記憶喪失の私は記憶喪失の養子になりました (TAKUMIN_T)
しおりを挟む

00:Story prolog/記憶喪失の私が記憶喪失の養子になったワケ
001.00-01:記憶喪失の私が記憶喪失の養子になったワケ


更新:2021/05/01

ふと書きたくなった。
特に目指すのもないので、マイペースに行きます。


 

 

 

 

 ????

 

 *

 *??

 *

 

 

 

 

 降り続く雨。()む気配もないどんよりとした空から時折(ときおり)降る陽光(ようこう)が、街の屋根を明るくする。

 その中心地。道幅が広くとられ、馬車や人々が行き交うであろう商店街(メインストリート)は、「客は来ない」と、どの店も〈閉店(CLOSED)〉の札が終日(しゅうじつ)扉やらに掛けられている。晴れていたら聞こえていたであろう賑やかな喧騒は雨で〝上書き〟され、街は水がモノをうちつける音だけが耳に入る。舗装された道に敷き詰められた花崗岩(かこうがん)の繋ぎ目には水が入り込み、排水溝の代わりにどこかへ流していく。

 この雨が振り続く空模様で、街が静かなのは普通の光景だ。こんな天気にウキウキで出歩くバカはそうはいない。

 

 雨合羽(アマガッパ)を全身に着る人影。いや、幼子(おさなご)か。背丈は1メートル程度。人影がメインストリートの片隅を歩き続けている。

 

 

 ただただ、歩き続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ねえ。君はだれ?

 

 ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も雨か」

 窓に手を掛け、透ける向こう側を、彼女は見ていた。気の強さを感じさせ、後ろに流す長い金髪に赤目。その目は、どこか達観しているかのようにも見えた。

――(はぁ)……この様子だと、今日も買い出しは無しだな……」

 当初の予定では、昨日に食料品の買い出しを済ませる手筈(てはず)だった。しかし、その予定日から雨がずっと降り続いている。

 ガラスに水が垂れ、()められている格子の出っ張りに水が溜まる。表面張力で膨張し、一瞬で決壊する。

 ふと、雲に向いていた意識を戻す。そして、再び正面を見据えたとき。

 

「……――ん?」

 

 二階にいる彼女の視線の先。正門の前に、ある影が見えた。

 門の背丈にも届かない、影の身長。雨合羽(アマガッパ)が羽織られ、フード部分の暗闇の中は遠くから(うかが)うことができない。それでも、防水性、撥水(はっすい)性が良くないのか、雨合羽は濡れていた。ぐっしょりと言い表してもいいほどだ。

 彼女は眉を細めた。幼子のかたちをした人影が、こんな日に一人で外を出歩いているのだ。羽織(はお)る雨合羽は、既に雨除けとしての役目を果たしていない。

 影が静かに動く。フードと思わしき部分だ。黒く染まっていた中――僅かに空いた口、真っ青な唇。

 

「――」

 

 わずかに見えた顔のパーツから、

 

「――……」

 

 生気を感じなかった。

 そして、人影が倒れ

 

 る。

 

「――!」

 

 彼女は走り出した。

 口を動かしながら、吹き抜けである階層(フロア)を仕切る柵、階段を飛び降りて床に着地し、玄関に向かい駆け、勢いを落とすことなく扉を開け放つ。雨が降る中、身体に水滴が付くのを躊躇わず外を走る。正門を開け、その人影に近寄る。

 人影は雨合羽から足が出て、うつ伏せで倒れている。その影を彼女は手中に抱き寄せ。

「大丈夫――」

 頭に被せられていたフードが外れると、次に出そうとしていた言葉が詰まった。

 薄らとしか開けられていない瞼の奥に、目に光が灯っておらず、虚無を感じさせる浅紫(あさむらさき)*1(まなこ)。寒さから血の巡りが悪くなったであろう、青い唇。腕の中に寄せた時に感じてしまった、思わず声を上げそうになる、身長に合わない()()。手入れがされておらず、肩まで伸び切った藍白(あいじろ)*2の髪。

 そして見た目から、性別は判別できなかった。

「おい!」

 彼女は幼子を揺らす。だが、帰ってくる反応はない。

 事態が一刻を争うのは、一目瞭然だった。

 誰かに言われようが構うことはない。即座に幼子を抱きかかえ、家の中に入れた。

 玄関で幼子を一旦下ろし、右手を(かざ)すと。

 

「《起きろ》」

 

 呟いた言葉に、幼子が緑色の光に包まれる。数秒、光が収まるが、

 

――

 

 反応は、無かった。

 それほどまでに、衰弱していた。

 

 

 枕を頭の下に敷き、パチパチと火花を散らす暖炉の横に幼子が横たわる。

 幼子の羽織っていた雨合羽は、折り畳まれて側に置かれ、その下に着ていた衣類――上下白無地の長袖は黄ばんでおり、その色が原色と思わせるのを躊躇わせない程だ。

 そして、肝心の幼子。

 年齢は推定4、5(しご)歳。栄養失調からか痩せており、正確な年齢は判別不能。

 

 身長93cm、体重13kg。

 

 体重が4歳手前の児童の平均を割り、見た限りでも痩せ細っていた。

 ここに連れた彼女は、幼子を傍目から見守る。抱えたとき、心音が微かにしか感じなかった。心配しているのだ。

 暖炉の横に横たわらせてから既に30分、雨合羽は吸った水気を湿らせる程度に乾いている。

 そこで、彼女は考えていた。

 なぜ、あそこに一人で、こんな幼い子どもが外にいたのか。

 親があの子を捨てた?――その可能性もある。だが、外見に痣などの虐待の傷は無い。では、貧困から自分たちの手で育てられなくなったから、外に出した。あの子が何らかの理由で家出をした。

 理由はいくつか思い浮かぶ。だが、あの子が起きて話さない限り、真理(しんり)はわからない。見守るしかないのだ。

 

 

 

 

 ▷

 

 

 

 

 パチパチ。

 

 

 

 

 パチパチ。

 

 

 パチ。

 パチパチ。

 

 ふさ――

 

 椅子に座り、うたた寝をしていた彼女の耳に、布の擦れる音が聞こえた。

 目を開けると、幼子が背を起き上がらせ、頭を動かしていた。

 

「起きたか」

 

 幼子の様子が外見の年相応に見え、彼女は微笑んで話しかける。幼子は頭を止め、彼女に顔を向ける。

「……」

 (ほう)けている幼子の顔にどことない安堵を得て、椅子から立ち上がり、幼子の隣に座る。

「大丈夫か? 何処か具合は悪くないか?」

 体調を訊ねると、幼子は頷き返す。

「良かった。こんな雨の中、1人で居たんだからな」

 言いながら、彼女は窓の外を見る。幼子も続き、頭を動かす。

 見える窓は、未だ変わらず振り続ける雨を弾いている。

 彼女は視線を幼子に戻し、問い掛けた。

「……名前は?」

 幼子は口を開かない、警戒しているのか。

「……お前は、どこから来たんだ? 何故に私の家の前で倒れていたんだ?」

「……」

 優しく語りかけ、幼子の内に秘められているかもしれないモノを刺激せぬよう、核心に迫る言葉を選ぶ。対し、幼子は俯く。

 

「……わからない」

「え?」

 

 彼女は一瞬、何を言っているのか解らなかった。

 帰ってきた言葉が〝わからない〟。幼子が簡単に口に出す言葉ではない。

「わからない――?」

 彼女が自分に言い聞かせるようにも呟くと、幼子も頷いた。――頷いて()()()()

 彼女は矢継ぎ早に質問をする。

「親は? お前の歳は?」

 

 背筋に冷たいものが走る。まさか、この子も……

 

「――わからない」

 

 ()()()()()なのか?

 

「本当に、判らないのか?」

「……うん」

 

 暫定だが、本当にそうらしい。全ての記憶がない――記憶喪失らしい。

 

「ここは、どこなの?」

 

 今度はこちらからと言わんばかり――いや、単なる疑問だ。何故、自分は暖炉があり、豪勢なこんな家にいる? 正門前で雨に打たれていたことさえ覚えていない言い方だ。だが、事実その通りなのだろう。

「ここは私の家だ」

 不安を与えないよう、ただ事実を伝える。

「お姉さんの?」

「ああ」

 自信たっぷりに返事する。

 彼女がいる屋敷は、ここの地域でも密かに有名な人の住まう屋敷だ。悪意を持つ不審者に、易々と主導権を奪われる程に無警戒な訳も無し。寧ろ、仕掛けてきた奴らが馬鹿と断定せざるを得ない屋敷だ。

 彼女の様子を不思議に思い、幼子は首を傾げる。

「お姉さんって、誰なの?」

「なに。ちょっと長く生きているだけさ」

 そう返す彼女の目には、何処か愁いが垣間見得た。

 

 

「なあ、お前」

 そして、唐突に閃いた。

 

 

 

 

「私の養子になるか?」

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

 最初は、ほんのちょっとした気紛れだった。

 あのタイミングで正門を見ていた。ちょうど幼子が正門の前に立っていた。

 偶然が重なり、彼女と幼子が出会った。少しでもズレていたら出逢うことすらなかっただろう。もしくは、幼子が露地(ろじ)で行き倒れていた――。

 軽く考えれば、奇跡に近かった。

 

 記憶喪失。

 彼女も、自身を同じ境遇の幼子に重ねていた。私はこの子の年齢で過去を失った訳ではない。そう思えば、ある程度の知識があった状態でなった私はまだ恵まれていたのかもしれない。

 

 久しく忘れていた、彼女の〝女〟としての母性本能が擽られていた。

 

 その日から幼子は、屋敷で寝食(ねしょく)を共にするようになった。

 初めは幼子も戸惑っていた。見知らぬ女性が、なにか変なことを言っていると感じていただろう。幼子には、それくらいしか情報量が把握できていなかった。

 

 幼子は初め、浴場に連れていかれ、全身に付いた汚れを落とされた。するとどうだ、絶世の美人がそこにはいたではないか。

 彼女も薄ら勘付いていたが、思わず見惚れた程だ。浴場から上がった後、幼子を姿見(すがたみ)の前に立たせてみたら、幼子自身が驚いていた程だ。目をパチパチとさせていたのがとても可愛らしかった。

 急遽用意した彼女の普段着を、幼子にとってはぶかぶかの服を着させた。暖炉の横に座らせ、その横のカゴ一杯のパンを食べながら待つように言い聞かせ、彼女はバッグと傘を片手に、止む気配のない雨の中へ出掛けた。

 帰宅した時、バッグの中には少し大きめの服が上下合わせて5セット。下着も5セットあった。幼子が着る衣類だ。

 栄養失調気味の幼子が標準体型に戻る事を想定し、わざと現状態でのサイズが合うものを選んだのではなく、少し大きめのサイズを選んでいた。少しばかりサイズが合わなかったトラブルもあったが、一時間後には、痩せ細っている点を除けば、何処かの御令嬢の雰囲気が出ていた。

 

 夕食を出せば、目を輝かせて勢いよく食べ始め、おかわりを要求。

 就寝時間には、寂しさから彼女に抱きついて寝息を立て。彼女は愛おしそうに頭を撫で。

 

 幼子は当初、彼女に保護されているという立場で家にいた。ただ本人が忘れているだけで、家族がもしかしたら探しているかもしれないと。保護した後日警察などに話を聞きに行った。時には自分の伝手を頼って他のところにも話を聞いた。

 

 内容は単純だ。

 幼子の家族と、保護している間の生活。

 もし、幼子の家族が見つからなかった、無くなっていた場合の後の話――彼女の養子だ。

 

 返答は思ったよりすぐに帰って来た。

 ――何一つとして、幼子に関して不明。

 繰り返された返答は「わからない」。

 手掛かりとなる糸すら見えなかった。

 

 その関係が2ヶ月経つ頃には、幼子の彼女への呼び名が『お姉さん』から『お母さん』と変わっていった。

 幼子の姿も別人に見違えた。目に生気が宿り、元から綺麗だった髪も手入れがされる事により綺麗になっていた。それこそ、彼女が癒やされる程に。

 

 その頃になり、正式に彼女は養子縁組を申請した。

 幼子と血縁関係にある人がいなかったから、保護していることを知っていた人から勧められたから。

 それ以上に、彼女が幼子との関係を断ち切りたくなかったから。

 

 久しく彼女を訪れた者は、幼子の存在とその変わり様に違和感を覚えていただろう。だが、無邪気で健気な幼子に、抱いた念を立ち消えさせるには十分だった。

 彼女が幼子の頭を撫でれば、幼子は目を細め、気持ちよさそうにする。その様子に、来客の頰を緩ませるのに時間は掛からなかった。

 

 彼女が得意とした魔術を見せれば、幼子は興味津々とばかり、目で催促してくる。

 そこで、幼子に基本理論を教えてみれば、湯水の如く知識を吸収していく。その(さま)は、魔術を生業とする人々に教えを説くより、有意義な時間と感じていた。

 その他の知識も、本を渡せば多岐に渡り吸収していき、疑問を覚えると、彼女に質問していた。彼女も質問に答え、彼女が判らないことがあったら、幼子は目を輝かせ、お母さんに教えれるようになるとやる気を漲らせていった。その様子はとても微笑ましく、思わず彼女が抱きしめた程だ。

 

 引き取って数年が経ち、彼女は幼子に聞いた。私は幼子の母親でいいのか。

 彼女も記憶喪失。しかも、覚えているだけで400年。あまりにも離れている歳に、彼女は恐れた。幼子がこの事実をどう思うのか。

 だが、それを伝えても幼子は動揺しなかった。

 

 

 ――私にとって、お母さんが〝本当のお母さん〟ですから。

 

 

 とっくに枯れたと思っていた涙が、溢れていた。

 

 

 

 

 引き取ってから、早十数年の歳月が流れた。

 髪の色、瞳の色は違うが、彼女らの関係は実の親子同然になっていた。

 

 そしてその日常は、少しだけ変化していた。

 

 長袖のシャツにズボン、肩にバッグというラフな格好に、彼女から頼まれていた日用品を買い出しから帰宅し、サラサラで腰まで届く藍白色の長髪(ちょうはつ)を揺らす幼子――ぼんきゅっぼんしていない()少女が玄関を開け、潜る。

 

「ただいm――」

  ――ま、ママぁあああああああああああ――ッ⁉︎

 

 ドゴォ――ン――――……

 

 なにかが、壊れる爆発音がした。いや、〈壊れる〉では表現として事足りないかもしれない。誇張気味に表現するとしたら、粉砕されたかのような爆発音だ。

「あ、あはは……」

 もうなにかを察してしまったか、苦笑い気味で気の抜けた声音(こわね)

 キィ――ガチャ。――支えが無くなり、自重(じじゅう)で閉まる玄関の扉。嵐の後の静寂で、良くも悪くも玄関で響く。

 それでも()()()()()だけはあり、音の出所、または〈現場〉は当たりがついていた。

 その場所は、二階。そして、少女が〝兄〟と慕う〈彼〉の部屋だろう。

 しかしその兄、現在19歳、であるにも関わらず、働かずに自堕落な生活を送っている。そんな〈彼〉に〈彼女〉が痺れを切らし、実力行使に出た。考えられる理由として、これが一番辻褄が合う。

 彼のことだ。自立しろと彼女から言われ、意に反して養ってくださいとフライング土下座を決め込んで、彼女は家の壁をも粉砕できる魔術を唱え、彼が全力で避けている最中なのだろう。

 で、結果が〈何かが壊れる音〉。

「大丈夫ですかね……」

 少しばかりの不安を抱えながら、二階へと上がる。廊下に変わった様子は見られない。

 他を確認せず、そのまま彼の部屋の扉の前に。そして。

「帰りましたー」

 もはや事後報告のカタチ。あんな音がしたからちょっと警戒して室内の様子を伺う――なんてこともせず、ガチャリと、扉を開ける。

 その部屋の中は、主に壁が無残な状況になっていた。壁は人が潜っても頭をぶつけないくらいの大穴がぽっかりと空き、フチからは(ひび)が四方へと伸びている。どこぞの紛争地帯で戦車砲にでも見舞われたのかと言っても違和感がない。

 その大穴から左側の壁に張り付き、壁の〈結果〉に怯えている青年。危うく自分がああなるところだったのを間近で体感してしまい、正気度検査(SANチェック)でトラウマを食らいかねない。

 その彼に、真っ直ぐ魔術を放ったであろう、右手を前に突き出している彼女。

 どっちにしろ、他人からしてみればしょうもない原因で小さな〈紛争〉が起きていることには変わりない。

 二人が雰囲気は、少女が扉を開けたと同時に霧散した。

 彼は顔を綻ばせ、彼女は笑顔を見せて。

「の、ノエルゥゥゥゥ――!」

 九死に一生を得たと言わんばかり、青年は少女の背後にゴキブリの如く隠れた。彼女の様子を(うかが)うよう、チラチラと覗いている。

「帰っていたのか、ノエル。さあ、こっちに来て後ろにいるグレン(ゴキブリ)を私に見えるように」

「絶対離さん‼︎」

 我が子(少女)を手中で()で、なおかつ少女の背後にいる青年を表に引っ張り出そうとする彼女。対抗し、背後から絶対身を晒さんと少女と盾にする青年。なんともパワーバランスが一見(いっけん)で察せてしまう構図である。

「まあまあお母さん、落ち着いてくださいよ。お兄さんもですよ?」

「そうは言われてもな――」

 それを分かっていながらも、少女は宥める。彼女は見せる。

 しかし、どちらにも譲れない一歩というのがあるのだろう。すっごくつまらない理由、ではあるのだが。

「お兄さん」

 青年に振り返り、素直な思いの丈を喋る。

 

「一生自堕落な生活できるだけのお金を稼いで貯めればいいのに、コツコツとはやらないんですか?」

「それができたら苦労はしない――ッ‼︎」

 

 それが自明の理と、自分の主張を変える気はないようだ。まあ、分かってたとばかり、少女は首を縦に振った。

 

「お兄さん、耳貸してください」

 青年に近づき、耳元で囁いた。

 

 

 ――(わたし)結婚(けっこん)する選択肢(せんたくし)もあるんですよ?

 

 

「――」

(ツー……)

「おいグレン。何だその鼻血」

「え――」

 青年から垂れるギャグ風味な鼻血。思わず鼻の下を拭い、彼女は訝しげに目を細めた。

「――セリカ。ノエルにどういう事吹き込んでるんだ?」

「――?……別におかしな事は吹き込んでないぞ?」

「……そうか」

「――――……あとで聞いていいか?」

「いいぞ……」

 何か察してしまったか、彼女は青年に同情の眼差しを向けた。中心にいる少女はニコニコ微笑んでいるが。

「でもお母さん。お兄さんには、一体なにを言っていたんですか?」

「あぁ。実は、アルザーノ帝国魔術学院の講師が一人抜けてしまってな。その代わりを非常勤講師としてグレンに勤めてもらおうかと考えてる」

「おー。お兄さんにぴったりですね」

「ちょ――⁉︎」

 青年を擁護するどころか、少女は彼女を援護射撃。堪らず青年が詰め寄る。

「あのなノエル、マジで言ってる?」

「え?」

 あ、本気(マジ)で言ってる。

「お兄さん、私が質問するとなんでも答えてくれますし……」

「い、いやそれは――」

 青年はしどろもどろになりながら、少女に弁明しようと思考を巡らせる。

 

 

「学校なら、()()()輿()狙えそうですし……」

 

 

 品のある少女から、とんでもない言葉が飛び出す。年上の大人二人(彼女と青年)は青天の霹靂を受けたとばかり。

 すると、彼女が唐突に青年の肩へ腕を回す。青年が行為に念を持つ、その前に、彼女に引っ張られ後ろへ向かせられる。

 

 

「なあ、グレン――私の教育は道を踏み間違えたか?」

「俺が言うのもあれだけどな、間違ってはいないだろ……」

「なら、どこであの言葉覚えたんだ……?」

「やめてください。疑いの目を向けるのはやめてください」

「私もアレだが、世間知らずよりはずっといいんだがな」

「……お前が渡した辞書の中に入っていたんじゃないのか」

「そうか――」

「ちょっと目に宿っている炎がマジじゃないですかやめて首元で灯さないで」

 

 

 辞書の出版元を親の仇とせんとばかり、今すぐにでも魔術を放り込みそうな彼女のオーラに、青年は恐れ慄きながらも宥めようとする。

 しかし原因となった少女は、これまたどこ吹く風と微笑んでいる。

 で、突拍子もなく「ハッ」とした顔になり、手で相槌を打つと。

 

 

「私も一緒にいって監視すれ(保護者になれ)ばいいんですよ!」

 

 

「え?」

「――なるほど!」

 年上としてのプライドを根っこからぶっ壊された青年。対して、利を得たと笑顔になる彼女。

「よし! 編入手続きだ!」

「あの~、セリカさま……?」

「私、学校は初めてです!」

「あの――えっ、初めて?」

 

 青年、逃れられる(いいわけ)はない模様。

 というか、拒否ったらそれこそ(イクスティンクション・レイ)される。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

 あの騒動から数日。爆破――の直接的要因を作ったのは彼女だが、その跡はすっかりと無くなっている邸宅。彼女は、玄関で我が子の旅立ちを見守っていた。

 

「行ってきますね〜、お母さ〜ん」

「あぁ、気をつけてな」

 

 ()()()()()し、早400年この世を生きた彼女――〈セリカ=アルフォネア〉の一番弟子であり、代えられない家族。

 

 

 

 

 〈ノエル=アルフォネア〉

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶喪失の私は記憶喪失の養子になりました

 

00:STORY PROLOG

記憶喪失の私が記憶喪失の養子になったワケ

 

 

 

 

 

 

 

*1
■■■

*2
■■■




Q:なんで書きたくなったの
A:「廃棄王女と天才従者(152865)」を見てふと思い立った。原作とWikipediaをチェックしながらカキカキしています。
それに倣って、()()()()はルミアです。

二階の自室:
本来は食堂。バタフライ・エフェクトってやつ。納得しろ(強制

2020/03/11
誤字修正と多少の追記。

2019/06/15
ノエルに関する外見描写が足りなかったため追記


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01:セカイとノエルとケンキュウシャ
002.01-01:ロクでなしの兄と完璧な〝妹〟 / 1


見切り発車(プロット無)は大変。
飽き性は更に大変。

Wikipediaガン見しててヨカッタ――ッ‼
そんな箇所はいくつも。

で、10,000字や(虚ろ


 

 

 

 

 雲がほどほどにある晴天。時々影が覆いかぶさると、風がより涼しく感じられる。

 街が賑わう天気であり、出会いの天気でもある。

 どういう出会いでどういう人物かの保証は、神も一切しないが。

 

 

 ――もしかすると、運命の出会いかもしれない。

 

 

「うぉおおおおおお!? 遅刻、遅刻ぅううううううううううッ!?」

「……え?」

 

 

 

 

※ 注意 ※

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ノエルが気付いた時、もう遅かった。

「あ――」

 

 彼は――飛んだ――――

 

 

 

 

01:セカイとノエルとケンキュウシャ

 

SCENE 01

ロクでなしの兄と完璧な〝妹〟

 

 

 

 

 店先に色とりどりな食物(しょくぶつ)が積み上げられ、一個人に鷲づかみにされては批評され、それを肴に店主と客の井戸端話が始まる。時には、安さに敏感な主婦を当店に集客しようと店員が声を張り上げる。

 喧騒に沸き立つメインストリートで、気紛れに注意を逸らししようとして――誰がなんと言おうと、10人中10人が美少女と答える人物、〈ノエル=アルフォネア〉に釘付けになる。ただ、服装は隣にいる青年――仕立てのいいホワイトシャツに黒いスラックスを着崩して気怠げにしている、ノエルが兄と慕う〈グレン=レーダス〉と同じ。俗に言われる〝ペアルック〟とか言うやつだが、傍目から感じ取れる二人の纏っている雰囲気は正反対だ。

 しかし、同じ服でも着ている人物で向く注意がここまで変わるのか、そう思わざるを得ない。これが素材の差か。

 仲睦(なかむつ)まじく話している様子に兄妹と思い込みそうだが、まず髪と瞳の色が元となる原色から違う。なら、近所付き合いからこの組み合わせなのかと、勘ぐるお暇な御老人夫婦が居そうだ。

「はぁ、気乗りしねぇ……」

「もぉ、お兄さん。とりあえず頑張ってみようよ」

 周囲の評価は我関せず。ノエルの姿勢に反し、グレンは人目に敏感になっていた。

 ノエルに向けられる様々な視線が主な理由だが、傍目から見てもノエルの兄ポジション、〝兄妹〟として受け止められているのが本人でも判っている。だから、(てい)でも守っているように見られなければならない。世間体とは厳しいものだ。

 まあ、グレンの心配無しでも問題は無い。だから、守っている()だ。

「頑張りたくねぇーんだよ、ったく」

「あはは。どっちが保護者なんでしょうね?」

 近所の娘さんに付きそうお兄さんの構図なのだが、実際はその立場が全く逆な訳で。その事実が知られたら、向けられている視線がどうなるか。

 ブルッ――

「寒気がするな……」

「だったら、このチャンスを活かして、非常勤から上がりませんとねー」

「うへぇ――……」

 人間社会の厳しい現実。一生懸命逃れてきたグレンに牙を剥いていた。

 

 現在進行形で。

 

「あ、時間」

「は?」

 

 ノエルから差し出される懐中時計を覗き込むグレン。当人(ノエル)は笑顔なのが気になる所だが。

 

「もうちょっとで時間ですね」

 

 秒針が4回動いた。

 

「――――

 

 

 

 

 ――――――――やべぇえええええええええ!!」

 

 

 

 

 普通なら、少しだけ余裕はある。少しだけ。しかし今回は事情が違う。

 グレンは事前に挨拶するため、学院に勤める職員達よりは早く学校に着かなければいけない。ノエルも理由は同じ、編入生――という名の新入生だ。

 明らかに義母(セリカ)の権力が働いている。

 だが、今、そんなのは些細な事。初日から遅刻とは洒落にならない。

「行くよ! お兄さん!」

「ちょ、置いてくなぁああ!!」

 最初から気付いていたノエルは既に走り出している。現状に焦りながら、グレンはノエルを追いかけた。

 

 

 

 

 で、結果は。

 

 

 

 

「――」

「「……」」

 

 グレンは噴水に頭を突っ込んで犬神家。

 水中で倒立(とうりつ)という奇跡を目撃しながらも、ついさっきの出来事に目をパチクリさせ唖然とする、兄妹と同じくペアルックな服装の少女二人。

 

 あぁ、現実は非情なり。

 

「やりすぎたんじゃない……システィ……」

「そ、そうね……」

 グレンに魔術を放った白銀髪の少女――どことなくネコっぽいから子猫としておこう。その子猫に、金髪の少女――金色繋がりで天使として、その天使がどことなくやってしまった、そんな顔をしている。

 彼女らの服は、腹部丸出しにミニスカート。寒くないのか。どことなく制服っぽさはあるが、それよりも扇情的ではないか? 生きのいい少女の生(検閲されました

 奇跡のバランスで水面から伸びていた二本足が子猫達側に倒れ、子猫達はビクッっと体を引きつかせる。

 もしかして。次に続く単語が浮かぶ時だった。

 

「お兄さんが、すいません」

 

「「!?」」

 不意に後ろから掛けられたその声にビクッとし、思い掛けず振り返った。

 薄い水色の髪に薄い紫色の瞳。否応にも人の目を引きつける、美少女と言って過言の無い美人が、二人の視線に入った。

 自分たちもなんだかんだちやほやされてはいるが、目の前のこの人に比べたら、霞むのではないか? そんな神秘性を、何故か感じてしまった。

 二人の驚きに満ちた顔を全く意に介さず――というか、全く眼中にも入れずにグレンへ近寄り、噴水から突き出す足を何故かチョンチョンと突く。すると、片足がピクピク動いた。反応(生存確認)()ると、ノエルはグレンの足を掴んで引っ張り始める。そして体全体が水から出てくる――それでもまだ、ノエルは引っ張り続け。

 

 ――っがぶ――!

 

 顔がメインストリートのタイルに自重(じじゅう)で叩きつけられる。子猫達は引いている。グレンは水揚げ後の魚になってる。服が水吸ってビチャビチャしている。

 そんなことに構うこともせず、ノエルは何事も無かったと言わんばかりに、呑気にグレンの顔下に近付いて話し掛ける。

「お兄さ~ん、大丈夫ですか~」

「……ノエルよ。心配の言葉掛けるのなら、足を突かないでくれませんかね」

 恨めしげな顔を向けるグレン。確認せずに直ぐに水から揚げればよかったのでは、声に出さずとも顔が語っていた。

 

「お、お兄……さん?」

「え、兄――?」

 その語らいの後ろでは、驚愕としか言えない事実に声が詰まる。こんな兄から視線を独り占めする妹が続くのは、一体どういうマジックを使えば生まれるのか。

 

 ノエルの後ろに居る子猫達をグレンは見る。彼の目が怪しく輝いた――

「心配掛けてすいません」

 ――前に、ノエルが先に話しかけた。天使が「えっとその」と言葉を詰まらせながら。

「あ、あの、大丈夫だったんですか」

「大丈夫ですよ。これぐらいでお兄さんは気絶しませんから」

「「え」」

「ちょっと待てノエルぅ!」

 信頼と受け取っていいのか判らない返答に、子猫達は思わず声が漏れる。グレンは納得いってない。こちらも思わず声を上げた。すっかり水を吸った服を憎しに満ちた目で睨み、嘆息をつく。

「――道を急に出てくるのは気をつけたほうがいいぞ?」

「――貴方が飛び出して来たんじゃ……?」

 事実、子猫は間違ったことを言っていない。だが、その言いように、隣の天使は頬を膨らませた。

「だめだよ、システィ! いきなりだったとは言え、人に魔術を撃っちゃったんだから――もしかしたら怪我してたかもしれないんだよ?」

「う――ご、ごめんなさい」

 魔術は行使するモノにもよるが、今回の場合、もし噴水ではなく花崗岩の床に顔面から落ちたら、打撲、最悪首の骨を折って首から下が不随になっていた可能性もある。

 そもそも彼女達は、人に向けて魔術を撃つことを危険と習っている。

 その事が過り、子猫はバツ悪そうに目を伏せる。

「ったく――いきなり飛ばすとは、どんな教育受けてるんだ?」

「お兄さんがそれ言うんですね?」

「ちょ――!?」

 擦れているグレンの小言に隣から入る横槍、身内からの反逆。間髪開けず、次も来る。

「お兄さんはいろいろと――あれじゃないですか」

「なにその間は」

 信頼はされているのか。されているのだろうが、()()()なのだろう。

「ん?」

 それでも、グレンは何かに興味を持つ。視線は天使に向いていた。

 立ち上がって天使に近づき、顔を見る。

 

 右、左、腰つき、スカートを少しだけたくし上げて太もも、背中、胸、お腹。

 全身を撫で回すように見てから、前髪を上げ。

 

「――アンタ、どこかで――」

「~~~~~~!!!!!」

 

 隣の子猫が我慢ならないようだ。

 

 

[ダッシュ] 選択[キック]

 

 

「アンタぁあああああああああああ!!!?」

「ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!?」

 グレン、再び空を飛ぶ。水で満たされた噴水(カップ)にホールインワン。副賞として噴水の中で泳ぐことを――

 

「お兄さん、また空飛びましたね」

「え、え?」

 冷静なノエル。早々な場面転換に置いて行かれる天使。

 

 ゴミ箱に頭から突っ込んだネコの如く、グレンは水面へチップインバーディーを決め――

 再び水気を帯びた頭が水面から出る。

「何しやがる!?」

「女の子の身体を撫で回すように見るなんてッ――最ッ低ぃ!」

「撫で回す!? 単に学者の端くれとして、この純粋な好奇心と研究心を発揮してだな!? 悪意はいっさぁ「なお悪いわぁああ!!!!」

 

 

 

 

[ボディブロー]

 

 

 

 

「グボォ――!?」(グボォ――!?)(グボォ――!?)

 

 

 ちょうどいい角度。ちょうどいい速度。ちょうどいい場所。WEAK POINT(みぞおち)に突き刺さった細い腕。

 腹を抱えて悶絶するグレン。しばらく復帰はできないだろう。

 静かに右手を引いて、汚れをはたき落とすように手をパンパンと鳴らし、何事も無かったかのように天使に振り返る。

「ルミア、警察署に連絡して。この男を突き出すわよ」

「――――!!!!」

「おぉ、いいストレートですね」

「え、えぇ? え??」

 一人お門違いな事を言ってるノエルに、その言動を理解できない天使――というより、場面に着いて行けてない。

 ノエルは再びグレンに近づく。

「演技はやめて立ってくださ~い」

「いうなよ!?――っ」

 強烈なボディブローを貰ったのだが、まだピンピンしている。とはいえ、顔には汗が滲んでいる。ダメージは相当なようだ。

「ほらお兄さん、警察に突き出されたくなかったら早くいきましょう?」

「ちょっとノエルさんどういうことですか!?」

「お母さんに代わってお仕置きされたって考えればスッキリしますよ?」

「納得できねぇよ!?」

「じゃあ時間無いんですから、行きますよ。お兄さん」

「いやあの、この私めにどうか自由を行使する権利を……」

 捨てられそうな子犬(社会不適合者)らしく、グレンは目を潤ませて救いを求める。

 哀れなる目を見て、ノエルはにっこり微笑んで。

 

「働いてから言ってください♪」

「いやぁああああああああああああ!!」

 

 哀れ? いいえ、自業自得です。

 

 ビューン――――

 何とも形容することができず、目から光るものを輝かせながらグレンは走り去った――。

「おぉー、早い」

「……ねえ、アンタは追いかけなくていいの――?

 ノエルは遠くを見渡すように、手で目元に日陰を作っていた。子猫は呆れて物も言えない。兄と呼んでいたのに、自分が警察に連絡しようとしても静観していたのだ。

「いえいえ、これから追いかけますよ」

 クスクス笑いながら、グレンを追いかけようすると、振り返って。

「お騒がせしました、では~~」

 向きを戻し、グレンが走り去った方にノエルも走り出した。

 

「……なんだったのかしら」

「……すごく、変わった人たちだったね――」

 嵐は去った――。怒涛とも言える展開に、朝から疲れた子猫と、どこかポカンとしている天使。

 

「――」

 

 後ろ姿を見ていたが、子猫にその手を掴まれた。

 

 

 

 

「あ? まだ時間大丈夫――」

「進めときました♪」

「……」

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

 古めかしい窓が続く。素人目から見ても、古い時代のモノだというのは一目瞭然だ。

 そんなアンティーク調(ノエル談)の廊下を進む、兄妹2人。そこでノエルが、唐突に話を始める。

 

「お兄さん、なんで天使さんを撫で回していたんですか?」

「言い方ぁ!!」

 

 誤解を招きかねない言い回し。少し間が悪そうにグレンは頭を掻いた。

「――どっかで見たことがあった気がしてな。それでつい」

「セクハラしちゃったんですね」

「だから言い方ァ!」

 一般的に見れば、腹部丸出しの扇情的な制服を来た清純そうな天使さん(ノエル談)を隅々まで見ていた――撫で回すように見ていたとなれば、それはセクハラと受け捉えられなくても可笑しくもない。

 

 なら。

 

 

「それならm私を見ればいいじゃないですか」

 

 

 ビクッと、グレンが反応する。

「――いいんすか」

「お母さんを相手取れるならやってもいいですよ?」

「いやです!」

 死刑執行人(セリカ)を相手取ってまでノエルをギューしたいという興味(死にたがり)は、執行人(セリカ)を知っている人物なら絶対ない。セリカがノエルに掛ける愛情は、実の子同然。ノエルが兄と慕っているグレンだったしても、服を脱いで()()()()()()()()()()やったら、母親(セリカ)に無言、無表情で(イクスティンクション・レイ)される。跡形もなく()られるやもしれない。

 ――そう言えば、ノエルが浴場で乱入した時、セリカは頷いていたか……?

「もう、お兄さんは意気地なしですね」

「セリカを相手()れるかよ――ていうか、ノエル相手に俺ができるかと思うか?」

「私から襲ってしまえばいいんです」

「ごめんなさい舐めてました」

 恐ろしい子、グレンのノエルに対する評価に一つ加えられた。

 

 

 〈アルザーノ帝国魔術学院〉

 アルザーノ帝国で魔術を志す者でその名を知らぬ者無し。時のアルザーノ帝国王女、アリシア三世によって設立された、国営の魔術師育成専門学校。

 アルザーノ帝国が〈魔導大国〉として名を知らしめるその基盤を創り上げた、最先端の魔術を学べる最高峰の場所、同帝国で高名な魔術師の殆どが同学院の卒業生――。

 周辺諸国にもその名を知られる、とっても有名な学院。

 そしてここを出た者には、帝国の礎となり、確固たる地位と栄光を与えてくれる。

 

 さて、肩苦しいのはここまでにして――。

 そんな人一倍の憧れを持たれる由緒正しき学院であって、常人が入る余地は無いのだ――

 

「久しぶりです、リックさん」

「ふむ。久しいの、ノエル君」

「まだ()()()来ていないんですね」

「……わしのこと、嫌いなのかね?」

「――慣れてください、学院長様」

「そうか……」

 

 ……余地は無いのだ――ッ‼(震え声

 

「ところで、今日はそっちなのじゃな。どうじゃ、わしに――」

「お母さんに()()されますよ?」

「――――おっほっほ、そんな気はないぞ?」

「――あのさぁ、俺。学院のトップがこんなだと思いたくないんだが?」

 初手セクハラ紛い。グレンの顔が苦くなるのも頷ける。

 学院長のご老人はちゃんとしている。ちゃんと()している。

「ふふふふふ、ワシは正直なのだよ?」

「今すぐ乗り込まれるぞ、じいさん……」

「お兄さんになら乗ってもいいですよ?」

「――――」

「――代わってくれんか?」

「俺がじいさんの玉を潰さなきゃいけなくなるが?」

「ふははは!! そうかね!」

 〈リック=ウォーケン〉。

 アルザーノ帝国魔術学院〝学院長〟という、名誉ある肩書を持つ初老の男性だ。

 どこにでもいる気前のいいお爺さんといったところだが、少々年の割に()()()ヤンチャボーイだ。元気すぎて今でも――。

 

「あ、これは通報案件ですね」

「やめてぇえ! セリカ君に連絡するのはやめてぇえ!」

「爺さん、あんた――」

 

 怖いもの知らず――というより、自分に正直というべきか。羨望――より呆れているグレン。ここまで正直になれるのか。

 空気を変えようと、咳払いを一つ。

「――とと、話がそれてしまったの」

「あ、はい」

 なんというか、威厳はどっかに捨てられていた。グレンが気の抜けた表情をしている。

何故(なにゆえ)、ノエル君はここに編入するんじゃ? ここで教わることは既にないだろうに」

「まあそうなんですけど――学校に行ったことないので、行ける時に学生をやりたいなぁって」

「なるほど。若いっていいのぅ――」

 ノエルは記憶喪失だ。詳しい年齢は判っておらず、推定ではあるが、それも幼い頃にセリカに保護されている。もしからしたら記憶喪失になる前に学校に行っていたのかもしれないが、今のノエルからすれば、初めてということに変わりはない。ずっとアルフォネア宅で過ごしていた。また、その苗字(アルフォネア)から一般的な学校に行かせるのは考慮したほうがいいのではないかと、セリカと友人が考えていたのも事実だ。

 何処かで聞いた情報、その光景を目にしていたか。友達を作り、純粋に物事に打ち込んで楽しめる環境というのに憧れがあったのかもしれない。

 純粋な想いを見せるノエルに、等に過ぎた自分自身の若かりし頃に思いを馳せるリック。

「あと、お兄さんの保護者として」

「言わないでくれよ……」

「はっはっは!! 保護者!!」

 この場のグレンの肩身が狭い。兄と慕われているのに、妹に保護者と言われるこのやるせなさ。これを笑わずにどこを笑えと。

 リックが軽く咳払いをし、場を整える。

「すまんな。グレン=レーダス君。君のことはセリカ君から聞いておるよ。既に知っとると思うが、この学院の(おさ)をしているリック=ウォーケンじゃ。強制されて嫌だと思うが、一月(ひとつき)でいいから、代わりの講師を頼まれてほしい」

「はい……」

「勿論、給料は出す。働き次第では正式な講師に上げてもらえるように、セリカ君から頼まれている」

「え゛」

「そうなんですか?」

 非常勤講師から正式な講師。ノエルはグレンにこのチャンスを掴んでほしいと思っていたが、まさかセリカから話がされていたとは思っていなかった。グレンも同様だ。

 反応に、リックが少しばかり微笑む。

「うちの愚息を宜しく頼むと、頭を下げられてしまったよ。ついでに言ってしまえば、君をこの非常勤講師の枠に入れるもの大変だったわい」

「……マジか」

 彼女の本気度に、グレンも驚くばかりだ。

 ただしかし。ノエルに限ってはその反応が違う。

「お母さんも不器用ですよねぇ。素直に大好きとか言えばいいのに」

「はっはっは! 義母であっても、ノエル君は手厳しいな」

 グレンはバツが悪そうに目を逸らす。

「お母さんはツンデレじゃないですか。男勝りでそういう表情を出さないだけで」

「セリカに言ってみろよノエル。顔真っ赤にするぞ?」

「それもそうですね」

「あのセリカ君が真っ赤――想像できんな」

 リックが笑い出す。釣られて兄妹も笑う。グレンは堪えようと、なんとか想像を振り払う。

「ところでですね、学院長」

「なんだね?」

「どこでノエルと会ってたんすか?」

「あぁ。昔に、セリカ君がここに連れてきたことがあるんじゃよ。社会に触れさせる、とか言ってな」

「ほぇ~いつの間に」

 時折、セリカがノエルと共に外出することは勿論あった。だが、いつのタイミングか数えているわけではない。この情報は、グレンは初耳だった。

「あとグレン君。ノエル君の魔術の事は、ワシもセリカ君から聞いておる」

 その事を聞き、グレンは目を細めた。ノエルに視線を向けると首を振って肯定していた。

「その特異性も知っとるし、ノエル君の魔法も密かに聞かされた。ここではワシ以外には知らない。学院(ここ)でノエル君の事でいざとなったら、ワシも頼ってほしい」

「……分かったぜ、学院長様」

 グレンは不敵な笑みを浮かべ、手を差し出す。リックはその手を見て、握り返した。

「俺は俺のやり方でやらせてもらう――文句は言わないでくれよ」

「言わんよ。君はここを事実上の退学とはなっておるが、あのセリカ君が寄越してくれたんだ。サボってもいいから、ノエル君と共に生徒を見定めてほしい」

「見定める――、ッ!サボっていいの!?」

「ワシが言ったんだ。勿論だとも」

 堂々のサボり許可。怠惰に身を許すグレンが飛びつかない訳がない。勝ち誇ったようなポーズで右手を突き上げる。

「これは無勤(むきん)ができる――ッ!」

「お兄さん。性格的にできますか?」

 

 ……

 

「――ノエルがいれば大丈夫だろ(震え声」

「その()に声が震えてるじゃないですか」

 無駄に熱い心を常日頃纏う雰囲気に似合わず秘めているグレン。ノエルはニコニコと、これからの兄の講師姿に想像を膨らませていた。

 その光景を微笑ましいものを見るように、リックは息を軽く吐いた。

「君達が行く教室は〈2年次生2組〉だ。頑張ってな」

「は~い」

 ノエルが気長に挨拶し、グレンの手を引いて学院長の部屋を出る。

 

「お兄さん、サボるんですか?」

「あぁ、思いっきりサボらせてもらうつもりだ」

「無理じゃないですか?」

「――お前が言うと洒落にならないからやめてほしいんだよ」

 

 

 

 

 →00:13:12

 

 

 

 

「遅い!」

 

 2年次生2組。

 正面の黒板に、段々となってる木製の長机と座席――わかりやすく例えるならば、大学の講義場所と言うべきか。

 その最前列、白銀の長髪(ちょうはつ)にネコっぽい飾りが頭でピコピコ――飾りだよね? とにかく、激おこぷんぷん丸だ。

 ノエルが子猫と仮定していた彼女――〈システィーナ=フィーベル〉は時計を睨みつけていた。

「もうとっくに授業開始時間過ぎてるじゃない!」

「確かにちょっと変だよね……何かあったのかな?」

 隣に腰掛ける天使(ノエル談)――〈ルミア=ティンジェル〉も首を傾げる。

 周囲の同クラスの学友達も、臨時講師の遅刻にざわざわと声が出始めていた。

 

 ――ヒューイ=ロスターム先生の後任を務める非常勤講師と、編入生がやってくる。

 

 前日にこのお触れが出て、期待半分不安半分の生徒達。講師には不安の割合が大きくなっていき、編入生にはある程度の興味があった。どんな人物なのか、そのことは一切、顕になっていない。

 このお触れを出した本人、リック学院長も。

『近所付き合いのある筋からのヘルプじゃ。信用できるが――理由がのぉ』

 ――そういえば、すっげぇ曖昧なこと言ってたな。信用できんな。そんな烙印を押されかねない。

 

 授業開始時間から、およそ20分。

 ガラッ――

「あ~(わり)(わり)ぃ、遅れた――」

 とても軽い雰囲気で扉を開けたその男は、一人を見て固まった。

「やっと来たわね! 貴方、一体どういうことなの!? 授業開始時間を過ぎてから来るなんて」

「あ――」

 感情任せに言葉を連ねるシスティ、入ってきた男が見えていない。ルミアは喉から声が漏れた。

「この学院の講師としての自覚は――ぁ――」

 男の外見で声が尻すぼみ、顔を見て、自分の顔がひきつった。

 服は乾いてはいるが、擦り傷と汚れがある。間違いなくシスティが付けた跡だ。

 背格好は? 間違いなくルミアにセクハラ紛いをやった変態。あの時と違うのは、兄と慕っていた少女がいないこと。

「あ、あああああ貴方はぁああああーー!?」

「違います。人違いです」

「おぉ~」

 システィが男に、震えながらも指刺した瞬間だ。呑気な声が聞こえた。

 

 

「あの時の子猫さんと天使さんじゃないですか」

「誰が子猫、ょ――――」

 

 

 掛けられた声に、視線の先。男の後ろに居る少女に目が止まった。

 

 生徒達も気付いた。

 あのズボラな男の後ろから、それこそ清純で、女神の如く微笑んでいる少女を。――何故、()()()()を着ている?

「ほら、いきますよ」

「わーったよ急かすな」

 しかも、妙に仲がいい。教卓まで背中を押されて、正面を向くと、男は席を怠そうに一瞥した。

「えー、グレン=レーダスです。本日から一ヶ月という短い期間ですが、生徒諸君の勉学の手助けをするつもりです。短いですが――」

「挨拶はいいから、早く授業を始めてくれませんか?」

 実際、授業開始時間はとっくに過ぎている。魔術を勉学できる貴重な時間を刻一刻過ぎていく生徒から見れば、さっさと始めてほしいのは本心。

「――その前に、編入生を紹介しまーす」

 の前に、一つ重要なこと。編入生だ。グレンは背後に居る少女を横に据えた。

「ほら、ノエル」

 ノエルと呼ばれた()()()()()()()()()()()は、一歩前に踏み出した。

 

「えっと――編入生のノエル=()()()()()()です。お兄さんと一緒に宜しくお願いします」

 

『『『アルフォネア!?』』』「「お兄さん!?」」

 丁寧に頭を下げていると、ノエルの名字とグレンに対する呼び方に反応した2組一同。グレンはまあこうなるなと嘆息する。

「お兄さんって慕っているだけなので、そこまで食いつかれても困ります」

 少数に反応するノエル。変わらずマイペースだが、最前列のシスティが身を乗り出していた。

「いや、アルフォネアって、貴方――アルフォネア教授の娘なの!?」

「子猫さんのいう〈アルフォネア教授〉が、セリカ=アルフォネアという人なら、私はその人の養子です」

 ノエルの発言にクラスは唖然とする。あのアルフォネア教授に養子とはいえ子供がいたとは思っていなかったからだ。

 収まらない興奮に水を差すようにグレンが一言。

「ノエルには妹として接してくれれば、主に俺が助かる」

「ところで、どこに座ればいいんですかね」

 ただまあ、二人とも唯我独尊とばかり自由だ。

「あー、どっか適当なところでいいんじゃねーか?」

「でも、あんまり空いてませんよね」

 ノエルは座席をキョロキョロと見渡す。しかし、どこも一人入れるスペースは無い。

「私の隣はどうですか?」

 すると、手を上げたのはルミア。システィの自分の間にノエルを招こうという事らしい。出会いもアレではあったが、面識は一応ある。

「――あぁ、なるほど」

 だが、グレンはなにか察したような顔をした。軽く笑ってしまいそうな表情をしている。

「ノエル、役得か?」

「お兄さんはそうなるんじゃないですか?」

「俺に返すなよ」

「どういうことです? 男子の制服を着ていることも関係あるんですか?」

 兄妹のやり取りに疑問を持ったシスティはグレンを訝しげに見た。

 

 

 

 

 

 

 

「私、一言も女の子ですとは言ってませんよ?」

 

 

 

 

 

 

「「――ぇ?」」

 子猫と天使、ノエルの身体を注視する。男子がつばを飲み込む音が聞こえる。女子は何か恐ろしいモノを見てしまったと言わんばかりの表情を。――主にマスコットとして。

「――まぁ、こうなるな」

 判ってたとばかり、グレンは一人で頷いていた。

 数人の視線がグレンに向く。

 

 

「俺は、妹()()()と言った」

 

 

 として。

 

 

 性別に言及しているわけではない。仮に()()()()()接してほしいと言っているだけだ。

 

 この男も、一言も〝女の子です〟とは()()()()()()()()()

 

「ま、まさか――っ」

「えへ♪」

 見た目は少女にしか見えない。というか仕草と言動と声質も体型も胸以外は美少女以外の何者でもない。男子制服を着ているのがコスプレだと思ってしまう程だ。

「その()()()だ」

 殆どの生徒の憶測に、グレンは肯定した――してしまった。

 

 これが、伝説の。

 男なのに、どっからどう見ても美少女にしか見えないという、伝説の。

 それが今、目の前に居るではないか。

 

 

 

 

 こ、これがっ――〝 (おとこ) の () 〟――ッ‼

 

 

 

 

 ガタッ――!

 

「ま、負けた――? わ、わたくしが――?」

「ぅ、ウェンディ――?」

 何かに打ちひしがれているツインテール。隣で彼女を変なものを見るような目をする紫色。

 一部の男子諸君の勇者がガッツポーズを決め込んでいる。対し一部も寝込んでいる。残酷な現実に打ちひしがれているか、美少女にしか見えない男子で、()()()()話ができると開き直っているかの違いだろう。

 その事実にシスティは慌てた。

「いやどうみても女の子にしか見えませんよっ――!?」

「うん、わかるわ」

(あ、わかるんだ――)

 もう慣れた、よりは諦めが顔に出ているグレン。クラスから評価で初めて、生徒達の心の声が一致した。あれを男子と見るのはいくらなんでも無理がある。――全裸だったら日の目を見るより明らか。ほら、ぬ(検閲されました

 その(かん)に、テクテクとシスティ達の座席に近付き、

(あいだ)、いいですか?」

「あ、うん。い、いいわよ――?」

「ありがとうです~」

 システィの背後を通って、ルミアとの間にちょこんと座るノエル。

 そしてシスティは、その様子を横目で見てしまった。

 

 ぽわーっと、煌めいている。俗に言う、〝癒やしオーラ〟が可視化していた。

 

 

 どうみても妹とかにしか見えない――ッ!

 

 

「ふぅ~! ふぅ~!」

「?」

「シ、システィ――?」

 小動物系男の娘(ヒロイン)に心を撃ち抜かれた。顔は真っ赤、心臓はドキドキ。油断するとギューと衝動的に抱きしめるかもしれない。とってもいい匂いがしそう、そのまま押し(検閲されました

 それを尻目に、グレンは何をしようかと、肘を机に付いて乗りかかっている。

「授業か、めんどくせぇ――」

 頭を掻いて――何かを思いついたようにチョークを持った。

 

 

 自習。

 

 

「自習にしまぁあぁす――」

「早速サボるんですね」

 グレンはあくびをし眠そうに。ノエルは一人で納得する。そして、10秒立たない内に教卓からいびきが響いてきた。

 

 

 

 

 ――――ぐぅ~――――ぐぅ~

 

 

 

 

 

 

「ちょぉっと待てえええええ――――!!??」

 

 

 

 

 

 




セリカとグレンの性格は軟化してます。
ノエルが癒やし成分だったとしてください。


09/18
「01ブラッシュアップ」の一環。

07/08
報告にあった誤字修正。

2019.06/15
投稿(飽き性で後ろがテキトーに
17:55
誤字脱字の修正。ブラッシュアップ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

003.01-02:ロクでなしの兄と完璧な〝妹〟 / 2

じわじわUA数増えてんの。
ハイスクDDで最強で男の娘で転生で東方とか見てた。びっくり。

作成方針:
思いっきり笑えるものではなく、のんびりと観れる事。
現実的で非日常的。


 

 

 

「どうかお考え直してください、学院長!」

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院、学院長室。生徒には縁の遠いブラックボックスな扉の内側だが、中からは男の怒声が響いていた。せっかくだから俺はこの赤の扉を選ぶぜ(嘘

 

 プンプン――いやそんな可愛くないか。取り敢えず、何かに激怒している2年次生1組担当〈ハーレイ=アストレイ〉。

「私は、あのグレン=レーダスという名も知れぬ男に、非常勤とは言えこの学院職を任せるのは断じて反対です!」

「ふむ、そう思うかの」

 バンッ――机を両手で叩いて必死に訴えているが、リックは意に介すことなく本のページを捲り、何かを見つけたのか目を光らせた。その様子に、ハーレイがイライラ。

「学院長! 聞いていますか!」

「いや?」

「~~~~!!」

 学院長にあるまじき態度。イライラでハーレイがハー()イになってしまう。あぁ、後頭部の残念具合が以下略。

「あの男は、ここを事実上の退学に成っているんですよ!? 魔術適正の結果も散々たる結果!! しかも魔術師としての位階(いかい)はたかが第三階梯(トレデ)!」

「知っとるが? 教員免許は持っておるから問題はないぞ?」

「そういうことじゃありません! 募集要項に明文化などされてなくても経歴や位階による制限は魔術学院(ここ)では暗黙の掟でしょう!」

 この学院には――ではない。魔術師にとって、位階は優劣を示す絶対的なステータス。そのことを重視しているハーレイのような者にとって、学院生でも努力によっては届きうる第三階梯(トレデ)のグレンが教壇に立つことが許せないのだ。

「そもそも、ハーレイ君の言っていることが今のワシからすれば愚問でしかないからの」

「――リック学院長!! なぜ奴を信頼しているのですかッ!!」

「セリカ君が推薦してくれたし、グレン君の弟にまかせているからの。ワシは特に心配はしておらんよ」

「セリカ!? あの魔女の推薦!?――奴の弟……――――は?」

 はて、弟? グレン=レーダスの弟。グレン=レーダスに弟などいなかったはず。だが、共に学院に来た者は妹――。

「……学院長? 弟とは誰のことですか?」

「セリカ君の養子のノエル=アルフォネアじゃよ?」

 ハーレイの思考が一瞬止まった。姿を見はしたが、アレは――。

「――学院長。あのセリカ=アルフォネアの養子は女なのでは?」

「誰もがそう言う。ワシもそうじゃった」

 何かの琴線(きんせん)に触れたか、昔の出来事を思い起こす学院長。アレはいい思い出ですと、昔にバカやった人が笑いながら思い出すかのような顔してる。

「あの子は、男の子じゃ」

「――ん?」

 とうとうボケたか――リック=ウォーケン――。哀れな。

 心に留めておきながら、(おもて)では動揺したように見せる。

「――は、はは――っ。学院長、とうとうおかしくなりましたか?」

「――(おとこ)(むすめ)と書いて〝男の娘(おとこのこ)〟というのが若い者にはあるんじゃよ?」

 ハーレイの動きが止まった。なんだそのふざけたもの。

「ノエル君が女の子にしか見えないのは当たり前。男の子なのは覆しようのない事実じゃ」

「な、なにをおっしゃいますか、アレは――」

 思考が混乱してきたハーレイ。絞り出した言葉で受け流すが、リックの顔は至って真剣。何故とも思いたい程に真剣。

 

 

「確かめる手段は、ノエル君の身体を触ることじゃぞ」

 

 

 堂々たるセクハラ発言。ハーレイは一歩身を引いた。

「――昔、抱きつかれての……やられてしまったわい」

 懐かしい思い出、幼い頃のノエルの記憶に、リックは孫をあやすような柔らかい表情になる。そんな顔をする彼にハーレイは眉を細めるばかりだ。

 回想から現実に視点を戻し、リックはハーレイに目を合わせると。

「そもそも、お主がノエル君に手を出せるとおもうかの?」

「――何をおっしゃいますか。たかが生徒、魔女の子供であっても養子ですよ? 私に勝てるどおりはないじゃないですか」

「――そういうことじゃないんじゃよ、リック君」

 齟齬が生じている。リックは学長室の扉を見ると、子をあやすような声色(こわいろ)で口を開いた。

 

 

 

 

「――学生からの反発がどのくらいになるかの? 今頃2組では、みんなの妹となっておるじゃろ」

 

 

 

 

 =食堂

 

 

 パン3つにコーンスープ、そしてサラダ。昼飯にしては量が少なくはないのかと思うが、そのテーブルに集まっている3人とも同メニュー。指摘は野暮か。

 パンをコーンスープに浸し、柔らかくなったところを口が迎え入れる。

 

「――はむっ」

 

 ――ハムスターかな。擬音がそのまま声に聞こえた。というか、浸した箇所ではなく逆の頂点を齧る。何故。

「あ、間違えた」

「あぁ~~~~~!! ぷにぷにしてるぅ~!!」

「ルミア、突いてどうするのよ……」

 隣に座るノエルの頬を突くと、指が押し返される。ルミアはその感覚がたまらない。システィは対面にテーブルを挟んで座り、ルミアの様子に苦笑するのみだ。そのノエルは嫌がることもなく、されるがままにルミアに身を寄せていた。

 他クラスからもその様子は知られ、突かれているノエルに関する情報が集められる。美少女なのかと噂頼りに話を聞くと、まさかの男だと言う。天然の男の娘であるということに目を開かせる生徒が殆ど。で、ごく一部の女子が暴走気味(発狂、狙撃対象)になったり、2組新任講師からは妹扱いされていたり、アルフォネア教授の養子であったりと、一つ一つが新鮮なニュースに、ノエルに対し興味が向けられていた。

 

 で。

 

「くすぐったいですよ~」

 学院内で〝天使〟と称されるルミア=ティンジェルと行動を共にし、その彼女が緩んだ顔で、これまた美少女にしか見えないノエルの頬をぷにぷにしているではないか。まるで赤ん坊を可愛がるかのようだ。

 ――新たなマスコットの誕生に時間はかからなかった。

「あふぅ~、かわいいよぉ~システィ~‼」

 ――ポフ

「――もふ?」

「ルミア!?」

 ルミア、ノエルを胸元に抱き寄せる。ノエルの顔がちょうど胸元にポフっと収まっている。システィの顔が真っ赤に染まる。あぁ、お胸がクッションに――システィ、羨ましげ、憎しげな顔をする。

 3人に視線を向けていた生徒も、不意の行動にアクション(口に含んでいるもの)を吹き出す。

「離しなさいよルミア!」

「えっ、わっ、わわわわわわ!」

 茹だったシスティの慌てる姿に、衝動的に動いたルミアが茹だっていく。ギューされたノエルは深呼吸し、空気を取り込む。

「お母さんからいつもやられてるんで――なれちゃいました」

「アルフォネア教授……」

 システィのセリカに対する大人な女性のイメージが崩れ始めた。

 ノエルがリラクゼーション目的?に鼻呼吸すると。

()()()()でしたね」

『『『「ぶっ」』』』

 システィ以外からも音がした。

「の、ノエル君――!」

 悪意無き素直な感想にどうしていいか分からず、ルミアも顔を真っ赤にする。

「?」

「はぅ――っ!」

 首をこてんと倒すノエルに、ルミアはまたハートを撃ち抜かれる。

「ふぅ~!!! ふぅ~~~~!!!!」

 続きシスティ、轟沈。

 

「メーデー、メーデー……高位魔術の直撃を食らいました――ガクッ」

「死ぬな! まだ致命傷で済んでいる! 何としてもあの光景を目に焼き付けるのだ――ッ!!!!」

 

「あの子――()()()()

「な、何言ってるの――?」

 

「わ、我々の天使が――ッ!」

「違うッ! 天使が二人に増えたのだ!」

「「「それだッ!!!」」」

 

 アーノルドアルザーノに、新たな風が舞い込んでいる――。

 

 新たな(せいへき)を開けるのも近いかもしれない――

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 ←04:02:00

 

 

「あはは……」

 黒板にデカデカと書かれた〝自習〟の文字。その前に居る教卓に乗りかかっていびきをする新任講師、グレン。その態度に怪訝な顔をするシスティ他生徒御一行、判らんでもない。

 早速の嬉しくない有言実行に、ノエルは仕方ないなぁと笑う。ルミアはグレンを一瞥すると。

「お、起こさないの?」

「いいですよ、あのままで」

「えっ」

「……アンタ、やっぱり可笑しいわよね」

 彼を見て、システィはやっぱり良くわからないと感じていた。

 ノエルはシスティとルミアを交互に見ると。

「ところで、なにやります?」

 的を得ない曖昧なことを言った。

「な、なにって?」

「何する気なのよ」

「ないんですね?」

 システィとルミアは目を合わせた。ノエルに向き直ると、疑問を持ちながら頷いた。

 

「なら、ちょっとおもしろいことやりません?」

 

「面白いこと……?」

 嫌な予感しかしないのは気のせいか。

 すると、まだ把握していないシスティの後ろを通り廊下に出ていった。生徒もノエルの突然の行動に疑問を持つ。

 数分後。帰ってくると、手中にはガラス棒が入った箱を抱えていた。

「ノエル君、何やるの?」

「まあまあ、皆さん前に来ませんか?」

 ルミアの問に、手招きを返す。教師が責任を放棄しているからまあいいか、そんなで全員が前に集まった。

 システィはガラス棒を突いて、なにこれとしている。

「で、何やるのよ」

「ちょっとおもしろいことです」

 (グレン)が熟睡する教卓に箱を置くと、グレンの脇を抱え、教室の端に引きずった。ノエルは埃を被った荷物を運んだかのように、手をパンパンと(はた)いている

『『『……』』』

 『お兄さん♪』と慕っている青年の扱いに、なんとも言えぬ上下関係を生徒達は察してしまった。

 その視線を御構い無しに、箱の前で手を迷わせ。

「これがいいかなぁ~」

 一本の棒を取ると、システィに「これ持ってください」と渡す。ビーカーで何かを溶かす際に混ぜる為のモノと同じようなガラス棒。持ってみても、何の変哲もない。冷たいし、通してみる光景は屈折している。

 だが、ノエルは万人から好かれそうな微笑みを崩さない。

「この棒を、下から紙を舞い上げるように振り上げてください」

「え? こう――」

 言われた通り、システィはガラス棒を掴んで、何気無しに振り上げた。

 

 

 システィの髪が吹き上がる。。

 

 

「――え」

 

「「「!?」」」

 システィは目を見開く。その様子を見ていた学友達も驚きに満ちている。

 呪文なんて唱えていない。それなのに風が吹いた。

 

 ――スカートがめくれるほどではないと……なるほど

「どうです? おもしろいですか?」

 

 何やら小声がノエルから聞こえた気がするが――ノエルのウキウキとした声。分かっていたのだ。こんな反応をするということを。

 ノエルは適当なガラス棒を一つ手に摘み上げる。

「このガラス棒は、元々は何の変哲もないガラス棒です。子猫さんもそれを持ったとき、何も疑問に思わないでそれを振り上げましたよね」

「そ、そうね――」

 手の中にあるガラス棒は、確かにただのガラス棒。円柱で両先が丸くなっている。向こう側に見える景色が屈折で変わっている。

 見た目を観察しても、システィにはそれ以上に何も判らないし、魔術的なモノも感知することができない。

 

「じゃあ、なんで風が吹いたと思います?」

 

 何気なくガラス棒振ったら風が吹いた。集まった生徒は仮説を立てる。

「――ガラス棒に仕掛けがあるとしか思えませんね」

 あるインテリメガネ君(ノエル命名)が呟く。

 ただのガラス棒であっても、詠唱者がいれば、ガラス棒から魔術が出たと勘違いできる。

 

 

「その通りです。ガラス棒に仕掛けがあると思うのは簡単ですよね。

 

 

 ――なんで、風が吹いたんでしょう?」

 

 

 詠唱者。

 ノエルは口を動かしていない。システィはただ振り上げただけ。生徒は何も聞かされていない、ノエルに協力することもできない。

 生徒は何も答えられない。仕掛けがあるのは確かなのだが、その仕掛けが判らない。

 

「――それも魔術、なんですか?」

 

 もしかして。直感でルミアが訊いた。

 

「半分当たりです」

 

 またも要領を得ない語り。魔術でなかったら、一体何だと言う。

「そもそもこのガラス棒はお母さんと錬金術で作ったモノで、普通のガラスの精製とは違います。それでも普通のガラス棒であることには変わりません」

 あのセリカ=アルフォネアと一緒に作っていた。その事実に生徒達の顔が引きつる。一体何を作っているんだと。

 

「一つだけ違うのは、()()()()()()()()()()()()()()()というところです」

 

 だが、予想を遥かに越えるのがマイペース。生徒の理解が追い付かない。

 

「そして、このガラス棒に魔術を発動させる回路(サーキット)()()()()()()。そうすると、子猫さんが使ったような風が起きるガラス棒に変わります」

「書き込む――!?」

 

 誰かが叫ぶ。単体で、無詠唱で発動する魔導具など聞いたことなかった。

「じゅ、呪文の詠唱は――!?」

「子猫さんが実践した通りです。振り上げる動作がスイッチになって、そよ風を起こす魔術を起動させたんです」

「誰が子猫だってのよ!」

 白猫(システィ)が喚く。が、それよりも意識がノエルに集中していた。

「そのガラス棒に書き込める密度に合わせて、書き込む魔術によって難易度は変わりますけど、お母さんは法医呪文(ヒーラー・スペル)を書き込んでましたね」

 システィとルミア――否、ノエル以外のクラスの全員が目を見開いた。こんな棒に法医呪文(ヒーラー・スペル)を書き込んでいたとなれば、その他は何が入る。簡単な魔術は書き込めるかもしれない。それこそ、単純な事は――。

 

 

「魔術社会では役に立ちませんけど、()()()()()()とっても便利な道具ですよ。どうです?」

 

 

 子供の無邪気な笑顔、楽しそうなノエルの姿は、魔術の可能性を感じさせる笑みだった。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 =食堂

 

 

「あんな魔術、初めて見たわ」

 

 システィもそれなりに魔術は知っているが、こんな使い方は聞いたことが無い。魔導具(モノ)を介する魔術もあるにはあるが、呪文詠唱が普通となっている魔術師にとってみれば不要の産物。しかも、あのガラス棒に入っている魔術ほどの完成度はなかった。あっても、魔術の補助として使われるのが一般的な使い方だ。

 だが、ガラス棒――〈Magical Stick(マジカルスティック)〉(ノエル命名)の汎用性は幅広かった。

 そもそも戦闘に特化させたモノではないのでそこは除外するとして、焦点を日常生活に役立つ事に光を当てると、どうだ。

 冷めたモノを温めるのに、棒の一部を熱源としてやればいい。逆も然り。どこか引っかかるのを付けて、そこからぶら下げて光を出させて光源にしてもいい。掃除で淀んだ空気を窓から出すのに、その空気をの流れを作り出すこともできる。溜まっているマナの総量がわからないのなら、それを可視化すればいい――。人によって可能性が出るわ出るわ。

 ただ刻まれた魔術を行使するだけだが、それがどれだけの可能性を持つと。自分自身の体調には一切作用されず、日常生活に置いては実用性しかない魔術を発動できる――。

 しかも、単体で完結するお手軽さ。

 

「本当にすごいよ! 売ってたら、魔術を使えない人たちは買っちゃうんじゃないかな」

「それもそうだけど、私達だってひとつに集中し続けるのはできないわよ。」

 同時に二つ以上を進行する行為、一般的にはマルチタスクと言われる。魔術にも等しい技術はあるが、こんな単純なガラス棒でどうこうできるものではない。

 システィは苦虫を潰したような表情になる。

「でも……時間使っても、スティックに刻まれている線の片鱗すらわからないとはね――」

 だがそれ以上に、発動した魔術が、魔術師の卵でも行使できそうな超初心者向けの魔術なのに、ガラス棒は生徒達の好奇心を片っ端から折りに来た。

 

 解読不能。

 

 ノエルから渡された特製虫眼鏡で拡大して見ても、一切がわからない。紫色のラインが薄っすらと全体に走っているのは、魔力を通すと見えるのだが、そのラインは生徒達全員が全く見たことがないものだった。

 ノエルにそのことを訊くと。

 

 ――私が作ったんです。お披露目はここが初めてですよ。

 

 アルフォネア教授が基礎を作ったのではない。ノエル=アルフォネアがこのガラス棒(マジカルスティック)を作った。

 その事実が衝撃的すぎた。

 

 で、とんでもをやった本人は。

「~♪」

 ルミアの隣でパンに齧りついている男の娘(ノエル)。見た目に合わずにとんでもないことをやっている。

「魔術を使い捨てねぇ」

「ノエル君の価値観って独特だよね。アルフォネア教授の子供なのに、魔術を遊び道具にしてるんだもん」

「そこは、アルフォネア教授が居たから遊び道具になったんじゃないのかしら」

 『子供向け! 魔術入門書』なんて本を自作してノエルに渡すぐらいはやりそう。トマトにフォークを刺す。

「でも、使い方を間違えると危険なのに、簡単に教えるのかなぁ」

「――もしかしたらあるかもしれないわ」

 システィのアルフォネア教授のイメージが、相当に崩れている。刺したトマトが口に入る。

「そう考えると、ノエル君の魔術の理解度ってかなりのものだよ」

「そうね。あの(先生)から(ノエル)なのが信じられないわ」

 ぐーたらグレンが居るのに完璧(しっかり)とするノエルが影響を受けずに育っている。何という奇跡。

 すると、パンに齧りついていたノエルは顔を上げ、急に手を降る。

「お兄さーん」

「そっちかよ」

 男の声。手を降っていた先にいるグレンを誘っていた。近付いて来てテーブルを覗くと顔を顰めた。3人共通の昼食が気になるらしい。

「――え? それで足りるのか?」

 消費エネルギーを野菜だけで補うのは無理なのではないか。体育会系の視点から見ると量があまりにも少ない。

 ノエルは手に何かを載せ、グレンに差し出す。

「食べますか?」

「いらん――あ、そっちはいります」

 ノエルの手にはお弁当箱。グレンはそそくさと受け取ると、ノエルの隣に周囲を見渡しながら座る。ルミアとは反対側の席だ。

「あ~久々だな、ここも。変わっちゃいねぇ」

 昔を懐かしむような台詞。ここに来たことがあるらしい。

 ノエルの弁当箱をワクワクしながら開けると、真っ先に彩色豊かな昼食が目に入る。栄養にも考えられているのがひと目で判る。

 思わずシスティとルミアは少し身を乗り出す。

「うわー綺麗~」

「ぐっ、女子力高いわ……」

 女子でもここまで見事な弁当はまず作れない。それ以前に時間が足りない。まさかノエルが作ったのか。ルミアがふと気になりノエルに訊く。

「これ、ノエル君が?」

「はい。いつも水で飢えを凌いでるので」

 聞かなきゃ良かった。あ、グレンが目を逸してる。

 システィはさっそく実践。聞かなかったことにし、グレンを上目で睨む。

「先生、貴方は何をしにここに来たんですか」

「何も? ノエルに弁当貰いに来た」

「それだけなんですか……いや、そうじゃないですよね」

 飄々とするグレンに、思わずルミアは納得しかけた。

「そうです! 貴方はなんで学院に来たんですか!」

「何だ、そんなカッカして? だから白髪になってるんじゃないか?」

「白髪じゃありません、銀髪です! 元からです!」

 確かに白髪に見えなくもない。銀も白も、色で見れば近い。

「お母さんに強制的に入れられたんですよ」

 ノエルからの横槍。システィがクエスチョンマークを浮かべる。サラダをフォークで突き、トマトがポロッと先から逃れる。

「家から出ないニート生活を送っているお兄さんを社会復帰してもらいたいって」

「――ったく、世話焼きめ」

 顰めっ面のグレンをノエルは暖かく見守る。

 システィは「ニート……」と呟き、「はっはっは、ヒモは最高だぜ!(キラッ」とグレンはニッと歯を見せる。

 

 ――なにかを感じたルミアがいた。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 2組の後任の悪評はすぐに広がった。

 いつも適当で寝ている。質問しても、いつものらりくらりと魔術を小馬鹿にしたように返す。

 逆に、その妹――または弟分のノエルの好評が対して広がってた。

 教えてと訊くと、答えを言うわけでもなく、ただアドバイスをする。後は本人の自力に任せ、成長を促す。

 そんな事が起きている教室でも、グレンは相変わらず教卓で寝ている。

 だが、付き合いのある妹分のノエルはそれを咎めようとしなかった。代わりに、魔術のちょっとした実験をグレンが寝ている間に2組に見せていた。

 傍目に見れば、本当にちょっとした実験なのだが、真剣に見ると、とんでもないことをやっているのが判る。

 

 魔術を道具として使っている。

 

 魔術に対するノエルの姿勢が、学院内部の主力とは全く違かった。

 自身の力として、他人を見下し傲慢な態度を取るという風潮はこの学院にもあるが、ノエルはそんなことお構いなしに、魔術をシンプルに〝手段〟として捉えている。

 下品な使い方と言う者が居たが、ノエルが持ってきたガラス棒を見せると二の句が継げなくなっていた。

 全く見たことのない魔術、全く見たことのない精巧さ、全く見たことのない汎用性。

 発動する魔術はお世辞なしにもショボいものだが、どうやって発動しているのか、どうやって同じ魔術を発動しているのか、学院内の秀才が集っても何がどうなっているのか一切判らない。

 

 ――位階が高くても()()()()()は、これを理解することはできませんよ。

 

 頭を捻らせている人達に、煽るわけでもなく魔術師だったら解けるというノエル。それに反論しても。

「応用が足りませんよ?」

 崇高で傲慢な魔術師(プライド)が諦めることを許さず、ノエルの言葉に秀才はさらに頭を悩ませる。

 

 

 

 

「おい、グレン=レーダス」

 ステステ。トコトコ。

「おい聞いていているのかグレン=レーダス! 返事をしろ!」

 廊下に怒声が飛ぶ。

 ハーレイがその声を向けたのは、グレン=レーダス。授業中の、講師にあるまじき態度を先輩講師として締め上げようと、グレンの背中に威圧的な言葉を浴びせた。

 その横に付いているのは、セリカ=アルフォネアの養子、ノエル=アルフォネア。なんで怒ってるんだろうと顔に見せる。

 グレンもノエルの様子を見て、ハーレイを無視しステステ歩き去って。

「おい、貴様!」

 はもらえなさそうだ。

「違います。人違いです」

「んなわけあるか! この間抜けな面は間違いなくグレン=レーダスだ!」

 人の顔を表に上げ、個人を特定するとは。なんと恐ろしき。

 ノエルもグレンの隣に付く。なにやら髪の毛をじっと見つめている。

「聞いているぞ、グレン=レーダス。貴様、講師にあるまじき態度らしいな」

 事実、その通り。グレンは反論せず、無言を貫く。

「調子に乗るなよ、グレン=レーダス――貴様が今ここにいるのはお前の実力ではない。あの魔女、セリカ=アルフォネアの思い上がりがあってこそと思え!」

「いちいちフルネームで呼ぶの疲れね?」

「やかましい! いくらあの魔女が第七位階(セプテンデ)に至った魔術師とは言え、お前のような奴は直ぐにここから追い出してやるからな――!」

 威圧しながらグレンに怒声を浴びせるハーレイ。

 だが、

「――それだけですか、ハーレイ先輩ぃ?」

「それだけだと?」

「……はぁ」

 グレンは肩をがっくりと落として溜息を付いた。オーバーリアクション気味だが、頭を振って駄目だこりゃとしているのには苛立つ。

 そして、ハーレイのプライドを穢すであろう次なる標的を。

「貴様もだ、ノエル=アルフォネア。あのセリカ=アルフォネアの子だから――」

「魔術師って、そんなに偉いんですか?」

 口を開けて一言目。魔術師を否定したような発言。魔術師のプライドの塊であるハーレイが、そのことを聞いて頭に血が登る。感情任せに怒声を掛けようとしたとき、ノエルの口が動いた。

 

「お母さんの名前を上げて、表に晒して、何に成るんですか?」

 

 一体何を言っている?

 ハーレイは喉まで出掛けた言葉が引っ込むのを感じる。否、本能が否定した。

 

 ノエルは、何言っているんだろうと――可愛そうな者を見る目をしている。

 

 セリカ=アルフォネアの名前を、その養子であるノエル=アルフォネアが否定する? 

 

 

「どうやっても、()()にはなれないですよ?」

 

 

 ハーレイは何も言えない。何かを言うのも許されないと。

 ノエルはただ普通にしているだけだが、ハーレイからすれば威圧感があった。何故普通にしていられるのか。生き字引と言うまでもない義母のセリカを、第七階梯(セプテンデ)を、ただの自分ではない他人と言い切れるのか。

 

「何言ってるんだよ……ほら、行くぞノエル」

「あいあいさ~」

 いつも通りに戻った二人。ハーレイが掛けられた言葉は存在しなかった。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

「いい加減にしてください!」

 机をバンと叩き、椅子から立ち上がったシスティ。グレンの態度にプッツンとイったみたいだ。

 当の本人はノートによく分からない数字の羅列を書いていた。法則性はあるみたいだが、本人にしか解らないだろう。

 システィが教卓の前まで来るのを、グレンは静観する。

「意地でも態度を改めないんですか?」

 

 

「じゃあお前は、俺に何を求めるんだ?」

 妙な重みのある言葉。システィは一度怯んだ。が、自身の思いの丈をぶつけるため、要求を突きつける。

 

 

「態度を改めて、真面目に授業を行ってください」

「辞表、じゃないんだな」

「それなら貴方は、とっくにここをやめています」

 確信を持って、システィはグレンの目を見つめる。彼は相変わらず何を考えているのか判らない。

 グレンは窓の外を見る。あるのは緑だけ。(つがい)の小鳥が小枝に乗って、お互いをつつきあっている。

「確かに、そう思うわな」

 何かを思うように、その小鳥を見つめている。

「ほら、真面目にやって下さーい」

「ちょっと、ノエル君――」

 気ままなノエルをルミアは諌める。

 飛んできた身内の声にグレンは苦笑いを浮かべながら、システィと向き合い、その目を見る。

「で、どうするんだ? 俺が辞表を書かなきゃ、まだここに居続けることになるが?」

「私にだって考えがあります」

 『私にいい考えがある』と言わんばかり――のフラグでは一切ないが、至極当然に真面目な顔でグレンに正面を向ける。

「私はこの学院に影響力を持つ魔術師の名門、フィーベル家の娘です。私のお父様に貴方のことを言えば、進退を決することができるでしょう」

 確かに、学院のスポンサー的役割、そんな影響力を持っている家ならば非常勤講師如きをクビにする事は容易いだろう。むしろ今までよく告げ口されずに担任でいられたなと囁かれるのは目に見える。

「まじで!? そうだったの!?」

 だがグレンにとって、システィが魔術師の名門の娘であることがあまりにも意外すぎたようで。

「そんな子猫で!?」

「子猫じゃありません!!」

 彼女がその気になれば解任されていたかもしない、そんな事はお構いなしにシスティをまじまじと見る。

 キャットファイトというより、一人芝居にいちいち食いついて騒ぐ猫か。

 

「私がお母さんに言うとどうなるんだろう?」

「システィと同じことになっちゃう!」

 もうノエルの事は無視するべきか。

 

「貴方って人は――っ!!」

 魔術に対し馬鹿にしたような態度をとるわ、魔術の名門であるフィーベルの名を知りながらもシスティの事を子猫というわ。魔術と自身の家の誇りを汚す者を放おって置く訳にはいかない。

 右手が左手に嵌められている黒い手袋に伸び、それを外すとグレンの顔面に向かって投げた。

「やーいやーいk――うぉ!」

 飛んできた黒い物体をグレンは間一髪のところでキャッチする。その物体を認識すると、彼の目が開かれる。

 システィから投げつけられた手袋。それは、魔術師が手に嵌める手袋。

 システィのだからクンカクンカとかprprとかは考えていけ以下略。

 

「おぉ、これはテンプレ」

「だから何言ってるの!?」

 これから何が始まるのか、察したノエルは目を輝かす。よくマイペースで居られると驚くルミア。

 

「うわーマジか」

 その手袋を手の中で見ながら、グレンは思わず声が出た。

 

「決闘かよ……」

「貴方が答えてくれるのなら」

 魔術師同士の戦いで雌雄を決す。簡単に口に出し、遊びでやる事ではないのは誰だって判る。

 そのことは判りきっている。クラスが静まり返った。

「勝者が要求を自由に決められるのを判ってやってるんだよな?」

「承知の上です」

 確固たる意志を持ったシスティ。もし負けてしまったら何をされるか、というのも込みで手袋を投げたのだ。

「まったく……未だにこんな昔みたいな熱いやつがいるなんて、どんな骨董品だよ」

 悪態をつきながらも、グレンは不敵に口角を上げた。

 

「ん、何だっけ、中庭だっけか?」

 態度を変えること無く、場所をシスティに訊く。

「そうです――って、場所言いましたか?」

「さあな」

 

 傍目、何を考えているのか判らないグレンは椅子を立つと教室を出た。システィも続いて教室を出て、生徒も我先にと扉から廊下に出る。

 

 最後に出たのは、ルミアとノエル。ルミアは心配気で、ノエルは様子が全く変わらない。

「いいの、ノエル君……先生がいなくなっちゃうよ?」

「大丈夫ですよ」

 

 

 

 

「負けますから、お兄さん」

「え――」

 ノエルが考えていることが判らない。ルミアは遠ざかる背中に、掛ける言葉がなかった。

 

 

 




Q:テーマ曲ってあるの?
A:「ID -CYTOKINE Remix」
AREA LEVEL ONE(ZYTOKINE)・東方弐集想 収録トラック

作成方針と合っていない?
そこはノエルに関係するから以下略


08/23
「01ブラッシュアップ」の一環
文章の追記、変更。

07/09
後半の適当部分にメスが入る。それでもまだテキトー。

06/26,28,30
報告誤字の一部修正、見落とし部分の追記

2019/06/21
追加を放棄していた部分を修正。ブラッシュアップ。
平均10,000字にするんだ(フラグ

2019/06/20
投稿。また後半がテキトー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

004.01-03:White=空想≠現実=Black

お気に入りがじわじわ増えている。推薦貰って更に加速。
プレッシャーが襲いかかってきそう。よし逃げろ(失踪

今回のこの話題は大好物。表裏一体ってまさにこのことだから指が動いた。

で、今回の文字数、15,000超え。祝、平均文字数10,000超え。
なんだ普通だな(感覚麻痺


 

 

 

 

SCENE 02

White=空想≠現実=Black

 

 

 

 

 砂埃(すなぼこり)――は、風がそんなに強くない上に舞い上がってすらいない。タンブルウィード*1――はそもそも場所が違う。ここで見かけたら誰かの演出だと断言できる。というか、芝生が()い茂る中庭で砂埃もタンブルウィードもどちらもあったものではないのだが。

 しかし、男女が2人見合っている様子は、荒野でガンマン同士が銃の早撃ち決闘と例えられる。ピリピリとしたアルザーノ帝国魔術学院の中庭では、静かに闘いが始まっていた。

 臨時講師のグレン=レーダスと、彼が担任するクラスの生徒、システィーナ=フィーベル。

 システィはグレンを油断無しに睨んでいる。相対するグレンは、変わらずやる気無さげに片手をポケットに突っ込んで、システィの出方を伺うと言ったところか。

 両者の向かい合うその中央付近、ノエルが審判役を買って出ている。

 

「えー、これから、社会不適合者(お兄さん)夢見る我儘子猫(システィさん)キャットファイト(けっとう)を始めまーす」

「ノエル。お前、何考えてた?」

 

 勘が働いたグレン。マイペース(ノエル)に心中で何をつぶやかれているのか想像できてしまった。

「え? 思ったことですけど」

「なんて?」

「社会不適合者と夢見る我儘子猫」

「「なんだそれ!?」なによそれ!?」」

 なんて不名誉な渾名。グレンとシスティが表情を一変させ、ノエルに唾が飛ぶほどに叫ぶ。それに似たように、生徒のノエルに対する評価が一変しそうだ。インテリメガネ君は呆れを通り越しているし、どこぞの赤髪さん(ノエル命名)は自分に同じ不名誉な渾名が心の中でひっそりと付けられるかもしれないとビクビク――口角を引き攣らせているやもしれない。

「はじめますよー。お互い子犬みたいにキャンキャン言うことはないですか」

「「おい!」」

 声を張り上げるが、まだですかーと顔をグレンとシスティにくるくる向けている。

 ルミアも短期間ではあるが、グレンに対する態度に、なんとなくでノエルという人物が分かってきたおかげで、苦笑いを浮かべてスルーを決め込んでいた。

 別名、手に負えない。

 何をやろうがマイペースな行動を率先して実行するノエルの暴走を止められる者は、この場に居なかった訳だ。

「お互い、最初っからノエルにイジられるな」

「そうですね、先生……」

 システィに至っては、〝子猫〟だけならまだ良かったのだが、〝夢見る〟とか〝我儘〟とか小馬鹿にしているのか把握しきれない単語を連々と並べてくる。

 グレンも同じようなものだが、授業中での態度から既に判りきっている分マシだろう。悪意無しに平常運転で言われなければ。

 この一瞬、2人の考えが意図せず合致した瞬間だった。

 すると。

「お兄さーん、勝ったらお小遣いあげますよー」

「……」

 またノエルの声が聞こえてくる。グレンの化けの皮が身内によってベリベリ剥がされていく。

「ギャンブルで()()スったんですよねー」

「なんで知ってんの!?」

「バラされたくなかったら早くやりましょー」

「ちょっと待て! だからなんで知ってるんだよノエル!」

 あぁ、なんと哀れな。グレンの慌て具合から察するに、本当に気付かれていないと思っていたようだ。しかもそれを口実に、決闘を強制される始末。小悪魔だ。

「時間無制限、使用魔術はショックボルトおんりー! 勝ったほうが()()()()()()()()()()()()()()要求できまーす」

「はぁ!?」

 ノエルが面倒臭くなって意見を無視し始めた。というか、聞き捨てならない単語が出まかせに出ていた。その事にシスティは焦った。ノエルを見ると、いつも通りの悪意なき笑顔。

 

 

 

 

 

誰 も 止 め ら れ な い

 

 

 

 

「すたーぁと!」

 気の抜けそうなノエルの掛け声と共に、火蓋は落とされる。

 

 

 授業ではあの巫山戯た態度をとっているが、仮にもこの学院の臨時講師に採用された。なら、それ相応の実力を保有しているはず。

 彼女は考えていた。あの態度ももしかしたら計算づくめなのではないのか。

 

 グレンはいきなり始まったことに戸惑っているが、これがノエルの平常運転だと納得して思考を切り替えると、すぐにシスティに視線を向けた。

 人差し指をシスティに向け、口を動かす。

「〈雷精よ・「〈雷精の紫電よ〉(紫電の衝撃以て・撃)!」

 先に詠唱しきったシスティの指先から光が飛んだ。

「あ――」

 どこからだろう、そんな気の抜けた声が聞こえたのは。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙オ゙――!!!?」

 

 グレンが白黒と、古典的に骨が可視化(かんでん)している。

『『『「え」』』』

 あっけなさに、システィは声が溢れる。生徒もあり得ないものを見たと、彼女と同じく漏れた。

 

 パタッ――

 

 

 プスプス――

 

 プス――

 

 

 

 

 プスプス――

 

 

 

 

※ グレン(ミディアム)が出来上がった ※

 

「しょうしゃぁ~、わがままこねこ~」

「だから、誰が子猫だってのよ!!」

 子猫(システィ)の右手を掴み上げ、ノエルはテキトーに声を上げ、システィは変わらぬ渾名に声を張り上げる。喜びよりも驚き、驚きよりもノエルに付けれれた渾名。上書きの連続で他のリアクションも取れない。

「――まさか一節詠唱もできないとは」

 そして聞こえてくる、蔑んだかのような言葉。

 それは、魔術を発動するために詠唱を必要とするのだが、基本は3つに分けられた言葉を詠唱する事で発動ができる。これを〈3節詠唱〉。これを1節に縮めた詠唱が〈1節詠唱〉。

 だが、魔術への先天性のセンス(感覚)で可能かどうかが決まり、誰でも詠唱すれば発動するわけではない。1節詠唱はその上、魔術師でも詠唱すれば絶対行使できる訳ではない。

 この学院に居る生徒の殆どは、魔術師を志す中でも優秀な者が集っており、大部分が魔術の1節詠唱が可能だ。講師に至っては出来て当たり前と暗黙の了解と化している。だが講師であるグレンは、1節ではなく3節でショックボルトを発動させようとしていた。

 

 つまり、詠唱の短さが魔術の発動タイミングに直結し、グレンより早く詠唱を終わらせ、ショックボルトを発動させたシスティに軍配が上がったのだ。

 

 その事に、グレンが何故この学院に居るのかの疑問が一層強まる。

 そんなことはお構いなくと、システィの思考を遮るようにノエルが声を掛ける。

「では、お兄さんに何を要求しますか?」

「だから、授業をしっかりやってほしいって――」

 最初と変わらない要求を付けるシスティ。当然だ、その要求をするためにこの決闘をしたのだから――。

 

 

「やだね」

 

 

 はっきりとした声。

 その声の方向を見れば、地面に大の字になってグレンは拒否していた。

 青い空に浮かび、悠々と流れる雲をグレンはただ見つめていた。それでも、今までの態度と芯の無い声とは違い、明確な意思が感じ取れた。

「しっかり? 授業で()()しっかりやるんだ?」

「だがら、魔術の授業をしっかりやってくださいってことです!!」

 システィからすれば、グレンは子供のように言い訳しているようにしか聞こえない。

 しかし。

「魔術、ねぇ――」

 そう呟いて、

 

「お前らは魔術が何なのか知ってるのか?」

 

 一行に気を改める様子が無いグレンに、システィが御門違いだとは思いながらもノエルに詰め寄る。

「ノエル! どういうことよ!?」

「システィさんの要求をお兄さんが拒否しただけですけど」

「だからなんで!? ルール違反じゃない!!」

 確かに決闘にグレンは負けた。だからシスティはグレンに要求している。何も間違っていない。ただ問題があるとすれば、グレンが無視しているということ。

 だが、ノエルは不思議そうにシスティの顔を見ながら首を傾げる。何が違っている、そう問うているようだ。

「違反してませんよ? 私はちゃんと()()って言ったじゃないですか」

 

 

 要求。

 

 

 要求(ようきゅう)

 必要だ、ほしい、または当然だとして、それが得られるように、求めること。*2

 

 ()()()こと

 

 求める:ほしいと()()

 

 

「そうしてほしいと望むこと()()ですよ」

「――――」

 システィはノエルに何も言い返せない。

「契約上での不備というよりは、引受人の見落としですね」

 口頭ではあったが、何も間違いは言っていない。要求を強制するような事を言ってもいない。

 

 ノエルが提案した()()()()()()()()()()()()()()だけで、一切の強制力は持っていないことが前提のルールに対し、両者とも()()()()()()()()()()()()。魔術を発動するための詠唱だ。

 スタートとノエルは言ったが、開始した直後にグレンかシスティがノエルにルールを訊き返し、訂正して再スタートしていればよかっただけ。ただそれだけなのだ。

 

「私は何も嘘はついてません。お兄さんが頷かないのも、それは要求――望むだけで、強制力はありません」

 

 嵌められた。そう思ったシスティは顔を顰める。生徒も同じような反応だ。

 システィは睨んで、ノエルに訊く。

「ノエルはどうなのよ!!」

 

 

「お兄さんが負けるのは分かりきってたので」

 

 

 システィの叫びをあっけらかんと、グレンの負けを分かっていたと。ノエルは表情を変える事なく言い切った。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

 生徒の殆どが納得出来ないままに教室に戻る。

 グレンは教卓の椅子を手に持ち教室の端に逆向きに座ると、悪態とつきながら背もたれに頬杖をつく。ノエルがその横でグレンを何故か突いている。グレンも気にすること無く、ただされるがままに居座る。

 すると、小声で何かを話し合って。

 

「さて、お兄さんに代わってすこーしだけお話しましょうか」

 

 黒板の前にノエルが立つ。

「一体何を話すの、ノエル。先生の保身かしら?」

 虚空を掴まされたシスティは、ノエルを睨んで皮肉っている。変わらず意に介すること無く、チョークを左手に持って、ノエルは教卓の前に立つ。グレンは静観の立場で居るようだ。

「まず皆さんに質問します」

 魔術、その単語を黒板に書くと。

 

 

 

 

 ――()()って、なんですか?

 

 

 

 

「――は……?」

 システィの口から音が零れる。

 

 

「みなさんにとっては身近にあって言葉で言い表すことができると思います。でも、説明してくださいと言われたら、皆さんは答えられますか?」

 すると、システィが真っ先に手を上げた。

「はい、子猫さん」

「……世界の真理を追求する学問よ」

「なんとも平凡ですね」

 悪意がないと分かっていても、正直に切り込まれる返答にはイラッとくる。それを知ってか知らずか、質問を続けた。

「では、子猫さんは何が好きですか?」

「……メルガリウスの魔法使い」

 ぶっきらぼうに言い放つ。ノエルは、その言葉を黒板に書く。

「余談として、これは知っている人もいるかと思いますが、エリサレス教では禁書指定され、著者は処刑されています。だからどうしたって話ではありますけどね。

 まあ宗教なんて年月が経つと自己中心的な人達の集まりになるんですから、無視していればいいんです」

 ※ノエルの勝手な解釈です。

 ぶっ飛んだ解釈に、さすがのルミアも苦笑いを浮かべる。生徒も同じく。

 その次に、人が火炙りにされる絵を描く。

 『ギャー』

 棒人間がそこらへんのチョロ火に投下され、シンプルな断末魔を上げる。残酷よりは、画のタッチがあまりにも丸っこくて可愛らしさが。

 

 振り返ると席を一瞥し、口を動かす。

 

 

 

 

 

 

「では、魔術とは何を持って崇高(すうこう)なものであり、何を持って秘匿(ひとく)されるべきものであるのか。その理由を説明できる人は居ますか?」

 

 

 

 

 

 

『『『……』』』

 

 『崇高? 秘匿? = なんで?』。

 

 何故魔術は、他の学問と比べ、気品高く、名誉があり、偉大であるのか。

 何故魔術は、一般人の理解を深めようとさせず、簡単には手に触れさせないようなものにするのか。

 

 ノエルが黒板に書いているときでも、生徒は意見を出すことすらできない。

「そっ、それは――」

「とある人はこう言います」

 システィの言葉を遮って、ノエルは黒板に書き始める。

 

 魔術とは:

 世界の起源、構造、支配する法則。魔術はそれらを解き明かし、自身と世界の存在意義に対する疑問に答えを導き出し、人が高次元の存在へ進化するための手段。神に近づく行為であり、偉大で崇高な物である。

 

 ノエルは振り返り、教卓に両手を付く。

「要するに、疑問に対する真理を追求して、あわよくば神になりたいという欲にまみれたものなんです」

「そっ、そんなわけないじゃない!!」

 魔術を神聖視しているであろうシスティの心からの叫び。そうだと同調する学生も居た。だが、ノエルは一切怯まない。

「でしたら、なんで魔術は一般人に秘匿されるべきものとして扱われているんでしょうか。考えられる理由はありますよ。

 それが自分達のここに居られる理由(アイデンティティ)であり、絶対的に保有していなければならないステータス。それらが周囲に蔓延(まんえん)したら、その人達の存在意義が無くなっていまいます。

 それとは違った理由で、魔術というモノ自体が人に向けて使ってはいけないという危険なものであるからです。軍用魔術がいい例です。そこら辺にいる泥棒とかが魔術を使って盗みを働くようになってしまえば、人々の治安が保てなくなります。魔術を抑止力として秘匿し、人々を危険なものから遠ざけて守る。それ以外でも、遊びで魔術を使って人が死んでしまったなんて、絶対に避けたいんです。だから秘匿されるべき。

 

 ――と、()()で言うことだってできます。国に(つか)える貴族なら、秘匿するべきとする理由を()()()()()()()()()()()()()()()()()()からです」

 

 貴族、ましてや国でさえ敵に回すノエルに、生徒は底知れぬ恐ろしさを覚える。しかも、本当にやろうと思えばできてしまいそうだからこそ信憑性がある。

「ある意味で一種の宗教となっていますよね? ()()()()()()()()()()()()()()()()。お兄さんに、講師なのに1節詠唱ができないとはって言った人がいましたね。その意見に同調した人もです」

 まるで名指しするかのような。ノエルはそう思っていなくとも、受け手はそう思わざるを得ない、有無を言わさぬ雰囲気を感じ取っていた。思わず身震いする生徒、心拍数が上がる者も。

 

「こういうのを大まかに括って〈選民思想(せんみんしそう)〉と言います。」

 

 選民思想:

 自分たちは神によって選ばれた()()()()()という信仰、確信。*3

 

 黒板に書かれる新たな言葉。

 まさにその通りだった。たとえそんな思想を持っていなかったとしても、同じ魔術を扱えた人の中で、1節詠唱をできないグレンを蔑んだのだ。本人がどう思おうが、客観的に立つとそう見えてしまうのだ。

 仕方ない――ではない。魔術師に、下位(かい)を見下す風潮が蔓延している何よりの証拠だった。

 

「それ以前に」

 

 

 

 

 ――この学院にいる殆どが、魔術を使えて舞い上がっているだけの子供だと私からは見えていますよ。

 

 

 

 

 

「位階を重視している先生達、魔術を詠唱して喜んでいる学生達。どっちも()()()を使えただけで、いい気になっているんです。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()子供です。

 大人だって、好きなことには子供みたいにはしゃぎたい時があるじゃないですか。それと同じことですよ」

 言葉に絵を交えて、生徒に背を向けて、時には足場に登って黒板に書き続ける。

「商人とかの大人だったら、未完成品を見せられてもそのまま商品にするわけないじゃないですか。商品として出すのなら、こうじゃないかと議論を交わしていいものを作ろうとする、そして独占販売して強みを増やそうとするのが普通です。自分たちの信頼と利益に直結するんですから、真剣にならないといけないんです。

 それが、魔術を嗜む人達からすれば頭の外、論外と思い込んでいるんです。自分で考えることをせず、与えられたものを使って、〝自分たちは位階が高くて、こんな魔術が使えるんだー〟って堂々と胸を張っているんです。――本当に子供ですよ」

「だったら、僕たちは何をやっていると言うんですか!」

 インテリメガネ君――ギイブル=ウィズダンが思わず声を張り上げる。今までこの学院で自分たちがやってきた事が全て否定されたと感じたからだ。

 対しノエルは、振り返ると首を振る。

「完成品を扱っていたってだけですよ。()()()()を見たことはないですよね?」

「なっ――」

 未完成品。

 魔術の未完成品とは一体なんだ。そう問われると、ギイブルは次が出ない。

「皆さん、まだこれくらいのレベルなんです」

「――くッ――~~~~!」

 あぁ、ギイブルが72(ちはや)さんになってしまわれた。

「世界の真理を追求している――そうカッコいいことは言ってますけど、魔術の本質を一切理解していない人が大部分なんです」

「では、ノエルさんは魔術がなんなのかおっしゃれるのですか!」

 次に声を上げたのは、ツインテールお嬢様――ウェンディ=ナーブレス。

 

「一言で言うのなら、手段、方法の一つですね。それ以上でもそれ以下でもないですよ」

「……」

 

 迷わず答える。そこに崇高さ、偉大さ、秘匿されるべき理由は存在しなかった。

 ウェンディは文句を介在させることすらできない。

「ノエルにここまで言いくるめられるのかね、お前ら」

 論破され文句すら有無を言わさないその様子を、グレンが呆れたように見ている。お前がそれを言うかと、一部の生徒が目を細める。

「そんな魔術でも役には立ってるさ」

 

 

 

 

 

 

 人殺しに。

 

 

 

 

 

 

 グレンのあまりに重すぎる一言に、空気が死んだ。

 表情は真剣だった。声が低く、腹に響いてきそうなほどに感じた。それこそ、別人だと思ってしまうほどに。

「ノエルだって言ってたろ。危険な軍用魔術が毎年どれだけ人を殺せていると思っているんだ? なんで軍用魔術なるものがある? 簡単さ、一人で何人も殺せるからだ。

 立派に役に立ってるんだなこれが」

「ふざけないで――!!」

 声が裏返った。それはまさに悲鳴のような声。

 システィが、机を叩いて立ち上がり、グレンの前まで詰め寄る。

「ふざけないでください、先生! なんで、そんなことばっかり――!!」

「ふざけてなんていねぇよ。全部事実だ。帝国宮廷魔道士団なんて物騒な集団に毎年莫大な金が注ぎ込まれている理由は何だ? 自国を守るためといえば聞こえもいいが、その代わりに黒い部分も請け負っているだろうな」

「それはっ――……!」

「じゃあ、外道魔術師が起こす事件の年間件数と、そのおぞましい内容を知っているか?」

 

 もう言わないで……

 

「結局魔術はこんなにも欲の塊に使われているんだぜ。ろくでもない奴らにいいように使われてな」

 俯くシスティに一切の容赦をせず、ただ喋り続けるグレン。

 そこに、ノエルが言葉を添える。

「夢を見るのは簡単なんです。

 

 

 (わがまま)を貫き通すんですから」

 

 

 ()()()()()()音がした。

 

 

 

 

 「もうやめて…………」

 システィの弱い声が静かな教室に響いた。俯く顔から、床に何かが落ちる。

 

 涙が流れていた。

 心は完全に()()()()()

 

 

 

 

 

 

「なんで……そんなことばっかりいうの? ……だいっきらい……」

 

 

 

 

 

 

 その場を逃げるように、教室を走り去った。

 

 誰も止めない――止められなかった。いつも気の強い態度を見せていたシスティのあの顔を見るのは、生徒は誰もが初めてだった。

 今まで突っかかっていたその理由。グレンは、ノエルが称した渾名と重なって見えた。

「夢見る、か――めんどくせぇな……ノエル、後まかせたわ」

 そう言って席を立つと、そのまま教室を出た。

 

 

 システィをあそこまで追い込んだのは、何より、編入して天使だと言われ、システィと仲がいいルミアに頬をプニプニされていたノエルだ。だが、ここで喋っていたことは空想などは一切無く、全てが現実。ただそれを突きつけただけにしか過ぎない。

 夢を見ていた彼女にとって、一番残酷な方法で。

()()()我儘子猫――頑固ですね、システィさん」

 我儘な子供を、あんなことが自分の子供にもあったなぁと、親みたいなことを言っているノエル。一切の慰めが言葉に、感情が存在していない。

 急に現実を突きつけるのはあまりにも酷いのでは無いか、誰かが憤っても文句は言われないだろう。

 ノエルは、言葉を続ける。

「あれが、子猫さんとお兄さんの決定的な違いです。メリットしか見ていなかった子猫さん――違いますね、それしか見ないようにしていた皆さんですね。

 どう言っても事実を覆すことはできません。本当のことなんですから。ここに居る誰もが、魔術の負の部分を担う可能性はあるんですよ?」

 

 現実をただただ言い、生徒の心を抉るかのように。

 

「さて、魔術の復習はやりました?

 

 

 

 

 魔術を()()()()()()()()()()学習する――その意味を考えてみてください」

 

 当事者としてではなく、中立に位置する立場(ノエル)として。

 ノエルの言葉が、生徒に深く突き刺さった。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

 →03:52:01

 

「~♪」

 リズムを口ずさむノエル。2組を重い空気に叩き落とした時の雰囲気を一切纏っていない。――まあ最初から纏っていないけど。

「明日が楽しみですね~♪」

 寧ろ、どこか期待に満ちあふれていた。その場に居た当事者からすれば、何故そんなことが言えるのかと囁かれるだろう。

「子猫さんが来ないとどうにもなりませんけど――ルミアさんならどうにか慰めそうですし」

 独り言を呟いて、視線を不意にずらすと。

 

 同じく口を動かして独り言しているのか、扉から覗き見しているグレンがいた。

 

「?」

 何やっているんだろう。首を傾げながらも何かあるのかなと音立てずに近付くと、グレンもノエルの存在に気付く。すると、口に人差し指を添え、何も言うなと。そして、親指で扉の隙間を指す。覗いてみろ、ということか。

 ノエルもお言葉(おさそい)に甘えて、グレンの下から2人で覗きを敢行。

 すると。

「なんで失敗するのかなぁ……? どこが違うんだろう――」

 ルミアが実験をしていた。あれは、五芒星――法陣(ほうじん)を構成していた。

 

 ――ノエルも昔、あの失敗よくやったよな。

 ――それを言ったらお兄さんもですよね。

 

 小声で昔を振り返る。

 今では顔を見上げて、お兄さんと慕っているが、その時はグレンも小さかった。背丈は少しだけグレンが高い程度で、どんぐりの背比べと例えてよかったぐらいだ。

 そんな幼い頃から、セリカから魔術を遊びの一環として与えられ、一緒に笑顔で興味を示していた。

 もっと見せてと目を輝かせてねだるグレンに、まあまあと宥めるノエルの構図が当時は当たり前になっていた。セリカも笑顔でそれに答え、子供に弄らせても危険ではない魔術を教えていた。

 その時に、ルミアがしている実験もしていた。

 でも、また失敗したようだ。

 ――マジカルスティックに書き込んでみたいですね。

 ――そうだな……。

 そのときはまだ2人とも純粋だった。グレンは夢に思いを馳せていた。ノエルは昔から変わっていないが……。

 

「ま、せいぜい頑張りな」

 

 声をかければいいのに、扉から離れるグレンにそんな思いをノエルは(いだ)く。

 昔はセリカに見守られるように魔術を学び、それが今では立場が変わり、グレンが見守る側に、非常勤で臨時起用ではあるがまさかの講師になっている。

 グレンの昔を知っているノエルからすれば、考えられない変化でもある。でも、そのことを声にも、顔にも出すことはない。

 そっと、グレンはその場を離れ

 ようとした。

 

 扉の近くに気配を感じた。

 

 ん? ()()

 

 バンッ――!

「フニャ――⁉︎」

「――え、ノエル君!?」

「ちょ、おま!?」

「せ、先生!?」

 

 ゴムボールよりは反発しないが――吹っ飛んだノエルが床に転がった。

 

 

 床に座らせられ、グレンに前髪を上げられて額に傷がない事を確認される。

「ごめんね、ノエル君……」

「怪我はしてないですから、大丈夫ですよ」

「全く、急に扉開けたから……」

 グレンの軽い診療で怪我がないことに一安心、ルミアはノエルに謝る。

 不思議そうにルミアは視線を二人に向け。

「でも、どうしてここに居たんですか?」

「そりゃ、お前が魔術実験室に一人で居るからだろ。生徒だけの使用は原則禁止のはずだぞ?」

 担任として、原則立入禁止の場所に入っていたことを咎められ、彼女は「えへへ」と苦笑い。

「でも、面白いことやっていますよね」

「そんなに面白いことかな?」

 ノエルにとっての面白いの基準がまだルミアは判らない。マイペースだし、何を考えているのか掴み所が無くて判らない。

「懐かしいんだと。ノエルも同じ失敗をしてたからな」

「お兄さんも同じじゃないですか」

「それを言うなよ……」

 だがこのやり取りを見ると、髪色は違うが本当の兄弟に見えてくる。

 次にグレンがルミアに質問する。

「けど、なんで法陣を組んでいるんだ?」

 実験室の中にある法陣は大部分が完成している。素人目からすれば、すぐにでも詠唱すれば何かしらの効果を魅せると思える。

 そのことに苦笑いをしながら、ルミアは頬をかく。

「実は、法陣が苦手で最近授業についていけなくなくて……いつも教えてくれるシスティはいないし――」

「あー、……それは悪いことしたな……」

 教えてくれる肝心のシスティは、グレンとノエルから現実をまじまじと突きつけられて教室から逃げ出してしまった。で、今は一人。自分の知識と睨めっこしながら法陣を手探りで書いている。

 原因が少なくとも自分にある、その罪悪感でグレンは素直に謝る。

「というと、ルミアさんは一人でこれを復習しようとしていたってことですか?」

「うん、そうだよ」

「だが、ここに入るのには魔術錠が掛かっていたよな。どうやって忍び込んだんだ?」

 魔術はその性質ゆえ、無知な人々に扱わせると何が起きるか判ったものではない。それらが詰まっているこの実験室に、ちょっとした出来心で取り返しがつかないことをされてしまってはどうしようもない。

 バツが悪そうに、ルミアは目を逸らす。

「え、えへへ……事務室に忍び込んで」

「おぉ、スパイ」

「違うだろうが」

 天使と言われるその容姿に合わず、なんてやんちゃ。これはお仕置(検閲されました

「まあまあ、最後までやりましょうよこれ。せっかく組んだんですから、何もせずに崩すのは勿体無いじゃないですか」

「……いいんですか?」

 少し驚きながらもグレンに確認を促すと。

「あぁ、最後までやっちゃいな。ノエルの言う通りだ」

 口角をあげて、許可を出した。その様子はどことなく子供に見えた。だがルミアは、法陣を再度見ると疑問の表情を浮かべる。

「でも、何度やってもうまく行かなくて、諦めるところだったんです……前はうまく行ったんですけど……手順は問題ないはずなのに……」

 自分ではどこがいけないのか判らない。システィがいたならば、その事を指摘できていたであろう。

 すると、ノエルが道具入れにてくてく向かっていき。

「ちょっと道具貸してくださいな~」

「え、あ、うん、いいけど……」

 許可を取って水銀の入った壺を手に取る。

「え? 水銀?」

 ルミアの目が丸くなる。

「素材をケチって魔力路を断線させちまうんだ。ちょっと慣れたやつがよくやる失敗だ」

 ルミアの横にならんだグレンが、説明役を買って出る。

 ノエルはルミアが描いた法陣をガラス棒(マジカルスティック)でなぞって、その線が均一の太さになるように整える。

 グレンはあることに気づく。

「ノエル、何だその伸びた回路(サーキット)は」

「空想的にしようかな~って」

「法陣が体をなさねぇーじゃねーかよ……」

 法陣の横に気が付いてたら出ている一本の線。その先には四角で囲まれた中に回路(サーキット)が走っている。明らかに魔改造しようとしている。

 良くわからないものを四角の外に書いては四角の中の回路(サーキット)に繋いでは消し、書いて繋いでは消しを繰り返し、回路(サーキット)の密度が上がっていく

 時間にして、1、2分。

「ルミアさん、もう一回起動してみてください。あ、詠唱を省略しないでくださいね?」

「う、うん……」

 釘を差し、ルミアに法陣の正面を譲る。

「〈(まわ)れ・廻れ・原初の命よ・(ことわり)の円環にて・(みち)()せ〉」

 詠唱が終わると法陣が光を放った、視界が一瞬にして白に染まった。

 

 光が収まり、視界に色が戻っていく。そして真っ先に入った光――七色の光が縦横無尽に法陣を駆け巡る。これだけでも、美しいと感じれる。だが、視線を上に上げると――。

 空中に立体的に法陣が投影され、光同士が衝突すると、光の欠片が周囲に飛び散り、少しの間、空中に漂いゆらゆらと揺らめいている。

「す、すごい――!!」

「本当にやりやがったよ……」

 今まで見たことのない魔術に、驚愕を顔に出すルミア。

 ノエルが付け加えた回路(サーキット)が生み出した光は、人工的な光や普通の魔術の光と違った。まるで生き物のように揺らめいている光球は、ホタルのような幻想的で。想像上で生み出され、作家が文字に書き表した、空想的な光であり。

 人工の建物のたった一部屋。そこで生み出された奇跡の光。

 ルミアは、この光景がこの世のものとは思えなかった。

「ノエル君、すごいよこれ!」

「えっへん。崇めてもいいんですよ~」

 自慢げに、だが誇ってはいない。無断で忍び込んだ証拠を残さぬよう、この法陣は消してしまう。僅かな時間だけ漂い続ける、儚いモノでもあった。

「法陣の(かたち)を保っていただけマシとするか……」

 本来の効果が法陣本体で発動していただけ、グレンは安堵する。

 

 夕日が窓から差し込む廊下。魔術実験室で構築されていた法陣――ノエルが付け加えた魔改造法陣は、その痕跡を残さぬよう徹底的に消された。

 ルミアは未だ興奮が冷めやらない。脳裏に光景が焼き付いているようだ。

「すごかったですね、先生」

「あれがノエルにとっては普通だから、また頼めば見せてくれるだろ」

「それでもですよ。あんな光、見たことなかったですから」

 始めて見てこそ、ノエルが書き、創り出した光の綺麗さは感じ得ないだろう。

「ノエル、また書くか?」

「法陣を書かないでやってみたいです♪」

「せめて法陣を使ってくれ!」

 消し忘れで流出しても、解読できずに高名な魔術研究者が頭を悩ましそうだが、法陣を完全無視されると立つ瀬が無い。

 一方的ではある言い合いをルミアは傍目で微笑みを浮かべる。

「あの、途中まで一緒に帰りませんか?」

「?」

「……はぁ」

「いいですか?」

「いいですよ~」

「まあ、ノエルがいいって言うならいいか……」

「ありがとうございます!」

 ルミアはノエルを挟んで、グレンと横に並んだ。

 

 

 学院の外、フェジテのメインストリートに差し掛かると、遠くに浮かぶ物体が見える。その大きさは、それこそ城だ。

 

「相変わらず浮かんでますねぇ~」

 

 その城は、〈メルガリウスの天空城〉。

 〈メルガリウスの魔法使い〉――その童話の舞台となる、天空に浮かぶ城だ。

 天空に浮かんでいる、その特異性から、関する謎の一切が解明されていない、謎多き城。

 

「そういえばシスティさん、あの城関連の話が好きなんでしたね」

「うん。私はあんまりあの城の謎解きに興味は無いんだけどね、あの城を見ると――一度でいいから登ってみたいと思っちゃうんだ」

 有名な童話の舞台となった城。謎に関する興味はなくとも、近づいてみたいという興味は意図せずとも湧き上がることだろう。

 ノエルも例に漏れず、その城に目を輝かせている。

「確かに、なんで浮いてるのか気になりますよね!」

「え? そこなの?」

 予想外の言葉にルミアは思わず聞き返した。それでもお構いなくノエルは勢いを保つ。

「物理法則完全無視ってのは興味がそそられます!!」

「そうなんだね……」

 少しだけ理解できた、たった少しだけ。食いつくノエルにルミアは引いた。グレンが相変わらずだと肩を竦める。

「ノエルにその手の話は振らないほうがいいぞ。延々と話し続けるからな」

「魔術とかのフシギなチカラより、御伽噺(おとぎばなし)のすっごく壮大なやつが現実的に見てどういう仕組みで成り立っているのとかすっごいきになります!」

「――こんなことになるからな」

「あ、あはは……」

 目がキラキラしている――。なんという現実主義者。

「でも先生も、ノエル君が法陣を直していたとき目を輝かせていましたよね」

 どこか子供に、男の人にありそうな夢中になれるモノ。ルミアにとっては性別の違いからあまり理解できないモノではあるが、その時に見せた自然な表情は嘘ではないと言える。

 グレンは静かに空を仰いだ。

「……昔の話だ」

「昔……?」

 顔に憂いが見えたことに、ルミアは疑問を持った。

 その横から空気を読む努力を一切しないマイペースが口を挟む。

「お兄さんも、本心では魔術のことは好きなんですよ」

「……だったら、先生はなんで授業をサボっているの、ノエル君? システィ、泣いていたよ……」

 好きならば何故、魔術の教鞭(きょうべん)()る事をせず、怠慢(たいまん)*4を身に宿すのか。システィに対し厳しい言葉を投げかけるのか。

 不機嫌――よりかは、罪悪感を抱いてか。一瞬、グレンは舌を出した。

「そこはどうにかして、お前が慰めてくれ。仲いいんだろ?」

「そうですけど――」

「夢を追っても文句は言いませんよ。現実を見ないその姿勢が一番ダメなんです」

 我関せずの姿勢を貫くノエル。システィの身を案じるより、例え残酷であろうと、見て見ぬ振りをし続けたその姿勢を崩す事をしたのだ。

 ただ泣かせたわけではない、ノエルのその心意気を知り、彼女の友であるルミアは安堵する。

「あの……聞いてもいいですか?」

「内容による」

「……グレン先生って、学院の講師になる前、何をされていたんですか?」

 教鞭を取ること無く欲に身を任せ、教卓を寝床とする毎日。態度から前職(ぜんしょく)を察することができない。

 それもそうだ。グレンの前職は、周囲に言い振らせるような誇るような事ではない。それは置いとき、前職は何かと聞かれると。

「家に引きこもってお母さんに追い回されていましたよね」

 引きこもり、これに尽きる。

 ノエルにバラされたが、グレンは慌てることもなく。

「間違っていないから何も言えん……」

「引きこもり?」

 ルミアの想定外。え?え?と、グレンをまじまじと見る。

「はい、引きこもりです。Repeat after me(ルミアさんも繰り返して)?」

「え? ひ、引きこもり?」

「繰り返すな!!」

 だが、何度も繰り返されて無反応でいられるほど、羞恥心(しゅうちしん)をゴミ箱に投げ捨てている訳ではない。

「お兄さんも、お母さんのところでお世話になっているんです」

「アルフォネア教授のところで?」

「はい。お兄さんはお母さんの息子の息子みたいなものですよ?」

「そうなんだ――じゃあ、ノエル君は?」

「この見た目ですから――ね」

「――あぁ~、わかっちゃった……」

 外見は完全に美少女なのだから、それはもう――娘にしか見えないだろう。

「ノエルを男として見ろっていうのが無理な話だろ」

「そうですよね。ノエル君を男の子として見れないですよね」

 グレンとルミアも、含みを持ったノエルにうんうんと頷く。

「じゃあ、先生が引きこもりの前は――?」

「そこは言えません」

 口に人差し指を添える。本当に言えないことらしい。

 立場は変わり、ノエルが質問を返す。

「ルミアさんは、魔術のこと――どう思ってます?」

「どうって言われても……ノエル君のような見方をしているのかなぁ……私」

「ほうほうそれで」

「崇高とか、偉大とか、私には考えることができないけど、魔術を人の力に役立てるようにしたいって思っているんだ」

 その顔はどこかスッキリと、芯を持った笑顔だった。誰かに否定され、簡単に折れるような願いでは無い。

「システィさんとはまた違った考え方ですねぇ」

「ノエル君は?」

「私も、大体はルミアさんと同じ考え方ですけど、メリットとデメリットの両方を見つけるのが楽しいですし」

「性格悪いよな、ノエル」

「事実なんですから、悪いも何も無いんじゃないですか?」

 ただ事実を()う。それでも性格が悪いどうのこうのは関係ありそうだ。優越至極以下略。

「でも、魔術って存在が既にあるから、それにどうのこうの言っても仕方ないんだよね」

「うんうん」

「当然の考えだな。じゃあお前はどうするんだ?」

 既に社会に存在を知られているものを無しにすることなどできない。

「魔術のことをよく知って、考えなければ、何が悪で何が善かの判別もできません」

「ルミアさんも頑張ってますねぇ」

「だから、もっと魔術のことを知らないといけないんです」

 その目には、意志が宿っていた。

 

 

「昔、誘拐されたことがあるんです」

 

 足元から伸びる影を見ながら、ルミアは独白し始めた。

「三年ぐらい前の話なんですけど、前にいた家をある都合で追放されて、システィの家に居候させてもらっていて――その頃、悪い人達に捕まって、誘拐されそうになったんです」

「見た目によらずハードな人生送ってんな……」

 学院生から天使と称されるルミア。その口から語られる昔話が似合わない。

 ルミアは表情を変えず、話を続ける。

「どうして私ばっかりこんな目に遭うのって、すごく不安定で、とても怖かったんです。自分では動けなくて、身体が震えて、怯えていて。もう駄目だって――多分そんなことを自覚もしていなかったと思います」

 3人が並び、真ん中に居るルミアの影は、その時と当てはまるのか。誘拐され、両端を固められているその姿が想像できた。

「でも、ある人が助けてくれたんです」

 続く話を遮ることはせず、聴きに徹する二人。街の喧騒がこの街の平和を比喩している。

「悪い人達をためらいもなく殺害していくその人、音だけでしたけど、すごく怖かった。でも、私に近付くと声を掛けてくれて――暖かい言葉を掛けてくれて、すごく安心できたんです。

 その時の私、余裕なんてなかったんです。今のようにこうやって先生とノエル君と話も出来ない程に、人との関わりと経っていたんです。――お礼も言えていなくて、それが心残りで」

 寂しげな顔をするルミア。恩人に複雑な感情を持っているのだろう。救ってくれた人に対し一言伝えたい面もあるが、人を殺すのに躊躇なく刈り取ったことに怯え、あと一歩が出ない面もある。

「ほぉー、それは難儀だな」

「私、その人にお礼が言いたくて……恩返しがしたいんです」

 それでも、名も知れぬ人に恩返しがしたい――義理堅い。

「あの人が悪い人達を殺害してくれた――人を殺すことは悪いことなのは分かっているんですけど――魔術師かどうかは判らないんですけど、その人の手がかりが掴めればいいかなって、魔術のことを学び始めたんです」

「ふーん」

 興味なさげに鼻を鳴らすグレン。彼の態度に、ルミアは少し暗い表情をする。

「先生は……どう思ったんですか?」

「いや、なんともご都合主義で夢物語みたいな展開だ――って。流石に都合のいいことが起こりすぎてないか?」

 誘拐という言葉からそんなことはないと判っていても、そう思わざるを得ない狙ったような展開。グレンはどことなく小馬鹿にしたように。

 その言い草に、ルミアも笑う。

「でも、事実は小説よりも奇なりって言うじゃないですか」

「確かにな。俺の妹分がこんなのだったり」

 そう言って、ルミアの横のノエルを見る。ルミアも釣られて、視線をノエルに動かす。

 確かに、腰下まで伸びているストレートの藍白(あいじろ)髪。顔は女顔を通り越して、もはや千載一遇レベル。身体も腰が(くび)れていると見て取れる。声も女声――よりは少女声。

 こんな可愛いカンペキ美少女が男の子だと、言われても信じないだろう。

 そんな視線を受けても、ノエルは足元の影をじっと見つめている。

「ん? どうした、ノエル」

「いや? なんとなく気になっただけです」

 

「あ、先生。私こっちです、システィのお屋敷に下宿しているので」

「じゃあ、また明日です~」

「うん。先生も、また明日~」

「気をつけろよ」

「あっ、システィさんのこと慰めてくださーい!」

「わかったよ~!」

 

 

 

 

 その背中が見えなくなると、2人は歩き出した。

「お兄さん、どうします?」

「明日の反応次第だろ」

「……悪い笑顔してますねぇ」

「ノエル、お前もだ」

 

 

「あ、これ来週の昼食費です」

「……すまん、ノエル……」

 

 

 

 

*1
荒野でコロコロ転がる植物の一種

*2
出展:Google検索

*3
代表的なものとしてユダヤ教における考え方がある

*4
なまけて、仕事や業務をおこたること。




ところで推薦。
明らか私怨過ぎてどういう反応すればいいの。
参考にならなかったって押せばいいのかな(ゲス顔


さて、グルオリやるか……(WR10位内並感


08/24
「01ブラッシュアップ」の一環。
文章の変更、修正。

07/09
ブラッシュアップ。
07/04,07
表現の変更、誤字修正。ブラッシュアップ。

2019/06/28<14,812>
α版。見直し必須。
15:48
描写不足の追記、誤字修正。ブラッシュアップ。
結果、15,216字。修正前から増えた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

005.01-04:for Endless runners / 1

2019.6.28 日刊ランキング97位
これに関して申し開きを聞こうか……。


グルオリと777town.netと東京フレンドパークとクラフィとハーメルン漁りしてました。

ノエルの外見イメージが決定。
パチスロ〈大海物語4〉の「マリン」。男の娘だからね。
〈https://chonborista.com/wp-content/uploads/2018/03/ooumi4_top.jpg〉※画像への直リンク
〈https://p-mart.net/sindai/slot_ooumi4/assets/img/kiji/001/001_11.jpg〉※上記参照
アニメタッチの方だからわかりやすい。
最初からルミアより背が高い設定だったのは内緒(161~2cm以上→164cm)。


 

 

 

 

 とある日。

 

 

 ガサゴソ――

 

 

 箱の中からガラス棒を2本取り出し、見比べる。片方を仕舞って、もう片方は持っていく。

 

 

 ガサゴソガサゴソ――

 

 

「あ、これをこうすれば――」

 

 

 自分の城(じしつ)に籠もり、机に向かって座り、手を動かし続ける。持つ鉛筆が紙に着地、線を引き、思い悩んで消しゴムで消していく。

 線がが紙の隅々まで走り、要所で脚注が付けられる紙は、床に落ちている卓上にある紙を横に繋げれば、更に続いていく。

 

 端的に言えば、()()()()()()をわざわざ書き直している。

 

 その後ろ、膝くらいの卓上には正方形の台が置かれている。そのまた上には、光を反射する黒い板が1枚、緑色に金色の線が走る板が1枚、付属のパーツも合わせてかなり細かいものだ。で、光を反射しない、(ふち)()()()()()黒い板が1枚。その周りには、様々なことが書いてある紙――設計図が散らかっている。

 

 その板に近づいて、書き直した設計図と睨めっこしながら、緑色の――基盤に回路を再構成していく。ガラス棒を回路に当てると、そこの部分が消え、違う部分に回路を付け加えていく。

 そして、そのパーツを彼女は組み立てていく。

 

「うっごくっかな♪」

 

 黒い板の側から少しだけ飛び出ている部分――()()()()()をウキウキワクワクと押す。

 ほんのり明るくなる前面。漆黒なのだが、後ろから光があたっているというべきか。

 ――バックライトが起動していた。

 

 

 

 

 

boot sequence(起動中)

 

 

 

 

「ふぅあふぅあ!!」

 目を煌めかせ、同心に還ってる。自分が作ったものが、動いている。興奮するに決まっている。

 何を隠そう、ひとりでに板に書かれる絵が動いている――画面が付いているのだ。

 

 

 この世界に、全てを凌駕したオーバーテクノロジーが誕生した瞬間だ。

 

 

「やった!」

 その板を手に取り、その胸に抱いてぴょんぴょん跳ねる。

 再度目の前に板を両手で見て、その板を掲げると。

 

 

 

 

ARTPanel(アートパネル)!」

 

 

 

 

 ノエルは笑顔で、部屋から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ――Mini event a one years ago.(一年前のちょっとした出来事)

 

 

 

 

 

 

 ごらん、システィーナ。あれが〈メルガリウスの天空城〉だよ。

 

 何の変哲もない空に浮かぶ、明らかな人工物。

 祖父はしゃがんで、視線の高さでそれを指してくれた。

 

 綺麗だろう?

 

 確かに、この世のものとは思えない、空想的な神秘がある。当時は、なぜあるんだろうと思っていた。

 

 わしの生まれるずっと前……何千年も――気の遠くなる昔からこのフェジテの空に浮いているのだよ。

 

 祖父の知らないところ。それだけでも驚きに値する。

 祖父のことを見れば、あの城を話しているときはいつも目が若者のように輝いていた。

 

 わしはな――皆が偉大な魔術師だとわしのことを言うが、わしが、魔術を極めんとした理由は、あの城について、千年もここに浮き続けるその謎を――一度でいいから、あの城に足を踏み入れてみたい――その姿を間近で見てみたいんだ。

 

 まるで少年のように、夢を追い続ける老人が居た。

 

 時折、研究成果に自分の考察や仮説、天空城に関することを話してくれた。それを聞くのは、彼女も大好きだった。

 

 

 だが、歳には勝てなかった。

 年々足腰が弱り、外を出歩くどころか、室内さえ歩くことができなくなった。晩年は、ベッドに寝たきりだった。

 

 誰もが挑んで、誰も実態を掴むことができない。

 幻想の城。それがメルガリウスの天空城だった。

 

 眼の前にあるがゆえに、手を伸ばしても届かない現実がとても残酷だった。

 

 隣で手を握った。

 弱くも、しっかりと握り返してくれた手は、冷たくなり始めていた。

 

 

 

 

あの城を――見たかった……。

 

 

 

 

 寂しそうに、とても哀しそうな目をしていた。

 

 

 祖父のベッドに、もう誰もいない。

 換気目的で少しだけ空いた窓から風が入り、カーテンの端を揺らす。日差しが枕元に刺すが、眩しがって手で目元を覆う人はもういない。

 

 

 空を見れば、幾多の人々を虜にしてやまない、いつもフェジテを空から見下ろす天空城。

 祖父が抱いた、夢の具現化。

 

 

 あの時、家の玄関先で見上げていた天空城。

 

 学園の前で見上げても、その城はいつ何時(なんどき)も変わらず、この街で浮き続ける。

 

 

 ――そして、受け継がれた祖父(システィーナ)の夢。

 

 

 解いてみせる。

 

 

 ただ純粋に、夢に見せられた者として。

 ただ、(いち)魔術師として。

 

 

 

 

 夕焼けが窓から差し込む。もう、ベッドにまで影が後退していた。

 

 ――明るい。あまりにも明るすぎる。

 

 システィは立ち上がった。窓に近づくと、日が目に入る。眩しくて思わず手で日陰を作る。それでも近づき、無造作にカーテンを締めた。そして、再びベッドに倒れ込む。手を伸ばすと、枕を手に取り体全体で抱いた。

 

 寂しい。

 

 メルガリウスの魔法使いを嬉々と語ってくれた、同じように顔を綻ばせ興味津々と付いていったのを可愛がってくれた――祖父が恋しかった。

 夢をいつでも初々しく語ってくれた、祖父が眩しかった。

 

 それが、崩れてしまった。

 

 逃げてしまった。

 見ないようにしていた――見ていなかった、魔術を見てしまった。人を簡単に殺めれてしまう、魔術。魔術という特異性の生んだ、人の優劣の認識。信じ続けていた魔術が、同じように信じている人間によって、誰も見えないところで変えられてしまうことを。

 耐えられなかった。

 純粋に魔術に向き合って来た彼女にとって、これ以上ない仕打ち。なんで魔術を学んでいる、その意欲でさえ削ぎ落としてしまう程に、彼は一番残酷な言葉を彼女に向けた。

 なにも反論できなかったのが悔しかった。全部事実だったから。反論したって、言葉が返される。

 

 

 

 

 何の為に、私は魔術を学んでいたの?

 

 

 

 

 枕が湿る。

 声が出ず、ただ身体を震わせる。

 

 

 扉の開く音がした。

 

「システィ……?」

 

 気を窺うような、親友の声が聞こえた。

「入るね……」

 音を立てないよう、静かに扉が閉まる。足音が近付いて、ベッドが少し揺れる。

「大丈夫、システィ……?」

 近くなった声に、顔をさらに枕に沈める。

 

 誰とも話したくない。誰の話も聞きたくない。気遣ってくれるのは有難いが、そんな事を聞かされたくない。

 

「ノエル君、言ってたよ。夢を持つのはいいことって。でも、現実を見ないことが一番ダメなんだ……って」

 

 判っていた。とっくに判っていたはずだった。

 夢を見るのは簡単。とても簡単なのだ。

 想像していればいい。自分の都合にいいように思い浮かべていれば、簡単に夢なんて作れてしまう。

 あの一言が、また蘇る。

 

 (わがまま)を貫き通すんですから。

 

 

 

 

 

 

 

 ――夢って、我儘じゃないですか?

 

 

 

 

 そんな事を、屈託もない笑顔で言ってきそうなノエルが浮かんだ。

 

 そう、我儘。

 

 我儘でいいじゃないか。それが大好きで、他人に否定されようとも、絶対に解き明かそうとする。とっても頑固で、自分勝手で我儘じゃないか。

 夢を追っている人間が、我儘ではイケない理由なんて存在しないじゃないか。

 

 ノエルは、メルガリウスの魔法使いが好きと言ったシスティに何も言わなかった。だが、それに夢見る、憧れる者が多いからこそ何も言わなかったのではないか。たぶん「平凡ですね」と言っているに違いないだろう。説明不要と言ってもいい。

 一言も否定なんてしていなかった。

 ただ、魔術の現実を言っただけだった。それらを見なかった私達が、大人によって守られていた、見させないようにしていた。

 少し考えれば、なんて自然な事。

 

 

 

 

「システィ、逃げちゃダメだよ……」

 

 

 

 

 親友の力強い声。

 ベッドが浮き上がった。足音が離れ、扉が開いて、閉まる。

 残るのは、自分の鼓動と、息。

 それらは、とても落ち着いていた。

 

 

 頭を上げた。

 窓外(そうがい)の夕焼け空が見える。

 

 

 幻のように、蜃気楼の如く立ち消える、誰もが抱く夢。

 

 そして、あの天空城は誰も拒まない。

 

 

 =16:19:20

 

 

 

 

 

 

 

SCENE 03

for Endless runners(夢を追う者達へ)

 

 

 

 

 

 

 →15:47:52

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院。

 

 一名を除き、全生徒が席に付いた2年次生2組。居ないのは、システィとルミアの間――ノエルの席が空いている。

 席隣のシスティは、昨日ノエルに残酷なまでに言いくるめられて、泣き顔を生徒に出してしまった。気の強さが有名であった彼女の、違う一面。魔術に対し真摯に向き合い、その結果ノエルに、向き合おうと思うことすらなかった負の部分をまじまじと見せられた。

 

 そう、彼女以外も例外ではない。

 

 魔術大国として、なぜアルザーノが名を馳せ、大陸にその名を轟かすのか。

 それは魔術の扱いが長けているから。

 魔術を軍事に転用できる技術が、周辺国と比べ先を行っている。

 

 軍事のパワーバランスが上だから。

 

 極論で言ってしまえば、そう行き着いてしまう。

 平和であるこの瞬間も、大量殺戮が可能な魔術技術が周辺国より高いことが理由で、侵略するメリットが薄いからだ。もし他国が実行に移したとしても、反撃により、その他国の軍事力低下というリスクが背中に乗ることになる。だから攻めることができない。

 黒板に視線を向ければ、そのパワーバランスを比喩するかのように。

 

 

 

 

 まじゅつ = なんのため?

 

 

 

 

 ノエルの字で書かれた、とても軽い文字。そして、重い意味を持った文字。シンプルな言葉に、ノエルは何を見ているのか。

 

 授業時間が刻一刻と迫る中、生徒のざわめきは多くなってくる。

 今日はグレンが来るのか、ノエルはどうしたのか、システィにあんなことを言って罪悪感で休むのか。

 憶測がさらにざわめきを大きくする。

 

 そんな時だった。

 

 ガラッ――

 教室の扉が開く。

 

「お兄さんのせいで遅くなりましたよぉ」

「なんで俺にやらせたって言ってるだろ……?」

 

 昨日と変わらないグレンに、同様に変わらないノエル――()()()()()()

 

 ――ガタッ!!

 

 主に男子(一部)の席から物音がする。

 元気いっぱい、カジュアルスタイルの髪型。昨日と違うノエルの雰囲気が感じれる。

 具体的に表せば、妹から幼馴染にランクアップ。お近づきなりやすくなっている。それこそ思春期の男子諸君にどストライクな髪型な訳でありまして。ぜひともお近(検閲されました

 なんと言われようが、女子制服を着てほしいと三顧(さんこ)の礼*1を誤用だとしても挙行したいほどに。

「――ッ! ッ!」

 思春期男子の代表として、カッシュ=ウィンガーが机に伏している。新しい扉を危うく開きかけたか、もう駄目だと白旗を振ったか。どちらにせよ、同情の余地しかない。Armen...。

「わぁ――」

 髪を後ろで纏めただけ。それだけなのに、ノエルの佇まいの変化にルミアが目を輝かせている。()()なのが勿体無以下略。

「あ、子猫さん。ルミアさんから話聞きました?」

 教室を一瞥したノエル、目敏(めざと)くシスティに声を掛ける。

「……何?」

「あ、大丈夫そうですね」

 返答で大体を察することができたのか、早々に頷いている。ルミアに顔を向けると。

「ルミアさん、ありがとうございます~」

 一体、何についての話なのか。当事者でなければ判らないが、生徒はクエスチョンマークが頭に浮かぶ。

「ノエルぅー。持ってこいよー」

「はいはーい」

 教卓で頬杖をつくグレンに催促され廊下に出ると、何かを抱えて持ってくる。

 

 〈Magic〉

 

 ……手品でもやるのか。そう思わざるを得ない、シンプルな文字が書かれた無地の木箱。蓋が無造作に載せられ中を確認することはできない。歩くたびポコポコ浮き上がっている。

 すると、グレンが生徒を一瞥し。

「さて、お前ら」

 

 

 

 

 何の為に魔術を学んでいる?

 

 

 

 

 独りでに話し始める。

「正直に言わせてもらうが、俺は魔術に憧れを持って、崇拝しているやつを馬鹿だと思ってる。

 なぜ? 簡単だ。そういうやつに限って魔術という存在を考えることがないからな」

 〝魔術〟というモノは知っている。なら、その存在は一体どういうモノなのか。当たり前のように存在しているが故に、抱くことのない疑問。

「正直に大嫌いですって言えばいいんですよぉ?」

「ノエルは口閉じてろ!」

 横槍を制するグレン。本人(ノエル)は何度もタイミングを伺っているから堪えてはいないが。

 息を大きく吐き出して、ある一点を見る。

「なあ白猫」

 猫耳(システィ)がピクッと反応する。――飾りだよね?

 

「ノエルから言われたことに答えは出たか?」

 

 見定めるような視線。これは、彼女の覚悟を問う言葉。ノエルが伝えた、真意を掴んでいるのかを見定める一言。

 だから、答えは変わらない。

 

 

「……夢を追うために、必要な事よ」

 

 

 もう迷わない。

 自分自身に正直に、そして我儘に。きっぱりと言い切った。

「わがままですねぇ」

 ノエルは笑顔だった。

 昨日と同じ、システィの心を折った時と同じ。

 だが、システィもノエルを見て動じることは無い。悪意が無いからこそ、自分自身が冷静になるべき。

 グレンは一瞬、口角をあげる。そして、いつもの表情に戻り。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、授業を始める」

 

 

 

 

 

 

「――え?」

「どういう風の吹き回しだ……?」

「……」

 教室がどよめいた。昨日まで教卓を寝床としていたのに、今日はその態度を一変し、授業を行うと言い出した。

 グレンの横の、知っていたはずのノエルも目を見開かせている。

「なんか寄生されました?」

「お前が言うなお前が! ……で、これが呪文学の教科書――」

 冗談にしても、兄に対して酷い言いようだ。

 言葉を返しながら、グレンは教卓に乗る教科書を手に取り、軽くパラパラと捲ると、言葉が出なくなっている。

「どうです? すごいですよね」

「……皮肉たっぷりの言葉。どうも」

 何に対してすごいと言っているのか。彼の顔が苦いものになっている。ため息をつくと、あろうことかその教科書を両手でパンッと閉じた。

 授業をするのに、なぜ閉じる?

 生徒の疑問に、教科書片手に窓に近づく。全開にし、右手に教科書を持って投球フォームに――()()()()()()

 

「そぉーい!!」

 

 右手からリリースされる教科書、紙がパラパラとこれ見よがしに中身を見せびらかす――。

 

 ガサガサ。

 

 どこかの草むらにジャストミートしたか、なにやら()()の擦れる音が。これは紙が破れるパティーンですね(無関心

 あぁ、いつものグレンだ。そんな安堵感――は捨てるべきなのだが、呆れたような生徒は、手元の教科書を開こうとする。

 だが、グレンは止まらない。

「さて、授業を始める前に、お前らに一つ言っておくことがある」

 

 

 

 

 

 

 お前らって、馬鹿だよな? 本当に。

 

 

 

 

 

 

 ニヤリと、小馬鹿に――馬鹿にしたように嘲笑(あざわら)うグレン。

「ノエルがお前らにちょっとした実験を見せて解けなかったり、呪文の共通語訳を教えてと質問していたりするのを見ているとな、やっぱりお前らは魔術のことをなぁ~んにも判っちゃいねぇ。

 挙句の果てに、魔術の勉強と称して魔術式の書き取りときた! ――――もうね、笑っちゃうぜ? 何アホなことやってんだってな」

 今まで学んできたことを一蹴。馬鹿だアホだ、言いたい放題。生徒の中でイラッと来たのも居る。

「ショックボルト程度の1節詠唱すらできない貴方に言われたくないですね」

 両手を上げてお手上げと態度をとる彼に、ギイブルは軽視するように反論する。

 今まで学園でやってきたことが、今の自分達を形成していることに変わりはない。だが、それを自分より下の、1節詠唱ができない人に蔑まれる覚えはない。

 グレンは肩を竦める。

「あぁ、その通りだが? で、何が悪いんだ?

 俺は男に生まれたが、先天的に魔術操作の感覚と、略式詠唱のセンスが致命的なまでにダメでな。正直、それを言われると耳が痛いんだなこれが。

 で、1節詠唱か? 速さ以外のメリットはあるか? 1節詠唱と3節詠唱の違いは? その他のデメリットは何だ? 答えられるか?」

「……くっ……!」

 舌戦に破れたりインテリメガネ。相手の場数が圧倒的に違った。そしてギイブルくんがまた72(ちはや)さんに……。

「……あぁ、意味履き違えてますねこれは」

 開き直り逆に攻めるグレンの横では、ノエルがひとり勝手に納得している。

 ()()に? 言うな。

「ノエルさんはできるんですの?」

 その態度に、ふとした疑問を口に出すウェンディ。

「そう言えば、見たことないわね……」

 システィも記憶を巡らせる。確かに、マジカルスティックと回路(サーキット)を2組生徒に見せたりはするのだが、誰もが思う純粋な魔術を見せたことはまだ一度もない。

 そう考えれば、小手先の技術力はあるが、魔術力は無いと捉えられても疑問は無い。

 あー、とグレンが気不味(きまず)そうに頭を掻く。指されたノエルは、何の気なしにグレンに訊く。

「んー、言っていいですか?」

「お前の基準で――じゃねぇな……――常識の範疇でな」

「そうですね――」

 すこーし考えて、口を開いた。

 

 

 

 

 イクスティンクション・レイを()()()()()()()()()ですかね?

 

 

 

 

 素っ気無く、特に気を使うわけでもないノエル。普段通りの雰囲気で、何を口走ったか。

「――はっ」

 理解が追いつかなかったウェンディ、しばらく立って意識が戻る。そして、理解が追いついて顔を引きつかせる。

「な、なに言ってるんですの!?」

「アレは改造というより、もう新しい魔術だったな……」

 有り得ないと言わんばかりに即座に否定するウェンディに、しみじみと遠い目をしているグレン。

 既に完成された魔術を改変するだけでも大変な努力が必要なのだが、改変したのは黒魔術の中で()()()()()()()を誇る高位魔術の〈イクスティンクション・レイ〉。グレンの話を頼りに推測するなら、原型が殆ど無いと言っているようなものだ。

 

 しかも、遊ぶ。

 

 全てを木っ端微塵にできる魔術で遊ぶと言えるのだから、イクスティンクション・レイを暴発させない自身がある、つまり、()()()()()()()()()()()()()と断言してもいい。

「なっ、な、ななな――」

 壊れたレコードのように語頭(ごとう)を繰り返すウェンディが哀れとしか言いようがない。あまりにも世界が違いすぎる。

「セリカと正反対の性格だしなぁ……」

 ボソボソと独り言するグレン、何を正反対というのか。

「ノエルに魔術で勝負を挑もうとするとひどい目にあうぜ? 見た目に油断して完敗した奴らを何人も知っているからな。

 そうだな……お前らが大切にしている位階とかで言ってしまえば――」

 

 

 第七階梯(セプテンデ)相当だぜ?

 

 

 空気が固まる。

 全魔術師の届かぬ憧れ、人外相当の第七階梯(セプテンデ)と言ってもいいと。突然で信じられる訳も無し。

「ノエル君……? 本当なの?」

 ルミアが先陣を切り、訊く。ノエルはうーんと声を出しながら、かる~く考えている。かるーく。

「お母さんがそう言ってるし、多分そうなんじゃないですかね?」

「イクスティンクション・レイを同等性能の簡易式にしてオリジナルの1節詠唱、それを並列して10個展開するやつが第七階梯(セプテンデ)以下な訳ねーだろ」

 グレンが語ったのは、あまりにも具体的であり、出鱈目(デタラメ)であり。

 なにそれお化け。有り得ないのを見るかのように、生徒の視線がノエルに集まる。

 

 

「テヘッ! 楽しくてやっちゃいました(キラッ」

 

 

 ケロッとしてやがる。

 (イコール)遊びでやった(まる)

 

 どこぞの魔術師が聞いたら、蟹みたいに口から泡吐いてぶっ倒れるぜ。もうね、蟹になりたいねとか言って現実逃避する。

 

 システィは目を見開き、放心気味。ルミアは目をパチクリさせ、()()()()()()想定される規模を考えて――()も無く、自分には判らない世界だよと終着し、考えるのをやめた――。

 ウェンディは蛇女の目を見たか、石みたいになっている。隣の友人、紫長髪ストレートのテレサ=レイディは彼女を突いている。無反応をいいことに更に突いている。

「な、なぁ先生。じゃぁ、今から何やるんだ? 教科書を投げ捨てたけどさぁ……」

 復帰したカッシュが言葉に詰まりながら空気を変えようと質問。その通りだろう。生徒の知る魔術は、殆どがグレンが窓外に投げ捨てた呪文書にかかれている。そんな事をして、いまさら何をやるのだろう。

「良い質問ですね! カッシュ君!」

「――え、あ、はい……はい……え?」

 すると答えたのはノエル。いつの間にかメガネを掛け、ブリッジ*2を右人指で押して、まさにできる生徒の雰囲気を出す。

 カッシュはNice Question(いい質問)とノエルに返されて戸惑っている。あ、親指(Good job)上げてる。

「ノ、ノエル君……?」

「伊達メガネだ、言ってやるな……」

「そこ、ルミア君。私語は慎むのです!」

「は、はい……?」

 教師というより、背伸びした子供が自信満々に知識をひけらかそうと見える。なんとも微笑ましい姿。なお中身以下略。

 グレンもその手におえないと引率を放棄している。ルミアも困惑しながらも流れに身を任せることに。

 ノエルはグレンの隣に並び、チョークを左手に取る。

「今回やる題材は、お兄さんと相談しましたけど、初心者用にすることにしました」

「今までの態度からそれがわかったからな。せっかく話題に上がったんだ。今回、お前らに()()()()()()()()()()()を教えてやるよ」

 

 

 〈ショック・ボルトの基本〉

 

 

 息が合ったように、ノエルが後ろで黒板にカキカキ。あと棒人間を2人を描いている。あ、片方感電?してる。

 だが、生徒達は納得していない。

「ショック・ボルトの基本?」

「なんで今さら……」

「誰でも唱えられるよな」

 

 〈ショック・ボルト〉

 

 手から雷を出し、命中した相手を感電させる黒魔術。難易度は低く、()()()()()()()として広く知られている。

 シンプルな効果だが、相手を一定時間行動不能に可能な為、軍事用にも転換できる応用性を持つ。

 

 何故、今頃初心者ができる魔術を学ばなくてはならないのか。抱く疑問の原因だ。

「はぁー……、ショック・ボルト程度、僕たちはとっくに極めているんですが?」

「ほうほう。ギイブル君が言うからには、皆さんは極めているんですね?」

 呆れたようにやれやれと首を振るギイブルに、ノエルの目がキラリと光る。獲物を見つけたような目だ。

「ショック・ボルト程度……確かに()()()()ですけど、できるとできないは相当大きな違いなのです。(ゼロ)なのか(イチ)なのかの違いは相当大きいのです。

 一つ物事ができるだけで可能性は広がりますけど、できなければその可能性が閉ざされることになるのです」

 できる、と、できない、は全く違う。それこそ天と地の差だ。

 だが、ノエルが言っていることは、今の授業の内容と一切関係が無い。

 ……あ、ウェンディが復帰した。

「まあ、そこは置いといてですね……ショック・ボルトは何を持ってショック・ボルト()()と言えますか?」

 程度。

 初心者用の魔術であることに変わりはないが、何を持って()()と馬鹿にできるのか。

「じゃあノエル、お前が問題を出すか?」

「えー、お兄さんが出してくださいよ―」

「わーったよ、全く――」

 ノエルにグイグイと()かされ、グレンは黒板にショック・ボルトの呪文を書いていく。

 

「雷精よ……紫電の衝撃以て……撃ち倒せ――」

 

 

 雷精よ(Ραισειψο)紫電の衝撃以て(Σιδενννοσηουγεκιμοττε)撃ち倒せ(Υχηιταοσε)

 

 

 書きながら、文を復唱する。書き終えると生徒に向き直る。

「これがショック・ボルトの基本的な呪文な。魔術操作のセンスがあるやつは〈雷精の紫電よ〉の1節で詠唱可能なのは説明不要として……じゃあ、次――」

 そういうと、また黒板に呪文を書き始め。

 

 

 雷精よ(Ραισειψο)紫電の(Σιδενννο)衝撃以て(Σηουγεκιμοττε)打ち倒せ(Υχηιταοσε)

 

 

「こいつを唱えると、何が起こる?」

 クラスが沈黙する。

 何故こんな事を訊くのかが判らないと例えてもいい。得意げな顔をするグレンがどこか憎たらしい。

「詠唱条件は――基本的な唱え方で勘弁してやるか。さて、誰か判るヤツいるか?」

 そう条件をつけられても、判らないものは判らない。再度グレンが催促するが、誰も答えようとするのがいない。

 優等生として名が通るシスティーナですら何が起きるのか判らず、知らぬ内に汗をかきながらも押し黙っている。

「まあ、答えられませんよねぇ。回路(サーキット)が解読できないんですから」

「全滅か、これはひどい」

 判ってたと頷くノエルと、うわぁと目を細めるグレン。

「そんなことを仰られたって――中途半端な節で区切った呪文なんてあるはずありませんわ!」

 声を上げたのはウェンディ。堪らず机を叩いて立ち上がった。

「そうですよね~あるはずありませんよ~」

 だが意外なことに、ノエルは賛同した。

 

 

 ――だって未完成の魔術なんですから?

 

 

「間違いじゃねーけど、違うだろ」

「み、未完成!?」

 昨日ノエルが言っていた、未完成の魔術。ウェンディが狼狽(うろた)える。

「別の言い方をすれば、()()()()()ショック・ボルトの呪文だな。さて、どうなる?」

 そこにグレンが補足を付け加える。完成された呪文に中途半端に節で区切ったのだ。欠陥のあると言い方は正しい。

 だが、グレンはその先を求める。

「まともに発動する訳がありませんわ!」

「そうですね。必ず何らかの形で失敗しますね」

 再度身を乗り出すウェンディとメガネを上げるギイブルが、各々負けじと反論する。だが、そこに一石が投じられる。カッシュだ。

「でもよぉ、先生とノエルがこの問題を初心者用として出したんだんだろ? もしかしたら、判ってるんじゃないのか?」

「おぉ、カッシュ君大正解。10点あげちゃいます」

「え、そうなのか!?」

「そうですよ~」

 まさかの大正解と言われ、カッシュは驚きを隠せない。ウェンディとギイブルも、同様に目を丸くさせている。

 グレンはクックックと笑いながら。

「完成したやつをわざと崩して詠唱しているんだぜ? まともに成功するわけ無いだろ。俺らは、これが何の形で失敗するかって聞いてるんだ」

 何故魔術の事後動作を訊いていたのかをネタバラシ。だが、生徒の反応は変わらない。

 それでも真っ先に、またウェンディが突撃隊長を買って出た。

 

「判る訳ありませんわ! 結果はランダムです!」

 

「 ラ ン ダ ム ! ? 」

「( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」

 

 グレンは素が出て、ノエルは * おかしく なった ! *

 ……おかしいのは元々か?

 

「ちょっと冗談やめてくださいよぉww」

「極めた!? お前らこれできないで極めたって言えるんだな? もうね、嘲笑うしかないぞこれ! 極めたww」

 堪えられず笑っているノエルと、ギャハハ!――そう下品に嘲笑うグレン。ノエルはまだいいが、グレンは……。

 この態度に、生徒は更に苛立ちを募らせる――。

 

 が。

 

 深呼吸を繰り返し、急に笑いを()めると、静かに。

「お兄さん、答え合わせです」

「――答えは――()()()()()……だ」

 ノエルが右手を窓側に向け。

 

 

「〈雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ〉」

 

 

 手から出た雷は、直線に――進まず、右に進路を変える。そして進路上にある壁に衝突し、電気がガラスのように飛び散り、霧のように消えた。

 

 グレンの言う通りになった、欠陥付のショック・ボルト。的中させたその事実に、生徒の誰もが目を丸くする。一体どんなマジックを使えば結果を推測できるというのか。

 だがグレンは構うことはなく、次なる呪文を黒板に書く。

 

 

 雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ

 

 

「前のやつにこう付け加えると、射程が3分の1程度に短くなる」

「〈雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ〉」

 

 ノエルがそのまま復唱する。

 だが、壁にぶつかる前に途中で消えてなくなる。

 これもグレンの推測通りになった。

 そうする間に、グレンは更に呪文を書く。

 

 

 雷精よ・紫電  以て・撃ち倒せ

 

 

「こうすると出力がバカみたいに落ちる」

「〈雷精よ・紫電以て・撃ち倒せ〉」

 

 ノエルの右手が正面――生徒に向き、復唱する。

 が、生徒に届く前に、チョロチョロと揺れて何もなかったように消えた。

 その先にいた生徒は何も感じない、その事実に目をパチパチさせる。

 

 

「極めたんなら、これぐらいはできるようにならねーとな?」

「せやね~」

 

 

 グレンは見事なまでのドヤ顔。ノエルは左手に持った細長い棒で黒板をパシパシしている。どこぞの熱血教師だ。

 だが、誰も言い返すことができない。グレンが推測した現象、全てが言った通りになったのだ。自分達が理解し得ない、呪文と魔術のことをこの魔術師には、

 

 確かに何かが見えている。

 

「疑問を持つのは大事なんです。ですけど、なんで言葉を唱えれば魔術が発動するんでしょうか」

「常識で考えると、すっごくおかしいことしてるよな?」

「世界の法則に干渉しているという人もいますけど、なんで()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですかね? この世界はゲームかなにかでしょうか?」

「ただの言葉の羅列だぜ? 仮に魔術式が世界の法則に干渉しているとしても、一見なにも関係がないだろう呪文を唱えただけでなんで魔術が起動するんだ? 」

「でも、誰も疑問に思わないんですよ。それが常識になっているんですから」

 

 常識を問われた時、何を何でもって〝常識〟と言うのか。

 言葉を唱えただけで魔術が発動するのなら、解釈次第では全人類がとっくに魔術を扱えても可笑しくはない。

 術式が世界の法則に干渉している。だったら、なんで()()()()()()()

 

「その言葉や記号を覚えただけで魔術を使うことができる。かるーく考えればおかしいと思うだろ?」

「そういうのを簡単に言っちゃえば、魔術に関する〈理論的根拠(りろんてきこんきょ)欠如(けつじょ)による魔術関連の応用能力の欠如〉と言ったところですかね?」

「難しくなってねぇか?」

「いいんですよ判れば」

 グレンから苦言を刺されながらも、ノエルは黒板に書いていく。

 

 

 理論的根拠:

 現実的な事象などではない理論の側面からの裏付け。理論面での根拠。*3

 

 

 何も間違っていなかった。

 魔術を学ぶ際何より大事にしてきたのは、習得や実用法。ふと浮かぶ疑問もそれらから連想するものばかりだったのだ。

 魔術なんて、()()()()()()()()()()()()()()、必死になって覚えれば、扱える人はいつの間にか扱えられるようになってしまうのだ。覚えることを繰り返し、どんどん行使可能な魔術が増えていく――それが生徒達にとっては何よりも楽しかった。

 覚えた呪文の行使難易度で誇らしくなったり、覚えた呪文の数を競い合ったり。

 

 ――それが魔術師のとして、優秀である証だった。

 

 

 だが。

 

 

 振り返ってみれば、()()()()()()()()などの根本的な部分があまりにも疎かに――この学院ですら教えてくれる人がいなかったのだ。

 

「ぶっちゃけて言っちゃえば、構造なんて判っていないから皆さんの扱う魔術は発展すらしないんですよ。()()()()()の魔術を応用できるわけないじゃないですか」

1+1=(いちたすいちは)? と、訊かれて()と答える。なら1+2=(いちたすには)? さっきは答えられて、これは答えられない――お前らがやっていたのはこれと同じなんだよ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、計算式を()()()()()()()()()で答えが判らなくなってしまう――ついさっき経験しましたよね?」

 

 

 

 

 

 

 これが、〈理論的根拠の欠如による魔術関連の応用能力の欠如〉と言った理論的根拠です。

 

 

 

 

 

 

 誰も意見を介在させられる余地が無い。意見を言える訳も無い。

 

「という訳で、今日は皆さんにショック・ボルトの基本を教材にします」

「やるのは〝術式構造〟と〝呪文〟の()基礎だ。これをお前らに教えてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 ま、興味ないやつは寝てな。

 寝たら後ろから抱きつきますよ~? 社会的にヤッちゃいますよ~?

 

 

 

 

 

 

 ご褒以下略。

 この場で眠気を抱く生徒は、誰一人として居なかった。

 主にノエルの一言で。

 

 

 

 

*1
故事成語のひとつ。 目上の人が格下の者の許に三度も出向いてお願いをすること(出展:Wikipedia)。本来の意味とは真逆だが、そうしたいほどに必死にお願いしたいというニュアンスとして使用。

*2
左右のレンズをつなぐ、鼻にかかる部分。

*3
出展:weblio辞書




Q:なんで00:30?
A:00:00ちょうどに投稿しようとしたら見直しで時間が取られたから。できるだけ早く、切りのいい数字で30分を選んで、そのままズルズルと00:30になった。

Q:アニメ基準? 小説基準?
A:両方。闇鍋作っちゃうぞ~☆


まだテロリストには行かないんだ……残念だったな。
書きたいことが多すぎてな☆(白目

SCENE 04がテロリスト襲撃回になる予定。つまり次回は無いってことだ。

2019.07.08
マイペース更新。
 20:12
 誤字、想定表現の違いによる修正。ブラッシュアップ。
 見直しているはずなのにね、だから友人に天然って言われるんだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

006.01-05:for Endless runners / 2

Q:ルーン語はどうするの
A:小説が説明を放棄している部分をどうしろと。独自設定だよ。見逃せ(威圧

え? その割には凝ってないかって?
文字数? ……2万字超えたさ……(遠い目


2019.07.07 日刊ランキング同率12位(13位)
投稿するたびに順位が上がっていってる件について腰を据えて話し合おうじゃないか。


「ぬ……犠牲者(えもの)がいませんね」

 目がキラキラしている生徒諸君。

 生徒達(えもの)の様子に、死神(ノエル)が不満を垂れている。そりゃ社会的にヤられたら……ねぇ?

 ノエルの呟きに一部がびくっと反応し、そそくさ目を逸らす。一部にとっては寧ろご(検閲されました

「まずは魔術の二大法則についてやってると前提して復習するぞ~」

「むぅ、つまらんやつらです」

「――こっちからやるか」

 グレンは見て見ぬ振りし、黒板にある単語を書く。

 

 

 〈等価対応の法則〉

 

 

 昔から唱えられてきた〈古典魔術理論〉の一つ。

 世界が人に与える影響、人が世界に与える影響。それらが相互に相関関係にあるということ。

 魔術関係にのめり込んでいる人程、狂信的なまでに信じられている理論。

「ほらノエル、出番だぞ」

「えぇー……えーと、あぁなるほど」

 指されたことに文句を吐きながらも、黒板の単語をじーっと見て。

 

「お金と人はどっちも大事ってやつですか?」

 

「誰が経済をやれっつった」

 金が動けば人が動く。人が動けば金が動く。

 人が動くということは、何かのイベントがある。金が動くということは、何かのイベントが有る。

 魔術理論が一気に現実の経済学にすり替わっていった。ノエルの脳内思考が垣間見える。

「どっちか動いたらどっちか動くじゃ無いですか。間違いじゃないですよね?」

「魔術に戻せ魔術に……」

 グレンが頭を抱える。ノエルが暴走したら止められるものは居ないのだ。今がその時。

 息を大きく吐きながら、話を戻そうとする。

「魔術で言えば、占星術がまんま等価対応の産物だよな。星の動きを見て、人の運命を読む。世界が人に与える影響――すっごく影響を受けているな」

「占いとかナンセンスですよ」

「ちょっと口閉じてろ」

 現実主義者(ノエル)(グレン)からバナナを見せられる。ハムスター(ノエル)が食いつく。(ノエル)が教室に現れた!

 

 モグモグ……

 

「可愛いなぁ……」

「ルミア……」

 ルミアが(ノエル)を見守っている。システィは過分に影響を受けた親友(ルミア)を心配している。

 ハムスターのように両手で掴み、兎みたいにのんびりパクパク食べて、時折癒やしオーラをぽわぁ~と放出する――不定期に甘~い(食べ物)空気が教室を漂うのだ。

 そこに追い打ちを掛けるのか、グレンがどこから出したか、バナナを一房追加。しばらくノエルは兎になっていることだろう。

 静かになったところで、グレンが続きを話す。

「まあ、魔術が世界に法則に干渉するっていうんだから、占星術とは逆の関係にある訳だ」

 占星術は世界()から(運命)を読む。魔術は(魔術師)から世界(物理法則)に干渉する。

「なら、魔術はどうして世界に干渉できるんだ? ただの文字の羅列だぜ?

 その説明はノエルに……ノエル?」

まははへてまふ(まだ食べてます)

 ほっぺを膨らませて、ハムスターらしく食べ物を溜め込んでいる。

 その様子はとても微笑ましいものなのだが、グレンからすれば、目が〝もっとよこせ〟と要求している。――あ、房が半分食われてる。

 だがその目は、セリカ宅にいた時に時々向けられていた視線。動じることはなく。

「さっさと食えよ……」

「はいはい……――(ゴックン)……えーと、魔術っていうのは〝イメージ〟なんです。その言葉を唱えて、その現象が起きるって自分に言い聞かせているから魔術ができるんですよ」

「要するに自己暗示だ。世界を突き詰めるとかカッコいいこと言うけどな、実際は人の心を突き詰めるものが魔術だ。

 魔術を唱える際、〈ルーン語〉を思い浮かべて唱えるだろ? そのルーン語が()()()()()()()直接働きかけて、世界の法則に干渉して魔術を発動させるんだよ。

 つまり魔術ってのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だってことだな」

「ちなみにルーン語は自己暗示に特化した専用言語だってことですね。昔の魔術師達が考えた、最も効率がよく、普遍的であり完成された言語でありまして、人がイメージしやすいようになっているんですよ。でも、〝インフェルノディバイダー〟とか言って〝地獄の業火に焼かれるがいいや〟とか考えるのとか、すっごく恥ずかしくないですか?」

「墓穴掘ってんぞ?」

 〝口に出したくない厨二病的恥ずかしい単語〟が次々出てくるノエルを、グレンは冷静に指摘する。

「まあ、たかが言葉ごときが人の深層心理に影響を与えるほどの自己暗示ができるのかって信じられんだろうな」

 言い方を変えれば、ルーン語を連想して行使する魔術は〝催眠術〟に近いのだろう。

 だが、静かに話を聞いている生徒達はいまいち納得していない。ただ連想して唱えれば魔術が発動する、そう認識していたからこそこの話を聞いたところで腑に落ちないところがある。

 その雰囲気を察してか。

「なら実験してやろうか――――ノエル出番だぞ」

「はいはーい。ルミアさーん」

「はい?」

 人懐っこい笑みで、誰もが見惚れそうな笑顔で、一撃で心を打ち抜きそうな笑顔で。

 ()()()()()()()()笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

「大好きですよ」

 

 

 

 

 

 

「はぅ――」

「ルミア!?」

 天使、キューピットに心を貫かれる。その顔はとても親に見せられないほど緩んでいた。システィはルミアを抱き抱える。

 

 だが、その後ろでは。

 

「「グフゥ……」」

「カッシュ!? カァーシュ!!」

「モウダメ……アトマカセタァ……」

「駄目になってしまいますわ――!」

「わ、わたし――女の子なのに――ッ!?」

 

 どうやら不確定多数に向けられた〈拡散〉の弓だったようだ。二次被害がたくさんいる。

 

「……やらせなきゃ良かった」

「なんでなんでしょう?」

 眼の前に広がる惨状に後悔を覚えるグレン。ノエルはしらばっくれる。

 そりゃ、アイドル的扱いを受けるみんなのノエル()から、ラブシーンにありそうな告白を受ければこうなるわな。

 ノエルが比較的()()()()()、ルミアが可愛がって仲良くしているノエルから言われたら――まあ、そういうことだ。

 抱えている被害者(ルミア)の処理に戸惑っているシスティに声が掛かる。

「なあ白猫」

「だからなんですか!? 私は白猫じゃなくて、システィーナって立派な名前が」

 

 

「お前を一目見た時から惚れていた」

 

 

「……――なぁ!?」

 

 瞬間湯沸器が学院に現れた。抱えていたルミアが床に落ちる。

 

「な、な、ななななな――貴方何を言って――――!?」

「だいしゅき……だいすき……えへへ……」

 システィがしどろもどろに、頭が混乱している。()()()()()()グレンはどこ吹く風と、素っ気無くしている。無毛な争いとは無関係に、ルミアは心を奪われてしまったようだ。

「ほら、言葉ってのは相当な力を持ってるだろ? ノエルが笑顔で大好きと言ったり、俺が白猫にこう言うだけで見事に顔が真っ赤になったな。言葉ごときで人の意識を容易く操れるんだよ。比較的理性による制御が容易(たやす)い表層意識でさえこの有様なんだ。深層意識だと――ちょ!? それ教科書――!?」

「バカバカバカバカ――ッ!!」

「やめろ投げんなっ――!?」

 

 

 →00:01:02

 

 

「なぜ魔術が発動するのかの核心を言ってしまえばな、ルーン語にも文法や公式みたいのがあるんだよ。俺らがイメージしやすく、深層意識を簡単に望む形に改変できるようにな」

 頬が赤いグレン、システィは不機嫌だ。ルミアはまだ夢見心地――現実には戻ってきている。

「ま、そこまで難しく考えたって仕方無いけどな」

 後ろではノエルが、チョークで黒板に文字を書いている。以心伝心といったところか。

「ルーン語にもいくつか種類があってな、お前らが主にやっているのは〈簡易式ルーン語〉――〝アクティブルーン〟ってヤツだ。魔術師が使う中では一番扱いやすいオーソドックスなルーン語だな」

「かきかき~♪」

「……俺も書くか」

 黒板に2人揃ってルーン語を書く。

 

ABCDEFG

ΑΒΧΔΕΦΓ

αβχδεφγ

ᚨᛒᚳᛞᛖᚠᚷ

 

HIJKLMN

ΗΙϑΚΛΜΝ

ηιςκλμν

ᚹᛁᛄᚴᛚᛗᚾ

 

OPQRSTU

ΟΠΘΡΣΤΥ

οπθρστψ

ᚩᛈᛩᚱᛋᛏᚢ

 

VWXYZ

᾽ΩΞΨΖ

ϖωξψζ

ᚣᚻᛣᚥᛉ

 

「これがルーン語の対応表だ」

 アルファベットとルーン語が交互に書かれている黒板。今まで見たことがなかった言語対応表に、生徒達が目を丸くする。

 

「見た目は意外と単純なんだ。見た目はな?」

「ここからが大変なんですけどねぇ?」

 

 ようこそ地獄へ。

 そう2人の目が語ってる。ニタァーって、くちゃぁ~って。それはもう歓迎するぞ、徹底的にな!

 

 背筋が寒くなった生徒が数名。グレンの口角が僅かに上がる。

「魔術がやっていることは説明すると単純だ。ノエルがイメージって言ってるんだ、何故起動するのかは全部自分で決められる」

「というわけで手順をカキカキ~」

 ノリノリでノエルが書いていく。

 

 

1.何をやりたいかを思い浮かべます。

2.対応するルーン語とかを思い浮かべます。所謂呪文とか術式。

3.唱えます。

4.あら不思議。魔術が発動しました。

 

 

「文で表すと、こんなに単純なんです。いろいろすっ飛ばして無視することにはなりますけど、イメージが曖昧だと魔術も術式も起動しません」

 ただ詠唱するのではなく、明確に何が発動するのかが判っているのかどうか。その完成形が見えなければ、魔術の効果が薄れる。

「ルーン語は2種類があるが……大文字小文字が区別され、様々な事を簡略化された〈イントルーン語〉と、簡略化されたモノを含め全てをフルで扱う〈サムルーン語〉がある」

 文字の書かれた黒板を、グレンは右手に持ったチョークで叩く。

「扱いやすさだとイントルーン語のほうが色々と直感的にできますね。その分のデメリットとして、サムルーン語に比べて魔力のロスが微々たる量ですけど起きちゃいます」

「サムルーン語は強烈なまでに扱いにくい半面、本気でやり始めたら底が見えない底なし沼だ。マジな話、ここで教えられる事はバカみたいに限られている」

 お手上げとグレンは片手を上げて示す。

「ま、ルーン語とかをどうのこうの話し続けるよりは、要点だけ掻い摘んじまえば――連想ゲームだわな」

「天使っていえばみなさんはルミアさんを思い浮かべたり、お兄さんが白猫っていえばシスティさんが反応したり。話を聞いて誰でも同じように連想する、文と術式の関係もこれと同じです」

「なんで白猫なのよ……」

「頭についてる耳を取ってみたらどうです?」

「……」

 確かに、頭についている飾りはどう見ても猫耳にしか見えない。白寄りの銀髪に白い飾りの耳。反論できずシスティが沈黙する。

「そういえば私はなんですかね」

「妹」

 唐突な疑問に即答するグレン。どこからも意見が出ない。というか大部分が頷いている。その中でもルミアが一番頷いている。

 グレンが話を続ける。

「要するに、魔術を構成する〝呪文〟と〝術式〟に関する魔術則……文法の理解と公式から導き出される答えの算出方法が魔術師にとって最重要課題と言っていいわけだ」

「そのはずなのに皆さんは、理解するための重要な部分である細かいところを教えられることもなく、何より疑問にも思わないですっ飛ばして、『おっこれを覚えればもっとすごい魔術ができるぞ!』とただただ書き取りやったり~、なんだこれ共通語に翻訳してやる~とか、覚えることばっかりが優先になっていますね」

「教科書も『細かいことは何だっていい。とにかく覚えろ』と言わんばかりの論調をしているしな」

 教科書でもここまで細かいことは一切書かれていなかった。なにより、小学生がやりそうな文字の書き取りをしているだけという有様。それが一般的な魔術師の常識だった。

 

 なぜ、魔術が起動するのか。その疑問を抱くこと無く。

 

「案外怖いものですよ、知らないものを使うのって。今では鉄を精錬したり、明かりになったりしている炎だって、元々雷が落ちたところにあった草木が燃えていたものです。辺りを焼き尽くす可能性を持った得体の知れないものだったって、当時の人類は思っていたかもしれませんね。

 でも、誰かが炎の有用性に気がついた。近づけば夜冷え込む時間に暖が取れる、小枝とかのモノを近くに置けば燃える――食料を焼くことと火継(ひつぎ)ですね。取扱にさえ注意すれば、自分達にとって有用なものなんだって。だから当時の人は炎を絶やさないように代わり番こに見張っていたらしいですね。

 時代が進むと、何かのきっかけでモノが擦り続けると摩擦熱で火が起こることを見つける。それを自分達がやれるように道具を作って、自ら火を生み出すことに成功する。

 他を言ってしまえば私達の食べ物だって、最初に食べた人はどうかしているとしか言いようがないモノを食べていたりしますよね。今だから食べ物と認識していますけど、当時はただ辺りに無造作に生えている()()()()()()()()()ですよ。もしかしたら毒があるかもしれない、本当に食べて亡くなった人もいるでしょうね。だから今に、食べたら危険と伝わっているんですよ」

「魔術だって、下手に扱うと暴走して自分に被害の出る諸刃の剣になる。その危険性を判ってはいるだろうが、なんで暴走するのかは術式とか呪文を理解できないと一切判明しないだろうな。

 魔術は便利だ、そう言って他のことを蔑ろにするやつもか? 自分のものじゃねぇのに自分のだと勘違いして増長するバカとかな。ただ()()()()()でしかないのに、それだけで理解した気になってる。そりゃそうさ、魔術操作のセンスに長けていれば高位魔術だってある程度使えるようにはなるんだ。

 そこから先、全く進むことはできねぇがな」

「本当の高位魔術っていうのは、理解している人しか使えないものですよ。ある程度過剰に魔力を注ぎ込めば強引にでも発動できますけど、一発撃って直ぐ倒れる人(め○みん)とか普通使い道が見つかりませんからね」

 

 理屈込みの理論に、生徒は誰一人()を上げない。

 

「呪文と術式を判りやすく翻訳して覚えること。これがお前らのやっていた、理解を一切せずに、ただただ()()()()魔術師を大量に作れるようにする『わかりやすい授業』であり、机に向かって教科書と睨めっこしてガリガリ書いていたのが、お前らの『お勉強』だったわけだ。アホとしか言えないだろ?」

 

 グレンは肩をすくめる。なによりそれが生徒達の事実だった。

 

「で、そんな事をいって引き伸ばしにした魔術文法と魔術公式なんだが、実は全部理解するのは無理だ。寿命が足りん」

「あまりにも複雑過ぎますからねぇ。今まで不具合せず動いていたものが、ひとつ変えただけで急に動かなくなるなんてザラですよ? そうなって自分が判らないものだったら、本と睨めっこしながら直すしかないですからね」

 グレンが俺にはお手上げと両手を上げている。教えると言っていたのにどうしてと批難めいた視線を送る。代わって、ノエルはケロッとしている。

「お前らの気持ちは判らないでもないけどな。俺だって判らねぇんだからどうしようもねぇんだよ。

 だーかーら!

 お前らには()()()を教えるっつったろ? このド基礎が理解できなきゃ、これより上位の文法公式なんて一切合財(いっさいがっさい)が理解不能、そういう骨組みとなるものがルーン語にもあるんだよ。これから説明することが全て理解できれば……んぅーんと……?」

 腕を組んで少しの間考えると、右手を窓に向け、こめかみに指を添えながら。

 

 

 

 

「〈まあ(μΑ)とにかく(ΤονιΚΑΚυ)痺れろ(ΣΙΒΙΡερο)〉」

 

 

 

 

 【ショック・ボルト】が起動した。

 あんな変な呪文で魔術が発動したことに、生徒は目を丸くさせる。口を開けて眼前の光景が信じられないと呆けているのもいる。

 そしてグレンも、違うことで驚いていた。

「あら、案外強かったな……なら次、ノエル」

「はいはーい」

 次鋒ノエル。目を瞑ると、〈Magic〉と書かれている無地の木箱に向けて右手を見せる。

 

 ん? 魔術の規模が今までと違うような……?

 

 

 

 

「〈なにもかもを(ᚨᛒ)何度も繰り返して(ᚱᛗᚱ)ぶっ飛ばせ(ᛞᛒ)〉! イクスティンクション・レイ――

 

 

 

 

「はぁ――っ!?」

 

 

 ――ミニインパクト!」

 

 

 目が開かれる――。

 

 教室から一瞬だけまばゆい光が外にも漏れる。生徒達もそれに漏れず、光から目を背ける。

 光が収まり目を開けると、木箱があった場所にはまた木箱が。マトリョーシカの如く、1段小さくなったのが同じ場所に置かれていた。。

 

「……ノエルなにやったよ」

 

 

 

 

「イクスティンクション・レイに()()()()()()()()外側(ガワ)の木箱だけを消しました♪」

 

 

 

 

 …………。

 

「……参考にすんな。()()()()()()()()()やるとこんなことになるとだけ思っておけばいいからな」

 グレンの諭すような声に、生徒達が一斉に頷く。

 なんだあの語ってくれたエピソード並にデタラメな魔術は。しかも使用魔術はイクスティンクション・レイだ。それに指向性を持たせて、ある一部分だけを消し飛ばした?

 

 理解不能。

 

「あんなこと忘れて、これから基礎的な文法と法則を解説すんぞ。――今の見て寝られるなら寝てみろ――俺は尊敬するぞ?」

 同意するしかない。眠気なんて欠片すら吹き飛んでいる。

 

 

 

 

 

 

「抱きつくぞぉ~☆?」

 やべぇ、寝たら社会的に殺られる――ッ!?

 

 

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

「お兄さん。なんで魔術師を目指すんですか?」

 

 日差しが肌を刺す、晴天の日。

 庭に埋められた野菜を手入れしながら、ワンピースを着る少女は隣で魔術の練習をしていた少年に疑問をぶつける。

 

「俺は人を救いたいんだ。正義の魔術師になって、たくさんの人を救いたいんだ」

 

 空を見上げながら、未来を夢見て目を輝かせる少年。とても純粋な輝きを魅せていた。

「好きですね~。メルガリウスの天空城のお話」

「当たり前だろ! あの城に憧れないのは魔術師じゃねぇーよ!」

 空に浮かぶ天空城を指さしながら、少女にその思いを熱弁する。

「そうなると、私は魔術師じゃないってなっちゃいますよ」

「じゃあノエルは、なんで魔術をセリカに学んでいるんだ?」

 家庭菜園に精を出す少女に、少年は逆に訊く。

「面白かったのが始まりですね。そこからお母さんに見せられた色々な魔術が面白くて、そこからお母さんに頼んで教えてもらうようになったんですよ」

「なんだ、俺と一緒じゃないか」

「えへ、そうですね」

 少年の指摘に少女が笑う。

 少年も少女、どちらも興味を持った、面白がったのが最初で、そこから彼女に教えを請うようになった。彼女もすくすくと育つ彼らに精一杯の愛情を込めながらも、魔術を共に教えていた。

「じゃあ、お兄さんは魔術師になるためにどこに行くんですか」

「やっぱりアルザーノだろ!」

 

 フィジテにある帝国が設立した学院。帝国に名を残す魔術師を数多く排出した名門。少年はそこに思いを膨らませていた。

 

「あそこに入って、たくさん勉強して、それから――」

「いま考えても仕方ないですよ、お兄さん」

「だってよぉ……」

 興奮する少年を少女は諭す。

「セリカだって、常に未来を見続けろって言ってるだろ?」

「お母さんが考えている意味と少し違うような気がしますよ?」

 捉え方違いでは多少意味が異なる。少年は字面通りに意味を捉えているようだ。

「未来を見続けても、見れないものは見えないですからね」

「なんでだ?」

「私が手に持っているこのスコップをお兄さんに投げます」

「おおい!?」

「もー、冗談ですよ」

 クスクスと笑う少女。唐突な行動に少年は不満な顔をする。

「ほら。私が今、どんな行動をするかなんてわからないじゃないですか」

「なるほど」

「未来を見続けるその前に、()()()()()()未来も見えないですからね」

「ほー」

 未来なんて本当に判るわけもない。誰であっても突如未来が失われるのはザラにある。

 

 

「お、ここに居たか」

 

 

 すると、建物の影から人が出てきた。

「あ、お母さん。どうしたんです?」

「いや、グレンがしっかりと練習しているかを確認と、ノエルが家のどこにも居ないから、もしかしたら弄っているかもしれないと考えてな」

「うへぇ……」

 さらぁっと監視に来た比喩する彼女に、少年は苦い顔をする。

「なら、もっとビシバシと鍛えてみたらどうです?」

「ノエル!?」

「だってお兄さん、正義の魔術師になるんですよね?」

「――あぁ、なるほど」

 少女の言いたいことを察したのか、罠に嵌めるかのような言い回しに彼女が苦笑いを浮かべる。

「そ、それはそうだけど……い、今はかんけーねーだろ!?」

「正義の魔術師って、お兄さんの歳から特訓しているんじゃないですか」

「!?」

 ケースバイケースだが、幼少期の頃から目標となることを目指し一心不乱に努力をし続けた者は、案外名を残すのが多い。

 

「私は応援してますよ」

「う、うぉぉぉおおおおおお――――ッ!!」

 少女の言葉に少年はやる気を滾らせ、また練習に取り組み始める。

 

 

「全く……口が上手いな、ノエルは」

「えへへ……」

 彼女に頭を撫でられ、少女は彼女にぎゅーっと抱きつく。

 

 

 

 

「大好きですから」

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 時間はあっという間に過ぎていった。

 そこらへんにいる商売の呼び子みたいな饒舌な語りでも、カリスマ的オーラを出した無能による授業でも無く。――人心を掴まれそうな魅力的な語り口や話術、魔術に対する尊敬が先行した自分自身に酔った独壇場でもなく。

 

 ただただ、事実を事実のまでに言うだけ。

 

 そこには、一切の(こび)や含みが存在しない、本物の授業。

 魔術に対する正しい知識と理解を持ち、誤解を招くこと無く口頭に出せるが故の、本物の授業。

 

「久々に理論を文字に書きましたよぉ~」

「ショック・ボルトに使われている術式と呪文に関してはこんな所だな……何か質問あるか?」

 ルーン語に共通語訳で注釈。文字に含まれる情報を図形に視覚化し、前述後述でどう意味を変化するか。単語にある詳細なパターンの数々。

 それらの基礎が、ユニークに書かれていたり小奇麗に書かれていたり、ビッチリと埋め尽くされた黒板をグレンはチョークで小突く。

 その隣のノエルは、チョークの粉で白くパウダーされた左手に息を吹きかけている。

 質問は、どこからも出ない。誰一人文句の付けようが無い内容。質問する余地すらない。

「ないですね。つまらんやつらです」

 

 [グレン] つ バナナ

 

 

 モグモグ……

 

 

「俺とノエルが話したことを理解できたなら、3節を1節に切り詰めた呪文がいかに綱渡りな状態で発動できていたと理解できるはずだ」

「魔力を雨として呪文を川にすると、雨が振り続けたら川が洪水しちゃいますね」

「もう食ったのかよ……確かに魔術操作のセンスがあれば簡単に1節詠唱を実践することはできる。だが、3節ではあった魔力のストッパーが外れている状態で唱えていることは事実で、下手打ったら詠唱事故で死ぬぞ。1節詠唱ができたからって簡単だと軽々しく口にすんな」

「せんせー、回路(サーキット)を使うのはありでしょーかー」

「ナシだ!!」

 真剣に語っていたのに、それを茶化すノエル。危機感がないのか。

「まあ、1節詠唱はどうあがいても3節詠唱に速さ以外では勝てません。魔力の効率とか、アース*1の有無とか、そういった安全性とか信頼性ではどれだけ背伸びしたって無駄です」

「俺としては強く3節を勧める。俺だって1節への憧れはあるが、3節を強く勧める。お前らのことを思って言ってるからな?」

 何処と無く悔しさが滲み出ている。生徒達は少し察してしまった。

「とにかくですね、いま皆さんは魔術を使うことができる『魔術使い』でしかないんです。()()使()()、魔術使い」

「『魔術師』と名乗りたいんだったら、どこが自分に足りないのかを考えてみることだな。ま、俺は魔術に人生を掛けるぐらいなら、他のことに掛けたほうが有意義だと思うがな」

 覚悟を問うように、グレンの眼差しが生徒を射抜く。その雰囲気は得も言えぬ威圧感があった。

 ノエルが懐から懐中時計を取り出す。

「お、時間ですよ」

「え――過ぎてるじゃねーかよ……」

 見せられた盤面を見て、グレンの顔が渋くなる。授業終了時間を十分は過ぎていたからだ。

 するとノエルは、グレンの腕を引っ張り。

「ほらぁ~なんか食べに行きましょ~よ~」

「判ったよ、ったく……」

 残った生徒達は、その2人の様子でさえ未だ有り得ないものを見たように放心している。ノエルが手を振ってバイバイしながら、渋々としているグレンを連れて扉を閉じた。

 

 

 ばたん――

 

 

 その音で、現実に戻される。

 視線を黒板に向ければ、今まで見たことのない、羨望する魔術のことが書かれている。聞いたことのない魔術のことが書かれている。

 なにかに取り憑かれたように、生徒達は一斉に板書(ノート)に書き写していく。

 

 それでもまだ、放心した状態の者が約一人。システィだ。

 

「やられた……」

 

 それはどの感情から出た言葉か。今まで飄々とした態度を執っていたのは演技だったのか。誰かに見せつけるように急に態度を翻すようにしたのか。

「ノエルはともかく、あいつは……」

 講師として何一つ相応しい態度を取ること無く、質問をされても嫌々とノエルに受け流していた。はけ口となったノエルはその質問の全てにアドバイスをした。だが、今の授業でやったような内容にまでは一切触っていなかった。

 答えていたからいいが、ノエルも(グレン)と同じで2組を試していた。この学院の魔術学習レベルを。

 

 だがそれでも腑に落ちない部分がある。

 

「なんで急に真面目に授業をする気になったのかしら――」

 

 昨日と打って変わり、なぜ真面目に魔術の教鞭(きょうべん)を執るようになったのか。ノエルのサポートが有ったのは確かだが、居なくても一人で授業を進めていけただろう。そうだと思うしかない程に、グレンの魔術に対する知識量が有った。

 

「ふふっ……」

「ルミア……? 戻ってきた?」

「んぇ……あっ!?」

 ……また空想に花開かせていた親友の明日が心配だ。

 未だ頬が緩んでいるルミアの目を覗く。

「ルミア、話聞いていたの?」

「き、聞いていたよ……?」

 戸惑っている。なんか怪しい。

 真面目な顔をするシスティを見て、ルミアは笑う。

「……?」

「あははっ」

 何故笑うのか、いまいち要領を掴めなかった。

 

 

 

 

 後日。

 

 

 ――ダメ講師グレン=レーダス、覚醒。

 

 

 数日で学院のマスコットとなったノエル=アルフォネアがお兄さんと慕っている、2組の後任講師。マスコットに抱きつかれて様々な視線を向けられていたり、授業に対する態度から悪評が耐えなかったが、その(しら)せが学院に知れ渡った時、激震が走った。

 

 その噂に釣られて、ある生徒が興味本位で2組教室に紛れ込んで受けると、帰ってきたときには興奮した様子で他の生徒にも受けたほうがいいと熱弁していた。

 あまりの変わりように怪しんだが、そこまで勧めるならと2組に紛れ込んでその授業を受けてみると。

 

 ――魔術っていうのは、人の心理を突き詰めるもの。

 

 他の講師とは違う、圧倒的なまで違いを見せる、レベルの高い授業を行っていた。

 グレンが口頭で様々なことを言い、その後ろでぴょんぴょんとノエルが黒板に楽しげに書いている。その様子を眺めるだけでも癒やされるのだが、時折ノエルが雑談に混ざると、教室の雰囲気がカオスになる。魔術に対する態度は兄と同じようなものだが、魔術というものの色眼鏡無しで真正面から見ているからだ。その語りがあまりの暴走具合に陥ると、グレンから食べ物を渡されてストップされ(兎と化し)たりと、真面目なのか不真面目なのか判らないものになっていた。

 だが内容は間違いなく真面目で高度なものであり、ここを巣立った学院生ですら聞いたことのない質の高い授業が執り行われていた。

 

 それこそ学院に籍を置く講師陣にとっては、位階の高さこそが魔術師の絶対的なステータスであった。

 それが、この授業では一切が否定される。

 

 位階が高いから? だからどうした。

 なら何故、自分に行使できても可笑しくない魔術を行使できていない? それは魔術の文法と公式を理解せず、自分自身に合わせる最適化を行っていないから。

 時折ノエルが見せる魔術は初心者向けなのだが、いざノエルが呪文を唱えて発動すると、今まで自分達が使っていた同魔術と思いたくないほどの完成度があった。

 

 力強く、とても綺麗で完璧なまでに最適化された魔力、それも必要最低限の消費で。

 

 魔術師を志す者はノエルの使った初心者用魔術を見て、まだ自分達が知らない魔術に対する勉強がここではできる。

 

 そう思ったのだ。

 

 学院に居た位階重視の講師にとっては、今までのプライドを根底から叩き壊されたその日を忘れることはできないだろう。

 通称にして『悪夢の日』と。

 

 

 

「いや~、グレン君やってくれたじゃないか~」

「そうだろ? 私とノエルが推したんだ、ハズレな訳ないだろ?」

「それもそうか!」

 

 学院長室から響き渡る2人の笑い声。学院長リックと、ノエルの義母セリカ=アルフォネア。リックはグレンの授業内容に頷いて、セリカはニヤニヤと、グレンのことを誇らしく思う半面、認められた事に対する嬉しさが顔に滲み出ている。

 

「最初の十日間はグレン君がノエル君に全部任せっきりで、なおかつ評判が悪くてどうなることかとハラハラしていたが、杞憂に終わって良かったよ」

「ノエルは予想済みだったみたいだがな」

「いやぁ、ノエル君には全く叶わないなぁ~」

 セリカが推薦していたというのもあるが、グレンとは今回学院で会うまでは初対面だった。その人柄、経歴はセリカからある程度聞いており、彼に思うところがあって迎え入れたということも事実だ。

「そういえば、ハーレイ君から自分の授業の出席率が微妙に減少したと聞いておるな。その生徒達を辿ると、全員が2組に入っていったそうだよ?」

「はっはっは!! それはそれは、ハーレイは大層気に入らないんじゃないか?」

「少し顔を見ると、2組の事を親の仇を見るような雰囲気をしとるよ」

「自分がその態度と内容を直せばいいのに、人のせいにするとはな」

 ハーレイ=アストレイも位階を重視する講師の一人。第五階位(クインデ)に至った学院切っての実力を持つ26歳の天才魔術師だ。自分より下の人間を見下す性格で、生徒から一歩引かれている存在ではある。実力がある分、如何せんその態度がネックになっている。

「ハーレイ君のような魔術師がこの世界では一般的だからのぉ。見下さない魔術師を探すほうが大変じゃないかね」

「それもそうか」

 何かと古典的な風潮の強い世界に、セリカは肩を竦める。

「それはそうと、セリカ君は弟子を取らないのではなかったのかね?」

「それはそうなんだが……私もグレンには思うところがあるからな……」

 視線を窓の外に向け、慈愛に満ちた顔をする。傍から見たら、親の顔だ。珍しいものを見るように、リックの目が丸くなる。

「――珍しい。セリカ君がそんな顔をするとは」

「そんなに珍しいか? グレンのことは息子のように思ってるぞ?」

「じゃあ、ノエル君は?」

「娘だろ」

「だよね」

 

 

( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \(゚∀゚ )

 

 

「そうだ、せっかくだからグレン君の昔話を聞かせてくれないか?」

「おっ、聞きたいか? 聞きたいんだな? いいぞ~?」

 

 学院長室からリックの笑い声が時々漏れたそうな。

 

 

 

 

 黒板にチョークが線を自由に描きながら、当たる際に毎度鳴る聞き心地いい音を環境音にしながら、生徒達は黒板の内容を板書に書き写す。

 その間に、ノエルが何かを書きながらグレンに言われたことを実践していたりする。

 

 2年次生2組の教室は、他クラスの生徒達の羨望を集めた。内容はさることながら、聞いていて判りやすいことも話題となった要因だ。

 グレンが真面目に魔術に対し教鞭を執りながらも、妹分のノエルが清涼剤となり、半ば暴走気味にグレンにちょっかいを掛ける。その度にグレンから果物を出されて兎のようになる。

 そのことが暗黙の了解として許されているのも、グレンが題材を大まかに解説し、ノエルが現実の一般常識に判りやすく例えてくれるという、文句のつけようがない授業を行っているからだ。

 その評判が生徒達の間で広がり、日を追うごとに教室への飛び入り参加が増えていく。後ろの席がその生徒で埋まる頃には、いよいよ立ち見席が自然と出来ていた。

 生徒に釣られるように興味本位で授業を受けてみた講師達は、自分達とはあまりにも違う授業に最初は驚き、時間が進むほどに青天の霹靂とばかりの内容に開いた口が塞がらない。

 

 生徒が夢中になっていくグレンとノエルの授業に、自分達が教鞭を執る『位階を上げるために覚えている呪文数を増加させるだけの授業』に疑問を持ち始めるのは当然と言えた。

 

 まだ古典的な風潮に侵されていない熱心な若者講師にとっては、魔術師を極めるための道筋の僥倖(ぎょうこう)にも見えただろう。

 

 徐々に増えていき、教室にまで入らなくなった飛び入り参加組(生徒と講師)を傍目に、ノエルは今日もバナナを出されている。グレンは学院内で注目されていることなど露知らず、今までと変わらずやる気なさげに喋りながらも授業を行っていた。

 

 

 ちなみに、ノエルが先生側に回っていることに関して、リック学院長の見解。

 

「問題ないぞ。そもそも、ノエル君が学校に居たいのが第一目的だからねぇ。わしもその事をわかって上で編入させた。

 ……ノエル君がこの学院で学ぶことがない? 今更じゃないかの?」

 

 誰も文句を言えなかった。

 

 

 で、本日の授業内容は。

 

 

 〈固有魔術〉

 

 

 〝オリジナル〟と呼ばれることが大半だが、これは他の人も含め幅広く使われている〈汎用(はんよう)魔術〉に代わるもう一つの魔術だ。

 その授業は、終盤に差し掛かっている。

「さて、ここまで話を聞いていれば〈固有魔術(オリジナル)〉と〈汎用魔術〉を比較して、どっちが優れているかよぉ~くわかっただろうな」

「一概には言えませんけど、発動現象の洗練さ、必要最低限の呪文に込められた安全性の確保などが汎用魔術に軍配が上がります。誰もが扱えるから意味がない――ではなく、()()()()()()()()である、だからこそ汎用魔術の完成度は通常の魔術と比べ群を抜いています。一人にしか扱えないなら、とてもじゃないですけど()()()()()()()()()()()

 

 この授業の当初、固有魔術(オリジナル)が優位にあると主張していた生徒がいたが、授業が進むに連れ勢いを無くしていった。最終的には肩を縮めてとても居づらそうに。

 

固有魔術(オリジナル)のほうが独創性があるとほざく奴も居るが、やろうと思えば誰だって固有魔術(オリジナル)を作ることは容易いんだぜ。俺のような3流魔術師でもやろうと思えば作れるもんだ」

「その場合、汎用魔術以上に有用性があり、なおかつ既存のものと被らないことが絶対条件です。それ以上に大変なのは、術式を一人で組み上げなくてはいけないというところですね。でなければ、固有魔術(オリジナル)を使う意味はまずないですね」

「たかがショック・ボルトの呪文など馬鹿にするが、お前らよりも優秀な魔術師が数百人も、何百年もかけて創り上げた、本当の意味で完成された魔術なんだ。そんな偉大な魔術を、やれ古臭いだの独創性がないだの、何も知らない馬鹿が無知を曝け出すんだ。そういうお前が馬鹿なんだってな」

「大抵の固有魔術(オリジナル)は汎用魔術の劣化品です。普通の魔術師なら固有魔術(オリジナル)を作ろうとしても、術式と呪文が汎用魔法に似通うように引っ張られていきます。それほどまでに汎用魔法の完成度は高いんです。改良する余地すらないですからね」

 

 固有魔術(オリジナル)に憧れを持っていた生徒も居たが、その路に至るまでの部分があまりにも茨の道で意気消沈している。また逆に、固有魔術(オリジナル)を作った人は凄いと内心の評価をさらに上げている。

 

「ま、ノエルが使っている回路(サーキット)なんて、あまりにも汎用性がありすぎて逆に扱えるやつが居ねぇな」

「どういうことですか?」

「判るだろ? あの意味不明な線さえ理解しちまえば、誰だって魔術を使えるようになるんだからな? 自作の道具に組み込んじまえば、詠唱を必要とせずに一回ボタンを押すだけで起動するんだからな?」

「ただし魔力は自分で用意してください」

「そこは常識として、誰もが関係なく同じ魔術を出せるっていうのはな、汎用魔術以上に汎用性があるんだ。魔術師にすれば邪道のような存在だが、間違いなく俺らの生活にとんでもない影響を与えかねないものだぞ? あのセリカでさえ、目を輝かせたんだからな」

 その事に教室がざわめいた。あの第七階梯(セプテンデ)のアルフォネア教授が目を輝かせた――すなわち、惹かれたという事実。認められることすらあまり聞かないのに、それを通り越して惹かれたなど――実物が理解できようとも、そのネームバリューはとてつもなく大きい。

 マスコットとしてのノエルに向けられる好奇の視線が羨望に変わっていく。

 グレンが懐から懐中時計を取り出す。

「……さて、時間だな」

「おー、おやつー」

「……バナナ食ったろ?」

 真面目――ではなかったが、張り詰めた空気が一気に緩和する。2人の雰囲気で授業終了を生徒は察する。

「各自消してくださいね~」

 ノエルがそう言いながらグレンを教室から引っ張り出す。

 

 

 

 

 空が薄水色から橙色へと変わりゆく時間。街では子供がバイバイと友達に手を振り、親に連れられていく。商店は夫婦同士で他愛ない話をしながら、妻が一日の勘定を採算していると、店先から声がかかり、気づいた夫が返事をしながら客の対応に足を弾ませる。

 一時的ではあるが、別れが到るところで起こる。

 街を学院の屋上、鉄柵に手を添えながら眺め続けるノエル。グレンは左隣で寄りかかっている。

 

「堕ちないですかねぇ~、あの天空城」

「物騒なこと言うなよ」

 

 メルガリウスの天空城が堕ちるなんてそれはそれで大ニュースにはなるのだが、ずっと昔から浮いている存在が今にも堕ちるなんて考えることも出来ない。なぜ浮いているのかは不明ではあるが、それでも浮いているということがもはや常識となっている。

 別問題として、堕ちたとしてもフィジテのどこに堕ちるのかが問題だ。街に堕ちるなんて言ったら、フィジテ(じゅう)がパニックになる。

 

「どうやっても手が届かないんですもん。あんなに近いのに手が届かないのがすっごくもどかしいんですよぉ」

「だからこそ〝メルガリウスの天空城〟なんだろうが」

「えぇー、謎は解き明かそうとするからこそ謎なんですよぉ?」

 ノエルの言い分も理解はできるが、その以前に解き明かす為にあの城に人の手を届くようにしなくてはいけない。

「じゃあ、どうやってあの城に人を送るんだ?」

 

「人間大砲」

 

 聞かなきゃ良かった。

「嘘です冗談です」

 ノエルが言うと如何せん冗談に聞こえない。現実主義者ではあっても、時折ぶっ飛んでいるからこその信憑性がある。今度は真剣に考える。

「現実的には……人を飛ばす乗り物とかですよね」

「乗り物? そんなの、今の技術で作れるものなのか?」

「たぶん作れると思いますよ? 空は遮るものがないですし、直線的に移動できますからね。もし魔術がなかったら、空を飛ぶ乗り物が誰かが作ろうと努力して完成させて、遠い未来で遠距離移動に使われるようになるんじゃないですか?」

「魔術がないとか、今のこの世の中では考えられないな……」

「魔術に頼り切っている生活を送っているからですよ。一般人なら影響はないでしょうし」

 世の中の生活に魔術は浸透していない。それ以前に、魔術を奇異の目で見ているのが多いのだ。生活に及ぼす影響はまず無いだろう。

 

 ふと、グレンがポツリと呟く。

 

「なんつーか……俺にとっては彼奴等(あいつら)が眩しいな……」

 

 ノエルの顔がグレンに向く。足元から伸びる影を、一点じっと見つめている。

「純粋に魔術師を志している人達が多いんですから、そうじゃないですか」

「そういうことじゃないんだよ」

 表情は暗かった。

「なんて言えばいいんだ? そのな……」

 頭を掻きながら、次に出す言葉を思案するグレン。それでも視線は、影を見つめている。

「彼奴等は、今の今まで魔術の事を知らなかった。夢を壊さないって言ったら聞こえはいいんだ。だけど俺らは、壊すようなことをした。それでも、俺のことを先生と言ってくれて、こんな俺の授業を真剣にまで聞いてくれるんだ……」

 思い返せば、真面目に授業をやってと注意してくるシスティーナ。あの日以降、グレンを手伝おうとちょこちょこ寄ってくるルミア。一言チャチを入れようとして舌戦に負けるギイブル。無謀な舌戦に乱入し、(ことごと)く敗北するおてんば娘とその保護者の構図が出来上がっている、ウェンディとテレサ。ノエルにイタズラされ、その反応が面白がられているカッシュ。

 微笑ましい光景だが、もしかしたら自分は、この光景を崩していたのかもしれない。

 

 魔術に対し純粋な想いを持っている生徒達に、突きつけるのは早かったのではないのか。

 ただただ自分のエゴを、あいつらに判ってほしかったのではないか。

 

「まだ判んねぇんだよ……ノエルが居てくれたから、今の俺がいるのは判っているんだ。居なかったら、間違いなくもっと荒れてた」

 空を鳥が群れて飛ぶ。その後方に一匹、はぐれが後を追っている。

「魔術なんて見たくない、ここの学院の講師になりたくない――色々といちゃもんを付けてどうにかして防ごうとしただろうな……まあ、セリカがいたから結果は変わらないかもな。

 魔術師からすれば、俺なんてただのちっぽけな一個人だ。」

 

 あの(はぐ)れて飛ぶ、鳥のように。

 

「俺は、ここに居てもいいのか? 大事なのすら守れない、俺が――」

 

 口が詰まる。手に触れる人肌の感触。見れば、グレンの手をノエルが握っていた。

 心配げに、グレンの目を見つめていた。

 

「一人で抱え込まないでくださいよ」

「……ごめんな」

 そう言うしかなかった。いつだって隣にノエルが居た。話す機会は何時だって有った。

 ノエルが言葉を繋ぐ。

「血は繋がっていませんけど、私にとってのお兄さん――家族は、私の目の前にいるグレン=レーダスとセリカ=アルフォネアだけです。そこだけは絶対に譲れません。

 お兄さんだって、お母さんに拾われたから今ここにいるし、後に拾われた私とも出会うこともなかったんです」

 自信を持って、ノエルがグレンにぶつける。

 セリカに拾われていたから、今のノエル=アルフォネア(わたし)が居る。セリカを〝お母さん〟と呼ぶ、グレンを〝お兄さん〟と呼び、慕っている。

 それは紛れもない事実で、ノエルにとって大切な存在で――。

 

 

「家族なら、助けあうのが普通です」

 

 

 ――自分(ノエル=アルフォネア)を証明してくれる、唯一の身内。

 

 日頃全く見ないノエルの真剣な顔に、グレンの頬が緩む。釣られてノエルも緩む。

 

「私からしたら、お前らの方がよっぽど眩しいな」

 

 すると、屋上の入り口から声が聞こえた。

「あ、お母さん」

「セリカ――」

 セリカはコツコツ靴音を鳴らしながら、その髪を風に靡かせて近づいてくる。表情は2人を羨ましげに見ている。

「全く。青春してるな、グレン」

「茶化すなよ、これでも悩んでるんだ」

 イラズラっ子のような表情で、セリカはグレンを弄る。グレンは不機嫌に言葉を返す。

「で、何しに来たんだ? 明日の学会の準備で忙しいんじゃなかったのか?」

「まあそれは――ノエルに一部手伝ってもらうさ」

「うわ……ひどくねぇか?」

「なんて面倒な……」

 思わず2人の顔が苦くなる。抜け出してこうも負担を押し付けられるとは。

 セリカは気に留めず、グレンとノエルを親のような顔をしながらうんうんと見比べている。

「ノエルは昔から変わらないが、グレンは相当変わったよな」

「ほっとけ」

 素っ気無しにグレンは心意気を振る。その事を意に介さず、セリカはグレンの左隣でノエルと同じ、街の向こう側を眺め始めた。

「あんなに小さかったのに、気づけばこんなに大きいんだ。誰でも私からすれば皆子供だよ」

「じゃあお母さんは、()()()()()ですか」

「……ノエルも口が回るようになったしな」

「それは俺に聞かれてもな……」

 もう既に手遅れとセリカは首を振る。グレンだって、なぜノエルがこんなにも現実主義者になったのか、根本の理由は判らない。

 

「でも、こう思うとフシギですよね」

 

 唐突にノエルが話を切り出す。セリカとグレンはノエルの方を向く。

「私達3人、全く血の繋がりがない赤の他人なのに、こうやって寄り添ってるんです。

 

 一人は、見た目が全く変わらない魔女。

 一人は、魔術を嫌っている青年。

 一人は、マイペースに場をかき乱す性別不詳の()()

 

 共通するところは、出自からある期間の記憶を失っている。なんか、こうやって集まっているのが奇跡ですよね」

「――そうだな」

 セリカは自分が何者なのか判らない。グレンは自分という存在を認めてほしかった。ノエルはそんな事お構いなしに自由にしている。

 そんな3人。性格も全く違うのに、学院の屋上で本音での話し合いをしている。

「親の顔も知らないのに、こうやって家族として寄り添って――」

 全員あまり歳が離れていないようにしか見えず、誇大(こだい)しても精々(セリカ)(グレン)(ノエル)にしか見えない。

「――自分勝手で、いつも問題ばっかり起こしている」

「……俺のことか?」

「私も思い当たる節はあるな」

 

 ――それでも全員、どこかしら共通点がある。

 

「フシギですよね」

 

 そう言って、空を見る。

 見えるのは、蒼くなり始めた空。どこまでも広く、変わり映えのしないヘンテコな空。キラキラと光る星がたくさんある、不思議な空間。

 

「確かに、不思議だよな……」

 

 考えれば考えるほど、蒼い空に吸い込まれていく。そんなちっぽけな考え、どうだっていいと。誰もが自由なんだと。

 すると、溜息が聞こえた。

 

「私も、ずっと一人だと思っていたしな」

 

 セリカがどこか(うれ)いた表情を見せる。グレンはその顔に目を丸くさせる。

「――めっずらし。セリカがそんな顔をするのか」

「するさ。私だってこれでも人だぞ?」

 ふっと自嘲的(じちょうてき)な笑いをする。

 

「一人で居ることは、(なが)い時を過ごした私でさえ辛いんだ。誰も、私を置いて先に居なくなるんだ。怖くないわけ無いだろ。

 

 グレンは私とは()()。ノエルだって、私と()()

 

 ――急に考える時があるんだ。グレンとノエルが居なくなったら、私はどうしているのか――考えてしまう」

 

 400年。常人には判らない時間の感覚。

 とても恐ろしいだろう。周りが少しずつ変化していくのに、自分だけは変わらない。死のうと思っても、死ぬことすら許されない身体。

 奇異の目、嫌悪の視線を避けるように一人で居ても、時間が動いたように思えず孤独が容赦無く襲いかかる。

 

 

 

 

「せめて、このときだけでも母親ずらさせてくれ」

 

 

 

 

 たった一人の、独白だった。

 いつしか、今のこの家族は居なくなってしまう。また自分を残して、手の届かないところに。

 

 怖い。

 

 考えたくないほどに怖い。

 

 

 グレンは掛ける言葉が見つからない。こんな真面目なセリカを見たことがなかった。いつも気を強そうな態度を見せる。何があっても気にすること無く、家族の事を大事にする。

 そんな彼女がグレンの前で吐いた弱音。いくらグレンが想像したところで、寄り添えることしかできない。

 

 

「お兄さんの財布を握っているという意味でも()()()()ですよね」

 

 

「今ここでいうか!?」

 

 ――シリアスがどっか吹っ飛んだ。

 あぁ、ノエルは首を傾げている。マイペースとは怖いものだ……。

 

 セリカが俯いて肩を震わせる。わずかに見える口角が釣り上がると、急に顔を上げた。

 

 

「あっははははは!!!!」

 

 

 学院中に響き渡りそうに高笑い。グレンが変なモノ見たようにセリカを見る。

 ひと仕切り笑い2人に向くと、顔には笑い泣きの後が目尻にあった。

「あ~あ、やっぱり私達にはシリアスな空気は似合わんな!」

「吹っ切れるなよ!」

「あははっ」

 笑いながらセリカは、ノエルを胸元に抱きかかえる。ノエルは嬉しそうな表情をしている。これが本当の母娘d(検閲されました

「未来を見るより、今を見なくてはな」

「そうですよぉ、お母さん。私達全員、一人で居ることが嫌なんですから」

 全員、本当なら一人ぼっちになっていたはずだった。何よりこの家族はそれを嫌う。そんな事はとっくに判っていた。

 なら、一人ぼっちにならないように今を努力するべきだ。未来なんて、いま考えていたって仕方ない。

「なんだよ……心配して損したわ……」

「ふふっ、ありがとう」

 素直に謝るセリカ。グレンは面食らう。

「ずっと一緒ですよ~」

 こんな時、マイペースなノエルが有難い存在だ……。

「あぁ、そうだな」

 

「あ、先生――」

「アルフォネア教授……」

「って、ノエル君!?」

 すると、また屋上の入り口から声が聞こえた。居たのはルミアとシスティ。セリカが居たことに驚いているが、抱き抱えられている事にルミアが思わず声を張り上げる。

 セリカがグレンに訊く。

「ん? グレンの担当の生徒か?」

「あぁ、そうだよ――お前ら、まだ帰ってないのか?」

「はい。図書室で今日の授業の復習をシスティと2人でしていたんですけど、どうしても先生に聞きたいことがあ()って――」

 親友2人で真面目に復習。なんとも魔術にひたむきに向き合っていること。で、ルミアがシスティに視線を向けると。

「――システィが」

「ちょ!? ルミア、それは言わない約束でしょ!?」

 バラされてシスティの顔が真っ赤に染まる。

「素直じゃないですよね~、システィさん」

「~~~~!」

 悪意の無い満面の笑み。如何せん隠そうとしたのは事実な為、言い訳のしようがない……。

「ノエルに聞けば教えてくれるだろ」

「そうですね」

「ほら、ノエル行って来い」

「あいあいさ~」

 少し膝を落としノエルを開放する。そのままシスティとルミアの輪に入ると、質問がシスティの口から出る。その内容を聞くと、ノエルはスラスラとアドバイスを言う。

 

 

 

 

「すっかり馴染んでいるな」

「ノエルだからな」

 少し離れたところで鉄柵に手を掛けて、その光景を尻目にするセリカとグレン。

「なあ、グレン」

 唐突にセリカがグレンに問いかけた。

 

 

 

 

「私は、お前の家族でいられているか?」

 

 

 

 

 答えなんて、決まっていた。

 

「……家族だよ、とっくの昔に」

「――ありがとう」

 

 セリカの声が、心なしか震えていたような気がした。

 

 

 

 

*1
電気を大地に逃し、感電や火災の危険性を防ぐコード。電気を使用する機器に余分な電気がコンセントを通じて流れようとした際に、機器を破損させないために余分な電気を逃がす役割を持つ。




ルーン語:小説仕様
詠唱:アニメ仕様
 =ルーン語を呪文のローマ字にすればいいんだよ(適当

 ここまでの展開で次回が察せた人には設定資料集のパスワードをプレゼントしようでは以下略


2019.07.14(15 00:30)
完成。
総文字数は20,352文字。休ませて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

007.01-06:セカイとケンキュウシャ

一ヶ月。とりあえずそんだけ期間をかけた分、長くなりました。実質的な執筆時間とは比例していないけど。
まあ、ロクアカ平均文字数トップの実力見せてやんよ(7話時点13,864字)
気が向いたら()()()()()()()()書くって言ってるし。


で、スクロールバー、見ましたか?




 

 

 コンコン

 ガチャ――

 

「おにいさーん?」

 

 扉からひょっこり覗く少女顔。ベッドの膨らみを伺いながら、室内を流し見。

 窓は開けられて、カーテンがバサバサと風に靡いている。光を遮る役割は果たしていないだろうが、時間を察するのには丁度いいだろう。朝一番に浴びて体内時間をスッキリさせるのにもだ。

 

「ぬ。寝ていますね……」

 

 ついでに、体温を風と光が適切に調整しあい、ベッドに身を放るにも丁度いい。

 

 何が言いたいのかって?

 つまるところ、当のお兄さんは寝心地良さそうにぬくぬくしている。()()()気にすることせずに、ぬくぬくしている。夢見心地を言っていたいぐらいにぬくぬくしている。

 ……もしノエルが家に居なかったら、彼は冗談抜きで笑えない事態になっていただろう――。

 

 いつも通りのグレンの様子にノエルは「ふふっ」と微笑んで、顔を近づけた。

 そしてぷりっとした唇を、耳元で動かす。

 

「遅刻しますよー」

 

 

「――んぇ?」

 

 

 心臓に一番悪い言葉を選んで。

 

 

「――――」

「♪」

 

 

 眼の前に笑顔が視界いっぱいにあって。

 

 

「――ぁ!」

 

 

 言葉を反芻するのに時間はかからなかった。

 そして。

 

 

「ん――」

「!!?」

 

 

 Mouth to Mouth.

 グレンの脳が一瞬で醒めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

SCENE 04

セカイとケンキュウシャ

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

「さんきゅー」

 

 トーストにバター。

 朝食の定番となる組み合わせをグレンは頬張りながら、ノエルが横からコーヒーをそっと置く。キッチンに戻り、自分の分を持ってくると、そのままグレンの対面に座る。

「これ以外はなかったのか?」

「文句言わないでくださいよ。これしかなかったんですから」

 (あらかじ)めバターが塗られ、トーストされたブレッド(食パン)が4枚。コップは1個。これをセットとし、一人に1セット。

 朝食としてカロリーは十分にあるが、栄養からすると偏りすぎている。

「育つのか?」

「どこ見ていってるんですか」

 グレンはコーヒー、ノエルは牛乳と、何処と無く()()()()組み合わせ。

「それ、意味が違うだろ」

「同じじゃないですか」

 ここにバナナが1本あるだけでも、栄養バランスは変わるかもしれない。ノエルが過剰に反応し、グレンが冷静に分析するのも。

「だとしても、お前が言うなよ。()()だろどう考えたって」

 ノエルの身長は案外高く、164cmの53kg。胴体より足が長く、スタイルに至っては女性でさえ嫉妬するほどにスレンダーで程よい肉付。肌も透き通るほどに白く、とても若々しい。ルミアが頬をぷにぷにと突きたくなる――もとい、夢中に突くのが良く判る。髪も目も、耳に挟むことすらない色(藍白色と薄紫色)で、町を出歩けば否応なく人々の視線を集める。それにとどめを刺すように顔はとても可愛らしく。だからといって、子供でもなく大人でもなく、絶妙なバランスで成り立っている。それらがノエルに神秘性を持たせる要因となっているのは明白。

 その事を〈家族〉としてよく判っているからこそ、ノエルの全身を舐め回すように見て。

 

「なぁーんで()()()じゃねぇんだ?」

「聞かないでください」

 

 男が告白したら玉砕するのは確定。なんと恐ろしいハニートラップ? もしくは()()()()()を全力ダッシュで蹴破るか。

 

「いや、その外見は胸を除けば誰がどう見たって女だもんな。そしてそこら辺に居る女より可愛くて、スタイル抜群とかどういうことだよ。俺だって聞きたいわ」

「神様にでも祈ってみたらいいんじゃないです?」

 祈って何のお告げが来るのか。あれか、ノエル並の美貌は諦めろということか。残酷な現実を突きつけられるだけではないか。

「結果が見え見えだろ」

「化粧すれば化けますよ、きっと」

「一切化粧をしないお前に言われたくないだろ……」

 コップを口に運ぶ。そのひと動作でさえ画題の一つになれるノエルに、一般ピーポーは土俵に上る前に靴を脱いで裸足で走り去るしかない。

 

「毛穴塞ぐじゃないですか。逆効果じゃないですか?」

「それ言ったらおしまいだろ」

 

 ※間違ってはいない。

 

「というか、化粧しないとお前と同じ場で戦えんだろ。クラスですら周り見てみろ? ノエルみたいに肌が白くて透き通ったやつなんて居ないぞ?」

 天使と言われるルミア、残念なシスティーナも十二分に可愛く、美少女としても異論は無い。だがそれでも、ノエルのような独特な()()()()*1は纏っていない。視線を集めるオーラとでも言えばいいか、仲良し組の2人が街を歩いていても彼女らを目的に振り返る人はそういない。だがノエルが街を歩けば、すれ違う人の大体が二度見する、そう断言はできる。視線で追うと気付いたら振り返っていた、なんて事態になっていてもおかしくないかも。

「探せば見つかるんじゃないですか?」

「あのなぁ」

 まあ、自覚しながらもそこらへんに疎いノエルにあれこれ訊いたところでどうしようもないのだが。

「そうだ、お兄さんのためにお守り作ったんですよ」

「お守り?」

 思い出したかのように手をポンと叩くと、ポケットから紫色のブレスレットを二つ取り出し、グレンに手渡す。

 ノエルからのプレゼントを珍しいと顔に出しながら目の前に持っていき、そのブレスレットをまじまじと見る。柔らかい材質で出来ており、ある程度自由に曲げることができる。腕に無理矢理にでも嵌めるタイプではなく、留め金を外して腕に絡ませて留めるタイプだ。若干表面が透けており、芯となる一回り小さい中心部分が見える。透けている部分にはうっすらと数本の線が走り、ところどころで中心部分に分岐している。

「……」

 軽くブレスレットを観察しただけで、グレンの顔色が苦々しく変わる。同時に、そのメリットも把握した。

 顔を上げ、ノエルに視線を向ける。

「これ、魔力タンクだよな?」

「コントロールブレスレットって名付けましたよ」

 もう既にノエルの右腕でひとつが嵌められている。

 嫌な予感は間違ってなかった。

 コントロール――間違いなく魔力に関する補助をブレスレットが行ってくれるのだろう。魔力タンクについても、ノエルは否定しなかった。つまり、魔力を貯めることもこのブレスレット単体で完結するのだろう。

 効果はとてもシンプルだが、全魔術師にとってその有用性は計り知れないものがある。頰が引き攣るのが自分でも判った。

 

「……?」

 

 笑顔のノエルはグレンのその反応に小首を傾げる。何気に破壊力は抜群だ。だが、散々されたその仕草にグレンは慣れている。

 なんとなく思ってしまった疑問をノエルに訊く。

「……これ、お守りか? 俺には有事用にしか思えないんだが――」

「だから〝お守り〟なんじゃないですか」

 ノエルの言い分はなにも違わない。もし有事が起きた時、何かの役に立つという意味ではこのブレスレットは確かに魔術師にとっては有用だ。一時的にでも自分の行使可能魔術の可能性を拡大できる、通常利用でも半端ではない。

 顔の前に掲げ、ノエルに見せびらかすように揺らすと。

「これ、いつ作った?」

「昨日のお兄さん達が寝た後ですよ」

 

 一晩で作りました(はぁと)

 

 ノエルに何かを求めた自分が馬鹿だった。

「?」

 肘をついて頭を抱えるグレンを、ノエルは不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

「な〜んか、人が少ないですね」

 

 学院に続く道を、ノエルとグレンが並んで歩く。空は昨日と変わらずに晴天、こんな日は楽しく街に繰り出すに限る。

 だが、その繰り出している人が今日は少ない。

「――少ないなんてレベルじゃねーな。人の気配が全くしない」

 グレンも薄々勘付いていた。ちょっとした裏道ではあるが、街の中心部に近い場所でこれほどまで人が少ないと、逆に不気味に感じる。

 気になって早速出番が訪れたブレスレットを使用し、周囲を少し探ってみれば、魔術が使われたような魔力の残滓が漂っているのに気付く。

「ここら辺に人払いの何かでもやったんですかね」

「……」

 ノエルの問いかけにグレンは答えない。ノエルはのんきに辺りを見渡すが、グレンは辺りを注意深く洞察する。

 ふと思ったことをノエルは、グレンに訊いた。

「――お兄さん。アルザーノに狙われるような要素ってあります?」

「ないぞ――」

 確信めいたような言葉。しかし、思案したところで思いつく要素が見当たらない。条件に該当するとすれば、他国にとってアルザーノが魔術大国の礎を築いている確かな事実であるということ。だが、学院に他国の人間をスパイとして潜伏させるリスクを考えるとあまりにも割に合わない。仮に侵入できたとしても、魔術師を育て上げる手伝いをするだけにしか過ぎない。

 そのはずなのに。

 

「タイミングが良すぎますよね。学院には2組しか残っていませんし」

 

 2組しか残らないこのタイミングで、何かしらのアクションが間接的にでもアルザーノ(グレン)にあった。

 

「まあ、逆に考えれば――」

 その先をノエルは言わない。それでも、グレンは先を言える。言えてしまう。

 

 

 

 

 2組()()残っていない

 

 

 

 

「そういや、2組の前任者って失踪したみたいですし」

 グレンの暫定就職(ふにん)前、2年次生2組を受け持っていた前任者〈ヒューイ=ロスターム〉は一身上(いっしんじょう)の都合により退職したとなっている。

 

 表向きは。

 

 事実ヒューイ=ロスタームは〈失踪〉したと、学院の講師陣の間では通っている。理由は不明。事前連絡も無しに、忽然と姿を消している。

 つまりは、生徒に要らぬ不安を与えぬよう、学院が嘘をついた形だ。

 

 だが。

 

「でも、前任者がスパイとして考えれば案外辻褄があっちゃったりします?」

 

 洞察力が優れて()()()()()ノエルはまるで知っているかのように、どこからか生み出したパズルピースを無に繋ぎ、当てはめていく。

 

「で、2組の後釜である俺を足止めして、目的となる2組を攻めると。ノエルはそう言いたいんだな?」

「そういうことです」

 

 グレンもノエルの考えていることが読めた。

 

 2組はヒューイがいなくなったことで、他のクラスと比べ授業内容に遅れが生じた。だからその分、休日を返上し授業日とすることで他クラスとの遅れを取り戻そうとする。

 

 もしそれが、計算のうちに入っていたのなら。

 

 2組の担任をするグレン以外の講師陣は全員、魔術学会の会場となる帝国北部地方・帝都オルランドまで学院内にある転送法陣を使用し転移する手筈(てはず)になっている。なおその対象に、門番など学院の警備員はその対象に含まれてはいない。それでも警備を務めるのだから、実力も一般人と比べれば相応にある。だが、その学院を襲撃するのだ。よほど腕に自信があるのだろう――いや、警備員など毒牙にもかけないのだろう。でなかったら、アルザーノを襲撃する意味すらない。

 スケジュールも、魔術学会などいう大規模なイベントでは前々から決まるのが普通だ。その事を理解した上で失踪し、この日に2年次生2組生徒をアルザーノ魔術学院で確実に縛る。

 実質的に警備が手薄となるこのタイミング、事を起こすならタイミングとしては今しかないのだ。

 転移も、学院にある転移方陣を消してしまえばどうとでもなる。あとは学院を囲う結界に細工でもすれば。

 

 

 

 

 2年次生2組生徒しかいないアルザーノ魔術学院の出来上がりだ。

 

 

 

 

 もしヒューイが〈誰か〉を探していたとすれば、運良く入ってきた誰かに目的とし、近付く。それが2組の誰か。

 次にその準備、手筈を整えこの日に備える。それが魔術学会で講師陣が居ず、手薄となった今のタイミングだ。

 まさに都合がいい――――。

 学院地下にある、貴重な魔道書や魔導器などを欲してもおかしくはないだろうが、それなら学院から失踪する必要が無い。逆に怪しまれて、それどころの話ではなくなる。そう推察すると、可能性は必然的に消えて無くなる。

 

 ノエルの足が止まった。続いて、グレンの足も止まる。

「ずっと後ろをコソコソつけていたのはバレてんだ。お前、何の用だ」

 誰にいうとでもなく――確信を持ってグレンが()()()()()

 

「ほぅ……気付きましたか。もしかして、そのブレスレットのおかげですか?」

 

 何も無い空間から蜃気楼のように不気味に現れた茶髪で小柄な男。バレたとはいえ、妙に落ち着き払ったその態度から、この場に慣れている人間と思案できた。

「いやはや、たかが第三階位(トレデ)と訊いていたのですが、お付きの妹さんも含め、なかなかに鋭いではないですか」

「そいつはどうも。で、何の用だ?」

「いもーとですよ、お兄さん」

「ちょっと黙ってろ」

 視線を向けることなくマイペースを制し、油断無く男と相対する。コントのような掛け合いを見せつけられ、男はクツクツと笑う。

 

「いえいえ、あなたはただ目的地に向かってくれれば大丈夫です」

 

 矛盾を孕む(まと)を得ない男の言動。ここに人払いの魔術を設置したのもこの男だろう。なのに、目的地に向かえばいい――ただただ、不審でしかない。

 

「あ、このパターンはあれですね。踏み台となるパターンですね」

 

 それでも何かを察したか、ノエルが小さく呟いた。

「すいませーん。行き先に向かいたいんですけどー」

「おや、貴方も望むんですね――まあ、構いませんよ」

 ノエルが手を上げた事に驚きを隠さない男。だが直ぐに、その様子もなりを潜める。

「まさか、行き先は〝あの世〟とか言うんじゃないだろうな?」

 小馬鹿にしたようにグレンは口角を上げる。対して男はくすりと笑い。

 

 

 

 

「その通りですよ」

 

 

 

 

 グレンの目が細まる。先に男の口が動く。

 

「〈穢れよ(Λονγινγ)・――

 

 二つの魔術が組み合わさった複合呪文。必要最低限の言葉で十分な効力を発揮する。そういう切り詰めができるのは、魔術師において超一流である証拠。そして、今この場において、スピードでも、効果でも、非常に有用だ。

 

 人を亡き者にするのには。

 

 爛れよ(σορε)――

 

 グレンの顔が真剣なものになる。発動する魔術が、間違いなく致死に至るのが直ぐであるからだ。

 

「トラップカード発動!」

 

 男の詠唱に割り込んで、ノエルが()頓狂(とんきょう)な声を上げる。咄嗟にポケットに手を入れ、カードを男に面を見せるように突き出し。

 

 

「〈あ、それ使用禁止なんですよ。(せかいに)というわけでちね(そむけ)〉!」

 

 

 ――朽ち果てよ(ροτ αωαψ)〉」

 

 発動する――。

 

 

 

 

 ノエルの髪が靡いた。

 

 

 

 

「……」

 男の口が勝ち誇ったように釣り上がる。

 対してグレンは、ズボンは手で払うようにパンパンと音を出す。

 

「で、どうだ。ご自慢の魔術が無効化されたご感想は」

「!?」

 

 魔術に動じることもなく、飄々とするグレンに男が驚愕する。確かに魔術は唱えた。きっちり最後まで詠唱できていたはず――いや、出来ていた!

 だが、グレンは何一つ変わった様子を見せないではないか。今頃、あの世に行き先を変更されていたはず――。

 

「まっ、まさか……!?」

 

 ある一つの可能性に気付いた――気付きたくもなかった。

 男の視線が()に向いた

 

「ふっふーん。今更気付いたって遅いんですよ~」

 

 ノエルが不敵に微笑む。突きつけられたカードには、絵が描かれている。

 

 それは、白と黒のみで描かれた一見何が描かれているか判らないカード。良く目を凝らして見れば、それはタロットカードを真似たと思われる図柄をしており――。

 

「い、一体何を!?」

()()()()()()()()ですよ~」

 

 男にしてみれば、この女は何を言っているのか判らなかった。世界に背く? 何をバカな事を言っている? 世界の何から背くのか。男が想定外で混乱している――荒事に慣れていたが、魔術を発動できないなど遭遇した事すらない事態。

 

 否――

 

 ――できない? ()()()()()()のでは?

 

 信じ難い一つの答えにたどり着いた男の額に汗が見えた。

 

「さぁ~て――」

 

 こき、ぱき。

 グレンが拳を鳴らし、男へ詰め寄る。ノエルは手をワキワキさせ、襲いかかるように。

 

「話してもらおうか」

「ぐへへ……」

 

 底知れぬ恐怖をその身に刻まれた。

 

 

 

 

「あ、お兄さん。()()()()()にバラ咲かせましょうよ」

 

 

 

 

 グレンが身内の一言で身が震えたのは未来永劫伝えることはない。はず。

 そして小男にとって、気を失っていたことが唯一の救いかもだったのかもしれない。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 →00:06:04

 

 

「お兄さん――学院どうなっていると思います」

「多分、既に事を起こしている」

 裏路地を並走する2人。もしかしたら刺客がまだいるかも知れないと、思案して行動だ。後ろからついて来ていたのを考えると、予定していた場所で足止めすることができなかったのだろう。咄嗟に実施場所を変更し、人避けの魔術を先回りして設置した。そう考えられる。

 とはいえ、あのような呪文を詠唱できるということは魔術師の中でも限られた者、そう多くの人材がいるわけではない。だが、たった1人の講師の為に、超一流と言える魔術師を使えるということは、その男以外に超一流と言える魔術師がまだ居ると推測できる。

 講師の足止め――暗殺を実施できるということは、事に掛かる時間が無くても問題はないのだろう。

 となれば。

「やっぱり、前任者が関わってそうですよね――」

「そうなるか――っ!」

 

 生徒の実情を把握している――それは、学院内にいた身内の人間でしかできない。情報を流出させるなど、普通学院がやるわけがない。

 

 なら、なぜ狙う?

 

 

 それは、生徒の中に目標となる人物がいる。

 

 

「――(てん)智慧(ちえ)研究会、でしたっけ」

「ああ、アルザーノを狙った理由が全部それなんだろうな……!」

 男の腕に刻まれていた、探検に絡みつく蛇の紋。グレンが忌む組織の紋章が腕に彫られていた。それが〈天の智慧研究会〉。

 魔術を崇め、極める事を目標とし、それ以外なら全てを犠牲にしても構わない――否、寧ろ推奨すべきという常人から逸脱した思考を持つ魔術師の集団だ。昔から魔術に対し相反する思想を語る帝国政府とは血みどろの抗争を続けてきた歴史があり、他国であろうと一般市民の間でもその悪名は知られている。

 その構成員である襲撃者の男は、今現在道端に放置されている。ノエルが強烈な効力を持つ睡眠魔術を掛け、ノリノリで紐を持ってきた事にグレンが震え上がっていたのは言うまでもなく。

 

 ――バラ?

 

 

 

 

 ここはとある路地裏の一角。そこには噂を耳にした人が数人集まってきていた。

「誰だ? こんな酷いことしたやつは……?」

 常軌を逸したような惨状に、思わず口を紡ぐ者が次々と人混みにつられて増えていく。

 衣服は剥かれ、側に捨てられたように落ちており、顔は痣が無数に出来るほどに腫れていた。身体中に亀甲(きっこう)縛りで紐が巻きつけられ、あられもない姿をより曝け出し――あとはご想像におまかせしよう。

 で、もう一つ言わなければいけないことはある。

 

 ――真っ赤なバラが()に刺され、燦々(さんさん)と咲いていた。

 

 

 

 

「ほんと、花瓶にしてバラを()()()()()()ですね」

「やめてくれ……」

 思い出したくないとグレンは拒絶反応を示す。()()貞操は奪われたくないもんね。あいつは後ろから血を垂れて以下略。

 話題を早々に切り上げ――よりも、マイペースにノエルは話を進める。

「でも、学院には防衛が――無いも同然ですね」

「くそっ――」

 侵入者を防ぐように学院には他の防衛として結界がある。だが、人を殺すことに躊躇いが無い超一流の魔術師の集団。結界など無いも同然だろう。ましてや内通者がいると仮定している。学院の講師を務め、結界などに精通したのなら、その結界をどうこうと細工するのは容易いことだろう。

 同意を求めるようにノエルはグレンに視線を向ける。

「どうします?」

「どうするもこうするも無いだろ――最初からやることは一つだ」

「えぇ……?」

 

 学院近くの路地。屋根だけだが、学院を覆う〝膜〟が空間を歪めて見えた。それを見て、グレンは顔を顰める。

「張られていて当然だよな――ノエルの予想通りか」

「予想通りであってほしく無いんですけど」

 ノエルが昨夜の内に作ったブレスレットのお陰で、2人とも本来は見ることすら困難である学院の結界を可視化できていた。グレンは可視化されたその結界を見据え、ノエルに視線を向ける。

「解除できるか?」

「全部じゃなくて、穴を開ければいいんですよね」

「それで頼んだ」

 言葉を交わし、互いの計画に齟齬が生じぬよう確認する。

 そして、学院前に出る。

「あっ――」

「あれは――!?」

 2人の視線の先、裏口前で男の警備員が仰向けで倒れている。グレンは急いで駆け寄り、声を掛けようとした。

「――!」

 遠くからでは見えなかった、彼の傷が見えた。動きを止まらせたグレンの後ろからノエルも駆け寄り、グレンの様子を一瞥し警備員に視線を向ける。

「胸を一撃――ですか」

 警備員の(ひだり)胸部(きょうぶ)に小さく穿(うが)たれた跡。服を貫通し、見えるはずの肌は黒色になっていた。顔は目を見開き、恐怖に怯えるように表情を引きつらせていた。彼が何を思っていたのか、その死相から読み取れた。

 彼の顔横で片膝を付き、首の付け根に手を添える。するはずの鼓動は、手に伝わらない。

 遣る瀬無い思いをグッと抑え、グレンの手が震える。

 

「こいつは――〈ライトニング・ピアス〉――」

 

 攻性魔術(アサルト・スペル)、あるいは軍用魔術に位置し、直線上に飛ぶ貫通力に優れた魔術。その貫通力ゆえに、人を簡単に殺せる。そのため、一般使用が重く禁じられている。

 

 心臓を一撃で貫き、確実に殺害する。

 死因は心臓破裂によるショック死か失血死。破裂後、それでも人は数分意識を保っている――筆舌に尽くしがたい、苦痛と恐怖が彼を襲っていただろう。

「学院の壁には――結界で弾かれましたか」

 警備員を穿ったのち、壁にある跡でその威力を推察しようとしたが痕跡がなかった。そもそもの防衛の為に効力を発揮したと言えるが、この場ではその事が仇となり、相手の実力を大まかに指し測ることができない。

 次にノエルは警備員の背中を浮かせ、地との(あいだ)を覗く。僅かにできた影の中、背中から流れる()()が見えた。

「時間はそんなに立っていませんね――」

「急いだからか……」

 血がまだ流れているということは、胸を貫かれたあとからまだ時間は経っていない。手を触れば、まだ暖かい。2人への襲撃後、学院に急いだからこその結果だった。

「くそったれ――っ」

 激情に駆られ、グレンは抑えながらも声を上げた。ノエルとのんびりしていなければ、こんな事態にはなっていなかったかもしれない。

 ノエルが後ろからグレンの肩を叩いた。

「今後悔したって仕方ないですよ――未来なんてわからないんですから」

「わかってる――」

 ノエルは達観したように、グレンの事を諭す。今この場で後悔してもどうしようもない。前々から判っているし、知っている。次にできる事は、彼を殺害した奴をこの学院から探し出す事だ。

 ノエルに手を引かれるように立ち上がり、視線を彼へ。弔いの言葉を心の中で呟く。そして門に――結界へ近付く。

 その結界を一目すると、グレンの顔が苦いものに変わる。

「設定だけ変えていやがるか……?」

「手馴れていますね、これは」

 学院への侵入者をあらかじめ防ぐ為に、そもそも特定の人物以外は結界によって弾かれるように仕組まれている。しかし、学院関係者であるグレンがその結界に手を伸ばすと、バチッ――と弾かれた。

 そのことをグレンがノエルと目を合わせ、ノエルが改めて周囲を見渡す。

「で、人払いの魔術ですか――」

 警備員の死体を一般市民が発見し騒動が起き、学院襲撃の発覚を遅らせるためか、ここにも人払いの魔術が敷設されていた。

 ここまで判明している現状から推察するに、相当に練られた計画であることが改めて伺える。そこまでして、この学院、ましてや2年次生2組に何用なのか。

 

 その瞬間だ。

 

 

 パ リ ー ン ――――

 

 

「な!?」

 グレンの視線が上がる。間違いなく窓ガラスが割れた音だ。時間が立たない内に、重力に抗うことなく地面へガラスのカケラが落下し、更に粉々になる。

 落ちた枚数はそれほどではない。現に窓を見れば残ったガラスは窓枠に嵌められており、穴が開いたことによって放射状に広がった(ひび)が後から続いたライトニング・ピアスによって押し出された形だ。落ちた枚数はそれ程では無い。

 グレンの額に冷たいものが走る。その事態が起きた中でもノエルは冷静に分析し――。

「2組の壁からあそこまで貫通したんですか――」

「!?」

 グレンへ確信を持って告げる。

「多分誰かが反抗して、そのお返しに脅しとして放ったんじゃないですか?」

「――ちょっと待て、間にどれだけ壁があると思ってるんだ?」

「全部合わせて5枚、それでも威力が保持されているんですよ。」

 攻性魔術であったとしても、ここまでの威力と貫通力だ。間違いなく術者も相応も実力を持っていることは明らかになった。あれが人溜まりに向けられたものなら、直線上にいる人々を貫くだろう。

 

 そして、既に〈目標〉に接触したのだろう。

 

 もう()()のと迷っている暇はない。タイムリミットは既に迫り始めている。

 グレンが即座に命令する。

「ノエル! やれ!」

「わかりました!」

 グレンからの命令を受諾すると、ノエルはそのまま結界に手を触れる。そして数秒、その触れた部分が赤くなっていく。そこを起点に回路(サーキット)の線が一人分潜れる程度の丸の外周を作り、内側を赤く染めていく。完全に染まるまで10秒もなかった。色が抜けると、そこには赤い線で縁取られた穴が出現する。そこだけ結界が無効化されたのだ。

 

 魔術師はこの光景を見て、こう称するだろう。

 

 

 〝神業〟と。

 

 

「お兄さん、行きましょう!」

 ノエルはその事を誇ることもせず、ただ兄を急かすのみ。非常識極まりないノエルの魔術を見慣れているグレンであっても、時折周囲の人を不憫に思うことがある。いくら追いつこうとするが、たった一手でその成果、努力を覆らせられる。

 非常識なノエルの魔術に、グレンは一瞬冷静になる。

「――あぁ、ノエルがこの場に居たことが、運の尽きだな……」

 誰に言うとでもなく、自分の幸運と、相手の不運を呟いた。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

 廊下には人が居ず、閑散としている。本来は休校日だ、人がいるのが異例ではある。

 そこを音を立てずに走る2人組――グレンとノエルだ。ノエルが足元に魔術を行使し、本来廊下に響いているはずの足音を消しているのだ。

「ノエルはどこに向かう」

「まずは2組――誰が狙われて、誰が被害にあったかの確認をします」

「なら俺は、校内散策だ」

「らじゃ〜」

 2組へ向かうための階段と、先へ続く廊下。グレンとノエルは二手に分かれ、目的を別々に校内を駆ける。

 

 グレンは校内を捜索。ノエルは2組にて学生の確認。

 

 一分一秒が惜しい。止まることなく2組に走りその場所までたどり着くと、勢いそのままに扉を開ける。

「大丈夫ですか!」

「の、ノエルさん!?」

 生徒が驚きの表情をし、ノエルが音を立てて開けた扉に振り返る。もしかしてあいつらが帰ってきたのでは、その恐怖から反射的に結果だ。ただ見えたのがノエルであって、無事を確認するような声をかけられたがゆえに、安堵の表情を次に浮かべる者が大多数だった。

 その中で、ウェンディは思わず声を上げた。今の時間まで来ず、どこをほっつき歩いているかと思ったら2組教室に直行して来たと、驚くような、またはグレン先生が来なかったことに対する驚きが出たか。

「ウェンディさん、けが人はいませんか!」

「い、いませんわ――でも、システィさんとルミアさんが――!」

 切羽詰まる顔で必死にノエルに単純に事を伝える。ノエルはシスティとルミアが連れていかれたことに、目を細くする。

「なんで2人なんですか?」

「あ、あいつら、ルミアちゃんのこと狙ってたけど……他のやつがシスティのこと連れ去ったんだ!」

「システィさんが1人に詰め寄ったんですが、ライトニング・ピアスを掠めるように撃たれて――」

 なるほど、気が強いシスティの事だ。何が目的なのか問いただそうと詰め寄ったのだろう。そしてお返しにライトニング・ピアスを使われた。後の展開は安易に想像できる。まともに死の恐怖を味わったことも触れた事もない生徒だ。そこに理解が及んだ瞬間、一瞬で混乱が駆け巡ることだろう。そしてライトニング・ピアスを再度使われて、場が沈黙する。テロリストの常套手段だ。

 そこまで思考が及んだところで、ノエルは情報を整理する。

 

「目標はルミアさんですか……」

 

 だったら、ルミアが魔術の何を握っているというのか。

 考え込むノエルに、カッシュが問いかける。

「の、ノエル……先生は無事なのか――?」

 本気で心配するような声だった。見れば他の生徒も、乗じてノエルにグレンの無事を告げてくれると懇願するような視線を向けていた。

「あんなので止められる程、お兄さんはヤワじゃありませんよ。だから私がここにいるんじゃないですか」

 根拠という根拠が存在しない、曖昧な口語(こうご)。しかし、妙に納得させられるような意味合いを含んでいた。ノエルが不敵に笑う。

「あれですか、お兄さんを確実に殺せると思って、もうこの世にはいないとか言ってたんですね?」

「そ、その通り……」

 だからこそだ。いくらグレンが相手でも、ライトニング・ピアスを連続で行使できるような魔術師が、仲間が始末したといえば、説得力は過分にある。告げられた仲間の腕も相当なものと意図せず連想できてしまうのも当然と言ったところだろう。

「まあ、お兄さんの実力を見誤りましたね。1人()()返り討ちですよ」

 兄を誇るようにノエルは微笑む。その様子を生徒は、何故グレンをここまで信頼出来ているのかが不思議でたまらない。確かに技術はあるが、身体が明らかに追いついていない。

 最低限の事を確認しを得ると、ノエルは前扉を開け、振り返る。

「皆さん、ここから出ないでくださいね」

 言われなくともそのつもり――恐怖が先行し、その場に行ける気もしない。変な気を起こさないように、忠告する形だ。

 

 廊下に出て扉を閉める。あるのは、静寂に支配されたアルザーノ学院が舞台の〈ダンジョン〉だ。

 

 

「向こうが遊戯気分というのなら――」

 

 

 

 

 

 

 わたしもあそんで差し上げますよ。

 

 

 

 

 

 

 ノエルの目が紫色に煌めいている。

 

 

 →00:09:55

 

 

 

 

「――黒魔改、【イクスティンクション・レイ】!」

 

 

 

 

 その呪文が唱えられた瞬間、目前に大量に(たむろ)していた骸骨達に破壊の本流が襲った。

 

 詠唱者は、グレン・レーダス。

 

 黒魔法最高位に位置する最高難易度の魔術を、第三階位(トレデ)であるグレンが行使した――。

 

 破壊が終わり視界が開けると、有に100を越えようかという程の骸骨の軍勢が、射線上にその破片と無残な姿を残すのみで、一匹たりとも動くモノを残すことはなかった。骸骨の背後、直線上にあった外壁――学院の廊下の壁も見るも無残としか言いようが無く、皮肉にも晴天と言わんばかりの空を大パノラマで御鑑賞できた。あとは柵を設置してしまえば、アルザーノ魔術学院の大空鑑賞テラス?の出来上がりだ。

 その大穴から、風が流れ込む。戦いで火照った肌を冷やしていく。

 

「う、ウソでしょ――」

 

 その光景を間近(まぢか)で目撃したシスティーナは、そのことが信じられなかった。

 確かにグレンは技術がある。しかしそれは、学生でも使えるような魔術に限ったこと――そう思っていた。しかし、目の前で何が起きた? 黒魔法の最高位に位置するイクスティンクション・レイを、第三階位(トレデ)の先生が発動させた……? 余りにも信じ難い――事実である。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 当のグレンも、そんな魔術を発動して本来は無事でいられるはずではなかった。だが、多少息切れしていただけで、それ以上に消耗していなかった。右腕に嵌るブレスレットを摩り、有難いように視線を向けた。

「――さっそく、お守りの効果が発揮したな……?」

 魔力タンク、その他魔術に関する事柄を補助するためのそのブレスレットは、グレンに消費させた魔力分を即座に肩代わりし、補填させていた。ざっと推察するに、あと2回は()()()()()

 未だに信じられないといった顔を見せ、システィが話しかける。

 

「せ、先生――その魔法って――」

「俺だってな、これぐらいは出来るんだ。まぁ、これしか無かったとしか言えねぇがな」

 

 顔を上げ、不敵な笑顔を浮かべるグレン。

 その横顔を見てしまったシスティは、胸の中で何かが跳ねたような気がした。顔が熱くなるのを、無意識に感じていた。

 

「とはいっても、ピンチである事に変わりはない……か」

 

 そういって体勢を元に戻し、廊下を真正面を見据える。するとその方向から、カツカツとこの場に似合わない、不気味な()()が耳に届く。壁をぶっ壊した事による埃が、廊下では少しだけ視認距離を下げている。その奥から人影が浮かび上がり、2人の前に姿を現わす。

「まさか【イクスティンクション・レイ】が使えるとはな。少々見くびっていたようだ」

「そりゃどうも。あんたらに言われたところで嬉しくないかないね」

「――!?」

 システィの顔が強張る。2組を襲った連中――2人いた魔術師のうちの1人、レイクと呼ばれていた男だ。

 その男はシスティを一瞥すると、グレンに向き直る。誤算による脅威度の違いからだろう。その男の後ろを見てみれば、剣が5本フワフワと浮いていた。――あれがあの男の魔導具なのかと、察せてしまうのは歴然としたことだった。

「〈グレン=レーダス〉――前調査では第三階位(トレデ)の三流魔術師という評価だったが……改めなければいけないようだ。仲間を2人も下すとはな、誤算だった」

「おーおーそうですか、それはなんとも気味のいいことで」

「しかも、イクスティンクション・レイを使って未だに平然としていられるとは――そのブレスレットのお陰か?」

「生憎その質問に合わす答えを持ち合わせていないもんでな――で、その後ろの剣はあんたの魔導具で合ってるのかい?」

「知れたことだ。ジンが何もできずにやられたなど普通は考えられない。なら可能性として、魔術に対しなんらかの抑制ができると考えるのが普通だろう」

「あら〜、しっかりと推察されてんの……」

「考えられる事としては、起動していない魔術に対し効果がある――違うか?」

 グレンの〈魔術〉は、起動していない魔術に効果がある。事前に発動されている魔術に対して――効果は無い。男の剣を見れば、大量の魔力が(たぎ)っているのが判る。魔力を増幅させる回路(かいろ)でも仕込まれているのだろう。思わず冷や汗が出るのは当然の事か。

 グレンがシスティに近付き、耳元で呟く。

「白猫、あの剣ディスペルできるか」

「残ってる魔力を全部使っても少し足りないかもしれない……そもそも【ディスペル・フォース】を唱えさせてくれる余裕を与えてくれなさそう……」

「――ならよし」

 

 ――え?

 

 グレンの肯定に返事が出ることはなかった。

 グレンがシスティを突き飛ばし、穴の空いた壁から落とした。

 

「きゃぁああああああああ――!?」

 

 システィの悲鳴が聞こえる。

 

 声が聞こえなくなり、男が鼻を鳴らす。

「逃したか」

「流石に庇いながらの戦闘は出来ないもんでね、これが一番の最善策よ」

 悪く言えば〝足手纏い〟。生徒の無事を第一優先とするなら、この判断が最善だった。

 そして、一対一の環境が必然的に創り出される。

「……行くぞ」

 これ以上の言葉は無い。

 戦闘が始まる。

 

 

 

 

「んー、良く出来てますねぇこれ」

 

 どこから登ったか、屋根の上でマジカルスティックをその屋根に引いて、白い線を書いているノエル。回路(サーキット)ということは何となく理解ができるが、肝心の効果は不明。ノエルの使う魔術ではいつも通りのことだ。

 真正面からぶつかっても、ここを襲った面々には間違いなく勝てるほどの実力の持ち主だ。そのはずなのに、ノエルは裏方でゴソゴソと準備している。

 書き終えると、回路(サーキット)の中心に黒い板のようなものを置いた。そしてノエルが跪いて板に手を触れると、白い線が僅かにだが煌き始めた。

 

 ――起動した証拠だ。

 

 

「きゃぁああああああああ――!?」

 

 

 ある意味平和な屋根上に小さく声が響いた。

「ん? システィさんの声――」

 悲鳴にしてはどこか疑問があったような声色。――多分お兄さんがなんかしたのかな。

 グレンに全幅の信頼を置いているノエルは、システィの悲鳴を特に気にすることなく自分の作業を続ける。

 しばらくし、とある事柄が書かれた紙を黒い板の上に置くと、そのまま立ち上がる。そして、ゆっくりと青空を仰ぎ見し、

「さてと、手のひらでワルツを踊ってくれないと――」

 

 

 

 

 ――遊びになりませんよ?

 

 

 

 

 口元が悪戯っ子のように上がった。

 

 

 

 

 →00:01:09

 

 

 

 廊下には無数の線が走っている。――全て剣筋の跡だ。剣の切っ先がグレンの横を掠め、床に新たな傷を作る。

「くっそ――はえぇ――」

 辛うじて避けれているものの、まともに一振り食らえば命はない。グレンの方にも手はあるが、いかんせん詠唱に時間がかかり、その隙に剣が飛んで詠唱を邪魔させられる。

「本当に予想外だな――まさかここまで避けられるとは」

 だが男にとって、グレンに傷を一つも負わすことが出来ていないのが心外だった。辛うじて避けていることは動きを見ればわかるが、服を多少切り裂いたというのも無い。今までの経験上、このことは無かった。

 そのことに答えるように、グレンがふっと笑う。

「こっちはこれでも精一杯避けてるんだぜ……? まあ、お守りのお陰もあるがな」

 お守り。

 その言葉に男は、グレンの右腕に嵌められているブレスレットに視線が向く。

「その紫色のブレスレットか」

「うちらの妹がたった一晩で作ったシロモノだよ。全く狂ってやがる」

 妹と聞いて、男は顔を顰める。報告にはグレンと血縁関係となる家族は存在していない。セリカ=アルフォネアのところに居候しているとあった。

 だが、今その事は関係ない、思考を直ぐに払う。

 すると、次に質問を出したのはグレンだ。

「けどその剣、ただただ剣術が入っているだけじゃないんだな」

「ご名答。手馴れの剣士の技を模していたところで、その剣は想いが籠っていない死んだ剣だ。5本でかかったところで真の達人に安易に振り払われて当然だ。かといって全てを操作するのも、私は魔術師であり、剣を扱う人間ではない。ならば、自動化された剣が3本、自分で操作する手動剣が2本。この組み合わせが最も強いと結論づけた」

「自分のことをよ〜くわかっている事。ちくしょーめ」

 自分の立場を解っていて、その上で編み出した戦法。本人にとってのベスト。一番慣れている戦法はそう簡単に破れるものではないのは判っている。弱点もよく判っていることだろう。

「だけど、手動剣の()()()が普通の魔術師とは違う。変わってるな、お前」

 しかし手動剣の動きは、経験者のような動きをしている。闇雲に振り回すことはせず、ただ一点を狙いすました熟練の剣士と似たような動き――。

「……無駄話はここまでだ」

 詮索されたくないようだ。剣先が再びグレンへ向く。グレンも体制を少しだけ崩した。

 

 

 =10:32:10

 

 

「あ、お母さん」

 未だ屋根上で体育座りをして待機しているノエル。ブレスレットを通話機代わりに、セリカに通話を掛けていた。セリカは突如掛かってきた通話に疑問を持っていた。

『ノエル? どうしたんだ急に』

「いま、学院が天の叡智研究会に占拠されていて」

『何!?』

 食い気味に割り込んできたセリカ。通話越しでも焦りが伝わる。ノエルは急にあげた大声に少し驚き、身を引きつかせる。

「大丈夫?」

『変な目で見られた……て、それどころじゃない! どうしたんだ、学院は!?』

「敵は4人。お兄さんの足止め用で1人、学院を襲撃したのが2人――今はお兄さんが1人と戦っていますね。あと、内通者が1人いるんじゃないかって疑っています」

 冷静沈着に状況を伝えるノエル。戦闘中のグレンを心配している様子は微塵も感じさせない。

『内通者――? 誰なんだ?』

「推測ですけど、2組の前任者ですよ」

『……』

 セリカは何も言わない。もしかしたら、この襲撃も可能性としては考えていたのだろう。

「目的はルミア=ティンジェルさん。何かしらやろうとしているんで、ちゃんとした目的の元、襲撃を起こしたんでしょうね」

『なんだって……?』

「どうしようとしても、本人達に話を聞くしかないですよ」

 襲撃犯の目標は分かっている。ただ、肝心の目的が判らない。可能性は推察すればいくつも出てくるが、理論的根拠の無い妄想で話を膨らませても意味が無い。

 すると、セリカが唐突に舌打ちをした。

『ダメだ……転移できない』

 魔術学会への行きに使った学院の転移法陣にでも転移しようとしたのだろう。ノエルは軽く鼻で笑う。

「まあ、普通は壊されてますよね」

『今すぐ構築できるか?』

 転移法陣の構築。場所と場所を繋げる術式は難易度の高い魔術だ。尤も、セリカも短距離移動では簡単に出来るが、今回の場合は転移地点が相互で行う下準備が必要となる距離だ。

 しかし、ノエルは。

「周りに誰もいないんで、見られる心配もないです」

『ならやってくれ。形はいつもので』

「あいあいさ〜」

 気軽に承諾すると、書いた回路(サーキット)の横に転移法陣をさっさと描き始めた。その手は迷いなく、緻密に法陣を詰めていく。書き終わるまで、たった2、3分の出来事だった。

 

 

「〈定められし・内なる限界を――」

 眼前で不規則に躍動する3本の剣を避け、背後に迫る致死量に迫る2本の剣をしゃがんで避ける。

「――超えて魅せよ〉!」

 そして言葉を紡ぎ、魔術を発動させる。だが、何かが起きた様子はない。その呪文を聞き、男が目を細める。

「見たことの無い魔術……誰のだ?」

「さぁ? アンタには教えてあげねーよ」

 軽口を投げ、グレンは男からの問いかけに飄々と返す。服には避ける際に床などに擦って出来た跡はあるが、皮膚まで届いているような切り傷は一切存在していない。

「だが、私に攻撃はできていないようだ。それを唱えたところで、何かが覆るのか?」

「やってみなきゃわかんねぇよ」

 グレンが男に突撃する。男は口角を引きつらせた。

「とうとう自暴自棄になったか――なら、その希望に応えようでは――」

 

「〈雷精よ・幾多の閃光を纏い――」

 

 グレンが詠唱する呪文に、男の背筋に悪寒が走る。

 

 剣を自分の前に動かし、口も動かす。

 男に向かい、曲げられた肘を伸ばし指先を向ける。

 

「――刺し穿て〉!」

「〈飛ばせ〉!」

 

 指先から青い電撃が目に追えないスピードで一瞬にして男に迫る。防御のために剣を前に出したが、少しだけ間に合わず斜めで電撃と衝突する。その瞬間衝突面がスパークし、電撃が剣から反射すると、天井や壁に幾多の雷が飛び散る。あたりが一瞬青く光っただろう。その飛び散った先には黒く焦げた跡があり、男は思わず目を開かせた。

「貴様……!?」

「――ほんっと、ノエルの発想力には手も足もでねぇな」

 諦めがついたように口元に笑みを浮かべるグレン。男はその表情を驚いたように見据える。

 だが振り回されるだけでは無い。男は言葉を続けた。

「〈刺し穿て〉!」

 一説詠唱のライトニング・ピアス。対しグレンは言葉を紡がれる前に懐に右手を入れており。

「【ウェーブ・シールド】!」

 カードを眼前に突き出すと、そのカードの表を中心に半円状に青い膜が出る。直後ライトニング・ピアスが衝突すると、吸い込まれるように一点がヘコみ、その箇所を中心に膜に波紋が広がる。一目見ても、一閃が膜を貫いた形跡は無い。

 その直後、剣がグレンに迫るが、自動剣は真正面の膜によって攻撃することが叶わず、膜に新たな波紋を生み出すだけ。手動剣はそもそもグレンが意識をそちらに集中していたがために呆気なく避けられる。

「〈猛き雷帝よ・極光(きょっこう)の閃光以て――」

 次節、グレンによる詠唱。男は速攻で魔術を唱え始めたことに危険度が振り切る。右手を引くと膜が薄くなり、左手を突き出すと。

「――刺し穿て〉」

 詠唱が完了する。瞬間、一閃が男に跳ぶ。

 指を動かして操作、手動剣を眼前で交差させ、グレンのライトニング・ピアスを間一髪で弾く。

 

「【トライ・レジスト】までエンチャント済みかよ。どれだけ用意周到なんだお前ら――」

 

 呆れたように男を見据えるグレン。次々と出した手が、尽く実を結ぶ結果に繋がらないことに、表情が苦くなる。

 対して男は、グレンの行動に驚愕を持って目を細くしていた。

「何故だ――――」

 

 あの〈ショック・ボルト〉と〈ライトニング・ピアス〉を掛け合わせた魔術は一体なんだ。しかも、剣に当たればその魔術は解除(レジスト)される筈が、されずに弾かれた。その事実は男に()()()の疑問を浮かばせた。

 二つ目はその後の魔術行使の連続だ。あんなに連続で行使していれば、魔術発動における体内の瞬間魔力消費許容キャパシティ*2――マナ・バイオリズムが完全制御状態であるLOW(ロウ)から、キャパシティ限界のCHAOS(カオス)に振り切れ、発動すらできなくなっていた筈だ。その筈が、一切の異変を来すことなく発動できていた。つまりは、自分自身のマナ・バイオリズムを完璧に把握し、なおかつ魔術行使による振れ幅を自ら管理していた。

 ――普通の魔術師がやれるような行為では無い。

 

「貴様、何者だ……」

 

 命がかかったこの一瞬における出来事に対する判断力。その後の展開と、行動の先読みに対する適切な魔術の行使。教える立場に居る講師では到底たどり着くことがないであろう修羅場を、〝引き分け〟という形で持ってきた。

 一介の学院における魔術講師という立場を凌駕している。

 

「ただの魔術講師だよ、非常勤だけどな」

 

 だが、下調べしていたこととなんら変わらない事実を――職を崩すこと無く言い切り、ただそんな人間だとしか言わない。お前のような非常勤講師がいるかと問い詰めたくなるが、今そのことをする意味も無い。

 

「でもまぁ」

 

 すると唐突に。

 

「全部手のひらの上で踊ってみるのも悪くはないな」

 そう言い捨てて、男に向かい走り出した。

 

 

《可能性無き可能性を》

 

 

 グレンの行動に、男はデジャブを感じた。しかし、此方(こちら)にとってもチャンスであることに変わりはない。そして、必然的に攻撃を仕掛けるしかない。もし仕掛けなければ――自分が()()()()()()

 

 

《信じる者達に捧げよう》

 

 

 縦横無尽に飛び回る剣がグレンを襲う。

 一振(ひとふ)り。腹を搔き切る軌道。

 右に降られたのを見て、咄嗟に切り返せないよう左に飛ぶ。

 

 

《可能性を以て壁を撃ち払い》

 

 

 二振(ふたふ)り。着地を狙った真上からの上段切り。

 場に留まらず、飛んだ勢いで床を転がり、大穴の端の壁にもたれるように立ち上がると、ぶつかった反動で1メートル戻る。

 

 

《信念によって道を創る》

 

 

 三振(みぶ)り。使い果たした手動剣の代わり、自動剣3本が前から迫ってくる。それらが全て、5メートル以内。不可避だった。

 

 ――ブースト

 

 〝人〟である限りは。

 

 

《見せて差し上げよう》

 

 

 グレンが飛び出す。剣は一つにでも切られたら行動不能に落ち入れる。狙われている場所が悪い。

 法則性が無く、ただ急所を狙った剣筋。頭、胴、足。

 

 単純だ。

 頭に飛んできた剣の柄を右手で掴み、残り2本を振り払う。

 秒にして、0.2秒未満。

 

 左手を懐に入れ、男へ走り出す。

 

 

《誰もが信じ得なかった結末は》

 

 

 男が右手を突き出す。

「〈目覚めよ刃――!」

 

 グレンは懐から手を出した。

 魔術は、発動しない。

 

 ――なっ

 

「〈力よ無に帰せ〉――!」

 そして聞こえる、解除呪文(レジスト・スペル)

 

 

《人が居て初めて成し遂げられることを》

 

 

 

 

イクスリフレクション(全てを跳ね除け)ポシビリティオーバー(可能性を超えろ)

 

 

 

 

 一点へ向かっていた4本の剣が制御を失い、地面へ金属特有の甲高い音を半壊する廊下に響かせる。

 気が付けば、そこにはずっと風が吹いていた。右手を突き出し息を切らしたシスティの髪が揺れている。再度火照る体を冷やしてくれていた。

 至近距離で向き合う足の間――床に数滴、血が滴る。

 

「――見事だ」

 

 静寂に包まれる場で、男――レイクが1人でに話し出す。彼の目前には、グレンが右手で突き出した剣を――急所の左胸部を貫いて、そのまま佇んでいた。その剣から、彼の血が滴っていた。

「胸糞悪いことさせやがって……」

「――――愚者か……そうか、なるほど」

 床に落ちたタロットカードの〈愚者〉を一瞥し、納得、してやられたとグレンを再度見る。

 

「つい最近まで帝国宮廷魔導師団に、凄腕の魔導師殺しがいたそうだ」

 

 思い出しかのように、ぽつり。

「如何なる術理を用いていたのかは知らぬが、魔術を封殺できる魔術を持って、外道魔術師を一方的に刈って廻った帝国子飼いの魔術師」

 グレンは表情を変えること無く、聞き入っている。

「活動期間はおよそ3年。その僅かな期間で殺した外道魔術師の人数は明らかになっているだけで24人。そこに名を連ねたのは敗れるとは想像もつかなかった凄腕ばかり。裏の魔術師の誰もが恐れた魔術師殺し……」

 

 

 コードネーム――【愚者】

 

 

 レイクの話が終わる。小声のようで、僅かに廊下で響いていた。

 聞きに徹していたグレンが口を開く。

「なにが言いたい」

「さぁな……」

 はぐらかすレイク。グレンはそれ以上に追求することもない。そして、レイクの首が力無くカクンと動く。

 彼を貫いていた剣から手を離すと、レイクの亡骸が仰向けに倒れる。一生の最後に、悔い無き戦いを出来たからなのだろう。死相にテロリストのような面影は無かった。寿命によって死んでいく、老人のように達観した、安らかな死に顔だった。

「先生……」

 グレンの後ろから声がする。その光景を見ていたシスティだ。肩越しで振り返ると、不敵に笑う。システィは思わず頰を赤らめた。

 

「は――ぁ――」

 

 そして、

 

 

 ごぼぅ――

 

 グレンは血を吐いた。

 

 

 な――

 突然の出来事にシスティは声を上げることもできなかった。グレンが壁にもたれかかりながら崩れ落ちていく。

「先生っ!?」

 変わった様子を見せなかったグレンの体調の急変。慌ててグレンの元に近付いていく。

「案外大したことないと思ってたが……こりゃ、まずったなぁ――――ぅぉ!?」

「喋らないでくださいっ!」

 サイド吐血するグレン。急な変化に、これ以上喋ったら危険とシスティは直感で察していた。全身から汗をかいているグレンに、システィが手に触れた。とても冷たかった。

「これは――マナ欠乏症!?」

 魔術の連続行使により、体内のマナ保有量が急激に下がった状態――――マナは生体エネルギーそのもの、魔術というのは、保有するマナが生み出した魔力を使用して行使できている。保有する魔力を超えて、身の丈に合わない魔術を発動させてしまうと、マナを不足した魔力分消費してしまう。

「予想より多かった、な――」

 使ったことのない魔術を合間に織り込んだ事で、保有する魔力の管理を見誤ってしまった。そのため予想以上に魔力を消費し、不足分をマナで補ってしまった。

「しっかりしてください、先生――っ!」

 しかし原因は、それだけではない。

 人間が動ける限界――グレンが動ける限界を超えて体を動かした結果、筋肉の損傷により体内で内出血を起こした。身体が追いつかなかったのだ。この体調で剣を振り回した瞬間――それがトドメとなった。

 それとノエル考案の魔術が、予想以上の速さで魔力を食らっていった事。ブレスレットへの貯蓄分もすっからかんになっている。だからこそ、マナ欠乏症に陥り、吐血したのだ。

「眠っちゃダメです!」

 悲痛な表情を浮かべ、システィはグレンを揺さぶる。すると。

 

「あと、任せる――」

 

 

「もう、分が悪すぎますよお兄さん」

 

 

 後ろ。システィは思わず振り返った。

「ほら。お兄さんを運びますよ、システィさん」

 昨日とその態度を変える事なく――この場ではそれがなんとも頼もしく感じる、ノエルが背後で見下ろすように立っていた。

「ノエル――」

「早く運んで処置しないと、お兄さん天国()()()()()

 システィの横を抜け、既に気を失ったグレンの脇を抱えて立ち上がる。システィも慌ててふくらはぎを抱え、保健室へと連れて行く。

 

 

 

 

――全ての勇ましき心よ 安らぎに満ちた世界へ 安寧を経て永く眠れ

 

 

 

 

 

 →00:12:59

 

 

「……一先(ひとま)ずは命の危険からは脱しました」

 

 グレンが横たわるベッドの横で、座りながら手を触診しているノエル。診察結果を告げ、その後ろで告知を待っていたシスティは安堵の溜息を吐いた。

 当のグレンは、すっかりと顔色が生気を取り戻し、健やかな寝息を立てていた。あの圧倒的不利な状況の極限状態から勝利をもぎ取ったのだ。マナ欠乏症に陥ったのを含め、相当に疲労が溜まっているに決まっている。

 その傍らには、謎のキラキラしている宝石らしき正四角形のモノが置かれている。多分、グレンに何かをしてくれているのだろう。

「先生……」

 システィは、グレンを心配していた。穴から放り投げられ、咄嗟に着地するために魔術を使わせる。先頭の場に登場させ、不意を突いて【ディスペル・フォース】を詠唱させる。心外だが、グレンの思考をトレース出来ていたから自分で行動できた。

 雌雄が決した時、グレンの体を見て安心できていた。それが終わった後、急に吐血し倒れた。心中穏やかなものではない。

 彼女の様子を傍目に、ノエルが口を動かす。

 

 

「システィさんは、お兄さんについて知りたいですか?」

 

 

「え――?」

 思わぬ声が出た。

 先生について、一体何を?

 ノエルはシスティの肯定を待たずとして、1人語り出した。

 

 

 

 

 当時、帝国宮廷魔導師団に所属していたお母さんが、ある事件で家族を失った幼い男児を気まぐれで拾ったんです。その男児が、今のお兄さん――私がお母さんに養子として引き取られる少しだけ前の出来事です。

 

 そのあと、生きるための手段としてお兄さんに魔術の手解きを始めたんです。お兄さんもその不思議な世界に惹かれて、魔術のことに勤勉になり、お母さんに自主的に教えを請い始めました。

 魔術師として抜き出た才能が無かったのは、そのときに隣で見ていた私も判っていました。でもお母さんは、家族同然に愛情を注いでいました。

 

 月日が経つと、お兄さんはここの学院に、異例の12歳で入学しました。

 

 

 

 

「システィさんとお兄さんって、似てるんですよ」

「どこが――?」

「お兄さんも、魔術が好きなんです」

 その一言が信じられなかった。

「メルガリウスの魔法使いを見て、お兄さんも魔術に興味を持ちましたから――システィさんも大体同じような境遇じゃないですか?」

 どこか親近感をグレンに感じた。あんなに口と態度では嫌だ嫌だと言ってるのが、まるで子供のようだと。

「研究者になるほどではないですけど、正義の魔術師になりたいと決意させたほどに、お兄さんにとって大事な物語です」

 

 

 

 

 その時期から、お兄さんの魔力特徴(パーソナリティ)も判ってきました。変化の停滞、停止に関しての術式に親和性があったんです。でも、魔術は変化を促すモノ――必要の無い物だったんです。

 

 卒場が迫ったとき卒業論文に何を書こうか迷っていたお兄さんは、自分の魔力特性を利用してある論文を発表しました。一定の範囲で魔術の行使を完全に無効化する魔術――固有魔法の【愚者の世界】です。

 

 でも、

 

 世の中の魔術師達はこぞって馬鹿にしたんです。魔術を無効化するなんて、魔術に対し喧嘩を売っていると思ったんでしょうね。誰もその論文を取り合わなかった。挙げ句の果てに、その論文は火に焚べられました。

 公にはお兄さんが術を作ったとはされていません。名目としては卒業しましたけど、実質的には退学になりました。

 

 ですけど、その論文に目をつけたのがいたんです。

 

 それが、帝国宮廷魔導師団。お母さんが所属していた組織です。

 

 愚者の世界の唯一無二の有用性を見出した女帝の懐刀の組織は、お兄さんを密かにスカウトしたんです。

 

 お母さんが泣いて喜んでいたのを今でも覚えてます。お兄さんが頭を撫でられて照れ臭そうに俯いていましたね。

 

 でも、あそこに入って、お兄さんは魔術が嫌いになったんです。

 

 やることは、外に下った魔術師を無力化し、暗殺すること。またはその手伝い。最初は正義を掲げて活動して、お兄さんもやりがいを感じていたんです。

 

 順風満帆でした。任務を終えて帰ってくると、褒めてくれる人がいる。人を救っていると実感があった。それがお兄さんにとって何よりの喜びだった。

 

 3年経って、後ろを振り返りました。

 

 あったのは、魔術師の死体だけ。

 正義を貫いていたのに、何より自分が、一番人を殺している。

 

 気付いてしまったんです。そして、大事な人を(うしな)って。

 

 そしてお兄さんは、人と――魔術と関わることを辞めたんです。

 

 

 

 

「そして今、お兄さんはここにいます」

 そうノエルは締めくくった。

 システィの口から掛ける言葉が見付からない。

「こんな事って――」

 自然と拳が握られて、震えていた。

「お兄さん、悩んでました。大事な人すら護れなかった自分が、ここに立っていていいのか、悩んでました」

 自分の悩みが、なんと些細なことだったのだろうか。目の前で寝ているグレンと比べたら、ちっぽけでしかない。人の生き死にを間近で見続け、自分がなりたかった魔術師との剥離に気が付いて、心が折れてしまった。余りにも残酷だ。魔術が好きだと自他共に豪語できるシスティも、思わず動揺を隠せない。

 そのことを訊いた上で赴任初日を振り返ってみれば、あの態度も納得できてしまう。側から見れば、ただサボりたいだけのダメ講師と言われても文句の一つも言われない。だが事情を知ってしまうと、どうしても魔術との関わりと断ちたいという態度に見えてしまう。

 

「さてと」

 

 ノエルが椅子から立ち上がり、出入り口に歩き出す。

「私はちょっと行って来ます」

 すると、扉の開く音がする。

「システィさん。お兄さんのこと、見守っててください」

 システィは静かに、振り返ることなく頷いた。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

不気味なまでに静かな廊下。既に鎮圧したと言ってもいいのだろうが、テロ騒ぎがあってからではこの静けさもどこか恐怖を感じてもおかしくない。

 静寂が空気に漂うその中を、ただ普通に靴音を鳴らしノエルは歩いている。

 

「全く、面倒くさいですね〜」

 

 だが、今のノエルに緊張という二文字が存在していない。マイペース故に成せる技か、何も知らないだけの無知なのか。誰も答えることはできないし、ノエルにしか答えは出せない。

「転移とか、多分そういうことなんですね。大体の検討はつきますけど」

 しかし、計画を知るくらいの時間はノエルにあった。今迄(いままで)どれだけぶっ飛んだ理論で魔術を扱って来たとでも? そう考えれば、ノエルにしか見えていない〝魔術〟が理解できるだろう。『なんだこのキチガイ(まじゅつ)』とだけは。

 

 屋根の上で描いていた回路(サーキット)込みの魔術。答えから言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()モノ。

 使用者のマナと魔術特性から、その使用魔術の種類。敷設されている術式の全てを覗き見できてしまう。挙げ句の果て、隙間を縫うように干渉し、根底から書き換えてしまえるという魔術師にとって悪夢のようなモノ――ノエルオリジナル魔術【マナメーター】を描いていた。

 セリカでさえ、理解するのに時間がかかる程にシンプルに簡略化され、描く時間が比例して少なくなるというおまけ付き。そこに何処からもってきたのか黒い板を設置すれば、あら完成。

 ――という、ふざけたシロモノ。

 範囲を学園全体に指定していただけあって、場所の目星――ではなく、()()()も判っている。

 

 目的地は、転移法陣が敷設してある、通称〈転移塔〉。

 

 覗き見してみれば、あら不思議。転移法陣の転移場所が変えられているではありませんか。更に見てみれば、生体マナ反応が2人。1人は転移法陣の上に、1人は少し離れた片隅に。転移法陣の上にいるのはルミアで間違い無いだろう。誘拐という目的からすれば、なんとも理にかなっている。

 ただしもう1人、転移法陣から伸びた先にある法陣の上で立っているというちょっとおかしな状態。気になってその足元のヤツを解析してみれば。

 

 白魔義(しろまぎ)【サクリファイス】

 

 別名、換魂(かんこん)の儀式。魂を喰らい、莫大な魔力を生み出す術式。

 釣られるようにその人のマナを調べてみれば、一定時間で生み出される魔力の量から逆算して、この()()()()()()()()()()だけの威力が出るという算出が☆PONG☆(ポン)*3と出る始末。何故そんな威力が出るのかは話を聞かなければ判らないものだが、これはメインとは外れたサブターゲットなのだろう。

 そしてその塔を守護するかのように、本来は学院の風景にバラバラと散らばって擬態し、緊急時に石片が集まって構成される人型の〈ガーディアンゴーレム〉が不自然と集まっている。

 疑惑は確信に変わった。

 

 

 

 

 まあ要するに、ルミャーをサラダバーしたい(ドヤ顔)

 

 

 

 

 笑えよ。

 

 

 →00:09:59

 

 

 物事を知ってさえのんびりと廊下を歩き、目的地である転移塔に近付いてくると、なにやら重そういな足音が聞こえてきた。もしかしてもなく察せてしまうだけの材料をノエルは持っているゆえ、特に反応することも無し。

 塔が一望できる場所に着くと、やっぱりといっていいか、ゴーレムがわんさか闊歩していた。これだから機械管理は(検閲されました

「重要な場所には門番がいるのはお約束だけど……多すぎませんか……」

 創作の冒険譚にも、重要な場所の手前では強敵となる門番がいるのが当たり前であってですね。ただしかしまぁ、いかんせん数が多い。過剰ではないかと叫びたくなるが、場所が場所(アルザーノ魔術学院)だから、重要性もわからんではない。むしろ帝国を帝国足らしめるその心臓部である学院の警護はこれぐらいあって妥当だと納得してしまう。

 とりあえず塔が視認できる付近にまで来たのはいいが、一歩進めばゴーレムによる☆鉄拳制裁パンチ☆が飛んで来るのは目に見えている。もし当たったら()()()()()()()()()()()()してしまう。それはなんとしても避けなくてはいけない。 

 

 けど、それ以上に。

 

「ぶっ壊して進むのも、なんか気がすすまない――」

 ゲーム感覚で事を運んでいるノエルではあるが、本人の実力からしてもゴーレムを蹴散らすのはいとも容易い事。ゴーレムを伝家の宝刀イクスティンクション・レイすれば、道は開かれるだろう。余波で塔に根元に当てなければの話ではあるが、そんなミスをするノエルではない。壊したら壊したで、学院からなにを言われるかわかったものでもない。緊急事態だったからと言ったら納得してもらえるだろうが、そのあとのゴーレムの復旧作業を考えると、なんか申し訳が立たない。

 それ以前に、それだけで進めるのは芸がない。なにか違った方法を――。

「そうだ! ()()()()()動けなくすれば予想外になる!」

 ――取ったほうが面白いんじゃ無いのかね?

 ノエルの中にある天使でも悪魔でもない自分自身の囁きに手段を委ね、勢い任せに突き進み実行した。

 

 「THE WORLD(ザ・ワールド)――!」

 

 

 そう唱えた瞬間、ゴーレムの動きが徐々(ジョジョ)に鈍くなっていき、十数秒経つ頃には一体残らず機能を停止した。魔術で動いているようなものに対し、その供給の一切を遮断、妨害したからであり、人に効果があるものではない。決して世界が止まっているわけではないので悪しからず。もっと言ってしまえば、この魔術は(トラップ)ではなく妨害(ジャミング)系。「わな」という文字にすら掠っていない。

 そんなことは気にする以前にどっかに放り投げて『最後に殺すと言ったな。あれは嘘だ』『ウワァ――!!』しているノエル。我が道を往くと言わんばかりに、ど真ん中(王道)を塔までの最短距離で歩いていく。ゴーレムは動きを止めたままだった。

 

 ギィィ――

 立て付けは悪く無いくせに音だけは一丁前に鳴らす扉を開けると、中には2人程度が一段に並んで登れそうな螺旋階段。広いところで細長く一本だけ建っていた塔だから判りきっていたが、こうして目にすると、なんとも面倒くさいことで。

 で、目的地はこの階段を上らなくてはたどり着けない。ノエルは再度その事実を確認して溜息を吐いた。

 

 

 →00:08:47

 

 

 ギィ〜↑

「お邪魔しまーす」

 

 ――邪魔するなら帰って〜

 

「お邪魔しましたー」

 ギィ〜↓

 

 パタン

 

 

 …………

 

 

 ギィ〜↑

「ぬ、誰も言葉を返してくれませんね……」

 暫定ラスボスの間で繰り出す一人芝居。空気が読めていない。戸を全開にし、微かに入る光を中に取り込む。

 

「ノエル君……なの?」

 

 すると、ルミアの声が聞こえた。姿が見えないことから、光が届かない暗闇にいるのだろう。迷いなく足を運ぶと、床に座り込むルミアの姿が見えた。一見したところでは、外傷はない。

 ルミアもノエルの姿を見つけ、驚いたように目を見開いている。

「の、ノエル君……」

「昨日ぶりですね、ルミアさん」

 そう人懐っこい笑顔を向け、ルミアを自然と安心させた。――完堕ちとか言ってはいけない。

「足元にある不自然なものがなければ、元気なようで何よりですよ」

 床を注視してみれば、薄っすら何かが引かれている。まあ、ノエルからすれば正体も判っているから遠回しに言う必要もないが。

 

「で、もう1人居るはずなんですけどねぇ。何処ですかー」

「……バレているみたいでしたね」

 

 そう、ルミアの奥の暗闇から男の声が聞こえた。足音が近づいて、その顔が見える。二十代ぐらいの優男。柔らかい金髪で涼やかに整った顔立ちに青い瞳。好青年と言っていい。 

 

「……ヒューイ=ロスタームさん?」

「――そこまでわかってるんですね」

 

 彼――ヒューイは、ノエルの問いに少し驚いている。

 

「なら、私が来た理由って判ってます?」

「ええ、判っています。

 しかし意外なのは、僕の後任でなく、君のような可愛らしい娘さんが来たことですかね?」

「――あはは……」

 あぁ、やっぱりこの人も目破れなかった。現の身の立場がありながらも、ルミアは苦笑いを浮かべるしかない。

「それと、僕はあなたの名前を判らない。事前に聞いていませんからね」

「まあそうでしょうねぇ〜」

 ヒューイはノエルを警戒していない。真っ先に攻撃を仕掛けてくる気はないと判断していた。ノエルもそれに答えるように攻撃するそぶりを見せない。代わりといってはアレだが、床にうっすらと引かれている線を見て。

 

「サクリファイス、魔力変換からの学院爆破、ルミアさんの転送――これで合ってます?」

 

 ノエルの口から出た事柄に目を見開かせる。

「――それをどうやって? ここに来ていませんよね?」

「ちょっと調べました。私からすればここのセキュリティーも抜けちゃいますからね」

 あっけらかんと言うノエル。普通の人にもできると言わないだけまだマシ。

「ヒューイさんの役割って、どんなのです?」

「この学院に、王族、もしくは政府要人の身内。その方がもし、入学された時にこの学院とともに自爆テロで死亡させる。僕はその爆弾の役目です」

「――!?」

 ルミアが息を飲んだ。

「どうして!? どうしてですか先生!?」

「すいませんルミアさん――僕は最初からこの目的のために、十年以上前からこの学院に在籍していたのですから」

 嘘では無いのだろう。そして、嘘を言うつもりもないのかもしれない。

「で、なんでルミアさんは転移法陣の上にいるんですか?」

「ルミアさんは少々特殊な立場なんですが、上層部が大変な興味を持っているんです。学院を爆破するのも、長期的に見て帝国に損害を与えると見積もっての腹積もりでしょう」

 まったく、狂っている。

 常人からすればそう理解せざるを得ない。何を目的とし国と対立するのか。その理由が魔術に対する価値観の相違によるもの。帝国に打撃を与えられるなら、自ら命を捧げても構わない。

 それが魔術の発展につながり、我らの存在に繋がっている――。

 でもノエルは、改めて聞いた闇に対して動揺することもせず、ただ聞いていただけ。ヒューイはその態度を少し疑問を抱いた。

「もしかして、何か手を打っていたんですか?」

「いえいえ。だーれも気付いていませんでしたよ?」

 そこに関しては間違いない。結界の設定が変更されているのも、誰一人として気が付いていなかった。判っていたら2組を休校日に授業を設定していない。

 だが。

 

 

「でも――みーんな、気が付かない内に私の手のひらの上で踊っていたんですよ」

 

 

 

 

 学院で発動していた魔術。全部少しだけ変化させていたんです。

 

 

 

 

「私が糸で操れるかのように、全部操作できるようにしていましたからね。万が一の危険も起こりませんよ」

 

 グレンは何故一振りも貰わなかった?

 あの〝電撃の閃光〟は、何故解除(レジスト)されなかった?

 ゴーレムは何故一言でその動きを止めた?

 

 判らない汗が出るのをヒューイは感じていた。ルミアも、何を言っているんだろうとノエルを見て目をパチパチさせていた。

 

 二人の視線を集めていたのを気にすることなくポケットに手を入れると、一枚の白いカードを取り出して表面を見せた。

 

「お母さんから一人で名乗ってもいいって言われてるんでこれくらいはできないといけないですからね」

 

 

 

 

 白と黒だけで表記された、タロットカードの21番目の図柄――〈世界(THE WORLD)〉。*4

 意味の一つを、()()

 

 無駄な色は付かない、白と黒を有す中立の立場で有り続ける。

 

 

 

 

 つまりは、セリカ=アルフォネアが〈()()()()()()として、ノエルを推していたということ。そして、それを()()()()()()()だけの実力を持っているということ。

 

 ヒューイの顔が少し俯いた。口を見れば、若干笑っていた。再度顔を上げれば、清々しい表情をしていた。今までにあった事を彼は知る由もないが、察してしまったのだろう。

 

 このまま法陣が発動しても、()()()()()ということを。

 

「いつからですか?」

()()()()()()()()()です」

 

 穴を開けたそのタイミング。その時に手を触れていた。穴を開ける僅かな時間で結界を既に掌握していた。そして屋根上に敷設したマナメーターの範囲は、()()()()()だ。

 

「さて、茶番劇の終わりです」

 

 そう告げて、ルミアが中央に座る法陣に手を触れる。すると、引かれた線が淡く輝き出す。外周から内側へ、侵食するように。たった十数秒間だった。ルミアとヒューイの下に光が届き完全に線が書き換えられると、光が周囲に砕け散った。

 それは、見たことの無い光景。空に漂う淡く光っているガラスのようなカケラ。全部線が砕けて出来たもの。法陣の解除でこれ以上無くシンプルで、何とも言い難い現実感の無い、空想的光景。

 そして、小さく砕けるように霧散した。

 

 

 

 

 呆気なく、この事件が終わりを告げた瞬間だった。

 

 

 

 

 空に浮かんでいた光を、ヒューイは悲しそうに見ていた。

 光が消え、部屋が暗闇に包まれる。

 

「ふふふ――」

 

 突然、彼は笑い出した。優しい声で、狂気は感じられない。彼の目はどこか遠くを見つめていた。

「こんなに呆気なく、終わってしまうものなんですね。僕でも解除するのに十分は掛かるのに、たった十秒で終わらせてしまう――世界とは、広いものです」

 諦め。やはり本物の天才には敵わない。そんな意を感じた。

「急な話で、準備不足が否めなかった今回の件でも、もう少しのところまで来ていて、成功していたかもしれない」

 誰も気が付いていない。計画としては完遂出来ていておかしくなかった。だがそれを、たった2人が覆していった。

 ノエルは近くまで歩み寄り、話し掛ける。

「ヒューイさん――あなたはどうしたかったんです?」

「わかりません。でも、――どこかホッとしている自分がいます。受け持っていた生徒達を、自分の手で亡き者としなくて安心しているんだと思います」

 心に残っていた良心の呵責――どこかでヒューイは助けを求めていた。ただ一つの目的のためだけに生かされていた己の存在を、誰かに止めて欲しかった。だが、組織と繋がってしまった限り、抜け出すことは絶対に出来なかった。それが自分の人生だと、人に決めつけられていた。

 ルミアはヒューイを同情するように見つめていた。自分の担任を務めていた人が、こんな重い枷を背負って今まで学院にいたと知り得なかった。

「先生……」

「どっちにしても、僕はもう此処にはいられません」

 至極当然と言える。危うくこの学院にいる命を散らせ、爆破しようとする計画に手を貸す。幼き小人(しょうにん)に事を教える教育者としてあるまじき事態を起こしたのだ。再度この学院に講師として復職しようとしても、誰も手を取らないだろう。

 認めたくないが、ルミアも頭では判っていた。どう転んでもヒューイには法の裁きを受けさせなくてはいけない。強制されていたとはいえ、手を貸していたことは紛れも無い事実なのだから。

 

 

「お前は運が無かったな、ヒューイ?」

 

 

 すると、女の声が聞こえた。

「アルフォネア教授……」

 顔を上げていたヒューイが扉を向いていた。そこには、背を扉の横で凭れて様子を見ていたセリカがいた。

 ヒューイが気づいたのを切っ掛けに、セリカが歩み寄る。ヒューイとルミアは顔を驚きを隠せない。転移法陣は未だに復旧していないし、転移しようにも魔術学会の会場から学院までの場所が遠すぎる。下準備がなければ転移のしようがない。

「いつからここに……」

「ほんのさっきだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だな」

「え……?」

 セリカの出す答えに、ヒューイは思わず声を上げてしまった。

()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ノエルはさっさと書いて、()()()転移可能にしてしまったぞ?」

 汎用性ではなく、ただ特化させただけ。お互いを常に何かで結び、片方が引っ張るようにすれば引っ張られた方は引き寄せられる。ノエルが敷設した転移法陣とは、そのお互いが結ばれた〝糸〟を〈引っ張る〉役目を担ったモノ。対してセリカも、〈引っ張られる〉役目の法陣を敷設し、その効果が発揮されると自動で消えるようにしたモノ。

 2人が考えついた、オリジナルといっても過言ではない魔術。

「……すごいですね。私なんて手も足も及ばないじゃ無いですか」

 他人として結界のことにはエキスパートと言われている自分ではあるが、ここまでの領域には到達していない。その技術力は計り知れないものがあった。

 セリカは少し笑い自慢するようにノエルを抱き寄せた。

「あぁ、なんていったって私の養子だからな」

「――!?」

 ヒューイは驚いた顔をし、視線を咄嗟にノエルへ向けた、ノエルは笑顔を浮かべて。

 

 

 

 

「ノエル=()()()()()()、以後お見知り置きを♪」

 

 

 

 

 アルフォネア。そのネームブランドは魔術界隈で世界に轟く。

 そしてその名がついているということは――。

 

 見上げて息を大きく吐き、再度諦めたように呟いた。

 

「最初から、計画なんて頓挫しているようなものじゃないですか……ははっ」

 

 そもそもケンカを売る相手が悪すぎた。一流と言われる魔術師でさえまともな勝負にもならないような相手だった。この程度で済んで良かったのかもしれない。

 セリカはそんなヒューイを、ただ見守っている。

 

 ノエルはノエルでヒューイの様子を一瞥すると、未だ座り込んでいるルミアの元に近付く。

 不思議に思うルミアの態度を余所目に、突然、腕をめいいっぱいに広げた。

 

 

「ルミアさん。ほら、どーんと飛び込んでください!」

 

 

 なんだろう。妙に締まらないこの感じ。

 ほらほらと催促するノエル。たしかに飛び込んだら飛び込んだで安心感が得られそうではあるが、いかんせん飛びつく相手が自他共に妹として見られているノエルだ。ついでに言えば性別が違う――が、ノエルからすれば些細な事以前に一切気にしていないみたいだし、ルミアもあんまり気にしてはいないのだが。

 なんか抱きつかないと終わらなさそう――そう感じたルミア、思い切ってノエルに抱きつく――。

 

 

 ――力一杯抱きつかれたであろう、自分の身体。不思議な安心感があった。それこそ母親のような安心感――

 

 

 

 

 ――無事で良かったです

 

 

 

 

「えぇ!? ちょっと泣かないでくださいよ!?」

「ごめんねっ――ノエルくん――っ」

 何故だろう。

 耳元で囁かれた言葉一つなのに――何故、自分は肩を震わせて泣いているのだろう。なんで――

 

 

 

 

「ちょ、思いっきりぎゅーってしないでくださいぃ!!」

 

 

 

 

 ――こんなに離れたく無いんだろう。

 

 

 

 

「あ〜あ、ノエルの無自覚さが出たか……」

 その光景を呆れるように眺めているセリカ。成長しているというべきなのか、単に自覚していない――まあ、そっちが正しいんだけど。

「全く、こんな時になにやってるんだか……」

 思わず軽く笑ってしまうほどに、相反した感情がお互いを包んでいた。

 

 2人を微笑ましく眺め、ヒューイはポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕も、この光景を見ていたかったな。

 

 

 

 

 

 

 

*1
もしかして:ふ()()

*2
0を制御状態とし、100をカオスと仮定。魔術行使時に0から100のその範囲内で限界に到達しなければ魔術が行使できる。

*3
決してテニスゲームの「PONG」でも、「コマンドー」でもない

*4
〈https://taroturanai.com/img/20f.jpg〉無いだろうと思ってたら、マジで白黒だけの奴があった。何故だ




Q1:分割してあげればいいのに
A1:なにそれおいしいの?
Q2:チート持ち?
A2:回路とか色々言ってるけど、全部()()。ノエルの実力。

ふと思ったことがある。
他の小説でAnother Viewとか書くの、なんかエロゲみたい。

ノエルの外見がなんだかんだ定まってきた。
エピローグの時に画像付で公開予定。
カスタムキャスト? 知らない子ですね……(PCを弄りながら

アンケート:
自由にやりたまえが一番多かったね。まあ、基本1万字をベースにやります。(必ずとは言っていない)


12:00
ライトニング・()()()→ピアス
自然すぎて意味が普通に通じそうなのが。現に自分が。

7:50
事前に見直してたから重大すぎたところは修正済み。
ヤベェ見落としあったけど。天の叡智(えいち)智慧(ちえ)

2019.08.11
投稿時点での文字数。31,038字。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

008.01-07:Epilogue_雨の影の下界のメア

 

 

 

 

 雨の影の下界のメア

 

 

 

 

 僅かに灯る光が、ほんの少しだけ窓から漏れる。その光が何を照らしているかは、外からでは判らない。子供に親が絵本を読み聞かせているかもしれない。1人の研究者が、時間を忘れ夜通しで論文を書き上げているのかもしれない。僅かな想像が無限の可能性をその光に見出(みいだ)す。街を照らす青白い月光は、街に流れる静寂を色で表現していた。

 

 平和な時間が流れる月光の(もと)、平和とは似つかわしくない俯いて歩く1人の姿。フード付きで全身が隠れる服を纏っている。正確に年齢を推察はできないが、その背丈は150cmはあるだろう。14、または15歳か。その足は覚束無くフラフラとしていた。だからと言って千鳥足というわけでも無い。単純に言葉で例えるならば――元気がなさそうに。

 時間が経ち、一歩、また一歩。その足取りが変わることはない。

 何処がおかしい。人を追跡しているなら、そんな感想を抱くだろう。

 

 とある路地裏の角に差し掛かった時だ。

 角から伸びる影から、手が伸びる。抵抗することなく、左手でその身を抱き寄せられた。――正確には、抵抗できなかったと言うべきだ。

 

 ――動くな。

 

 耳元で呟かれる低い男の言葉。身が一瞬で強張る。恐る恐る視線を下に向けると、右手にナイフが握られ、首元に突きつけられていた。月光に照らされ、青白く輝く白銀の刀身。男がその右手を動かせば、自分の命は無い。何を考えずとも、一瞬で察せた。

 だが、妙に冷静だった。

 男は従順な事に疑問を持たず、その場から連れ去った。

 

 たどり着いた先は、一種の牢屋。そこに1人で入れられると、後ろで鉄格子が閉まる音が聞こえた。本能で察した。悪者に捕らえられた――誘拐されたのだと。

 

 

 ときおり鉄格子から風が流れ込む。それは()()にとってとても寒く、図らずとも心中を表したものでもあった。

 

 その人影――少女は、家出をした。

 

 ある事情で元の家を追い出された彼女は、今住んでいる家に下宿として引き取られた。だが、元の家で告げられた一言で少女の心は相当に疲弊していた。

 その様子を家に住まう家族は心配していた。だが少女に、その全てが届かなかった。

 被害型の妄想性パーソナリティ障害*1――それが当時の状態だった。

 もちろんそんなことを家の人も、ましてや自分が知る(よし)もない。住まう人からの温かい言葉、心配する言葉を掛けられても、少女は全て妄想によって被害に繋げてしまった。

 

 そして、居たたまれなくなり、家を出た。

 

 家出したからと言って、当てがあるわけでは無かった。――寧ろ、そんな当てなど一切無かった。今の少女に、誰かをアテにできる余裕は一片たりとも持ち合わせていないのだから。

 

 あそこに戻りたくない。それが少女の一番の願い。もしここで死んでも――()()()

 それ程までに絶望していた。

 

 

 檻に入れられて時間が経った。夜の底冷えする寒さ。少ない枚数で石畳から足に伝わる冷たさも、少女の体温を奪っていく。

 そんな時だ。

 

 ――おい、なんだあいつ!?

 ――こ、こっちにくるぞ!!

 

 鉄格子の外から慌てたような声が聞こえた。気になってふと顔を上げた瞬間だった。

 何か肉を()()()()ような音が聞こえ、

 

 

 頭が鉄格子の奥を通り過ぎた。

 

 

 一瞬何が飛んだか理解できなかった。首から下の胴体は一体どうしたのか。忘れてきたのか。本能で目の前の事実を否定していた。だが、その認識が現実だと判ったとき、少女は恐怖に襲われた。

 歴とした、死の恐怖を。

 

 身体中から汗が噴き出すのが判る。鼓動が早くなっていた。死にたいと願っていたはずだった。それなのにいざ目前にその事実が

 

 ――う、ぅうぅぅう、うぅぅうわぁぁぁぁ

 

 そしてもう1人。餌食になったであろう悲鳴。――急に途絶え、柔らかい物が落ちた音がする。

 

 次は、自分だ。

 

 刹那、頭をよぎった考えが彼女を恐怖へと落とす。もう頭を上げたくなかった。

 足音が近くで止まる。そして、放り込まれたときと同じような鍵の開く音がした。

 身をさらに縮こませた。足音が近づいて来る。

 

 

 ――大丈夫

 

 

 頭を撫でられた。中性的な声で、声を掛けられた。

 怖がりながら顔を上げると、フードで顔を隠し全身を纏う服を纏う人。下を見ると、飛び散ったと思われる一筋の血の跡。そして多少胸部が膨らんでいたのを見て、辛うじて女性であることは判った。彼女は何故、少女がこんなところにいるのか不思議なようだ。

 目の前で視線を合わせるように膝をつき、少女の顔を覗き込む。思えば、少女の顔は酷いものだっただろう。泣いた跡に、生気の無い(まなこ)。寒さから震えていただろうし、顔も酷く引き攣っていた。

 久しく彼女自身に掛けられていなかった案じる言葉。不思議と心にスッと届いていた。

 少女は何を言われているのか一瞬理解できていなかった。言葉を反芻し、その意味を噛み締めると彼女のことを「なんで?」というかのように見つめていた。彼女は言葉を読み取ったのか。

 

 ――話してみて

 

 諭すように声を掛けた。

 

 

 数分、言葉に詰まりながら要所を独白した少女は、目から光るものを零していた。彼女にしてみれば、突拍子も無い妄想だらけと感じたことだろう。しかしそんなことを少女に説明しても理解してくれる訳が無い。被害妄想に囚われている限り、全てを敵に見てしまうだろう。

 彼女は少女の状態の正確な病名を知っている訳もない。ましてや、少女の素性を知っている訳でもない。

 それでも、ただ一言だけ言葉を掛けた。

 

 

 ――無事でよかった

 

 

 ポンポンと頭を摩られ、その手から人の温度を感じた。

 忘れていた、母親のような温かさ。慈愛に溢れる手が。

 ――誰かの笑顔が見えた。誰なのか、それは判らない。

 だが、(すさ)んでいた少女にはそれだけで十分だった。

 

 

 少女は泣き出した。

 彼女は少女を手中に抱き、ただ見守っていた。

 

 

 

 

 いつの間にか少女は寝ていた。肌寒さを感じ目を開けると、開けられた鉄格子と僅かに明るくなった外が見えた。いつから寝ていたのか記憶が無い。彼女の姿も見えない。

 起き上がろうとすると、数枚の布が掛けられていた。彼女が少女の身を案じ掛けてくれたのだろう。そのお陰か、ぐっすりと寝てしまっていたようだ。

 

 ――大丈夫ですか!?

 

 慌てたような声と、駆け寄って来る足音。誰か見知らぬ人が見つけてくれたようだ。

 

 

 死者8人。5人が魔術師、3人が盗賊という犯罪グループと判明。人身売買を主とし、警察が行方を追っていた奴らでもあった。

 死因は様々。心臓を一刺し、首を飛ばす、目を何かで穿った跡。どれもが致命傷となるもので、襲撃した者は短期で事を終わらせたかったようだ。

 救助者として、14歳の少女。外傷がないことから人身売買目的に誘拐したと思われる。

 襲撃者は救助者の証言から女と判別。しかし、それ以外の証拠がないことから立件はできないであろうというのが警察の見解だった。

 

 

 通報後、少女の保護者となる下宿先の夫婦が急いで駆けつけた。その夫婦が警察に連絡をしていたようで、その対応はかなり早かった。身元の特定も直ぐに判明した。

 

 保護されていた彼女が部屋から出た。顔を上げると、夫婦――主に夫が目元に涙を浮かべていた。静かに近づいて来ると、抱擁をされた。口々に、無事で良かった、ごめんなさい――。

 初めて、自分が愛を受けて夫婦に保護されていたのか、判った。

 

 警察署の外から出ると、すっかり日は上がっていた。快晴の空を自分の心に例えられると想像できた。

 

 

 3年前――ルミア・ティンジェルに起こった出来事だ。

 

 

 

 

 

「偶然……だよね」

 今では我が家と下宿先ではあるが胸を張って言える、その一部屋。ルミアの寝室。ベッドに寝る彼女は、天井を見ながら1人呟く。

 

 無事で良かった。

 無事で良かったです。

 

 声は全く違う。それは断言できる。ノエルとあの時の声は似ても似つかない。というか少女声なのも男としてはおかしいが――。

 それよりも重要な点で、身体が違う。あの時助けれくれた彼女は、全身が覆われていた中でも胸が膨らんでいたのが判っていた。そうなれば、そもそも男であるノエルが胸に何かを詰め込んでまで変装する必要性を感じない。むしろ女装――しそうだけど、そんな考えまず有り得ない。

 

 ただの偶然。

 

 そう自分に言い聞かせ、脳に漂う睡魔に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 SCENE 05:Epilogue

 アメノカゲ_ノ_ゲカノメア

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日のアルフォネア宅。

 

 ジリリリリリ(ぱたっ)………

 

 ある一室から鳴る目覚ましの音。布の擦れる音が聞こえ、何かポフポフ跳ねる音が続いて、ドアが開く。

 

「ふぁぁあ――」

 

 出てきたのは大きく欠伸をする、上下フワフワ水色パジャマのノエル。ポニーテールも解かれて長い髪がお尻までだらぁんとしており、完全プライベート姿の()()()()()()()()()。とってもいい(うっとり

 目をこすりながら2階から階段を降りて1階の台所へ行く。何時もならセリカとグレンがワーキャーしているのに、今日はその様子がない。それもそのはず、そもそも今日のこの時間帯に2人とっくに家を出ている。

 セリカは元々アルザーノ魔術学院の教授職に就いている。家にいない時があるのは定職に就いている者として当然のこと。じゃあ、何時もなら夜這いする相手のグレンは? 今日に限っては朝早くから家を出ている。ここ最近としては珍しく、家にノエルが1人だけいる状態だ。何だかんだ騒がしい家族も、1人だとここまで静かになる。

 いつもグレンに世話を焼いているから、1人でも自分の朝食を用意するぐらいは容易いこと。ノエル特製冷蔵庫から銭湯で売られていそうな瓶詰め牛乳と卵を3個。卵を割ってボウルに入れて思いっきりかき混ぜてフライパンにドバーッとすると、魔術で火を点けるコンロで焼き始める。どうやらスクランブルエッグを作るようだ。

 

 

 少し焼き色のついたプリプリのスクランブルエッグに、しめて500mlの瓶詰め牛乳。朝食としては量が少ないが、最高の朝食と言えなくない。特にアクションも起こすことなく、せっせと食べ終わる。食器は別の容器に貯めた水に浸して汚れがカッピカピなるのを防ぐ。

 次に向かったのは、階段を登って自分の自室――の横の衣装室。グレンはそこまで多くの服を持っているわけでもないので自室のクローゼットだけで事足りるが、ノエルの服の量は単純な比較はできないのだが、およそ2倍。まあ、部屋が服に埋もれているという訳でもないので精々使っているスペースは半分の12畳。その中でもまだ服は入るぐらいに余裕はある。――なんかドレスとかあるが、気にしない方がいいのかもしれない。

 残る半分のスペースはマットが敷かれ、室内運動が出来るようになっている。端には椅子とか姿見があるから、十分に更衣室としては――広すぎるが、兼用としての役目はちゃんと担っている。

 とりあえず服を脱いで下着だけになると、ハンガーラックからある服を取り出した。前日に一纏(ひとまとま)りにして準備していた、その服一式。

 

 とりあえず説明すれば、それは学院生の着る制服では無い。

 一般的な感覚に従って言えば、私服に近かった。

 

 その服を着込み、何も持たずに颯爽とノエルは家を出た。

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 

 

 その後の話をしよう。

 

 ノエルが()()()()()()()呆気ない終息を迎えた、天の智慧研究会によるアルザーノ学院への襲撃事件。最悪の結末を迎えずに済み、全員の無事が確認されたのは不幸中の幸いだった。

 だが襲撃した組織が〝組織〟。周囲に事実が風聴されることになれば、帝国の社会的影響は免れない。そのことが考慮され、内密に処理された。また、不要な不安を煽らぬよう一般市民に事実が伝えられる事はなかった。学院に残る傷跡の数々は全て魔術の暴発と結論付けられ、発表された。

 

 この選択が正しいのか、間違っているのか。知る人物は誰もいない。

 

 グレンは夕方まで目を覚ましていなかったが、その間にもシスティに見守れ、気が付いたら膝下でスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。起きた時にシスティの様子に目を見開いてはいたが、ノエルが何かしたのだろうと疑問を持つこともなく、こそこそとシスティに気付かれぬようベッドを抜け出した。

 なおシスティは、目を覚ましたらグレンが居なかったことに驚き慌てたのだが、扉から見える窓の外が夕空になっていたのを見て、もうこんなに時間がたった、グレンはもう起きているのでは――足元にあった靴が無いことを見て、そう確信をした。

 しばらく時間を開け、寝顔を見られたのではと真っ赤になった白猫が居るとか。

 

 

 

 

 アルフォネア宅。

 

 

「昨日は大変だったな、グレン」

 

 深夜。ノエルが作ったランプで部屋を灯し、テーブルの角っこでお互い飲んでいるグレンとセリカ。濃い一日を過ごしたグレンには、今のこの時間が比例して静かに感じていることだろう。

 グレンは溜息を吐く。

「大変だったさ。帝国から話は聞かれるわって、口止めされるわ――メインは俺が絡んだわけじゃねぇんだがな?」

「ノエルがどっか行ってたからな……まあ口止めも何にも、ノエルには関係のない話だかららどうって事もないな」

 事情を知るため、グレンは帝国からかなりの事情聴取を受けた。それこそ根掘り葉掘り。流石に自分でも判らないことはあまり聞かれなかったが、

「で、ノエルはどこ行ってたんだ? そう遠くに行ってたわけじゃないだろ?」

「屋根の上に書いていたマナメーターを消していたんだと」

 もし消し忘れていれば、あの結界は今もノエルの手中にあった。つまりあんなことやこんなことが出来てしまう(イコール)帝国への反乱以下略に繋げられてしまう可能性が無きにしも非ず。

「あぁ〜……確かにアレは消さないとダメだな」

 それ以前にあんなトンデモ、魔術世界に飛び出してみ。膠着状態の国家のパワーバランスが一気に変わる。もしかしては戦争の火種となりかねない――というのはあまりにも過剰だろうが、魔術師の立場そのものを根底から変えてしまう可能性を持っている。

 ただそれでも、問題点というか、そういうのはある。

「お前が見てもわからないだろ」

 ノエルしか作れないという点だ。拉致? ほぼ全ての人間を跳ね除ける奴が拉致されるとでも? 馬鹿なこと言うな、食べ物に釣られなきゃ拉致なんてされない。

「言うなよ。セリカだってわからないだろアレ」

「ARTPanelが出た時点で私はお手上げだよ」

回路(サーキット)は?」

「辛うじて理解はできた」

 片手をひらひらさせて「それ以上は無理」と遠回しに暗喩していた。それ程までに元となる知識があまりにも違いすぎる。

 そんなセリカをグレンは少し目を見開かせる。

「……さすが」

「見直したか?」

「それ、ノエルに言うセリフ」

「全く手厳しいな、グレン」

 疲労が見えながらも、他愛無い話をし合う。何処と無く夫婦に見える。

 お互いコップの飲料水を飲み干し、音を鳴らしながらテーブルに置いた。

「ノエルが居て、ほんと助かった」

「私もだ」

 グレン1人では危なかった。剣を操る男であれほど苦戦した、その後にノエルが動いたからすぐに事態が収拾に向かった。もし居なかったら、お守りのブレスレットなぞ無いし、ノエルが言っていた法陣の解除も出来なかったかもしれない。

「……ノエル、何処まで見えていたんだろうな?」

「さぁ? 襲撃もパズルのパーツがあったからここまで見通せていたんだろ。察しが良すぎるんだよ」

「浴室に乱入してくることがなければ、可愛い妹分なんだけどなぁ……」

「まあ、そのときは受け止めてやれよ、グレン」

「わーってるよ、もう慣れちまったからな」

 

 

 →08:41:09

 

 

 ――エルミアナ、か。

 

 屋上で1人、あの日のことを振り返るグレン。

 騒動の後日、グレンとシスティーナは帝国上層部に密かに呼び出しを受けた。そこで語られたのは、『ルミア・ティンジェル』の本名と家の都合。

 その時はグレンもシスティも驚いた。

 

 病死したと公表されていた、王女だと明かされた。

 そして、〈異能者〉でもあるということ。

 

 この国では異能者という存在が悪魔の子と忌み嫌われる存在であり、逆の扱いを受ける国も当然としてある。

 一国の王女がそう言う存在であること。それは政治的にとても芳しくなかった。結果的に帝国王室から放逐された。

 

 ルミアの素性は、これからの帝国に未来のためにも隠し通さなければならない。

 そのことを2人は、知る側として要請された。

 

 異能者。興味本位でノエルに訊いてみれば。

 

 ――魔術なんてものが存在しているんですから、今更だと思うんですけどねぇ。魔術扱える人全員が異能者じゃないですか?

 

 とても帝国とか魔術師とかに聞かせられない答えが返ってきた。さすが現実主義者(リアリズム)――なのか?

 

 

 =09:54:22

 

 

 教室は今日も騒がしい。グレンが授業時間に遅れる事は度々あったが、それよりも意外だったのが、ノエルが今まで来ていないこと。一週間連続欠席という異常事態。

 ノエル目当てに来た他クラス生徒が目麗しい藍白色が見えない事に肩を落としていたのがいるぐらいだ。何気に他クラスもその話題が持ち上がる。

 グレンに話を聞けば「アイツは今忙しい。大体一週間で来る」と、曖昧なことしか言わない。軽くその話題を受け流されてしまう。だからといって、義母のセリカに気軽に話しかける――のを試したのがいたが、グレンと同じく受け流された。笑っていたからそこまで大した事情では無いのは想像がついた。

 

「ほらー席に付けー」

 

 グレンが教室に入ってくる。先の襲撃の対応が評価され、晴れて非常勤から常勤となり就職を果たしたのだ。これで無職やらどうたらで言われることはないだろう。

 一声に生徒達が席に着くが、なにやらソワソワしている。グレンは不思議に思い眉を細める。

「……なんだお前ら、何ソワソワしてんだ?」

「先生、ノエル君は?」

 ルミアがこれまたソワソワと声を上げる。続いて生徒達もグレンのことを期待するかのような眼差しで見る。

 そう、今日はグレンが提示した一週間後。ノエルが来るとする予定日だ。

「あー……」

 グレンにとってすれば、ノエルの復帰予定日を滑らせれたのを完全に失念していた確かにそんなこと言ったなと、頭をポリポリと掻く。生徒はグレンの行動に不信感を抱く。

「……先生、ノエルはどうしたんですか?」

 ジト目を送るシスティ。

 グレンはポケットから懐中時計を取り出して盤面を見ると、うへぇと聞こえてしまうほどに顔を苦くする。。

「アイツ、何やってるんだ……? 時間過ぎてんぞ?」

「過ぎてる? 今日、ノエル君来るんですか!?」

 またもうっかり零した愚痴をルミアに拾われる。

 

 

 再度騒がしくなった教室の外、聞こえていた者1人。

「ぬ、何やら騒がしいです……」

 

 ガラッ――

 

 扉の開く音に視線が向き、その瞬間静かになった。

 

 

 藍白色の長い髪に透き通った肌。

「えっへん」

 耳障りの良い声、相変わらずの背伸びしたような態度。あぁ、いつものノエルだ――。

 

 

 ――と言いたいところだが。

 まず一点言わなくてはいけないこと。何故、()()()()()()()()

 

 白をベースとする水色のデザインが効いたヘソ出し半袖制服みたいなのに、また水色のロールアップジーンズ。ポニーテールの付け根にはかなり大きい黒いリボンが結ばれ、右にちょっとした髪留めでアクセントを添える。で、足と腕によく判らないアクセサリーが対で計4つ。

 傍目から見れば少女が着る服装なのに、男の娘のノエルが着ると似合ってしまっているのはどうなのか。欲情せざるを(検閲されました

 そして頭――何故にアホ毛が出てる? 頂点から目元の左水平まで回り込むように垂れている一本の髪。前来た時、アホ毛は無かったよな? というかいつ生えた。何気に長いし。

 

 正直に言えば、何処かの制服なのかと言われたら本気で信じれる。何処ぞの学校の先生が着ていたって何も問題はないようなあるような。

 ノエルの日常着と言われても、誰だって文句を言わない。余りにも似合いすぎているから言おうとも思えない。魅力5割増し――女子制服を贈t(検閲されました

 

 

 結論。

 なんだあの可愛いの。

 

 

 姿を確認したグレンがノエルに手招きする。釣られるように近付く。

「どこほっつき歩いていたんだ?」

「いやぁ〜」

 そうやってうっかりうっかりと手を頭に添える。チラッ以前にモロ見えのおへそがとっても眩しい。男子生徒の視線がノエルに釘付けとなる。うってかわって女子生徒、男子制服を着込んでいては気が付かなかったノエルのスタイルの良さに思わず釘付け。というか見た目が完全に美少女としか見れない。男の子として見る方に無理がある。まあそれが男の娘――。

 本人の意図せぬ間にクラス生徒の視線を独り占めし、あまつさえ奥様うっとり状態にデバフ*2を辺り構わず感染させているこの状況。収拾つかない。

「はふぅ――」

 ルミアは既に堕ちている。ノエルにうっとりしている。というか一番重症。目を離すと抱きつきかねない。

「――はっ……せ、先生!? どういうことです!?」

「どうしたよ白猫、そんなに慌てて」

 思考のオセロゲームに勝ったシスティは慌てて身を乗り出し食ってかかる。しかし意味が判らず逆に訊き返される。

「なんで制服じゃないんですか!? どういうことです!?」

「あのままでいいよシスティ! そのままでいてノエル君!」

「ルミアさん!? 戻ってきてくださいな!?」

 至極真っ当なことを喋るシスティに、常識人だったはずのルミアがGOサインを出す、それを止めようと、更にウェンディが身を乗り出すというレアな光景。思わず正気に戻ってしまうのも判ってくれるだろう。判らない? よろしい、ならばこのジョロキアというものを以下略。

「……」

「お、見惚れてんのか?」

「……否定はしませんよ、逆にこれからを考えていたんです。そう言うカッシュはどうなんですか?」

「……一目惚れしちまうよ、あんなの」

「――」

「違うからな!? なんで離れるの!?」

 在らぬ疑い(ホモ容疑)を掛けられるカッシュ、後ろを見せないようにするギイブル。

 

 

 2XXX年! 教室は混沌の炎に包まれた!

 

 

「どうにかしろ、ノエル」

「面倒くさいですよぉ……」

「なんでもいい、やれ」

 なんだっていい、こいつらを静かにしろ。そしてこの場を落ち着かせろ。どうしようもないくらいに場が荒れている。グレンはもう笑うしかないのだ。ノエルに一任もといぶん投げるぐらいには方法も手段も持ち合わせていないのだ。

 達観した顔、見て見ぬ振りをしている言ってもいいグレンの在りようにノエルは苦笑いを浮かべる。わかりましたよと息を付いて、生徒達に向いて声を上げる。

 

「みなさーん」

 

 生徒達が反応し、何々と興味津々とばかりにノエルに顔を向ける。

 

 

「静かにしないと、抱きついちゃいますよ〜☆」

 

 

 トラップカード発動。「みちづれ(みちづれするとは言っていない)」!

 男子は女子の殺意に満ちたであろう鋭い視線をその身に受け、女子はお互いを牽制せんとギロギロ殺気を周囲に撒き散らして。

 男からすれば可愛い美少女、女からすれば可愛い男の子。抱き着かれたらどちらにとってもノエルを異性に見てしまうメリットがある。デメリットはその雰囲気に当てられて意識が昇天してしまい、授業を丸々すっぽかすことができるということ。メリット? 生徒達から嫉妬でノートを見せられないから無いでしょ。被害者は未だゼロだから未検証だけど。

 とにかくだ、ノエルの抱きつきは破壊力が高い。

 ……ルミアは食堂で抱きついた? ノーカンだろ(目の保養

 

 場が落ち着いた(まる)

 

「全く、やっと話が進められる……」

 頭を抱えたいとばかりにグレンは首を横に振る。息を大きく吐いてから生徒達を一瞥すると、再度話をし始める。

「なぜノエルがこう言う格好をしているのか、だっけか? その答えは全部一週間いなかった事にも関係するんだが……」

 そう言うと、後ろと振り返ってチョークを右手に持つ。生徒達が頭の上にクエスチョンマークを浮かべるが、そんなことは御構い無しと黒板に文字を書いていく。

 

 

 

 

 

 

 ノエル=アルフォネア

 アルザーノ魔術学院()()()()に就任。講師と同等の権限を有す。

 また、本学院講師〈グレン=レーダス〉の()()()()()()()する。

 

 理由:

 生徒でいる必要は能力を見ても無いよね。いっそのこと自由にさせた方がいいのでは? ほら、みんなの妹みたいになる。

by リック=ウォーケン

 

 

承認:

保護者 セリカ=アルフォネア

学院長 リック=ウォーケン 

 

 

 

 

 

 

「客員教授と俺の補佐、だってさ?」

「しょうかく〜」

 振り返って呆れたように手のひらを上にするグレンに、胸を張って「どうだ、凄いだろう」と言わんばかりの態度のノエル。けど、どう見ても背伸びしている妹。学院のノエルに対する扱いは変わらなさそうなのは想像せずとも光景が思い浮かんだ。

 2人が〝(どう)〟としてその正反対、〝(せい)〟を貫いている生徒達。状況を端的に記せば、脳内メモリーがオーバーフロー*3を起こしたと言えるが――驚く以前に目をパチパチさせている。言葉を言葉として受け止めたく無いようだ。何言ってるかわからない? 考えるな、そのまま感じろ、つか読め。

「えぇぇぇぇぇ――!?」

 その中でも復帰が一番早かったのはまたもやシスティ。高性能のCPUを積んでいるのか、大声を上げてまた身を乗り出した。続いてルミアが目をキラキラさせてノエルを羨望の眼差しで見つめている。

「すごいよノエル君!」

「それほどでも〜」

「はぅ――」

 嗚呼、一挙手一投足に反応するようになってしまっている。また心を撃ち抜かれているよ。我慢できないとばかり、ノエルに。

「抱きついていいかな!?」

「ダメに決まってんでしょルミア!」

 で、親友(システィ)に取り押さえられている。あぁ、また場がカオスと……。

「私のせいじゃ無いですよ?」

「とりあえず落ち着かせろ、な?」

「りょうかい!」

 グレン司令の命令にサーイエッサーとポーズで肯定し、テクテク取り押さえられているルミアに近付いて。

「ルミアさ〜ん」

 その目をしっかりと見据え、微笑んで。

 

 

 

 

「大好きですよ」

 

 

 

 

「あふぇ――――」

「あぁ!! ルミアが倒れたぁ!!」

「ノエルさん! またやりましたわね!?」

(あぁ、眼福眼福)

(何やってるんですかね……)

(忘れてた……)

 

 場の収拾をノエルに頼んだのが間違いでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨は降り続ける。

 影の中で降り続ける。

 例えどんなに下であろうとも、降り続けている。

 

 ――口を開き、

 ――窓外を見つめ、

 

 ――笑いを浮かべる。

 ――我が子を思う。

 ――誰も私を、

 

 ――見つけてくれないみたいで、

 

 ――悲しく無いよ、

 

 ――思い出したく無いだけだから。

 

 

 悪夢(ナイトメア)のように、終わらない夢を見続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 01:セカイ()ノエル()ケンキュウシャ()

 

 

 

 

 

 

 

*1
持続した妄想が続く精神病性の精神障害の一種。被害型は、自分がなんらかの被害を受けていると証拠無しに思い込む症状。(出典:Wikipedia)

*2
ゲームキャラクターなどが基本より弱くなる状態、状態異常効果の総称。MMORPGなどをやっているプレイヤーからすれば日常的に使われる単語。

*3
処理できる限界を超えたことを示すコンピューター用語。一般的に言えば、「パソコンが固まる」もなんだかんだ当てはまる。




あとがき:

 伸びたのを良いことに、勢いでここまでやった。反省はしていない。

 日刊ランキングに13位で入るとか言う可笑しな出来事もあったけど、取り敢えずここまでは終わらせました。やっぱり誤字脱字多かった。天然気質なのはどうやっても治らない……。

 ノエル=アルフォネアという人物像も、ふと思い立ったことがきっかけ。なぜセリカの養子なのかも、全部勢い。特に深い意味はなかった。男の娘設定も、面白そうだ、やってしまえという特有の暴走からの発想。ストーリー上の多々ある伏線とか、全部が元々は伏線じゃないんだよね。展開的に気が付いたらそうなってた。便利というか、ただのこじつけというか。

 とりあえず作ったノエルの挿絵でもペー(3840x2160 2.64MB)

【挿絵表示】


 可愛いでしょ。
 え? カスタムキャストっぽい? 知らない子ですね……
 PhotoshopとIllustratorの合わせ技、もとい力技で作った。


 これから先の展開に少なからず不安を感じながらワイワイ書いてきます。物語を書く上での基本的な設定自体は脳内RAMに短期記憶しています。どこまで付いてこれるかな?


 追伸:
Q:感想とかで淫夢、レスリングネタとか使っていいの? ネタで思い切り暴れていいの?
A:寧ろ大歓迎だ、もっとやれ。俺も暴走するから。


 TAKUMIN_T

08.22
修正したはずなのに誤字っていた場所、一部ブラッシュアップ。

23:43
取り敢えず致命的なところは直した。ついでに表現の変更。
2019.08.18
投稿。また見逃しあるよ……直さなきゃ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

009.01-08:EX_一日担任

閑話。タイトルから察せた人がいそう。

NintendoDirectすごかった。
DEAMON X MACHINAやらせろ。ろぼよこせうえてる。
ついでにPS4MHW:IBMasterEditionStarterPackよこせ。

結果、モニターその他含め10万越え。


 

 ある日のアルフォネア宅。

 

 

 太陽が水平線の向こうから顔を出し、人々に新たな日の訪れを告げてから既に数時間。プレイヤーに甲を描いて突撃してくる太陽――は別の話だから止めておこう。

 

グレン

 

 留め金に吊り下げられた横書きの札。丸みを帯びた文字から、誰が書いたのか一目で察しがつく。

 そこへ被さるように、影が正面で立ち止まる。

 コンコン

 ――お兄さーん

 何処かで見たことあるような日常(デジャブ)とともに、ノエルが扉を開けてひょっこりと顔を出す。服は既に着替えが済んでおり、後は寝坊助グレンを叩き起こすのみ。

 

 ――のはずだった。

 

 

 ――ぅぼぁ

 ――げぶぉ

 

 

「ぬぅ、お母さんに付き合わされなければこんなことにならなかったのにぃ」

 

 時折()()()()()()()()()が両人の部屋から呻き声みたいに鳴いていた。

 室内に入ってグレンの顔を伺ってみる。どことなくゲッソリしているのは気のせいではないはず。見るからに体調不良だった。

 それもそのはずだ。昨日の夜、セリカに付き合わされ、二日酔いでダウンする羽目になったのだ。グレンの所に来る前にセリカの体調を見てきたが、そっちもいまだに酔いが抜けきっていない。家族にしか見せない姿とでも言えば良いか、強大な魔術師としてのイメージなんてこれっぽっちも持ち合わせていない。

 なお今日は、普通に平日。それなのにセリカは、グレンを連行して酒盛りしていたのだ。セリカは休みだから良いものを、それに付き合わされたグレンにとってすれば願ってすらいない迷惑千万な話。休む口実ができたというのは嬉しいだろうが、なにせ代わりに体調不良で自由が奪われているという最悪な状態。嬉しくなんか無い。

 そりゃあ、顔を見れば一発で判る。青いんだもん。

「……」

 あぁ、無理ですね。

 常任講師になって早々、休みを取ることになってしまった。原因が『セリカに連れらて飲まされた酒による〝二日酔い〟』という不名誉な事実と共に。

 

 

 

 

 EX_一日担任

 

 

 

 

「それは、なんとも災難じゃの……」

「お母さんもハメを外さなかったらいいんですけどね」

 

 アルザーノ帝国魔術学院、学院長室。その室内ではリックとノエルが2人で話していた。内容は勿論、グレンの欠席とその理由について。

 

 始め聞いた時は大層リックが驚いていた。で、その理由を聞くうちにグレンに同情していた。グレンの自己管理が出来ていないとも解釈次第では受け取れるが、セリカが有無を言わさずに連れ回したのだから予測しようが無い。

 帰ってきた時には深夜帰り。何処ぞのホテルから帰ってきたカップルだとしか言えないほどにセリカの顔はホクホクして、対照的にグレンは搾り取れらたようにゲッソリしていた。

 自室にこもって何かを作り込んでいたノエルは多少の物音は聞こえていたが、鮮明に聞き取ろうとはしていなかった。部屋を出てリビングに付いたとき、物音ひとつしないリビングに違和感を覚えたものだ。

 篭る前にリビングを見ていた時にセリカが静かに本を読んでいたのに、閉じることすらせずに失踪していた。グレンも合わせて姿が見えない。

 それでも特に気にすることせずに1人で過ごしていたら、ど深夜にこの有様。どうしろと。

 

「グレン君はセリカ君に連れ回される前に、何をしていたのかはわかるかね?」

「多分今日の授業の準備だと思いますよ。部屋に資料ありましたから」

 

 持ってきた肩掛けバッグから、ファイルに挟んである紙を手渡す。

 内容は魔術行使に関する基礎的なこと。ただ、マナバイオリズムの操作とかいうとんでもないことは書かれている。

 だがそんなことは、今までのグレンとノエルの授業からすればここまでぶっ飛んだことをするのはごく普通とも受け取れるだろう。ノエルは常識というものを何処かに置いてきているし、二組の授業を受ける生徒とリックもその事が判っているから指摘するのも今更な話だ。

 一通り紙に目を通し、顔を上げる。

「まあ、理由も真っ当なものだからの。グレン君の欠席は()()()()()ということにしようではないか」

「お願いします、リックさん」

 そして不慮の事故扱いされる欠席理由。全てセリカの責任です。

 

 

 ガヤガヤガヤガヤ――。

 

「システィ、今日の授業ってなんだっけ?」

「ルミア忘れたの?」

「いや忘れたわけじゃないんだけど……いまいち自信がなくて」

 仲良し二人組、システィとルミア。またその周りも仲良し同士で集まって、様々なことで盛り上がっている。

 カッシュはギイブルに話しかけていれば、ウェンディは隣のテレサと何かを書いている。

 何か? ――聞くな。

 穏やかな時間の流れる教室内は、扉の開く音と共に霧散し、変わって真面目な空気に早変わり――。

 

「はーい、おはよー」

 

 ――するはずだった。

 

『…………』

 

 扉が開いて一発目にかかる声、間違いなくグレンのではなくノエルのもの。で、入ってきた人影もグレンではなくノエル。そしてノエルの手の中には、普段グレンがもっている出席簿。

 いつもと違う雰囲気に、生徒が呆気にとられた表情をするのも無理はない。

 その反応を心外だというかのように、ノエルは出席簿を開くと。

「反応が無いですね……全員欠席にしちゃえ」

「ちょっと!?」

 いきなりとんでもないことを言い出すノエルにシスティが真っ先に食いついた。

 そんな私事(わたくしごと)で記録に欠席数を増やされてはたまったものではない。いやそれも大事だが、もっと大事なことを聞かなくてはならない。

「それより先生はどうしたの!? なんでノエルが出席簿持っているの!?」

「失礼な! これでも客員教授ですよ!」

「そういう意味じゃないのよ!」

「判ってます!」

「あぁあああ――!!」

 ツッコミ(システィ)ボケ(ノエル)。この掛け合いもすっかりと二組の代名詞となって慣れたものだが、それ以上に衝撃と疑問があった。

 システィの話にもあったが、ボケられてノックアウトされた彼女に変わり、ルミアが再度質問する。

「ノエル君、先生はどうしたの?」

「お兄さんは今日は欠席です!」

 欠席。その単語に教室が再度騒がしくなる。

 生徒の疑問を代弁するようにカッシュが声を上げる。

「ノエルぅ、欠席ってどういうことだ?」

「そうですわ。まさかサボりたいとかそんなんで受けたんじゃないでしょうね?」

 ウェンディの言っていることも判らなくは無い。赴任当初は面倒くさいとかいって授業を放棄していたぐらいだ。今でもその態度は時折見せているので、誰もが真っ先に思い浮かぶ疑念ではある。

「いいえ、そんな単純な理由では無いですよ?」

 ノエルが首を振って否定すると、次に復帰してきたシスティが怪訝な顔をする。

「じゃあなんだって言うの? 先生にとって真っ当な理由があるんでしょうね?」

 ならなぜ、グレンは今日学院を休んでいるのか。前日は普通にしていたのに、それが急に休むのは可笑しい。今迄(いままで)の経験則からして、何かしら理由があるはずだと。

 視線がノエルに集まる。言おうとして少し戸惑っていたが、ただの事実をありありと伝える。

「お母さんが無理やりお兄さんを連れて、お酒をたくさん飲まされて二日酔いでダウンです」

 真っ当というか何というか、欠席理由の一端に何故にセリカの名前が挙がっているのか。生徒は頭上にクエスチョンマークを浮かべている。

 同様に浮かんでいるウェンディが続きを促す。

「つまり……?」

「文句はお兄さんを酔い潰したお母さんに言ってください。リック学院長さんにも欠席理由が不慮の事故にされました」

 哀れ、グレン=レーダス。

 同時に「アルフォネア先生……」と何をやっているんだろうと残念そうな声が聞こえる。

「多分、2人とも家で胃の中を吐き出しているんじゃ無いですかね?」

 あ〜、一部から頷きが聞こえる。で、急に頭をブンブン振っているのもいる。想像してしまったのだろう。グレンはまだしも、セリカのそんな姿想像したくない。バケツかトイレに駆け込み、頭から突っ込んで☆キラキラ☆を出しているなんて光景、想像したくない。

「お母さんは自業自得ですから放っておきますけど、お兄さんには薬だけ隣に置いときましたから、明日は体調が悪いくらいで来られると思います」

 それでも体調が悪いとは一体どれだけ飲まされたのか、酒を飲んだことのない生徒達にとっては想像つかない世界だ。

「という訳で、出席とりまーす。全員いますかー」

 マイペース気味に、ノエルの一日担任がスタートした。

 無いとは言わせない。嫌な予感しかしない。

 

 

 

 

 ノエルの授業スタイルに関してあらかじめお伝えしておこう。

 ノエルは一から説明するのではなく、ある程度のヒントをあげ、そのヒントを元に答えを導き出させるという〈放任〉スタイルを執っている。一言で表せば〈クロスワードパズル〉を生徒に解かさせているようなものだ。

 そこまで多くの単語が存在する訳ではないが、一つ目が解けたらその次が解ける、で、また次が解ける、その繰り返しで全員に答えを導き出させるようにする。

 判らなければ、頭文字または途中に入ってきた単語以外の欄を埋める言葉をヒントとしてプレゼントする。これと同じようなことをノエルはやっている。

 グレンが基礎を作る役目を果たしているならば、ノエルは応用力を養わせている。なにも魔術に限った話ではない。

 クロスワードパズルが脳の活性化には十分な効果を発揮する。

 日常生活にもいざという時にその応用力が生き、どこからか答えを持って来られるようになることだろう。

 

 で、今回は……。

「……ノエル君、意味あるのこれ」

「理論力です!」

「そればっかね……」

 数学をやらしていた。

 

 確かに物事を理論的に考える力を養うという意味では教材としての〈数学〉は間違いではない。使用される符号も意味をしっかりと理解し、その上で間違いなく組み合わせていけばいい。ただそれだけだ。覚えていなかったらその限りではないが。

 

 49+25=?

 

 このような簡単な計算も、理論があって初めて自分達は解けている。

 「49」「25」は〈10進数〉での数字の表記で「0」〜「9」の10の数字で表記される。9から上に行くと次の位を繰り上げて、同数字を9から0に戻す、あるいはスタートさせる。その逆も然り。0から下がれば次の位を繰り下げ、9に戻すかさらに減らすか。

 「+」は前後に書かれる数字を足す記号。例外はあるが、それを除いては簡単なものだ。

 「=」は今までの計算で産出された数字を答えとして表記させる記号。同じという意味でも使われる。この場合は前述だ。

 

 で、答えは「74」。

 

 9+5=14、10を十の位に移行し、4。

 40+20=60、移行してきた10を足し、70。

 70+4=74

 

 ただの数学でさえ、理論で表せばここまで詳しく書けてしまう。書けてしまった自分もびっくりだけど。ここからさらにルールを追加していけば、さらに複雑な理論が完成する。

 魔術も大部分がこれと同じような組み合わせだ。自身の体調などのランダム要素を省いてしまえば、数学とほとんど同じになってしまう。

 あるのは、数字を使わない、言葉による理論のオンパレード。

 つまり、思考の仕方によっては、他のことにも応用できるということ。ノエルの放任スタイルにも、これ見事に合っていた。

 

 で、全員に紙が渡され、生徒がそれに向かって取り組んでいる。

 問題の隣には、記号を使った該当する問題の基本的な解き方が書かれており、なにも判らないという人でも、それを元に考えれば解けるようになっている。

 

 ただ、あまりにも簡単で退屈するようなものだ。ヒントがあるからというのもあるが、直感で察して解いてしまう人もいるだろう。

 聞こえてくる二人分の足音に、ノエルは卓上に置いたよくわからない設計図から視線を上げる。

「ノエル、解き終わったわよ」

「僕も終わりました」

 システィが解き終わり、続いてギイブルも終わったようだ。

「じゃあ、これを取って解いてみてください」

 そう言われたのは、ノエルの前、設計図の横に積まれた紙の束。

 終わってからもう一枚はよくある事。そう思って紙をノエルに手渡し、裏返しになっているもう一つのプリントを手に取り、表に返した。

 

 二人の手が止まる。

 

「どうしました?」

 その瞬間だけ、いつも通りのノエルの笑顔が、悪魔に見えた。

 

 

 →03:44:09

 

 

「あぁ〜疲れたわ……」

「ほんとだよぉ……」

 

 食堂でぐったりとしているシスティとルミア。先のプリントでだいぶ精神を磨耗したようだ。

 

 それもそのはずだ。次々にやってくる1枚目のプリントを終わらせた者達を絶望させるのには、十分な難易度だったからだ。

 

 どういうのかを一言で記せば「幾重にも重なるクロスワードパズル」か。

 

 一つの問題を解くのに必要な要素が最終的に5つにまで及んでおり、さらに自分の推測の元なにがどうなっているのかを説明しなくてはならなかった。

 ヒントも答えを言っているようなものなのだが、いかんせん情報量が多く単純なヒントになっていなかった。そのヒントも〈問題を解くためのヒント〉に()()()()()()()()とかいう面倒くさい遠回りをやらされる羽目にもなっており、多くの生徒が頭を悩ませた。

 

 最終的に正当者はいない。なんとか数問自分なりの答えを導き出したのもいたのだが、全員が見事にバラバラ。回答も重複が一人もいないという結果になった。ノエルが「なんという奇跡」とか呟いていたが、気にしない方がいいのだろう。精神衛生上そっちのほうが宜しいかと。

 

 生徒達全員、ノエルがなぜ数学のプリントが最初に手渡されていたのか、その理由を身を以て味わうことになったのだった。

 

 で、親友同士、食堂のテーブルでグッタリしている訳だ。他の生徒も同じような状況になっていたことだろう。

「ノエルの回路(サーキット)ってあんなのなのね……」

「凄すぎるよ……なんで思いつくんだろう……」

 これができれば回路(サーキット)の入門編はできるとか言っていたノエル。他クラスの笑顔と喧騒が今はなんとも羨ましい。抜け出して参加したいものだ。

 

「簡単に考えていたけど、こうも差を見せつけられると流石にやる気をなくすわね」

「ノエル君だしねぇ……」

「――悔しいけど、納得しちゃったわ」

 

 確かにシスティの成績は上から数えたほうが早い。二組内では実技でトップの成績、筆記もそれなりにできるという自負がある。グレンの授業が始まってからはなおさらだ。今まで知れなかった魔術のもっと深いところ――基礎の基礎と言える部分をノエルと共に教鞭を()ってくれている。

 動機が不純という点はあるが、単純に授業の質だけを見れば、他クラスより圧倒的に優れている。

 

「でも、この後もノエルの授業が待っているのね……」

「そうだね……」

 

 まあ、次も地獄が待っているのが確定しているわけで。2人のやる気を根こそぎごっそりと抉り取るのは目に見えていた。

 

 

 授業開始時刻。

「あはは……流石に元気ないですね、皆さん」

 苦笑いを浮かべて二組を一瞥するノエル。むしろそんな同情ほしくなんかない、楽しいのよこせと、恨めしやぁ〜と呻いていた。

「これ以上やっても解けないわよぉ……」

「そうですわぁ……」

 システィとウェンディも同じく呻き組に混ざる。それ程に苦痛でしかない。

「なんか他のやってくれよぉ〜」

 便乗するようにカッシュも声を上げる。

 それを聞いて、うんうんと同意するように頷いているノエル。

「まあ、紙と向かい合うより実際に触ったほうが楽しいですからね。わかるよカッシュ君」

「判ってるならやってくれよぉ!」

 

 人間だもの カッシュ

 

 自由律俳句を今すぐにでも読み始めそうな阿鼻叫喚(過大表現)な生徒達の様子に、再度、苦笑いを浮かべるノエル。

 首を横に振って、一言。

 

「まあ、楽しいことやりましょうか」

 

 ノエルの言葉に、生徒が目を輝かせた。

 

 

 中庭、練習場。

 

「……なんでここにいるのよ私達」

 

 生徒が抱く疑問を我慢出来ずに呟いてしまったシスティ。

「まあまあ、サイズが大きいほうが楽しいですから」

「な、なにをやるの……?」

 大きい、不穏なことしか考えられない。ルミアが苦笑いを浮かべる。

 

「いっそ全員下着姿になります?」

 

「何言ってんのよ!」

特大級の爆弾を投下。もはやストリップ会場になってしまう。ノエルはまんざらでも無いようだが、一般的倫理観を保持している他生徒にとってはたまったものでは無い。

「ノ、ノエル君だけに見られるならいいかな……」

「あ〜、ルミアさん……?」

 一部こんな反応していたって無視するべき。

「やめてくれ、俺らがノエルを直視できないからやめてくれ」

 カッシュが代表して意見を申し上げ、男子全員が続くように頷いた。女子の輪に入れることもできないし、かといって男子の輪に入れるのも見た目的に……それ以上に、自分がどうかなってしまいそうで怖い。ガチでノエルに対して()()()になってしまう可能性の方がある。

 一部の女子が同情するように男子を見る。かといって自分達もノエルを手招きで誘えるわけじゃない。見方によって、本当に可愛い顔をした()()()に見えてしまうから心臓がバクバクとするだろうし、何か言われたらルミアみたいにハートを撃ち抜かれて授業どころじゃない。

「あぁでも、今日のは見せられないよぉ……」

「ルミアさん……」

 ほら、ウェンディが呆れてる。自分達もああなってしまうかもしれないんだぜ? ……そんな醜態、晒せるわけがなかった。

 ルミア……? ノエルに心を撃ち抜か(ハートキャッチさ)れているは周知の事実ですが? 恋心ではないことを切に願う。

「あぁ、まずいよぉ――」

「ルミアさん!?」

 あ、ルミアの顔が真っ赤だ。あれ、擦り合わせ――

 

 

※ しばらくお待ちください ※

 

 

「あ、危なかった……」

 ゼーハーと大きく呼吸しているウェンディ。隣にルミアの姿はない。

 男子は何も見ていないと顔を背けている。女子は何も見なかったとごしょごしょ話を続けている。

 

 

 →00:12:34

 

 

「どうせなら色々無視してショック・ボルトやりますか」

 

 またノエルが変なこと言ってる。

「ぬ、邪念を感じます」

 こんな時に妙に察しがいい。その通り、ノエルの唐突な言動に寛大な心で対応できるようになっていた。ぶっちゃけて言ってしまえば臨機応変、扱い方が判ってきた。

 そういうことを除いても、ノエルが行使する魔術は大体どこかぶっ飛んでいる。ほら、頭のネジが以下略。

「で、ノエルさんよ。唐突にそんなこと言って何やるんだ?」

 何だかんだノエルのイタズラ相手もとい、ノエルと同調するお仲間さんのカッシュが期待した様子でニンマリと笑顔を向ける。

「そのまんまですよ。自分なりにショック・ボルトを起動してみようって実験です」

 呪文があるというのに一体何を言っているのか。グレンがまともに授業をし始めたときに見せたショック・ボルトなんだろうというのは辛うじて判る。

 グレンとノエルのお陰で基礎の基礎と言える部分のことは叩き込まれた。たぶんそれを応用すればやれるのでは無いのか、そう想像できてもなんら文句はないだろう。

「実験なのかしら……」

「ノエルさんに聞くだけ無駄だと思いますわ」

「それもそうね……」

 なお慣れすぎた人は、こうして流れに身をまかせることになる。反応するだけ無駄ということではあるが。

 

 

「〈飛べ・ショック・ボルト〉」

 指先から雷光が伸びる。その先にあるのは土壁。当たると吸い込まれるように消えた。

 詠唱した当の本人、システィは目をパチパチとさせている。

「……本当にできた」

「さっすが、システィさん」

 初めて唱えたショック・ボルトの改変呪文。試しにノエルが作った呪文でやってみたのだが、それが一発成功した。

 発動した。一発で。

 

「システィさんができたんですからここにいる全員できますよ。ショック・ボルト自体を知ってますからね」

 

 ここにいる全員がショック・ボルトの効果を知っている。それを利用し、わざと呪文に〈ショック・ボルト〉の単語を入れた。明確にイメージできるように。

 そして補助するように、一節に〈飛べ〉と単純明快な動詞を付け加えることで安定性アップ。三節だから危険性も排除済み。

 

 だいたい魔術に関してアレな方面で飛び抜けているから心配も何もなく逆に信頼していたようなものなのだが、こうもあっさりと他人に同様のことをやらせて結果を出せるというのも、それはそれで反応に困るとしか言えない。

「ノエルさん、やっぱりおかしいですわよね」

「さすが。先生の右腕だぜ」

「褒めてるんですか?」

「そうですわ?」「そうだが?」

「えっへん」

 ただまあ、ウェンディとカッシュにいいように言いくるめられて妹化しているのは、なんともほのぼのする光景ではある。

 

 ルミア? 死んだんじゃないの〜?(コックカワサキ並感

 

 

 ▷▷▷

 

 

 ガチャ。

「ただいまー」

 

 ――おかえりぃ……――!?

 ダッダッダ、バタン!

 

「「「……」」」

 セリカの声、走る音、扉の閉まる音。前日の出来事。本日の朝の様子。

 これをワンセット。

 

 何がセリカの身に起きたのか、容易に想像が付いた。

 

「ちょっと、待ってくださいね…………お兄さーん」

 まあそんな事は気に掛けながらも無視するとして、ノエルは親愛するお兄様のお部屋に直行する。

 こんこんと扉を叩き、ゆっくり開けて中を覗く。

 部屋の中は暗い。起き上がってカーテンを開けるぐらいの気力すらも湧いてこないようだ。

 部屋の中に入り、枕元に近付くとグレンの顔が見えた。未だ変わらずに気分が優れていないようで。

「お兄さん?」

「……んぁ、ノエル――?」

 うっすらと目を開けて、ノエルの姿を目視する。目線を顔から服に。学院用に着るいつもの服だ。

「今、何時だ……?」

「学院終わって帰ってきたところですよ」

 そのことを聞き、顔色がさらに悪くなる。さしずめ、学院からどう言われるか判らないからだろう。

「リックさんに事情を伝えているんで大丈夫ですよ。明日体調は優れないけどもしかしたら来れるかもっていうことも伝えてます」

「すまん……」

 いつものように、嫌々言える程の元気も存在しない。

 すると、半開きのドアがひとりでに開き。

「先生……?」

「大丈夫ですか……?」

 すると聞こえてくる、覚えのある声。視線を扉に向けると、ノエルよろしくひょこり覗く銀髪と金髪。そしてその顔、見覚えがありすぎた。

 システィとルミアだ。

「白猫にルミア……!?」

 グレンは驚きを隠せない。なぜ二人が此処にいる。セリカの家はもしかしたら知っているかもしれないが、それでも普通来ようとは思わない。

 ――いや、連れてこれるのが一人居たな。

「お兄さんのこと心配だからって来てくれたんです」

「やっぱりお前か――」

 余計なお世話とでも言えばいいか。それとも、ただ連れてきたのか。後者がノエルにとって一番ありえそうなのがどこかありえそうな所ではある。

 ノエルが入ってきてと手招きすると、二人は恐る恐る足を踏み出す。年頃の少女だ、もしかしなくても男性の部屋に入ったことはないのだろう。物珍しそうに部屋を見渡しながらグレンが横たわるベッドに近付く。

「もしかしたらズル休みなんじゃないかなって、システィが――」

「それは言わなくていいのよ!!」

 なるほど、先生を監視しに来たと。それにしては白猫の顔が赤くなっている。バラされたからか、それとも。

「なんか授業中そわそわしてましたっけ?」

「し、してないわよ!」

 図星のようだ。当てってたら声を張り上げるとか、どこのツンデレか。――ツンデレか(納得)。

「し、してないよ……?」

 その後ろ、流れ弾が一人でに着弾している。目が泳いでいる。

 あたふたしているルミアにノエルはクエスチョンマークを浮かべる。

「え? ルミアさんには聞いてなかったんですけど、そわそわしてたんです?」

「……え、いやその、えぇとその――」

 言葉を詰まらせ言いづらそうにするルミア。

「――?」

「はぅ」

 純粋無垢(語弊有)な眼差しを向けるノエル。また撃ち抜かれている。

「……お前ら、何がしたいんだ?」

 様子を見に来たと言っているのに、なぜ三人で話しているのか。グレンの呟きが不思議と部屋に響いた。

 

 ノエルから手渡されたラフな部屋着に着替え、自室の外に出たグレン。体調は優れないが、家の中を歩くぐらいはできるようだ。

 システィとルミアはそもそもセリカの家に来ること自体が初めてだ。言い方を変えれば、友達のノエルの家に遊びに来たと言える。どちらにしても、この家の間取りは判らない。だから二人とも、グレンとノエルに着いて行く。

 システィは先頭を歩くグレンに訊く。

「どこに向かってるんですか?」

「セリカの部屋だ」

「教授の……?」

 セリカの部屋というだけでそこに入れること自体がとても貴重なことだろう。そこまで尊敬に値することではない気がするが。

「昨日、思いっきり酔っ払ってましたからねぇ……ホテル帰りみたいでしたよ?」

「えぇ、うそ?」

「……おいノエル、それホントか?」

 ホテル帰り。その単語だけで、

 

「肉食系の彼女に、搾り取られた彼氏……みたいな」

 

「「……」」

「――――」

 

 容易に想像できてしまった。

 

 システィの目線がジトォっとグレンに向く。明らかに疑っている目だ。

「先生、まさか――?」

「記憶ねぇんだよな……思いっきり飲まされたから、曖昧な記憶しかねぇ……」

 完全に酔いつぶれていただろう。思い出そうとしてもはっきりと思い出すことができない。システィが疑っているのも無理は無い。恐る恐るルミアも訊く。

「あの……やってませんよね……?」

「どストレートに言うなよ」

 オブラートのカケラも無い。

「そういうルミアさんは?」

「え――」

 すると(ノエル)の方から爆弾が投下される。

 顔が赤くなって、目が泳ぎ始めた。

「そ、その――――うぅ……」

「――すぐ答えられない時点でまずいわよ」

「システィさんはお兄さんのこと好きですもんね?」

「ち、違うわよ!?」

「――あのな、本人が目の前にいるんだぞ?」

「あ」

「あっ、てなんだ白猫。喧嘩売ってんのか」

「あ、いや」

「素直じゃ無いですねぇ〜」

 嗚呼、マイペースとは恐ろしきことか。

 そんな和気藹々?とした話をしているうちにセリカの部屋の前に着く。親友二人は「ここがアルフォネア教授の……」と、グレンの部屋に入った時とは違う興味を示していた。

 ノエルが先陣切って、ドアノブに手を掛ける。

 

 ガチャ

 

「おかあさーん」

「セリカー」

 二人同時に呼びかけ、扉を開ける。グレンの時と同じように扉から顔をひょっこりと出す。

 ――ベッドの上で横断するようにセリカが横たわっている。

 

「――――」

 

 ※ へんじがない ただのしかばねのようだ ※

 

「セリカが一番重症だな……」

 背中が動いていることから呼吸しているのは判る。ただ、呼びかけの返事がない時点で相当に参っている。

 学院では見たことなかったセリカの――まあアレな姿に、扉を全開にしてその姿を見てしまったシスティとルミアは声を出すことを躊躇う。又は、どう言えばいいのか判らなくなっていた。

「アルフォネア教授……」

「あの、先生……どうするんですか?」

「――とりあえず水でも飲ませるか、ノエル」

「はーい」

 部屋から出てノエルはどこかに歩き去っていく。ただしかし、急いでいる気配がないのはどういうことなのか。グレンは気にすることもなく、セリカの部屋に足を踏み入れる。

「入るぞー」

「お、お邪魔します……」

「教授の部屋に入れるなんて、私達以外にいないのかな……?」

 そもそも来ようとも思わないだろう。今回の場合、ノエルが仲介役となりグレンの様子を心配になって見に来た。その副産物だ。

 ――ぉぇ

 微かに聞こえたイヤ〜な音。

「ぐれん、なんできもちわるいんだろうな……?」

 一切の元気が感じれない弱々しい声。学院でこんな姿見たことない。いるのはもっと凛々しい目標とするに値する人――。

「俺が聞きたいんだが……?」

 イメージが完全崩壊するのは容易だったのだ(決定事項

 

 ノエルのセンスで上下黄色のもふもふパジャマに変えられ、なんとも言えない様相になったセリカ。ノエル曰く、『髪色と同じ』ということだが、威厳も何もあったもんじゃない。システィとルミアが来ていると知らされても具合の悪さから手をあげるくらいの体を動かしての反応を示さなかった。

 ただできた唯一の反応は「ぉぇ」。――反応と認めていいのか疑問ではある。

 ノエル以外の三人はリビングで待機され、ノエルに支えられながらセリカもリビングに到着――したと同時にソファーに転がった。顔色は未だ芳しくなく。自業自得ではあるが。

 そんな様子を、ルミアは心配げに見ていた。

「大丈夫なんですか……?」

「俺が聞きたい」

 被害者が加害者を気にかけることなんてありませんとグレンは軽く突っぱねる。ノエルも気にすることなくキッチンに向かって何か作っている。

 不憫だ。甚だしく不憫だ。

「ぅぇ〜」

 呻き声なんて聞こえない。聞こえない事にしろ。いいね?(ニッコリ

 

 日が沈み始めて夜の訪れを告げる。アルフォネア宅の一室は天井から釣り下がるよくわからない丸い物がピカピカ光って部屋を明るくしていた。

 ただシスティとルミアは、その物に気付くことなく、明るいなぁとしか感じていない。

 

 そして本来なら二人とも自宅に帰っている時間帯になっているのだが、

「せっかくなんで泊まっていきませんか?」

 と、ノエルがマイペースにお泊まりを提案。放課後にその話を持ちかけられてそれを承諾。システィの家に帰って使用人に一言、そんなんで話が一応通っている。今頃システィの父親が家で発狂していることだろう。悪い虫以下略。

 とまあそんなんで一応、一泊分の簡単な荷物だけはバッグに入れて持ち込み済みであり、宿泊の用意は既に整っている。

「〜♪」

 学院にいた時と同じ服、もとい私服のままキッチンで何かを鼻歌交じりにお料理中のノエル。いつの間にかテーブルに立てられていた札の情報の限り、ペペロンチーノを作っているらしい。

 

 

 →00:13:53

 

 

「どうぞー」

 

 他愛の無い話を三人でしていると、皿を二枚、二人分を持ってきて、グレンとシスティの前に置いた。どこぞの高級レストランみたいに様になっていたのはそもそもの素材がいいからなのだろう。

 肝心のペペロンチーノは、無駄なものは加えず、王道を貫いている。黒ごまが少し振りかけられ、アクセントに少し唐辛子の粉末が乗っている。

「お。うまそうだな、相変わらず」

 グレンは特に感想を言うとでもなく、信頼しているからか手をスリスリと楽しみそうに見つめていた。

 代わってシスティとルミアは、ノエルの手作り料理を初めて見た。例外としての唯一は、食堂でグレンに手渡しするお弁当。栄養が考えられているシンプルなランチセットだ。料理と言うものはあんまり無いから該当せず。

 

 それが本格的になると、ここまでなるかと。思わずヨダレを垂らしたくなりそうに美味しそうにテカテカしている。仄かに香り立つオリーブオイルが鼻を擽ぐる。無意識に二人は唾を飲んだ。

 

「はい、ルミアさんの分」

 不意に右から聞こえてくる声。思わず体を引きつかせる。

 正面を向くと、テーブルにペペロンチーノ。また右を向くと、微笑んでいるノエル。

 きゅん。

「?」コテン

「かふぅ――」

 

 ルミア、流れ弾が着弾。大破。

 システィ、ペペロンチーノから目を離せない。

 

 その様子を訝しげに一瞥するグレン。どっちにしてもノエルにナニカサレテルことに変わりはないが。

「――どうしたんだお前ら」

「い、いや……ノエルがここまでなんでもできるとは思ってなくて」

「アイツ自体が非常識の塊だから、気にするだけ無駄だぞ?」

 判っている。判っているが、脳がそれを認めたく無い。

「何でもはできませんよぉ〜」

 あははとグレンの左隣、笑いながら自分のペペロンチーノをテーブルに置いてノエルは席に着く。

 

 

 →00:35:20

 

 

 シンクに置かれる、水滴の付いた4枚の皿と4つのグラス。隣に置かれる、小さな蚊帳の中のペペロンチーノ。キッチンに時々響いて聞こえてくる、呻き声。――台無しだ。

 月がすっかり〝こんにちは〟と夜空に浮かび、街の輪郭をほんのり浮かび上がらせている時間帯。

 アルフォネア宅の脱衣所には二人分――お互いの寝巻きと下着が置かれていた。

 その隣には丸いガラスの嵌められた白い箱が低い音を立てて唸っている。ガラスから中を覗けば、学院の制服と言うのが薄っすらと判ることだろう。ドラムが動きを止め、反対に回り出す。

 

 

「――っぁああ〜……」

 

 気持ち良さげに声を絞り出す。浴室で反響してその耳に再び届く。

 一日の疲れで凝った身体を(ほぐ)すかの様に背伸びをするシスティ。風呂に入っていることもあり、今はトレードマークのネコミミは付いていない。代わりに、普段は至って注目されないサラサラとした白銀髪が湯に浮かんでいる。

 その隣では「ふわぁ〜」と、擬音をつけられるくらいに口を緩く開け、首から下を完全に浸して気持ちよくなっているルミア。ノエルに射抜かれている時とは違った表情だ。

 二人とも頰は赤く、体温が上がっている事が見て取れる。

「きもちぃ〜」

「うぅん〜」

 

 すっかりと力が抜け、無防備な姿を湯面に写していた。

 

「ノエルさまさまねぇ〜」

「うちにもほしいよぉ」

 ちなみにこの浴室にもノエルの手が及んでいる。現代のユニットバスなどに付いている自動温度調節機能を魔術と回路(サーキット)で代用させたシロモノだ。

 バス本体にはじんわりと湯の温度を一定に保つ機能が付いている。いくら入っても湯冷めしないのは気持ちいい事だろう。

 

 ……ん? 肝心の湯はどうした?

 入浴剤なんて入ってないから()()()()ですが?

 

 そんなで、性別の象徴と言えるものも揺れる水面でぼやけているが、目を凝らせばはっきりと見える訳で。

 

「ルミアの胸もよこせぇ」

「そんなこといわれてもぉ」

 

 白いのはほんのりと、黄色いのはポヨンと。

 ――格差社会とは悲しいものだ。

 

 だがそういうのも、軽口で叩き会えるぐらいには心も溶かされている。なんかヤベー薬お湯に入ってないか心配になるぐらいには。

 

『どうですか〜、二人とも〜』

 

 すると、磨りガラスの向こう側、脱衣所からノエルが湯加減を伺いにきた。上が白に下が水色、まだ風呂に入っていないから服装もそのままだ。

「さいこう〜」

「まだいたい〜」

 だらぁ〜んと、力を抜いた状態で返事する二人。堪能しきってはいないようだ。磨りガラスの向こう側から苦笑する声がする。

『もうしばらくしたら時間ですから、上がってくださいね〜』

「「えぇ〜」」

 ゆるく抗議の声を上がる二人。入ってから20分は経っているから当然の処置と言えようか。グレンとノエルは先に譲り、未だに入っていないからだ。

『私が入っちゃいますよ〜?』

「「それはだめ!」」

 性別の違い以前に、ノエルの体を二人は直視できる自信は無い。普通に男の子として見れる自信はこれっぽっちも持ち合わせていない。故に二人が、正気に戻って声を張り上げるのは当然な訳で。

『磨りガラスをただのガラスにしたら、どうなっていたんですかね?』

「ちょっと!?」

「ま、まだダメだよ!?」

 思わず立ち上がったから、磨りガラス越しでも肌色成分が見えていた事だろう。二人とも思わず、羞恥に顔を赤らめる。

『冗談ですよ〜』

 楽しげなノエルの声が遠くなっていった。

 あるのはただ踊らされて、勢いのまま立ち上がった二人。顔を赤くさせながら、そそくさと着替えて脱衣所を出た。

 

 

 ノエルに弄られて、またはハジメテの体験に心を溶かされてふわぁっとしていたシスティとルミアとは対照的に、呼吸と天井から水滴が滴り、ピチャンと静かな環境音。加えて一人でいることも、落ち着いた雰囲気を浴室に漂わせているのに一役買っている。

 スペースを空けてグレンは浴槽の右側――入り口から奥側に詰めて、誰かを待っている。あえて明確に、誰とも言うまい。セリカな訳あるまいし。

 

 磨りガラス越しに脱衣所に影が映る。白と水色。しゅるしゅると布の擦れる音と、ポフンと、柔らかい音が聞こえてくる。

 ガラガラ。戸の開く音。

 ヒタッヒタッ、湿るタイルに吸い付くような音。

 

「んしょ……」

 

 聞き慣れたノエルの声が、グレンは右から聞こえる。固形物の体積が増えたことによる、水位が上がる感触も肌から伝わる。

 

「ふわぁ〜……」

 

 バスから行き場を失った水が幾らかはみ出て、音を立てながら外に追い出される。

「きもちぃ……」

 どこか色っぽいとか言ってはいけない(戒め

 少しの時間を置き、グレンが話しかける。

「急にどうしたよ。一緒に入りたいとか言い出して」

「だって、お兄さんまだ体調優れないじゃ無いですか。せっかくだからこういうときに兄妹(きょうだい)の〝すきんしっぷ〟を図るんですよ」

 右腕にふにゅんと肌が密着する感触。散々乱入してきて不本意だが目を閉じたままでも感触で判別できるようになっていた。これは腕だ。手を繋ごうとしているのも判る。せっかくだから繋いでやる。

「ふにゃ〜」

 ノエルが(とろ)けた。

「図るとか言うなよ。計画ダダ漏れじゃねーか」

「そんなの今更ですよぉ。隠してたって、何も無いじゃ無いですかぁ」

「……そうだな」

「納得したようで〜」

 そもそもノエルがこういう乱入を事前に準備してくる訳が無い。ただ勢いのままヘーベルハウスよろしく『ハーイ』するだけだ。

「体を洗うことは俺一人でもできるんだが?」

「そこはほら、身体を使って――」

「使うんじゃねぇよ」

 寒気より恐怖を背筋に感じた。話が続く。

「――は冗談として、時間短縮ですよ」

「取ってつけたような理由だな」

「当たり前じゃないですか」

 幾ら言葉を投げてもスルーされる。秘密が無いからできる事ではある。

「ずっと、家族で一緒なんですよ〜」

 そう言って甘えてくるのも、やはり妹としか見えないものだ。

 

 

 髪色と同じ寝間着姿な、システィとルミア。二人並んでテーブルに向き合っている。表情はとても気楽に、楽しんで向き合っているようだ。

 卓上には魔術関連の教科書。今までの学習した内容の復習を、改めて行なっているようだ。

 

「あ〜そこそこ〜」

「自分でやれよ〜」

 

 ノエルが気持ちよさそうにグレンにタオルで髪を拭かれながら共にリビングにやってくる。その声に二人、顔を向ける。

「あ〜なにかやってます〜」

 頭にタオルを乗っけながら二人の元にテクテク歩み寄る。

 艶々としている流された髪に、赤ん坊のようなしっとりお肌。

 ラフな和柄の六角形が連なる青色シャツに、白に青いラインが縦に入っているズボン。靴は普段使用でも問題なさそうな、かかとの脇が開いている前が白で後ろが黒のもの。

 二人にしてみれば、ポニーテールではなく、編入当初の髪を流したスタイルで目の前にいるのは久しぶり。幼馴染から妹に早変わりしている。肌は羨ましいぐらいに綺麗で学院でも近くで見ているから、余計その違いが判る。

 

 そんな(ノエル)がなんの気も無しに子供のようにテクテク来たらどうなる。

 

「――」

「ふぅ〜! ふぅ〜!!」

 ルミアはフリーズし、システィは衝動を押さえつけようと必死になる。

 ノエルは頭上にはてなマークを浮かべ。

 

「どうしたの、()()()()()?」

「「げぶ」」

 

 ――追撃。カウントストップ。オーバーキル。

 

「んにゃ?」

 無意識に二人をノックダウン(K.O)、卓上にその身を墜した。一撃で戦果、二人。なんと恐ろしき。

 傍目から一部始終を見てしまったグレン。ノエルが動じぬルミアとシスティを揺すって起こそうとしている。なんとなく二人の状態が図らずしも判ってしまった。

「先に行って寝てろよノエル……」

「わかったよ〜」

 これ以上被害は出せない。グレンのお願いをノエルは素直に聞き、寝室へ足を進めた。

 その後ろ姿を見送り、見てしまった惨状を見たくないと僅かながらの抵抗を見せながら振り返る。

 システィは顔を見せないように机に突っ伏して震えている。ルミアは身じろぎ一つもしない。その代わり、顔はとっても緩んでいる。

 

 あぁ、これはダメだな。

 

 人知れず敗北宣言を掲げたグレンがいた。

 

 

 ▷▷▷

 

 

すぅ――すぅ――

 

 

 時折聞こえる鳥の(さえず)り。柔らかな風が窓のガラスを揺らす。雲に隠れては光が弱まり、通り過ぎると白い月面が地を照らす。

 カーテンの隙間から光が強くなる瞬間、遮られていない場所から部屋の中に月光が差し込む。図らずとも、藍白色の髪を艶やかに煌めかせていた。

 グレンの自室。そのベッドで、グレンの胸元に顔を埋めるように寝息を立てている目麗しい少女――もとい、ノエル。長髪をベッドへ無造作に放り投げているその姿が、まるで女神のような神秘さがある。

 その髪を手で溶かそうとすると、指の間に入り込む髪がサラサラと(つか)えることなく通り過ぎ、ふんわりと重力に従って落ちていく。油断して触っていたら、忘れられないであろう感触が手に残る事だろう。

 すんすんと鼻を鳴らせば、ふんわりといい香りもする。決して芳香剤の香りでは無い。

 自ら輝いているのではと、嘘であろうが言いたくなる目の前の光景。グレンはただただ髪を溶かし、頭を撫でていた。

 

 触っていて感触がいい、というのも理由だった。

 でも、家族だからこそ、ノエルの事を判っていた。

 

 ノエルは他の誰よりも、ひとりぼっちになりたくない。

 

 その心情が何処から来るかはセリカとグレンも判らない。だが、成長した今でもこうして兄と慕っているグレンに身を寄せ、甘えてくる。ノエルにとっての優先順位もセリカとグレンがなんだかんだ高い。過度なものでは無いが、文字通りに依存していると言ってもいいのだろう。

 

 ただ寂しいからではない。

 

 本能で、〝家族〟というものを欲している。

 

 だから、家族にこうして依存する。ノエルの(家族)として。

 

 その身を寄せるようにするノエルに、グレンは抱いて自分に寄せる。

 心なしか、ノエルの表情が嬉しそうに見えた。

 

――おにいさん……

 

  

 

 

 

 

 翌日。例の学院長室。

 ノエルに連れられて、グレンとリックが対面していた。グレンからは心なしか、元気を感じない。

 その様子に、リックは多少苦笑いを浮かべている。

「大丈夫だったかね?」

「まだ若干気持ち悪いですけど?」

 確かに、おちゃらけている態度を今日はまだ見ていない。それをする元気もないという事なのだが。

「まあ、頑張りましょうね。お兄さん」

「うい……」

「無理はしないようにの〜」

 ちなみにセリカは、未だに家でダウンしている。

 

 

 

 

 朝、リビング。

 

「あ、()()()()()()()。こんなところにあったんだ〜」

 のえるこわいよ。

 

 

 

 




可愛いものに対して溶かされちゃうのは普通のこと。
自分の思っている可愛いのが思いっきり甘えてきたらどう思います?

ついでに今回のノエルの家着姿の挿絵。

【挿絵表示】

体型とかを調整している段階。これは現時点での調整後。
自分なりに納得できたらに正式に色々出します。


次から02に入ります。



それはそうと、
タグ、なんて書いてある?




――おまけ
R-15とR-18の境目
直接的なセクシャル表現、グロ表現が出たら基本的にR-15に入るとだけは考えてください。

R-18:
性器に対する直接描写、性行為の直接描写が入っていた場合、該当。
R-15:
男女どちらかの裸が直に描写されるのであれば該当。残酷な描写も同時につくケースが大半を占める。何かに気を使うことがまず必要なく、案外描きやすい。
性行為、また近しいのも直接的描写をしなければ問題はない。もしやりたいのなら、描写を適度にぼかして本番前に場面を転換させる。
恋愛系でキスのみの場合は付けなくても問題はない。

注意点:
説明、キスなどの性器に関連しない前座をするだけならR-18には入りません。あくまで性行為の直接的描写をするとR-18に該当します。
胸に関しては明らかに性行為の一環として行われていた場合、R-18に該当します。
例:
R-18:自らの意思で触っている、またはそれ以上。お互い欲求を求めている、
R-15:不慮の事故で見てしまった、または触ってしまった。心拍を計らせるために触らしている、本人が押し付けているなど。

2019.09.06
予約投稿。16,969文字。
そうこうして誕生日を過ぎた。だからどうした。まだ未成年だわ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02:オモワクツドうオマツり
010.02-00:Prologue_ミカクテイジショウ


ドラガリアロストが1stAnniversaryを開始したね。石が約20,000個溜まってるよ。

それはそうと、今回から魔術競技祭に入ります。
こんなのプロローグじゃ無いわ!(他からしたら)ただの本編よ!(8,434字)


 

 

 

 

 ところで、こんな話を皆さんはどう思うだろうか。

 

 

「俺、前世があるんだぜ!」

 

 

 どうぞ精神病院にでも行ってください。もしくは掲示板にでも書き込んでください。もれなく「まずは目を覚ましましょう」と、暖かい視線と共にお声が掛かる事でしょう。

 ほぼ同じ反応を貴方達もするはずだ。

 そういえば、掲示板では本当に生まれ変わりと信じていた者達が通じ合った例が存在するらしいが、それは置いておき……。

 

 あまりに唐突すぎて「何言ってんだこいつ」と思っただろう。早く本篇始めろとも。

 大丈夫だ。それがまともな反応だからなにも問題ない。逆の意味で「何言ってんだこいつ」と感じた人はもれなく()()()()()()をプレゼントしよう。

 

 つまり、「唐突」が重要なのだ。

 

 知人、他人を問わず、急に支離滅裂と取れる言動をし始めたらどう思うだろう。挙げ句の果てに勧誘してきたらどうだろうか。どこぞの宗教団体にでも洗脳させられたのかと疑うことだろう。そうか以下略。

 

 ▷▷▷

 

 

 晴天とは、色んな出来事が舞い込む天気である。

 

 

 時には、パンをくわえた少女と角でぶつかって始まる恋物語――なんて妄想。

 時には、『俺、これが終わったら結婚するんだ』と同僚に告げる――フラグ。

 時には。『ウホッウホッキー! ウホッウホッキー!』 ――理解不能。エクバにでも行っ(検閲されました

 

 

 ――とにかく、様々な出来事が舞い込む天気である(思考放棄

 

 

 タライに溜められた水が波一つ立つことなく、天然の鏡となって街の隙間から雄大な空を写している。そこに小さな蜥蜴(とかげ)がその壁面を登り、(ふち)にたどり着く。巨大な水たまりを占有して、口をつけて飲み始めた。

 街の路地裏での一角、何気無いワンシーン。一つの光景でも、今のこの時間、平和という二文字がとてもよく似合っていた。何処からか子供達の喜ぶような声が、辺りで残響していた。

 

 とある日。

 

 襲撃騒動からいくばくか*1の時間が経ち、アルザーノ帝国魔術学院にあった襲撃の痕跡は、すっかりと消えて無くなっている。主にノエルが一日でやってくれました。「またあいつか」とか言わない。

 廊下では、クラスを跨いだ友達同士が笑顔を浮かべて歓談している。また、ある先生の元に向かい、何かを訊いている生徒もいる。

 のんびりとした時間が、平穏な一時が戻ってきた学院の学院長室にて。騒動のタネが、再び起ころうとしていた。

 

 とにかく前述は端折り、こう、どストレートに続けよう。

 

「――お金貸して☆」

「地獄に落ちるか?☆」

「利子は?☆」

「死ね☆」

 

 笑顔でキラキラとエフェクトが出そうなグレン、対して、同じようにキラキラしながらも黒いオーラを纏っていうセリカ。その中央で我関せずと、執務席に腰を落ち着かせて静観しているリック。

 セリカの手からなにやら青い炎が人魂みたいに浮いている。顔を下から照らすような灯りが、明らかにホラー演出で用いられる照明だ。グレンの心と顔が引きつき始めている。

 

「なんでダメなんですかね?」

()()()もなにも、当たり前だろ? グレンに金を渡すな――私の辞書にはそう書かれているな」

「ほうほう――で、その心は?」

「誰が給料を全額ギャンブルにスったやつに金を貸すか!」

「正論だけど傷を抉るのはやめてくれませんかねぇ!?」

 

 先日――または昨日だ。その日、グレンが学院に就職してからはじめての給料日だった。その給料を携えて真っ先に向かったのは――カジノだ。

 とはいっても、現代であるような電子制御されたスロットゲームではない。ごく一般的な、トランプを使用することによる博打をメインに据えたカジノだ。

 それでも賭場あるからして、まあ、連戦連勝するには〝運〟が必要なわけで。

 結果、全額を一日にしてスったグレンがこうしてお金を要求している訳だ。

 

「あそこでハートの3が出たから――! 4以上だったら勝ってた――ッ!」

「大して変わらんだろ」

「カードが悪い! 俺悪く無い!」

「だから変わらんだろ」

「倍にして返すから!」

「信じられるか!」

 なんというか、もう、評価は地に元々堕ちていたね。これ以上何処に堕ちろと。

 ラスベガスのホテルで人のお金借りて『倍にして返してあげるから!』と意気揚々と出かけ、見事にスった(すずむし)がいるからね。こういうギャンブラーって信用できないのよね。

 グレンもその例に漏れないだろう。ノエルのお陰でグレンとセリカの性格は案外落ち着いているのだが、根本的な部分ではその影響をあまり受けていない。

 必死な様子を見兼ねて、リックが口を挟む。

「セリカ君は一応グレン君のことを家に置いておるのだろう? そこは融通してやっても構わないでのは?」

「そこを甘やかすとこいつはずっと甘えてくるかな。そこはしっかりとしないといけない」

「大変じゃの……」

「学院長はなんで冷静で居られるんっすか!?」

 訊きたいことを訊き、用が済んだら再び手元の本に視線を落とす。

 もしかしたら暴風が巻き荒れるかもしれないこの状況で、よく冷静で居られる。悪い意味で慣れてしまったのか、それとも諦めがついてしまったのか。

「なんでって、そりゃあわしは関係ないからの」

「おに! あくま! おばけ!」

「ほっほっほ」

 もしかして、扱いに慣れてしまったからなのだろうか……。なんとも要らないスキルだ。

 

 ――しつれいしまーす

 

 すると、聞き覚えのある少女声が扉から聞こえる。

 ガチャ――。

 扉を開け、ドアノブに手を掛けたまま、目の前の光景に目をパチクリさせる。本日の髪型は、流した状態。生徒達の間では〈妹〉フォームと呼ばれるようになっている。

 それは置いておき、グレンとセリカは睨めっこ。リックは平然とした様子でノエルを見ている。

 普通は、異常と思わない方がどうかしている。

「えっと……リックさん、どうなってるんですか?」

「ギャンブルで給料を全額スったみたいで、セリカ君にお金を貸してと言っておるんじゃよ」

「あぁ〜、お兄さんっぽいですね」

「……グレン」

「やめて、そんな目で見ないで……」

 まあ、ねだるグレンはいつものこと。ブッ飛ばすセリカもいつものこと。ノエルが変なことやり始めてもいつものこと。

 

 これがアルフォネアに関係した者達の末路だ。嘘です。

 

 とにかく何時もの事と判って、そのまま部屋に入って扉を閉める。

 その間にグレンは、リックに(すが)る様に手をバンッと机を叩いて詰め寄る。

「とにかく学院長! お金が無いと明日も生きられないんですよ! 給料の前借りとかできないですか!? なんとか融通とかインチキできないんですか!?」*2

 とにかく手段はどうであれ生活費を手に入れなければ、主に身内(セリカ)から〝グレンの命は我が手中にあり〟と、蚊一匹も殺しませんと言わんばかりの微笑みで見守られることになるだろう。

 ちなみにアルフォネア宅にある食材となりそうなものは、全てセリカに鍵付き(魔術)倉庫に仕舞われました。

 しかしながら、事情を知っていながらにしてもリックは苦笑して。

 

「規則で決まっとるから、残念ながら――無理じゃ」

「おうふっ」

 

 規則だからね、しょうがないね。

 トドメのアッパー。グレン、リングサイドに沈む。

 

 それを邪魔だと、セリカは物を扱うように腕を掴んでズルズルと部屋の隅へと引きずる。

 なんとも平和で愉快な光景を肴に、リックはコップに入ったコーヒーを一杯。――ふと質問が浮かんだ。

「そういえばノエル君は、ギャンブルをやったことはあるのかね?」

「お兄さんに連れられて遊び程度にやったりはしますよ?」

「あぁ、私もグレンから聞いた。金に関して全く心配しなくていいから、私はノエルに一任させてるよ」

 どうやら、セリカ公認のようだ。確かにノエルはお金に堅実そうではある。主にグレンの胃袋を握っているとかいう意味で。

 リックはノエルが賭場に行ってと何か賭け事をやるとは思っておらず、意外そうな表情を見せる。

「勝ったりは?」

「そこは私も聞いた事ないな――実際どうなんだ?」

 少なくとも博打は、必ずしも賭場が儲かる様になっている。そうでなければ、誰かに当たりを引かせる、または引かれた際に配当を渡せる訳が無い。そこに勤める従業員の賃金、施設の運営費を含めれば、一夜の賭場を巡る金の動きは相当な金額になる。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、相当デカい当たりを引かない限り、賭場に使った掛け金は帰ってこないのだ。そしてその裏では、その額と同等の金額を賭場に落とした客達がいる。

 そのことを現実主義者のノエルは勿論判っている。でなければ、賭場で賭け事をやる訳が無い。

 それでも、ノエルは笑顔だ。

「そうじゃなかったら、魔術に使う材料の資金がありませんからねぇ」

 ……暗に趣味に回せる程に儲かってるって言ってる。

 セリカとリックの頰が思わずひきつる。

「――――グレン君には言っておるのか」

「いいえ☆」

 とっても清々しい、無垢な笑顔で。なお内包する意味は、人に聞かせたくないトンデモ発言である。

 そしてさらに一言。

 

「イカサマとかバレなきゃいいんですよ☆」

「可哀想な賭場じゃな……」

「ノエル……」

 

 手段が判らない以上、どう言っても手口を明かす証拠になり得ない。もしかしたら本当は、何もやっていないのかもしれない。ノエルだから可能性は無きにしも非ず。

 ただ、グレンからの影響なのだろうか。妙な所で口が回る。

 それでもこれが、勝者(ノエル)敗者(グレン)の持ちうる()()の圧倒的な差か――。

 人為的に除け者にされた敗北者(グレン)は、恨めしそうに呻いて。

「餓死してしまうぅ――」

 蚊が鳴くような声で、救いを乞うていた。

 目を細めながら、セリカが一言。

 

「ノエルが作ってくれるのにか?」

 

「――――あ」

「「……」」

「んにゃ?」

 黒は気の抜けた声が漏れた。水色は首を傾げている。金と白は掛ける言葉も見つからない。

 確かに、「お弁当です」と昼食を手渡す光景を学院内で見ることがある。毎日ではないにしろ、目立つ二人が来たことにより増えた学院内の新しい光景となっている。

 しかしセリカに言われるまで、グレンはそのことを完全に失念していた。

 気が付けば、部屋の隅で悔しがるように(うずくま)っていた。

 

 

「なんたる失態――ッ! 側にお弁当を渡してくれる妹がいるのを忘れるとは、痛恨の極みぃ――ッ!!」

 

 

 妹と言ってるが、この際、気にしないほうがいいだろう。周りからも妹として見られているし。

 グレンの悔しがる様子に、呆れたと嘆息をつくセリカ。

「――餓死問題、解決したな?」

「本当、ノエル君さまさまじゃのぉー」

 ノエルの編入字にグレンの保護者と言っていたのは伊達じゃないと、リックは改めて思い返していた。

 そしてその様子を見ながら、ノエルがにっこりと一言。

 

「作らなきゃいいんですか?」

 

 ピタリとグレンの動きが止まる。焦ったように、恐る恐る首を後ろに回す。

「今、なんて?」

「作らなきゃいいんですか?」

「やめてくださいお願いしますノエルさん! シロッテの樹液で飢えを凌ぐことになっちゃう!」

 一言一句(たが)う事なく再生される声に、思わずグレンは縋るように飛びついた。

 しかしマイペースは聞く耳を持たない。

「私も舐めてみたいです♪」

「嫌だぁああああああ!!」

 味に興味津々とばかりのノエルと、グレンの再燃しかねない餓死問題。グレンが悲鳴を大にして絶叫する。

 流れで脇に追い出された二人。その様子に苦笑しながらも、改めて日常を感じていた。

 ゆっくりとセリカが、リックの横に付く。

「セリカ君。ノエル君は昔、あんなだったかの?」

「私とグレンも身に覚えが無いんだよ……」

「でも、伸び伸びしておるなぁ……」

「年寄りくさいぞ?」

「事実じゃよ?」

 一人は還暦越え。一人はそれ以上の昔から生きる姿の変わらぬ魔女。セリカに関しては、精神年齢はそこまでではないのが、一連の行動からなんとなくは判る。

 だが一般的に見れば、他の人の言う「年の功」が一切通じない程には永く生きている。

 それでも崇められる存在としてではなく、()()()()()()()()()()として見られているのは、本人の今の性格から由来するものなのだろう。

 

「ほらお兄さん、誰かと()()()()()()掛けて勝負しましょうよ!」

「俺の給料でかけるのはやめてくれませんかねぇ!?」

「ギャンブル好きのお兄さんなら勢い任せでやりますよね!」

「今それとこれとは話が違うんだよ――ッ!」

 

 と、注意を僅かな時間逸らしただけで、なにやら話が変わってきている。

 このままいくと、ただでさえ少ない所持金を無許可で掛けられることになりそうだ。

「……流れが怪しくなっておらんか?」

「ここまでいくと、他人にも迷惑がかかるな……」

 給料三ヶ月分。曖昧な数値であるが、常日頃の生活に直結する社会人からすればとてつもない金額だ。

 それを平然と掛けさせようとするノエルと、断固拒否を貫くグレン。本当にやりかねないグレンと、落ち着かせそうなノエルの立場が逆転している。

 流石にノエルが()()()()にやりかねないのは、グレンがあまりにも可哀想だ。

 パンパンと、セリカが手を叩く。

「ほら、そこまでだ」

「えー、つまらないですー」

「た、助かった……」

 もっとやらせろとノエルの表情に出ている。グレンは九死に一生を得たと、神を目の当たりにしたかのようにセリカを崇めている。

 二人の挙動に、セリカは軽く嘆息を付いた。

「全く……」

「仲が良くていいのぉ」

 まるで私には関係無いという物言い。事実、その通りなのだが。

「とりあえずだ。グレンはノエルに食事を恵んでもらうということでいいか?」

「なんか、新婚さんみたいですね☆」

「だから何自然な感じでとんでも無いこといってるんだよお前は!?」

 

 ここに病院を建てよう。

 →病院は逃げた!

 

 手の施しようがないと、セリカはただ微笑むだけ。マイペースの話に付き合うだけ行動に乗らされる羽目になるから、このほうが最善というまでだ。

 三度(みたび)、狂乱に陥れられそうなグレンをリックが宥める。

「まあまあ落ち着きなさいグレン君。給料の前借りということはできんが、〝特別賞与〟の形では出せる可能性はあるぞ?」

「なんですとぉ!?」

 なんなんとぉー(画像略

 机に身を乗り出してまで話に食いついた。どれだけ切羽詰まっていたのか、その挙動から思案せずとも察せてしまう。

「ほっほっほ――とはいえ、先ずは確認じゃが……グレン君は来週の〈魔術競技祭〉のことは耳にしておるな?」

「え? ――まぁそりゃ……一応ここに居たし、今はここの講師っすから?」

 魔術競技祭。

 年三度に分けて行われている、アルザーノ帝国魔術学院の学習成果を披露できる場として、〝競技〟という形で一般公開している催し。端的に言ってしまえば、運動会みたいな祭り事に近い。

 学年ごとで開催日も別けられており、学年の違いによる格差というものは存在しない。純粋に、同学院に通う同年度生と競うことができる。

 グレンの返答に、リックはうんうんと頷き。

「そうか、なら話は早い。その魔術競技祭で優勝すれば、特別賞与が学院から出せるぞ?」

「ほわぁ!?」

 何処からその声が出たのか。威嚇するネコみたいに、グレンは全身を総毛立たせる*3

 少し考えるように腕を組んで俯き加減になるセリカ。

「……なるほど、そんなのがあったな」

「――ねえ、なにが〝なるほど〟なんですか?」

 少しの()を置いて発せられた台詞は、不穏な響きしか感じられない。

「倍にしていいですか?」

 ノエルが言っても、不穏な響きしか感じられない。魅力的ではあるが。

「俺に味方はいないんですか?」

「いる訳ないだろ」

「断言しないでくださいな?」

「お兄さん――」ウルウル

「なんだその潤みは……」

 三者三様。ぴったり。

「――て、そんな話があるのならこうしちゃいられね「まぁまぁ(エェェェェ)、話は最後まで聞くもんだぞ? グレン?」ハイ……」

 首に回されたセリカの腕が、自然とグレンの首を絞めた。威勢を失ったネコみたいに萎んで見えた。

「優勝――とは一言で表しても、厳しいんじゃよ。達成するには。

 優勝候補はハーレイ君が率いる一組。彼処は世辞無しに優秀な生徒ばかりが揃っているからな」

「あいつらか――まあ、粒揃いだから当然か」

「成績優秀者が多くいるから層が厚い。簡単に抜ける壁ではないぞ?」

 二組にも成績優秀者が一応は居る。

 システィーナ=フィーベルと、彼女に次ぐ成績のギイブル=ウィズダンだ。

 しかしそれ以外を挙げられるかと言われると、二組生徒でも口を閉ざすだろう。

 優秀者は優秀者で集めて同レベルで一斉に育てる。――と言ったら聴こえはいいのだが、裏を返せば、生徒の都合を問わずに、人を選んでクラス配分していると言える。

 最上級クラスに編入できた事で慢心し、他クラスを自分より下だと決めつける(おご)ったような態度を振舞うようになる。生徒達の間でも、その風潮が若干にしてある。

 自然と選民思想に染まっている人物が我が物顔で表舞台に立てるのは、魔術界隈での当然と言ったところだろう。それが常識となっているのだから、異議を申し立てたのが異端扱いされる事になる。

 しかしその中でも、間違いなく実力者が混じっているというのも否定できない。

 現に一組担任のハーレイ=アストレイも、26という若さで第五階位(クインデ)に至った天才だ。実力も申し分無し。

 競技祭当日には、全クラスの前に立ちはだかる難敵として一組が君臨することだろう。

 

 それでも、そんなの関係無いとヒャッハーしている奴がいるのも事実。

 ほら、第七階位(セプテンデ)(証人セリカ、グレン、リック)とかいう文句無しの人外相当がそこに居るじゃろ?

 

「リックさーん。私、出場しちゃ駄目ですか?」

 

「そうしたら、二組の優勝が確実になってしまうの……」

「ノエルは駄目、絶対にだ」

「それ以前にノエル君は今、客員教授じゃろ。どうやっても参加できないじゃろ?」

 屋台に来た子供みたいな感覚でハーイと手をあげる。

 参加させてしまったその暁には、ノエルが通った道には何も残らない。生徒の心をバッキバキと良い音を立てて無邪気に叩き折るような、無差別の絨毯爆撃をやらせるわけにはいかない。

 いたずらがバレた子供みたいに、バツが悪そうに舌をチョロっと出す。

「バレましたか」

「……本当に出場するつもりだったんじゃな」

 本当に出場させてしまったら、全部門において、ノエルがダントツの一位を獲得することになるだろう。もしそうなってしまえば、もはや祭り事の程を成さなくなってしまう。

「流石にノエルをあの場に出すのは、私でも許可しないな」

「そりゃそうだ」

 同調するようにセリカとグレンも口を出す。

「でもでも、お兄さんと一緒に生徒達を特訓させるのは構わないですよね!?」

「それは他の担任も行っておる事だから、そこに関しては制限せんよ」

「やった!」

 流石にそこを制限したら、何の為にこの魔術競技祭という催し事があるのか、その意味を問い質される事になる。

 ノエルが右手を上に突き出して。

「めざせ! ハーレイ先生の給料三ヶ月分!」

「諦めてくれお願いだから」

 そこまでして誰かの給料をふんだくりたいのか。それと明確に名前を出されたハーレイにどんな恨みがあるのか。

 ――単に面白そうだから行動しているだけなのだろうけど。

「優勝は難しいと、言っておるのにのぉ……」

「ノエルには何言ったって無駄だろ。マイペースを貫かないノエルの方が私は心配だな」

「俺もそう思うわ」

「――なんか、不名誉な会話がされてる気がします」

「「いや全然」」

「ならいいです」

 流石家族。ノエルの手綱の握り方をしっかりと判っておられる。

 嬉しそうな表情をしながらグレンの右隣にベッタリとくっついて、腕を絡ませて。

 

 ――()()()()

 

よーし(ギュゥ)、早速シロッテの枝刈りですよー!」

えちょ(ガチャ)っとまってくださいのえるひっぱらないで(バタン)おねがいぃ――」

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

「小悪魔じゃないかね、あれ」

「私に似たのか……?」

「それはないじゃろ……」

 

 

 

 

 ▷▷▷

 

 

 風も何もない、暗い色が広がる虚無の空間。

 自分という感覚も、判らない。身体――自我――そんなもの、ここには存在していない。概念すら、無いのかもしれない。

 

 幾多(いくた)の細い白線が上から下へ落ちていく。面に落ち、保有する体積を平面へ広げることすら無い。無限に落ち続けている。

 

 

 ねえ、――は誰?

 

 ――。

 

 

 持ちうる答えは、無い。

 

 

 

 =24:00:00

 

 

 すぅ――すぅ――

 

 カーテンの隙間から月光が差し込み、顔を優しく照らす。睡眠が光によって妨げられる事もなく、ノエルは安らかな寝顔を晒していた。

 今すぐにでも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠の眠りに

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついてしまいそうな程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

02:オモワクツドうオマツり

SCENE 00:Prologue_ミカクテイジショウ

 

 

 

 

 

 

 

*1
(「いくばくか」の形で)わずか。すこし。出典:スーパー大辞林

*2
もしかして:「なんとかインチキできんのか」

*3
恐ろしくて、全身に鳥肌が立つ。身の毛がよだつ。出典:スーパー大辞林。毛が立つ意味では合ってるでしょ(適当




プリコネRのバトルアリーナ編成?

ノゾミ
カオリ(サマー)
シノブ(ハロウィン)
ネネカ
マホ or ジュン or ムイミ or プリン or プリン(ハロウィン) or etc...

文句あっか。


2019.09.28
Q:間が空いた理由
A:ホームステイ先の親戚がディヴィジョン2(北米版)買っててね。それやってた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

011.02-01:UUDDLRLRBA

平均文字数で読者を首切りする投稿者がいるらしい。
00と01で30,000字越え……普通だな!(感覚麻痺


二ヶ月振りの更新。気が向いたときに書いてたから文章の質は下がってないよ。更新前にちゃんと見直した。
原作だのどうのこうの考えるより、とりあえずオリジナル路線を突っ走ることにしました。



 泣いていた。

 

 ただ泣いていた。

 

 必要ない。たったその一言で、目の前が真っ暗になって、目の前からその姿が居なくなって。

 受け取り先の当てがわれた部屋で一日中ずっと泣いていた。

 

 どうしてこんなことするの。なにかしたの。何が悪いの。そんなことを聞いても、何も言ってくれない。誰も答えてくれない。誰も求めてくれない。

 

 なんで はなしかけてくるの。

 どうして はなしかけてくるの。

 

 なんで なんで なんでなんでなんでなんでなんでなんで

 

 

 だれも しんじられない

 

 

 だれも しんじない

 

 

 もう

 

 

 いいや

 

 

 

 

 SCENE 01

 UUDDLRLRBA

 

 

 

 

 鉄製の格子に嵌められる無色透明の硝子(ガラス)が石英*1の床に変化する模様を陰影で写す。刻一刻と過ぎる時間に、影は誰の妨害も受けずに少しずつ変わる。その変化を我々は、ジッと見つめれることだろう。

 数えた事もない格子硝子(ガラス)から差し込む光に、空中で何かが無数にキラキラ*2しているのが見える古めかしい廊下。そのキラキラは漂い続け、何処からか流れる空気に揺られるが床に落ちる気配は一切無い。

 廊下を端から直線として真正面に見据えても人の気配を感じない代わりに、時折どこからか音が響いてくる。

 自身から左が窓として、その右。一定の法則に従い均等に配置された扉の先からは楽しげな声、または悩ましそうな唸り声が、扉の近くに立ち耳を澄ませば聞こえて来る。

 それもその筈だ。この扉の先は若人(わこうど)集う教室なのだ。今を全力で駆け抜けて将来へ繋げようとしている者は躍起になるのも当然の事だろう。それ以外にも、

 ……その世代に属しているであろう推定16歳もいるにはいるが、他人を振り回して『将来なんて知った事か』と自由に今日(こんにち)を過ごしている毎日だ。その者が属している教室では新たなムードメーカ、また学院全体からは妹的マスコット扱いとしての地位を意図せずとも我が物にしている。

 

 一方、勢いで肩車させられ、その上でキャッキャキャッキャと楽しそうに枝を捥がれているのを唯々見ているだけしかできない者もいる。

 

 =09:06:11

 

 二年次生の魔術競技祭が来週に迫ろうとしている、アルザーノ帝国魔術学院の現在。

 多少教員達が話し合う様子を職員室外でも目にするようになり、話の擦り合わせ等々、競技祭が迫っている事を間近で実感出来るようになってきた。それでも、開催に伴ったゴタつき、大きなトラブルも無く、生徒達とは無縁の所で開催準備が着々と進んでいた。

 その中でも、メインを飾る競技者――生徒達は各自、自分の持てる力を本番で存分に発揮できるようにと、事前告知されている情報から本番さながらのシチュエーションを擬似的に再現し、本番にどの様な行動を取るのかの戦略を組み立て、少しでも上へ行けるよう練習していた。

 しかし、何処か緊張感が二年次生の間には流れていた。

 

 そんな中、唯一イレギュラー判定を受けそうなクラスはと言えば――

 

 

「次の〈飛行競争〉に出たいひとー」

 

 ――はーい!

 

 少しだけ開けられた窓から涼しい風が室内を巡る。至る所で席を無視して自由に集まる生徒へ熱気に移り変わり新鮮で涼しい空気が届けられる。

 壇上に立つシスティの呼びかけに反応して、幾人かが手をあげる。その横で、書記を務めるルミアが後ろをチラチラ振り返り、挙手者を確認しながら黒板にその人の氏名を書いていた。

「えーと……――――(カキカキ)

「規定人数より多いわね。じゃあ後で話し合って決めて。それじゃ次――」

 何の滞りも無く進む出場者決めに、生徒達も特に意見と文句も挟むこと無く、挙手した男女が集まり、また一つ塊を形成していく。

 

 

 ――そう。思ったより和気藹々とした雰囲気で、話はスムーズに進んでいた。

 

 

 そもそもの所から話してしまえば、今の二組に優勝だのどうのこうのは、一切が眼中の外だ。

 いや、出来るだけ上位を目指そうとしているのは、出場者決めが一応真面目に行われていることから察せてもらえるだろう。至ってノリが軽いけど。

 この競技祭の観客に、本学院の卒業生――それこそ、アルザーノ帝国において、現在存命している魔術界隈の著名な人物が一同に観客として参加する。魔術を志すものからすれば自分をアピール出来る絶好の機会であり、将来への布石としてコネクションを構築できるかもしれない。あわよくばスカウトされるかもしれないこともあり、図らずともピリピリとした雰囲気が漂うのも無理はない。

 そんな重要な場となっている競技祭――(まつり)の名を冠していながら、実質的には様々な人の思惑が醜いぐらいに入り乱れる催し事になっている。

 同学年の学友と言えど、可能な限り著名な人物に自身の名前を覚えてもらえるように、その名簿の枠(キャパシティ)を奪い合う間接的な争奪戦となる。そうなれば、必然と全生徒が実質的な敵となる。

 そして、今回の魔術競技祭に置いてもっとも重要な点。

 

 それは、アルザーノ帝国の現〈女王〉陛下が観戦に来るという事。そして、優勝したクラスに、その手直々に表彰してくれるというまたとない名誉が待っている。

 

 千載一遇と言ってもいいほどに、今回の訪問はとても稀な出来事だ。謁見する事すら生半可に叶わない女王陛下の御尊顔を、(おも)だった目的のおまけのような形でその目において拝見できるなどとても貴重な事だ。

 

 では何故、二組はそこを度外視したように和気藹々としているのか。

 原因、理由は言わずもがな。

 説得――と言うほどでもないが、それに近いことをやったのがいる。ノエルだ。またあいつかとか言わない。

 この話題が初めて出た時、ルミアがノエルに話題を振ったことが大元だ。ノエル曰く。

 

「お祭りですよ、お祭り! 気張るだけ無駄です! ぶっ飛ばせ!」

 

 いつも通りということに安心はしたが『お前は関係無いだろうな』としか言いようがないのも事実。目を輝かせていたもの。あれ完全に興味を惹かれた幼子だよ、ナニやらかすかわからんぞ。

 そもそも今、ノエルは客員教授の立場に就いているし、出たら出たで、一位を根こそぎ掻っ攫うのは日の目を見るより明らか。

 

「一組とか、ただ優秀なだけじゃ無いですか?」

 

 それに煽ってたな。あの水色。

 それはともかく、ノエルからすればただのお祭りにしか見えていないようで、魔術のお偉いさんとかに対し、当たり前のように虫網を振り下ろして、頭からすっぽりとゲットするかもしれない。

 もしかしたらそれが二組の評価に繋がる可能性があるから、間違いなく全力で止められる事だろう。寧ろ絶対止める。

 

 とまあそんな経緯があり、数日後。

 自分達にとって、とても大事な催し事であることを懇切丁寧にお伝え申し上げると「ほえ〜」と、意外だと言うような驚いた表情をしていた。

 確かに今のうちにコネクションを構築しておくのも大切なのだが、ノエルは何回か質問を返し、生徒達がここまでに意気込んでいる理由を理解した上で。

 

「今はこれだけしかできませんでしたけど、来年はもっとできるようになりましたってほうがインパクトに残りません?」

 

 そう微笑んで壇上で胸を張って言い放っていた。

 その時は一体何を言っているのか理解が及んでいなかったが、一人が気付き、また一人と、徐々に伝染していく。

 生徒達からすれば、まさに目からウロコとしか形容できなかった。

 

「前向きに考えましょう! 今は全力で出来ることをぶつけて、思いっきり〝お祭り〟しちゃいましょう!」

 

 それは天からの御告げに等しかった。

 

 ――今はまだこれぐらいの実力だが、来年はこれ以上の実力を見せられるような競技にしろ。また、それを匂わせられるような()()()()()()()()()()()を見せよう――と。

 名誉という点では一切考えていないのだろうが、他とは違う姿勢で望んでいるのを知れば、もしかしたら女王陛下の小耳に挟むかも知れないというちょっとしたおまけ付き。

 そのためにも、本番では〈名簿〉の片隅にでもいいから自身の名を刻んてもらいたい。

 そして来年、その期待に答えられるようなことをしよう。

 

 たった一年、たかが一年。それでも――〝一年〟ある。

 

 生徒達の実力を伸ばすのには十分な期間だ。下手に凝り固まった思考を持つ老人共に比べたら、なんと教鞭を振るいやすいことか。興味津々と、軽々に知識を蓄えられるぐらいの柔軟な脳を持つ今だからこそ、一年という期間はとても大事でとても長く十分な期間だ。

 そして来年には、もっと出来るようになっている。そう自分達に確信もたせられるのは、なにより目の前に居るノエルの存在。

 グレンがメインとして基礎を固めているのに対し、それを応用させるのがノエル。基礎が出来ていないならそれも手伝うという、誰が見ても万全の教育体制であったのは知っていた。

 だがそれがこれ程までに有難いことだったのかと、一部の生徒が「ありがたやぁありがたやぁ」とノエルを崇めていた。えっへんと胸を張っていたのはいつも通りだった。

 

 

 黒板に描かれる氏名を一瞥すると、システィは苦々しい顔を浮かべる。

「う――ん……いまいちパッとしないわね……」

 無論、何気無しの呟きに特定の人物を貶すような意図は含まれていない。

 ただ、上位を出来るだけ目指せるようにすると『優勝には届かないだろうなぁ』というのはクラスの全員が判っていた。同学年対決であっても、〈優勝〉とはそれほどまでに隔絶された順位なのだ。

「ダメだよシスティ、そんなこと言ったら」

「わかってるけど……全力を出して上を目指せるか心配なのよ」

 士気を下げるような発言にルミアが言葉を挟む。思わず口から溢したことは事実だから否定しないとして、出来るだけ上の順位を目指す――肝心な目標が曖昧なモノで、要領を得ないのも明らかだ。先の計画を立てるのにも、その〝先〟が目標として設定できない。

「成績優秀者で使い回すという選択もありますよ?」

 向上心を持つ彼女に、ギイブルが一言告げる。

 全員で一つの競技に出場するのではなく、成績優秀者を数回、または全競技に配分し、可能な限り上位に位置付けようとする手段。

 ギイブルをチラリと振り返り、システィは黒板に書かれた氏名を一瞥する。

「まぁ、他は間違いなくやるでしょうね。私たちとは目標が違うから」

「俺達もしちゃうのか? ノエルからなんか言われそうだな」

「常套手段だからやっても問題は無いね」

 アピール目的なら常套手段だろう。このクラスではこの人が注目株ですと、複数回出場させることで印象に残るであろうからだ。

 だが複数回ということは、それだけ一人にかかる負担が大きくなる。毎戦全力で挑めないのは大きなデメリットだ。それに比例して、第一印象が芳しく無い評価に落ち着く可能性もある。

 ルミアがシスティの顔を(うかが)いながら訊く。

「でも、もしやるとしたなら誰?」

「……間違いなく私とギイブルが一番に選ばれるわよね」

「このクラスだと、間違いなく確定枠ですよ」

 当の本人(ギイブル)も当然と言うように首を横に振る。至極当然、当たり前だろうと。

 二人以外の二組生徒に、複数回を抑えて上位入賞できるほどの余力は無い。その事に誰も異論を唱える事はない。公然の事実と言うまでだ。ノエルは生徒か教授(どっち)にしても例外。

 他のクラスメイトからすれば、自分は役に立たないと比喩られているようなものだが、複数回を余力有りでやれない事は事実だから、張り合っても仕方がない。

 そこへ憮然とした面持ちで、ウェンディが言葉を挟む。

「そもそもノエルさんは何をおやりたいのかわかりませんわ」

「何をやりたいって……」

 そこまで出て、システィは言い淀む。その横からルミアが続けた。

「楽しみたいだけだと思うけど……」

「……それしか有りませんわよね」

 判ってた、そう嘆息するウェンディ。

 ノエルの行動理念は大体そこらへんに集約されている。どうこう思惑を思案したところで返答は『楽しいから』。そう言うに決まっている。それ以外有り得ない。

「てか、先生とノエルはいつ来るんだ?」

「私たちに任しているから来ないと思うわよ?」

「そう言ってると、本当に来そうだよね」

「そうですわね……あのおふたりなのですから……」

 

 

 

 

 ――あま〜い!

 ――なんかしょっぱいぜ、このシロッテ……

 

 

 

 

「……何か聞こえた気がするわ」

「気のせいではありません?」

 システィが「うわぁ」って顔してる。その様子を訝しげに、ウェンディが眉を顰める。

 いや、これが気のせいであるはずない。あんな特長的な声、聴けば直ぐに判るはずだ――。

 

 

 ――ほら、お兄さんも舐めてくださいよ

 ――だからしょっぱいって……

 

 

『……』

 

 なんか聞こえる。何処ぞの紳士が反応しそうなのは怖いところ。脇(検閲されました

 でも、間違いなくあの二人の声だ。ついさっきよりも音が大きい。生徒達も聞こえたらしく、話し合っていた声を止めるほどだ。

 

 ガラガラ――。

 

「はーい」

 本日一発目は、暢気に右手を振って挨拶するノエル。今日も今日とて、学生服っぽい私服でおへそがちらり。流している薄水色の長髪と一緒でとても眩しい。

 その後ろでは片手で顔を覆うグレン。右手には木の枝……なにやら諦めが感じ取れる。肩身が狭いとはこのことか。

「の、ノエル君――?」

「来ちゃいましたー」

「来ちゃいましたーって……」

 一体なにがどうして「来ちゃいましたー」なのか。一応ひとクラスを担当しているのに、その担当しているクラスで言うのはどうなのか。システィは脱力して何も言えない。

 で、もう一つ言わなければいけないことがある。

「ノエル、背負ってるものはなんなんだ?」

 それはカッシュが指摘した。ノエルが背負う、上半身程度の〈背負(しょ)()〉。その中から幾らか木の枝が飛び出している。

 ノエルは振り返るように籠を一瞥して。

「あぁ、これですか?」

 背負い籠を全員に見えるように体を斜めにしたかと思えば、背負い縄を肩から外して、蹲み込んでそのまま背中から下ろす。

 床に下ろされたことで必然的に高さが下がり、背負い籠の中がよく見えるようになり――籠一杯の木の枝が、無造作にぶち込まれていた。

「これはですね、シロッテの枝です!」

 枝なのは見て判る。グレンが手にしている分も、多分ここからなのだろう。なんか自棄(やけ)になって右手のを突っ込んでるけど。

 それはそうとして、何故カゴが一杯になる程に集めていたのか、その心が判らない。とうとう魔術に飽き足らず、こんな奇行を起こすようになったか。

 何処か呆れたような視線が、何故か自信満々のノエルに向かう。

「……そんなに集めてどうするの?」

「お料理に使えないかなぁって思いまして」

 だったら教室に持って来なくていいのでは? 家に置いて来なかったのか?

 質問したルミアのみならず、大体の生徒の心中が合致する。

「……こんなに必要ありませんわよね?」

「ノリと勢いです」

「……」

 何も聞かないほうがいいかもしれない。マイペースにペースを掴まれたらこちらが沼に引き摺り込まれる。

 背負い籠を出入り口の角に置き、何も無かったと言わんばかりにぴょこぴょこと壇場に近づいて黒板を注目する。半ば空気と化していたグレンは何も言わずに、ノエルと同じように近づいて黒板を注目している。

「なにか言いたいのかしら?」

「いやぁ、お祭りやってますねぇって」

「ホントだな。見事にノエルの言った通りになってる」

「え?」

 ルミアが思わず声を漏らした。

「参加する人もですか?」

「違うぞ?」「違いますけど」

「そう、なんですね……」

 息ぴったりの返し。的外れの問いに勢いを削がれるのが自分でも判った。

 

 

「よ〜し、正式メンバー決めるか」 

 

 

『は?』

 グレンの唐突の呟き。不審な態度、または怪訝な顔をする生徒達。何も言わず(グレン)に準拠し、とある紙を手渡す(ノエル)。事前に打ち合わせしたかのような流れ作業に、当のグレンがその紙を二度見する。紙のことは知らなかったのだろう。

「……?」

「(ニッコリ)」

 エヘヘ〜と聞こえて来そうな笑顔。褒めて褒めて〜と言わんばかりの表情に、触り心地良さそうな頭を撫でれば、途端に左右へ振られる尻尾を幻視すること間違いなし。ルミアとウェンディが目をパチパチさせて(こす)っている。

 期待に満ちたマイペースから視線を外せば、生徒達は呆気にとられたような表情をしている。

「……なんだお前ら。文句あるか」

「文句しかないんだけど……?」

「文句しかありませんわ」

「なんで来たんですか?」

 システィ、ウェンディ、ギイブルが言葉を連ねる。突如教室にやって来て、生徒達の偉大なる自主性により既に大まかなメンバーが決まっていた。それにも(かかわ)らず、唐突に「メンバーを決めるか」とか、今までのこと全てをひっくり返されるような一言を呟かれたら、そりゃこういう反応になる。この場にいる面々からすれば、場をかき乱しに来たとしか思えない。

「お前ら俺をなんだと思ってる」

「クズ」「変態」「ろくでなし」「ちくわ大明神」

「グベ」

「誰だ今の」

 なんか混じっていた気がする、気にしないが。

 それはともかく、意味を掴みかねない罵倒がグレンへ〝実態〟と化して襲いかかる。腹パン(ボディブロー)を食らったかのように、オーバーリアクション気味に体をくの字に曲げ、口からの血反吐がなんとなく幻視出来た。

 床と恋人よろしくといった具合にお熱く――抱きしめてはいないが、大の字で俯けて、仲良く「チキュウダイスキ!」してる。その横では妹分がキャッキャキャッキャしてる。

「ふふん、ここは私の出番っ」

「?」

 慈悲無き言葉にピチュられた荒らし一号(グレン)に代わり、荒らし二号(ノエル)がとうとう名乗り挙げやがった。

 大地もとい床と抱擁しているグレンは教室の隅にコロコロさせて、打って変わってノエルが再び黒板前に立つ。なにが出番なのか判らないが、生徒達も判らない。全員、支離滅裂、唐突なノエルにハテナマークを頭上に浮かべるのみ。

 注目を集めて、ノエルは面白いよと聞き手に思わせるような抑揚で話し始めた。

 

「お兄さんは昨日、ギャンブルで給料を全額スリました。

 お母さんは家の食べ物を全部しまいました。

 この魔術競技大会で優勝したクラスの担任にトクベツな賞金が入ります。

 

 把握しました?」

 

 今北産業(今来た三行)、おk把握――。

 ――もなにも、そのままの答えだった。オブラートに包む事も擁護する事もせず、事実をいつもの悪意無き笑顔で喋った。果てなく、悪魔のような所業に同情する者もいれば、自業自得と首を横に振る者もいる。

「白くなってますわ……」

「なあ、あれって大丈夫なのか?」

「ほっとけばいいと思うわ」

 その一部始終――全体をあっけらかんとばら撒かれた兄心は当に砕け散り、再びリングサイドにグレンは沈んだ。決まり手は顔面へのストレート。不可避だった。

 ゾンビゲーム宜しくと言ったばかりの死んだフリが寧ろ致命傷となり、Havok神*3おも通用せぬ背景オブジェクト――物言わぬ屍と化したグレン。そんな彼を、一定数が心配げにチラチラと視線を向けていた。

 すれば、そこだけが切り抜かれたようにマンガみたいな白黒(モノクロ)に見えてしまった。影は黒く塗られ、輪郭以外が塗られることのない白。完全に燃え尽きていた。

 なおノエル。いつも通り、ほかを置いてけぼりにして話を進めていく。

「つまり、利害が一致しているんです! お兄さんは飢えを回避出来る、皆さんは優勝できる。〝うぃんうぃん〟の関係です!」

「いやな関係ね……」

 間違いなくメリットしかないのは当然として。しかし、二人がここまでヒャッハーし出した理由があまりにも自己中心的。声に出してシスティが顔を顰めたのも無理はない。

「まあまあシスティ、ここはノエルさんの言葉に乗っかっておきましょう」

 すると、水を差すように声を上げたのが一人。ギイブルだ。

「どっちにしろ、僕達に利益のある話だ。今から上位を目指すにしても、ここにいる生徒だけでは怪しい。その可能性を少しでも上げる為には、ノエルさんと先生に決めてもらう方が間違いないでしょう」

「判ってるわ」

 ギイブルの言い分はとても的を得ていた。

 確かに生徒達だけでは上位入賞すら怪しいだろう。一組との実力はそれぐらいに離れている。そこに、グレンの餓死回避という名目で優勝を目指す兄妹が練習の指揮を()ると言い出したのだ。

 先のビジョンが見通せない中、二人はその道筋を示そうとしている。なら、その船に便乗したほうがメリットがでかい。グレンとノエルに関しては、少なくとも妹の方は名誉なんかいらないだろうし、どちらかと言えば、名誉やら将来やらを考えると生徒達に利益が有る。

 少し俯向きげだった顔をあげ、ノエルに視線を向ける。

「で、それ以外に理由はあったりするのかしら」

「一応ありますよ?」

()()なんだ……」

 いつも通りにするノエル、苦笑するルミア。

「簡単ですよ。私とお兄さんのやっていることが正しいって証明できるじゃないですか。そこまで特出した成果も無いのに『自分のやっている方が正しい』とか『今迄の方法が正しい』とか言うバカしかいないじゃないですか。

 優秀とかそんなの関係なしに、私達のやり方でやってみんながここまでの成果が出せたって世の中に知らしめるいいチャンスなんですよ

 それが気に食わない他の人たちは間違いなく頭に血が上ると思いますけど、そんな人達は時代遅れの骨董品なんで置いておくとして――今回のこれを利用して、みんなの得意不得意をハッキリとさせて、長所をしっかりと伸ばす練習で祭りに挑むんです」

 誰もが平等に、一定のラインを超えて長所を伸ばせる学習――その成果をこの魔術競技祭でしっかりと数字で示し表す。そうすれば誰も、ただ口に出して馬鹿にすることなど出来ない。そんなことを言おうもんなら、己がしている学習法でしっかりとした()()を出せているのか逆に言われることになる。

 優秀者が揃っていない、などの言い訳は通用しない。このクラスはそれを体現しようとしているからだ。

 グレンは自業自得の理由であるが、ノエルにはしっかりとした理由が存在していた。思わず呆気に取られたような表情を浮かべてしまうのも無理はないだろう。

「……意外と真面目だったわ」

「ノエル君、何か変なものでも食べた?」

「ひどいですね」

 これがノエルの信頼度か。消費期限切れの食べ物食ったと心配される始末。

「後付けですけど」

 やっぱりいつものノエルだった。

 それに、生徒達を一瞥しながらそう前置きし、愉しそうな笑顔を見せて。

 

 

「どっちにしても()()ですし。楽しまなきゃソンですよ♪ 楽しんだもん勝ちです♪」

 

 

 一応にもこれは〈魔術競技()〉と、〈(まつり)〉の名を一応にも冠している。

 他がピリピリしているのは完全無視して、一人は全力で楽しもうとしている。その意気込みには、周囲からすれば場違い感が否めないが、この姿勢が本来の〈魔術()()()〉なのだろう。

 〈競技〉ということはスポーツだ。互いにリスペクトしあい切磋琢磨するという光景が見られるのが理想なのだろう。

 他クラスとは違う――その印象が植え付けられれば、二組生徒は自然と注目が集まるだろう。

 そんなことで楽しそうにしているノエルに、カッシュが一言尋ねる。

「ノエルは何やりたいんだ?」

「遠隔バフ」

「ダメですわよ!?」

 つまり『遠くから一時的な能力アップ魔術をかける』――ノエルが言うと冗談に聞こえないから困る。ウェンディが速攻で食いついたのを「てへっ」と流して。

「まあ、当たって砕けろって言いますし」

「作戦は?」

「え? ないですよ?」

「最悪ね」

「そういうシスティさんは」

「ないわ」

「ナカーマ!」

 見つけた同胞に「わーい」とハイタッチを求める。そんなんで仲間宣言されたくないとシスティは深く嘆息した。

「先生、大丈夫です?」

 片隅では、ルミアがグレンの様子を伺う。未だ砕け散った心(ハートブレイク)から立ち直れていないらしい。

 すると後ろから、彼を追い込んだ張本人(ノエル)がテクテクとやって来て、横に座り込んで、肩をツンツンと突き始めた。

「ほらほら、仕事しないとお兄さんのお弁当が誰かにいっちゃいますよ?」

「よ〜しお前ら、俺らについてこい!」

『うわぁ……』

 弁当を人質に取るとはなんと極悪非道な。

 半ば命を握られた脅迫にも当然と受け取れる一言にグレンは色を取り戻し(飛び起き)、人をイラっとさせれるいい笑顔をして黒板の前に立った。

 目先の物に釣られた現金なヤツとも取れるが、唯一の生命線であるノエルからの昼食を絶たれてしまっては、本当にノエルが調味料代わりで捥いできたシロッテの樹液を主食として、飢えを凌がなくてはいけなくなる。それだけはなんとしても避けなくてはいけない。

 生徒達から漏れた声にも、呆れ、同情、畏怖のような様々な感情が混じっていた。

 ノエルがグレンへ手渡した紙を兄妹二人仲良く見て、なにやら相談しあって黒板に生徒達各々の氏名を書いている。既に決まっていた――というより、ノエルはある程度決めていたということなのだろう。

 数分経過し、二人が手に持った黄色いチョークを置いた。生徒達に見えるように退くと、書いている途中でも見えていた隙間を埋めるように追記された黄色で書かれた氏名があった。書かれている名前に生徒達は少し騒めき始めた。

「――たぶん、俺も同じ選出してたな」

「以心伝心です♪」

「ぜってー違げぇ……」

 簡潔に言えば、上位を狙うなら常套手段と、暗黙の了解にされている使()()()()()()()()()()()()()で――他クラスからすれば舐めているのかと言わざるを得ない。

 先にグレンが振り返り、席を一瞥。

「誰か文句ある奴いるかー?」

「ありますわ!」

 異論を唱えたトップバッター、切り込み隊長〈ウェンディ=ナーブレス〉。憮然とした面持ちで「不満あります」と主張しているのが顔を見るだけで判る。

「なんでわたくしが〈決闘戦〉ではなく〈暗号早解き〉に名を書かれているのですか!?」

 元々バトルロイヤル形式であった決闘戦にその手を挙げていたのだが、兄妹が書いた選出には載っておらず、代わりにその競技名そのままの暗号早解きにその名を書かれていた。

 つまりは、自分のやりたいと思った競技へ選出されていることに不満タラタラなようだ。

 しかし、その文句にグレンは顔色一つ変えることなく。

「だってお前、直ぐ頭に血が上って冷静さ欠くだろ?」

「ぐっ」

 第三者からの適格な指摘を下す。突きつけられたウェンディは何も言い返せない。そのことに自覚があったからだ。

 そして追い討ちをかけるかのように、ノエルが話を続ける。

「それにウェンディさん、こっちで使う〈リード・ランゲージ〉の成績クラス一位じゃないですか。だったら対戦形式じゃなくて、時間で競う勝ち抜け形式のこっちがいいと思いまして――ダメでした?」ウルウル

「そ、その目はおやめになってくださいなぁ……!」

 懇願するような上目遣いをするノエルに、ウェンディが思わず身を引いた。なんかイケナイ事しているような気がしてならないし、罪悪感が凄い。

「うぅ――〜〜っ! やってやりますわっ! そのままでいいですわっ!」

「やった♪」

 もうヤケクソだと、これだけ持ち上げられているのに引いたりとやかく言ったりするのは自分の矜持(きょうじ)が廃ると、ウェンディは堂々たる宣言を下す。ノエルは自分の提言が採用されることに喜んでる。お(検閲されました

「じゃあ、次いるか〜」

 その様子をいつもの事だと軽く流し、グレンは解決したと判断して次に質問がある生徒がいないか確認する。

 

 →00:42:10

 

 大方の疑問が解消されたか疑問の声が上がらなくなった。

「このメンバーで決定していいですか〜?」

 ノエルの確認に対して異論をあげる者はいない。生徒の得意分野、特色をしっかりと理解し、使い回しを誰一人として出さない上で出場者決めされているのだから、むしろ異を唱える方が難しい。

 上位、又は優勝を狙うにしても、自分達だけでは此処までの緻密に練られた選手決めは出来ていなかった。成績をつける立場であるが、ノエルはしっかりとアドバイスしているし、グレンも巫山戯てはいるがノエルが決めたメンバーを一目見ただけで納得していた。二人、最低でも先生としての事をやっている。

「誰もいないんだな? じゃあここに書いたのを、今日から出場する種目に集中的に取り組んでもらうぞ〜」

 ――はーい。

 手をあげる者がいないとグレンが最終確認の呼びかけをすると生徒達は異議無しと気軽に呼応(こおう)する。けれどもやる気は十分のようで、興味無いとだらけ切った表情をせず楽しく前向きに取り組む視線が見て取れて、語間(ごかん)を伸ばさずに呼応した生徒もいた。

 生徒達の様子を、頷いて嬉しそうに見ているノエル。お前はどこの親だと言いたくなる態度をしている。

「んじゃお前ら、広場に20分後集合、それまで自由時間な」

 後は任せるとグレンがノエルに一声掛けると「はーい」と従順に応えた。その反応を見て、後ろ向きで軽く手を振りながら教室を出た。

「――全く、今まで考えたのが無駄じゃない……」

 腕を組んで不貞腐れたように呟くシスティ。自由にやっていいと言われていたのをこうも簡単に覆され、色々気を揉んでいたのが馬鹿みたいだと思っている。

「これからどうするの、システィ」

「……とにかく先生のところに行くことかしらね」

 ともかく、グレンがその気になったらそれはそれで有難い話だ。ノエルとの協議――と言えるようなのは無かったが、肝心の選出がしっかりとした組み合わせで、実施する必要性は十二分に無い。練習内容も二人のことだから、アドリブでどうこう指導するつもりなのだろう。

「? なんです?」

 客員教授のノエルが、システィとルミアからの視線にこうも緊張感のない返しをするぐらいだ。相変わらずの平常運転に掛ける言葉もない。

「ノエル君は先生を追いかけなくていいの?」

「大丈夫です。紙なら渡しました」

 極当たり前のように言い張る。(ひとえ)に、互いの信頼があってやれていることだろう。

「で、ノエルは何をするのよ?」

「にゃんにゃんしようかなと」

 

 

 動詞、にゃんにゃん。

 

 

 何言ってんだこいつと言わんばかりにシスティの表情が怪訝なものになる。同じく聞いていたルミアも頭上にはてなマークを浮かべていた。

 すると、ノエルがルミアに近づいて。

 

 

 ――()()()()()()()()()()

 

 

「とうっ」

 可愛らしい掛け声で飛び付いて。

 

 ぽふっ。

 

 何処からか悲鳴のような黄色い歓声が聞こえた。ルミアは少しの衝撃を感じて視線を下げる。

 キラキラの綺麗な上目遣いのお目々が心一杯の笑顔と一緒に、あったかい体温をじんわりと感じる。背中に回されている腕からノエルに抱き締められているのも判る。

 現状を理解したルミアの顔が赤くなる。倒れていないのは成長の証。別名は耐性。

 ノエルは小首を傾げて。

 

 

 

 

「にゃん♪」

 

 

 

 

 ツインサテライトキャノン。

 

 コロッと逝かせそうな破壊力。回避――不能、防御――しない――。

 あぁ、しあわせぇ――。

 

「また倒れたぁ!?」

「だからお辞めになってくださいと言っておりますでしょうノエルさん!?」

「にゃ〜ん?」  グハッ>

「『何言ってるのか判らない』……って顔するんじゃないわよ!」

「離れてくださいな!? ――って、お顔を埋めないこと!」

「にゃ〜ん♪」  グボォ>

「離れなさいっ!」

「システィさん、足を持ってくださいな!」

「判ったわ!」

「相変わらず幸せな顔してるぜ、ルミア……」

「なんでこうなるんですかね……」

 

 システィとウェンディがノエルを引っぺがしに掛かり、被害者のルミアは幸せな顔してる――被害者のはずなのだが。

 一方で加害者ノエルは楽しそうににゃんにゃん鳴いている。剥がれそうな気配が無いのがなんともと言ったところだ。

 

 

 ▷▷▷

 

 

「大丈夫、ルミア?」

「だいじょうぶだよ〜システィ、えへ〜♪」

 

 システィの心配をよそに、えへへ〜と表情を綻ばせて返事するルミア。大丈夫じゃないみたいだ。まあ、ノエルにあんなことやられてああならない方がおかしいと言うべきか、ルミアがノエルに慣れたからこの程度で済んでいると言うべきか。

 麗しい少女二人()のイチャコラはとても眼福であるが故、ノエルはシスティとウェンディにやめなさいと言われるが、何処か羨ましげな視線を向けられていた。下心は一切無し、子供のように無邪気に飛びつくからこそできる芸当だった。これが下心ありになったら社会的に逝く。これが素材の差か……。

 

 と、話を聞かない妹分(ノエル)がルミアを悩殺して十数分。未だ妹オーラにアテられて浮ついているルミアの背中をシスティが押しながら、練習する場所となる広場へと向かっていた。

 一方のノエルは「補給完了!」と訳のわからないことをほざいて、お兄さーんと言わんばかりに教室を出て行った。

 その時点では半数は残っていたが、ルミアが復活したときには大方の生徒が既に広場へ向かうために教室から出払っており、残り数名が準備完了というように教室からいなくなるタイミングだった。

 二人が遅れた理由は言わずもがな、悩殺されたルミアをシスティが介抱していたからだ。ノエルの攻撃の後ルミアはいつも浮ついた気分になっている場合が大体――いや、いつも浮ついた気分になっているからもうどうしようも無いのだ。

 そんなこんなで二人が広場に到着する頃には集合時間ギリギリというタイミングだった。今か今かとグレンとノエルに指示を乞うような生徒達の様子は、雛鳥が親に餌を強請っているかのようだ。

 時々顔を上げて生徒を確認しながらグレンは手に持つ出席簿とにらめっこ、足音が聞こえて顔を上げる。そして最後に来たシスティとルミアをその目で視認する。表情は二人が遅れて来たのが意外と語っている。

「お、珍しいですね〜」

「貴方が言わないでくださいまし……」

「……ルミアの様子から大体判るんだけどさ、何があったんだ?」

「いつものですわ……」

「あぁ……なるほど……」

 真っ先に教室を出たグレンは事を見ていないためにルミアの浮ついた様子に疑問が生じたのだが、あの様子を何回か見ているしウェンディが嘆息していることからなんとなく察せた。そして確認して確信する。ノエルは自覚が無いのがいけない。

 

 点呼と挨拶は程々にしておき、それではと前置きしてグレンが内容を語り始める。

「お前らにやってもらうのは、至極簡単な話だ。今日から一週間出場する種目の練習だ」

「多人数戦なら自分達の戦術の確認、使用する魔術の選別と適格な高速化です。個人種目なら適格な高速化のみで大丈夫です」

「俺たちは最低限アドバイスやらなんやはするが、それ以上は自分で考えてやってくれ。面倒くさいから」

「お弁当――」

「――ばしばし聞いてくれ!」

 なんて現金な。人質取っているノエルもノエルだが。

 とまあ、いざという時の言質を取ったということで納得しよう。

「優勝を目指すのもいいですけど、全力で楽しむ事を第一目標にしてくださいね。皆さん」

「――だ、そうだ」

 あくまでも祭。来年もあるから気負うことも無い。言外にそんな意味が込められていた。

「でも、それだけだとなんか足りませんよね〜」

「俺の財布掛ける気かお前」

「いいんですか?」

「ダメに決まってんだろ!」

 掛ける金もないのに一体何を掛けるのか。即座にグレンが反応したことからなにやら悲しい事情がありそうだ。聞かない方が身の為か。

 それでも、現金なのは思春期真っ盛りの生徒達も同じ。お金が出るとなったら一部が()る気を漲らせるのだろう。

 ――なに、文字が違う? 気のせいでしょ。

「ですねー……一番頑張った人には――」

 

 

 ――()()()()()()()()()をあげましょう!

 

 

『!?』

「おまっ!?」

 その場の空気を凍りつかせる衝撃発言。ノエル以外の全員がその身を引きつかせた。

 自分自身を景品にするとは正気なのかと。ましてやデートする権利とは。

「おいノエル! お前何言ってんのか判ってんのか!?」

「え?」

「判ってんだなチクショウ!」

 唐突な自身の身を特典にする発言を窺うグレンに、ノエルはそっけなく「何をおっしゃいますか」と言うような顔を返事してきやがり、正気度を一定以上失った探索者(トリッパー)の如く*4叫んだ。何も裏にない字面通りの意味で言ったと。

 言葉を脳内で反芻するように、システィは目を瞑り眉間に手を当てる。

「え〜と、デートって言うことは……?」

「恋人繋ぎしてもいいんですよ?」

『キャァァーー!!』

 あぁ、女子が湧いてしまった。ウェンディ、ましてや訊いた本人(システィ)の顔も赤くなってる。ノエルのような男の子――たぶん男の子と一日恋人のように過ごせるというのは、あまりにも夢のような体験であり、女子の誰もが顔を赤くするだろう。男子からしても、余りにも男の子に見えないせいで()()()()()()デートになる可能性もある。

 子供みたいな純真無垢な笑顔と人懐っこい性格。ルミアがやられる度に毎度アテられてぶっ倒れているのを間近で見ているから、恐れ多くもあり、一度でいいからその気分を体験してみたい興味もあり。

 そうして各々が喧騒に沸く、若干俯向き加減に静かに佇むのが一人。そんな彼女のいつもと違う様子にカッシュがおそるおそる(たず)ねる。

「ル、ルミア……さん?」

「カッシュ君……私、絶対手に入れてみせるよ――」

「お、おう……」

 

 *ルミアはケツイをいだいた

 

 あまり――いや、以前にも見た事無いぐらいに、やる気を漲らせておらっしゃる……。

 いつも見せる様子からかけ離れた様子の彼女に、思わずカッシュも困惑している。その心情が恋心から来るものではない事を切に願う。

 そんな中でも、混乱の渦に巻き込んだノエルはというと、自身を景品にしているのをそこまで決心するようなことでもみたいだ。

(こん)つめないでやってくださいね〜」

 軽く声を掛けると、生徒達は各自種目別のグループになって各々好きな場所へ散っていく。ただ、ルミアほど特典に対して本気になっているのは誰一人として居ないようだ。なぜ。

 そんな二組生徒達の楽しげな様子は、周囲から見ればどこの同好会だと言われそうではある。

 

「楽しげな様子ではないですか? グレン=レーダス()()?」

 

 ほら、そんな噂話をしていると早速やってきた。

 その声に兄妹が後ろを振り返る。いたのは、二組眼前の目標となる二年次生一組担任〈ハーレイ=アストレイ〉。その背後には一組生徒が総出で付いていた。取り巻きっぽく見えるのはアレだが、実力はちゃんと裏付けされている。

「あ、髪の毛気にしている()()()()先生」

幽霊(ユーレイ)ではないハーレイだ! 髪の毛も言うなぁ!」

「はっ、なぜ私はこのことをっ!?」

 もう帰っていいかな。関わりたくない。

 初手ケンカを売るノエル、本気で気にしているところを名指しされたユーレ――(ゲフンゲフン)ハーレイが大声で反応する。グレンは何も言えんと呆れてるし、一組生徒は自分の事で言われたかのように不機嫌だ。

 明らかにちょっかいを出しに来た雰囲気を漂わせる彼らに、グレンは話すことすらも面倒くさそう、そんな態度を隠さずに、一応センパイ講師であるハーレイに返答する。

「で、なんですかハーレイ先輩? なぁんか文句あるんですかぁ?」

「なに、簡単なことだ。広場を開けてもらいに来た」

 すると、至極当然といった態度で要求してきた。

 自分達より劣っている者達が自分達に譲るのは当然。そんな意思が図らずとも見えて来る。そこに悪意は一切無いからさらに困り物。

 だが。

「いやです」

 ノエルはキッパリと断った。その拒否がハーレイは心外だったようで、少し間に受けた表情を見せたから目を細めた。

「何故だね?」

「こういうの早い者勝ちですよね」

「今更二組が練習しても結果は判ることだろう? なら、優勝する私達に広場を譲るのが世の常だろう?」

「お兄さん、ハーレイさんってこんなに頭が可笑しかったんですか」

「教えてやろうかノエル。魔術師っていうのは大体こういうのだ」

「うわぁ」

「――聞こえているぞ貴様ら」

 本気か茶番か判らないノエルの様子、それに合わせるグレン。ハーレイは間違いなくイラついている。だって笑顔だし、口角がヒクヒクしてる。

「優秀なんでしょうけど、場所がなきゃ練習出来ないんですか?」

「ブーメランだぞノエル」

「え?」

 

 ――春真っ盛りの筈なのに、どこか肌寒い風が(グレン)先輩(ハーレイ)に吹いた。

 判るだろう。ノエルの反応はイマイチ本気(ガチ)なのか判らないと……。

 

「――そういえば、自室で練習してたなお前は。違うお前が基準じゃない」

()()させるのまた()()でやっていいです?」

「オーケー黙ってろ」

 コイツにかまっていたら時間が足りない。非常識(ノエル)は置いておかなければならない。

 ついでに、一組生徒のノエルに向けられる視線がなんか畏怖を孕んでるような。

「……? なんですか、文句あるんですか?」

「絶対文句とかじゃねーから」

 もし文句を言ったら、お前にできるのかとか言い返される。いない者として扱わないと、どんな被害を被ることになるのか想像がつかない。

「え? 自室の中で練習するもんじゃないです?」

「お前わざと言ってるのか。なあ」

 関わらない方が精神衛生上宜しいかと存じ上げます(震え声

 

 

「私達、入らなくていいのかな……」

「ノエルさんは先生にお任せになるのが一番ですわ」

「僕達が介入してもいいことは何もないからね」

 そんなノエルに振り回される様子をルミアとウェンディ、そしてギイブル、三人は練習の最中に眺めていた。

 ウェンディはギイブルから暗号早解きで使用する魔術の行使速度向上を目的として教えを貰っている最中に。ルミアは――まあ、今はウェンディのお付き。誰に教えてもらいたいか、なぜかソワソワとしているその態度から察せれるだろう。

 だがなぜ、生徒にも声が届いているにも関わらず二組生徒の誰もが関わろうとしないのか。

 二組生徒には全員こういう教訓がある。

 

 ノエルに関して細かいことを考えない方がいい。

 

 ――グレンがいつも言っていることだ。あいつは常識に囚われないヤベー奴だから、参考にしないほうが身のため。色々言ってもノエルはマイペースだから意味がない。

 とにかく、絶対的な信頼(?)というものがノエルにはあるのだ。そして止めようとできるのは兄のグレンしかいない。扱い慣れてきた二組生徒とはいえ、まだノエルの全容を把握し切れていないし、なにより一組となにかしら言い合うのは疲れる。ついでに練習時間が削られる。

 だったらノエルのマイペース具合を信じて、一組を一手に引き受けて掻き乱してくれた方が自分達にとってメリットがあると、少なくともギイブルにはそんな思惑があった。

「判ってはいますけど、当たり前のように扱えているのを目の前で見せられると―――(ハァ)――自信を無くしますわね……」

 だがそう心に思っていても、やはり来る物はある。非常識さに呆れる反面、魔術を自分の手足の様に扱うノエルに対して羨ましいと思うところもある。寂しげな表情をウェンディは見せた。

「追いつこうと思うだけ無駄では?」

「ギイブル君は割り切ってるんだね。どうして?」

「ノエルさんは僕達とは魔術に対する認識が違うんですよ。追いつこうと考えるより、僕達の魔術をノエルさんに見せてアドバイスを貰った方がいくぶんかマシだと考えますよ」

 一方で利己的に考えているのはギイブル。ノエルから可能な限り知識やら技術を得ようと貪欲に捉えているようだ。

「いいじゃねぇか。理由がなんであれ、アイツらにいちいち小突かれるのは我慢ならねぇんだ。それをノエルが抑えてくれているんだから、俺からすれば感謝しかねぇよ」

 その輪にまた一人。声のする方を見ると、カッシュが清々しい表情で一組生徒を見据えていた。

「俺はあんな事言われたら真っ先にケンカを買うな」

「君は何も考えていないからね」

「好き勝手に言われるのは我慢ならねぇだろ」

「そうですわね」

「喧嘩はダメだよ?」

「俺は舐められるのがイヤなんだよ。魔術の扱いに長けている、それだけで偉い気になりやがって」

 

「お兄さんの財布掛ければいいんですか?」

「おいなにをかけようとしてやがるノエル」

 

 すると、なにやら焦ったようなグレンの声が妙に澄んで聞こえた。

 四人はそろってその方向を見ると、二人の真っ正面で向かい合っているハーレイが唐突に賭けの対象となったグレンの財布に疑問の表情を浮かべていた。

「は――?」

「いくら言ってもゴネるんですから、ここは賭けでもしてこの広場を占有しようかなぁって」

「おい()()って言ったかノエル、独り占めする気か」

「失礼な。明け渡せとかいう人から()()()()()()ですよ」

「――言わなきゃいいんだな?」

「ひろばはみんなのもの!」

「話を聞けぇ!」

 ――ノエルが一人で走って場が混沌としてきているような。で、グレンですら止められなくなってきているみたいで。

 

「ねぇ、なにあれ」

 そんな騒ぎを聞きつけてか、システィが輪に入ってきた。グレンが騒いでいたからイヤでも耳に入って来たのだろう。そして揃い踏みで集まっている四人に話を聞きに来たか。

「ノエルが賭けとか言ってるだけだろ?」

「いや、掛けと言っているからお互いに差し出す物があるはず」

「――ノエルさんが掛けの対象を自身の懐からお出しになった事がありまして?」

『……』

 ウェンディの疑念に否定できない一同。なんかこういう場合、餌食になるのは決まってお兄さん(グレン)のような気が――。

「――ノエルを止める、いいわね?」

「よろしいですわ」

「判ったよ」

「面倒くさいですね……」

「ノエルがいるんだからちょっかいは大丈夫だろ」

 五人全員、同意を示す。判断は早かった。間違いなく面倒ごとを起こすだろうと短い付き合いの中でも直感がそう囁いていた。

 先導をシスティが務め、他の四人は彼女の後を付いていく。

「あ、システィさん」

 近づいたところでノエルが気付き、笑顔を彼女達に向けてきた。ノエルの行動に釣られてグレンとハーレイ、一組生徒の視線も同時に向いた。

「そこまでにしたらどうなの、ノエル。アンタが一人で走ってグレン先生すらも置いてけぼりにしているわよ?」

「だから無断で掛けるんじゃないですか」

「ダメだ話が通じないわ!?」

「落ち着いてくださいまし!?」

 先鋒システィ。ノエルの正面突破により論破される。

 混乱呪文(コンフュージョン)でも掛けられたか、そんな彼女をすっかり常識人ポジに落ち着いたウェンディが深呼吸を促している。

 次鋒カッシュ&ルミア。システィの様子に苦笑しながらもノエルを説得する。

「これ以上先生を困らせてもいいことはないぜ? な?」

「そうだよノエル君」

「えぇ〜、穏便に事が収まると思ったんですけど」

 一体どの口が穏便を言っているのか。一回辞書を引いて来た方がいいかもしれない。もしかしたら()()()()()()()影響が無いから〝穏便〟という裁定なのか。迷惑この上無い。

 しかし、案外素直に聞き入れてくれたようで不満そうな態度は見せるが反論する様子は無い。ノエルはハーレイのことを一瞥すると。

 

「折角()()()()()()()()()()()も掛けさせられるかと思ったんですけど……」

『ヒィ』

 

 あわよくば。そんな軽〜い感じで給料が掛けられそうになっていたハーレイの顔が蒼くなってる。一言間違っていたら給料が掛け金に化けていたんだぜ……?

 一組全員が物理的に一歩下がり、二組グループは混乱組を除いてお手上げとばかりに深く嘆息して。

「――――こ、ここは引き上げるとしようではないか。行きますよ」

 ハーレイは声を震わせながらも一組生徒を率いてそそくさと退散していく。蚊帳の外にいた筈の生徒は、畏怖のような恐れをなした視線をノエルに向けていた。多分「勝てない」と本能で察してしまったのだろう。もしくは関わったらヤバい。

 彼に釣られるように次々と広場から退散する一組生徒。その途中でシスティは治り、一組生徒の背中が見えなくなるとグレンは脱力して深く息を吐いた。

「あ、危なかったっ……」

「そ、そこまでなのね……」

「ノエル君を止めに入って正解だったね……」

 どれだけ切羽詰まっているのか、グレンの様子から否応無くシスティ達に悟られる。そんな中でもいつもの表情を崩さずにいるノエルにグレンは恨めしそうな視線を向ける。

 そんな視線を察してか。

「お兄さんギャンブル好きじゃないですか〜」

「だから何をかけさせる気だったんだお前は!」

「臓器?」

 

 そしてグレンを含む全員が、ノエルから距離を取った。

 

「なんですその反応」

「いや、普通だろ?――臓器なんて言われたら全員引くの判ってるだろ?」

「なんで冗談だって判らないんですか?」

 誰もが真っ先に思いつきもしないだろうし口に出さないであろうに、そんな達の悪い冗談をごく普通に言わないでくれ。

「それはともかく、お互いの給料掛ければ良かったんじゃないです?」

「負けたら俺の生活費が吹っ飛ぶんだぞ!?」

「三ヶ月分」

「だからなんで掛けさせようとするんだお前ェ!?」

 ノエルはどうしても兄の所有物で掛けさせたいようだ。あの何食わぬいつもの表情は悪意も他意も無い。純粋な目をしている。なんと傍迷惑な。

「えげつないわ……」

「ノエル君……」

「さすがですわ……」

「怖ぇ〜」

「こういう所は先生に似てますね」

 三者三様とばかり、ノエルに様々な感情が篭った視線が贈呈される。

 

 

 少し時間が空き、広場の一角で女子三人――――女子二人と性別不詳一人が集まっていた。しかし、肝心の性別不詳――もといノエルはなぜ此処に駆り出されているのか判っていないようで。

「なんで私なんですか?」

「いいから、いつも迷惑かけているルミアに付き合ってあげなさいよ」

 不思議に思いながらも、前に立つ二人を交互に見つめていた。

 真正面で何か期待しているようにワクワクしているルミアと、不慮の事態が発生したときに対処するためのバックアップ要員、システィが彼女の横に付いている。

「めいわく――……身に覚えがないですね」

 システィがニコニコし始めた。

「大丈夫だよシスティ。私は迷惑って思っていないから」

「私が迷惑しているの!」

 誰がノエルの被害もといご褒美を受けて、そしてそれを介抱するのはどこの誰なのか。そんなことで対策やらなにやら考えているだけ無駄じゃないか。加害者は思いっきり甘えているし、被害者はまるで妹に癒されるかのようにアテられて昇天するし。

「――もうなんなのよぉ……」

 深く嘆息しながらも、システィは徒労に終わるような感覚を覚えた。

「じゃあノエル君、お願いします!」

「まかされました!」

 肝心の当事者二人はもう既にその気になってるし。

 私の手に負えない、もう好きにするといいと言わんばかりにシスティは首を振りながら、とぼとぼとその場を離れていった。

 ノエルは脇に抱えていたファイルを手の上で開き、目を落とす。

「えっとルミアさんは――」

「精神防御だよ」

「――でしたね」

 食い気味に割り込んできた。彼女の様子は見るからにソワソワしている。

 あははといった笑みを見せながらノエルは顔を上げる。 

「では、精神防御の内容は把握してますか? 概要だけでも言ってみてください」

「えっと――フィールドに立って、先生達から放たれる精神干渉の魔術を一人になるまで耐える……です」

「はい、その通りです!」

 ルミアが代表として出場する競技〈精神防御〉は、制限時間無制限でフィールドに立っているのが最後の一人なるまで行われる、いわば耐久戦だ。

 精神、いわば〈(こころ)〉を強く持ち、精神へ干渉してくる魔術に対しどれだけ混乱せずに、意識を保っていられるかが焦点にあたられる。ただ魔術を扱っているだけでは鍛えられないであろう〈心〉を適格に狙い撃ちした競技だ。

「では聞きますけど、どう挑む予定ですか?」

「システィと話し合っていたんだけど、他の人達もやるように相対する魔術を発動させながら耐久するって方針だよ」

 この競技で一位になる手段として言われているのが、精神防御の魔術を展開させること。

 心を強く持つ、ということも耐久する以上防御魔術を通り抜け干渉されることがあるから、純粋な体力(ライフ)として無視出来ない。だからこそ、体力を削られないように、防御魔術を展開するだけでなく防御魔術自体の()も問われることになる。

 至って脳筋な発想だが、突き詰めれば突き詰めるほど極めて有効な方法だ。

「ん〜、あんまり効率は良くないですね」

 だが、ノエルの反応はイマイチ芳しくない。ルミアも苦笑してしまった。

「そんなザックリ言わなくても……」

「確かに有効ですし、いい方法なんですけど――」

 と、ノエルは言い詰まる。なぜそこで詰まるのかルミアは判らない。

 僅かな時間、ノエルは口を開く。 

「私達は別の方向でやりましょう!」

「別の方向……?」

 首を傾げる。別の方向――精神干渉に対する別の対策法なんて聞いたことが無かったからだ。

 そんな疑問を仕草で表しても、ノエルは一人でに不敵な笑みを浮かべて。

「やり方は単純です――心頭滅却(しんとうめっきゃく)することです!」

「しんとう、めっきゃく……?」

 聞いたことのない単語を口に出す。ルミアは思わず首を傾げる。

 そんな彼女の心を悟ってか、ノエルは話を続ける。

「単純な意味は、心を無にするです。無我の境地ってやつですかね?」

「ノエル君が疑問を持ったらいけないんじゃ……?」

「とにかくっ! 心を無にすれば、どんな辛いことだって苦に感じなくなるって教えなんです。今回出場する競技にピッタシの言葉ですよ!」

 確かにピッタリだ。〝耐え抜く〟という〈苦〉を、ことわざ通りに転じて〈無〉にできればこれほどまでに有効なものはない。

「簡単には言うけど、普通は心を無にしようなんて思わないよ? 他の皆がやる普通に耐える方法でいかないの?」

「それだと身体にかかる負担が大きいんですよ。常に魔術を全力で展開しなければいけなくなっちゃいますからね。他が〈技〉で来るなら、私達はそれに合わせて〈心〉の技術で勝負ですよ。同じ場所で立っている必要なんてありませんからね♪」

 それに、全力を使わないからこそ多少なりの余裕を持つことができるかもしれない。

「雑念を取り払って、何も考えない。自分の存在を見つめて、それを確立する。簡単に言っちゃえばこういうことです」

 自身満々な表情をして、ノエルはルミアの目を見つめる。

 その目は、とても透き通っていた。

 それはとても不意打ちの出来事で、ルミアの心臓は一瞬で跳ね上がった。

「ということでルミアさんには、耐えるだけじゃなくて精神干渉を受け流すことにも注力してもらいます」

「う、受け流す――精神干渉って受け流せるの?」

 でも、それは一瞬の出来事。ノエルの方から視線を外してくれたためにルミアは落ち着きを取り戻し、話の中で(いだ)いた疑問点を投げかける。

「受け流すために、〈自分(ルミア=ティンジェル)〉の存在を心の中で確立するんです。自分とその他って大雑把に二種類へ分けてその他を受け流しちゃうんです。水の流れに抗おうとせずその身を委ねるようにするのと一緒です。たぶん」

「た、たぶんって……」

 しかし、ノエルの返事はとても曖昧。試した事はないのだろう。

「で、でも――間に合うの? あと一週間しかないんだよ?」

「ふっふっふ……」

 また不敵な笑いを浮かべている。とて〜も、嫌な予感しかしないのを肌で感じる。

 しかしそんな事はお構いない。

「とくべつめにゅーを作ってきました!」

 万面の笑みを浮かべながら、ノエルは一枚の紙を差し出した。

 ルミアは戸惑いながらもその紙を受け取り、書かれている文字を――。

 

「え……?」

「やりましょう、私もやりますから」

「え……?」

 

 

 時間が経って全員が集合し、二人足りないと辺りを見渡した時、ノエルに背負われたルミアを見て二組の表情が引きつったとさ。

 

 度々システィとウェンディが行動不能、時々グレンが流れ弾にさらされながらも時間はあっという間に進んだ。

 

*1
二酸化ケイ素からなる鉱物。無色ないし白色で、ガラス光沢がある。(出典:スーパー大辞林)学校の事務室にある受付が大体これ。

*2
目に見えない埃が宙に舞っているのが、光の反射によって見える現象。基本、室内で明暗がハッキリしていないと見えないことがある。

*3
物理エンジンソフトウェア「Havok(ハヴォック)」が使用されているゲームなどにおける、動的オブジェクトの尋常ならざる荒ぶりを比喩して言われるインターネットスラング。

*4
クトゥルフTPRGにおけるプレイアブルキャラクターの状態。一度に〈SAN値〉を〈5〉以上失うと、〈不定の狂気〉に陥る。一言で表せば、発狂している。




2019.11.24[22,817]
Q:二ヶ月の理由
A:実際に執筆している時間は他と大体一緒。ただ書いていなかっただけ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

012.02-02:emomary / 1

Q:いないじゃないか。
A:落ち着け。次で顔出しはするから。

今回の活動報告
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=232378&uid=232586


 親友ができた。

 

 その子は住んでいる家の娘さん。同い年で白い髪の毛がよく目立つ。

 いつも本に向かい合っている。どうやら、その子のお祖父さんの影響みたい。

 その子はいつも口にしていた。

 

 

 ――お祖父さんみたいな学者になるのが夢

 

 

 夢。

 

 その時の顔が、とても印象に残っている。頷きを返すことしかできなかった。

 心が痛かった。 

 

 夢なんて、もう見る事ができないから。

 

 

 

 

 

 

 

 SCENE 02

 emomary

 

 

 本日も快晴。汚れ一つないピカピカな硝子(ガラス)の向こう側には、絶好の運動日和な青空が一面に広がっている。燦々と降り注ぐ陽光は、放射冷却で()めた大地を再び温めてくれる。

 その光に全身を晒し、日向ぼっこで体温を高めるもよし、光は嫌だと闇人(やみびと)のように(くら)ぁい影に身を潜めるもよし。多くの人がこの天気に思いを馳せることだろう。

 

 お手入れの施されたガラスの向こうから意識を戻すことにし、そのガラスがある〝とある一部屋〟には、今日も兄妹が仲良く正面で向かい合っている。

 

「これもっていっちゃダメですか?」

「駄目」

 

 サイズをわざと合わせていないぶかぶかパジャマを着ている人物、その胸元に抱き抱えられたバッグ。その中身は色々詰まって入る。大体がお弁当とお菓子ではあるが。

 つまりは、小学生の遠足でありそうな、これは〈お菓子〉に区分できるのかどうかを巡る論争のように、確認を乞う生徒(ノエル)に対し、先生(グレン)はキッパリと言い切る。

 意見が通らなかったことに、ノエルはぷくーと頬を軽く膨らませた。とても不服らしい。

「どうしてです?」

「そんなもん世の中に出してみろ?」

「……――うぅ〜〜、そうですよねぇ……」

 議論の主題として取り上げられていたのは、明らかにこの時代においてオーバーテクノロジーでしかない()()()()()()()――もとい、()()()()()()()()。それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、誰であっても無視する事はできない。間違いなく問い詰められることになる。

 自分を取り囲む人々の垣根が安易に想像できてしまい、ノエルの顔が苦いものになる。さすがに自ら死地を誘うような真似をしたくないのは当然だ。

「ていうか、持っていってどうするつもりだったんだ?」

動く絵(ムービー)でも撮ろうかなって」

「やめろ、持ってくな」

 止めて正解だった。

 調子に乗った、というよりは、常識に囚われる事なく突き進んだ結果として生み出された、その〈ARTPanel(アートパネル)〉は、ノエルにとって、とても大切な物になっている。

 この世に一つしかない〝おんりーわん〟な代物であることには間違いないし、ノエルが何度も試行錯誤を繰り返して出来た、片手の手のひらに乗る紙一枚のサイズ感。

 完成した時には、嬉しすぎて抱き枕のように抱きしめたり、体全体で感情を表現していた。

 オーバーリアクションすぎるのではないかと思うだろうが、ノエルはそれでも満足出来なかった。

 この気持ちを共有したいとばかり、『思い立ったが吉日』とばかり、興奮冷めやらぬうちにセリカへ見せに行った。彼女の表情が驚きに染まっていたが、昨日のように思い出せる。

 同時に、家族の間で決めた約束もあった。

 ノエル=アルフォネアが持ち得る技術の結晶体とも言い表せるARTPanelを、表舞台でホイホイと見せびらかすわけにはいかない。「もしかしたら」の例を考えなくとも、想像する事が容易いからだ。

 これだけの為に私財を投じる者も確実にいることだろう。最悪、何かしらの強硬手段に出る可能性も否定できない――。

 これは、ノエルの〈家族〉として、身を案じるが故の約束だ。

 

「なんか重要なこと入ってるんなら紙に書き出して、なにか本に挟んだらどうだ?」

「写真ばっかりですよ?」

「持ってかなくていい」

 

 でも、使い道はとてもアットホームだ。

 

 

 

 

 =08:50:37

 

 

 

 

 会場となる競技場は、アルザーノ帝国魔術学院の敷地内に存在する。

 観客席は数多くの人を収容でき、フィールドは各種競技によって地形を変えることができる魔術が仕込まれている。平面のシンプルなフィールド、フィールドが一面に水没した水上を想したステージ――バリエーションは豊かだ。

 長年使われてきており、近場で注視すれば所々で細かい補修の跡があり、雨風が運ぶ様々な汚れが要所に付いている。

 それでも、長年の時間、観客を迎え入れてきた事実を感じさせない隅々までに掃除の行き届いた綺麗な内部と、維持点検でできうる限りそのままの形で残そうとする、競技場維持に携わる職人の見えぬ努力。

 競技場から努力を感じ取った人は、携わる人々のその熱意に頭を下げるだろう。

 身近に触れられる娯楽が少ないこの世界で、このような対戦競技は年数回の行事のビックイベント。大きな盛り上がりを見せている。競技場への通行路には例年以上の人が訪れ、喧騒が人々の間を駆け抜けている。

 

 

「え――ノエル君、ここにいる訳ではないんですかぁ⁉︎」

 

 

 まさに想定外。

 他のクラスの背中が遠くに見える中、そんな驚愕に満ちた声を上げたのは、ノエルにハートキャッチされてしまっているルミア=ティンジェル。

 彼女ら二組を先導するグレンに、ノエルがいないことを疑問に思った彼女が尋ねたところ、彼が不意に呟いた一言。

 

「ノエルは別件があるとか言ってどっかいったぞ?」

 

 活躍をノエルに見てもらえると思っていたルミアに、これ以上ない爆弾が放り込まれた。ルミア程では無いが、ついて来る生徒も隣と顔を見合わせて驚きを露わにしている。

「ルミアの特訓に付き合っといて、本番には居ないとはね……」

「しかし、ノエルさんは競技祭に前向きではなかったのでして?」

 責任感のないヤツと苦い顔を浮かべるシスティ、何か理由があるのではと思案するウェンディは、いつもグレンの隣に引っ付くであろう妹の後ろ姿を想像する。

 お祭りだ〜!と、学院に漂う雰囲気からすれば場違いであることこの上ないのをスルーし、全力で楽しもうとしていたノエルに限って、今回の競技祭を欠席するのはまずあり得ないだろう。

 カッシュもそうだそうだと頷きながら、グレンに訊ねる。

「てか、先生はノエルから何か聞いていたりは――?」

「それを言ったら、あいつ『秘密です』とかほざきやがってな。――ったく、今頃何やってるんだ……」

 生徒達に(はてなマーク)が浮かんだ。

 お互い秘密なんて無いであろう関係性なのに、今回に至ってはノエルが秘密と言ってどっかをふらついている。

 少なくとも一ヶ月、家族としての間柄である二人を間近で観て、ノエルが心の奥底からグレンを兄と慕っているのを知っているが故に、二組生徒は余計疑念を覚える。

 忙しいのに……。そう愚痴を零しながらも、グレンは話を一区切り着けるように息を大きく吐き出し。

「でもな、ある程度の検討は付いている」

「そうなの?」

「セリカを追っかけに行ったんだろうさ」

「……教授を?」

 身を乗り出すかのように、少し食い気味にルミアが疑問をぶつける。

「あいつは今日、競技場にいる。女王陛下のお付きとしてな」

「……それ、言っていいのかしら」

「職員全員が知っているぞ。ノエルだってその時、場にいたからモチロン判ってるはずだぜ」

 それに、と前置きし。

「セリカを超えられるやつなんてまずいねぇんだぞ? 護衛としてはこれ以上ないほどに適任だろ」

 確かに、セリカは帝国内で最強の魔術師と言われているし、それに異を唱える者もいない。護衛としては申し分ない。

 セリカ本人の交友関係は全くと言っていいほど知られてはいないが、もしかしたら女王と何かしらの間柄という可能性だってある。それとも、ただ単に依頼を出しただけなのか。

 ともかく、思案するだけなら根拠無しにいくらだってできてしまうから程々に切り上げよう。

 

 

 そして数分。グレンの足が止まり、後続の生徒も足を止める。眼前を見上げれば、会場となる競技場が訪客(ほうきゃく)の喧騒に湧きながら、主役となる生徒達を待ち構えているように見える。

 生徒達も競技場に近付くにつれ、周辺の喧騒にアテられて自然と気分が高揚し始めており、気が付けば自ずと口数が増えている。

 グレンがその場で振り返り、そんな二組を静めるように手を二回叩く。生徒は耳に入った破裂音にその口を閉じ、出所であるグレンへと目線を向ける。

「お前ら、スケジュールの確認は済んでるな? 把握していないとか自信がないなら周りから教えてもらえよ」

 俺は知らんからな。言いたい事は言ったとぶっきらぼうに後へ付けくわえ、周囲に視線を逸らす。

 

 競技場へ向かう路の両側には、警護用の兵士が立っている。その任を全うするように、首を左右に振り、人々の動向を注意深く観察していた。

 そして競技場前の大通りに訪客(ほうきゃく)が集まってくる。入場した人達よりも一足先に女王の顔を見たいからだろう。公式に顔を出す手筈になっている開会式中での宣言、それよりも前にあわよくば。そんな幸運を願ってのことだ。

 

「まったく、物好きがおおいこった」

 

 競技場前が活気付く中、グレンは端で一人呟く。熱気に片足だけを踏み込みながらも、周囲を見渡せるような一歩離れた立ち位置だ。毒を吐くように、開催前に熱狂する客を気怠げに眺めていた。

「せ、先生。そんなこといっちゃダメですよ……」

「陛下に失礼ですわ」

 聞かれたら不味いですよ。そう言外(げんがい)に、居心地を悪そうにしながら、気弱な雰囲気が見える黒髪眼鏡っ子〈リン=ティティス〉がおずおずと(たしな)める*1

 そして先の言葉へ付け加えるように、不躾(ぶしつけ)だとウェンディが批難するような視線を送る。

「失礼で結構だよ――っ」

 嘲笑うように軽く鼻を鳴らし、投げやり気味に語尾を(りき)ませた。

「はぁぁぁぁぁぁ〜〜――本当に、先生は変わってますわ」

「ほぉ、俺の今までの行動でどこが()()()()じゃないって?」

「よく自身たっっぷりに言えますわね?」

「今更だぜ? これが(グレン)だからな」

「あの……誇っていいんですか……?」

 グレンの常日頃変わらぬ飄々とした振る舞いに、ウェンディは諦めたように遠回しに嫌味を吐く。リンも疑問を持つような感情を顔に出している。

 

 時間が近付くにつれ、正面に屯する訪客の姿が多くなってきた。そわそわと落ち着かない様子を窺える人が数多い。

 

 

 

 

女王陛下のおなぁ〜り〜――!

 

 

 

 

 そんな中。一声が観客に投じられる。同時に兵士が動き出し、道の中央から人を退かせてスペースを作る。

 そこへ馬によって先導される、豪華な装飾が施された一台の馬車。その窓に、手を振る女性の姿を見れた。

 

 あれが、アルザーノ帝国の女王陛下――。

 

 街から離れているのならば、その顔は知らないかもしれない。だが、ここは地方の中心的存在の街。何処かで目にしたであろうその顔の持ち主が間近に存在している。もし知らずとも、周囲の様子から察せるのは容易(たやす)い。

 客は声を爆音として、馬車にその口と目を向ける。

 

 拍手、拍手、拍手。

 歓声、歓声、歓声。

 

 我らが(あが)(たてまつ)る、崇高(すうこう)なる〈国〉と〈女王〉にお送りする最大級の表現。

 ただの一般人に混じり、本気で〈アルザーノ帝国〉を讃えている人がいる。国にとっては有難い愛国者であるが故か、冷静になって思えば、その姿は盲目的である。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 遠く。遠く。

 この世界から一人、取り残されたかのようで。秩序と混沌。その両方が繰り広げられる沿道の雰囲気が、とても遠く見えていて。

 

 馬車に乗る〈彼女〉から目を離せなくて。

 

 首から()げた胸元にある銀色のロケット(Locket)*2を無意識に右手で触っていて、握り締めていて。

 その彼女の存在は、とても希薄だった。切迫詰まるかのような気配に気付けたのは、1人――親友のシスティだけ。

 握り締められたロケットに、彼女の心が見えてしまった。

 

「ルミア――――」

 

 衝動的に、声をかける。

 

「――ん……なに……?」

「馬車をじっと見ていたから……その……」

「あ……大丈夫だよ、うん。大丈夫、システィ。心配させてごめん」

「……」

 

 作ったような笑みを顔に貼り付けて、なんでもないように見せて。いつも過ごしていたから、彼女の素性を知ってしまったから。

 その表情がとても寂しげで、痛々しくて。

 取り繕っているその表情を、システィは一言も告げる事が出来なかった。

 

 ルミア=ティンジェル。

 

 本名。エ()()()ナ=イェル=ケル=アルザーノ。

 アリシア七世の実子(じっし)が一人、第二位王位継承権を持っていた少女。そして、王家から廃嫡(はいちゃく)された、〈廃棄王女〉。

 

 寂しげな(ルミア)と、笑顔を振りまく(アリシア)の横顔は、とても似ていた。

 

 二人の目線が、ロケットへ向いている。

 

 

 →00:08:00

 

 

 雲が通り過ぎ、敷き詰められた石タイルが陽光に晒される。その遠くで、軽快に、または上品に聞こえる(ひずめ)の音。続き、車輪が回る音。

 車輪――つまりは、馬車。

 馬車を引く馬の毛並みは一目惚れするほどに美しく、とても気品溢れるのが素人目にも判る。競売に賭ければどれだけの値が付けられることだろうか。

 その周囲。馬上で纏う鎧が擦れれば、静かな金属音が断続的に鳴り、馬具もまた上下に揺られて、物静かに耳障りのいい音を鳴らす。

 人々の喧騒が遠くに聞こえ、その盛り上がりが暗に察せれる。目を閉じれば、記憶の中でその風景を容易に想像できる。

「陛下、到着いたしました」

 確認を乞う侍女(じじょ)の声。窓の外に向けていた注意を室内に戻すと、微笑んでいる彼女の顔が目に入る。〈陛下〉も問いを返すように微笑んだ。

「ええ」

 馬車の揺れが収まった。

 

 扉の両脇に兵士が立ち、その先も一直線に両側を並ぶ。馬車の周囲にも兵士が立っており、

 左の兵士が扉に手をかけ、開ける。

 先に出てきたのは、アルザーノ帝国女王〈アリシア七世〉。その姿に、兵士たちの佇まいが一層引き締まる。

 続いて扉から出てきたのは、女王お付きの侍女〈エレノア=シャーロット〉。アリシアの女王業務を陰で支えている。扉を開けた兵士にやんわりとお辞儀をし、そっと目立たぬようにアリシアの後ろに立つ。

 

 そして、前。

 黒いヒールに特長的な黒いドレス。自身を誇示するかのような足音が近付き。

 

「久しぶりだな」

 

 馴れ馴れしく声を掛ける者が、数メートル先に立っていた。

「……こうして会うのは、久しぶりですね――」

 言葉を返して下から上へ目線を上げ、その姿を改めて確認する。

 

「――セリカ」

 

 セリカ=アルフォネア。彼女は笑みを見せながら、アリシアに近付く。

「ま、詳しい話はここじゃなくて競技場の中でしようじゃないか。ここだと周りが(うるさ)いからな?」

 まるで何か企んでいるかのような笑顔を見せながら、目だけで兵士を一瞥。

 確かに、彼らが仕える国のトップが目の前に居たのでは適度に気を休める暇が無いだろう。身辺警護は直属の護衛を担当する親衛隊が行うが、それ以外の一般兵士達は慣れぬ緊張に気を揉まれているらしい。とても居心地が悪そうだ。

 彼らの心情を察するように、アリシアは「ふふっ」と軽く笑う。

「ええ、そうしましょうか」

「決まりだな」

 セリカが先導するように、アリシアの前に進み歩き始める。アリシアもその後ろを追うように歩き始め、従者、親衛隊も彼女に続いて競技場の入り口を潜る。

 

 →00:08:05

 

 貴賓(きひん)室。

 俗に「VIP部屋」と謳われる、世界レベルでの著名人や政界における重要人物など――様々な観点から、警護のしやすさ、一般客の混乱を招かないために〈上流階級〉が待機するための専用部屋。

 その内装は目に見えて豪華な部屋、という訳ではないが、部屋に施されている装飾自体は質素でありながらも、(あしら)われている家具・調度品は、どれもが上品で気品溢れる高価な物だというのが素人目からも判る。

 年に一回使われるか使われないか、そのためにだけに作られた完全オーダーメイドの品なのだろう。

 防音対策も万全なようで、遠くで聞こえるはずの喧騒も、この部屋の中では聞こえない。逆に貴賓室(ここ)で声を出しても、部屋の外に音が漏れないことは無いだろう。例えば情(検閲されました

 その中で、たった二人。お互い向かい合って椅子に腰をかけ、その時が来るのを待っていた。

「飲むか?」

「ええ、お願いします」

 セリカの手元にある白磁器(はくじき)のポット。注ぎ口からは湯気が顔を出す。彼女は取手を掴んで、アリシアが差し出したカップにその内容物――コーヒーを(そそ)ぐ。ほんわか立ち上る湯気と共に、大人な風味が(かぐわ)しく鼻に入る。

 3分の2ほどになったところでセリカは注ぐのをやめる。アリシアは特に言うこともなく、カップを自分の手元に戻す。その間にも自分(セリカ)のカップに、均しいぐらいのコーヒーを注ぐ。

 カップを覗き込めば、黒一色(コーヒー)の中に自分(アリシア)の顔が少し波打っている。

「――どうしたんだ?」

「ああ、いえ、なんでもないですよ」

 ならいいんだと、セリカは微笑む。

 右手でカップを摘み、軽く回す。少し冷めたである表面が熱さを取り戻し、湯気と香りを顔に届ける。そして口元に(ふち)を近付け、カップを傾ける。

 味わうように目を瞑り、少しの時間の後にアリシアの喉が一回鳴る。

 カップを見下ろすようにしながら胸元まで下ろして一息付くと、顔を上げてセリカに微笑んだ。

「――美味しいですね」

「当たり前だろ?」

 セリカは不適に笑みを浮かべていた。自分の蒸れたコーヒーが自信満々だったらしい。手元に添えていたカップを右手で摘み、アリシアと同じように口に含む。テーブルにカップを下ろし、飲み込むと、うんうんと頷いて味に納得していた。

「静かに味わうコーヒーはやはり美味しいな」

 アリシアも口には出さないが同意見だった。今は二人だけしかいないこの部屋の中、〈帝国〉のしがらみから一時的とはいえ解放される時間。

 お互い気軽に話し合える親友として、ここで〈女王〉としての体裁を取り繕う必要は無かった。

 カップの底が露わになろうとするほどにコーヒーが少なくなるころ、アリシアはふとセリカに聞いた。

「ノエルの様子はどうですか?」

 それは度々、アリシアが気になっていた事。彼女(セリカ=アルフォネア)の養子であるノエル=アルフォネアの近況。

 では何故、アリシアがノエルを気にかけているのか。

 それは、セリカがノエルを引き取る際に相談した相手が、子持ちの母親であったアリシア本人であり、その後にノエルと会って面識があるからだ。

 初対面はセリカに連れられて、ノエルが引き取られて数ヶ月後にアリシアの元に顔見せさせられたことがある。

 初めてその容姿を見た時、アリシアは凄く驚いた。自惚れている訳ではないが、容姿が優れていると言われる事はある。しかしノエルは、一見(いっけん)だけで何処(どこ)か神秘的な()()を感じさせた。見方次第では性別をどっちにも捉えられた。

「ノエルの様子か? それなら、いつも通りだぞ。グレン――まあ、アイツにとっての兄の後ろにひっついて、いっつも学友をかき回している。私の耳にもその事が毎日のように入ってくるからな」

「――ふふっ」

 ノエルの近況を聞けて嬉しく思うのと同時に、どこかおかしくて、アリシアは堪えることなく笑い声を漏らした。

「――ノエルの行動がそんなにおかしいか?」

「いえ、おかしいのではありません。――あまりにも想像通りすぎて、思わず」

 「あ〜」と、首肯(しゅこう)するようにセリカが唸る。

「確かにな。ノエルはお前に対してもいつもこうだったからな」

「再会して抱き付いてくるとか、当たり前でしたからね」

 当時から人懐っこい性格で、セリカがふざけて「お姉さんと呼んだらどうだ」と口角を上げながら告げてみると、ノエルはそのことを間に受けて、アリシアのことを「お姉さん♪」と呼んで抱き付いてきた事があった。

 もう一人の娘が出来たみたいでとても可愛かったのが、彼女にとって印象的だった。

「顔を埋めたり、手を握ったり――今と変わらないな。ノエルにとってのアレは、親愛のスキンシップと変わらないからな」

「あなたも同じような事をされていたではありませんか」

「私は養母(ははおや)だからいいのさ」

 そのあともセリカに連れてこられたのを要因に顔を合わせる機会がちょくちょくあり、その度に容姿が変化する事なく成長していたのも記憶に残っている。そしてその成長が、我が子みたいに嬉しく思っていたのをセリカと話す事があった。

 楽しそうに昔を話すアリシアの顔を見て、人を弄るような悪戯顔をセリカは見せる。

「――もしかして、会いたいのか?」

「えぇ、久しぶりに会ってみたいです。娘と違って、ノエルの成長報告は届いていませんからね」

 家族のような関係性だから、ただの親友の養子と思っていない。少なくとも、アリシアはノエルに情愛(じょうあい)を寄せている。ノエルもアリシアに、なんらかの気持ちを寄せているだろう。

「……ま、そうだな。全く血の繋がりの無い第三者だから、いちいち届ける理由もないからな」

「それでも、私にとっては二人目の子供みたいなものですし――それに私は、ノエルの()()()()ですから」

「……やっぱり、まだその意識はあるんだな」

 それでもアリシア自身は、甥っ子の成長を見守るような親戚のポジションにいることを気に入ってるようだ。

「かれこれ――五年は会っていませんから」

「――五年か……時間が過ぎるのは早いものだな……」

 だからこそ、背格好がどんななのかは昔のノエルの成長から容易に想像できるとして、暫く顔を合わせていないと、やはり今の容姿はどうしても気になってしまう。

「今も綺麗ですか?」

「あぁ、他が羨むくらいには綺麗だ。見た目はいい、スタイルも抜群、人懐っこい――完璧と言ってもいいな」

「セリカですら、それ程まで言うのですか……」

 そして、その評判を家族であるセリカから聞かされると、アリシアは想定していたとしても驚きを隠せない。

「ノエル自身には文句の付けようが無いからな。それに、性格は無邪気な子供そのままだ。だから、逆に将来が心配ではあるんだが……ノエルなら大丈夫だろうしな」

「――そうですね」

 心配な点があるのは昔から変わらないが、「ノエルなら大丈夫だろう」と不思議な信頼があった。

 そして、聞きたかったことを、アリシアは口に出した。

 

「セリカは〝あの子〟を引き取って、後悔していますか?」

「してないしてない」

 

 問いに、セリカは少し呆気にとられた表情を見せる。その後直ぐに身振り手振りを交えて台詞を修飾すると、手元にあるカップを両手で囲い、見えている底をどこか懐かしむような眼差しで見つめ始めた。

「最初にグレンを引き取って、その数ヶ月後。家の前に〝アイツ〟が行き倒れていた。

 ――知ってるだろ?」

「……はい。貴女(セリカ)から聞かされましたから」

 アリシアは、セリカがノエルを引き取る際に友人として相談を受けた身。行き倒れていた〈幼子(ノエル)〉の事、そして容姿を話し合う際に聞いていた。

 最初に話を聞いていたときはどうも疑わしかったが、正式に幼子が〈ノエル〉として養子に入ったあと暫くして顔見せがてら連れてこられた際、ノエルの容姿に思わず自分の目を疑ったほどだ。

 現在の年齢が()()16歳というのも、当時と現在の体格を比べた上で弾き出された、暫定的な歳だ。幼子の正確な〈年齢〉、またはその他もろもろが一切不明なのは変わりない。

「驚いたさ。窓の外を見てみれば、家の前で子供らしき人影があっていて、倒れたんだ。驚かない訳がない」

 右手でカップを口元へ。喉が一回動き、テーブルに戻されるときには、中身は飲んだと言われるほどの少量程度が残っていた。

「後は無我夢中だった。雨が降っている中を勢いのままに駆け出て、顔を確認した。生きているようには見えなかったから、血の気が引いた。

 家の中で暖炉の横で寝させて色々考えた。何らかの要因で家族の元から逃げ出した、迷子になった――当時に考えついたのも、これぐらいだったな」

 昔を思い返し、浸るセリカに、アリシアは水を刺すことをせず聴きに徹する。

「アイツが起きて、私がアイツのことを尋ねたとき、わからないの一言で通した。同じ境遇に、同情もあったろうが――私と一緒なのかと、心では嬉しく思っていた。不謹慎なんだけどな、そう思わずにはいられなかった。

 だってな、わからないしか言えなかったんだぞ。それ以上の情報を聞こうとしても、その次もわからないの一言だ。そのときには、これ以上聞いても何も出てこないのが嫌でもわかったさ。

 たぶん、ノエルを養子にしたのも、仲間意識から来るものだったと思っている。私は親切心で動くような人間じゃないのは、私自身が一番判ってる。ほんの気まぐれもあったろうしな」

「気まぐれ――」

「あぁ、気まぐれだ。アリシアだって、私と長年親友してるんだ。判っているだろ?」

「……哀しくならないですか?」

「今更、だな。――永く生きすぎて、当時の私は精神が擦れていたぞ? 死のうと思っても死ねない。今からすればオカシクなって当然だな」

 視線を上げる。懐かしむような表情、その裏に哀しさが見える。

 少しの間、部屋に沈黙が訪れる。セリカが一息付いた。

「記憶を喪失する前の出来事――グレンのような()()()()()()()が無い。グレンも記憶を失ってはいるが、〝アイツ〟が生きていた場所を、私は知っている。

 

 でも、ノエルが()()()()()()()は知らない。

 

 あんな目立つ容姿なんだ。絶対人目につくのに、当日も、後日も、ノエルに当てはまるような届けが一切無かった。ましてや、ここはフェジテだ。多くの人が住んで、暮らしている。それなのに、誰もノエルを知らない。

 少し考えてみればおかしいじゃないか。

 子供だったノエルが、たった一人でフェジテの街中を通れた訳がない。絶対街中で迷子になっていたんじゃないかと考えてる。

 私の家の前で倒れていたのは、まさに〈運命〉なんじゃないかって――幼稚な考え方なんだが、そう思ってる」

 

 そこまで言い、セリカは再度一息付いた。すると、「あっ」と気付いたようで気の抜けた音が聞こえてきた。

「――そうだった、話題は後悔だったよな」

「ええ、セリカが思ったより話しましたから、主題が行方不明になっていましたね」

 アリシアは苦笑気味に手の甲で口元を押さえる。

「まあ、結局は後悔なんてしてないからな。こんな私を母親だと慕って、愛してくれているんだ。むしろ――」

 

 

 

 

 私がノエルに〝ありがとう〟と言いたいさ。

 

 

 

 

 部屋に、扉が開いたことを知らせるベルが響く。

 

 

 

 

 =09:22:00

 

 

 アルザーノ帝国、フェジテ。

 変わらぬ日々が街中で繰り広げられる中、ある一つのニュースが一般人に話題として上がる。

 

 ――魔術学院の競技祭に、女王陛下が観戦の為にお越しになられる。

 

 魔術学院といえば、先日の魔術実験の暴走による校舎の一部破損と、そことなくに近々の話題として街の主婦にあげられる。

 それは自分達には関係の無い事情なのだとしても、住んでいる国のトップが、この街フェジテにやってくる。それは今年一番の目玉と言える。

 そんな話題が耳に入ってくるようになっていると、使いの者を介して街中の宿に予約が入るようになる。従業員の預かり知らぬところではあるが、予約した人の職業を訊けば、大方(おおかた)が魔術関係の職に就いていることが判明する。

 別段、この事が特別では無い。年三回、宿屋にとってビジネスチャンスとも言える時期が到来するとも受け取れる。末長く付き合える様、あまり深くは訊ねようとはしない。

 

 しかし、今回は特別だった。

 女王陛下を謁見できることだ。

 

 開催当日、フェジテの雰囲気は違った。その顔を一瞬でもいいから見ようと、数多くの人が競技祭を観戦しようと殺到した。通常開催では目立たないくらいに席が空いていたのが、今日に至っては満員御礼。物珍しさからやって来た一般客、魔術界隈(その手)の関係者。それらが一同に介し、開始時刻になるのを今か今かと待ち望んでいた。

 

 

「あいつまだこねぇのか……」

 選手席でぶつくさと不貞腐れている、二年次生ニ組担任〈グレン=レーダス〉。右手に持った懐中時計の短針は、開会式まであと十分前を示していた。

「本当に来るんですか? こうなったら、ノエルさんは来ない気がしますけど?」

 注意深くギイブルは周囲を見渡す。しかし、それらしき人物は確認できない。

「祭りだーって、あれだけ楽しみにしてたんだぞ? 今日に限ってこないなんて、アイツのことを考えればその可能性はゼロに近いだろ」

 振り返りつつグレンも一緒になって見渡すが、目に付く特長的な髪が見つからない。

 ギイブルの横にいたカッシュも、同調する様に見渡す。

「しっかし、なんで今日に限ってノエルは来てねぇんだ? ルミアのこと楽しみにしていたよな?」

「そうよね。ノエルの事だから、他のことを放り出してまで来そうなものよね」

「何気にひどいですわね……」

 見るからに気落ちしているルミアの背中を、慰めるようにシスティは摩る。そのまた隣のウェンディはルミアの様子を伺う。

「ったく、元気出せよ。そんなんじゃ勝てる試合も勝てねぇぞ」

「先生……」

「居てもなくても――居た方がいいんだろうが、あいつに吉報を持ち帰るんだろ? ノエルがいない程度でへこたれるなよ。気持ちはわからなくはないけどな、俺だってあいつの兄としてちゃんと背中を見せるつもりではあるんだからな?」

「……」

 あんまり見せれてないけどな。バツが悪そうに後へ付け加えて、見渡すのを程々にして切り上げた。

 確かなことだ。グレンはノエルの兄として学院で教員を務めてはいるが、肝心のノエルに見せ場を削られる、またはぶち壊されるのが実情。二組の授業を受けたい他学級生徒も、半数がノエルを目的として見に来たりしている。

「――そうですよね。……そうですね、うん」

「ルミア?」

 システィが声を掛けると、俯向き気味だった顔を、気持ちと共に振り払うように上げ、両手で頬をパンと叩いた。

「私、頑張る!」

 気分を変えて気合を入れ直したのを、動作で実行したようだ。やる気十分といい表情をしている。

「そうですわ。ノエルさんの期待を裏切るようなこと、このわたくしが許しませんわ!」

 そして、なぜウェンディが意気揚々と場を仕切ろうとしているのか。その気持ちはあくまでも、ノエルに期待された自分のプライドというものではないか。

「……ま、僕は期待されるまでもありませんけどね」

「またまたぁ〜。ギイブル、少し素直になってみたらどうだ?」

 彼女らの様子とは反対に、ギイブルは昂ってもおかしくない状況で気を落ち着けている。そんな彼を、揶揄(からか)うように黒い笑みを浮かべるカッシュ。

 ギイブルは一瞥することもせず。

「そういう君は緊張を隠しているんだね」

「ナゼバレタ――ッ‼︎」

 反撃で言い当て、カッシュの身が氷のように硬直する。巫山戯ることで保っていた一本の糸のような平常心がギイブルの一言(ハサミ)で切れて、緊張が挨拶(こんにちわ)してきたらしい。カッシュの足がまるで生まれたての小鹿のようだ。武者震いからか、震えている。

「うぅ〜〜……! お腹が痛い……!」

「あらあら。大丈夫、リン?」

「だ、大丈夫じゃないですぅっ――……」

 違う場所では、腹を抑えて体調が優れないらしいリンを、紫ストレート髪のおっとり系〈テレサ=レイディ〉が気遣っている。返事は弱々しく、どんどん小さくなっていた。

 

 

 ……本番前なのに、こんな調子で大丈夫だろうか。

 

 

「大丈夫なんだよな?」

「……」

 ルミアを焚き付けた本人(グレン)ではあるが、二組生徒のこの様子に、流石に行先不安の感情を隠せない。隣にいるシスティも、彼らから視線をそそくさと外した。仲間を見捨てたのか。

 とはいえ、裏を返せば、それだけ士気が高いとも言えた。

 グレンとノエルで〈レール〉は敷いたが、その上を走るかは二組に任せていた。しかし、二組は文句を(ほとん)ど言うこともせず、ノエルのアドバイス、ノエルの審査、ノエルのバックアップを受けてこの舞台に立つことを自ら志願した。

 ――グレン? 実践的なアドバイスはしていたね? うん。

 グレンは仲間外れ――なんてことはもちろんなかった。なかったが、彼らの指導を受けた上で、生徒たちは、今、ここに立っている。

 立って()いる。

 なんとも虚勢を張ったように感じてしまっている、悲しい第三者視点である。

「だ、大丈夫っ!」

「ルミアさん、一人だけ言っても仕方ないですわよ……」

 親友(ルミア)もとどのつまり*3ながらも言葉を絞り出したが、虚しい表情を浮かべているお嬢様(ウェンディ)に窘められている。肝心のルミア本人も、内心思っていたであろう苦笑の感情が隠せずに顔へと表れて、どう取り繕うと説得力に欠けていたのは事実なのだが。

 

 

 

 

 →00:15:41

 

 

 競技場はたった一人の声が響いていた。開会式の進行役だ。その一人以外の声は、何処からも聞こえない。全員が、その口を閉ざしていた。

 

 

 

 

 女王陛下による激励の御言葉と魔術競技祭開催の宣言。

 

 

 

 

 彼女が立ち、姿を見せるように一歩を踏み出す。同時、観客か来賓か、もはやそのどちらか判らないほどの歓声が競技場に響き渡る。

 一度会釈をすると、湧いていた観客が徐々に歓声を静まる。

 競技場での注目を一点に集め、彼女は〈女王〉として話し始める。

 

 

 

 

 本日、天候に恵まれ、この良い日にこのアルザーノ帝国魔術学院の競技祭が開催できること、まずはお祝いします。また、私達(わたくしたち)の急な申し出に応対してくださった学院の皆さんに、感謝します。

 

 ここアルザーノ帝国魔術学院は、時の女王アリシア三世が設立した学院で、アルザーノ帝国の名だたる魔術師を排出してきた名のある学院です。

 今ここにいる生徒の皆さんも、何かのキッカケで魔術に興味を持ち、何かしらの志を持ったが故に、名門と(うた)われるここへ入学するため、相応の努力をしてきたのだと存じます。そして今、ここで学んだことを遺憾無く発揮するために、前々から練習してきたのだとも存じています。

 意味がある事なのかと訊かれることがあると思いますが、1つのことに直向きになって取り組む、その姿勢はとても称賛に値します。そして、とても若々しく、大人からすればとても眩しいとも思います。

 

 皆さんは魔術師の道を歩み出して、まだ1年と少しです。魔術師と言われるような(くらい)には達していない、そう言われると思いますが、ここにいる生徒全員が、己ができる全力を持って、その勇姿――幼き〈魔術師〉の姿を私達に見せてくれるだろうと信じています。

 

 この言葉を以て2年次生への激励とし、わたくしからの魔術競技祭の開催宣言をさせていただきます。

 

 

 

 

頑張ってください。

 

 

 

 

これより、アルザーノ帝国魔術学院2年次生による魔術競技祭の開催を宣言いたします。

 

 

 

 

*1
非礼・不作法などを軽く叱る。出典:スーパー大辞林

*2
装身具(そうしんぐ)のひとつ。写真などを入れる小さなケース。普通、鎖やリボンを通して胸元に下げる。

*3
鯔(とど)のつまり:〔魚のボラが幼魚から成魚になる間に幾度も名前が変わって最後にトドという名になるところから〕行き着くところ。結局。




Q:続きマダー?
A:月を跨ぐ用事があったり、モチベがブラブラしているのでこれまた不定期です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

013.02-03:emomary / 2[一部先行公開]

※先行公開分となります。完成後は今回と差し替える形で新規投稿します。

一年以上。長らく日の目を見なかった文達です。
一部表現が完成後に変更されている可能性があります。御了承を。


 

 

 

 

 一辺(いっぺん)は1メートル。本色(ほんしょく)である白い花崗岩を加工して作られた、正方形のタイルが敷き詰められている。縦横を繰り返し、視点を上へ上へと床から垂直に遠ざけようとも、継ぎ目の格子模様が永遠に繰り返すように錯覚する。

 唐突に、人影がタイルを横切った。

 

 

 

 

『おおっと! ここで二組が追い上げてきた! 序盤でパッとしなかったのは終盤に合わせるように力を温存していたかからでしょうかぁぁ‼︎』

 

 

 

 

 湧きあがる興奮を伝える事のみの一心で、自身が実況席からあらんかぎり叫んでいる。その手に握られている設置型音声増幅装置(スタンドマイク)は、もはや意識の外だ。実況者の(さが)だからこそか、装置(マイク)の根本を握る手は無意識で。それでいて、口元へは近付ける必要が無いほどに、室内は自身の声が反響している。

 捉え方を変えれば、競技場に響き渡る歓声に()()たり*1

 冷静な観客の隣で、興奮から中座する実況者。傍目からしても、どんな様子なのかは一目瞭然だろう。

 言い換えれば、実況者も〈観客の一人〉だということ。

 そんな実況者を筆頭とする観客達の興奮が、周囲の観客へと伝播――リバーシのように〈色〉が変わりゆく事柄が起こっているのだ。時間が経つほど、会場の興奮度合い(ボルテージ)が目に見えて上昇していた。

 例え話として、冷静に、傍観するように、とある訪客が一人、観客席から少し離れていたとしよう。

 【観客】は、燃料が次々投下される〈炎〉。彼ら彼女らが生み出す【熱気】は、炎が発する〈遠赤外線〉という未知なる力。

 まるで、焚き火へ近付くと、身体の芯から暖まる〈現象〉とあまりにも似ていた。

 訪客の肌どころか、心の表層をも撫でていたことだろう。

 

 そんな多種多様な客らに共通して言えることは、眼前で起きている出来事を見逃さない。それに限るだろう。

 

 実況は、その状況を一言一句違えることもなく。

 観客は、あらん限りの声援を選手へと。

 

『上に位置していた選手を――4人――6人っ‼︎ ごぼう抜きだぁ‼︎ そして、そのまま先頭に立ったぁぁぁぁ‼︎』

 

 白熱の展開は、観客へさらなる燃料を投下する。実況も、クールダウンしていて冷静だった当初に比べ、感情が思いっきり声に表れている。もはや、重賞レース*2の競馬実況だ。

 

『しかし今使っても、勢い付いた二組に追いつけるほどの力は残っていない‼︎ これはぁぁ――‼︎』

 

 そして、大波乱(番狂わせ)は訪れる。

 

『二組が一番にゴールしましたぁぁ‼︎ 力を温存し、終盤のごぼう抜きからの逆転勝利ですぅぅっっ――‼︎』

 

 

 

 本日の〈天気〉は、大荒れの様相(ようそう)(てい)していた。

 

 

 

 

「いや、なんで」

 

 観客達の湧き立つ歓声が、待機席(ベンチ)ですらもひっきりなしに耳に入る。応急処置として手で耳を塞いでも、「ゴォー」という(筋肉が動いている)音に続き、歓声が手を貫通()してくる。心地良いと思うか、うるさいと思うか。判断は各々(おのおの)によって違うかもしれない。そこらへんの解釈違いは、ここでは保留しておこう。

 少なくとも、ここの()はうるさいと感じているかもしれない。

 そんな状況の中。

 もはや発生源が特定不可能な(誰の声かわからない)ほどに入り乱れてしまっている歓声。その音量10に対し、音量1に相当。今すぐ掻き消されそうな〝ぼやき〟がグレンの口から漏れ出てしまうのは、いたって仕方ないことなのだろう。

 彼からしてみれば、この状況はそれ程まで信じられない出来事なのだ。

 

 それどころか、()()()()()()()()()()()()()――と、味方を疑っている始末。

 

「やったぁぁぁぁぁ‼︎」

「いける! これはイケる‼︎」

「このまま勝ち続けるよ‼︎」

 

 現実が信じられないからと疑う事で目を背けようとしている(警察)とは反対に、当事者(被疑者)である二組生徒は、全員が歓喜一色に染まっ(無罪を主張し)ている。比例して士気もぐんぐん上向(うわむ)いている。

 

 確かに。確かにっ。グレンはノエルと共に生徒達へ指導していた。一片も疑うこと無き、紛れもない事実だ。

 しかしそれらは、プライドに従い、習う、古臭い考え方ではない。

 魔術師として対照的であるグレン(第三階位)ノエル(第七階位)の二人がいるからこその、階位を無視する基礎としての魔術。

 グレンが過去に所属していた組織で学んだ、実践的な魔術。

 ノエルが扱う、基礎がしっかりしているからこその応用編な使い方の魔術。

 いざという時の応用が効く実践的な手段と方法の、新旧織り交ぜた形の〈魔術〉を教えていた。

 彼自身も、示教(しきょう)*3することによる生徒達の成長を間近で体感していた。

 

 事実、その結果は初戦から如実(にょじつ)に現れた。

 

 世間的な魔術師の教えを受けた生徒の行動は、比喩もなにも、まさに教科書(マニュアル)通り、定石パターンと言えるものだった。それでも、変化をつけようと多少なりの色付けを試みたのを戦術にも見られたが、まだまだ青二才(あおにさい)の知恵による焼付き刃にしか過ぎなかった。

 単純に強力な魔術を行使しようとする彼等(かれら)に対し、二組はと言うと、〈魔術師〉として名乗るなら誰でも扱えるような汎用魔法を多用していた。

 

 地力が鍛えられていたからこそ、知識(ラーニング)技術(テクニック)を応用した小細工(ごまかし)無しの真っ向勝負(ぶつかり合い)

 ただ、このような狭いフィールド(ない)での短期戦は、実力が拮抗しているほど効果が余り表れないのは通例だ。

 しかし、時折発生した長期戦の戦績を参照すると、二組生徒がトップに立つ割合がとてつもなく上がっていた。指導が影響していたのは疑う余地もない。

 それら(地力、基礎)が伴っていなかった選手が負ける姿。魔術を深く知っているほど、その目に映っていたことだろう。

 しかし、教科書(マニュアル)通りとはいえ、想定外(イレギュラー)を咄嗟に対応しようとしていたのは、流石に同じ魔術師を目指す同門同士であるのが伺えた。

 

 ただまあ。

 

 それらの要素は一組との()()()()()()()()()()グレンは想定しており、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は一切予想していなかったわけで。

 今までの試合内容もとても不思議ではある。流石に種目全てで1位を取っているわけではないのだが。

 

 ないのだが。

 

 種目別であったとしても、出場した全員が表彰台に登るというのはどういうことなのか。しかも半数以上が1位。

 そしてその1位の数人が、たった一週間で。

 

 

 

 

 4年次生に迫ろうかという高スコアを叩き出しているのか。

 

 

 

 

「先生……? 不満なのかしら……?」

「いやなんでだよ‼︎ なんで()()()()こんなに成長しているんだよお前ら‼︎」

 そりゃあグレンがここまで声高々に異議を唱えたいわけだ。ノエルが呟いていた〈遠隔バフ(ドーピング)〉を()()()()()疑いたくもなる。もしかしたら、隠れてやっているかもしれない。〝アイツ〟なら本当にやりかねない。

 あと、システィの笑顔がどことなく怖い。

「少しかんがえてみりゃオカシイよなぁ⁉︎ 魔術を一週間でここまで扱えるようになるとか――ふざけてるのかって疑いたくなるぞ俺ェ‼︎」

 常日頃から非現実的な存在(ノエル=アルフォネア)と接している――家族だからこそ判っている部分はある。

 

 が。

 

 至って現実的な存在()()()()()()二組生徒が、子供の頃のゴッコ遊びやら、ヒーローものの〈お約束〉のように、非現実的な成績を短期間の練習で叩き出していることには、思わず口を挟まずにはいられないわけで。

 グレンの慌てように多少の理解を抱きながらも、システィは誇るように腕を組んで。

 

「それはもちろん――ノエルのお陰よ?」

「のえるぅぅぅぅぅぅ‼︎」

 

 違う。

 確かに特別褒賞を(飢えを免れるために)貰いたい、だからグレンは優勝したいとは言ってた。ノエルは来年に繋げる為の布石として地力を付けさせるということを言っていた。

 しかし〝4年に繋げる〟諸々の話が、そもそもの発言者であるノエルの手により火に()べられてお空へと昇天なされていて。

 実際そもそもの話、現時点で既に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、ただ文句を言いたいわけじゃない。ノエルが生徒にいろいろ仕込んでいたのは、ノエル自身が実演しながらアドバイスしているのを見ていたから知っている。

 

 しかし、それがここまでの〈爆弾〉を投下するなんて思っていなかった。

 

 一週間でここまで成長させるとか、一体何をしたのか。あれか、ヤベー薬か。それこそキモチよくなる白(検閲されました

 それほどまでに、当事者である自分(グレン)が叫んでまでも、目の前の状況を疑いたくなるのだ。

 

 なんでこうも、アイツは爪痕を残してしまうのか。

 

 ほら、二組から顔を(そむ)けてみれば、背けた先にいた一組がぐぬぬって顔して睨んでるぞ?

 しかしそれを意に(かい)すどころか、身体全体で喜悦(きえつ)*4を表して、視界に入っていない二組。

 なんだろう。心なしか一組の背後に、怨念のオーラを漂わせているのが見えてきた。こわい、近寄らんとこ――そう言わんばかりに、周囲の人達が(からだ)を引いているのが見える。

 もしかしなくても、今すぐに般若(はんにゃ)の面を引っ提げてきそうだ。

 

「おかしいよなぁ、おかしいよなぁ⁉︎」

 

 グレンの悲鳴は、歓声に掻き消されるばかりである。あわよくば、〈腹痛〉のお薬と()()()()()()になってしまうのだろうか。

 

 波乱に満ちる今回の魔術競技祭。毎回訪れる

 例年に増して、感じられる観客の熱量(エントロピー)は肥大している。未だ春先であるはずなのに、客席の温度はグングンと上昇している。

 当てられてか、競技場の保健室に運び込まれている訪客(かんじゃ)も心なしか多い気がする。彼らに共通しているのは、みな笑顔ではある、ということだが……。

 搬送されている彼らの体調は心慮(しんりょ)するところだが、この競技祭を心の奥底から楽しんでくれて()いるようだ。

 

「みんな! このままの順位を全員が保ち続けられれば、私たちが優勝できるわ!」

 ――おおぉぉ!

アイツ(ノエル)に〈優勝〉の二文字を送りつけてやるわよ!」

 ――おおぉぉ‼︎

 

 こっちの熱量も、馬鹿に出来ないぐらい肥大化していた。

 一組は過負荷(マイナス)が溜まっているが。

 

 

 

 

「わかりましたわ!」

『おおぉぉぉぉっと! 最初に解答のベルを鳴らしたのは、快進撃が続く二組のウェンディ選手! 先ほどの問題に続き、これも説いてしまうのか⁉︎』

「『騎士は勇気を(むね)とし、真実のみを語る』ですわ!」

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ――正解のファンファーレが響く。

 

 

『おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼︎ 数ある言語の中でも超難問とされている龍言語すらもあっさりと解いたぁぁぁぁ‼︎ 誰も文句を挟むことない、圧倒的一位でウェンディ=ナーブレス選手〈暗号解読〉部門、堂々優勝だぁぁああああああああ――っ‼︎』

 

 

 二位との差は、二倍(ダブルスコア)。数字によって裏付けされし、確固たる圧巻の成績。こんな点数差、今の今までなかった。

 今までこの競技で観客の興奮を煽いでいたのは、理解度が拮抗していたが(ゆえ)の接戦。あとは多少点数が多い程度。それ以外の展開も想定()されてはいただろうが、結局は当人達以外が唱える〝机上(きじょう)の空論〟でしかなかった。

 だからこそ。

 競技場を駆け巡る、自身の名前を共にする優勝宣言。ウェンディは堂々と、表彰台のてっぺんに立っているのは当然。

 言葉にせずとも佇まいは辺りへ語り、年相応なちょっとばかし子供らしい〝背伸び〟で、自信満々と胸を張っていた。

 

 クラスメイトがなんとなしに訊いた。どうしてこんなに点数が取れたのか。

 彼女は、またも自信満々に答える。

 

「ノエルさんに期待をよせられているのですから、これぐらいはわたくしが出来なくては、ナーブレスの家名に泥を付けてしまいますわ」

 

 どうやら、その〝一言〟のおかげみたいだ。

 

 

 +00:23:05

 

 

 ▶︎

 

 

 

「あぁぁっ――うめぇぇーーっ‼︎」

 時は昼休憩。

 空かせた胃が「食べ物よこせ」とグルグルあたり構わず風聴し、爆笑する男ども。もしくは羞恥から顔を赤らめる女。反応はそれぞれだ。

 (まば)らになる席で、周囲にとどく男の声。心の奥から言っていると、喉で反響させているような濁声(だみごえ)にも表れている。そんな彼――グレンはフォークを力一杯(ちからいっぱい)に握り、膝に載せているお弁当の美味しさに打ち拉がれていた。

 しかし彼の眼前に座る人はたまったもんじゃないらしい。そのたまったもんじゃない本人――ウェンディ=ナーブレスが迷惑そうな表情で体を反転させる。

「ちょっと先生っ! なにを叫んでいらっしゃるのですか!」

「いいだろぉ、叫んだってよぉ」

 つまりは、叫びたいから叫んだ。通常、公共の場では咎められるだろうが、この場はそもそも観客がわいわいとお祭り騒ぎ。余程の迷惑行為でない限りは咎められないだろう。

 しかし、ウェンディはどうも納得していない様子だ。

「わたくしのサンドイッチに、先生のツバがついてしまいますわよっ‼︎」

 不機嫌な彼女の膝にも、蓋の開いている小さなピクニックバスケット。中には四角いサンドイッチが4個(よっつ)。まだ手は付けられていないようだ。

 もしついてしまったらどうしてくれるのですかっ。怪訝な表情が、言葉に出さずとも訴えていた。

「あ〜へいへ〜い」

 相手の訴えに分があり、反論しようがない。周りに気を使わないで声を出したっていいじゃないか、そう言いたげに、しぶしぶお弁当のパスタをフォークで掬い口に運ぶ。

 そして味わうように、顎が数回動く。

――(あぁ)――」

 何事にも言い換え難い笑顔を浮かべているあたり、とっても美味しいらしい。

 そんな美味しさに震えるグレンの二つ後ろでは、同じく昼食で陣取っていたカッシュ。

「先生。それって、ノエルが作ってきたランチなのか?」

「ん? そうだけど……」

 当たり前じゃないかと、なぜそんなことを訊いてくるのか疑問気。

 あ、マジなのか。カッシュの些細な驚きが心中に生まれる。

「こんな昼食も作れるんのかよ……」

 美味しそうな見た目に美味しそうな匂い。これらが完璧に成り立っていて、一体どの口が美味しくなさそうと唱えられるのか。

「なんだよ。文句あんのか?」

「ねぇけど……ぜってーそのサンドイッチとか美味しいとか思って……」

 カッシュが言い示すのは、グレンの右隣に置かれているもう一つのお弁当箱の中身のこと。三角形2つを並べた四角形という、何とも風変わりなサンドイッチ。

 メイン料理に炭水化物であるパスタに対して、挟んでいるのはキャベツとトマトなどの野菜。それら以外で他に挟ませる余地無しと言わんばかりに、新鮮で程よく冷たい野菜満載。主菜としてどっぷり腰を落ち着けている。

「そりゃぁそうだろ。ノエルが作ってきたんだぜ? 美味しくないわけ無いだろ」

「くっ――おこがましいお話ですが、ノエルさんでは納得できてしまいますわ……」

 理由としてはあまりに荒唐無稽だ。人の名前を出して、それが理由です。側からすれば、あまりにもふざけてる理由だ。一体どこぞの人が該当できるというのか。

 しかし、そのふざけた理由(ノエル)を一切論破出来ない自分達がいる。

 ノエルと一ヶ月を学園で過ごして起こす行動が自由奔放すぎるのを知ってしまったが故、〈思い出補正〉よろしくと根拠に倍々で掛かってしまっていた。

 しかも原数値は決して1ではない。もしかしたら10はあるかもしれないそれが「ニバイニバーイ(2倍2倍)」かそれ以上か。

 もしかしたら、出来ないことはないのではないか。そんな印象を思い描くには十分だった。

「一口食べてみてぇなぁ……」

「そうですわね……」

 自分の食べ物と物々交換して、かの食べ物の予想しえぬ美味しさへ手を伸ばしたい。

「あっあのっ……」

 二人が虎視眈々としているところに、遠慮気味な少女の声。声の方を向くと、声色通りの少女が一人。雰囲気は物静かそうで首元までの黒髪。

 彼女は二組生徒〈リン=ティティス〉。そんな彼女が、おどおどと強張(こわば)っていた。

 

 

「は? うまく変身できない?」

 

 膝上に右手はひとくち欠けたサンドイッチ。ふたくちめを欠けさせて「どうして」と言わんばかりの表情を浮かべる。

「練習の時はうまくいってましたわよね?」

「だよな。俺もそう見えたぞ?」

「そ、そう、なんですけどぉ……」

 グレンの隣にリンが座り、前後にはウェンディ()カッシュ()が同じく彼女の話を訊くという万全の体制。

 ただ、その体制が悪いのか分からないが。心なしかリンの強張り具合が増した気もする。言いづらそうだ。

「どうかしたんですの? 理由を言ってくださらないと、わたくし達は何も助言できませんわ?」

「う、ぅ……」

 気になっているのはウェンディも同様。同組の学友として一年、彼女の様々な顔色を見ている。内気な性格で内面を出すことは殆どない。そんな彼女が頼んできているのだ。応えない道理は無い。

 ――しかしこういう親切心は、時に人を追い詰めたりもする。

 あまりにも眩しい親切心。影の存在にいる彼女からすれば、晒された瞬間浄化対象となること間違いなし。

 相談主ではあるのだが、もはや逃げ道などは塞がれてしまっているという矛盾。「ぅぅ――」と弱々しく呻く。

 

 心を鎮めたいのか、深呼吸を繰り返す。口が動く。

「き、緊張しちゃって……それで、お、お腹が痛くなっちゃって……」

「ぇ」

 で、全員の力は穴が空いた風船のように弾け飛んだ。

 一体どういうことなのかと、困惑の目でリンを見つめる。グレンへ縋っていた目がそそくさと横にずらされ、頬がほんのりと紅くなる。心なしか、小柄な体がさらに小さく見える。

 ……その理由が、彼女にとってとても恥ずかしいことのようだ。

 お嬢様(ウェンディ)ですら戸惑い顔。発言内容の整理もついていない。グレンも同様だ。発言が想定外すぎて困惑していた。どう返していいのか、答えも出しあぐねていた。

 が。

「だ、だから、先生……‼︎」

 グレンの右腕。リンに両手で縋られた。

 ――背筋に寒気。ダメなやつだこれ。

 しかし逃げられない。

「緊張しない、方法って、ありませんかっ…… お願い、しますっ……‼︎ 教えて、くださいっ……‼︎」

「落ち着け! 焦っているのはわかったから、まずは落ち着け!」

「そうですわっ! 先生のおっしゃる通りですわリンさんっ!」

「そうだぜ! 先生だった……なんか、アドバイスしてくれるはずだから!」

「俺そんなに信用ねぇのかぁ⁉︎」

「もう落ち着いて、いられませんぅぅ……っ‼︎」

 もうなりふり構っていられない。決壊したダムのように、焦りが水のように顔へと流れ始めた。貯水が全て無くなるまで、もはや誰にも止められない。懇願する彼女の圧。グレン達は水から逃げ惑うしかなかった。

 

「その……すいません……」

「お、落ち着けばいいんだ、落ち着けばな……?」

 数分後。

 恥ずかしさやら興奮やら。あとは居た堪れなさなんかで、リンの赤くなった顔が俯き、肩身が狭い。

 こんな態度をされてしまっては、いつもおちゃらけている流石のグレンすらも、沈んでいる彼女の気を紛らわせようと頭を掻いたりで困惑してしまった。

「こんなに取り乱したリンさんは初めてですわね……」

「いつも静かだもんな」

「ふ、ふたりとも……っ」

 ウェンディとカッシュも、今まで見ることのなかった一面に冷静になっている。彼女が埋めたい穴を悪気無しにさらに掘ろうとしている、追い討ちの状況ではあるのだが。

「で、〈変身〉するのは――なんだ? 〈天使〉……だったか?」

「あ、はい……時の天使の〈ラ・ティリカ〉様ですけど……」

 彼女が出場する競技は〈変身〉。競技名が意味を表すように、自()の姿を〈何〉に()えられるか。変身した〈モノ〉と変身難易度、正確さ、精度で競われる。

 まだ前半のブロックであるにも関わらず、自主的に反復練習していたのは、それだけ二組の士気の高さがなんとなくで伺えた。

「……緊張はするのに、なぁんでこういう場で目立つ題目を選ぶんだ?」

 ビクッ――‼︎

「何に変身するのかは自由ではありませんこと?」

「いやまあ……そりゃ自由にやらしてる」

「そうだよなぁ」

「ですわよねぇ……先生が勧める理由がおありにありませんし」

「おい」

 魔術の行使自体も、普通なら精神を研ぎ澄まし、危険の排除と安全を考慮してから発動させるのが鉄則。気楽な気持ちでやっては、行使した魔術次第で下手を打ったら死人が出る。それが自分なのか、他人なのかはさておき。

「き、綺麗じゃないですかっ――」

「いやだから、人に見せるから練習していたのに、本番で緊張していたら元も子もないだろ……?」

 重要なのは、()使()()()()()()()()()()()()()()()ということ。観客から向けられる視線を想像しまったが故の緊張、自分自身に対する不安。これら加えて、彼女の気弱な性格が災いし、魔術行使に()いて影響が生じてしまっていた。

 指摘されて、またも恥ずかしそうにリンの肩が狭くなる。チラチラと横目でグレンを伺いながら、決まりが悪そうに。

 

「そのぉ――…………

 

 

 夢中に、なって――…………」

 

 

 どうやら、興奮がなんやかんや作用して、向けられるであろう期待と、それに相対(あいたい)するプレッシャーを当の本人が失念していたみたいだ。

 無差別の観客の前で、信仰される天使の彫刻に変身とはなんという豪胆の持ち主――ではなく、夢中でやっちゃった。

 

 グレンはこんなときに掛ける励ましの言葉を持ち合わせていなかった。

 

「な、なにか、言ってくださいっ…よっ……‼︎」

 自ら生み出してしまったこの湿()()()空気。居た堪れなくなり、吹き飛ばそうと声を上げるリン。それでも努力は虚しく、微妙な空気が風に運ばれる気配、はたまた様子もない。

 グレン達でさえ、気を遣ってしまって困惑している最中だ。

「い、いやぁ……ど、どうするのか……」

「で、ですわよね……」

「な、何を言えと……」

(ねぎら)いの言葉、ひとつぐらいあっても、いいじゃないですかぁ……ぁ」

 確かに変身を練習している姿を見ていたし、なにより指導もした。競技に掛ける気持ちをノエルと共に感じていたのも確かだ。

 しかし、労いの言葉を掛けるだけで気分が落ち着くのなら、とても簡単な話だ。リンの言う通りにすれば解決する。

 

「あのな……それで気が済むのか……?」

「……す、すみません」

 

 ……それが(ねぎら)いになるのであれば、想定とは逆の隠れた〝期待〟が〝プレッシャー〟として重しになってくるはずがない。

「そ、想像したくありませんわ……」

「う、ウェンディに、言われたくない――っ‼︎」

「うっ」

 あんなに自信満々だった友達も、私のこのそのあのあれどれそれこれ以下略に

「――訊きたいんだけどな。ノエルは最終的にお前の変身になにかいってたか?」

「え? ――その……『キレイですね』って……」

 

 ……。

 

「――え、ちょっとまって、それだけなのか?」

「は、はい」

「ノエルさんアドバイスなどは、おっしゃらなかったのですか――?」

「な、なかった、よ……?」

 

 「な、なにかダメだったんですかっ」とリンは焦り気味。

「い、いや。そうじゃねぇんだけどな……――」

 彼女の抱く気持ちはわからなくもない。

 ノエルのたった一言。それだけはとても抽象的で、あまりにも発言の真意を捉えにくい。後に続く発言も喋っておらず、否定と肯定のどちらかの意味にも人によって解釈できてしまう。

「だけどよぉ。ノエルはそれだけしか言わなかったんだろ?」

「ノエル」

 今回は、ノエルがリンに送った最終的な出来を表す評価が言葉の裏にある。ノエルだったら、何か指摘する点があったら声に出しているはず。だとしたら――。

及第点(きゅうだいてん)だった、てことなのか?」

 グレンの呟きが、3人の耳にスッと入る。

「及第点……? つまりは、大丈夫とおっしゃいますの?」

「真には受けないでくれよ?」

 ちょっと苦笑している。

「リンが練習していたのは全員知ってるだろ?」

「え、ええ、知ってますわ……」

「そ、そうだけどよぉ」

「で、その努力は俺とノエルも知っている」

 それはそうだ。様々な行動がアレすぎる二人ではあるが、一応教員ではある。知らなかったら問題ではあるだろう。

「でだ、俺は話だけできて魔術にはからっきしだし? ノエルがそれだけ言ってんなら、それでいいんじゃねぇか?」

「……先生が、それ言っちゃうん、ですかっ?」

「うっせっ」

 自他ともに認める事実ではあるが、やはり気にするものらしい。

 この話を側で聞いていた噛み砕いていたウェンディが、なんとなしに呟く。

「つまり、リンさんが優勝するとおっしゃりたいと」

「――えぇ⁉︎」

 リンにとって、ウェンディの予想は予想外中の予想外。三連単*5の大穴を当てずっぽうで書いて当ててしまったかのよう。

 見てびっくり、当ててびっくり、自分にびっくり。驚きに伴う、その三拍子が揃うかのようにだ。

 グレンは首肯する。

「だって、アイツ正直に物事は言うぞ? 言葉に気を使うこともしない。本音のド直球だからな? こういう時に嘘なんてアイツが言うわけないのはなんとなくわからないか?」

「はぃ……」

 あまりの驚きに、〝心ここに有らず〟と多少、(うわ)(そら)な気分のようだ。

「の、ノエルさんが……」

 この結論はグレンの憶測ではあるが、信じられないと「優勝……?」とぼそぼそ反芻(はんすう)している。

 ノエルが姿を変身させるところをリンは見たことはないが、推測するまでもなく、とても高度なことも出来てしまうだろうと思っている。

 例えば、彫刻などの単一的な物ではなく、概念をそのまま再現してしまうだろう。〈森〉なら、ただ樹林が生えているだけではなく、本当にその場にいるかのような空気すら、魔術を並行利用することによって再現してしまうかもしれない。

 そんな幻想(ファンタジー)はさておき。グレンは意地悪な――言い換えれば、面白がっている子供のような〝笑み〟を見せながら。

 

「ほら……いっつもバカなことしてるノエルだけどさ、セリカが第七階位(セプテンデ)とか言ってるアイツからの評価だぜ?」

「……なんか、いいこと言ってたと思ったんだけどなぁ」

「うっせーぞカッシュ」

 

 一体〝誰が〟、リンの変身を批評(ひひょう)したのか。

 ノエルのお墨付き。リンの脳内で中略された短評(たんぴょう)が、口の中で反芻される。

 ひとつひとつの単語の意味と、繋げた場合の意味。

 思い返してみれば、ノエルはリンの変身を見た際に「お〜!」と気の抜けたような声を上げていた。その声をさらに掘り下げ、そこから抑揚(よくよう)に言及するなら、無感情な平坦な声ではなく、高揚を隠そうとせずに語尾をあげてくれた。

 

 そうだった。感心するより、リンの変身をノエルは楽しんでいた。

 

「本当はどうか分からねーけど、ちょっとは自分に自信もったらいいんじゃねーか?」

 でも、これは全部俺の意見だからな。グレンは苦笑しながらも付け加えた。

 その発言を少し推量(すいりょう)するなら、グレンも自分(リン)の変身にノエルと同じ評価をつけていると判断する。

 明言している訳ではない。期待を持っている訳でもない。ただ、自分がそう推測しているだけ。

 

 でも、楽しんでいた。

 

「リンさんは、どうしたいですの?」

 出てもいい、出なくてもいい。どちらを選択するかは出場するリン次第。

 

「――が、頑張って……みますぅ……」

 

 なんとも心許ない。でも、精一杯の勇気を出していた。

 

 

*1
一つの事物が他の事物に、はなはだ類似していることを表わす。実によく似ている。

*2
競馬で、特別に格付けされた賞金の高いレース。

*3
具体的に示しつつ、教えること。教示(きょうし)。じきょうともいう。(出典:スーパー大辞林)

*4
心から喜ぶこと。心からの強い喜び。出典:大辞林4.0

*5
競馬において、1着、2着、3着となる馬の馬番号を着順通りに的中させる投票法。1着のみを当てるならまだしも、2着と3着も着順通りに当てるとなると、確率が自ずと低くなるために、配当金は自然と高くなる。順序不順の三連複も存在する。




今回の完成予想:当たり前のように二万字超えて、何回も推敲重ねているから、大変なことになってる。
でも遅れる一番の理由は地上波+ニコニコ実況。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。