クラネルさんちの今日のご飯 (イベリ)
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初めまして子うさぎさん。


この作品を書いてから1周年という事で?書いてみます。

2人が出会った当時のお話。

短いですけど許してください。


今日も、アイズはダンジョンからヘトヘトのままホームに向かう。

 

家族もいない、仲間もいない。生きる気力は、ただ復讐心に塗り潰されて。それさえ出来れば死んでもいいと、幼いながらにやさぐれて。本当に、何故生きているのか、毎日が疑問だった。

 

早く強くなりたい。なりたいのに、させてくれない口うるさい団員にうんざりしていた。

 

帰りに、楽しみにしていたじゃが丸君を数個買って、パクパクと食べ進める。もう暗がりが目立つ街道を歩いていると、突然きゅるる〜と、腹の鳴る音が聞こえた。咄嗟に自分かと思ったが、今食べているのに、お腹が減っている合図をしてくるのはおかしい。であれば、誰かのものなのか?

 

当たりを見回しても誰もいない。しかし、ずっと腹の鳴る音が聞こえる。自分の音ではないと確信した時、アイズは音の元を突き止めた。

 

薄い暗がり、ボロボロの布切れを貼り付けた真っ白な子うさぎの様な子供が石畳に横たわっていた。

 

正直、初め見た時は死体なのかと思ったが、モゾっと蠢いたことから、生きてはいるようだ。

 

 

 

「…大丈夫…?」

 

 

 

声をかけてみると、こちらを不思議そうに眺めてくる。

すると、少年の目がアイズの持つじゃが丸君にロックオン。

 

「………欲しい?」

 

「うん!」

 

尋ねると、子供はコクコクと頷き、嬉しそうに微笑んだ。なんだか楽しくなったアイズは、じゃが丸君を右手で持って、手を伸ばす少年をこちらに引き寄せて、ガバッと抱き締める。ギャッ!と驚いた子供だったが、アイズが地面に座り、膝に乗せてじゃが丸君を渡せば、すっかり大人しくなって食べ始めた。

 

その隙に、アイズは子供の頭を撫でまくる。

 

荒んだ心が癒されていくのがよく分かる。本当に真っ白な子で、見た目は白ウサギのようでとても可愛い男の子。

歳は自分よりも下だろう。身長はアイズよりも低い。何故こんな所で寝ていたのだろうか、とても痩せ細っている。孤児…なのだろうか。もしかしたら、自分と同じなのかもしれない。

 

「…君、お父さんとお母さんは?」

 

「……なぁにそれ?」

 

「…ううん。なんでもない。もう一個…食べる?」

 

「うん!」

 

この子は、自分と同じだ。そう感じたアイズはいいやと首を振った。

それ以上に悲しい。この子は、この歳まで誰かの愛を知らないのだ。母親との、父親との思い出がある分、自分の方がこの子よりも恵まれているのでは無いか。

 

初めて、自分が少し恵まれているのではないかと思った。

 

「どーしたの?お腹減った?」

 

アイズが悲しげな顔をすると、子供は持っていたじゃが丸君を見つめ笑顔でグイッとアイズに押し付ける。

 

自分の方がお腹が減っているだろうに、自分よりも他人であるアイズを優先した。優しい子だと思った。

 

「…ううん、私は平気。それ、食べていいんだよ…ありがとう」

 

「ほんと?じゃあ…食べちゃうね?」

 

ムシャムシャと一心不乱に食べる少年を見て、どこか────庇護欲と言うのだろうか。なんだかそんなものが湧き上がってきたと同時に、あることを思いついた。

 

「…ねぇ、名前、分かる?私は、アイズ…アイズヴァレンシュタイン。」

 

「僕、ベル!」

 

「そう。ねぇ、ベル…もっと、美味しい物食べたくない?」

 

「食べたい!」

 

無邪気に放たれたこの言葉に、アイズは心の中でニヤリと笑った。

 

「じゃあ…一緒に行こっか。」

 

「うん!」

 

 

誘拐である。

 

 

手を繋ぎ、仲良しこよしでホームに帰る。この子と一緒にいれば、何かが満たされるから。だから、誰にも取られないように、自分のものにしてしまおう。子供がお気に入りの玩具を隠す様に、アイズはベルを囲った。

 

これが、2人の最初の出会い。



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どうして兎はオラリオへ?

お久しぶりです。


「……おかしい。」

 

ロキ・ファミリアにて、リヴェリアはこの一週間、違和感を覚えていた。

 

それは、1年前に入団した問題児が、大人しすぎるのだ。

いつもなら、誰が止めても馬の耳に念仏。欠片も聞きやしない。Lv2になってから、多少聞くようにはなったが、それも微々たる変化だ。しかし、そんな問題児が、最近はやけに物分りがよく、部屋に篭もりたがるのだ。

 

「絶対に、なにかあるな……」

 

事の次第は、2週間ほど前からだ。リヴェリア達が遠征から帰ってきて、最初の同行の時。あの利かん坊が、初めて言ったのだ。

 

『今日は、帰ろうと思う。』

 

いや、聞いた時は本当にどうしたのかと我が耳を疑ったリヴェリアだったが、再三の帰宅要請に応じて、そのまま帰宅。

 

遂に、彼女が言うことを聞いてくれるようになったのだと、感動に浸ったのも束の間。

 

どうも様子がおかしいと聞く。

 

団員の話を聞くに、やけに図書室に閉じこもり、うさぎと仲良くなる方法という本を読み漁り、付箋やノートを作ってまで熱心に兎のことを勉強しているとか。

そして、最近では誰もいない夜中に風呂に入っては、1人でバシャバシャ楽しんでいる音が聞こえるとか。

 

どうにも、おかしいのだ。

 

というか、リヴェリアには既に何があったのかわかっている。

 

「はぁ…アイズめ。何も隠す必要は無いというのに。あの年頃は生き物に興味は出るしな…いい休息になるか。」

 

きっと、兎でも拾ったのだろう。怒られると思って隠しながら飼っているという感じだろうか。

 

可愛らしいところもあるではないか。言ってくれれば、兎の一匹や2匹なら養える。いい教育にもなる。

 

ふふふっと、笑ったリヴェリアはどこか母のような顔をしていた。

 

数分後、その顔が一気に沸騰することになるのだが。

 

 

 

 

「今日は、この本を読み聞かせするね。」

 

「アイズお姉ちゃんって、本が好きなんだね。僕も好きだよ!」

 

「うん…そうかも…」

 

アイズは、自分よりも小さな子うさぎ────ベルを膝に乗せて、微笑みながら絵本の読み聞かせを始める。

 

これは、喋る事が苦手なアイズが、この子うさぎとのコミュニケーションを取る手段を考え、考えて喋らなくて済む方法に逃げた末の作戦であった。

 

(『深く、長くコミュニケーションを取るべし』…うさぎ師匠の教えは、全部頭に入っている…!)

 

何故か図書室にあった兎の専門書。臆病な兎と仲良くなるには、親密なコミュニケーションが必要である。そう書いてあった。現に、凄く仲良くなれている。

 

そうして、いつものように読み聞かせを行う。どうも、ベルは一般教養がまだ身についていないようで、文字もそれほど読めなければ書くことも出来ない。1から教えてあげるのもまた乙な物と、変な感傷に浸ったアイズは、ニマニマしながら未来を想像した。

 

そうすると、ベルは心配そうに顔を俯かせた。

 

「どうしたの?なにか欲しい?」

 

「アイズお姉ちゃん、僕……お邪魔じゃない?」

 

「ううん…わたしがベルと一緒にいたいだけ。気にしなくていいの。」

 

「そう…?」

 

この少年、未だに誘拐された事に気づいていない。

 

そして、ニュフフと笑うアイズは、次の瞬間。絶望に染る。

 

「アイズ、少しいいか。」

 

「────!?」

 

遂に、誰かにこの部屋までこられてしまった。不味い。バレたら確実に怒られる。

 

未来を悟ったアイズは、急いでベルを抱き込んで、布団に潜らせる。

 

「だぁれ?」

 

「しっ、静かに…ここに、隠れてて。隠れんぼ。お姉ちゃんがいいよって言うまで絶対に出てきちゃダメ、だよ?」

 

楽しそうに口を塞いで、頷く少年をベッドに隠して、アイズは今ある危機に目を向けた。

 

「うん…いいよ。」

 

そう促せば、リヴェリアは素直に扉を開けて目の前のアイズを優しくみおろした。

 

「アイズ。早速だが…私に、なにか話すことがあるな?」

 

「なっ、なんの事?」

 

「惚けたって無駄だ。拾ったな?」

 

(ば、バレてる…!?)

 

既に己の仕出かしたことを知られていた事に、アイズは驚愕。もう観念するしかないと、正座の姿勢で俯いた。

 

そして、絶妙な食い違いは、ココから始まった。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「いいや、謝って欲しいわけじゃない。と言うよりむしろ、私はお前がダンジョン以外に興味を持ってくれたことが嬉しい。相談はして欲しかったがな。」

 

「え…いいの?」

 

「まぁ、今回は許そうと思う。命を預かる事で、命の大切さを知れる。ウチのファミリアも困窮しているわけじゃない。養えるさ(兎の一匹や二匹)」

 

「ほ、ほんと!ちょっと小さいけど、凄く可愛くて、真っ白(な男の子)なの。」

 

「ほぉ、それはさぞ可愛い(うさぎ)だろうな。私も愛でさせて貰おうかな?(兎を)」

 

「だ、だめ!ベル(人間)は、私の…!」

 

「ベルという名前なのか?名前をつけるのが早いな。」

 

「…?(人だから)当たり前。名前はベル・クラネル」

 

「(兎なのに)せ、姓まで付けているのか…いや、余程大事にしてるんだな。」

 

「うん…あの子がいてくれると…胸が、暖かくなる。読み聞かせも、楽しそうに聞いてくれるし…いい子なの。」

 

「そうかそうか…────………うん?」

 

リヴェリアはここで、なにかおかしいことに気がついた。

 

なんか、会話が絶妙に噛み合っていない気がする。

 

姓がある。読み聞かせをして、楽しそうにしている。

 

聡明なリヴェリアの頭は、最大まで働いて、なにか違う気がすることを察した。

 

「アイズ、その…ベル君?ちゃん?はどこにいる。」

 

「いま、隠れんぼしてるの。そこの布団にいる。」

 

「そうか…見てもいいか?」

 

「うん。いいよ。」

 

そして、布団を見やればどうにも兎の大きさでは無い膨らみがひとつあった。

 

デカい。あれで小さいってどう言う意味だ。

 

嫌な予感が過ぎったリヴェリアは、布団をめくった瞬間。飛びついてきた白い影を見て、目眩がした。

 

「見つかった!……だあれ?」

 

「紹介するね。ベル、この人は私の仲間。リヴェリア。」

 

「僕、ベルって言います!」

 

凡そ5歳から6歳、真っ白な髪に真っ赤な瞳。確かにうさぎに見える。しかし、しかしだ。まさか、大人しいと思っていた問題児が、更なる問題を起こしていたことに、ぶっ倒れそうになった。

 

「ああ…元気に自己紹介できて偉いぞ…そして、アイズに、ベル君…ちょっと着いてきてくれ……」

 

心底疲れたようにベルを抱き上げて、アイズを引っ付かみロキの部屋に重い足を引き摺って向かった。

 

 

 

 

「アカン!アイズたんそれはアカン!ウチらが犯罪者になってまう!?今からでも遅ないから、ギルドに行くで!?」

 

「絶対に、嫌ッ!!ベルはずっと私と一緒にいるの!」

 

「アイズ!兎を飼うのとは訳が違うんだぞ!?」

 

「命の重さはうさぎも人も同じです!」

 

「ど、どこでそんなにマトモな道徳心を覚えた!?」

 

「うっ…っごめん、なさい…!僕が、いるから、お姉ちゃんが怒られて…っ!」

 

「あぁ、ベル君泣かないでくれ!君に怒っているわけじゃないんだ!」

 

「うーん、帰ってきて早々にこんな問題があるとは…」

 

「しっかし、真っ白な坊主じゃなぁ。ほーれ、飴をやろう。」

 

「あ、りがどう…」

 

ベルを巡る会議は、こんな具合に荒れに荒れた。

 

見知らぬ子供を誘拐し、眷属が犯罪に半分どころかどっぷり浸かっている事を知り叫ぶロキ。

 

ベルを手放すことを断固拒否するアイズ。

 

自分のせいでアイズが怒られていると泣き叫ぶベル。

 

泣き叫ぶベルを慰めながら、アイズを叱るリヴェリア。

 

問題に頭を抱えるフィン。

 

悠長にベルに餌付けするガレス。

 

まぁ、数時間に渡る激論は、取り敢えず保留という事で帰結した。

 

その決め手は、アイズが放った『この子の為に、私はここに帰ってくる』という言葉だった。

 

そして、落ち着いた頃に、アイズの話を聞いた一同は、ベルにどうして行き倒れていたのかを尋ねると、たどたどしく断片的に、ベルは語った。

 

「僕ね、お姉ちゃんとおじちゃんとヘラおばちゃんと一緒でね。そしたらね!変なかみさまがお姉ちゃんとおじちゃんを連れてっちゃったからね、追ってきたの!そしたらね、お腹減ってた時にお姉ちゃんがご飯くれて、ここに連れてきてくれたの!」

 

 

 

 

『ヘラ……だと?』

 

 

幹部と主神の声が重なった瞬間だった。




クリスマスの話にちょいと影響するので急いで書きました。

リヴェリアさんは驚き過ぎて怒るに怒れなかっただけで、本当はブチ切れそうになってます。


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お品書き
「いただきます」と「ごちそうさま」を君と


どうも。

なんだか友人からアイズ嫌いだと思われてるけど、特に好きではないだけで好きなイベリです。

これは、えみや飯を見てたら唐突に降って湧いた奴です。

ほのぼの。戦闘なんて一切ない。ベル君は弱いし、アイズは結構笑うしイチャイチャする。

ただ日々を楽しそうに過ごす2人の話です。よければ見てください。


階段を、一歩一歩踏みしめる。

 

もうすぐだ。もうすぐ地上。やっと、彼に会える。

 

「ん〜…っ!やっと帰れるね!」

 

「うん…」

 

隣に並ぶ褐色の少女。ティオナ・ヒリュテの言葉を空返事で返しながら、金髪を靡かせる少女────アイズ・ヴァレンシュタインは自宅の姿を思い浮かべていた。

 

彼女は、このオラリオ。ダンジョンという謎の迷宮が存在する巨大国家の中の派閥。この世界に降臨した神々が作り出したファミリアの中でも上位の派閥。ロキ・ファミリアの幹部。

 

だが、それはこの物語に関係することでは無いので、割愛するとしよう。

 

 

久々の地上。当たる斜陽。3週間という期間は、アイズをホームシックにする程度には長い期間だった。

 

早く、あの子に会いたい。

 

お腹が、くぅっ、っと空腹を訴える。

 

アイズは、ただ家で待っている白いウサギを思い浮かべながら、ひたすらに時間が過ぎるのを待っていた。

 

「アーイズ、なにぼーっとしてんのよ?」

 

「────!てぃ、ティオネ…そんなんじゃ…」

 

もう1人の褐色の少女、ティオナの姉。ティオネ・ヒリュテの言葉に、ボッ!と顔に熱が籠る。

彼のことを考えると、感情に少し乏しい表情が、一気に緩む。

 

あの優しい笑顔が、私の中の炎を、穏やかに見守ってくれている。

 

そんな気がして、つい微笑んでしまう。

 

「アイズ疲れてるの?でも、幸せそうな顔してるけど?」

 

「…そうだね」

 

正直な話、恐らくではあるがあの子はティオナのタイプだ。惚れられてはたまったものでは無い。だから、別に知らなくていい。

 

アイズは、心の中でその言葉をしまって、誰にも見られないようにドヤ顔をする。まぁ、ほとんどの人間がそれに気づいていたのだが。

 

「まったく…ホームシックには困ったものね…つい三日前なんて、ずっとブツブツ言ってたけど…何言ってたの?」

 

「それは…ごめん…」

 

「まぁ、別にいいのよ?」

 

「うん。────あっ」

 

ティオネにそんなことを言われて照れていると、視界の端。そこに、白いシルエットが見えた。咄嗟にそのシルエットを追うと

 

────居た。あの子だ

 

アイズは、走り出していた。2人の驚く声も無視して、一直線に彼の元へ。

 

 

「────────ベルっ!」

 

 

「────へ?アイ────えぇぇぇえっ!?」

 

 

渾身のタックル。いいや、ハグではあるのだが、Lv5の上位冒険者であるアイズの飛びつきハグは、もはや兵器なのだ。

 

そうして、白いうさぎに飛びつくと、うさぎは驚きながらも、確りと腕を回して倒れ込んだ。

 

こういう所が、いいのだ。

 

「いたたた…痛いよアイズ…遠征の度やられたら僕今度こそ死ぬ気がするんだけど…」

 

「…ベル、ベル…ベル…!」

 

「これは、聞いてないか…」

 

白いウサギの様な少年────ベル────は、しがみつくアイズを諦めたように見てから、頭を撫でていつもの様に呟いた。

 

「って、いいの?ファミリアの人達放ったらかして…」

 

「別に、平気。もう帰るだけだから。」

 

そっか、とベルが頷くが、念の為に遠くにいる、ロキ・ファミリアの団長と副団長、フィンとリヴェリアに会釈をする。2人は苦笑していたが、手を振って、行っていいよ。とベルに促した。

 

「…お許しも出たし、帰ろっか。」

 

「うんっ!」

 

立ち上がって、紙袋を拾い上げながら、ベルは右手を差し出す。当たり前のように、その手に指を絡めて、アイズはベルの隣を歩く。

 

ほかの団員達は、その光景を見て、驚愕の表情を浮かべながら固まっていたが…無視することにした。

 

そのまま、2人は街の喧騒の中に紛れ込む。

 

 

 

 

2人は、住宅街のある大きめの一軒家の前まで帰ってきていた。

そこは、アイズがホームに住み込むと関係者ではないベルが入れないという理由で、アイズの自腹(ポケットマネー)で家を一括で買ったのだ。遠慮がちなベルは、折半にしようと言っていたのだが、ベルはただの市民。いくら有名なレストランの名物料理長だったとて、所持金は冒険者には遠く及ばない。だから、渋々と言った感じでベルはアイズの小さな買い物を承諾したのだ。

 

ベルは、玄関前でしっかりとした扉を開ける。内装は豪華でも、派手でもなく。悪くいえば地味ではあるが、ベル達にとっては、これが丁度よかった。

 

2人が玄関に入った時。アイズの前にいたベルが、くるりと回り、アイズへと振り返る。

 

「さて────おかえり、アイズ。お腹、減ってるでしょ?」

 

そう言って、ベルは微笑んだ。

 

この言葉…そう、この言葉が聞きたかった。

 

この声で、この微笑みで。私は、彼に会いたかった。

 

アイズは、また、いつもの様に彼にこう返すのだ。

 

 

 

「────ただいま…うん。ペコペコかな。」

 

 

ベルは、ニッコリと笑って、リビングにあるエプロンをサッと腰に巻く。

 

「待ってて、すぐ作るから。何か食べたい物はある?」

 

「ベルの料理なら、なんでも美味しいから…でも、ジャガイモと…ダンジョンじゃ食べれないから卵料理食べたい。」

 

「OK、任せて!」

 

すぐ様キッチンの前に立ったベルは、棚からまな板と包丁を取り出し、料理を始める。

 

「さて…そうだな…野菜は…これだけだから、うん。ポトフにしよう。後は…よし、アレにしよう。」

 

「アレ…?」

 

「まぁ、見てて。」

 

ベルは、慣れた様子で野菜を取りだし、包丁を入れる。

 

「まず、キャベツを大きめに切って…その後に、皮と芽を取ったじゃがいもを半分に切る。玉ねぎは丸ごと。ブロッコリーは手で子房に分けてっと…」

 

料理をするベルの隣。アイズは目を輝かせながらその様子を見ていた。いや、料理をするベルを見ていたのだ。ベルは、料理をする時が、1番輝いている。アイズはそんなベルを見るのが好きだった。

 

「次に、鍋に水を入れて、火を入れる前にコンソメを入れる。鍋の周りに気泡が出来たら、野菜とウィンナー、ベーコンを入れて…ここで15分煮込む。さて、その間に別の料理を作ろうか。」

 

「凄い手際…やっぱり、ベルは凄い。ファミリアのみんなも、こんなに早くない…」

 

「ふふっ、慣れれば誰だって出来るよ。さっ、ほらほら!次だよ。」

 

ベルは照れ臭そうに笑った後、直ぐに調理に取り掛かった。

 

「はいっ、アイズご所望のジャガイモ!」

 

「じゃが丸くん…」

 

「でも、今回はオムレツにします!」

 

「オムレツに?じゃが丸くんじゃなくて?」

 

「1回揚げることから離れようね。」

 

若干あきれるベルを他所に、アイズは依然クエスチョンマークを浮かべていた。

 

「まっ、見てればわかるよ。まずはジャガイモを千切りにして水にさらす。」

 

ベルが包丁を操り、千切りを量産していく。もし、料理にLvがあるとすれば、ベルは恐らくオラリオ最強だろう。そんな事をアイズは思っていた。

 

「次は、熱したフライパンに油を敷いて、ジャガイモ以外を炒める。少し色がついてきたらひき肉をいれて…その間に卵をといて…卵は多い方がいい?」

 

「うん。ふわふわがいい。」

 

「OK。そしたら、卵を多めに使って、その中にチーズをたっぷりと、粉チーズを少々。水にさらしていたジャガイモの水気をきってと…ひき肉の色が変わったら、じゃがいもを入れて、透き通ってくるまで炒める。…透き通ってきたら、平にして溶いた卵を入れる。」

 

ジュウジュウと心地良い音がアイズの鼓膜を叩き、幸せな時間が訪れる。

 

そして、鼻をくすぐるこの匂い。この匂いが、この家に帰ってきた事を教えてくれる。

 

そっと、後ろからベルの腰に両手を回して、そっと寄り添う。

 

「そしたら…アイズ?どうしたの?」

 

「…ううん…帰ってこれたんだなって…」

 

ベルは、少しだけ微笑んでから。前を向いたままアイズの頭を撫でる。

 

「…僕が待ってるんだからさ。絶対に帰ってきて。兎は放っておくと寂しくて死んじゃうんだよ?」

 

「…知ってる。本で読んだことある。もうずっと前の事だけど…」

 

アイズは、昔。本当にずっと前、ベルと出会ったばかりの時を思い出していた。

あのころは、ベルが本当にまだ小さくて、愛玩動物位に見えていたのに。気づいたらこの関係(恋人)だ。本当に、人間どうなるかわからないものである。

 

ベルは、戦えなかった。いいや、正確に言えば冒険者に向いていない。凌ぎを削り、野望や悲願があるから、冒険者は命を燃やせる。だが、彼にはそれが全く無い。「平和に生きられればそれでいいかな。」これがベルの口癖だった。

 

アイズは、それが嬉しかった。

 

好きな人が傷つかない。それは、アイズにとって────とても素晴らしい事だった。

 

「さっ、調理再開だ…えっと、オムレツの片面が焼けたから、裏っ返して…よし、反面も焼いて…よし!他には…あっ、そうだ。」

 

ベルは、何かを思い出したように冷蔵庫からあるものを取り出す。

 

「じゃーん!これ、アイズが帰ってくると思って作っておいたんだ。」

 

「これって…!小豆クリーム(・・・・・・)!」

 

アイズのテンションが一気に上がる。

 

「そう!これを使ってデザートを作るから、楽しみにしてて!」

 

「うん!」

 

「さっ!もう出来たよ!後は、オムレツを切り分けて、盛り付け…ケチャップを付けて完成。ポトフも完成したから、丁度いいね。」

 

木皿に乗った料理が、食卓に並ぶ。二人分にしては少し多いのかもしれないけれど、腹ぺこのアイズからしたらこれくらいでちょうどいい。

 

「はいっ、完成!召し上がれ!」

 

「やっぱり、ベルの料理はいつ見ても美味しそう…!」

 

《今日の献立》

【ベル特製、玉ねぎ丸ごと具沢山ポトフ】

【ベル特製、チーズたっぷりジャガオムレツ】

 

2人は、手を合わせる。極東の文化だと言うが、妙にしっくりくるから、2人は習慣にしている。

 

「「いただきます」」

 

アイズは、早速オムレツを口に入れる。

ふわふわの卵、カリッとしたチーズ、千切りにした事で、食感が独特になったジャガイモが、アイズの舌を唸らせる。

 

「ん〜〜っ…!」

 

「美味しい?」

 

口いっぱいに入れたオムレツを出さないように、キュッと口を閉じながら、!ベルの質問に高速で何度も頷く。

 

美味しい、幸せ。

 

アイズは、幸せの絶頂にいた。

 

「良かった。あぁ、ほら。急いで食べなくてもいいじゃない。料理は逃げないよ?」

 

ベルは、アイズの唇に付いたケチャップを指で拭き取り、そのまま舐める。アイズは、頬を紅潮させて、紛らわせるように食べ始める。そんなアイズを見て、ベルはクスリと笑った。

 

次に、アイズは木彫りのスプーンでポトフを掬う。

肉の脂や野菜の旨味を吸って、ほんの少しだけ濁っているのが、美味しさの証拠。

 

口に入れると、優しい旨みがアイズの口いっぱいに広がる。オムレツがガツンとした美味しさなら、ポトフは安心する美味しさだ。

 

ほぅっ、とアイズが肺に溜まった息を吐き出す。

 

(なんだか…安心する味…)

 

正直な話、ベルは料理が上手すぎる。

料理ができて、優しくて、可愛くて。

 

アイズは、我ながら惚気けているとは思うが、ベルを恋人にして本当によかったと思っている。

 

本人は、料理だけが取り柄とか言っているが、アイズがベルに恋をした理由は全然違った。

 

ベルはアイズを個人として見ている。

冒険者アイズではなく、ただの少女アイズとして。ベルは、ただの甘えん坊な少女を見ているだけなのだ。

 

「美味しいようでよかった…よし、ちょっと待っててね!」

 

「…?うん。」

 

ベルがキッチンに再び消える。

 

ベルは、あるものを作るタイミングを見計らっていた。そして、ちょっと足りないだろうと言う量を、アイズに提供していた。

それは、アイズの好物を最高の状態で食べてもらうためだ。

 

冷蔵庫から、鉄のバットを取り出す。その中には、牛乳、砂糖、卵、隠し味に蜂蜜を混ぜた液と、その液に浸されたバケットがあった。

 

ベルは、サラダ油を熱したフライパンに落とし、フライパンに馴染ませる。そのフライパンの上に、バケットを6つ落とす。

 

ジュウ、ジュウ、と焼ける音を聞いて、ベルは満足気に蓋を閉じる。ポイントは、弱火でじっくりと焼く事。そうすると、中に染み込んだ卵がふわふわに膨れ、ふかふかの出来に仕上る。

 

焼き上がる匂いに、アイズが我慢できなそうに、リビングからキッチンを眺めている。その事に気づいたベルは、ちょっと待ってね、とウィンクをしてまた調理に戻る。アイズが湯だった事も知らずに。

 

焼き色が少し着いたら、ひっくり返して蓋をして。少し待つ。

 

「…もういいかな。」

 

蓋を開けると、砂糖と蜂蜜の甘い匂いがモワッと立ち上り、アイズの鼻腔をくすぐった。

 

フライパンから6切れバケットを皿に盛り付け、その上に作っておいた小豆クリームをたっぷりと搾り、その上から蜂蜜を注ぐ。

 

「はいっ!デザートのフレンチトーストお待ちどうさま!」

 

「…美味しそう!」

 

《デザート》

【ベル特製、小豆クリームフレンチトースト】

 

アイズは、早速フォークとナイフを差し込む。そこで、まず驚いた。

 

(柔らかい…!)

 

ふんわりとしたその感触に驚き、口に運んでは、また驚いた。

 

「────美味しいっ!」

 

表面はほんの少しサクッとしていて、その焼き目が蜂蜜をかけられたことによって、染み込んで、甘さが強調される。そして、極めつけは小豆クリーム。しっかりと、アイズの好きな分量だった。

 

 

「ハハハ、よかった。作ったかいがあったよ。」

 

「私の好きな「小豆マシマシ、クリーム多め!」」

 

その呪文の様な言葉を、2人で言って、笑いあった。

 

「あははっ、ベル、覚えてたんだ。」

 

「うん、君は甘いものが好きだからさ。」

 

2人は、好みの量のクリームをかけながら、食べ進めていく。

あっという間に無くなってしまったが、アイズは満足だった。

 

「この後、何かする?」

 

「うん、ソファーでオセロやろ。」

 

「あぁ、いいね。じゃあ負けた方がお皿洗いね。」

 

「………負けない!」

 

これから何をするか、2人が中睦まじく話していると、ベルがあっ、と声を上げて、また手を合わせる。アイズも思い出したように、2人で手を合わせる。

 

 

 

「「ごちそうさま」」

 

 

 

これが、2人の幸せな日常。

 

 

アイズの目の前にいる、英雄なんかよりも大事な日常だ。

 




はい、おしまいです。

Twitterで更新できないと言ったな。あれはこれのせいだ。

ごめんなさい、唐突に思いついて、誰にもやられないうちに書きたかった。

感想よろしくです。

希望があれば続き描きます。


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お昼はふわふわデミオムライス

「アイズさん、あの男は何なんですか!?」

 

「あの男…?」

 

今日は、ベルの朝ごはんではなく、アイズはファミリアの食堂で朝食を食べていた。

 

「あの白髪のヒューマンのことです!それに、遠征が終わってから3日もホームに顔を出してませんでしたよね!?まさか…!泊まってたとかいいませんよね!?」

 

「………な、何のこと?」

 

「アイズさんがとぼけて…!?っ教えてください!あのヒューマンは誰ですか!?」

 

今、アイズに詰め寄るどこからどう見ても美少女のエルフ。ちょっとだけそっちの気がある少女は、レフィーヤ・ウィリディス。御年15歳の冒険者。そんな少女に、アイズは何故か慕われていた。

そして、何故か今、ロキ、リヴェリア、フィン、ガレス以外に秘密にしていたベルとの関係が、バレているのだ。まぁ、三日前のアイズの飛びつきのせいでファミリア中の噂にはなっていたのだが。

 

「……知らない…」

 

ぷいっと明後日の方向を向いて、汗をダラダラと流しながら、アイズは必死に恍ける。フィンにも注意されていた。

 

「恋人を作るのは自由だ。彼はどこの派閥にも所属していないわけだし、君がそう言うことに関心を持ってくれたのが素直に嬉しい。だけど、自分の影響力を加味して、情報は遮断するんだ。でないと、彼に迷惑がかかるよ?」

 

今更になって、フィンの忠告が頭に響いていた。

 

このままでは、ベルとの生活が、あの安らぎの時間が奪われてしまうのではないか?

 

アイズの頭の中に緊急警戒アラートが鳴り響いた。

 

「アッ、ワタシダンジョンニイカナキャ。」

 

「えぇ!?待ってください!」

 

「ハナシテレフィーヤ。ワタシイケナイ。」

 

「なんでそんなに片言なんですか!?」

 

アイズのごまかしに、レフィーヤは更に詰め寄る。しかし、アイズは顔を青くさせながらずっと片言のままに眼をそらし続けていた。その問答に、加わる者たちがいた。

 

「あれ?アイズじゃん!昨日までどこ行ってたの?」

 

「ダンジョンに行ってるかと思ったら、街で見たって人もいたし…しかも、手をつないで男と歩いてたそうじゃない?」

 

脇腹をこのこの〜と小突いてくるのは、ティオナとティオネ。しかも昨日のお出かけを噂されるなんて思いもしなかった。アイズはオロオロと焦る。

 

「ねぇねぇ?その子誰なの?」

 

「…黙秘権使う…」

 

「なんでアイズがそんな難しいこと知ってるのよ?」

 

「ベルが教えてくれた。────…あっ。」

 

アイズは、しまったと思った。昨日、ベルに教えてもらった事について自慢げに使ってしまって、ベルの名前を出してしまった。

 

(…ベルに、迷惑かかっちゃう…)

 

アイズが思うが、時すでに遅し。レフィーヤはアイズに詰め寄った。

 

「アイズさん。」

 

「れ、レフィーヤ…?」

 

「案内してください。」

 

「でも、ベル今……ヒッ…!」

 

「アイズさん。案内してください。」

 

眼が、やばかった。

 

「わ、わかった…」

 

そうして、面白そうだとの理由で、二人もそれにくっついていった。

そんな中で、アイズは

 

(ベルに…怒られるかも…)

 

そんな不安を抱えたまま、ベルの仕事場に向かった。

 

 

 

 

アイズ達が向かったその場所は、小綺麗なレストランが並ぶ街道。冒険者の街オラリオでも、なかなかに上品な空気を醸し出している場所だ。

 

「あ、アイズさん?本当にこっちなんですか?」

 

「うん。こっち。」

 

スタスタと慣れた様子で歩くアイズとは反対に、慣れない様子で歩く3人は、どこか居心地が悪かった。

 

暫くすると、アイズが立ち止まり、指を指した。

 

「あれ。ベルのお店。」

 

「ここって…ほ、本当にここですか!?」

 

「まって、待って!ここって…!」

 

「うっそ…私でも知ってるわよ…ここ。」

 

3人は、一様に驚いた。

アイズが指を指した店は、この街に住む全ての人が読むであろう雑誌【月刊オラリオ】で特集を組まれ、今1番ホットな場所。

 

「うわー!可愛いー!あっ、今日のランチタイムは〜なになに…?シチューとバケットのセットだったみたいだよ!」

 

白い兎の傍らに、金髪の女性が寝っ転がっている絵がデザインされた看板。この様に、女性受けが高そうな外観だが、男性も気軽に入れるように、メンズタイムも充実していることを、外出しのメニューで教えてくれる。

 

 

【トラットリア─風の通り道─】

 

 

可愛い外観で、主に主婦や女性冒険者に今人気の店である。後は、店主が可愛いとかなんとか。

 

何よりも、出す料理が評判であり、内装もオシャレだという。レフィーヤも、1度は行ってみたいと思っていた場所だったから、予想外だった。

 

扉を開けると、カランコロンと音が鳴る。

中は綺麗に装飾され、狭くもなく広くも無いが、丁度いい広さだった。壁の一角にはあらゆる本がびっしりと詰まっていて、料理を待つ間の暇潰しにも利用できるように、無料で貸し出されている。因みに、ワンドリンク制でフリータイムで本を読める喫茶店代わりにもなっている。

 

3人が評判通りの見た目に圧倒されていると、奥から白い影がヒョコッと顔を出す。

 

「ごめんなさーい!今休憩中で…あれ、アイズ?それに…ファミリアの方々…で、いいのかな?」

 

「あっ、ベル。」

 

白いコックコートと、黒いバンダナ。手にグラスを持った少年────ベルが登場した。

 

その瞬間に、アイズの固い表情が和らぎ、ただの少女の様に笑顔を浮かべて、トトトトッとベルに駆け寄って行った。

 

3人は、驚きすぎて固まった。何が驚いたって、店主が自分たちよりも何個か下だった事とか。アイズがあんなに笑っている事とか。情報量が多すぎて頭が追いついていけなかった。

 

「えっと…紹介、するね?私の…その、恋人。ベル、ベル・クラネル」

 

「あ、どうも。【風の通り道】の店主やってます。ベル・クラネルです。アイズがいつもお世話になってます。」

 

ベルが礼をとりながら、自己紹介をして、3人は漸く硬直から立ち直った。

 

「え、えぇぇぇえっ!?こ、恋人!?」

 

「もう友達とかそう言うの吹っ飛ばしてきた!?」

 

「あばばばば」

 

ティオナとティオネは驚くだけだったが、レフィーヤはぶっ壊れた。

 

「えっ、ちょっ、怖…平気?」

 

「多分、平気。」

 

「いつも通りっちゃいつも通りね?」

 

「まぁねぇー」

 

「あ、そうなんですか…」

 

目を回しながらあばばばし続けるレフィーヤを無視して、ティオナは早速質問をぶつけた。

 

「はいはーい!2人はいつから付き合ってるんですか!」

 

「えっと…今年から、かな?いや、それが正式に付き合い始めた時期、だよね?」

 

「うん。合ってる。正確には3年と8ヶ月前から同棲してる。ここから付き合ってるとも言える。」

 

「…まぁ、そこは僕が意気地無しで告白もしなかっただけだから。…いじけてる?」

 

「……ノーコメント。」

 

ぷいっと明後日の方向を向いて、いじける。

謝るベルを見て満足気にドヤ顔を晒す。久々にベルよりも優位に立てていることに満足しているようだ。

 

その姿に、3人はまた驚く。

 

普段ファミリアで見せるアイズの表情や笑い方が、全部嘘だったと言われても、疑わないだろう。

2人が見た事のあるアイズの笑顔は、いいとこ微笑。しかし、今笑っているアイズは口角を上げ、目を細めて声を出して笑っているのだ。

それだけで、ベルがどれほど大切であり、アイズの中で大きな存在なのかが、手に取るようにわかった。

 

そうして、3人は呆気に取られながら、無意識のうちにベルに敗北感を叩きつけられた。

 

そうしていると、ベルが思い出したように3人に声をかける。

 

「あっ、そうだ。お昼まだですか?良かったら食べていきます?」

 

そう言われた瞬間。4人のお腹が、一斉に空腹を訴えた。

 

「あははは…お願い出来る?」

 

「えぇ、任せてください!」

 

あたし楽しみー!と、ティオナが席に座りながら、本を手に取って懐かしそうに読み始めた。そんな中、立ち直ったレフィーヤだけは

 

(アイズさんに相応しいか…見極めてやります!)

 

こんな感じで、全くベルを認めていなかった。そんな事はつゆ知らず、ベルは厨房に立つ。

 

「さて…作るかな!」

 

早速、ベルは材料を冷蔵庫から材料を取り出し、調理を始める。

 

ベルが野菜を切っていると。すると、様子を見に来たのか、アイズが厨房に顔をだす。

 

「…入っても良い?」

 

「うん、良いよ。あっ、手は洗ってね?」

 

わかったと頷き、アイズはベルの傍にトコトコと近寄る。

 

「何作るの?」

 

「オムライスかな。ちょうど昨日のが余ってるし。」

 

「なにか手伝う?」

 

「じゃ、人参と玉ねぎ、ピーマンを微塵切りにして貰える?」

 

「わかった!」

 

エプロンを付け、アイズも手伝いを始める。そんな様子を、ベルは感慨深く見ていた。

 

「しかし…アイズに手伝ってもらう日が来るなんて…僕ちょっと感動しちゃうなぁ…昔は料理なんてからっきしだったのに…」

 

「…馬鹿にしてる?」

 

「あはは!冗談だからその手に持ってる包丁を置いてくれないかな?いや、割と本気で。」

 

拗ねた眼をしながら、包丁を手に持つアイズをなだめる。

なんとか機嫌を直したアイズに一息付きながら、ベルは包丁を手に取る。

 

「さて…まずは鶏肉を切らないと。」

 

まず、鶏胸肉をまな板に置き、ミートハンマーで均一に叩く。

 

「…おっと、叩きすぎないようにしなきゃ…」

 

鶏肉の場合、他の肉と違い元が柔らかいために叩きすぎると焼いた時に旨味が逃げてしまうのだ。

 

叩き終わった鶏肉を、一センチ台のブロックにカットしていき、胡椒と塩をふりかけ、下準備は完了。

 

「次は…っと…」

 

アイズが、微塵切りにし終えた野菜を差し出す。

 

「ベル、野菜切り終わった!」

 

「ありがとう、アイズ。────アイズ?ピーマンは?」

 

ピクっと、アイズの肩が揺れた。ベルが、アイズの顔を鷲掴み、問い詰める。

 

「ピーマンは?」

 

「…た、食べた…」

 

「へぇ?そっか、食べちゃったのかぁ…ピーマンいっっつも残すアイズが食べちゃったかぁー…なんて言うと思ったか!」

 

「ムギュっ!はなしぇ〜!」

 

「離しません〜!」

 

ベルが、アイズの頬を摘んで詰め寄る。まぁ、イチャイチャしていた。しかし、アイズのピーマン嫌いに悩んでいたことも事実。

 

「まったく、子供じゃないんだから…マリアさんの所の子達ですら食べるよ?」

 

「よそはよそ、家は家!」

 

「ロキ様だな…このアイズの無駄な知識は…!」

 

「絶対、食べない。」

 

「そんなこと言う子には、ピーマン3倍ね。」

 

「うそ、食べる。さっきのは冗談に決まってる。ベルの料理は美味しい!」

 

「じゃあピーマン3倍でも平気だね!」

 

「ピーマン切ってくる!!」

 

トトトトっと足音を鳴らしながら、アイズは逃げるように冷蔵庫からピーマンを取ってすぐ様微塵切りを開始した。

 

「さて…この間にデミグラスソースに火を通しちゃうかな。」

 

奥のコンロにある大鍋に火をかける。中には、ベルが厳選して選んだ牛肉、香味野菜、小麦粉、バター、トマト。そして、手作りのフォン・ド・ボーを加え、じっくりコトコト毎日煮込んでいるデミグラスソースがあった。

 

そうこうしていると、アイズがピーマンを微塵切りにして持ってきた。

 

「こ、これで3倍無し!」

 

「はい、わかりました。今度からは、ちゃんとしてね?」

 

「うん!」

 

ベルがアイズの頭に手を置くと、アイズは嬉しそうに体を寄せて、ベルの背中に擦り寄る。そんなアイズを愛でたベルは、ほっこりとしながら調理に戻った。

 

「さて…あとは僕がやるから…みんなと話してていいよ?」

 

「ううん。ここで見てる。」

 

「そっか…そんなに楽しい?」

 

「うん…ベルが、一番かっこいいときだから。」

 

「…な、なかなか恥ずかしいこと言うね…」

 

ベルは、照れ隠しに頭を掻いて耳を真っ赤にする。そして、アイズも自分の言ったことに気付き、アイズも顔を赤くした。

 

「あはは…!」

 

「んふふ…!」

 

照れる二人を影から見ていた三人が、ニヤニヤしていた。いや、訂正。レフィーヤは唇を噛みながらやばい眼をしていた。それを見て、アイズが冷や汗を流す。

 

そんな事はつゆ知らず、ベルは調理を再開する。

 

「野菜に火が通ったら、肉を入れて…塩、胡椒を加えて炒める。この時、炒め過ぎないくらいの所で、ご飯も一緒に入れて、軽く炒める。」

 

ジュウ、ジュワァ

 

この音が、4人の空腹感をさらに刺激する。

 

クキュウッと、お腹が鳴る。

 

嗚呼、お腹が減った。

ベルは、その音を聞いてクスリと笑った

 

「それで、いい感じに炒められたら、僕自家製のトマトケチャップを投入!」

 

トマトの爽やかな香りが、火を通すことによってマイルドな香りに変化する。

我慢できずに、アイズが指を加えていると、ベルがクスリと笑ってスプーンでフライパンからご飯をすくい取り、アイズに差し出す。

 

「はいっ、あーん」

 

「えっ!?いや、えっと…!」

 

アイズが、赤くなりながらアタフタする。ベルからすれば、いつもの事である筈なのに、何故か焦っているのだ。

 

「どうしたの?いつも強請ってくるのに…?」

 

「ね、強請ってない!き、今日は…いい…の…」

 

「…変なアイズだなぁ…?」

 

3人に見られていることに気づいていないベルは、首を傾げながら、不思議な様子で見ていた。

見ている3人は三者三様の反応を見せている。

 

「ちょっとちょっと!凄いイチャイチャしてるよ!」

 

「バカっ!声が大きい!それにしても…アイズってデレるのね…」

 

「アイズさんがぁ……!」

 

アマゾネスの2人は、微笑ましいふたりの様子をニヤニヤと見守り、レフィーヤだけはぐぬぬ…!と悔しさを噛み締めていた。

 

「さて、もう少しでできるから待ってね。」

 

「うん!」

 

皿にチキンライスを盛る。

その後に、フライパンをクッキングペーパーで拭き取り、卵を4つと少しの生クリームを加えて、素早く混ぜ、バターを敷いてある熱したフライパンに、卵を垂らす。

 

「この時、強火で素早く混ぜる!」

 

ベルがフライパンと菜箸を操り、素早くフライパンの卵を混ぜる。卵がぷくぷくと泡をたて、徐々に固まっていく。

 

「半熟状態になったら、菜箸で輪郭を浮かせて…フライパンを傾けて端に寄せる。そしたら、フライパンの柄の部分を叩いて、卵を丸くする。そしたら────ほっ!」

 

「おー!」

 

ベルが、ふわふわの卵を浮かせてひっくり返す。その様子を見ていたアイズは、ぱちぱちと手を叩いた。

 

「そしたら、これをチキンライスに乗っけて…真ん中に切込みを入れる。」

 

切込みを入れると、ペロンっと卵が裏返りキラキラとした半熟の面が顕になる。

 

「そしたら、ここにデミグラスソースをたっぷり…あとは、生クリームをほんの少し垂らして…完成!」

 

《今日のお昼ご飯》

────ベル特製、ふわふわデミオムライス

 

「相変わらず、ベルのご飯は本当に美味しそう…!早く食べよ?」

 

「じゃあ、運んでくれるかな?」

 

2人は仲良く、3人の元にオムライスを運んだ。

 

 

「うわぁ!すっごい美味しそう!」

 

「本当ね…コレくらいできたら私も団長に…!」

 

「本当に美味しそうです!…ハッ!あ、味はわかりません!」

 

「どうぞ、召し上がってください!」

 

ベルに促され、4人はスプーンを取ろうとした時、アイズが手を合わせていることに気がついた。

 

「アイズ?何してるのよ?」

 

「私たちが、いつもご飯を食べる前にしてること。極東の文化で…手を合わせて、食事を作ってくれた人、食材に感謝を示す礼儀なんだって。」

 

「へぇー!そんなんだ!じゃあ、私たちもやろっか!」

 

そうして、3人はアイズの真似をして手を合わせる。

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

4人が、スプーンで卵とデミグラスソースを絡ませ、口に含んだ。

 

その瞬間に、4人の口の中で革命が起きた。

 

((((お、お────))))

 

4人は飲み込んだと同時に、同じ感想を口にした。

 

「「「「美味しい────!」」」」

 

フワッとした舌触りの卵が、トロッとしたデミグラスソースと合わさり、そこに爽やかなトマトの酸味を含んだチキンライスがさらなる美味しさを運んでくる。こんなにも美味しいご飯は食べたことが無い!そう言っても過言ではない位の味だった。

 

「美味しすぎるよこれ!ほんと美味しい!」

 

「本当に、料理って作る人が違うだけでこんなにも美味しいのね!…でも、なんか…何処かで食べたことあるような味…?」

 

「美味じぃ…!悔しいくらいに美味じぃ〜…!」

 

「ベルの料理は…至高…」

 

「あはは、そう言って貰えて嬉しいです。えっと、ウィリディスさん?なんで泣いてるんですかね?」

 

あまりの美味しさと、ベルを認めてしまった悔しさで涙するレフィーヤに、若干引き気味に問いかけるベル。

だが、美味しいという言葉を聞けて満足だった。

 

アイズは、無言でオムライスを口に運んで、んーっ!と唸り、美味しさを全身で表現して喜んでいた。

 

「美味しい?アイズ。」

 

「うん!美味しい!ベルの料理は、本当に美味しい!」

 

「────よかった。君にそう言って貰えるだけで、作った価値があると思える。」

 

そう、アイズに微笑みを向ける。その微笑みが、あまりにも眩しくて、アイズが顔を赤くさせる。恥ずかしさを紛らわすように、アイズはオムライスをかき込んだ。

 

「ごふっ────!?」

 

「あっ、アイズ!?何してるの!水水!」

 

「────ふーっ…ありがとう、ベル。」

 

気を抜いていたら、気道にオムライスが思いっきり詰まった。胸をトントン叩きながら、アイズはベルに貰った水を口に流し、事なきを得た。

 

そんな二人を見て三人は、やはり勝てない、と心の中で呟いた。

 

きっと彼は、何よりも特別なのだ。自分たちも、自惚れではなく確実にアイズの心の位置を占めている。しかし、ベルだけは、その更に奥の奥にいる。

 

そこで、レフィーヤに疑問が浮かんだ。

この2人、どちらもが仲がいい。そう見えるし、実際そうなのだろう。しかし、一体全体どこで出会った?いつ出会ったのか?片や第1級の冒険者。片やプロの料理人。まるで接点が浮かばなかった。

レフィーヤは、そのまま口を開いた。

 

「…あの、お二人の馴れ初めって…なんですか?その、全く接点が浮かばないんですけど…?」

 

そう言うと、2人は顔を見合わせた。そうして、何故か首を傾げた。

 

「いつだっけ?」

 

「…私もあんまり覚えてない…」

 

「でも、僕がアイズとロキ様に拾われた時からだから…8年前?かな?」

 

「それはそうだと思う。」

 

「えっ、ロキ・ファミリアにいたの!?」

 

「えぇ、数年前まで…と言っても、恩恵は刻まれなくて、ずっと食堂の調理を担当していました。」

 

3人は、ベルがロキ・ファミリアにいた事を聞かされ、酷く驚いた。しかしまぁ、食堂担当ならば会うことは無いだろう。そう3人は納得した。

 

「昔は、ベルが甘えてきて…凄く大変だったけど、可愛かった。お姉ちゃん〜って。ね?ベル。」

 

「今は真逆だけどね?」

 

「う、うるさい…」

 

「そ、それっ!聞かせてもらってもいいですか?」

 

2人の空間を作り出す所を、なんとか割って入ったレフィーヤは、言いたいことをいえたようで満足気に胸を張った。

 

2人は、また顔を見合わせてから、柔らかく微笑んだ。

 

「えぇ、構いませんよ。」

 

「いいよ。話してあげる。」

 

 

そうして、ベルは馴れ初めを語り始めた。

 

 



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【番外】~憂鬱はマシマシJIROUで吹っ飛ばせ!~

みんな二郎でも食べて太っちまえばいいんだ。

今月は夏特別ということで、夏らしい話を今月もう1話書きます

アンケートとるのでよろしくお願いします


オラリオの東に位置する、レストランストリート。

 

そこの奥に、隠されるように存在する、飲食店がある。

 

その店は、深夜帯や、夕食の時間は名のある冒険者が数多く利用することから、下位冒険者は店主との直接の知り合いでもない限り、夜には寄り付かない。

 

 

店の名は《風の通り道》。知る人ぞ知るトラットリアである。

 

 

金曜日。その男は疲れた体と精神を引き摺るように運びながら、深夜のレストランストリートを歩く。男が扉に手を掛け、軽く押すとカランコロンと鳴り響く鈴が、来客を知らせる。

 

カウンターに居る店主であるベルが振り返り、その男を認めると、ニッコリと笑った。

 

「…やっているか?」

 

「えぇ…もちろん営業中ですよ?今日は一段とお疲れのご様子ですね?来ないかと思いましたよ。」

 

この男のルーティン。その曜日その時間ぴったりに必ず来る。

その男はベルの二倍ほどある巨躯を持ち、筋骨隆々という言葉が、ピッタリ当て嵌まる如何にもな冒険者。

 

「…また…あの御方の無茶振りでな…」

 

「都市最強を疲れさせる無茶ぶりってなんですか…さすがは神といったところですかね?あっ、今日は良い芋焼酎が入ってますよ?」

 

「はぁ…じゃあそれを頼む…」

 

頭にある2つの耳。瀦人(ボアズ)の獣人であり、このオラリオでも最強と謳われる冒険者の頂点

 

フレイヤ・ファミリア所属、団長オッタル。

 

そんな男が、店に来ては、酒を浴びるように飲みながら愚痴を小さな店主に零していく。

酒を煽り、大き目の机に突っ伏す。

 

「俺たちは体のいい小間使いではないというのに…あぁ…もういっそのこと改宗でもしようか…土でもいじりたい…」

 

「デメテル様ならきっと大歓迎だと思いますよ?」

 

「ははっ…確かに、あの女神ならば歓迎してくれそうだ…」

 

自嘲的に笑ったオッタルは、悲しくなったのかまた酒を煽る。ベルは、そんな様子を他の冒険者に見られないように、店の中にオッタル以外がいないことを確認して、表の看板をCloseに変え、店を閉める。ベルができる最大の気遣いであり、最高のサービスである。それを知っているオッタルは、申し訳なさそうにベルに呟く。

 

「…いつも悪いな…」

 

「いえいえ。街の治安維持もしてくれていますし、僕ができることなら喜んでしますよ。何より、常連さんですしね?」

 

ウィンクをするベルを見て、オッタルはフッと笑った。お人好しだな、と目の前の少年を再評価する。

自身のスポンサーの敵対ファミリアの頭目が来ているというのに、嫌な顔ひとつせずに接客もしてくれる。それは一重に、少年がファミリアというものに興味が無いからであるのだが…

 

ひとしきり愚痴を出し切ったオッタルは、ベルに慣れたように注文する。

 

「クラネル…いつものを頼む…あ、野菜はマシマシで。」

 

「わかりました!いつもの【早死三段活用セット】で良いですよね?」

 

「フッ…今日も期待している。」

 

「お任せください!」と力こぶを見せたベルが、厨房に駆け込み、調理を開始する。

 

「まずは、餃子かな…」

 

ベルは、まな板に置いたキャベツ二玉と長ネギ二本を素早く微塵切りにして、大きなボールに入れて塩もみ、水分をよく絞ってから、挽肉をたっぷり入れて、醤油、すり生姜、すりにんにく、酒、ごま油、隠し味にオイスターソースを加えて、よく混ぜる。

 

タネが完成したら、ベルが自家製の大き目の餃子の皮に、片栗粉を水で溶かしたものを繋ぎにして、素早く、正確にタネを包む。

 

「…ふぅ…よし!後は…」

 

約50個の餃子をものの数分で包み上げてから、直ぐ様次の作業に取り掛かる。

 

「次はチャーハン…」

 

人参、ねぎ、を丸々2つ刻み、冷やご飯約二合分をボールに入れ、卵を3つ落としよく混ぜる。その手際は目を見張る物。冒険者の能力を使い、厨房の中の調理風景を眺めていて思うのは、素人目で見ても、とんでもない手際で進む調理。ファミリアの調理師など足元にも及ばないだろう。

 

あぁ…こんな料理人がファミリアにいれば…俺ももっとやる気が…そんな事を考えていた。

 

オッタルは、この調理の音や無言の時間が嫌いではなかった。普段こんなにゆっくりできる場所はないから。

そんな中も、調理は進む。

 

大量の微塵切りを終えたベルは、棚から大きな中華鍋と餃子用のフライパンを火に掛ける。

十分に温まったところでベルは鉄板にごま油を薄く垂らし、半分の餃子をズラッと咲いた花のように並べる。そして、水を垂らして蓋を閉じて焼く。

中華鍋には混ぜ合わせたご飯を入れて、切るように炒める。ご飯に焼き目がついてきたら塩、胡椒を加え、ネギと人参を投入。強火で一気に炒める。

 

そして、

 

「よっ!」

 

パラパラの米粒が、宙を舞ってまた鍋に舞い戻る。卵がコーティングされた米粒がキラキラ輝き、宙を舞う姿は、まるで夜天に輝く星のように見えた。

ある程度焼き目がついたら、デメテル印の醤油ににんにくをたっぷりと入れて作られたニンニク醤油をタップリと入れて、味濃い目の黒チャーハンが出来上がる。

 

餃子の様子を見て、ベルは片栗粉を溶かした水を流し込み、暫く待ってからフライパンを開けると、見事な羽の出来上がり。これで、残すは一品。

 

「ふぅ…後は、メインだけ…!」

 

汗を拭うベルは、少し扇情的に映る。そんなベルを眺めながら、オッタルが思ったことは

 

(…フレイヤ様がいたら、あのサマを見て発情して襲いかかっているだろう…よし、ここに連れてくるのは…あと十年くらい先にしよう。)

 

もしそんな事をして、彼の【剣姫】に喧嘩を売れば、ここを出禁になるかもしれない。それだけは勘弁だと、自身の主神を思い浮かべた。

 

そんな事は露知らず。ベルは、もやし、キャベツを切ったものを用意。そして、大きな丼にチャーシューを作ったときの煮汁を入れて、特性の豚骨スープをそこに加えて味を調整。そして、オッタルの好みに合わせ配合した麺を二人前、煮え湯でキッチリ30秒茹でて、素早く湯切り、スープに叩き込む。そこに、豚の背脂をくどい程にかけて、その上に先程のもやしとキャベツをタップリと山盛り乗せる。その回りに、厚切りのチャーシュー、味付き卵をトッピング。

 

それぞれの料理を大皿に盛り付ける。

 

「よし!おまたせしました!オッタルさん!ベル特製【早死三段活用セット】です!」

 

「待っていた…この時を!」

 

 

 

【オッタル飯】

 

・ベル特製JIROUラーメン

 

・にんにく焦がし醤油チャーハン

 

・野菜たっぷりパンパン餃子

 

 

感極まったように、オッタルは手を合わせる。

 

「……いただきます……」

 

その言葉を皮切りに、オッタルは大皿に盛り付けられた大凡一人分の量を遥かに超えるチャーハンに食らいつく。

ハフハフと熱を逃しながら、口に広がるにんにくとチャーシューの香りを存分に楽しむ。焦がし醤油の香ばしい匂いと、にんにくの香りが、脳にガツンと衝撃を与え、脳から胃に直接空腹の信号を送り無意識にチャーハンをかきこみ、口いっぱいに幸せが広がる。

 

「餃子は酢胡椒でどうぞ。」

 

ベルに促されるまま、無意識に伸びた手は箸で餃子をつかみとり、酢胡椒にちょんと付けて、思い切り口に叩き込む。

 

「!」

 

餃子を噛み締めた瞬間に、中から肉と野菜の旨味が凝縮された汁が口の中に流れ込み、まるで小さな巨蒼の滝(グレートフォール)が口の中に現れたような錯覚に陥る程の衝撃的な旨さ。そして、素材の味を活かすための酢胡椒がアクセントを効かせて、お酢の酸味と胡椒のピリッとした辛さが空っぽだった胃を刺激する。

 

ここ二年、オッタルは毎週この店に顔を出す。そのたびに思う。

 

毎週毎週、味が上達しているのだ。その向上心は、さすが剣姫を射止めた男である。そうオッタルは称賛する。

オッタルはそんな事を考えながら、山盛りの野菜が乗ったラーメンに手を伸ばす。

 

レンゲでスープを掬って、口に流し込む。広がる豚骨の濃厚な舌触りと、特製タレの深い旨み。2つがベストな量で配合されているからこその旨さがここにある。

 

オッタルは、無言のまま箸を器用に使って下の麺を掴み、目の前に掬う。テラテラと油が麺をコーティングして光を反射している。真っすぐ伸びた細麺が、スープを絡めてその身を顕にする。

 

「何時も通りの調理法で、麺硬め、スープ濃いめ、油多めです!チャーハンも餃子もカロリーなんてクソくらえ!」

 

「あぁ…健康という言葉に喧嘩を売っている気分だ…まさしく【食の早死三段活用】…!」

 

そのまま一息に、麺を啜る。ズルズルと音をたてながら、口の中に収まる麺は、やはり硬い。しかし、それがオッタルには堪らない食感であり、山盛りの野菜を口に運びながら、麺を啜り、噛み締める。口の中に響くのは、野菜のシャキシャキとした音と、硬めの麺を噛みしめるゴリッとした食感。それすらも至福の音であるのだ。

次にオッタルは、ラーメンの脇役に目が移る。一般のラーメン店ならば、脇役であるその食材たち、チャーシューや卵はメインにはなれない。しかし、その食材たちをメインレベルの旨さまで引き立てるのが、ベルの強さ。

引き締まった肉に、油が刺し気味に入って居る。噛みしめれば、厚切りであるが故の硬さなど感じないほどにホロホロと口の中で溶ける。しかし、しっかりと肉々しい食感を味わえる。しかし、まだまだ驚くのは速い。真に恐ろしいのはこの玉子。絶妙な味付け、オマケに半熟。

 

男は皆、半熟という言葉には勝てない。

 

オッタルは無心で食らう、食らう、食らう。

約三人分もあった料理は、瞬く間に減って行き、ついにはラーメンも最後の一口。その麺を思うままに啜る。

 

「────プハァ!…ふぅ────満足だ………」

 

そう呟いたオッタルは、手を合わせる。

 

 

「……ごちそうさまでした……」

 

 

「お粗末様です!」

 

 

すっかりと膨れた腹に、オッタルは幸福感を感じながら、余韻に浸る。

 

「フー…まったく、困ったものだ…お前が作り出したこの【JIROUラーメン】…もはや中毒と言っていいほどにハマっている…」

 

「えぇ…作り出すのも大変でしたよ…古代の文献を漁りまくって、漸く本物に近づきました…」

 

「まさか…!これで完成形ではないというのか…!?」

 

「恐らくですが…まだこのラーメンには先があります。」

 

オッタルは戦慄した。最早恐怖と言ってもいいだろう。しかし、オッタルも冒険者であり、未知を探索する者。その先を食べて見たくなった

 

「…これからの進歩に期待している…そして、必ずや完成形を作り出してくれ。」

 

「えぇ!任せてください!」

 

「それでこそだ…クラネル。」

 

「当たり前。ベルなら、すぐにその完成にたどり着く」

 

 

 

「…あぁ…そうだn────────ん?」

 

 

 

ピシっと、空間が凍った。

 

「………ん?」

 

オッタルが、初めて困惑した。その声は、確かに二人のものではなく、今まで居るはずがないと思っていた人物の声だった。

 

「…あ、アイズ!?何時からいたの!?」

 

「『やっているか?』から」

 

「なるほど!最初からか!」

 

焦るベルをよそに、アイズはベルを抱きしめて、オッタルを睨む。

 

「…この日のこの時間に…貴方が出入りしてるって聞いて…本当に来てるなんて…」

 

「あ、アイズ!オッタルさんは────」

 

「────安心しろ、剣姫。」

 

ベルがアイズを止めようとするが、オッタルがそれを遮った。

 

「見ていたように、俺はこの男の料理を気に入っている。お前たちと敵対しているとは言え、この店とこの男に手を出すことは絶対にないと誓おう。我が主神に誓おう。」

 

この言葉は、オッタル自身のプライドも掛けられている。この言葉の重さを、アイズは理解していた。

 

「……………」

 

アイズは、オッタルをじっと見た後に、幾ばくか柔らかくなった視線をオッタルに向ける。

 

「…今は、信じます…でも、ベルに手を出したら────許しません、絶対に。」

 

オッタルは、アイズの目を見た後に、フッと笑った。

 

「…まさか、あの人形のような少女が、ここまで人らしくなるとはな…愛とは、偉大なものだ…」

 

「…その点に関しては…同意…」

 

ちょっと顔を赤くしたアイズは、オッタルの言葉に同意した。その言葉に、ベルも若干顔を染める。二人を少しだけ微笑ましく見ながら、オッタルは御暇することにした。

 

「…邪魔をしても悪い、私は帰るとしよう。金はここにおいていくぞ。」

 

「あっ、待ってください!これを!」

 

ベルが差し出したのは、タッパーに入った餃子だった。

 

「今日は25個余ったので、是非持って帰ってください!お土産です!団員の方たちと食べてください!」

 

「…ありがたく貰おう、奴らも喜ぶだろう…」

 

オッタルは、ニヤリと笑ってから、ベルの頭を撫でて背を向ける。出入り口の前まで来て、オッタルは立ち止まり、疑問に思っていたことを尋ねる。

 

「時に、クラネル…お前は、なぜ敵派閥である我々にも、その様な態度ができる?いつの日か、貴様の女と殺し合うかもしれんのだぞ?」

 

オッタルの言葉に、ベルは視線を迷わせながら、俯いた。

 

「…そうかも知れません…」

 

「ならば何故────」

 

「────でも!貴方は、お客様です!」

 

それは、ベルの強い信念であり、ベルの心構え。

 

「僕が大好きな人は…僕がお腹が空いて死にそうな時に、ご飯をくれました。その時の食べ物は何よりも美味しく感じて…それでいて、暖かかったんです!笑顔に、なれたんです…!」

 

ベルの隣りにいるアイズの頬が、ボッ!と朱に染まる。

 

「僕は…その人を、僕の料理で笑顔にしたいと思いました。それで…笑顔になったその人は…凄く綺麗で…嬉しかったんです!戦えない僕でも、役に立てることがあるんだって…思ったんです。僕の料理で、色んな人を笑顔にしたいって…!それが誰であろうと、美味しいものを最高の状態でお客様に提供する…それが、料理人としての…僕の信念です。」

 

「…ベル…」

 

オッタルは、また思った。本当に、お人好しな少年だ…と、若干の苦笑も交えながら、口を開く。

 

「…それが…お前の、プライドか…」

 

「…はい…それが、僕のプライドです。」

 

オッタルは、口元に薄い笑みを浮かべてから店を出た。

出ていったオッタルは、月を見ながらふと思った

 

「…俺も、身…固めようか…」

 

あの二人を見ていると、どうも触発されてしまう。オッタルは、そんな思考のまま、ホームへと帰っていった。

 

そして、オッタルを見送ったベルは非常に面倒なことになっていた。

 

「ねぇ…?ねぇ…?大好きな人って誰?」

 

「あぁもう!…わかってるくせに…!」

 

「えぇー、わかんなーい(棒読み)」

 

「くっそムカつく!」

 

ニヤニヤと笑いながら、からかうように尋ねるアイズは実に楽しそうだった。そんなアイズを見て、若干腹を立てたベルは、小細工なしの真っ向勝負に挑んだ。

 

アイズの細い手と腰を支えて、物語の中のようなセリフを平気な顔して吐く。

 

「え、ベル?ど、どうし────」

 

「君のことだよ。」

 

ポカンとしたアイズは、瞬間的に顔を赤くした。反撃開始だ。

 

「僕は、君のこと大好きだよ。」

 

「え、あ、いや…まって…」

 

「どうして?嫌なの?」

 

「い、嫌なんかじゃ、ない、けど…ち、近い…!」

 

「いつもは、君からしてくるのに…こんなに可愛い反応が見れるなら、いつも僕からやろうかな?」

 

「あ、ち、近…べ、ベル…」

 

「アイズ、何も言わないで…僕に任せて?」

 

「────────あっ…」

 

 

この後は、ご想像におまかせしよう。

 

 

 

 

ちなみに…余談だが

 

 

フレイヤ・ファミリアでは、ベルの餃子をめぐり、主神も参加して戦争と言う名のURO大会が開催されたそうな…

 

 

「スキップ」

 

「ちょっと、オッタル!貴方さっきから私をスキップし過ぎよ!もう四連続よ!?何枚持ってんのよ!」

 

「普段の行いが悪いのでは…?」

 

「オッタル?どういう意味かしら?」

 

「あ、URO」

 

「待ってちょうだい?なんで私だけ12枚も持ってるの?アレンだけが救いだったのに、そのアレンもUROするし!」

 

「ちょっと、フレイヤ様煩いです。」

 

「オッタル?最近私に対する当たりが強くないかしら?」

 

「はは、まさかまさか…はははは…」

 

「…久々にキレたわ。屋上行きましょ?」

 

「あ、俺上がりだ。」

 

結局、銀髪の猫人(キャットピープル)が勝利したとか。

 

 




番外は、フレイヤ・ファミリアのキャラ崩壊。


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夏には海辺でご飯でも

投票の結果
アイズと海ご飯になりました

ではどうぞ。


月明かりが、二人を照らす。海が反射する光を、アイズが眩しそうに瞬く。今も夏の暑さを秘めた大気が、二人を包む。しかし、そんな事は構わないとばかりに、ふたりは寄り添う。

 

「ベル…綺麗だね…」

 

「うん…綺麗だ…」

 

肩をよせ、二人っきりのビーチで見る月が、どうにも特別で。それを見るアイズの横顔が、ベルに向けられる。

 

「私…ずっと、ベルといたい…」

 

「…可愛すぎか…好き…」(うん…僕も…)

 

「ベル…心の声と、出てる声、多分逆…」

 

「可愛すぎか…好き…」

 

「…言い直す気すら、なくなったんだね…」

 

ベルの肩に頭を乗せて、アイズは染まる頬を夜に隠した。

 

(…可愛すぎか…好き…)

 

嗚呼、永遠にこの時間が続かないかな…ベルは、そんな事を考えていた。

 

 

ことの発端は、約一週間前のアイズの言葉だった。

 

「…私…泳げるように、なりたいです…」

 

家のソファーで寛いでいたら、急にこんな事を呟いた。まるで、どこかのグレたスポーツ選手の様な言い方で、ベルを潤んだ瞳で見つめていた。

何でも、ファミリアのメンバーに泳げないことを小馬鹿にされたらしい。

 

「…急だね…まぁ…アイズが行きたいなら、僕はどこだって行くし、泳ぎも教えるよ?」

 

「ほんと!」

 

ぱぁっ!と明るくなったアイズは、子供のようにベルにすり寄って、嬉しさを体で表現する。

そんなアイズを見ながら、ニコニコとしていたのがこの前のことだった。

 

 

そして、現在。

アロハシャツにサングラス。浮かれまくっている二人は、汽水域ながらも、しっかりと香る潮の香りを目一杯吸い込んで、一気に吐き出した。

 

「来た、メレン!」

 

「イエーイ!」

 

ベルがテンションを上げる。

 

「綺麗な海!照りつく太陽!絶好の海日和!」

 

「いえーい!」

 

アイズもテンションを上げる。

 

「相変わらず綺麗だね、ここは!」

 

「本当に、綺麗…!」

 

二人が足を運んだのは、オラリオからすぐ近く。約30分の空の旅(アイズの魔法)で到着するその場所は、港町メレン。ここには、ベルもよく訪れている。その理由としては、アイズが好きな小豆がここの港に貿易船とともにやってくる。オラリオにも流通していないことはないのだが、ここに来たほうが、種類も豊富で何よりも安い。それに、店で出す魚介系の料理は基本ここで食材を調達している。

 

そして、アイズも楽しみにしていた。何より、ベルと二人きりのデートだ。楽しみじゃないはずがない。アイズは、一週間前からずっとニヤニヤが止まらなかった。団員にもそのふわふわした雰囲気が伝わり、その浮かれ具合がわかる程に嬉しさ全開だった。

 

最近はベルの店の休憩時間にティオナたちが喋りに来るようになり、二人きりの時間が余り取れずにいた。それもあって、アイズは今日は酷く機嫌が良かった。

 

「さて…あの人に会いに行かなきゃ…」

 

「あの人…?」

 

ベルが知り合いだという人を探していると、あっと声を上げる。

 

「ニョルズ様~!おはようございま~す!」

 

「んお?おぉ!ベルじゃないか!どうし…って、なんだ~?デートで来たのか?」

 

誂うように肘で突く、男神様。健康的な白い肌と、快活そうな笑顔。見るからに善神であることがわかる。このメレンに存在する唯一の漁業系ファミリア。ニョルズ・ファミリアの主神。ニョルズだ。

初めて出会う神に、アイズはペコリとお辞儀をする。

 

「はじめまして…アイズ・ヴァレンシュタインです…」

 

「おぉ、ニョルズだ!しっかし…まさかベルにこんな可愛い彼女が居るなんてな!てか、【剣姫】?」

 

そう言われたアイズは、嬉しそうにニヤニヤとベルに詰め寄った。

 

「…聞いた…?可愛い彼女、だって…!」

 

「はいはい、いつも僕が言ってるでしょう?」

 

「んふふ…!」

 

頭を撫でられたアイズは、嬉しそうにへニャリと破顔した。

 

「ん"ん"っ」

 

「ベル?どうしたの…?」

 

「いや…アイズが可愛すぎてね!」

 

そうサムズ・アップすると、アイズは顔を染め、そのまま自身の髪の毛で顔を隠すようにして、恥じらった。

 

「……ありがと…」

 

「う"う"っ」

 

「…どうかした…?」

 

「いやごめん…僕には尊すぎる…」

 

「尊い…?」

 

コテン、と首をかしげて、不思議そうにベルの隣を陣取る少女に、ニョルズは苦笑した。

 

「…あいつ、彼女の前だとオタクみたいになんのか…」

 

 

 

 

「うわ~…!ベル!海!」

 

「ホント、綺麗だね!」

 

風に靡く髪を、邪魔にならないように耳にかける。その仕草に、ベルはどうにも胸が高鳴った。

 

「み、水着に…着替えてくるね!」

 

「あ、うん!準備はしておくから!」

 

ベルがニョルズに会いに行ったのは、プライベートビーチを教えてもらうためだった。この場所は、他の岩場地帯とは違い、白い砂浜が広がっている。しかも人は誰一人いない。まさにベルとの触れ合いが少なくなっていたアイズの要望に存分に応えられる場所だった。

 

ベルはパラソルを適当な場所に刺し、そこを拠点とする。

 

「よし…パラソルに、魔石保冷バック…中には水とアイズの好きなボカリスエットがキンキンに冷えてる…後はアイズを待つだけ…僕は水着に着替えるのすぐだし…」

 

そうして、ベルはパラソルの下で水をチビチビ飲みながら、アイズを待つことにする。決して、覗きなんてしない。アイズなら、許してくれるだろうけど…いやいや。と首を振って邪な考えを振り払う。

 

「…こ、これで…ベルを…!」

 

その頃、アイズは水着を恐る恐るつまみながら、決心したような顔をして、フンスと意気込んだ。そして、思い切り服を脱ぎ去ったアイズは、戦慄した。

 

「~~~♪」

 

鼻歌交じりに、レジャーシートを広げるベルは、後ろに迫る影に気づかない。

 

「────!?」

 

瞬間、振り返ったベルの胸に飛び込んできたのは、柔らかい感触と、ふわりと香る女の子特有の、甘くてクラクラと魅了する様な匂い。そして、一瞬で理解する。

 

「あ、アイズ?」

 

「……」

 

声を掛けても尚、ベルにギュッと抱きつくアイズに、不思議そうに問いかけた。

 

「どう、したの?」

 

「…」

 

撫り撫りとアイズの滑らかな金髪に手を置くが、アイズは一向に喋ろうとしない。というより、水着を見せないようにくっついているように見える。

 

「アイズ?もしかして、水着が恥ずかしかったり…?」

 

「…っ……」

 

ビクッと肩が揺れる。

図星か…とベルは若干呆れが混じったため息を1つ。

そうすると、アイズが弱々しい声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

「…最近…ちょっと、ダンジョン攻略サボっちゃって…お腹が…プニプニ、してる…」

 

 

 

 

 

 

コテッとベルがコケる。

 

「そんなこと気にしてたの!?」

 

「そ、そんなことじゃないの!女の子にとっては一大事…!あれもこれも、ベルのご飯が美味しいから…!?」

 

「責任転嫁も甚だしいね!?僕は栄養に気を使ってるから、運動すればちゃんと消費されるように作ってます!」

 

そんな言い合いの中でも、二人が離れる事はなく。結局は落ち着いたアイズを、苦笑混じりに迎え入れる。

 

「うぅ~…ベルぅ…」

 

「はいはい…大丈夫だよ。アイズは十分スレンダーだからさ。」

 

「…ホント…?」

 

「ほんとほんと!」

 

ベルがここぞとばかりに励ますと、アイズは徐々に顔色を良くして行く。失礼だとは思うが、こういうアイズの単純さに心底感謝するベルであった。

 

「水着、見せてよ。」

 

「あ、うん…」

 

アイズがベルから離れて、黒のラッシュガードをファサッと脱ぎ去る。そうして、ベルは見た。

 

 

 

(………あぁ、何だ…天使か………)

 

 

 

黒いビキニに包まれた、たわわな果実。括れたボディラインに、ワンポイントのサングラス。

女神も嫉妬する。なんて、巷で言われるアイズだが、それは、比喩でもなんでも無い。

ベルの色眼鏡も入っているが、美の女神も目じゃないと思った。

 

「べ、ベル…?」

 

「あ、い、いや…その…とっても似合ってる…ホント…直視できないレベルで…」

 

「あ、ありがとう…!」

 

「いやいや…こちらこそ、ありがとうございます…」

 

何故か感謝されるアイズは、首をかしげながらも、ベルの太鼓判を貰ったことで自信がついたのか、大胆に腕を広げて、青空を仰ぐ。

 

「太陽…こんなに浴びたのって、久々な気がする…」

 

「そう?でも、最近は家でゴロゴロしてること多かったもんね。僕もだけど…」

 

「でも、あれはあれで、ベルを近くに感じられて好き。」

 

「僕も…あれはあれで、僕達らしくて、良い気がする…」

 

手をつないで、なんでも無い日常に思いを馳せるのも、二人がこの日常を愛しているからこそだった。

ベルは、アイズの手を引いて、海へと誘う。

 

「ほら!アイズ。折角ここまで来たんだから、泳ぐ練習しよう?」

 

「あ…うん…」

 

手を引かれる形で、アイズは波打ち際まで足を運ぶ。寄せては帰るさざ波が、アイズの足に触れるたびにヒンヤリとした水を浴びせ、暑い体を冷やしてくれる。

 

(あ…気持ちいい…)

 

「どう?意外と気持ちいいでしょ?」

 

「うん、意外と…怖くない…?」

 

なんでだろう?と不思議に思うアイズだったが、水深が腰の辺りに来た時に、その恐怖が蘇ってくる。

 

「ベル…帰ろ?」

 

「もう!?んー…流石にここで甘やかすのはなぁ…」

 

ブルブルと子犬のように震えるアイズをつい甘やかしてしまいそうになったが、心を鬼にする。

 

「大丈夫、僕も居るから。ここで泳ぎの練習しよう!ね?」

 

「う……うん…」

 

上手くアイズの手綱を握ったベルは、アイズの手を引いて肩まで浸かる。

まずは、水になれることを優先した。

 

「ちょっと…あったかい…」

 

「あはは、こんなもんじゃないかな?」

 

水が顔に迫ったからか、アイズの呼吸が浅くなる。

 

「ほら、アイズ。呼吸が浅くなってる。深呼吸して。ここじゃ溺れることはないからさ。」

 

「う、うん…」

 

スーハーと息を吸って、心を落ち着かせる。

 

(…そう、恋人と言えど、ベルは年下。元は姉と弟…弟にカッコ悪い所なんて見せられない…!)

 

…と、これは建前で、以前ダンジョンで溺れかけた時に、ティオナやティオネ、そして話を聞いたロキにまで笑われたことを未だに根に持っているだけ。この少女アイズ・ヴァレンシュタインはとっても負けず嫌いなのだ。

 

「ふんぬ…!」

 

「お、震えも止まったね。」

 

「私だって、これくらい…!」

 

「よし、偉い。そしたら、次は顔を水に浸けてみよう!」

 

なんだか幼児を相手にしている気分になってきたベルだが、普段のアイズを見ていると、成長した幼女と言っても良い気がしてきた。そんな事はつゆ知らず、アイズは気合を入れる。

 

「よし…行くよ…!」

 

ザブっと、アイズは勢いよく潜る。ベルはそれを追うように潜り、アイズの目の前に身を沈める。

水の中に入ると、目の前にアイズが目をギュッと瞑った状態でプルプルと我慢している姿が、小動物のようで可愛くて、そのまま見ていたい気になったが流石にこのままでは可愛そうなので、可愛く握られている両手を優しく握り、目を開けていい様に合図を出す。

 

アイズは、初めて水の中で目を開ける。不思議と、今までの恐怖がそこにはない。それは、目の前にベルがいるからなのか、それとも、知らず知らずのうちに水を克服していたからなのか。

 

まぁ、後者は絶対に無いと宣言できるが。

 

それはさておき、アイズが初めて見た水の中の世界は、最高のものになった。

透き通った水、色とりどりのサンゴに熱帯魚。そして、微笑む君。

 

嗚呼、なんで怖がっていたんだろう。

 

(こんな綺麗な光景を…今までベルと見れなかったんだ…)

 

アイズは、少し後悔した。リヴェリアに刷り込まれた恐怖を早く克服すれば、もっと早く、ベルとこの景色を見ることができたのに。そんな事を思っていると、察してくれたように手をキュッと握って、彼は微笑むのだ。まるで、「これから、もっと色々なものを見よう」とでも言うように。

 

それにつられるように、アイズも微笑んだ。

 

その後は、特に問題もなくアイズの水泳指導は幕を閉じた。さすがは冒険者と言った所なのか、アイズはベルの指導をスポンジの如く吸い上げた。

 

その後は、面白くなったアイズが調子に乗って潜水。普段使わない筋肉を使ったせいか、足を攣ってベルに救助。お説教の流れができあがった。

 

「…やっぱり、水怖い…」

 

「あれは、アイズが悪い。調子に乗りすぎです!」

 

「うぐ…ごめんなさい…」

 

プカプカと、アイズを抱きながらラッコのように浮いている二人。

 

「…でも、こうやってゆっくりプカプカしてる分には…怖くないでしょ?」

 

「…うん…ベルも、いてくれるし…」

 

その言葉を聞いた後に、ベルは満足げに頷いた。

 

「よーし!今日は目一杯遊ぼう!」

 

「うん!」

 

それから二人は色々なことを楽しんだ

 

「ベル、そのスポンジみたいな筒何?先端に穴…?」

 

「これはね…この穴をよく見てて?」

 

「…?────ぶきゃぁっ!?」

 

瞬間、その穴から勢いよく飛び出した水が顔面に直撃して、アイズがひっくり返って、笑うベルにガチ説教したり。

 

「なんか…眠い…」

 

「…あれ…?アイズ…?アイズ!?流されてる!沖に流されてる!!」

 

ベルが目を離した隙に、レムレム状態のアイズが浮き輪に乗って沖の方に流されかけたり。

 

「行くよー!アイズ!」

 

「はーい!いいよー!」

 

「そーれっ!」

 

「よーし…ハァッ!────あっ」

 

「…バレーボールが…割れた?」

 

バレーをやったら、勢い余ってバレーボールを破裂させたり。遊びに遊んだふたりは、ヘトヘトの状態で宿泊場所の海辺にあるコテージに駆け込んだ。

 

流れ込むようにコテージに入った2人は、備え付けられているタブルベットにドサッと倒れ込む。

 

「あー…疲れたぁ…もうヘトヘトだよ…」

 

「本当…私も疲れちゃった…」

 

「このまま寝れる…」

 

二人はウトウトとしながら、ベッドで向かい合う。なんだか夢見心地なのだ。

 

「シャワーは…」

 

「一緒に入った…よ?…明日の支度は…?」

 

「明日でいっか…」

 

「後は…」

 

確認事項を言い合う二人。今日やったことと、明日のためにしておくべきことを言っていると、二人が同時に声を上げた時

 

「「あっ」」

 

二人のお腹が、くぅっと鳴った。

 

「ご飯…忘れてた…」

 

「あぁー…そうだ、ちゃんと用意してたんだった。」

 

ベルはそう呟くと、重い体をよっこらと起こした。

 

「折角ニョルズ様に譲ってもらった海鮮もあるし…そうだな、アレにするとしますか!」

 

「私も…行く…」

 

心地いい疲労感を引きずりながら、二人はコテージ備え付けのキッチンに立った。

 

「…何作るの?」

 

「えっと…これこれ!」

 

ドンッとキッチンにおいたのは、ラップに濡れ布を被せられた固まり。ベルがその布を剥がすと、全貌が見える。それは、白い塊。砂糖、塩、ドライイースト、薄力粉、強力粉をお湯を加えながら混ぜられたもの。それを一次発酵させたピザ生地だった。

 

「じゃあ…作るのはピザ?」

 

「そう!せっかくだし、シーフードピザでもどうかなってね。」

 

「シーフード…おいしそう…!」

 

アイズは余り食べたことがない未知の味に、目を輝かせた。

 

ベルは、早速調理にかかる。

台に濡れ布を敷き、その上に生地を乗せ、手の平で押しながら発酵時に出たガスを抜いていく。

 

「そうしたら…もう一回丸めて布を掛けて…30分放置、タイマーをセット。この間に材料とかをやっちゃおうか!」

 

「わかった…!」

 

ベルが取り出したのは、カニ一杯とロブスター1匹。

 

「おっ、大きい…」

 

「今日ニョルズ様に譲ってもらったんだ!」

 

ビチビチとのたうち回る大きなエビと、もそもそと動くカニを、アイズは警戒しながら眺める。その両者の目と目が合う。

 

瞬間

 

ロブスター達はアイズに大きな爪を向け、敵意を露わにする。対するアイズも、負けじとシュババっと構えて、敵を前に警戒する。

 

そうして、両雄の邂逅は果たされる。

 

「…!」

 

「何してるの?アイズ?」

 

両雄が構える中、ベルが平然とした面持ちで、ロブスターを鷲掴みにした。

 

「!?」

 

「…?本当にどうしたの?」

 

ベルが疑問を感じる中、アイズは見た。

ロブスターの体の向こうに見える、グツグツと煮立ったお湯。アイズは考え至った。

 

あの煮え湯に、この(ロブスター)を突っ込む気だ。

 

アワアワと狼狽えるアイズをよそに、ベルは調理を進める。

 

「変なアイズ…?」

 

そのまま、ベルはロブスターを煮え湯に突っ込んだ。アイズは、此のときばかりはゾッとした。

真顔で煮え湯に突っ込むベル。ワサワサと動いていたロブスターが、一瞬にして動きを止める。いつもは天使か子うさぎに見えるその横顔が、悪魔にも見えてしまった

 

(や、殺られる…!ベルを怒らせたら、煮られる…!?)

 

ガタガタと震えながら、さっと煮え湯にロブスターと蟹を突っ込んでいくベルを見て、アイズは決心した。

 

(ベルを…怒らせないようにしよう…)

 

心に決めたアイズは、ベルの手伝いをそそくさと開始する。

 

「さって、次は…何震えてるの?」

 

「ぴぃっ!?…い、いや、なにもない。そう、なんにもして無い。私はいい子」

 

「…?」

 

何いってんだ?という顔をしたベルは、「多感な時期だから仕方ないか…」と、親のようなことを呟きながら、次なる食材を取り出す。

 

「次は、イカを捌くよ。」

 

「いか…わたし、これ始めてみた…」

 

「癖が強くて、鮮度が悪くなっちゃうオラリオじゃあんまり普及してないんだよね。」

 

アイズは興味深げにイカを見つめる。触ってみたり、匂いを嗅いでみたり。

 

「…なんだか、此の匂い…どこかで嗅いだことある気が…」

 

「さぁ!!!早速捌いていこうか!!!!」

 

強引に話題を切って、そのまま調理を再開。スパスパと捌くベルの手付きに、アイズは「おぉー」と話題をすべて忘却の彼方に放り投げた。

 

「さて、輪切りにした所で…そろそろいいかな!」

 

湯だつ鍋にトングを突っ込んで、アイズの敵を取り出す。敵達は鮮やかなまでに赤く染まっていた。アイズは宿敵たちに黙祷を捧げた。

 

「よいしょっ」

 

「!?」

 

そうしていると、ベルがいきなりバキぃッ!と真っ二つに切り落とす。

アイズが驚いていると、ベルが漸くその表情に気づき、あははと笑った。

 

「そっか、アイズ初めて見るもんね。ロブスターの捌き方は複数あるんだけど、これが一番簡単でさ。」

 

「そ、そうなんだ…」

 

「よいしょ」

 

「あぁ…!」

 

そう、アイズは思い出した。この世界は残酷なのだ。弱肉強食。自然の摂理。彼らの体は、無駄にはしない。しっかり食べて自分の糧にしよう。

 

アイズが達観した思想に目覚めた時、ベルはすでに他の調理にかかっていた。

 

縦半分にしたロブスターを、フライパンでじっくりと焼き上げる。

ジュウジュウと心地よい音が、アイズの耳に届き、潮の香りとともに香ばしい香りが食欲をそそった。

 

「で、ほんの少し焼き目がついたら…フランベ!そしたらすぐ取り出す!」

 

白ワインをシャッとフライパンに流し、炎をたち昇らせる。香りを更に付け加えるのだ。

 

「…ぶどうのいい匂い…」

 

「当然!デメテル様と試行錯誤を重ね続けた、香り付けのために作ったワインだからね!店でも好評なんだ!」

 

無邪気に笑うベルを見て、本当に料理が好きなんだなぁ、なんて、人でもないただの行為に嫉妬してしまう。

 

「ベルって…私がいなかったら、料理が恋人だったんじゃない?」

 

ちょっと、不機嫌気味に尋ねるアイズは、少し膨れていた。しかし、ベルは少し考えてから、いいや。と応える。

 

「それはないかなぁ…」

 

「えっ、どうして?」

 

予想とは違った答えに、アイズは面食らった。

 

「だって、アイズがいなきゃ…君がいなきゃ、君が笑ってくれなかったら、僕は料理なんてしてないよ。」

 

「────……!」

 

しばらくして、漸くベルの言葉の意味に気づいたアイズは、顔を真っ赤にした。付け加えられた「楽しいのも事実だけどね」という言葉は、まったく聞こえなかった。

 

じゃあ…私のために…

 

アイズがたどり着いた答えは大正解。ちらっとベルを見ると、顔にはでていないが耳だけを真っ赤に染めている。それを見て、アイズは更に顔に熱を籠もらせた。

アイズはベルの首元にすり寄って、へニャリと笑った

 

「…えへへ…ありがと…」

 

「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~、好き。」

 

「…私も…」

 

「ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"っっっっっ!!!」

 

「ベル!?」

 

尊さがマックスに至ったベルは、限界だった。我慢していた顔の熱が、一気に燃え上がる。

 

「だ、大丈夫…大丈夫だから…ふぅ…アイズ、君って偶にクリティカルかましてくるよね…」

 

「クリティカル…?」

 

「あー、ごめん。僕が悪かった…なんでも無い…」

 

「…なんでも、無いの…?」

 

「えっ…アイズ?どうして顔を寄せて来て…」

 

「ベル…」

 

蕩けた様な表情で迫るアイズに、ベルも触発される。ドキッとした。アイズがねだるときの表情は、どこか蠱惑的で、普段の凛とした(?)美しさとは別の魅力が顔を出す。

 

そのまま、ついには軽く唇が触れた時。

 

間が悪くピピピピっ、とタイマーが生地を寝かした時間を告げる。

ピタッと目の前で止まった恋人の唇に、アイズは口惜しそうにすっと離れようとした。

 

が、ベルはそのまま直進。唇を深く重ねる。数秒だったか、あるいは数分だったか。長く感じるキスの時間が、甘く感じた。

 

チュッ、というリップ音が響きベルが離れた。

 

「ごちそうさま────ア・イ・ズ」

 

ぺろっ、と唇を舐めて、ニヤリと笑った。

 

「────────あっ」

 

そこから、宿敵達の様に湯だったアイズの記憶はない。

ただ、気づいたら調理が終盤に差し掛かっていたということだ。

 

「…………はっ…!あ、あれ?」

 

「あ、やっと戻ってきた。もうすぐ調理は終わるよ?」

 

「えっ、あっ…そっか…うん…」

 

未だに惚けた様なアイズは、話半分でベルの話を聞いていた。

 

「で…ピザ生地はこうやって広げたら…ほっ!」

 

広げたピザ生地を、指先で回す。それを肩、背中を通して宙に放り投げ、トリックを華麗に魅せる。

それをみて、アイズは漸く目が覚めてパチパチと手を叩く。

 

「す、凄い!」

 

「ふふん。どう?僕の隠し芸。」

 

「マリアさんのところでやってみたら?皆に教えてって、せがまれるかも。」

 

「確かに…それは良いかも。」

 

そんな事を離しながら、二人は調理を再開する。

 

「回して、厚さを均等にしたら…トマトケチャップを全体に薄く塗って…そこに、さっき解したカニとオマール海老を満遍なく散らして…オニオンスライス、厚切りにしたベーコン、リングにしたイカを乗せて…あっ、そこにあるマヨネーズ取ってくれる?」

 

「これ?」

 

「あ、もう一個右の…そうそう。ありがとう。此の具材の上にモッツァレラチーズをタップリと…で、此の上に僕が作ったマヨネーズをかける!」

 

出来上がったそれを、ベルはオーブンに入れる。

 

「後は待つだけ。」

 

「どれくらい待つ?」

 

「様子を見ながら10~20分かな?」

 

そして、雑談を交えながら待っていると、オーブンの窓から見えるチーズが、まるで氷が溶けたように生地全体にチーズが広がり、泉のように蕩ける。それが、徐々に徐々にプクプクと泡立ち、焦げ目を付けていく。生地はふんわりと膨らんでいき、薄っすらと香ばしい匂いを漂わせる。

 

「おぉ…!プクプクしてる!」

 

「うちの窯じゃないから、少し心配だったけど、上手く出来てるね。焼け目も丁度いい。」

 

焼き上がったピザを前に、アイズは目を輝かせる。香ばしく香るチーズの匂い、ベーコンの肉肉しい香り。そして、ほのかに香る磯の匂い。すべてが空腹のアイズを促進させる。

 

これはベルの持論だが、よく言う【最高のスパイスは空腹である】というものは、本当によくあたっていると考えている。

 

 

だって、隣にこんなにも当てはまっている人物がいるのだから。

 

 

「はーい!おまたせアイズ!できたよ!」

 

「ふぉぉ!」

 

 

──今日の献立──

 

メレン産シーフードピザ

 

 

早速テーブルに運んで、ピザカッターを走らせる。

直径60センチの大きなピザを、八等分に分ける。きっとこれだけでも、二人ならば十分にお腹いっぱいになるだろう。

 

席について、手を合わせる。もうこの所作も、慣れたものだ。

 

「「いただきます」」

 

アイズは、早速ピザに手を伸ばし、1つをすくい上げる。

トロンとしたチーズが、ピザを離すまいと、乳白色の糸を引く。それを、アイズは細く美しい白指で断ち切り、絡め取り、口に運ぶ。

 

「んっ…チーズおいし。」

 

「良かった。」

 

そうして、アイズは重力に負けて下に垂れ下がるピザを、下から掬うように齧り付く。

 

「ん~!おいひい…!」

 

ウットリとした様に、アイズは目を閉じて口に広がる香り・食感を楽しむ。

 

モキュモキュとしたモッツァレラの下にあるオマール海老のぷりっとした食感と、カニの香り。イカのコリッとした食感と生地のふわっとしながらもサックリしたクリスピーな食感。すべてがアイズの味覚を楽しませた。

伸びるチーズを舌で掬って、口に運ぶ。

 

あゝ、美味しい。

 

「ベルの料理は、やっぱり美味しい…」

 

「それは良かった。さ、いっぱい食べて!」

 

「うん!」

 

そうして、二人はいつものように食事を楽しむ。食べさせ合ったり、アレンジしてみたり、純粋な食事を楽しんだ。アイズが最後の一切れを口に放り投げて、指についたソースを舐め取る。

 

「ごちそうさま…今日も美味しかったよ。」

 

「はい、お粗末様。」

 

(…なんか、こう…いけない気分になるなぁ…)

 

それを笑顔で眺めるベルは、そんな事を考えていた。

食後の紅茶を飲んでいると、アイズはベルに連れ出され、夜の海岸に足を運んだ。

 

「何があるの?」

 

「君に…ううん、君と見たい景色があってさ。」

 

そうして、海岸にたどり着いたアイズは、感嘆の声を漏らした。

 

「…凄い、綺麗…」

 

目の前に広がったその景色は、光の道。月明かりに照らされた、海面が、真っ直ぐな光の道を作り出している。幻想的なそれは、光り輝くヴァージンロード。

 

いつか、ベルとこんな場所で。

 

アイズの願う理想の幸せ。それはまだ訪れなくて構わない。だけどいつかは、恩恵を捨て、人並みの一生を彼と遂げたい。そんな、ありふれた願い。

 

私に、ヒトならざる血が流れていると知っても、欠片も変化しなかった君の接し方が。どれほど嬉しかったことか。

 

「…ありがとう…ベル…」

 

「何が?」

 

隣に零すと、不思議そうに聞き返すベル。アイズは、ゆっくりと微笑んだ。

 

アイズは立ち上がり、白いワンピースを夜風に揺らしながら、ベルに背を向ける。

 

「全部…君に会えたこと…こうして一緒にいてくれることも…全部…感謝してるの、今までの全部に。」

 

「…そっか。」

 

アイズは、大きく息を吸う。

 

「大好き、ベル。私を見つけてくれて、ありがとう。」

 

ベルは、少し目を見開いた後にクシャリと笑った。

 

「こっちこそ…僕を見つけてくれてありがとう。大好きだよ、アイズ。」

 

笑顔を向ける二人。白いワンピースを、月明かりが純白のドレスに変えてくれる。手をつないで、光のヴァージンロードを二人で眺め、また笑った。

 

 

 

 

 

 

いつか、本当のヴァージンロードを二人で…そんな約束が、あったとか。なかったとか…それはまた、別の話。

 

 

 

 

 

 




後日談

「アイズー?泳げるようになったって、嘘だったの?」

「そ、そんな事ない!べ、ベルと行ったときは泳げたの…!」

「まったく…仕方がない、また私が指導してやるか…」

「う、や、やめて…!た、助けてベル!」

「此処にベルはいない…さぁ、アイズ…特訓だ。」

「こ、来ないで…!私は…後何回溺れればいいの…!?」

ファミリアでメレンに来たアイズは、泳げなくなっていることに驚き、結局リヴェリアの厳しい指導が入ることになった。

「次はどうやって…!い、いつ溺れるの…!?私は…!私はッ!





────私の傍に、近寄るなああ────ッ!」


号泣して返ったアイズは、ベルに慰めてもらった。


────────────────

感想、よろしくおねがいします。
遅くなってすみませんでした。



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お菓子はいいからイタズラさせろ(trick yet treat)

遅くなりましたぁ、ごめんなさい…
本当はハロウィン当日に出したかったのですが、出したと思ったらパソコンの不調で初期化、履歴すらだいぶ前のものになっていたのでガン萎えしてました。
では、じきはずれですが、どうぞ…


グツグツ滾る、鍋の中。かき混ぜかき混ぜドロドロと、真っ赤な果実をボトリと落とす。

 

「ふふふ…ふふふふ…」

 

怪しい笑みを浮かべながら、白い影が鍋をヘラで掻き混ぜる。

 

その様子を、背後の壁から覗く金色の視線。すると、白い影がグリンっと振り返り、視線をにらみ、不気味な笑顔を浮かべた。

 

はっと飲んだ息に、バレやしないかと胸の拍動を一層高鳴らせる。

その視線が消えて、そっとまた壁に隠れながら、白い影の様子を伺う。すると、その場に白い影は影も形もない。グツグツと甘い香りを漂わせる鍋があるだけだった。

 

そろ~っと、足音をたてずに鍋に近づき、ソロリソロリと忍び足ですぐ近くの鍋に手を伸ばす。

そう、彼女は気づいていなかった。背後に忍び寄った、真っ白な兎の影に。

 

 

 

 

 

「何してるのかな?アイズ。」

 

「─────ッ!!??!」

 

ビクッ、と肩を跳ね上げたアイズは、背後に仁王立ちを決めるベルに、顔を青くしてギギギッと錆びついた動きのまま、背後を振り返った。ニッコリと微笑むベル。いつものアイズならば真っ先に抱きついて、自分も笑顔を浮かべているところだっただろう。そう、平時であるならば。

 

「毎年毎年…何回言えばわかるのかな?このトフィーアップルは孤児院の子どもたちに用意してるものだよって言ったよね?」

 

しかし、今ばかりはその微笑みが、ダンジョンのモンスターよりも怖い気がした。

 

「あ、いや…その…」

 

オドオドとどもるアイズが、伸ばしていた手をスっと自分の後ろに隠した。

 

鍋の中には、真っ赤な塊───透明の水飴にコーティングされたイヌリンゴ。現在、オラリオにて開催されている祭りにおいて、重要な意味を持つお菓子。トフィーアップル。それを摘み食いしようとしたアイズは、それはもう毎年のように怒られている。

 

「去年はボクスティ10人分つまみ食い、その前はかぼちゃパイを1ホール…その度にギリギリで作らされる僕の事を考えてくれないかな?」

 

「そ、それは…ベルの料理が美味しいから…」

 

「…いや、それは嬉しいけど…って!それとこれは別の話だから!」

 

うぐっ、と唸ったアイズを正座させて、ちょっと嬉しそうに口元を歪めたベルだったが、キュッと口を締め付けて、アイズを叱りつける。

 

「僕もボランティアで参加しているだけだけど、これも大事なイベントだし、いつも渡しに行く時楽しそうにしてるじゃないか。」

 

「それは…そうだけど…」

 

毎年開かれるこの祭り。ノリノリで仮装して子供達を追い回してるアイズにとっては、まぁなんとも言えないのだ。知り合いの女神様が開いているオラリオの大孤児院に、炊き出しや援助を行っている2人にとって、このイベントはそこの子供達と触れ合える大切なイベントなのだ。故に、このギリギリでつまみ食いをされて、全員分をまた用意しなくてはならないのは手間がかかる。それに、祭り価格になっているのか、普段安い食材が異様なまでの高騰を見せている。あのベルが提携している果樹園と喧嘩1歩手前まで行ったほどに。あのベルが、だ。

 

「君は知らないかもしれないけどね?この時期って材料費が馬鹿にならないんだ。特に、お祭りに使うものなんて…経費で落としたら2ヶ月分は飛ぶんだよ?」

 

「ごめんなさい…」

 

アイズはそう言いながらも、今も甘く魅力的な香りを放つ鍋に目が釘付けだった。ベルは、「色気より食い気か…」なんて呆れながら、アイズに餌を出すことにした。

 

「今日のお祭りが終わったら、夕食は少しだけ豪華にしようと思ってるんだ。」

 

「本当…?」

 

「勿論!だから、今は我慢して?」

 

正座するアイズの頭を撫でながら、ベルはよしよしと呟いた。今までアイズのおいた(摘み食い)には毎年悩まされてきたが、店を始めて3年の今年に気づいた。食べ物で釣れば、アイズは大抵の事は忘れてくれることを。

 

しめしめと悪い笑みを浮かべ、ベルは漸くゆっくりと調理に取り組める。そんなことを思いながら、横から鍋に伸ばされたスプーンを叩き落とす。

 

「あっ…」

 

「…」

 

せめて水飴だけでも。なんて思考が見え隠れする表情を見せるアイズは、「ヤバっ」と言うような顔を見せてから、そろ〜っと厨房を出ていこうとして、余計にベルに怒られた。

 

 

「…アイズ、準備はいい?そろそろ行くよ。」

 

「平気…衣装は注文通り完璧な仕上がり。仮装も準備出来てる。」

 

ダンジョンに潜む兎型のモンスター、アルミラージに仮装をしたベル。そして、その隣にいるモフモフの尻尾を揺らし、紫がかった狼の耳を生やすアイズが、ベル謹製のお菓子を大量に持ちながら、孤児院の協会のドア前で待機していた。

 

そして、にっこりと笑った2人は大扉を開けて大きな声でこう言った。

 

『みんなー!ハッピーハロウィン!!』

 

その声に、中にいた子供たちが一斉に2人に殺到した。

 

『トリックオアトリート!!お菓子くれなきゃイタズラするぞ〜!!』

 

そう、今日はハロウィン。過去に存在した収穫祭であり、現在では子供たちが仮装をして街を練り歩き、決まり文句を言って菓子をねだる。今ではオラリオ恒例の行事だ。

 

「よーし!みんなー!順番に並んでねー!」

 

『はーい!!』

 

「ねーちゃん!はやく!」

 

「おにーちゃんもはやく!」

 

アイズの声に元気よく反応した子供たちは、2人の前に並んでいく。

 

木製のバスケットに、棒を刺したトフィーアップルを子供達に順番に手渡していく。子供たちは、キラキラと光る真っ赤なキャンディーを貰い大興奮。ベルはその様を満足気に眺めていた。すると、品のある微笑みを称える妙齢の女性と、子供のように笑う少女神が現れる。

 

「本当に、いつもありがとうございます。クラネルさん、ヴァレンシュタインさん。」

 

「楽しそうだねぇ?いつも助かってるよ…ベル君にアイズ君!」

 

「マリアさん、ヘスティア様!」

 

「お久しぶりです。」

 

シスターの格好をした女性と少女。この孤児院の院長であるマリアと、この孤児院の主神である、孤児や孤独の母である神ヘスティアが笑顔を浮かべながら、ベルの隣に駆け寄った。

 

何故、ベルとアイズがボランティアをしているのか…それは、ベルが店を開いたその翌年、バイトで雇ったヘスティアが、偶然見つけた孤児院の話をした事にあった。

自分が孤児であったことや、アイズの提案で度々このような催しを行うことになったのだ。

 

「しっかし、相変わらず君の料理は美味しいよね。これが毎日食べられるアイズ君は羨ましいよ。」

 

「ふふん…当然。それに、料理だけじゃなく、可愛い。」

 

「ハイハイ、ありがとうアイズ。」

 

「本当におふたりは仲がよろしいですね。仲睦まじい事は良きことですよ。」

 

常に肩を並べる2人を微笑ましい思いで眺めるマリア。そして、2人を羨ましげに眺めるヘスティア。

 

「いいよなー、僕は将来の伴侶なんて居ないしさー。喧嘩とかしたりするの?」

 

「んー…したことあったっけ?」

 

「…本格的なのは、ないと思う…?子供の頃も、仲良かったし…」

 

そうだよねー。と笑顔を向け合う二人を見て、やはりヘスティアは少し羨ましかった。

すると、孤児院の子供達が駆け寄ってきて、ベルに群がった。

 

「ねー!遊ぼーアイズー!」

 

「うん、いいよ。何して遊ぼっか!」

 

鬼ごっこやかくれんぼが挙がる中、子供に埋もれるアイズは楽しそうにしていた。

そんな所を、懐かしそうに見つめる。

 

「ベルもこれくらい小さい時は、みんなより元気だったよね。」

 

「まぁ、確かに。いっつもアイズの帰りを部屋で待ってたよ。それは今も変わってないけどさ。」

 

なんだかんだと遊んでいると、時間がだいぶ経ってしまい、もう帰る時間に。

 

「お二人共、今日はありがとうございました。」

 

「本当に助かったよ!2人とも。ロキのところにいるのが勿体無いくらいだ!」

 

「相変わらず仲悪いんですね…あれ?そう言えば、あの3人はどこに行ったんですか?今日見てませんけど…?」

 

「あっ…フィナにライ…フゥも居ない…?」

 

2人は、いつも最後まで近くにいた印象的な3人の子供たちを浮かべた。

すると、マリアはそう言えばと二人を見た。

 

「あの3人は、去年のハロウィン終わりから学区に行っています。」

 

『ええっ!?』

 

驚く2人を可笑しそうに笑ったヘスティアは、子供の成長を見守る母親のような微笑みを浮かべながら、3人を思った。

 

「あの3人はこの中では1番の年長者で、責任感も強かったからね…3人とも君たちを目標に、大きくなって帰ってくるってさ。」

 

「ライとルゥはアイズさんのような冒険者になるために…フィナは、ベルさんの様な料理人になりたいと言っていました。そして、ここの子供たちを支えたい…と。」

 

「そ、そうなんですね…」

 

「私を、目標にはしない方がいいと思うけど…」

 

そんな驚きを持ちながら、高い志をもつ子供たちに目標にされた事で恥ずかしくも、誇らしい気持ちになった。

名残惜しさを引き摺りながら、二人は子どもたちに来年も来ることを約束して、孤児院を出た。

 

その帰り道、手を繋ぐ2人は、今は会えない3人の事を考えていた。

 

「子供の成長って…本当に早いなぁ…去年に会った時は、まだ子供だと思ってたのに…」

 

「うん…でも、成長ならベルだって凄いかったよ?会った時は、言葉もたいして喋れなかったのに、すぐに話せるようになって…今じゃ、身長も同じくらいになっちゃった。」

 

「そりゃあ、あれから10年近く経ってるしさ…そうじゃなくて!心の話さ。」

 

「心の…?」

 

「そうそう。そうしてみるとさ…彼らはもう、子供じゃないのかもね。」

 

「…そっか…なんだか────」

 

寂しいね。

 

その言葉を、アイズは飲み込んだ。

 

ベルの言葉に、数年前から3人の友達であるアイズは、なんだか寂しく感じた。その寂しさは、ベルが「独り立ちをする」と宣言した時の様で、そうでないようで。

 

どこか、複雑な寂しさだった。

 

それを察したのか、ベルはそっと肩を寄せ、アイズに寄り添った。アイズは、無言でベルの肩に寄りかかる。

 

家につくなり、アイズはリビングのソファーにどっかりと座って膝を抱えて何やら考え事を始めてしまった。

ベルは、アイズの後ろ姿に微笑みを零し、調理を始めることにした。

 

「さてと…今年はちょっと豪華にしなきゃね…」

 

ベルが最初に取り掛かったのは、ハロウィンの代名詞とも言えるかぼちゃだ。

半包丁を入れて、半分に切ったものを四等分にして、蒸し器の中に入れて30分放置。

 

「次は…うん、よく漬かってる。」

 

棚から瓶詰めのレーズンを取り出す。中のレーズンはラム酒に漬けられていて、甘く、ほろ苦い味わいを醸し出している。

そして、次に用意するのは、準強力粉、きび砂糖、トレハロース、塩少々、無塩バター、スパイスミックス、イースト菌、全卵を混ぜた生地を少し発酵させた物。

 

それをキッチンに置いて、ラム漬けになっているレーズンを入れ混ぜる。そして、ベルの隠し味を投入。

 

「…緊張するなぁ…」

 

そのまま捏ね上げ、ケーキ型に詰め込み、オーブンで20分焼き上げる。

 

そして、蒸しあがったかぼちゃの半分を小さく角切りにする。そして、生クリーム、塩適量、胡椒少々、バターで炒めたベーコンブロック、玉ねぎ、ブロッコリー、かぼちゃを投入して、しんなりとしてきたら、パイ型にしっかりと敷いたパイシートの上に、炒めたものを入れて、溶き卵4つを満遍なくかけ、チーズをたっぷりとかける。そして、ケーキ型と同じオーブンで同じ時間こんがりと焼く。

 

「さーて、次は…アイズが好きなやつでも作ろうかな。」

 

その後、すぐさまベルはにんにく、玉ねぎをみじん切り、新鮮なイカを輪切りに。オリーブオイルを加えて熱したフライパンに、唐辛子を半分。それを炒め、唐辛子の香りが引き立ってきたところで、トマト缶を入れる。ここでポイントは、フライパンの底が見えてくる位に水分が飛んだら、みじん切りにした玉ねぎとにんにく、イカを投入。

 

夏に知ったことだが、アイズはイカがお気に召したようなので、今日はアイズの好きなものを作ることにした。

 

「さて…そしたら…白ワイン、水、コンソメ、イカスミペーストを加えて…塩、胡椒で味を整えて…弱火でじっくり炒める…」

 

その間に、ベルは作り置きにしていた生のパスタを沸騰したお湯で少し固めに茹ですぐに水を切って、フライパンに加え、しっかりと絡まるように炒める。

 

「よーし…完成!」

 

その時に、丁度こちらを壁際から覗くアイズを発見する。

 

「アイズ、どうしたの?」

 

「…べ、別に…その…お腹減って…」

 

「もう少しだから、フォークとナイフ…あとは、グラス用意しといて。」

 

「…うん…」

 

アイズの少し暗い雰囲気を感じながら、頭を撫でて調理に戻る。

 

その時、丁度オーブンに入れていた料理が完成したようで、チンッ!と焼き上がりを知らせるベルが鳴った。

オーブンを開けると香ばしい香りと、少し甘い匂いが漂う。

 

「うん!いい出来だ!」

 

ふたつを取り出して、ケーキ型は、切り抜いてバターを塗り、しっかりと冷ますために切り分けて皿に盛る。

パイ型はそのまま取り出し、8等分に切り分けて、大皿に盛る。

 

「アイズー、出来たよ!食べよー!」

 

〜今日のご飯〜

 

・ベル特製、濃厚イカ墨パスタ

・ふわふわ卵と野菜のパンプキンキッシュ

・ラム漬けレーズンのバーンブラック

 

2人は席に着いて、手を合わせる。

 

 

『いただきます』

 

 

アイズはいつもよりは元気がないが、ベルの料理を見たら少し元気になったのか、ベルに取り分けられたキッシュを、大きく頬張った。しっかりと噛み締めて、味わって、飲み込む。パスタにも手を伸ばして、アイズは頬をリスのように膨らませた。

 

「…おいひぃ…おいひぃよぉ…」

 

「そっか…良かった。」

 

カリッとしたチーズが、ふわふわの卵を包み込む様に口の中で混ざり合い、甘いかぼちゃが更に味をひきたてる。1件美味しそうに見えないイカ墨パスタだって、1度味を知ってしまえば、もう虜。魚介の香りが口いっぱいに広がって、濃厚な味わいを醸し出す。

 

アイズは、少しだけ目じりに涙を溜めながら、心の内に溜まっていた何かを吐き出す。

 

「…みんなが、どっか行っちゃう気がして…ベルも、どっか行っちゃうと思って…!」

 

「そっか…子供の成長って…本当に早いからね…」

 

目尻に溜まった涙を拭われながら、アイズはやけくそを起こしたように食べ続ける。これはきっと、今までの不安や心配が爆発してしまったのだろう。そう言えばと思い返せば、ベルが店を開いて独り立ちをするとロキに宣言した時も、誰よりも反対したのがアイズだった。生い立ちを知ったベルとしては、あれは不味かったと反省している。

 

柔らかな黄金の絹を撫でて、優しく微笑む。

 

「大丈夫さ。僕はずっといるつもりだから。」

 

「…うん…約束…」

 

「うん、約束。それで…さ、このケーキ食べてみてくれない?」

 

「ん、これ…バーンブラック…?」

 

「そ、食べてみて?」

 

このバーンブラックは、ベルとアイズが初めてのハロウィンに作った料理で、その時に初めて失敗した、色々な意味で苦い料理なのだ。

アイズは緊張した面持ちで、この料理の味を思い浮かべた。

 

「前作った時は…すっごく苦くって…」

 

「大丈夫!もうあんなミスはしないよ。」

 

ミスの原因がベルのオーブンの焼き時間ミスだったのだ。それを払拭するために、3年越しに挑戦した。まぁ、それ以外にも作ったわけがあるのだが。

 

「じゃ、じゃあ…いただきます…」

 

頬張ったアイズは、本当に驚いた。広がるレーズンの甘みとラム酒の苦味。ぎっしりと詰まった生地がしっかりとした食べ応えを与えてくれる。そして、香ばしい香りが、更にアイズの手を進ませた。

 

「お、美味しい…!美味しいよ、ベル!」

 

「良かった!いっぱい食べてね!」

 

「うん!」

 

ハムハムと食べているアイズを、楽しそうに見ていると、アイズが食べかけのバーンブラックを差し出してきた。

 

「あ、あーん…」

 

「…ふふっ…あーん…うん!よく出来てる!」

 

「当たり前…ベルの料理だもん…美味しいに決まってる。」

 

「なんでアイズが誇らしげなのさ。」

 

呆れ笑いをこぼしたベルは、その時を今か今かと待っていた。そして、アイズのバーンブラックが最後の一口に差し掛かり、その1口を頬張る────

 

 

 

「ヒック…」

 

 

 

 

ことは無かった。

 

「……ん?」

 

「ヒッ……ヒッ…」

 

アイズの目がぼーっとし始めて、若干頬が赤くなる。何が起きたのか分からないベルは、ようやく思い至り、自身の失態に頭を抱えた。

 

「────しまったぁ…!ラム酒(・・・)だ…酔ったのかぁ…あれだけでぇ…」

 

「ベリュ〜」

 

舌っ足らずなアイズが机を跨いで、服が汚れることも気にせずに撓垂れ掛かってきた。

 

「アイズの弱さを舐めてた…ロキ様に言われてたのにぃ…」

 

「ベリュ〜?ねぇ〜?」

 

折角こんな回りくどい真似までしたというのに、最後の最後で自身の詰めの甘さに涙を見ることになるとは思ってもいなかった。

 

ベルに抱きついたアイズは、暫く匂いを嗅いだり甘噛みしてから、自分勝手に寝てしまった。

 

ベルは心臓に悪いアイズの行動に、未だに鼓動を高鳴らせながら、深い溜息を吐いて、アイズの食べかけた最後の一口をフォークで切り分ける。

 

「はぁ…こんなものまで入れたのに…本当に情けないなぁ…」

 

取り出したものは、耐熱性のおもちゃの指輪。そして、ベルの懐に入っていた、アイオライトの宝石が嵌め込まれた指輪の入った箱を、机に置く。

 

「ほーんと…決まらないなぁ…」

 

呆れながら、穏やかな寝息をたてて眠るアイズの頭を撫でる。

 

「君と初めてハロウィンに作った料理で、決めたかったんだけどなぁ…」

 

仕方ないか、とベルは諦めて、指輪を自分の隠し場所に隠してから、しがみつく様に眠るアイズを寝室まで運んで、アイズの汚れた服をぬがし、寝巻きに着替えさせて、自分も寝る支度をして、同じベットに潜る。

 

「ベリュ〜…ん、どこ行くのぉ…」

 

「ここにいるよ。僕が初めて愛した人…」

 

「んへへぇ…」

 

手を握れば、デヘヘっとだらしなく笑ったアイズは、先程の暗い雰囲気は吹き飛んでいた。さらりと流れる髪の毛を撫でる。

 

お菓子はいいからイタズラさせて(trick yet treat)────

 

 

 

 

────なんてね…おやすみ、アイズ。」

 

額に口付けをする。

 

 

 

小さなリップ音が、寝室に響いた。

 

 

 

 




バーンブラックに指輪を入れるのはしっかりと意味があり、指輪が入っていた場合は結婚を意味するらしいです。
ちなみに、アイオライトの石言葉は『初めての愛』や『癒し』『不安の解消』です。
結婚石としても有名らしいのでこの石にしました。


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今日は楽しいひな祭り

遅くなりました。諸事情でこっちに手をつけられなかったことをお詫びします。お正月話やろうと思ってたらバタバタしてて完全に時期をはずれてしまった…ので、3月のイベント、ひな祭りを開催いたします。

今回はアイズよりもリヴェリアとの絡みがメインとなっております。

今回でファミリア内でのベルくんの立ち位置がわかるかも…?


「ベルー!準備できてる?」

 

「できてるよー、そろそろ行こっか。」

 

二人揃って家を出る。とびきり着飾って、とびきりの笑顔で。極東の衣装、春の訪れとともに咲くとされている、桜の花弁を模した柄をあしらった桃色の袴を纏って。

極東に存在する古き伝統的な行事、知神のタケミカツチに教わって、料理の知識も十分、抜かりはない。

 

女子の健やかな健康と成長を願って、綺羅びやかに着飾らせた人形を飾り、厄や穢を人形に移し身代わりになって貰うという、極東の季節行事。

 

桃の節句。今日は、楽しいひな祭りだ。

 

 

 

「ロキ、ベル連れてきたよ。」

 

「おお!やっと来たか!ベルにアイズたん!おかえりー!」

 

「おかえり、ベル。待っていたよ。」

 

「久方ぶりだな。おかえり、ベル。皆が今か今かと待っていたぞ。」

 

「おう、坊主!酒は持ってきたか!お主の作ったニホンシュは格別だからな!それと、何じゃ…よく帰ったのう。ゆっくりしていけ。」

 

「こんにちは!お久しぶりです!」

 

「あら、帰ってきたわね?おかえりなさい。」

 

「おぉ~、店主くん!いらっしゃい!いや…お帰りなのかな?」

 

ここは【黄昏の館】。名実共にオラリオ最強とうたわれるファミリア。ロキ・ファミリアの本拠。かつてベルが住んでいた、実家の様な場所。

順に神ロキ、団長であるフィン、副団長のリヴェリア、幹部であるガレスが、他にも事情を知るレフィーヤ、ヒリュテ姉妹が一同に歓待する。ベルは少し戸惑いながらも微笑みで返した。

 

「はい…ただいま帰りました。」

 

気恥ずかしさを感じながら、主神と幹部たちに囲まれて───どこか、本当の家族のような暖かささえ感じる。久方ぶりの帰宅。

 

「さて…今日のメインイベント!始めるでぇー!!」

 

その号令とともに、背後に布をかけられ隠されていた七段飾りの大きな雛壇が披露される。そこには男雛、女雛を始めとした雛人形が厳かに飾られていた。

 

「…綺麗…!」

 

「ほんと…僕もこんなにすごいなんて思ってなかったよ!」

 

「むふふー!せやろ?なんたって、アイズたんに、レフィーヤ、ティオナにティオネ、女性団員()のためだけに、うちがオーダーメイドで作り上げたんやからなぁ!」

 

ロキが自慢げに、しかし悲しげに声を張り上げた。懐がだいぶ寂しくなったのだろう。ベルは心情を察して遠い目をロキに向けた。

雛壇の前では、ベルの横から無理やり引っ張りだされたアイズが、ティオナやティオネ、レフィーヤ、ベルは名も知らぬ女性団員と共に談笑している。

戸惑いながらも、アイズが笑顔を見せていることがたまらなく嬉しかったりするのだ。

 

「…お前はいいのか?」

 

そう離れたところで見守るベルの隣に立ったのは、リヴェリアだった。

 

「リヴェリアさん…えぇ、僕はいいんです。彼女が笑顔でいるなら。」

 

「お前は、昔から随分と無欲だな。」

 

「いいえ、十分に欲深いですよ。アイズを独り占めしてるんですから。」

 

笑って返したベルに若干呆れながらも、リヴェリアは嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「やっぱりお前は…昔からいい子だな…色々と、感謝している。」

 

「…いいえ、感謝しなきゃいけないのは、僕の方です。」

 

「全く謙虚な子だな…今日くらいゆっくりしていってくれ。また後でな。」

 

そう言って頭を撫でて隣を離れたリヴェリアに、ベルはポシャりと呟いた。

 

「…母さん…か…」

 

ぽそっと零した呟きは、喧騒に飲み込まれた。

今も雛壇前が賑わう中、ベルはそ~っと抜け出して、今日の宴会用の料理を用意することにした。

 

「さて…今日は何を作ろうかな…」

 

そうしてベルがキッチンに入って、食材を前にしていると、頭にポンッと手を置かれた。

 

「全く…ちっとも言うことを聞いてくれないな。たまには休めといっているのに…」

 

「り、リヴェリアさん!?」

 

ベルの頭に手をおいたのは、リヴェリアだった。彼女はやれやれと呆れたように首を降ると、髪を纏めひとつ結びにして、薄緑のエプロンを身に纏った。

 

「手伝おう。ベルとキッチンに立てるなんて暫くなかった。それとも…母と(・・)料理なんて…お前もそう思ってしまうか?」

 

「─────いいえ…ううん、嬉しいよ母さん…手伝って欲しいな。」

 

「任せろ。始めにお前に料理を教えたのが誰だったのか…思い知らせてやる!」

 

イタズラっぽく笑ったリヴェリアに、ベルはやはり敵う気がしなかった。いつも、彼女にはいつも心を読まれっぱなしだ。彼女はベルが拾われて以降も、随分と世話をしてくれた。ベルが独り立ちを決心して、修行の為にある酒場に口利きしてくれたのも彼女だったりする。だから、彼女には頭が上がらないし、自分が唯一母を感じることができる人物なのだ。

 

それに、こうして彼女の子として振る舞えるのが、嬉しかったりするのだ。

 

「それで、今日は何を作るんだ?」

 

「今日は、せっかくだから雛祭りにちなんだご飯を作ろうかなと思って。『ちらし寿司』っていうんだけど。」

 

「ほう…流石だな。情報収集はぬかりないか。」

 

「もちろん!その辺は丁寧に聞いてきたから!」

 

グッと力瘤を作ってアピールするベルがどうにも可愛くて、撫でてやりたくなったが、場所が場所なので、己の欲を律した。

 

「…そうだな…よし、私も久々だが、包丁くらいは扱える。」

 

「本当?母さんが台所に立ってるところ久々に見るかも。」

 

「そうだな…もう少しお前が帰ってくれば、私も作る機会があるのだがな?」

 

「あはは…お店が意外と忙しくって…」

 

「ふふっ、わかっているさ。お前の店が軌道に乗ってきたようだし、盛況と噂も聞いている。店には夜にしか行けないから、盛況の様子を間近で見たのは、ほんの数回だがな。」

 

度々リヴェリアが店に足を運んでくれるのだが、そのときは他のエルフが王族の身分であるリヴェリアに恐れ多いと客足が急に遠のいてしまう。そのために、彼女はベルの店に立ち寄ることを遠慮している節がある。正直、ベルの店の利用客はエルフとヒューマンがとにかく多い。そのせいも有り、リヴェリアは深夜帯も営業している週末にしか行かないのだ。

 

「もっと来てくれてもいいのに…集客率よりも、母さんが来てくれたほうが宣伝になるんだけどなー。」

 

「嗚呼、母まで利用する強かな子に育ってしまうとは…私は悲しい…よよよ…」

 

「はははっ、ウソウソ…普通に来て、僕のご飯を食べて欲しいな。」

 

「…そこまで言うなら、今度は昼時に行かせて貰うとするか。」

 

「うん!精一杯おもてなしするよ!」

 

こうして、来店の約束を取り付けたベルは、嬉しそうに鼻歌を歌いながら、調理に取り掛かった。その後ろ姿を微笑みと共に見つめるリヴェリア。キッチンに並ぶ二人の姿は、本当の親子のように見えることだろう。

 

「まず、鍋にお湯を沸かす。それと同時に海老を剥く。このとき、海老の頭を根本からとって、えびの両足の間に親指を入れ込んでそのまま殻と身を引き剥がすように片側へと身を寄せていくとツルっと剥ける。」

 

「おぉ…流石、プロだな。手慣れている。」

 

初めて海老に触れるリヴェリアとは違い、なれた手付きで瞬時に30程剥いてしまうベルの手際を、感心したようにリヴェリアは唸った。

 

「そしたら、剥いた海老の背中に切れ目をいれて、切れ目から見えている背わたの下に、爪楊枝の先をくぐらせるように浅く差し込んで、背わたを引きずり出して、お湯に入れてボイル!」

 

「…どうしてそうホイホイできるんだ…」

 

「慣れだよ、慣れ。母さんだって、やってればできるようになるよ。」

 

「むぅ…そんなものか…?」

 

手際が良すぎるベルの手付きに、感嘆を漏らしながら作業は続く。

 

「そしたら…人参を細切り、レンコンは薄いいちょう切りにして酢水にさらしてからしっかりと水気を切る。

干し椎茸は水で戻して柔らかくなったら石づきを落として薄切りにする。絹さやは筋を取り、熱湯でさっと茹でて半分に切る。」

 

本当に、ちょっとリヴェリアが手を拭いている間に、すべての作業が終わっている。魔法を使っているんじゃないかと疑い始めてしまう程だ。

 

「次は、鍋に干し椎茸の戻し汁と水を合わせて入れ、砂糖、酒、醤油を適量加えて火にかける…人数が多いから適当でいいんだ。煮立ったらニンジン、レンコン、干し椎茸を加えて炒め煮にする。5分ほど煮て水分が少なくなったら火を止め、しばらく置いて味をなじませる。その間に錦糸卵を作る。」

 

さっと慣れたように用意されたフライパンと、ベルの真剣な顔を見て、リヴェリアは成長を感じて嬉しくなると同時に、少しの寂しさを覚えた。

 

(もう…こんなに大きくなってしまったのか…早いものだ…)

 

「ん、どうしたの母さん?」

 

「…いいや、あまりにも早いものだからな…驚いてしまった。」

 

「アイズにも言われるんだけど…そうなのかな…?」

 

「あぁ、お前のその技術は確かなものだ。誇ってくれよ、私のお墨付きだ。」

 

「じゃあ、今度から店頭に飾っておこうかな、『あのリヴェリア・リヨス・アールヴお墨付き!』とかどう?」

 

「ほう?ならば私直筆のサインでも飾ってみるか?街中の同胞(エルフ)が挙って来そうだがな。」

 

「あははっ、それいいかも!」

 

なんて、冗談を挟みながらも着々と準備は進んでいく。薄く焼いた卵を丁寧に細切りにしてフワッと空気を含むようにほぐしておく。

 

「さって…ボイルした海老は水で締める。そしたら…母さんはいこれ。」

 

「ん?うちわ?何をするんだ?」

 

「そりゃあ扇ぐのさ。まぁ、僕をじゃないけどね?」

 

土鍋から炊きたてのご飯を大きな半切り樽に移して、しゃもじに酢を垂らす。

 

「お酢を入れて…ご飯を切るように混ぜる。あ、母さんご飯に風を送ってほしいな。うん、ありがとう。お酢が馴染んできたら砂糖と塩少々を入れる。」

 

「コメを扇ぐのか?」

 

「うん、扇ぐことで余計な水分を飛ばして、ご飯のベタつきを防ぐんだ。それに、熱で酢の風味とかが飛ばないようにとかね。」

 

「初めて知ったぞ…博識だな。」

 

「まぁ、酢飯自体が極東の文化だから…あそこは閉鎖的すぎて、文化とか技術とか、直接聞かないとわからないから。」

 

「なるほど…やはり、世界は未知に溢れているな。」

 

世間話を交えながら、完成した酢飯に水気を切った炒め煮野菜を入れて、さっくりと混ぜる。

 

「味はこのくらいでいいよね?」

 

「どれどれ…うん、これだけでも十分に美味しい。」

 

「ふふふっ、これからもっと美味しくなるから見てて!さーてこの基礎に、いくらをたっぷり、蒸し海老は豪華に丸ごと!錦糸卵を盛り付けて…完成!!」

 

地味な配色だった酢飯が、あっという間に色鮮やかに変化する。リヴェリアはその変化に舌を巻いた。

 

「美しいものだ…極東は食をも一つの芸術と捉えることがあるらしいが…頷ける。」

 

 

 

─今日の献立─

 

・ベル特製海鮮ちらし寿司

 

 

 

「よし!みんなのところに持って行こう!」

 

「手伝うよベル。随分と大きいからな。」

 

「ありがとう、母さん!」

 

二人で抱えてやっとの大半切り樽を抱えて、未だ喧騒の止まない広間に持っていく。

 

「おまたせしましたー!ご飯できましたよー!」

 

「おー!なんか見当たらん思ったらご飯作ってくれとったんか!ウッヒョー!しかもメッチャ美味そうやん!!てかエプロン付けたポニテリヴェリアマジ萌!!」

 

「やかましい、寄るな。」

 

「ベル!リヴェリアといたんだね。」

 

「うん、母さ…リヴェリアさんが手伝ってくれてね。」

 

「…あぁ、一人では大変そうだったからな。この大人数だ、手伝いくらいいるだろう?」

 

「そういう事…それに、アイズは袴着てるからさ。汚れちゃれあれでしょ?だからそんなむくれないで。」

 

どうして自分を呼ばなかったんだとむくれるアイズを宥めているベルを見て、リヴェリアは少し悲しげな表情を浮かべた。

 

「今日も変わらず、ベルのご飯は美味しそう…」

 

「うわっ!すっご~い!これリヴェリアと店主くんで作ったの!?」

 

「ほんと、綺麗ね!」

 

「うわ~…本当にプロですね…」

 

「こりゃ酒が進みそうだわい!ベルー、ニホンシュを頼む!」

 

「うん、これは本当に美味しそうだ。早速食べてみてもいいかい?」

 

「どうぞ!召し上がってください!」

 

一同がベルとアイズに倣って手を合わせる。

 

「それじゃあ」

 

『いただきます!』

 

それぞれが皿に盛り付け、口に運んでいく。

甘酸っぱい酢飯が、いくらや蒸し海老とマッチして、なんとも言えない幸せな味を引き出してくれる。やはり、極東料理は万人受けすると言われただけはある。

 

「ん~…美味しい!ベルの料理はもはや中毒レベル。」

 

「不穏なこと言わないでくれないアイズ?」

 

「ほんっとに美味しわよね…これで女だったら…強敵だったかも…!?」

 

「ほんにょこへおいひいひょね!いきゅらでもはべられはう!」

 

「ティオナさん、せめて飲み込んでから喋ってください~!」

 

「酢飯なんて久々に食べたわい…やはり酢飯にはニホンシュじゃな!カパカパ進むわい!」

 

「本当、とんでもなく美味しいね…これをどうにか遠征で食べられればいいんだけれど…おっと、止めておこう。何かあったら本気でアイズに殺される。」

 

一部不穏な言葉が聞こえたが、アイズがすぐさま睨みを効かせ黙らせた。アイズの隣りにいたベルは、離れたところにいるフィンの発言など知る由もない。

一人離れたところでその様子を眺めるリヴェリアは、どこか上の空だった。すると、トトトっと白兎が近寄ってきた。

 

「母さん、はい。取り分けてきたよ。」

 

「…あぁ、ありがとうベル。いただくよ。」

 

「うん!召し上がれ!」

 

満面の笑みで返されたリヴェリアは微笑んでから、ちらし寿司を頬張る。お酢は馴染みがないものだったが、嫌な風味ではない。初めて食べるいくらとやらもプチっと口の中で弾けて、濃厚なタレを引き出してくれる。自然と、口が咀嚼をはじめて、ゆっくりと飲み込む。感想は、まさに条件反射的に零れ出た。

 

「あぁ…美味しい。美味しいぞ、ベル!」

 

「本当!良かった、そう言ってくれるのが一番嬉しい。」

 

心配そうな顔から、一気に花が咲いたように笑顔を見せたベルの頭を、リヴェリアは撫で回した。

 

「こんなに一人前になっているとは、なにかご褒美でもあげなければな?」

 

「いいよ、そんなの。母さんが僕の料理を食べてくれるだけで…僕は幸せだから。」

 

「…そうか。」

 

「ベルー!」

 

「呼んでるぞ。行ってやれ。」

 

「うん。じゃ、一杯食べてね!」

 

そうして離れていくベルの背中を、ただ見つめた。

 

「ベル、イザナミ!」

 

「はいはい、おかわりね。薮蛇丸のマネしなくていいから。」

 

そうしてじゃれる二人の姿を見るのが、どうにもこそばゆく、嬉しい。この胸のざわめきすらも、成長の証だと収めることにした。

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました!」

 

「こっちこそやでベル!あんな美味しいもん用意までしてくれて!何より、アイズたんの袴姿が良かったわ~!!」

 

「美味かったぞ、ベル!今度の遠征打ち上げはベルのところでやるかのう!」

 

「馬鹿者、こんな大人数の打ち上げをあそこでやれるか!」

 

「じゃあ、二次会かな?幹部のみなら行けそうだけれど。」

 

「それ、賛成ー!」

 

そうして、夕暮れとともに二人を見送るために、玄関に幹部が勢揃いした。

 

「では…また近い内にこさせてください!」

 

「あぁ、その時は歓迎するよ。」

 

「いつでも来い!儂秘蔵の酒を馳走してやる!」

 

「いつでも来てな、ベル!待っとるでー!」

 

「また来てくれ…ベル…」

 

「はい…また!」

 

背中を向けるベルに、リヴェリアは未だに迷いを抱いていた。ベルが自分のことを公に母と呼べないのは、リヴェリアの立場的に混乱を招いてしまうと、幼いながらに聡いベルは理解していたから。

それに、自分の臆病さもある。本当に、彼の母としてできているのか。不安なのだ。

 

だけど、だけれど

 

それでは、あまりに悲しい。

 

リヴェリアは、果たして決心した。

 

「ベル!」

 

「母さん…?」

 

立ち止まったベルにしっかりと聞こえるように、大きな声で、満面の笑みで伝える。

 

「お前の帰りをいつでも待っている、ここはお前の家だ…辛いこと、嬉しいこと、悲しいこと…何でもいい。暇になったから来たでも構わない。だから…私に…母に顔を見せておくれ…我が息子よ(・・・・・)!」

 

「────」

 

大声で暴露されるそれに、知らぬ周りは困惑する。ベルは呆けたまま、自然とこみ上げる何かをグッと噛み締めて、負けないくらいの声で返した。

 

 

 

 

 

「うんっ!行ってきます!母さん(・・・)!!」

 

「────行ってらっしゃい、ベル。」

 

 

 

 

 

このとき、本当の意味で、二人は家族になれた気がした。

 

微笑むリヴェリアに、フィンがいいのかと声をかける。

 

「いいのかい?リヴェリア。今まで隠していたのに。」

 

「あぁ…いいんだ。私を母にしてくれた子…隠し立てする意味がないだろう?それに…ずっとそう呼んでほしかった。」

 

「…それもそうだね。」

 

 

 

 

3日語、【風の通り道】には、美しい額縁に飾られた色紙が一枚。店頭のショーケースに飾られていた。

 

 

 

 

『味保証!我が名はアールヴ』

 

 

 

 

そしてこれから、エルフの客が以前の30倍になった。




なんか、女の子の祝日みたいに言われてるのにベルくんとリヴェリア中心になっちまった。許せ、今日はイチャイチャなし!

はい、エドテン。


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原作クロス︰「僕が冒険者(料理人)!?」前編

予告編

英雄を目指したベル君と、ただ1人の幸せを願ったベル君の会話が描きたかった。


朝、鳥の囀の優しい響きと、春を迎えた優しいそよ風で、2人同時に目を覚ます。いつも、とは言わないけれど、なるべくどちらかが目覚めるまで、互いの寝顔を見ながら目覚めるのを待つのだが、今日は同時だったらしい。

 

「────おはよ、アイズ。」

 

「────おはよう…ベル。」

 

にっこりと笑って、少しの間見つめたらおはようのキスを軽く交わし、にししっと笑うアイズ。今日のお出掛けに備えるべく、そそくさと準備をしに行った。2人では若干狭いベットが少し広くなって、体温を急に無くなったベルは何となく寝癖の着いた真っ白な髪を掻いて、欠伸を零した。

 

「…さて、久々のデートだし…僕も気合い入れるかな!」

 

いつもの朝、いつもの日常。当たり前に過ぎていく一日。二人が、そう思っていた。

 

 

 

しかし、現実は無情にも二人に牙を剥いた。

 

 

 

春風が睦まじく歩く二人を撫でる。ポカポカとした大気がどうにも心地良い。ぐぐっと伸びるベルを見て、アイズはくすくすと笑った。

 

「ふふっ、珍しいね。ベルがそうやってるの。」

 

「んー、そうかなぁ?最近休みなかったし…ようやく取れた休みだったしね。」

 

白いワンピースを揺らしながら、アイズは心配そうにベルの顔を覗き込んだ。

 

「良かったの?私と出かけて…」

 

「全然平気!というより、君とどっかに行ってる方がいい休日になるよ。」

 

「…そっか…そっか…!」

 

嬉しそうに腕に巻き付いてくるアイズに微笑みを返しながら、ベルは気になっていたことを口にする。

 

「…ねぇ、なんだか今日、みんなにすごい見られない?」

 

「…ホントだ…もしかして、【剣姫】()のせいかな…?」

 

「いや…なんか、どうにも…僕の方にも視線が行っているような…?」

 

そう、今日はやけにオラリオ市民に見られるのだ。アイズに注目が行くならばわかるが、ただの料理人の自分に注目が集まるのは、どうにもおかしかった。

すると、串焼きを焼いていた、いかにも快活そうな男性が、声をかけてきた。

 

「おっ!そこにいるのはリトル・ルーキーじゃねぇか!戦争遊戯(ウォー・ゲーム)見てたぜ!!あんなにいい戦いを見たのは久しぶりだったぜ!それで、今日は(・・・)狐人(ルナール)の嬢ちゃんは一緒じゃないんだな!」

 

「………はい?」

 

いきなり掛けられた言葉の意味が、全く理解できなかったベルは、素っ頓狂な声を上げてしまった。今の言葉に知らない情報があり過ぎて処理できなかったのだ。

 

戦争遊戯(ウォー・ゲーム)って何?えっ、しかも狐人の嬢ちゃんって誰!?)

 

焦るベルだが、一番恐れていた事態を思い出した。

 

「……あ、アイ────」

 

「────狐人の女の子って、誰?」

 

(あっ、めちゃくちゃキレていらっしゃる!?)

 

ベルとしては、全く身に覚えのない浮気?の言い訳にに必死に頭を回すが、目の前のアイズが怖すぎて何も考えられない。今のアイズならば、オッタルでさえも冷や汗を流しながら無言でスルーすることだろう。

 

「────ベル。」

 

「ちょちょちょっ!!待ってアイズ!待って!情報を整理させて!というかなんかおかしい単語がいっぱい聞こえたでしょ!?」

 

「………確かに。ココ最近戦争遊戯なんてなかった…しかも…ベルが戦ったみたいな言い方…ちょっと、おかしい。」

 

少し落ち着いたアイズをみて、ホッとしたベルは状況を整理するためにその場を離れ、適当に話を合わせながら、情報収集を始めた。

数時間後の中央広場の噴水前。ベンチに腰掛けながら、聞いた事を纏めてみることにした。

 

「えっと、家から出て…街を歩いていたら、僕が何故か戦争遊戯で大立ち回りをしていたことになってて…」

 

「女の子を沢山侍らせてる…」

 

「…言い方悪すぎない?」

 

「……ふんっ」

 

やはり機嫌の悪くなったアイズを見て、苦い顔をする。この話に違和感を覚えていても割り切れないようだ。可愛い嫉妬と思えば、まぁ悪い気分ではない。思考を切り替えたベルは、記憶の片隅に置き忘れていた神の言葉を思い出した。

 

「…よし、アイズ。ちょっと行きたいところがあるんだ。」

 

「…わかった。」

 

 

 

 

 

 

 

「────うそ…」

 

「…やっぱり…店がない(・・・・)

 

確認したかったことは、自分の店の存在。ベルは、古い記憶から仮説を瞬時に組み立てた。記憶にない出来事。街で聞く自分の話。その全てが、まるで冒険者のような(・・・・・・・)出来事ばかりだったこと。アイズといる事に大層驚かれた事も含め、ある可能性を見出していた。

 

「どっ、どうしようベル!!」

 

「安心して、予想していたことだから。」

 

焦るアイズとは裏腹に、ベルは冷静にこの状況を俯瞰していた。ベルは、ある場所に向かうべく足を向けた。

 

その場所は、【豊穣の女主人】

 

ベルが店を出すまで、料理のイロハを学んだ、言わば修行場だった。

あそこに、きっと居る。予感があった。

 

「ここ…豊饒の女主人…?」

 

「…そう、ここならいると思う…。」

 

「いるって…誰が?」

 

「…見てれば、分かるよ。」

 

固く握られた手を、アイズは握り返す。どうやら、ベルの中では慎重に対処しなければならないという事らしい。季節の割に、汗がたらりと流れた。

 

「────ズさん!?────ちょっ、離────!?」

 

「────えっと────ル────して…?」

 

中の喧騒に、アイズは首を傾げた。

 

(あれ…この声…聞いた事あるような…)

 

どうしてか、中から聞きなれた…正に隣にいる人物に似た声が聞こえる。戸惑いながら、中に入るベルの背中に続く。

 

「いらっしゃいま────せ?」

 

ぽかんとする薄鈍色の少女が、ベルとアイズを見て固まる。否、正確には繋がれた手に視線が注がれている。

 

「えっ?べ、ベルさん?えっ?ヴァレンシュタインさん?え?さっきまで…え?」

 

本当に混乱している少女にベルとアイズは会釈だけして、目的の人物。わちゃわちゃとしている黄金と純白の背中に立つ。

 

「アイズさん!離れてくださいっ!近すぎですよ!?」

 

「そんな事ない…」

 

「くぉーらぁー!2人とも近すぎだぁぁ!はーなーれー────…え?」

 

「そうです!ただでさえ勝てないのにその距離は────へ?」

 

「…おいおい、こりゃどういうことだ…!」

 

「わ、私…幻覚でも見えてしまっているのでしょうか?」

 

「ご安心を…私にも見えています…!?」

 

ヘスティアと栗色の少女。赤銅色の快活そうな青年。そして、噂の狐人の少女が、二人を見て一気に固まった。

 

「神様?みんな?一体───────」

 

「どうしたの…────────え…?」

 

そして、振り返った『ベル』と『アイズ』が固まった。

 

「ベルと…私が…もう一人いる…!?」

 

「…なるほど…これがロキ様の言ってた…」

 

「えっ、えぇ?!えええぇぇぇぇ!??!僕がもう一人っ!?」

 

「私が…もう一人…?」

 

全員が、目を見開き驚愕した。

 

英雄を目指しひた走る少年べル・クラネルと、一人の幸せを願った少年ベル・クラネルが、邂逅した。

 

 



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ヒロイック・クリスマス

お久しぶりです。予約投稿してたと思ったら全然してなくてクリスマス過ぎてた!すんません!

話が思いつかなくてかけてませんでしたが、イベントで思いついたんで書きます。

ごめんよ、今回もアイズは空気だ…


静かに降り注ぐ雪は、その日の訪れを教えてくれる。

 

聖夜の夜。それは、誰かにとっては幸せな一時。

 

誰かにとっては、家族と共に過ごす大切な日。

 

そして、誰かにとっては、僅かな記憶にある、大切な2人の家族を思い出す日。

 

いつも通りの日々、何一つ変わらない、ただ人が定めた記念日のようなもの。なんでも、神になった人が生まれた日だそうだ。

 

世間では、家族で、友人で、恋人で過ごすのが通例らしい。

 

しかし今現在、このトラットリア【風の通り道】は閑散として、ベルの隣にはリヴェリアも、アイズすらいなかった。

 

いつもより随分と着飾って、髪の毛もキッチリとセットして。一流のコックを思わせる清潔なコックコートで、今日訪れる2人を待っていた。

 

「────いらっしゃいませ。ようこそ、【風の通り道へ】お待ちしておりました。さぁ、お席へ。」

 

今日は、今日だけは貸し切りなのだ。ベルのただ2人の、家族の予約が入っている。

 

「来たぞ、ベル。」

 

「ふふ、今年も随分と力が入っているな…楽しみにしていたぞ。」

 

「来てくれて…ありがと。去年はごめんね。お姉ちゃんが嫌いな食べ物入れちゃって。こうすれば、食べてくれるかなぁって思って。おじちゃんは好き嫌いしないから、献立が楽でいいや。」

 

「ははは、俺は文字通り、なんでも食うからな。」

 

「この歳になって嫌いな食べ物で口煩く言われるなんて思いもしなかったが…その気遣いは嬉しいよ。ありがとう、ベル。」

 

静謐な店内には、自分で稼いだお金で初めて買った、お気に入りの蓄音機。流れる賛美歌の透き通るオルガンの音が、胸に響いて痛かった。

 

向かい合った形で座る3人。

煌びやかな燭台と、真っ白なテーブルクロス。最高級の銀食器に、洒落たアンティークの西洋皿。オーダーメイドした、精巧なワイングラス。全部、この日にしか出さない特別仕様。

 

全部、目の前にいる姉がこだわっていたもの。

 

「ご飯は味だけじゃない。グラス、食器、皿にテーブルクロス。それに、音楽。ぜーんぶ含めて食事…だよね?おじちゃんは味と愛情だ〜って言ってたっけ。」

 

「あぁ、そうだとも。全ての調和が伴ってこそ一流と言える。その点で言えば、ここは毎年満点だ。」

 

「まったく、口煩い叔母だ。そう思わないか、ベル?料理はやはり、味と愛情だろう?」

 

「お前のような無骨な大男が言うと面白いからやめろ。」

 

銀の髪を揺らし、翡翠と灰色の瞳を優しく細めた彼女──アルフィア。そして、目元に大きな傷のある、屈強な戦士──ザルドはベルに笑いかけた。

 

「今年はね、デメテル様が野菜とかいいのを沢山くれてね、あと、リヴェリアさんが美味しい牛肉を持って来てくれたんだ…僕達のために。」

 

「そうか…あの、豊穣の女神には感謝せねばな…ついでに、女王様にもな。」

 

「まぁ、あの、女神と女になら感謝できる。」

 

語気を強めて言う2人の脳裏には、アルフィアの主神と別の豊穣の女神(美)の口喧嘩という名のマウントの取り合い。もとい、醜い女の争いを繰り広げる姿が思い浮かんだ。

 

「さて…作るか。」

 

「私達も見に行かせてもらうか。」

 

「ははは、今年はどれ程腕を上げたか…見てやるとしよう。」

 

ベルの一流料理人を凌駕する味覚は、この2人によって形成されたと言っても過言ではない。

 

厨房でエプロンを締めるベルをみると、どうも感慨深くなる。たった数年、されど数年。共に過ごした幼少期は忘れもしない。

 

「…昔は、おねしょをして私に怒られまいと、布団に息を吹きかけて乾かそうとしていたのに…立派になったものだ。」

 

「おい、やめてやれ。あれはこいつの中でも相当な黒歴史だろう。今はこんなに立派なんだ。そこを讃えるべきだろうに。」

 

「…なんか、嫌な記憶が過ぎった…」

 

そうして小声で昔話をしながら、ベルの作業を眺める。

 

「まずは、メインの牛肉…と言っても、もうほとんど完成してるんだ。」

 

パカりと蓋を開ければ、この日のために何日もかけて煮込んだ、自信のメインディッシュ。ゴロッと転がる角切りの牛肉はいい塩梅に蕩け、形を保ちつつもその柔らかさが伺える。角切りの野菜達の隠れた主役、茶褐色の湖に丸ごと浮かぶ*1ペコロスは、きっと柔らかく野菜の甘味とシチューの旨味を引き立たせる、最高の脇役になっていることだろう。

 

「ん~…いい香りだ。ビーフシチューか!しかも全て1から作ったな?これほど手間を掛けているものは久々だ…」

 

「お前がよく作ってやっていたな。ベルは、私の料理よりもザルドの料理を好んでいたからな…いや、実際美味かったが。」

 

「『おじちゃんのほうが美味しい』だったか。子供は偽りがないからな。」

 

「屈辱だった…何よりお前に負けていることが…」

 

「いや、お前のは料理とは言いにくいだろう。焼いて調味料ぶち込んだだけの男飯じゃ……」

 

「あ"?」

 

「……はは、冗談じゃないか…はは…」

 

乾いた笑みを浮かべるザルドは、向けられたアルフィアの睨みが今でも怖い。正直、ベヒーモスなんて目じゃなかったと思う。というか、生きていた中で一番恐ろしい。

 

「これね、ちゃんとブイヨンから作ってるんだ。野菜を細切れにして、弱火で煮ながら野菜のピュレにしてね…ブラウンソースも作って、ようやくできた最高のビーフシチューなんだ。」

 

「分かる、分かるぞベル。その苦労と喜びが…」

 

「ザルド…お前は、冒険者なぞやらずに料亭を開いていたほうがずっと性に合いそうだ。」

 

「全くだ…いや…ソレもこれも運命だ。こうして、ベルに出会ったのだから、なに…悪くないさ。」

 

「…そう、だな。」

 

そんな話をしていると、ベルはバケットを厚切りにざっくりと切り分けて、バターを溶かしたフライパンで炒めていく。

 

こうすることで、トーストにバターを塗るよりも、バターの焼けた香ばしさと香りをより楽しめるのだ。

 

「両面に焦げ目が付いたら…完成!」

 

バケットをフライパンから取り出し、銀のプレートに乗せて、弱火で温めていたビーフシチューを真っ白なアンティーク皿に盛り付け、上からパセリをふりかけ、3人分をサッと用意して、机にそれぞれ運ぶ。

 

「お待たせ!」

 

「ふふ、待っていたぞ。」

 

「あぁ!腹の虫が早く食わせろと煩いくらいだ。」

 

 

メニュー

 

・オラリオ風ビーフシチュー

〜バター香るバケット付き〜

 

そうして並んだ料理は、こんな時期にしては品数も少なく、やけに質素に見えるが、それだけに、このビーフシチューに対するベルの自信が伺えた。

 

「敢えてこの1品だけで勝負するとは相当な自信…我が甥ながら、大胆な事だ。」

 

「はははっ!料理人はそれくらいじゃなきゃなぁ!お前の親父にもその気概を見習って欲しかった……いやいや、さて…頂こう。」

 

「召し上がれ!」

 

そうして、精巧な銀食器のスプーンで、2人はシチューを丁寧に掬って、口元まで運ぶと、まずは香りを楽しむ。

 

「んぅ〜…やはり香りが段違いだ。煮込んだ時間も、かけた手間も違うからか…これは、赤ワインだな。間違えれば邪魔になるブドウの香りだが…いいワインを使っている。まさかこれも自家製か?」

 

「実は、ワインも自家製でね!デメテル様といっぱい相談して今年にようやくできたものなんだ!」

 

「ほぉ…通りで。私達がワイン好きなのを覚えていたのか?」

 

「お姉ちゃん達ワイン好きでしょ?だから、それも自分で作りたかったんだぁ…」

 

そうしてへにゃりと笑うベルの顔に、2人の顔も柔く緩んだ。

 

「さて…肝心の味の方だ…どれどれ────っ!?」

 

「────これはっ…!」

 

2人は、口に入れたシチューのあまりの衝撃に、思わず叫んだ。

 

 

 

『────美味い!!』

 

 

声を揃えた2人の顔は、思わずと言ったように微笑みを浮かべていた。

 

「くぅ〜!ブラウンソースがいい味をしている!まろやかで力強い香りと、芳醇で濃厚な味…さながらワインを嗜んでいる様な…ある種の品を感じる!」

 

「シチュー特有の粉っぽさもなく、味もしつこ過ぎず飽きさせない。見た目も満点…最後に散らしたバジルは……オラリオバジルか…通常のバジルよりも癖が強く扱いにくいあの香草をよくぞここまで…」

 

「お肉も食べてみて。野菜も、とっても美味しいんだ。」

 

1度シチューを飲み込んだ2人は、それぞれ肉と野菜を掬いあげて、大きく口を開けて頬張った。

 

「────はぁ〜っ、美味い!肉の旨味、油、柔らかさ。共に完璧!スプーンで押しつぶすだけで解れる程にホロホロ…これは、想像以上だ…!バケットのバターの香りとも絶妙に合う!」

 

「人参、じゃがいも…それに、ペコロスだったか。それぞれが柔らかく、しかし野菜としての食感を残している…味も染みていて…野菜が主菜になっている…というのだろうか。いや、本当に美味しいよ。」

 

「美味しかったらいいな…はい、ワイン。」

 

トクトクっとグラスにワインを注ぎ、ベルも自分の分のグラスにワインを注ぎながら、1人喋り始める。

 

「…そういえばね、アイズがLv8になってから、色々あったんだよ。」

 

「あの娘が…Lv8か…時が過ぎるのは、早いな。」

 

「…ベルは金髪にやけに憧れがあったなそういえば。」

 

「悪い神様がオラリオを転覆させようとしてた計画とすごく強かったらしい眷属を、アイズとオッタルさんが無傷で叩き潰して、土下座させてた。」

 

「Lv8からは本格的な人外になるからな…」

 

「その更に上にLv7で届きそうだったお前が言うか。」

 

そうして、なんでもない話をした。

 

今年になってアイズとお付き合いを始めたことに、アルフィアが若干キレたり。

 

オッタルとの関係に、ザルドは気恥しそうに頭を掻いた。

 

なにより、2人にとっては幸せそうに今年1年の思い出を語るベルの笑顔を見れた事がとても嬉しかった。

 

そして、ベルも酒が進み、1人でワインひと瓶を飲み切ろうかと言うところまで行った時に、ポツリと心の内が漏れ出した。

 

音が消えて、それまで感じていた熱も、全てが消えた。

 

 

 

 

「…なに、やってんだろ……1人で…」

 

 

 

 

1人店内で、まるでそこに2人がいるかのように喋り、店を貸し切って、食事まで用意して。

 

目の前にあるのは、もう冷めてしまったビーフシチューと、形見として残された2人が身につけていたものだけ。

 

もう、灰色の姉も、緋色の叔父も、誰もいないのだ。

 

「ははっ…馬鹿だなぁ…本当に…」

 

魂は輪廻する。死ねば、人の身であるのならば、どこで死のうと、どう死のうと、例外なく天に帰るのだ。幽霊なんてものも、絶対に居ない。

 

どんなに望んでも、再会はありえないのだ。

 

 

『強くなれなんて言わない。泣くななんて言わない。だが、男なら…覚悟を決めた男を、黙って見送ってくれ。なぁに、苦しくないさ。辛くないさ。お前だけは、知ってくれているのだから。なぁ────弱くあってくれよ、ベル。』

 

叔父は、最後の邂逅で語った。この世で至上の悪となる訳を、その願いを知ってくれている、お前だけは忘れない。だから辛くないと、血濡れのままに笑っていた。

 

 

『お前は、置いて行く私達を恨むだろう。お前から私達を引き離したあの神を恨むだろう。それでいい、恨んでくれていい。だから、忘れないでくれ。お前を愛した、英雄達がいた事を────お前は、弱くていいんだ。ベル。』

 

恨んでいい。だから、私達を忘れないで欲しい。身勝手でも、その先にあるお前の幸せを、私は掴むために今死ぬのだと。血を吐きながら、笑って火の中に身を投げた。

 

 

「忘れる、わけ…っないのにさぁ…!」

 

 

恨んださ、憎んださ。2人を連れていった神に何度も石を投げた。人の身と変わらぬ神にとっては、子供が投げた石でも、痛かっただろう。

 

目の前で姉を殺した少女達に、言葉を投げつけた。酷い言葉だったろう。優しい彼女たちの心に、きっと幾度となく刺さっただろう。

 

叔父を殺した男に、殴りかかった。自分の手がボロボロになるまで殴り続けた。武骨なあの武人は、ただ目を瞑って自分の痛くもない拳を何時間も受け止めていた。

 

ヤケになって、冒険者になろうとして恩恵を無理言って刻んでもらって。結局、姉を失ったその場所に対する恐怖で、1歩も動けなかった。吐きそうな所を、アイズに連れていかれただけで、終わってしまった。

 

 

 

僕は、英雄になれなかった。

 

 

 

それでも、月日は経って自分の周りの状況も変わっていった。

 

『私が、英雄になるから…ベルは、そのままでいて。』

 

そんな事をアイズが言ってくれた。

不甲斐なくて、情けなかったけど、それだけが支えになっていた。

 

その弱さが、ベル・クラネルであると言うように、自分には弱さがついてまわったのだ。

 

自分には、どうすることも出来ない。

 

弱くてごめんなさい。何度そう嘆いたか。けれど、何も変わらなかった。

 

そうやって酒のせいもあって泣いていると、どこからとも無く、鐘の音が聞こえてきた。

 

「…お姉ちゃんの、鐘の音…」

 

ゴォン、ゴォン

 

響く鐘の音は、いつも聞いていた姉の物と酷く似ていた。

 

「ふふっ…温かい…」

 

感じるはずのない温もりは、音に乗って。不器用な優しさを運んでくれた。

 

ベルは毎年こうして誰にも知られずに、ただ泣いている。2人の優しさを思い出してしまう。

 

それでもきっとベルはまた、この聖夜にパーティーを開くのだ。

 

それが、ベル・クラネルの弱さであり、2人が願った、変わらぬベルだから。

 

 

 

 

 

 

「…メリー・クリスマス。」

 

誰にも届かぬその言葉を、鐘の音が連れ去った。

*1
小さい玉ねぎ




カランコロンと、ドアが開いた。

夜の帳がおりた店内に、大きな影が入り込んだ。

「クラネル……寝ているのか。」

この店の常連である、オッタルだった。

机に突っ伏して眠るベルの前には、すっかりと冷めてしまった2人分のビーフシチューと、グラスに注がれたワイン。ベルの傍に置いてあるボトルを見れば、ほぼ空になっている事から、相当飲んだ事が分かる。

露骨なため息と共に、そばにあったブランケットをかけて、ベルの向かい側に目を向ける。

「…そこに、いるのか…?」

暫くの沈黙の後に、らしくないと苦笑してから、ベルの頭にそっと触れて、髪を梳くように撫でる。よく見れば、涙の後が深く残っていた。

「…んぅ……おじ、ちゃん…お姉ちゃん…」

「……アイツらは、こんな風にお前を撫でたのか…」

相変わらず、この少年の前だと、らしくないことばかりしてしまう。

数年前。ベルはどこか、ザルドの影を追うように、オッタルの背をついてまわった時期があった。その時も、こんな風に撫でてやったのを覚えている。

その様子に、主神(フレイヤ)は微笑ましげにベルを可愛がっていたが、オッタルにしてみれば複雑なものだった。

宿敵とも言えた。因縁とも言えた。勝手に挑んで、勝手に目指すべき頂きをそこに見いだしていた。その頂きから託されたような少年に、オッタルもどう接していいか分からず、アタフタしていたのは、きっと消せない記憶だろう。

ザルドは、どう思っていたのだろうか。最後の瞬間。自分に託した言葉は、ザルドの心残りだったのだろうことは分かった。

『この身が悪に堕ちたのだとしても…この名が永劫に消えることの無い悪の烙印であるとしても…俺は…ザルドと言う、1人の人間は願ったのさ……屈託のない愛を向けてくれる、あの子の……平穏な未来を────』

今際の際は、厄災を前にする人類などかなぐり捨てて、ただ1人の少年の平穏を願っていた。

目を閉じていたオッタルは、ゆっくりと錆色の瞳を向けて、淡々と語った。

「今や、俺たちはお前達がいた時代の勢いを取り戻しつつある。最後の英雄は、新たに誕生する。」

その約束が、オッタルを縛り付ける鎖だった。それで良かった。強く、さらに強く。

その約束は、新たな英雄を誕生させる糧に。

「────喰らうぞ、ザルド。貴様の願いすら…俺は、糧として。そして約束しよう…貴様が、その今際の際まで望んだ、最後の願いを…!」

ただ、それだけが言いたかった。この少年が家族の温もりを求めて、この聖夜にこのようなことをしているのは、耳に挟んではいたが、果たすべき約束を果たすその時に、こうして来たかった。

そうして、その場を去ろうと扉に目を向けると、外に4つの影が見えた。

「…驚いた。貴方もここに来ていたのね、オッタル。」

「『猛者』…ですか。」

「珍しいお客さんどすなぁ…」

「過去なんざ振り返らない質だと思ってたけど、そうでも無いのか?」

「…アストレア・ファミリアか。」

そこには、アストレア・ファミリアの団員であるアリーゼ、リュー、輝夜、ライラの姿があった。

「…お前達も……か。」

「あら、貴方も?意外ね、主神以外興味無いのかと思っていたけれど?」

「俺はここの常連だ。クラネルの料理にもてなされている客に過ぎん。」

「彼の料理は、そこまで美味しい…そういう事ですか。」

「へぇ…猛者行きつけかぁ…アールヴの紋章まであるし、ここマジでやべぇな。」

「…まぁ、私達が顔を出していいのかは、若干疑問だがな。」

様々な反応を見せるアストレア・ファミリアの面々を前にして、オッタルは踵を返すようにバベルに足を向けた。

「行くのね、猛者。」

「…俺は、約束を果たすだけだ。」

立ち去る武人の背に、4人はまた自分たちが殺した女の最後を思い出した。

『きっと、私達の思い出が、あの子を縛り付けるだろう。けれど…いつかあの子が…私達を忘れるくらい、幸せで溢れる世界を────』

アリーゼは、そんなアルフィアの言葉を思い出して、いつものように得意げに笑った。

「無理よアルフィア!彼が貴方達を忘れる未来なんて、いつになっても来やしないわ!」

だって、何年経っても彼はこうして家族を想っているのだ。こればかりは、正義の使徒と言われる彼女たちでも一生無理だ。

彼の優しさを、温もりと平穏を。そして、孤独を知っている彼女たちは、いつだってこの約束を胸に誓うのだ。

「彼が、剣を握らぬ未来を。私も願う。」

「子を抱き、幸せに溢れる家庭を築く様が、目に浮かぶようでございますねぇ。」

「泣き虫で、弱くて。それでいいんだぜって、言ってやれるくらい、何にも怯えない未来を。アタシだって願ってるさ。」

「ここに新たに誓いをたてましょう!約束するわアルフィア!彼の平穏を!貴方の願いを!必ず実現させてみせる!」

剣を合わせた正義の天使たちは、英雄の階段を駆け上がる。




『────正義の剣と、翼に誓って!!』




ここは、オラリオ。英雄が産まれる都市。そして、誰よりも英雄を願った者が、想いを託した街。

「この店を訪れる時は、私達が英雄と呼ばれるその時に……打ち上げでもしに来ましょう!」

「えぇ、必ず。」

「そうしましょう。」

「だな。」

「じゃあ…行くわよ!ダンジョン!」


最後の英雄達は、いつだって誰かの願いを胸に、歩みを進める。



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今年もよろしく

あけましておめでとうございます。

今年度も、イベリをよろしくお願い致します。

シャニマスにドハマリして今までずっとやってました。

千雪さんはいいぞぉ…

これ見てお正月気分を懐かしんでください


「う〜、寒っ……はいアイズ、ココア。」

 

「ん、ありがとう…あちっ…ふーっ、ふーっ…」

 

「あはは、気をつけてね……もうすぐ、みんな来ると思うから。」

 

寒い寒いと、自然に手を絡ませる二人は、水筒のココアをチビチビ飲みながら、すっかり恒例になった行事に参加するため、オラリオの市壁にまで足を運んでいた。

 

今日は年明け、ロキ・ファミリアでは毎年新年に集まって市壁で挨拶をする習慣ができた。珍しいことに、この企画は娯楽好きのロキではなく、リヴェリアが持ってきた。ベルの教育目的での異文化交流という形で、極東の文化を学んできたそうだ。

 

他の幹部にニヤニヤされたのはご愛嬌。

 

そんな困ったように照れるリヴェリアを、アイズと眺めながら子供らしく笑ったものだ。

 

「おーい!お二人さーん!」

 

「噂をすれば…だね?」

 

「ふふ、ホントだね。」

 

暗がりの中、大声で手を振る影が、階段を駆け上がってきた。ようやくお出ましのようだ。

 

「二人とも元気だった?なんだか久しぶりな気がする~!」

 

「2週間じゃそんなに変わらないと思いますけど…」

 

「私はここ最近ベルの顔を見ない日はなかったが…アイズ、お前この頃ダンジョンどころか家から出てないだろう。休むのはいいが…ダラダラするのは感心しないぞ…?」

 

「ひっ…だって…年末だし、ベルのお休みも多かったから…」

 

「まーまー!ええやないか!なっ!去年の怠惰は今年取り返せばええんやし…な!アイズたん!」

 

「ロキ…たまには、いいこと言う!」

 

「『たまには』が余計すぎるわ!?なぁ、ベル!」

 

「のーこめんとで。」

 

「んな殺生な!?」

 

一頻り区切りがついた会話の後に、ベルは全員の格好を薄暗い中目を凝らして眺めて、ようやくその姿を見ることができた。

 

ティオナ、ティオネはアマゾネスらしい、派手な柄の着物を少し露出度が高めに着こなし。何でも極東や歓楽街に分布しているというオイランというものを真似たものらしい。

 

リヴェリアにアイズ、レフィーヤは正統派の鮮やかな着物だ。元がいい分より映える。

 

今日は元旦。極東の文化に有る、初日の出を見に来たのだ。いつもここで新年の挨拶をして、家に帰って新年に見合った料理を二人で食べるのだ。明後日はヘラに会いに行くし、こうしてもらうのが丁度いい。

 

「いやー…去年は色々あったなぁ…」

 

「あぁ…本当に…激動の一年だった気がする。何歳か老けた気が…。」

 

「そんな事ありえません!私は…もっと強くならなきゃなって…強く思う一年でした。」

 

「うん…確かに!あたし、今年こそアイズとフィンを超えるんだ!」

 

「レベル2つ差はなかなか厳しいけど…そうね。せめて追いつかなくちゃ。後…私は団長をあのチビ共から死守しなきゃいけないのよね……っ!!」

 

「でもあの二人って、最近上がって7と5でしょ?あそこは仲いいから結託されたら勝てなくない?」

 

「…今でも…もうだいぶ、勝ち目は…」

 

「アイズ…知らないほうが幸せなことも有るんだ…けど……」

 

なんとなく、今年はいろいろな意味で激動になりそうだなぁなんて思いながら、此処にはいない勇者の愚痴を思い出した。

 

「ふふ……色を好んでるというより、好まれてる、だよなぁ。フィンさんの場合。」

 

「…まぁ、フィンはその…女難の相というか…なんというか…」

 

「下手しなくても三回くらい式に参加しそうですよね…あはは…」

 

「レフィーヤ……笑えんぞ。」

 

どうにも現実になりそうなその発言に、リヴェリアは少しげんなりとしながら、遠くに見える地平線から、薄っすらと見えてきた白い光を眩しそうに眺めた。

 

そうして、皆がその光を見つめた。失った物もあった、その代わりに得たものも多い一年だった。

 

アイズは、その光を眺めながら少し昔を振り返った。

心に巣食っていた黒い炎。感情のままに剣を振って、気絶するみたいに寝る生活。今じゃ絶対に考えられない。ベルと出会ってからはもう、そんなことはなくなった。それから調子も上がって、順調にレベルも上がって順風満帆といった感じだった。

 

(ベルが、ここに来てくれたから…でも、ベルは……)

 

暗黒期と呼ばれた、地獄のような数年間。冒険者たちは、多くを失って、そして英雄が数多く生まれた。けれど、ベルだけは全部を失った。アイズは今でも鮮明に覚えていた。いつもの快活で溌剌とした元気な声が、嗄れた鳴き声に変わってしまって。彼の白い心が真っ黒に染まってしまった事もあった。

 

隣で眩しそうに朝日を眺めるベルを見れば、そんな心配は微塵も感じさせない、しっかりと微笑んでいた。ベルは、色々な面で自分よりも大人だから、きっと何かがベルの心を軽くしたのだろう。

 

そう結論つけて、アイズは日に照らされながら、ベルの肩に頭をあずけた。

 

「ん、どうしたの。」

 

「…ううん。なんでも。」

 

「……そっか。」

 

別に、彼の悲しみを、共感しようだなんて思わない。酷く境遇は似ているが、彼の悲しみは彼だけのものだ。頼まれたわけでもない物を、一緒に背負おうとするほど傲慢にもなれない。

 

だから、彼がまた苦しくなったなら、なにも言わずに隣に腰を下ろして。私が隣にいれば、きっとそれだけでいい。

 

彼だって、きっと同じことをする。

 

こうやって支え合えるのが、私たちであるから。

 

「…今年も見れたね~…色々あったけど。」

 

「うん。また、ベルと見れた。」

 

また笑い合って、登る朝日を眺めた。

 

 

 

 

「はぎゅ〜……着物、疲れた…重いし、苦しい…ベルは着てくれないし…」

 

「あはは、お疲れ様。憧れは有るけど、あれ僕みたいに童顔だと着てるってより、着られてる感が強い気がして…」

 

「……そこが可愛いのに…」

 

「もうなれたけど、君にはあんまり言ってほしくないんだよなぁ…」

 

家に帰ってから、アイズはだらしなくソファーに倒れ込み、干物ジャージを着こなして、着疲れを存分に癒やしていた。

 

今更なことを言い出したベルに対して、子供のように背伸びするところも良き。ベルは永遠に私のかわいい嫁。なんて思って、ニュフフと笑ったアイズは、ストーブと炬燵でぬくぬくしながらみかんを食べてくつろぐベルに纏わりついた。

 

「ちょーっと、どしたのさアイズ?」

 

「んー…お腹へった…?」

 

「なんで疑問形?」

 

「そろそろ…あれ、作って欲しい、な…」

 

「わかった…作ろっか!」

 

「やった…!」

 

そうして、アイズのワガママを笑って流しながら、年の初めに食べるアレを作る。

 

ソレは、極東の文化である『おせち』の中の一品。まぁまぁ、というか好き嫌いの激しいアイズが、『おせち』の中で数少ない食べられる1品。一時期、ソレを食べすぎて結構ガチでベルとリヴェリアに怒られたのに、尚やめることができなかった禁断の甘味。

 

バサッとエプロンを腰に巻いて、ベルはキッチンに立つ。それにひょこひょこついていくアイズは、さながら餌を待つひよこといった具合だ。

 

「チャチャッと作っちゃおうか。まずは、さつまいも。包丁の面で潰したクチナシと一緒に、水煮にする……箸がすんなり入るようになったら、火を止めて、サツマイモを玉にならないようにペースト状に濾していく。この時、繊維が気になるから、裏ごし器を使って丁寧に濾す。」

 

「ここでもう、いい匂い…」

 

鼻をヒクヒク動かして嗅いだアイズは、ウットリとした表情でこれからの期待を瞳に輝かせた。

 

「そしたら、鍋に裏込したサツマイモと、砂糖を入れて中火にかける。焦げ付かないようにしっかりと混ぜてやることね。」

 

「あ、味見役は…平気?」

 

「…じゃあ、お願いしようかな。はい、あーん。」

 

また鍋全部食われるよりも、こういってきた時に発散させたほうがいいと判断して、ベルはアイズに軽く掬って差し出す。

 

「…んむ…!美味しい!コレだけでもうデザート…!新メニューにしよう…!それとあともう一口。」

 

「あはは、流石にソレは無理かなぁ…。だめです、完成したら食べていいから我慢して。」

 

「むぅ……」

 

本当に、人形姫とまで言われていたアイズはどこに行ったのかというほどの、満面の笑み。美味しそうに頬張ったアイズの催促を軽く交わして、ベルはどうにも擽ったい気持ちだった。けれど、こうして彼女の笑顔を独り占めできると思えば、そう悪くないのかな、なんて思いながら、アイズに木べらを渡した。

 

「そしたら、塩、みりん、そして…自家製の栗の甘露煮の蜜を加える。そしたら、火を弱火にしてしっとりと練るように混ぜていく。ほかのも準備するからこっちはやっておいて。砂糖が完全に溶けたら教えてね!」

 

「わかった…!」

 

むんっ、と力こぶを作ったアイズに笑って、ベルは冷蔵庫の中のタッパーに手を伸ばした。

 

「さて…お正月には、これを食べないとね。」

 

いつも元旦に二人で食べているそれは極東では鏡開きという行事として伝わっている餅と小豆の極東の甘味。

タッパに詰まった粒餡を掬い上げて、味を確認。

 

「完璧!」

 

一つ呟いて、つぶあんを鍋に投入。水、塩を加えて弱火でゆっくりと温める。

 

「ベルー、お砂糖溶けたー!」

 

「はいよー!」

 

ちょうどいいタイミングで仕上がったようで、アイズの声が響いた。

 

「ありがと、アイズ。」

 

「ん、仕上げは任せた…!」

 

「はい、任されました。そしたら、汁気を切った栗の甘露煮を加えて、優しく混ぜながら温まったのがわかったら、バットに広げて冷ます。さて、お餅の方も準備できたみたい。」

 

「あ、すごく膨らんでる…」

 

ストーブに置いた餅はぷっくりと膨れ、食べごろを教えてくれる。いい塩梅の焦げ目のついた餅をトングで掴み取って、そのままつぶあんを煮立たせる鍋に入れる。

 

「で、ひと煮立ちしたら…完成!うん、こっちも良さそう!」

 

「じゃあ、私お茶入れてくる!」

 

「ふふっ、お願いね。」

 

そうして、楽しみを隠せないアイズはパタパタとキッチンを駆けて、極東の緑茶を入れる。

 

「さっ、食べよっか!」

 

「うん!」

 

──今日の献立──

 

おせちの一品、栗きんとん

 

毎年恒例、ベルお手製のおしるこ

 

 

『いただきます』

 

いつものように声を揃えて、手を合わせて。二人揃って食べ始める。

 

アイズは黄金に輝く栗を、キラキラろ輝く瞳で見つめて、一息に頬張った。

 

「───ほいしいぃ……!」

 

「ふっ、ふふ……良かった。」

 

柔らかな栗が、口の中でホロリと崩れ、サツマイモとはまた違った香りと、香ばしい甘さを教えてくれる。とんでもなく美味しいのだ。しかし、やはりベルのものは別格だとアイズは思った。市販にも売っているから、ソレを食べたことは有るのだが、どれを食べてもベルのものを超えた試しがない。作り方はきっと一緒。なのにどうしてここまで違うのだろうかと首をかしげたが、ベルのだから美味しいんだ!と簡単に結論づけて、その疑問を無限の彼方に葬り去った。

 

「ちょ、アイズ早い早い!」

 

「あれ……もうない…」

 

いつの間にかなくなった栗きんとんの皿を淋しげに眺める。そうすると、ベルはため息を吐いて、自分の皿を差し出した。

 

「ほら、もう少し食べな?」

 

「いただきます!」

 

「はぁ…味占めてるなこれ。」

 

ここ数年で、アイズも自身の武器をわかってきたのか、こうすればベルがしてくれるということを覚え始めた。甘やかすのは良くないとわかってはいるが、仕方あるまい。惚れた弱み、そういうものなのだ。

 

「おいしい?」

 

「うん…!すっごく!」

 

「なら、良かった。」

 

そうして優しく微笑めば、アイズは顔を赤くして動きを止める。ちょっとした仕返し。ベル自身も、アイズに有効な己の武器を理解しているのだ。

 

いたずらっぽく笑えば、アイズは顔を更に紅く染めて、自棄のように食べ始めた。そうすると、ついになくなってしまった栗きんとんの代わりに、お汁粉が差し出される。

 

「ありがと…」

 

「はいはい、拗ねてないで温かいうちに食べてね。」

 

「むぅ……!」

 

やや拗ね気味なアイズは、緑茶を啜って味覚をリセットして、ホカホカのお汁粉に箸をつけた。

 

「…ん、こっちも…美味しい。お餅も、もちもちで、あんこも、美味しい。」

 

「そう、良かった。」

 

口に入れた餅は、1から作ったからか、とても柔らかく美味しい。粒餡も粒の一粒一粒が際立って、しっかりと豆の味を損なわない甘さと、ほんのりとしつこくない甘さで、ゆったりと味を楽しめる。

 

お椀の中をキレイに空にして、一息ついたアイズは、おもむろに炬燵から立ち上がって、ベルの隣に潜り込む。

ベルも、そのアイズの甘えを当たり前のように受け入れて、身を寄せ合う。

 

大変だったこの一年は、きっとこういうなんでもない瞬間のために、頑張ってきたんだ。手を握って、この小さなぬくもりを、ずっと感じられるように。また、頑張ろうと思えるんだ。

 

「ねぇ、ベル。」

 

「ん、なぁに?アイズ。」

 

「今年も、これからも、よろしくね。」

 

君は、手を握れば当たり前に笑ってくれるから。

 

 

 

 

 

「うん、今年もよろしくね。アイズ!」

 

 

 

 

 

私は、頑張るよ。君とこうして一緒にいられるように。




おまけ

─庶民派ベルくん─


「ほら、ベル。お年玉だ。」

「母さん、毎年ありがとね。けどね、お年玉は気持ちであって、財産の相続じゃないんだよ?小切手渡すのやめて?何この金額、僕の年収の6倍くらい有るんだけど?」

「……それが気持ちだろう?」

「…そんな心底何言ってんだみたいな顔されてもさ…高位冒険者って金銭感覚おかしくない?アイズもだけど、最近リリもやばいし。」

「逆にソレだけでいいのか?もっとあるぞ。」

「うん、平気かな。そうなると暫く働かなくなりそう。」

「そうか…別に休むのはいいんじゃないか?」

「うーん、色々お客さんもいるし、長い間はなぁ…でも、母さんが世界を見て回るときは、僕も行きたいな。アイズもきっと行きたいだろうし。」

「ははは、それは豪華な旅になるな。なんでも美味くしてくれるベルがいるなら、旅もきっといいものになる。」

「ふふ、うん、約束。」

「あぁ、そのためには、さっさとダンジョンを攻略しなきゃな。」

「頑張って!上で、美味しいもの作って待ってるから。」

「それなら、私も頑張れそうだ。」






「リヴェリアは、ベルと喋る時、いつもより口調が砕ける…?」



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アイズ・ヴァレンタイン!

遅れましたごめんなさい。バイト忙し、ゲームやって寝る生活してたらできてませんでした。


「────んむぅ…?」

 

日差しに叩き起されて、隣にいる真っ白な少年をぎゅっと抱きしめる。匂いを嗅いで、体温を感じて、二度寝の体制に入る。

 

昨日は、最近流行りのゲームをして夜ふかししたのだ。まだまだ眠い。

 

ふと、朝日に照らされる卓上カレンダーを眺める。そして、今日の日付を見つけて、思いっきり飛び起きた。

 

(───マズイ…!?)

 

今日は2月14日。バレンタインデー。恋に恋する乙女たちの勝負の日なのだ。抱きしめていたベルの匂いが染み付いたシーツを投げ捨てる。というか、ベルがいるはずない。料理人としても有名な彼であるが、パティシエとしての腕も一流のベルは、この時期に出張式の屋台でチョコレート菓子を従業員と共に売り歩いている。

 

ベルの作る、ザッハトルテは格別に美味しい。外側のチョコレートの絶妙な甘さと、中の生地に練り込まれたチョコレートのビターな香り。そして、ほんのりと感じるココアもいいアクセントを効かせている。口溶けも生地特有のパサつきもなく、しっとりとした舌触りはもはや至高の域に到達していると言っていいだろう。

 

(──ハッ!いけない、ベルのお菓子を食べた過ぎて、現実逃避してた…!)

 

アイズ、妄想から帰還。

 

毎年、アイズはベルにチョコを送っているのだが、今年は初めて手作りに挑戦しようと思っていたから、昨日作ろうとしていたのだ。

 

しかし、その準備を何もしていない。ゲームをずっとしてたから。

 

正月、リヴェリアにたるんでいると言われたが、これでは本当に弛みきっている。

 

このままでは、ベルの彼女としての沽券に関わる。

 

「ハッ、そうだ…!」

 

アイズは特急でよそ行きの服に着替え、全速力で駆け出した。

 

 

 

「────で、なんで私?もっとこう…いたんじゃ?」

 

「私の知り合いで、女子力を持ってるの、リリだけ。リヴェリアは頼ったら必ずげんこつと説教がセットで付いてくる。何も言わずに手伝ってくれるのは、リリだけ。」

 

「それが本音かこの女…!」

 

不満そうに腕を組み、面倒くさそうにアイズを眺め、少女は何度目かのため息をこぼす。朝っぱらからホームに乗り込まれ、半分拉致のような形でアイズの家に連れ込まれたのだ。

 

アストレア・ファミリア所属、短期間でレベル5まで上り詰めた異例のルーキー、リリルカ・アーデ。二つ名を「灰被り(シンデレラ)」、小さな体からは想像もできないほどの怪力と、知略に長け、状況を俯瞰する力はフィンにも匹敵すると言われる。それと同時に彼女は、名のある冒険者でありながら普通の女の子のように当たり前のおしゃれをして、料理を作る家庭的な面も持ち合わせている。雑誌に取り上げられたりもする程に、料理上手だ。

 

ちなみに、アイズにもその手の話が来たことはあったが、お洒落のこだわりもベルが好きそうという一点に絞られるため、参考にならず只々ベルについての取材になったことがあった。

 

閑話休題

 

アイズがリリを頼ったのは、こういうことだ。

 

「……いや…レフィーヤは?」

 

「レフィーヤは今ベルの手伝い…春姫と、売り子してる。」

 

「……そういえば、今日団長達が変装して出かけたけど…どんだけ食べたいんですか…」

 

「ベルの、お菓子は、至高。」

 

「知ってますけど…ちょ、そんなガチな目で見ないでください!怖い怖い!わかったわかりました!手伝いますから!?」

 

信じられないものを見るように睨みつけるアイズに普通にブルったリリは、無理矢理にアイズの話を承諾した。

 

「んで…何作るんです?」

 

「ガトーショコラ…」

 

「ん…まぁ、それなら滅多なことなきゃ失敗しませんし…わかりました、キッチン貸してください。」

 

まぁ妥当な選択だなぁ、なんて思いながら、キッチンに入ると、リリはその設備に圧倒された。

 

「うわっ…すごい設備!オーブンとか全部最高のものじゃないですか!さすがベルの家…変に簡単にしないで、本格的なの作りますよ!ついでに私も作ります!」

 

「う、うん…ここはベルに任せてるから全然わからないけど…」

 

設備の良さに若干興奮しながら、リリはエプロンを腰に巻いた。

 

「じゃ、初めに…チョコは?」

 

「これ…」

 

「うお、スゴ…このチョコデメテル様の印付いてるやつ…」

 

「いつも食べてるやつだけど…?」

 

「……もっとベルに感謝したほうがいいですよ。これ、入手するの大変なんで。んじゃ、これを割って入れます。」

 

「わかった。」

 

食材に対する妥協が一切ないベルのストイックさに苦笑いしつつ、2人はデメテル印のチョコをパキパキと割っていく。

 

「そしたら、生クリームを鍋に入れて火にかけます。で、沸騰してきたらここにチョコレートを入れます、滑らかになるまで混ぜてください。」

 

「うん。」

 

カシャカシャと慣れない手付きで混ぜるアイズと、慣れた手付きで軽く混ぜるリリ。見た目と実年齢は姉と妹だが中身はリリの方がよほど成熟している。対象的なこの二人だが、その凸凹加減が絶妙なのか、意外と仲が良かったりする。

 

「そういえば、ベルのお店落ち着きました?なんかこの間行ったらエルフの客で埋め尽くされてたんですけど。」

 

「あ、それリヴェリアのせい。最近はもうリヴェリアのサイン外に出してないけど、常連が増えたって喜んでた。昼時過ぎに行くと比較的空いてる。それでも、まぁまぁ混んでる。」

 

「味も一級だし、そんなに高くないから通いやすいと…最強か?それにしても…あの種族同族意識おかしいですよね。」

 

「言えてる。アリシアとかはマシな方。レフィーヤはたまにヤバい、目が据わってる時あるから。リューさんも、強い?」

 

「あの人は…ん~、エルフの態度嫌いなくせにそういうのは大切にするんで、よくわからないですね。」

 

「リューさんはリヴェリアを見ても、そんなに態度変わらないけど…?リヴェリアも、彼女と話すときはそれほど疲れないって言ってた。」

 

「あぁ、あれ帰った後で『あの態度は不敬ではなかったでしょうか』とか落ち込んでるんでしっかりあっち側です。」

 

「お約束…?」

 

「だいたいこんな感じですよ。他と対して変わりませんから…おっ、そろそろいいですね、次に移ります。卵、グラニュー糖をボールに入れて泡立てます。んで、このままムースっぽくなるまで混ぜ続けます。」

 

「了解」

 

混ぜることに慣れてきたアイズは、段々とその手を早くしていき、最終的にミキサーと同じ速度まで上げて、速攻で十分な状態まで仕上げた。

 

「だいぶ、慣れてきましたね。」

 

「剣を振るのと同じ。」

 

「いや全然違います。」

 

雑談を交えながら、二人はテンポよく調理を進めていく。

 

「そしたら、この卵を3回に分けて加えていく。それが終わったら、型に流し入れて平にならして、気泡を抜くために軽くテーブルに叩きつける……軽く!ですからね?」

 

「わ、わかってる…」

 

人類最強の対をなすこの少女は、いささか力加減が下手の域を超えている。強すぎる恩恵の弊害なのだが、正直彼女のものは無視できないレベルだ。

 

ブルッブル震えながら、アイズはなんとか加減をして気泡を抜くことができた。

 

「で、できた…」

 

「料理をしていてヒヤヒヤしたの、初めてんなんですけど。んまぁ、此処まで来たらほぼ完成です、後はオーブンに任せればいいんでね。バットにお湯を2,3cm張って湯煎焼きにします。だいたい一時間でできますから、後は待つだけですね。」

 

「ふぅ…終わった…ありがとう、リリ…すごく助かった。」

 

「いいえ、構いません。貴女にも、ベルにも恩がありますし。この程度なら…けど、アポは取ってください。私じゃなかったら派閥間で問題になってますから。」

 

「つまり、リリはいくら攫ってもいい…?」

 

「この女…!変なところで頭回さなくていいんです!」

 

茶を飲みながら、焼き上がりを待つその時間も、絶えず会話は続けられ、なんだかんだこの二人の会話はベルの話に落ち着く。

 

「───ベルはなんだかんだ女の子に甘い。」

 

「それは…男の性でしょう?ベルに限ったことじゃない…ハズです。」

 

「違う。ベルは特別甘い。春姫の雇用だって…何ならリリを拾ったのもベルだし。」

 

「んぁ~…まぁ、確かに…それは言えてますね。普通見ず知らずの汚い小人族なんて拾いませんしね。」

 

「びっくりした、家に運び込まれた時、死にそうなくらいボロボロだった。起きてからも、ずっと泣いてたし…あのリリが、こんなに強くなるなんて思わなかった。」

 

「もう4年も前の話でしょう?止めてください…でも、あのとき食べたベルのスープの味、まだ覚えてます。」

 

一人ぼっちで、ズキズキ痛む体を引きずりながら、なんとか辿り着いた場所が、修行時代のベルの帰り道だったのだ。傷だらけの体を気遣って、優しい味のスープを作ってくれた。その時は、久しぶりに人並みの暖かさを感じて、子供のように泣きじゃくったものだ。

 

まぁ、あの時は名実ともに子供だったのだが。

 

そうやって、リリは昔の自分を自嘲した。

 

「ま、今はとんでもなく充実してますし、何とも思いませんけど……これでも、感謝してるんですよ?」

 

「…別に、私は何もしてないよ?」

 

「いいえ、貴女はそばに居てくれるだけで抑止力なんですよ。」

 

「兵器みたいに言わないで……」

 

「ふふ、ほら拗ねなでください。」

 

リリは、悪戯っぽく笑ってから優しくアイズの額を小突いた。その時と同時に、焼き上がりのチンッという音がリビングに響いた。

 

「どうやら、焼けたみたいですね。オーブンから取り出したら、1日冷やしておきます。」

 

「えっ…」

 

リリの発言に絶望したアイズだったが、リリはイタズラが成功した子供のように笑って、懐からある物を取り出した。

 

「────と、それじゃあ意味が無いので…くふっ…調理用の魔剣をつかって冷まします…ふふっくっ…調理方法確認したなら、そこの欠点に気づくと思うんですけどね…!」

 

やっぱり丸投げしてたなぁ、なんて思いながら、これくらいのからかいは許されるだろうと、リリは笑った。

 

「も、もうっ…!からかわないで!」

 

「はいはい、後はもう完成。これで十分冷やして、型から抜き取れば…完成です!」

 

「おお…!初めて、こんなに綺麗にできたかもしれない!」

 

パチパチとアイズが手を叩き、初めて自分の意志で作った料理に、感動した

 

──特別メニュー──

 

リリルカ直伝、シットリ食感のガトーショコラ。

 

 

 

「リリがいなきゃ…絶対できなかった…」

 

「いや、そんな……ありえなくも無さそうですね…貴女食べ専ですし。」

 

「私は、ベルの毒味役。」

 

「ベルに必要ないでしょう必要ないでしょうその役目…だから最近幸せ太りしてきたって言われるんですよ。」

 

「太って!!ない!!」

 

「え~?ほんとぉですかぁ?」

 

リリが脇腹を突けば、幾分ふくよかになった気がすることを自覚しているアイズは、冷や汗しか流れなかった。

 

 

そうしていると、ガチャリと、扉が開く音が聞こえた。

 

どうやら、ベルが帰ってきたようだ。

 

「ただいまー!お客さん来てるのー…って、リリ!久しぶり!最近レベル上がったんだよね!おめでとう!お祝いしようと思ってたんだけど、今日のほうがいい?」

 

「おかえりなさい、ほんと、久しぶりですね。有り難いですけど、今日はやめておきます。お宅のお姫様拗ねちゃいますよ?」

 

「す、拗ねない!それくらい、家でやればいい!」

 

「おやぁ?なら、お言葉に甘えましょうかね。来週の真ん中辺りにしていただけると嬉しいです!」

 

「ふふ、わかった。リリの好きな肉料理用意しとくね。」

 

「よっしゃあ!」

 

いっその事少年のようにガッツポーズを決めたリリは、非常にいい笑顔で「約束ですからね!」と言質をとった。

そうしてパーティーの献立をベルが考えていると、机の上にあるガトーショコラに気がついた。

 

「ん…ガトーショコラ?しかも2ホールも…リリが作ったの?いや、にしては片方…少し不慣れに感じるけど?」

 

「流石、本職なだけありますね。片方は、貴方のお姫様が作ったんです。」

 

「えっ、アイズが!?」

 

「な、なに…そんなに、変、かな…?」

 

ポカンとしていたベルは、すぐに再起動。今日が何の日かを思い出して、目に涙を溜めた。

 

「うぅ…アイズが補助有りでだけどお菓子を作れるようになってるなんて…僕は感動したよ…いつも1日お手伝い券とか、何でも言うこと聞く券だったのに…今年はこんなサプライズがあるなんて…!僕は感動した!!」

 

「ベル、それは言わない約束…!」

 

「…子供じゃないんですから…ベルも甘やかしすぎです。だからいつまでも精神的成長が追いつかないんですよ?」

 

「やっぱり僕甘やかし過ぎかな…?」

 

「そ、そんなことない!」

 

なんだか不穏な方向に話が変わった雰囲気を悟ったアイズは、必死に抵抗。もともとベルにそのつもりはないのだが、なんとなく面白そうだからリリの話に乗っているに過ぎない。リリもその甘い空気を悟りながら、このバカップルはどうしようもないんだな、窓から夕日が沈む山向こうを眺めた。

 

「ま、とにかく…アイズからの気持ちですから。頑張ってましたよ、彼女。」

 

「言われなくもわかるよ。アイズ、本当に頑張ってくれたんだろうなって。」

 

十分にからかったリリは、念の為のフォローを入れたが、やはり必要なかったかと、やれやれと首を竦めた。

 

「じゃ、私は帰りますね。」

 

「うん、リリありがとう。」

 

「いいえ、どういたしまして。」

 

そうして笑って、ベルにタッパーに詰めてもらったガトーショコラを受け取る。

それ、誰用に作ったの?と、目で語るリリは、若干うんざりしたようにため息を吐いた。

 

「残念ですけど、貴方の想像しているようなことはありません。」

 

「んー?僕は何も言ってないよ?」

 

「目が語ってんですよ!お邪魔しました!」

 

そうして、タッパーをひったくるようにして、リリは帰っていった。

 

「全く、素直じゃないねぇアイズ?」

 

「ほんと、此処に来たときから、その気だったくせに…」

 

昔の素直な反応をするリリを思い出して、いつからあんなにツンツンしてしまうようになってしまったのか、なんてことを、笑いながら二人は思い出した。

 

「じゃあ、そろそろ貰おうかな?」

 

「う、うん…」

 

スーハーと息を吸ったアイズは、緊張をほぐすように、自然な笑顔を浮かべた。

 

「これは、その…感謝の気持。いつも、ありがとう、ベル。」

 

「……うん、ありがとうアイズ。ありがたく頂くね。」

 

「うん…!」

 

「じゃ、いただきます。」

 

アイズは嬉しそうに笑いかけ、早く食べてみてというワクワクした顔をして、ベルを見つめている。

ベルはそのアイズに、犬を連想して、無意識のうちに頭を撫で回して、一人で満足。ようやっと目の前のケーキに手を付ける。

 

ちなみにアイズは、撫でられたことに照れてそれどころではなかったが、すぐに気を取り戻してワクワクした視線を再度向けた。

 

ひとくち食べたベルは、驚いた。

 

「──美味しい!美味しいよアイズ!」

 

「ほ、ほんと!?本当に!」

 

「ほんとほんと!今まで食べたガトーショコラの中で一番美味しい!口当たりはしっとりしてて優しいし、甘さもしつこくない。口の中でサッと溶けて長引かない味もいい!うん、本当に美味しいよ!」

 

アイズはベルの言葉に、言い過ぎだと思わないこともなかったが、素直に言葉を受け取って、嬉しそうに体をくねらせた。

 

ベルは、なんだか感慨深いものと同時に、こうしてアイズとお菓子を作ったリリを羨んだが、女の子同士の語らいだって必要だろうと、ちょっとの嫉妬心を抑えた。

 

「あー…アイズ本当にありがとうね!」

 

感極まったように抱きついて、感謝の気持を体いっぱいに使って表現した。口下手なアイズには、こうして伝えるほうがより伝わるのだ。

 

そこで、アイズは思い出した。ベルが来る前に伝授された、悩殺技術とやらを。

 

(確か…こうして…上目遣い…?)

 

火照った頬を隠すように、ベルの胸に顔を埋め込んで、リリに教えてもらった技術を総動員した。

 

『いいですか?抱きついたら、上目遣いでこう言ってやりなさい!』

 

 

 

 

「ベル、大好き。」

 

 

 

 

 

そうして、ベルはその可愛いの権化、女神も羨む美貌を持つ少女の上目遣いで、無事気絶した。

 

気絶する寸前、どこかで、いたずら好きのシンデレラが笑った気がした。




おまけ

─シンデレラ─

「ふう…仕事は相変わらず多いし、今日はティオネの圧が特にやばかったなぁ…」

凝った肩を回しながら、フィンは紙袋パンパンのチョコを眺めて、深い溜め息を吐いた。

まさかアラフォーにして、ここまでモテるようになるとは思わなかったのもあるが、何よりも、最近は気になる女性が不誠実とは思いながらも三人もいるのだ。

「…まさか、僕がハーレムを意識するなんて思わなかった…」

正直、この年にして未経験であるフィンは、これ大丈夫か?と自分に疑問を持たなかったわけではないが、仕方ない。これも恩恵の副作用だと割り切ることにした。

そうして部屋に戻れば、机に見慣れない物が置いてあった。

「ん?これは…ガトーショコラ?」

暗殺か?と周囲を疑ったが今更自分に効く毒が存在するとも思えず、その可能性は排除する。しかし、部屋が荒らされた形跡もなければ、本当にこれを置きに来ただけのようだった。

そうして、机に近づけば、あぁ、と納得した。

紙切れの端っこに、見慣れた筆跡で雑にメッセージが残されていた。


『義理!ですから!』


フィンは、思わず笑ってしまった。なんて可愛いことをしてくれるんだろうかと。

「───全く、素直じゃないね。」

仮にも同盟派閥とはいえ、団長室に無断で忍び込まれるとは思わなかったが、まぁこの際どうでもいい。

ありがたく頂くことにした。
優雅に紅茶を入れてから、乾いた喉を潤すようにまず一口。

そして、ガトーショコラを丁寧にフォークで割って、口に運ぶ。

「うん…紅茶によく合う。」

寝る前にこれは良くないのだが、まぁ今日は特別だ。この美味いチョコに免じて、たまには夜ふかしでもしようか。

「美味いよ、リリ───どうせなら、一緒にどうかな?」

窓の外に投げるように声かければ、がたっと窓枠が揺れて、気まずそうに犯人が出てきた。

「…これだから上位冒険者は…その、すみません。勝手に入って…」

「いいさ、君と僕の仲だ。いつでも来ていいと言った手前、特に言うことはないよ。」

「ほんと…その王子様ムーブ、癪に障ります…!」

「なら、君は僕じゃなく、()が好みか?」

そうやって、いつもより強気に囁やけば、リリは顔を少し赤くして、俯いた。
どうやら正解だったらしく、フィンは慈しむようにリリの髪を梳いた。

「どうかな?今ならお茶もついてる。お得だろう?」

「……もちろん、タダですよね?」

「あぁ、もちろん。」

「じゃあ、そのサービス受けてあげます!存分に私を楽しませてください!あぁ、それと、お返しは三倍でお願いしますね?」

「おっと、これはハードルが高いね…お姫様(シンデレラ)は何をご所望かな?」

「んー…給料三ヶ月分で構いませんよ?」

「……あれ、これ覚悟決めなきゃいけない感じかな?」

「さぁ、ソレは…あなた次第ですけどね?」

「お、お手柔らかに頼むよ…」

「ふふ、お互い様に、ね?」

そうして、リリは慣れた手付きで部屋の鍵を閉めた。


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