ニグンさんがお気に入りなんです。 (ぷにぷに肉球ランド)
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01 真面目なサキュバスなんているわけないだろいい加減にしろ

初めて書きます。


 異形種ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』には変態が二匹いる。

 

 一匹目はギルド長であるモモンガ……の親友である鳥人(バードマン)ペロロンチーノ。彼は自身を空前絶後天下無敵のエロゲマスターと自負しており、エロゲへの情熱はギルメン四十二人の中で負け知らず。というか全員からちょっと距離を置かれるレベルで、性癖に性癖を拗らせた彼により作られたとあるNPCは一言で言うなら「業が深い」であった。

 

 

 そして二匹目は――

 

 

 

 

「いやーシラタマさんが今日いてくれて本当に良かったですよー」

 

 ナザリック地下大墳墓王座の間へ向かいながらモモンガが心から安堵したような笑みを溢す。笑顔のアイコンは随時出っ放しだ。余程ひとりぼっちでないのが嬉しいのだろう。

 

「そんなーうえへへへ、でも最近は週一くらいでしかログインできてなくてすみませんでした」

 

 そんなモモンガの隣で歩くシラタマと呼ばれる白い悪魔の少女、シラタマ・ホイップ・ナマクリームも照れ臭そうに笑っていた。

 彼女の種族はサキュバス。ギルド仲間であるタブラ・スマラグディナが創造したNPC、守護者統括であるアルベドと同じ種族であるが、アルベドが黒髪、黒の翼ならシラタマは正反対の白一色を基調としている。その肌の色も雪のように白く、そこに彩られた赤のアイシャドウと薄紅色の唇はまるで雪原を彩る血のようだ。さらにシラタマはサキュバスの中でも女王と呼ばれるクラスを持つ淫魔の女王(クイーン・サキュバス)であった。

 かのペロロンチーノ曰く「エッチがエロを背負ってきやがった…!」らしいが、モモンガからしてみれば異形が多い中で至って普通の見た目でありアバターの年齢設定が十八歳程度のせいか、大人のお姉さん系なアルベドと比べサキュバス感はあまりないなあと失礼ながら感じていた。

 

 

「いえいえすごく助かりましたよ! シラタマさんのおかげでギルドの維持費を稼ぐのもだいぶ助かってましたしね」

「こちらこそモモンガさんに任せっきりで……さすがギルド長ですね!」

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン、彼らはそのギルド長とギルドメンバーである。

 ちなみにシラタマはそこの末席で、彼女がゲームを始めたのは初期メンバーであったぶくぶく茶釜からの紹介だ。

 ぶくぶく茶釜とたまたま同じ職場となりそこの新人だったシラタマは、とある仕事で上手くいっていなかった時期がありーーそこに声をかけてくれたのが先輩であるぶくぶく茶釜だったのだ。

 

「でも茶釜さんは残念でしたねー」

「昨日は来るって言ってたんですけど急にお仕事入っちゃったみたいで」

「あー人気声優ですもんねー」

 うんうんと二人頷き、懐かしい思い出におもわず笑みを――ゲームアバターの表情は変わらないが――浮かべた。

 

 シラタマも一応声優の端くれでもあるのだが、そのことはモモンガには内緒であった。

 メジャー声優であるぶくぶく茶釜とは違いシラタマの出演しているのはすべてマイナーなエロゲーや18禁アニメだ。しかも他作品と比べてかなりマニアックなものが多く、正直に教えて内容を調べられリアルでの自分に辿り着かれてドン引きなんてことになったら……最悪だ。あ、あかん……シラタマのイメージというものが……。ただでさえゲーム中、とくにモモンガの前では真面目なフリをしていたのだから。しかし

 

(やっぱり最終日くらい、モモンガさんには嘘つきたくないなあ……)

 

 茶釜さんに言われた言葉を思い出す。

「あの愚弟はともかくモモンガさんはあの見た目でめちゃくちゃピュアなんだから。困らせちゃダメだよ! モモンガさん昨日もシラタマちゃんのこと真面目で優しい子だって褒めてたんだからー」

 

(ううう、違う。違うんですモモンガさん、私ほんとはそんなキャラじゃないんです……!)

 

 シラタマの素を知っているものはぶくぶく茶釜とペロロンチーノの姉弟だけ。しかもペロロンチーノに限ってははっきりとバレたわけではない。話すうちに「もしかしてシラタマさんって……こっち側ですか?」と勘付かれたのだ。

 その時は驚いて何も言い返せなかったが、後々こっそりと肯定しつつも他言無用とお願いした。

 

 

 

「さあ王座に着きましたよ」

 

 

 

 

 ああ、もうすぐこのユグドラシルの世界は終わる。

 

 

 

 そう、何もかもが終わるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「「…………ほえ?」」

 

 

 ところがどっこい。

 強制ログアウトの時刻を過ぎても一向にゲームが終わる気配はなく。

 なんだなんだと慌てて二人して空中を掴むような動作でわきわきとしてみるが、コンソールもGMコールも使えなくなっていた。

 

 

「どうかなさいましたか? モモンガ様、シラタマ様」

 

 

 揃ってワタワタしていた所に透き通るような声が聞こえ、二人して振り返る。

 そこにはNPCであるアルベドが心配そうに見上げていた。

 

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 ナザリックがどこか見知らぬ世界に転移した。

 

 第六階層にてセバスから報告を受け、続く忠誠の儀とやらが始まる。

 その間二人はチュウセイ? 中世? なにそれ? ほよよ? と内心きょどりまくり、守護者達からのガチすぎる評価の高さにゾッとしていた。

 その場から二人で逃げるように転移したあと、シラタマなんて「もー帰ろうと思っても帰れないし……考えるのやめたいです」と震え、それをモモンガは必死に励ましていた。

 

 

「それにしても守護者達でアレってことは……他のNPC達も、そうなんでしょうかね?」

「まずその可能性は高いでしょうね……」

 

 あまりにも過大すぎる評価に骸骨とサキュバスはこれからどうなるんだと胃がキリキリとする感覚に襲われる。

 

「そういえばモモンガさんの創ったNPCは呼ばなくて良かったんですか? たしか宝物殿にいますよね?」

「え!? あ、あー……あいつは……」

 別にいいです。と、モモンガがスッと目を逸らす。

「シラタマさんはNPC作らなかったんですよね」

「あー、いやー私はなんというか、やってみようとは思ってたんですけどみなさんみたいにうまくできなくて、こう……どうやっても完璧すぎるというか、綺麗すぎというか、違うそうじゃないというか……理想のNPCが作れなくてですね。ペロロンチーノさんにも色々アドバイスして貰ったんですけど」

「ペロロンチーノさんにですか?」

 はて。とモモンガは首を傾げた。

 なぜならシラタマとペロロンチーノはそこまで仲が良かったという記憶はなく、むしろ仲良しだったのはその姉であるぶくぶく茶釜さんだ。

 

(でもペロロンチーノさんシャルティア作る時かなりこだわってたからなあ……参考にしたのかな?)

 

 モモンガはひとりでそう結論付けて鷹揚に頷いた。

 

 その予想はまあまあ正解であった。

 シャルティアはペロロンチーノの理想の性癖を詰め込んだペロロンチーノにとって完璧な少女である。だからこそシラタマは参考にしようとし、諦めたのだ。

 すべてが完璧なナザリックのNPCでは自分の性癖は表現できない、と。

「あーたしかにシラタマさんの性癖は俺とはまさに真逆ですもんねー」

 ペロロンチーノはそう言って笑っていた。

 

 

 ちなみにモモンガが知らなかった、いや気づかなかっただけなのだが、シラタマとペロロンチーノは所謂『世間から白い目で見られがちな性癖同盟』を結んだ同士であった。

 この秘密の同盟を唯一認知していたぶくぶく茶釜は心底ドン引きしたらしい。

 




初心者が頭空っぽでやっていきます。よろしくお願い致します。


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02 そしてサキュバスはひらきなおる

「ではシラタマ様、行ってまいります」

「はいはーいモモンガさんによろしくー」

 

 

 武装したアルベドが先に向かったモモンガを追っていく。

 シラタマはヒラヒラと手を振りそれを見送ると、目の前の遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を眺めていた。

 そこに映るのは騎士達に虐殺されかけている小さな村だ。

「お、デスナイトくんじゃん」

 モモンガが召喚したのだろう。そこへ突然乱入してきたデスナイトに騎士達は阿鼻叫喚という風で順番にお片付けされていく。

 一方でシラタマは殺されていく騎士達ひとりひとりを吟味するように見つめ、いいのがいないとわかるや大きなため息を吐き出した。

 

 

「あー違う! 違うなあ~そうじゃないんだよなあ~!」

 

 ひとりだけちょっと惜しいかなという者はいた。村を襲っている騎士達の隊長だろうか、いや隊員か? どっちでもいいか。とにかく下品な上に見事なまでの雑魚。デスナイトにやられている最中に何か叫んでいたので盗聴に特化した僕を送り聞いてみたが――おかねあげましゅと言っていただけだった。残念不合格である。

 下品すぎるのはダメだ。程よく下品で程よく雑魚、これがベストなのだとシラタマはそれを見送る。

 俺は妥協はしない、それこそがポリシー! エロゲー イズ マイライフ! 思い出の中のペロロンチーノがヒャッホオオオイと両手を掲げている。

 

(ほんとその通りですよペロロンチーノ殿!)

 

 

 そうこうしているうちにあれよこれよとモモンガの初陣イベントは進行していく。

 村を襲っていた騎士とはまた別の兵士みたいな連中が来て、そこの兵士長らしき男とモモンガが何やら話し始めた。

 

(うへーこいつらは一番苦手なタイプだわー)

 

 暑苦しいのは却下だ。このまま見ていても特に面白い事はないだろう。

 

 

 しかし、だ。

 どうやら神はこんな哀れなサキュバスにもご慈悲を与えてくださったらしい。

 

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 今、すべてを奪われようとしていたニグンの死に物狂いの哀願が終わった。そしてその無様さを黙って見ていたモモンガはやれやれという風に肩を竦め、ゆっくりと口を開く。

 

 

「確か……こうだったな。無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してや

 

「ちょま――――――ッッ!!!!」

 

 

 が。突如空から女の子、いやサキュバスが落ちてきた。その勢いにドワッと砂塵が捲き上り、彼女はそのままモモンガと陽光聖典の間に立つと

 

「モモンガさんスト――ップ!!」

 

 中止中止ぃと手をバタつかせるのであった。

 その様に呆気にとられたのはモモンガだ。

「……え、ええぇ」

 口をあんぐりと開けたまま固まり、精神は沈静化される。

 

「え、えーと……シラタマさん?」

「ごめんモモンガさん……お願いがあるんだけど」

「えっあ……ハイ、何ですか?」

 

 真剣な表情のシラタマに、モモンガは何か重大な内容なのだろうと気持ちを立て直す。

 しかしそんなモモンガの思いなど露知らず。シラタマはビッシィと陽光聖典の方を指差すと

 

 

「この人間私にくれませんか!!!?」

 

 

 沈黙。静寂。そして少し遅れてモモンガの「……ぇ?」という気の抜けた声だけが返ってくる。

 

 

「え、そ、それはそこの人間達全員をって事ですか?」

「え!? あー違います違います! コレだけでいいです!」

 

 たははと笑いながら小走りで棒立ちしている陽光聖典の中をかき分け、ニグンのみを指差す。

 

「あとのはいらないんで! モモンガさんの好きにして下さい。拷問でも餌でも実験でも」

 

 

(((拷問!? 餌!? 実験!!??)))

 

 

 軽々しく飛び出たとんでもない単語に陽光聖典の隊員達の顔がさらに絶望に染まった。

 それと同時にどうして隊長なんだという怨嗟がさらに積もり、全員がニグンを睨んでいた。

 こいつが自分だけ助けろと命乞いをしたせいなのだ――と。

 

 

「でもシラタマさん、その男この部隊の隊長でそれなりに情報持ってそうなんですよ。だからまずは拷問して拘束するべきかと」

「あ、そなの? じゃ他の奴にするか」

 

 

(((他の奴にするの!!!!?)))

 

 

 そのフットワークの軽さに隊員達が再び心の中で叫ぶ。命乞いを聞き届けたわけではなかったようだ。ならば自分達にもまだ助かる可能性があるはずだと、隊員達が哀願の目でシラタマと呼ばれている少女――見た目からして亜人種なのだろうか?――を注視する。が、

 

 

「…………や、違うな、やっぱこいつらじゃねえな」

 

 

 落胆するように肩を落とす。

 その瞬間、隊員達の生存へのアタックチャンスは始まることすらなくゲームオーバーしたのであった。

 

 

「モモンガさーん、拷問の後でもいいんでやっぱりこの人間欲しいです。ください」

「そうですか? うーん、シラタマさんがそこまで言うなら」

「わーいやったー!」

 

 万歳し楽しそうにはしゃぐシラタマ。腰から生えている白翼も嬉しそうにバッサバッサと羽ばたいている。

 その姿にモモンガは

(シラタマさん、子供みたいにはしゃいで結構可愛げあるんだなあ……もっと真面目な人だと思ってたのに……ふふ)

 そんな感じで微笑ましく見ている骸骨と隣の黒甲冑、アルベド。

 すでに生気を失い棒立ちしている陽光聖典隊員達。

 そんな中で、目の前で今度は小躍りまで始めた白い少女からニグンはぼんやりと視線を空に見遣り

 

 

(どうして……こうなったんだ……)

 

 

 そう祖国の神に問いかけていた。

 もちろん神は何も答えなかった。

 




ここでのモモンガさんはまだアインズと名乗っていません。


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03 サキュバスは絶対妥協しない

「ペロロンチーノ殿ペロロンチーノ殿、私はやはり完璧で綺麗なものはダメなのです。そりゃあリアルだと私だってアーコロジー内上流階級なイケメン勝ち組男好きですよ? あわよくば攫って縛って虐めて監禁してでも玉の輿に乗りたいですよ? でもダメなのです。それじゃあ心にグッとこないのです!」

「ははーんなるほど。つまりシラタマ殿は汚い方がお好みだと! それはそれで需要ありますよねー俺も奴隷ものエロゲ大好物ですよ」

「いやその奴隷だって結局美少女じゃないですか奴隷舐めてんすかペロロンチーノ殿」

「美少女最高じゃないですかー!やだー!」

「でもその美少女をぼろくそに汚しまくるのは最高ですねペロロンチーノ殿」

「おお! イケる口ですねシラタマ殿今度それ系のエロゲ紹介しますよ!」

「ほんとですかあ! やっ

 

【モモンガ がログインしました】

 

「こんばんはー。あれ? 誰もいない?」

「やべえモモンガさんだ!」

「ひええ解散解散! あっモモンガさーん今どこですかー」

 

 

 

 

 これはかつてナザリックにて秘密裏に行われていた『世間から白い目で見られがちな性癖同盟』会合の一幕である。

 他のギルドメンバーがログインしていない時間に隙を見て行っていた性癖トーク。互いのコレ最高を語り合ったものだ。

 

 

 

 

 ナザリック第九階層、至高の四十二人の居室へ続く廊下をシラタマは鼻歌交じりに進む。その道中仕事をしていたメイド達が一斉に手を止め頭を下げてきたことに少し驚いたりしたが、まあいいかとやり過ごした。

 到着したのはもちろん自室である。

 シラタマの部屋の内装はかつて物語で見た英国貴族のようなアンティークで揃えられ、それらしい暖炉付きだ。元々アーコロジーの外側で生まれ育ったシラタマは、アーコロジーの中よりも物語の中の世界に憧れていた。

 それをなんとか再現したのがこの部屋である。が、シラタマはそれらをスルーしてその奥へと進む。そこにあるのは寝室と――

 

「あーはー!」

 

 牢獄であった。

 これはナザリック第五階層、ニューロニストのいるとっても素敵なお部屋を参考に自分なりに造ったのだ。

 内装は繋いでおく為の鎖、壁には様々な拷問器具、そして檻の中には似つかわしくないシルクのベッドが置かれている。しかしただのベッドではなく、このベッドに張り付けられるようヘッドボードには鎖と手枷が付いている。

 ノリで造ったこの場所がまさか実用できるとはと期待感にシラタマはだらしなく破顔していた。

 

 

 陽光聖典達は只今第二階層にある黒棺だ。そこで軽く躾を終わらせた後、第五階層の真実の部屋行きが決まっている。シラタマにお渡しされるのはその後だろう。

 

「まだかなー」

 

 ベッドにごろりと寝転ぶ。

 

「ひまだな……」

 

 メイドに飲み物でも頼むか先に拷問器具でも磨いておこうかと思っていた矢先、モモンガから《伝言》が入る。

 

『終わりましたかあ!!?』

『あ、すみませんまだです』

『ァ、ソウデスカ…(スッ』

『ちょちょちょ!! 何《伝言》切ろうとしてるんですか!! ……さっき陽光聖典達を第五階層に移して尋問しようとしたんですけど……その……』

 モモンガがモニョモニョと口籠もる。

『どうしたんですか?』

『あの……シラタマさん怒らないでくださいね?』

『そうですね、内容によっては夜中にモモンガさんのお部屋に超位魔法ぶち込みますね』

『やめてください死んでしまいます! あああ、というか死んだんです!』

『……はい?』

 

『……ごめんなさい。シラタマさんに言われてたニグンって人……死にました』

『今そっちに行きます』

 

 即転移と同時に目の前で「あわわあ」と狼狽えるモモンガをビンタしてやった。側に控えていたニューロニストや拷問の悪魔たちがわたわたと狼狽えている。

 

「それで、一体何があったんですか? 理由によっては手出しますよ?」

「もう出してましたよ!?」

 

(あの威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)から受けたダメージよりもさっきのビンタの方が痛いとはなあ)

 

 モモンガは肩を竦め、シラタマに陽光聖典達には三回質問に答えると死んでしまう呪いのようなものがかけられていたと説明する。

 それにより最初に質問したニグンが死んでしまったのだと。

 

「いやモモンガさん馬鹿なんですか?」

「ごめんなさい! シラタマさんが早く欲しがってると思って一番に尋問しちゃったんですっ!」

 

(ああなるほど。私の為に良かれと思って……)

 

「本当にすみません」

「いいんですよモモンガさん。そんな悪趣味な呪いユグドラシルにはありませんでしたしね。むしろありがとうございます、私のお願いの為なんかに」

「いえいえ、俺も迂闊すぎました。反省です」

「モモンガさん……」

 

 

 そう。我らがギルドマスターはとっても優しいのだ。だからこそシラタマはこれ以上モモンガの気持ちを落とさせないために

 

 

「大丈夫ですよホラ《蘇生(リザレクション)》」

「ファッ!?」

 

 雑談感覚で蘇生魔法を発動させた。

 モモンガが驚きの声を上げ彼女を止めるすきもなく、二人の足下に転がっていたニグンが息を吹き返す。

 

「ななななな何やってるんですかシラタマさん!? 馬鹿ですか!? 馬鹿なんですか!? もし蘇生場所が敵の拠点とかだったら逃げられてましたよ!? こっちの情報だって」

「はえー」

「はえーじゃないですよ!!!! ――……ふぅ、もう勢いで行動しすぎですよシラタマさん……気をつけてくださいよ…」

「す、すみません…」

 

 攻守交代。今度はモモンガが怒りだしシラタマが頭を下げる。

 

「……でも蘇生の実験にもなりました。ありがとうございます」

「えへへへ」

「えへへへじゃないですよ褒めてないですよ」

 

 

 

 

 その後まだ意識が朦朧としているニグンを叩き起こしたっぷりと情報を吐いてもらった。

 その間もシラタマは何やらひとり「ぉぃまじか……まじかよおい……いやよく聞くと……まじだ……うわあ」とぶつぶつ言っていたが、モモンガは現状とは全く関係なさそうだったのでスルーしておいた。

 

 そしてしばらく問答をした後――さすがは隊長という役職についていただけあった――かなり多くの情報が得られたのである。

 ちなみに隊員達の何人かは実験に回し、残りは保留として牢獄に入れられた。

 

 

 

 

「それじゃあモモンガさん! 今日の所は一先ずお先に失礼しまーす」

 

 ニグンの後ろ襟を掴みズルズルと引きずっていくシラタマ。モモンガは「ア、ハイ」と応えながらも

 

 

(シラタマさんってあんなキャラだったかなあ……?)

 

 

 ひとり首を傾げるのであった。

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 第九階層のシラタマの自室へ続く廊下、上質な赤いカーペットの上をシラタマは早歩きで進む。

 もちろんニグンは引きずったままだ。

 

「…………あのー」

「うん?」

 

 後ろから、というか引きずられながらニグンが恐る恐る声をかけてきた。

 

「貴方、いや、貴方様方は……神なのでしょうか?」

「……………うん?」

 

 何を言い出したんだこいつはとおもわず掴んでいた手を離す。

 

(そういえばさっき言ってた情報にあったな……)

 

 曰く、法国にはかつて六大神と呼ばれる神がいたと。絶滅寸前であった人類を救い、その教えが現在では宗教として法国の基盤となっている。

 人間至上主義国家であると。

 そう聞いた時モモンガが顔を――表情はないが――顰めていた。

 しかも六大神がひとりであるスルシャーナはなんでもモモンガと瓜二つだそうだ。同じ種族、ということなのだろうか。

 

 

(間違いなく六大神とか八欲王ってのはプレイヤーだろうなあ……)

 

 

 つまりこちらの世界、少なくとも法国の人間にとってはプレイヤー=神であるらしい。

 シラタマは他のプレイヤーと鉢合うのはすごく面倒くさいなと小さく溜息を吐き

 

 

「……神っていうかプレイヤーだけど」

 

 

 そう訂正しつつも首肯した。

 

 

「おおおっ! やはり、やはり貴女様は神であらせられたのですね!! 神イイッ!! 私が捧げてきた祈りは決して無駄ではなかったのですね!! だからこそ貴女は降臨され……っ!! あああっ!! どうか、どうか人類を……!」

 

(何か勝手に語り出したんだけど。宗教入ってる人ってこんななの? 怖っ)

 

「あーあーもういいから。話ならあとで聞いてあげるから……」

 

 軽くあしらうがニグンの神よお救い下さいトークは止まらない。

 

 なんだこいつは。なんなんだこいつは。

 いやまあそんな所もポイント高いけどね!

 もし今ここにシラタマの心の同盟者ペロロンチーノがいたとしても「うっそだろお前」と引かれてしまいそうであるが。

 

 しかし玩具が主人の言葉に従わないのは大変問題である。ので

 

 

「黙れ!!!!」

 

 

 一喝。

 すると漸くニグンは「ヒイッ」と口を閉じ、神の怒りに触れてしまったと恐々と頭を床に伏せた。

 

(いやーでもさすがに神プレイは範囲外だわー、モモンガさんはなんか支配者ロールしてるけど疲れないのかなーアレ)

 

 シラタマは支配者たる威厳を醸し出すモモンガを思い出し、自分には無理だなと肩を落とす。

 

「……まあもういいからさ。とりあえずついてきてくれる?」

「え、はっ、あの、どちらへ!?」

「ほら行くよテラ子安」

「てらこやす!? か、神よ、てらこやすとは一体!?」

「いいからさっさと走る!」

「は、はい!」

 

 わけもわからずシラタマの後をせっせとついてくるてらこやす……じゃなくてニグン。

 

(うーんもしかしてちょっと早計すぎた? いや、直感を信じるんだ! うんうん、それにこういうのもありっちゃありだしね!)

 

 何故だか本人は神の付き人にでもして貰えると勘違いしているようだが、どっこいそんなわけはない。こちとらカルマ値−400邪悪な悪魔様サキュバス様である。

 シラタマはこれからこの生きた玩具でどう遊んでやろうかと期待に胸を高鳴らせるのであった。

 




さ、さっそくとお気に入り登録して頂きありがとうございます。
なんといいますか、本当に勢いだけで書いていきます。頭からっぽに読めるやつです。

公式アプリのストーリーいいですよね。
まさかここにきて陽光聖典が活躍するなんて…誰が予想できたでしょうか。


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04 いや初めてがサキュバスってどうなの? (某骸骨Mさん談)

「モモンガ様、シラタマ様はあの人間をどうするおつもりなのでしょう?」

 

 

 執務室にてニグンから得た情報を整理していたモモンガに、守護者統括であるアルベドが問いかける。その表情を見るに心底不思議だという様子だった。

 シラタマから人間一匹を譲って欲しいと頼まれた際、てっきりアルベドは食料か虐待用か玩具かおやつか拷問遊びでもしたいのだと思っていた。

 が、その後モモンガからたぶん違うんじゃないかなあ的な事を言われたのだ。

 不思議だった。まるで理解できない己の知能を呪ったほどだ。守護者統括という地位でありながらお仕えする至高の御方の考えを読み解けぬとは、いや、至高であるからこそ読み解けないのだろう。悔しさからアルベドは歯噛みする。そんなしゅんとしているアルベドに気づいたのか

 

「……私もシラタマさんきっての頼みだから了承したまででな。その、私にも理由はまだわからないのだよ。だからお前が恥じる事はないぞ、アルベドよ」

「モモンガ様……っ!」

 

(いやほんとなんかノリノリだったし。俺だって知りたいよシラタマさん……あんなに生き生きとしたあんた初めて見たよ俺。あんな笑顔見せられちゃNOとは言えないよ……まあ大切な仲間のお願いを断る理由はないけどさ! 転移してから絶対キャラ変わったよねあの人!)

 

 

「む、変わった……? そうか、もしかすると」

 

 ふと顎に手を当てモモンガが唸る。

 この世界に転移し、モモンガは自分の精神が人間ではなくなっている事に気付いていた。元人間でありながら、同種であったはずの人間が虫程度にしか思えない。

 つまり、シラタマにもこの現象が当てはまっていてもおかしくないのだ。

 

 

(そうか、だからあんなに真面目だったシラタマさんが……うん、これなら納得がいく!)

 

 

「もしかするとサキュバスの種族特性か何か、かもしれないな」

「サキュバスのですか!?」

 

 アルベドが食いつくように声を上げる。

 ああ、アルベドもサキュバスだったなとモモンガは鷹揚に頷き

 

「私も詳しくはないが、たしかサキュバスは異性の精気を奪いそれを自らの魔力、いやエネルギーに変換……だったか? つまりバフをかけることになるのか、それとも能力向上、強化か? いやレベルアップにも影響が……? しかしシラタマさんのレベルももう100だったはず……ふむ」

「つまりシラタマ様はあの人間を使って御自らの特性を調べている、ということですね!? さすがは至高の御方です」

「えっ? あー、ああ、うむ。そ、そのはずだ! (シラタマさん違ってたらゴメン……ん?)」

 

 アルベドが何やらもじもじと身体をくねらせている。息遣いも荒い。

 モモンガは嫌な予感を感じそっと距離を置こうとしたが、遅かった。アルベドがモモンガに飛びついてきたのだ。

 

「モモンガ様っああモモンガ様! 私もサキュバスとしてハアッ種族特性の確認をハアハアしたいと思います! いえするべきですっ! どうかハアハアモモンガ様の精気を私にハアハア!!!」

「よ、よせ! よすのだアルベド! 私はそんなつもりは、というか私の身体はおいアルベド――――ッ!!?」

 

 これがサキュバス+ビッチであるの力なのかと、モモンガは騒ぎを聞いて駆けつけたセバスとプレアデス達、偶然通りかかったマーレに連行されるアルベドを見送りながらがっくりと項垂れる。

 

 

(こ、怖かった……はああっ、アルベドはすごく美人だけどさあ! 俺みたいな童貞に初戦サキュバスはキツいよ……どこのエロゲーだよペロロンチーノさんしか喜ばないだろ! うう、ほんとに怖かった……はあ、こんな目に合ってる男なんて世界に俺くらいだろうなあ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「神よ――――――ッ!!!?」

 

 シラタマの自室最奥地にてニグンの悲鳴が上がった。

 ベッドに全裸で大の字で磔にされ、その上にのっしりと跨りながらシラタマが満足そうに頷いている。

「か、神よ……あの、これは一体……あの、あのオ!?」

「うん? ただの拘束だけど?」

「それはわかります!!!! あの、あのですね、何故このような事をなさるの、かと……ですね……!?」

「いや、普通に遊ぼうかと」

「あそ……ッ!?」

 

 こんな状態で行う遊びとは何だ。いや聞かれずともニグンは理解した。何故ならシラタマの背後の壁には数々の悍ましい拷問器具が飾られているのだから。

 

 

「…………神よッ!!!!」

 

 

 ニグンは決死の哀願をした。そりゃあもう死ぬほど頑張った。カルネ村にてもう一人の神、モモンガ様という御方に命乞いをした時よりも必死だったかもしれない。とにかく叫んだ。

 しかしシラタマはやれやれと首を振り

 

「あのね。何か勘違いしてると思うけどお前……えーと、ニグンだっけ? ニグンは私の玩具だからね、そもそも拒否権はないのね。わかる?」

 

「…………お、おも……ちゃ……」

 

 優しく悟らせるシラタマの微笑みに、ニグンは本日何度目かの絶望を知る。

 

「楽しみだなあ、ああ楽しみ。これってサキュバスの本能なのかな? えへへへ、たっぷり遊んであげるからねえ」

「さ、サキュバス……ですか? それが神の、御種族で……?」

 

 

 ――サキュバス。今まで実際に遭遇した事も、法国周辺で出たという報告もなかったが、その種族は六大神の残した文献でも見たことがない。陽光聖典は亜人討伐や集落殲滅をする上で人間以外の種族を学ぶ機会が多いのだが――しかしニグンの記憶にサキュバスという種族はなかった。

 もしかすると特別な種族なのか。かの神、スルシャーナ様の御種族もスケルトンでもエルダーリッチでもなかったという。先程モモンガ様に教えて頂いたオーバーロード、という種だったのだろうか。まさに神のみに許された種族だと――

 

 

「あれ?」

 ニグンがサキュバスを知らない風なのを見てシラタマは目を丸くする。

「……ふふ、なるほどなるほど。知らないなら、さ。教えてあげるよ?」

 そう言って微笑み、つつー、とその筋肉に指を這わせていく。ニグンはすっかり蒼褪め、瞠る。

「……んふ、くふふふふふふ」

 ここにあるのは環境もろくな食事もままならないリアルではなかなか拝むことができない本物の肉体だ。筋骨隆々な逞しい男の身体だ。

 

 ――嗚呼、とっても美味しそうだとサキュバスの精神が舌舐めずりする。せっかくだから楽しめ、と。

 この世界に来てから自分の精神が少しばかり変化しているのはシラタマもなんとなくは気づいていた。

 今まで真面目ぶって我慢していたものが、転移してからできなくなっているのだ。無理矢理鍵をして仕舞い込んでいた本能が溢れ出てくる感覚だろうか。

 いや、そもそも今までここまで性癖どんぴしゃりな玩具が見つからなかっただけで、本当は何も変わっていないのかもしれない。

 だがもうそんなのはどっちでもいいのだ。

 今、シラタマにとって大事なのはひとつしかない。

 

 

 

「せいぜい私を楽しませてね?」

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 シラタマがニグンを連れて行ってから二日。

 なかなか部屋から出てこないのを心配したメイドに責付かれるようにモモンガはシラタマに《伝言》を送り、そこでようやくシラタマは二日も経っていることに気づいた。

 

『うそだ……まだ半日くらいしか経ってないかと……』

『二日ですよ……そろそろ今後について相談したいのでいいですか?』

『ア、ハイ。なら今からそっち行きますね』

 

 しまったなあと《伝言》を切り、とりあえず服を着て、着せる。

 そうだ。せっかくだし散歩がてらに連れて行こうとシラタマは床に転がったまま動かない――というか瀕死。HP残り1くらい――ニグンを掴み上げ、来た時同様に引きずっていくのであった。

 

 

 

 

 執務室に入るや否や最初に口を開いたのはアルベドだった。それも待ってましたと言わんばかりに

 

「それでっハア、シラタマ様! サキュバス特性の実験結果は如何でしたか!?」

「えっサキュバス特性の実験?」

 

(なんのこと? アルベドなんかモジモジしているし……モモンガさん?)

 

 モモンガを見るとスッと視線を逸らしてきた。

 

(あ、さては何か勝手に吹き込んだなこの骸骨)

 

「あー……うん。やっぱり思った通りだった、よ?」

「まあっ!」

 

 いや何が「まあっ!」なんだと。アルベドの言う実験の意味はわからないが、楽しく致せたかという質問であれば答えは「ええ勿論最高でしたご馳走様でした」――だ。嘘ではない。シラタマの直感は間違ってはいなかったと断言できるのだ。

 

 この男は自分の性癖ど真ん中である、と。

 

 ひとつ見た目は平々凡々。

 ふたつ健康かつ筋骨隆々な男の身体。

 みっつそれなりエリート経歴。

 よっつほどよくプライドありきでなんか残念。

 いつつ小物界の大物。

 他にも細かいこだわりはあるが、今までどこを探しても見つからなかった理想がたくさん詰まった玩具、いや男であった。

 これほどまでに欠陥だらけの玩具をユグドラシルが用意できただろうか? 否!

 完璧主義のNPCで表現できただろうか? 否、断じて否である!

 ぶくぶく茶釜はかつて彼女にこう言った。「シラタマちゃんってダメな男フェチだよね」――と。

 

 

「もうほんと思った通りどころか予想以上でさこれが、サキュバスとしての直感? みたいな?」

「サキュバスの直感ですか?」

「うんうん。アルベドからしてみればぶっちゃけ人間の男なんてって思うかもしれないけどこれがピ――――でピ――――とか初めてにしてはピ――――な私のピ――――もこうピ――――でさあ」

「な、なんと! そのようなことが!?」

「シラタマさ――ん!? もうそのあたりで! そのあたりでやめたげてほんとお願いしま――すッ!!」

 

 レフェリー、いや、モモンガストップであった。

 

 モモンガの位置からだとシラタマとアルベドの背後、つまり扉の前で蒼褪めた顔を伏せ震えているニグンがどうしても視界に入るのだ。

 

 いや可哀想すぎる! こんなのは公開処刑だと何故かモモンガの方の精神が沈静化される。

 

(なんなの……サキュバスってみんなこうなの? コワイ……サキュバスコワイ……ははは、でも俺は無敵の童貞だぞーそもそももう付いてないんだからなーあはははは)

 と、そのまま現実逃避していたが

 

「いやでもさぁお互い楽しめたよね? お互いにさあ……んふふ、それに別に初めてってわけでもなかったでしょ?」

 ね? とシラタマがニグンの方を振り向き

「えっ」

「えっ」

「……ぇっ」

 唐突にニグンの様子が、というかあきらかに動揺した。

「え、まじ? え?」

 これにはシラタマも初耳だったらしい。

「お、恐れながら……何度も、申し上げました……」

「えっウソ…」

 おいちょっと待てなんだこの空気は!?

 現実逃避してる場合じゃなかった。その様子にモモンガが恐る恐る口を開く。

「……そう……だったのか?」

「……っわ、私は神に使える身……その身は清く正しくなければ信仰とは言え、言えず……」

「あ、うん」

 まじかーとモモンガは再び沈静化される。それくらいにモモンガも動揺していた。

 どんな酷い、いやとんでもない目に合ったのか察してしまったからだ。

 しかも当の加害者であるシラタマは狼狽えるどころか歓喜の表情を浮かべ、追い打ちをかけるようにこれでもかというドヤ顔で「初めての相手はこのシラタマだ――ッ!」なんて煽っている。その隣ではアルベドが「さすがシラタマ様ッ! 私がモモンガ様にできない事を平然とやってのけるッそこにシビれる!あこがれるゥ!」なんて賞賛している。

 

「うわあ…」

 

 酷い。酷すぎる。こんなのあんまりだ。やめたげて! もうやめたげてよお! その光景にモモンガは目を覆いたくなるのを必死に耐え、むしろこの場から逃げ出したいとすら思った。しかし

 

(し、シラタマさんがここまでサキュバスの種族特性に引っ張られてるとは……うう、俺もいつか完全にアンデッドとなってしまうのだろうか? いや俺は! 俺がしっかりしなくては!)

 

 いや別にシラタマ自身はとくに昔と変化はないのだが。悲しきかなモモンガはそれを知らない。

 

 そしてニグンの方を見遣ると、完全に目が死んでいた。ああ、あれが所謂レイプ目、いやレイプ後目なのかとモモンガは居た堪れない気持ちになり……また沈静化される。

 レベル100のサキュバスに完全にロックオンされてしまったという立場が他人事ではないからだ。むしろモモンガとは違って向こうには自己防衛の手段がない。まったくのゼロ、皆無である。なんてこったいとモモンガは憐憫の情を催す。

 

 

(……ニグン、俺カルネ村ではお前のこと即殺すか情報引き出してから虫けらのように殺すか拷問して殺すか普通に殺すつもりだったけど……なんか、ゴメンな。これからは優しくするよ……うん……ほんとゴメン…)

 

 

 過去のことは水に流そう。

 そう心のメモ帳に書き込むのであった。

 

 

 

 

「……えーと、ゴホン。それで」

 

 全員の視線がモモンガに集まる。

 

「ニグンよ、お前はもうシラタマさんの玩具……あーいや、所有物だ。そうである以上我々から手を出す事はない……ただし」

 

 わざと言葉を区切り、溜める。

 そして場の空気がピンと張り詰める中でゆっくりと杭を打ち付けた。

 

 

「裏切った時は…………どうなるかわかるよな?」

 

 

 途端、ニグンの目が大きく見開かれる。恐怖に声が出ないのか口をパクつかせ、必死にコクコクと頷いた。

 

「……よろしい」

 

 ひとまずはこれでいいだろうとモモンガは肩を落とす。

 

 

 

「それでは今後について話し合うとしよう」

 

 




ニグンさんごめんな…なんか、ごめん。


シラタマさんホックホクです。やったね!
そしてこの世界のアルベドさんは「ビッチである」のままです。モモンガさんへの愛というよりはビッチ成分が勝ってます。さすビッチ!



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05 作戦会議

 モモンガの執務室の机上には現在まず関わりを持つであろう近辺国家の地図が広げられていた。

 場にはモモンガ、アルベド、そして呼ばれたナザリック一の知恵者デミウルゴス。シラタマとその所有物であるニグンがいる。

 

 現時点でわかっているのはナザリックが転移したのはリ・エスティーゼ王国という国の領内であり、その王国と隣り合うようにバハルス帝国。そして南側にあるのがスレイン法国であった。

 まずはこの三ヵ国が主な行動範囲となるだろう。そして三ヵ国とも人間の支配する国家であり――だが、そこには大きすぎる違いがあった。内政、国力、民の待遇、そのすべてにおいてだ。

 

 

「ひとまずはこれらの国に入り込み現地調査をしたいのだが……俺は冒険者として王国へ行こうかと思っている」

「……王国ですか」

「ん? シラタマさん何か引っかかることが?」

「引っかかるというか、そうですね……」

 思案というよりは渋顔を作り、部屋の隅で待機させているニグンをちょいちょいと呼ぶ。

「ねえニグンちゃん、王国ってもう立て直せないくらいボロボロなんだよね?」

 

(ニグン……ちゃん?)

なんか呼び方が親しくなってるんだけどォ!? とモモンガは眼窩を灯し――もうツッコむのはやめようとスルーを決める。

 

 一方でシラタマに聞かれたニグンはアルベドとデミウルゴスからの険し気な視線に相当緊張した面持ちをしつつも「そうですね」と恐る恐る頷き

「――まず、リ・エスティーゼ王国は元より貴族と王派閥で醜く国の政権を争っておりまして……そのせいで民は蔑ろにされ、最近こそ表沙汰にはなっておりませんが奴隷売買も一般的に行われております。黒粉という麻薬も蔓延し、王や貴族らはこれを黙認しており……これはまだ不確定の噂ですが、貴族関係者の中には犯罪組織と繋がっている者も少なくないと。更には例年バハルス帝国と行われる戦争により益々と民は切り捨てられ」

「ええー……」

 おもわずモモンガが唸る。

 そこまで酷いの? とその場の全員が呆れたように肩を竦めた。

 

「……モモンガ様、僭越ながら進言致します。ここまで腐敗の進んでいる国に御身が向かわれる価値はないのではないでしょうか?」

 

 デミウルゴスが頭を下げる。アルベドもその通りだと首肯していた。

 

 そもそも陽光聖典は元々人類国家団結の為、王国戦力の要であるガゼフ・ストロノーフの暗殺が任であったのだ。ガゼフを失った王国は間違いなく力を失い、今年中には帝国に併呑される。

 その結果帝国皇帝であるジルクニフならば無能な貴族たちを問答無用で切り捨て、蔓延する麻薬根絶に向けすぐにでも着手するだろう。さらに善政を敷く事で今まで虐げられていた民達の暮らしも改善され――つまり結果的には多くの人間が救われるのだ。

 

 

(ガゼフ・ストロノーフか……)

 

 モモンガはカルネ村で出会った王国戦士長の姿を思い出す。芯の通った、心の奥に熱い輝きのようなものを秘めた真っ直ぐな男だった。

 

(……勿体無いな)

 

 どうしてそんな男がそのような国に仕えているのか。何の事情があるかは知らないが、モモンガとしては理解できなかった。

 

 

「……ガゼフ一人を殺す為に多くの村人を襲撃していたのは許せない事だが」

 

 モモンガの言葉にニグンがビクリと肩を震わせる。

 

(……それでも多くの命の救済に繋がるならわずかな犠牲も必要、か。俺もナザリックや仲間の為ならいくらでも人間を犠牲にするかもしれないしな)

 

 

「……まあ、国同士の事情に口を挟む気はない。それに関しては現時点では不問としよう」

「はっ! あ、ありがとうございます至高なる御神!」

 さて、ならばどうしたものかとモモンガは再び地図を眺めると

「ならモモンガさんは帝国に行ってみるのはどうかなあ?」

「バハルス帝国ですか」

 シラタマが頷く。

 

「なんでも帝国はどんな身分の者でもどこの誰かもわからない者でも実力さえ示せば出世できるらしいじゃないですか。しかも闘技場での一番人気は人間ではなく亜人や異形種だとか。そうだよねニグンちゃん?」

「え、ええ……そのような話を聞いています」

「ならモモンガさんがちゃっちゃかちゃーっと帝国で力を示したらさ、すーぐ王様くらいなれるんじゃないの?」

「えっ!?」

「まあ!」

「なるほどそういうことですか…!」

 

 シラタマの発言にアルベドとデミウルゴスの目が輝き出す。

 

 

『ちょっと待ってくださいシラタマさん!? 何ですか王様って! 俺そんなつもりはあああっアルベドとデミウルゴスがもうその気になってるゥ!』

『え? でもせっかくならリアルでできなかったことやりたくないですか? 出世は男の夢じゃないんですか?』

『規模がでかすぎますよ――――っ!』

 

 そんな二人の《伝言》など知らず、モモンガの帝国行きは決定した。

 一方その頃帝国の皇帝が謎の寒気に身を震わせていた件については……ここではそっとしておこう。

 ちなみに供回りはシャルティアとなった。モモンガの護衛も兼ねているので妥当だろうと全員納得の上での決定である。

 

 

 そして――王国へは商人としてセバスとソリュシャンが潜入することとなった。腐敗しきった王国なら罪人も多く手に入るだろうと、ナザリック内で人間を主食とする者たちへの食料調達も兼ねている。

 

「ああそうだ。それとナザリックの外に出る守護者達にはワールドアイテムを所持させる。デミウルゴス、あとでセバスにも伝えておけ」

「はっ!」

 

 ニグンからの情報により、この世界、とくに法国には少なくともいくつかの――まだ暫定ではあるが――ワールドアイテムらしきものが存在しているとわかったからだ。

 六大神、プレイヤーの残した至宝。言い伝えや噂によれば、それらは人智を遥かに超えた世界すら歪めうる力を持つとされる。

 モモンガは当初それらをただのプレイヤーの残した装備品ではと考えたが、シラタマの「ワールドアイテムだったりして~!」の冗談めいた一言により、警戒レベルをぐんと上げることになったのである。もしそうであれば念には念を入れておかなければならない。

 少なくとも過去にプレイヤーが複数人存在していた世界だ。何があるかわからないのだから。

 

 

(聞く分に他のプレイヤーは現時点では俺たち以外確認されていないようだけど、ワールドアイテムがあるとすれば間違いなく脅威になるからな……情報を事前に知れたのは僥倖だ。……シラタマさんのおかげだな)

 

 カルネ村の村人から得られる情報などたかが知れており、辺境の小さな村から出たこともない人間の知識など無いに等しかった。

 ニグンを生かしたのは大正解だったなとモモンガは安堵する。これで少なくとも最悪の事態、つまりワールドアイテム所持者との遭遇時でも後手に回る確率はかなり減ったはずだ。

 

 

 そして肝心の法国。ここにはシラタマがニグンとまだ残っている陽光聖典の隊員たちを連れて向かうこととなった。

 プレイヤーを神と崇めるのであればそれを利用すればいいのではないか、というデミウルゴスの案だ。

「カルネ村でガゼフ・ストロノーフの暗殺作戦中に強大な力を持つモンスターに遭遇。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)もまるで歯が立たず全滅寸前のところを通りかかったシラタマ様に救われた……ということにしてしまえばいいのです」

「なるほどなるほど! 命の恩人でありプレイヤーの私が行けばそらあもう法国全土が土下座ものってわけね!」

「ええまさに!」

「これで法国と帝国は至高の御方の手に落ちたも同然です!」

「はえー」

「ぇぇー…」

 そんな話を聞きながらモモンガはひとり(大丈夫なのかなあ……)と一抹の不安を覚える。

 

「本当に気をつけてくださいねシラタマさん……おそらく戦力的には法国が一番手強いはずですから。戦闘になったら無理に戦わず撤退を最優先してくださいね?」

「わかってますよー」

影の悪魔(シャドウ・デーモン)を数体付けますからね? あと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も。そうだ、悪魔召喚はできますよね? 必ず能力確認の実験はしてくださいね? 何かあればそれらを盾にするなりしてくださいね? 転移阻害の対策もちゃんとしてください。あとでいくつか指輪も貸しますから! ああ心配だなあ……シラタマさんに何かあったら、いや何かやらかしたら……」

「あいかわらず過保護ですねー」

 

 なんとかなりますよとシラタマは笑っているが、モモンガの内心は気が気でない。ギルドマスターとしてギルドメンバーやナザリックの仲間たちを守る責任があるのだから。

 

 

「……でも未知の世界を冒険するのはワクワクしますけどね」

「ですね!」

 

 

 そう言ってお互いくすりと笑う。

 モモンガとシラタマはこれから始まるであろう冒険に想いを馳せるのであった。

 

 

「あ、そうだモモンガさん。ナザリックの自動ポップするモンスターってどうなってるかわかります? 今からちょっと欲しいんですけど」

「たぶんそのままだと思いますよ? 何かするんですか?」

「ええ、私のニグンちゃんのパワーレベリングをしてみようかと思いましてね。私のニグンちゃんの」

「私のとか付けなくて大丈夫ですから。誰も盗らないですしいらないですから」

「嘘でしょテラ子安だよ!!?」

「いや知らないですけど!?」

「21世紀のレジェンドを!?」

「知りません知りません! 俺歴史は疎いんで……ゴホン、話を戻しましょう。えーとパワーレベリング、ですよね……ああなるほど。たしかにこの世界の人間がどうやってレベリングするのかは気になるところですね」

「あっですよね? ですよねー!」

 

 うんうんと二人頷きあう。

 ぱわーれべりんぐ、という言葉にニグンが小さく反応する。その言葉の詳しい語源はわからないがどんな意味なのは知っていたからだ。さすがプレイヤーがいた国の特殊部隊隊長というところか、ユグドラシル発祥の言葉は神の言葉として伝わっていることが多い。

 その伝え通りならば、ぱわーれべりんぐとは蘇生後に落ちてしまった体力を元の状態に戻す為の鍛錬である。

 記憶しているだけでニグンはすでにこの短時間で二度ほど死んでは蘇生されている。かなり力も落ちているはずだった。

 

(ぱわーれべりんぐ、か。そういえば自分がやるのは初めてだな……以前任務で死んでしまった隊員のぱわーれべりんぐに付き合ったことはあるが)

 

 力が元に戻るまでどんな鍛錬をと思ったが、次の瞬間シラタマから出たのはとんでもない言葉であった。

 

 

「とりあえずニグンちゃんはちょっと弱すぎだから、最低レベル40……あー魔法詠唱者的にわかりやすく言うと第六位階くらいまでは鍛えるからね」

 

 

 

「………………ぇ?」

 

 

 気合いだあ! 根性だあ! スパルタだあ! とシラタマが高らかに宣言し、その隣でモモンガも「我々は効率のいいパワーレベリングを知っているからな。なあに、40レベルくらい寝ずに一晩やればいけるさふっふっふ……」とか言っている。

 

 

 

(――あ、俺また死ぬ)

 

 

 

 常識が違いすぎる神々の会話にニグンはその場で卒倒しそうになった。

 

 

 

 

 その後モモンガの計らいで連れていかれた第六階層の円形闘技場にてスケルトンの群勢とひたすら戦わさせられ、それでもレベルがうまく上がらないとデスナイトに追い回され、それでも駄目だと作戦変更に変更を重ねたのち予め四肢を切り落とした瀕死のドラゴンやモンスターたちを延々と木の棒で殴り続けるという作業を不眠不休で三日三晩させられたのであった。

 

 




生存ルート(死なないとは言っていない)


このまま原作では可哀想な目にあった人たちを救済しつつも、王国には厳しい展開になると思います。


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06 帝国のモモン

 ――快晴。

 雲一つなく晴れ渡る青い空を見上げながら、かつて教師をしていたギルドメンバーが歌っていた童謡にあった「お日様ニコニコ」というフレーズはまさにこういうのを指すのだなあとモモンガ、いや、漆黒のローブに身を包んだ魔法詠唱者の男モモンは感動していた。

 

 

 バハルス帝国のやや西部に位置する帝都アーウィンタール。

 隅々までしっかりと舗装された道、街中を商人や行き交う国民たちでおおいに賑わっている。率直な感想をあげるなら――良い国だった。

 その中を歩きながらモモンは「まずはどこから見て回ろうか」と隣を歩くシャルティア――ここではシャルと名乗るように言ってある――を見る。

 

 シャルはいつものボールガウンでなく、黒のセーラー服を着用していた。そしてその指にはモモンガから貸し与えられた日光対策用の指輪もはめていて、これはヴァンパイアであるシャルティアは日光の下では全ての行動にペナルティを受けてしまうが為である。

 

(それにしても、誰もセーラー服を知らないとはいえ並んで歩くのは恥ずかしいなあ……はあ、まるで俺がロリコンの犯罪者みたいじゃないか)

 

 本当ならもっと冒険者らしい服装をと思ったのだがペロロンチーノが用意していたシャルティアの衣装はどれもこれも派手なものばかりな上にやれナースだのやれスク水だの、一体どこで着るんだという服ばかりであった。その中で一番マシだったのが黒セーラーだったのである。

 ペロロンチーノお手製のシャルティアドキドキ着せ替えコレクションにモモンガが頭を抱えたのは言うまでもない。

 

 

 

 そんなシャルはモモンにどこか気になる所はあるかと聞かれ、静かに首を振る。

「私はモモンお兄ちゃんに従うでありんす」

「う、うむ。そうだな……とりあえずは適当に散策しつつ冒険者組合にでも行ってみるか。ああそれとだなシャルよ、やはりそのお兄ちゃんというのは……やめないか?」

「そっそれはどうしてでありんすか!? 『お兄ちゃん』は最も敬愛する殿方をお呼びする際の敬称であるとペロロンチーノ様が教えてくださいました……モモンお兄ちゃんは……わたしの最も愛する大切なお兄ちゃんでありんす!」

 

(ペロロンチーノォオオッ!!!!)

 

 なんてこと吹き込んでんだアアッ!!

 空の上でかつての親友である鳥人(バードマン)がグッとサムズアップしているのが見えた気がして、モモンは肩を落とした。

 

 

「そ、そうか……わかった、うん。ならお兄ちゃんで構わないよ……では行こうか。ああそれと、人が多いから逸れないようにするんだぞシャル」

 

 そう言ってシャルの手を取ると、シャルは顔を真っ赤に染め「はいっ!」と幸せそうに笑う。

 その姿にまるで親友の娘さんと手を繋いでいるみたいだなあとさらに気恥ずかしくなったが、シャルティアが幸せそうならそれでいいかとそのまま手を繋ぎ街を散策することにした。

 

 

 

 

 ――バハルス帝国魔法学院。

 貴族も平民も関係なく才能ある者を育て、必修である魔法の知識を始め様々な知識を学べる場所だ。

 かつて仲間たちがナザリック学園を作ろうぜという話で盛り上がっていたのをモモンは思い出していた。

 それにしても、帝国は聞いていた通り魔法詠唱者の教育に力を入れているらしい。先程看板で見た『帝国魔法省』という所もなかなか好奇心を刺激してくれた。ニグンの言っていた亜人や異形種が人気だという闘技場にも足を運んでみたい。

 

(すごい、本当にファンタジーの世界みたいだ……いや異世界なんだけどさ!)

 

 大人気なくモモンは浮ついていたのだろう。

 魔法学院前まで来た所で、モモンは学院から走ってきた少女とぶつかってしまった。全くダメージはなかったしモモンの方はビクともしなかったのだが――

 

「きゃあっ!」

 少女の方は勢いよくはね返り、尻餅をつく。その拍子に少女の持っていた荷物が地面に散らばった。

「あっ! すみませ……っ」

 モモンはおもわず手を差し出そうとし

 

「この人間の小娘如きがあッ! 私のモモンお兄ちゃんにぶつかってくるなんてえええッ!!」

 

 シャルが悲鳴にも似た怒声をあげ、空間からズルリと槍を取り出そうと

「えっちょっおおおおいよせ! よすんだシャル! ちょっとまてえええ!!!」

 

 間違いなく少女を殺すつもりだった。モモンはおもわず身を呈してそれを押し止める。

「どいてモモンお兄ちゃん! この娘殺せない! でありんす!」

「どうしてそうなるんだ!?」

 物騒すぎるだろこの妹――! とモモンは泣きたくなった。空の上で鳥人がケラケラ笑っている気がする。

 

「……わ、私の為を思ってくれているのはわかっている。だが今は、頼むよ」

 

 子供を宥めるようにモモンはシャルの頭を撫でる。シャルは「はわあっ」と高揚し「わ、わかりんした……」と少し息が荒いが、なんとか落ち着いてくれた。

 

「ふう、ああきみ、すまないね。大丈」

「ごめんなさいっ!」

 

 少女が勢いよく頭を下げる。

「えっ? いや、ぶつかったのは私の方だ。きみが謝る必要はないさ、それに……ん?」

 ぶつかった拍子に瓶を落としてしまったのだろう、少女の足元でポーション液が水溜りを作っていた。が、その色を見てモモンは眉を顰める。

 

「……青い……ポーション……?」

 

 ユグドラシルのポーションは赤色だ。しかし少女の持っていた――もう割ってしまったが――ポーションは青色をしていた。

 

(……ッ! まさか、ユグドラシルとこの世界のポーションは違うのか!?)

 

 知らずに赤色のポーションを人前で出していれば相当目立ったはずだ。そこから面倒ごとに巻き込まれたり無駄に目をつけられては困る。

 

(ポーションに関しては今後詳しく調べるべきだな……どこかでポーション作成の実験でもしてみるか)

 

「あ、あのー」

「ん? ああ、すまない。きみのポーションを割ってしまったな……弁償するよ。それと、ええと……」

 足元に散らばった書物を見る。

 どうやらそれらは教科書のようだった。

「きみはここの生徒なのかな?」

「――――ッ!」

 途端少女が苦悶の表情を浮かべた。

(えっ何その反応!? 俺変な事言った!?)

「あー、その……余計なお世話だったか、な?」

「い、いえ、違うんです。その……確かに私はここの生徒、でした」

「でした?」

「はい、その……先程学院を、辞めてきたので」

「――ああ」

 ようするに中退か。モモンは理解の意を込めて小さく頷く。

「それは、余計なことを聞いてしまってすまなかったな」

「いえ、いいんです……っ」

「うむ。それで……きみはこれからどこかへ向かう途中だったのかな?」

「は、はい。冒険者組合へ」

「何?」

 少女の言葉にモモンとシャルはちらりと視線を交差させる。

「冒険者組合は冒険者になる者たちが行く場所ではないのか? まさかきみのような子供が? 少々厳しいのではないか?」

 モモンの問いに少女は顔を伏せ、唇を噛む。のっぴきならない事情でもあるのだろうか?

 しかしやがて少女は決意したのか顔をあげ

「それでも私は……っ冒険者にならないといけないんですっ!」

「……ほう」

 その目はあの日のガゼフと同じ、心を決めた目だった。

 

(……何があったか知らないけど)

 

「なら丁度いい。私たちも今から冒険者組合に向かう途中だったんだ。一緒に行かないか?」

「えっ!」

「も、モモンお兄ちゃん!?」

 どうしてと言わんばかりのシャルに「まあまあ」と右手を翳し、改めてモモンはその少女に向かい合う。

 

「実は私たちは旅をしていてね、この帝国には今日到着したばかりなのだよ。それに冒険者という職に興味もあったし、丁度良いかと思ったのだが」

「そ、そうなのですか……わかりました。では組合までご一緒致します」

「良かった」モモンは鷹揚に頷く。

「では行こうか。ああそうだ、私はモモン。そしてこの子はシャルだ。よろしく頼む」

「よ、よろしくでありんす」

 戸惑いつつもシャルが頭を軽く下げる。

 

「あっ、わ、私はアルシェと申します! アルシェ・イーブ・リイル・フルトです」

 

育ちが良さそうな、そんな丁寧なお辞儀とともにその少女は名乗り返してくれた。

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 法国へ向けて一台の幌馬車が走っている。引いているのはゴーレム馬だ。食事に排泄、休憩も必要なく普通の馬ならば数日はかかるであろう道のりをその半分以下で走り切ってくれる。

 

「雲って本当に白いんだなあ…」

 幌の上に寝転び、シラタマは空を見上げていた。

 どこまでも続く晴天。元の世界では歴史の本や写真でしか見たことがない、そこには本物の空が広がっていた。こんな日はピクニックでもして草原でお昼寝できたら最高だろう。

 

「ニグンちゃーん、法国まであとどれくらいー?」

 

 身を乗り出し、御者台に座っているニグンに声をかける。ゴーレム馬に鞭も手綱も必要ないのだが法国までの道案内がいる為ニグンを座らせていた。あとは幌の上にいるシラタマの話し相手の為でありぶっちゃけこちらが本命だ。

 ニグンは「そうですね」と少し辺りを見渡し「あと半日ほどで見えてくるかと」答える。

「うえーまだそんなにあるのお……暇だなあ、ドラゴンでも襲ってこないかなあ……」

「なっ!? ご、ご冗談を……ドラゴンと戦闘など、我々は身を守る術がございません……それに私もまだドラゴンは」

「我々?」

 あー、そういや積んでたなとシラタマは自分が寝転がっている幌の内側にいる者たちを思い出した。

 中では陽光聖典の隊員が十人。保留として牢獄に入れておいた者たちだ。他にも何人か残していたが、法国に戻す為に記憶操作を行った際思っていた以上にMPを消費する事がわかり……その結果「もうめんどくさいし疲れるからこれくらいで良くね?」となったシラタマとモモンガにより適当に間引き、いや選ばれた十人であった。

 法国へは魔神との激しい戦闘をしたのだと偽る為彼らを適度に痛めつけた後で記憶操作してある。そのせいか全員疲労困憊という風で幌の中で休んでいた。

 ちなみに残りの隊員はほとんど実験用に回された。

 

 隊員達には悪いことをした……とニグンは思う。

 しかしナザリックに、絶望的な悪魔の巣に捕縛された時点で、いや、対峙してしまった時点で彼ら全員の命はなかったのだ。そこで全滅という道を回避出来ただけでもそれはとんでもなく幸運なのである。

 法国に確実に情報を持ち帰る為、そしてこちらの情報ーーとくに上層部の者しか知り得ぬ重大機密は絶対にだーーを与えない為だったとはいえ、一度は自分のみの命乞いをする選択をした事に後悔はない。だが――それでもニグンは犠牲となった者達を悼んだ。しかし元より任務前には遺書を書くようにとしているのが陽光聖典だ。いつ死んでもいいように、と。

 いざ思い直すと相当イカれた部隊だったなあとニグンは目を細めた。

 

 一方でシラタマにとって隊員達などどうでも良かった。ただ全員殺しちゃったらさすがにニグンちゃんが悲しむかなあ程度の認識であり――それはそれで見てみたいからありなのだが――要するにシラタマにとっては大事な玩具であるニグン以外は心底どうでも良かった。

 

(……今いきなり幌を、中にいる隊員ごとぺちゃんこにしたらニグンちゃん驚くかな?)

 

 最悪極まりないサプライズを考えているとニグンから声がかかる。

「どしたの?」

「はっ、あの、あちらから何者かが、真っ直ぐに向かってきます」

「ん――?」

 言われた方向、進行方向である法国方面に目を向けると、確かに誰かがこちらに向かって歩いてきていた。

 黒いフードを目深に被り顔はわからないが、体格からして女だろう。

 しかし妙だ。法国から歩いてきている辺りお出迎え、という雰囲気ではなく商人や旅人にも見えない。

 フードの女はそのまま幌馬車の前までやってきて、足を止めた。

 

 

「……なーんだ。追手かと思ったけどまさか行方不明中の陽光聖典隊長さんじゃない。生きてたんだー」

 

 そう言ってフードをとる。

 それは――金髪ボブヘアーの女だった。どこか猫のような雰囲気を身に纏い、その赤い瞳がこちらの様子をじっとりと観察して……シラタマと目が合う。

「…………亜人種?」

 女が首を傾げ、シラタマは顔を顰める。

 

「……ニグンちゃん何コイツ、知り合い?」

「え、ええ……彼女は法国の、漆黒聖典の第九席次です。名前は」

 

「悪いけどさあ! おしゃべりを楽しんでる暇ないんだよねえ!」

 

 女が不快そうに声をあげ二人の会話を切り、

 シラタマは舌打ちした。

 そんなシラタマにニグンはああまずいと事態を察する。

 

 

「私はクレマンティーヌ。ほんとなら遊んであげたいんだけどさあ、今ちょっと急いでるの。鉢合わせちゃったのはもう運が悪かったってことでさ…………死んでもらうね?」

 




モモンさん、帝国へ。
ダークウォーリアー様ではなく魔法詠唱者スタイルでのご入国! そのあたりであったいざこざは後日閑話として書く予定です。

そしてアルシェちゃんはご都合主義により原作よりも退学時期が遅くなりました。フォーサイト達よりも前に化け物に出会っちゃいましたね。



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07 閑話 拗らせサキュバス地獄の強化レッスン

時間が少し戻ります。


 この世界、少なくとも王国と帝国では魔法詠唱者(マジックキャスター)は第三位階に到達できれば類まれなる魔法の才能を持っている、又は果てなき努力をした人物とされていた。

 比べてスレイン法国陽光聖典隊員はまず第一条件として第三位階の習得が必須であり、その時点で王国や帝国からしてみれば相当強力な特殊部隊と認識されていただろう。

 しかも隊長であるニグンは第四位階まで到達しており、ユグドラシルではレベル27~30程だったギガントバジリスクとひとりで戦い良い勝負をした経験があるらしい。それから考えるにニグンの元々のレベルは25~30あたりというところか。これはこの世界に存在する冒険者でいうところのアダマンタイト級であり――残念ながら英雄の領域とまではいかないが――間違いなく強者であった。

 

 そう。強者で……あったのだ――……

 

 

「いや弱いよお! ニグンちゃんちょっともう弱すぎて泣いちゃうよお私い! もうさ、逆に舐めてるのってレベルだよね? いや舐めてんの?」

「も……申し訳ありま……ぐ……うっ」

 

 第六階層円形闘技場、自動POPされるスケルトンの群勢を背にしてシラタマが仁王立ちし、その足元にてニグンが地に伏していた。その身体をシラタマがぷんすかしながら足蹴にしている。これは酷い。

 ちなみにこの間スケルトン達は微動だにせず待機中だ。

「はあ……」

 シラタマは再度溜息を零す。

 ニグンのパワーレベリングの為にとまずは十分勝てる程度のモンスターとひたすら戦わせてみたのだが、最初こそ順調であったが次々に追加されるスケルトンの大群勢によりいつのまにか召喚した天使達は倒れ、MPも底をつき、これだ。

 シラタマが止めに入らねばまた死んでいただろう。すでに二度ほど死亡しデスペナルティを受けているとはいえ……もう少しやれると思ったのが間違いだったようだ。

「とりあえず《大治癒》と――」

「シラタマさーんちょっといいですかー?」

「うん?」

 観客席から見学していたモモンガが手を振っている。その横ではアウラとマーレも同じように手を振ってくれていた。可愛いなーあの子達とシラタマは和み、何か良い案でも思いついてくれたのだろうかと器用に腰の白翼を羽ばたかせ――どうバランスをとっているのかわからないが――ふわりとモモンガ達の方へ飛んでいく。

 

「なんですかモモンガさーん」

「ちょっと考えたんですけど、大量のスケルトンを狩るよりもそれなりに強い奴数体と戦った方が経験値を稼ぐには良いと思うんですよ」

「ふんふん」

 ようするに低レベルモンスターを何百体倒し続けるよりも高レベルモンスター数体を倒した方が入ってくる経験値が多いのでは、ということだ。

「なるほどなるほどー確かにそっちの作戦に変更した方が良さげですね!」

「ではモモンガ様シラタマ様、私が何匹か適当な魔獣を連れてきましょうか?」

 アウラがはいっと手を挙げる。

「魔獣か……いや、この程度の事でアウラの大切な魔獣を使うわけにはいかん。そうだな、ナザリック内の自動POPするモンスターでレベルの高いものをいくつか連れてきてくれるか? たしか30近いのがいたはずだ」

「はいっ! すぐに!」

 ペコリと頭を下げてアウラとマーレが駆けて行く。いくら貴重なパワーレベリングの実験とはいえナザリックの出費は抑えたいのである。

 

「じゃあひとまずは中位アンデッドあたりからぶつけてみましょうか」

「わかりました! じゃあ私もあとで中位悪魔出してみますね!」

 

 そう言ってモモンガが中位アンデッド作成、さらにカルネ村から持ち帰った法国兵士の屍体を媒介にしたデスナイト達を呼び寄せる。

 その間にシラタマはスケルトンたちを撤収させた。

 

 

「はーいニグンちゃん、それじゃあ今からはちょっと強めの奴と戦って貰うからね!」

「えっ、な……っあの、ちょっととはどれほどの」

 ニグンが何か言いかけていたが

「返事はハイかYES!!」

「はいいッ!!」

 そんなの知ったことではないのだった。ちょっととはちょっとである。レベル30~40程度、初心者プレイヤーでもコツさえ掴めばなんとかなるレベルだからとシラタマとモモンガは考えるが――

 

 ニグンにとってはまず神々のこのあたりの認識から何とかして欲しいと切に願うところであり――そんなの言えるわけがなかった。

 

 

その五時間後――。

 

 

「はい《大治癒》っと、どうですか? モモンガさん」

「うーんそうですねー……《生命の精髄(ライフ・エッセンス)》で見る限りは確かにさっきよりHPの最高値は増えてるんですけど……ちょっとですね」

「ちょっとですか」

「あ、でもレベル1くらい上がってますよ」

「1……1!? さっきは5だったのに?」

「たぶんさっき上がった分はデスペナで下がってた分ですね。だから実際に上がった分は1です」

「お……おそい……なんで………」

「あーもしかしたらこれってアレじゃないですか? ほら、初心者が最初にぶつかる」

「……あっ! レベル30の壁!」

 シラタマの言葉にモモンガが頷く。

 

 かつてユグドラシルにはレベル30の壁、というものがあった。

 初心者がレベリングをする際にそのほとんどがまず初心者用のエリアで低レベルモンスターを狩る事で経験値を稼ぐ。そこではPKも禁止とされており高レベルモンスターも出ない為、初心者は安心してレベリングが出来るのだ。しかしレベル30に達したあたりでこのレベリング方法は全く使えなくなってしまう。

 初心者用のエリアという安全な鳥籠が今度は窮屈な檻となり、いくら低レベルモンスターを狩っても経験値が稼げないドM仕様となるのである。ザコキャラ倒してレベル上げ、なんてものは通用しないのがユグドラシル。なのでレベル30を超えた初心者達はそれ以上のレベリングの為についに外の世界へ旅立つのだが……待ち受けるのは高レベルモンスターやPKの数々。

 モンスターには勝てず経験値も稼げずあげくデスペナでやり直し。ここで心が折れてゲームを辞める初心者は多かったという。

 

 

「つまり中途半端なのはやめて無理矢理にでも高レベルのモンスターを倒させないとだめってことか……」

「はい。でも問題は」

「強すぎるとニグンちゃんが死んじゃってレベリングどころじゃないってことですよねー」

「そうなんです……」

 二人して肩を落とす。

「まあいざとなれば最終手段もあるんですけどねー」

「んーそうですねー……ん?」

 ちらりとシラタマの視線がモモンガの後方、待機しているアウラとマーレのお隣りを見遣り、はっとした表情を浮かべる。

 

「どうしました?」

「これだ……これだよおモモンガさん! ちょっとそこのドラゴンの近縁(ドラゴン・キン)を特攻させましょうよ!」

「何言ってんのアンタ!?」

 

 ドラゴン・キンは円形闘技場の片付け係として配置されていたモンスターでレベルは55。こちらからすればただの雑用係なのだが

 

「いやだって低位はダメ、中位だとうまくいかないし高レベルすぎてもダメならレベル55くらいって丁度よくないですか!? やばかったら止めればいいですし」

「……それで本音は?」

「死にかけのニグンちゃんに……縋り付いて貰いたくて……ぐふうっ! こう地べたを這い蹲りながら足とかに」

「ヒエッ」

 その発想にモモンガから小さな悲鳴が出た。

 きゃあっと乙女の如く顔を赤らめるシラタマだが、そんな「いやだわもう恥ずかしいっ」みたいな反応されても困るしむしろ引いてるんですけど!? とモモンガは大いに沈静化される。

 

「さあさあモモンガさんやっちゃいましょう!」

「えええ!? ちょ、本気ですか!? 本当にやるんですか!?」

「やりましょうホラ! ホラ! ホラアあ!」

「で、でも、さすがにそれは、あ、あああ……」

 

 モモンガの声、届かず。

 シラタマはすでにノリノリだった。

 

 

 

(……ごめんなニグン、色々あったけど俺はお前の味方だよ……ほんとだよ……ほんと、ごめん……ごめん)

 

 

 

 モモンガは眼下でエルダーリッチ軍団とデスナイトに追いかけられているニグンに憐れみの情念を送り、心の中で南無三と手を合わせ

 

「いけ……!」

 

 ドラゴン・キンを突撃させるのであった。

 

 

 

 

 結局ドラゴン・キンに即殺されかけたところでモモンガが止めに入り、「ええいもうやめだ! こうなったらアレやるぞアレ!」とユグドラシル時代に一部プレイヤーからは邪道と言われていたレベリングをすることとなった。

 それは高レベルモンスターを予め瀕死状態にまでしておき、とどめのみをレベリングさせたい者が行うという手法だ。

 

 そして――。

 

 目の前で四肢を切り落とされ既に虫の息のモンスターたちが何を言うわけでもなくただじっとニグンを見つめている。殺される為だけに召喚され、彼らもまたそれを理解しているのだろう。が、正直言って心が痛かった。

 かつて亜人集落を殲滅していた時は信仰の為に慈悲など持たないようにしていたというのに、何故か今の状況の方がキツく感じるほどだ。

 ちらりと観客席にいる神々を見る。

 

「よおしこれなら完璧だなあ! いいなニグン、全力でいけ! 殴り続けろ! どんどん追加するぞー!」

「私のニグンちゃーん! がんばえー!」

 

「……………」

 

 

(何をやっているんだろうか……俺は)

 

 神々の応援を背に、ニグンは無心で手渡された木の棒を振り上げるのであった。

 




ももんがさま「おれはみかただよほんとだよ」

※今回の捏造ポイント※
ユグドラシルレベル30の壁…レベル上げが全然うまくいかないとやってられっか! となりますよね。


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08 法国からの逃亡者

クレマンティーヌよ永遠に…!


 法国へ向かう道中にて、幌馬車を通すまいとクレマンティーヌはスティレットを抜き不敵に笑っていた。

「じゃあ悪いけど、サクッと死んでもらうからねー?」

 それはまるで今から圧倒的強者による一方的殺戮を期待するようであり、ある意味正しくもあった。ただクレマンティーヌが考える互いの立場というものが現実は真逆というだけだ。

 

「あ、そ」

 

 シラタマはふわりと幌から降り、面倒くさいと言わんばかりにクレマンティーヌの前に立つ。

 背後ではすでに状況を理解しているニグンが哀れみの目を向けていた。もちろんクレマンティーヌに対してだ。もし叶うならば彼女の助命をとも思ったが、それは無理だと即座に諦める。

 至高の御方々のひとり、神、プレイヤーであるシラタマやナザリックの力を嫌という程身を持って知っているからだ。しかも今の自分はシラタマの玩具であり、ただの所有物が口を出すことは許されないだろう。

 

(それにしても、さっきクレマンティーヌは追っ手……と言ったか? まさかこいつ法国で何かやらかしたのか?)

 

 個人的に聞きたいことはあったがニグンは口を閉ざし成り行きを見守る事にした。間違いなく今この場がどうなるかはシラタマの気分次第なのだから。

 

「――それで?」

 シラタマが悠然と構える。しかし何の武器も手にしておらず、クレマンティーヌから見ればその姿は手ぶらで目の前に立ち呆けているただのマヌケである。

 

「……アンタ、魔法詠唱者(マジックキャスター)?」

「だったら何か?」

「あは、ははははは!」

 

 もっとマヌケの魔法詠唱者だったかとクレマンティーヌが笑う。

 

「……ねえ、笑うか殺すかどっちなの? 」

「ふふ、ああごめんね? もちろん殺すよ? 「そう」だって魔法詠唱者なんてスッといってド「《重力落下(グラビティダウン)》」スウグ―――――ッ!!!?」

 

 ドガン! という衝撃音と共にクレマンティーヌが勢いよく地面に叩きつけられる。

 愉快な殺し合いとやらが始まりわずか一秒の出来事であった。

 ニグンはやはりこうなったかと小さく溜息を吐き、視線を下ろせばシラタマの足元にはまるで潰れた蛙のように地面に伏しているクレマンティーヌ。メキメキと骨が軋み、ブチブチと肉がゆっくりと潰れていく音がクレマンティーヌの内側から響く。ゆっくり、ゆっくりとクレマンティーヌにかかる重力が増していく。

 身体全体が見えない何かに押し潰されていく感覚に、悲鳴を上げたくても喉が潰され声が出ない。

(なんだ!? なにが起こったんだ!? こ、このクレマンティーヌ様がなんで、どうしてえええ!?)

 クレマンティーヌは涙ぐみながら必死に眼球だけを動かしシラタマを見上げた。

 

「――――――ッ!!?」

 

 シラタマの目はまるで道端で死にかけている虫でも眺めているかのように冷淡だった。

 その目を、クレマンティーヌは知っている。

 あれは自分だ。今までの、楽しいとも思えない脆弱極まりない弱者を始末する時の自分の目だ。

 

「――――――ッ!!!」

 

 ゾワリ、と脳内を恐怖が支配する。

 

(いいいいい嫌だあああ! 畜生死にたくないいい! こいつは亜人なんかじゃなかったんだ! 化け物だ! なんで、どうして私はこんなあああ!)

 

「っ……ッ……、……ッ!!」

 

 骨が擂り潰れていく。クレマンティーヌの口から夥しい血がゴポリと吐き出される。

 

(せっかくあの法国から、漆黒聖典から、あのクソッタレな兄から解放されて、自由を手に入れて、好きなように生きてやると思ったのに! こんな所で、こんなにも簡単に!)

 

 それでも重力は増していく。骨が、肉が、臓物が、潰れてそのまま地面に練り込まれていく。

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)

 

「~~~~~~~~……ッ!!!!」

 

「……はあ、まあいっか」

 

 ふ、と。さっきまでかかっていた重力が嘘のように霧散して消えた。

 

 

「は……はヒュ……っひィ……っヒッ」

 

 クレマンティーヌがゆっくりと視線をシラタマに向ける。血と涙と涎と、ありとあらゆる液体が垂れ流されており目も当てられない状態だが――。

 シラタマはやれやれと肩を竦めるとニグンの方を振り返り手振りで指示を出す。

 ニグンは頷くと同時に駆け寄り、潰れて死にかけていたクレマンティーヌに《重症治癒》を発動させた。

 

「ど……どう、し、え……?」

 

 ゆっくりとクレマンティーヌが起き上がるが、シラタマは「別に殺しても良かったんだけど」と素っ気なく返す。

 

「や、ニグンちゃんが何か聞きたそうにしてたから」

「えっ」

「……は?」

 

 一体何を言い出すんだこの化け物はとクレマンティーヌは目を見張り、隣にいるニグンも同じような反応をしていた。

 ――待て。いや待て、そもそもだ。

 どうして行方不明だった陽光聖典がこんな所で、法国では見た事もない幌馬車で、こんな化け物を連れているのか。

 ここにきて漸くクレマンティーヌは事態の異常さに気づいたのである。

 

 

 

 

「あり……ありえんだろ、お前……」

 クレマンティーヌから事情を説明されるや否や、ニグンはわなわなと震え驚愕の表情を浮かべていた。

「待ってよ私だってさー」

「だっても待ってもあるか!! や、闇の巫女姫を殺し叡者の額冠を盗んできただと!? ありえん! ありえるかあそんなこと!?」

「ありえたからこんなことになってんじゃん」

 はい、とクレマンティーヌが懐から叡者の額冠を取り出す。瞬間ニグンが膝から崩れ落ちた。

 

「ねーそれってそんなにすごいアイテムなの?」

 

 そんなニグンの背後から、その背中にのしかかるようにしてシラタマがひょこりと顔を出す。

 シラタマ自身ユグドラシルはエンジョイ勢だったこともありユグドラシルのアイテムはよほど有名どころでなければほとんど把握できていなかった。自分が知らなくてもモモンガたちガチ勢がいつでも助けてくれたという理由もあるが。

 

 クレマンティーヌの手にしている叡者の額冠とやらはまるで記憶にないアイテムだし――もしかしたらモモンガなら分かるかもしれないが――とりあえず回収することにした。

 ちょーだいと言えば勿論クレマンティーヌは即決で渡してくれた。話せばわかる子のようだ。

 

 

「はいじゃあコレは貰っとくとして……」

 

 クレマンティーヌを見据える。

 

「それでえーと、クリマンティーヌは漆黒聖典ってやつの、ようはそれなりに強い組織にいたんだよね?」

「は、はい。クレマンティーヌです。それなりに強かった……と…思い、ます……たぶん……」

 

 後半だいぶと自信がなくなっているが、その気持ちはわかるぞとニグンは心の中で頷く。

 強いとか優秀だとか、精鋭だとか英雄だとか、この御方々を前にしてはすべてが塵芥と化してしまうのだから。

 

「むー、それってどれくらい強いの? レベル……は通じないんだっけか。誰か……あーそうだ。あのガゼフとかいう王国戦士長の人間よりは強い?」

「は、はい……たぶん、……あっ」

 

 クレマンティーヌがはっとした顔で、目の前にいる比較対象を指差した。

 

「こ、こいつ! このニグンちゃんよりは強いですよ!」

「えっ」

 

 

 だが――

 

 

 

 

「……………は?」

 

 

 

 

 空気が――――凍った。

 突如シラタマから放たれた漆黒のオーラがクレマンティーヌに突き刺さり、彼女は「ゲエ」と絞められた鶏のような声を上げ白目を向き泡を吹きながら地面へと突っ伏す。

 

 クレマンティーヌは――英雄の領域に足を踏み込んでいた。間違いなく、以前のニグンには勝てただろう。だがシラタマが問題視したのはそんなくだらない彼女の思い込みなどではなく。

 

 

「テメエ何様のつもりで私のニグンちゃんを馴れ馴れしくちゃん付けにしてんだ? ああ?」

 

 

 

 

 ――――……死んだ。

 

 

 

 

 クレマンティーヌは死んだ。

 この時点で死んだのだ。

 ――だからなんだ?

 

「こンの下等生物があアアアあああ――――ッ!!!!」

 

 シラタマの手がすでに死んでいるクレマンティーヌの髪を掴み上げ、その顔面を地面へと叩きつける。

 

「わ、わあっわたしのオオッ! 私のちょー大切なあ! ちょー特別な玩具をぉお横取りするつもりなのかアアア~~~~!? 死んで逃げられると思うなああああ! 胸を削ぎ落とし子宮を切り刻んで喰わせてやるぞおおおお何度も蘇生してえええ殺してやるうう殺してやるぞおおおおお!! あああ憎いっ憎いいっ心が張り裂けそおおおおおお!!」

 

 何度も、何度も、頭部だった箇所がまるでぐちょぐちょに潰れたトマトのようになるまで。何度も地面へと叩きつける。それはまさに地獄絵図だった。目の前で繰り広げられる一方的な狂気に、ニグンは恐怖のあまり気絶しそうになるのを必死に耐え――嵐が治まるのを待つしかなかった。

 

 

 

 

 その一時間後――蘇生され目が覚めたクレマンティーヌの前には何故かスッキリ爽やかな微笑みを浮かべるシラタマがいて、とりあえず自分は殺されたのだと理解したクレマンティーヌは必死に、改めてこの世界での自分の強さを釈明した。

 そしてニグンは何があったのかクレマンティーヌには絶対に言うまいと心に決めた。

 

 

 もはや出会い頭の威勢はもうどこへ消えたんだとばかりにガタガタと震えているクレマンティーヌにシラタマは興味無さげに肩を竦める。

「……ふう。じゃあさマンマンティーヌ、ちょっとバイトしない? どうせ行く宛てないんでしょ?」

「く、クレマンティーヌです……ええと、バイト……ですか?」

 

 二度と失言のないよう恐る恐る聞き返す。

 

「うん。実は私の仲間がね、こっちももう一人か二人くらいは現地人でそれなりに戦えそうなのをストックしておきたいって話しててね」

「は、はあ……」

「まあそういうことだからさ、よろしくねクロマンティーヌ」

「クレマンティーヌですううっ! はいい! よろしくお願いしますうううっ!」

 

 嘆き混じりの声で元漆黒聖典第九席次クレマンティーヌはようやく契約成立とシラタマと握手を交わすことに成功したのであった。

 

 

 しかし

 

 

「でも一応先に軽く躾だけさせてもらうからね」

「えっ」

「あ」

 

 瞬間、開かれた《転移門》の中にクレマンティーヌは消えていった。

 行き先は――ようこそナザリックお楽しみツアーだ。おそらく最初のドキドキ体験は安定の黒棺からだろう。

 

 

「……シラタマ様、その、よろしかったのですか? クレマンティーヌは法国から追われる身、厄介ごとを持ち込まれる可能性も」

「ん――……まああとは守護者やモモンガさんが何とかしてくれるでしょ。うん大丈夫大丈夫、なんとかなるよー」

 

 あははとお気楽に笑いながら、とりあえず帝国へ向かっているかすでに到着しているだろうモモンガに《伝言》を繋いだ。

 

 




*今回のオリジナル魔法及び捏造部分*

《重力落下/グラビティダウン》
重力の蓋を作り出し対象者を上から叩き潰す。かけられる重力は少しずつ加算されていき、じわじわと嬲り殺す。拷問に最適。

《女王の嫉妬Ⅴ》
レベルⅠからⅤまである相手を混乱、恐慌、動作停止状態にさせることのできるスキル。対象者が同性であれば効果は倍。シラタマ様マジコワイ。


パワーレベリング後の今のニグンさんのレベルは40くらいになっています。こっそりと第五位階にも到達してます。





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09 サキュバスは法国で謁見する。

 スレイン法国――。

 六百年前に現れた強大な力を持つ六名のプレイヤーによって救われた人間の国家であり、プレイヤー達を六大神と定めて信仰し人類の守り手として他種族狩りなどの活動を長年に渡り行っている。

 人こそが神に選ばれた民であるという宗教概念を持ち、人以外の他種族は殲滅すべしという理念を掲げ人間以外の他種族に排他的かつ攻撃的である――ものの、スレイン法国が他種族狩りを行っているお陰で周辺の他の人間国家が保たれているのもまた事実であった。

 一見過激的な理念を掲げている国ではあるが、スレイン法国の存在によりこの世界の人類は絶滅せず今日まで生き延びられているのである。

 

 

 すべての法国民は毎日其々が信仰する神を祀った神殿へと足を運び神への信仰を捧げている。国の入り口はかつての世界に存在していた凱旋門を彷彿とさせるデザインをしており、そこでは神官数人と魔法詠唱者、さらに剣士らしき者達が検問を行なっていた。

 そこへ陽光聖典らを乗せた幌馬車が接近していき、こちらに気づいたらしい神官の男がぎょっと驚愕の表情を浮かべる。

 

「――る、ルーイン隊長!? ルーイン隊長ですか!?」

 

 その神官はどうやらニグンを知っていたらしく、幌の上から御者台の隣へ移動していたシラタマは「知り合い?」と小声で確認する。

 

「……ええ、法国に残していた陽光聖典予備隊員の一人です」

「あ、まだいたんだ」

 

 陽光聖典は総勢で100人おりカルネ村の任務についていたのはその内の45人ですとニグンが説明しているうちに、幌馬車の前には多くの人が集まってきていた。

 口々に行方不明だった事や何があったのか、幌の馬は一体何なのか等を訪ねてくるが、それに関してはまずは神官長へ報告するからとニグンが一蹴する。

「あ、あの、ルーイン隊長、隣の方は……?」

「む…」

 最初に駆け寄ってきた予備隊員の男だ。男は怪訝そうにはしているが、どこか惚けるような目でシラタマを見ていた。

 それもそのはず。今のシラタマはサキュバスの姿ではなく、透き通るような美しい白銀の髪を靡かせ、白百合のような可憐さと不思議とどこか妖艶さも兼ね揃えた――人間の美少女だった。

 それはかつてユグドラシルを引退した際に「あげるよー」とぶくぶく茶釜から貰っていた『人化の指輪』の効果であった。同じく他のギルメンやまいこからも「じゃあぼくのも」と人化の指輪を貰っていたが、こっちは現在モモンガに貸している。

 冒険者になると言っていたモモンガと違いシラタマは人間のフリをするつもりはなかったのだが――法国は人間以外の種族には厳しいというのもあり、神官長への謁見までその他の下等生物(ニンゲン)らにごたごたされては面倒だと判断したのだ。

 

(本当にわからないものだな……)

 隣に座っているシラタマに、素直にニグンは感心する。すっかりと全員騙されているからだ。

 しかしもし異形であるシラタマに対して法国民が馬鹿な行いをすれば――ニグンはソレを想像するだけで恐怖に身を震わせる。間違いなく法国は数日で、いや最悪一晩で滅ぶ。

 

「……とにかく今はすぐにでも神官長らに謁見したい。道を開けてくれ」

「は、はい! すぐに!」

 わらわらと集まっていた者達がはけていく。

 最後に予備隊員の男がすぐに他の隊員達を徴集するかと尋ねてきたがニグンはそれを断る。

「私達の帰還と神殿へ向かった事だけを伝えてくれるだけでいい、班長は今誰がいる?」

「はっ! 一班のイアン・アルス・ハイム班長が待機しております!」

「ああ、なるほどイアンか。ならばイアンに伝えておいてくれ」

 あいつなら心配はいらないだろうと付け足すと、予備隊員の男は頭を下げ全速力で駆けて行った。その後ろ姿を一瞥し、こちらもこのまま真っ直ぐ神殿へ向かってしまおうとゴーレム馬に指示を出す。

 

 

 ――法国神都。そこには白を基調とした街並み、神殿や聖堂を主とした中世ローマのような世界が広がっていた。道行く人らも皆がかつて歴史の本や写真で見たような姿をしている。

「ニグンちゃんニグンちゃん! あれ! あのでかいの何!? 」

「ああ、あれは神の塔です。かつて六大神様が神都の広場に建てられたと伝えられておりまして、塔からはスレイン法国が一望できますよ」

「おお、じゃああれは!? あそこの川みたいなのにある小さい舟は!? もしかしてゴンドラ!?」

「ええ、よくご存知で。あれも六大神様がお伝えになられたもので」

「マジかよ本物初めてみたぁぁ……」

 そもそもリアルでは乗り物自体富裕層にしか許されていなかったし海外の乗り物なんて実際に見る機会すらない。だが今目の前にあるのはかつて観た映画の世界であり、シラタマは感動のあまり涙腺が緩むのを堪えながら景色を堪能していた。六大神、かつていたプレイヤー達は荒廃したリアルで憧れていた世界をここで再現したかったのだろうか。もし可能なら、あとで観光するのも良いかもしれない。

 そんなシラタマを横目で眺めながら、ニグンは馬車を神殿へ向けて走らせた。

 

 

 

++++++

 

 

 ガゼフ・ストロノーフ暗殺の任務に出たきり行方不明となっていた陽光聖典の帰還は即座に法国神殿内、神官長らに伝わった。

 神殿内にて――幌の中にいた隊員達は肉体的にも精神的にも相当な負荷と疲労が見受けられた為に先に別室へと運ばれていく。おそらくは治癒魔法を得意とする神官らの所だろう。

 

 そして二人はスレイン法国最奥へと向かう。

 どうして――とニグンはひしひしと嫌な予感を全身で感じ今からでも引き返したい衝動に駆られていた。そこへ来いと使いの神官に言われた時は嘘だとも思ったほどだ。だがそうではない。

 最奥には国の最高執行機関のメンバーしか入室できない神聖不可侵の部屋という場所があり、相当な事態がなければそこへは並みの人間は近づく事さえも許されていないのだ。

 

(つまり我らの帰還は……相当な事態というわけか)

 

 おそらく待つのは法国最高執行機関である神官長らと、最高神官長も同席しているとニグンは踏んでいた。自分たちが任務を失敗したあげく連絡を絶ってから一週間以上は経過している。

 彼らとしてはすでに陽光聖典は滅びたと結論付け、ならば何があったのかと事態の把握に動いていたはずである。だがここにきて帰還とくればすぐにでも挙って情報を得ようとするだろう。

「……何も起こらなければ良いのだが」

 ボソリと呟いたそれに、シラタマは何かあれば私がなんとかしてあげると得意げに鼻を鳴らす。

 いや貴方が一番不安なんですとは言えるはずなく、ニグンは引きつった笑みを浮かべた。

 

 

 

++++++

 

 

 扉前にはすでに何人かの神官が待っていた。彼らは真紅の神官衣を纏った神殿上位衛兵でもあり、ニグンに対し軽く頭を下げるとその隣にいるシラタマに対しあからさまに顔を顰める。

 

「ニグン・グリッド・ルーイン殿、そちらの方は?」

「……此度の報告に関する最重要人物ですよ。神官長らへの御目通りを」

「この女がか?」

 ジロリ、と上位衛兵らが睨む。口には出さないが彼らの本音は「そんな何処ぞの女などを神聖なる場に連れていくのか?」だろう。

 ニグンはちらりとシラタマに視線をやり――『面倒だしこいつやっちゃおうか?』と言わんばかりの笑顔を向けられ、慌てて首を横に振った。

「ルーイン殿?」

「いえ、とにかく今は一刻も早く神官長へ報告すべき事があるのです。……ここを通して頂きたい」

「…………」

 すると彼らは呆れたように大げさに肩を竦め、渋々と扉を開いてくれた。その先は神殿最奥、神聖不可侵の部屋へと繋がる通路と、その手前に造られた謁見の間が広がっていた。

 ニグンは中へ足を踏み入れ、ふとその足が止まる。奥で待っている者達の姿が見えたからだ。中にいたのは予想した通りに六人の神官長と最高神官長、これに法国軍事機関の最高責任者である大元帥。この時点で法国最高執行機関の半数以上が集合しており、そしてその側で警護するかのように――漆黒聖典達がいた。それも完全武装のだ。

 最悪だと心の中で吐き捨てる。彼らがここにいる理由、それはその気になればこの場で本気の戦闘になるぞという――警告だ。

 

(そういえばあの時モモンガ様は何者かが陽光聖典を、いや、俺を監視していたと言っていた……つまり、やはり本国は……いや、彼らは俺を信用していないということか)

 

 一歩、また一歩と歩を進める。その都度にのしかかる重圧と側に控える集団から向けられる威圧にゴクリと喉を上下させ――隣ではシラタマが呑気に口笛を吹いている。本気でやめてほしい――そして神官長らが待ち構える前で膝をつき頭を下げた。

「……陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーイン、只今帰還致しました」

「……よく、戻った」

 風の神官長であり元陽光聖典の上司、ドミニク・イーレ・パルトゥーシュがまず応える。他の神官長らも互いに目配せし合うと、再びドミニクが口を開いた。

「――さっそく色々と訪ねたいところだが……先ずはそちらのお嬢さん……あなたは何者ですかな?」

 その問いに全員の目がシラタマを睨むが、シラタマは膝をつくことも頭を下げることもなくただ呑気に突っ立って辺りをきょろきょろと見渡していた。そのせいもあり当たり前だがこの場にいる全員、ニグン以外が彼女の態度に不快感を露わにしている。そんな場の空気にシラタマ自身も気づいているだろうが、彼女から何も言わない以上はニグンが言葉を返すしかない。

 

「……か、彼女は……シラタマ・ホイップ・ナマクリーム様です。我々の、命の恩人であり……」

 

 先に打ち合わせた通りの言葉を慎重に紡ぐ。

 

 

「――神、プレイヤー様です」

 

 

 ――瞬間、この場の時が止まったかのような静寂と沈黙が流れ、全員の表情は驚愕という色に染まった。「まさか?」「何を馬鹿なことを!」という声が聞こえてくる。それらの反応は側に控えている漆黒聖典達も同様だった。

 突然どーもこんにちはプレイヤーですと言われてはいそうですかと信じるわけがない。それほどまでに法国でのプレイヤーの存在は特別なのだから。騒然とする中で最高神官長がゴホンとわざとらしく咳払いし、場を沈める。

 

「………何があったのか、話して貰おう」

 

 ニグンは軽く頭を下げそれに応えると、デミウルゴスが用意した台本の言葉を伝えるのであった。

 

 ガゼフ・ストロノーフの暗殺任務中、突如として謎のモンスターと遭遇した事を。そしてそのあまりにも暴虐で強大な力の前に神官長から譲り受けた最高位天使、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は呆気なく倒された事。陽光聖典は壊滅寸前まで追い詰められた事を。

 そしてそこを救ったのが――

 

「そちらの御方……というわけかな」

 

 神官長達が静かに息を吐く。

 場はいつのまにか異常なまでの緊迫感で満たされており、ニグンは冷たい汗が喉元を伝うのを感じながらゆっくりと首肯した。

 そこで漸く、シラタマが一歩前に出る。

 全員の視線が集まり、対してシラタマはひとりひとり見定めるかのようにゆっくりと見回し微笑すると、スカートの両裾を軽く摘み上げ優雅にお辞儀をした。

 

「お初にお目にかかります。私の名はシラタマ・ホイップ・ナマクリーム。親しみを込めてシラタマと呼んで頂いて構いませんわ」

 

 毅然としたその姿は、圧倒的力を持った支配者然とした振る舞いであった。

 




※今回の捏造ポイント※
法国の街並み、神殿や神聖な建造物の多い国家って古代~中世ローマ的なイメージがあります。


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10 異文化交流は素敵な文化だって聞いたよ?

「――さて、貴方方が聞きたいのはまず二つでしょうから先に答えさせて頂きます。ひとつ、私は本当にプレイヤーなのか? 答えは然り、ですわ。このスレイン法国とやらが崇拝する六大神、彼らと同じ世界から私は来ました」

 

 おお、と小さな歓声が上がった。

 声の主は漆黒聖典のひとり、最近すごくどこかで見たような金髪の男であったがシラタマはその男を無視して話を続ける。

 

「ではふたつ、陽光聖典が不運にも遭遇した強大なモンスターとはなんなのか? こちらに関しては私も今はわからない。とだけお答えしましょう」

 

 その言葉に神官長らがどうしてとでも言いたげに口を開くが「――それに」シラタマは静かに手のひらを翳しそれを止める。

 

「……ここまで来る際に彼ら、ルーイン殿からいくつかお話を伺いましたが――魔神、と呼ばれる存在がこの世界にはいるのだとか?」

 

 その言葉に、全員がはっとした。

 魔神――。

 それはかつて六大神の従属神であった者らが堕落し悪魔へと化した存在であり、多くの民や国を滅ぼしたという。一部では十三英雄によりすべて倒されたとも言われていたが

「……いや」

 ここで初めて最高神官長が口を開いた。

 もしやそれは、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)なのではないか――と。

「……破滅の竜王?」

 なんじゃいそれはとシラタマは隣にいるニグンに視線を送るが、ニグンは困ったように小さく首を振り返す。

 

「それに関しましては私共の方から説明致します」

 漆黒聖典の隊長らしき細身の青年が前に出る。自然とシラタマの視線は彼に向き――全然タイプじゃねえなと肩を竦めた。

 漆黒聖典第一席次にしてプレイヤーの血を引く神人であると軽い紹介だけされた隊長は、数日前に同じく漆黒聖典第七席次〈占星千里〉によって予見されていた世界を滅ぼす力こそが破滅の竜王だと説明してくれた。

 なんでも彼らは明日にでもその破滅の竜王を捜し支配下に置く為に法国から出撃する予定だったらしい。たかが予見くらいでとも思ったが隊長は違うのだと苦渋の表情を浮かべ、最高神官長が口を開く。

「……土の巫女姫が、神殿ごと爆発に巻き込まれて亡くなったのだ」

「な――っ!?」

 ニグンだけが驚愕の声を上げ、慌てて口を噤んだ。場にいた他の者達は悲痛の表情を浮かべている。彼らのその様子からシラタマは「よくわかんないけどその土のなんたらが爆死してやばいよやばいよってことなのかな?」程度に考える。が、続く最高神官長の言葉がその思考に待ったをかけた。

 

「それも丁度ニグン・グリッド・ルーイン、お前達陽光聖典を監視した瞬間に、だ」

「――――ッ!」

 

(…………ん?)

 

「おそらくだがその時、お前達はその強大なモンスターと対峙していたのではないか?」

「……はっ! そ、その通りで……」

 

(………んんん?)

 

 ちょっと待てよとシラタマの背中に嫌な汗が伝う。神官長らが土の巫女姫爆発からの大惨事からの法国大パニックからのそのどさくさに紛れて逃亡した漆黒聖典の裏切り者クレマンティーヌの話をしていたが、シラタマはそれよりもとこそ~っと《伝言》をモモンガへと繋げた。

 

 

『モモンガさんモモンガさん応答してください。こちらシラタマ』

『――あっはい! なんですかシラタマさん緊急事態ですか!? 』

『あ、いえ。緊急事態ってわけではたぶんないと思うんですけど……』

《伝言》なのに場の雰囲気からおもわず脳内でも小声になるシラタマとは反対に、モモンガは何やら慌ただしく動いているようだった。戦闘中なのだろうか?

 まあそれよりもだ。

『モモンガさんって今攻性防壁のカウンター何に設定してましたっけ?』

『えっ? 今は普通の《爆裂(エクスプロージョン)》だけですけど?』

『あっ(察し)』

 

 ――理解した。

 犯人コイツだわ! ――と。

 

『な、なるほどーはえー……あ、すみませんでした急に。詳しいことはまたあとでお話しますねー』

『いえいえ大丈夫ですよ。はーいまたあとでー』

 そっと《伝言》を切り神官長らへと目を向ければ、いつのまにか彼らの中では巫女姫を爆破したのは魔神もしくは破滅の竜王の仕業という事になっていた。見ず知らずの破滅の竜王ごめんなと、でもこれモモンガさんのせいだから私関係ないからとシラタマは知らんぷりをする事に決めた。

 

 そして――陽光聖典が遭遇した謎のモンスターは魔神暫定破滅の竜王と結論付けられたのであった。加えてシラタマと交戦したのちどこかへ逃げていったということで、漆黒聖典達の出撃は一旦中止となった。

 

 

「――さて」

 それらひと通りの話を終えると、最高神官長がゆっくりと口を開く。そして神官長らも揃って頷く。彼らの中でひとつの結論が出たのだろう。

「……ではシラタマ様、貴女様をプレイヤーと見込み頼みがございます」

「頼みですか」

 最高神官長が鷹揚に頷く。

「どうかこのスレイン法国を、我々人類をお守りください」

「…………へえ」

 小さく、隣にいるニグンにしか聞こえないような声でシラタマが応える。

(頼みとか言っといて「ください」ね……そこ疑問形じゃないんだ。ふーんなるほどなるほど)

 ちらりと視線だけ動かし漆黒聖典を見れば、全員がいつでも飛びかかれるぞとばかりに身構えており

「……そうですね」

 シラタマは凛として立ち、神官長らを見据える。

 

「お断り致しますわ」

 

 そして優雅に、丁重に、彼らからの頼みを突き返した。「なぜ!?」という言葉が投げかけられるがシラタマはやれやれと首を振る。

「私はまだこの国を、貴方方の言うところの人類を守護するつもりがないからです」

 きっぱりと言い放つ。

「それは……どうしてでしょうか、シラタマ様」

「簡単な事です。このスレイン法国は人間至上主義なのでしょう? ならば、私の存在はそれに反しているからです。……わかりませんか?」

 

 その言葉に神官長や漆黒聖典達はまさかという風に目を見張る。

 

「つまり、まあ、こういうことですよ」

 

 そう言って付けていた指輪の一つを外すとシラタマの姿がグニャリと歪み――そこには元の異形種としての姿があった。

 

「異形種だと!?」

 漆黒聖典隊長が見窄らしい槍を構え――「下がりなさい、〈漆黒聖典〉」前に出ようとしたのを、土の神官長であるレイモン・ザーグ・ローランサンが止めた。隊長は「なぜ」という顔でレイモンを振り返り――

「……申し訳ありません」

 レイモンは元漆黒聖典、それも十五年以上も戦い続けた護国の英雄であり、隊長にとっても誇り高き自慢の上司である。彼の言葉に素直に従ってその身を引くと、シラタマに対しても謝罪の意を込め頭を下げた。シラタマは別に構わないと手振りで返す。

「部下が申し訳ない」

「いえいえ構いませんよ。今のこの国では先程の反応が当然なのでしょう?」

 わざとらしい笑顔を作り応えると、神官長らは気まずそうに顔を引き攣らせた。

「なので、やはり私のような異形がこの国を守るにはまだ早いと思うのです……で・す・か・ら」

 強調するようにパンと手を叩き、今度は屈託のない笑顔を浮かべる。

 

「まずは交流から始めませんか? 異文化交流というものを、ね?」

 

 

++++++

 

 

 

 神殿最奥にして最深部――聖域。

 そこにはかつて六大神が残した神器の数々と、それを守護するようにひとりの少女がいる。

 少女の名は――番外席次。

 彼女はいつものように漆黒聖典の隊長から事の顛末を聞いていた。

 

「それで? その異形種のプレイヤーさんは帰っちゃったの?」

 番外席次の問いに漆黒聖典隊長は首を振る。

「いえそれが、しばらく法国に留まるようでして」

「え? なんで?」

「なんでも御方はこの世界に来たばかりらしく、人類を守るかどうかはこちらの様子を見て決めると、それとなんでも人間との交流をしたいと仰せでして」

「……それで、あのじじい達は?」

「了承致しました」

 まさか、と番外席次は目を丸くさせた。

 

 実際は「もうぐだぐだ話しててもめんどくさいから先に観光するね。交流はこっちで勝手にするから放っておいてね。っていうかいっそこの国まるごとくれるなら守ってあげてもいいけどね」的なことをシラタマは話したのだが――うまく伝わっていなかったらしい。

 

「しかしやはりと言いますか、プレイヤー様といえどその真のお姿は異形種。神官や国民の中にはすぐには受け入れられない者もいるでしょうね……」

「まあそうだろねぇ」

 興味なさそうに呟き、かつての神官長らから受けた仕打ちを思い出す。今の神官長らは幾分とマシだが――それでもエルフと人間のハーフである自分ですら人類の守り手と呼ばれながらもこうなったのだ。異形種なんて以ての外だろうに、それでも法国内に留まる事を許したのはやはりプレイヤーだから、だろうか。

「よし」

 先程からやっていたルビクキューの一面が揃う。

 

「……で、どうなの? そいつ私より強そう?」

 

 彼女にとって最も重要なのはそれだけだ。尋ねる表情はまるで新品の玩具を前にした子供のように輝いていた。漆黒聖典隊長は「そうですね」と謁見の場での異形種の少女――まだ推定だが話を聞く分にはプレイヤーで確定だろう――を思い出す。

 

(正直なところ、あの方からはなんの力も感じられなかった。いや、確かに強いといえば強い……)

 

 だが相手の強さが見れる第十一席次曰く、見えたシラタマの強さは漆黒聖典の平均値以上、しかし隊長以下だったのだ。だからこそ彼女に痛めつけられたという魔神暫定破滅の竜王の脅威に対しても神官長らは対応を再度決議すると決めたわけで。

 

(異形の姿を露わにした時こそ驚いたが……)

 

 咄嗟に神官長らを守る為前に飛び出してしまったが――隊長も馬鹿ではない。戦わずとも相手との力量差くらいは分かる。

 今目の前にいる番外席次がそれだ。

 その身体から溢れ出す圧倒的な力の奔流――これに比べれば、シラタマから感じ取れた力は全く持って比較にすらならないだろう。

 

「……あなたですよ」

 

 やはり番外席次こそが最強である、と彼は結論付けるのであった。

 

「なーんだ。それは残念……」

 

 




隊長「力量差くらいは分かる(キリッ」

シラタマ様「異文化交流したいなあ!(交流するとは言っていない)」


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11 サキュバスはおうちに押し掛ける

 神都の中心街から少し離れた場所に法国六色聖典に所属する構成員や予備隊員らの居住区はある。いついかなる時も招集に対応できるようにと国から与えられた住居であるが、その造りは至って平凡だった。上に立つものが私欲にまみれた人間ではならないという自浄があるからだ。

 国のため人のために身を粉にして働く事こそが当然とされ、だからこそ彼らはいくら戦果をあげようと神に尽くそうとも国から与えられる生活は変わらないのである。

 

 

「あれが法国最強部隊の漆黒聖典ねー……」

 そんな居住区の一角にて、シラタマは部屋の窓枠に腰掛けひとりごちる。謁見時は守護者を前にした時のモモンガの支配者ロールの真似をしてみたが、これはなかなか疲れたとシラタマはモモンガに賛辞を送った。よくもまああれを続けられるものだと。

「あーでもさ、なんだっけ? もっと強いのがいるんだよね? たしか……ビックリバンバン?」

「番外席次ですよ……」

 留守中溜まりに溜まっていた書類を片付けながらニグンが答え、全然合っていないと肩を落とす。どうもこの至高なる御方は人の名前を覚えるのが苦手らしい……。

「あーそれだそれだ」

 シラタマはからからと笑い、ふと何か思う事があったのか唇に指を当てがう。

「如何なされましたか?」

「……んーいやさ、どっちが強いと思う?」

「……は」

 どっちが? それは誰と誰を比べての事なのか。そう聞き返そうとして、やめた。シラタマの指す人物はその番外席次しかいないと思ったからだ。

 しかしニグンは番外席次を実際に見たことはなかったし、強さも噂や神官長らの会話でしか知らない。だが何故か、はっきりと言い切ることが出来た。

 

「シラタマ様ですよ」

「あ、やっぱり?」

「ええ、勿論、当然です」

「余裕で?」

「余裕ですね」

「くふうっ! 照れますなあー」

 シラタマは満足そうににやけ、白翼はパタパタと動いている。当たり前の事実を述べただけだというのにどうやら嬉しいらしい。

 

「……ところで」

「うん?」

「シラタマ様は、どうしてここへ……?」

「うん? なんで?」

「ここはその、私の私室でして……シラタマ様を持て成せるような物は」

「あーあー大丈夫、むしろ持て成しとかいらないから」

「はあ」

 謁見の後こちらへどうぞとシラタマが案内された来客用の邸宅とやらは――ナザリックに遠く及ばないが――確かに満足できる豪華絢爛な部屋であった。しかしどこか余所余所しい神官たちに居心地の悪さを感じ、部屋に通されて速攻あばよとっつぁんよろしくという感じに抜け出し――ニグンの住まいまで文字通り飛んで追いかけてきたのだ。

 ちなみに久しぶりに帰宅したニグンが部屋の窓を開けた瞬間シラタマが飛び込んできた時は叫びながらひっくり返ったという。

 

「それにしても、あの神官長達がプレイヤーであるシラタマ様を諦めたのは予想外でしたね」

「あー、たぶんそれはあれだよ。私が強くなさそうだったからじゃない?」

「それは……出立する際にモモンガ様から貸して頂いた指輪の効果、ですか?」

 ニグンの問いにまあねと返す。

 シラタマが謁見の場で装着していた指輪は四つあり、そのうちの二つがあらゆる情報看破を全て阻害するという物、そして虚偽の情報を与えるという物であった。

『情報を制す者こそが世界を制す』かつての大先輩ギルドメンバーの言葉を思い出す。

 

 しかし、だ。彼らは、国を挙げて信仰してまで求め続けていたプレイヤーを異形種であるという理由で本当にみすみす手放すつもりなのだろうか?

 シラタマ自身も現時点では法国を守るつもりはないと伝えてあるし、交流の為に国を見て回るという点も了承されている。だが彼らが何かしら仕掛けてくるなら――

(そのあたりは先にモモンガさんや守護者たちと相談しといた方がいいだろうな)

 どうやら思っていたよりもこの国は小難しいらしい、と。

 

 

 

「……ああ、そういえばニグンちゃんには聞いてなかったけどさー、実際のところどうなの? 異形種」

 聞くとニグンは困ったように顔を顰めた。

「……法国の構成員としてならその話をすることは難しいですが、そうですね」

 一呼吸置き、少し戸惑いつつも口を開く。

「そもそも、元から私はスルシャーナ信徒です」

 うん? とシラタマは小首を傾げる。

 たしかその名前は、最初にモモンガの素顔を見せた時にニグンが叫んでいた名前だ。容姿が瓜二つだと――

 

「ん、あれ? じゃあニグンちゃん法国的にはアウトじゃないの?」

「いえそれは……どうでしょうね」

 

 闇の神スルシャーナは最後に残った六大神であり、最高神ともされている。だがそれでも統計としてはその他の五大神を信仰する者の方が圧倒的に多いのだ。その理由は単純明快で、現在の法国が一丸となって掲げる人間至上主義に反しているから。さらに元々スルシャーナは恐怖・死・病気といった厄災をもたらす物を支配しており、本来は悪神・邪神に分類されていた。故に、法国の人間がスルシャーナを信仰する理由は「崇める事で邪悪な力を自らに振り下ろすのを避けて欲しい」というものだ。その根本にあるのは恐怖心。それが真の崇拝と言えるのかは実に疑問である。

 つまり結局のところ――同じ神であっても異形よりは人間の神を選ぶということなのだろう。しかしそれは人間の国家なのだから当然の選択であり、そもそも法国以外王国や帝国では四大信仰が主である。スルシャーナの名前すら他国には伝わっていないのだ。

 

 人間至上主義のスレイン法国。だがその国内で信仰される神の一人は異形種――それは誰が見ても明確すぎる矛盾であった。

 

 

「私以外のスルシャーナ信徒はどうなのかは知りませんが……私は元よりスルシャーナ様に心から信仰を捧げていた身。それに、真に人類を守る為ならば……いつかは異種族と手を結ぶ選択も必要だと思っております」

「……それ隊長が言ったらだめなやつじゃない?」

「だめなやつでしょうね」

 ニグンが苦笑する。

 しかしこの考えは最近大きくなったものだ。間違いなくナザリックとの接触が原因だろう。信じていた世界が、その価値観が大きく揺さぶられてしまったのだから。

 そういえば謁見の場にいた漆黒聖典の第五席次も同じ神を信仰していたはずだ。今度こっそりとそのあたりの話をしてみるのもいいかもしれないなとニグンは――個人的に少々苦手意識はあるが――あの〈一人師団〉を思い浮かべた。

 

 そしてそれらは元から無宗教であるシラタマにとっては考えられない世界でもあった。宗教って大変なんだなくらいの感想に留まる。

「ま、いいけどさ」

 ふあ、と欠伸が出る。一応モモンガから飲食・睡眠不要のリング・オブ・サステナンスを渡されているし、種族的にも睡眠が絶対必要というわけではない。だがシラタマは元々お昼寝好きというのもあり気持ち的にしんどい事をした後は眠くなるのだ。

「ねえニグンちゃん、ちょっと疲れたからひと眠りしたいんだけどさ。ニグンちゃんの寝室どこ?」

「ああそれなら隣の部屋です。って! お、お待ちくださ」

「んじゃおやすみー」

 

 ――遅かった。ひらひらと背を向けて手を振り、寝室のドアが閉まる。ニグンは口を開けたまま立ち尽くす。

「本当に……自由な御方だ」

 考えがまるで読めない。

 そしてふと、シラタマは勝手に来客室を抜け出してきたと言っていた事を思い出した。

「ああまずい」

 もしかしたら今頃向こうではシラタマがいなくなったと大騒ぎになっているかもしれない。神官達までここへやってきたらどう説明すればいいのだと、ニグンは胃のあたりがキリキリと痛むのを感じていた。

 

 

++++++

 

 

 寝室の扉を閉めベッドに腰を下ろす。

「……影の悪魔(シャドウ・デーモン)

 シラタマに呼ばれ、その足元からにゅるりと姿を現した悪魔数十体が跪く。自分で出した分にモモンガからつけられた分、デミウルゴスからつけられた分、ナザリックにいた分にと、とにかくどれだけ過保護なんだよというくらいの数が寝室内でひしめき合って整列しており、その光景にシラタマは少したじろぎつつも小さく咳払いする。

「ん……えーと、とりあえず下準備はしておいたから。まずねこさんチームは《転移門》で送るからナザリックに戻って現状までの情報をアルベドとデミウルゴスに報告して。んで、うさぎさんチームは街の偵察ね。きつねさんチームは神殿でひよこさんチームはこのまま待機しながらいぬさんチームをサポートして」

「はっ!」

 一斉に行動を開始する影の悪魔達にシラタマは満足気に頷く。

 あの謁見の間――まさかこんなにも早々に見つかるとは思わなかった。

 

 かつてユグドラシルのサービス終了が決まって間もなく、ひとりのプレイヤーが引退するからと言ってあるワールドアイテムを重要NPCに叩き込む動画が一時期話題となっていた。大炎上という意味で、だ。「死ね」「糞野郎」という暴言で埋め尽くされた動画で見たワールドアイテム――――〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉。

 その動画は勿論シラタマも観ていたし、モモンガも「あれは酷い」と苦笑していた。

 

 だからこそ、気づいたのだ。

 あの漆黒聖典隊長の手にしていた武器が――それであると。

 使い切りのはずのアイテムがなんでこんなとこにとも思ったが、そのあたりも含めて後々モモンガや守護者らに考えて貰えばいいだろう。

 

 

「とりあえずは一個目、か。モモンガさん喜ぶかなあ」

 




なんだかんだで仕事してたシラタマ様。
誰かニグンさんに胃薬をあげて…



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12 閑話 サキュバスとサキュバスに追われる恐怖はガチ

 帝国と法国へ出立する前の晩、モモンガは軽やかな足取りで第九階層を歩いていた。その手には小さな箱が握られており、蓋を開ければ銀色の指輪がきらりと光る。

 

 シラタマに貸す為に選び抜いた様々な効果を持つ指輪を渡した際そのお礼にとシラタマから渡されたものだ。それは――『人化の指輪』。

 異形の身でも指輪を装備している間だけ人間になる事ができるというユグドラシルでは異形種が入ることの出来ない人間種の街に入るくらいでしか使い道がなかっただけのアイテムであり、特別な効果もなかった為にモモンガは持っていなかった物だ。

 が、ここにきてこんなにも心が躍るアイテムであったとはとモモンガはいつのまにか軽快なスキップをしながら自室へと入る。先程から何度も何度も精神が沈静化されているが、これもこの指輪があればおさらばである。人間の身体になればアンデッド特性もとい失われ諦めていた生活を取り戻せるからだ。

 

(これさえあれば食事も睡眠もできるなんて、こんなことになるなら俺も一個くらい持っておくんだったよ……シラタマさんやまいこさんありがとう!)

 

 モモンガはさっそくとリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外し、ドキドキと高鳴る鼓動を――現時点ではまだ心臓はないが――感じながら人化の指輪を装着した。

 瞬間、モモンガの身体は淡い光に包まれる。恐る恐る目を開きまずは自らの両手を見つめれば、そこにあるのは間違いなく人間の、受肉した肉体であった。ばっと振り返り部屋の姿見鏡を確認すれば、そこには鈴木悟の姿があった。

「やっ、やったあああ!!」

 モモンガは感動に飛び跳ねそのままベッドへとダイブする。ごろりごろりと転がりひと息吐き、今度は勢いよく起き上がる。

「そうだ、せっかくだし食堂へ行こう! ナザリックの食事ってずっと食べてみたかったんだよなあ!」

 そうと決まれば善は急げだとモモンガは部屋を飛び出していった。本来ならメイドかセバスにでも頼み食事を運んで貰えば良かったのだが、人化できた事で今まで散々抑え込まれていたテンションが爆上がりし、気が回らなかったのである。

 

「楽しみだなあ! ああ楽しみだ!」

 

 だからモモンガは気づいていない。

 受肉したということは――使わないまま無くなったはずのものも復活しているということを。そしてそれが何を意味するのかを。

 

 

 

 ――数分後。

 

 

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛ッ!!!!」

 

 モモンガは第九階層の廊下を絶叫しながら爆速していた。

「やめてええええええ!! こないでええええええ!!!!」

 必死の哀願虚しく、背後から迫る者の勢いは止まらない。ちらりと振り返るとそこには金の双眼を血走らせた大口の化け物――アルベドが捕食せんとばかりに追いかけてきていた。その顔があまりにも恐ろしく、モモンガは「ひいいっ」と顔を前へ向ける。

「モモンガさまああっ! ハアッどうしてハアッお逃げになられるのでしゅかあああんあッあああモモンガしゃまあああああン! このアルベドと愛し合いましょおおおおぜひい! ぜひ今こそご寵愛をおおおおお!! モモンガしゃまああああン!!」

 だらしなく涎を垂らし高揚したまま全速力で追ってくるアルベド。その姿は誰がどう見ても完全に――ビッチである。

 

「誰だって逃げるだろおおおおお! 頼むからあ! 落ち着いてくれアルベドおおお!!!」

「いやですわモモンガしゃまあああ! ハアッ! さてはこれがラブラブなカップルがやるという愛の追いかけっこなのですねええええ!? このアルベド、モモンガ様を見事捕まえてみせますううう!! そのあとはあああ♡♡ もちろんンン! ベッドでご褒美を頂けるのですねえええええ!!?」

「ち、ちが――――う!!!!」

 

 絶対捕まるまいと必死に走り、角を曲がる。そこは至高の四十二人の居住が連なる区間であり、モモンガは目に付いた部屋へと飛び込んだ。

 自分の部屋までは間に合わないと判断したのだ。それと、実際には四十二以上もある部屋のうちのひとつに逃げ込めばアルベドを撒けるかもしれないとモモンガは賭けに出たのである。そしてその賭けは成功した。

 アルベドのドカドカという一際大きな足音が扉の外側を通過していき――やがて聞こえなくなる。

 

「ひ……ひいい……っ」

 助かったとモモンガは泣きそうになりながらもその場にへたり込んだ。

(怖かった! こんなに怖い経験ホラーゲームでもした事ないよ! なんなんだよアレ俺はただ食堂に行きたかっただけなのになんでアルベドが待ち構えてるんだよっ! 捕まったら絶対食われるやつじゃないかあんなの! 俺が食料になっちゃうよ! うっううう、童貞の俺にどうしろって)

「――ッ!?」

 ふと何者かの気配を感じ顔を跳ね上げる。

「だ、誰かいるのか!?」

 モモンガが逃げ込んだのは無人の空き部屋のはず。辺りを見回し、モモンガは「あ」と小さな声をあげた。そこには部屋の隅で震えている男がいたからだ。男もモモンガの姿に目を見開き、二人の目線がぶつかる。

 

 

「…………ここで何をしているんだ、ニグン」

「……も、モモンガ様……ですか」

「ん? ああ、この姿は人化の指輪の効果でな。シラタマさんに借りたのだが」

 瞬間ビクリとニグンの肩が跳ねた。

 モモンガは何か変な事を言ったかとニグンを見遣り――察する。

「…………まさかお前……隠れていたのか?」

「…………」

 その言葉にニグンがなんとも言えない表情をし黙って頷き、モモンガは「お前もかよ」とおもわず零す。

 ここにイカレたサキュバスに追われる男二人――どうしてこうなったと頭を抱えるのであった。

 

「とりあえずその、あれだ。状況を整理しようか……お前は今シラタマさんに追われていて、ここに逃げ込み隠れていた、という事でいいな?」

「は、はい。モモンガ様もその……」

「ああ……」

 力なく、それを肯定する。

「俺も今アルベドに追われていてな……」

「……さ、騒ぎは、その、聞こえておりました」

「あ、うん…」

「…………」

「…………サキュバスって、怖いな」

「ええ、とても」

 ははははと二人して乾いた笑いを交わし、その目は完全に死んでいる。

「――が、お互いいつまでもここに隠れていても埒が明くまい。なんとか状況を打開するぞ」

「打開ですか」

「ああ、必ず何か手はあるはずだ」

 モモンガが何か良い策はないかと考えを巡らせたその時だった。

 

「……ニグンちゃあああぁん」

 

 扉の向こうから、シラタマの声が聞こえてきた。

 二人揃って小動物のように飛び上がる。決して音をたてまいと両手で自らの口を塞ぎ、扉の方に全神経を集中させた。

 ヒタリ、ヒタリと足音が近づいてきている。

「ニグンちゃああん、私のニグンちゃんどこおおおおお? ねえ遊ぼおよおおお玩具はあああ、ちゃんと遊んでくれなきゃああダメなんだよおおお? ねえええ……」

 シラタマの声は次第に大きくなり――部屋の前で止まる。二人は目を見張り、必死に哀願した。

 どうか、どうか気づきませんようにと――!

 どうか通り過ぎてくださいと――!

 

「………………ニグンちゃあぁぁん……」

 

 願いが通じたのか、再びヒタリヒタリと足音が紡がれやがて遠のいて行く。いつのまにか止めていた息を二人して吐き出し

「こ、怖すぎるだろぉぉ……!」

 モモンガが半泣きで吐露しながらニグンを見ると、ニグンはガタガタと震えていた。この反応は当然だよなと肩をポンポンと叩いてやる。自分ですらここまでの恐怖を感じたのだ。ただの人間、しかもレベル差は天と地ほどであるニグンにとっては怖いとかもうそういう次元ですらないはず。

「アルベドもいつ戻ってくるかわからんな」

 モモンガは影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を召喚する。

「影の悪魔よ、この部屋の周囲から第九階層にアルベドとシラタマさんがいないか見てくるんだ。いいな、絶対にこちらが探っていることを悟られるなよ。――いけ!」

 影の悪魔は一斉に部屋の外へ出て行き、モモンガはどうかいないでくれよと願うばかりだ。

「ひとまず近くにアルベドとシラタマさんがいないとわかれば、この部屋から出て俺の部屋に向かう」

「モモンガ様の、ですか?」

 少し落ち着いたニグンの問いに頷く。

「……俺の部屋にさえ辿り着ければ、あとはなんとかなる」

 そう言いながら、テンションが上がってしまったが故に部屋に置き忘れてきてしまった物を思い出す。それを持つことでしか転移できない場所にいけるあの指輪さえあれば――と。

「……まあその、サキュバスに追われる者同士だ。お前も俺がなんとかしてやろう」

「――っ! あ、ありがとうございます……っ!」

 ニグンが深々と頭を下げた。

(いやほんとシラタマさん、あんた初日に何やらかしたんだよ……尋常じゃないくらい怯えてるよこの(ニグン)、絶対すごいトラウマ作らせてるよ……)

 はあと肩を落とすと、影の悪魔が一体戻ってきた。

 なかなか早いじゃないかと心の中で影の悪魔に賛辞を送る。

「どうだった?」

「はっ! 現在周辺にはシラタマ様、アルベド様の姿は見られませんでした」

「そうか! っうむ、いいぞ」

 おもわず満面の笑みを浮かべてしまい、慌ててモモンガは支配者たる面持ちに戻す。

(人化していると表情がすぐに出てしまうのは気をつけないとなあ)

 

「……いいか、ここを出たらすぐ右に向かって走るぞ。一気に俺の部屋まで行く」

「は、わかりました……!」

 二人は意を決し部屋から飛び出し全速力でモモンガの部屋へと向かう。いや、向かおうとした。

 だが部屋を飛び出してすぐに二人は目を見開き、止まる。

 目的の部屋の前で、アルベドとシラタマがニコニコ顔で待ち受けていたからだ。

「…………なっ」

 なんで? という言葉がモモンガから零れる。

 影の悪魔が言っていた事と違う――と。

(まさか影の悪魔が裏切ったのか!? いやそんなはずはない、召喚されたモンスターは主人の命令に忠実だ。俺と同等の地位を持つシラタマさんであっても命令を上書きなんてできない……はず……さすがにそんなスキルは……)

 

「……あ」

 ――違う。モモンガの目が、廊下の遥か向こう側でおろおろとしている影の悪魔達を捉えた。その悪魔達こそが、モモンガが召喚した方だと理解する。

 つまり先ほどやってきた影の悪魔は……

「まさかシラタマさんの!!」

 その言葉にシラタマがご名答とばかりに口角をつり上げコキュリと首肯し、さらにシラタマはモモンガが置き忘れていったモモンガのリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをチラつかせ「ダメじゃないですかあモモンガさあん、大事なもの忘れていくなんて~」と微笑んだ。

 

 

(あ、詰んだ)

 

 道は――絶たれた。

 そして二人のサキュバスはゆっくりと、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。その足取りが次第に速くなり――

「走れ――――ッ!!」

 モモンガが叫ぶ。

 身を翻し、逆方向へと男二人全速力で駆け出した。だがナザリックのサキュバスは絶対に逃がさない。ナザリックのサキュバスは甘くない。っていうかもう本当に頭がおかしいのだ。

「モモンガさまああああああああっ!!」

「ニグンちゃああああああんっ!!!」

 サキュバス達が背後から追いかけ、その距離が絶望的なまでに縮まる。

 

(もう――だめだ!)

 

 モモンガの脳裏に今までの青春――否、桃色の童貞人生が走馬灯のように駆け巡り

 

「――――いや、まだだあ!!」

 最後の一手に、すべてを賭けた。

 隣りを走るニグンの後ろ襟をおもむろに掴む。

 そしてニグンが「えっ!?」と事態を察する間もなく……モモンガは「ごめん」と呟くとおもいっきり後ろに向けてニグンを投げた。

 

「なああああああ――――ッ!!?」

 

 うん。まあようするに、生贄である。

(ごめんニグン……ほんとごめん……)

 少しでも時間を稼いでくれとモモンガは祈る。すべては自分の貞操の為に!

 と思ったが、放物線を描くように放り投げられたニグンは見事シラタマにキャッチされた。稼いだ時間、0。

「だよなああああああ!!!!」

 少しでも期待した自分が馬鹿でしたとモモンガは一人走る。

 だがすぐ背後からはアルベドが両手を広げ走り込んできていて、こうなったら実力行使しかないと身構えたところで何かがモモンガの足を掴んだ。

「いいいっ!?」

 走っていた勢いもありモモンガはおもいっきり前のめりに転倒――ダメージはないが――何をされたのだと慌てて自らの両足首を見る。

 そこには、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が必死にモモンガにしがみ付いていた。

 そう、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が!

「裏切ったなああああああッ!!?」

「貴方が先に裏切ったんでしょう!? はははは! 私の天使でもちょっと足を引っ掛けるくらいならできるんですよおおお! はははははっ!」

 シラタマに連行されていきながらもうヤケクソだとばかりにニグンが笑う。

「お、おまえええええ!!!」

 モモンガは叫ぶが時すでに遅し。チェックメイトは完了していた。

 

「やっと捕まえました、モ・モ・ン・ガ様♡」

「ヒギイッ」

 

 アルベドに優しく肩を掴まれ、いや、拘束される。

「楽しい追いかけっこで汗を流した後はああ、ベッドで続きを致しましょう? くふうっ、モモンガ様はあハアハアッ何も心配なさらずともハアッ大丈夫です! 私がリード致しますからあ♡♡ くふ、くふふふふうっ!」

「や、やめないかアルベド。考え直して……だ、誰かあ……っ!」

「無駄ですモモンガ様、現在この第九階層にはシラタマ様からの指示で私達以外誰もおりません……私達の、初夜の為に……っ!」

「んな――――っ!?」

 すでに最初から手を組んでいたのかとモモンガは彼女らを侮っていた事を後悔する――時間をも与えられなかった。

「さあモモンガ様あ! 朝まで寝かせませんよおおお!? たっぷりとおおおおお楽しみましょおおおおお!!」

「い、いやああああああっ!」

 

 こうして念願の肉体を得たはずだったモモンガは、それと引き換えに大事なものを失うのであった――。

 

 

 一方その翌朝、スッキリ爽やか笑顔で互いの寝室から出てきたサキュバス二人は「うおっしゃあああッ!!」と熱きハイタッチを交わしていたという。

 




モモンガさん、散る――。

ちなみにモモンガさんは人間時のアバター設定を作っていないので外見が鈴木悟のままです。

次回から一方その頃帝国のモモンさん達は? のお話になります。


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13 モモン、ワーカーになる

シラタマ様たちが法国に行っていた一方その頃です。


 バハルス帝国にある冒険者組合にて、アルシェは窮地に立たされていた。

 

 帝国の皇帝によって多くの貴族が爵位を剥奪され、アルシェの家であるフルト家もまた平民に落ちた。が、もしまた返り咲きたいと真に願う者ならばそこからでも這い上がってくるだろう。生まれも育ちも関係ない実力社会、それが帝国なのだから。

 だが――アルシェの両親は違った。

 没落しても貴族の暮らしをやめられず、現実から目を逸らし続け、最近では彼らを止めようとしたアルシェに手を上げるようにもなった。二人の妹達はすっかり両親に怯えてしまっている。

 雪だるま式に増えていく借金、借金、借金――そしてついに彼らは学費にすら手を出したあげく一方的にアルシェを退学させた。そしてアルシェただひとりを働きに出させる事にしたのである。

 

 学院では若くして第三位階に到達したアルシェは天才と呼ばれ――彼女自身はそれを鼻にかけるような事は一切なかったが――しかしだからこそ、彼女は唯一の特技である魔法を武器に冒険者になろうとしたのがここまでの経緯だった。

 

「ど、どうしてですか!?」

 冒険者組合のカウンターにてアルシェの悲痛な声が響く。受付担当の男は面倒そうにため息を吐いた。

「だから、冒険者はどれだけ魔法が凄かろうと剣ができようとまずは(カッパー)からなんだよお嬢ちゃん。いいか? それで今、銅にできる仕事はないんだよ」

「そんな……っ!」

 バハルス帝国は軍事力がある為に冒険者が請け負う高額依頼、周辺のモンスター討伐などは一介の兵士らで事足りている。つまりこの国での冒険者の価値は滅法と低いのだ。おまけになりたての銅とくれば……

(どうしよう……これじゃあお金が稼げないよ!)

 アルシェは悔しさからぎゅうっと両拳を握る。その隣ではモモンもまた、さてさてどうしたものかと困惑顔を浮かべていた。

(まいったなぁ、冒険者の仕事がただの傭兵紛いってのはニグンから聞いてたけど帝国ではそれすらもないのかー)

 モモンガとしては別に異世界スローライフよろしくと地道にのんびりやるのも良かったのだが、それではアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとして帝国で名を挙げ出世するという目的が――

(いやないよ! 俺そんな目的微塵もないよ!?)

 しかしシラタマが勝手に言い出したせいで守護者達、とくにデミウルゴスとアルベドはすっかりその気になっているわけで、モモンガ的に今更「ふええ、そんなのやめとこうよお~」なんて言える空気ではなかったのだ。

(はあ……でもまあそれなりの地位が貰えればこの世界の情報ももっと得られるかもしれないしな)

 王様にはならないがそれなりに出世は必要だろうとモモンガも結論付ける。

 

 

「……俺はなるべく早く名を売りたいのだが、何か他に方法はないのか?」

 モモンの問いに受付の男は怪訝そうに顔を顰めた。

「なんだいにいちゃん、あんたは名声が欲しいってか?」

「えっ」

 いや、そんなつもりはと弁明しようとしたが先にシャルが「名声? 何を馬鹿な事を言っているのでありんすか?」と口を開く。

「ああそうだ勘違いしないでくれ。俺は――」

「モモンお兄ちゃんは! 元より世界の頂点に立たれる御方でありんすつうまあああり! 名声を浴びる事すらすでに当たり前っ! お前達が息をするように当然の摂理! こっちが求めなくても勝手に世界がモモンお兄ちゃんを崇めて讃えるのでありんす! あ・り・ん・す――!」

 ふんすーっとシャルがドヤ顔で鼻を鳴らす。しかしそれに対して隣にいたアルシェはポカン顔、受付の男なんて哀れむような目をモモンに向けていた。

「……うん。ちょっと静かにしてようかシャル」

「ど、どうしてでありんすか――!?」

 はいはいここで待っててねーとモモンはシャルを退かす。

「にいちゃんの妹さん……元気だな」

「いえ……」

 妹じゃないんだけどなあとモモンは心の中で大きな溜め息を吐く。そして受付の男も同様にやらやれと頭を振ると

「あーわかった、わかったよ。ひとまず、だ。にいちゃんは名声、そっちの嬢ちゃんは金が欲しいって事でいいのか?」

「え、まあ……はい」

「そ、そうです!」

「だったらよ、組合の俺が言うのもなんだがあんたらはワーカーになった方がいいと思うぜ」

「「……ワーカー?」」

 二人して首を傾げる。

 ワーカー、それは一般的には冒険者からのドロップアウト組と認識されてはいるが、実際には冒険者と違い組合に属していない事で組合が取り合わない仕事、つまり危険度も高い反面冒険者よりも多く金銭を稼ぐ仕事が出来るのだ。ワーカーになる者の理念は様々であるが、多いのは金や名声だという。

「なるほど……ワーカー、何にも縛られる事のない請負人か」

 モモンがいいんじゃないかと頷くと、塾考していたアルシェも同意を示す。

「なら俺達はワーカーになるとしよう。教えてくれてありがとう」

「あーいいってことよ。その代わりワーカーの仕事はマジでやべえのが多いぞ?」

「俺達なら大丈夫だ」

 そうだろ? とお口チャックしていたシャルの頭をポンポンとしてやると、シャルは待ってましたとばかりに「もっちろんでありんす!」と元気よく返す。受付の男は苦笑し、組合から出て行く三人に少しでも長生きして欲しいと思うのであった。

 

 

 

 帝都の賑わう中心街を外れ、年季の入った店や住宅が立ち並ぶ中に多くのワーカー達が拠点としている酒場『歌う林檎亭』はある。

 その店内に設置された掲示板の前でモモンは目を丸くさせていた。そこには様々なワーカー達により張られたチラシ――メンバー募集や共同の依頼などだ――がある……らしい。このらしいというのはアルシェがそう言っているからだ。つまり――

(も、文字が読めない……!?)

 なんてこったいとモモンは額から嫌な汗が伝うのをさりげなく拭い冷静を装う。が

「もしかしてモモンさん、帝国語は苦手……ですか?」

(はいバレました――――っ!!!!)

 きょとんと見上げているアルシェにモモンはおもわず「きみエスパーかよお!」と嘆きたくなったが、おそらく顔に出ていたのだろう。こんな時だけは普段の骸骨顔の方が良いなと肩を落とす。

「す、すまない。俺とシャルは遠方から旅をしてきたものでな、その」

「あっいえそんな、大丈夫ですよ。 私が読みますね」

 そう言ってアルシェがひとつずつ説明してくれた。

「えと、ここにあるのは全部ワーカーのメンバー募集なんですけど、まずはここからどのチームに入るか選ぼうかと思います。この〈湖の剣団〉というチームは剣士を数人募集してますね、こっちの〈フォーサイト〉というチームは魔法詠唱者を一人募集してます。それと」

「ん? 待てアルシェ、新米ワーカーは既存のチームに入らなければならないのか?」

「えっ」

 モモンとシャルが揃って「なんで?」と反応し、アルシェの方も「なんでってのがなんで?」という顔で返す。

「だ、だってそもそも冒険者もワーカーも一人じゃ出来ないし……剣士、レンジャー、魔法詠唱者、神官、少なくとも四人は必要で」

「あーなるほど、そういう」

 納得した。

 ようは役割分担する事でバランスの良いチームを、ということだ。アインズ・ウール・ゴウン時代モモンガも外へ出る時はその場の何人かとチームを組んでいた。防御担当ぶくぶく茶釜、最強の戦士たっち・みー、狙撃は任せてくださいとペロロンチーノがついてきて――かつての思い出にモモンはあたたかな笑みを零す。

「――なら、俺達でチームを組めばいい。俺は魔法詠唱者、シャルは……えーとそうだな、神官戦士だし、アルシェも見たところ魔法詠唱者だろう? ホラこれで三人揃ったじゃないか」

 そう言うとアルシェは目を大きく見開く。

「モモンさんは魔法詠唱者だったのですか?」

「……ぇ?」

 嘘でしょ? 見たらわかるでしょ? とモモンは着ている漆黒のローブを猛アピールするが、アルシェは困ったように眉を顰めた。

「いえ、その、ごめんなさい。モモンさんから魔力が見えなかったもので」

「ん? 見えなかったって?」

「私のタレントです。この目で見た人の魔法力がわかるんです。相手が魔法詠唱者なら第何位階まで使えるのかが分かります」

「……ほう!」

 途端、モモンの目が興味深そうに輝いた。

 この世界にはユグドラシルではなかった生まれながらの異能(タレント)というものがあるという話はニグンからも聞いていた。

(たしかあいつのは召喚したモンスターの能力向上だったっけ……だがアルシェのタレント、これはなかなかすごいんじゃないか?)

 アルシェがいれば相手の、少なくとも魔法詠唱者の強さがわかるのだ――今のモモンやシャルのように探知系から身を隠す指輪をつけていたりすると見えないようだが――モモン、いや、モモンガのコレクター魂に火が付く。なおさらアルシェはチームに欲しい、と。

「おほん、心配無用だアルシェ。自分でいうのも何だが俺はとても強いんだ」

 うんうんと誇らしげにシャルも頷く。

「それにこうしてお互いが冒険者を目指し偶然出会ったのも何かの縁だ。どうだ? 試しに組んでみないか?」

「…………それは」

 どうしよう、とアルシェは再度掲示板に視線を向ける。正直言って学院を出たばかりのアルシェにはどのチームが良いのか全くわからなかった。ならば――出会ってまだ僅かではあるが――少しでも顔見知りのモモン達とひとまずはチームを組んでみるのもいいかもしれない。

「……わかりました」

 ではよろしくお願いしますとアルシェが頭を下げる。

「ああよろしくなアルシェ、そういうわけでシャルもいいよな?」

「いいでありんすよ。このアルシェという小娘、よく見たらなかなか可愛らしいでありんすし、ねえ?」

 絡みつくようなねっとりとした視線を向けられ一瞬身震いしたが、それでもアルシェは(こ、小娘って……この子の方が年下、よね?)と内心肩を竦めるのであった。

 

「それじゃあさっそく行くとしようか」

「え? どこへですか?」

「闘技場だ。実はさっき後ろのテーブル席にいたワーカー達の会話が聞こえていてな。なんでも今日はワーカーなら誰でも参加できる催し物があるそうだ」

 だから俺達も参加するぞとモモンが言い、シャルも承知したでありんすと後をついていく。そしてアルシェも「えええっ!? 今からですか!? 本当に!?」と戸惑いながらも二人の背中を追いかけた。

 

 

++++++

 

 

 バハルス帝国帝都アーウィンタールにある闘技場は帝都に住む者達にとって最大の娯楽施設である。

 観光スポットとしても人気が高く国外からも多くのファンが訪れ常に満員だ。そこでは毎日のように様々な催し物が開かれ――毎日のように人が死んでいた。むしろ誰も死なない日の方が珍しく、人が死ぬ程盛り上がるという。

「ほう、なかなか大きな所じゃないか」

「ナザリックの円形闘技場によく似ているでありんすね」

 そんな闘技場を見上げる二人、モモンとシャルは人混みを掻き分けながらずんずんと中へ進んでいく。その後ろを小走りで追いかけながら、アルシェは「本当にやる気なのかなあ」と不安を露わにしていた。しかし今は同じチーム、ついていくしかないのである。

 闘技場の受付まで来ると本日開催される催しが張り出されており、多くのワーカー達がどれに参加するか話し合っている。モモンとシャルもどれどれと一覧を覗き……やはり文字が読めないのでアルシェに見てもらう事にした。人が多い為アルシェの背丈では見えないだろうとモモンがアルシェを肩車しようと持ち上げ――

「お、お兄ちゃん! 小娘(アルシェ)だけずるいでありんす! 私も! 私もおっ!」

「ええー……」

 大勢のワーカー達が変なものを見る目を向ける中、モモンは右肩にアルシェ、左肩にシャルを乗せる羽目となった。もちろんめちゃくちゃに目立っている。視線が痛い……。

 アルシェは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも催し物を読み上げていく。

「今日やっている催しで今からでも参加できるのは……あと二つだけですね。ワーカーチーム同士のバトルロイヤルと、『ワーカー狩り』という演目です」

「ワーカー狩り?」

 バトルロイヤルの方はどんなものかはだいたい予想はつくが、そっちはなんなんだとモモンが小首を傾げる。

「ええと、あ、ルールも書いてありますね。なんでも四人以下のチーム一組で大多数のモンスターや魔獣と戦うみたいです。戦況関係なく十分毎にモンスターが追加されていくのですが、その、ワーカーが全滅すれば終わり……と」

「とんでもないルールだな……」

 だからワーカー狩りなのかとモモンは小さなため息を吐いた。ようは観客と運営はモンスター側で楽しむというわけだ。闘技場で死ぬワーカーが多いとはいえ最初から殺す気できているものもあるとは。

(そういえば昔誰かが言ってたな……どの時代も結局人間ってやつは過激で一方的な暴力に興奮するものだって……誰だったかなあ……おっといけないいけない)

 ぼんやりと思い出に浸りそうになった意識を引き戻す。

(だがこのワーカー狩り、参加者が全然集まっていない所を見るにかなり難易度が高いというわけか)

「よし、なら俺達はこのワーカー狩りに参加しようじゃないか」

「はいでありんす!」

「ええええっ!?」

 アルシェ、そして周りにいたワーカー達からも驚愕の声が上がった。

「おいおい待てよにいちゃん達、見たところ新米だろ? 下手な事は言わねえ、もっと命を大切にしろよ!」

「ああその通りだ。汝らのような若き戦士達が死ぬには早すぎる」

「自殺志願者だろほっとけよ!」

「それかよほどの馬鹿だろうよー」

 一斉にモモンに対しワーカー達が口を挟むが、モモンは「なんだこいつら」と眉を顰める。いや確かに心配してくれているのはありがたいとは思う。が、余計なお世話というものだ。

「も、モモンさん……」

 しかし――不安そうにぎゅううとローブを握ってくるアルシェだけは別だな、とモモンはアルシェとシャルを肩から降ろし――シャルだけすごく残念そうな顔をしていたが――アルシェの肩に手を添える。

「大丈夫だアルシェ、言っただろう? 俺は強いとな。……それに、そこまで危険な催しならなかなかいい稼ぎになるんじゃないか?」

 

 いい稼ぎになる――その言葉にアルシェがピクリと反応する。そしてその顔つきが決意のものへと変わったのを見てモモンは頷くと、さっそく受付でエントリーを行う事にした。

 

「三人でワーカー狩りにエントリーしたいのだが」

 そう伝えると受付にいた中年の女は目を細める。おそらくこの女も馬鹿な新米ワーカーが死ににきたのかと思ったのだろう。哀れむように肩を竦める。

「……では試合は四時間後となります。それまで出場者控え室でお待ち下さい」

「わかった」

「それとチーム名を教えて頂けますか?」

 エントリーに必要ですので、と受付が用紙を取り出す。

「チーム名か、むう……」

 そういえば考えていなかったなとシャルとアルシェを見て――二人はモモンに任せるという風に頷く――さてどうしたものか。

「そうだな……ダークマジシャンズ……いやダークワーカーズ……違うな、暗黒の……黒……あっ」

 ピコン、とモモンの頭の上で豆電球が点灯し

 

 

「――漆黒。俺達はワーカーチーム〈漆黒〉だ」

 

 

 

 こうしてこの瞬間、のちに帝国で伝説となるワーカーチームは誕生した。

 




アルシェちゃんフォーサイトのメンバー募集には行かず!
そのかわり別のチームに入れましたねわーい

そしてモモンガさんはこのままハーレムルートへ!


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14 漆黒、闘技場デビューする

 この日、闘技場の関係者用に設置された観客席にて興行主(プロモーター)であるオスクはほとほと困ったという風に刈り込まれた坊主頭をガリガリと掻いていた。

 本日の闘技場がいつもと比べ観客らの盛り上がりが今ひとつなのが原因である。催し物の内容は決して悪くなどなかった。――だが悲しきかな集まった出場者達がことごとくつまらない戦いばかりを繰り広げていたのだ。

 オーガ一匹に悪戦苦闘したあげく逃げ出す新米ワーカー、腕っ節自慢と豪語していた男はゴブリンの群れにあっさりと殺され、参加資格自由と銘打って行ったワーカー同士の戦いも特に盛り上がる要素はなく――

「まずい、これはまずいぞ……」

 この日はオスクが担当する演目がなかったとはいえ、これで観客らに「闘技場って思ってたより面白くなかったね。もう行かなくていいや」などと話を広められれば最悪だ。

 観客は決して安くない料金を支払って来ているというのに。一度遠のいた足を戻すのは難しい。他の興行主のミスに巻き込まれるのは真っ平御免であった。しかし時すでに遅し、だ。

 本日の演目は次で最後であり、問題が発生していなければ『ワーカー狩り』だったはずだ。この演目にさらにオスクのテンションが下がる。ワーカー狩りが嫌いなのではなく、過去にワーカー狩りが盛り上がった試しがまったくもってないからである。

 この演目が闘技場に組み込まれた当初こそ最も命を落とす危険性が高く成功すれば一攫千金だと話題を呼び、挑戦する者達は多かった。が、それと同時に生きて演目を終えた者も一人もいなかった。こちら側とて最初からワーカー達を全滅させようとなんて思っていなかったし、ようは事故なのだ。想定外にワーカーが未熟であった――それだけなのだ。

 しかし、だ。いつからかいくら賞金が高かろうとも挑戦するワーカーはいなくなった。結局は金銭よりも命が惜しいのだと。いや、そもそもワーカー達からしてみれば「この演目はただの趣味の悪い鏖殺場であり、最初から金なんて渡す気ないんだろ?」と言われても仕方がないのかもしれない。

(最後にワーカー狩りがあったのはいつだったかな……いつもすぐ終わっちまうから記憶にも残らん。せめてアダマンタイト、英雄と呼ばれる者達なら成功するかもしれんが……だが所詮ワーカー、荷が重すぎるんだ)

 おそらく近いうちにこの演目はなくなるだろう。どうせ今日のも残念な結果に終わるだろうと重い溜め息を吐き出し――その最後の演目は始まった。

 

 

『本日お集まり頂いた皆様! これより始まるは闘技場で最も危険とされる悪魔の演目、ワーカー狩り! その言葉の通りありとあらゆるモンスター達が欲に目が眩んだワーカー達に襲いかかるうっ! 果たして、果たしてワーカー達は生き延びられるのか――ッ!?』

 

 光の差す方から聞こえてくる司会の声。薄暗い通路にて、アルシェは緊張でガチガチになっていた。

(は、始まる……実戦経験なんて学院でも数回しかなかったのに……こ、こんな……!)

 ちらりと視線をシャルに向けると、シャルは呑気に鼻歌を歌っている。そしてモモンに視線を向け――目が合う。アルシェの緊張に気づいたのだろう、モモンは「大丈夫、リラックスしていつも通り魔法を放てばいいさ」と笑った。

「それにアルシェに渡したその服はそこらの防具よりうんと頑丈だぞ」

「う、うん……」

 今のアルシェは待機中にモモンがどこからか持ってきた衣服へと着替えており、それはシャルが着ている黒のセーラー服とどこか似た雰囲気をした灰色のブレザーだった。黒と白のチェック柄ミニスカートと胸元で揺れる淡いピンクのリボンがアルシェの可愛らしさを引き立てている。なんというか、すごく女子高生だ。

 もちろん元はシャルティアの服だったのだが、シャルティア曰く「胸周りのサイズがすこーし、ほんのすこーしだけ大きくてペロロンチーノ様がボツにしていた服」らしい。

 ちなみにアルシェには内緒だがシャルのセーラー服は聖遺物級(レリック)、アルシェのブレザーは遺産級(レガシー)である。

「ここまできてもう引き返せないのはわかってるけど……」

 それでもまだ不安の色を隠せないアルシェにモモンはどうしようと考え――よしと心を決めた。

 

「ん、そうだな。ならアルシェには特別に俺の秘密を教えてやろう。チームメイトだもんな」

「秘密?」

「ああ、実はな。俺はなんと第十位階まで使えるんだよ」

「……え」

 どうだとモモンが胸を張る。だがその姿が、アルシェには何故かおかしく見えた。

「……ふ、ふふ、あははは! ご、ごめんなさい、モモンさんって……面白いんですね」

「えっ!?」

 俺別に面白い事言ってないけど!? とモモンが狼狽えるのを見てアルシェはまた笑う。

「はは、ありがとうございます。笑ったら落ち着いてきました」

「あ、うん…」

 

『それでは無謀なるワーカーチーム、漆黒の登場だあ!』

 

「よ、よーし出番だな。それじゃあシャル、アルシェ、俺達のデビュー戦を飾りに行くぞ!」

「はいでありんす!」

「はいっ!」

 三人は闘技場の中央広場へ――観客らの声援が少し足りない気もしたが――出る。たしかにナザリックの円形闘技場によく似ているなとモモンは辺りをぐるりと見渡した。そして目の前には大きな鉄格子の扉がいくつかあり、おそらくそこからモンスターが投入されるのだろう。

「――さて」

 モモンの思惑通りなら出てくるモンスターは大した事はないはずだ。待機中に帝国の闘技場内で飼われている奴らを影の悪魔に偵察させ、ある程度把握してある。正直なところモモンかシャルどちらか一人が片手間でも倒せるレベルだった。

「それじゃあ始まったら打ち合わせ通りやるぞ」

 モモンの声にシャルとアルシェが頷き、開始を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

 ゲートが開き、暗闇の中からまず姿を現したのはスケルトンの群勢。 ざっと見て三十体というところか。

『さあさあまずはスケルトンの登場だ! たった三人の若きワーカー達よ! 生き残れ~~っ!』

 

「…………まあ最初はこんなものだろう。シャル、アルシェ!」

 合図し、まずはシャルが槍を構え前に出る。普段使っているスポイトランスではなくモモンに渡された物であるが、それでも威力は十分。しかも必ずHPを1だけ残してくれるという峰打ち効果のある代物だ。

 大きく槍を振るえばスケルトン達はまるで竜巻に飲み込まれたかのように上空へと巻き上がる。そこへすかさずアルシェが《火球》を撃ち込んでいく。すでにシャルの初撃により峰打ち状態だったスケルトンらは順当にアルシェの追撃で片付けられていった。

 その光景におお、と観客席が湧く。

 今まで見たこともない戦闘パフォーマンスに「すげえ」という声も聞こえてくる。

「いいぞアルシェ、そのまま落ち着いて倒していくんだ。シャルも良い位置にトスを上げたな、やるじゃないか」

「はいっ!」

「ふああっお兄ちゃんに褒められたでありんすう! これはもう結婚でありんすね!?」

「や、それはちょっと……おっと」

 アルシェが仕留め損ねたスケルトンのみモモンが後ろから《魔法の矢》を撃ち込む。

(それにしても、まだ子供なのに第三位階まで習得してただけあってアルシェはなかなか筋がいいな)

 今回多くのモンスターと戦えるのならと、モモンはあくまで後方に下がりアルシェを中心に戦闘を組み立てる事にしていた。ようはアルシェのパワーレベリングである。

 そして漆黒は――次のモンスターが投入されるよりも前にスケルトンの群勢を掃討することに成功したのだが、これに慌てたのは本日の演目を取り行っていた興行主側である。

「お、おい! まずいぞ次だ! どんどん投入しろ! 十分毎になんて必要ない!」

 

 一方で盛り上がり始めた観客席でもオスクが身を乗り出し「おいおいおい」と笑みを浮かべていた。

 

 またゲートが開く。

 次に姿を現したのはゴブリン二十体に人食い大鬼(オーガ)十体。

「む……?」

 別のゲートが開き、そこからは妖巨人(トロール)が五体姿を見せた。

「おいおい、トロールはオーガの次じゃないのか? 一気に出してくるとはな。まあ関係ないが」

 もしかしてここの運営って俺達に負けて欲しいのかな、とモモンはユグドラシルのクソ運営を思い出す。運営というのはどこの世界でも似てるものなのかもしれない。

「も、モモンさん……!」

 少し狼狽えるアルシェに大丈夫だと返す。

「せっかくだアルシェ、今から学院ではやらないような授業をしようじゃないか。特別授業だ」

 

 

 

++++++

 

 

 

「…………マジ……かよ」

 よろけるように客席にどさりと腰を落とし、興奮で叫びそうになる口元を手で押さえながらオスクは呟く。

 演目が始まってまだわずか十五分、まだ十五分ほどしか経っていないというのに今目の前では五度目に投入された大型サーベルウルフとトブ・グレーター・タイガー、アゼルリシア・アイアン・タートルがあっけなく屠られていた。

 投入されれば即座にシャルが斬り捨て、アルシェとモモンが魔法でトドメをさす。その魔法も第三位階ばかりだ。つまり二人共が相当優秀な魔法詠唱者であり――軽々と、まるでバレーでも楽しむかのようにサーベルウルフを投げ上げていたシャルもまた戦士としてかなりの強者、もしかすると英雄の領域に到達している。

「マジかよ……マジかよ……」

 オスクは喜び震える身体を必死に抑え、この光景を自分の所有する最強の戦士にも見せてやりたいと強く思った。あいつなら、武王なら彼らをどう見るのだろうか――と。

 

 

「はーいまたあとでー」

 モモンが《伝言》を切り、さてとと闘技場内を見渡す。始まった当初は少なかった歓声もすでに大盛り上がりだ。追加のモンスターはもうこないのだろかとわざとらしく小首を傾げて――別に煽っているつもりはないが――見せた。

 シャルも全然余裕だし、アルシェも少し息が荒いが、MPは戦いながらモモンがさりげなく―――シラタマから借りた魔力譲渡系の指輪の効果だ――回復させていたし、体力もまだ大丈夫だろうと判断する。

「さーて、そろそろボスが出てくる頃かな?」

 モモンの思惑通り、一番大きなゲートが開いた。普段決して開くことのない扉が。

 どれ程の間そいつは檻に閉じ込められていたのだろう、そこから久しぶりの外の世界を用心深く、そして心から味わうかのようにのそりと首を出したのは――ギガントバジリスク。難度83にもなるモンスターでその体長は十メートルを超える。それが、二体。

 

「アレを捕獲できていたのは本当に運が良かった」

 闘技場を見渡せる位置にある関係者席で、今回の興行主である中年男が肩を撫で下ろす。かつてカッツェ平野ですでに何者らかによって殲滅されていた亜人の群れの側で傷を負い倒れていた二体だ。それを多額の金を払い帝国で腕の立つ魔法詠唱者らに頼み込み、なんとか回収したのち回復させた個体なのだ。本来ならばギガントバジリスクなんてレアモノは勿体無くて使えないし使いたくもない、が、致し方ないだろう。

 ワーカー狩りは必ずワーカーが負けるようになっている演目だ。高額賞金に目の眩んだワーカーどもが無様に鏖殺される。最初からビタ一文も渡してやるつもりなどないのだと男は思っていた――そのはずだったというのにだ。

「ここまでよくやっていた。が、ギガントバジリスク二体には勝てまいさ」

 そう言って男は卑屈な笑みを浮かべる。とりあえずこれが終われば先に連絡しておいた魔法詠唱者数人が《飛行》でギガントバジリスクの上から《睡眠》をかける手筈となっているが――帝国の誇る大魔法詠唱者の弟子である彼らに感謝だなと男は視線を眼下へと落とし――愕然とした。

 

 

 

「それじゃあいくでありんすよー!」

 シャルが突撃し、ギガントバジリスク達の猛攻をひょいひょいと躱しつつ四肢を斬り落としながら背後へ回り込む。そして両手で二体の尻尾をむんずと掴むと

「そ――っおれ!」

 上空へと投げ飛ばした。

 ギガントバジリスクは残った首と尾をばたつかせながら宙を舞い、観客らも揃ってその姿を追うように頭を上げる。高く、高く、そして一定の高さまで上がると今度は重力に従い落下しだした。

 まさに絵面は空から落ちてくる二体のギガントバジリスク。その落下地点で待ち構えるのはモモンとアルシェだ。

 モモンは左手をそっとアルシェの肩を抱くように回し――アルシェがぎゅっと身を固くしたが――気にせず右人差し指を落ちてくるギガントバジリスクに向け真っ直ぐに指差す。

「ほらアルシェ集中だ。フィナーレといこう」

「は、はいっ!」

 モモンの指差す方へ杖を構え、アルシェは《雷撃(ライトニング)》を放ち、それとうまく被せるようにしてモモンはこっそりと《龍雷(ドラゴン・ライトニング)》を放った。二つの雷が絡み合いながら天へと駆け――二体のギガントバジリスクが激しい閃光に包まれる。それはまるで花火のように闘技場の空を飾っていた。

 

 そして観客席はこの日一番の、いや、もしかすると現在一番人気であるワーカーチーム〈天武〉の出る演目やあの武王の出る演目よりも大きな歓声に揺れている。誰もが新たな英雄の誕生を確信し、その場に居合わせた事を生涯自慢するだろう。

 

 漆黒が手を振ってそれに応え、彼らが退場してからもしばらくと歓声は続いていた――。

 

 

 

「ほら、やっぱりなかなかいい稼ぎになったじゃないか!」

 演目の後、控え室に戻った漆黒は悔しそうに歯軋りする中年男から賞金を受け取った。金額は一人金貨三十枚。モモン的には雑魚モンスター数体倒しただけの認識なので、まあこんなものかと頷く。一方アルシェは金貨の入った皮袋を大事そうに抱きしめながら、家で留守をしている妹達を想っていた。アルシェの家の借金を返済するにはまだまだ足りないがそれでも前進だ。学院を退学したばかりで仕事経験などないアルシェが初めて稼いだお金――しかしそれはアルシェ一人では決して成し得なかったものだ。

「モモンさん、本当に……本当にありがとうございます!」

 アルシェが深々と頭を下げる。

 モモンとシャルは視線を交差させ、モモンはお礼を言うのはこちらの方だと眉を下げて笑った。

「俺達だけでは文字すら読めないからな。アルシェがいてくれたおかげで闘技場に参加も出来たわけだし」

「まあたかが小娘にしてはモモンお兄ちゃんの素晴らしさを理解できたようでありんすし? この私のわんちゃんにしてあげてもいいでありんすよ?」

「お、おいシャル……すまんなアルシェ、だが俺達はもうチームだ。口調も畏まらなくていいんだぞ?」

 まあ実際のところ、チームに入れた決め手はアルシェのタレントに対するモモンガのコレクター魂と、たまたまアルシェがシャルティアの好みのタイプだったという理由なのだが。

「モモンさん……」

 アルシェは演目中の事を思い出す。モモンはずっとアルシェのそばで、後ろで、アルシェを助けてくれていた。立ち回りの仕方や状況による最適な魔法のアドバイス、戦闘のサポートまで。そのどれもが学院では教えられなかったものだ。

 さらにモモンの魔法はアルシェと同等どころか遥かに洗練されており――かつて学院時代の師、かの大魔法詠唱者フールーダ・パラダインをも思わせる程だ――だからこそ、モモンの魔法力が見えないのが不思議だった。もはや自分のタレントの方を疑ってしまうくらいだ。

 加えて時折モモンは戦闘中――おそらくアルシェの緊張をほぐす為だろう――背中に優しく手を添えてくれた。その度に何かあたたかなものを感じられて……アルシェは頬を染める。

(モモンさんは、きっとすごい御方なのかもしれない……ううん、絶対そう。もしかすると遠い国の大魔法詠唱者……?)

 師匠とは違う、もっと別の、それよりも崇高なものを感じ――

 

(……うん、決めた)

 

 談笑していたモモンとシャルの元へ意を決して飛び入り、アルシェは思いの丈を叫ぶ。

「モモンさん! いえ、先生!!」

「えっ」

「先生、この私をどうか先生の生徒(でし)にしてくださいっ! 魔法詠唱者として、どうか先生から魔法を学ばせてください!」

 そう言って頭を下げるアルシェにモモンは目を丸くしたまま硬直する。

「な、なな、何を言い出すんだアルシェ!? そもそも俺達はチームメイトで、そんな上下関係みたいなものは」

「いえ! 先生は私の先生です!」

「えええ!? ま、待て待て。いろいろとおかしいって絶対、なあシャル――」

 助けを求めるようにシャルを見れば、シャルは「お、教え子プレイ……! 私の妹プレイとはまた違う禁断の……こ、この小娘ェ! なかなかやるでありんすゥゥ! くううっ!」と勝手に衝撃を受け勝手に感心していた。

 

(うおおいペロロンチーノオオオ! お前のトコの子だぞなんとかしろよオオオ!)

 

 

 すっかりと茜色に染まった空の上で、かつての親友鳥人(バードマン)が「やったぜ!」とサムズアップしているのが見えた気がした――。

 

 




アルシェちゃん生存、どころか大出世しそうな勢い。
そしてモモンガさんのハーレムは構築されていく……



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15 陽光聖典班長、来る

 スレイン法国神都の外れをひとりの男が走っている。

 彼の名はイアン・アルス・ハイム。法国六色聖典がひとつ、陽光聖典第一班の班長だ。

 陽光聖典の任務は主に人類を脅かす亜人種の集落やモンスターの巣の殲滅であり彼らは六色聖典の中でも最も戦闘が多い。入隊するには信仰系の第三位階魔法の修得が必須だし、また肉体能力・精神能力に秀でている事も求められ、信仰心の篤さも必要となってくる。魔法詠唱者でありながら近接格闘も熟せるほど鍛え上げられた屈強な身体を持つ彼らは部隊としてもエリート中のエリートである。

 まあとにかくだ。イアンはそんな陽光聖典の一班の班長として誇りを持って日夜この仕事をこなしている。全ては信仰の為に、人類の未来の為に。

 

 そしてそんな彼は今、部下である予備隊員の男からの一報を聞いて歓喜に震え、神に感謝し、その日の仕事が終わるや否や一刻も早く我らが隊長の元へと走っていた。

 

 

 

 

++++++

 

 

 すでに空は夕闇が広がり、仕事を終え帰宅する人間達の声が窓の外から聞こえてくる。

 そんな中で、陽光聖典構成員らの居住区内にあるニグンの住まいにてシラタマはとある絵本を開いた状態で固まっていた。

 さっきまでニグンが陽光聖典隊長としての書類仕事を行なっていたのだが、それを何気なしに覗いたシラタマはある事に気付いたのである。

 書いてる文字が読めない――と。

 何この謎の記号みたいな文字はと狼狽えるシラタマに法国語ですよとニグンが答える。

「いや異世界だってのは知ってたけどさ、普通言葉が通じてるなら文字も勝手に読めるようになってると思うじゃん……何してんの翻訳班仕事してよ……」

 ぐぬぬと唸るシラタマを横目にニグンは机の引き出しから一冊の本を取り出し、それを開く。

「シラタマ様や至高なる御方々がお使いになられる文字はこちらですよね」

「ん? おお! そうそうこっちだよこっち!なんだあるんじゃない日本語!」

「ニホンゴ、という意味は分かり兼ねますが、六大神様が使われていた言語として法国の神官は学ぶ機会がありますので」

 はえー、とシラタマは感嘆の声を漏らす。どうやら六大神は色々と文献を残してくれていたようで、そこに書かれていた言語は神の文字とされ残っているらしい。伝えてくれた六大神やるじゃんありがとうとシラタマはニグンから渡された本をパラパラと捲る。内容は六大神の神話を日本語に翻訳し直され書かれているものだった。神官らが神の文字を学ぶ為の教科書、という感じだ。

「でもなんか堅っ苦しいねコレ……もっとふわっとしたのないの? 簡単なやつ」

 そうですね、とニグンは引き出しの奥から今度はひと回り小さな本を取り出す。

「これは祭事で神殿に訪れた子供が神の文字を学ぶ際に使う絵本なのですが、法国語訳も横に書いてあります。話の内容も簡単なものですので丁度良いかと」

「おおマジか。どれどれ」

 シラタマは絵本を開き――硬直した。

「……ニグンちゃん、これ子供向け絵本なんだよね?」

「ええそうですが」

「子供が、読むやつ、なんだよね?」

「? ええ」

「…………」

 ふっ、とシラタマは微笑し絵本を閉じる。

「一旦この世界の言語をリセットすべきじゃない?」

「えっ!?」

 その目は諦めを物語っていた。

 子供用だか知らんがレベルが高すぎる。しかも子供用のくせに挿絵がないとはどういう事だ。絵本なのに絵がないとは詐欺じゃないか。法国の子供は活字中毒かなんかなのか? 頭良すぎてもはや馬鹿かよと嘆きたくなる。というかすでに嘆いているシラタマにニグンは当惑する。

「……ま、まあでも私も神の文字はまだ完璧に読み書きできませんし。ね、ホラ、神殿の神官達もヒラガナしか出来ない者も多いですし」

 そう言ってなんとかフォローしようとしたのだが――

 

「…………は?」

 

 シラタマが突然真顔を向けてきた。

「え、は、ちょっと待ってよその言い方だとニグンちゃんがまるでだいたいの日本語はわかるみたいじゃん」

「……えっ、いや」

「わかるの?」

 完全に目が座っている。これはまずい時の目だ。

 一体どうすればとも思ったが

「す、少しは」精一杯謙遜しつつも肯定する。

「マジかよ頭かしこかっ! かしこかよお前!」

 ニグンちゃんのくせにずるいぞと言うシラタマに対し、いやずるいと申されましてもとニグンは何か弁明していたが――ふとシラタマは思い出す。

 そう、よくよく考えればニグンはスレイン法国神官長直轄六色聖典がひとつ、陽光聖典の隊長をしていた男だ。それも話を聞く分に陽光聖典は六色聖典の中でも相当狭き門とされるエリート集団であり……小学校中退のシラタマでもそれがどれほどこの世界においての高学歴なのかはなんとなく分かる。いや学歴とか? 別にどうでもいいけど? 拗ねてないけど?

「なんか私だけお馬鹿さんみたいじゃん! 何? もしかしてこいつ頭悪いなーとか思ってる? お?」

「そ、そんなことは!」

 ま、まずい! このままでは辺り一帯、最悪法国が滅ぼされてしまうとニグンは慌ててシラタマに取り繕う。

「で、でしたら! シラタマ様さえ宜しければ私がこちらの世界の言語をお教え致しますよ!」

「でも法国語くそむずいじゃんやっぱ国ごと言語リセットを」

「!?? まっ、ままま、ま、待って下さいシラタマ様っ! 大丈夫、大丈夫です! 法国語でなくとも王国語や帝国語もありますし、それにこの二国語は似ておりまして比較的に簡単ですよ。ええ、こちらから始めれば」

「…………は?」

「えっ」

 再びシラタマが真顔になった。

「ちょ、ちょい待って……え、まさかニグンちゃん王国語も帝国語もできるの?」

「えっ? ええ……まあ」

「クソッタレが――――ッ!!」

 ループであった。

 なんだよお前グローバルかよお前とまた嘆きだす始末。結果最終的に、ニグンは陽光聖典の書類やナザリックへの報告書よりもシラタマに言語を教える事を優先すべしという命令(むちゃぶり)を受ける羽目になるのであった。

 

 

 そして――

 

 

(――お、おかしい)

 今イアンの目の前の光景はあまりにも不可解であった。

(王国のガゼフ・ストロノーフ暗殺任務以降行方不明となっていた我らがルーイン隊長と隊員たち数名が帰ってきたと聞いて私はここに来たはず……)

 留守を任されていた班長としてニグンの部屋へと訪れたイアンの目の前には、どう見ても人間種じゃない女がいた。しかもその女は「ぎゃーもう嫌だー言葉なんてこの国ごとなくしてやるーうわー! 」などととんでもない事を言っているし、それに対してニグンは大慌てで何か答えている。

一体これはなんなんだとイアンの頭の中はクエスチョンマークで一杯になり

(いや、いやいやいや! それよりもだ!)

「何があったのですかああッ!! ルーイン隊長おお!!?」

 駆け寄ると同時に叫ぶ。ただでさえお前の声はばかでかいのだと普段から仲間達によく注意される大声だが、しかしそれほどまでに今のイアンは動揺していた。

「……イアン、久しぶりだな」

「は、はい! 申し訳ありません隊長、勝手ながら部屋に入ってしまい、そのっ、ご無事に帰還されたと伺いまして……!」

 イアンの言葉にニグンがピクリと反応し僅かに顔を顰める。

「……無事、か」

「――――ッ!」

 しまった――!

 失言だとイアンは歯噛みした。陽光聖典は任務中に不幸にも謎の強大なモンスターと遭遇――神官長ら曰く魔神暫定破滅の竜王とされた――してそのほとんどが死亡、死体を回収することすら叶わなかったという。それのどこが無事だというのか!

 

「申し訳ありま!!! せん!!!!」

「えっ」「ひぇ…」

 勢いよく頭を机に打ち付けイアンは謝罪する。

「我らがルーイン隊長のお気持ちも察せず、班長としてなんたる失態か……! お許し下さい!! しかし私は! ルーイン隊長のご帰還を心からお待ちしておりました! 本当に、よくっご無事で……うっうおお、これもきっと神の御導きですぞ! どうか失った仲間たちの為にも、人類の為にも! 我々陽光聖典を導いて下さいっ! 我らがルーイン隊長殿っ!!」

「……ぇ、あ、ああ……そう、だな。イアン、その、頭を上げろ」

「はい!!! 我らがルーイン隊長!!!!」

「うへぁ……」

 滂沱の涙を流しながら顔を上げたイアンに、ニグンの隣に座っていたシラタマが顔を顰める。その反応にイアンはやれやれと呆れるように肩を竦めた。

(そこの亜人の女よ、これは心の涙です。人類繁栄の糧となり命を捧げた友への涙です! 亜人にはわかるまい……)

 だがそこでふと、先程神殿で耳にした神官たちの会話が脳裏をよぎる。

 

『陽光聖典を助けたのは異形種の少女らしい』と――。

 

「……ま、さか」

 イアンの視線に気づいたのかシラタマは目を細め、そしてニグンも察したのだろう。

「……ああそうだ。この御方こそが我々を魔神から救ってくださった恩人、シラタマ・ホイップ・ナマクリーム様だ」

「な、なんと……」

 馬鹿な、と口から出そうになった言葉を飲み込む。正直なところイアンは半信半疑だったのだ。異形種が人間を救うなど、あるはずがないと――。しかし今目の前でそれを肯定しているのは命を救われた当の本人であり誰よりも尊敬している我らが陽光聖典の隊長その人だ。

 途端、イアンは疑っていた自分の浅はかさを恥じ、狼狽え、慄き、いつのまにか膝から崩れ落ちていた。

「お、おいイアン!? どうした!?」

「うっうおお、申し訳ありませんルーイン隊長おお……」

「えっ」「うわあ…」

 床に頭を擦り付けイアンは懺悔する。

 陽光聖典の恩人である少女の事を疑っていた事や、初見でただの亜人だと下に見てしまった事。さらに異形種と知り良くない感情を抱いてしまった事を――!

 だからこそイアンは心から謝罪した。どんな処罰でもと覚悟した。だがニグンはものすごくバツの悪そうな顔を浮かべると

「その……お前の気持ちはわかる。法国に尽くす者としては当然だろう……だが今、お前はその行いを後悔し恥じているのだろう? ならば私からは何も言うまいさ……あ、あの、シラタマ様もそれで構いませんか?」

「えっ? あ、うん。(どうでも)いいよ」

 シラタマとしては(勝手に部屋に入って来やがってニグンちゃんとの時間を邪魔する気かこの汚物はア、っていうか早く出て行けよ殺すぞ塵虫風情があアア)――程度のゆるーいお気持ちだったのだが、幸か不幸かニグンもイアンもそれには気付かず。

「あああありがとうございます!!!!」

「ひぇっ」

 イアンはシラタマの前に身を投げ出し感謝を述べるのであった。

 

 

 その後、ニグンの執務室にて書類仕事を手伝いながらイアンは陽光聖典らが遭遇したという魔神の話、至高なる神であるシラタマ様の話を聞いた。

「おお……おお……っ」

 話を聞くうちに、つい感嘆の声を漏らす。まずシラタマがプレイヤーだと知り、その慈愛に満ちた御心はイアンが知るどんな異形種ともまるで違ったからだ。異形という存在は確かに恐ろしく神官らや他の隊員達が噂するのもわかる。だが目の前の御方は違うのだと、この瞬間にイアンは理解した。我らが隊長や仲間達を救ったシラタマ様は特別な存在なのだと。

 そしてそれらを語る我らが隊長をじっと見つめるシラタマの瞳に――イアンはすべてを理解する。

 

「……は、はははっ! がはははは!」

 

 だからこそ豪快に笑い飛ばした。

 根も葉もない噂、思い込み、今までの自分、それら全てを。

「ど、どうしたイアンよ」

「――ああいえ、申し訳ありません隊長。しかし本当に、ああっ、私は今心より理解致しました! 人類の未来の為、真の安寧の為には種族など関係ないと、そういうことですな!? 種族の壁など! 問題ではないのだと! 神もきっとお許しになられるはず。もちろんこのイアン・アルス・ハイムも祝福致しますとも! ええ、ええ! シラタマ様は素晴らしい御方ですよ!」

「……………ん?」

 なんか今、言葉の途中からものすごい違和感を感じたのだがこいつ大丈夫なのか? とニグンは顔を引き攣らせる。だがイアンは信頼できる部下だ。彼が分かってくれたならまあそれでいいかと咳払いし、話を戻す事にした。

「――それで、次はお前の話を聞かせてくれるか? わざわざ私の部屋まで来たのだから何か急を要する報告があったのだろう?」

「あっ、ああそうです! そうでした!」

 すっかり忘れていたという風に慌ててイアンは背筋を伸ばす。

「実は我々一班が監視しておりましたトブの大森林にあるゴブリンの群れが最近力をつけたのか、想定以上に数が増えてきたとの報告がありまして……これ以上増える前に殲滅すべきかと、帰還したばかりのルーイン隊長には申し訳ないのですが、その、我々だけでは難しく」

「ああ、なるほど」

 ニグンが鷹揚に頷く。

 イアンの話すトブの大森林のゴブリンの群れは帝国領内にあり、半年程前から定期的に一班に見張らせていた連中だ。以前まではまだ数が少なく人間への接触や危害もなかった為保留としていたが――そいつらが力をつけてきたというならすぐにでも対処すべき案件だろう。

「数はわかるか?」

「おそらく、現在確認出来ているだけでも二千以上は」

「それは……厄介だな」

 ならば実際にはその倍いてもおかしくはないだろう。ゴブリンの繁殖スピードは速い。本来であれば増える前に他のモンスターにより間引かれるものだが、極稀に歯車が噛み合ったように爆発的な繁殖力を見せる群れが現れるのだ。数匹だった群れがあっという間に百に、千に、そして万に――そうなればさらに危険度は増す。

「たしかにお前たちだけでは厳しい、か……この事を神官長には?」

「はい、すでに」

「そうか……ふむ」

 法国に帰還しまだ一日だが、陽光聖典隊長として、そもそも法国に休みというものはない。いつ如何なる時でも使命を尽くせ――と。

(奴らが技術を持ち始めるのも時間の問題か……)

「シラタマ様、話はお聞きになられた通りです。私は明日にでもゴブリンの群れを調査しに向かいたいのですが」

 隣で黙って聞いていたシラタマに許可を得ようとし、シラタマがふるふると小刻みに震えている事に気づく。

「シラタマ様?」

「いく……」

「えっ」

「私もゴブリン退治するう!! 何それめちゃくちゃファンタジーじゃんそれ! 私も行くうう!!」

「おおっ! ついてきてくださるのですかシラタマ様っ!」

「……ぇ?」

 勿論だともとシラタマは目を輝かせ、イアンは嬉々としてそれを受け入れている。

「まっ!? お、お待ちくださっ」

「というわけで決定ね。私もゴブリン退治行くからね?」

「…………はい」

 

 あ、終わった――。

 この瞬間、陽光聖典はとんでもない同行者、もとい自由奔放暴虐無人な核爆弾を引き入れてしまったことを、この時はまだニグンしか気づいていなかった。

 




アプリ版でおなじみイアンさん、やっと出せました。
そしてシラタマ様は安定のシラタマ様です。
もしかすると彼女はアルベドとラナーのやばい部分がハイブリッドされた感じのやばい奴かもしれません。ニグンさんがんば(遠い目)


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16 サキュバスは陽光聖典とおでかけする

水戸咏様 誤字報告ありがとうございます!

+++


 陽光聖典の朝は早い。

 法国でも影のように付いて回る噂でしか存在を確認出来ない特殊部隊である彼らは普段ほとんど部隊として人前に出る事はなく、出撃するのも法国民らが一日の活動を開始する前だ。

 そろそろ朝日が顔を出すかという時刻、門の前ではすでに準備を終えた陽光聖典の隊員達が整列していた。人数は三十人、正直いって普段の任務時と比べかなり少なく戦力的にも相当厳しい人数である。が――

 

「というわけで今回のゴブリン殲滅任務に同行させて頂く事になりました。皆さんどうぞよろしくお願いします」

 

 隊員達の前でニグンに紹介された男――漆黒聖典第五席次〈一人師団〉クアイエッセ・ハゼイア・クインティアという男が優しげに、その猫のような目を細めて笑う。

 彼は陽光聖典の人員と戦力不足を受け、神官長らによって今回特別に派遣された助っ人だった。

 

「此度のお力添え感謝致します、クインティア様――」

「ルーイン隊長、クインティアで構いませんよ」

「…………」

 ニグンは表情には出さないが、苦い顔をする。クアイエッセの事をニグンが「様」付けで呼んでいるのは個人の観点からという面が強く、彼自身が陽光聖典の上位バージョンであるとはいえ――立場としてはニグンの方が上だ。つまり平の隊員であるクアイエッセを上位者として呼ぶのは命令系統の一元化の観点からしても良くないだろう。

 

(とは言っても……困ったものだな)

 考え、結局ニグンはいつも通りなあなあで流す事にした。そして小さく息を吐き出し――二人目を紹介する。そう、紹介しなければならないのだ。正直言ってすでに胃が痛い。〈一人師団〉と押し問答をしている方がまだマシだとすら思い……観念する。

「お前達の中にはすでに知っている者もいるだろうが――」

 言われ、隊員達の目が二人目に――すでに最初から彼らの視線を集めていたが――向く。

 そこに立つのは規格外どころか世界を滅ぼせるほどの戦力でありいつ爆発するかもわからない核爆弾、シラタマだ。サイズの大きすぎる陽光聖典の隊服である黒の衣服鎧――ニグンの予備の隊服を借りたものだ――をコートのように肩掛けしバサリと靡かせる。シラタマ曰くこのスタイルがめちゃかっちょいいらしい。

 

「おっほん!」

 気分はまるで大隊長、いや大佐? そんな感じで得意げな笑みを浮かべたシラタマが隊員達の前に仁王立つ。

「陽光聖典の皆さんはじめまして。私の名はシラタマ・ホイップ・ナマクリーム。この度は楽しい楽しいゴブリン狩りに参加でき、恥ずかしながら子供のようにオラわくわくしております」

(いや別に遊びに行くわけじゃないですからね!?)とニグンは心の中でツッコミを入れる。だがシラタマの中では完全に遠足かキャンプにでも行くノリであった。

 えへへ、と恥ずかしそうに笑うと「見ての通り異形の身ではありますが、皆さん仲良くえんそ、じゃないゴブリン退治をいたしましょう!」と言葉を締める。

(今絶対遠足って言ったよな……)

 やはりというか、隊員達はあきらかに動揺している。彼らには道中さりげなく説明していこうとニグンは胃の辺りを押さえるのだった。

 

 そしてそんなシラタマを隊員ともニグンとも違う目的で注視するのは、クアイエッセ。彼は表向きはゴブリン殲滅の助っ人であるが、内密にと神官長、そして漆黒聖典隊長から賜った任務があった。それは――プレイヤーであるシラタマの監視、及びその実力を見極める事。

(まったく隊長も無茶なことを言う。神たるプレイヤー様のお力を測ろうとは……)

 クアイエッセは神殿を出る際にくれぐれもと言いに来た神官長と隊長を思い出し――そして国を出て行った妹の事もちらつき小さく肩を落とした。

 

「……神よ、我が神よ」

 誰にも聞こえないような声で呟く。

 偉大なる我が絶対神、自らの全てである死の王へ祈りを込めて。

 

 

 

++++++

 

 

 

 スレイン法国から北東、エ・ランテルを越えた先に広がるのはトブの大森林だ。その森はリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国領内を隔てる魔境とされ、多くのモンスターが闊歩し何時何処から襲われるか絶えず注意をしなくてはならない為に危険度もかなり高い。つまりそんな魔境へわざわざ足を踏み込む冒険者はいない。

 だからこそ大森林の中には様々な薬草や希少かつ高価な薬草が自生しているにも関わらず、それを知るのはわざわざ足を踏み込んでくるような法国の人間だけだった。ちなみに現在はそのあたりの事情もニグンからモモンガに教えている為、アウラとマーレを中心としたナザリックの仲間達が日々森林内の探索と希少かつ高価な薬草の採取に励んでいる。まさに根こそぎ貰っとけの精神だ。

 

 そんなトブの大森林の手前にある小高い丘の上にて、陽光聖典達は野営の準備を行っていた。

 早朝に出立しここまでまる一日、ゴーレム馬でなく普通の馬での移動だったせいもあり休憩も挟みつつ――途中休憩場所とした川辺で巨大な鮫のようなモンスターと遭遇したがシラタマがこれを「昔のB級映画で観たやつだこれ!」と興奮しながら瞬殺――エ・ランテルの横を通過し、大森林付近へ到着したのはすでに空は暗くなった後だった。ゴブリン達の群れの殲滅を開始するのは明朝からだ。それまで偵察部隊が群れの最終確認、そして野営地を確保、警備する部隊と分けて行動している。

 

 

「んー……なにかないかなあー」

 一方でシラタマは上空から彼らが作業するのを見下ろし、視線を大森林、そしてたしかそのそばにあった村の方角を観察していた。

 アウラとマーレの話では、あの日モモンガが渡したゴブリン将軍の角笛を使って召喚されたゴブリン達がいるらしいが――その後どうなっているのだろう。

(あとでチラッと覗いてみるかな……)

「……ん?」

 そんな事を考えていると、ふいに《伝言》が繋がった。

『――どうしましたモモンガさん?』

 

 

 

++++++

 

 

 

 陽光聖典達は天幕を張り終え、焚火を囲むようにし食事をとっていた。ちなみに二班制で休憩と見張りにあたっており、それは助っ人であるクアイエッセも同様だった。ニグンは別に休んで頂いてもと言ったのだが本人が陽光聖典の隊員と同じ扱いをと強く希望した為である。

 

「ルーイン隊長、シラタマ様はどちらへ?」

 現在同じ見張り番についているイアンがキョロキョロと辺りを伺いながら聞いてきた。

「ああ、シラタマ様なら天幕の中で休んでおられる」

 ――嘘だ。

 シラタマは少し前に《転移門》で一時ナザリックに帰還している。しかも「ちょっといい事思いついちゃった」と言い残して、だ。

(いい事とはなんだ……何をやらかし、いやなさるおつもりなのだ……)

 頼むから恐ろしい事にはならないでくれほんとお願いだからと、またキリキリと胃が痛み出す。はああ、とニグンは大きな溜め息を吐き出し――

「? なんだ、イアン」

「いえいえお気になさらず! それよりこの辺りは私がばっちりと見張っておりますので、ルーイン隊長も天幕でお休みになられたらどうですかな? がは、がはは!」

「……」

 なんでこいつはこんなに楽しそうなんだとニグンは眉を顰める。

「……いや、それは遠慮しておこう。隊長として部下に示しがつかん。それに大森林の外とはいえ夜間は危険が多いからな」

 そう言って巡回に戻るニグンの後ろ姿を、イアンは何故かあたたかい目で見送る。

(シラタマ様と離れられただけであの落ち込み……! やはりですな我らがルーイン隊長! ここは私にお任せください、このイアン・アルス・ハイムが! 陽光聖典第一班班長としてお二人の仲を取り持ちますぞ!)

 

 このとんっっっでもない勘違いをしている陽光聖典一の熱血漢は、班長として新たなる使命に勝手に燃えるのであった――。

 

 

 

++++++

 

 

 

 ナザリックに戻ってきたシラタマは真っ直ぐに第六階層へと向かっていた。空の上からトブの大森林を見渡している時、偶然にも森林内にいたモモンガから見られていたらしく「コラー! そんなとこにいたら恰好の的でしょうがー! 降りてきなさーい!」と《伝言》で叱られたのだ。

 

「おまたせですモモンガさーんさっきはどうもでしたー」

 先に戻って第六階層で待っていたモモンガ――元の骸骨姿に戻っている――にぺこりと頭を下げる。その隣にはアウラとマーレ、モモンガにべったりとくっつくようにアルベドがいた。

 ちなみにこの場にいない守護者、コキュートスは現在トブの大森林で見つけたリザードマン集落の偵察、デミウルゴスは消費素材であるスクロール作成の為にローブル聖王国周辺を探索中だ。そしてシャルティアは帝国にてアルシェと共に留守番をしているらしいが、モモンガ曰く最初はどうなるかと思ったけど案外仲良くしている――しかも意外にもシャルティアの方からよく絡みにいっている――らしい。

「もう……ほんと気をつけて下さいよ? いつ敵に遭遇するかわからないんですからね!?」

「えへへ、すみません」

「えへへじゃないですよーもーっ」

 ほんとに大丈夫かなあ、とモモンガは今からでも守護者かプレアデスの誰かをシラタマに付けるべきかと考え

(いやでもシラタマさんって自由そのものだし真面目な守護者達が混乱するんじゃ……最悪守護者達が勝手に自分が不甲斐ないせいで~死んで償いを~とか言い出したら……っ! ……うん、よし決めた。今度ニグンにマジでお前がちゃんとシラタマさんを見とけよって言っとこう)

 などとこの場にいないニグンにとっては迷惑極まりない結論を出す。ようは丸投げ&押し付けである。

 

 そしてシラタマはあれ以来すっかり仲良くなったサキュバス仲間のアルベドとただいまおかえりのピシガシグッグッをしていた。

 

「あ、そういやモモンガさんワーカーになったんですよね。ニグンちゃんから聞いたけどワーカーって儲かるらしいじゃん!」

「えっ!? え、ええ……まあ……」

 唐突に話を振られ、モモンガはびくりと肩を跳ね――沈静化される。

 そして「そうなんですけど……」とモモンガがどこか口籠り大きな溜め息を吐き出した。その様子に全員が目を丸くする。

「モモンガさん何かあったんですか?」

「はっ! もしやシャルティアがご迷惑を!?」

「ええ!? シャルティアのやつぅ! モモンガ様にご迷惑をかけるだなんて!」

「あの、その……っ」

 口々に心配を寄せてくるシラタマと守護者達にモモンガは慌ててそれを否定する。

「いえそうじゃな、ゴホン。いや、違うんだ。……実はな」

 モモンガは肩を落とすと、悩みのワケを教えてくれた。

 

 

 ワーカーとなり闘技場で軽いアピールをした翌日、つまり今日の朝に事件は起こった。いや事件と呼ぶべきかはわからないが、とにかく起こったのだ。モモンとシャルはチームメイトであるアルシェと待ち合わせをしている『歌う林檎亭』へ行くと――〈漆黒〉が、もうほんとめちゃくちゃありえないくらいに有名になっていたらしい。

 すでに歌う林檎亭の一番綺麗なテーブル席に通されていたアルシェは多くのワーカー達に取り囲まれながら一身に賛辞を浴び涙目で震えていて――おもわず見なかった事にとモモンは顔を逸らしたほどだ。まあ速攻で見つかり同じ目に合ったのだが。

 

「だってさ、あんなザコモンスターばっか倒したくらいであんな人気になるなんて誰も思わないじゃないか……」

 モモンガがほとほと困ったという風に頭を垂れる。しかし、だ。今回のモモンガのミスは100%モモンガが悪いかと問われればそうではない。

 モモンガも馬鹿ではないのだ。この世界の人間達のレベルがはるかに低いのはちゃんと理解していたし、装備も魔法も高位のものは一切使用していなかった。ただ――この世界の一般レベルを完全に見誤ったのだ。

 言い訳するならモモンガがこの世界に転移した後に出会った人間達が悪かった。王国戦士長のガゼフ、陽光聖典隊長のニグン、そしてシラタマによってナザリックに送られてきたクレマンティーヌという戦士、帝国で最初に出会った才能ある少女アルシェ……

 モモンガなりにこの世界の住人である彼らの実力をよーく推考した結果――「なるほど! この世界の冒険者や戦士達のレベルは30くらいが普通なんだな!」と考えてしまったのである。

 この時点でお察しだろう。

 あのギガントバジリスクの件だってそうだ。

 ニグンがギガントバジリスクと一対一で戦えるという情報がすでにあったせいで、「こっちは三人なわけだし二体くらい楽勝に倒してもおかしくないよね!」と判断したのだ。

 その結果が――これだ。

 気づけば一晩で「突如として帝国に推参した約束された大英雄」であった。

 

(てっきりガゼフもニグンもあのクレマンティーヌって人間も平均だとばかり……強かったんだな……あいつら)

 モモンガはようやく自分達の常識が世間とかけ離れすぎていた事に気付いた、が、もう遅い。

 大勢のワーカー達が群がってくるのをなんとかお引き取り願い、今日はちょっと大人しくしてようと本日の〈漆黒〉は帝国周辺で薬草採取の仕事だけをこなし――午後からはフリーにしたのである。

「はえーなんか大変なことになりましたねモモンガさん」

「本当ですよどうしてこんなことに……」

「でもそんなところがさすがモモンガさんですよね!」

「ぇっ」

 あははとシラタマはお気楽に笑う。シラタマとしては「昔からどこか抜けてるとこあったし天然ぽいところがモモンガさんらしいや!」的な意味の発言だったのだが

「ええ、ええ! さすがはモモンガ様です! たった一日で帝国の人間どもの心を掌握されるなんて!」

「モモンガ様なら当然ですよね! さすがですモモンガ様!」

「あのっえとっ、さすがです!」

 守護者三人が目を輝かせる。彼女たちの中ではモモンガが「別にそんなつもりなかったんだけど~ちょっと力見せたらみんなひれ伏しちゃったんだよね~! 俺また何かやっちゃいました?」的な意味で捉えられてしまったらしい。

「いやいやいやいや! ちょっと待ってそんなつもりは……」

 慌てて弁明しようとするが守護者達のキラキラな瞳攻撃にモモンガは沈静化され――心から力を落とすのであった。

 

「あ、そうだモモンガさん」

 そういえば、とシラタマがポンと手を叩く。

「さっきから気になってたんですけど、後ろのソレ……なんですか?」

「え?」

 モモンガは振り返り、「あっ!」と声を上げる。どうやら忘れていたようだ。ずっと後ろで「黙って大人しくしてろ」と控えさせていたソレに口を開く許可を出し――そいつはぱあっと明るい表情をシラタマに向けてきた。

「はじめましてでござる! 某はハムスケ! 殿にお仕えする事になった森の賢王でござる!」

「……ええ」

 これにはシラタマも困惑する。

「何これめちゃデカジャンガリアンじゃないですか。ハムスター……ですよね? これ。しかもござるって、殿って……今時サムライキャラとかどれだけキャラ詰め込んだんですかモモンガさん」

「いやこれ俺が設定したとかじゃないですからね!? 最初からこれだったんですよ……」

 実は、とモモンガが続ける。〈漆黒〉を午後から自由行動とした後モモンガだけナザリックに戻ってきたのだが、その時にアウラが森に住む亜人やモンスターから仕入れた情報「トブの大森林に生息する三魔獣」というのを聞いたのだ。

 そして「せっかくだし行ってみよう。気分転換もしたいし!」と森林内を捜索――その結果見つけたハムスターがコレであった。出会い頭襲ってきたらしいがモモンガの絶望のオーラIであっさりと撃退。

「それでここまで連れてきちゃったわけですかーはえーモモンガさんハムスター好きでしたっけ?」とシラタマは首を傾げるがどうやら家来にしてくれと必死にお願いされ断れなかったらしい。

「でもこんなハムスターでも話を聞いてみるとこの周辺ではそれなりに有名だったらしくて、こんなのですけど。使役して漆黒の荷物持ちにでもしようかなあ、と……こんなんですけど」

「あーなるほどなるほど。でも三魔獣ってことは他にも二匹いるんですよね? そっちはもう見つけたんですか?」

 シラタマの問いにモモンガが首肯する。

「見つけたというか、その、もう殺してしまったんですけど」

「えっもう!?」

「いやなんか……ほんと、全然話とか通じなくて、片方のトロールなんて態度悪いし臭いし汚いしやばいくらい馬鹿でしたよ……」

 自分の事を具だ、具だ! と叫んでいたアホヅラトロールを思い出しやれやれとモモンガは頭を振る――いやなんの具なんだよこの世界のトロールは食材なのか? え、自ら食材アピールを? ナニソレコワッ! と心底ドン引きしながら始末したのだ。

「おっと、とりあえずそのあたりに関してもですが、例の件について今晩会議をしようと思ってまして。アルベド、デミウルゴスとセバスには連絡してあるか?」

「はいモモンガ様、二人ともあと一時間ほどで戻るかと」

「うむ」

 モモンガが鷹揚に頷き、シラタマもその件についてそうだそうだと手を挙げる。

「あっはいはい! 実は私もモモンガさんにですね、ちょっとした提案があったんですよー。例のカルネ村なんですが……」

 

 




グ「俺は具だぞ!(ドヤ顔)」
ももんがさま「ええ…(困惑)」


ももんがさま「じゃよろしく(丸投げ)」
ニグン「」



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17 開園! 楽しいゴブリン狩り

 明朝、陽光聖典達は野営地を片付け作戦決行に向け隊列を組んでいた。隊長であるニグンが前に立ち、その背後には第一班の班長イアン、〈一人師団〉クアイエッセが並ぶ。

「――各員傾聴」

 静かに落ち着いた声が全員の耳に滑り込む。

「これよりゴブリン達の殲滅に入る。各員配置につき、備えよ」

 それだけ伝えれば、果てない訓練を受けてきた彼らは一糸乱れずに行動を開始するだろう。

 以上だという風にニグンは目を伏せその場から足を動かそうとし――ふと違和感に気づいた。

 隊員達がまったく動こうとせず、真っ直ぐニグンを注視したままなのだ。彼らの瞳にはどこか戸惑いのようなものも感じられ、一体どうしたのだとニグンはおもわず目を丸くさせる。

「……なんだ? 何かあったのか?」

 もしや何か見落としがあったのか? と問いかけると、隊員達は互いに目配せしながら喉に何か引っかかっているような顔を作る。だから一体なんなのだと眉を顰めるが、彼らの代わりにと背後からイアンが耳打ちしてきた。

「……ルーイン隊長、その、信仰の儀がまだです」

「――あ」

 その言葉にニグンがはっとする。

 そうだ。陽光聖典はその信仰心の篤さから任務前は必ず神に祈りを捧げるのだ。

「そう……だった、な」

 ――失態だ。陽光聖典として最も恥ずべきであり、何故忘れていたのかとニグンは自分自身に困惑する。

「では――、」

 そして「いつもは何て言っていたかな」と一瞬でも頭の片隅で考えてしまったことも必死で踏み潰した。

「汝らの「あのさあのさあ!」

 そこで突然シラタマがニグンの前に回り込むようにひょいと顔を出し、言葉が止まる。

「な、なんでしょうかシラタマ様?」

「へへへ、いやーなんか作戦前にこんな感じでみんなで頑張るぞーってやつ、私もやってみたいなって……だめ?」

 だめ? なんて聞いてこっちが駄目と答えてもやるんだろうなあとニグンは内心溜息を吐き――しかし僅かながら安堵する。

「……いいですよ、どうぞ」

「えっほんと!? わーい!」

 そう言ってニグンに代わってシラタマが前に出る。一方で隊員達は揃っておい嘘だろ!? という風に動揺していたが――関係ねえとばかりにシラタマはコホンとひとつ咳払いすると

 

「それじゃあ陽光聖典のみんなー! 日頃の訓練の成果を十二分に発揮して~正々堂々とぉ~スポーツマンシップにのっとり~! 一生懸命がんばりましょ~~!」

 

 そう言って右手をグーにしてえいえいおーと突き上げた。

 

「……………………」

 

 

「…………あれ?」

 

 隊員達は――揃って呆然としていた。

 シラタマはむうと口を窄める。

「何してるのー? コレみんなでやらないと締まらないんだからね? 選手宣誓の締めはこれなんだから! はいせーのっ! えい、えい、おー!」

 もう一度右拳を突き挙げる。

 隊員達は戸惑いながらも「えい、えい、おー……?」としどろもどろに真似をしたが、いやそもそも「えいえいおー」とは何なんだと、もしかしたら何かの呪文なのだろうかと。全員動揺を隠せていない。

「だめだめもう一回! えい! えい! おー! はいっ!」

 だがさらにシラタマが元気いっぱいに拳を突き上げると、もうやけくそだと隊員達も観念し声を張り上げた。

 

「「「えい、えい、おー!!!!」」」

「うんっいい感じ! えいえいおー!」

「「「えい、えい、おー!!!!」」」

「えいえいおー!」

「「「えい、えい、おー!!!!!」」」

 

 

 こうしてここに、陽光聖典の新たなる掛け声〈えいえいおーの儀〉は生まれたのであった。

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 トブの大森林に入ってからそれほど距離を進まぬうちにむき出しとなった大地が露出している箇所がある。それは大地に走った亀裂と大穴。その周囲には木々も生えておらず、まるでそこだけが森という空間から切り取られたかのように異色だった。そしてその大穴こそが、今回殲滅するゴブリン達の〈王国〉である。

 

「まさかこれほどとはな……」

 その大穴を離れた所から身を低くし窺っていたニグンが顔を顰める。偵察隊から報告は受けていたが、そこにあるのは最早群れという括りをはるかに逸脱していた。大穴を出入りしているゴブリン達の数が多過ぎるのだ。まるで――

「蟻の巣に棒を突き立てた時どわあって出てくる蟻みたいだよねー」

 すぐ頭上から声がした。ニグンの背中におぶさるようにして同じくゴブリン達を眺めていたシラタマが「ひえーまじ無理ぃ」と続ける。

「……シラタマ様、今はまだゴブリンらに気付かれないよう」

「わかってるわかってるぅ」

 ぺちぺちと頭を叩かれる。本当に大丈夫なのだろうかこの御方はと小さく息を吐き、視線を戻す。

(――それにしても一班からの報告通りならここのゴブリンが爆発的に増えたのはつい最近……つまり元からここにいたゴブリンに力を与えた者がいるな。そうなると……)

 特殊部隊として培った様々な経験と知識からその原因を探る。

(……渡りゴブリン、か?)

 可能性は十分にある。そして、もしそうであればここのゴブリン達の危険度を更にぐんと上げる必要があった。

 渡りゴブリンは様々な部族を回りながら生き抜く為の技術や武器、魔法、戦闘技術などを手に入れていく。そうなれば奴らはもう武装した兵士となんら変わりはないだろう。最終報告によればこの王国に住むゴブリンの数はおおよそ五千。つまり敵は五千の兵士である。

(これ以上増える前に叩けるのがせめてもの幸運か、それとも)

「それにしてもさ」

 シラタマがふいに口を開く。

「ここって帝国の領内なんだよね? なんで帝国の人らは対処しないの?」

「そうですね……そもそも帝国はゴブリン達がここで王国を築きつつある状況すら、まだ気が付いていないかと」

「えっなんで? そこまで森の奥でもないよねここ、めちゃくちゃわかるじゃん」

「森は人の世界ではありませんからね。人間の住んでいない場所をわざわざ調査する事は普通はありませんから」

 そう考えればやはり法国が異質なのだろうかとも思えるのだが――

「や、ダメでしょそれ。だってモモ……」

 近くに隊員がいない事を確認し、一応小声に切り替える。

「――モモンガさんが前に言ってたけどさ、未知の領域だからこそそこに害をなす者がいる可能性、敵が潜む可能性を調べるべきなんじゃないの?」

「ええまさに、その通りですね。さすがはモモンガ様、至高なる御方であらせられる」

 あの晩は物凄く情けなく見えた御方であったが、きっと気のせい。うん、気のせいだろう。プレイヤー様はやはり思慮深いのだと頷く。シラタマもプレイヤーなのだが――チョットヨクワカラナイナと目を背ける事にした。

 

 

「ルーイン隊長、準備が整いました」

 背後の茂みからイアンが顔を出す。

 現在陽光聖典隊員達は「えいえいおーの儀」の後散開し、ゴブリンの王国の出入り口を包囲するような形で陣形を整えていた。そしてそれらが完了し――つまり作戦決行の時間となったわけだ。

「それにしてもたかがゴブリン相手にそこまで徹底するものなの?」とシラタマは尋ねるが、違うのだとニグンは静かに首を振る。

「ゴブリンは確かに弱く最下級とも呼ばれる種族ですが、それと同時に奴らはとても賢い連中ですよ」

「ふーん」

 そういうものなのかなあとシラタマはふいに顳顬に指を当て――頷いた。

 ニグンはその場から移動し今回の主戦力であるクアイエッセの元へと向かう。すでに炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を召喚し終えた隊員達、そして迷彩色を施された天幕が開かれ――クアイエッセが姿を見せた。

「お待たせ致しました。それではいきましょうか」

 悠然として構え、その瞬間周囲の隊員達が息を飲んだのが分かった。彼らは皆知っているからだ。クアイエッセという男がすでに人間を超えた、英雄級の男であると。そして彼が〈一人師団〉と呼ばれる理由を。

「出ろ! ギガントバジリスク!」

 クアイエッセの背後に巨大な黒穴が浮かび、そこからギガントバジリスクが飛び出す。場から驚愕と恐れが混ざった声が上がった。クアイエッセの職業はビーストテイマーであり、最低でもモンスターを十体まで召喚できるらしい。まさに〈一人師団〉というわけだが――

(ギガントバジリスク……久しぶりに見たな。もう少し大きかった気もするが……ああ違うな。御方々の使役される魔獣が大きすぎるんだ……アレに比べれば……ははは)

 ナザリック闘技場での地獄のパワーレベリングを思い出し――もう思い出したくない。とにかくあれらに比べれば今さらギガントバジリスクなんて可愛いものだなとニグンはひとり哀愁漂う笑みを浮かべ

(――と、いかんいかん)

 集中せねばと気を引き締めた。

 

「ではクインティア様――」

「クインティアです」

「…………」

「ク・イ・ン・ティ・ア!」

「………クインティア、殿」

 精一杯の譲渡を見せるとクアイエッセは――何か言いたそうにはしていたが――ようやく妥協してくれたようだった。

「ではクインティア殿、ギガントバジリスクの他に周囲の警戒に優れたモンスターは召喚できますか?」

「そうですね。ならばクリムゾンオウルを」

 クアイエッセが真紅のフクロウを召喚し、ギガントバジリスク、そして天使達と並ぶ。

「では各員構え――」ちらりとシラタマの方へ視線を向け「……シラタマ様もよろしいでしょうか?」

「ん? ――うん。こっちの準備もオッケーだよ」

 そう言ってVサインを作った。が、(こっちの準備……?)その言葉にどこか嫌な予感を感じながらもニグンはええいままよと作戦の開始を告げる。

「ではギガントバジリスクは前に、後方を天使たち。天使たちはギガントバジリスクが入り込めないような場所に逃げ込んだゴブリン達を掃討せよ!」

 隊員達とクアイエッセが一斉に返事をし、シラタマも「それじゃあ楽しい楽しいゴブリン狩りのはじまりじゃ――っ!」とまるで遊園地にやってきた子供のようなテンションで喜色に満ちた声をあげた。

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 トブの大森林の南側に沿うような形で、カルネ村という小さな村がある。帝国領とも近いが王国領内とされており、そこはかつて法国兵士による虐殺から逃れた、そして偉大なる大魔法詠唱者モモンガによって救われた村であった。

 そしてそんなカルネ村は現在、ただならぬ緊迫感に包まれていた。

 

「それは本当なの? エンリ」

 前髪の長い少年、ンフィーレア・バレアレが心配そうに村娘のエンリに問いかける。彼はエ・ランテルからたまたま薬草採取の為にここまで来ていた薬師であり、ちなみにエンリに片思い中だ。

「うん、森に探索に出てたゴブリンさん達から知らせがきたの、大勢のモンスターの気配が、こっちに向かってきてるって……」

「……ゴブリン達が?」

 ンフィーレアは少しだけ口元を歪める。こう言ってはなんだが、ンフィーレアは現状まだカルネ村の変化に理解が追いついていなかった。

 久方ぶりにカルネ村を訪れた際以前はなかった村を囲う柵や櫓、そこを警備するゴブリン達、そのゴブリン達を召喚するアイテムを与えてくれた謎の魔法詠唱者モモンガ……さまざまな情報にパニックになりがらも――大魔法詠唱者モモンガ様の話をする時のエンリのまるで恋する乙女のような表情に良くない感情が顔を出しかけたが――それらを頭の中の引き出しにとにかく押し込める。

 そして何よりも自分の知らないうちにカルネ村が謎の騎士達に襲われていたという事実がンフィーレアの心を強く締め付けた。自分がエンリを助けてあげられなかった事に憤りすら感じていた。

「……エンリ」

 目の前で惚れた相手が、どうしようとぎゅっと唇を噛み締め震えている。

(今度こそ僕が――!)

「エンリ、あのさっ」

「どうするも何も、俺らが村を守るに決まってるでしょ!」

「え?」

 振り返る。そこにはンフィーレアをエ・ランテルから護衛してきた冒険者チーム〈漆黒の剣〉のメンバー達がいた。

 へへんと得意げにウインクするのはレンジャーであるルクルット。その隣ではリーダーである剣士ペテルが決意に満ちた目で頷く。

「本来なら私達の任務はンフィーレアさんの護衛……ですが危険に晒されている村を放っておくなんてできませんよ」

「そうである! これも何かの縁、力を尽くすのである」

「可愛いエンリちゃんは俺が守るぜ!」

「私達では頼りないかも知れませんが、お助けしますよ!」

「みなさん……!」

 エンリが目を潤ませながら頭を下げる。

 向かってくるモンスターがどれほどなのかはまだわからないが、ゆっくりはしていられない。モモンガから与えられたアイテムにより召喚したゴブリン達、そして漆黒の剣、ンフィーレア、村の自警団で迎え撃つ手筈となった。

 

 エンリは村人達を避難させ、自分も妹のネムと共に村長の家にて手を合わせる。神様、どうかこのカルネ村をお救いください――と。そして偉大なる大魔法詠唱者モモンガの姿を思い出し、そのお力と勇気を私達にお貸しくださいと祈るのであった。

 

 




web版ニグンさん好きです。ゴブスレ話お気に入りです。オバマスでも救国の英雄みたいになってますし、我らがルーイン隊長。さすがです
ちなみにwebでは冬前でしたが時期が早まったのでゴブリン達の繁殖数は半減です。
そして漆黒の剣のみなさんもこっそり生存ルートへ行けそうですね。


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18 サキュバスは楽しく殲滅する

 そのゴブリンの群れはかつてはどこにでもあるわずか数十匹の群れであった。しかし数ヶ月前、仲間に入れてくれとやってきた渡りゴブリンと渡りホブゴブリンらによりその群れは瞬く間に成長し繁殖していく。

 別の地よりやって来た彼ら曰く――自分達には元々住んでいた集落があったが、突然そこに現れた白い翼を生やした者らによって壊滅してしまい自分達だけがなんとか生き延びたらしい。その話に群れのゴブリン達は恐々としたが、ホブゴブリンは安心してくれと続ける。その白い翼の連中はあとからやってきた冒険者らしき人間の女の集団によって敗れたらしい。だからこそ自分達は逃げる事ができたのだと。ゴブリン達はほっと胸を撫で下ろす。

「ニンゲン……人間め! 我ラ個々では敵わズとも多くと手を組み、軍ヲ成し、必ず報復してヤるぞ……」

 そう語るホブゴブリンの瞳にはドス黒い復讐の炎が揺れていた。かつての彼らはただ平和に暮らしていただけなのだ。そう、平和に暮らし、平和に近くを通る旅人や村々を襲い、女を犯し子供を喰らい、平和に暮らしていただけだったというのに――!

 ホブゴブリンの話に、ゴブリン達は素直に頷く。そして次に、彼らと組めばこの群れはうんと力を付けられると確信した。

「いずれはここにいる全員が人間の肉にありつけるぞ。あれは一度食えばやみつきだ」

 ゴブリン達は笑う。

 この世界の亜人や異形にとって人間は食料や慰み袋――しかし人間とて非力な馬鹿ばかりではない。時として奴らは武装し、魔法も使う。よってそれらを嗜好できるのは力のあるモンスターか力を得た群れだけだ。

 人間を襲わない群れ、などというものが存在するのならそれは人間に飼われた家畜のような群れだろう。野生の群れで人間を襲わないのならばそれは人間を襲える力のない群れ、が正解なのだ。

 ゴブリンの王国はまだまだ大きくなる。いずれは万を超えるだろう。そうなれば――盛大に近隣の村か小国でも襲ってみようか。

 ゴブリン達は笑う。

 そんな彼らの王国は、この日もいつもと変わらぬ朝を迎えるはずであった。

 

 

 

 開幕の一撃はギガントバジリスクからだった。

 何が起こったのかまるでわからないまま慌てふためくゴブリン達を逃すまいと天使達が追い立て、掃討していく。

 たまらず大穴から飛び出してきたゴブリン達には《火の雨(ファイアーレイン)》が降り注ぐ。

「隠し穴があるかもしれん、決して逃がすな!」

 ニグンは《監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)》を召喚し隊員らを援護しながらゴブリン達の動きを注視していた。

 トブの大森林の地下深くには巨大な空洞が多数存在する。ゴブリン達の住む大穴もそれらのうちのひとつであり、洞窟内はどこに繋がっているかわからない。だからこそ周囲の警戒はクアイエッセのクリムゾンオウルが行なっているが――さらにその上を人間サイズの影が飛翔していった。

 その影の主は笑いながら、大穴内部から繋がる別穴より這い出てきたゴブリン達を見つけてはそこへ突っ込んでいく。

「はあーい残念でしたアアッ!」

 シラタマは空間からククリマチェットを取り出し逃げ惑うゴブリンの首を容赦なく刎ねる。慈悲はない。さらに別穴から飛び出してきたゴブリン達も逃がすわけなく、旋回し突撃。ぎょっと目を見開いたゴブリンが数体迎え撃ってやるとばかりに武器を構えたが、そんなもの全くもって意味はない。すべては無駄なのだ。

「無駄アッ!」

 刎ねる。刎ねる。たまに無意味に蹴り飛ばしまた刎ねる。

「無駄無駄無駄無駄ッ!」

 ゴブリン達の総数は五千、これなら百匹くらいまでは遊んでもいいだろう。背後からホブゴブリンが襲いかかってきたが難なく屠る。

「あーっはっはっはっはっはあーあーっ!」

 わーいたーのしー! とばかりにゴブリンを追い回し始末していく。

「殲滅殲滅ゥ! っと」

 ある程度スッキリしたところで、シラタマはそろそろかなとアウラに《伝言》を繋げた。

 そしてまた穴から這い出てくるゴブリン達を見つけ――目の前に降りたつ。

「やあやあおめでとう、君たちには特別任務を与えてあげるよ――《誘惑(テンプテーション)》」

 

 

 

++++++

 

 

 

 遠くから聞こえてくる群勢の足音、三度の警鐘、少し間隔をおいてまた三度。かつて村を襲われた時と同じ空気が現在カルネ村を支配していた。だが――前とは違うのはそこにいるのはただ一方的に虐殺されるだけの村人達ではないという事。

 エンリはネムをぎゅっと抱きしめると、村長宅の窓から外の様子を伺う。窓からはちょうど村の正面が見え、そこに並ぶ背中はゴブリン達、漆黒の剣、少し下がってンフィーレアだ。ちなみに謎の騎士らに襲われた後に結成した村の自警団はエンリらの隠れている村長宅の周囲や櫓で陣形を構えている。

 

 

「……きますぜ」

 ゴブリンの一人、ジュゲムがそう呟いたのと同時に木々の間からゴブリン達が姿を見せた。

 ゴブリンの守る村をゴブリンが襲うのかとンフィーレアや漆黒の剣達は思ったが――すぐに敵のゴブリン達の数が多過ぎる事に気付き全員が戦闘態勢へと入る。数匹、数十匹、ゴブリン達はまるで一心不乱にこちらに向かって突進してきていた。

 

「止まれ!」

 

 ジュゲムが叫ぶ。だがゴブリン達の勢いは止まらない。加えてその手に持っているのはどう見ても武器だ。この時点でそこらのゴブリンよりもタチが悪い。

「ちっ、止まらねえならこっちもそれなりの対応させてもらう!」

 ばっと右手を上げると、見張り台にいたゴブリンアーチャー達が一斉に射撃を開始する。それを抜けてきたゴブリンをジュゲムとペテルらが迎え撃ち、魔法詠唱者(マジックキャスター)であるニニャとンフィーレアが援護にまわる。

「まだまだくるぞ!」

「射て! 射て!」

 どこから溢れかえってきたんだとばかりにゴブリンの群勢が押し寄せてくる。数十、いや、数百――まるでゴブリンの大雪崩だ。

「ぐあっ!」

 十体のゴブリンに押し負けたところを棍棒で殴られ、ペテルの身体が大きく揺らぐ。すぐにルクルットがカバーするが彼もまた多くのゴブリンに取り囲まれた。

「《魔法の矢(マジックアロー)》!」

 ニニャが二人を助ける。

「くそ…っ!」

 彼ら漆黒の剣は決して弱いチームではない。冒険者ランクは銀級、森に生息する跳躍する蛙(ジャンピングリーチ)巨大昆虫(ジャイアントビートル)を倒した経験もある。ゴブリンに比べればそれらの方が強いのは間違いなく、また彼らにはチームワークという武器もあった。

 だが――ゴブリンの強みはその数の多さである。

 小さな種火も集まれば巨大な炎へと変貌するように、圧倒的な数量、加えてこのゴブリン達は全員が武器を所持しているのだ。

 かつてそんなゴブリンという種族を侮った小国がまんまと飲み込まれた事件もあった。だからこそゴブリンはその種族自体は最弱であれど、とんでもなく厄介で悪質なのだ。

「武技〈要塞〉っ!」

「こっちだくらえっ!」

 それでも村を守る為に彼らは凌ぐが、ゴブリン達の数は一向に減っていかない。

「《軽傷治療(ライト・ヒーリング)》!」

 ダインがペテルとルクルットの傷を治す。

「ああくそ、こいつら一体――」

 どんだけいるんだよとルクルットが吐き捨てかけたその時だった。

 ゴブリン大雪崩のさらに背後からのそりとオーガ七匹が姿を現わす。さらにその後ろからおまけですとでも言うようにジャイアントスネーク数匹、魔狼(ヴァルグ)が数匹、他にもさまざまな魔獣が姿を見せた。

 全員の顔が一瞬で凍りつく。

 

「――ッ! あんたらは一度さがって体勢を立て直せ! それまで俺らが引き受ける! お前らあっ!」

 ジュゲムの声にカルネ村のゴブリン達が一斉に前に出る。しかし、だ。彼らの平均レベルは10程度であり、人数も十九匹。それこそ敵側と対して変わりはしない、どころか魔獣の方が強いだろう。しかし――それでも彼らは前に出た。

 エンリによって召喚された彼らの存在理由はひとつ、エンリを守る事。そのエンリの住む村を守る事。己の命など惜しくはない。

「みなさん!」

「わかってます!」

 漆黒の剣とンフィーレアは目配せし言われた通りに後ろへ下がる。だが、現実というのはどこまでも非情らしい。

 突然森の奥から咆哮が轟き、全員が顔を歪ませた。続く大きな足音と木々が倒される音――そこから出てきたのは巨大なトロールだった。しかもその手には巨大な大剣が握られている。

「……そんな」

 ンフィーレアの前髪の奥が恐怖に染まる。

 そして次に頭の中で出てきた文字は――死だ。圧倒的弱者である人間としての本能が全力で逃げろと警鐘を鳴らす。一般的な妖巨人(トロール)でも金級冒険者達が数人でかかりようやく相手に出来るような相手だ。今この場にいる者達――ジュゲム達も含む――ではおそらく敵わない。

(無理だ! 早く逃げるんだ!)

 心の中で自分が叫ぶ。アレは普通のトロールではないと。そしてトロールによって捕食される自分の映像が脳裏をよぎる。自分、村人達、その後は誰よりも大切な――最悪の光景が浮かび

「――だめだ!!」

 叫んだ。

「あいつを村に入れてはいけない! みなさん!」

 その声に漆黒の剣も――その顔はすでにゾンビのように蒼褪めていたが――覚悟を決める。

 ンフィーレア達の後方にいる自警団も、がくがくと震えながらも弓矢を構えた。

 

「舐めんじゃねえぞ!」

「気張れよお前らア!」

「キュウメイ! そっちの蛇は頼んだ!」

「ああ任せてくれ!」

 魔獣の群れはジュゲム達が引き受けている。だがその隙間を抜けてきた敵ゴブリン、そして問題のトロールは漆黒の剣とンフィーレアが相手をするしかない。

「グオオオオオッ!!」

 トロールが吠える。ビリビリと空気が痺れるような感覚になんとか耐え

「いくぞオオオオ!」

「うおおおおお!」

 声を荒げ震える身体に檄を飛ばす。死んでも止めるしかない。そうして全員で迎え撃つ。

 

炎の上位天使(アークフレイム・エンジェル)! かかれ!」

火の雨(ファイアーレイン)!」

衝撃波(ショックウェーブ)!」

 

 突然横槍が入るような形で魔法が放たれた。

 その攻撃に敵ゴブリンや魔獣たち数匹が飲まれ、倒れる。そこへ追撃とばかりに天使が漆黒の剣達の前に背を向けて立ち、抜けてきたゴブリンを一掃した。

「な……っ」

 漆黒の剣とンフィーレアは唖然という風に攻撃が飛んできた方に顔を向ける。

「君たち大丈夫ですか!?」

「どうしてオーガや魔獣がこんなに……くそ、あれはトロールじゃないか!」

「おい待て、なんだ? ゴブリンとゴブリンが戦っているのか!? どうなってる!?」

 

 見たこともない黒服に頭巾を被った男が三人、彼らはゴブリン殲滅作戦中にワケあって包囲網からはぐれてしまった陽光聖典予備隊員達であった。その際にホブゴブリンやゴブリン達の群れがどこかへ移動しているのを見つけ後を追ってきていたのだが――

「それにしても自分達の集落を追われた直後にもう近隣の村を襲うとは……クソどもめ」

 予備隊員の一人が悪意を込め呟く。心底奴らが憎いとばかりに。

 

「あ、あの、みなさんは一体!?」

 ペテルが尋ねるが予備隊員は「話ならあとで、今はこいつらを殲滅するのが先です!」

 そう言ってンフィーレアと漆黒の剣のそばまで駆け寄り、彼らもまた戦闘態勢をとった。

 

 

 

++++++

 

 

 

「ああくそ……っ!」

 大森林の中を全力で駆けながらニグンは悪態を吐く。ゴブリン達の殲滅作戦は途中まで何ら問題なく進んでいた。〈一人師団〉の助力、シラタマの存在、それらはたしかに今の陽光聖典の大きな力となっていた。それでも――だ。結局のところ作戦の中心となるのは陽光聖典隊員達であり――だがその隊員数は普段よりうんと少なく、加えて今回初出撃となった予備隊員も多かった。そのせいだ。だからこそそこに落とし穴は生まれてしまった。

 包囲網が崩れたと報告を受けた時、ニグンの第一声はまさか、であった。だがそのまさかの事態が起こったのだ。

 

 召喚維持遠距離化の失念――。

 

 召喚されたモンスターというのは術者からあまり距離を取ることができない。しかし魔法強化を行うことにより――多く魔力を消費することにはなるが――その距離を何倍にも伸ばすことができる。つまり召喚維持遠距離化は安全な場所に召喚者を置きながら戦える戦法であるのだが……今回はそれを予備隊員数人が怠ったのだ。

 その結果包囲網に穴が開きそこへ大勢のゴブリン達が雪崩れ込んだ。

 だがこの事態は「そんな初歩的なミスをする部下がいるはずない」と思い込んでいた自分の失態であり、その責任をとらなければならないのもまた隊長である自分だ。そう判断したニグンは一旦現場の指揮をイアンに任せ――クアイエッセもついているので戦力面は大丈夫だろうと判断する――包囲網に穴が開いた場所へとひとり走っていた。

 通常の隊員ならば不測の事態にもなんとか対応できただろう。が、彼らはまだ経験の少ない予備隊員だ。

 

「うわあああっ!」

 予備隊員のひとりがホブゴブリン達に襲われているのが見えた。天使はいない。術者との繋がりが切れたのか倒されたのか……それにしても、だ。ホブゴブリン数体程度しっかりと落ち着けば対処できるだろうに――

(予備隊員達の教育は今後の必須課題だな……)

 眉を顰め、だが今はとニグンは走りながら《正義の鉄槌(アイアンハンマー・オブ・ライチャスネス)》を放ち、それらを掃討する。

「――無事か」

「た、隊長おっ! 申し訳ありません!」

 予備隊員がなんとかと立ち上がると必死に頭を下げ、ニグンはそれを手振りでやめさせる。そして辺りを見渡し

「……他の者はどこだ」

「は、はい! ゴブリンらに陣形を崩され、後退を余儀なく」

「ああなるほどわかった、私が行こう。お前はすぐにここから移動し他の隊員と合流しろ」

「はっ!」

 急いで走っていく予備隊員の背を見送り、ニグンは残りの予備隊員らの捜索へと戻る。

 さて、今いる位置が最初の包囲陣形の崩れた箇所とすれば、この場から後退したとなると――

 

「――ん? この方角はたしか……あっ」

 以前来た時とは違うルートで来ていたせいで気づくのが遅れたが――間違いない!

 そしてふと、あの時すごーく嫌な予感を覚えたシラタマのVサインポーズがニグンの脳裏を過ぎり

 

「あああああっ!!??」

 

 やられた! とニグンは叫ぶ。そして今、間違いなくあの場所で大問題が発生していると確信し、とにかく今は急ぐしかないのであった。

 

 




*今回のオリジナル魔法及び捏造部分*

《誘惑/テンプテーション》
敵のヘイト先や行動を誘導したりできる。
あくまで洗脳ではなく無意識下への干渉であり、《支配》とは違い操られた記憶は残らない。


一足早いカルネ村の戦い開幕です。
漆黒の剣と陽光聖典達が絡んでるのいいなあと思い、こうなりました。
そしていつのまにかゴブリンスレイヤー始まってました。


あ、ニグンさんがんば(白目)
きっとシラタマ様がどこかで応援してくれてるよ(適当)


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19 カルネ村の戦い

 エンリは窓の外の光景に全身の血が凍りつくような感覚を覚えていた。突然森から現れた悍ましいトロール。それを見た時エンリはいつか両親が話して聞かせてくれた〈東の巨人〉という御伽噺を思い出した。トブの大森林には恐ろしい化け物がいるんだよ、と。

 それは村の子供が一人で森に行かないようにする為のよくある御伽噺で――

(違う!!)

 エンリは確信した。あのトロールこそが、そうなのだと。

 

 

「ゴアアアアアアッ!」

トロールは獰猛な声を上げながら大剣を振り回す。

「みんな下がれ!」

 回避しようとしたが漆黒の剣のメンバーらがわずかに間に合わず、掠ったようにも見えたがそれでも大きく薙ぎ払われた。

 とくに前衛にいたペテルが大ダメージを食らったようで血を吹き出し地面へと叩きつけられる。そしてルクルットとダインもまた血だらけとなり膝をつき、ニニャも満身創痍だ。圧倒的な力の差に心が折れそうになるのを耐え――それでも彼らは立ち上がろうとする。

「《衝撃波(ショック・ウェーブ)》!」

 陽光聖典予備隊員の放った魔法がトロールの正面に当たるが、僅かに身を揺らしただけであった。

「くそ!」

「ならばいけ! 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)!」

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)二体が突撃する。だがトロールは天使達をなんなく大剣を盾にして受け止める。

「まずいぞ…!」

「魔力が……尽きそうだ……!」

 それでも予備隊員二人は必死に天使を操り――すでに隊員の一人はトロールに敗れ死亡していた。そもそも彼らはここにきた時点で万全ではなかったのだ。元々のゴブリン殲滅の際にその魔力のほとんどを使っており、加えて彼らはまだ予備隊員であり今回が初となる出撃、そう考えればかなり善戦しているだろう。

「グオ、オオオオオッ!」

 トロールの咆哮。そしてその分厚い岩のような腕で天使二体の頭を掴み地面へと叩きつける。天使は光の粒子となって霧散した。

「く……っ!」

 盾としても使っていた炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)の消滅、すかさず自身での魔法攻撃へと切り替え

「オオオオオオッ!」

 だがそれよりも速くトロールの大剣が振られ、予備隊員二人の身体がくの字に折れ、ボキゴキという何かが粉砕されるような音とともに吹き飛ばされる。宙を二回転して地面に堕ちた身体は――すでに誰が見ても死亡していると分かった。

「くっそおおお!」

 ンフィーレアが飛び出しトロールに向けて《酸の矢(アシッドアロー)》を放つ。だがトロールはまた何の反応も示さず――まるで魔法なんて当たっていないかのようだ――ぐるんと首を回しンフィーレアに狙いを定めた。

「ンフィー!!」

 だがその時、村長宅からエンリが飛び出す。

「!? きちゃだめだ! エンリ!」

「待てエンリちゃん!」

「くそっ、射てええ!」

 自警団によって駆け寄ろうとしていたエンリは止められ、それと同時に何本かの矢がトロールに向けて放たれる。だがいくら矢が刺さろうともトロールは無反応のままだった。

 

「ち、ちくしょお……!」

 ンフィーレアの前髪の奥で、その瞳が涙で揺れる。守れないのか、自分はたった一人の惚れた女性すらも守れないのかと。

 カルネ村のゴブリン達も魔獣の群勢と次々に湧いてくる敵ゴブリン達相手に手間取っておりこちらに助力できない。

 漆黒の剣は――ペテルはまだ地面に横たわったまま動かない。もしかするともう死んでいるのかもしれない。ルクルットとダインもなんとか戦闘に戻ろうとしているがかなり厳しいだろう。

「ンフィーレアさん!」

「ニニャさん……!」

 ニニャだけは大剣の攻撃が届いていなかったようで、いや、おそらく他の三人が守ったのだ。ンフィーレアとニニャは覚悟を決めると二人でトロールの前に立ち塞がる。

「仲間と村人達には手を出させないぞ……!」

「僕たちが相手だっ! エンリ! みんなを連れて逃げろ!」

 せめて数秒だけでも時間を稼ぐ。だからその間に――

「ンフィー!」

「やめろニニャー!!」

「ニニャ! 逃げるのである! 早く!」

 エンリとルクルット、ダインが叫ぶ。

「グオオオオオッ!」

 その声をトロールの吠声が掻き消し、二人の頭目掛けて巨大な大剣は振り落とされた。

 

「はいストーップ」

 

 ――だがその大剣は受け止められた。しかも片手だけで。

「……え?」

 ンフィーレアとニニャは何が起こったのかまるで理解の追いついていない表情を浮かべ、突然目の前に現れた後ろ姿をただ呆然と見つめる。

 白銀の髪が風に揺れ、黒のコートが靡く。その衣服から先程まで共に戦ってくれた天使を召喚する三人の男達の仲間だとは分かったが――何か、どこかが違う。

 その人物は大剣を掴んだまま二人の方を振り返り――美しい女性だとおもわずンフィーレアは息を呑む――その背後、漆黒の剣や村人達、そして地面に転がっている予備隊員らの屍体をかるく一瞥し小さく息を吐くと、さらに辺りをきょろきょろと見渡した。

「グアアアアッ!」

 だがそこへトロールが空いている方の手で殴りかかる。

「私…今、はいストップって言ったよね?」

 その手もかるーく受け止め、一気に腕ごと引きちぎった。続いて大剣を持つ方の腕も斬り捨て、二本の腕が宙を舞う。

「ガアアアアァアッ」

 ここで漸く、初めてこのトロールは叫び声をあげながら仰け反り後退した。

 

「――あ、やっときた。遅いよもう」

 そう呟くと同時にトロールを蹴り飛ばす。

「じゃああとよろしくねニ……ルーイン殿!」

「えッ!? ――っは、《善なる鉄槌(ホーリー・パニッシュ)》!」

 突然森の中から飛び出してきたもう一人の黒服が魔法を放つ。そしてトロールは激しい閃光に飲まれ――跡形もなく滅びた。

「す、すごい……!」

 ニニャがおもわず驚嘆の言葉を漏らす。だが女の方の黒服はそれをスルーし、今度はその他の魔獣達に視線を向けるとそちらへ歩いていく。

 

「この村を守っている側の者は五秒で離脱しなさい! はいご~……! よ~ん……!」

 そう言いながら、黒服の男にまたちょいちょいと手振りで指示を出す。

 一方で突然そんな事を言われたジュゲムらは狼狽し「えっ!? は!? はああ!?」と、しかし即座に状況を察したのか大慌てで村の方へ引き上げてきた。

 

「……にい~……いち……はい終わり!」

「《魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)》《炎の雨(ファイヤーレイン)》」

 再び男の方の黒服が魔法を放つ。

 先の三人の黒服達も使っていた魔法だが、その威力は桁違いだった。

 あっという間にゴブリンや魔獣が掃討され――森に静寂が戻る。

 

「……ん。よく頑張りましたね、みなさん」

 

 女の黒服がそう言ってンフィーレア達に微笑み――ああ、なんて慈愛に満ちているのだろうとンフィーレアは思いながらその場に倒れ、スイッチが切れたように意識を手放すのであった。

 

 

 

++++++

 

 

 

 ンフィーレアが目を覚ますとどこかの家のベッドの上だった。ふと身体を見る。あれだけのダメージを受けていたというのにそこには一切の傷もなくなっており、おもわず「ええ!?」と驚きの声を上げ――周囲を見れば隣のベッドでは同じようにリアクションをとっているペテルがいた。

「ぺ、ペテルさん! ご無事だったのですね!」

「ん、ふぃーれあ、さん……っ、わあし、は、いったい……?」

 まだ意識が朦朧としているのだろう。呂律もまわっていないペテルに「自分が確かめてきます」と告げンフィーレアは外へ出ようとし――先に扉が開いた。

 そしてニニャとエンリが飛び込んでくる。その後ろから数歩遅れてルクルットとダインが。

「ペテル! 目が覚めたんですね!」

「良かった、ンフィーレアも……!」

 わあっと場が歓喜に沸いた。

「え、エンリ……みんなも無事で……」

 そこでンフィーレアは漆黒の剣達も皆身体中の傷が完治している事に気付く。

「一体……」

 何があったのか? と聞こうとしたが、それよりも前にその答えの方からやってきてくれた。

 

「お目覚めのようですね、ンフィーレア・バレアレさん。ペテル・モークさん」

 

「あなたは……」

 扉から入ってきたのは、気絶する直前に見た女神様――ではなく、突然現れ自分達と村を救ってくれた黒服の女。白銀の髪が煌めき、まさに聖女という言葉がよく似合う。そしてその背後には同じく自分達を救ってくれた黒服の男も控えていた。

 

「ん。ひとまずは場所を移しましょうか? みなさんとはいろいろとお話したい事がありますので。自己紹介はその時にでも」

 

 そう言うとエンリ達も同意するよう頷き、一行は村の中央広場へと移動した。

 そこにはすでに村人達、そしてジュゲム達も揃っており、みんな無事だったのかとンフィーレアはほっと胸を撫で下ろす。

 そしてふと――そこに横たわったままの三つの屍体に顔を強張らせた。名も知らない彼ら、見ず知らずの自分達の為にあの恐ろしいトロールと戦い、そして死んでしまった。その服装から目の前を歩く女性の仲間なのだろう。

「……あの」

 申し訳なさからンフィーレアは口を開こうとし

「ああ大丈夫ですよ」

 女性が手を翳し《蘇生》を三度唱える。すると屍体が――屍体ではなくなった。三人の男が息を吹き返したのだ。

「なあっ!?」

 これにはこの場にいる全員が度肝を抜かれたと目と口を大きく開く。

「ルーイン殿、彼らを」

「は、」

 黒服の男が三人の様子を確認し、大丈夫ですと返す。全員無事に蘇生できたようだ。

「偉大なる……魔法詠唱者様……」

 誰かがそう呟く。

 彼女はまるで、数日前にこの村を救ってくださったあの偉大なるモモンガ様のようだ――と。

「あなた方は、異国の大英雄様なのでしょうか……?」

 村人のひとりが震える声で尋ねるが、女性は少し違うのだとそれを否定した。男の方が口を開く。

「…まずは先に我々の身分から明かしましょう。私はスレイン法国が部隊、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインと申します」

「スレイン……法国……」

 その名くらいしか知らない村人達や、もちろんンフィーレアと漆黒の剣も「どうしてスレイン法国の方が?」と、戸惑いを強くさせる。しかもただの旅の法国民というわけではなく、一国の部隊隊長というあきらかに上位の者が何故こんな辺境の村に? ――と。

 そんな反応の中、今度は女性の方がおほんと咳払いした。

「そして私はシ――んん。いえ、私の名はミタラシ・クロミツ・バニラアイス。同じく陽光聖典の……大隊長ですっ!」

「なんと」

「おお」

「……ぇ?」

 女性の口から飛び出した隊長のさらに上位だろう役職に村人達が一斉に驚く中、ニグンだけが何ソレ聞いてないんですけど!? とばかりに視線を向けてきたが――シラタマは知らんがなとそのままその設定でやり通す。ちなみに偽名はシラタマがリアルで初めてまともな家にお呼ばれされた際に食べさせて貰い、咽び泣くほど美味かった思い出のデザートで――まあそんなことより。

「まず我々がこの近辺にいたのは別の任務を遂行中だった為です」

「別の任務……ですか?」

 村長の問いにシラタマ、いや、ミタラシが頷く。

「実は少し前からこの近辺の村々が襲撃され壊滅する事件が多発しておりまして」

 その言葉にカルネ村の全員がビクリと表情を強張らせた。

「村々が……襲撃? この辺りのですか?」

 恐る恐るエンリが口を開く。その瞳は、かつてというにはまだ日が浅すぎる自分達の村を襲った悲劇を思い出しているようだった。シラタマは村人達を見回し全員が同じ目をしていると確認すると

「ええ」

 でもそんな悲劇こちらは存じ上げませんよという風に首肯した。

「我々としてはそれらの原因がゴブリンや亜人、魔獣なのではと考え原因を調べていたのですが――森林内に住む者らから東の巨人が人間を襲う計画をたて移動していると聞きましてね。あとを追いかけ――ここに辿り着いたというわけです」

「そう……だったのですか、あの、危ないところを助けて頂きありがとうございますっ!」

 エンリが頭を下げると、続くように村人達や漆黒の剣、ンフィーレアも頭を下げ、ミタラシは「いえいえ、当然の事をしたまでですよ」と優しく微笑む。

「それより……」

 そしてゆっくりと周囲を見渡した。

「この村、カルネ村……でしたね。このカルネ村は随分と変わっているのですね、ただの村に柵や櫓、そして――ゴブリン」

 ちらりとジュゲム達の方へ視線を向けると、彼らは身構えながらも小さく呻く。ゴミアイテムから召喚された低レベルモンスターといえど、さすがに力の差くらいはわかるのだろう。

 一方で村長はチラチラと村長夫人や村人達と視線を交わし「あの」と口を開いた。

「なんでしょう?」

「あの、じ、実は……法国の部隊である皆様にお話しても良いものか迷いましたが……この村は少し前、すでに一度襲われているのです……」

「……そうなのですか?」

 ミタラシの問いに村人達全員が頷いた。

「そして、襲撃してきたのは今日のようなモンスターではなく……人間の騎士達でした」

「ふむ」

 それを聞いてミタラシはわざとらしく目を細めた。なるべく神妙な面持ちを意識して――隣にいるニグンはすごくこの場に居づらいようで目を伏せているが、丁度良い。このまま黙っていてくれるだろう。

 カルネ村を監視させていた影の悪魔(シャドウ・デーモン)や村を救ったモモンガ当人からも先に確認したが、やはり村人達は例の襲撃についての詳細を何も知らされていないようだ――ならば先手を打たせてもらおうかと内心ほくそ笑む。

 

「どうやらワケありのようですね。詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 




※ 今回のオリジナル魔法及び捏造部分※

《善なる鉄槌/ホーリー・パニッシュ》
第五位階。清浄な光の光線を放つ。相手の属性が悪に傾いていればいるほど効果を発揮する。


陽光聖典予備隊員達のレベルはやっぱり正規の隊員達のレベルに比べて低いのかな、と。15~19くらいで考えてます。彼らにとってはとんだ初陣になりましたね。


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20 偉大なる死の王、うっかり降臨する

 数日前、カルネ村は謎の騎士達からの襲撃を受けた。それはまさに一方的な虐殺であり、多くの村人が亡くなった。もし――もしもあの時あの偉大なる仮面の魔法詠唱者様が現れなければここにいる全員が殺されていただろう。

 そう語る村人達の表情は悲痛に満ちており、ミタラシは「辛い事を思い出させてしまいましたね」ととりあえず頭を下げながら本心とは真逆の言葉を吐く。

「それにしても……仮面の魔法詠唱者ですか」

 続くその言葉に村人達の中に緊張が走った。もしモモンガ様の事を聞かれたらどうするのが正解なのか、と。だが予想に反してミタラシはそれ以上仮面の魔法詠唱者について聞くことはなく、それよりも謎の騎士達という存在を気にしているようだった。

「――結局、その者達が何者だったのかは分からず終いだったのですか?」

「え、ええ……鎧を見た限りでは帝国の騎士かと思うのですが……」

 村長が代表して答える。

 あの後ガゼフ・ストロノーフは早々に王国へと帰っていき、誰も詳しい事情は何も聞いていないのだと言う。

「……ふむ」

 ミタラシが考え込むように顔を伏せる。

「帝国の騎士、帝国ですか……しかしそれは、少しおかしいですね」

「おかしい、ですか?」

「ええ、私はあくまでも第三者……法国の者ですし、これは私個人の疑問に過ぎないのですが――何故帝国の騎士がこのカルネ村を襲う必要があったのでしょうか? 確かに王国と帝国が毎年戦争をしているのは存じておりますが――こう言っては失礼かと思いますが、その、何もないただの村を何故?」

「……それは、王国戦士長様が狙いだと伺っております。村を襲い戦士長様を誘き寄せると」

「戦士長本人があなた方にそう言ったのですか?」

 村人達が互いにどうだったかなと視線を交わし合い、とりあえずコクリと頷く。

「なるほどなるほど……ふむ」

 どこか腑に落ちないとでも言う風にミタラシが唸るので、さすがに村人達も不安になってきたのだろう。そばで聞いていたンフィーレア達も同じくだ。

「あ、あの! どこか気になる所があるのでしょうか!?」

「ん?」

 口を開いたのはニニャであった。

 ニニャはかつてこのカルネ村と同じような辺境の村で生まれ、姉と二人で暮らしていたらしい。だがある日突然現れた貴族に姉を攫われ――抵抗した村は…。辛い思い出にニニャはグッと唇を噛む。

 だからこそこのカルネ村の境遇に自分の故郷を重ねたのだろう。その真っ直ぐな瞳は、何か少しでも村の力になりたいのだと主張していた。

 その姿に、シラタマはなかなかイイコじゃないかと心の中で笑みを浮かべる。

「あなたは優しい子ですね」

「えっ!? いえそんな、私は」

「……ん、そうですね。まず私が気になったのは、謎の騎士達を帝国の者と仮定した場合村々を襲うのは得策ではないからです。王国と帝国が毎年戦争を行っているのは有名なので皆さんもご存知でしょうが……正直申し上げますと、毎年戦争を行っているのが不思議なくらいに戦力差は歴然なのですよ」

「それは――」

 どちらが上なのか、という問いは野暮というものだろう。知識の疎い辺境の村人でも帝国の方がはるかに優れているのだと察する。

「なので王国戦士長殿の抹殺が目的であったとしても、別にわざわざ回りくどい策を労せずとも戦場で本気になれば良いのです」

「それはつまり、謎の騎士達の目的はストロノーフ様ではなかった、と?」

「――さあ、そこまでは私もわかりません。ただ私達はここに来るまでに他の村も見てきましたが……残っている村はありませんでしたよ」

 全員の表情が変わる。

 基本的に、カルネ村は立地的な問題もあり他の村との交流はなかった。だがそれでもこの近辺で生き残ったのが自分達だけだと知れば辛い。それだけ多くの村人が死んだということなのだから。

 ンフィーレアや漆黒の剣も――ニニャはとくにひどく顔を歪ませている――その事実に唇を噛み締めていた。

 

「なので、おかしいと思ったのです。誘き寄せる為ならばそれらの村々を滅ぼしてまわる理由はないはず。それこそ最初の村で待ち構えていればいいのですから。――最初から村々を滅ぼす方が目的でない限り、ね」

 たしかに、と誰かから声が漏れる。

「なので我々は亜人やモンスターの仕業かと踏んでいたのですが……ふむ。どうやらこの問題には色々と裏がありそうですね」

 

 原因が亜人やモンスターなら法国の者である我々でも対処できるのですが、とミタラシは歯痒そうに小さく首を振る。もしこれが国同士の、それこそ秘密裏に行われたものであればそれは他国の者が安易に介入すべきではない案件だ。

 申し訳ないとミタラシ、そしてニグンが頭を下げる。

「しかし、その仮面の魔法詠唱者様は素晴らしい御方ですね。もしまたこの村にいらっしゃれば、()()()()からも感謝をとお伝え下さい」

「は、はい! あの、バニラアイス様、そして法国部隊の皆様も、見ず知らずの我々を助けてくださりありがとうございました!」

 村長に続くように全員が頭を下げる中、ミタラシは「いいんですよ。助け合うのは当たり前じゃないですか」と優しく笑った。

 そして《月光の狼の召喚(サモン・ムーンウルフ)》を唱えると、三匹の狼達にまだ歩くことのできない予備隊員を乗せて運んであげるよう指示する。

「では我々はこのあたりで。カルネ村の皆さんもどうかお元気で」

 そう言ってあらためて村人達に対し深い敬意を込めて一礼し――彼らは去っていった。

 

 

 

++++++

 

 

 

 ミタラシ、いや、シラタマ達が去った後もカルネ村の広場では村人達とンフィーレア、漆黒の剣の話し合いは続いていた。

 話題は三つ、あの虐殺の裏にどんな事情が潜んでいたのかわからないのに、それでも助けてくれた偉大なる魔法詠唱者モモンガ様への感謝。

 そして今日偶然とはいえ亜人やモンスターの群勢から村を救ってくれたミタラシ様、他国でありながらも命をかけて戦ってくれた法国部隊への感謝。

 そして――謎の騎士達の正体についてだった。

 帝国の騎士ではないとした場合、あれらはどこからの差し金だったのか。消去法で考えれば――すぐに答えは出た。

 

「……王国の、貴族」

 

 ニニャの言葉に、村人達の瞳に同意の色が映る。あえて口には出さなかっただけで、すでに誰もが王国を疑っていたのだ。

 実はあの襲撃のあった翌々日、村の者数人で帝国の騎士達に襲われたと王国へ伝えに行っていたのだ。だが彼らは王国兵に門前払いされ帰ってきた。ガゼフ・ストロノーフ戦士長の名を出しても取り次いでもらえなかったのだ。

 村は王国へ多額の年貢を納め、毎年の労役――これは戦争時の徴兵が主だ――もある。帰り際に門兵はそのうち王国から徴税官が行くだろうとは言っていたが、村人達にとっては今日生き延びるだけでも死活問題なのだ。いつも通りの明日をいつも通り迎えるという事が、王国の村人にとってどれほど難しい日常なのかと、彼らは悔し涙を流し村へと帰った。

 もしモモンガ様が無償で貸し与えてくれたゴブリン達の助力がなければ、カルネ村は襲撃を生き延びたとしても近いうちになくなっていただろう。

 

「――俺の村は」

 ぼそりと自警団の一人が小さな声を発する。その男はまだ若く、元々違う村に住んでいたがある悲劇により故郷を失い、三日前にこのカルネ村へと流れてきた男だった。

 自然と全員の視線が男へ集まる。

「俺の村は、ここと同じようにある日いきなり……焼かれたんだ。何があったのか、誰がやったのかもわからなかった……ただ必死に逃げて、みんな、焼かれて死んじまった……家族も、友達も……!」

 苦し過ぎるほど、男の心を村人全員、そしてニニャは理解できた。自分達の日常が、生活が苦しくとも幸せだった平穏な日々が、突如として蹂躙される絶望を皆が知っている。

「でも間違いなくわかるのは、王国の奴らに襲われたって事だ。村が焼かれる前に王都から来た怪しい連中が村の土地を使って何かを作れって命令してきていたらしい。村長が断ってたから連中の言っていた何かが何なのかはわからねえ、けど、村はそのあとに襲われたんだ! 俺の村は王国に殺された!」

 男が叫ぶ。

 

「腐った王国貴族の豚どもが何かを企んでいるのかもしれませんね」

 貴族は王国の闇、犯罪集団とも繋がっている。可能性はかなり高いだろう。

 そう吐き捨てるニニャの瞳の奥で深い闇が広がっているのに漆黒の剣のメンバー達は気づいたが、しかしそれを咎めることはできなかった。

 そして一方でンフィーレアは、ある決意をした。それはカルネ村への移住だ。

 

(今回のように亜人や魔獣にいつ襲われるかもわからないし、もし王国貴族や犯罪組織がカルネ村を狙っているとしたらかなり危ない状況だ。エンリは僕が守るんだ!)

 

 その後、ンフィーレアと彼の警護役として継続して雇われた漆黒の剣は本格的にカルネ村へと拠点を移した。

 やがてその腕はナザリックに買われる事となるのだが――それはまだ先の話。

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 シラタマとニグンがカルネ村にいた頃、トブの大森林ではアウラが今回の作戦で使わなかった魔獣を回収。そしてモモンガがゴブリンやホブゴブリン達の屍体を回収していた。

 亜人を使っての実験も色々としてみたかったし、あのアホヅラトロールの所にいたトロールやオーガでは数が少なくもう少し欲しいなと思っていた所にゴブリン数千匹を手に入れられてモモンガ的にはほっくほくだ。これだけいれば色々と実験も出来るだろう。

「それではモモンガ様、私は魔獣達を元の場所へ戻して来ますね!」

「ああ、よろしく頼むアウラ」

 ちなみに元の場所というのはナザリックの実験場だ。まあナザリックのモンスター達の餌にされるのがほとんどだろう。デミウルゴスが牧場を作っていると言っていたし、何匹かそっちにも分けてやるのもいいかとモモンガはひとり頷く。

 

(それにしても……カルネ村をゴブリン達に襲わせるって言い出した時は何でまたとは思ったけど……なるほどそういうことか)

 

 おもわずデミウルゴスのような反応をしてしまいモモンガは少し気恥ずかしくなりつつもシラタマの計画に感心した。

 今回シラタマのたてた計画、それはカルネ村をゴブリンに襲わせて大ピンチになったところを陽光聖典に救わせる、というものだった。

 聞いた時モモンガは何のためにとさっぱりだったが、デミウルゴスとアルベドが納得していたので知ったかぶりで了承したのだ。

「陽光聖典が村を救ったって事実さえあればあとは村人達が勝手にするよ」とシラタマは言っていたが、なるほどねとさすがのモモンガも理解する。

 現在モモンガは帝国、シラタマは法国を拠点としている。しかし今はまだお互い秘密裏に連絡を取り合いナザリックの外で会うことはない。だがどちらとも面識を持った今のカルネ村なら、偶然を装って会うことが出来るだろう。いわばカルネ村は二人の中継地。

 そのために謎の騎士達の正体を――王国に押し付けたのだ。

 シラタマさんも悪い事考えるなあとモモンガは苦笑する。

 

「さて、そろそろ俺も帰るか」

 

 心配で最後まで見学してしまったが、自分も一度ナザリックに戻って、そのあとアルシェとシャルティアのところへ行かねばとモモンガが《転移門》を使おうとしたその時だった。

 突然目の前の茂みからギガントバジリスクが飛び出し、モモンガは「うおっ!?」と驚いたが

「《(デス)》」

 しかし冷静に対処する。

「驚いたな……野生のギガントバジリスクか? めずらしい――」

 今度は背後の草むらから音がして振り返る。

「次はなん――ぇ」

 そしてモモンガは……フリーズした。

 

 そこには全然知らない金髪の若い男が号泣し、立ち尽くしていたからだ。男は「おお、おおお……」と咽び泣き、さらに嗚咽混じりにモゴモゴと何かを呟いていて正直言ってめちゃくちゃ怖い。もうほんとガチでやばい人だと確信する。

 でもここにいるという事は陽光聖典の隊員なのだろうかとモモンガは考え、かなり、ほんとかなり迷ったが声をかけてみる事にした――。

 

 

 

++++++

 

 

 

 

「だーかーらー予備隊員のやつはほんと知らなかったんだってー」

「……本当ですか?」

「あっ信じてない! 酷いっ! 私のニグンちゃんはいつからこんなに酷い子になったのか!? でもそれはそれであり!! くふうっ! もうっポイントあげちゃうっ!!」

「はあ……」

 勝手に興奮して抱きついて、いや、コアラのようにしがみついてきたシラタマをくっつけたままニグンは隊員達の待つ陽光聖典の拠点へと歩く。蘇生した予備隊員達は一足先に戻しているし、イアンが対応しているだろう。

「いやでも本当なんだよーだいたい最初はニグンちゃんともう少し強そうな隊員を向かわせる予定だったのにさ? なんか知らない隊員が勝手にきちゃうし? 急な予定変更はこっちも困るんだけど? 全滅しそうだったからおもわず助けちゃったじゃん!」

「……それは、申し訳ありません」

 たしかに予備隊員達に召喚維持遠距離化を確認しなかったニグンに責任があるのだが、なんで全部俺が悪いみたいになってるんだろうと考えながらもぷんすかしているシラタマに謝る。しかし、だ。とりあえず色々あったが今回の任務を無事終えられた事で良しとせねば――

 

「……ん? え゛っ!?」

 

 突然、ニグンの足が止まった。

 

「どしたの? ――ん? う゛ええ!?」

 

 続いてシラタマもそれを発見し、驚愕に目を見開いた。というかドン引きしてコアラ状態からずるずるずるーと地面に着地する。

 

 

 なぜなら二人の目の前には――全裸で五体投地するクアイエッセと、黒曜石の玉座に腰掛けた死の王、モモンガがいたからであり

 

 

「「いや何があった!!!??」」

 

 

 二人のツッコミに気づいたモモンガが泣きそうな顔を――表情は変わらないが――向け、必死に口をカパカパさせながらお願い助けてえええと《伝言》するのであった。

 

 




王国に厳しくなってきましたね!
でもオバマスでもエ・ランテル復興支援したり村人や王国民達を救ったのは陽光聖典やニグンさんらしいし、ニニャが彼らをめちゃくちゃにベタ褒めしてるところからお察しするにやっぱり王国側はあんまり動いてくれてないのかなー、いやー本当に王国腐ってるなーあっはっは!
これはもう厳しくしないとですね。仕方ないです。


シラタマ様はよくニグンさんの背中やら肩やら腕におぶさったりのしかかったりしがみついたりしていますがさりげに過重力系の魔法とか状態異常系の魔法を発動させたりして遊んでます。良いトレーニングになりそうですね。


そしてクアイエッセお兄ちゃんおめでとう。神と出会えたね…()


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21 神はおうちに帰りたいって泣いてます

「神よ!!!!」

「ヒンッ」

 男の突然の大声にモモンガはびくりと跳ね上がる。

「神よ!!!!」

 もう一度男が叫び、近づいてきた。モモンガはおもわず数歩後ずさる。

 だがモモンガを「神」と呼ぶ男の様子から、モモンガは目の前のヤバイ人が例の六大神がひとりスルシャーナの熱心な信徒なのだろうと察し――どうするべきかと思考を回転させる。

 

(俺スルシャーナって奴じゃないしなあ……でも否定したとして、現時点で法国に俺の存在が知られるのも困るし……うーん……)

 

 仕方ない、とモモンガは今は適当に話を合わせておいておさらばしようと決める。

 とりあえずは神らしく振舞っとくかと黒曜石の玉座を作り、支配者に相応しい態度を持って腰掛けた。その仕草に「おおおん!」と男がさらに涙を流す。

(いやどこにそんな感動する要素あったの!?)とモモンガは内心引きまくるが――支配者らしく堂々と構え

 

「――そうだ。私が神だ」

 

 すごく馬鹿みたいな返しをした。

 なんだよ私が神だって! どこの厨二だよ! とモモンガは沈静化される。

 しかし男はまるで《雷撃(ライトニング)》でも食らったのかというようにその身をビクンビクンと震わせ

「おあアアアっ! やはりそうでしたか!」

 その場で片膝をつき忠誠の礼を取った。

「ん、そ、そうだ……」

 モモンガは鷹揚に頷く。

「おお、神よ! 我が神よ! やはり大罪を犯せし者たちによって放逐されたなど偽りの伝承でしかなかったのですね!?」

「えっ?」

 男が何を言っているのかわからなかったが、とりあえず話を合わせる。

「そ、そうだ! お前の神たる私はここにいる!」

「うおおおおオオオオオオッ!!!」

 

 その言葉に男は絶頂し――……失禁した。

 そりゃあもう盛大に。股間から発動されるはほかほかびしょびしょの《大厄災(グランドカタストロフ)》――なんて言ったらウルベルトにマジで怒られそうだ。モモンガの眼窩の灯りがふっと消える。

 男はそのままでさらに歓喜の涙をその両目から溢れさせ、まさに上から下から、全身びしょびしょだった。

「おお、おおお、神よお」と消え入りそうな声でモモンガに深々と頭を下げる男に、モモンガは安易に話を合わせるんじゃなかったと激しく後悔する。というかかなりドン引きしていた。

 

(なんか、いかにも宗教に狂ったって感じだよなあ……)

 かつての世界、リアルにも宗教というものはあった。生まれた段階で二極化されたどうしようもなく不公平な世界、一部の富裕層の為だけに存在する世界。貧困層は日々命をすり減らし働き、塵のように扱われ死んでいく。そしてそのほとんどが歳を取るよりも前に病気か事故、または謎の死を遂げる。ストリートチルドレンや路上に転がったままの屍体を見ることも多く――しかしそんな世界でも、それでもいつか神が救ってくれるのだと必死に祈りを捧げている者達はたしかにいた。

 

(神に祈ったところで結局何も変わらないのにな……)

 もし神様がいるのなら自分の母親は……とモモンガは小さく頭を垂れ――

「お前の名を聞こう」ため息混じりに男に問う。

 

「はは! 我が神よ! 私はクアイエッセ・ハゼイア・クインティアと申します!」

「――ん?」

 その名前に、モモンガは小さく反応する。どこかで聞いた名前だと。

(あれ、もしかして……まあそっちは後でいいか。えーと……たしか名字が後ろなんだよな)

「……クインティアよ」

「ははあ!!」

 びしょびしょのクアイエッセが大きく返事をする。

「ヒエッ、あー……オホン、まずは落ち着くがいい。その身なりも、だな、整えよ」

 とにかく絵面が酷すぎるからタオルか何かで拭けとモモンガは目を――瞼も眼球もないが――伏せる。

 するとクアイエッセは「ははあ! 我が神よ! お言葉賜りました!」

 そう言って何をどう捉えたのか、一体なんのつもりなのか。彼は颯爽と服を脱ぎ捨てたのであった。

 

 

 

 

 そんなわけで――そこへ運が良いのか悪いのか、シラタマとニグンがやってきたのである。

 二人の目前には全裸で五体投地するクアイエッセと黒曜石の玉座に座るモモンガ。

 

「「いや何があった!!??」」

 

 と、おもわず声を揃えたもののモモンガとクアイエッセのあまりにも異様な雰囲気に二人はちょっと見なかった事にしようかと立ち去り――

『うおおい何逃げようとしてんだあああ!? お願い助けてええええ! この人ヤバイんですよおおおお!』

 モモンガからの唐突な《伝言》に「うひゃあ」とシラタマは飛び上がる。

『もうっ! なんなんですかモモンガさん! っていうかモモンガさんこそなんでこんなとこいるんですか!?』

『あなたが心配で見守ってたんですよ! まあそんな必要なかったですけど』

『えっそうなんですか? 照れるなあえへへへ』

『えへへへじゃねー! 褒めてねえええ! とにかくなんとかしてくださいよコレ!』

 

 コレと言われてもなあ……とシラタマはニグンに視線をやり、ちょいちょいとクアイエッセの方を指差し――ニグンはものすごく嫌な顔をした。「お前がなんとかしろよ」という命令を察したのだ。もちろん嫌ですなんて言えるわけがなく、変態狂信者クアイエッセのそばへと駆け寄る。

 

「あー……その、クインティア殿……」

 全裸で平伏するクアイエッセの肩をぽんと叩けば、クインティアは涙でべちゃべちゃの顔をギュルンッと向けた。

「「ヒェッ」」

 モモンガとシラタマが小さく悲鳴を上げ、ニグンは目を逸らしつつ以前からこの〈一人師団〉に対して苦手意識はあったがここまで酷いとはと心の中で項垂れた。

「あのですねクインティア殿、そのお姿は……些か目に余ると申しますか……その」

「これは我が神の御意志だ、ルーイン隊長」

「え゛っ!?」

 そうなの!? とニグンとシラタマがモモンガを見るが、モモンガは「違う違う!!」とばかりに必死に首を振る。

「我が神は申されました。私の身を整えよと……それは愚かなる穢れを一切取り払い無垢であれという神の御導き。生まれたままのひとりの人間としてこの身を神に献上せよと……」

『言ってねえええええええ!!!!』

 《伝言》でモモンガがツッコむ。

 まさにデミウルゴスもびっくりな拡大解釈であった。

「あー……クインティア殿」

「ルーイン隊長」

「えっ、あ、はい」

 ふとクアイエッセが真顔になり、おもわずニグンは身構える。

「貴方も我が神スルシャーナ様の信徒だったはずですよね? なのに……なのに貴方はッ! 神の御前でありながらその態度は何ですか!? 断固として許されないッ! 許されるはずがないッ! 今すぐ貴方も平伏しなさい! 我が神の前に今すぐにイイッ!!」

 突然豹変したかのように今度は叫び出すクアイエッセ。もはや情緒不安定すぎるだろコイツとモモンガとシラタマはドン引きにドン引きを重ねる。

「ええぇ……」

 そしてそんな事言われてもと、神の正体を知っているニグンはちらりとモモンガと視線を交わし――とりあえず片膝をつくことにした。

「ちょっ」

 それに焦ったのはモモンガだ。なんとかしてくれよとニグンに任せたのに全然なんとかできてないじゃないか!

 もういっそのことこの狂信者は殴って気絶させるか一旦殺しとくかとすら思えてくる。

 しかし真正面からクアイエッセを相手にしていたモモンガには、彼のその姿に一種の恐ろしさすらも感じていた。神の命令とあらば、おそらく目の前の男はその命を平然と投げ捨てることができるだろう。そんなおぞましい輝きを宿している。

 

(まるでナザリックの部下たちみたいだ……)

 

 はあ、と肩を落とすと、モモンガはクアイエッセに向けて手加減した《雷撃(ライトニング)》を唱え――

 クアイエッセは「ンヒイイイッ」と何故か嬉しそうにビクビクと身体を捩らせ――倒れた。漸く黙ってくれたよと全員が心からホッとする。

 

「あー……それでモモンガさん、こいつどーします?」

 黒焦げで気絶しているクアイエッセを枝でつんつんしながらシラタマが尋ねる。

「ふう、とりあえず一度ナザリックに持ち帰ろうかと思います」

「えっマジですか!? こんなのを!?」

「ええ、こんなのですけど」

 シラタマが驚くのも無理はないだろうとモモンガは頷く。誰だってこんな宗教狂いの変態男連れて帰りたくない。だが、そんな変態でも利用価値はあるとモモンガは考えたのだ。

 狂人だからこそ上手く操ることができるのではないか――と。

 リアルでも宗教団体の教祖様は信者から多額の金品どころかありとあらゆるものを根こそぎお布施させていたわけだし、しかもどの宗教団体も最上級アーコロジーに本拠を構えていた。まさに勝ち組を超えた勝ち組だ。

 そしてそれは、おそらくこちらの世界でも通用する手だろう。

 

 モモンガは《転移門》を開くとそこへクアイエッセをぽいっと放り込む。行き先はひとまずはいつものようこそナザリックコースだ。

 

「――ああそうだ。少し気になったのだがニグン、さっきのはもしかしてこの前シラタマさんが送ってきたクレマンティーヌの血縁者か何かか?」

「は、仰る通りです。名はクアイエッセ・ハゼイア・クインティア。スレイン法国六色聖典がひとつ漆黒聖典の第五席次でして、クレマンティーヌの兄です」

「あーやっぱりそうかー。名字が同じだし顔も似てたからそうじゃないかと思ったんだよ……」

(まさか兄妹揃ってナザリックに没シュートされるとは、いや、むしろさすが兄妹というべきか……ん?)

 ふとシラタマを見ると、シラタマはひとりキョトンと小首を傾げていた。その表情はこいつら何の話をしてるんだろうという風で――

「あの……シラタマ様、我々が法国へ向かう途中に遭遇したあの喧嘩を売ってきた人間(やつ)ですよ。ほら、シラタマ様が勝利なさったあとにナザリックに送られたでしょう? あの金髪女の、」

「あ、ああ――! いたねえそんなの!」

 ニグンに耳打ちされたシラタマがやっとこさクレマンティーヌという単語を理解したようでぱあっと笑顔になる。

「いや忘れてたんかい!!!!」

 あんたが送ってきたんでしょ!? とモモンガがツッこむ。

 シラタマは興味のあるものに対してはとことん追求し束縛し執着するが、反対に興味のないものに対しては本当に興味がないのである。それがシラタマという奴なのだ。

 

「でも少し話をしたらまた《転移門》でそっちに送り返しますよ。漆黒聖典のメンバーって事だし法国に返さないとまずいでしょう」

「了解でーす」

「は! 承知致しました!」

 それじゃあとモモンガはナザリックへと帰っていき、森林内は再び静寂を取り戻す。

(少し話を、か……)

 そう言ってはいたが絶対に話をするだけではないだろうとニグンは予感し、少しだけ同情する。どちら側にとは言えないが。今はただクアイエッセがちゃんと無事に――いや、マトモに返品されるのか、それだけが心配だ。

(……あー、元々マトモではなかったか)

 まさかあそこまで狂信していたとは。普段からは想像もつかなかったクアイエッセの姿に、もしかしたらあのクレマンティーヌもこれが嫌だったのでは? とニグンは考え――苦笑した。

 

「――とりあえず我々も隊員達の元へ戻りましょうか」

「ほいほーい」

 そして再び二人で陽光聖典達の待つ拠点へと歩きだし、そういえばクアイエッセがいなくなった件については隊員達になんと説明しようかとニグンは道中増えた問題の種に頭を悩ませるのであった。

 




ナザリックツアーにクインティアの追加入りまーす。この兄妹、どっちも頭おかしい。

そしてニグンさんお疲れ!
ほんと周りが変なのばっかりです。異形種動物園どころか変態動物園ですね! 彼に胃薬をプレゼントしたい。





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22 サキュバスはキャンプがしたい

今回はゆる~いお話です。
基本的にゆる~い本編でいきますよー


「キャンプといえば焼きマシュマロだよね」

 

 法国への帰り道、最前列の馬上にてシラタマがふいに呟いた。

「焼きマシュマロですか?」

 そのすぐ後ろで鞍に跨るニグンが首を傾げる。

「うん、焼きマシュマロ。私も食べた事はないんだけどね。川辺とか草原とか山とかいい感じのところでテント張ってさ、ご飯食べてさ、色々お話してさ、で、夜はキャンプファイヤーして焼きマシュマロってのがキャンプの定番らしいんだよ」

「ふむ……そのキャンプというのは野営とはまた違うので?」

「違うんだなあこれが! まず楽しさとかこう、わいわい感から違うよ。レジャーだもん、レジャー!」

「れじゃあですか……」

 ニグンはいまいちピンときてないらしい。もしかするとこの世界にキャンプという概念はないのかもしれないなとシラタマは思った。しかしまあそれはそうなのかも、と。この世界でキャンプできるような場所にはもれなく亜人や魔獣、モンスターがこんにちはするのだ。平和にレジャーなんてできるわけがない。

 

が! シラタマはキャンプがしたいのである!

 

「あっそうだ!」

 閃いたぜ! とばかりに振り返り顔を見上げる。

「今晩みんなでやろうよ! キャンプ!」

「えっ!?」

 キラッキラの瞳を向けられニグンはまた何かやらかすつもりなのかと顔をひき攣らせるが――ぐいっとスカーフの裾を引っ張られる。

「ねっねっキャンプやろ! ねっ!」

「…………はい」

 こうして鶴の一声により陽光聖典達のキャンプイベントは決定したのである。

 その後、隊員達に事情を説明すると彼らは戸惑いつつも「きゃんぷ」「れじゃあ」「やきましゅまろ」という謎の儀式に興味が湧いたのかありがたいことに了承してくれた。

 

「キャーンプキャンプ! たっのしいキャンプ!♪」

 そうと決まればキャンプ地探しだ。

 シラタマが楽しそうに白翼をぱたつかせる。

「シラタマ様、あまりはしゃぐと馬から落ちますよ」

「大丈夫大丈夫ゥ!」

「はあ……」

 ニグンは小さく肩を竦め、手綱を持ち直す。一応念の為にと馬のスピードも緩めた。しかしまあ任務も無事に終えたわけだし、クアイエッセの件はいろんな意味ですこぶる心配ではあるが――ちなみに隊員達にはクアイエッセは急遽別の任務で一時的に離れていると説明した――ひと晩くらいはいいだろう。というかシラタマのわがまま(イコール)絶対なので断れるわけがない。もし断れば=法国滅亡なのだ。いやほんとに。

 

 帰るのが予定より少しだけ遅れそうだがまあそのくらいは大丈夫だろうと判断し――結果このおかげで別イベントへのルート分岐が発生したことを、ここでは誰も気づきようがなかった。

 

 

 

++++++

 

 

 

 そんなわけで――陽光聖典達は現在エ・ランテルを過ぎてしばらく馬を走らせたところにある川辺にて荷物を降ろし、キャンプの準備を始めていた。

 

 そしてここでも行き道同様巨大な鮫のようなモンスターと遭遇――しかも今度は頭が二つあるタイプだった――隊員らは一時騒然となったが、シラタマが「続編でありがちなやつぅう!!」とまたもや瞬殺していた。

「ねーねー! これって食べれるのかなあ!?」

 シラタマはふたつの鮫頭を持ち帰ろうとしていたが、「たぶんお腹壊しますよ」とニグンに言われ残念そうに跡形もなく消し飛ばす。

 隊員達はその間テント代わりの天幕を張り、焚き火用の薪拾い、さらに川辺で釣りを行なっていた。その全員が隊服である黒の上着を脱ぎ頭巾もはずしている。これは今回のキャンプが任務とは一切無関係なのだときっぱり分けるためである。

 そう指示された最初こそ隊員達は戸惑ってはいたが、作業を開始すれば自然と彼らの緊張も解けていった。今ではあらゆる場から隊員達の談笑や笑い声が聞こえてくる。

「みんな楽しそうですな!」

 これでもかと薪を抱えたイアンが「がはは」と笑う。たしかに、とその光景にニグンは目を細めた。

「しかし、まさか見張り用にあれほどのモンスターを召喚されるとは思いませんでしたぞ。あれがなければもう少し気も休まったのですがな、がはは」

「ああ…」

 こればかりはイアンでもさすがに困ったと眉を曇らせている。姿を隠しているのか今は目視はできないが、周囲の見張りはシラタマの召喚した悪魔達が行なっていた。

 敵ではないとわかっていても気が気ではないのが本心だ。それは亜人や異形種殱滅を任とする陽光聖典でなくとも仕方ない反応だろう。

 召喚した際にそれとなくニグンがどれほどの悪魔なのか聞いてみたら、シラタマは「たいしたことないよ。どれもレベル60くらいで、んーとほら、闘技場でニグンちゃんが殺されかけたドラゴンよりちょい上くらいだね!」と言われ、たいしたことありすぎるだろと苦笑いしたのだが――

 しかし、だ。そのメリットだってもちろんあった。

 いつもなら見張りと野営準備で分担させる作業を全員で余裕を持って行なえており、それが隊員同士のコミュニケーションにも繋がっている。

 陽光聖典は六色聖典、法国構成員の中でも最も戦いの中に生き、その命を懸けている。

 もちろん任務のない日もあったが――今の隊員達を見る限り今回のキャンプは正解だったのかもしれないとニグンは隊員達を見やる。

 

 隊服を脱ぎ、任務を忘れ、ただ楽しむ。

 それが例え信仰のためにと人生の全てを戦いに捧げる彼らとって一瞬の安らぎであったとしても、決して不要なものではないはずだ。

(たまにはこういうのもいいかもしれんな……)

 そう思い、心のメモ帳の今後の方針欄を開くと「予備隊員の教育」のとなりに「定期的な隊員達の気分転換」を付け加えた。

 

 そして川の方へ目を向ければ、そこではあの予備隊員三人とシラタマがきゃっきゃと釣りをしており――…

「え゛っ!?」

 なんであなたがそこに混ざってるんですかと慌てて駆け寄る。

「あ、ニグンちゃん! 見てこれめっちゃ大量!」

 指差す先、水面にはたくさんの川魚がぷかぷか浮かんでいた。

「ルーイン隊長すごいですよ! 魚がこんなにも!」

「シラタマ様が魔法を使ってくださったんです」

「……魔法?」

「うんちょっとね、こうびりびりーっと川の中に」

 それは釣りじゃない! と喉まで出かかった言葉を飲み込む。

「……食べない分は逃がしてあげては」

「えーもったいないよせっかく釣ったのにー」

「そうですよ隊長ーシラタマ様がせっかくと釣ってくださったのに」

「釣ったというか魚からしたらテロに近かったですけどね」

「「「あっはっはっは!」」」

「…………」

 能天気に笑うシラタマと予備隊員二人にニグンは無表情のまま、内心苦い顔をする。

 隊員達も段々とシラタマへの警戒度が和らいできているし――もちろんまだまだ距離感はあるが。だが間違いなく、互いの距離が少しずつ縮まってきている。とくにカルネ村にて命を救われた予備隊員とはすっかり打ち解けてくれたようだ。

 色々と言いたい事はあるがこれもまた前進なのかと肩を竦め

(――いや、違うな)

 先程から一緒に作業を行ってはいるが、一人だけ剣呑な雰囲気を纏った男がいる。

 彼もまたカルネ村にてシラタマに命を救われた者なのだが――それだけではまだ彼の心を動かすには至らなかったらしい。

 だがニグンはそれもまた仕方がないのだと理解している。法国構成員であり、とくに陽光聖典の者は人一倍に亜人種に対する憎しみを持つ者が多いのだ。

(まだまだ時間はかかりそうだな……)

 法国の意識改革が必要だというのは重々承知しているが――しかし、彼らにも譲れない思いや過去があるのも知っている。なかなか道は険しそうだとまるで先の見えない人類の未来に思いを馳せた。

 

 

 

 そんなニグンは放っておいて、シラタマは釣り場をあとに今度は森林の方へテケテケテケと走っていく。

 キャンプといえば丸太の椅子、というのを以前本か何かで見たことを思い出したからだ。

(丸太椅子もレジャーにはかかせないよね! そういえば昔なんかの漫画で吸血鬼には丸太が効くとか言ってたな……あれなんて漫画だったか…)

「これはこれはシラタマ様」

「うん?」

 呼び止められ顔を向けるとそこにはイアンが満面の笑みを浮かべ立っており、シラタマは初対面の印象のせいでゲッと小さく眉を顰める。

(名前は、えーとなんだったけ……班長の)

 だめだわかんねえやととりあえずそのあたりは誤魔化すことにした。

「何か用?」

「いえ、どちらに向かわれるのかと」

「丸太を探しに行こうかなって」

「でしたらこのイアン・アルス・ハイムがお供いたしますぞ」

「え…」

(別にいらないんだけど、っていうかイアンかこいつの名前。イアン、イアンね)

 ちらりと川辺の方を向きニグンを呼ぼうかとも思ったが、まあいいかとシラタマは肩を竦める。

「じゃあついてきて」

「ははあ!」

 こうしてイアンと丸太を運ぶ事になったのだが、このイアンがなかなか口数の多い男であった。

 だが別にそれは構わなかった。なぜなら口を開けばルーイン隊長ルーイン隊長、とにかくルーイン隊長をべた褒めし、シラタマとしてもニグンちゃんのお話ならいいかと、むしろ今度虐めてやるように何か面白い弱み、じゃない。ネタはないかと聞いていた。

 逆にイアンはとにかくルーイン隊長の良さを伝えようと必死だった。

(おお、なかなかの好感触ですぞ我らがルーイン隊長! シラタマ様の隊長への好感度がぐんぐん上がっておりますぞ! もうひと押しですな!?)

 こんな感じで勝手に勘違いしたうえ勝手に決起した秘密の任務に、イアンは燃えていた。

 

 

「それにしても任務の最中に村を襲ったゴブリンどもを殲滅し部下を助けられるとは、さすがは我らがルーイン隊長とシラタマ様ですな! がはは!」

「まあねー、んしょ」

 適当に相槌しつつ木を蹴り倒し、丸太にして運ぶ。

「いや本当に素晴らしいですぞ。今回の任務は無事に終えられてひと安心しております。邪魔も入らずに――」

「え? 無事に終わらなかった事あるの?」

 シラタマの問いに、イアンははいと頷いた。しかもなんだか悔しげな表情で、だ。これにはシラタマも気になるんだけどと詳細を尋ねることにした。

「実は以前、別の亜人集落の殲滅任務中に青の薔薇という王国の冒険者に邪魔をされましてな」

「あおのばら?」

 聞いたことないやとシラタマが小首を傾げる。王国ということは今潜入捜査しているセバスならわかるかな、今度聞いてみるかなあとぼんやり考えていたその時だった。

 イアンから聞こえてきた言葉に――シラタマの時が止まった。

 

「その際の戦闘でルーイン隊長が青薔薇の女神官が持つ黒い剣によって傷を受けてしまいまして……」

 

「――――は?」

 

 ゴギャ、ベコオ! という音とともに丸太がひしゃげ、地面へと落ちる。

「し、シラタマ様!??」

「なにそれきいてないんだけど」

「えっ!!」

 シラタマの目が、完全に座っていた。

 もしこの場にニグンがいれば大慌てでそのご機嫌をとりにいくか死ぬ気で宥めるか話題を逸らすか、とにかく対応しただろう。

 だがイアンはシラタマのやばさを知らない。戸惑いながらもそのまま話を続ける。

「青薔薇の連中には困ったものですぞ。我らの崇高なる任を知ろうともせず――い、いやあ、しかしですな! あの時はルーイン隊長が一身に青薔薇を抑えてくれたおかげで我々隊員は全員無事に――」

「なんてやつ?」

「えっ」

「その青の薔薇の神官、なんてやつ?」

 ぞっとするような冷たい目が向けられ、イアンはおもわず「ヒッ」と小さく悲鳴を漏らす。

 どんな氷属性の魔法よりも冷たく禍々しいオーラが辺り一帯の空気を侵食せんと広がり、恐怖と息苦しさにイアンは目を見開いたまま動けない。

 この場に立ち尽くしたまま凍死しそうな感覚に蒼褪めながらも、なんとか声を絞り出した。

「――ら、ラキュース、です……ラキュース・アルベイン……デイル…アインドラ…です!」

「ラキュース」

 シラタマが繰り返す。

 ふ、と場を支配していたオーラが消えイアンは崩れ落ちるように膝をついた。

「は、はあっ……は……っ」

 暖かさを取り戻した空気を吸い込み、肺に溜まった冷たいものを目一杯に吐き出す。

 なんだ、今のは一体なんなのだとイアンは文字通り身も凍るような恐怖に立ち上がれずにいた。

「……で、そのラキュースってのがニグンちゃんに怪我させたの?」

「はあ、はあっ……はっ!? あ、え、ええ」

 コクコクと必死に頷きシラタマを見上げれば――…先程までの顔は消えいつも通りのゆるやかな笑みを浮かべており

「し、シラタマ様?」

 恐る恐る様子を伺うが、シラタマはなるほどなるほどとひとり頷きながらどこかへ、丸太を運ぶ作業へと戻っていった。

 そんなシラタマを見ながら、あれ? もしかしてこれとんでもない事を教えてしまったのでは? とイアンは危惧したが――

 

(はっ! いや違う……! これは我らがルーイン隊長を心から心配するシラタマ様の愛情! そうに違いない! これがかの吟遊詩人らが唄う恋する乙女の嫉妬というものなのですな!?)

 

 という具合にポジティブにポジティブを二重化したような思考に切り替える。ここまでくるともはや勘違いの天才である。

 こうしてイアンがひとり勝手に感動している中でシラタマはというと

 

(青の薔薇のラキュース、青の薔薇のラキュースね……ラキュース、ラキュース……)

 私の玩具に傷をつけたのか、下等生物の女の分際で、私のものに…。

 その瞳の奥では邪悪な闇が蠢き、憎悪が広がり、忘れぬよう何度も心の内でその名を反復する。

 

 そして心のメモ帳――ではなく、心の処刑帳を開くとそこへでかでかとその女の名を書き殴った。

 

 




キャンプ回というシラタマ様と陽光聖典たちの交流会でした。
隊員達は今後オリキャラが増えていく予定です。



そして、出番はまだなのに青の薔薇にやべえフラグがたってしまいました。とくにラキュース。
登場前から超大ピンチです。とくにラキュース。


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23 いや交流よりも焼きマシュマロと夜這いがしたいってサキュバスが言ってます

オバマス第4章に感謝。

今回少し長めです。切りどころを完全に見失いました。
真面目な文は難しい。





 昼間全員でかき集めた薪を器用に積み上げたオブジェのようなものの周囲を満足そうに飛び回り、準備おっけーだよとシラタマが手をあげる。

 それを合図に数名が《火球》を放ち、薪は大きく燃え上がった。「おお…」と隊員達の声があがる。焚き火や篝火の灯りとはまるで違う、闇夜の中で揺れる火柱には一種の美しさすらも感じられた。

 

「じゃじゃーん! これがキャンプファイヤーでーす!」

 そうシラタマが隊員達に説明する。

 法国の祭事でも神への祈りを捧げるために火を焚く事はある。とくに六大神のうちの火の神を祀った神殿では炎の柱は神聖なものとされているのだが、目の前のキャンプファイヤーにはその神聖な炎と違う、どこか心を踊らせるものがあった。

 そして皆はキャンプファイヤーを囲むように設置した丸太に腰を下ろし、シラタマはいそいそとアイテムボックスから本日のメインを取り出す。昼間のうちにナザリックの厨房へひとっ走りして持ってきたマシュマロである。

「それじゃあお楽しみの焼きマシュマロタイムだよーっ!」

 いえーいと盛り上がるシラタマだが……やはり隊員達からの反応はまだ薄い。予備隊員数人のみは小さく「い、いえーい…」と返していたがその程度だ。

 シラタマは口を窄め「ハッ! もしかしてみんなマシュマロ嫌いなの!?」ととなりに座っているニグンに聞くが、ぶっちゃけ原因はそこじゃない。

「いえそうではなくてですね……」

 どう説明したものかとニグンが倦ねいていると、目の前に座っていた男がふいに手をあげた。

 その男は――昼間シラタマに対して剣呑な反応をしていた予備隊員だった。まさかシラタマに喧嘩でも売るのではとニグンは背中に冷たいものを感じながらも「……どうした?」と声をかける。

 

 男の名は、ラシュ・パウロ・ロウゼンといった。歳は予備隊員の中でも一番若くまだ少年の面影を残した青年であるが、濃い隈の目立つ影のある男だった。彼は同期の予備隊員らの中でも飛び抜けた実力を持ち、加えて亜人殲滅への念いが強く――そのせいが時折単独行動が目立ち周りとの連携がうまくとれていないという難点を持っている。

「ルーイン隊長、ひとつ、お伺いしたい事が…」

「……なんだ」

 まるで地雷魔法の撤去でもしている気分だとニグンは内心冷や汗をかきながらもそれに応える。そして周りの隊員達の視線が集まる中、ラシュは静かに口を開いた。

「我々は、陽光聖典は今後どうなるのでしょう? 亜人や異種族の殲滅を行わなくなるというのは本当なのでしょうか?」

「……ん?」

 なんだそれは、とニグンは目を丸くする。

 しかし窺えば他の隊員らもラシュに同調するよう小さく頷いており――

 

(……まさかこいつらがずっとぎこちなかったのはそれが原因だったのか? シラタマ様自身を警戒してではなく、シラタマ様がいることで殲滅任務がなくなるのではと危惧していたのか)

 

 たしかに彼らにとっては今まで成し遂げてきたものがすべて否定される思いなのだろう。もちろんそれはニグンにも痛いほどわかる。

 人間こそが神に選ばれた種族なのだと教えられ、信じ、やがて異種族殲滅と集落の掃討こそが神の御心なのだと――つまりそれをやめるということは神に背く行為であり、神への冒涜なのだ。

 

 ――と。

 過去の自分であればそう考えるだろう。

 だがその信仰の先にあるのは間違いなく――…

 

 まずいな、とニグンは内心大きく顔を顰める。

 

「……それは誰に聞いたのだ?」

「い、いえ……聞いたというわけではなく、ただ神殿でも噂になってまして。隊長が異形種を法国に引き入れたと。だから今後陽光聖典は亜人殲滅をしなくなるかもしれないと」

「はあ!??」

 おもわずニグンは声をあげ――コホンと咳払いする。

 いや、いやいやいやいや。神殿内でそんな噂が流れていたなんて、と頭を抱えたくなった。しかもニグンがシラタマを引き入れたなどという。

 あ、ありえない! 勝手にくっついてきているのはシラタマなのだ! むしろこっちが被害者なんだと声を大にして言いたいというのに。

 

「……誰が言い出したのか知らんがそれはただの噂だ」

「で、では!」

「――だが」

 ラシュが安堵の表情を作るが、それを切るように言葉を紡ぐ。

「そうだな……たしかに方針は、少し変わるだろう」

「それはどういった意味ですかな?」

 次に口を開いたのはイアンだ。彼もまた思い悩んでいたのだろうか、問いかける目は真剣そのものである。

「……ああ、我々は」

「亜人は敵ですッ!!!」

 だがそれに答えようとしたニグンの言葉を遮り、ラシュが叫んだ。全員に注視されながらもぎりっと音が出そうなほど歯噛みする。

「……俺の家族は亜人に殺されました。あの日のことは今でも夢に見ます。父の叫びも、母の悲鳴も……妹が、俺の名を呼ぶんですよ……何度も何度も、俺を」

 ラシュの悲痛な言葉に全員が沈黙する。しかしそれは彼の身の上話が特別だったからではない。この場にいる者達、陽光聖典隊員らの中には亜人によって故郷や家族、友を奪われたという過去を持つ者は少なくないからだ。

 それは法国の神都や都市部から離れた辺境の村の出身者ではよくあることで、スレイン法国は帝国や王国と同じ人間国家ではあるがその立地は亜人や異種族の生存圏に近い。言ってしまえば帝国や王国の村が異種族に侵攻される確率など法国の村に比べればないにも等しく、特に王国などは何もせずとも周囲に盾となる国が多いおかげか直接襲撃される事など皆無であり――そのせいで逆に王国は腐り切ったという諸説もあるが――とにかく、だ。それら異種族の生存圏に近いただの人間の村。それがどんな意味を持つのかは明白であり――ようするに彼らの故郷である村々は周囲を取り囲む捕食者たちにとっては恰好の餌場であった。

 ちょいと手を伸ばせば美味しい肉があるのだ。人間を食料とする者なら誰だって襲うだろう。まさにお手軽なレストラン感覚であり――……そんな環境に、彼らは生まれたのだ。

 幼き頃からすぐ近くに漂う亜人の気配に怯え、いつ蹂躙されるのかと震え、夜になるとどこからか聞こえてくるビーストマンの吠声に眠れず、食料と奴隷を狩りにきた通りすがりのミノタウロスに滅ぼされた村もある。だから彼らは神に祈り救いを請う。神の御心に従い応えていればきっと人間は救われるのだと信じて。

 スレイン法国は人間至上主義を標榜するが、それを()()()()()()()で信じきっているのは安全な都市部で生まれた国民くらいだろう。村で生まれた者らは知っている。人間の弱さを知っている。だからこそ人間は団結しなければ、ただの餌にしか過ぎない現実を知っているのだ。

 

 そしてラシュもまた大切なものを奪われながら生き延び、亜人への復讐の為に法国構成員を志願した者のひとりであった。

 

「俺はやつらに復讐する為に陽光聖典を目指しました……なのに!」

 ラシュが言葉を詰まらせる。

 だが彼が言おうとしている事は皆分かっていた。

「俺はやつらをっ!」

「皆殺しにしないと気が済まないやつじゃん」

「ええだから……えっ!?」

 唐突にシラタマが口を挟み、ラシュは驚きに目を見張る。もちろん周りの隊員達もだ。

「シラタマ様…」

 一体何をと不安がるニグンに手振りで大丈夫だからと応え、シラタマは言葉を続けた。

「いやいやわかるよ? 許せないよね。生まれた時点で下等生物どころか俺たちただの餌なんですよーなんて、人生ってなんなんだろうって呪いたくもなるよねー」

 その言いようにラシュが顔を顰めたが、そんなの気にせずシラタマはどこか楽しそうにマシュマロを串に刺していた。どうやらラシュが話している最中もひとり黙々と焼きマシュマロの準備をしていたらしい。マシュマロ串はすでに何十本も出来上がっている。

「んー、あとその復讐したいって気持ちもまともだよ。むしろそれが当たり前じゃないかな? うんうん」

 言いながらマシュマロをひとくちつまみ食い。

 美味かったようで「うへへ」と微笑む。

「あっ……貴女は……何も思わないのですか?」

「むぐ、ん!? えっ何が?」

「いえ……俺、いや、私が異種族達を殺したいと言っているのに……気持ちがわかると? あの、貴女様は奴らと同じ異形種ですよね?」

「え? ……あー」

 そゆことね、とシラタマはラシュの意図に気づく。が、それはあまりにもくだらない質問だった。

「いやいやいや、同じ異形種だからっていちいち同族意識とかないし。同情もしないし。っていうかそんな広い括りで仲間扱いされても困るんだけど」

 そもそも私プレイヤーだし、と言おうとして――やめる。

 なんでもプレイヤーやユグドラシルに関する情報は法国でも最重要機密であり、各部隊の隊長やよくてもギリギリで班長クラス――漆黒聖典は別だが――までしか詳しいことは教えられていないらしい。

 つまり一般人や平の隊員にまでむざむざ情報は漏らせないというわけだ。

(めんどくさいなあ……)

 ニグンちゃんなら適当に喋っててもなんか勝手に解釈してわかってくれるのにと内心大きな溜息を吐く。

 

「……あのね、人間だっていい奴も悪い奴もいるでしょ? それと同じなの。きみは人間ならどんな悪い奴でも味方する?」

「い、いえ、そんなことは」

「ほらね~? だから私は種族がどーたらで決めつけたりしないのでぇ~す」

 相変わらず気の抜けた感じで話すシラタマだが――その言葉は確実にラシュの価値観に揺さぶりをかけていた。

(――まさか亜人にも良い奴がいる、と? そんな馬鹿な……いや)

 ラシュと隊員達が熟考する。今までそんなことは考えたことすらなかったのだろう。

 しかし今の彼らならその可能性がゼロではないと気づく事ができるはずだ。

 闇の神スルシャーナ、何よりも目の前のシラタマは異形種であり――さらにラシュに至ってはカルネ村にて同族であるはずのゴブリン達から村人を守るゴブリンの姿も見ている。

 彼らが苦悶の表情を浮かべる一方でシラタマは自分の分のマシュマロ串を作り終え、にへらと顔を綻ばせた。これぞシラタマ流マシュマロ十連星でござるよとニグンに自慢する。

 シラタマの頭の中は「はやく焼きマシュマロ食べたい」これだけなのだ。

 だがまあしかし、ちょっと気になることもある。

 

「ねえねえマシュマロ、じゃない、ニグンちゃん。この世界の亜人や異形種ってそーんなに同族意識強いの?」

 小声で問いかけると、ニグンは「マシュ……そうですね」と少し思考してから頷く。

「私もすべての亜人種を比べたわけではないので断言は出来かねますが、たしかに彼らは人間よりも強い繋がりを持っています」

「はえーそうなの」

「ええ、法国の西側にアベリオン広陵という多くの亜人らが住む土地があるのですが、そこの亜人はとくに同種族同士、時として別種族同士でも結託し近隣のローブル聖王国に攻め込んでくるようで」

「めっちゃ団結してんじゃん…」

「してますね…」

(ええー…なんだろ、田舎の限界アーコロジー集落みたいなやつ? そういうアーコロジーは都会のアーコロジーと全然違って怖いくらい住民同士が団結しててヤバイんだっけ? 独自のアーコロジールールがあるとか恐怖のアーコロジー八分とかネットで見たことあるわーこわー)

 そんなのと一緒にされては心外である! とシラタマはふんすと鼻を鳴らし、ニグンは苦い顔をする。

 しかしだ。たしかに同種族同士でいつも醜く争っているのは人間だけなのではないだろうか。そのあたりも踏まえると、そんな人間達からしてみれば異種族達は同種というだけで強く繋がっているように見えてしまうのかもしれない。

 

 そんな感じでひそひそ話をしつつも再度隊員らを見遣れば、彼らはまだ沈思の森を彷徨っていた。

 ラシュなどはひとりぶつぶつと自問自答を繰り返しておりなんかすごくきも……すっごく面倒だな! と思う。

 

「あー……ええと。ねえあのさ、ねえきみ」

 シラタマの声にラシュがはっと顔を上げる。

「えーと、だからさ。超考えてるとこ悪いけど話続けるね? 私はきみの目的を否定しないしぶっちゃけ好きにすればって感じなんだけど。ただね、暴走しすぎるのは危ないんじゃないかなって。物事の分別ってめちゃ大事だと思うんだよねー」

 そう言いながらもシラタマは先にひとりでマシュマロを焼き始める。くるくる、くるくると。マシュマロが溶け始め、辺りを甘い匂いが漂いだした。

 

 そして――…

 

「ではシラタマ様は、」

 ラシュが何か言いかけ

 

「うんまあ!!!??」

 

 その上からシラタマが歓喜の声を上げた。

 

「うん、ま! これめっちゃうま! 神、神だ! ねえニグンちゃんこれめっちゃ神!! うま、かみ!!」

 そんな乏しい語彙量ではしゃぎながらきゃっきゃとニグンの背中を――もちろん超手加減して――叩く。

「ちょっぐあッ、いた、あの、シラタマ様」

「うん?」

 周りを見れば――……隊員達が完全に停止していた。なんというか、やるせない顔で。

 あれえ? なんでえ? とシラタマは首を傾げるが――そんなことより今は焼きマシュマロなのだ。焼きマシュマロより大切なことなんてないのだ!

 そしてたくさんのマシュマロ串を両手でじゃじゃんと掲げる。

「ホラなにしてんのみんな! 焼きマシュマロ食べるでしょ!?」

「「「えっ!?」」」

 このタイミングで!? と全員の顔が驚愕に染まるが、そんなものはシラタマにはまったくもって関係ないのである。今食べたいから今食べるのだ。

 ホラホラホラとマシュマロ串を配りながら「はやくはやく! 焼いて食べるんだよ!」と全員を急かした。

 隊員達は困惑しながらも仕方なくマシュマロを焼き始める。

「はいこれ」

「えっ」

 もちろんラシュにも一本、マシュマロ串をずいっと差し出す。

「あのね、ずっと(てめえみたいな下等生物がそばで)イライラしてるのは(私の)精神衛生上に悪いんだよ? まあ(でもそのくらいでホイホイてめえらを殺してたらモモンガさんに叱られそうだから)難しい問題だけど――さっ(とりあえず黙れ)!」

 えいやっと勢いよく、もう片方の手に持っていた焼きマシュマロをラシュの口に突っ込んだ。

「アッフア!!?」

 瞬間ラシュは熱々の焼きマシュマロに目を見開き――……ゆっくりと咀嚼する。

「……う、うまあ!?」

「でしょー」

 シラタマがドヤ顔で目を輝かせる。

 そしてラシュはそのまま初めての甘味を存分に味わい、やがて黙って俯いた。

「うう」

 次に聞こえてきたのは嗚咽だった。

「うまい……なんでこんな、うまいんだ……くそお」

 亜人に復讐を誓った日から、ラシュは自らの人生における幸福を捨てた。何かを楽しむだとか、何かを食べて美味しいと感じるだとか、喜びに繋がる心を一切捨ててきた。残されたのは亜人への憎しみとどうか自らの復讐に力をお貸しくださいという神への信仰心のみ。

 それは自分だけが生き延びてしまった罪悪感からだったのかもしれない。

 

 マシュマロを食べ終え、ひと息吐く。

 そしてこんなうまいものを妹にも食べさせてあげたかったと呟き涙を拭うラシュに、周りの隊員らは目配せし、それぞれがラシュを優しく宥めた。皆が亜人らによって大切なものを失った隊員達だ。

 そんな彼らを横目で見遣り、シラタマはかつてリアルで会ったことのあるテロリストの男を思い出していた。かのアーコロジー戦争で死んだ者たちの無念を晴らすのだと躍起になっていた男は最終的にどうなったんだったかなと記憶を手繰り――そいつの結末に目を細める。

 

「きみがこれからも復讐の為に頑張るってんならそれでかまわないよ。でも手当たり次第に殺した結果本来の目的を見失ったあげく本命に逃げられちゃいましたじゃイヤでしょ?」

 言われ、ラシュが素直に頷く。

「ん。だからまずはもうちょっと力抜いてさ、美味しいもの食べたりみんなと遊んだりもしてさ、あともっと周りも頼ってみたら? その方が視野って広がるらしいよ。で、そのうち復讐相手が見つかったらそこのみんなも手伝ってくれるんじゃないの?」

 その言葉に、ラシュを取り巻いていた予備隊員達が「ええもちろんですよ!」「力を合わせないと!」「仲間ですしね!」と返す。ラシュは目を潤ませ、また泣いた。彼の愛する者達は二度と帰ってこないし彼が復讐のためだけに法国構成員となった事実は変わらない。それでもそこから歩める道はたくさんあるはずなのだ。仲間を得た彼ならきっと。

 

「……ロウゼン」

 そのやりとりを黙って見ていたニグンが口を開く。

「お前は聞いたな。陽光聖典を今後どうするのかと――それに答えよう。お前たちも、聞いてほしい」

 その言葉に、場にいる全員の目が一斉に向けられる。当然だがどの隊員も真剣だ。

 

「これより我ら陽光聖典は、異種族への徹底した殲滅を行わない事としたいのだ」

 全員が驚愕に目を見開く。

「――だが勘違いするな。行わないのは無差別での殲滅や掃討行為であり、罪なき者に仇なす異種族たちへの対応は今まで通り変わらん」

「……つまり、これからは人間を襲う異種族らのみ殲滅していくという事ですな?」

 イアンが尋ねる。隊員を代表してだろうとニグンはゆっくりと首肯した。

「お前たちの中には、ロウゼンと同じく亜人達によって大切な人を、故郷を、すべてを奪われた者が多いのは知っている。だがどうか、憎しみだけに囚われないでほしい」

「なるほど……それも憎しみを捨て穢れなくあれという神の試練ですな」

「――いや違う。お前たち自身のためだ」

 イアンが怪訝そうに眉を上げた。

 しかしニグンはそれ以上何も返さない。

 

 だが――仕方ないのだ。もしこのまま彼らが見境なしに亜人や異種族殲滅を続けていけば、いずれは間違いなく最強の異形種軍団(ナザリック)とぶつかってしまう。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 だからこそ少しずつ、少しずつでも軌道を修正せねばとニグンは考えていた。もちろん法国最高執行機関の者達には内密であり独断だ。正直なところ誰よりも長い時を信仰に捧げてきた彼らが――謁見時の態度も含めて――簡単に方針を変えるとは思えなかったからである。歳を重ねれば重ねるほど思考は凝り固まり新しいものを受け付けなくなる。人間とはそういうものなのだ。

 だからこそ――悪いが先に自分の部隊から救済すべく変えていく。

 

(すまないな……()()()()を私の口から説明する事ができない以上、お前達には自力で答えに辿り着いて貰わねばならんのだ)

 異種族殲滅に思考を支配され暴走した先に何が待ち受けているのか。だが変わる事は不可能ではないはずだと信じるしかない。

 

 

 その一方でイアン、いや、すべての隊員達は戸惑いと不安を隠せずにいた。自分自身のために、という訓示に。

 なぜなら法国民は幼き頃より徹底して信仰心を植え付けられ、その基本的な精神や思考、行動、そのすべてが神の御心のためにとされ、自分のためにという理念は殆どないに等しいからだ。

 突然自分のために今までの思想を変えよなんて言われてもどうすれば良いのかわからないのが本音であり――

 

「――隊長は、それで良いのですか?」

 意を決した表情でイアンが尋ねる。

 ニグンは少し眉を顰め、良いどころかそうしなければ法国どころか人類、いや、世界そのものが滅びるのだぞという言葉を呑み込んだ。

 

「――ああ、私に迷いはない」

 

 ニグンの言葉に隊員達は瞠目し、だがそれを受け止める。隊長が言うのならばと甘受する者もいれば、その言葉の真意を考察せんとする者と様々ではあるが――

 だがその中でラシュが一歩前に出て、シラタマに向けて礼を取った。全員が再び彼に注視する。

 しかし頭を上げたラシュの顔からはすでに憎悪は薄れ、その目はわずかに光を取り戻していた。

「……俺は亜人が、異種族が憎いです。俺の家族を奪った奴らが……でも、その憎しみを向けるのはあの日俺の村に来たあいつらや、同様のやつらであって……亜人すべてではないのですね」

 教えを咀嚼するように言葉に出すが、もちろん隔たりはまだある。完全に納得もできていない――だが、憎しみだけでは人間は成長できないのだという教訓をラシュは自分の心に打ち付けた。

「……シラタマ様」

 そして真っ直ぐな瞳を向け再び、今度は深く、深く頭を下げる。

「カルネ村では村人や仲間達、そして私の命を救ってくださりありがとうございました」

 その姿にシラタマは――マシュマロを口いっぱいに頬張ったハムスターのような顔で――グッとサムズアップして応えるのであった。いやだって今喋ったらマシュマロ飛び出ちゃうからね。

 

「……ふ、ふはは」

 そんなシラタマにおもわずラシュは笑みを零し、その後ろでイアンが「がはは!」と、二人につられて隊員達もたまらず笑っていた。

 この瞬間、間違いなく隊員達とシラタマの距離はぐっと近づき、シラタマとしてもとりあえずは今後彼らも何かしら駒として使えるかもなあとぼんやり考えていた。

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 ――その晩、隊員達の天幕ではイアンを中心とした語り合いが行われた。突如として現れた魔神と思われる存在や異形種でありながら陽光聖典を救ったシラタマの存在、陽光聖典の今後の方針。

 それらからも間違いなくこれから世界は大きな変動を迎えるだろうと彼らは考え、そしてその中であらためて自分達は何をすべきなのかと意見を出し合った。

 一度法国構成員としての思考をリセットさせ、皆が自分自身での言葉を交わす。ある者は人間が安心して生きていける場所を守りたいと。ある者は死んでいった友を思い、その友のような者をこれ以上増やしたくないと。ある者はそれでも復讐がしたいと。ある者は亜人らの中にも話の出来る者がいるのなら一度話をしてみたいと。ある者は異種族を殲滅するのではなくこちらに取り込む事で世界をひとつにできるのではないかと。

 

「――この世界で我々が真に果たすべき使命とは何か。皆思い悩む事でしょう。しかしならば、それを共に模索しながら生きていくのもまた道であり試練と言えるはずです」

 

 そう静かに決意を示すイアンの言葉に、全員が頷いていた。

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 初めてのキャンプは大成功で幕を閉じた。

 あのあとシラタマは他の隊員達ともたくさん話をし、ぎこちなかった彼らもしばらくすると普通に会話ができるようになっていた。

 しかもみんなで焼きマシュマロを食べて、最終的にはシラタマが若い隊員達を従えてキャンプファイヤーの周りで踊ったり歌ったりもしていた。

 

 今ではすっかりと夜も更け隊員達は皆天幕で休み――見張りをする必要もないおかげで全員熟睡だ――呑気なことにいびきまで聞こえてくる。

 

 

 

「ありがとうございますシラタマ様」

「え、何が?」

 そして天幕から少し離れた場所で、木にもたれながら星を見ているところにニグンがやってきて頭を下げた。

「ロウゼンと、隊員達の事ですよ。本来なら私が彼らと話すべきところを…」

「あー、いや別にたいした話してないけどね」

 こっちはさっさと焼きマシュマロしたかっただけだし、と付け足す。

 しかし、だ。シラタマ自身もちょっとらしくなかったかなあとは思っていた。ただ、あのラシュとかいう若者の話に思うところがあったのだ。

 生まれた時点で絶望に支配された世界。それはまさに、生まれながらにして二極化された自分達の世界のようで――復讐したいと叫ぶ彼の姿も、かつてリアルで見ていた無慈悲に奪われるだけの貧困層の弱者達の姿に重なって見えた。

 決して情が湧いたなどではないが、ほんの少しだけ不憫だなとは思った。だがそれだけだ。

 

「……まあ頑張れよって声かけただけだよ」

「お優しいのですね」

「なにそれ! 逆に普段優しくないみたいじゃん!」

 がばあっと飛び上がり――そのままニグンに向かってダイブする。突然飛びかかってきたシラタマにニグンは受け身も取れず「グエッ」とくぐもった声を出しながら仰向けに倒れた。

 そして目を開けば――……すごく既視感のある、というかトラウマの原因でもある構図が完成しておりニグンはぎょっとする。

 シラタマが身体の上に跨り、勝ち誇ったような笑みを浮かべていたからだ。

 

 

 あ、やばい。

 一瞬で本能が察知する。

 

 

「まっ!!!!!」

 

 だがニグンが叫ぶよりも前に「《私だけの秘密の部屋(シークレット・マイルーム)》」シラタマが魔法を唱えた。

 これは空間隔離系の魔法で、《鏡の世界(ミラー・ワールド)》という最高位幻術魔法とよく似た効果を持つ。が、これの下位互換版だ。術者の周囲を小さな空間で閉じ、内側からは外を見れるが外側からは空間内にいる人物が透明化し景色だけが映る。閉じられる空間(スペース)はほんの小部屋程度だが、外からはレベル60以上の攻撃を受けない限り壊せない。

 それを、シラタマは発現させた。させてしまったのだ。こんな場所で、状況で、やる理由なんてひとつしかない。

 

「それじゃいただきま――す!!」

「おまちくださいっ!!!!」

 迫りくるシラタマの頭を両手で抑え止める。

 力づくでこられたら終わりだ。その前に説得しなければとニグンは必死に思考を回転させた。

「あの、あのですねシラタマ様、物事には場所とタイミングというものがありまして」

「えっだから今でしょ?」

「今じゃない!!!! 断じて!! 絶対今ではありませんシラタマ様! お気をたしかに! どうかお考え直しを! ホラよく見てくださいここは野外です! シラタマ様の豪華絢爛な御自室ではありません! 野晒しです! 泥とか、ね! 汚れますしね!! あと虫とか!! こんな場所では駄目ですね! ええありえない! ありえませんとも!! しかもすぐそこでは隊員たちが寝てるんですよ!? ねっ! ホラ! 今じゃないでしょう!? ねっ!? 今じゃないです!! おわかり頂けましたか!!?」

 ひと息で言い切ったニグンは荒い息で呼吸を繰り返す。

「そ、そういうわけで、ですね。シラタマ様、今日は大人しくお休みになってくださいね?」

 しかし――健在。

 むしろそんなニグンの決死の哀願に対しシラタマは何故か恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「何じゃそのシチュエーションめっちゃ萌えるゥ!」

「え゛っ!?」

 

 逆効果であった。

 

「野外プレイというシチュでありながら加えて大勢の知り合いがそばで寝ている状況ッ! バレたらどうしようというドキドキ! 起きてきてこっちを凝視しようが外からは見えないでもこっちからは見られているのが見えちゃうマジックミラー使用の大興奮ッ! くふうーっ! なんて尊いシチュエーション! 最高……っ最高だよおおお!!」

 

 ひとり悶えだすシラタマにニグンの血の気が一気に引いていく。顔は蒼褪め、逃げるつもりの哀願がトドメとなってしまったのかと絶望に引きずり込まれた。

「し、シラタマ様…」

「あああっ! もう我慢できないからいいよねえええ!? これは夜這いというハアハアッ! れっきとしたああっハアアッ文化であってええええ!!」

「なあっ!? やっ、ほん、おやめくださっ! ぐあっ!?」

 迫るシラタマの力がじわじわと強くなっていく。いくら鍛錬を重ねた筋骨隆々な肉体も、圧倒的レベル差の前では無力なヒョロガリと化すのだ。敵うわけがない!

「じゃあ朝までコースってことで――」

「まっ!!!??」

 それだけは! とニグンが叫ぼうとしたのと――同時だった。

 二人の遥か後方、来た道の方から大きな爆発音が轟く。そして、夜でかなり見えにくいが音のした方から煙が上がっていた。

「な、なんだ!?」

「…………ああ?」

 シラタマも振り返ると、不機嫌そうに顔を顰める。

「……火事?」

「い、いえ、あれは違います」

 ただの火事にしては煙が大き過ぎるとニグンは体勢を起こす。チカチカと魔力の光のようなものが空に上がるのが見え、なんらかの魔法攻撃が原因だろうと判断する。そしてあのあたりにもう村はなかったはずだと。ならばその向こう――

 

「まさか……エ・ランテルか?」

 

 ここからだと見えないが可能性はかなり高い。そして「何故?」という疑問が次に浮かぶ。何かよからぬ事が起こったのではないか? と。

「シラタマ様「行こう」…えっ!?」

 事態の確認の許可を取ろうとしたが、先にシラタマが立ち上がり煙の方を睨むと

 

「ひっ、人様の大事な時間を邪魔しやがってえぇ……クソ、クソがあああっ! せっかく私の最高のシチュをオオオ!! アアアッ! 楽しみオオッ! 邪魔するのかアアアア――ッ!!!」

 

 怒りのままに地面を何度も蹴り上げる。爆撃でもされたのかというくらいに土砂が捲り上がった。

「し、シラタマ様……!」

 恐々としたニグンの呼びかけにビタリと動きを止め――……笑顔で振り返る。

 

「――うふふ。ここはちゃあんと文句言いに行くべきだよねえ? クレーム入れなきゃねえニグンちゃん! ホラみんなも起こして!」

「えッ!? は、はいっ!」

 

 そんな理由でいいのかと内心ツッコミを入れ、むしろニグンとしては九死に一生を得たナイスタイミングだったのだが――もし事態が事態なら不謹慎だなと頭を振りすぐさま思考を切り替えた。

 

 

 




※ 今回のオリジナル魔法及び捏造部分※

《私だけの秘密の部屋/シークレットマイルーム》
ひと部屋ほどの小さな空間を外の世界から完全に遮断する。レベル60以上の攻撃を受けない限り外からは壊せない。


+++++


着々とシラタマ様の私物化が進んでいく陽光聖典……彼らも今後何かとやたらとばっちりとシラタマ様に振り回されていくと思います。

漸く王国ですね。
でも次回は閑話です。
真面目路線はやはり向いてないのでゆるーい馬鹿みたいな話に戻ります。



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24 閑話 法国初日の夜のおはなし

 ゴブリン殲滅の任務が決まり、溜まっていた書類仕事もある程度片付くとイアンは深々と礼をして漸く部屋から出ていった。

 やっと邪魔者がいなくなったよとシラタマは大きな溜息を吐き出す。

 すでに窓の外は真っ暗で、ぽつりぽつりと《永続光(コンティニュアル・ライト)》が付与された街灯が闇の中で淡い光を照らしている。

 

 

「……観光」

 

 ぽつりとシラタマが呟く。まるで遊びに連れて行ってもらえなかった子供のような、大いに悲しみに暮れたか細い声で。そのままべったりと窓に張り付き、はあーと肩を落とす。

 そしてちらりとニグンの方を見遣り――今度はもっと大きな溜め息をわざとらしく吐き出し肩を落とす。もうテンションだだ下がりである。

 そんなシラタマの後ろ姿を見ながら――というか絶対催促してきている。無言の圧のようなものを感じる――どうしたものかとニグンは頭を悩ませた。

 法国へ到着した時、幌馬車から身を乗り出して街中を眺めていたシラタマは心の底から楽しんでいるようだったし、あとで観光したいとも言っていた。のだが――

 

(明日の早朝には出撃する。となるとシラタマ様に街を案内できるのは帰ってからだが……)

 任務にかかる期間を三日と見積もっても四日後。それくらいなら別に帰ったあとでいいだろう――と、普通ならばそう結論付けるのだが。

 どっこい相手は(プレイヤー)であり至高なる絶対者であり、傍若無人のわがままフェアリー……ではなくわがままサキュバスのシラタマだ。うっかり機嫌を損ねた結果法国がポンされたらマジでシャレにならんのである。

 しかもこれはまだ不確定でありむしろ考えてしまう事すらも恐れ多く、というか殺されかねないのだが――なんとなく、なんとなくではあるがもしかすると目の前の御方……シラタマはどちらかというと知謀するタイプではない。気がした。

 そう、つまり良く言えば彼女は本能にとても忠実であり――悪く言えば感情優先タイプなのだ。一瞬頭の中を『おばか』という文字が過ぎったが大慌てでそれを踏み潰す。

 

(いやしかし、私もいまだ感情に流されてしまう未熟で一知半解の身……人のことは言えん!)

 

 そう己を叱咤し――まあそれでもぶっちゃけシラタマに比べればニグンは相当ご立派で理知的な聖職者(おとな)なのだが。

 

「観光……異国文化…海外旅行……るるぶ、ことりっぷじゃらん……」

 なにやらよくわからない単語を発し始めているシラタマに……ニグンは小さく肩を竦める。

「……今の時間なら国民も外出していないでしょうし、警備兵の巡回も終わった頃でしょう」

 しかし念のために例の指輪はつけて頂きたいのですがと付け足すと、シラタマが言葉の意味を察して勢いよく振り返る。

「いいの!?」

「勝手に外に出られては困りますからね、神都の中心街程度なら――」

「ふあああ! やったああ! さすが私のニグンちゃん!」

 万歳しながらおもいっきり飛びつきニグンのHPを一気にレッドゲージピコンピコン状態まで削り取り――……見下ろせば血反吐を吐いて蹲っていた。

 あ、これやべえわと慌てて《大治癒》をかける。

 

「……ッま、また殺され、死ぬっ死ぬかと!?」

「ゴメンゴメン☆ 」

 ゼエゼエと顔面蒼白で息を荒げるニグンにテヘペロ! と適当に謝る。こうもシャレにならんレベル差だとかるーいスキンシップでも死に繋がるんだなあとシラタマはほんのちょっぴりだけ反省した。すぐ忘れるけど。どーせまたやるけど。

 それに今はそんなことよりと夜の神都観光へと赴くのであった。

 

 

 

 

 昼間賑わいを見せていた神都も夜が訪れれば出歩く人の影はなく、どこか寂しい風が街路を吹き抜けていく。しかし閉められた窓や扉の隙間からはあたたかな光が漏れ、人間達の談笑する声が聞こえてくる。法国民達がそれぞれに一日の終わりを過ごしているのだろう。

 周囲を見渡し、やはり外国映画の世界だとシラタマは胸を高鳴らせた。古びてはいるが街には独自の文化や古から深く根付いた信仰が見られ、神殿やそれらしき建物は多いがこれもまた異国情緒あふれる風景なのだろう。清潔感溢れる街並みをシラタマはくるくると回りながら歩く。360度、どこを見ても飽きない新鮮さがあった。

 ニグン曰く、なんでも法国は王国や帝国とは風習や信仰は当たり前として、さらに言語、文化、料理すらもまったく違うらしい。

 が、街を見てまわる限りそこまでおかしなものもなく、むしろ看板や壁に貼られたポスターには時折日本語らしき文字が見て取れる。

 たしかに近隣国からしてみれば根本的に違う文化なのだろうが――こちらからしてみればどちらかというと法国の方が元の世界と通ずるものがあった。

 

 まさか海外旅行なんて贅沢ができるとは。いや異世界旅行か? まあどちらでもいいが。

「ハリウッドでもここまでの街並みセットは作れないはずだよ…!」

「はりうっどですか?」

 それは鍛冶師か錬金術師の名前だろうかとニグンが尋ね、シラタマも「詳しくはわかんないけどハリウッドって奴ならだいたい作れるらしい」と答える。

「それは、また……さすがは神々の国に住まわれる御方で」

「だよねー」

 なんか違ったような気もするが、まあいいかとシラタマは空を見上げ――家屋の屋根から顔を出した影の悪魔(シャドウ・デーモン)数体と目が合う。ちょいちょいと指で指示を出すと、彼らは一礼してその姿を再び闇に溶かした。

(さすがデミウルゴスのとこの影の悪魔だなあ……や、そもそも召喚した悪魔に個体差ってあるのかな? 召喚主の知能とか影響してないよね? もしそうなら私のとこ……馬鹿しかいない……?)

 ゾッとして、いやいやそんなことあってたまるかとその考えをぐしゃぐしゃに丸めてポイする。こう言うのもなんだが、そこらの下級召喚悪魔の方が自分より優秀なのは自信を持って断言できるのだ。……悲しきかな。

 

(モモンガさんはよく自分の事を小卒の一般人だーなんて自虐してたけど、ちゃんとした社会人経験をしてる分私からすれば立派な大卒博士だよ……)

 はあ、と大きく肩を落とす。

 そんなシラタマの姿に、さっきからはしゃいだり落ち込んだり一体どうされたのだとニグン的にはいつ何かやらかさないかと気が気ではなかったのだが――無事誰に出会うわけもトラブルもなく神都中央広場までたどり着いた。

 

 そこは回廊のある建物に囲まれた巨大な広場となっており、そこから繋がる通りは神都全方面へと伸びている。

「あ、ここってお昼にたくさん人が集まってたとこだよね?」

 シラタマの問いにニグンは頷くと、この広場が丁度神都の中心にあたるのだと教えてくれた。今は夜なので閑散としているがなんでもここでは毎日あらゆる露店や催しが並ぶらしい。

 へー、と周囲を見渡せば、たしかにこのあたりは住宅というよりは店舗らしき建物やカフェのような建物、さらには聖堂や図書館、美術館らしきものがずらりと並んでいて――もちろんどれも閉まっているが――きっと朝になればこれらすべてがオープンするのだろうとシラタマは目を輝かせた。

「それとあの辺りには多くの屋台が並ぶのですが、以前若い隊員達が話していたのですが食べ歩きが人気だそうで…」

 ニグンが西側を指差し、次に南側を指す。

「あとは、そこの大通りを行くと鮮魚市場ですね。毎朝そこで行われる競りは見ものですよ」

「はえー」

 市場には聖王国の海や法国と竜王国の国境でもある湖や湾で獲れた魚が並ぶのだが、そういえば最近は竜王国からの商人はめっきりと減っていたなとニグンはその原因を思い当たり――眉を顰めた。

(また近いうちに竜王国から救援の要請がくるやもしれんな……)

「ねえニグンちゃん」

「ッ! は、何でしょうかシラタマ様」

 くいくいとスカーフの裾を引っ張られ――まるで犬の散歩のようだ――シラタマは「あれあれ」と指差す。その先には、六大神の建造物である神の塔があった。

 

 神の塔は法国でも神聖な聖域とされる建造物のひとつであり、下半分はシンプルなレンガ造りになっており、その上部にアーチ型の鐘架があり中に6つの鐘がある。この6つの鐘はもちろん六大神を表したものだ。

 

 ああ、そういえば法国に来た時も興味津々に眺めていたなとニグンは思い出す。しかし――

「申し訳ありませんシラタマ様、神の塔は夜間は封鎖されておりまして、神官長か神殿へ一度戻り許可を得てからでないと中には……」

 そこまで説明し――ニグンは言葉を止めた。

 目の前でシラタマが「で? だからどうした」とばかりの表情を浮かべていたからだ。

 ああ、これは言っても無駄なパターンだなと諦める。

「――行かれますか?」

「おうともよ! …えーとえーと、たしかこのへんに……んー、おっあったあった! はいこれ」

 シラタマはアイテムボックスを漁り、中から《飛行》のネックレスを取り出し手渡す。

「んじゃいってみよー!」

 そう言って自分はニグンの背中におぶさると「はいよーしるばー!」という謎のかけ声をかけてきた。こうなったシラタマを止めることは不可能とはわかっているものの、神の塔がいかに神聖な場なのかも十分知っている。

 そんな塔へ勝手に侵入してもいいのだろうかと不安を抱いたが――…ええいもうどうにでもなれとニグンは《飛行》を発動させるのであった。

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 男は日課である神殿での夜の祈りを終えると、今日はとんでもない一日だったなと疲労の色を露わにする。

 あのカゼフ・ストロノーフ抹殺のために送り出した陽光聖典が消息不明となり――その際監視したのが原因で爆破された土の神殿の後始末もまだ終わっていないのだが――しかし突然彼らが帰還したかと思えば、だ。

 まさかこんなことになるとは。だがあの〈占星千里〉にだって予測できなかった非常事態なのだからと男は嘆息し、とりあえず神殿をあとにする。

 

 外に出ればすでに夜も更け凛とした静けさだけが広がっていた。

 街灯はぽつりぽつりと佇んではいるが男はその灯りを頼らない。何度も足を運んだ場所への道は身体が覚えているからだ。

 ああ、すっかりと遅くなってしまったと反省する。あのあとも最高神官長ら数人は神聖不可侵の部屋に閉じこもりずっと会議を行っていたのだが、結局纏まらずどれも先送りとなってしまった。いや、ひとつだけ決議されたものもあるかと男は肩を竦める。よりにもよってそうなるかという意を表すように。

 

(お待ちになっていらっしゃるだろうか…)

 すでに人影はないが、なるべく街路でなく路地裏を通り目的地へと急ぐ。周囲を警戒、誰にも見つからぬように移動する。

 到着したのは六大神によって建造され、法国では神聖なる聖域のひとつでもある神の塔だ。

 男は辺りをきょろきょろと見回し、懐から専用の鍵を取り出すと手際よく扉を開けさっと中へ入る。

 神の塔は高さ100メートル程あり、最上階の鐘室までは階段を昇っていくしか手段はない。

 もちろん《飛行》を使って上がることも可能ではあるが――そんなものは言語道断。階段を一歩一歩踏みしめながら信仰を捧げるのが暗黙のルール、いや常識だ。塔を登る行為そのものがまさに神との対話。自分という神への供物を捧げる行為なのだと男は、法国民誰もが思っているし、そもそも神聖なる聖域で《飛行》を使うなどという愚か者はこの法国には一人とて存在しないのだから。

 

 男は塔の階段を一定の速度で踏みしめていく。まるでロボットのようにきっちりと揃った足並みは長年勤めた部隊での経験の賜物だろう。

 そして漸く最上階まで辿り着くと――再度辺りを警戒しながら、ひとつの部屋へ繋がる扉に手をかけた。

 

 

 

「――やあ、ようこそ」

 

 そして目の前で微笑む白い悪魔(サキュバス)の少女に男は黙って片膝をつき礼を取る。

 少女の隣では、男の部下である六色聖典のひとつ陽光聖典を任されている男が驚愕の表情を浮かべており――正直に彼が心から羨ましいとさえ思う。

 

「さっそく呼び出して悪いけどさ、アレは持ってきてくれた?」

「は、こちらを!」

 男は背負っていた大きな皮袋からひとつのアイテムを取り出した。

「なあっ!?」

 この場にいる三人のうちのひとりがおもわず声を上げる。そして「一体どうして」と狼狽えているが、男は気にせず深く、さらに深く平伏し言葉を続けた。

 

「――我が部下〈漆黒聖典〉の武器、ロンギヌスで御座います」

 

「ん、確かに。わざわざありがとね、えーと…れ、れも、レモン、レモンなんとか……レモンなんとか!」

 

 影の悪魔からその皮袋を受け取りつつシラタマは悪戯っぽい笑顔を見せ――隣にいるニグンから小声で「レイモン・ザーグ・ローランサンですよ!」と耳打ちされた。

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 ニグンは目の前の状況に狼狽せずにはいられなかった。シラタマに言われるまま神の塔最上階にある鐘室まで行き、そこから法国を一望しながら世間話をしていたらーー突然扉が開きありえない人物が入ってきたのだから。

その人物はレイモン・ザーグ・ローランサン。昼間謁見したばかりのスレイン法国最高執行機関のうちのひとりであり、土の神官長、元漆黒聖典、そして六色聖典のトップ……

「な……っ」

 何故、と口から漏れかけ――同時にすべてを察してしまった。シラタマがさも当然かのように佇み、レイモンの入室を許したのだから。

 

 

「――ロンギヌス、うん。やっぱり間違いなく〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉ぽいねー」

 レイモンから快く頂戴したワールドアイテムを二度ほど素振りし、よしと頷く。まあ詳しい事はあとでモモンガに《道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》でもしてもらえばいいだろうととりあえずは〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉をアイテムボックスにぶち込み――

「んじゃちょっと待ってね」

 今度は《転移門》を開くと、そこから現れた深淵の悪魔(アビスデーモン)が先ほどシラタマがアイテムボックスにぶち込んだ〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉とそっくりの槍を持っており、それをシラタマに手渡した。

「シラタマ様、それは…!?」

「〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉のレプリカだよ。ジェバンニが一晩でやってくれました!」

 とVサインを作る。が、実際は違う。

 この〈偽ロンギヌス〉は前からナザリックにあったものだ。

 

 そう――ギルドメンバーにしてアインズ・ウール・ゴウンの問題児、るし★ふぁーの部屋に!

 

「ワールドアイテムの偽物いっぱい作ってなんか面白いイタズラしたいよなあ~」

 

 きっかけは彼のそんなかるーいひとことであった。もちろんそんな偽物を作ったところで見れる人が見ればすぐにバレるのだが、ただのイタズラに使うのであれば関係ない。偽のワールドアイテムを配置し、それを発見したプレイヤーがぬか喜びして偽物とわかって落胆する姿が見たい。それだけだった。

 他のギルドメンバーは「いやばかじゃないの?」と相手にしていなかったが――

 意外なことに、あまのまひとつがそれに乗ったのだ。ワールドアイテムのレプリカ作りなんて面白そうだな、と。

 そんなわけで、まずはネットでもさんざん画像や情報の出回っている有名どころなワールドアイテムのレプリカ作りから始まり――今シラタマが手にしているのがそれというわけである。

 

(結局途中で言い出しっぺのるし★ふぁーさんが飽きてやめちゃったって茶釜さんに聞いてたからなあ、まさかそのまま放置されてるとは)

 

 ワールドアイテムのレプリカでイタズラをしようとしていた話を思い出し、謁見後にアルベドやメイド達に頼んでるし★ふぁーの部屋を捜索してもらったのだ。もしモモンガならば「ギルメンの部屋を勝手に物色するなんて!」と躊躇し手をつけなかっただろう。

 だがシラタマは違う。そんなの関係ねえと思ったならばすでに行動は終わっているのだ。

 そして家宅捜査の結果――無事見つかったのが〈偽ロンギヌス〉であった。

 まさかここにきて役に立つとは、るし★ふぁーさんが知ったら「ドッキリ大成功の看板も用意しようぜ!」って言ってきそうだなあとシラタマは微笑する。

 しかしだ。レプリカといえどただ見た目だけ真似たものではない。ちゃんと武器としても使えるし、それこそ《道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》でもしない限りバレることはないだろう。

 

「ん。じゃあこれと交換ってことで」

 シラタマから〈偽ロンギヌス〉を受け取ると、レイモンは「ははあ!」と頭を下げ――……続いて物欲しそうに見上げてきた。

 

「……え、何?」

 もう用はないんだけどとシラタマは顔を顰め、レイモンの様子がおかしい事にニグンも気づいたようで「また何かやったんですか?」と言わんばかりの視線を向けてきた。が、こっちだって聞きたい。スキルを使ったとはいえこんなタイプじゃないおっさんにはさっさとどっか行って欲しいのだ。

 そう、今のこの状況はスキルによるもの。シラタマはあの謁見時にあの場にいた者達をよーく見定め観察し、使えそうな人間を選んでいたのだ。その中で一番チョロそうだなと思ったのがこのレイモンである。

 

 レイモン・ザーグ・ローランサン、法国六色聖典のまとめ役であり元漆黒聖典隊員。他の神官長達に老人が多い中、40代半ばのこの男は随分と目立っていた。何年、何十年も戦い続けた歴戦の英雄とも呼べる面持ちと鋭い目はあの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを連想させる。

 いかにも戦場で生きてきた男という感じであり、そんな男ほど――案外性欲に素直だったりするものなのだ。というかこの男はいかにも精力旺盛なようで、まさに大当たりである。

 ので、謁見が始まった時点でシラタマはレイモンへ自身のスキル《盲目の愛》を発動した。

 これは淫魔の女王(クイーン・サキュバス)のクラスレベル10で得られるスキルであり、その効果は女王の従僕(パトロン)化である。

 当時ペロロンチーノから「やだこの悪質キャバ嬢! 不潔! 不潔よお!」なんて言われた事もあった。女王に魅了された男はその心に秘めた欲望を曝け出し、その身朽ちるまで女王へ尽くす。

 

 で、そんなレイモンはシラタマの思惑通りにさっそくと貢ぎ物を持ってきてくれたわけだが――まさかこうもうまくいくとは思わなかった。

 

聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉を持っていたのはあの隊長だが、影の悪魔に探らせた結果、どうやら彼は〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉の装備を許されているだけで所有権はあくまでも法国の最高執行機関だったのだ。

 任務時以外は神殿最奥にて管理されており、隊長も謁見後にまんまと〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉をまとめ役である神官長(レイモン)に返してくれた。

 身につけておかなければ意味ないのになあと、無知とは恐ろしく、そしてこちらからすればありがたいものである。そう考えればやはりレイモンを選んだのは正解――なのだが。

 そんなレイモンは今やうっとりとした目を向けながら何やらモニョモニョと口籠っており――やがて意を決したのか真摯に哀願してきた。

 

「女王様、どうか、どうか私にご褒美を! ご褒美を頂けますでしょうか!?」

 

「…………ん?」

 いやちょっと意味わかんないんだけどとシラタマは眉を顰め――しかし待てよと思い返す。

 たしかユグドラシル時代も従僕(パトロン)にした男プレイヤーから「ご褒美ください女王様あ♡」なんて言われる事はよくあった。その時は換金にも使えないようなゴミアイテムを処分代わりに押し付けていたのだが――まさか。

(転移したことでそのあたりのやり取りもスキルとして組み込まれた……?)

 うわあくそめんどくせえなあとシラタマは露骨に嫌な顔を浮かべ――仕方ないかと何か適当なゴミアイテムを探そうとしたその時

 

「ああ女王様! どうか私に! どうか私に女王様の御履物を舐めさせてください!!」

 

「………………」

 

 場が、凍りつく。

 

「……は?」

 今なんて? と聞き返せば、レイモンは再度大きな声で「靴を舐めさせてくださいましぇえ!」と平伏した。

「えええ……」

 嘘だろとも思ったが、どうやらガチのマジのようで、目前の歴戦の英雄は期待に満ち溢れソワソワ疼いている。

 

(たしかスキル説明で《盲目の愛》は秘めた欲望がどうたらってあったけど、まさかコレがこいつの欲望ってこと?)

 

 ユグドラシル時代ではただの設定としての一文だったのがリアルになったせいでとんだ性癖暴露スキルに進化してしまったのか。

 まじかーとシラタマは天を仰ぎ、そしてちらりと隣を見ればニグンがなんとも言えない表情でレイモンを見下ろしていた。彼にしてみれば尊敬していた上司の性癖なんて知りたくなかったと言わんばかりだろう。

 でもシラタマだってこんなの予想してなかった。ゲームならまだしもこんな微塵とも好みではない男に欲望を向けられるなんて吐き気がする。が、今後も使い潰す為には仕方ないと諦めるしかない。

 

「あー……じゃあ……傅け」

「ははあ!」

 シラタマの言葉にレイモンは歓喜し即座に従う。

 もういろんなところが大興奮だ。見たくない。

 そしてシラタマはその眼前に嫌々と己の右足を翳し

「――舐めろ」

「ははあ! 女王様あ!」

 40過ぎの男が、歴戦の英雄が、高揚に満ちた表情で犬のように舌を伸ばす。ちろり、ちろりとシラタマの履いているヒールのつま先を舐め始めた。

(おんぎゃあああああッ!!!!)

 シラタマは心の中で悲鳴をあげる。というか蹴り殺したい。このままドカンと頭部を破壊してやりたい!

 ふと隣を見れば、ニグンがもうやだ耐えられないとばかりに目を伏せ顔を逸らしていた。

 かつてはいつか自分もその場へ行くのだと目標にしていた上司のこんな姿見とうなかった……そんな感じで。その態度にシラタマはむっとして「お前だけ現実逃避なんてさせんぞ!」と腕を引っ張り逃がさない。

 

 結局二人が死んだ目で見つめる中、レイモンは数分ほど靴裏を舐め続け――……勝手に絶頂していた。

 

 

 

 その後満足したレイモンを帰らせ――もうほんとにやだとシラタマはその場にヘタリ込む。

 ちなみに靴は速攻で捨てた。だが影の悪魔(シャドウ・デーモン)達とアビスデーモンが慌ててそれを回収し、曰くナザリックにて徹底的に洗浄し神聖に清めます! との事らしい。いや悪魔が神聖に清めますとはどういう事だと、まるで邪悪な汚物扱いでおもわず苦笑する。

 正直たいした靴でもないからそのまま捨てても良いのだが――。

 

 

「……帰ろっか」

「そう…ですね……」

 お互いなんかものすごく疲れたと肩を落とす。

 裸足でヘタリ込んでいたシラタマをここまで来た時同様おんぶし、ニグンは《飛行》を発動させる。

「あー……このままニグンちゃんの部屋までよろしくー」

「は――!」

 観光の続きはまた今度にしようとシラタマは目を閉じ――……ん、待てよ? でもニグンちゃんに靴舐めさせるのはありか? うんありだな!? なんて企んでいた。

 

 




※ 今回のオリジナル魔法及び捏造部分※

《盲目の愛》
淫魔の女王のクラスレベル10で得られるスキル。女王に魅了された者はまさに愛の奴隷となり、二度死ぬまで女王の欲しがるものを与え、その身を尽くす従僕と化す。男はそれが洗脳なのだと気づくことはない。
ユグドラシル時代、ネカマではないガチの女王様だとの理由から自らパトロンになる精力に満ち溢れた男プレイヤーが多かったらしい。もちろん全員使い捨てた。
(ちなみにシラタマ様がこのスキルを使うのはマジでまったく興味のない男にのみである)


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25 閑話 クインティア兄妹の感動の再会

今回も閑話です。
シリアスよりもほのぼの日常系の方が書きやすいですね
短めです。


 どうしてこうなった!!!!

 

 

 ここにきてもはや何度目かもわからない自問自答をクレマンティーヌは繰り返す。

 

 どこで間違えた!?

 何がだめだった!?

 どうしてこうなったんだ!?

 

 あのクソ兄貴から、漆黒聖典から、法国から逃亡したのが間違いだったのか。それとも闇の神殿が爆発した混乱に乗じて土の巫女姫を殺し叡者の額冠を奪ったのが間違いだったのか。ああ、そういえばあの叡者の額冠はアイツに渡す約束してたんだっけ。

 いーや! そんなのはもうどーでもいい!!

 

「ん゛ん゛ん~~~~ッ!!!!」

 

 クレマンティーヌは猿轡ごしに必死に悲鳴をあげる。今からどんな目に遭うのかを理解しているからだ。なぜなら拘束されたクレマンティーヌの丁度前方、そこには拷問され殺されたのであろう屍体がいくつも転がっており、あまりの惨さにそれらがかつてどんな姿をしていたのかすらわからない。

「ん゛~~ッん゛ん゛ん゛~~~~ッ!」

 さっきまでの黒に染まった悍ましすぎる部屋から出られるならどこでもいいなんて思っていた自分は馬鹿だ、大馬鹿だと泣き喚いて許しを請いたい。今ならいくらでも誰にでも頭を下げられる。地に這い蹲って無様を晒せる。いっそ心を入れ替え真面目な聖職者に再就職もできる!

 それほどまでに、クレマンティーヌのプライドはボロボロに捩じ伏せられていた。

 

 

 カラカラ、カラカラカラと車輪の転がる音が聞こえてくる。そして金属製品が盆の上で触れ合う音。

 もしどこかの豪邸で朝にこの音を聞いたなら、メイドが豪華な朝食を運んできたのだろうとも思えるワゴンの音だ。

 が、そうではない。そんなわけがない。

 運ばれてくるのは恐怖と絶望だ。この世に存在するありとあらゆる最悪をも凌ぐ悍ましすぎる最悪だ。

 

 

「――あらん、起きてたのねん?」

 

 ワゴンを押してきた存在が暗闇からぬらあっと姿を現し――クレマンティーヌは失禁しながら声にならない絶叫をあげた。

 

 

 

 

 と、それがあったのがだいたい今から三時間程前である。

 現在クレマンティーヌはナザリックの第六階層に建てられたログハウスにて、まるで執行の時を待つ死刑囚のような気持ちで待機させられていた。

 楽しいナザリックツアーの第二幕、ドキドキ☆拷問体験中に突然やってきた骸骨の化け物――エルダーリッチだろうか?――にそろそろいいだろうと言われ、問答無用よろしくとここに放り込まれたのだ。

 そのまま骸骨は再びどこかへ行ってしまったが――

 はあ、とクレマンティーヌは深く重い息を吐き出す。そしてこんな目に遭っているそもそもの原因であるあの白い女悪魔を思い出し、ぶるりと身を震わせた。そうだ、何が一番の間違いだったのかは明白じゃないか。

 

 アイツだ!

 アイツに関わってしまったのが間違いなのだ!!

 

(くそがああっ! 陽光聖典め、というかニグンめええ……ッ! 同じ任務についたことなんて過去数回しかなかったけど、あんな化け物を連れてくるなんてあいつ馬鹿じゃないのか!? 頭おかしいだろ!? 狂ってるんじゃないか!?)

 快楽殺人マニアのお前が言うなとどこからかツッコミが聞こえてきそうだが、アレに比べたら自分はノーマルだ。断言してもいいとクレマンティーヌはぎりぎりと歯噛みする。

 

 さてさてしかしだ。

 あとの祭りとはまさにこのことであり、クレマンティーヌは気をぬくとドババッと滝のように溢れそうになる涙を必死に堪え、大人しく待機を続けるのであった。

 

 

 

 そしてどれくらい待ったのか、ログハウスのドアがノックされる。

「あー……ちょっと来い、クインティア妹」

 骸骨の化け物が顔を見せ、今度はなんだか少し疲れたような声色でクレマンティーヌを呼んだ。

 

(……クインティア……妹?)

 

 確かに自分にはクソ兄貴がいる。だがなぜ今の状況で妹呼びなのだとクレマンティーヌは違和感を覚えたが――何も言えずにそのまま骸骨の化け物の数歩後ろをついていくしかない。

 森を抜け、野を進み、やがて豪華絢爛な回廊が続く。

 歩く目前には豪勢な漆黒のローブを纏った骸骨の背中、その隣にはあのクソッタレな白い女悪魔にどこか似ている黒髪の女――同じ種族なのだろうか?――に、そして自分の背後にはダークエルフの子供が二人。途中の廊下でもぞろぞろと化け物たちがクレマンティーヌの様子を蔑むような眼差しで見てくる。化け物、化け物、たまに綺麗なメイド、化け物、化け物、綺麗なメイド……おいなんなんだこの廊下は。

 

(もうやだ……かえりたい。おうちかえりたいよおおお……!!)

 

 そんな地獄の回廊をしばらく進み、ある扉の前に到着する。そこは普段あまり使うことのなかったいわゆる客間となっており、ユグドラシル時代はたまにアインズ・ウール・ゴウンの力を借りたいとやってきた他ギルドやソロプレイヤー達がメンバーとの謁見の際に使っていた部屋だ。

 扉の前にいたメイドが一礼し、扉を開ける。

 

(ああ――きっとこの向こうは地獄の底なんだあ)

 

 生まれて二十数年、漆黒聖典第九席次として活動していた頃なんてスッカスカに思えるくらいの圧倒的濃密さをこの短時間で経験したクレマンティーヌは憔悴しきっており、もはや何が起こってもどんな化け物がきても驚かないやあと心の中で自虐し笑う。

 

 そしてゆっくりと開かれていく扉の向こうには――

 

 

「うおおおおオオオン! 神イイ! 我が神よおおおお! その偉大なる御姿を再びお見せくださるとはなんとあああああッあア――ッンフゥゥ神イイイイ!!!!」

 

 

 全裸のクアイエッセが五体投地で泣き噦っていた。

 

 

 そっと骸骨の化け物が扉を閉める。

 

 

「「「「……………」」」」

 

 

 全員が沈黙し――クレマンティーヌも無言で硬直していた。

 

 再びメイドが扉を開け

 

「んあああああああア――ッ!! かm」

 

 そっと骸骨の化け物が扉を閉める。

 

「……………」

 

 骸骨の化け物は無言で虚空を見上げた。

 

 

 そして全員がしんと静まりかえる中……やっと覚悟を決め扉を開ける。

 

 

「ンハァ――ッ神イイイイイイ!! このクアイエッセ・ハゼイア・クインティア! 神からの数々の試練! しかと賜りましたアアアッ!! これに勝る喜びはございません我が神よオオオオオオ! んハ――ッ!!!」

 

 そこには全裸でハアハア、いやハフハフと興奮しているクアイエッセがおり、その頭の上ではくっついてきちゃったのか小指サイズの例の黒い昆虫がカサカサと振り回されている。

 

「うそやん…」

 

 全員が酷くどん引きする中、クレマンティーヌはひとり事切れ、いや、白目を向いて気絶した。

 

 

 

++++++

 

 

 

 クレマンティーヌは――……兄が大嫌いだった。

 

 

 どれくらいかと問われれば、殺して殺してぐちゃぐちゃにしたあと唾を吐きかけてやりたいくらいに大嫌いだった。

 自分と違い兄は幼い頃から将来の英雄を約束された才能に溢れ、両親からも周囲の奴らからも期待されてチヤホヤされて、最初は小さな羨みから始まり妬み、僻みへと変わっていった。自分がどれだけ努力を重ねても、頑張っても頑張っても、誰もが自分ではなく兄を賞賛した。誰も見てくれない。誰にも見てもらえない。

 兄は英雄で自分はただのクインティアの片割れ。

 

 だからクレマンティーヌは――兄が大嫌いだった。

 

 

 そんなクレマンティーヌは今――

 

 別の意味で兄が大嫌いになっていた。

 っていうかこんなのと血縁関係とか本当に嫌だ。マジでやだ。今までクインティアの片割れと呼ばれるたびに憎悪が湧いたが――これからはクインティアの片割れと呼ばれたら世間様に頭を擦り付けて詫びながら自害したくなる。もうほんとにやだ。

 

 

「おおおおおっ! そこにいるのはクレマンティーヌ! お前も神に威光に触れ導かれたか! 我が妹よ!!」

 

 妹とか呼ばないでくださいほんとむりですと他人のふりをするが、周りの化け物たちの視線にクレマンティーヌは勘弁してくれよと涙を浮かべる。

「……ぁ、兄貴」

「クレマンティーヌゥウウん!!!!」

「ヒイイーッ!」

 全裸のクアイエッセに抱きつかれ、クレマンティーヌは悲鳴をあげた。

 ふと周りを見渡せば骸骨の化け物やその仲間たちはまるで汚物でも見るような目で二人から距離までとっており、屈辱と恥ずかしさと申し訳なさともういろいろな感情がクレマンティーヌを襲う。

 

(殺してええええ!! いっそのこと殺してええええ!!!! もうやだあああうわああああん!!)

 

 哀れ、クレマンティーヌ。

 しかし彼女の奮闘劇もここから始まるのであった。

 




ナザリック「お前の兄貴だろなんとかしろよ」

がんばれクレマンティーヌ。
クインティア兄妹好きです。やっぱ兄妹仲良くしないとね!(白目)
そういえばなんか変態しか出てないですね、最近。もういっそのこと副題~ようこそ変態動物園~でいいんじゃね? って感じです。ごめんなさい。



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26 エ・ランテル炎上

鳥瑠様、誤字報告ありがとうございました!
とても助かります!



「来い、我が騎獣よ!」

 シラタマの召喚に応じ展開された魔法陣から出てきたのは純白双角獣王(アルビノバイコーンロード)だ。アルベドの騎獣である戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)の亜種であり、戦用双角獣王(ウォーバイコーンロード)が重種の軍馬だとすれば純白双角獣王(アルビノバイコーンロード)はスピード特化タイプといったところか。身体つきも全体的に細い軽量馬である。

 

 シラタマはそれに飛び乗ろうとし――ああそうだったと忘れ物を取るみたいな感じでニグンを掴み、担ぎ上げて共に飛び乗る。

「し、シラタマ様!? あの!?」

「いいからほい後ろね」

 ニグンを乗せたことでバイコーンが少しだけ怪訝そうな反応をしたが、「文句あんのか? ああ?」とばかりに脚で横っ腹を絞めあげればすぐに大人しくなった。

 ニグンも観念したのか、馬上から隊員達に指示を出す。

「イアン、お前は万が一の事態に備え戦闘のできる者とそうでない者で班を分けておけ。魔力残量の確認を忘れるな。我々は先に行きエ・ランテルの状況を確認する」

「は!」

 ゴブリン殲滅から多少は時間が経っているとはいえ隊員達の体力や魔力はまだ万全に回復していない。蘇生した予備隊員らはとくにだ。デスペナによるレベルダウンも起きており、当面戦闘への参加はまず無理だと判断する。

(だが最悪を想定すべきか――)

 見れば空に上がる煙は火柱のように変貌し、さらに大きく激しいものへとなっていた。

 

「参りましょうシラタマ様」

「おっけー! ぼっこぼこにクレーム入れてやるんだからっ!」

「え、いやそれはちょっと…」

「それ行けー!」

 ニグンの言葉など聞かず、シラタマの合図でバイコーンは疾風の如く走り出した。

 

 

 

++++++

 

 

 

 その夜、城塞都市エ・ランテルの内側は地獄と化していた。比喩ではなく、真に地獄となったのだ。

 突如として墓地から現れたアンデッドとゾンビの群れは瞬く間に兵士や近隣住民らを飲み込み、死んだ者もまたゾンビとなって違う住民を襲いだしたのである。まさに死の連鎖だ。

 しかもこの日に限って街にはランクの低い冒険者――それでも金級や銀級はいた――しかおらず、彼らも奮闘したが少しの時間稼ぎ程度にしかならなかった。数体のアンデッドならなんとかなっただろうが、あまりにも数が多過ぎたのだ。

 しかもどこからかアンデッドを支援するかのような魔法攻撃まで放たれ、彼らは防戦一方、いや、完全に押し負け力尽きていく。戦いを放棄し我先にと逃げ出した冒険者もいた。

 やがて街は阿鼻叫喚に包まれ、パニック状態の魔法詠唱者の魔法が飛び交い恐怖で錯乱する兵士がめちゃくちゃに剣を振るう。やがて誰かの放った《火球(ファイヤーボール)》や《雷撃(ライトニング)》が商人の持ち込んでいた火薬に引火し大きな爆発が巻き起こる。その火炎が広がり、魔法と合わさり竜巻状の旋風となって住民たちを飲み込んでいく。

 三重の壁を築く事で外敵からの攻撃に備えていた城塞都市は、内側からの攻撃にあまりにも弱すぎたのだ。

 駐屯兵はすでに全滅し、領主である国王からの救援は来ない。こうしてエ・ランテルは瞬く間に地獄と化した。

 

 

「なんという……ことだ」

 その様子にニグンは狼狽し、目の前で繰り広げられている惨劇に瞠目する。そしてシラタマはいうと、正反対な面持ちでそれを眺めていた。しょーもない。退屈だなあと欠伸が出そうなほどに興味のない顔で。

 現在バイコーンはスキルによって飛翔しており、エ・ランテルを見下ろせる位置にいる。だからこそ何が起こっているのかは一目でわかった。

 

「……ねえニグンちゃん、王国ではアンデッドってよく出るものなの?」

「い、いえ、そもそもモンスターによる災害自体が稀なくらいで、こんな……ことは…」

「……ふうん」

 つまりこのお祭り騒ぎは人災ってことかな? とシラタマは結論付ける。ならばどこかに首謀者がいるはずだ。

 ニグンはかなり動揺しているがシラタマは至って冷静、いや、至って無関心に地獄を見渡していた。

「それにしてもなーんか戦ってる人少なくない? 兵士ももういないし。かなり大きい街なのにさ……」

 というかこれだけ大騒ぎになっているのだから王国兵がもっと救援に駆けつけてきても良いのにねと呟く。だが、ニグンが「おそらくですが」と答えてくれた推測にシラタマの中の王国好感度はさらにマイナスへとカンストした。

 

「――まずこのエ・ランテルは、たしか国王の直属領だったと記憶しております。なので救援が来るのであればそれは国王直属の兵団となるはずですが……その者達、つまりあのガゼフ・ストロノーフは王都を拠点としており、そこからここまで駆けつけるにはいくつかの貴族領を通る必要があるのです」

 つまり駐屯地が遠いって事かとシラタマはふんふんと頷く。

「ですが、その貴族領を通るにはそこの領主である各貴族らの許可が必要であり、その為に……今頃国王と貴族は会議でもしているか――」

 話しながらニグンは苦い顔を浮かべた。

「――そもそもまだこの惨事に気づいてすらいない可能性もありますね」

「ひええー……」

 なんじゃそれぇとシラタマが呆れた声をあげる。

 そしてそういえば前もこんなリアクションした事あったなと思い出し……あー、あれはモモンガさん達と一緒に王国の腐敗ぶりを聞いた時か。よくまあそんなんで国がやれてるものだ。いや、やれてないからこんなことになってるのか?

 もうどっちでもいいやとシラタマは肩を竦め、とりあえずは自分のお目当てを探す事にした。

 

(さてさて、アンデッドはあのあたりから出てきてるか……)

 雰囲気からして墓地だろうか、まあ今じゃ街全体が墓地みたいなものだけどと内心くすりと笑う。とりあえずそこが一番怪しいだろうとして――

「ん。じゃあどうしよっかニグンちゃん」

「えっ」

「いやいやコレよ。どーする?」

 眼下のエ・ランテルを指差し問う。シラタマとしては首謀者さえ見つけて文句を言えればそれでいい。つまり街を闊歩しているアンデッドやゾンビ、無惨に殺されていく住民達なんてどーでもいいのだ。

 だからこそどうするのか尋ねる。

「ニグンちゃんが決めてね?」

 生かすか殺すか――そう問われ、ニグンは一瞬目を見張り、伏せた。苦渋の選択だ。いや、人道的に考えるならば皆を助けるの一択だろう。だがそれは出来ない。

 なぜならば自分は王国の人間ではなく、それどころか法国の一部隊を任されている立場である。

 たとえどんな状況だとしても他国の人間が無許可で介入すれば後々面倒な事になるのだ。自分は英雄でもなんでもない。だいたい一時の感情に任せて動くなどというのは愚行であり、如何なる状況でも常に冷静な判断を下さなければならない。

 だが――それができるからこそニグンは陽光聖典の隊長なのだ。

 

「……考えがあります」

 思考し、時間にして僅か三秒程で答えを出す。

 シラタマは少し目を丸くすると「…ん。わかったやろうか」その作戦に乗ってあげる事にした。

 

 

 

 

「――総員傾聴おおおおッ!!」

 エ・ランテルに向けて陽光聖典隊員達を乗せた馬――シラタマにより一定時間疲労しない魔法がかけられている――が走る。その先頭の馬上から、イアンは隊員達にニグンからの《伝言(メッセージ)》より伝えられた任をとびっきりの大声で叫んだ。

「第一班は住民の救助、ただし天使の召喚は禁じます! 第二班は一班を支援し住民の避難誘導にあたりなさい! 第三班は門外にて待機し住民らの治療に専念――そして全員戦闘は避け決して深入りせず、あくまでも救命のみを優先させなさい!!」

「「「はっ!!!」」」

「――そして、全員隊服を脱ぎなさい!!」

 その指示に全員がわずかな動揺を見せたが――頷き、一斉に上着と頭巾を外す。

「これより我々は法国構成員ではありません! あくまでもただの一介の魔法詠唱者(マジックキャスター)としてエ・ランテルへ入り、我々で住民達の血路を作ります! 我々の行いが数多の命を救うと知りなさい!」

 イアンの言葉に全員が返事を返す。

 だが、そうは言ったものの現時点ですでにほとんどの住民は手遅れとなっているだろう。それでもイアンと隊員達は初となる任務外での作戦を遂行すべく、行動を開始した。

 

 

 

 

「――じゃあいこうか」

 シラタマはひとまず視界の邪魔になっていた火炎旋風を消し飛ばすと、さっそくとニグンを連れてバイコーンから飛び降りエ・ランテルの街中、それも一番アンデッドが集まっているど真ん中へと着地する。

 もちろん周りにいたアンデッドやゾンビ達が一斉に襲いかかってきたが、それらの掃討はニグンに任せて自分は《伝言》を王都にいるだろうセバスへと繋いだ。

「あーもしもしセバス? うん、うんいやいや大丈夫。あのね……うんそうなの……そんなわけでさ、うん。すぐにこっち来れる? うん、じゃあよろしくねー」

 一度《伝言》を切り、今度はモモンガへと《伝言》を繋ぐ。

「モモンガさん? うんあのね……そうなの、エ・ランテルでさー……うん大丈夫、セバスに来てもらうよ。うん、そうそうそれでね……」

 やがてそっちの会話も終わり《伝言》を切ると、すでにシラタマを取り囲むようにして群がってきていたアンデッドやゾンビは全滅していた。

「ニグンちゃんあんがとねー」

 少しだけ離れた場所にいたニグンが振り返り、小さく頭を下げる。シラタマはそれにひらひらと手を振って応えると、さっそく墓地へ向かう事にした。

 その道中でもアンデッドやゾンビに襲われたがすべてなんてことなく掃討していく。それなりに間引き出来たしこれで隊員達もやりやすくなるだろう。

 

「シラタマ様!」

「おおっ早いねセバス」

 王都から全力で走ってきたらしいセバスが屋根から飛び降りてきてシラタマの前に着地するとすぐさま礼の姿勢を取ろうとし――そんなの今はしなくていいよと断る。

「ごめんねセバス、急に呼び出しちゃって」

「いえ、至高の御方のご命令とあらば。ナザリックの執事として当然のこと」

 キリッと真摯な姿勢で返され、ちょいと戸惑う。

 そして執事ってみんなこんななの? すげえなあ、さすがセバスチャン……と感心しつつ「えーとそれじゃあさ、誰にも見られないように逃げ遅れてる()()()を助けて、さらに誰にも見つからないように門のとこにいる陽光聖典隊員達を手助けして欲しいんだけど、できる?」

 んな無茶なという視線をニグンが向けてきたが、指示を出したシラタマ自身もその気持ちはよくわかる。

 絶対に見つかってはいけない助力と救援、まさにスーパー隠密ミッションだ。

 が、セバスは当然できますとばかりに「承知致しました」と頭を下げ、颯爽と駆けていった。

 

「はえーやっぱ執事ってすっごいね!」

「いえ絶対そちらの御方々だけですよ……」

 

 あとはセバスに任せとけば街はもう大丈夫だろう。

 これでやっと本来の目的であるクレームが入れられるねとシラタマはふんすと鼻を鳴らしずんずんと先を進む。

 その背後でそういえばそうだったなあとニグンは目を細め――今から会うだろう首謀者とやらの結末をすでに察していた。

 

 

 

++++++

 

 

 

 エ・ランテルの墓地にて、すでに何度目かの《不死者創造(クリエイト・アンデッド)》を唱え、街へと送り出す集団がいた。

 その集団は地獄へと変貌していくエ・ランテルの様子を嬉々として眺め、中でも人一倍に胸を高鳴らせしわくちゃの顔で笑うのは集団のリーダーであり首謀者、カジット・デイル・バダンテールという男だ。その正体は邪悪な秘密結社という名のテロリスト集団、ズーラーノーン十二高弟の一人であり――スレイン法国出身でありながら信仰を捨てた狂気のハゲマザコンである。

 このハゲマザコンは幼き頃に死んだ母親を蘇生する為に三十年以上も研究に没頭、その結果願いを叶えるには途方も無い時間が必要と分かり――ならばと自らの肉体を寿命のないエルダーリッチに変えようとしたのだ。大量の人間を生贄にして膨大な負のエネルギーを発生させる魔法儀式、死の螺旋を発動させて。

 ……まあぶっちゃけそんな方法でエルダーリッチになれるわけないのだが。

 

 そんなことなどつゆ知らずこのつるぺかマザコンは頑張った。膨大な負のエネルギーを集めるには大量の死者が必要となる。

 最初はそれを第七位階にあるという《不死の軍勢(アンデス・アーミー)》で補う算段だったが、第七位階などという伝説の魔法なんぞ弟子達と大儀式を行い《魔法上昇(オーバーマジック)》を使っても到底届くわけがなく――そこで目をつけたのが法国神殿内にある『叡者の額冠』というアイテムだった。

 その効果は着用者の自我を封じることで人間そのものを超高位魔法を吐き出すアイテムに変えることが出来るという優れものだ。

 この叡者の額冠は法国で偶然にも知り合えた漆黒聖典の女、クレマンティーヌが盗んでくる手筈となっていたのだが……

 

 が! その約束をしたはずのクレマンティーヌはいくら待てどもやって来ず、連絡もつかず、この計画は破綻となったのだ。

 こうして待ちに待ちかねたツルピカハゲ丸は強硬手段に出たのである。

死者が足らないなら作ればいいと。エ・ランテルの住民を全員殺して補えばいいのだと!

 元々五年間もエ・ランテルの墓地に勝手に作った地下神殿で秘密裏に遂行していた大計画。まずは五年かけて溜めてきたアンデッド達を街に放ち襲わせる。しかもただのアンデッドではない。

 大儀式と魔法道具(マジックアイテム)『死の宝珠』の支援を受けて発動させた魔法、《連鎖する動死体(チェイン・オブ・ゾンビ)》の追加効果付きアンデッドだ。これでゾンビに襲われた住民をさらにゾンビへと変えるのだ。

 さらに作戦を邪魔する冒険者どもには弟子達と共に魔法攻撃も放ってやった。これでさらに屍体が増える。

 

「アンデッド達よ! 殺せ! 全員殺すのだ! ははははは!」

 

 多少のトラブルはあったが、結果的に作戦は大成功だ。エ・ランテルが完全なる死の街に変わるまであと僅かだとハゲ丸……いやカジットは高らかに笑う。

 まさに一世一代の大大大イベントだ。もうすぐ願いが叶うのだとハゲ丸は歓喜に震え――

 

 そんな所で突然やってきた白い女悪魔によってイベントはお開きとなるのだった。

 というか、まず初手から問答無用で降ってきた《火の雨(ファイアーレイン)》で弟子達が全滅した。

 

 

「…………エッ」

 

 気づけば周りは弟子の焼死体だらけ。その真ん中でカジットが間抜けなポカン顔を晒し立ち尽くす。

 

「はい犯人みっけー!」

 

 シラタマがカジットを指差しながらてけてけと向かってくる。その背後ではニグンが辺りを警戒しつつも付き従い――カジットを見るなり「おや?」と眉を顰めた。

「お待ちを、シラタマ様。この男はたしか法国で指名手配されていた男です」

「はえ? そなの?」

「ええ、数年前に邪教の研究や儀式で神官数人を殺害していた事が露呈しそのまま逃亡していたはずです」

「あらまー」

 そりゃまたご苦労な事でとシラタマは肩を竦め、目の前でまだ事態を飲み込めていないハゲを見遣る。まあこいつが指名手配犯だとしても今はそんなのどうでもいいのだ。シラタマはずんずんと歩を進めてハゲットの前に仁王立つと

 

「あのさあ! こういう事は私の迷惑にならないタイミングでするべきじゃない!?」

 

 当初の目的であった文句を言い放った。

 ハゲットは目を丸くさせる。

 

「だいたいさ、うるさいのよ。お祭りじゃあるまいし虐殺くらいもっとこう静かにスムーズにやれないものなの!? しかも今何時だと思ってんの? 夜ウゥ! 夜だよねえ!? 夜は静かにしなさいってお母さんに習わなかった!? 天下のグラントウキョウが誇る歌舞伎町アーコロジーでももっとおとなしいわ! あのね、こっちは暇じゃないの。むしろ予定は混みまくりなの。もう少しさあ! 周りに配慮するってことできないかなあ!? いい歳でしょ!? あんたいくつよ!? っていうか何なのその格好? 変質者か! その骸骨のアクセサリーもさあなんだアそれ? ダッサ! うーわダッサ! クッソダサいから! かっこいいとか思ってんのかよどこの中二だよ! あーあーさてはモテないなお前、むしろ女の子と手も繋いだことないだろ? あるわけないよなあこのくそダサハゲがよおお――ッ!」

 そのままマシンガンのように続くクレーム、っていうか後半全部悪口にハゲットがプルプルと震えだす。

 シラタマの背後ではニグンが暗い顔で俯いていた。やめたげて、もうやめたげてよおとどこからかモモンガの声も聞こえた気がした。

 

 

「き、き、きっさまああああああ!!!!」

 

 そしてとうとうハゲ、いやカジットは怒りを剥き出しにして叫ぶ。

 いきなり現れたと思ったら弟子達を皆殺しにされ、あげくわけのわからない事を言いやがってと死の宝珠を握りしめる。

「わ、儂が五年間かけて作り上げた、努力の結晶を! 儂の夢の邪魔をするとはこの異形種めがああああッ!!」

 シラタマに向けて《酸の投げ槍(アシッド・ジャベリン)》を放ち――

「いや邪魔されたのこっちなんだけど」

 その攻撃はペチンと手で払いのけられポプンと消えた。なんとも間抜けな光景であった。

 

「邪魔、されたのは、こっち、なんだけど?」

 

 ギロリと睨まれ、カジットはおもわず数歩後退する。本能が危険を察知したのだ。やばい、何かがやばいと。

 だがここで逃げ出すわけにはいかないのだ。死の螺旋をなんとしてでも完遂させなければならないのだから。

 ならばと死の宝珠を翳し、魔力を込める。召喚するはカジット最大の切り札だ。

 

「むう?」

 

 突然出現したソレがドオオ――ン! という轟音とともにシラタマの左右を挟む形で降り立つ。

 それは二体の骨の竜(スケルトン・ドラゴン)だった。

 

「まさか、骨の竜(スケルトン・ドラゴン)を召喚したというのか……!」

 ニグンが驚きに声をあげるが、シラタマとしてはだからなんやねん程度の相手であり

 

「ははははは! 魔法に絶対耐性を持つ骨の竜(スケルトン・ドラゴン)だ! 今さら無礼を詫びても許さんぞ異形種め!」

 

「……絶対耐性?」

 はて? とシラタマは小首を傾げる。そんな設定ユグドラシルではなかったと思うのだが――もしかするとこっちの世界ではそうなのだろうか。まあそれならそれで物理で殴ればいいだけなのだが。

「ねえニグンちゃん、こいつら魔法効かないの?」

 でも一応確認してみると、ニグンは少し思案顔を浮かべてから「……の、はずです。おそらく」と自信なさげに答えた。本当ならば効かないですよと肯定したいところなのだが、なんというか、御方々(ナザリック)の常識外すぎる戦闘力を知ってしまうと「もしかしたら」と思ってしまうのだ。

 

「殺せえ! 骨の竜(スケルトン・ドラゴン)よ!」

 カジットの命令で二体の骨の竜(スケルトン・ドラゴン)が一斉にシラタマに襲いかかる。

「――まあいいや、よいしょっと」

 右側の骨の竜(スケルトン・ドラゴン)の攻撃を受け止め、左側の骨の竜(スケルトン・ドラゴン)に向けて手を翳す。

「試してみるか、《獄炎(ヘルフレイム)》」

 瞬間、黒い炎に包まれ骨の竜(スケルトン・ドラゴン)は消え去った。

「…………は?」

「およ? なんだやっぱ効くじゃん。じゃこっちも《獄炎(ヘルフレイム)》」

 止めていた右側の骨の竜(スケルトン・ドラゴン)も同様に消し去る。

 

「……は? え? え、なん、えっ??」

 

 カジットがわけがわからないという反応をし、一方でニグンは「ですよねーまあそうなりますよねー」ともはや悟りの境地にでも達してるのかお前はと言わんばかりの表情でそれを眺めている。

「……さすがですねシラタマ様」

「え? そんなことないよー。だって骨の竜(スケルトン・ドラゴン)の魔法の絶対耐性なんて聞いたことないし」

「そうなのですか?」と驚くニグンに「いやそもそも」と続ける。

骨の竜(スケルトン・ドラゴン)に効かないのは第六位階までの魔法だけであって、第七位階からはばりくそに効くんだよ」

「ああー……」

 なるほどとニグンは納得の表情を浮かべた。

 この世界では帝国のかの大魔法詠唱者、英雄の領域を超えた逸脱者ですら第六位階に到達するのがやっとであり――まあようは骨の竜(スケルトン・ドラゴン)を倒せる第七位階を使える魔法詠唱者(マジックキャスター)はいない。そのせいで魔法に絶対耐性などという間違った認識が広まってしまったのだろう。

 

(しかし結局のところ第七位階に到達する者がいない以上絶対耐性というのは強ち間違いではないがな……)

 かの漆黒聖典隊長や番外席次の二人は神人として逸脱しまくった強者ではあるが、二人とも戦士であって魔法詠唱者ではない。

 つまりこの世界にはまだ第六位階を超えた魔法詠唱者はいないのだ。

 

 まあそんなわけで。

 呆気なく切り札を失ったカジットは――……泣いていた。だがそれは敗北の涙ではなく、夢を叶えられないという絶望の涙だ。

 そんな哀れなつるつるピカピカハゲマザコンの姿にシラタマとニグンはどうしたものかと視線を交わし、やれやれと口を開いたのはシラタマだった。

「で、お前はなんでこんなことしちゃったのよ?」

 その問いにカジットは吃逆をあげながら顔を上げ――すごく絵面が無理でシラタマは目を逸らす――素直に答えてくれた。

 かつてカジットはスレイン法国で屈強な父親と穏やかな母親の一人息子として幸せに暮らしていたこと。ある日帰宅すると母親の亡骸を発見してしまったこと。大好きな母親を蘇生する手段を求め奔走したこと。すべてを涙ながらに語った。まるでテレビのうそくせえドキュメンタリー番組でも見せられてる気分だ。

 だが意外なことに、シラタマはその間めずらしくもうんうんそうかそうかと頷き聞いていた。

 

 やがてカジットの御涙頂戴劇場が終わるとシラタマはひと息吐き

「……お前は馬鹿だなあ」

 そう優しく声をかけ、カジットの震える肩をポンポンと叩く。

「そんなわけのわからん儀式のためにここまでやるなんてさ。ホント、とんだ馬鹿で間抜けで単細胞の下等生物ハゲだよお前は」

「うっうぐぐ……っ!」

 言い過ぎだろとカジットは歯噛みしたが

 

「――でも、努力家だ」

 

 続いたその言葉に、悔しさに歪んでいた顔がはっとする。

「お母さんのために誰よりも頑張ってきたんだよね。周りに何と言われようと、否定されようと必死になってやってきたんだよね?」

「うっうう……」

 カジットが奔流の涙を流し何度も頷く。

 そうだ。すべては母のためにやったのだ。たった一人の愛する母のために!

 

「だからさ、きっとうまくいくよ。元気出しなよ」

 そう言ってシラタマは優しく微笑んだ。それは慈愛に満ちた聖女の笑みだった。カジットにはたしかにそう見えたのだ。

 彼女は自分を救いに天から降りてきてくれた女神様であると――!

 

「め、女神様あ……!」

 

 ――ああ、救いはここにあったのだ。すでに信仰を捨てた身であるが、カジットは今この瞬間、その心の内に神の存在を感じていた。

 そして縋るような思いで優しく微笑むシラタマに手を伸ばす。

 彼女の手を掴めば、きっと奇跡は起こるはずであ

 

「甘えるな――――――っ!!!!!」

 

 昇龍拳のようなモーションで突如放たれた《連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)》がカジットに直撃。そのまま空へと打ち上がる。

 そしてカジットは握りしめた死の宝珠ごと煌めく雷の花火となり――…灰となって消えた。

 

 

「「ええ――……」」

 呆然とした男二人の声が重なり、シラタマはというと「くふうっ!」と悲痛に満ちた顔……ではなく真逆の悦楽顔を浮かべながら

「人生舐めてんじゃねえぞこのハゲ――ッ!!」

 そう高らかに叫び、キャッホーイと飛び跳ねていた。

 

「……は…ははは」

 その光景にニグンはもう諦めましたとばかりに虚無感漂う面持ちでひとり夜空を見上げ引き笑いし、その傍らでは《完全不可視化》を使ってこっそり見守りに来ていたモモンガも頭を抱えながら何度も沈静化が発動されていた。

 

 

 

++++++

 

 

 

 エ・ランテルの惨事から無事に生き延びた住民の数は少なかった。

 王国には国民の住民票や戸籍管理というものは一切なく――そもそも役場なり戸籍なりの日本的システムがあるのは法国だけであり、これらも六大神が始めたものらしい――よってエ・ランテルに元々住んでいた者達の数は把握できない。だが助かった人数はたった数百人ぽっちだった事から、それだけでどれほどの犠牲者が出たのかは明白だった。

 街としてなんとかアンデッド達の侵攻を逃れられたのは最内周部のみであり、そこに住む都市長や金持ち連中にとってはアンデッドがいつ最内部の壁を越えてくるか気が気ではなかっただろう。そのかわり今では彼らだけその最内周部に取り残され、閉じ込められている形になっているのだが。

 シラタマにとってはそんなの知ったことではない。

 現在のエ・ランテル外周部と内周部内に生きた人影はなく、完全なる死の街となっていた。

 

 

 城壁の外、北門付近では生き延びた住民らが身分を隠した陽光聖典隊員らによって治療を受けている。普段は殲滅部隊として腕を振るっている彼らだが、全員が神官職でもあるため治療系の魔法も得意としており――今のように罪なき民達を救済していくこともまた自分達のやるべき道のひとつなのではないかと隊員たちは感じていた。

 

「――《重症治癒(ヘビーリカバー)》」

 イアンの治癒で大きく背中を裂かれていた少年の傷が閉じていく。少年はぼんやりと目を開き、小さく息を吐き出した。

「ああっありがとうございます! ありがとうございます…!」

 少年の両親が涙ながらに頭を下げる。

「いえ構いませんよ。さあ立てますか? 治療がまだの方はこちらへ!」

 イアンと隊員達は住民を順々に避難誘導していく。陰ながらセバスの助力もあり、運良く壁の外まで辿り着けた者、助けられた者達は全員見知らぬ魔法詠唱者の集団に感謝していた。

 今この場にいる住民は助かった数百人のうち半数ほどで、残りの半数はすでにエ・ランテルから離れ帝国方面へと逃げていったらしい。同じ王国内の別の領地へ向かわない時点でその者達もまた王国に見切りをつけたということだろうか。

 

 城壁の上、救護の様子を伺っていたセバスはもう大丈夫だろうと判断する。エ・ランテルの街にはまだまだアンデッドやゾンビが溢れているが、シラタマより命じられたのは民間人の保護と隊員達のサポートだ。セバスは街にもう助けを求める声がないのを再度確認してからシラタマへ《伝言》を繋げた。

 

 

 そして墓地では――

 

「お、ありがとねセバス。うん、ほいほーいあとはこっちで、うん……大丈夫だよー。それじゃあもう王都に戻っていいからねーありがとー」

 セバスからの報告を受けたシラタマが《伝言》を切る。

「モモンガさん、街はもう大丈夫みたいです。それとさっき言った通り隊員達が助けた住民にはひとまずカルネ村の方に行ってもらいますね」

「わかりました。ええとカルネ村ってことはこっちだから……よし、大丈夫だな」

 すでに《完全不可視化》を解除しているモモンガが頷く。

 そして帝国はあっちだったなと再度確認し、そっち方面へ逃げたという住民や冒険者達の背中をまるで追うように手をかざすと――

 

「では今度は俺たちの為にも働いてもらうとしよう。《不死の軍勢(アンデス・アーミー)》」

 

 第七位階を発動させた。

 

 

 




※ 今回のオリジナル魔法及び捏造部分※

《純白双角獣王/アルビノバイコーンロード》
白いサラブレッド風の騎獣。レアガチャでゲットしたシラタマ様の乗り物である。
(バイコーンは処女と童貞を許さない。あと真面目な男も嫌いらしい)


《連鎖する動死体/チェイン・オブ・ゾンビ》
デスナイトの持つような殺した相手をゾンビに変える効果を通常のアンデッドにも授ける魔法。
ただしゾンビのレベルは一桁台でかなり低い。ゲロ弱。が、ただの村人や住民程度ならたやすく殺せる。



シラタマ様の自由度がどんどん加速していってる気がします。彼女は今回で上げて上げて叩き落とすという遊びを習得しました。
そしてオバマスでおそらく一番好感度が爆上がりしてるんじゃないかという陽光聖典、もっと彼らとも戯れたいですね。
次回は帝国とばっちりのお話です。誰かさんの毛根が心配です。


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27 帝国、とばっちりの夜

 絢爛豪華という言葉がある。

 その言葉に相応しい部屋はどんな部屋かと問われれば、至高の御方々が居住するお部屋ですとナザリックの者ならば答えるだろう。

 ではこの世界、バハルス帝国の者ならばどう答えるか。それは帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスのいる部屋である。

 彼は若きバハルス帝国現皇帝だ。悪しき貴族を問答無用で切り捨て、出自や身分問わず如何なる民にもチャンスを与え手を差し伸べる。まさに貴族からは畏怖され臣民からは尊敬されている歴代最高と称される皇帝であった。

 だがそんなジルクニフは今不機嫌そうに部下からの報告を聞いていた。そろそろ床に就こうとしていただけあってなおさら機嫌は下落気味だったのだが、その報告のせいでさらに急降下中だ。

 

 数時間前、隣国であるリ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテルがアンデッドとゾンビによってあっけなく壊滅し、そこから生き延びた難民たちが帝国領に向かって逃げてきているというのだから。

 はああ、と大きく肩を落とす。

 どうしてこっちに来るのだと文句を言ってやりたいところだが――

「それで、そのアンデッドどもの脅威はどれほどなのだ? ――じいよ」

 それよりも問題は逃げて来る難民たちの背後を追いかけてきている奴らだ。わざわざエ・ランテルから迷惑極まりない団体様を引き連れてくれるとはと頭が痛くなる。だが被害者である民にそれを言っても仕方ない。すべてはそんな民すらも守れない王国に責任があるのだから。

 ジルクニフにじいと呼ばれた白髭の老人は、少し億劫そうに自身のあご髭を撫で

「――厄介ですな」

 そう呟くと、ジルクニフは――表情はとくに変わらないが――怪訝そうに小さく眉を寄せた。

「偵察に向かった我が弟子数人によると向かってきているのはアンデッドとゾンビだけではないようで、先程確認したところまずアンデッドとゾンビの群勢がおおよそ100、しかしどういうわけかその後方から約4000を超えるゴブリンと思わしき群勢、中にはトブの大森林の奥地にしか見られないような魔獣も多数交ざっております」

「ふむ…」

 それはなかなか多いなとジルクニフは目を細め、しかしそれでもまだ余裕があると考える。

 王国とは違い帝国は専業軍人の育成を行い魔法を使える者も騎士としている。さらに魔化された鎧なども国からすべて支給し、平の兵士であってもモンスター討伐くらいはできるのだ。

 加えて帝国四騎士、精鋭騎士と戦力はまだまだあり、そして今ジルクニフと話している老人、帝国が誇る最強の大魔法詠唱者フールーダ・パラダインの存在。フールーダは第六位階の魔法に到達した最強の魔法詠唱者であり、謂わば逸脱者だった。

 これほどの戦力を持つ帝国がたかが数千のアンデッドやゴブリンなんぞに慌てる方が馬鹿馬鹿しいとジルクニフは嘲笑じみた笑みを浮かべかけ……ふと冷静になる。

 ならば何故フールーダは厄介だと言ったのかと。

 

「……他にはどんなモンスターが向かってきているのだ」

 帝国の歴代皇帝一の優秀さを謳われるジルクニフでもさすがにモンスターに関する知識ばかりは疎い。問われ、フールーダはわずかに目を伏せる。

「そのゴブリンや魔獣らの群勢のさらに後方から、数千を超えるアンデッドの群れが向かってきており……これの中には集合する死体の巨人(ネクロスオーム・ジャイアント)骨の竜(スケルトン・ドラゴン)が数体……そしてデスナイトの姿も確認されたと」

 瞬間、皇帝と老人を除き室内に緊張が走った。

「……デスナイト?」

 その名前は確か聞き覚えがある。

 帝国魔法省の最奥にて封印されている伝説級のアンデッドだったはずだ。アンデッドが多く発生するカッツェ平野で捕獲したらしいが――

 

(ならば此度のアンデッドらもカッツェ平野に原因が? だが先遣隊の話ではエ・ランテルの内部から発生していると……それでも何かしら関係はあると踏むべきか? アンデッドを誘導している者がいる? まさかそんなことが)

 

 いや、とジルクニフは小さく頭を振るう。とにかく現時点で重要視すべきなのはひとつだ。やれるか、やれないのか。

「騎士達だけでは荷が重いかと」

 フールーダが頭を垂れる。

「――なので、私も弟子達と出ましょう」

「そうか」

 ならばもうアンデッドを案ずる必要はなく、あとは逃げてきている王国民をどうするかだなと思考を切り替える。

 

「……ん、そうだ待て。じい、確か前に気になるワーカーがいると言っていたな」

 

 ジルクニフの言葉にフールーダが目を見開き、首肯する。

 たった一日で闘技場で名を挙げた〈漆黒〉というワーカーチーム。その日闘技場に駆けつけたフールーダの弟子が見たという光景、その話を聞いた時は我が耳を疑ったほどだ。ギガントバジリスク二体を同時に倒した二人の魔法詠唱者や片手で魔獣を投げ回した戦士。観客らが見たという強力な魔法や技の数々。

 その噂の真偽を確かめるために近いうちに一度呼び出してみるか、四騎士らに接触させるかと確かにジルクニフと話していたのだが

 

「じいお目当てのワーカーチーム……せっかくの機会だ。その力を見てみようじゃないか」

 

 

 

++++++

 

 

 

 アルシェは妹達を眠りにつかせ今日もなんとか一日が終えられたとほぅ、と小さく息を吐く。

 ワーカーチーム〈漆黒〉として華々しすぎる闘技場デビューを飾ってからというものの、アルシェは帝都ではすっかりと有名人となってしまった。少しでも街を歩こうものなら大勢の冒険者やワーカー、商人、もう全然知らないおじさんまでが声をかけてきてすぐに取り囲まれてしまうのだ。

 正直言ってめちゃくちゃ疲れる。

 だが――全く変わらないものもあった。それはアルシェの家族だ。

 ワーカーとしてお金を稼げるようになり――それもただの新人では到底手が届かない程の金額だ――知名度も上がり、モモンのおかげでアルシェの魔法詠唱者としての腕も僅かだが成長した。今の両親と同じ平民である近所の人もアルシェの活躍を知ってくれていた程だ。

 

 だが――両親は違った。

 むしろそんなに稼いでくるのならとさらに上質なものを求めさらに借金を重ねたのだ。闘技場で稼いだ金貨もたった一日で無意味となった。アルシェが返済すれば両親はその倍の借金をする。やめてくれ、せめてまずは今ある借金をすべて返済してからにしてくれとアルシェは泣きついたが、逆上した父親にこっぴどく殴られたのだ。

 まだ痣の残る頰に手をやり、摩る。

 じわじわと残る痛みがまるでお前は永遠にこの生活から逃げられないのだと言ってくるようで、アルシェは小さく唇を震わせた。

 せめて、せめて妹達だけは助けたい。現在のフルト家の借金は金貨300枚……明日モモンに会った時に相談してみようかとも思ったが、家庭の事情を知った彼が離れてしまうのではないかという不安にぎゅうと胸が締め付けられる。

 

「…………先生」

 

 何気なしに口からこぼれた言葉。

 だがそれに返事が返ってきた。

「お、気づいたかアルシェ」

「うええっ!?」

 突然背後からぬっと姿を見せたモモンにアルシェは飛び上がりどてんと尻餅をつく。

「せせせせせ先生!な、なんでここ!? えっ!? 私の家教えてないのに、あれえ!?」

「うん? なんだ俺に気づいたわけじゃなかったのか」

 名前を呼ばれたからてっきりとモモンは小首を傾げ

「……ん? アルシェ、どうしたんだその顔の怪我は」

「えっ!? あっううんこれはなんでもないというか……っ」

 誤魔化そうとしたが、それよりも先にモモンの手が痣のある頰に触れた。瞬間アルシェの胸の鼓動がドキドキと音を立て顔がぼっと熱くなる。

そのまま惚けているとモモンは懐から《軽傷治癒(ライト・ヒーリング)》の込められたスクロールを取り出しそれを発動させた。頰の痣が綺麗さっぱりに消え、それを確認しモモンが鷹揚に頷く。

「……怪我の理由は、今は聞かない方がいいか?」

「……うん。ごめんなさい先生」

「いや、いいさ」

 アルシェの頭を撫でながら部屋を見渡しモモンは険しげに顔を顰め、だが今はそれよりもとここまで来た理由を話す。

「実はな、さっき歌う林檎亭に帝国四騎士のひとりがワーカー達に緊急依頼ってのを頼みに来たんだよ」

「えええっ!??」

 帝国四騎士なんて超有名人がなんでとアルシェは口をあんぐりとさせ、そんな人が持ってきた緊急依頼とはなんなのだろうと畏怖する。

「なんでもリ・エスティーゼ王国の方からアンデッドや魔獣の大群が向かってきてるらしくてな、帝国騎士だけではなかなか手に余るそうなんだ」

「た、大群!?」

 まさか、と。しかしならば帝国四騎士がやってきた理由にも納得できるかとアルシェが頷く。あの訓練された帝国の騎士達、そして四騎士が依頼するくらいなのだから相当の数なのだろう。

「怖いか?」

「……ううん。大丈夫、です」

 全く怖くないと言えば嘘だ。闘技場で実戦経験を積んだとはいえアルシェはまだまだ学院から出たばかりのひよっこ……だが、モモンがいるだけでそれらの不安や恐怖が消えていく。勇気が湧いてくる気がした。

「私達も行きましょう!」

「そうか。では行くぞアルシェ、ふふ、今回は夜間授業というやつだな」

「はい先生!」

 窓から外に飛び出し、そのまま飛んでいくモモンのあとを追いかけて――ちらりと熟睡している妹達の顔を見遣り――アルシェも《飛行》を発動させた。

 

 

 

 

 アーウィンタールの門前にはすでに帝国兵や騎士団、依頼を受けたワーカー達が集まっていた。

 それを物見塔から眺めながら、フールーダがお目当てのワーカーチームを探している。

「どうだ、じい? 漆黒とやらは来ているか?」

 まるで今からちょっとした演劇か催しでも観覧するかのように部屋に置かれた寝椅子に悠然と腰かけたジルクニフが問いかけ――その背後には護衛として四騎士が控えている――フールーダは残念ながらと首を振り答える。

「……どうやらまだのようですな」

 先程から集まってきている魔法詠唱者を自身のタレントを使って覗き見ているが、噂に聞いたような強大な魔力は探知できず――聞いた話ではなんと漆黒のメンバー内にかつて面倒を見た生徒もいたことにも驚いたのだが――先にもっと情報を集めておくべきだったかとフールーダは肩を竦めた。ちなみに歌う林檎亭へワーカーたちを集めに向かわせた四騎士のひとり、〈雷光〉ことバジウッド・ペシュメルも漆黒らしきチームとは会えなかったらしい。

 

 やがて先遣隊のメンバーでもあるフールーダの弟子達が戻ってくる。彼らと帝国の冒険者チーム〈銀糸鳥〉によってすでに逃げてきた難民たちは保護されていた。

あとはそんな難民たちがひき連れてきてしまったおまけの始末だけなのだが。

 

「王国にも困ったものだ……」

 ジルクニフが不快感というよりはもはや呆れ果てたとばかりに目頭をつまみ唸る。

 エ・ランテルからやってきているアンデッドの群勢について王国には真っ先に鷲馬(ヒポグリフ)ライダーの使者を送り緊急事態であると連絡したのだがーー返事はまだ返って来ない。会議でもしているのかなんのつもりかは知らんが、彼らの腰が上がるよりもアンデッド達が帝国に到着する方が早いだろう。

 ふぅ、と小さく溜め息を吐く。

 そして夜闇の中、アンデッド達の足音やゾンビや魔獣の呻き声がはっきりと聞こえてきて全員が目配せし合った。

「では我々も行ってまいります」

 四騎士のうちの三人、〈雷光〉〈不動〉〈重爆〉が頭を下げ部屋を出て行く。それに続いてフールーダも弟子達に指示を出しながら退出していった。フールーダたちはデスナイトの担当だ。いくら帝国の精鋭騎士達や四騎士でもデスナイトの相手は厳しい。よって、かつてカッツェ平野でデスナイトを捕縛した時と同様に彼らが空からの絨毯爆撃をする手筈となっている。

 

「――さて、どうなるか」

 護衛としてこの場に残り傍に控える〈激風〉とともに、ジルクニフは微塵とも不安を感じていない堂々たる態度で構えながら戦いに赴く者たちの背を見送った。

 

 

++++++

 

 

 アルシェが門まで駆けつけた時、すでに戦いは始まっていた。まさに乱戦。

 もはやアンデッドとモンスターが混合された軍勢との戦争なのではないかと錯覚するほどで、アルシェは息を呑む。

「やっときたでありんすかアルシェ!」

「しゃ、シャルさん!」

 すでに何匹かのゴブリン……いや、近くで見ればゴブリンのようなゾンビを片付けていたシャルが走ってきてモモンの前で小さく、しかし恭しく頭を下げる。

「戦況はどうだ? シャル」

「はいお兄ちゃん、今のところ帝国の騎士達が前衛に出て魔獣を掃討しているでありんすが、それでも動きの速い魔獣や体の小さなゴブリンゾンビがたっくさん抜けてきているでありんす!」

「うんうん、まさに大漁入れ食いというやつだな。それで、他のワーカーはどうだ?」

「どのチームもまあまあ頑張ってるでありんすよ。もっともお兄ちゃんに比べたらたいして役にもたっていないであ・り・ん・す・が!」

「あ、うん…」

 しかし辺りを見渡せば、想定よりもはるかにワーカーたちは仕事をこなしてくれていた。

 元々今回のアンデッドによる帝国侵攻は急遽決まったのだが――案外うまくいくものである。

 これらはすべて帝国で目立ちすぎている新米ワーカーチーム〈漆黒〉の騒ぎを沈静化させるためであった。もし守護者たちが聞いたら「偉大なる御方の名声をどうして!?」となるかもしれないが、モモンガ的には毎日毎分毎秒と他のワーカーたちにつきまとわれるのは御免被りたいわけで。

そこで、だ。

 今回の騒動をきっかけに他のワーカーや帝国騎士にもおおいに手柄を立てて貰って、彼ら自身も名声を得れば漆黒から離れてくれるんじゃね? なーんて思ったのである。

 

(本当は参加しない事も考えたけど、それはそれであとから文句を言われそうだしな……)

 

 なのでモモンガ、いや、モモンはほどよく支援に回りアルシェのレベリングともうひとりの方の戦力も確認する事にしたのだ。

 そう、もうひとりだ。

 シャルの背後からこそこそ隠れるように顔を見せたそいつをアルシェに紹介する。

 

「――アルシェ、突然ですまないが〈漆黒〉に入りたいという新メンバーがいてな」

「ええっ!? い、今ですか!?」

 このタイミングで!? とアルシェが狼狽える。いや確かにそれはごもっともだ。周りは乱戦真っ只中で、そもそもこんな状況で漆黒だけがのほほんと輪になり悠長にトークしている時点でもうおかしいのである。

 が、モモンは「とりあえずまだ仮採用なのだがな」とひょいと肩を竦めて、アルシェに相談せずにすまなかったと頭を下げる。

「い、いえそんな、先生が決められたのなら私は構いません!」

「そうか、それはありがたい」

 言って、新メンバー(仮)に手振りで促す。するとそいつは緊張した面持ちでアルシェの前に出ると

 

「は、はじめましてえ! クレアです!! クレアと申しますっ!!」

 

 おねしゃあ――っす!! と直角90度のお辞儀をする様はどこの体育会系だろうか。いろいろあったとはいえ礼儀を学んだ……というよりはまるで社畜戦士みたいになっちゃったなあとモモンは――元の姿のままなら確実に精神が沈静化されているだろう――すっと目を逸らす。

 その一方でアルシェはどこかぎこちない新メンバーという女戦士に対し少しばかりの違和感と先生(モモン)とはどんな関係なのだろう、もしかして恋人とか!? とよからぬ考えをぐるぐる頭の中で駆け巡らせていた。

 だが残念、それともおめでとうだろうか。その女は恋人どころかとりあえずもうひとりくらい現地人入れとくか~的な軽いノリで派遣された悲しき元殺戮者である。ちなみに彼女の兄はシラタマの方へお返ししたのだが……ここにくる前に彼女は愛しのお兄様と仲良く楽しいハッピーセットにされるか〈漆黒〉のために蟻のようにあくせく働くかという二択を迫られたのだ。ちなみに即決であった。

 モモンガに土下座し縋りながら兄と一緒だけは本当に勘弁してくださいと泣き噦り、あげく自ら拷問部屋に戻ろうとした姿はナザリック勢をも困惑させたという……

 

 クレアことクレマンティーヌ。

 彼女こそが〈漆黒〉の新メンバー(仮)であった。

 

 

++++++

 

 

「いやーこれまた絶景ですなあ」

「ええ、それにしても……話には聞いておりましたが本当にこの世界の人間どものレベルはここまで低いのですね」

「ほんとほんと! あっ、あそこの奴なんてオークに押し負けてるよ! 逆に難しいよねオークに負けるなんて!」

「いやいや二人とも、あれでも帝国の戦力はまだマシらしいよ? モモンガさん言ってたもん」

「「ええ……(絶句)」」

 帝国の上空にて三人の女子達が優雅に夜会を開いていた。

 エ・ランテルにてつるピカハゲを倒したあと、シラタマはニグンとモモンガから返品されてきた変態狂信者クアイエッセ、そして隊員らに生き延びた住民達を難民として一時的にカルネ村へ送るよう指示し――ニグンちゃんと別行動になるのは少し躊躇ったが――そのあと単身ナザリックへ戻り「モモンガさんの活躍見に行こうぜー! フッフー!」とまずはアルベドを勧誘。そしてなんだかんだでシャルティアを心配していたアウラも誘ったのである。

 ちなみにこの間ナザリックの留守はデミウルゴスとマーレ、コキュートスに任せている。

 と、いうわけで。

 

「シラタマ様、このクッキーすっごく美味しいんですよ!」

「ふわあほんとだ! アルベドも食べなよ、こっちのマフィンもなかなか」

「ふふふ、副料理長がはりきっていましたからね」

「「「んん~~♡ おいし~~♡」」」

 三人揃ってナザリック自慢のスイーツに舌鼓を打つ。

 彼女達は空間隔離で姿を隠したのち浮遊板(フローティング・ボード)に敷いたオシャレな絨毯の上に座り、さらにオシャレなティーセット、お菓子にケーキとたっぷり持って優雅にお茶と談笑をしつつ見学していた。

 

「さーてモモンガさんたちは、もぐもぐ。どこかなー?」

「あっあそこです! もぐもぐ。シャルティアが前に出てますね。ふーんちょっとはやるじゃない!」

「あら、もぐもぐ。御方の盾となるのだから当然よ」

 

 どうやら漆黒も話がまとまったらしく、他のワーカーたちに交ざって行動を開始している。

 まずは前衛としてシャルことシャルティアが道を開き、その後ろにあのクレマンティーヌ、クレアがスティレットを構え続く。

 アンデッドやゾンビ、魔獣を適当に掃討していきそのまま散開。他のワーカーでとくに苦戦している者らを助けてやり、そしてモモンとアルシェも《火球》や《雷撃》、第三位階魔法までを使って同じく周囲のアンデッドらのみを片付けていた。

 どうやら漆黒はザコモンスター以外には手を出さないようだ。つまり名声に繋がりそうな大物は他に譲るということである。

 

(うんうん。あれならモモンガさん達の人気も少しは落ち着くかな……)

「にしてもなんでさっきからシャルティアはあんなザコばかり倒して……」

「あーそれはね」

 シラタマはアウラの何気ない疑問に答えようとしたが――

「それはねアウラ、モモンガ様はこの機会に帝国の最大戦力を見定めるおつもりなのよ」

と先にアルベドが口を開いた。

「…………ふぇ?」

「それってどういうことアルベド、最大戦力って……あそこの騎士達じゃなくて?」

「ええ、たしかにあの四騎士と呼ばれている者たちも帝国の主要戦力らしいのだけど、モモンガ様があの人間の娘や他のワーカーから聞き出した情報によれば、帝国で最も危惧すべき戦力はフールーダという魔法詠唱者だそうよ。でも普段は皇帝の側にぴったりと付いていて戦場には出てこないみたいなのよ」

「なるほどね、切り札はそう簡単には出さないってわけ。あっだからモモンガ様は」

「ええそうよアウラ。本当ならモモンガ様が最初に闘技場でその偉大なるお力をふるわれた際に帝国上層部からの接触や何かしらの動きがあっても良かったのだけれどね。そこから帝国一の戦力に接触する手もあったのだけれど……哀れなことに彼ら動いてこないのよ。本物の強者を見抜けないなんて所詮は人間ってことね……だからモモンガ様はこちらから仕掛けることで無理矢理にでもその魔法詠唱者を表舞台に引き摺り出そうとしているのよ」

「なるほどねー! さっすがモモンガ様!」

「…………」

 モモンガさん絶対そんなこと考えてなかったよという言葉を胸にシラタマは目を伏せる。

 アルベドとアウラはすっかりさすがモモンガ様モードだし、今さら訂正できるわけがない。

 こんな感じでこれからもモモンガさんのハードルは上がり続けていくんだろうなぁとしみじみ思い、まあ自分には関係ないからいっか! と完全スルーを決めこむのであった。

 そして眼下で繰り広げられるお祭りに視線を戻し

 

「……ん、あれ?」

 

 遠くの方から自分たちと同じように空を飛んでいる集団がこちらに向かってきているのに気づいた。

 一瞬自分たちの存在がバレたのかと焦ったが、どうやら様子を見るにそうではなさそうだ。

 その集団はまとまりながら――しかし陽光聖典のように隊列を組んだり陣形をとることはない――空からある箇所に向けて一斉に《火球》を放ち始めたのだ。

 なんだなんだとシラタマたちはその絨毯爆撃を受けているものを見やる。

「あれってデスナイトくんだよね」

「ええ、デスナイトですね」

「デスナイトですよね」

 三人は互いに困惑の色を浮かべ目配せし合う。

 あいつらたった一体のデスナイトに対して集団で何をやってるんだという意味でだ。あれではまるで虐めではないか。そんなのひどい、あんまりだとシラタマはむっと口を窄める。

 そもそもあれだけ大人数の魔法詠唱者がいるのなら、一箇所に固まってたった一体のデスナイトを虐めるより散開して騎士やワーカーたちをサポートした方が絶対効率もいいのに。本当に何をしているんだと言ってやりたくなる。

「……あら?」

 ふいにアルベドが何かに気づいたようで

「どしたのベドベド」

「あ、いえ、シラタマ様、あの魔法詠唱者の集団の先頭にいる者なのですが……もしやあの者が先ほどお話ししたフールーダなる人間なのでは?」

「えっうそ!?」

 言われてみれば、たしかにひとりだけなんだかすごくそれっぽい老人が交ざっている。その老人は若い魔法詠唱者たちに指示を出し、自ら率先して地上にいるデスナイトをいじめているのだ。可哀想に。

 下等生物でも一応は国の大英雄だかなんだかの称号を持つ者なのだから、そんないじめっ子みたいなことをするのは良くないぞと心の中の正義マンことあの白銀の戦士が言っている。

 

「……よし、助けてあげよう!」

 シラタマがうんそれがいいそうしようと手を叩く。

「ということはシラタマ様自ら加勢に? でしたら私が行って参ります」

「いやいやアルベドここは私に任せてよ! シラタマ様、私が魔獣たちと行ってきますよ!」

「ん? ああ違う違う。大丈夫だよ二人とも、デスナイトくんのピンチは他のデスナイトくんに助けてもらうからね。えーとえーと」

 小首を傾げる二人の前でシラタマはごそごそと子供向け玩具のような小さなラッパを取り出す。

 これは初心者時代にたまに使っていたアイテム『魔を呼ぶラッパ改』。その効果はレベル35以下のモンスターを呼び寄せたり、味方側で召喚されたレベル35以下のモンスターすべてに長距離からも指示を送れるというものだ。

 ユグドラシルを始めた頃、これを使ってモンスターを呼んでは倒し呼んでは倒しとひとりせっせとレベル上げをしたものだとシラタマは懐かしい思い出に目を細め――

 おっぺけぺ~~! というどこか間抜けっぽいラッパの音が鳴り響いた。

 

「よーしデスナイトくんたちー! みんなでお友達を助けるんだー!」

 

 えいえいおーとシラタマがデスナイトたちに指示を出すと、それぞれ散らばっていたデスナイトたちが一斉に動きを止め――どうやら殺される寸前だったらしいワーカーがいたようで、急に攻撃をやめたデスナイトに困惑している――身体を急転回。いじめられている可哀想なお友達の元へとどっしどっしと駆けていく。

 その光景になんて素晴らしい友情なのだろうとシラタマは満足げに頷いた。

 

「だいたいさ、あんなズルみたいな戦い方されちゃ実力だってわかんないじゃない?」

 

 むすうと頬を膨らませるシラタマに、まったくその通りですとアルベドとアウラが首肯する。

「ですがシラタマ様、それならばまずあの人間たちを地上に落とすべきではないでしょうか? デスナイトは空を飛べませんし」

「あっそうか」

 たしかにお友達作戦でこの場にいる全デスナイトを向かわせたのはいいが、フールーダが空にいる以上状況は変わらないだろう。

「だったら……あ」

 シラタマの頭の上で豆電球がぴこーんと光る。

 

「あいつらを落とすんじゃなく、デスナイトくんを行かせるのはどう?」

「行かせる、ですか?」

 うん、とシラタマが楽しげな笑みを浮かべる。

 

「あのねあのねっ、デスナイトくんを骨の竜(スケルトン・ドラゴン)に騎乗させちゃえばいいんだよ!」

 

 骨の竜に乗る死の騎士なんてかっこよすぎる。まさに中二病、いや世界中の男の子の大好物だろう。

 これはきっとモモンガさんも喜んでくれるだろうなあとシラタマは得意げに鼻を鳴らすのであった。

 

 

 




ああお爺ちゃん大ピンチ。
これもシラタマさんのお世話係がいないから。誰も止めないから。つまり全部ニグンちゃんのせい。あとからモモンガさんにこっぴどく怒られるのは彼です。シラタマさんの面倒を見てないから仕方ないのです。

そして更新が遅くなりました。申し訳ない。
オバマスが想像以上に面白くかなりやりこんでいました。決して公式アプリでニグンさん大活躍してるからこっちはサボってもいいよななんて………ゴホンゴホン思ってナイヨ


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28 大魔法詠唱者いつ本気出すの!? 今でしょ!

シリアス戦闘回と見せかけたゆるいギャグ回になってしまいました。



 エ・ランテル方面から現れたというアンデッドやモンスターの大群を実際にその目で確認するまでたちの悪い冗談だとすら思っていたワーカー達も、現在はさすがに全員が本気モードと化していた。

 

「正面くるぞ! 援護頼む!」

 向かってくる魔獣の群れを迎え撃つように剣を構えるのは多くいるワーカーチームのひとつ〈フォーサイト〉のリーダー、ヘッケランだ。そして彼を援護する形で左後方にレンジャーであるイミーナが弓を構え、その反対側には神官のロバーデイクが腰にさげたモーニングスターを握る。

 フォーサイトは三人のワーカーチームであり――只今絶賛メンバー募集中なのだが、まだ天啓ともいえる巡り合わせがないらしい――宿にしていた歌う林檎亭にて突然やってきた帝国四騎士のひとり〈雷光〉ことバジウッド・ペシュメルからワーカー全員への緊急依頼を受け、その報奨金の高さにつられ参加したのだが……やはりというべきか。わざわざ四騎士がやってくるほどの依頼なのだからかなりしんどいのだろうとは考えていた。しかし、実際はかなりどころか相当やばい。

 これだけ多くのワーカー達が一丸となり狩っているというのに、敵の数に終わりが見えないのだ。アンデッドも魔獣も決してどうしようもなく強いわけではない。しかし、数が多過ぎる。もし自分達のチームにあとひとり魔法詠唱者がいれば後衛を任せられたのだがなあとヘッケランは小さく苦笑し

「ヘッケラン! 前!」

「うおお!?」

 イミーナの声でしまったと我に返り、正面から突撃してきた大型トブ・ベアの攻撃をギリギリで躱す。

 だが――追撃。それも剣で受け流すが足元が悪くヘッケランはぐらりとバランスを崩した。

「クソッ!」

「ヘッケラン!」

 イミーナとロバーが即座に援護しようとしたが、それよりも先に空から降ってきた《雷撃(ライトニング)》が大型トブ・ベアを仕留めた。

「なんだ!?」

「大丈夫ですか!?」

 そこにふわりと降りたつのは帝都にいるワーカーの中では知らない者はいない英雄級とも呼ばれるワーカーチーム〈漆黒〉のメンバー、アルシェ。ヘッケランはおもわず小さく感嘆の声を漏らし、はっとして呆けていた表情を引き締める。

「た、助けて頂きありがとうございます!」

「いえ私は……あっ後ろ! またきます!」

 向かってきたゾンビたちをアルシェが《雷撃》で、続いてイミーナが弓で仕留める。

 そして三人とアルシェはひとまず挨拶はあとでという風に目配せし合うと、共に掃討を再開するのだった。

 

 

 

「ぐうっ!」

 帝国四騎士のひとり、〈重爆〉ことレイナース・ロックブルズはひどく焦っていた。

 魔獣やアンデッドの大群は帝国騎士や多くのワーカーたちが引き受けているが、彼らが押さえ込めないような強い個体は四騎士が請け負っている。四騎士は全員がオリハルコン級冒険者程の実力があり、強い。だがそんな彼らでもかなりの苦戦を強いられる個体が交ざっていたのだ。

 たとえばトロール、そしてナーガだ。おそらく大森林の奥地に生息していた個体だろう。それらは普通ならまず遭遇するはずのないレベルの強敵であり――レイナースは貫くつもりで突いた槍がナーガに弾かれその麗しい顔を歪ませる。ちらりと周囲に視線を走らせれば、そこでは同じく四騎士のひとりである〈雷光〉バジウッド・ぺシュメルと〈不動〉ナザミ・エネックがトロールたちの猛攻をなんとか凌いでいた。オーガすら両断するバジウッドのグレートソードはトロールの持つ大剣と互角か、やや押し負けている。ナザミもまた敵の進攻を両腕に構えた盾で食い止めているがそれで精一杯のようだ。いつもならば不動の名の如く敵の攻撃をナザミが徹底して抑え込み、そこにバジウッドが突撃していくのだが、今は完全にその戦法が崩されている。

 レイナースは小さく舌打ちする。自分も彼らも一対一なら勝てただろう。だがただでさえ同等レベルの敵が複数いる現状は不利極まりなく、険しげにその視線を目前に戻す。互いが手一杯でありフォローし合う余裕はない。

 

「どうした人間の女、よもやこの程度ではなかろう?」

 ナーガがぎゃぎゃぎゃと歪に笑い、その蛇の尾がレイナースと共にいた騎士たちを薙ぎ払う。帝国騎士自慢の鎧は――四騎士の鎧に比べれば低質ではあるがそれでも王国兵やそのあたりのワーカーらが纏う鎧よりは上質だ――まるで硝子細工のように破壊され、彼らは大きく身を捩りながら吹き飛んでいった。

「ッさがれ! 全員さがりなさい! こいつは私が仕留めますわ!」

 その言葉にナーガは目を細め、口角を三日月形につり上げる。ただの虚勢だと馬鹿にしているのだ。

 そうやって油断していればいい。レイナースは槍をぎゅうと握ると身を低くし、一気に踏み込む。

「はああああっ!!」

 それはまさに必殺の一撃。いや、連突だった。ひと呼吸のうちに繰り出される猛攻。この技で仕留められなかったモンスターは――かつて死に際にレイナースに呪いをかけたあの忌々しいモンスターも含めてだ――いない。

 しかしそれもこの時までの武勇であった。

 ナーガは魔法で障壁を作り槍を受け流し、レイナースから「ああっ」と小さな悲鳴が漏れる。全身全霊の攻撃をかわされた今の自分の状態が隙だらけだったからだ。焦るあまりに迂闊すぎたと後悔してももう遅い。蛇の尾が畝り、レイナースに襲いかかった。だがその攻撃は寸前のところで阻止される。

「……え!?」

 レイナースは一瞬バジウッドかナザミが助けてくれたのだと思ったが、違う。眩い閃光とともにナーガたちが黒焦げとなり地に落ち、そこには漆黒のローブを身に纏った魔法詠唱者の背中があった。彼はレイナースの無事を確認するかのように振り向き、そして目が合う。

「良かった、怪我はありませんね」

 そう言って優しげに笑う男にレイナースの心の奥が数年ぶりにどきりと音を立て

(い、いけませんわ! 私は何を……!)

 命をかけた戦いの最中にあるまじきことだとレイナースは心の中で自らを叱責する。

「助けて頂き感謝しますわ、貴方がかのワーカーチーム〈漆黒〉のモモン殿ですわね?」

 そう言うとモモンは少し目を見開き、ふと――遠くの何かに気づいた。

「……ぇ」

 そして、瞠目した。

 一方でレイナースは小首を傾げる。自分は何かおかしなことを言っただろうか? 漆黒の噂はすでに誰もが知っているし、もしや帝国四騎士にまでも名を知られていたことに驚いているのだろうか?

 ならばこのモモンという男は自分を過小評価しすぎなのではないかと肩を竦め、しかし彼の様子が少しおかしいことに気づく。それどころかモモンと、そして周りの騎士たちもどよめいていた。

「………?」

 どうしたのだろうとレイナースも彼らの視線の先、自らの背後を振り向き――彼女もまた愕然とした。

 

「うそだ……」

 

 誰かが、それとも全員が無意識にこぼした言葉。視界の先にあるのはまさにそう嘆きたくなる光景だった。

 なんせ数体のデスナイトが骨の竜(スケルトン・ドラゴン)に騎乗し空を舞っていたのだから。

 

 

 

 

 これは夢なのだと、空にいた若き魔法詠唱者たちは願った。自分たちはつい今ほどまでたった一体のデスナイトを相手にしていた――それも上空という安全圏から爆撃するだけの簡単なお仕事である――そのはずだった。前のようにそれで終わらせて自分たちは帰還する。それだけのはずだった。

 だが突然他のデスナイトたちが一斉に集まってきて、しかもそのデスナイトたちのあとを追うように飛翔してきた骨の竜(スケルトン・ドラゴン)に騎乗しだしたのである。この時点でわけがわからない。意思を持たないアンデッドとも言われるモンスターがモンスターに騎乗するなんて帝国の歴史上聞いたこともない。全員が黙々とおこなっていた作業の手を止めフリーズする。彼らの偉大なる師であり帝国最強の大魔法詠唱者フールーダですらぽかんと口を開けたまま放心していた。

「た、退避だ! 全員一度距離をォ

 弟子の一人が叫ぶが、次の瞬間迫ってきた骨の竜(スケルトン・ドラゴン)に騎乗したデスナイトにあっけなく屠られ、その身体は二つに分かれたまま地上へと落ちていく。

 その光景にようやく全員がはっとしたように態勢を立て直す。が、だからなんだというのだろう。ただでさえ骨の竜には魔法による攻撃が効かず、全員が魔法詠唱者であるフールーダたちには相性が最悪であり、かといってデスナイトのみに攻撃しても骨の竜が向かってくる。完全に詰みの状態であった。

「うわあああくるなあああ!」

「《火球(ファイヤーボール)》! ふぁいあ、ひいっひいい!」

「師よ! ご指示を! どうすればっ!? 師よっしっぎゃあああ!」

 目の前で弟子たちが両断され、捕食され、叩き落とされ、全滅するのをただフールーダは呆然と見つめていた。200年以上生きてきた大魔法詠唱者でありながらも今のようなどうしようもない状況に出会った経験がないせいだ。頭が、身体が、まるでついてこないのだ。

 なぜならフールーダは魔法の深淵を覗くためだけにひたすら魔法の研究を続けてきたが、戦闘の訓練はそこに含まれていない。いや、たしかに攻撃用の魔法はいくつか使えるし魔法戦もできるがそれらを駆使するような実戦経験があまりにも乏し過ぎた。かつて帝国近郊に出た強力な魔獣を討伐したこともあったが、今目の前にいるそれとは比べものにすらならない。

 故に、フールーダは己の運命を恨む。

 おそらくあと数分、いや数秒だろう自らの未来にあるのは間違いなく“死”だ。魔法の深淵に少しでも近づくために大儀式を用いて寿命をも伸ばし200年以上……その人生が今こんなところであっけなく終わる。フールーダはいつのまにか号泣しながら脱兎の如く逃げていた。すでに背後からは誰の悲鳴も聞こえてこない。その代わりに聞こえてるのはおぞましいアンデッドの声と骨が鳴り軋む音。

 追ってきているのだ。何体もの骨の竜とデスナイトが一斉に、たったひとりのフールーダを。

 こんな仕打ちがあるかと天に罵声をあげそうになる。ひとりを大勢で殺しにくるなんてあんまりではないかと。

 

 

 

 そんなデスナイト&骨の竜(スケルトン・ドラゴン)軍団に追い回され右往左往しているフールーダを少し離れたところから眺める女子が三人。

 彼女たちはあの爺さんは何をしているんだろうと戸惑いながら互いに視線を交わす。

「えーと……あれって何かの作戦なのかな?」

 シラタマの疑問にさすがのアルベドも渋い顔を作る。アウラも苦笑いだ。どこからどう見てもお爺ちゃんが必死に逃げ回ってるようにしか見えないのだから。

「あのーシラタマ様、出過ぎた事を申すようで心苦しいのですが……いえ、と言いますか……その」

 アルベドがシラタマに気をつかってなのかもにょもにょと遠回しにあのお爺ちゃん作戦とか何もないと思うよ的な事を言おうとするが

「いや待ってアルベド。それは早計だよ」

「えっ、それはどういう」

「んとね。つまり攻撃手段が自分自身の魔法だけとは限らないでしょ?」

 その言葉になるほどという風にアルベドと、隣で聞いていたアウラも顔を引き締めた。

 この世界のレベルは遥かに低い。そしてニグンから聞いた話では現時点での人間種の魔法詠唱者の最高到達位階はフールーダ当人による第六位階であり、が、そんな第六位階でも骨の竜はまだ倒せない。

 つまりフールーダ自身の魔法での勝算はゼロでありまさに完全な詰み……にも見えるが、しかし実際はそうとも言えないのである。

 ある程度のレベル差はマジックアイテムや装備の併用でなんとでもなるもので、たとえばニグンが所有していた魔封じの水晶が良い例だろう。

 あの時レベル30程度だったニグンが水晶を使用することで第七位階を操り、モモンガに対してレベル60以上の攻撃を行いダメージを与えたのだから。もしあの場にいたのがレベル100のモモンガではなく、プレアデスや中級のナザリックのしもべであったなら――最悪負けていたのはこっちなのだ。

 つまりだ。一国の大英雄ともなればそれと同等のアイテムや装備を隠し持っている可能性が高いのである。いやむしろ持っていなければ困るし、持っていると断定すべきなのだ。

「ではあれは……逃げ回っているように見せた誘導の可能性がありますね」

 アルベドの言葉にシラタマは頷く。

 フールーダは高位の隠し球を持っていて、それを発動させるタイミングを見計らっている。もしくはなんらかの罠を張っているのだろう。

 やるじゃん! とシラタマは心の中で少しだけ称賛した。その可能性に気づいた自分自身に対してだが。

 

 その一方でフールーダはというと、なんとか逃げ切るためにめちゃくちゃに飛び回っていた。

骨の竜(スケルトン・ドラゴン)は一切遅れをとることなく、むしろすぐ後ろにまで迫ってきている。

「ぬおおお!」

 後ろ手に《火球(ファイヤーボール)》を放つがそれはデスナイトに届く前に骨の竜に無効化される。フールーダは必死に思考を回転させ、策を、何でもいいから何かないかと模索する。

 しかしどう足掻こうと答えは等しく死であった。

「ぬぐ、ぐぐぐ!」

 終わるのだ。こんなところで自分の人生は終わる。魔法の深淵に触れることなく呆気なく終わるのだとフールーダは夢を叶えられなかった悔しさと苛立ちに酷く顔を歪め、唸り

 

「ヒ、ヒヒッ……ヒヒひひひーっ!」

 

 狂ったようにげらげらと笑い出した。

 絶望の中で気がおかしくなってしまったのだ。が、その姿を遠目で見ていた女子会組は

「うへえなんか笑い出した」

「きっと今から奥の手を使うんですよ!」

「はあ、やっと動いてくれるわけね。それにしても待たせすぎよ」

 などともぐもぐ副料理長自慢のドーナツを頬張りながら談笑していたのだが

 

『あんたなにしてんだ――――ッ!!!??』

 

 突然頭の中に響いたモモンガの声に、シラタマは「ぶふうっ!?」とドーナツを吐き出す。アルベドとアウラがびっくりして目を丸くさせている中、シラタマは「ちょ、ちょっとタイム!」と《伝言》を繋げた。

『モモンガさあん! いきなり叫ぶのはやめてくださいよお~~っ』

『いや叫びますよ! こんなわけわかんないもの見せられて冷静な方がおかしいですよ!? 馬鹿ですか!? あなた馬鹿なんですか!?』

 わけわかんないものというのは絶賛フールーダを追い回しているデスナイト&骨の竜軍団のことだろう。しかし「厨二っぽくてかっこいいですねシラタマさんナイスでーす」的なリアクションを期待していたシラタマとしては大変心外であり馬鹿とはなんだとむっと顔を顰める。

『むうう、でもねモモンガさん、帝国で一番強いお爺ちゃんがどこまでできるのか調べておく必要はあると思うんですけど?』

『いや調べ方ァ!』

 間髪入れずモモンガのツッコミが入った。

『あとあのお爺ちゃ……ゴホン、こっちでも調べましたけどフールーダは第六位階までが限界ですよ。もちろんそれ以上のマジックアイテムや装備も……たぶんないです』

『え゛っうそ!!? じゃあデスナイトくんたち追いかけ損じゃん!』

『追いかけさせてるのはあんたでしょーが!』

『ふええ』

 これにはさすがのシラタマもしょぼんと肩を落とす。

『え、じゃあどうしようモモンガさん……はわわ』

『いやはわわって……ああもう、とりあえずそこにニグンいますよね? ちょっと話を』

『えっいないよ?』

『は? あ、え、なんで?』

『モモンガさんが帝国行ったあと難民をカルネ村に連れてってもらったから……ほら、あの全裸の人だけじゃ不安だし』

『ああー……じゃあ今はひとりなんですか?』

『んーん、アルベドとアウラと女子会してた。今アルベドがケーキ切り分けてくれるとこ』

『………………』

 《伝言》の向こう側でモモンガがあんぐりと口を開けているような気がした。が、すぐに『わかりました。わかりましたよもう! 俺がなんとかします!』と返ってくる。

『でもシラタマさんにも少し協力して貰いますからね!?』

『やった! あいあいさーですギルドマスター!』

 

 

 シラタマとの《伝言》を切ったモモンガはやれやれと小さく首を振り、空を見上げる。

 そこにはいまだ爆笑しながら飛び回っているフールーダがおり、ちなみにシラタマの指示でデスナイトたちは追いかけるスピードを緩めていた。捕まりそうで捕まらない、そんな絶妙な距離を維持して飛んでおり……いやそれはそれでスリリングすぎるだろ! とモモンガは内心ツッコミを入れる。悲しきかな、ここ最近ツッコミの腕が上がっていく気がする。

「モモン殿!」

 突然後ろからレイナースが声をかけてきて、あとは騎士たちが数人駆け寄ってくる。バジウッドとナザミはワーカーらの支援へ向かったのだろう。魔獣やアンデッドの処理はシャルティアたちだけですでに十分なのだが。

「……はあ」

 モモンガはひとまずこの状況をどう片付けようかと思考を切り替えることにした。

「レイナースさん、私に作戦があります。そちらの騎士の皆様にも助力願いたいのですが」

「作戦ですか!?」

 言われ、レイナースは瞠目する。四騎士が全員でかかったとしてもデスナイト一体を抑えられるどうかだというのに、それが複数体に骨の竜のおまけつき。あのフールーダすら逃げるので精一杯の状況……それをこの男はなんとかしようと言っているのか? 不可能だとレイナースは声をあげようとし、口を閉ざした。モモンの瞳に絶対の自信を見たからだ。

「……何か手があるのですね?」

「ええ」

 頷き、モモンは懐から手のひらサイズの水晶を取り出す。レイナースや騎士たちがきょとんとしているあたり、やはり帝国にはユグドラシルのアイテムはない――もしものことも考慮して暫定ではあるが――ようだ。モモンは説明を続ける。

「これは魔封じの水晶といって、旅の途中スレイン法国で手に入れた貴重なマジックアイテムです。これを使えば、デスナイトと骨の竜を倒せるはずです」

「な……っ!? そんなものが!?」

 騎士たちが驚愕の声をあげる。信じられないのだろう。

 だがレイナースだけは小さく「スレイン法国……」と呟き

「……わかりました。モモン殿を信じますわ」

「レイナース様!?」

 驚く騎士たちを右手を翳し制す。

 レイナースがモモンの言葉を信じた理由は、彼から感じ取れる自信の他にもうひとつあった。それはマジックアイテムが元々スレイン法国のものだという点だ。

 レイナースは今まで自らの呪いを解くために多くの時間と方法を費やしすべてが無駄に終わっていた。フールーダですら呪いの解析すらできず、正直いってこれ以上帝国での解呪は期待できないと薄々気づいてもいた。良くしてもらった陛下に恩義はあるが――

(帝国や王国よりはるかに歴史の長い法国のアイテムでしたら……モモン殿の自信も納得できますわね……)

 いずれは呪いの解呪方法を求めて法国へ、とも考えていたところだったのだ。

「私たちは何をすればよろしいのですか?」

 レイナースの言葉にモモンが「ありがたい」と頷く。

 

「私がこの魔封じの水晶で……最高位の魔法を発動します。その前に皆さんでフールーダ殿を安全な場所へ誘導してください。最高位魔法は制御が利きませんので、このままでは彼を巻き込んでしまいます」

 

 レイナースと騎士たちが静かに頷く。

 

「ではみなさん、どうか武運を……!」

 

 モモンが水晶を翳し、騎士たちは走り出した。

 彼女たちの背を眺めながらモモンガはさてさてなんの魔法にするかなと考える。

 ぶっちゃけさっきレイナースたちに言ったのは嘘だ。たまたま持っていた魔封じの水晶を思い出しこれを使うと言っただけで、そもそもこの水晶の中にはなんの魔法も入っていないのだから。

 しかしまあ、水晶のおかげにしとけば今からモモンガとしていつも通りの魔法を使っても疑われることはないだろう。

 あとはレイナースたちだが、彼女たちはフールーダの方へ近づき――デスナイトと骨の竜を警戒してある程度距離はとっているが――大声で呼びかけていた。だがフールーダには彼女たちの声が届いていないようで、元気ハツラツにデスナイトたちと追いかけっこをしている。

「…………どうしようかなあ」

 もうフールーダごとやっちゃえばあ? という気持ちになるが、慌ててモモンガはそれを払拭した。

 シラタマさんじゃあるまいし! と。それとさすがに帝国の重要人物を犠牲にするのはあとから絶対、ぜ~~ったい面倒なことになる!

 仕方ないなとモモンガは《伝言》を繋げる。

 

『あーあー、シラタマさん、そこからフールーダに《麻痺(パラライズ)》撃てますか?』

『あっモモンガさん! もぐもぐ、ええ、いけます。やっちゃいますか!?』

『ではお願いします。くれぐれも加減してくださいね?』

『あいあいさーですもぐもぐマスター!』

 

 今絶対お菓子食べてたよなあ……とモモンガは軽く肩を竦め《伝言》を切り

 

「えっ!!?」

 

 驚きの声を上げた。

 目の前でいくら呼んでも聞いてくれないフールーダに痺れを切らしたのか、レイナースが砲丸玉サイズの石を持ち上げているのが見えたからだ。

「ま、まさか!? ちょっ! ちょちょちょ!?」

 慌ててモモンガが止めようとするが

 

「うおおおおどりゃあああああ――――ッ!!!!!!」

 

 豪球一閃。レイナースの細腕のどこにそんなパワーがあるのだというくらいに気合いとど根性が込められた石が真っ直ぐフールーダへと飛んでいく。かつてギルメンでやった野球ゲームで見た光景だあ……なんて思い出に浸ってる場合ではない。

そして、少し離れた空間からは《麻痺》が飛んできた。

 

「ちょまっ!?? まままっ! ま――――っ!!!!」

 

 やめたげてえ! とおもわずモモンガは目を覆い、次の瞬間フールーダの腹部にめり込むように石がクリーンヒット。そのまま「ぐええ!」と前のめりに倒れるようにして落下し……かけたところを追い討ちするかの如く《麻痺》がクリーンヒット。「ぎゃぴいっ」という鳴き声とともに今度こそ落下していった。

 

「お、おじいちゃ――――ん!!!!」

 

モモンガが悲鳴を上げ

 

「今です! モモン殿!」

 

 レイナースがやりましたわ! とばかりに振り向き《伝言》からも『今だよモモンガさん!』と聞こえてくる。

「えええ…」

 戦う女子ってみんなこんな感じなの? 嘘でしょ? とモモンガはひとり青ざめながらも、もう俺知らないんだからね!? とやけくそぎみに水晶を発動させ……るフリをしながら《 万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)》を発動させた。

 

 

 

++++++

 

 

 

 突如帝国の方の空がカッと明るくなったかと思えば、次の瞬間巨大な雷の柱が()()()()()()()()()()()()

 いくつもの雷を束ねて作ったような巨大な豪雷が、何度も、何度も。難民たちはそのたびに悲鳴をあげその場に蹲った。中には気絶した者もいる。

 ついさっきまで彼らは地獄のエ・ランテルにいたのだ。雷の正体を知らない彼らからすれば恐怖以外にない。

 しかしそんな難民たちをカルネ村の村人たちが――彼らも恐怖しているにも関わらずだ――優しく宥め、落ち着かせている。皆がこの事態にいっぱいいっぱいのはずだというのに。

「あれは、一体…」

 村に滞在していた漆黒の剣も顔を強張らせ空を見上げている。ちなみにンフィーレアは難民の中に祖母リィジー・バレアレの姿を見つけ、安堵も束の間にとにかく状況の確認をするため今はエンリや村長と共に陽光聖典隊長であるニグンと話していた。

 

「……あれは神の御力です」

 その声に全員の視線が陽光聖典と一緒に来た奇妙な男の方を向く。きっと高価であろう装備一式をなぜだか荷物として背負った裸に腰布一枚の優男。その変態……ではなく、奇妙な男は涙を流し祈りを捧げていた。

「ああごらんなさい。なんて美しい光なのでしょう……我が神よ……このクアイエッセしかと賜りました。神は我らにこう仰っておられるのですね……人類の未来が闇に呑まれようとも、信仰という輝きを持って共に前へ進めと……!」

 なにやらひとりでぶつぶつ言っていて怪しさしかないクアイエッセのやばさを察したのか、周囲の人間は引き顔でちょっと距離をとる。だがそんなことは変態狂信者クアイエッセには関係ないのである。神と出会いその御心に触れた彼は今幸福の絶頂にいるのだから。

 やがて神の雷が止み再び静寂が戻っても、クアイエッセだけはただひたすら祈りを捧げていた。

 

 

 遡ること少し前、カルネ村の住人たちはまたもややってきた陽光聖典らに戸惑いながらも迎え入れ彼らが連れてきた難民たちにさらに困惑し、エ・ランテルが壊滅したことを知った。

 最初は理解が追いつかず、しかし難民たちの反応やニグンからの話にそれが真実であると理解したのだ。

「王国はこれからどうなるんだろう……」

 ぽつりとニニャが発した言葉は夜闇の中に溶けて消える。このまま王国がさらに取り返しのつかない状況になる前になんとしてでも生き別れた姉を見つけなければとひとり決意し――戻ってきたンフィーレアに視線を向けた。

「ンフィーレアさんそれで、どうなりましたか?」

 その問いの意味は難民たちの待遇についてである。

 ンフィーレアはエンリと目配せすると

「全員受け入れることになりました」

 その言葉に、場にいた者たちから安堵の声が漏れた。だが呑気している時間は全くない。

 

「怪我の治療を終えた方から数人ずつ、家族やよく知った者同士でもかまいません! ひとまずは空き家に集まってもらうことになりました。毛布は量が限られていますので、申し訳ありませんが子供から優先します!」

 エンリがそう言って難民たちを案内していく。いくら最近住民の減ったカルネ村でも難民全員に貸せる家はないし、食料なんてもっとない。まさに死活問題だ。

 それでも王国にすべてを奪われた者たちを放っておけるわけがない。その無念や悔しさがわかるからこそ、村人たちは難民全員を迎え入れると決めたのだ。

 

 

「とはいったものの……住居の問題もですがやはり防衛面が不安ですな」

 イアンの言葉に話し合いから戻ってきたニグンは「そうだな」と首肯しカルネ村を見渡す。

 現在カルネ村はエンリがモモンガから借り受けたアイテムで召喚したゴブリンたちによって村を囲むような柵や見張り櫓が設置されてはいるがそれだけだ。今後また今回のようなことが起こる可能性もあるし、加えてそれこそ本当に王国貴族が兵を送ってくるようなこともないとは言い切れない。

(せめてもう一重より強固な外壁があってもいいだろうが……)

 だがそれをどう建設するかだなと隊員らと離れひとり村周辺を散策しながら思考し

 

「ニグンちゃわわ――ん!」

 

 すっかり聞き慣れた声と呼び名にニグンは一瞬で「ヒィッ」と青褪め身を強張らせた。そして声のした方を見上げればシラタマが一直線にこちらに向かって飛んできており

 

「きゃっほー! 私のニグンちゃーん!」

 

 そのままニグンに激突するようにして抱きついてきた。その瞬間ボキッゴキャッという確実に何本か持っていかれた音がしたがシラタマはまあいっかと聞かなかったことにする。

「ひさしぶりだねニグンちゃん! 三年ぶりくらいかなっ!? 」

「はっ、がふっ……ひゅ、……さ、三時間ぶりくらいです、よ…」

 自らに治癒をかけながら絞り出すような声で返すがシラタマはまったく聞いておらず、ケーキがどうとかクッキーがどうとか話してくる。とりあえず村人や難民に見られる前に人化しておくことをお願いしつつニグンは内心で大きなため息を吐き出した。

 たった三時間、されど三時間。正直別行動中も気が気ではなかった。難民たちがカルネ村に受け入れて貰えるかももちろん心配ではあったが、ニグンとしてはシラタマが目を離したすきに何かやらかすのでは? という思いがあったのだ。

(いや、さすがに杞憂か……シラタマ様も神であるプレイヤー様なのだ。たった三時間で問題など起こしはしないはず)

 きっとそう、きっと大丈夫だとニグンは自分に言い聞かせ

「あの、シラタマ様、実は少しご相談したいことが」

「うん? どしたの?」

「ええ、その……村の復興の件です。やはり急激な人口増加は働き手の確保という点では良案とも思えますが、その分弊害の方が……」

 そこまで言ってふと、シラタマがきょとん顔で首を傾げているのに気づく。

「…………ここまでおわかりでしょうか?」

「……相談したいってところまでは聞いてたよ」

「…………」

 どうしたものかとニグンは目を伏せ……ひとまず周りに誰もいないことを確認する。村人ならばともかくプレイヤーであるシラタマの頭が残念……ではなく、少し厄介なところを隊員たちに見せるわけにはいかないからだ。一応念のためである。

 さて。とニグンは肩を竦め、今度は難民受け入れによるデメリットをなるべくわかりやすく伝えることにした。

「いいですかシラタマ様、村に住む人が増えるということはですね」

「うんうん、ほうほう」

 できれば黒板のようなものも欲しいがそのあたりは手頃な枝を使って地面にひらがなと簡単な図解を書いて説明していく。二人向かいあってその場にしゃがみ、授業を続けて

 

「んと、つまり人増えすぎて住む家がねえ食べ物もねえ村あぶねえってこと?」

「そうっ!! そうです! ええそうですよシラタマ様! その通りですさすがです!」

「んーふっふっふ、そうともそうとも」

 無事伝わってくれたようだった。本当に良かったとおもわずべた褒めしてしまったが、それほどまでにニグンは心から安堵する。もしかすると今までシラタマとの会話が時折成り立たなかったのは、話し方が難しかっただけなのかもしれない。これからはシラタマにもわかるよう丁寧に説明すれば話を聞いてくれるのではないかと希望が見えた気がした。

 その一方でシラタマも人口増加は良いこととは限らないんだなあとちょっぴり賢くなった気がして得意げに鼻を鳴らす。いかんせん元の世界では人口は激減していくことが普通であり、野晒しで暮らす難民や浮浪者も普通であり、路上に転がる死体も普通であり、ストリートチルドレンや塵溜めで身を寄せ合う孤児たち、犯罪に手を染める少年、身体を売る少女、生きた屍、そのすべてが普通だったからだ。シラタマ自身も自分の家を手に入れたのは働き出してからだしそれなりに苦労もした。

 だから人口さえ増えれば良くなると楽観的に考えていたが、現実そうもいかないらしい。

 

「うんわかった。それじゃあとりあえずモモンガさんにも相談してみるね。それでこの村開拓(マイクラ)できないかやってみる!」

 まかせてとばかりに胸を張るシラタマに

(まい……くら?)

 あれ? たぶんまた何かおかしなこと言ってないか? とニグンは再び嫌な予感を覚えるのであった。

 

 

 ちなみにこのあとニグンは個人的にモモンガからも呼び出しをくらい、三時間シラタマから目を離したことを超理不尽にも責められ彼女がやらかした事を超超理不尽にも責められモモンガから今後の方針という名の「二度とシラタマから離れるべからず」という絶対命令を下され泣きそうになるのだが……それはそれということで。

 




カルネ村大改造計画開始。
開拓ゲームはやりだすと止まらない。

ちなみに大魔法詠唱者のおじいちゃんは気絶したままレイナースたちに回収されましたとさ。めでたしめでたし。


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