其は黒円卓の死神なり (ここまで来たら最後までやってやる!)
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死神、黒円卓に加わる

君の望むものを与えよう。なに、恐れることはない。この世の何も君を傷つけることが出来はしないのだから。

吸魂の死神よ。望まれぬはずのものであるにもかかわらず、世界から望まれる愛しき告死天使よ。

私が君を最高の舞台へと招待しよう。私の歌劇を彩る花となれ。我が女神は君をも愛するだろう。

さあ、この手を取りたまえ。我が麗しの女神のために、君を私が飾り立ててあげよう。

 

メルクリウスが新たに連れてきた死神は、ラインハルトの前に突っ立っていた。死神の両脇に並んでいる黒円卓の面々の何人かが眉間にしわを寄せている。メルクリウスとラインハルトはその様子を楽しそうに眺めていた。

死神は黒円卓の面々と同じように軍服に身を包んでいるが、似合っているとは言えなかった。

 

「卿がカールの言っていた絶対の死を与える死神か。ふむ、どのような陰気なものかと思えば見目麗しい女性だったとはな。」

 

「死者をもてあそぶ王が、あなたのような美丈夫で私も驚いています。もっと醜悪なものだと思っていました。」

 

死神の言葉に双首領以外の面々がそれぞれの反応を示す。リザやシュピーネがすくみ上るほどの殺気を放つ彼らは、死神をにらみ殺さんばかりの目をしている。

死神はそれを涼しげな顔で受け流す。いや、もしかしたら気づいてすらいないのかもしれない。

メルクリウスはますます笑みを深くする。その顔は新しいおもちゃを与えられた子どものそれに似ていた。

 

「カール、卿は何をたくらんでいる。どうせまたよからぬことだろうが。」

 

「いえいえ、そのようなことはありません。私はこの者が獣殿の願いを満たせるかもしれないと思い連れてきただけです。たくらむなどと人聞きの悪い。」

 

にこやかに告げるメルクリウスを胡散臭そうに見やる黒円卓の面々。ラインハルトは少しばかり思案すると、おもむろに立ち上がった。

ゆっくりと玉座から死神のいる地平へと降りてくる。それを死神は特に何を言うでもなく見ている。黒円卓の面々は緊張の面差しでそれを見ていた。

ラインハルトが降り立った。それと同時に軽く払うようにして腕を振るう。それは死神に直撃した。

かつてラインハルトの力をその身で体験した者たちが、かすかに体をこわばらせた。振るわれた力はかつての自分たちに向けられたものよりも数倍のものだと悟ったのだ。

 

「死んだな、あいつ。」

 

「ふん、当然だろう。」

 

「あーあ、面白そうだったのになぁ。」

 

メルクリウスの笑みがさらに深くなったことが気がかりだったが、死神が無事ではないことを誰もが確信していた。ラインハルトの力は絶対だ。それを受けて何もないなどということはない。それが彼らの中での絶対で、信仰だった。

吹き飛ばされた死神はピクリとも動かない。ラインハルトも動かずにじっと自らの手をにらみつけている。

突然ラインハルトが笑い出した。片手を顔に当てて苦しそうに笑っている。

 

「お気に召されませんでしたか。それともその感覚すら既知だったと、あなたは仰るのか。」

 

「ああ、カールよ。この感覚は確かに未知のものだ。生きている間にこんな感覚を経験するものなど、いはしないだろう。だがな、カールよ。こんな感覚でさえ私の中では既知なのだよ。」

 

双首領にしかわからない会話だった。死神を殴り飛ばしたことで何を感じたというのか。

誰にもわからない。死神は相変わらずピクリともしない。しかし、彼らは本当に死神が死んでいるのか疑問に思い始めた。

全く動かない死神にマレウスが近づいていく。軽くゆすってみようと手を伸ばしたところで、その手が不自然に止まった。マレウスの頭の中で派手に警鐘が鳴っている。これに触れてはいけない。これに触れれば間違いなく死ぬ。

 

「ああ、マレウス。その子には触れぬことをお勧めしよう。君がまだ黄金の爪牙でいたいのなら、それだけはしないことだ。たとえ魔道を修めていようがそれには一切関係ないのだから。君にはその子に触れて耐えうるだけのものもないことだし。」

 

メルクリウスの言い方にカチンとくるものはあったが、自分の直観に従うことにしたマレウスは大人しく引き下がる。それを満足そうに見届けてからメルクリウスは、固まっているラインハルトをわずかに眺めやって死神に視線を移す。

 

「いつまでそうしているつもりだ、告死天使。何かお気に召さないことでもあったのかね?」

 

「あなたはやはりどうしようもないクズだ、メルクリウス。自らの願いのためならば、穏やかに生きようとしていた者すら地獄に叩き落す呪いの男。死者をも自らのために駒とするなんて悪趣味にもほどがある。女神とやらに嫌われてしまえばいいのに。」

 

冷たい声だった。蒼玉の瞳が氷のような光を宿してメルクリウスに向けられている。

メルクリウスは薄く笑ってやれやれといった仕草をする。死神は息を大きく吐いて、あきらめたような表情を作った。

 

「と、あなたに言っても何にもならないのだった。獣殿、これだけは言っておきます。なくなってもすぐに元に戻るものなんて、何の価値もありはしません。たった一度きりだからこそ愛おしく大切なんです。たった一つの唯一だから、愛すべき輝きがあるのです。・・・少なくとも私はそう信じています。」

 

言い切ってからきまりが悪かったのか何とも言えない顔をしたが、死神はそれ以上話さなかった。

黒円卓の面々はもはや死神の言葉にいちいち反応しなくなっていた。いや、反応している者はいるのだが周りが慣れてきた。

ラインハルトは穏やかな、それでいてゆるぎない心で死神の思想を受け入れた。そのうえで死神に自分についてくるのかを尋ねる。

死神はメルクリウスを射殺さんばかりに睨んでから、苦い顔で頷いた。

 

「この命、あなたのためにとは言えません。けれど、ここまで来た以上あなたの命には従います。従いたくないときは従わないけれど、そこはそれ。どうか目をつむってほしいです。」

 

誰も反応しなかった。ラインハルトが笑っていたからだ。それは彼が死神を受け入れたということ。今ここに、死神が黒円卓に加わった。

書き加えらえた役者は、この歌劇に何をもたらすのだろうか。メルクリウスは未だ見たことのない未知を求めて、ひそかに笑った。




作者豆腐メンタルなのでご指摘、中傷はできるだけやわらかい言葉でお願いします。


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死神の記録

死神

 

序列なし

星占術、アルカナ、ルーンもない。

魔名は告死天使(アズライール)

与えられた祝福(呪い)は「理想と常に相反する」

 

 

メルクリウスに連れてこられたイレギュラー

『死者が生者を脅かすことも、生者が死者をもてあそぶことも、決してあってはならない』『命とはたった一度きりのものだからこそ尊いのであって、何度でもよみがえるのならそれはもう命とは呼べない』といった持論を持つ。

が、それを他人に押し付けることはしない。自分自身の事情もあり基本他人の思想を拒絶したりはしない。

獣殿個人は好きだが、獣殿の思想は好きではない。

 

生まれつき魂が欠けている。それゆえに常に欠落を埋めようと他人の魂を引き寄せてしまう。

常人であれば近づくだけで魂が抜き取られ、黒円卓の面々でも触れれば抜き取られる。本人にも制御ができないため、基本的には近づかないことが吉。

一度死んだ魂には効果がないため、トバルカインとマキナ、原作時点の残りの大隊長たちと獣殿には効かない。

 

マレウスと同じかそれ以上生きている超若作りなおばあちゃん。

人生経験豊富なようで、そうでもない。割と初心。

マリィとはだいぶ違う外れもの。取り込んだ魂を通して言葉や常識を学んでいる。

マレウスが言うには、静かに狂っているとのこと。

 

エイヴィヒカイトは自身の肉体。

他人の魂を問答無用で抜き取り、内にため続ける至高の器。

ただし、肉弾戦はあまり得意ではないので死神らしくと鎌を渡された。

死神と告死天使は全く違うものだが、死を告げるために現れるという一点のみをみれば同じものだということらしい。

 

黒円卓で仲がいいのはマキナ(触れても死なないからと一方的に好意を持っている)と大人しい系の人

黒円卓で仲が悪いのはメルクリウスと戦闘好きな人

メルクリウス以外は、万が一殺してしまったらいやだという思考から距離をとっているだけで嫌いなわけではない。

ベイは怖くないが、シュライバーは怖い。ザミエルは忠誠心の塊というイメージ。

 

先天的に魂が欠けているからか、よく吐血する。身体の外も内も何も問題はないはずだが、吐血する。

メルクリウス曰く、自滅衝動によるものなのだとか。

 

メルクリウス曰く、渇望は「抱きしめられたい」というものらしい。

本人は「誰もから拒絶されたい。必要とされたくない」だといっている。

どちらが正しいのかはわからないが、シュライバーのような例もあるので一概には言い切れない。

 

創造の能力は「自分を拒絶している者にしか殺されない」

彼女を心底拒絶していないと傷一つつけることが出来なくなる。

しかし、心底拒絶していても彼女に触れれば死ぬことは確定なので相打ち上等で行かなければならない。

ほとんどの相手には優位だが、トバルカインとマキナには一切効果を示さない。

彼女を殺したければ、トバルカインに殴り殺させるか、マキナに幕引きさせるくらいしかない。

それでもトバルカインには意志がなく、マキナは基本的に自分のことしか見ていないのでアズライールを心底拒絶しているかと言われれば微妙ではある。



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死神、ベルリンを出る

戦場と化したベルリンは赤く燃えていた。

ここら一帯を更地にせんとするかのように、降り注ぐ爆撃の雨は一向に止む気配がない。いたるところから銃撃戦の音が響き、戦車が駆動している音が聞こえる。

誰かに助けを求めても、もはや誰も救ってはくれないのだと理解することは容易だった。誰もが助かりたいと願いながら、助からないと確信していた。

栄光を得ることはできず、地獄を叩きつけられ、希望の光は消え去った。もはや誰にもベルリンに、第三帝国に襲いかかる崩壊の波を止めることはできない。誰もこの地獄を塗り替える英雄にはなれない。

すべて、すべて、ここで消え去れと言わんばかりに。人々の記憶から、この世界から、消え去れと言わんばかりに。第三帝国の崩壊は今、目の前にあったのだ。

 

 

 

ヴィッテンブルグの声が響いたと思ったらハイドリヒ卿の演説が始まった。ベルリンの住民たちは何かに取り憑かれたかのように空を見上げている。一人の例外もなく、だ。

ハイドリヒ卿の演説は滞りなく進む。それを聞きながら改めて一つの事実を突きつけられる。

悪魔の誘惑に勝てる者はいない。ましてや最強の詐欺師がついている悪魔に騙されないものがどこにいるのか。

勝利を望む。それだけならばどこにだってある願いだ。決して間違っていない人として当然の願いの一つだ。

私にはよくわからないが、黒円卓にも勝った負けたにこだわるものがいるからきっとそうなのだろう。私には、そこまでこだわれるものがないから羨ましくもある。

 

演説を聞く者たちから距離を取りながら黒円卓の面々と合流する。

ハイドリヒ卿たちの計画を成功させるためには、ベルリンの市民をすべて殺さなければならない。しかし、そこに私はいてはならない。何せそばにいるだけで命を奪い、自分のものにしてしまうのだ。計画に使うための魂を奪い取ることになってしまう。

だから、私は少し離れたところから見ていることしかできない。

まともな人ならば、きっとここで傍観に徹さずに彼らを止めようとするのだろう。実際ここで彼らを止めなければ大勢の人々が死ぬ。将来的には世界中の人間が地獄に叩き落されるだろう。

 

わかっている。知っている。

それが果たされないことを。私が何をしても無駄であるということを。

ここで彼らを止めようとすれば、間違いなく何人かは殺せるだろう。止められるだろう。

しかし、それで終わりだ。全員を止めることはできない。そして私は殺される。あの鋼鉄の拳だけは私もただでは済まない。

そして彼らはまた円卓を埋めて、計画は止まらない。ここで何をしようと無意味なのだ。

ここで起こる大量虐殺を防げても、その先の大量虐殺は防げない。そして、防げなくて困るのは間違いなく後者のほうだ。

だから何もしない。何も、指一つだって動かさない。私に許されているのは、ただ見ることだけ。すべてを見て、すべてを覚えておくことだけ。それだけが黒円卓において私に課せられた『仕事』だった。

 

 

 

全てが終わって、ハイドリヒ卿はヴィッテンブルグ、ベルリッヒンゲン、シュライバーを伴って異次元へと消えた。メルクリウスはどこかへと消えた。自分がかかわるとろくなことにならない、と今更なことを言い残して。

本当に今更だと思う。初めからそうしてくれていたら、どれだけの人々が人のまま死ねただろうか。

私だって、こんなことになると知っていたらついて行ったりしなかった。

本当に詐欺だ。彼一人だけが得をするペテンに私たちは自分の意思で参加させられていると勘違いさせられている。そしてそれに気がついても声高く非難できないような状況を作り出している。

本当に性が悪い。

 

「アズライール、あなたはこれからどうしますか?」

 

「そういうあなたはどうするつもりなんだ?シュピーネ。」

 

「さぁ、今はわかりませんね。なるようになるでしょう。」

 

「ならば私だってわからないよ。わかっていることはあの人が示した時を待つだけだ。」

 

「ところで、あなたは黄金錬成のことについて知っていますか?」

 

「・・・死者をよみがえらせ、永遠の命の与える秘儀だろう。それくらいは知っている。」

 

「いえ、あなたがいったいどういった認識でいるのかを確認したかっただけです。それでは、私はこれで。」

 

シュピーネはそう言って赤く染まったベルリンの中に消えていった。

結局彼は何が言いたかったのか。何となくわかる気もするが、だからといって自分から言いに行くことでもない。

シュピーネ、逆に聞くが君は黄金錬成をどういう風に認識しているんだ?本当にあれがそんなに都合のいいものだと思っているのか?

心の中でつぶやいた疑問は誰にも答えをもらえず沈んでいった。

周りを見てみると、残っているのは私とトリファだけのようだ。そのトリファは何をするでもなくじっと私を見ている。

何か用があるようだが、私は彼のように心を読めるわけではない。なのであと少し待って何も話さないのなら私もここから離れよう。

 

「約束の時、シャンバラで会いましょう。アズライール。」

 

意味深に笑いながら彼が発した言葉はそれだけだった。紅く染まるベルリンを背景に、その聖職者として完璧な笑みはひどくなじんでいた。決してかみ合わないものがかみ合ってしまっていることがこれほどに美しいとは知らなかったが、彼はきっとそれを否定するだろう。

だから何も言わなかった。何も言わず、トリファに背を向けて私はベルリンを出るべく歩き出す。

炎が舞って熱せられているはずなのに、手に持った鎌はひどく冷たかった。

 

 

 

 

シャンバラが完成するまでしばらくかかると聞いた。さらにメルクリウスが用意したツァラトゥストラが成長する期間を考えると、黄金錬成が始めるにはそれなりに時間がかかるようだ。

黒円卓に所属してから少しだけ抑え方が分かったこの体質だが、それでもなるべく人の多いところにはいかない方がいいだろう。

いっそのこと世界中を歩き回ってみるのもいいかもしれない。世界中余すことなく歩き回ればそれなりに時間はつぶせるだろう。

 

その間にこれ以上戦争が起きなければいいなと思う。戦争は彼らの暇をつぶす絶好の機会になるだろうし、魂を集めるにもちょうどいい。

平和になっているともいいと思う。ツァラトゥストラが戦争を知らない人だったら、私を含めて黒円卓を正面から否定してくれるかもしれない。

何より、これ以上くだらないことで失われる命が少しでも減ればいいと思う。

訳の分からないうちに圧倒的な理不尽に踏みつぶされる人がいなくなればいいと思う。

圧倒的な理不尽にそれでもすがろうとせず、真っ向から否定できるようになればいいと思う。

そうすれば、きっと私の願いもかなうだろうから。

 

 

 

あれから50年はたっただろうか。時間の感覚がよくわからなくなってきている。定期的に連絡は入れていたが、最近はそれすらまともにしていない。ベイあたりが怒っていそうだが、案外何とも思われていないかもしれない。

それでもいい加減連絡はするべきか。どこかで電話を借りれるといいのだが。

 

「もしもし」

 

「私だ。」

 

ガチャリ、ときられた。いや、まて。今の声は誰のものだ。

シュベーゲリンが姿を好きに変えられることは知っているが、声を変えられるとは聞いていない。もしも変えられたとしてもいきなり切りはしないだろう。

つまり全く知らない子どもが受話器の向こう側にいた。番号を打ち間違えたか?

しっかりと確認しながら番号を打ち、再度かけてみる。

一度、二度、三度、コール音が続いてカチャリとつながった。

 

「もしもし」

 

また子どもの声だ。いぶかしく思いながらもさっきのような間違いだけは侵さないように思考を打ち切った。

 

「もしもし、そちらにヴァレリア・トリファはいるだろうか。もしいるのならアズライールから連絡が来たと伝えてほしい。」

 

「神父様のお友達?」

 

「友達ではないが、古い知り合いではある。」

 

「・・・ちょっとまってて」

 

ガタリ、と音がしてトテトテと子どもが走る音が聞こえる。その音も消えて少し経った頃、今度はドタバタと騒がしい音がしてガタリと受話器を持ち上げる音がした。

 

「あなた、本当にアズライールですか?!」

 

「あ、ああ。そうだが、トリファ、だよな?」

 

「ええ、ええ。そうですとも、あなたの友人ヴァレリア・トリファですとも!今までどこで何をしていたんです?!」

 

やけにテンションが高いな。まるで本当に音信不通だった友人が突然連絡をよこしたかのような反応だ。

トリファの声に交じってブレンナーの声も聞こえた。子どもを部屋に連れて行こうとしているようだ。聞かれたくないことでもあるかのように。

ああ、なるほど。子どもに勘づかれないためにこの異様なテンションなのか。素の彼を知っているだけにどんな顔をしているのかいまいち想像できない。

 

「テレジア、すぐに戻りますからね!・・・さて、お久しぶりですねアズライール。今まで何をしていたんですか?」

 

「徒歩で世界一周していた。時々寄り道しながらだが。」

 

「そうですか。かれこれ二十年以上連絡がこないものですから、黒円卓のことなど忘れてしまったのかとばかり。」

 

「そんなことがあるわけないだろう。それより、あの子どもはなんだ。失った子どもたちの代わりでもさせているのか?」

 

「そんなものではありません。あなたが先ほど会話した子どもこそが黄金錬成においてもっとも重要な役目を持つ黒円卓の一員ですよ。」

 

「・・・ゾ―ネンキント。」

 

「ええ、そうです。彼女が初潮を迎え、ツァラトゥストラが現れれば黄金錬成はついに始まるのです。彼女が初潮を迎えるまであと少し。あなたもそろそろこちらに来てはどうです?」

 

来てはどうです、と言われても私が人の多いところに行けばどうなるかわかっているだろうに。

今度はいったい何を考えているのか。しかし、抑えることもうまくいくようになってきたし一度シャンバラがどういう場所なのか見てみるのもいいかもしれない。

何となく嫌な予感がしないでもないが、なるようになるだろう。おそらく。

 

「わかった。近日中にそちらに向かう。」

 

「迎えに行きましょうか?」

 

「必要ない。」

 

ガチャリ、と電話をきって早速歩き始める。

まずは自分がどこにいるのかを確かめて、そこから日本までの方角を確認しなければ。地図が手に入ればいいが、そもそも人との接触に制限があるこの身では不可能に近いだろう。

シュピーネがこの近くにいれば楽なんだけどなぁ。




誰これ感が半端ないですが、許してください。


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死神、諏訪原に立つ

この数十年の間でいろいろと試した結果、この体質は決して抑えきることのできないものだと改めて突き付けられた。そこにいるだけで他人の命を奪う死神となる私は、結局のところ誰もいない未開の地で引きこもっているしかないのだ。それこそ南極とか、そこらへんに。

しかし、悲しいかな私は今組織の一員であり勝手な行動は許されない。

と、嘆いてみたりしつつ目の前の現実から逃避している。

 

「テレジア~」

 

デレデレとだらしなく顔を緩めているトリファ、それに容赦なく制裁を入れるブレンナー。それを少し冷めた目で見ている幼い子ども。

あの二人が、かの人外魔境の黒円卓の一員だと言われても笑い飛ばしそうな光景だ。実際子どもは何も知らない可能性が高いが。

来るべきではなかったかもしれない。トリファの誘いに乗った時点である程度の覚悟はしていたが、まさかこんな光景を見る羽目になるとは思いもしなかった。

今目の前にいるのは、子煩悩な神父と行き過ぎた神父をたしなめるシスター、そしてその二人に愛情をたっぷり注がれて育っている純真無垢な子どもだ。

 

とても世界を壊そうとしている組織のメンバーとは思えない。特に、おそらく何も知らないであろう子どもが哀れでならない。

全ての舞台が整った時に一番犠牲を強いられるのは彼女なのだ。

自分の先祖がそう決めただけで、人生のゴールが決まってしまっている。思い描いた未来は決して手に入らない。それがどれだけ悲しいことか、苦しいことか。

そうありたいと願っても、周りはそれを許してくれない。自分を愛してくれているものですら自分をだましていたというその事実が、いつか彼女を苦しめる。

トリファはどうかわからないが、ブレンナーは苦しむだろうな。

 

「この人、誰?」

 

「ああ、この人は私の古い友人ですよ。お久しぶりですね、アズ。」

 

「本当に久しぶりね、今までどこに言っていたの?」

 

「連絡しなくてごめんよトリファ、ブレンナー。気が付いたら時間がたっていたということが何回かあってね。心配をかけたわびとして、こうして顔を出したというわけさ。」

 

久しぶりに再会する友人との会話はこんなものでいいのだろうか。いまいち実感がわかない。

子どもは興味深そうに私を見ている。しかし、ゾ―ネンキントとはいえまだ子ども。私がそばにいるだけで本来なら危険極まりないのだが、そこらへんはトリファたちが何らかの対策をしているらしかった。

 

「二人の子どもかな?神父とシスターの禁断の恋というやつをとうとうしてしまった感じだね。」

 

「ち、違いますよ。この子は私たちが引き取って育てているんです。決してリザと私の子ではありません。」

 

「ええ、決して神の前で告白できないようなことはしていないわ。それよりも聞いてくれる?この人ったら玲愛に異常なまでのスキンシップをしようとするのよ。この教会の神父として恥ずかしくないようにしてほしいのに。」

 

「そ、それはですね。私なりにテレジアを大切にしようとした結果そうなってしまうだけでして。決してやましい考えは持ち合わせておりません!」

 

「はいはい、夫婦漫才はその辺にしてね。それで、その子の名前は?テレジア?それとも玲愛?」

 

演技とはいえ、だんだん妙な気分になってきた。本当はそう言ったもしもがあるのだと突き付けられている気がして、妙に据わりが悪い。

あり得たかもしれない、現実にならなかったこと。その光景の一部が、今目の前にある。

腹の中がもぞもぞする。喉のあたりに何かつまっているような気にもなってきた。と、本当に何かが喉にせりあがってきてとっさに口を押えるも間に合わず。

 

「げほ、げほっ!」

 

口から大量の赤を吐き出した。そばにいた子どもがヒュッと息を吸った音が聞こえる。ああ、最近はあまりなかったから油断した。子どもの前でこうなるとは。

そう思考している間も口からは大量の赤が流れ続けている。一度始まるとなかなか止まらないのがこの現象の厄介な点だ。今さら失血程度で死にはしないが、見ていて気分のいいものではないし、吐き出している自分もあまり気分はよくない。

そうこうしている間に子どもは別の部屋に連れて行かれたらしい。トリファが差し出した布を口元に当てて、発作が収まるのを待つ。今まで起こっていなかった反動かなかなか止まらない。

ようやく止まったときには時計の針が一周してしまっていた。

 

「今まではどうしていたんです?」

 

「放っておけばそのうち止まるから放っておいた。」

 

「ハァ、あなたという人は全く。」

 

トリファは呆れたようにつぶやくと、一気に神父の顔から首領代行の顔へと切り替えた。

それに合わせるように私もすっと切り替える。

 

「今回はテレジアの顔をあなたに見せたかったのでこちらに呼びました。うっかり吸魂されでもしたらたまりませんからね。」

 

「本当にそれだけのために呼んだのか?」

 

「・・・キルヒアイゼン卿の様子がおかしいようですが、これは私の」

 

「ならばしばらくここに世話になる。せっかく近くに来たんだ、挨拶くらいはしてもいいだろう。次代のトバルカインにも会っておきたいしな。」

 

トリファは反対しなかった。貼り付けた笑みの奥で何を考えているのかはわからないが、私の中にある魂たちが叫んでいる。この男はあの男には及ばないが、別次元での詐欺師であると。

しばらく厄介になることをブレンナーにも伝え、あとでキルヒアイゼンに教会に来るように連絡を入れてもらった。私から会いに行ってもよかったのだが、街中を歩くだけで大量の死人が出かねないため禁止された。

 

 

 

 

貸してもらった客室の一つで本を読んでいると、軽いノック音が聞こえた。

本を閉じて振り返ると、キルヒアイゼンと日本人の子どもがいた。

 

「なんだキルヒアイゼン、その年で恋愛の真似事か?」

 

「なっ、ちがいます!!この子は櫻井 戒、次のトバルカインです。私はこの子の養育係を任されているだけで、あなたの言うような関係では一切ありません!!」

 

「そんなことは知っている。お前に男ができるものか。」

 

「何であって早々そんなにひどいこと言うんですか!?私あなたに何もしていませんよね!!」

 

呆然と立ち尽くしている櫻井に椅子に座るように勧める。彼は大人しくうなずくと、キルヒアイゼンをなだめにかかった。軽く40年は年が離れているだろうに、櫻井の方が落ち着いて見えることが何とも言えないな。

いくら年月が過ぎようと変わらないキルヒアイゼンの在り方は落ち着くものがある。もっとも、年下の男に世話を焼かれているのが目に見えてわかることは何とも言えないが。

 

「トリファが心配していたぞ。最近様子が変だとな。」

 

「あの男がそんなことを。」

 

「ところで、櫻井」

 

「なんでしょうか。」

 

「キルヒアイゼンのことはどう思っている。」

 

「き、急に何言い出すんですかあなた!」

 

キルヒアイゼンのことを無視して櫻井を見つめる。別にこんなことを聞いても何にもなりはしないが、もう少しだけこの空気に浸っていたいのだ。何せ私の周りにはこういった人種が少ない。めったに触れられないのだから、少しばかり意地が悪いことになるのは大目に見てほしい。

櫻井は特に気負った様子もなく答えた。

 

「きれいだと思いますよ。」

 

キルヒアイゼンが真っ赤になってうろたえている。どれだけ生きていてもこんな組織に身を置いていればそういった事とは無縁だろう。対応になれていないことは目をつぶっておこう。

 

「仲睦まじいことで結構だ。私は少しキルヒアイゼンと話がある。悪いが席を外してくれ。」

 

櫻井はキルヒアイゼンに何事か言ってから部屋を出て行った。ケイがどうとか言っていたが、今は関係ないだろう。

 

「それで、一体何の用ですか?あなたが自分から話をしたいだなんて言い出すとは思いませんでした。」

 

「何十年も一人でさまよっていたら誰かと話したくなっただけだ。特に深い意味はない。・・・キルヒアイゼン、トバルカインが心配か?お前のことだ、情が移ってしまっていてもおかしくはない。むしろそれが正常だ。もしそうならば誇っていい。」

 

「あなたは何様のつもりですか。まぁ、そりゃ戒のことは心配ですよ。トバルカインになるということがどういうことか、あの子は知っているわけですし。なのに自分が全部背負い込むんだって意気込んで。自分が情けないですよ。」

 

「キルヒアイゼン、早まるなよ。私はお前に触れたくはないぞ。櫻井にも、トリファにも、ブレンナーにも触れたくはない。私を傍観席から立たせるな。」

 

キルヒアイゼンは何も答えなかった。何かを覚悟した目をしてこちらを見てくるものだから、もう手遅れなのではないかと予感する。

キルヒアイゼンは、今夜諏訪原市の外れで待っているとだけ言い残して部屋から出て行った。




このころからテレジア呼びだったのかは正直わからん
時系列的にはベアトリスがジークリンデたちに会いに行く前です


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死神、戦乙女と話す

「どちらに行かれるのです、アズライール。あなたに街を出歩かれてはいささか困ります。」

 

「外の空気を吸いに行くだけだ。すぐに戻る。」

 

仕方がないですね、とでもいうように笑った。その笑みすら嘘くさく見えてくるから嫌になる。この男には言葉の隅々にまで気を配り、細心の注意をいくら重ねても足りない。信用はしているが、信頼はしていない。

キルヒアイゼンは場所の指定をしなかったが、一体どこのことを言っていたのだろうか。

まぁ人がいない辺りを歩いていればあちらから見つけてくれるだろう。

 

 

 

「遅かったですね、てっきり来ないつもりなのかと思いましたよ。」

 

「すまん、少し迷った。しかし、昼間も思ったのだが随分と面白い恰好をしているな。櫻井も着ていたし、最近のはやりなのか?」

 

「それについては触れないでください。・・・コホン、私が何をしようとしているか聞きたいといいましたよね。」

 

「そこまで知りたいわけではないがな。お前を殺したくはないとは思っている。」

 

「少し変わりましたね。前は私のことも他の人のこともお前だなんて呼ばなかったのに。」

 

キルヒアイゼンが悲しそうに笑う。口調がいくら変わろうと私であることに変わらない。気にすることもないと思うが、久しぶりにあったから変化に対応しきれていないのかもしれない。

確かに少しばかり以前よりも冷たい物言いに放ったと思うが、あれだけ荒んだ生活を送っていればこうなるのも必然といえばそれまでだ。

 

「あなたはこっちの方がいいのかな?それならこれで話すけど。」

 

「いえ、あなたの話しやすい方でいいです。それで、私が何をしようとしているかという話ですけど。・・・黄金錬成を行いたいんです。」

 

何を言っている。黒円卓の残された者たちはそれを行うために時が来るのを待ち続けているはずだ。

つまりそれは他の者たちも望んでいることだろう。それなのに、なぜ隠しごとのようにふるまう。聞かれてまずいことでもあるというのか。

 

「黒円卓に連なるものであれば、大なり小なりそう思っているだろう。今更何を言っている。どの道、ゾ―ネンキントがあの幼さでは得られるものも得られない。時を待つ選択こそが賢明だと思うが、お前は違うのか?」

 

「そんなに悠長にしていられない。あの子にはもう時間がないの」

 

本当に櫻井に情を移してしまったらしい。トリファが知ったらさぞ喜ぶだろう。

ああ、なるほど。奴が何を考えているのかは知らないし、知りたくもないがキルヒアイゼンはまんまとそれに引っかかったというわけか。どうしようもないな。

キルヒアイゼンの性格上、櫻井にその心中を打ち明けるなどということはしないだろう。

例えキルヒアイゼンが正直に話したとしても櫻井は頷かないだろうしな。

 

「それで、お前はどうするつもりだ。もし都合よく外敵が現れるなりなんなりしたとしても、他の奴らは殲滅戦に移るだけだ。お前の願いが叶うとは到底思えないがな。それにトリファはどうか知らんが、私ならお前が行動を起こした瞬間にお前の席を空位にし、トバルカインを手に入れる。完全な黄金錬成を望まないお前は邪魔な存在だからな。そのついでにトバルカインを手に入れられるんだ。一石二鳥どころの話ではないな。」

 

キルヒアイゼンの顔がこわばる。トリファの狙いもそう外れたところにはないだろう。何せあの男が願っているのはキルヒアイゼンにとっては最も相いれないことだろうから。

キルヒアイゼンを排除したい。そうでなければわざわざトバルカインの監視役につけないだろう。情にとらわれる美点を見事についてきたというわけだ。

 

「いやですよ、そんなに本気で凄まないでください。私だって物事の判断くらいきちんとできます。今のは少し気が迷ったというか、悩みを相談したかったというか。とにかく、いくら何でもそんなことするわけないじゃないですか。少佐に怒られてしまいます。」

 

へたくそに笑ってごまかそうとしているらしい。全くごまかせていないが、目をつぶってやろう。

冗談であんなことを言うやつではないことくらい、いくら何でも知っている。いつだって愚直に前を見て、自分の理想を追い求めて走り続けていたことを知っている。

だから、さっきの言葉が何一つ偽りのない本心なのだとわかる。

これ以上触れても、きっといいことは起こらない。これ以上入り込みすぎれば、私は傍観者の席に座っていられなくなる。

だから、そこでその話は打ち切った。白々しく近況について語り合いながら夜を明かす。月があざ笑うかのように輝いていた。

 

 

 

 

「昨日、ベアトリスと何を話していたんだ。」

 

穏やかな声だ。警戒とも不安ともつかない目をしながら、櫻井は私にそう尋ねてきた。

なんでもキルヒアイゼンがいきなりどこかへ行ってしまったのだとか。何か知らないかと、私に尋ねに来る辺りしっかりしている。

どこかに行くという話は一切聞いていなかったし、心当たりもない。むしろそういう話なら櫻井の方が察しがつきそうなものだというのに。

 

「別に大したことはない世間話だ。こう見えても私は人と関わることが出来なくてね、世間の情勢などは一切知らないといっていい。キルヒアイゼンにはそういうことについて教わっていただけだよ。」

 

「なぜ夜にそんなことを。あの後話をしていたんじゃないのか。」

 

「・・・櫻井、乙女の秘密をほじくり返すのがお前の趣味なのか?人は見かけによらないとはよく言ったものだ。」

 

「そんなんじゃない。僕はただ彼女が心配なだけで。」

 

「なら帰ってきたら存分に叱ってやれ。少しは自分の状況もちゃんと考えろ、とでもいえばいいだろう。お前は私たちとは違って頭もいいだろう?」

 

櫻井は押し黙った。その目には険しい光が宿っている。たった一つの信念だけを貫き通すと誓ったものの目だ。

きっと、あの頃のベルリンに生まれていればいい兵士になっただろうに。

惜しむべきは、彼があの時代に生まれなかったことか。それとも、平和となったこの世に私たちのようなものがいることか。

きっと後者なのだろうが、それを嘆いても仕方がない。その要因を見逃した私が嘆いていいことではない。

スッと櫻井が背を向ける。

 

「突然押しかけてすまなかった。僕はこれで失礼する。」

 

「ああ、別に構わんよ。・・・話し相手になってくれた礼だ、一つありがたい小言をやろう。」

 

「なんだい。」

 

「トリファに何かを約束させるときには十分言葉を選べよ。そうは言ってもこうは言わなかった、というのが奴の十八番だ。揚げ足を取られるなよ。」

 

之からそういった場面があると確信があるわけではないが、これはトリファと付き合ううえで絶対に知っておいた方がいいことだ。おかげで何度か無茶ぶりをされたことがある。私に対して害意がないからそれで済んだが、櫻井はそうはいかない。

トバルカインという存在に思うところがないわけでもない。

櫻井はふっと笑って礼を言ってから部屋を出て行った。

 

 

 

 

クリストフはアズライールの部屋から少し離れたところで一部始終を聞いていた。思ったようにベアトリスは戒に情を移した。そして、黄金錬成を始めようと画策している。

すべてが順調だ。アズライールはクリストフの祝福の意味をきちんと理解して、ある程度のところから踏み込んでこない。今回も傍観者に徹するつもりなのだろう。どれだけ親切そうに見えても、忠告を贈っても、結局のところアズライールに許されているのは見守り、記憶し続けることだから。

しかし、クリストフはそれでは困るのだ。アズライールに舞台に上がってもらえれば、彼の目的のための道がぐんと広がる。

 

アズライールはトリファがベアトリスを排除し、戒をトバルカインにしようとたくらんでいると思っている。しかし、実際のところ彼はそれと同時に、アズライールをいかにして観客から役者へと変えるかを探っているのだ。

自分の元へ魔の手は伸びていないという慢心ともいうべきそれは、黒円卓の多くのものに言えることだがアズライールもまたその一人である。

どれだけ事態を冷静に分析していても、自分は決してそこに含まれないという視点である限りアズライールがクリストフの真意を知ることはない。

結局のところ、これはそういう話だったのである。



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死神、席に着く

ベアトリスがいなくなった時と同様に突然戻ってきたことは、アズライールにもすぐに分かった。

何せ黒円卓にいる者たちは存在密度が常人とは比べ物にならない。街に入ってきた瞬間に同胞が戻ってきたのだとわかる。

それと同時期に何か、得体のしれないものも入り込んだようだったがアズライールにはそこまでは感知できなかった。

ベアトリスが何をしようとしているのか、それはわからずとも何かをしようとしていることはわかる。戒も、アズライールも、それだけはわかった。

 

ベアトリスが戻ってきたその日の夜に、それは起こった。

突如黒円卓の者たちに施された鎧が跡形もなく消え去ったのだ。当然、アズライールもその例外ではない。

クリストフをはじめ皆が礼拝堂に集まっていることを感知すると、アズライールはゆっくりと部屋からでた。

この教会には今、テレジアと戒の妹がいる。アズライールが不用意に近づけば間違いなく死んでしまうだろう子どもが。だから慎重に、ゆっくりと礼拝堂に向かう。

気配を探りながら、なるべく使われていなさそうな廊下を選んで。

そうしてアズライールが礼拝堂についたときには、すでにベアトリスがクリストフに指令を出され礼拝堂を去った後だった。

 

「アズライール、あなたも働いてもらいますよ。それと、カイン。速くそのお嬢さんを連れて行きなさい。アズライールのそばにいるだけでただの人間は魂を吸われてしまいます。サクライであるあなたたちには少しは耐性があるようですが、それでも危険なことに変わりはない。」

 

戒は端正な顔をゆがめて、妹の手を取ってリザに連れられて礼拝堂を出て行った。

アズライールはそれには目もくれず、クリストフだけに視線を向けている。弱いものはアズライールと目を合わせるだけで魂を吸い取られる。

 

「働けとは、どういうことだ。私に何をしろという。」

 

「もちろん、敵の殲滅ですよ。万が一ということもありますし、あなた自身そろそろ殺しを行わないといけなくなっている頃でしょうから。あの吐血、ここにきて頻度が増しているのでしょう?私たち相手ではあなたは満足に穴を埋める作業を行えない。」

 

アズライールはそっと目を伏せる。

クリストフは円卓の間へと降りていく。アズライールはそれには従わず、教会から街へと歩き出す。何もない空間から大鎌を取り出し、夜の闇に呑まれていくその姿は死神そのものだった。

 

 

 

鎌を取り出したもののアズライールがそれをふるうことはなかった。

アズライールを中心とした半径数メートルの領域。そこに足を踏み入れればたちどころに魂を抜かれるからだ。彼女はただ飛んでくる銃弾を鎌で防ぎ、歩いているだけでよかった。

アズライールの特殊体質は、触れたものの魂を問答無用で抜き取ることだ。つまり、触れているということが肝心になる。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。間接的とも呼べない、接触かどうかも怪しいようなことでそれが成り立つほどに、双頭の鷲の兵士たちは弱かった。

黒円卓に連なるものならば、これしきでは何の影響も受けない。さすがにじかに触れれば話は別だが、それでも圧倒的なまでに差がある。

 

「双頭の鷲など、黒円卓の敵になるはずもない。どれほど意表を突こうとも、どれほど信念に燃えていようとも、黒円卓はそのことごとくを踏みつぶす。一つの例外もなく。一切の慈悲などあるはずもなく。」

 

漏れ出た言葉を聞けた者はいったいどれほどいたのか。外傷もなく眠っているようにさえ見える屍に、自分でもよくわからない感情を込めた言葉をかける。

いつだって望んでいた状況からかけ離れていく自分に、嘲笑の笑みが漏れ出た。

それが嫌だったから、正さなければならないと思ったから、キルヒアイゼンはこんなバカげたことを企てたのか。愚かだ、あまりにも愚かで、まぶしい輝きだ。死者ではなく、生者を導く光だ。

まだ、間に合うだろうか。何を思っているのか、それだけでも聞きたい。たとえもう手遅れだとしても、それぐらいは許されてもいいだろう、そう思って私は街の中を歩きだした。

 

 

アズライールがベアトリスの元へ着いたときにはもう戒との一騎打ちが始まってしまっていた。

マレウスが簡単に経緯を説明するが、猛烈に暴力的な気を放っているベイを見て何となく察しはついたらしい。

何も言わずにただ二人の死闘を見つめるアズライールに誰も近寄らない。いら立ちを抱えているベイでさえ、何一つ言いはしなかった。

 

「キルヒアイゼンは何をしたかったんだ。」

 

「さぁ、私には理解できませんよ。あのお方たちに逆らおうとするなど、正気とは到底思えない。」

 

「おおかたそれを言って正気でないのはどちらだ、とでも言われたのだろう。想像がつく。あれはそういう騎士だ。私たちのことなど騎士の名を汚す紛い物だとしか思っていないだろうよ。」

 

「ああ、確かにそんなこと言ってたかも。でも私は騎士じゃなくて魔女でもあるからね、そこら辺のことはよくわからないわ。」

 

「そんなことはどうだっていい。俺はまた奪われた。いつもそうだ、奪われて、横取りされて、いつまでこんなことを続けてりゃいい。俺はいつになったら満たされるんだ。」

 

それぞれの反応を示しながら、それでもアズライールには一定の距離以上は近づかない。シュピーネはそれが特に顕著だった。本能からくる恐れに最も忠実であるがゆえに、それも仕方なしとアズライールは割り切っているのだが。

死闘も終わりに近づいてきた。もう勝敗は目に見えており、このまま続ければどちらも望まない結果になるだろう。

 

そして、終幕は訪れる。勝者はなく後悔と悲しみだけが残るだろう終わりだ。勝った方ももはや手遅れであり、負けたほうは最後の意地で残っている。

ベアトリスはアズライールにそっと視線を向けるあ。アズライールはそれを真っ向から受け止め、じっと何かを待つ。フッとベアトリスが笑い、わずかに口が動いた。しかし、それが何か意味を成す前にベアトリスの魂は黒円卓の偽槍に飲み込まれた。

戒は完全にトバルカインとなり、生ける屍となった。これでクリストフの計画はほぼ完璧に近い形で終わった。

集っていた騎士たちはまた世界中に散っていく。今度ここに来るときは黄金錬成の始まる時である、と信じて。

 

 

 

 

「アズライール、あなたにはこのお嬢さんの教育係になってもらいます。」

 

ヴァレリアはいつもの笑みを浮かべて、櫻井の妹を私に紹介してきた。

 

「馬鹿なことを言うな。その子どもを殺せというのか?」

 

「いいえ、日常生活においてはリザが担当してくれます。あなたには主に戦闘面において訓練してほしいのです。殺さない範囲で。」

 

「・・・お前、名前は?」

 

「螢」

 

「ケイ、お前を殺さない自信はない。黄金錬成でお前の願いが果たされるかもわからない。それでもやるのか?」

 

「うん。やる!」

 

子どもとは純粋でまっすぐだ。それゆえに賢しく、愚かだ。

キルヒアイゼンが何を願ったのか、私には分かった。だから、答えは初めから決まっている。

 

「断る。お前のような子どもに席を明け渡すくらいならば私がもらい受ける。黄金錬成に参加する資格が欲しくば、私を殺せるようになってから挑戦しに来るといい。そのための稽古ならつけてやる。」

 

ムッとしてケイは泣きそうになる。すんでのところでこらえ、私を親の仇でも見るように睨みつけた。

ヴァレリアは唖然としていたが、私が席に着くこと自体は否定しなかった。だから承認されたということにしておく。

ケイにいつでも来るように言い、私は与えられた自室に戻った。

礼拝堂からヴァレリアの笑いとも悲鳴ともつかない声が大音量で聞こえたが、それは気にしなかった。今更になって、ヴァレリアの狙いがこれも含んでいたことに気が付いたからだ。

これから先、いかにあの子どもの魂を奪い取らずに鍛えるかそれだけを考えるようにしながらベッドにもぐりこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アズライール

 

魔名は告死天使(アズライール)

与えられた祝福(呪い)は「理想と常に相反する」

 

黒円卓第5席

ルーンとアルカナはそのまま空白

 

次代の第5位を養育する間、席を預かることとなった。

というのは体裁で、実質第5位。他の騎士たちも認めているのでそのまま行くと思われる。

螢は原作通り聖遺物を手に入れているが、騎士たちから教育を受けてはおらずアズライールが適当に連れて歩いていた。だから外国語は話せる設定。



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死神、師弟喧嘩をする

アズライールがめでたく黒円卓第5位になってからもう十年近くたつ。この十年近くの間、アズライールはいかに螢を殺さずに鍛えるかにすべてを注いでいた。

ベイやマレウス、シュピーネなどに任せたらどんなひねくれた子どもになるか分かったものではないため、誰かに預けて鍛えてもらうということは一切しなかった。もっとも、アズライールに育てられてまっすぐ育つかは疑問ではあるが。

世間一般的な常識やらなんやらといった普通に暮らすうえでの知識はバビロンに一任していたが、戦闘にかかわることについてはアズライールが全面的に面倒を見ていた。

そのおかげともいうべきか、魂を吸収する体質の抑え方の技術も上昇した。短時間の間であれば、街の中に出ても問題は起きない程度にまでなったのだからすさまじいことだろう。

 

「私を殺すにはまだまだ遠いな、ケイ」

 

「絶対にやってやるんだから!あと手加減なんてしないでよ!!」

 

「ほぉ、それがわかるようになっただけでも大したものだ。ブレンナーに赤飯でも炊いてもらうか?」

 

「余計なお世話よ!!」

 

こんな感じで十年近くアズライールは過ごしていた。この時がずっと続けばいいと願うほどには、楽しく新鮮な時間だった。

それでも、黄金錬成を始める時は訪れてしまう。それはアズライールが初めて諏訪原に訪れた日からちょうど11年がたった時だった。

 

 

 

 

「ずいぶんと手荒い歓迎ですね、アズライール。そんなに私のことが嫌いですか?」

 

「あのまま行かれると少しまずかったからな、急遽仕方なくというやつだ。決してそういう意図があったわけではない、気にするな」

 

「ええ、少しばかり冗談を言ってみただけですよ。それで、そこのお嬢さんをいつまで付きまとわせているつもりですか?私はカインに()()()()()()()()()()()()()()()()()のですが」

 

「私に関わらせないとは言っていないんだろう。ならば問題はない、そうお前は判断したのではなかったのかトリファ。言いがかりはよせ。そもそもお前が私にケイの面倒を見ろと言ったんだぞ」

 

聖職者にふさわし笑みを浮かべたクリストフは、頭を少しかいて嘆息した。己の手の内を読み切らないようにしながらも、確実な部分はついてくることが可笑しくてたまらないようだった。

知ろうと思えば全て知ることが出来るのに、あえてそれをせずに傍観を決め込もうとするその姿勢に敬意すらわいてくる。自分ならばもっと徹底するのにそれをしない辺りが彼女らしくて堪らない。

クリストフはそう考えていた。

 

「愛しのテレジアがお待ちかねだぞ。ああ、しかしあの茶番をまた見せつけられるのかと思うと気が滅入るな。エーレンブルグたちがここに来るのはいつになりそうだ?」

 

「さて、しかしすぐに来るでしょう。黄金錬成を待ちわびていたのはあなたや私よりも彼らでしょうから」

 

「そうか、ついに始めるのか。彼らを呼び戻し理想を貫くために」

 

「ええ、我らの忠誠を示す戦いが始まるのですよ」

 

その日、黄金錬成の開始が告げられた。未だ始まりの予兆だけだが、すぐに諏訪原は地獄へと変わるだろう。

十数年過ごした街の景色を脳裏に思い描きながら、アズライールはクリストフに従ってその場を後にした。

 

 

 

 

トリファとは別ルートで諏訪原へと帰還していたアズライールは現在、山奥で襲撃にあっていた。というのも、彼女の席を獲ろうと螢が念入りに準備した場へと呼び出されたからだった。

炎をまとった剣がアズライールに襲いかかる。召喚した鎌でそれを受け、わざとらしくため息を吐いて見せた。

 

「もう遅い。トリファがこちらに来た以上、黄金錬成は間もなく始まる。今更私から席を獲ったところでお前の魂の量では二人の蘇生などかなうはずもない。いい加減あきらめろ」

 

「今更?今更なのはそっちでしょ!私はもう後戻りなんてできない!前に進み続けるしかないの!叶うと信じて戦い続けるしかないのよ!!」

 

騎士たちの足元には及ばずとも、螢はかなりの数の命を奪っている。たとえそれが紛争地帯での出来事であっても、平和な現代日本で育った螢には十分なことだった。

そこら辺の意識はやはりと言うべきか、アズライールも狂っているために起きた食い違いだった。

まだそれだけしか殺していないのだからいい加減にあきらめろ。

もうこんなに殺してしまったのだからあきらめることなんてできない。

お互いの考えを理解できない二人は、落としどころを見つけることもできずにいた。

 

 

 

 

「というわけだ。山一つつぶしたのはまずかったが、許せ。他愛ない師弟喧嘩だとでも思っていればいい」

 

「そうはいっても、あそこまでやることはなかったんじゃない?山一つ丸々消滅させるなんて、何をしたの」

 

「ケイの炎で丸裸になったところを私が崩した」

 

「・・・もういいわ。それで、あの子は無事なの?」

 

「ああ、無事だよ。今はふてくされて眠っているが、命に別状はないはずだ」

 

「あなたと打ち合って無事で済むなんてね。あの子のことをとっても大切にしているのね」

 

アズライールは顔をそらした。バビロンの表情があまりにもあまりだから見ていられない、ということらしい。

実際は何度も危ない場面があった。そのたびにアズライールは自分の体を壊してその危機を回避し、それを見た螢はだんだんと戦意を喪失していったのだ。

アズライールは自身の認識を改めざるを得なかった。螢がなぜああも焦っているのか、実のところ彼女には理解できていない。本当に取り戻したいものがない彼女には、螢の心情が理解できないのだ。

しかし、そう言って逃げていてはいつか確実に螢を殺してしまう。それはアズライールの本意ではない。

そういうわけで、アズライールは螢の部屋の前でうろうろとしていた。

年甲斐もなく、喧嘩した相手との仲直りの方法など一切知らない彼女はこの段階ですでに行き詰っていた。

 

(困ったな。話をしようと意気込んだはいいものの、ここからどうすればいいんだ。さすがにいきなり入るのはいけないことくらいはわかるが、ブレンナーに聞いても自分で何とかしろとしか言われないし。)

 

押し入ることがいけないという常識はあると自慢気にしているアズライールだが、そもそもその発想が出る時点でアウトだとは気が付いていない。

 

「ねえ、いつまでそうしてるの?何か用があるならさっさとしなさいよ」

 

しびれを切らした螢が乱雑に扉を開け放つ。アズライールはそのことにほっとしたような顔をした。本気でどうすればいいのかわからなくなっていた師匠に、螢もすっかり毒気を抜かれてしまっている。

腹立たしいことはあるが、アズライールを嫌いきることもできないのだ。結局、櫻井 螢はそう言った甘さを捨てきれなかった。だからこそ、アズライールは最後の一線は越えさせまいとしているわけなのだが。

 

「私はお前に席を譲ってやることはできん。トバルカインは未だあり続けている。ならばお前を別の席につかせ、消費することは避けねばならない」

 

「・・・私は、そんなことが聞きたいんじゃない」

 

悲し気に目を伏せる螢の心情をやはりアズライールは理解できない。そもそもなぜそこで悲しそうな顔をするのかわからないし、螢が何を思っているのか推測することさえできない。

アズライールは螢のようなタイプの人間と深くかかわったことがない。今までの人生で、螢のような人種にあったことが皆無に等しい。だから測れない。予測ができない。

 

「あなたは私をどうしたいの?あなたは私に何を望んでいるの?あなたは私のことをどう思っているの?」

 

「それは、いま答えなければならない事か?」

 

「ええ、そうしてほしいわね」

 

「・・・ああ、そうか」

 

ぽつりとつぶやいて、アズライールは穏やかに微笑んだ。宝物を自慢する子供のような笑みだった。

 

「存外、ほだされていたようだ。お前に最後の一線を越えさせたくないと強く思うほどには、お前のことを想っている」

 

「本当に今更ね。もう私は後には引けないのよ。何もなかったふりをして、すべてを忘れて生きていくことなんかできやしない。もう遅いのよ、アズライール」

 

苦笑を浮かべた螢は、寂しそうだった。もはや後戻りはできない。しかし、螢もアズライールを殺すことに躊躇を覚える程度には情を向けてしまっている。

螢の願いが叶う条件は、第一として黒円卓の席についていなければならない。捧げものの量や質にこだわっても、そこがなければ何の意味もなさないのだ。そして、クリストフが螢に許したのはアズライールの席を簒奪することだけ。それ以外に手を出せば、問答無用で殺される。

螢にはもはや道がない。アズライールを殺さなければ、彼女の願いはない一つとして進まない。

 

「私を殺すか?ケイ」

 

「ええ、いつか必ず。それこそスワスチカを開くときにでも殺してやるわ」

 

強い光を宿した瞳を見つめながら、アズライールは大きく息を吐いた。



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死神、ツァラトゥストラを探す

連続殺人事件が諏訪原で起こった。一般人にとっては不吉な出来事に他ならないが、騎士たちにとっては祝杯ものの出来事だった。

もっともアズライールにとっては、死刑宣告が近づいているような気がして堪らなかったのだが。世界の、騎士たちの、そして自身の在り方の終わりがついそこまで来ているような、そんな感覚に襲われていた。

 

「どうしたの、アズライール。ずいぶんと機嫌が悪そうね」

 

「ブレンナー、そういうお前もひどい顔をしているぞ。偽善者は大変だな、意志が決まっているだけに随分と性が悪い」

 

「今日はやけに辛辣ね。何か感じ取ったのかしら?」

 

穏やかに返すバビロンは、アズライールの指摘通りなかなかひどい顔つきだった。苦悩していることそのものがポーズだったとしても、バビロンが抱える葛藤、苦悩は本物だ。決してそこにうそはない。それらがバビロンの意志を揺るがすことがないだけで。

アズライールは軽く眉をしかめて、ふいっと窓の外へと視線を投げた。その目は窓の外にある景色を見ているわけではないことぐらい、バビロンにも理解できていた。

 

「博物館にあった死者の魂が消えた」

 

「・・・?」

 

バビロンはアズライールが言っている言葉の意味が理解できなかった。

アズライールはその性質上、魂の感知やら何やらにめっぽう強い。体質がどうこうというよりは、その体質とうまく折り合いをつけるべく奮闘してきた結果だった。

しかし、死者の魂が消えたとはどういうことか。仮に博物館の中に聖遺物のようなものがあって魂が囚われていたのならまだわかる。しかし、その魂が消えたとアズライールは言った。

 

「それは自然に消滅したわけじゃなくて?」

 

「ああ。吸収、いや、同調、融合、・・・どれも違うな。噛み合った、というのが一番しっくりくる、か?」

 

歯切れの悪い様子にバビロンも表情が引き締まる。この時期に死者の魂が不自然に消えたとなれば当然、ツァラトゥストラの存在を感じてしまう。つまり、もうすぐそこまで迫っているのだ。待ち望んでいた、あるいはずっと恐れていた時が。

 

「ヴァレリアにはそのことを?」

 

「まだだ。というよりも、あいつならば何らかの形ですでに感づいているだろうよ。私が報告する必要性もない」

 

「ああ、いたいた。アズライール、少しよろしいですか?」

 

ほらな、とでも言いたげな顔をしたアズライールにバビロンは苦笑するしかなかった。

 

 

 

トリファの話はごく単純なもので、ツァラトゥストラがこの諏訪原にいるはずだから探し出してほしい、ということだった。一応、黒円卓の席についてから私が実際に動くのはこれが初めてだ。そのため、後々合流できるはずのエーレンブルグとシュベーゲリンに協力を仰ぐようにと助言ももらっている。

しかし、すでに目星はついているらしいトリファが行った方がいい気もするのだが、そこはそれ。言ったところで私が行く羽目になることは目に見えている。最悪ケイに振ることはないだろうが、用心に越したことはないというのもあるが。

 

もっともそれらしいのは最近起こっているという連続殺人事件の犯人だろう。博物館から感じていた死者の魂が消えたその夜から殺人は起こっている。明らかに何かがあるのだろう。しかし、どうにも落ち着かない。本能とも呼ぶべきものがそれに近づくことを忌避している。

博物館にあった見知らぬ死者の魂とおそらくそれをつなぎとめているだろう聖遺物。そのどちらも認識していながら私は今までそれに近づかなかった。あれは嫌な気配がする。私とはある意味で同じもの、またある意味では対極に位置するものだ。

 

冬が近づき始めた夜は冷える。もうそんなことすら大したことがなくなっていても、やはりそれなりに季節の変化は感じることが出来る。

とりあえず事件の起こった公園に向かってみるとしよう。少なくともあの公園はいろいろと無関係ではないため、そう的外れでもないだろうし。

それにしても、ツァラトゥストラに出会ったら一体どうしたらいいのだろうか。

殺し合いを始めるにしても、私の仮説が正しいのならば今のツァラトゥストラは騎士たちには勝てない。争いにもならない、一方的な殺しになってしまうだろう。そんな状態でエーレンブルグやシュベーゲリンに出くわせば、間違いなくよくて玩具、悪くて殺されるのは目に見えている。

 

「どうすべき、か」

 

世迷言を、そんなものはとうの昔に決まっている。ツァラトゥストラに望むものは一つだけ。

この恐怖劇の終幕を。

血迷った狂人たちの望む地獄の完全否定を。

そして願わくば、叶うはずもない夢を追い求め続ける罪人に断罪を。

 

 

 

諏訪原市のとある街外れで赤い髪を風にたなびかせる少女と、白く染まった青年は柔和な笑みを浮かべている神父を嫌悪にも似たまなざしで貫いていた。

 

「おい、もう一度聞くぞクリストフ。テメェ今なんつった」

 

「ですから、アズライールにツァラトゥストラの件を一任したといったのですよ。あなたが聞き逃すなんて珍しいこともあったものですね、ベイ中尉」

 

「冗談でしょう、クリストフ。万が一があったらどうするのよ、黄金錬成どころではなくなってしまうわ」

 

「その心配は杞憂というものでしょう。あの副首領閣下がアズライールのことを何も考慮せずに代替をよこすはずがありません。我々はただ、あの方を信じていればいい。違いますか?」

 

認めたくない、二人の顔にはそう書いてある。しかし、事実としてあのメルクリウスならば成し遂げて見せるだろうと頷かざるを得ない。不満たらたらな表情のまま黙り込んだ二人に、クリストフは一つ頷く。

 

「しかし、そうはいってもアズライール一人では不安が残るというもの。お二人にもツァラトゥストラを探してもらいます。アズライールに進んで協力する必要はありません、あなた方が先に見つけるもよし、アズライールが先に見つけるもよしです」

 

ベイとマレウスは狂気的な笑みを浮かべた。あとは言葉はいらない。颯爽と消えた二人の気配を感じながら、クリストフは目を閉じた。

諏訪原の夜はまだまだ始まったばかりだ。

 



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死神、ツァラトゥストラに出会う

ベイとマレウスが諏訪原に入ったことは当然アズライールも気づいていたが、顔を見せに出向くほど仲がいいわけでもない。結局挨拶一つすることなくかれこれ数日が経過していた。未だにアズライールは殺人事件の現場に居合わせられていない。ツァラトゥストラに出会えていない。

ベイやマレウスと鉢合わせないようにしているから、ということもあるだろう。初めに指令をもらって以来、クリストフとも話をしていない。新たな事実が分かったとしても、それが伝わることはない。

クリストフはちょうど教会に戻ったらしく、そこからは確かに彼の気配がする。ベイとマレウスは公園に向かっているようだ。体質ゆえか、魂の気配を濃く感じられるアズライールにとってそれらの芸当は何ら特別なものではない。だから公園に彼ら以外にもう一人、異質な何かがいることにも気が付いていた。

 

公園に至る道筋に、マレウスが立っている。その奥では少年とベイが一方的な争いをしていた。道が砕け、柵や塀はめちゃくちゃ、とても人の姿をした彼らがやったとは思えない規模の破壊の後があった。アズライールに気が付いたマレウスがかすかに身を固くする。

 

「シュヴェーゲリン、私相手に影を展開させるのは愚策だぞ。その魂、引き抜かれたいか」

 

「っ、わかってるわよそんなこと!反射で出ちゃっただけで」

 

「わかっている。ところで、あの少年は?」

 

「ああ、それっぽいの見つけたから検証中なの。まぁ、最悪頭さえ残っていたらどうとでもできるしね」

 

そう会話している間にもベイと少年の戦闘は激化している。ベイの攻撃を間一髪で躱し、反撃に出ようと奮闘するさまは涙ぐましいものではあったが、悲しいかな彼らは人間ではない。人間の攻撃が彼らに届くことはなく、少年は間もなく食われて終わるだろう。

アズライールがマレウスから距離を取ってやれば、彼女はようやく肩の力を抜いたようだった。死者の魂を取り込み自信を強化している彼女たちは、アズライールがそばにいるだけで死にはしないというのに。

そうこうしているうちに戦闘は終局に差し掛かっていた。少年にメルクリウスの影でも見たのか、ベイはひどく興奮して怒っているようだった。放たれた一撃はそれまでのどれよりも鋭く、血を求めたもので。それを真っ向から見据える少年の目には、確かな光が浮かんでいた。

 

「そこまでです、ベイ中尉」

 

ベイの腕をつかみ、とどまらせた少女は凛とした声でそう言った。目をむくベイとマレウスをよそにアズライールは一人、片手で顔を覆った。

 

「誰だ、お前」

 

ベイから殺気が放たれる。顔を青くしながらも、螢はベイの腕を離そうとはしない。しかし、ベイの腕は少しずつ進んでいて、螢の細い腕は哀れなほどに震えていた。マレウスが興味深そうに螢を眺め、ふいに何かに気づいたように声を上げた。

 

「ベイ、その子私たちの同類みたいよ」

 

「あんだと?黒円卓でもない、黄色の劣等がなぜ俺たちの同類なんだ?」

 

ぎろり、と螢を睨む目は赤く光っている。

 

「せ、聖餐杯猊下から下された命は彼の殺害ではなかったはずです。これ以上はどうかやめてください」

 

「はっ、この程度で死ぬようなボンクラならいらねぇよ。それよりもよぉ、劣等風情が俺に気安く声かけて触ってんじゃねぇぞ!」

 

「ベイ、それ以上はやめておけ。ケイが殺された場合、私はお前たちの誰かを殺してスワスチカを開かなければならなくなる」

 

いつの間にかベイの背後にまで近づいたアズライールに、少年は驚いているようだった。ベイは少しの間逡巡した後、螢を投げ飛ばすと踵を返した。いら立ちを含んだ背中に、誰も目を向けないし声をかけない。投げ飛ばされて転がった螢を尻目に、マレウスは少年に話しかけている。それらの光景を見ながら、アズライールは静かに息を吐き出した。

 

「ケイ、何をしたかわかっているか?」

 

「で、でも。あのままじゃ殺されてたかもしれないじゃない。そんなことになったら黄金錬成が」

 

「そんなことはあり得ない。そもそも今夜、この場でお前が生きていることのほうが奇跡だと理解しろ。余計な真似はするな。わかったら帰れ」

 

それ以上、アズライールが螢に言葉をかけることも視線をやることもなかった。唇をかんで、螢はうつむいた。

 

 

少年は意識を失っているようで、目を閉じたままピクリとも動かない。現場の後片付けを終えたシュヴェーゲリンもすでに帰って、この公園に残されているのは私と少年だけ。帰っても問題はないだろうが、何となく少年と話して見たくなった私はここに残っている。少年がまともな感性を持っているならば、あんなことがあった後にあんなことをしてきたやつの仲間と思しき相手と話したいとは毛ほども思わないだろうが。というよりもそういった反応してくれる方が好ましいのだが。

顔立ちはメルクリウスに似ている気がしなくもない。あれの顔も存在もやけにはっきりしないものだったからか、正確な顔立ちを思い出そうとするとぼやけて仕方がない。触れても殺せなかったのは今のところメルクリウスとハイドリヒ卿だけだ。二度と触れたいとも思わないが。

 

「う、・・・・あ」

 

「気が付いたか」

 

少年がはね起きる。その動きだけでも人間離れしていると言えるが、それでもまだ人間の範疇だ。火事場の馬鹿力を出せばこれくらいできる人間はいくらでもいる。

少年は何かを探すようにして辺りを見回していた。その視線の先には、確か

 

「片付けならばマレウスがやったぞ。おそらくどこを探しても痕跡すらないだろうな」

 

「お前はいったい」

 

「お初にお目にかかる、少年。私は聖槍十三騎士団 黒円卓第5位 アズライール。叶わない理想を目指してあがき続ける死神だ。お前の名前は?ああ、安心しろ。名前を知ったくらいではお前は死なないだろうよ」

 

「なにを、訳の分からないことを言ってやがる」

 

はっきりとした拒絶を浮かべながら少年は起き上がった。そこにある拒絶に知らず口元が吊り上がった。久しぶりに私を真っ向から拒絶する者と出会った。記憶の中でも数少ない者のひとりが今目の前にいる。それは自分で思うよりもずっと心が躍るものだったようで。心臓がひとりでに踊りだす感覚というものを初めて味わった。少年が顔をゆがめてくずおれたところでようやく興奮が少し冷めた。

 

「お前なにをした!」

 

荒く息を吐きながら少年は私を睨みつけてくる。その目には完全な拒絶の意思。ゾクゾクと背筋を這いあがってくる感覚、自然と吊り上がる口元は自分でも気味が悪い。少年はさらにそう思っているのだろう、嫌悪とも呼べる感情を浮かべながら何とか立ち上がった。

 

「やはり少年、君がツァラトゥストラだ。その魂が私に食われることなく私を食らう日を待っている」

 

「な、にをいってる?わけわかんねぇこと言っておれを変なことに巻き込むんじゃねぇよ!!」

 

「それは無理だ。君はその変なことに巻き込まれるためにここいる」

 

「っ!俺はもう帰る。二度と俺の前に現れるな!」

 

少年は結局名乗らずに行ってしまった。名乗らずともツァラトゥストラで通じるのだが、やはり彼が慣れ親しんだ名前で呼んでやる方がいいだろう。気味悪がって余計に嫌ってくれればそれでいい。魂を引き抜かれそうになっても死なず、恐怖でも好奇でもなく嫌悪と拒絶の眼差しにこめてまっすぐに私を見たあの目を思い出すだけでぞくぞくする。

 

ああ、願わくばあの目で私を見続けてほしい。

日常にお前はいらないと声高く宣言してほしい。

全てを終わらせる断罪の刃をこの身に。

 

アズライールの喉からあふれ出た声は笑いとも叫びともつかないものとなって公園に響き渡る。その声が響くのに合わせて周囲の動植物は枯れ果て、朽ちていく。無魂の庭園となったその場所で、アズライールはしばらくの間恍惚とした表情で心のままに声を放っていた。




テレレッテレーン!アズライールに変態属性が追加された!


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死神、ツァラトゥストラに出会う2

割と難しい


ツァラトゥストラと思しき少年と出会った翌日、アズライールは教会の地下にある円卓の席に座っていた。

昼間は教会に訪れる観光客や一般人も少なからずいるのだ。自分がいては何かと不都合が生じやすくなってしまうだろう、と判断したアズライールは昼の間はここに籠るようになっていた。

そんなアズライールは現在、不肖の弟子に思いを馳せている。何せ彼女は昼間に動こうとしないアズライールに変わって、アズライールが担当するスワスチカの視察兼管理を受け持つことになってしまった。しかも自分からそうしたいと言い出したのだという。

勝手なことはするなとくぎを刺したつもりだったのだが、効果はなかったらしい。いや、効果はあったからこその行動かもしれないが、アズライールにはあまり賢い行動には思えなかった。

 

「全く、これ以上勝手に不興を買わなければいいが」

 

そうは言いつつも、アズライールは絶対に螢が何かしでかすと確信しているのだった。

 

 

螢は自分が着ている制服を見下ろして少しだけ顔をほころばせていた。アズライールの教育方針に従って、殺人の技術よりも普通の女の子の生き方についてを学ばされることが多かった螢だったが、それでも同じくらいの年頃の女子と話すことはなかったし、知っていても経験したことはない、というのが実態だった。

知識として与えられた物事が、今現実に自分が体験している。ようやく頭の中と実感が結びついて得た新たな世界に、螢は内心楽しんでいた。

 

「子どもはお気楽でいいわね」

 

「ええ、本当にそう思います」

 

横から聞こえてくるマレウスの皮肉にも心からそう返して、螢は自分と同じ格好をした生徒たちに目を向けた。

自分の罪も、抱える闇もなくなることはないし、忘れることもできないけれど。

それでも、かつてアズライールに言われたことを思い出していた。

 

『お前は普通に生きてもいいんだ。普通の女の子として生きてもいいんだよ。忘れろとも意識するなとも言わないが、お前は普通でありたいと願ってもいいんだ』

 

そう言って珍しく優しい声音をだして、目を細めていた師匠の姿を螢は覚えている。だから、というわけでもないが今だけはその願いを聞いてやってもいいだろう、と思っただけだ。

螢が学生を楽しもうとしているのは、つまるところそう言うことだった。

 

 

授業の合間の休憩時間、マレウスと螢はクラスメイトの包囲が完成する前にクラスから抜け出していた。今は人通りの少ない屋上前の階段に座り込んでいる。

暇つぶしに、という風にマレウスは螢に話しかけた。

 

「ねぇ、あなたがもしアズライールを殺して第5位につけたら、何を願うの?」

 

絶対にそんなことは起こらない、そう確信しているくせにマレウスはそうなる可能性があるとでもいうかのように問うた。螢はその問いに迷わずに答える。

 

「兄さんとベアトリスの蘇生を」

 

「フーン、じゃあアズライールの願いを知ってる?」

 

「・・・・・・知らないです。知っているんですか?」

 

アズライールは全くそう言った話を螢にしたことがなかった。螢は願いなどないのだとすら思っていた。

なにせ、アズライールは常々『私は私が抱く理想と常に相反する結果しか得られない。ならば、願いなど抱いた時点でそれはかなうまいよ』と言っていた。確かに今思えば、願いを抱かない、とは言っていない。

興味津々、とまではいかなくともそれなりに知りたそうにしている螢をみて、マレウスは愉しくて仕方がないという風に笑った。

 

「それはね、自分が殺してしまった人間すべての蘇生よ」

 

違う。螢は素直にそう思った自分に驚いていた。

けれども、断言できるのだ。それは違う、と。アズライールは決して、自分で犯したことの尻拭いを誰かにさせたりはしない。絶対に最後まで、自分の力だけで犯したことの責任を背負い続ける。

約十年の間、ずっと一緒に生活していたのだ。それくらいのことは螢にだってわかっている。

 

「嘘ですね」

 

「でも、黄金錬成で得られる恩恵の中でアズライールが選びそうなものってそれくらいじゃないかしら?ベイみたいにハイドリヒ卿に心酔しているわけでもないし、私みたいに永遠の命が欲しいわけでもない。ならこらえは一つだけじゃないかしら?」

 

「そうだとしても、先ほどの言葉はあのヒトの願いではないと思います」

 

強い意志を持って答える螢に、マレウスは少し面食らったようだった。少しだけ意外そうに、そしてやはり楽しそうに笑う。

 

「へぇ、あなた思っていたよりアズライールと仲がいいのね。でもあまり仲良くなりすぎると、いざって時に困っちゃうわよ?」

 

螢は今度こそ何も言えなかった。

 

 

 

光の入らない教会の地下にある十三の席を設けられた黒い円卓。その五番目の席で口元を抑え、顔をゆがめている死神がいる。

口元を抑える手の指の隙間から、あるいは手首をつたって、薄い明かりしかないこの場所でもわかるくらいにおびただしい量の赤が流れ落ちていく。すでに発作が始まって数十秒が経過していた。その間、途切れることなく死神の口から命が流れ出ていく。黒い円卓が、そこだけ赤く染め上げられていた。

 

「相も変わらず面倒な体してんな。アズライール」

 

アズライールの隣の席に座っていたベイは、嘲笑を込めてそう言った。それに対して一切反応を見せず、ただ喉から口へと流れる赤をアズライールは吐き出し続けた。

 

「まえから思ってたんだがよ、お前のそれは病なのか?それともお前の体質の問題か?」

 

答えはない。息を吸うことすらできず、ただせりあがってくるものを吐き出すしかできないアズライールが話せないと知っているのか、あるいは答えなど必要ないのか、ベイは構わずに続ける。

 

「なんで劣等を黒円卓に関わらせてんだよ。首領代行の差し金か?それともお前の個人的なたくらみか?まぁどっちにしろあんな奴に席を譲って見ろ、てめぇぶっ殺すぞ」

 

「グッ、はっ。・・・・・・殺す?私を、お前が?できもしないことを抜かすなよ、アルベドにもなれない二番手が」

 

ベイの目に殺意が宿る。荒く息をしながら、アズライールは口元についた赤をぬぐい取った。

円卓から液体が滴り落ちる音だけが、地下の空間を満たしていた。しばらく無言でアズライールを睨んでいたベイだったが、ふいに視線を外す。言われた言葉こそはらわたが煮えくり返る侮辱そのものだったが、アズライールを殺せないということだけは事実だ。

いら立ちを前面に押し出して、ベイは立ち上がった。未だにアズライールに向ける殺意は消えていないが、ここで事を起こすつもりもないらしい。地下から出て行ったベイを見送って、アズライールはようやく大きく息を吸った。

 

アズライールに今日一日の学校の様子を報告するために、螢はアズライールを探していた。が、いくら探しても見つからない。残るは地下だけだが、螢が地下に入ることは許可されておらず、探しには行けない。どうしようかと途方に暮れていると、地下からアズライールが出てきた。

安堵したのもつかの間、赤く染め上げられた全身に血の気が引いた。

 

「なっ、ちょっとそれどうしたのよ!」

 

「?ああ、これか。いつもの発作だ。着替えついでに報告を聞くから、ついてこい」

 

螢が何かを言うよりも早く、アズライールは歩き出していた。

 

「何か変わったことは?」

 

「マレウスがおしゃべりだってことと、ベイが骨の髄まで差別主義だってことが分かった以外は何も」

 

「あの少年は?」

 

「かなり体調が悪そうだったわ。それ以外は何とも。マレウスからいろいろと聞いていたみたいだけど、どれもピンとくる様子ではなかったし、あの子は本当にツァラトゥストラなの?」

 

「ああ、間違いない。むしろ何の加護もなしに私の本質の一部に振れて無事な時で普通の人間ではない」

 

アズライールは至極当然のように言うが、その感覚はアズライールの主観によるものなので螢には全く理解できないのだ。そもそも、本質の一部とは何か、それすら螢には理解できていない。アズライールが説明しないということもあるのだが。

 

「この後、トリファと行動を共にするように言われているんだが、お前もついてくるか?」

 

突然の提案に、螢は何を言われたのかわからなかった。SS軍服に袖を通し、赤く濡れた衣服を無造作に放り捨てて、アズライールは螢を見やる。

 

「・・・どういう風の吹き回し?」

 

「いや、この間のように勝手に動かれても困るからな。私の手元に置いておけとのお達しだ」

 

誰から、とは聞かなくともわかる。螢は不満そうに口を尖らせた。が、逆に考えればアズライールのおもむく先限定だが、行動を許されたということにもなる。クリストフの狙いがわからず、アズライールは首を傾げた。

黒円卓に関わらせない、という誓いに対して、螢がアズライールについて行きたくてついて行っているだけだ、という言い訳こそ成立する。が、螢をわざわざ同行させる意味がアズライールには理解できなかった。

 

「・・・それで、ついてくるのか?」

 

「それ、私がついて行かなきゃあなたが文句を言われるんじゃないの?」

 

行く気満々の螢にアズライールは大きく息を吐いた。

 

 

 

深夜、たいていの人々が寝静まった時刻にアズライールと螢、そしてクリストフは博物館へと来ていた。

 

「双頭の鷲ならぬ双頭の蛇だったというわけですか、すっかり騙されてしまいましたよ。あの方は変わらず遊び心に満ちていらっしゃる。さて、主体がどちらかアズライール、あなたならもうわかっているのではないですか?」

 

「殺し役の方は知らないが、ツァラトゥストラの方は」

 

血に濡れたギロチンを見上げながら、アズライールは自信を持った声でそう返す。クリストフはうっそりと笑った。

 

「シュヴェーゲリンとエーレンブルグを止めてくる。螢、お前はツァラトゥストラの覚醒に立ち会ってこい。ただしそれ以外は何もするな。・・・その程度ならば、別行動をしても問題ないだろう、ヴァレリア」

 

笑みを張り付けたまま、クリストフは首を横に振った。

 

「いいえ、あなたはツァラトゥストラを見てくるといいでしょう。あちらの方は私が対処しますから」

 

「・・・了解した。行くぞ、螢」

 

「あ、わかった」

 

床に散らばった赤に見向きもせずにアズライールはそこを後にした。それを見送ったトリファは携帯電話を取り出し、やがて場違いなほどやわらかい声が夜の博物館に響いていた。

 

 

雨が降る中、公園にほど近いベンチ付近で蓮は呆然としていた。頭の中に浮かんだ事実に、思考を強制的に終了させようとして、できなくてどうしようもなくなっている。ただ認めたくなくて、自分でも滑稽だとわかる理由を必死に作り上げようとしていた。

 

「だから言っただろう、お前がツァラトゥストラだと」

 

突然響いたアズライールの冷たい声に、蓮が顔を上げる。その表情からすでに真実を悟っていると判断したアズライールは、言葉を続けた。

 

「まさか聖遺物にもこんな使い方があったとは想像もしていなかったが、なるほどさすがは開発者の代替というわけだ。その使い方も、巻き込み方も、およそ人の心があるとは思えない所業というわけだな。そのことについて議論したいわけではない。私個人が贈れる言葉としては、災難だったな、という何とも味気なく無責任なものだけだ」

 

淡々と、紡ぎだされる言葉に蓮がやっと声を上げた。

 

「待てよ。いきなり現れて何わけわかんねぇこと言ってんだ、ぜんぜん」

 

「わからないわけではないだろう。事実、お前は知っているものの顔をしている」

 

アズライールはやはり淡々と言葉を重ねる。その後ろで立っている螢は言われた通り口を一切挟まずに立っている。

 

「夢の中にいてなお、心配で外に出てくるくらいには感づいていたんだろう。お前は初めから知っていた。感じ取っていた。だが、それを認めず否定するだけでは何も変わらない」

 

「黙れ!」

 

「お前は戦わなければならない。お前にこの理不尽を強いた相手を打倒するために、お前の平穏な日常を取り戻すために。そのためにお前は会いに行かなければならない」

 

そう言ってアズライールは公園を指さす。その蒼い目はただただ静かだった。

 

「お前がすべてを受け入れ、飲み込まなければあの少女はいつまでもお前のために手を汚し続ける。種はすでに割れた。今を逃せば、お前も、あの少女も、この街も、すべてが灰と化すだけだ。それが嫌ならば、会いに行け。行って受け入れろ。お前に押し付けられた理不尽も、非日常も。その上でそれらを否定して見せろ」

 

言うだけ言って踵を返したアズライールを追うこともせず、蓮はただ歯を食いしばっていた。

 

 

「なんであんな知った風なこと言ったの?」

 

「勘、というよりはそうであってほしいという願いだな。あの言葉に反応するような、あの言葉を是とするような奴がツァラトゥストラだったらいいな、と昔から思っていた。だから思ったままに言った、それだけだ」

 

蓮と香純のやり取りを視ながら、アズライールは在りし日の記憶に思いをはせていた。螢は少し意外そうに、そして不満そうにそれを見やって、蓮たちの方へ視線を向ける。螢の蓮を見る目には羨望のような光が浮かんでいた。

 

「お前を黒円卓に関わらせない、というのはもう無理だが席を譲ってやるつもりはない。ツァラトゥストラの代わりなどお前に務まるはずもなし、変な気は起こすなよ」

 

「馬鹿にしないで。私だって、それくらいわかってる」

 

「羨ましいか、何もせずに儀式に参加する権利を得たあの少年が」

 

「・・・・・・。私は、自分の力であなたから奪い取って見せる」

 

「そうか」

 

 

その日、一人の少年が異常へと足を踏み入れた。

黄金錬成が成るまで、あと7つ。



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死神、夜の学校に行く

今さらですが、作者はdiesのキャラ全員の思考とか理解しきっていない上に、この作品はイレギュラーを投入しているためかなり原作とは異なる点があります。
主に螢ちゃんとその周りの人間関係とか。
違和感しかない場面もあると思いますが、精いっぱい齟齬のないようにはしたいと思います。
これからもよろしくお願いします。




聖痕のうずきを覚えながら、アズライールは黒円卓の5番目の席に座っていた。

 

「感じる」

 

「感じるな」

 

「・・・以前も思ったが、不思議な感覚だな」

 

今まで他人と何らかの形で明確なつながりを得たことがないアズライールには、聖痕のうずきはひどく不思議なものに感じられた。これの先でつながっている相手にアズライールの体質は一切影響していない。それどころか自分が影響を与えられている。

その事実がとにかく新鮮で、不思議だとアズライールは言う。それがたとえ以前のベルリンで感じていたものであっても、なつかしさより新鮮さの方が勝ってしまうのだ。それがわかっているから誰もそれについて言及することはない。

アズライールがその感慨に浸っているうちに、他の面々はこれからのことについて論じていた。そう言った話にアズライールを入れないのはかつて傍観者だった頃の名残ともいえる。

 

「私の指揮に従ってもらいます。アズライール、あなたにも協力を頼みたい」

 

「・・・ああ。お前に指揮権があるというのならいくらでも命じるがいい」

 

「ならば、あなたの弟子をお借りしたい。もちろん、心配ならばあなたも同行してかまいませんよ」

 

「ケイは貸せん。そも、首領代行殿はカインにあの子を黒円卓に関わらせないと誓っている。その頼みは果たせない」

 

シュピーネは顔をゆがめる。真偽を問うようにクリストフを見やった。

 

「ええ。私は彼女を黒円卓に関わらせないと誓っています。今はアズライールにしか関わっていないため、見逃していますが」

 

「よろしい、ならば私個人が関わることに関しては問題はないということですね。黒円卓第10位、ロート・シュピーネではなく、ただのシュピーネであれば問題はないでしょう」

 

「・・・・・・」

 

クリストフはそれに何も答えない。アズライールも何も言わず、他の二人はそもそも興味すらなさそうだ。

 

「ならば、一つだけ」

 

「ほう?」

 

「お前がいくら自分の趣味に走ろうが全くどうでもいいが、ケイに手を出すな。もしそうなった場合、私は自分がどう行動するのか全く想像できない」

 

そう言ってアズライールはおもむろにシュピーネに向かって手を伸ばした。十分すぎるほどの距離が開いているにもかかわらず、シュピーネはその指先が自分の命を奪うのではないかとすら錯覚した。当然、エイヴィヒカイトの加護を持つ彼らはアズライールに直接触れられない限りそう言った事態に直面することはないのだが。

 

「・・・ふぅん」

 

「へぇ」

 

「おやおや」

 

大層珍しそうに騎士たちは笑う。一人、真っ向から敵意を向けられたシュピーネだけが顔を引きつらせていた。

 

 

 

教会のとある一室では学校の宿題に取り組む螢と、それをぼうっと見ている玲愛がいた。二人は別段仲がいいわけでもなく、かといって険悪なわけでもない。いや、実のところ玲愛自身は、螢のことをどう思っているのかつかみかねていた。最近は特にそう思うようになっている。

 

玲愛は随分と前、それこそ小学生の頃に真実の一部を知ってしまった。それというのも、まだであったばかりだった螢に言われた一言が原因で。

 

『ねぇ、あなたもアズライールと同じなんでしょう?あなたは何番なの?』

 

頭を鈍器で殴りつけられたのではないか、とその当時玲愛は本気で思った。なぜそれを玲愛に問うたのか、今になっても問い詰めたい衝動に駆られてしまうときもある。もっとも、そのあとアズライールに見ているこっちも泣きたくなるようなことを散々させられていたから、大声で非難したりはできなかったのだが。

『アズライールと同じ』今もその言葉が玲愛の中で時折うずく。あのどう考えても人外そのものの気配をまとうアズライールと同列。そこから察せられることにふたをする前に、玲愛の頭は答えにたどり着いてしまった。

何となく、自分が周りと違うことに気が付いていた。うすうすとだが、いつか終わりがやってくるのだと理解していた。

だから耳をふさいで、目を閉じて、何も感じないふりをした。だというのに、螢はそのすべてを何の気もなしにぶち壊していったのだ。空気が読めていないにもほどがある。

 

思い出せば出すほど、いら立ちが募るのを感じながら玲愛は机に向かっている螢を盗み見た。玲愛がいくら望んでも手に入らないものを手に入れられる権利を持ちながら、自分からその権利を捨てようとしている少女。

玲愛は別に、それに対してどうこう言うつもりも、思うつもりもない。それは個人の勝手で、玲愛には全く関係がないのだから。

けれど、自分がいったいどれだけ大切にされているのか、本当に理解できていない螢に苛立ちを覚えることもある。

偽善者とも、変態とも違う。明らかにこの世の摂理から外れているような存在でも、アズライールはまっとうに螢を大切にしている。日常に戻り、黒円卓にも魔にも関わらずに生きてほしい、という願いがどれほどまっとうで心のこもった願いか、全く理解していない螢が玲愛は嫌いだった。

けれど、表面上はどうであれおそらく心から玲愛を慕っている螢を邪険にもできないのだ。

 

重いため息をつく自分を見て、不思議そうにする螢に玲愛はまた大きく息を吐いた。

 

 

 

「協力?」

 

「ええ、藤井君を呼び出してはくれませんか?私は彼と話がしてみたいのです」

 

隠しきれない喜色に染まった螢の顔をみて、アズライールは顔をしかめた。詭弁にもほどがあるが、黒円卓にはかかわらせていない。あくまでシュピーネが彼に会いたいから仲を取り持ってほしい、という体裁だ。螢が拒否するなどということがあるはずもなく、早速明日ツァラトゥストラを呼び出すこととなった。

 

「それで、呼び出した後はどうする。お前が出向くのか?」

 

アズライールの問いにシュピーネは気味の悪い笑みを浮かべながら答える。

 

「いいえ、私は少々やることがありますので。説明はあなたがしてあげてください」

 

「・・・了解した」

 

翌日、どうやって螢が蓮を誘ったのかアズライールは知らない。ただ、夜も深くなったころ、人がいないと断定できる時刻にならなければアズライールは教会の外に出ない。そのことだけは蓮に伝えるようにと言っておいた。

 

「来てくれるって。夜の十時に学校の正門前に来てって言っておいたわ」

 

「そうか」

 

「てっきりシュピーネが行くものだと思っていたけど、あなたが行くことになったのね。・・・ねぇ、私も連れてって」

 

「好きにしろ。ただし、ついてくるからにはそれなりに働いてもらうぞ」

 

下手に教会に置いて行ってシュピーネに変な入れ知恵でもされたらたまったものではない。あの小心者が考えていそうなことくらい、アズライールにもわかる。あれほどわかりやすい男の思考に気づけないとすれば、それは自分の信仰に心底酔っているか、そんなことはあり得ないと思えるほどの傲慢な自信を持っているか、だろう。

ともかく、アズライールはシュピーネが螢に接触する機会を与えることはしたくなかった。結果、自分から黒円卓に関わらせるようなことになったとしても、手駒として利用されるくらいならば仕方がないと開き直る。

結局、螢を黒円卓に関わらせずに普通の暮らしをさせる、という理想から自分で遠のかせていることに自嘲しながら、アズライールは支度を始めた。

 

 

正門についた蓮は半ば呆然としていた。なぜこの可能性を考慮していなかったのか、今となっては浅慮な己自信が呪わしい。よくよく思い返してみれば、螢は一人で来るとも言っていなかった。そもそも自分は行動を制限されている、とも言っていたはずだ。

質素な黒一色のワンピースを着ているアズライールを見て、蓮はそんなことを考えひたすら現実逃避していた。

 

「時間通りだなツァラトゥストラ。時間にきっちりとしているのはいいことだ。そこらへん螢はルーズで困る」

 

「そこで私を引き合いに出さないでよ。藤井君も困ってるじゃない」

 

「そもそもお前が私が来ることを言っていれば問題はなかったんだがな」

 

「う、それは」

 

「もういい。それで、話ってなんだ。まさか俺と仲良くなりたくてお話ししましょう、とかじゃないだろ」

 

警戒心をむき出しにしている蓮が少しばかり面白くて、アズライールはしげしげとその様を見つめてしまう。黒円卓の騎士たちと螢以外でここまで接近して話す他人というのもまた、アズライールにとってはめったにないことだ。たとえメルクリウスの代替だとわかっていても、それは変わらない。

 

「なんだよ」

 

いらだった蓮の声にこたえることなく、アズライールは学校の敷地内へと足を踏み入れる。制止する声も聞かずにそのまま行ってしまう後姿をみて螢は苦笑した。

いつか、いや今すぐにだって殺さなければならない相手のはずなのに、それでも何とも言えない何かが沸き上がってくるのを止められない。

結局のところ、螢もなんだかんだでアズライールが自分を大切にしてくれていることに気が付いているのだ。

 

「ごめんなさい。アズライールはあなたのことをとても気に入ってるみたい。たぶん、あの人にとって今夜はあなたと仲良くなりたくてここまで来たっていうのもあると思うから、それだけは頭に入れて老いて頂戴。まぁ、いつだって本心とかけ離れたことをするのがあの人なんだけど」

 

最後の方に不穏な響きを感じ取った蓮は息を大きくはいてアズライールの後を追った。どちらにしろ、ここまで来た以上蓮に帰るという選択肢はない。

夜の闇の中に浮かぶ校舎に入っていく道すがら、蓮は螢に抑えてもらった衝動が顔を上げた気がして歩く速度を速めた。




この話の螢ちゃんはアズライールがいるせいで席についていないため、黒円卓のやろうとしていることとそれがもたらす副産物は知っていても、先輩の事情とかは全く察していません。
というかある意味で思考停止して考えないようにしています。
リザに一般常識?を学んだので先輩ともある程度仲良し設定です。


アズライールは蓮にかなり危険人物というか、警戒すべき相手として認識されています。
逆に螢ちゃんのことはそこまで危険視していない。そのうち手を組めないか、とか考えだしそう。結局、螢ちゃんの願いは変わらず蓮の思想に反するので反発すると思いますが。


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