劣等生と落伍者 (hai-nas)
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第一章 入学
第一話 幕開けは兄妹喧嘩?


 初めまして、hai-nasです。
 あらすじにも書きましたが、この作品は処女作になります。
 稚拙な文章になっているかもしれません。
 更新も不定期ですが、やさしく見守っていただければ幸いです。


 西暦二〇九五年、四月八日。

 国立魔法大学付属第一高等学校は、入学式当日を迎えた。

 新入生の誰もが緊張と興奮を覚えつつも、気持ちを同じくして入学式に臨む――

 

「やはり納得できません!」

 

――訳ではなさそうだった。

 校門を少し過ぎたあたりで、少女の声が響き渡る。その声に、周りにいた生徒たちが振り向いた。

 元々注目を集めていたので、この表現は適切ではないかもしれないが。

 なぜなら、声の主は並外れた美少女だったからである。

 名前を、『司波(しば)深雪(みゆき)』という。

 

「どうしてお兄様が補欠なのですか!!入試の成績だって、トップだったじゃありませんか!!」

 

「まだ言っているのか‥‥‥‥」

 

 そして声を浴びせられているのは、お兄様と呼ばれる相手だった。

 深雪がお兄様と呼ぶからには、その相手は彼女の兄なのだろう。従兄や近所の親しい年上の男性という可能性もあるが、彼は間違いなく『司波深雪』の兄なのだ。

 それほど似ている兄妹ではない。が、全く似ていないという事でもない。

 兄である『司波(しば)達也(たつや)』は、妹の深雪ほど見目麗しいとは言えなかった。しかし、高い身長と切れ長で理知的な目元、歳のわりに深い声が相まって女子人気は高そうだ。

 

「何度だって言いますよ!お兄様が補欠なのはおかしいのです!!」

 

 そんな兄に向かって、深雪はそう言い放った。

 事実、司波兄妹にとって、このやり取りはすでに両手で数えられないほどしているのだ。

 だから達也は冷めているし、深雪も普段以上に苛烈になることはない。

 それでも、深雪は自分よりも達也の方が優れていると思っているので、何度も熱くなって同じことを言っている。

 達也にもそれは分かっているが、こうなった妹を宥めるのは容易ではなかった。

 

「新入生総代は、私ではなくお兄様がするべきです!」

 

「あのな深雪、ここは魔法科高校だ。ペーパーテストの結果より、魔法技能が優先されるのは当然だろう。それに、俺の技能からすれば補欠でも下から数えた方が早いのは確実だからな」

 

 達也のセリフは謙遜ではなく本音だった。魔法科高校の試験では、達也が得意としている魔法を見せることができないし、そもそも評価対象にはならないのだ。

 

「そんな事言って、お兄様に勉学や体術で勝てる人間などおりません!」

 

 深雪の方も過大評価ではなく、高校生レベルで達也に勉学や体術でかなう人間などそうそういない。

 だが次の言葉は、達也にとって到底看過できるものではなかった。

 

「本当なら魔法だって――」

 

「深雪!!」

 

 突如声を荒げた達也に、深雪ははっと息をのみ、傍観していた生徒たちはビクついた。それだけ達也の声には迫力があり、それまでの口調からは想像できないほどの圧力が含まれていたからだ。

 二人が兄妹だと気が付いていない周りの生徒たちはそれを見て、聞き分けのない彼女に彼氏が怒ったと勘違いした。

 

「あのな深雪、これは言っても仕方のない事なんだ。お前だって、本当は分かっているんだろう?」

 

 そう言って達也は自分の左胸のあたりを指さし、続いて深雪の左胸のあたりを指さした。そこには八枚花弁のエンブレムが刺繍であしらわれているが、達也にはない。

 第一高校では、一科生と二科生の区別をつけるために、制服に違いがある。達也にエンブレムがないという事は、彼は二科生なのだろう。

 

「も、申し訳ありません‥‥‥‥お兄様」

 

「謝る必要はないよ。お前はいつも俺の代わりに怒ってくれる。それだけで俺は救われているんだ」

 

「嘘です‥‥‥‥」

 

 先ほどまで喧嘩しているように見えた二人がうって変わって甘々な雰囲気を醸し出し始めたので、周りにいた野次馬たちはすごすごと退散した。この甘々な雰囲気に耐えられる猛者も、そういないのだ。

 

「お兄様はいつも私を叱ってばかりですから‥‥‥‥深雪は駄目な妹です」

 

「嘘じゃないって。それにお前が俺のことを思ってくれているように、俺もお前のことを思っているんだよ」

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

 ふと訪れた間。達也はおかしなことを言ったつもりはなかったのに、深雪が固まってしまったので多少疑問に思った。

 

「そんな、お兄様‥‥‥‥」

 

 動きを取り戻したと思ったら、今度は深雪の頬が物凄い勢いで赤くなっていく。達也はますます疑問に思った。

 

「私のことを想ってくださっているなんて」

 

 そこで達也はやっとニュアンスが致命的に違っていると気づいたが、訂正することはなかった。そんな事よりも、達也には片づけておきたい問題があったからだ。

 

「深雪」

 

「はい」

 

 達也の声色が変わったのを感じ取り、深雪は瞬時に気持ちを切り替えた。

 

「たとえお前が答辞を辞退したとしても、俺が代わりに選ばれることはない。そんな事をすれば、お前の評価が下がるだけだ。賢いお前になら、分かるだろう?」

 

 達也は二科生なので、新入生の代表に選ばれることは万に一つでもありえないのだ。そのことは深雪も十分分かっている。

 

「はい。では、そろそろ打ち合わせの時間なので失礼します」

 

「ああ、行っておいで」

 

「でも、ちゃんと見ていてくださいね!」

 

 一言付け加えてから、深雪は事前に指定された場所へと去っていった。

 新入生総代のお供を終え、達也はこの後入学式までどうやって時間を潰すか考えながら校舎を見上げた。

 



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第二話 真由美との出会い

不定期更新のはずですが、昨日に続いての投稿です。
タイトルはこれしか浮かびませんでした。すみません。
それでは引き続き、お楽しみください。


 深雪のお供という大役を終えた達也は、入学式が始まるまでどうするか悩んでいた。家に帰っても特にすることなどないし、そもそももう一度学校に来るのは面倒くさい。

 そこで、達也は携帯端末に保存されたお気に入りの書籍サイトで時間を潰すことにした。ちょうど中庭にベンチがあったので、そこに腰を下ろして端末に目を落とす。

 

「ねえあの子、ウィードじゃない?」

 

「ほんとだ。こんなに早く‥‥‥‥補欠が張り切っちゃって」

 

「所詮スペアなのにね」

 

 達也は目を上げなかったが、声でどうやら女子生徒らしいことは分かった。

 すぐそばを通った彼女たちが発した言葉、『雑草(ウィード)』。学校側は禁止用語としているものの、生徒間では普通に使われている。

 一科生のブレザーには左胸と肩に八枚花弁のエンブレムがあることから、一科生は自分たちを『花冠(ブルーム)』と呼ぶようになり、それがない二科生を雑草と揶揄するようになったのだ。

 

「雑草か‥‥‥‥そんな事は分かっている」

 

 達也がこの学校に進学したのは、深雪からの強い要望と、もう一つの理由による。

 それは一科だろうが二科だろうが関係ない事なので、彼自身はあまり気にしていなかった。ただ、深雪が聞いたら大変だろうなと思っただけだ。

 

 

 

 書籍サイトに集中していたためか、アラームが鳴るまで達也は時間を気にしていなかった。もし開始十分前にセットしていなかったら、時間を忘れて読書に没頭していたことだろう。

 彼は入学式などに興味はないが、先ほど深雪に見ていてくれと言われてしまった手前、さぼって見なかったでは済まされないかもしれない。

 そろそろ講堂が開くので、達也は端末の電源を落として胸ポケットにしまい、立ち上がろうとした。が、目の前に人の気配を感じ取って動きを止めた。

 

「新入生ですね?会場の時間ですよ」

 

 達也は下からゆっくりと視線を上げていく。

 まず目についたのは、スカートだ。それで相手が女子生徒だということが分かる。

 次に、左腕に巻かれた大きめのブレスレット。俗にいう、魔法術式補助演算装置(CAD)である。

 学内でCADの常時携行が認められているのは、生徒会役員と限られた生徒のみ。つまり、目の前の女子生徒は学内でそれなりの地位を持っているということだ。

 そのような先輩に入学早々目をつけられるのは好ましくない。達也はそう思って、素直にお礼を言ってこの場を立ち去ろうとした。

 

「ありがとうございます。すぐに向かおうと思います」

 

「感心ですね。スクリーン型ですか」

 

 達也がしまい損ねた端末を指さし、しきりに頷く女子生徒。彼女のような優等生と補欠である自分が積極的にかかわるべきではないと達也は思っていたのだが、どうやら彼女は違う考えを持っているようだった。

 そこでようやく、達也は女子生徒の顔を見た。顔の位置が達也から二十五センチくらい下にあるので、彼女の身長は百五十前半だろう。自分よりも年上であることを加味すれば、随分と小柄な女性ということになる。

 

「当校では、仮想型ディスプレイ端末の持ち込みを認めていません。ですが、仮想型端末を利用する生徒は大勢います。にも関わらず、貴方は入学前からスクリーン型を使用しているのですね」

 

「仮想型は読書に不向きですから」

 

 達也の端末は誰が見ても明らかなほど相当年季が入っているので、彼女もそれ以上質問することはなかった。

 だが彼女は、達也を開放するつもりもなかったようだった。

 

「動画ではなく読書ですか、ますます感心ですね。私も映像資料より書籍資料の方が好きだから、なんだか嬉しくなるわね」

 

「はあ‥‥‥‥」

 

 別に読書派が希少であるわけではないので、どうやらこの上級生は人懐っこいのだろうなと達也は思い始めた。口調が砕けてくるのと同時に、彼女が徐々に近づいてきていることがそれを証明している。

 

「あっ、申し遅れました。私は一高の生徒会長を務めている、七草真由美(まゆみ)といいます。『ななくさ』と書いて『さえぐさ』と読むの。よろしくね」

 

 なんだか魅惑的な雰囲気を醸し出していて、入学したての普通の高校生なら勘違いしそうだが、達也は別の事が気になっていた。

 「七草」。数字付き(ナンバーズ)であり、十師族であることの証。

 魔法師の能力は、ほとんどの場合遺伝的な素質に左右されることで知られている。そして、この国において魔法に優れた血を持つ家は、慣例的に名字に数字を含むのだ。その中でも特に優秀な家が十師族と呼ばれており、一から十の数字を冠する。

 達也は思うところがない訳ではなかったが、それを無視して自分も名乗ることにした。

 

「自分は、司波達也です」

 

「えっ、君があの司波君なの!?」

 

 名前を聞いて大げさに驚く生徒会長に何か意味ありげな視線を向けられて、達也はうんざりしていた。驚く理由に心当たりがあったからだ。

 学年トップで入学した司波深雪の兄なのに、まともに魔法を使えないあの司波達也だと。

 だから達也は礼儀正しい沈黙を守っていた。

 だが、真由美の言葉に侮蔑が含まれている感じはしない。

 

「先生方の間では、貴方の噂で持ちきりよ」

 

 まるで自分の事を褒められているような、楽しそうな雰囲気まで伝わってくる。それでも達也の頭からは、これほど差のある兄妹は珍しいといったネガティブな噂だろうという考えが離れなかった。

 

「入試で教科平均、百点満点中九十八点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学で、合格者の平均が七十点にも満たないにもかかわらず、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点!!前代未聞の高得点だって」

 

 そんな事を新入生に話していいのだろうか‥‥‥‥たとえ本人であったとしても、入試成績は普通教えてもらえないはずではないか?

 達也はそんな事を思った。



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第三話 入学式会場入り

早速やらかしました。申し訳ありません。
投稿してすぐに修正したので、気が付かなった方がほとんどだと思いますが‥‥‥‥
お詫びという訳でもありませんが、もう一話投稿することにしました。
ぜひお楽しみいただければと思います。


 達也は、真由美の反応が少し不思議だった。どうしてこの人は他人の事を自分の事のように話し、喜んでいるのだろうと。

 

「どれだけ凄いと言われようと、それはあくまでもペーパーテストの成績です。その証拠に、自分にはエンブレムがありませんし」

 

 深雪にも言ったが、魔法科高校生の評価として優先されるのは、テストではなく魔法技能の評価なのだ。

 達也は愛想笑いを浮かべようとしたが、実際に浮かべられたのはかなり苦い笑いだった。そして自分の左胸を指さし、テストの点数など何の意味もない事を示す。生徒会長である真由美に、達也の意図したことが分からないはずはない。

 しかし、真由美は嬉しそうな顔を変えることなく首を左右に振った。

 

「そんな事ないわよ。少なくとも私には無理だもの。こう見えて、理論系も結構得意なのだけどね」

 

 どう見られているのだろうかと思いつつ、達也は余計なことは言わなかった。知り合って間もない相手の話を途中で遮ることは、さすがの達也でもできなかったという表現の方が正しいのかもしれないが。

 

「入試問題と同じ問題を出されたとしても、司波君のような凄い点数はきっと取れないと思うな~」

 

「そろそろ時間ですので‥‥‥失礼します」

 

「え?あ、ちょっと!」

 

 まだ何か話したそうな真由美にそう告げて、達也は横を通り過ぎていく。背後から呼び止める声が聞こえたが、追いかけてはこなかった。生徒会長が新入生を捉まえて入学式に遅刻させたとなれば、問題になると分かっていたからだろう。

 達也は足早に真由美から距離を取り、講堂に向かった。自分が何かに恐れているとは気づかずに‥‥‥。

 

 

 

 生徒会長と話し込んでいたせいで、達也が講堂に入った時にはすでに半分の席が埋まっていた。そして座っている生徒を見て、ため息を吐きたくなった。

 特に座席の指定はないのに、前後で綺麗に一科生と二科生に分かれているのである。同じ新入生でありながらこの有様であることに、達也は呆れを通り越して感心してしまった。

 一体この中の何人が達也と同じ意見だというのだろうか。

 分かれているのが意識的にしろそうでないにしろ、この流れに逆らって波風を立てるのも面倒なので達也も倣うことにした。

 達也が座ったのは、二科生の集まっている後列の中でも後ろの方、しかも端があいている場所だった。横に誰が座っても別段気にしないのだが、できることなら端の方が気が楽なのだ。

 席に腰を下ろして時間を確認すると、まだ開式まで二十分ある。何かをして時間をつぶそうにも、中途半端で終わるのは目に見えていた。通信制限が掛かっている講堂では端末でアクセスできないし、そもそもこんな場所で端末を広げるのはマナー違反だ。

 こういう時は、寝るに限る。そう決めた達也は、腕を組んで目を閉じた。

 

「あの、お隣空いてますか?」

 

 寝ようとしていた達也は、体勢を直して声がした方を確認する。そこに立っていたのは、女子生徒。先ほどの声は、間違いなく自分に向けられたものだと理解した。

 

「どうぞ」

 

 まだ空きは多いのになぜこんな所に来るのだろうか。達也はそう思いつつも、声を掛けてきた女子生徒を隣に座らせる。

 

「よかったね~」

 

「これで一緒に座れるね」

 

「五つとなると探すの大変だもんね」

 

 どうやら彼女一人ではなく、五人組だったようだ。

 なるほど、と達也は納得した。

 だが、この五人はどういった関係なのだろうか。

 中学からの友人だとすると、一人くらい一科生でもおかしくない。

 五人の関係を考えながら、達也は再び腕を組んで目を閉じた。




いかがでしたでしょうか。
今回は短めで終わってしまいました。
他の作者様方のように、文字数を一定に保つのは難しいです。
私ももっと精進しなければ。
さて、話は変わりますが、次話でいよいよオリ主(一名)が登場します。
オリジナル要素を無理なく入れられるかどうか不安ですが、ご期待ください。


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第四話 癖のある二科生たち

思ったより早く仕上がったので、投稿しました。
というより、オリジナル要素をあまり入れられなかったので早くなりました。
精進が足りないですね。
では、お楽しみください。


 そのまま寝ようとした達也だが、なにやら見られているような感じがしてうっすら目を開いた。

 横を見ると、先ほどの女子生徒がこちらを見ていた。

 別に肘は当たっていないし、文句を言われるようなことはしていないはずなのだが‥‥‥。

 

「あの、私、柴田(しばた)美月(みづき)っていいます。よろしくお願いします」

 

 なんて事はない。彼女はただ自己紹介をしようとしていただけなのだ。人を見た目で判断するのは危険かもしれないが、気弱そうな見た目と声だった。

 

「司波達也です。こちらこそよろしく」

 

 美月は、今では珍しくなった眼鏡を掛けている。無難な返事をした達也は、それを見て一つの仮説を立てた。

 今の時代、よほどの先天性視力異常でもない限り視力矯正は必要ない。おしゃれとするならば、彼女の丸眼鏡は不釣り合いだ。

 よく見ると、そのレンズには度が入っていないことが分かる。もし眼鏡がおしゃれではないとすると、霊子(プシオン)放射光過敏症が原因である可能性が高かった。

 霊子放射光過敏症とは、見えすぎ症とも呼ばれる一種の知覚制御不全症だ。とは言っても病気ではなく、障碍(しょうがい)でもない。感覚が鋭すぎるだけなのだ。

 そもそも霊子とは何なのか、詳しく説明すると長くなるので端的に言うと――

 魔法に関係する粒子として、想子(サイオン)と霊子がある。想子は意思や思考を形にし、霊子はそれらを生み出す情動を形作っているとされている。また、想子と霊子の活動には強い相関関係がある。

――ということだ。残念ながらいまだ仮説段階ではあるが。

 霊子放射光は要するに霊子そのものなので、それを見ている者の情動に影響を及ぼす。そのため、霊子放射光過敏症者は精神の均衡を崩しやすい傾向にある。

 これを予防する最も簡単な手段が、特殊加工レンズを使った眼鏡を掛けることなのだ。

 彼女の前では注意した方がいいかもしれない。色々と秘密にしなければいけない事がある達也は、そう簡単に見破られるはずがないと思いながらも心に留めておくことにした。

 

「あたし、千葉(ちば)エリカ。よろしくね、司波君」

 

「こちらこそ」

 

 美月の向こう側に座っていた女子生徒に声を掛けられて、達也は思考を一旦中止した。

 タイミングはちょうどいい所だったといえるだろう。

 達也の無意識な視線に、美月が羞恥心でそろそろ限界に近づいてきていたからだ。

 

「それにしても、面白い偶然って感じかな?」

 

 どうやら彼女は活発な女の子らしい。達也はそう思いながら聞き流す。

 

「面白いって、どこがだ?」

 

「だって、シバにシバタにチバでしょ?なんだか語呂合わせみたいで面白くない?ちょっと違うかもしれないけどさ」

 

「‥‥‥なるほど」

 

 言いたいことは分からなくもないが、達也が気になっていたのは別の事だった。

 彼女の名字、()()である。

 達也の記憶では、数字付きの千葉家にエリカという娘はいなかったはずなのだ。もちろん、傍系という可能性も否定できないが。

 

「ん?司波君、ジッと見つめられると照れるんだけど」

 

「別に他意はないんだが、すまないな」

 

 美月ほどではないにしても、達也に見つめられたらエリカのような女の子でも恥ずかしいだろう。

 

「ほら、(りゅう)も」

 

「‥‥‥‥百済(くだら)龍だ」

 

「よろしく」

 

 エリカの向こう側に座っていた五人組で唯一の男子生徒が、エリカに促されるようにして口を開いた。

 どことなく達也に似た雰囲気を持っている龍に、達也は疑問を覚えつつ、またも名字のことが気になってしまった。

 百済家。数字付きの中でも異端とされており、数年前のある事件で瓦解したはずの家。

 ‥‥‥‥まさかな。深く考えすぎるのは自分の悪いくせだ、と達也は割り切ることにした。そういう事は、ここで生活していればいずれ気が付くだろう。

 

「ところで、五人は同じ中学だったのか?」

 

 残りの二人が自己紹介を終えたところで、達也はずっと疑問に思っていたことを尋ねた。入学早々友達ができたというわけでもないだろうし、それ以外に五人で行動を共にしている理由が思いつかなかったのだ。

 

「違うよ。確かに龍はそうだけど、それ以外は全員さっきが初対面」

 

「初対面?」

 

「案内板の前でにらめっこしていたら、美月が声を掛けてくれたんだ」

 

「‥‥‥端末はどうした?地図くらいならそれで分かると思うが」

 

 入学式に関するデータは会場の場所を含め、全て入学者全員に配信されている。それがあれば仮に式の案内を読んでいなくても、何も覚えてなくとも迷うはずはない。

 

「あたしたち、端末を持ってなくて‥‥‥」

 

「だって仮想型は禁止だって入学案内に書いてあったし」

 

「せっかく滑り込んだのに、入学早々目をつけられたくないもの」

 

「あたしは単純に持ってくるのを忘れたんだけどね‥‥‥」

 

「そういう事か‥‥‥」

 

 本当は納得したわけではない。自分の入学式なのだから、会場の場所くらい把握しておくべきだというのが達也の偽らざる本音だった。

 しかし、むやみに波風を立てる必要もないだろう。特に同じ二科生同士、これから色々とあるだろうからと、達也は自重したのだった。



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第五話 入学式が終わって

完成したので投稿します。
本日三話目です。
基本書き溜めを修正しているだけなので、書き溜めがなくなるとペースが落ちます。
ご了承ください。
では、どうぞ。


 深雪の答辞は、予想した通りの見事なものだった。

 「皆等しく」やら「一丸となって」やら「魔法以外にも」やら「総合的に」やら、結構際どいフレーズが多々盛り込まれていたが、それらをうまく建前でくるみ、(とげ)を一切感じさせなかった。

 その態度は堂々としながらも初々しく慎ましく、本人の並外れて可憐な美貌と合わせて会場

を虜にしていた。

 深雪の身辺は、いつものように明日からもさぞかし賑やかなことだろう。

 

 

 

 

 入学式を終えて、達也たちはIDカードを受け取るために窓口へと向かった。

 受け取ると言っても、あらかじめ個人別のカードが作成されているわけではない。個人認証を行い、その場で学内用カードにデータを書き込むのだ。ゆえにどこの窓口でも作ることができるのだが、ここでも一科生と二科生とで綺麗に分かれていた。

 ちなみに、深雪は主席としてすでにカードを受け取っているので、今頃は人垣に囲まれているに違いなかった。

 

 

 

 

「ねえねえ、司波君は何組?」

 

 カードを受け取った後、講堂の隅でエリカが達也にそう尋ねた。その表情は何かを期待しているものだった。何を期待しているのか達也には分からなかったが、別に隠すような事でもないので答えにためらいはない。

 

「E組だ」

 

「やった!あたしもE組なんだ~」

 

 達也の答えに、飛び跳ねて喜びを表現するエリカ。ちょっとオーバーリアクションだと達也は思いつつも、隣で同じような雰囲気の(行動にはしていない)美月を見て、これが普通なのかと思い直した。

 

「私も同じです!よかった、クラスで一人ぼっちになることはなさそうですね」

 

 達也としては、一人になることが少なかった中学時代を思い出して、美月の発言には賛同しかねた。少しくらい一人になれる方が、達也にとっては楽だったからだ。

 

「俺もE組だが‥‥‥そんなに喜ぶようなことか?」

 

 入学式の直前に自己紹介をして以降、龍はずっと口を閉じたままだった。しかし、内心では達也と同じようなことを思っていたらしい。

 

「龍、あんたね‥‥‥」

 

 そんな龍に、エリカは呆れを隠そうともしない。その様子を見て、達也は思ったことを口にしないでよかったと思ったのだった。

 

「私はG組」

 

「あたしはF組~」

 

 残る二人は別のクラスのようだが、彼女たちにがっかりしている様子はない。一学年八クラス、一クラス二十五人。一科生と二科生で分かれてはいるものの、その辺りは平等だ。

 彼女たちはまだ見ぬクラスメイトに思いを馳せているのか、ホームルームへ向かうと言ってこの場から移動していった。

 

「ねえねえ、それじゃあ私たちもホームルームをのぞいてみない?」

 

「いいですね。司波君もどうですか?」

 

 盛り上がっているエリカと美月には悪いが、達也にその気はなかった。

 

「悪い。妹と約束をしているんだ」

 

 今日はもう授業も連絡事項もないと分かっている。

 達也は諸手続きが終わったらすぐ、深雪と一緒に帰る予定だった。

 

「へぇ~、司波君の妹かぁ~。さぞかし可愛いんだろうな~。なんて言ったってお兄ちゃんがこれだけカッコいいんだから」

 

「千葉さん、別にお世辞はいいんだが」

 

「エリカ、あまり人様の用事に首を突っ込むんじゃない」

 

 龍がエリカの態度をたしなめた。どうやら寡黙というわけではないらしいが、それでエリカが止まる様子はない。

 

「お世辞じゃないよ!十分カッコいいって!」

 

「‥‥‥もしかして、妹さんって新入生総代の司波深雪さんですか?」

 

 さすがに恥ずかしくなってきたのか、美月が話題を変えてきた。達也に美月を困らせて楽しむような趣味はないので、すぐその質問に頷いた。

 

「えっ、そうなの!?じゃあ、もしかして双子?」

 

 エリカの反応から見るに、彼女は達也と深雪が兄妹だとは思っていなかったのだろう。達也にしてみても、お馴染みの質問だった。

 

「よく言われるが、双子じゃないよ。俺が四月生まれで、妹が三月生まれだからね」

 

「そうなんだ。でもそれって、複雑なんじゃない?」

 

「エリカ、お前って奴は本当に‥‥‥」

 

 龍に言われるまでもなく、エリカはすぐに『しまった!』という顔をした。

 エリカの発言には、心配とも侮辱ともとれる意味合いが含まれていたからだ。

 もちろん達也にもその意図は伝わっていたが、エリカも悪気があって言ったわけではないと分かっていたのでスルーする。

 

「それにしても柴田さん、よく分かったね。司波なんてそう珍しい名字じゃないのに」

 

「いやいや、十分珍しいって!」

 

 達也の気遣いが伝わったのか、エリカも必要以上に気まずくならずに済んだ。だからこそツッコミを入れることができたのだろう。

 

「面差しが似てますから」

 

「そうか?」

 

 達也は、身内贔屓を抜きにしても、深雪は美少女だと思っている。しかし、そんな深雪と自分が似ているとは一切思っていなかった。

 だから美月の評価に疑問を覚えたのだ。

 

「いえ、顔もそうですが、お二人はオーラの面差しが似ています。凛とした雰囲気とか、そっくりです」

 

「そうそう、オーラよオーラ!」

 

「‥‥‥千葉さん、君って意外とお調子者なんだな」

 

「えー、そんな事ないよー!」

 

「こいつ‥‥‥司波、すまん」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 お決まりのような抗議は聞き流しつつ、龍の謝罪を軽く受けて達也は美月に向き直った。

 

「それにしてもオーラの面差しが分かるなんて、“本当に目がいい”んだね」

 

 達也のこの発言に美月の顔が青ざめ、エリカの顔が疑問に染まった。龍は一人納得顔で頷いている。

 

「目がいいって、美月は眼鏡を掛けているよ?」

 

「そういう意味じゃない」

 

 エリカの疑問には答えずに、達也は心の中で決意した。美月の前では、なるべく力を使わないようにしようと。

 

「龍、あんたはどういう意味かわかった?」

 

「分かったが‥‥‥これは本人が話すべき事柄だな」

 

そして同時に、龍に対しても警戒度を上げたのだった。




つい先ほど気が付きましたが、思ったより見てくださっている方がいるようですね。
ありがとうございます。
‥‥‥‥表現力が足らず、淡々としたお礼になってしまいました。
こんな私ですが、これからもよろしくお願いいたします。


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第六話 一科の嫉妬

 誤字報告、ありがとうございます。と申し上げたいところなのですが、達也と深雪の誕生月はわざと四月と三月にしてあるのです。
 オリジナル要素を入れた結果こうなりました。(他の作者様と設定が被っているかもしれませんが。)
 誤解を招くような表現をして、申し訳ありません。
 では、本文をどうぞ。


 美月がちょっと気まずい表情をしていたが、そのことをエリカが指摘する前に達也の後ろから声が掛かった。

 

「お兄様、お待たせしました!」

 

 達也は振り返らなくとも誰の声か分かった。他の三人も先の話で達也が誰を待っているのか知っていたので、やっと来たのかという感じで声の主を確認した。

 達也は「遅かったな」と言おうとしたのだが、深雪の後ろにゾロゾロと人が連なっているのを気配で感じてやめた。深雪のことだから、あの人垣を蹴散らしてでもこちらに来たかったのであろうことは簡単に想像できる。ならばせめてその人たちへの礼儀として、「遅かった」は適当ではないと思ったのだ。

 そして深雪のすぐ後ろには、見覚えのある顔があった。

 

「また会いましたね、司波達也君」

 

「はぁ、どうも‥‥‥」

 

 新入生総代に生徒会長が接触していてもなんらおかしくはないのだが、達也にとってこの再会はあまりうれしいものではなかった。

 相変わらず人懐っこそうな笑みを浮かべている真由美を、達也は何となく警戒している。いや、警戒というよりも胡散臭さというべきか。とにかく、あまり信用していない。

 一方の深雪は、先ほど話しかけられたばかりの真由美と達也がお互いに知っていたことが気になったが、それ以上に達也のそばにいる女子生徒二人に反応した。

 

「お兄様、そちらの方たちは?」

 

「こちらが柴田美月さん、それでこちらが千葉エリカさん。そしてこちらが百済龍君。三人ともクラスメイトだよ」

 

 当たり障りのない紹介で深雪に説明した達也だったが、深雪はいまいち納得できていない様子だ。

 

「あれ?なんだか寒気が‥‥‥」

 

「急に寒くなってきましたね‥‥‥」

 

 気が付けば周りの人たちも寒さを感じている。達也はなぜ妹が機嫌を悪くしているのか分からなかったので、事態の収拾に取りかかれずにいたが、そこで龍が思わぬ助け舟を出した。

 

「ああ、なるほど。つまり司波さんは、兄をエリカと柴田さんに取られたと思って嫉妬しているんだな。それなら無用な心配だよ。俺たちは、ただクラスが同じだったから話していただけだからね」

 

「えっ、デートじゃないんですか!?」

 

 龍のあまりに的を射た発言に、深雪は驚いた。

 深雪の機嫌が悪くなっていた理由が分かり、達也はため息を吐きたい衝動に駆られる。

 

「そうだ。お前を待っている間付き合ってもらっていただけなのに、そんな言い方は二人に失礼だぞ」

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 二人にも‥‥‥達也の言い方をちゃんと理解して受け取った深雪は、ものすごい速さで頭を下げた。勘違いしたことと、兄を誑かしだと決めつけたこと、そして人様に迷惑をかけたことに。

 

「別にいいですよ」

 

「そうそう、間違いは誰にでもあるって」

 

 深雪の謝罪に対して、二人は寛容な態度でそれを受け入れる。龍は苦笑いしていただけだが、受け入れたとみていいだろう。

 

「柴田美月です。はじめまして」

 

「百済龍だ。‥‥‥よろしく」

 

「あたしは千葉エリカ。貴女のことは深雪って呼んでもいいかしら?」

 

「ええもちろん。名字だとお兄様と区別がつかなくなってしまいますもの。私も、貴女のことをエリカって呼んでもいいかしら?」

 

「全然オーケー!深雪って結構気さくなのね」

 

「そういうエリカは、まさに見た目通りね」

 

「私も深雪さんって呼んでもいいですか?」

 

「もちろんよ美月」

 

 妹がクラスメイトと打ち解けているのを見て、達也は不意に深雪が連れてきた(勝手についてきたのだろうが)生徒たちを見た。真由美は相変わらず笑顔だったが、他の生徒たちは一様に悔しさと苛立ちが混ざった表情をしている。

 このままでは深雪の立場を悪くしかねない。そう考えた達也は、一科生のために話の流れを持っていくことにした。

 

「深雪、生徒会の方々との話はもういいのか?まだなら、どこかで適当に時間をつぶしているが‥‥‥」

 

「その心配はいりませんよ」

 

 達也の提案に否を示したのは、深雪ではなく真由美だった。

 

「今日はご挨拶だけで十分です。他に用事があるのならそちらを優先してくださって結構ですから」

 

「ですが会長、こちらも重要な要件だったのでは!」

 

 真由美の後ろにいた男子生徒が、真由美の発言に驚き、納得できないのか食い下がった。

 

「あらかじめ約束していたわけではありませんし、彼女の予定を優先するべきなのは当然だと思いますよ」

 

「それは‥‥‥」

 

 真由美の言っていることが正しいと、その男子生徒も理解したのだろう。恐らく、彼は周りの一科生と同じで二科生に負けたのが悔しかったのだ。

 

「それでは深雪さん、また後日に改めて。司波君も今度ゆっくりと話しましょうね」

 

「はあ‥‥‥‥」

 

「それでは会長、また後日」

 

 深雪は、真由美に対してしっかりとお辞儀をした。

 一方の達也は、真由美がなぜゆっくりと話したがるのか理解に苦しんでいた。

 真由美はというと、そんな二人を見てクスッと笑った後、達也たちとは逆の方向に歩き出す。それに付き従うように先ほどの男子生徒も歩を進めたが、少し歩いた後にこちらを振り返り、達也をキッと睨みつけてきた。

 また面倒なことになったなと達也は内心辟易していたのだが、深雪に悟られまいと鉄壁のポーカーフェイスで隠した。




 いかがでしたでしょうか。
 次話ではついに本作の主人公が全員揃うことになります。
 乞うご期待ください。


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第七話 放課後のお喋り

 本日二回目の投稿です。
 飛ばし過ぎて早速書き溜めがなくなってきました。
 というのも、今話と次話で原作と違う流れになり、書き溜めを書くスピードが格段に落ちたからです。
 また書き溜めがたまり次第、投稿を再開します。一応来週あたりには更新できるのではないかと思っていますが。
 では、どうぞ。


生徒会だけでなく、ほぼすべての一科の先輩から不興を買ってしまったようだが、達也はそんな事を気にする性質ではなかった。

 

「さて深雪、帰るか」

 

「そうですね、お兄様」

 

 特に用事もないのでまっすぐ家に帰るつもりだった兄妹に、エリカから提案があった。

 

「あ、それじゃあ一緒にケーキでも食べに行かない?この近くに美味しいケーキを出すお店があるんだ」

 

「ケーキですか~」

 

「いいですね。お兄様はいかがなさいますか?」

 

「別に構わないぞ」

 

 はしゃぐ三人を見て、達也はこの流れで行かないとは言い出せず、付き合う事にした。もし深雪がいなかったら断っていたかもしれないが、今ここで自分が行かないと言えば、深雪も行かなくなると思ったからだ。

 

「俺も構わない。だがなエリカ。お前、あいつの事を忘れたというんじゃないだろうな」

 

 その中でただ一人、龍だけがエリカにストップをかけた。

 表情も声もそれまでと何も変わらないはずなのだが、不思議な圧があった。

 

「‥‥‥‥」

 

 固まったエリカ。どうやら龍の指摘は当たっていたらしい。

 しかしそれにしては様子がおかしいと、達也は気が付いた。

 よく見ると、彼女は大量の冷や汗をかいている。

 恐らく、龍の言っていた“あいつ”が原因なのだろうが、と考えていると――

 

「遅かったわね、エリカ」

 

――エリカの背後から、寒風が吹きつけた、気がした。

 その声は同年代のものとは思えないほど、涼やかだったのだ。

 

「入学式が終わったら、校門の前で待ち合わせと言ったのは誰だったかしら?」

 

 その姿は、驚くほど凛としていて、華麗だった。

 達也をして、深雪と同等だと思うほどに。

 

「いくら親友といえども‥‥‥‥許せないことってあるのよ」

 

 “彼女”はゆっくりとエリカに近づき、その肩に手を置いた。

 まるで、エリカを凍らせるかのように。

 

「そこらへんで勘弁してやれ。エリカの奴、失神しそうになっているから」

 

 龍の声に、達也は我に返った。“彼女”の持つ独特な雰囲気にのまれていたらしい。

 気が付けば、エリカの顔面は蒼白を通り越して死人のような色になっている。

 

「お兄ちゃんがそう言うなら、仕方ないか」

 

 “彼女”は一つため息を吐くと、エリカを開放した(ように達也には見えた)。

 そして、達也たちの方に向き直る。

 

「初めまして。私は南海(なんかい)氷華(ひょうか)です」

 

「氷華は俺の義理の妹なんだ」

 

 氷華の自己紹介に続いて、龍が補足する。

 なるほど、だからお兄ちゃんなのかと達也は思った。登場の仕方のわりに呼び方が子供っぽいとも思ったが、そういう余計な事は口にしない。

 代わりに、普通の自己紹介をした。

 

「司波達也です。よろしく」

 

「妹の司波深雪です。よろしくお願いしますね」

 

「親友の千葉エリカで~す。よろしく~」

 

「何がよろしくなの、エリカ」

 

 いつの間にか復活しているエリカに対し、氷華は辛辣な言葉を投げかけた。しかし、その表情は笑っている。

 二人の言う通り、この二人は親友なのだなと達也は実感した。

 

「そういえば美月は?」

 

 エリカの一言で彼女の方を見ると、彼女は立ったまま気絶していたのだった。




 いかがでしたでしょうか。
 これで主人公が全員揃いました。
 氷華の登場シーンはもう少し鮮烈な印象にしたかったのですが、今の私にはこれが限界でした。
 さて、前書きでもお伝えした通り、次回の更新は来週になる予定です。
 消えたりはしませんので、少しの間お待ちください。


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第八話 昼食時の一幕

まず、読者の皆様に謝罪しなければならないことがあります。
前話の前書きで言及した達也と深雪の誕生月についてですが、正しくはオリジナルではなく私が原作にしている文庫版の設定でした(なろう版は読んでおりません)。
言い訳をさせていただくと、初めての誤字報告だったものですから、焦ってよく確認しないままに投稿してしまいました。
原作の作者様及び関係者の皆様、ハーメルン様、そしてこの作品を読んでくださっている読者様、申し訳ありません。
そもそも誤りに気が付いたのが今日の朝だったという時点で許されざる行為ですね。
一瞬このまま作品を投稿し続けていいものなのだろうかと思いましたが、私の独断で決める訳にはいかないと思い直し、一応今後も投稿し続けることにしました。
ミスを連発する上に文章力もない私ですが、これからもどうかよろしくお願いいたします。
長くなりましたが、最後にもう一つ。
予告していたオリジナルの流れですが、もう一話続きます。
重ね重ね申し訳ありません‥‥‥‥。


 講堂で美月が気絶する珍事が起きてから十数分後、達也たちはエリカの言っていた店で昼食をとっていた。

 エリカの言う「ケーキ屋」はその実、「デザートの美味しいカフェ」だったのだ。

 初対面のインパクトが強すぎたのか、美月は氷華に怯えていたものの、時間がたつにつれて普通に接するようになっている。

 達也にふと疑問が生じたのは、メインからデザート(つまりケーキ)になってすっかり意気投合した女子四人がおしゃべりに興じている最中だった。

 

「そういえば千葉さん、入学式の事は調べてこなかったのに、高校周辺のお店には詳しいんだな」

 

「そんなの当然でしょ!」

 

「当然なのかよ」

 

 それが当たり前なのか達也には分からなかったが、龍のツッコミで少なくとも自分の感性がおかしくないことは確認できた。

 

「エリカはこんな性格だから、ツッコむだけ無駄なんだけどね」

 

「ひどっ!超絶ブラコン女の氷華に言われたくない!」

 

 氷華の茶々に対するエリカの返しに、達也は地雷を踏んだのではないかと思ったが、実際にはそうならなかった。

 彼女が激昂するその前に、龍がちょうど口にしていた紅茶でむせたからだ。

 

「だ、大丈夫、お兄ちゃん!?」

 

「ん‥‥‥‥あ、ああ、大丈夫だ。まさか紅茶でむせる日が来るとは思っていなかったが」

 

「龍は昔から紅茶を飲んでいるもんね」

 

 元凶である自分の事を棚に上げて、一人頷くエリカ。氷華から冷たい視線が突き刺さったが、それに気づく様子はない。

 

「昔から紅茶を飲んでいるなんて、随分とお洒落なんですね」

 

 先ほどまで深雪とおしゃべりしていた美月がそこで会話に入ってきた。自然に、深雪もこの会話に参加することになる。

 

「お兄様はいつもブラックのコーヒーですよ」

 

「何か分かる気がする、それ」

 

「まさにイメージ通りって感じです」

 

「私も同感」

 

「というか、目の前で飲んでいるしな」

 

 達也は話題の中心になることに慣れていない。彼のそばには人気者の深雪がいたので、自分が話のネタになることなどなかったのだ。それに自分の秘密を隠すには好都合でもあった。

 それが深雪の変な対抗意識によって急遽引っ張り出されてしまい、少々居心地が悪くなっている。

 どうにかしてこの状況を変えたい、そう思っていた矢先に、エリカから爆弾発言が飛び出した。

 

「でも、あの“神才(ゴルティス)”が毎日紅茶を飲んでいるのは驚きだよね」

 

 今度は、達也がむせる番だった。他の者も、驚きで目を見開いていた。

 氷華が慈悲のかけらもない鋭すぎる視線をエリカに突き刺していたが、そんな事は気にもならない。

 神才の話は、魔法師の間で全国的に有名である。

 一切の素性は不明ながら、十年前に突如新型魔法を発表した後、わずか数年の間にそれまでの常識を覆す魔法を次々と開発したのだ。

 その常識外れな存在を、誰が名付けたのかは分からないが神才と呼ばれていた。

 そんな神才は数年前を最後に沈黙を続けている。

 一説には大きな魔法事故に巻き込まれて死亡したとか、魔法の限界を悟って自殺したなどと言われているが、いずれも都市伝説の域を出ない。

 

「エリカ」

 

 神才が本当に龍なのか達也は疑わしかったが、その疑念はすぐに晴れることになる。

 

「それはもう、過ぎた話だ」

 

「お兄ちゃん‥‥‥‥」

 

 ポツリと龍が言うと、氷華がCADを制服のポケットから取り出した。

 

「エリカのこと、休眠状態(コールドスリープ)にしてあげるね」

 

「ごめんなさい!お願いだからそれだけは許して!!」

 

 なにやら物騒なことを言い出す氷華と、悲鳴交じりに許しを請うエリカ。慌てふためく美月に、冗談だと思って笑っている深雪。その様子を静かに見守る龍。

 達也はその全てを忘れ、氷華の持つCADに見入ってしまった。

 多重鎖式凡用型CAD。

 凡用型とは名ばかりの、扱いが非常に難しいCADだ。その代わり性能は通常のものをはるかに上回る。

 それだけならば、達也を釘つけにすることはなかっただろう。使用者自体が珍しいので目に留まることはあるだろうが、そこまでだ。

 達也を引き付けたのは、その美しさだった。芸術性と機能性を兼ね備えた、(機械における)究極の美。

 自身も特殊なCADを使っているからこそ、引き込まれてしまったと言える。

 

「お兄様?どうかなされたのですか?」

 

 兄の異常を察知した深雪が声を掛けなければ、恐らくずっとそのままだったはずだ。

 我に返った達也は少し考えた後、素直に聞いてみることにした。

 

「ああ、少し気になることがあってね。南海さん、そのCADはどこで?」

 

 騒ぎがちょうど収まったところだったらしく、氷華はキョトンとした表情になった。

 

「え、これ?」

 

「確かに、見たことのない形状をしたCADですよね」

 

 美月も言われて気がついたらしい。よく見ようと顔を近づけたところ、氷華はそのCADを元の位置にしまってしまった。

 

「ごめんなさい。これは私の宝物だから、簡単に見せるわけにはいかないの」

 

「あ、そうだったんですね。こちらこそごめんなさい」

 

 少し残念そうな様子だったのは、美月だけではなかった。深雪も少なからず興味があったらしい。

 

「安心して。説明はしてあげるから」

 

「いや、俺がやろう。開発者でなければ、それの説明をするのはかなり難しいからね」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「俺が神才だったことはエリカがバラしてしまったから、もう変に隠す必要もないだろう」

 

 またしてもエリカに冷たすぎる視線が突き刺さったが、そんな事はお構いなしと龍は説明を始めた。 




 気づかれた方がいらっしゃるかもしれませんが、私、またやらかしました。
 前書きの件もそうですが、本当にミスを連発しております。
 これからも十分注意いたしますが、二度あることは三度あると言いますので今後もあると思います。どうかご容赦くださると嬉しいです。


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第九話 多重鎖式凡用型CAD

 本日二回目の投稿です。
 今回は説明回となります。
 よって話はほとんど進みません。
 ですが地味に伏線を張っていたりするので、読んでいただけると幸いです。


「そもそも、CADがどういう物かは知っているよな?」

 

 説明が始まって早々に龍から確認されるとは思っていなかった達也だが、魔法理論と魔法工学で満点を取る彼にとって、その程度の質問は朝飯前だった。

 

「ああ。まず、想子信号と電気信号を相互変換する感応石を使って、魔法師のサイオンを電子的に保存された起動式(魔法陣)へと出力させる。次に魔法師はそれを吸収し、自身の無意識下にある魔法演算領域で魔法を実行する魔法式を組み立てる。最後に魔法式が物体を定義している情報体(エイドス)に働きかけ、魔法が発動するというわけだ」

 

「司波、俺はそこまで求めていなかったんだが」

 

 エリカと美月が分かっているのか分かっていないのかはっきりしない表情になっていることに、達也はそこで初めて気が付いた。

 

「つまるところ、想子を起動式に変換して魔法師の補助をするって認識でいいのよ」

 

「なんだ、それって常識じゃん」

 

「途中で知らない単語が出てきて、焦ってしまいましたよ」

 

 氷華の言葉に、二人は納得したようだった。というより、達也の答えが詳しすぎたのだ。

 

「お兄様はそういった事にお詳しいですから」

 

 深雪はそのことをよく知っているので、驚くことはなかった。

 

「それで氷華のCADの話になるんだが、正式名称はHK-90多重鎖状連結式凡用型CADという。凡用型は記録できる起動式が多いのは知っているよな?」

 

「もちろんです」

 

 龍は美月の方を向いて確認を取り、今度はエリカの方を向いた。

 

「それじゃあエリカ、特化型の特徴は?」

 

「想子を流し込んでから魔法が発動するまでのタイムラグが短い事ね」

 

「‥‥‥‥即答だな」

 

「あはは、高校の受検勉強で龍に叩き込まれたから」

 

 意外にもエリカは、龍の教育によって座学の魔法教科の基礎がしっかりできているのだった。だからと言って、高校でいい成績が取れるとは限らないが。

 

「そこで、だ。もし凡用型と特化型の特徴を合わせ持つCADがあったら、どうする?」

 

 そんなものある訳がない。二種類のCADは相反しているのだから。

 大多数の魔法師はそう答えるはずだ。

 しかし、達也は知っていた。

 その常識は、すでに過去のものになっていると。

 

「という訳で俺が開発したのが、多重鎖状連結式凡用型CADなんだ」

 

「そこを何でもないように言えるのが神才の証拠ね」

 

 エリカの呆れた声に賛同する者は多いだろう。

 普通の魔法師はこんな事を考えたり、ましてやそれを実現しようとは思わない。

 もはや龍が神才であることは、疑いようがなかった。

 

「まあ実際、大まかな構造は特化型CADを十数個くっつけただけだし」

 

「それが非常識だって言ってるの!」

 

「ちょっと、そういう天才的な発想がどんどん出てくるのがお兄ちゃんなんだから」

 

「使ってる本人に言われても説得力ないわよ!」

 

 エリカが龍と氷華に交互にツッコんでいるさまは、見ていて面白いものだった。

 深雪も美月もそれを見て笑っている。

 が、すぐに笑っていられる状況ではなくなった。

 

「えへへ、やっぱりお兄ちゃんは凄いなあ。元許嫁の私としても、鼻が高いよ」

 

 

 

 

 場が固まった。

 

「あちゃ~‥‥‥‥」

 

 エリカが頭を抱える。

 

「やっぱりこうなったか‥‥‥‥」

 

 続いて、龍がため息を吐く。

 呆気にとられている達也たちを前に、氷華は止まらない。

 

「お兄ちゃんったらそれだけじゃなくて最っ高に男らしくてカッコよくて優しくて強くてたくましくてイケメンなんだけど時々可愛かったり女々しかったり弱かったり嫉妬したり子供っぽかったり意地悪だったりしてもう本当に私の王子様っていうかまあ実際昔は王子様だったんだけどその頃よりもずっとずっとずっとずっとずっとずっと私の理想のタイプになってもう夜なんて一緒じゃないと眠れなくなっちゃったし夜だけじゃなくて朝昼晩一日中お兄ちゃんの事を考えてないと不安になっちゃうしちょっとよそ見してたら他の女に盗られちゃいそうだしもうこうなったらいっそのこと抱いてほしいなって思っちゃったりもしくは夜這いしてそのままゴールインっていうのもありかななんて考えてでもそれでお兄ちゃんに嫌われちゃったら嫌だから仕方なく一人で悶々と〇て翌朝おはようのキスしようとしたら緊張しちゃってできなくてそのうちお兄ちゃんが起きてでも寝起きの表情がこれまた素敵で何度襲いかかろうとしたことか分からないのにお兄ちゃんときたら駄目だって止めるから最近はもう焦らしプレイとしか思えなくなっちゃって(ry」

 

 龍とエリカは既にあきらめているのか、ベラベラと喋りまくる彼女を止めようとしない。

 その代わり、仕切り直しとばかりに龍が手を差し出してきた。

 

「俺の名字は戸籍上『南海』だから、兄妹共々よろしく頼む‥‥‥‥」

 

「あ、ああ、こちらこそ‥‥‥‥」

 

 一人で暴走している氷華をわきに、達也と龍は握手を交わしたのだった。




 いかがでしたでしょうか。
 話の収拾を収めることが難しく、少々強引な終わり方になってしまいました。
 今後の課題といたします。


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第十話 入学式当日の夜

 タイトルそのままの内容です。
 いきなり私事になり恐縮なのですが、この作品がUA2000越え、お気に入り20件に達しました。読者の皆様、ありがとうございます。
 文章力が低い上にミスも多い未熟者ですが、これからも誠心誠意が頑張っていきますのでどうかよろしくお願いいたします。


 結局あの後氷華は龍にベタベタと甘えだし、一同激しい胸やけを覚えて解散する流れになった。

 そのまま達也たちは家に帰ってきたが、声を掛けてくる、もしくは声を掛けるべき相手はいない。

 平均的な家庭に比べると大きなその家に、兄妹二人で住んでいるような状況なのだ。

 達也は自分の部屋に戻ると、制服を脱ぐ。

 手早く着替えを済ませ、リビングに行くとそこには部屋着に着替えた深雪がいた。

 

「お兄様、何かお飲み物をご用意いたしましょうか?」

 

「そうだね、コーヒーを頼む」

 

「かしこまりました。それでは失礼します」

 

 きちんとお辞儀をして、達也の前から移動する深雪。その様子を見ながら、達也は今日出会った血の繋がっていない兄妹の事を考えていた。

 名字が変わっているのに『百済』を名乗り、全国にその名を轟かせる“神才”である事を隠す兄、龍。

 元々許嫁だったとはいえ、その兄に対して依存心が強すぎる妹、氷華。

 二人の間には、何かがあるように達也には思えた。

 とはいえ、興味本位で人様の関係に詮索を入れる事を彼は好まない。

 それが深雪や自分にとって悪影響を及ぼすものだと判断するまで、そんな事はしない。

 達也はそういう意味で言えば冷めていた。

 だからコーヒーが出来上がったことにもすぐに気が付く。

 

「お兄様、どうぞ」

 

 サイドテーブルにカップが置かれ、深雪は反対側に回って達也の隣に腰を下ろす。

 もちろん達也のコーヒーはブラックで、深雪が手に持つ方はミルク入りだ。

 

「美味い」

 

 賞賛に多言は不要。

 その一言で、深雪はニッコリとほほ笑む。

 そして安堵の表情を浮かべて自分のカップに口をつける。これが深雪の常だった。

 そのままコーヒーを嗜む二人。

 会話はないが、間が悪い思いはしない。

 兄妹は二人きりの家で隣り合い、ただ静かにカップを傾ける。

 

「すぐにお夕食の準備をしますね」

 

 空になったカップを持って、深雪が立ち上がった。妹が伸ばした手にコーヒーカップを預け、達也も立ち上がる。

 こうして兄妹二人、いつも通りの夜が更けていった。

 

 

 

 

 場所は変わり、東京近郊のとある地下室。

 所狭しと様々な機械が置かれ殺伐としている中に、一台の旧式のモニターがある。

 その前には、一人の人物が椅子に座っていた。 

 

「ご報告は以上でございます」

 

 モニターに掛けられる声は、人のものと思えないほど低い。

 だが、そこに映る女性には、はっきりと届いた。

 

「そう。とりあえず、初日は上々の結果だったと」

 

 女性の声は恐ろしく事務的で、感情が入る余地がない。

 しかしそれはモニターのこちら側にいる人物も同様で、表情を隠す仮面を被っている分、余計に感情を読み取ることができなかった。

 

「ええ。少々のアクシデントはございましたが、ご報告の通り本件に直接関わる事ではありませんのでご安心ください」

 

「心配はしてないわ。貴方の作戦にどうせ抜け目はないのでしょうから」

 

「もちろんでございます」

 

 直後、通信が切断され、モニターに何も映らなくなる。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 部屋に無音が満ち、そのまま全ては夜の闇に紛れていった。



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第十一話 達也の日課

 高校生になって二日目の朝を迎えたからと言って、世の中が特に変わった訳ではない。

 達也はいつも通り、早朝に目を覚ました。

 顔を洗い、いつもの服に着替える。

 リビングに下りると、普段はまだ寝ているはずの深雪がいた。

 

「おはよう、深雪。今日は早いんだな」

 

「おはようございます、お兄様。今朝は私もご一緒させていただこうかと思っているのですが‥‥‥‥」

 

 見れば、深雪は制服を着てサンドイッチの入ったバスケットを抱えている。

 どうやら今日の朝食は、そのサンドイッチということらしい。

 

「それは構わないが、制服で行くのか?」

 

「先生にはまだ、入学の挨拶をしていませんでしたから。それに私ではもう、お兄様の鍛錬についていけませんし」

 

 それが深雪の答えだった。

 こんな朝早くから制服に着替えていたのは、その姿を見せに行くためという訳だ。

 

「分かった。別に深雪が俺の朝練に付き合う必要はないが、そういう事なら師匠も喜ぶだろう。‥‥‥‥喜び過ぎて、タガが外れなければいいのだがな」

 

「その時は、お兄様が深雪の事を守ってくださいね?」

 

 深雪のお茶目な表情に、達也の顔には自然に笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 早朝の住宅街を、高速で走り抜ける影が二つ。

 その正体は司波兄妹だ。

 深雪はローラーブレードで、達也は走って目指す場所へ向かう。

 二人とも魔法を使っているので、速さは時速60㎞に達する。

 どちらが大変なのかは一概には言えないが、魔法の訓練をしている点では同じだった。

 

 

 

 

 家から十分ほど(時速60㎞)で、達也たちは小高い丘の上にある九重寺に到着した。

 しかし、門の手前で二人して立ち止まる。

 寺に漂う異様な雰囲気を感じ取ったからではない。むしろ、この寺ではそれが常であった。

 

「深雪、少しここで待っていてくれ」

 

「はい、お兄様」

 

 深雪に声を掛け、達也は敷地に一歩足を踏み入れる。

 それと同時に、彼に向かって総勢二十名の修行僧がどこからか一斉に襲いかかった。

 達也はそれを難なくさばいていく。

 深雪はそんな兄の雄姿をうっとりと眺めていたが、突然背後から声を掛けられた。

 

「やあ深雪君。久しぶりだね」

 

「先生っ!あれほど気配を消して忍び寄らないでくださいと申し上げておりますのに」

 

 いきなり声を掛けられ、普段は冷静な深雪も少なからず慌てた。

 

「そんな事を言われても、僕は忍びだからね。忍び寄るのは性みたいなものさ」

 

 まだそんなに老いてはいないが、綺麗に剃り上がった頭と細身の体に墨染めの衣を着ているのはこの場に相応しいと言える。

 

「今時、忍者という職業はありません。そのような性は早急に矯正する事をお勧めいたします」

 

「そうじゃないんだな。僕は忍者なんていう俗物じゃなくて、由緒正しい忍びだよ」

 

「由緒正しいのは存じております。ですから不思議でならないのですけど、なぜ先生は‥‥‥‥」

 

 深雪はそんなに軽薄なのかと続けたかったのだが、もう既に何度も言っている事なので、諦めて途中で言葉を切った。

 目の前にいる僧侶もどき――身分上はれっきとした坊主なのだが――の名前は九重(ここのえ)八雲(やくも)といい、自称通りの忍びである。

 より一般的な呼称は忍術使い。

 本人がこだわっていた通り、身体能力が高いだけの前近代の諜報員とは一線を画す、古式魔法を伝える者の一人だ。

 達也が師匠と呼び、深雪が先生と呼ぶのもこれが理由なのだが、俗っぽく胡散臭いのが玉に(きず)でもある。

 

「それが第一高校の制服かい?」

 

「はい、昨日が入学式でした」

 

「う~ん‥‥‥‥いいね」

 

「‥‥‥今日は、入学のご報告に、と‥‥‥‥」

 

「初々しく真新しい制服。清楚の中に隠しきれない色香」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

「まるで咲き綻ばんとする花の蕾。萌え出ずる新緑の芽。そう、これは萌えだ!萌えなんだよ深雪君!‥‥ムッ!?」

 

 どんどんとテンションを上げる八雲。対して、深雪はじりじりと後退していく。

 そこに、八雲に襲い掛かる影が。

 

「師匠、深雪が怯えていますので、それくらいにしてください」

 

「やるね、達也君。僕の背後を取ると‥‥‥‥はっ!」

 

 達也の手刀を受け止め、八雲は左手で達也の右手を巻き込みながら右の突きを放つ。それを達也は右手を八の字に振ることで逃れ、拳を受け流しそのまま脇に抱え込む。

 見物人から漏れるため息。

 いつの間にか、対峙する二人を囲む人の輪ができている。

 交差する達也と八雲に、手に汗握るのは深雪だけではなかった。



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第十二話 鍛錬の後で

 前話の前書きをすっかり忘れておりました。申し訳ありません。
 ほぼ一週間ぶりの投稿です。
 諸事情により、これからは週に一回程度になります。
 恐らくそのタイミングで一週間分の書き溜めを投下する形になるでしょう。
 気長に待っていてくださると嬉しいです。


 修行僧たちが自らの勤行へと戻り、境内は静けさを取り戻した。

 今本堂の前庭にいるのは、達也と深雪、八雲だけになっている。

 深雪は朝の鍛錬を終えた二人に、タオルと水の入ったコップを差し出す。

 

「お兄様、先生、よろしければどうぞ」

 

「おお深雪君、ありがとう」

 

「‥‥‥‥少し、待ってくれ」

 

 汗をかきつつも飄々として受け取る八雲とは対照的に、達也は土の上に寝転んだ状態から動けない。

 

「お兄様、大丈夫ですか?」

 

 そんな達也を深雪は膝をついて心配そうにのぞき込む。

 

「いや、大丈夫だ」

 

 彼女を安心させるために、達也は一息で立ち上がった。

 

「それよりもすまない、深雪。お前のスカートに土がついてしまったな」

 

 そう言う彼の方こそ激しく汚れていたが、深雪からそれを指摘する声はない。

 

「このくらい問題ありません」

 

 深雪は笑顔でそう答え、懐から薄型携帯端末形態の凡用型CADを取り出した。最も普及しているブレスレット形態の物に比べ落下のリスクはあるものの、慣れれば片手で操作可能な事が特徴だ。

 CADに想子が集まり、非物理の光を放って魔法が発動する。

 どこからともなく霧が発生し、達也と深雪を包み込んでいく。

 それが晴れた時には、二人の服に付着していた汚れが綺麗さっぱり無くなっていた。

 

「お兄様、朝ご飯にしませんか?よろしければ先生もご一緒に」

 

 それが当たり前であるかのように、バスケットを軽く掲げる深雪。

 実際、妹にとってこの程度の魔法は何でもない事だと達也はよく知っていた。

 

 

 

 

 縁側に腰を下ろし、サンドイッチを頬張る達也と八雲。

 深雪は一口口にしただけで、甲斐甲斐しく達也の世話を焼いている。

 その様子を微笑ましげに(人の悪い笑みで)見ていた八雲が、朝食を食べ終えた後しみじみと呟いた。

 

「もう体術だけなら、達也君にはかなわないかもしれないねえ」

 

 それは紛れもない賞賛。

 だが、達也の心には素直に届かなかった。

 

「それでも一方的にされるんですから、俺はまだまだです」

 

「そりゃあ当然だよ。僕は君の師匠なんだから。この程度で負けてしまったら、弟子に逃げられてしまう」

 

「お兄様、もう少し素直になられた方がよろしいかと。せっかく先生が褒めてくださったのですから、胸を張って高笑いしていらしたらいいのです」

 

 深雪は澄ました口調で、しかし口元は微笑んで言った。

 

「‥‥‥‥それはちょっと嫌な奴じゃないか?」

 

 八雲と深雪の冗談めいた励ましに、達也は苦笑した。

 

 

 

 

 一度家に帰り、身支度を整えてから達也たちは学校へ向かう。

 移動手段はキャビネットという公共交通機関だ。二人乗りまたは四人乗りのリニア式小型車両が高密度で運行されているため、百年前の電車と同じ輸送量と自家用車並みのプライバシー空間を実現している。

 

「あの、お兄様、実は‥‥‥‥」

 

 珍しく歯切れの悪い深雪の口調に、達也は広げていた端末から急いで顔を上げた。

 

「どうしたんだ?具合でも悪くなったのか?」

 

「いえ、そうではないのですが、その‥‥‥‥昨晩、あの人たちから電話がありまして」

 

 あの人たち。その単語で、達也は深雪が言いにくそうにしている大方の見当がついた。

 

「親父たちが、何か深雪を怒らせるようなことでも言ったのかい?」

 

「お兄様‥‥‥‥では、やはり」

 

「ああ、何の連絡もないね」

 

 達也たちの父親、司波(しば)辰郎(たつろう)は実の息子である達也を息子として扱っていない。達也が高校に進学することにも、いい顔はしなかった。

 

「私には入学のお祝いをしておきながら、その兄であるお兄様には何一つ寄越さないとは‥‥‥‥許せません!」

 

「そう言うな。親父は俺に会社の手伝いをさせたかったんだ。それを蹴った俺にいい顔をできないのは当然だろう」

 

 達也の言う通り、辰郎は魔法関連企業であるFLT(フォア・リーブス・テクノロジー)の社内取締役なのだ。魔法理論と魔法工学に堪能な達也を手伝わせようとするのは、ある意味仕方ないといえた。

 

「でしたら高校くらいは出させてもいいではありませんか!」

 

「親父には親父なりの考えがあるんだろう。必要とされていると思えば、腹が立つ事もないさ」

 

「ですが!!」

 

 突然室温が低下し、キャビネットの暖房がうなりを上げる。

 深雪が感情の任せるままに、無意識で魔法を発動させたのだ。

 

「深雪」

 

 達也はそんな深雪に、優しく声を掛ける。

 

「‥‥‥‥申し訳ありません、取り乱してしまいました」

 

 我に返った深雪が、魔法を抑える。うなりを上げていた暖房が静かになり、キャビネット内は再び達也と深雪の声だけになった。

 

「いや、いいんだ。お前が怒るのも当然だからね。でも、繰り返しになるが親父には親父なりの考えがあるんだよ」

 

 本当は深雪も達也自身も分かっているのだ。辰郎の主張は、ただの建前であることを。

 しかし、それを表に出すことはしない。この微妙な関係が、今のところ自分たちにとって一番都合のいいものだということも分かっているからだ。

 二人とも言葉が続かずに無言になったところで、キャビネットが目的地に近づいて減速を始めた。



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第十三話 授業初日

皆様、お待たせいたしました。
なかなか時間が取れず、二週間たってしまいすみません。
当分はいつ投稿できるか自分でもわからないので、文字通りの不定期更新となりそうです。




達也が深雪と別れて教室に入ると、室内は喧噪で満たされていた。まあ入学して二日目の教室など、そんなものだろう。

 

「司波君、オハヨー!」

 

 声のした方を向くと、そこにはエリカがいた。座席に座っているので、恐らくそこが彼女の学校から指定された席なのだろう。

 

「おはようございます」

 

 一つ空席を挟んで、美月も座っている。

 二人に挟まれたその空席が、達也が指定された席だった。

 

「おはよう。また隣だが、よろしくな」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 達也の言葉に、美月が笑顔を返す。

 

「なんだか私だけ仲間外れな気がするー」

 

 反対側でエリカが不満そうな顔をしていたが、口調からして冗談なのは丸分かりだった。

 

「千葉さんを仲間外れにするのは難しそうだ」

 

「ご、ごめんなさい!そういうつもりじゃなくて、あの‥‥‥‥」

 

 しかし、分かっていないのが若干一名。

 

「美月、今のは冗談だよ?」

 

「えっ‥‥‥‥も、もちろん分かってますよ?」

 

 エリカの説明を聞いて、しどろもどろになる美月。

 その様子を、達也とエリカは暖かい目で、いや、正確には生暖かい目で見ていた。

 

「何ですかその目はー!」

 

 二人の視線に気づき、お返しとばかりに美月は抗議する。

 

「美月が怒ったー」

 

「‥‥‥‥お前らは朝から一体何をやっているんだ」

 

 エリカがそれを茶化しているところに、龍が登校してきた。

 

「あ、龍!オハヨー!」

 

「おはようございます、百済君」

 

「おはよう」

 

 軽く挨拶を交わすと、彼はそのまま自分の席へと移動していく。

 いまだエリカと美月が楽しそうにしているのを横目に、達也も意識を別の事に向けた。

 備え付けの端末にIDカードを差し込み、学校の規則を頭に叩き込んでいく。

 それが終わると、今度は受講登録をキーボードのみで猛然と済ませていく。

 

「‥‥‥‥」

 

 前方から視線を感じ、達也が顔を上げると前の席に座っていた男子生徒と目が合った。

 

「別に見られて問題がある訳ではないが、あまりジッと見られるのは気分のいいものじゃないな」

 

「あっと、すまん。あまりにもすげーから、つい見入っちまった」

 

「そうか?慣れれば脳波アシストなんかよりずっと楽だぞ?」

 

「それよ、それ。今時キーボードオンリーなのも珍しいし、何よりその入力スピードがすげーよ」

 

「そういうものか?」

 

「そりゃそうだろ‥‥‥‥おっと、自己紹介がまだだったな。俺は西城(さいじょう)レオンハルト。親父がハーフで、お袋がクォーターなんだ。レオって呼んでくれ」

 

「司波達也だ。俺の事も達也でいい」

 

「OK、達也。よろしくな」

 

「ああ、よろしく」

 

 改めて互いに挨拶を交わしたところで予鈴が鳴り、思い思いの場所に散っていた生徒たちが次々に自分の席に戻る。

 初回の授業はオリエンテーション。

 達也にとっては全く意味のない内容だ。既に選択授業の登録まで済ませているので、端末を使ったオンラインガイダンスなど退屈なだけである。一科と違って二科は担任がいないから、手順をスキップして学内資料でも検索していようと考えていた。

 しかし本鈴が鳴る直前、前のドアが開いてスーツを着た若い女性が入ってきたのだ。

 この学校の職員であることは間違いないだろうが、だとすれば彼女は一体何をしに来たのだろうか。

 教室中が戸惑いを隠せていないなか、彼女が口を開く。

 

「皆さん、入学おめでとうございます。私は本校で総合カウンセラーを務めている、小野(おの)(はるか)です」

 

 随分と明るい女性だが、何か裏がありそうだと達也は思った。

 

「これより、オンラインによるガイダンスを開始します。皆さんはガイダンスの指示に従ってください。すでに受講登録まで済ませている人は、退室して構いません。ただし、ガイダンス開始後の退室は認められませんので、希望者は今のうちに退室してください」

 

 その言葉が終わると同時に、ガタッと椅子が鳴った。

 達也、ではない。彼はこんなところで目立ちたくなどなかった。

 立ち上がったのは、教室後方の廊下側に座っていた男子生徒だった。

 集まったクラス中の視線を気にも止めずに、彼はそのまま教室を出ていった。

 手元に目を戻し、何を調べて時間を潰そうかとキーボード上で手を止めた達也は、ふと視線を感じて顔を上げる。

 達也に視線を送っていたのは、遥だった。

 他の生徒に怪しまれないように視線を動かしてはいるが、やはり達也を見ている。

 理由に心当たりは一つしかない。

 しかし、彼女は達也と目が合うたびに微笑みを向けてくるのだ。

 受講登録を済ませているのに退室しない自分に興味を持った、にしては随分と親しみを感じる視線に達也はオリエンテーションの時間中ずっと疑問を抱いていたのだった。




ご指摘ありがとうございます。
本文を修正しておきました。
なぜこんなミスが起きたのか、自分でもわかりません。
ただ、これからは本文のチェックをさらにしっかりしていこうと思っております。
この度はお騒がせして申し訳ありませんでした。


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第十四話 衝突

お待たせいたしました、第十四話です。
今話は中途半端なところで切れます。
至らぬところばかりですが、次話まで気長く待っていただければ幸いです。


 オリエンテーションが終わると、その後は昼休みまで校内を見学する時間だ。二科生は各自自由に見て回ることになっている。

 先ほどの遥の行動に一人で頭をひねっていた達也は、前の席から声を掛けられた。

 

「達也、昼までどうするんだ?」

 

 声の主であるレオは、さっきと全く同じ体勢で達也に顔を向けていた。

 達也としては引き続き学内資料を閲覧するつもりだったが、レオの期待に満ちた目を見て予定を変更することにした。

 

「特に何も決めていないから、付き合おう」

 

「じゃあ、工房に行こうぜ」

 

「工房?」

 

 魔法科高校には、魔法関連機器(主にCADなど)の製造について学ぶための工房がある。 魔法関連機器を造る魔法工学技師は魔工師とも呼ばれており、現代魔法において重要な職業なので、工房を見学したいというのも分かる。

 しかし、レオは見たところ筋肉質で肩幅もあるのだ。

 だから達也は意外に思い聞き返した。

 

「達也が言いたいことは分かるぜ。なんでこんな体格なのに闘技場じゃないんだってな。俺が得意なのは硬化魔法なんだが、これは武器術との組み合わせで最大の効果を発揮するからな。自分で使う武器くらい、自分の手で手入れできるようになっときたいんだよ」

 

「なるほど」

 

 どうやらこのクラスメイトは、見た目よりはるかに自分の事について考えているようだった。

 

「あの、それでしたら一緒に行きませんか?」

 

 そこに、隣の席から遠慮がちな申し入れがなされる。

 

「柴田さんも工房に?」

 

「はい‥‥‥‥私、魔工師志望なんです」

 

「俺もだ」

 

「えっ、司波君って魔工師志望なの!?」

 

 反対側から乱入してきたのは、エリカだ。

 

「達也、コイツ、誰?」

 

「うわっ、失礼な奴、失礼な奴!花も恥じらう年頃の乙女に向かってコイツ呼ばわりするなんて!!」

 

「はあ?オメェはどう見たって肉体派だろうが。乙女なんぞ似合わねえよ」

 

 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことである。

 

「何ですって、この脳筋原始人!」

 

「なっ、なっ、なっ‥‥‥‥」

 

 エリカの暴言に絶句し、今にもうなり声になりそうなレオ。

 見かねた達也と美月が仲裁に入る。

 

「もうやめろよ、二人とも」

 

「そうですよ、会ったその日なのに」

 

 実は二人とも相性がいいんじゃないかと思った達也だったが、そう簡単には止まらないものだ。

 

「ふん、コイツが先に謝ったら、許してやってもいいぜ」

 

「何よそれ、むしろこっちのセリフだわ。あんたが先に謝りなさいよ」

 

「何をっ!」

 

「ほら怒った。これだから単細胞は」

 

「そこまでだ、エリカ」

 

 ついに、教室の後ろの方から龍までも介入してきた。エリカとレオの視線が突き刺さるが、表情に変化はない。

 

「お前ら、いい加減にしろ。エリカ、入学二日目からクラスメイトに突っかかってどうするんだ。そっちの君も、高校生になって感情の一つも制御できないなんて恥ずかしいとは思わないのか?」

 

「う、それは‥‥‥‥」

 

「ごもっともだな‥‥‥‥」

 

 正論を突き付けられ、しょんぼりとする二人。彼らの反応を完全に無視する形で、龍が達也に話しかけてきた。

 

「工房に行くんだろう?俺も付き合うから、早く行こうか」

 

「そうだな、教室に残っているのが俺たちだけになってしまう」

 

「あっ、私も行きます!」

 

 そそくさと教室を出ていく達也と龍に、美月が慌ててついていく。

 残されたエリカとレオは、互いににらみ合ってから三人の後を追いかけていくのだった。

 

 

 

 

 昼休みの校内食堂。

 腹をすかせた学生たちでごった返すのは、いつの時代も変わらない光景の一つだ。

 工房見学を終えた達也たちも、当然その中にいる。

 対面式のテーブルに座り、半分ほど食べ終わったところで、クラスメイトたちをぞろぞろと引き連れた深雪が現れた。

 レオと自己紹介を交わした彼女は、当然のことながら達也と一緒に食べようとする。

 学校の施設は一科も二科も関係なく使えるので、遠慮なく食事ができるはずなのだが‥‥‥‥

 

「君たち、席を譲ってくれないか」

 

 深雪のクラスメイトである男子生徒の発言にまず反応したのは、レオとエリカだった。

 

「おい、それを言う前に言うべき言葉があるだろ」

 

「順序を考えないあんたのような奴にお願いされたって、誰も譲ろうとはしないわよ」

 

 同じタイミングで反応する二人を見て、達也はやはり二人は相性がいいんじゃないかと思ったが、口には出さない。

 

「ふん、二科生ごときがギャアギャアと」

 

 身勝手で傲慢な男子生徒の振る舞いに、早くもレオとエリカは爆発しそうになっている。

 この場を治めるためには、自分たちが引いた方が手っ取り早い。そう結論付けた達也は、さっさと食べ終えて席を立った。

 深雪は達也たちに目で謝罪した後、彼らとは別の方向に歩み去っていった。



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第十五話 一科と二科のいざこざ

UA5000突破しました。
皆様、ありがとうございます。
これからも精一杯頑張っていきますので、どうかよろしくお願いいたします。
さて、今回は氷華の実力が少しだけ発揮されます。
乞うご期待ください。


 午後の授業が何事もなく終わり、放課後になった。

 達也たちは、深雪と合流して帰宅の路に着こうとしていた。

 そこにいちゃもんをつけてきたのが、昼と同じ深雪のクラスメイトたちだった。

 

「いい加減にしたらどうですか?深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんですよ。他人が口をはさむようなことではないでしょう」

 

 学校の中庭に陣取る、達也のクラスメイト三人。

 対峙するのは、深雪のクラスメイトである一年A組の面々。

 その中心で雄弁をふるっているのは、なんと美月だった。

 達也と深雪は、少し離れた場所でそれを見守っている。

 

「美月って、意外に好戦的なんですね」

 

「ああ、俺も予想外だったよ」

 

 当事者であるはずの兄妹は、冷めている。

 

「大体、貴方たちに二人の仲を切り裂く権利なんてあるんですか!」

 

「ち、ちょっと美月‥‥引き裂くだなんて‥‥‥‥」

 

「深雪、なぜそこでお前が照れる?」

 

 美月の言葉に赤面する深雪に、達也はため息を吐きそうになった。

 当初美月は正論を並べ立てていたはずなのだが、次第に引っ掛かりを覚える言い方に変わってきている。

 当然事態は混迷を深め、兄妹が望む方向とは逆方向に進んでいた。

 

「そもそも、私たちは同じ新入生でしょう?どうして一科だ二科だとそんなくだらない事にこだわるんですか!」

 

「まずいな‥‥‥‥」

 

 達也の短い呟きは、そばにいた深雪だけが聞き取れた。

 一科生のほとんどは、自分がブルームである事に高いプライドを持っている。それを否定された、ましてや格下だと考えているウィードにくだらないと言われたとなれば、大人しくしているはずがない。

 

「‥‥‥なら、教えてやる。ブルームとウィードの差ってやつをな!」

 

 学内でCADの携行を認められている生徒は、生徒会役員と一部の生徒のみ。

 学外での魔法の使用も法令で規制されている。

 だが、CADの携行まで規制しているわけではない。

 CADがなくても、スピードと効率性を犠牲にすれば魔法は使えるからだ。

 だから学校では登校時に事務室にCADを預け、下校時に返却されることになっている。

 ゆえに、下校時に生徒がCADを持っていても何の不思議でもない。

 

「特化型っ?」

 

 ただ、それが同じ生徒に向けられたとなれば非常事態だ。

 攻撃力重視となることが多い特化型なら、なおのことである。

 小型拳銃を模したCADの、銃口に当たる部分が美月に突き付けられた。

 

「お兄様!」

 

 深雪の言葉が終わらぬうちに達也が動作を起こす、その直前。

 甲高い金属音とともに、少年の持つCADが吹き飛んだ。

 静まりかえる中庭。

 CADが地面に落ちると同時に、少年がそれを持っていた手をもう片方の手で押さえる。

 

「ほんと、最低ね。女の子に手を上げるなんて」

 

 聞こえてきた声は、とても小さいながらもよく響いた。

 声の主と思しき人物とはかなり離れている。

 その距離、数十メートル。

 二つの校舎が反響板の役目を果たし、しかも物音が消えた中庭だからこそ聞こえる距離だ。

 今の現象を理解できた者は、ごく少数の人間だけだと言わざるをえないだろう。

 魔法によって作られた、たった一発の氷の弾。

 次第に近づいてくる影――南海氷華を見つめながら、達也はCADの能力を改めて思い知らされている感じがした。

 男子生徒が持っていたCADの銃でいう引き金に当たるところを、氷華は持ち手とCADに加わるダメージが一番効率よく、しかし必要最小限の威力で氷弾を命中させたのだ。

 それも、数十メートルという距離から。

 この驚くべき命中精度は、多重鎖式凡用型CADによるところが大きい。

 使用者の技量もさることながら、CADと魔法式の相対位置のわずかな誤差を極限まで減らすCADの性能がなければ実現しない。

 達也は、滅多にしない感嘆の息を吐いていた。

 

(あ~、これは非ッッ常にまずいかも‥‥‥‥)

 

 一方、いざこざの中心にいるエリカにとっては、最も登場してほしくない人物の登場に嘆息を吐きたい気分だった。

 彼女の思考が、記憶が、警鐘を鳴らす。

 今の氷華は時限爆弾のようなものだ、と。

 いざという時には、少々手荒な真似もしなければいけない、と。

 氷華は元々こういう場に口や手を出すような性格ではない。むしろ、遠巻きに静観している方だ。

 にもかかわらず魔法を打ち込むほど機嫌が悪い理由は分かりきっている。昼間、食事を龍とともにとれなかったからだ。

 他人から見ればたったそれだけのこと、なのだが、本人にはそれさえも最優先にさせる事情がある。

 その事情を知っているのはエリカと龍だけだ。

 だからこそ、このまま事態が収束に向かっていくことを期待した。それがほんのわずかな可能性でも。

 

「おい!君も一科生なら、俺たちの邪魔をするんじゃない!」

 

 CADを打ち払われた男子生徒が、やってきた氷華の制服についている紋章を見て吠える。

 

「残念だけど、私に差別ごっこなんて趣味はないわ」

 

 差別ごっこ。

 それを聞いたエリカは、わずかな可能性が潰えたことを悟った。

 

「なぜだ!なぜ、このような下等な奴らを擁護する!」

 

 少年の発した言葉に、氷華が再びCADを彼に向けた、直後。

 エリカはカバンから警棒らしきものを取り出し、氷華の手を叩いた。

 

「痛いっ!」

 

 CADを取り落とさない、ぎりぎりの威力だ。

 叩かれた右手をさすりながら、氷華はエリカに抗議の眼差しを向ける。

 

「ちょっとエリカ、何するのよ!」

 

「あはは、ちょっとね~」

 

 向けられたエリカはといえば、へらへらと誤魔化している。

 しかし達也は、叩いた直後に一瞬だけ、エリカの顔に残心が浮かんでいたのを見逃さなかった。

 突然の仲間割れじみた出来事に、深雪のクラスメイトたちにも動揺が走る。

 その混乱に乗じてか、少年の左後方にいた女子生徒が魔法を発動しようとした。

 だが、それはかなわなかった。

 魔法式が展開された瞬間、先ほど氷華が来た方からサイオン弾が撃ち込まれ、魔法式は霧散する。

 

「やめなさい!自衛目的以外の対人魔法攻撃は、校則違反以前に犯罪ですよ!」

 

 走って近づいてくる、二人分の足音。

 一人は達也にとって見覚えのある人物、現第一高校生徒会長の七草真由美だった。



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第十六話 新たな出会い

いきなり暑くなりましたね。
私はこの気温変化についていけず、少々体調を崩しております。
読者の皆様も体調には十分気を付けてください。


 エリカたちに攻撃しようとした女子生徒は、声の主を認めるなり顔面蒼白となった。よろけて、近くにいた別の女子生徒に抱き止められている。

 

「あなたたち、1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聞きますから、ついてきなさい」

 

 冷たい硬質な声でこう命じたのは、真由美の隣に立った女子生徒。達也の記憶によれば、彼女は風紀委員長、渡辺(わたなべ)摩利(まり)と入学式で紹介されていた三年生だ。

 摩利のCADはすでに起動式の展開を完了している。

 ここで少しでも抵抗の素振りを見せれば、即座に実力行使されることは容易に想像できた。

 レオや美月、深雪のクラスメイトたちも、雰囲気にのまれて硬直している。

 そんな彼らを横にして、達也は平然とした足取りで背後に付き従う深雪とともに、摩利の前へ歩み出た。

 突然出てきた一年生に、摩利は(いぶか)しげな視線を向ける。彼女の視野において、達也たちは当事者に見えていなかったようだ。

 達也はその視線を臆することなく受け止め、礼儀を損なわないように軽く一礼した。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

「はい。森崎(もりさき)一門のクイックドロウは有名ですから、後学のために見せてもらうつもりだったんですが、あまりにも真に迫っていたので思わず手が出てしまいました」

 

 美月にCADを突き付けた男子生徒が、目を丸くして驚いている。

 他の一年生も今までとは別の意味で絶句するなか、摩利は達也を見て冷笑を浮かべた。

 

「では、1-Aの女子が魔法を発動しようとしていたのはどうしてだ?」

 

「驚いたのでしょう。条件反射で魔法を発動しようとするとは、さすが一科生ですね」

 

 達也は真面目くさった表情、ではあるが、その声はどことなく白々しかった。

 実際にはその前に氷華が魔法を使っていたので、そう聞こえてしまうのも仕方ないのかもしれないが。

 

「君の友人は、魔法によって攻撃されそうになっていたわけだが?」

 

「攻撃とは言っても、彼女が発動しようとしたのは目くらまし程度の閃光魔法ですから」

 

 再び、息をのむ気配。

 それと同時に、摩利の冷笑が感嘆に変わる。

 

「ほう‥‥‥‥どうやら君は、展開された魔法式を読み取ることができるらしいな」

 

 魔法師は、魔法式の効果については直感的に理解することができる。

 しかし、それが起動式となると、話は別だ。

 起動式は、いわば魔法式を構築するための膨大なデータの塊。

 それを読むということは、画像データの元となる文字の羅列からその画像を頭の中で再現するようなものだ。

 意識して理解することなど、普通はできない。

 

「実技は苦手ですが、分析は得意ですから」

 

 だが、達也はその非常識な技能を分析の一言で片づけた。

 

「誤魔化すのも得意なようだ」

 

 値踏みするような、睨みつけるような眼差し。

 それから兄をかばうように、深雪が進み出る。

 

「兄の申した通り、本当にちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 こちらは小細工なしで真正面から深々と頭を下げられて、毒気を抜かれた表情で摩利は目をそらした。

 

「摩利、もういいじゃない。達也君、本当にただの見学だったのよね?」

 

 昨日の今日でなぜか名前で呼ばれていることにため息を吐きたくなった達也だったが、差し向けられた真由美の助け舟を無碍(むげ)にはしなかった。

 表情を変えずに頷くと、真由美は何となく得意げに見える笑みを浮かべた。

 

「だそうよ。今回は幸いなことに怪我人も出なかったんだし、口頭注意だけでいいんじゃないかしら」

 

「‥‥‥‥会長がこうおっしゃられていることでもあるし、今回は以上にします。以後このようなことのないように」

 

 慌てて姿勢を正し、ばらばらに頭を下げる一同に見向きもせず、摩利は踵を返した。

 が、一歩踏み出したところで足を止め、振り向いて達也に問いかけた。

 

「君の名前は?」

 

「一年E組、司波達也です」

 

「覚えておこう」

 

 反射的に結構です、と言うのをこらえて、達也は再びため息を我慢した。

 

 

 

 

 真由美たちが校舎内に姿を消した後、達也にかばわれた形となったA組の男子生徒が達也の予想通り森崎と名乗った。

 借りだとは思わないとか、お前を認めないとか、挙句の果てにはフルネームで呼び捨てにするなど色々と失礼なことを言い捨てて去っていったが、どれもこれも達也の心には何も響かなかった。

 そして森崎と入れ違いになる形で、いつの間にか姿を消していた龍がやってきた。

 

「災難だったな、達也」

 

 開口一番にそう言ってきた龍に対し、エリカが突っかかる。

 

「何が『災難だったな』よ!こっちは氷華のおかげで気が気でなかったのに、どこ行ってたのよ!」

 

「悪いな。俺はあんなところにすっと入っていけるほど図太い神経は持ち合わせていないから」

 

 全く反省の色を見せない龍の答えに、エリカは呆れて口をパクパクさせている。

 そんな彼女を差し置き、龍はジトっとした目つきで氷華を見た。

 

「氷華、お前な‥‥‥‥カッときても自分を抑えろとあれほど言ったのに」

 

「だ、だって、お兄ちゃんが蔑まれてるって思ったら、身体が勝手に動いたんだもん」

 

 龍としては責めているつもりなのに、なぜかうつむいてモジモジとしだす氷華。

 訳が分からないという顔をしているのは龍だけではなく、達也やレオ、エリカ、美月も同じだ。

 

「‥‥‥‥お兄ちゃんにだったら、蔑まれてもいいかな」

 

「‥‥‥‥帰るか」

 

「‥‥‥‥そうだな。みんな、もう帰ろう」

 

 とにかく、精神的に疲れた。きっと氷華のセリフは疲れているが故の幻聴なのだ。

 達也たちはそう考えて、帰路に着くことにした。

 行く手に事態を悪化させかけた女子生徒が立っていたが、今日はもう関わりたくないので、そのまま通り過ぎようとする。

 しかし、女子生徒はそんな達也たちの思いに反して、進路を妨害するように立ちはだかった。

 

「あの、光井(みつい)ほのかです。さっきは失礼なことを言ってすみませんでした」

 

 いきなり頭を下げられ、達也は面食らってしまった。

 先ほどまでエリート意識を隠しきれていなかった少女の態度とは、豹変している。

 

「かばってくれて、ありがとうございます。森崎君はああ言っていましたけど、大事にならなかったのはお兄さんのおかげです」

 

「‥‥‥‥どういたしまして。だが、お兄さんはやめてくれないか。これでも同じ一年生なんだからな」

 

「で、では、何とお呼びすれば‥‥‥‥」

 

 思い込みが激しそうな眼をしている。

 厄介なことにならなければいいがと思いながらも、達也は不機嫌な口調にならないように答えた。

 

「達也、でいいから」

 

「‥‥‥‥分かりました、達也さん。それで、あの、‥‥‥‥駅まで、ご一緒させてもらってもいいですか」

 

 恐る恐る、しかしある種の決意を秘めた顔で同行を請うほのか。

 彼女のセリフよりもその表情に意外感を覚えたが、達也本人とその妹の深雪、エリカ、レオ、美月に加えて、龍・氷華の義兄妹にも拒む理由はなかった。



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第十七話 氷華の思い

 突然で申し訳ありませんが、私事により現在私が執筆しているこの小説の更新をしばらくお休みさせていただきます。
 なお、お休みさせていただく期間は長くて一ヶ月半程度になると思います。
 『劣等生と落伍者』を楽しみになさっている読者の皆様、急な報告で本当に申し訳ありません。


 駅までの帰り道は、微妙な空気だった。

 メンバーは達也、龍、美月、エリカ、レオのE組の五人と氷華、そして深雪、ほのか、同じくA組の北山(きたやま)(しずく)。彼女はほのかの親友らしい。

 達也の隣には深雪、その反対側にはなぜかほのかが陣取っている。

 

「‥‥‥‥それにしても氷華さんのCADって、変わった形をしてますよね」

 

 ひとしきり自己紹介をした後、とりとめのない会話の話題は先ほど氷華が使用したCADになっていた。

 昨日の入学式の後も話題になっていたが、初めて見たほのかと雫にとっても興味を惹かれるようだ。

 

「それ、昨日も美月から言われたのだけど、そんなに珍しいかしら?」

 

 氷華はそう言いながら自分のCADを取り出し、改めてまじまじと見つめる。

 外見は、特化型CADに多い拳銃型に近い。銀色のそれは銃身がやや長めではあるが、制服のポケットに納まる大きさだ。

 通常の特化型と異なるのは、持ち手部の直上、拳銃でいうところの撃鉄(ハンマー)照門(リアサイト)にあたる部分。

 円形になっているそこには中心に二十四花(雪の結晶の一種)がかたどられており、それぞれの『枝』の先端からCAD全体にかけてラインが曲線を描いている。それらの模様は淡青色に輝き、全て浮き出し加工がなされていた。

 このCADは、氷華の十六歳の誕生日に龍から送られたものだ。初めて手にした時の衝撃は、よく覚えている。

 今でも時々見とれてしまうほど、美しい。

 

「お~い、氷華~」

 

 気が付けば、龍が至近距離で手を振っている。

 どうやら、また見とれていたらしい。氷華は急いで意識を引き戻した。

 

「‥‥‥‥」

 

「綺麗‥‥‥‥」

 

 ほのかと雫、美月はCADを見つめたまま固まっている。深雪も、見慣れているであろうエリカでさえ、固まってこそいないが視線は氷華の手元から外せていない。

 

「もういいかしら?」

 

 女性陣の中で一番早く復帰していた氷華は、素早くCADをしまい込んだ。それにより、他の四人も我に返る。

 

「ご、ごめんなさい。なぜだか引き込まれてしまって‥‥‥‥」

 

「私も。こんな綺麗なCADは初めて見た」

 

 ほのかが再び頭を下げ、恥ずかしそうにしている。

 彼女に同意した雫はというと、対称的に淡々としていた。とはいえ視線がポケットから離れていないので、感情が表に出にくいタイプなのだろう。

 

「氷華のCADって、見てると魂が吸い込まれそうな感じがするよね」

 

「分かる気がします」

 

「さりげなく失礼な事言わないでくれる?」

 

 エリカの発言に賛同する美月、抗議する氷華。

 氷華の目があまり鋭くなっていないのは、自分も引きつけられていたという自覚があるためか。

 一人深雪だけが愛想笑いを浮かべて黙っていたが、そのことを指摘する者はこの場にはいなかった。

 

 

 

 

 一方、こちらは男性陣。

 女性陣とは違い氷華のCADに引き込まれこそしなかったが、達也もレオも龍が氷華に声を掛けなければその場に立ち止まったままだっただろう。

 

「やれやれ、どうしてあのCADは人を引きつけるんだか‥‥‥‥」

 

 一人愚痴る龍の表情は冴えない。

 それを見たレオが、励ますつもりでこう言った。

 

「もしかしたら、そういう不思議な魔力を持っているのかもしれないぜ?」

 

 しかし、言った後で彼は非常に後悔することになった。

 達也と龍の二人から、同時に白い目で見られたのである。

 

「‥‥‥‥レオ、それはただの皮肉にしか聞こえないぞ」

 

 魔法が魔力を使用すると考えられていたのは、少なくとも一世紀以上前の話だ。

 今でも『魔力』という概念自体は残っているが、それは魔法について誤解していたり、変な偏見を持っている一般市民に限られている。

 言い換えれば、正しい知識を持っているはずの魔法師が『魔力』などという単語を使うと、達也の言う通り皮肉としか受け取られないのである。

 

「大丈夫だ。レオの言いたいことは分かるから」

 

 逆に龍から自身を言い聞かせているような励ましをされ、レオはますます居心地が悪くなってしまったのだった。

 

 

 

 

 夕刻、東京近郊の住宅街にて。

 二~三階建ての建物が軒を連ねるなか、二十五階建ての高いマンションが春の夕日を浴びて輝いていた。

 最下層でも一千万円は下らないいわゆる高級マンションであるこの建物は、一階層を一世帯が丸ごと使用する構造になっている。

 そんなマンションの最上階、つまり二十五階のリビングは西側に面しており、富士山と夕日の共演を望むことができる大開口部が設けられていた。

 そんな絵画のような景色をソファからぼんやりと見つめる、一人の少女。

 甕覗(かめのぞき)色のワンピースを着た彼女は、均衡のとれた身体と端正な顔立ちをしている。

 周囲から絶世の美少女と言われてきた彼女の美しさは、夕日によってさらに磨きがかかっていた。

 もしこの光景を世の男性たちが目の当たりにしたら、まず間違いなく自我を亡失するであろう。ある者は口を半開きにして立ち尽くし、またある者は我が物にしようと発情した獣のように襲い掛かっていくに違いない(もちろん返り討ちになるのは目に見えている)。

 しかし、それほどの美しさを持っていながら、彼女の顔は憂いに満ちていた。

 そこに、背後から声が掛かる。

 

「氷華お嬢様、ご入浴の準備が整いましたが、いかがいたしますか?」

 

 声を掛けてきたのは、執事服を着た若い女性。よく引き締まった身体つきをしている彼女もまた、美形の持ち主である。ただ、氷華と並ぶと見劣りしてしまうのは仕方ない。

 それでも、二十代前半の彼女は世間一般には十分美女で通じるのだった。

 

「ありがとう、雲居(くもい)さん。でも、まだいいわ」

 

「かしこまりました」

 

 雲居と呼ばれた女性は、一礼すると部屋を出ていく。

 残された少女――南海氷華は部屋に誰もいなくなったのを確認し、深く、深く、ため息を吐いた。

 現在、氷華の父親は南海家の当主であり、国内有数の巨大複合企業であるマーシャル・トランジット・カンパニー、通称MTCの代表取締役兼創業家代表を務めている。もちろん収入は一般家庭のそれを大幅に上回っており、氷華の住むこの高級マンションの家賃や養子として引き取った龍の扶養代が家計を圧迫することはない。

 だというのに、自分の義兄は負担を掛ける訳にはいかないと仕事を始めてしまった。不定期に夕方から夜間まで、時には帰りが深夜になる仕事。帰宅時間が午前二時頃になることだってある。今は一介の高校生でしかない彼がまともに就けるはずがなかった。年齢を詐称しているのか、そもそも雇っている企業がまともではないのか。

 氷華は龍が仕事に行くたびに、そういう懸念に襲われるのだった。

 今日も今しがた、仕事に行くと言って家を出ていったばかりである。

 それに、と彼女は思考を続ける。

 

(今は、他の心配事もできてしまった)

 

 頭に浮かんだのは、学校で出会った一人の少女。まるで人形のように細く美しく、もしかしたら自分よりも美しいかもしれないと思わせる、可憐な美少女(司波深雪)

 彼女に抱くこのもやもやとした感情は、きっと嫉妬なのだろう。

 ‥‥‥‥駄目だ。考えれば考えるほど、自分の中にどす黒いものが渦巻いていく。まるで自分が自分でなくなるような、そんな恐怖に包まれる。

 氷華はそれから逃れるように立ち上がると、入浴するために脱衣所へと向かった。




甕覗色‥‥‥‥白に近いごく薄い藍色【Wikipediaより抜粋】


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第十八話 生徒会室にて

 皆様、大変お待たせいたしました。本日より、投稿を再開させていただきます。これからもゆるゆると更新していく予定ですので、どうかよろしくお願いいたします。


 翌朝、深雪とともに学校の最寄り駅に降り立った達也を待っていたのは、入学三日目にして早くも顔なじみになったいつものメンバーたちとなぜか一緒にいる七草真由美だった。

 

「あっ、達也く~ん!」

 

 そして自分たちに気づくなり駆け寄ってくる生徒会長を見て、達也は頭痛を覚えた。

 

「お兄様、呼ばれていますよ?」

 

「随分と親しげだがな‥‥‥‥」

 

 達也の記憶している限り、自分と真由美は一昨日が初対面だ。同学年のエリカやレオ、龍はともかく、三年生である生徒会長がこの短期間でここまで態度が変わると、さすがに不信感を抱く。が、何が目的なのか分からない以上、それを表に出すのは禁物である。

 

「おはようございます、会長」

 

 達也に続き、深雪が丁寧に一礼する。他の五人も一応礼儀正しく挨拶をしたが、少し引き気味だったのはやむを得ないところである。

 用件を聞いてみると、昼休みに生徒会室で一緒に食事でもどうかという事だった。親睦を深めるためなら役員である深雪だけでいいはずだが、なぜ自分までと達也は午前中そのことで頭がいっぱいになっていたのだった。

 

 

 

 

 そして、昼休み。達也の生徒会室へ向かう足取りは重かった。対照的に深雪の足取りは軽く、とても楽しそうであった。

 四階の廊下の突き当り、他の教室と同じ合板の引き戸の中央に埋め込まれた木彫りのプレートには、「生徒会室」と刻まれている。

 招かれたのは深雪で、達也はそのオマケ。そのため、入室を請うのは深雪の役目である。

 

「1-A、司波深雪と、1-E、司波達也です」

 

「どうぞ」

 

 明るい声とともに扉のロックが解除された。

 達也が身を乗り出すように戸を開ける。別に何もないと分かっているが、これは二人の幼いころからの癖であった。

 

「いらっしゃい。遠慮しないで入って」

 

 正面、奥の机から声を掛けるのは、生徒会長である七草真由美。

 その右側に、三年生の女子生徒が、左側には風紀委員長である渡辺摩利が座っている。

 そして右側、女子生徒の手前に随分と小柄な女子生徒、そのさらに手前に空席。

 左側にも摩利の手前に空席が二つ、真由美と向かい合うように空席が一つ。

 合計四人と空席四つが一つの長机を囲んでいた。

 そんな光景を見て深雪がまずしたのは、上級階級で十分に通用するレベルのお辞儀。

 

「え~と‥‥‥‥ど、どうぞ座って。お話は、お食事をしながらにしましょう」

 

 当然、達也以外の四人が困惑した。真由美も少したじろいでいる様子であったが、いまだ立ったままの二人に席を勧める。

 達也は摩利の隣にある椅子をひき、そこに深雪を座らせるとさらに隣の下座に腰を下ろした。

 普段なら断固として兄を上座に座らせようとする深雪ではあるが、今回は自分が主役だとわきまえているらしい。

 そこに、来訪者を告げるブザー音。

 

「1-E、くd‥‥南海龍です」

 

「どうぞ、入って」

 

 真由美の声とともに扉のロックが解除され、龍が生徒会室に入ってきた。

 その視線が正面、真由美の姿をとらえた一瞬、表情がとても嫌そうなものに変わったことに、達也だけが気が付いた。

 

「好きな席に座ってください」

 

 生徒会長に声を掛けられ、龍は一礼すると無言で彼女と向かい合う席に座った。

 

「これで全員揃ったわね。さて、お昼はお肉とお魚と精進、どれがいいですか?」

 

 呆れたことに、生徒会室には自動配膳機(ダイニングサーバー)がある。しかも、複数のメニューが存在するらしい。

 達也が精進を、深雪と龍もそれに倣って頼んだのを受け、小柄な女子生徒(達也の記憶では二年生だった)が壁際に設置された機械を操作した。

 あとは待つだけである。

 

「入学式でも紹介しましたが、念のためにもう一度紹介しますね。私の左隣が、会計の市原(いちはら)鈴音(すずね)、通称リンちゃん」

 

「私をそう呼ぶのは会長だけです」

 

 整っているが顔の各パーツがきつめで、背が高く手足も長い鈴音は、美少女というよりは美女と表現した方がふさわしい容姿をしている。

 

「その隣が書記の中条(ちゅうじょう)あずさ、通称あーちゃん」

 

「会長‥‥‥‥私にも立場というものがありますから、下級生の前で『あーちゃん』はやめてください」

 

 彼女は真由美よりも小柄なうえに童顔で、本人にそのつもりがなくても子供に見える。

 本人には気の毒だが、これは『あーちゃん』だろう、と達也は思った。

 

「もう一人、副会長のはんぞーくんを加えたメンバーが、今期の生徒会役員です」

 

 達也の頭の中に、入学式当日、講堂で真由美にくっついていた一人の男子生徒の顔が浮かんだ。同時に、真由美には絶対にニックネームをつけられたくないと思った。

 

「そして私の右隣は知っていますよね?風紀委員長の渡辺摩利。あっ、準備ができたようです」

 

 ダイニングサーバーのパネルが開き、料理がトレーに乗って出てきた。

 合計六つ。

 一つ足りない、と達也が見ている前で、摩利がおもむろに弁当箱を取り出す。

 

「料理、できるんですね」

 

 ちらりと摩利の手を見た龍が、ポツリと呟いた。

 

「そうだが‥‥‥‥意外か?」

 

「いえ、少しも」

 

 風紀委員長に意地の悪い口調で問われても、彼は間髪入れずに返した。もちろん、その表情に変化はない。

 

「手を見れば、そのくらいは分かります」

 

 その言葉に摩利が少し恥ずかしそうな表情をしたのは、達也の見間違いではなかった。



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第十九話 生徒会勧誘

皆さんこんにちは、hai-nasです。
一か月半にわたるブランクの影響か、文章が以前に増して稚拙になってしまいました。
感覚を取り戻すのにあと数話はかかると思いますが、これまでと変わらず読んでいただければ幸いです。


 二人のやり取りを見ていた深雪が、さりげなく言った。

 

「私たちも、明日からお弁当にいたしましょうか」

 

「深雪の弁当はとても魅力的だが、食べる場所がね‥‥‥‥」

 

「あっ、そうですね、まずはそれを探さなくては‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥まるで恋人同士の会話ですね」

 

 兄妹の会話を聞いていた鈴音が、爆弾発言を投下した。

 あずさの顔が瞬時に赤くなる。

 

「そうですね、血のつながりがなければ恋人にしたい、と思ったことはあります」

 

 しかし、達也に軽く返され爆弾は不発に、いや、誤爆に終わった。

 本気で赤面していたのはあずさだけではない。真由美も、摩利も、投下した張本人の鈴音も、そしてなぜか深雪でさえも赤くなっていた。ただ一人、龍だけは小さくため息を吐いた。

 

「‥‥‥‥もちろん、冗談ですよ」

 

 そんな面々に向かって、達也は二コリともせず淡々と告げた。

 

 

 

 

 

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

 昼食を食べ終えると、真由美が真面目な表情で口を開いた。

 

「率直に言いますが、我々生徒会は、司波深雪さんに役員として入ってもらうことを要請します。引き受けていただけますか?」

 

 聞けば、主席入学者が生徒会に入るのは恒例のことだという。

 一度うつむき、顔を上げた深雪は、なぜか思いつめた表情をしていた。

 

「‥‥‥‥兄を、生徒会に入れることはできないのでしょうか?」

 

「おいっ、みゆ‥‥‥‥」

 

 一体何を言い出すのか、この妹は。

 そう思って止めようとした達也だが、深雪は止まらない。

 

「兄の入試の成績はご存じですか?」

 

「ええ、知っていますよ」

 

「デスクワークならば、必要なのは実技の成績ではなく知識や判断力のはずです。私を生徒会に加えていただけるというお話については、とても光栄に思います。ですが、兄も一緒という訳には参りませんでしょうか?」

 

 達也は顔を覆って、天を仰ぎたい気分だった。

 度を過ぎた身贔屓は、不快感しか与えないと分からないはずはないのに。

 

「残念ですが、それはできません」

 

 回答は、問われた生徒会長ではなく、隣の席からもたらされた。

 

「生徒会の役員は、第一科から選出されます。これは不文律ではなく、規律です。これを覆すためには、生徒総会で制度の改正が決議される必要があります。決議に必要な票数は在校生徒数の三分の二以上ですから、一科生と二科生がほぼ同数の現状、制度改正は事実上不可能です」

 

 淡々と、しかしすまなそうに鈴音が告げた。彼女が現在の差別的制度に対してどう思っているのか、声色だけでわかる。

 

「そうですか‥‥‥‥申し訳ありません」

 

 だからだろうか、深雪もおとなしく引きさがった。

 

「ええと、それでは、深雪さんは書記として今期の生徒会に加わっていただきます」

 

「はい、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願い致します」

 

 少し控えめに頭を下げた深雪に、真由美は満面の笑みで頷いた。

 

「ちょっといいか」

 

 そこに、摩利がおもむろに手を上げて皆の注目を集める。

 

「風紀委員会の生徒会選任枠が一枠、まだ決まっていないんだが」

 

「それは今、人選中よ。まだ新年度が始まって一週間もたっていないのだから、そんなに急かさないで」

 

 真由美が摩利をたしなめるが、当の本人は取り合わない。

 

「風紀委員に、一科生でなければいけないという規定はないぞ?」

 

「摩利、貴女‥‥‥」

 

 真由美が大きく目を見開き、鈴音、あずさも唖然としている。

 

「ナイスよ!と、言いたいところなんだけど‥‥‥‥」

 

 その言葉に、真由美は苦々しい表情を浮かべた。

 

「困ったわね‥‥‥‥その一枠に、本当は龍を選任しようと思っていたの」

 

「お断りします」

 

 それまでずっとだんまりだった龍から発せられたのは、明確な拒否の意思。

 真由美の表情は、さらに曇っていく。

 

「そこを何とかお願いできない?風紀委員に必要なのは、抑止力。貴方の魔法は、そういう意味では大変有効なの」

 

「お断りします」

 

「生徒会長としてだけではなく、幼馴染としてもお願い」

 

「お断りしますと言っているんです!」

 

 真由美の言葉を遮る形で、龍が声を荒げた。

 

「俺の魔法は抑止力ではありません!()()()()()()です!」

 

 彼がハッと我に返ったのは、その直後だった。

 静まりかえる室内。

 真由美も、摩利も、鈴音も、あずさも、深雪も、誰もが言葉を失っていた。

 龍はきまり悪い表情になると、今度は落ち着いた声でゆっくりと話し始める。

 

「それは貴女も分かっているでしょう、会長。いえ、それともこう呼んだ方がお気に召しますか、()()()()()()

 

 落ち着いたものから、上品なものへと、龍の声音は変わっていく。それと同時に、真由美の顔が赤くなっていったのだった。



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第二十話 百済の子

皆様こんにちは、hai-nasです。
今話でこの小説は二十話目になります。その割には物語も全然進んでいませんが。
いつの間にやらお気に入り件数も五十を超え、大変嬉しく思うと同時に、この小説をよりよいものにしなければならないというプレッシャーも(勝手に)感じております。
‥‥‥自分の感情を文章にするのは下手なものですから、そろそろ本文に入りたいと思います。


 真由美は顔を赤くしたまま、消え入りそうな声でポツリと呟いた。

 

「今更だけど、そう呼ばれると結構恥ずかしいわね‥‥‥‥」

 

「ええ、今更です。ですが、最初にそう呼べとおっしゃったのは真由美姉さまの方ですよ。お忘れでしたか?」

 

 その質問に対する答えは、首を横に振ることで示される。

 

「そうですか、お忘れでなかったようで何よりです。このような呼び方を自分の方から始めたと思われては、たまったものではありませんから」

 

「ちょっと、それ、どういうこと?」

 

「おっと失礼、つい本音が。それはさておき、先ほどの『幼馴染』発言についてですが、訂正していただけませんか?」

 

「えっ‥‥‥‥!?」

 

 龍のかなり毒と嫌味を含んだ物言いに、生徒会長は絶句した。が、心の奥底は冷静だった。

 自分には、幼馴染であることを否定されても仕方がないほどの負い目があると分かっていた。

 

「貴女は七草のご令嬢です。仮にも一介の男子高校生である自分と親しくしていると、他の生徒たちからあらぬ疑いを掛けられる恐れがあります」

 

 それは本心なのか、思わずそう尋ねたくなったが、ただでさえ壊れかかっている何かが決定的に壊れてしまいそうな気がしてやめた。

 それでも、龍の発言にツッコまずにはいられなかったのだが。

 

「‥‥‥‥『一介』どころか『かなり特殊』だと私は思うのだけど」

 

「それは、俺が百家出身だからですか。それとも、“百済の人間”だからですか」

 

 地雷を踏んでしまった。

 真由美は瞬時にそう理解した。

 龍の表情も声色も普段のものと大差ないが、雰囲気が全く違うものに様変わりしている。

 摩利や鈴音もそれに気づいたようだ。

 しかし、動けない。動かないのではなく、動けないのだ。

 あずさなど、隣にいる鈴音にくっつくようにして完全に縮こまっている。風紀委員長でさえ動けなくなっているのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが。

 それほどまでの、常人離れした重圧と気迫。

 しかも彼は、魔法を一切使用していない。

 彼を幼馴染と呼べる程度には親しくしていた真由美には、これが何を意味しているのかすぐに分かった。

 だから、気づかなかった。

 先輩たちの意識は全て、龍に向けられていたから、誰も気づくはずがなかった。

 龍に向けられた達也の視線が、鋭くとがっていたことに。

 まだあどけなさを残す深雪が、外面も内面も平常心を保っていたことに。

 

 

 

 

 百済家は、現代日本の魔法師社会において、極めて異質な存在であった。

 通常、代々魔法師を輩出する家は十師族の作り上げた社会体系、つまり十師族を頂点に、それらを補佐する師補十八家、次いで百家、その他の家系という縦社会の中にある。

 ところが百済家は、百家でありながら独自の社会網を作り上げ、十師族や師補十八家と対等、またはそれに近い関係を築いていた。

 当然、同じ立場であるはずの他の百家にいい目で見られるはずがない。ゴマすりの百済、裏の百済と影口を叩かれるのは常であった。

 そんな折、百済家は突然()()()()

 十師族の怒りを買っただの、裏社会で失敗しただのと当時は随分と騒がれたが、真相はいまだ謎に包まれたままだ。

 この程度の話は、魔法師社会にかかわりのある者なら誰でも知っている。

 しかし、事の真相を知っている人間は、それこそ極少数である。

 そんな環境にもし、当事者が丸腰で放り出されたりしたら‥‥‥‥

 龍は、そんな目をしていた。

 同世代とは思えないほど、暗く、濁り、地獄を目の当たりにしてきたような眼をしていた。

 

 

 

 

 生徒会室に、機械音が鳴り響く。

 誰かの携帯端末が、着信を伝えている。

 動いたのは、龍だった。

 彼の眼は、すでに普段と同じものになっていた。

 端末を確認するなり、その顔が青ざめていく。

 

「すみません皆さん、妹がそろそろ爆発しそうなのでこれで失礼します」

 

 そういうなり、返事も待たずにそそくさと生徒会室を出ていった。

 残されたのは、沈黙。

 扉が閉まり、たっぷり一分以上たってから、ようやく真由美が口を開いた。

 

「‥‥‥‥とりあえず、これで龍はダメね」

 

 直後、それぞれがそれぞれの思惑を秘めたため息を吐いた。それとともに、張り詰めていた空気が弛緩していった。

 一拍置いて、摩利が真由美にむかって質問した。

 

「なぜ、あんな奴を風紀委員にしようと思ったんだ?」

 

 あのような生徒が風紀委員に相応しい訳がない。言外にそう思っていることがよく分かる口調だった。

 しかし、真由美から答えが返ってくることはなかった。少しうつむき、深刻そうな表情をしたまま動かない。

 代わりに、鈴音が口を開いた。

 

「彼は、自分を“百済の人間”だと、そう呼んでいました。つまり、『そういうこと』なのではないでしょうか?」

 

 あくまで推測ではありますが、と彼女は続ける。

 その言葉に、摩利が噛みついた。

 

「まさか、入学試験で手を抜いたというんじゃないだろうな?」

 

 対する鈴音は、やれやれといった感じで首を振る。

 

「そうではありません。百済家が瓦解してから、今年で四年になります。その間、彼の周囲で何が起こっていたのか‥‥‥‥想像に難くないと思いますが」

 

「じゃあ、あいつは自分の『本来の魔法』を使えなくなったと?」

 

 息をのむ気配がした。それはあずさだったのか、深雪だったのか、はたまた達也であったのか。

 いずれにせよ、摩利の言っていることが何を意味しているのか、わからない者はこの場にいなかった。

 

「その通りです。魔法は使用者の精神状態にかなりの影響を受けます。これは、一年生の終わりごろに学ぶ内容ですね」

 

 達也と深雪のほうに顔を向け、鈴音は付け加えた。気遣い、のつもりなのだろうが、あいにく二人ともその程度のことは知っていた。

 

「もし、彼の精神がとても不安定になっているのだとしたら」

 

「重要な実技試験で『本来の魔法』を使うこともできず、二科生に成り下がる、か‥‥‥‥」

 

 鈴音のセリフを奪う形で、摩利が引き継いだ。

 若干不満そうな鈴音を差し置いて、一人で気難しそうな表情をしていたのだった。




次回からようやく話が進みます。


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第二十一話 傲慢なる副会長

皆様こんにちは、hai-nasです。
忙しくしていましたらいつの間にか二週間が経過していました‥‥‥‥。
ところで、先日の台風は凄かったですね。幸いにも自宅は被害を免れましたが、三百メートルほど離れたところは浸水しました。
皆様はいかがでしたでしょうか?
被害に遭われた方々に少しでも早く日常が戻ることを願っております。


 再び、生徒会室に沈黙が流れる。

 

「はあ‥‥‥‥よし。と、いうわけで」

 

 ため息一つ吐いたのち、真由美の表情は元に戻っていた。

 

「我々生徒会は、達也君を風紀委員に推薦します!」

 

「‥‥‥‥は?」

 

 いきなりすぎる展開に、達也の思考が一瞬止まる。

 それから、さっきまでの出来事がまるでなかったかのように振る舞う真由美を見て呆れてしまった。が、室内の雰囲気が明るくなったのも事実である。たとえ上辺だけでも一声で空気を変える一種のカリスマ性を持ち合わせていなければこんなことはできない。

 達也は現実逃避気味にそんなことを考えていたが、口から出たのは抗議の声だった。

 

「ちょっと待ってください!俺の意思はどうなるんですか?」

 

「まあまあ、まずは話を聞いてくれ」

 

 摩利はそう言って達也をなだめる。しかし、明らかに面白がっている。

 

「風紀委員会は、その名の通り校則違反者を取り締まる組織だ。具体的には、魔法使用に関する校則違反者の摘発と、争乱行為の取り締まりだな」

 

「凄いじゃないですか、お兄様!」

 

「いや深雪、そんな『決まりですね』みたいな目をされても‥‥‥‥」

 

 話に聞く限り、風紀委員はどう考えても魔法技能に劣った二科生に務まる役職ではない。場合によっては、魔法で相手をねじ伏せる必要があるからだ。

 

「おっと、そろそろ昼休みが終わるな。放課後に続きを話したいんだが、構わないか?」

 

 摩利の言う通り、確かにもうすぐ昼休みは終わるし、うやむやではすませられない話だ。

 

「‥‥‥‥分かりました」

 

 達也には、他に選択肢はなかった。

 

 

 

 

 あの後、達也は魔法実技の実習授業を受けているときに、風紀委員になりそうであることをエリカたちに話した。

 もちろん達也が自慢げに話したのではなく、レオが聞いてきたから答えただけである。

 だが放課後、再び生徒会室へ行くときに「頑張ってね~」などと声を掛けられてしまうと、早くもそれだけで気が滅入りそうであった。

 達也自身は全く乗り気でないのだから、なおさらである。

 そんなわけで、昼休みの時よりも重い足を引きずりながら、達也は生徒会室に到着した。

 と、明確な敵意に迎えられる。発生源は、昼休みに囲んだ机の手前。昼休みには空いていた席だ。

 

「失礼します」

 

 悲しいかな、達也はこの手の視線に慣れている。彼がポーカーフェイスを保ったまま軽く黙礼すると、入れ替わる形で深雪が前に立つ。

 と、敵意は嘘のように霧散した。これもいつものことだ。

 視線の主が立ち上がり、こちらに近づいてくる。達也はその顔に見覚えがあった。入学式の時、真由美のすぐ後ろにいた二年生だ。

 

「副会長の服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)です。深雪さん、ようこそ生徒会へ」

 

 少し神経質な声だったが、年齢を考えれば十分に抑制が効いているといえるだろう。

 服部はそのまま達也を完全に無視して席に戻った。深雪の背中からムッとした気配が伝わってきたが、一瞬で消える。何とか自制してくれたようだ、と達也は胸を撫で下ろした。

 そんな彼の気苦労も知らず、気安い挨拶が二つ飛んでくる。

 

「よっ、来たな」

 

「いらっしゃい、深雪さん。達也君もご苦労様」

 

 それぞれ違う扱いをする、摩利と真由美。この二人に関しては気にしても仕方がない、という境地に達也は早くも到達していた。

 

「早速だけど、あーちゃん、お願いね」

 

「ハイ‥‥‥‥」

 

 こちらもすでに諦めの境地なのだろう。少し哀しそうな目をしつつ、ぎこちない笑顔であずさは深雪を壁際の端末へ誘導した。

 

「じゃあ、あたしらも風紀委員会本部へ移動しようか」

 

 一日もたたないうちに話し方が随分変わっている気がするが、こちらが摩利の地なのだろう、と達也は思った。

 

「渡辺先輩、待ってください」

 

「何だ、服部刑部小丞(しょうじょう)範蔵(はんぞう)副会長」

 

「フルネームで呼ばないでください!」

 

 達也は思わず真由美を見てしまった。まさか「はんぞー」が本名だったとは思わなかったのである。

 

「お話ししたいのは、風紀委員の補充の件です」

 

 顔に昇った血の気が一気に引いている。服部は瞬く間に落ち着きを取り戻していた。

 

「何だ?」

 

「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

 

 冷静に、あるいは感情を押し殺して服部が意見を述べる。

 

「おかしなことを言う。司波達也君を推薦したのは七草会長だ。たとえ口頭であっても、その効力に変わりはない」

 

「本人は受諾していないと聞いています。それに過去、二科生(ウィード)を風紀委員に任命した例はありません」

 

 服部の反論に含まれた蔑称に、摩利は軽く眉を吊り上げた。

 

「ほう?今のは聞き逃せないぞ。風紀委員長である私の前で禁止用語を堂々と使用するとは、いい度胸だな」

 

 摩利の叱責とも警告とも取れるセリフに、服部は怯んだ様子を見せない。

 

「取り繕っても仕方ないでしょう。全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?一科生(ブルーム)二科生(ウィード)の区別は、学校制度に組み込まれた学校の認めるもので、事実それを根拠付けるだけの実力差があります。風紀委員は実力が全てです。それに劣る二科生(ウィード)が務まるはずがありません」

 

 話題の中心にいる達也は傲慢な服部の態度に動じることもなく、逆に深雪がいつ爆発してしまうかと心配していたのだった。



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第二十二話 模擬戦直前

皆様こんにちは、hai-nasです。
昨日に引き続き投稿いたします。
それではお楽しみください。


 傲慢な服部の断言口調に、摩利は冷ややかに答えた。

 

「確かに風紀委員会は実力主義だが、実力にもいろいろあってな。達也君は、展開中の起動式を読み取り発動される魔法を予測することができる」

 

「‥‥‥‥何ですって?」

 

 起動式を読み取る。そんな事ができるはずがない。

 それは、彼にとって常識だった。

 

「つまり彼は、実際に魔法が発動されなくても、どんな魔法を使おうとしたかが分かる」

 

 しかし、摩利の答えは変わらない。それが事実であると、疑いもなく語っていた。

 

「当校のルールでは、使おうとした魔法の種類・規模によって罰則が異なる。彼は、今まで罪状が確定できずに軽い罰で済まされてきた未遂犯に対する強力な抑止力になるんだよ」

 

「しかし、違反の現場で魔法の発動を阻止できないのでは‥‥‥‥」

 

「そんなものは一科の一年生でも同じだ。それに、私が彼を委員会に欲する理由はもう一つある」

 

 これには、服部もさすがに返す言葉をすぐには見つけられずにいた。

 

「君の言う通り、今まで二科生が風紀委員に任命されたことはない。それはつまり、二科生に対しても一科生が取り締まってきたということだ。これは一科生と二科生の間の溝を深めることになっていた。私が指揮する委員会が差別意識を助長するというのは、私の好むところではない」

 

 服部はついに摩利に自分の主張を通すことを諦めたのか、真由美の方へ向き直り、直談判を始めた。

 

「会長。私は副会長として、司波達也の風紀委員就任を反対します。渡辺委員長の主張に一理あることは認めますが、風紀委員の任務はやはり校則違反者の拘束と摘発です。魔法力の乏しい二科生に、風紀委員は務まりません。どうかご再考を」

 

「待ってください!」

 

 達也は慌てて振り返った。度重なる服部の吐く毒に、ついに深雪が耐えられなくなったのだ。

 制止しようとしたが、すでに口を開いている深雪の方が早い。

 

僭越(せんえつ)ですが副会長、兄の魔法実技が芳しくないのは、実技テストの評価方法に適合していないだけなのです。実戦ならば、兄は誰にも負けません」

 

 確信に満ちた言葉に、真由美と摩利が軽く目を見開いた。

 だが深雪を見返す服部の目は、真剣味に欠けている。

 

「司波さん、魔法師は常に事象を冷静に、論理的に認識できなければなりません。身贔屓に目を曇らせることのないように心掛けなさい」

 

 口調はあくまでも親身だが、視線は深雪だけにむけられている。

 それがますます深雪を熱くさせる。

 

「お言葉ですが、わたしは目を曇らせてなどいません!お兄様の本当のお力をもってすれば――」

 

「深雪」

 

 達也から掛けられた言葉で、深雪は我に返った。羞恥と後悔にうつむいて口を閉ざす。

 達也は深雪が止まったことを確認すると、服部の正面に移動した。

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか」

 

「な‥‥‥‥思い上がるなよ、補欠の分際で!」

 

 言葉を失ったのは、直後に罵声を浴びせた服部だけではなかった。真由美と摩利も、呆気にとられた顔で二人を見つめている。

 しかし、罵声を浴びた達也は薄く笑っていた。

 

「何がおかしい!」

 

「魔法師は常に冷静を心掛けるべき、では?」

 

「うぐ‥‥‥‥」

 

 自分が発したセリフだけに、服部は言葉に詰まる。それでも、達也は止まらない。

 

「別に風紀委員になりたい訳ではありませんが、妹の目が曇ってなどいないことを証明するためならばやむを得ません」

 

「‥‥‥‥いいだろう。身の程をわきまえることの必要性を、たっぷりと叩き込んでやる」

 

 服部の目に映るのは、憤怒。

 すかさず、真由美が模擬戦を認め、摩利がそれに追従する。その宣言に、部屋の隅で小さくなっていたあずさが慌ただしく端末を叩き始めた。

 

 

 

 

 模擬戦の会場として指定された第三演習室の扉の前で、達也はぼやいた。

 

「入学三日目にして、早くも猫の皮が剥がれかけたか‥‥‥‥」

 

「申し訳ありません‥‥‥‥」

 

 後方から、泣きそうな声。

 

「お前が謝ることじゃないさ」

 

 振り返り、達也は妹の頭を撫でた。

 

 

 

 

 演習室で達也を出迎えたのは、審判に指名された摩利だった。

 

「君が案外好戦的な性格で意外だったよ」

 

 そういいながらも、摩利の目は期待に輝いている。喉元までこみ上げてきた深いため息を、達也はのみ込んだ。

 

「それで、自信はあるのか?」

 

「ある、といえばいいですか?」

 

 ため息の代わりに、多少嫌味を含んだ発言が飛び出したのは仕方ないだろう。

 もっとも摩利にはこたえた様子もなく、ニヤリと笑っていたが。

 そのまま彼女は中央の開始線へと歩いて行った。



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第二十三話 達也VS副会長

皆様こんにちは、hai-nasです。
またしても二週間経ってしまいました‥‥‥‥。連休中に少しでも多く投稿する予定なので、ご容赦ください。
そしてご報告があります。この度、この「劣等生と落伍者」がUA10000を突破しました!投稿し続けていればいつかは、と思っておりましたが、こうして一つの区切りを迎えられたことは嬉しい限りです。この小説を読んでくださっている読者様に、感謝しております。これからも、「劣等生と落伍者」をよろしくお願いいたします。


 達也は入学以来の人間関係にため息を漏らしながら、CADのケースを開ける。

 その中には、拳銃形態のCADが二丁収められていた。

 一方を取り、弾倉にあたる部分のカートリッジを別の物と交換する。

 

「お待たせしました」

 

「よし、では今からルール説明をする」

 

 達也と服部がCADの準備を終えたことを確認した摩利が、模擬戦におけるルールを説明していく。なお、半分以上棒読みだったのはこの際置いておくことにする。

 

「それでは、以上だ」

 

 達也と服部、双方が頷き、五メートル離れた開始線で向かい合う。

 この時点で、服部の顔には余裕が垣間見えた。

 こういう勝負は通常、先に魔法を当てた方が勝つ。魔法によるダメージを受けながら冷静に魔法を構築できる精神力の持ち主など、そうはいない。

 そして一科生(ブルーム)である自分が、二科生(ウィード)の、しかも新入生に負けるはずがない、と服部は確信していた。

 服部が所持しているのはスタンダードな腕輪形態の凡用型CAD。達也が所持している特化型CADよりスピードは劣るが、一科生(ブルーム)二科生(ウィード)の差が埋まるなど考えもしていなかった。

 二人はCADを構え、摩利の合図を待つ。

 場が静まり返り、静寂が立ち込める。

 

「始め!」

 

 合図と同時に、服部の右手がCADの上を走る。

 単純な操作とはいえ、その動作には一切の淀みがない。

 模擬戦とはいえ、戦闘は戦闘である。それなりに経験値を積んでいなければできるものではない。

 それは、彼が学内屈指の実力者であることを証明していた。

 スピード重視の単純な魔法式は即座に展開し、一瞬で服部は発動体勢に入る。

 その直後、彼は危うく悲鳴を上げそうになった。

 対戦相手が視界を覆い尽くすほど迫っていたのだ。

 慌てて発動座標を修正し、魔法を放つ。

 そのまま相手は基礎的な移動魔法によって十メートル以上吹き飛ばされ、その衝撃でノックアウトする、はずだった。

 だが、魔法は不発に終わった。

 敵の姿が消えたのだ。

 発動座標自体はそれほど厳密性を要することはないが、対象が認識できなければエラーは避けられない。

 慌てて左右を見渡す服部の背後から、激しい「波」が襲い掛かる。

 それは服部の体内で大きなうねりとなり、彼の意識を刈り取った。

 

 

 

 

 勝敗は、一瞬で決した。

 

「‥‥‥‥勝者、司波達也」

 

 摩利の声も控え目である。

 達也は表情一つ変えず、軽く一礼してからCADのケースを置いた机に向かう。

 

「待て。今の動きは、自己加速術式をあらかじめ展開していたのか?」

 

 その背中を摩利が呼び止め、問いかけた。

 

「そんな訳がないのは、先輩が一番良くお分かりだと思いますが」

 

 これは達也の言う通りだった。摩利は審判として、想子(サイオン)の流れを注意深く観察していたのだ。

 

「しかし、あれは‥‥‥‥」

 

「魔法ではありません。正真正銘、身体的な技術ですよ」

 

「私も証言します。兄は、忍術使いでいらっしゃる九重八雲先生の指導を受けているのです」

 

 摩利が息をのむ。対人戦闘に長けた彼女は、九重八雲の名声をよく知っていた。摩利ほど八雲のことを知らない真由美や鈴音も、身体技能のみで魔法によるアシストと同等の動きを可能にする古流の奥深さに驚きを隠せずにいた。

 もっとも、驚いてばかりではなかった。鈴音が新たに、魔法師としての見地から疑問を呈する。

 

「では、あの攻撃に使用した魔法も忍術ですか?」

 

「いえ、あれはただの想子(サイオン)の『波』です」

 

「ですが、それでは魔法師が立っていられないほどの想子(サイオン)波など‥‥‥‥」

 

 達也の答えに、鈴音はさらに考え込んでしまったのか口を閉ざしてしまう。

 その代わり、先程からチラチラと達也の手元をのぞき込んでいたあずさが、意外にも口を開いた。

 

「あの、もしかして司波くんのCADって『シルバー・ホーン』ですか?」

 

「シルバーって、あの謎の天才魔工師トーラス・シルバーのシルバー?」

 

 真由美に問われ、あずさの表情が一気に明るくなる。

 時に「デバイスオタク」とも揶揄(やゆ)される彼女は、嬉々として語りだした。

 

「そうです!その本名、姿、プロフィールの全てが謎に包まれていて、世界で初めてループキャスト・システムを実現した天才エンジニア!あっ、ループキャスト・システムというのはですね、通常の起動式が魔法発動のたびに消去されていたのを、特殊な処理を付け加えることで、魔法師の演算力が許す限り何度でも連続して魔法を発動できるようにした起動式のことなんです!理論的には以前から可能とされていたんですが魔法の発動と起動式の複写を両立させるのがどうしてもうまくいかなかったのを」

 

「ストップ!ループキャストのことは知ってるから」

 

「そうですか‥‥‥‥?それでですね、シルバー・ホーンというのは、そのトーラス・シルバーがフルカスタマイズした最新鋭の特化型CADのモデル名なんです!ループキャストに最適化されているのはもちろん、他の点でも高評価を受けていて、特に警察関係者の間では凄い人気なんですよ!しかもそれ、通常のシルバー・ホーンよりも銃身が長い限定モデルですよね?どこで手に入れたんですかっ?」

 

「あーちゃん、ちょっと落ち着きなさい」

 

 息が切れたのか、胸を大きく上下させながらあずさは達也との距離を半分ほどに縮めていた。真由美にたしなめられていなければ、顔がくっつくほどの至近距離にまで近寄っていただろう。

 一方、鈴音は新たな疑問に首を(かし)げた。

 

「おかしいですね。ループキャストは、あくまでも全く同一の魔法を連続発動するためのもの。『波の合成』に必要な振動数の異なる波を作り出すことはできないはずです。もし実行するにしても、座標・強度・持続時間に加えて振動数まで変数化しなければなりませんから。‥‥‥‥まさか、それを実行しているというのですか?」

 

 今度こそ驚愕に言葉を失った鈴音の視線に、達也は軽く肩をすくめた。

 

「多変数化は、実技試験で評価されない項目ですから」

 

 真由美と摩利がマジマジと見つめるその先で、彼の口調はそれまでと何も変わらない。

 

「なるほど、テストが本当の能力を示していないというのは、こういうことか‥‥‥‥」

 

 達也の言葉に応えたのは、うめき声を上げて起き上がる服部だった。

 

「はんぞーくん、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です!」

 

 少し腰をかがめてのぞき込むように身を乗り出してきた真由美に対し、服部は顔を赤くし慌てて立ち上がる。

 その行動は何というか‥‥‥‥ある種の感情が容易に推測できるものだった。

 そしてどうやら、真由美自身、服部が自分に向けている感情をしっかり理解しているようである。

 それを横目に見ながら、達也は摩利に呼び止められて中断していた作業を再開したのだった。



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第二十四話 風紀委員会本部

皆様こんにちは、hai-nasです。完成したので投稿いたします。原作と流れは同じなので、もうちょっと物語のペースが上がると思っていましたがそんな事はありませんでした。もう少しなんとかしたいところです。


 生徒会室の奥、普通なら非常階段の設置されている場所に、風紀委員会本部へと続く階段がある。

 実際に目にして達也は呆れて物も言えなかったが、エレベーターでないだけまだマシという事にしておこう、と思い直した。

 あの後、一行は生徒会室に戻った。

 服部は達也本人に謝りこそしなかったものの、深雪には頭を下げていた。どうやら彼の中で、達也は無視するということで折り合いがついたらしい。

 達也にとってもこれから妹が一緒に仕事をする仲間とあからさまに対立している状況は避けたかったので、ありがたいことだった。

 そういうわけで現在、達也は摩利に連れられて裏口を通り抜け、風紀委員会本部へと足を踏み入れたところである。

 

「少し散らかっているが、まあ適当に掛けてくれ」

 

 摩利は長机の前の椅子を指さしている。

 確かに、少しなのだろう。足の踏み場がないほど散らかっているわけではない。

 だが、達也にとっては少しという表現に抵抗を感じていたのも事実である。

 

「風紀委員会は男所帯でね。整理整頓はいつも口を酸っぱくして言い聞かせているんだが‥‥‥‥」

 

 それは貴女の性格も関係しているのでは、と達也は思ったが、口に出すことはしない。

 

「誰もいないのでは、片付くものも片付きませんよ」

 

 代わりに、皮肉なのか慰めなのか、どちらとも取れる発言をした。

 

「校内の巡回が主な仕事だからな。部屋が空になるのも仕方ない」

 

 現在、この部屋にいるのは二人きり。閑散とした空気は、物が散らばっていることによる無秩序感を増幅させている。

 もっとも、達也が注意を向けていたのは目の前の机の上だった。

 そこは書類、本、携帯端末、CAD等々の荷物で埋め尽くされている。

 

「それはそうと委員長、ここを片づけてもいいですか?」

 

「それは構わないが‥‥‥‥なぜだ?」

 

「魔工師志望としては、CADがこのような状態でほったらかしにされているのは耐えがたいものがありますから」

 

 その答えに、摩利は片方の眉を上げて意外感を示した。

 

「あれだけの対人戦闘スキルがあるのにか?」

 

「俺の才能じゃ、どう足掻いてもC級ライセンスまでしか取れませんから」

 

 まるで他人事のように淡々と返された自虐の回答。

 それに反論しようとして、反論すべき言葉が見つからないことに摩利は愕然とした。

 多くの国において、魔法師はライセンス制のもとに管理されている。発行には国際基準を導入しているところも多く、この国もその一つだ。仕事の難度に応じて必要なライセンスが指定されており、ランクの高いライセンスを持つ魔法師ほど高い報酬を得られる仕組みになっている。

 国際ライセンスの区分はAからEの五段階。学校の実技評価もそれに沿って設定されている。

 警察や軍のように特殊な基準を採用しているところもあるが、その場合も「警官として」「軍人として」の評価であり、魔法師としての評価ではない。

 

「それで、ここを片づけても構いませんか?」

 

「ああ、あたしも手伝おう。話は手を動かしながら聞いてくれ」

 

 そう言って、立ち上がった彼女は、見た目以上に気配りのできる人なのかもしれない。

 もっとも、気持ちと成果が必ずしも一致しないのが世の中の常である。

 手を動かす速さは両者同じだが、達也の手元にどんどんスペースができていくのに対し、摩利の前は一向に長机の天板が見えてこない。

 小さくため息を吐き、摩利は(あきら)めて手を止めた。

 

「すまん。こういうのは、どうも苦手だ」

 

 どうやら、達也の予想は的中したようである。

 

「それにしても、良く分かるな」

 

「何がですか?」

 

「書類の仕分け方だよ。きちんと分類されているじゃないか」

 

 会話している間に、達也は椅子を動かして次のエリアに移動した。

 紙束の中からブックスタンドを掘り起こし、本を立てていく。今時分、紙の本やブックスタンドはかなり珍しい。

 

「君をスカウトした理由は‥‥‥‥そういえば、さっきほとんど説明してしまったな」

 

「覚えていますが、二科生に対するイメージ対策としてはむしろ逆効果ではないかと」

 

 本を並び終え、端末の整理に取り掛かる。

 

「どうしてそう思う?」

 

「自分たちは今まで口出しできなかったのに、同じ立場のはずの下級生に取り締まられることになればいい思いはしないでしょう。それに、一科生の方には歓迎に倍する反感があると思いますよ」

 

 席を立ち、空いている棚に端末を積み上げる。その背後から、「それもそうか」という無責任な返事が聞こえた。

 

「だが入学したばかりの今なら、それほど差別思想に毒されていないんじゃないか?」

 

「そうですかね?昨日はいきなり『認めない』と言われましたし」

 

「森崎のことか」

 

 その言葉に、達也は初めて手を止めて振り向いた。

 

「彼を知っているんですか?」

 

「知っているもなにも、教職員推薦枠でウチに入ることになっている」

 

「えっ?」

 

 思わず手から力が抜け、ちょうど手にしていたCADを落としそうになる。

 

「君でも慌てることがあるんだな」

 

「そりゃそうですよ、人間なんですから」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる摩利に、達也はため息混じりの答えを返した。

 

「嫌なのか?」

 

 いきなりストレートな質問をぶつけられ、顔を上げる。

 

「‥‥‥‥正直なところ、面倒だ、と思っています。ですが、今更引き下がれないとも思っていますよ」

 

 摩利の顔に、ニンマリと人の悪い笑みが浮かぶ。

 その悪どさが、彼女の美貌を二割増しにさせていた。

 

「難儀な人ですね、先輩も‥‥‥‥」

 

「屈折しているな、君も」

 

 残念ながら、一本取られたことは認めざるを得ない、と達也は思った。



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第二十五話 風紀委員会の先輩たち

皆さんこんにちは、hai-nasです。
完成したので投稿いたします。
どうぞお楽しみください。


 階段を下りてきた真由美は、開口一番にこう言った。

 

「‥‥‥‥ここ、風紀委員会本部よね」

 

「いきなりご挨拶だな」

 

「だってどうしちゃったのよ、摩利。リンちゃんがいくら注意しても、あーちゃんがいくらお願いしても、全然片づけようとしなかったのに」

 

 そのセリフに摩利が噛みつく。

 

「事実に反する中傷は断固抗議するぞ、真由美!片づけなかったんじゃない、片付かなかったんだ!」

 

「女の子としては、そっちの方がどうかと思うんだけど」

 

 的確過ぎる真由美の指摘に、摩利はとっさに顔を(そむ)けた。

 

「別にいいけどね‥‥‥‥ああ、さっそく役に立ってくれてる訳か」

 

 固定端末のハッチを開いて中をのぞき込んでいる達也の姿を見て、真由美は納得顔で頷いた。

 

「そういうことです」

 

 と、ハッチを閉じて達也が振り向いた。

 

「委員長、点検が終わりました。もう問題ないはずです」

 

「ご苦労だったな」

 

 毅然(きぜん)とした態度で(うなず)く摩利だったが、少しだけ冷や汗をかいているようにも見える。

 

「ふーん‥‥‥‥摩利を委員長って呼んでいるということは、スカウトに成功したのね」

 

「最初から俺に拒否権はなかったような気がしますが‥‥‥‥」

 

 人の悪い笑みを浮かべている真由美を見ようともせず、達也は投げやりな声で答える。

 その態度が気に入らなかったようで、真由美は抗議の声を上げた。

 

「達也君、おねーさんに対する態度が少しぞんざいじゃない?」

 

 言い方もそうだが、まるで子供が()ねているような態度である。

 何から何までわざとらしすぎる。

 ‥‥‥‥とりあえず達也が彼女に言いたかったのは、自分に姉はいないということだった。

 どうも摩利といい真由美といい、この二人には正面から挑んでも勝ち目は薄そうだ、と達也は思った。

 

 

 

 

 真由美が降りてきたのは、今日はもうすぐ生徒会室を閉めることを伝えるためだった。

 入学式が終わったばかりで忙しかったのが、ようやく一段落したらしい。

 彼女は手を振って、生徒会室へ引き揚げていった。

 本格的な活動は明日からということで、達也と摩利の間でもこれで切り上げよう、という話になった。

 そこにちょうどタイミング良くか悪くか、二人の男子生徒が入ってくる。

 

「ハヨーッス」

 

「おはようございます!」

 

 威勢のいい掛け声が部屋に響く。

 

「おっ、姉御(あねご)、いらしたんですかい」

 

 ここはどこでいつの時代だ、と達也は思った。

 背の高さはそれほどではないものの、やけに身体中がゴツゴツした短髪の男が、とても板についた口調で「姉御」と呼んだその相手は――

 

(渡辺先輩のことなんだろうな‥‥‥‥)

 

 当の本人を見ると、微妙に恥ずかしそうだった。

 彼女が少しでもまともな神経を持っていたことに、場違いな安堵を感じる。

 

「委員長、本日の巡回、完了しました!違反者、摘発者、ともにありません!」

 

 もう一人の方は比較的普通だが、とにかくやたら威勢がいい。

 

「‥‥‥‥もしかしてこの部屋、姉御が片づけたんで?」

 

 散々整理整頓された室内を訝し(いぶか)し気に見回していたごつい方の男が、呆気にとられた達也の方に歩いてくる。

 その行く手に摩利が立ちはだかった、と見るや――

 

「ってぇ!」

 

 スパァン!という小気味いい音とともに、男が頭を押さえてうずくまっている。

 摩利が素手で思い切り叩いたのだ。

 

「姉御って言うな!何度言ったら分かるんだ!」

 

「そんなにポンポン叩かねえでくださいよ、姉‥‥‥‥いえ、委員長。ところで、そいつは?新入りですかい?」

 

 それほど痛がっている様子もなく、男子生徒がぼやいた。しかし、凄みのある視線を向けられて慌てて肩書きを取り替える。

 

「そうだ。こいつは一年E組の司波達也。生徒会枠でウチに入ることになった」

 

「へぇ、(もん)無しですかい」

 

 男子生徒は興味深げに達也のブレザーを眺め、次に達也の身体つきを見回した。

 

辰巳(たつみ)先輩、その表現は禁止用語に抵触するおそれがあります!この場合、二科生と言うべきかと思われます!」

 

 もう一人の男子生徒も、そう言いながら値踏みするような態度を注意しようとはしない。彼自身、値踏みするような視線を達也に向けていた。

 

「お前たち、そんな単純な了見(りょうけん)だと足元をすくわれるぞ?ここだけの話だが、さっき服部がすくわれたばかりだ」

 

 だが、からかうように摩利から告げられた事実に、二人の表情は急に真剣味(しんけんみ)を増した。

 まじまじと見られて居心地悪いことこの上なかったが、相手はどうやら風紀委員会の先輩だ。ここは我慢する以外の選択肢はない。

 

「そいつは心強え」

 

「逸材ですね、委員長」

 

 拍子抜けするほど簡単に、二人は見る目を変えた。

 

「意外だろ?」

 

 あまりに端的(たんてき)過ぎて達也は何を問われたのか分からなかったが、摩利の方でも答えを期待してはいなかったようだ。

 

「この学校は、ブルームだウィードだとそんなくだらない肩書きにこだわるヤツらばかりだ。正直言ってうんざりしていたんだよ、あたしは。幸い、真由美も十文字もあたしがこんな性格だって知ってるから、比較的そういう意識の少ないヤツを選んでくれている。残念ながら、教職員枠までそんなヤツばかりとはいかなかったが、ここは君にとっても居心地の悪くない場所だと思うよ」

 

「三ーCの辰巳鋼太郎(こうたろう)だ。よろしくな、司波」

 

「二ーDの沢木(さわき)(みどり)だ。君を歓迎するよ、司波君」

 

 鋼太郎、沢木が、次々と握手を求めてくる。二人が最初値踏みしていたのは、達也の実力の有無だったのだ。

 確かに少し、意外に感じた。そして確かに、悪くない空気だった。

 挨拶を返し、沢木の手を握り返す。が、なぜか手が離れない。

 

「十文字さんというのは、課外活動連合会、通称部活連代表の十文字会頭のことだ」

 

 これを教えてくれるためだろうか?しかしそれなら、もう手を放してもよさそうなものだ。

 

「それから自分のことは、沢木と呼んでくれ。くれぐれも、名前で呼ばないでくれたまえよ」

 

 手にかかる圧力が、達也の意識を現実に引き戻す。

 この学校は魔法だけではなく、他の面でも優秀な生徒が集まっているようだ。

 そしてどうやらこれは、警告のつもりらしい。

 

「心得ました」

 

 そう言いながら右手を細かくねじり、握られた手をほどく。

 達也の見せた体術に、沢木本人よりも鋼太郎の方が驚いた顔をしていた。

 

「ほう、大したもんじゃねえか。沢木の握力は百キロ近いってのによ」

 

「‥‥‥‥魔法師の体力じゃありませんね」

 

 自分のことを棚にあげて、達也は軽口を叩いた。

 少なくともこの二人とは、うまくやっていけそうな気がしていた。



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第二十六話 達也の自宅にて

皆様こんにちは、hai-nasです。
オリジナル要素を入れられず、しばらく原作とほぼ同じ流れになっています。
ご承知おきください。


 CADは伝統的な補助具である杖や魔導書、呪符に比べて高速かつ精緻、複雑、大規模な魔法発動を可能とした、現代魔法の優位性を象徴する補助器具だ。

 しかし、全ての面において伝統的な補助具に勝っているかというと、そうではない。

 精密機械であるCADは、伝統的な補助具に比べてより(こま)かなメンテナンスを必要とする。

 特に、使用者の想子(サイオン)波特性に合わせた受信・発信システムのチューニングは重要だ。CADを用いた魔法はこの調整の()()しで発動速度が五割から十割以上変動すると言われている。

 想子(サイオン)は思考や意思を形にする粒子と言われている通り、想子(サイオン)の波動には一人一人微妙に異なる特性がある。それにチューニングが合っていないCADは、使用者との想子(サイオン)のやり取りがうまくできない。

 これ以外にも、CADを使いやすくするポイントはたくさんある。

 CADの調整は魔工技師の仕事であり、腕の良い魔工技師が重宝される理由だ。

 ところで、想子(サイオン)波特性は肉体の成長、老衰、体調によって日々わずかながらに変化している。

 だから、本来は毎日使用者の体調に合わせた調整を行うのが望ましいが、CADの調整にはそれなりに高価な専用機械が必要になる。よって、中小企業や個人のレベルで自家用の調整環境を整えることはまずできない。そういうところに所属する魔法師は、魔法機器専門店やメーカーのサービスショップで月に一、二回定期点検を受けるのが一般的だ。

 第一高校はこの国でもトップクラスの名門校だけあって、学校専用の調整施設を持っている。生徒は教職員とともに、学校でCADの調整を行うのが普通だ。

 だが達也の自宅には、ある特殊な事情から最新鋭のCAD調整装置が備わっていた。

 

 

 

 

 夕食後、地下室を改造した作業室で自分のCADの調整をしていた達也は、たった一人に等しい同居人に声を掛けられて振り向いた。

 

「遠慮しないで入っておいで。ちょうど一段落ついたところだから」

 

 その言葉は嘘ではない。また、一段落つくタイミングを見計らっていたからこそ、深雪は彼に声を掛けたのだろう。

 

「失礼します。お兄様、CADの調整をお願いしたいのですが‥‥‥‥」

 

 彼女の手には、携帯端末形状のCAD。

 近づくにつれて心地よく鼻をくすぐる、ほのかな石鹸(せっけん)(かお)り。

 病院の検査着のような、簡素なガウンを身に着けている。

 これは、本格的な調整を行うときのスタイルだ。

 

「設定が合っていないのか?」

 

滅相(めっそう)もございません!お兄様の調整は、いつも完璧です」

 

 過度な賞賛はいつものことだから、特に改めさせようともしない。

 だが、フルメンテナンスは三日前に行ったばかりだ。いつもは一週間のインターバルなので、不安を覚えずにはいられない。

 

「すみません、実は、起動式の入れ替えをお願いしたいと思いまして‥‥‥‥」

 

「なんだ、そういうことか。本当に遠慮は要らないんだよ。かえって心配になるから」

 

 妹の髪を軽くかき乱し、手の中からCADを抜き取る。

 深雪は少し恥ずかしそうにうつむいた。

 

「それで、どの系統を追加したいんだ?」

 

 凡用型CADに登録できる起動式は一度に九十九本。これは最新鋭機をさらにチューンアップした深雪のCADでも同じだ。

 一方、起動式のバリエーションは、どこまでを起動式に組み込み、どこから自分の魔法演算領域で処理するかによって事実上無数に分かれる。

 一般的には、座標、強度、終了条件を変数にして、それ以外は起動式に組み込んでおくというパターンが採られる。

 しかし深雪の場合、できるだけ定数項目を減らして融通性を高めた起動式を登録するようにしていた。十五歳にして、一人の魔法師が習得できる魔法数の平均値を大きく上回る多彩な魔法を使いこなす彼女には、九十九という制限数は少なすぎるのだ。

 

「拘束系の起動式を‥‥‥‥対人戦闘のバリエーションを増やしたいのです」

 

「お前の実力があれば、わざわざ拘束系を増やす必要はないと思うが?」

 

 多種多様な持ち札の中でも、深雪は特に減速系魔法を得意とする。減速系魔法のバリエーションである冷却魔法では、近似的に絶対零度を作り出すことができるほどだ。

 

「お兄様もご存じの通り、減速魔法の場合、部分作用式は発動に時間が掛かり過ぎます。今日の試合を拝見して思ったのです。スピードに重点を置いた、最小のダメージで相手を無力化できる術式が、私には欠けているのではないかと」

 

「うーん‥‥‥‥深雪はそういうタイプじゃないと思うけどなあ。お前の場合は絶対的な魔法力で圧倒できるんだから、領域干渉を用いた正統派の戦法の方が合っているんじゃないか?」

 

 領域干渉は、自分の周囲の空間を自分の魔法力の影響下に置くことで相手の魔法を無効化する技術だ。

 達也の言う通り、深雪の領域干渉は極めて強力である。魔法戦で受けに回っても、ダメージを被る可能性はほとんどない。

 

「ダメでしょうか‥‥‥‥?」

 

 しかし、(おそ)(おそ)る尋ねる妹に、達也は「ダメ」とは言わなかった。

 

「いや、そういうことはない。手持ちの魔法を削らなくても済むように、同系統の起動式を少し整理してみよう」

 

 深雪にねだられて、達也が拒めるはずもないのだ。

 

「じゃあ先に、測定を済ませようか」

 

 そう言う達也の顔は、技術者のものになっている。

 深雪は一歩下がると、ためらいなくガウンを脱いだ。

 現れたのは、あられもない半裸の姿。

 計測用の寝台に横たわる深雪の身体を覆うのは、一対の白い下着のみ。

 清楚な純白が、この上なく扇情的な色に変わるシチュエーション。

 それが(たぐい)(まれ)なる美少女である深雪なのだから、たとえ妹であっても平静を保ってはいられない状況のはずだ。

 だが、隠せない羞恥に目を(うる)ませた妹の眼差しを受け止める達也の眼は、一切の感情を映し出していなかった。

 今の彼は、観察・分析し記録する、生身の身体で構成されたマシン。

 感情を生じさせることなくあるがままの事象を認識する、魔法師の目指す一個の理想形を今の達也は体現していた。



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第二十七話 深雪の思い

皆様こんにちは、hai-nasです。
次回か次々回にオリジナル要素が入る予定です。つまり、今回も原作と同じ流れになっています。
つまらないと思いますが、どうかよろしくお願いします。


「お疲れ様、終わったよ」

 

 達也の合図を受けて、深雪が寝台から起き上がる。

 これほど精密な測定を行う調整はどこでも行われているものではなく、珍しい部類に属する。例えば学校の調整施設では、ヘッドセットと両掌(りょうてのひら)を置くパネルで測定している。

 達也からガウンを受け取った深雪はそれを羽織ると、()ねた顔で達也の背中を見た。

 兄は背もたれのない椅子に座り、何事もなかったように端末に向かっている。

 というより何事もなかったのは事実だし、そもそもこれは毎週やっていることだ。いちいち意識していたらきりがない。

 兄が平静でいてくれるのは、()()()()()深雪にとってもありがたいことだ。

 

「お兄様、ずるいです‥‥‥‥」

 

 深雪の艶っぽいささやきに、達也の肩がピクリと跳ねた。

 滅多にお目にかからない、兄の動揺し、狼狽した姿。

 達也の背中におぶさるようにしなだれかかった深雪は、柔らかな二つのふくらみを背中に押し付けながら、実の兄の耳元でなおもささやく。

 

「深雪はこんなに恥ずかしい思いをしておりますのに、お兄様はいつも平気なお顔‥‥‥‥」

 

「い、いや、深雪?」

 

「それとも私では、異性のうちに入りませんか?」

 

「入ったらまずいだろう!」

 

 正論だ。が、その正論が言葉として具現化した瞬間、意識してはならないことへと無理矢理意識を引きずっていく鎖となる。

 

「深雪ではお気に召しませんか?本日は、先輩方と随分(ずいぶん)親しくお話されていたご様子‥‥‥‥」

 

「聞いていたのか?」

 

 そんなはずはない。

 深雪はずっと、生徒会室であずさから情報システムの操作を習っていたのだ。

 第一、盗み聞きなどされていたら、達也が気づかないはずがない。

 しかし、そんな反論を系統立てて組み立てる余裕は、今の彼にはなかった。

 

「美人の先輩に囲まれて鼻の下を伸ばされていたお兄様は」

 

 いつの間にか深雪の左手には、彼女のCADが握られている。

 

「お仕置きです!」

 

「ぐわっ!」

 

 完全に不意をつかれ、深雪の放った振動波に、達也はなす(すべ)もなく椅子から転がり落ちた。

 

 

 

 

 

【自己修復術式、オートスタート】

 

【コア・エイドスデータ、バックアップよりリード】

 

【魔法式ロード――完了。自己修復――完了】

 

 気を失っていたのは一秒にも満たない刹那の時間。

 それ以上倒れていることを、彼自身に許さない。

 それは呪いにも似た、()()()()魔法。

 自然に開いた(まぶた)の先には、上からのぞき込む花の(かんばせ)

 

「‥‥‥‥俺、何かお前を怒らせるようなことをしたか?」

 

「申し訳ありません、悪ふざけが過ぎました」

 

 口では謝りながらも、深雪は笑っている。

 外では大人びた態度を(くず)すことの少ない妹の、年相応な可愛い笑顔。

 この笑顔を前にすると、どうでもいいか、という思いしか()いてこない。

 

「勘弁してくれ‥‥‥‥」

 

 差し出された手を取り、ぼやいている達也の顔も、笑っていた。

 

 

 

 

 目を覚ましたのは、いつもの時間。

 だが今朝はいつもより、寝起きが悪い気がした。

 頭が少し、ぼんやりしている。

 家の中に、兄の気配はない。

 朝の修行に、行ったのだろう。

 これも、いつものことだ。

 兄は毎晩自分より遅くまで起きていて、毎朝自分より早く目を覚ます。

 おとといのように自分が先に起きるのは、本当に(まれ)なことだ。

 以前は身体を壊さないかと、心配したことがある。

 今では、それが杞憂だと分かっている。

 あの人は、特別なのだ。

 世間の人たちは、自分のことを天才だという。

 自分たちとは違う、特別な人間だと称賛する。

 

――なにも、分かっていない。

 

 本当に凄い特別な天才は、兄だ。

 あの人は、次元が違う。

 彼らは、知らない。

 妬みを隠して自分に媚びへつらう彼女たちには、分からないだろう。

 真に隔絶した才能は、嫉妬を超えて恐怖をもたらすものなのだと。

 畏怖ではなく、恐怖。

 兄妹の父親である()()()がその恐怖のあまりに、実の息子であるあの人にどんな仕打ちをしてきているのか知っている。

 兄は、自分がそれを知らないと思っている。

 だから、知らないふりをしている。

 あの男が兄の才を(おとし)め、(はる)か天上の彼方へと()け上がる翼を折ってしまおうと今も画策していることも知っていた。

 滑稽(こっけい)だった。

 (おり)に閉じ込めて鎖に繋いだつもりが、結局息子の才能が自分を(はる)かにしのぐものだと思い知る羽目になった。

 唯一有していた財力という拘束の力を、みすみす手放す羽目になった。

 あの男にできたのは、偽りの名前を押し付けて世間の喝采(かっさい)を奪い取ることだけだった。

 あの人はそんなものに興味などないと、知っているだろうに。

 ‥‥‥‥思考がコントロールできない。

 自分のことが、自分ではない他人のことのように思えてしまう。

 意識が、完全に覚醒していない気がする。

 理由は、分かっている。

 昨晩の、あの出来事のせいだ。

 あの時は、平気でいられた。

 (あや)しげな満足を覚えていて、気持ちで(まさ)っていたから。

 でも兄と別れてベッドに横になった途端、平気ではなくなった。

 胸が高鳴って、眠れなかった。

 愛しかった。

 でも、恋愛感情ではない。

 恋である、はずがない。

 あの人は、実の兄だ。

 三年前のあの日から、自分にそう言い聞かせてきた。

 あの人に救われて真価を知ったあの時から、私はあの人の妹に相応しい者になろうとこれまで頑張ってきた。

 かつて私があの人に助けられたように、いつかはあの人の助けになりたいと願ってきた。

 それは、今も同じだ。

 私はあの人に、何も求めない。

 私は既になくしていたはずのこの命を、あの人に救ってもらったのだから。

 今は、あの人を縛る(かせ)でしかないけれど。

 いつかは、あの人を解き放つ鍵になりたい。

 あの人の、役に立ちたい。

 

――さしあたっては、朝食の準備。

 

 あそこでもご飯は食べさせてもらえるのに、律義(りちぎ)にお腹を空かせて帰ってくるはずだ。

 おいしい朝ご飯を、食べてもらおう。

 それが今、私にできることだから。

 

 深雪は勢いをつけて立ち上がり、一つ、大きく、伸びをした。



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第二十八話 昼休みの生徒会室(1)

皆さんこんにちは、hai-nasです。
ほぼ一か月振りの投稿になります。
それでは、本文へどうぞ。


 色々と特殊なところのある魔法科高校だが、基本的な制度は普通の学校と変わらない。

 ここ第一高校にも、クラブ活動はある。

 ただ、魔法と密接なかかわりを持つ、魔法科高校ならではのクラブ活動も多い。

 メジャーな魔法競技では、第一から第九まである国立魔法大学の付属高校の間で対抗戦も行われ、その成績が各校間の評価に反映される傾向にある。この対抗戦で優秀な成績を収めたクラブには、クラブの予算からそこに所属する生徒個人の評価に至るまで、さまざまな便宜が与えられている。

 よって有力な新入部員の獲得競争は各部の勢力図に直接影響をもたらす重要課題であり、学校もそれを公認、どころか後押ししている感もある。

 かくしてこの時期、各クラブの新入部員獲得合戦は熾烈(しれつ)を極める。

 

 

 

 

 

「‥‥‥‥という訳で、この時期は各部間のトラブルが多発するんだよ」

 

 場所は生徒会室。

 深雪の作った弁当をじっくり味わいながら、達也は摩利の説明に耳を傾けていた。

 

「勧誘が激しすぎて授業に支障をきたすこともあるから、新入生勧誘活動には一定の期間、具体的には今日から一週間という制限を設けてあるの」

 

 これは、摩利の隣に座った真由美のセリフだ。

 ちなみに達也の隣には、当然のように深雪が寄り添っている。

 鈴音とあずさはいない。昨日は真由美が声を掛けていたからで、あの二人は普段クラスメイトとお昼を食べているらしい。

 なお、摩利も昨日と同じく自作弁当。一人ダイニングサーバーに頼ることになった真由美はかなりへそを曲げていたが、ようやく機嫌が直ったらしい。明日からは自分もお弁当を作ってくる、と張り切っていた。

 

「この期間は各部が一斉(いっせい)に勧誘のテントを出すから、ちょっとしたどころではないお祭り騒ぎだ。ひそかに出回っている入試成績上位者リストや、競技実績のある新入生は各部で取り合いになる。無論表向きはルールがあるし、違反したクラブには部員連帯責任の罰則もあるが、(かげ)では殴り合いや魔法の撃ち合いになることも残念ながら珍しくない」

 

 摩利のこのセリフに、達也は(いぶか)しげな表情を浮かべた。

 

「CADの携行は禁止されているのでは?」

 

「新入生向けのデモンストレーション用に許可が出るんだよ。一応審査はあるんだが、事実上フリーパスでね。そのせいで余計にこの時期は、学内が無法地帯化してしまう」

 

「学校側としても新入生の入部率を高めるためか、多少のルール破りは黙認状態なの」

 

 摩利の答えと続く真由美の補足は、達也を呆れさせるのに十分なものだった。

 

「そういう事情でね、風紀委員は今日から一週間、フル回転だ。いや、欠員の補充が間に合って良かった良かった」

 

 そう言いながらチラッと隣を見たのは、おそらく嫌味のつもりだろう。

 

「良い人が見つかってよかったわね、摩利」

 

 笑顔でさらりと流して、二人とも眉一つ動かさないところを見ると、こういうやり取りは日常茶飯事か。

 手元に置かれた達也の湯飲みに、隣からお茶が注ぎ足される。

 一口、(のど)(うるお)して、彼は小さな抵抗を試みた。

 

「各部のターゲットは成績優秀者、つまり一科生でしょう?俺はあまり役に立たないと思いますが」

 

「そんなことは気にするな。即戦力として期待しているぞ」

 

 が、すっぱりと却下された。

 こうも真正面から切り捨てられると、さすがに告げるべき二の句はない。

 

「‥‥‥‥はぁ、分かりました。放課後は巡回ですね」

 

「授業が終わり次第、本部に来てくれ」

 

 摩利の言葉を、達也は大人しく受け入れた。

 

「それと、今年から臨時委員が加わることになった」

 

「臨時委員、ですか?突然ですね」

 

 すでに言質を取られた後だったので、達也は皮肉っぽく返すしかない。

 

「そうだ。各学年から正義感の強い成績優秀者が一人ずつ選ばれるんだが、あたしは正直期待していない。差別意識の高い連中は面倒だからな」

 

 対して、摩利も渋面を作っている。

 苦々しく思っていることは明らかだった。

 

「あくまで試験的に導入されただけだから、きっと大丈夫よ」

 

 真由美が摩利を(なぐさ)めるように口にしていたが、一体何がどう大丈夫だというのだろうか。

 達也はそんなことを考えながら、心の中でため息を吐いた。

 その隣では、深雪が真由美に指示を(あお)いでいる。

 

「会長、私たちも取り締まりに加わるのですか?」

 

「巡回の応援はあーちゃんに行ってもらいます。何かあった時のために、はんぞーくんと私は部活連本部で待機していなければなりませんから、深雪さんはリンちゃんと一緒にお留守番をお願いしますね」

 

「分かりました」

 

 深雪は神妙(しんみょう)(うなず)いて見せたが、少しがっかりしていることが達也には見て取れた。

 好戦的な性格ではないはずだが、実力的には問題ない。

 新たに組み込んだ拘束系の術式を試してみたいのかもしれない、と的外れな考えを(いだ)いていた。



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第二十九話 昼休みの生徒会室(2)

皆さんこんにちは、hai-nasです。
連続投稿になります。
お楽しみいただけたら幸いです。


ここで、達也はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

 

「中条先輩が巡回ですか?」

 

 達也の言わんとしていることが分かったのだろう。真由美は笑いながら頭を振った。

 

「気の弱いところは玉に(きず)だけど、こういう時にはあーちゃんの魔法は頼りになるわよ」

 

「そうだな。大勢が騒ぎ出して収拾がつかないような状況における有効性ならば、彼女の魔法『梓弓(あずさゆみ)』の右に出るものはないだろう」

 

 摩利も似たような苦笑いを浮かべている。

 

「‥‥‥‥?正式な固有名称ではないですよね?系統外魔法ですか?」

 

 現代魔法の多くは定式化された上でデータベースに登録され、数多(あまた)の魔法師に共有されている。

 しかし達也の知る限り、その中に『梓弓』という名前はない。非公開の魔法は系統外のものが多く、それ(ゆえ)に系統外魔法か?、と聞いたのだが、

 

「‥‥‥‥君はもしかして、全ての魔法の固有名称を網羅(もうら)しているのか?」

 

「‥‥‥‥達也君、実は衛星回線か何かで巨大データベースとリンクしているんじゃない?」

 

 彼の質問に答えはなく、代わりに二人から呆れ声の反問が返ってきた。

 超能力研究から端を発する現代魔法は、魔法という現象を「火が燃える」などといった見かけ上の性質ではなく、作用面から分析・分類されている。すなわち、加速・加重、移動・振動、収束・発散、吸収・放出。以上、四系統八種類である。

 無論、分類には必ず例外があるように、現代魔法においても大きく分けて三つの例外がある。

 一つは、五感外知覚(ESP)と呼ばれていた知覚系魔法。

 もう一つは、想子(サイオン)そのものを操作する魔法で、これを無系統魔法と呼ぶ。しかし想子(サイオン)操作の形態にも四系統八種類の分類が適用されることもあり、四系統魔法と無系統魔法の区別はそれほど厳格なものではない。

 そして残る一つが、精神的な現象を操作する魔法で、これを総称して系統外魔法という。系統外魔法はその名の通り系統に分類できない魔法で、霊的存在を使役する神霊魔法・精霊魔法から読心、幽体分離、意識操作まで多種にわたる。

 

「達也君のお察しの通り、『梓弓』は情動干渉系の魔法よ。一定のエリア内にいる人間をある種のトランス状態に誘導する効果があるの」

 

 一通り驚いて落ち着いたのか、ようやく真由美から回答がもたらされた。ちなみに情動干渉系魔法は精神干渉魔法の一分類で、衝動・感情に働きかける魔法である。

 

「『梓弓』は意識や意思を奪うわけではないから、相手を無力化することはできない。だが、精神干渉系魔法では珍しく同時に多人数を相手に仕掛けることができる。興奮状態にある集団を落ち着かせるにはもってこいの魔法だよ」

 

 摩利の補足説明を聞いて、達也は眉をひそめた。

 

「それは第一級制限が課せられる魔法なのでは‥‥‥‥?」

 

 系統外魔法はその特殊性から、四系統魔法以上に厳しく使用が制限されている。中でも精神干渉魔法は洗脳の道具になるため、特に使用条件が厳しい。

 トランス状態になった人間は被暗示性も高まるため、『梓弓』も例外ではない。

 この魔法の存在を知れば、これを利用しようとする(やから)が後を絶たないだろう。

 達也がそう指摘すると、真由美は笑って答えた。

 

「大丈夫よ。あーちゃんが独裁者の片棒を担ぐとこなんて、想像できる?」

 

「それはそうですが」

 

 しかし、もっと原則的な問題がある。

 

「精神干渉系の魔法に対する法令上の制限は、中条先輩のご性格に関わりなく適用されると思うのですが‥‥‥‥」

 

 それを深雪に指摘されて、真由美は言葉を詰まらせた。

 

「‥‥‥‥えっと、大丈夫よ、深雪さん。学校外では使わせないから」

 

 苦し紛れに返ってきた答えは、頓珍漢(とんちんかん)なものだった。

 

「真由美‥‥‥‥その言い方は、(いちじる)しい誤解を招くと思うぞ」

 

 彼女は追い込まれると弱いタイプにも見えないが、今回は摩利のアシストがなかったらドツボにはまっていたかもしれない。

 

「中条の系統外魔法使用については、学校内に限り特例として許可を取っている。研究機関における使用制限緩和の抜け道をついた、いわば裏技だがね」

 

「なるほど。そのような手段があるのですね」

 

「ええ、そうなのよ‥‥‥‥」

 

 摩利のフォローに、司波兄妹は納得顔で(うなず)き、真由美は誤魔化し笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 午後の授業が終わり、気が進まないながらも風紀委員会本部へ向かおうとした達也を、キーの高い声が呼び止めた。

 

「エリカ‥‥‥‥珍しいな、一人か?」

 

「そうかな?自分で思うに、あんまり待ち合わせとかして動くタイプじゃないと思うんだけど」

 

 言われてみれば、思い当たる節もある、と達也は思った。

 

「そんなことより達也君、部活はどうするの?美月もレオももう決めてるんだって」

 

「エリカはどうするんだ?」

 

「あたしはまだ決めてない。だから今から面白そうなトコがないか、ブラブラ回ってみるつもり」

 

 そう言う彼女の表情は、少しつまらなそうに見えた。

 ちなみに二人の呼びかけが下の名前になっているのは、入学二日目にほのかに名前で呼ばせたことが原因だ。今では美月や氷華とも同じように呼び合っている。

 

「もし達也君もクラブ決めてないんだったらさ、一緒に回らない?」

 

「実は、さっそく風紀委員会でこき使われることになってな。結果的には同じなんだろうが、見回りで巡回しなければいけない。それでも良ければ、一緒に回るが?」

 

「うーん‥‥‥‥ま、いっか。じゃあ、教室の前で待ち合わせね」

 

 エリカは達也の誘いにもったいぶったしぐさで考え込んで答えた。

 ただ、その笑みが自らの演技を裏切っていた。



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第三十話 望まぬ再会

皆さんお久しぶりです、hai-nasです。
これからも不定期でぽつぽつと投稿していきますので、どうかよろしくお願いします。


 

「なぜお前がここにいる!」

 

 それが、再会した森崎の第一声だった。

 それにため息で応じた達也の態度は、さらなる興奮を招く。

 

「なにぃ!」

 

「やかましいぞ、新入り」

 

 しかし摩利に一喝され、森崎は直立の姿勢のまま固まった。

 

「この集まりは風紀委員会の業務会議だ。その程度のことは(わきま)えたまえ」

 

「申し訳ありません!」

 

 彼の顔は、緊張と恐怖によって引きつっていた。

 

「まあいい、座れ」

 

 顔を蒼くして立ち尽くす一年生を前にして、摩利は気まずい表情で着席を命じる。

 森崎が腰を下ろしたのは達也の正面。お互い望まぬ座席配置ではあったが、二人が最下級生である以上下座の端でにらみ合いになるのはやむを得ない。

 

「全員揃ったな?」

 

 その後、数人の生徒が次々に入ってきて、室内の人数が十二人になったところで摩利が立ち上がった。

 

「諸君、今年もあの馬鹿騒ぎの季節がやって来た。風紀委員会にとっては新年度最初の山場になる」

 

 摩利が話している間も、森崎は視線の半分を達也に向けていた。もちろん好意的な視線ではなく、敵視しているようなものではあったのだが。

 一方達也はその視線を無視しつつ、部屋の中に見知った顔を見つけて少しだけ驚いていた。

 

「幸いにして今年は補充が間に合った。1-Aの森崎駿(しゅん)と1-Eの司波達也だ」

 

 摩利に紹介され、達也と森崎は同時に立ち上がった。森崎は緊張で固まっていたが、達也はまったくそれを感じさせないいつも通りの動きだった。

 摩利が言っていた通り、達也に向けられる視線の半数以上は好意的なものだが、全員分ではない。

 

「役に立つんですか?」

 

 このセリフは一応二人に向けられたものだが、発言者の視線は達也の肩に向けられている。つまり、エンブレムのない二科生が役に立つのかと言っているのだ。

 

「司波の腕前は私が確認済みだ。森崎もそれなりに活躍してくれるだろう。それでも心配なら、お前が森崎に付け」

 

「遠慮させてもらいます」

 

 摩利の威圧感に負け、その風紀委員は大人しくなった。意外と独裁的なんだなと達也は内心で思ったのだが、そんな事を顔に出すようなことはしなかった。

 続いて、臨時委員の紹介が行われ、会議はあっという間に終わった。

 

「今年は臨時委員として彼ら三名が加わるので、くれぐれもヘマをしないようにな!それでは、質問が無いなら出動!それと、司波と森崎は残るように」

 

 摩利の合図でメンバー全員がゾロゾロと本部から見回りに出かける中、鋼太郎と沢木が達也に話しかけてきたのを、森崎は忌々(いまいま)しそうに見ていたのだった。

 巡回に出る前に、達也と森崎は摩利から腕章と薄型のビデオレコーダーを渡された。何か問題があったらこれで録画をするらしいのだが、原則風紀委員の証言は単独で証拠採用されるので、無理に録画する必要は無いようだ。

 

「それでは、委員会のコードを端末に送る。指示を送る時も、確認の時もこのコードを使うから覚えておけ。それからCADだが、風紀委員はCADの学内携行が許可されている。使用に関しても誰かに許可を取る必要は無い。ただし不正使用が発覚した場合は、一般生徒よりも重い罰が科せられるから覚悟しておけ。一昨年はそれで退学になったものもいる」

 

 摩利が説明し終えると、達也は許可をもらってから彼女に質問した。

 

「CADは委員会の備品を使用してもよろしいでしょうか?」

 

 この質問に摩利は首を傾げた。昨日見た試合とその前後で、達也が個人で所持しているCADの方が高性能で扱いやすいのではないかと思ったのだ。しかも、委員会の備品は旧式扱いされていたものである。

 

「君が使いたいのなら構わないが、本当に良いのか?」

 

「あの商品は確かに旧式ですが、エキスパート仕様の最高級品ですよ」

 

「‥‥‥‥そうなのか?」

 

 達也のセリフに、摩利は思わずCADを二度見した。

 

「中条先輩ならこのシリーズも知ってそうですが‥‥‥‥」

 

「中条は怖がってこの部屋には近付かないんだ」

 

「なるほど」

 

 中条先輩らしいなと達也が納得したのと同時に、摩利がしきりに頷≪うなず≫いた。

 

「そういうことなら、好きに使ってくれ。どうせ今まで埃を被ってたものだ」

 

「それでは、この二機をお借りします」

 

 達也は昨日片付けるついでに自分のデータを打ち込んでおいた二機を手に取り、摩利に見せた。

 

「二機? 本当に君は面白いな」

 

 通常、CADを二機同時に使用するとサイオン同士が干渉してしまって上手く魔法を発動する事が出来ないのだ。摩利はその事を達也が知らないわけがないと思っていたので、達也の発言を聞いてニヤリと笑った。

 だが森崎は達也のそんな事情を知るよしもなく、彼は皮肉げに唇をゆがめた。

 

 

 

 

 部活連本部へ向かう摩利と別れた後、達也は背後から森崎に呼び止められた。

 

「墓穴を掘ったな。複数のCADを同時に使うなんて、お前ら二科生(にかせい)ごときにできるわけがない」

 

「アドバイスのつもりか?ずいぶんと余裕なんだな」

 

「僕はお前らとは違う!この間は油断しただけだが、次は勝つ。格の違いを見せてやるからな!」

 

 言い捨てて立ち去る森崎に、達也は呆れていた。

 『次』があると信じてられることが、どんなに幸せなことか‥‥‥‥



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