桜と士郎 (周小荒)
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プロローグ

 
 Fateはテレビアニメから始まり映画を観た後に桜の不遇さに怒りを感じました。
 妹の意中の人を横取りする凛には正直「お前は鬼か!」と思いましたので桜が幸せになる小説です。



 

 空は黒く、地上には火の河が流れ、周辺には炎が散乱していた。

 妻や娘を犠牲にして得た聖杯は万能の願望器では無く、邪悪な意思に汚染されていた。

 その聖杯が暴走する前に処分をしたら、この世の地獄と言える惨劇が展開されてしまった。

 衛宮切嗣は絶望と罪悪感に押し潰されながらも救える命を救う為に誰かを探し回っていた。

 

「誰か居ないのか!」

 

 探し回る切嗣の耳に炎の中から子供の泣き声が聞こえて来た。

 慌てながらも慎重に声を頼りに声の方向に向かうと小さな家庭用冷蔵庫が倒れていた。

 子供の泣き声は冷蔵庫の中から聞こえて来る。冷蔵庫に走り寄ると冷蔵庫の扉の蝶番の部分にサンダルを差し込み扉が完全に閉まらない様にしている。

 冷蔵庫の中には4歳前後の少年が保冷剤や冷凍食品と一緒に泣いていた。

 少年の家族が幼い命を炎から守る為に冷蔵庫の中に避難させたので有ろう。

 

「ありがとう。生きていてくれて、本当にありがとう」

 

 切嗣は少年を冷蔵庫から助け出すと泣きながら抱き締めた。

 

 

 少年の名前は山岡士郎と判明した。少年の服の中に母子手帳が入っていたのである。

 後に切嗣が母子手帳の住所を調べると炎の河に飲み込まれていた。

 恐らくは炎の河が迫った時に我が子だけでもと母親が冷蔵庫に士郎を入れて炎の河から脱出させたのであろう。

 残念ながら母親の名前の部分は焼けて読む事が出来なかった。

 

「山岡さん。貴女の士郎は必ず僕が幸せにします。それが僕に課せられた義務です。安心して眠って下さい」

 

 切嗣は名前も分からない士郎の母親に士郎を立派に成人させる事を誓ったのだが、切嗣も士郎が11歳の時に鬼籍に入る事になる。

 

 己の死期を悟った切嗣は士郎に聖杯戦争の裏事情と自身の罪を告白した。

 

「60年周期で聖杯は現れる。冬木の聖杯は邪悪な意思に汚染されている。また、同じ惨劇が繰り返される。それまでに冬木の地を去るんだ」

 

「分かった。大人になったら何処か遠くの街に行くよ」

 

「それから士郎。僕の息子になってくれて、ありがとう。士郎が息子になってくれて僕も救われた」

 

「僕も父さんの息子で幸せだったよ」

 

 士郎は切嗣の遺言を守る事を約束して、早逝した切嗣の忠告に従い。秘めたる特技として魔術の修行は続けたが魔術師を目指す事は無かった。

 

 それから、士郎は雷河や大河が一緒に暮らす事を勧めても首を立てに振らずに切嗣が遺した屋敷に魔術の修行しながら1人で暮らすのであった。

 

 運命の時まで、幾何の時間が流れるのであった。

 



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日常

 

 衛宮士郎が1人暮らしを始めて3年の年月が流れた。

 

「士郎君、起きなさい!」

 

 耳に心地好い声が聞こえてくる。士郎が目を覚ますと士郎に言わせると絶世の美少女が自分の顔を覗き込んでいた。

 

「おはようございます。桜先輩」

 

 朝日を浴びて光り輝く間桐桜は女神の様に士郎には見えた。典型的な惚れた欲目も半分ある。

 

「はい。おはよう」

 

「桜先輩に今日も起こされてしまった」

 

「体調は大丈夫なの?」

 

「心配してくれて有り難う御座います。でも、大丈夫ですよ。最近は寒くなりましたから干物作りに忙しくて」

 

「士郎君が作る干物は美味しいから」

 

 士郎は桜が部屋を出ると急いで着替えて台所に行く。

 台所には既に桜が味噌汁を作っていた。今朝の味噌汁は大根と油揚げである。

 

「士郎。遅いわよ。桜ちゃんに甘えてばかりじゃ駄目よ!」

 

 居間からは姉貴分の藤村大河の声がする。口には出さないが自分の事を心配して日参してくれている。士郎が作る朝食も目当ても含んでいるのだろう。

 

「姉ちゃん。桜先輩が忙しいのに自分で起こす気にはならないの?」

 

「別に私はいいけど、士郎は私より桜ちゃんの方がいいでしょう」

 

「当然じゃん!」

 

「ちょっと、士郎!」

 

 分かっていたが士郎が間髪を入れずに返事するのは、流石に大河も呆れる。

 

(小学生の時までは私に付いて回っていた癖に。桜ちゃんと出会ってから桜ちゃんばっかり)

 

 士郎が中学校に入学すると3年生だった桜と知らぬ間に仲良くなっていた。

 まだ、互いに自分の気持ちを伝えてないのだが端から見れば相思相愛なのは一目瞭然なのである。

 気の毒なのは士郎の存在を知らずに桜に告白して断れた男子である。その数は大河が把握しているだけでも片手では足りぬのである。

 最も気の毒なのは顧問をしている弓道部の主将の美綴綾子の弟である。

 士郎より1学年上で彼も中学入学以来、桜に恋心を抱いているが告白が出来ないまま士郎の登場で失恋が確定している。

 それでも、姉の迎えを口実に桜目当てで放課後に弓道部に寄るのは大河も不憫に思える。

 残念な事に桜自身は姉思いの優しい子としか認識していなのは哀れでもある。

 

 大河の心情を無視して士郎も朝食作りに参加する。今朝の朝食は味噌汁の他に大根の糠漬けに生卵、納豆に大根おろし、昨晩、出汁取りに使ったハゼの焼き干しの甘露煮である。

 

「味噌汁が美味しいなあ。流石、桜先輩!」

 

(あんたは桜ちゃんが作った品なら何でもいいんでしょ)

 

 大河は口に出さずに心の声で突っ込みを入れるが、桜が作った味噌汁を一口飲んで士郎が客観的な事実を口にしている事を認める。

 

「あら、本当に美味しいわ!」

 

「でしょう!」

 

 我が事の様に自慢する士郎であったが当の桜はテレビに釘付けになっている。

 

「昨夜のガス漏れ事故に居合わせた方々は、意識不明の重傷です。これにより、今月に入ってからの冬木市でのガス漏れ事故は5件目となります」

 

「また、新都でガス漏れか。10年前の大火でガス管がガタガタになっているんじゃないの?」

 

「士郎も気を付けるのよ」

 

「家はプロパンだから大丈夫だと思うよ」

 

「私の家もプロパンです」

 

「それなら安心ね。でも、プロパンガスの方が都市ガスよりも火力が強いから気を付けてね」

 

「「はい」」

 

 子供達は仲良く返事をするのであった。その後、朝食が摂り終わると大河は急いで学校に出勤する事になる。

 

「ヤバい。テストの採点が残っていた!」

 

 大河を見送ると後片付けをして桜と士郎は仲良く登校するのである。

 士郎は高等部の近くで桜と別れると1人で中等部に登校する。

 

「おはよう。衛宮!」

 

「おはようございます。美綴先輩」

 

 校門の前で先輩の美綴実典が声を掛けてきた。実典は口調は悪いが優しい先輩である。

 

「衛宮は今朝のニュースを見たか?」

 

「また、ガス漏れでしょう。家はプロパンだから安心ですよ」

 

 二人は話をしながら校舎に向かって行く。

 

「あれは、新都の方だろ。深山町でも昨日の夜に一家惨殺事件があったらしい」

 

「ええっ!」

 

「今朝、ドアの隙間から血が流れてるのに気付いた新聞配達の人が通報したらしい」

 

 実典の顔は真剣である。

 

「衛宮士郎は1人暮らしだから気をつけろよ」

 

「はい。分かりました」

 

「それと別だろうが通り魔も出ているからなあ」

 

「あれは、若い女の人だけでしょう」

 

 通り魔に関しては完全に安心している士郎の全身を一瞥してから、実典は士郎を脅す。

 

「そんな事を言って、油断していると襲われるぞ。衛宮は体も華奢だからな。世の中には男の子でも大丈夫な変態もいるからな!」

 

「ちょっと、怖い事を言わないで下さいよ。それよりは先輩にはお姉さんがいるじゃないですか。そっちの方が心配ですよ」

 

 士郎の反論に実典は溜め息をつくと悲しい顔で士郎に説明を始めた。

 

「あれは、女の部類に入らん。逆に通り魔に同情したくなるぜ。外面と見掛けは良いけど、二重人格の凶暴な生き物なんだぜ」

 

 士郎の顔が青くなるのに気を良くした実典は更にヒートアップしていく。

 

「弓道をしているけど、実は薙刀の方が得意でな。人を平気で切り刻む事を何とも思わない悪魔みたいな奴だからな」

 

 士郎の顔は青く目には涙まで浮かび始めている。

 

(ちょっと、薬が効き過ぎたか?)

 

 士郎の反応を見て後悔を始めた実典は次の瞬間には後悔を通り越して恐怖を感じる事になる。

 

「み~の~り~」

 

 家では聞き慣れた声であるが、学校では聞く事の無い声である。

 実典は油の壊れたロボットの如く首を回すと姉の綾子がいた。

 

「ねえちゃん。何でここに?」

 

「可愛い弟が弁当を忘れていたから届けに来たのよ」

 

「ひぃ!」

 

 綾子の迫力に士郎が思わず悲鳴をあげる。先程から士郎の顔が青くなったのは話の内容ではなく綾子を実典より先に見つけたからである。

 

「あら、君が藤村先生が言っていた。衛宮君ね」

 

「は、はい!」

 

 綾子は急に優しい顔になると士郎を観察する様に見て話掛けてきた。

 

「うちの実典が色々と迷惑を掛けると思うけど、仲良くしてね」

 

「はい。美綴先輩は優しい先輩です。此方こそ宜しくお願いします!」

 

「本当に良い子ね。それから、実典!」

 

「はい!」

 

「家に帰ったら、ゆっくりと話をしましょう」

 

 実典は死刑判決が出た囚人の様な表情であった。

 

「じゃあね!」

 

 綾子が校門を出て行くのを確認すると士郎と実典は、その場に崩れ落ちるのであった。

 

「あんな綺麗なお姉さんが居て、先輩が羨ましいと思っていましたけど、先輩も大変ですね」

 

「俺は衛宮が羨ましいよ」

 

 士郎には実の姉では無いが大河がいる。大河も怖いが、それ以上に怖い女性が存在するとは思わなかった。

 一方、実典は意中の人である桜と仲の良い士郎が羨ましいのである。

 では、士郎と立場が交換が出来るとして交換するのかと問われると躊躇う実典なのである。

 綾子は怖い存在でもあるが、それ以上に弟思いの姉でもある。

 そして、二人は予鈴を聞くと急いで教室に向かうのであった。

 

 士郎が平凡な日常を過ごしていた頃に遠坂凛は非日常の世界の始まりを実感していた。

 何者かが登校直後から凛を監視しているのである。

 

(アーチャー気付いてる?)

 

(うむ。何者かが我々を監視しているな。今のところは殺気が無いが)

 

(何処に居るか分かる?)

 

(残念ながら分からんな。今の時点では手を出す気が無い様だがな)

 

 昼休みに屋上に上がり誘いを掛けるが相手は乗って来ない。

 昼間という事で辺りを警戒しているのだろう。魔術は余人には秘匿するのが鉄則であり、聖杯戦争も然りである。

 

(面白いじゃない。放課後に人の居ない所に誘い出しましょう)

 

(了解した)

 

 凛とアーチャーが念波で簡単に打ち合わせをする。彼らは認めないであろうが似た者同士である。戦う事に迷い無い。

 

 凛とアーチャーが戦いを選択した頃、士郎は日常を満喫していた。放課後になると家に帰り、桜と2人で夕餉の支度をする。最近の治安の悪さの為に大河の帰宅も早く、3人で食事をした後は大河の監督の元で学生らしく勉強会となる。

 

「日本憲法の三原則は国民主権と平和主義と基本的人権の尊重なの。平和主義は有名な憲法第9条に明記されてるわ」

 

「戦争の放棄と戦力は持たないだったよね」

 

「そうよ。士郎。桜ちゃんは漢文の返り点ね」

 

「はい。中学でも習いましたけど、レ点と一、二点がごっちゃになってしまって」

 

「返り点の順序はレ点が優先なの。コツは一、二点のセットを先に見つけておくのよ。その後にセットの中からレ点を見つけて入れ替えるの」

 

「そうなんだ。先に一、二点のセットを作れば分かり易いですね」

 

 大河は優秀な教師である。担当教科の英語以外も丁寧に教えてくれる。勉強会が終わると大河は桜を送って帰宅する。

 

「じゃあ。ねえちゃん。桜先輩を頼むよ」

 

「任せなさい!」

 

「士郎君。お休みなさい」

 

「桜先輩。お休みなさい」

 

 2人が帰ると士郎はリュックサックを片手にスーパーに買い出しに出掛けるのである。

 この時間に行くと肉や魚が半額になっているのである。

 特に最近の冬木市は物騒な事件が多く。半額狙いの客が少なく売れ残りが多いのである。

 

「醤油とトイレットペーパーが無かったな。忘れない様にメモをしないと、それとポイントカードも忘れてないよなあ」

 

 士郎は知らない。聖杯戦争が既に始まっている事を、日が落ちた穂群原学園の高等部ではサーヴァント同士の戦いが始まろうとしている事を、更に自身が聖杯戦争に巻き込まれる事を士郎に残された運命の夜まで残り僅かであった。

 

 

 



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運命の夜

 

 最近は人通りが少なくなった道を戦利品で膨らんだリュックサックを背に歩いている。

 治安の悪化に伴いライバルが減った恩恵で醤油も値引き品が買えたのはラッキーであった。

 

「通り魔様様だよなあ」

 

 不謹慎な事を口にしながら穂群原学園高等部の校門前を通ると微かに何か音がする。

 何か金属同士を叩き合わせた様な音が校門の内側からするのである。

 

「あれ、工事でもしてるのかな?」

 

 人が居る昼間を避けて夜に工事する事は珍しくもないが、何の工事をしているのか好奇心が働いた。

 校門の外から覗いて見ると想定外の光景が目に飛び込んで来たのである。

 赤い影と青い影が高速で移動して衝突している。衝突する度に2つの影の周囲に火花と金属音が発生している。

 

(これは、聖杯戦争のサーヴァント!)

 

 その場で立ち竦みながらパニックになっていた。

 

(次の聖杯戦争は50年後の筈では?)

 

 士郎が数分のパニックの末に出した結論は取り敢えず見なかった事にする。

 士郎としては自身の安全確保が当面の大事なのである。

 そして、踵を返そうとした途端にサーヴァントが発生させる金属音よりも遥かに大きい金属音を発生させてしまった。

 落ちていた空き缶を蹴飛ばしてしまったのである。更に不幸な事に校門の鉄柵に当たったのである。サーヴァントでなくとも分かる大きさの音である。

 

「あちゃー!」

 

 士郎自身が驚き思わず頭を抱えてしまった。一瞬後には全身青タイツが士郎の前に立っていた。

 全身から血の気が引くのを実感したのである。サーヴァントとは古代の英雄、豪傑である。間違えても士郎が敵う相手ではない。

 士郎の取った行動は中学生としたら平凡であった。

 

「ごめんなさい。悪気は無かったんです。許して下さい!」

 

 両手を合わせて頭を下げるだけである。青タイツの男も士郎の態度に困惑している。

 

「おい。ランサー!」

 

 頭を下げている間に赤いコートの男も立っていた。

 そして、赤いコートの男も困惑している様子に咄嗟に士郎は一か八かの賭けに出た。

 

「本当に撮影の邪魔をする気は無かったんです。特撮が好きで滅多に無い事だったから、本当にごめんなさい!」

 

 ランサーには士郎が何を言っているのか理解が出来なかったがアーチャーには驚きと共に理解が出来た。

 

(どういう事だ。何故、遠坂は高2なのに衛宮士郎が中学生なのだ?)

 

 アーチェリーであるエミヤには目の前の少年が衛宮士郎と一目で判別が出来たのだが少年が衛宮士郎である事は理解が出来なかった。

 

(藤姉も教師として学校に居た、桜の姿も確認している。確かに衛宮士郎の姿は見掛けなかったが)

 

 混乱していたが、取り敢えずは目の前の少年に話を合わせた。

 

「安心するが良い。カメラは回っていない。あれは練習だ!」

 

 士郎は自分が賭けに勝った事を悟った。

 

「そうなんですか!」

 

 ランサーは少年とアーチャーの会話の意味が理解が出来ないが、少なくとも目の前の少年を手に掛ける必要は無くなった事を悟った。

 

「坊主、これからは気をつけろよ」

 

「はい。ご迷惑をお掛けしました!」

 

「ほら、時間も遅い。早く帰る事だ」

 

 アーチャーが帰宅を促すと急いで帰る少年の姿を見送るとランサーが口を開いた。

 

「おい、どうする?」

 

「今夜は止めておこう。戦うにも場所が悪い」

 

「違いねえ」

 

「あの子に感謝するんだな。あの子が居なければ君は最初の脱落サーヴァントになっていた」

 

「抜かせ!」

 

 ランサーは一言だけ残して走り去った。

 

(アーチャー。後を追ってみて)

 

(了解)

 

「ふう。良かった」

 

 凛は溜め息を突くとサーヴァントが戦った後始末に取り掛かったのである。

 

 その頃、帰宅した士郎は玄関の鍵を掛けるとリュックサックの中身を冷蔵庫に入れ終わると座り込んでしまった。

 2体のサーヴァント相手に無事だった事は僥倖の極みであった。

 

(何で聖杯戦争が始まっているんだよ!)

 

 50年後に始まる聖杯戦争が僅か10年後に始まるとは切嗣も想定外であっただろう。

 

(これから、どうする?)

 

 切嗣の話では前回の聖杯は邪悪な意思に汚染されていて、切嗣が破壊した後でも冬木市に甚大な被害を出した。

 今回の聖杯も前回同様に問題が有るのであろうと思われる。

 

(たった10年で復活する事が聖杯が壊れてる証拠だな)

 

 自分1人だけ逃げ出す事は可能だが、冬木市には桜と大河が居る。

 士郎に取っては大事な家族なのだ。危険極まりない冬木市に置いては行けない。

 

(正直に話しても駄目だろうな)

 

 2人共、冬木市に残ると言うのは自明の理である。彼女達が士郎の大事な家族なら、彼女達にも大事な家族が冬木市に居るのだから。

 

(父さん。どうしたら良い?)

 

 士郎が答え無い迷路に迷い込んでいた頃、凛も既に帰宅して思い悩んでいた。

 遠坂家の当主として聖杯戦争に参加して戦う事に恐れは無い。しかし、罪の無い人達が巻添えにする恐怖は覚悟していた以上である。

 況してや、今日の少年は養子に出された実の妹の想い人である。文化祭の時に友人の美綴綾子がコッソリと教えてくれたのである。

 凛の視線の先には桜が招待した士郎と笑顔で校内を見物する桜がいた。

 

(あの時の桜の笑顔は同じ学校に通っていて初めて見る笑顔だったなあ)

 

 桜の幸せそうな笑顔に刺激された綾子に、どちらが先に彼氏を作るか競争をさせられる事になったのである。

 あの綾子でさえ、羨む程の仲の士郎に万が一の事があった場合、桜の反応は思うと暗澹たる気分になる。

 そこまで思考を進めた時にアーチャーが戻って来た。

 

「成果は?」

 

「面目無い。用心深いマスターらしい。新都まで追い掛けたが新都で撒かれてしまったよ」

 

「仕方ないわ。ランサーの足にアーチャーの貴方が追い付ける筈が無いもの」

 

「凛。我々の戦いは余人には秘匿するのがルールだ。ランサーは見逃したがランサーのマスターが口封じを命令する可能性があるのではないか?」

 

「あっ!」

 

 妹の桜の事を考えていて、魔術師としての思考を忘れていた。

 用心深い魔術師なら十分に考えられる事である。

 

「アーチャー。あの子の家に急ぐわよ」

 

「しかし、凛。ランサーのマスターの判断は魔術師として当然だぞ」

 

「冬木の管理者として、無駄な血を流させる訳には行かないわ。これは管理者の義務よ!」

 

 アーチャーの懸念は当たっていた。士郎が気分を落ち着ける為に居間で茶を飲んでいると窓ガラスに背後から忍び寄るランサーの影が写ったのである。

 士郎は咄嗟に体を倒して槍を避ける。一瞬前まで士郎の心臓があった空間を赤い槍が通過する。

 

「ほう。今のを避けるか」

 

 士郎は無言で倒れたまま転がる様にして卓袱台の下に逃げ込む。

 ランサーも卓袱台の上に立ち卓袱台もろともに士郎を串刺しにする気で槍を逆手に持ち変える。

 その時には既にランサーの背後の方向に卓袱台から転がり出た士郎がランサーを背中から突き飛ばした。

 

「卓袱台に穴を空けるな!」

 

 背後から士郎に突き飛ばされたランサーが卓袱台の下に着地したランサーが振り返ると卓袱台の上から両腕をクロスさせて体当たりを敢行する。

 ランサーの喉元に士郎のフライングクロスチョップが炸裂して、サーヴァントとはいえ、油断していたランサーも流石に倒れる。

 倒れたランサーもサーヴァントである。倒れだけでダメージは皆無であったが、ランサーが起き上がった時には士郎は窓ガラスを突き破り屋外に逃亡していた。

 

「しぶといじゃないか。小僧!」

 

 落ち着きながら感心するランサーは慌てずに士郎の後を追う。

 士郎が土蔵の前まで来た時に突如としてランサーが横に現れて脇腹に蹴りを放つ。

 サーヴァントとの蹴りである。手加減はしているが士郎の体が土蔵の屋根の上まで吹き飛ばす威力があった。

 士郎は土蔵の屋根に叩きつけられて屋根を転がり落ちる。

 全身を打ち付けられて数秒間は息が出来ない。それでも力を絞り出して立ち上がる。

 

「頑張るじゃないか」

 

 百戦錬磨のランサーにしても、ここまで必死に抵抗する人間は記憶に無い。

 だが、士郎も立ち上がるだけで限界だった。バランスを崩して土蔵に扉に倒れてしまう。

 士郎にしては最悪の展開だった。倒れた拍子に土蔵の内に入ってしまった。狭い土蔵の内では袋の鼠である。

 

「褒めてやるよ。良く頑張った方だよ」

 

 ランサーの賞賛されても嬉しくない士郎である。尻餅をつきながらも後退りする。

 

「可哀想だが諦めな」

 

「誰が諦めるか!まだ、桜先輩にも告白してないのに!」

 

 ランサーは桜先輩が誰かは知らなかったが少年の想い人なのは分かった。

 

「せめてもの情けだ。顔は傷付けない様に心臓を一突きで楽にしてやる」

 

 士郎は無駄な抵抗と知りつつも手に触れた物をランサーに投げつける。

 ランサーは士郎の気がすむまで待ち、士郎の手の届く範囲の物を無くなると槍を構えた。

 それでも、士郎は最後まで諦めずにいた。ランサーが心臓を狙うと言うなら片腕を犠牲にしてでも逃げる気でいた。

 ランサーも士郎の考えは読めていた。しかし、士郎が腕を犠牲にしてもランサーの槍は腕もろともに心臓を抉る気でいた。

 両者ともに相手の考えを読んで睨み合いが続いていたが遂にランサーが動き始めた瞬間、土蔵の奥から光が溢れて来た。

 

「7人目か!」

 

 ランサーは溢れる光の中から人影が現れるのを確認した。

 人影はランサーと士郎の間に電光石火の速さで入り強烈な横殴りの一撃でランサーを土蔵の外に叩き出す。

 光が治まった土蔵の中でランサーを叩き出した人影が士郎に向き直った。

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した」

 

 月光に照らされた人影は青いドレスの上から甲冑を身に纏った金髪白皙の美しい少女であった。

 更にセイバーが士郎に問い掛けた。

 

「問おう。貴方が私のマスターか?」

 



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開戦

 

 士郎はセイバーの問い掛けに応える事が出来なかった。

 切嗣から聖杯戦争やサーヴァントの事を聞いていたが、自分が当事者になるとは思っていなかったのである。

 セイバーは無言で士郎の左手に令呪を確認すると宣言する。

 

「これより我が剣は貴方と共に有り、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した」

 

 セイバーは宣言を終えると土蔵を飛び出して行く。

 士郎もセイバーの後に土蔵を飛び出して行くと見覚えのある光景があった。

 2つの青い影が高速で移動しながら衝突を繰り返していた。そして、衝突する度に火花が散るのである。

 

「凄い。剣が見えない!」

 

 セイバーがランサーの会心の一撃を剣で受け止めた時に士郎は自分の間違いに気付いた。

 

「早くて見えないんじゃない。透明な剣か!」

 

 ランサーが距離を取りセイバーと対峙をするとセイバーが挑発した。

 

「どうしたランサー。止まっていては槍兵の名が泣こう!」

 

「抜かせ!己が武器を隠すとは卑怯者め!」

 

 ランサーの抗議にセイバーが反応する前に士郎が反応した。

 

「ちょっと待て!大の大人が武器を持って、無辜の子供を追い回した癖に何を言ってやがる!」

 

 素人の弾劾にランサーも黙るしかなかった。そのランサーの様子を見て驚いたセイバーがランサーに問い掛ける。

 

「ランサーよ。我がマスターの主張は事実なのか?」

 

 ランサーも事実なだけに返答に窮するのである。

 

「信じられぬ。英霊と在ろう者が素手の子供を相手に!」

 

 先程まで闘志に燃えた熱いセイバーの視線が氷の様な視線に変わり、ランサーとしては辛いのである。

 

「その、セイバー。この辺で分けにしないか?」

 

 ランサーの提案は即座に却下された。

 

「断る。貴方は此処で消えろ!」

 

 セイバーの声は視線同様に冷たい。

 

「ならば、此方も本気を出すまで!」

 

 ランサーの槍に魔力が満ちていく。それを見てセイバーも身構える。

 

「我が必殺の槍を喰らえ!」

 

 ランサーが大きく跳躍する。

 

「ゲイボル、ぐわ!」

 

 ランサーとセイバーは互いに強敵を前にして士郎の存在を完全に忘れていた。

 ランサーが必殺技を発動する直前に股間には物干し竿がクリーンヒットしていた。

 

「よっしゃ!」

 

 見事に作戦が成功した事に士郎はガッツポーズを取る。

 空中で予期せぬ打撃を受けたランサーは片膝を着きながら着地をした。槍を離さないのは流石と言うべきであろう。

 しかし、この隙を逃すセイバーではなかった。ランサーの着地と同時に一気に間合いを詰めて渾身の一撃を放つ。

 ランサーも稀代の英雄である。セイバーの一撃を打ち払った。

 だが、それが限界であった。続く二撃目がランサーの首を狙う。

 既にランサーにはニ撃目を避ける余裕はなかった。

 次の瞬間、セイバーの剣がランサーの首に突き付けられたまま止まる。

 しかし、少しでも身動きすればセイバーの剣がランサー胴体から首を切り離すであろう。

 ランサーの命はセイバーに握られていた。

 

「セイバー、なぶる気か!」

 

「無様だな。素人に足元を掬われるとは」

 

 返答はセイバーからではなかった。声の主は赤い外套に身を包んだ男からだった。

 セイバーは無言で二人目のサーヴァントを睨む。ランサーの首を跳ねた隙に二人目のサーヴァントが襲って来る事を危惧したのである。

 

「なんだ、衛宮君がセイバーの引いたのか」

 

 セイバーの顔が険しくなった。サーヴァントだけではなくマスターも同伴している。

 サーヴァントとマスターの二人掛りで攻められたら自分のマスターを守りきる自信が無い。

 敵のマスターは、かなりの強者である、素人同然の自分のマスターとは桁違いの強さがセイバーには分かる。

 

「セイバー。警戒しないでちょうだい。私達は貴方のマスターに危害を加える気は無いわ」

 

 咄嗟に庭の木に隠れた士郎が姿を現す。

 

「本当だよ。そこの青タイツとは学校で戦っていたから」

 

 士郎が凛の言葉の裏付けをする。

 

「分かりました。では、ランサーよ。覚悟!」

 

「殺しては駄目!」

 

 士郎の指示にセイバーもランサーを睨みながらも従う。

 

「青タイツも遠坂先輩も僕の話を聞いて!」

 

 凛とアーチャーは一瞬だけ視線を交わすと士郎の提案に乗る事を決定する。

 ランサーは首を縦に振るしか選択肢が無い。

 

「分かりました。ランサーよ。私の指呼の間から出るな」

 

「分かっているよ」

 

 5人は衛宮家の居間に移動した。

 ランサーは居間で正座をさせられて、その斜め後ろにセイバーが立ち、正面に凛が座ると両サイドに士郎とアーチャーが座る。

 

「先に言って置くけど、僕は魔術師では無い。死んだ僕の養父が元魔術師だったんだよ」

 

「惜しいな。小僧が修行したら優秀な魔術師になれるぜ」

 

 ランサーの誉め言葉に士郎は喜ぶ様子も無い。

 

「僕は魔術師に興味は無いよ。それよりは重大な問題だよ。冬木市の聖杯は壊れている可能性が大だよ」

 

 アーチャー以外の全員が驚きの声を挙げる。

 

「父さんは前回の聖杯戦争の生き残りなんだ。父さんの証言だと前回の聖杯戦争の賞品の聖杯も壊れていたそうだ。普通は60年周期で現れる。しかし、今回は10年で現れた。壊れてると思うよ」

 

「確かに、前回から10年で聖杯戦争が始まるのはイレギュラーの事だけど」

 

 凛にしたら父の仇を取る望外のチャンスである。

 

「だから、父さんは聖杯を破壊したらしい。その結果が10年前の大火に繋がった」

 

 セイバーの顔は険しくなる。10年前に令呪を使われて聖杯を破壊したのだから。

 

「それでは、聖杯を勝ち取っても無意味ではなのですか?」

 

 セイバーが素人に質問というより、詰問をする。

 士郎もセイバーの勢いに困惑しながらも応える。

 

「無意味というよりは有害だろ。関係無い人間にまで迷惑を掛けているんだから」

 

 ランサーに殺され掛けた士郎ならではの辛辣な返答にセイバーも黙り込む。

 

「しかし、聖杯戦争は魔術師に取って栄誉な事なのよ」

 

 凛が魔術師としての見解を力説する。

 

「なら、他人に迷惑にならない場所でやってくれ!」

 

 短い言葉だが前回の聖杯戦争の被害者遺族の士郎の言葉には何者も太刀打ち出来ない重さがあった。

 

「それで、青タイツにはマスターの所に戻り、聖杯について報告して欲しい。青タイツのマスターも不良品の為に危険な事はしたく無いだろう」

 

「まあ。アイツが聖杯とかに興味があると思えんが一応は報告するか」

 

「マスターの所に帰る前に窓ガラスは弁償してくれ」

 

 士郎が生活感に満ち溢れた要求をする。

 

「セコい奴だな」

 

 口では悪態をつきながらも空中で現代人には読めない文字を描くと割れた窓を指差す。

 巻き戻しの映像の様に窓ガラスが修復していく。

 

「うわぁ。便利だなぁ」

 

 士郎が感心して拍手する。

 

「小僧。魔術師の基本中の基本だぞ」

 

 ランサーが呆れた様に教える。ランサーの言葉に士郎は凛の方を見て確認する。

 

「ランサーの言っている事は本当よ」

 

 その様子を見ていたランサーとしては、基本も知らない素人に足元を掬われた自身の不甲斐なさに情けなくなる。

 

「じゃあな」

 

 ランサーが去ると凛が立ち上がる。

 

「じゃ、衛宮君は私と一緒に行きましょうか」

 

「えっ。何処に?」

 

「教会よ。聖杯戦争は教会で管理しているの」

 

「はあ。当然と言えば当然だし、罰あたりと言えば罰あたりだよな」

 

 士郎の感想に残ったサーヴァント2人と凛は苦笑するしかなかった。

 

 教会は新都にある為に一行は徒歩で向かう事になった。その際に問題となったのはセイバーである。青いドレスに甲冑姿は不審者と言われても否定が出来ない。

 家で留守番と言っても士郎の護衛の為に同行すると譲らないので仕方なく土蔵からポンチョを引っ張り出して着させたのであり。

 

「黒いポンチョだったら座頭市だな」

 

 士郎の感想に凛は呆れたのだが、セイバーは聖杯の力で調べたらしく凛の斜め上な事を口にした。

 

「盲目の身で在りながら、あの様に巧みに剣を扱えるとは見事としか言えません」

 

 セイバーらしい真面目な回答であった。

 それから、教会の神父である言峰綺礼の為人について凛からのレクチャーを受けている間に奇妙な三人組が教会に到着した。

 

「私は敷地の外で敵襲がないか警護します」

 

「分かった。出来るだけ目立つ行為は避けてね」

 

 セイバーを残し凛と士郎、霊体化したアーチャーは教会に入る。

 言峰綺礼は士郎から見ても変人としか思えない人物であった。

 まだ、中学生である士郎を遠回しに嗾けるのである。士郎にしたら組体操や部活を推奨する腐れ教員と重なるのである。

 士郎が通う穂波原学園は私立の学園である。私立の学園とは極稀な例を除き文武両道を謳い運動部の活動に力を入れる物である。

 士郎自身は帰宅部であるが運動部の在籍者や顧問が威張り散らすのが癪に障るのである。

 綺礼のアジ演説を聞き流しなから士郎は聖杯戦争について懐疑的にならざる得ない。

 

「改めて聞こう。君は聖杯戦争に参加するのか?」

 

「参加するけど、それと同時に聖杯戦争の一時中止を要求します」

 

「ほう。どの様な理由で?」

 

「前回の聖杯は欠陥品でした。本来なら60年後に始まる聖杯戦争が10年後に始まったのも今回の聖杯に欠陥がある為と考えるのが当たり前でしょう」

 

「前回の聖杯に欠陥があったかもしれんが今回の聖杯には問題が無い筈だ」

 

「筈では困ります。欠陥品の聖杯の為に苦労する馬鹿は居ないですよ」

 

「綺礼。私も衛宮君と同じよ。冬木の管理者として10年前の惨劇を繰り返させる訳にはいかないわ」

 

「他の参加者も同じだと思いますよ。神父さんでは決められなかったら、教会の上に相談して下さい」

 

 士郎だけなら誤魔化せられたが凛も同意しているとなると誤魔化す事は困難である。

 凛に臍を曲げられて聖杯戦争の開催を拒否されたら教会としても困るのである。

 聖杯戦争は開戦と同時に休戦となったのである。

 

 



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休戦

 

 教会を出た後で凛が突如として笑い出したので士郎とセイバーは凛の正気を疑ったものである。

 

「大丈夫よ。私は正気よ」

 

 まだ、笑いの発作が治まりきらない様子で凛は士郎とセイバーを安心させる。

 

「何がツボにはまったんだよ」

 

 士郎も安心すると同時に呆れるのである。

 

「あの綺礼が苦虫を噛み潰した顔なんか初めて見たわ」

 

 どうやら、凛は綺礼の事を快く思って居なかった様である。

 

「神父さん相手に罰あたりな人だな」

 

 士郎も綺礼に悪印象しか無いのだが、腹を抱えて笑う凛を目の前にして綺礼に同情した。

 セイバーも凛の様子に困惑していたが途端にポンチョを脱ぎ捨て剣を構える。

 セイバーが戦闘体制になると同時に霊体化していたアーチャーもセイバーの隣に現れる。

 凛も士郎を抱えて2人のサーヴァントから距離を取ると士郎を自分の背に隠す。

 状況の急な変化に驚いた士郎が3人の視線の先を目で追う。

 

「アンドレ!」

 

 士郎の口から往年の巨人レスラーの名前が出てきた。

 3人の視線の先には巨人と銀髪の少女が立っていた。

 

「今晩は、お兄ちゃん。こうして会うのは2回目だよね」

 

「あっ、ゴメン。何処で会いましたけ?」

 

 聖杯戦争とは無関係の気不味い空気が場を支配した。

 士郎にしたら年齢や容姿に関係なく桜以外の女性には興味を持たない事が当然なのである。

 気不味い空気を打破したのは凛であった。

 

「ヤバい。桁違いだわ。あのサーヴァント!」

 

 凛の声は焦りの塊であった。

 

「初めまして凛。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 イリヤがスカートの両端を持ち上げてお辞儀をする。

 

「これは、ご丁寧に、僕は衛宮士郎です」

 

 士郎もイリヤに釣られて礼儀正しく、お辞儀して礼を返す。

 その横で凛はアインツベルンの名に反応する。始まりの御三家の一角であり、その家柄は

遠坂や間桐よりも古く魔道の世界でも有数の名家である。

 

「これ以上の挨拶は要らないよね。どうせ、直ぐに死んじゃうんだから」

 

「ちょっと待った!」

 

 士郎が制止を掛ける。

 

「何、命乞い?」

 

「まさかと思うけど、ここで戦う気かい?」

 

「当然でしょう。聖杯戦争でサーヴァントを連れた魔術師が会えば戦うに決まっているでしょ!」

 

「駄目に決まっているわ。こんな住宅街で戦えば大惨事になるわ。魔術は秘匿する決まりだろ」

 

 確かにイリヤのサーヴァントが暴れられる場所ではなかった。

 

「それに、他にも理由がある。ここで立話もなんだから場所を移そう」

 

 士郎の提案で3体のサーヴァントと3人のマスターは近くの公園に移動した。

 士郎を挟み3人のマスターは缶の甘酒を手に公園のベンチに座る。

 

「その、えっと、君の事は何て呼べばいいかな?」

 

「イリヤで良いわよ。日本人には発音が難しいでしょ」

 

「あ、有り難う。僕の事も士郎で良いよ」

 

「分かったわ。シロウ」

 

「それで、本題に入るけど、今回の聖杯戦争の賞品の聖杯は欠陥品である可能性が高いんだよ」

 

「欠陥品?」

 

「うん。前の聖杯戦争の時の聖杯は欠陥品で最後のマスターが破壊したら冬木の町が大火事になったんだよ。その後で本当なら60年後に始まる聖杯戦争が10年後に始まった。普通に考えて今回の聖杯にも問題があるだろ?」

 

「それで聖杯戦争をやめるの?」

 

「やめなくても良いけど、苦労して勝ち取った聖杯が欠陥品で使えないなら意味が無いだろ。それに、本当は50年後に始まる予定だった聖杯戦争なんだから聖杯が使える様になるまで待っても問題無いだろ」

 

「そうね。聖杯が壊れていたら意味が無いわね」

 

「そこで、イリヤも聖杯を管理している教会に聖杯の調査する様に言って欲しいんだ。それと聖杯が壊れた理由に心当たりが無いか家の人に聞いてみて欲しい」

 

 突然の話でイリヤも困惑する。確かに折角の聖杯も欠陥品なら意味が無い。

 

「直ぐに返事が出来ないのは当たり前だよ。イリヤも帰ってから家の人に相談すればいいよ」

 

「分かったわ。帰って相談してみる」

 

「それと、他にもイリヤに頼みが有るんだけど」

 

「何?」

 

 士郎は恥ずかしそうにイリヤの耳に囁く。

 

「別にいいわよ」

 

 イリヤは笑いを堪えて了承する。

 

「バーサーカー。シロウを肩に乗せてあげて」

 

 それまで、黙っていた凛と2体のサーヴァントは呆れるのであった。

 

「な、何を考えているのよ!」

 

 凛の怒りを含んだ声はバーサーカーの肩に乗った士郎には聞こえなかった。

 

「うわ。高い!」

 

 士郎は能天気に喜んでいる。反対側の肩に乗っているイリヤは士郎の反応に気分を良くしている。

 

「いいでしょう。私のバーサーカーは!」

 

「有り難う。貴重な体験が出来たよ」

 

 イリヤは士郎に休戦と聖杯の調査を本国に打診する事を約束して帰った。

 その後、士郎とセイバーは凛の家に寄り作戦会議を開く事にした。

 

「しかし、君も大した度胸だ」

 

 アーチャーも士郎のバーサーカーの肩に乗る事を要求した士郎に感心をしていた。

 

「まあ。イリヤの機嫌をとる事が出来たから良かっただろ」

 

「そうな物か?」

 

「しかし、この紅茶、美味しいね」

 

「淹れた方にコツが有るのだ」

 

 士郎はアーチャーが淹れた紅茶を飲みながら凛とセイバーを待っている。

 士郎が紅茶を飲み終えた頃に凛とセイバーが部屋に戻って来た。

 

「お待たせ」

 

 部屋に入って来たセイバーは青のドレスではなく白のブラウスに青いロングスカート姿である。

 

「うわぁ。凄く似合っているよ!」

 

 士郎が感嘆の声を出す。

 

「どう。私のコーディネートも捨てた物じゃないないでしょう」

 

「凛には感謝を」

 

「有り難う御座います。遠坂先輩」

 

(幽霊って、着替える事が出来たのか)

 

 凛が知れば1時間は説教されそうな事を考えた士郎であった。

 

「それで、アインツベルンは直ぐに攻撃を仕掛ける事は無いと思うけど、警戒は必要ね」

 

 凛が自宅に招いた本題を口にした。

 

「セイバーとアーチャーの2人掛りでも勝てないの」

 

「無理ね。あのサーヴァントの正体はヘラクレスね。古さといい知名度といい残念ながらセイバーとアーチャーでは太刀打ちが出来ない。更にマスターも桁違いの魔力を持っている」

 

「サーヴァントとマスター共に最強レベルなのか」

 

「そこで、衛宮君に提案が有るの」

 

「提案?」

 

「そう。アインツベルン正式に味方になるまでの間は衛宮君の家で下宿させて欲しいの」

 

「下宿って!」

 

「衛宮君と一緒に居た方がアインツベルンに襲われた時に対処しやすいでしょう。それに衛宮君の家なら天井が低いからバーサーカーが家の中に入りにくいわ」

 

 凛の言う事に間違いが無いが士郎も思春期の男子である。桜一筋とは言え、凛の様に美少女と一緒に暮らすのは問題がある。

 最大の問題は桜である。桜に変な誤解をされても困るのである。

 

「士郎。凛の申し出を受けるべきです」

 

 戦いの専門家のセイバーも凛を支持する。

 

「分かった。今日は遅いから明日の放課後でいいかな?」

 

「私も色々と準備があるから明日の放課後が都合がいいわ」

 

 その後、士郎は凛と細かい打ち合わせをして遠坂邸を辞去した。

 帰宅するとセイバーに布団を敷いて貰う間に風呂の準備とセイバー用の寝間着を用意する。

 セイバーには悪いが先に風呂に入るとセイバーが入って来た。

 

「あんた何を考えているんだ!」

 

「私は女である前にサーヴァントです。要らぬ気遣いは無用です」

 

「そっちが良くても、こっちが困る!」

 

「しかし、既に浴場に入ってしまいました」

 

 結局、セイバーに背中を流して貰い先に風呂がら出る士郎であった。

 

「もう。僕も子供じゃないのに!」

 

 文句を言いながら寝室に行き布団に入ると、風呂から上がったセイバーが布団に入って来た。

 

「あら、隣の部屋に布団を敷いたんじゃないの?」

 

「隣の部屋ではアサシンのサーヴァントに対応が出来ません」

 

「そう。朝、桜先輩が来る前には隠れてね」

 

「承知しました」

 

 士郎は布団の中でセイバーに向き直ると、そのままセイバーに抱き付く。

 

「士郎。どうしたのですか?」

 

「ごめんね。昔から一度でいいから、こうして寝てみたかった」

 

 セイバーは士郎を抱きしめた。まだ、甘えたい年齢である。

 幼い時に実の両親を亡くし養父も亡くした士郎は誰か女性に甘えてみたかったのであろう。

 実の息子にも王として扱い親らしい事をしなかった事に後悔の念があるセイバーは僅かな時間だけでも母親代わりになる事を決めた。

 しかし、不思議な年頃だと思うセイバーであった。 一緒に入浴すれば女性の裸に興味を示す訳でなく自身の裸を恥ずかしがり、一緒の夜具に寝れば甘えてくる。

 市井の士郎でさえ理解が出来ない自分が王として息子に叛かれたのも当然だと思った。

 セイバーは聖杯戦争と関係無く士郎を守りたいと思った。

 セイバーは知らなかったが士郎は中学校入学直前まで大河と一緒に入浴していたのである。

 士郎にしたら女性の裸に免疫というより、肉体年齢的には士郎と変わらぬセイバーの裸などは興味がなかったのである。

 率直に言えば士郎は貧乳には興味がなかっただけである。

 知らぬが仏の言葉の見本である。

 



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索敵

 

 翌朝、士郎は目を覚ますと既にセイバーの姿は無く士郎は自分が夢をみていたのではと思ってしまった。

 

「夢なら幸せなんだがなあ」

 

 体には昨夜のセイバーが抱き締めてくれた温もりの感触が残っている。

 

「よし、今日は気合いを入れて朝ご飯を作るか!」

 

 士郎は着替えると生活戦士となり朝食の準備に取り掛かるのであった。

 

「おはよう。士郎君!」

 

「おはようございます。桜先輩!」

 

 今朝は塩鮭とシシャモに玉子焼き。豆腐とネギの味噌汁に納豆に糠漬けの3種盛りである。

 卵をボウルに入れて菜箸で切る様に混ぜると出汁と薄口醤油と砂糖に塩を少々を入れる。

 泡立てない様に混ぜると仕上げにマヨネーズを入れる。

 軽く混ぜてから中火の卵焼き器に少しずつ入れていく。マヨネーズが小さい塊も気にしない。火を通せば溶けて無くなるのである。

 巻く度に形を整えながら決して押さえつけない。

 士郎が玉子焼きを作る間に桜は味噌汁を作る。鍋に水と一緒にちりめんじゃこを入れて沸騰させる。

 沸騰したら賽の目に切った豆腐を入れる。

 豆腐に火が通れば刻みネギを入れて味噌を溶く。

 仕上げに隠し味としてマーガリンを少し落として掻き混ぜて出来上がりである。

 大河も桜も部活動で体を動かす為か良く食べる。

 

(今日、学校から帰ったら一升炊きの釜を土蔵から出さないと駄目だな)

 

 凛とセイバーとアーチャーの分を考えると5合炊きの釜では間に合いそうにない。

 凛とセイバーは別にしてアーチャーは体も大きく同じサーヴァントのセイバーの倍は食べるだろうと考えた士郎を責めらる者は居ないであろう。

 世の中には常に例外が存在するのである。

 

 テレビでは新たなガス漏れ事件の発生を伝えている。

 

「また、ガス漏れ!」

 

「新都の方は大変ですね」

 

 士郎と桜がガス漏れの会話をしていると、テレビからは通り魔のニュースも飛び込んで来た。

 

「やだ、若い女性を狙った犯行よ」

 

 大河も流石に不安になったらしい。

 

「ねえちゃんも気を付けろよ」

 

「あら、士郎でも心配してくれるの?」

 

 士郎をからかうチャンスと思って食いついて来る。

 

「そりゃ、心配だよ。ねえちゃんなら逆に通り魔を再起不能にするからね」

 

「士郎!」

 

「何だよ?」

 

 思わず士郎に詰め寄った大河だが、士郎には悪気はなく、真剣に大河が通り魔を再起不能にすると信じ込んでいる。

 

「あのね。私も女の子なんだけどね」

 

「うん。知っているよ」

 

 長年の頼れる姉を演じた為に士郎は大河を過大評価している様であった。

 大河としては複雑である。剣道五段で冬木市では敵無しの腕前なのである。士郎が過大評価するのも無理は無いのだ。

 しかし、女性として士郎から「ねえちゃんは俺が守る」くらいは言って欲しいものである。

 

「桜先輩も気を付けてね。先輩は美人だから危ないよ」

 

 純粋に桜を心配する台詞で微笑ましいのだが、今の大河には堪えるのである。

 朝食を摂り終わると大河は失意のまま出勤するのである。

 士郎は桜は朝食の後片付けを終えると一緒に登校する。

 居間の上にはセイバーの為に五千円とメモが置かれている。

 

「この国の金子ですね」

 

 メモには登校中に隠密での護衛の依頼と朝食と昼食代として現金を残して行く事が書かれていた。

 

「士郎の配慮に感謝を」

 

 セイバーもアーチャー程ではないが常人よりも視力は良い。

 士郎と桜の2人を遠くから見ていて微笑ましいのである。

 士郎は聖杯戦争などの血生臭い争いに関わるべきでは無いと思うセイバーであった。

 士郎が校舎に入るのを確認するとセイバーは新都の飲食街に朝食を摂りに行く。

 幸い士郎がお勧めの飲食店もメモに書いてあったので無駄な時間を使わずに目当ての店に辿り着いた。

 店員の説明によると定食を頼んだ客は御飯が食べ放題というので、一番安い定食を頼んだのである。

 聖杯に召喚されて初めての食事である。メニューは納豆と生卵に焼き海苔と漬物と味噌汁である。

 店員が納豆と他のメニューと交換を申し出たが店員の配慮に感謝したが納豆を貰う事にした。

 結局、納豆で御飯を2杯、生卵で卵かけ御飯にして1杯、焼き海苔で1杯、味噌汁で2杯、最後に漬物を御飯に乗せて茶漬けにして1杯の御飯を食べたのである。

 

「日本の食事は、とても美味ですね」

 

 6杯もお代わりしたセイバーの言葉に嘘が無い事が分かる。

 店主としては料理人としては嬉しいが経営者としては遠慮して欲しい客である。

 食欲を満たしたセイバーは衛宮邸に戻り、士郎のメモの指示により、土蔵から一升炊きの釜を探し出す。

 土蔵から釜を探し出すと再び士郎の学校に戻り辺りを偵察する。

 

「敵の姿は無い様ですね。やはり、素人の士郎より、凛の方を警戒しているのでしょうか」

 

 学校周辺に敵の気配が無い事を確認すると既に昼過ぎであった。

 

「10年で新都の街並みも変わりましたね。やはり、私が消えた後の大火が原因でしょうか」

 

 新都の飲食街を宛も無く歩いていると信じられない看板を発見した。

 

『超メガ盛カレーを30分以内に完食すれば料金が無料。更に、賞金三千円!』

 

 今朝の定食屋の食事で食の快感に目覚めたセイバーが参加を決意するまで数秒の時間しか必要としなかった。

 

「超メガ盛りカレーに挑戦させて頂きます!」

 

 この時、店主は背筋に電気が流れるのを感じた。

 

(このプレッシャーは!)

 

 開業して25年。10年前の大火からも店を守り抜いた店主はセイバーを強敵と見破ったのである。

 

(メガ盛りと違うのだよ。メガ盛りとは)

 

(見せ貰いましょう。超メガ盛りとやらのボリュームを)

 

 超メガ盛りと名を冠するだけあって、皿はパーティー用のオードブルの皿である。

 付け合わせのサラダもラーメン丼に刻みキャベツが山盛りである。

 

「これは、美味しそうですね」

 

 前回の聖杯戦争では食事らしい食事はなかった。そもそもが食事の必要もなかったのだが、今は魔力補給の為という大義名分があるのだ。誰に遠慮する必要はなかった。

 

(何だと!付け合わせのサラダを10秒で完食とは!)

 

 勝敗は既に決した。結果としてセイバーは13分45秒という空前絶後の記録を出したのである。

 後に新都飲食店協会史に「炎の7日間」と「白い悪魔」と記された伝説の幕開けであった。

 この日、セイバーに制覇された飲食店は3件である。賞金総額九千円になる。

 

「何て平和な国なんでしょう。美味しい食事を無料で食して金子まで貰えるとは」

 

 飽食の国の豊かさに感謝しながらセイバーは士郎の下校時間に合わせて学校に戻る。

 下校中の士郎を遠くから尾行する様に護衛して無事に衛宮邸まで帰宅する。

 

「士郎。学校周辺には敵の気配は有りませんでした」

 

「ありがとう。セイバー」

 

「敵は凛に的を絞っていると思われます」

 

 セイバーの意見に士郎も賛成する。

 

「敵にしても、素人の僕より強敵の遠坂先輩を先に潰したいのが本音かな」

 

 セイバーと士郎と今後の戦略を話ながら土蔵の一升釜を洗い始める。その横で士郎は米を研ぎ始めた。

 

「米の支度をしたら学校に戻ろう。遠坂先輩と僕が合流する限り、敵も迂闊に手を出せんだろう」

 

「正しい判断です。士郎。戦力は分散させない方が望ましい」

 

 2人は米の支度をすると学校にトンボ返りをする。

 高等部の敷地に入った途端に士郎は急激な体調の悪化を覚えた。背中に悪寒が眩暈がする。

 

「士郎!」

 

 何処か遠くからセイバーの声が聞こえる。ぼやけているがセイバーが目の前に居るのが見えるのに不思議だなと思いながら士郎は意識を失った。

 

 職員室に美綴綾子が飛び込んで来たのは放課後の職員会議が終わった直後であった。

 

「藤村先生は?」

 

「あら。そんなに慌てなくとも、私は逃げないわよ」

 

 綾子の常に無い慌てぶりに弓道道場で事故でも起きたのかと大河も内心は焦りながらも綾子を安心させる為に、いつも様に能天気な返事する。

 

「それが、先生の弟さんが倒れたそうです。今、間桐さんが弟さんの家に向かってます。先生も早く!」

 

 一瞬だけ、表情を強張らせて姉の顔を見せた大河だったが直ぐに教師の顔に戻す。

 

「桜ちゃんが向かっているなら、大丈夫よ。逆に2人の邪魔したら恨まれちゃうわよ」

 

「先生。あの私も弟が居ますから分かりますが、弟さんの為にも帰ってやって下さい」

 

「でも、士郎は本当の弟でもないから」

 

 綾子の説得にも教師としての態度を崩そうとしない大河に綾子も攻めあぐねたが意外な助け船が出た。

 

「藤村先生。話は美綴から聞きました。私も藤村先生が帰宅される事が正解と思います。間桐も未成年ですから誰か大人の監護者が必要でしょう。弓道部の方は私が代行しましょう」

 

 倫理の葛木が大河を説得したのである。

 

「では、お言葉に甘えて葛木先生に後はお任せします」

 

 葛木と綾子の厚意に感謝しながら大河は急いで衛宮邸に向かうのであった。

 



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嫉妬

 

 変化は急激であった。セイバーの目の前で士郎が二、三歩よろけると膝から崩れ落ちる様に倒れる。

 セイバーが寸前の所で士郎を抱き上げる。

 

「士郎。どうしたのですか?」

 

「大丈夫よ。安心しなさい。セイバー」

 

 背後から凛の声がする。

 

「凛!」

 

「先ずは衛宮君を家に連れて帰るわよ」

 

 小声でセイバーの耳元で指示を出すと凛はクラスメートに士郎が倒れた事と家に連れ帰る事を弓道部に伝える様に依頼する。

 

「分かった。間桐さんか藤村先生ね」

 

 どうやら、高等部では士郎は有名人の様である。それが、今回の様な場合は話が早くて済む。

 

「じゃあ。頼むわね」

 

 凛はセイバーの背中に士郎を乗せるとセイバーと共に衛宮邸を目指すのである。

 

「凛、士郎の身に何が?」

 

「安心して単なる寝不足よ。それから詳しい事は衛宮の家で」

 

 士郎を自宅に連れ帰った2人は士郎をパジャマに着替えさせると布団に寝かせる。

 

「凛、先程の話の続きを」

 

 居間に移動してセイバーは凛に説明を求める。

 

「衛宮君は昨晩は寝るのが遅かったでしょう」

 

「はい。既に日付けが変わっていました。今朝も早く起きて朝食の準備をしてました」

 

「寝不足で体調が悪い時に学校の結界の邪気に当てられたのよ」

 

「学校に結界ですか?」

 

「そう。学校全体を覆う結界を張ってあるわ。起動すると結界内の人間の魂を溶解して施術者に還元する極悪な結界よ」

 

「何と!」

 

 思わず身を乗り出すセイバーを凛が宥める。

 

「安心しなさい。複数の呪刻を作り同時に動かす必要があるから、今日、明日の話じゃないわよ」

 

 凛の説明を聞いて安心するセイバーであった。

 

「その事もあって、衛宮君に相談するつもりだったけどね」

 

 そこまで会話を進めた時に庭から桜が現れた。

 

「あら、間桐さん」

 

「遠坂先輩。あの士郎君の容態は?」

 

 凛は挨拶も無しに士郎の事を口にする桜に内心は苦笑しながらも安心させる為に優しい表情を作り説明をする。

 

「大丈夫よ。単なる寝不足よ」

 

「そうですか」

 

「しかし、間桐さんも庭から現れるとかビックリしたわ!」

 

「それが、玄関には鍵が掛かっていましたから、もしかしたら病院なのかと思って庭に回ったんです」

 

 凛も長年の独り暮らしで玄関に鍵を掛ける習慣が付いていたのである。

 

「あちゃ、それ私だわ」

 

 凛のうっかり癖の発露である。思わず苦笑してしまう桜であった。

 

「それより、衛宮君の事が心配でしょう。様子を見て来ればいいわ」

 

「では、私は玄関の鍵を解錠してきましょう」

 

 セイバーと桜が居間を出ると凛はアーチャーに指示を出す。

 

(アーチャー聞こえてる?)

 

(聞こえてるぞ。凛)

 

(今の内に家に帰って支度してくれるかしら)

 

(予定より早いのでは?)

 

(仕方ないわ。衛宮君の状態が悪いもの)

 

(了解した)

 

 セイバーが大河を連れて居間に戻って来た。

 

「遠坂さん。今日は本当にありがとう!」

 

 大河は凛の手を握り感謝の念を表す。

 

「いえ、私にも責任が有りますから」

 

「どういう事かしら?」

 

 大河の顔は笑っているが目は笑っていなかった。

 

「私も聞きたいです」

 

 都合の良い事に桜が士郎を同伴で戻って来た。

 

「じゃあ。遠坂先輩から説明して下さい」

 

 士郎が茶を淹れようとするのを桜が制止して代わりに淹れるて全員に配る。

 

「では、話ますね。先ずはセイバーの事ですけど、セイバーのお祖父さんと父は仕事上の付き合いで懇意にして頂いてました。それで、今年は父の10周忌になりますのでお祖父さんの名代として弔問に来て頂いたのです」

 

 遠坂家は冬木市内で随一の資産家である。海外との取引があっても不思議では無い。

 

「それと別にセイバーには目的が有りまして、セイバーの一家が昔、事故に巻き込まれた時に助けて下さった方が冬木にいるので挨拶がしたいとの事なんですけど、その方のファミリーネームがエミヤというのです」

 

 衛宮という苗字は珍しい。冬木市でも一件しか無い。

 

「それで、昨晩、スーパーで偶然に衛宮君と会いまして、セイバーに衛宮君のお父様の遺影を確認して貰ったら同一人物でした」

 

 大河の表情も複雑である。

 

「切嗣さんも海外に行く事が多かったもんね」

 

「はい。仕事の度に切嗣は私達の家を訪問して私を可愛がってくれました」

 

 セイバーが凛の話を補強する。

 

「それで、衛宮君が寝不足になってしまたんです」

 

「それは仕方ないわよ。それなら士郎も今朝、会った時に話してくれたら良かったのに」

 

「ごめん。今朝はニュースの事で忘れてたんだよ。だから、放課後、姉ちゃんに報告するつもりで高等部に寄ったんだよ」

 

「それで、倒れたなら本末転倒だわ。もう、心配を掛けさせて!」

 

「まあまあ、先生。士郎君も反省してますから」

 

 桜が大河を取り成す。

 

「それで、何ですけど私とセイバーは暫くの間、この家に下宿する事になりました」

 

「なんですって!」

 

「遠坂先輩。どういう事なんですか?」

 

 予想通りに大河と桜が大騒ぎになる。

 

「その、恥ずかしい話ですが、私の家も老朽化しまして、天井が壊れまして季節が季節だけに寒いですから」

 

 大河も桜も昨日の朝から遠坂家の屋根にブルーシートが被せてあるのを目撃している。

 実は凛が英霊の召喚をミスしてアーチャーが落下して作った穴である。

 

「遠坂さんの家も年季の入った石造りの家だからねえ」

 

 大河も桜も納得してしまった。

 

「それに、セイバーには父さんの事を色々と聞きたいから」

 

 士郎の言葉で大河も桜も反対する事が出来なくなってしまった。

 セイバーだけを下宿させるより凛も一緒の方が安心でもある。

 

「話も済んだし、今日は私が挨拶代わりに夕食を作るわ」

 

「あっ、それなら私も手伝います」

 

 凛と桜で大急ぎで夕食を作る事になる。

 

「遠坂先輩。何を作ります?」

 

「時間が無いから簡単な野菜炒めとスープでも作りましょう」

 

 凛が野菜炒めを作り、桜がスープを担当する。

 

「衛宮君もマメねえ。調味料も揃っているじゃないの」

 

「士郎君は将来は料理人志望なんです」

 

「そうなんだ!」

 

 凛の作った野菜炒めは逸品と言えた。家庭では難しいと言える油通しもしていて味付けも絶妙である。

 桜が作ったスープも滋味深い味であった。凛が使った野菜の切れ端を細かく切って具にして出汁は士郎手製のハゼの焼き干しである。最後に中華鍋に残った調味料が加えているので魚特有の臭みも消えている。

 

 食事が済むと大河が実家から車を回して桜と凛を家まで送る。凛を家まで送ると荷物を乗せて再び衛宮邸に戻るのである。

 

「すいません。御手数をお掛けしまして」

 

「いいのよ。最近は物騒だからね。それと士郎の事を宜しくね」

 

 走り去る車を見送りながら凛は士郎に軽い嫉妬をした。

 この10年間、孤独だった自分に比べて、士郎には養父と大河が居た。最近は桜も居る。

 そして、桜にも慎二が居る。慎二も桜と不仲の様に見えているが、慎二は兄馬鹿の一面もある。桜が弓道部なのも妹を心配して目の届く範囲に居させる為である。

 

(凛、どうした?)

 

 アーチャーが霊体化したまま、凛に話掛けた。

 

(何でもない。藤村先生は良い先生だなと思っただけよ)

 

 アーチャーに荷物持ちをさせて家の中に入るとセイバーと士郎は既に入浴を済ませていた。

 

「遠坂先輩も疲れているでしょう。先に風呂に入って下さい。その後に話をしましょう」

 

「分かったわ。部屋は?」

 

「部屋は奥の部屋で使って下さい」

 

「ありがとう。アーチャー、頼むわよ」

 

 凛が入浴中にアーチャーが部屋に荷物を運び込む。呆れた事にベッドに布団まで持ち込んでいる。

 

「魔術にホイホイカプセルとかあるのか?」

 

 士郎が疑念を抱くのも当然である。

 凛が風呂から上がると士郎の体調を考えて手短な会議が始まる。

 

「セイバーから聞いたけど、学校の結界を何とかするのが急務ですね」

 

「問題はサーヴァントが仕掛けた結界よ。人間には破壊は無理よ。呪刻を見つけては消却するしかないのよ」

 

「教会は?」

 

「綺礼の奴、居留守を使っているのよ!」

 

「教会の本部に電話をするしかないのか」

 

「電話して動く頃には結界は完成しているわよ」

 

 何処の業界も組織が大きくなるとお役所仕事になるらしい。

 

「しかし、学校中が呪刻だらけなのも問題だよなあ。呪刻を消すだけでも大変なのに」

 

 士郎のぼやきに凛が反応した。

 

「衛宮君。今、変な事を言ったわね」

 

「変な事?」

 

「学校中が呪刻だらけって、衛宮君には分かるのね?」

 

「逆に遠坂先輩には見えないの?」

 

「呪刻が見えないから問題なのよ。私には神経を研ぎ澄ませないと見えないわ!」

 

 人には向き不向きがあるが、士郎と凛の向き不向きは真反対の様である。

 明日の放課後に2人で呪刻を消却する事にして、その日は就寝する事にした。

 

「衛宮君。私は低血圧なの。悪いけど、明日の朝食は任せるわ」

 

「分かりました。何なら風呂も用意しましょうか?」

 

「それは、流石に甘え過ぎよ」

 

 そして、士郎は前日同様にセイバーと一緒に寝るのである。

 それを知ったアーチャーは悩まざる得ない。

 

(ふむ。この世界の衛宮士郎は私と同姓同名の完全な別人だな)

 

 この世界の衛宮士郎は自分と違い大事な人を大切に出来る様である。

 

(しかし、あんなに甘えん坊ではなかったぞ。あの年頃の自分は!)

 

 屋根の上で自分とは違う自分について困惑するエミヤであった。

 



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ライダー

 

 士郎は朝食の準備と放課後は凛と共に呪刻消却に時間を取られるので夕食の仕込みも同時に行っている。

 

「出汁は取れたぞ」

 

「それでは、ハゼは上げて水切りしたら鍋に入れて下さい」

 

「甘露煮にする気か?」

 

「はい」

 

「ならば大根と人参も入れておけ」

 

「ナイスアイデアですね。では大根と人参も頼みます」

 

 何故かアーチャーも手伝っている。

 

「おはよ」

 

「凛。自宅とは違うのだぞ!」

 

 低血圧の凛が幽鬼さながらの風情でパジャマ姿でキッチンに入って来る。

 

「うわ!」

 

 桜以外の女性には幻想を抱かない士郎も凛の様子を見て流石に引いている。

 

「今なら遠坂先輩と戦っても勝てる気がする」

 

 アーチャーが慣れた動作で凛に牛乳を手渡すと凛は一気に牛乳を飲み干す。

 

「凛、飲んだら直ぐに顔を洗って来い」

 

 士郎にはアーチャーがサーヴァントではなく口煩い保護者に見えた。

 

「その、毎日があんな感じなの?」

 

「良いか。凛の様な女性は極稀な存在だ。偏見を持つな」

 

 返事しながら士郎は大河を思い出した。自分は凄い確率で稀な女性と縁があるのか、アーチャーの言う事が気休めなのかと思ったがサーヴァントや聖杯戦争に巻き込まれた自分なら前者であろうと思う事にした。

 自分には桜が居るのだ。他の女性の事は関係無いのである。

 

「おはようございます!」

 

 桜が来たのでアーチャーは霊体化する。

 

「士郎君。昨日の今日よ。ゆっくりしていいのよ」

 

「昨日はぐっすりと寝ましたから大丈夫ですよ!」

 

 事実、昨夜はかなり深く眠る事が出来たのである。セイバーが居なくなった後が心配になる。

 桜も士郎の顔色を観察すると納得したらしく朝食作りに参加する。

 

「お出汁が多くない?」

 

「半分は返しにしますから」

 

「じゃあ、いつもの鍋に分けるわね」

 

 桜が参加する頃に着替えて身支度を済ませた凛と大河も居間に集まって来る。

 

「藤村先生、間桐さん。おはようございます」

 

「士郎、桜ちゃんに遠坂さん。おはよう!」

 

 お嬢様然とした凛に士郎も唖然となる。

 

(女の人って、凄いや)

 

 士郎は内心の心情とは別の事を口にする。

 

「遠坂先輩。セイバーが道場に居ますから呼んで来て貰えませんか」

 

「道場ね。分かったわ」

 

 凛がセイバーと戻って来る頃には朝食も出来上がっていた。

 

「では、全員が揃ったので戴きます!」

 

 少食の凛が給仕役を務める。

 

(無理してでも食べるべきかしら)

 

 セイバーと士郎は別にして、大河と桜の食欲と体型の因果関係を考える凛であった。

 セイバーを残して全員が学校に出掛けるとセイバーも隠れて士郎の護衛を始める。

 士郎が校舎に入るのを確認すると学校周辺を前日同様に索敵する。

 

「やはり、今日も敵の気配は有りませんね」

 

 索敵が終わる頃には昼近くなっていた。

 

「今日は呪刻を消却する士郎が襲撃されて戦闘になる可能性も有るから、少し多めに昼餉を摂りましょう」

 

 完全な言い訳である。昨日と同様に新都の大食いの看板を探して快進撃を繰り広げる。

 手始めにステーキ屋から始まり1日で7軒の店を制覇したのである。

 これより、「白い悪魔」の二つ名が完全定着するのである。賞金総額は二万五千円になる。

 放課後、士郎はセイバーを高等部の敷地の外に待機させて凛と共に呪刻を消却して回る。

 呪刻は校舎の壁や地面だけではなく黒板や体育館のバスケットボールのゴール等にも施されていた。2人が校舎内を歩いていると女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

「遠坂先輩。今のは?」

 

「何か分からないけど、行くしかないわね」

 

 2人が声のした方向に向かうと凛のクラスメートの三枝由紀香が倒れていた。

 

「三枝さん!」

 

 士郎は女性相手という事で凛に介抱を任せる。

 

「保健室まで運びましょうか?」

 

「保健室では間に合わないわ。魔力の源である生命力を抜かれているわ」

 

「そんな!」

 

「まだ、大丈夫よ。今なら間に合う」

 

 凛が由紀香を膝に乗せて応急措置を始める。

 

「衛宮君。気が散るから、そこのドアを閉めてくれる」

 

「はい」

 

 凛に指示されたドアに向かって歩き出そうとした士郎の脳裏に、ある疑惑が浮かんだ。

 

「アーチャー!」

 

 士郎が叫ぶと同時にドアの隙間から見えない何かが凛に目掛けて放たれた。

 廊下には激しいが鈍い金属音が鳴り響いた。

 

「アーチャー、ナイス!」

 

「良い判断だ!」

 

 アーチャーも士郎に呼ばれて気付いたのが、凛を射殺する為に凛のクラスメートを襲い。凛が応急措置をする事を見越して狙い打ちが出来る場所に由紀香を倒れさせたのである。

 

「確かに、死にかけた知り合いを見たら冷静な判断は出来ん!」

 

「アーチャーはここに居て。彼方は囮かもしれん!」

 

 士郎は見えない武器が飛んで来た方向に1人で走り出す。

 

「アーチャー!」

 

 凛が言外に士郎を追跡する事を命じるがアーチャーは動かない。

 

「凛。私は君のサーヴァントなのだ」

 

 士郎の身を守るのはセイバーの仕事だとアーチャーは主張する。

 アーチャーの主張は正論なので由紀香の応急措置を急ぐ凛であった。

 

「おや、サーヴァントを呼ばないのですか?」

 

 雑木林の中で士郎は姿を隠したサーヴァントと対峙する。

 

「ふん。女の子を隠れて襲う様なセコい奴は僕一人で十分だよ」

 

「私も舐められたものですね。最後のチャンスをあげましょう。今、直ぐにサーヴァントを呼びなさい」

 

 口調は優しいが声には微妙にプライドを傷付けられた怒りを含んでいた。

 

「ならば、遠慮なく」

 

 士郎は懐から小さな笛を取り出した。

 

「マグマ大使!」

 

 一声掛けて笛を吹く。

 

「貴方はふざけているのですか?」

 

 今度は怒りに満ちた声が士郎の行為に抗議したが、本当にセイバーが空から降って来る様に現れたのである。

 

「ゴア、行くぞ!」

 

 数瞬の沈黙が流れた。多分と言うよりは確実に敵のサーヴァントは呆れた様である。

 

「貴女、英霊でありながらマスターに犬扱いされて平気なのですか?」

 

 質問というよりは完全な詰問である。

 

「それが、危険な時は笛を吹いて呼びたいと令呪を使って脅されたのです」

 

 流石にセイバーも思う所がある様で視線を地面に向けて詰問に応えた。

 

「貴女のマスターもふざけた人ですね」

 

 セイバーも同意したいのだが、流石に士郎の前では憚れた。

 

「ふん。ふざけて無いさ。三騎士の余裕だよ」

 

「とことん、人の神経を逆撫でしてくれますね」

 

 士郎の挑発は止まらない。少しでも時間稼ぎをして応急措置を済ました凛とアーチャーとの合流を狙っているのだ。

 

「ふん。姿を見せないブスに言われたく無いさ!」

 

「そこまで、私の姿が見たいなら見せてあげましょう」

 

 姿を現したサーヴァントは確かに美女であった。セイバーや凛も美少女だが目の前に現れたサーヴァントは大人の色気と美しさを持った美女である。長く美しい髪に服の上からも分かる豊なバストに細く括れたウエストに丸みを持ったヒップに長い手足。

 内心、セイバーと比べて負けたと思いながらも士郎が口にしたのは別の事である。

 

「そんな、ふざけた格好して言えた義理か!」

 

 士郎も思わず叫んでしまった。それほど、敵のサーヴァントの格好は非常識であった。

 

「何時の時代の英霊がボディコンの服を着ているんだ!」

 

「敵のサーヴァントよ。その服については私もマスターと同意見です」

 

「まさか、バブル時代の英霊とか言わんよな」

 

 バブル時代の英霊ではなく、古来に起源の英霊ならば、聖杯の故障は深刻であると思う。

 

「私は今回の聖杯戦争でも古い時代の英霊なのですが……」

 

 ライダーは士郎とセイバーの酷評に精神的にKO寸前であった。自身でも気に病んでいたのだ。

 聖杯に執着していたセイバーも流石に冬木の聖杯に対して疑念を抱かざる得ない。

 

「まさかと思うけど、アサシンのサーヴァントじゃないよね」

 

 色仕掛けで来られたら自分は簡単に殺されると思った士郎である。

 

「私はライダーのサーヴァントです」

 

「キャスターなら、まだ理解も出来るけど、その格好で馬や戦車に乗るのは無理があるだろう」

 

 士郎の意見にセイバーも同意する。馬の肌と擦れる内股の部分が剥き出しなのも実際に日常的に騎乗していたセイバーから言わせれば有り得ない事である。

 

「私だって、こんな格好で召喚されたく有りませんでした!」

 

 ライダーも若い女性である。士郎だけでなく同性で同じサーヴァントのセイバーからの酷評に遂には心が折れてしまった。

 

「ちょっと、セイバー。何も泣かす事は無いだろう」

 

「狡いですよ。士郎。最初にライダーの衣服を批判したのは士郎じゃないですか!」

 

「だって、僕は男だし人間だもん。セイバーは同性で同じサーヴァントじゃないか!」

 

 ライダーが泣き出したのに慌てて責任を擦り付け合う主従である。

 

「その服もライダーみたいな美人でナイスバディのお姉さんだから似合うんだよ」

 

「どうせ私は大女ですから!」

 

 士郎もサーヴァントとは言え泣かせてしまうと罪悪感を感じてしまうのである。

 

「ほら、遠坂先輩みたいに貧乳の女性が着たら似合わないよ。身長も今の時代ならライダーくらいの身長はモデルさんとか美人の条件だからね」

 

 士郎も必死である。ライダーに言っている事は本心だが捉え様によればセイバーの事を酷評する事にも繋がるからである。

 

「士郎が謝罪するべきです。戦いの中とは言え女性に対して失礼な事を発言をしたのですから」

 

(自分も一緒に言った癖に!)

 

 セイバーに文句を言いたくとも言えずに、凛とアーチャーが慎二を捉えるまで続くのであった。

 



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交渉と絆

 

 間桐慎二は不本意の最中に居た。

 ライダーと妹を誑かす衛宮士郎を始末する筈がライダーが戦意を喪失して泣き出したのである。

 貴重な令呪を使って衛宮士郎を亡き者にするべきか迷っている間に遠坂凛とアーチャーの主従に拉致されてしまったのである。

 

「まさかね。あんな単純な策に掛かるとは」

 

 遠坂邸の地下に連行された慎二を囲んで士郎は呆れた様子である。

 霊体化したアーチャーに発見されて手にした魔道書を取り上げられたのである。

 取り敢えず気絶させて遠坂邸まで運んだのである。

 因みに新都の通り魔も魔道書を片手にしたら凛がライダーに白状させている。

 

「じゃあ、学校の魔方陣も貴女の仕業ね」

 

「はい。慎二に命令されました」

 

「遠坂先輩。どうします?」

 

「聖杯戦争に参加したからには、慎二も覚悟が出来ているでしょう」

 

「セイバー。苦しまない様に介錯をしてあげなさい」

 

「了解しました。マスター!」

 

 セイバーが透明な剣を大上段に構える。

 

「あっ、待った。海で溺死させたら事故という事で保険金が貰えるんじゃないの?」

 

「どうなのかしら?」

 

 完全に凛と士郎は玩具にしている。

 

「保険金は別にして警察が動くと面倒よ」

 

「じゃあ、ライダーに頭から食べて貰うのは?」

 

「命令とあれば!」

 

 ライダーは凛と士郎に加担する気は無く真面目に返答をしているだけである。

 

(凛。その辺にしておけ)

 

 流石に同情したアーチャーが凛を諌める。

 

「分かったわよ」

 

 凛は霊体化しているアーチャーに返事をすると慎二にガンドを打ち込む。

 

「じゃあ。ライダー。慎二が死なない様に見張っていてね」

 

 遠坂邸の地下に慎二を放置すると一行は衛宮邸に戻るのである。

 

「実際はどうします?」

 

 士郎が凛に慎二の処分を質問する。士郎としては桜との仲を邪魔する慎二を闇に葬っても構わないと思っている。

 

「慎二だと間桐との取引材料にもならないでしょうね」

 

「足の一本でも折って河原に捨てて置くしかないか」

 

「そうね。そうしましょうか」

 

 慎二の処遇が決まると凛も士郎も若い肉体が栄養を求めるのであった。

 

「今日は簡単にカレーにしましょうか」

 

「セイバー、帰ったら土蔵から鍋を出すのを手伝って!」

 

「心得ました」

 

 凛達が衛宮邸に帰り着くと同時に戦場と化した。呪刻の消却と慎二の拘束に時間を取られた為である。

 

「アーチャーは玉葱のみじん切りを頼むわ!」

 

「了解した。ジャガイモと人参も任せて貰うぞ」

 

「じゃあ。セイバーは土蔵から鍋を出すのを手伝ってくれ」

 

 凛が中華鍋で玉葱のみじん切りを炒める間にアーチャーがジャガイモと人参を切り電子レンジで火を通す。

 炒めた玉葱とジャガイモと人参を土蔵から出した大鍋に入れて電気ポットのお湯と前日に作り置きした返しを加える。

 その間に合挽きミンチを中華鍋で炒めてから大鍋に投入する。

 浮き出たアクを丁寧に取るとニンニクと生姜を加えてから隠し味としてインスタントコーヒー投入して火を止める。

 仕上げに市販のカレールーを入れて出来上りである。

 その間にアーチャーと士郎でキャベツと大根を千切りにしてサラダを作る。

 

「出来ればスパイスを足したかったが残念だ」

 

 辛いのが苦手な士郎としたら時間が無くて幸運であった。

 そして、辛い物が苦手なのは士郎だけじゃなく桜と大河も苦手であった。

 

「これのカレーは遠坂さんの作品ね」

 

「流石、先生。分かります」

 

「そりゃ、士郎は辛いのが苦手だからね。何時もは甘口か中辛だもん」

 

「先輩は辛いのは大丈夫なんですか?」

 

「私は普通だと思うけど」

 

「間桐さんは辛いのは駄目なの?」

 

「うちはお祖父ちゃんがいますから」

 

「そうだ。桜先輩。今度、桜先輩のお祖父ちゃんに、昔の冬木市の話を聞かせて貰いに行っていいですか?」

 

「今日、帰ったらお祖父ちゃんに聞いておくわね」

 

「お願いします」

 

 大河と桜が帰った後に士郎達は遠坂邸に電話して向かったのである。

 互いに自分のサーヴァントの背に乗り移動した。

 

「まあ。この聖杯戦争は誰も得をしないですからね。間桐も協力はすると思いますよ」

 

「確かに、そうだけど」

 

「明日にも間桐先輩は熨斗をつけて返品しても問題ないでしょう」

 

 完全に慎二を物扱いする士郎である。

 

「それに、一応は彼方の顔を立てないと平和的に話が出来ないでしょう。ランサーもアインツベルンも連絡が無いままです。地元の人間だけでも結束しないと、他の土地の人間は10年前と同じ事が起きても他人事ですから」

 

 冬木市の管理者の凛としては10年前の惨劇は絶対に回避するべき事項である。

 その意味では士郎は信用が出来る貴重な味方なのだ。

 

「そうね。間桐も10年前の大火を繰り返すのは困るでしょうね」

 

 遠坂も間桐も冬木市内に複数の不動産を所持している。大火が再び起これば家が傾く事になるのだ。

 

「それより、衛宮君」

 

「はい。何でしょう」

 

「今朝、セイバーに聞いたけど、貴方とセイバーは、まだラインが繋がってないらしいわね」

 

「すいません。ラインって何ですか?」

 

 全員が士郎の発言に驚愕したのである。

 

「衛宮君。そんな事も知らなかったの!」

 

「こんな素人に敗北するとは」

 

「これは、迂闊でした」

 

 それぞれが士郎の素人ぶりに落胆するのであった。

 

「ラインとはマスターからサーヴァントに魔力を送る線の事よ。まあ。ラインを繋ぐ方法はあるから後で繋ぎましょう」

 

「お願いします」

 

「それじゃ、柳洞寺のサーヴァントの件ね」

 

「はい。柳洞寺には2体のサーヴァントが居ます。門前にアサシン。寺の中にはキャスターが籠城してます」

 

 ライダーの報告では柳洞寺には結界が張ってあり山門しか入り口が無いとの事であった。

 

「しかし、籠城って、他からの味方が来るまでの作戦だろ。何処から味方が来るんだよ」

 

 士郎が当然の疑問を出す。

 

「恐らくは、新都のガス漏れ事故はキャスター仕業たろ」

 

 アーチャーが実体化して会議に加わる。

 

「サーヴァントがガス漏れを起こして何の得が有るのさ」

 

 士郎にしたらガス漏れと籠城との接点が無い様に見える。

 

「衛宮君には分からないと思うけど、ガス漏れに見せ掛けて魔力を奪っているのよ」

 

「じゃあ。魔力を貯金しているのか」

 

「そうよ。私達が共倒れして数が減った頃に討って出るつもりなんでしょう」

 

「直ぐにでも攻め入るべきです!」

 

 セイバーの主張は凛に却下された。

 

「駄目よ。罠を仕掛けて待っている中に飛び込むのは危険だわ」

 

「しかし、凛。無辜の人々に被害を出すのは、この地の管理者たる凛には許せない事の筈!」

 

「まあまあ。セイバー。今回の聖杯には問題があるんだから。キャスターにも先に話してみればいいじゃん」

 

 セイバーを宥めると士郎はライダーにランサーの事も聞く。

 

「残念ながら、聖杯に召喚されてからランサーとは遭遇していません」

 

「バーサーカーも?」

 

「はい。アサシンは山門の門番をしているのは確認しています」

 

「ランサーは行方不明のままか。壊れた聖杯の為に戦争を続けるつもりかな?」

 

 士郎はランサーを解放した事を後悔しだした。

 

(待てよ。壊れた聖杯に燃料を入れたら危ないよなあ。ランサーの動きも無いので情勢を見ているだけかもな)

 

「取り敢えず。近い内に私と衛宮君とで柳洞寺に行ってみるわ。その前に衛宮君とセイバーのラインを繋げないと」

 

「はい、お願いします」

 

「それじゃ。セイバー」

 

 凛の合図と共にセイバーが士郎の前に進み出ると士郎の両肩をガッチリ掴む。

 

「ちょっと、セイバー?」

 

 そのまま、セイバーは士郎の唇を奪うと片手を首に巻き付け、反対の手を士郎の腰に回す。

 サーヴァントの膂力に抗える筈も無く士郎はセイバーにされるがままである。

 セイバーに指示を出した凛も所詮は思春期の少女である。少年が年上の少女に無理矢理に唇を奪われる場面を見て頬を染めていた。

 

「セイバーも上手では有りませんか」

 

 ライダーは冷静に論評している。士郎にしたら慎二の意識が無いのが救いである。

 数分が経過してからセイバーから解放された士郎の顔は耳まで真っ赤になって、その場に座り込んでしまった。

 

「その、衛宮君。大丈夫?」

 

 凛が心配して声を掛けると士郎が猛烈に抗議を始めた。

 

「あんた、セイバーに何を吹き込むんだ!」

 

「その、最も手軽で確実なラインの繋ぎ方なんだけど」

 

「それなら、先に言えよ。心の準備が必要なのに!」

 

「まあまあ。セイバーはサーヴァントだからノーカンという事で、私達も絶対に口外しないからね」

 

「そんなの当たり前です!」

 

「士郎を傷付けたなら謝罪します」

 

 セイバーに謝れると再び顔を真っ赤にする士郎であった。

 

「セイバーなら別にいいけど、僕がセイバーのマスターなんだから、これからは僕に相談してよね」

 

「はい。私が軽率でした」

 

「それから、この事は秘密だからね。特に桜先輩に絶対に秘密だからね」

 

 士郎の桜に対する丸分かりの心情が微笑ましいのだが口にする事は勿論、表情にも出さない女性陣であった。

 

「ところでセイバー。ラインは繋がったの?」

 

 凛が露骨に話を逸らしにきたが士郎も黙っている。

 

「はい。細いながら繋がっています」

 

「そう。細いの。衛宮君。もう一度してみる?」

 

 純情な年下の少年を見ていて、からかいたくなる凛であった。

 

「私は一向に構いません!」

 

 更にセイバーが追い打ちを掛ける。

 

「様子を見て必要ならすればいいだろ!」

 

「そうですか。それは残念です」

 

 セイバーの意外な発言に思わず顔を見直す凛と士郎であった。



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武器なき戦い

 

 アーチャーは早朝から朝食作りに孤軍奮闘していた。

 夜が明けない内に桜から電話があり慎二が高熱の為に足を滑らせて河原に落ちて両足を骨折したと連絡があった。

 

「ごめんなさいね。今から病院に行って必要な物を聞かないといけないの」

 

 そして、士郎の方は一晩の内にラインも太くなった様でセイバーの魔力供給に体力を奪われて料理が出来る状態ではなかった。

 残る凛は元々が低血圧で朝は苦手なのに、昨晩、遠坂邸から帰ってからアーチャーにラインの繋ぎ方で夜遅くまで説教をされて寝不足なのである。

 

「ふん。死後も藤姉の為に朝食を作る事になるとは!」

 

 生前に誰かに食事を作って貰った記憶が無いのである。摩耗した為に記憶が見つからない為だと思いたいのである。

 

「筑前煮、揚げ出し豆腐の餡かけ、だし巻き玉子、納豆に味噌汁。これ位で良かろう」

 

 朝食の準備が出来ると牛乳を片手に凛を起こしに行く。

 凛が目覚めると牛乳を差し出して飲ませるとふらつく凛を洗面所まで誘導する。

 

(私は何の為に冬木の町に召喚されたのだ)

 

 サーヴァントを日本語に訳すと従僕である。その意味ではサーヴァントの仕事として間違いないのだが、色々と考えたくなるアーチャーであった。

 

「アーチャーには苦労を掛ける。感謝する」

 

 セイバーから感謝されるだけマシだと思う事にした。

 

「ふん。問題無い。私も元は市井の民の出身だからな。料理等は苦にならん」

 

 アーチャーの指示で配膳の手伝いの終わった頃に士郎と凛が現れた。

 

「衛宮君。体の調子はどう?」

 

「なんか。両手両足に重りが有るみたい」

 

「直ぐに慣れるから安心なさい」

 

「はあ。昨日の仕返しに牛乳を飲みに来た遠坂先輩にセクハラをしてやるつもりだったのに!」

 

「それは残念ね。正義は勝つ!」

 

 何処が正義なのかと士郎とサーヴァント2人は思ったが口にはしなかった。

 

「士郎おはよう!」

 

 玄関から大河の声がする。桜が居ないが何時もの日常が始まった。

 

「今日は朝から気合いが入っているわね」

 

 朝食を見ての大河の感想だが、味も素晴らしいのであった。

 

「本当に筑前煮も美味しいわ」

 

 凛の言葉は社交辞令では無い。本当の感想である。

 

「この様な食文化と作り手には感謝を」

 

 飲食店を荒らし回る昼食を摂っているセイバーもアーチャーの手料理は格別であった。

 

 朝食を済ませると大河は何時もの様に出勤して凛とセイバーが後片付けをする横で士郎が夕食の米の支度をしている。

 

「じゃあ。行ってきます」

 

 凛と士郎が登校しながら、今晩の予定を相談する。

 

「先に間桐の家から交渉するべきだと思うけど、遠坂先輩の意見は?」

 

「私も衛宮君の意見に賛成だわ。もし、間桐さんが家にいたら私か貴方の何方かが間桐さんを引き付けて残る方が臓硯と交渉ね」

 

「へぇー。桜先輩のお祖父ちゃんは臓硯というのか」

 

 凛は無知な士郎に頭を抱えたい衝動を抑える。

 

「交渉役は私がするわ。貴方は間桐さんを引き付けて」

 

 ここで終る様な殊勝な性格でないのが凛である。アーチャーに言わせると悪魔の微笑みをして士郎を誂う。

 

「二人きりになるからと言って、セイバーから学んだ事を間桐さん相手に実践したら駄目よ」

 

 途端に顔を赤くした士郎からの手から逃れると高等部の校門に逃げ込む。

 

(凛。君という女性は年下の少年にも容赦が無いな)

 

 霊体化したアーチャーが呆れた口調の念波を凛に送るが凛は涼しい顔である。

 

(仕方ないでしょ。衛宮君たら誂うと可愛いんだから)

 

 凛から可愛いと評された士郎は翌朝こそは仕返しで凛にセクハラをしてやろうと決めていた。

 

(父さんが女の子に親切にしないと損をすると言っていたけど、親切にしても損をしてるぞ!)

 

 亡き養父に疑問を投げ掛けながらも士郎は中等部の校門を通る。

 士郎が校舎に入るのを確認すると中等部の敷地周辺を索敵してから、日課となった飲食店巡りを始めるセイバーであった。

 一方、日課とされた飲食店は深刻なダメージを受けていた。

 2日間で犠牲になった店舗は6軒になる。料金無料に賞金まで持っていかれては損害も大きいのである。

 特にチェーン店では達成に対する赤字を店長が負担させられる場合も多いのである。

 

「毎日、3軒も梯子されては話にならぬ」

 

「話題になっても、あの白い奴が話題になるだけで店のメリットにならん」

 

「既にサクラ疑惑も出ている」

 

「小娘1人も潰せぬとは情けない!」

 

 嘆く店主達を嘲笑する者がいた。

 

「お、お前は!」

 

「香港亭冬木支店の店長!」

 

「ふん。チェーン店の店長如きが偉そうに」

 

 新都飲食店協会は10年前の大火以来、チェーン店の出店は少なく個人店の店主達はチェーン店の店長達を経営の苦労を知らぬ者として一段低く見る傾向があった。

 故に香港亭冬木支店の店長の嘲笑は彼らの神経を逆撫でするのである。

 

「よほど。自信が有るようだな」

 

 協会長は挑発には乗らずに値踏みする様に問い掛けた。

 

「自信ではなく確信ですよ。それと余裕ですかな」

 

 挑発に乗らない協会長を更に挑発する。

 

「大言したからには実践して貰おう」

 

「他愛ない。では私は仕込みがあるので失礼します」

 

 店主達はセイバーに向ける憎悪の視線を店長が出たドアに向けるのであった。

 

「宜しいので?他所者に大口を叩かせて!」

 

「構わん。所詮は勤め人の給料取り。奴が白い悪魔を倒した後にキャンペーンから奴の店を外せば良いだけよ。然すれば3ヶ月もせずに奴は降格なり他店に飛ばされるわ」

 

 聖杯戦争と関係無く陰惨な戦いが新都では起こっていた。

 

 そんな事も知らないセイバーは派手な呼び込みをしている。飲食店を発見した。

 

「大盛炒飯7皿30分以内に完食の方には料金無料、賞金三万円ですか。」

 

 店の外からは中華鍋が大きく振られて鍋の中の米が宙を舞っているのが見えた。

 

「なんと、世界は広い。見事な技を持つ者が居るものですね」

 

 セイバーが迷わずに入店すると店内の客がざわめいたのである。

 

「おい、昨日のステーキハウスの娘じゃないか!」

 

「その前の日もカレー屋で完食したらしいぞ」

 

 僅か2日間でセイバーは新都のサラリーマン達の間では有名人になっていた。

 

「大盛炒飯に挑戦したい」

 

 店内に居合わせたサラリーマン達から歓声が挙がる。彼らのは新都での新しい伝説の目撃者になれる事を喜んだ。

 

「おい。何時もの大盛より多くないか?」

 

「チャレンジ用だろ」

 

 常連達の指摘は正鵠を射ていた。実は香港亭グループのマニュアルでは炒飯は通常300グラムで大盛は150グラムを足す事に決められていた。

 しかし、冬木支店では通常の炒飯は250グラムで大盛では、100グラムを足すだけであった。

 今、セイバーの前に出された炒飯は正規のグラム数より更に50グラム多く盛られていた。

 

「ふむ。日本は本当に豊かな国です。ここまで米料理を昇華させるとは」

 

 セイバーは店側の陰謀に気付かないまま炒飯の味に感嘆するのであった。

 一皿目、二皿目と苦も無く平らげて行くセイバーであったが最初に異変に気付いたのはギャラリーのサラリーマン達であった。

 

「なあ。あの皿、お代わりする度に皿が一回り大きくなっていないか?」

 

「確かに大きくなっている気がするな」

 

 セイバーが三皿目を完食して四皿目が運ばれた時にギャラリーから抗議の声が出る。

 

「おい。卑怯だぞ。皿が一回りずつ大きくなっているじゃないか!」

 

「そうだ。正々堂々と勝負しろ!」

 

 セイバーが片手を上げて怒るサラリーマン達を制止する。

 

「私は一向に構いません!」

 

 セイバーの言葉にギャラリー達が驚く。

 

「最初から皿と料理の量が増えていたのは気付いてました。私は店側の厚意と思って感謝していたぐらいです」

 

 流石にセイバーの発言には店側もギャラリー達も驚愕したのである。

 そして、セイバーは再び炒飯を口に運ぶのである。

 

「外人さん。格好いいぞ!」

 

「こんな店、食い潰してしまえ!」

 

 セイバーはギャラリーの応援を受けて残り時間を5分以上残して7皿の炒飯と7杯の中華スープを完食したのである。

 盛り上がるギャラリー達から送られる声援に片手を上げて応えるセイバー。

 更にギャラリーが熱狂的な声援をセイバーに送るのである。無駄にカリスマ性を発揮している。

 セイバーが声援に応える中で1人の男が敗者とは思えない暗い勝利の笑みを浮かべていた。

 セイバーは既に悪辣な罠に嵌まっていたのだ。一回りずつ大きくなり皿や通常より多い炒飯の量等は卑劣で悪辣な罠から注意を逸らす囮であったのだ。

 真の罠は付き合わせの中華スープだったのだ。通常より片栗粉を多めに使いトロミがついたスープを飲めば体内で直ぐに吸収されずに胃の中に留まるのである。

 更に大量の炒飯が胃の中でスープを吸い、数倍に膨らむのである。

 常人なら店を出た所で胃痙攣を起こす罠であった。

 しかし、セイバーの腹部を見た瞬間に男の笑みも凍りつくのである。

 あれだけの大量の炒飯とスープを食せば物理法則に従い腹部が大きく膨らむ筈である。

 男は魔術を知らない一般人であった為にサーヴァントの存在も知らなかった。

 サーヴァントが食事をしても全てが魔力に変換されるのであった。

 男の目論見は見事に外れたのである。後日、居合わせたギャラリーの数人が本社に抗議の電話を入れた為に男は全ての悪事が露見され処分される事になる。

 セイバーは我知らずに社会に蔓延る悪党の1人を武器を用いずに滅ぼす事に成功したのである。

 

 



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鮮血神殿

 

 セイバーは日課となった飲食店巡りを終えると士郎が通う中等部に戻る事にした。

 そして、中等部に戻る途中で高等部の近くを通り掛かった時に異変に気付いた。

 

「あれは、凛が言っていた結界!」

 

 セイバーのサーヴァントは平時は別だが戦闘になればマスターが近くにいる事が絶対条件である。

 セイバーは自身のマスターの元に急いで戻り、事態の報告と指示を仰ぐ必要があった。

 

(凛、私が戻るまで持ち堪えて下さい)

 

 セイバーに無事を祈られた凛は苦戦しながらも孤軍奮闘していた。

 

「なんて奴なの!」

 

 異変が起きた瞬間に凛はライダーを令呪を使い呼び寄せて鮮血神殿の完全発動を止めたのだが、元より魔力不足気味のライダーとガス漏れ事件に偽装して魔力を集めたキャスターとでは力に差が有りすぎた。

 

「他人の結界を自分の為に利用するなんて!」

 

 凛は結界の発動と同時に現れた使い魔をガンドで打ち砕く。

 ライダーは結界の完全発動を防ぐ為に動けずに廊下で迫り来る使い間達を迎撃している。

 頼りのアーチャーも狭い校舎内で得意な弓を使えずに逃げるキャスターを使い魔を倒しながら追跡する。

 

「クソ。この結界に邪魔されて力が出せん!」

 

 事態は時間の経過と共に悪化して行く。

 

「お嬢さん。残念だったわね。ライダーを手に入れた時に結界を破壊するべきだったわね」

 

 凛の前に突如、キャスターが歪な刀身のナイフを片手に現れる。

 ライダーの鎖が唸りを挙げてキャスターを貫くが素通りしてしまう。

 

「チィ、幻影か!」

 

 凛はライダーの背後に転がる様にして逃げ込む。

 

「ライダーは前に集中して、後ろは私が守る!」

 

「凛、分かりました」

 

 ライダーが返事をした途端に天井からキャスターが現れて凛に再び襲い掛かる。

 ライダーが途端に凛を突き飛ばして身代わりになる。

 

「ライダー!」

 

 キャスターのナイフがライダーに突き刺さる寸前にキャスターを横殴りの衝撃を受けて吹き飛ぶ。

 

「キャスターよ。私が来たからには行く事も退く事も叶わぬと心得よ!」

 

 耐魔力を持つセイバーだけが結界内で自由に動けるのである。

 

「やっと、本命の登場かしらね」

 

 フードの下でキャスターが微かに笑うのがセイバーには見えた。

 

「戯れ言を!」

 

 セイバーがキャスターに少しずつ詰め寄るとキャスターも少しずつ後退する。

 

「セイバー。後ろ!」

 

 士郎の叫び声に反応して倒れる様にして振り向くと背後からキャスターが短刀を片手に襲い掛かって来ていた。

 キャスターの短刀は空を切り倒れながらセイバーの剣がキャスターの短刀を弾き飛ばす。

 短刀を犠牲にしてセイバーの刃から逃れたキャスターの視界が天と地が入れ替わると同時にキャスターの後頭部に衝撃が走る。

 背後に居た士郎がキャスターにバックドロップを食らわせたのである。

 サーヴァントとは言え、女性で魔術師のキャスターには眼前のセイバーと対峙するだけでも難行であり、人間の少年に対しては完全な無警戒であった。

 後頭部を抑えて転げ回るキャスターにセイバーの剣が襲い掛かるが寸前にキャスターは姿を消してたのである。

 

「しまった。逃げられたか」

 

 セイバーが呟くと同時に結界の発動が止まる。

 

「ライダー。全ての呪刻を消去して!」

 

「分かりました。凛」

 

 全ての呪刻が消去された途端に凛は崩れ落ちる様に倒れた。

 

 

 凛が目を覚ますと傍らにはセイバーが椅子に腰を掛けていた。

 

「気がつきましたか。凛」

 

「あれ、セイバー。ここは?」

 

「キャスターが撤退した後で凛は倒れたのです。覚えてませんか?」

 

「そうだっだ。セイバーがキャスターを追い払ってくれて、ライダーが結界を消去したら安心したら……」

 

 凛は完全に記憶を取り戻した様である。

 

「その後で、士郎の指示で凛を連れて学校から脱出したのです」

 

「そう」

 

「それから、士郎から伝言があります。学校の人達は全員無事だそうです。ライダーが結界の作動にブレーキを掛けてくれましたから」

 

「そう、ライダーは?」

 

「霊体化して屋根の上で見張りをしてます」

 

「アーチャーは?」

 

「先程まで台所で士郎と何か料理を作っていましたけど」

 

(アーチャー。聞こえる?)

 

(凛。目覚めたのか)

 

(今、起きたところよ)

 

(丁度良いタイミングだな)

 

 何が良いタイミングなのか凛には理解が出来ない。

 

「遠坂先輩。入ってもいいかな?」

 

 士郎が部屋の外から声を掛けてきた。

 

「うん。大丈夫よ」

 

「では、失礼します」

 

 部屋に入って来た士郎は凛の顔を見ると安心した様である。

 

「良かった。回復したみたいですね。因みに明日から一週間程、学校は休校になりました」

 

「そう。それも仕方がないわね」

 

 凛にしたら冬木市の管理者として、己の失態が招いた事である。

 キャスターに指摘されたがライダーを捕らえた時に、その場で結界を解除させるべきだったのである。

 

「まあ。アホの学校経営陣には良い薬でしょうよ」

 

 意外な事を言い出す士郎に凛も軽く驚いた。

 

「何でよ?」

 

「そりゃ、これだけ治安が悪いのに部活をやらせたりして危機管理とかイスカンダルまで投げ飛ばしていたからね」

 

 帰宅部の士郎にしたら運動部が予算的に優遇されている事や運動部の生徒が威張るのが気に食わないし、それを黙認している学校の経営陣が気に食わないのであった。

 

「まあ。取り敢えず2人分の魔力を使って落ちた体力を回復する事に専念して下さい」

 

 にっこりと笑う士郎に凛も釣られて笑ってしまう。

 

「そこで、はい。どうぞ!」

 

 士郎が後ろ手に隠していたジョッキを凛に差し出す。

 

「何、これ?」

 

 凛が戸惑い気味に質問する。士郎が差し出したジョッキには見事なまでの赤い液体が入っていた。

 

「すっぽんの生き血のリンゴジュース割り」

 

「嫌よ。セイバーにも飲ませてあげなさい!」

 

 凛が激しく拒否する。

 

「意外だったなあ。遠坂先輩なら喜んで飲むかと思った」

 

「私は中年のオヤジか!」

 

「仕方ない。セイバー」

 

 士郎がセイバーの名を呼ぶのはセイバーに処分させる為と思うのも当然であった。

 

「あまり気が進まないですが仕方ないですね」

 

 セイバーがゆっくりと立ち上がった瞬間、凛はセイバーから羽交い締めにされて床に尻餅をついた体制になっていた。

 

「ちょっと、衛宮君。何の真似かしら?」

 

「アーチャーもライダーも了承済みですからね。令呪を使うとか馬鹿な真似はしないで下さいよ」

 

 万事休すの状態で口を固く閉じて、凛は悪足掻きする。

 士郎は尻餅をついた凛の膝に乗り無情にも凛の鼻を摘まむ。

 息が出来ずに口を開いた凛の口にジョッキの中身を流し込む。

 

「諦めて飲みなさい。溢したりしたらお気に入りのパジャマが血だらけになりますよ」

 

 士郎の一言で凛は無条件降伏をしてジョッキの中身を飲み干すのであった。

 

「衛宮君の馬鹿!」

 

 セイバーから解放された凛が半泣きになりながら枕で士郎を叩き始めた。

 

「セイバー、遠坂先輩を止めてよ!」

 

 セイバーが止める間もなく凛が士郎の上に崩れ落ちた。

 体力を消耗している状態で枕を振り回せば当然の事である。

 

「遠坂先輩、大丈夫ですか?」

 

 偶然にも凛に抱き付かれる格好になった士郎が顔を真っ赤にしながらも凛を気遣う。

 顔を真っ赤にする士郎を見て、凛が意地の悪い笑みを浮かべると士郎を抱き締める。

 

「ち、ちょっと、遠坂先輩!」

 

「こうして近くで見ると、衛宮君って、可愛いわねぇ。セイバーはサーヴァントだからノーカンだったけど、私は生身の女の子なのよね」

 

 凛が士郎の耳元で囁くと吐息が耳をくすぐり、士郎は耳まで赤くする。

 

「間桐さんには勿体ないかなぁ」

 

「遠坂先輩、駄目!」

 

 士郎が凛を跳ね除ける前にセイバーが士郎から凛を引き剥がす。

 

「仕返しにしては悪質でやり過ぎですよ。凛」

 

「ごめんなさい。衛宮君が可愛い反応するから」

 

 士郎は無言で立ち上がると部屋を出て行く。部屋の外からセイバーに声を掛ける。

 

「セイバー。遠坂先輩を居間まで運んで!」

 

「あら、怒らせたかしら?」

 

 全く反省の色の無い凛に頭を抱えたくなるセイバーであった。

 

 2人が居間に行くと卓袱台には人数分の小鍋が用意されていた。

 

「衛宮君。これって?」

 

「遠坂先輩の想像通りですよ」

 

「凛。士郎が凛の為に新鮮な素材を探してくれたのだ」

 

 アーチャーの一言で凛も諦めて箸を取る事にした。

 

「へえ、スッポンって栄養があるから高価なのかと思っていたけど、美味しいわね」

 

 普段は少食の凛もスッポンの味に魅せられたのかシメのうどんに最後のシメの雑炊まで完食したのである。

 

「こんなに食べたのは初めて!」

 

「それは良かった。捌いたアーチャーも喜ぶ!」

 

 食後には今後の方針とキャスター対策の会議が始まった。

 

「葛木先生がマスターだったの!」

 

「令呪こそ無かったが手強い相手だった」

 

「しかし、信じられないなあ。力を半分しか出せないサーヴァント相手に互角の戦いをするとは!」

 

 信じられない事と言えば、士郎も信じられない事をしているのである。

 サーヴァント相手にプロレス技を決めているのである。

 

「非常識な人間とは思っていたが、トコトン非常識な奴だな」

 

 話を聞いたアーチャーの感想である。士郎以外は納得する感想なので異論も出ない。セイバーさえ士郎を擁護する気にならない。

 

「非常識の塊の連中に言われるとは!」

 

 士郎にして幽霊同士を戦わせたり、幽霊が料理を作ったり食べたりする事が常識から逸脱していると思うのだが、口にしたのは別の事である。

 

「こちらの主力の遠坂先輩がダウンしてますから、明日は休養日としますか」

 

「ごめんなさいね」

 

「遠坂先輩が謝る事じゃないですよ。遠坂先輩がいなければ高等部は全滅していたのですから」

 

(ランサーとイリヤから連絡が無いのが気になるけどな)

 

 聖杯戦争が始まって3日目が終わろうとしていた。

 



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魔術師2人

 

 士郎は早朝から朝食の支度をしていた。

 メニューは生卵にとろろオクラ、ニンニクの丸揚げにアジの刺身、大根おろしと納豆にネギと揚げの味噌汁である。

 

「衛宮君。おはよう」

 

 凛がセイバーに付き添われて居間に入って来た。

 

「おはようございます。遠坂先輩」

 

 凛が卓袱台に座るとセイバーが配膳を手伝う。

 

「アーチャー、ライダー!」

 

 士郎が呼ぶとアーチャーとライダーが現れた。

 

「頂きます!」

 

 過半数がサーヴァントという異常な光景だが、全員が違和感を持たずに食事をする。

 

「アジの刺身にはワサビより生姜の方が良いぞ」

 

「やはり、生姜が正解か!」

 

「魚を生で食するとは!」

 

「私はマリネ等で慣れてますから」

 

「お味噌汁が美味しいわね。衛宮君、後で作り方を教えてね」

 

 食事が終わると士郎は後片付けをして、魔力の消費を抑える為にアーチャーとライダーは霊体化する。セイバーは凛の介護を担当する。

 

「衛宮君も大袈裟ね。病気でも無いのに」

 

「士郎は色んな意味で凛を頼りにしている証拠です」

 

 セイバーのフォローに苦笑しながらもベッドに横になると直ぐに寝息を立てる凛であった。

 後片付けが終わった士郎がセイバーに留守番と買い物を頼むと自分は霊体化したライダーを連れて病院に慎二と大河の見舞いに行く。

 

「直ぐに帰るから午後から遠坂先輩の回復具合を見てから間桐の家に行くからセイバーも頼むよ」

 

「分かりました。しかし、キャスターが士郎を狙う可能性もあるので危なくなれば迷わずに令呪を使って下さい」

 

「分かった」

 

 士郎が見舞いに行くと大河は満面の笑みを浮かべた。

 

「士郎。待っていたわよ!」

 

 士郎が差し入れの炒飯のお握りを渡すと飢えた虎と同様に食べ尽くす。

 

「もう。病院のご飯が少なくて死にそうだったわ!」

 

「まあ。普通は昨日の今日で食欲があるとは思わんけどね」

 

 大河は士郎が持って来た差し入れを全て食べ終わるとカーテンを閉めさせる。

 

「何、着替えるの?」

 

 子供の頃からの付き合いである。着替え程度では恥ずかしさを感じない。

 

「えいっ!」

 

 大河が士郎を胸に抱き締めると士郎も大人しくされるがままにされる。

 

「ごめんね。心配させて」

 

「うん。大丈夫だよ。姉ちゃんの事を信じてたから」

 

 士郎が大河に抱き締められてる頃、凛とセイバーは衛宮邸の土蔵に居た。

 

「土蔵とか初めて見たわ」

 

「凛でも珍しいのですか?」 

 

「そうね。土蔵とか今の日本では珍しいわよ」

 

 土蔵の内を見学していた凛の目が一点に集中する。

 

「ねえ。セイバー。貴女が召喚されてから衛宮君は土蔵に入った?」

 

「いえ、ランサーと戦った時から士郎は一歩も入っていません」

 

「あの子は何者よ。非常識にも程があるわ」

 

「凛、何事ですか?」

 

 凛が床に転がっている鉄鍋を手に取る。

 

「セイバー、分からない?」

 

「はい。私は騎士であって魔術師ではありません」

 

「魔術も所詮はある所から持って来る技術なの。無から何も作れないわ」

 

 凛が手にした鉄鍋をセイバーに渡すと鉄鍋が光の粒子となり消えていく。

 

「これは?」

 

「衛宮君が自分の魔術で作った物よ。魔術教会に知られるとホルマリン漬けにされるわよ」

 

 凛の言葉にセイバーも息を呑む。

 

「しかし、士郎は魔術師ではないと言ってましたが」

 

「ええ。魔術師をじゃないわ。魔術師を超えているもの」

 

(帰ったら、叱ってあげないと)

 

 凛が士郎の心配をしていた頃、士郎は大河に甘えていた。

 

「もう、中学生になっても甘えん坊ね」

 

 自分から水を向けていて言う台詞ではないだろうと思った士郎だが、大河に抱き締められるのは心地よい。

 

(士郎。上の階からサーヴァントの気配がします)

 

 念波でライダーが士郎に報告する。

 

(上の階だと間桐先輩の病室だな)

 

「じゃあ、姉ちゃん。間桐先輩の見舞いに行って来るね」

 

 大河が一瞬だけ寂しそうな表情を出したが、直ぐに笑顔で士郎を送り出す。

 

(キャスターと話がしたいから、攻撃は少し待ってね)

 

(今は魔道書を持っている。貴方がマスターです。私に遠慮は不要です)

 

(悪いねえ。コロコロとマスターを変えて)

 

 士郎はライダーと会話しながら、慎二の病室に入る。

 

「桜先輩!」

 

 士郎が反射的に桜の名を叫んだ。士郎の視線の先には桜が床に倒れていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 倒れている桜に掛け寄ると桜を抱き起こした瞬間、士郎の胸にナイフが数ミリ手前で急停止する。

 

「甘い!」

 

 ナイフを持った桜の手を士郎が掴んでいた。

 

「ライダー!」

 

 ライダーが呼ばれて現れると同時に桜からナイフを取りあげると桜を士郎から受け取ると急いで病室から脱出する。

 

「ライダー、敵は近くに居るのか?」

 

「はい。気配があります!」

 

「なら、取り敢えず病院を出るぞ」

 

 2人が病院を出て隣の公園に逃げ込んだ途端に竜牙兵が襲って来た。

 

「ライダー!」

 

 今度は士郎がライダーから桜を受け取るとライダーが竜牙兵達を蹴散らす。

 ライダーが竜牙兵を蹴散らすと新しい竜牙兵が現れて士郎達に襲い掛かる。

 士郎が一瞬だけ悩んで左手を強く握ると叫んだ。

 

「来い、セイバー!」

 

 左手の令呪が大きく光ると光の中からセイバーが飛び出して来た。

 そのままの勢いで、セイバーが竜牙兵達を一瞬で蹴散らす。

 

「良い判断ですこと」

 

 頭の上からの声に反射的に全員が上を見るとキャスターが空に浮かんでいる。

 

「キャスター、話がある。一時休戦して話をしろ!」

 

 士郎が大声でキャスターに呼び掛ける。

 

「聖杯が汚染されている事は私は承知しているわ」

 

「ならば、協力して聖杯を浄化するなり新しい聖杯を要求するべきだろう!」

 

「私には完璧な聖杯等は不要よ。それより、貴方は目障りだわ」

 

 空に浮かぶキャスターから光の柱が士郎に向けて放たれる。

 

「士郎!」

 

 ライダーが叫ぶが桜を抱えてる士郎には避ける事も出来ない。

 

 光の柱が命中する寸前にセイバーが我が身を盾にして士郎を守る。

 

「耐魔力!」

 

 セイバーの耐魔力の前にはキャスターの攻撃は無力化されてしまう。

 キャスターがセイバーに意識が向いている隙をついてライダーが鎖を投げつける。

 キャスターは地上からの攻撃を余裕を持って避けたが次の瞬間には余裕を無くす事になる。

 ライダーは1投目は避けられる事を承知であった。本命は2投目である。

 ライダーは大きくジャンプしてキャスターとの距離を詰めて鎖を投げつける。 

 2投目の攻撃は紙一重で避けるとジャンプしたライダーの後ろからセイバーがライダーを踏み台にしてキャスターに襲いかかる。

 

「私を踏み台にした!」

 

 ライダーも予想外の攻撃をキャスターが避ける事が出来る筈もになく。セイバーの剣がキャスターを一刀両断にした。

 両断したキャスターが微笑むのをセイバーが確認した。

 

「しまった!」

 

 セイバーは自分とライダーがキャスターの罠に嵌まった事を悟った。

 空中で士郎に視線を向けると地面に倒れた士郎と桜を抱えた葛木宗一郎がいた。

 着地したセイバーとライダーが桜を取り戻す為に突進するが竜牙兵に邪魔をされる。

 葛木の背後にキャスターが現れると桜を抱えた葛木と一緒に上昇して行く。

 

「この娘を返して欲しければ、私の神殿で待っているわ」

 

 キャスターはセイバーとライダーに宣言をすると地面に倒れている士郎に光の槍を放つ。

 士郎は光の槍が到達する前に転がる様にして避ける。

 

「相変わらす、油断の出来ない坊やね」

 

 どうやらキャスターも士郎が狸寝入りをしていた事を看破していたらしい。

 士郎達は無言でキャスターが消えた後の空を睨むしか出来なかった。

 

 セイバーが士郎から令呪で呼び寄せられた直後の衛宮邸ではアーチャーが凛に指示を乞うていた。

 

(凛。セイバー達の応援に私達も行くのか?)

 

「今から、新都まで行ってセイバー達を探しても遅いわよ。それより、士郎達が帰って来た時の為に食事の用意をお願い」

 

 アーチャーが実体化して台所に向かうと凛はアーチャーの襟首を後ろから掴み引き摺り倒す。

 

「凛。何の真似だ!」

 

「それは、こっちの台詞よ。衛宮君!」

 

 凛は引き摺り倒したアーチャーに馬乗りになり、今度は胸ぐらを掴む

 

「凛、何の事だ?」

 

「まだ、惚ける気?何なら令呪を使うわよ!」

 

「何故、私を衛宮士郎と断定する?」

 

「疑い始めたのは昨日の朝からよ。筑前煮と餡かけの揚げ出し豆腐よ」

 

「そんな事ぐらいで疑う根拠になるか!」

 

「あの筑前煮の味付けは冬木市の人間特有の味付けよ。それに、土蔵に衛宮君が作った鍋や包丁があったわ。あんたの双剣も同じ投影魔術でしょ。同じ街に2人も投影魔術師がいる筈がないわ!」

 

「まさか、料理が原因で真名が露見すると思わんかったよ。私も迂闊だった」

 

「本当に迂闊ね。筑前煮はハッタリだったのに」

 

「な、何!」

 

「まあ。あんたがサーヴァントになった経緯を聞きましょうか?」

 

 令呪を見せつけてくるのが凛らしい。エミヤは素直に降参する。

 

「先に言っておくが、私は衛宮士郎だが、ここの世界の衛宮士郎とは全くの別人だぞ」

 

 アーチャーは自分が英霊エミヤになった経緯を凛に告白した。

 

「じゃあ。貴方は私と同級生だったの?」

 

「その点だけでも、私とこの世界の衛宮士郎とは違う。それに奴は私との決定的な違いは自分に一番大事な者を知っている事だ」

 

「貴方の世界の私は何をしていたのかしらね」

 

「言っておくが、君も私の世界の遠坂凛とは違う。君は恋人を冬のテムズ川に放り投げたりはしないだろ」

 

 何となく、目の前の男が英霊エミヤになった理由が分かった気がした凛であった。

 

 



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柳洞寺の戦い

 

 失意の士郎とライダーが帰宅したのは昼過ぎになってからである。

 桜を拉致された事を聞かされて、事の重大さに出迎えた主従も顔色を青くする。

 

「それで、セイバーは?」

 

「新都に置いて来た。今頃は魔力補給に勤しんでいるだろ」

 

 ライダーが凛に説明する。桜を拉致された後に思わず士郎がセイバーの胸ぐらを掴んだのである。

 

「士郎にしたら耐魔力のある騎士のセイバーが魔術師の奸計に嵌まって桜を拉致されたのです。怒るのは無理もないです。逆に胸ぐらを掴んだだけで終わらせた士郎を褒めるべきです」

 

「それで、双方が頭を冷やす為に別行動を」

 

「はい」

 

 凛も士郎を責める事が出来なかった。貴重な令呪を使い呼び寄せた戦いの専門家が魔術師に遅れを取ったのである。

 ましてや、人質になったのが最愛の女性なら無理もない事である。

 自分が士郎の立場なら士郎の様に胸ぐらを掴むだけで終わる自信がない。

 

「取り敢えず食事にするが良い。食事して魔力を蓄える事は大事だ」

 

 その場をアーチャーが取り成して食事が始まる。

 

「取り敢えず冷蔵庫の食材を全て使った。全て平らげてくれ」

 

 セイバー抜きで食事を済ませた後に士郎は間桐邸の間桐臓硯に事の報告をする為に行く事にした。

 

「年齢が年齢だから、引退している人だからなあ。力は貸して貰えんが知恵は貸して貰えるだろう」

 

 ライダーは間桐家の事情を知る為に、士郎が狼退治の知恵を虎に借りに行く行為を止める事が出来なかった。

 

「じゃあ、セイバーが帰ってきたら士郎が謝りたいと言っていたと伝えてね」

 

 これは、士郎の本音である。セイバーは騎士であり城や土地を奪い合う戦争の専門家で魔術師相手の専門家では無いと考えた為である。

 そして、セイバーの方は戦闘により魔力を消費した事と自分の失態で桜を拉致された事も合わせて食事に専念していた。

 取り敢えず食べている間は嫌な事を忘れられるのである。

 5軒目の店を出た時は流石に幾分か気分も晴れたので帰宅する事にした。

 

(士郎が令呪までを使い任せた責務を果たせずに信頼を裏切ったのだから士郎の怒りは当然です)

 

 セイバーには苦い過去がある。前回の聖杯戦争でもマスターの伴侶であるアイリスフィールを敵に拉致された経験があるのだ。

 今夜、必ず桜を奪還する事を誓ったセイバーである。

 そして、セイバーが帰宅するとライダーから士郎が謝罪したいと伝言を受け取ったのである。

 

「士郎の怒りは当然の事なのですが」

 

「貴方も貴方のマスターも良い人ですね」

 

 ライダーは自身のマスターを考えるとセイバーが羨ましく思える。

 2人が会話していると玄関から士郎の声が聞こえて来た。

 

「ただいま」

 

 ライダーは霊体化してセイバーが迎えに行く。

 

「士郎。お帰りなさい」

 

「セイバー。悪いが話は後にして、遠坂先輩達を居間に呼んでくれ」

 

 セイバーが凛を連れて居間に戻ると士郎が居間で桜に渡す筈だった炒飯のお握りを食べていた。

 

「夕飯前に駄目でしょう」

 

 凛が姉の様に小言を言うと士郎も弁解する。

 

「その、勿体ないでしょう」

 

「もう。それより何か間桐の家で情報を仕入れられた?」

 

「それが、間桐の爺ちゃんは死んでいたよ。第一発見者になってしまったよ」

 

「何ですって!」

 

「死因は心不全と言っていたけどね。まあ、故人の年齢から言えば不思議では無いと思えるけどね」

 

「偶然にしては、タイミングが良すぎるわ」

 

「だろうね、問題はキャスターに何のメリットが有るかだよな」

 

「分からないわ」

 

 凛も本気で困惑していた。遠坂家と間桐家は互いに干渉しない取り決めがされていて、間桐臓硯の事も何を考えているか分からない陰謀家としか知らない。

 

(間桐臓硯が死んだとなると桜を遠坂の家に戻した方が良いわね。慎二では桜を守れ無いでしょうから)

 

 凛と同様に桜も潜在的な魔術回路を持っている筈であり、他の魔術師達から間桐の家が守っている状況である。

 間桐家の象徴である臓硯が死んだとなると桜の身が危ないのである。

 

(それも、キャスターから桜を取り戻してからの話よね)

 

「まあ。詳しい話はキャスターを捕まえて聞けば良いか」

 

 士郎の意見に全員が賛成をして夜に備えて休養を取る事にした。

 士郎も疲れた様で会議が終わると舟を漕ぎ出した。セイバーが抱き上げて士郎を布団まで連れて行く。

 士郎の服を脱がすと自分も着替えて添い寝をする。

 セイバーは不思議だと思った。我が子にさえ感じた事の無い愛情を士郎に持つ事に。

 そして、士郎に対して愛情を持つ事に心地よさを感じていた。

 

 

 凛は士郎の丼がピンク色に染まっているのに呆れていた。

 柳洞寺に行く前に士郎が温かい物を食べて体を温めるべきだと主張してラーメン屋に寄ったのだが、士郎は麺を食べた後のスープに大量の紅生姜を入れて食べている。

 

「塩分の摂り過ぎでしょう」

 

「生姜は体を温めるから寒い日に食べた方がいいんだよ」

 

(そりゃ、冬場にミニスカートにニーソを履いてる人には関係無いか)

 

 士郎はジーパンにトレーナーにジャンパー姿である。一応はジーパンとトレーナーの下には膝パットと肘パットを装着している。

 これから戦いに行くのに無防備なミニスカートにニーソ姿の凛には内心は呆れていた。

 体を温めた凛と士郎は柳洞寺の山門の

階段前まで来たのである。

 

「衛宮君。ボヤボヤしていたら置いて行くからね」

 

「分かっているよ」

 

「では、まずは私が先鋒を務めます」

 

 セイバーが前に出ると見えない剣を手にする。

 

「ほう。私が分かるとは」

 

 声と共にサーヴァントが現れた。

 

「あっ、佐々木小次郎!」

 

 士郎が思わず声を出してしまった。

 

「ふむ。良くぞ見抜いたな。童」

 

「いえ、貴方の武名は日本では有名ですから」

 

 内心は敗者として有名なのは黙っておく事にする。

 

「童。気を遣わずとも良い。所詮は人々が勝手に作り上げた名ゆえ」

 

「では、貴殿は架空の英霊なのか?」

 

「無から何も生み出せん。同時代に剣で幾分かの名を売った同姓同名の男がいただけよ」

 

「セイバー。伝説では空飛ぶ燕さえ切り落とした技の持ち主だぞ!」

 

「ほう。空飛ぶ燕を」

 

「所詮は伝説に過ぎぬ。それよりは」

 

「我らは、戦うのみ!」

 

 セイバーが先に仕掛けたが、小次郎は一合も打ち合わずにセイバーが繰り出す斬撃を身を捻り反らして躱していく。

 

「セイバー。この国の剣士は刀が傷むから打ち合う事は嫌がる。達人になると服の表地は切らせても裏地は切らせない程の見切りをするぞ」

 

「ほう、童。詳しいな」

 

「それだけ、貴方達が有名なんですよ」

 

「そうか。なら、童達は先に行くがよい。童が居ると色々と面倒だ」

 

 どうやら、小次郎は照れてる様である。士郎にしたら幼い頃から漫画や時代劇の歴史上の英雄である。許されるならサインの一つも欲しいのが本音である。

 

(私も英雄なんですけど)

 

 セイバーの思いとは別に凛が先頭をきって通り抜けて行く。士郎もそれに続く。

 士郎は通り抜けた後に振り返るとセイバーに大声で声を掛ける。

 

「負けるなよ。セイバー!」

 

「勿論です。マスター!」

 

「良いマスターに引き当てられたな。セイバーよ」

 

 小次郎はセイバーに声を掛けながら大上段から刀を打ち据える。頭上に落ちてくる刀を弾き飛ばしながらも淀みなく反撃をする。

 

「確かに、私には過ぎたマスターです」

 

 返事をしながらもセイバーも連続で剣を繰り出す。小次郎はセイバーの息もつかせぬ攻撃の全てを避けて最後には反撃する。

 

「この様に清清しく華麗で鋭い剣は初めてです。士郎が憧れる訳だ」

 

「セイバーのサーヴァントよ。お主の剣も一点の曇りも無く堂々とした剣ではないか!」

 

 セイバーは小次郎の剣技の技量に驚嘆していた。セイバーのサーヴァントである自分はスキル補正されているが、アサシンのサーヴァントである小次郎はスキル補正が無いままで自分と互角の戦いをしているのである。

 

「そろそろ頃合いだな」

 

 小次郎が有利な上段の位置を捨てセイバーと同じ踊り場に降りて来た。

 

「悪いが決めるぞ」

 

「有利な上段を捨て降りて来るには、それなりの自信があるとみた」

 

「我が秘剣は平地しか使えぬ」

 

「面白い。その秘剣を破って見せ」

 

 全てを言いきらない内にセイバーの姿が消えたのである。

 

「令呪か。あの童め、最初から狙っていたな」

 

 山門に括られたサーヴァントの身ではセイバーの後を追う事も出来ない。

 キャスターが令呪か魔術を使わない限り身動きが取れないのである。

 

「果たして女狐に私を呼び寄せる余裕があるかな」

 

 キャスターの元にたどり着いた士郎が耐魔力があるセイバーを令呪で呼び寄せたらキャスターに勝ち目は無いであろう。

 まして、自分が安否はキャスターに伝わっている筈、自分が健在なのにセイバーが現れたら心理的にも奇襲として成立する。

 

「なかなかの策士ではないか。セイバーが心酔する筈だ」

 

 生前、小次郎は主取りをせずに一介の浪人として生涯を終えた。

 その事が小次郎の実在をあやふやにして、数々の伝説を作る要因になった。

 その事に悔いは無いが士郎とセイバーの主従を見ていて羨ましくなる小次郎であった。

 

「女狐が倒された後に果たし合いの続きをする余裕が有れば良いのだが」

 

 残念な事に小次郎がセイバーと果たし合いの続きをする事は無かったのである。

 

 



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地下神殿

 

 セイバーを残して先に進んだ凛と士郎だったが階段の中腹の踊り場で急に凛が立ち止まった。

 

「罠ですか?」

 

 士郎が身構えて凛に質問する。

 

「違うわ。こっちよ」

 

 凛が階段脇の道なき道を歩き出す。士郎も黙って凛の後に続く。

 時間にして5分程度を歩くと家庭用冷蔵庫2台分くらいの岩が現れた。

 凛が岩に手をかざして士郎には理解が出来ない呪文を唱えると凛の手が岩の中に入っていく。

 

「秘密の通路か!」

 

 士郎は理解した。人の多い寺である。夜中に女性が山門を通れば誰かに目撃される可能性もある。

 秘密の通路を作る事に寄り人知れずに出入りが出来るのだ。

 

「衛宮君、行くわよ!」

 

 自分の後に士郎が躊躇せずに続く事に凛は軽い驚きを持っていた。

 

(こんな、非日常的な扉に平気で足を入れるなんて)

 

 士郎にしたら桜を取り戻す為なら例え炎の中にでも飛び込む覚悟なのである。

 

 秘密の出入り口の内側は岩盤が剥き出しの通路になっていた。

 凛と士郎が通路を抜けると眼下には古代ギリシャの町並みが現れた。

 

「呆れた。やりたい放題ね。溜め込んだ魔力で作ったのでしょうけど」

 

「あっ、あんな所に神殿がある!」

 

 士郎が驚きの声と一緒に指差した先には日本人がよく知る古代ギリシャの神殿があった。

 

「あの神殿にキャスターが桜と一緒に待っている訳ね」

 

 眼下の町の家から大量の竜牙兵が現れたて来た。

 

「素直に行かせるつもりは無いみたいね」

 

「しかし、キャスターもセコいよな」

 

 キャスターの狙いは竜牙兵を使った消耗戦である事は自明の理であった。

 

「所詮は魔術師。戦術レベルは素人以下だよな。ライダー!」

 

 実体化したライダーに士郎が何か指示をしてライダーが首肯く。

 

「確かに相手の思惑に付き合う義理は有りませんね」

 

 ライダーは士郎の指示に納得した様で手にした鎖を槍投げの要領で遠くに投げると神殿の近くの地面に先端が突き刺さる。

 そして、手元に残った鎖を大縄跳びの要領で回し始める。

 大きく回転する鎖で神殿に続く通路に出ていた竜牙兵を一気に掃討する。

 

「では、士郎」

 

 ライダーが中腰になり士郎はライダーの背中にしがみ付くとライダーは一気に走りだした。

 凛も士郎に習い、アーチャーの背中にしがみ付く。

 4人は一気に神殿まで、かなり安直な方法で到着する事に成功したのである。

 神殿に到着した途端に凛が急に笑い出す。

 

「凛、どうしました?」

 

 凛の意外な反応にライダーが驚くのは無理も無いであろう。

 

「だって、若い魔術師の私でさえ考えつかない方法だもん。古代の魔術師のキャスターには絶対に考えつかない方法だし、今頃は苦虫を噛み潰した顔をしていると思うと笑いが止まらないわ」

 

 凛の予想は当たっていた。キャスターは凛達の行動の全てを監視していたが、士郎の予想外の行動に苦虫を噛み潰していた。

 

「敵を子供と思って舐めて掛かるからだ」

 

 葛木に言われて反省するしかないキャスターであった。

 

「この程度の予想外の行動をされても私達の優勢は覆りませんわ」

 

 キャスターの言葉は負け惜しみでもあり事実でもあった。

 

「俺は何をしたらいい?」

 

「宗一郎様にはアーチャーの相手をお願いしますわ。蛇と子供達は私が相手をします」

 

 キャスターが恐れるの三騎士と規格外のパワーを持つバーサーカーのみである。

 そして、今は溜め込んだ魔力がバーサーカーを凌駕している。

 現状、一番の難敵は耐魔力を持つセイバーだが、セイバーはアサシンのサーヴァントに足止めをされている。アサシンが勝つ事はないであろうがセイバーがアサシンを倒して駆け付けた時には全てが終わっている。

 勝利の為の道筋は既に出来ているのである。

 

「キャスター。油断をするなよ」

 

「はい。マスター」

 

 キャスター陣営が待ち構えている、神殿の最奥まで、凛と士郎は遂に辿り着いた。

 

「うわ。まるで球場だな」

 

 柳洞寺の地下深くに広々とした空間を作られた事に士郎は驚くばかりである。

 そして、球場に例えればマウンドの位置に桜が立っていたのである。

 

「桜!」

 

「桜先輩!」

 

 2人が桜に意識を集中していた時にアーチャーの声がした。

 

「油断をするな。凛!」

 

 次の瞬間には凛に目掛けて投げられた石をアーチャーが弾いていた。

 

「流石、英霊だけあるな。奇襲は通じぬか」

 

 柱の影から葛木が姿を現した。

 

「この変態教師!」

 

 士郎が葛木に向かって大声で怒鳴る。傍らにいる凛も性犯罪者を見る目で見ている。

 

「何と罵倒しても構わんが、事実と反する事を言われるのは心外だな」

 

 葛木が反論するが士郎が更に反論する。

 

「桜先輩にあんな格好をさせて、変態では無いと言い訳をするつもりか!」

 

 士郎が指差す先に居る桜はSMショーの女王様の様なボンテージを纏っている。

 

「あれは、キャスターの仕業だ。私は関知していない」

 

 静かに弁解する葛木の言に士郎も驚く。

 

「じゃあ、キャスターはレズの上に変態だったのか!」

 

「ちょっと、待ちなさい!」

 

 士郎の言葉にキャスターが桜の後方に姿を現した。

 

「変な誤解をしないで、私は宗一郎様一筋よ!」

 

 残念ながらキャスターの言葉は凛と士郎に信用されなかった。

 

「なら、何であんな格好をさせる!」

 

「ちょっと、キャスター。生贄にする前に人の妹に変な事をしなかったでしょうね?」

 

 完全に性犯罪者扱いである。当然と言えば当然である。

 特に凛はギリシャ神話の知識もある為に、古代ギリシャでは同性愛が盛んな事を知っているので深刻である。

 

「儀式の前の下準備で着ていた服が駄目になったから手元にあった服を使っただけよ!」

 

 キャスターが弁解しても凛と士郎は納得していなかった。

 

「あんな服を持っている時点で変態だろ!」

 

 士郎が怒鳴る様にキャスターに反論する。

 

「だって、日本の殿方は、あんな格好が好きなんでしょう!」

 

「そんな物は一部のマニアだけじゃ!」

 

 完全に聖杯戦争とは関係無い話で互いにヒートアップする。

 

「そんなマニアックな話を誰に吹き込まれた!」

 

「上の寺の若い修行僧達」

 

 キャスターの言葉に呆れる凛と士郎である。

 

「無知な外国人に変な事を吹き込むなと柳洞君に言っておくわ!」

 

「それなら、自分で着ろよ!」

 

 士郎の言葉にキャスターが反論する。

 

「自分でも着たけど、サイズが合わなかったのよ」

 

「サイズも確認せずに服を買うアホがいるか!」

 

 士郎の言葉に反応したのはキャスターではなく凛だった。

 

「男の子の衛宮君には分からないでしょうけど、女の子には、よくある事なのよ」

 

「えっ、そうなんだ!」

 

 服には拘らない士郎には理解が難しいのだが、凛には理解が出来るのである。

 デザインが気に入って買った服も、とある事情から胸元がスカスカだったりするのである。

 ましては、桜にビッタリのサイズならキャスターも自分と同志の可能性もある。

 

「その、遠坂。そろそろ始めても良いか?」

 

 葛木の声で変な方向に暴走した流れた事に気付いた凛と士郎にキャスターが我にかえる。

 

「えっ、はい」

 

「忘れていたわ」

 

「失礼しました。マスター」

 

 アーチャーが目だけで葛木に無言で礼を言う。

 

「それじゃ。アーチャーは葛木をお願い!」

 

 アーチャーに言い残すと凛は士郎を連れて下に飛び降りた。

 下に降りた士郎は着ていたジャンパーを桜に着せてやる。

 

「坊や。この娘が本当に大好きみたいね」

 

 士郎の背後に現れたキャスターが耳元で囁く。咄嗟に士郎は横に飛び退く。

 

「本当に戦術では素人だな。唯一のチャンスを捨てたな」

 

「あら、油断じゃないわ。今のは余裕よ」

 

「愚かな。来いセイバー!」

 

 士郎はキャスターと無駄な話をする気が無く。令呪でセイバーを召喚する。

 

「まさか、貴重な令呪を!」

 

 士郎の目の前にセイバーが現れる。

 

「キャスター、今度こそ行く事も退く事も叶わぬと心得よ!」

 

 形勢は一気に逆転した。耐魔力を持つセイバーと凛がキャスターを追い回す。

 キャスターの魔法攻撃はセイバーには聞かないのでキャスターは逃げ回るしかないのであり。

 葛木にはアーチャーとライダーが相手をしている。葛木もアーチャー1人なら優勢でいたがライダーが加わると守勢に回らざる得ない。

 キャスターもアサシンを呼べば良いのだがセイバーと凛がアサシンを呼ぶ隙を与えない。

 アサシンである小次郎は山門に括られている為にキャスターの危機を感じても何も出来ないのである。

 ならば、桜を人質にと思っても士郎が桜を抱えて神殿内を走り回りキャスターに捕捉されない様にしている。

 まさに万事休すである。そして、破局は唐突に来た。葛木がライダーの鎖で縛られたのである。

 

「キャスター。マスターの命が惜しければ抵抗を止めろ!」

 

 アーチャーが葛木の首に刃を突き付けて脅迫して来たのである。

 

「抵抗しないから、待って!」

 

 セイバーがキャスターの背後に回る。キャスターが不自然な動きをしたら一撃て切って捨てる事が出来る指呼の間である。

 

「ねえ。セイバー。私達と組まない?」

 

「戯れ言を!」

 

 キャスターは苦しまぎれの手段としてセイバーを誘惑に出た。

 

「私が貴女のマスターになれば魔力不足に悩む事も無い。完成された聖杯も貴女の物よ。私は聖杯の力を少し借りるだけよ」

 

「キャスター。セイバーを誘惑しても無駄よ。騎士道に反する事がセイバーには絶対に出来ないから」

 

「その小娘の言う通りだ雑種!」

 

 全員が第三者の声に驚き、その場にいた者は声の主を仰ぎ見る事になった。

 全員の視線の先には数十種類の剣や槍が中空に浮かんでいる。

 その一つ一つがセイバーの聖剣クラスの宝具であるのが分かる。

 そして、その中央に一体のサーヴァントが声の主であった。

 

「アーチャー!」

 

 セイバーが思わず声を漏らした。

 



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舌戦

 

 全員が驚いて見る先に一体のサーヴァントが立っていた。

 全身を黄金の甲冑で包んでいた男を見て士郎が大声を出す。

 

「天秤座のゴールドセイント!」

 

 その場にいた者で士郎の言葉の意味が理解出来たのは呆れた顔をした凛とアーチャーのみの様である。

 

「我を、あの様な下劣な連中と同じにするな!」

 

 士郎も驚いたが意外な事に黄金の男も意味を理解していた様である。

 

「失礼しました」

 

 士郎が素直に自分の非礼を認めたので黄金の男も、それ以上は何も言わないでいた。

 

「それより、キャスターよ。わが宝物を掠め盗らんとした上に騎士王を、しもべにとは赦しがたい大罪よ!」

 

 黄金の男の怒りはキャスターに向けられていた様である。そして、セイバーを指差して宣言をする。

 

「あれは、王である。我の物である!」

 

「ちょっと待った!」

 

「今度は何だ小僧」

 

「まずは貴方様は何時かの時代の王様で間違い無いですね」

 

「その通りだ」

 

「次にキャスターが掠め盗らんとした貴方の宝物というのは聖杯の事でしょうか?」

 

「それも、その通りだ」

 

「では、セイバーの事を騎士王と呼ばれましたが、セイバーの正体もご存知で?」

 

「騎士王とは10年前の聖杯戦争で争った仲である」

 

「そうですか。それなら、最初に貴方が聖杯の所有者である証拠を見せて下さい」

 

「小僧、我を疑うか!」

 

「しかし、僕は冬木の聖杯はアインツベルンと遠坂と間桐の三家が制作した物と聞いてます」

 

「ふむ。正確に言えば冬木の聖杯の原典は我の宝物庫にある」

 

「つまり、勝手に模造品を作って使うなと」

 

(著作権の問題みたいだな。古代か中世の人間にしたら進んだ考えを持った人なんだな。流石は王様だよな)

 

 士郎は能天気に勝手に解釈し感心していた。

 

「小僧にも分かる様に言えば、そうなる」

 

「では、後学の為にも原典をお見せ下さい」

 

「ふむ。本来なら見る事も許されない事だが、雑種にしては賢明な故に特別に見せてやる」

 

 士郎の前に直径20センチ程の光の輪が出現して士郎の手に黄金の酒器が出で来た。

 

「小さい!」

 

 普通のワイングラスのサイズである。士郎の想像した物とはかけ離れていた。

 

「見た通りの大きさ故に叶えられる望みも限定される。試しに何か望んでみよ」

 

「では、遠慮なく。セイバーと遠坂先輩のオッパイをワンサイズだけ大きくして!」

 

 聞いていた周囲の人間は思わず目が点になってしまった。

 最初に立ち直ったのは、名前を出されたセイバーであった。

 

「士郎。ふざけているのですか!」

 

「あっ!」

 

 セイバーの怒りの声に凛の驚きの声が重なった。

 

「凛、どうしました?」

 

 セイバーの声には凛の身を心配する響きがあった。

 

「あの、本当にバストが大きくなったわ。ブラのホックが弾けたわ」

 

 報告した凛の服の裾から2つの白い物体が落下したが、その場に居た者のは見なかった事にする。凛に注目した後で全員の注目がセイバーの胸に集中する。

 

「わ、私は何も変化が有りません」

 

「たわけ。セイバーは王となるのを引き換えに成長を担保に出したのだ」

 

「つまり、他の力が働いていると力負けするわけですか?」

 

「そうだ。別にサーヴァントだからという訳ではない。騎士王が先口の契約をしていたからだ」

 

 士郎が他のサーヴァントで試してみるつもりでアーチャーとライダーを見たが二人とも目をそらすので残ったキャスターで試す事にした。

 

「じゃあ、キャスターは何を望む?」

 

「私は受肉を」

 

「受肉?」

 

「生身の人間になる事よ」

 

 凛が受肉の意味を説明する。

 

「成る程ね、聖杯よ。キャスターの望みを叶えてやって」

 

 聖杯が小さく輝いた。

 

「あっ!」

 

 今度はキャスターが驚きの声を出した。

 

「本当に私は受肉した様です」

 

 キャスターの報告に皆が驚く中で士郎が、この際とセコい願いを望む。

 

「桜先輩の服を何時もの服に変えて!」

 

 桜の全身が淡い光に包まれて光が消えると拉致された時の服に戻る。

 

「凄い。桜先輩と結婚が出来ます様に!」

 

 今度は聖杯は光らない。

 

「あれ?」

 

「たわけ。言った筈であろう。その聖杯は限定された望みしか叶わんと言ったではないか」

 

「じゃあ。僕は桜先輩と結婚が出来ないのですか」

 

「その様な未来の事を決定させる力が無いだけだ」

 

「じゃあ。結婚が出来ない訳じゃあ無いのですね」

 

「もう良かろう」

 

「その前に、遠坂先輩が今、履いてるパンティーをおくれ!」

 

 聖杯が小さく光る。

 

「きゃ!」

 

 凛が小さい悲鳴をあげるて両手でスカートを押さえる。そして、士郎の手には温かい布切れが現れた。

 

「やったー!」

 

 無言で士郎の背後に回った凛が士郎の脳天にマッハの拳骨を落下させる。

 頭を抑える士郎から布切れを奪うと凛は物影に隠れたのであった。

 

「だって、望み事を言う時のお約束でしょう」

 

 残念ながら士郎の言葉の意味を理解できる者は居なかった。

 

「下らぬ事に使うな」

 

 呆れた声で黄金の男が言うと聖杯が現れた時と同じ様に光の輪の中に消えていく。

 代わりにプラスチック製のハンマーが現れたて士郎の頭に炸裂する。

 

「痛い!」

 

「我の宝物庫には、あらゆる物の原典が貯蔵されている。今のはピコピコハンマーの原典だ」

 

(原典じゃなく試作品なのでは)

 

 士郎は内心の声は出さずに、別の事を口にした。

 

「貴方様が聖杯の原典を持っている事は分かりました。なら、早急に聖杯を回収してお引き取り下さい」

 

「ふむ。小僧は聖杯を欲しくはないのか?」

 

「残念な事に冬木の聖杯は壊れています。住民としては迷惑な話です。貴方様も前回の聖杯戦争の時に異常は感じれなかったのですか?」

 

「我は最初から聖杯等に興味が無い。我が興味があるのは聖杯に群がる浅ましい者達よ」

 

「それと、セイバーにも所有権を主張されてましたが、セイバーは家来としてですか?」

 

「たわけめ。我の伴侶としてだ!」

 

「おおっ!」

 

 士郎が思わず驚きの声を出してしまった。聖杯戦争の間だけ現界しているサーヴァントに結婚の

概念があるとは思ってなかったのである。

 

「しかし、聖杯戦争が終われば消えてしまうのがサーヴァントではないですか!」

 

「我と同じく聖杯の中身を飲めば良い。さすれば、肉体はサーヴァントのままだが聖杯の力を借りずに現界も可能である」

 

「では、貴方様も?」

 

「我も10年前に偶然に聖杯の中身を飲んだのだ」

 

「しかし、セイバーは聖杯で叶えたい望みが有るそうですが?」

 

「小僧は何を望んでいるか、知っているのか?」

 

「いえ。私はセイバーの真名も何も聞いてはいません」

 

「ならば、問ってみよ。聖杯に何を望むかを」

 

 ギルガメシュは士郎がセイバーの望みを聞いて、どんな反応をするのか見てみたくなっていた。

 

「セイバーが聖杯に叶えて欲しい事は何?」

 

「私の望みは滅びた故国の救済です」

 

「えっ、それは聖杯でも無理が有ると思うけどね」

 

「士郎、どういう事です?」

 

「まあ、過去を変える事は可能だが歴史的な大きな事象は多分、無理だぞ」

 

(この小僧、雑種の身で有りながら聡いではないか)

 

 士郎は現代人としてSFの概念を持っているからセイバーの望みが不可能な事は理解していたが

、SFの概念の無い時代の人間に理解させる自信はなかった。

 

「しかし、万能の願望機である聖杯なら不可能も可能にするのでは!」

 

 士郎も困惑するだけである。セイバーに説明して理解させるにしろ。時間が掛かるのである。

 

(ふむ。聡いと言っても所詮は小僧だな。この辺りが限界か)

 

「王様。セイバーに理解させるのに暫く時間が掛りますので、後日に再びご足労を願えますか?」

 

「ほう。小僧よ。前回の聖杯戦争にて英霊と呼ばれた存在に成し得なかった事を成せると言うか!」

 

 前回の聖杯戦争でライダーのサーヴァントとして召喚されたイスカンダルが説得したがセイバーは聞く耳を持たなかった。

 

「五分五分の自信ですが、理解させる事は不可能では無いと思います」

 

「では、小僧のお手並みを見物させてもらうぞ」

 

(ふむ。雑種の子供にしては面白い奴ではないか)

 

「その前に、貴方様のお名前は?」

 

「我は人類最古のウルクの王。英雄王、ギルガメシュである」

 

 サーヴァント達の間に動揺が走る。凛に至っては顔を青くしていた。

 

「これは、御丁寧に僕は穂波原学園中等部二年の衛宮士郎と申します」

 

 無知な士郎したら古い時代の王様程度の認識しかないので恐れる事もなく、礼儀正しく自己紹介をする。

 

「ほう。衛宮切嗣の息子か」

 

「はい。切嗣は養父でした。父を御存知ですか?」

 

「我よりセイバーに聞くが良かろう」

 

「セイバーに?」

 

「親子二代で同じサーヴァントのマスターになるとは面白いものよ」

 

「何ですって!」

 

「何だ。騎士王からは何も聞かされてなかったのか」

 

 皮肉な笑みを浮かべたギルガメシュが消えるのを確認すると士郎は倒れるのであった。

 

「士郎!」

 

 セイバーが倒れる士郎を咄嗟に抱き止めたのである。

 

「大丈夫だよ。セイバー」

 

 セイバーの腕の中で微笑む士郎であった。

 

「でも、疲れた限界。少し寝かせて」

 

「はい。安心して寝て下さい」

 

「それと、起きたら色々と聞く事があるから」

 

 セイバーの顔が硬直するのが傍目からも確認する事が出来た。

 

(帰ってたら、色々と大変だわ)

 

 凛も士郎と同じく寝る事で色々な事から逃走したくなった。

 

(アーチャー。私もダウンしてもいい?)

 

 アーチャーの返答は簡潔を極めた。

 

(駄目!)

 

 凛の苦労する1日が始まろうとしていた。



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姉妹、親子、主従、

 

 凛達が衛宮邸に戻った時には夜が明け始めていた。

 

「何とか夜明け前に帰れたわ」

 

 士郎はセイバーが桜はライダーが凛はアーチャーが受肉したキャスターはアサシンが衛宮邸に運んだのである。

 葛木のみが徒歩で衛宮邸に移動となった。

 士郎は自室に桜は客間に、それぞれ寝かせる。その間に凛とアーチャーの主従コンビが朝食を作る事にする。

 朝食が出来ると士郎と桜を起こして全員で朝食となる。

 

「葛木先生とキャスターは暫くは離れで住んでもらいます」

 

「遠坂。名目が必要だぞ」

 

「藤村先生が居ない間の保護者として住んでいただきます。それと桜も一緒に住みなさい」

 

「それから、キャスターは私達に協力してもらうわよ」

 

「私に何か見返りはあるの?」

 

「キャスターには国籍と戸籍を用意するわ。この2つがないと葛木先生と結婚は無理よ。直ぐに入管が密入国者として逮捕するわよ」

 

「受肉したら色々と大変ね」

 

「桜もライダーのマスターになってもらいますからね」

 

「そんな、遠坂先輩!」

 

「諦めなさい。あんたも間桐の家から遠坂の家に戻らさせるわよ」

 

「えっ!」

 

「間桐臓硯が死んだのよ。もう遠坂の家しか貴方を守る事は出来ないわ」

 

「それから、士郎も金ピカを上手く乗せて帰した事は誉めるけど、この先はどうするの?」

 

 食事が済んだ途端に凛がテキパキと命令を出し始めたのである。

 

「まずは、キャスターは真名を教えなさい」

 

 観念したのか凛が用意する国籍や戸籍に釣られたのかキャスターは全てを話した。

 

「はあ。あの大魔術師のメディアだったとはねえ。まあ。仲間に引きずり込めたもんだわ」

 

 魔術史上のビックネームに凛も驚嘆するしかない。

 

「それから、貴方の妹さんには平時はライダーのマスターを務めてもらうにしても戦いには妹さんは無理よ」

 

「あら、桜も魔術師の家に生まれたからには甘やかさないわよ!」

 

「違うの。妹さんは普通の暮らしは出来ても暫くは魔術師としては身体が保たないわ」

 

 メディアは桜に向き直り桜自身を説得する様に話す。

 

「貴女自身がよく分かっているでしょう」

 

「はい」

 

 桜の返事は簡潔だが力が無い。

 

「大丈夫よ。貴方を苦しめた者は私が退治しておいたからね」

 

 メディアの表情は裏切りの魔女と呼ばれた冷酷な女性のそれとは違う。慈母に溢れた女性の表情であった。

 メディアにしたら生前は不誠実な男性に苦しめられた人生だっただけに、桜には親近感を持っているのだろう。

 

 メディアの優しい言葉に涙を流す桜を凛が優しく抱き締める。

 

「落ち着いたら禅城の家に行きましょう。お祖父様もお祖母様も桜が帰って来た事を知れば喜ぶわ」

 

「ね、姉さん」

 

 遠坂姉妹が抱き合う間に士郎はセイバーに切嗣との事を尋問される事になる。

 

「正直、私も切嗣の事は分かりません」

 

 セイバーの説明によればセイバーは切嗣の妻と行動を共にしていたそうである。

 

「つまり、父さんは自分の奥さんを身代わりにしたのか」

 

「はい。セイバーのサーヴァントの側に魔術師が居れば誰もがマスターと思うでしょう。そして、切嗣は私達に敵の注意が集中している隙に敵のマスターを銃器で倒す算段でした」

 

「成る程ね」

 

「ですから、私と切嗣が話した事は殆ど有りません。しかし、一度だけ私と切嗣は衝突をしました」

 

 士郎としたらサーヴァントとマスターが衝突するとは考えられない話である。

 

「敵の婚約者を人質にしてサーヴァントを自害させた後にマスターも婚約者諸ともに始末したのです」

 

「まあ。本当の戦争みたいにジュネーブ条約は無いからね。怒ったセイバーが目に浮かぶよ」

 

 騎士道精神の持ち主と何でも有りの魔術師なら衝突するだろう。

 

「しかし、私の怒りより、切嗣が抱えた怒りの方が大きかったのです。切嗣は英雄という存在を憎んでいました。英雄が若者を魅力して戦争に駆り立てると」

 

「セイバーは知らないだろうけど、一人を殺せば犯罪者だが、戦争で百万人殺せば英雄という言葉があるからね」

 

 セイバーは両肩に重い岩を載せられた錯覚を覚えた。自分の半分程の士郎でさえ切嗣を支持していた。

 

「はい。そして、切嗣は聖杯戦争で流す血が人類最後の血にすると宣言しました。それを可能にするのが聖杯であると信じてました」

 

「その父さんが聖杯の破壊を令呪で命令したんだ」

 

「はい。英雄王と一緒に私の宝具で消滅させたのです」

 

「金ピカは生きているわ。その時の魔力が今回の聖杯戦争に持ち越されたのか」

 

「恐らくは」

 

「その後の事は僕が父さんに直接に聞いている」

 

 そこまでの話で、士郎には疑問があった。

 

「それで、父さんの奥さんは?」

 

 セイバーの顔が青くなった。

 

「アイリスフィールは亡くなりました」

 

 士郎も顔を青くするセイバーを見て分かっていた事だが、更に踏み込んで聞く必要があった。

 

「そのセイバーには気の毒だが、奥さんの最期を知りたい。出来れば花なり線香なりを供えたい」

 

「それが、アイリスフィールが聖杯だったのです」

 

 予想外のセイバーの返答に士郎も虚をつかれた。

 

「えっ、どういう事なの?」

 

 それまで、横で黙って聞いていたメディアがセイバーの代わりに返答をした。

 

「つまり、ホムンクルスだったのね」

 

 セイバーが力なく頷く。

 

「ホムンクルス自体が分からんのですけど」

 

「造られた完成した命。人の心を持った生きた人形」

 

 士郎はメディアの言葉で全てを悟った。魔術的なクローン人間。人の心を持ちながら道具として扱われる生命。

 

「はあ。ろくなもんじゃないね。魔術師なんぞ!」

 

 士郎の言葉には怒りが込もっていた。

 

「父さんが魔術師を辞める筈だわ!」

 

 士郎は魔術師という存在を本気に嫌いになっていた。一子相伝で魔術を秘匿して研鑽を重ねるとは悪い冗談と思いたい。

 

「大昔の丸鍋屋(すっぽん鍋屋)でもあるまいし、まあ、丸鍋屋は親から子への利益の継承だと言えるけどね」

 

 そこまで言ってから自分の言葉で重大な事に気付いた。

 

「ちょっと待て。セイバー。アイリスフィールって、アインツベルンの人間なのか?」

 

「はい。前回は私はアインツベルンの陣営に召喚されました」

 

 アインツベルンは前回も失敗して今回も同じ事をする気でいる疑惑が士郎に浮かんだ。

 

「イリヤも今回の聖杯なのか?」

 

「しかし、イリヤスフィールが聖杯なら勝利した後に聖杯を持ち帰る者が居ません。聖杯はサーヴァントしか触れられません。バーサーカーを支配する者が居なくなります」

 

 セイバーも自身の言葉に違和感を感じたのである。

 

「切嗣には、御息女がいました。名前はイリヤスフィールです。でも、生きていれば凛や桜と同じ年代です」

 

「あら、そんな事には成らないわよ」

 

 二人の会話を聞いていたメディアが始めて口を挟んだ。

 

「どういう事だ。キャスターよ!」

 

「ホムンクルスと人間の間に子供が出来ても、それは母親のコピーよ。元は完成した生命なのだから人間みたいに成長はしないわ。成長するにしても遅いわよ」

 

「じゃあ。イリヤが聖杯で最初から聖杯を手に入れる気が無いのか」

 

 

 

 士郎の結論にキャスターが補強する。

 

「アインツベルンは聖杯が汚染されて使えない事を把握しているのよ。だから、今回は勝利した後の事は考えて無いのよ。それだけじゃないわ。汚染された聖杯を冬木の地で完全消費するつもりね。バーサーカーなら理性が無いまま聖杯に触れて何かを願うでしょうね」

 

「セイバー。気分転換に散歩するから一緒に来て!」

 

「分かりました。士郎」

 

 横で話を聞いていた、凛と桜は同じ魔術師の家に生まれて、自身の事も合わせて魔術師の在りかたを考える事になった。

 

「姉さん。士郎君やセイバーさんの反応が人して当たり前なんだと思うんです」

 

「そうね」

 

 将来的には桜を士郎に任せるべきだと凛は思った。自分は根源を目指す魔術師として生きて来たのだ。そして、その事に後悔も無い。ただ、残された妹との貴重な時間を大切にするだけである。

 

(衛宮君には悪いけど、簡単には桜を渡さないから)

 

 凛がシスターコンプレックスを発露させた頃、士郎とセイバーは深山商店街のレンタルビデオ屋に来ていた。

 

「アニメなら7本借りられるのか!」

 

「士郎はアニメが好きなのですか?」

 

「いや、アニメの方がセイバーには分かり易いと思ってね」

 

「私がですか?」

 

「うん。聖杯でも過去を変える事が出来ない事を理解してもらうのにね」

 

 士郎はタイムパラドックスを取り扱った作品をレンタルする。

 セイバーにしたら自分を洗脳する準備に付き合わされた気分である。

 

「士郎。折角ですから新都に足を延ばして見ませんか?」

 

 士郎はセイバーがアニメを観るのを遅らせる為に悪足掻きをしていると分かっていたが、敢えてセイバーの提案に乗るであった。

 

(セイバーにはコートも必要だしな)

 

 士郎は自宅に電話して新都に足を延ばす事と昼食も新都で摂る事を伝えると、新都に向かう道すがらセイバーに切嗣の話を聞くのである。

 

「父さんも無茶苦茶するなあ」

 

「確かに犠牲者が出ませんがビルを丸ごと破壊するとは考えられません」

 

 自身も宝具で客船を両断した事は忘れるセイバーである。

 

 そして、二人は新都に到着すると数件の店を回りセイバーのコートとマフラーにライオンのヌイグルミを買うのである。

 

(ライオンのヌイグルミを欲しがるとは意外と子供だよなあ)

 

 その後、士郎は知る事になる。セイバーが新都の飲食店関係者から「白い悪魔」と呼ばれている事を。

 

「コートとマフラー代を稼ぎやがった!」

 

 



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聖杯

 

 士郎はセイバーが3軒の店を梯子した後に言峰教会へと足を延ばした。

 

「何用かな。今日は」

 

「実は前回の聖杯戦争のサーヴァントの生き残りが居て、クレームを言われました」

 

「前回のサーヴァントだと?」

 

「前回のアーチャーです。冬木の聖杯について著作権の侵害を主張して来ました」

 

「サーヴァントが著作権の侵害?」

 

 言峰が怪訝な表情をするのを見て士郎は仕方ないと思う。サーヴァントとか著作権とか日常的に一緒に語る事の無い単語である、

 

「まあ、冬木の聖杯の修理も始まっていない様ですし、著作権侵害のクレームも出ている代物を欲しがるマスターもサーヴァントも居ないでしょう」

 

「私の手に余る案件だな。上に判断してもらうしかない」

 

「そうでしょうね。それでは失礼しました」

 

 士郎が部屋を出て行くと綺礼は隠し棚からワインのボトルを取り出した。

 

「ふん。ギルガメッシュめが!」

 

 綺礼が取り出したボトルは既に空であった。

 

 綺礼が悪態をついている頃、士郎はセイバーと共に帰り道を歩いていた。

 

「なあ。セイバー。教会にサーヴァントの気配はなかったか?」

 

「いえ、何も感じられませんでした」

 

「そうか」

 

「士郎は教会を疑っているのですか?」

 

「うん。他の神父さんを知らんけど、あの神父さんは怪しいよ。一種のサイコパスかもね」

 

 セイバーは何も言えないでいた。短い付き合いだが士郎の為人は把握していた。士郎は無闇矢鱈に人を中傷する人間では無かったからだ。

 

「確か、凛も良く言ってませんでしたね」

 

 その後は会話も無く2人が帰宅すると凛と桜が姉妹喧嘩をしていた。

 

「ちょっと、我が儘も大概にしなさいよ!」

 

「それこそ、姉さんの我が儘じゃないですか!」

 

 ライダーが2人の間でオロオロしているのである。アーチャーとアサシンは霊体化して傍観を決め込んでいる。

 

「やめなさい。何を揉めているのですか?」

 

 セイバーが仲裁に入る。生前は騎手達の揉め事の仲裁に入るのが日常だったので癖になっている。

 

「セイバーさん。聞いて下さい。姉さんが酷いんですよ。学校を卒業したら私にもロンドンに留学しろと言うんですよ」

 

「当たり前でしょう。魔術回路があるんだからコントロールが出来る様にならないと駄目でしょう」

 

「別に魔術師になる気も無いので構わないわ!」

 

「魔術回路に相応しい魔力もあるから暴走したら、大事になるのよ」

 

 凛の言い分が本当なのかセイバーも士郎も分からないのでライダーとセイバーが仲裁をしている間に士郎が離れに居るメディアを呼んで裁定してもらう。

 

「結果的に言えば暴走する可能性は大きいわよ」

 

 桜の顔が青くなるの仕方がない。

 

「でも、今は無理だけど一年後には簡単に暴走が起きない様にする事が出来るわ」

 

 この言葉に凛も驚くのである。簡単に暴走を抑えられる術があるなら魔術師としての知的探求心が刺激されるのである。

 

「言っておくけど、当然、秘密よ!」

 

「私も魔術師の端くれよ。そんな事は分かっているわ!」

 

「桜に聞くのも無しよ!」

 

「そ、そんな事する筈は無いでしょう」

 

 凛の表情から図星である事は明白であった。

 

「それより、サーヴァントは全員集合!」

 

 士郎の合図でサーヴァント達が実体化する。

 

「全員に聞くが、金ピカに勝てる自信はあるか?」

 

 アーチャーだけが手を上げた。

 

「何だ。アーチャーにはアーチャーだけか」

 

「無理も有りません。あれだけの宝具を雨の如く放って来るのですから」

 

 ギルガメッシュと対戦したセイバーの意見だけに全員が納得する。

 

「それと、遠坂先輩は教会の本部に6人のサーヴァントのマスターが休戦を決めた事を伝えて下さい。それと聖杯の汚染の調査を伝えて下さい」

 

「分かったわ。冬木の管理者として10年前の大火を再び起こさせないわ」

 

「それと、キャスターと葛木先生は僕と一緒に来て欲しいのですが」

 

何処に行くの?」

 

「アインツベルンの城です」

 

「では、私も同行しましょう」

 

「当然だな」

 

 四人はアインツベルンの城まで行くのだがキャスターの格好が問題になった。

 

「このままの格好で行く訳ないでしょう」

 

 キャスターが、その場でクルと1回転すると上は黒のトレーナーにGジャン、下は茶色のロングスカートに変身した。

 

「うわ。便利だな!」

 

「流石、魔術師です」

 

 凛と桜も羨ましそうにメディアを見ていた。年頃の娘としたら当然であろう。

 特に桜は地味に着る服には体型的に苦労するのである。

 

 一行はアインツベルンに行く途中で聖杯について話をする。

 

「理屈から言えば、聖杯と言ってもキリストの聖杯じゃないわよ。恐らくはヨーロッパの大釜伝説の亜流でしょうね」

 

「釜と杯とでは、随分と物が違うけどね」

 

「そうよ。柳洞寺の地下神殿の更に地下に大聖杯があるの。あそこは冬木で一番の霊脈よ」

 

「しかし、前回の聖杯戦争で私は聖杯を目の前で見ている」

 

 セイバーがメディアの発言に疑問を提する。

 

「それは、小聖杯よ。小聖杯を使い大聖杯から魔力を受けるの」

 

「素人流に解釈すれば大聖杯が貯水タンクで小聖杯が蛇口みたいな物かい?」

 

 士郎の発言にメディアは最初は困惑していたが最後は妙に納得した。

 

「厳密には違うけど、そう理解してもらっても構わないわ」

 

「しかし、キャスター。もし、今回の聖杯戦争が中止になったら私達はどうなるんですか?」

 

「自害されても困るわね。サーヴァントが死ねば大聖杯を起動させる事になる。前回は小聖杯を破壊した事で大聖杯の一部が流れ出して大火を引き起こしたのだから」

 

 そうなれば、遠坂の庇護は受けられずに密入国者として司法から逃げ回る生涯になる。

 また、前世と同じ運命を辿る事になるのはメディアとしては遠慮したいのが本音である。

 

「その、素人考えだど60年の期間を置いて始まる聖杯戦争が10年後に始まったのは大聖杯の中の魔力が溜まり過ぎているのでは?」

 

 士郎の不安は当然過ぎた不安である。

 

「前回の分の魔力は50年の時を省略した事で消えているから大丈夫よ」

 

「安心したけど、もう一つの疑問は何故、聖杯の故障が汚染と言いきったんだよ?」

 

「それは簡単よ。実際に大聖杯を調査したもの」

 

「それで?」

 

「聖杯自体に問題は無いわ。問題は聖杯の中よ。何か良くない物が聖杯の中に入っていて聖杯自体を汚染しているわ」

 

「そんな聖杯で受肉する気だったの?」

 

「大丈夫よ。英雄王の聖杯で叶えられる程度の願いですもの。小さな願いなら悪影響は無く叶うわ」

 

 士郎もメディアの大胆さに呆れるばかりである。

 

(この人、賞味期限切れの食べ物でも平気で食べるタイプだな)

 

 士郎が小市民的な感想を持ったが口は別の事を質問した。

 

「大聖杯の中を浄化は貴女でも無理ですか?」

 

「無理ね」

 

 メディアの返事は簡潔である。大魔術師が無理と言うなら無理なのだろうと士郎も納得した。

 

「はあ。現界して間が無く魔力が少ないうちに破壊するしかないかな」

 

「そうね。本来は代を重ねて研鑽するのが魔術よ。聖杯で簡単に望みを得ようというのが間違いだもの」

 

(自分も聖杯を利用するつもりだった癖に!)

 

 メディアが自分の事は遠くの棚に上げて正論を言う事に呆れたのは士郎だけでなかった。

 

「キャスターよ。ならば、我らサーヴァントも聖杯に望みを託すのは許されないのか?」

 

「本来はサーヴァントは生前に功なり名なりを得た人間よ。死後にも望みを叶え様とするのは、欲が深いと思わない?」

 

 セイバーとしても自身が恵まれていたと問われたのは初めての経験である。

 今まで、王として敵を破り国を守る事だけしか考えなかった。それが「王は人の心が分からぬ」と評された原因でもある。

 

(自分が聖杯を手に入れて、王の選定をやり直す事も許されないのか?)

 

 セイバーは頭を振り、思考の迷路を振り払った。今は目前の戦いに集中するべきである。騎士として無辜の人々の災厄を見過ごす訳にはいかないのである。

 ましては、アイリスフィールと同じ運命を娘に辿らせる事はセイバーの矜恃が許されないのである。

 色々と話をしている間に一行はアインツベルンの城の敷地前に到着したのである。

 

「キャスター!」

 

 セイバーが鋭い声を飛ばすのと同時に甲冑姿に変わる。

 

「ええ、セイバー!」

 

 メディアもセイバーの声を受けて魔術師の姿に変わる。

 

「キャスター、敵襲か?」

 

「はい。宗一郎様!」

 

「私が偵察に言って来ます。キャスターは撤退の準備を!」

 

 セイバーは言い残すと青い弾丸となって城に向かって行った。

 

(10年程度では敷地内は変わらないままか!)

 

 城の中に突入するとギルガメッシュとバーサーカーが戦っている?

 

「何をしている。英雄王!」

 

「ほう。セイバーではないか」

 

「私の質問に答えよ!」

 

 激昂するセイバーに対照的にギルガメッシュは落ち着いている。

 

「見ての通りに聖杯の器を回収している」

 

「貴様も聖杯は使い物にならないと理解しているだろう!」

 

「使える使えないではない。自身の宝物を回収するのは当然ではないか」

 

 

「イリヤスフィールは生きている人間だぞ!」

 

「何だ、セイバー。これが人形である事を知らんのか」

 

「人の体を持ち人の心を持つ者である以上、人間ではないか!」

 

「例え人間でも神である我に全てを差し出すのは当然であろう」

 

 セイバーの両手が怒りに震える。民の為に正しい王であろうとしたセイバーと人間は神である自身の為の奉仕者と信じているギルガメッシュの決定的な違いである。

 

「英雄王よ。聖杯戦争とは関係なく、貴様は私が倒す!」

 



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大聖杯

   

 ギルガメッシュを倒すと宣言したセイバーはバーサーカー主従の前に仁王立ちなる。

 

「ほう。10年前の事を忘れたか。セイバー」

 

「あの時も貴様に遅れを取った覚えは無い!」

 

 セイバーの右手に黄金に輝く聖剣が現れる 。

 

「何のつもりだ。セイバー!」

 

 ギルガメッシュも屋内でセイバーが宝具を使うとは思ってなかったらしい。

 セイバーはギルガメッシュの反応を無視して問答無用とばかりに宝具の力を解放する。

 

「エクスカリバー!」

 

 セイバーが聖剣を振り切る寸前にギルガメッシュは霊体化して離脱する。

 一瞬前までギルガメッシュの存在していた空間に黄金色の衝撃波が通過した。

 ギルガメッシュが居た後方の壁と屋根は消え去り夕陽がセイバー達をオレンジ色に染めた。

「セイバー!」

 

 士郎が律儀に玄関の扉から駆け込んで来た。

 

「何かあった?」

 

「ギルガメッシュがイリヤスフィールを襲撃していたので撃退したのです」

 

「そうか。金ピカの奴め!」

 

 事態に納得した士郎は辺りを見てセイバーに質問する。

 

「で、イリヤは?」

 

「バーサーカーの後ろに居ませんか?」

 

 士郎がイリヤの無事を確認の為にバーサーカーに近寄った時に夕陽と共に屋敷の屋根があった部分から葛木とメディアが文字通りに飛び混んで来た。

 

「衛宮。先に1人で行くな」

 

「そうよ。坊や。危険よ」

 

「心配を掛けて、すいません」

 

「セイバーも宝具を使う時は周囲に気を付けなさい!」

 

 メディアがセイバーを窘める。

 

「それより、この娘はどうすれば良い?」

 

 葛木の腕には頭に:大きなタンコブを作り気絶しているイリヤがいた。

 

 

 イリヤが目覚めると冬木にある自分の城で無い事が分かった。

 

「ここは?」

 

「お嬢様。お目覚めになられましたか」

 

 家庭教師兼使用人のセラが自分の顔を覗き込んでいた。

 イリヤは脳裏で自分の最後の記憶を検索する。セイバーのエクスカリバーで発生した突風で飛んで来た床の破片が当たりバランスを崩して転倒したのである。

 

(セイバーも傍迷惑な事をしてくれるじゃないの!)

 

 そう思いながらも、あの場でセイバーがギルガメッシュに不意打ちとも言える一撃を出さなければバーサーカーも自分も死んでいた事も理解が出来る。

 

(はあ。お礼を言わないと駄目なのか。あのセイバーに)

 

 今はセイバーに罪の無い事は分かるが長年の恨みの対象だっただけに感情が追い付かないイリヤであった。

 

「お嬢様。身支度をしたら皆さんの所に行きますよ」

 

「分かったわ。セラ。支度を手伝って」

 

 身支度を手伝ってもらいながら、自分が気絶した後の事をセラに報告させる。

 セラとリズは買い物から帰る途中の車中でセイバーのエクスカリバーが放つ黄金の円柱を見て急いで屋敷に戻ったのである。

 そして、屋敷に帰り着いたセラ達が見たのは気絶したイリヤを介抱するセイバー達であった。

 その後、セイバー達に事情を聞いて衛宮邸に避難をしたのである。

 

「そう。それで、士郎は私の事は何も聞かなかったの?」

 

「士郎様は私とリズの立場を慮られて、お嬢様が目覚められるのを待つと言われました」

 

「そう」

 

 イリヤは口にして出したのは一言だけだったが、心中は複雑であった。

 

(切嗣が養子にするだけの事はあるわね)

 

 自分の義弟は魔術師としては未熟の様だが、人格的には年齢には似合わぬ見所がある人物の様である。

 

「じゃあ。行きましょう」

 

 イリヤは身支度を済ませるとセラに案内をさせて居間に行く。

 そして、居間に入って見た光景にイリヤは呆気に取られたのである。

 士郎が尻餅をついた状態で後ろからセイバーに羽交い締めされていて、前からは凛が馬乗りになり士郎に赤い液体を無理矢理に飲ませている。

 士郎の耳元で凛が何かを小声で囁くと士郎が大人しく液体を飲み始めた。

 イリヤは知らなかったが数日前の仕返しをされた士郎であった。

 

「遠坂先輩は卑怯者!」

 

「ふん。士郎の健康の事を考えてやったのよ!」

 

「士郎。凛に感謝するべきです」

 

「セイバーは僕のサーヴァントだろ。何で遠坂先輩の味方をするんだ!」

 

「だから、凛は士郎の健康の慮っての行為です。感謝をしても恨むのは筋違いです」

 

 セイバーが士郎に反論してアーチャーがエプロンをして洗い物をしている。

 イリヤには色々な意味でカルチャーショックな光景なのであった。

 

「あっ、イリヤ。目が覚めたんだ」

 

 最初に士郎が気付くと全員が卓袱台に座り桜と士郎が座布団を用意する。

 用意された座布団にイリヤとセラが座るとアーチャーが凛、イリヤ、セラ、セイバーに紅茶を、他の人間には緑茶を出す。

 

「あの、リズさんは?」

 

「リズには城に行きお嬢様に必要な物を取りに行かせてます」

 

「まあ。金ピカの事だから、大丈夫だと思うけどね。それは危ない事ですよ」

 

「はい。リズには例のサーヴァントに対する注意喚起はしております」

 

 士郎も危険が少ないと思っているがセラもリズも自身の身に対する危機感は少ない様子に危惧を抱いた。

 

「行かせたのは仕方ないわ。それより、聖杯の異常について何か知っているのでしょう」

 

「はい。私から説明させて頂きます」

 

 イリヤもセラに説明役を任せている。

 

「事の起こりは第三次の聖杯戦争の時になります。始まりの御三家として、アインツベルンは必勝を期してサーヴァントを召喚したのですが失敗してしまいました」

 

「えっ、アインツベルンって、魔術世界では大家だよね?」

 

「はい。召喚自体は成功したのですが、召喚したサーヴァントが想定外のサーヴァントで問題が有りました」

 

「アインツベルンでも狙ってサーヴァントを召喚が出来ない事も驚きよ」

 

 凛にしたら触媒を集める財力と組織力が有りながら召喚に失敗する事の方が驚きである。

 

「完全なイレギュラーでした。召喚したのがアンリマユでした」

 

「アンリさん、マユさん?」

 

 士郎は名前を聞くと女性の漫才コンビかと思い、脳内で検索を開始する。

 

「衛宮君。何を勘違いしているか分かるけど、ゾロアスター教の悪神よ。分かり易く言えば、ショッカーみたいなものよ」

 

「なるほど!」

 

 セラには凛の例えは理解が出来なかったが士郎が納得したみたいなので話を進める事にする。

 

「問題のアンリマユですが、スキルも宝具も無く最初に敗退しました。問題は敗退した後です」

 

 セラは一口、紅茶を啜り喉を潤すと再び話を始めた。

 

「これは、アインツベルンの推測になりますが聖杯の内でアンリマユの影響を受けて聖杯が汚染されたと考えます。前回の聖杯戦争の時に切嗣様は聖杯の汚染に気付き破壊されましたが、残念ながら切嗣様が破壊されたのは小聖杯でした」

 

「汚染された大聖杯は健在なままかい?」

 

「はい。今回は小聖杯が現れたの同時に大聖杯も破壊する計画でした」

 

「ちょっと、待ちなさい!」

 

 凛がセラの話を聞いて割って入った。

 

「前回は小聖杯を破壊しただけでも大聖杯から溢れ出た魔力で街を焼く大火になったのよ。大聖杯を破壊するなら。それなりの準備をしているんでしょうね」

 

 凛の声には疑惑を越えた確信の成分が大半であったが念の為の質問であった。

 

「いえ。私達に命じられた内容は聖杯の破壊のみです」

 

「それで、バーサーカーを召喚したのね」

 

 召喚したサーヴァントの為人によれば聖杯を破壊する事を拒否するであろう。

 極端な例で言えば、今回のセイバーや前回のランサー等は令呪を使われる前に自害するであろう。故に判断力のバーサーカーを召喚したのである。

 

「はい」

 

 セラも凛に計画を看破され正直に認める。

 

「計算違いは、前回のアーチャーがイリヤを直接に狙って来た事か」

 

「はい」

 

「キャスター。何とか出来ませんか?」

 

 士郎はセラには目もくれずにキャスターに相談する。

 

「ある程度の被害は覚悟して欲しいわね。魔術を弄んだ代償は払わないのは当然よ」

 

 メディアの声には大魔術師としての怒りと厳しさが込められていた。

 

「キャスターよ。前回のライダーは固有結界を具現化するスキルを持っていたが固有結界内でも被害は出るだろうか?」

 

「それでも被害は出るでしょうけど、微々たる程度に抑える事が出来るわ」

 

「肝心の固有結界とやらを作れるサーヴァントが、この中に居るのか?」

 

 士郎はセイバーの作戦の最重要な部分に触れる。

 

「それなら、私が使える」

 

 アーチャーが台所からの名乗り出た。

 

「ナイス。アーチャー!」

 

 単純に喜ぶ士郎と対処的に怒りを露わにする存在がいた。

 

「ちょっと、アーチャー。マスターの私は初耳なんだけど!」

 

「言ってないからな」

 

 怒りを心頭の凛に対してアーチャーは人を喰った返答をする。

 

「何故、言わないのよ」

 

「君に聞かれなかったからな」

 

 アーチャーの返答に凛が怒りを爆発させる寸前に士郎が間に入った。

 

「短気を起こしたら駄目だよ。遠坂先輩」

 

「衛宮君は黙っていて!」

 

「令呪を使わないなら構わんけどね」

 

 図星だったらしく凛は士郎を睨む。

 

「まさか、そんな事する筈が無いでしょう!」

 

 その場に居た全員が凛の言葉を信用していなかった。

 

「そう。なら、アーチャーへのお仕置きは後にして、作戦を考えるべきでしょう」

 

 士郎の提案の正しさを理性で理解が出来る凛だが、感情が追い付かない。

 

(本当に衛宮君とは別人よね。それとも、アーチャーの世界の私は、それほど恨まれたのかしら)

 

 理性の一部がアーチャーの性格形成について分析をしたが口にした事は別の事である。

 

「そうね。死ぬ程、扱き使ってあげるわ!」

 

 アーチャーは自分の死刑執行書にサインをした様であった。

 

 



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団欒

 

 セラの話を聞き終えると同時にリズが帰ってきた。それを合図に朝食となる。。

 凛は宣言通りにアーチャーに朝食作りから給仕までを扱き使うのである。

 イリヤを代表するアインツベルン組には、英霊であるサーヴァントを召し使い同然に使う凛の態度にカルチャーショックを受けていたが、アーチャーの作る食事を味わうと凛の態度に納得したものである。

 

「イリヤ。新都に出掛けようか」

 

 朝食が済んだ後にお茶を片手に士郎がイリヤに持ち掛けた。

 

「何の為に新都に?」

 

 イリヤとしては当然の疑問である。

 

「イリヤも日本に来てから観光とかして無いだろ。今は学校が休みの間しかイリヤと出掛けるチャンスは無いからね」

 

 聖杯戦争中であるにも関わらずに能天気な発言に最初は全員が呆れたものである。

 

「だって、イリヤも聖杯戦争が終われば、次に日本に来るのが何時になるか分からんだろ」

 

 士郎の心情が分かったのである。義理とはいえ、姉に次に会えるのが数年後になるかもしれないのである。士郎にしたら貴重なチャンスなのである。

 

「そうね。大事な弟とのデートだものね」

 

 イリヤの返事に士郎は胸が熱くなるのを覚えた。

 士郎としたら切嗣を盗ったとイリヤに恨まれているのではと思いがあったのである。

 士郎の思いが分からない者は誰も居なかった為に二人のデートには誰も反対はしなかったが、念の為にセイバーとバーサーカーのサーヴァントが護衛に付くのは仕方がない事であった。

 

「では、セイバー。お二人を宜しくお願いします」

 

 霊体化したバーサーカーは別にしてセイバーに執拗に念を入れるセラに日頃の過保護ぶりを見て取る事が出来た。

 知らない人達から見れば外国人の姉妹を案内する日本人の少年に見えた事だろう。

 しかし、実際はセイバーが案内役をしていた。ショッピングモールや映画館に海岸等、イリヤが珍しいがる場所を案内して行く

 

(コイツ。本当は王様じゃなく、ホストじゃないのか?)

 

 普通の女の子が喜ぶ様な場所を案内せずにイリヤが喜びそうな場所をピンポイントで案内するのである。

 

「そろそろ、昼餉の時間ですね。士郎!」

 

「そうだな。イリヤは何が食べたい?」

 

「あのね。日本に来たらスシを食べたいみたかったの!」

 

 恐るべし日本食ブーム。閉鎖的な魔術師の大家の人間も魅了するとは寿司の力は偉大である。

 日本人として日本食が人気なのは嬉しいが、士郎は聖杯戦争が始まって以来の最大のピンチを迎えていた。

 

(寿司の食べ放題とか新都にあったかな?)

 

 神は士郎を見捨てないでいた。回転寿司の食べ放題の登りが視界の端に見えたのである。

 

「よし、日本でも人気のある寿司屋さんに行こう」

 

 士郎は二人を連れて店に入る。平日のランチタイムより僅かに早かった為に士郎が回転寿司のマナーを二人にレクチャーしている間に順番が来たのである。

 

「1時間食べ放題だからね。食べ残しの無い様にね」

 

 結果としてイリヤは満足した様である。レーンを回って来る寿司も注文して自分の前まで列車が運んで来る寿司も珍しく好きなネタを選んで食べれる事もイリヤを喜ばせた。

 

「日本人は凄いわ。少しずつ色んな味が楽しめなんて!」

 

「イリヤスフィールの言う通りです。魚の切り身を米の上に乗せただけのシンプルな料理で多種多様の味を出せるとは!」

 

(そりゃ、千年前の戦時中の人からしたらね)

 

 士郎はセイバーの言葉を聞いて平和の尊さを実感したのである。

 店を出た後で再びセイバーが近くの飲食店に引き寄せられて行く。

 

「セイバー。何処へ行く?」

 

 夢遊病者の様な様子のセイバーを見たイリヤなどは瞬間的に魔術を掛けられたと疑った程である。

 

「士郎。魔術じゃないみたい」

 

「これは、魔術じゃないけど、別の魔力だな」

 

 セイバーが引き寄せられる方向にはラーメン屋の登りと豚骨スープ特有の芳香が流れている。

 

「士郎。先程の食事は少々、軽かったのでラーメン等は如何でしょうか?」

 

 呆れる士郎の横で目が点になるイリヤであった。

 

「イリヤ。セイバーには責任は無い。未熟なマスターの俺がセイバーに十分な魔力提供が出来ないのが悪いだけだ」

 

「そういう問題?」

 

 イリヤにしても初めての経験である。もっともイリヤじゃなくても普通の人でも初めての経験である。

 

「まあ。仕方がない。セイバーの好きにするれば良い」

 

「では、遠慮なく!」

 

 諦めた様子の士郎に嬉々として返事をするセイバーに呆気にとられるイリヤであった。

 

「8玉のラーメンを30分で食べれば料金無料で賞金も貰えるのですか。本当に日本は良い国です」

 

 セイバーが店内に入ると店員が慌てながら店主に報告する。

 

「大変です。例の白い悪魔が来ました。断りますか?」

 

 動転した店員の声はカウンターに居た客やエアコンの風に乗り士郎とイリヤにも聞こえていた。

 既に「白い悪魔」と呼ばれているセイバーの来客を断っても、店側としても当然の判断であると言えた。

 しかし、店主は逃げる事を恥と考える男であった。

 

「男なら負けると分かっていても戦わないといけない時がある。その時が今なのだ!」

 

 店主は玉砕覚悟でセイバーの挑戦を受けたのである。

 15分後。セイバーの前には空になった巨大な丼があった。

 しかし、白い悪魔の恐怖の伝説は、まだ続くのであった。

 

「本当に美味でした。この様に美味な料理を提供してくれた店主に感謝を」

 

 セイバーの言葉に気を良くした店主の束の間の幸せだった。賞金を受け取ったセイバーの次の台詞で恐怖に変わる。

 

「では、おかわりを所望します!」

 

 注文を受けた店員が震える声でオーダーを店主に通す。

 

「宜しい。本懐である!」

 

 店主は無自覚に無慈悲なセイバーの挑戦を受けるのであった。

 セイバーは一度目と変わらぬペースで完食して賞金を手に店を出て行く。

 セイバーが出た後には、店の隅で椅子に腰を掛けて真っ白に燃え尽きた店主の姿があった。

 店内で一部始終を見た客達は店主に対して敬礼して退店したのであった。

 白い悪魔の恐怖伝説が終了するまで、あと幾日かの時が必要なのである。

 セイバーが恐怖の伝説を作った後にファンシーショップで買い物する一行であった。

 

「うわ。どれも可愛い!」

 

「本当に、どれも愛らしいですね」

 

(女の人って、大人になっても可愛いぬいぐるみが好きなんだなあ)

 

 士郎にしたら容姿が小学生のイリヤは18歳、自分と同年代のセイバーは年齢不詳だが一応は子持ちである。

 その二人がファンシーショップの店内でヌイグルミを見て喜ぶ姿は奇異に写るのである。

 

「シロウ。この猫がいいわ」

 

 イリヤが選んだのは黒猫の仔猫のヌイグルミである。

 

「イリヤは流石に魔術師とだな」

 

 士郎が感心しているとセイバーもヌイグルミを選んだ様である。

 

「私は、この子が良いです」

 

 セイバーが選んだのはライオンのヌイグルミである。

 

「ライオンか。セイバーらしいね」

 

 士郎は苦笑しながらも代金を払う。

 

「シロウ。一生大事にするね」

 

 イリヤの言葉で士郎の頬も緩んでしまう。

 

「じゃあ。帰りに商店街で買い物をして帰ろう」

 

 深山町の商店街での買い物もイリヤには珍しい体験の様である。

 魚屋の生きたカニや生の魚もイリヤには初めて目にする物である。

 

「セイバー。ドイツには日本みたいな魚屋さんは無いのか?」

 

「私も詳しくは知りませんが、イリヤの住んでいたアインツベルンの城は人里離れた山岳地帯に在りました」

 

「成る程ね」

 

 士郎は納得すると、あるアイディアが浮かんだ。

 

「イリヤ。聖杯戦争が終わったら魚釣りに一緒に行こう。自分で釣った魚は格別に美味しいぞ!」

 

 士郎の提案にイリヤは目を輝かせる。

 

「シロウ。約束よ。絶対だからね!」

 

「うん。約束だ!」

 

 セイバーはイリヤと士郎が仲良く笑い合っている光景を見てアイリスフィールと切嗣を思い出した。

 

(騎士王の名にかけて、イリヤスフィールと士郎は必ず守ります。惜しむらくは彼らの行く末を最後ま見守れない事だ)

 

 そこまで考えた後にセイバーは自嘲した。

 

(私が見守る必要はありませんね。士郎には桜や凛にイリヤ。大河が居るのですから)

 

「セイバーも聖杯戦争が終わった後の身の振り方は考えていてくれよ。この時代で新しい人生を始めるのもセイバーの自由だ」

 

「……!」

 

 意外な士郎の発言にセイバーも絶句する。

 

「だって、急いで座に帰る必要も無いだろう。この時代を楽しんでから帰ればいいよ」

 

 言われてみれば、士郎の言う事は尤もな話なのである。英霊の身には時間の概念は通常とは違うのである。

 

「しかし、聖杯のサポートが無ければ受肉したとしても士郎の魔力では現界出来ないのでは?」

 

「その辺は、キャスターに知恵を借りれば良いさ。僕はセイバーに居て欲しい」

 

 士郎の気持ちは嬉しいのだが、それはそれで困るのである。

 今の士郎の気持ちに嘘が無い事は分かるが、人は成長するのである。

 何時かはセイバーを必要としなくなる日が来るのである。

 

(確かに、その日まで現界しているのも悪くはないでしょう)

 

 セイバーは気付かないでいたが、生前に王として生きて為にセイバーが手に入れる事が出来なかった家族の団欒が、そこに存在していたのである。

 セイバーが士郎の提案に惹かれたのも無理からぬ話であった。

 



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修行と講義と戦う意義

 

 その日の夕食はイリヤの希望でハマチの刺身と照り焼きになった。

 

「士郎は凄いわ。あんな大きな魚を綺麗にカットするんだもん」

 

「慣れると簡単なんだよ。それより、イリヤは箸の扱いが上手だなぁ」

 

 イリヤは外国人にしては器用に箸を使っている。お付きのメイド二人も上手に箸を使っている。

 

「我が国では生の魚を食べる文化は無いので貴重な体験です」

 

 そう言うセラは西洋人特有の行動でワサビを山盛り刺身に乗せて食べている。

 

(西洋の人はワサビが好きなのだろうか?)

 

 士郎が疑問に思ったが口にはせずに葛木に声を掛けた。

 

「葛木先生。食事が終わったらセイバーと一緒にアニメを観てくれませんか?」

 

「別に構わんが何故だ?」

 

「セイバーにタイムパラドックスを理解して欲しいのですが、先生に解説役をお願いしたいのです」

 

「承知した」

 

「衛宮君は私の部屋で訓練よ」

 

 凛は士郎が投影魔術を使う事を知ったので魔術の基礎を教えるつもりである。

 

「妹さんは私が引き受けるわ」

 

 メディアが凛に声を掛けた。メディアは桜を生贄にした罪悪感が有るのか桜に対しては親切である。

 凛もメディアに対しては魔術の大家である為に信用をしている。

 それに、凛自身も間桐の魔術の一部を知っているので同性とは言え肉親では立ち入る事が出来ない領域がある。

 

「では、妹の事は頼みます」

 

 アーチャーに食事の後片付けを任せると、それぞれが修行なり講義を受ける事になる。

 

「衛宮君。倉の中の作品は全部処分したからね」

 

「えっ、そんな勝手な事を!」

 

 士郎の抗議を凛は一蹴する。

 

「あんな物を魔術協会に見つかれば保護の名目でホルマリン漬けにされるわよ!」

 

 凛の言葉で士郎も顔色を変える。

 

「魔術とは等価交換を実現する技術よ。欲しい物を有る所から持ってくる術よ。分かる?」

 

「そういう物なんですか」

 

 凛は魔術を通り超して魔法レベルの技術を持った素人に呆れる。

 

「予想はしていたけど、そこから教える必要が有るとはね」

 

 凛が士郎の素人丸出しの発言に頭を抱えていた頃、妹はメディアから魔術の関しての知識量のテストをされていた。

 テストの方法がペーパーテストなのはマスターの影響であろう。

 

「貴女が魔術師として教育を受けて無い事が良く分かったわ」

 

 メディアは内心の怒りを隠して溜め息をついた。メディア自身が桜を囮に凛を生贄と考えていた事と別に、間桐臓硯に対しては激しい憎悪を覚える。

 間桐臓硯が桜を子供を産ませる胎盤として考えていた事はメディアにも許容が出来た。

 メディアの時代と共通する社会認識であった為である。

 しかし、体内に寄生して魔力と生命力を搾取するとなると話が違ってくるのである。

 メディアの魔術の師であるヘカティアは女性魔術師の守護神でもあった為に、女性に理不尽な行いをする者にメディアは容赦しないのである。

 

「まずは、自分の健康の事を考えなさい。その後に魔力の使い方を覚えましょう」

 

 女性を理不尽な行為をする者に容赦しない反面で理不尽な扱いをされた女性には優しいのがメディアである。

 彼女自身も生前は理不尽な男性の犠牲者だったからである。

 

「やっぱり、私は魔術師にならないと駄目なんでしょうか?」

 

 桜の質問で、桜が魔術と関係なく平凡で穏やかな人生を望んでいる事が分かった。

 

「安心なさい。貴女が望む人生を得る為に自身の魔力の使い方を覚えるのよ」

 

 魔術や陰謀とは関係なく、穏やかな人生を送りたいとの思いはメディア自身の思いでもある。

 

「それに、魔術の世界は等価交換の世界よ。私も貴女に色々と教わりたい事があるの。だから、貴女が別に恩義を感じる必要は無いわ」

 

「私に教えられる事は無いと思いますよ」

 

「いいえ。この時代の料理や家事を教えてもらうわよ。今日の坊やみたいにナイフ1本で、あんな巨大な魚を解体するなんて、私からしたら魔術よ!」

 

 桜もメディアの気持ちが理解が出来る。士郎が中学生でありながら、ハマチを捌く光景を見て女性として、色々と焦る気持ちになるのである。

 

「でも。この時代でも士郎君の料理の腕は普通以上なんですけど」

 

 桜が事実を口にしたが、メディアの意見は桜の想像の斜め上であった。

 

「宗一郎様の伴侶になるなら、料理が上手なのは当然の事よ。他の男が羨ましがる程度にならなくては!」

 

 どうやら、古今東西で愛に生きる女性の価値観は不変の様である。

 

(メディアさんみたいな歴史上の女性も考える事は同じなのね)

 

 桜がメディアに親近感を抱いていた頃、葛木はセイバーの相手に頭を抱えたい衝動に襲われていた。

 

(何故、戦場で実戦を経験している人間がアニメの戦闘シーンに夢中になれる?)

 

 セイバーはアニメに夢中になっていて、タイムパラドックスの事は眼中に無い様子である。

 職業柄、人に物を教えたり説明する事には慣れているつもりだったが、セイバーに理解させる事には手を焼きそうである。

 

「一度、衛宮と相談するべきだな」

 

 聖杯戦争関係者でキャスターのマスターという事を除けば葛木宗一郎が一番の常識人なのかもしれない。

 衛宮邸で一番の非常識と思われる士郎は凛からシゴかれていた。

 

「毎回、魔術回路を一から作るとか無駄をしないでスイッチを頭の中に作るの」

 

「スイッチ?」

 

「そう。今の飲ませた宝石は頭の中のスイッチを強制的にオンにするわ。一度、スイッチを作れば、スイッチの入れたり切ったりで魔術が使えるわ」

 

 目の焦点が合わなく頭の中に霧がかかる。

 

「我慢して頭の中でスイッチをイメージしなさい」

 

「スイッチをイメージ……」

 

 この時、士郎がイメージしたのは奥歯に加速装置を仕込んだ某サイボーグや両肩のスイッチを押して変身する某ロボットであった。

 

「今日は無理みたいね。ここまでにしましょう」

 

 凛から解放された士郎は縁側で身体の火照りを鎮める為に月を眺める。

 

「ふむ。凛も甘いなあ。この程度で貴様を解放するとは」

 

 アーチャーが隣に実体化してきた。

 

「遠坂先輩は優しいからね」

 

「だから、凛も甘いと言うのだ。所詮、天才に凡人の悩みは理解が出来ん。凡人には凡人の対応がある」

 

「成る程ね。やっぱり僕には魔術師の才能は無いか」

 

「うむ。魔術師としては皆無だな」

 

 士郎との会話をしながらアーチャーは違和感を覚える。自分が眼前の少年の年頃なら反発していた筈であった。

 

(やはり、この少年と自分は別人なのだな)

 

「サーヴァントとの戦いなれば衛宮士郎に勝ち目は無い。これが現実だ!」

 

「葛木先生は例外中の例外なのか!」

 

「ああ、葛木にしても最初だけだ。二回目は勝てぬ」

 

「セイントみたいだね」

 

「そうだ。ならば、せめてイメージしろ!」

 

「イメージ?」

 

「そうだ。現実では勝てないなら想像の中で勝てる物を幻想しろ」

 

「勝てる物を幻想する」

 

「それぐらいしか、お前には出来ぬ!」

 

 アーチャーは言いたい事を言うと霊体化して士郎を一人にする。

 

(この世界の衛宮士郎が、どの様に反応するか見物だな)

 

 嘗ての自分とは違う反応を起こす事を期待している事をアーチャーは理解していた。

 

「勝てる物を幻想ね。成る程」

 

 士郎はアーチャーの助言に考え込むのであった。蟻を倒すのに大型ライフルは使わない。巨象を倒すのに殺虫剤は使わない。

 

「確かに、正面から勝てぬなら勝てる物を考えるべきだよな」

 

 士郎の呟きを聞いているのは夜空の満月のみであった。

 

「お嬢様。夜風は身体に毒ですよ」

 

 屋根の上でセラがコートを片手にイリヤを窘める。

 

「分かったわ。日本よりドイツで観る月の方が綺麗ね」

 

 セラから上着を受け取りながらイリヤが呟く。

 

「日本は空気が汚れてますから」

 

「でも、食べ物はドイツより美味しいわ」

 

「日本はドイツと違い水に恵まれ海に囲まれてますから」

 

「もっと、色々な物を食べたいなあ」

 

「出来ますよ。この聖杯戦争が無事に終われば」

 

「そうね。でも、セラとリズが居ないと楽しくないなあ」

 

「はい。私達はお嬢様の側に、これからも居ますから安心して下さい」

 

「そうね。セラとリズがお婆さんになっても、私の側にいて欲しい」

 

 その言葉を聞いたセラはイリヤを抱きしめた。

 

「ええ、お嬢様が離れろと言っても離れませんから」

 

 イリヤの命は聖杯戦争の終了と共に尽きる命である。

 しかし、士郎の出現で状況が変わったのである。小聖杯は出現させずに大聖杯の破壊ないし浄化を行えば、次の聖杯戦争までは六十年の歳月が必要となる。

 それは、イリヤの延命にも繋がるのである。そして、聖杯の器としての人生を甘受していたイリヤが自身の延命の為に戦う事を告げたのである。それも自分達と共に生きたと宣言してくれたのである。

 

「お嬢様。立派ですよ」

 

「ううん。私は立派じゃないわ。士郎が居なかったら、こんな事を考えもしなかったもの」

 

「立派な弟様を持たれましたね」

 

「うん。自慢の弟よ」

 

 警備の為に霊体化して屋根にいた小次郎は二人の会話を聞いて屋根を降りるのであった。

 地上に降りた小次郎は実体化すると満月を眺めながら頬笑むのである。

 

「がむしゃらに剣の道を進んでいたが、剣の道を進む意味を死後に見出だすとはな」

 

 強くなりと剣の道を進んでから士官も固辞して修行に三昧の人生だった。

 人生に悔いは無かったが好敵手と呼べる者と立合えなかった事が残念であった。

 

「全力を出せる者と立ち合えるかと思い、聖杯の召喚に応じたが望外の収穫があったな」

 

 

 



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8人目のマスター

 

 衛宮士郎の朝は早い。今朝は昨晩の残りのハマチのアラを使ってアラ炊きを作っている。大根と人参を鍋底に敷き詰めて焦げ防止と火が通り易くする為である。

 それと同時に大根おろしと納豆の準備をする。

 

「アーチャーには大根おろしをお願いします。僕は味噌汁を作りますから」

 

「了解した。大根と人参の皮はどうする?」

 

「後で庭に埋めて肥料にしますから」

 

 同時進行で士郎は塩鮭の切り身も炙っている。

 

「おばよう」

 

 凛が幽鬼さながらの風情で台所に入って来る。

 

「凛。君という人間は!」

 

「分かっているわよ。その為にも牛乳を頂戴」

 

 アーチャーも手慣れたもので冷蔵庫から牛乳を取り出して手渡す。

 

「ありがとう。アーチャー」

 

 受け取った牛乳を某アニメの作戦部長の如く一気飲みする凛の姿を見て士郎は本当に桜の実姉なのか信じられない。

 

(家庭教育の差なのか。なら、ワカメ頭に感謝だな)

 

 本当に姉妹なのか他にもの疑わしい部分が士郎にはあるのだが、賢明にも士郎は口に出さなかった。

 

 朝食の準備が出来た頃に桜も起きてきた。

 

「ごめんね。士郎君」

 

「桜先輩はお客様なんですから、それに昨日はキャスターと遅くまで起きていたんでしょう」

 

「私は大丈夫よ。それよりはキャスターさんの方が心配だわ」

 

「私は大丈夫だと言いたいけど、久しぶりの生身の身体には睡眠不足は堪えるわ」

 

 キャスターも肉体年齢的には若いが十代の桜ほどでは無い様子である。

 

「キャスターさん。私の為にすいません」

 

「別に貴女の責任では無いわ。それより、明日からは私も朝食作りに参加させて頂戴」

 

「はあ。それは助かりますけど」

 

「そんな、不思議そうな顔をする必要は無いわよ。この時代の料理を宗一郎様には差し上げたいですもの」

 

 朝から惚気話をするメディアの態度が堂々としているので、士郎と桜は惚気話をされてる自覚もなかった。

 

「それなら、夕食の後に朝食の仕込みをしますから、その時に簡単な説明からしましょう」

 

「それに、キャスターには洋食を先に覚えてもらった方がいいでしょう。葛木先生は少し痩せ気味ですから」

 

 士郎はメディアと話をして、ある疑問が浮かんでメディアに質問した。

 

「キャスターが生きていた頃の料理とは、どんな料理なの?」

 

「私の国では魚の料理とか乾燥させた果物が多かったわよ。魚料理と言っても塩焼きが多かったわ」

 

「へえ。キャスターの故郷は海が近かったんだ」

 

「そうよ。マグロの塩焼きとかブダイのオリーブ油焼きとかウナギの蒸し焼きとか食べていたわ」

 

「マグロの塩焼きとかウナギの蒸し焼きとか、日本と変わらんね」

 

 士郎の感想は素直で単純であった。その後、士郎と桜は大河と慎二の見舞いを兼ねて買い物に出る事になる。

 用心の為に霊体化したライダーとセイバーを連れて行く。

 

「キャスター。ちょっと話があるのだけど」

 

「何かしら?」

 

 凛は居間の卓袱台にお茶を用意してキャスターに話が長くなる事を言外に告げる。

 

「昨夜、ランサーの動きを探りに新都を回ったのだけどね。ランサーのマスターらしき人物を発見したの」

 

「生きていたの?」

 

「令呪のある左手を奪われて瀕死だったけどね」

 

 魔術師らしく常人では有り得ない生命力を発揮して生き残っていた。

 

「ここには6人のマスターとサーヴァントが居るわ。7人目のマスターは誰が倒したのかしらね」

 

 メディアが事態を整理する。

 

「金ピカのマスターがランサーのマスターから令呪とランサーを奪ったんでしょう」

 

「問題はランサーのマスターから令呪とランサーを奪った8人目のマスターが誰で何処に居るかでしょう」

 

「前回の聖杯戦争の生き残りのマスターなんでしょうけど、前回の聖杯戦争の事を知っている人間が極端に少ないから」

 

 セイバーの証言によれば、前回の聖杯戦争で生き残ったマスターは3人だけである。

 

 

「それで、8人目のマスターを私に探せと貴女は言いたいのね」

 

「生き残ったマスターの身元は既に分かっているわ」

 

「あら、そうなの?」

 

 メディアにしたら、8人目のマスターを探し出す事を依頼されると思っていたので意表を突かれた。

 

「生き残ったのは3人の内、1人は既に故人となっているわ」

 

「問題は残り2人だけど、1人は現在、イギリスの時計塔にいるわ。既に時計塔に確認済みよ」

 

「あら、昨日の今日で早いわね」

 

「そりゃ、土地の提供者なんですも魔術協会も遠坂の機嫌を損ねて聖杯戦争に土地を貸さないと言われたら困るもの」

 

 凛の言い分に思わず笑みが漏れてしまったメディアであった。

 

「それで、残った1人は誰なのかしら?」

 

「今回の聖杯戦争の監視役をしている言峰綺礼神父よ」

 

「まあ。今も昔も宗教関係者の腐敗ぶりは変わらないわね」

 

 今度は苦笑をするメディアであった。

 

「それで、どうして坊やには内緒で私にだけ教えてくれたのかしら?」

 

「衛宮君は、まだ子供よ。人間同士の殺し合いを見せたくないのよ」

 

 メディアは凛の心情を理解した。凛は士郎と桜には魔術の世界と無縁の人生を送って欲しいのだろ。

 

「貴女の気持ちは分かるけど、貴女が思っている程、あの坊やは弱くは無いわよ」

 

 この辺りは魔術師というより17歳の少女と波瀾万丈の人生を生き抜いた大人の差であろう。

 

「まあ。良い子には変わらないし善人には違い無いけど、敵対する人間には容赦しない子よ」

 

 メディアの人物鑑定に異議は無い凛だが、全面的に受け入れられる意見でもなかった。

 霊体化して話を聞いていた。アーチャーもメディアの意見には賛成だった。同じ衛宮士郎でも自分とは全くの別人である。

 周囲の人を捨て正義の味方になった自分と周囲の人を守る為に戦う士郎とは似て非なる者であった。

 

「まあ。どちらにしても衛宮君も桜も魔術の世界には合わないわ」

 

 凛の感想に苦笑しながらも同意するメディアとアーチャーであった。

 

 凛から魔術の世界に向いて無いと評された二人は大河と慎二の見舞いが終わると新都の飲食店街を歩いていた。

 

「セイバーさんを置いて来て良いの?」

 

「問題無い。店長が気の毒になるだけだから」

 

 セイバーは焼き肉屋で5キロの肉を食べれば賞金10万円の大食いチャレンジ中である。

 セイバーが店に入った時、店長が死刑宣告を受けた被告人の様な表情見せたのが気の毒に思える士郎であった。

 

「それより、桜先輩と歩くのは久しぶりですね」

 

「そうね。士郎君と街中を歩くのは久しぶりね」

 

 桜と手を繋ぎたいのだが、勇気の出ない士郎である。

 

「ほら、はぐれない様にしないと」

 

 桜が歳上の余裕を見せて士郎の手を握ると士郎の顔が赤くなる。

 

(これくらいで顔を赤くして可愛いなあ)

 

 桜が士郎の反応を堪能していると霊体化していたライダーか報告があった。

 

(サクラ。近くにサーヴァントの気配があります)

 

 報告を受けた桜が一瞬だけ硬直する。

 

「桜先輩。ライダーから何か報告があった?」

 

 士郎が桜の一瞬の反応から、敏感に事態を把握する。

 

「近くにサーヴァントが居るみたいなの?」

 

「なら、このまま街中に居た方が良さそうだね」

 

「そうね」

 

 2人はセイバーが食事中の店に戻る事にした。

 

(もう。桜先輩と2人だけになれたのに)

 

 正解には霊体化したライダーが傍らに居るので2人だけでは無いが士郎にしたらデートに水を差された気分である。

 店に戻るとセイバーが賞金を手に店から出たところであった。

 

「士郎。サーヴァントの気配がします!」

 

「そうか。僕達を尾行しているのか」

 

「士郎君。どうする?」

 

「タクシーで家に帰りますか。流石にタクシーを襲う事は無いでしょう」

 

 タクシーで自宅まで帰り、門をくぐるとランサーが実体化して付いて来た。

 

「冷たいじゃないか。坊主」

 

「停戦の返事でも持って来たのか?」

 

 桜とのデートを邪魔されて機嫌の悪い士郎である。

 

「悪いな。実はマスターが坊主に話があってな。その使い走りで来たのさ」

 

「ほう。日時と場所は?」

 

「明日の正午に中華料理屋「泰山」に招待すると言っている」

 

「それは、ご丁寧に」

 

「坊主よ。自分のマスターながら何を考えているか分からん奴だからな。油断するなよ」

 

「分かった。所で使者の貴方の労をねぎらい。今晩は夕食に招待しますよ」

 

 士郎が言い終えるのと同時にランサーの機嫌が一気に悪くなる。

 

「卑怯者め!」

 

「何回も言うけど、他人の事を言えた義理か!」

 

 ランサーも自分の不利を自覚していて、直ぐに退散する気でいたがタイミングを逃してしまった。

 

「まあ。諦めなさい。貴方も最初から捨て駒にされる事は分かっていた筈でしょう」

 

「ふん。ぬかせ!」

 

 悪態をつくランサーに士郎は意地の悪い笑顔を浮かべると視線はセイバーに向けたまま指示を出す。

 

「セイバー。冷凍庫から犬の肉を出してくれ」

 

 ランサー以外の者は衛宮家の冷凍庫に犬の肉が存在しない事を知っているが、ランサーは知らない為に顔色を服と同じ様に青くする。

 

「外国人には、すき焼き、しゃぶしゃぶが宜しいかな」

 

 士郎の問いに応えたのはランサーではなく、セイバーであった。

 

「士郎。私はしゃぶしゃぶが良いです!」

 

 透かさずに士郎に合わせるのは士郎の影響かセイバー自身の性格なのか不明である。

 どちらにしても見事なコンビネーションであった。

 

「もう、好きにしてくれ!」

 

 この日、夕食として寄せ鍋が食卓に供されるまてランサーは衛宮邸に宿泊する者達の玩具にされるのであった。

 



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謎解き

 

 ランサーは寄せ鍋のシメのうどんの後のシメのシメの雑炊を食している最中にルールブレイカーで背後から一突きされてしまった。

 

「我ながら情けない」

 

 食事前は犬を食わせると脅された挙げ句、寄せ鍋の具材を見て安心した後で寄せ鍋の魅力に警戒心が薄れたのである。

 

「此方も、本当に成功するとは思っていなかったよ」

 

 実行犯のメディアも士郎の感想に左手の甲に浮かんだ令呪に視線を向けながらな頷いている。

 

「こんな事なら召喚に応じるんじゃなかったぜ。豪傑と全力で闘えると思ったのに!」

 

 愚痴を言うランサーに士郎も苦笑しながらも流石に同情した。

 

「まあ。殺し合いは駄目だけど、試合なら道場でしてもいいよ」

 

 士郎の言葉に目を輝かせるランサーとセイバーに呆れる士郎であった。

 

(セイバーもバトルジャンキーだったか)

 

「まあ、その前に貴方が知っている全部の情報を吐いてもらいますよ」

 

 アーチャーが人数分の茶を用意した事からランサーの証人喚問が始まった。

 

「俺の最初のマスターは時計塔から派遣された女魔術師だったが、日本に来て最初に、この町の教会に挨拶に行って奴に襲われた」

 

「その人なら、私が発見して病院に運んだわ。命に別状ないわ」

 

「そうか。本人の不覚とは言え気の合う奴だったから、嬢ちゃんには俺からも礼を言わせて貰うぜ」

 

 謝辞を口にするランサーを見て、北欧の英雄が小娘に簡単に頭を下げる事に凛も軽い驚きを隠せない。

 

(恩を受けたら、相手が誰でも素直に頭を下げるとは、流石に英雄と呼ばれる人間は違うもんだな)

 

 ランサーには悪印象しかなかった士郎もランサーの態度に感心したが口では話の先催促する。

 

「それで、神父の目的は何ですか?」

 

「ああ、奴は聖杯が欲しい訳じゃない。単に倫理観が崩壊しているだけさ。信仰心は本物だが常人と美醜の価値観が逆転してやがる」

 

「昔からヤバい奴だと思っていたけど、本物だったのね」

 

 言峰綺礼とは付き合いの長い凛の感想に一同は暗澹たる気分になる。

 

「まあ。日本なら珍しく無い話だわ。学校の教師が教え子相手に猥褻事件を犯すし、警官が落とし物をネコババして届けに来た妊婦に警察署ぐるみで濡れ衣を着せる」

 

「おいおい、俺達の時代より遥かに豊かな時代なのに大丈夫なのか?」

 

 ランサーも士郎の話に他人事ながら心配をする。

 

「まあ。大丈夫では無いですが、未来の事より目先の問題でして、それで金ピカの目的は?」

 

 ランサーも士郎が危惧する事は分かる。この冬木市に居れば嫌でも10年前の惨劇は耳に入る。

 

「奴にしても聖杯戦争も単なる余興に過ぎん。セイバーを伴侶にしたいのも単なる退屈しのぎさ」

 

 ランサーの言葉でセイバーが色々な意味で憤るのが分かったが、今は話を先に進める。

 

「奴も聖杯には興味がないのですか?」

 

「奴の場合は興味が無いが他人が聖杯を使う事が我慢ならないらしい」

 

「そう言えば、そんな事を言っていたなあ。セイバーを口説きたいなら聖杯でもプレゼントすればいいのに」

 

 士郎の言葉にコメカミに青筋が浮かぶが我慢するセイバーに気づかないまま話を続ける士郎である。

 

「神父は明日は僕に何を話すつもりなんでしょうか?」

 

「分からんよ。あの手の異常者の考える事は常人には理解が出来んよ」

 

 ランサーは言峰に対しては深く考え無い事にしている様である。

 これ以上はランサーから情報を得られないと判断した一同は明日の言峰との会談に対して話をする事にした。

 

「綺礼に対しては私に一任させてもらうわよ」

 

 凛は自身の後見人なだけに思う所があるらしく開口一番に宣言した。

 

「それは構いませんが金ピカとの闘いだけは避けて下さい。どちらが勝っても、大聖杯に力を与えるのはまずいです」

 

 士郎が凜に釘を刺す。

 

「分かっているわよ。綺礼だけを排除するだけなら問題は無いでしょう」

 

「まあ。神父を排除すれば金ピカの力は半減するでしょうけど」

 

「その事でランサーに話が有るのだけど、その前に衛宮君は先にお風呂に入りなさい。子供が夜更かしをするもんじゃないわよ」

 

 凛に言われて見れば夜も遅い時間になっている。

 

「その前に、これを坊やとサクラちゃんは飲んでね」

 

 メディアが差し出したカップには黒い液体が入っていた。

 

「その怪しげな物は何ですか?」

 

 士郎が質問するとメディアは魔力不足を補う薬湯だと説明する。

 

「だから、レシピを聞いているんですよ!」

 

「坊や。知らない事が幸せな事も世の中にはあるのよ」

 

 メディアが眩しい微笑み浮かべながら不気味な返事をする。

 士郎とメディアの会話をしている隙に、桜がコッソリと居間から逃げ出そうとしたがライダーに捕まる。

 

「放してライダー!」

 

「桜、駄目です。折角、キャスターが桜と士郎の為に煎じてくれたのです」

 

 桜とライダーが揉めている間に士郎も逃げ出そうとするがセイバーに捕まってしまう。

 

「おい。セイバーは僕のサーヴァントだろ」

 

「たとえ主人の不興を買ってでも、主人の健康を守るのは騎士道というものです」

 

「姉さん。助けて!」

 

「諦めなさい」

 

「イリヤ。助けて!」

 

「伝説の英霊が作った薬湯を飲めるなんて、士郎はラッキーよ」

 

「ラッキーじゃない!」

 

 士郎と桜は自身のサーヴァントに羽交い締めにされてメディア手製の薬湯を無理矢理に飲まされる事になった。

 

「「苦い!」」

 

 士郎と桜は異口同音に叫び畳の上を転げ回るのである。

 ライダーは転げ回る2人を両脇に抱えると風呂場まで連行して行く。

 

「こらこら、桜先輩と一緒に連れて行くんじゃない!」

 

 結局、風呂場で薬湯を吐き戻さない様に脱衣場にライダーが待機して交代で風呂に入る士郎と桜であった。

 その間に居間ではアーチャーが深刻で陰惨な議題を提出したのである。

 

「ランサー。君は言峰教会の地下に何があるのか知っているのか?」

 

「ああ、知りたくも無い事だがな。胸糞が悪くなるぜ!」

 

 ランサーの口調には嫌悪感が溢れている。

 

「教会の地下に何があるの?」

 

 メディアの問いに返答したのはランサーではなくアーチャーであった。

 

「あの教会の地下には10年前の大火で孤児となった子供達が英雄王の魔力源として監禁されている」

 

 衝撃の告白であった。魔術師ではない士郎や桜には聞かせられない話にイリヤ達、アインツベルンもアーチャーの告白に嫌悪感を隠そうともしない。対象的に無表情のメディアと葛木である。

 

「キャスター。お前の好きにしろ」

 

 メディアは無表情だが内心は嫌悪感と怒りに満ちていた。葛木以外の者は知らないが、メディアは金で買ってきた子供を魔術儀式の贄にした元のマスターを殺した前科のある女なのである。

 

「今回は、宗一郎様の言葉に甘えさせて頂きます」

 

 簡潔な言葉の裏にある隠しきれない怒りの感情に全員が気づいていた。

 

「キャスター。貴女が手を汚す必要は無いわ。既に教会の本部には連絡済みよ。今日か明日には教会からの刺客が来日している筈よ」

 

 凜はアーチャーに真名を自白させた日に言峰教会の地下室についても告白されており、既に教会本部に冬木の管理者としての恫喝付で報告している。

 

「キャスターには、救出された子達のケアを頼みたいの」

 

 凜の依頼に二つ返事で了承するメディアであった。

 

「しかし、受肉してもサーヴァントのままで魔力が必要とは驚いたわ」

 

 凜にしたら受肉とはメディアの様に二度目の生を得る事だと思っていた。

 

「多分、英雄王は聖杯を手に入れて無いわよ。聖杯の力なら完璧なサーヴァントの受肉程度ならお釣りが来る程度の願いの筈よ」

 

「じゃあ。どうやって金ピカは今の受肉をしたの?」

 

 凜は肝心な聖杯に関しては深く考えていなかった。それよりは、聖杯戦争に勝利する事が遥かに重要事項であり、その為にセイバーのサーヴァントを手に入れる事のみを考えていたのである。

 

「恐らくは聖杯の中身を飲んだのでしょうね。普通なら聖杯から取り込まれるでしょうけど、逆に聖杯の力を取り込むとは、流石は英雄王ね」

 

 キャスターの言には英雄王に対する畏怖も込められている。

 宝具の数に精神の強さからも最強のサーヴァントである事は否定が出来ない。

 

「出来れば敵に回したくない相手ね」

 

 凜の呟きは、この場にいる者の全員の本音でもあった。

 

「綺礼だけなら、何とでもなるけどね」

 

 言峰綺礼を倒すのも困難であるが出来ない事では無い。ギルガメッシュを倒す事は困難を超えて至難の業である。そして、ギルガメッシュを倒す事は大聖杯に力を与える事になるのである。

 ギルガメッシュを倒さずに無力化するしか無いのである。

 

「英雄王に関しては、暫くは静観するしか無いでしょう」

 

 メディアの発言は要約すれば対応策が無いとの宣言であった。

 そして、その宣言に反対する者もいなかったのである。

 

「金ピカを倒す前に大聖杯を破壊すれば、金ピカも安心して倒せるのでは?」

 

 凜の作戦もメディアが即座に否定する。

 

「大聖杯を破壊すれば私と英雄王以外のサーヴァントは現界が出来ないのよ。サーヴァント抜きで英雄王に勝てると貴女は思っているの?」

 

「そうか。金ピカは受肉していたのよね」

 

 メディアの指摘に遠坂家のうっかり病も指摘された気分の凜であった。

 話の流れに口を挟めないセイバーは前回の聖杯戦争でギルガメッシュを討止めなかった事を後悔していた。

 

(今度こそ英雄王は私の手で討止める)

 

 人知れず誓うセイバーであった。

 

 



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刺客

 

 指定された店は商店街にある小さな中華料理店であった。

 士郎が店内に入るとテーブルが縦が三つと入口の横に一つだけの小さな店であった。

 

(これで商売になるのか?)

 

 士郎は場違いな事を考えながら真ん中のテーブルで言峰が既に食事をしていた。

 

「すまんぬな。早く着いたので先に食事にさせて貰っている」

 

 言峰の前の麻婆豆腐を見て士郎の顔が歪む。素人が見ても危険物と判る色をしていた。

 士郎が席に座ると色だけではなく危険な刺激臭が漂ってきた。

 

「食うか?」

 

「食うか!」

 

 士郎は言峰の言葉に脊髄反射で拒否する。

 

「そうか」

 

 言峰が残念そうな顔をするが士郎には一ミリの共感を与えなかった。

 言峰が麻婆豆腐を完食すると店員を呼び二皿目を注文する。

 それに便乗して士郎も炒飯と餃子と中華サラダとデザートに杏仁豆腐とコーヒーを注文する。

 

「杏仁豆腐とコーヒーは食後にお願いします」

 

「私にも食後にコーヒーを」

 

「分かりました」

 

 士郎は店員が厨房に入るのを見届けると言峰に確認をとった。

 

「話は食後で良いでしょう?」

 

 言峰と士郎は運ばれた料理を食べた後に士郎のデザートも終わり、店員が二人の前にコーヒーを運び終えてから話を始めた。

 

「君は聖杯を欲しくは無いのかね?」

 

 言峰にしたら士郎は初めてのタイプの参加者であった。

 聖杯を欲する者。聖杯戦争に参加する事を名誉と捉える者。聖杯戦争で戦って勝つ事に価値を見出だす者。今までの参加者とは違う動機で目の前少年は参加しているのである。

 

「そりゃ、欲しく無いと言えば嘘ですが、使えるか怪しい賞品に命を賭けるほど、馬鹿じゃ有りません。他の参加者も同じです」

 

 言峰としては苦労して手にした紛い物の聖杯が欠陥品と知った時の勝者の落胆する顔が見たいのである。

 士郎の指摘は言峰の愉悦を妨げる発言なのである。

 

「聖杯戦争を継続させたいなら、聖杯の欠陥を修理して欲しいですね。それと、前回のアーチャーの件も有りますからね」

 

 士郎の主張は正論であるだけに言峰も士郎を嗾ける事が出来ないのである。

 

「君も意外と頑固だな」

 

「当然の事を主張しているだけです。逆に教会側は何をしているんですか」

 

 士郎からの逆襲に言峰は自身の不利を認めざる得なかった。

 

「私の一存では決められない事ばかりで私も困っているのだ」

 

「だから、賞品の欠陥を無視して聖杯戦争を始めろと言いたいのですか?」

 

 士郎は言峰と同じ人種に心当たりがあった。本来の業務を行わずに自己の都合を優先する姿勢は学校の教員にそっくりだと思った。

 

(姉ちゃんや葛木先生の方がマシだよなあ)

 

 大河や葛木は教員としては規格外の人間なのだが本来の業務を怠る事の無い人間である。

 

(ヤクザの孫や元殺し屋より質が悪い人間が教員とは大丈夫か?)

 

「そう言う訳では無い。サーヴァントとマスターが同じ場所に終結するのは如何なものかと言っている」

 

「仕方ないでしょう。前回のマスターとサーヴァントが生き残り聖杯戦争を継続するつもりなんですから」

 

 非常に馬鹿馬鹿しい状況である。言峰もランサーが士郎の陣営の手に奪われた事を知っているのに互いに知らないふりをしているのである。

 

「それより、多数決の原理で自分達に賛同して貰えませんか?」

 

 士郎が遠回しとは言えない呼び掛けをする。

 

「私に権限があれば、君達に賛同するのだがな」

 

 言峰は士郎の呼び掛けに応じる気は無い様である。

 

「仕方ないですね。神父さんも上からの命令が無いと動けないのでしょう」

 

 士郎は最初から説得が成功するとも思っていなかったが言峰の説得を諦めたのであった。

 

「神父さん。今日はご馳走様になりました」

 

 結局、会談は何の実りが無いまま終了したのであった。

 

 士郎が言峰との会談を終了させた頃に衛宮邸を電柱の上から眺める視線があった。

 

「ふん。此方の目論み通りにセイバーは小僧に同行している様だな」

 

 ギルガメッシュは衛宮邸に集結しているサーヴァントとマスターを一気に葬る為に遠くから衛宮邸を伺っていた。

 幸いにもギルガメッシュにはアーチャーのサーヴァントとして単独行動スキルと鷹の目を持っている。

 

「綺礼が小僧とセイバーを引きつけている間に事をすますか」

 

 ギルガメッシュの背後に大量の黄金の波紋が現れる。

 ギルガメッシュが所有する宝具の内でも破壊力に優れた宝具を選び衛宮邸を火の海に変えて最悪でもマスター達だけでも葬る気でいた。

 しかし、ギルガメッシュが宝具を射出するより先に衛宮邸から一本の矢が飛んで来た。

 

「雑種め。王に向けて弓を引くとは無礼な!」

 

 電柱の上から飛び降りながらも悪態をつくギルガメッシュである。

 地上に降りたギルガメッシュに今度は赤い閃光が襲い掛かる。

 赤い閃光がギルガメッシュの体に触れる寸前に黄金の波紋が現れて1枚の盾が出現する。

 赤い閃光が盾と衝突すると同時に辺りは白い光に包まれる。

 

「ほう。アイアスの盾を貫くか」

 

 白い光が消えると赤い槍の刃先が盾を貫いていた。

 

「やるではないか。原典のグングニルを超えるとは」

 

 ギルガメッシュが驚きながら感心すると霊体化して姿を消した。

 そして、一瞬前までギルガメッシュが居た地面に矢が突き刺さる。

 

「逃げ足の早い奴だ」

 

「英雄王の襲撃を避けるだけにしろと士郎から言われた筈ですよ」

 

 アーチャーとライダーがペガサスに騎乗して上空からギルガメッシュに攻撃を仕掛けたのである。

 

「うむ。手傷を負わせる程度なら、奴の魔力を削ぐ事になるからな」

 

「確かに、英雄王の魔力源は今頃は断たれている予定ですからね」

 

 ライダーからギルガメッシュの魔力源と言われた言峰は士郎と別れて教会に戻る途中で1台のベンツに呼び止められていた。

 

「言峰神父。今から貴方の教会に向かう所でした」

 

 助手席の窓から教会本部からの中年の査察官の男が顔出す。

 凜とイリヤの連盟で教会本部にクレームを入れた結果である。

 

「これは、査察官殿ですか。予定より早い訪問でしたな」

 

「運良く。飛行機のキャンセルが有りましたのでね。それより、今から教会に戻られるのですか?」

 

「はい」

 

 言峰は一瞬だけ躊躇してから返事をする。

 所詮は現場を知らない官僚に過ぎない。代行者を務めた事のある。自分に害を成す事は無いと判断する。

 

「それは、良かった。娘さんの事で報告する事も有りますので」

 

 査察官は車を降りると後部座席のドアを開けて言峰に同乗を勧める。

 

「これは、助かります」

 

 娘の名を出されて無警戒に査察官に続き後部座席に乗り込む。

 

「では、出してくれ」

 

 査察官 の命令を受けてベンツが走り出すと査察官は懐から1枚の封筒を取り出して言峰に渡す。

 

「先ずは、これを見て下さい」

 

 言峰は査察官から渡された封筒の中身を確認する。中には1枚の写真が入っており、写真には銀髪金眼の少女が写っていた。

 

「カレン……」

 

 産後の肥立ちが悪く妻が亡くなった時、人として欠陥がある自分の元で育てるより、修道院にて育つ事が娘には幸せだと思い、親子の名乗りを挙げないまま修道院に預けた娘である。

 妻に似て病弱だが心穏やかに生活している様子が写真から見てとれる。

 言峰が僅かな間だが人間性を取り戻した瞬間に全身に衝撃が走った。

 

「な、何!」

 

 手にした娘の写真が赤い血に染まった。胸と両腿からは数本の剣が生えていた。座席に細工がされていたのである。

 

「ほう。流石は元代行者ですな。常人なら即死してるのですが」

 

 査察官は感心しながら懐から拳銃を取り出すと言峰の側頭部に向けて引き金を引いた。

 完全防音処置されたベンツの車内で銃声が響いた頃、ギルガメッシュは霊体化して民家の通り抜ける事によって、アーチャーからの追撃を振り切っていた。

 

「綺礼が死んだか」

 

 ギルガメッシュにしても士郎が手を下したとは思っていなかった。

 ランサーが奪われた時点で予測はしていたのである。

 

「しかし、思ったよりは早かったな」

 

 言峰を殺害した者達は既に教会の地下の生贄を解放している事であろう。

 

「さて、受肉した身が魔力供給無しで何日もつ事やら」

 

 現界に未練の無いギルガメッシュであった。受肉してから10年の年月はギルガメッシュに退屈を覚えさせていた。

 あらゆる技術は進化しているが人の営みはギルガメッシュの時代から何の変化が無いのである。

 

「ふん。これも、あの小僧の筋書きか?」

 

 ギルガメッシュの読みは半分は当たりであった。士郎も凜も不祥事隠蔽の為に教会側が何かしらの工作活動に出ると予想はしていたが言峰を殺害するとは予想していなかった。

 

「さて、俺の魔力供給を断った後の奴らの行動は当然、大聖杯の破壊か」

 

 サーヴァントが聖杯の召喚に応じる理由の多くは聖杯である。その聖杯が欠陥品となれば現界する理由も無い。聖杯の破壊に躊躇する事は無いだろう。

 

「他の者は構わんがセイバーまで座に帰られては詰まらんな」

 

 ギルガメッシュとしては士郎達より先に大聖杯を確保して聖杯の中身をセイバーに飲ませて受肉させねばならない。

 

「雑種にしては、良く出来た筋書きではないか」

 

 ギルガメッシュは自分が不利になったとは思っていなかった。

 ギルガメッシュにはサーヴァント全員を敵に回しても勝利する自信があったのである。

 そして、それは事実に裏打ちされた自信であり過信ではなかったのである。

 

 



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宣戦布告

 

 士郎は言峰教会前で凜と合流していた。

 

「桜先輩から連絡が有りました。金ピカが予想通りに奇襲を掛けて来ました」

 

「被害は?」

 

「攻撃前に迎撃して被害はゼロです」

 

「そう。それは良かったわ!」

 

 事前に予想をしていても心配だったのだろう。凜は胸を撫で下ろす。

 

「それより、そちらは?」

 

「連絡があったわ。既に綺礼をして処理して、此方に向かっているわ」

 

「そうですか」

 

 士郎は凜が処分ではなく処理という単語を使った事に言峰の運命を悟ったが何も言わずにいた。

 

「ほら、寒いでしょう。中に入りなさい」

 

 メディアが教会の中から顔を出して士郎と凜を教会内に誘う。

 

「もう、冬の風に当たると風邪をひくわよ」

 

 教会のキッチンでキャスターが温かい麦茶をカップに淹れてくれる。

 

「しかし、私達と同じ飲み物を東洋の島国でも飲んでるとは思わなかったわ」

 

 メディアの話によると、古代ギリシャでもプティサネーという麦茶を飲んでいたそうである。

 

「へえ。今の日本では夏の定番の飲み物だけどね」

 

 口にしてからギリシャも暖かい国だったと納得する士郎であった。

 

「他にもキャスターの時代と同じ食べ物とかあるの?」

 

 士郎の中学生らしい疑問にメディアも苦笑しながらも教えてくれた。

 

「そうね。私達の国も海が近く土地が狭かったので肉より魚を食べていたわ」

 

「日本は島国だからね」

 

「私達の時代だとマグロも食べていたわ」

 

「今の日本と同じだね」

 

 場所と時代が違えども、人の営みは変わらない様である。

 士郎とメディアが話をしている時に凜はメディアの気さくな人柄に驚きを覚えていた。

 

(伝え聞く歴史上の悪女とは思えないわね)

 

 メディア自身が積極的に悪事を働いた事は無いのである。

 常に報復であった。ただ、報復の仕方が苛烈過ぎる為に、当時の人も現代人もメディアを必要以上に恐れるのである。

 

「衛宮君。そう言えばセイバーは?」

 

「セイバーなら、新都にお使いに行って貰った」

 

 士郎の返答に凜も慌てる。

 

「ちょっと、セイバーを連れずに金ピカに襲われたらどうするの?」

 

 凜だけではなくメディアも焦りの表情を見せた。

 

「大丈夫だよ。奴はセイバーのストーカーだからね。僕を殺すとセイバーが現界が出来なくなるからね。それが証拠に僕達を家から引放してから襲撃しただろう」

 

 士郎は豪胆なのか鈍感なのか微妙に思える凜とメディアであった。

 三人が話をしていると査察官と部下がキッチンに入って来た。

 

「遅れて申し訳ない。ミス遠坂」

 

「いいえ。構いませんわ。それより、例の物は?」

 

「表のトレーラーの中です」

 

「では、キャスター。お願い」

 

 メディアは査察官の部下に案内されてキッチンから出て行く。

 

「ミス遠坂と衛宮士郎君には、此方の書類にサインをお願いする」

 

 査察官が差し出した書類には凜と士郎が大学を卒業するまでの全学費を奨学金として聖堂教会が負担する事が明記されている。

 

「後で利息を付けて返せとか書いてないですね」

 

 士郎の言葉に査察官は苦笑しながら返事をする。

 

「何処かの国の様に学生ローンを奨学金と呼ぶ様なセコい事は聖堂教会はしません。安心して奨学金を受け取って下さい」

 

 要は言峰の犯罪行為に対する口止め料である。

 

「衛宮君。子供が遠慮するもんじゃあ無いのよ」

 

 凜が守銭奴らしく書類にサインをする。凜は卒業後に時計塔に留学する事が決まっているので聖堂教会が学費を負担してくれる事は有難いのである。

 

(聖堂教会の金で反目の魔術協会の学校に留学するのかよ)

 

 士郎は査察官の内心を考えると凜が悪魔に見えた事は内緒である。

 二人が書類を確認してサインをした直後にメディアが帰って来た。

 

「二人とも待たせたわね。英雄王の令呪は無事に写し取ったわよ」

 

 メディアは令呪を写し取った魔導書を掲げて見せた。

 

「では、後は我々に任せて下さい」

 

 査察官は他にも言峰の背信行為が無いか家宅捜索を始めるというので三人は邪魔にならない様に帰宅する。

 実は士郎が言峰と食事をしていた隙にメディアと凜は教会の地下でギルガメッシュの贄にされていた子供達の救出作業をしていたのである。

 メディアが贄にされた子供達に回復魔術を施して、凜がアシストを務めたのである。

 

「これで、金ピカを倒す手段は手に入った。後は大聖杯を壊すだけだね」

 

「そうね。勿体ない気がするけど、冬木市の住民の安全には変えられないわ」

 

 帰宅途中での会話である。士郎もメディアと凜が自分には内緒で何か動いていた事は分かっていたが内容までは把握していなかった。

 子供であり魔術の世界と無関係な自分を巻き込みたくないのであろうと二人の気持ちも理解していた。

 

(しかし、遠坂先輩とは将来的には姉弟になる予定なのに、水くさいなあ)

 

 士郎が能天気な事を考えていた頃、新都ではセイバーが昼食を摂り終わり店から出た所をギルガメッシュに待ち伏せされていた。

 

「何のつもりだ。英雄王!」

 

「騎士王とあろう者が雑種の小僧の従属の身とはな」

 

「士郎を愚弄する事は許さんぞ!」

 

「まあ。まて。セイバーよ」

 

 一気に感情を昂らせるセイバーをギルガメッシュは宥める。

 

「どうだ。我が后になる気になったか?」

 

「戯れ言をいうな!」

 

「ほう。ならば、騎士王よ。貴様が渇望する聖杯をくれてやろう」

 

 セイバーの昂った感情がギルガメッシュの一言で一気に醒めた。

 

「英雄王よ、私を謀るつもりか?」

 

 セイバーは美しい顔に似合わぬ冷笑を浮かべていた。

 

「貴様が所有する聖杯の原典では、サーヴァントを受肉させるのが限界。ましては汚染された聖杯には無理な話」

 

 図星をつかれたギルガメッシュの顔が一気に険しくなる。

 

「更に言えば、私は既に聖杯を望んでは無い。過去を修正する事は不可能だと私は知ってしまった。それに、国が滅んでも人が生きていれば新しい国を作る事が出来るが人無しでは国も作れぬ事を私は学んだ」

 

 セイバーの説明を聞きギルガメッシュの表情から険しさが消えた。

 

「ふむ。この数日の僅かな間で成長したか」

 

 10年前の余裕の無かったセイバーが自身の成功も失敗も受け入れる程に成長した事にギルガメッシュも驚きと同時に歓喜した。

 

「良いぞ。益々、気に入ったぞ。そうでなくては、手に入れる甲斐が無いというものだ」

 

 ギルガメッシュも英雄王と呼ばれる程の男である。餌に釣られ程度の女なら興醒めした事であろう。刃向かう者を心身共に屈服させて手に入れる事に価値を認めるのである。

 

「自身も望まぬ相手から求婚をされて、退けた過去を持つ身で言えた義理か!」

 

 セイバーとしては呆れるしかない。ストーカーに言い寄られて最後まで拒絶した者がストーカーに成り果てたのである。

 

「あの程度で諦めるとは、イシュタルも存外に情けない」

 

 ギルガメッシュはセイバーに皮肉を言われても何とも思わない様子である。

 

「まあ、良い。英雄王よ。首を洗って待っていろ!」

 

 セイバーの宣戦布告をギルガメッシュは心地良く聞いていた。

 ギルガメッシュは人生を謳歌する事を信条としていた。全ての事を楽しむギルガメッシュにはセイバーの宣戦布告でさえ娯楽と言えるのである。

 セイバーがギルガメッシュに宣戦布告をしていた頃、既に帰宅した士郎は、庭に居たペガサスと友情を成立させていた。

 

「馬って、たくさん水を飲むんだね」

 

 帰宅した士郎は盥に入れられた水を6杯を飲み干したペガサスと戯れ合っている。

 

「もう、ちょっと待ってね。セイバーに人参を買って来て貰っているからね」

 

 士郎の言葉を理解しているらしくペガサスは士郎の顔を舐めている。

 

「本当に、いい子ね」

 

 桜も珍しく士郎と一緒にペガサスの首を撫でている。

 

「ねえ。ライダー。ユニコーンとペガサスは親戚なの?」

 

 士郎の質問にライダーの後頭部には大きな汗を掻いたが、正面に居る士郎と桜には幸いにも気付かれなかった。

 

「いえ。よく間違えられますが、全く関係ありません」

 

 士郎の質問にライダーが困惑しているとセイバーが帰ってきた。

 

「ただいま。士郎の注文の品を受け取って来ました」

 

 セイバーは「JA冬木人参5kg」と印刷された段ボール両手に持っていた。

 

「セイバー。こっちだよ」

 

 セイバーから人参の箱を受け取ると、ペガサスに人参を与える。

 

「士郎。馬に人参を与える時は人参の頭を掌の窪みに乗せて人参を立て与えるのです」

 

 騎士だけあって、セイバーは馬の扱いに慣れて

いる。士郎と桜もセイバーに倣いペガサスに人参を与える。

 

「たくさん食べなよ。今夜はペガサスにも働いて貰うからね」

 

「では、今夜、仕掛けるつもりですか?」

 

「そりゃそうでしょう。こちらが交渉をしたけど、金ピカの方から攻撃してきたんですから」

 

 士郎も内心はギルガメッシュの様な古代の王が平和的に交渉に応じるとは思っていなかった。

 

「まあ。人間って、権力を握ると他人が自分の為に奉仕する存在と思うからなあ」

 

 士郎の学校の剣道部の新任顧問が士郎の家に道場が有る事を知ると、士郎に承諾を取る前に夏休みの合宿に利用する計画した事があった。

 事前に剣道部の生徒から確認をされた士郎が慌て大河の祖父にあたる藤村雷画に相談をして事なきを得た事がある。

 

(生徒相手に権力を握ると大学を出たばかりの若造さえ増長するんだから、歴史に名を残した王とかなら尚更だろうね)

 

 士郎は最初からギルガメッシュが嫌いだったのである。ギルガメッシュ以外にもセイバーか歴史に名を残した王だったので口にしないだけである。

 

「まあ。こんな馬鹿らしい儀式は終わらすに限るよ」

 

 士郎の言葉はギルガメッシュではなく聖杯戦争に対しての宣戦布告であった。

 



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決戦

 

 士郎と桜はペガサスの背中に乗りご満悦である。自宅から柳洞寺まではアインツベルンが用意した自動車二台に分乗して柳洞寺まで移動してメディアの神殿まではペガサスで移動したのである。

 

「ありがとう。ペガサス」

 

 士郎と桜が異口同音で礼を言うとペガサスが士郎と桜の頬をペロりと一舐する。

 

(桜に懐くのは当然として、この子が、ここまで懐くとは士郎も桜と同様に清い心の持ち主なんでしょうね)

 

 ライダーが身内の身贔屓を絵に描いた様な事を思っていると葛木が作戦の確認を始める。

 

「私とキャスターが神殿で待機して、此方からは間桐と衛宮とアサシンが攻め入る」

 

「はい。キャスターには大聖杯を作った時の本来の入り口から入ったランサー達との連絡役をしてもらいます」

 

 士郎達は二手に別れて大聖杯を目指す事にした。軍事用語で言う分進合撃である。

 ギルガメッシュが外で士郎達を迎撃した場合はギルガメッシュを円の中央に置き包囲して360度から攻撃する。

 ギルガメッシュの宝具が強力でも、360度に宝具を射出すれば攻撃の密度は粗くなり、士郎に言わせれば「当たらなければ、どうと言う事はない」のである。

 ギルガメッシュにしたら狭い洞穴内に士郎達を誘い込む必要に迫られるのである。

 

「ここまでは衛宮の読み通りに敵の攻撃が無かったが既に私達は狭い洞穴内に入った。襲撃の可能がある」

 

 葛木の懸念は当然であるが士郎は楽観視していた。

 

「その場合は、持久戦に持ち込んで、反対側のグループが聖杯を破壊するだけです」

 

「私とキャスターの役目は衛宮達が全滅した場合、この神殿を破壊して地下の大聖杯を破壊するのだな」

 

「はい。その後は葛木先生達には自力で逃亡してもらう事になるのが心苦しいのですが」

 

 神殿側からは士郎と桜の主従コンビとアサシンである。本道側に凜とイリヤの主従コンビとランサーである。

 

「坊や。必ず帰って来なさいよ。坊やには色々と教えて欲しい事があるのだから」

 

 メディアは思わず士郎に声を掛けた。生前に弟を手に掛けた事がトラウマになっていた。

 メディアを召喚したマスターは幼い子供達を犠牲にした事でメディアの怒りを買ったのだが、根元的には弟を手に掛けたトラウマを刺激された結果である。

 

「まあ。一応は全員が帰る事が出来る計算をしてますので」

 

 中学生の士郎はメディアの悪評を知らない。無知なのでメディアに対しては先入観を持つ事なく優しい大人の女性と思っている。

 

「無事に帰ってきたら、ご褒美に箒で空の散歩に招待するわ」

 

 メディアの言葉を横で聞いた葛木が微妙な表情をしたが士郎が喜んでいるので何も口にする事はなかった。

 

「では、行ってきます!」

 

 士郎達がメディアの神殿を出発した頃、凜達も既に大聖杯が設置された本道内に入っていた。

 

「しかし、天然の洞穴を利用したのでしょうけど、江戸時代に大聖杯なんかを、よく設置ができたわね」

 

 凜が自分の先祖が設置したにも関わらずに関心する。

 

「嬢ちゃん達には見えないだろうが壁面に松明を差し込む穴もあるぞ」

 

 ランサーがサーヴァント特有の視力で凜とイリヤに見えない穴の存在を教えてくれる。

 

「地面にも轍の跡が有るわ。馬車で瓦礫を外に運んだのね」

 

 どうやらイリヤは大八車の存在を知らないらしい。

 

「当時としては大工事を、よく冬木藩が黙っていたわね」

 

 凜もイリヤも知らないが聖杯降臨の儀式を始める直前の日本では地震が頻繁していたのである。

 幸いにも冬木は地震の難に見舞われなかったが当時の冬木藩主も防災意識を刺激され、避難所として工事を認めたのである。言わば公共工事としての工事であった。

 

「アーチャー。敵の気配は?」

 

「敵の気配どころか罠も仕掛けてない。どうやら大聖杯と共に我々を待ち構えているようだ」

 

「金ピカらしいわね。私達が束になっても勝てないと思っているのよ。何が英雄王よ。慢心王と名乗るべきよ!」

 

 凜から慢心王と揶揄されたギルガメッシュは大聖杯の上に立ち士郎達の到着を待っていた。

 

「此度の聖杯戦争は興をそそる。あの小僧め。楽しませてくれるではないか」

 

 前回の聖杯戦争で道化ぶりを発揮した言峰綺礼や遠坂時臣より面白味があった。

 言峰綺礼や遠坂時臣と違い士郎の行動はギルガメッシュの意表をつく。

 

「雑種の小僧にしてはサーヴァントとマスターを糾合して我に刃向かうとは無礼を超えて愉快よ」

 

 魔術師として型に嵌まった遠坂時臣や自身の趣向に悩みギルガメッシュに唆された言峰綺礼よりギルガメッシュの興味を刺激する。

 ギルガメッシュにすれば聖杯戦争は座に固定された自身の退屈しのぎでしかないのである。聖杯戦争での勝利は二の次なのである。

 

「悪いな、待たせたな。金ピカ!」

 

 士郎達が到着した様である。

 

「ふむ。思ったより早かったな。雑種」

 

 ギルガメッシュは士郎が、どの様な詭計、奇策に出るか楽しみで機嫌が良い。

 

「一応は聞くが大人しく座に帰る気はないのか?」

 

 士郎がギルガメッシュに最後の説得と言えない説得を試みる。

 

「我を座に帰す気なら実力で帰せ」

 

「そうか。英雄王よ。座に帰る時が来たのだ!」

 

 ギルガメッシュの返答にセイバーが前に出る。

 

「ほう。セイバーよ。懲りずに、また刃向かうのか」

 

 ギルガメッシュの笑みと言葉に神経を逆撫でされたセイバーが飛び出す寸前にセイバーの勘が脳裏で警報を鳴らす。

 

「全員。後退!」

 

 セイバーの呼び掛けに全員が後方に飛び退いた次の瞬間、大聖杯から黒い触手が鞭の様に唸りを挙げて飛び出た。

 

「あ、あれは?」

 

「あれに触れては駄目!」

 

 本道側から到着した凜が黒い触手の正体を看破して警告する。

 

「あれが聖杯を汚染したアンリマユよ。サーヴァントが触れたら取り込まれるわ」

 

 イリヤが黒い触手の正体を暴露する。

 

「英雄王。アンリマユに取り込まれたか!」

 

 セイバーの叫びにギルガメッシュは気分を害した様子で反論する。

 

「取り込まれたのではない。我が取り込んだのだ!」

 

 ギルガメッシュの反論に衝撃を受けたのはセイバーではなくイリヤであった。

 

「そんな、サーヴァントが取り込まれるのではなく逆に取り込むなんて!」

 

 前回の聖杯戦争後にアインツベルンは聖杯の調査を極秘で行ってきたが、サーヴァントが聖杯を取り込むとは全くの予測外の事態であった。

 

「それって、金ピカは聖杯から魔力提供されているのか!」

 

 全ての前提を覆す事実であった。聖杯を取り込むサーヴァントなど、聖杯戦争の根幹から揺るがす事である。

 更に聖杯から魔力提供されているという事は持久戦になれば相対的にギルガメッシュが有利になるのである。

 聖杯からの魔力と人間であるマスターからの魔力では絶対的な差があるのである。

 

「雑種の分際で王に逆らった報いを受けるよい!」

 

 ギルガメッシュが宝具の乱射を始めるが近づく事も出来なかった。

 迂闊に接近すればアンリマユの餌食になる。アンリマユに意識を向ければギルガメッシュの的になるだけである。

 バーサーカーが先頭に立ち、飛来する宝具を打ち払う。

 その後でランサーがゲイボルグ投擲の準備をしている。ゲイボルグ自体は既に防御されているが宝具の乱射を一時的な中断をさせる程度の効果は期待が出来るであろう。

 

「甘いぞ!」

 

 ランサーがゲイボルグを投擲する寸前にランサーの手足が黄金の鎖に拘束された。

 

「何!」

 

 異変に気付いたバーサーカーが石斧で黄金の鎖を断ち切ろうとしたがバーサーカーの力を持ってしても鎖に傷をつける事も出来ない。

 

「バーサーカー、後ろ!」

 

 ランサーの悲鳴でバーサーカーは自身の背中を目掛けて飛来するギルガメッシュの宝具を叩き落とすのと同時にバーサーカーの手足と首に胴にも黄金の鎖が巻き付く。

 

「バーサーカー!」

 

 イリヤが叫ぶと同時に全身を赤く光らせるがバーサーカーに変化は無い。

 

「何故、私の中に帰らないの?」

 

 イリヤの悲痛な叫びに応えたのはバーサーカーではなくギルガメッシュであった。

 

「無駄だ。瞬間転移でも天の鎖からは逃れる事は不可能だ。神性が高ければ高い程、その鎖の餌食になる」

 

「貴様、そんな隠し球を持っていたのか!」

 

 士郎はセイバーから前回のギルガメッシュの戦いについて色々と聞いていたがセイバーはギルガメッシュとイスカンダルの戦いは見ていない。

 見ていない物をサーヴァントでさえ知る事は叶わないのである。

 

「小僧、当たり前だ。我の宝物庫にはあらゆる宝物が貯蔵されている。量は既に我の認識を超えている。余人に把握が出来る筈もない」

 

「自身の財も把握が出来ない程度だから、単純な罠にも簡単に掛かる!」

 

「何だと!」

 

 士郎に代わり、セイバーがギルガメッシュの慢心を揶揄する。

 

「まだ、分からぬとは慢心ではなく、愚鈍だな!」

 

 セイバーがギルガメッシュに対して冷笑を浴びせた時にアーチャーの声が洞窟内に響いた。

 

「so as i pray unlimited blade works」

 

 ギルガメッシュがアーチャーの詠唱が終わるまでの時間稼ぎの為にランサー、バーサーカー、セイバーが囮となっていた事に気付いた時には世界は白い光に染められた。

 



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死闘

 

 ギルガメッシュの眼前には空に浮かぶ巨大な歯車と果てし無い荒野と墓標の如く大地に突き刺さる無数の剣があった。

 

「これは、固有結界」

 

 非現実的な風景であった。固有結界とは術者の心象風景を現実化するものである。

 どの様な人生を歩めば、この風景を内包するに至るのか。

 

「人生を謳歌できぬとは哀れな者よ」

 

 人生を謳歌する事を最大の価値を置くギルガメッシュにしたら愚かな人生としか言えなかった。

 

「貴様に言われなくとも自覚はある!」

 

 アーチャーがギルガメッシュの哀れみを払い退ける様に返した。

 アーチャーの前で天の鎖で捕らえたランサーとバーサーカー主従の姿は見えなかった。戦闘の邪魔になると考えて現実世界に置いてきたのだろう。

 

「ふむ。確かに固有結界を展開すれば多少は有利になると踏んだか。しかし、その程度で勝てると思うの浅慮であるぞ」

 

「それは、承知している」

 

 アーチャーは不利を認めながら余裕を持って応えるのはブラフなのか本音なのかギルガメッシュは判断に迷った。

 

「固有結界を持ち出すとは、意外と楽しませてくれるではないか」

 

「まだ、慢心を捨てぬ。愚か者め!」

 

 この期に及んでも慢心を捨てずにいるギルガメッシュにアーチャーも内心は呆れを通り越して感心している。

 

「ギルガメッシュ。自害しろ!」

 

 令呪を使い命令を下す声が背後より聞こえた。

 

「何!」

 

 アーチャーに気を取られていたが固有結界内には神殿から来たセイバー達も居るのである。

 ギルガメッシュの右手が主の意思とは無関係に乖離剣を呼び出しながら背後を振り返る。

 

「第三の令呪を以て命ずる。ギルガメッシュ。自害しろ!」

 

 士郎が魔道書を片手に再び令呪を使い命令を下していた。

 二段重ねの令呪の命令に抗える筈もなくギルガメッシュは乖離剣で自らの心臓を貫いた。

 流石のギルガメッシュもバランスを崩して大聖杯の上から地面に落下する。

 落下しながらギルガメッシュは士郎の手にある魔導書から令呪が消える気配を感じ取ったのである。

 

「そうか。綺礼が持つ令呪を魔導書に写したのか!」

 

 道理で言峰とのラインとパスが途絶えた後に新しいマスターとの繋がりを感じられない筈である。無機物に令呪を写しているとはギルガメッシュも想像もしなかったのである。

 

「小賢しい真似を!」

 

 地面に叩きつけられたギルガメッシュは胸を乖離剣に貫かれたまま立ちあがる。

 

「衛宮士郎が令呪を以て命ずる。セイバーよ。宝具で大聖杯を破壊せよ!」

 

 士郎がギルガメッシュが反撃に転ずる前に先手を打ってセイバーに命令する。

 

「エクスカリバー!」

 

 セイバーもギルガメッシュを嫌っていても侮ってはいない。汚染された聖杯の力を逆に取り込む程のサーヴァントなのである。

 最後の令呪の魔力も使い渾身の一撃を放つ。

 

「凄まじいわね」

 

 ペガサスに騎乗して上空から凜が呟いた。凜とアーチャーはギルガメッシュが大聖杯から落ちた隙にライダーによりエクスカリバーの射程外に避難したのである。

 

「セイバーが最優秀のサーヴァントと言われるのも理解が出来ます」

 

 ライダー達の眼下では黄金の光の壁が大聖杯もろともギルガメッシュを飲み込むのが見えた。

 

「しかし、あんな強力な宝具を街中で使われたら魔術の秘匿もあったものじゃない!」

 

 アーチャーの感想に凜も苦笑しながら頷くしかなかった。

 凜にはアニメの知識に乏しかったが、それでも「波動砲」というアニメ用語が頭に浮かんだ程である。

 エクスカリバーの発動が収まるとライダーは地上にペガサスを降ろさせる。

 

「桜、大丈夫でしたか?」

 

「私は大丈夫だけどセイバーさんが……」

 

 桜の視線の先には剣も甲冑さえ編む魔力も無いセイバーがいた。

 

「士郎との誓約を守る事が出来ました」

 

「ありがとう。セイバー」

 

「礼を言うのは私の方です。貴方は私の蒙を啓てくれました」

 

「そんな事はないよ」

 

「貴方の様な息子を持ちたかった」

 

「お母さん!」

 

 思わずセイバーに抱きつく士郎に苦笑するセイバーであった。セイバーは母として息子を持ったなかった。父として息子を持ち失敗したのである。

 

「セイバーは僕の母さんだよ」

 

「士郎。私は貴方を愛しています」

 

 抱きつく士郎を抱き返してセイバーは無言で桜に視線を送る。

 

(桜。士郎の事を頼みます)

 

(セイバーさん。士郎君の事は任せて下さい)

 

 同じ少年を愛した者同士で無言の会話を交わした後、セイバーの身体は光の粒子となり消えた。

 立ち尽くし泣き続ける士郎を後ろから桜が優しく抱きしめる。

 

「私が傍にいるから寂しくないわよ」

 

 士郎は桜の腕の中で桜を振り返り、桜の胸に顔を埋めて泣き続けた。

 士郎の背中に腕を回した桜は士郎を安心させる様に強く士郎を抱き締めた。

 

「士郎君」

 

「桜先輩」

 

 すがりつく士郎を胸に抱き優しい表情をしていた桜の顔が驚愕の表情に変わる。

 

「そんな……」

 

 桜が驚愕した理由は、傷だらけの鎧で満身創痍ながらもギルガメッシュが立っていたからである。

 

「桜!」

 

 ライターが桜と士郎を一緒に抱えて後方に飛び退く。

 

「アーチャー!」

 

 凜の声にアーチャーがギルガメッシュの前に立ち塞がる。

 

(不味いな)

 

 アーチャーは自分達の不利を悟らざる得なかった。固有結界は大量の魔力を消費する。更にセイバーのエクスカリバーの威力を外部に出さない為に結界強化に魔力を消耗した後である。

 

「凜。令呪を使い私の魔力補給をしてくれ」

 

「了解。一つでいい?」

 

「まずは、それで構わん」

 

 凜が令呪をアーチャーの魔力補給に使うが手負いのギルガメッシュに、何処まで対抗が出来るか不安は尽きない。

 

「雑種、無駄なあがきだ!」

 

「ローアイアス!」

 

 ギルガメッシュが右手の乖離剣を振り上げるのに合わせてアーチャーも自身の最大防御を展開する。

 アーチャーが英霊となる前の衛宮士郎時代に参戦した聖杯戦争で目にした解析不能の剣である。

 

(相殺する事が出来るか?)

 

 乖離剣の威力を知るアーチャーは焦るがギルガメッシュはアーチャーの予測の超える行動に出た。

 乖離剣を振り上げたギルガメッシュの背後に無数の黄金の波紋が出現した。

 

「何っ!」

 

 宝具の散弾がアーチャーに降り注ぎ、七重のローアイアスの盾を1枚ずつ削り取っていく。

 

「トレース・オン」

 

 アーチャーも自身が複製した剣でギルガメッシュの宝具を迎撃するが数に大差がある。

 

(ローアイアスを展開しながらでは魔力が足りん)

 

 形勢はアーチャーに不利であった。アーチャーはギルガメッシュの乖離剣に備えてローアイアスを展開しなければならず固有結界と合わせて魔力の消費が激しい。対するギルガメッシュは所有している宝具を射出するだけで魔力の消費は少ないのである。

 

(奴の魔力が尽きるか私の魔力が尽きるかの勝負だな)

 

 アーチャーにすれば、剥き出しの神経にヤスリ掛けをされている気分である。

 そして、遂にローアイアスの最後の盾が砕け散り数本の宝具の散弾を双剣で打ち払ったがギルガメッシュの宝具の散弾をアーチャー自身の身体で受け止める事になる。

 

「アーチャー!」

 

 凜の叫び声が響く中でアーチャーが倒れると同時にライダーが降り注ぐ散弾を弾き僅かな時間を稼ぐ間にマスター三人をペガサスでギルガメッシュの射程外に逃がす。

 

「ライダー!」

 

 今度はペガサスの上で桜の叫び声が響く事になる。

 

「逃がさぬぞ!」

 

 ライダーを宝具の射出で牽制して、ギルガメッシュが上空に向けて乖離剣を振り下ろす体制になった瞬間に乖離剣を握った右手と左腕が弾け飛ぶ。

 ギルガメッシュは自身の両腕が弾け飛んだ事を知覚する事は無かった。

 ギルガメッシュの両腕が弾け飛ぶと同時にギルガメッシュの首も胴体から弾け飛んでいた。

 

「秘剣、燕返し」

 

 小次郎は何が起きたのか理解が出来ない表情のギルガメッシュに自身の奥義である事を伝えると地に転がったギルガメッシュの首に仕止めをする。

 

「もしかして、私達が勝ったの?」

 

「そうです。僕達が勝ったんです。凄くセコい策を使って!」

 

 メディアの神殿から霊体化したままアサシンのスキルを使い気配を殺していた小次郎はギルガメッシュの一瞬の隙を待ち構えていたのだ。

 満身創痍で虚勢を張っていたがアーチャーはギルガメッシュにとっては強敵であった。

 ギルガメッシュもセイバーとアーチャーの連戦の後でなければ気配遮断スキルを持ってしてもアサシンの接近に気付いていただろう。

 ギルガメッシュもアサシンクラスのサーヴァントに遅れをとるとは思っていなかっただろう。

 そして、士郎は前回の聖杯戦争でセイバーのエクスカリバーを受けても生き残っていたギルガメッシュにセイバーでは倒しきれないかもと予想していた。そして、最後の保険としてアサシンを用意していたのが効を奏した。

 

「それより、遠坂先輩。アーチャーに魔力補給を」

 

 凜も士郎に言われて慌て気味に令呪を使いアーチャーを回復させるとアーチャーに側に駆け寄る。

 

「ご苦労様。アーチャー」

 

「凜。固有結界を解くぞ。折角、君が残りの令呪を使って回復させてくれたが長持ちしそうにない」

 

 アーチャーは宣言すると固有結界を解き洞窟内に居たランサーとバーサーカー主従と合流をした。

 

「アーチャー、霊体化しなくても大丈夫なの?」

 

「霊体化しても焼け石に水だな。その前に凜に頼みたい事がある」

 

 凜もアーチャーが限界である事が分かっていた。

 

「桜の事は言う必要も無いが、士郎の事を頼む。奴は私ではないが私でもある。それに、奴のお陰で自分の理想も道も間違えでない事が分かった」

 

 正義の味方に憧れた少年の成れの果てだった自分に無辜の人を守る事が正義であると士郎に気付かされたアーチャーであった。

 

「分かったわ。安心してアーチャー」

 

 凜が返事をするとアーチャーは安心した様な笑顔を残してセイバーと同様に光の粒子となった。

 2体のサーヴァントを犠牲にして聖杯戦争は終結したのである。

 



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別れと未来

 

 セイバーとアーチャーを犠牲にして聖杯戦争は終結したが、士郎はイリヤの体調を心配したが大聖杯が存在しない時点でイリヤは小聖杯としての機能は働かない様である。

 

「大丈夫よ。少し時間が掛かるけど、私が聖杯としての機能を取り除くから」

 

 メディアが心配する士郎に苦笑しながらも保証した。

 

「桜先輩とイリヤと、色々とお世話になります」

 

 士郎はメディアに深々と頭を下げながら、メディアを仲間にして良かったと思っていた。

 

「私も遠坂とアインツベルンには世話になるから気にする事ないわよ」

 

 話題になったイリヤと桜は自身のサーヴァントと最後の別れの挨拶をしていた。

 

「バーサーカー。短い間だったけど、ありがとうね」

 

 物を言えぬバーサーカーが巨大な手でイリヤの頭を優しく撫でるのである。

 生前に狂気に呑まれて我が子を炎に投じた事とイリヤに対するサーヴァントを超えた愛情とは無関係では無いであろう。

 バーサーカー主従を見ていたランサーも複雑な表情を浮かべていた。

 ランサーも息子を手に掛けているのである。今回の聖杯戦争では己の意志に反して主を変えたランサーとしては仕え甲斐の主を持ったバーサーカーは羨ましい限りである。

 

「最後に挨拶だけはしたかったな」

 

 自分を召喚した最初のマスターの事を思い出すランサーであった。

 ランサーと同じマスターを持つアサシンは士郎から感謝の言葉を掛けられていた。

 

「佐々木様には我慢のいる仕事をして頂きました」

 

「気に病む事はない。セイバーにランサー、双剣使いのアーチャーと試合が出来ただけでも果報というものだ」

 

 小次郎にすれば生前に出会えなかった雄敵と試合とはいえ戦えた事は剣士冥利に尽きるものであった。

 アサシンの様に思い残す事が無い者も居れば、親馬鹿ならぬサーヴァント馬鹿ぶりを発揮する者もいた。

 

「桜。本当に大丈夫ですか?」

 

「ありがとう。ライダー。でも、姉さんもいるから大丈夫よ」

 

「困った時は何時でも凜や士郎に相談して下さい」

 

「分かったわ。ライダー。心配してくれて、ありがとう」

 

 ライダーは三人姉妹の末っ子である自身の境遇から桜には主従を超えた思いがあるのだろう。最後まど桜の心配をしながら光の粒子となった。

 サーヴァント達が光の粒子と還元された後にマスター達の心中には寂しさがあった筈だが、誰も表情には出さなかった。

 

「皆様。御無事だった様でお祝いを申し上げます」

 

 洞窟の外で待機していた筈のアインツベルンのメイドのセラが洞窟内まで入って来ていた。

 

「皆さん。お疲れのご様子ですが、この場を急いで離れて頂きます。既に夜明けとなっています」

 

 凜を筆頭に生き残ったマスター達はセラの指示に従い洞窟内から急いで撤退した。

 魔術は秘匿するのが鉄則である。大聖杯が消滅したといえ二百年前からの秘密の洞窟を発見されるのは色々と不味いのである。

 

「イリヤは人避けの魔術を展開して、キャスター達はもう一台の車で脱出して!」

 

「分かったわ」

 

 冬木市の管理者の凜としては先祖代々、秘匿していた秘密を自分の代で世間に晒す訳にはいかないのである。

 キャスターも葛木との生活を送る為にも凜に協力する必要があるのだ。

 2台のアインツベルンの車は人目を避けて一旦はアインツベルンの城に向かったのである。

 

「イリヤ様もお疲れでしょうから、皆様も一緒にアインツベルンで休息された後に事後処理を話し合われた方が宜しいと存じます」

 

「では、遠慮なくお世話になるわ」

 

 凜達もセラの提案を素直に受けたのである。全員がサーヴァントへの魔力供給で疲労困憊であり、物事は無理をすれば悪い結果を招く事になるからである。

 アインツベルンの城に到着した一行は、最初に女性陣は大浴場で汗を流したのである。

 男性陣はあてがわれた部屋のシャワーを使うと、そのままベッドの住人となった。

 

 士郎が目覚めた時は昼過ぎであった。

 

「あら、良いタイミングでお目覚めになりましたね」

 

 セラが起こしに来たところであった。

 

「皆様は既に食堂にて、お待ちですので御案内をさせて頂きます」

 

 士郎がセラに案内されて食堂に行くとセラの言葉通りに既に全員が集合していた。

 

「じゃあ。シロウも来た事だし食事にしましょうか」

 

 イリヤが切り出すとシチューとサラダにパンという質素ながらも、栄養豊富な食事を供された。

 流石にアインツベルンである。出された食事は吟味された素材を巧みな技術で調理された素晴らしい味である。

 

「美味しいなあ。後でレシピを教えて下さいね」

 

 士郎の発言に気を良くするセラがいた。

 食事が終わると全員にコーヒーにコーヒーが出されてセラからの報告を受ける事になる。

 

「先程、魔術協会から間桐臓硯の魔術協会除名の連絡がありました」

 

 全員が桜の心中を憚り無言でいたが、これで間桐の家が潰えた事になり、桜は魔術師の世界から解放された事になる。

 以後は遠阪の家に戻り姉である凜の庇護のもと生涯を送る事になるであろう。

 

「他には?」

 

 凜の質問は質問というより確認であった。

 

「いえ、魔術協会からはありません。我がアインツベルンからは、以前に衛宮士郎様から提案があった様にキャスター様を当家の客人として迎える事になりました」

 

「それで、キャスターの法的な身分の作成は大丈夫なの?」

 

 凜にしたらキャスターの仕事や住み処は冬木市に在住する限りは用意が出来るが遠坂家の力ではキャスターの法的な身分までは作成する事が出来ない。アインツベルンと遠坂家の力の差である。

 

「そちらの方は明日にでも用意が出来ます」

 

 凜も知っていた事だが、キャスターの国籍から経歴にパスポートまでを短時間で揃える事の出来るアインツベルンの力に驚嘆するしかない。

 

「あのう。いいかな?」

 

 士郎が片手を挙げて発言の許可を求めた。

 

「はい。衛宮様。何でしょうか?」

 

「葛木先生達には、これからも我が家の離れに住んでもらうのは駄目?」

 

 士郎の申し出はメディアに取っては渡りに船であった。流石に若い僧侶もいる寺院での新婚生活は遠慮したいメディアであった。

 

「僕の家に住めば学校も近いし遠坂先輩達との連絡も取りやすい、それに、僕も家賃収入が入る」

 

「確かに色々と便利だな」

 

 士郎の提案に葛木も乗る気の様子である。

 

「細かい事は、後で藤村の爺ちゃんと相談してもらえますか」

 

「分かった」

 

 未成年の士郎の一存では決められないので、後見人である藤村雷画に話を通す必要がある。

 

「それから、イリヤ様も日本に残り学校に通う事になりました」

 

 セラが士郎と葛木話が纏まったタイミングでイリヤの処遇について話をする。

 

「そうね。キャスターが冬木市に住むなら、誰かアインツベルンの人間が冬木市に必要になるわよね」

 

 凜の言葉は常識的な見解であったが、実は凜もしらない事で、アインツベルンとメディアしか知らない事実があった。

 小聖杯の容れ物として調整されたイリヤの身体は成長が極端に遅く、寿命も短くなっている。

 メディアはイリヤの身体の成長と寿命を伸ばす役目があるのだ。

 メディアは女性に対する理不尽が許せない性分である。彼女の生前の人生を考えれば当然の結果といえる。

 

「そうね。お嬢ちゃんには色々と教えてあげたい事があるもの」

 

 メディアの台詞は額面通りに受け取れば、魔術師として得難い弟子を得たと思えるが、実際はアインツベルンにより道具として洗脳されたイリヤの洗脳を解く事であった。

 

「フラウには、宜しくお願いします」

 

 イリヤから葛木の妻として扱われて頬を朱に染めるメディアであった。

 頬を赤くしたメディアを見て士郎も何か冷やかしたい気分になったが、後で桜との関係で仕返しされるのが分かっているので黙っている事にした。

 

「それじゃあ、僕と桜先輩は先に帰って準備しておきますね」

 

 全員が何の準備なのかと思ったが口にしなかった。士郎なりに自分や桜には聞かせられない話があるだろうと気を回したのである。

 

「それじゃ、リズさん。申し訳ありませんが車を出してもらえますか」

 

 士郎と桜がリズに案内されて部屋を出て行くと凜とイリヤとメディアで魔術協会と聖堂教会との対応策の話となった。

 凜は士郎と桜の事を魔術協会に知られると封印指定を受けると危惧をしていた。

 イリヤも義弟である士郎と士郎の想い人の桜の事が心配していた。

 メディアは魔術協会や聖堂教会が奇跡の具現化である聖杯を諦めたと思えず、両陣営を牽制する必要を感じていた。

 

「他者を犠牲にしても己の欲望を満たす人間の本質は私の時代から変わらないわ」

 

 凜もイリヤも内心は「貴女が言えた義理か!」と思ったが聖杯戦争に参加した身では口に出来なかった。

 

「少なくとも、私の目の黒いうちは、冬木で聖杯戦争は起こさせないわ」

 

 凜としては魔術として根源に至る願望と遠坂家の悲願である第二魔法を手にしたいと思う以上に冬木市の管理人として戦争戦争を認める訳にはいかないのである。

 イリヤは魔術協会や聖堂教会だけではなく、祖父であるアハト翁が第三魔法を諦めたとは思えずに対応策を打つ必要を感じてもいた。

 

「それにしても、聖杯戦争が終了して聖杯が消えても、色々と事後処理が大変だわ」

 

 凜の愚痴にイリヤもメディアも苦笑するしかなかった。

 

「ぼやくな。遠坂。死ぬよりはマシだろう」

 

 説得力が有り過ぎる葛木の一言に女性陣全員が笑い出したのである。



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エピローグ

 

 桜の花ビラが舞い散る季節である。士郎はイリヤを連れて釣りに来ていた。

 水面で揺れるサビキウキを眺めながら士郎がイリヤに話し掛けた。

 

「イリヤ。日本の学校は慣れた?」

 

「楽しいわよ。お友達も出来たから」

 

 イリヤはアルビノで白人としても目立つ存在である。日本の学校に馴染めるか士郎は心配していたが杞憂だったようである。

 イリヤの発言に士郎だけでなく、セラも胸を撫で下ろすのであった。

 

「お友達も、たくさん出来たし、みんな親切よ」

 

 セラはアインツベルンの城でイリヤの家庭教師として自身が教えていたが、イリヤに同世代の友人が居ない事に不安を持っていた。

 

(衛宮様の薦めで学校に通わせて良かったわ)

 

「それより、シロウは私より桜とデートでもしたら良かったんじゃないの?」

 

 イリヤの指摘に士郎も苦笑する。士郎が義理とは言え姉のイリヤを可愛がる様に、凜はシスコンの姉馬鹿と化して桜を独占しているのである。

 

「離れての生活が長かったし、来年には遠坂先輩はイギリスだから仕方がないよ」

 

 ぼやく士郎を見てイリヤもセラも苦笑するしかない。

 

「シロウには私がいるでしょう!」

 

 イリヤの言葉に士郎も苦笑しながら頷くしかなかった。

 

 イリヤと士郎から話のネタにされた姉妹は仲良く料理をしていた。

 

「士郎君は料理上手だけど、お菓子作りは、あまりしないから」

 

「へえ。意外ねえ。衛宮君ならホットケーキの素でのドーナツ作りとか得意そうだけど」

 

 士郎の料理スキルは家庭内無能者の切嗣相手に磨かれたスキルである。切嗣は甘い物が苦手だったので自然と菓子を作る事はなかった。

 

「じゃあ。お菓子で衛宮君の胃袋を掴む?」

 

「もう。姉さんたら!」

 

 桜が照れて赤くなるのを見て喜ぶ凜であった。妹相手でも、赤い悪魔は健在の様である。

 

(衛宮君も誂い甲斐があるから、卒業までは退屈しそうに無いわ)

 

 士郎と桜の受難は続きそうである。

 

 遠坂姉妹が菓子作りをしていた頃、衛宮邸で留守番をしているメディアは結婚式の準備に忙しかった。

 法的な手続きは葛木が行ってくれたのだが、国際結婚とは手続きが大変なのである。日本政府からの必要書類を貰うとドイツ大使館にアポスティーユを貰う為に提出する。それと別にアインツベルンが用意したメディア側の書類を日本の外務省に提出をして同じ様にアポスティーユを貰い深山町区役所に提出するまで苦労を考えると葛木には感謝するしかなかった。

 それでも、アインツベルンの力が有ればの異例のスピード手続きである。

 それを考えると結婚式の準備くらいはと思い孤軍奮闘するメディアであった。

 式は柳洞寺で行う事にした。葛木の立場を考えれば当然であるが、冬木教会は関係者一同が忌避するのは無理からぬ事である。

 披露宴は全ての準備をアインツベルンが申し出てくれたが場所の提供だけ受け入れた。

 招待客もメディア側は聖杯戦争の関係者だけにして葛木側も校長と教頭に学年主任と士郎の繋がりで大河だけである。

 問題は送迎と料理である。料理も市内のケータリングを頼み送迎は大河の実家が協力申し出てくれた。

 流石に招待客の実家に頼るのはとメディアも考えたのだが大河に説得されたのである。

 

「メディアさんと葛木先生には士郎の事で、これからも色々と面倒を掛ける事になりますから当然ですよ。士郎は私の弟とですから」

 

 大河はメディアに精神的な負担を掛けずに送迎を受け入れさせて、自然にメディアに士郎の味方を引き受けさせたのである。

 藤村大河にはセイバーのカリスマ性とは別に、人の心を癒し信頼させる何かがあったのである。

 

 その日の衛宮家の夕食は鰺のフルコースであった。

 

「ちょっと、何百匹の鰺を釣ったのよ」

 

 大河の声には驚きよりも呆れの成分が大量に含まれていた。

 

「イリヤは釣りの才能があるわ。鰺の群れに当たったみたいでね」

 

 イリヤが次々と鰺を釣るので持参したクーラーでは入りきらないので途中から士郎が鰺を捌いてが間に合わずに、セラが途中でクーラーボックスと氷を買いに行ったほどである。

 食卓の上には鯵の刺身に鯵のなめろう、鯵のたたきに鯵のさんが焼き。鍋には鯵のつみれ汁が控えている。

 軒先には鯵の一夜干しと焼き干しが入った干し籠が列を作っている。

 

「釣る方も釣る方だけど、捌いて料理する方も大概だわね」

 

 夕食を作りに来て、鯵の加工作業に従事させられた遠坂姉妹とメディアとセラも大河の言葉に苦笑するしかなかった。

 それでも、新鮮な鯵の味は美味である。生魚を食べる習慣の無いアインツベルンの面々も最初は警戒しながらも箸を伸ばしたが一口で鯵の魅力に虜になった。

 

「生魚は栄養があるから、食べれる習慣をつける事は良い事だ」

 

 葛木の教師らしい言葉にメディアも仕方なしに刺身を口にする。

 

「あら、意外と美味ね」

 

 ワサビを山盛りにして食べるメディアに疑問を持つ士郎であった。

 

「そうだ。生は駄目だけど、つみれとフライなら大丈夫だろ」

 

 士郎は鯵フライとつみれを小皿に取り仏壇に供えるのであった。

 

「父さんもイリヤが釣った魚が食べたいだろ」

 

(父さん。イリヤの事は心配ないからね)

 

 士郎が切嗣に報告した様に、イリヤは80歳の天寿を家族に囲まれて全うするのである。

 イリヤの延命に貢献したメディアは二児の母となり、葛木と平穏な一生を終える事になる。

 かつての教え子達は葛木の死を惜しみ、残されたメディアの元に通うのであった。

 

(宗一郎様。貴方は脱け殻なんかでは有りませんでしたよ。貴方は立派な教師として教え子を導いてましたよ)

 

 大河は聖杯戦争時に入院した際に知り合った勤務と二年の交際期間を経て結婚したのである。

 結婚後も夫婦喧嘩をする度に衛宮家に家出して来るのに士郎も閉口したものである。

 

「さっさと離婚しろ!」

 

 大河の話を聞いては大河に肩入れする士郎であった。

 

 凜は第二魔法の探求を中断する事になった。持病であるうっかりを発動して国税を納め忘れて追徴金を取られて遠坂家は傾く事になるのである。

 経済破綻寸前の遠坂家を再興させる為に、なけなしの財産で事業を始めて成功してはうっかりを発動して傾くの繰り返しであり、本業の魔術師としての活動は中断したままであった。

 

「凜が魔術研究を中断してくれた方が冬木市や世界の平和のためになるわ」

 

 凜の魔術実験に場所を提供して巨大なクレーターを作られたイリヤの言である。

 

 桜は結婚後は良妻賢母の見本となり充実した生涯を送る事になる。

 但しメディアからは「私の新婚時代よりも浮かれている。それも子供が成人した後まで続くとは……」

 

 士郎は高校卒業後は進学せずに藤村雷画の紹介で新都の料亭に就職して十五年後に「小料理屋えみや」を開業する。

 イリヤや凜とは親戚として付き合いがあったが、魔術世界とは縁を切り、料理人としての生涯を送る事になる。

 妻であり従業員である桜と二人だけの小さな店だが口コミで評判となり繁盛したが、店の名物は接客中で客の前で堂々とイチャつく二人のバカップルぶりであった。

 

「はあ。二人目の子供が出来たのに万年新婚気分とは、この店、大丈夫かしら」

 

 頭を抱える凜にカウンターから士郎の声がした。

 

「義姉さん。スズキの酒蒸し中華風を一丁!」

 

「了解!」

 

 今月の生活費まで、うっかりと定期預金にしてしまった自分が恨めしい。

 その前は、3ヶ月ぶりに帰国して電気、ガス、水道を止められていて、宿代として働いた苦い思い出がある。

 

「同じ遠坂の血を引いているのに!」

 

 自分と違いしっかり者の妹も恨めしい。凜は知らないが間桐臓硯が生前に「姉の方を貰えば良かった」と発言したが、今の凜を知ったら違う発言をした事であろう。

 それでも、妹の幸せそうな顔を見ると凜の口元も緩むのである。

 

「はい、スズキの酒蒸し中華風あがったわよ!」

 

 凜の声が店内に響いた。

 

 



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