けものフレンズR はくじつ (HWWK)
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prologue

 親友。

 

 

 フレンズ。

 

 

 パーク。

 

 

 充実した日々。

 

 

 事故。

 

 

 セルリアン。

 

 

 動物。

 

 

 鮮血。

 

 

 痛み。

 

 

 親友。

 

 

 言葉。

 

 

 涙。

 

 

 そして。

 

 

─────────

 

 

───気がつくと、あたしはここにいた。

 

 

 

 目の前にはいちめんコンクリ打ちっぱなしの壁が続いてる。廊下のように長い部屋みたいだ。照明は半分以上が落ちていて奥の様子はよく見えない。ふと後ろを振り返ってみると、人ひとり入れそうなタマゴ型のポッドが壁一面ズラリと並んでいて……待った。

 

 

 あたしの真後ろだけ、ポッドひとつ分の空間に何もない。

 

 

 どういうことだろう?もしもこれがなにかの物語のプロローグだったとして、もしもあたしがこのポッドと同じものから出てきたのなら真後ろにはフタが開いたそれがあるのが自然だ。だったらあたしは気がついた時どこから湧いて出てきたの?そもそもこのポッドは何?あたしって何者だ?

 

 

 そこまで思考が回ったところで、あたしは自分について何も思い出せないことに気がついた。名前も、思い出も、家族の顔すらも。

 

 

 急に寒々しい感覚が襲ってきた。無機質で、ヒトの気配がまるで感じられないこの場所で記憶もないまま独りっきりというこの状況が途端に恐ろしく思えてくる。怖い。あたしに何が起こって、これから何が起こるの?あたしはどうすればいいの?どうすれば───

 

 

 ───とにかく、ここを出なくては!ヒトを探そう、そうすれば何か分かるはず!

 

 

 竦む足に一撃活を入れ、あたしは出口を探して一心不乱に走り出した。

 

 

──────

 

 

 それなりに大きい施設みたいだけど、それほど迷わずにエントランスらしき所までたどり着くことができた。それに、ここまでの道中でこの施設がもともと何だったのか少し推察をつけることが出来た。廊下に並んだ簡素な個室、途中で見つけた案内図、そして椅子の並んだエントランスに受付カウンター……

 

 

「……病院、だったのかな」

 

 

 成程、あのポッドは最新鋭の医療機器なのかもしれないな。あたしは病気か怪我かであれに入れられて治療を受けていたのかな?それでも、ここが全くの無人であることと消滅したポッドの謎は解けない。

 

 

 さらに言えば、あの部屋は治療室にしては妙に無機質な感じだったのも気になる。他の部屋も少し見て回ったのだが、だいたい温かみのある色合いの壁紙で構成されていた。コンクリ打ちっぱなしというのは、少しシンプルすぎるのでは?

 

 

 というか、何らかの事情で放棄されたにしても、普通あたしのような美少女を放置していくだろうか?知って置いていったならゲドーですわ、ゲドー。

 

 

 ……状況はまるで変わってないというのに、しょうもない冗談を思いつく程度には心の余裕ができてきたみたいだ。ともかく、ここにヒトはいない。探すとしたら外に出なきゃ。エントランスを過ぎ、ドアを通って外の景色を───

 

 

 「……え」

 

 

 目の前に広がっていたのは、ポストアポカリプス物のゲームなんかで見るような、自然に飲み込まれた文明の姿だった。ひび割れた道路、錆びて苔むした自動車、ツタで覆われた建物、そして先の見えない鬱蒼と茂る森……

 

 

 「……そ、んな」

 

 

 せっかく少し持ち直してきた心がへし折れた音がした、気がした。時間が経ちすぎている。きっとあたしが生きていることなんて誰も知らない。人っ子ひとりいないような僻地で、一人ぼっち。誰もいない。寂しい。おなかがすいた。助けて。助けて。助け───

 

 

 「っうぁ、うあぁぁぁぁぁ……」

 

 

 もうだめだ。一度そう思ったら、涙が止まらなくなってしまった。きっとあたしはここで死ぬのだろう。飢えで?病気で?それとも野生動物に襲われて?もう知ったことじゃない。どうせあたしがここで孤独に死ぬことに変わりはない。おしまいだ。この有様じゃ、ぜったい生きているヒトなんて見つかりっこない。ヒトなんて───

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あのっ!」

 

 

 ───ヒトの。

 

 

 「もしかして、あなたは、ここから……?」

 

 

 ───ヒトの。声が。聞こえた。




このサイトの勝手がまるで分からないけど初投稿です

'19/6/18 改稿


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scene1 [Reunion] その1

 

 見慣れた、天井。

 窓から差す光。

 

 

 目を覚ましたイエイヌは、ああ今日も一日が始まるんだなと思った。きっと代わり映えしない、けどもしかしたら素敵なことが起きるかもしれない一日が。

 

 

 扉を開け、外に出てみる。雲ひとつない青空。ふわり、そよ風が心地いい。ヒトを探しに行くには最高の天気だ。

 

 

 「今日こそ、ヒトに会えますように」

 

 

 昨日までずっと裏切られ続けてきた、けど今日こそは叶うかもしれない。そんな願いを胸に、彼女は日課の散歩を始めることにした。

 

 

─────────

 

 

 「お〜、イエイヌっち。はよす〜」

 「おはようございます、スローロリスさん」

 

 

 いつもの森の散歩道に入ったところで、イエイヌは見知った顔に出会った。彼女はこの森に住んでいるフレンズ、スローロリス。住処がイエイヌの散歩ルートに近いので、よく顔を合わせるのだ。

 

 

 「きょうももヒトさがしのおさんぽ〜?せいがでるね〜」

 「はいっ!イエイヌ、頑張って探してます!」

 

 

 えっへん、と胸を張るイエイヌ。

 

 

 「今日こそは自慢の鼻でヒトを見つけてみせますとも!」

 「お〜、かっこいいね〜。でもそれもう900と53かいもきいてるきがするね〜」

 「ゔっ」

 

 

 ずっこけそうになる。

 

 

 「きっ、今日こそはって言ってるじゃないですか!というか、そんなのちゃんと数えてるんですか!?」

 「うふふ〜、どうだかね〜。ほらほら、じまんのおはなでさがしてみたら〜?」

 「もう……」

 

 

 気を取り直し、鼻を利かせてみる。嗅覚には自信があるんだ。ヒトの匂いもよく憶えてる。もしヒトがいるなら、それはもう一発で……

 

 

 一発で……

 

 

 「……きゅうん……」

 「ありゃ〜」

 

 

 感なし。イエイヌは項垂れた。しかしすぐに気を取り直す。いつものことだ、しょげている訳にはいかない。

 

 

 「まっ、まだです!実際に自分の足で見に行かないことには」

 「こないだ『わたしのはなならヒトがいればとおくからでもいっぱつでわかるのです!』っていってなかったっけ〜?」

 「ぐぬぬ」

 

 

 毒をもつフレンズなのだろうか、的確にイエイヌの心を刺しに来る。それもいつものことなので、もう慣れたものだが。

 

 

 「はぁ。どうして見つからないのでしょうか」

 「さあねえ〜。ずっとむかしは、いっぱいいたってきいたことあるけどね〜」

 「どこに行っちゃったんでしょうね……」

 

 

 実際のところ、イエイヌはヒトを明確に知っている訳ではない。フレンズ化する前の朧気な記憶が残っているのみだ。幸せだった、あの時。そして、ヒトに両手で抱きしめられた時に覚えた、彼らの匂い。また会えたら、きっとあの時と同じ幸せを感じることが出来る。そう信じて、彼女はヒトを探し続けていたのだった。

 

 

 「さて、それじゃ私はこれで」

 「はいはい〜、ヒトさがしがんばってねえ〜」

 「はいっ! ……お?」

 「? どったの〜?」

 「何やら……声が聞こえるような……」

 

 

 イヌ科の動物は嗅覚だけでなく、聴覚に優れてもいる。一説にはヒトの4倍以上とも言われるその聴覚で、イエイヌは森の奥から響く声を聞き取った。嗚咽と共に、ひたすら叫んでいる。

 

 

 「これって……泣き声でしょうか?」

 「でしょうか、といわれてもね〜。スローロリスちゃんにはなにもきこえないよ〜」

 「新しいフレンズの方でしょう、か───」

 

 

 その時。

 

 

 森の奥から吹き抜けた風が運んできたわずかな匂いに、イエイヌの脳天は揺さぶられた。

 

 

 「ッッッ!!!」

 

 

 「わ〜、どえらいかおしてる」

 「すいません、ちょっと見に行ってきますッ!!」

 

 

 言い終わる前に彼女は既に駆け出していた。間違いない。ずっと探していた。忘れるわけない。この匂いは、きっと───!

 

 

 「ヒトだああああああ──────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「……いってら〜。さて、スローロリスちゃんはおねむのじかんです」

 

 

─────────

 

 

 「……ここ、って……」

 

 

 匂いの主をたどり行き着いた場所は、イエイヌも知る建物だった。森の奥にある、かつてヒトが使っていたと思わしき建造物。照明が殆ど切れていて、おっかないのでイエイヌは入ったことはないのだが。さて、匂いはこの建物の正面から来ているようだ。外周を少し周り、入り口のほうへ向かってみると、

 

 

 「……っ、ひっ、ぐす……」

 

 

 いた。入り口正面の広場のような場所で立ちつくしている。きっとあれがヒトだ。フレンズと姿にさほど大きな違いはないが、イエイヌは彼女こそがヒトであると直感めいた確信を抱いていた。それにしても、さっきの声のとおり少女はどうやら泣いているようだ。何かあったのだろうか?そっと近づき、話しかけてみる。

 

 

 「あ、あのっ!」

 「ふえっ」

 

 

 少女が振り向いた。

 

 

 「もしかして、あなたは、ここから……?」

 

 

 返事はない。呆然とした顔で、泣き腫らした目をぱちくりさせている。驚かせてしまったかな?イエイヌがそう思っていると、少女が口を開いた。

 

 

 「……あ」

 「……あ?」

 

 

 「あ、あ、あ、」

 「? ? ? ……えーと」

 

 

 

 「あいたかったああああああああああああ!!!」

 「うわあああああっ!!?」

 

 

 突然の絶叫とともに、イエイヌは少女に強く抱きしめられた。それと同時に、彼女はまたわあわあ泣き出してしまった。イエイヌがどうして良いかわからずあわあわしていると、彼女は少しずつ話しはじめた。

 

 

 「あだし、っここで、めがさめて、」

 「……え?」

 「めがさめるまえの、こと、ぜんぜん、おぼえでなぐっで」

 「……」

 「まわり、だれもいなぐで、ひどりぼっちで、ぐす、さみしくで、わけわかんなく、なっちゃって」

 「………」

 「っでも、また、ひどに、あえで、っ、うぁぁぁ」

 

 

 なんとなく分かってきた。記憶もなく、ひとりぼっちで放り出されたらそりゃ泣きたくもなるだろう。きっと、自分が来るまで、不安でしょうがなかったのだろう。ならば、この状況で自分がやるべきことは一つ。

 

 

 「……はいっ」

 

 

 イエイヌは、優しく少女を抱きしめ返し、背中を撫で始めた。

 

 

 「あ、う、」

 「大丈夫です。イエイヌは、ここにいます」

 「っ、うぁあああああん……」

 

 

 ちゃんと温もりを感じられるように。彼女がもう寂しくないように。しっかりと、自分の存在を感じて安心できるように。自分はヒトのために在るのだから。

 

 

 少女が泣き止むまで、イエイヌはずっとそうしていた。





「何も考えなしにプロローグ書いて投稿した直後にネタが浮かばずエタりかけるのはルールで禁止スよね」
「SSはルール無用だろ」
「やっぱし怖いスね二次創作は」


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scene1 [Reunion] その2

 一通り泣いた後、あたしは気恥ずかしさに襲われていた。あんな状況だったとはいえ、見知らぬ女の子の胸に飛び込んで泣きじゃくるとは……。

 

 

 「えっ、と、ごめんね?イエイヌちゃん」

 「いえいえ!お役に立てたのなら何よりですっ!」

 

 

 ぺかーっと眩しい笑顔を見せるイエイヌちゃん。

 

 

 「それはそうと、ひとつお聞きしたいことがあります!」

 「んぇ?」

 「あなた、ヒトですよねっ!?」

 

 

 ずいっ、とイエイヌちゃんが顔を近づけて聞いてきた。どういうこと?あたしの認識が確かならあたしは間違いなくヒトだけど……まるで自分はそうじゃないような口ぶりだ。

 

 

 「うーん……たぶんヒトなんじゃないかな?」

 「わーっ!やっぱりそうでしたか!やっと、やっとヒトに会えました!」

 

 

 ますます笑顔がキラキラしてきた。……気になる点はいくつかある。この子の「イエイヌ」という名前。飾りには見えないぴこぴこ動く耳としっぽ。

 

 

 「そういうイエイヌちゃんって……ヒトじゃ、ないの?」

 「よくぞ聞いてくれました!私はこの名の通り、イエイヌの『フレンズ』なのです!」

 「フレンズ……?」

 

 

 フレンズ。

 その言葉の意味は分からない。けど、なぜかとても聞き覚えのある感じがした。記憶を失う前のあたしはフレンズというものを知っていたのだろうか?

 

 

 「えーっと、何それ」

 「私も詳しく知っている訳ではないのですが……」

 

 

 イエイヌちゃんからフレンズなるものの説明を聞いた。サンドスターという物質に当たった動物が、ヒトの姿になり、言葉を話すようになる。ここジャパリパーク(というらしい)には、そんなフレンズが何百種類も住んでいるそうな。

 ありえない。荒唐無稽だ。……とは不思議と思わなかった。むしろストンと納得できた。やっぱり、あたしはこの場所についてよく知っていたのかもしれない。

 

 

 「……というわけなので……あっ!」

 「うわびっくり、どうしたのイエイヌちゃん」

 「私としたことがっ、あなたのお名前を聞くのをすっかり忘れてました!」

 「ほえ」

 

 

 おなまえ。うむむ、そりゃ聞くだろうけど今のあたしに聞かれても困る。なにせ覚えていないのだから。とりあえず覚えてないと伝えて、それからどうするか考えようと思っていたら、ふとイエイヌちゃんの胸元のハーネスのようなものに付いたタグが目についた。イヌの形をしたそれには、ローマ字で何か書いてある。

 

 

 

 

 

 「……とも、え?」

 

 

 

 

 

 「ともえさんと言うのですかっ!!」

 「え゛」

 

 

 しまった、声に出すべきじゃなかった!

 

 

 「いやあのそのそれは違くて」

 「ともえさん、ともえさんっ!素敵な名前です!ああもう感激で、イエイヌどうにかなっちゃいそうですとも!」

 「えっとそのともえってキミの名前じゃ」

 「ヒトに会えるこの日をもう何日待ち続けたことやら!これでスローロリスさんにも自慢話ができそうです!」

 「ちょいちょいストップストップ」

 「ささ、これ以上立ち話もナンですし私のおうちへ行きましょう!大丈夫です、そんなに遠くないので!」

 「せやからちゃうねんてもう話聞いて───」

 

 

 

 きゅるるるる……

 

 

 

 「……あはは」

 「……ともえさん、お腹すいてました?」

 

 

 ほーりーくらっぷ。なんちゅうタイミングで鳴りよるかね。

 

 

 「とりあえず、ボスからジャパリまんを貰ってきますね!おうちで一緒に食べましょう!」

 「あっこら待たんか」

 

 

 イエイヌちゃん(ともえちゃん?)は止める間もなくどこかに飛んでいってしまった。訂正するタイミングを見失ってしまったぞ。あとボスって誰だよ。

 

 

 ……まあ自分に関して何も手がかりがないのは確かだし、少しの間だけ借りてもバチは当たらない、かな。イエイヌちゃんはイエイヌちゃんらしいし……。

 

 

 とりあえず、あの子が帰ってくるのを待とう。

 

 



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scene1 [Reunion] その3

 もぐもぐ。

 

 

 「んっ、めっちゃ美味しい!」

 「それは何よりです!」

 

 

 イエイヌちゃんに連れられてやって来たコテージで、あたしは腹ごしらえに『ジャパリまん ミックスベジタブル味』なるものを食べてみた。塩っ気は控えめなものの、旨味や素材の味が濃厚で物足りなさは感じない。空腹も相まって、いくらでも入りそう。

 ……初めて食べるはずなのに、なんだか懐かしさを感じる。記憶を失う前のあたしは、これをよく食べてたのかな?あと結局ボスって誰だったんだ。

 

 

 「これって、中身にサンドスターを練り込んであるんですよ。フレンズの健康のためにはかかせないんですって」

 「え、そうなの?」

 

 

 もぐもぐ。特に味とか食感にそれっぽいのは感じられない。塩や砂糖みたいに中具に溶け込んでるのかな。

 というか、そんな(あたしにとっては)得体の知れない物を口にして大丈夫だったのだろうか。……いや、たぶん問題ないかな。なんとなく食べたことあるような気がするし、もしフレンズ専用でヒトの食べ物じゃないなら()()()()()()()()()()()()()()()はず。……スタッフの識別用と言われたらどうしようもないけど。

 

 

 「……んぉ?」

 

 

 ふと、キャビネットの上に乗っている本のようなものに目が止まった。黄色と黒のシンプルな表紙に、あたしはよく見覚えがある。気がする。

 

 

 「これって……」

 「あ、それってスケッチブックと言うらしいですよ。ハカセに教えてもらいました」

 

 

 おっと新キャラ登場。ボスにハカセって、ジャパリパークは悪の組織のアジトか何かなんだろうか。

 ともかく、少し手に取って見てみよう。表紙、裏表紙ともに何も書かれていない。中も真っ白だ。ほぼ新品のままみたい。

 

 

 「絵を描くために使うものらしいですね。こっちには『がざい』というのもありますよ」

 「あらほんと……お、クーピーとは懐かしいね」

 

 

 イエイヌちゃんから差し出されたのは、24色入りのクーピーだった。これも使われた様子はない。……あ、白が折れてる。落としたのかな?よく折れるんだよねコレ。

 

 

 「じー……」

 

 

 ……何やら熱い視線を感じる。ちょっとばかりイヤな予感。

 

 

 「ともえさん、絵は描けますかっ!」

 「えっ」

 

 

 絵だけに。ってやかましわ。

 

 

 「う〜ん……どうだろう……昔は描けたとしても今はなにも記憶ないし……」

 「一度やってみましょうよ!チャレンジの精神は大事です!」

 「えぇ〜……」

 

 

 絵だけに。……しょうもないダジャレを天丼するのはよくない!

 

 

 「じゃあ、ちょっとイエイヌちゃんのこと描いてみようか。少しそこでじっとしててね」

 「わぁ、光栄です!」

 

 

 どえらいブツが出来たらどうしようかと思いつつ、あたしはクーピーを手に模写を始めた。

 

 

 ……あれ。あれあれ。頭は覚えてないはずなのに、体はよく覚えているのかスイスイ筆が進む。文字通りの自画自賛になるけど、かなり上手いんじゃないのコレは。

 

 

 …………

 

 

 「んっ、ひとまず完成かな。ほら、見てごらん」

 「ほわわぁ……」

 

 

 ラフ画に軽く色を乗せた程度だけど、いい感じに仕上がったんじゃないかなと思う。……うわ、イエイヌちゃんの尻尾がちぎれんばかりに往復している。喜んでもらえたならこっちも嬉しいけどね。

 

 

 「い、一生の宝物にしてもよろしいですかっ!!」

 「いやいやそんな大げさな……」

 

 

 想像以上に喜んでもらえたようだ。絵描き冥利に尽きるというものよ。

 

 

─────────

 

 

 「ふんふんふ〜ん♪」

 

 

 上機嫌で鼻歌を歌うイエイヌちゃんの少し後ろを歩く。今あたし達がどこに向かっているかと言うと、あたしが目覚めたあの病院……のような施設だ。あの時はあまりよく探索できなかったし、あたしの正体に関する手がかりを見落としてるかも知れない。

 照明がほとんど落ちてる(少しでも生きてるのがあることが不思議)から危ないかもだけど、幸いイエイヌちゃんのおうちに「非常用」と書かれたライトが備え付けられていた。元々は宿泊施設だったのかな?

 

 

 「あ、そうだ。ついでにスローロリスさんにご挨拶していきましょうか」

 「ほえ。どちらさん?」

 「ここの森に住んでるフレンズなんです。私のお散歩道とすみかが近いのでよくお会いするんですよ」

 「へえー」

 「ちょっとへそ曲がりなところもあるんですけど……長話にも付き合ってくれたりして、いい子なんです」

 「そうなんだぁ。早く会ってみたいかも!」

 

 

 新しい出会い。なんだかちょっとワクワクするね!

 

 

 ………

 

 

 「おっかしいなぁ〜……いつもならこの辺の木の上でお昼寝してるはずなんですけど」

 「たしかに……それっぽい子は見当たらないね」

 

 

 イエイヌちゃんに連れられ、スローロリスちゃんの住処付近までやって来た。のだが……肝心のロリスちゃんが居ないみたい。

 

 

 「早起きしてお出かけしてるのでしょうか……はぁ、せっかくヒトに会えたことを自慢してやりましょうなんて思ってたのに」

 

 

 こらこら。人をダシにマウント合戦を仕掛けるんじゃあない。しかし、彼女は何処へ消えてしまったのだろうか。スローロリスは夜行性だから、昼間は積極的に行動することは少ないはず。

 ……なんでそんなことは覚えてるんだろう?自分のことはサッパリのくせに。なんてことを考えていたら

 

 

 

 う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………

 

 

 

 ……なんとも気の抜けるような叫び声がどこか遠くから聞こえてきた。これは……

 

 

 「ッッ!?」

 「うわっ!?ど、どうしたの?凄い顔してるけど」

 「スローロリスさんの声です!!まさかっ……」

 「ちょ、ちょっと!?」

 

 

 言い終わる前にイエイヌちゃんは駆け出していた。いったい何事なんだ!?

 とにかく、追いかけなくては!あたしは彼女を追って森の奥へ走り出した。

 

 

 ………

 

 

 流石わんこのフレンズ、足速いなあ! 何度か見失いかけながらも、足跡を頼りになんとかイエイヌちゃんに追いついた。

 

 

 「うわわ〜〜……私は食べても美味しくないよ〜……毒があるんだよお〜……」

 

 

 木の上で縮こまっている子がいる。あの子がスローロリスちゃんかな?イエイヌちゃんはその下で何かと対峙している。なんだろう……っ

 

 

 そいつの姿を見た瞬間、心臓が一気に高鳴り、恐怖の感情で体が凍りついた。青で塗り込めたような体色、丸っこく無機質な巨躯、不気味な単眼。あたしは知っている。名前は覚えていないが、あいつが恐怖の対象であることは覚えている!!逃げなきゃ、でもどこへ?イエイヌちゃんを置いていくの?でもあいつをどうやって倒せばいい?わからない、怖い、どうすれば、どうすれば、

 

 

 

 

 あ。

 

 

 

 

 あいつの。一つ目が。こっちを。向いた。



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scene1 [Reunion] その4

 

 まずいまずいまずい!

 

 

 あたまがまっしろになってくる

 

 

 あいつが

 

 

 だんだんちかづいてくる

 

 

 にげなきゃ

 

 

 あ

 

 

 う、そ

 

 

 こし、ぬけちゃった

 

 

 「……もえ……さ……」

 

 

 うあ、あ

 

 

 やめて

 

 

 「……さ……にげ……」

 

 

 いやだ

 

 

 こないで

 

 

 こないで

 

 

 こないでよお!!!

 

 

 

 

 「ともえさんッ!!」

 

 

 

 

─────────

 

 

 「ぐぁるるるる……」

 

 

 予想通りだった。おそらく、スローロリスはこのセルリアンに追い立てられて森の奥深くまで入っていったのだ。タイミングが良かった。ともえが散歩ついでに例の施設へ向かおうと提案していなければ、この事態を知ることもなかっただろう。

 

 

 「がぁう!!」

 

 

 爪を立て、セルリアンに飛びかかる。まずは「いし」を探さなくては!

 

 

 【……】

 「!」

 

 

 しかし、初撃は後方へ避けられた。そのまま二撃、三撃と続けるが、すべてのらりくらりと躱されてしまう。

 

 

 「ちょこまかと!」

 

 

 そんな状況でも奴は背中を見せない。「いし」は背中側にあるのだろうか?

 

 

 (なんとかあいつに背を向かせないと…!)

 

 

 イエイヌがその方法を考え始めた矢先のことだった。

 

 

 【!!!】

 

 

 ぴたり。セルリアンの動きが止まった。

 反撃の合図か?イエイヌは構えた。しかしちょっと妙だ。奴の視線は自分より少しずれた所を見ている気がする。そう、少し後ろの方を。

 

 

 「……え?」

 

 

 視線を追い、振り向く。そこには。

 

 

 「うあ、あ」

 

 

 地面にへたりこんだともえがいた。

 

 

 「とッ、ともえさん!」

 

 

 まずい、とイエイヌは思った。おそらく彼女は戦う術を持たない。ここにいては危険だ。

 

 

 「ともえさん、離れていてください!どこか安全な場所へ!」

 

 

 しかし、ともえは動かない。ただセルリアンを見つめて、震えているだけだ。

 

 

 「ともえさんッ!?どうしたんですか、早く……」

 

 

 殺気。

 

 

 「ッッ!?」

 

 

 振り向くも遅く、イエイヌはセルリアンの触手に弾き飛ばされた。

 

 

 「ぎゃうッ!!」

 

 

 木に叩きつけられ、激痛に身をよじらせる。失態だ。ともえに気をとられ、敵から目を離すなど。

 痛みに耐えつつ、立ち上がる。早く体制を立て直さねば、追撃が来る……

 

 

 「……?」

 

 

 ……そう思ったのだが。セルリアンはイエイヌ(とスローロリス)を無視し、何故かともえの方へ向かっていった。

 

 

 「ひぃっ……!」

 

 

 尻もちをついたまま、後退りするともえ。何故?こっちは明らかに隙だらけだったのに、それを放ってまでともえを狙うとは。

 しかし、今はそれについて深く考えている場合ではない!

 

 

 「ともえさん……早く逃げて……っ!」

 

 

 声を振り絞り、呼びかける。しかし彼女からの反応はない。

 

 

 「いやだっ……こないで……こないでよぉ!!」

 

 

 木の枝を必死に振り回しているが、立ち上がることはしない。まさか、立てないのだろうか?

 そうしている内にも、セルリアンはともえに迫っていく。早く助けねば……幸いにも、彼女を先に狙ってくれた()()()()()()()()()()()

 

 

 「すぅー……はぁー……」

 

 

 呼吸を整え、渾身のジャンプ。ようやく、背中を見せてくれたな───!

 

 

 「ぐるるぁ──────ッッ!!!」

 

 

 背中の真ん中に見えた「いし」に、一撃。

 

 

 【!!!!!】

 

 

 

 

 ぱっかァァ──────んッ!!

 

 

 

 

 セルリアンは、立方体のこなみじんになって砕け散った。

 

 

 「……っともえさん!!」

 

 

 着地し、すぐさま彼女のもとへ向かう。

 

 

 「ともえさんっ、大丈夫でしたか!?」

 「……あ、イエイヌ、ちゃん?」

 

 

 震えている。よほど怖かったのだろう。

 

 

 「あれ、たおし、たの?」

 「はいっ、もう大丈夫で……」

 

 

 がばり。ともえが抱きついてきた。

 

 

 「うわあ!」

 「……っごめん。少しの間で、いいから……っ」

 

 

 嗚咽が漏れ出す。

 

 

 「……いいえ。ともえさんが落ち着けるまで。ずっとでも大丈夫ですっ」

 「っ、ありがとうっ……」

 

 

 それが貴女のためなら。イエイヌもまたあの時のように、ともえをそっと抱きしめ……

 ……おや。背中からもう一つ柔らかい感触が。

 

 

 「うえ〜ん、こわかったよ〜イエイヌっち〜」

 「……スローロリスさん?あの、これでは身動きが……」

 「ちょっとのあいだでいいから〜。うえ〜ん」

 「……もうっ、仕方がないですね。ちょっとだけですよ?」

 「わ〜い、イエイヌっちだいすき〜」

 「まったく、調子がいいんですから……」

 「……うえーん、イエイヌちゃんすきすきサンドイッチだー、うえーん」

 「……ともえさん、もう大丈夫なのでは?」

 「びえーん、そんなことないよー」

 「……」

 

 

 まあ、しばらくこうしてるのもいいかも知れない。イエイヌはそう思った。

 

 

─────────

 

 ……ふう、落ち着いた。イエイヌちゃん成分も存分に摂取できて、あたし満足!……なんてキャラじゃないか。

 それにしても、何故あたしはあのセルリアンとかいう奴にあれ程の恐怖を感じたのだろう。思い出しただけでゾワゾワしてくる。もしかしたら、あたしがあの場所にいて記憶をなくした事に関係してたりして。

 

 

 「……そうだイエイヌちゃん、怪我してない?さっき吹っ飛んでたような気がしたけど」

 「えっ?ああその、ぜんぜん平気ですよ!私、丈夫ですから!」

 「そう?……うーん」

 

 

 さりげなーく後ろの方に回って……

 

 

 「とう」ぶすり

 「ぎゃん!?」

 

 

 背中に指を軽く刺してみると、イエイヌちゃんは飛び上がった。やっぱり打撲してるみたい。

 

 

 「あばばばば」

 「もー、無理しちゃ駄目だよ?ちょっとの怪我でも、放っておくと取り返しがつかなくなっちゃったりするんだから」

 「は、はいぃ……」

 「あはは〜」

 

 

 イエイヌちゃんの悶絶する様を見てころころ笑っているぞこの子。何とは言わないけど素質があるのかもしれない。

 

 

 「……じゃあ、わたしはこのへんでおいとましようかな〜」

 「あー、スローロリスちゃんだっけ?ちょっと待って」

 「ん〜?」

 「君も、怪我してるでしょ」

 「えっ、スローロリスさん?」

 「……」

 

 

 この子、なんとなく右足をかばうような歩き方をしていた。何かしら負傷した可能性は高い。

 

 

 「……ふたりをしんぱいさせたくなかったんだけど、ばれたらしょうがないね〜」

 「んっ、ちょっと見せてみて」

 

 

 右足の服をめくり上げる。すると……

 

 

 「あわわっ!ちっちち、血が……!!」

 「あー、見事にやっちゃってるね」

 

 

 500円玉くらいのすり傷が出来ていた。そこまで深いものではなさそうだけど……。逃げてる途中で転んだりしたのかな?

 

 

 「あはは〜……わたし、もうだめなのかもしれないね〜……」

 「そんなっ……スローロリスさん!どこにも行っちゃ嫌ですよお!」

 「だいじょうぶだよ〜、わたしはおほしさまになっても、イエイヌっちをずっとみてるよ〜」

 「うわああん、スローロリスさあん!!」

 

 

 「いやいや、大げさだから。どっちかというとイエイヌちゃんのが重症だから」

 

 

 とはいえ、このままにしておく訳にはいかない。なんとか応急処置くらいはしてあげたいけど、あいにく何も道具を持っていない。あたし達の目的地が病院なら、救急キットくらい置いてあると思うけど……

 

 

 「……んぉ?」

 

 

 今、視界の端を妙なモノが掠めたような気がした。森林という環境にそぐわない、ビビッドカラーの赤色をしたモノが。

 なんだろう……?

 

 

 《……》

 

 

 な……なんだあっ!?奇妙な物体が森を練り歩いている!

 卵から耳と足としっぽが生えたようなフォルムで、大きさはあたしの膝くらいだろうか。自然環境ではよく目立つ原色に近い赤と白のツートンカラーで、何か帽子のようなものを被っている。……よく見たら結構かわいいぞ。あ、こっちに気づいたみたい。近づいてくる。

 

 

 「あれ、ボスじゃないですか?」

 「ほんとだ〜、でもいつものいろとちがうね〜」

 

 

 なにっ、あれが例のボスだと。しまった、ご挨拶なのに何もお土産を持っていない。

 

 

 「あー……はじめまして、ボス?」

 《ハジメマシテ、ボクハ『メディックビースト』ダヨ》

 

 

 メディック……ビースト?ボスじゃないのん?

 

 

 《ボクハ主ニ、ぱーくノ衛生管理ト、負傷者、急病人ノ救護さぽーとヲ、行ッテイルヨ》

 「え、それって……」

 

 

 あー、なるほどそういうことか。よく見たら、この子の帽子に描かれたシンボルマークはあたしもよく知るものだった。杖に巻き付いた蛇。これはアスクレピオスの杖、医療・医術の象徴だ。

 この子なら、今の状況をなんとかしてくれるかも。

 

 

 「ねえビーストさん、このフレンズ達が怪我しちゃったみたいなんだ。どこか治療できるとこ、ないかな?」

 《ソレハ大変ダネ。コノ先ノこてーじニ、保健せんたーガ併設サレテイルンダ。ソコヘ向カオウ。ふれんず達ハ歩ケルカナ》

 

 

 おや、あっちの廃墟じゃないみたい。じゃあ、あそこは一体……?

 ともかく、治療の目処が立った。イエイヌちゃん達を連れて行こう。

 

 

 「よかったね二人とも、治してもらえるって……」

 「……」

 「……」

 「……どしたん?」

 

 

 二人ともポカンと口を開けてる。何かそんな驚くべきことがあったのだろうか?

 

 

 「……ボ」

 「……ボ?」

 

 「……ぼぼ」

 「……ぼぼ?」

 

 

 

 

 「「ボスがしゃべったあああああぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!?」」

 

 

 

 

 「……え、そんな驚く?」

 

 

─────────

 

to be continued...



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『音声記録:20██/04/23』より抜粋.txt

 

 [記録開始]

 

 

 『おるかー??』

 

 

 『……いるけど。貴女っていつも唐突ね』

 

 

 『つれないのお、ホレ!ジャパリまん貰ってきたんよ!昼飯まだなら一緒に食べへん?』

 

 

 『まあ、いいけど』

 

 

 『よしきた!ほいコレ』

 

 

 『ん、どうも。……あの、ちょっと待って』

 

 

 『おーん?』

 

 

 『「ミネラル豊富な土壌味」って何』

 

 

 『オモロいやろ?』

 

 

 『……「オモロい」だけで私の昼食を台無しにされるのはとても困るのだけど』

 

 

 『まあまあ、いざ食ったら味に目覚めた!ってこともあるかも知れへんやん?フランス料理にも土のスープなる奇怪なモンがあるらしーし』

 

 

 『絶対に無いわ。別のを頂戴。』

 

 

 『えー……まあええわ、ホイ』

 

 

 『今度はちゃんとした食料でしょう、ね……』

 

 

 『んー?』

 

 

 『……「牧草味」て』

 

 

 『食料やん?』

 

 

 『牧畜のね。せめて人間が食べて美味しいと思えるものを寄越しなさい』

 

 

 『ゼータクよのぉ、ホレ』

 

 

 『……貴女そろそろ引っ叩くわよ?』

 

 

 『「ハチノコたっぷり!蜂の巣味」はお気に召さん?美味いらしいよ、ハチノコ』

 

 

 『じゃあ貴女が食べればいいじゃないの』

 

 

 『むー。毒味させてからにしよかと思ったんやけど』

 

 

 『決定、貴女ここ出禁ね』

 

 

 『そんな!調子乗りすぎました!すんません!許して!』

 

 

 『……そのハチノコ味とやらを完食したら許してやらないことも無いけど』

 

 

 『そ、そげな殺生な……』

 

 

 『人を毒見役に使おうとしたんだから、そのくらい当然でしょう?』

 

 

 『うう……ウチ、じつは虫アカンのに……

 

 

 ……ええい!女は度胸や!南無三!!』

 

 

 [咀嚼音]

 

 

 『……あ、美味いかも』

 

 

 『……良かったじゃないの、味に目覚めて』

 

 

 [省略]

 

 

 『それで、何でそんな理解不能な味のジャパリまんが大量にある訳?』

 

 

 『それがなー、あっこの開発担当がいきなり「どうぶつさんのたべものをたべてどうぶつさんのきもちになるですよ〜」とか濁った目で言い出したらしうてな』

 

 

 『……過労気味だったしね、あの人』

 

 

 『ありゃ長期休暇かメンタルクリニックが必要やで……現場の連中もどえらいのの試食続きで死んだ魚のような目になっとったし』

 

 

 『土味や牧草味を延々食べ続けてた訳ね……お気の毒に』

 

 

 『食性の合うフレンズには好評みたいやねんけど、果たしてコレをパークのお客様にお出ししてどれほどウケるかって話よな』

 

 

 『……某テーマパークでは愉快なフレーバーのジェリービーンズが受けてるらしいし、案外キワモノでもイケそうな気もするけどね。土は論外だけど』

 

 

 『せいぜい一口で終わるモンと主食になりうる量のコレを比べたらダメやろ……』

 

 

 [PHSの呼び出し音]

 

 

 『おっと、誰かがウチを呼ぶ声がする。ほな、また!』

 

 

 『もう妙な味のジャパリまんは要らないからね?』

 

 

 『えー』

 

 

 『えーじゃない、それとも出禁が』

 

 

 『おけまる!!もう持ってきません!!』

 

 

 『よろしい』

 

 

 [記録終了]



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scene2 [Reel] その1

 「……なるほど、ビーストさんは生体保護の観点からフレンズとは原則話せないことになってる訳だね」

 《ソウダヨ。タダシ、緊急時ハ特例デ話セルヨウニ権限ヲ変更スルコトモアルヨ》

 「ふんふん」

 

 

 あたし達は今、イエイヌちゃんのおうち(コテージ?)に併設されていた保険センターにいる。あの施設とは比べ物にならないほど、よく手入れが行き届いたきれいな建物だった。

 

 

 「……よし、これでオッケーかな」

 「いや〜、おてすうをおかけしました〜」

 「んっ、いいってことよ!」

 

 

 とりあえず、スローロリスちゃんの傷口を流水で洗って絆創膏を貼ってあげた。この絆創膏、サンドスターを使っていて保護・保湿・殺菌消毒・自然治癒補助まで全部行ってくれるスグレモノらしい。サンドスターのちからってすげー!

 

 

 「イエイヌちゃんも大丈夫そう?」

 「はいぃ〜……ヒンヤリしてて、とても心地がいいですぅ〜……」

 

 

 うつ伏せでとろけてる彼女の背中には、湿布が数枚貼ってある。こちらもサンドスター配合で以下略。

 

 

 《モトモト、ふれんず達ハさんどすたーノ慣性制御効果ヤ治癒促進効果デ怪我ヲシヅラク、怪我シテモフツウノ動物ヨリ遥カニ早ク直ッテシマウンダ》

 「へえー」

 

 

 赤ボスことメディックビーストさんが解説してくれた。そうは言っても、何もしてあげないのはあたしの心が許さない。自己満足だろうが偽善だろうが、『納得』は全てに優先するのだ。……誰のセリフだったっけ、これ。

 

 

 「しっかし、何でサンドスターってそんなに万能なの?」

 《一説ニハ、人ヤふれんずノ『意思』ニ反応シ、望ム現象ヲ引キ起コシテイルトモ言ワレテイルケド、詳シイコトハマダ分カッテイナイヨ》

 「……それが本当なら、かなり凄いことだよね」

 

 

 今の話を聞いて、素敵だなと思うと同時に少しの薄ら寒さを感じた。思うままの現象を引き起こす魔法の砂。その能力を完全に引き出すことができた時、人類は果たして何に使うだろう?平和と幸せのためか、それとも……

 そこであたしもその人類の一人であることを思い出し、少し凹む。うぅ、つらい。

 けど、そうはならなかったみたい。ここにサンドスターの研究をしてるヒトはもう、誰もいない。何があったんだろう……。

 

 

 「ビーストさんは、ここからヒトが居なくなった理由、知ってる?」

 《……エラー。データベースに情報がありません》

 「……」

 

 

 消えたのか。隠されてるのか。それとも、記録する暇すら無かったか。いずれにせよ、今のあたしに真実を知る術はないようだ。

 

 

 「……あたしのルーツ、探さなきゃ」

 

 

 決意を込めて、呟く。恐らくそれが、一番の近道。

 

 

 「行こう、イエイヌちゃん。あの施設で、手がかりを探すんだ」

 「……はいっ。イエイヌ、どこまでもお供します。」

 

 

 彼女は真っ直ぐな目で見つめてくる。この子と一緒なら、きっと、どんな困難だって───

 

 

 「あ〜、そうだ〜」

 「んぉ?どうしたのスローロリスちゃん」

 「きのうね〜、ともえっちがいってたたてものに〜、ちっこいセルリアンがはいってくの、みたんだよ〜」

 「え゛」

 「まだあそこにいるんじゃないかな〜」

 

 

 ……。

 

 

 「いいいイエイヌちゃん、きき今日はあたしお家で一日ダラダラしてたい気分かな〜アハハ」

 「大丈夫ですよ!ちっちゃいのなら私がズバーンとやっつけちゃいますから!」

 「いやまあそこは心配してないけども」

 

 

 トラウマスイッチは自分では如何ともし難い。うぅ、つらい。

 

 

 「さあ出発です!ともえさんの記憶を取り戻しに行きましょう!おー!」

 「お、おー……」

 「いってら〜」

 

 

 い゛ぎだぐな゛い゛……。

 

 

─────────

 

 

 そんなわけで、廃墟までやって来たのだが……。

 

 

 「もぉやだぁ……くらい……こわい……おうちかえってイエイヌちゃんモフモフしつづけたい……」

 「探し終わったら存分にさせてあげますから……頑張りましょう!」

 「ふえぇ……」

 

 

 がたんっ!

 「わあああああああ!!!」

 「わあああああああ!!!」

 

 

 がさっ……

 「オワッーーーーーーーーー!!!」

 「わあああああああ!??」

 

 

 がしゃん!

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 「わあああああああ!?!?!?」

 

 

 「ともえさんっ、怖いのは分かりますけど!もう少し落ち着いて!!」

 「ご、ごめん……」

 

 

 怒られてしまった……。

 

 

 ……

 

 

 「う〜ん……結構探したと思うけど……」

 「それっぽいものは見つからないですねぇ……」

 

 

 そこそこ色んな部屋を探したと思うけど、手がかりになりそうなものは見つからなかった。鍵がかかってて開かない部屋も多かったし、書類が入ってそうなラックはすべて空だった。あたしが目覚めた部屋も一応見てみたのだが、ポッドはうんともすんとも言わないし、他の情報も手応えゼロ。さんざ怖い思いしてこれって泣いていいです?

 とりあえず、この少し広めのオフィスみたいな部屋が最後かな。ここは電気が生きてないから、持ってきた懐中電灯だけが頼りだ。しかし、光量が微妙で非常に探索しづらい。

 

 

 「やっぱり懐中電灯だけじゃ無理あるよね……ホラゲじゃあるまいし」

 「ほらげ?」

 「んっ、こっちの話」

 

 

 もう少しよく見えたら、細かく探索できると思うんだけど……。

 

 

 「わふっ」びたーん!

 「オアアーーーーーーーーーーッ!!?」

 「あたた、何かにつまづいちゃいました」

 

 

 もう!!びっくりさせて!!懐中電灯放り投げちゃったじゃないの!!

 あわわくらいこわい、はやくひろわなきゃ……

 

 

 ぷつん。

 

 

 「は?」

 

 

 少し先に落としたライトを拾いに行こうとしたら、ライトが突然切れてあたし達は暗闇に閉じ込められた。うそやん。

 落ちた衝撃で壊れた?いや、()()()()()()()()()()()()()()()、ように見えた。何かがおかしい!

 

 

 「い、イエイヌちゃん、これ」

 「だ、誰かいるんですかっ!!」

 

 

 まさか……スローロリスちゃんの言ってた……

 

 

 「あ、れ、?」

 「どど、どうしたの?」

 「何か……変な音が聞こえませんか?何かこう、キーンという音が……」

 「ぜんぜん聞こえないよ!怖いこと言わんといて!!」

 

 

 あわわ、もう勘弁してえ!やっぱりお家でダラダラしてるべきだった!

 

 

 

 

 

 「ねえ

 

 

 

 ぞわり。

 

 

 

 「うふふ

 

 

 

 耳元で。

 

 

 

 「見えないって

 

 

 

 何かが。

 

 

 

 「こわいでしょ

 

 

 

 しゃべってる!!

 

 

 

 

 「ばあ♡」カチリ

 「ア゛」

 

 

 

 

 「わああああああああ!!!」

 「……なーんて、びっくりした?うふふ」

 「食べないでくださ……あれ、もしかして、フレンズの方、ですか?」

 

 

    (´-ω-)

 

 

 「そうよ。私、ヒナコウモリっていうの。よろしくね?」

 「わふぅ……怖かったですよ、もう」

 

 

    (´-ω-)

 

 

 「うふふ……こんな暗いところで見かけた訳だし、ちょっといたずら心が出ちゃったわ」

 「でも、セルリアンじゃなくてよかったです。ね、ともえさん!」

 

 

    (´-ω-)

 

 

 「ともえって、そっちでのびてる子?」

 「はい……あれ?ともえさん?」

 

 

    (´-ω-)

 

 

 

 

 

  フワーリ  △ 

    (´・ω・)?

     ( ∪∪

     )ノ

    (´-ω-)

 

 

 「とっ、ともえさァーーーーーんッ!?」

 「……ちょっと、やりすぎたかしら」



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scene2 [Reel] その2

 『コーヒーカップだ』

 どうして

 

 

 『メリーゴーランドもある』

 きてしまったの

 

 

 『ジェットコースター……ではないかな、随分ゆるやかだし』

 きみには

 

 

 『あれは……ステージかな?ショーをするための』

 まだ 

 

 

 『……そして、でっかい観覧車』

 はやすぎる

 

 

 『遊園地だ。あたしは今、観覧車前のカフェテリアで優雅にお茶をしております』

 おもいだして

 

 

 『さ〜て、楽しみだなー何から乗ろうかなー♪イエイヌちゃんも楽しみにして……』

 きみの

 

 

 『あれ?イエイヌちゃんがいない。』

 いばしょを

 

 

 『どうして?あの子をほっぽってあたしは何を?』

 かえるばしょを

 

 

 『あそっか、いる訳がないよねー。そりゃそうさ、ここは』

 さあ

 

 

 『……ここは?』

 

 

 

 おうちにおかえり

─────────

 

 

 「……う、う〜ん……?」

 「あっ、ともえさん!よかった、目を覚ましたんですね!」

 「あれ……いえいぬちゃん、ゆうえんちは……?」

 「ゆうえんち……?」

 

 

 おかしいな、さっきまで遊園地にいたと思ったんだけど。どうやらあたしは気を失ってどこかのベッドの上で寝かされていたみたいだ。まさか臨死体験的なサムシングだったり?

 

 

 「あの……ごめんなさい、まさか倒れちゃうくらい驚くなんて思ってなくて」

 「のわあ!さっきのおばけ!……じゃない?」

 「フレンズさんですよ!ヒナコウモリさんと言うそうです」

 「コウモリ?」

 

 

 あらほんと。よく見たら普通のフレンズのようだ。反り気味の耳に、鳥類とは違う特徴的な羽。なるほど、確かにコウモリの特徴を持っている。

 

 

 「そんな気にしないでヒナコウモリちゃん!ちょっと危なかったけどなんとか生きてるし」

 「そう?……うふふ、優しいのね」

 

 

 そう言って彼女はくすくすと笑う。曲者っぽい雰囲気とは裏腹にわりと素直そうな子だ。

 

 

 「やー、セルリアンじゃなくてホントに良かったよ」

 「あら、あんなのと間違われるのは少し心外だわ」

 「それにはちょっとした訳があってですね……」

 

 

 ヒナコウモリちゃんに事情を説明した。スローロリスというフレンズが、ここに小さなセルリアンが入っていくのを見たという話を聞いて、おっかなびっくり探索していた訳で。

 

 

 「うーん……お昼頃からここにいるけどそんなものは見てないわよ?」

 「あれ、そーなの?」

 「その子の見間違いなんじゃないかしら?」

 「うーむむ、それならそれでいいんだけど」

 

 

 居ないならそれに越したことはないよね、うん。

 

 

 「……もしかして、あの子あたしを怖がらせるために適当なこと言ったとか?」

 「そんなことは……うーん、否定できないです……」

 「できないんだ……」

 

 

 イエイヌちゃんが苦い顔をする。似たようなからかわれ方をされたことがあるのだろうか。お気の毒に。

 

 

 「それで、あなた達はこんな場所で何をしていたの?」

 「いやあね、それなんだけれども」

 

 

 再びの説明タイム。あたしは目覚めてから記憶がないこと、ここに記憶の手がかりがあるかもしれないこと、しかし暗闇とセルリアンにビビり散らしてロクに探索できてないことを伝えた。

 

 

 「そうだったのね……邪魔しちゃって本当にごめんなさい」

 

 

 重ね重ね謝ってくるヒナコウモリちゃん。やっぱええ子や。

 

 

 「お詫びというにはなんだけど……私にもお手伝いできることは無いかしら?」

 「お手伝い?ありがたいっちゃありがたいけど……」

 

 

 何を手伝ってもらえばいいかな?探しものとはいってもこの暗闇じゃ何人いても……

 暗闇?待てよ……もしかしたら。

 

 

 「……いや、めっちゃありがたい!ヒナコウモリちゃんがいれば百人力だよ!」

 「あら、そう?うふふ、頼りにしてくれて嬉しいわ」

 「???」

 

 

 イエイヌちゃんが不思議そうな顔をしている。まあ見ていたまえ。

 

 

─────────

 

 

 取り急ぎ、さっきの真っ暗なオフィスまで戻ってきた。

 

 

 「それで、私は具体的にどんなものを探せばいいの?」

 「そうさねー……とりあえず薄いペラペラの物を探してもらえるかな?」

 「うふふ、了解よ」

 「……ともえさん、本当にこれで大丈夫なんですか?」

 「たぶんねー。まあ見ててみ」

 

 

 おそらく、彼女の能力なら、きっと。

 

 

 「それじゃ、やってみるわね」

 

 

 ヒナコウモリちゃんは目を閉じ、聞き耳を立て始めた。

 

 

 「……あっ!さっき聞こえたキーンって音が!」

 「んっ、それがキモなのだよ」

 「うふふ……私達コウモリはこの音を使ってまわりにどんな物があるか知ることができるの。たとえこんな暗闇だって、私にとってはお日様の下と変わりないわ」

 「わふ……凄いんですねえ」

 「超音波っていうんだよ。ヒトの耳にはちょっと高すぎて聞こえないんだけど、イヌはもっと聞こえる範囲が広いからそれでイエイヌちゃんは分かったんだろうね」

 

 

 この能力なら、きっと目の届かないような場所にあるものも見つけ出せるはず。頼んだよ、ヒナコウモリちゃん。

 

 

 「……見つけたわ」

 「おおっ、グッジョブ!」

 「そこの『つくえ』?の下の隙間に入ってるみたいね」

 

 

 ライトを点け、机の下を覗き込む。見えづらいけど……あった。なにかの紙がそこに落ちている。

 手を突っ込み、取り出……狭い!ぬぬぬ、もうちょっとなんだけど……よし、届いた!なんとか指を絡め、引きずり出す。

 

 

 「なんですかなんですかっ?私にも見せて!」

 「ちょちょ、イエイヌちゃん落ち着いて!」

 「うふふ、仲が良いのね」

 

 

 どれどれ、光沢と厚みからして写真みたいだけど、何が写ってるのか、な……

 

 

 「これって……ともえさんじゃないですか?」

 「確かに、よく似てるわ」

 

 

 その写真を見て、あたしは絶句した。眠たげな目をした女の子が、カメラに向けてピースサインをしている。問題はその隣に写っているものだ。

 犬。それも、灰色の毛並み、ゴールドとブルーのオッドアイ、赤いハーネスにぶら下がった、犬の形のタグ。これは、まさか。

 

 

 「……イエイヌちゃん、大事な話があるの」

 「へ?どうしたんですか、ともえさん」

 

 

 今まで曖昧にしてたけど、そろそろはっきりさせておかなきゃならない。緊張を抑え、言う。

 

 

 

 

 「あたしの名前は、『ともえ』じゃないんだ」



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scene2 [Reel] その3

 

 「……え?」

 

 

 イエイヌちゃんが驚いた表情を見せる。無理もないよね、いきなりこんな訳わからないこと言われたら。

 

 

 「えっと、ね。この写真に写ってるワンちゃん、これって多分キミの昔の姿だと思うんだ」

 「……」

 

 言い訳するように、ひたすらまくしたてる。

 

 

 「きっと、右の子ととっても仲が良かったんだろうね。えっと、それでね」

 「……」

 

 

 怒るかな。それとも、悲しむかな。失望されちゃうかも。

 

 

 「キミの胸元についてるタグ、分かる?そこに、文字が書いてあったの。『TOMOE』って。これって、キミの名前だと思うんだ。誰かがキミに付けてくれた、大切な名前」

 「……」

 

 

 罪悪感で心臓が押し潰されそう。

 

 

 「キミに名前を聞かれたときにうっかり読み上げちゃって、それで勘違いが起きちゃって、そのままなあなあにしちゃって……ホントにごめんね」

 「……」

 

 

 あの子の顔を直視できない。

 

 

 「あはは……ひどいよね、あたし。キミの名前を勝手に使ってさ。とりあえず、ともえって名前はキミに返すから、何か代わりの名前を考えておくから……」

 

 

 あたしは、あたしはっ……

 

 

 

 「えっと、はい」

 

 

 

 ぎゅっ、と。あの子があたしの手を握った。

 

 

 「あなたを、許します。」

 「っ、えゅ」

 

 

 なんだ今の素っ頓狂な声は。

 

 

 「……どう、して?」

 「……あれ?もしかして叱ってほしかったとか?」

 「えっ、そ、それは……その」

 「……ともえさん、今の話してる時すごく悲しそうでした。私のことでそうなってしまったのなら、私もすごく悲しいなって思って」

 「……」

 「そんな顔しないでください!ともえさんは笑顔のほうが似合ってますって!」

 「っ……」

 「へ?あわわ、泣かないでくださぁい!」

 

 

 不意に涙がぽろぽろと溢れてきた。ここに来てからなんだか泣いてばっかりのような気がする……。

 ……ここで一番最初に出会えたのがこの子で、本当に良かったなあ……。

 

 

 「……ありがとう。本当に、ありがとう」

 「えへへ……」

 

 

 ………

 

 

 「それでさ、名前のことなんだけど……」

 「うーん……いきなり私の名前と言われても、実感がないですねぇ……」

 「フレンズになる前のこと、覚えてないの?」

 「殆ど覚えてないです。なんとなーくぼんやりとしたことしか……思い出せる時からずっと私は『イエイヌ』でしたから」

 「そっか……」

 「私のことは今までと変わらず、イエイヌとお呼びくださいっ!」

 「んっ、それじゃそうするね」

 

 

 イエイヌちゃんが望むなら、そうしよう。問題はあたしの方だ。これからなんて名乗ればいいだろうか……。謎ポッドから生まれた謎ポッドちゃんとか?うーん……

 

 

 「それとですね……はい、これ」

 「? これって……」

 

 

 何かを差し出された。これは……例のタグだ。

 

 

 「ともえさんさえ良ければ、記憶が戻るまででも使ってあげてほしいです」

 「え……いいの?」

 「はいっ!私は使ってないものなので、是非!」

 「……あたしよりも先にイエイヌちゃんが何か思い出したらどうするのさ?」

 「そっ、それはその時考えますとも!」

 

 

 とことん前向きだなあ、この子は。

 

 

 「……分かった!あたしはもうしばらく『ともえ』でいます!」

 「はいっ!よろしくお願いします、ともえさん!」

 

 

 とりあえず、これにて一件落着かな。

 

 

 「……お話しは終わった?」

 「あ!ごめんヒナちゃん、ほっぽらかしにしてた!」

 「うふふ、ちょっと寂しかったわよ?」

 

 

 そう言って彼女はくすくすと笑った。いたずらっぽい雰囲気がまた可愛らしいね。

 

 

 「それじゃ、これからどうします?移動しちゃいます?」

 「あ、ちょっと待って!実はもう一つ、大事な話があって……」

 「あら、まだあるの」

 「こ、今度はなんですかっ!?」

 

 

 緊張を抑え、言う。

 

 

 

 

 

 

 「あたし実はどんな顔してたか覚えてねンだわ」

 

 

 

 

 

 

 「……そ、そうなんですか……」

 「そうなンだわ」フンス

 

 

─────────

 

 

 自分の顔を確認したいなら、どこへ行くべきか?勿論、鏡がある所がベストだ。というわけで、皆で化粧室まで移動してきた。ここは蛍光灯がいくつかついているので、あたしの(たぶん)プリチーなフェイスを思う存分観察できるのだ。

 ……おや、イエイヌちゃんが鏡を覗き込んで尻尾をブンブン振っている。

 

 

 「見てくださいともえさん!私達の他にもフレンズがいましたよ!」

 

 

 おっとイエイヌ選手、鏡像認知失敗です。

 

 

 「……これはね、あたし達のことを写してるんだよ、ほら」

 「え……え!?すごーい!ともえさんが2人います!どうしてどうして!?」

 

 

 プロペラを付けたら飛んでいきそうなくらい尻尾が乱舞してる。可愛らしいなあ。

 少し脱線したが、改めて自分の顔と写真を見比べてみる。……結論から言うと、確かによく似ている。驚くほどそっくりだ。けど、この子とあたしが同一人物かはもう一歩確証が持てない。似てる部分もあれば、違いもあるからだ。

 まず、髪の毛。写真の子は少しボサボサ気味の緑がかった黒髪、あたしのはサラッサラでより明るいグリーン。この子の目は同じくグリーンの入った黒だけど、あたしのは更に右目は赤、左目には緑の光が見える。

 ……なんか随分人間離れした見た目じゃないか、あたしは?よく見たら爪も緑色だし。マニキュアじゃない、組織の色だ。何があったらこんなことになるんだろう?

 手がかりを見つけたと思ったのに、謎が増えてしまった。

 

 

 「やっぱりこの写真について何も思い出せない?イエイヌちゃん」

 「はい……。ともえさんはどうですか?」

 「あたしもサッパリだなぁ……」

 

 

 アニメみたいにこういう重要そうな手がかりでキュピーンと記憶を取り戻せれば楽だったんだけど。

 まいったなあ、ここで手詰まりか……?

 

 

 「ねえ、さっきあなた達が話してたとき、もうひとつ『かみ』を見つけたのだけど。これは役に立つかしら?」

 「なにっ!」

 「本当ですかヒナコウモリさん!」

 

 

 ヒナちゃんからパンフレットのようなものを差し出された。なになに……

 

 

 「ジャパリパーク・トータルケアセンター?」

 

 

 表紙の建物、これは……ここと同じものに見える。中身も読んでみよう。

 ……ほうほう。ふむふむ。なるほどなるほど。

 

 

 「何か分かりました?」

 「なんとなく、ね。やっぱりここは病院だったんだ」

 「びょういん……?」

 「さっきの保健センターのでっかいバージョンだよ」

 

 

 ざっくり内容を整理すると、

 

 ・ジャパリパーク最大の医療施設。人間とフレンズのどちらにも対応できたらしい

 ・サンドスター技術による最先端の医療を受けることができたらしい

 ・それについての研究施設としての側面も持っていたっぽい

 ・特に小児科に力を入れていたようだ

 

 と、こんな感じ。あたしの想像は当たっていたようだ。

 ……それを踏まえると、ますます「あの部屋」の異質さが際立ってくる。あまりにも物々しく、寒々しい、あの部屋。しかし、()()()()ならそれにも説明はつく。病院なら当然備えているであろう部屋。そう、つまり……

 ……そこまで思い回ったところで、頭を振って思考をかき消した。きっと考えすぎだ。もしそうなら、今ここにあたしが立っているはずもない。そう思うことにした。

 それで、恐らくあたしは何かしらの理由でここに入院していたんだろう。写真の子も検診衣らしきものを着ているし。当時を知る人がいればそのことについて聞けるかも知れないが……望み薄。そもそもヒトがいないんだし。

 そう思いつつパンフレットのページを捲って、あたしは気になるものを見つけた。どうやらここではフレンズがアニマルセラピー的なアレに携わっていたらしい。ジャパリパークらしいといえばらしいね。それで、このページで紹介されているのは……

 

 

 「……アムールトラ、か」

 

 

 「アムールトラ……もしかして、フレンズかしら?」

 「そ、アムールトラのフレンズ。どうも昔ここで働いてたみたいだね」

 「その人に会えば、もしかしたらともえさんのことを聞けるんじゃないでしょうか?」

 「う〜ん、どうだろ……だいぶ昔のことみたいだし、今どこに居ることやら……」

 

 

 しかし今は彼女しか手がかりが無い。何とかして見つけ出したいけど……

 

 

 「それなら、ハカセに聞いてみるのがいいんじゃない?」

 「あっ、そうですね!それが一番いいかも知れません!」

 

 

 ハカセ……何処かで聞いた名前だ。

 

 

 「とても賢いフレンズさんなんです。私のおうちから少し歩いたところにある『まち』に時々来て、色んなお話をしてくれるんですよ」

 「その子なら、アムールトラちゃんが今どこにいるか知っているかもってワケ?」

 「はい!色んなちほーを巡っているらしいので、もしかしたらアムールトラさんを見たことがあるかも知れないですよ!」

 

 

 なるほど……ともかくこれで明確に道ができた。

 

 

 「よし!他にやれる事もないし、ハカセに会いに行ってみよう!」

 「了解ですっ!」

 「うふふ、頑張ってね」

 

 

 よーし、待っとれよハカセとやら!……お土産はジャパリまんで良いだろうか。

 

 

─────────

 

 

 

 「……っは、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 

 走る。

 

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 

 走る。

 

 

 

 「こひゅ、けほ、っは」

 

 

 

 ひたすら、走る。

 

 

 

 「ぜぇ、はぁっ、っくそ」

 

 

 

 ()()()は、とにかく走り続ける。

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 

 

 「GWOAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」

 「あああああああ!!!誰か助けてくれええええええええ!!!」

 

 

 

 

 

 この有様だからさ。

 

 

 

 どうしてこうなったのか、話は少し遡る───



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