ローズクイーンと千本剣 (天井舞夜)
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プロローグ
プロローグ
これは物語が始まる1000年前──正確には物語の988年前の事。
大陸の人間達、それぞれの大陸や島国の人間達は互いにほとんど交流を持っていなかった頃。
後に皆が知る事になるが世界で一番大陸での出来事。
その大陸には有り余る程強い魔導師が2人いた。彼らを便宜的に『善の魔導師』と『悪の魔導師』としよう。別に2人とも善でもなければ悪の存在でもない。あくまでこの名称は記号に過ぎない。なぜなら2人は歴史に名を残さなかったからだ。
さてこの2人だが真剣な勝負か、それとも単純に暇つぶしかのどちらかだけれどゲームを始めた。魔術で互角ならばそれ以外で競おうと考えた。例えるなら知恵、知識、人脈、肉体、心、精神力、お金、運……etc。そして2人は総合力と信念によるゲームを始めた。
そのゲームは1000年という普通の人間からしたらありえないくらい膨大な時間を使う。
まず悪の魔導師はありえないくらい高い塔を作った。後にこの塔は『荊の塔』と呼ばれる事になる。
ここでその時代の不運な少女が巻き込まれた。齢5歳の少女でとある国のお姫様だった。その少女は多くの犠牲を払ったにも関わらず、不運にも悪の魔導師に連れ去られてしまう。不幸な少女はありえないくらい高い塔の最上階で2人の魔導師に魔法をかけられ眠らされて閉じ込められた。
さてこのゲームのルールだが至極単純。少女を閉じ込めたその時からちょうど100年毎に善の魔導師はその目に適った人間、育てた人間──云うならば『勇者』を1人だけ塔に送り込み登らせ、その勇者が生きて登りきり少女を目覚めさせる。そして無事に塔を脱出できるか。勝敗を決するはただそれだけ。そして2人の魔導師は眠りと閉じ込めの魔法以外にそれぞれ1つだけ少女に呪いをかけた。それもゲームのルールの一環。
悪の魔導師が閉じ込めた少女を善の魔導師が10回のチャンスを100年毎に1回『勇者』送り込み少女を助けるゲーム。少女を助ける『善の魔導師』と少女を幽閉した『悪の魔導師』とのゲームの火蓋が切って落とされた。
不運な少女の不幸で理不尽なゲームが……。
しかし、彼らは知らない。
少女が塔に閉じ込められる正に直前だ。2人の魔導師の魔法には遠く及ばないが幸せの妖精と呼ばれる妖精が少女に幸運を与えた事を……。その幸運は少なくとも少女にとって永遠の眠りという不幸を変えて先の幸せを与え、そして悪の魔導師の勝利という運命をねじ曲げた。
この988年後。不可能な運命をねじ曲げて1つの奇跡が少女の元に舞い込む……。
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若荊
串刺し姫
センリという女は町を目指しながら道を歩いている。しかし、その目はあまりにも高い塔に奪われている。
ふわふわしたおかっぱの白髪、白い瞳、それなりに整った顔立ちだが割と童顔、スタイルも悪くない。太ももが見えるくらい短いジーンズのパンツ、この一帯は暑いため上は袖の短い紺色のシャツだ。持ち物も必要最低限の中身が詰まったバッグと鞘だけだった。
「あれが有名な名も無き魔導師が作った塔か……」
センリは一言独り言を呟いた。
その塔は荊国の観光名所の一つで塔の名前は『荊の塔』。塔の高さは雲にも届きそうなほど高く、まるで拘束するかのように塔に荊が絡みついている。もっとも観光名所と言っても中には入る事ができず、見せ物の側面が強い。
そしてセンリが向かっているのは荊の塔に最も近い町『ロズモンド』だ。
センリはさらに歩くと目的地であるロズモンドが見えた。
思ったより活気がないな。
これが町に入った時にセンリが抱いた感想だった。すぐ近くには有名な茨の塔があるのに観光客がほとんどいない。
センリは宿屋に入る前にギルドに寄った。ギルドはそこそこ賑わっているようだ。
ギルドとはメンバーに登録している者が仕事の依頼を受ける事ができる一種の派遣業のような物だ。主な仕事は薬剤師や商人のための材料集めや魔物狩り、メンバーランクが高いと要人の護衛などの仕事を受ける事ができる。
そもそもセンリがこの町のギルドに来た理由はお金が底を尽きかけ、偶然旅の道中にこの町があったからだ。つまり、お金がないから宿屋を取る事もできないのだ。
センリはカウンターにいる可愛いけど地味な顔の受け付け係の女にメンバーカードを見せた。
「えっと……これはメンバーランクSですか?! えっと名前は……ええっ?! なんでこんな大物がこんな寂れた町に?!」
(自分で寂れた町って言ったよこの受け付け……)
メンバーランクは下からC、B、A、Sと大きくなる。ちなみにこのメンバーランクは個人を評価する基準にも使われたりする。
「それで? この町には何か仕事はあるの?」
「ちょっと待ってください!」
「できれば手っ取り早そうな魔物退治とかがいいんだけど……」
受け付け係はファイルをめくる。その顔は興奮を隠し切れず、目をキラキラさせている。やがて受け付け係はファイルから紙を取り出しセンリに見せる。
「この仕事はランクA相当のものです。最近、この町に、ハイエナ型の魔物が群れで襲って来てるんですよ。それでテン──」
「センリでいいよ。むしろセンリでお願い」
「えっと、センリ様にはこの魔物群を討伐していただきたいのです。相当な数ですけど1人で大丈夫ですか? よろしければこちらで他のメンバーの援軍を用意しますが?」
「いや、大丈夫」
(メンバーが多くなると報酬金の分配が発生するからね)
「ですよね!」
受け付けの女は極上のスマイルでセンリに同意した。
それにセンリからすると中途半端な強さの援軍など足手纏いで邪魔なだけなのだ。
「それでその魔物の群れの巣とかわかるかな? 直接潰しに行きたいんだけど……」
「それがわからないんです。最近、強い魔物がこの辺りでも増えて屈強な兵士やメンバーが巣の捜索に行ったきり帰らないというのもよく起こりますし……」
「わかった。じゃあハイエナの魔物は一匹どの程度の強さなの?」
「ランクB相当とだと思われます」
「余裕かな」
「余裕綽々ですね!」
「そうだね。それで魔物はだいたいどのくらいの時間に襲撃して来るの?」
「はい! いつも通りなら後1時間以内に襲撃して来ると思います」
「そう。ありがとう」
センリは手続きを終えると立ち去った。
センリがギルドから出て行った後、センリを対応した受け付け係の女の周りを職員や建物内にいたメンバーが囲った。
「今の女の子ランクSなの?」
「そうですよ!」
受け付け係の女はなぜか誇らしげに答えた。
「センリってのなら聞いた事あるぜ。確か──」
「そう! 通称『串刺し姫』です! 私、大ファンなんですよ!」
「ああ、だから冷静なのにテンパってたのか……」
「テンパってませんよ!」
「まあ、それはそれとしてランクSのメンバーならハイエナの魔物くらい余裕だな」
「そうですね。この町のメンバーも兵士も情けないですからね。だけどもう安心ですね!」
「おい。お前失礼過ぎるぞ……」
「そうだ! 私、見に行って来ます!」
「おい! 無視すんな!」
受け付け係の女は職務を放棄して走り出した。
センリは町にある北と南の出入り口のほぼ真ん中の位置で待機していた。魔物の群れはそのどちらかの出入り口から襲撃して来るらしいとセンリは聞いた。
そこまでわかっていれば罠でも仕掛けられそうなものだがあまりにも群れの数が多過ぎて罠が足りなくなったそうだ。
センリは宙を仰ぎ見て呟く。
「まあ、余裕かな」
もし町の出入り口の近くに魔物が現れたら他のギルドメンバーから狼煙で連絡が入る手筈だ。この町は小さいためセンリが全速力で走ればものの5分で出入り口に着く。
結局は他のギルドメンバーを頼る形になっていたがボランティアという事でセンリは喜んで協力してもらった。要は報酬金が全部手元にくればいいのだ。現金な人である。
やがてセンリの目が狼煙を捉えた。方角は北の出入り口だった。センリは走り出す。
センリが北の出入り口に到着した頃には既に魔物が町に入り込もうとしていた。
「無理だよ」
センリの言葉とともに1本の剣が正に町に踏み込もうとする魔物を貫く。センリはただ言葉と一緒に剣を投げただけだ。
センリが鞘の口に手をかざすと鞘の中に剣が現れた。すると一瞬でさらに8体の魔物に向かって8本の剣を投げて刺した。魔物の群れがたじろぐ中、センリは立ち止まり魔物の群れと対峙した。センリはさらに鞘から2本の剣を取り出して言う。
「さて……一騎当千といくわね。串刺しにしてあげる」
センリは穏やかに笑みを浮かべて剣を投げた。
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魔物の巣
センリが剣を投げると、剣は魔物を貫き絶命する。新たに剣を取り出し投げて魔物を串刺しにする。センリはジャンプして魔物の群れを見る。
センリが見たところ魔物の群れはザッと100体くらいいる。いや、既に11体の魔物を殺したから89体か。
「この程度なら私には全然問題ないけどね」
センリはまた鞘から剣を8本取り出し魔物に向けて投げる。上空から襲い掛かる剣に魔物達は避ける間もなく串刺しになる。あまりにも剣を投げるスピードと飛ぶスピードが速過ぎるのだ。落ちる最中にもセンリは40本程剣を投げて、40体ほどの魔物が絶命している。そしてセンリは着地する。
「残り49体、7の2乗ね」
センリが呟くと同時に3体の魔物が飛びかかって来るが、センリは刹那の間に魔物の脇をすり抜けて飛びかかって来た魔物を串刺しにする。
「遅いのよ」
センリは剣士だ。しかしその戦闘スタイルは剣の投擲を主としている。千本鞘と呼ばれる剣をたくさん収納する事ができる鞘を持ち、数多の剣を投げて相手を串刺しにする。そういう戦闘スタイルなのだ。
センリは魔物の隙間を神速の如く駆け抜けて24体の魔物を剣で串刺す。
「さて……残り22体ね」
センリは僅かの間に魔物の数を4分の1以下まで減らした。時間という意味では出入り口まで来る時間の方が遅かったくらいだ。
センリのあまりの強さに恐れを抱いたのか魔物達はセンリから背を向けて一斉に逃げ出す。
(散り散りになったら面倒だね)
だからセンリは魔物達が散り散りになる前に剣を投げて背後から22体を串刺しにして殺した。
「あっ……やっちゃった」
センリは間違って魔物を全滅させてしまった。当初の予定では1体だけ残してその魔物を逃がした後に魔物の巣まで案内してもらって魔物の巣まで行き根絶やしにするつもりだった。
「ん?」
センリはまだ串刺しにされていない魔物を1体見つけた。魔物はセンリが見ている事も知らずにコソコソ逃げて行く。
「ラッキー」
センリは追いつかない程度に走り魔物を追い掛けた。
10分くらい走ると、センリは魔物の巣と思われる洞窟を見つけた。追い掛けていた魔物は洞窟に入って行く。センリは洞窟の前で立ち止まる。
「ここね。まあ、大丈夫だよね」
センリは洞窟に入る。洞窟の中は暗い。センリの視界は黒色に染まり正真正銘真っ黒闇だった。
「ナメないでくれる」
センリは3本の剣を投げた。壁に剣の刺さる音と3重奏の断末魔をセンリは聞いた。
(出入り口付近はそうでもなかったけど中は割と広いのね)
センリは通路を進みながら襲い掛かって来る魔物を撃退して行く。
そしてついにセンリは魔物の群れのリーダーと思われる魔物に遭遇した。
センリには魔物の姿が見えないから言い方はおかしいかもしれないが、センリはその魔物を一目見てリーダーだとわかった。
「君がリーダーね?」
人語がわかるのか、それとも単に声が出ないだけなのか魔物はセンリの質問に何の反応も示さない。
「わかるよ。君は確かに魔物のリーダーだ。自然界の法則──弱肉強食を厳格に守りながらもそれでいてあれほどの群れを統率する知恵があり本能に従っている。戦いがいがありそうね。身も心も串刺しにしてあげる」
センリが喋り終わると魔物のリーダーが火の玉を口から発射した。センリは体をずらしてこれを避ける。魔物のリーダーは続けて火の玉を連射する。火の玉の猛攻はセンリを近づける隙間を与えない。
「なるほど……相手が武器を投げるなら避けられるくらいの距離を取って遠距離攻撃で対応とはなかなか知恵が回る。だけどね……」
センリは鞘から1本剣を取り、魔物のリーダーに向かって走り出す。センリは火の玉を避けずに剣を振るう。剣が火の玉に当たると火の玉は形を変えて刃状となり魔物のリーダーに向けて飛んで行く。火の刃を魔物のリーダーは避ける。
「隙間がないなら隙を作ればいいの。距離を取られたら距離を詰めればいいの。ほら、私はもう君を通り越して君の背後だよ」
「ギギ?」
センリは腕をクロスさせて既に魔物のリーダーの後ろにいる。センリの背後では魔物のリーダーが体中10本の剣に串刺しにされ、地面に身を預けている。絶命したのだ。
まるでその運命を全うしたように……。
「ちょうど130本使ったのね。手痛い出費かな? 後で町で使った剣くらいは回収しとこう」
センリは来た道を戻りながら呟いた。
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荊の塔
センリは洞窟から出ると太陽の輝きに一瞬目を眩ます。
洞窟に入ってたのはたかだか15分程度だったがセンリにとっては太陽の光は随分久しい感覚だった。
「さてと、たぶん魔物の群れは全滅させたよね」
センリは呟くと嫌でも目を引く荊の塔を見る。
(ちょうど近くまで来たし荊の塔でも見て行くかな)
センリは荊の塔に向けて歩き始めた。
センリが歩き始めると予想以上に早く荊の塔に辿り着いてしまった。
荊の塔があまりにも大き過ぎたため距離感覚が狂ってしまった。しかし、センリにとってそんな事は些細な事に過ぎない。
センリは入口だと思われる大きい扉の前に立つ。
「大きいな~。これが扉? 押しても引いても開かないか……」
センリがあっさり諦めて踵を返すと目の前に受け付け係の女がいた。
「キャッ!」
センリはなんとも可愛い叫び声を上げると、1歩下がり背中を壁にぶつけた。
「あら、ごめんなさい」
「な、何?」
センリは少し動揺を顔に出し、受け付け係は先程会った時と同じ笑顔をセンリに向ける。
「いえ、ただセンリ様の戦闘シーンを見学しようと思いましてね」
「戦闘シーン? 戦闘シーンならとっくに終わって今は観光シーンだよ」
「そのようですね」
「君、どうしてここにいるの?」
「センリさんのファンだからです!」
「そうじゃなくて……。仕事は?」
「職務放棄です! 1人ストライキです!」
「1人でストライキしても意味ないよね?」
「唐突だけど握手してください!」
「本当に唐突ね」
受け付け係は手を差し出したのでセンリもそれに応えて手を握る。
「センリ様と握手しちゃいました! 握手しちゃいました!」
受け付け係は嬉しさに悲鳴を上げながら握手している手を上下に振り回す。
「ところで君は職務放棄してクビになったらどうするの?」
「大丈夫です。心配しないでください。仕事は今日限りでやめますから」
「そ、そう。それで君はなぜここに?」
センリが質問した時、背後から大きな音が響いた。
ゴゴゴゴゴ! と扉が開く。
センリと受け付け係は開かれていく扉を見ている。
やがて音が鳴り止むと扉は全開になっていた。
センリは驚きを隠せず言葉を失う。
受け付け係は開かれた入口を見てからセンリを見て言う。
「センリ様は運が良い人ですね。この扉が最後に開いたのは3年前です。その前が今から38年前だったらしいですよ」
受け付け係は先程までセンリに向けていた笑みとは明らかに違う愉快そうな笑みを向ける。
「3年前はギルドメンバーの1人の男が塔に入ったきり帰って来る事はありませんでした。38年前は荊の国の精鋭部隊100人という大人数に関わらず帰って来なかったらしいですよ」
「なぜそれを私に言う?」
「仕事を受けてみませんか? 内容は荊の塔内部の攻略。ランクSのメンバーにのみ許された超高額報酬の仕事ですよ。そしてこの通り、これはギルド公認の仕事です」
受け付け係はセンリに仕事依頼が書かれた紙を見せる。
センリが見たところそれは間違いなくギルド公認のものだった。センリはその報酬金に目を疑う。
「はっ? 何この額? 国1つ買えそうな報酬金なんだけど……」
そしてもう1つ。目を疑う事があった。
「それに依頼者の名前がギルドオーナーなんだけど……」
町に1つ1つあるギルドは小さな組織だが、それらは大きなギルドの子会社のようなものである。この大きなギルド及び小さなギルド1つ1つを実質支配しているのがギルドオーナーと呼ばれる人だ。
「そうなんです。ものすごく胡散臭いですけど本当の本当に本物で事実なんです!」
(本当だとか事実だとか幾多にも重ねると嘘に聞こえる……)
「まあいいよ。この荊の塔に入って何人死んだかは知らないけどみすみす死ぬわけないしね。それにその報酬金は魅力的だし」
「そうですか! 健闘をお祈りします。行ってらっしゃいませ」
「うん。じゃあね。また会おう」
「はい!」
センリは受け付け係の女に心地よい笑顔で見送られながら恐怖を感じさせない足取りで荊の塔に入って行った。
「どうかお気をつけて」
受け付け係がセンリに向けて小さく呟くと同時に塔の扉が閉まった。
■■■■
センリが荊の塔に入ると、まるでセンリを待ち望んでいたかのように塔内部が明るくなった。
内装のセンスが古い、これがセンリが最初に内部を見た感想だ。
内部は特に最上階まで吹き抜けというわけではないのか天井がある。光源がないのに明るくまるで太陽の下にいるみたいである。一部屋の面積がとても広く天井も高い。意外な事に埃っぽくなく清潔感すら漂っていた。そして階段がある。しかし、それら以外──階段の横にある真っ先に目に飛び込むであろう物があった。
「誰だろう? この人……」
センリは扉とは反対の壁にある大きな肖像画を見て言った。扉から反対の壁までそれなりの距離があり、それでも肖像画が大きく見えるのだから相当大きい肖像画だ。
肖像画の人物は男性──その容姿は若々しく、それでいて女性と見間違いそうなほどの美青年。炎のような赤い髪と燃え盛るような赤い瞳が印象的だった。
「なかなかの美形だけど少々女性的過ぎるかな」
センリは一目見てから肖像画の横にある階段を上った。
センリは知る由もなかった。その人物こそがこの荊の塔を建造した悪の魔導師だという事を。
それはそれとしてセンリ自身はわからないが何事もなくセンリは最上階の半分まで来ていた。正確には次の階でちょうど半分なのだが。
最上階半分一歩手前の階でセンリは部屋を見渡していた。
その階にあえて名前を付けるなら武器庫、宝物庫、図書館。それくらいその階にはあらゆる武器と金銀財宝、本がまるで玩具の如く転がっていた。
魔法に関してはあまり詳しくないセンリが本を見ても書かれている内容は意味不明以外の何物でもなかったが、転がっている武器の1つを見た瞬間に驚愕する。
「ちょっとこれは……どうしてこんな物が? これは最近の技術なんだけど。いや……もしかしたら」
センリはその武器──拳銃を手に取る。そして壁に向けて撃つ。壁に銃弾がめり込む。しかし、そこには銃弾がなかった。
「間違いない。空気銃ね。理論上は可能と言われているけど未だに実現されてない。しかも往年の普通の銃とは威力の次元が違うし重くないうえに反動が一切ない」
完全にオーバーテクノロジーだった。
正にその空気銃は科学の塊であり魔法は一切使用されない。しかし、悪の魔導師はあくまで魔法使いでありその空気銃を作る過程では魔法が必要であった。
センリは空気銃を床に置き金のネックレスを手に取った。間違いなく本物の金である。
(困ったな。こんなにたくさんの宝は持っていけないよ)
センリは夢中になってどの宝を持って行くか吟味していると、突然目の前の空間に文字が浮かび上がった。
「何コレ? え~と……『あなたは何を手に入れる? 知識──それは名声と禁断、武器──それは強さと修羅、富──それは自由と孤独。そしてもしあなたがこれらを放棄するならば最上階にて私のとっておきの者を与えよう』」
センリが読み終えると空間の文字は消えてしまった。
(とっておきのものね……。ここにある宝物と武器は魅力的ね。だけど、もしかしてここにある何もかもが罠かな?)
センリがこの階に上って来るまでの間、実は人間の死体や骨を見ていない。しかし、この荊の塔に入って戻って来た者はいない。つまり、センリが上って来たこの階までは、少なくとも3年前のギルドメンバーの男と38年前の100人の部隊はここまで上って来た事になる。そうなると、もし命を落としているとしたら今いるこの階くらいしかセンリには思い付かなかった。
確かにセンリは守銭奴で現金な人ではあるが、お金のために命を賭けるほど金の亡者ではない。
それにわざわざここで命を賭けなくても荊の塔を攻略した暁には多額の報酬金をもらえる。
(まあ……この宝は惜しいけど危ない橋を渡る事はないね。癪だけど誰だか知らない君のとっておきをもらいに行ってあげる)
センリはこの階のあらゆる物を放棄して階段を上った。
結果的にと言うべきか、幸運にもと言うべきか。センリは悪の魔導師の罠に引っかかる事はなかった。なぜならこの部屋の物は間違いなく本物だがこれらを手に入れた時、破滅の未来を見せられて心が壊れる。
ちなみに誰も知る由はないが3年前の男は今の階をクリアーしたが次の階で命を落とした。38年前の100人は今の階で100人の内の1人がオーバーテクノロジーの武器を手にし心が壊れて皆殺しの後、心が壊れた。
倉庫のような階の次の階。
その階は規則的に円状に並べられた柱があるだけで壁もなければ階段もない。
センリが外に目を向ければ下の方に山が見える。そして塔に絡みついた荊。
「もしかしてここで行き止まり? それともここが最上階なの?」
はっきり言って何もない。
壁から上ろうかな、とセンリが考え始めた時に何かを這いずるような音を聞いた。床から塔が響いているのがわかる。
そしてセンリは気付いた。塔に絡みついている荊が動いているのを。
センリは部屋の中心に移動すると、千本鞘から剣を2本取り出しそれぞれ1本ずつ両手で持つ。
「は~い」
どこか楽しげな声がセンリの背後から聞こえた。
センリは素早く後ろを振り向いた。そこにはバラの花から生えるように美人な女性がいた。
「ここまで人が来るなんて3年振りくらい? 3年前の男はなかなか男前な男だったけど、今回はなかなか可愛い女の子ね。……だけど3年前の男よりなかなか強いのね。楽しめそう」
「もしかして君が誰だかのとっておきなの?」
「まさか。私はあれよ。ガーディアン? てやつかな? それであなたは誰なの? あの魔導師が送って来た刺客? それとも勇者って言うべきかな?」
「刺客でも勇者でもないかな。私はセンリ。しがないギルドの剣士。たまたま観光でこの塔の扉の前に来たら偶然にも扉が開いちゃって……」
「ふ~ん。もう少しで1000年という時にこんなの誘い込むなんてなかなかの幸運の持ち主ね」
バラの女性はセンリではなく、むしろ上に向けて言った感じだ。そして再びセンリに意識を向けて言う。
「私はキリー。この塔を守るアルラウネ」
「アルラウネ……。今まで会って来たアルラウネとは格が違うね」
「当然よ。私はセンリの言う誰だかに育てられたんだから。3年前の男が言うには私はSらしいわ。Sって何かしら? サディストの事?」
「Sって言うのはたぶんギルドメンバー内における相手の強さの指標。Sはその中でも最高クラスね」
「ふ~ん。じゃあ私は最高クラスのサディストという事ね。それじゃあ私はあなたを殺すわね? 良い声で泣いてよね? あなたの声すごく可愛いからさ」
キリーは喋り終えると同時に荊の触手を伸ばしてセンリに襲いかかった。センリはそれらを切りジャンプする。天井に着地して持っている2本の剣をキリーの体に投げた。しかし荊がそれを遮って剣が刺さる。
「あら? 大切な剣をこんな事に使っていいのかしら?」
センリは鞘からさらに8本の剣を取り出して答える。
「ご心配なく。まだまだたくさん剣はあるから」
「そうみたいね。心配して損したわ」
「とりあえずお礼と言っては難だけど身も心も串刺しにしてあげる」
センリは天井を蹴って神速でキリーをすれ違い様に8本の剣を投げた。すべて剣はキリーの体を串刺しにした。センリは床に着地して再び両手に1本ずつ剣を持ちキリーに向き直る。
「あれで死なないんだ」
センリの一言にキリーはセンリの方を向き言う。
「だから言ったでしょう? 私はあなたの言う誰だかが育成した傑作だって」
キリーは荊をセンリに向けて振った。センリはそれを避けると荊が床に叩きつけられる。そして叩きつけられた荊の棘がセンリに向かって飛ぶ。センリは目を見開くと2本の剣で飛んで来る数多の棘を弾いていく。
するとさらに大きい荊がその部屋を埋めるように外の四方から押し寄せる。
「バカね~。ここは私のホームよ。塔の荊はすべて私なのよ」
センリは見ていないがキリーは勝ち誇った笑みで言っている。
しかし、キリーはセンリを侮っていた。3年前の男ほどではないとはいえセンリの事をキリーは弱いと思っている。
だからキリーは気付くのが少し遅れた。
センリは塔の外壁に剣を刺して刃の側面に乗っていた。
つまりセンリは神速で押し寄せる荊を回避して外に出たのだ。
センリはキリーを無視してそのまま外壁を駆け出した。ここでキリーはセンリの駆ける音でセンリの居場所に気付く。
「なっ?! センリ! あれを避けたのか?!」
キリーは驚きを隠せなかったが別段慌てている様子はなく、外壁に絡みついている荊を動かしセンリに襲いかかった。
センリは襲いかかって来る荊を剣で切りながらひたすら駆け上がる。
キリーも外に出てセンリを追って外壁を駆け上る。
実はセンリの方が駆け上るスピードは速いのだが襲いかかって来る荊を相手にしながらのためかキリーとの距離が縮まっていた。
キリーはセンリの姿が見えたからかさらに荊で猛攻する。
「しつこい!」
「よく言われるわ!」
センリはキリーの方へ体を向けてバックステップで駆け上がりながら剣を投げて応戦する。しかし、投擲した剣は荊に阻まれてキリーに届かない。
「無駄よ無駄!」
センリは剣を壁に突き刺してその上に乗ると、鞘から100本の剣を取り出す。100本の剣は一瞬だけ滞空している。そして100本の剣を次々と真下へ向けて投げていく。
100本の剣はストレートやカーブをしながらキリーに飛びかかって行く。キリーは焦りと恐怖を感じながら自分の周りに荊を盾として置く。しかし、先程と違い今回は刺すように飛ぶ剣以外にも回転しながら切るように飛ぶ剣も混ざっていた。当然切るように飛ぶ剣は荊を切る。しかし、キリーも後退──否、下りながら自分の周りに荊を次々と置いていく。
しかしセンリの猛攻も止まらない。再び──否、次は先程の倍の200本を取り出して投げる。
センリにとってもはや意地だった。出費の事など考えない全力の意地。
一方のキリーは荊の塔のガーディアンとしてのプライドだ。この988年間あらゆる侵入者を殺して来たプライド。
キリーは荊で盾を作り、荊を伸ばして剣の軌道を逸らす。キリーはこれをギリギリ防ぎ切る。
「本当に……こんだけ剣使わせといて大したものじゃなかったら誰かさんにキレるよ」
キリーが気付いた時にはセンリが目の前まで来ていた。
キリーも油断していたわけじゃない。だからこそセンリに距離を詰められていて驚いた。
「なんであなたがこんなところに?!」
「私……少しだけ神速できるの。それに言ったでしょ?」
センリはキリーの体を足場にしてジャンプすると鞘から千本の剣を取り出して投げた。
「な! 何コレ?!」
キリーは恐怖に声を上げる。
当然と言えば当然だ。なぜなら千本の剣が四方──否、八方──否、足場の外壁の方向以外の七方から取り囲まれていて飛んで来ているのだ。投げたのだから当たり前だが。
「必殺・千羽の星。身も心も串刺しにしてあげる!」
キリーは回避する間もなければ既に荊を盾にする隙間もなかった。
キリーは悲痛の叫び声を上げながら死んだ。例え生きていても心は死んでいるだろう。
正に身も心も串刺しにされたのだ。
センリは先程まで乗っていた剣に再び乗り、天辺を見上げる。
「このまま外壁を走って上ろうかな~? でも出入り口無さそう」
仕方なくセンリは先程の階──最上階から半分の階まで戻った。
キリーを倒したからか、次の階に行くための階段が出現していた。
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最上階の荊姫
階段を上る。
ただひたすら上り続ける。
何事も起こらない。
正確には色々な物はあった。しかしそれらは所詮はただの面白味もない物だった。
(本当に……本当にこれでとっておきのものがつまらないものだったらぶっ殺す。もう死んでるかもしれないけど)
センリはそんな事を内心愚痴りながらも階段を上り続ける。
やがてセンリは最上階に到着した。
なんだかんだでここまで来るのに半日はかかっていた。
目を見開いてあまりにも長い時間と思うほどだが実際は刹那の間、センリは見惚れた。
明らかに今までの部屋とは異質であった。今までの部屋はほとんど何もなかったり、意味がなかったり、奇妙な物が置いてあったり、気持ち悪かったり、としていたが最上階だけは違う。
神秘的というべきだがしかしそれはあまりにも不自然だった。
森。
天蓋は透明な何かが張り巡らされているため太陽光が降り注いでいて明るく、緑色の葉と葉の間から注ぐ木洩れ日に癒やされる。
センリは確かに癒やされた。
「だからなに? こんなもののために私は時間と剣と体力を無駄にしたの?」
センリは何かないか? と木々が生える部屋を歩き回る。
やがて太陽光を一身に受け空中に浮かんでいる1本の剣を見つけた。
「もしかしてこれがとっておきの物?」
センリはその剣に近づいて観察する。
「良い剣ね」
その剣の刀身にはバラと荊が全体に彫られて白銀に煌めいている。しかし、装飾品というわけでもなく刃はなかなかの切れ味を誇っている感じだ。
「まあいいや。これくらいもらわなきゃ釣り合わない」
センリは柄を握り締める。
するとセンリの頭の中に情報が流れ込む。
剣(私)の名前は『荊薙』。刀身を伸縮自在に操る事ができる。刀身を伸ばすにはただ柄を握り締めて思えばいい。命令すればいい。この剣(私)はあなたに相応しい。
「何これ? 荊薙?」
センリの頭の中に情報が流れ終わると同時に刀身を覆うように鞘が現れた。
鞘には剣と同じデザインのバラと荊が描かれている。緑色の荊と青色のバラの絵。
「青色のバラなのね。個人的には白か紫が良かったんだけど……」
文句を言っても仕方がないのでセンリは剣を腰に納めた。しかし、剣の性能に関してはなかなか良かったので割と満足している。
「んっ……?」
センリは剣が浮いていたすぐ側に5歳くらいの少女がベッドの上で眠っているのを発見する。
センリは近づいて少女の顔を覗き込んだ。
長く綺麗な黒い髪で容姿が整った美少女だ。そしてふわふわの白いドレスを着ているため、一見するとお姫様みたいだった。
「なんで女の子がこんなところにいるの? 王道的に考えるならこのお姫様は王子のキスで目覚めるのかな? そもそもこの子お姫様なの? それ以前に私は王子以前に男ですらないし」
とセンリは言って、ある考えが脳裏を過ぎる。
(もしかして荊の塔攻略の条件ってこの女の子をここから連れ出す事なんじゃないの? とりあえず……)
「起きて起きて」
センリは女の子を肩を揺らしてみる。
無論。起きるわけがない。起こす条件はセンリの言うところの王道のキスであるのだから。
「起きないね。仕方ない。ちょっとキスでもしてみるか。これで起きなかったら置いて行こう」
しかし、センリは報酬金の事を考えて考えを改める。
「やっぱり起きなくても連れ出そう。もしこれでこの子が依頼達成に必要だった時、戻るのが面倒だしね。そもそも次は扉が開かないかもしれないし」
センリはそう言うと、目を閉じて眠っている少女の小さな唇に唇を近づけていく。
しかし、そこに躊躇いなどというものはなく2人の唇が軽くだが全てが触れた。
しばらくの間センリが口づけをすると、唇を少し離してからゆっくり目を開ける。
「…………っ!」
目が会う。
センリと少女の目が逢う。
少女の熟した葡萄のような紫色の右目が、僅かに明るい夜のような黒色の左目が、センリの星のようにきらめく白色の目を真っ直ぐ見つめる。
センリは胸が高鳴り、顔を紅潮させる。素早く少女から距離を離して顔を逸らしてしまう。
(な、何?! どうしたの私? 確かに綺麗な子だけど相手は子供で女の子じゃない!)
自分に起こったあまりの事態にセンリは錯乱している。
一方、少女は自分から顔を逸らしたセンリの顔を見つめている。少女自身と同じ状態のセンリを。
少女は笑顔を零す。
(可愛いお姉さんだな~)
もっとも、少女はセンリより些か冷静のようだが。
少女はセンリに向かって言う。
「お姉さんの名前はなんて言うの?」
センリは少しだけ冷静を取り戻して答える。
「わ、私はセンリって言うの! よろしくね!」
「うん。よろしくね。私はアンジェル……エンジェティーネ・ベル。エンジェって呼んで。お姉さんが私を助けてくれたんだよね?」
エンジェは笑みを向ける。
センリはドキドキ。冷静を装って答える。
「助けたかどうかわからないけど君を起こしたのは私だね」
「うん。チューで起こしてくれたんでしょ?」
センリはさらにドキドキを大きくする。肯定するのが恥ずかしかった。だから答えとして口を閉じる。
「ねぇ。ところで悪い魔法使いはどこにいるの?」
「さあ、私が来た時には君しかいなかったけど」
「そうなんだ。助けてくれてありがとう。お姉さん」
「気にしないで。それよりもなんで君はこんなところにいるのかな?」
エンジェは悲しそうな顔になる。
「悪い魔法使いが私をここまで連れて来たんだ」
「それは災難だったね」
「うん。それにしてもお姉さん変な格好だね」
「普通のシャツとホットパンツだけど……。というか君だってドレス着てるじゃない」
「私……一応お姫様だから」
「どこの?」
「『パールミリオ』って国。結構大きい国だよ」
センリは記憶を探る。
確かにどこかで聞いた事ある名前の国だった。
そして思い出す。だけど言っていいかどうかセンリは悩むが結局言う。
「そこは確か988年前に滅んだ国と同じ名前ね」
「そう。やっぱり滅んだのね……」
エンジェは悲しそうな顔になるが泣かない。むしろその事実を受け止めてしまう。
「君は些か大人過ぎるね」
「私は子供だよ」
「その対応が大人なの。故郷が滅んだら余程嫌いじゃない限り普通は泣いたりするものよ」
「何があったか聞かないの?」
「大体は察しが付く。今の歴史では病気が流行ったとか戦争に負けたとか色々言われてたけど実際はわからなかったからね。むしろ君がパールミリオのお姫様と聞いて納得したくらい」
エンジェを攫うために悪い魔法使いがパールミリオを襲い滅ぼした。
そうセンリは考えた。そしてその考えは正しい。
「そう。お姉さんって優しいのか優しくないのかわからない人だね」
「そうね。じゃあ早速だけど戻るよ」
「どこへ?」
「下だよ」
「そういえばここは塔の一番上の階だったね」
「そうね」
センリはエンジェに背を向けてしゃがみこんだ。
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃなくておんぶよ」
「おんぶなんて悪いよ」
「子供なんだから甘えなさいよ。それに君に合わせて塔を下りてたら何日かかるかわからないからね。そっちの方が私にとって都合が悪いよ」
「うん。ありがとう」
エンジェはセンリにおぶさる。
センリもエンジェもお互い体を密着させてドキドキしている。
(本当に私どうしちゃったんだろ? 子供相手にドキドキして……)
(お姉さんの背中暖かいな。ふわふわの白い髪も可愛い)
センリはエンジェをおんぶすると立ち上がる。
「ちょっと速く走るからしっかり掴まっててね」
「うん!」
センリが走り出そうとした時、2人の前に突如魔法陣が現れ、空間に切れ目が入り穴が広がる。その先には荊の塔の側の風景が見える。
「何? この穴から帰れるの?」
センリがうんざりした調子でボヤいた時、空間に文字が浮かび上がる。
「『勇者よ。遂に私のとっておきをあなたは手に入れたようだね。とりあえずはおめでとうと言っておこう。君は何年目の何人目かな?
100年目の1人目、彼の一番弟子かな?
200年目の2人目、妖精界最強の剣士かな?
300年目の3人目、彼が作った氷の精霊かな?
400年目の4人目、東方の秘境の仙人かな?
500年目の5人目、怪力自慢の虎の獣人かな?
600年目の6人目、最速の鳥人かな?
700年目の7人目、神の子かな?
800年目の8人目、史上最悪の海賊かな?
900年目の9人目、数多の銃火器と装甲を武装した男かな?
1000年目の10人目、悪魔と人間のハーフかな?
まさか何も関係のない人間が私のとっておきを手に入れたなんて事はないだろうね。何にしてもご苦労様。ここから下の階に戻るのも楽ではないだろう。この空間の裂け目に飛び込むがいい。すぐに地上まで戻る事ができるよ』……か。さて悪い魔法使いのとっておきとはどっちの事かな?」
センリは腰の剣とエンジェを一瞥する。
「君はどう思う? これは罠かな? それとも本当に帰れるのかな?」
「わかんない」
「そうね」
「できれば君じゃなくて名前で呼んでほしいかな? そっちの方が嬉しいな。さっきも言ったけどエンジェで良いから」
「うん。わかったよ。エ、エンジェ」
「ありがとう。センリ」
顔が赤くなるのを感じながらセンリは空間の裂け目を見ていると、そこには受け付け係の女がいた。
「あっ! センリ様。いきなり空間が裂けたから何かと思いましたよ」
「君か。悪いけどそっち側にある何か物をこっち側に投げてくれない?」
「そうですね。罠の可能性もありますしね」
受け付け係はポケットからペンを取り出してセンリ側の空間に投げた。
センリ側の空間にペンが落ちる。
「まあ、大丈夫そうだね」
「そうですね」
センリは意を決して空間の裂け目に足を踏み入れた。
青いバラの花言葉は不可能、もしくは奇跡。
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依頼完了
センリはエンジェを背負い空間の裂け目を通る。
受け付け係の女は笑顔で迎える。
「おめでとうございます。センリ様! この988年間誰も成し得なかった荊の塔を攻略し生きて帰って来ました。センリ様ならこの依頼を完了できると思っていました」
「そんな事より君、上から剣振って来たでしょ? 大丈夫だった?」
「はい。幸運にも当たりませんでしたから」
センリは周りを見渡す。
地面に無数の剣が刺さっている。
「ねえセンリ。そろそろ下ろして」
「え? う、うん。ごめんね」
センリはエンジェを背から下ろした。
エンジェの裸足が地面に着く。
「なんか久しぶり。ひんやりして気持ちいい……」
センリは笑顔で走り回るエンジェを見て笑みを零す。
そしてセンリは受け付け係に顔を向けて言う。
「それで報酬金はどうなるの? 私がこの塔から持って来たのはこの剣とあの女の子だけなんだけど……」
センリは荊薙を持ち、エンジェを見る。
「それでは両方ともオーナーの方に持って──いいえ、連れて行きましょうか? あくまで依頼内容は荊の塔の攻略ですけど一応」
「私は構わないよ。とりあえず魔物退治の報酬金は直接、荊の塔攻略は銀行に振り込んでおいてくれない?」
「はい。了解しました」
立ち止まってセンリ達の会話を聞いていたエンジェは不機嫌な顔になる。
エンジェはセンリに付いて行ことしていた。
まだ出逢って30分も経っていないがエンジェはセンリをとても気に入ってしまったのだ。むしろ一目惚れと言ってもいいくらい大好きになってしまった。怖いくらいに。
5秒のキスも最後4秒の余韻も唇の切なさもエンジェには残っていた。センリのミルクのようなパールのような白い瞳の目と合った時も心地よく胸が高鳴った。
(一緒にいたいって言えばセンリは一緒にいてくれるのかな?)
エンジェはセンリに駆け寄り抱きついてお腹に顔を埋める。
「な、なな何?! エン、エンジェ!」
センリは慌てる。
一瞬にして顔を紅潮させる。急に心臓の鼓動が激しくなる。脳内が錯乱する。
センリとエンジェ。どちらが重症かと言えばセンリの方が重症なのだ。
「センリ様は随分エンジェ様でしたっけ? に懐かれてるんですね」
「どちらというと愛してるの」
「あら? 随分ませたお嬢様ですね」
「よく言われるの。さっきもセンリに言われたしね」
「でしょうね」
「それでね。私、そのなんとかオーナーのところ行かないから!」
エンジェはセンリを見上げる。
目に涙を浮かべ、不安そうに眉を歪めている。
何度も言うがセンリは重症なのだ。
センリ自身は気付いていない──というより否定しているがそれは間違いなくエンジェに対する恋心だった。
だから、意識的に可哀想とは思っている。しかし、それ以上に無意識的にエンジェと離れたくないと思っている。
「わ、わかった。だったら来ればいいよ。どうせ剣だけ差し出せば攻略の証明になるからね! それでいいよね?」
「まあいいんじゃないでしょうか。そもそも何をもって攻略かわからないですし。剣だけで十分でしょう」
「うん。ありがとうね」
「いえいえ! 私感激です!」
センリはエンジェを見下ろす。エンジェは笑みを魅せる。センリは真っ赤な顔を逸らしてしまう。
そんな場面を見ていた受け付け係は言う。
「それでは私はこれで戻りますね。魔物退治の報酬金はギルドの方で用意していますので後で取りに来てください」
「わかった」
受け付け係は荊薙を持って歩いて行き、どこかへ消えた。
センリはエンジェの肩を掴んで引き離す。
「君はどうして私と一緒にいたいの? はっきり言って私なんかよりギルドオーナーの方が良い暮らしできるよ」
「だってそのギルドオーナーって人、私は知らないし……。センリは私が嫌いなの? 私はセンリ大好きだよ」
センリはたじろいだ。
「別に君の事は嫌いじゃないけど……」
「それは好きじゃないって事……?」
「いや、好きだけど……」
「だったらいいじゃん」
「けど私と一緒にいるととても危険なの。もしかしたら死んじゃうかもしれないよ?」
「う~……」
エンジェは暗い表情になる。しばらく静かに考えると、パッと明るい表情になり言葉を紡ぐ。
「じゃあさ! 今はセンリが私を守ってよ! 大きくなったら次は私がセンリを守るから!」
「な、ななな!」
センリは燃え上がりそうになり壊れそうになる。
センリは完全にエンジェの言葉を告白と結びつけてしまった。
センリはエンジェの小さな小さな手を繋いだ。
「わ、わかった! 私が絶対に君を守ってあげるから! その代わり絶対に私の言う事を聞いてね?」
エンジェの瞳はキラキラ。嬉しさを隠す事もなくセンリの手を強く握り返す。
「ありがとう。私絶対にセンリの言う事聞くよ」
「ならいいよ」
「やった! センリ大好き!」
「わかったから! あんまり大好きって連呼しないで!」
「そうだ。さっきから何回も言ってるのにセンリは私の名前を呼ばないから今から私の事を君って言うの禁止ね」
「うっ。わかったよエンジェ」
「ありがとうセンリ」
センリは赤くなり困った顔を、エンジェは満面の笑みを浮かべた顔を見合わせて並んで歩き出す。
こうして白髪白目の女剣士、紫と黒の目を持つ幼い元お姫様の旅が始まった。
この先、彼女達には幾多の試練が待ち受ける。
これは後に『剣神』と呼ばれる女と『ローズクイーン』と呼ばれる少女。そんな2人の恋物語。
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988年後のお姫様
センリはロズモンドのギルドで魔物退治の報酬金をもらうと、早速エンジェを服屋へ連れて行った。
なぜならエンジェがかつていた988年前と違いドレスはあまり着用しない。今の時代はパーティーや上流の舞台を見に行く時などの正装が主だ。王族や皇族などはよく着用しているが、今や貴族ですら着用しない。
エンジェはかつての大国パールミリオの王族ではあるが、今の時代では滅んだ国の元お姫様で普通の人。
「どう?」
「なかなか良いんじゃない? 似合ってる。か、可愛いよエンジェ」
「ありがとうセンリ」
今のエンジェはふわふわドレスからワンピースにドレスアップしていた。
薄いピンク色のワンピース。腰に結んでいる黒いリボンが印象的だ。
そこにエンジェの極上の笑みとくればセンリはただ悩殺されるだけだ。
「それにしてもこの時代の服は軽くて動き易いね」
エンジェはその場でくるり。スカートがひらひら。
センリは胸がキュンキュンするだけだった。
(なんで私はこんな年端もいかない女の子に興奮してるの? さっきだってただワンピースを着せてただけなのに裸に──背中に興奮して……。相手はお子様なうえに女の子だよ? これじゃただの変態だよ)
極短い期間でセンリはドキドキしては自己嫌悪、ドキドキしては自己嫌悪。その繰り返しだった。
「どうしたのセンリ?」
「いや、ただ自分があまりにも屑だと思ってただけ……」
疑問そうな顔のエンジェに暗い顔でセンリは答えた。
「センリは屑じゃないよ! 私を助けてくれたじゃん!」
「そうだけどそうじゃないの」
センリは大人びているが純粋な瞳のエンジェにただ罪悪感が湧いていた。自分の不純な心を悟られそうで怖かった。
「そうじゃないって何?」
「大人になるとね……。色々あるの……」
「色々って?」
「大人になればわかるよ」
「教えてよ」
「大人になったらわかるよ」
「なんで?」
「大人にならないとわからない事もあるんだよ」
「ふ~ん」
エンジェはセンリが答えてくれないと悟り追及を諦めた。
「じゃあ大人になったら聞くね?」
「……大人になったらね」
だからエンジェはセンリと約束する。
大人にならないとわからない事を大人になったら教えてもらう約束を……。
「じゃあ何着かエンジェの服も買ったし、次は私の剣を買いに行くよ」
センリとエンジェは服屋から出る。
センリは服の入った袋とドレスの入った袋を持って歩き、エンジェはそれに並ぶ形だ。
「センリの鞘って剣が入ってないよね」
「入ってないわけじゃないの。ちょっと持ってて……。そして離れてて」
「うん」
エンジェがセンリから服の入った袋を受け取ると、センリは鞘の口に手を近づける。そして、剣を4本取り出して自身を囲うように地面に向けて投げた。
「え? い、今の何?」
エンジェの目にはセンリが鞘に手を近づけてから地面に剣が刺さるモーションが見えていなかった。
正に一瞬の出来事。
エンジェに見えないのも当然だ。
今のはセンリの割りと本気の投剣だ。センリの本気の投剣──特に投げるモーションはギルド内でも見えるメンバーはほとんどいない。ランクSの格闘家の動体視力でも微妙に見える程度なのだ。これは決してギルドのランクSのメンバーが弱いわけではない。
つまり常人のエンジェに見えるはずもないのだ。
仮に速いものを見る眼を持っているならば話は別だが……。
「今のは千流四葉。片手で剣を4本持って投げる技ね。さらにもう片手で4本持って投げる技を八重ね」
センリは地面に刺した剣を鞘に収める。
「私の剣術は数多の剣を投げて戦うの。完全に我流だけどね。普通の剣術も使えるけど私の場合は投げた方が強いからね」
「ふ~ん」
「しかも荊の塔で1300以上も剣投げたからね。まだたくさん剣はあるけど一応買っとかないとね。はぁ……あんな大技使わなきゃ良かったわ」
センリの大技──おそらく世界中でセンリしか使えない専用大技『千羽の星』。
確かに強力だが1000本という剣の多さは出費的にセンリはあまり使いたくない。
兎にも角にもセンリは町のすべての武器屋と剣屋を巡り剣を買えるだけ買った。
最終的に魔物退治の報酬金の5分の3が剣の出費に消えた。
センリとエンジェは買い物を終えると夕飯を食べるためにそこそこのレストランに入った。
「この時代のごはんはおいしいね! お城にいた時でもこんなおいしいごはんは出なかったよ」
「そう」
(やっぱり昔の食べ物は今ほどおいしくないのね)
エンジェはサンドイッチのセット。センリもエンジェと同じものだ。
「そういえばエンジェは何歳なの? 5歳?」
「え~とね……993歳!」
「はぁ?!」
「だって私が閉じ込められたのが5歳でしょ? それから988年経ってるから5+988で993だよ! センリは何歳なの?」
「16だけど……」
「私の方が断然年上ね。じゃあさっきの大人になったら教えてくれるって言うの教えてよ?」
「だ、だからそれは無理!」
「なんで?! 私は993歳! 立派な大人よ?!」
「と、とにかく駄目なものは駄目! 今からエンジェは5歳ね!」
「なんでよ?」
「私の言う事聞くって言ったでしょ? それに993なんて大人どころかおばあちゃんだよ?」
「うっ……。おばあちゃんは嫌だなぁ」
「5歳でいいよね?」
「……うん」
エンジェはしぶしぶ頷いた。
確かにエンジェの年齢だけみれば993歳である。
しかし、身も心も思考も知識も運動神経も一般的な5歳児相当である。確かに大人びてはいるというかませているが……。その辺はご愛嬌だろう。
「それでセンリ、次はどこ行くの?」
「どこって言うか隣り町かな。歩いても半日かからない」
「歩けるかな~?」
「いざとなったらおんぶするよ」
「う~」
(おんぶは嬉しいけどそれじゃ子供みたい。恋人みたいに手を繋ぎたいよ)
エンジェは嬉しさ半分、不満半分という心情だった。
「センリさん宛てに郵便です!」
エンジェはどこからか聞こえる声にビックリした。
するとセンリは上から落ちて来る手紙をキャッチした。
「確かにお届けしました!」
「ありがとう」
センリは上空にいる翼を持つ鳥みたいな人間──鳥人の郵便屋さんにお礼をすると手紙を開封する。
エンジェは飛び去った郵便屋さんを見送っている。そしてセンリに向き直る。
「今の何?」
「郵便屋さん。郵便屋さんと言っても今の郵便屋さんは私みたい旅とかでぶらぶらしている専門のだけどね」
センリは手紙を読み始めた。
『敬愛なるセンリへ
お久しぶりですわ。元気にしていますか?
私は元気ですわ。ところで荊の塔を攻略なされたんですわよね? おめでとうございます。
ここからが本題です。私は今とあるランクAの依頼を受けていますの。盗賊に盗まれた物を取り返す仕事なのですが相手に私と同じS級精霊魔導師がいたましたの。恥ずかしながら返り討ちに遭ってしまいました。それで助けてほしいのです。場所は王都の『ブルーブルー』です。
よろしければ力を借してください。お願いします。
チェルノフレイより』
センリは手紙を読み終えると時計を見る。
(時間は……まだ間に合うね)
「エンジェ……行き先変更。今からブルーブルーに行くよ」
「え? なんで?」
「知り合いがピンチらしい。今から助けに行くの」
「うん! いいよ」
「ありがとう。本当は今日はもう宿を取って泊まるつもりだったけど、今日中に乗らないと2日でブルーブルーに着けないからね」
「乗るって何に?」
エンジェは荷物をまとめているセンリに質問をする。
「車ね」
センリは有無をエンジェに言わさず、エンジェを抱えた。
カウンターに代金を支払い、今日の最終便の車のある場所まで走った。
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蛇の国のブルーブルー
センリとエンジェはロズモンドを発つと馬が引っ張る車に乗って『テンスター』という荊の国最大の都市に行き、そこから汽車に乗り隣国の『蛇の国』の都市ブルーブルーに向かった。
やがてブルーブルーに到着する。
駅周辺はたくさんの人と店で賑わいを見せている。
大きな建造物がたくさんそびえ立っている都市。それがブルーブルー。
はぐれないように2人は手を繋いで駅を出る。
エンジェは大きな建物に圧倒される。
「すごーい! 大きな建物がいっぱい! ここがブルーブルー?」
「うん。私も初めてじゃないけどここに来る度に圧倒されるよ。エンジェ、ここはある大きな教会を中心にして発展してるの」
「大きな教会?」
「うん。今はもういないみたいだけどブルーブルー教って宗教徒が使ってたとか、神の子が生まれた地とか、私はあまり詳しくないの。ごめんね」
「ううん。ありがと」
センリとエンジェは知る由もないが、このブルーブルー教の神の子とは悪の魔導師が予想し、善の魔導師が選んだ荊の塔を攻略するかもしれなかった700年目にして7人目の事だった。
その者は最上階のちょうど半分で命を落とした。なぜなら彼にはその教えによって生き物を殺す事ができなかったから……。
運命とはいえ神の子が予定外の死を迎えた事によりブルーブルー教は衰退する事になった。
「それでセンリ、私達はここで何するの?」
「つまらない話だよ?」
「じゃあいいや」
エンジェは目に映ったものをセンリに何か質問する。センリはそれに答える。
しばらくの間は駅前から動かずにその繰り返しだった。
センリも最初に会った時のようなドキドキはなくなったけれど、グラスに入れる水のように嬉しさが溢れて自然に笑みが零れてしまう。
流石にエンジェもあまりにも駅前から動かないので口に出す。
「なんでここから動かないの?」
「いや、いつものあの子なら乗り物の向かえを勝手に寄越すんだけど……。今日は来ないのね。ギルドまで遠くないし、仕方ないから歩いて行く?」
「うん!」
エンジェはセンリの手を強く握る。
センリは仕方ないと思いつつエンジェの手を軽く握り、エンジェに合わせて歩き出す。
「センリの手って大きいね。温かいね。私センリの手大好き……」
「あう……!」
エンジェの不意打ち。
センリは紅くなった顔をエンジェに見えないように逸らした。
右手はエンジェの手、左手には荷物で塞がっていてセンリは顔を隠せない。
「どうしたの?」
「なんでもない! そうだ! 何かお菓子食べる? ここはスイートサンドがおいしいの!」
「食べる!」
センリは話題を逸らし、近くの屋台でスイートサンドを買った。
スイートサンドとは2つの小さいホットケーキにアイスやチョコレートや餡を挟むお菓子だ。
それをエンジェに渡す。
センリも食べたかったが両手が塞がっているため諦めた。
2人は再び歩き出す。
「おいしー! こんなおいしいの988年前にはなかったよ!」
「そう。それは良かったね」
センリはエンジェを見て、羨ましいなと思いながらも、可愛いなとも思っていた。
エンジェはセンリを見上げる。
「センリは食べないの?」
「いや、私は大丈夫だよ」
「嘘。これをチラチラ見てるじゃない」
「うっ……。確かにほしいけどさ」
「じゃあ一口あげるよ。ア~ンして」
「え?」
エンジェはスイートサンドをセンリに向けて差し出す。
「だからア~ンして。私の食べていいよ? おいしいよ?」
エンジェの純粋で甘い目、無意識な小悪魔な笑みはあげる側なのにむしろねだるようにセンリを見上げる。
(え? いいの? これ間接キスじゃないの? 他人の大人と子供の間接キスは犯罪じゃないの?)
「いらないの? センリ」
エンジェの悲しみにを含んだ瞳に魅入られてセンリはスイートサンドを口に含む。
甘い。あまくて甘い。口の中で甘さが広がり、エンジェを嫌でも意識して感じてしまう。自分が自分でなくなりそうになる。口内から喉にそれが通るところまで意識してしまう。それはまるで優しく蹂躙されているような……撫で回されているような……。
(なんでこれが犯罪じゃないの?! 間接キスはキスなんだから犯罪よね。あれ? 私、犯罪者?)
もはやセンリは思考錯乱している。
(なんで相手は子供なのにここまで意識しなきゃいけないの?)
とは思っていてもセンリをここまで意識させるのはあくまでもエンジェだけであり、他の子供には意識は向けない。それどころかセンリがエンジェにだけここまで意識を向けているのは恋心故なのだが……。
「センリ口大きいね」
「そ、そう?」
「うん」
パクッ。
エンジェは小さな口でスイートサンドを食べる。センリが噛じったところを。
(センリと間接チューだ……。おいしい……)
エンジェの幼いながらの恋愛感情はセンリと恋人らしい事をして嬉しい気持ちだ。証拠に顔が赤い。
突然だが駅からギルドまでは徒歩で15分かからない。途中屋台や服屋に寄ったり、センリがエンジェを意識してどぎまぎしたりといった感じでノロノロ歩いていたため結局到着まで1時間かかることになる。
センリとエンジェは手を繋いでギルドの建物の前にいた。
「ロズモンドのギルドより大きいね」
「一応ギルドでは3番目に大きいからね」
屈強な男、銃を携えた女、金棒を持った虎の獣人、ウサ耳の少年、鎧を装備した狼男。
色々な者達が出入りする大きな扉をセンリとエンジェは見ている。
エンジェは興奮気味に言う。
「これみんなギルドの人なの?!」
エンジェはセンリから手を離しトテトテと走る。センリは握っていた右手を名残惜しむ。
「ちょっとエンジェ?」
エンジェは金棒を持った虎の獣人に近づいて虎の獣人の足の毛を触り出す。
「ふわふわで気持ちいい」
エンジェと虎の獣人の体格差は軽く5倍。まるでぬいぐるみと人間の赤ちゃんである。
もっともその例えを使うにしては可愛い過ぎるぬいぐるみとゴツ過ぎる赤ちゃんだけれど。
「なんだ嬢ちゃん? オレに何か用か?」
虎の獣人はエンジェを睨み付ける。
しかしエンジェは動じない。むしろ見つめ返している。
「エンジェ、何やってるの。こっち来て」
「ゲッ! 串刺し姫!」
虎の獣人はセンリを見て、たじろぐ。
「人見てその態度はヒドいじゃない。ウッド」
センリは言いながらウッドと呼んだ虎の獣人からエンジェを引き離す。
「すまねぇ」
見た目とは裏腹に小心者な虎の獣人はウッド・マスクという名前だ。ギルドに所蔵していてランクはA。センリとは割と親しいギルドメンバーの1人だ。
センリはエンジェと手を繋ぎ、ウッドとともにギルド館内を歩く。
ギルド館内には怪我をしたギルドメンバーがたくさんいた。
センリはウッドと話しをする。
「旅してるお前がなんでギルドに来てんだ? いつもは上が呼び出しても碌に来ないのに」
「上の人達には呼び出されてないけど、チェルには呼び出されたの」
「束縛天使にか? お前……ここ最近のギルド内のお前自身の状況知らねぇだろ?」
「何それ? 私が荊の塔を攻略したから表彰の準備でも進めてるの?」
「それもあるだろう。だが今はそれ以上の自体だ」
「勿体ぶらないでよ」
「ああすまん。どうやら上の奴らはランクSSを作ってお前をそれに格上げしようと考えてるようだ」
「有り難迷惑だね」
「上の奴らはお前を気に入ってるからな。そもそも1年前くらいからお前をランクSSにしようとしてたんだよ。それで今回お前が荊の塔を攻略した事が決定打になったわけだ」
「興味ないかな。お金くれる方が余程有り難いわ」
「お前って奴は……」
センリがウッドと会話をしている一方。
エンジェはつまらなそうに下を向いている。
自分は会話から省られているうえにセンリが構ってくれていない。
エンジェなりに大人の対応でセンリを静観しているのだが、反面子供が故に好きな人にそんな自分を見て欲しい。
エンジェのウッドへの評価はこの短時間で毛が気持ちいい人から邪魔者という転落ぶりだ。
エンジェはセンリの手を強く握る。
センリも握り返す。
「ところでよ。その嬢ちゃんは──」
「来てくれましたのね。センリ」
ウッドの言葉を遮った声を聞き、3人は声の方向を向く。
そこには痛々しくも顔にガーゼを当てている少女かいた。
金髪碧眼、幼いながらも将来性の伺える整った顔立ち。白いゴスロリの服を来ている。
少女の名前はチェルノフレイ。ギルドランクSで異名は束縛天使。年齢はセンリの2つ下。
チェルノフレイは椅子に座り優雅に紅茶を飲んでいる。
センリはチェルノフレイを見て言う。
「こんにちはチェル。これはまたこっぴどくやられたのね」
「お恥ずかしい限りですわ。ん……?」
チェルノフレイはセンリと手を繋いでいるエンジェに目を向ける。
エンジェもチェルノフレイの視線に気付いて見つめ返す。
「もしかしてセンリの子供ですの?」
「違う!」
「えっ。違ったのか?!」
チェルノフレイどころかウッドもエンジェの事をセンリの子供だと思っていた。
エンジェはセンリの腕に抱きついて言う。
「違うもん! 私はセンリの恋人だもん!」
エンジェはチェルノフレイを睨み付けた。
センリはエンジェの言葉で頭がショートする。
「チューだってしたんだから! パパとママ以外とのチューは恋人同士でするんでしょ?」
「センリ……」
「センリ……お前……」
チェルノフレイとウッドは年端もいかない子供に手を出した(と思っている)センリにドン引きである。
当のセンリは幸福ではあるが不運にも惚けている。
「と、とにかくお嬢さん、センリから離れなさい」
チェルノフレイはエンジェをセンリから引き剥がして遠ざける。
「やめてよ! センリ~助けて~!」
「可哀想に……既にセンリによって洗脳済みなのね」
「まさかセンリにこんな性癖があったなんてな」
センリはショートしていた頭が回復し、誤解を解くように言う。
「誤解しないでよ! 確かにエンジェにキスしたわ。だけどそれはエンジェが眠ってたからなの。さすがに起きてたら私だってやらなかったからね」
センリの事実だが誤解を解くのに決定的に何かが足りていない言葉にチェルノフレイとウッドはさらに引く。顔を赤くして嬉しそうに俯いているという事実がさらに拍車をかける。
聞き耳を立てていた周りのギルドメンバーも引いている。
ギルドメンバーはセンリに関して荊の塔攻略よりもむしろ幼女に手を出した(疑惑)という事の方が興味がある。なぜなら、センリなら荊の塔攻略くらい余裕そうと思われているからだ。つまり多少の驚きこそあれど実は大方予想通りなのだ。逆にそんなセンリが幼女に手を出した(疑惑)というスキャンダルはみんなの関心を集めている。
「チェル、いい加減にしないと依頼に協力してあげないわよ」
センリの一言でギルド館内は静まり返った。
「え? 何?」
ギルド館内が歓声に湧く。
センリはあまりの歓声に疑問符を頭に浮かべる。
「センリが協力してくれるなら百人力──いいえ、千人力ですわ」
チェルノフレイは笑みを浮かべる。
「いくらなんでも喜び過ぎじゃない?」
「いいえ。きっと私達の話しを聞いたらこの歓声も納得しますわ。ねえ? ウッドさん」
「ああ」
「とりあえず何があったか話しますわ」
センリとエンジェ、ウッドが席に座るとチェルノフレイは5日前の事を語りだす。
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強盗竜団
それはセンリとエンジェがブルーブルーを訪れる5日前の事。
ブルーブルーの隣りに位置する町。町の名前はワイド。その町でそれは突然始まった。
「ヒャッハー!」
「殺されたくなければどけどけ!」
人型の竜──竜人達が銃火器を武装して町を襲撃し始めた。
結果的に云うと町は壊滅した。
これはその顛末の話である。
「ほら! バンバン。バン!」
「見ろよ宝石だぜ! ダイヤモンドだぜ!」
「銀行からお金を強盗したぜ! 見ろよ。袋がパンパンだぜ!」
10人の竜人は下品な笑い声を上げた。
そんな竜人達の1人を突然、鎖が襲う。
「な、なんだ?!」
竜人の1人が叫びながら鎖が絡みついて拘束される。
すると地面から数多の鎖が出現する。
「ああ! 束縛天使だ!」
竜人は持っている大砲を撃つ。砲弾は鎖の1つに命中。その鎖は千切れて地面に落ちる。
「散開だ! 集まってたら奴の思うツボだ!」
9人の竜人はその場から散る。
1人の竜人に対して2本の鎖が追尾する。
あっという間にさらに6人が捕縛される。
残ったのは3人。大砲を持った竜人、2丁の拳銃を持った竜人、剣を持った竜人。
しかし、3人もただ逃げ回っているわけでもない。
最初に気付いたのは剣を持った竜人だ。
「あそこだ!」
剣を持った竜人はとある家を指差した。
大砲を持った竜人は大砲を示された場所に撃ち込んだ。砲弾が真っ直ぐに示された場所に飛ぶが、鎖がそこを守るように盾となる。
「オラオラ! オラ!」
さらに大砲を撃つ。撃つ。撃つ。
やがて竜人達を追尾していたすべての鎖が砲弾から守るために千切れる。そして家に砲弾が1つ命中すると壁が崩れる。
崩れた壁の向こう側には少女──チェルノフレイがいた。
「あら? ただの雑魚な部下かと思ったら私の居場所を特定するなんてなかなかやりますわね。腐っても竜人という事か……」
「ごちゃごちゃウルセーぞ! やっちまえ!」
「身も心も束縛してあげますわ!」
竜人達が得物の銃火器を撃ち始める。集中砲火だ。
チェルノフレイは自分の身を守るように虚空から鎖を出現させる。
先程よりさらに頑丈な鎖が銃弾をはね返す。
チェルノフレイはさらに竜人達の足元からさらに鎖を出現させる。
「な、なんだ?!」
「捕まった!」
「てめー死ね!」
身を束縛された竜人達は阿鼻叫喚。
「さてさて。これで終わりかしら?」
「馬鹿め! まだ頭領が残ってんだよ!」
「頭領が本気出せばてめーなんか余裕で殺せんだよ!」
「あなた達のような輩の頭領なんてたかが知れてますわ」
その時、激しい閃光と轟音とともに離れた所に雷が落ちた。
「何?!」
「頭領だ! よっしゃ! 束縛天使これでお前は死んだ!」
頭の良い台詞とは言えない事を竜人が言っている間に空からチェルノフレイと対峙するように1人の竜人が地響きとともに着地した。
その竜人はチェルノフレイの3倍は大きく、赤い鱗に両肩には大砲が備え付けられて、誰もが目を奪うような立派で大きい一角を額に付けている。
チェルノフレイはか細い腕を組み言う。
「どちら様ですの?」
「ドラゴンドライサー。強盗竜団の頭領だ」
「頭領ですの? ちょうどいいですわ。これ以上の強盗を無意味ですわ。おとなしく投降してくれればこれ以上の危害は加えませんわ。言っておきますけどこちらにはあなたのお仲間を捕まえている事をお忘れなく」
「何かと思えば……。そんな脅しでこの俺様が投降するわけないだろう」
ドラゴンドライサーがそう言うと周りに電気が走る。
「鎖使い。悪いが俺様は兎は2兎も3兎ほしい派でな。つまり金品も奪って仲間も奪い返す」
ドラゴンドライサーの角が輝きを放つ。周りの電気がドラゴンドライサーの角に集まる。するとドラゴンドライサーの鱗が緑色に変色し、手足に黄色い毛が生える。
その様子を見て信じられないといった様子でチェルノフレイは言う。
「ま、まさか……」
「悪いが鎖使い……いや束縛天使。俺様もお前と同じ精霊使いなんだよ」
(竜人が精霊使い? しかも感じる限り私と同じく頂点精霊!)
精霊使いというのは精霊に愛される者達の事である。また精霊にも階級があり下から底辺、下位、中位、高位、頂点と分かれる。
通常竜人の人間の魔力量より少ない。例え頂点精霊に愛されても下位魔法を使っただけで魔力が空になる。
「雷の頂点精霊ですの?」
「ああ、雷と麒麟を司る頂点精霊だ。お前は鎖と大蛇を司る頂点精霊か。奇しくも頂点精霊使いが2人揃った訳だ。ここはどちらがより頂点に近いか戦おうじゃねーか」
「頂点を決める戦いに興味はありませんわ。ですが手加減できる程甘い相手ではないのもまた事実。私も本気で行きますわ!」
ドラゴンドライサーはニヤリと笑い、手の平をチェルノフレイに向けるとバチバチと電気を放出する。チェルノフレイは目の前の地面から鎖を出現させて向かって来る電気を阻む。そして電気を帯びた鎖をそのままドラゴンドライサーに向けて攻撃する。しかし、ドラゴンドライサーはその鎖を掴み引きちぎった。
「この俺様に雷は通じないぞ」
「そのようですわね!」
ドラゴンドライサーの足元から鎖が出現する。鎖はそのまま巻き付く。
「ほお。俺様を直接拘束するか。だが……」
ドラゴンドライサーは腕を広げて無理矢理鎖を引きちぎる。
「俺様が竜人だと忘れるなよ」
「くっ!」
「次は俺様のターンだ!」
ドラゴンドライサーは大きく口を開けると、電気の束というべきか電気の光線を発射した。チェルノフレイは鎖を盾に防ごうとするがその電気の束は水のように鎖と鎖の隙間を通り止まる事はなかった。仕方なくチェルノフレイは空中から鎖を出現させて自身の身体に巻き付け、空中へ引っ張って跳んだ。しかし、不幸にも回避への判断が一歩遅かたためか片足が電気の束に一瞬だけ巻き込まれてしまった。
「あっ、があぁぁぁ!!!!」
チェルノフレイは叫び声を上げながらも片足は電気の束から脱出した。
「えぐっ、えぐっ、うぇ~」
チェルノフレイは鎖にぶら下がったまま痛みに涙を流す。
「戦闘中に相手から目を背ける奴があるか」
ドラゴンドライサーは両手の平と両肩の大砲をチェルノフレイに向け、口を開けてマシンガンのように電気の玉を発射した。チェルノフレイは意識をドラゴンドライサーに向けて、空中で無数の鎖を出現させて電気の玉を防ぐ。ドラゴンドライサーは口から先程と同じ電気の束を発射する。
チェルノフレイは先程とは違いこの電気の束を回避するだろう。しかし、ドラゴンドライサーはその可能性を潰すために連射性の高いの攻撃をし、チェルノフレイ自身の鎖で視界を奪ったのだ。回避させないために。
案の定、チェルノフレイは自ら視界を奪ってしまった鎖に電気の束が流れ込んでから事態に気付いた。しかし、チェルノフレイも先程と状況が違う。既に鎖は身体に巻き付いている。つまり先程より回避までの時間が早かったため、今回は回避した。
(防戦一方じゃ殺られますわ! 仕方ありませんわ。必殺技を使いますわ!)
「受けてみなさい! 蛇纏呪縛!」
チェルノフレイが自身最大の技を出そうとした時だった。チェルノフレイが後ろから衝撃を受けると腹部から血が流れた。
「ぐっ! 何?!」
しかし、謎の攻撃はまだ続く。次は肩に情熱が走り血が流れる。
「ヤバいですわ!」
チェルノフレイは鎖に引っ張られて空中を移動する。移動した瞬間、攻撃が太ももに当たる。
チェルノフレイには見えないがそれは弾丸、攻撃の正体はチェルノフレイには見えない遠い位置にいる強盗竜団の1人が撃った狙撃銃。
しかし、チェルノフレイは運動能力には秀でていない。精霊魔法を使う以外は普通の少女だ。だから速く動く銃弾など見えなかった。
チェルノフレイは後ろに顔を向ける。
確かに正体こそ見えなかったが、正体はわかった。
(狙撃銃ですわね! マズいですわ。前方に雷使い、後方に狙撃手。最悪ですわ)
「だから、戦っている時に相手から目を背けるななと言っているだろう!」
「え?」
チェルノフレイは前方に顔を戻す。
ドラゴンドライサーが電気を纏った角を向けてチェルノフレイに突進して来ていた。
チェルノフレイは鎖を出現させてドラゴンドライサーを拘束しようとする。しかし、再び後ろから弾丸が腹部から貫通した。
「がっ!」
チェルノフレイは意識が途切れてしまう。同時に鎖が力を失い落ち始める。しかし、ドラゴンドライサーは止まらない。無情にも角はチェルノフレイを貫いた。
ドラゴンドライサーは地面に降り立ち呟く。
「ギルドってのも大した事ないな。ランクSでこの程度かよ。悪く思うなよ。精霊魔法使い同士の中で誰が最強かなんて俺様は興味ない。俺様が興味あるのは金だけだ」
ドラゴンドライサーが頭を振るとチェルノフレイは角から離れ飛んで行き家の壁にぶつかり、その家が崩れた。
ドラゴンドライサーは狙撃手のいる方向を向き親指を立てて言う。
「ナイススナイプ」
その後、強盗竜団はこの町から根こそぎ金品と食料を奪い去って行った。
町の騎士団は全員死亡。投入されたギルドメンバーも9割が死亡した。幸運にもチェルノフレイは死にかけたが一命を取り止めた。
しかし、強盗竜団は誰1人として捕まらなかった。
強盗竜団が襲撃した10つ目の町の出来事だった。
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観光ブルーブルー教会
センリは胸の高鳴りを覚えた。
(あのアルラウネといい、強盗竜団の頭領といい最近戦い慨のあるのが多いわ)
センリは内心笑みを浮かべる。
しかし施設内はチェルノフレイの話しを聞いて空気が重くなっていた。それは幼いエンジェですらわかるくらいだった。エンジェは泣きそうになるのをこらえる。
センリはエンジェの様子を察知した。
「エンジェ、観光に行こうか? さっき言ってた教会へ行こう」
「え?」
センリはエンジェの手を優しく引く。
エンジェが見たセンリの顔はここにいる誰よりも穏やかな顔をしていた。しかし、その穏やかさは内の何かを隠しているようにエンジェは見えた。
センリとエンジェがギルドを出て行こうとした時にチェルノフレイが声をかける。
「センリ、予定では明日強盗竜団が攻めて来ますわ」
「わかってる。みんなの敵討ちは私がしてあげるから安心して」
「何か準備するものは?」
「できるだけ町の人達を避難させとけばいいんじゃない。他は任せるよ」
センリとエンジェはギルドを出た。
センリとエンジェは昼ご飯を食べると都市──大陸で1番大きいとされる教会、ブルーブルー教会に向かった。
2人はブルーブルー教会の入口を見て圧倒された。2人の想像以上にブルーブルー教会は大きかった。
「うわ~! 大きい~!」
「遠目からはちょくちょく見てたけど想像以上に大きいね」
確かに荊の塔に及ぶくらい高いわけではないが、高い建造物の多いこの都市の中でも群を抜いて高い。それにとてもつもなく広かった。広さという意味では荊の塔でも及ばないくらい広いだろう。
これがブルーブルー教会を間近で見たセンリの大まかな感想だった。
「センリ、入ろ?」
「うん。そうだね」
センリはエンジェに手を引かれる形で教会の中に入って行った。
2人は扉を開けて中に入った瞬間、眩しさに目を細める。
規則的に並んだ無数の窓から太陽光が射し込んでいる所為か部屋の中は非常に眩しかった。
「眩しいね」
「かなり眩しいわ」
センリは道中で買ったガイドブックを開いて読む。
「えっと……。ブルーブルー教会、蛇の国で最も大きい教会である。ブルーブルー教の預言者ハート・ブルーブルーが建造したもの。施設内は朝も夜も関係なく常に光で満たされてるらしいわ」
「へぇー」
センリは施設内を見渡す。
長く赤いカーペットが奥まで敷かれ、両側には長いイスが並べられ、カーペットの先にはブルーブルー教のシンボルとされる置物と祭壇がある。外観からも想像できる通り天井が高く、内装は煌びやかであり天井や壁には絵画やステンドグラスにシャンデリア、柱や梁には幾何学的紋様が彫られ描かれとされていて、その様は教会というより聖堂に近い。
エンジェはセンリの手を引き、ブルーブルー教のシンボルの置物を指差して言う。
「ねえねえセンリ! あの変なやつの所まで行こうよ!」
「変なやつ……。まあ、別にブルーブルー教徒じゃないからいいか。私もあの変なの知らないし」
現在では合法的に動いているブルーブルー教徒はいない。そのためか、エンジェとセンリの今の話しを聞いてもクスリと笑う者がいても怒る者はいない。そもそも誰1人としてハート・ブルーブルーを偉大だと思っていないからだ。
2人は祭壇の所まで歩いて行く。
先にも示した通りこの教会は広い。
2人はブルーブルー教会に来るまでかなりの距離を歩いている。元々の強靭な体力の為かセンリはほとんど疲れていないが、エンジェの体力は普通の5歳児相当なため結構疲れていた。
だからエンジェが駄々をコネるのも仕方ないといえる。
「センリ、疲れたよ」
「じゃあ、おんぶしてあげるよ」
センリはエンジェの前で屈みおんぶしてあげると促す。
エンジェはセンリにおんぶされる誘惑に駆られるが、エンジェの大人の部分とも言うべきプライドが微かに否定する。
(子供っぽく見られるのはイヤ! だけど……)
エンジェはおとなしくセンリにおんぶされる事にした。
「じゃ、じゃあ行くよ?」
「うん」
センリがエンジェをおんぶするのは2度目である。しかし、1度目以上に余裕がない。精神的に。
一方エンジェは悔しさを感じながらも、センリの背中に心地よさを感じていた。そして1度目にはやらなかった事をやる。
「ひゃっ! な、何? エンジェ」
「センリの髪て白くてふわふわしてて可愛いね」
エンジェはセンリの白い髪を指で巻きながら言葉を紡いだ。
「や、やめてよ……エンジェ……恥ずかしいから。きゃ!」
センリは床に足が引っかかり転ぶ。センリは転ぶ直前にエンジェを真上に投げる。
「うぅ……」
(カッコ悪い……)
一方、エンジェは普通ではありえないくらい高い視点から教会内を見渡した。
「うわぁ……」
(綺麗……)
エンジェは落ちるスリルを味わいつつ煌びやかな絶景を目に焼き付ける。
そしてこの時、エンジェは妙な違和感を覚えた。しかし、この時本人も何がこの違和感の正体かわからない。この正体がわかるのはまだまだ先の話しである。
センリは起き上がると落ちるエンジェを抱き止めた。
「大丈夫?」
「アハハハハ! 面白いね! もう一回やってよ? センリ」
「ダメ」
「え~! なんで?」
「危ないから」
「大丈夫だよ。センリだったら危なくないよ」
「ダメ」
「え~」
「言う事聞かないとおんぶしないよ」
「え~」
「わかった?」
「……うん」
センリは抱っこしながらイスに近づきエンジェを座らせた。センリもすぐ隣りに座る。
「ちょっと休憩ね」
「うん」
エンジェは頷いた。
先程の態度は子供っぽかった。
年相応のどこにでもある幼稚的なワガママだけれども大人っぽく振る舞おうとするエンジェにとってそれは致命的だった。
エンジェにとってその心は自分でどのように表現していいのかわかっていないが、それをあえて言葉にするなら『対等な関係になりたい』というものだろう。
ともかく2人は曰わく奥にある変なやつを眺めながら話しをする。
「センリはどうして私をあの塔から助けたの?」
「……さあね。たまたまだよ」
「ふ~ん。私に惚れたの?」
「な、なな! 惚れてない! 確かに君の事は好きだけど!」
「君って呼んじゃダメ! エンジェって呼ぶ約束でしょ?」
「ごめんエンジェ」
「許してあげる」
「それは良かった」
「センリは綺麗で可愛いね」
「ど、どうしたのエンジェ? 突然何?」
「センリ、顔赤いよ」
「悪い! 普通おばさんとかでしょ?!」
「好きな人をおばさんなんて言うわけないでしょ!」
「でもエンジェの方が可愛いよ!」
「ありがとうセンリ」
(センリは可愛いな)
エンジェにとってセンリは恩人であり憧れの人であり思い人である。
(こんなに可愛い人……好きにならない方がおかしいよ)
「センリはギルドの任務受けるんでしょ? 危なくないの?」
「危ない?」
「だって敵は町1つを滅亡させた人達でしょ? 強い人もいるみたいだしセンリ死んじゃったらどうするの? センリが死ぬの嫌だよ」
エンジェはセンリに悲しそうな表情を向ける。今にも泣きそうだったりする。
それも当然。エンジェはセンリの強さの片鱗を目の当たりにこそしたが強さの全貌を見ていない。
しかし、当のセンリは自分が死ぬなどと一片たりとも心の片隅にも思っていない。むしろ、どうやって早く任務を終わらせるか、強盗竜団の頭領がどのくらい持ちこたえられるかという事で頭がいっぱいだった。
「ありがとうエンジェ。でも大丈夫よ。私は強いからね。ううん。むしろ強過ぎるくらいなんだから!」
センリは安心させるようにドキドキとエンジェの黒くて長い髪を撫で下ろす。
確かにセンリは強い。少なくともおよそ1000年間、誰も攻略できなかった世界最高の塔──荊の塔を攻略するほどには強い。しかし、強者の傲慢とでも言うべきか今のセンリには自分の負けを想像しないしできない。
なぜならこの4年間、センリは本気を出さなくてもどんな強者にも負けなかったし、どんな数でも返り討ちにしていた。そういう意味ではセンリの本気を引き出した荊の塔のアルラウネ──キリーはかなりの強さを誇っていたと言える。
「エンジェ、明日は私の言う事を聞いてね?」
エンジェは余裕に1滴の心配を零したようなセンリの顔を見上げ、体をすり寄せてセンリにもたれる。
「うん」
「私が絶対に守るからね」
(センリ……大丈夫でいてね)
(私は負けない。負けるわけにはいかない。エンジェのためにも……)
翌日。
この都市で大虐殺が起こる。
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傍若無人
センリとエンジェは都市の出入り口の1つでイスに座りお菓子を食べながら本を読んでいた。
正確にはセンリがエンジェに読み聞かせをしていた。
そしてセンリとエンジェの他にもう1人。
「センリ様! そんな暢気にしていていいんですかー!」
手の平サイズでサイドテールの可愛い妖精は見た目通り幼児特有の高く舌っ足らずな声でセンリの耳元を飛び回りながら大声で言った。
妖精の名前はリングベリー。伝心の妖精である。戦闘能力は皆無である。
「リン、耳元でキーキー五月蝿いわ。蚊より五月蝿いわ」
「蚊ってどういう事ですかー! センリ様は危機感が足りな過ぎます! 強盗竜団の頭領は一応ギルドランクS級の強さですよ?!」
「私はSSだけど」
「うぅ~。あ~言えばこう言う!」
「ねぇねぇ! リンも一緒に本読もうよ」
「エンジェ様もです! 大体何でエンジェ様がここにいるんですか?!」
「私の側にいるのが1番安全だからね。強盗竜団とやらはギルドでも10指に入る強さのチェルを殺しかけたんだ。とてもじゃないけれどそれより弱い人達にエンジェを任せられないわ。その点私なら例え強盗竜団と頭領含めて全員を同時に相手して、さらにエンジェを完全に守りながらでも頭領含めて全員殺す事ができる。それどころか頭領含めて強盗竜団は私に攻撃を当てる事も絶対不変に不可能ね。もしかしたら最初から私を殺す事だけに全力を注げば頭領含めて全員の命と引き換えに私の服を掠る事くらいはできるかも?」
リンはセンリの言葉に詰まった。あまりに説得力のある言葉だったからだ。
リンはかつてセンリと仕事をした事がある。
とある秘密結社を壊滅させる仕事だ。リンは今思い出しても奇妙な仕事だと思っている。家族を殺された少女が自分を報酬に組織を根絶やしにするギルドランクSの仕事。その秘密結社はS級の強さを持つ者達──純血の吸血鬼、地獄の妖精、疾風の銃士……etc.すべて1人で全員殺した。それどころか勝負にすらなってなかった。リンは特にセンリが吸血鬼、銃士と戦った時の事は鮮明に思い出す。センリが最強の種族と呼ばれる吸血鬼を易々と血祭りに上げ、ゼロ距離の銃を余裕で避けた時はリンは呆れを通り越して相手側を同情してしまった。結局、その秘密結社は壊滅し裏社会のバランスは崩れてしまった。ちなみに件の少女は現在センリが所有している屋敷でメイドの仕事をしている。一応報酬として貰い受けた形だ。
そんな最近の昔話は置いといて。
リンはセンリの強さを間近で見ている以上、センリの強さに関して言えば文句も反論もできない。
「相変わらずセンリ様は傲慢ですね」
「そうね。だけど事実なの」
「だけど油断はしないでくださいね」
「それもそうだね。油断しても手加減しても絶対に勝てるだろうけど……。じゃあ賭する? 私が負けたら死んだらリンに私が持ってる全財産を上げる」
「…………」
センリは生意気な笑みを浮かべる。
自分が負けるなんて思ってない。正に高慢である。強者の高慢。それはあまりにも弱者を見下す発言である。それはある種、敵はもちろん味方さえも蔑ろにする発言であった。
それに先のセンリの発言ほど下らない賭もないだろう。一体誰が絶対負けるとわかっている方に賭けるだろうか? 仮にリンでなくてもギルドメンバーは誰もこの賭に乗らない。センリが勝つとわかってるし、それ以上にセンリが負けるイメージができない。言い変えれば自分が負けるイメージしかできない。
「本当にセンリ勝てるの?」
リンはエンジェに目を向ける。
おそらく今回の仕事に関わっている中で唯一センリの強さに触れていない少女。
「だ、大丈夫よエンジェ! 昨日も言ったでしょ。私は強いのよ!」
センリは顔を赤くしてエンジェに答えた。
リンは急なセンリの態度の温度変化に驚いた。
自分の強さについてどこか機械的で高慢に語っていたセンリの表情、言動が急に人間味を帯びる媚びた感じになる。
先程は面白く脅すような、しかし今はカッコつけるようだった。
しばらくリンはエンジェにデレデレなセンリを見る。
するとセンリは突然顔付きを変え出入り口を見る。そして立ち上がり右手に剣を1本持ち左手でエンジェの手を取り立たせ、抱き寄せる。
「来たわ。エンジェ、リン。私から絶対離れないでね」
リンはセンリの肩に掴まる。
出入り口から銃火器を武装した竜人が侵入して来る。
同時にリンは他の伝心の妖精と伝心した。
「センリ様! チェル様からです!」
伝心の妖精は言うなれば電話や無線機のような役割ができる。
「何かしら?」
『こちらの出入り口から強盗竜団が侵入して来ましたわ! そちらはどうですの?』
「こっちも。どうやら多方向から同時に侵入する作戦のようね」
『私の方は頭領来てませんわ。センリの方は?』
「それらしいのはいないわ。そっちの方援護する?」
『いえ、頭領がいないなら大丈夫ですわ。ところでセンリの方も襲撃受けてるんじゃありませんの?』
「ええ。だけど……もう終わったわ」
センリが伝心している間に、センリが待機していた出入り口から侵入を試みた強盗竜団のメンバーは全滅していた。
剣を貫かれ、壁や地面に張り付けにされている者までいる。
エンジェは呆然として、リンは呆れ果てている。センリはエンジェを抱き寄せて優雅に佇んでいる。
壁に張り付けに強盗竜団の1人が呟く。
「くっ……! 白毛白瞳、剣の投擲。あなた……串刺し姫センリですか……」
そしてそれは絶命した。
「私の方は大丈夫でしょ。今から私が直接強盗竜団頭領を潰しに行くね」
『……頼みましたわ』
伝心が切れる。
エンジェは言う。
「センリすご~い! あっという間だったね! カッコ良かったよ!」
「た、大したことないわ。これくらい! 荊の塔を上る方がよっぽど大変よ!」
エンジェの素直な賞賛の言葉にセンリは照れてしまう。
とある建造物の屋上。
狙撃銃を構えスコープから、伝心妖精を介してチェルと会話しながら強盗竜団の部隊1つと戦闘した光景を見ていた強盗竜団の狙撃担当のメンバーは激昂する。
「あの化け物が! ありえねー! 束縛天使どころじゃねーぞ! 戦闘特化な種族である俺達竜人をまるで赤子の手を捻るように皆殺しにしやがった! あの白髪の女はヤバい。俺の見立てでは実力は頭領と五分だ。とてもじゃねーが分が悪い。それならば遠距離から気付かれる前に銃殺するまでだ!」
狙撃担当はスコープでセンリの頭に狙いを付けて引き金を引いた。
はっきり言って狙撃担当の認識は甘かったと言わざるを得ない。
結果的に狙撃担当の撃った銃弾はセンリに当たる事はなかった。なぜならセンリが回避したからだ。
センリは銃弾が飛んで来た方向を見やる。
「狙撃ね」
センリは左手でエンジェを抱きかかえた。
「エンジェ、リン。しっかり私に掴まってなさい」
「うん!」
「はい!」
エンジェはセンリを抱きしめ、リンはセンリの服をさらに強く掴んだ。
その時、さらにもう1発銃弾が同じ方向から飛んで来る。エンジェ目掛けて。
センリは剣を振るって銃弾を防ぐ。
「ムカついた。必ず仕留める」
センリはジャンプして建物の屋上に着地する。そして建物の屋上を飛び移りながら狙撃担当に近づいて行く。
狙撃担当は恐怖を覚える。
狙撃担当は銃弾を撃つ。撃ち続ける。
しかし、センリは段々と近づいて来る。
銃弾を回避して、剣で防いでまるで舞うように……。
「チクショオオーー! 化け物が! 化け物があああ! なんで当たらねーんだよ! 当たれよ! 当たれよ! なんで弾を避けれるんだよ!」
狙撃担当は引き金を引くが銃弾が発射されない。装填していた銃弾が切れたのだ。
狙撃担当は新たに銃弾を装填しようとするがいつもみたいにスムーズにいかない。手が震えている。
「君が狙撃してた人……?」
狙撃担当は上を向く。そこにはエンジェを抱きかかえてリンを肩に乗せて剣を1本持っているセンリがいた。
「ちくしょーーーー!!」
狙撃担当はセンリと同じくらい大きい腕を振るう。
しかし、腕がセンリに触れる前に狙撃担当は1本の剣によって串刺しにされた。即死だった。
「センリすご……」
エンジェが呟く。
センリは都市を見渡す。
「さて……頭領とやらどこかしら?」
「センリ様! チェル様からです!」
センリは伝心を受ける。
「どうしたの?」
『センリ、頭領はブルーブルー教会に向かってるみたいですわ!』
「ブルーブルー教会? 何でまた」
『あれを盗むつもりみたいですわ』
「あれ?」
『あれですわ』
「あれって何?」
『あれはあれですわ。ほら、ブルーブルー教会の奥にあるあれですわ』
「……ああ! あの変なの?」
『たぶんそれですわ』
「あれ、そんなに価値あるの?」
『一応あれ純金らしいですわよ』
「本当に?! ハート・ブルーブルーってあまり頭良くないのね。お金をドブに捨てるなんて……」
『まったくですわ。……じゃなくって! どうするんですの? 助太刀必要ですの?』
「ありがとう。だけどいらないわ。まあ、見学したいなら見学に来ればいいよ。強盗竜団頭領だかなんだか知らないけれど私に勝てるわけないし殺せるはずないもの。私ならエンジェもチェルも守りながら勝てるからね」
『楽しそうですわね』
「別に楽しくはないわ。どうせ私が勝つんだもの」
『ですわね。おかげで私達は安心できますわ。自分の命を最優先しても絶対に勝てますから』
「まあ、安心しててよ。どうせなら祝勝会や私のSSランクアップ記念会の準備でもしててよ」
『了解ですわ』
伝心が切れる。
センリはエンジェを強く抱きしめる。
エンジェは顔が熱くなる。
(センリ、カッコいい! いつもは惚けた感じで可愛いのに。王子様みたい……)
「ブルーブルー教会まで行くわ。エンジェ、しっかり掴まっててね」
「は、はい!」
「どうしたのエンジェ? いきなり敬語で」
「な、なんでもないよ! ただセンリが王子様みたいでカッコいいな、なんて思っただけだよ」
「あう。そ、そうかしら? あ、ああ、ありがとうエンジェ!」
センリは顔が綻ぶ。
どんな評価であれ思い人に誉められるのは嬉しいもので、センリはカッコいい表情を崩し締まりのない顔はデレデレだった。
これまでたくさんの町を壊滅させた強盗竜団頭領を倒しに行くとは思えない緊張感のなさだ。センリは違う意味で緊張しているが。
「あの~……センリ様? イチャイチャするのは構わないけど早く行きません?」
センリはハッとした。
リンが冷ややかな目でセンリを見ている。
(ヤバい。これじゃギルド内で本当にロリコン疑惑が蔓延する! 相手が同性なうえに童子だなんて目も当てられない!)
「リン! 別に私はイチャイチャしてないわ。もしそう見えるなら君の目は節穴ね」
別にリンの目は節穴でもなんでもない。
現在リンの中のセンリへの評価はデフレスパイラルだ。しかし、どこか人間味が欠けた──否、人間味に似た人間味のような何かだったセンリと違い、今の正真正銘人間味に溢れたセンリの方が好感が持てるのもリンの中ではまた事実だった。
センリは咳払いをしてから言う。
「とにかく! 今からブルーブルー教会に大急ぎで行くからね!」
そしてセンリは神速でその場から離れた。
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決戦! ブルーブルー教会
センリはエンジェを抱きかかえながらも建物の屋上や屋根を飛び移りながらブルーブルー教会に向かっていた。途中、強盗竜団の竜人と何人か遭遇したがまるで蟻を踏むかのごとくあっさり殺して進む。
3分もしない内にセンリ達はブルーブルー教会の扉の前まで来た。いや、この表現は正しくないかもしれない。
「無惨にも扉は粉々に大破してますね」
「無抵抗な扉を一方的に壊すなんてヒドい人ね。強盗竜団頭領ドラゴンドライサーは」
「ドアさん可哀想……」
扉だったものを見て三者三様の感想を述べる。しかし、センリは人の事を言えない。
扉が壊れているため、センリ達の場所から強盗竜団頭領ドラゴンドライサーは今まさにブルーブルー教のシンボル(正式名称不明)を盗ろうとしていた。
センリは1本だけ剣を背を向けているドラゴンドライサーに向けて投げる。
お互いの距離間は相当あるがセンリの投擲がギリギリ届く距離ではある。
センリはエンジェを抱きかかえて神速でその場から離れる。するとセンリ達がいた場所に雷が落ちた。そして、センリの投げた剣は飛んでいる最中に雷に打ち落とされた。
センリはブルーブルー教会内に入ると神速でドラゴンドライサーに近づく。そして、後少しというところで止まる。するとセンリの目の前に雷が落ちた。
センリはドラゴンドライサーの声が聞こえる距離まで近づいていた。
「まさかこの世界に雷を避けるような奴がいるとはな……」
ドラゴンドライサーはセンリ達の方に体を向けながら言う。
「エンジェ、リン。離れてなさい」
センリの肩に掴まっていたリンは離れ、センリに抱きついていたエンジェはしぶしぶながら離れた。
「いいのか? 俺様の能力は雷。離れたところにいる奴も超高速で攻撃を当てる事ができる」
「関係ないわ。私は自身の勝ちは揺るぎないとは思うけど、やっぱり人を抱えながらは動きが制限されるからね。言っておくけど君は私に惨めに負けるわ。だけど今の私は機嫌が良い。ここで手を引くというなら見逃してあげるけど?」
「ふざけるな。俺様は強い。先日はあのギルドランクSの束縛天使を負かしたんだ。残念な事に殺し損ねたがな」
「そうだったね。チェルが殺されかけたんだったわ。やっぱりここで殺させてもらうわ」
こんな会話をしているがドラゴンドライサーは目の前の人間の女──センリを侮っていない。それも当然。センリは雷をすべて避けたのだ。
ドラゴンドライサーはチェルノフレイと戦った時は手加減した。正確には本気ではなかったというべきか。なぜならその時は目で見える攻撃しかしてなかったのだから。
「悪いが俺様は全開で本気だ」
「じゃあ私も全開とはいかなくても本気でやるわ。身も心も串刺しにしてあげる」
ドラゴンドライサーは額に一角を生やし、全身に自身の鱗の上にさらに麒麟の鱗を付けた。
センリは千本鞘から剣を2本取り出す。
先に動いたのはドラゴンドライサー。シャンデリアの上に飛び乗った。そして電気の束をセンリに向けて撃つ。
センリは神速する必要もなくそれを避ける。
「がんばって~! センリ~!」
センリは笑みをエンジェに返す。サービスだ。
ドラゴンドライサーはセンリが目を逸らした一瞬に雷を落とす。
しかし、センリは難なく回避。そしてドラゴンドライサーが乗っているのとは別のシャンデリアに飛び乗る。
「化け物が!」
「竜人の精霊魔導師の方がよっぽどよ」
「だが小さい人間と妖精がフリーだぜ!」
ドラゴンドライサーは雷をエンジェとリンに目掛けて落とす。
「キャーー!」
「エンジェ様伏せて!」
リンがエンジェを庇うように両手を広げる。センリはそんな2人を見やる。
しかし、雷はエンジェ達に届かない。センリは剣を投げて雷を防いだ。
「死ね!」
ドラゴンドライサーはセンリ目掛けて雷を落とす。
無論センリは易々と回避し、空中で回転し天井に着地する。
ドラゴンドライサーはセンリの目の前まで一瞬で詰める。
「あら。案外速いのね」
「電気っつうのは自分自身の神経に流す事もできるんだよ。そうする事で身体能力を極限まで上げられる!」
ドラゴンドライサーは電気を纏った大きな腕頭の上──否、頭の下から振るった。その速度はセンリの予想を遥かに上回る。
しかし、センリの速度はその遥かに上回る予想さらに上回る。センリはドラゴンドライサーが振り下ろす腕の軌道上を腕が通る前に通り抜けて地面までジャンプした。華麗に着地する。
ドラゴンドライサーは開いた口、両手の平、両肩の大砲を真下のセンリに向ける。
「麒麟要塞!」
両手の平、両肩の大砲から電気のビームが発射、口からは電気の玉が連射される。
しかし、やはりセンリにそれは当たらない。センリは壁を駆ける。
ドラゴンドライサーはセンリに照準を合わせるが当たらない。
「遊びは終わりよ」
センリは先よりさらに速い神速でドラゴンドライサーとのすれ違い様に剣を2本投げる。
「ぐぁっ!」
ドラゴンドライサーの胸と首を剣が貫く。
そしてドラゴンドライサーは地面に大きな音を立てて落ちる。
センリはゆっくりと地面に着地する。
「ば、馬鹿な。俺様は視神経にもさらに強い電気を流し動体視力も良くなってるのに……。な……
ぜ動きが見えな……い」
「自慢じゃないけど私、速さには自信があるの」
「く、てめー串刺し姫か……」
「まあね」
「不運だ……な。まさ……か、荊の塔攻略者が出はって来……るとは」
「けれど誇りなさい。君は私に剣を2本も使わせた。強くない相手には1本しか使わないんだからね」
「光栄だな……。この化け物が」
ドラゴンドライサーは絶望の色に染まった顔で死んだ。
今まで殺して来た数は決して少なくない。自分が殺される事に文句は言えないだろう。
これ以来強盗竜団が活動しているという話は聞かない。
ドラゴンドライサーの意志を継ぐ者がいない。
しかし、それ以上に生き残った強盗竜団も串刺し姫センリの強さに絶望し、自身の強さ──自信がなくなり落ちぶれて行った。
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ギルドランクSS
場所は大陸でも有数の大都市ブルーブルーのギルド施設。
センリはギルドの幹部からギルドランクSSの証明カードと賞状を受け取った。
センリがこれらを貰うまでの時間は幹部のよくわからない言葉──というのは語弊があり、実際どうでもいい言葉を並べていた。その時、主役のセンリはそんな幹部達の話は聞かずにエンジェとトランプでババ抜きをやっていた。幹部達が舞台の上で喋っている目の前の席で。流石の幹部も額に青筋を立てていたが根本的に彼らはセンリを気に入っているため文句は言わない。
そんなセンリにとっても他のギルドメンバーにとっても、とてもとても退屈な昇格式は終わり、今はギルドメンバー達がセンリの昇格祝いをしている。
現在センリはエンジェとともに幹部達からちやほやされている。
それを遠くから見ているチェルノフレイとウッドは会話する。
「まったくセンリには驚いたぜ」
「まったくですわ。史上最年少でギルドランクSになった私でも一生SSだけは無理そうですわ」
「まあ、あんな肩書きセンリのためだけに作られたようなものだからな」
「それにしてもガッカリですわ! まさかセンリがあんな小さい女の子に手を出すなんて!」
センリの名誉のために明記しておくと、センリはエンジェに手を出していない。
「まあな。そういえばこの前の秘密結社壊滅依頼のやつも小さい女の子が自分の体を報酬として出してセンリが引き取ってたな」
「まったくどういうつもりなのかしら?」
「なんだお前妬いてんのか?」
「や、妬いてなんていませんわ!」
「強がるな強がるな。お前はわざわざセンリの決め台詞を真似るほど大好きだもんな」
チェルノフレイは顔が赤くなる。図星だ。
「そういえばエンジェは一体どういう子なのかしら?」
「さあ?」
「この前の身をセンリに差し出した子はセンリの妹に似ているみたいですけど」
「だからあの狂気じみた史上最強の秘密結社を壊滅させる依頼を受けたんだろ?」
「そうは言ってもセンリの素性は不明ですわ。本人も話したがらないし。本当に妹なんているのかしら?」
「さあな。それこそ本人しかわからないだろうよ」
そんな会話をしている2人の目の前に1人の少女が近づいて来た。
「あの、すみません」
「何かしら?」
チェルノフレイとウッドは少女を見る。
年齢はチェルノフレイと同じくらいだろうか? 琥珀のようなブラウンの瞳、長く艶やかなサラサラな黒髪はツインテールにしている。容姿はセンリと同じく極東の国のような顔付きだ。
「今話していたセンリという人はどなたでしょうか?」
とても怪しかった。
このギルド内でセンリを知らない者はいない。少なくともこの場では全員知っていると言っても過言ではない。
チェルノフレイは率直に言う。
「あなたギルドメンバーではないですわね」
「はい」
隠す気もないようだった。
「まずは何者かしら?」
「真実を追い求める者。あるいはセンリへの復讐者になるかもしれない者です」
どこか含みのある言い方で少女は答えた。
「悪い事は言いませんわ。その復讐からは手を引いた方がよろしくてよ」
「それはセンリという方に会ってから決めます」
「後悔なさらないでくださらないでね。あの方ですわ」
チェルノフレイは未だに幹部達からちやほや差れているセンリを指差した。しかし、エンジェはどうやらセンリから離れているようで見当たらない。
少女はチェルノフレイが指差した方向を向き目を見開いた。
「とうとう見つけたよ。『おねえちゃん』」
「おねえちゃん」
今度はチェルノフレイとウッドが目を見開いた。
噂の妹と思われる少女が現れたためだ。無理もない。
しかし、2人が思った事は似ていないという事だ。見た目も雰囲気もセンリにも似ていないし、センリが受け取った少女にも似ていない。
少女はセンリを見て安心したような笑みを浮かべるとお礼を述べて会場から立ち去ってしまった。
■■■■
エンジェはお手洗いに行き会場に戻る途中だった。
(センリも大変そうだったな~。戦闘の時より疲れてそうだった)
戦闘では疲れた顔1つ見せなかったが、会場で幹部達に囲まれているセンリは面倒そうで疲労が窺えた。
「ヨシ! センリが好きそうな食べ物持って行ってあげよ! キャ!」
エンジェは何かぶつかり尻餅を着く。
「ご、ごめんなさい!」
「平気平気。気にしないでよ」
エンジェがぶつかった相手は男性──否、女性だった。
葉のように清涼感のある緑色の瞳と緑色のふわふわの短髪、中性的だが男性のようなカッコ良さがあるハンサムな美女だった。
エンジェは見惚れてしまった。
やがてエンジェはハッとして立ち上がると頭を下げた。
「本当にごめんなさい!」
「だから気にしないでよ。パールミリオのお姫様」
「え?」
エンジェは頭を上げて女の顔を見る。
エンジェは確かに身体も精神も5歳児並みではあるが聡い子だ。今の言葉にも気付く。
エンジェが1000年近く前に滅亡した国パールミリオの姫だと知っているのはエンジェとセンリだけだ。
「なぜ私がパールミリオの姫だって知ってるの?」
「確かあなたはあの人の事を悪い魔法使いと言ってたね。彼が『悪の魔導師』ならば僕は『善の魔導師』と名乗ろうか」
「あの魔法使いを知ってるの?!」
「知ってるよ。ライバルだからね。でもあなたがここにいるという事はあなたは僕が選んだ勇者以外の部外者があなたを救ったんだね。誰が救ったんだい?」
「センリだよ」
「センリ? あのランクSSのセンリかい?」
「うん」
「こりゃ驚いた。センリが荊の塔を攻略したというのは本当だったんだね。なるほどなるほど」
善の魔導師は純粋に驚いていた。
当然だ。この988年間、自慢の弟子や時の人などの精鋭を9回も送り込んだのに誰1人として攻略できなかった。
「ふむふむ。しかし、という事は僕と彼の勝負は第3者の乱入によって流れたのか。これは引き分けかな? この場合はどうなるんだろうね? 少なくとも僕の要求を彼は聞き入れないよね? と、いう事は僕が直接彼と交渉しなければならないのか……」
(何言ってるのこの人?)
エンジェは目の前の女性が恐くなり、善の魔導師の脇を通り抜け走って逃げる。
エンジェは廊下を全速力で走る。
後方では善の魔導師が遠ざかるエンジェの背に向けて呟く。
「おやおや。逃げるのかい? だけどセンリ相手じゃ僕も勝てないな。確実に返り討ちだ。ここは僕も無事に逃げたいしエンジェティーネ、あなたには僕の事を口にすると黙る呪いをかけよう」
エンジェは目に涙を浮かべながら後方にいる善の魔導師を見る。
善の魔導師は指を振った。ただそれだけ。
ただそれだけでエンジェに呪いがかかる。
善の魔導師の事をバラさない呪い。
エンジェはさらに速くなる。
エンジェは会場に入ると真っ直ぐ真っ先にセンリに駆け寄り思いっきり抱きつく。ギューッと強く抱きしめる。
「ど、どどど、どうしたのエンジェ?!」
センリは顔を紅潮させてドキドキ。嬉しくなる。
しかし、センリの顔を見上げるエンジェは怯えたように涙を流している。
センリは屈んでエンジェと目線を合わせて弱く優しく、割れ物を扱うように抱きしめ返す。
「どうしたの?」
「…………」
しかし、エンジェは黙り込む。答えたくても答えられない。
「黙ってたらわからないよ?」
「……えぐ。うわーーん! センリー!」
エンジェは泣き声を上げながらセンリを強く強く抱きしめる。
急な声に会場にいる参加者達がセンリ達に注目する。
センリはエンジェのそれを受け止めて背中を軽く叩いて強く弱く抱きしめ返す。
「何かわからないけど恐い目に会ったのね? 今日はもう寝ようか?」
エンジェは小さく頷いた。
センリはエンジェは抱っこする。
「ごめんなさい。今日はもう休ませてもらうわ」
センリは幹部達にただそれだけ言って会場から去った。
場所は変わってギルド施設内の宿泊室だ。センリのランクはSS。ギルドランクの高さで決まるその部屋はあまりにも内装が豪華だった。とは言ってもランクSと変わらない部屋だが2人でも十分広い。
センリはエンジェをベッドの上に下ろした。
センリは備え付けの冷蔵庫からジュースを持って来るためエンジェから離れようとすると、エンジェがセンリの服を掴んで離れないように意思を示す。
センリはエンジェの顔を見て笑みを返すとベッドに座る。
「わかった。一緒に寝てあげる」
いつものセンリなら慌てる場面だが、今のセンリにはそんな状態になる余裕がない。好きな子が恐がって泣いている。ただそれだけを柔らげたかった。
センリはスリッパを脱ぎエンジェと同じ布団に入る。
「センリ……右恐いよ……」
エンジェはセンリが寝ている右側にいる。必然的にエンジェの右側には何もない。
幼子は挟まれてないと不安になるものだ。
センリはエンジェの頭の下に右腕を置いて枕代わりにした。そして右手でエンジェの頭を撫でた。
エンジェの長く綺麗な黒髪を弄る。
「クス。くすぐったいよセンリ」
「私はくすぐったくないわ」
エンジェは心地よさそうで、センリは気持ちよさそうだ。
気付けばエンジェは泣き止んでいる。
しかし尚もセンリはエンジェの髪を滑らせる。
センリはエンジェを守るように腰に手を回し言う。
「まだ恐い?」
エンジェは笑顔で返す。
「ううん。恐くない!」
「そう……。良かったね。エンジェ、寝ていいよ。私がエンジェが寝るまで起きて守ってあげるから」
「ありがとう……センリ」
エンジェは放すまいとセンリを抱きしめる。
センリは安心させるようにエンジェの頭と背中を優しく撫でる。
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絶望起動
荊の塔の最上階の半分、それより1階下の部屋を覚えているだろうか?
知識と武器とお金が置いてある部屋だ。攻略者の欲望を問う部屋。
100年目、善の魔導師の一番弟子。
200年目、妖精界最強の剣士。
300年目、彼が作った氷の精霊。
400年目、東方の秘境の仙人。
500年目、怪力自慢の虎の獣人。
600年目、最速の鳥人。
700年目、ブルーブルー教の神の子。
800年目、史上最悪の海賊。
900年目、数多の銃と装甲を武装した男。
これまでに善の魔導師が荊の塔に送り出した勇者9人の内6人がその部屋を攻略できずに死亡した。もちろん9人の他にもいた攻略者も大半はその部屋に来るまでに脱落したが、その部屋に来るも攻略した人数は脱落しなかった中でも僅かである。
今までの物語の中で確認された人物でその部屋を攻略したのは東方の秘境の仙人、ブルーブルー教の神の子ハート・ブルーブルー、センリの前に攻略を試みた男、そして荊の塔攻略者センリ。
ひとまず攻略者の話は置いておくとする。
その部屋には武器がある。
その部屋の武器は少なくともセンリが生きる時代には確立されていない科学技術で作られたオーバーテクノロジーな武器が多数あった。もちろん、センリが生きる時代には既に確立された科学技術で作られた武器もある。しかし、それはセンリが生きる時代では既存のテクノロジーであるだけでそれより昔ではやはりオーバーテクノロジーな武器であった。
この事からわかる通り『悪の魔導師』は魔法だけではなく科学にも精通している事がわかる。
センリが生きるこの時代には動くロボットはいない。動く人形はあるがこれはあくまでも魔法で動いているだけ。
しかし、悪の魔導師は1000年も前に科学技術だけで動くロボットを完成させている。
オーバーテクノロジーな科学兵器を装備したオーバーテクノロジーなロボット。
しかもそのロボットには心がある。殺戮に快楽を覚える心を宿したロボット。
無論、これを1000年も前に使えばどうなるか? 答えは簡単だ。簡単に国を滅亡に追い込む事ができる。
そしてこれがセンリが生きる時代に起動したらどうなるか?
この時代でもそのロボットはオーバーテクノロジーの塊である。答えは簡単。先と同じく国は簡単に滅亡するだろう。
■■■■
それは地中に眠っていた。
正確には988年前に役割を終え、ここに無造作に隠された。
それは偶然と言っていいかもしれない。大地が揺れたのだ。地震だ。
しかし、その地震は自然災害における地震ではなく、あくまで人工災害における地震である。
それが眠っている地中の上には1つの国がある。ドラゴンが住む国ハワボルイだ。
ドラゴンというのは非常に強力な技を使う種族であり頭が良い。その種族的強さは二足歩行で怪力高速な吸血鬼、あらゆる生物より一歩先へ行く魔法を操る精霊と並ぶ程である。
さて、それが眠っている上で今が何が起こっているかというと、ドラゴン同士の喧嘩だ。
お互いが偶然にも相手に逆鱗に触れるというある意味頭の悪い喧嘩だ。
片方のドラゴンが空から思いっきり地面に叩き落とされたために大地が揺れた。
この地震が原因でそれは起動した。
それは寝起きから不機嫌だった。
それは体の間接部に備え付けられた発射口をすべて震源地──つまり地上に向けるとレーザーを発射した。
地中から発射されたレーザーは地中を地上に向けて走り、地面に落とされたドラゴンの体に無数のレーザーが貫通して殺した。それどころか落とされドラゴンのちょうど真上を飛んでいた落とした方のドラゴンの半身も貫通して、そのドラゴンも地面に落ちる。
それは地中を上に向かって進む。地面の中からその馬力でドラゴンをぶっ飛ばした。
それは大柄の人間よりも一回り大きく、緋色のボディカラーは使われている金属の色そのものである。人型のボディは全体的なパーツは丸っぽく、スラリとした細いラインは女性を思わせる。膝や肘、首などの間接部は人間と同じであるが発射口がある。しかし、手足の指の構造は人間の指と何ら遜色ない。
それは思い出すように手の指を動かす。
そして思い出すように独り言を言う。
「確か俺は創造主の命令でパールミリオとかいう国の民を殺戮したんだったな。その後、創造主によって止められここに埋められた。それで今俺は運良く起動したというわけか。で、俺は現在ピンチという事か」
それは周りを見渡す必要もない。4方6方8方、前後上下左右、物影すべてが見える。
それの現在の状況は数多のドラゴンに敵意を持って囲まれている。
「ちょっと運動するか」
それは1体のドラゴンに手の平を向ける。
するとそれの手の平から光線が出る。
一筋の光線はドラゴンの体を貫いて絶命する。
他のドラゴンが真後ろからそれを切り裂く。それは勢い良く壁までぶっ飛ぶ。
それは不敵に立ち上がる。ボディには傷1つ付いてない。
「やっぱあいつは天才だな。ドラゴンの攻撃で傷付かないとはな。もし俺に創造主の命令を無視できる機能があれば創造主も殺せるんだけどな」
それはドラゴンの目にも止まらぬ速さで切り裂いてきたドラゴンに近付き殴る。切り裂いたドラゴンは目に見えて悶絶する。
「無駄に頑丈なドラゴンを悶絶させるパワー。そして……」
それの右手が手刀になると光を帯びて光が剣のように伸びる。
その光の剣で切り裂いたドラゴンを切り裂いた。
そしてそれは背中から円筒形の何かを無数に出す。円筒形の何かはあえて言うなら遠隔操作のできる光線を発射する銃だ。
その銃は高速で飛び回り光線を発射しドラゴン達を殺して行く。
僅か数分の間にドラゴンの住む国ハワボルイのドラゴンは全滅した。
それは悲惨で無惨極まりない光景を見て興奮気味に叫ぶ。
「やっぱり殺しは最高だぜ!」
それはそれだけ言うと歩き出す。
新たに殺戮を行うために……。
「さて、現代人……殺戮ゲームの始まりだぜ!」
それの悪の魔導師が作った『殺戮専用人型破壊兵器ディスペアー』。
センリが生きる時代でも尚オーバーテクノロジーの結晶。
それはドラゴンの住む国ハワボルイを滅亡させた約12時間後、ペガサスの獣人が住む国ドラフライを滅亡させる。
その時から約4時間後。
それぞれの国はそれを破壊した報酬に多額の懸賞金を出すと提示した。
また、ギルドでも依頼として出された。多額の報酬金とランクSSの称号とともに。
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復讐者
殺戮専用人型破壊兵器ディスペアーが起動してドラゴンの住む国ハワボルイを壊滅させたりドラゴンを殺戮している頃。
センリとエンジェはどこ吹く風。
そんな事がある事もわからない2人は暢気に次の目的地である港町ドルンマーに徒歩で向かっていた。
汽車を乗らない理由は、都市ブルーブルーは強盗竜団の襲撃を受けた際に駅及びレールが破壊されたため1週間程汽車の運転が休止になった。
しかし、港町ドルンマーは都市ブルーブルーから歩いて1日かからない。そのためセンリとエンジェは歩いて行く事にした。
「センリ! 私にも剣教えて!」
エンジェがそんな事を言ったのはその道中の事だ。
センリは大いに驚いた。
「なんで?」
「だってあの時センリカッコ良かったんだもん」
あの時とは強盗竜団が都市ブルーブルーを襲撃した時の事である。その時に狙撃銃を使う竜人を倒した時の事を指す。
というより、それ以外はほとんどエンジェには見えていなかっただけだが。
センリもカッコ良いと言われて悪い気分はしない。
しかし、それとこれとは話が別である。
「ダメ」
「なんで~?」
「エンジェには私みたいになってほしくないな」
「どうして? カッコ良いのに」
「もしエンジェが私みたいになったらエンジェの事嫌いになりそうだからかな」
幼子に対してセンリの言い方は悪いと言わざるを得ない。しかし、それはセンリの本心でもあった。
少なくとも今のセンリは自分自身が嫌いだ。
それにセンリの投擲剣術千流もセンリにしか使えないし、センリが扱う普通の剣術もやはり今はセンリにしか使えない。
どちらにしてもセンリはエンジェに剣術を教える気はない。さらに言えばセンリはエンジェが剣に向かないとも思っている。
(エンジェは魔導師とか向いてそうね)
魔導師に向いているかは完全に勘であり希望的観測ではあり根拠はない。
「う~。嫌われたくない」
エンジェは明らかに不機嫌になった。
(とは言っても護身術程度には教えてもいいかな。今は真剣しかないから教えられないけど)
「わかったわエンジェ。ドルンマーに着いたら木剣買ってあげる」
「木剣?」
「うん。護身術程度で教えてあげるね」
「護身術?」
「自分の体を守る剣術って事。まあ、私がエンジェを守るんだからそれも必要ないけどね」
エンジェは明らかに機嫌が良くなり、センリの手を強く握り締め鼻歌を歌い始めた。
■■■■
センリとエンジェが港町ドルンマーに到着したのは夜だった。
時間的にはまだまだ店を閉める時間ではないが、今日の船便は終わってしまっていた。
センリとエンジェは宿に宿泊する事にして、現在は荷物を部屋に置き1階のレストランで遅めの夕食を食べていた。
お金には困っていないため食べ物はレストランの中でも高級で豪勢なものを頼んだ。センリは決して少食ではないし、エンジェも幼子の中でも大食いではないが食べる方である。
センリは持参の箸を置いてエンジェに言う。
「エンジェはもうこの時代の生活には慣れた?」
「うん。食べ物はおいしいし便利だし楽しいよ」
センリも最初の方はエンジェが文字を読めないかと懸念していたが奇跡的にも988年前から言語が変わっていなかったためエンジェは文字も読めるし、学術にも秀でていた。
エンジェ曰わく1日の半分は勉強に費やしていたらしい。
「ねえセンリ。私達はこれからどこ行くの?」
「隣りの島にある吸血鬼村ね。ギルドで依頼を受けたから依頼主に会う必要があるの。魔物退治らしいけど今回の依頼は報酬の羽振りがいいの」
「ふ~ん。おねえちゃん吸血鬼村行くんだ」
センリの背後から女の声が聞こえた。
(まったく、今日は運が良い)
センリは後ろを向いてその女を見る。
その女は女というより少女だった。
琥珀のようなブラウンの瞳、長く艶やかなサラサラな黒髪はツインテールにしている。容姿はセンリと同じく極東の国のような顔付きだ。
「こんばんはアイカ」
「こんばんはセンおねえちゃん」
アイカは静かにだが喜々とした笑みを浮かべた。
センリはエンジェに向いて言う。
「エンジェ、今日はもう部屋に行って寝なさい」
「なんで?」
「込み入った話しだからね。大丈夫。私もこのおねえさんと話しが終わったらすぐに行くから」
「うん」
「ごめんねエンジェ。明日おいしいお菓子買ってあげるから」
エンジェは違和感を覚えた。
しかし、それ以上追求しないで席から立ち、部屋がある3階へと続く階段を上った。
センリはそれを確認するとアイカにエンジェが座っていた自分とは向かいの席に座るように促した。
アイカは席に座る。
「何か頼む?」
「ううん。大丈夫だけど紅茶1杯頼もうかな」
「お腹空いてないの?」
「お金がないの。ううん。どちらかと言えば無駄使いできないの」
「じゃあ私が奢ってあげる」
「いえ、そんな。おねえちゃんに迷惑かけるわけにはいかないよ」
「いいのよ。どうせお金は無駄に余ってるし」
「そう? じゃあサンドイッチ頼もうかな」
「サンドイッチだけ? 相変わらず少食だね」
「そうかな?」
「そうよ。魚のフライも頼むわね」
センリは店員にりんごジュースと紅茶、サンドイッチ、魚のフライ、オムライスを頼んだ。
店員はセンリを見て、まだ食べるのか、と思ったが店員なので文句を言わずに注文された食べ物を用意した。
食べ物が届いてから、センリとアイカは食事を進めながら会話をする。
「単刀直入に聞くけどアレをやったのは本当におねえちゃんなの?」
「むしろ私以外にいるのかな?」
アイカは真剣に質問したがセンリは茶化す感じに質問で答えた。
「否定しないのね」
「事実を一体どうすれば否定できるの? 私は強くなるために自分の一族を皆殺しにした。父、母、祖父、祖母、いとこ、おじ、おば、兄、弟、もちろん君の親友であり私の妹であるあの娘もね。これは事実なの。私もそんな弱い一族の名前を捨てた。これで満足?」
「どうやって殺したの?」
アイカの質問にセンリは一瞬言葉に詰まる。がすぐに言葉を返す。
「みんな私に為すすべなく私の投げた剣に刺されたわ。まさに殺戮ね」
「例えば!」
アイカは人差し指を立てて続ける。
「これは私のただの推測なんだけどね。私はおねえちゃんがあの無駄に強い一族を皆殺しにできたとは思えないし、したとも思えない。だって証拠がないもの」
「殺してないという証拠もないでしょ? むしろ殺した証拠はあるじゃない。だって私の一族は私を除いて全員剣で串刺しにされて死んでたでしょ?」
アイカは無駄だと思い諦めた。
センリの言う事は事実だった。
アイカは目の前でセンリの一族が剣に串刺しにされて死んでいるところを見ていたのだから。
「確かにそれは紛れもない事実だね。みんな剣に刺されて死んでた。……おねえちゃん、私はテンスイちゃんと同じくらいおねえちゃんも大好きだよ」
「私もアイカの事大好きよ」
「そう……。それは嬉しい、超嬉しい。もう1度言うね。私はおねえちゃんが超好き。本当におねえちゃんはテンスイちゃん達を殺したの?」
これはアイカが最後にと思いした質問。
「殺したわ。私は私自身の手で一族を殺した」
「これ以上は無駄だね」
アイカは苦しそうな顔になる。むしろ今にも涙が零れそうであった。
胸が心が苦しい。
(大好きなおねえちゃんにこんな事を言わないといけないのね。おねえちゃんは一族殺しを否定してくれなかった。これ以上は心が耐えられないよね。これを言ったらおねえちゃんとは絶対に絶交だよね。ううん。私とおねえちゃんの間に新しい交わりが生まれる。私の親友を殺した人間と親友を殺された私。おねえちゃんとはこんな事になりたくなかったな……。だけど、これ以上壊れるくらいなら……)
アイカは席から立ち上がり言う。
「おねえちゃん」
「何?」
「おねえちゃんからの事実が聞けて私は心に決めた。絶対におねえちゃんは許さない!」
「やっぱりそうなるのね」
「白々しい。だけどまだ否定するんなら否定していいよ?」
「否定はできない。だけど、私は心の奥でどこか罪滅ぼしを望んでたのかもしれないわ」
「滅ぼす罪もなかったりして」
「ううん。私も妹でありアイカの親友を殺した事に罪悪感があったの」
「これ以上は平行線だね。今日は久し振りに話せて嬉しかった。バイバイ! 私の大好きなおねえちゃん! 寝首には気を付けてね」
「ごめんね。私はエンジェのために死ぬわけにはいかないわ」
「そうなんだ。まあ、簡単に死んでもらっても困るけどね」
センリは宿屋を出て行くアイカを見送った。
「私に復讐すると言ったのはあなただけ。父の親友も、母の妹も、兄の恋人も私の復讐者にならなかった。大好きよアイカ」
アイカは夜空を見上げて思う。
(復讐者か……。エンジェ……。さっきのオッドアイの少女だよね。もしかしたら彼女なら……)
アイカ・ニシテンマ。
それは復讐者と呼ぶにはあまりにもセンリが大好きで、しかしまだセンリの一族殺しを否定する少女だった。
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吸血鬼村
センリが復讐者アイカと対立を決定的とした翌日。
センリとエンジェが乗船する船の出航時間までしばらく時間があるという事で前日の約束通り木剣を買おうとしていた。
しかし、エンジェ木剣が売っている向かいの店の人形に目が釘付けだった。
センリは後ろからそんなエンジェを見ている。
(やっぱり女の子だね~。木剣より人形か……。まあ私も剣なんかより人形の方が好きだけどね)
センリにとって剣なんてものは好き嫌い以前に所詮はただの武器であり手段である。
センリはエンジェに顔を近づけて言う。
「買ってあげようか?」
「え? でも木剣買うし……」
「木剣もほしいの?」
「うん!」
「どっちか1つね」
「え~」
センリ的には特別、木剣と人形両方買ってもお金は足りるし重くない。しかし、それ以上に旅をしている身としては荷物が多くなるのは邪魔になるので勘弁してほしかった。
「じゃあお人形さん」
「うん。買ってあげるね」
なんとなくこっちだろうな、とセンリは思っていた。
いくらエンジェがませていて聡いとしても遊びざかりの子供には変わらなかった。
(人形といえばアイカはニシテンマの一族だったわね)
センリはエンジェが指定した人形を買いエンジェに渡した。
上機嫌なエンジェは右手はセンリと手を繋ぎ左手は人形を抱いている。現金な子である。
人形を買うと乗船するのにちょうどいい時間ということで、2人は船に乗り込むとその船のVIPルームに案内された。
センリとエンジェはVIPルームでくつろいで出航を待った。
センリとエンジェが港町ドルンマーから出航して5時間後くらい。
とある島の港町エンギリに到着した。
その島は港町エンギリと吸血鬼村くらいしかなく、後は山があるくらいだ。
この島は吸血鬼が唯一集団──つまり吸血鬼村で暮らしている地である。
吸血鬼村はドラゴンの住む国ハワボルイと並んで完全な中立地帯にして危険地帯であるため人間はあまり近づかない。
そのため交通は完全に徒歩で山道だが道中において安全面という意味では安全だ。強いて危ないといえば魔物が出るくらいだが、吸血鬼の狩りの対象になるそれらは他の生物に対して臆病であるしセンリより強い魔物はいない。
だからというべきか。
センリは今回の依頼を不自然だと思っている。理由は先に記した通りこの島の魔物は基本的に吸血鬼より弱いという事だ。
センリが知る魔物の中で吸血鬼の強さを超えるのは荊の塔の守護者のアルラウネ──キリーくらいだった。それでも荊の塔というホームでの話だけれど。
そもそも吸血鬼は怪力高速頑丈という非常に高い身体能力、再生力、不老長寿で不死と間違うほどの生命力が特徴の種族である。ここまで強い──というより身体的能力に尖った種族は存在しない。
これらの理由から人間は当たり前として他の種族、魔物、動物ありとあらゆる生物は吸血鬼を前にして基本的に逃げる。勝てないから。しかし、逃げるという行為すら吸血鬼相手には無駄なのだが。
ひとまずそれは置いといて。
センリとエンジェは港町エンギリに降り立った。
しかし、港町エンギリは港町ドルンマーと違い賑わいを見せていない。どころか閑散としているといった方が近く、港町というよりほとんど村だ。
当然といえば当然。この島には観光地もなかければ聖地もない。唯一あるといえば危険地帯吸血鬼村くらいだ。
無論、そんな所にセンリに用はないし、エンジェも興味がなさそうだった。
そもそもここで装備を整えようにも店が酒場と宿屋しかない時点で準備も何もないわけだが。
「さて吸血鬼村に行きましょうか」
「レッツゴー!」
センリとエンジェは町民に吸血鬼村までどのくらいで着くか聞いた。
のんびり歩いても2時間あれば着くらしい。
しかし、いくら安全と言ってもエンジェが歩いて山道を歩くのは危険であるため、センリはエンジェをおんぶして走る事にした。
センリが走ると通常2時間かかる距離が20分で吸血鬼村に到着してしまった。
センリはエンジェを下ろす。
センリは疲れ1つ見せず、エンジェはエンジェで面白かったと言っている。
さてさて、センリとエンジェは危険地帯吸血鬼村に足を踏み入れた。
出迎えたのは見た目青年の吸血鬼だった。
「見たところ人間のようだがこの吸血鬼村に何の用だ?」
「何の用だ? はないでしょ。君達がギルドに依頼したんじゃない。魔物を退治して──と」
「確かに依頼したな。だけど俺達はお前みたいな奴を頼んだ覚えはない。お前は譲歩してもギルドランクはせいぜいBだろ? しかも、ガキがガキを連れて来るとはな。わかるか? 相手は吸血鬼を超える化け物だ。本来ならランクSが10人いても足りないくらいだ」
「だったら私の実力試してみる?」
センリはカチンと来た。
センリは自分の強さに自信を持っている。少なくとも目の前の青年1人を倒すくらいわけないと確信さえしている。
「その吸血鬼を超える化け物がどのくらい強いかわからないけど、私は君程度の吸血鬼を倒すのに1分とかからない。それどころか吸血鬼が100人いても私だったら倒せるわ。難ならその吸血鬼を超える化け物の代わりに私がここの村の吸血鬼を皆殺ししても構わないわよ」
センリの挑発だ。
「ギルドはガキに口の聞き方も教えないのか? 人間ごときが吸血鬼を超えられるわけないだろ。今謝ればこの事は許してやるよ」
「吸血鬼、今謝ればこの事は許してあげる」
センリは青年の言葉をそのまま返した。
「しょうがない。お前はここで殺してやろう。どっちにしてもここで俺に殺されなくてもお前はアイツに殺されるんだ。ただ殺されるのが早くなるだけだ」
青年はそういうと鋭利な爪をセンリに向けて攻撃をした。
■■■■
「ウチの若い者達が失礼な真似をした」
「いえいえ。こちらも軽率な行動だと反省してるわ」
センリはエンジェとともに吸血鬼村の長老だというコクトーという美青年と相対している。
先程の戦いは結果的に言えばセンリが圧勝した。
青年の吸血鬼を串刺しにしたらそれを見ていた他の吸血鬼が仲間を呼び、いつの間にかセンリは依頼の討伐対象である吸血鬼を超える化け物だという誤情報が流れ、吸血鬼達は総力を上げてセンリを殺しにかかっていた。村の騒ぎを聞いて駆け付けた長老によってその誤解は解けた。しかし、吸血鬼村の戦士達はセンリによって半殺しにされたため今は治療中である。
「しかし、ギルドランクSの串刺し姫──センリ。いや、今はSSか。噂には聞いていたが噂以上の化け物だな。なんでもあの荊の塔を攻略したとか」
「まあね」
「確かにあなたならあの化け物を倒せるかもしれないな」
センリは横で座るエンジェを見る。
(暇そうね。当たり前か……。早めに終わらせよう)
センリはここに来て疑問を口にする。
「それで化け物とは一体どんな魔物なの? 私からすれば吸血鬼を超える化け物なんているとは思えないけど……ましてや村を襲撃するなんてね」
「依頼内容が悪かったな。相手は魔物じゃなくて同胞──つまりは吸血鬼だ」
「は? えっと……つまりは連続殺人鬼を退治しろって事?」
「連続殺人鬼……確かにその表現は正しいといえば正しい。しかし、間違いがあるとすれば殺人ではなく殺戮──もしくは虐殺とするべきだな」
「ふうん。虐殺ね」
虐殺。
言葉の意味合い的に考えると村の吸血鬼とその吸血鬼の間には圧倒的な力量差があるといえる。1人の人間が多人数の人間を相手するのと同じように、1人の吸血鬼が多人数の吸血鬼を相手する事はほぼ不可能と言っていい。もちろんセンリは1人でも多人数の人間を相手に圧倒できる。つまり、多人数の吸血鬼を圧倒できるその吸血鬼も吸血鬼という枠組みから外れた吸血鬼といえる。
センリがこの前倒した強盗竜団頭領ドラゴンドライサーはセンリの感覚的にお世辞にも見かけ倒しもいいところだった。あんなのはせいぜい吸血鬼1人と同じくらいだ。
(まあ、あまり期待できなそうね)
とセンリは思った。
そもそもセンリですら吸血鬼の集団を軽く返り討ちできる時点でその強さは人外もいいところではあるけれど。
「まあいいわ。わかった。まあ任せなさい。私にかかれば吸血鬼外なんて軽く倒せるからね」
コクトーはセンリの言葉に恐怖を覚えた。
しかし、その事を表情に出す事はなかった。
「さて、コクトー。私達は一体どこで休めばいいの?」
「宿屋があるよ。滞在中は利用料は僕が立て替えて置くとしよう」
「あら、それは助かる」
センリが立つとエンジェも立つ。
センリはエンジェと手を繋ぎ言う。
「それじゃエンジェ、行こうか」
「うん!」
センリとコクトーのあまりにもつまらなくて面白くない会話が終わった事でエンジェは笑顔になる。
センリとエンジェがコクトーの家から出て行くと、コクトーは背もたれにもたれかかり疲れたような表情でため息を吐く。
「あんな化け物は初めてだ。なまじ人間なだけにそれが顕著だ」
あんな化け物とは言うまでもなくセンリの事である。
コクトーはセンリとの会話に必死で対応した。
センリという存在は長生きな吸血鬼にとっても脅威だったし驚異だった。
先のセンリと吸血鬼達の戦闘。
センリは頑丈で再生力がある吸血鬼の弱点を突いて来た。
即ち吸血鬼の弱点とは殺し続ける事。そして精神的に殺す事。
吸血鬼というのは確かに頑丈で再生力を備えている。しかし、不死ではない。あくまで再生力なのだ。
吸血鬼が不死と間違われるほどの理由はある。まず頑丈な体で傷が付きにくい──言い換えれば殺しにくい。例え殺せても生命力で死ぬまで時間がかかる。そして死ぬ前に再生力による再生で致命傷が直る。
つまるところ不死ではなく死んでないだけなのだ。
しかし再生力には限界がある。
吸血鬼は魔法を使えないが体内には膨大な魔力がある。その魔力で自動的再生をしているだけに過ぎず、魔力がなくなれば再生できなくて死ぬ。
つまるところ殺し続ければいつか殺せるのだ。
もう1つの弱点は精神的破壊だが、なんていう事はない。精神力は人間並みで特別強靭ではない。ただそれだけだ。
通常、人間が1回でも吸血鬼を殺せれば英雄だろう。それくらい人間と吸血鬼の種族間には差がある。しかし、センリは吸血鬼をただの物理攻撃で何人いようと何回でも殺せる。しかもエンジェを守りながらでだ。
「ギルドランクSS串刺し姫センリ。想像以上だ。かつて最強の吸血鬼だった僕ですらあの強さの前では自信を失う」
コクトーは宙を仰ぎそんな事を独り呟いた。
■■■■
エンジェは人形を抱えて吸血鬼村を1人で歩いていた。
有り体に言えば迷子だ。
「センリどこー?!」
エンジェは叫んだ。
エンジェはセンリと一緒に吸血鬼村を観光していた。エンジェはセンリが剣を補充しようと武器屋に寄った時に外で子供の吸血鬼が遊んでいるのを見て仲間に入れてもらい遊んでいた。その後、武器屋の近くで遊んでいたエンジェだったがセンリはエンジェが遠くに行ってしまったと勘違いしてエンジェを探すために走り去ってしまった。そんなセンリの後ろ姿を見ていたエンジェ、追いかけようにもセンリは目にも止まらぬ速さでその場から消えてしまったように見えていた。とりあえずセンリが向いていた方向に走ってみるが見つからなかった。
一応この村にいる限りエンジェは安全だった。
「うえ~ん。センリどこなの~?」
センリを見失っておよそ30分。エンジェはついに泣き出した。
センリが速過ぎるが故に起こった悲劇である。
「どうしたの? 人間の女の子」
エンジェは背後の女性の声に反応して振り返った。
「もしかしてこの女の子が、コクトーが依頼したギルドメンバーなの? まさかね」
肩まで切り揃えられた青髪と金眼で愛想が良さそうで美人な女性だった。ジーンズのロングスカートに白いシャツの上に黒のカーディガンを羽織っている。
「何やってるの?」
「センリと迷子になったの」
青髪金眼の女性はニヤアと笑みを浮かべた。
「へぇー。センリ……その子がね。そのセンリって人は強いの?」
「うん! とっても強いんだよ!」
エンジェは泣くのをやめて笑顔で答えた。
青髪金眼の女性は邪な笑みを浮かべた。
「おねえさん、名前はなんていうの?」
「吸血鬼──といえるかわからないけど吸血鬼のライトブルーよ」
「ライトブルー! よろしくね」
「うん。よろしくねエンジェ」
ライトブルーと名乗った女はエンジェの名前を呼んで挨拶を返した。
「エンジェはどこから来たの?」
「えっとえっと……大陸から」
間違ってはいない。
「大陸か。そういえばもう600年くらい帰ってないな」
「帰って来ればいいのに。楽しいよ」
「何が楽しいの?」
「汽車とかすごいんだよ!」
「噂には聞いた事ある。どうすごいの?」
「でかい鉄の塊が馬もなしに走るんだよ!」
「馬車か……。懐かしい」
「私なんてビックリだよ。起きたら988年後──ハッ! これは言っちゃいけないんだった!」
「え~何~? 教えてよ」
「駄目! センリに内緒って言われたの」
しかし、時既に遅し。
ライトブルーはエンジェの考えを読んだ。
「そうなんだ。私も1200歳くらいなんだ」
「ふ~ん。私は5歳なんだ」
「へぇ~。じゃあ私行くね」
「どこへ?」
「久し振りに遊ぼうと思ってね」
「じゃあ私と遊ぼうよ!」
「ごめん。今夜、私が勝てたら遊んであげるね」
「? わかった」
「ほらセンリさんが来るよ……。じゃあね」
ライトブルーは逃げるようにその場から去った。
そのすぐ後、それこそ10秒もしない内にエンジェはセンリと合流した。
そして今夜。
人外な人間による吸血鬼外な吸血鬼の討伐が始まる。
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神速VS神読
夜の吸血鬼村。
センリとエンジェは吸血鬼外な吸血鬼を待っていた。
センリは余裕な笑みを浮かべ、エンジェは不安な表情でセンリの体に背を預けている。
吸血鬼達はセンリの邪魔だからという理由で全員家に押し入れた。気遣いとかではなく本当に邪魔だった。
センリとエンジェは会話をしながら時間を潰す。
「吸血鬼より強い吸血鬼ってどんな人なんだろうね」
「どんなに強くてもセンリが1番強いと思う!」
「うん。ありがとう」
センリはエンジェの頭を撫でる。
(髪が気持ちいいわ)
センリは結構エンジェの流れるような髪が好きだ。
エンジェもエンジェでセンリのふわふわの髪が好きなのだが。
2人ともお互い手を繋ぎたいが、吸血鬼外が不意打ちを仕掛けて来るかも、という理由で手を繋いでない。
「エンジェは眠くない?」
「眠くない」
内心はかなり眠いエンジェ。
時間は22時を過ぎている。子供はとっくに寝る時間だし、起きてるのもツラい時間だ。
それでもエンジェは頑に寝ようとしない。
センリの勇姿を見るためだ。
正確には強盗竜団頭領ドラゴンドライサーとセンリが戦った時に魅入ってしまったという方が正しい。
もっともその時センリの戦い方は神速で一瞬で決まったはずなのに、それをせずに時間を稼いでいた。ただひとえにエンジェの前で美しくカッコ付けたかったからだが。
「ほら、もう寝なさい」
「え~!」
「大丈夫よ。寝ててもエンジェの事は守れるから。そうだ! 歌歌ってあげようか?」
「大丈夫。間に合ってるから」
センリとエンジェがイチャイチャ楽しんでいたところ、2人と距離を離した後方に吸血鬼外がいた。
青髪金眼の女性──ライトブルーだった。
ライトブルーはセンリとエンジェを見て小さく独り呟く。
「荊の塔攻略者か……。ただの人間があのアルラウネを倒したのか。380年前、ただの吸血鬼だった私はあのアルラウネに殺され続け、やっとの事で逃げるのが精いっぱいだったのに」
ライトブルーも荊の塔挑戦者の1人だった。
ある人間に頼まれて攻略を依頼された1人。しかし、これはまた別の話だ。
「何?!」
ライトブルーは4本の剣を歯でくわえ、手でつかみ取り、回避でセンリの剣を防いでいた。
つまり先程の驚いた台詞はセンリのものだった。
ライトブルーは後方にいるセンリに言う。
「まったく、不意打ちとは卑怯じゃない?」
「不意打ちをした覚えはないわ」
「そうだね。あなたは私に背を向けていたんだもんね。驚いた。まさか吸血鬼の私の目でもセンリさんの動きが見えないなんて……」
センリがライトブルーに攻撃した時の動きはライトブルーの方へ向き、走りながら剣を4本取り出し、すれ違い様に投げた。
しかし、ライトブルーはその攻撃を防いだのだ。
「さすがは吸血鬼を超えた吸血鬼ね。村人は私のスピードに為すすべもなかったのに」
「だから普通の吸血鬼の目には見えないし、吸血鬼が反応できる速さじゃないんだって。あなたの速さ──神速はね。現に私も見えなかったって言ったじゃん」
「じゃあなんで防げたの?」
「センリさんが神の如き速さ──神速なら私は神の如き読み──神読ってところかな。確かにセンリさんの速さは吸血鬼だけの身体能力だけじゃ防げない。だけど予め動きが読めれば吸血鬼の身体能力をもってすれば十分対応できる。逆に吸血鬼の身体能力が無くて神読だけでもセンリさんの神速は防げないかな」
センリは剣を両手に4本づつ計8本を取り出す。
「ライトブルー!」
エンジェはライトブルーの背に向けて叫ぶ。
ライトブルーはエンジェに顔を向ける。
「さっきぶり、エンジェ」
「ライトブルーだったんだ……」
村の吸血鬼を殺してたの。
「そうね」
ライトブルーはエンジェの心を読んで答える。
「なんで?」
「自分の強さを測るため、かな。それでもあの程度の連中じゃ相手にならなかったけれど。けどね──」
ライトブルーはセンリの方へ向き直る。
「村の連中がギルドに私の討伐を依頼すると宣言した時ははっきり言って期待してなかった。例え精霊魔導師だとしても私は負けないしね。だけどこんな大物が釣れるとは予想外だった」
センリは素っ気なく言う。
「あっそ。それは光栄ね」
「あら? 怒ってるの? 私がエンジェと親しかったから。そんなに強いのに嫉妬なんて可愛いじゃない」
「別に」
「ふむ。嫉妬くらいなら可愛いものだけれどなかなか歪んだ心を持ってるのね。センリさん」
「意味がわからないわ」
「わからなくないでしょう? まあいい」
エンジェはライトブルーの言ってる事がわからなかった。
もっとも誰が聞いても誰もわからない会話だが。
「まあ、それはそれとして──私としてはこの強さ手に入れてから初めて本気でやれそうな相手。センリさん、悪いけど手加減はしないから。あっ! エンジェには危害を加えないから安心して」
「そうみたいね。もっと悪意に満ちた人かと思ってたけどむしろ逆。君、仙人ね?」
クスリとライトブルーは笑った。
センリは神速でライトブルーの背後に回り込むと8本の剣を投げた。しかしライトブルーはそれら剣がセンリの手元から離れた刹那──ここまで来るともはや刹那の中のさらに刹那、すべての剣を両腕を振って叩き落とした。
簡単は話だ。
ライトブルーは動きを、先を、心を、思考を、空気を、状況を、流れを読んでセンリが背後に回り込む前に、投げるより先に投げる剣を叩き落すために両腕を振っていた。
これこそが正にライトブルーが持つ神読。
センリはバックステップでライトブルーから距離を取り、エンジェの側に来た。
「つまるところセンリさんがどんなに速く動けてもセンリさんが動く前に防御しとけばいいわけよ」
ライトブルーはセンリの方へ体を向けながら言った。
「一体何が起こったの?」
エンジェは呟いた。
エンジェには一連の動きが完全に見えていなかった。
センリはエンジェに言う。
「えっとね……。エンジェ、顔の前に手を出してみて」
エンジェはセンリの言う通りに手の平をセンリに見せるように出した。センリは人差し指をエンジェの手の平に付ける。
「こういう事。予め防御してればこうやって攻撃を防げるでしょ?」
「え? うん」
エンジェはセンリの言う事を理解できたが求めていた答えと違った。
「さて、センリさんの質問に答えよう。センリさんの予想通り私は仙人。云わば吸血仙鬼とでもいうのかな。センリさんは荊の塔攻略者でしょ?」
「そうだけど」
「私は荊の塔挑戦者なの」
「そうなんだ。君ほどの強さならキリー倒せたでしょう?」
「いいえ、残念ながらその時は私はただの吸血鬼だった」
「なるほどね。あれはただの吸血鬼じゃ倒せないよね。私もここ最近じゃ苦戦した相手よ。いえ、苦戦という意味じゃ初めての相手かしら。奥義を使ったからね」
「そう。私はあのアルラウネから運良く逃げる事ができたね。私も文字通り初めて死にかけて敗北をしたの。まあ、私も吸血鬼としてプライドもあったし、何よりエンジェを助けようとも思ってた」
これにはセンリもエンジェも驚いた。エンジェを助けようとしていた事に。
エンジェはライトブルーに言う。
「どうして?」
「あなたの父親──ギルドオーナーのエルエル・ベルに頼まれたの」
ギルドオーナー。すべてのギルドを束ねる者。センリやチェルノフレイ、ウッドが所属するギルドメンバーの実質トップである。
(この人の話が本当ならギルドオーナーに渡すべきは荊薙じゃなくてエンジェだったのかな?)
センリは思った。
ライトブルーはセンリを指差して言う。
「けれど今はそんな事関係ないよセンリさん。私は純粋にあなたと戦いたい」
センリはため息を吐いてから言う。
「そうね。どっちにしても君は討伐対象だしね」
「センリ……」
「行くわ」
センリは神速でライトブルーとの距離を詰めると8本の剣を投げた。ライトブルーは神読でそれを読み切って防ぐ。
センリとライトブルーが激しい攻防──この場合センリが常に攻撃でライトブルーが常に防御を繰り返している中ライトブルーが言う。
「吸血鬼の弱点って殺し続ける事と精神的に殺す事でしょ? 私は荊の塔のアルラウネと戦ってそれを痛感させられた。だから私は修行した」
センリは鞘から100本の剣を空中に放るとそれらを次々と目にも止まらない速さでライトブルーに投げて行く。ライトブルーはそれらをすべて防ぐ。
「元々優等種族の所為か身体能力はほとんど上がらなかった。だから私は自分の身体能力を上手く扱えるように修行した」
センリは弾かれて地面に転がった剣をライトブルーに向かって投げた。ライトブルーはそれを回避する。
「次に私は精神を鍛えた。この修行のおかげで私は仙人──吸血仙鬼になり吸血鬼の身体能力と仙人の精神力、そして仙人として神懸かった心や先を読む神読ができるようになった。と言っても神読というのは吸血鬼の身体能力と組み合わせて初めて能力としての神髄を発揮する。今のようにね」
この時点でセンリは既に200本近くの剣を消費していた。
センリとライトブルーはお互い距離を取っている。
「無駄口多いんじゃないの?」
「センリさんの動きが見えなくても私には喋る余裕があるだけの事じゃない?」
まさに神の如くライトブルーの読みは的中していた。
今の状態はお互い決定打がない状態である。
センリは唯一の突破口としてライトブルーを殺し続けなければならない。しかし、今の状況は殺し続けるどころか1回も殺してない状況。
一方、ライトブルーは1回でも攻撃をセンリに当てればほぼ勝ちが確定する。なぜなら、センリは神速こそ脅威ではあるが身体的耐久性は人間のそれである。例え1撃で死ななくても致命傷は避けられない。しかし、ライトブルーの神読をもってしてもセンリの神速の回避に攻撃を当てる事ができなかった。
ライトブルーは言う。
「膠着状態ね」
「そうみたい」
少なくともこの時点での体力は互角である。
ライトブルーはセンリの目の動きを読み瞬きをした間に距離を詰め腕を振り下ろす。しかし、センリはそれを見てから回避する。
センリは再びバックステップで距離を取り言う。
「キリがないわ。投擲じゃ君を倒せないみたいね」
「は?」
センリは鞘から剣を1本取り出し構える。
「☆縫い」
センリは神速でライトブルーをすれ違い様に、スパイラルを描くように剣を下から上へ振り上げた。
「ガッ!」
ライトブルーは斬られた部分を触る。血がベットリと手に付いた。
センリが持っていた剣は折れた。鞘から新しく1本の剣を取り出す。
「今まで本気じゃなかったの?」
「本気だったわ。戦い方を変えただけ」
センリはその場から動かず、振り返り様に剣を横に振るった。
するとライトブルーの体が斬れ、後ろに吹っ飛んだが倒れなかった。
センリの剣が折れる。
「流石は吸血鬼……今の☆彩で真っ二つにならないなんて。でも傷は深いみたい。まあ、それでもすぐに再生するのだろうけど」
センリの言う通りライトブルーは体の傷が回復する。
「ど、どうして防げない?!」
「簡単な事よ。君が防ぐ前に攻撃しただけ。私の動きが読まれても対応できない速さで動けば例え神読でも私の動きは防げない。それに投げて当たるまで時間を要するからね。君はその時間に絞って私の攻撃を防いでたんでしょ? だったら投げないで普通に剣を振ればいいだけよ」
センリは次々と鞘から剣を取り出し☆彩でライトブルーを斬る。斬る。
読みも何もない。センリの神速にライトブルーの神読は対応できてない。
「さあ行くわ!」
センリはさらに鞘から剣を1本取り出し☆彩を使い折れる。剣を取り出し☆彩を使い折れる。剣を取り出し☆彩を使い折れる。剣を取り出し☆彩を使い折れる。
ライトブルーは防ぐ術もないまま斬られ続ける。再生が間に合っていない。
(このままでは本当に死ぬ……。流石に荊の塔攻略者は格が違う……)
ライトブルーがそんな事を思っているとセンリの斬撃が止まった。
血まみれのライトブルーが疲弊した顔に疑問符を浮かべているとセンリは持っていた剣を鞘に仕舞う。
「な……んで……?」
「エンジェが止めてって言ったから。私としてら討伐の報酬なんかよりエンジェに嫌われる方が嫌だからね」
ライトブルーの疑問にセンリは無表情で答える。
ライトブルーがセンリの☆彩で斬り続けられている間にエンジェが、止めてと叫んだのだ。もっともライトブルーにはそれが聞く余裕がなかったので聞こえなかったけれども。
(再生しない……。どうやら魔力が切れたみたい)
ギリギリだった。
後1撃でも食らっていればライトブルーは死んでいた。
センリはエンジェの側まで歩いて行く。
エンジェのその泣き顔でぐちゃぐちゃになっていた。
センリはエンジェに目線を合わせる。
「ごめんねエンジェ。恐かった? ごめんね」
そう言うセンリの目も涙目である。
まるで諦めにも似た色をその目に彩っていた。
「ううん。センリは悪くない……。だけどライトブルーは友達だから……」
友達。
エンジェとライトブルーが話したのは僅か3分程度だった。しかし、その時確かエンジェは不安を飛ばしてくれた優しい人だった。
センリは罪悪感を覚える。
ライトブルーにではない。エンジェにだ。
だからセンリはライトブルーを見逃す。
(討伐失敗。私の負けか……)
「ライトブルー、私は君を討伐しないわ。エンジェに感謝しなさい」
センリはライトブルーに言った。
「なるほど……確かに命拾いしたよ。ありがとうエンジェ、センリさん」
「なんで私にも感謝するの? 殺そうとしたのに」
「センリさんは討伐依頼を受けただけでしょう? 私はこの村の吸血鬼達に対してそれだけの事をしたからね」
「私は別に報酬がほしかっただけよ。村の恨みとか復讐とかどうでもいいの。君を殺したら割りに合わないし」
「私の負け。流石は荊の塔攻略者ね」
「そう……。君もその状態でここにいたら村の吸血鬼に殺されるよ。早く逃げなさい」
「そうさせてもらう」
センリとエンジェは逃げるライトブルーの背中を見送った。
傷だらけのライトブルーは住処がある山中を歩いている。
「エンジェは大丈夫かな? いえ、エンジェよりヒドいのはセンリさん。結果的に1番傷付いてたのはセンリさん。私は負けと自分で言ってフォローしたけど……。いや、負けたのは事実なんだけどセンリさんがそう思ってない。それにしてもまさか助けようとした人間に助けられるなんて思わなかった」
ライトブルーは笑みを零して住処目指して歩いた。
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988年後のお姫様のお父さん
エルエル・ベル。
その名を知らない者の方が多い現ギルドオーナーであり、間違いなくエンジェことエンジェティーネ・ベルの父親だ。
なぜ名を知られていないかというとエルエルはギルド幹部しか知られておらず表に出ない人だからだ。
そもそもエルエルはギルドどころか大陸唯一の魔法学校や世界一有名な騎士学校のオーナーでもある。
もちろんこれらを経営してる理由は荊の塔を攻略し、エンジェを助け出すためだった。
エルエルのエンジェ救出は善の魔導師のようにゲーム感覚ではない。チャンスがある限り勇者を荊の塔攻略に送り出した。
仙人となった吸血鬼──吸血仙鬼のライトブルーがそうだ。かく言うセンリの前に荊の塔に挑戦した男もエルエルが送り出した勇者である。
送り出した勇者は1000人。ほぼ1年毎に1人荊の塔に送っていて、偶然で成り行きとはいえセンリはその1000人目である。
そんなエルエルはギルド本部のどこかにいた。
誰の目にも止まらず誰もたどり着く事などできない部屋。
そこでエルエルはエルエルの部屋に入る事を許された数少ない1人──センリに荊の塔の依頼を紹介したロズモンドのギルドの受け付け係をしていた女と話しをしていた。
「エルエル様、センリ様が荊の塔を攻略しました。それがその証拠の品です」
「剣……? ふむ、なかなかの業物だ。これだけか?」
「センリ様から渡されたのはそれだけです」
「後何かなかったか? 女の子とか」
「そういえば一緒に黒髪の女の子も連れて来てましたね」
「それだ!」
「うわっ! ビックリしました。急に大声出さないでくださいよ」
「す、すまん。それでその女の子はどうした?」
「その女の子なら女の子がセンリ様と離れたくなさそうだったので……今頃2人で旅してるんじゃないかと……。もしかしてエルエル様はそちらの女の子が目当てでしたか?」
「そうだ」
「エルエル様はロリコンだったんですか」
「違う! そういう意味ではない!」
「ああ、そうですね」
「誤解だ。憐れみの目で俺を見るな!」
「そうですか」
「わかった。俺がしっかりその辺の説明をしておけば良かったな」
「何がですか?」
「その女の子エンジェティーネ・ベルは俺の実の娘だ」
「そうでしたか」
「驚かないのか?」
「いえ、むしろ疑惑が確信に変わったという感覚です。あの国を1つ買えるような高い依頼報酬金、あの進路を辿るのを予想して私を1年も前から配置してましたしね」
「良かったじゃないか。お前はセンリのファンなんだろう」
「まあ、そうですけど……」
「それで、センリは今どこにいるんだ?」
「センリ様はブルーブルーで強盗竜団を撃退後、吸血鬼村に現れた魔物の討伐を失敗し、現在は大陸に戻る船に乗ってる途中かと」
「吸血鬼村の魔物討伐を失敗?」
「なんでも魔物を殺せたのに見逃したとかどうとか……」
「相変わらずデタラメな女だ。しかし今大陸はあのよくわからない機械人形が現れて危ないんだよな。ドラゴンの国を壊滅させて、ペガサスの国を壊滅させて、昨日は精霊の国を襲ったんだろ?」
「ええ。あの精霊の魔法が機械人形に効かないなんて思わなかったですね。しかも私達の知り得ない科学ですしね。腐っても荊の塔にエンジェ様を眠らせて閉じ込めた悪の魔導師ですね」
「出所掴んでのかよ」
「まあ、私はギルドファクト幹部である前に善と悪の魔導師の研究家ですから」
「それも建て前だろ?」
「さすがエルエル様、わかってますね」
「これでも伊達に1000年以上生きてない」
「はいはいそうですね。それでどうするんですか? ギルドランクSSの称号に惹かれたて挑戦した人達はすべて死亡。最高政府のお抱えである大陸最強の魔導師も挑戦して一応生きて帰って来ましたがどうしようもできず、最高政府は打つ手なしと諦めモードです。裏社会を牛耳る最大裏会社も打つ手なしと諦めています。もっとも、センリ様が壊滅に追い込んだ最強秘密結社があれば話しは別だったのかもしれませんが」
「希望があるとすれば……」
「異例のギルドランクSSにして荊の塔攻略者センリ様……」
「センリは勝てると──いや壊せると思うか?」
「間違いなく無理ですね。それこそ覚醒でもしない限り」
「まったくもって無茶苦茶だ。ギルド自慢のセンリですら勝てるか怪しいとか」
「エルエル様はどうなんですか?」
「俺にわざわざ死に行けと? ヒドいなお前」
「負ける前提ですか」
「確かに実力はあると自分でも思ってるが、あの機械人形どころかセンリの足下にも及ばないな」
「しかし……このまま野放しにもできませんよ?」
「当たり前だ。一応は最高政府と手を組んで手は打つつもりだ」
「というと?」
「悪の魔導師か善の魔導師を見つける」
「なるほど……確かに1番現実的な考えですね。ですがその2人はこの988年間表舞台に出てません。確かに善の魔導師は荊の塔に
100年目に善の魔導師の弟子。
200年目に最強の妖精剣士。
300年目に善の魔導師が錬成した氷の精霊。
400年目に東方の秘境の仙人。
600年目に不死鳥の鳥人。
700年目に神の子。
800年目に最凶の海賊。
900年目に全身武装の男。
500年目に誰を送り込んだかは不明ですけど、確かに送り込んではいます。それでも善の魔導師もまた荊の塔に挑戦者を送り込むだけで表舞台には一切現れてませんよ」
「手詰まりか……」
「諦めるの早いですね。しかし着眼点はいいと思います。確かにどちらかを味方に付ければあの暴走殺戮兵器を止められるでしょう」
「そうだな。とりあえずお前はセンリにその剣を渡して来い。そしてエンジェを俺の元に連れて来い」
「わかりました」
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偶然発生
吸血鬼村でライトブルーを逃がした後、村の吸血鬼達とまた一悶着起こしたセンリは村の吸血鬼達との戦闘した後に船に乗り大陸にある港町ドルンマーに戻った。
そんなセンリとエンジェはギルド本部がある『光の国』にある都市ウインクに向かう予定だった。
理由はライトブルーがギルドオーナーはエンジェの父親だと言ったため、センリはエンジェに会わせようとしたからだ。
肝心の光の国の都市ウインクの場所だが面倒な事に港町ドルンマーとはちょうど大陸の反対の位置にある。
都市ブルーブルーからの汽車が動けば20日ほどで到着するのだが、肝心の汽車が動かない。
センリだけなら歩いて行けるのだが、子供のエンジェは汽車で20日の距離を歩き続けられないだろう。
という事でセンリとエンジェは用もなしにギルドにあるランクSのギルドメンバーだけが使える部屋に滞在していた。
ランクSSのセンリには誰も文句言えないし文句言う気にもならなかった。
そして今。
センリは都市ブルーブルー近隣の魔物討伐の依頼をこなしていて、エンジェは都市ブルーブルーの子供と遊んでいた。
■■■■
都市ブルーブルーのとある広場。
エンジェは友達のネリネと人形遊びを終えてセンリがエンジェにもたせたお菓子を2人で食べていた。
「いいな~。エンジェはお姉さんがいて」
「ネリネにはパパとママがいるじゃない」
「そうだけど……」
エンジェとお喋りしてる相手はネリネ・ガーネットというエンジェと同い年の少女である。
赤毛緑眼でエンジェより少し背が高い。どこかのお嬢様なのか身に付けている物もドレスからアクセサリーまで高級感が漂っている。
「だけどセンリお姉さんカッコいいじゃん! この前ブルーブルーに来た悪者を倒したんでしょ?」
「センリは可愛いの! 確かにカッコいいけど……」
エンジェは照れながらネリネに反論する。
都市ブルーブルーを強盗竜団から守った。そして異例のギルドランクSSへの昇格。
これらにより都市ブルーブルーではセンリは時の人となっていた。
エンジェは吸血鬼村から出た時のセンリを思い出す。
相変わらず吸血鬼達を圧倒する強さのセンリはエンジェの目にはカッコよく映っていた。しかし、同時に弱々しく見えた。今にも泣きそうだったセンリの姿はあまりにも心配になりまた綺麗だった。
とても5歳とは思えないセンリへの印象判断だが本当にそう思ったんだから仕方ない。
エンジェも自分自身なんて言ったらわからないが、まるでセンリには何かが欠落しているように見えた。それはエンジェでも壊せそうなほど脆そうでガラスのように綺麗だった。
そんな事は知らないネリネにエンジェは言う。
「私が言うんだからセンリは可愛いの!」
「なんでよ?!」
「だって私の方がセンリと一緒にいるもん!」
ふとエンジェの頭の片隅にセンリをおねえさんと呼んだ女性を思い浮かべた。
エンジェは黙り込む。
センリをおねえさんと呼んだという事はそれなりに親しい関係だという事は聡いエンジェにはわかる。
(あの女の人と会った時のセンリ……嬉しそうだった)
エンジェは嫌な気持ちでいっぱいになった。
それは所謂独占欲という感情なのかもしれないがエンジェにはわからなかった。
「どうしたのエンジェ?」
「ううん。なんでもない」
お菓子を食べ終えた2人はネリネの案内によって都市ブルーブルーの探検を始めた。
もっとも探検といってもただの遊びなうえに子供2人では動ける範囲だって限られる。
しかし、エンジェとネリネは運悪くというべきか、それとも運良くというべきか。
2人は決して入る事ができない場所に入る事になる。
エンジェとネリネが空を見れば青空が広がっている。しかし、その青空は切り取られている。
そこは暗闇というほどではないが明るくて影懸かっている。
そこは所謂路地裏と呼ばれる場所。
路地裏と言えば不良やらが闊歩したり、裏社会の住人が闇取引したりするイメージが浮かぶだろうがエンジェとネリネが入った路地裏はまさにその通りの場所だった。
しかし、幸運にも路地裏には2人の他に誰もいなかった。
2人は人形を抱えて手を繋いでいる。
エンジェは泣きそうになりながら言葉を発する。
「ネリネ~……ここどこなの? なんか恐いね」
ネリネも強がって答える。
「ここはブルーブルーの路地裏だよ」
確かに路地裏だ。
しかし、この路地裏はギルドメンバーや政府や国の人間すら滅多に近づかない路地裏である。
そもそもここは簡単に入れる場所ではないのだが、見張り役の裏の住人が本当にたまたま偶然にも持ち場を離れていたのである。
一般人が入れば身包みを剥がされた挙げ句行く末は奴隷かリンチの末に殺される。
だからこそ2人が未だに見つかっていないのは運が良いのだ。
「とりあえず出口探そう!」
ネリネは言った。
「来た道戻るの?」
「まあ、それがベストな解決方法だね」
もちろんエンジェもネリネもここが裏社会が支配する場所だとは思ってない。そもそも知らない。
子供なりに用心はしている。しかしその詰めは甘いと云わざるを得ない。
エンジェとネリネが路地裏を戻っている途中。
地面ではない。壁に足を付けて上から2人を見ている者がいた。
その者は呟く。
「ふむ、ガキが2人か……。2人とも顔は整っているな。これなら奴隷商に高値で売れるだろ。しかし、あのガキ共どこかで見覚えがあるな」
その者は思い出す。
「そうか。黒髪のガキは串刺し姫センリと一緒にいるガキ、赤毛の方は最高政府蛇の国のブルーブルー直属魔法部隊隊長ブレンダ・ガーネットの娘か!」
大物だった。
この2人を捕まえれば奴隷商に売るなり身の代金を要求するなりして億万長者も夢ではない。
しかし、リスクがあった。
その者にとってブレンダ・ガーネットは大した問題ではない。大き過ぎる問題はセンリの方だった。
裏社会の住人でセンリの名を知らない者はいない。むしろ表の住人よりその名は轟いていると言っても過言ではない。
裏社会の住人にとってセンリといえば裏社会最強の秘密結社を1人で壊滅に追い込んだ人間。裏社会ではセンリに触れないようにしているくらいだ。
下手を打てば裏社会が壊滅される恐れすらある。
「だが逆を言えばこれはセンリを葬るチャンスじゃねーか。あのガキを人質に取ればな!」
その者はエンジェとネリネを拉致するために動こうとした時。
その者はどこからともなく現れた鎖に巻かれ始めた。
「なっ! なんだこれは?!」
その者の体中に鎖が巻かれると、鎖がその者を締め付ける。
「ぐ! ぎゃ! がああああああ!!」
やがてその者は破裂する。
空には大きな鎖に座り路地裏を見下ろしている金髪碧眼の少女──チェルノフレイがいた。
その者を鎖で締め殺したのはチェルノフレイの精霊魔法だった。
「まったく……偶然私が路地裏に入るのを見ていたから良かったものの……。一歩間違えば表に戻って来られませんでしたわ。センリったらエンジェに路地裏の事教えてませんでしたわね。いえ、知らなかったのかしら? とりあえず後でセンリとエンジェに路地裏の事を教えておく必要がありますわ」
チェルノフレイはエンジェとネリネが路地裏から出るのを見送るとその場から離れた。
だが、偶然にもエンジェもネリネもチェルノフレイもチェルノフレイに締め殺された者も気付かなかったが今までの事を見ていた者がいた。
むしろこれは偶然とは言えないかもしれない。
先にも述べた通りエンジェとネリネが入った時には誰もいなかったし、帰る時もチェルノフレイに締め殺された者しかいなかった。
しかし、確かにすべてを見ていた者はそこにいなかった。
誰もいなくなった路地裏ですべてを見ていた者は現れた。否、むしろそれは発生したと表現した方が的確かもしれない。
発生したそれは美しい女性の姿だった。
ウェーブがかった長い黒髪、赤い瞳、褐色肌で長身、起伏の激しいスタイルが良い女性。
「エンジェティーネ・ベル」
発生した女性はそう呟くとエンジェの後を追うために歩き出す。
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アンノウン
路地裏で発生した女性は路地裏から表通りに入る。
当たり前の事であるが女性は民衆の目を奪った。
理由は明白である。
全裸。しかしそれ以上に路地裏から出て来たという状況の方が問題だった。
その女性が奴隷にしろ裏社会の住人にしろ厄介だった。
「エンジェティーネ・ベル」
女性が言葉を発すると民衆がどよめく。
しかし、当のエンジェはネリネとともに路地裏から早く離れるために既にいなかった。
女性は臭いを嗅ぐ。
「捉えた」
女性はそれだけ言うと民衆の上をジャンプした。
エンジェとネリネは先程まで人形遊びをしていた広場まで戻って来た。
「恐かった~」
そう言ったのはエンジェ。
「まさかブルーブルーにあんなところがあるなんて……」
2人は本当に運良く戻って来る事ができたと云わざるを得ない。
しかし一難去ってまた一難。
エンジェとネリネの前に裸の女性──発生した女性が空から落ちて来た。
女性は華麗に着地する。
そんな女性を見てエンジェとネリネは口を開いて呆然とする。
「エンジェティーネ・ベル」
エンジェは名前を呼ばれてビクっとする。
「すみません。服とかありませんか?」
「へ?」
女性は特に恥ずかしさを感じさせずにエンジェに言い放った。
■■■■
ギルドの大広間。
エンジェ、センリ、チェルノフレイのテーブルを挟んだ向かいに路地裏で発生した女性が椅子に座っていた。
女性はもちろん服は着ている。
エンジェはネリネを帰した後、女性を連れてギルドに帰った。ちょうど居合わせたチェルノフレイに服を貸してくれとエンジェは頼み、女性は今キツキツのゴスロリドレスを着ている。チェルノフレイがエンジェに問い質そうとしたところにセンリが魔物討伐から戻って来てこの状況に至る。
「それで君の名前は?」
センリが女性に至極当然な質問した。
「アンノウンです」
名前なのか不明なのか女性はよくわからない答えを出した。
「う~ん……じゃあアンノウンはどこから来たの?」
センリは女性の名前をアンノウンとして質問した。
「路地裏です」
「路地裏?」
センリは路地裏と聞いても裏社会としての路地裏を知らないため特に突っ込みはいれないし、事の重大さに気付かない。
しかし、大広間にいるギルドメンバーは騒然とする。
「何? どうしたの?」
センリとエンジェは戸惑う。
要領を得てないセンリにチェルノフレイは教える。
「ブルーブルーには路地裏と呼ばれる裏社会が支配する場所があるんですわ」
「そうなの」
「まあ、ブルーブルーすべての路地裏がそういうわけではないし、むしろそういう地区の方が少ないですけれど……。エンジェの事と統合して考える限りこの人──アンノウンは間違いなくその路地裏から出てると考えていいと思いますわ」
ここで言うエンジェの事とはエンジェとネリネが知らずに路地裏に入った事である。
「もっともアンノウンが裏社会の住人か奴隷かそれ以外かは判断が付きかねますけれど、アンノウンが名前なら奴隷とかそのあたりだと思いますわ」
アンノウンはそれを聞くとエンジェを見て言う。
「エンジェティーネ・ベル。私はあなたを助けに来ました」
センリはどこかで聞いた事あるような言葉に嫌な予感を覚える。
それはつい最近、センリと一戦と交えた仙人となった吸血鬼──ライトブルーの言葉と被る。
その言葉に反応したのはアンノウンに呼ばれた本人──エンジェ。
「アンノウン……あなたもパパに言われたの?」
「パパ? あの魔導師はエンジェティーネ・ベルの父親だったのですか。エンジェのパパは女の人だったんですね」
「うん? 私のパパは男だよ?」
「え? 本人が女だって言ってましたよ?」
(エンジェのパパさんってオネエ系なのかな?)
エンジェとアンノウンの会話にこれまた微妙なツッコミを内心でするセンリ。
「どうしようセンリ……。パパが女になっちゃった……」
「大丈夫だよエンジェ。よくある話だから。ハンバーグがおいしいレストランの店長だって女の人みたいな喋り方でしょ?」
「あのカッコいい人……。パパもカッコいいかな?」
「カッコいいに決まってるじゃない」
センリはエンジェの顔を見つめて目を逸らす。
(まあエンジェの父親だし、なかなかの美形でしょうね。ただ、まあ、なるほど──魔導師なら長生きしてる理由も納得ね。オネエ系だけど)
一方、チェルノフレイは別の事を考えている。
否、感じていると言った方が的確だろう。
(本当にエンジェが言ってるパパとアンノウンが言ってるエンジェのパパは同一人物なのかしら? というより別人なんじゃ……)
ちなみにチェルノフレイ含めてブルーブルーのギルドメンバーのほとんどはエンジェが荊の塔から出て来たのをセンリから聞いている。
なのでチェルノフレイは言う。
「アンノウン、その魔導師の名前はなんですの?」
アンノウンは特に気にする風もなく答える。
「名前は聞いてませんね。ただ彼は自分の事をエンジェティーネ・ベルを助ける善の魔導師と言ってましたね」
「! …………」
善の魔導師。
その単語にエンジェは反応する。
エンジェは以前に善の魔導師という魔導師に出会っている。
中性的だが男性のようにハンサムな美女だった。
(違う! パパじゃない!)
エンジェはそう言いたかった。
しかし、エンジェには呪いがかけられている。
善の魔導師の事を口にしたら口を噤む呪い。
「善の魔導師? 何その嘘臭い名前?」
「間違いなく偽名ですわね」
センリとチェルノフレイは言った。
センリもチェルノフレイも何も疑問に思わない。正確には違う疑問を持ってはいるが……。
しかし、幸運にもアンノウンは続ける。
「確か彼は私を荊の塔1000年目の10人目の勇者だと言ってましたね」
今度はセンリが反応する。
センリは荊の塔の最上階──エンジェを助け、バラが彫られた剣があった部屋、エンジェと荊の塔から脱出しようとした時の事を思い出す。
100年目の1人目、誰かの一番弟子。
200年目の2人目、妖精剣士。
300年目の3人目、誰かが作った氷の精霊。
400年目の4人目、東方の仙人。
500年目の5人目、怪力自慢の虎人。
600年目の6人目、最速の鳥人。
700年目の7人目、神の子。
800年目の8人目、海賊。
900年目の9人目、武装した男。
そして──
1000年目の10人目、悪魔と人間のハーフ。
(もしかして私は勘違いをしてる? 悪い魔法使いが残した100年毎に1人を予想していたのを送ってた人はエンジェの父親だと思ったけど……他にもエンジェを助けようとしていた人がいた? という事はアンノウンは人間と悪魔のハーフ?)
にわかに信じがたい。
なぜなら、この世界に悪魔と呼ばれる種族も魔物も動物もいないからだ。
けれども、種族も魔物も動物もいないが言葉は存在する。
つまり、悪魔というのは早い話が架空の生き物なのだ。神話や民話などに出て来るだけのただの架空の生き物。
(という事は神の子も強ち嘘ではないのかな? まあ、今はそんな事はいいわ)
センリは言う。
「エンジェ……残念だけどこの人はエンジェのパパに頼まれた人ではないみたい」
「うん。……」
エンジェは呪いの所為で善の魔導師について追及できない。
だが幸運にもセンリに善の魔導師の存在が伝わった。
「さて、アンノウン──君は人間と悪魔のハーフだよね?」
「? 私は精霊とその善の魔導師が作ったRウィルスの融合体ですよ」
「は?」
センリは思わぬ返しにマヌケな声を出してしまった。
エンジェやチェルノフレイ、聞き耳を立てていたギルドメンバーもマヌケな顔をしている。
「Rウィルスって何?」
「幽霊に融合──この場合は寄生の方が正しいですね。幽霊に寄生して体を──あっ! 幽霊だから体なんてないですけどね。その幽霊にRウィルスが寄生する事によってその幽体を実体化させ て、その体をRウィルスの思い通りに動かす事ができるのです!」
「という事は君はRウィルスの人格なの?」
「その通りですね。たまたま壁に立ってた人が鎖に巻かれて死んだのでその幽体に寄生しました」
センリはチェルノフレイを見る。チェルノフレイは目を逸らす。
「仕方なかったんですわ! エンジェが路地裏に入って身を狙われていましたんですもの!」
「別に責めてるわけじゃないよ。まあ、そういう理由ならむしろお礼を言いたいくらいね。ありがとうチェル」
「い、いえ、どういたしまして」
チェルノフレイは照れる。
「それで……君はもしかして寄生する相手を間違えたんじゃないの? 善の魔導師に人間と悪魔のハーフに寄生するように言われなかったの?」
「いえ、別にその辺は指定されませんでしたね。私が寄生すれば最強になれるらしいですし」
「へぇ……」
悪魔という単語を過剰に出すセンリにチェルノフレイは反応する。
「センリ、先程からあなたは悪魔悪魔と言ってますけれど悪魔がどうしたんですの?」
「エンジェを荊の塔に閉じ込めた悪い魔法使い──いや、エンジェを助けたのが善の魔導師ならエンジェを閉じ込めたのは悪の魔導師としよう。とにかく悪の魔導師は100年毎に荊の塔を攻略する挑戦者を予測なのか予知なのかわからないけどしていたらしいわ。まあ、この状況から察するにエンジェを閉じ込めた悪の魔導師から善の魔導師が助け出す構図ね。ただ、どうもゲームめいてるわ」
「ゲーム?」
センリの言葉に反応したのはエンジェ。
「100年という節目に1人挑戦者を送る。完全にゲームよね」
エンジェは善の魔導師と会った時の事を思い出す。
善の魔導師は、引き分け、だと言っていた。
エンジェはセンリの言いたい事がわかった。
エンジェ自身どんな言葉で現したらいいかわからない。けれどももう少し年齢を重ねていればこう思うだろう。
オモチャにされた、と。
センリは続ける。
「許せないわ。善の魔導師や悪の魔導師とかいうふざけた人達」
「そうですね。生みの親とはいえなかなかヒドいですね」
「それで君はどうするの?」
「私ですか?」
「君以外いないじゃない。この通りエンジェは既に荊の塔から助け出してるし、今更荊の塔を攻略しに行く意味もないでしょ?」
「そうですね。じゃあ私もこのギルドに入ります」
「まあ、別にいいんじゃない」
「それでセンリはさっきから悪魔と言ってましたがどうしたのですか?」
アンノウンは話題が終わると質問する。
「いやね、悪の魔導師は善の魔導師が荊の塔に送る挑戦者の予想に人間と悪魔のハーフというのがいるのよ。どうもそれが気になってね」
「この体は純粋に人間ですね」
「そもそも悪魔なんて見た事ありませんわ」
「所詮は悪の魔導師のただの予想だ。深く考えても仕方ないわ」
センリは考えても無駄だと考え4人でトランプをしようと提案した。
その少し後、センリはウッドに依頼の協力を持ちかけられる。
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竜騎士隊
依頼の待ち合わせの町『クラシック』に向けて走っている。
センリに依頼の協力を要請した虎人ウッドが。
センリはエンジェを抱えてウッドの上で言う。
「早く速く。速く走らないと今日中にクラシックに着かないわよ」
「俺を足に使いやがって……」
「君が協力を持ちかけた依頼でしょうが。私は依頼料を半分の半分で受けてるんだから足くらいになりなよ。馬車馬のようにね」
「なぜ馬車を使わないのか……」
「君の走りは馬車馬より速いからね。交通費も発生しないし」
「ランクSの依頼じゃなきゃお前に頼まねーよ」
「ランクAの君が受ける依頼じゃないわね」
センリとウッドの会話におずおずエンジェが割り込む。
「ごめんなさいウッド。私の所為で……」
「エンジェの所為じゃないわ。依頼の協力を持ちかけたこの虎が悪いんだから。自業自得ね」
センリはウッドが答える前に答えた。
センリ的には依頼を持ちかけたウッドがすべて悪い事になっている。
エンジェがいないならセンリも自分で走ったがエンジェがいたのでウッドに乗っかる事にした。
そもそも当初はエンジェはブルーブルーに置いて行くつもりだった。
ところが、私の側にいるのがどこよりも安全だから連れて行く、とセンリが言ったのだ。完全にわがままである。
さらに、こんなか弱い女の子を歩かせるつもり? ともセンリは言った。
そのような経緯でセンリ、エンジェ、ウッドはクラシックに向かっている。
■■■■
センリ達がクラシックに向かっているのとほぼ同時期。
めでたくギルドメンバーになったアンノウンとチェルノフレイも依頼をこなしていた。
とは言ってもギルドメンバーになったばかりのアンノウンが受けた依頼だ。大した仕事ではない。ギルドランクC級の依頼だ。
アンノウンのギルドランクはC。ギルドランクとしてはギルド加入最初はみんなランクCなので普通な事だ。
そんなアンノウンが受けた依頼内容は行方不明の猫探し。ランクCならこの程度である。
さてさて、この依頼は早めに片が付いた。
問題はこの後に起こる事だ。
都市ブルーブルーはあくまでも蛇の国の中にある1つの町に過ぎない。
簡単に言うと国直属の軍隊が都市ブルーブルーに在留しているのだ。
そのうえ、その軍隊というのがまた曲者で竜騎士隊という軍の中でも高い位置に属する隊だ。構成員はほとんど竜人であり剣や鎧を装備している。
竜人は基本的に獰猛で差別的な性格である。差別的という意味ではどの種族も差別的なところはあるが竜人はその中でもかなり差別的だ。この前の強盗竜団を思い出せばその獰猛さと差別的な性格はわかるだろう。
話は戻ってその竜騎士隊も例によって獰猛で差別的だ。店では金を払わず、通行人が邪魔なら殴り飛ばし、市民が逆らえば即死刑よくてリンチ。強盗竜団と違ってその存在自体が国の公式部隊なので尚更質が悪い。蛇の国の市民は歩く災害と呼ぶほどだ。
そんな竜騎士隊と──チェルノフレイとアンノウンは対峙していた。
理由は簡単だ。
竜騎士隊が死刑を行っていたからだ。死刑相手は親子だった。男の子が竜騎士隊の1人にぶつかり、怒り狂った竜騎士隊から母親が男の子を庇い謝っても、竜騎士隊は親子ともども死刑と称して殺した。罪状は男の子の方に暴行罪、母親の方に公務執行妨害。
そんな成り行きを偶然見ていたギルドのチェルノフレイとアンノウンはキレた。ただそれだけだ。
竜騎士隊隊長が言う。
「貴様ら何者だ? 我々を竜騎士隊と知っての愚行か?」
チェルノフレイとアンノウンは答える。
「ギルドランクS──チェルノフレイ!」
「ギルドランクCのアンノウンです!」
それを見ていた民衆が歓声に湧く。
民衆は竜騎士隊を恐れながらも怒りも感じていた。
「ギルドか……。よもや蛇の国最強の部隊──竜騎士隊に喧嘩を売るとは……死刑だな」
竜騎士隊はそれぞれ剣を構える。
チェルノフレイはアンノウンに尋ねる。
「アンノウン、あなた戦えますの?」
「一応。これでも善の魔導師から英才教育を施されましたから。チェルさん、半分ずつにしましょう」
「自信あり気ですわね。様子見も兼ねてあなたの意見に賛成しますわ」
チェルノフレイは竜騎士隊の足元から細い鎖を出現させて巻き付ける。竜騎士隊は鎖を引きちぎる。その後、さらに一回り大きい鎖を空中から出現させて竜騎士隊の数人を巻き付ける。鎖は鎧を破壊しながら締まって行く。
「な、なんだこれ?!」
「締まって……! や、やめてくれ!」
「罪状は無実の罪を与えた疑いかしら? 身も心も束縛してあげますわ」
竜騎士隊の1人がチェルノフレイに向けて走って行く。しかし、両者の間に距離があり過ぎた。走る竜騎士隊の目の前の地面から鎖が出現し鎧とその体を貫通させた。その竜騎士隊は体に鎖を通して宙吊りにされた。
「大した事ないですわ。この人達に比べたら本当に強盗竜団は強かったですわ。なるほど、だから竜騎士隊は強盗竜団を迎え撃たなかったんですわね。……さて、アンノウンは?」
チェルノフレイはアンノウンを見る。
チェルノフレイが見た時はアンノウンはまだ1人も竜騎士隊を倒してなかった。
(竜人相手に接近戦?)
アンノウンは竜騎士隊の1人を相手にしていた。
アンノウンは竜騎士隊の剣を回避しながらチェルノフレイに言う。
「チェルさんに私の能力を解説しましょう。私には大別して2つの能力があります。1つ目が──」
チェルノフレイは剣を回避するとジャンプして壁に立つ。
「宿主が生前に持っていた能力です。この場合、この宿主は重力移しという壁や天井に自分の重力を移す能力を持っていたみたいですね。もちろん宿主が生前能力を持っていなければこの能力は当然ありませんが、逆にたくさんの能力を持っていればそれだけの能力が使えます」
「ふ~ん」
チェルノフレイは適当に応えると、アンノウンはさらに続ける。
「そして……これはRウィルスが独自に持つ──」
アンノウンが竜騎士隊に向かって壁を駆け出す。そして、自身の両手を結合させて自分と同じくらいの大きさの斧を作り出す。その斧を竜騎士隊の1人に自身が受けている重力の方向──壁に向かって振り下ろす。斧は竜騎士隊の鎧を破壊して体を押しつぶした。
「変身能力です」
早い話がRウィルスには2つの能力、『引き継ぎ』と『変身』があるのだ。アンノウンが使った重力移しは、エンジェとネリネが裏路地に入った時に2人を拉致しようとしてチェルノフレイに殺された人間の能力であった。
アンノウンは一旦腕を通常状態に戻すと、足をバネの形にする。
そしてジャンプする。しかしそのジャンプは壁からのジャンプ。地面と平行のジャンプ。
アンノウンは重力を反対の壁に移して落ちる。落ちる先には竜騎士隊隊長。
アンノウンはニヤリと笑う。
隊長はその強大な竜人の腕を振るう。アンノウンは地面──この場合は重力が1番働く普通の地面を重力を移さずに蹴り、隊長を腕をかわしながら落下スピードを加速させる。
そして重力に身を任せ、体を捻り体の向きを変えながら足を斧にして踵落としを決める。無論、落ちる方向は下にではなく横だけれど。
隊長の鎧は壊れ、硬い鱗を破りながら斧が肉を裂いて食い込む。
「お……が……あ~」
隊長はカッコ悪い呻き声を出して倒れた。
アンノウンは重力を地面に戻して立つ。
(強い……。けれど多人数を相手する戦いは苦手そうですわね)
チェルノフレイは残った竜騎士隊を鎖で縛り、一気に締め上げた。
断末魔の叫びはやがて聞こえなくなる。
チェルノフレイは鎖を消してアンノウンに言う。
「なかなか強いですわね」
「そうですか? これでもエンジェを助け出すために英才教育を受けましたからね!」
「さっきも聞きましたわ」
(おそらく1体1なら私より強いですわ。それでも強さはギルドランクS級、センリの足下にも及びませんわね)
そもそもセンリならこの程度の強さでこの程度の数は一瞬で串刺し。勝負にすらならない。
竜騎士隊の倒したチェルノフレイとアンノウンに盛大な歓声が上がった。
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魔神眼
センリ、エンジェ、ウッドが蛇の国に属する町の1つクラシックに着いたのは都市ブルーブルーを出発してから半日後だった。
さらにその5時間後には依頼を終えている。否、実質まだ続いていると言えるかもしれない。
センリの前にはロープで縛られて目隠しされている男女2人組がいる。
男はスーツで青髪をオールバックにしている。女はチェックのワンピースで同じく長い青髪をサイドテールにしている。
その様は何かプレイに及んでいるように見えるが、これはどちらかというと拷問である。
事実、センリはその男女の首に剣を突き付けている。脅しだ。
センリは言う。
「さて、君達はどこに所属してる人達かな? 魔神眼持ちでそれなりの実力者だから最高政府の公務員? それとも最大裏会社の社員かしら?」
センリとウッドが受けた依頼はとある果物の収穫および農夫と果樹園のガードだった。
なぜこの果樹園のガードがランクSの依頼かというと、果物がとても高価だからだ。
ちなみにウッドは警備担当。センリとエンジェは収穫担当となり、2人は農夫がその高価な果物をたくさんくれたので休憩中はそれを食べながら作業をした。
そして事件は起きる。
件の男女2人組が果樹園を襲った。それをセンリとウッドが向かいうち、見事捕縛した。
「首をはねたくなかったら喋りなさい。自分を大事にするか、任務を大事にするか」
男の方が喋る。
「『魔神眼』を使えばお前くらい……」
センリは男の側頭部を蹴る。手加減して。
「うぐ……」
センリは再び首に剣を当てて言う。
「魔神眼を使えれば? 言っとくけど私は君達の魔神眼を両方攻略したのよ。表の感受特性も裏の攻撃特性もね」
魔神眼。所謂特殊能力を持った眼の事である。魔神眼はセンリの言った表と裏──感受特性と攻撃特性で1つの能力である。感受特性は物事を見る事に特化した能力で普通の人と同じ眼、攻撃特性は魔力を使い見てる物事に影響を及ぼす能力で眼に特別な紋様が現れる。世界中で確認されている魔神眼は全部で10種類。
例えば──センリが捕らえた男の魔神眼の感受特性は粒子を見る能力で、攻撃特性は焦点が合った物を分解する能力である。これは一般に『解嚼眼』と呼ばれる凶悪な魔神眼である。
また、ついでに女の方は感受特性が正確に光と闇を見る能力で、攻撃特性は見ているところを闇に染める能力。こちらは一般に『闇曇眼』と呼ばれる。
センリは女の顎に剣の側面を当てて持ち上げて言う。
「3度目は言わないよ。君達はどこの組織所属なの?」
「待って! 言うから!」
「そう? 素直な子は好きよ。まずは名前を聞こうかしら」
センリは男女から剣を引き離し鞘に収めた。
女は観念して話す。
「私はホワイト・リールス。それでこっちが──」
「兄のバレンタイン・リールスだ。こっちからも質問いいか?」
「どうぞ」
「あんたは何者だ? あの虎人はそれほどではなかったがあんたは強過ぎる。魔神眼の裏はともかく、表はどんなに速くてもある程度は目で追えるが俺達はあんたを目で追えなかった。一体何をした?」
「なるほど……君達の質問はわかった。その前に私の質問に答えてもらうわ」
「仕方ないか」
「所属組織を言いなさい」
「最大裏会社よ」
「へぇ……。それで果樹園を襲撃した目的は?」
「知らないな。俺達はただ襲撃しろ、と命令されただけだからな」
「ふ~ん……。まあ期待してなかったわ。とりあえず君達は警備隊に連行させてもらうわね」
「ま、待って! 結局あなたは誰なの?」
質問を聞き終えたセンリにホワイトは先程と同じ質問をした。
「ギルド所属ギルドランクSS──異名は串刺し姫」
「んなっ!」
「はあ!」
ホワイトとバレンタインは声を揃えて驚いた。
当然といえば当然。
センリはかつて裏社会で最強の秘密結社を壊滅させた過去がある。それ以来、裏社会ではセンリの要求はすべて応え、センリとの戦闘は可能な限り回避するよう暗黙の了解がある。仮にセンリの怒りにでも触れれば最悪の可能性として裏社会そのもの消滅する可能性もあるからだ。
ホワイトとバレンタインはむしろ任務失敗よりも重い失敗をしてしまったといえる。ほぼ確実に裏社会によって殺される。
しかし、バレンタインはセンリに先程までの殺気がない事に気付いた。
バレンタインとホワイトの耳にセンリと少女──エンジェの声が聞こえた。
「エンジェ……なんで来たの? 危ないよ」
「ごめんなさい! でも……この人達悪い人じゃないよ」
「どうして分かるの?」
「見れば分かるの。だってセンリやチェルと同じ色だもん。絶対良い人になるから許して上げて」
「……わかったわ。でもギルドには連行するわ。一応犯罪者だから」
「うん! やっぱりセンリは優しいね」
「エ、エンジェの方が優しいじゃない。こんな人達を許すなんて」
「パパが言ってたの。悪い人はなりたくて悪い人になったんじゃないって」
「ふ~ん」
「センリ、屈んで屈んで」
「何?」
「イイコイイコなでなで」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと何?!」
「パパとかママは良い子だとエンジェにこうしてくれるよ。嫌だった?」
「別に嫌じゃないけど……」
「嬉しかった?」
「うぅ~……」
「嬉しかった?」
「嬉しかった」
「良かった!」
(何だこれ?)
ホワイトとバレンタインはセンリとエンジェの会話を聞いて同じ事を思った。
自分達に向けていた殺気と威嚇たっぷりのセンリの声がデレデレでテレテレの可愛い声になった。
色々な意味で予想外だった。
兎にも角にもホワイトとバレンタインは安堵する。ひとまずは首の皮が繋がったからだ。
■■■■
センリ、エンジェ、ウッドは依頼を終えて都市ブルーブルーに戻っている道中だった。
無論、捕らえたホワイトとバレンタインも一緒だ。
今回は人数も人数なのでセンリは自腹を切って車を用意した。そこに大きい体で車に乗れないウッドを除いた4人が乗車している。
センリとエンジェは隣り同士に座り、向かいにはホワイトとバレンタインが座っている。
ホワイトとバレンタインは拘束をされてはいるが目隠しは外れている。エンジェがセンリにそうお願いしたからだ。
兄妹の2人は美形でよく似ていた。
「言っとくけど馬鹿な真似はしないでね。この状況下でも私はエンジェを守りながらでも君達を殺せるんだからね」
「わかってる。最強秘密結社の『十目の狼』を倒したお前に勝てるとは思ってない。それにお嬢ちゃんには仮があるしな」
センリの脅しに応えたのはバレンタインだ。
十目の狼とは最強秘密結社所属のメンバーで10種類すべて魔神眼を備えた人狼だが、死んだ者を説明してもしょうがないので割愛する。
「センリさんはどうやってあの最強秘密結社を壊滅させたの? 裏社会どころか表社会でもあれを壊滅させられる組織はないと言われてたのに……」
「君達にしたように剣を投げてればあの程度壊滅できるわ。確かに普通の組織とは比べものにならないくらい強い組織だったのは間違いないけどね。まあ、私抜きのギルドで束になって戦っても確実に負けるくらいの強い──正に最強の組織ね」
リールス兄妹はドン引きである。
バレンタインは言う。
「怪我とかしなかったのか?」
「私は女よ。この完璧で綺麗な体に傷を付けるわけないでしょう。これでも戦闘中は気を使ってるの」
エンジェはセンリを見て驚く。
幼いエンジェですらセンリの強さは尋常でない事はわかっている。おそらく自分では絶対に辿り着けない領域の強さ。
(まさか、そんな事を考えながら戦ってたなんて……)
もはやエンジェもドン引き。
「それでセンリはこの人達をギルドに連れてどうするの?」
「エンジェはどうしたい? これはエンジェの独断よ。私はエンジェの判断をできる限りサポートするだけだからね」
エンジェは考える。
エンジェが荊の塔で眠る少し前──パールミリオでお姫さまをしていた時にも似たような状況があった。
メイドが国の機密情報を国外に流した。エンジェの父親でありパールミリオの王──エルエルはそのメイドを処刑すると言った。機密情報を流したのだからエルエルの判断は妥当といえば妥当だ。しかし、エンジェはそのメイドが好きだった。可愛くて、エンジェにとっては優しくて良い人だったから。だからエンジェは反発した。結果、メイドは処刑された。
エンジェは考える。
ホワイトとバレンタイン。2人は良い人だ。理由はわからないがわかる。だからこそチャンスを与えても良いのではないかと思っていた。
エンジェは2人に言う。
「2人ともギルドに入りなよ! そうすれば最大裏会社とかいうのも簡単に手を出せないよ! バレンタインもホワイトもムリヤリ悪い事させられていただけでしょ?」
ホワイトとバレンタインは黙り込む。
実はエンジェはエンジェなりに考えての発言だがあまりにも幼稚だった。しかし、言っていた事は実にドンピシャだった。
ホワイトとバレンタインの兄妹もちょっと前までは表社会の住人だった。両者とも魔神眼はその時から開眼していた。しかし、最大裏会社は2人の魔神眼に目を付けて2人の家族を皆殺しして拉致した。逃げ出したくても規模が違い過ぎて2人の力だけでは逃げ出せなかった。
しかし、2人には今ギルド──というよりセンリという後ろ盾がある。エンジェが頼めばセンリは最大裏会社を潰しに行く。だけど最大裏会社はセンリとの全面戦争(もっともこの場合はセンリの大虐殺になるだろうが)は避けたい。だからこそ2人の安全は保証される。
「もしかして大陸で10年前にあった魔神眼狩りの被害者?」
センリは何気なく聞いてみた。
「まあな。今更被害者振るつもりはないが」
「魔神眼狩り?」
バレンタインの言葉を聞きエンジェはセンリに尋ねる。
「10年前、私はこの大陸に住んでなかったからあまり知らないけれど大陸で魔神眼持ちを拉致しまくったらしいね。私の住んでた極東の島国にも飛び火して大陸の人達が私の国の魔神眼持ちも狩り始めたのよね。私も危うく知り合いが拉致されかけたわ」
ホワイトが補足するように説明を始める。
「10年前はどういう理由かわからないけど、あらゆる国が大規模な戦争をしようとしていた。その中でも魔神眼──特に魔狂眼は今の魔法を主とする戦争において重要視されたから、強力な精霊魔法も無効にできるしね。それで裏社会は国に売るためにこぞって魔神眼狩りをしたわけ。結局戦争は起きず熱も沈静化して国も魔神眼を買わなくなった。それでも使い勝っての良い『流懲眼』持ちや優秀な奴らは売れてった。……で、売れ残った私達みたいなのは裏社会で働いてるわけ」
「ふ~ん。通りで弱いわけね」
「お前が強過ぎるんだよセンリ。これでも俺らはエリートだぞ」
「へぇ……。最大裏会社も大した事もないわね」
センリの完全に馬鹿にした発言だが、最大裏会社がセンリからすれば大した事ないのも事実といえば事実だった。
その時だった。
車の屋根が心地悪い高い音を立てて捻れた。
4人は呆然と晴天を見上げている。
最初に言葉を発したのはバレンタインだった。
「これって『空葬眼』だよな」
センリは扉を開けて外に出る。
「エンジェ、車から出ないでね」
「……うん」
センリは鞘から2本の剣を取り出し両手に持つ。
相対した人物は少女だった。
長く艶やかなサラサラな黒髪はツインテールにしていて、容姿はセンリと同じく極東の国のような顔付き、黒いドレスを優雅に着こなしている。
センリの幼馴染み──アイカがいた。
但し、その目なブラウンの瞳ではなく、空色の瞳に星型の12面体が回っている。それは空葬眼の攻撃特性の紋様だった。
とりあえずお詫びです。
ごめんなさい。
以前出た、そしてこれから先も出るであろう「青いバラ」の花言葉の事です。
どうやら今の花言葉は「奇跡、神の祝福とか」らしいですね。
日本の企業とイタリアだかオーストラリアの共同研究で開発されて以来「不可能とか」そのニュアンスの言葉から前述のニュアンスの言葉に変わったらしいですね。
言い訳のつもりではないですけど私は開発の際にてっきり奇跡とかの花言葉が追加されたものとばかり思ってました。
青いバラの花言葉は後でも使うんですが不可能の方も使う予定なので予め告知しておきます。
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空葬眼
空葬眼。
感受特性──全方位が見えて、視力で見える距離は物影や裏側や自分自身が見える。攻撃特性──瞳は空色になり星型12面体の紋様が回り、焦点を合わせた空間を捻る。10種ある魔神眼の中で最強と名高い魔神眼である。
それがセンリの幼馴染みアイカの持つ魔神眼である。
しかし、アイカの空葬眼の真価は攻撃特性ではない。
「こんにちはアイカ。元気だった?」
「こんにちはおねえちゃん。会えて嬉しいな。約束通り復讐しに来てあげたよ」
「そう。それは嬉しいわ。今すぐにでも私を捻ればいいのに」
「おねえちゃんに空葬眼の攻撃は避けられるだけじゃん」
アイカの目はいつものブラウンの瞳に戻った。攻撃特性を解いて感受特性に切り替えたのだ。
それを見ていたバレンタインは同じく見ていたホワイトに言う。
「あの女……センリ相手に攻撃特性を使わないのか?」
「あの人達知り合いみたいだね」
「センリに空葬眼の攻撃が効かないのは知ってるみたいだしな。どっちにしても空葬眼の攻撃特性を使わなきゃ勝ち目ないだろ」
センリとアイカはバレンタインとホワイトの言葉を聞いていた。
アイカは言葉を紡ぐ。
「やっぱりそういう認識なんだね。空葬眼って……」
「そうだね。まあ、私はアイカの空葬眼の攻撃特性よりあっちの方が苦手よ」
アイカは優雅に笑みを浮かべるとアイカを守るように空から2人の人間が落ちて来た。
1人は全身華美な鎧を身に纏って両手にライオンの顔が付いた大きな盾を持ち、側頭部と後頭部に目が付いた兜を被った大男。もう1人は両手が剣になっている小さな男。
そして大男の目には盾のような5角形の模様の魔神眼──『防断眼』。小さい男には時計のような模様の魔神眼──『時減眼』。
センリはそれらを見て言う。
「相変わらずビャッコ作の人形は壮観だわ」
その男達は人形だった。
精巧に作られた人間のような人形だ。但し、その目だけは人間のものだった。
アイカ・ニシテンマ。ニシテンマとは極東の島国のとある一族だった。ニシテンマの一族は代々人形を扱う家系である。空葬眼はあくまでたまたまアイカが開眼しただけの事である。
言うなればアイカの真価は家系直伝の人形操作技術と空葬眼の感受特性による合わせ技だった。
「行くね。おねえちゃん」
小さい方の人形の目が通常の目に戻ると姿が消える。否、視認できない程の速さで動いた。但し、センリはそれより速く動ける。
アイカの人形技術には魔力の糸で自分自身と人形の感覚を共有する技術がある。それは視覚を共有できるという事でもあった。つまり、アイカは時減眼の視界を見ている。
時減眼。すべてが遅く見える感受特性と視界の範囲を遅くする攻撃特性を持つ魔神眼。
この小さな人形は時減眼に加え、速さを追求するために限りなく軽量化を図った人形だった。
センリと小さな人形は刹那、剣を交える。
エンジェ、バレンタイン、ホワイトの耳に剣と剣がぶつかり合う音が聞こえた。
「なんて戦いだ。魔神眼の感受特性でも捉え切れない!」
「センリも化け物だけどあのアイカとかいう娘も相当切れてるね」
バレンタインとホワイトが言った。
エンジェはその戦況(見えないが)を見て違和感を覚える。センリとアイカ──まるでお互い相手に合わせているような……。
(まるで踊っているみたい……。む~、センリ楽しそう……)
さてさて、その戦況はどうなっているかというと──
小さな人形はセンリの神速に追い付けない。しかし、速さには対応できる。
むしろ小さな人形は十分仕事をしている。
センリは8本の剣をアイカに向けて投げた。
アイカは大きい人形の防断眼の攻撃特性を発動した。大きい人形の側頭部の防断眼の盾の模様が光る。
アイカの横から飛んで来る剣を絶対防御のバリアーが阻む!
防断眼の攻撃特性──それは視野の範囲だけ平面のバリアーを張る事ができる。しかし、視野の広さだけバリアーを張るという性質上、自分から近いほどバリアーが狭くなるという弱点もあるが。
「本当に嫌らしい戦い方ね。アイカ」
「おねえちゃんに出し惜しみなんてするわけないじゃん」
小さい人形の時減眼の感受特性で動きを見切り、大きい人形の防断眼の攻撃特性で防御する。
完璧な戦術だった。
センリはアイカに言う。
「疲れてるじゃない。大丈夫?」
「疲れてない」
「顔が辛そうよ」
「そう? 心配してくれるなんて嬉しいな~」
アイカは限界だった。
空葬眼の視界、防断眼の視界、時減眼の視界すべてをアイカは同時に見ている状態だった。精密性や正確性に気を遣う人形操作技術に加え、センリの動きに合わせた動きもある。さらにアイカは魔力の糸に常に魔力を供給し、防断眼の攻撃特性にも魔力を使った。
まだ戦えるが、結果は完全にわかっていた。
「やっぱり、おねえちゃんは強いね」
アイカは踵を返す。
「ちょっと私はこれ以上戦えないな。また復讐に来るから私の事覚えててね? おねえちゃん」
「何、その可愛い捨て台詞? 私がアイカの事を忘れるわけないじゃない」
「それは超嬉しいな~」
アイカはそれだけ言い残して人形を連れて足早にセンリ達から離れて行った。
センリもエンジェの元へ戻って行く。
「大丈夫? センリ」
「見ての通り無傷よ」
そもそも先の戦闘でセンリもアイカもダメージを負っていない。
センリは車に乗り込み、晴天を見上げる。
「今日が雨じゃなくて良かったわ」
「本当だね。雨だったらびしょびしょだよ。晴れてて良かったね!」
エンジェはセンリにくっつく。
「いやいや! ちょっと待てよ!」
センリとエンジェがほのぼのしようとしていると、バレンタインがそれを遮った。
「何? 君、五月蝿いよ」
「可笑しいだろ! なんであんな激しい戦闘の後でそんなにのほほんとしてられるんだよ?!」
「お互い死んでないんだから別にいいじゃない」
「まるでお互い死なない事を望んでたみたいな言い方だな?」
「彼女は私の大事な掛け替えのない可愛い自慢の幼馴染みよ。少なくとも私は彼女を殺す気はないわ」
「身内には甘いんだな」
「当然よ。エンジェやアイカ、ギルドの仲間達や友人達を守るためなら私は万人の敵とも最強の敵とも戦うわ」
センリは穏やかで優しい──それでいて余裕な笑みを浮かべる。
アイカの襲撃後、4人は約3時間車に揺られて都市ブルーブルーに到着した。
■■■■
車の窓に映る夜空を見上げてアイカは思う。
(おねえちゃん凄かったな。おねえちゃんと戦うのも久しぶりだった。…………でもやっぱり私はおねえちゃんと仲良くしたい。遊びたい。なんであの時──おねえちゃんは一族殺しを否定してくれなかったの? ううん。答えはわかってる。だからこそ私はおねえちゃんに復讐する。復讐しなくちゃいけない。これは私のためにかな? おねえちゃんのためにかな?)
アイカは車に揺られる。
目的のために……。
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バージョンアップ
エンジェを荊の塔に閉じ込めた魔導師をエンジェやセンリは悪の魔導師と呼ぶ。
また、エンジェを閉じ込めた役の魔導師を悪の魔導師と呼ぶならと──エンジェを助ける役の魔導師は自身を善の魔導師と呼んだ。
センリがギルドランクSSとなって表彰された日、エンジェは善の魔導師と接触した。
それはそれとして悪の魔導師はどうしているか?
それはセンリとエンジェがウッドの依頼を手伝いをして果樹園で収穫を行っている時である。
悪の魔導師は荊の塔の最上階の半分にいた。
守護者としていたアルラウネ──キリーとセンリが戦闘した場所だ。正確にはその階より上で戦闘していたが……。
悪の魔導師は宙に浮き塔の壁が見える位置まで飛んだ。
そこには数多の剣で串刺しにされて絶命したキリーがいた。
「ふむ……。キリーを殺す奴がいるとは……。この具合からすると最近か」
悪の魔導師は最上階にワープした。
そこで見た光景はベッドで寝ているはずのエンジェティーネ・ベルはいなくて、悪の魔導師が作った剣・荊薙もなくなっていた。
悪の魔導師は植えられている木々の心を読んでここで何があったかを探る。
「なるほど、私が予想した──それどころかアイツが送った挑戦者ですらないな。ただの人間か……あのキリーを殺すとは化け物並みの強さだな。少なくとも吸血鬼よりは強い。ああ、だから欲望の間にも捕らわれなかったのか。恐らく相当浮き世離れした奴だな」
ちなみにセンリはお金の欲に捕らわれそうになったが運良く突破していた。
「あの荊薙の鞘のバラの色は攻略者の気質によって変わる。青色という事は花言葉は不可能──この場合は奇跡か? 何が奇跡なのだろう? この塔を攻略した事か? それともその強さか? 私の予想した善の魔導師が送る10人なら800年目の8人目──海賊が有力だったんだがアイツはベタにも欲望の間のお金に溺れたんだったな。なんというか良くも悪くも海賊だな」
悪の魔導師は溜め息を吐いてから続ける。
「なんにしても偶然復活した殺戮専用人型破壊兵器ディスペアーでは分が悪いな。あれは所詮殺戮のみに特化した量産型兵器だからな。アイツとの勝負に水を差した攻略者を殺すには実力不足。ならば簡単だ。パワーアップしかない」
悪の魔導師はディスペアーの居所を探る。
「ふむ……ドワーフの住む国を襲撃した後、今は竜人の住む国を襲撃しているのか。今の時代の下等で頭の悪い生物共なんてディスペアー1機で絶滅させられるだろうが攻略者が荊薙を持ち出したというなら話は別だ。荊薙ならディスペアーのボディを切れるからな。じゃあ早速ディスペアーを回収に行くか」
悪の魔導師は荊の塔から消えた。
■■■■
ディスペアーは竜人の頭を握り潰した。
「雑魚が!」
ディスペアーはその竜人の後ろの2人の竜人を見る。
1人は女性の竜人、もう1人は子供の竜人。つまり親子の竜人であり、頭を潰された竜人は父親だった。
「やめてください! 私はどうなってもいいからこの子だけは──」
ディスペアーは光線の剣で母親の竜人を縦に真っ二つ。
「あっそ」
「お前ー! よくも母ちゃんを!」
子供の竜人はディスペアーに体当たりする。
しかしディスペアーには傷どころか動く事さえなかった。
むしろ全力でぶつかった子供の竜人の方がダメージが大きかった。
「ガキは勇ましいな。だけどそういう奴らに絶望を与えて絶命させて、やがて絶滅させるのが俺なんだ。褒めてやるぜガキ、お前がこの竜人の住む国で最後の生き残りだ。あえて言うならお前が生き残るのはこの国の希望だろう。だから俺はお前に絶望を味会わせてやろう。泣くなよ。喜べよ」
ディスペアーは子供の竜人の腕をもいだ。
子供の竜人は断末魔の叫び声を上げた。
「絶望の始まりだ」
ディスペアーは子供の竜人だったものを蹴る。
「あまりにも可愛い声で泣くから途中からサンドバックにしちゃったぜ。不幸にも竜人として強靭な体を持っていたばっかりになかなか死んでくれないから手間がかかったぜ」
ディスペアーの言う不幸とは時間をかけ過ぎてしまった事であり、この場合の不幸は子供の竜人がなかなか死ねなかった事だろう。
「で? 貴様な俺に何の用だ?」
ディスペアーは悪の魔導師に言った。
「やはり俺が作った兵器だ。1000年近く放置していたのに劣化がない」
「自画自賛かよ」
「私は天才だからな。現に988年経った今でもお前の科学技術に追いついてない」
「で? 俺に何か不満でもあんのかよ」
「不満はないが不安はある。この時代には化け物がいる。あまつさえその化け物はお前を唯一切断できる私が作った剣──荊薙を持っている。だから荊薙で斬られないように988年経った私の科学技術でバージョンアップしてやる」
「それはありがたい事ではあるが──相手が化け物だろうが人外だろうが俺は負けない」
「そうだな」
悪の魔導師が杖を振るとディスペアーは倒れてしまった。
「お前は自分より私の方が弱いと決めつけて油断したな。それは事実だろうが私は隙さえあれば相手がどんなに強かろうと関係ないんだ。さて、さっさとコイツを持っていて改造するか」
悪の魔導師はディスペアーとともに壊滅した竜人の住む国を後にした。
それ以降、数ヶ月の間──殺戮専用人型破壊兵器ディスペアーが大陸に姿を現す事はなかった。
しかし、数ヶ月後には大陸全土を絶望に染めるためパワーアップ版ディスペアーが殺戮の限りを尽くす為に現れる。
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抗争
都市ブルーブルーは蛇の国が誇る巨大都市である。都市の中心にあるのはブルーブルーの由来となったブルーブルー教会があり、それが都市が発展するのに重要な足掛かりとなっている。もっともその宗教のブルーブルー教自体が廃れてしまったのだから皮肉な話だが……。
そもそもその都市ブルーブルーがどのような発展したか?
都市というのは大体は海岸沿いに発展する。理由としては港での貿易があるからだ。都市ブルーブルーはというと海岸から徒歩で半日であり近いだろう。理由の1つとして商業が栄えている事。
2つ目と理由として先程取り上げた大陸でも有数の観光地ブルーブルー教会がある事。
3つ目として大きいギルドの支部がある事。
4つ目、裏社会と繋がりがある裏路地と呼ばれる場所があり犯罪組織がのさばっている事。
5つ目、蛇の国の軍隊がよく駐在している事。
6つ目は最高政府が積極的に関わっている事。
これらの理由により都市ブルーブルーは発展した。
しかし、この理由はメリットばかりではない。発展した理由の内4つは大勢力によるものだ。
ギルド、蛇の国の政府、最高政府、最大裏会社やその他組織……。
都市ブルーブルーではこれらの勢力間の問題が浮き彫りになった。
■■■■
センリ、エンジェ、ホワイト、バレンタイン、少し遅れてウッドが都市ブルーブルーに戻ると町は大変な惨状になっていた。
センリがそれを見て言う。
「さて……これはどういう事かしら?」
センリはエンジェを抱えるとウッドに言う。
「ウッド、君はこの2人をギルドに連れて生きなさい。私な様子を見て来るから」
「おう! 任された!」
ホワイトはエンジェを見て言う。
「あの……エンジェを連れて行くの? 危なくない?」
「私の側が1番安全よ」
「そうね。ごめん」
ホワイトは呆れて反論をやめる。
「でもまあ、虎人に魔神眼持ち2人ならエンジェも安全かしら?」
「センリ、私ならセンリがいなくても大丈夫だよ?」
(それはそれで寂しいわ)
センリはウッドの肩にエンジェを乗せた。
「いい、ウッド? エンジェに傷の1つも付けないように全力で命を賭けて守りなさい」
「お、おう」
「バレンタインとホワイトもよ!」
「は、はい!」
「わかったわかった」
センリはジャンプして建物の上に飛び移り、4人に向かって言う。
「じゃあ偵察行って来るわ。できるようならこの状況の根本を制圧して来る」
「頑張ってねー! センリー!」
エンジェがセンリに手を大きく振る。
センリもエンジェに手を小さく振る。
するとセンリはその場から消えた。
ウッド、バレンタイン、ホワイトはデレデレしたセンリの顔を見て色々な意味で不安になった。
途中何者かに襲われるもウッド、バレンタイン、ホワイトはそれらを返り討ちにしてギルドに到着した。
施設に入るとそこには怪我をしたギルドメンバーがたくさんいた。
かくいうエンジェを除いた3人も先の戦闘で満身創痍だが。
それを見たバレンタインが呟く。
「これはヒドい。大きい勢力の1つのギルドがこんなになってるなんて……」
「あら? ウッドにエンジェ、戻ってましたの?」
チェルノフレイがエンジェ達に近づきながら問う。
ウッドが答える。
「ああ、ついさっきな。それよりヒデーな。何があったんだ?」
「抗争ですわ。ギルド、最高政府軍隊、最大裏会社のね」
ウッドら3人は絶句する。
それでもウッドは口をムリヤリ開く。
「な、なぜそんな事に?」
その3大勢力の抗争は下手な国同士の戦争より質が悪く激しい。とある学者の諸説であり、机上の空論とバカにされた言葉ではあるがウッドら3人──どころか今回の抗争に関わった者達はその通りだと納得せざるを得なかった。
「軍隊の方は私とアンノウンの所為かしら? 最大裏会社の方はわからないですわ」
「センリが原因を潰して来るとか言って黒幕を探しに行ったんだが」
「止めなさいよ! ここで最高政府と最大裏会社が崩壊したらカオスでしょうが!」
「最高政府と最大裏会社が絡んでるなんて知らなかったんだよ!」
センリならばおそらくこの抗争を止めてしまうだろうとギルドメンバーは思った。
逆に言うならば表社会を支配する最高政府と裏社会を支配する最大裏会社の両方崩壊という最悪のシナリオが出来上がる。
ギルド内は別の意味で絶望一色だった。
バランスが崩れたとかではなく、バランスそのものが消えてしまう。
「いやいや、いくらセンリでもそのくらいわかりますわよね?」
「アイツ……依頼者が可哀想という理由だけで最強秘密結社壊滅させたよな」
「……もはや不安とかじゃなくて覚悟を決める必要がありそうですわ」
ギルドメンバーとリールス兄妹は考える。
「とりあえず……リン!」
「はい!」
チェルノフレイがテレパシーの妖精リンことリングベリーを呼んだ。
「センリ様に事情を説明するんですね!」
幼児特有の高く舌っ足らずの声でリンは言った。
「ええ、頼める?」
「任せてください!」
リンは早速ギルドから出て行った。
ウッドはリンを見送りながら言う。
「大丈夫かアイツ?」
「リンは優秀だから大丈夫ですわ。それよりエンジェは大丈夫?」
エンジェは俯いていた。
「大丈夫かしらエンジェ?」
「大丈夫よ。ギルドランクSのチェルノフレイさん」
「は?」
エンジェは懐からナイフを取り出すと自分自身の首に押し当てた。
周りにいた人達はエンジェから離れる。
「ちょ、ちょっとエンジェ?!」
「危ないからそれをこっちに寄越せ!」
エンジェはクスクス邪悪に笑みを浮かべる。
「悪いけど私はエンジェという名前ではないの」
「何を言ってるんだエンジェ?!」
「ロール・テイル。あなた達が最大裏会社と呼ぶ組織の社員よ。肩書きは組織内部課課長」
ギルドメンバーがざわめいた。
バレンタインとホワイトは苦い表情になる。
バレンタインが言う。
「ロール・テイル……。組織内部課のオーガンクラッシャーか……」
「その通りよ魔神眼課のバレンタインさん」
チェルノフレイはバレンタインに言う。
「えっとバレンタインでしたっけ? この人は何なんですの?」
「コイツはゴーストだ。他者の生物に憑依する能力を持ってる。組織内部課所属で外部組織を崩壊させるのがコイツの役割だ」
「ありがとうですわ。大体わかりましたわ」
(だとしたら私の精霊魔法イマジンチェーンで対処できますわ。後はあれの隙を見つけてイマジンチェーンで縛れれば……)
頂点精霊魔導師チェルノフレイにはエンジェの肉体からロールの憑依を引き離す精霊魔法があった。
しかし、状況はエンジェの首にナイフ。一歩間違えれば引き離しても不幸にも首にナイフの刃が一閃するかもしれないため迂闊に引き離せなかった。
「ちょっとバレンタインさん、せっかく助けようとしているのに相手方に手の内を暴露してどうするのよ。もしかして最大裏会社を抜けようとしてる?」
バレンタインはロールから目を放してしまった。
「なるほどね。串刺し姫センリに関わった挙げ句任務の失敗、そして今はそっちに寝返ろうとしているのね。だけど私はあなた達兄妹が戻って来るのを拒否するようなら殺してもいいと言われてるんだよね。それにギルドも崩壊させろという命令だしね」
(くっ……。エンジェに何かあったらセンリの狙いをこちらに定める可能性もありますわ。……ん?)
チェルノフレイは天井を見る。
そこには天井に立つアンノウンの姿があった。
アンノウンは人差し指を口に持って行き、チェルノフレイに口を紡ぐように伝える。
(不幸中の幸いですわ! 後はアンノウンと意思疎通さえできれば……)
アンノウンの変身能力を使えばあのナイフを取り上げる事ができるとチェルノフレイは考えた。
しかし、アンノウンはチェルノフレイの考える使い方以外の使い方でエンジェが持つナイフを取り上げようとした。
すなわち、腕を伸ばして取り上げようとしていた。
(そうじゃありませんわ!)
アンノウンがソロリソロリとエンジェのナイフに手を伸ばしてる中、チェルノフレイは空中で小さい鎖を出してその腕を拘束した。
アンノウンはチェルノフレイを睨み付けた。
(違いますわ! そうではなくてあれをこうして、あれをあーしたらそれをこうするのですわ!)
もちろんアイコンタクトだけでは伝わるわけもなく、もはやお互いガン付け合ってるようにしか見えなかった。
もちろんロールがそれに気付かないはずもなく、チェルノフレイの視線の先を追ったロールは天井に立つアンノウンを見つけてしまった。
「んなっ! お前は確か──!」
「今ですわ!」
エンジェの首からナイフが僅かに離れた。チェルノフレイはその隙間に小さい鎖を出現させてエンジェの首を守るようにした。
ナイフと鎖がカキンと当たる。
「何?!」
「その身を束縛して差し上げますわ!」
虹色の鎖がエンジェに巻き付いた。
それを引き上げると鎖はエンジェの体を通り抜け、金髪の女性──ロールがエンジェの体から鎖に縛られて出て来た。幽霊だからその姿は透けているけれど。
ロールは虚空から出現した鎖で手を、床から出現した鎖で足を拘束されている。
それを見てチェルノフレイは満足そうに言う。
「頂点精霊魔法イマジンチェーン。幽霊など触れる事が出来ない存在に触れる事ができる鎖ですわ」
アンノウンは床に足を着けてエンジェをロールから離してアンノウンは言う。
「大丈夫ですか? エンジェ」
「うん。チェルが助けてくれたから平気だよ」
「それは良かったです」
ギルドメンバーが見守る中、チェルノフレイはロールに言う。
「死んでる人に言うのもおかしいけれど、このイマジンチェーンは幽霊でも幻でも殺す事ができるんですわ」
チェルノフレイはロールを縛ってる鎖を締め付ける。
ロールは苦悶の表情を浮かべる。
しかし、ロールは後に余裕の笑みを浮かべる。
「ここで私を抹消しても最大裏会社の目的はわからなくなるよ」
「どういう事ですの?」
「言うわけないじゃん」
チェルノフレイはさらに鎖を締め付ける。
「ですわね。ならば吐くまで拷問ですわ。鎖の頂点精霊魔法の真価──身も心も束縛してあげますわ」
チェルノフレイによる1時間の拷問の末、ロールは口を割る事はなかった。
■■■■
さてさてセンリの方はどうなっているかというと……。
「串刺し姫! 噂には聞いていたがなかなか麗しいじゃねーか!」
「それはどうも。で? 私に何か用かしら?」
建物の屋根の上で剣を持った男に絡まれていた。
「俺は通称最大裏会社の前衛戦闘課平社員『竜巻突き』のブックさ!」
「そんな事聞いてないわ」
「そうだったな。俺達の仕事のために、悪いが足止めさせてもらうぜ!」
「だったら身も心も──」
「だが美しいものが好きな慈悲深い俺が選ばせてやるぜ!」
「話しを──」
「俺に殺されるか、俺に媚びるかをな!」
(うざっ……)
「じゃあ……君を殺すわね」
「俺を殺す? ハッ! それは不可能だ!」
「どうして?」
「必殺技──竜巻突きはいくらお前がギルドランクSSの実力者だとしても防御不可能さ!」
竜巻突き。ブックが持ち得る技の中で最大最強の必殺技。剣の突きで爆発のような竜巻を起こして相手を殺す技である。
「どうすればそんなに自信に満ちるのかしら?」
「お前の強者の傲慢ほどじゃねーよ」
「傲慢だなんて……ヒドいわ」
「最強秘密結社を壊滅させといてよく言う」
「最強秘密結社なんて大した強さではないわ」
「それが傲慢以外なんて言うんだよ! あんな化け物集団、最大裏会社の総力を以てしても壊滅なんて不可能だ!」
(五月蝿いわ。この人……)
「まあいい。最後の警告だ! 俺と戦って殺されるか? 俺に可愛く命乞いするかだ!」
センリにとってもはや考える必要もなかった。
「君が死ねばいいじゃない」
「あくまでも逆らうのか。死ねえ! 必殺──竜巻突き!」
ブックは剣の先をセンリに向けて、攻撃を仕掛けた。
「ふ~ん」
センリは鞘かは剣を1本抜くと、剣の側面でブックの突きを防いだ。
「何?!」
センリはそのまま剣を弾き飛ばし、自らの剣を投げてブックの体を串刺した。
ブックはあっさりと、それこそ潰された蟻のように絶命した。
「結局、竜巻突きって何よ。ただの突きじゃない」
その竜巻突きはセンリがあっさりと防いでしまったわけだが……。
「それにしても最大裏会社絡みなのね。う~ん……あの2人絡みかしら? 合理的な考えとはいえあの2人は私達側に寝返ったはずだけど……。あ! だからか。魔神眼持ちだしね。特にバレンタインの方は最凶の攻撃特性を持つ解嚼眼だったわけだし。あ~、という事はあの2人といると逆にエンジェが危険ね。忙いで戻らないと」
センリはギルドのある方へ向かおうと踵を返す。
そこには美少年というべきセンリと同い年くらいの橙色の髪と眼を持つ少年がいた。
「え~と……どちら様? もしかしてナンパ? 今日はナンパが多いわ。容姿を褒められるのは嬉しいものね。でもそれとこれとは話が別よ。私には心に決めた子がいるから」
センリは吹っ切れていた。
少年が言う。
「ナンパではないかな。いや、ナンパと言えばナンパかも。悪いけれど僕とちょっと遊んでよ」
少年の眼に時計のような紋様が現れた。
少年の視界に入っている空間の時の流れが遅くなる。
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神速VS千手&魔神眼
橙色の髪の少年は時減眼を感受特性に戻した。
体を後ろに向けると、そこにはセンリが両手に剣を1本ずつ持って立っていた。
「なるほど最強秘密結社の十目の狼を殺した事実だったというわけか」
「私的にはあの目が10個付いてた気持ち悪い狼人さんは最強秘密結社の中では弱い方だったわ。なんでみんなあれを神格化してるのかしら? あの10個の魔神眼も使いこなしてなかったし……」
「はは、噂以上の化け物だね。串刺し姫センリ……。まさかこんな単純だけど難易度の高い方法で魔神眼を対処するなんて……」
魔神眼の攻撃特性を対処する方法は有名なものとして3つある。
1つ目は相手の視界を遮る事。魔神眼の影響範囲はそれぞれ少し異なるが、共通点として攻撃特性は最低でも目に映ったものにしか干渉できないし、そのうえ攻撃特性の間は感受特性が使えない。つまり視界を遮れば攻撃特性の効力を大幅に下げる事ができる。例えば、相手の視界を遮るように布を投げたり、部屋を暗くしたりなどだ。
2つ目は魔力切れ。1回攻撃特性使うために消費する魔力は魔神眼の種類や使用時間などで魔力切れする時間はまちまちではあるけれど。
3つ目は相手の視界から外れる事。視界の空間にのみしか干渉しないなら単純に視界から外れれば良いだけの事だ。通常、感受特性から攻撃特性あるいはその逆に切り替える瞬間に攻撃してない攻撃特性──つまり常人と同じ目になるタイムラグが存在する。そのタイムラグで視界から外れる。
センリが行った対処方法は3つ目の視界から外れる事。もちろん、人智を越えた速さである神速を使えるセンリだからこそ出来た芸当である。
「とりあえず……君は誰?」
センリは少年に言った。
「僕は最大裏会社の社員だよ。本名はハンドとでも呼んでよ。界隈では『千手魔神』とも呼ばれているよ」
「大した2つ名だこと」
「そうかもね」
「それで? 私に何かよう? 時減眼だけに時間稼ぎが目的なんでしょう?」
ハンドは腕を組んで一呼吸考えてから言う。
「あまり目的をベラベラ言うのもよくないけれど……戦闘だけじゃほとんど時間を稼げそうもないから話そうか」
さて、とハンドは始めてから言う。
「まずは僕の自己紹介からだよね。僕は最大裏会社前衛戦闘課所属の課長さ。僕の目的は君の足止めによゆ時間稼ぎだけれど、これはあくまで作戦を成功させるための作戦の一部かな。裏社会の暗黙の了解として串刺し姫センリにはあまり接触しないというのがあるんだけど──」
「なんでそんな暗黙の了解が?」
「君が最強秘密結社を壊滅させたからでしょ」
「なるほど」
「話を戻すよ。もし串刺し姫センリが理由や目的はどうあれ僕達の作戦にイレギュラーで介入した場合、確実に僕達の目的は失敗に終わる。ならば最初から串刺し姫センリの事を作戦に組み込めば良い」
「ふ~ん。で? 目的は?」
「そう急かないでよ。こっちだって時間稼ぎに必死なんだからさ」
「そう。じゃあ早く続けて。私も暇じゃないの」
「そうかい? 僕達最大裏会社の最大目的は蛇の国の王族抹殺だよ。ある国の依頼でね。最大裏会社史上最大の依頼報酬なんだ」
「蛇の国の王族を殺してどうするの?」
「依頼主の意図はわからないよ。そもそも王族達は昨日からお忍びでブルーブルーに来ていたんだ。だから護衛も竜騎士隊しかいなかったしね。僕達はそれを利用してるだけさ。第1段階の竜騎士隊の排除も束縛天使チェルノフレイと褐色肌の女性がしてくれたしね。もっとも無自覚とはいえギルドも王族を守ってるけどね。だからこそブルーブルーもこの有り様なわけだけど」
センリはチェルノフレイとアンノウンが竜騎士隊を撃破した顛末を知らない。
センリ自身もあの竜騎士隊の事が嫌いなため竜騎士隊の末路などどうでもいいが、流石にこの展開には苦言したかった。
「状況も教えようか? 蛇の国の政府、最高政府から援軍が送られて来て、それらと最大裏会社、ギルドの三つ巴というところだね。とは言っても政府側はほぼ壊滅状態だけどね。援軍が来る頃には王族抹殺は終わってるかな」
センリは溜め息を吐いて、戦闘態勢に入る。
「丁寧な状況説明どうも。大体理解できたわ。時間稼ぎは終わりね。さっさと君を倒させてもらうわ」
「串刺し姫センリはせっかちだね。まあ聞けよ」
(まだ何か話すのね)
センリは少しウンザリしていた。
「端的に言えば僕は時間稼ぎをしているわけだけども、とりあえず僕の戦い方について説明しようか。僕は魔神眼の1つである時減眼を持っているわけだけれども、他にも僕は強力な能力を持っている。何かわかるかい?」
「知らないわ」
「少しは考えてくれよ。時間稼ぎにならないじゃないか。じゃあ答えを言うよ? 答えは手と鳳凰を司る精霊魔法さ。しかも頂点精霊だね。すごいだろ?」
「確かにすごいわ。魔神眼と頂点精霊魔法の両立した人は初めて見たわ」
「そうだろう? 精霊魔法と魔神眼──特に魔神眼の攻撃特性の中でトップクラスで魔力の消費が激しい時減眼との両立なんて自分で言うのも難だけどなかなかいないよ。串刺し姫センリには改めて時減眼の説明なんていらないだろうから頂点精霊魔法のハンドの説明でもさせてもらおうかな? 簡単に説明すると手を作る魔法だね。あらゆる生物の手を魔力で作って操るんだ。はっきり言って手の精霊魔法と時減眼の攻撃特性は相性最悪だね。だって視界の空間は問答無用で流れる時間を遅くするからね。魔力の消費量も半端ないし。だけど感受特性は手の精霊魔法とすごく相性が良いんだよね」
「ふ~ん」
センリは剣を投げた。
常人には見えないセンリの投擲モーション。格闘技の達人すら見える事はない神速の投擲。
しかし、ハンドには時減眼の感受特性によりそのモーションが見えている。
ハンドは精霊魔法で自身を覆うほどの手を作り出してギリギリ剣を防いだ。
ハンドは言う。
「時減眼で見ても尚この速さとは化け物め!」
「みんなそうだけど私みたいな麗しくてか弱い女の子を化け物呼ばわりするなんて失礼ね」
「麗しくてもか弱くはないだろう」
センリはさらに8本の剣を投げた。
ハンドは大きなの手の平でそれを防いだ。
「こっちも反撃だ」
ハンドは上空に巨人の手のような大きな手を作り出す。
「精霊魔法・ジャイアントハンマー!」
巨人の手は握り拳を作りセンリに向けて振り下ろした。
範囲、威力ともにセンリの今まで対戦相手の攻撃の中では確実にトップクラス。
「遅い」
センリはいとも容易く攻撃範囲から外れて違う建物の屋根に飛び移った。。
もちろんジャイアントハンマーの振り下ろす速さは十分速いが、センリにとっては遅い。
ジャイアントハンマーはセンリが今まで立っていた建物を潰した。
ハンドはさらに人間と同じくらいの大きさの手を作る。たくさん作る。その様はまさしく千手……。
千手がセンリに襲いかかる。
(なんか……気持ち悪いというか……なぜかエロい感じがするわ)
センリは手を避けながらそんな下らない事を考えていた。
(まあ、時間もないしさっさと決めよう。本当は投擲だけで勝てるけどエンジェが心配だから早く終わらせるだけなんだからね!)
センリは剣を構える。
そして迫り来る千手に向かい神速。
ハンドは時減眼でその動きが見えていたが、手の動きがセンリの動きに追いつけない。
センリは手を回避しながらハンドとの距離を詰める。
ハンドは口を開く。
「ここまで──」
言い終わる前にセンリがすれ違い様に一閃。
「な……んで、そんな動きができる……。化け物が……」
ハンドはセンリの動きを見ていた。
すれ違い様にハンドの体を回り、下から上に剣で切り上げて螺旋のように斬る技。神速のセンリだからこそ使える技。
折れた剣を捨ててセンリは言う。
「☆縫」
ハンドは螺旋の切り傷から血飛沫を上げて絶命した。
「君と遊んでいるほど暇じゃないの」
センリはそれだけ言うとギルドに向かって行った。
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蛇の国のお姫さま
エンジェからロールを引き離した数10分後。
エンジェは町中を1人で歩いていた。
(ネリネは大丈夫かな……)
エンジェは同い年の友達であるネリネ・ガーネットの事が心配だった。
幸運にもエンジェはここまで敵らしい敵に遭遇していなかった。
そもそもエンジェがどうしてではなく、どうやってここにいるか?
チェルノフレイがロールを拷問している最中にこっそりギルドから抜け出したのだ。はっきり言ってあまり褒められた行為ではないだろう。
エンジェはとてとて歩いていると、エンジェと同い年くらいの上半身が人間で下半身が蛇の少女が物影に隠れているのが見えた。
金髪赤目の可愛い容姿で赤い鱗に、豪華絢爛な純白のドレスと金綺羅のティアラを身に付けた様はまるでお姫様。
エンジェは物影をひょっこりと見て言う。
「何してるの?」
正直言ってエンジェの判断は正しくない。
センリにも一応知らない人に声をかけてはいけないと言われていたし、エンジェ自身も聡い子であるためそのくらいはわかるはずである。
しかし、エンジェは見えたのだ。
子供の蛇人があまりにも怯えていて、撒き散らす敵意も殺意も自身を守る殻のようだった。
「誰?!」
子供の蛇人は声を荒げた。
エンジェはビクッとする。
恐怖心+敵意はただの警戒心だ。子供の蛇人はエンジェを警戒していた。
だからエンジェは安心させるように言葉を選ぶ。
「えっと……私はエンジェティーネ・ベル。あなたは?」
「……私を知らないの? 私は蛇の国を治める王──オウジャの娘が第3王女──キンジャ・ダ・チェーン! 私を知らないなんてあなた余所者ね! つまり私を殺しに来た刺客、暗殺者ね?!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 違うよ!」
キンジャは疑心暗鬼だった。
都市ブルーブルーに家族とともにお忍びで遊びに来たら急に抗争が始まり、キンジャの母親である王妃は乱心して第1王女と2王女を殺害、父親である王とともに命からがら逃げたと思ったら父親は敵の足止めをしてキンジャを逃がし、逃げている途中でも恐い思いをした。
疑心暗鬼にならない方が不思議だった。
エンジェは優しく言う。
「安心して、私はキンジャの味方だよ」
センリに読んでもらった本にあった台詞そのまんまではあったが嘘偽りない言葉だった。
「本当に?」
「本当」
「本当に本当?」
「本当に本当」
ここに来て初めてキンジャは安心した顔を見せた。
「そうね。あなたみたいな弱そうな人間が敵なわけないよね」
「そうだよ」
「とにかくエンジェもここに隠れて!」
「わ!」
キンジャはエンジェの手を引っ張り物影に連れ込む。
エンジェはキンジャの尻尾に座る形になる。
「ごめんねエンジェ。だけど私も恐いの……。一緒にいて!」
エンジェは笑顔を向ける。
「いいよ。私も恐いけど」
エンジェとキンジャはお互いがどういう状況なのか話し合った。
2人は数分物影に隠れていたが、運良く敵に見つかる事なくやり過ごしていた。
「私は世にも珍しい鎖魔法を使えるのよ」
「すご~い!」
「そうでしょ!」
「チェルみたい」
「チェル? チェルノフレイの事?」
「うん」
「あなたチェルノフレイと知り合いだったの?」
「うん。私のセンリの友達なんだ」
「センリ? もしかしてギルドランクSSになった串刺し姫センリ? すごい! エンジェはセンリとも友達なのね!」
「ちがうよ。センリは私の好きな人なの」
「そうなんだ。だけど私もセンリ大好きなの」
「むっ。私の方が大大好きだし」
「それでも私の好きには負けるね」
悔しそうなエンジェを勝ち誇った顔でキンジャは見た。
そしてキンジャは考える。
エンジェと会って割とリラックスして、この後どうすればいいかを……。
(パパなら大丈夫だよね。強いし。今は生き残らないと!)
「エンジェ、じゃあギルドに案内してよ。私、ギルドの場所わからないの。少なくともここより危なくないと思うの」
「…………別にいいけど」
「それでエンジェは何が使えるの?」
エンジェは考える。
この前はセンリに剣術を教えてもらおうとして木刀を買ってもらおうとしたが結局は欲望に負けて人形を買ってもらったし、魔法が使えるかというと使えない、何か能力があるかといえばない。センリの戦い方もほとんど身にならない。988年前の経験で勉強はある程度できる。しかし、今も昔もエンジェは誰かに守られ甘やかされていたと言っていい。
はっきり言って普通の人間の5歳児だった。
「ごめん。私強くないの」
「つまり役立たずね」
「うぐっ……」
エンジェは目に涙を浮かべる。
そう言われるのは好きの気持ちで負けるより悔しかった。
つまり、エンジェにとってそれは自分よりキンジャの方がセンリに褒めてもらえる事を意味していたから……。
「ごめん! 泣かないでよエンジェ」
「泣いてないもん」
「わかった! 戦闘は私に任せて」
「泣いてないもん」
「わかったから!」
かくしてエンジェとキンジャの危険な冒険が始まった。
■■■■
センリはギルドに向かっている途中にある人物を見つけた。
数人の魔導師に囲まれて血まみれで倒れている男の蛇人。
センリは魔導師達と同じ数の剣を投げて串刺しにして、男の蛇人に駆け寄った。
身なりはまるで王様のようだった。
「君は蛇の国の王──オウジャかな?」
「……その強さを鼻にかけたような無礼な言葉遣いはギルドのセンリか?」
オウジャは元気もなく言った。
「ムカつく言い方だけど久しぶり」
センリはギルドランクSの時にオウジャの護衛の任務を膨大な依頼料をふっかけて受けた事があった。
ギルドランクSの護衛の任務もセンリにとっては緩いものであり、ほとんどは子供のお守りをしていたくらいだった。
(1歩遅かったか。なるほど、あの男の時間稼ぎは成功という事か……)
「それにしても君がたかだか数人の魔導師に負けるなんてね」
「返す言葉もないがあの中に頂点精霊魔導師がいたんだよ」
「なるほど。君は精霊だけどせいぜい上級精霊だしね」
「血が薄まり過ぎたからな。むしろこんなに血が薄まったのに未だに上級とは流石は私のご先祖様だ」
「そんな事より王妃と子供達は?」
「私は助けてくれないのか?」
「はっきり言って君はもう助からないよ。私は回復魔法を使えないし」
「それもそうか……。じゃあ頼む。キンジャを助けてくれないか? 妻と上の娘は2人は死んでしまってね」
「そう……」
(善良な王の最後なんてこんなものか……。善良な王なんてのは見えない敵が多いしね)
「わかったわ。君は私が知る王の中では好きな方だったよ」
「それは嬉しいな。そうだ。確かセンリは異例のギルドランクSSになったんだっけ? おめでとう」
「そんな事よりキンジャに遺言とかないの? あれば伝えるけど」
オウジャは少し黙り、やがて口を開く。
「こういう場合って遺言は何を言えばいいんだ?」
「さあ? 大好きだよ、とでも言えばいいんじゃない?」
「それでいいや」
「テキトーね」
「テキトーなものか。むしろしっくり来たくらいだ」
「ふ~ん」
「センリは変な娘だな。お前みたいなのが故郷の一族を皆殺しにしたとは思えない」
「言ったでしょ? 私が強いのはあの一族を皆殺しにしたから。妹の親友にも恨まれてるんだから」
「なるほど……そういう事にしておこう。だからそんな恐い目で私を見るな」
(そんな恐い目してたかな?)
もうあまり長くないと思ったセンリはさっさと立ち去るべく踵を返す。
「じゃあね。知り合いの死ぬ間際なんて見たくないし、キンジャもだけどエンジェも心配だしもう行くわ」
「どうでもいい人間は躊躇いなく殺すのに知り合いが死ぬのは見るのも嫌だなんて我が儘だな」
「悪い?」
「いや、悪くない。お前は敵を殺しただけだからな」
「関係ない会話はやめよ。こんな事で時間食うと君の娘も君みたいになるわ。この結果もついさっき私が時間稼ぎさせられた結果なんだから。じゃあね蛇の国の王。君の娘には、君の父は君の事を大好きだったと言っておくよ」
センリはそれだけ言ってオウジャの前から離れた。
センリを見送ったオウジャは息を引き取った。
■■■■
エンジェとキンジャがギルドに向かってから数10分。2人は敵らしい敵に遭遇しなかった。
しかし、いくら運が良くても敵もキンジャを探しているわけで……。
2人はとうとう敵に遭遇してしまったのだ。
「邪魔な鎖じゃああああ!!」
二足歩行で人型のライオン──獅子人は雄叫びを上げて縛り付けていた鎖を無理矢理引きちぎった。
もちろんその鎖はキンジャが魔法で出現させたものである。
「ヤバい! エンジェ伏せて!」
キンジャはエンジェを押し倒して獅子人が横に振るった腕を避けた。
「手を煩わらせやがってこのクソガキども!」
獅子人が腕を振り上げ、思いっきり叩き殺そうとした。
エンジェとキンジャは固く目を瞑った。
「その手を下ろしなさいよ。獅子人」
声とともに獅子人の振り上げた腕が下りた。否、正確には落ちた。
「え?」
意味のわからないまま獅子人は腕があった所を見る。
振り上げたはずの腕がなかった。だが痕跡はあった。切れた痕跡が。
そして地面には獅子の腕。鋭い爪を備えた屈強な腕。
「え?」
そして獅子人の胸を剣が貫いた。
獅子人は胸から飛び出た剣先を見た。
「え?」
獅子人は倒れて絶命した。あっさりと。
センリは壊れた剣を捨てて、エンジェ達に近づいて行く。
「今回は間に合ったみたい。ギリギリだけど。全速力だったのが良かったのかな?」
(何にしても直系の王族は残り第3王女のキンジャだけか……。王族がほとんど死ぬとか、流石は裏社会を支配する最大裏会社ね)
エンジェとキンジャが目を開けると優雅に佇んでいるセンリがいた。
「センリ……」
どちらかがそう呟く。
「あれ? エンジェにキンジャ、2人とも一緒だったの? というかなんでエンジェはここにいるの? もしかしてウッドとあの魔神眼兄妹はエンジェをほったらかしにしていたのかしら?」
2人は起き上がるとセンリに駆け寄った。
「センリ~、恐かったよ~」
「うぇ~ん!」
「良し良し、恐かったね2人とも」
センリは屈んで2人の頭を撫でた。
(どうしよう……。キンジャになんて言おうか……)
「とりあえずギルドに行くよ。ここは危険だから」
センリはオウジャが死んだ事をキンジャに伝えるのは安全な状況になったら伝えようと考え、エンジェとキンジャを連れてギルドに向かった。
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抗争終結
センリ、エンジェ、キンジャはギルド施設の前にいた。
「センリ、早く入ろうよ」
「どうしたの?」
幼児2人は両側からセンリの裾を掴んで言った。
センリはただギルド施設を見ているだけ。
(どうしたものか……。チェル、ウッド、魔神眼2人、実力があるギルドメンバー──おそらく相当な実力者だと思うアンノウンの気配も感じない。いや、生きてる気配はする。つまり気絶している。そして、中央にいる知らない気配……。なんとかしないとね。エンジェとキンジャ……こんな所に2人置いて行くより一緒に入った方が安全ね)
「エンジェ、キンジャ、絶対に私の側から離れちゃダメよ」
聡い2人はセンリの言う事が大体わかった。
センリは扉を開け放った。
そこには傷だらけのギルドメンバーが床に転がっていた。
「来ると思った」
「誰?」
声は2階から。
センリ達はそちらを見る。
そこには手すりに座っているアンノウンの姿があった。
「はあ? アンノウン、まさかこれは君がやったの?」
「違うわ。これは私がやったの」
「……どうしてか聞こうかしら」
「大した理由ではないよ。チェルノフレイに拷問されてる間に隙を見つけてね。たまたま近くにいたこれの体に入っただけよ」
「ふ~ん」
「この体はいいわ。ここのギルドメンバーを総力で圧倒できるのよ?」
「あ、そう」
センリは粗方理解した。
(つまりアンノウンに入ってるのは憑依できる幽霊ね。幽霊に幽霊が憑依って意味不明だけど。洗脳では拷問も何もないしね。拷問できたのはチェルノフレイのイマジンチェーンのおかげか)
センリはチェルノフレイを見る。
(流石というべきだわ。この中では1番ダメージが少なそう。逆に言えば前が誰に憑依してたかわからないけどそちらは捕まえたけど、アンノウン相手では捕まえられなかったというわけか……)
センリは腰を落として口を閉じていたエンジェとキンジャの耳元で言う。
「キンジャはイマジンチェーン使える?」
「ごめんなさい。私の魔法はせいぜい鎖の精霊魔法でいう中級だから頂点のイマジンチェーンは使えないの……」
「たぶんアンノウンの中の人は私に入ってた人だよ。私の首をナイフで切ろうとしたの」
「アンノウンの前に入ってたのはエンジェだったの。まあ、今はそれより2人にお願い」
「「何?!」」
センリはチェルノフレイを指差して言う。
「君達2人は気絶してるチェルノフレイを起こしてくれない? その間は私がアンノウンを止めるから。頼むよ」
「「うん!」」
センリは2人の背中を軽く叩いた。
エンジェとキンジャは走ってチェルノフレイの下へ向かった。
エンジェとキンジャの2人で行かせた理由は単純。固まっててくれた方が守り易いからである。
「さて……軽く殺させてもらおうかな?」
「舐めないでもらえる? 串刺し姫センリを殺したうえでキンジャを殺させてもらうわ」
センリは剣を投げた。
センリがロールに憑依されたアンノウンと戦っている間、エンジェとキンジャは難なくチェルノフレイの下に駆け寄った。
「チェルー! 起きてー!」
「大丈夫?!」
エンジェとキンジャはチェルノフレイを呼びかけるように叫ぶが反応はない。
確かにチェルノフレイ──引いてはアンノウンと戦った人達は致命傷を受けていないし、ただただ気絶しているだけだ。
しかし、決して浅い傷ではない。言うなれば重傷だった。
エンジェとキンジャには回復に関する技はない。
「キンジャ、薬を取りに行くよ」
「それしかないね」
エンジェはキンジャの手を引いて医務室のある場所へ向かった。
センリの投げた剣をアンノウンは回避する。
体に剣が通る風穴を開けて。
「気持ち悪いわ」
「悪かったね」
アンノウンは腕を伸ばし鞭のようにしならせてセンリを襲う。
センリは難なく回避。そしてアンノウンに向かって跳ぶ。
アンノウンは座ってる手すりから跳び、壁に着地した。
「君、壁に立てるんだ」
「この体の能力だけどね」
アンノウンは壁をジャンプし向かい側の壁に重力を置き落下の加速度とともにセンリに近づく。
センリは1本剣を投げる。
アンノウンは空中で液体のように体をくねらせて、人間の体では到底ありえない軟体動物のような動きでそれを避ける。その最中に両腕をワイヤーで連結したような剣にして振る。
空中で避けられないセンリは剣を取り出し、それらをいなす。
するとアンノウンの腕から無数の刃が生えて伸びる。
センリはそれをいとも容易く防ぐ。
しかし、無数の刃の内の1本が走るキンジャに向かって伸びた。
「舐めてるのはそっちじゃない」
センリは剣を投げてその刃の軌道をずらした。
刃はキンジャの真横を通り床に突き刺さった。
センリは2階の廊下に着地。
「やっぱりすごいわこの体! まさか串刺し姫と対等の渡り合えるなんてね」
「ふん」
センリは4本の剣を投げた。
アンノウンは手を大きくして金属のように硬化させると剣を防いだ。
「そうだね。串刺し姫を殺した後で第3王女を殺すとしようかな」
アンノウンが両手を伸ばした。両手は途中で分裂し無数に分かれ、それぞれの先端が刃になりセンリを襲う。
センリは隙間をかいくぐって回避。
アンノウンは天井を走りジャンプ。腕で包丁のような、自身の身長くらいの大剣を作り振り下ろす。
センリは床に剣を乗る。
間一髪。
床を切りながらセンリから見て振り上げられたアンノウンの剣を防いだ。剣と剣が当たる音と同時にアンノウンの振り下ろした力で跳ぶ。
センリとアンノウンは空中ですれ違った。
センリは天井に足を着き剣を2本投擲。
アンノウンは腕の大剣を振るい2本の剣を叩き落とし、そのままセンリに向けて攻撃へと転じる。
センリは4本の剣を取り出し、内2本を投げて叩き落とされた2本を弾き床に転がるギルドメンバーを守る。そして持っている2本の剣を頭上でクロスさせ振り下ろされた大剣を受け止めた。
「ピンチね串刺し姫!」
天井が軋む。
センリは体をずらし大剣を流し、回避した後天井から床に跳んだ。
大剣は天井を壊し、瓦礫が落ちる。
「面倒ね」
センリは剣を鞘から10本取り出しながら上に体を向け、剣を1本ずつ持ち振るう。
「☆彩!」
落ちながら☆彩で瓦礫を切る。折れる。切る。折れる。切る。折れる。切る。折れる。切る。折れる。
10本の剣を代償に落ちる天井の瓦礫をすべて神速の如く切った。
「流石は串刺し姫! 今度こそ殺す!」
「残念……終わりはあなたですわ」
不意にアンノウン──否、憑依したロールは聞こえた。
「あなたがセンリと渡り合っていると思って最高に興奮してる気持ちはわかるけれど遊びは終わりですわ」
アンノウンの体に鎖が巻き付く。
「これはまさか?!」
アンノウンは声の方向を見る。
そこにはチェルノフレイ、エンジェ、キンジャがいた。
チェルノフレイは不敵に微笑み言う。
「そう、そのまさか。イマジンチェーンですわ」
鎖はアンノウンの中のロールの幽霊体を引き上げた。
空中に鎖で拘束されたロールにセンリは言う。
「君は私と渡り合っていると言ったわ。それは事実。だけど、それは私が手加減してただけだからよ。まだ本当に短い付き合いだけどアンノウンを殺すわけにはいかないし、エンジェとキンジャがチェルを起こす必要もあった。つまるところ時間稼ぎが必要だった。その証拠に私は落ちる天井からギルドメンバーを守るための1度しか神速で動いてない。そもそも私が本気を出せば最初の投擲で君は串刺し。投げた剣が見えてる時点で察しなさいよ。後、仮に君がアンノウンから出てればその幽体を切る技を私は持ってるし、例え君の姿が見えなくても気配で大体の位置はわかるわ。あくまで問題は君を殺す事じゃなくてアンノウンを殺さずに君を引き吊り出すかだったの」
「馬鹿な! そもそもなぜコイツは生きてるの?!」
ロールはチェルノフレイを見て大声を出した。
その問いはセンリの代わりにチェルノフレイか答えた。
「私が頂点精霊魔導師だと忘れてるんですの? 私の精霊魔法には一時的に体に死を繋げるものがありますの。それでギルドメンバーを一時的に死なせましたのよ。鎖は縛るのではなく本来は繋ぐものですしね。まあ、例によって頂点精霊魔法ですけど」
「なぜそこまでしたの?」
「アンノウンに憑依したあなたをギルドメンバー全員で持ってしても止められなかったからですわ。私もイマジンチェーンで捕らえられませんでしたの。だから私達はセンリが帰って来るまで死んだふり──まあ、死んでたのだけれど、してましたの」
「くっ……つまり井の中の蛙だったわけね」
チェルノフレイはセンリに言う。
「それでこの人どうするんですの?」
「放してやりなさい」
「あら? 放すんですの?」
「ええ、コイツには最大裏会社に私達の伝言を持って帰ってもらうわ」
■■■■
センリ達がロールを解放した3時間後。
都市ブルーブルーの抗争は収束を迎える。
理由はセンリが最大裏会社の上層部に向けてロールに伝言を与えた。
『1つ目、都市ブルーブルーの襲撃を直ちにやめる事。
2つ目、キンジャ・ダ・チェーンおよび蛇の国に危害を加えない事。
3つ目、以上2つの条件を飲み込む事。
もし、条件を飲み込めない場合および条件を破った場合、センリおよびギルドがそちらの組織および関係者を壊滅させる。尚、そちらに拒否権はない』
センリは最大裏会社への完全なる脅迫により抗争の幕を閉じた。
■■■■
ロールに伝言を持たせて最大裏会社へ戻らせてすぐの事。
センリとキンジャの2人はギルドの1室で向かい合いテーブルを挟んで座っていた。
「どうせ騙すのもあれだから単刀直入に言うわ。キンジャ、君の家族は全員死んだ」
隠していてもどうせ王が死んだ式典などが大々的執り行われて近い内にキンジャの知るところになるのだ。
それにまだ幼いとはいえキンジャは確実に王になる。蛇の国では王になるのに年齢は関係ない。つまりキンジャは王に即位。
ならば家族が死んだ事実を隠して長引かせるのは逆効果。
案の定、キンジャは呆然としている。
「後ね、君の父オウジャから遺言。『キンジャ、私はお前を愛してる』だって」
センリはそれだけ言うとキンジャを残して部屋から出る。
別にセンリがキンジャを無視したわけじゃない。
こういう時センリは何て言ったらいいかわからない。
部屋のドアの前で考える。
(強さを求めて自分の一族を殺した私じゃ何を言う資格はないわ。それ以前に何を言ったらいいのかわからないわ)
センリは借りている自室に戻る。部屋の中で泣くキンジャの音を聞きながら……。
キンジャがいる部屋とは違う別の部屋。
疲れたであろうエンジェを寝かしたセンリは数人のギルドメンバーと今後の事を話し合っていた。
数人と言ってもセンリと特に親しいチェルノフレイとウッド、アンノウンの3人だが。
「──という事で無責任だけど明日には私はエンジェと大陸の逆にある光の国の都市ウインクに向かうわ」
「エンジェの父親がいるというギルド本部か。だが今回の抗争でまた線路が壊れただろ」
センリの言葉にウッドはそう言った。
「仕方ないから隣りの国まで車で行ってそこから汽車に乗る。ここで待つのも流石に埒があかないからね」
都市ブルーブルーは近い内に2度の襲撃を受けた。
1度目は強盗竜団による強盗襲撃。
2度目は今回の最大裏会社による王族暗殺事件。
可能性のある襲撃として謎の兵器による殺戮劇だけだが、ここ数日謎の兵器の活動は確認されていない。
「後、チェルはしばらくキンジャの護衛に付いて。私の名前を出したから暗殺を企てるとは考えにくいけど一応ね。もしかしたら内部に黒幕がいるかもしれないしね」
「わかりましたわ」
「じゃあ明日には出るからそろそろ私も──」
その時だった。
ガチャンと荒々しくドアが開かれた。
そして鎖がセンリを襲う。
センリは難なくそれを避ける。
「キンジャ……いきなり人を襲うとかどういう了見?」
「センリが悪いんじゃない。なんで私は助けてお父様とお母様とお姉様達は助けられなかったの?」
(ふぅん……。逆恨みどころかそもそもお門違いだけど、まあ最大裏会社を恨むよりはマシかしら)
「仕方ないじゃない。助けられなかったんだから。私を恨むならどうぞ? 私を殺してもキンジャの家族は生き返らないけどね」
キンジャは鎖を出現させてセンリを攻撃した。
(まあこれが生きる理由なら結果オーライね)
この先1時間、センリはキンジャの攻撃を回避して防御し続けた。
その程度、センリにとって赤子の手を捻るようなものだった。
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