「リッパー隊、そこはガード隊に変わって下がれ!イェーガーはジーンの部隊を援護しろ!デニムはスカウトと一緒に裏に回り込め!」
とある戦場で一人の男──イアン・ブラッドが部下と人形達に指示を飛ばす。輸送車複数を護衛しているところで盗賊が襲撃、そのまま戦闘状態となっていたのであった。盗賊をこちらに引きつけ、すでに輸送車は盗賊から離れた場所に避難させてから20分が経過した頃、部下から連絡が入る。
「こちらデニム!盗賊の頭領らしき男を排除した!」
「よーし!全員そのまま押し込めェ‼︎」
頭領を失って統率を欠いた盗賊達は瞬く間に壊滅していった。
──
「いやー、本当にウチで人形を使い初めて正解でしたね」
護衛任務を終えたあと、ジーンはイアンに話しかける。
「まぁな。ってか、人形の運用に最後まで反対してたのお前だったよなジーン?」
「そうでしたっけ?忘れました」
「コイツ…」
このPMCは少し前、正確にはイアンが先代からここを受け継いですぐに人形の運用を開始したのだ。もちろん初めは部下からは難色を示されたがいざ運用してみると、戦略の幅が広がり業績も伸びはじめたので割と早く受け入れられた。
「よそのとこではI.O.P製の人形を使ってるみたいですが、ウチらはこのまま鉄血製の運用でいいんですよね?」
彼らが運用しているのは安くて頑丈で好評を得ている事で有名な鉄血工造製の人形であった。というより、当時の経済的にもそれしか買えなかったのが事実だったが。
「ああ。I.O.P製のは性能はいいんだが、高い上に壊れやすいからな。まぁ、美人が多いのが売れてる理由でもあるらしいがな」
「鉄血製でも可愛いのはいますよ?例えば…よっと!」
「ひゃあ⁉︎」
そういいジーンは近くにいたイェーガーのバイザーをひったくる。
すると、バイザーに隠れていたリッパーと同じ赤い切れ目が露わになったイェーガーが可愛らしい声を上げた。
「じ、ジーンさん‼︎返してくださいよそれ!」
すぐにイェーガーはバイザーを取り返そうと手を伸ばすが、ジーンは手を高く上げて妨害する。当然ジャンプするイェーガーだが、その際に彼女のそこそこある胸が上下に揺れ、周りの部下達の目を釘付けにする。
しばらくしてジーンは手を下げてバイザーを返すとイェーガーはもう!と怒りながらバイザーを付け直しながら立ち去っていった。
「…ね?可愛いでしょう?」
「…ああ」
得意げに言うジーンを遠くから冷めた目で見ているリッパーやヴェスピドを尻目にイアンは素っ気なく答える。(ヴェスピドはヘルメット越しでよくわからないが多分リッパーと同じ目をしているだろう)
その日の夜、イアンは鉄血人形のカタログを見ながら考えていた。
資金的にも余裕が出てきたのでそろそろハイエンドモデルを導入しようと考えていたのだ。
(代理人は流石に高いな…処刑人はスレンダーのとこのPMCが持ってたな…ふむ、どれにするか…ん?)
一体の人形のページに彼は目を止めた。
────
翌日の昼頃、一台のトラックが彼らのPMCの前に止まった。
「ハイエンドモデルを導入したって本当ですか隊長!」
「資金的にも余裕が出てきたからな、人形もそこそこ増えたし、指揮能力がある奴がいれば戦略が広がるしな」
「で?誰にしたんです?アルケミストですか?それとも思い切って代理人とかですか?」
「見事にSキャラばっかだなオイ…デニムお前そういう趣味?残念だがどれも違うな。てか、正確にはハイエンドモデルじゃないけどな」
じゃあ誰です?とデニムが質問した時、トラックから一体の人形が降りてきた。
鉄血人形特有の病的なまでに白い肌、指揮者を思わせるような服装とふよふよと浮かぶ三つの小型武器が特徴的なその人形は──
「スケアクロウ、今日から入隊しました。よろしくお願いします」
「ようこそここへ。俺はここのカシラやってるイアン・ブラッドだ。よろしくなスケアクロウ」
両者は互いに自己紹介をし、握手を交わした。
それからというもの、彼らの活躍は飛躍的に伸びていった。
ある日、テロリスト達の殲滅作戦を行った時では──
「チッ‼︎鬱陶しいな‼︎スケアクロウ、ビットを使って奴らを潰してくれ!」
「了解」
返答の数秒後、ビットが壁の後ろに回り込み、テロリストを背後から殲滅する。
「クリア」
「今だ、突入‼︎」
すぐに全部隊が突入し、テロリストの殲滅に成功した。またある時、ビル内に立て篭もった犯人の確保をするときには彼女が得意とする電子戦で内部のシステムをハッキングし、防犯カメラを無効化して犯人に気づかれることなく確保することが出来た。
ビットによる遠隔攻撃や電子戦にも強いことがイアンが彼女を導入した理由だった。
ただそれだけの理由だったが、彼女と接しているうちに性能だけでなく、彼女自身に惹かれるところがあった。
カタログの写真で着けていたガスマスクは実は戦闘以外では外していたことがわかり、その顔は人形であることを除いても整っていた。
初めは無表情だと思っていたが、よく見ると眉の微妙な動きでガスマスクを着けていても何を考えているのかわかるようになってきた。
一緒に書類仕事をしているときは淡々と書類を纏めていく一方でこちらに気を遣ってこちらの分を引き受けたりし、それに対して礼を言えば
「別に礼を言われるほどではありません。この方が効率がいいので」
と言ってはいるが、頼られてどこか嬉しそうな顔を浮かべていたのを彼は見逃さなかった。
ある時、スケアクロウは彼にこう質問した。
「ここは他のとこと違って、あまり
「俺は人形を部下として扱っているからな。部下を休ませるのは当然だろ?」
「『部下』?『道具』ではないのですか?」
「ん〜元々
「プラウラーとかもですか?」
「まぁな」
「…変わっていますね」
「よく言われるよ」
(部下…ですか…悪くありませんね…)
この時から、スケアクロウの胸中に仄かな気持ちが芽生え始めていた。
資料を見せる時はいつもより距離を近くしたり、夜遅くまで作業している彼に夜食を作って持って来たりしていた。慣れない料理の為、味はお世辞にも良いとは言えなかったが、彼女の手指の傷を見て察したイアンは黙って食べていた。そんな生活を続けているうちに、イアンもスケアクロウに対してある気持ちが芽生えていった。
──
スケアクロウが入隊してから数ヶ月が経ったのち、イアンはスケアクロウを屋上に呼び出す。
「あの、一体何の用でしょうか?」
「いやさ…お前が来て随分経つだろ?それでさ…一緒に暮らしてるうちにな、お前のこと、『ただの部下』として見れなくなったんだ」
「…!そう、ですか…」
スケアクロウは少しだけ悲しげな顔を浮かべる。
部下として見れなくなった─つまり道具として見るようになったと彼女はそう思ったのだ。
(いや、これでいいんです…本来人形はそういうものですから…)
そんな彼女の顔を見てイアンは慌てて次の言葉を言う。
「あー、スケアクロウ?悪い、言い方が悪かったな。その…だからな……好きなんだよ、お前の事。だから部下として見れなくなったんだ」
「え…?本当…ですか?」
ああ、とイアンが答えたあと、スケアクロウはしばらく呆然としていたが、やがてポロポロと涙を流し始めた。
「す、スケアクロウ⁉︎」
「本当に、あなたは…変わっていますね…人形を好きになるんて…」
「えっと…嫌、だったか…?」
いいえ、とスケアクロウは首を横に振り、涙を拭った。
「…私でよければ、喜んでお付き合いします」
スケアクロウは微笑みながらそう答えた。
この時から、イアンとスケアクロウは『上司と部下』から『恋人同士』となった。その事を部下に報告すると、どうやらこのことは部下達も薄々わかっていたらしく、ようやく付き合ったかといったような感じで祝っていた。
その後、実はジーンが彼と仲良くしていたイェーガーと付き合っていたことを知り、何故言わなかったのかと聞けば
「だって、二人が付き合っていないのに俺らが付き合うのはアレだと思いまして」
との事であった。
それからというもの、絆が深まった二人は戦場での連携がこれまで以上に取れるようになり、業績も伸びてゆきそれに伴いさらに人形を多く導入し彼らのPMCの名はそこそこ広まっていった。
二人の関係もより親密になっていき、何度か肌を重ねるまでにいた。
こんな生活がいつまでも続けばいいとイアンは思っていた。
─だがイアンは知らなかった。この後彼らを待ち受ける、残酷な運命に。
二人が付き合って三ヶ月が経ったのち、彼らは他のPMCと協力して山間部にいるテロリストの掃討作戦を行なっていた。
イアンとスケアクロウはそれぞれ別の場所で作戦を行い、イアンのチームが掃討を終えた頃、他のPMC所属のスレンダーから通信が入る。
『よぉイアン。そっちはどうだ?』
「スレンダーか。こっちはもう終わった。そういうそっちは?」
『処刑人が前で暴れてくれたおかげで上手くいったよ。ホント、頼れる相棒だよ。こっちはいいからお前は恋人の援護にいってやれ』
「あいよ。行くぞお前ら!」
イアン達はスケアクロウの援護へと向かっていく。
その時だった。ジーンと付き合っているイェーガーが突然立ち止まった。いや、イェーガーだけではなく全ての人形が動きを止めたのであった。
「おい、どうしたんだ?」
心配したジーンがイェーガーに近づく。すると、イェーガーはジーンに銃口を向けた。
「え?」
「殲滅対象を確認。排除します」
無機質な声で言い、イェーガーは引き金を引きジーンを射殺した。
「ジーン⁉︎お前、一体何をして…ガッ⁉︎」
突然の行動に驚くデニムを近くにいたリッパーが撃ち殺す。
それを皮切りに人形達が一斉にこちらを攻撃してきたのであった。
辺りは阿鼻叫喚の有り様となり、イアンは咄嗟に物陰に隠れる事で難を逃れた。
(何だ⁉︎何がどうなってやがる⁉︎何であいつらが俺らに攻撃を?)
混乱するイアンに追い討ちをかけるように偶然スイッチが入ったのだろうか、スレンダーの怯えた声が通信機から聞こえてきた。
『おい、何やってんだよお前達⁉︎…ま、待て処刑人⁉︎俺ら相棒だろ⁉︎何で俺らを…』
『何わけわかんねぇ事を言ってんだ?ま、とりあえず死ね!』
ザシュッ
ボトッ、と
(スレンダー…!ハイエンドモデルまで…まさか、スケアクロウまで⁉︎)
恋人の心配をしたイアンは彼女の元へ向かう。途中、彼の人形が襲いかかってきたが苦渋の決断で撃ち倒していった。
だが、多く人形を導入したのが災いし、倒しきれなかった人形から何発か腹部や脚に被弾してしまう。
「ハァッ…ハァッ……!」
血を流しながらイアンは歩き続ける。そして、ようやく彼はスケアクロウの姿を捉えた。
「スケアクロウ‼︎」
彼女が無事である事を信じてイアンは呼びかける。そして声が聞こえた彼女はこちらを振り向いた。
─瞬間、彼女が操るビットが放ったレーザーがイアンの身体を貫いた。
「グフッ⁉︎」
イアンは血を吐き、そのまま後ろに倒れこんだ。
「まさかわざわざこちらに居場所を教える人間がいるとは驚きです。まぁ探す手間が省けて助かりますが」
そう言いながら近づくスケアクロウの顔は最近見せるようになった感情豊かな顔でなく、初めて会った頃の無機質な顔であった。それを見たイアンは自嘲気味に笑う。
(ハハ…そう…だよな……ハイエンドモデルがおかしくなったのに…上級AIなだけのお前が無事…なんて…虫が良すぎる…よな…)
「…ん?まだ生きているのですか」
スケアクロウはとどめを刺すべく彼の眉間にビットの照準を合わせる。
ビットから放たれたレーザーが眉間を貫く瞬間、イアンが思ったのは何故彼女達がこうなったのかではなく、密かに買っておいた
──
「ここにいたのかスケアクロウ。早く代理人のとこに行こうぜ」
「わかりました」
スケアクロウを見つけた処刑人に声を掛けられ、スケアクロウは振り向いた。
すると、処刑人はある事に気付いた。
「…?オイ、何でお前───
「え…?」
スケアクロウが頰に手を当てると、確かに涙が手に触れるのを感じた。処刑人はイアンの遺体を指差しながら
「そこにいる人間にでも同情したのか?」
「まさか。擬似涙腺の故障でしょう。早く行きましょう」
そう言いスケアクロウはその場を立ち去った。
彼女が涙を流した理由は今の彼女にはわからない。
ましてや──イアンの遺体の内ポケットの中に、銀に輝く指輪が入った小箱がある事なんて、知る由もなかった。
鉄血のボスだとスケアクロウが好きです。時点で侵入者ですね。
蝶事件が起きた日ってこんな事とかあっただろうな〜とか思って書いてみました。
ちなみにイアンの名前は
あとはファーストガンダムのザクのパイロット3人組です。
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