの根元のめざし方だったのかもしれんが。

とはいえ珍しいのは確かだ。それなりに重宝されたらしい。記録の中での話だが。

それが200年前、突如自ら籍を外している。まあ、聖杯戦争が始まった時期に重なっているから何かあったんだろう。こっちでわかるのはここまでだ。健闘を祈る》ツーツー。

 

 

 

 

 



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やがて二人の贋作は交錯する

interlude 11-1

 

時刻は午後11時を回ったところ。

誰もいなくなった公園で施設の一部であるスタジアムの証明だけが静かにグラウンドを写し出していた。

そこで向かい合う二組の魔術師とサーヴァント。

今日で戦いは九日目、互いにここで決着をつけるつもりだ。

「随分良い場所を見繕ってくれたのね」

四方をスタンドで囲まれた人工的な盆地。既に人払いは済んでいる。

「別に大した事では無いわ、思いきり戦える場所が少ないだけよ」

「へーすごいやる気じゃない。サーヴァントも前とは違うみたいだし」

四日前に戦った時はアサシン、佐々木小次郎を従えていた筈だが、今は例の少年のセイバーに変わっている。

そのステータスはアサシン同様限界まで引き上げられていて、彼女が今のマスターである、まごうことなき証拠である。

では、少年の方はどうなったのか?

サーヴァントを交換した?であれば今ここにアサシンが気配を消して隠れている可能性もある。

あの決闘がどういう結果をもたらしたのか、キャスターに邪魔された私達は知る由もない。

「貴方のマスターは目付きの悪い男の子だったわよね。まさか寝返ったのかしら?」

危うく、さすが反逆の騎士、と言いそうになるが踏みとどまった。下手に暴れられたら困る。

「御託はいい、さっさと始めろよ」

そういうとセイバーは剣を構える。

どうやら向こうに会話の余地はないらしい。

「アーチャー」

まあ、いいわ。セイバー相手に様子見はできないし、いざとなれば令呪もある。

「作戦通りよ」

「了解した」

「オラアアア!」

気合いの雄叫びとともにセイバーが猛スピードで突っ込んでくる。

それを、アーチャーも前進して迎え撃った。

凄まじい衝撃がグラウンドを駆け抜ける。

その破壊力にアーチャーも上半身がのけぞっている。

「――――――I am the born of my sword(体は剣でできている)!!」

次の瞬間二人のサーヴァントを炎が包み込み、そしてその後、消失した。

「これは!?」

「やっと二人きりになれたわね雪ノ下さん?」

雪ノ下雪乃はその整った顔を驚きに曇らせる。

突然二人が消え去ったことに、ではない。

その現象、そして直前にアーチャーが投影した白黒一対の剣。

それは比企谷八幡が話したとある青年のものではなかったか。

雪ノ下雪乃は瞬時に正解に辿り着く。何故ならそういった英雄を既に見ていたから。実の姉、雪ノ下陽乃がそうであったから。

だとすればセイバーがまずい。だが例え令呪で呼び戻しても同じようにまた飛ばされるだけだろう。

今は彼女を信じるしかない。しかし雪ノ下雪乃の中にセイバーを信じるに足る理由はなかった。

「それで優位にたったつもりかしら?貴方もサーヴァントを失っているのに」

雪ノ下雪乃は動揺を隠して気丈に振る舞う。

「ええそうね、だけどそれで充分!」

だがそれは遠坂凛の前では何の意味も無かった。

このチャンスに襲ってこないって事はアサシンはいない。

魔術で強化した脚力で一瞬の内にグラウンドを駆ける。

体力が弱点なのを私が知っているのは向こうも承知のはず。

ならば雪ノ下雪乃の攻撃は全て短期決戦、一撃決殺の大技だのみ。

それを受けきれば私の勝ち、できなければ貴方の勝ち!

それを見た少女も動き出す。それは少しの無駄もなく、水が流れるような流麗な動き。

直後、天空から雷が落ちてきた。

遠坂凛はポケットからオレンジ色の宝石を取り出すと無造作に放り投げる。

宝石は一瞬、瞬いた後巨大な岩石へと姿を変えた。

それらが衝突し岩は塵に、雷は霧へと返る。

その後も次々に襲い来る自然災害を宝石を惜しみ無く使い突破していく。

スタジアムの中は地獄絵図と化す。

マグマの川が流れ、氷の剣山がそびえたち、燃える竜巻が徘徊している。数秒ごとに吹雪と熱風が入れ替わり、空からは絶えず様々な天候が猛威をふるっていた。

遠坂凛はそれらをいなしながら驚嘆する。戦闘が始まる前に周辺の魔術的仕掛けはあらかた潰しておいた。にもかかわらずこれだけの種類と規模の魔術を行使できるなんて。

それらをいまのところ退けている宝石魔術はあらかじめ加工して魔力を封じ込めなければならない。

しかし目の前の少女は何の準備もなくそれと同等以上の事をしているのだ。

キャスターの言っていたことを思い出す。自分のいる場所が自分の結界。

この少女も同じことができるというのか?

だとしても立ち止まる訳にはいかない。

認めよう、彼女は自分より上だ。

遠坂凛はポケットから一年で一つしかできないとっておきの片割れを取り出した。

彼女は自分より上だ。

ただし、二年前の。

それを放り投げると魔力を通しそれを起動させる。

Springe(跳べ)!」

「!?」

グラウンド内は激しい光に包まれた。

雪ノ下雪乃は前回の教訓をいかしその瞳に遮光魔術を施している。

しかしその姿を視認することはできなかった。

遠坂凛の姿は消えた。

そして雪ノ下雪乃の正面に突如現れた。

「?!」

「ハアアアアア」

その掌を突き込む。強化された右腕が少女の体に捩じ込まれる。

「アッ、アッ」

「セイヤアアア」

そして鍛えられた渾身の回し蹴りが彼女の首をとらえた。

押し付けられた力のままに転がっていく少女。

それはスタジアムの外周に激突してようやく止まった。

「勝負ありね」

遠坂凛は振り上げた左足を下ろしそう口にする。

そのままゆっくりと少女のもとに向かって歩く始めた。

遠坂凛が使用したのは空間転移の魔術だ。とっておきの宝石を使用することでそれを可能にした。

「誇っていいわよ、本当はサーヴァントに使う筈だったんだから」

遠坂凛は既に勝利を確信している。

その思惑通り、雪ノ下雪乃はピクリとも動かない。

しかしその背後を一丁のライフルが狙っていた。

 

interlude out

 

interlude 11-2

 

「てめえ、これはどういう事だ?」

「質問の意味がわからないな」

すかした態度にいっそうイライラが増す。

けれどそれが疑問の種を増やしているのも事実だった。

目の前に広がるのはバーサーカーとの戦いの日に見た荒野だ。

色の抜けた空に歯車が回っているなど多少の違いはあるが、つきたった無数の刃達が間違いなくあそこと同じものだと示している。

つまりここにも存在するのだ、我が麗しき王の剣の贋作が。そして目の前にいる男がそれを作り弄んでいる張本人。

だがそいつは依然見た男とは別人だ。だがこんなことができるやつが二人といるとは思えない。ならばこれは何を意味しているのか。

「――――――イーヒッヒッヒッヒ、フッフッフ、アーハハハハハ!!」

突然笑いだしたセイバーをアーチャーは憮然と見つめる。

「成る程ねー、そーいうことか、ふっ」

「何がそんなにもおかしい?」

アーチャーが問いかけるとセイバーはにやけた表情のまま返事をする。

「そりゃ笑えるだろ、あの赤髪が将来お前みたいになっちまうんだからよ」

アーチャーはセイバーが突然笑いだした理由に思い至り顔をしかめた。

「しかも過去の自分とこに呼び出されてこき使われるとかお前も災難だな」

「楽しんでいるところ悪いが悠長にしている暇があるのか?貴様のマスターは持久力に問題がある筈だが?」

それは初耳だったがセイバーは特に気にも留めない。

セイバーは正面に向き直り剣を構える。

「安心しろよ、どのみちてめぇはオレがぶっ殺してやる」

笑い転げて多少はスッキリしたのの、目の前の男が聖杯に求める程の物を劣化品にしていいように扱っていることにかわりはない。

吐き捨てるとセイバーは突進する。

それに対しアーチャーが右手を上げると、周囲の剣が音もなく一斉に浮遊した。

次の瞬間、刀剣の群れは嵐となってセイバーに群がった。

押し寄せる大小様々な刃物をセイバーは次々と叩き落としていく。

雪ノ下雪乃と契約したことでその性能は格段に上がっている。

さらに一度経験したことで、対処が容易になっていた。

「オラオラオラアア、こんなもんかあ!?!」

そのまま並み居る剣を薙ぎ倒して一目散にアーチャーへと突っ込んだ。

アーチャーも負けじと手に持つ双剣で応戦する。

前後左右、ステータスに物をいわせて攻めてくるセイバーの剣を、アーチャーは後手を踏みながらも巧みな体さばきでいなしていく。

「ち、腰抜けが!」

「どうとでも言え」

そうこうしている内に再び剣が飛来し二人の間を割る。

「うざってぇ小バエかこいつら」

しかしどの剣もセイバーの鎧にすら届かずに弾き飛ばされていく。

「はっ、こんな宝具擬きがオレに通じるかよ!」

「そうか、騎士王の贋作であるお前ならと思ったのだがな」

「ああ!?!」

弾き返した内の一つがアーチャーに飛来する。しかしアーチャーに届く前に向きを変え、再びセイバーへと向かう群れに紛れ込む。

「何か違えたか?しょせん貴様は彼女の劣化コピーでしかない」

あんのすかしやろう、待て、今なんて言った?

「てめえ、何故アーサーが女だと知ってる?」

この時代の文献を見たが、アーサーは男だとされていたはずだ。

「知れたことだ、私は聖杯戦争で彼女に会っている。彼女の剣を投影できるのはその為だ、こんな風にな」

するとアーチャーは手元にカリバーンを呼び寄せる。

「父上の剣をてめぇなんかが使ってんじゃねええええ!!」

「やれやれ、その国を破壊したのは誰だ」

「うるせえええ!!」

セイバーは群がる剣をも構わずにアーチャーに突進する。

するとアーチャーの前に漂っていたカリバーンがセイバーめがけて飛んでいく。

それに素早く反応すると高速で飛ぶ剣の柄をガッチリとつかんだ。

その瞬間、カリバーンは『壊れた幻想』となって爆発した。

「が、あ、あ」

弾け飛ぶセイバーを数十の剣が追撃する。

しかしセイバーは無理矢理起き上がると怒りのままに暴れ狂い、それらを返り討ちにする。

「話の続きをしよう、二年前に行われた聖杯戦争で現代の私、あの男はセイバーとして彼女を召喚した」

「はっ、死後の安寧まで売り飛ばしたか。それであの完璧な王は何を望んだ?国の復興か?それともオレに消えてほしいってかあ?!」

「王の選定のやり直し」

「はあ?」

その瞬間手が止まったセイバーを無数の剣が襲った。

「がっヴぉあ、あ、あああああああ!」

しかしそれを魔力放出で吹き飛ばすと再びアーチャーに向かっていく。

「ふっざけんなああ、お前の言ってることは出鱈目だ!!」

「ならばこれはどう説明する?」

アーチャーは再びその手にカリバーンを投影した。

「やああめええろおおお!」

今度はそれを自らの手で握りセイバーに応戦する。

経験憑依―――アーサーの剣技を模倣して。

普段ならいたずらに彼女の剣をコピーしない彼も相手がモードレッドであれば別だった。

澄まし顔で飄々としているアーチャーはこの時意外にもセイバーに対して自らの過去に向けるような怒りにも似た感情を抱いていた。

例え記憶が磨耗しようと薄れることのないこの輝きを曇らせた張本人に対して、自分にそんな資格がないことはわかっていたが、それでも問いたださずにはいられなかった。

それはあの岡の再現。彼女と彼女の終わりの、そして黄金の出会いへと続く始まりの。

幾度となく二つの剣は交差した。いつのまにか周囲の剣は沈黙し、果てしない荒野に剣撃の音だけが響き渡る。

結果だけ見ると徐々にアーチャーが押されていた。

アーチャーには身を守る鎧もなく、魔力放出といったスキルもない。剣術を真似れば彼女の領域に届くわけではない。

くしくもそれはあの岡での決着と同じ。

カリバーンをクラレントが弾きアーチャーの頭蓋を叩き割ろうとする。

その時、アーチャーが持つカリバーンが目映い輝きを放った。

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!』

剣を覆っていた輝きがセイバーに向かって延びていく。

光はセイバーを貫くと荒野を縦断した。

「があああああああああああ!」

しかしそれでも決着はついていない。セイバーは魔力放出で回避と防御を試みた。

致命傷は避けたもののその脇腹には大きな穴が開いていた。

「確かに貴様は彼女と相討った、だがそれは彼女が国を愛し、滅び行く様を憂いたからだ」

「はあはあはあ」

それでもセイバーは立ち上がる。

しかしその体と心はボロボロでアーチャーの言葉が届いているかも定かではない。

「何が選定のやり直しだあ?王の統治は完璧だった。あれ以上の王などいるものか、このオレ以外はなああ!!」

そんなセイバーをアーチャーは侮蔑を込めた目で睨み付ける。

「ふん、彼女の栄光にすがるだけの紛い物が。貴様一人では何もできはしない」

「贋作野郎のてめえが言えたことか!!」

「そうだ、私も貴様と同じ彼女に幻想を抱いたものの一人。だからこそ、貴様に引導を渡すに相応しい」

アーチャーはカリバーンを消し、いつもの白と黒の双剣を投影した。贋作を研き続けてきた己の剣で目の前の敵を倒すために。

アーチャーは手に持つ剣をセイバーに向けて投げつけた。

それをセイバーはいとも容易く弾き飛ばす。

そのままアーチャーに向かい何度目かの突進を開始する。

アーチャーはもう一度双剣を投影するとセイバーを向かい討った。

やがて二つの贋作は交錯する。

セイバーの剣がアーチャーの剣を叩く。

その瞬間、セイバーの後方から、先程投げ棄てた剣の一本が飛来する。

セイバーは身に宿る直感でそれをなんとか回避する。しかし無理に体勢を変えたためバランスを崩してしまう。

その隙をアーチャーが攻め立てる。

それと同時に再び後ろから剣が飛来する。

それはアーチャーが果てしない研鑽の末に編み出した彼オリジナルの剣。

それは三つの交点が産む不可避の絶技――――――鶴翼三連。

「あああああああ」

それをセイバーはさらに体を捻ってかわす。だがもう一度アーチャーは同じ動きを繰り返す。セイバーは徐々にそのバランスを崩してく。何度目かの果てにはその首を剣が切り裂く。それは諦めを知らなかった男の、歩み続ければ何時かは届くと信じた青年の無休の剣技を。

何度目かの交錯。その刃がセイバーの首をとらえようとしたその直前。

突如セイバーの姿が消失した。

荒れ果てた荒野にアーチャー一人が立ち尽くす。

数秒後男は事の次第に思い至った。

「しまった、令呪か!?」

 

interlude out

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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黒幕は何時も高所から現れる

interlude 12-1

 

セイバーが遠坂凛の首を切り落とす寸前、アーチャーが迫る剣を弾き飛ばした。

「すまない凛、大丈夫か?」

「ありがと、アーチャー、私は平気、そっちは?」

アーチャーはセイバーを見る。体はボロボロで瞳には先程までの射ぬくようだった眼光が消えている。

「問題ない、いずれ勝負はつくだろう」

セイバーのマスター、雪ノ下雪乃は既に体力を失い、スタジアムの壁にもたれかかっている。

おそらくピンチのため令呪でセイバーを呼んだのだろう。

「貴方がスタジアムの機械を弄ってくれていて助かったわ」

遠坂凛の丁度死角になる位置に、暴発して内側から破裂した銃器が一つ落ちていた。

雪ノ下雪乃は切り札として魔術ではなく科学の力に頼った。

彼女が体力に不安が在るのを遠坂凛が知っていたように、彼女もまた魔術師達の弱点をつこうとしたのである。

もし遠坂凛一人だったら、いやそのサーヴァントが現代科学、こと兵器に関して詳しいアーチャーでなかったら、状況は変わっていたかもしれない。

「魔術礼装は壊されれば判るが、銃器はメンテナンスしなければならないからな」

傭兵経験のあるアーチャーの一日のいや、永年の長だった。

「そろそろ敗けを認めたらどうかしら?」

「まだ…敗けてない、わ」

しかしセイバーのマスターは自らの敗北を認めない。

いささか強情いや、もはやわがままの域だがこの状況では厄介だ。

どうやらセイバーを消滅させるか、右腕を切り落とさねばならないらしい。

「いいわ、アーチャー、向こうが令呪を使いきるまで固有結界を開きなさい!」

「承知した」

主の命を受けてアーチャーが前に出る。

そのとたん、またしてもセイバーの姿が消えた。

雪ノ下雪乃の右手が赤く輝きを放っている、令呪を使ったのだ。

アーチャーはとっさに後ろを向く。しかしセイバーの姿は無い。

感覚を研ぎ澄ましサーヴァントの気配を探る。

「上か!!」

それはスタジアムのはるか上空、千里眼を持つアーチャーの視界が赤黒い雷を放つセイバーの姿をとらえた。

我が麗しき(クラレント・)…』

「ちい!」

アーチャーも腕を伸ばし宝具を展開する。

父への反逆(ブラッドアーサー)!!!』

織天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!』

暗い稲妻の奔流を七つの花弁が塞き止める。

これは、どういう事だ…っっ!?

一枚、また一枚と、花弁はその輝きを失っていく。

そしてスタジアムを光が満たした。

 

………………

 

最初にバーサーカーに敗けた。神話一の怪物を前に手も足もでなかった。あろうことかあの偽物を振りかざす男と共闘までして、我が反逆の象徴である宝具まで使って、なお、そのどちらも倒すことは叶わなかった。

次にアサシンに敗けた。研きあげた剣技は全て受けられ、最後は奴の奥義に切り裂かれる寸前だった。

そして最後にアーチャーに敗けた。オレを偽物だと罵った糞野郎に、そいつが築いた剣技に。

ならいったいオレは何の為に戦っていたのか、何の為に存在するのか。

「彼女の栄光にすがるだけの紛い物が」

違う!オレがその栄光を終わらせてやったのだ。

「彼女が…滅び行く様を憂いたからだ」

五月蝿い、滅ばしたのはこのオレなんだ。

「貴様一人では何もできはしない」

五月蝿い、黙れ、五月蝿い。

「セイバー、遥か高くまで跳びなさい」

気づくと空の彼方にいた。

下方には小さくなったスタジアム。

これが最後だあの野郎を殺す最後のチャンス。

そこに渾身の宝具を炸裂させた。

暫くして宝具同士の衝突でボロボロになったスタジアムに着地する。

「アーチャー、目を覚ましなさい!」

目の前を赤い輝きが満たす。令呪だ。

「すまない凛、助かった」

「お互い様でしょ!」

アーチャーは砂ぼこりを払うと颯爽と立ち上がった。

セイバーは立ち尽くす。

その右手からは今にも剣が滑り落ちそうだった。

 

 

…………………

 

アーチャーは状況を俯瞰する。グラウンドは焼け落ち、スタンドは一部が崩壊している。

セイバーは落ちてきた後動こうとしない。

諦めたか?まあいい。既に敵は満身創痍だ、決着は着いた。

その時だ。佇むアーチャーの胸を黄金の輝きが貫いた。

「アーチャー?アーチャー!」

その胸には拳大の穴が開いていた。

アーチャーを抱く腕が再び赤い輝きを纏う。

「心配するな…、致命傷は、避けた…」

遠坂凛は自らのパートナーの無事を確認すると周囲を見回す。

今の光はセイバーではない、じゃあ、いったい何処から?

「上だ、凛…」

「!?」

アーチャーの声につられて天空を見上げる。

そこには空を覆う巨大な船が浮いていた。

船は悠々と空中散歩を続けると、スタジアムの電光掲示板の上に停止した。

するとその巨大な船から一つ人影が降りてくる。

「はぁい、皆元気してるー?」

「キャスター…」

「やっぱりあんたが黒幕だったて訳?」

雪ノ下陽乃と遠坂凛、二人の女魔術師の視線が交錯する。

しかしキャスターはまぶたを閉じふふんと微笑む。

「んー、それでも良いんだけど、今回は残念ながら違うのよねー」

キャスターが船を仰ぎ見る。

気づくと甲板には年老いた女性が車椅子に座って佇んでいた。

「母さん!?」

叫んだのは雪ノ下雪乃だ。

「貴方がキャスターのマスター?」

遠坂凛が問いかけると、魔術によるものかか細い声が聞こえてきた。

「それは勘違いよ、遠坂のマスター。今のその子にマスターはいない」

「そう、それで?何が目的な訳?言っとくけど、聖杯は汚されてるわよ」

「え?」

雪ノ下雪乃が驚きに声を漏らす。

「本当よ、雪乃ちゃん」

キャスターがそんな少女に真実を告げる。

「そんな…」

「ふふふ、ふふふ」

そんな中雪ノ下家当主の笑い声が響く。

「何が可笑しいのよ!」

「ふふふ、ごめんなさい、あまりに愚かな質問だったから」

「なんですって!」

「知っているわそんなこと、聖杯が汚れているのも、それが現れれば人類が滅ぶということも」

「ふざけないで!何の為にそんな事を!?」

しかし女性は答えない。

「母さん、いったいどういうことなの!?」

実の娘の問いかけにもその口は固く結ばれたままだ。

「ふん、まあいいわ。行ける?アーチャー!」

アーチャーの胸に開いた穴は既に埋まっている。

しかし今度はその足元を光が貫いた。

「そこを動くな、アーチャー」

突然響いた声はあまりにも聞き覚えのある、そしてここに居る筈の無い人物の声だった。

「嘘、何で!?」

その輝きを見違う筈がない、甲板に現れたのは黄金の剣を携えた騎士王その人だった。

確かにサーヴァントの枠はライダーが明らかになっていない。しかし確か彼女はセイバーの適性しかないと言っていた。

そして驚くべきはそのステータスだ。その全てが今まで見たどのサーヴァントよりも高い、それどころか全くそこが知れない。

「何よそれ!!いったいどんな、いかさま使った訳?!!」

「いかさま等ではないわ。ルールに乗っ取ったサーヴァントよ」

「ふざけんなー!そいつアーサーでしょう?こっちは前回召喚して知ってんのよ!」

「やれやれ、遠坂も没落したものね。聖杯戦争には一つの陣営にマスターが集まってしまった時に、もう七人追加でマスターを選ぶ機能があるのよ」

「な?!」

確かに自分は父から満足に聖杯戦争の話を聞けたわけではない。だがそれは魔術師として根元を目指した結果だと納得している。しているが故に反論できない。

「もう一人セイバーが居る理由はわかったわ、けどそのステータスはなんなのよ!」

記憶にある彼女のそれとは違っている。それを差し引いてもあり得ないほど規格外の数値だ。

「7人分の枠で一人を召喚したからよ。それならマスターを7人集める必要もない」

それに答えたのはキャスターの方だった。

遠坂凛の頭は既に許容範囲を越えていたが、それでも留まることがないのは彼女の矜持か。

「そこまでして私達を蹂躙したかった訳?人類を滅ぼしてまで?はっ、いかれてるわ!」

その言葉に初めて甲板の女性が表情らしい表情を見せた。それは汚物を見る侮蔑の顔。

「そうよ、全て貴方達の責。貴方達御三家が四家目である雪ノ下を陥れたから!!」

「!?」

これにはさしもの遠坂凛も黙りこんだ。

「誰だ!」

すると突然アーサーが閃光を放つ。

それは向かいの地面から壁を切り裂いた。

「姿を見せろ!次はその体を貫く!」

すると崩れた瓦礫の影から人が出てきた。

「士郎!?」

衛宮士郎は両手を上げて歩いてくる。そして遠坂凛に並ぶと声を張り上げた。

「セイバー、自分が何をしてるのかわかってるのか!!」

「ちょっと、士郎!?」

その横顔を光が駆け抜ける。

しかし構わず続ける。

「聖杯は呪われている!このままだと大変なことになる!」

「だからなんだ?」

「なっ!?」

「私はサーヴァントだ、主の命に従うのみ。次に喋れば横の女を殺す」

「…!」

衛宮士郎は歯をきしませながらも黙る。

「貴方は御三家とは関係ない、けれど邪魔をするなら殺すわよ」

ふざけるな、どうせ人類を滅ぼす気の癖に。

しかし遠坂凛を人質にとられては今は何も言えない。

「それじゃあ、今宵のメインイベントといきましょう」

甲板の女性が指を鳴らすと電光掲示板が光り始めた。

そこに映っていたのは、船の上に佇むバーサーカーだった。

「今からバーサーカーを忌々しい冬木の地で暴れさせるわ」

「なんだと!?!」

一歩踏み出すと閃光が通り抜けた。

上空を睨み付ける。船上のアーサーと目が合った。

衛宮士郎は彼女を睨み付ける。

あれは前回のセイバーとは違うものだ。どうしてそうなのかはどうでも良い。心の内に居る彼女とは別人だ。

上等だ。やってやる。このまま冬木に居る大切な人達があの怪物に殺されていくのを見てるくらいなら、今ここで…。

瞬間、遠坂凛に光が走る。

が、間一髪のところでアーチャーがそれを遮った。

「言った筈だぞ、次は無いと」

「衛宮士郎!軽率な行動は控えろ!」

くそ、動けば遠坂が、動かなければ藤ねえや町の皆が。

どうすれば良い、どうすれば良いんだ!?

それは何時もの板挟みだ。そんなことにならないよう鍛練を続けてきたというのに。

青年は届かぬ星に手を伸ばす。

その手を取るのは神か悪魔か。

世界がその渇望に目をつけたとき。

青年の視界にとある少年が飛び込んできた。

それはスタンドの下にあるスペース。船からは丁度死角になる位置に一緒に来た比企谷八幡が身振りで何かを伝えようとしていた。

大袈裟に口を開け、口パクで何かを言っている。

ランサーを行かせた!

すると電光掲示板にも人影が現れる。青い装束に紅い槍、ランサーだ。

その後掲示板はプツリと消えてしまう。

「何があったの!?」

「どうやら邪魔が入ったようです、どうしますか?マスター」

「…まあいいでしょう、バーサーカーを倒せるも者等そうはいないわ」

確かにランサーは強い、だがバーサーカーはもっと強い。それに今回のランサーは弱体化してたはずだ。

「遠坂のマスター、今日が聖杯戦争が始まって何日目だかわかる?」

「どうせ私達の認識とはずれてるんでしょ、まだ泥が吹き出してないところを見ると、11日目ってとこかしら」

「ご名答、あと二日もすれば泥が溢れ出すわ。その前にチャンスをあげる。明日の深夜12時にディスティニーランドのシャンデリア城の上空を通過する。アーサーに挑む勇気があるなら乗り込んできなさい」

そう言うと雪ノ下の頭目は船内に消えていった。

「あ…」

雪ノ下雪乃の声が切なくこだまする。

「ごめんね雪乃ちゃん、私も母さんには逆らえないから」

キャスターも船内に戻っていった。

甲板にはアーサー王だけが取り残される。

そのまま消えるかと思ったが、こちらを覗きこみ声をかけてきた。

「今日は随分と静かなのだな、モードレッド卿?」

「!?、父上…」

国を滅ぼした騎士と、滅ばされた王、二人の英雄が時代を越えて再び見つめあう。だがその二人は既に別人と言っても良いほど以前とはかけ離れていた。

「どうだ?貴公が望むなら今一度傘下に加えても構わんぞ?」

「え?」

「な!?」

「セイバー、あそこに居るのはアーサーじゃない!あいつはこんなことしない!お前もわかってるだろう!」

しかしその声は彼女には届いていない。

その手はゆっくりとしかし確実に船上に立つ欺瞞の王へと伸びていた。

 

 

 

 

 

 



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彼女は元来た道を引き返しそれぞれの道は交差する

interlude 13-1

 

かの騎士王が私を必要としている。

何よりも望んだ王がこちらに手を差し伸べてくれている。

だがあれは偽物だ、誰かが王の姿を謀った紛い物。

だが聖杯戦争を戦うなかで濁ってしまった彼女の瞳でそれを判断することはできなかった。

目の前の王が携える剣の黄金の輝きは生前見たものと変わらないから。

その表面だけをなぞったような贋作が自分自身とダブって見えたから。それを偽物だと判断できなかった。モードレッドの思考を曇らせた。

何より彼女は以前から誰かに必要とされたがっていた。

その手は少しずつ上空の船へと伸びていく。

しかしその途中、正面に以前のマスターの姿が見えると挙動は止まってしまった。

目と目が合う。

その瞳に糾弾されている気がした。

今の自分の姿を見られたくないと思った。

だがそれを振り払う。

向こうだってくそったれな人間だ。回りを見下し自分を特別な存在だと勘違いし、自らの都合のためなら平気で他者を踏み台にする。

その瞳も王とは正反対の濁り腐っている。顔つきもだらしなく、無知で非力で臆病な人間らしい人間。

オレを助けたのだって自分が生き残りたいから。楽に手放せるのなら直ぐにそれを選んだ。

だが結局のところモードレッドが彼を言い表すと、わからないという結論に至る。

彼のサーヴァントとして戦ったランサー戦、バーサーカー戦、アサシン戦。どれも思い出すたび悔しさにうち震える。己は最高の騎士では無かったのか。力も業も何一つ通用しない。

けれどそんな痛烈な記憶の端々におかしなものが紛れ込む。

それは彼の行動、それは彼自身の為ではない気がする、ではいったい誰のためだったのか?

すると元マスターが口パクで何かを伝えてくる。

そうだオレを引き留めろ。父上を倒すために、非力なお前にはオレが必要だろ?必死に、その姑息な頭でオレにお前を守らせてみろ。

そして少年からのメッセージが届いた。

――――――お前の好きにしろ。

それがいったいどう意味なのかセイバーは一瞬理解できなかった。

だが遅れて、臆面通りだと理解する。

それで何かが変わった訳ではない。

彼女はただ言葉通り彼女らしく振る舞うことにしただけ。

だがそれは間違いなく彼女に絡み付いた重い枷を取り除いた。

ならば反逆の騎士である彼女がとる行動は決まっている――――――。

 

interlude out

 

上空に浮かんでいるであろう船へと手を伸ばすセイバーが見えた。

そして彼女と目が合う。

会うのは一日ぶり。しかしその姿は記憶の彼女より弱々しく見えた。

今手を伸ばせば届くのかもしれない。決して届く筈の無かった彼女に。呼び掛ければ答えるのかも知れない。

だがそれはできない。これは罰なのだ。

モードレッドという英雄をはき違えていた自分への。

彼女が抱えていた闇に俺は気付いていた。しかしそれは怒りであって、常に強気な彼女の憤りなのだと。

それは一面では正しい、しかし別の面では間違っていた。

強さの影に弱さが隠れていた。

彼女の強さは押し付けられたものも多くある。だからこそ彼女はアンバランスな存在になってしまった。

だから俺はせめてもう好きにしろとそう伝えることしかできなかった。

もしセイバーが向こうにつけば、すうせいは決まったも同然だ。

そのまま人類は滅亡するのかもしれない。どのみちあのアーサー王には勝てないのかもしれない。

だがそれは彼女がどうこうすることじゃない。生き残りたいのなら自分達で頑張れば良いのだから。

これ以上彼女を巻き込むようなことはできなかった。

人類の未来が決まったり、決まらなかったりする一瞬。

おそらく彼女は向こうにつく、だって彼女は必要とされたがっているから、王に認めてもらいたがっているから。

 

interlude 13-2

 

そしてセイバーが王の誘いに返答する。

「モードレッド卿?」

セイバーは半端に伸ばした手で突き立ててあった剣を取った。

「父上よお、少し見ねえ内に腑抜けたみたいだな?オレは反逆の騎士モードレッド、お前の傘下には入らねえよ!」

そう言って切っ先をアーサーに突きつけた。

「貴様に父と呼ばれる筋合いはない」

そう言うとアーサーは光の粒になって消えていった。

それと同時に船が上昇を始める。

「アーチャー、バーサーカーを追え!」

「わかっている!」

すぐさまアーチャーが動く。しかしその前を塞ぐ影が現れる。

「なんだ!?」

ガシャン!

別の場所でも金属同士がぶつかる音が響く。

見るとセイバーも銀色の鎧を纏った騎士と戦っている。

「てめえ、ガウェイン!」

ガウェインって、円卓の騎士の一人の!?

「小僧、代われ!」

急にアーチャーの声が響く。

慌てて剣を投影し、アーチャーが敵を弾き飛ばしたところに割ってはいる。

アーチャーはそのまま弓を構えると矢を射出する。

すると矢は何も無いところで音を響かせて墜落していく。

その延長線上をちらと見ると。

赤い髪を風になびかせながら、奇妙な弓を構える人物がいた。

セイバーの言葉を信じるのならこいつらは円卓の騎士なのか。まさかこれがアーサーの能力なのか。

「くそっ!」

目の前の騎士と剣を合わせる。

しかし俺でも戦えるということはサーヴァントレベルの能力は与えられていないようだ。

だが。

しゅんしゅんしゅん。

周囲に新たな騎士が現れる。これでこの場にいるのは全部で6人。

こっちで戦えるのは俺とアーチャー、遠坂にセイバー…。

「ユキノオー、へこんでる場合じゃねぇぞ!」

「セ、イバー…」

妹さんが立ち上がる。ひとまずは大丈夫みたいだ。

一人少ないがこれなら持ちこたえるのは可能だろう。

だがバーサーカーを追わねばならない今は一刻を争う。

「アーチャー、なんとかならないのか!」

「…」

向こうは百戦錬磨の円卓の騎士だ。一人一人の能力はそれほどでもないがその連携力が凄まじい。

「くそっくそっ!」

結局数十分打ち合うと騎士達は消えてしまった。

アーチャーはすぐさまバーサーカーを追う。

「せーんぱーい、何処ですかー?」

するとグラウンドの入り口の方から声が聞こえてくる。

見ると高校生くらいの女の子だ。

「あ、いた」

女の子は何かを発見したようでそっちに走っていく。

そこにいたのは比企谷だった。

 

interlude out

 

「もう、いきなり呼びつけるなんてひどいです、もしかしてもう彼氏気取りですか?」

「いや、ランサー貸してくれって言っただけなんだけど…、ていうか登録名の愛しのいろはってなに?」

「先輩が簡単にケータイ渡すからです」

「なあ、比企谷、この子は?」

「ランサーのマスター」

「本当か!?ええっと、君、ランサーは今どうなってる!?」

「え、そ、それが、私もよくわからなくて…、令呪も消えちゃうし」

令呪が消えたということは、ランサーはもう。

「くそっ、遠坂!」

「アーチャー、そっちは?」

その場に緊張が走る。確か冬木というのは衛宮達の故郷だった筈だ。

「先輩、どうなってるか教えてくださいよ?」

不安そうな顔で俺を見上げ、裾を引っ張ってくる。ええい、あざとい。

しかしこの事をどう伝えたもんか。

「一色、よく聞け、ランサーは消えた」

「え?」

俺の言葉を聞いた一色の顔が固まる。

俺はランサーと交わした約束通りお願いをし、

ランサーもそれを守っただけだ。

だが確かにあのバーサーカーと一対一で戦えというのが無謀だったのはわかる。

「そう…ですか…」

一色は俺の腕に顔をうずめる。俺は何もできずに立ち尽くしていた。

「本当?!本当ね?アーチャー」

凍えるような沈黙を遠坂凛の声がかきけす。

「バーサーカーは消滅したって、たぶんランサーと相討ちで」

「本当か!」

すると衛宮がこっちに近づいてくる。

「そのままで良いから聞いてほしい、ランサーが守ってくれたのは俺の大事な故郷なんだ。本当にありがとう」

「私からも、ありがとう」

すると一色が顔を上げる。

「先輩、ランサーは、頑張ったんですか?」

「ああ、バーサーカーはとんでもない化けもんだ。俺なんか手も足も出なかったからな」

「そんなの…、当たり前じゃないですか…」

一色はそう言って微笑んだ。

「それで、一時休戦ってことで良いのかしら、セイバー?」

「さあな、マスターに聞いてくれ」

遠坂凛が雪ノ下を見る。

「それで…良いと思います」

覇気の無い声ではあるが、ここに休戦協定がなされた。

「それじゃあ、今後の予定を決めましょう」

そのまま遠坂凛が場を仕切り会議が始まる。

現在時刻は午後1時、後23時間で敵を倒す算段をたてなければならない。

「取り合えず今日は休むとして、何処か集まれる場所、少し拓けた所が良いわね。」

しかし誰も意見を言うことができない。

「冬木の家なら丁度良いけど、今からじゃな…」

衛宮の言葉に沈黙に耐えられない一色が続く。

「えと、私の家も無理、です」

それに便乗する俺。

「俺んちも無理だ」

「私の家も、…実家は何があるかわからないですし…」

「なら学校を使うといい」

するといつのまに現れたのか、平塚先生がそんな事を言い出した。

「何時から鋳たんですか?」

「ついさっきだ。戦いの後始末を雪ノ下家に頼まれていたのでな、この瓦礫の山をどうにかしないとならん」

「いや、状況わかってるんですか?」

「何となくな、なーに、子供の事情なんてわからんことの方が多い。それでも支えになってやるのが教師ってもんだろう」

先生は豪快に笑ってそういう。

やれやれ、この人には敵わないな。

「それじゃあ、使わせていただきます。事後処理は私達も手伝いますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 とある海上の死闘録

海上を猛スピードで駆ける影が一つ。影は水面を風のように走る。サーヴァントに物理法則は適用されない。

そのまま一直線に海を横断すると前を行く船に向かって大きく飛びすさぶ。そしてその船上にて佇むバーサーカーに向かって出会い頭に、挨拶代わりの一発を心臓にぶち込んだ。

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!』

「■■■」

目にも留まらぬ速さで突き出される深紅の槍を、バーサーカーは流石の反応で迎撃する。

だがランサーの一撃必殺の槍はその拳ごと狂戦士の心臓を貫いた。

ランサーはその勢いのまま槍を引き抜くとその場を離脱して船に着地する。

バーサーカーはそれを追うことはできない。当然だ、その胸は背中まで穿たれている。

しかし直ぐに穴は傷口から盛り上がるように埋まり、無味な砲口を撒き散らした。

「■■■■■■■■■!!」

「これで1、いや6か」

その直後バーサーカーの左半身が激しく燃え上がり焼失した。

人の形さえ失ったバーサーカーは大きな音をたててその場に崩れ落ちる。

それはランサーによるルーン文字を使った術式。

槍に細工を施し先の一撃でルーンを型どった棘をバーサーカーの体内に埋め込んだのだ。その数、実に5つ。

「たく、一度じゃ死なねえ奴が多くてやんなるぜ」

元々はキャスター用に考案したものだがこうして役に立った。

そうしている間にも傷を再生させたバーサーカーが立ち上がる。

「幾つ残ってるのかわからねぇが、まあ12回だと思っときゃあいいだろ」

そしてランサーは再び目の前の怪物の体内にある、自らの魔力を通した棘を起動させる。

その直前、バーサーカーが自らの腕をその体に捩じ込んだ。

「な!?」

そのまま自らの胸を引き裂くと再び膝をついた。

こいつ命一つ分で残りの4つを掻き出しやがった。

その姿はまさに狂戦士、知性と野性の間で揺れるヘラクレスの矜持が選ぶ最善の選択。

そしてまた傷を修復したバーサーカーが耳を引き裂くような雄叫びを上げた。

「■■■■■■■■■■■!!」

ランサーの額には冷や汗が流れる。だがその顔には笑みが張り付いていた。

「ようやくおもしれぇ戦いができそうだぜ。見せてやるよ、このクーフーリンって英雄の全力をな!」

その砲口は死闘を告げる金の音だった。

直後ランサーに向かって弾け飛ぶバーサーカー。

それに応じてランサーも前に出る。直後ドラム缶のような拳と深紅の槍が交差する。船は大きく軋みながら傾く。吹っ飛ばされたのはランサーの方だ。水面を飛沫を上げながら転がっていく。

対してバーサーカーの拳には傷一つついていない。もはやただの攻撃ではその鎧の体を傷つける事はできないのだ。

それでもランサーは水をつかんで止まると再び前進する。そして垂直にジャンプすると全身を反り返らせた。

突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)!!』

赤く輝く槍を全身のしなりを効かせて投合する。

ランサーの二つの宝具の内、こちらは魔力の消費量が多く素人マスターの彼女に負担がかかるので今までは使用を控えていた。

しかし今回はランサーもそんな余裕はない。

超速で飛来する槍をバーサーカーはすんでのところでかわす。しかし槍は急速にその向きを変えバーサーカーの心臓を貫く。それは折り込み済みだ。

直後船ごと周囲を吹き飛ばす爆発が起こった。

「3」

水飛沫がランサーの体を叩く。

高く上がった水柱をランサーは憮然と眺める。

バーサーカーの体は一度食らった攻撃には耐性がつく。

これでランサーの宝具は全て撃ち終わってしまった。

ランサーはスッと空中に文字を描く。

爆煙が収まる前に、砲弾と化したバーサーカーが水面を走り突っ込んできた。

ランサーも一緒になって走りながら刃をかわす。

その鋼の拳がランサーの肉を削ぎ落とす。しかし、やはりバーサーカーを傷つける事はできない。

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!!』

再び宝具を放つランサー。

「!!」

だが今度は鋼の肉体に阻まれて皮膚の前で止まってしまっている。

「■■■■■■■■!!」

そのままバーサーカーは突きだしたランサーの腕に食らいつく。上体を暴れさせ力のかぎりそれを引きちぎった。

「が、ああっ!」

両の切断面から血があふれでる。普通の人間とは違うもののそれが生命を危ぶめているのは同じだ。

しかしそれを見たランサーは獣のような笑顔を張り付かせる。

「腕の一本や二本、くれてやるよ!」

直後バーサーカーがくわえたランサーの腕が輝き出す。

そしてそこから生えたら光の剣がバーサーカーを串刺しにした。

「4」

続いて今度は腕が液状の毒となってバーサーカーの体内を焼いた。

「■■■■■■■!」

「5」

しかしその全てを修復し、バーサーカーは海面から飛び上がる。

「ちぃ、まだくたばらねぇか」

「大丈夫なの、ランサー!?」

すると頭の中にマスターの声が響いてきた。サーヴァント契約をした時に通したパスを経由するので、素人の彼女にも念話が使えるのだ。

おそらく魔力の要求が増えているのを感じたんだろう。

「ああ、ちとやべえ、かもな」

バーサーカーの攻撃を何とか凌ぐランサー。喋りながらではより困難になるが今は仕方ない。

「ど、どうするの!?」

「令呪を使え」

「な、何に!?」

「決まってんだろ、バーサーカーを貫け、だ。3つじゃねえ一つずつだぞ!」

「~っ~」

するとランサーの体が充足感に満たされる。

もう一度宝具を発動する。

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!!』

今度こそランサーの槍がバーサーカーを貫いた。

「がああ!!」

「ランサー!?ランサー!!」

だが二度に渡ってその槍の軌道を経験したバーサーカーは槍に反応するのを諦めランサーの頭部を殴り飛ばした。

そして生き返ると同時に最初と同じように体内に埋められた棘を自らの命といっしょに掻き出した。

「はあ、6、7…、大丈夫だ…」

「ランサー…」

「もう一度だ!」

「…」

そしてまたランサーの体に力がみなぎる。

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!!』

先程と全く同じ光景が繰り返される。

「あああああ!」

「■■■■■■■■!!」

同じではないのはランサーの体がもはや見る影も無いほど傷ついていること。

右腕は根本からちぎれ、顔は半分が潰れ、脇腹も抉れている。その他にも傷ついていない場所など無いほど大小様々な激闘の爪痕がランサーを蝕んでいた。

だが目に見えずともそれはバーサーカーも同じ。

「8、そんで9だぜ、デカブツ…」

ランサーはそんな状態でも笑みを絶さない。それは死闘の高揚感が痛みなど忘れさせてくれるから。

そして令呪はまだ残っている。それを使えば、10、11はいける。それだけ倒せば充分だろう。

「■■■■■■■■■!」

バーサーカーが傷を癒し何度目かの雄叫びを上げる。

ランサーも片腕で槍を構える。

次衝突すれば体がどうなるかわからない。だがバーサーカーは倒せる。あとは自分がその時立っているのかどうかだ。

絶対に立つ。ランサーは歯を軋ませて笑う。その瀬戸際の勝負にこそ命をかける価値がある。

「令呪だ!」

ランサーは叫ぶ。目の前の激闘。それ以外は全て無視して。

しかしその責で彼は忘れていた。あまりにも戦いが楽しくて。

自分の後ろを守る少女が戦いなど知らない素人であることを。

時に女性はその無意味な闘争を理解できない事を。

次の瞬間、ランサーの体は充足感に満たされる。しかしそれは今までのものとはちがう。

失われた腕は生え、顔は元の均整がとれたものに戻り、抉れた腹も復活した。全ての傷がまるで戦いなど無かったかのように修復していく。

「な!?」

ランサーのマスター一色いろはは最後の令呪を攻撃ではなくランサーの回復に使ったのだ。

だがそれは無意味である。例え傷を癒やそうと既にバーサーカーに通常の攻撃ではダメージが入らない。

しかし彼女は堪えられなかった。自らのサーヴァントが傷ついていくのを。その彼を再び死地に送り出すのを。

そんなことお構いなしにバーサーカーはランサーめがけて突っ込んでくる。

ランサーもそれに応戦する。

体力が戻ったランサーはバーサーカー相手にも遅れを取ることはない。

だがそれでもいずれは力つきる。ランサーにはバーサーカーを倒す手段がない。

既にこの勝負の結末は決まっていた。一度は全回した体力が再び底めがけて失われていく。

それでもランサーが槍を握る手を緩めることはない。

それは倒せないとされてきた怪物を倒してきた英雄の矜持。

そして自分の体をおもんばかった彼女の思いに応える為。

マスター、一色いろはは確かに戦いのたの字も知らない素人でこれまでの戦いでは怯えて閉じ籠っているだけだった。

だが今初めて自ら行動を起こし、そして臆病な彼女は決して無謀ではない。

これは信じているのだ。俺の力を。俺がこの怪物を倒し生還するのを。

ならば応えない訳にはいかない。

自らを信じる女の祈りをこの男が無視できるはずもない。

「そうだな、これは俺一人の戦いじゃなかった」

ランサーは深く息を吐き出し、戦いが始まってから一瞬たりとも絶やさなかった笑みを消し、真剣な眼差しで目の前で荒ぶる怪物を見る。

「今から俺は名も無き戦士だ。お前を倒すには俺を越えなきゃならねぇ。そして、お前を倒して再び英雄になる!」

「■■■■■■■■■!!」

バーサーカーの拳をかわし槍を突き出す。しかしどこに当たろうと全て弾かれ一ミリたりとも刺さることはない。

一度後ろにとんで距離を取る。直ぐにバーサーカーも追ってきて再び決死の間合いで対峙する。

槍と拳が撃ちあうたびに周囲には大波が生まれる。

その一撃に肉を断たせながら、ランサーは必死に探す。

あるともしれない活路を。

海上を縦横無尽に走りながら綱渡りのような攻防を続ける。

ルーンで四方を囲った罠に誘い込み、重力を操ってバーサーカーの動きを止めた。

そこに真空の刃が飛ぶ。

だが直ぐに重さの檻から脱したバーサーカーはそれを水平に薙いだ腕で吹き飛ばした。

やはりルーンに対する抵抗も上がっている。

再び二人は至近距離で殺し合う。

いや、既にそれは一方的な蹂躙でしか無かったが、それでもランサーは先程生え揃えた両の腕で槍を振るう。

その表情は危機迫るようで、まるでここで聖杯戦争が終わるまで戦い続けると覚悟を決めたようだった。

だが、ギリシア神話一の英雄であり、怪物と化したヘラクレスを前にそんな覚悟は何の意味もなかった。

直後、バーサーカーの極太の腕がランサーを正面から殴り付ける。

「が、あ、あ、あ、あああ!」

それでバランスを崩したランサーをさらにハリケーンのごとき連打が襲った。

吹っ飛ぶランサーの背後に回り込むと腕をムチのようにしならせ、ランサーの背中に痛烈な一撃をみまわす。そのまま滑り落ちたランサーをバーサーカーはさらに追撃する。

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!!』

槍が赤い輝きを放つ。だがバーサーカーの前では無意味だ。

しかしその反動を利用してランサーはバーサーカーの間合いから抜け出した。衝撃で槍は手から離れてしまったが。青い海面に沈んでいく深紅の槍。いや、もはやランサーの血で染まりそこは大きな血だまりになっていた。

それでも彼は立ち上がる。

彼女が治した体で倒れる伏すことなどあってはならない。

もはやその思いだけでランサーの体は動いていた。

「■■■■■■■■!」

バーサーカーが叫ぶ。

ランサーの手中にもう得物はない。

次の一撃が最後になるとバーサーカーは感じ取ったのだ。

「うをおおおおおおお!」

それはランサーも同じ、男は気合いの雄叫びを上げる。

直後、二人の獣は駆け出した。

鏡写しのように間合いに入った瞬間右腕を後ろに振り上げる両者。

そしてその拳を打ち合わせた。

ランサーの拳がバーサーカーの拳に抉られていく。

しかしルーンで限界まで強化された腕はそこで踏みとどまる。

「おおおおおおおおお!」

再びの砲口。

同時にランサーはその体でバーサーカーの拳を追撃した。

跳ね返るバーサーカーの拳。その延長線上にあったのは、彼自身の心臓だった。

直後大岩のような拳が鋼の体を撃ち抜いた。

そこで静止する両者。バーサーカーは息絶え、ランサーは力尽きている。

そのままランサーは祈るように時が過ぎるのを待つ。

これで10回目の絶命。これで起き上がってこられたらもう勝利は叶わないだろう。

そして永遠のような数秒の後、静寂をとある声がかきけした。

「見事だ、ランサー」

それはバーサーカーの声。

バーサーカーは消滅間際になると、その身にかけられた凶化が解け素の人格が露になる。

つまりそれはランサーの勝利を告げる鐘の音だった。

「よくぞこのような攻撃を思いついた物だ、できれば思いのかぎり貴公と技を競いたかった」

ランサーがこれを思いついたのは宝具でバーサーカーの攻撃から逃れた時、しかしヒントはあった。

バーサーカーはその腕で何度も自らを引き裂いていたのだから。

「あんたもな、令呪がなかったらわからなかったぜ」

死闘を終えた二人の戦士の会話はとても穏やかだ。

「マスターか、あの少年と少女達にも救いがあれば良いのだがな…っ!?」

しかし突然バーサーカーの顔が凶化時のような獰猛さを取り戻す。

慌ててランサーは構えようとするが体に力が入らない。

「あの女狐め、戦士の死闘を愚弄する気かっ!!」

バーサーカーが何事かを叫ぶ。

「逃げろ、ラン―――」

「!?」

直後、バーサーカーの体が爆発した。

 

 

 



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今宵も月は輝きそれを見上げる

泥やら汗やら血やらがこびりついた面々はシャワーでそれを洗い流し、服は魔術で洗い乾燥させた。

しかし男女の力量の偏りが激しく俺の下着も遠坂さんが大人の余裕で洗ってくれちょっと恥ずかしかった。

既に夜も遅く、夜の学校でお泊まりというイベントにも特に騒ぐこともなく俺達は就寝した。もちろん男女別で。

しかしいつもと違う環境でか全く寝付けず俺はフラッと部屋を後にした。

隣で寝ていた筈の衛宮も居なくなっていたがきっとトイレかなんかだろう。

夜の校内をぺたぺたと歩く。月が出ているのでそれほど暗いという訳でもない。

その光景はどこか幻想的で校舎はいつもと違って見えた。

ふと校庭を見下ろす。そこで雪ノ下に敗北しセイバーを手放した。

まだあれから三日ほどだが遠い昔のようだ。

するととある教室が目に入る。

そこでは衛宮とセイバーが何やら話し込んでいた。

あの二人は確か犬猿の仲、いやセイバーが一方的に嫌っているだけなのでそれは語弊があるが、ともかく仲直りできたらしい。衛宮もセイバーと話したがっていたので良かったと言えるだろう。

前回の聖杯戦争で衛宮はアーサー王を召喚した。そしてセイバーはその騎士王に並々ならぬ激情を抱いている。

つもる話もあるだろう。

俺はその場を後にし、校内散策を続けた。

すると暗い校舎内に不似合いな赤い外套を纏った男が現れる。

しかし浸入した不審者ではなく遠坂凛のサーヴァントアーチャーである。

「散歩か?あまり夜更かしすると明日が辛いぞ」

男は俺に気づくとそんな母ちゃんみたいなことを言ってくる。

なので俺もつられて軽口を返してしまう。

「どうせ俺は戦力にならねぇし、深夜アニメ見てりゃあこのくらいになるよ」

「アニメか、久しく見ていないな」

アーチャーはそんな事を言い出す。

そういえばこの男は未来に伝説を残す英雄だとランサーが言っていた。

久しくということは以前、見た事があるらしい。

時代はそこまで離れていないのかもしれない。

英雄という存在には未だに忌避感がある。しかし一色とランサーといったように必ずしも何らかの繋がりをもてない訳ではないのだろう。

「そういえば、君がランサーを呼んでくれたのだったな。改めて礼を言おう」

「そりゃどうも、って、何であんたが礼を言うんだ?」

するとアーチャーがどこか緊張したように固まる。

しかし直ぐにいつもの澄ました態度に戻った。

「あそこはマスターの故郷だからな…」

「律儀なもんだな…」

「そろそろ戻れ、横になっていれば次期眠れる」

そういうとアーチャーは消えてしまった。

仕方ない言われた通り部屋に戻るとするか。

俺は元来た道を引き返す。

するとセイバーが一人で教室に佇んでいた。いつのまにか衛宮はいなくなっている。

そこを通りすぎようとして、月明かりのなかそれを見上げるセイバーの横顔に気をとられて足を止めてしまう。

暫くその様子を見つめているとセイバーがこっちに振り向いた。

「何だよ」

そして声をかけてくる。

「別に…」

俺はそれをはぐらかして答える。

そのまま二人無言で見つめあった。

教室の内と外。サーヴァントと人間。男と女。

そんな隔たりなどないかのようにセイバーの瞳は俺をいぬく。

その力強さにあてられて俺は教室へと足を踏み入れた。

「何してたんだ?」

「別に、ただ月が綺麗だと思ってな」

そういえば何処かの文豪がI love youをそう訳してたなと想起する。

あいつも英霊になっているのだろうか。

「似合わねぇな」

「うるせぇ、お前さっきもそこ通っただろ」

どうやらばれていたらしい。俺はサーヴァントからは気配をよみづらいらしいのだが。

「何で声かけなかったんだよ」

「いや、かけないだろ。お前衛宮と話してたし」

その横顔はどこか晴れ晴れとしていた。

「何話してたんだ?」

「父上の話だ」

成る程だから彼女は珍しくあんな顔をしていたらしい。

衛宮は前回の聖杯戦争でアーサーを召喚した。

そして以前、自らに剣を向けるセイバーと、それでも話がしたいと言っていた。

そんなあいつだからこそ、聞ける話もあるだろう。

何はともあれセイバーが納得できたのならばそれが一番だろう。

また二人の間に沈黙が落ちる。

だがそれはいつもの苦々しいものではなく、むしろ心地よささえ感じられた。

セイバーは窓の外に輝く月を見上げている。そんな彼女の横顔はすっきりとしたものだった。

今なら答えが聞けるかもしれない。

俺は今まで気になっていた事を彼女にぶつけてみた。

「どうして向こうにつかなかったんだ?」

それはセイバーが敵のアーサーに勧誘された時の事。

俺はセイバーに好きにしろと伝えた。

それで彼女は敬愛する王の元に行くと思っていた。

だが結果はこの通りだ。

「オレは反逆の騎士だからな」

しかしセイバーはすらりとそう口にする。

「そうか」

彼女がそう言うのならこれ以上俺が追求する必要はない。

「んじゃ、俺はもう行くわ」

俺は教室を後にしようとする。

「ちょっと待て」

するとセイバーに呼び止められた。

「なんだ?」

「お前、前にオレが可愛いとかぬかしてたな」

ブッ、今さらそれを持ち出すのか…。

「いや、あれはお前の気を引くための冗談であってだな…」

そういえば、俺は衛宮を倒すために一時的に許されたのではなかったか。それが解決した今、もしかして俺を殺そうとしてるのか?

「…そんな事わかってる」

「じゃあなんなんだ…」

どうやらセイバーはもう怒ってはいないらしい。

なら彼女はいったい何を言おうとしているのか。

「じゃあ、お前はオレのこと、どう思ってるんだ…?」

今宵三度目の沈黙のとばりが降りる。

俺はそれをいいことに自分自身の心と会話をする。

何故、セイバーがそんな事を聞いてくるのかわからない。

相手の心情を深読みしてしまうのは俺の悪い癖だ。

人は嘘をつく生き物だ。時に自分自身さえだまくらかして都合のいい夢を見る。

俺はそれに何度も傷ついてきた。

だから気になってしまう。

裏があるのではないかと、見透かしてしまう。

だがふと思い出す。俺は彼女に好きにしろといった。

そして俺の予想を裏切り、精錬なる騎士王に敵対する道をとった。

恐らくそれは彼女が自分で選んだ答え、言われた通り好きにした結果なのだろう。

ならばそれを言った俺自身がそれに応えない訳にはいかないのだ。

ではいったい何を応えるのか。

かつて明治の文豪、夏目漱石は日本人らしい愛の伝えかたとして月が綺麗ですねと解した。

それは日本人の奥ゆかしさやら風情を楽しむ心なんかを表しているらしい。

それが嘘なのか、はたまた冗談だったのかはわからない。

だがどうも俺には回りくどいように思える。先程セイバーが言ったように日常でも使う言葉だ。きっと俺のようにこの逸話を知っていなければ伝わらない。

時代が違うのでしょうがないとも言えるが、明治の頃は文明開化といわれるように、今と同じくらい日本がグローバル化に邁進していた頃だろう。それを危惧していた節のある彼はわざとこんな風に訳したのかもしれない。

要はただなぞるように訳すのではなく、自分らしく伝えろということである。

なのでひねくれた俺はその言葉を少し変えて伝える事にする。

 

「お前は綺麗だよ、セイバー」

 

月が見守る静寂にそんな言葉が響く。

それがまごうこと無き俺の本心だった。

俺は彼女に憧れていた。

だって彼女はぶち壊したのだ。

例えそれが滅ぼすというやり方だったとしても。

くだらないルールを、概念を、己の手で。

例えそれが彼女のワガママだったとしても。

それで国一つ滅ぼしたのだから。

それは、本物だと言えるのかもしれない。

比企谷八幡はあくまで彼女を肯定する。好きにやれ、それが彼の答えなのだから。

だから彼は彼女を綺麗だと思った。

「…そうかよ」

セイバーはそうとだけ応えると教室を出ていってしまう。

月明かりに照らされた教室に俺一人だけが取り残される。

俺はその光に誘われて天を見上げた。

そこには灼熱に輝く太陽の光を反射して、闇夜を照らす月がある。

それを綺麗だと思うのはやはり今も昔も変わらないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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こうして彼女は英雄の扉を開く

気づくと何故か俺は縛られていた。

身動きはとれず、声を発することもできない。

最初に右目を潰された。次に喉を、次に左手を、体の一部を一つ一つ丁寧に、入念に。

俺は悲鳴をあげることもできず体は次々にその形を変化させていく。

そのまま真っ暗な部屋に閉じ込められ、長い、長い年月が流れた。

ただそれでも俺に恨みはなく、ただ疑問と、日の光への憧れだけがあった。

 

…………………

 

翌朝6時に叩き起こされ、ラジオ体操をしたと思ったら、家庭科室で料理家達が腕を奮った朝食を食べた。それはとてもうまかった。

そのまま作戦会議が始まったが誰も何も言うことなくただ時間だけが過ぎていく。

「ルールブレイカーは、使えないかな?」

最初に口を開いたのは衛宮だった。

「なんだ、ルールブレイカーって?」

「刺すと魔術を無効化できる短剣だ」

何それチートや、チーターや!

「それをアーサーか聖杯自体に刺せれば勝負ありだけど…、雪乃、大聖杯はあの船にあるのよね?」

「おそらく…」

雪ノ下の事を名前で呼ぶ遠坂さん。昨日の夜パジャマトークでもしたのだろうか。

「ならたぶん聖杯もあそこに現れるでしょうから、結局アーサーをどうにかしなきゃいけないわけか…」

毎回そこで議論はストップしてしまう。

7人分の枠を使って呼ばれた最優の騎士王アーサー。そのステータスは災害じみていたバーサーカーを悠に越える。

しかしなんとか活路を見いだせないかと遠坂さんは会議を進め続ける。

「大聖杯を見つけるまで最短でも10分、どう、アーチャー?」

「無謀だな、相手次第だが本気でこられれば1分ともつまい」

「例のパクリ世界に閉じ込めてなんとかできないのか?」

するとセイバーが口を挟む。

「無理だ、エクスカリバーといった高ランクの宝具は投影できない」

「使えねー」

アーチャーがセイバーを睨む。

何故かこの二人仲が悪いらしい。

「では、船ごと破壊してしまってはどうだろう!」

平塚先生が無謀にも果敢に意見を出す。

だがこの場にいる全員が微妙な視線を向けた。

「う、うー」

「先生、学校を貸してくださってるだけで充分ですから」

遠坂さんがそこに追い討ちをかける。

俺達は会議の前に敵のスペックについて粗方説明を受けていた。

そのステータスに特大のビームを放つ聖剣。それすら防いでしまうという鞘。未確認の宝具すら備えているらしい。こりゃ無理だな。

「私達、居る意味あるんですかね?」

「ないだろ」

一色が小声で聞いてくる。裾を引っ張るな、裾を。延びるだろうが。

するとアーチャーがよくわからないことを言い出した。

「小僧、セイバーの宝具の威力が聞いていたものと違っていたが、どういうことだ?」

「別に嘘じゃないぞ、俺も見てたけど驚いたんだ」

「そうなのか、セイバー?」

「よくわからねぇけど、お前を斬ろうとすると落ち着くんだ」

「は?」

何?こいつ、どSなの?性癖で宝具撃たれるなんてたまったもんじゃない。いやあの時は俺が撃たせたんだった、てへっ。

みんなセイバーの発言にどん引いていた。

「ええっと…、セイバーの宝具は気持ちで威力が変わるのか?」

確かにアーサー王相手なら最大限の力を発揮できるかもしれない。いや既にセイバーはアーサーへの恨みは無くなったのではなかったか。

「いんや」

しかしセイバーはこれを否定する。

「?、じゃあ何で…」

「ハチマンの中にアンリマユが居るからじゃない?」

すると夜が明けて合流したイリヤがそんな事を言い出した。

「アンリマユってゾロアスター教の最悪神のか?」

俺はイリヤにたずねる。

「この世全ての悪っていう概念よ。聖杯が汚れた原因でもある」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

すると遠坂さんが声を荒げる。

「どういうことよイリヤ?」

「別にどうもこうも無いわ。正確にはアンリマユに似た何かだけど」

「だ、か、ら、何で彼の中にそんなのが居るのよ!」

「そんなの知らないわよ、私やサクラの中にも居るじゃない」

「じゃあ比企谷君も聖杯に繋がってるってこと?」

「いいえ、それは違うわ」

「ああっもう、訳わからない!」

遠坂さんが荒ぶる。

わからないのは俺も同じだ。

「なあ衛宮、どういうことなんだ?」

「えっと、イリヤ、危険は無いんだよな?」

「そうね、力は弱いわ。たぶんたまたま持って生まれちゃったんじゃないかしら?」

「おい、雪ノ下」

「つまり貴方は生まれつきの、人類の敵って事よ、アンリ谷君」

「いやいや、イリヤや間桐さんも一緒なんだろ?」

俺はちらっとイリヤと一緒に来た間桐さんを見る。

その胸にはむしろ希望が溢れていた。

「どうしました?比企谷君」

「ああ、いえ、どの辺が一緒なのかなーって」

「汚らわしい」

雪ノ下は悪は死ねとでもいうような目で俺を睨み付ける。

ちょいちょい。

すると一色が俺の服の裾を引っ張る。だから延びるだろ。

「私にも聞いてくださいよ」

「いや、お前はわからないだろ」

「えー、仲間はずれにしないでください」

「…何か知ってるか?」

「知りません!」

うわー、殴りたい。

「お前はこっち側だよ、一色」

「なっ、なんですか、私と一括りになりたいんですか?10年早いです!」

お前今仲間はずれにするなって言ったばっかだろ。

「話を戻そう、それが宝具の威力とどう関係しているのだ、イリヤ?」

「んー、わかんない」

わからないのかよ!

大山鳴動して鼠一匹とはこの事か。

「もう一度宝具を撃ってみれば良いんじゃないかしら」

「おいイリヤ、物騒なこというな」

たく、たまにこの少女はとんでもないことを言い出すな。

「…そういえば、あの時セイバーの剣が…」

すると衛宮が何かを呟く。

「剣がどうかしたの?」

「いや、なんかこう、光ったというか、なんというか」

「そりゃ宝具使えば光るんじゃないか?」

「そうじゃなくて、変わった?というか…」

衛宮の言っていることは相変わらず要領を得ない。

「斬るふりでも効果があるのだろう?試してみろセイバー」

するとセイバーが立ち上がる。

「いやちょっと待て、確か威力は落ちるんだろ?だったら…」

次の瞬間セイバーの剣が俺に振り降ろされる。

もちろんそれで斬れる事はなく、10センチ程手前で止まっていた。

「これは…」

「な?だから言っただろ?」

アーチャーと衛宮が何か通じあっている。

「確かに、セイバーの剣の質が上がった」

「わかった、雪乃?」

「いいえ…」

しかし女魔術師二人には理解できていないようだ。

「そうか、そういうことかも…」

するとまたもや衛宮が何かを思い出す。

「昨日聞いた話だと、セイバーのクラレントはちゃんと譲り受けたものじゃなくて武器庫から奪った物なんだよな?」

「ああ」

「ってことはセイバーはまだ剣に選ばれてないんだよ」

剣が使用者を選ぶ、神話や童話にはよくある話だ。

ちょっと待て、セイバーの剣の質が上がったということは…。

「比企谷君という悪を退治することで真の力に目覚めるということ?」

「たぶんハチマンの中のアンリ谷に反応してるんじゃないかしら」

その呼び名は確定なんですね。

マジかよ、ラスボス前の主人公覚醒の犠牲になるキャラじゃん。俺の悪のカリスマっぷりやばくね?

そんなどうしようもないことを考えて現実逃避していたが、事態はあまりよくない方向に傾いていた。

「おそらく向こうの方が勝率は高いわよ、比企谷君」

「俺を寝返らせようとするな、雪ノ下。向こうが勝ったら人類滅亡だろ」

「その通りだ比企谷八幡、私達は必ず勝たねばならない」

アーチャーのドスのきいた声が家庭科室に響く。

「アーチャー!」

「どうした、衛宮士郎、何か間違ったことを言ったか?」

「ああ、比企谷を犠牲にして守れる世界なんてあるもんか!」

なんということだ、俺はセカイ系のヒロインでもあったのか。八幡恐ろしい子。何てやってる場合じゃない。

「遠坂も、何か言ってくれ」

しかし遠坂凛は唇を噛み締めて何も言わない。

「比企谷!比企谷だってそんなの嫌だろ?」

「まあ、死ぬのは嫌だなぁ~」

「その男が拒むのなら、無理にでもやらせるだけだ」

その言葉を聞いた衛宮がアーチャーの胸ぐらを掴む。

「モードレッド、まさか貴様が怖じ気づきはしないだろうな?」

衛宮を無視してアーチャーはセイバーを問い詰める。全員の視線がセイバーに集まった。

セイバーは少しの沈黙の後その力強い瞳でアーチャーを睨み付けた。

「断る」

アーチャーの瞳が驚愕に見開かれる。

「何だと…!?」

対して衛宮は安堵した表情。

「セイバー…」

「貴様、今さら情にほだされたとでもいうのか!」

「オレを喚んだのはそいつだ、今のオレがいるのはそいつが居たからだ」

セイバーの意志は堅いようだ。

「ちっ…、付き合ってられん」

アーチャーは何処かへ消えていってしまう。

「セイバー、俺を斬ってみないか?」

瞬間、家庭科室は凍りつく。

最初に言葉を発したのは衛宮だった。

「何を…言ってるんだ、比企谷!」

「先輩、雪ノ下先輩になじられ過ぎてMに目覚めちゃったんですか?」

「比企谷君…」

いや、目覚めてないから。

「別に殺してくれってことじゃない、ちょこっとだちょこっと」

俺は腕を捲ってセイバーに差し出す。

セイバーは俺に目配せするとほんのちょっと俺の皮膚を切り取った。

「どうだ、衛宮?」

「確かにちょっと質も持続時間も上がったけど、またすぐに戻ったぞ」

「セイバー、もう少し深くだ」

「比企谷?!」

セイバーは少し眉を潜めながらさっきより数センチ深く剣を差し込んだ。

「っ…」

次は多少肉を持ってかれる。頭にノイズが走る。

「比企谷君!?」

雪ノ下がその傷を癒してくれた。

「どうだ…?」

「無理だ比企谷!このペースじゃしんじまう!」

「今みたいに回復し続けたらどうだ?」

「は?」

衛宮は一瞬、意味を理解できないでいたが少しするとまた口を開いた。

「本気なのか、比企谷…?」

「頼めるか、雪ノ下?」

雪ノ下は唇を噛み締めるが意を決した様に口を開いた。

「傷を癒すことはできる、けど心の方は無理よ…」

「比企谷君?痛覚を含めた神経系を操作するのは大変なの。身体不随になる可能性だってあるのよ?」

「要りませんよ、回復だけで充分ですから」

これは俺が言い出した事だ、他のやつに下手に傷を残すわけにはいかない。

すると正面にいたセイバーと目が合う。

その目は潤んでいるように俺には見えた。だが緊張しているのかぼやけているのは俺の視界の方なのでたぶん見間違いだろう。

「やれるか?セイバー」

「断ると言ったら?お前は俺に好きにしろと言った筈だぜ」

「…雪ノ下、令呪残ってるよな?」

「てめぇ!」

セイバーは俺の胸ぐらを掴む。

「頼むセイバー」

「…どうしてお前がそこまでする必要がある?」

俺は考える、いや考える必要もなかった。

「お前のかっこいいとこが見たいんだよ」

セイバーの手が緩まる。

「この嘘つきが…」

そのまま俺の服を離した。

「あのぉ、私じゃ駄目なんでしょうか?」

すると間桐さんが弱々しくそう口にする。

「そうそう、私もいるわよ」

イリヤもだ。

「さ、桜もイリヤも…」

セイバーはそっちに歩いて行くと二人を斬るふりをした。

「駄目だ、かわらない」

「そう、どうやらハチマンだけみたいね」

まあ仕方ないだろう、元々一人でやる予定だったのだ。

俺達は別の部屋に移動する。

「いい、セイバー、脳と心臓は斬っちゃダメよ」

俺の横に雪ノ下と遠坂さん。そして正面にセイバーがたっている。

セイバーは鎧を纏っていてその顔は見えない。

直後、セイバーの剣が俺の右脇腹を貫いた。

「あ、ああ、あああ」

必死に歯をくいしばり痛みに耐える。俺の腕と足を掴む心許ない高速具がガチャガチャと音をたてる。

そして直ぐに剣が引き抜かれる。グチャグチャと音がなり金属の刃に俺の肉がそぎおとされる。

そこから血と一緒に力が抜けていくようだ。痛みで頭は気が狂いそうな程熱いのに、体はひどく冷たい。そこに回復魔術がかけられる。少しずつ傷が癒されていく。

しかしそれが治りきらない内に今度は左足を切り落とされた。

「あ、ああ!」

口の中に血が溢れ、叫ぶこともできない。

「ごほっ、ごほっ」

「比企谷君!?」

それどころか息をすることも。

しらなかった。

殺されるほどの傷がこんなに苦しい何て。

何故断らなかったのか、何故誰も止めてくれなかったのか。

次々と俺の体に金属の塊が捩じ込まれていく。その不快感が頭にくる。

頭と心臓だけ残して体はその形を変えていく。

まるで自分の体ではないかのように。

いいや俺の体だ。目の前にいるこいつが俺の体をグチャグチャにしてるんだ。

それでも剣が止まることはない。無慈悲に無感情に体から肉を血を命を削ぎ落としていく。そしてそれを回復魔術が広い集めてくる。もう一度削り飛ばすために。

治っていく心地よさは次第に次の斬撃への恐怖に変わった。そしてそれらはたがえることなく痛みへと変わっていく。

それでも死ぬことすらできない。目の前の騎士は悪魔なのか。

もう殺してくれ。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。

どうして、どうして俺はこんな事をしてるんだ?

気づくと俺は真っ暗な暗闇の中にいた。

何も感じず何も聞こえない。

俺は死んだのだろうか?ここが死後の世界ってやつなのか?

まあいいかあの地獄に比べればここは天国だろう。

ここには何もない変わりに平穏があった。

周囲の悪意に怯える事もない、痛みに耐える必要もない。

すると頬に何かが落ちて来た。触れてみると暖かい。

ポツッ、ポツッと続けて落ちてくる。

落ちて来たところにだけ感覚が蘇る。

俺は直感的にそれが何なのか理解した。

理解したとたん、世界は再び色を取り戻した。

目の前ではセイバーが泣いていた。

いつのまにか兜は消え、その美しい顔が露になっている。

それを見て俺が何故こんな事をしているのか、その理由を思い出した。

その理由に奮い立った。

セイバーを王にしてやるのだ。そのためなら俺は…。

 

intelude 14-1

 

「先輩、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫さ、優秀な魔術師が二人もついてるんだから」

だがそれは気休めでしかない、問題は体の傷ではないのだから。

死ぬほどの体の傷というものをこの場で唯一理解しているといってもいい衛宮士郎は恩人の恩人のマスターに励ます様に声をかける。

4人が部屋にこもってから、既に3時間程経過している。

その間も他にも勝機がないかと思案したが、特にこれといったものは出なかった。

後はただ待ち続けるしかない。

チッ、チッ、チッ。

静まりかえった教室に壁にかけられた時計の音だけが響く。

ガラァ。

その時引き戸の開く音が聞こえてきた。

直ぐ様教室を飛び出す。

「来るな、一色!」

それを見たとたん直ぐに彼女を呼び止めた。

そこに立っていたのは一人の英雄だった。

その白銀に輝く鎧と剣は凄まじい程の威圧感を与えてくる。

衛宮士郎は思わず息を飲む。

これが英雄の姿なのだと直感的に理解した。

その鎧と剣は余すところなく真っ赤な血に濡れていた。

それは当然彼女自身のものではない。

斬り刻んだ際に飛び散った、彼の、比企谷の返り血だ。

しかしそんなおぞましい姿から目を背けることができない。

その剣は今も心の内に居る彼女に勝るとも劣らない本物の輝きを放っていた。

「シャワー浴びてくる」

セイバーのその一言にはっと我に返る。

サーヴァントに入浴といったものは要らないが、今はそういう気分なのだろうと理解した。

その後俺はその教室へと足を踏み入れた。

踏み入れた瞬間猛烈な血の臭いが襲ってくる。

教室は壁一面が真っ赤に染まっている。

その中に三人の姿があった。

「遠坂!」

「大丈夫、生きてるわ」

続いて雪ノ下さんに膝枕されている比企谷と目が合う。

その瞳はいつもより3割増し程濁っているが確かに光はある。

「後始末は私がしておこう、シャワーでも浴びてくるといい」

「ありがと、アーチャー。士郎は比企谷君をおねがいできる?」

比企谷をおぶって教室を後にする。

「大丈夫か?」

「ああ、なんとかな…」

やはり精神的なダメージが大きいのか比企谷の声は小さい。

けれど確かに俺の質問に応答した。

 

intelude out

 

 

 

 



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そして最終決戦の幕が上がる

時刻は午後12時になる少し前。

俺は学校の教室で窓をモニターがわりにして映った遠隔映像を見ていた。

そこには既に突入班がディスティニーランド・シャンデリア城の天辺に陣取っている姿が映っている。

俺達は足手まとい、もとい指令班。

礼装を使って指示を出す。

突入班は衛宮、遠坂さん、雪ノ下、平塚先生。そしてセイバーとアーチャーだ。

そして時計の針が頂点を指し示すと、雲の切れ間から巨大な帆船が出現した。

《行くわよ》

遠坂さんの合図で一同は一斉に船に飛び乗る。

そして船は再び上昇を開始した。

 

intelude 15-1

 

敵が邪魔してくるということは無く、俺達はすんなりと船に乗ることができた。

甲板の上で二人の敵と対峙する。

眼前に佇むのはキャスターとアーサー。キャスターはニコニコと笑っているが、アーサーの顔に表情はない。

それはまだ出会って間もない頃の彼女がしていたものに似ている。

だがそれが間違いなく違って見えるのは二人が別人であると完全に理解しているからだろう。

何故そんなことになっているかはわからない。

だが今は敵を打倒することに専念しなければ。それが例え体だけだったとしても、彼女の愚行を止める事でもあるのだから。

ゴーゴーと風が耳をうつ。

「何処からでもどうぞ?」

キャスターのそんな軽口を合図にアーチャーとセイバーが同時に飛び出した。

アーチャーはキャスターに、セイバーはアーサーに、事前に決めた標的に二人は向かっていく。

それに続いて俺達も大聖杯に向けて行動を開始する。

しかしその行く手を突如現れた影が遮った。

以前剣を交わした円卓の騎士ではない。

粗っぽい服装をした男達が何処からともなく現れた。

《あー、あれ、葉山先輩が従えてた人達ですよ》

耳元の礼装からそんな声が聞こえてくる。

「一色、何人いるかわかるか?!」

《えーと、確か魔力が続く限り、何体でもって…》

こいつらは魔術によるものなのか。向こうには大聖杯がある、おそらくほぼ無制限に呼び出せるだろう。

投影開始(トレース⚫オン)!」

俺は『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を握ると、敵の一番槍に突き刺した。

跡形も無く消えていく雑兵。

効果はある、しかしこの大人数と慣れない短剣で戦うのは難しいだろう。

ドゴーン。

ビュオーン。

そしてそいつらを容赦なく船外へと吹き飛ばしていく遠坂と雪ノ下さん。

恐ろしいまでの暴れっぷりだが、こんなにも頼もしい味方もいない。

そんなの風にしてしばらく戦っていると、不意に船内へと続くスペースができた。

それに一番近いのは雪ノ下さんだ。

「行きなさい、雪乃!」

遠坂の激が飛ぶ。

少し躊躇した彼女だがそれを聞くと、意を決して走り出す。

スペースは人海に埋もれてたちまち消えてしまうが、俺達も援護してそれをこじ開ける。

最後の塊を平塚先生が殴り飛ばし雪ノ下さんは無事船内へと消えていった。

これで甲板は一人少なくなったが、ここからが踏ん張りどころだ。

 

intelude out

 

intelude 15-2

 

そこかしこに見えるドアを全て無視して一目散に走り抜ける。

大聖杯をリンクさせるとしたら大きなスペースが要るはずだ。なら一つ一つ確認する必要はない。

こういった船にある大きな部屋といえば深部にある倉庫以外にはない。

少し走ると立ち止まって休憩する。今回ばかりは体力をつけておけば良かったと後悔する。しかし今さらそんなことに意味はない。

暫く行くとそこそこ広い部屋へと行き当たる。

そこには二人の人物が待っていた。

「お待ちしておりました、お嬢様」

「はあ、…都筑さん」

そこにいたのは雪ノ下家の運転手、都筑、それともう一人。

「葉山…君」

それは変わり果てた葉山隼人の姿。

《葉山…先輩…》

《皮膚を剥がして魔術回路から直接精神を操られているわ》

「この奥で奥様が御待ちです。ですがその前に…」

その指の間に黒剣を構える。

「我々を倒して行ってください!」

次の瞬間指の黒剣を射出してくる。

それを片手で弾く。直後操り人形となった葉山隼人が突っ込んできた。

右の打ち込みを外側へ回避する。しかしそれを追いかけるようにその腕があり得ない方向に曲がった。

「…っ」

それを強化した腕でなんとか受けるが、物凄いパワーに押され体勢を崩してしまう。

そこに追い討ちをかけるように銃弾のような黒剣が飛来して来た。

氷の壁で防御するが剣はそれを貫き雪ノ下雪乃を強襲した。

そのまま壁に叩きつけられる。

「はあ、はあ、はあ」

「この程度でもうグロッキーですかな?」

息が苦しい、視界がぼやける。

「その様子では陽乃様も嘆かれますぞ」

その一言が雪ノ下雪乃の意識を引き戻した。

姉さんは嘆きなどしないだろう。嘲笑するか、興味が失せるか。

二人の攻撃に苛まれながら当時の事を思い出す。

この時代、いや、この世界線の姉さん、雪ノ下陽乃は私が中学の頃に死んだ。

第四次聖杯戦争で負った傷の責だったらしいがとても信じられなかった。だが心の何処かで安堵していたのかもしれない。そしてそれすらもあの人に見透かされている気がした。

そして姉さんは再び、今度は英霊となって私の前に現れた。

そういう世界もあったのだろう。

その性格も幼い頃とあまり変わらず何を考えているのかよくわからない。

呼び出した後、アサシンを置いて何処かへ行ってしまった。

未だに彼女の幻想が頭をついて離れない。

葉山隼人の腕が伸び、こちらを強襲してくる。

《葉山家は間桐の教えを受けていたことがあるんです。間桐は蟲を操りますが、葉山は人を操ります》

それと同時に都筑が黒剣での連撃を浴びせてくる。

今思えば雪ノ下は純粋な魔術師ではなく、聖杯戦争のために様々な力を取り入れてきた、あれもその一つだ。

「都筑さん、雪ノ下は本当にこれで良いと、思ってるんですか?」

「私は生涯この家に努めると決めましたので」

都筑の意志は固い。やはり倒すしかないようだ。

例えこの戦いに勝利しても雪ノ下の未来は閉ざされたままだろう。しかし遠坂が後見人になってくれるそうだ。

その不安は今はない。

だから今は目の前の敵を倒さなくては。

何度目かの葉山の突撃。

その体は所々の皮膚が剥がれそこに呪文が刻まれている。

葉山の攻撃をギリギリで交わしながらその懐に飛び込んだ。

そして肌に書かれた呪文に手をあてる。

「はああ!」

「これは!?」

二人の周囲が輝き出す、そして雪ノ下雪乃はその手を強引に払った。

直後葉山の体に刻まれた呪文の一つが消え去った。

「魔術回路に繋がっている呪文を、それだけ消し去りましたか、お見事」

しかしそれだけでは葉山隼人の洗脳は解けない。

二人の間を黒剣が通りすぎる。

「いつまでそれを続けられますかな?」

既に体力はつきかけていて両の手足は小刻みに震えている。

だがおそらくあの呪文は殺しても動き続けるようにできている。

これ以外に方法はない。

「仕方ありませんね」

パチンッ。

都筑が指をならすと葉山が後ろにさがる。それに交互して都筑が前に出てきた。

前衛と後衛を交代したのだ。これでは呪文を簡単に取り払う事はできない。

そのまま都筑が黒剣の連打を浴びせてくる。

それをなんとか凌ぐが、その背後から葉山の爪が延びてきた。

「くっ!」

それに気をとられたところを都筑が殴打する。

そのまま壁に叩きつけられた。

「雪乃様、私も無為に貴方を傷つけたくはない。今からでも遅くありません、どうか奥様の隣にいてあげてください」

「それは…無理よ…」

挫ける足を無理矢理起こす。

「雪ノ下の人間が世界を滅ぼすのを、黙って見ている訳にはいかないもの」

「では、少々痛め付けさせていただきます」

パチンッ。

都筑が指をならす、しかし何もおきない。

パチンッ。

もう一度、だが結果は同じだ。

「雪ノ下、…さん」

都筑が驚きに後ろを振り返る。

雪ノ下雪乃もつられて壁際を見る。

そこには同じようにこちらを見返す葉山隼人がいた。

「バカな、キャスター様の術式が破られたのか!?」

「雪ノ下さん、あまり、長くはもたない…」

それを聞いた雪ノ下はその手に氷の長刀を握り込む。

都筑も慌てて構えをとる。

不意に訪れた一対一の機会。雪ノ下雪乃に残された道はこの一瞬しかない。

直後彼女は一直線に駆け出す。

都筑もそれに応え、同じように床を蹴る。

二人が交差するとき、美しい氷の長刀が閃いた。

それはかの侍の愛刀によく似ていた。

その銘は備中青江、俗称、物干し竿。

かつて彼女のサーヴァントだったアサシンの刀だ。

「これはっ!?」

その閃きは、直後三つに分かたれる。

それが同時に獲物を襲う、刃の檻。

『燕返し!!』

「見事…!」

雪ノ下雪乃が通りすぎると、都筑は床に倒れこんだ。

氷の刀に刃はついておらず、その意識を刈り取るにとどめた。

「ダメね、失敗だったもの…」

刃が三つに分かれたのは一瞬のことで直ぐに元に戻ってしまった。

しかしその現象に驚いた都筑は後の一撃を防げなかったのだ。

直ぐ様葉山に駆け寄る雪ノ下。

「あ、あ、あ」

けれどその意識はもうギリギリまで消滅していた。

「ありがとう、葉山君」

雪ノ下は微笑むと優しくその体に刻まれた呪いを取り去った。

階段を下りるとそこは一段と広い空間で、目前に大聖杯と母が佇んでいた。

「よく来たわね、雪乃」

その顔はまた一段と老け込んだように見える。

「もうやめて母さん、どうしてこんなことをするの!」

すると目の前の女性はにっこりと微笑む。

「貴女がわたしに歯向かうなんてね、死ぬ前にそんな姿を見れるなんて」

「死ぬ!?死ぬってどういうこと!?」

「ここまでこれたご褒美に今から説明してあげるわ、雪ノ下の悲劇を。けれどその前に二人きりにさせてくれるかしら?」

耳元にある通信礼装を外せと言っているのだ。

少し悩んだあと彼女は礼装を外して握りつぶす。

すると雪ノ下家当主はゆっくりと、ことの発端を語り始めた。

「雪ノ下の魔術礼装についてはよく知っているわよね?」

雪ノ下は首肯する。

雪ノ下家の魔術礼装は船だ。船は大気中に浮かび、周囲の魔力データを魔術刻印に送ってくる。

そしてその中で最も大きいものが大聖杯。

今回はそれを操って聖杯戦争を開始したのだ。

「メイン礼装は大聖杯、けれど始めからそうだったわけではないの」

「え?」

「雪ノ下の秘術にして礼装最大の特徴は誰にも気づかれないこと。故に大聖杯敷設の際、巻き込まれ取り込まれてしまったの。雪ノ下が御三家の第四家目何ていうのは真っ赤な嘘、ご先祖様の苦し紛れの慰めかしら」

女性はふふっと笑みを漏らすが、その表情は直ぐに沈鬱なものに変わる。

「そのせいで雪ノ下の魔術師としての研究は続けるのが難しくなった」

「そんな…」

「そこまで悲観することではないわ、目の前に聖杯何てものが現れたのだもの。当然雪ノ下もそれを目指した」

確かに聖杯さえ手にいれれば研鑽など必要ない。

「けれど悲劇はこの後訪れた。アンリマユによって汚された聖杯から、雪ノ下の礼装を通して呪いの一部が流れ込んでくるようになったの」

「!?」

雪ノ下雪乃はぎゅっと左腕を押さえる。そこには礼装と繋がっている魔術刻印があるからだ。

「陽乃が死んだのはその責よ。希代の天才だった陽乃が産まれて、私は焦ってしまった。まだ幼かったあの子を第四次聖杯戦争に送り込んで、聖杯の泥に呑ませてしまった」

すると雪ノ下母は急に咳き込むと力なくうつむいた。

「母さん!?」

母の元に駆け寄る彼女。

「雪ノ下の当主は短命よ。もう呪いに侵されて、復讐にかられた人形でしかない」

「そんなことない、今でも大好きよ、母さん!」

それを聞いた雪ノ下母はその痩せこけた顔に笑みを張り付かせる。

「ありがとう、安心しなさい、貴方の魔術刻印には陽乃の破呪術式が組み込まれている。それがある限り貴方が憎き呪いに侵されることはない」

そういうと雪ノ下母はゆっくりと目を閉じた。

「いや、母さん、母さん!!」

船内にはその泣き声がこだまするばかりだった。

 

intelude out

 

intelude 15-3

 

「逝ったかマスター、安らかに眠れ。貴方の悲願は私が果たす」

そう言ってアーサーは剣を構え直した。

「どうした、モードレッド?その程度か」

セイバーは吹っ飛ばされて数メートル先に転がっている。

「まだだってんだろ!」

剣を杖によろよろと立ち上がる。

その体は既にどこもかしこも傷だらけだ。

「そうか?奇妙な術もきれかかっているようだが?」

あれだけ比企谷を痛め付けて手にした力も失われようとしていた。

「知るかっ!」

それでもセイバーは果敢に向かっていく。

だがアーサーは円卓の騎士を召喚すると、複数人でセイバーを囲む。

「卑怯だぞ!アーサー!」

俺達も無限にわく雑兵とたまに出てくる円卓の騎士の包囲網を抜け出せずにいた。

「その理で世界を救えるのか?赤髪の魔術師」

くそう、あの顔で言われると余計、腹が立つ。

俺は背中にしまっていたルールブレイカーを取り出した。

「ちょっと、何する気よ!?」

「このままじゃどのみち後がない、一か八か船を消す!」

「なっ!?そんなことしたらまっ逆さまじゃない!?」

そのまま俺は短剣を船の床に突き刺した。

けれど何もおきない。

「くそっ、なんでさ!?」

「何をしようとしたか知らないがこの船は船上のサーヴァントの数で性能を上げる。異界に消えた二人を除いても9体、そんな短剣ではささくれ一つたちはしない」

「あんた7人分なの!?そんなのズルじゃない!!」

ちょっと待て、だとしても後一人は誰なんだ?

するとアーサーの聖剣が黄金の輝きを帯び始める。

「やれやれ、聖杯が満ちるまで遊んでやろうと思ったが自ら死を選ぶか」

見ると円卓の騎士を弾き飛ばしたセイバーが宝具を撃とうとしていた。

アーサーも同じように剣を構える。

直後二つの剣が降り下ろされた。

我が麗しき父への反逆(クラレント・ブラッドアーサー)!!』

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!』

赤と黄金の輝きがぶつかる。

その衝撃に船が大きく揺らいだ。

だが明らかにアーサーの閃光の方が大きい。

「ぐうう…」

くそっ、助けにいきたいが円卓の騎士に行く手を阻まれる。

「イリヤ、雪ノ下に令呪を使わせろ!」

《駄目、礼装が壊れて声が届かないの》

くそ、今セイバーが消滅したら、ほんとに勝機が無くなってしまう。

その時アーサーの足元に何かがバウンドした。

あれは…カラドボルグⅡ!?

直後、剣は幻想としての形を失い爆発四散する。

「ちいぃ!」

そこから離脱するアーサー。

船首の先にアーチャーが立っていた。

「キャスターは倒れたか、役にたたない女だ」

 

intelude out



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いつでも彼女達は策謀し彼らはそれに振り回される

「うへぇ、何ですか、あれ?」

使い魔を操って大聖杯を探す俺ら司令班。

その途中、一色がそんな声を上げた。

モニターには貼り付けにされた半裸の大男が映っていた。

鎖で締め上げられた体は傷だらけで葉山のように何かの文字が刻まれている。

凄惨な光景だが男の顔は何処か至福に至ったかのように満足げだ。

「イリヤさん、早く次の部屋にいきましょう」

一色は当初イリヤをイリヤちゃんと呼んでいたが、イリヤが年上だと知ると呼び名を改めた。魔術って恐ろしい。

しかし、今の光景どっかで見たような…?

「先輩、大変です!」

その声に慌ててモニターに目をやる。

そこは雪ノ下が居る隣の部屋だった。

既に聖杯から泥が溢れ出している。

雪ノ下は自分で礼装を壊してしまったので連絡ができない。彼女は未だ母親の前で泣いていて気づく可能性は低い。

甲板の戦況も芳しくないし誰かを向かわせることもできない。

「…イリヤ、さっきの部屋に戻してくれないか?」

「えー、どうしてですかー」

「わかったわ」

モニターが切り替わる。やはり何処か見覚えがある。

何処だ?何処で見た?

俺は記憶の隅に隠れているものを必死にほじくりかえす。

そしてその答えに辿り着いた。

「…わかった、魔導少女マジ☆デスカの第3話、先輩のユミさんが張り付けで串刺しにされるシーン!」

俺は直ぐ様マジデスのホームページを開く。

確か材木座が誰かに荒らされたとかなんとか言っていた筈だ。

公式からのメッセージに謎の文字化けがある。

 

宝具を的石ものわはせー具のような事

望みはかなへた。このものは個々に

与えられそうなもの破棄聞こえない

理由は知らず知らずのうちに割れの

かたわらにしまわれん。

 

「何ですか、これ?宝具?ってことは聖杯戦争関連ですか?」

「たて読みだ」

最初の文字を読むと、宝のありかになる。

「宝望与理か?」

俺はケータイのアルバムを開いてあの画像を見る。

葉山のケータイから送られてきた謎のメッセージ。

そこには《宝のありか》という文字ととある場所を指す地図がある。

「これ私も持ってます」

「本当か!直ぐ開いてくれ」

自分のケータイは地図を開き少ないヒントから場所を特定する。

ストリートビューでその場所を確認した。

「あれ、これ、葉山先輩のお家じゃないですか」

覗きこんでいた一色がそう口にする。

「ちょっと行ってくる」

「あ、先輩、私も行きます!」

そうして俺達二人は葉山のマンションにたどり着く。

しかしその玄関で立ち往生してしまった。

「パスワード…、一色、知ってるか?」

「流石に知りませんよ…」

数字で5桁の番号を入力しないといけないらしい。

どうする、00000から試すか?こういうところは連続で間違えると人が来るしな…。誰かの後ろに張り付いて入る、流石に不審過ぎる。どっか別の場所から…。

「あれ、ヒッキー…と、いろはちゃん!?何で二人が一緒に居るの!?」

すると後ろから声をかけられる。

振り向くと、髪を明るく染めた同い年くらいの女の子が立っていた。

「ゆ、結衣先輩こそどうしてここに、というかこんな時間に?」

「えへへ、爆発騒ぎで眠れなくって…て誤魔化そうとしたでしょ!」

何故か聖杯戦争で起きた破壊活動はほとんどがガス爆発のせいにされている。

「そ、そんな訳ないじゃなうですか~」

あるんだな。ジョシコウセイって恐ろしい。

しかし今は俺も無関係ではない。

「なあ、葉山ん家の番号知ってるか?」

「え、うん、知ってるけど…」

一色がそんなーという顔をしているが構わず続ける。

「教えてくれ」

「え、でも…」

「頼む、今はお前しか頼れないんだ」

「そ、そんな事、言われても…」

もじもじとうつむきながら、女の子は頭の上に手をやり、さ迷わせる。おそらくいつもなら頭についているお団子を探しているのだろうが、今宵はただの散歩なのでセットしてこなかったらしい。

すると女の子は何かに気づいた様子で俺に背中を向ける。

「何もしないで来ちゃったよー」

すると一色も何かに気づいたようで直ぐ様言い寄っていく。何のこっちゃ。

「お願いします結衣先輩。大丈夫です、そのままでも充分かわいいですよ!」

「そ、そうかなあ?」

「ですよね、先輩?」

何故か俺に話をふる一色。これはあれだな可愛いって言ったらきもいって言われるパターンだ、ソースは俺。

山びこですか?いいえ、誰でも。

しかしかわいくないと言ってもどのみち蔑まれるのだ、逃げ道はない、孔明の罠かよ。

しょうがないので俺は思ったことを口にした。

「可愛いな、むしろいつもより良いまである」

女の子のプライベートな一面って、良いよね?

「しょうがないなーもー」

女の子は番号を教えてくれた。

俺達は葉山の部屋に急ぐ。

「先輩、ああいうのがタイプ何ですか?」

いや、前にも言ったが俺のタイプは戸塚だ。

後、お前がああいうカッコしても計算にしか見えん。

葉山の部屋は鍵がかかっていなかった。

そのままドアを開けて侵入する。

「入っちゃっていいのかな?」

部屋の中を探す、それは直ぐに見つかった。

「これ、バイク?」

それは木製の水上バイクだった。

「これが宝なのか?」

てっきりもっとすごいのを期待していたが、これはこれで使い道があるかもしれない。

「イリヤ、これどうやって使うんだ?」

《乗れば魔力を吸って動くと思うわ》

俺はそれに股がる。

「ヒッキー、何してるの!?」

そうだったこいつが居るんだった。事はいっこくを争う、後でてきとうに誤魔化せばいいか?

「結衣先輩、向こうでお話ししませんか?例えば、先輩と私の関係とかっ」

「わ、わかった!」

振り返りざまこっちにウィンクしてくる一色。はいはい、助かったよ。

俺はおもいっきりアクセルをいれ、窓を突き破って飛び出した。

 

intelude 16ー1

 

果てしない荒野に爆風が吹き荒れていた。

ここはアーチャーの固有結界の中。しかしその光景はいつもとは見るからに違う。

その中心にアーチャーと、そしてキャスターが立っていた。

二人は爆風吹き荒ぶ中、悠々と会話に臨んでいた。

「いつまでこんな無為なことを続けるつもり?」

「飽きたのならば勝手に死ねばいいだろう」

「つれないわね」

そんなアーチャーの態度にキャスターは呆れてため息をつく。

「先のバーサーカー戦、衛宮士郎に魔力を供給したのは貴様だな」

会話の流れなど無視してキャスターを問い詰めるアーチャー。

「どうだったかしら?」

「とぼけるな、貴様の宝具の条件は妹から聞いているぞ」

それは宝具、もしくは使用者の真名を知っていること。またはその宝具の能力について理解していること。

「私が雪乃ちゃんに嘘を着いたとしたら?それに例えそうでも状況は変わらないのに何の意味があるのかしら?」

アーチャーは少しの沈黙の後回答する。

「もし、あの男が私の足を引っ張ったのなら許しておけんからな」

「呆れた…」

キャスターは何度目かのため息をつく。

そんなキャスターにまたもアーチャーは質問をぶつける。

「雪ノ下陽乃、貴様の目的は何だ?」

「そんな聞き方じゃ、女の子は靡かないわよ?」

キャスターはそれをはぐらかすが、アーチャーは追究を続ける。

「貴様がランサーを放置したのは何故だ?」

しかしキャスターの笑みが崩れる事はない。

「気分じゃなかったから、あの人、私の好みなのかも」

「ではなぜバーサーカーと共倒れにさせた?」

「それはほら、流石にそこまで放置してたら騎士王様に怒られちゃうじゃない?」

「何の為に彼女に従う?」

「…あれに抗って意味があるのかしら?」

「確かに此度のアーサーは次元が違う。だがそれこそ、従って何の今がある?サーヴァントが現界していられるのは聖杯戦争の間、せいぜい2週間足らずだ。それを生き延びていったいどうなる?まさか聖杯の恩恵に預かれるなどと思っている訳ではあるまいな?」

「何に意味を見いだすかは人それぞれじゃないの?ねえ、正義のヒーローさん?」

先に眉根を寄せたのはアーチャーの方だった。

事口先の応酬でキャスターは最上位の実力を持っていた。

「貴方のような生き方も、私は素敵だと思うわよ?」

「…それも小僧の記憶から盗みとったのか?」

「いいえ、私は生前から貴方の事を知っているもの。同じ時代の英霊なのだから当然でしょう?」

確かにキャスターの言うことは最もだ。けれどアーチャーには彼女が現代の英雄だと知った時から疑問に思っていることがあった。

「しかし私は雪ノ下陽乃などという英雄は知らない。貴様、いったいどうやって英霊に選ばれた?」

現代技術が進歩する程英霊は生まれ難くなる。それは科学とは材料と知識さえあれば誰にでも使えるものだから。

アーチャー自身も正規の英霊ではない。彼はその可能性を危惧していたのだ。

「心配しなくても私は正規の英霊よ。私が貴方から私に関する記憶を消したの」

「何だと!?」

アーチャーの驚声は周囲の爆音の中に消えていく。

「ばかな、座の記録には記憶が消されたことすら記載されている筈だ」

「今の私は実力の半分も出せないのよ。本気になればそれくらいできるみたいね」

確かにそれだけの事ができるのなら現代でも英霊に祭り上げられて不思議じゃない。

しかしとある疑問が残る。

「…なぜそんなことをした?」

それは動機。生前キャスターとどういう関係だったのか、記憶を消されたという彼には想像もできないが。

「かわいそうだったから」

「何?」

「私に悲劇が起きたから、それは貴方の意に沿わぬことだったから。哀れに思った私が記憶を消したのよ」

アーチャーは口を開けたまま何も言葉にできない。

「結局貴方は全てを後悔しているみたいだけど」

キャスターはそう言って静かに微笑んだ。

アーチャーは一度瞳を閉じる、そしてもう一度開けたときその中に迷いや憂いといったものはなかった。

キャスターはそんな男の不器用な姿をただ笑って見ていた。

「最後に一つだけ聞く、お前はアーサーの隙を探しているのではないか?」

「それは無理ね、だって私、彼女に従うように改造されているもの」

それが今までの全ての問いへの答えだった。

「やれやれだな、では私がその悪夢を終わらせるとしよう」

そういうとアーチャーは物干し竿を投影する。

「他者の宝具を壊れた幻想に変える貴様の弱点。そのサーヴァントを妹に残したのは偶然か?!」

刀を構え飛び出すアーチャー。

「質問は一つじゃなかったのかしら?それに私には空間転移がある」

「ぬかせ、ここでは雪ノ下の礼装は真価を発揮しない」

アーチャーは刀を振りかぶる。経験模倣による剣術の再現、即ち『燕返し』の初作。

その瞬間アーチャーの視界がグニャリと曲がった。

「ガっ、!?」

その場に倒れ、うずくまるアーチャー。

「固有結界は使用者の心象風景を世界に映す。当然、それをねじ曲げれば貴方自身に返ってくる」

アーチャーの心に何かが入ってくる。

「言わなかったかしら?私の居るところが私の結界だって」

「バカな…!?固有結界内ですらそうだと言うのか?」

「それが雪ノ下の魔術の深奥『侵食結界』私を英雄に押し上げた秘術」

いつのまにか周囲の爆風はやんでいた。

 

intelude out

 



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幕は降りけれど喝采は響くこと無く

空中を走る水上バイクという珍妙なものを俺はうまく操作できず、そのまま船に突っ込んだ。

しかしうまい具合に船内に飛び込めたのでそのまま目的の場所まで記憶を頼りにかける。

雪ノ下のいる部屋にたどり着くと同時に、ドアを突き破って聖杯の泥が流れ込んできた。

その音にようやく雪ノ下が状況に気づく。

しかしもう遅い。泥は既に目前まで迫ってきている。

「雪ノ下!」

俺は必死に手を伸ばす。

「比企谷君!」

雪ノ下も同じだ。

俺は伸ばされた手を掴む。

その直後、黒い波が俺達を飲み込んだ。

俺はとっさに雪ノ下を抱きしめ庇う。

泥を背中からもろに受けた。

しかし痛みはなく代わりにやって来たのは、暗闇だった。

何処かで観たような暗闇。体の感覚は無く、どっちが上かもわからない。

そんな世界で漂っていると何処からか声が聞こえてきた。

「おいーす、兄弟、元気にしてたか?」

やけにテンションの高い声だ。

だが俺の兄妹は可愛い可愛い妹の小町だけだ。

「つれねぇこというなよ、ずっと一緒にいた仲だろ?」

お前のような奴は知らない。お前はいったい誰だ?

「ひどいなーかれこれ12年になるっつーのに。俺はお前さ。前はアンリマユって呼ばれてたがな」

そういえばイリヤがそんな事を言っていた気がする。俺の中に何かが居ると。

何でお前みたいなのが俺の中に居るんだ?

「俺がお前に触れたとき、お前の中には何もなかった。だから俺が入り込めた」

何もなかっただと?何を言ってるんだ?

「そのまんまさ、んで、再び泥に触れたから俺が出てこれたって訳」

泥…!?そうだ、雪ノ下は!?

「今はギリギリの状況さ、お前さん次第だね」

俺次第だと…?

「お前さんが俺を受け入れるのなら、俺は聖杯を捨て泥は消える」

受け入れたら、俺はどうなる?

「俺はお前さんになり、お前さんは生まれ変わる。この世全ての悪(比企谷八幡)としてな」

そいつの顔はわからなかったがどうも笑っているような気がした。

それで…雪ノ下は助かるんだな?

「ああ、俺様がバッチリ保証するぜ」

…わかった。

「オーライ、んじゃ、お目覚めの時間だ」

 

intelude 17-1

 

《どうしたんですか、一色さん?!》

葉山のマンションで急に苦しみ出した彼女に間桐桜は困惑する。

彼女だけではない。隣では由比ヶ浜結衣も胸を押さえてもがいていた。

しかし彼女達に痛みが襲っているのではない。

それはもっと深いところ。心から来る苦しみだった。

「何、これ…」

瞳から涙を溢しながら、振り絞るように声を発する。

《大丈夫ですか?》

「先輩、先輩のことが…」

《比企谷君がどうしたんですか?》

「嫌い…」

《え?》

「何で…何でぇ?ヒッキー…」

「いや、こんなの、何で…?」

すると突然二人の意識が途切れた。

《イリヤちゃん!?》

《ずっと苦しむよりましでしょ》

イリヤスフィールが使い魔を通して二人の意識を刈り取ったのだ。

するとイリヤはガラスのモニターを見る。

「いったい何があったんでしょう」

「聖杯のアンリマユを取り込んだのよ。あれはもう以前のハチマンとは別物よ」

そこには雪ノ下雪乃と、比企谷八幡の形をした影があった。

 

intelude out

 

intelude 17-2

 

「この気配は…!?」

「そんなまさか、こんなことが、あるはずがない!!」

その場にいた全ての人間が彼女が突如放った輝きに目を奪われた。

敵、味方全てが月明かりの中に立つ彼女の姿にその心をざわめかせている。

当然だ、真の英雄は遥か彼方の地にまでその威光を轟かせるのだから。

それはかの騎士王ですら例外ではなかった。

「バカな、クラレントは次代の王が持つべき選定の剣、お前ごときが選ばれる筈など…」

真の輝きを得たセイバーは目映いまでの瞳でアーサーを見据える。

「だろうな。だが今は細けぇ事はどうでもいい。まずはてめぇをぶっ倒してからだ!」

「その程度で私を倒せると?思い上がるなよ、盗人ふぜいが!!」

直後セイバーの周りを円卓の騎士が取り囲む。

「おおおおっらあああ!」

その全てを一撃で弾き飛ばす。

「ぐっ」

物凄い風圧が吹き荒れ周りで見るものを襲った。。

「おおおおおお!」

「はあああああ!」

黄金と白金、二つの輝きが船体を満たす。

直後二人の王は激突した。

セイバーが攻めればアーサーがしのぎ、アーサーが攻めればセイバーがしのぐ。

二人の剣技は全くの互角だ。

それもそうだろう、花の魔術師に鍛えられたアーサーとその彼女の遺伝子を継ぎ彼女を見て己を鍛えたセイバー、今の二人はほぼ同一の存在なのだから。

だから、違いがあるとすればその周り。

彼女達を守る騎士の存在。

二人の動きに合わせてアーチャーが矢を放つ。

その矢は高速で動き続ける二人の中にあって、的確にアーサーだけを射ぬく。

俺にはわかる。セイバーと同じく彼女の輝きを追いかけ続けたあいつはあの二人に唯一、ついていける筈だ。

「くそっ、何、だとぉ!」

セイバーとアーチャー、二人に攻められて徐々に、徐々にアーサーが追い詰められていく。

それは砂時計の中に立つように決められた終わりへと落ちていく。

だが、彼女にも騎士王たる意地がある。

「こい、ドゥ・スタリオン!」

突如何もない空中から一頭の馬が現れる。

それに素早く股がると空中へと飛び立った。

「ロンゴミニアド!」

その両腕に剣と槍を携える。

「おいパクリ野郎、なんか空飛べるもんねぇのか?」

「あるわけなかろう、お前を撃ち出してみせようか?」

「ふっざけんな、てめぇ!」

そうこうしている内にアーサーの槍が輝きを纏う。

最果てにて輝く槍(ロンゴミニアド)!』

突如空中から何本もの光の柱が落ちてくる。

我が麗しき父への反逆(クラレント・ブラッドアーサー)!』

それを最小限危険なものだけ相殺するセイバー。

だが光の柱は留まること無く次々と落ちてくる。

「くそっ!」

「これを使え!」

平塚先生がなにかを投げ飛ばす。

それは比企谷が乗ってきたバイクだ。

それに股がるとセイバーは勢いよく飛び出す。

「追い付いたぜ、父上!」

「…」

空中で二人の王の追いかけっこが始まる。

ここでさっきから弓を構えっぱなしだったアーチャーがついにそれを射出した。

赤原猟犬(フルンディング)!』

高速で飛来する矢をアーサーは馬を操り華麗にかわす。

「何!?」

だが直後矢は急激に向きを変え、再びアーサーへと飛びかかる。

それをさらに急速に馬を方向転換させてかわす。

そこへセイバーが追い討ちをかける。

なんとか槍でそれを受けるアーサー。

が、セイバーが再び距離を取ると、窮地の彼女を特大の爆発が襲った。

「があ!」

そのまま船に叩きつけられる。

フルンディングを壊れた幻想に変えたのだ。

アーサーはバランスを崩し膝をついている。

そこへ。

「もらったあああああ!」

セイバーが渾身の一撃を放った。

ぎいぃいん!

凄まじい衝撃が船内を駆け抜ける。

しかしセイバーの剣はアーサーにあたる前に薄い黄金の幕に阻まれて止まってしまった。

「あれは…」

聖剣と対をなすアーサー・ペンドラゴンの宝具、その鞘。アヴァロンだ。

「なめるなああ!」

そのまま迸る気合いと共にセイバーが押し返される。

あの守りがある限り、騎士王の牙城は崩れない。

「小僧、彼女の鞘を出せ!」

すると突然アーチャーが叫んだ。

俺は考える間もなくその声に答える。

投影開始(トレース・オン)!」

そして俺の手の中に黄金で編まれた鞘が出現した。

「な!?貴様ら、そんなものまで!?」

「受けとれ、セイバー!」

俺は鞘をセイバーに投げる。それに気づいた彼女が手を伸ばす。

だが直後、鞘は強烈な風にあおられ船外に弾き出されてしまった。

アーサーの『風王鉄槌(ストライク・エア)』である。

くそ、もう一度!

「奴に自由を与えるな!」

騎士王の声に従い直後、円卓の騎士が俺を取り囲んだ。

「士郎!」

遠坂が救援に来てくれるが度重なる剣撃にさらされてこれでは鞘を投影できない。

くそ、どうすれば。

その時降り下ろされる騎士たちの斬撃の狭間に弓を構える男の姿が見えた。

その弓には船外に消えた鞘がつがえられている。

直後それは放たれ、一直線にセイバーへ向かっていった。

「ちぃ」

再びアーサーの持つ聖剣から強烈な烈風が吹き荒れるが、音速の矢と化した鞘はそれを貫いていく。

そしてセイバーがそれをガッチリと掴んだ。

二人の王が同時に口を開く。

『『全て遠き理想郷(アヴァロン)!』』

開く筈のない理想世界への門が同時に二つ出現する。

それは本来あり得ない現象をもたらした。

二つのゲートは重なりあい一つとなって、二人の訪問者をその世界へと誘う。

アーサーとセイバーの姿はこの場から消え去り、後にはただ残された俺達が勝負の行方を待つのみだった。

 

intelude out

 

intelude 17-3

 

周囲には一面あまねく花々が咲き誇っている。

品種は定かではないが、そのどれもが生命力に溢れ、まるで永遠に咲き誇っているのではないかと錯覚させる程だ。

しかしそれは錯覚などではない。そこは事実常世の国。

その永久に停滞した世界に二人の騎士は立っていた。

「よもやここまで踏み込んでくるとは。もはやただでは済まんぞ!」

「はっ、やれるもんならやってみろよ!」

二人は鏡合わせのように剣を構える。

すぐにそれぞれの剣から黄金と白金の光が立ち上ぼり始めた。

アーサーの聖剣が纏うのはまさに全ての願いを体現するかのような黄金の光。その輝きを称えるように、周囲の花々は自らの光でそれを後押しする。

セイバーの麗剣が纏うのは滅び行くさだめを与えられしブリテンの再びの栄光を願って与えられた「増幅」の力が放つ白金の光。それにより周囲の花々はよりいっそう咲き誇る。

誰の合図も無くとも二人の騎士はその手に持つ剣を同時に振り払った。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!』

我が麗しき王への継承(クラレント・サクシィードアーサー)!!!』

 

intelude out

 

intelude 17-4

 

二人の王はまた同時に現れた。

双方ともに傷ついていて膝をついて肩で息をしている。

しかし先に立ち上がったのはアーサーの方だった。

「信じがたいことだがお前の宝具は我が聖剣と互角だったようだ。だがここまでのダメージが勝敗を分けたな」

アーサーはその剣をセイバーに突きつける。

「もはや手心を加える必要はあるまい。貴様らを殺し、マスターの願いを果たすとしよう」

そして振り上げられた剣がセイバーに向かって伸びる。

「セイバー!」

セイバーは力尽きたのか、うつむいたまま動こうとしない。

その瞬間、何処からか声が響いてきた。

全て遠き理想郷(アヴァロン)

そしてアーサーの腰にぶら下がっていた鞘が爆発した。

「なっ!?」

声は止むこと無く響いてくる。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

円卓の騎士団(ナイツ・オブ・ラウンド)

その度にアーサーの体が爆発していく。

「ハルノオ!」

気がつくと船のヘリにキャスターが立っていた。

そして味方である筈の二人がささくれだった言葉をかわす。

「バカな、貴様の心臓には私の剣の破片が突き立っていた筈…」

「そんなの、とっくにランサーがとってくれたわ」

「な…しかしそれでも、我々に反抗できぬよう霊基を改造しておいた筈だ!」

「ええ、そっちはまだ効いてるわ。だからこれは私の意思ではないの」

「何だと!?」

そう言うとキャスターはいつものように真意をつかませない笑みで言葉を返す。

「これは雪乃ちゃんの意思。私を呼び出したときに令呪まで使って言ったのよ、聖杯をもたらせってね、それはまだ私の中に残ってる」

「な…に…」

そしてアーサーは今回持ってきた全ての宝具を壊れた幻想にされていく。

彼女の宝具の多さが逆に仇になる。

彼女は自らの敗北を受け入れたようでそれに抗おうとはしない。

「すまない、マスター。貴方の願い、叶え、られなか、った…」

そして最後の宝具が爆発すると共に光の粒となって消滅した。

「キャスター、お前、最初から味方だったのか?」

「いいえ、私は私以外に味方はいないもの」

「まったく、それならはじめからそう言え、キャスター」

「あら、久しぶりにあったんだもの、少し位の長話は付き合うのが男の甲斐性でしょ?」

二人の間に何があったのか、キャスターとアーチャーは互いをみつめあう。

甲板の面々は勝利の余韻に浸るようにただ会話を楽しんでいる。

しかしいつまでもこうしてはいられない。

俺達の目標はあくまで聖杯なのだから。

「みんな、比企谷君が!」

その余韻を冷ますように雪ノ下さんの声が響く。彼女の様子はとにかく鬼気迫るようで、慌てて俺は声のした方に振り向いた。

そしてその光景に絶句した。

雪ノ下さんの隣にいたのは、奥を覗くことなど到底できはない深い深い闇の塊だった。

「な!?」

俺は見た。そんな風に変わってしまった比企谷を見る視界の端で、アーチャーが弓を構えたのを。

 

 



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こうして此度の聖杯戦争も終結する

intelude 18-1

 

「やめろ!」

俺の声など聞かず直後アーチャーが矢を放つ。

比企谷を貫く前にセイバーがそれを叩き落とした。

一連の流れに皆もようやく状況を理解する。

「どけ、セイバー!その男は人類の敵だ!」

「はっ、お前が俺とやろうってか?」

確かに今のセイバーはただのサーヴァントでは勝ち目はないかもしれない。だが今の問題はそんなことじゃない。

「どういうことだアーチャー!説明しろ!」

「鈍い貴様にはわかるまい。この男はただ存在するだけで敵意を向けられるのだ」

意味がわからない。何で比企谷がそんなものにならなくちゃいけないんだ?

「そうだろう、凛?」

俺は遠坂を見る。その顔は優雅とは程遠く歪んでいる。

「そうね、おかしな話だけれど、その男が今はどうしようもなく憎いわ」

なっ!?いったいどうなってるんだ!?

「そいつはアンリマユを取り込んだことでその能力を得た。おそらく一度呪いに侵されたものは耐性ができるのだろう。だがそんなものはごく限られた人間だけだ」

「だから、何で比企谷がそんな事にっ…!?」

「比企谷君は私と聖杯の泥をかぶって、気がついたら…」

俺の質問に答えたのは雪ノ下さんだった。

「理由などどうでもいい。この男はいずれ全世界の人間から敵意を向けられる。いつここに核爆弾が飛んできてもおかしくはない」

「そんなの変だろ。だって、比企谷は何もしてないじゃないか!」

「それが問題なのだ!何もしていないにも関わらずその男は人類始まって以来の敵になっている。阿頼耶の守護者としてそういったものを排除してきた私にはわかる。世界はいかなる手段を用いたとしてもこの男を排除するだろう、回りの犠牲も省みずにだ!!」

そしてアーチャーは再び矢をつがえる。

「その前に私が殺す」

「やらせねぇってんだろ」

その前にセイバーがたちはだかる。

「ふざけるな、セイバー。貴様にもその男の呪いは効いている筈だ」

確かにそうだ、何故セイバーはそれでも彼の為に剣をとれるのか。

「こいつがムカつくのはいつものことだ」

セイバーの解答はそんなあっけないものだった。

そんなことで呪いをはねのけ世界を敵に回そうと言うのだ。

「無駄だ、聖杯戦争が終われば我々は消える。その男を守り続けることはできないぞ」

「やってみなきゃわかんねぇだろ」

セイバーの奔放さに、アーチャーは顔をしかめる。

「ちっ、ならば理想を胸に果てるがいい」

一触即発の二人。直後先程まで共に戦っていた二人はその刃を交わらせる。

「ゴメン、士郎。私はアーチャーにつく」

「スマナイ、比企谷…」

遠坂と平塚先生がそれに混ざっていく。

「どうする?雪乃ちゃん」

「…」

雪ノ下さんはまだ悩んでいるようだ。

彼女達は比企谷の呪いを受けていないのだろうか。

俺はどっちにつくべきなんだ。例えアーチャーや遠坂を倒しても、比企谷が死ぬまで新しい刺客が現れ続ける。倒す度に強大に、回りの被害を考えずに。

なら、比企谷を殺すべきなのか?それが正しい選択なのか?

その時俺達を乗せ雲の大海をいく船が大きく傾いた。

「何だ!?」

「アーサーが消えて制御者がいなくなったのね。ライダーは磔だし、この船落ちるわよ」

キャスターが悠長にそんなことを言う。

ガキィン、キィン!

こんな状況でも戦い続ける二人のサーヴァント。

くそ、どうすれば…。

直後、俺達を大きな魔力の奔流が襲った。

 

intelude out

 

気づくと俺はまた暗闇の中にいた。アンリマユを受け入れてからいったいどれだけの時間が流れたのだろう。時の概念もないここではわからない。だがおそらく俺は二度とここから戻れないのだろう。だとすれば時間なんてどうでもいいことだ。

すると目の前に何処かの映像が流れてきた。

そこに映っていたのは、俺に敵意を向ける世界中の人々。

俺への罵詈雑言が絶えず耳に入ってくる。

その全てが理由もなく俺に畏れ、憤り、怒りにかられている、それに疑問を持つ者は一人もいない。

それが俺の能力であるらしい。

だが良いこともあった。

俺の抹殺に協力することを条件に各地で平和条約が結ばれ戦争が終わっていく。

戦力とするために貧国に物資が供給される。そういったことで仕事にありつける人もいる。

例え巨大な敵が現れても人類は一つにならないだろうと誰かが言った。

だがそんなくだらない敵意すら俺は掬い取ってしまう。

そこには平和な世界が広がっていた。

おそらく、人類が文明を築いてからはじめての、誰も傷つかない世界。

そこは何かがかけている気がするけれど。

誰かがいない気がするけれど。

俺はそれに気づけなかった。

もう良い…。

俺がそう呟くと映像は消え元のまっ暗闇に戻った。

月明かりすら入らない本当の闇のなか俺はただただ漂い続ける。

もう意識も要らないと目を閉じる。

俺の世界は闇に閉ざされる。

比企谷八幡はそこで終わりを迎えた。

筈だった。

ぼんやりと口の周りが暖かいのに気づく。それが気になって俺は再び目を開けた。

そして俺は見えた、真っ暗な世界にうっすらと光が差し込んでいるのを。

それは俺の中にある輝き。力強くも眩くもない。けれど俺の心を掴んで離さないほんの小さな光。

俺はそれに手を伸ばす。決して届かないとわかっていても俺はそれが欲しかったのだ。

気がつくと目の前にはセイバーの顔があった。

世界は朝焼けの朱色の光に包まれているが、彼女の頬が紅潮しているのが確かに見てとれる。

「いったい何がどうなったんだ?」

俺は彼女に尋ねる。俺たち二人は海の上に浮かぶ小さな船に立っていた。周りには誰もいないのでそうするしかない。

「聖杯を使ったんだ、お前が呪いを吸いとったから普通に使えた。また汚れたかもしんねぇけど」

そういうことか。

「良かったのか?お前の願いは」

そう言うとセイバーは普段とは少し違う穏やかな笑顔を見せる。

「オレの願いはもう叶った」

セイバーがあまりにも満足げに笑うので俺もそれ以上は追求しない。

セイバーは俺を斬って得た力を既に失っていたが、それでも俺には彼女が代わらず輝いて見えた。

「たく、世話のやけるマスターだぜ」

「もうマスターじゃないけどな」

強いて言えば元マスターか。

「なら…、…ハチマン…か?」

恥ずかしそうにそう口にする彼女の姿になんだか俺まで照れ臭くなってしまう。

するとセイバーが光の粒になって消え始める。

どうやらもう御別れらしい。

それははじめから、出会ったときからわかっていたこと。

後悔はない。

ただ胸の中にほんの一抹の寂しさが覗くだけ。

「そうだ、一つだけ、伝えないと―――」

セイバーがそう言うと一迅の風が吹き、彼女の黄金に輝く髪を揺らした。

「――――――ハチマン、お前を愛している」

風が吹き抜けた時、そこに彼女の姿はなかった。

それが事の終わり。

此度の聖杯戦争の幕引きだった。

 

………………

 

「聞いてよハチマン、シロウってばほんとに朴念仁なんだからー」

「待ってください、私の話が先です!」

「はあ、少し静かにしてもらえるかしら?」

あれから衛宮と遠坂さんはロンドンに帰り、

聖杯の力で元気になったというイリヤはたまにこっちに遊びに来るようになった。

あと何故か一色も入り浸っている。

何故かといえば、俺もあれから雪ノ下の元で観察処分になり、こうして特別棟の例の部屋にとどまっているのだ、解せぬ。

雪ノ下の家も大変だったようだが今もこうして学校に来ている。

すると勢いよく部屋に一つだけある扉が開かれた。

「依頼者をつれてきたぞー!」

平塚先生が中に入ってくる。

「先生、ノックをしてください」

そして俺達は何故か「奉仕部」という活動を始めていた。

「あれー、由比ヶ浜先輩、どうしたんですかー?」

「な、何でまたいろはちゃんとヒッキーが…?」

どうやら俺への悪意は能力が消えるとよくわからない疑問になって、それもいずれは消えていくらしい。

「私はホウシブ?に、お願いがあって…」

「なんですかホウシブって、私聞いてませんよー」

お前は奉仕部じゃないからな。

そんなこんなで俺達の日常は続いていく。

戦いの日々の記憶を残して…。

 

 

 

 

 

 

 



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night snow
かくして彼は彼女と歩み始める


別ルートスタートです。同じ流れの所は飛ばして、第7話の、説明が終わりゆきのんがセイバーを引き抜こうとしたところからスタートです。


「なら、手を組むっていうのはどうかしら?」

すると当然雪ノ下の隣に女性が姿を現す。

その隣にぼや~っとゲーム画面のようなものが見える。これがステータスだろうか?

ということはこの女性が雪ノ下のサーヴァントなのか?

「はぁい、雪乃ちゃんのサーヴァント、キャスターこと、雪ノ下陽乃です!」

本来であれば隠さなければならない筈の正体を堂々とばらすキャスター。しかも雪ノ下だと。

これはブラフっぽすぎてブラフじゃないと見せかけてやっぱりブラフなパターンか?

「姉さんは引っ込んでいてくれるかしら?」

そのキャスターを姉さんと呼ぶ雪ノ下。ブラフだとすれば大した周到さだが…。

セイバーやランサーと違い、その格好は現代の服を着こなしている。

容姿も何も無ければ雪ノ下の姉だと納得していただろう。雪ノ下と違いだいぶ表情豊かだが。

「そのげひた男と手を組むなんて背中から撃ってくれと言っているようなものよ」

酷い言われようだがわかってしまう自分が悲しい。

いや、俺が雪ノ下を裏切るという意味ではなく要は信頼の問題だ。

手を組むということは相手の成果を前提にしなければならない場面もある。そうでなければ手を組む意味がない。

しかし俺も雪ノ下も相手を信頼することなどとうてい不可能だ。今までそう生きてきたのだから。

「酷いなー雪乃ちゃん、君もそう思うよね?」

するとキャスターがこっちに歩いてくる。

その眼前にセイバーが剣を突き立てた。

「それ以上近付けば斬る」

か、かっけー。俺の言ってみたいセリフランキング第6位のやつじゃん。これは惚れてしまう。

「かっこいー!ねぇ雪乃ちゃん、やっぱり手を組みましょう!」

それでもキャスターは今自分を脅した相手を仲間に引き込もうとする。

「彼はともかくセイバーは最優のクラスよ?私は近接戦闘が苦手だし、だからこそ雪乃ちゃんもセイバーを勧誘したんでしょ?」

「姉さん…」

雪ノ下の顔が険しくなる。さっきからキャスターが言ってはならないことを言っているからだ。

ていうか俺はともかくなのかよ。事実だけどよ…。

「セイバーも手を組むならOKでしょ?素人のマスターに雪乃ちゃんが色々教えてくれるよ?」

「勝手に話を進めないでくれるかしら」

「それはそいつが決めることだ」

キャスターの視線が俺に向けられる。

本当にこの人は雪ノ下の姉でサーヴァントなのだろうか。

その性格は対照的で明るく朗らかだ。であれば、雪ノ下とも上手くやっていけるのかもしれない。

それに色々と教えて貰えるのなら俺も心強い。

「良いのか?雪ノ下」

すると彼女はこっちを睨み付けてきた。怖えよ、あと怖い。

その後溜め息をついてからようやく俺の質問に答えた。

「仕方ないわね」

俺と雪ノ下は晴れて手を組むことになった。

 

………………

 

そして俺は今雪ノ下のマンションに来ている。

学校からここまで直接連れてこられた。

「ちょっと性急過ぎないか?」

「私の下僕になるなら中途半端は許さないわ。夜までにできることはやっておかないと」

「いや下僕じゃなくてせめて味方といえ」

「きゃーっ、雪乃ちゃん、だいたーん」

後ろではなんか騒いでいた。

こうして俺は雪ノ下の部屋へと上がった。

そこは予想外というか予想通りというか、物が少なくすっきりとした内装だった。

まあ、雪ノ下らしいといえばらしい。

「もー、そんなにジロジロ見て、もしかして比企谷君って彼女いたことない?」

「まーそうっすね、今は」

今はの部分を強調しておいた。

「ふーん、じゃあ雪乃ちゃん何てどう?」

「姉さん、ちょっと黙っててくれるかしら。そんな不遜で常識のない男と私が釣り合うはずないでしょう。せいぜい召し使いが妥当だわ」

「てへ、怒られちゃった」

そう言ってキャスターは消えていった。

「騒がしいお姉さんだな」

「…そうね、昔からそうだったわ」

昔…か、そういえばキャスターの他にも現代の姉がいるはずだよな。その人もマスターの一人なのだろうか。

しかし俺は何となくその事を尋ねることができなかった。

「で、まずは何するんだ?」

「そうね、とりあえず魔術回路を通さないと…」

すると雪ノ下は俺の体をペタペタ触り始めた。おおう、これは…。

「変なこと考えたら殺すわよ」

殺すって言ったよこの人。あれは本気の目だった。

俺にはわかる。

「とりあえずこれを呑んでみて」

そう言って丸いあめ玉を渡された。どういうことだ?

「噛まずに一呑みするのよ」

とりあえず言われた通りにする。わりと大きめのやつで少し喉が苦しい。

次の瞬間体が燃えるように熱くなった。

「あああああああ!」

まるで身体中の神経がげいきしたように熱い。

しかしそれも乗り終わったブランコのように少しずつ収まっていく。

「はあはあ」

「貴方の魔術回路を無理矢理起こしたわ。今の感覚を覚えておいて。次はそれをオンオフするだけで良いから」

まだ体に違和感を感じるがだいぶましになってきた。

そしてまた雪ノ下が俺の体に触れる。

「おかしいわね…そんなことは…」

しかし何やら納得がいっていないご様子。おいおい勘弁してくれ。これで繰り返すことになったらもう家に帰るぞ。

「そういうこと…」

ようやく雪ノ下が俺の体から離れる。

「ごめんなさい、貴方の回路数が少なすぎて見つけづらかったの」

「少ないってのはつまり弱いということか?」

「そうね、私を100とするなら貴方は1かしら。ちなみに後から増えることは無いわ」

雪ノ下は俺に哀れみの表情を向けてくる。

残念でしたー、魔術が使えるだけでうれしいでーす。

「それじゃあ、次は貴方の属性を調べるわ」

「属性?ってなんだ?」

「その人の起源からくる魔術師としての方向性ね。当然それからそれれば効果は薄くなるわ」

はーん、タイプ一致技は威力が上がるみたいなことか。

「さっきを思い出してこれに魔力を通しなさい」

渡されたのは5枚のカード、絵柄はなく全て真っ白だ。

俺はその内一枚を手に取ると目を閉じあやふやな記憶を頼りにそれを再現する。

次第に体はぼやっと暖かくなり、それがカードに伝わっていくようだ。

次の瞬間カードはボロボロに崩れさってしまった。

「まて、俺は悪くないぞ」

「はあ、それは使い捨てだから。そのまま続けなさい」

なんだよ驚かせやがって。

俺は同じようにして次々にカードを取っていく、しかしどれも同じように塵へと還ってしまった。

「やっぱり基本の5属性ではないのね」

「やっぱりってなんだ。まるで俺が非常識な奴みたいじゃないか」

「当然でしょう、余り物君」

「余り物には副があるんだぞ」

それに一人少ないとこに入るから余りはしない。うちのクラスに余り物はいません。

「それじゃあ、別のを持ってくるから、少し待ってなさい」

そう言って雪ノ下は部屋を出ていってしまう。後には俺一人が残された。

それにしても本当に質素な部屋だ。おしゃれともいえるかもしれない。

あまりに女の子してると緊張してしまうので俺はその方がいいが。

「あれ?比企谷君一人?」

するとキャスターが現れる。

「なんか補充のカード取りに行きました」

「あー、やっぱり基本の属性じゃなかったんだ」

あんたもか。そんなに俺って特別に見えるのかしら?

「比企谷君って他とは違いますって感じだもんねー」

なんか言い方に含みがあった気がするがここはあえてスルーする。

「キャスターの属性はなんなんだ、ですか…?」

「あはは、普通にタメで良いよ、今はサーヴァントなんだし」

しかし見た目は年上のお姉さんなので何となく気楽に話しづらい。しかしキャスターさんというのも変な感じだ。

「どうせなら、雪乃ちゃんみたいに姉さんって呼んでも良いんだぞ?」

「俺の兄妹は愛しの妹だけなんで」

えー、とキャスターは横でぶーたれている。しかしこれだけは譲れない。

「私の属性はね、全部だよ」

すると不意にそんな事を言ってくる。

全部、といわれても魔術に疎い俺にはよくわからない。

「雪乃ちゃんは基本の五つ全部、らしいよねー」

「そうですか?」

どちらかというと雪ノ下も俺と同じはぐれものの一匹狼に見える。

「ふーん、君にはそう見えてるんだ?」

「違うんですか?」

「さあ、属性はあくまで根っこの部分。どんな花かは咲いてみないとわからないからねー」

よくわからないが、どうやら俺とキャスターでは意見が別れるらしい。

まあ、俺より実の姉である彼女の方がよく知っているだろうし、特に言い返す気もない。

そうこうしている内に雪ノ下が戻ってきて、キャスターは消えていった。

「姉さんと何を話していたの?」

「魔術の話、俺にはよくわからねぇけど」

「そう」

雪ノ下は追加の2枚のカードを俺に渡してくる。それらに俺は魔力を通す。

すると片方に反応があった。

「これは…」

「なんかわかったのか?」

これが俺の属性ということだろうか、しかしカードは真っ白のままで何も読み取れない。

「貴方は無属性よ」

「は!?」

無属性!?って属性はないってことか!?

「勘違いしないで、属性が無いのではなくて、「無」の属性という意味よ」

無の属性ってなんだ、ノーマルタイプってことか?

「それは、何ができるんだ?」

たいあたりとかづつきとか言われても困る。

しかし雪ノ下は何かを言い淀み、なかなか俺の質問に答えない。

「…正直に言うと、実はまだあまり研究が進んでいないの。あまりに人が少なすぎて」

まじか、やはり俺は生まれながらに選ばれし者だったというわけだ。選ばれたのは八幡でした。

「大っぴらに知られると研究材料にされる可能性もあるわ」

こっわ、魔術師こっわ。もう家から出ないようにしよう。

「それで、結局俺は何をすればいいんだ?」

「そもそも魔術の研鑽には多くの時間がいるの。元々一般人の貴方が聖杯戦争中にまともな魔術を覚えるのは困難よ」

「ええ…、じゃあ今までのはなんだったんだよ」

「他のことに使うのよ。貴方ランサーに体当たりをきめたらしいわね?」

「ああ」

確かにその通りだが、まさか本当にポケモンになるの、俺?

「普通サーヴァント相手にそんな事できないわ。貴方は極端に気配が、影が薄いのよ」

今、言い直す必要ありました?雪ノ下さん。

「なので貴方にはアサシンになってもらいます」

続いて雪ノ下の口から飛び出したのは、そんな突拍子もないことだった。

サーヴァントのクラスの一つ。その名の通り暗殺術を得意とする英雄。それって英雄と呼べるのか?

「隙をみて、サーヴァントかマスターを殺しなさい」

果たして、俺にそんな事が可能なのか。

すると雪ノ下は俺の正面から立ち上がった。

「話は以上よ、晩御飯にするからそれをかたづけておきなさい」

そう言って部屋の奥に消えていった。

俺は塵に還ったカード達をまとめゴミ箱に捨てる。

「雪乃ちゃんの手料理だぞー、喜べ少年」

するとまたキャスターが現れ俺をからかってくる。

まああの雪ノ下なら料理も完璧にこなすのだろう。その姿は容易に想像できる。そして自慢げに笑うのだろう。

しかし既に俺は掃除を終え手持ちぶさたなのでそれを阻止しに台所へ向かう。

「何か手伝うことあるか?」

「別にないわ、貴方は先に座っていなさい」

しかし雪ノ下はそっけなくそれを断る。

その姿は制服の上にエプロンをつけていて調理実習のようだった。

「安心しろ、これでも料理は小学生の中ならトップクラスだぞ」

「それを聞いて何を安心しろというのかしら」

雪ノ下は深く溜め息をつく。

いやいや、お前小学生がやってる夕方の料理番組見てないのかよ。あれおんなじの何度もやるから飽きるんだよな。

「仕方ないわね、貴方は切った野菜を炒めてくれるかしら」

そう言ってコンロの前を空ける雪ノ下。

「二人の共同作業を邪魔しちゃ悪いから、お姉ちゃんは向こうで待ってるねー」

「姉さんの分は無いわ」

「えー!?」

姉妹のそんなやり取りを横に俺はせっせと仕事をこなす。

はあ。

すると何度目かの溜め息が聞こえてきた。

雪ノ下でもあの姉の扱いは苦労しているようだ。

「そういえばあの人属性は全部っていってたけどどういうことなんだ?」

「言葉通り全部よ、基本の地、水、火、風、空と特異な虚数、貴方と同じ無」

まじか。その規格外差は魔術に疎い俺でもよくわかった。

「それならサーヴァントになっちまうのも頷けるな」

「…そうね」

それからは一言も発さずもくもくと調理を続けた。

それを食べ終えると時刻は8時半。そこからは延々と物に魔力を通す練習をさせられた。

そしていざ出発の時間になると雪ノ下が声をかけてくる。

「さすがにすぐには無理だから今日はこれを被ってついてきなさい」

そう言うと雪ノ下は何かを手渡してくる。

それは強盗犯が被っているような目出し帽だった。

「何、これ?」

「貴方はいずれアサシンになるのだから、素顔を知られると厄介でしょう?」

いや、こんなん被った奴が夜中出歩いてたら、別の意味で厄介なことになるだろ。

「本当は顔の皮を剥ぎたいのだけれど…」

雪ノ下は真剣な顔でそんな事を言う。いや猟奇的過ぎんだろ。そこまでしないといけないの!?こいつが言うと本当にやりそうだから怖い。

「厚顔無恥な貴方ではそれも無理ね」

「無恥は関係ないだろ無恥は」

要するに面の皮が厚いと言いたいのだ。雪ノ下はうまいこと言った、みたいな顔をしている。ハイハイ、うまいうまい。

そうして俺達は夜の町に繰り出した。

 

 

 

 



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魔王は味方になると弱くなるなんて事は無かった

セイバーを召喚してから次の日の夜。俺は雪ノ下も含めた3人で町を歩いていた。

いや正確には雪ノ下のサーヴァント、キャスターもいるが彼女は霊体化して姿を隠している。

「何処に向かってるんだ?」

「人気のない場所」

夜にこんなことを言われるとリンチにでもあうんじゃないかと心配になるが今は聖杯戦争中、魔術は人に見られないようにするのが鉄則であるらしい。

だからひどい目にあわされることは無い筈だ、筈ですよね?雪ノ下さん。

すると令呪に強い衝撃が走る。

俺が立ち止まると同時に雪ノ下も止まった。

「敵か?」

セイバーが声をかけてくる。

「ええ、…どうやら誘ってるみたいね」

「どっちだ?」

「埠頭の方かしら」

それを聞いたセイバーが一目散に駆けていく。

俺と雪ノ下もそれを追う。

息をきらして暫く走ると船着き場が見えてきた。

そこには先客がいて、赤いコートを纏った女性と赤銅色の髪の男性が立っていた。

その二人にセイバーはいきなり斬りかかる。

「セイバー、左上!」

すると雪ノ下が何か指示を出す。

直後セイバーが何かを弾いた。数回それを繰り返すてセイバーは一度引いて戻ってくる。

弾かれた物が一つ飛んできたのでそれを確認すると、細長い棒の両端に羽と矢じりがついている。矢だ。矢は数秒後光となって消える。

となると相手のサーヴァントはアーチャーなのか?

だが相手もこっち同様二人組だ。二人目のサーヴァントの可能性を無視するわけにはいかない。

すると敵の傍らに赤い外套を纏った長身の男が現れた。

再びセイバーが斬り込んで行く。

その剣を現れた男が受け止めた。

あいつが二人目のサーヴァントなのか?

しかし飛来する矢は止んでいる。

じゃああいつがアーチャー?だがなんでわざわざ前衛に出てきた、しかもセイバーがなかなか攻めいれていない。

次の瞬間、相手の三人とセイバーがその場から消えた。

「なんだ!?」

「固有結界よ」

するとキャスターが姿を見せる。

「待ってて、すぐこじ開けるから」

そしてキャスターは手を前に出し何言か呟くと、一瞬にして景色が変わった。

「!??」

何がなんだかわからない。

向こうでは消えた筈のメンバーがいて、セイバーは無数の剣に襲れていた。

敵は何やら驚いた顔をしている。

「雪乃ちゃん、いける?」

「…当然でしょう」

「じゃあ流れは私が作るから、とどめは任せた」

そう言うとキャスターはまるで弓を構えるようなポーズをとる。

隣に雪ノ下も立つ。

いったい何をしようというのか。

直後周囲に突き立てられた剣が二人に飛来する。

星巡る方舟の灯(スターライトアロー)!』

キャスターの見えざる弦が爪弾かれる。

「はあ!」

そこを出発点に、まるで流れ星が世界を切り裂いたかように荒れ果てた荒野が一面の銀世界に変わっていく。

突き立てられた剣達は一様に氷の彫刻へと変貌した。

そして見えざる矢が敵に届く寸前、再び世界は元の千葉の一角に戻った。

「凛、一度引くぞ」

「させるかよ!」

待っていましたとばかりにさっそく飛びかかるセイバー。

次の瞬間、敵の青年の腕が切り落とされた。

セイバーが狙ったのは赤いコートをきた黒髪の女性の方だ。その女性を青年が庇ったのだ。

その間に敵サーヴァントが追い付き、再びセイバーと剣を交わらせている。

「衛宮君!?」

女性が駆け寄る。

その周りは既に血だまりができている。

これは命をかけた戦争だ。

やらなければ自分がやられる。それはわかっているが、その光景に腹から何かが這い上がってくるのを感じる。

「どうする?雪乃ちゃん」

キャスターが問いかける。

当然、追い討ちをかけるかいなか。

相手のサーヴァントはセイバーが食い止めている、今が絶好の機会だろう。

「………やりなさい」

少しだけ遅れて雪ノ下の非情な命令が飛ぶ。

それを聞いたキャスターが飛び、出さない。

「とどめは雪乃ちゃんがって言ったわよね?」

「!?」

その場の空気が凍る。

確かに言っていた。俺もこの耳で聞いている。

「…ふざけないで、姉さん」

「ふざけてなんていないよ、それともできないなんて言わないわよね?この期に及んで」

「…っ!」

雪ノ下の表情はわからない。

だが彼女はその手を倒れている青年に向ける。

俺の目にはその手が震えているように見えた。

「確か、それを了承してもいませんでしたよね?雪ノ下は」

「比企谷君?」

雪ノ下がこっちを向く。その顔は困惑と悲哀と安堵が混ざったような、彼女らしからぬ歪んだ表情をしていた。

「ふーん、まあいいけどね。苦しいのは雪乃ちゃんだよ?」

確かにそうだ。俺がしたのは彼女を暗い谷底に引きずり込むような事なのかもしれない。

そう言うとキャスターは倒れている青年に手を向ける。

その直後またしても敵三人の姿が消えた。

「あらら、逃げられちゃった」

キャスターは上げた手をおろす。

「さっきみたいに追えないんですか?」

「んー、あれって少しなら戻ってくる場所を変えられるのよ、たぶんもうそっから令呪で逃げたんじゃないかな?」

何て逃げ足の速さだ。戦うだけではなく駆け引きを知っている。戦闘のプロだ。

「どうする?雪ノ下」

「そうね…今の相手の分析をした方が良いかもしれないわ」

その声は未だ弱々しい。

「そう?まだ家を出て間もないし、今夜中にまた攻めてくるとは思えないから、探索を続行しても良いと思うけど」

再び意見の食い違うサーヴァントとマスター、そして姉と妹。

正直、この二人の関係は俺が思っているようなものとは違うのかもしれない。

「どう思う?セイバー」

俺は第三者、戻ってきたセイバーに判断をあおいだ。

「とりあえずあの弓兵が操ってた剣、ありゃあほとんどが宝具だった」

セイバーの答えはとんちんかんなものだったが、その中身はとてつもないものだった。

「ほとんどってあの数がか?」

うろ覚えだが、ぱっとみ千はくだらなかった筈だ。

「そんな事ありえるのか?」

「それは…あったのだから仕方ないけれど、常識的にあの数の逸話を持っている英雄何て存在しない筈だわ…」

「今になくても、未来にならあるんじゃない?」

キャスターがそう会話に入ってくる。

未来ならあり得る?そんな事が…あっ。

確かにキャスター自身も未来の英雄だった。

「あの英霊を知っているの?姉さん」

「残念だけど知らないわね」

ということは今よりもさらに未来の人物なのか?

「さっ、これで作戦会議は終わったでしょ」

「…仕方ないわね」

俺達は再び夜の探索を開始する。

しかしこの日はこの後敵に遭遇することは無かった。

「それじゃあ、今日はここまでにしましょう」

「またねー」

俺達はその場で解散する。

そのままセイバーと二人自宅への夜道を歩く。

街灯に代わる代わる照らされながら、俺は今夜の出来事を振り替える。

思い返されるのは血だらけで倒れている男性。

昨夜の平塚先生と同じ、目の前で人が人では無いものに変わっていく。

その引き金を自分で引けるのか?

「はあ、はあ」

「おい、素人があんま無茶すんじゃねえよ」

息がくるしい。しかしやらなければやられてしまう。

もう後戻りはできないのだ。

「戦いはオレに任せておけ」

セイバーは胸を誇らしげに叩く。

その姿は今の俺にはとても心強く写った。

「ああ」

ふと空を見上げる。そこには夜を照らす月が輝いていた。

その後、俺は家族に見つからないようにひっそりと部屋に戻り就寝した。

 

interlude 1-1

 

「つう…うぅ」

「後ちょっとだから、我慢しなさい」

斬られた腕を再生魔術で繋ぎあわせる。

その時は傷口を露にしなければならないので、文字どおり神経を直接やすりにかけられたように痛い。

かくして一度離れた腕が俺の体に戻ってきた。

「はぁー、悪い、遠坂」

まだ違和感はあるがそれは既に指先の感覚まで繋がっている証拠だ。朝までには完全に修復されるだろう。

「礼ならアーチャーにって、そりゃ無理か」

「あいつは遠坂のサーヴァントなんだから、遠坂のおかげでもあるだろ」

「ハイハイ、それで私を助けたのは士郎だしこれでおあいこね」

うむ、これで後腐れもない。この話は終わりだ。

「さてと、それじゃ今日の反省会といきましょうか」

「お、おう」

「ちょっと、そんなに萎縮しないでよ。今夜の敗走、もとい戦略的撤退は、別に誰かの責って訳じゃないんだから」

遠坂が反省会何て言うと既に強張ってしまう程調教されてしまっている自分が悲しいが、今回はそこまでの心配は要らなそうだ。

それはひとえに相手の強さ故だろう。

「正直いってなめてたわ。まさか固有結界に干渉してくるなんて」

相手の、たぶんキャスターだろうか、は結界で寸断した壁を無理矢理繋ぎ会わせた。

おまけにセイバーもいてはこちらのカードが足りないと言わざるをえない。

「それにあいつ、マナを操ってた」

キャスターが見えざる弓を引いた時、周囲のマナが彼女に集まりだした。

ふつう魔術師は結界や礼装を用いて自分好みの領地を作り上げる。

だがキャスターは固有結界の中でさえ瞬時にそれを行えてしまう。つまりどこであろうと彼女に都合のいい、もしくは相手に都合の悪い場所に作り替える事ができるわけだ。

「これは応援を呼んだ方が良いかもね」

「応援?」

「そ、応援」

その笑顔に再び俺は恐怖した。そして今回のはおそらく、いや間違いなく勘違いじゃない。

すると遠坂は何処かに連絡をとりはじめた。

 

interlude out

 

《…で爆発があり、死傷者は…名、原因は地下ガスによるものだと…》

「ガス爆発だって、怖いなー」

朝のニュースを見て小町がそんな事をいっている。

このタイミングで爆発なんて、間違いなく聖杯戦争がらみだろう。

「小町も危ない所には行くなよ。後、夜中出歩くのもな」

「もー、小町ももう高校生だよ、それぐらいわかってるから!」

そう言って腰に手を当て怒りを表す小町。高校生ならそのポーズはしないと思うが。

しかし今年いっぱいはまだ中学生だしセーフだろう。なんなら永遠に中学生でもかまわない。

「なるべくゆっくり大人になってくれな」

「小町はいくつになってもお兄ちゃんの妹だよ!今の小町的にポイント高い!」

成るほど、妹はいくつになっても妹、これは至言だ。妹は永遠なり!

そんな朝の一時を過ごしながら俺は優雅にコーヒーをすする。

戦争中とは思えない穏やかさだ。

「てめえ、何しやがる!」

急に誰かの怒鳴り声が聞こえてそっちを振り向く。そこではセイバーとカマクラが喧嘩をしていた。

全くせっかくのコーヒーブレイクが台無しだ。

「え?」

すると小町の呟きが聞こえてくる。

その瞳は喧嘩してる二人を見ていた。

あれ?小町にも見えている?あれ、これ、やばいんじゃね?

ブーーーーーー!

俺は口に含んだ黒い液体を吹き出した。

「どういう事お兄ちゃん、ちゃんと説明して!」

というわけで俺は小町に詰め寄られていた。

どうやって説明したものか…。

「え~と、あいつはホームステイというか~」

「ウソ!小町聞いてないもん!」

やはりこれは無理があるか…。

「実は迷子を拾ったんだ」

「ウソ!お兄ちゃんがそんなめんどくさい事するわけないもん!」

なんだその理由は。しかし我ながら納得してしまった。やはり小町をごまかすのは無理がある。

かくなるうえは。

「すまん小町、何も聞かずに、親父達にも内緒にしてくれないか?」

「うん、いいよ」

いいんかい!?

「小町、こういうの待ってた!ようやくお兄ちゃんにも春がきたんだね!」

そう言ってセイバーに駆け寄っていく。

うちの妹がアホすぎて将来が心配だ。

二人は何やら話し込んでいる。

相手は現代人じゃないし地雷を踏まないか心配だが、小町はそういうとこめざといし大丈夫だろうか。

とりあえず問題は一段落し、俺は学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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どうしてもライダーの言動は気持ち悪い

教室に入るといつものように淀みない動作で席につき、よみさしのライトノベルを開く。

文字に集中すれば周りの薄っぺらい会話を聞かずにすむ。

まあラノベも軽いって自分で言っちゃってるけど、つまりこうして一人本を読む俺も周りのやつらと同じで青春しているということだろう、うん。

いつものように授業が始まるのを待っていると、いつもと違って声をかけられた。

「ヒッキー、何読んでるの?」

それは明るく染めた髪を右上でお団子にした見るからに今時のジョシコウセイって感じの奴だった。

なんだ?こんな奴が俺に話しかけてくるなんて。ははーん、さては罰ゲームかなんかだな。もしくはキョドる俺の様子を見て楽しむとかそんなところだろう。

だが百戦錬磨のこの俺はそんなトラップには引っ掛からない。適当に話を合わせていれば向こうも引き下がるだろう。

「ごめんねヒッキー、なんかそういう流れになっちゃって」

するとその女生徒は俺の耳に手を当てるとゴソゴソとそんな事をいってきた。

吐息が耳に当たってこそばゆい。それになんで女の子って良い臭いがするんだろう。

しかも肘に何かが当たっている。これはあれだな。おで始まり、いで終わるおっぱいだ。

駄目だ、この攻めは強すぎる。俺の心はサレンダー寸前だった。

その時頭の中に何かが入ってきた。

「ユキノシタヲ コロセ」

「っ!?」

「ヒッキー?」

なんだこれは、雪ノ下を、殺せ?

頭が割れるようにいたい。まともに思考できない。

その間にも声はどんどん大きくなって俺の意識を蝕んでいく。

「ユキノシタヲ コロセ!」

「ユキノシタヲ コロセ!!」

「ユキノシタヲ コロセ!!!」

このままでは声に全てを奪われてしまう。思考どころか体の自由すらきかなくなって、おそらくこの声の通りにしてしまうだろう。

だが例えそうなっても俺に彼女を殺せる筈がない。

だが思い出す、昨日の様子を。

彼女は震えていた。倒れている青年にとどめをさそうとして。

その光景を思い出して俺は体に熱が灯るのを感じた。そして同時にあることを思い…出した!

手足に力をいれる。イメージするのはさんざん繰り返した魔力を物に流す事。俺はそれを自分の頭に実行した。

バチン。

直後、声は消え去り意識は元に戻った。

「ヒッキー?どうしたの?」

女生徒が心配そうに声をかけてくる。

まさか、今のはこいつがやったのか?

断定はできない。俺は目の前の女生徒といつも一緒にいる集団を横目で観察する。

どいつもこっちをちらちら見てはにやにやと笑っている。やはり犯人はわからない。ひょっとしたら元凶は一人ではないかもしれない。

「ヒッキー、ヒッキーてば」

その中で彼女だけが本気で俺を心配している気がした。

「悪い、ちょっと疲れてるんだ」

「もー、心配したじゃん」

そう言うと女生徒は戻っていった。どのみちここで騒ぎを起こすわけにはいかない。

その後はいつも通り授業を受けた。

昼休みになるといつものベストプレースに腰を下ろし、今日の戦利品を並べた。

「おいセイバー」

俺が呼ぶと光の粒からセイバーが現れる。

「どれが良い?」

彼女は少し考えるといくつかのパンを取り隣に座った。

俺も残りを取って口に運ぶ。

それからはテニス部の女の子のパコンパコンという壁打ちの音をBGMに一先ず午後に向けた栄養補給にせいを出す。

ふと横を見るとセイバーが金色の髪を揺らしながら美味しそうに購買のパンを食べていた。

その姿に見とれていると彼女と目が合う。

「…なんだよ」

「いや、うまそうに食うな、ただの200円のパンだぞ」

「うめぇんだからしょうがねぇだろ」

そう言うとセイバーはジャムの入ったパンを頬張る。

鼻の先にジャムがついている。

「ついてるぞ」

俺が言うとセイバーは鼻の頭を擦るが粘度の強いジャムはなかなか取れない。

俺はティッシュをとるとそれをぬぐい去る。

「…悪いな」

「大した事じゃねぇよ」

本当に大した事じゃない、誰でもできることだ。ただそれが俺だったというだけ。

すると校内放送が流れてきた。

《ピンポンパンポーン、只今校内に不審者がいるという情報が入りました。生徒の皆さんはその場から動かないでください。繰返します…》

不審者、まさかセイバーの事じゃないだろうな。

ひょっとしたら聖杯戦争がらみかもしれない。

体に緊張が走る。

しかしすぐ後に解決した旨の放送が流れた。

どうやら取り越し苦労だったようだ。

そのまま俺は午後の授業へと向かった。

ホームルームが終わると俺はそそくさと教室を後にし、特別棟の例の教室に向かった。

ドアを開けると前回と同じように雪ノ下がそこで本を読んでいた。キャスターの姿はない。彼女はちらとこっちを見ると再び本へと視線を落とす。

俺はもうひとつ置かれた椅子に腰を下ろした。

そのまま何もない時間が流れる。

そのまま俺も読書に耽りたいがそういう訳にもいかない。

「雪ノ下、少し話したい事があるんだが」

俺がそう言うと雪ノ下は本を閉じこっちに向き直る。

「何かしら?」

「実は今日の朝、教室で話しかけられたんだが」

「そう、おめでとう」

「いや、別にめでたくねぇだろそれくらい」

「あら、それを自慢しに来たんじゃないの?」

「ちげーよ、泣いた赤鬼か、俺は」

「それだと私が青鬼になるじゃない」

雪ノ下はまさに鬼のような顔で俺を睨む。はまり役だと思うが。

「そうじゃねえよ、そんとき頭に変な声が聞こえたんだ」

「声?」

「ああ、お前を殺せっておいやめろ、手を俺に向けるな」

雪ノ下は俺を始末しようとしていた。昨日あんなに震えていたくせに今は全く躊躇がない。それは本気じゃないからだと思いたい。

するとセイバーが現れて間にたった。

「冗談よ、話を続けてちょうだい」

「魔力を流したらそれは消えたんだが、どう思う」

すると雪ノ下がこっちに来て俺の頭に触れる。

そのまま少し撫でる。

なんだかすこしくすぐったい、何をしてるんだ?

「洗脳は完全に解けてるみたいね」

どうやら声の影響を調べていたらしい。

「貴方はその話しかけてきた人が怪しいと思っているの?」

「どうだろうな、俺は魔術の事はわかんねぇし、だからここにきたんだが」

「そうね…遠隔式の魔術なら結界に反応があるだろうし」

「じゃあ、やっぱりあの女が犯人か?」

「そうとは限らないわ、人伝に呪いをばら蒔くこともできるし、直接洗脳するなら比企谷君程度に破られるのはおかしいもの」

俺がなじられているが筋が通っているので反論できない。

悔しいぃ、ビクン、ビクン。

「ってことは裏に誰か居るのか」

「でしょうね」

俺を狙ったんじゃないとすれば、無作為に雪ノ下を襲わせようとしているのか?しかも一般人に。

それともそれは副次的なもので、呪いのかからない奴=魔術師を探す気なのかもしれない。だとすれば俺はばれてしまっただろう。

「失礼する」

すると平塚先生が部屋に入ってきた。

その顔はとても疲れているようだった。

「どうしたんですか先生?」

「うむ、まずはこいつを見てくれ」

先生がそう言うと横の空間が歪み、そして光の粒の中から大きな上半身裸の男が出てきた。

その男の登場に俺も雪ノ下も面食らってしまう。

だが驚くのはまだ早かった。

「デュフフ、いやー、若いおにゃの子だらけでここは天国ですなー、あ、男は死刑で」

なんかものすごくキャラの濃い奴がきた。

「先生、その男は?」

雪ノ下が青筋たてている。ピクピクしている。

「今回のライダーらしい、瀕死の状態で倒れていたのを拾ったんだ」

「オッス、おらライダー、好きなものは酒と女、嫌いな物はすかした男とババア、よろしくな!」

某大人気少年漫画の主人公めいた紹介をするがその中身は酷いものだ。

「ライダーの今のマスターは先生ということで良いですか?」

「ああ」

「今すぐ自害させてください」

「ちょ、雪乃殿~、早計に過ぎるでござるよー、拙者、結構役にたつぜ?」

そう言ってウィンクをするライダー。

「名前で呼ばないでくれるかしら?」

「あ、年下のおなごに睨まれると、拙者気持ちよく、あ」

なんだこの汚い材木座は、いや材木座がきれいなわけではないが、こいつに比べればキャラ付けが薄いと言わざるをえない。

「はあ、いったいどう役にたつというのかしら?」

雪ノ下は諦めたのかさっさと話を進めようとする。

「そりゃあもう戦といやぁ情報、情報といやぁ戦ってもんでござろう」

「さっさと話せライダー、それがお前を生かす約束だった筈だ」

「やれやれ、これだから婚期を逃した女はせっかちで嫌でござるなー」

「ああ?」

平塚先生の令呪が光輝く。

「ふん、殺すなら殺せ!ババアに従って生き恥さらすくらいなら死んでやらぁ!」

「そうかよくいったライダー」

マジか、ここでまさかのハラキリショーが始まるのか!?

「ライダー、身なりを正せ!」

「ぎょえー!?」

しかし先生の命令はそんな物だった。だがライダーはこの世の終わりみたいな断末魔をあげる。

ライダーは一旦消え、直後現れた男は全くの別人だった。

その装いはパリッとしたスーツを着こなし、髪は綺麗に七三訳されているが、最後の抵抗か、髭は整えられただけだった。

「酷いでござるー、拙者のアイデンティティーが…」

「乙女の純情をもてあそぶからだ」

どこに乙女がいるのかわからなかったが、今口に出すのは憚られた。

するとライダーはネクタイだけ外して、しくしくと話し始めた。

「拙者、ある時マスターとおかしなババアが話してるのを聞いたでござるよ。そしたら拙者を売り渡すって言うじゃない。だからマスターボコって逃げたでござる」

それはライダーの身の上話だった。

「そしたらババアのサーヴァントが追いかけてきて、拙者を痛め付けたでござる。で、宝具を渡して見逃してもらったというわけで候う」

「宝具って渡せる物なのか?」

「えー、あーうん」

他と態度が全く違うがむしろよかったと言える。

「それのどこが役にたつ情報なのかしら?」

「もー、気が早いでござるよ、大事なのはこ、こ、か、ら」

ちっ。

またしても雪ノ下がお怒りになっている。もう俺帰ろうかな。

「なんと、拙者のマスターは葉山隼人、そしてアーチャーのマスターは遠坂という赤いコートの女でござる!」

後者は名前以外は知っていたが、こいつを喚んだのは葉山だったのか。なんというか、御愁傷様。

「どちらも見当はついていたわ」

「えー!?」

「おい、聞いてないぞ雪ノ下」

「今日話す予定だったのよ。それで、話しは終わりかしら?」

「ぐぬぬ…」

往生際が悪く必死に何か思い出そうとするライダー。

そのまま周囲を見回すとセイバーを見て顔が止まった。

そしてぐにゃっと気持ちの悪い笑みを見せた。

「おい、こいつ斬って良いか?」

「まー、いつでも斬れるから今はやめとけ」

「そうだ、思い出した!拙者をボコったサーヴァントがそこのちっさい子と似たような顔をしていたでござる」

似たような顔?どういうことだ?

「なんだと?」

するとセイバーがそれに食いつく。

「金髪の目に碧い目、何よりちんまい体がそっくりぎゃっ」

セイバーがそいつの股間を蹴り飛ばした。

いたたたた。

「もー、男の英霊はキャン玉も霊基に繋がっているでござるよー」

「うるせー、そいつは何色の服を着てた?」

「うう…、青…」

「間違いねぇ、父上だ」

「父上?拙者が見たのは女の子ぎゃっ」

またしても大事なところを蹴飛ばされるライダー。

もうやめて、ライダーのライフは0よ。

「どこだ、どこで見た!」

「南の森の方でござる」

すると教室を出ていこうとするセイバー。

「待て、もう居るわけねぇだろ」

するとセイバーが立ち止まる。

そしてこっちを見るとぎろっと睨んできた。

だが俺は言葉を続ける。

「聖杯戦争を戦っていればいずれ会えるだろ」

そう言うとセイバーは戻ってきた。

「悪い」

それだけ言って消えてしまった。

「拙者の話は以上でござる。どうでござった、雪乃殿?」

「まあまあね」

ライダーの話でわかったのは結局おばあさんとセイバーの父親のコンビがいるということくらいか。

だがどうも今の話に違和感を感じる。

「拙者、仲間に入れてもらえるでござるか?」

「貴方、今、宝具持ってないんでしょう?」

「おいおい、嘗めて貰っちゃ困るぜ。宝具なんかなくてもサーヴァント以外にゃ遅れはとらねぇよ」

そう言って懐から銃を取り出すライダー。

それは現代の角張ったシンプルな物ではなく丸みがあって装飾が施してあった。

それに好き嫌いや、特徴的な黒ひげ。ライダーというクラス。こいつの正体はおそらく。

「まあ良いんじゃないか?宝具持ってないってことは裏切るのも難しいだろうし」

「問題は性格だけれど…」

だろうな、俺は関係ないけど。

雪ノ下に睨まれてライダーはまたビクンビクンしている。

「はあ、まあ良いわ、お願いできますか?平塚先生」

「仕方ないな」

こうしてライダーが仲間に加わった。

「それで実はもう一つお前達に伝えたいことがあるんだ」

「なんです?」

「聖杯戦争が始まってから不審な動きをしているものがいないか生徒や職員をチェックしていただろう?」

「はい、もしかして見つかったんですか?」

「その通りだ。2年F組、比企谷と同じクラスだな。川崎沙希という生徒が聖杯戦争が始まってっから一度も登校していないんだ」

「確かに怪しいですね、調査する必要があるかもしれません」

「ああ、家はもう調べてあるからこれから行ってみようと思う」

というわけで俺達はその川崎宅に行くことになった。

 

 

 



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そして別れは突然訪れる

あまり大人数で押し掛けるのまずいということで、欠席した分のプリントを届けるという名目で、俺と雪ノ下が向かうことになった。

渡された地図を頼りに歩くとどこにでもあるようなアパートに辿り着いた。

「見た感じはどうだ?」

「特に結界がはってあるという訳でもないわね」

「とりあえず行ってみるか」

俺達は地図に書いてある番号の部屋まで行くと呼び鈴を鳴らした。

ガチャ。

扉が開く。すると短い髪を横に纏めた小さい幼女が出てきた。

妹だろうか?

「こら茜、勝手に出ちゃダメじゃないか」

今度は奥から中学生位の男子が出てきた。三人兄弟なのか。

「俺達、プリントを届けにきたんですけど、お姉さんは居ますか?」

「ああ、えーと、すみません、姉はまだ帰ってなくて」

「学校に行かずに何処かへ行っているの?」

雪ノ下が問い詰める。

うわー、男の子びびっちゃってるよ。

しどろもどろになりつつも、目の前の男子はなんとか弁解を試みる。

「あ、あの、うち、貧乏で、姉ちゃんは働いてて、親も止めてるんですけど…」

成る程、これが学校にこれない理由というわけか。

「お姉さんの勤め先ってわかるか?」

できるだけにこやかに応対する。雪ノ下が怖い分、その方が効果がある筈だ。

「すみません、ちょっと、わからないです」

ダメか。

「あ、そういえばエンジェルなんとかって電話で言ってたような」

エンジェル?店の名前かなんかだろうか?

「ちょっとあんたら、何やってんの」

すると後ろから声がかかる。振り向くとそこには青みがかった黒髪を後ろで留めた同い年位の女の子が立っていた。

「姉ちゃん」

こいつが川崎沙希か。

「貴方が最近学校を休んでる様だからプリントを届けに来てあげたのよ」

「あんたが…?へえ、教養科のお嬢様の癖に教師の使いっぱしりやってんだ?」

「貴方こそ、届けも出さずに働いているってことはばれたらまずいって事かしら?」

「!?、大志、こいつらに話したの?!」

「ご、ゴメン」

「ふん、あんたみたいな金持ちにはわからないさ」

「そうねわからないわ、けれど校則は校則よ」

二人の間には火花が散っていた。

雪ノ下さん、目的忘れてないですよね?

「どいて」

すると川崎が雪ノ下を突き飛ばして無理矢理進もうとする。その拍子に雪ノ下はバランスを崩してしまう。とっさに手を伸ばして彼女を支えた。

「おい、川崎」

俺が呼び止めると彼女が睨み返してくる。しかしセイバーの眼光に比べたら大したことはない。

「貧乏だったら突き飛ばして良いのか?」

「…悪かったよ」

そう言って部屋に消えていった。

そんなわけで俺達は帰りの道をいく。

「で、これからどうするんだ?」

川崎が貧乏なのはわかった。だが魔術師なのかはわからない。

「突き飛ばされた時に発信器をつけたわ、これで働いてるのが本当か確かめるわよ」

まじかよ、やられたまんまじゃ終わらないと思ってはいたがこんなこと現実で言う奴いるんだな。

とりま川崎が動くまで自宅待機となった。

俺はだらだらとリビングでmaxコーヒーをすすっている。隣ではセイバーと小町が何やらゲームで白熱していた。

「む、むむ、やー、あー」

「ふ、ふふ、うし、何」

存在がばれてしまったので小町の前ではもう普通に姿を見せているセイバー。

後ろからちらっと覗いて見ると、レース系のゲームをやっているらしい。

「だー、負けたー」

するとセイバーが声をあげながら後ろに倒れ込む。

サーヴァントの動体視力と反射神経で負けるのか?

それとも小町が強いのか?

「ふっふっふ、まーだ勝ちは譲りませんよ」

「くっそー、もっかいだ」

「お前手加減してんのか?」

それとなくセイバーに聞いてみる。

「む、どういう意味、お兄ちゃん?」

いや、純粋な探求精神だよ小町くん。

「壊さないようにやるのがむずいんだよ」

ということだった。今セイバーが使ってるのは俺のやつなので気を付けて欲しい。

待てよ、ということはゲームなら俺でもセイバーに勝てる?

「おい、俺も混ぜろ」

「いいよー」

というわけで改めてゲームを開始する。

そして勝負は最終ラップ。

セイバーも慣れてきたのか、そのスペックをフルにいかし始める。

レースはデットヒート。

三人は横一線で最終コーナーを曲がる。

勝負は最後の直線に託された。

オオオオオオオオ。

その時セイバーの持つゲーム機から嫌な音が響いた。

ミシミシミシ。

「わーい、お兄ちゃんがビリ!」

いや、せこいだろ今のは!

そんなことを続けていたら雪ノ下から連絡がきた。

急いで向かうとそこは駅の近くに陣取るビル群の一角だった。

そして雪ノ下は何故かドレスに着替えていた。

夜の闇に溶け込むような黒をベースにしたミニスカートのドレスは深窓の令嬢のような清楚さを醸し出しつつ、彼女の白い肌をより印象付ける。

「どうしたの…?」

「あ、いや、ちょっと見とれてた」

「…そう、まあ、貴方のような下々の人間には見慣れない格好でしょうし、目を奪われても仕方ないのではないかしら?」

「ああ、で、何でそんな格好なんだ?」

「これから行く店はドレスコードがあるのよ。貴方もこれに着替えなさい」

俺も近くに停めてあった車の中でそれに着替える。

やはり着なれていないからかこういった服は動きづらいように思える。

「馬子にも衣装と言うところかしら」

「うるせーどうせ似合わねぇよ」

「あら、似合ってないとは言ってないわよ?」

「…そらどうも」

そう言いながら彼女は柔らかく微笑む。

それは夜を照らす町の光のせいか俺には俺には眩しく見えてつい顔を反らしてしまう。

「…」

「どうかした?」

「いや、あの車、どっかで見た気がしてな」

そんな会話で誤魔化しつつ俺達は目的の店に向かった。

そこは隠れ家的な、いかしたバーだった。

マジで川崎はここで働いてんのか?

店にはいるとカウンターの一角に通される。

「あっ、二人ともおそーい」

そこにはやはりドレスアップした、キャスターと何故かライダーがいた。

しかしセイバーの姿はない。まああいつはドレスとか着なさそうだからな。

「おー、似合ってるじゃん、比企谷君」

「あ、どうも」

「姉さん、こういったところであまり騒ぐのはどうかと思うわ」

「雪乃殿、美しいでござるよ」

「…」

俺達は二人の隣に座った。

「ご注文は何になさいますか?」

メニューを渡されるが全てカッコいい感じの英字で書かれていて読めない。

「沙希、ここ頼めるかな?」

何も言えずに黙っているとバーテンが奥に引っ込む。その代わりに川崎が扉から出てきた。

俺達の顔を見るとぎょっとしたような顔を見せる。

「あんたら、こんなとこまで追ってきたの?」

「どうやら、年齢を偽って働いているみたいね」

「っ、それはあんた達もいっしょでしょ、未成年」

やはりここでも勃発する二人のバトル。雪ノ下相手に果敢に挑んでいく川崎も大したものだ。

「注文しないなら帰ってくれる?」

「未成年なら注文はできないでしょう」

「あんたら何しに来た訳?」

そうだ、俺達の目的は川崎がマスターかどうか見極めることで、学校に来させることでも仕事をやめさせることでもない。

「おい、雪ノ下、もういいんじゃないか?」

川崎が働いていることは確認できた。

「そうね、特に用はないわ」

「なんなんだ、いったい」

そう言うと川崎はまた奥に引っ込んでいった。

しかし川崎がマスターでないなら俺に呪いをかけ、雪ノ下を襲おうとした犯人は誰なんだ?

葉山はライダーがボコったらしいし。

ん?葉山?

なんだろう、あと少しなんだが全く思い出せないような気もするもどかしい感じは。

何かが頭の端に引っ掛かっている。

いったい何が気になっているんだ、俺は。

「危ない!!」

その時、聞き覚えのある叫び声が聞こえた。

これはセイバーの声だ。

この場に来ていたのか。

しかし危ないって何が?

誰が?

直後俺はものすごい衝撃に突き飛ばされる。

そして目の前でセイバーの首が胴体から切り離されていた。

「姉さん!」

雪ノ下の叫び声がする。

俺は突き飛ばされて壁に頭をぶつけた衝撃で気を失ってしまった。

 

………………

 

血濡れた岡に響く慟哭。死屍累々の果てに辿り着いたのはそんな光景だった。

彼女は対峙する。

その岡に佇む精悍なる騎士の王と。

その身を汚す血痕が彼女の生気を吸い取っているのかその瞳に既に光はないが、憤怒にかられる彼女もまたそんなことには気づかない。

こうして二人の騎士はあいまみえる。とある神話の終わり。主人公とそれに終止符をうったもの。

凄惨な大団円。全ての物語がハッピーエンドを迎えるわけではない。

お互いにそれを目指した筈なのに。結末はこんな惨事だった。

そして二人は刃を交わす。その瞬間、彼女の姿は跡形もなく消え去った。

 

………………

 

「ん、んん…」

「比企谷君」

目が覚めると綺麗な女の人が俺の顔を覗いていた。

それは雪ノ下だった。まあ、綺麗な女の人ではあるが。

「ここは?」

「私の部屋よ」

確かに仄かに彼女の匂いがする気がする。

あまりいつまでも借りているわけにはいかない。

俺はさっさとベッドから降りようとする。

「まだ横になっていなきゃダメよ、頭を強く打ったのだから」

言われてみると確かに後頭部がずきずきと痛んでいる。

仕方がないのでもう少し借りていることにした。

はて、どうして頭なんか打ったんだろう。

俺はぼやけた頭で気を失う前の事を思い出そうとする。

確か、川崎が働いているバーに入って…。

そうして思い出したのは胴体と頭が切り離された彼女の姿。

すぐさま右手を確認する。そこには彼女との主従の証である令呪がきれいさっぱり無くなっていた。

「雪ノ下、セイバーは?」

彼女は答えない。だが少し伏せられた目が事の結末を示していた。

俺はセイバーに守られたのだ。その衝撃で気は失ったけれど心臓は確かに脈動している。

「敵は、どうなったんだ?」

「川崎さんはライダーが追ったけれど既に店からいなくなっていた。アサシンはその場で自決したわ」

「自決?何の為に?」

「わからない、そう見せかけてまだ生きているのかもしれないわ」

生きていれば情報が抜き出されると思ったのか?ということは仲間がいる?でも聖杯だけが望みのサーヴァントがそんな事…。ここで自分を守って消滅した彼女を思い出す。確かにそういう奴もいるのかもしれない。

あるいは令呪を使ったという可能性もある。

「…これから、どうするんだ?」

「川崎さんを追うわ、遠くには逃げられないでしょうし」

「俺は…?」

セイバーがいなくなった今、俺はもうマスターではない。

なら雪ノ下との契約はどうなっているのだろうか?

「…残念だけれど、貴方は元の生活に戻りなさい」

最後通告。解雇勧告。仕方がない、こうなった以上、俺は足手まといでしかないのだから。

「そうか…、ベッド、悪かったな」

俺はベッドから立ち上がる。

「待ちなさい、まだ…」

「もう仲間じゃないんだ、いつまでもここにはいられないだろ」

そう言うと雪ノ下も何も言わなくなる。

俺は足早に部屋を後にした。

「比企谷!」

ドアを開けると平塚先生が声をかけて来た。

「すみません、心配かけて…もう大丈夫ですから」

「そうか、例えマスターでなくなってもお前と私は教師と生徒だ。困ったことがあったら言え」

「ありがとうございます」

俺はそのまま家を出る。その間際、彼に視線を送った。マンションの階段を下りる。

「ライダー、いるなら出てこい」

そう言うと隣にでかい半裸の男が出てくる。

「んだよ、おりゃー男に興味ねぇぞ」

こいつと話すと面倒なのでさっさと本題を口にする。

「お前の銃、貸してくれないか?」

「何に使う?」

「それでできることなんて、お前の方がよくわかってるだろ?」

そう言うとライダーはその髭に覆われた口を大きく反らせる。

「ほらよ」

そう言って銃を投げ渡してきた。

「魔力を込めて引き金をひきゃあ玉が出る」

そのままライダーは消えていった。

俺はそれを内ポケットにしまい帰り道を行く。

俺は人に借りを作るのが苦手だ。

誰かを頼りにして、一人で立っていないとむずむずする。

だから今回も彼女に借りた物を返しに行く。

命を助けられて、命をかけるなんて馬鹿げているかもしれない。

だが何の事はない。彼女が救ったものに、いったいどれ程の価値があったのか。

これから見定めに行くだけだ。

 

 

 

 

 

 



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手を伸ばすが故に彼は立ち止まり続ける

「小町、お前の学年に川崎って奴いるか?」

「いるよ、川崎大志君、それがどしたの?」

「いや、何でもない、ありがとな」

俺がそう言うと小町は不思議そうな顔をする。

「いいけど、そういえばセイバーさんは?今日見てないけど」

言葉に詰まる。彼女はもうこの世界にはいない。二度と会うことは無いだろう。

「実は、あいつ母国に帰ったんだ」

「ふーん」

小町の反応は想像していたよりずっとそっけないものだった。

「悲しくないのか?」

「うーん、悲しいけど、お兄ちゃんの方が悲しいでしょ?」

そんな一言が俺の心を優しく撫でてくれるようだった。まったく、できた妹だぜ。ポイントカンストまである。

しかし今はそれに甘えている場合ではない。

俺はケータイで時刻を確認する。

午前9時前。できるならなるべく早くにかたをつけたい。

するとそのケータイ、ではなく頭に直接メッセージが翔んできた。

そのメッセージにはこう記してあった。

「付き合ってください」

 

………………

 

というわけで俺はこの辺りで唯一の大型複合デパートの1階インフォメーション前に来ていた。

俺の到着から10分ほど遅れて雪ノ下も姿を見せる。

「どうやら、ちゃんと来たようね」

後から来たくせにこの態度である。

「いったい何の用なんだ」

「ただの買い物よ」

あのメッセージはそういうことらしい。

「何買うんだ?」

「特に決めてないわ」

なんだそりゃ、こいつ何の為に俺を呼び出したんだ?

とりあえず俺と雪ノ下はぶらぶらとデパート内を見て回る。

すると雪ノ下はとある店の前で足を止める。

そこはペットショップだった。ケースに入れられた犬、猫を中心に飼育用品も扱っている。

「ここに入るのか?」

「…そうね、動物は古くから魔術の媒体として使われているし少し見ていっても良いかしら」

魔術に使う道具を買いに来たんだろうか。

雪ノ下は店内に入ると脇目もふらず猫のスペースへ踏み入れた。

そしてガラスケースを穴が空くほどじっと見つめている。

どこが少しなんですかね、雪ノ下さん。

いったい何を見ているのか雪ノ下の視線は動かない。

「よかったら撫でられますか?」

女の店員さんが声をかけて来た。

「お願いします」

即答する雪ノ下。もう完全に猫を愛でたいだけだな。

雪ノ下はケースから出した猫を抱かせてもらっていた。

「にゃー、にゃー」

彼女が頭を撫でるとそんな可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。

「にゃー」

するとそれを追いかけるようにまた別の声が聞こえてきた。

今のはまさか。

「にゃー」

「にゃー」

間違いない、それは雪ノ下が猫と会話している声だ。

「おい雪ノ下」

俺が声をかけると彼女は我に帰ったようで、はっとしたあと身を隠すように抱いている猫を自分に寄せた。

「可愛らしい彼女さんですね?」

そう店員が声をかけてくる。

「そうっすね」

いちいち訂正するのも面倒なので適当に返しておいた。

すると雪ノ下に睨まれる。なんだよ、なら自分で訂正しろ。

一通り愛でると満足したようで雪ノ下は店を出た。

「貴方と付き合っている覚えはないのだけれど」

「そうだな、今日付き合ってるのは俺の方だし」

続いて俺達は雑貨屋が軒を連ねるスペースを訪れる。

「これも魔術に使うのか?」

「使えない事はないけれど、神秘の特性からいってあまり適しているとは言えないわね」

花柄の小瓶を手に取りそう言う雪ノ下。

「そういえば、結局ろくに魔術を教えられなかったわね」

「しょうがないだろ、時間もなかったし」

それに俺は無とかいう雪ノ下ですらよく知らない属性だ。知らないもんは教えようがない。

「無とは有の対になるもの、どちらか一つでは存在できないらしいわ」

今ここで未練を晴らすかのようにレクチャーを始める雪ノ下。

何かが存在すればそれが無いという状態が生まれる。例えそこに無が無くても、概念は確かに存在しているのだ。

「けれどそれを覆したのが第一魔法、無の否定」

「魔法?魔術じゃなくてか?」

「前にも言ったけれど、神秘とはその真髄を知る人が少ないほど強くなる。余りにも一握りしか成し得ない術を称えて魔法と呼ぶの」

「お前にもできないのか?」

「いずれは使えるようになるわ」

いずれの部分がだいぶ強調されていた。

その瞳は遠く彼方を見つめている。しかし口ではそう言ってしまうのが彼女らしいと言えた。

「無の否定ね、でも無が無くなるなら否定できてなくないか?」

「貴方らしいひねくれた解釈ね、言葉の綾を理解できないなんて愚かな人」

「いや、俺、国語のテスト学年三位だから。読書は行間まで読むから」

「そう、ちなみに私は一位だったけれど」

お前かよ俺のチャンピオンの座を奪ったのは。そのしたり顔が可愛く見えて腹が立つ。

まあ魔法なんてものを言葉で表すのは難しいんだろう。存在を知られていないということは後世に伝えるのも一苦労だしな。

だが無の否定という言葉は格好いい。俺の眠れる黒い炎が目を醒ましそうだ。

もしそんな方法があれば、俺も教室で空気扱いされたり、話しかけても無視されたりしなくなるだろうか。あいつらみんな無属性なんじゃねえの?

「特異な属性は特に礼装などに頼らず、ただ純粋に魔力を行使するだけでいいと言うわ」

すると雪ノ下がキーホルダーを手にして俺にかざしてくる。

「なんだ?」

「これをプレゼントするから、魔力でも通して練習することね」

どうやら俺に買ってくれるらしい。

それは剣に竜が巻き付いてる男の子が好きそうな奴だった。

「んじゃ、俺はこいつをやるよ」

一方的に貰うというのも悪い。

手に取ったのはディスティニーランドの目付きの悪いパンダのマスコットの奴だ。

「そう、まあ貰えるのなら貰っておくわ」

そう言ってレジに向かう雪ノ下。俺もそれについていくと彼女は一緒に並ぶのを拒む。

「一緒だとどちらが買ったかわからなくなるでしょう」

細かいというか律儀というか。

俺達は別々に品物を買いそれを互いに渡す。

「ありがとう」

雪ノ下はそれを受けとると幸せそうに笑った。

そんな顔もするんだな。

始めてみる彼女の表情に俺は気恥ずかしさと、同時に不安のようなものを感じた。

それは彼女達の顔があまりにもかけ離れていたから。

彼女は俺が思っていたよりもっと禍々しいものを抱えているのかもしれない。

まったく情けない、俺としたことが完全に騙されていた。

であるならば、彼女は何を隠しているのか。

しかし既に脱落した俺には関係のない事だ。

俺達はその後昼食を食べ、デパートを後にする。

その途中、雪ノ下がこんな事を言ってきた。

「セイバーが消滅したのは、貴方の一人の責任では無いわ」

…。俺は沈黙で続きを促す。

「間借りなりにも、私達は協力関係にあったのだから、それに弟子の責任は師匠がとるべきでしょう?」

いったいいつから俺はお前の弟子になったんだ。まあ今までの事をふまえるとそう言えなくもないが。

しかしそれは強いて言えばの話だろう。

あの時狙われたのは俺だ。それはあの中で俺が一番殺りやすいと思ったからだろうし、そしてそれは正しい。

もし俺以外を狙っていたらあそこまでうまくはいかなかっただろう。

「だから、貴方がそれを背負う必要は無い」

彼女はそう言葉を締め括った。

つまりはそういうことだ。

彼女は俺を励ますために、これを俺に言いたいが為だけに今日ここに呼んだのだ。

なんて回りくどい。なんて手の込んだ励ましなのだろう。

その不器用さに思わず笑みが漏れる。

それは自分も同じなのかもしれないと思ったから。

不器用に遠い光に手を伸ばし続けることしかできない二人。

それゆえに下手に手を取り合うこともできずにいる。

だがそれでいい、今はお互いにやるべき事がある。

デパートから出ると昨日もいた黒塗りの車が出迎えた。

俺はそれが去っていくのを見送ると、自宅への帰路を歩き始めた。

 

………………

 

階段を上る人影に向かって銃口を構える。

狙いはアサシンのマスターである川崎沙希である。

手振れと獲物の移動で照準がずれる。だが今回は仕留めるのは彼女ではない。

とはいえ人に銃を向けるのは背筋が凍る思いだ。

そして俺は引き金を引いた。

今さら後戻りはできない、するつもりもない。

銃身から魔力の玉が飛び出す。

予想通り、それが彼女に当たる前にもうひとつ黒い影が現れ銃弾を弾いた。

アサシンだ。やはり奴は生きていた。

すぐさまその場を移動し横にあるゴミ箱に身を潜める。

蓋の間から元居た場所を覗き見ると、視界の端からアサシンがやって来た。

黒いマントで体型を隠し、顔はドクロの仮面で覆っているので性別はわからない。

俺が居た場所をじっと見つめている。

射線を追って来たのだろうが目当ての敵がいなくて驚いているのだろう。

だが見つかるのも時間の問題だ。

アサシンは周りを見回し、俺が隠れている方を見る。

その瞬間、俺はもう一度発砲した。

弾は一発で心臓に命中した。

よしっ!

その時俺の中で何かが目覚めた。

!?

沸き上がってくる興奮、歓喜。

それは決して目的を達成したから、ではない。

今まで自分の中に無かったものが押し寄せてくる。

それは人を殺したという悦び。

だがそれはすぐに治まった。

俺はゴミ箱から飛び出し、事の結末を確認した。

光の粒になって消えていくアサシン。

これでセイバーの敵はとったはずだ。

これでやっと聖杯戦争なんてものからはおさらばだ。

そのまま横を仰ぎ見る。視線の先には川崎がいて、彼女もフェンスから身を乗り出しこっちを観察していた。

そして彼女と目が合う。その唇は笑っていた。

直後強烈なパワーに押されコンクリートの床に叩きつけられた。

そのまま、何者かに押さえつけられている。

しまった、まだ仲間がいたのか。

俺は咄嗟に銃を向けるが腕ごと弾き飛ばされてしまう。痛みが俺の意識を奪う。

すると横転した視界に誰かに運ばれてくる川崎が写った。運んでいるのは黒マントにドクロマスクの影、アサシンだ。

「なっ!?」

まさか、アサシンとは複数で一体のサーヴァントなのか!?

完全に失敗した。

その可能性を失念していた。数時間前の俺を殴ってやりたい。

だがもう遅い。俺は体を押さえつけられ抵抗する手段もない。

「あんたセイバーのマスターでしょ?ああ、雪ノ下の下僕かなんかなんだ」

なんとか顔を見ようと体を傾けると、風に吹かれたスカートが持ち上がって中身が見えた。

だが今はそんな事を気にしている場合ではない。

「どうしますマスター、念の為、殺しておきますか?」

「待ってくれ、妹がいるんだ!もう何もしない、だから命だけは!」

「…別の方法は無いの?」

なんとか俺の命乞いが効いたらしい。俺は祈る思いでアサシンの返答を待つ。

「薬で数日間の記憶を奪うこともできますが」

「じゃあそれで」

アサシンは懐から紫色の小瓶を取り出した。

たった数日間の記憶と引き換えに俺は命を繋ぐことができるらしい。それは破格の取引だろう。断る理由がない。このままじっとしていれば、俺は何時もの退屈でそれがちょっと素敵な日常に戻ることができる。

彼女達のいない日常に。

俺は咄嗟にポケットにあった何かを掴み出す。

それに魔力を通し俺を踏みつけるアサシンの足を切り裂いた。

「なんだと!?」

驚きくれる周りの奴等を差し置いて、それを川崎の首筋につき当てる。それは雪ノ下に貰った剣のキーホルダーだった。

「全員、動くな!!」

マスターを人質にとられた暗殺者達は蛇に睨まれたように動きを止める。

これで立場は逆転した。

そのまま川崎に命令する。

「10数える。令呪でこいつらを自害させろ」

敵が複数居るのならちまちま倒していても無意味だ。

「10」

「9」

「8」

「7」

「6」

「5」

「4」

「3」

「2」

「1」

その瞬間体から全ての力が抜け、俺は膝から滑り落ちた。

キーホルダーも手からすり抜け転がっていってしまう。

な、ん、だ、何が、起きた、?

口が締まらず、よだれを垂れ流しにしながら俺は聞こえてくる声に耳を傾けるしかなかった。

「念の為、筋弛緩の毒を使っておいて正解でした」

そのまま視界は徐々に色を失っていく。

駄目だ、本当に終わった。口を動かせなきゃ命乞いもできない。

俺の意識は後悔に呑まれたまま暗い闇の底に消えていった。

 

………………

 

気づくと俺は何処かのビルの屋上に倒れていた。

「何でこんなとこにいるんだ?」

 

 

 

 



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比企谷八幡は日常へと舞い戻る

気づくと俺は見知らぬビルの屋上で倒れていた。

時計を見ると既に12時を回っている。

床のコンクリートが熱を吸いとったのか体は妙に肌寒い。

しかし俺はなぜこんなところに居るのだろう。

回りを見渡し、傍らにキーホルダーが落ちているのに気がついた。竜が剣に巻き付いているデザインだ、俺の持ち物ではないがなぜだかそれが気になって手に取ってみる。

その時俺の頭の中に得体の知れない映像が流れ込んできた。

なんだこれ!?

おかしな格好をした連中が戦っていたり、あの学校一の有名人、雪ノ下雪乃と共にしたり、最後は今いる場所で黒いマントの男に踏みつけにされていた。

なんだこれ、これは、まさか俺の記憶なのか?

いやいや、有り得ないだろ、こんな中学二年生がノートに書きなぐってそうなこと。

だが確かにこんな現象は知りもしないし、今のが本当だとしたらこんなとこに倒れている理由に筋が通る。

…おそらく、今見たものは真実なのかもしれない。

だが待ってほしい。もし魔術なんてものが本当にあるとしたら今の映像が全て真実とは限らない。

真実の中に嘘を混ぜるのは詐欺の常套手段だ。

それに映像の中には不可解なものがあった。それは、俺がセイバーの消滅後にアサシンを倒しにいったこと。

本当にこれが俺の記憶だとしたらそんなことするだろうか?

映像は所々抜け落ちていて、もしかしたらその間に何かがあったもかも知れないが、踏みつけにされた後抵抗したのも納得できない。

そう思うと映像の全てが胡散臭くなってくる。

とりあえず基本は嘘だと思っておいた方がいいだろう。

もう一度回りを見ると端の方にライダーの銃が落ちている。

確かに映像通りだが回収しないでおくものか?

俺はそれをそっと拾うとポケットに入れた。

そして回りを確認しながらゆっくりと階段を降りていく。

何も起きないことに途中で気恥ずかしくなって、そこからはさっさと降り、俺は家路へとついた。

 

interlude 3-1

 

「本当に良かったの?比企谷君と別れちゃって」

「愚問ね、あれ以上彼を巻き込んでも得る物はないは」

「ふーん」

夜の町を毅然と歩く彼女をキャスターは含みのある笑みで見下ろす。

「そういえば、どうして無属性の魔術のこと、私に聞かなかったの?私なら教えてあげられたのに、手取り足取り」

「…私達の魔術は雪ノ下にしか使えないでしょ」

「ま、そういうことにしておきましょうか、ちょうど敵さんも現れたみたいだし」

二人の眼前には五日目に戦ったアーチャーとそのパーティーがいた。向こうもこちらに気づいて歩みを止める。

そこは偶然にも前回と同じ海風が吹き抜ける埠頭だった。

だがお互いにそのメンバーは以前とは様変わりしている。

セイバーと比企谷八幡の変わりにライダーと平塚先生が。

向こうも紫がかった髪のスーツを着た女性が増えていた。

おそらく戦力差はつめられたといっていい。だがここは雪ノ下のフィールドだ、負けるわけにはいかない。

「I play unlimited blade works!」

その瞬間、世界は再び無数の剣がつき立つ荒野へと変貌する。

それは前回と同じ、そして破られた筈だ。

すぐさま周囲を多い尽くす剣達が浮遊し襲いかかってくる。

セイバーの話ではあれはほとんどが宝具であるらしい。ならば迷っている時間はない。

「キャスター、もう一度やるわよ!」

「了解!」

指示を聞いたキャスターが見えざる弓を構える。

後より出て先に断つ者(アンサラー)!」

それと同時にスーツの女性が飛び出してくる。

その口上と共に青白い光の玉が周囲を徘徊しだす。

彼女が奥の手なのか、しかし剣も目前まで迫っている。

キャスターはその周囲にたまった魔力をいっきに解放し撃ち放った。

その流れに合わせて雪ノ下雪乃が術式を実行する。

それと同時にスーツの女性が拳を突きだした。

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!』

魔力の大流と交差して光の剣がキャスターの心臓を貫いた。

「なんですって!?」

しかしそれくらいでキャスターの魔術は消えず直後スーツの女性は周りの剣達と同様氷の彫像と化した。

「バゼット!?」

「姉さん!?」

キャスターの胸からは摘まめるほどの小さな穴が空いている。

だがその線は完全に心臓を横断していた。

「大丈夫よ、これくらいじゃ、死なないから」

ビキビキ。

すると目前の氷像からきしむ後が響いてくる。

そして大きな音と共に崩れ落ちると中から女性が生還した。

「油断しました、まさかその傷で息絶えないとは」

常人ならそのまま凍りついてもおかしくない筈だが、女性は余裕そうに首をならす。

仲間は彼女をバゼットと呼んだ。

それは確か時計塔の伝承保菌者の名ではなかったか。

「傷を癒しなさい」

令呪が赤い光を放ち、キャスターの胸の傷を塞いでいく。

パチン。

キャスターが指を弾くと世界は再び元の埠頭に戻った。

バゼットと名乗る女性は一度仲間の元に戻る。

「どうします?胸を抉って倒せないのなら、マスターを狙うしかありませんが」

「仕方ない、向こうは二人いるし最悪どちらかだけでも…」

「ふーん、雪乃ちゃんを狙うんだ?」

直後キャスターが特大の魔弾を連発した。

それを掻い潜ってバゼットが前にでる。

その行く手を大きな影が遮った。

「でゅふふ、行かせねぇぜ!」

拳と拳が交わる。大きな衝撃が二人を襲った。

「くっ、拙者、暴力系ツンデレも微笑ましく見れる口ではござるが、これはさすがに…」

「きびきび働け!」

二人の間に平塚先生が割ってはいる。

しかしバゼットはその一撃を軽々とかわすとライダーと組み合ったままづつきをくらわせた。

吹っ飛ばされる先生。

「バッカヤロォウ!トップが軽々と前に出てくんじゃねぇよ!」

「くっ」

アーチャーはマスターを魔弾から退避させると雪ノ下雪乃に向かって矢を放つ。

遠坂凛はガンドを、自力でどうにかした衛宮士郎は剣を射出した。

三方から同時に牙をむく攻撃。その全てをキャスターがシャットアウトした。

「さすがにこの人数は厳しいわね」

キャスターが手を振るとライダーの体が輝き出す。

「うひょー、愛のバフみきたー、これでかつる!」

「キャスターは私が押さえる!」

白と黒の双剣を投影しようとするアーチャー、しかし何故かうまくいかない。

「マジックジャマー、無属性の魔術っていうのはこうやるの」

直後天空から雷が飛来する。雪ノ下雪乃の魔術である。

仕方なくキャスターに組み付くアーチャー。

「あら、以外と強引なんだ?」

「格闘は苦手だが仕方あるまい」

そのまま拳を放つが全ていなされてしまう。

その隙にマスターを狙う二人。

遠坂凛は雪ノ下雪乃に、衛宮士郎は平塚先生にそれぞれ走っていく。

衛宮士郎は四人の中で自分が一番勝ち目があると自覚している。だからこそ自分の選択が勝敗の鍵を握る筈だと。

黒と白の双剣を構えて走る。だが直後その背筋を悪寒が走った。

直ぐ様双剣を投げ飛ばす、直後それらは壊れた幻想となって爆発した。

爆風で吹き飛ばされながら思考をフル回転させるが、なぜこんなことになったのかわからない。

その様子を見たアーチャーが一つの決断をした。

「I play unlimited blade works」

そして再びの固有結界が発動する。

二人のサーヴァントがその場から消えた。

しかしキャスターの術ですぐに戻ってくるだろう。

だがそれで充分だった。

雪ノ下雪乃の死角。

アーチャーの魔術を合図に銀色の髪をなびかせた魔女が姿を現す。

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

今夜の決戦の為に遠坂凛が呼んだ二人目の協力者である。

少女はその細くしなやかな指で狙いをつけると攻撃を開始した。

直後少女の髪で織られた鳥が剣となって雪ノ下雪乃を襲う。

タイミングは完璧だった。完全に敵の背後をつき、その一撃は無防備な彼女の胸を貫くはずだった。

だが荒れ狂う時代の波を掻い潜ってきた悪党の勘がその奇襲に気がついた。

「雪乃嬢!」

「させません!」

助けにいこうとするライダーを全身の力で足止めするバゼット。

宝具のないライダーと、カウンターが決定打のバゼット。二人の勝負はほぼ拮抗していた。

しかしその一言で奇襲に気づいた雪ノ下雪乃は残り最後の令呪で自らのサーヴァントを呼び出した。

瞬間、現れたキャスターは軽々とそれを弾き飛ばすと、その攻撃の主に魔弾を飛ばした。

魔弾がコンクリートを蹴散らし噴煙をあげる。

その中から少女を抱えるアーチャーが歩いてきた。

「ありがと、アーチャー」

「当然だよ、イリヤ」

窮地を救われた姫君はナイトに向かって優雅に頭を垂れる。

「…礼を言うわ、ライダー…」

「デュフフ、ツンデレいただきましたゾ!」

窮地を救われた氷の女王はカリブの海賊に向かって軽蔑の視線を向ける。

直後ライダーの首が切り落とされた。

 

interlude out

 

見慣れぬビルからの帰り道、俺は埠頭で聖杯戦争というものを垣間見た。

件の雪ノ下と誰かが戦っている。

その動きは目で追うには速すぎて、その現象は理解するには極端過ぎて、俺には何が何やらさっぱりだた。

なのですぐにその場を後にする。

家に帰ると家族にばれないように部屋に戻り、無事就寝した。

というわけで来る月曜に恐れつつ休暇を満喫したい日曜日。

俺は例のごとく特に用事もなくだらだらと過ごしていた。

「もー、お兄ちゃん、邪魔」

愛しの妹に邪険にされてしまった。兄の心妹知らずという言葉を布教したい今日この頃。

小町はコロコロするやつでリビングを掃除していた。

まあせっかく綺麗にしてくれているのだから邪魔したら悪い。俺はどっかその辺で時間を潰すとしよう。

その途中ふと気になったことがあったので小町に尋ねてみた。

「なあ、セイバーって知ってるか?」

「うん、知ってるけど、どしたのお兄ちゃん?」

「いいや、何でもない」

彼女達が一緒に遊んでいたのは間違いないらしい。

朝起きてゲームをしようとしたらぶっ壊れていたのでたぶん本当だろう。

まあ、こんなプライベートなところまで敵も干渉してこないだろう。

するとすれば聖杯戦争とやらに関連するところ。しかし既に脱落して大した能力もない俺の記憶をいじったところで何か意味があるんだろうか?

俺は近くのサイゼリアへと向かった。

ドアを開けて中にはいると誰かの視線を感じる。

おそらくボッチ特有の自意識が発動したんだろう。

入室する時は何かと視線を集めるものだ。そして俺だとわかるとわかりやすく静かになる。ほんとなんなのあれ…?

すると直ぐに店員が来て案内をしてくれるかと思いきや。

「すみません、現在混み合っておりまして、お名前を書いてお待ちください」

それほど急いでいるわけでもないのでさらさらと記名して、壁に隣接した椅子に座る。

「あれ、ヒッキー?」

すると何処からか俺を呼ぶ声がした。

まじか、もしかしてクラスのやつと遭遇しちまったのか?どうする、無視しようかな?でも後で後ろ指指されるかも。こういう時ってどうするのが正解なんだろうな、笑えばいいのかな?

「ヒッキー?」

さすがにこれ以上無視すると逆に面倒なので相手をしてやることにする。

見ると明るく染めた髪を右上でお団子じょうに纏めた女の子が立っていた。

同じクラスだった筈だが名前が思い出せない。

思い出せないということは大した関係じゃないんだろう。まあそんなやつはクラスどころか学校にもいないけど。

いや、一人いるか…。

俺はふと彼女の顔を思い浮かべた。だが直ぐにそれを振り払う。

「よ、よう。奇遇だな」

俺はとりあえずそれっぽい返事をしてみる。

「う、うん、ヒッキーもごはん?あ、当たり前か」

彼女はてへへと一人でツッコミを入れお団子を掻いている。

やはりこの手の女は頭が弱いのか。

「なんか学校以外で会うと恥ずかしいね」

今日は休日なので俺も彼女も私服だ。

プライベートな関係というとちょっとエロいなと思いました。

その後は特に言うこともなくお互い沈黙してしまう。

なんなのこの空気、早く席にもどれよ。それとも俺を出ていかせようという魂胆なの?豪胆過ぎんだろ。

「席、戻らないのか?」

「え?あ、そうだヒッキーも来る?」

来るって、どこにだよ、席にか?行かねーよ。

「いや、どうせ友達ときてんだろ?俺が入ったら気まずくなんだろーが」

「えー、大丈夫だよ」

どこが大丈夫なのかぜんぜんわからないんですが…。

「由比ヶ浜さん?」

するといつまでも戻ってこない彼女を心配してか友達の方から迎えにきた。

その子は小動物っぽいくりくりっとした目の女の子だった。

ていうかこいつ由比ヶ浜って名前なのか。ちぃ、おぼえた。

「あれ、比企谷君?」

すると彼女も俺のことを知っているらしい。まさか、これがモテ期って奴なのか?

「ねぇ、彩ちゃん、ヒッキーにも聞いてもらわない?変な事いっぱい知ってそうだし」

変な事ってなんだ、俺が知ってるのは今朝のプリキュアのサブタイ位だぞ!

「何の話だ?」

「うん、実は困ってることがあるんだけど、聞いてくれる?」

その瞳は上目使いで悩みからか少し潤んでいて、なんだかとてもプリティーでキュアッキュアだった。

できれば一生守ってあげたい、そう思った。

「わかった、俺にできることなら何でもするぞ」

「ほんと?ありがとう比企谷君!」

守りたい、この笑顔。

「むー、なんか私の時と態度違う」

これは人助けだからな。

 

 

 

 

 



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愛する者の為ならば比企谷八幡は何度だって立ち上がる

俺は名簿から名前を消して二人と共に席につく。二人が向かい同士に別れて座ったので、俺は彩ちゃんと呼ばれた女子の隣に座った。

「ちょっと!隣だと話聞けないじゃん!」

「別に聞けないことはないだろ…」

もう一人が煩いので仕方がなく逆側に座り直した。

新しい客が来たのを察知してか店員さんが水とおしぼりを持ってきてくれる。

最初からいても俺の分だけ無いこともあるのに、できた店員だな。

だがその姿に俺は驚愕した。

青みがかった黒髪を後ろに纏めた女子。アサシンのマスター、川崎沙希だ。

あの映像通りなら、俺は記憶を失っていると思われてるんだろうか。だが彼女とは命を狙いあった仲だ。やはり近くにいると落ち着かない。

「比企谷君、大丈夫かな?」

「あ、ああ、俺の事は八幡と呼んでくれ」

「「え?」」

しまった、緊張感からとんでもないことをくちばしってしまった。

親しき仲にも礼儀あり、いずれ寝食を共にする仲でも順序があるだろうに。

「うん、八幡!」

しかし目の前の天使は三段飛ばしで階段をかけ上がって来てくれた。

もうこのままプロポーズしてもいいんじゃないだろうか?

名前を呼ぼうとしてそういえばまだ彼女の名前を聞いてなかった事を思い出した。名字は比企谷だから良いとしてもやはり名前を知らないのは不便だ。

「良いなぁ、彩ちゃん…」

隣の女子がなんぞ呟いている。

彩ちゃんか、しかし俺をヒッキーと呼ぶこいつのセンスは信用できない。

「悪い、名前何て言うんだ?」

「えー、同じクラスなのに信じらんない!」

そういうもんなの?俺、覚えられた事ないからわかんなかったわ、むしろ俺だけ覚えてて気持ち悪がられるまである。

「戸塚だよ、戸塚彩加」

「そうか、結婚しよう、戸塚」

「いきなり何言ってんだし!?」

「ごめんね八幡、僕、男の子だから」

なん…だと…。

それは史上では男とされてるのに実は女の子でしたー並みの驚きだった。わりとよくあるな。

いや、むしろこんなに可愛かったらもう男でいいんじゃないだろうか。

それに目の前にいるのは天使だ。天使に性別なんて無いじゃないか!(迫真)

「じゃあ、聞いてね、八幡」

そうこうしている内に話が始まってしまう。仕方ない、今はこっちに集中するとしよう。

「実は最近、毎日同じ夢を見るんだ」

悩みとは以外にもスピリチュアルな案件のようだ。果たして俺が力になれるだろうか、心配になってきた。

「ベッドから這い出して夜の町を、誰かを探して歩き回ってるんだ」

「誰かって、知ってるやつか?」

「ううん、知らない人」

ふむ、確かにそれは奇妙だ。夢とは無意識に見るものだからそういうこともあるかも知れないが毎日となるとさすがに不可解である。

「それで、何で探してるかっていうとね…」

戸塚はその先を言い淀む。

藁でも掴む思いで俺なんかに相談するほどの事だ。口にするのも憚られるのだろう。

俺はテーブルに置かれたサービスの水を一飲みする。

「言いづらかったら無理しなくていいぞ」

「ううん、あのね、殺すためなの」

可愛らしい彼に似つかわしくない物騒な言葉に俺は何か既知感を覚えた。

誰かを殺す?頭の端に何かが引っ掛かる。なんだ?前にもどっかで聞いた覚えが。

「どうヒッキー?何かわかる」

隣の由比ヶ浜に話しかけられて俺はそれを思い出した。

そうだ以前彼女に話しかけられた時に頭の中に雪ノ下を殺せという声が響いてきたのだ。

もしあの命令にしたがっていたら、今でも身が震え上がる。

きっと俺はぼこぼこにされて目もあてられない姿に変えられていただろう。

ということはこの不可解な現象も聖杯戦争がらみなのかもしれない。

戸塚をそんな目に遭わせる訳にはいかない。

「なあ、雪ノ下ってやつ知ってるか?」

「雪ノ下さん?国際教養科の人だよね。綺麗で頭がよくて、憧れちゃうよね」

どうやら俺がかかった呪いとは関係ないらしい。

しかしあんな冷たい氷の女王は目指すべきでないと言える。

「そのままでも充分可愛いぞ」

「もう、八幡、恥ずかしいよー」

目の前の彼女はもじもじと体を揺らして目を伏せる。

この光景を目にしたらたぶん世界から戦争はなくなるんじゃないか、そう思わせるほど目の前の笑顔は神秘的だった。

「ヒッキー、私は?」

隣の奴がなんか聞いてきた。指を頬に当て可愛い子ぶっている。

「今すぐその顔を止めろ、ぶっとばしたくなる」

「な、むー、体罰、いけないんだよ!」

「残念でしたー、純粋な暴力ですー」

「よけい駄目じゃん!?」

こいつ間違いなく自分が可愛いと思ってるな。

俺の趣味は自分で可愛いと思っている奴に、NOと断ってやることだ。

たく、こういう奴は直ぐ聞き齧ったこと訳知り顔で言ってくる。少しは雪ノ下を見習え。

しかし何故だろうこいつと話していると妙に頭がモヤモヤする。

何かを忘れているような、いったいなんだ?

「そういえばお前は昨日何の夢見た?」

「ふえ?」

ふえってなんだふえって、鉄か?

俺の呪いはこいつを通してかかったものだ。

雪ノ下が言うにはこいつは呪いの発信元では無いらしいが、確認するに越したことはない。

しかし彼女はうつむき執拗に足をもじもじさせて解答しない。だからあざといんだよ。

「言わなきゃ、だめ?」

「なんだよ、エロい夢か?」

「は、はあ!?ヒッキー最低!デレカシー無さすぎ!!」

「デリカシー、な。どっちでもいいけど」

由比ヶ浜はまだウー、ウーと唸っている。

「べ、別にヒッキーの夢なんて…見てないから」

「?、当たり前だろ」

彼女は顔を赤らめながらそっぽを向いてそんな事を言う。

しかしこれは怪しい、まるでやましいことがあってそれを隠しているみたいだ。

「お前、何か隠してないか?」

「~っ~!?」

そう言うと何故か俺を睨んでくる由比ヶ浜。しまった、少し深追いしすぎただろうか。

呪いの発信元でなくても彼女が敵である可能性は残っているのだ。いや、俺はもう脱落しているが。

「好きな人の、夢…」

またそっぽを向いて再解答する由比ヶ浜。

そういうことか。確かにそれなら言い淀むのもわかる。

「それならさっさとそう言えばいいだろう」

「言えるわけ無いじゃん!」

彼女は恥ずかしそうに向こうを向いてしまう。ちょっとやり過ぎたかもしれない。

「八幡、女の子をからかっちゃダメだよ」

天使から天啓が聞こえる。これ以上の追及は戸塚教の教義に反するようだ。

「話を戻そう、その夢はいつ頃から見るようになったんだ?」

「えーと、八日前、位かな?」

人差し指を顎にあて記憶を探る戸塚。可愛い。

俺がセイバーを召喚したのが四日ほど前だ。その前から雪ノ下は活動していたのでそれくらいでもおかしくはないだろう。

本当に聖杯戦争と関わりがあるのなら雪ノ下に相談するべきなんだろうが、しかし向こうにもやることがあるだろうし俺は既に彼女と協力関係ではない。無理に押し掛けることはできないだろう。

それに彼女に頼ったとして俺には返せるものが何もない。

「八幡…?」

目の前の彼女は不安そうに俺を見つめてくる。

どうにかしてやりたいが、正直俺に大した事はできそうにない。

「他になんか気になることはないか?」

戸塚はまた頭の中を探り、何かに思い至って手を叩いた。可愛い。

「実は、同じ位から変な痣ができてて…」

ガシャン!

突然、店内に大きな音が響く。

つられて音がした方を見ると川崎が皿を落としていた。

「すみません、お怪我はありませんか?」

直ぐに割れた皿を片付け始める川崎。

「珍しいねー、川崎さんがこんなミスするなんて」

他の店員がそんな事を言っている。彼女も戦いの疲れがあるのかも知れない。

しかし痣か、聖杯戦争で痣といえばそれは…。

「その痣、見せてくれないか」

それはマスターに与えられる令呪だ。もしそうなら戸塚はマスターだということになってしまうが。

「…ちょっと、恥ずかしい、よ…」

しかし戸塚は服の裾をつかんで目を反らす。

その姿はどことなくエロスを感じる。こっちまで恥ずかしくなってきてしまう。

だが、戸塚は男だ。

ん?男なら合法なんじゃないか?どうなんだ、偉い人!?

どうやら痣は見せられないところにあるらしい。

すると彼は席から立ち上がる。

「別の場所なら…」

そう言って俺の手を引いてくる。

今この時だけ聖杯戦争に心から感謝せざるをえない。

ありがとう、天使に会えたよ~、可愛い天使に~。

そしてそのまま俺達は店を後にして近くの路地裏へとやって来た。

戸塚は突き当たりまで来るとおもむろに服をはだけさせた。

さらさらとした布地のしたからしっとりとした肌が露になる。それは透き通るように白く、じんわりとまとわりつく汗が僅かに割れた腹筋からズボンに吸い込まれていく骨盤のラインを強調するように滴っていく。息を荒げながら徐々にその白い柔肌の面積は増え続け、そして背徳感を圧し殺して捲られていく服のしたから赤い痣が出現した。

しかしそれは俺の知っているものとは違い三つなどではなくいくつもの蛇がのたくったような痕が彼女の白い肌を汚していた。

これは、令呪じゃないのか?

それは朗報なのだろうか?だがマスターではないのかも知れないが、原因は謎のままだ。

「八幡、もういい…?」

息を荒げながら戸塚は俺に事の終了を懇願してくる。なんだかこのまま新しい扉を開いてしまいそうだ。今なら人体錬成もできるかもしれない。

「あ、ああ。もういいぞ」

俺の声と共に美しいスクリーンに幕が下ろされてしまう。

それは名画を見た後のような幸福感と切なさを俺に感じさせた。

「どう?八幡」

しかしあれだけの痣があったら彼としては辛いだろう。

けれどやはり俺にはどうすることもできないようだ。

聖杯戦争がらみであることはもう間違いない。であればそう遠くない内に収束へと向かうはずではある。

だが夜に歩き回っているという夢が夢でなかったら。

戦いに巻き込まれてしまうかもしれない。

俺が戸塚の家に張り付いて様子を見るか?

いや、俺なんかでは到底太刀打ちできない。

げんにアサシンに負けて記憶を…。

アサシン?

その瞬間、脳裏にあやふやでしかし確かな確信をもって、とある推測が組上がった。

サイゼリヤに入ったとき妙な視線を感じた。

そして川崎は戸塚が痣の事を口にした瞬間珍しく皿を割った。

これらが偶然でないとしたら?

あの場にアサシンが隠れていたとしたら。

戸塚の話を聞かれている。

そして川崎は痣の話を聞いて皿を落とした。

つまり彼女は戸塚がマスターの一人だと思ったのではないか?

「八幡?」

戸塚が心配そうに顔を覗いてくる。今の俺はそんなにもおかしく見えるのだろうか。

気がつけば俺の顔は汗でびっしょりだった。

俺はそれを拭い戸塚の言葉に応える。

「大丈夫だ、戸塚、この問題俺に任せてくれないか?ちょっと心当たりがあるんだ」

俺の推測は間違っているだろうか?いや、おそらくあっている。

例え間違っていたとしてもそれを確認しなければいけない。

これは俺のミスだ。俺の不注意な行動が彼を窮地に追いやった。ならば俺が何とかしなければいけない。

「本当に?ありがとう、八幡」

戸塚はそう言って小柄な顔に満面の笑みを浮かべる。

守りたい、この笑顔。いや、守らなくてはいけない。

そのまま俺は直ぐに家路へとついた。

早足で人混みを掻き分けていく。時間がない。非力な俺は精一杯準備しなければ戦えない。

「ヒッキー、大丈夫?」

そんな俺を彼女は心配そうに追いかけてきた。

「なにがだ?」

「だって、なんだか怖い顔してるし」

「いつも通りだろ」

「違うよ、いつも目付きは悪いけど今はなんか、怖いもん」

なんだそれは。

けれどそれも間違いではないのかもしれない。再び俺はあの戦場に戻ろうとしているのだから。

彼女はクラスカーストの最上位に位置する生徒だ。

つまり空気を読むことに関しては職人と言ってもいい。

「彩ちゃんのやつ、そんなに危ない事なの?」

聖杯戦争など知らない筈の彼女はそんな事を口にする。

「そんな事、あるわけないだろ」

「そっか、そうだよね。ははは、何言ってんだろ私」

けれどそんな事思い付く筈もない。だから彼女は容易に俺の言葉を受け入れた。

しかしまだ何かひっかかるのか、なかなか自分の家路につこうとしない由比ヶ浜。

「なんだか最近変な事が多い気がする。爆発事件?が多いって由美子が言ってたし、彩ちゃんの事とか、隼人君も学校休んでるし」

「葉山?」

その言葉に俺はとある違和感を思い出した。

そうだ、あれは葉山が学校に来ていないせいだったのだ。

「なあ、お前ら葉山がいなくて話しづらかったりしないのか?」

「え?なんで?」

葉山は2年F組のトップに君臨する男だ。その人の和を巧みにコントロールする様に俺は最大限、嘲笑の意を込めて人間潤滑油と呼んでいる。

当然それがなくなれば錆び付く、もとい人間関係が多少円滑にいかなくなると思ったが、平日末のクラスにまったくそういった変化はなかった。

だがまあ違うというならそういうものなんだろう。

今はそれを気にかけている場合ではない。

「それじゃあな」

「あ…」

彼女は空気を読むことに長けている。

だから俺の言葉の意味も直ぐに理解した。

これ以上俺を追いかけてくることはない。

「ヒッキーなら、大丈夫だよ!」

回りをうろつく喧騒の合間を縫ってそんな声が耳をうった。

聖杯戦争のせの字も知らない彼女がなぜそんな事が言えたのか。

大丈夫、か。何の根拠もない、俺の嫌いな、ただ優しいだけの言葉だ。

夢とか理想とかいって他者を蔑ろにする連中をこれまでよくも見てきた。

だが彼女が伝えたかったのはそんな事ではないのだろう。

誰かを嘲る為ではなく、自分を大きく見せるのでもなく、ただ俺の身を案じただけの優しい嘘。

何もできない代わりに俺を励まそうとした。

それは何時かの誰かに似ている気がした。

いなくなってしまった彼女の為に、敵う筈のない強敵に立ち向かった愚かな誰かに。

俺は速足をもっと速め、その場から走り出した。

 

………………

 

家に戻ると直ぐ様自分の部屋に入る。

時間がない。アサシンがいつ戸塚を襲うかわからないいじょう、できるだけ早く行動に出なければならない。

まずは川崎の狙いを別に移す。

そしてアサシンを倒せれば良いのだが…。

アサシン自体の戦闘力はそれほど驚異でもない。だがあいつは複数で一体のサーヴァントだ。何体倒せば終わるのか見当もつかないし、それどころか永遠にポップし続ける可能性だってある。

なので手っ取り早いのはマスターである川崎本人を狙うことだ。

俺は人、特にサーヴァントには気配を読まれづらいという体質を持っている。だから初撃を当てるのはわりと容易だ。

だから、川崎を殺してしまえばいい。

これは聖杯戦争だ。彼女だって覚悟はしているはずだ。

だが待てよ、戸塚や俺みたいにただ巻き込まれただけだったら?

それに彼女は俺の命までは取らなかった。

しかし殺らなければ戸塚に危険が及ぶ。

…どうする?

俺は迷う手で引き出しを開けた。そこにはライダーから借りた拳銃が入っている。

だがどこを見回してもそれは見あたらなかった。

おかしいな、間違えたか?

俺は全ての引き出しを開け、その辺もひっくり返したが目当てのもは見つからなかった。

見つからないまま残りの探す範囲が狭くなるたびに、嫌な予感が俺の頭に去来する。もしかしたら昨日の夜の戦いでライダーは消滅して銃も一緒に消えたのかもしれない。

となると武器になるものが何もない。

この前はキーホルダーでも攻撃できたので魔力を通せばダメージをあたえることはできるだろう。

だがそれでは射程距離や殺傷力が心もとない。

そういえばそのキーホルダーも見当たらない。銃よりはだいぶ小さい物だし、どこかの隙間にでも入ってしまったのだろうか?

俺はベッドに倒れ込んだ。

まだ始まってもいないのに体は鉛でもつけたかのように重い。

しかし俺のせいで愛しの戸塚の命が危ないのだ。

作戦は決まった。

もとより俺なんかにできることはたかが知れているのだ。

その中から組み上げればいいのだからそう難しい事ではい。

面倒な事はさっさと終わらせるに限る。

俺は立ち上がり部屋をあとにした。

 

 

 

 



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やはり彼は見かけによらず頼りになる

川崎沙希はブラコンとシスコンを併せ持った罪深い女だ。

だからきっと複数体いるアサシンを家族の護衛にあてているに違いない。

俺は長男の川崎大志に向かって、魔力を込めた石ころを投げつけた。

それを弾く影が一つ。影は直ぐ様こっちに走りよってきた。

俺は物陰に隠れそれをやり過ごす。

獲物を見つけられずうろたえるアサシンの首を横から飛び出してかっさばいた。

もはや消え行くしかないアサシンの一体はせめて道づれにしようと俺に飛びかかってくる。

俺は横向きにナイフを投げアサシンの首を完全に切り落とした。

そのままコンクリートに崩れ落ちるアサシン。黒い影はまるで地面の染みのようだ。

「必ずや聖杯を、…我の真の人格を…」

そう言い残してアサシンは光の粒になって消えた。真の人格?それがアサシンの願いなのか?いったいどういう意味だろうか。

 

interlude 4-1

 

川崎沙希はサイゼリアでの仕事を終え自宅への帰り道を歩いていた。

その足取りは重い、今日の仕事の途中新たなマスターが見つかったからだ。

戸塚彩加、同じクラスの可愛らしい容姿をした男子だ。

アサシンは彼を始末しにいくだろう。

自分はただ普段通りの生活を続けるだけだ。

だが何もしない、できないということが彼女の心労を増やしていた。

しかしそのおかげで今がある。

そのおかげで今日もこうしてわが家へと帰ってくることができた。

彼女は所々が錆び付いたアパートの階段を上がる。

それを登りきった時、不可思議な光景が視界に入ってきた。

自分達の部屋の扉の前に鞄が落ちている。あれは確か大志が使っていた物だ。

嫌な予感がして直ぐ様それに駆け寄る。

その上に一枚の紙が乗っていた。それにはこう書かれている。

《弟をあずかった。返してほしくば全てのアサシンを自害させろ》

思わず令呪を使いそうになる。

「待て」

しかし背後に現れた影の冷たい声がそれを思い止まらせた。

「大志は!?護衛はどうしたんだ!」

「何者かにやられたようだ。今行方を探している」

嫌な予感が的中した。聖杯戦争なんかを続けていればいつかはこうなると思っていたのに。

川崎沙希は暗い表情のまま部屋に入る。

鞄を置き、床に倒れこんだ。

すると妹の茜が走りよってきた。

その頭をそっと撫でる。

今の彼女にとって妹の無垢な笑顔が何よりの支えだった。

「お姉ちゃん、お電話ー」

その妹は家電の子機を抱えている。

それを受けとると耳に当てる。

「もしもし…」

《メッセージは見たか?》

彼女の背筋に冷たいものがはしる。受話器の向こうにいるのは大志をさらった犯人だ。

《まだアサシンを自害させていないな?》

呼吸が定まらない。返答次第で弟がいなくなってしまうかもしれない。

「待ってく、ださい…、もう少し、もう少しだけ…」

《…どうしてだ?》

相手を納得させる理由なんてない。しかしそれを正直に話せる筈もない。

「あ、はあ……、はあ」

《……川崎?》

もうだめだ。彼女の精神は限界だった。

その心は今にも溶けてしまいそうで。

口からは悲鳴がこぼれ落ちた。

「お願いします、私はアサシンに脅されてるだけなんです。だから、だから大志には何もしないで…」

《…》

 

interlude out

 

受話器からは彼女の嗚咽が聞こえる。それは本人の声に似せただけの人工音声らしいが、向こうにいるであろう彼女の鬼気迫るような顔は俺にも容易に想像できた。

こんな時でも疑ってかかってしまう自分が嫌になる。

いわく人は善人でも悪人でもない。それはどちらにもなりうるということだ。

そして人の本性は窮地にこそ現れる。

そこに立った時、いったい俺はどんな顔をしているだろう。

受話器の向こう側にいる彼女が今おそらくその時を迎えている。

家族の身を案じているのか、それともその先の孤独に恐れているのか、それはわからない。

だがもし彼女を無感情に殺してしまうとしたら、そいつはきっと悪人なのだろう。

再び俺は彼女との交渉を開始する。

「yesかnoで答えろ、お前が反乱の意思を見せたらアサシンが家族を攻撃する、そうだな?」

《yes…》

川崎のか細い声が聞こえる。

弟に張り付いていたアサシンは護衛であり、いざというときの刺客でもあったのだ。

「もし俺がお前の家族を全員誘拐したら、お前は令呪を使うか?」

《?、…yes》

「わかった、後は俺に任せろ」

《!?、…yes》

それからもいくつか質問して俺は電話を切った。

そしてリビングへと向かう。

そこでは小町と川崎の弟である大志が一緒に遊んでいた。

「比企谷さんのお兄さんってなんか変じゃない?」

今すぐぶっ殺すぞてめぇ!!!!!!

「んー、まあでもそこが可愛くもあるというか」

さすがだ、小町には後でマッカン一年分を贈呈しよう。

「そういう川崎君はどうなの?」

「え?俺?まあ、普通…だけど、最近休日も家にいないしちょっと心配、かな」

「おい大志、両親の連絡先知ってるか?」

「え?はい、しってるっすよ、お兄さん」

「次俺をお兄さんとよんだら殺す」

俺は大志から連絡先をきき、それぞれにメールを送った。

 

interlude 4-2

 

電話の主の言う通り自宅アパートの向かいにあるビルの屋上に妹と一緒に待機している川崎沙希は、冷たい夜の風に吹かれながら祈るように過ぎ行く時の中にたたずんでいた。

すると一つだけあるドアが開いて人影が顔を覗かせる。

「大志!」

それは誘拐された筈の川崎大志その人だった。

直ぐ様駆け寄ると彼女はその腕の中に実の妹を抱き締める。

「うわっ、姉ちゃん!?」

それから暫くして父と母も現れる。二人とも大志が誘拐されたという報せを受け取り、急いで帰ってきたのだ。

大志の顔を見た二人はほっと安堵の表情を浮かべていた。

《ピー、ガチャガチャ》

すると近くにあるスピーカーがおかしな音を発し始めた。

続いて電話で聞いた男の声が聞こえてくる。

《あー、聞こえてるか?聞こえてるってことで進めるぞ》

男の声はどこか飄々としていて、今の差し迫った状況だと異質に聞こえる。

《まずは自己紹介からだな、俺の名前は比企谷八幡だ》

「え?お兄さん?」

比企谷!?そんなバカな。あいつはアサシンの薬で記憶を消された筈だ。

《記憶を消した筈だとお前らは思ってるだろうが、残念ながらお前らのお粗末な薬じゃこの結果だ》

いったいどうやって記憶を取り戻したのか。まさか本当にアサシンの薬が効かなかったのだろうか。

周囲の闇からゆらゆらと憎悪が流れ込んでくる。

周囲に待機しているアサシン達は気配を遮断しているが、契約と同時にパスを通した彼女にはその様子がある程度わかる。

自らの秘術をこけにされた事に腹をたてているのだ。

声は続く。

《ほんとお前らって半端なくせに数だけは多いよな、いや半端だから数に頼ってんのか?一人でやってる俺の方がよっぽど英霊に相応しいっての》

その一言、一言がアサシン達の神経を逆撫でしていく。

今にも飛び出していきそうだが、相手の居場所がわからないのかその場にとどまったまま憤りだけが募っていく。

いったい何が狙いなんだ。

《きっとお前らの真の人格ってやつも俺よりたいしたことないだろうな》

それがついに彼らの逆鱗に触れた。

聖杯にかける願いそのものを否定されたのだ。

もう嫌だ。やめてくれ。

周囲に蔓延る数十のアサシン達の怨念が体を押し潰してくる。鬱憤を晴らすために今にも妹や弟に切りかかりそうだ。

次の瞬間夜の闇を照らすために街灯が点灯した。

その上に比企谷八幡は立っていた。

「よう」

彼は不敵に笑い両手を広げて自らをアピールする。

刹那、周囲の影が巨大な旋風となって彼に雪崩れ込んだ。

一瞬の内に比企谷は黒い壁に包まれてしまう。

しかし彼はそれを見ていない。

その姿が影に覆われる寸前、彼の瞳と目があった。

そして彼の考えていることが漸く理解できた。

ありがとう、比企谷。

直ぐ様肺を空気で満たし、その作戦の結末を伝える。

「全員、自決しろ!!!」

次の瞬間、令呪が赤く輝き出す。

その場にいたアサシンは全員比企谷に群がっている。

家族の首を落とそうとする者は一人もいなかった。

 

interlude out

 

夜の闇をまた別の影が多い尽くす。

だがまた一つ、また一つとその包囲網に穴が開いていく。

その真っ暗なスクリーンはアサシンが重なりあってできた物だ。

そのアサシンが自らの胸をかっさばいて落ちていっているのだ。

川崎が令呪を使ったらしい。作戦は成功だ。

だが事はそううまくは進まないようだ。

アサシン達は胸を切り裂いたナイフをこっちに向かって投げつけてきた。

一つ目は弾いただがそれで限界だ。

周囲を覆っていた影が今度は黒光りするナイフの檻になって迫ってきた。

逃げ場はない。

終わった。

しんだ。

心臓が高鳴る。

黒いアギトが俺を切り刻む刹那、俺の頭に去来したのは…とある少女の見覚えのない笑顔だった。

直後、凶器の檻をこれまた巨大な凶器の腕が突き破って俺をつかみだした。

「おおおおおおおお!?」

急激なGが俺の体を襲う。

そして唐突なジェットコースターは、また唐突に終わりを迎えた。

巨大な何かに叩きつけられる。

痛む顔面を押さえながら回りを確認すると驚きにくれる川崎の顔があった。

俺は何かに掴まれている。すると上から声がかかった。

「大丈夫?八幡」

忘れるはずがない。その声はわが天使、戸塚のものだった。いやちょっと待てどうして戸塚の声が?まさか俺は本当に昇天してしまったのだろうか。

続いて巨人が俺を下ろしてくれる。その動作は巨体に似合わぬ丁寧なものだった。

そしてその巨人の肩から戸塚が飛び降りてきた。

着地の瞬間バランスを崩し俺の胸に飛び込んでくる。

俺の手のひらが戸塚の胸に触れている。こ、これは、ついに俺にもハレンチ症候群がやってきたのか!?

「わ、悪い戸塚、わざとじゃないんだ」

「ううん、助かったよ?」

「何やってんのあんたら…」

川崎がこっちに話かけてくる。

そういやそうだった。俺はアサシンを倒しに来たんだった。

「もう大丈夫なのか?」

「ああ」

川崎は右手の甲を見せてくる。そこには令呪の跡が薄く残るだけだ。

すると彼女はその瞳に涙を滲ませる。

「ありがとう、比企谷」

「いや、…俺は別に」

俺は戸塚を助けるためにやっただけだ。

礼を言われるなら戸塚がいいが、俺はその戸塚に助けられてしまった。

「そうだ、戸塚お前…」

今一度そそりたつ巨人を見上げる。

おそらくこいつはバーサーカーだろう。

ということはやっぱり戸塚はマスターだったのか。

「なんだか八幡の声が聞こえて、気づいたらここに居たんだ」

戸塚は状況をよくわかっていないようで首をかしげながら笑う。可愛い。

「お前のおかげで死なずにすんだ、ありがとな」

「ううん、これってたぶん僕のためにやってくれたんだよね、こっちこそありがとう、八幡」

目当てのものは受け取った。

こうして五日目の夜は過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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それでも聖杯戦争からは逃げられない

「ふぁ~」

今日は週末を挟んだ終末の月曜日。きっとルビには絶望とか終わりの始まりとかがつくであろう全く明るくない恐怖の週明けである。

しかも休日だというくせに土曜、日曜と全く休めなかった俺はさぼりたいという欲求を抑えながら絶賛教室までの道のりをとぼとぼと歩いているのだった。

「疲れてんの?」

声をかけてきたのは川崎だ。聖杯戦争が始まってからは不登校だったがどうやらそれは返上したらしい。

「これあげる、袋はごみ箱だかんね」

彼女は俺にあめ玉を渡すと先を歩いていった。

大阪のおばちゃんかお前は。

「はーちまん、おはよ!」

続いて声をかけてきたのは我が愛しの天使こと、戸塚彩加だ。

全国の社畜が呪詛を吐いているであろう月曜の朝だというのにその笑顔に曇りはいっさいない。

やはり天使の名は伊達じゃないな。俺しか呼んでないけど。

「あめ、いるか?」

「良いの?ありがとう」

あめ玉で戸塚を釣る。ちょっとしたわらしべ長者というわけだ。

この先は続かないが戸塚がゴールで問題ない。

「八幡、今日は聖杯戦争?っていうのを教えてくれるんだよね?」

「ああ、放課後な」

戸塚の為にも説明は急務だろう。あいつもわかってくれる筈だ。

「ヒッキー、やっはろー!彩ちゃんも、やっはろー!」

今日はやたら話しかけられるな、疲れてるからそうっとしといてほしいんだが。

「やっはろー!」

戸塚も由比ヶ浜に挨拶を返す。

何それ、もしかして流行ってんの?

そういうの興味ねえからわかんねぇわ。

「やっ、はろー…」

「うん、やっはろー!」

え?何?また返すの?永遠に続くじゃん。

「二人で何話してたのー?」

「え…ああ…えと」

はて、なんとごまかしたものか。

「二人だけの秘密だよ!ね、八幡?」

「お、おう、そうだな」

戸塚がうまくかわしてくれた。昨晩から助けられっぱなしだな。やはり以外にも可愛らしい彼は頼りがいのある男でもあるらしい。

「むー、何それー」

由比ヶ浜は不満のようだったが、これは仕方がない。なんせ二人だけの秘密なのだから!

すると由比ヶ浜が近づいてくる。

なんだよ、暴力はいけないんだぞ。

そして俺の耳に口を寄せて小声で話かけてくる。

「彩ちゃんの悩み、ヒッキーが解決してくれたんでしょ?」

息が耳に当たってくすぐったい。あと腕にも何か柔らかいものが当たっている気がする。

しかしすぐに彼女は離れていってしまう。

同時に俺の腕を包んでいた幸せな感触も消える。

おっぱいが大きいと大変だなーっと思った。

「別に、何もしてねぇよ」

結局、最後は戸塚に助けられてしまったしな。彼とバーサーカーがいなければ俺は今ここにはいないだろう。

「えー、ほんと?」

「何?どうしたの?」

戸塚が不思議そうに聞いてくる。

「んー、あっ、二人だけの秘密~!」

「あはは、仕返しされちゃった」

俺を挟んで話し合う二人。こういうときってどうすりゃいいんだろうな。

「じゃあお揃いだね!」

「うん、お揃い!」

いつのまにか俺だけ仲間外れになっていた。ここにも俺の居場所はないというのか。

俺は一歩下がって二人が話しているのを後ろから見つめる。

まあ、こんな光景を見られるのならそれも悪くないのかもしれない。

ふと、ここにはいない彼女の事を思い出した。

アサシンに殺されかけたとき、不意に見えたあの光景はなんだったのだろうか。

あんなものは俺の記憶にはない。だが俺の記憶にはアサシンに消されて抜け落ちた部分がある。あれはそこにはまっていたものなのかもしれない。

しかしどうしてそんな状況になったのかがわからない。

そこが俺の胸につっかえてどうもスッキリしない。

やはり記憶が曖昧だとモヤモヤするものだ。

そのまま俺は教室の席についてボーッとしてる内に授業が始まった。

 

…………………

 

帰りのホームルームが終わり俺は教室を後にした。

そのまま昇降口へと向かう集団と分かれ、特別棟へと向かう道を歩く。

「はーちまん!」

すると後ろから戸塚が急ぎ足で追い付いてくる。

「もー、なんで先に行っちゃうの?」

戸塚は怒っているようだったが頬を膨らませたその姿はとても可愛らしい。

「悪い、あんまなれてなくてな」

普通は教室から一緒に行くものらしい。どうせ目的地は同じなのだし現地集合でいいと思うのだが。

「あのねー…それでねー…」

しかしこうして戸塚と時間を共有できるのならそれも悪くないのかもしれないしれない。

ほどなくして目当ての部屋の前まで辿り着いた。

「ここが…?」

「ああ」

俺はその扉を開けようとしてその直前で立ち止まった。

「八幡?」

そういえば彼女はノックをしない平塚先生に起こっていた。

ここに来るのは初めてではないが念のため踏襲した方がいいか。

俺は扉を三回ノックする。

そして暫く待つと涼やかな声が帰ってきた。

直ぐに扉をスライドさせる。

そこでは相も変わらず彼女、雪ノ下雪乃が斜陽を背に受けて座っていた。

予めノックしておいたからかそれまで読んでいたであろう本を閉じてこっちを見ている。

当然、扉を開けた俺と目があった。

しかし彼女は直ぐにそれをそらしてしまう。

そのしぐさに俺は違和感を覚えた。

「八幡?」

「なんでもない、入ってくれ」

俺は道を開け戸塚を中に入れた。

「雪ノ下、早速だがこいつ、戸塚彩加はマスターの一人だ」

「こ、こんにちは」

雪ノ下は特に何も言わず澄ました顔でこっちを見つめている。

「俺と同じで魔術とかは素人なんだ、いろいろと教えてやってほしい」

「どうして私が教えなくてはいけないのかしら?貴方が教えればいいのではないの?」

「俺じゃあうまくできないかもしれないだろ」

俺だって戸塚と同じ素人だ。見落としがあれば戸塚の命に関わる。

「それに戸塚は戦うことを望んでない。お前さえよければサーヴァントを譲ってもいいと言ってる」

それを聞いた雪ノ下は眉根をよせ険しい表情を見せる。それは今までの俺を糾弾するものとはちがい悩ましげだった。

「その必要はないわ、…私は聖杯戦争から脱落したもの」

それは何かを諦めたような声だった。ライダーだけでなくキャスターまでやられていたのか。

しかしそれだけでは彼女の言い分には納得できない。

「それこそバーサーカーを貰って復帰すればいいだろ」

「そこまでして聖杯を得ようとは思わない」

それは今までの彼女とは違うように見えた。俺の知っている雪ノ下なら、例え一度負けたとしても何倍にも増やして返す筈だ。

いや違う。

俺の記憶には抜け落ちがある。

だからこそ自分の判断が信用できない。

いやそれだって違うかもしれない。俺は今まで何度も勘違いをしてきた。今回だってそうなのかもしれないではないか。

「八幡?」

戸塚が心配そうに声をかけてくる。

今一番不安なのは戸塚だろう。聖杯戦争何てものに巻き込まれて、説明すると言った矢先にこれだ。

「悪い戸塚、説明するの俺でもいいか?」

「うん」

それでも戸塚は周囲の人間を励ますようににこやかに笑いながら、二つ返事でOKする。

「それじゃあ行くか」

戸塚を先導して部屋を後にする。

ちらと後ろを振り返ると雪ノ下は床に視線を落としていてその表情は読み取れなかった。

戸塚と二人リノリウムの床の上を歩く。

「どこで話す?俺の家でもくるか?」

「うん、僕はどこでもいいよ」

そのまま二人昇降口を目指す。その途中2年F組の教室が目に入った。

そこでは相変わらず放課後だというのにそこにとどまって目的もなくダラダラと午後を過ごす連中がいる。由比ヶ浜の姿もそこにあった。

普段と違うのはそこに葉山隼人がいないことだ。

しかし教室にたむろする奴等はいつもと変わらずくだらない群像劇を披露しているように見える。

やはり由比ヶ浜の言う通り、あの男がいなくとも彼らの日常に影響はないらしい。

それが少し以外だった。

あの葉山隼人程の男でもただの歯車の一つでしかなくいなくなっても代わりがいるということに。

そのまま家へと直帰し鞄を置いて、俺は聖杯戦争とは何か、雪ノ下に聞いた話をそのまま伝えた。

「その気になれば今すぐ放棄する事もできるぞ」

俺の話を神妙に聞いていた戸塚は顎に指をあて考えるしぐさをする。

そしていつもと変わらない笑顔で答えた。

「バーサーカーは僕や八幡を助けてくれたよ。だから彼に欲しいものがあるなら僕はそれを手伝ってあげたい。あんまり頼りにならないかもしれないけど」

「そうか、何かあれば俺も力になる」

俺と戸塚は握手をして別れた。

「お兄ちゃんが女の子連れ込んでる!?」

玄関に向かう途中で出くわした我が妹がそんな事を言ってくる。

「小町、気持ちはわかるが戸塚は男だ」

小町は混乱してその場で固まってしまったのでとりあえず放置して戸塚を返した。

「この際お兄ちゃんをもらってくれるなら男の人でもいいかな…」

復活した小町はゴニョゴニョと不審に呟いている。

前門の戸塚、後門の小町。俺の未来は薔薇色だった。

そんなこんなで時刻は午後8時を回った。

この時間になるとなんとなく意識がピリピリしてくる。

聖杯戦争のせいで夜中出歩くことが多かったからだ。

いけないいけない。なんにでも自然体で挑むのが俺のモットーだ。

リラックスの為にmaxコーヒーを補充しようとリビングに出ると小町が携帯を見てうろうろしていた。

それを横目に見ながら冷蔵庫を開ける。

しかし中に目当てのものは見当たらなかった。

どうやら飲み終わってそのままにしていたらしい。俺は新しいのを補充するために台所の戸棚を開ける。

そして中にある箱買いしたmaxコーヒーの段ボールを覗く。しかしそこにも黄色と茶色の攻撃的なデザインの缶は存在しなかった。

「小町ー、俺のmaxコーヒー知らねぇ?」

「小町が知るわけないでしょ」

返事をすると小町は直ぐに携帯に目を落とす。まったく、これだから現代っ子は。

しかしどうやらこの家にmaxコーヒーはないらしい。

俺としたことが在庫を把握していなかったとは、一生の不覚である。

きっと最近は忙しかったのでうっかり失念してしまったのだろう。

仕方ない、今回は練乳入りコーヒーで我慢しよう。

俺はポットに電源を入れる。

「んー、んー」

「さっきから何唸ってんだ…?」

「んー?」

俺がマッカンを求めてうろちょろしている間、小町も同じようにリビングと台所を行ったり来たりしていた。

「友達から連絡が返ってこないの」

「なにか用事なんじゃないか」

「ううん、グループで話してた子全員、二時間前から何も返してこないの」

「それくらい普通だろ?俺なんて返ってこないのがほとんどだぞ」

「もー、小町、真面目に言ってるんだけど」

いや俺も真面目なんだけど。

しかし小町がいじめにあっているとは考えたくない。

そして俺にはもうひとつ心あたりがあった。聖杯戦争だ。

俺の中ではもう不可思議なこと=聖杯戦争という方程式が出来上がっている。

これはもう妖怪なんてめじゃないレベルだ。

だからクラスで俺だけが授業が変更になったのを知らなかったのも聖杯戦争のせいなのだ。これは許せない。

しかしそうなると小町の友達の身に何かあったということになる。

ということは小町自身も被害に逢う可能性があるということだ。

めんどくさいったりゃありゃしない。

ひょっとすると聖杯戦争そのものをどうにかしないといけないのではないか?

「ちょっと出てくるわ」

「どっかいくの?」

「散歩」

特に用事があるわけではないが夜風に当たりたい気分だった。

こうゆう風情があるのも俺の美点だろう。

玄関に出て靴を履く。

「ゆき…っ…せっ!」

何やら外が騒がしい。

こんな夜中にデモでもしてるんだろうか。デモでも。

だとしたら今は外に出ない方が良いかもしれない。

けれど聞こえた声に何やら気になるワードが入っていた気がして、俺は扉を開けた。

「雪ノ下を探せ!」

「雪ノ下を探せ!」

「雪ノ下を探せ!」

人、人、人。

そこには彼女の名前を叫ぶ人々で溢れかえっていた。

明らかに聖杯戦争が関わっていることは間違いない。

そして俺にはこの光景にピンとくるものがあった。

それは以前頭に響いてきた雪ノ下を殺せというメッセージ。これは恐らくそれに意識を支配されてしまった人々なのだ。

しかしあまりにも数が多い。

ビッグサイト程ではないにしろ、近くで祭りでもあったんじゃないかと思うほどおうらいにはひっくり返したような人で溢れている。

このすべてが雪ノ下を殺すために行動しているのか。

だが恐らく彼らは全て雪ノ下に返り討ちにされるだろう。

いくらサーヴァントを失ったとはいえ彼女の実力には俺でも破れる程度の催眠にひっかるやつらが束になったところで到底及ばないだろう。

それは頭ではわかっている。

なのに胸に去来する不安はなんだ。

少しだけその場で頭を転がしてその正体に思い至った。

彼女は人を殺せない。

聖杯戦争に参加している魔術師でさえそうなのだ。

あやつらているとはいえ一般人ならもっての他だ。

それがこれだけいたら彼女にも隙が生まれてしまうかもしれない。

この集団催眠を仕掛けた張本人はそれを、それこそを狙っているのだ。

不意にその場から走りかける。

しかしその一歩は途中で引き返してしまう。

俺が行ったところでどうなる?何の意味もない。

アサシンを倒せたのだってマスターの川崎が最初からそれを望んでいて、戸塚が駆けつけてくれたからだ。

それに昼に拒絶されたばかりではないか。

「お兄ちゃん?ポットつけっぱ…何これ?」

すると小町が外に出てきた。ごった返す人を見張っている。

確かにお湯を沸かしっぱなしだった。

「ああ、悪い」

俺は屋内に戻ろうと踵を返す。

「オオオオおお!」

すると突然後ろから雄叫びがあがった。

振り返ると見知らぬ奴等が飛びかかってくるのが見えた。

反射的に俺はそいつらを蹴り飛ばす。

「なっ何!?」

「邪魔するものは…殺す!」

そして立ち上がり再び襲いかかってくる。俺は同じようにそいつを蹴り飛ばした。

「お兄ちゃん!?こいつら何なの!?」

「お前は中に入ってろ!絶対出てくるな!!」

言われた通り小町は家の中に消える。

すると暴れていた連中もおとなしくなりおうらいを行く集団に戻っていった。

察するに狙いは小町だったようだ。

恐らく目についたものは手当たり次第攻撃するようになっているのだ。

そして相変わらず俺は無視されている。

俺は人混みの中を駆けていく。どうやらこれは雪ノ下だけの問題ではなさそうだ。

息をきらせながら記憶をたどり雪ノ下のマンションを目指す。

急いだからか呼吸が苦しくなってくる。しかし一目散に走り続けた。視界も少しづつ霞んでいった。

それでも足を動かし目的地に辿り着いた。

だからだろうか、俺は立ち上る黒煙に気がつかなかった。

汗ばんで重い体を起こしたとき俺の目に飛び込んできたのは、真っ赤な炎に包まれた建物だった。

 

 

 

 

 

 

 



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伸ばす手は交わり、かざした剣は何を指すのか

燃え盛るマンションの根元に人だかりができている。

野次馬、ではない。雪ノ下雪乃を殺すためにあやつられた群衆だ。

あの煌々と燃える火炎の中に彼女はいない。それはわかっているのに俺の中の不安はあの炎のように消えるそぶりも見せない。

思い浮かぶのは昼に話した彼女の顔。

普段とは違い何処か影がさしているような。

彼女らしくない。いやむしろそれが彼女の本性だったのか。

どちらにせよ俺には確かめることはできない。

このマンションだけが俺と彼女を繋ぐ唯一の手がかりだった。

それが焼失しようとしている今、連絡先も知らないいじょう、もう彼女の元に行くことはできない。

俺は走ってきた道を引き返そうと体を引いた。

その時にハッとその場所が頭に浮かんできた。

それは最初に彼女にあった場所。

特別棟にある使われていない例の教室。

しかし今もあそこにいるだろうか。

可能性はある。

だがあくまでそれは不確定というだけだ。

もしいなければただの徒労、ただの妄想で終わってしまう。

けれど俺は張り付く足に鞭をうって走り出した。

今さら無意味に終わるのを恐れていてもしょうがない。

後で恥ずかしさに転げ回るだけだ。

今はそれよりも事態を解決することの方が先決だろう。

俺は校門を飛び越え校内に侵入する。

校舎の扉には鍵がかかっていた。

俺はそれに魔力を通す。わざと失敗して鍵を破壊した。

階段をかけあがり特別棟へと足を踏み入れる。

それから例の教室に辿り着き、勢いのままドアを開けた。

そこには驚きに目を開いた彼女の姿があった。

「比企谷…君?」

そうボソッと口にする。

状況をうまく飲み込めていないようだ。

キョトンとした彼女の顔は珍しく、何処か可愛いげがある。

できればもう少し見ていたい衝動にかられるが今はそれどころではない。

ならばそれを利用してさっさと話を進めてしまおう。

「お前、外の様子は知ってるよな?」

「…ええ」

雪ノ下は直ぐにいつもの、いや昼に見た少し影のある顔に戻ると俺の質問に答える。

「あれを…どうにかしようと思わないのか?」

「…私が何かしなくてもいずれ終息すると思うわ」

「らしくないな、邪魔する奴は叩き潰すのがお前のやり方じゃなかったのか?」

「彼らは一般人よ、無理やり止めるより自然に収まるのを待つべきだわ」

俺と彼女の遠回りは続く。

ただ手を重ねればそれで澄むのに、今まで積み上げた時間の壁がそれを許さない。

「あいつらは手当たり次第人を襲ってる。俺がここに来たのも妹が被害に遭いかけたからだ」

「そう…、それは悲運だったけれど…私にはもう戦う力はないわ」

「それはサーヴァントがいないからか?」

「ええ、私に聖杯戦争という舞台で戦う資格はない」

「一般人への被害は許さないんじゃなかったのか?」

「…」

彼女はうつむいたまま返事をしない。

「あれは…嘘だったのか?」

心臓が跳ねる。それは彼女への追及であると同時に俺自身への糾弾でもあった。

身に余る輝きを求めた愚か者への。

「では、貴方は私に死ねというの?」

その顔は悲壮に歪んでいた。

どうしてこんなことになってしまったのか。そんな顔をしてほしかった訳じゃないのに。

こうなったのは俺のせいだ。

彼女に俺の理想を押し付けてしまった。

もう俺にできることは何もない。

いやそんなものは最初から無かったんじゃないか。

俺がここに来なければ彼女が追い詰められる事はなかった。

理想は理想のままでいられた。

全ては俺の責任だ。

俺が無闇に手を伸ばしたから。

今すぐここから立ち去りたかった。

こんな間違いだらけの教室は直ぐにでも退出したかった。

「比企谷…君?」

けれど愚かな俺はそんなこともできずにいた。

それでも手を伸ばしたいから。

欲しいものがこの部屋にある気がしたから。

それも幻なのだろうか。

夢見がちな俺の勘違いなのだろうか。

「ヒッキーなら、大丈夫だよ!」

どこからかそんな声が聞こえた気がした。

無責任で身勝手で、けれど今の俺にはそんな不確かなものが確かに背中を押した気がした。

「なら、俺がお前のサーヴァントになる」

「え…?」

「お前が言ったんだろ、俺にアサシンになれって」

「それは…そうだけれど。わかってるの?…他のサーヴァントと戦うことになるのよ?」

「戦わねえよ、アサシンの勝負は最初の一撃だけだ。それで全部けりをつけりゃあいい」

「フフ、貴方らしいわね」

雪ノ下が口に手をあて苦笑する。そういえば彼女のそんな顔を見るのは久しぶりかもしれない。

それから俺は雪ノ下が答えを出すのをただ待った。

時計の針が進む音だけが教室内を行き交っている。

目の前の彼女は視線をふせ何ごとか思いにふける。

やがてその心境を口にした。

「わかったわ、貴方がそこまで言うなら…」

目は臥せたままだったが確かに提案を受諾した。

とりあえずはこれで一段落だ。

「ああ、今から俺がお前の暗殺者(アサシン)だ」

俺と雪ノ下は互いに視線を交わす。それが主従契約完了の合図だった。

しかしちょっぴり照れ臭い。サーヴァントといってもいったい何をすれば良いのか。

「これからどーすんだ、マスター?」

とりあえず主人に丸投げすることにした。

すると雪ノ下は眉根を寄せる。

「別に今まで通りで良いわ。貴方にそう呼ばれると馬鹿にされている気がするもの」

なんだそれ、けっこう本気だったんだが…。

なんかマスターって呼ぶの、かっこいいよな?

「…まずは外の人達を操っている術者を探さなくてはだけれど…」

雪ノ下は何処か不安げに言葉を綴る。まるで既に犯人に当たりをつけているように。

「知ってる奴なのか?」

「姉さん…」

やがてそう呟いた。

「そういやまだ会ったことなかったな。この時代の雪ノ下さんも聖杯戦争に参加してるのか?」

「私が言ったのはキャスターの方よ。この時代の姉さんは既に死んでいるわ」

まじかよ、唐突に明らかになった事実に狼狽する。

ということは雪ノ下にとっては死んだ姉との再会だったわけだ。

「ちょっと待て、なんでキャスターがお前を狙うんだ?もしかして誰かにとられたってことか?」

「いいえ、姉さんはライダーを殺して、私との契約を無理矢理破棄して、何処かへ飛んでいったの」

「なんだそりゃ」

「そういう人なのよ。昔から何がしたいのかよくわからなかったわ」

どうやら生きていた頃からあの掴み所のない性格は変わっていないようだ。

「それで町の人を操ってお前を狙ってるってのか?」

「…どうかしら」

雪ノ下の歯切れは悪い、確信があるわけではなさそうだ。

しかしもしキャスターが敵だとすれば俺は勝てるのだろうか。

あれだけ啖呵きった手前いきなり諦めるというのもなんだかしまりが悪い気がする。

ここであることに気がついた。

もし雪ノ下が以前からキャスターが犯人だと考えていたとしたら、俺と同じように思ったのではないか。

彼女の表情は相変わらず影が射したままだ。

「…なあ、前に俺がかけられかけたのも同じ魔術なんだよな」

「そうね、私を殺すという目的は同じだし、ここまで規模が大きいと一つの力が弱いのも頷けるわ」

「キャスターでもか?」

「…確かに姉さんならできるかもしれないけれど」

「…」

「誰か心当たりがあるの?」

「ちょっとな」

なにかが頭の端に引っ掛かっている。

俺には由比ヶ浜経由で魔術が飛んできた。

けど由比ヶ浜自身に変化はなかった筈だ。

いや、ほんとにそうか?あった筈だ、確か疑問に思ったことが。

2年F組の教室は以前と変わらない様相だった。

けどその中に足りないものがあった筈だ。

「葉山だ…」

「葉山君?」

「ああ、あいつはうちのクラスの中心にしてカーストの頂点だ。そんな奴がいなくなって今まで通りでいられるのはやっぱりおかしい」

「けれど、彼はライダーに…」

葉山はライダーを裏切ろうとし、逆に裏切られて病院送りになった。

「病室からでも操ることくらいできるだろ」

「そうね」

「雪ノ下、あいつの病院の場所わかるか?」

「〇〇駅の近くにある病院だけれど…行くの?」

「ああ」

そこは直接行ったことは無かったが、外観は何度も目にしたことがある大きな病院だった。

葉山が犯人であるかはわからない。しかしここでじっとしていても進展はない。

直ぐに俺は教室を後にしようとする。

すると雪ノ下が服の裾を掴んで俺を引き留めた。

「なんだ?」

「あ、いえ…、気を付けて」

直ぐに手を離す雪ノ下。

なんだかそれで俺の足は教室に釘付けになってしまった。

しかし今窮地なのは彼女なのだ。ずっとここにいるわけにはいかない。

「そういやライダーの銃も一緒に消えちまったんだ。何か武器になるもの持ってないか?」

「?、貴方それに魔力を籠めたんでしょう?なら消えない筈だけれど」

「そうなのか?けどどっかいっちまったしな…」

「はあ、まったく、そのていたらくでどう戦おうとしていたのかしら」

雪ノ下は痛ましげにため息をつく。うるさいな、これでも本家のアサシンは何体か倒したんだぞ。

すると雪ノ下は床に置いてあった鞄から何かを取り出した。

「なんだそれ」

「黒剣というの。魔力を通せばこの穴から1メートル程の刃が出てくるわ」

それは黒いT字型の棒だった。要するに隠し持って使うタイプの暗器だろう。

「それから…」

お次はこれまた黒く光る拳銃だ。持ってみるとその重みが手に伝わってくる。間違いなく本物だとわかった。

「弾は6発、私の魔力が込めてあるから見た目よりダメージを負う筈よ」

「良いのか?そんなもん貰っちゃって」

「貴方は私のサーヴァントなのでしょう?それに元々貴方に渡すために用意した物だもの」

それはセイバーがやられず、俺と彼女の協力関係が続いた場合。もうあり得ない歴史のIf。

けれど今こうして俺の手に渡ったのだから時の流れとはわからないものである。

「ていうかなんでこんなもの鞄に入れてんだ?」

「…勘違いしないで欲しいのだけれど、たまたま家を脱出するときに手元にあっただけよ」

何と勘違いするのだろうか、まあいいや。

それらをポケットに詰め込んで俺は教室を後にしようとする。

その間際、雪ノ下の鞄にキーホルダーがついているのが見えた。

それがなんなのか俺にはわからなかったけれど、なぜだか体に力がみなぎる気がした。

そのまま、俺は病院に向かって走り出した。

 

interlude 5-1

 

船内に迸る巨大な魔力の流れ。それは大山を砕き大海を割る大いなるうねり。

しかしそんな猛威を奮う自然の剣もアーサーが持つ鞘の前には刃が立たない。

それは持ち主を理想郷へと誘う黄金の障壁。

いっさいの攻撃を遮断する無敵の境界線だ。

魔力の波はそれを前にして立ち往生する。

だがそれは、逆に言えばその間は理想郷に引きこもらざるをえないという話。

「キャスター…!貴様…!!」

「はじめまして、そしてさようなら、アーサー王さん」

そうして彼女はそのまま悠々と主君を守る騎士王の横を通りすぎる。

アーサー王はその絶大なる魔力を聖杯からの供給で補っている。

当然それを切ってしまえば彼女は存在を保てなくなる。

キャスターはそれをすぐさに決行した。

程なくしてアーサー王は光の粒となって消えた。

「陽乃、いったい何が目的だい?」

「あらお母様、ご機嫌麗しゅう」

服の裾をちょこんとつまみキャスターは頭を垂れる。

「前置きは要らないわ、何しに来たのかと聞いているの」

その瞬間、雪ノ下のおんだいの腹を魔力の槍が貫通した。

「これが私の答えよ母さん」

血だまりに沈む自らの母を見てもキャスターの顔に張り付いた笑みはついに剥がれることはなかった。

 

interlude out

 

 

 

 

 

 



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きっとそこにいる彼を見ている人がいる

interlude 6-1

「大丈夫か?イリヤ」

しかし本人からの返事はない。

俺は少女の額に張り付く滴を濡れたタオルでぬぐいとっていく。

「はあ、はあ」

イリヤの息は荒く意識は朦朧としている。

消滅したサーヴァントの膨大な魔力が彼女の人格を圧迫しているのだ。

苦しそうに身をよじるイリヤ、しかし俺には何もしてやれない。

その無力感に腹が立つ。

結局イリヤを助ける方法は見つからなかった。

彼女はホムンクルスと人の混血という世界でもまれに見るケースの存在だ。魔術師として半人前以下の俺にどうこうできる事じゃなかったのかもしれない。

そっと彼女の手に触れる。

するとその手をぎゅっと握りしめてきた。

彼女はまだ生きている。必死に苦しみに耐えている。なのに俺が諦めてどうするんだ。

ウー、ウー、ウー。

突然、遠坂が仕掛けた敵を感知する礼装が唸った。

侵入者だ。

今この家には俺しかいない。遠坂とバゼットは外回り、アーチャーはキャスターとの戦いで深手を負い満足に動けない。

戦うか、それとも逃げるか。

直ぐに逃走を決断した。

こんなところで戦えばイリヤがただでは済まない。

俺はイリヤを背中に背負って、2階の窓から魔力いっぱい飛び出した。

屋根づたいに飛んでは走って距離をとる。イリヤが傷つかないよう最新の注意を払わなければならない。

ふと後ろを振り向いた。

外をたむろしていた連中がとうとう家の中にまで入ってきている。

おそらく警報はあいつらのせいだろう。

俺は一度立ち止まって様子を見る。

あいつらは数も多く、それに一般人だ。迂闊に手が出せなくて遠坂達もてこずっていたが一人一人は大した事はない。

今は二人が原因を探している筈だ。俺はそれが片付くまで待つとしよう。

あの二人は優秀な魔術師だ。どちらもちょっとおっちょこちょいなところがあるが魔術戦に関しては時計塔の折り紙つきである。

今はあの二人に任せよう。

「イリヤスフィール発見!イリヤスフィール発見!」

下の連中が何か騒いでいる。

奴等は雪ノ下を探していた筈だが、何か別の名前を叫んでいたような?

嫌な予感がする。

「イリヤスフィール発見!」

間違いなくイリヤを指して叫んでいる。

どういうことだ、まさかイリヤもターゲットに含まれていたのか?

だとすると下にいる連中が群がってくるかもしれない。

しかし様子を見ると、連中はいっこうに上がってこようとはしない。ただじっとこちらを見ているだけだ。

まるで大勢の目に監視されているような不快感を覚える。

いったい何がどうなってるんだ。

「お兄…、ちゃん」

「イリヤ!」

背中からか細い声がする。

「あんまり無理するな」

「う…え…」

上?

イリヤは必死に何かを伝えようとしているみたいだった。

その声にしたがって俺は夜の暗い空を見上げる。

そして暗闇からこちらを覗くギラギラとした二つの光点と目があった。

 

interlude out

 

俺は雪ノ下を探して徘徊する人混みの間をぬって病院を目指す。

こいつらは目につくものを手当たり次第攻撃するが俺はこういったものに無視される体質らしく軽々と駆け抜けていく。

やがて目当ての建物へとたどり着いた。

正面入り口から中に入る。

まずは葉山の病室を探さなくてはいけない。

院内は暗く、ここにも操られた人々が歩いているのでちょっとしたホラーゲームのようだが、現在雪ノ下のアサシンとして動いている俺には好都合だ。

事務室の扉を開け、患者のデータを調べる。

ここは弁護士をやっているという葉山家が懇意にしている病院とのことで大きめの部屋に当たりをつける。

思った通り、葉山のいるであろう部屋は簡単に見つかった。

今度はそこを目指して慎重に歩いていく。

いくら見つかりにくいとはいえ何が仕掛けてあるかわからない。

直ぐに抜けるよう懐の武器に手をかける。

そういった魔術でもかけてあるのかポケットの銃をさわるとざわつく心が落ち着く気がした。

歩きながら考える。

葉山にあったところでいったいどうするのか。

やめろといってやめる筈もない。

じゃあどうする。

剣を突きつけて脅しをかける?

だが声をかければさすがに場所がばれるだろう。

それは利点を自ら投げ捨てるようなものだ。

それとも、葉山を殺せば止まるのだろうか。

俺はアサシンだ。誰にも気づかれずに対象を殺すのが俺の役目だろう。

ポケットの銃を握る。雪ノ下は敵を殺せない。なら彼女のサーヴァントである俺は彼女にできない事をやるべきじゃないのか…?

がさっ。

!?

正面で物音がした。

思わず銃を向ける。

暗闇が敵の姿を隠している。

やがて月明かりがその正体を暴き出した。

それは見知った少女の形をしていた。

「由比ヶ浜…!?」

由比ヶ浜結衣。2年F組のクラスメイト。

町中の人が操られているのだ、なにより彼女を経由して呪いをかけられたんだ。ここにいても不思議じゃない。

俺は銃をしまい再び歩き出す。

とはいえ彼女にも俺の姿は見えない筈だ。

葉山の部屋はその奥だ。

そのまま彼女の横を通りすぎようとする。

その時俺の側頭部にその拳が迸った。

身を屈めて間一髪でそれをかわした。

「くそっ!」

俺は転がってその場を離脱する。

由比ヶ浜はそのまま窓をかち割って辺りには破片が飛び散る。

拳には血が滲んでいた。

彼女の目には生気がない。だが確かに俺をとらえていた。

どうしてあいつには俺の姿が見えてるんだ。

今はそれを追究している余裕はない。

どうする、彼女を連れたまま葉山のところには行けない。

ならばまくか、排除しなくてはならない。

そうしている間にも彼女は再び俺に走りよってくる。

勢いのまま今度は腕を振り回した。

その動きは単純で避けるのは容易い。

ごきゅっ。

嫌な音がした。

俺の体ではない。

彼女の腕が壁に激突し血しぶきをあげたのだ。

こんな狭い廊下で暴れればそうなって当然である。

おそらくこのまま続ければ彼女の体は取り返しのつかないことになるだろう。

なら止めるしかない。

動けないように体をがんじがらめにすればいい。

そうして俺が走り出そうとしたときだった。

「なんだ、誰かと思えばいつぞやの坊主じゃねぇか」

暗闇から青い装束を纏った男が現れた。手には深紅の槍を携えている。

ランサーだ。

「見張りの一人が妙な動きしてると思ったら、そういやお前は妙な体してたな」

その言葉でこの男が敵であることを確信する。

最悪だ。よりにもよってサーヴァントに見つかるとは。

葉山にはサーヴァントはいないと思って油断していた。あいつには仲間がいたのだ。

「退いてろ」

ランサーが指を伸ばす。

とっさに体を捩るがそれは俺に向けられたものではなかった。

後ろを見ると由比ヶ浜の姿が消えていた。

背筋に悪寒が走る。

「お前、由比ヶ浜に何したんだ?」

「あん?知り合いだったのか?安心しろよ、別の場所に動かしただけだ」

そういうとランサーは槍を構える。

「お前には借りがあるからな。見たとこセイバーはいねぇみたいだが、仕方ねぇやな」

その言葉が終わる前に俺は銃を抜き発砲した。

「飛び道具か」

ランサーはものすごい速さで槍を操り銃弾を弾こうとする。

槍と弾が衝突した瞬間、そこを中心にして魔力の衝撃波が生まれた。

「何!?」

ランサーは驚き目を奪われる。

とんでもない力だ。銃弾に込められた雪ノ下の魔力がランサーの前で爆発した。

俺は横にあった部屋に逃げ込む。

とにかく身を隠すんだ。

一度見失ってしまえばランサーが俺を見つけることはできない。

ドアのすぐ横に身を隠す。

かくれんぼのコツは意表をつくことだ。

分かりやすい場所の方がむしろ見つかりにくかったりする。

ここなら入ってきたときに奇襲もかけられる。

だが直後吹き荒れた突風が部屋の壁ごと俺を吹き飛ばした。ベッドやなんかの計測器と一緒に空を舞う。そのまま瓦礫の山に叩きつけられた。

「どうした?かくれんぼはもう終わりか?」

なんて規模の違いだ。りょ力が違い過ぎる。

英霊という連中の規格外さをすっかり忘れていた。

サーヴァントになるなどと言った自分が恥ずかしい。

再び発砲する。しかし今度はあっさりとかわされてしまった。闇雲に撃っただけではやはり意味がない。

「どうやら万策尽きたみてぇだな」

そしてランサーが槍を構える。

だめだ、あいつの言う通り既に俺の手札は使いきった。

これ以上は何をやっても無駄だ。

「まだ立つか、なかなか根性すわってんな」

だが俺は雪ノ下雪乃のサーヴァントだ。

例え俺が諦めても彼女が諦めない限りサレンダーは許されない。

「負けだ、俺の負け。潔く降参だ」

「あん?」

「やっぱただの一般人がサーヴァントに敵う訳なかったんだ」

「ならてめぇは何しにきたんだ?」

「決まってんだろ、外の奴等が邪魔だからだよ」

話しながら活路を探る。だがやはり光明は見えない。

「なぁ、俺を仲間にしねぇか?」

「お前を?」

「ああ、けっこう使い物になると思うぜ」

「そうだな、お前の体質は敵にすると面倒だ」

もし相手の懐に潜り込めたなら隙も見つかるかもしれない。

「だが無理だ、お前寝首を掻こうって気がプンプンするぜ」

ダメか。歴戦の勇士さまには俺の演技なんてお見通しらしい。

「あばよ」

そしてランサーは槍を構え突っ込んできた。

やっぱりな、アサシンの時と同じだ。

どうやら俺は死に際になると彼女の顔が浮かぶらしい。

俺は再び銃を構える。

全ての技が使えなくなったらどうするか。

そう、悪足掻きだ。

床に銃口を向け発砲、直後足元で魔力の爆発がおき足場が音と共に崩れ落ちる。

当然俺の体も一緒にその場から床に消える。

「逃がすか!」

そしてランサーは追ってくるだろう。

俺の開けた穴から。

もう一度、今度は天井に向かって発砲。そこには俺の開けた穴がある。

弾がそこを通り抜ける寸前、穴の中央にランサーが現れた。

その表情は驚きに染まっている。

いくらサーヴァントが速かろうとあらかじめ動きを予測できるなら当てられる。

通り道を用意したら、そこに銃弾を置いておくだけ。

後は向こうから当たりに来てくれる。

タイミングは完璧だった。

じき銃弾がランサーの頭を吹き飛ばすだろう。

そういえば落ちたときの事を考えていなかった。

頭を打ったら大変だ。

そんなどうでもいいことを考えていた俺の視界に驚くべき現象が飛び込んできた。

ランサーに直撃するはずだった弾丸が直前でその軌道を変えたのだ。

銃弾はランサーの頬を掠めるにとどまる。そこから弾に籠められた魔力がランサーを蝕むがその命にまでは届かない。

ランサーはにっこりと口の端を反らせて笑う。

「誇っていいぜ小僧、このクーフーリンに傷をつけたんだからな!」

何が起きたのかわからない。だが今問題なのはランサーを倒しきれなかったということだけだ。

「あの世で自慢しな!」

それじゃあ意味ねぇだろ。

何かないのか、奴を倒す手だては。

だが今さら考える時間などない。

俊足のランサーは空中を駆け抜けて俺に深紅の死を突きこんだ。

そしてそれを横から来た影が撃ち抜いた。

そのまま横に吹っ飛ぶランサー。

影は今度は俺に向かって飛んでくる。

あまりの異常事態に反応できない。

だが影は俺の横を通りすぎると、さっき俺が崩した何倍もの規模で、病院の床を殴り飛ばした。

そのまま俺は影に服を引っ張られ奈落のそこに落ちていった。

どれくらい落ちただろうか。

気づくと落下は止まっていて、俺はコンクリートに持たれながら座っていた。

めまいがひどい。

上も下もわからず高速移動したせいで三半規管がいかれてしまったのだろうか。

「目を開けなさい、気絶はしていない筈です」

視界は真っ暗だが声が聞こえてくる。

さっきの影の正体だろうか。以外にも声は女性のものだ。

「早くしなさい、それとも少し痛い目をみたいですか」

慌てて目を開ける。そこには紫がかった髪を短く切り揃えたスーツの女性が俺の首にナイフを押し付けていた。

「ようやく起きましたね。さっそくですが時間がありません。貴方の所属と目的を教えなさい」

これは下手に抵抗しない方がよさそうだ。

「仲間は、特にいない。外の連中を止めにきたんだ」

「ここに術者が潜んでいるのですか?」

「ああ、10階、200号室の葉山って奴だと思う」

「そうですか、目的は同じという訳ですね」

すると女性はナイフをしまってくれる。わりとものわかりのいい人らしい。

「ランサーの相手は私がします。貴方はその男を始末しなさい」

「始末って、殺すってことか?」

「ええ、あのタイプはそれで止まる筈です」

「…他に方法はないのか?」

「本人に解かせることですがそれは難しいでしょう」

そう言うと女性は俺に背を向けて歩き出す。

「あんた、ランサーに勝てるのか?」

「難しいでしょうね、あまり時間をかけないでいただけると助かります」

すると再び女性はこっちに振り向く。

「貴方、どこかであった事がありませんか?」

この人は確かアーチャーのマスターと一緒にいた人だ。

だが俺が一方的に覗き見ていただけなので直接は会っていない。

「いいや」

「そうですか、すみませんこちらの勘違いのようです」

なんというか律儀な人だ。明らかにあっちの方が年上なのに敬語を使う辺りが特に。

「行きなさい、あまり時間はありません」

頷くと俺は立ち上がって走り出す。

女性と別れて葉山のいる10階を目指す。

しかし俺は直ぐに立ち往生してしまった。

さっきの崩落のせいで階段もエレベーターも使い物にならなくなっていたからだ。

あの女性はもしかすると残念な人なのかもしれない。

仕方がないので積み重なった瓦礫をなんとかよじ登っていく。

目当ての階につく頃には砂だらけになっていた。

そして辿り着いた俺を待っていたのは由比ヶ浜だった。

既に疲れきっている体がさらに重くなる。

そんな俺の様子などどこ吹く風で操り人形と化した彼女は暴牛のように突進してくる。

体は乳牛だけどな、なんていってる場合じゃない。

俺は上着を脱ぐと闘牛士のように体の横でヒラヒラとなびかせる。

由比ヶ浜の分かりやすいストレートを軽々と避ける。

ランサーに比べれば蚊が止まっているようだ。

そして避け様に上着を彼女の顔に巻き付けた。

直ぐに後ろを結びとれないようにする。

すると由比ヶ浜の動きは止まった。

やはり単調な動きが示す通り、そこまで細かい設定で動いている訳ではないようだ。

敵が見えなくなればこいつらは途端に追うのをやめる。逃走中より杜撰な設定だ。

ならばその視界を何かで覆ってしまえばいい。

彼女が顔の上着を取ろうとしないのを確認して俺はその場を走り去る。

やがて廊下に立っていた一人の男と相対した。

「やあ、まさか君が見舞いに来るとは思わなかったよ、ヒキタニ君」

「そのわりには元気そうだな、ずる休みか?葉山」

普通、ここで名前間違える?

こんなところでも俺の影が薄い弊害があるとは。

入院している筈の葉山はしかし学校にいるときと同じように涼やかに話しかけてきた。

 

 

 

 



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今も彼らの中には輝く星がある

俺は葉山に銃を突きつける。

「今すぐ外の連中を止めろ」

「断ると言ったら?」

「…お前を殺す」

「君が、俺を?見くびられたものだな」

葉山は余裕しゃくしゃくといった様子で笑う。

俺はあいつの実力を知らない、しかしそれは向こうも同じ筈なのにだ。

まあ、おそらく俺の方が弱いのだろうが、しかしそれを態度に出す訳にはいかない。

「お前は既に聖杯戦争から脱落した筈だ。何の為に雪ノ下を狙う?」

「それこそ部外者の君には関係ないことだな」

どうやら向こうに話をする気はないらしい。ならばその気を引きずり出すしかない。

「どうして俺がお前まで辿り着いたのか知りたくないか?」

「それは是非知りたいね、どうしてだい?」

「お前、クラスの奴にいつも通り過ごさせてただろ」

「まさかそれで?はは、よく見てるんだね」

「ああ、正直気持ち悪かったぜ。意識を操って雰囲気を維持したってそんなもんお前の自己満足でしかねぇのによ」

「…」

「ああ違うな、自己満足なのは普段からか。だからそんな事でお前は安心したんだ、そうだろ?」

「…そろそろ黙れよ」

「お前が言えって言ったんだぜ?」

交渉の基本は相手より精神的に優位に立つことだ。

平常心をなくせば正常な判断ができなくなる。

「中途半端だよなお前って、自分がクラスの中心だと確信してるくせに周りの奴を心配するフリして、そんで今度は都合のいい駒にしようって訳だ」

由比ヶ浜はこいつに操られて自分で自分を傷つけていた。

いつのまにか手のひらに爪が食い込む程強く拳を握っているのに気がついた。

葉山を煽るつもりが、自分の首を絞めていることに自分でも驚いた。

「やっぱり、俺は君が嫌いだよ、比企谷」

「ああ、俺もだよ葉山」

俺はポッケから黒剣を取り出して構える。続きは一戦交えてからになりそうだ。

「それは…どうして君が?」

葉山は怪訝そうな顔を見せながら両の拳を前に握ってファイティングポーズをとる。

そのままじりじりと距離を詰めてきた。

それを見た俺は前方に剣をぶん投げた。

それは直線的な軌道を描いて正確に葉山の肩目掛けて飛んでいく。

最中、葉山が不敵に笑ったのが見えた。

そして葉山は迫る黒剣を右手で遮った。

それでも剣はいとも容易くその手を貫通する。

血飛沫が周囲を赤く染める。

だが葉山は何事もなかったかのようにそれを無視して走り出す。

まるで俺の攻撃など何の意味もないというように。

いや事実、意味がないのだ。

俺はもう一度剣を二本投げ込む。二本とも正確に足と胴体に飛翔するが、今度は防ごうともせず、それらは完全に肉をそぎおとした。

だが葉山は止まらない。

舞い散る血飛沫の中をスピードを保ったまま突っ込んでくる。

頬を汗が伝った。

こいつにとって外傷は無意味なのだ。

魔術師にはそれぞれ得意とする分野があるらしい。

こいつは外の奴等と同じように自らの体を操っている。

だから痛みもそれに対する恐怖もない。

気づけば貫かれてできた穴は既に埋まっていた。

そうして俺との距離を詰めた葉山は、その右腕を俺に突きこんだ。

なんとかそれをかわす。

次々と繰り出される鉄拳を俺は首の皮一枚でかわしていく。

「どうした、比企谷!逃げ続けるだけか!」

やはり単純な戦闘力で俺は敵わない。

「は、こんなへなちょこパンチじゃライダーも見放したくなるよなっ…」

「!?、…お前っ」

直後、葉山の腕が人間の輪郭を外れて横にかわした俺を追尾してくる。

「!?」

さすがにこれはかわしきれず魔力を腕に溜め全力でガードした。

そして拳が俺の腕を撃ち抜き、骨の芯から粉砕した。

「ああああああああ!?!」

床を転げ回る。

痛みが俺の脳みそを焼いてくる。

「人をこけにした報いだ」

なんとか奥歯を噛み痛みに耐えるが左手はもう使い物にならなそうだ。

「それにしてもライダーのことまで知っているとはね、君はいったい何者なんだ?」

葉山がなんか言っているが俺は自分の事で精一杯だ。

どうする?このままでは葉山を説得して催眠を解かせる前に俺がやられてしまう。

なら殺すしかない。

こんな痛い思いまでして、相手の命を思んばかる必要はない。

だが俺の中には一つの迷いがあった。

自分の手を汚すこと、ではない。

アサシンを殺した時俺の中で何かが目覚めたのだ。

それは人を殺す度に大きくなる。

アサシンはサーヴァントで、幽霊のようなものだった。

だが生身の人間を、もう一度それを犯せば、今度こそ飲み込まれてしまうかもしれない。

「その黒剣は雪ノ下のものだろう、どうして君が持っているんだ?」

雪ノ下?葉山の口から出たその言葉に思わず反応してしまった。

「お前には関係ねぇだろ」

すると何故か葉山の顔が強ばる。

「はは、意趣返しって訳か。わかった、君の質問に答えよう。俺が雪ノ下を狙う理由は彼らに裏切られたからさ」

裏切られた?何を言ってるんだこいつは。

「お前がライダーを裏切ろうとして返り討ちにあったんじゃないのか?」

「ああ、だからライダーを恨んじゃいないさ。けどその時、共に今回の聖杯戦争を起こした雪ノ下家は俺を見捨てたんだ!」

こいつらの家の事情はわからない。しかしどうも食い違いがあるようだ。こいつが狙っているのは雪ノ下雪乃個人ではなく、その家系自体なのか。

「なら雪ノ下雪乃はターゲットから外せ。あいつはお前らの事情とは関係ない」

「…成る程、そういうことか。確かに雪ノ下家にとって彼女は陽乃さんのスペア、贋作でしかない。この聖杯戦争の目的も知らされていないだろう」

葉山のなめるような視線が俺をおぞけだたせる。

今の発言で俺と雪ノ下の関係を晒したようなものだ。

それはいわば弱点に他ならない、セイバーが俺を守って死んだように、彼女の存在が俺の足を引っ張るのかもしれない。

だがもとよりそれは承知の上だ、彼女のサーヴァントになったあの瞬間から。

妙に頭に来るのはその言い分である。

彼女を貶された事ではなく俺の知らない彼女をあいつが知っていることにが何故か気にさわる。

「だが命令の変更はできない、規模を広げるために術式を酷く簡略化しているからね」

「なら一度全てをリセットしろ」

「この呪いは会話することで広がっていくんだ。消したらまた一からやり直しになってしまう」

「それで、関係ない奴を巻き込んでもか?」

その言葉に葉山は少しだけしゅんじゅんする。

「ああ、それでも俺は、俺を裏切った連中を許せないよ」

だが葉山の解答は変わらない。

もう、こいつに何を言っても無駄だ。

こういう奴は自分の都合の良いように現実をねじ曲げる。

悲劇のヒーローに酔っているだけだ。

「もう一度言うぜ、死にたくなきゃ催眠を解け」

「お前に俺は殺せない」

そう言うと葉山は腕を伸ばして攻撃してきた。

お前はゴム人間かよ、こんなとこでも主人公なのかお前は。

直線的なパンチを難なく避ける。

だがこっから変則的な攻撃が飛んでくる筈だ。

その前に俺は伸びた腕を切断する。

そして腕に沿って走り出した。

葉山を睨み付けると憎たらしい笑い顔が見える。

直後、俺の後頭部を衝撃が襲った。

それに押されて俺は葉山の目の前に転がった。

葉山は好機とばかりに右足を振り抜く。

何が起きたのかわからないが、今は目の前に迫る攻撃の対処が先だ。

回避は間に合わない。

俺は既に潰れている左腕で足を受け、残る右腕で引き金を引いた。

「あああああああ!!」

「くぅ…あっあっ!」

二つのあえぎ声が病院の廊下にこだまする。

俺が放った銃弾は葉山の首筋をかすっただけだが、雪ノ下の魔力がそこから葉山の体を蝕んでいた。

俺の方は予め覚悟しておけば耐えられない痛みではない。

今一度、葉山に銃口を向ける。残る弾は一発。今銃撃すれば葉山を倒せるかもしれない。

外すことはない。何故だか俺にはそんな自信があった。

銃口を葉山の頭に重ね引き金に指をかける。

しかしそこから指はびどうだにしない。

こんな時になってまで俺はその一線を越えることができていない。

「比企谷アアアア!!」

葉山が叫び声をあげるとその周囲に人影が集まってきて、射線をふさいだ。

それはいつも葉山と一緒にいた連中だった。

由比ヶ浜を除いた4人。

そいつらは直ぐに俺に襲いかかってきた。

俺の存在は操られた奴等には認識できない筈だが、おそらく葉山が直接操っているのだろう。

四人は俺を取り囲むと殴ったり蹴ったり考えうる限りの暴力をみまった。

俺はうずくまってそれをただただ耐える。

身体中が痛みを訴えてくる。

葉山隼人は自分がいなくなった後もクラスが壊れることのないようにクラスメイト達を操っていた。

それがあいつの本質だ。そこに自分がいないのに例えそれが偽物でも居心地の良い場所を守ろうとした。

それに心底腹が立つ。そんな物にいったい何の価値があるのか。

そして結局そいつらを戦場に駆り出している。

いったい何がしたいのか全くわからない。

そうしている間にも少しずつ俺の命は消滅に向かっていく。

段々と暗い死に近づいていく。

それを回避するためにはそれより先に相手を死に追いやらなくてはいけない。

四人に囲まれた状況では葉山から俺は見えづらい筈だ。

そして俺はアサシンの気配遮断が使える。一度見失えば再発見は不可能だ。

俺は取り囲む一人の足を蹴飛ばして包囲網に穴をあける。

続いて黒剣を投げ窓ガラスを割る。

だが俺が飛び出すのは反対側だ。

案の定、葉山はガラスに気をとられあらぬ方向を向いていて、俺に気づいていない。

このまま引き金を引いてその首を吹っ飛ばせば良い。

それで葉山は死ぬ、それでゲームセットだ。

だがこの期に及んでまだ俺の心は決まらない。

指は引き金に添えられたまま震えるだけだ。

体の中に居る何かが俺に囁いてくる。

もっと殺せ、もっと殺せと。

それに身を任せたときいったい俺はどうなってしまうのか?

その時俺の横っ面を誰かが殴り飛ばした。

銃は俺の手から滑り落ち体は壁に叩きつけられた。

痛みに歪む視界で前方を確認する。そこには血にまみれる拳を振り抜いた由比ヶ浜がいた。

「危ない危ない、どうやらそれが君の能力らしいね。けどどういうわけか結衣には効かないみたいだ」

ああ、俺にもわからない、何故彼女は俺を見つけることができるのか。彼女も何か特別な力を持っているのだろうか。

「どうしてこんな事になっちゃったんだろうな?」

葉山は俺の潰れた左腕を足で軽く蹴飛ばす。

「ああああああああ!!」

それだけで意識が焼ききれる程の痛みが走る。

「二度も俺を殺すことができたのに、どうして引き金を引かなかった?」

「なら、俺の…勝ちだ…洗脳を解け…」

「はは、それはできない。覚悟もなく戦場に来た自分を恨んでくれ」

そのまま葉山は俺の右足を踏み砕いた。

「ああああっああ!」

「勝負は俺の勝ちだ。このまま君も兵隊の一人にさせてもらうよ」

葉山は俺の頭に手を当てると何事か呟いく。

それを聞いた瞬間、足の痛みは抜け何処か朗らかな陽気が俺を包んだ。

そして俺の頭の仲に言葉が入り込んできた。

ユキノシタヲ コロセ。

ユキノシタヲ コロセ。

以前取り払ったように頭に魔力を集中させそれに対抗しようとする。

だがそんなものは直ぐに弾かれてしまった。

無防備な意識を呪いのような言葉が埋め尽くしていく。

ユキノシタヲ コロセ。

ユキノシタヲ コロセ。

「雪ノ下を…殺せ…」

「そうだ、手始めに雪ノ下さんを狙ってくれ」

「雪ノ下…?」

「彼女が誰かを頼るなんて滅多にないからね、君なら彼女でも殺せるんじゃないかな」

呪言が頭を満たし自分では何も考えられない。葉山の言葉に逆らうことができない。

体はかってに動き、折れた筈の右足は普通にプラスチックの床を踏みしめ、身体中の痛みは見事に消え去っている。

地獄から解放された俺は一種の幸福感さえ感じていた。

だがそれも一時の話。

彼女の名がそいつの口から出た瞬間、俺の頭の中にノイズのような衝動が生まれた。

その正体が何なのかはわからない。

だが俺がそれを意識するほど、それはどんどん大きくなって葉山の呪いの言葉を退けていく。

「まだ抵抗するのか!?」

しかし同時に葉山の呪いもそれに対抗しようと強まっていく。

広がっていったノイズは次第に小さくなりまたもとの穏やかな世界へと帰りかけている。

もう良いじゃないか、このまま楽になってしまえば良い。

どうして俺が辛い思いをしなければならないのか。

痛みに耐えなければならないのか。

例え戻ったところで俺が葉山に敵う筈もない。

けれどそんな小さくなってしまったきざはしを俺は手放すことができなかった。

それは俺の中に居る彼女なのだ。

それは痛く、辛く、怖い。

強く握れば握るほど俺の心を傷つける。

けれどそんなものはとうに受け入れた。

俺がほしいのはそんな甘いだけの林檎ではなく。

もっと遠い、遥か彼方にあるどんなに手を伸ばしても届かない苦い葡萄が欲しかったのだから。

そんな本物が欲しかったのだから。

霞む意識の中、彼女の言葉を思い出した。

特異な能力はただ魔力を操るだけで完結する。

そしてそれを俺は既に目にしている。

キャスターが放った無属性の魔術、それは無を固定することで相手の術式を阻害していた。

つまり無を操ることで有を操った。

どちらか片方ではないのだ、無と有は異議共立する存在。

無属性とは有属性でもある。

それを失念していたからこそ俺は自分の魔術に気がつけなかった。

だがそれに気づいた今ならできる。

自分自身との会話はボッチの得意分野である。

俺は彼女の言葉通りただ魔力を己の体に充満させた。

「な、なんだ!?」

その瞬間、俺は世界から消失した。

 

interlude 7-1

 

巨大な肉塊は直後そのドラム缶程もある腕を叩きつけた。

俺はどうにか魔力を込めた跳躍でそれを回避する。

巨漢はコンクリートを豆腐のように突き破り、下の階まで落ちていった。

その一瞬の出来事を俺は自分の記憶と照合する。

間違いなく今のは前回のバーサーカー、ヘラクレスだ。

まさか今回も召喚されていたなんて。

下にたむろする群集がイリヤを見つけてから奴は直ぐに現れた。あまりにもタイミングが良すぎる。

バーサーカーがイリヤを狙っていると結論づけるのにそう時間はかからなかった。

俺は直ぐイリヤを建物の中に隠す。

屋上に戻ってくると既にバーサーカーも既に戻ってきていてそこに佇んでいた。

「■■■■■■■■!!」

俺を発見するとその巨体を揺さぶって突進してくる。

それを見る前に干将と莫夜を投影する。反撃の為ではなく、アーチャーの経験を憑依させてそれをかわすために。

バーサーカーは勢い余って隣のビルに突っ込むがボールが跳ねるように戻ってくる。

そのまま腕をふって俺をミンチにしようとしてくるがそれを再びギリギリで避ける。

バーサーカーが巻き込んだ風が旋風となり俺の頬を切り裂いた。

そして屋上の端でなんとかとどまるともう一度俺目掛けて突っ込んできた。

まるで嵐の中に立っているような感覚に襲われる。恐怖が全身を包んでいる。

バーサーカーと対峙するのはこれで二度目だが、前回いたセイバーはもう俺を守っちゃくれない。

だがそれは当然だ、人は誰かに守られた分また誰かを守る、そうやって命を繋いできたのだ。

ならば彼女や爺さんに守られた分を今ここで、イリヤを守ることで返さねばならない。

引くことも負けることもできない。

俺の後ろにはイリヤがいるから。

その為にはあの怪物を討ち果たさねばならない。

俺は双剣をオーバーエッジ化させる。

前回のバーサーカー、そして今回のキャスターと、アーチャーは俺達を逃がすために強敵相手に一人で立ち向かった。

だがそれでは足りないのだ。

それはすなわちこの場であいつを越えなくてはならないということだ。

やってやるさ。その為の二年間だったのだから。

俺は前につきだされた拳に刃を合わせる。

前回と違ってバーサーカーは岩斧を持っていない。攻撃は全て生身の体をさらけ出して行わなければならない。そこが狙い目だ。

俺はそこから刃を入れ、胴体までを切り裂いた。

こいつ相手に戦いを長引かせても無駄だ、いっきに決着をつける。

俺は黄金の剣をその手に投影する。

バーサーカーが傷を癒しきる前にその真名を解放した。

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!』

眩く輝く閃光がバーサーカーを横断する。

しかしそれでも怪物は煙を吐きながら立ち上がる。

そしてまた俺を引き裂かんと向かってくる。

俺はアーチャー程劣化品ですらその真価をひきだすことができない。

そしてバーサーカーは凶戦士でありながら、その身に理性を残している。

一つの神話体型の頂点に君臨する歴戦の覇者は、何度か打ち合えば相手の癖をよみとってしまう。

なんとか回避する俺の動きを予測して直ぐ様追撃を放ってきた。

迫る岩のような拳。

一度でもくらえば俺の魂は永遠にこの世から消え去るだろう。

俺はそれでも構わない。

けど俺が弱いせいでイリヤまで道連れにするのは耐えられない。

もう一度俺はその手に武器を握る。

それは前回のバーサーカーが持っていた岩斧。

是・射殺す百頭(ナインライブス・ブレイドワークス)!』

その腕から体を木っ端微塵に切り裂いていく。

だが切り裂く度に徐々に傷は浅くなっていく。

バーサーカーの体は一度受けた攻撃に耐性がつく。

俺の斬撃はいずれ刃が立たなくなる。

それまでに次の手を考えなくてはいけない。

だがその瞬間俺の足元が揺らいだ。

度重なる衝撃にビルが耐えられなかったのだ。

視界が横に倒れていく。

怪物がその隙を逃すまいと拳を振り上げる。

なんとか体勢を建て直し俺は防御を試みた。

「ロー・アイア…」

だが真名を解放しようとした口はそこで力なく閉じられた。

バーサーカーの攻撃を避け続け、何度も宝具を解放した俺の魔力は既に底をつきかけていた。

終わった。

ここから逆転する方法はついに思い付かない。

少しだけ展開した花弁の盾は簡単に破られた。

せめて、誰かがイリヤを守ってくれないかと、信号がわりに残った魔力を空に打ち出そうとして、空から降ってくる天使のような悪魔が見えた。

「喰らえ!!この筋肉お化け!!」

遠坂は二つの宝石を取り出すとバーサーカーに向かって投げつける。

それらは空中で魔力を解放させると、強力な冷気となってバーサーカーを凍りつかせた。

着地した遠坂は自分の指の皮を噛みきる。

「遠坂!?」

「早く飲みなさい」

魔術師の血にはその身に宿る魔力がふんだんに溶け込んでいる。

それを接種することで魔力を回復しようと言うのだ。

気恥ずかしいが迷っている暇はない。

俺は滴り落ちる赤い鮮血を指ごと口に含んだ。

「■■■■■■■■■!!!」

そうしている間にもバーサーカーが氷を破って雄叫びをあげる。

今の遠坂の一撃でおそらく7度目の絶命だったはずだ。

まだ半分も残っている。

「マスターを探すのよ、近くに居る筈だわ!」

マスターにはマスターの居場所がわかる。きっとてに浮かぶ令呪が近くを示しているのだ。

待てよ、近くに居るのに姿が見えないマスター。

そしてこいつらはイリヤを狙っている。

「遠坂、中だ!イリヤが危ない!!」

「えっ!?」

しかしその行く手をバーサーカーが遮る。

その肢体を金の鎖で絡めとった。だがそう長くはもたないだろう。

「行ってくれ遠坂!こいつは俺が止める!」

「ちょ、ちょっと、ああもう、わかったわよ!」

 

interlude out

 

 



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閑話 とある母親の備忘録

interlude 8-1

 

「やっと会えたね」

ベッドで横になる銀髪の美しい少女に、これまた銀髪の可愛らしい少年が話しかける。

しかしその紅く光る瞳には渦巻く殺意が漏れ出ていた。

「はぁ、はぁ」

ベッドの少女は息荒く胸を揺らす。

彼女の体はホムンクルスとしての活動限界と英霊達の魂に圧迫されて既に人としての機能が失われようとしていた。

「そういうこと、…私を殺しに来たの?」

しかし、それでも彼女は淑女としての振る舞いを絶やさない。おそらくその命がつきるまで。

それを受け少年は懐にしまった刃渡り10㎝強のナイフを取り出す。

それを少女の胸元に突き立てるために。

「良い、わ、貴方達には…私を糾弾する、権利がある」

自らの命を絶つであろう凶器を見せつけられても少女の瞳は涼やかに少年を見つめる。

逆にいっそうはらだだしさを募らせるのは少年の方だ。

しかし見栄を張るように少年は直ぐには行動に出ない。

「なら聞かせてもらおう、何故聖杯を諦めた?」

「…そんな物より大切な物を見つけたから、かしら?」

当然、その行為が自らの首を絞めるとも知らずに。

「ふざけるな!我々は聖杯を手に入れる為に作られた筈だ!」

それも仕方のない事だ。

何故なら彼女達はまともな人間ではないのだから。

「違うわ、私はお父様とお母様から産まれただけ」

当然、少女の言い分を理解できる筈もない。

「っ…あくまでしらをきり通すというわけか」

それで問答は終わり。

沸点を越えた少年の脳が命令する。

その手に持つナイフが少女の胸に突き立たせられる。

「イリヤー!」

駆け付けた遠坂凛が二人を発見してガンドを放った。

呪いの弾丸が迸る。

けれど僅かに間に合わない。

ナイフを持った手が勢いよく降り下ろされた。

銀色に輝くナイフが少女の胸を引き裂き、鮮血に紅く染められようとするその寸前。

少年の中に残った僅かな自我がそれをすんでのところで引き留めた。

直後少年をガンドが襲う。

少年の髪から生まれた使い魔がそれを代わりに受けた止めた。

「ダメ…だ、そんなこと、しちゃ…」

戸塚彩加は少女を刺し殺そうとする自らの腕をなんとか引き留める。

「何?どうなってるわけ?」

遠坂凛は事態が飲み込めず瞳を右往左往させていた。

「邪魔…する、なああ!」

突如少年が叫びだし、再びナイフを振りかぶる。

「っ!?取り合えず拘束するわよ!」

遠坂凛は少年につかみかかる。

「っバアーサァーカァー!」

すると体の一部が赤く輝きだす。

直後全身を鋼の鎧で覆った怪物と化したヘラクレスが現れた。

その巨体は部屋に入りきらず壁を破壊して周囲に煙と破片が飛び交う。

「今すぐこいつらを殺せ!」

遠坂凛は死を覚悟した。

既にとっとおきの宝石は使ってしまった。

もはやその豪腕が体を引き裂くのを待つしかない。

「やめろ!」

しかし今度は静止命令を出す少年。

バーサーカーもどうすれば良いか判らず困っている様子だ。

ぎこちない手で仕方なく少年を守ろうと掬い上げる。

「邪魔…するなぁ…!邪魔するよ…こんな事、しちゃ駄目だ」

戸塚彩加の脳内に身を引き裂く程の憎悪が流れ込んでくる。

けれどそれを必死に耐える。

「二重人格なの…?」

「体の、一部が…、アインツベルンのホムンクルス、なのよ…」

「どういうことよ、あんたら聖杯は諦めたんじゃなかったの?」

「知らない、けど、それが意識に介入、してる。彼女達は、私を、憎んでるの」

その道の権威であるアインツベルンのホムンクルスを義体として用いれば副作用があるのは当然だ。

しかしこの少年が何故そんな物を身につけているのか見当もつかない。

「遠坂!」

すると衛宮士郎が追いかけてきた。

その場の様子を見て呆気に取られる。

「どういう事なんだ?これ」

「そんなこと私が知りたいわよ」

「ゴホッ、ゴホッ」

「イリヤ!」

衛宮は咳き込むイリヤの背中をさする。

「あんまり無理するな」

「イリヤスフィールウウ、何故、何故聖杯を諦めたー!!」

彼女達はアインツベルンが小聖杯を作る際に生まれた失敗作の成れの果てである。

本来作者の命令に背かないそれらが戸塚彩加という人格を与えられた事で、聖杯を諦めたイリヤに対する形にならない疑問の念が、怒りという形で表れているのだ。

「聖杯が君達にとって大切なように、あの子にも大切な物があるんだよ!」

しかしそれらを戸塚彩加は押し返す。

殺人は犯罪だ。

何より自分の中にいる彼女達にそんなことをして欲しくないから。

するとイリヤがベッドから立ち上がる。

しかし直ぐに膝から崩れ落ちた。

「イリヤ!?」

それを衛宮士郎が支えた。

それでも少女は毅然と少年を見上げた。

「ご覧の、通り…、私はもうすぐ死ぬ、わ…。貴方が手を出さなくてもね…」

それがどうしようもない事実であることを、少女の震える声が示していた。

「だから、殺されてあげても良いわ」

「イリヤ!」

衛宮士郎は叱るつもりで叫ぶが、少女の堅い意思を宿した瞳がそれに待ったをかける。

それから先はただ沈黙がその場を支配していた。

「下ろして、バーサーカー」

しかしその静けさよりもさらに涼やかな声が重苦しい沈黙を破った。

その声にさっきまでマスターの乱心に戸惑っていたバーサーカーも直ぐに従い少年を下に下ろした。

少年はそのまま、衛宮士郎に支えられるイリヤの正面まで歩いてくる。

いったい何をするつもりなのか。

この場で緊張をはらんでいないのは中心にいる二人のアインツベルンだけだ。

そしてまたも少年の声が沈黙を破った。

「久しぶりね、イリヤ」

続いて発せられた声に衛宮士郎は驚く。それは今までの口調と違い女性的な響きを纏っていた。

まさか三つ目の人格なのか。

「お、母、様?」

「え?」

少女の言葉に耳を疑った。イリヤは今、なんと言ったのか。

「ええ、また貴女に会える何て、夢みたい」

「ほんとに、お母様、なの?」

イリヤはまるで天を仰ぐかのようにその両腕を延ばす。

少年もさも当然のようにイリヤをその腕で抱き締めた。

その様子をただただ呆然と見つめる三人。

「お母、様」

「ごめんなさい、寂しい思いをさせて、私は母親失格だわ」

確かイリヤの母親は前々回の聖杯戦争で亡くなった筈だ。

何が起きているのかまるで理解できなかったがイリヤが嬉しそうなのでどうでも良いかと衛宮士郎。

二人の目には涙が溢れている。

その光景は紛れもなく母と娘の愛があふれているのだから。

戸塚彩加の義体に使われた個体は第4次聖杯戦争の際に作られたものだ。

ホムンクルス達の人格はある一点で繋がっている。

当然、アイリスフィールの人格も備わっていたが、それは数ある失敗作達に紛れたほんの一部でしかない。

しかし愛すべき娘を前にして彼女が表に出てこない筈もなかった。

その真心はその他のホムンクルス達の憤りさえも上書きしてしまった。

まさに点と点が繋がりあった瞬間だった。

しかし幸福な時間はそう長くは続かないものだ。

「ゴホッ、ゴホッ」

「イリヤッ」

少女の体には既に生気はなく、後は小聖杯としての役目をまっとうするだけだった。

せっかく母親と再開できたというのに、残された時間はあまりにも短い。

けれどそんな娘の悲劇を母親である彼女が許す筈もなかった。

「戸塚君、相談があるのだけれど…、はい、何ですか?」

一つの体で二つの人格が会話する。

「私達の体をイリヤに別けてあげたいの」

それはつまり戸塚彩加の体を別けるということだった。

「それで彼女は助かりますか?…、ええ…、わかりました」

彼の判断は迅速だった。それが何を意味しているのかよくはわかっていなかったが、それでも目の前の少女が救われるなら構わないと少年は迷いなく決断した。

「その、…本当に良いの?…、はい、僕はもう充分助けていただきましたから」

最後にちょっぴり申し訳なさそうにするアイリ、しかし戸塚の心は変わらない。いつも通りの笑顔で少女の母親を勇気づける。

「私も手伝わせてもらって良いですか?」

声をかけてきたのは今まで神妙に二人を見ていた遠坂だ。

「貴女は、確か遠坂のお嬢さんだったかしら。切嗣の資料に載ってたわ。大きくなったのね」

「あ…」

少年の口から紡がれた名前に衛宮士郎は反応せざるをえない。

「貴方は…ごめんなさい、誰だったかしら?」

「あ…、いえ…」

帰ってきた言葉に衛宮士郎は落胆を隠せない。

けれど残された時間はそう多くない。そこまで関わりのない自分がでしゃばるのはやめた方がいいだろう。

すると少年は聖母のように手を延ばす。そして衛宮士郎の頭を優しく撫でた。

「貴方はずっとイリヤの事を気にかけてくれていたわね、ありがとう、これから先もこの子をお願いね」

「…はい」

その手からはかつての爺さんとはまた違った温もりを感じられた。

衛宮士郎にはそれだけで充分だった。

「そろそろ時間よ、士郎」

「ああ」

すごすごとその場を離れる衛宮。大した魔術も使えない自分は足手まといになるだけだ。

そうして儀式はった。

戸塚彩加の命を支える体をイリヤスフィールに付け替える。

その義体には数十体分のホムンクルスが使われている。

その全てをイリヤに移植させれば、寿命を延ばすことができる筈だ。

「イリヤ、私はいつまでも貴女の中に居る、そして切嗣も…」

「わかってる、わ。もう悲しんだりしない、士郎が教えてくれた、から」

「私が生きられなかった分まで、貴方は生きてね」

こうして無事儀式は完了した。

「戸塚君、だったかしら?体の調子はどう?」

「ちょっと動きづらいですけど、大丈夫です」

「困った事があったら何でも言ってくれ」

衛宮は改めてベッドで眠る少女を見つめる。

「これで、大丈夫なんだよな?」

「ええ」

その言葉をすんなりと受け入れた。

傍らで眠る少女の顔があまりにも穏やかだったからだ。

 

………………

 

かつてアインツベルンの森に迷いこんだ少年がいた。

少年は森にすんでいた狼達にその身を噛み砕かれ命の火を絶やそうとしていた。

同じ頃、アインツベルンでは次の聖杯戦争に備えて、新たな小聖杯となるホムンクルスの製作に取り組んでいた。

その最終試験は森に無防備なまま放り出されるというもの。

アインツベルンの森には様々な悪霊や猛獣が住み着いており中々それをクリアするものは現れなかった。

当然、試験をクリアできず見放されたホムンクルス達は森をばっこする獣に食い尽くされるのみである。

しかし、さ迷い歩く末に一体のホムンクルスが自らと運命を同じくし、既に命を散らすしかない少年と出会った。

そして死の間際に立たされたホムンクルスは少年と自らを重ね本来であればあり得ない行動を起こした。

せめて少年は助かって欲しいと、自らの体を使い少年の足りない部分をうめだしたのだ。

それらは後に続くホムンクルスの失敗作達にも引き継がれ、それぞれの成功した部分と少年の体で一つの肉体を作り上げた。

そうして少年はなんとか命を繋ぎ止めましたとさ。

 

interlude out

 

 

 

 

 

 



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いつだって比企谷八幡は敵わない

「何処だ、何処へ行った比企谷!?」

荒ぶり叫ぶ葉山を俺はただじっと見つめる。

「結衣、あいつを探せ!」

しかし彼女は首をふるだけでそばにいる俺に反応しない。

さしもの由比ヶ浜も今の俺を見つけることはできないようだ。

とはいえ俺も自分の体に起こった変化を完全に理解しているわけではない。

体に魔力を集めた結果、葉山が俺を見失ったのだ。

いつの間にか体の痛みも無くなっている。

とりあえず俺はその辺の石ころを拾ってみる。

問題なく持ち上げることができる。

今度はそれを葉山にぶつけてみた。

ゴンッ。

「な、何だ!?」

これも特に変わったことはない。ただ俺が見えなくなっただけのようだ。

「くそっ、いったいどうなってるんだ!」

つまり、このまま一方的に攻撃することも可能という訳だ。

しかしこのままではこの能力の全貌がつかめない。

あわてふためく葉山も面白いし、もう少し試してみることにしよう。

「おい葉山」

「!?」

すると葉山が振り向き様に裏拳を撃ってくる。

ビックリした。

しかし葉山の腕は俺の体をすり抜け肉体へのダメージは与えられない。

「くっ、何処だ、何処にいる比企谷!卑怯だと思わないのか!?」

「町じゅうの奴を操ってるお前が言えたことか?」

「くそっ、いったいどこから喋ってるんだ!?」

「ここだよ、ここ」

俺は葉山の額にデコピンする。

驚いた葉山が尻餅をついた。

「これが最後のチャンスだ、洗脳をとけ」

「…わかった」

葉山が右手の指を鳴らす。

「あれ、痛!」

すると隣にいた由比ヶ浜が声をあげた。

「これで良いんだろ…」

「隼人君?なんで?ていうか手血まみれ!?」

「ちょっ、結衣どしたのよその手」

「え?何これ、どここれ、マジやばくね?」

葉山の取り巻き達も続々と意識を取り戻した。

戻った…のか?俺はその時、思わず気を抜いてしまった。

慣れない魔術はそれで簡単にとけてしまった。

直後、葉山の拳が飛んでくる。

「比企谷あああ!!」

解放はフェイクだったのだ。限界まで緊張の糸をはりつめさせた俺はそんなことにも頭がまわらなかった。

終わったと思う暇もない。

堅く握られた拳はもう目前まで迫っている。魔力で強化された拳だ。当たれば俺の頭は簡単に消し飛ぶだろう。

その瞬間、誰かが俺を強く押した。

俺は横に弾き飛ばされ、運よく死の一撃から逃れることができた。

いや、運等ではない。誰かが俺を助けたのだ。

「由比ヶ浜!?」

俺がいたその場所には由比ヶ浜結衣が手を前に出して立っていた。

直後、葉山の拳が彼女を吹き飛ばした。

何が起きたのか理解できなかった。

俺を助けた彼女が空き缶のように転がっていく。

その後に血が真っ赤な道を描いた。

「違っ、俺は、違っ」

心臓は燃えるように胸を打つ。しかし頭は凍るように冷たい。

俺は立ち上がり銃を握った。

「終わりだ、葉山」

「違っ、俺はただお前を…」

「安心しろよ、俺もお前も同罪だ」

俺が躊躇したせいで彼女はこんな目に逢うことになった。

俺は葉山に銃を向ける。

「ま、待ってくれ、今度こそ洗脳は解く、だから…」

ドゥンッ。

今度は迷わず引き金を引いた。

銃身に籠められた弾丸は違えることなく葉山の頭部を吹き飛ばした。

その瞬間、周りにいた連中は気を失って倒れる。

これで洗脳は解けたのだろう。

直後、俺の頭の中に声が響いてきた。

殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。

「ああああああああああ!!?」

頭を抑えてうずくまる。

今までに感じたことのない衝動が俺の脳を体を揺さぶってくる。

お、前は、誰だ!?

俺はアンリマユ。

アンリ…。

全ての感情をそいつに乗っ取られていく。

俺は直ぐにその場を走り出した。

いつまでもそこにいたら周りの連中を殺してしまいそうだ。

そのまま瓦礫につまずいてたおれこんだ。

このままでは俺は俺で無くなってしまう。

俺は銃を握り頭に当てる。

由比ヶ浜の仇はうった。責任はもう果たした筈だ。

そうして指をかけた銃の引き金を引いた。

しかし弾は出ない。

既に6発撃ち終わっていたからだ。

ならばとポケットをまさぐる。しかし黒剣も全て投げてしまったようだ。

だが人間が死ぬのに凶器はいらない。

俺は窓から身を投げようと壁に近づいた。

その時だった。

「比企谷…君」

見知った声が俺を引き留めた。

殺人衝動に侵されていく意識をそっちに向ける。

思った通りそこには心配そうにこっちを見つめる雪ノ下雪乃がいた。

「はあ、はあ、はあ」

「大丈夫?苦しいのかしら?」

「近寄るな!!」

「え?」

彼女の困惑した顔が胸を締め付ける。しかし今はそんな場合ではない。

「俺は、もう、駄目だ。だから…!?」

急に頭の声が大きくなる。

全身の力が抜け、その場に座り込む。

「比企谷君!?」

雪ノ下が俺のところまで走り寄る。

そして横に座ると手を握った。

「いったい何があったの!?」

「雪ノ下…」

もうおかしくなりそうだ。けれどもう間に合わない。

このままでは彼女を殺してしまう。

絶対にそれだけは阻止しなくては。

「俺を、…殺してくれ」

「え?」

もはや自分では死にきれない。

最悪の事態を回避するにはこれしか方法がなかった。

「そんなの無理よ!」

「頼、む」

既に俺の意識は殺戮兵器に乗っ取られようとしている。

もう一刻の猶予もない。

だというのにやはり彼女は俺の手をその両手で握りしめるだけだ。

彼女に人は殺せない。

それはわかっていた、わかっていたが、握られた手が温かかったから、その温もりを失いたくなかった。

そうして俺は完全に殺人衝動に支配された。

例の魔術を使う。

誰にも触ることはできない、俺だけの世界への扉を開く魔術だ。

そうして雪ノ下の手から逃れると、傍らに落ちていたガラスの破片を握りしめる。

やめてくれとどんなに叫んでも、俺の体は言う事を聞きやしない。

このまま俺は人を殺し続けるのだろう。誰にも気づかれずに、たった一人で誰にも止めてもらえずに。

その一人目が彼女というのはいわばけじめなのかもしれない。

届くはずの無いものに手を伸ばした、愚か者の末路。

後悔はしていない。俺は精一杯、自分にできることをやった。

やり直しは効かない、意味はない。

ただ胸に一抹の寂しさが残るだけだ。

そうして俺は手に持つガラス片を振り切った。

そして彼女はそんな俺を優しく抱き締めた。

「なん…で…?」

「貴方の事を私が見失う筈ないでしょう?」

彼女が言うのならそれはきっと正しいのだろう。

手からガラス片が滑り落ちる。

俺がやっとこさ習得した魔術はいとも簡単に破られてしまった。

「それじゃあ戻りましょうか」

「ああ…」

しばらく歩くと先程まで生死をかけた争いが繰り広げられた古戦場にたどり着く。

そこには洗脳から解放され気絶した一般生徒達と頭が消失した葉山の遺体が血黙りに鎮座していた。これはどうやって処理しよう、俺の頭に浮かぶのはそんな渇いた感情だけだった。

「…貴方は私のサーヴァントよ。貴方のしたことには私の責任もあるわ」

その光景を目にした雪ノ下がそんな事を言ってくる。

「そりゃどうも…」

そんな気遣いがなぜだかひどく潤わしく感じられた。

俺はそれを越えて倒れている由比ヶ浜に近づく。

雪ノ下持ついてきて彼女のそばにしゃがみこむと何やら作業し始めた。

「治りそうか?」

「ええ、私を誰だと思っているのかしら?」

「そうか…」

そんな風に強がる態度が今は心強い。

「おーい」

すると正面からスーツを着た女性が走ってくる。

俺の代わりにランサーと戦ってくれていた女性だ。

服はボロボロでその死闘っぷりがうかがえる。

「どうやら無事ミッションは達成したようですね」

女性は奥で倒れている葉山を見て満足そうに頷く。

「そっちはどうだったんだ?」

「洗脳がとけたと判明したら手を引きました。それほど乗り気ではなかったようですね」

そう言い終わると女性の目付きは急に剣呑としたものに変わった。

「貴方、雪ノ下の関係者だったのですか?」

そういうことか、確か雪ノ下とこの人のいる集団は埠頭で戦っていた。

俺は雪ノ下のサーヴァントなのだし、ばりばりの関係者だと言えよう。

「そうだ、が、特に戦う気はない。もうサーヴァントもいないしな」

「そうですか」

女性はぶつぶつと何か考え事をしてからこう問いかけた。

「では、私の仲間と会っていただけませんか?貴方達と話したいことがあるんです」

「話したいこと?」

「ええ、こんなところで長話もあれですし。なんならそちらが場所を指定して構いません」

「どうする、雪ノ下?」

由比ヶ浜の治療を終え、横で話を聞いていた雪ノ下に賛否を仰ぐ。

雪ノ下は顎に手をあて数秒沈黙した後に回答を口にした。

「わかりました。」

「そうですか、では仲間に連絡させてください」

そう言うと女性は懐から黒い石を取り出すとそれに向かって話し始めた。

妙な光景だが、どこかのエセ科学者とは違いあれは魔術的な通信機器で本当に誰かと通話しているのだろう。

「!?、本当ですか?!!」

すると突然女性が驚声をあげた。

「どうしたんですか?」

「どうやら攻撃を受けているようです」

女性は手にした石を内ポケットにしまい話を続ける。

「一度本拠地まで戻りたいのですが…」

俺は雪ノ下と目配せし判断を任せる旨を伝える。

「わかりました、私達も連れていってください」

「感謝します、それではついてきてください」

すると女性はその場から勢いよく飛び出した。

「おい待て、あんなに速く走れないぞ、俺」

「はあ、仕方ないわね」

そして俺は雪ノ下に担がれるというなんともかっこつかない形でその後を追った。

 

interlude 8-1

 

その驚異は突如として現れた。

一つの戦い、一つの奇跡を目にした俺達は心地よい脱力感に浸っていた。

世界は優しさに満ちている。きっとこのままいいことが続くのだとそう思って疑わなかった。

けれど忘れていたのだ。

今は聖杯戦争の途中。

奇跡の前には絶望が眠っているのだと。

突然現れたキャスターは戸塚彩加の首筋に触れるとその意識を一瞬で刈り取ってしまう。

「■■■■■■■!!!」

それを認識するのと同時にバーサーカーが雄叫びをあげ、目にも留まらぬ速さでその豪腕を突き込んだ。

周囲に瓦礫が弾丸のように飛び散る。

しかしその中にキャスターの肉片は混じっていない。

「士郎!!」

とっ、突然俺の視界は不可解に横転する。

いや俺の方が飛んだのだ。俺は物凄い衝撃に押され、バーサーカーもかくやというスピードで吹っ飛んだ。

遠坂のおかげでなんとか強化は間に合ったがそれでも痛みが電撃となって体を駆け巡る。

そのままビルに突っ込んだ。

霞む視界をなんとか気合いで治し、痛みを噛み殺しながら立ち上がると、戸塚彩加とイリヤを担ぐキャスターが見えた。

そこに再びバーサーカーが襲いかかる。

しかし録画のようにまたしてもキャスターはその場から転移し、死神の一撃をかわす。

「大丈夫、士郎?」

心配した遠坂がそばにきて肩を貸してくれる。

そのままビルの外に出て周囲を確認するがキャスターの姿を見つけることができない。

「上よ」

遠坂の言葉に天を仰ぐと二人を両脇に抱えたキャスターがこっちを見下ろしていた。

それは以前戦った時のような、戦闘中にあるまじき微笑みではなく、冷たい無表情だった。

彼女の中で何かが変わってしまったような、そんな予感がよぎるが、彼女のマスターでもない俺には知るよしもない事だ。

「いったい、二人をどうするつもりだ!!?」

俺の問いかけにキャスターは少し沈黙した後に回答を口にした。

「聖杯の器にするのよ」

二人の体にはアインツベルンの技術によって現界した英霊達の魂が消滅後収納されるようになっている。

つまりは小聖杯、本来の用途である。

「そんなことしても無駄だ!聖杯はアンリマユによって汚されている!お前の願いはかなわない!!」

それを聞いたキャスターが笑ったように見えた。

「■■■■■■■■■■!!!」

再びバーサーカーの耳をつんざく雄叫びが響き渡る。

そして凶戦士は主を救おうと再び空中に佇む魔王に向かっていった。

周囲のビルの側壁を駆け上がると、キャスターに向かって勢いよくジャンプする。

十二の試練(ゴッドハンド)

キャスターが何かを呟いた。その瞬間バーサーカーの体が周囲の空気を揺らすように爆裂した。

「何!?」

間違いない、あれは壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)だ。宝具であるバーサーカーの鋼の体が幻想としての形を捨て去ったのだ。

いったいなぜ、決まっている。キャスターだ、キャスターの宝具は他者の幻想を壊してしまうのだ。

しかし自らの体が爆発しても理性を宿した怪物は止まらない。主の危機を排除しようと爆炎を纏いながら突貫していく。

例え体を焼かれようと鋼の意思までは侵せない。

再びバーサーカーの体が爆発する。残された命は3つ。

かの英雄のおみ足ならば充分に届く。

そして、三度目、四度目の爆裂。

その距離は既にあと数メートル先のところまで達していた。

この距離では不用意に爆発させることもできない。

バーサーカーは今一度、目の前のかんぶつを討たんと拳を握り混む。

その鉄拳が突き込まれる前にキャスターは手に抱えたものを差し出した。

ただしそれは返却ではない。

バーサーカーに対する一番の脅し。

マスターである戸塚彩加を盾にしたのだ。

しかしバーサーカーにはどうすることもできない。空中に体を投げ出した彼にはもう自らを止める手段など無いのだ。

このままいけばその巨体でマスターの体を押し潰してしまう。

そうなる前にバーサーカーは仇敵に撃ち込むはずだった握り拳を自らの体に打ち付けた。

その衝撃でジャンプの起動はそれなんとか主人殺しという悲惨な結末を回避することができた。

だが、直後バーサーカーの体が壊れた幻想となって四散する。

そうして飛び散った肉片は光の粒となって消えてしまった。

「っ…、キャスター!お前の目的は何なんだ!!?」

やはり少し沈黙した後、キャスターは返答する。

「この醜い世界を、壊すこと」

そう言ってキャスターは一瞬にしてその場から姿を消した。

 

interlude out

 

 

 

 

 



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魔王は降臨しされどその手を取る者は無し

病院で共闘した女性の後を追って屋根づたいを飛ぶように走り抜ける。

とはいっても俺は雪ノ下にしがみついているだけだが、サーヴァントになるなどと言っておいてこれではなんとも恥ずかしい。

しかし魔術の才能が無い俺では二人についていけないのでここは受け入れる他無い。

三人には特に会話もなくただ目的地を目指して物凄い速さで移動するだけだ。

女性の仲間が何者かに攻撃を受けていて今は一刻の猶予もない。

しかし背負われているだけの俺には考える余裕があった。

アーチャー陣営に攻撃を仕掛けているのは誰なのか。

現在残っているのはランサー、バーサーカー、そしてキャスターだ。

前二人の可能性は低いと思われる。つまり…。

すると突然二人の動きが止まった。

いったいどうしたのか、二人の視線の先を追ってみる。

そして目に飛び込んできたのは、女性に担がれている戸塚の姿だった。

「戸塚!?」

俺は慌てて雪ノ下の背中から降りる。

もう一度よく見てみるが、やはり麗しい戸塚は可愛い戸塚のままだ。

「姉さん…」

そしてその戸塚ともう一人女の子を抱えて宙に浮いているのはキャスターだった。

「ふーん、そっかそっか、比企谷君と仲直りしたんだね」

その口調は以前と変わらず朗らかだが身の毛もよだつような張り付いた笑顔がなりを潜めている。

冷たく睨み付けるような視線が俺たちを刺す。

「状況はよく判りませんが、先手必勝!!」

すると俺達を先導していた女性が勢いよく飛び出した。

「アンサラー!」

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)

女性が何かを叫ぶと同時にキャスターも呟いた。

直後女性の周囲を浮遊していた光の球が炎を撒き散らして爆発した。

それに押されてバランスを崩した女性が道路に叩きつけられる。そのままうずくまって動かなくなった。

「未熟な宝具ね…」

あのランサーと渡り合った人を軽々と無力化してしまった。

その能力はやはりずば抜けている。

「あんた、いったい何がしたいんだ?」

なぜキャスターが戸塚を抱えているのか。バーサーカーが追ってこないのは間違いなく既にこの世にいないから。

首筋を冷や汗が伝う。

「さぁ、私にもよくわからないわ」

「戸塚をどうするつもりだ…?」

「殺したりはしないわ、彼の中にあるホムンクルスを少し借りるだけ」

キャスターの答えは的を得ないものばかりだ。

俺とまともに会話する気は無いらしい。

「おい、お前からも何か言え」

だが実の妹であり元マスターである雪ノ下なら彼女の気を引けるかもしれない。

しかし俺が促してもいっこうに返事がない。

「雪ノ下…?」

彼女の方を見るとただきつく上空を睨み付けていた。

「雪乃ちゃん、言いたいことがあるならちゃんと言わなくちゃ。まだ分かってもらえるなんて可愛いこと言うつもりなの?」

キャスターの言葉にその口がつの字型に曲がる。

その手は微妙に震えているように見えた。

「言っても伝わらないことの方が多いけどな」

「比企谷君?」

雪ノ下が怪訝そうな顔で俺の方を向く。

「いつだって、誰だってそうだ。相手の気持ちが見えない以上、自分で勝手に判断するしかない。お互いの矢印はお互いを指さないんだ」

「今は雪乃ちゃんと話してるの、部外者は黙っててくれるかな?」

「もう部外者じゃないんで。俺は雪ノ下のサーヴァントになったんだ」

俺がそう言うとキャスターの瞳はよりっそうの険しさで俺を穿つ。

正直に言うとめっちゃ怖い。今すぐ帰って、布団に潜り込みたい。

「はぁー」

すると隣から溜め息が聞こえてきた。

「相変わらず貴方はひねくれているのね。貴方の場合は矢印を向けてさえいないでしょう」

は?何で俺が貶されてんの?一応フォローしたつもりなんですけど。

何か言い返してやろうと隣を見る。すると雪ノ下と目があった。

「それに貴方の気持ちはちゃんと伝わったもの」

その瞳があまりにも綺麗だったから俺はただじっと見つめてしまった。

そうしていると不意に雪ノ下が視線をそらす。

「何も言わないのは貴方も同じでしょう。ライダーを殺して、私の元を去って、いったい何がしたいの?」

その横顔には微妙に朱が差しているように見えた。

雪ノ下が問いかけるとキャスターは虫けらを見るような目でこっちを見下ろす。

「ふーん、そういうことか…」

そして何かを呟くと右手を前に差し出した。

「これが答えよ」

瞬く間にその腕の先に、直径30メートルはありそうな溶岩の球が出現した。

そしてそれは当然のように俺達に向かって射出された。

飲み込まれれば間違いなく俺達の体を骨ごと溶かしてしまうだろう赤い壁がじりじりと迫ってくる。

あまりの大きさに距離感が狂っているのだ。

「雪ノ下!!」

まさかキャスターがここまで実力行使で来るとは思わなかった。

俺では対処できない。

しかしとうの雪ノ下は驚きと恐怖に目を見開いて微動だにしない。

「雪ノ下!雪ノ下!」

いくら呼ぼうとその耳に俺の声は届かない。

その間も刻一刻と死のリミットは近づいてきている。

実の姉から与えられたそれが雪ノ下の精神を蝕んでいる。

ならばどうするか、決まっている。彼女のサーヴァントである俺が彼女を守るしかない。

セイバーが命をかけて俺を守ったように。

「退いてろ」

俺は雪ノ下の手をとって後ろに下がらせた。

「比企谷君…?」

溶岩が熱線を吐き周囲は灼熱に染められ黄色く、歪んでいる

それは人が生きていられるような環境ではない。

そこに躊躇なく飛び込んだ。

「比企谷君!?」

右腕を前に突きだす。

一足先に煮えたぎるマグマへと潜り込んだ。

勝負は一瞬だ。

人体なんて一瞬の内に気化してしまう。そうなればもう俺の体ではなくなり魔力は遅れなくなる。

暑さで気が狂う前に俺はめいいっぱいの魔力をマグマの固まりに注ぎ込む。

俺の魔術は物体と世界との間に隔たりを作る。

俺の魔力を通したライダーの銃が消えたように、このマグマだまりだって数瞬で消してしまえるはずだ。

死を与える灼熱が俺の身を焦がす。

もう数瞬はたったはずだ。

しかしいっこうにマグマは消えて無くならない。

失敗した。そう思う間もなく俺の体は溶岩の中に引きずり込まれた。

世界は真っ赤に染まり体から魂が抜け落ちていく。

それはまるで窮屈な世界から解き放たれるような浮遊感に襲われる。

そうして俺の魔術はそういうものなんだと気づいた。

今それを自分に使えば俺は助かるだろう。

だがそれはできない。

俺の後ろにはこんな地獄を味あわせるには、儚すぎる彼女がいるのだ。

ふと背中に奇妙な涼しさを感じる。

ここは灼熱が支配する真っ赤な世界だ。

そんなものは荒唐無稽だと言えよう。

だが俺にはそれが彼女の支援だとすぐにわかった。

再び握り拳を作るのに充分すぎる理由だった。

涼しさは一瞬の内に体じゅうに広がり、マグマを押し戻していく。

そして俺は今一度その身に魔力を通した。

そうして赤く染まっていた世界は再び夜の暗い町並みへと姿を戻した。

「~~~~!?」

耳が潰れていて声は聞こえないが雪ノ下が抱き止めてくれたのがわかる。

俺は再び魔術を今度は自分の体に使い世界と物体を解離させる。

そして元に戻ると体の傷は治っていた。

「無と有を融合させた…それが君の魔術なのね…」

有ると思えば有るし、無いと思えば無い。

そんな魂や幽霊、夢や理想といったものに物体を変化させる。

それが俺の魔術だ。

当然、物質でなくなれば傷つくことはない。もしかすると寿命すらなくなっているかもしれない。

無と有の共存、名付けるならばそう――――――――『無限の兼業(アンリミテッド・ダブルワークス)

「雪ノ下、俺をキャスターのところまで飛ばせるか?」

「え、ええ」

「じゃあ、合図したら頼む」

そう言い残して俺は再び魔術を行使する。

世界から俺は弾き出されるが、雪ノ下には俺の姿が見えているはずだ。

体が妙に重い。おそらく体の魔力が尽きかけているのだ。

当然だろう、既に何度も使ってしまっている。チャンスは一度きりしかない。

ぽっけから黒剣を取りだし構える。

「今だ!」

合図と共に体が宙に浮き始める。

直後砲弾のように射出された。

俺の魔術はビームとかが撃てる訳じゃない。相手を殺すなら直接手をかけなければならない。

だがキャスターに俺の姿は見えていない筈だ。

一直線に突き進みキャスターの首を切り落とすイメージで剣を水平に振る。

生物に死を与える白銀色の凶器がその透き通るような柔肌を切り裂く寸前、刀身は見えない壁に阻まれた。

「な!?」

衝撃に耐えきれず剣が手から滑り落ちる。そして俺はキャスターに首根っこを掴まれ宙に吊り下げられた。

「が、ああっ、っ」

「比企谷君!?」

「第三魔法とは逆に物質界から幽星界への干渉を可能にする術式かー、君にもう少し才能があれば根源さえ行けたかもねー」

キャスターが何を言っているのかわからないが、とにかく誉められているのはわかる。

「まあでも、一度見ちゃったから、もう効かないけどね」

キャスターの強化された細指がナイフのように首にめり込んでくる。

「ヒュー、ヒュー」

うまく呼吸ができず徐々に意識が遠退いていく悪寒に襲われる。

「あ、…ああ…」

「姉さん、比企谷君を放して!」

「えー、そっちは命まで狙ってきたのにそれって不公平じゃない?」

「っ…、姉さんは、もう死んでるじゃない」

「……私は死んでなんかいないわ…」

グサッ。

「ギャっ、~っっ~~っ」

腹に何かがめり込む。だが声をあげることすらできない。

「!?、…お願い、お願いします…。何でも、何でもしますから…」

「…ふーん、そういうこというんだ?なーんかもう飽きちゃったなー」

そう言うとキャスターはどこからか炎の剣を出現させる。

「姉さん!!」

「そんなに大切なら戦って守りなさい、比企谷君は雪乃ちゃんの為に戦ってくれたんでしょう?」

「っ~」

キャスターの言葉に感化され雪ノ下も炎の剣を手の内に握り混む。

そのまま空中を走り出した。

しかし直ぐ様閃光が行く手を阻む。

雪ノ下もなんとかそれをかわしていくが、次の瞬間、キャスターのマジックジャマーが雪ノ下の足場を崩し閃光がそこに群がった。

そのまま煙を出しながら落ちていき、道路に叩きつけられると動かなくなった。

「雪、…ノ、下…」

「こんなに弱かったけ?まぁいいや」

もう一度こっちに向き直るキャスター。

「さて、邪魔者は居なくなったことだし、君もさくっと死んじゃおうか?」

そう言って炎の剣を振り上げる。

「~~雪ノ、下~」

「何?聞こえない」

「雪ノ下だけは、助けて…」

すると何故かキャスターは剣をおろした。

「そんなに雪乃ちゃんが大事?」

俺は一縷の望みをかけて必死に返事をする。

「あ、あ…」

「それなら死んだら意味無いよ。残された雪乃ちゃんが悲しいだけだもん」

そうして再び剣を振り上げた。

「二人仲良く殺してあげる」

説得は失敗だ。一縷の望みも潰えてしまった。

しかしキャスターが放った言葉が何故か俺はきになってしょうがなかった。

正直、それは自惚れだと思う。あの雪ノ下が俺がいなくなった程度で再起不能になるだろうか。

あの強情な雪ノ下なら、例え、百歩譲って悲しんだとしてもそこからまた奮起するに違いない。

確かに彼女は時おり雪のように消えて無くなってしまうの出はないかと思えるような儚さを見せることもある。

だが当然それだけではない。

弱さも強さも彼女なのだ。

俺はまだ彼女の全てを知っている訳じゃない。だから当然答えなど出ない。

それでもだ、それでも、そんな彼女と過ごす日々を俺は無くしたくないと不相応にも思ってしまったから。

だからこそ今ここで諦めるわけにはいかないのだと思う。

俺は再び残り少なくなった魔力を指先に集中させる。

もはや全身に行き渡らせるだけの量は残されていない。せいぜいキーホルダー一つ分くらいだろう。だがそれでいい。

俺の魔術は物体を有でもあり無でもあるものに変える。

つまり雪ノ下が俺を見失わないように、信じればそれを掴むことができる筈だ。

俺は強くイメージする。

形、重さ。

大事なのは思い込みだ。

そこにあると思い込めば確かにそこに現れる筈だ。

そうして握り混んだそれを俺はキャスターの腕に突き込んだ。

「なっ!?」

僅かに血飛沫が飛ぶ。当然それでサーヴァントを倒せはしないがキャスターは驚いて俺の首から手を離す。

そのまま重力に従って落ちていく。

しかしここであることに気づいた。

既に魔力も体力も使い果たしている。このままでは地面に激突してしまうのではないか。

しかしそう心配したつかの間誰かが俺を横から抱き抱えてそのままコンクリートに着地した。

見ると最初にキャスターに返り討ちにされたスーツの女性だった。

「大丈夫ですか?」

「ああ…雪ノ下は?」

「彼女も治療して向こうに運んであります」

その言葉に安堵し上を見上げる。

既にキャスターの姿はそこにはなかった。

「おーいバゼットー!」

するとどこからか声がきこえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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絶望の紐は解かれそれでも彼らは暗闇を進む

手を振りながらこっちに来たのは赤い髪の青年だった。

「降ろしますよ」

俺を助けてくれた女性は一声かけて腕を傾ける。

横抱きにされていた俺はその足で地面を踏みしめた。

その瞬間足の力が抜け女性にもたれ掛かってしまう。

「大丈夫ですか?」

「ああ、…いや、大丈夫じゃないな」

俺の体は体力も魔力も使い果たして満身創痍だ。

立っているのもなかなかしんどい。

俺は近くに落ちていた鉄パイプを杖にしてなんとか自力でバランスを取る。

「バゼット、その人は?」

「例の洗脳騒動やキャスター相手に共闘していただいた人です」

その赤髪の男はじっと俺の様子を観察する。

こいつもたしか以前埠頭で雪ノ下達と戦っていた筈だ。

「どうも、俺は衛宮士郎。え~と、今は仲間ってことでいいんだよな?」

果たして俺とこいつらは仲間といえるのだろうか。バゼットと呼ばれた女性とは成り行きで一緒にいただけだ。

だがひどく消耗している今、敵対するのだけは避けたい。

「…あくまで目的が一緒だっただけだ」

「目的か、…俺達はキャスターをどうにかしたいんだけど、それじゃ駄目か?」

「どうにか、できるのか?」

俺の質問にそれまでつらつらと応対していた青年も押し黙る。

こいつらもあの魔王の恐ろしさを充分理解しているということだ。

「…バゼッ…ト、っていったか、雪ノ下の居場所を教えてくれ」

「そこのビルの影に座らせています」

「え?雪ノ下ってどういうことだ?」

驚声をあげる青年を尻目に俺は杖を鳴らしながら言われた場所まで移動する。

「どうやら彼らとキャスターは既に決裂しているようです」

傷む体に鞭をうってなんとかビルの角までたどり着いた。そして向こう側を覗き込む。

そこには崩れた壁の瓦礫に囲まれてすやすやと眠る少女の姿があった。

服はボロボロで白い肌にも血が滲んでいる。艶やかな黒髪も所々が跳び跳ねていた。

けれどそんな彼女の姿が目に入ったとたん俺の体を蝕んでいた痛みはどこかへと消え去ってしまった。

俺は再び杖をつき彼女の正面までやって来た。

そのままじっと安らかに眠る顔を見つめる。

するとすらりと伸びた長いまつげがピクピクと動く。

そして透き通るような瞳が俺をとらえた。

「だいぶ遅いっ…」

俺が軽口を叩く前に雪ノ下は両腕を俺の首に回し抱きついてきた。

さすがに衝撃に耐えられず杖を方って倒れ込んでしまう。

「雪ノ下…?」

俺が声をかけるとぱっと体を持ち上げ砂をはたいていづまいをただす。

「無事で良かったわね、別に心配などしていなかったけれど、貴方の往生際の悪さには感心するわ。…でも貴方は私のサーヴァントなのだし、貴方に死なれたら私の不手際が追求される可能性もあるわけだからまあ良かったと言えなくも無いわね…」

よくもまあそんな長い台詞をつらつらと言えるもんだ。

「そんだけ喋れるなら大丈夫みたいだな」

「別に貴方に心配されるいわれはないのだけれど…」

雪ノ下は反対側を向いていてその表情を読み取ることはできない。

「おーい」

すると向こうから例の連中がやって来た。

「作戦会議がしたいんだけど、今良いかな」

「どうする、雪ノ下?」

俺は雪ノ下の判断をあおぐ。

「話を聞くだけなら良いんじゃないかしら」

「だとさ」

「そうか」

俺がそう言うとさっきの二人の他にもう一人増えた三人は近くまでよってきた。

「え~と、じゃあ改めて自己紹介、俺は衛宮士郎、こっちの遠坂の弟子で時計塔の魔術師だ」

時計塔とはイギリスはロンドンにあるあれのことだろうか?

「ご紹介に預かりました、同じく時計塔の魔術師で聖杯戦争の始まりの御三家の一つ、遠坂家当主、遠坂凛です」

新たに加わったメンバーである赤いコートの女性は優雅にそういい終える。

「私はバゼット・フラガ・マクレミッツ。伝承保菌者(ゴッツホルダー)で時計塔の執行者をしています」

最後にここまで一緒に来たスーツの女性がそう自己紹介した。

最後に至ってはもはや何を言っているのかまるでわからない。

なんだゴッツホルダーって、でもちょっとかっこいい。

そして雪ノ下がそれに続く。

「雪ノ下雪乃…肩書きは…特に無いわ」

「あら、てっきり今回の主犯だと思ってたんだけど」

「遠坂!?」

赤い女性がいきなり物騒なことを言い出す。

「何の話だ?」

「え~~と、それは…」

「冬木から大聖杯を奪ったのが雪ノ下家じゃないかってことよ」

狼狽える衛宮をよそに話を続ける遠坂、どうやらこの人は物怖じを知らないらしい。

「元々御三家は雪ノ下を入れて四家だったと聞いているわ、そちらの情報伝達が誤っているのではないかしら?」

「なっ!?……確かにお父様とは満足に話せなかったけど…!?」

「成る程、確かに代々子孫に知識を伝えていくのは大変な事。私としたことがその可能性を失念していたようです」

三人の魔術師は何やら話し勝手に納得していたがずぶの素人である俺にはちんぷんかんぷんさっぱりわからなかった。

ていうか俺の自己紹介がとばされてるんですけど。別にいいけどさ。

「まあそれはいいわ、じゃあどうして汚れている聖杯を召喚しようとしたのかしら?」

「…何の事?」

このとき遠坂凛の視線が急に鋭くなったのが俺には妙に感じられた。

「聖杯はアンリマユの呪いに汚されているのよ。そのまま使ってもただ文明を焼く汚泥を撒き散らすだけだわ」

「そんなっ…!?」

「大聖杯をこんなところまで持ってきておいて知らなかったの?」

「それは、母が全てやったから…」

雪ノ下の声は細く弱々しい。

質問に押されるように視線は暗く落ちていく。

「キャスターはその事を知っていた。その上で聖杯を起動しようとしていた。キャスターを操っているのは君のお母さんなのか?」

遠坂凛の威勢につられて衛宮士郎も疑問を口にする。

「…わかりません」

よくわからないがこいつらは狙って雪ノ下を追い詰めているように俺には見えた。

「なあ、そんな事関係あるのか?俺はキャスターを倒す算段をつけると思ってここに居るんだが?」

俺が口を挟むと遠坂の冷たい視線が俺を差した。

「関係なくはないわよ。敵ははっきりさせとかないと困るでしょ?」

それもあるがこいつらは雪ノ下を追いつめることで精神的に優位に立とうとしてる。

それは交渉事の基本だ。

だがそれは裏を返せばそうする価値があるってことだ。

向こうもそれなりの賭けに出てるってこと。それだけ得難い何かがあるって事だ。

「どうなの雪ノ下さん?貴方のお母さんとキャスターは手を組んで世界をめちゃくちゃにしようとしているのかしら?」

「…っ…」

身内に造反者がいるとなれば雪ノ下の肩身は狭くなる一方だ。

「もういい、行こうぜ雪ノ下」

俺は手をとってこの場を後にしようとする。

こちらが手を引く素振りを見せれば向こうも対応を軟化せざるをえない筈だ。

しかし体力を使いきった俺はとっさに反応できなかった雪ノ下に引っ張られて転倒してしまった。

「痛っ!」

「比企谷君!?」

慌てた雪ノ下が俺を抱き起こす。

「大丈夫ですか?」

バゼットも心配してか声をかけてくる。

「凛、貴方の思惑もわかりますがここは素直に聞いてみては?」

「~~、…分かったわよ」

遠坂はため息をついてこれを受け入れる。よし、作戦通りだ!

「単刀直入に聞くわ。雪ノ下家の魔術特性を教えて欲しいの」

態度は若干緩くなったもののその瞳にはまだ力強さがのこっている。

それだけこの質問には重要な意味が込められているということだろう。

「キャスターはとてつもない能力を持っている。けど現代の魔術師がそこまでの力を手に入れられるとは思えない。その秘密の鍵は貴方達が使っている魔術にあると思うの。それは部外者に言えるようなものではない事はわかってるけど、どうか教えて欲しい」

それが雪ノ下に強く当たっていた理由らしい。

「確かに姉さん、キャスターの強さの一端はそこにあるわ…」

それを聞いた雪ノ下がゆっくりとその重い口を開いて家計に伝わる秘術を露にしていく。

「雪ノ下の魔術は周囲のマナの流れに合わせて魔力を行使することで自然界のエネルギーを操る術式。そしてその強さは特別な礼装によって引き出されるの」

紡がれる言葉の一つ一つを俺達はただ黙って聞いている。

「その礼装を使って私達は周囲のマナの流れを知ることができる。範囲が広いほど術の規模も大きくなる」

「それがキャスターの強さの秘密って訳ね。どれぐらいの広さなの?」

「今は日本列島を覆うくらいかしら…」

「はあ!?」

遠坂の驚声が響く。

「ちょっと待って、そんな範囲に礼装がまかれてるならさすがに誰か気づく筈よ。ていうか領域侵犯そのものじゃない!?」

正直何を話しているのか全くわからない。魔術の話になるどうしてもおれのでるまくはなくなってしまう。いつでもないとか言わない。

「なあ、そんなに驚くことなのか?」

俺はそれとなくバゼットに聞いてみた。

「当然でしょう、魔術師には専用の土地を構えているものが多い。一般的な住宅のようなものです」

「雪ノ下が根源を目指した方法はとにかく巨大な術式を展開させる事なの。その為に開発されたのが誰にも発見できない特別な魔術礼装なのよ」

「誰にもって…、そんなの一つ作るだけでも莫大な素材が必要じゃない」

「素材は先代の遺体を使うの。雪ノ下家の当主は代々短命だから、それが次期当主の最初の仕事になるわ」

正直これには絶句してしまった。

遺体がどうのというのもそうだが代々の当主は短命だという部分が…。

しかしそんな重苦しさなど皆無であるかのように遠坂は話を続ける。

「雪ノ下の魔術についてはよくわかったわ。けどそれなら同じ雪ノ下の魔術師である貴女も同じように魔術を行使できるん筈でしょ」

それを聞いた雪ノ下のてが震える。

さっき転んだ拍子にずっと手を繋いでいる俺に、それはよく伝わってきた。

「姉さんは…歴代の当主の誰よりも魔術師としての才能があった。ただ一人だけ、マナの流れに乗って漂うだけの礼装を周囲のマナごと自由に操る事ができた」

「つまり…貴方は勝てないってこと?」

「…はい」

例えば、陸上選手が競泳選手と競う場合、自分の得意とするフィールドに誘い込めばいい。

しかし同じ競技間では同じだからこそ絶対の上下が生まれてしまう。

同じ魔術を使う雪ノ下とキャスターでも同じことが起きる。

その絶対の差は覆すことができない。

「そう…、じゃあ礼装を破壊する方法は?」

「分からないわ…、礼装は殆ど周囲のマナと一体化しているから、例えば大規模を氷結させたとしても効果はないでしょうし…」

「はぁ、参ったなぁ…」

その言葉を聞き終えると遠坂は腕を組みうろうろとうろつき始めた。

どうやら宛が外れてしまったらしい。

他の面子も皆一様に視線を落としてキャスターへの対抗策を思案するがどれだけ知識をほじくり返そうと、最初から無いものを見つけこことはできない。

雪ノ下陽乃はまさに人の上に立つべくして産まれた絶対的な強者だ。

「なあ、タイムリミットはどれくらいあるんだ?」

「…殆どないでしょうね。既に向こうは小聖杯を手に入れたわけだから、最悪今すぐににでも儀式を始められるわ」

もしかしたら既にゲームは俺達の負けで終わっているのかも知れない。

あとはもうキャスターが世界を滅ぼすのをただ待っているだけ。

それにしてもなぜキャスターはそんなことをしようとしているのか。

本当に雪ノ下の母親が黒幕だったとしてもあの人がそう易々と従うとは思えない。

それに戦闘中に気になることを言っていた。

私はまだ死んでいない、英霊達はその名の通り死した人物から選ばれる筈だ。なのにまだ死んでないとはどういうことだ。

国語のテストで学年三位に入るほどの俺の語学力が無駄に重箱の隅をつつきたがる。

まだ、ということはこれから死ぬということだろうか。確かに人間は生きてりゃ何時かは死ぬ。

だが英霊達にそれは当てはまらない筈だろう。

「仕方ないっか、こうなったら玉砕覚悟で乗り込むしかないわね。ダメだったら皆仲良く死にましょう」

結局、会議はそういう結論に至った。

「雪ノ下さん、大聖杯の場所はわかる?」

「ディスティニーランドの上空100メートル位かしら…」

「OK。じゃ、明日の夜8時に門前に集合ってことで」

「私はランサーに協力をあおいでみます」

「そうね、お願いできる?」

そのまま作戦会議はその場で解散となった。

俺達はアーチャー陣営と別れ再び二人きりになる。

「んじゃ、俺達もそろそろ返るか」

「そうね……あっ…」

「どうした?」

「私の家、燃えてしまったから…」

確かにそうだ、雪ノ下が住んでいたマンションは葉山に洗脳された人々によって火をつけられて燃焼してしまった。

火が治まったかはわからないが住める環境ではなくなっているだろう。

「………」

まさか公園で野宿というわけにもいくまい。

しかしもう夜も遅い。今さら止まる場所を探すのも一苦労だろう。

「………俺ん家来るか?」

「え?」

「いや、嫌ならいいんだが…」

「…そうね、貴方は私のサーヴァントなのだから、住居位用意するべきよね」

まじかよ、サーヴァントって大変だなー。

というわけで俺達は夜の町をお互い何も話さずに黙々と俺の自宅に向けて歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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淀みは星を覆い隠しそれでも確かに輝いている

自宅の前まで辿り着きポケットを探る。

しかし目当てのものは見つからず、はっと、そういえば鍵を持たずにでてきてしまったことを思い出して冷や汗をかく。

「どうしたの?」

「…いや」

今さら後悔しても仕方がない。俺は恐る恐るドアノブを捻るがやはり鍵がかかっている。

俺はそのまま扉の横に備え付けられたインターホンを押した。

現在時刻は十一時過ぎ、静まり返った真夜中に電子音が響き渡る。

しばらくするとドアが開き中から愛しの妹が顔を出した。

「もうお兄ちゃん遅って、その体どしたの!?」

キャスターとの戦いで俺の服はづたぼろにほつれ反っていて、当然小町がそれを咎めぬ筈がない。だが問題はそんなことではない。

「例の集団はなんかのデモ隊でな、ちょっと巻き込まれてたんだ」

「ふーん、それはいいとして、もう、お兄ちゃんもすみにおけないんだからー」

にやにやと視線を向けるのは俺の後ろに佇む雪ノ下だ。だから嫌だったんだよ。

「小町、言っとくがお前の思ってるような事はいっさい無いぞ」

「えー、小町何も言ってないけど、何を想像しったのっかなー?」

うぜぇ、あとうざい。

「親父とお袋は?」

「それが電車が止まっちゃてて今日は帰れないんだって」

「そうか」

恐らく葉山の洗脳の影響だろう。来る途中も洗脳が解けて道端に倒れこんだ人塊をよく見かけた。平塚先生達が対処しているらしいが、完全には誤魔化しきれないという。葉山の本気がうかがえる。

しかし連絡があったということは親父達は洗脳の被害にはあっていないようで、それは良かったというべきだろう。

「雪ノ下を案内してやってくれ、俺は風呂沸かしてくる」

「了解しました!」

小町はピンと張った手を額にあて敬礼する。

角度的に海軍だなとどうでもいいことを考えながら戸をくぐる。

「ささっ、どうぞどうぞ、汚い家ですが」

続いて小町に先導されて雪ノ下も玄関に上がってきた。

毎日毎日飽きるほど見てきた家の玄関だが、彼女がいるだけで違って見えるから人の感覚とは曖昧なものだ。

そのまま俺は風呂場へと直行する。流石にこのまま寝かせるのもあれだからな。

すると後ろ手に二人の会話が聞こえてきた。

「雪ノ下さんはお兄ちゃんと付き合ってるんですか?」

ぶー!?

「おい、だから違うっていってんだろ!」

しかし小町は驚き暮れる俺の眼前で人差し指をふる。

「ダメだなーお兄ちゃんは、違くても一応聞いておくのが妹キャラの定めなんだよ」

いや、確かにアニメとかだとそれでヒロインが恥ずかしがったりするのが定番だが、現実でやってもひかれるだけだろ。

当然雪ノ下も例に漏れずおもわず耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言を浴びせてくることだろう。

「そうね、付き合っているといってもいいかも知れないわね」

「え、ええー!!本当ですか!?こんな兄ですよ!?僭越ながらもっといい物件があるかと…」

「お前、自分の兄になんて事いうんだ」

しかし俺もこれには驚かざるをえない。

え、まじで?ほんとに俺って雪ノ下と付き合ってたの?いつのまにかリア充になっていたのか?

よし、この現象をいつのまにかリア充と名付けよう。そのまんまだな。

雪ノ下は優しげに微笑みながら続く言葉を紡ぐ。

「主と召使いとしてね」

ですよねー。

まあ確かに俺はお前のサーヴァントだけども…。

「お兄ちゃん、性癖まで拗らせたら流石に小町も手に負えないよ…!?」

もう疲れたからさっさと寝よう。

その後風呂を沸かして服をきがえ自室のベッドでごろごろしていると、風呂から上がった雪ノ下が入ってきた。

そしてなぜか俺の服を纏っていた。

「お前、それ…」

「?、どうかしたの?」

雪ノ下はキョトンと首をかしげる。

おそらく犯人は小町である。なぜなら服を用意したのは小町だからだ。証明完了。

「俺の服なんだけど…」

「!?!…そ、そう」

衝撃の事実を知った雪ノ下は恥ずかしそうに両腕を自分の体に回し、裾を握り込む。

風呂上がりで血行が良くなった肌はうっすらと赤みが差して、適度に濡れた黒髪が妙に艶かしい。

もうなんだか色々とやばい。俺の鋼鉄の理性(メタルメンタル)と乱らな無邪気(セクシャルイノセンス)が激しくぶつかり合っている。

取り合えず一刻も早くここを脱出せねばならないだろう。

「俺はリビングのソファで寝るわ、お前はここ使っていいぞ」

そう言って俺は自分の部屋を明け渡し、リビングへと逃亡した。

そのままソファに横になる。

暗闇に溶けるように目を閉じた。

体力は限界まですり減り直ぐに眠れるかと思ったがなぜだか目がさえてしまって寝付けない。

それからどれだけの時間がたっただろう。

いったん喉を潤そうと腰を上げる。

暗がりを記憶と手探りで進んでいき冷蔵庫を開け、maxコーヒーを流し込む。

慣れ親しんだ味にどこか心が落ち着くのを感じる。

明日は大事な戦いが待っている。早く寝て体調を整えなければならない。

「比企谷君?」

すると後ろから声が聞こえてきた。

振り替えると、冷蔵庫の微かな明かりの仲に雪ノ下がたっていた。

驚いたのか心臓がドクンと跳ねる。

「どうしたんだ?」

「眠れないの…」

どうやら雪ノ下も同じような感じでやって来たらしい。

「お前も飲むか?maxコーヒー」

「それでは逆効果でしょう」

雪ノ下は口に手をあてクスッと微笑む。

また心臓が鼓動を速めた。

そこからはお互いに沈黙が続く。

しばらくすると雪ノ下が意を決したように口を開いた。

「そばに居てくれないかしら」

そういうと恥ずかしそうに目を伏せる。

まさか雪ノ下にそんな事を言われる日がこようとは。

「俺でいいのか?」

「貴方しか、いないもの」

まあ確かにな小町は既に寝てるだろうし、何より俺は雪ノ下のサーヴァントだ。

「わかった」

俺はマッカンを洗って捨てると雪ノ下と連れだって自室へと向かった。

俺はベッドを背もたれに床に座る。

暗い室内は俺にとって居心地がいい。周りに何もない孤独な空間は安らぎを与えてくれた。

しかし今はそんな暗闇の中に雪ノ下の存在を感じる。

その姿をしっかりと確認することはできないが、足の底が床をする音、わずかなきぬずれや息づかいが確かに感じられた。

後ろでもぞもぞと音がする。

雪ノ下がベッドに入ったんだろう。

「比企谷君?」

「なんだ?」

「そこだと居るかわからないわ」

なんだそれは。しかし他に場所もないだろう。

すると再びもぞもぞと音がする。

音は次第に近づいてきて、俺の隣まで来ると止んだ。

ドクン、ドクンと静寂に胸の鼓動が響く。

雪ノ下にこの音が聞こえていないことだけが救いだろう。

暗闇が距離感を狂わせるのか雪ノ下の存在がやけに近くに感じられた。

「私、明日になるのが怖いの」

すると雪ノ下がそんなことを言ってきた。彼女が弱音を吐くなんて珍しい。距離感が狂っているのは俺だけではないのかもしれない。

「眠るのが怖い、…おかしいわよね、それでも明日はやって来るのに…」

それが眠りにつけない理由か。

「そりゃ怖えだろ、負けたら死ぬかもしれねえし」

だがそれは俺も同じだった。せっかくてにいれた魔術もキャスターには敵わなかった。あの怪物を相手にいったいどうすれば勝つことができるのだろう。

「それもあるけれど、今は自分が信じられないの」

「どういうことだ?」

「私は家のことが嫌いだった。でも今日母さんが裏切った、…いいえ、元から利用されていたのかもしれないけれど、敵になるかもしれないと思ったときとても怖くなった。それでわかったの、私は、本当はあの人達を頼りにしてたんだって…」

今までの自分が揺らいでしまった。だからしんじることができない。

「姉さんに拘っていたのも、全部私の我が儘だったの…」

暗闇の中、少女の独白はつづく。それは果たして誰にあてたものだったのか。

あるいは、ただ何もないがらんどうに思いの丈をぶつけたかっただけなのかもしれない。

けれど暗闇に慣れた俺の目には涙を流す彼女の顔がしっかりと映り込んでいた。

「なら、このまま逃げちまうか」

「え?」

それが彼女の期待した言葉なのかはわからない。

しかし俺には他の言葉なんて見つからなかった。

全くもって情けないと思う。絵本の中の勇者ならもっとしゃれた台詞の一つや二ついってみせるのかもしれない。

瞳を濡らすお姫様をさらっと救ってしまうのかもしれない。

しかしそんな魔法の言葉なんて俺は知らない。

俺がなれるのはせいぜい哀れに観衆を沸かせるピエロくらいだろう。

ならそれに徹すればいい。

そうすればきっと何かになれると信じているから。

「怖いなら逃げちまうのも一つの手だろ、俺の魔術を使えばどこにだって行ける」

返事は少したってから返ってきた。

「貴方と、二人で…?」

その言葉を聞いたとたん体が震える。

「……ああ」

我ながらひどい提案である。下手をすれば永遠に二人きりで宇宙をさ迷うことになる。

そんな提案を彼女が受けるはずもない。

どうということはない。

つまりは俺が逃げ出したかったのだ。キャスターにいどむなんて無謀を俺は受け入れられなかった。

その逃避行に雪ノ下を巻き込みたかっただけ。

彼女の自己れんびんにつけこんだ卑怯な本音。

俺の正体はこんなにも愚かな化け物だったのだ。

「それも、いいかもしれないわね」

その時、ひときわ大きく心臓が跳ねた。

「…いいのか?」

「そうね、けれど一つだけ問題があるわ…」

雪ノ下の声はどこか心もとない。

問題とはなんだろう。

俺ははやる気持ちを押さえつけ続く言葉を待った。

「…もし貴方の魔力を私に通すならパスを繋げなければならないわ」

魔術のことはよくわからないが彼女がいうのならそうなのだろう。

「どうやるんだ?」

「粘膜の…接触…」

それを聞いたとたん体が熱くなるのを感じた。

粘膜の接触っていったのか?つまりそれは軽くても唇同士をくっつけるあれの事だ。

いや驚くべきはそれを知っている雪ノ下が悪くないと言ったことだ。

心臓の鼓動がやけに煩い。

まるで俺から正常な思考を奪っていくかのように。

横から物音が聞こえる。

それにつられて彼女の方を見た。

そして窓から注ぐ光を反射して煌めく艶っぽい唇が俺の目を奪った。

暗がりで雪ノ下の表情を確認することはできない。しかし俺にはもうそれしか見えていなかった。

誘われるようにそれに顔を近づけていく。

その度に誘惑が強くなる。

これでいいのだろうか?

このまま彼女の唇を塞いでしまっても。

しかしもう何も考えられない。

体はいうことをきかない。

それでいい、なにもしなければ手に入れられるのだ。

甘くて潤わしい果実を堪能できるのだから。

ふと手のこうに何かが落ちてきた。

それが俺の意識にかかった靄を少しだけ晴らした。

それで彼女が泣いているのが見えた。

そこで俺の行動は止まる。

いったい何をやっていたのだろうか。

理性が服を着てあるいているとまでいわれる(いわれない)俺が完全に自身を失っていた。

キャスターへの恐怖から逃げるあまりとんでもない間違いを犯すところだった。

それは恐らく雪ノ下も変わらないだろう。

ならばそれに甘えることなどあってはならない。

「なら、それはできないな」

そっと、雪ノ下のそばを離れる。

「…そうね」

雪ノ下も涙を拭うとフッと視線を逸らせた。

「もう寝ろよ、俺はここに居るから」

俺がそういうと雪ノ下は腰を上げベッドに入る。

俺は椅子を持ってきてそのそばに座った。

「これなら見えるだろ」

「目をつぶったらわからないわ」

我が儘なやつだな。じゃあどうしろってんだ?

すると雪ノ下が俺の手をつないできた。

「これで…」

まあ確かにこれなら俺がいるのもわかるだろうし、仕方ないか。

「貴方の臭いがするわ」

「そりゃそうだろ」

それを言われて俺はどうすりゃいいんだよ。ファブリーズでもかけろってか?

そんな会話を繰り返していつのまにか雪ノ下は眠りについた。

俺は起こさないようにそっと手を離すとそのまま部屋を後にした。

 

 

 



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輝きは繋いだ手の中に

まどろみの中寝返りをうつ。

意識は半分夢の中にあって、視界はぼんやりと灯りを教えるのみだ。

もう朝なのだろうと直感的に理解する。

けれど無意識にその事実を拒否しているのか俺の頭は停止したままだ。

直後まっ逆さまに急落下した。

「むぐっ」

床にたたきつけられおもわず声が漏れる。

そこでようやく俺の思考は活動を再開した。

自室のベッドは雪ノ下に貸し与え俺はリビングのソファで夜を明かしたのだった。

昨夜の事を思い返すと背中が痒くなる思いだ。

危うくリア充どもよろしく性欲に身を任せてしまうところだった。

俺は眠気を冷ますために寝起きのmaxコーヒーでも飲もうと台所へ向かう。

そこで目にした光景にまたもや俺の思考は停滞してしまう。

「おはよう、比企谷君」

台所にはエプロンをつけた雪ノ下がたっていた。

まるで普段からそうしているかのように自然に挨拶してくる。

昔の人は女性の一番美しい所作は振り替える事だと言っていたらしい。

作業を止めわざわざ振り替えって声をかけてくる彼女の姿は確かに心動かされるものがある。

しかも料理するためか髪は後ろで一つに纏められていた。しょよう、ポニーテールである。

別に髪型とかどうでもいい派の俺ではあるがやはり目新しいものには関心を向けざるをえない。

「?、…どうしたの?」

「いや、何でもない」

「ははーん、さては雪乃さんのエプロン姿にときめいたんでしょ?」

すると横から小町が横槍をいれてくる。

きっとサーヴァントになったらクラスはランサーに違いない。

もしくはマイラブリーシスター。

「そうだな」

俺は適当にあしらって冷蔵庫をあける。

しかし目当てのものはなかった。

そういえばmaxコーヒーはきらしていたのだった。

仕方なく俺は冷蔵庫を閉める。ふと横を見ると小町が梟みたいに目を見開いていた。

「お兄ちゃんが変だ」

「何いってんだお前」

「だって素直に誉めるなんて、まさか既にお赤飯案件なの?!」

「バッカ、朝っぱらからお前の騒がしさに付き合いたくないの」

「何それ、小町的にポイントひくーい」

「いいかげんにしねーと遅刻すんぞ」

小町は頬を膨らませ抗議しているがこれもかわいい妹のためなので心を鬼にしてスルーする。

「何作ってるんだ?」

俺は台所で何やら腕を奮っている雪ノ下の元へ向かう。

しかし集中しているのか彼女からの返事はない。

いやよく見ると動きそのものが止まっていた。

「雪ノ下?」

俺が声をかけるとビクッと痙攣した。

「なっ何かしら?」

「いや、何つくってんのかなと…」

「別に大したものではないわ、朝御飯だもの。もう少しだから座って待っててくれるかしら」

邪魔をしたら悪い。

俺は席に座って朝のニュースを眺める。

すると昨日の事がちょっとした騒ぎになっていた。

集団催眠とそれに便乗したデモ行為だとされている。

とくに病院が一部破壊された為、テロじゃないかという憶測も広がっているらしい。

病院を破壊したのはバゼットだが、千葉市を中心に都市機能が一時麻痺したのだ。その被害は想像以上だろう。

あの葉山をここまで変えてしまったものが正直恐ろしい。

「お待たせ」

物思いに耽っていると雪ノ下が朝食を運んできた。

テレビを消し一先ず朝の食卓に舌鼓をうつことにしよう。

テーブルに並べられたのはどっかのレストランにでも出せるような端正な和食だった。

ご飯に味噌汁、ちょっとした和え物と焼いた魚の切り身。

「あるもので作ったから大したものではないけれど」

「いや十分だろ」

まずはご飯を箸で持ち上げ口に入れる。

ただの白めしではなくワカメと黒ごま、しらすが混ぜ込まれていて、塩味がアクセントになっている。

栄養も考えられているのがよくわかった。

続いて焼き魚、橋を刺すとホロリと身が割けた。

謎のソースがかかっていて恐る恐る口に運んでみると魚のさっぱりとした味に粘性のあるソースの濃厚な旨味がうまく乗っていて、なんというか、あれだ、とてもうまい。

「これ何がかかってるんだ?」

「お味噌と卵を牛乳で溶いたものよ」

そんなものがあるのか、専業主夫を目指す俺としてはレパートリーに加えておきたいところである。

「お兄ちゃん、そんなことよりまずはあれでしょ、あれ」

そんなことってなんだ、料理スキルは必須案件だろう。

「あれってどれだよ」

「料理の感想!」

あー、なるほどね、完璧に理解したわ。

「普通にうまいぞ、これを毎日食べられる奴は幸せだな」

「もー、そこは毎日食べたいくらいだなって、無意識にプロポーズするところでしょー」

「俺がそんなラノベ主人公みたいなことするわけないだろ。ていうか食事中に変な声出すなよ」

「これはお兄ちゃんの真似だもん」

マジで?俺そんな低い声でボソボソ喋ってんの?ちょっとへこんだ…。

「貴方達は本当に仲が良いのね」

突然雪ノ下がそんなことを言い出した。

「そうだな、確かに誰も俺と小町の間には入れないしな」

「まあ、かわいくない猫みたいというか、そこがむしろかわいいって言うか、そんな感じですけどね」

マジかよ、俺ってカマクラと同レベルの扱いだったの?もっと下だと思ってたわ。やったー。

「少し、羨ましいわ」

そういわれてやっと雪ノ下の言わんとしていることがわかった。

姉との関係を俺達と重ねているのだ。しかしそれはいくら近づけたところで少しも重なりはしないだろう。

だから俺にもよくわからない。

朝食を食べ終わった俺は自室へと戻った。

「今日の学校は休みにしましょう」

すると雪ノ下がそう進言してきた。

まあ確かに世界の命運をかけた戦いの前にわざわざ授業を受けようとは思わない。

「わかった、んじゃそれまでは自由だな」

俺がそういうと雪ノ下は一枚の紙を取り出した。

横から覗いて見るとそれは写真だった。

小さい頃の雪ノ下ともう一人よくにた少女が写っている。

恐らくキャスター、雪ノ下陽乃だろう。

「姉さんは第四次聖杯戦争の時に受けた傷が原因で十二の時に息を引き取った。これは一枚だけ二人で撮った写真なの」

雪ノ下は屈託のない少女らしい笑顔を見せている。

陽乃さんの方はこの時から顔に仮面を張り付けていたらしい。

しかしその写真を見ているとなんだか妙な気分になる。

「私は姉さんが死ぬまで古傷に苦しめられていたなんて知らなかった…」

当然だろう、俺も雪ノ下の笑顔を知るまでは騙されていた。

何より陽乃さん自身が弱味を見せるのを拒んだのだ。

「今も、姉さんが何を考えているのかわからない。どうして姉さんは世界を壊そうとするの?」

その問いは一生解ける事はないのかもしれない。

例えキャスターに答えを聞いたとしてもそれを信じられるとは思えない。

ならば彼女は一生それにさいなまれ続けるのだろうか。

「外に出ないか」

「え?」

「せっかく、ずる休みできることだし、満喫させて貰おうぜ」

こんなことしかできないが己の逃避癖に雪ノ下を巻き込んだ昨晩よりはいくらかましだろう。

「行かないのか?」

俺が部屋を出ても雪ノ下はまだその場に立ち止まっている。

しかし、さすがに手を引いていくわけにはいかないだろう。

しばらく待っていると雪ノ下も吹っ切れたのか後についてくる。

そうして俺達は平日の午前中へとくりだした。

しかしとりわけ用事があった訳でもなく、ただ宛もなく家の近所をフラフラと歩く。

「ここで自転車の練習したなぁー」

「昔は諦めがよくなかったのね」

「ほっとけ」

近くの小さい公園でそんな話をした。

その後もなんてことない話を繰り返す。

だが人と話すことなどほとんどしない俺だ。

少し歩くうちに話題はつきてしまった。

お互いに黙ったままただ足を動かす。

言葉を交わさずとも俺と雪ノ下の距離は変わらずお互いの隣を歩く。

隔てる物は何もなく少し手を伸ばせばその白くて清らかな左手に触れることもできるだろう。

けたたましく行き交う自動車の群れ、時おり覗く畑に青々と茂る春野菜。

彼女が隣にいるだけで普段とは少し違って見えることに気づいてなんだか照れ臭くなる。

そうして何も言わずともよいのについつい口が出てしまう。

「昨晩は悪かったな変なこと聞いて」

一緒に逃げないか、俺は雪ノ下にそう提案した。

元々逃げ腰な俺だ、キャスターにやられてそれがさらに悪化してしまった。

あろうことか雪ノ下の悩みにつけこんだ。

酷く醜悪で愚かな逃亡の提起。

「謝る必要はないわ、貴方の及び癖は今に始まったことじゃないもの」

そうバッサリと切って落とされる。その潔さが清々しい。

「それに、少し、嬉しかったもの…」

その後はまたお互い何もはなさずにただ足を前に進めた。

しばらくすると広めの公園にたどり着く。平日だからか人は誰もおらず周囲は静まりかえっていた。

「ねぇ比企谷君」

その静寂を雪ノ下の静かな声が遮る。

「もし私が、私でなくなったら、どうする?」

そしてそんな簡単な質問をしてくる。

雪ノ下が雪ノ下でなくなったら、当然それは言葉通り雪ノ下ではなくなるということだ。

なら今までの全てはなかったことになるだろう。

けれどそこから思考を前に進めることができない。

今までであれば、人との間に積み重ねたもの等皆無だった俺だ、今まで通りだと答えただろう。

けれど今はそれが惜しいと思っている。

雪ノ下と過ごした日々を失いたくないと思っている。

けれど彼女の本質が変わってしまったらそれは失われてしまう。

もう彼女の隣にいることはできない。

やはり簡単な問いかけだった。

答えは直ぐに見つかった。

いや答えなんてはじめから一つしかないのだ。

俺の規則化されたプログラムがそれを瞬時に導きだし回路に載せ起動する。

ただ正しいままに事実を吐き出す機械になる。

しかしふと、俺の中の思考回路が疑問をそうきした。

そんな簡単な問いを、簡単だからこそ、なぜ雪ノ下は口にしたのだろう。

雪ノ下が雪ノ下でなくなれば当然関係はリセットされる。

そんな当たり前の疑問をなぜぶつけたのだろう。

それは当たり前にしたくなかったから。それ以外の答えを聞きたかったから。当然を覆して欲しかったから。

だから彼女は答えのわかりきった問いかけをしてきた。

ふと彼女の方を見る。すると雪ノ下も俺に向き直っていた。

その瞳は不安そうに濡れている。

雪ノ下も俺と同じように今までの時間を失いたくないと思っているのかもしれない。

であるならば、そのままを回答する訳にはいかない。

けれどそれは言わばわがまま、夢物語だ。

神話の英雄が口にするような幻想だ。

それは比企谷八幡にとって、もっとも忌避するものではなかったか。

ならば口にしなくてはならない筈だ。

彼女を前にして嘘はつけない。

そんな継ぎ接ぎだらけの糸で彼女を繋ぎ止めていたくはないのだから。

残酷なまでの真実を叩きつけねばならない。

「そうなったらもう一緒にはいられないだろうな」

雪ノ下の視線から目を離さずにそう言い切る。

目の前の瞳は今すぐに崩れ落ちてしまいそうなほど濡れていた。

それをどうにか救い止めたかったけれど俺にそんな手はない。

どんな彼女でもいいなんて言えない。それではいったい何を好きになったのかわからないから。

「そうね、貴方なら、そう言うわよね」

ついに雪ノ下は俺から目を背けうつむいてしまう。その声は止まりかけの独楽のようにゆれていた。

 

「それでもお前が俺を必要とするなら、手を貸すくらいはしてやるよ」

 

「え?」

雪ノ下がこんな事を言い出すってことはそうなる可能性があるってことだ。

キャスターとの戦いでする何かにそんな副作用でもあるのかもしれない。

俺の言葉を聞いた雪ノ下が再び俺を見上げてくる。

「それは…、貴方が私のサーヴァントだから?」

「違う、俺がそうしたいと思うからだ」

例え二人で積み重ねたものが崩れてしまっても俺の中にはまだのこっている。

それを返していくこと位はできるだろう。

すると俺の右手と雪ノ下の左手がそっと触れた。

別に手を動かした訳じゃない。

それくらいの位置に気づけば立っていたというだけだ。

俺はそのままその手を握る。

俺の手を彼女の手が抗うことなく迎え入れる。

体の中がなんだかポカポカと暖かくなってくる。

春の陽気に誘われた訳ではないだろう。

二人分の体温を感じているのかもしれない。

もう一度雪ノ下の方を向く。

雪ノ下は既に俺の方を見ていてまた目があった。

それだけでなんだか笑えてきてしまう。

俺が少し笑うと雪ノ下も同じように笑った。

二人の距離は徐々に近づいていく。

そのまま影は一つになった。

 

 

 



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