五等分の花嫁 by Strawberry (はちゃメチャ)
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#1 動き出す

久し振りにss書くので不安しかないですねーーはい。


 

 

 

 

 

誰かの為に、自分を捧げられる人間になりなさい––––––

 

 

 

遠い昔、ある人に言われた言葉

 

 

そう言い残して、その人は俺に背を向け姿を消してしまう–––––

 

 

待ってくれよ

 

 

俺が本当に捧げたいのは––––

 

 

 

 

––––––––––––––––––––––––

 

 

 

携帯のアラームが甲高く鳴り響く

 

また..........あの時の夢か

 

 

今まで幾度と見たが、最近になって特に見る

 

 

 

「...........ねみぃ。」

 

 

瞼を擦り、アラームを止める

 

ふと視線が向かうは、机の上に立ててある写真

 

 

「何だって今更–––。」

 

 

そこに映るは、仏頂面でそっぽを向く少年––––つまり、中坊の俺と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 零奈さん–––」

 

 

当時の恩師、中野零奈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒崎」

 

 

大学にて、講義が終わり、食堂へと向かう足を聞き慣れた声が呼び止める

 

 

一言で表すなら、典型的なインテリ眼鏡–––相も変わらず気難しい顔を貼り付けておられる

 

 

「何だよ、石田」

 

 

「何だじゃない、結局お前返事はどうするんだ?」

 

「そのことかよ........」

 

 

 

返事–––––何に対するかというと、数日前に話は遡る

 

 

俺と石田、そしてもう1人から構成される大学内での慈善活動グループ––––なんて聞こえはいいが、実際はただの便利屋

 

 

そこに週に何度か依頼が来る

 

 

依頼といっても落し物の捜索だとか、大学教授のパシリが殆どを占めるのだが、その日は違った

 

 

使われなくなった倉庫をリニューアルして体裁だけ整えた部屋にやる事なく暇を潰してた俺たち

 

 

石田の方からは忙しないタイピング音、もう1人の活動員、茶渡は欠席

 

 

男2人、なんの面白みもない空間に小一時間

 

 

気だるさを感じ始め、帰路につこうかとした時、ノック音がした

 

 

石田が短く返事をし、ラップトップを閉じ来客用のソファから、正面にある俺のいるベンチへと席を移した

 

 

忙しい奴だ

 

 

ドアが開き、その姿を一瞥する

 

 

「失礼するよ」

 

 

見覚えがない

 

 

粗方、ここを訪れる顔ぶれは決まっているが今までと明らかに毛色が違った

 

 

落ち着いた雰囲気の男性はスーツに身を包み、1つの封筒を手にしていた

 

 

「どうぞ、お掛けください」

 

 

学生ほど若いというわけでもないが、教授達ほど歳を重ねてる風にも見えなかった

 

 

真っ先に頭によぎったのは––––

 

 

 

 

「大学関係者.......じゃないのか?」

 

 

「一目見ただけでそれを見抜くとはね、流石だ

 

 

 

 

 

黒崎一護君。」

 

 

 

一瞬、背筋が震えた

 

 

「え?」

 

 

何で俺の名前を––––

 

 

 

「話が早くて助かるよ–––そう、私は外部の者だ」

 

 

などと訊く暇なく、話を始めてしまう

 

 

 

「単刀直入に言おう、君に依頼したい事があるんだ–––黒崎君」

 

 

手に持っていた封筒をソッと俺に差し出すと腕時計を確認する

 

 

「すまない、あまり時間がない為返事はまた後日聞かせてもらおう」

 

 

大きめのテーブルを挟んで対話していた俺たちはその封筒にある物を捉える

 

 

「これって......」

 

 

 

「私の連作先と住所を入れておいた。返事はそこで聞こう」

 

 

「依頼ってのは一体––––」

 

 

 

「あぁ、君には

 

 

 

 

 

 

 

娘達の家庭教師を頼みたい」

 

 

 

 

 

 

そして土日を挟み、今に至る

 

 

「家庭教師ねぇ......先週あの人にも言ったけど、何で俺なんだ」

 

 

「どうせなら、主席合格の石田にでも––––。」

 

 

「クライアントの指名はお前なんだ、ぐちぐち言うな」

 

 

疑問は山程ある

 

 

今言ったように、俺より優秀な奴に頼まない事、外部の人間が何故かあの日現れた事

 

そして極め付けは––––

 

 

「逆に怪しいだろ、コレ」

 

 

並外れた給料額

 

 

家庭教師という仕事に詳しいというわけではないが、あまりに破格だ

 

 

「俺別に、懐が寂しい訳でもないんだけどな」

 

 

すると

 

 

 

「とにかく一度会ってみればいいじゃないか」

 

 

図太い声が背後から響くも、聞き慣れたもんだ

 

 

その大男–––茶渡は片手を挙げ2人と合流し、共に食堂に向かう

 

 

「そういや、先週はどうしたんだ?連絡もなしに欠席とはよ、コイツと2人で息苦しいったらありゃしねぇ」

 

 

「そのセリフ、そのままお前に返そう」

 

 

「あの日か、バイクと衝突事故に遭ってな、それでぶつかってきた方が重症だったからそのまま背負って病院へ」

 

 

「............相変わらず何つー身体してんだ」

 

 

 

 

 

 

「ここ.....だよな」

 

 

 

2人と別れた後、クライアントの残した住所へ向かった俺

 

 

受けるにしろ断るにしろ、どのみち今日はここに足を運ばなくてはならなかった–––だが、

 

 

「待っていたよ」

 

 

やっぱりこの人は少し苦手だ

 

 

何かこう........何だろうな

 

 

「......どうも」

 

 

クライアント自らの出迎えに恐縮千万

 

 

.........にしても背後から急に声をかけるのは流行ってるんだろうか

 

 

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

高層マンションの最上階へと続くエレベーター内にて

 

 

何とかして沈黙を破りたかった俺は

 

 

 

「この前も言いましたけど、家庭教師ならやっぱり石田が適任っすよ–––給与額見るなり言葉失うくらい経済的に飢えてそうだし」

 

 

「確かに......学力1つ取れば彼の方が適任だろう......だが君個人を指名している人がいてね」

 

 

 

.........引っかかる物言いだった。まるで俺を指名したのはこの人じゃなく別の誰かの様な–––––

 

 

 

考えに耽ってるや否や

 

 

「着いたよ、行こうか」

 

 

今聞いた言葉を反芻してる間も無く、エレベーターを先に降り部屋のインターホンを鳴らす

 

 

「ま.......どうでもいいか」

 

 

俺を指名したのが誰であれ、この依頼に対する返事は決まっていた

 

 

 

決まっていた........のだが

 

 

 

「待たせたね、帰ったよ」

 

 

「お帰りなさい、お父さん」

 

 

 

扉を開けた1人の少女を見て俺は........

一瞬時が止まったかのような感覚にみまわれた

 

 

「彼が?」

 

 

「そうだ」

 

 

少女は俺の数歩前まで近寄り礼儀正しく振る舞いで

 

 

「初めまして、アナタが今日から私達の家庭教師をして下さる方ですね。私は中野五月と申し–––」

 

 

 

「零奈........さん......?」

 

 

 

気が付けば俺は口に出していた

 

 

 

かつて救われた恩師の名前を、その姿を、目の前の少女に重ね合わせていた

 

 

 

止まっていた歯車が今再び動き出した––––。

 

 

 

 

 

 



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#2 交わる

第2話となります


 

 

「その........さっきは悪かったな」

 

 

 

「いえ........もう落ち着いたようですね」

 

 

顔を合わせてからというもの、平常心を取り戻すまでやけに時間をかけた

 

 

涼しい室内へと通され、出された麦茶を飲み干してもどうも喉が乾いた

 

鼓動も騒がしく、周りの音が一切流れ込んでこない

 

 

中野さん.......つまり、俺の雇い主はこの間に仕事に戻るため退席

 

 

目の前に腰掛ける少女–––中野五月

 

 

顔立ちは当然だが、あの人と比べるとまだ幼い

 

だがどうしても、あの人が重なる

 

 

苗字も同じ中野.......本当に偶然か?

 

 

 

 

.......それにしても悪いことをしちまった

 

 

人の顔を見て固まるなど

 

 

変な奴だと思われても仕方ねぇか

 

 

心を入れ替え

 

 

目の前のテーブルに広げられた資料–––中野さんが去り際に俺に手渡した物–––に目を通し始める

 

生徒.....つまり五月の学業に関する情報を予めまとめておいてくれたもののようだった

 

在籍高校, 得意科目、所属部、直近の定期テストの結果などを全て細やかにレポート化しておいたと中野さんは言っていた

 

 

......それを差し引いてもやけに分厚過ぎやしねぇか?

 

 

中野五月......高校二年生、高校は家から徒歩で間に合う距離

 

得意科目、理科

 

部活動–––現在未所属

 

 

そして家庭教師(するかはまだ決めてないが)の立場からして最も気になる現状の学力

 

 

丁寧に答案用紙も一緒に同梱されるは、5教科のスコアが一覧になったページ

 

 

........ん?

 

 

俺は一度天井を見上げ、目を擦った

 

 

見間違いだ そうに決まってる

 

 

視線を資料に戻す

 

 

しかし俺の視界が捉えたのは数秒前と全く同じ光景だった

 

 

「......なぁこれって.......何点満点だ.....?」

 

 

「.......100です」

 

 

「........50じゃなくて?」

 

 

「........100です」

 

 

オッケー、もう聞かねぇ

 

 

 

........50点満点でも笑える点数じゃないんだが

 

得意教科–––のはずの理科の点数も見れたもんじゃない

 

よく見ると目の前の五月の肩がプルプルと震えていた

 

「昔から勉学はからっきしでして.....」

 

 

「俺も中学の時の成績はお粗末なもんだったがここまで酷くなかったぞ...」

 

 

「うぅ......!」

 

 

遂には呻き声まであげる五月

 

 

あげたいのはこっちだというのに

 

 

「......てことは、最初から勉強できたわけではないのですね?」

 

 

いい質問だが......聞いてほしくはなかった

 

 

「まぁ.....そうだな......色々あってな」

 

 

本当に色々あった時期だ

 

 

「確か全国模試で2位になったこともあると父が」

 

 

「.....昔のことだ」

 

 

やはり名指しで家庭教師を依頼するくらいだ

 

俺のことを大分調べ上げたようだ

 

 

「急に勉強に励んでみたら、案外才能あったってだけだ」

 

 

空のコップに再び注がれたお茶を口に運ぶ

 

 

「謙遜しないのですね.......まぁするなという方が無理でしょう」

 

 

「でも気になります....どうしてそこまで学業に打ち込むようになったのか」

 

 

「......言ったろ、色々あったんだ」

 

 

話すほどのことじゃない、と付け加え五月の顔を見ると、少々憮然気味ながらも納得した様子

 

 

「にしても、少し安心した」

 

 

「何がですか?」

 

 

「俺はてっきり娘を一流大学に入れてやってくれなんて頼まれるのかと思ってた。まさか卒業だけでいいなんてな」

 

 

彼女の言ってる高校の赤点は30点

 

 

つまり俺の仕事は何とか全教科30点以上取らせればいい

 

 

それなら–––

 

 

「けど、そうなると分からねぇのがこの給料だ、些か弾み過ぎやしねぇか?」

 

 

五月がキョトンとした顔を見せてるが何かおかしなことを言っただろうか

 

 

「何ならこれの5分の1とかでもいいぞ」

 

 

五月の表情は尚些少も変わらず

 

 

「いえ、相応の額だと思いますが?」

 

 

「え?」

 

 

何とも乾いた間抜けな声が出てしまった

 

 

いくら絶望的な現状の成績とはいえ生徒1人の赤点回避などで、この突き抜けた給与額

 

ちょっと待て

 

 

やはりおかしい.......このバイト.......まだ何か裏が.......

 

 

「もしかして.....」

 

 

五月が何か言おうとしてたが

 

 

 

答えは向こうからやってきた

 

 

「あ!家庭教師の方もう着いてたんですね!」

 

 

背後から活発な声がした

 

 

反射的に振り向くとそこには–––

 

 

「五月ちゃん、ごめん遅れちゃって」

 

 

「.......へぇー、悪くないじゃない」

 

 

「遅れたのは四葉が先生の手伝い始めちゃったからだけど」

 

 

 

 

五月が更に4人いた

 

 

約1名ジロジロと人の顔を見る不躾な五月が混ざってたが

 

 

 

 

点と点が繋がった感覚

 

 

分厚い資料、相場からかけ離れた破格の給料

 

 

これで謎が解けた.......というよりかは勝手に謎の方から蒸発した

 

 

資料を読み進めると生徒1人の情報の1セット––それが5セットあった

 

まとめられた情報は五月と概ね同じ

 

つまり簡単にこの仕事を要約すると

 

 

「要するに赤点候補の五つ子をそれぞれ赤点回避できるまで鍛えろ......と」

 

 

「そうなるねー」

 

 

今この家のリビングには俺と五つ子の6人がテーブルを挟み会合している

 

 

俺の隣に座ったショートカットの長女–– 一花は五月とは対照的な、如何にもな典型的な女子高生といった感じ

 

 

「何かあるなとは思ったけど、こりゃねえって.....」

 

 

因みに他の姉妹のテスト結果はまだ見ていない.....いや、恐ろしくて見れない

 

 

「只でさえ人に教えたことがない俺が、5人に教鞭取る上に......」

 

 

今手に握られるは穴が空くほど見た五月の点数一覧

 

 

もし他の姉妹が[コレ]と同等レベルだったら......いや、もう直観的にわかっていたが

 

 

「五月は私達の中では成績良い方だけどね」

 

 

はい、追い討ち止めてください、胃が変な音たてはじめたもの

 

 

五月が出来る方?イツキガデキルホウ?

 

 

何かの呪文か何かか

 

 

事実呪文のように俺を現在進行形で蝕んでいるんだが

 

 

呪文を唱えた主––ソファの上で何故か体育座りの3女–– 三玖

 

 

他の姉妹と比べて明らかに何かが違う雰囲気

 

埒が開かないので五つ子全員のテスト結果をテーブル上にまとめる

 

資料を見てみると三玖の得意科目の社会......その点数は姉妹の中でも断トツ

 

 

それでもまだ褒められた点数じゃないが

 

 

その隣、次女の二乃は足を汲み携帯をいじっている

 

 

一花とはまた別の意味で女子高生のお手本のような振る舞い

 

 

「ってか今日から勉強させる気?」

 

 

やっと携帯から目を離したと思えば随分勉強を毛嫌いしてるご様子で

 

 

そして、姉妹の中でも目つきが随一鋭い

 

 

 

「いいや、今日はあくまで仕事を引き受けるかどうかの決断だけ。勉強道具も勉強内容も何も用意してないからな」

 

 

「えー?てっきり今日から教えてくれるものだと」

 

 

 

「実際、まだ依頼を受けるかも決めてなくてな」

 

 

 

正面にテーブルに手をつき立ち上がった四女–– 四葉

 

 

姉妹の中で、最も落第に近い(正直、ドングリの背比べだが)四葉は時に複数の部活の助っ人を掛け持ちするだとか

 

 

コイツの場合はまず勉強する時間を確保させることからか

 

 

気が遠くなる思いだ

 

 

そこで俺はふと気付く

 

 

内心断ろうかと思っていたこの仕事

 

 

いつの間にか、引き受ける前提で頭の中で物事を考えていた

 

 

いつの間にか、この5人に勉強を教えたいと、力になりたいと思っていた

 

 

凄惨なテストを見たから?

 

 

個性豊かな五つ子を見捨てられないから?

 

 

 

違う......いや違くないが、もっとハッキリした何かが

 

 

「どうしました?黙り込んで」

 

 

すると俺の顔を覗き込む五月と目が合う

 

 

その瞬間

 

 

 

 

“誰かの為に自分を捧げられる人間になりなさい”

 

 

 

自分を変えるキッカケをくれたあの言葉

 

 

それをくれたあの人のことを思い出していた

 

 

ずっと気掛かりだった

 

 

 

勉強に明け暮れ自分を磨き続けたのはいいものの、この数年間、誰かの役にそれを活かせただろうか

 

 

 

その疑問を打ち払うように始めた大学の便利屋–––雑用じみた活動内容で本当に自分を捧げられてるんだろうか

 

 

 

......いや、もう自分でも分かってるはずだ

 

 

 

今目の前にあるのは、あの人の言葉を今の俺が最大限に実行するまたとないチャンスだ

 

 

どん底の生徒を卒業まで導く

 

 

御誂え向きじゃねぇか

 

 

出来すぎてて気味わるいくらいだ

 

 

決まったな

 

 

俺の答えは

 

 

 

 

「.......受けるよ」

 

 

「え?」

 

 

姉妹の誰かが微弱な声をだす

 

 

「受けてやるよ、家庭教師。大船に乗ったつもりでいいぞ」

 

 

やけに口からスラスラ言葉が出た気がする

 

 

体もやけに軽い

 

 

「ありがとうございます」

 

 

五月、四葉は目に見えて表情が明るくなるも、一花、二乃、三玖は然程表情が動かない

 

当面の目標は勉強への意欲からかもな

 

 

けど、さっきまでなら抱えてたであろう不満もない

 

 

むしろ–––

 

 

教え子が5人も?

 

 

全員赤点候補?

 

 

落第の危機?

 

 

 

上等じゃねぇか

 

 

 

それだけゴールと距離があれば、完走した時清々しいだろう

 

 

 

それだけ距離があれば、俺も自分を捧げられるというもの

 

 

 

そうだろ?........零奈さん

 

 

 

 

「授業は明後日からな、各自直近の疑問点や聞きたいこと、まとめといてくれ」

 

 

 

「了解しました!」

 

 

威勢のいい返しをする四葉も、イマイチ歓迎ムードのない3人も、2日後の授業に向け早速気を張る五月も

 

 

全員まとめて並んでゴールテープを切らせてやる

 

 

ここからだ

 

 

俺の中の何かが動きはじめた気がした

 

 

 

 

 

 

 

「家庭教師、決まって良かったね」

 

 

「私はやるって言ってないけどね」

 

 

「二乃、いい加減諦めて」

 

 

客人をエントランスまで送り届けた姉妹

 

部屋へと戻る際

 

その中で

 

 

「五月?どうしたのよ」

 

 

5女は何か思いつめた様子、それに疑問を抱き歩を止める他の姉妹

 

 

「あ、もしかして気になるのアイツが?

生徒と先生の禁断の関係ってやつ?」

 

 

意地悪な表情で軽口を叩く次女だが、五月は表情を崩さず残りの姉妹に告げる

 

 

「実は......」

 

 

「ん?」

 

 

「さっきあの人......私の顔を見て、零奈と口にしたんです」

 

 

零奈......亡くなった母の名を聞き、五つ子は程度の差はあれど、目を見開き言葉を失う




因みに三玖推しです


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#3 教わる

引越しやら旅行やらで中々書く時間を確保できず

花嫁も誰にするか決めました

ゆっくり更新していきますのでどうかお付き合いください


 

鐘の音が響く

一定のリズムを崩さず、心地よい音色を放つそれは、教会の上から参列者を見下ろす

 

上階のとある一室

 

タキシードを流麗に着こなし、姿見の前でネクタイを結ぶ1人の男

 

ふと窓から下を見渡すと、見知った顔が正装に身を包み

ワイングラス片手に談笑しているのが伺える

 

珍しく、心なしか落ち着きがない–––そのワケは

 

着用するタキシードが身の丈に余る高価品の為–––ではなく

 

格式張った教会の雰囲気の為–––でもなく

 

人生におけるターニングポイント、そして最大のメインイベント––結婚式

 

彼は今日、その主役を務める

 

相手との出会いは、バイト先で.......というよりは殆どその依頼者である

 

これ程までに息が落ち着かないのはいつ振りだろうか

 

などと思考を巡らせていると程なくして部屋にノック音が

 

ドアに顔を向けるよりも早く

 

「新婦様の準備が整いました」

 

短く返事をすると、足音は静かに部屋を離れる–––いよいよだ

 

もう一度姿見に自分を映す

 

今の自分を見て、「もう1人の主役」は何を思うだろうか

 

らしくない姿を見て笑うだろうか

 

それともそんな姿を褒め称えるだろうか

 

ましてや、敢えて何も言わずにいてくれるだろうか

 

そんなことを考えてるうちに足取りは軽くなった

 

扉を開け廊下に出て、最初に視界に飛び込むのは、来賓より贈呈されたアスター

 

薄紫の花びらは、濃赤を基調とした背景に対し、一際異彩を放っていた

 

ふと、ため息が口から溢れ出たのはその花の異色にではなく、数

 

成人男性が両腕を使ってやっと運べるサイズの花束が4つ–––最早感動すら覚える光景に

 

「あいつら......へへっ」

 

思い浮かべるは、今日のもう1人の主役–––いわばヒロインの影武者達といったところだろうか

 

文字通り血を分け合った大事な姉妹の晴れ舞台を祝いに来たのか、それとも傷跡でも残していくつもりだろうか

 

相変わらずの愚者加減に乾いた笑いが出てきた

 

もう会場で首を長くして待っていることだろう––今度は突然シャンパンでも投げつけてこないだろうかと些か足がまた重くなった気がする

 

アスターの花束の一つにそっと手を置く

 

きっと今日はあいつらにとっても一つのターニングポイントになるんだろう

 

己自身に決着をつける為の

 

「しっかり.....受け取った」

 

壮大な花束の一つ、そこから一本の花

 

更にそこから一枚の花びらを摘み、切り離す

 

その小指の爪程の大きさの想いの欠片は、紺のチーフと共に胸ポケットにしまわれた

 

アスター その花言葉は

 

 

「恋の勝利」

 

 

 

 

 

 

 

式会場に小走りで向かうと、固く閉ざされた扉の前に見知った後ろ姿を捉える

 

見知った–––と言えば少し語弊がある

 

髪を後ろに縛り、眩しい程の純白に身を包んだ、殆ど見知った後ろ姿

 

俺に気付くと否や

 

「遅いよ」

 

と不満を口にしながら表情はとても柔らかく、今日という日をどれだけ待ちわびていたのかを思わせる

 

「悪い悪い」

 

声色からも自分自身、相当舞い上がってるのが伺える

 

彼女のすぐ側に並び立ち、扉の前に佇む

 

周りに喧騒はなく、時計の針の進む音がやけに大きく聞こえる

 

それがやけに心地よく目を閉じ、体を聴覚だけに委ねる

 

やがて過去のある日のことがフラッシュバックする–––そんな俺を見て

 

「今」

 

「ん?」

 

ヒロインは悪戯っぽい笑みを貼り付け

 

 

「何を思い出してるか当ててあげよっか?」

 

突拍子もない割りに鋭い質問を投げかける 女の勘はこれだから侮れない

 

「何かを思い出してるのは前提なのかよ」

 

片目だけを開き、せめてもの強がりを投げ返す

 

 

「貴方と出会って何年経ったと思ってるの?それくらい顔を見れば分かるもの」

 

そう言い、アハハと無邪気に笑ってみせる

 

それに釣られ、喉を鳴らし、口角が緩む

 

けどこのままじゃ、何故か敗北感が拭えないというか言われっぱなしでは癪というか、まだまだ自分は子供なのだろう

 

「俺も当ててやろうか」

 

「え?」

 

 

多少の驚きの色を一瞬見せつつも、ヒロイン–––花嫁は直ぐに表情を戻す

 

 

「俺と同じこと......そっちも思い出してたんだろ?」

 

何年も見てきたのはお互い様であり

 

片方が分かる事はもう片方も手に取るように分かる

 

 

「当たり.......貴方が、初めて家庭教師をしてくれた日」

 

それが、パートナーというもの

 

態とらしい悔しそうな仕草を見せつつ、俺に倣い目を閉じる–––その横顔をチラリと一瞥し

 

「よくそんな昔の事を憶えてたな」

 

「昨日のことのように憶えてるよ..........あの日は特に.....だってあの日は」

 

「あぁ.....あの日俺達は––––」

 

ここで振り子は一旦動きを止め、巻き戻る

 

巻き戻るは彼らの言う、あの日に–––。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は大きく遡り

 

家庭教師として初仕事の日

 

世にも珍しい五つ子達と顔を合わせた2日後である

 

気だるげな身体を目覚ましとシャワーで起こし

 

自宅のアパートの部屋に鍵を掛け、新しい仕事場へと歩を進める事数分

 

突然の物音に反射的に歩を止める

 

物音と呼ぶには余りに自己主張の激しすぎる存在

 

音は次第にその主張を強め、真っ直ぐにこちらへ突っ込んでくる

 

その正体には薄々気付いていた

 

だが久方振りの襲撃に反応に遅延が出てしまったのは痛恨の一言

 

ほんの少し、コンマ数秒振り向き回避が間に合わなかった

 

 

「グッモーニン、イッチゴォー!」

 

「ぐほぁ!」

 

瞬間背中に鈍く思い衝撃

 

自分の身体を支えきれずにゴミ捨て場に勢いよくゴールを決められる

 

簡潔にまとめるならば、実の父親のダイナミック空中両膝蹴りが息子の背中にクリーンヒットしたのである

 

因みに今は午後の1時半である

 

咄嗟に右手のアイアンクローで珍獣の動きを封じるも背中が疼く

 

「数ヶ月ぶりの息子に何かましてくれてんだ」

 

「ぐぉぉ!降参だ息子よ......!」

 

人通りの少ない通路とはいえ、他に通行人がいないことが救いだった

 

ゴキブリのようにジタバタと暴れる奴と戯れるシーンを目撃された日には.......

 

「そんで、何の用だ?」

 

服についた汚れを手ではたき落としながら立ち上がると、珍獣の顔に俺の手のサイズの跡がくっきりと刻まれて、珍獣レベルに輪がかかる

 

「用?息子に会うのに用が必要かぁ?」

 

「ねぇんだな、じゃ行くわ」

 

見えずとも自分が今どれだけ冷めた顔をしてるか想像に難くない

 

こちとら、これから更に頭を抱えるであろう用事があるというのに

 

背を向け再び歩を進めようとするも

 

「待て待て待て!ある!あるよぅ!」

 

しかし、周り込まれてしまった

 

ゴキブリを彷彿とさせる速度と煩わしさ

 

言動がいちいち暑苦してかなわない

 

「お前今、家庭教師やってるんだろ?」

 

しかし口から出た言葉はいつもの軽口ではなく、今一番俺の脳内に棲みついてる話題であった

 

「何でそれを?」

 

「依頼者とは、腐れ縁なんでな」

 

依頼者とは、あの五つ子の父親のことを指すのだろう

 

だが言い方から察するに、親父が俺を中野さんに推薦したわけじゃなさそうだ

 

「にしても、あのチンピラ坊主が、えらく出世したもんだ」

 

態とらしく感傷に浸ったような顔を見せる目の前の髭男を尻目に、気がかりだった点を思い返す

 

あの人–––中野さんはどうやって俺のことを知った?

 

いくら好成績を出したとしても、一高校生の情報など社会人の耳に入るだろうか

 

それに俺より家庭教師に向いてる人間などいくらでもいるだろう

 

「上手くやってるのかと思っただけだ」

 

気付けば親父が顎鬚を弄りながら真っ直ぐに俺を見据え親のような事を訊いてきた

 

そういえば親だった

 

「上手くもなにも、今日が初出勤だっての」

 

前途真っ暗だが

 

「そっか.....」

 

当たり障りのない回答の後、親父は地面に視線を移し、安堵したような笑みを見せた

 

その表情がやけに印象に残った

 

普段オチャらけてる時とはまた違う年相応の男の落ち着いた笑み

 

俺はその親父から目が離せなかった

 

まるで違う人間のようで少し気味悪いが、初めて見る親の表情に多少の感動覚える自分もいた

 

いたのだが

 

「イッテェ!」

 

甲高い破裂音を立てて背中に衝撃が走る

 

またも不意打ちで背中に張り手を喰らい思わず大声が出る

 

やはりいつもの害悪親父であった

 

背中を摩り痛みを和らげてる俺を一瞬視界に捉えると

 

「美少女の生徒達に鼻伸ばしてんじゃねぇぞ〜」

 

と、右手を挙げて去っていく

 

反撃に転じる機会を失い、その背中をただ見送るしかなかった

 

「ったく、何なんだよ」

 

悪態をつきながらスマホで時計を確認すると、かなり時間を食っていた

 

時間に遅れたら、何を言われるやら

 

只でさえ数的不利だというのに

 

歩く速度を上げ、目的地に向かう最中、さっきの親父の言葉を思い出す

 

「あいつ.......どこまで知ってんだ」

 

少なくとも親父は、何も知らせてないのに俺が複数の女生徒の家庭教師をする事を知ってた

 

 

 

 

 

「偉い、5分前到着」

 

何とか時間に間に合いブルジョワマンションに着くと、律儀にも五つ子全員が待ち構えていた

 

長女の一花は小さく手を叩き最初に口を開いた

 

「5分じゃねぇ、3分前だ」

 

せめてもの抵抗にくだらない言い返しをするも、余裕のある笑みで完封される

 

「にしても、5人揃ってるとはな。5人揃えることから始めるつもりだったんだが」

 

「そりゃあ家庭教師の日だもん。ほら、入って入って」

 

完全にペースを持っていかれてる自覚を抱きつつも、今は身を任せた、流れに

 

背中を押されマンションの自動ドアを通過した後は、エレベーターで最上階に向かうのだが

 

どうしても確認を取っておかざるを得ない

 

「それで?」

 

「へっ?」

 

エレベーターから降り、部屋までの廊下を歩いてる途中

 

他の姉妹にギリギリ聞こえない声量に抑えながら、手前の五月に疑問を投げかける

 

内容は、何故あれだけ勉学を遠ざけてきた姉妹が今日に限って素直に俺を待ってたのか

 

勿論手間が省けて助かったが、裏を感じてしまうのは仕方ない

 

「そ、それは勿論、今日教えてもらうのを皆で楽しみに–––」

 

「そりゃどうも–––で、本当は?」

 

面白いくらいに取り繕うのが下手なご様子だが、この反応のおかげで抱いた違和感が気のせいでないと確信した

 

更に追及しようとしてみたものの

 

中々部屋に入ってこない俺達を待ちかねて、四女の四葉が扉を開けて俺たちを催促し、会話を中断となった

 

高校生5人、大学生1人が入ってもスペースにはまだまだ余裕がある相変わらずの豪邸っぷり

 

これでマンションの一室というのだから最早恐怖を感じる

 

五つ子達はというと部屋に着いて早々、各々が自分勝手な行動を取り始め———というわけではなく、全員テーブルを囲い準備を始めていた

 

やはり何かおかしい

 

この五つ子達は勉強アレルギーといっても差し支えない成績と学習姿勢だと思っていたが、今の光景は真逆である

 

リビングにて勉強を始めてからも違和感は続く

 

といっても、自作性の簡単な小テストをやってもらってるだけだが、全員どうも上の空である というよりは、テストより気になることがある様子に見えなくもない

 

特に——

 

 

「.......何だよ」

 

 

「......いや、何でもないわよ」

 

 

姉妹随一の長髪をツーサイドアップで縛り、蝶のような髪飾りをつけた次女–––二乃は何故かこちらをチラチラと見てくる

 

それもかなりの頻度で

 

「ペン止まってんぞ」

 

「....これ難しいですね」

 

元気が服着て歩いてるような四葉も勉強の時は表情が硬い

 

心なしか頭につけたリボンが垂れ下がってるような

 

気付けば、他の姉妹も同様にペンの動きは順調でない

 

こいつらの成績を踏まえてかなり手心を加えたつもりだったが、先が思いやられる

 

中には中学で習う問題も多少混ぜたが正答率は期待しないでおこう

 

今は他に気がかりな事がありそうなのを差し引いても

 

こいつらはひょっとして、脳味噌を五等分して産まれてきたんじゃないだろうか

 

そんなバカなことを考えていると

 

二乃が早速勉強アレルギーを発症したらしく、ペンを置き立ち上がった

 

「もう無理っ!休日なんだし、どこか出かけない?」

 

出かけねぇよ

 

休日だからこそ家庭教師に来たんだろ

 

と言おうとしたものの、声に出すのが億劫な程呆れていたのが本音である

 

その代わりに

 

「中間テスト、3週間後なんだってな」

 

五つ子達の高校のスケジュールも前もって受け取り、目を通していた

 

この高校では期末テストで二回連続赤点を取ると、進級ができない

 

今は二学期の中間前、3学期制で3学期には中間テストはないらしい

 

こいつらのことだから、中間テストはどうでもいいと考えてるんだろうが、というか少なくとも目の前のニ乃は十中八九思ってる

 

「中間から勉強を始めてりゃ、期末の時に負担が減るし、勉強する癖もつくだろ」

 

「そうかもしれないけど、3週間も前からこんな根詰めなくていいじゃない」

 

「お前ら姉妹は別だろ。このままじゃ30点も危ういんだよ」

 

一教科でも赤点を取ればイエローカード

 

それが二回連続でレッドカード

 

普通の生徒なら殆ど勉強せずとも乗り越えられるハードルのはずだが、この姉妹達は今のままでは余裕で全ハードルを踏み倒す勢いである

 

その状況を飲み込んでもらうことが最初のミッションのようだ

 

「といっても、お前らの親父さんには娘達を卒業させて欲しいとしか言われてないからな」

 

今思いつく最も合理的な方法はというと

 

「......どういう意味よ?」

 

「全員揃って、とは言われてねぇからな」

 

最悪の未来を想像させること

 

二乃は一瞬固まるも、数秒程で俺の言いたいことを理解したようだ

 

つまり何が言いたいかというと

 

「例えばの話だが、誰か1人が進級出来ずに、卒業が遅れても何の問題もねぇわけだ」

 

他の姉妹が先に進む中、1人取り残された後にモチベーションがどうなるかは今は考えないでおくが

 

殆ど脅迫に近い方法だがある程度の効果を期待して二乃の方を見ると

 

明らかに動揺していた

 

握った拳が震えて唇を噛んでいるその姿は想像範囲外だったが、嬉しい誤算だ

 

何が決定打になったのかは特定できないが、少しは自分の置かれてる状況を理解したのか

 

「わかったわよ......やるわよ」

 

先程よりも低いボリュームで短く言い、再び腰掛ける

 

だが、今の雰囲気の中では少し具合が悪いだろう

 

五つ子に20分の休憩を言い渡し、バスルームを借りた

 

鏡に映る自分の顔を見る

 

あの五つ子達程でないにしろ、成績が芳しく無かった頃

 

あの人も今の自分のように生徒に対し、焦燥感に似た何かを感じていたのだろうか

 

出会って時が経ってないとはいえ、自分が引き受けた生徒が落第する様を見て良い気分にはまずならない

 

今の自分の顔は.......どんな風に見えるだろうか

 

五つ子達の未来を危ぶんでる様に見えるか

 

悪い意味で並外れた彼女らの出来に呆れてるように見えるか

 

どちらも違った

 

あの人に出会ってなければ、自分も今の五つ子のようになっていたかもしれないという恐れと、そんな横暴な昔の自分を思い出して些少の憤りを含んだような顔だった

 

軽く顔を洗い掛けてあったハンドタオルを借り拭く

 

気分はイマイチ晴れなかった

 

リビングに戻るとベランダに立つ人影があった

 

四葉だ

 

 

悪目立ちのリボンは覚えやすいという点以外何か長所はあるんだろうか

 

心なしか暗く沈んでるように見えた

 

「どうした四葉」

 

ほんの一時間テストをやらせただけで元気っ子がここまで項垂れるとは考えにくいが

 

一応毛嫌いしてる勉強で疲れたのか問うと

 

「いえ、さっきの話なんですが」

 

 

どうやら違うらしい

 

さっきの話というと、進級の話か

 

「あぁ、大丈夫だ。しっかり今から俺と勉強していけば赤点くらいは回避できる」

 

「そっちじゃなくて、さっき黒崎さんがした1人だけ進級できずという話です」

 

「そっちか。それがどうしたか?」

 

ベランダの柵に頬杖をつき、目線だけを四葉に向ける

 

「私達が今の高校に転入した経緯は?」

 

「知ってる。確か前の学校で–––」

 

「はい、全員落第しかけて特別処置として、今の学校に転入するという形でお父さんが話をつけてくれたんです」

 

話をつけたというのは前の学校の理事長辺りにだろう

 

本当なら現実味を帯びない話だが、あの人が関わると何故か納得できてしまう

 

「でも私達は落第なんてしてないんです........私を除いて」

 

「え?」

 

突然の衝撃に頭がついていかず、四葉の方へ顔ごと向けると哀愁を帯びた笑みを浮かべていた

 

そのまま何か言葉を発することもできず、四葉が言葉を続けるのをただ待った

 

「赤点を取った私達は追試を課されたんですが......」

 

「.......お前だけ、落ちたのか?」

 

「.......そういうことなんです」

 

その後も話を聞く限り

 

そして他の4人は四葉を独りにしまいと、嫌な顔一つせず四葉についてきたと

 

中野さんに聞いた情報と大分食い違いがある

 

4人の中でも最初に行動を取ったのが、これまた意外、ニ乃であったとか

 

普段の言動からでは想像つかないといえば失礼になるだろうか、一番に姉妹のことを想ってるんだろう

 

さっきの動揺も落第そのものではなく、落第により姉妹と離れてしまうことを恐れたのだろう

 

そこで自分が知らぬ間に姉妹のトラウマを突きつけたことに気付き罪悪感を抱くも、四葉は笑って気にしなくていいと言ってくれた

 

すると四葉は不意に俺に頭を下げて

 

「もう同じ失敗は繰り返したくないんです。私達のこと、よろしくお願いします」

 

四葉にとって、4人が取った行動は救いであったと同時に重い枷にもなったはずだ

 

自分に降りかかる火の粉にはある程度耐えれるように人間はできている

 

しかし自分の不備で他人に火の粉が降り注げば、痛みは何倍にも膨れ上がる

 

自分にも似た経験がある分、尚更四葉の声の震えが感じ取れた

 

「あぁ、任しとけ」

 

敢えて短く、しかし鮮明に答える

 

過去の自分と重ね合わせて、少し動揺してることを悟られないように

 

「ありがとうこざいます、私は先にテストに戻りますね」

 

言い残し、リビングのテーブルにつきテストとの格闘を再開するものの数秒で頭を抱える四葉

 

それを見てふと自分からも笑いが溢れる

 

少しホッとした

 

あまりにひどい成績のせいで人間、いや生物として何かしらの欠陥があると思っていたが

 

存外勉強以外はまともな感性の持ち主達らしい

 

勉強以外は

 

ベランダから外を改めて見ると自分の大学がうっすら見えた

 

あの大きいようで小さい檻の中で閉じこもっていたら今自分はここにいなかった

 

あの小さい檻の中で雑用をして人の為に尽くしている気でい続けたんだろう

 

そのまま景色を眺めていると、突然視界に映る光景が変わった

 

変わったというよりは、何かにキャンパスを見る視線を阻害されている

 

目を凝らして——凝らさなくても分かっただろうが、緑色の缶だった そしてそれを掴んでいる手

 

差し出された方を見ると

 

「飲んでいいよ、あげる」

 

「.......抹茶ジュース?」

 

缶に表記されたまま読む

 

口に出して言ってみると異質感が強まる

 

この詳細不明の物体を差し出してきた本人——三女の三玖は

 

「そう、飲んでみて」

 

と、ポーカーフェイスで俺を見つめるのみ

 

普通なら「はい、ありがとう」で済むはずなんだが、物が物だ

 

受け取るのに抵抗が出るものの、飲まなきゃ逃してくれそうにないので仕方なく飲むのを覚悟する

 

三玖の視線も表情も動かず、俺が受け取った缶ジュースに固定されてる

 

缶のタブを開け、少し口に含んだのと同時に

 

「零奈って、誰のこと?」

 

静かな声なのにやけに三玖の問いかけはっきりと聞こえた

 

何もかもいきなりだった

 

聞くタイミングも、口にした事も

 

俺が余りの困惑に何も返せないでいると

 

「五月が言ってたよ、初めて会った日にそう呼ばれたって」

 

思わず口の中のものを吹き出しそうになったがギリギリ堪えた

 

どうやら五月が他の姉妹に伝えたいようだ

 

まぁ、あれだけおかしい挙動を取れば当然といえば当然だが

 

「あぁ、あの時か。只の人違いだから気にしないでくれ」

 

「人違い?」

 

「あぁ、知ってる顔に似てただけだ」

 

「そうなんだ........でも偶然かな?」

 

「何が」

 

伏し目がちに会話してた三玖だが俺の目に視線を持ってきた

 

その目がやけに焦燥感を煽った

 

姉妹の中でも何を考えてるのが予想できない無表情の三女

 

その彼女が見せるその顔は

 

「私達のお母さんも零奈って名前なんだけど」

 

警戒心と好奇心に象られてた気がする

 

「そう.......なのか.......なら、完全に人違いだ、忘れてくれ」

 

心臓がドクンと強く脈を打つ

 

平静を装い息を整え、何とか言葉を返すも、無駄だった

 

 

「うん.....そりゃそうだよ

 

 

 

 

 

 

 

お母さん、病気で5年も前に亡くなってるから

 

 

 

 

続く言葉で、俺の鼓動は更に喧しさを増したのだから

 

考えないようにしてたことを向こうから突きつけてきた瞬間だった

 

 

因みに抹茶ジュースはまずかった

飲めたもんじゃない

 

 

 

 

 

 




4話はどうしましょうね〜


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#4 悼む

4話です

今回は主人公の半分の過去を書きました

もう一つも早く書きたくてウズウズしてます

嘘です


勉強を再開してからものの数十分、横目でチラリと右隣の三玖を見る

 

机に向かう表情は先ほど会話していた時と一切変わらず、ペンを止めては少しの間考え込み、再びペンを走らせる

 

その繰り返し

 

あの会話の後は特に何も言ってこないが、そこにまた何とも言えない緊張感を煽られる

 

「ほい」

 

そこで俺の視界に一枚のテスト用紙が割り込んでくる

 

「採点よろしく、先生」

 

見上げると、長女の一花は三玖とは対照的ににこやかな表情で所々空欄のあるテストを差し出していた

 

一卵性の五つ子といっても似るのは外見のみだったのか、他の言動から垣間見えるこの個性豊かっぷりに時々調子を狂わされる

 

五月と四葉に続いて一花は三番手であり、先に休んでいる他の2人に合流するのを横目で見届ける

 

採点中に残りの2人も解き終わり、テーブルに置いといてくれと指示する

 

途端にキッチンにて五つ子によるミニティーパーティーが始まる

 

疲れただの、今からでも遊びに行こうなどとまぁ勝手なことを並べてくれる

 

まずは5人の勉強に対する姿勢の矯正が第一の課題なんだが

 

「それは普通親の仕事だよな......」

 

多忙とはいえ放任主義もここまでくれば迷惑案件である

 

気付けば、俺の家も片親だが息子である俺には学業に関してそんなに干渉的ではなかった

 

俺も五つ子にも母親はもういない

 

となると、やはりあいつら本人の問題だった

 

採点が終わる頃には時計は午後の四時をまわっていた

 

腕を天井に向けて伸ばし、固くなった身体を解すと、何処からともなく関節の破裂音が響く

 

それを見ていたのか四葉がお茶を片手にテーブルに戻ってくる

 

「お疲れ様です、どうでしたかテストは?」

 

お茶を半分程飲み込んでから、5枚のテスト用紙を掬い上げ四葉の眼前に持ってくる

 

「何とな、100点だ」

 

「えっ!?」

 

「5人合わせてな」

 

「はぁ〜.....」

 

面白いくらいに感情を隠せない、というか嘘をつけないタイプなんだろう

 

上がった肩が溜息と共に落ちる様は加虐心を少しくすぐられた

 

というか、やっぱコイツのリボン動いたぞ

 

「溜息つきたいのはコッチだっての」

 

「おかしいですね.....ちゃんと勉強したのに.....」

 

いつの間にか四葉の隣には自分の答案用紙を悲壮な目で眺める五月がいた

 

「.......」

 

「......何ですかその哀れむような目は......本当に勉強したんですってば」

 

「いや、出来れば嘘であって欲しい」

 

勉強して他の姉妹と大差ない点数など俺の存在価値すら危うくなってきた

 

そして哀れんでるのはお前の残念な頭でなくて、これから俺に降り注ぐ仕事量だっての

 

だが今は取り敢えず

 

「全員座ってくれ。一問一問解説してくぞ」

 

目の前のことに集中しよう

 

 

 

———————————-

———————

———

 

 

時刻は午後六時過ぎ

 

流石に2時間ぶっ通しでやると、こっちも疲労感が襲ってくる

 

教える側というのもまだ慣れてない

 

少し眉間を揉み帰宅の準備を、始めると

五つ子はというと

 

「もう無理、頭おかしくなる」

 

ニ乃が机に顎と両腕を乗せ固まっている

 

心配すんな、もうおかしいから

 

「見た目通りスパルタだね」

 

「ねー」

 

三玖と一花はお互いによりかかりつつも、ソファに背を預けていた

 

見た目通りは余計だ

 

「晩御飯は何ですか.....」

 

五月はもうキャラが定まっていない

 

四葉は言葉もなく床に背をつけ目を回している

 

絶賛アレルギー発症中であった

 

今日の授業で分かったことはこの5人の学力は悪い意味で未知数

 

テスト結果を見る限り得意分野もそれぞれ違う

 

それぞれ......

 

本当にこいつらは五つ子なんだろうか

 

テストの合ってた問題が一つも被っていないのも偶然ではないのだろう

 

一瞬真っ暗闇の中に一縷の希望を見つけた気分だったが所詮どんぐりの背比べなので、姉妹の間で教え合うのはあまり期待できそうにないか

 

すると一花に肩を叩かれ

 

「明日も家庭教師あるの?」

 

「その予定だ」

 

「じゃあさ」

 

ニィっと悪戯小僧のような笑みを貼り付ける一花

 

背筋が少し冷やっとした

 

姉妹の中で三玖とは違ったベクトルで何を考えているか分からないこの長女

 

「皆で花火祭り行こっか」

 

続く言葉は案の定素っ頓狂なものだった

 

一応皆んなの中に俺も含まれていることを確認した

 

.......含まれてるのか

 

 

 

 

翌日

 

天気は曇り 夕方ごろには晴れるとの予報

 

傘が要らないのに安心するも、降ったところで大して問題なかった

 

花火大会を楽しみにしている五つ子の頬が少し膨れる程度のことである

 

それにしても

感情の起伏が読み辛い三玖でさえ、花火大会というワードに目を輝かせていたのは少し意外だった

 

個性が強い五つ子だが、共通して好きなものもあるようだ

 

 

因みに俺は花火には大して思い出が........ないわけじゃないがもう随分昔のことだ

 

あの5人のように今も尚心が踊らされる程じゃない

 

そうこう思考に耽ているうちに目的地が見えてきた

 

五つ子達のブルジョワマンション.......ではなく年に二度決まって訪れる場所

 

墓地......亡くなった家族、友人、恋人を悼み

安らかな眠りを捧げる場

 

墓参りなんて似合わないと自分でも思うので、この習慣を教えてるのは家族を含めても極少数

 

もちろんあの五つ子達にも

 

目的の墓石を目指しやけに重い足を動かす

 

いつ来てもこの場所の雰囲気の独特さには未だに身体が強張る

 

一歩足を踏み入れた途端、まるで別の世界に迷い込んだような感覚

 

姦しい車のエンジン音も、工事現場の騒音もここには一切届かない

 

いつだったか誰かがここを世界から切り離された場と例えていたが、最近になって漸く意味が分かってきた

 

誰かが先に去ったばかりなのか焼香の匂いが

強く残っている

 

今聞こえるのは足元の砂利を踏み均す自分の足音のみ

 

見える色は質素な白と黒

 

年に二度ここを訪れる理由は、ここの俺の大切な人達が2人眠っているから

 

その2人の命日に必ず足を運ぶことにしている

 

その内の1人の墓前に今足を止める

 

「お袋.....」

 

10余年前にこの世を去った俺の母親である

 

雨の日の交通事故だった

 

救急車が駆けつけた頃には既に———

 

幸か不幸か、あの日のことは今も映像となって思い出せる

 

なんせ、お袋を殺したのは......

 

 

 

 

 

—————————————-

———————

———

 

 

10余年前——

 

 

1人の少年が母親と並んで歩いていた

 

雨が強く水溜りが疎らに出来ているせいで、車がその上を走り去る度に水飛沫が歩行者に覆い被さる

 

一際大きな水飛沫が少年の身体を打ち付ける

 

雨合羽を着ていたとはいえ、首より上が無防備な為頭がびしょ濡れとなる

 

「冷たっ」

 

「あらあら悪いトラックね、大丈夫?」

 

持っていたハンカチで顔を拭きながら身を案ずるその様は

 

「ゴメンね、ほら交代しよ。お母さんが道路側歩くから」

 

いつも優しく強い母そのものだった

 

「いいの、今見たいのから俺が母ちゃん守るから」

 

「あら頼もしい、でもダーメ」

 

年齢にして9つの少年は背丈で言えば母親の腰より少し高い程度

 

子供の強がりにしては背伸びし過ぎだった

 

「はい、綺麗になった。さ、行こ」

 

頭に手を置き髪をくしゃっと撫でられ渋々母を道路側に譲る

 

少年は母親が大好きだった

 

一度だって彼女の泣いたり怒ったりする様を見たことがなかった

 

 

「母ちゃん」

 

「何?」

 

「手、繋いでもいい?」

 

「当たり前じゃん」

 

そうして雨の降る道を、他愛もない会話で笑いながら進んでいた時は思いもしなかっただろう

 

歩く場所を交代したその微笑ましいやり取りが、母親の死を招くなど

 

2人の親子がやがて交差点へと差し掛かり、信号が青になるのを待っている時だった

 

通路の内側を歩いてる少年でも交差点に着けば道路に面する

 

十字形の交差点ならば尚のこと

 

やけに長く感じた赤信号がようやく終わろうとしていたその時だった

 

少年は視界の端にあるものを捉える

 

二度見し目を凝らせば少年から見て左側——母親と手を繋いでるのとは逆の方面

 

リードをつけた子犬が雨粒降り注ぐ道路に飛び出していた

 

飼い主らしき人物の姿は近くに見えず、更に奥からは向こうからは乗用車が向かってきている

 

その日の土砂降りで視界が悪かったのか、車線に入りかけている子犬には一切気付かずに、車のスピードは緩まなかった

 

瞬間、少年は母親と繋いでいた手を振りほどき、その子犬めがけて駆け出していた

 

気付けば身体が勝手に動いていた

 

「ダメ、一護!」

 

背中から母の叫ぶ声

 

いち早く状況を理解して息子を呼び止める母だが、虚しくも雨にかき消され届かない

 

ガードレールを飛び越え、水溜りを踏みつけ一歩、また一歩と進む

 

雨のせいか、履き慣れない長靴のせいか

動転してるせいか

 

理由はどうあれ走るのがやけに重苦しい

 

まるで四肢にそれぞれ鉄球でもつけているような

 

それでも着実に距離を縮め、すっかり車線に侵入してしまった子犬を抱き上げるも

 

更に重い鉄の塊はすぐそこに迫っていた

 

運転手が割り込んできた少年に気付いた時にはもう遅く急ブレーキすら間に合わない程に

 

9歳児の判断能力では自分の行動の危険度など理解し得ないことだろう

 

それでも生物の本能か

 

彼は悟った

 

真っ暗な死を

 

命の終わりを

 

少年があのまま道路側を歩いていれば

 

子犬を救おうと走り出すこと叶わず手前の母が制止したか、あるいは母親が壁となって目視すらできなかっただろう

 

水溜りができるほどの雨が降っていた、歩く場所を入れ替えた、元気に走る子犬を見つけてしまった

 

最悪のの条件が全て揃って......いや、揃えてしまったのである

 

他ならぬ親子自身で

 

 

少年は数分の間意識を失った

 

目を覚ますと雨の強さは変わらず耳に入るはアスファルトと加速した水滴のぶつかる音

 

そして野次馬達の喧騒

 

加えて、背中を走る痛みと自分にのしかかっている何かに苦しげに一瞬顔を歪める

 

ふと思い出すは先ほど体験した根源から湧く恐怖

 

隣り合わせた死

 

何故意識を失い背中を少し炒める程度で済んだか———答えを見つけるのに然程時間はかからなかった

 

自分の上に覆い被さっていたソレは心地よい温もりを帯び、少年を抱擁する形でピクリとも動かない

 

全身の力を使い何とか這い出ることに成功するも、次の瞬間には言葉を失っていた

 

「........母ちゃん?」

 

さっきまで覆い被さっていたのは、心から愛してやまない母親の死体だった

 

脚の関節は増え、至る箇所から流血し、アスファルトを赤く染め上げていた

 

顔はさっき見ていたより蒼白くまるで生気を感じさせない

 

「母ちゃん!」

 

返事どころか指先一つ動かさない

 

只でさえ細い腕が殊更細く見えた

 

肩を揺する

 

叫ぶ

 

更に肩を揺する

 

更に叫ぶ

 

肩を———返事がない

 

土砂降りで身体は冷え切っているはずなのに、やけに目元と喉が熱い

 

濡れた雨合羽の袖で顔を拭う

 

まだ熱い

 

視界が霞む

 

それでも手を動かした

 

手を止めたら最愛の母がどこか遠くに行ってしまう気がした

 

その為顔を拭うのをやめた

 

目から頬を伝う雫が雨なのか自分の涙なのか分からなくなった頃

 

身体が硬直した

 

理由は分からない

 

頭では腕を動かそうとしても、身体が言うことを聞いてくれない

 

やがて救急車が駆け付け少年と母親は病院へ搬送され、少年は手術室の前で座して待っていることしかできなかった

 

報せを受け合流した父親と共に医師から聞いた言葉

 

「誠に残念ですが———」

 

そこから先は記憶が曖昧で

 

医師と父の悲壮に満ちた顔ともう一つ

 

唯一憶えてるのは

 

初めて見る父の涙

 

事故前と違い父と手を繋いで歩く帰り道

 

繋いでる少年の手までつられて震えてしまうほど動揺している父を見るのは後にも先にもこれが初めて

 

帰り道、彼は一言も発することはなかった

 

そこで少年は実感した

 

母親の死を

 

そしてもう一度、幼い顔は涙で濡れた

 

雨は止んでいた

 

 

———————————

———————

—————

 

そうだ——あれは交通事故じゃない

 

お袋を殺したのは———俺だ。

 

拳を強く握る

 

爪が掌に食い込み、血が流れ落ちる

 

痛みなど感じなかった

 

己の愚かさに比べればこんなもの

 

けれど直ぐに止めた

 

持ってきた花が自分の血で汚れてしまうのを防いだ

 

今でも偶に夢に見る

 

お袋の優しい笑顔

 

それを奪ってしまったあの日

 

当然だ

 

一生縛られるだけのことをやらかしたのだ

 

安いくらいの代償ですらある

 

花を墓前に置き、手を合わせる

 

優しいお袋のことだ

 

空の上で笑って俺を許してくれていることだろう

 

だけど俺は許せない、自分自身のことが

 

「また来る」

 

あとで親父も来るが、最後に一緒に墓参りしたのはいつだっただろうか

 

今の自分の顔を誰にも見られたくはない

 

もう一度手を合わせた後、来た道を引き返す

 

引き返す先は出口———ではなく

 

もう1人の大切な人

 

その人が眠る場所へ向かう

 

といっても今日は命日じゃないからその人への花はない

 

ついでみたいで怒られるだろうか

 

お袋と違って、こっちには怒られてばかりだったのはまだ記憶に新しい

 

そんなことを思い出し、ふと笑みが零れる

 

お袋の墓から少し離れた位置

 

最初訪れた時はしばらく迷ったっけか

 

足を止める すると

 

「あれ?黒崎君?」

 

「お前ら......!」

 

聞き慣れた声で呼びかけられ振り向くとそこには見慣れた顔揃い

 

正直いつかこの場で鉢合わせるとは思っていたがこうも早いとは

 

五つ子達がそこにいた

 

「何でお母さんの墓前に......」

 

「何で......か」

 

他の4人より少し前に出ている五月

 

手には白い花を携えてる

 

「......いつか話そうとは思ってたんだけどな」

 

隠す必要も躊躇う意味もないのだが何故か初日には言えなかった

 

目の前の五つ子達は黙って聞いている

 

「俺は————お前達の母親の元教え子だ」

 

5人全員が微妙に違う反応をする

 

取り分け驚いた様子の五月、四葉、ニ乃

 

別段表情が動かなかったのが一花と三玖

 

だが全員取り乱す程の動揺は見せない

 

「思ってたより......驚かねぇんだな」

 

特にリアクションが薄かった三玖を見て言う

 

「うん......昨日で薄々そうなんじゃないかって」

 

今までの会話や俺の言動

 

母親の名前を知ってる時点で大体の予想はつくはずだ

 

他の姉妹も同様だろう

 

薄々勘付いてはいたものの確たる根拠がなく、本人の口から改めて聞くことで再度この奇怪な巡り合わせに戸惑いを隠せないといったとこか

 

「今日は......月命日でか?」

 

「はい、私は毎月ですが全員でくるのは年に二回です」

 

奇しくも2人が亡くなったのは違う月でも同じ日

 

命日ともう一度、月命日で姉妹揃って墓参りに来るが、何月かは決まってないらしい

 

年に二度

 

俺と同じだ

 

五つ子が手を合わせ黙祷してる間、俺は黙ってそれを見ていた

 

5人の母親がなくなったのは五年前

 

その時5人は小学生のはず

 

小さい時に母親を無くす気持ちは痛いほど分かる

 

お袋を死なせてしまった当時の俺は何をするにも気力が湧かず、学校を休んではあの日の事故現場を行ったり来たり

 

まともな生活に戻れたのには何ヶ月かかっただろうか

 

この5人は母親の死をどうやって乗り越えたんだろうか

 

それとも——

 

「アナタはしないんですか?」

 

「....俺はいい。また命日に来るからよ」

 

何だろうか........今はここを離れたい気分だった

 

お袋が亡くなってからは2年間、墓参りには家族が同行していたが、命日での彼等の表情を小一時間でも見ていると罪悪感と吐き気が込み上げてしまい、3年目からは墓参りには一人でくるようになった

 

そのため、今まで一人でやってきた事に他の誰かが参入するのは思ってたより息苦しかった

 

——————

————

 

 

 

「さ、花火大会の時間だよ」

 

さっきと打って変わってやけにテンションが高い長女の一花

 

そして彼女に後ろから抱きつかれるも、別段迷惑そうじゃない三女、三玖

 

墓参りの後は家庭教師として、五つ子の家に赴き、あろうことか週末に出された課題をまだ終わらせておらず、終わらすまで家から出さんと言ったら大慌てで取り掛かった

 

途中逃げ出そうとするニ乃や居眠りする一花を連れ戻しながらも課題は思ってたより早く終わった

 

今日はやけに聞き分けがいいが花火が関係してるんだろうか

 

外出を許可すると着替えがあるからアンタは先に行ってなさいとニ乃に告げられる

 

忘れてると思うけど、俺一応先輩だからな

 

大方の予想はついていたが、再び合流した時には浴衣姿で戻ってきた

 

母親の墓参りの時見せた静かな態度が嘘みたいな光景だが、先程の彼女達の表情は真剣だった

 

それにしても、墓参りの直後に花火大会というのは、聞いたことがないが

 

「そんなに花火好きなのか」

 

「お母さんが花火好きだったんですよ」

 

「昔は6人で必ず見てたよね」

 

「だから同じ花火大会の日に全員でお墓に行って、花火も見る事にしてるのよ」

 

そういうことか

 

偶然にも、この馴染みの花火大会は母親の月命日でもあると

 

確かにあの人も......花火が好きだったっけ

 

母親との思い出.....か

 

母親を思い出すと胸が痛くて堪らない俺は五つ子が少し羨ましい

 

「花火って何時から?」

 

「19時から20時」

 

「ありゃ、まだ2時間以上あるね」

 

「しばらく屋台見て回ろっか」

 

姉妹仲良く並んで歩くのはいいが、人数が人数だ

 

車が通らないからいいものの、道の横半分以上をこの五人が占めてしまっている

 

同じような格好だからだろうか、今日は特にドッペルゲンガー感を増してる

 

 

 

こうして俺達はあくまで試験前の息抜きのつもりの軽い気持ちで花火祭りに参加したわけだが

 

まさかあんな波乱万丈なイベントになるとは誰も思ってなかったんだ

 

 

 

 

 

 

というのも、時は少し進み

 

花火が打ち上がる1時間と30分前

 

何故か俺は一花と正面から抱きしめ合っていた

 

 

 




5話もそのうち


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#5 揃える

はい、お待たせしました
花火大会編
ちょっと長いかな


花火祭りの中盤

 

観客も次第に増え、より賑やかさが増した頃

 

俺は生徒である一花と抱きしめ合っている

 

違う

 

決して下心はない

 

祭りの雰囲気に浮かれてはしゃいでるわけでもない

 

この状況を説明するには、数十分前。祭りに来た直後まで時を遡らなければならない

 

——————

———

 

 

 

「アンタ達、遅いわよ」

 

先頭を我先にと進み、後ろに続く残りのメンバーを催促するニ乃を先頭に

 

四葉、一花、五月がそれに続く

 

「あいつ何であんな張り切ってんだ」

 

そこから少し離れた所に、祭りといった人が密集するイベントがあまり好きでないためにイマイチ気乗りしない俺と

 

「二乃は毎年あんな感じ」

 

五つ子随一のインドア派、三玖がしんがり

 

てっきりニ乃のポジションには四葉が来ると踏んでたから意外だ

 

ニ乃とは対照的に、祭りに来てるというのに一切表情が明るくならない三女

 

まぁ人のことは言えないが

 

ふと周りを見渡す

 

人が集まってきたがまだ歩くのに不自由するほどじゃない

 

もし人混みによって五人全員逸れでもしたら、収拾がつかない———というか、想像すら遠慮するレベルの重労働になるのは目に見えている

 

それだけは何としてでも避けたいが、かといって全員で手でも繋がせるか?新手のバリケードでもあるまい

 

やがて屋台が並んでいるエリアにさしかかり姉妹は一旦足を止めた

 

何やら買いたいものがあるらしい

 

特に五月は檻から放たれた肉食獣が如く

 

「祭りと言えば」

 

「アレしかありません」

 

「アレ買わなきゃ始まらないよね」

 

アレとは

 

姉妹に共通する好物がこの祭りにあるらしい

 

個性の強い五つ子だが、こういった好みは一致するのかと、らしくもなく好奇心が引き摺り出された

 

五人ほぼ同時に口を開き

 

 

 

「焼き人チりば飴氷ナナ焼き」

 

聞いたこともない言葉だった

 

 

結局全員の目的のものを買いに行き、俺は荷物持ちに任命された。二乃に

 

「扱いが雑じゃねぇか?」

 

「文句言わないで歩きなさい。女の荷物持つのは男の仕事よ」

 

何度も言うけど俺先輩だからな

先輩敬うのは後輩の仕事だからな

 

「これもお願いします」

 

といっても、ニ乃本人は殆ど自分の手で持っている

 

両手が完全に塞がるまで荷物を持たせる主犯というのは———

 

「見てください!金魚がこんなに!あ、荷物持ちよろしくです」

 

他の姉妹の好物まで買い漁ってる五月と

小・中学生に混じって次々と屋台のゲームを回っている四葉である

 

こうして俺の両手は大量の食べ物と四葉の戦利品で埋まっていった

 

一花と三玖は元々食が細く、それぞれ片手に一つずつ飲食物を持っているだけで、当たり前の事だが俺に荷物は持たせてない

 

三玖に至ってはいつの間にか、頭にひょっとこのお面をつけている

 

末っ子ほど遠慮がないと言う新たな説がこの短時間で生まれた

 

歩きながら食べ物を消費していく五月はまだいいものの、四葉の戦利品はずっと持ち運ばなければならない

 

今度は輪投げで当てたらしい駄菓子セットを押し付けてきた

 

やがて両手の指一本一本で一個の袋を提げるようになり、最後に四葉から受け取った駄菓子盛り合わせによって左手の中指が悲鳴を上げ始めた頃、ふと疑問が湧く

 

「そういや、花火を見る場所はとってあるのか?」

 

手前を歩く二乃に愚問を問う

 

張り切っているコイツらのことだ

きっと何日も前に絶好のスポットを予約してるのだろう

 

「お店の屋上を貸し切りにしてるわ」

 

「そ、そうか」

 

そういえば、コイツらはお嬢様だったな

気に入ってるイベントともなれば尚更羽振りが良くなるだろう

 

とにかくこの頭がおかしい量の荷物を置けるのなら助かる

 

貸し切りと言うのなら見張り番も必要ないだろうし、見事なマッチポンプだ

 

「で、それどこにあんだ?......うぐっ」

 

たった今五月が掛けたメガ盛り焼きそばのせいで、更に右手の親指までもがSOSを発し始める

 

最早新手の拷問である

 

「あ、教え忘れてたわ」

 

取り敢えず、まず俺を案内してくれ

 

指もげるから

 

 

 

 

————————————

 

二乃が貸し切りにしたのはカフェレストランの屋上だったようで、全員腰をおろせるだけの椅子とテーブルが並んでいた

 

件の屋上に着き、荷物を降ろし一息つけるかと安堵したのも束の間

 

また新たなアクシデントだ

 

「一花と四葉が失踪とな.......」

 

ひたすらに二乃の背を追いかけてたお陰で背後への注意が散漫になってた

 

最後に到着した五月を区切りに、その後いくら待っても飲み物の注文を取りに来た店員を除いて誰も屋上に上がってくることはなかった

 

しかし、四葉はまだしも一花まで逸れるとは正直全く想定してなかった

 

隣を歩いていた三玖も気が付けば一花は居なくなっていたらしい

 

ただ逸れたのなら携帯電話を使い簡単に合流できそうだが、あの二人はこの集合場所を聞かされてない

 

それに加えてさっきよりもずっと人混みが激しさを増してきている

 

ただ単に電話で二人を呼び出して合流を促すというのは少しばかり酷だろう

 

仕方ないか

 

少し赤くなってまだ痺れている両手をギュッと握り締める

 

「俺が連れてくるから、お前らはここにいてくれ」

 

三玖と二乃が何かを言いかけてたが、敢えて黙殺し背を向けて駆け出す

 

五月はさっきから一花に電話をかけてるが一向に繋がらないらしく、珍しく焦りの表情を見せる

 

建物を出てみると、より一層祭りの混雑具合が明確に伝わってきた

 

それでもまだ歩くのに然程不自由はなく花火開始まで時間があるためもあって、道行く人々も慌てた様子は見えない

 

それでもチンタラしてれば探し出すのは困難になっていくだろう

 

取り敢えずは来た道を周辺に目をやりながら戻る

 

戻る

 

戻る———が

 

俺たちの通った入り口まで戻っても二人の姿は見えない

 

完全にアテが外れて気力を無くす———暇もなく再度引き返そうとするも足を止める

 

この花火大会の会場は上から見ると殆ど正方形であり、五つ子が貸し切りにしている建物はその一角にあたる

 

そして今いる場所はそこから右に一直線に進んだもう一角

 

つまり時計で例えるなら貸し切りビルが3時

この入り口が12時の位置となる

 

効率的に探すには道を引き返すのではなくこのまま会場を一周する方が合理的と言えるだろう

 

その判断は正しかった

 

次の角を曲がるかというところで四葉の後ろ姿を捉えた

 

 

正確には屋台のゲームに夢中になってる後ろ姿だが

 

既視感のある浴衣もそうだが何よりあの悪目立ちのリボン

 

なるほど、大方予想してた通りだ

恐らくゲームに熱中するがあまり姉妹と逸れたことにすら、気付いてないのだろう

 

大人気なく初対面であろう小学生達とムキになって張り合ってるのを見ると、最早感動すら覚える

 

「四葉」

 

「ちょっと待ってくださいね、今集中を............って黒崎さん?」

 

「何してんだよお前」

 

「射的ですよ、射的」

 

「んなもん見りゃ分かるっての。姉妹と逸れてまで何羽伸ばしまくってんだって意味だ」

 

首を傾げこれでもかと何を言ってるか分からないという表情を見せる四葉

 

「すいません、おっしゃってる意味が.......あ、もしかして黒崎さんもやりたいんですか?」

 

いっそのこと実弾でこいつのリボンを撃ち抜いてやろうかと思ったが、何とか抑える

 

「私どうもこれは苦手みたいで」

 

「聞いてねぇよ。ほら、行くぞ」

 

「おじさん、もう一回」

 

「聞けよ」

 

四葉を連れてくるだけの簡単な仕事かと思えば、すっかりペースに流されている

 

俺に構わず再び銃を構え発砲するも、どの景品にも掠りもしない

 

何せ四葉が狙っているのは客側から見て一番遠くにあるラクダのぬいぐるみ

 

.........いや、ラクダて

 

普通ウサギとか犬じゃねぇのか

 

遂には年下の少年達はおろか、屋台のおっさんにまで励まされる四葉の悲惨な後ろ姿

 

果たしてこの屋台だけでいくら使ってるんだろうか

これは取れるまで離れないパターンだろうな

 

「........貸してみろ」

 

店主に一回分の料金を支払い四葉から銃を掻っ攫う

 

といっても自分自身、射的の経験はほぼ皆無

 

最悪俺も四葉に続いて、負のループに閉じ込められ周囲から生暖かい視線を浴びるまである というかその可能性の方が大きい

 

弾は5発

 

取り敢えず弾道と弾が当たった際の手応えを見るため、まずは様子見で1発撃った

 

ラクダが落ちた

 

そりゃあもう綺麗に落ちた

 

店主と少年達もそうだが四葉の驚きようたるや、家庭教師の生徒が五つ子の姉妹だと判明した時の俺もこんな風に固まっていたのだろう

 

何せ俺本人が目を見開いて数秒固まったのだから

 

盛り上がるギャラリーに比べ隣の四葉は静止

 

弾は4発残っていたので、四葉の耳元で発砲する

 

3発目で四葉は我に帰った

 

「黒崎さん.......スナイパーだったんですか!?」

 

「違うっての。ほれ」

 

店主から受け取った景品のラクダをそのまま差し出す

 

「........くれるんですか?」

 

「俺が持っててもしょうがねぇだろ」

 

「ありがとうございます!大事にしますね!」

 

先ほどの世界の終わりのような絶望顔から一変、いつもの四葉らしい無邪気なものとなった

 

「因みにラクダは英語で?」

 

今日やった課題にもあった問題だ

 

「えっと........スコーピオン?」

 

最後の1発は四葉が大事そうに抱えてるラクダのぬいぐるみに撃ち込んだ。ゼロ距離で

 

 

—————————————

 

「酷いじゃないですか!」

 

「お前の頭がな」

 

態々ワンツーマンでついさっき教えてやった単語だというのに

 

しかもお気に入りの動物なら尚更頭にはいるだろうに

 

射的の屋台を後にした今、他の姉妹が待ってる屋上に向かっている

 

ブーブー文句を垂れる四葉を窘めながらも、まずは一人を回収し終わったことを改めて確認する

 

「楽しそうだね」

 

「楽しかねぇよ........ん?」

 

突如四葉とは逆サイドから声がかかる

 

丁度目的地の屋上が見えてきた頃だった

 

姉妹一表情豊かな四葉とは逆に、姉妹一表情に変化のない三女

 

「何してんだ三玖」

 

いつのまにか隣を歩いていたのか、じっとこちらを見つめてた

 

「四葉ならまたどこかの屋台で夢中になってるかもってアドバイスしようとしたら、すぐ行っちゃうんだもん」

 

なるほど、事実そうだった

 

姉妹の勘........というほどでもなく、先程の行動を見てればそう推察するのは然程難しくない

 

それにしてもそれを伝える為だけに自分も降りてくるとは中々律儀だ

 

まぁ、四葉は既に回収済みなので無駄足となったが

 

となると、残りは

 

「一花ですか?私も見てないですね」

 

四葉なら何か......と少し望みを抱いてたがあっけなく一蹴され、いよいよ手掛かりがない

 

困った時は一花お姉さんに相談するんだぞ、とか言っておいて自分が困らせてるんじゃ世話がない

 

「一旦屋上にラムちゃん置いてきますね、少し待ってて下さい」

 

ラムちゃん........ぬいぐるみの名前だろうか

 

「いや、屋上にいてくれ。一花探すのは俺一人でいい」

 

正直四葉には悪いが一花を探してる最中にまた別のゲームを始めかねない

 

流石にそこまで頭が残念だとは思わないが、念には念だ

 

これ以上面倒ごとは勘弁だ

 

「でも」

 

「それにその格好じゃ歩き回るのも一苦労だろ。ただでさえ混んできてんだ」

 

「.......分かりました、ではお願いします」

 

そう言い残し、店の中へと消えていく後ろ姿を見て、物分りだけは良いのだから助かるという感想が込み上げる

 

「イチゴ」

 

「三玖、お前も四葉達と一緒に———」

 

「付き合って欲しいところがあるんだけど」

 

何故か四葉の後を追わない三玖に屋上に戻るよう頼もうとすれば

 

答えはイェスでもノーでもなく、逆にこちらが頼まれる形に

 

「付き合うって、どこに?」

 

「それは着いてからのお楽しみ」

 

「今じゃなきゃダメなのか?」

 

「いけない?」

 

チラリと時計に目をやる

確かに花火が始まるまで時間は随分あるが

 

問題は———

 

「一花なら大丈夫。さっき電話繋がったから」

 

思考を先読みされた感覚に少し歯痒さを感じる

 

「一人でいるみたいだけど、平気だって。二乃達が居る場所も教えたし」

 

「ならいいんだけどよ......」

 

「何か他に問題が?」

 

首を傾げ話を戻す三玖

 

「......ねぇよ」

 

「じゃあついてきて」

 

正直なところ、一花もさっさと回収してひと段落つきたかったのだが

 

言われるがままに歩幅の小さい三玖の後を追う

 

今来た道を引き返し、四葉のいた射的屋を通り過ぎる

 

この辺りは出店が減り、花火を見る人が集まる土手に隣接している

 

レジャーシートを敷いて花火を今か今かとと待ちわびてる人もいれば、缶ビールで乾杯し、屋台で購入した食べ物を堪能している大人達も少なからず

 

人の出入りが激しい為、道は混雑し、思うがままに進めない

 

目の前の三玖を一瞬見失うも、すぐにまた発見し追いつく

これを数回繰り返し、人混みを抜けた

 

「あった、あそこだよ」

 

少し息が切れている三玖が指差す先には

 

 

「さっき四葉とイチゴを探してる最中に見つけたんだ」

 

「.......占い?」

 

祭りの屋台に出すにはミスマッチ感が否めない雰囲気の看板

 

そして何より

 

「占い興味あんのな」

 

聞けば、姉妹の中で朝のテレビや雑誌などで占いを欠かさずチェックするのは三玖だけだとか

 

言ってはなんだが、姉妹で最も占いに興味がなさそうなんですが

 

どちらかといえば、二乃や四葉辺りが食いつきそうなものだが意外なところで三玖の好みが分かるとは

 

「並ぼ」

 

すっかり息が整った様子の三玖は列の最後尾にそそくさと移動

 

普段滅多に自分の感情や興味を表に出さない三玖がやけに目に熱を込めている

 

占いがそもそも主に女性......特に三玖のような十代の女子から常に一定の需要があることくらいは知っていたが、いざ目の当たりにすると少しその熱に息を呑む

 

一瞬止まった足をまた動かし、三玖の隣へ

そうして列の前方へと意識を向ける

 

俺たちを除いて、列には人数は10人とまずまずの人数だが、違和感が頭を過ぎった

 

列の人間が悉くパートナー連れであるということ

つまり並んでいるのは男女10人ではなく、カップル5組だ

 

そんな共通点を持った人々が並んでいる点から推測されるのは......

 

「これってまさか......」

 

「うん、相性占い」

 

耳を疑う

 

次に目を疑う

 

今聞いた言葉が聞き違いであるのではと

 

今見ている光景が夢か幻ではないのかと

 

歳が近いとはいえ、単なる雇われた家庭教師——しかも、出会って1週間も経っていないとうのに

 

そしてこんなにも大胆な言動を見せてるのが他でもない三玖なのだ

 

姉妹の中でもこのような行動力と豪胆さから最もかけ離れているイメージのある三玖がだ

 

三玖の真意が分からないまま時は進み、前にいた男女は全員満足そうにこの場を後にした

 

横目でチラリと三玖を見る

 

照れるとも緊張してるともかけ離れ

 

いつものポーカーフェイスは微動だにしていない

 

いっそ頭につけたお面が嘲笑っているようだった

 

まさかコイツは顔に出さないだけで想像を絶する策略をその頭の中で——

 

「次の方」

 

「呼ばれた。行こう」

 

「お、おう」

 

紫紺のテントのような外観の店の隙間から声が響き、入り口の暖簾をめくって中へ入る

 

中は意外とスペースがあり、3人分の座席とテーブル一つが置いてあってもまだ余裕があった

 

そして客とは対面側に座る存在、占い師はフードを深く被り顔の全体は伺わせていないが

、その雰囲気と先程の声色からして40半ばといったところか

 

テーブルの上にはこれまた暗めの色のテーブルクロス、必要最低限の明かりの細長い蝋燭が端に一本ずつ

そして中央には占い師の相棒とも呼べるであろうキーアイテム、水晶が蝋燭の明かりを反射し煌びやかに座していた

 

占いといっても、大方手相やカードを使った物だと高を括っていたためいざ水晶を目前にすると自然と表情が強張る

 

「失礼ですが、お二人の関係をお伺いしても?」

 

「新しいパートナーです」

 

「誤解生むってのその言い方。家庭教師と生徒です」

 

「では今日は何を占いましょうか?」

 

「私達のこれからを」

 

「だから誤解されるっての」

 

意図的なのか天然なのか知らないが、どっちにしろ頭が残念な子なのには変わりない

 

だがこんな祭りの日に男女2人きりで相性占いをしにきておいて、誤解するなという方がどだい無理な話か

 

一方で、占い師は俺たち2人のやり取りに目立ったリアクションを見せるでもなく、顔を合わせた瞬間から眉ひとつ動かさない

 

要するに、三玖の話はこうだった

 

家庭教師として雇われたものの俺たちはお互いのことをまるで知らない

 

この先良好な関係を築き、卒業までこぎつけられるのかどうか、を占ってもらおうということだった

 

というより、一回水晶を使って占われたいだけだったらしい

 

実際のところ後半は生徒のお前達次第なんだがな

 

と、声に出そうとしたのを押し殺す

 

三玖の要求を聞いた占い師は見たことある仕草———水晶に両手をかざし瞑目する

 

待っている間隣の三玖は心なしか目を輝かせているような.......恐らく気のせいだ

 

数秒間の沈黙......体感では随分と長く感じたが

 

やがてその目を開き

 

「貴方......」

 

三玖の方を向いてゆっくりと口を開く

 

「姉妹がいますね?それも複数」

 

三玖は勿論、俺もその発言に目を見開いた

 

「3人.....いえ、4人ですね。それも全員同い年」

 

正直話半分に聞く腹積もりだったが、その一言で一気に意識が釘付けとなった

 

確かに三玖は占って欲しい内容を説明するときに『私達』と言ったが、そこに他の人間の存在が含まれる可能性を看破することなど不可能なはずだ

 

「そちらの貴方は.......」

 

今度は俺の方に向き直る

 

無意識に背筋が伸び、身体が身構える

 

「今は落ち着きましたが、実に多難な日々を送ってこられましたね」

 

先程に比べて随分と具体性に欠けているように思えるが、それだけでも俺の胸は締め付けられた

 

ある程度の人間にも当てはまりそうな言葉に聞こえるだろうが、嫌になるほど自分自身がそれを最も肯定してしまう

 

多難......そんな一言で片付けられて欲しくはないが、彼女なりの気遣いか、それ以上踏み込んだ発言は溢さなかった

 

気が沈んだように見えたのか三玖が気に掛けてきたが、問題ないと振り払う

 

占い師が今見せたのは自分の言葉の信憑性を上げるための前座といったところか

 

そして本題へと移る

 

「さて、貴方達の未来ですが.....」

 

薄い唇を軽く舐め、俺達2人をジッと見据えてくる

 

今の『貴方達』という言葉に含まれる人間が気になるところだが

 

 

 

 

「決して穏やかな道ではありませんね」

 

「————」

 

「これから先、いくつもの壁が貴方達を待ち受けています」

 

壁.......果たしてそれがテストや試験勉強だけなのか........いや、恐らく

 

「一つ一つが堅固で強大です。乗り越えるのは至難でしょう」

 

予想外の宣告ではなかった

只でさえ赤点候補の問題児5名だ

 

「ですが全てを乗り越えた時、貴方達は今とは比べ物にならないくらい成長していることでしょう」

 

隣の三玖の顔は殆ど変わらずも、これまでに見られない程熱心に耳を傾けている

 

最後に占い師は口角を上げ

 

「それにここから先、お互いから学ぶことも少なくありませんよ」

 

フードの隙間から覗いた目が、俺1人に語りかけている気がした

 

それは予想外だった

今の言い方では俺がポンコツ姉妹から多くを学ぶことになる

 

この場にいる三玖を含め、姉妹が俺に教えられること———

 

勉学関係......天地がひっくり返っても、ありえない

 

次女のメイク術やファッション関係........ノーセンキューだ

 

掃除してから半日で汚部屋に戻す長女による錬金術.......どこで活かせと

 

今の時点では何も思い当たらない

 

そしてこれからもそれは変わらないだろう

 

やはり占いとやらは当てになりそうにない

 

そう頭では考えているのに、胸の奥でさっきの宣告が引っかかった

 

只でさえ俺と五つ子の間には生徒と家庭教師の他にも、浅からぬ因縁があるのだから

 

いつか必ず、向き合わなければならない日は来るはずだ

 

胸を押さえ息を整える

 

心臓がいつもよりうるさいが、やがて落ち着く

 

だけど今はもう少し、運命の流れの速さに甘えさせてくれ

 

「大丈夫です」

 

ふと声がかかる

 

顔を上げると表情は全て見えないが、占い師が俺に優しく微笑みかけ

 

「1人でどうしようも出来ない時は、周りの人間を頼ればいいんです」

 

まるでこちらの思考を読まれたかのような感覚だが、不思議と気味悪さは感じなかった

 

1人.......そういえば、今まで打ちのめされた時は決まって1人だった

 

1人で泣き、1人で背負い込み、1人で立ち上がった

 

何日も

 

何週間もかけて

 

その重荷は人に分けていいんだ

 

肩に手を置かせてもらい、少しずつでも確実にゆっくりでも一緒に立ち上がればいいんだ

 

言葉を発することなく俺はただ頷き、目で語りかけた

 

それで満足したのか、占い師はもう一度口角を上げ、2人を送り出す

 

「戻るぞ、三玖」

 

「え、もういいの?」

 

席を立ち軽く身体を伸ばす

 

「聞きたいことは聞けたろ」

 

「ちょ、待ってよ」

 

 

後半は三玖は殆ど置いてけぼりのような気がしないでもないが、あまり自分の未来を知り過ぎるというのも考えものだろう

 

少し強引だが、割と早い段階で引き剝がさせてもらう

 

占いの続きが気にならないといえば嘘になるが、仄暗い独特の空間から別れを告げ、忘れかけていた人探しを再開しなければならない

 

出口に向かう俺と少し遅れて追う三玖

 

やや2人の間には距離が生まれたが、すぐに埋まる

 

何故なら先頭を歩いていた方の足が止まったからだ

 

正確に言えば、止められた

 

暖簾を押し上げ、再び砂場でコインを見つけ出すような地道な作業に取り掛かる事に少し憂鬱だったが、それは杞憂に終わる

 

理由は簡単

 

探す必要がなくなった

 

もっと言えば、コインの方から姿を現した

 

「一花.....!」

 

「やぁ、お二人さん」

 

いつもの見慣れた無邪気な子供のような笑顔を貼り付けたターゲット......もとい、中野一花は占いのテントから出てすぐそばに立っていた

 

「何でここに.....」

 

俺の脇から三玖がひょこっと頭を出し、失踪していた姉に疑問を投げかける

 

「それはこっちの台詞でしょ〜」

 

少年のような笑顔から一変して、今度は悪戯好きの魔女を思わせる

 

次の客の邪魔にならないよう少しテントから離れてから会話を続ける

 

聞けば、俺と三玖がテントに入るのを目撃し待ち伏せていたと

 

「遂に三玖にも春が来たんだね」

 

先程の魔性の笑みのまま、からかいの矛を自らの妹に向け魔女はにじり寄る

 

「そんなんじゃないから」

 

三玖はからかいがいがないと判断したのか、今度は矛を俺に向けてきた

 

「ズバリ、キッカケは何だったんですか?」

 

三玖と俺の間に割り込み歩いている一花は、マイクを持ったポーズなのか握り拳を俺の口元に持ってきて最早躊躇いがない

 

分かっててこのような言動を取るのだからタチが悪い

 

この間も二乃が言ってたっけ

 

私なんかより一花の方がよっぽど性格悪いわよ、とな

 

納得である

 

「いつまでやるんだよコレ」

 

「ノリが悪いなぁ」

 

約1名が良すぎるだけだが

 

「というか、今までどこいたんだよお前。二乃達心配してたぞ」

 

「あはは、悪いことしたね。急に電話かかってきちゃって」

 

「誰から?」

 

「内緒」

 

「......ったく」

 

兎にも角にも、まずは2人を連れて行って五つ子を揃える

 

話はそれからだ

 

確かに今俺に話したところで、後から他の姉妹にも詰られ同じ説明を強要されるのだろうが

 

気がかりが一つある

 

横目で一花を見やる

 

姉妹達と逸れてまで出なければならない電話

 

それも毎年来ている花火大会でだ

 

いつも通りに振る舞う一花だが

 

言葉では表現できない違和感が思考を支配する

 

「あ、あれでしょ、集合場所」

 

ふと一花が遠くを指差す先には、ご名答、今日だけでどれだけ建物の全貌を見てるか分からなくなってきたが、四葉を連れ戻した以来の貸切ビル

 

今頃五月は買った屋台の食い物を全部胃に収めただろうか

 

二乃の矛先が俺に向くかが心配だが......十中八九向くなこりゃ

 

入り口まであと数歩のところで急に腕を引かれる

 

「三玖、ちょっと先生借りていくね」

 

「分かった」

 

デジャヴ

 

さっき見たぞこんな展開

 

それとそんなあっさり『分かった』て

 

四葉から三玖へ、そして三玖から一花へ

 

いつの間にか始まっていた五つ子のバトンリレー

 

バトン役である俺には走者達は一切意志を聞かずに、話を進める

 

一番足を動かしてるのはバトンの方なのだが

 

三玖はというと、そのまま黙って建物の中へ姿を消す

 

多分1秒でも早く座って休みたいんだろう

 

「お前まで占い行きたいとか言うんじゃないだろうな」

 

「私?私は占いそんな見ないかな」

 

そろそろ屋台巡りも飽きてきたのだが

 

「じゃあ何に付き合わされんだ俺」

 

「いいからほら、行くよ」

 

と言うや否や、強引に腕を引き歩き始める

 

「ちょっ、おい!」

 

やはり少しおかしい

 

姉妹の中でも三玖とは違った意味で読めないのがこの長女

 

三玖の感情の発露の少なさから顔を覆った兜を身につけた騎士と例えるなら、一花は大方心情を悟らせない道化師といったところか

 

そんな道化師が今日はえらく焦った様子を見せている

 

いつもの余裕な態度が崩れて、強引さが目立つ

 

「うーん、この辺でいいかな」

 

歩を止めると今度は狭く暗い裏路地に連れ込んで行く

 

祭りの賑やかさからはどんどん遠のくばかりだ

 

「おい、何なんだよ」

 

「静かに」

 

俺を掴んでいた腕を離したかと思えば、次は同じ腕を突き出し、俺の顔の横を通り抜け後方の壁に打ち付ける

 

つまり壁ドン

 

「お願いがあるんだ」

 

「は?」

 

「アナタにしか頼めなくて」

 

思わず息がつまる

 

顔は笑っているが、目の前にいる少女の目

 

俺をからかってるでも、ふざけてるのでもない真剣味を帯びた目だ

 

「私今夜......皆んなと花火見られない......あの子達に伝えておいてくれるかな?」

 

「...........さっきの電話が関係あんのか?」

 

「話が早いね......そう、仕事先のね」

 

「仕事.......バイトか?」

 

「ううん、バイトじゃなくて.........待った!」

 

真面目な話を始めたかと思えば、今度は急に

俺の体にしがみついてきた

 

さっきから話についていけず頭が混乱へ向かう一方だ

 

息を押し殺し、少し身を屈めてまるで何かから自分を隠してるような

 

一花と反対の方向、祭りの会場の方を見れば

何ら変哲のない

さっきまでいた人混みとそれを彩る煌びやかな照明のみ

 

「おい、何なんだよ」

 

「ごめんごめん、仕事仲間が今通って」

 

「何で隠れる必要が.......ってまさか」

 

祭りという場に仕事仲間に偶然出会ったのなら最低限一言挨拶を交わすのがマナーというやつだろう

 

それをしないということは

 

「.........仕事、放棄してきたのか?」

 

「.......間違ってないけどその言い方は酷いな」

 

確かに今日は毎年姉妹揃って花火を見る大事な日のはず

 

そこに急用の仕事が入れば、内心穏やかではいられないだろう

 

だとすれば

 

「頼みってのは.......何なんだ?」

 

「うん、あの子達に伝えて欲しいんだ」

 

あの子達とは一花を除いた残りの4人の姉妹だろうか

 

「私は今年.......花火を、一緒に見れない」

 

「........は?」

 

一瞬頭の回転が止まった

 

てっきりコイツは仕事より家族の約束を取るとふんでいた

 

そして頼みは仕事仲間を共に説得........しないまでも交渉するといった推測だったが

 

「いいのかよ.....そんなことして」

 

「皆は......特に二乃は怒るかもね。だから謝ってたって伝えて」

 

そう言い踵を返し背を向ける一花

 

「おい、待てって!」

 

路地裏を出た一花に追いつき、肩に手を置く

 

「ほら、あの人」

 

一花が指差す先には、髭を鼻の下に伸ばした中肉中背の男性が忙しなく周囲を見渡していた

 

「さっき言ってた仕事仲間か」

 

「うん......あ、こっちにきた」

 

「っ......こっち来い!」

 

「わわっ!ちょっと!」

 

少し強引に一花の手を引き再び裏路地に入るも早歩きの足音はすぐそこに迫っていた

 

少し先にある角を曲がれられたら完全に身を隠せるが、間に合わない

 

そして髭の男は彼らのいる裏路地に目をつけ覗き込んだ

 

.......そこにいたのは固く抱きしめ合う一組の男女

 

咄嗟の判断で一花の顔を隠すにはこれしかないと自分でも大胆なことをした

 

だが作戦の拙さと比べて効果は覿面

 

男は突如目に入った光景に驚き、すぐさま人の渦へと戻っていった

 

その気配を感じ取り、即席の抱擁作戦は終了させる

 

「どさくさに紛れて何してるのかな〜?」

 

「仕方ねぇだろ。まだ聞きてぇことが山ほどあんだからよ」

 

それは仕事の内容、始めた時期、そしてそれが家族との約束を蔑ろにするほどの価値があるのか

 

どれから答えるのかは一花の自由だが

 

「.........意地だよ」

 

「意地?」

 

「うん、私達は歳は同じだけど一応私が長女だからね。姉として胸を張れる何かが欲しかった」

 

「そのせいでジレンマ抱えてるようじゃ世話ねぇっての」

 

「あはは.....手厳しいな」

 

今言ったことに嘘偽りはないだろう

だがプライドだとか意地だとか

そういうものからは縁遠い雰囲気がある一花.......いや、自分の偏見を押し付けるなって話か

 

「仕事を始めたのは半年前。さっきの人に誘われてね」

 

「何であいつらには言わないんだ?」

 

「言ったでしょ?意地だよ......長女としての。一人前になるまではあの子達には言わないって決めたの」

 

「意地......ねぇ」

 

「今までは小さな仕事だったんだけど、やっと大きな仕事を貰えそうなの........だから———」

 

「苦渋の決断ってやつか」

 

「勿論あの子達には後で自分で謝る。でも今は——」

 

「........分かった」

 

「えっ?」

 

正直まだ納得していない部分はあるが、手が震えるほど悩み抜いて出した答えなら無碍にはできまい

 

それに———

 

「頼まれてやるよ。行ってこい」

 

「......いいの?損な役を押し付けるわけだけど.......」

 

「損かどうかはお前次第だ」

 

「?........どういう......」

 

「その急用.......何時に終わる?」

 

「そんなに時間はかからないはずだけど......花火には多分間に合わないかな」

 

「........十分だ」

 

花火開始まであと1時間と20分

 

「さっきの人と電話したら、合流地点と仕事場の住所すぐ送ってくれ」

 

「えっ?どこ行くの?」

 

「準備があんだよ。ほら、手動かせ」

 

言い残し、再び祭りの中へ身を投じる

 

忙しい夜になりそうだ

 

 

—————————

—————

——

 

 

「一花」

 

あれから10分ほど経ち、祭りからは一旦抜け出した

 

ラインで送られてきた合流場所であるバス停に駆けつけると先程まで話していた1人の少女

 

「あの人は?」

 

既に合流し、2人で待ってるものだと思ったが

 

「車取りに行ってるとこ」

 

「そうか......ほれ」

 

手にしていた袋を差し出すと、不思議そうな顔をした一花が受け取る

 

「これは?」

 

「ただの緑茶とチョコだ。リラックス効果に定評あるな」

 

「何だかお母さんみたい」

 

「........うっせぇな」

 

そう言い破顔する一花は正面から見つめてくる

 

「それで.......肝心な職業名なんだけど....」

 

今更ここにきて一花は後ろめたそうにに言い淀む

言い辛いことは言わなくても————などと言うはずもなく

 

 

 

 

 

 

「あぁ、女優なんだろ?」

 

「...................」

 

「....................」

 

「...................へっ?」

 

 

時間もないので容赦なく引っぺがす

 

長い沈黙が明けるや、気の抜けた反応

 

「な、何で.....」

 

「まず、さっきの髭のオッサンは仕事仲間というよりは、雇い主だろ?歳離れ過ぎだ」

 

「————!」

 

そして姉妹に胸を張れる程の仕事

オフだったはずの日に急に仕事が入る不定期さ

小さな仕事しか任されなかった新人が突然大きな仕事を一任される不自然さ

 

 

極め付けは、たった数時間で終わる今夜の業務と、その大きな仕事というのはまだ可能性の範囲

 

これらから推測するに、今日急で入った仕事というのは、映画かテレビの主要オーディションといったところか

 

多少勘に頼ったが、昔から勘には自信があった

 

「............怖」

 

一花とはというと、少し引いてた

 

だから半分勘だっての

 

「ドラマか?それとも映画か?」

 

「......映画。ヒロイン役のね......そんな驚かないんだね」

 

「そりゃ恩師の娘の五つ子との対面の方がよっぽど衝撃だったっての」

 

あれを超えるショック.......殆ど恐怖は、簡単には現れないだろう

 

「にしてもあのオッサンおせーな」

 

「まだかかりそう。そうだ、練習付き合ってよ」

 

携帯の画面を見てた一花は、先程送られてきたのか、台本と思われるものを表示した端末を差し出してきた

 

本当は胃液が逆流しそうなくらい嫌だが

 

「.......どの台詞だ?」

 

「意外だね。付き合ってくれるんだ?」

 

「........乗りかかった船だ。最後まで面倒見てやるよ」

 

その言葉を聞いた一花は満足そうに鼻を鳴らし、とあるページへと端末を操作し

 

「ここからここまで。これが今夜のオーディションで演じるシーン」

 

「......俺は.....主人公の役か。よし、憶えた」

 

「じゃあ、いくよ」

 

その瞬間、一花の纏う空気が一変した

 

集中力を帯びた目に一切の曇りがない

 

普段はっちゃけている姿からは想像もできない

 

『卒業......おめでとう』

 

『先生......今までありがとう

 

アナタが先生で良かった.......アナタの生徒で良かった』

 

この映画は所謂禁断の愛をテーマとした一作だろうか。

今の短い台詞とタイトルだけで、2人の男女が教師と生徒以上の関係に発展していることがうかがえる

 

そしてその女生徒にかける教師の言葉というと.........

 

 

「一花ちゃんお待たせ!乗って!」

 

黒い車と共に、現れた一花の雇用主........後から聞けば、芸能事務所の社長が舞台の幕を下ろす

 

本音を言えば、今の場面で割り込んでくれて助かった

 

小っ恥ずかしい長台詞を演技とは言え他人にかけるなど素人にはハードルが高過ぎる

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

「おう」

 

車の助手席に乗り込み、シートベルトを着用する横顔を見て

 

「アイツらの事なら心配すんな。俺に考えがある」

 

「うん、任せるね」

 

「それに......アイツらには一緒に謝ってやるよ」

 

「........うん」

 

そのやり取りを最後に、一花は完全に祭りから姿を消す

 

「........うし、こっからだな」

 

これからの作業の量に目眩がしてきそうだが、携帯電話を取り出し、来た道を戻りながら電話をかける

 

「もしもし、五月か?お前らに向かって欲しいとこがあるんだ」

 

まずは残った4人の説得か

 

—————————

——————

———

 

 

「では最後......中野一花さん」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

面接官が5人、オーディションを受けている女優がその倍といったところか

 

浴衣から洋服に着替えた一花は席を立ち、真ん中に座る面接官を見やる

 

この面接の場では、その男が主人公の台詞を読む

 

「卒業おめでとう」

 

「先生.....今までありがとう」

 

思い浮かべるは4人の顔

 

全員自慢の妹だ

 

その姉として、やっと誇れる何かを掴めるところまで来た

 

そしてもう1つ浮かぶ顔

 

突然現れた家庭教師の青年

 

目つきは悪く、口調も優しさとは程遠い

 

それでも何故か、惹きつけられる何かを持っている

 

想像する

 

もし本当に彼が..........この映画の主役ならば

 

 

 

「アナタが先生で良かった

 

アナタの生徒で良かった」

 

きっと今みたいに

 

心の底から、笑っていられる気がする

 

 

面接会場から、感嘆の声が響いた

 

 

 

—————————————————

 

「あんな表情を出せるようになっていたとはね、一花ちゃん」

 

面接は終わり、各々帰路へ着く頃

 

「見てたんですか?」

 

「当然さ。では、家まで送ろう」

 

面接の手応えは上々......それ以上

 

実際一花自身は、自分のパフォーマンスにそれ程の変化を自覚していた

 

今までの演技には例外なく頭の中を無にし、もう1人の自分を作り出し臨んでいた

 

しかし、今日はハッキリと頭の中で思い描いた

 

成長した自分を見て欲しい人達を

 

背中を押してくれた、不器用ながらも優しい人を

 

身体は軽く、口もよく滑らかに動いた

 

強張っていた肩の力が抜けて、体全体が軽くなったように

 

その不思議な解放感がどこから来たのかは分からないが

 

「よぉ、終わったみてぇだな」

 

その声は突然背後からやってきた

 

反射的に振り向くと、さっき背中を押してくれた人影

 

「え、何でいるの?」

 

「そりゃあ、お前に用があるからだよ」

 

「君はさっきの.......」

 

すっかり暗くなった駐車場にて、外灯の明かりのみを頼りに互いの顔を見やる

 

「一花ちゃんのあの表情を作り出してくれたのはひょっとして君かな?どうだろう、ぜひ君も我がプロダクションに———」

 

「一花借りてきますね」

 

勝手に盛り上がってるところ恐縮だが、いかんせん時間がない

 

「ちょっ!」

 

隣の一花の腕を引き、面接会場から背を向け歩き出す

 

「ど、どこ向かうの?」

 

「決まってんだろ、花火見に行くんだっての」

 

「でも.....」

 

チラリと携帯の時間を見る

 

確かに花火大会はまだ終わってないが、今から会場に戻っても間に合わないのは自明の理だ

 

「もう無理だよ....」

 

腕を払い、曇った顔を見せる一花は今にも泣き喚きそうな幼子のよう

 

「確かに間に合わねぇな........けど、いいから早く乗れって」

 

「えっ?」

 

親指で示した方を見るとそこには一台のミニバン

 

呆気に取られている内に運転席でエンジンをかける来訪者

 

「車......持ってたんだ」

 

「親父が新車買った時に譲り受けたんだ」

 

一花は助手席に入り込み中を一望する

 

「ほれ、シートベルト」

 

「あ、うん。........にしても、随分大きい車だね」

 

「親父が町医者でな.......家から遠くない患者は自分の車で迎えに言ってたんだと」

 

「すごいお父さんだね」

 

「..........あぁ」

 

いつもは喧しくて敵わん親父だが、お袋が死んだ時は俺達家族が暗くならないようにいつも明るく振る舞った

 

一番辛いのは自分のはずなのに

 

「よし、出すぞ」

 

今はそんな事に浸ってる暇はない

 

人通りのない道路を一台の車が駆け抜ける

 

———————————

 

時刻は午後8時ジャスト

 

毎年恒例の花火大会は今完全に終わりを迎えた

 

隣の一花はばつが悪そうにこちらを見て

 

「ねぇ、まだ会場に戻るの?これ以上は———」

 

「だったら家で他の4人が帰ってくるのをじっと待つか?そっちの方が居心地悪いぞ」

 

「それは....」

 

「いいから、黙って乗ってろ」

 

現在車は高速道路を走ってだいぶ経つが、会場に戻るまではまだ数分かかるだろう

 

その間にもあの4人は一花を信じてどこかで待っている事だろう

 

ただ今日は姉妹で花火を見るだけのはずだった

女優の仕事は完全にオフにして、五つ子の1人の少女として来たはずだった

 

それがどういうわけか、運命は牙を剥いた

 

残酷な程の選択肢を一花に突きつけ今も尚、その心を蝕む

 

元々女優業は自分から志願して進んだ道ではなく、さっきまで共にいた社長にスカウトされ足を踏み入れた世界

 

その原動力は他でもなく、妹達にとって自慢の姉となるため

 

その仕事が皮肉にも姉妹との天秤にかけられた

 

オーディションの開催日を決めた映画の担当者が悪いのか

 

映画の仕事を持ってきた社長が悪いのか

 

ジレンマの原因となっている姉妹が悪いのか

 

........どれも誤りだ

 

全員が己の責務を全うし、自分達の日常をいつも通り過ごしただけ

 

その歯車を壊したのは他でもない——、一花本人だ

 

それでも考えずにはいられない

 

何故今日でなければならなかったのか

 

何故あと数時間早くオーディションを受けさせてくれなかったのか

 

自分を責め続けるには、まだ心は未熟な1人の少女

 

「........うっ.......!」

 

助手席で上半身を屈め、頭を抱える一花

 

今になって自分のやったことを思い知らされる

 

姉妹に誇れる姉になるため?建前だ

 

確かにその考えもあったが、結局のところは自分の志した夢を、自分可愛さに選んだのだ

 

今まで培ってきた姉妹との絆をかなぐり捨ててまで

 

頬を生暖かい雫が伝う

 

零れ落ちて膝に落ち、さらに脚を伝う

 

最低だ

 

姉失格だ

 

そしてこの姉妹のいざこざに巻き込んでしまった青年

 

只の家庭教師として父が雇ってるに過ぎない彼に

 

「........ごめん......!!」

 

「.........謝るのは早ぇし、相手もちげぇよ」

 

「........でも」

 

「でもじゃねぇ、ほら、着いたぞ」

 

気がつくと、車は止まっていた

 

駐車場ではなく、道路の端に

 

「ここは........?」

 

見覚えのない場所に連れて来られ状況について行けず

 

「いいから降りろっての」

 

半ば強引に車から降ろされたため、少しバランスを崩す

 

それに文句を言おうとしかけ、それを止める

 

聞き慣れた爆音が辺りに響き渡ったからだ

 

音は遥か後方......それも上空

 

天高く駆け上り、色鮮やかに散っていくその様、まさに芸術

 

その正体を彼女はよく知ってる

 

「........花火?」

 

「間に合ったようだな」

 

「........どうなってんの?ここは?」

 

「確かにアッチの花火は今年はもう見れねぇ。けど、こっちも負けず劣らずだろ?」

 

辺りを見回すと、そこは土手でもなく人混みで溢れる祭り会場でもない

 

「そうだけど.....じゃなくて」

 

「あっちは20時に終わるけど、こっちは20時スタートの21時までだ」

 

時刻は午後8時22分

 

車で移動すること約30分

 

打開策とは実に単純明快

 

オーディション会場から別の花火祭りに向かっただけのこと

 

「昔連れて来られたんだよ。絶好の穴場だってな」

 

事実そこから見える景色は絶景をもって他にない

 

彼等の足場——砂浜を前方で覆い尽くすは夜の大海原

 

それが花火を反射し、まるで映し鏡のように幻想的な景色を生み出す

 

「連れて来られてって........家族に?」

 

「いや.......違う人だ」

 

「じゃあ......もしかして———」

 

家族以外の人で花火に連れて行く人物

 

それもこんなスポットを知っている花火好きとなると———

 

 

 

 

 

 

 

「おーーい!一花ーーー!」

 

「こっちですよー!」

 

ふと彼等2人へぶつかる声

 

手を振りこちらに呼びかける4人の音

夜の暗い海辺でよく見えずとも、その声を聞き違えるはずもない

 

一花を会場から見送った直後、五月達に話したのは大雑把な現況と打開策

 

一花の職業を伏せながらの説得は中々難儀だったものだが、終いにはこうして応じてくれる素直さが唯一今夜は助けられたと言うべきか

 

「皆.......!」

 

少なくとも姉妹の表情からは一花へ攻撃的な姿勢を見せる者は1人もいない

 

それどころか、自分勝手に抜け出した一花を待ちわび、歓迎してるようだった

 

「何で......」

 

有り難い......胸のつっかえが取り除かれる感覚を味わいながらも疑問が湧く

 

姉妹の優しが今は痛かった

 

裏切りとも取れる行動をした自分に何故ここまで———

 

「本当に分からねぇか?」

 

ふと顔を上げると彼が顔を覗き込んでいた

やや呆れ顔でだ

 

 

 

 

 

 

 

 

「家族の事が大好きなのは、お前1人じゃねえってことだ」

 

「———っ」

 

「とにかく、早く行け.....一年に一回なんだろ」

 

「......うん」

 

砂を蹴り、走りにくい足場を半ば飛び跳ねて進む一花

 

目に涙が溜まるも、溢れぬよう踏ん張り走り続ける

 

そして

 

「.......お待たせ」

 

「遅いわよ」

 

「お帰り一花」

 

「花火一緒に見るよ」

 

「綺麗ですよ」

 

距離が遠くて彼女達の声は微かにしか聞こえなくなった

 

それでも花火で照らされる5人の表情ですぐに心配は吹き飛ぶ

 

体にどっと疲れが走り、その場で座り込みしばしの休息

 

直ぐに5人で綺麗に横一列になって花火を見る後ろ姿に、胸を駆け巡る何かがある

 

自然と口元が緩んできた

 

「やっと揃ったな.......5人全員」

 

短いようで長かったが、今日の仕事はひと段落ついただろう

 

あとは行きみたいに、アイツらにはタクシーでも呼んで勝手に帰ってもらうとするか

 

今すぐ帰ってベッドに横になるのもアリだが、それでまたアイツらにギャーギャー言われそうだ

 

それに今は........久し振りの花火も.....悪くないか

 

ふと気づく

 

花火の方向........その真下

 

ゆらゆら揺れる何か

 

目を凝らして見るも暗くて特定できず

 

次の花火で辺りがほんの一瞬明るさを増す

 

目を凝らした先には

 

五月が花火からそっぽ向き、こちらに向けて手を振ってるのが分かった

 

否、手を振ってるのではなく、こっちに来いと手招きしてる風だった

 

正直今は折角の姉妹水入らずの時間を堪能してもらいたい限りだが

 

まさか用意した舞台にご不満だろうか

 

それとも人数分の食いもん飲みもんを買って来いとのお達しでせうか

 

気だるげに体を起こし、今年に入って一番働かせた脚を最後の仕事だと言い聞かす

 

左端の五月の更に左隣.......何となくその半歩手前で止まり、五月に用を訪ねる

 

「まずは一花のこと......ありがとうございました」

 

「気にすんな........それより、いつもの会場から場所変えて悪かったな。落ちつかねぇだろ?」

 

「いえ、いつもとは違ったものを見させて頂き再度感謝します」

 

「そっか、ならよかった」

 

「昔お母さんも言ってました」

 

思わず『お母さん』と言う単語に、肩が一瞬震える

 

「大事なのはどこにいるかではなく、5人でいることなんです」

 

成る程.......あの人が言いそうなセリフだ

 

間も無く花火も終盤だ

 

この先、この5人が一緒に花火を見れる機会も限られてくるだろう

 

一花1人だからよかったものの、全員が就職、あるいは家庭を持てば話はガラリと変わってくる

 

5人揃って、というのは厳しくなってくるだろう

 

それでも俺の手が届くうちは、なるべく叶えてやりたい

 

そう思わせる何かが、コイツらにはある気がする

 

「ところで」

 

不意に五月が口を開く

 

ゆっくりとこちらへ振り返るその姿に既視感を覚える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『花火は......好きですか?』

 

一際大きな花火が打ち上がり、五月の顔がそれに彩られる

 

その姿が.......その光景が、かつての他の人物と重なる

 

場所も、花火の音も、何もかもがあの人と酷似する

 

「嫌いじゃ......なくなった」

 

そのデジャヴから目を逸らすように俺は五月から背を向けてから答えた

 

同時に過去を切り捨てられない己の女々しさに反吐が出る

 

その年の花火大会は幕を閉じた

 

 

—————————————

 

「全員乗ったな?行くぞ」

 

「キツイ.......一花、席変わんなさいよ」

 

「ゴメンね〜、ここは私の特等席」

 

その後花火終わりの砂浜では、一花の謝罪やら姉妹達の俺への労いの言葉の贈呈などもう一悶着あったが

 

現在はというと

 

タクシーを呼んでやるという厚意を踏みにじり、五つ子全員が愛車へと乗り込んできた

 

元々5人乗りの所を、運転席と助手席は先刻と変化ないものの、4人で後列に無理やりぎゅうぎゅう詰めになってる滑稽な姿に先ほどの感動の家族愛が嘘のようである

 

始めは行きのようにタクシーを使い帰宅する案に賛成していたが、俺の車を見るや

 

「黒崎さんの車......乗りたいです!」

 

と四葉を筆頭に他の3人も食い気味に6人で一台シェア案を推してきた

 

早速文句を言ってるが

 

高速に乗る頃には、後ろの4人は狭いスペースながらも互いの体に身を預け熟睡してしまった

 

助手席の一花は妹達を見て

 

「皆お疲れだね」

 

まるで我が子を寝かしつけた母親のような様子

 

「お前は寝ないのか?」

 

いつも一番居眠りしているコイツがだ

 

明日は早めの初雪だろうか

 

「まぁね、眠くないし」

 

「そうかい」

 

高速を抜け、見覚えのある街へ入った

 

後ろの4人を起こすにもまた一苦労かかるのだろう

 

そういう意味では起こすのが大変らしい一花は起きてくれてやはり正解だったか

 

「今度は......私達の番だね」

 

「うん?」

 

「今日は助けてもらっちゃった。ありがと」

 

お礼を言うために1人我慢して起きてたと

律儀な側面も長女らしいか

 

さっきから寝まいと横腹を抓っているのは丸わかりだが

 

「只の家庭教師のアナタが、ここまでしてくれたんだもん」

 

全くその通りだ

 

臨時ボーナスを弾んで貰わねば、不当である

 

「だから.....今度は私達の番」

 

「———」

 

「中間テスト......期待しといてね」

 

「あぁ、しないどく」

 

やはりこの仕事は割に合わな過ぎるから

 

 

 

 



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