狩柱。 (新梁)
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月の男

アニメ見て書いたのでアニメ分しか知らないのですけどね。

今回のあらすじ

竹雄死す


「がアアアアアああッ!!!」

 

 鬼の顎が頑丈な鬼殺隊の制服を物ともせずに食い千切り、それをされた隊員が悲鳴を上げる。すかさずにその鬼をもう一人の隊員が切り捨てるも、鬼は俊敏にそれを避け刀は下に居た哀れな隊員の腹を浅く裂いた。

 

「ッがああああっ……!」

「叫ぶ暇があるなら立てッ! 食い殺されたいか!」

 

 さらに寝転んだ隊員の肩を蹴り飛ばした隊員はその隊員に謝りもせずに周囲を警戒するが、周囲の木々に紛れた鬼の姿は見えない。キョロキョロと辺りを見回すその間隙を縫って飛んできた鬼が服の端を僅かに食い千切る。

 

 深夜の森の中、こちらは既に多数の鬼を切り捨てたもののそれでも夜目の効く鬼が少なくとも、四。こちらは満身創痍で、片方は手負い。鬼がニヤニヤと笑うのが雰囲気で分かる。

 

 死。その隊員がそれを意識した瞬間、木陰から「ぎゃあっ!」と汚い悲鳴が聞こえる。それと同時に手負いの隊員が「ぐぅ……っ!?」と鼻を押さえた。

 

 その男は他者より僅かばかり優れた嗅覚を持っていた。そしてその男が戦いの最中に鼻を守る事を優先する程の悪臭を放つモノ……

 

「何だァてめえはァァァァッ!」

 

 叫び声のあった反対側から鬼が飛び出し、二人を無視して木陰に飛び込む。だがその鬼の隙だらけな姿に二人は手を出さなかった。否、出せなかった。

 

 訓練漬けの日々を二人並んで駆け抜けてきた、その二人に師がポツリと聞かせた言葉。そして初めて任務を受けた際、突発的な敵の増援──実際には通りすがっただけの強力な鬼だが──に追い詰められているその時来た『助っ人』。

 

 ──いいか、お前ら。

 

「……ゔぅ゙、゙ゔぉ゙え゙っ!」

 

 鬼殺隊員の片割れがその余りにも濃密な血の臭いにえづく。そしてもう一人が、掠れる声で呟く。

 

「……か……『狩柱』……っ!」

 

 ──いいかお前ら。例え何があっても……狩柱の『狩り』には手を出すな。絶対だ。奴は……

 

 ズドン、と銃声が鳴り響き、鬼が僅かたじろぐ。そしてその鬼のがら空きになった腹部に、ナニかの腕が突き刺さる。

 

 ──……奴は、人間じゃねえ。

 

 

 

 町中。

 

 

 

「……今日の街は、何だか違う匂いがするなぁ……」

 

 山に住む炭売りの少年、竈門炭治朗は街に来て一番にそう言った。それほどまでに、何やら奇妙な、嗅いだ事の無い匂いが街を漂っていた。

 

「おうい炭治朗、ちょっとこっちに来てくれ!」

「あ、はーい!」

 

 街の人達に炭を買って貰う間にも炭治朗の思索は続く。

 

(何だろうこの匂い?)

 

(何処かで嗅いだ事のあるような匂いだけれど、絶対に嗅いだ事の無い匂いな気もする。曖昧で心が安定するような不安定になるような、変な匂いだ)

 

(嗅いだ事のある……見たことのある……嗅いだ事の無い……見たことの無い……?)

 

(……そう、見えるけれど手に入らない、妖しい匂い)

 

(…………まるで……月のような香り……)

 

「失礼、少年」

「あ、はい何で……」

 

 篭を背負って商店の前を歩いていた炭治朗が振り返ったそこには、目元以外の顔全てを隠した洋装の男が立っていた。その異装(不審者)にガチリと身を固めた炭治朗を見て、自らの格好を思い出したのか男は明るく笑いながら帽子を取り顔半分を覆い隠すマントのボタンを開けた。

 

「……外人、さん……?」

「あぁー、いや、はっはっは。これは失礼。旅の間の砂埃や泥汚れを避けるためにこんな服装なんだが……これ便利だが不審者にしか見えないよな。いやいや驚かせてしまった。悪気は無いんだが。いやいやあっはっはっは」

 

 昨日泊まった宿の方に注意されたばかりだったんだがね、と頭を掻くその男は高い鼻に青い瞳、くすんだ金髪をした海外の血を感じる美丈夫であった。背丈など今まで炭治朗が見てきたどのような人よりも大きい。その服装含め今まで見たことも無い人種に話しかけられアワアワと慌てた炭治朗だが、「それより……」と男が話を変えたのを察して次の言葉を待つ。

 

「よろず屋はどこかな?」

「ここです」

 

 炭治朗は目の前の商店を指差した。

 

 

 

 店内。

 

 

 

「はいよ。油と布と糸と皮と……」

「……うわあ」

 

 商店の奥から出てくる出てくる物、物、物、物……それを全て大きな背負い袋に詰め込んで、男は店主に炭治朗のよく知る青銅貨や白銅貨ではなく鈍く輝く銀貨を渡した。そして帰って来た釣り銭から一枚の青銅貨を炭治朗に渡す。

 

「え、う、受け取れませんよ! 俺は何も……」

「いーやぁ、助かったよ! 君が居なきゃ何処が商店かも分からずにこの街を永遠にさ迷うところだ! 君は僕の命の恩人さ!」

 

 そう言ってもう一枚銭を上乗せする。

 

「だ、だから俺は大したことは……」

「やー助かった助かった! ありがとうな少年!」

 

 そう言ってさらに一枚。

 

「う、受け取れ……」

「君がそれを返そうとする度に硬貨を上乗せしてやる。手を引っ込めれば服に突っ込んでやる」

「………………いただきます」

 

 結局炭治朗はお使いと言うには多少多すぎる額を手に入れたばかりかその後茶屋でもちまでご馳走になってしまった。

 

「本当にすみません! 本当に申し訳ありません! 本当に有難うございます!」

「いいよ! さっきから思ってたけど君割と頭固いな! で、何で君みたいな年の子がどうして炭売りを?」

 

 米を固めた五平もちを頬張りながら話し合う炭治朗と男──アルマ・カインハーストと名乗った──だったが、思いの外に話が弾み炭治朗は悪いと思いながらも男の独特な押しの強さに負け五平もちを二本お代わりしてしまった。

 

「……そうか。父さんを……頑張ってるなあ少年」

「いいえ、俺なんか……出来る事をしているだけです。妹や弟なんかはまだ我慢なんて出来る年齢じゃないのに必死で今の生活に耐えて……その方が、よっぽど」

「はっは! 強いな少年は! いや、家族のためにか! 素敵ではないか! 記憶を失った私にはどれ程のものか全く分からんが素晴らしい家族なのだろう!」

「え゛」

 

 

 

 そして、暫く話し込んだ後アルマは炭治朗に別れを告げると旅を続けるためにさっさと街を出ていってしまったのだった。

 

『ではな、竈門少年! さっきの銭で兄弟達に旨いものでも買っていってやりなさい! じゃあね!』

 

 そう言われた炭治朗は元々自分のために使うつもりはなかった事もあり、炭を全て売り終わってから先程アルマと話をした茶屋に赴き家族分の団子を買った。そして山に帰る途中、麓にある小さな小屋の住人、三郎爺さんに声を掛けられた。

 

 曰く、夜になると鬼が出ると。

 

 そうした理由で(炭治朗としては建前で)小屋に上がり飯を食わせてもらった炭治朗は、食器を片付け後は眠るだけとなっていた。

 

 そして布団を捲ったその瞬間、炭治朗は『鼻から血を吸った』。

 

「……~~~ッ!!!?!?!?!!!!??」

「……うん? どうした炭治朗」

「……ッ!?」

 

 炭治朗は愕然とした。今のこの空気にこの老人は気がついていない! 

 

「……っぐ、がッはッ!」

「おい炭治朗? 炭治朗!」

「……だ、大丈夫三郎爺さん……ちょっと外の空気を吸……!」

 

 炭治朗がこの異様な状況から逃げようと玄関のつっかえ棒を外し引き戸を開けたその瞬間、家の中に『血が流れ込んできた』。

 

「~~~~!!!!!!!」

 

 溜まらず炭治朗は茂みに駆け込みゲエゲエと先程食べたばかりの夕食を残らず吐き出す。そして未だ血を吸い続けている鼻をどうにかするため、即座に辺りで一番高い木に辺りを付けて登り始めた。足下で三郎爺さんが何かを叫ぶが、現状まともに息を出来ていない炭治朗にそれは聞こえなかった。

 

(何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 何だ!? 一体何なんだ!? この『臭い』は!? そもそもこれは臭いなのか!?)

 

 一足飛びに木を駆け上がり、新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。

 

(臭いが『濃い』とか『薄い』とかそんなもんじゃない! とにかく……兎に角『異質』! 『温度に手触りを感じる』ような! 『音に色を見る』ような! 今俺は、『臭い』に『溺れた』! 明確に存在感を持つ臭い! そんなものが存在するのか!?)

 

『──おぉぃ! 炭治朗ォー! 何しとるんだ!』

「……はっ、三郎爺さん! す、すみません! 今降ります! あと説……明……」

 

 ブワ、と辺りを強風が駆け抜ける。そして、その風は炭治朗が吸ったものよりも『濃い』血をその鼻に運んできた。そして──

 

 ──風が吹いてきた方向には、炭治朗の家がある。それに気が付いた炭治朗は半ば落下するように木から降りた。

 

「炭治朗!」

「すみません三郎爺さん! 家の方角から血の臭いがする! 野生の……冬眠から目覚めてしまった熊でも出たのかも! 俺、行かなきゃ!」

 

 言うだけ言うと炭治朗は小屋に戻り荷物をひっ掴んだ。そして一度家を出て、偶々目に入った鉈を「借ります! 後で必ず返しに来ます!」と叫んで家の方角に走り始めた。

 

(空気が……重い! いや、本当に重い訳じゃない! ただ……この臭いを嗅いだだけで今ここが『血の海の中』だと錯覚してしまう! 無理矢理にでも息を吸わないと! 身体がこの空気を肺に入れる事を拒否している! 溺れたと勘違いする!)

 

「ップハッ!? ハァーッ! ハァーッ! ぐ、ゴボッ!?」

 

(血以外に何も感じられない! 視界さえ赤く染まって見える! 今この場に血なんて一滴もないのに何故ここまで!)

 

 空気を上手く吸えずにクラクラとする頭を抱えて炭治朗は走り続ける。どれ程走ったろうか。先程まであれ程に自分を苛んだ血の臭いはある時すうっ、と薄れ、今はほとんどその臭いはしない。代わりに辺りに漂うのは、昼にも嗅いだ『月の香り』。その香りに誘われるように炭治朗は走り……

 

 やがて、血に塗れた我が家に辿り着いた。

 

「……そんな……」

 

 呆然と地面に膝を着く炭治朗。そんな彼に、横から声が掛けられた。

 

「竈門……少年?」

 

 その声に炭治朗が勢いよく振り返ると、そこには歪な形をした大弓を手に持った……顔を隠したアルマが居た。そしてそのアルマの服装は、血に濡れていた。

 

「……アルマ、さん?」

「……君が今何を考えたのか、おおよその検討はつく。だが本格的な問答は後だ」

 

 そう言ってアルマは弓を畳んで背中に差し炭治朗に背を向け座り込んだ。

 

「この子の治療が終わってから、いくらでも話をしよう」

 

 アルマの座り込んだその先に居たのは……

 

「……ね、ずこ」

 

 雪の上に敷いた白い何かの布に横たわった少女の身体についた傷を白い手袋で押さえ粛々と縫い合わせるアルマが、半ば答えを察しながらも「唯一の生き残りだ……知り合いかい」と問いかける。

 

「…………い、もうと、です」

「…………そうか……つまりここは少年の家か……何てこった……」

 

 傍らに置いたランタンの火で針を炙り、細い糸で丁寧に肌を縫う。慣れた手つきでそれをしながら、アルマはブツブツと容態を説明する。

 

「……運が、良かった。内臓には届いていないし、奴を追い払ってからすぐに処置をした。出血量も少なかったから、あのまま朝まで放ったりしなきゃあ命に別状は無い怪我だった……ただ……傷は一生残る」

「そん……な」

 

 炭治朗は肌に糸を通されている最中にも微動だにしない禰豆子の手を強く握った。

 もしも自分が早く帰ってきていてもなんの意味も無かったろう。しかし一番辛くて怖いときに側に居てやれなかった、その事が余りにも無念だった。

 

「……アルマさん」

「何かな」

「……禰豆子を襲ったのは、熊ですか」

「私なのか、とは聞かないのか?」

「……アルマさんじゃ、無いですから」

 

 炭治朗の真っ直ぐなその言葉に、アルマは肩を竦めた。

 

「全く君って奴はさ……まあ、いいや。君の家族を襲ったのは、熊じゃあ無い」

「……狼ですか」

「『鬼』」

 

 プチン、と禰豆子の肌を接ぎ終わったアルマが糸を切る音が炭治朗の耳に、やけに大きく響いた。

 

「……そして私は……『狩人』だ。かつては獣を、そして……今はその鬼を狩っている」




Q.直系かよ
A.あんま深く考えてないです

完全に思い付きなので続かない可能性高いです。


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少年の無力

久し。

路徳さん、誤字報告ありがとうございます。


 

 

 月香の漂う炭治朗の家にザクザクという音がたつ。空は、白み始めていた。

 

 炭治朗は雪かき用のこしきを使って地面の雪をどけ、そこに家族を埋めるための穴を掘っていた。

 

「……その、アルマさんは記憶を失くしてから医療を学んだんですか?」

 

 深く積もった雪を全てのけてやっとの事で見えた地面を更に掘りながら炭治朗はそう言う。アルマは自分だけでやると言ったが炭治朗は身体を動かしていたいとそれを断った。実際に炭治朗は身体でも動かしてでもいないと家族の凶事を受け入れられそうになかった。そしてそんな炭治朗の心境を察してか、アルマは穴掘りを炭治朗一人に任せて家の中を清掃する作業に没頭していた。

 

「あー、いや、私が失ったのは『記憶』であって『知識』は失っていないんだよ。だから禰豆子ちゃんの容態もそれに対する対処も分かるけど、それをどうやって身に付けたのかは覚えていない。不安にさせるようだけどね……ただまあ安心してくれ。禰豆子ちゃんが今全く動かないのは『感覚麻痺の霧』って奴で痛みや糸の通っている違和感を感じなくしてるからなんだ。身じろぎもしないのは不安かもしれないけど、今のところ異常はないよ」

「感覚……麻痺……」

 

 恐ろしげな単語を聞いて顔の凍る炭治朗だが、アルマは彼を安心させるようにパタパタと白手袋から皮手袋に装いを変えた手を振る。

 

「大丈夫大丈夫! 確かに色々な意味でかなりヤバい品ではあるけど使い方と使う対象を間違えなけりゃただの麻酔だよ! 安心しな。何ならこの戦闘から人形ちゃんの手入れまでこれ一双で何でもこなせるヤーナム謹製ヤーナム手袋を賭けたって良い」

 

 そう言ってアルマが手袋の片方を取り外し炭治朗に向ける。炭治朗は家からそこそこ離れた場所に居るにも関わらず何とも言えない奇妙な表情をして首を横に振った。そして家の方に寄ってきて早々に血を片付けて火を入れた囲炉裏の横に寝かされている禰豆子の手に触る。

 

「……気持ちは有り難いんですけど……そんなとんでもない匂いのする得体の知れない手袋、申し訳無いですけど受け取れないです……それとアルマさんのその言い方じゃ安心できません……ほら手だって物凄く冷えてるし……」

 

「いやそりゃ冷えるでしょうよ。今周りに雪積もってんの見える? ちょっと見せてみ……」

 

 アルマは血を拭う手を止め禰豆子の手に触れ、うん? と首をかしげてから次に首筋に触れる。

 

「……やけに冷えてるね」

「!? だだだだだだだ大丈夫なんですか!? え!? 大丈夫なんですか!? ちょっと!? え!? ぶるぁっ」

 

 アルマの横で取り乱しまくった炭治朗はアルマの必殺ヤーナムパンチを脳天に受けてうずくまった。それを横目で見ながらアルマは禰豆子の身体を精査していく。

 

「落ち着けって竈門少年。脈は正常だ……しかし何故……発熱ならともかく……!? まさかッ」

 

 そう小さく叫んだアルマは冷や汗をかきながら禰豆子の着物をはだけさせる。そして手早く包帯を緩め、その胸部を露出させる。その蛮行を間近で見た炭治朗は泡を食って禰豆子の身体に覆い被さった。

 

「……あ!? アルマさん! 一体何を……」

「……どいてくれないか。竈門少年」

 

 禰豆子に覆い被さった炭治朗の頭に、ごり、と固いものが当たる。それを恐る恐る見上げると、炭治朗と禰豆子に冷えた眼差しで銃を向けるアルマが居た。

 

 その目が禰豆子の頭部を見つめている事を察し、炭治朗は素早く己の身体で禰豆子の頭部を抱え込む。それをアルマはただ冷えた眼差しで見つめ続けていた。

 

「……もう一度言う。どいてくれ。この銃は君程度の軟弱な肉体なら貫通して禰豆子ちゃんに届くぞ。よって、君が今している事は自殺以外の何でもない。それとも妹と共に死ぬのが望みかい?」

 

 アルマという陽気で善良な男の、余りにも冷たい一面に遭遇し言葉を失う炭治朗の、その鼻に『血』が入り込む。

 

 無防備にその臭いを吸い込んでしまった炭治朗は激しく咳き込む。そして数刻前に嗅いだ血よりも明らかに濃厚で鮮烈なその臭いに、炭治朗は全てを察した。

 

「……ハッ、ハァ……貴方、だったんですね……この……臭いは……!」

「そこをどけ竈門炭治朗……今なら君の妹を『人のまま』死なせてやれる」

 

 人のまま。その言葉に虚を突かれた炭治朗はアルマを見上げる。彼のその冷たい眼差しには、しかし深い哀れみの色が宿っていた。

 

「……私の、失態だよ。奴がここに来ていたと言うのに誰一人鬼にしていない事に疑問を感じるべきだった……いや、感じてはいた。しかし……本来奴の体液を身体に入れられれば即座に身体の『再構築』が始まる。それが無かったから……その子は、大丈夫だと……運が、良かった……と」

 

 痛みを堪えるように、ぐ、と眉根を寄せるアルマ。そして、懺悔をするように、血を吐くような声で続ける。

 

「竈門少年……禰豆子ちゃんは……彼女は、『人喰い鬼』に変わりかけている」

 

 炭治朗の視界は黒く染まった。

 

 

 

「……禰豆子ちゃんは、既に傷が塞がっている。人間ではあり得ない治癒速度だ」

 

 アルマは尋常ならざる力で拳を握り締める。ぎゅり、と手袋が悲鳴をあげ、それでも尚込め続けられる力に、拳が微かに震える。

 

 アルマは自らの不甲斐なさに憤っていた。それは『あの永い一夜』に幾度と無く感じたそれであったが、目の前で項垂れる少年を見てその思いはアルマの中で慣れぬ衝動として殊更に強くなっていた。

 

「……私の知る限りでは……長い間鬼に関わっているが、一度血が入ってしまえば……もう……人には……」

「そんなっ!?」

 

 禰豆子の手を握っていた炭治朗がガバッ、とアルマにすがり付く。そのままガクガクと激しくアルマを揺するも彼は静かに謝罪をするのみだった。

 

「…………ヴゥ……ヴゥ…………!」

 

 その時、眠っている禰豆子の喉の奥から獣じみた唸り声が聞こえる。

 

「……少年」

「そんな……! そんな、事って!」

「済まない……」

「助けて下さい! お願いします! 何でもします! 俺の命でも何でも!」

 

 炭治郎はアルマの脚を離し、その場に頭を擦り付け土下座をする。そして、涙に濡れた声で「お願いします!」と何度も叫び続ける。

 

「たった一人……! たった一人、残った家族なんです……!」

「…………鬼化が最終段階に入っている……時間が無い。一分だけ、待つ」

 

 せめて、別れを。

 

 それだけを呟き、アルマはクルリと二人に背を向ける。

 

 アルマの背中を見て、唸る妹を見て、炭治郎は再び涙を流す。グチャグチャに乱れた心持ちのままに禰豆子の頭をゆっくりと撫でた炭治郎は……

 

 …………勢い良く振り向いたアルマに禰豆子ごと思い切り蹴り飛ばされた。

 

「……っがァっ!? なっ……にを!?」

 

 禰豆子の脇に革靴の爪先が入った事で彼女の唸りは一層大きくなり、炭治郎の脇に膝が入った事で瞬間的に彼は呼吸困難に陥る。その中で何とか息を整え妹を抱きしめながらアルマの方を向いた炭治郎は、そこに『二人』の男を見た。

 

「…………やぁやぁ……おひさ、冨岡氏ィ」

「何をしている」

 

 一人はもちろん先程炭治郎を蹴り飛ばしたアルマ。そしてもう一人は、左右で柄の違う半々羽織の男であった。

 

 その男は抜身の青い真剣を炭治郎の方に……炭治郎の腕の中の禰豆子に油断なく向けながら、アルマに向けて問を発していた。そしてアルマはその問いに軽く肩をすくめ、両掌を天に向けながらおどけたように返す。先程の蹴りは、炭治郎達に向けられた男の斬撃を無理矢理躱させる為にした事だと分かった。

 

「何って……最後のお別れさ。いいだろ、そんくらいは」

「…………生殺与奪の権を、他人に握らせるな」

 

 先程は視線の向きと問いの方向が違った冨岡と呼ばれた男だったが、今度は同じ方向……炭治郎を睨みながら炭治郎に向けて発された叱咤であった。

 

「聞いてたのかよ…………あー、言語能力の低い冨岡氏には分からんかも知れんがね。そのへんの話、彼はもう俺の態度から察して」

「お前は出てくるな」

「………………承知しましたよ」

 

 炭治郎は困惑した。彼はこの場にアルマという味方(と言って良いのかは分からないが)が居る為に多少の余裕……匂いから感情を察する余裕があったのだが、冨岡氏と呼ばれた男の匂いは深い悲しみと憐れみ、そして僅かに労りの匂いがするのにも関わらず、言葉があまりにも冷たかったからだ。

 

 アルマの匂いは不機嫌でありつつ少しばかりの悲しみを内包した匂いで、炭治郎の鼻がおかしくなった訳ではなさそうだ。

 

「お前は甘い」

「…………うん、そだね」

 

 どうしよう、二人共なんか悲しい匂いになってきてる。炭治郎は緊迫した状況にも関わらずお節介を発動させてなんとか二人の仲を取り持てないかと禰豆子を抱えてオロオロとするが、会話している片割れが(炭治郎は知る由もないが)冨岡という男である限りそのお節介は実を結ばない。

 

「……俺は、お前とは違う」

「……ハイ」

「……俺は……」

「あー、分かったからもうさっさと竈門少年と話せよ。そのために割り込んできたんだろ? 禰豆子ちゃんに別れを告げるための時間ぶった切ってまで」

「………………」

 

 ああ、こじれてしまった……そう炭治郎が悲しんでいると、男は言葉を続けようとして……

 

「竈門少年ッ!!」

「えっ…………っぐぅ!?」

 

 炭治郎は腕の中に居た禰豆子にドン、と胸を突き飛ばされ、無防備な体勢のままに後ろにひっくり返った。一瞬混乱した頭を振って前を見ると、禰豆子がスックと立ち上がっているのが見えた。

 

「禰……豆子?」

「違うぞ、竈門少年。それ(・・)は君の妹じゃあ、無い」

 

 ザス、と炭治郎の真横の雪が鳴る。いつの間にそこに来たのか、アルマが炭治郎の横に立っていた。

 

「……鬼は滅する」

「……お……に……」

 

 呆然とした顔で半々羽織の男の言った言葉を反芻する炭治郎。

 

 アルマは、そんな炭治郎に目もくれずに、ただ観察するように禰豆子を見ていた。




Q.ヤーナム手袋どんな匂いだよ。
A.アメンの脳髄の匂い。


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