あたしたちの今までと、そしてこれからと (東頭鎖国)
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1話

犬猿の仲、不倶戴天の敵、水と油。

この世にはどうにも相性が悪くて、相容れない人間というものが存在する。

 

「ぐぎぎぎ……!」

 

「ぐぎぎぎ……!」

 

伊吹ちひろ()にとってのそれが、今まさに目の前で取っ組み合っている美樹さやかという女だった。

 

「だーかーらー!上条の見舞いにCD持ってくのはやめろって言ってんだよ!望んでないんだよそう言うの!」

 

「そんな事言ったらアンタの見舞い品のほうがよっぽど望んでないわよ恭介は!この馬鹿!スケベ!」

 

腕を怪我して絶賛入院中のクラスメイト、上条恭介。

バイオリンのこと以外にいまいち関心が薄いきらいはあるが、温厚で気のいい友人だ。

少しでも元気づけてやれればとちょくちょく見舞いに言っているのだが、その度にこいつに出会う。

それはいい。だが、こいつが見舞い品がよくない!来る度に毎回、クラシックの音楽CDを携えてやって来やがるのだ。ただでさえ怪我でバイオリン弾けなくて悶々としてるのに、そんなもの聞かせてたら欲求不満で破裂してしまうじゃないか!

 

「ケ、ケンカはだめだよさやかちゃん!伊吹くんも!」

 

「どっちも離れろって、先生来ちゃうぞ!」

 

クラスメイトの鹿目さんと中沢がそれぞれ止めに入る。

それと同時に授業開始のチャイムが鳴り、口論は水入りとなった。

各々の座席に戻る前に、中沢が話しかけてくる。

 

「伊吹、お前と美樹さんってホント仲悪いよな……もうちょっとなんとかなんないの?」

 

「仕方ないだろ、あっちが無神経なんだから……あれ貰う上条の身にもなってみろよ」

 

「そうは言うけど、お前は何持ってったんだよ?美樹さん怒ってたけど」

 

「え?エロ本。あいつの家厳しくて読んだことないみたいだから、持ってったら喜ぶと思って」

 

俺の答えを聞いた中沢はため息を吐き、一言。

 

「……そりゃ美樹さんも怒るよ」

 

「なんで!?」

 

「だって病院で貰ったってどうにもできないだろ、欲求不満になるだけだって……」

 

「……あっ」

 

「でも美樹さんが怒った理由はそこじゃないか……まあ、どっちでもいいけど」

 

どうやら無神経なのは俺の方だったようだ。上条が欲求不満で破裂してしまう。今日謝るついでに回収しにいくか……。

自分の思考が大体ブーメランとなって帰ってきたのを理解した直後で、先生が教室に入ってきて授業が始まる。

上条に悪いことしちゃったなあ、次は無難に食べ物でも持って行くかな、でもあいつ食細いしなぁ……。

そんなことを考えながら、目の前の授業に向かい合うのだった。



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2話

放課後。帰りのHRが終わるや否や、ダッシュで下校する。

行き先は勿論、上条のいる病室だ。

 

・・・・・・

 

「よ、見舞いに来たぞ」

 

「あ……ちひろ!珍しいね、君が二日連続で来るなんて」

 

「……いや〜、昨日悪いことしちまったなって。エロ本置いてったの、迷惑だったろ?」

 

「そうだよ、いきなりこれ押し付けて出てっちゃって……ちひろと入れ違いでさやかが入って来たから、誤解を解くのに大変だったんだよ。結局中身も見てないし」

 

中身を見ていないと聞いて、少しほっとする。美樹に見られた以外は大した実害がなくてよかった。

 

「そっか、よかった……」

 

「いや、何もよくないからね!?せめてちひろがいてくれたら誤解されることもなかったと思うんだけど……」

 

「あー、悪い……ほら、あいつと俺が仲悪いの知ってるだろ?なるべく鉢合わせたくなくってさ」

 

病院までダッシュで来たのもそのためだ。移動時間の分、見舞いの時間が稼げる。

美樹のあとに見舞いに行くことも考えたが、あいつがどのくらい居座るのか分からないし、外から見たらいるかどうか分からないのも最悪だ。

あいつが確実にいないと断言できる時間に来ることが、もっとも鉢合わせのリスクを減らすことのできるのだ。

 

「うーん、僕はさやかとちひろにも仲良くしてほしいんだけどなあ」

 

「悪いけどそりゃ無理だ、あの女と俺は絶望的に相性が悪いんだよ。何をやってもすぐケンカになる。なんなら何もしてなくても、同じ空間にいるだけでケンカに発展するんだぞ?」

 

美樹と仲が悪いのは上条の入院がキッカケというわけでもない。

本当に、本当にずっと。中学で知り合ってから、ずっとそうなのだ。

ただ単に仲が悪いだけならお互い触れなければいいのだけだが、なぜか毎回衝突を起こすのだ。俺がアイツの適当な発言に我慢できなくなって喧嘩を売ることもあれば、俺が言ったしょうもないことが原因で奴からつっかかられる事もある。見舞い品の件はその延長線上にすぎなかった。

それこそ、きのことたけのこどちらが美味しいかとか、特価と激安はどっちが安そうに聞こえるかなど、喧嘩のテーマは多岐に渡る。中沢は「全部どっちでもいいじゃんしょうもない……」と言い、心底呆れていた。上条が仲裁に入れば大人しくなるのだが、肝心の上条はこうやって入院しているため最近はヒートアップしがちになってきてしまっている。正直、代理の仲裁役になってしまっている鹿目さんと中沢にはちょっと悪いと思っている。しかし、この怒りというのは制御できるものではないのだ。

 

「うーん、結構似たもの同士だと思うんだけどなあ……」

 

「似たもの?あの女と俺が?冗談じゃない!あんなおバカで無神経で能天気な臆病ヘタレ女と一緒にするなよ!」

 

「いやまあ、確かにちょっと無神経なところはあるけどさやかは明るくて優しい子だと思うよ。律儀にお見舞いにも来てくれるし……でも臆病でヘタレっていうのは違うんじゃないか?」

 

「いーやヘタレ女だよアイツは!なにせ――」

 

「なにせ?」

 

お前に惚れてんのは誰が見ても丸わかりのくせにアプローチの一つもかけられないんだからな!と口を滑らせそうになって……ギリギリのところで踏みとどまった。

いくら嫌いな人間とはいえ、流石に言っていいことと悪いことがある。

美樹と上条がどうなろうが知ったことではないが、人の想いを本人のいないところで勝手に、それも軽口交じりで暴露するなど人としてやっていいことではない。

人の恋路の邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちるべきだ。

 

「……いや、よく考えたら何もなかったわ。臆病でヘタレだけ取り消す。臆病でヘタレなところだけな!」

 

「そ、そう?ならいいんだけど……」

 

コン、コン。

 

病室のドアをノックする音が聞こえたので、急いで帰り支度を始める。

 

「やべっ、多分美樹だ……じゃあな上条、また来るわ!」

 

「あっ、ちひろ!全く、慌ただしいなあ……」

 

病室のドアが開く。案の定、やってきたのは美樹だ。

横をすれ違い、病院をあとにする。会話はない。携えたビニール袋の中にある音楽CDが見えて渋い顔になるが、ぐっと堪える。

なにか言ったら、間違いなく喧嘩になる。できるだけ、入院中の上条の前で口論はしたくない。

相手もそれは同じなのか、すこし視線をこちらに向けただけで何も言わなかった。

 

『さやかは明るくて優しい子だよ』

 

上条は確かにそう言った。でも、それを口にすると同時に近くに積まれた――おそらく美樹が今まで持ってきたであろうCDに淋しげな視線をやっていた。

視線の意味は、わからない。でも何故だかその光景が、妙に印象に残っていた。



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3話

時系列で言うと本編4話あたりです


それから、しばらく経った頃。

最後に上条を見舞いに行った日以来、美樹との口論はまだ一度もない。

まあ、平和で結構な話だ。

中沢からも「最近お前ら、ケンカしないな」と言われたので、

「理由がなきゃケンカなんかしねえよ」

と返しておいた。そういえば今日は予定もないし、上条の見舞いにでも行くか……。

 

・・・・・・

 

「ちょっと遅くなっちまったか……」

 

今日が日直なのを忘れてた。本来の予定よりちょっと遅れてしまったが、これなら逆に美樹と蜂合わせる可能性も低いかもしれない。

いや、きっと鉢合わせない。最近平和続きだし、その流れで今日もきっと平和に終わる。そうに違いない。

そう思って上条の病院に向かうと――

 

「あ……!」

 

美樹が、ちょうど病室から出てくるところだった。

やばっ……と一瞬身構えるが、何か様子がおかしい。目が、赤い?

 

「お前、泣いて……」

 

「ッ!うるさい!」

 

震える声でそう叫び、美樹が走り去る。

……何か、あったのか?恐る恐る、病室の扉を開ける。

 

「よう上条……上条!?」

 

ドアを開けると、手から血を流す上条の姿があった。

 

「ど、どうしたんだ!?傷が開いたのか!?」

 

慌てて駆け寄ると、手の下には割れたCDがある。

 

「お前、これ……自分で割ったのか?」

 

「……ちひろ。僕、さやかとケンカしちゃった」

 

「一体何があったんだよ……」

 

「僕の手……先生に、もう二度と元通りに治らないって言われたんだ。」

 

「なっ……!?」

 

「それなのにさやかが音楽を聴かせてくるから、カッとなっちゃって……さやかに、当たっちゃって。CDだって折角持ってきてくれたのに、叩き割っちゃって」

 

「そんなことが……」

 

美樹に悪意はないのだろう。ただ……あまりにもタイミングが悪かったとしか言い様がない。

上条にとって、手は命だったろうに。それがもう動かないと聞かされた時、ショックだっただろうに。

だが美樹がその事実を知ったのは、おそらく本人に聞いたその瞬間だろう。気を遣えというほうが無理な話だ。

非常に複雑な気持ちだ。いくら嫌いなやつだとはいえ、人が不幸な目に遭って喜ぶ趣味はない。

言葉が見つからない……。

 

「ちひろ……僕、どうしたらいいのかな」

 

「それは、手が動かないって言われたことに対してか?それとも美樹とケンカしたことに対してか?」

 

「……どっちも、かな。僕も頭の中が整理できてなくて、めちゃくちゃで……!」

 

上条が絞り出すような声でそう答える。

俺には腕を治す事もできなければ、美樹との仲を取り持つこともできない。

こうやって相談に乗ることくらいしかしてやれない。

 

「まあ、美樹はちょっとケンカしたくらいでお前のこと嫌いになったりしないから大丈夫だよ。今度見舞いに来た時にでも、謝って仲直りしとけ」

 

「……でも、また来てくれるかな。僕、ひどいことしたのに」

 

「あー、まあしばらくは顔合わせづらくて来ないかもしれんけど……来るだろ、多分」

 

「それなら、いいんだけど……僕、これからどうやって生きていけばいいんだろ。僕からバイオリン取ったら何も残らないよ……他にやりたいことだって見つからない。これから先の人生に、希望なんて……」

 

「バッカお前、何も残らないってことはないだろ。お前は頭だっていいだろ?そのうち他にやりたい事とか、得意なことも見つかるだろ。もし出来ることがあったら、何でも協力するからよ!」

 

「……ありがとう、気持ちは嬉しいよ。」

 

上条は疲れたような笑みを見せる。

あ、芳しくないリアクションだこれ。本当に気持ちしか嬉しくないやつだ!

これじゃ何の励ましにもなってない!

 

「あ、あとさ!お前モテるじゃん!彼女の一人でもできたら生き甲斐になるかもしれないぜ!?」

 

「モテるって、僕が?そんな事ないだろ、今まで女の子と付き合った事だって一度もないんだよ?」

 

あ、こいつ自覚ないのか。美樹だけじゃなくて、他の女子にも結構人気あるんだけどな。

まあ上条らしいっちゃらしいか……。

 

「えーと、あとは聞き上手だから話してて面白いだろ?音楽にも詳しくて、たまに火がつくとこっちが全然わかんないのに音楽の話ばっか早口でしはじめて……間違ったこれは欠点だ!あとはあとは……」

 

俺がうんうんと頭を悩ませながら思いついたことを片っ端から言っていると、突然上条がくすくすと笑い始めた。

 

「な、なんだよ?」

 

「いや……僕より僕のこと真剣に考えてておかしいなって。ふふっ」

 

「そりゃ当たり前だろ、友達なんだから」

 

「少なくとも僕に同じことは出来ないよ?ちひろ。キミはいつもそうだね。人が困ってるのを見ると自分のことみたいに悩むの。君も大概、良い奴だよね。」

 

「お、おう……」

 

まったく意図してないところで褒められて、なんだかむず痒い気分になる。

 

「まあ病室に来て突然エッチな本押し付けたり、無神経なところもいっぱいあるけど。他にも、お見舞いのフルーツ勝手に食べたりしてたよね。あれ楽しみにしてたのに……他には僕のバイオリン勝手に弾こうとしたときもあったね。あの時は本気で怒ったなあ。他にも……」

 

「わー、もういいだろ!褒めてんのか根に持ってるのかどっちなんだよ!!」

 

「ふふ、どっちも」

 

「こんにゃろ〜、でも、ちょっとは元気出たみたいだな。やっと笑ったしよ」

 

「おかげ様でね。ありがとう、ちひろ」

 

「おう。なんかあったらいつでも相談してくれよ?話聞くくらいしかしてやれないけどさ」

 

「はは、その時は頼りにさせて貰うよ」

 

・・・・・・

 

見舞いを終えて、帰路につく。

上条のやつ、元気が出たみたいでよかった。でもまだ不安定な状態だから、気にかけてやらないと。

まだ美樹のやつと仲直りもしてないしな。

……美樹、か。あいつ泣いてたけど、本当に大丈夫なのか……?

 

「……やめたやめた、アホらし。なんで俺があいつの心配しなきゃいけないんだよ」

 

 

 

――上条恭介

 

さやかとはケンカしちゃったけど、ちひろのおかげでだいぶ気が楽になった。次に会った時、ちゃんと仲直りしようと前向きに考えられるようになった。

ちひろはいつもそうだ。人が悩んでると、まるで自分が悩んでるみたいに真剣に考えてくれる。仮に具体的な解決案が出なかったとしても、心が温かくなる。

それをちひろは、誰にでもする。僕以外の友達が困ってたってするし、顔見知り程度の人でもする。初対面のおばあちゃん相手にしていたのも見たことがある。

早い話がお人好しなのだ、彼は。

 

「それなのに、なんでさやかとは仲良く出来ないんだろう……」

 

誰に言ったわけでもないその呟きは、病室の中で消えていった。



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4話

さやか視点です


「さやかには、ひどいこと言っちゃったよね。いくら気が滅入ってたとはいえ……ごめん!」

 

「変なこと思い出さなくていいんだよ、今の恭介は大喜びして当然なんだから。」

 

恭介の腕を治すために、あたしは魔法少女になった。

契約の通り恭介の腕は完治。それでも足のリハビリがまだ済んでいないからしばらくは入院生活が続くらしい。

 

「さやか……僕と仲直り、してくれるかい?」

 

「な、仲直りもなにも最初から怒ってないよ!ほら、せっかく腕も治ったんだし、そんな悲しそうな顔しちゃダメだよ!」

 

「さやか……よかった、ちひろの言ったとおりになってくれて」

 

「ちひろ、って……伊吹のこと?」

 

「うん、彼もずっとお見舞いに来てくれていて……色々励ましてもらってたんだ。この間だってちひろがいなかったら心が折れちゃってたかもしれない」

 

「ふぅん……」

 

伊吹ちひろ。ことごとく気の合わない、とにかく気に食わないヤツ。

アイツとは顔を合わせるたびケンカになる。でも何故か、恭介と仲がいい。

恭介は「ちひろは優しくて良い奴だよ」と言うが、そんなことあるもんか!

いくら恭介でも、あたしをあんなおバカで無神経で能天気なスケベ野郎と一緒にしないで欲しい!

いや、今はあんな男のことはどうでもいい。それよりも大事なことがあるんだから。

 

「恭介、ちょっと外の空気吸いに行こ?」

 

・・・・・・

 

「これは……」

 

恭介を車椅子に乗せ、屋上まで連れて行く。

そこに待っていたのは、病院のスタッフさんと恭介のご両親。

あたしたちが用意した、ちょっとしたサプライズだ。

恭介のお父さんが歩み寄り、あるものを恭介に手渡す。

 

「恭介、これを……」

 

「父さん、これ……!」

 

「お前のバイオリンだ。お前には処分してくれと頼まれたが、どうしても捨てることは出来なかった」

 

恭介は恐る恐る、ゆっくりとバイオリンを手に取る。

手に取った後もしばらく動かずにじっとバイオリンを見つめ、それからお父さんに視線を向ける。

 

「さあ、試してごらん。怖がらなくていい」

 

その言葉を受けて、恭介がバイオリンを奏で始める。

怪我のブランクなんて全く感じさせないくらい綺麗な旋律。あたしがずっと聞きたかった音色。

魔法少女にならなければ、もう二度と聞くことはなかった。バイオリンを携えて活き活きとした恭介の顔を見ることは二度となかった。

感傷に浸りながら、あたしたちのために戦って亡くなってしまった先輩に思いを馳せる。

マミさん、アタシの願い、叶ったよ。

後悔なんて、あるわけない。あたし、今最高に幸せだよ。

 

・・・・・・

 

小さな演奏会も終わり、みんなは先に病院の中に戻っていった。

恭介と、二人きり。な、何を話そう……!

ヘンに意識しちゃって一人でドギマギしていると、恭介の方から口を開いた。

 

「さやか、今日はありがとう。もう一度バイオリンを引くことが出来て……久しぶりに生き返ったような、そんな気分だったよ」

 

「え!?あ、うん……サプライズのことだよね、どういたしまして」

 

恭介はあたしが腕を治したことは知らない。

だからそのことに関してお礼を言って貰うことがあるはずないんだけど、ちょっとだけドキッとしてしまう。

 

「それにしても……ちひろにも聴いてもらいたかったな」

 

「え?」

 

またアイツの名前?なんで?恭介、どんだけアイツのこと気に入ってるの!?

 

「でもちひろ、さやかと鉢合わせしたら嫌だからって断っちゃってさ。前から思ってたけどさやかとちひろって、なんでそんなに仲悪いの?」

 

「なんでって……アイツとは絶望的に相性悪いんだって。何喋っててもケンカになるんだよ?普通有り得ないでしょそんなの。だからアイツと仲良くするなんて、ぜーったい無理!」

 

「……やっぱり似たもの同士だと思うんだよなあ……」

 

「え?今なんて?」

 

「いや、何でも!それより、中に連れてって貰ってもいいかな?そろそろ肌寒くなってきたし」

 

「ん、それもそうだね……」

 

 

『彼もずっとお見舞いに来てくれていて……色々励ましてもらってたんだ。この間だってちひろがいなかったら心が折れちゃってたかもしれない』

恭介の言葉が頭の中でリフレインする。あたしよりアイツのほうが恭介の心の支えになっていた気がして無性にモヤモヤする。

そんなの、わかんないのに。もしかして男相手に嫉妬してる?

それもあんな奴に?バッカみたい、違うに決まってんじゃん……。

心の中に生まれた小さな黒いシミのような感情を振り払うように、さっきまでの演奏会を頭の中で反芻する。

あたしはあの光景に立ち会うために魔法少女になったんだ。

本当に幸せだったんだ。

後悔なんて。あるわけない。

あるわけないんだ。

――絶対に。



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5話

時系列で言うと本編7話あたりです
裏でさやかちゃんがソウルジェムの真実知っちゃったり仁美に明日告白しますの宣言されたり痛みなんて消せるんだって言いながらやけくそ気味に魔女倒したりしてる時期です


今日はめでたい日だ。

なんと回復の目がないと言われていた上条の腕が奇跡の超回復。

ついに退院して登校してきたのだ!

松葉杖をついて教室に入ってきた上条に、中沢と二人で駆け寄る。

 

「久しぶり、上条!」

 

「ああ、久しぶり中沢。ちひろは……あんまり久しぶりじゃないね」

 

「ちょくちょく見舞い行ってたもんな。中沢はあんま見舞い行ってなかったけど」

 

「え!?お前今それ言うの〜!?」

 

「あはは、大丈夫だよ気にしてないから」

 

「それならいいんだけど……それより上条、怪我はもういいのかよ?」

 

「ああ。まだ足はちょっときついけど、家にこもってたんじゃリハビリにならないからね。来週までに松葉杖なしで歩けるようになるのが目標なんだ」

 

そうやって会話に興じていると、後ろから小さく聞こえる声が気になった。

鹿目さんと、美樹の声だ。どうせ俺達が来たってんで声かけるタイミング失ったとか、そういうこと話してるんだろう、多分。

しかし、今日の俺は気分がいい。折角だしここはひとつ、気を利かせてやろうじゃないか。

他にもいくらか人が集まって来たため、俺はタイミングを見計らってこっそりと美樹のところに向かう。

 

「おい美樹、なんで喋んないんだよ。お前いつも見舞い行ってアイツのこと気にかけてたろ。とっとと行ってきたらどうなんだよ」

 

「……るさい」

 

「え?」

 

「……うるさい、って、言ってんのよ。なんでアンタにそんな事言われなきゃいけないわけ?あたしがいつ恭介と喋ろうが、あたしの勝手でしょ」

 

低く、ドスの効いた声。普段とは明らかに違う。こいつは普段、こんな怒り方をする女ではない。

普段のこいつは感情がすぐ表に出るギャーギャーとよく騒ぐ女だ。でも、今は違う。

無表情なのだ、こいつは。今ほど感情の乗らないこいつの表情なんて、一度も見たことがない。

 

「お前……なんか、あったのか?」

 

「……だから、アンタには関係ないっつってんでしょ……!とっとと、どっか行きなさいよ」

 

「てめっ、せっかく人が珍しく気遣ってやってるってのに……!」

 

食って掛かろうとした時に、朝のチャイムが鳴る。仕方なく席に戻るしかなかった。

……やっぱりあいつ、普通の様子じゃなかった。美樹をああさせる何かがあった?それも、上条の退院を喜ぶことすら出来ないレベルの、何かが?

機を見てなんとか聞けないかと思ったが……結局美樹はあの後、休み時間になる度に教室から姿を消してしまって会話すらできなかった。それは俺だけでなく、上条と話すことも避けようとしている行為に思えた。放課後に、それとなく上条に聞いてみる。

 

「なあ、お前もしかして美樹のやつとまだケンカとかってしてんの……?」

 

「え?この間のことならもう仲直りしたよ。どうして?」

 

「あー、っと……お前と美樹、今日喋ってなかったろ?なんかあったのかと思ってさ」

 

「そういえばそうだ、今日さやかと喋ってないや……でも、そういうこともあるんじゃないかな?ほら、さやかは僕の腕が治ったこと知ってるし、お見舞いにも来てくれてたから久しぶりってわけでもないしさ。久々に登校したからってわざわざ話しかけるほどでもなかったのかも」

 

「そういうもんなのか……?」

 

やっぱり、どこか引っかかる。実際、同じだけ見舞いに行ってた俺は上条が久しぶりに学校来ることは嬉しかったし。俺よりも上条に気をやってる美樹のやつがそれに関して何にも言わないどころか、上条に話しかけようとさえしないのはおかしい。絶対に、何かある。でも、いったい何が……?

……分からん。あ〜もう、モヤモヤする!!全部なんも言わない美樹が悪いんだ!ちくしょう!

 

・・・・・・

 

結局、帰宅してもモヤモヤが晴れることはなかった。

どうしても晴れない疑問があるというのは精神衛生上非常によろしくないことだ。

 

「……こうなったら、久々に走るかあ」

 

既に日は落ち、外は暗くなっていたが、気を紛らわせるためにランニングに出かけることにした。

ケガで陸上部を辞めるまでは毎日のように行っていた習慣。今ではケガは治ったものの、全力で走ることはもう出来ない、と言われた。当時は頭が真っ白になって何も考えることが出来なかった。でも、今はそれなりに折り合いが付いている。陸上以外にも楽しみにしているものは色々あるし、友達にも恵まれている。

……ただ、ほんのちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、自分と同じような境遇から快癒した上条に嫉妬したりもしてしまう。

 

「ま、治ってくれた喜びのほうが大きいけどさ」

 

誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように独りごちる。

いけない、アイツの様子がおかしいのに気づいてから今日はやたら考えが暗い方向に行きがちになっている。

とっととランニングに行こう。身体を動かしている間は余計なことを考えずに済む。

それでもって身体が疲労すれば、スムーズに眠ることもできる。モヤモヤした気分を解決するためには、一石二鳥の手段だ。

早速ジャージに着替え、外に繰り出す。ランニングコースは決めていない。気の向くまま、ジョギングで軽く流すつもりだ。

夜風を受けながら走るのは心地が良い。そういえば、こんな夜に外出するのも久しぶりだ。用事がないし、部活が長引いて帰りが夜になることもないから。

そんな感傷に浸りながら走る。30分くらい走った頃に、ぽつり、と水滴が頭に当たる感触。

 

ぽつ、ぽつ、ぽつ。

 

それはどんどん激しくなっていき、ざあざあと本降りになっていった。

突然降って来た割には勢いが激しい。

 

「げ、通り雨かぁ……」

 

ジョギングに出た日に限ってこれは運が悪い。こりゃ帰る頃にはずぶ濡れだな……。

少しだけペースを上げながら帰路に向かう。その途中、歩道の端でうずくまっている人を見つけた。

うちの学校の制服だ。こんな雨の中……まさか、病人!?

 

「おいしっかりしろ、大丈夫か!?」

 

肩を揺すって声をかけると、ゆっくりと顔を上げる。

その顔は、よく見知った顔。でも今みたいに憔悴しきった顔は見たことがない。

なんでこんな時間に、こんなところに。今朝から心の中にほんのりと生まれていた疑惑は確信に変わる。

 

「……美樹!?」

 

こいつの心身には、確実に異変が起きている。

それも、どうやら只事ではないようだった。




今までさやかちゃんとあんま話してこなかったけど次話から本格的に絡み始めます
前振り長くてごめんね


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6話

「一体なんでこんなとこに……いや、それより大丈夫かお前!?どこか痛むのか?立てないのか?」

 

「……どこも、痛く、ないよ。痛みなんて感じない。平気なのよ。平気になっちゃったの、あたしは」

 

「こんな雨の中で座ってる奴が平気なわけあるか!」

 

「……いいから、構わ、ないで。放っといてよぉ……!」

 

雨音に消し去られてしまいそうなか細い声。

こいつの言うとおりに放っておいてしまったら、二度と会うことは出来ない。そんな予感がした。

いやこいつと何度も会いたいかと言われたらそんなことはないんだが、でも、寝覚めが悪い。今放っておくことは出来ない。

俺にとってそれだけだ。そうに違いない。コイツに気を遣っているとかではない。だから俺はあくまでも自分勝手に叫ぶ。

 

「ふ、ふん!なんで俺がお前の思うとおりにならなきゃいけないんだ!今日は俺は俺の気が済むまでお前に構うからな!それがイヤならさっさとうちに帰って休め!何があったかは知らねえけど、そんなところにいたってちっとも良いことなんて……!」

 

「……め」

 

小さく、美樹が何かをつぶやく。上手く聞き取れなかったため、顔を近づけて耳を傾ける。

 

「……駄目、なの。あたし、もう、駄目なんだよぉ……!」

 

「ダメって、何が……?」

 

「うるさいっ!アンタに何が分かるのよ!」

 

「うわっ、耳元でいきなり叫ぶな!そりゃ分かるわけないだろ、何も聞いてねえんだから!キレるならせめて何があったか教えろよ!」

 

キーンとなった耳を押さえる。美樹は再び蹲り、消え入りそうな声で呟く。普段ウザいくらいの元気が見る影もない。

怒ったり静かになったり、とにかく情緒不安定だ。

 

「……アンタには言いたくない……」

 

「俺には言いたくないか……それじゃ、上条には?お前が普段仲良くしてる鹿目さんとか志筑さんとかに相談はしたのか?」

 

「……恭介と仁美には、絶対に、言えないよ……まどかは聞いてくれたけど、あたしが勝手に八つ当りして、ひどいこと言っちゃって……!」

 

これには驚いた。こいつが鹿目さんと仲違いするイメージなんて全くなかったからだ。普段いっつも仲良くしてるし、ケンカはおろか険悪なムードになった瞬間すら一度も見たことがない。どうやら、相当重症のようだ。

 

「それじゃあ親御さんとかは……出来るならとっくにしてるか。なあ、美樹。試しによ、俺に話してみないか?」

 

「……やだ」

 

「そりゃ、俺が嫌いだからか?信用出来ないからか?それなら……!」

 

身を切るしかない。そう判断した俺はおもむろに立ち上がり、下のTシャツごとジャージを脱ぎ捨てる。

ズボンもだ。雨が激しく降る夜の外で、俺はパンツ一丁になった。

 

「え?えっ、えっ、えっ!?」

 

俺は混乱している美樹にスマホを渡す。

 

「さあ、俺を撮れ!こんな所を知り合いの誰かに見られたら俺は破滅する。これをお前に握られたら、俺はお前にケンカでものすごく不利になる。だからだ!」

 

「な、何メチャクチャ言ってるのさ!」

 

「俺がお前に信用してもらうにはこれしかないと思ったんだよ!頼む、聞かせてくれ!」

 

「わかった、わかったから服着なさいよ!パンツ一丁で詰め寄るなあっ!!ちゃんと話すから!」

 

「よし、言質取ったからな!」

 

脱ぎ捨てた服を拾い、いそいそと着直す。

そして改めて美樹に向き直り、視線を合わせるようにしてしゃがむ。

 

「はーっ……アンタのそういうデリカシーないところ、大ッ嫌い」

 

「奇遇だな、俺もお前のこと嫌いだよ」

 

「……ずっと、気になってたんだけどさ。なんでアンタ、あたしのこと嫌いなのに……そんなに構おうとするの?」

 

「逆だ逆、お前のことが大っ嫌いなこの俺ですらほっとけないくらいお前がおかしかったってだけだよ」

 

そうに決まってる。そうでないと、俺が気にかける理由がない。

おかしいのはこいつだ。俺は普段と変わらないんだ。

 

「何それ、変なの……でも、ありがと」

 

珍しく礼を言うと、美樹は静かに語り出した。

 

「あたし、ね……仁美に言われたの。明日、恭介に告白するって」

 

「志筑さんが……アイツ、やっぱモテるんだな。それで、お前はどうしたんだよ。ただフラれた……ってだけじゃなさそうだよな、その沈み方」

 

「……言えなかった。何も、言えなかったの。仁美にも、恭介にも」

 

「言えなかったって、何で……」

 

「だってあたし、もう人間じゃないんだもん……ゾンビに、なっちゃったんだもん!」

 

美樹は何かがフラッシュバックしたかのように叫び出し、頭を抱える。

 

「お、おい!なんだよゾンビって、意味分かんないから順を追って話してくれ!」

 

「うぅ、うぅぅぅ……!」

 

美樹は地面に手をつき、ぽろぽろと涙を流し始める。

ほんとに、一体何があったんだ。俺の想像の及ばない何かがおこっていたのか?

美樹の背中をさすりながら、再び話すことができる状態になるのを待つ。

 

「大丈夫、大丈夫だ……ゾンビがなんだか知らんが、お前はお前だ……」

 

合ってるのかどうかわからない慰めの言葉をかけながら、一心に落ち着かせようとする。

雨に打たれ続けたせいで、俺もちょっとおかしくなってしまったのかもしれない。そうでなきゃ、美樹の世話を焼いている理由がわからない。

でも、頭で考えるよりも先に行動していた。そうするべきだと思ったから。

 

「……ごめん……少しだけ、落ち着いた」

 

「そう簡単に謝んなよ、調子狂う」

 

「……うん。少し長い話になるけど、いい?」

 

少し落ち着いた様子の美樹に対して、首を縦に振ろうとして……へくしっ、とクシャミが出てしまう。

こっちも少し気が抜けてしまったらしい。

 

「あー……せっかく話してくれそうになってたとこ、悪いんだけどさ……場所、変えていいか?」

 

「そう、ね。ずっと雨ざらしだったし」

 

「俺ずっと寒かったんだけど、お前よく平気だったな」

 

「それは……うん。それも言おうとしてた話に関係あるんだよ」

 

「ゾンビがどうとか、ってやつか?」

 

「うん……」

 

とりあえず立ち上がり、歩きながら話を始める。行き先は決まっていないが、少なくとも動かないよりはいい。

しかし、どうしよう。せめて雨風しのげる屋内がいい。

でも、この時間帯じゃどこの店に行っても補導確定だし……。

 

「そういや、場所だけど……お前の家とかってダメなの?」

 

「いいワケないでしょ、夜中にアンタみたいなの連れてきたら何言われるか分かんないじゃない。それに、今は……帰りたく、ない」

 

「……そっか」

 

数秒間の沈黙。こいつの心中も、いろいろと複雑そうだ。

……場所、どうしよう。あんまり言いたくなかったけど、他にいい案が思いつかない……。

俺はひとつの案を美樹に告げる。

 

「……俺の家、来るか?今誰もいないし」

 

「へ?あんたの、家?」

 

怪訝そうな顔を向ける美樹に対して、慌てて俺は補足する。

やっぱり言いたくなかった!絶対変な目で見られると思ったから!

 

「あ……別に他意はないぞ!ただうちなら何も言われないし、それしか腰を落ち着けて話せる場所が思いつかなかっただけで……」

 

「……いいよ」

 

「え」

 

「あんたの家……連れてって」

 

服の裾をぎゅ、とつままれる。すごく、すごく不本意ながら。

その仕草にほんの少しだけドキッとしてしまう自分がいた。



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7話

自宅に向けて歩き出しても、美樹のやつは服の裾を摘んだままだった。

 

「……どうしたんだよ」

 

「……なんでもない」

 

ぎゅ、とつまむ力が強くなる。俺には美樹の内心はわからない。

俺の想像でしかないが、きっと心細いのだろう。誰にも相談できない重大なことを、一人で抱え込んでいるんだから。

だから、理由を問いただすことはやめた。

それきり、会話はなかった。なんだこの状況は。頬が熱い。雨の音がやけにうるさく感じる。

妙な空気に耐え切れなくなって、俺から口火を切る。

 

「そ、そういえば聞きそびれてたけど……さっき言いかけた事ってなんなんだ?ゾンビどうこうのやつ」

 

「それは……少し、長くなるから。着いてから話す……」

 

「そ、そうか……」

 

再び、沈黙。気まずい空気。

 

「……伊吹」

 

「ん」

 

「……なんで、親切にしてくれるの?あんた、あたしのこと嫌いだったじゃん」

 

「うーん……わかんねえ。ただ、あのまま放っといたらお前がなんか、そのまま死んじまいそうな気がしてさ。俺、お前のこと嫌いだけど別に憎いわけじゃないんだ」

 

「……え?」

 

「それに、困ってる人見たら助けたいって思うだろ。それ以外に理由いるか?」

 

「……ねえ、伊吹。あたし、あんたが羨ましい」

 

「どした、急に」

 

「……恭介の腕、急に治ったじゃん。あれ、さ……治したの、あたしなの」

 

「は……?ずいぶん突飛な話だな。一体何をどうやって?」

 

「伊吹、あんた魔法とかって信じる?」

 

「いきなりそんなこと聞かれてもな。夢のある話だとは思うけど」

 

「色々あってさ。あたしね、恭介の腕を治すために魔法を使ったんだ。もちろん恭介には内緒で……って言っても、そんなこと言えるわけないんだけどね。まあ……こんな話、信じてもらえないかもしれないけどさ」

 

美樹は自嘲気味に語る。

にわかには信じがたい話だけど、上条の超回復はそれこそ魔法みたいな話だ。第一、二度と治らないと言われていたケガが一日で突然治るなんて普通に考えたらありえない話だ。実際起こったからそういうものかと受け入れていたが、魔法を使ったと言われたら筋が通る。それに―ー

 

「信じるよ。大体お前、そんなメルヘンチックでしょうもない嘘つくやつじゃないだろ。それが上条の腕っていうデリケートな話題なら尚更の話」

 

「……ありがと。それでね、腕が治ったのはいいんだけど……ノーリスクで魔法を使えるなんておいしい話はなくて。色々、辛いことがあって。それでさ。仁美が恭介に告白するって聞いちゃって。恭介の腕を治したのはあたしなのに。仁美を助けたのもあたしなのに……って、思っちゃったの。最初は、純粋に恭介の腕を治したいだけだった……そうだと思ってた。でも……自分でも気づかないうちにいつの間にか見返りを求めてた。そんな自分がすごく醜くて、ヤなやつだと思った。だから、アンタが羨ましい。打算抜きで人のこと助けられるあんたが。なんの見返りも求めず、恭介の心を支えてたあんたが。恭介の心を掴んでたあんたが……羨ましかった!」

 

「別にいいじゃねえか?別に見返り求めても。ひとつ勘違いしてるけど、俺だってなんの見返りも求めずやってるわけじゃないぞ」

 

「……そうなの?じゃあんたは今、何を求めてんのさ」

 

「後悔しないこと。仮にあのまま見過ごしてお前が死んでたりしたら『何であの時声かけてやらなかったんだろう』って後悔するだろ。何かできることがある時に何もしないで寝覚めの悪い思いするのヤなんだよ、俺」

 

「後悔しないように、か……」

 

そんな話をしているうちに、自宅にたどり着く。

 

「……っと、着いたぞ。ちょっと玄関で待っててくれ、タオル取ってくる」

 

「ん、わかった」

 

美樹が俺の服をぱっと離す。そのことに何故か若干の名残惜しさを感じつつ、バスタオルを二枚取ってきて美樹に手渡す。一枚は自分用だ。

 

「まあ、タオルで拭いたくらいじゃ不足だろうけど……とりあえず上がってくれ。ちょっと床はビタビタになっちゃうけど、どうせ後で掃除するから」

 

「それじゃ、お邪魔します……ところで伊吹の親御さんって、何してんの?」

 

「色々事情があるみたいでさ、今は二人共海外にいる。だから家には俺一人」

 

「そうなんだ……」

 

「さて……それじゃ、色々詳しく聞こうか」

 

・・・・・・

 

お互いリビングの椅子に座り机を隔てて向かい合う。

これから話すぞとなった時、美樹が妙な提案をすしてきた。

 

「ねえ伊吹、包丁とかナイフとかがあったら、ちょっと貸して欲しいんだけど。説明しやすくするために、ちょっと必要だから」

 

「そりゃいいけど、危ないことに使うなよ」

 

台所から包丁を一本、美樹に手渡してやる。

すると美樹は深呼吸したのち、おもむろに自らの腕に包丁を突き立てた。

当然腕からどくどくと血が流れてくる。

 

「わ〜〜!?!?!?おまっ、何やってんだ!?包帯、包帯!」

 

「いいから!あたしの腕、よく見てて」

 

美樹の言うとおりに腕を見てみると、もう既に血が止まっている。それだけではなく、しゅうしゅうと傷口が塞がっていく。やがて完全に塞がり、まるで最初から傷などなかったかのように綺麗に元通りになる。傷が開いてから消えるまで、その一連の流れは5秒にも満たなかった。

 

「これでわかったでしょ?あたしがもう、人間じゃないって意味。そしてこれが、あたしの魂」

 

唖然とする俺をよそに、美樹は机の上に装飾のついた青い宝石をことん、と乗せる。きれいな宝石だが、その青色はどこか淀んでいる。

 

「魂?」

 

「この中にあたしの魂が入ってるの。この宝石……ソウルジェムとあたしの身体が100m以上離れたらあたしの身体は死ぬ、みたい。だから今のあたしのこの身体に魂は入ってないんだよ。死んでるのと、同じなの。だから……」

 

「……もしかしてそれが、魔法の代償?」

 

「そういうこと。それだけじゃなくて、化け物と殺し合いしなきゃいけない義務も背負わされちゃってる。そういう人たちのこと、魔法少女って言うんだけど」

 

「魔法少女か……響きだけはメルヘンチックだけど……笑えねえよ」

 

「うちの学校の先輩に、魔法少女の人がいてさ。その人はカッコよくて綺麗で、人助けのために戦えるすごい人だった。でも……死んじゃった。化け物に殺されて」

 

「死んだ……」

 

「先輩が死んだ後は、代わりにあたしが人のために戦ってやろうって思った。能天気だったんだ。その時は自分が人間じゃなくなってるなんてことも知らなかったから。でもあたし、その先輩みたいには全然うまくいかなくて。それに、自分が人間じゃなくなってるのも知っちゃって。それで、今度は仁美が恭介に告白するって聞いて……それで」

 

「心が折れた?」

 

「そう、なのかも。でもあたし、ゾンビじゃん。こんなんじゃ恭介に好きなんて、言えないじゃん……!」

 

美樹が耐え切れなくなったのか、ぽろぽろと涙を流し始める。

話を聞いていて、俺は美樹にどうしても言いたいことがあった。

 

「一つだけ言わせてくれ、美樹。お前はお前だ。そりゃ身体はどうにかなっちゃったかもしれないけど、心が身体の外に出ちゃったのかも知れないけど、心がなくなっちゃったわけじゃないだろ。もしお前が本当にゾンビだったら泣いたり悩んだり苦しんだりしないだろ」

 

「それは……」

 

「お前は人間だよ、間違いなく。俺が保証する」

 

「……っ、ぅ……!」

 

美樹からの返事はない。まるで子供のように泣きじゃくっている。俺は美樹のそばに立ち、先ほど外でやったように背中をさすってやる。

少しでもこいつの心が楽になって欲しい。こいつは何にも悪くないんだから。

 

「大丈夫。大丈夫だ……今までよく我慢したな」

 

泣き止むまで、ずっと背中をさすっていた。どれくらい経ったか、ようやく美樹が落ち着き始めるのを見てティッシュ箱を美樹の近くに置いてやる。

 

「……ほんと腹立つくらい気が利くんだね、あんた」

 

「ふふふ、もっと褒めてもいいぞ……ちょっとは、元気出たみたいだな」

 

「おかげさまでね。ちょっとだけ気持ちが楽になった」

 

「それならよかった……でも、まだあるだろ?上条の問題と、鹿目さんとケンカしたこと」

 

「……うん」

 

「俺は、どっちもしっかりケジメをつけなきゃいけないと思ってる。結果がどうなったとしても上条の件は心にケリを付けるべきだと思うし、鹿目さんにはちゃんと謝るべきだと思う」

 

「……わかってる、でも……」

 

「でも、じゃないの。これから先、後悔したくないだろ。できるだけ早くやるべきだ。そうじゃないとお前、多分後悔すると思う」

 

「……うぅ……わかってるんだけど、でも……心の準備が……」

 

「……ったく。俺お前のそうやってウジウジ優柔不断にしてるとこ初めて見たけど、やっぱ嫌いだわ」

 

「……あたしも、頼んでもないのに人のお母さんみたいな面してお節介焼くアンタのとこ初めて見たけど……やっぱ嫌い」

 

「「……あははっ」」

 

なんだかおかしくって、二人して笑い出す。今までのやりとりの中で、もっとも平和な嫌い宣言のキャッチボールだった。

 

・・・・・・

 

「ところで、伊吹さ」

 

「ん、なんだ?」

 

「もし、よかったらなんだけどさ……あんたの家、泊めてくれないかなー、なんて……」

 

「……はへ?」



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8話

「泊まっていいかって、お前……」

 

「変なコト言ってるのは分かってる。でも、今は帰りたくないから。アテに出来るの、あんたしかいないんだ」

 

「〜〜っ」

 

他意はないのは分かってる。家に来いといった俺もそうだが、こいつも大概なんじゃないだろうか?

しかしここで断ることは、イコール弱ってるこいつをふたたび雨の中に放り出すことを意味する。それは流石にできない。

 

「……でも、流石にマズいんじゃねえか?家出して男の家に泊まるなんてよ。そこだけ聞いたら最悪だぞ」

 

「それはまあ……ばれなきゃセーフ的な?それにアンタとなら万が一のこともないだろうし」

 

「ずいぶんハッキリ言うんだな」

 

「アンタのそういうとこは信頼してるからね」

 

「褒められてんのか、それ……?」

 

「珍しく褒めてんだから素直に受け取れっての。ところで、早速なんだけどシャワー借りていい?ちょっと落ち着いたら、びしょ濡れなの気になってきちゃって」

 

「別にいいけど、女物の着替えとか持ってないぞ。そこはどうすんだ?」

 

「あー、なんか適当に貸して?」

 

「お前さあ……さっきも言ったけど、仮にも異性同士だぞ?俺ら」

 

「いーじゃん少しくらい、あたしは気にしないから」

 

「しょーがねえなあ、適当に見繕って置いておくからとっとと入って来い」

 

「はーい」

 

そんなやりとりを交わしたのち、美樹はぱたぱたと風呂場に向かっていく。

俺はクローゼットからTシャツとジャージの替えを引っ掴み、風呂場に置いてやる。下着は知らない。何も言わなかったんだからあっちでなんとかするだろ、多分。

……それにしても、いくらなんでも警戒が緩すぎないか。さっきも言ったが、仮にも異性だぞ?さっき少しだけ意識しちまった俺がバカみたいじゃないか。上条相手にはあんなにしおらしく引っ込んじまうのに、極端というかなんというか。

そう、アイツの好意は上条に向いている。どのみち少しばかり俺が意識したところで何も起こらない。何も変わらない。――何も、変わらないんだ。

……また、思考がおかしな方向に行っちまってる。さっきからどうもおかしい。俺も雨に打たれすぎておかしくなっちまったのか?それとも……いや、やめよう。

まあとにかく、軽口が叩ける程度に元気が出てよかった。上条の件と鹿目さんの仲直りがまだ残っているが、アイツならなんとかなるだろう。少なくとも、さっきまでの少しでも目を離したら消えてなくなってしまいそうな儚さはなくなったと思う。一安心したら、一気に気が抜けてしまって……急に、眠気が……。

 

・・・・・・

 

――美樹さやか

 

「あー、サッパリした」

 

伊吹が置いてくれた服に着替える。下着は……どうしよ、考えてなかった。

ちょっと濡れてて気持ち悪いけど、このまま着けるしかないか……。

なんにせよ、今まで沈んでた気持ちごと洗い流したようにスッキリした。伊吹には感謝しなきゃ。

……まさか、アイツに感謝する日が来るとは思ってなかったけど。ずっとアイツの事、能天気で無神経でバカなだけだってばっかり思ってた。でも、違った。

アイツは人の痛みに寄り添うことが出来る人間だったんだ。それも、心の底から。だから恭介も心を許してたんだと思う。こいつに妬くなんてお門違いな話だったんだ。もちろん、仁美にも。よく考えたら仁美はまだ『告白しようと思う』って言っただけで、付き合ったわけでもなんでもない。あたしが勝手に腐って、先を越されるって思っただけで……なにも妬く要素なんてなかった。仁美が普通の人間で、あたしが魔法少女だってこと以外は。

正直、まだ整理はできていない。あたしの魂の在処があんな石ころだってこと。もう死んでるようなもんなんだ、ってこと。

でも、伊吹はハッキリ言葉にして言ってくれた。「お前はお前だ」って、人間なんだって、力強く断言してくれた。

そうやって思考に耽っていると、どさり、と物音が聞こえた。何の音かな?とリビングに出てみると……伊吹が床に倒れていた。

 

「伊吹!うそ、大丈夫!?」

 

何か大変なことが起きたかと思い、慌てて駆け寄る。

そして伊吹から聞こえる、すぅ……すぅ……という音で我に返る。

 

「寝息……こいつ、こんなところで寝てるよ」

 

指で頬をつんつんとつつく。起きる気配はない。

どうやら、本格的に寝てしまっている。

たぶん、コイツも疲れてたんだ。雨の中にあんな長い時間いて、あたしの話にずっと付き合ってくれて……。

 

「……ふふっ、気の抜けた顔」

 

あたしは、恭介が好き。それは今でも変わらない。変わらない、はずだった。

でも、なんで――

 

「……こいつのこと考えてると、胸が苦しくなってくるんだろ」

 

いくら考えても、胸の痛みの正体はわからなくて……いや、本当はなんとなく心当たりがあったんだけど……認めたく、なくて。

わざと異性として意識してないような仕草をして自分の心を誤魔化そうとしたけど……やっぱり、ダメで。

本当は今でも、ずっと心臓がドキドキしていて。本当に、認めたくないけど。あたしは、こいつに――

 

「……ばか……」

 

それは、自分に対して。

 

「ばか……」

 

それは、あたしの内心なんてまるで知らないで寝てるこいつに対して。

 

「……ばか、ばか、ばか」

 

恭介のこと、あんなに好きだったハズなのに。こいつに、ちょっと優しくされたくらいで――

……ううん。ちょっと、じゃないのは分かってる。こんなにあたしの心に寄り添ってくれた存在を、あたしはまどかの他に知らない。

恭介は、あたしがずっと背中を見つめ続けてるだけだったから。憧れだったから。

伊吹の存在が、心の中でどんどん大きくなっていくのが止められない。認めたくない。悔しい。その悔しさは、何に対して?

あたしは、どうしたいの?こんな時まで優柔不断で、答え、出せなくって。

 

「……あたしって、ほんとバカ……」

 

今のあたしに後悔しないような生き方なんてのは、どうやったって出来そうにない。



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9話

「へくしっ」

 

朝。昨日は結局びしょ濡れのまま寝落ちしてしまったので、身体が冷えきっていた。

早い所風呂浴びて着替えないとな……。

 

「おはよう伊吹、大丈夫?毛布かなんかかけてあげればよかったかも知れないけど、濡れてたからそのままにしちゃってた」

 

「おはよう美樹。大丈夫だ、悪いな気遣わせちゃって。ところで……今日、どうするんだ?」

 

「どうするって……あ」

 

そう、美樹の制服は乾いていない。俺が寝たあとに一応ハンガーにかけて干しておいたみたいだが、雨の中の部屋干しではそう乾くもんじゃない。

そして、今美樹が着てるのは俺のジャージ。同じ学校のためぱっと見は同じだが、俺の名前が刺繍されているため知り合いに見られたら大変めんどくさいことになる。

 

「これじゃ、学校行けないね……」

 

「そうだな……とりあえず俺はお風呂入る。その後朝飯食べて、今日のことはそれから考えよう」

 

「ご馳走になっちゃってもいいの?」

 

「一泊しといて今更気にすんなよ、どうせ大したもんじゃないし。ま、適当にくつろいでてくれ」

 

・・・・・・

 

風呂から上がると、美樹が自分の服の匂いをすんすんと嗅いでいるのが見えた。

 

「……美樹?」

 

「んうぇっ!?」

 

後ろから声をかけると、えらく驚いた様子で跳ね上がった。

そこまで驚くことか……?

 

「人の服だから匂い気になるのはわかるけど……すまん、我慢してくれ。消臭剤の類も今は切らしてるんだ」

 

「あー、うん、大丈夫、ちょっと気になっただけだから、ほんと大丈夫、うん」

 

「それならいいんだけど……」

 

・・・・・・

 

――美樹さやか

 

ほんっと、ビックリしたっ!

伊吹のやつ、お風呂上がったなら出てくる前にひと声かけてくれればいいのに……。

ちなみに、服の匂いを嗅いでいたことに特に理由はない。ないったらない!

 

「とりあえず、朝飯にするか」

 

「ん、いただきます」

 

朝ごはんはトーストと、インスタントのコーンスープという簡単なものだった。

でも、トーストはさくさくのもちもちで、コーンスープは甘くて暖かくて。

からっぽのお腹に栄養が染み渡っていくのを感じる。

 

「とりあえず、一回家帰っておかなきゃなあ。いちおう今朝連絡はしといたけど、だいぶ心配かけちゃったっぽいし……」

 

「ん、それがいいだろ。その後はどうすんだ?」

 

「まずは、まどかに謝んないと。それから……決着、つけてくる。時間帯的には、どっちも放課後かな」

 

「やっと決心ついたんだな」

 

「おかげさまでね。それに、あたしも……あとで後悔したくないから」

 

「ん、その意気だ。直前でビビって引っ込んじまったりするなよ?」

 

「うっさい、わかってるわよ!」

 

もう二度と迷わない。二度と逃げない。これは、あたしが絶対に乗り越えなきゃいけない試練なんだ。あたしが前に進むために。そして……少しでも、後悔しない生き方に近づくために。

 

・・・・・・

 

朝食を食べ終え、伊吹と一緒に玄関を出る。

あいつは今日も普通に学校に行くらしい。

 

「……あたし、行ってくるね」

 

決意を込めてそう言うと、伊吹はちょっと前に走って行って、こちらに振り返る。

そして、右手を上げてこう叫んだ。

 

「美樹……がんばれ!」

 

「おう!」

 

すれ違いざまにハイタッチで返す。

がんばってくるよ、全力で。

 

・・・・・・

 

――伊吹ちひろ

 

「は〜……」

 

「今日はずいぶん元気ないな、伊吹」

 

昼休み、中沢が俺の席までやってくる。

今日一日、結局美樹がどうなるか気になって何も手につきやしなかった。

 

「今日は美樹さん休みだし、案外寂しくて気が抜けてたりして」

 

「は〜〜?違うんだが!?な〜んであいつがいないくらいで寂しがらなきゃいけないんだよ!」

 

「わ、わかったから大声出すなよ!はぁ、それにしても今日は暁美さんも休みかぁ……残念」

 

「ん?お前暁美さんと仲良かったっけ?」

 

「いやロクに喋ったことないけどさ、めっちゃ美人じゃん暁美さん。やっぱいるといないとじゃ一日の心のハリが違うっていうかさぁ!」

 

「お前も声でけえよ!確かに美人なのは認めるけど交流ないからさして関心もないわ!」

 

中沢ってああいうのがタイプなのか……?

それにしても、暁美さんが欠席か。まあ病弱だったって言ってたし体調崩しちまったんだろうか。

 

「えー、あんなに美人なのに。しかし暁美さんもこっち転校してから初めての欠席だけど、美樹さんが休むのも珍しいよな」

 

「まあ、元気だけがとりえみたいに見えるやつだったからな……」

 

そういえば、みんなは美樹が今なんで欠席してて、今何やってるかとか知らないんだよな……。

そう考えるとなんだかくすぐったいような、妙な気分になってくる。

 

「なんか含みのある言い方だな……やっぱお前、なんか様子変だぞ?」

 

「うっさい、気のせいだよ!ほら、昼休み終わるからさっさと自分の席に戻れっての!」

 

チャイムが鳴ったのを口実にしっしっと中沢を遠ざける。

……やっぱ変なのかな、俺。

 

・・・・・・

 

――美樹さやか

 

「まどか、あの時は本当にごめん……!」

 

「さやかちゃん!ううん、わたしもあの時、何も出来なくて……さやかちゃん、無事でよかったよぉ……!」

 

「まどか……ありがとぉ、ごめん、ね……あたし、もう、大丈夫、だからっ……!」

 

放課後。まどかをメールで呼び出して、謝った。

やっぱり、まどかはどこまでも優しくて。あんなにひどい事を言ったあたしを責めるどころか、あたしの身を案じて泣き崩れてしまった。それを見て、あたしもなんだか涙がぽろぽろこぼれてきちゃって。そのまま二人でわんわん泣いた。

しばらくして落ち着くと、あたしは一つの決意をまどかに告げる。

 

「……まどか。あたしこれから、恭介への想いに決着をつけようと思ってる」

 

「さやかちゃん……大丈夫、なの?」

 

「大丈夫、今のあたしはあの時のあたしより強いから。それに……これからは後悔しないように生きたいって決めたから」

 

「さやかちゃん……なんだか、雰囲気変わったね。昨日のさやかちゃんとまるで別人みたい」

 

「んー、ちょっと心境の変化っていうか……ま、色々あったからね。それよりまどか。それが終わったらもうひとつ、あんたに相談したい事があるんだけど……いいかな?」

 

「もちろんいいよ、さやかちゃんのために何かできるんだったら喜んで!わたし、それくらいしかできないから……!」

 

「ありがと、まどか。それじゃ行ってくるね!」

 

・・・・・・

 

――鹿目まどか

 

そのまま、さやかちゃんは走って行ってしまった。

今までのさやかちゃんの沈んでたり自信なさげだったりした足取りとは違って、力強く迷いのない足取りだった。

まるで、魔法少女になる前のさやかちゃんみたいな。上条くんへの恋心を自覚する前みたいな、思い切りのいい感じ。

さやかちゃん、あんなにすごく落ち込んでたハズなのに……昨日の夜に、一体何があったんだろう?

一時間位あとにメールで呼び出されて再びさやかちゃんに会った時、その疑問は解決されたんだけど……聞かされたそれはひっくり返っちゃうくらい衝撃的なお話だった。

 

「おまたせ、まどか」

 

「ううん、全然待ってないよさやかちゃん」

 

ファストフード店に来たわたしたちは適当に注文を済ませ、席につく。

先に口を開いたのはさやかちゃんだった、

 

「ケリ、つけてきた」

 

「! そ、それで……どうだったの?」

 

「ちゃんと、吹っ切れたよ。それに……仁美になら、安心して恭介を任せられる」

 

「……それで、よかったの?」

 

「いいの。これは強がりとかじゃなくて、本当の話」

 

それは、いい結果とは言えないのかも知れないけれど。さやかちゃんの顔はすごく晴れやかで、本当に後悔はないんだなって思えた。

それと同時に……なんだかさやかちゃん、ちょっと大人になっちゃったなって思った。

でも、次の瞬間にはそんなイメージは消えてなくなってしまう。

 

「まどか、それでその……本題、なんだけど……その、だいぶ言いづらくってさ……でも話せそうなの、まどかしかいなくって……その、これからあたし、信じらんないこと言うかもしれないけど……軽蔑、しない?」

 

さやかちゃんはドリンクのストローを手でもじもじと弄んでいる。

視線も定まらず、声もなんだか歯切れが悪い。さっきまでの自信満々のさやかちゃんとは真逆の姿だった。

 

「うん、さやかちゃんが何言ったって絶対に軽蔑なんてしない」

 

でも、わたしはさやかちゃんはずっと頑張ってきたのを見てきてる。

だからこれからさやかちゃんが何を言っても、受け入れられると心から信じていた。

 

「それじゃ、言うんだけどね……あたし、その……伊吹のこと、好きになったかもしんない」

 

「え」

 

え。

 

「え?」

 

え?

 

「ええええええーーーーーーっっっっっっ!?!?!?!?!?」

 

わたしの今までの人生の出した声の中で一番大きいんじゃないかってくらいの声が、店中に響き渡った。



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10話

さやか視点からです


まどかが大声を上げちゃったせいで店中の注目が集まってしまい、気まずくなったあたしたちはこそこそと店を後にした。

そして今は、公園のベンチで落ち着いている。

 

「いやー、それにしてもまどかのあんな声初めて聞いたわー」

 

「ご、ごめん……びっくりしちゃって」

 

「そ、そんなに驚くことかな?」

 

「すっごく驚いたよ。さやかちゃんと伊吹くんってケンカしてるところしか見たことないもん。それにさやかちゃん、ずっと上条くんのこと好きだと思ってたから……」

 

「……うん。恭介のことはずっと好きだったよ。それは事実。そうじゃなきゃアイツのために一世一代の願いを使ったりしないって」

 

それを聞くと、まどかは押し黙ってしまう。

悪いことを聞いちゃったかな、とでも思ってそうな表情をしていた。

 

「言っとくけど、恭介のために魔法少女になったことは後悔してないよ」

 

「……ほんとに?」

 

「うん。恋とか抜きにしても、恭介がまたバイオリンを引けるようになったのを見て心の底からよかったって思った。願いを使ってよかったって思った。その時の気持ちを大切にしたいから。魂の在処が石っころになっちゃったこととかも……少なくとも、前よりは落ち着いて考えられるようになったし」

 

「それじゃあ、なんで上条くんじゃなくて伊吹くんに……?」

 

「……気づかされたんだ。恭介とあたしは、隣同士じゃなかった」

 

「隣?」

 

「うん、気持ちの話だけどね。あたしはいつも恭介の背中を追いかけてた。恭介が入院して、お見舞いに行ってた時は少しだけ隣に寄り添った気分になったの。でも、そうじゃなかった。あの時のあたしは恭介の気持ち、なんにもわかってなかった。憧れるばっかりで恭介のことをちゃんと見れてなかったんだ。それで恭介のこと傷つけちゃったりもした」

 

まどかは俯き気味に、でもしっかりこちらを見てじっと話を聞いていてくれる。

それがなんだかおかしくなっちゃって、まどかの両頬を掌で包んでむにむにと弄ぶ。

 

「ふひゃっ!?何するのさやかちゃん!」

 

「そんなに神妙な顔しちゃって〜!別にさやかちゃんは暗い話してるわけじゃないっての!だからもうちょっと表情筋和らげなよ〜」

 

「わかった、わかったからあ!」

 

手を離してやると、まどかはほっとしたようにため息をつく。

 

「もー、せっかく真剣に聞いてたのに」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

むくれ気味のまどかに対して謝ると、今度は涙声で

「……でもさやかちゃん、本当に元気になったみたいでよかった……」

なんて言ってくれるもんだから、こちらまでちょっともらい泣きしそうになってしまった。

気を取り直して、再び話を続ける。

 

「……でも、伊吹はあたしと違った。あいつは恭介の隣に立って心の支えになってた。恭介、見舞いに来てもしょっちゅう伊吹の話してたよ。どういう話をしてくれただとか、こんな変なものお見舞いに持ってきてくれただとか、すごく楽しそうに。だから多分、あたし……あいつに妬いちゃってたのかもしれない。あたしがやりたくても出来ないことを、なんであいつは平然とやってのけるんだー!ってね」

 

「そんな事あったんだ……」

 

「あいつさ、馬鹿で無神経なやつだと思ってたけど……それ以上に、優しいんだよ。馬鹿なのは気安さの裏返しだし、無神経だから遠慮無く人の心に飛び込もうとしてくるの。それを嫌がる人もいるだろうけど……少なくともあたしは救われた。あいつの隣に……ずっと、いたいって……思っちゃった」

 

言っていて頬が熱くなっていくのを感じる。ああもう、これだ。昨日まではなんともなかったのに。恭介のことが好きだって、思ってたはずなのに!気づいたらアイツのことが頭から離れない!

 

「やっぱりあたしのこと軽蔑するかな、まどか。軽い女だって、ちょろい女だって……」

 

「そんなことないよ!!だってさやかちゃん、伊吹くんのことすごくよく見てるもん、それは伊吹くんにすごく真剣な証拠かなって。気持ちが変わったのもさやかちゃんが上条くんへの本当の気持ちと真剣に向き合って、ちゃんとわかったからなんだと思う」

 

「まどか……」

 

「さやかちゃんはぜんぜん軽くなんかないよ!すっごく健気だし一回決めたら曲げない頑固なところあるし、どっちかっていうとすごく重いかなーって――」

 

「おうおう言うねぇまどかぁ」

 

まどかのほっぺたをつねってむにーっと伸ばす。

フォローしようとしてうっかり変なコトを言っただけで悪気はないのだろう。まどか、ちょっと熱が入ると必死になりすぎるところあるし。

 

いふぁいよふぁやふぁひゃん(いたいよさやかちゃん)ふぉめんなふぁい〜(ごめんなさい)

 

「わかればよろしい」

 

手をぱっと離すと、まどかは手でほっぺたをさすさすしている。小動物みたいでかわいい。

 

「いたたた……でも、さやかちゃんは軽い女なんかじゃないって思ってるのはほんとだよ、伊吹くんにも上条くんにもすごく真剣な気持ちだったのが伝わってくるし。それに『恋に時間は関係ねえ、愛の深さと押しの強さが勝負を決めるのさ!』って、お母さんが前に言ってた」

 

「あはは、まどかのお母さんが言ってたなら心強いや」

 

「わたしはお母さんと違って、大したこと言えないけど……がんばって、さやかちゃん!どんなことがあってもわたしは味方だから!」

 

「まどか……ありがと」

 

「その……わたしなんかが味方でも、頼りないかもしれないけど……」

 

「ううん、アンタがそう言ってくれるだけで勇気百倍だよ。あたしは、あたしは……あたしは!伊吹のことが!好きだぁーっ!!」

 

「わぁぁ!?ここ公園だよさやかちゃん!?」

 

「やばっ!?口に出ちゃってた!」

 

あたしたちは足早に公園を後にした。

さっきのまどかのこと笑えないわ、これ。

 

・・・・・・

――上条恭介

 

「そういうことだったのか……」

 

公園の端、さやかたちから少し外れた茂みの影。

そこで僕と志筑さんはこっそりと様子を伺っていた。

 

「出歯亀なんて趣味が悪くありませんこと?上条くん」

 

「僕もそう思う、でも……志筑さんも気になってたでしょ?あの後、さやかがなんであんなにスッキリした顔してたのか」

 

「それは、そうですけれども。そう、あの時……」

 

時は、少し前まで遡る。

 

・・・・・・

――美樹さやか

 

 

「見つけたよ、恭介。それに仁美も」

 

「さやか!今日は学校休んだはずじゃ……もしかして、ズル休みだったのかい?」

 

「さやか、さん……」

 

恭介はびっくりしながらちょっとズレたことを言い、

仁美は気まずそうに視線を逸らしている。そりゃまあ、そうだね。あたしが来たことで期せずして抜け駆けしたみたいな状況になっちゃってるんだから。

 

「仁美、そんな顔しないでよ。でも、少しだけ……少しだけ仁美より先に、恭介に言っときたいことがあるんだ。いいかな」

 

「……はい……元々、そういう話でしたから」

 

「僕に話?」

 

「うん、まあ……ね。すぐ済む話だから、そのまま聞いてて」

 

自らの頬をぱちん!と叩き、気合を入れる、それからぐっと前を見て、できるだけ堂々と、はっきりと伝える。

 

「あたし……美樹さやかは、上条恭介のことがずっと好きでした。子供の頃からずっと、恭介の背中を見つめてた」

 

「え……」

 

鳩が豆鉄砲で撃たれたような顔をする恭介。沈痛な面持ちで佇む仁美。

そんな顔しないでよ、仁美が怖がってるようなことは起こらないからさ。

 

「まさか、さやかが……そんなこと突然言われても、僕は……」

 

困惑する恭介を手で制し、話を続ける。

ここで言い切らなければ最後まで走れない気がしていた。

 

「あー……でも、返事はいらないんだ。でも、どうしても言っておきたかった。伝えておきたかった。あたしは、恭介が好きだった。その事実だけはハッキリ知ってほしかった」

 

「だった、ってことは……今は違う、ってこと?」

 

「察しがいいね恭介。そう、なんだよね。だからこれは自分にとってのケジメ」

 

「ケジメ……?」

 

「変なことに付きあわせちゃったね。ごめんね恭介、一方的に勝手なこと言って。あと、仁美!まだ、アンタの気持ちはまだ言ってないの?」

 

「は、はい!?まだ、ですの……」

 

「そっか。それじゃあ……頑張れ!あんたにだったら安心して任せられるから!」

 

そう言ってあたしは踵を返し、恭介たちの元を走り去った。

人気がないところまで走り抜けると、開放感と達成感を噛みしめる。

 

「あ〜、言った!言っちゃった!スッキリした〜……スッキリ、し、た……あれ?おかしいな……」

 

ケジメをつけて、スッキリしたはずなのに。涙が、止まらない。

 

「あ……れ……なんで、だろ。なんで」

 

こぼれ落ちてくる涙とともに、少しずつ実感が湧いてくる。

ああ『終わった』んだって。自分で望んで決着を付けたこととはいえ、あたしの初恋はたった今『終わった』んだって。

 

「う……ぅ……っ……ひぐっ……ぅぇ……!」

 

そう自覚したら、すんなり受け止めることが出来た。悲しいわけではないのに、悲くないのに。自分でもわかんないけど、涙が止まらない。

……涙が収まったら、まどかに連絡しよう。今の気持ち全部、聞いてもらいたいから。

 

・・・・・・

そして、時は再び現在に戻る。

 

――志筑仁美

 

「それにしても……よかった」

 

「よかった、とは?」

 

「今のさやかが好きな相手がちひろだってことさ。びっくりしたけど納得した」

 

「納得、ですの?お二人はいつもケンカしていらっしゃるのに?」

 

「根本的には似たもの同士だと思ってたんだよね、二人とも。だからキッカケさえあれば絶対に仲良くなれるのに、ってずっと思ってた」

 

「……上条くんは美樹さんのこと、どう思ってますの?」

 

地味に、気になっていることではありました。さやかさんが上条くんのことをお慕いしているのはわかっていましたが、上条くんの気持ちは、果たしてどこへ向いていたのか……。

 

「大切な幼馴染、かな。今まで異性として意識したことはなかった。そもそも恋愛とかよくわからないし。告白された時はびっくりしたけど、その直後に今は違うって言われた時はもっとびっくりしたなあ……でも、ちょっと寂しい気持ちもあるかな。なんかさやかがいつの間にか遠くに行っちゃった感じがして」

 

「同感ですわ、あんなの反則です!」

 

今までどこにも気持ちが向いていなかったのを確認して、とりあえずホッとしました。

でも、もし今のさやかさんがあのまま上条くんに告白していたら絶対に敵わなかった……そんな気がしてしまいますわ。

 

「なにか言った?反則です!までは聞き取れたんだけど」

 

「い、いえ!?なんでも!独り言ですわ、独り言!」

 

知らず知らずのうちに考えが漏れ出てしまっていました。でも、美樹さんはわたくしに「まかせる」と言ってくださいました。勇気を示してくださいました。だから、わたくしも勇気を持って一歩踏み出さなければいけません!

 

「か、上条くん!わたくし実は、ずっとあなたに伝えたいことが――!」

 

さやかさん。わたくし、がんばりますわ。

ですから、あなたにもどうか幸運がありますように――



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11話

次の日も、一日ぽけーっとしていた。美樹は学校に来ている。だが、今日は喋っていない。上条の件がどうなったか聞きたくて仕方なかったが、聞くタイミングがないのだ。あと、そもそも俺達は仲が悪いというのが周囲の認識なので、大々的に教室内で仲良くするのは色々めんどくさいことになりそうなのでなんだか気が引けた。あっちのほうもこちらをチラチラ見ながら結局話しかけてこなかったので、おそらく考えていることは同じだろう。

つつがなく放課後を迎えて帰ろうとすると、校門を出たところで後ろから声をかけられる。

 

「よ、伊吹!」

 

「うわっ!?ってなんだ、美樹か。例の件、どうなった?」

 

「もちろん話すよ。その前に、ちょっと歩こう?ここじゃなんだからさ」

 

「それもそうだな……」

 

美樹にの言うとおり、しばらく一緒に歩く。

人通りのあまり多くない、特に見滝原の生徒の見えない場所まで来た頃、美樹が口を開いた。

 

「アンタのおかげで、うまくいったよ。気持ち、ちゃんと伝えられた」

 

「そう、か。よかったな。無事、上条と付き合うことになったわけだ」

 

美樹が晴れやかな顔で言う。何故かちくり、と胸が傷んだ。

それを表に出さないように、なんとか笑顔を作る。そもそも、この結果を望んで、少しでも手助けをしたいと思ったのは俺自身じゃないか。めでたいことの筈なんだから、祝福しなければならない。

 

「違うよ?」

 

「え?何言ってんだ。上手く言ったってことは上条と両想いになったってことじゃないのかよ」

 

「違うの。あたしは恭介への気持ちをただ言葉にして、ケジメをつけただけ。確かに好きだったけど、付き合いたいなんて言わなかった」

 

「じゃ、じゃあお前なんて言ったんだよ。何しに行ったんだよ!」

 

「あたしは!」

 

俺の言葉を遮るように美樹が叫ぶ。

その力強さに、思わず俺の動きが止まる。

 

「自分の気持ちについてずっとずっと考えてた。それで、わかったんだ。あたしの恭介に対する気持ちは憧れだったって。隣に立ちたいわけじゃないんだって」

 

美樹がこちらの目をしっかりと見据える。目が離せない。心臓がドキドキする。

沈黙。心臓が痛い。ドクドクとうるさい。沈黙。なんでかわからないけど、緊張で口の中が乾く。

美樹がすぅ……と息を吸う。そして長い沈黙を破って、ついに口を開く。

 

「あたしが本当に隣に立ちたいのは――」

 

「想像していたよりずいぶん余裕そうね、美樹さやか」

 

突然涼やかな声が割って入る。

あまり聞いたことのない、でも確かに聞き覚えのある声。

二人同時にばっと声のする方を向く。

 

「転校生……!!」

 

美樹がぎりっと歯を食いしばり、鋭い視線を投げつける。

視線の先にいるのは――クラスメイトの暁美さんだった。

 

「暁美さんが、なんでここに?」

 

「それはこちらが聞きたいわね。なぜあなたが美樹さやかと一緒にいるのかしら、伊吹ちひろ」

 

「なんでって言われても……」

 

「あたしと伊吹が喋ってたら悪いってのかよ、転校生」

 

困惑気味の俺とは対照的に、やたら暁美さんに対する当たりがキツい美樹。

教室内で二人が喋っているところを見たことが無いため、普段俺以外には人当たりのよかった美樹がここまで敵意を飛ばしているのは意外だった。

 

「なあ美樹、お前暁美さんとなんかあったの?」

 

「なんかも何も、アイツは魔法少女なんだよ」

 

「暁美さんが!?世間は狭いっつーか、人は見かけによらないっつーか……そもそもなんで魔法少女同士が仲悪いんだよ」

 

「信用出来ないのよ、コイツは。何考えてるか分からないし、自分の都合でしか動いてないから」

 

「はぁ……まったく、ずいぶん嫌われたものね」

 

暁美さんはそう言うと、何か小さなものをヒュッと美樹に投げつける。

美樹はそれを受け取ると、目を見開く。

 

「これって、グリーフシード……」

 

「あなたのソウルジェムは相当な穢れを溜め込んでいるはずよ。使いなさい」

 

二人のリアクションを聞くと、魔法少女関係の何かだろう。

ソウルジェムは聞いたことあるけど、グリーフシードは初めて聞く単語だ。

 

「美樹、グリーフシードって?」

 

「ああ、そういやそれはまだ話してなかった……っていうか、転校生。伊吹はあたしが前もって話してたからよかったけど、一般人の目の前で魔法少女関係の話始めるかふつー!?あたしまで電波ちゃんだって思われる所だったじゃん!」

 

「……あなた、どこまで話したの?」

 

「魔法少女についてあたしの身に起こったこと全部よ。悪い?」

 

今まで無表情だった暁美さんの顔が、ほんの少し崩れる。

表情筋が動いたのはわずかだが、驚いている、ということは伝わってきた。

 

「今までにないケースだわ。一体どうして……あなた、上条くんが好きだったのではないの?伊吹くんとどういう関係なの?」

 

「なんでアンタにそんなこと聞かれなきゃいけないのさ!それに恭介のことは昨日振り切った!アンタにはそれ以外言いたくない」

 

「それは、驚きね……一体、あなたに何が」

 

「それ以外言いたくないって言ってんでしょ!だいたい何さ、あんた訳知り顔であたしの何知ってるってのよ!」

 

「答える必要はないわ。それより早くグリーフシードを使いなさい。穢れを溜め込みすぎたソウルジェムは早く浄化しないと取り返しの付かないことになる」

 

「……アンタに言われるのは癪だけど」

 

そう言って指輪を宝石に換える美樹。以前見た時と同じ、どこか淀んだ青色。

やりとりを見ていて思ったけど……この二人も大概、相性良くないな。

暁美さん、自分だけ納得してぜんぜん説明とかしてくれないし。おかげで若干会話についていけてない。

 

「……思ったよりも穢れが溜まっていないのね。あれだけ精神的に参っていたら、もう少し穢れていると思ったのだけれど」

 

「立ち直ったのよ、あんたが知らないとこでね。だからよけーなお世話」

 

グリーフシードとかいう黒いのを宝石にくっつけると淀みがみるみると吸収されていき、宝石が綺麗になっていく。

すると、美樹の宝石は先ほどとは見違えるほどに煌々と輝いていた。本来はこんな色をしていたんだ……と、思わず見惚れてしまう。

 

「あ、あんま見つめないでよ、なんかわかんないけど恥ずかしいから」

 

美樹は頬を赤くすると、さっと手で隠してしまう。

もう少し見ていたかったけど、仕方ない。

 

「浄化は済んだようね。それでいいのよ」

 

「……一応、礼は言っとく。でもこれで恩を売ったつもりにならないでよね、転校生。やっぱりアタシにはあんたが何考えてるのか理解できない。仮にあたしを助けてもアンタには対して得がないもん。一体何のつもり?」

 

「答える必要はないわ」

 

「それで納得すると思う?」

 

「あなたに納得してもらう必要もないわ。それじゃ、さよなら」

 

「あ、ちょっと待て!話はまだ済んでな――」

 

さやかが何かを言おうとした瞬間、暁美さんは目の前から消えた。

比喩とかではない。言葉通りに『消えた』のだ。

 

「いなくなった!?」

 

「転校生のやつ、また妙な魔法を使いよって……もー、ほんっと、空気読めないやつ。よりによって最悪のタイミングで来るんだもんなー……せっかく言おうと思ったって時に」

 

「そうだ、そういや何か言いかけてたよな……」

 

「あ……やっぱ、聞く?ちょっと待って、もっかい、心の準備する」

 

美樹が胸に手を当て、すぅ、はぁ……と深呼吸をする。もう周囲に人の影はない。誰にも邪魔されない。やがて美樹はこちらに向き直ると、よく通る声でハッキリと告げた。

 

「伊吹――あたしは、あんたが好き。だから……ずっと、あんたの隣にいたい」

 

一瞬、聞こえた言葉が信じられなかった。でも、美樹の瞳は真剣そのものだ。聞き間違いなんかでは絶対にあり得ない。

それと同時に、こないだからずきずきと感じていた胸の痛みの正体がわかった。ああ、俺――美樹のことが好きだったんだ。でも自分に対してその好意がこちらに向くこは絶対にないと思っていたから、自分で自分のこと分からないフリしてたんだ。俺は純粋にこいつのことを応援したいだなんて、他意はないだなんて。

 

「嘘じゃ、ないんだよな」

 

「あたしがしょうもない嘘つくタイプじゃないって言ってくれたのはアンタだよ、伊吹」

 

そう言って美樹はにかっと笑う。どきん、と心臓が跳ねる。俺は恐る恐る美樹の肩に手を伸ばし……そして、ぐっと抱き寄せる。

美樹は最初びっくりしたように身をすくめていたが、少しすると受け入れてくれたのか俺の手に背中を回して抱きしめ返してくれた。

 

「正直に言うよ……美樹。ホントに恥ずかしい話だけど、今お前に言ってもらって自覚した。俺……お前のことが好きだ。いつの間にかお前の一生懸命な姿に惹かれてた。頑張ってるお前を隣で支えてやりたいって思った。だから、その……ずっと俺の隣にいてくれ、美樹」

 

「……うん……うん!」

 

 

そうして……ふたりの心は、ひとつに結ばれた。

落ちかけている夕日だけが、静かにそれを見守っていた。



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12話

お互いがお互いの身体を離した時には夕日は既に落ちかけ、空が暗くなり始めていた。

 

「……帰るか」

 

「……そだね」

 

どちらともなく歩き出す。俺は歩きながら、横目で美樹の顔を見る。

すると美樹は視線に気づいたのか、不思議そうな顔をする。

 

「どしたの?」

 

「いや……その……俺達……恋人同士になったんだなって」

 

「こいびっ……!そう、だね。付き合ってんだよね、あたしたち」

 

そんなやりとりを交わすだけで、かあっと顔が熱くなっていくのを感じる。美樹も耳まで真っ赤になって下を向いてしまっている。ちょっと喋っただけで、美樹が隣にいるってだけでなんでこんなにドキドキするんだ。ちょっと前までは普通だったのに。

ふとした拍子に、俺の指と美樹の指先が触れ合う。すると、美樹はびくっとして手を遠ざけてしまう。一連の動きで美樹がどうしたいかなんとなく察し、思い切って美樹の手をぎゅっと握った。

 

「あ……!」

 

美樹がぱっと顔を上げ、こっちを見る。なんだかどうしようもなく照れくさい。

 

「……俺がやりたかったから、こうした。嫌か?」

 

俺は目を合わせること無く、ぶっきらぼうにそんなことを言うのが一杯一杯だった。

 

「嫌なワケないじゃん……あたしも、こうしたかった」

 

そう言って、美樹は俺の手をぎゅっと握り返してくれた。

美樹の手は温かい。その温もりが心地いい。こうして手を繋いでいると、なんだか心まで温かくなるような、穏やかな幸福感のようなものがあった。

それにしても……こいつとこんな関係になるなんて、数日前までは想像もしなかった。

 

「なんでだろ……手を繋いでるだけなのに、すっごく安心する。伊吹が隣にいるってハッキリ感じられるからかな」

 

「俺もそうだ……不思議だな、ただ手を繋いでるだけなのに」

 

「……あたし、思うんだ。もしあの夜伊吹に会ってなかったらどうなってたんだろう、って。まどかとも仲直りできなかったし、恭介のことも吹っ切れなかった。それに勿論……あんたとこうやって手を繋ぐこともなかった。そうなってたらあたし、間違いなく今よりも荒れてたし……ソウルジェムももっと濁ってた。もし完全に濁りきってたら、その時あたしはどうなっちゃってたんだろうって……!」

 

美樹がぶるりと身を震わせる。怯えている。美樹は今まで何でもないように振舞っていたが、やはり本当はまだ不安定なんだと思う。俺は美樹の手を握る力をぎゅっと強くする。

 

「でも、そうはならなかった。大丈夫だ、今は俺がいる……まあ、俺に出来る事っつったら励ますことくらいだけどさ」

 

「ふふっ……どうしてかな、伊吹がついてるって想うだけですごく心強い。これから先何があったって大丈夫だと思えるんだ」

 

 

 

「――無事だってのはほむらから聞いてたけどさ……ちょっと見ねーうちに、ずいぶん幸せそうな顔するようになったじゃねえか」

 

突然、そんな声をかけられた。声のする方に目を向けると、赤髪のポニーテールが立っていた。歳は俺達と同じくらいだろうか。だがそんな奴と知り合った覚えはない。美樹の知り合いか?

 

「杏子、だったかな。なんで……なんでアンタがここにいんのよ、よりによってこんな時に」

 

「カレシとデート中のところわりーな、さやか。ところで隣にいるのはあのボーヤじゃないみたいだけど」

 

「色々あったのよ、色々ね。恭介のことはちゃーんと正式に吹っ切ったから」

 

「……なあ、美樹。もしかしてお前の魔法少女仲間?」

 

「仲間になった覚えはないよ、根本的に考えが合わないし。ただ同じ魔法少女ってだけ」

 

美樹が吐き捨てるように言うと、赤い子がギッ、と歯を噛む様子が見えた。しかしそれは一瞬の事で、取り繕うように元の表情に戻る。

 

「ま、そーゆーこと。それにしても、一度きりの願いを遣うまで惚れてた男を諦めて彼氏作るなんてねえ。大方、手頃なところで妥協したってトコかい?」

 

歯に衣着せぬ言い方に思わずむっとして言い返そうとするが、それより先に美樹が口を開く。

 

「取り消せ」

 

「あ?」

 

「取り消せって言ったんだよ。あたしはコイツが一番いいって思ったから、恭介以上に隣にいたいって思ったから一緒にいるんだ。それをよりにもよって妥協だって?何にも知らないくせに知ったふうな口聞くんじゃないわよ」

 

美樹は指輪を宝石に変え、臨戦態勢になる。赤い子はその様子を見て溜め息をつきながら肩をすくめる。

 

「……わかった、わかったから落ち着けって。別にアンタと喧嘩するために来たんじゃないんだからさ。取り消すよ、今の言葉。ったく、アタシの心配は余計なお世話だったってわけだ」

 

「心配?あんたアタシの心配なんてしてたの?」

 

「……アンタさ、ただでさえ落ち込んでたんだ。その上あんなヤケクソみてえな、ボロボロになるような戦い方してんの見せられて気にならねえほうがおかしいっての」

 

赤い子は憂いを帯びた表情で話す。嘘はついていない、心の底から心配していたような声色に感じた。

なんとなく、悪いやつじゃないような気がした。

 

「そりゃあの時はすっごく落ち込んでた、やけっぱちになってたのも認めるよ。でも今は違う、伊吹のおかげで立ち直ったから」

 

美樹が笑顔でそいう言うと、赤い子は口に加えていたスティック菓子をぽろりと取り落とす。それに気づいて慌てて拾い直すと、心底驚いた表情でまくし立てる。

 

「あ、アンタが!?どんな魔法を使ったんだよ、いったい!?」

 

「魔法って大袈裟な……ただ話を聞いて、相談に乗った。それだけだぞ」

 

「励ましたり慰めたりもしてくれたね」

 

「そんなことで……」

 

「そんなことって言うけど、意外とそうしてくれる人っていないわけよ。まず魔法少女の話なんて荒唐無稽すぎて普通の人には相談できないし、他に一番相談できるのはまどか。まどかは話よく聞いてくれるし、すごく優しいんだけど……優しすぎるからあたしが強く出ちゃうと何も言えなくなっちゃう事があって。同じ魔法少女であるアンタはそもそもの価値観が違いすぎるしとても相談なんてできないって思った。キュゥべえはもう絶対に信用出来ないし、転校生に至ってはもう論外」

 

「うぐっ」

 

ショックを受けたような顔をする赤い子。二人の間になんとなく流れる険悪なムードが耐えられなくなりつい口を挟んでしまう。

 

「な、なぁ。価値観が違いすぎるって言うけど、具体的にどう違ったんだ?そんな邪険にすることもないだろ」

 

「こいつは利己的すぎんのよ。こいつなりの事情があるのは理解するけど、でも受け入れられない。自分のために人を見殺しにしたり、人のものを盗んだりするのは」

 

「そういうお前は他人のために無理しすぎなんだよ、大事なのは自分だけだろうが。そういうとこが見てらんないんだよ」

 

「利己的すぎるか……でも、それってそんなに悪いことか?」

 

「伊吹、もしかしてコイツの肩持つわけ?そもそもアンタだって人助けするじゃん」

 

「そういうわけじゃないけど、前に言っただろ。俺は最終的に自分が満足するために人助けするんだよ。美樹にも心当たりあるだろ?お前の願いで上条が元気になったとき、どんな気持ちになった?」

 

「それは……嬉しかった」

 

「だろ?それに大事なのは自分だけって言ってるけど、あの赤い子も美樹のこと心配して気にかけたりしてたみたいだし、本当は仲良くしたいんじゃないか?」

 

「なっ!?」

 

ぼん、と赤い子の顔が赤くなる。恐らく図星なんじゃないだろうか、これ。

 

「え……そうなの?あたしに昔話とかしてくれたのも、もしかしてそういう?」

 

……悪いかよ

 

蚊の鳴くような、消え入りそうな声で赤い子が言う。

 

「……そうなんだ」

 

「美樹、やっぱり仲良くなれそうな気がしてこないか?」

 

「うーん、でもやっぱり人を見殺しにしたりするのは見過ごせないよ……」

 

「そこはお互い不干渉でいいんじゃないか?赤い子に人を助ける義理は無いし、赤い子だって美樹が人助けするのを止める権利があるわけでもないだろ」

 

「そう言われると、そうだね……ねえ杏子、一つだけ確認してもいいかな」

 

「な、なんだよ」

 

「あたしはこれからも、使い魔を狩ることをやめない。アンタに手伝ってくれとは言わないけど、せめて止めないでほしい……それだけ聞いてもらえないかな」

 

「それくらいなら、しょうがねえ……だから、その……これからはよろしく、頼むよ」

 

赤い子が右手を突き出す。おそらく、握手を求めているのだろう。美樹はにこりと笑顔で赤い子の手をぐっと握り返す。

 

「うん。よろしく、杏子」

 

どうやら一件落着したみたいだ。険悪なムードって同じ空間にいるとしんどいからな。美樹が他人に敵意を向けているところもあまり見たくないし。丸く収まってくれてよかった。ほっと胸を撫で下ろしていると、赤い子から声をかけられる。

 

「感謝するよ、さやかのカレシくん。アンタがさやかとの間を取り持ってくれて」

 

「美樹のカレシくんってのはなんかむず痒いからやめてくれ、赤い子。俺には伊吹ちひろってちゃんとした名前があるんだ」

 

「あたしも赤い子じゃなくて佐倉杏子だよ。それじゃ、デートの邪魔して悪かったね二人とも。それじゃまたな」

 

そう言って佐倉は立ち去っていく。斜に構えているわりには可愛げのある奴だった。美樹との相性も実はそんなに悪くないんじゃないかと思った。

 

「仲直りできてよかったな」

 

「仲直りっていうか、和解っていうか……そういや結局杏子のやつ、何しにきたんだろ」

 

美樹がそう言うと佐倉が何かに気づいたのか慌てて踵を返し、こちらに駆け戻ってくる。

 

「わ、忘れてた!そういや教えとかなきゃいけない事があったからさやかに会いに来たんだった!」

 

「教えとかなきゃいけない事?」

 

 

「近いうちに……ワルプルギスの夜が来る!!」




実はアニメ本編だとさやかちゃんって一回も杏子のこと名前で呼んでなかったりするんですよね


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13話

「ワルプルギスの夜ってなに?そんなに大騒ぎするようなものなの?」

 

「知らなかったか、てっきりマミから聞いてんのかと思ったけど……一言で言うと、超弩級の大物魔女さ。あたしも直接見たことはねーんだけど、そいつが通ったあとは街だろうがなんだろうがまるごと瓦礫に変わっちまってるって話だ」

 

「何よそれ、魔女ってそんなヤバいのまでいるの!?」

 

美樹が驚愕する。街一つまるごと瓦礫に変えるほどの規模の化け物。それがよりによってこの見滝原に来るっていうんだから、とてもスケールが大きく理不尽な話だ。

美樹も同じように思ったのか、拳をぎゅっと握りしめるのが見えた。

 

「先に言っとくけど、ヒヨッコのさやかが敵う相手じゃねえ。ワルプルギスが来た時はおとなしく逃げな」

 

「そういうアンタは……どうするつもりなの?」

 

「あたしはワルプルギスの夜をブっ倒すつもりだ。あたしの縄張りが壊されんのをむざむざ見過ごすわけにはいかないからね。それに巨大な魔女なら、倒したぶんの見返りもデカそうだ」

 

「それ、勝てるの?」

 

「ま、正直に話すと一人じゃたぶん勝てない。だから今は暁美ほむらのヤツと組んでるのさ。アンタが立ち直ったって情報もほむらから聞いた」

 

「転校生と!?杏子、あんな何考えてるかわからないヤツのこと信用してるの!?」

 

「別に心から信じてるわけじゃねえよ、だけどアイツは腕が立つ。あたしと組めばたいていのヤツにはまず負けないだろうさ。それにほむらも一人じゃワルプルギスに勝てないからあたしに協力を申し出たんだろうしな。要するに利害の一致ってやつさ」

 

「あいつでも一人じゃ勝てない相手……」

 

強張っていたさやかの表情が一層深刻になる。佐倉も軽い口調で話してはいるが、目は笑っていない。ほぼ部外者である俺も、二人の様子から事態の重さを肌で感じることが出来た。

 

「そういう事だから、あたしは今度こそ行くよ。ワルプルギスが来たら変な気起こさずに逃げろよ。わかったな!」

 

そう言って、今度こそ佐倉は走り去っていった。美樹は固まったまま、呆けたように動かない。

 

「大丈夫か、美樹?」

 

「……伊吹〜」

 

美樹が弱々しい声でうめき、俺に抱きついてくる。

さっきは心の準備をしていたため、邪な気持ちを抱かずにすんだ。だが、こう突然来られると……。

 

「お、おい美樹、離れろって……」

 

「やだ!」

 

美樹はまるで駄々っ子のように拒否し、ぎゅうっと俺の背中に手を回して離さない。

 

「どうしちゃったんだよ突然……」

 

「だってさ……あたしたち、今日付き合いだしたんだよ?だから さっきまですっごく幸せな気持ちだったのに、いきなりこんな重い話聞かされてさ……だからもうちょっとだけ、あと少しだけでいいから」

 

そう言われると、俺はとても振り払いづらくなってしまう。そりゃ本音を言えば、俺だってもっと美樹と一緒にいたい。でも――

 

「み、美樹……そうやって密着されると、色々、やばい……」

 

さっきからめっちゃいい匂いが漂ってくるし、どことは言わないがふにふにとやわらかい感触が押し付けられている。非常によろしくない。やばい。やばい。やばい。語彙が消し飛ぶ。とにかくやばい。でも、美樹にみっともないところは見せたくない。我慢しなきゃ。我慢しろ……!

 

「もうちょっとだけ、もうちょっとだけだから……」

 

天国と地獄が同時に押し寄せてくる感覚。永遠にも思える時間が過ぎ、ようやく美樹が俺を開放する。

 

「……うん、ようやく落ち着いた。ありがと伊吹、わがまま聞いてくれて……伊吹?」

 

「お、おう……力になれたなら、何よりだ……」

 

なんとか理性を保ったまま持ちこたえた。抱きつかれている間の思考がほとんど消し飛んでいた俺だが、一つだけ考えていたことがあった。

 

「なあ美樹、明日学校休みだろ。だから明日……デート、してみないか?」

 

「デート?」

 

「ああ。早速初デート記念日作っちゃおうぜ。それで楽しく過ごせれば今日の分はチャラにできると思うんだ」

 

「初デートか……いいね、それ。ところでどこ行くとかって決めてあるの?」

 

「いや、さっき考えたばっかりだからまだ決めてない。でもそうだな……恋人っぽいことっての、とりあえず片っ端から試してみるってのはどうだ?」

 

「あははっ、いいねそれ!あたし実は憧れてたことがあってねー……」

 

それからの帰り道は明日のデートでやりたいことをお互いに言い合い、盛り上がりながら歩いた。帰路で別れるまでずっとそのテンションは冷めないままだった。ワルプルギスの話を聞いた直後は今日が微妙なテンションのまま終わってしまうかと思ったが、なんだかんだで楽しく一日を終わることが出来た。終わりよければすべてよしってやつかな。それにしても勢いでデートの約束を取り付けてしまったけど。明日、どうすっかな……。

俺の胸は不安のドキドキと期待のワクワクでいっぱいになっていた。すべては、明日のために。

 

 

・・・・・・

――美樹さやか

 

「……寝れない……。」

 

伊吹と思い思いのデートプランを喋りながら帰って、明日に備えてごはんとお風呂を済ませたらすぐベッドに潜り込んだはいいものの。目が冴えちゃって眠れない。明日が楽しみすぎるよー……。

……それにしても、ワルプルギスの夜、か。街を壊す魔女なんて、仮に敵わない相手でも絶対に放っておける相手じゃない。だって……まどかが、仁美が、恭介が、何より伊吹が危ない目に遭うことがあったら、あたしは……!

ああもう、やめようこんなこと考えるの。これじゃ余計に寝つけなくなっちゃう。それに、あたしより強い杏子と転校生が二人がかりで戦うんだから元々あたしの出る幕なんて無い。無い……よね?

思考を切り替え、明日のデートの事を考える。明日はあれやって、これやって……あそこも行きたいなあ、伊吹も一緒に楽しんでくれるかなあ。

――あ〜、余計に寝れない〜!

そのまま無事寝落ちするまで、あたしはベッドの上でゴロゴロとのたうち回っていた。



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14話

結局昨日はあんまり眠れなかった。そのせいもあって、待ち合わせ場所に三十分も早く着いてしまう。我ながら浮かれ過ぎなんじゃないか……なんて思っていると。

 

「よ、ずいぶん早いね伊吹……ふわぁ〜あ」

 

待ち合わせ場所には美樹が既にいた。あいつはこちらに手を振りながら大きなあくびをかます。

 

「お前こそずいぶん早いけど。美樹お前……ちゃんと寝た?」

 

「正直言うと、今日楽しみで寝付けなくってあんまり……っていうか伊吹、あんたも目の下にクマできてるよ」

 

「ああ、実は俺も同じ理由であんま寝れなくて……」

 

「あはははっ、あたしたちは遠足前の小学生かっての!デートっていうからちょっと緊張してたけど、今ので力抜けちゃったよ」

 

「はははっ!そうだよな……緊張するなんて、俺達のガラじゃないよな。それじゃ、行くか!」

 

「おうっ!」

 

美樹と手を繋ぎ、街へ繰り出す。昨日とは違って、ごく自然に手をつなぐことができた、

 

「ところで、どこに行きたいか決めてるの?アンタが先攻だけど」

 

「勿論!まずは……映画館ってのはどうだ?」

 

「いいね、デートっぽい!行こう!」

 

俺と美樹のデートプラン。それはお互いが考えた「デートっぽいこと」を持ち寄り、片っ端から試すという特殊なものだった。デートというより、そういう遊びといったほうが近いか。

そういうわけで、早速映画館へ向かう。観るのは最近大人気のハリウッド映画だ。老若男女あらゆる層に人気らしい。

クラスでも時たま話題にのぼるため、ちょっぴり気になっていた。それは美樹も同じだったため入るときも乗り気で、俺達は意気揚々と映画館に入っていった。ところが映画が始まって少し経った時点で、俺は映画館デートの落とし穴に気づく。

映画館はデートの定番コースみたいなイメージがあったが……映画を見ている間は、話せない。相手の顔を見ることも出来ない。これが盲点だった。そこにもう一つ、問題がある。いい感じに暗い劇場と座り心地のいいシート。これらが俺の眠気を助長してくる。

ああ、こんなことなら昨日ちゃんと寝とけばよかった。でも、だめだ。眠気が、どんどん、強くなってくる。やばい。まぶたが、だんだん、落ち――

 

・・・・・・

 

「……はっ」

 

目が覚める。どうやら眠ってしまったらしい。幸いというべきか、まだ映画は続いている。

映画の方はちょうどこれから盛り上がりどころ、といった感じだった。少し睡眠をとったことで目も冴え、その後は映画に集中することができた。しかし、最初の方の内容が飛んでいるためキャラクターがイマイチ掴めなかったり、ちょくちょく内容に置いて行かれてしまう時があった。

その辺りの理解不足でちょっとしたモヤモヤを残しながら、映画が終わる。それにしてもクライマックスシーンの迫力は凄まじかった。今度改めてちゃんと観たいな……。

スタッフロールが終わり、劇場が明るくなる。美樹の方を見てみると……スヤスヤと幸せそうな寝顔を浮かべていた。

 

「おい美樹、映画終わったぞ」

 

「……ふぁぇ?」

 

美樹のことを肘で小突くと、間抜けな声を出しながら目を開ける。起きた直後でまだ状況が理解できていないのか、辺りをきょろきょろと見回す。そして……。

 

「あ、あぁぁぁぁっ!映画終わっちゃってる!そんな〜!」

 

「ふ、くっ……あははははははっ!!」

 

ものすごく残念そうな美樹の姿を見て、俺は爆笑してしまった。まあ、俺も人のことは言えないんだが。

 

「笑いすぎだっての!大体アンタも最初寝てたろ!」

 

「いてっ」

 

美樹にぺちんと頭を叩かれた。寝てたのは普通にバレていた。

結論。どうも俺たちに映画館デートは向いてないらしい。

 

・・・・・・

 

「も〜……こんなことなら昨日ちゃんと寝とけばよかった……」

 

「ははは、俺も。最初が抜けてたせいで内容イマイチ入ってこなかった」

 

映画を観終わる頃にはちょうどお昼時になっていたため、近くのファミレスに入って適当に何か食べながら一息つくことにした。デートで行くような洒落たレストランに入るか少し会議になったが、中学生の財布には厳しかったため取りやめになった。

 

「ったく、アンタも人のこと笑えないじゃん……あ、そうだ!」

 

美樹はなにか閃いたようで、ぽんと手を叩く。一体何を思いついたんだ?

 

「伊吹って最初で寝て途中で起きたわけじゃん?あたしは最初の方見てたけど途中で寝ちゃったわけじゃん。これ、二人の話をすり合わせれば映画の内容全部わかるんじゃないの!?」

 

「そ、それだぁっ!お前天才か〜!?そうそう、俺主人公がなんでマグロ人間になってたのか分かんなくて、それずっと気になっててさ……」

 

「えっ、主人公マグロ人間になってたの!?あー、じゃあ走らないとロクに呼吸ができなくなる体質になったのって伏線だったのか〜!」

 

そうして、しばらく映画トークで盛り上がっていた。その甲斐あって、お互いに映画の内容をだいたい理解することができた。二人共寝ていたタイミングがあったために抜け落ちている部分があるのが惜しまれる。

 

「あ〜、それにしてもクライマックスシーンは映像で見たかったな〜、悔しい!」

 

「俺も序盤の面白そうなシーンはちゃんと映像で見たかったな……お互い見てないシーンもあるし。なんならもっかい見るか?」

 

「いや、そのうちレンタル始まったら一緒に見ようよ。そのほうが気軽だしお財布にやさしい」

 

「そうだな……しかし一時は映画館選んだの失敗だったかと思ったけど、コレはコレで案外楽しかったよな」

 

「そうだね、なんだかんだ言って映画の話すっごいしたし。めいっぱい満喫したって言っていいんじゃない?」

 

そう言って美樹は笑う。こいつは本当に表情豊かだ。一緒にいて楽しい、退屈しない奴。ほんの数日前までは真逆の印象だったのに。

 

「不思議なもんだな」

 

「何が?」

 

「いや、ほんとに最近まで仲悪かったのに、今こんなことしてることがだよ」

 

「それもそうだね……うーん」

 

美樹はしばらく思案した後、こんなことを言った。

 

「それって多分、あたし達がお互いのことちゃんと知ったからじゃないかな。こないだまではちゃんと落ち着いて喋ったことあんまり無かったからお互いのヤなところばっかり目についたけど、今はいいところも知ってるから。ヤなところだと思ってたのが、実はいいところだったりね」

 

そう言われると、不思議と腑に落ちた。俺が美樹に惹かれたのも接する上でこいつの事を知っていったからだ。一生懸命で一直線で、一途に頑張れるやつ。でも、繊細で傷つきやすいところもあって……確かに喧嘩してた時は気づく由もなかった。

知ったから、か……そうだな。だから美樹のこと好きになったんだもんな。

 

「……ふ、不意打ちは卑怯だよ……」

 

「え?」

 

「伊吹……全部声に出てる」

 

「へっ……!?」

 

美樹は顔を覆っている。耳が赤い。恐らく顔の方はもっと真っ赤になっていることだろう。そして、恐らくそれは俺も同じ。俺は一体なにをやってるんだ。頭からぷしゅうううっと湯気が出ていてもおかしくないくらい顔が熱い。

 

「……あたしも、アンタのこと大好きだよ……伊吹」

 

「なんで今それ言うんだよぉ……」

 

「えへへ……すっごい恥ずかしい事言われたから、お返し」

 

俺は顔を見られないようにテーブルに突っ伏す。今俺はとても人様に見せられない顔をしている。恥ずかしくて仕方がないのに口角だけはどうしようもなく上がってしまっている。嬉しさをまるで隠し切れない。でも仕方ない、だって、大好きな奴に大好きだって言われて嬉しくないはずがないんだから。

結局俺達は二人揃って、注文した品が来るまでお互いの顔を見ることが出来なかった。

 



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15話

食事を終え、店を出る頃にはお互いにある程度落ち着いていた。

周りの客からの生暖かい視線がしんどかったことを除けばだが。

 

「は〜っ、もう……恥ずかしかったあ」

 

「俺も……それより美樹、次はお前の番だけど何するか決まってるのか?」

 

「もちろん!ズバリそれは……ウィンドウショッピング!」

 

美樹がドヤ顔でズバッと言うが、それを聞いた俺のテンションは正直微妙だった。

 

「ウィンドウショッピングってなんも買わないで店見るだけのことだろ?それ、面白いのか?」

 

「まあ、騙されたと思って。ほら、行こ!」

 

「お、おい!?」

 

美樹に手を引かれて走り出す。まあ美樹が自信たっぷりに言うんだ、俺の知らない何かしらの魅力があるんだろう。そう思ってついていく、それに、こいつと一緒なら多分どこで何をやっても楽しい。そんな気がした。

そんなことを考えているうちに、大きめのショッピングモールにたどり着く。食品、衣服、書店、CDショップ、それにフードコートにゲームコーナーと大体の物は揃っている便利な場所だ。徒歩で通える距離にあることから、俺含めた見滝原の生徒もよく利用する場所だ。

 

「ところで言い出しっぺの美樹よ、何か見たいものとかってあるのか?」

 

「う〜ん、言い出しっぺなんだけど特別なにか決めてるわけでは……あ」

 

歩きながら話していると、とつぜん美樹がCDショップの前で足を止める。

 

「しまった、いっつも通ってたからここ来るのが完全に習慣づいてた……適当に歩いてたらなんか自然にここの前来ちゃった」

 

「ああ、上条の見舞い品買う時か……」

 

そういやCD買う金って決して安くないはずなんだけど、こいつどこからCD代捻出してたんだろ。上条の見舞いにはけっこう頻繁に来てたみたいだし、多分だいぶ無理してたんだろうな……。

 

「……やっぱ凄いわお前」

 

「な、何よ突然」

 

「なんでもない。それよりどうする、折角来たし入るか?」

 

「そうだね……せっかくだから見に行こっか」

 

こうしてCDショップの中に入ることにした俺たち。店頭では今をときめく人気アーティストの曲が流れている。ん?この曲……なんか聞き覚えがあるな。それも昔じゃなくて、つい最近の話。これは……。

 

「もしかしてこれ、さっきの映画の主題歌じゃないか?」

 

「えっ、これそうなの!?あ〜、寝てたから聴けなかった〜!」

 

「そういやお前スタッフロールで寝てたっけ……そういや聞いてなかったけど、美樹ってどんな音楽が好きなんだ?」

 

「どんな音楽、かぁ……クラシックも漁ってるうちに聴くようになったけど元々好きだったのはやっぱりJ-POPかなあ。特に誰が好きってわけでもないんだけど、テレビで流れる歌とかはけっこう覚えてるんだ」

 

「お前耳いいんだな……そうだ、クラシック聴くんならこれとかどうだ?実戦空手道とクラシックを合わせたまったく新しいバンドがあってさ」

 

「それ空手関係あるの!?」

 

その後も適当に店内をうろつき、お互いにおすすめの音楽を教え合ったり、ちょっとヘンなCDを見つけてわいわい言ったりしていた。

ひと通り店内をぐるりと一周したところで店を出て、次の目的地を探す。

 

「いやー、色々見て回るのも案外面白いもんだな。普段あんまりこういうことしねーから新鮮だった」

 

「でしょ〜?それじゃ気分も乗ってきたところで、次はあそこ行ってみようよ!」

 

美樹がびっと指を差した先には、季節のコーディネートを身に纏った複数のマネキン。服飾コーナーだった。

 

「服か〜、いわゆる定番ってやつだな。すごくデートっぽい場所」

 

「それにウィンドウショッピングっていったらコレでしょ!ほら、行こ!」

 

美樹に誘われるがままに服屋に入る。正直ファッションのことは分からないし、さして興味もない。だが、美樹がどんな服に注目するかは気になった。

 

「あ、見て見て伊吹!これ可愛くない?」

 

「うん、似合ってるんじゃないか?」

 

「ホント?じゃあコレは?」

 

「それも似合うと思う」

 

「コレとかは……」

 

「似合うな」

 

美樹が次々と見せてくる服に感想を述べていくと、最初はウキウキだった美樹がどんどん微妙な表情になっていく。

 

「も〜、さっきからずっと似合う似合うしか言ってくれないじゃん。他になんかないの?」

 

「悪いな、気の利いた感想言えなくて……でも全部似合いそうなんだからそう言うしかないだろ、でも一つ言うとしたら無難かな……持ってくる服の系統ぜんぶ似てるし」

 

「そうかな〜?」

 

そう、美樹が持ってくる服はどれもカジュアルで動きやすい服。活発な美樹らしいっちゃらしいチョイスだ。だがそれじゃ普通すぎる。

 

「もっと普段着ないような服も見てみようぜ。ほら、コレとか似合うんじゃないか?」

 

俺が手に取ったのは純白のワンピース。美樹が自分じゃ絶対選ばなそうな、でも着たら絶対似合うんじゃないかと俺が思った服だ。

 

「えぇ〜っ、あたしはこういうの似合わないよ……こんなんもっとスタイル良くて綺麗な人が着るやつじゃん」

 

「いやお前スタイル良くて綺麗だろ、着たら絶対似合うよ。いやどっちかっていうと綺麗より可愛いか……とにかく、絶対似合う。俺が保証する」

 

「か、可愛いって……そんな、あたしに限ってそれはないって。あはは……」

 

美樹は誤魔化すように笑顔を浮かべる。言葉の端にはなぜか自身のなさがにじみ出ている。美樹のやつ、何故か自分が可愛いって自覚を持ってないようだった。だから俺はさらに言葉を重ねる。

 

「いーや、お前がいくら否定しても可愛いからな?そりゃ俺も意識し始めたのは最近だけどさ……楽しそうにしてる姿とか、悲しんでる顔とか、恥ずかしがってる顔とか。寝顔とか……お前のいろんな顔見てきたけど、どんな時も全部可愛いんだよ」

 

「あぅ……」

 

美樹が赤面して俯いてしまう。俺も恥ずかしいことを言っている自覚はあったが、こればっかりはどうしても言っておきたかった。こいつ、自分の魅力に対する自覚がなさすぎる。

 

「い、伊吹……もうダメ、耐えらんない……!」

 

美樹は俺の手を掴み、すたすたと早足で服飾コーナーを抜け、さらに店の外に向かう。そしてすぅ、と息を吸い込み……。

 

「恥ずかしすぎるんだよ、ばかーっ!」

 

「うおっ!?」

 

大音量で叫ぶ。美樹の顔はもう真っ赤っ赤だ。俺は驚いてびくっと跳ねてしまう。

 

「もー、あんた一回のデートで何回恥ずかしい思いさせるつもりよ!こんなんじゃ心臓が持たないって……!」

 

「な、なんかすまん……」

 

「それに何が一番気に食わないって、あんたが恥ずかしいこと言う時っていちいち嬉しいんだよぉ……もう、なんなのさ……伊吹ぃ」

 

語尾が弱々しくなると思ったら、今度はおもむろに頭を俺の胸に押し付けてくる。今度は俺が赤面する番だった。

 

「み、美樹?」

 

「ねぇ伊吹……あたしのこと、可愛いってほんとに思ってるの?」

 

「そりゃ当たり前だろ、そんな事で嘘ついてどうすんだよ」

 

「……じゃあ、ぎゅってして」

 

心臓が早鐘を打つ。絶対に美樹にこの音が聞かれている。それは俺だって望んでしたいことだ。だがしかし……いくらなんでも往来でそんなことをする度胸は俺にはない。

 

「と、とりあえず場所変えよう、な?」

 

・・・・・・

 

美樹の手を引きながら歩く。盛り場から離れて人通りの少ない場所まで来ても美樹は何も喋らない。さっきの一件からどうも様子がおかしい。

 

「なあ、美樹?一体どうして突然あんなこと言い出したんだよ。俺がへんなこと言ったのが理由だったら謝る」

 

「ううん、伊吹は何にも悪くない。あたし変なの……どうかしちゃってる」

 

理由はわからないが、美樹の精神はまた不安定になっているみたいだった。美樹はこういう時、つらくっても無意識に隠そうとしてしまうクセみたいなものがある。

 

「もしかして、体調崩したとかか?それなら今日は解散したほうが……」

 

「やだ、行かないで!」

 

「え?」

 

「まだ、離れたくない」

 

美樹の手は、震えていた。

 

「おい美樹、本当にどうしたんだよ……」

 

「……怖いの、今が幸せすぎて、現実感なくて……ホントは今見てるのが夢なんじゃないかって。こんな世界ほんとは存在しなくて、起きたら全部なくなっちゃうんじゃないかなって。だから」

 

美樹が手を払い、思い切り抱きついてくる。その力はぎゅっと強く、ちょっとやそっとでは離れそうになかった。

 

「感じたいの、伊吹がここにいるって……夢なんかじゃないって、少しでも感じたい」

 

そういう事だったのか……でも、幸せすぎて現実感がないっていうのは俺にも当てはまる話だ。ただ美樹は俺と違ってほんの最近までどん底の精神状態だったため、その落差があまりにも大きすぎるのかもしれない。俺は美樹のことをぎゅうっと抱きしめ返す。

 

「大丈夫だ美樹、俺はここにいる。だからお前も……消えたり、いなくなったりしないでくれ。どんなことがあっても無事で……いてくれ」

 

不安なのは、俺も同じだった。美樹は、命のやりとりをしなければならない宿命を背負っている。次の日にでも、目の前からふっといなくなってしまう事だって多分あるのだろう。それは、とても恐ろしくて。今まで考えないようにはしてきたけど、美樹に共鳴して俺の不安まで噴出してきてしまう。

……だから、美樹の温かさを肌で感じているとすごく安心する。確実に今この瞬間、美樹はここにいるって思えるから。でも、これはあまり良くないことなんじゃないかな、とも思う。お互いに依存しているこの状況は。

 

「……少し、歩かないか?連れて行きたい場所があるんだ」

 

・・・・・・

 

目的地に着く頃には、すでに夕方になっていた。

俺が連れて行ったのは、見滝原が一望できる小高い丘。景色の割に知名度が低く、少なくともここで誰かに鉢合わせたことはない。いわゆる穴場、秘密の場所ってやつだ。

部活を辞めて気が滅入ってた頃にはよくここに訪れていた。

 

「すごい……」

 

茜色に染まる見滝原の街を見て、美樹が独り言のように呟く。

 

「いい場所だろ、ここ。誰にも言うなよ?」

 

「……なんで、ここにあたしを連れてきたの?」

 

「んー、単に一番好きな場所だから連れて来たかったってのもある。ここの景色を見れば少しは癒やされるかなって……ムードもいいしな。こういうのもデートっぽいだろ?」

 

俺はそう言って美樹に笑いかける。すると美樹の表情もどこか柔らかくなり、やがてくすくすと笑い出す。

 

「ふふふっ、そのデート遊びまだ続いてたんだ」

 

「はははは、記憶力いいだろ?」

 

そんなやりとりをしているとお互いになんかおかしくなってしまって、二人揃って笑い出す。それが落ち着いたところで、俺は話を切り出した。

 

「なあ美樹。俺はお前のことを信じてる。絶対にどこにも行かないって、次も無事で会えるって。だからさ……美樹も俺のことを信じてくれないか?」

 

「信じる?」

 

「ああ。お互いの存在を肌で感じるってすごく心地いいことだったけど……ずーっとそうしているわけにもいかない。それにそうしてなきゃ不安って思うのは相手のことを信じきれてないからだと思うんだ。だから、俺は信じる」

 

「伊吹を、信じきれていない……」

 

「ああ。俺は夢なんかじゃなくて確かにここにいる。勝手に消えたりなんてしない……それを信じてもらえないか?美樹」

 

美樹がハッとする。そして溜め息を一つつくと、何かの決意を秘めた表情になっていた。

 

「はー……伊吹。そこまで言われちゃ、信じないわけにはいかないでしょ。わかったよ、信じる!だから伊吹、あんたもあたしを信じてくれる?絶対にどこにも行かないって、無事に返ってくるって」

 

「ああ、当然だ」

 

「……ありがとう。ねえ伊吹、あたし一つ決めたことがあるんだ」

 

「なにを?」

 

「あたし……ワルプルギスの夜と戦う」

 

ワルプルギスの夜――その名を聞いて、一瞬心臓が止まる。聞いた話では天災に匹敵する強さを持った怪物。美樹がどれくらいの強さなのかは分からないが、おそらく勝算は薄いであろう。なのに、なんで――

 

「……なんで急に戦おうとなんて思ったんだよ。佐倉と暁美さんもいるだろ」

 

「その二人でも勝てないかもしれない。そうしたら見滝原が吹き飛ばされちゃう。大切なこの街が、ここに住んでる大切な人たちが」

 

眼下に広がる見滝原の街を見ながら美樹が言う。その眼には、先ほどの不安げな顔とは違う意志の光が灯っていた。

 

「あとで後悔だけは絶対にしたくないんだ。もしあたしが戦わずに無事だったとしても、大切な誰かが死んじゃったら一生後悔すると思う。それだけは絶対したくないの」

 

「後悔したくない……それって」

 

「ふふっ、あんたに影響受けちゃったみたい。そのせいで後悔する生き方はしたくないって思うようになっちゃった。正直今でも怖いけど、伊吹があたしを信じてくれるなら……百人力でしょ?」

 

「美樹……」

 

どちらも、俺の言ったことだ。その考えが間違っているとは思わないが、それが美樹を危険に赴かせる後押しになってしまうのはとても複雑な気分だった。

 

「……もう、そんな顔しないでよ。信じてくれるんでしょ?」

 

「それは、そうだけど」

 

「そんなに心配してくれるんだったらさ、一つお願いがあるんだ」

 

「お願い?」

 

「伊吹……キスして。そうしたら、頑張れるから。絶対に帰ってこれると思うから、だから――」

 

その言葉に俺は言葉を返さず――その代わりに唇を重ねることで返答した。

思慕、信頼、無事を祈る気持ち……言葉にすることが出来ずに溢れた気持ちを込めて。



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16話

それから、俺達は互いに二人で逢うことをしばらく自制することにした。

それは、美樹がこんなことを言ったためだ。

 

『あたし、もっと強くなる。杏子や転校生に負けないくらいに……だから、しばらく、待っていてくれないかな』

 

美樹が自分で戦う決意を固めたならば、俺から言えることは何もない。止めることは出来ない。ただ無事を祈ることしか出来なかった。こういう時、何も助けになってやれないのがたまらなく歯痒かった。

美樹にそう言われた二日後、佐倉が訪ねてくる。佐倉は開口一番、こう言った。

 

「今さやかはさ、あたしが面倒見てる」

 

「佐倉が?」

 

「ああ。アイツに突然呼び出されたと思ったら、いきなり言うんだよ。『あたしに戦い方を教えて』ってな……ったく、こっちは親切心で逃げろっつったのにさ。ま、あたしたち魔法少女はどの道戦いから逃げたら生き残れない。強くなろうってのは間違っちゃいないけどさ」

 

杏子は苦笑しながらそんなことを言う。俺は何も言うことが出来なかった。複雑な心境だった。こうして離れて、こういう話を聞いていると……ある実感が否応なく湧いてくる。

 

「やっぱ……美樹は本当に魔法少女なんだな。戦わなきゃ、生き残れないんだよな」

 

「なんだよ今更。まさか信じてなかったってのかい?」

 

「そうじゃない。ただ……出来るなら代わってやりたいなって思うんだ。でもこういうの美樹に言ったら『余計なお世話だっての』とか言われるんだろーな」

 

そんな美樹の様子が思い浮かんで、俺も思わず苦笑する。

 

「はん、甘っちょろい考えだね。実際見たこともないくせにさ。ったく……笑っちゃうよ。その甘っちょろいヤツのせいでヒヨッコが一人前になろうとしてんだからさ……聞いてくれよ?あいつ、何かにつけてお前の話ばっかするんだぞ?自分で逢うの我慢するの決めたくせに逢えなくて寂しいーってな。一応学校で会ってるだろって言ったら、そうじゃなくて二人で……だってよ。ったく、惚気けるのもいい加減にしろっての」

 

「そんなこと言ってたのか……」

 

恥ずかしいとともに、なんだか嬉しくなってしまう。美樹に想われているっていうのを改めて聞いただけで、心の中がじんわりと暖かくなっていくのを感じる。

 

「教えてくれてありがとな、佐倉。お前も身体に気をつけて。それと……美樹のこと、よろしく頼むな」

 

「そいつは任しとけ、言われなくたってちゃんとアイツの事はいっぱしの魔法少女にしてやるさ。お前こそさやかのこと泣かすようなことすんじゃねーぞ。それじゃ、お互い無事だったらまた会おーぜ」

 

・・・・・・

 

そんな一幕があってから、さらに数日後。意外な人物に声をかけられる。

 

「ちょっと話がしたいの。ついてきてもらっていいかしら」

 

それは昼休み、何の前触れもなく。それだけ言うと暁美さんはさっさと歩いて行ってしまう。俺は慌ててついていく。

 

「ちょ、ちょっと、いきなり何の用だよ暁美さん?」

 

質問しても、答えは帰ってこない。それどころか暁美さんはすたすたと先に行ってしまう。ようやく足を止めた頃には屋上にたどり着いていた。

 

「まったく、一人で勝手に言っちゃうんだから……それで、話ってなんだよ。やっぱり魔法少女関係か?」

 

「ええ。とりあえず最初に美樹さやかの件、礼を言っておくわ。貴方のおかげで美樹さやかは破滅せずに済んだ……まさか貴方と付き合うことになるだなんて全く予想外だったけど」

 

「はは、俺も予想外……でもなんで暁美さんがお礼言うんだよ。美樹と仲悪くなかったか?」

 

「美樹さやかが苦しめばまどかが悲しむ。それだけよ」

 

「あ、ああそう……」

 

暁美さんは表情ひとつ変えずばっさりと言い捨てる。学校でぜんぜん絡んでるの見ないんだけど、暁美さんと鹿目さんって一体どういう関係なんだ……。

 

「本題に入るわ、貴方に一つ頼みがあるの。もしまどかが魔法少女になる素振りを見せたなら、その時は貴方が止めて欲しい。ワルプルギスが来た時には台風の緊急避難警報が鳴るわ。緊急避難所という共通の空間に入ることになるから、まどかの監視は容易なはず。貴方が逃げ遅れたりしない限りはね」

 

「そこで、俺が鹿目さんを見てればいいのか?」

 

「ええ。私はまどかが魔法少女になるのを何としてでも止めたい。でもあの子は優しい子だから、私達が苦しみ、負けそうになってしまったら間違いなく契約してしまう。魔法少女になって、私達を助けようとしてしまう……!」

 

鹿目さんの話をしている時だけ、暁美さんの鉄面皮が少し歪む。事情は分からないが暁美さんが鹿目さんのことを大事に思っているということだけは読み取ることができた。それに俺も大切な人が魔法少女であることの不安や心配といった類の感情は……分かるつもりだ。

 

「わかった、注意しとく。だから暁美さんは安心して戦ってくれ」

 

「頼むわ。魔法少女ではなく、かつ事情を知っている人間は貴方以外にいないのだから」

 

「その代わり、一つ約束してくれ……絶対に勝って、みんな無事に帰ってくるって」

 

「保証は……出来ないわ。でも少なくともそのつもりよ。どんなことがあっても私は必ずまどかを護ってみせる」

 

・・・・・・

 

日々を過ごす中で刻一刻と、決戦の日は近づいていく。

そして、決戦予定日の前日、日曜日。昼飯を食べ終え、家で洗い物をやっている最中にスマホが鳴る。美樹からの着信だった。

 

『どうしたんだ、美樹?』

 

『あー、伊吹……今、家にいる?』

 

『ああ、そうだけど』

 

『……今ね、あんたの家の前にいるんだ。どうしても我慢できなくなっちゃって……伊吹に、逢いたくて』

 

それを聞いた俺は、急いで玄関のドアを開ける。目の前にはスマホ片手に美樹が立っていた。対面した美樹は泣き笑いのような表情を浮かべると、勢い良く抱きついてくる。

 

「み、美樹!?」

 

「伊吹……伊吹がいるよぉ……!」

 

美樹は涙を流して俺の胸に顔を埋めてくる。俺は美樹の頭を撫でながら、出来る限り優しく語りかける。

 

「美樹。どうしたんだ?」

 

「あのねっ、伊吹の顔見たら、安心しちゃって。色々言おうとしてたのに全部飛んで、涙が勝手に出てきて……」

 

「そっか……大丈夫、ゆっくり思い出せばいい」

 

美樹が再び何か言えるようになるまで、俺はずっと頭を撫で続けていた。涙で濡れたシャツに重みを感じ始めた頃、ようやく美樹がぽつりぽつりと話しだす。

 

「あたしね、伊吹に会えない間ずっと頑張ってたの。毎日魔女と戦って、強くなっていく実感もあって。杏子にも、ちっとはマシになったなって言われて。それなのに……ううん、魔女と戦って強くなればなるほど不安になっていくの」

 

「そりゃまた、一体どうして……」

 

「一緒に何度も戦ってて実感したんだけどさ、杏子ってものすごく強いのよ。その杏子が一人じゃ敵わないって言う相手っていうのは一体どんなに恐ろしい魔女なのかって思っちゃって」

 

美樹の身体は、震えていた。その姿に、俺はあの夜を連想させられる。ひどく打ちのめされていた美樹と出会った、あの日の夜。

 

「……ここじゃ落ち着かないだろ。とりあえず家に入ろう。俺もちょっと着替えたい」

 

・・・・・・

 

べちゃべちゃになったシャツから着替えて、とりあえず仕切りなおす。今はお互い俺の部屋にいる。硬い椅子しかないリビングより柔らかいクッションやソファのある自室のほうがいいかと思ったからだ。

 

「ごめん伊吹、シャツ汚しちゃって」

 

「気にすんな、俺も対して気にしてないから。それより今大事なのは美樹の話だ。何か言いたいことあったんだろ?」

 

「……ううん、話ってほどの話は無いんだ。ただ、どうしようもなく不安で、伊吹に会いたかった……それだけ。やっぱり迷惑かな、こういうの」

 

「いや、頼ってもらえて嬉しいよ。最近俺って美樹に対してしてやれることすごい少ねえな……って思ってたところだから」

 

俺が自嘲気味に言うと、美樹は俺の手を両手でぎゅっと握りながらはっきりとした口調で断言する。

 

「ううん、それは絶対に違うって言い切れる。あたし、伊吹がいるから頑張れるんだよ。伊吹がいるから、怖くても逃げないで戦おうって思えるんだよ」

 

「美樹……」

 

「伊吹。あんたこの間お互いの存在を肌で感じてないと不安になるのは相手を信じてない証拠、みたいなこと言ってたじゃん?あたしはさ、ちょっと違うと思うんだ」

 

「違うって?」

 

「信じてるから、近くにいたい。近くにいれるんだよ。信じてる人が側にいるって思えるから不安じゃなくなるの。だってあたし、信じてない人とこんなにくっつきたくないもーん」

 

そう言って美樹はソファに座っている俺の隣に座り、俺の肩にすりすりと頭を擦り付けてくる。

 

「犬かお前は……」

 

「えへへ」

 

ぼやくものの、俺も悪い気分ではない。美樹の肩を掴んで抱き寄せてやると、美樹は動きを止めてこちらに体重を預けてくる。

 

「……ありがとね、甘えさせてくれて」

 

「気にすんな。俺も頼られるのは嬉しいから」

 

「……やっぱ、あんたの隣にいると落ち着くわ。明日が大勝負なんて忘れっちゃう……くら、い……」

 

その言葉を最後に、美樹は何も言わなくなる。

 

「美樹……美樹?」

 

返事の代わりに帰ってくるのは、すぅすぅと可愛らしい寝息。美樹は完全に俺の肩に寄りかかり、夢の世界へ旅立っていた。

 

「疲れてたのかな……そうだよな、ここんところずっと頑張ってたんだもんな……」

 

そういえば俺もここのところ、ぐっすり眠れてなかったな。こうしてると俺もどんどん、眠く……。

 

・・・・・・

 

――その後は結局、二人仲良くソファで昼寝してしまった。その後も美樹と他愛ない話をしたり、戯れたりしていた。だけど……穏やかな時間はあっという間に過ぎる。やがて夜になり、帰宅する美樹を家に送り届け、家でひとり避難用の身支度を済ませて眠りについた。

そして翌朝……避難警報の音で目が覚める。強風でがたがたと家の窓が揺れている。ああ来たんだ、と思った。

 

「美樹、佐倉、暁美さん。絶対に無事で帰ってきてくれよ……!」

 

あと俺ができる事といえば、暁美さんとの約束を守ることしかない。俺は心の中で三人にエールを送り、避難所へ急いだ。



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17話

さやか視点からです


大気が渦巻く。すごくよくないものが近づいてくる感覚がある。杏子と組んでから短期間でけっこうな数の魔女と戦ったけど、身が押しつぶされそうなほどのプレッシャーを持ってるヤツは初めてだった。

 

・・・・・⑤・・・・・

 

「いよいよ、ね……」

 

薄暗い空を見上げながら転校生が呟く。余裕たっぷりなのかそれとも緊張しているのか、コイツの無表情はいつもと変わらない。

 

「まだ姿が見えねえってのに、なんて魔力の存在感だよ……さやか、逃げるんなら今のうちだぜ」

 

真剣な表情で杏子が言う。でも、あたしの答えはとっくに決まっている。

 

「冗談、ここで逃げたら今まで何のためにアンタについてきたかわかんなくなっちゃうじゃん、とっくに戦うって決めてるの」

 

「そっか……そうだよな。悪い、つまんねーこと聞いちまった」

 

・・・・④・・・・

 

そのやりとりを一歩引いた所で見ていた転校生がふぅ、と溜め息をつく。

 

「本当に変わったわね、美樹さやか。私が知っているあなたはもっと精神的に弱かったというのに。本来ならばこうして一緒にワルプルギスの前に立つこともなかった」

 

「ま、精神面じゃもう負ける気しないね。やる気も目一杯充電してきたから」

 

そう言って伊吹の顔を思い浮かべる。アイツの事を想うだけで心の底から勇気が湧いてくる。例えどんなに強い魔女だろうと立ち向かおうという気分になれる。

 

・・②・・

 

「そう……まあ、精々足手まといにはならないことね」

 

「あんだとー!?それはこっちのセリフだよ!」

 

イヤミったらしく髪をファサッとかき上げながら生意気なことを言う転校生。ふん、新生さやかちゃんを見て腰抜かすなよ!

 

「おいオメーら、無駄話はここまでだ……来るぞッ!」

 

――①――

 

『キャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!』

 

耳障りな笑い声とともに、巨大な魔女が姿を現す。あれがワルプルギスの夜。無数で色彩豊かな使い魔を率いたその様子は、さながら巨大テントとサーカス劇団のようだった。なるほど、普通の魔女とはまるで規模が違う。

 

「でも……絶対に負けない!」

 

戦いの幕が、切って落とされた。

 

・・・・・・

――伊吹ちひろ

 

来た頃にはまばらだった避難所の人も、時間を追うにつれてどんどん多くなっていく。その中には鹿目さんとその家族の姿もあった。

 

「よう、鹿目さん」

 

「あ、伊吹くんもここに来てたんだ……」

 

俺が声を掛けると、鹿目さんはおどおどと返事をする。かなり不安気な様子だった。すごい台風ってだけじゃ、こうはならない。実際避難所にいる他の人で深刻なムードになっている人は一人もいない。凄いって言ってもまあそのうち去るだろう、大丈夫だろう、っていう感じの空気がこの場全体に流れている。

やはり、今美樹たちが戦っていることを知っていると見てよさそうだった。

 

「まどか、知り合いかい?」

 

「うん、クラスメイトの子。さやかちゃんの彼氏」

 

「えぇっ!?さやかちゃんって上条くんのことが好きじゃなかったのかい!?」

 

「えーと、それは……色々あったんですよ、色々」

 

鹿目さんのお父さんがびっくりしている。そういえば美樹と鹿目さんって幼馴染だから、お母さんもその辺の事情知ってるのか。

それにしても鹿目さん、その紹介の仕方はどうなんだ……。

 

「その色々っての、気になるねえ。それで、その彼氏くんはどうしたんだい?さやかちゃんの側にいなくてもいいのか?」

 

鹿目さんのお母さんがまじまじと顔を見てくる。すごくやりづらい。そりゃまあ俺、ポッと出の男だもんなあ……気になるよなあ……。

 

「あー、美樹はまだ着いてないみたいです。」

 

「それって……」

 

ずずぅん!

鹿目さんの声を遮り、重い轟音とともに避難所が揺れる。

 

「何だ、風の勢いでどっかの建物でも倒れたのか?やっぱとんでもない台風だ、さやかちゃんが心配だねえ」

 

違う、多分……美樹たちが戦っている音だ。確証はないけど、深刻そうな鹿目さんの表情を見るにおそらくそうだ。優勢なのか、それとも劣勢なのか……台風の勢いがやまないところを見るに、まだ戦いは続いているのだろう。

 

「……わたし、ちょっとトイレっ」

 

鹿目さんが突然駆け出して行ってしまう。まずい!心の中で警鐘が鳴る。今鹿目さんを一人にしちゃいけない気がする!

 

「あ、おいまどか!そっちはトイレじゃ……どこ行こうってんだ、オイ!」

 

ドゴォン!

再び、轟音。

 

「あぅ……うぇぇぇぇぇん!!」

 

「あ、たっくん……ちょっと!」

 

鹿目さんの弟さんが泣き出し、お母さんの足元に抱きつく、引き剥がすわけにもいかないだろうし、これじゃ彼女は身動きが取れない。

 

「俺、見てきます!!」

 

急いで鹿目さんの後を追う。彼女が行った方向は出口のある場所だったため外に飛び出してしまう可能性を危惧したが……予想に反して、鹿目さんは中途半端な場所で立ち止まっていた。よく聞くと、誰かと喋っている。独り言?

 

「ほむらちゃんたちに勝ち目が無いっていうのは……ホント?」

 

「なんで、なんで死んじゃうかもしれないのに、みんな戦うの……?」

 

「私が、魔法少女になれば……」

 

いや……聞き捨てならない単語が聞こえてきた。多分コレが魔法少女になる素振りってやつなんだろう。

 

「魔法少女になるんじゃない!」

 

大きな声で呼びかけると、鹿目さんがビクっとしながら振り返る。

 

「伊吹くん……今、魔法少女って」

 

「事情はだいたい知ってる、そんでもって暁美さんから頼まれてるんだ。鹿目さんが魔法少女になろうとしたら止めてくれってな」

 

「でも、このままじゃみんなが……勝ち目が無いって、キュゥべえが」

 

「キュゥべえ……って、なんだ?」

 

ここに来て初めて聞く単語だった。

 

「キュゥべえのことは聞いてないんだ……魔法少女を生み出してる生き物だよ。普通の人には見えないけど今もここにいるの」

 

「それじゃあ、さっきのは独り言じゃなくてそいつと喋ってたのか……鹿目さんは、なんで魔法少女になろうとしてるんだ?」

 

「だってこのままじゃ、皆が死んじゃう!でも私が魔法少女になれば、みんな死ななくて済むかもしれない……!」

 

鹿目さんの不安も最もだった。俺も同じ立場だったら同じ考えを持っていたかもしれない。自分が動けばなんとかなるような力があったとしたら。でもそういう力がない、見ていることしかできない人間だからこそ気づけるものもある。

 

「なあ、鹿目さんは美樹も暁美さんのことも信頼できないのか?そのキュゥべえってヤツはその二人より信用できる相手なのか?」

 

「そんなわけない!」

 

「だよな。美樹は覚悟を決めてこの日のためにずっと頑張ってきた。アイツは絶対に帰ってくる」

 

願望込みだろうと言われたら否定はできない。でも、美樹は俺に『隣にいたい』と言ってくれた。だから絶対、俺の隣にまた帰ってきてくれる。そう信じている。

それに鹿目さんは面識ないだろうから言わなかったが、佐倉のやつもついている。美樹の師匠ともいえる存在だ、とても心強い。

 

「暁美さんは『必ずまどかのことを護ってみせる』って言っていた。ここで鹿目さんが出て行くのは、暁美さんの事を信用してない証拠ってことになる。そうなったら暁美さんは悲しむだろ?」

 

「私、そんなつもりじゃ……」

 

暁美さんが言いたかったのは、多分そういうことだろう。暁美さんが『まどかは必ず魔法少女になって私達を助けようとしてしまう』というのも一種の信頼だし、事実その通りになっている。このことから暁美さんは鹿目さんのことをよく理解し、信頼していることが分かる。

二人がどんな関係かは知らないけど……この想いが一方通行だったら、暁美さんが信頼されていないとしたらそれは悲しいことだと思った。俺が勝手に共感して暁美さんに肩入れしている

 

「信じてみようぜ、暁美さんのこと。本人が『やる』って言ったんだからさ」

 

「……伊吹くんは、不安じゃないの?さやかちゃんが死んじゃうかもしれないのに、なんでそんな平気そうにしてるの?」

 

「平気そう……か」

 

実際は気が気じゃない。帰ってこないんじゃないかという不安も確かにある。でも、鹿目さんの手前そんな態度は取れない。不安は伝播する。それに、何よりも……戦ってもいない俺が弱気になってどうする。こうしている今も、美樹は勇気を振り絞って戦っているというのに。何も出来なくても、せめて心だけは一緒に戦っていたい。

……頑張れ、美樹!俺がついてる!!本当なら目の前に言って叫んでやりたい。だが、それは出来ない。だからせめて気持ちだけでも伝わって欲しい。そう祈った。

 

・・・・・・

――美樹さやか

 

「うあぁっ!」

 

「杏子っ!大丈夫!?」

 

「心配ねえ、カスリ傷だ。それにしても使い魔が多すぎる。キリがねえぞ!」

 

戦い始めてからというもの、あたし達はワルプルギスに決定的なダメージを与えられずにいた。あたしと杏子は使い魔の処理に追われ、まともに接近できずにいる。

唯一転校生だけは使い魔を蹴散らしてワルプルギスに攻撃を加える事が出来ているが、まるで応えている様子がない。

 

「爆弾だのミサイルだのいっぱい当たってるってのに、なんてタフネスなのよ!」

 

「普通の武器は効き目が薄い、とかだったら笑えねーな。魔法少女としての武器を使おうにもあたしもさやかも接近戦向きときた」

 

「だからと言って、攻撃をやめるわけにも行かないわ……もう一発!」

 

どんな手品を使っているのか分からないが、瞬きする程度の時間で大量の重火器を用意して攻撃を続ける転校生。ワルプルギスに対するダメージはともかく、圧倒的な手数は使い魔の接近を許さない。しかしそれが原因なのか使い魔の攻撃が転校生に集中していく。はじめは転校生もワープしたりして凌いでたけど、不意にワルプルギス本体が飛ばしてきたビルの瓦礫に吹き飛ばされてしまう。

 

「あぁぁっっ!!」

 

「ほむら!?やばいぞッ!」

 

転校生が攻撃に参加できなくなったことで使い魔の攻撃があたし達二人に殺到する。ただでさえギリギリだっただけに、致命的な展開だった。

 

「くそっ、捌ききれな……きゃあッ!」

 

二刀で少しでも手数を増やしてなんとか頑張ったけど多勢に無勢、どんどん攻撃を受けてしまう。挙句の果てにワルプルギスが飛ばしてきた火球が直撃し、おもいっきり吹き飛ばされる。

 

「さやか!クソッ、できれば使いたくなかったけど……マミ、力を貸してくれ!喰らえ必殺!!『浄罪の大炎』ッッッ!!!」

 

杏子が十字を切り、祈りを捧げるようなポーズを取ると地面から巨大な槍が現れ、そこから放たれるレーザーで敵をなぎ払う。その威力は凄まじく、あたし達の周囲に殺到していた使い魔達をまとめて焼き払ってしまう。

 

「ちくしょ、やっぱ……こうなるか……」

 

それと同時に、杏子はその場に倒れこんでしまう。まずい!ダメージの回復したあたしは急いで杏子のところに向かい、グリーフシードを杏子のソウルジェムに押し当てる。以前、杏子に聞いた事がある。一つだけ切り札といえる技を持っていることを。その時の会話を思い起こす。

 

『昔マミと行動してたってことは話したよな?アイツのティロ・フィナーレみてえな大技が欲しくってさ、作ってみたことがあるんだ。実際、威力だけはティロ・フィナーレより上だったんだけど使うと魔力の使いすぎでぶっ倒れちまう欠陥品になっちまったんだ。だから今は使ってねえ』

 

『今はってことは、昔は使ってたの?』

 

『……少しだけ、な。あの時はあたしがぶっ倒れても、マミがフォローしてくれたからな。その代わり、それを使うときは必ず必殺技名を叫びなさい!それを合図にしましょう!って言われた。今思うとこっ恥ずかしい話なんだけど、あん時のあたしはまだ無邪気だったから律儀に言う事聞いてたんだよな。技名も自分で考えたし』

 

『技名!?え!なんて名前にしたの?杏子のセンスすっごい気になるんだけど。誰にも言わないからさやかちゃんにだけ教えたまえよ〜』

 

『言うかバカ!』

 

今のが、その技。さっきの一瞬だけ、マミさんの影がダブって見えた。

……マミさんも、あたし達と一緒に戦ってくれている。なんて、心強い!!

 

「ほら杏子、いつまでも寝てる場合じゃないよ!転校生も!」

 

杏子の穢れがとれたのを確認し、転校生のもとに向かって魔法で傷を癒してやる。無事に二人共立ち上がり、なんとか態勢を立て直す。

 

「ふぅ……なんとかなったみてーだな」

 

「……礼を言うわ、美樹さやか」

 

「礼なら杏子に言ってよ、あいつのお陰で時間が稼げたんだ。使い魔も大体やっつけたし、これでワルプルギスに攻撃が……」

 

『……キャハハハハハハハハハハハハ!!!』

 

優勢になったと思ったのもつかの間、ワルプルギスの攻撃が急に激しくなる。今までは気まぐれ程度に瓦礫や火球を飛ばしてきただけだったのに!文字通り嵐のような攻撃にたまらず三人まとめて吹き飛ばされる。

 

「ぐ、これじゃ、ロクに近づくこともできない……!」

 

それに、アイツは転校生の攻撃をいくら受けてもまるで応えていなかった。仮に近づいたとして、どうする?あたしが剣で斬りつけたくらいで倒せるか?杏子の大技も空中じゃ使えない。どうしたらいい?どうしたら、勝てる?

 

「畜生、まるで勝ち目が見えねえよ……」

 

「……ダメなの?何回やっても、アイツに勝てないの……!?」

 

二人も弱気になっている。あたしより強いはずの、二人が。それじゃ、勝てるわけないじゃない。あたしたちはここで負けて、死――

 

――頑張れ、美樹!俺がついてる!!

 

「……え?」

 

伊吹の声が、聞こえた気がした。

……そうだ、なんであたしがここで諦めるんだ!伊吹が信じてくれてるのに!

 

「弱気になっちゃダメだよ二人共!あたしたちは、まだ負けてない!!」

 

傷は全て癒えている。それがあたしの魔法だ。いくら傷ついても、気持ちが折れない限りいくらでも治して戦える!

 

「伊吹がついてる。まどかがついてる!マミさんだって、絶対に見守ってくれてる!そう考えたら諦めて寝てる暇なんてないんだよ!!」

 

「まどか……そうよ、私はまどかを護るために今まで戦ってきた……一度の弱気で諦めるほど、私のまどかに対する想いは弱くない!」

 

「マミ……そうだよ、アイツがいたこの街を荒らされんのは気に食わねえんだよ!それが魔女なら尚更だ!」

 

二人共立ち直ってくれた。でも依然状況は不利。でも、気合のノリが違う!だから弱気になった時は実行できなかった考えも、今ならできる!

 

「ねえ、聞いてくれるかな?あいつをぶっ倒せそうな作戦、一つだけあるんだ」

 

あたしは作戦内容を二人に話す。あたしの頭ではこれしか考えつかなかった。シンプル極まりない、たったひとつの答え。

 

「あたしがアイツに突っ込んで、ぶった斬る!だから……そのための道を作って!」

 

「作戦なのか?それ」

 

「それで……倒せるの?」

 

「さっきまでなら無理だって言ってたかもね。でも、今は違う。この中で一番打たれ強いあたしなら、気合入れればダメージに耐えて近づける。そんでもって、今は気合十分!」

 

「一応理屈はあるのな……でも、確かに直接攻撃しかもう残ってねえよな」

 

「どの道、他に手はない……ならば、あなたに賭けるわ。行ってきなさい、美樹さやか!」

 

「おう!」

 

これが失敗したら、今度こそ手詰まり。

だからこそ……絶対にこれで決める!!

 




さやかちゃんが魔女化してないのでまどかは魔法少女が魔女化する件知りません
だから願いが明確化してません


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18話

さやか視点です


「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

ワルプルギスめがけて最高速で飛び出す。ものすごい勢いで瓦礫が殺到してくる。スピードが乗ったこの状態で直撃を喰らえばひとたまりもないだろう。

だが、そうはならなかった。杏子の編み込み結界があたしの身体を包むように展開し、瓦礫から身を守る。

 

「気ぃ抜くんじゃねーぞさやか!結界も長くは保たねえんだからな!」

 

「さんきゅ、杏子!」

 

心強い。結界のバリアのおかげでちょっとやそっとの瓦礫は無視して突き進める。大きな瓦礫は流石に避けなきゃいけないけど、そうじゃない時は可能な限りの一直線、全速力で突き抜ける。速度が落ちたら展開した魔法陣を足場代わりにして再び加速。なんとかワルプルギスがはっきり視認できる距離まで接近する。

しかし、そこで再び道を阻まれる。再び現れ始めた使い魔が身を盾にしてこちらの進路を塞いでくる!

 

「く……あと少しなのに!」

 

このままじゃ、ワルプルギスに辿りつけない。それどころか、使い魔に気を取られているうちにワルプルギスの攻撃で弾き落とされる危険まである……ここまできて、それだけはゴメンだ。邪魔をするな!そう叫ぼうとした時――目の前の使い魔はまとめて爆散していた。それも、瞬きひとつ程度の時間で。間違いない、転校生の……ほむらの魔法だ!

 

「進路は確保したわ!行きなさい!私の方は武器も打ち止め、これ以上の援護はもう出来ない!これが最後のチャンスよ!」

 

「ありがと、助かった!」

 

ワルプルギスまで、あと少し!しかし接近するということは、ワルプルギスの攻撃をもっとも危険な距離で受けるハメになるということ。

実際のところ、奴の飛ばしてくる火球の威力は地上で食らったものの比ではなかった、杏子の張ってくれた結界はまるで紙くずのように吹き飛ばされ、身体がまるごと火に包まれる。

 

「ぐ、ッ……まだまだぁ!!」

 

こんな攻撃の一つや二つでへこたれていられない。痛みは魔法で遮断できる。傷は魔法で癒やす。まだ、まだ頑張れる!!魔法陣を蹴る、蹴る、蹴る。その度にスピードを上げていく。もっと、もっと速く……もっと速く!!

しかし炎の規模が予想以上に大きく、なかなか抜け出すことが出来ない。回復魔法の使いすぎでソウルジェムがどんどん濁っていく。回復のスピードが遅くなる。痛覚のコントロールが上手く行かなくなっていく。

 

「がぁぁっ!う……くっ!!」

 

懐からグリーフシードを取り出し、ソウルジェムに押し当てる。今ので最後だ。コレ以上は保たない!そう思ったあたしは、敢えて回復魔法と痛覚遮断が不完全な状態を維持し、それに割いていた魔力をすべて身体強化に注ぎ込む。

 

「ぐううぅぅっ……!」

 

とんでもなく熱い。自分の身体が焼ける匂いがする。全身が痛い!でも、だから何だ。痛いからなんだ!怖いのは痛みじゃない!このまま負けて、大事な人がいなくなっちゃう事のほうがもっと怖い!それに比べたら……魔法に頼らなくたって、痛みなんて簡単に消せるんだ!

 

「うォォォォォォッッッ!!」

 

炎を断ち割り、そのまま突き抜ける。狙うはもっとも脆そうな……ワルプルギスの胴体!歯車の支柱。地上から止まらず加速し続けたスピードとあたしの全身全霊を乗せて……支柱のど真ん中に思い切り剣を突き立てた。

 

『キャハッ、キャハハハハハハハハハハハハ!』

 

ワルプルギスは耳障りな笑い声とともに身を激しく動かす。これは、効いてるのか!?

 

『効いてるわ、美樹さやか!この反応……ワルプルギスは間違いなくダメージを受けている!』

 

ほむらからの念話が聞こえる。あたしの、あたしたちの一撃は間違いなく届いたんだ。ならば、あともうひと踏ん張り!

あたしは支柱に取り付くとテコの原理を利用して、剣を思い切り上に押し込む。剣が折れないように、めいっぱいの魔力を注ぎ込んで。

びき、びきびきっ……とワルプルギスの身体に亀裂が生まれる。ワルプルギスはこちらを振り落とそうとしてるみたいに激しく身を動かす。でもそれくらい、今までの攻撃に比べたらなんてこと無い。こいつの弱点は完全に懐に入ってしまえば火球も瓦礫も飛ばせないことだ。つまり、あたしを止める術はない!その間に、全ての魔力を出し切る勢いで力を込める。亀裂が少しずつ広がっていく。もう少し、もう少しなんだ!

 

「ぐぐぐぐぐ……折れろぉーーっ!!」

 

ぱきぃぃぃぃん!

 

「あ……」

 

限界を迎えて折れたのは、あたしの剣のほうだった。高い音を立てて、そりゃもうまっぷたつに。剣の強化が保たなかった。あたしもいい加減ガス欠寸前だ。でも、もう十分すぎるくらいに亀裂はできている!

 

「はぁ、はぁ……今なら素手でいける!でりゃあああっ!」

 

狙うのは亀裂の入った部分の少し上。一度離れ、展開した魔法陣を蹴って三角跳び。その勢いに乗って思い切り飛び蹴りをぶちかます。これが、最後の攻撃。これで仕留められなかったら、もうお手上げだ。どうだ、いったか!?頼む、これで倒れて!

訪れるのは、一瞬の静寂。そして……。

 

ばき、ばきっ……ばきばきばきばきばき!!

 

『キャハハ、キャハッ……ギャアアアアアアアッッ!!』

 

亀裂がどんどん広がっていき、ついにワルプルギスの夜は両断される。あいつはけたたましい悲鳴を上げながら……やがて霞のように消えていった。

倒した?逃げた?それは分からない。ただ一つだけ分かることは……雲の切れ間から見える太陽の光があたしたちの勝利を物語っているということ。

やっつけたんだ、ワルプルギスの夜を。護ったんだ、この街を。

 

「やっ、た……」

 

でも、もう力がぜんぜん残ってない。あたしは自由落下に身を任せることしか出来ない。このままだと、地面に叩きつけられて死んじゃう。せっかく、頑張ったのになあ。勝ったのになあ。

走馬灯のようなものが頭に浮かぶ。不思議と、思い浮かぶのは伊吹の顔ばっかりだった。目頭が熱くなってくる。涙が溢れる。

……伊吹。また、逢いたいなあ。このまま死にたくないなあ……!

 

どさっ。

 

何かに背中がぶつかる感触。でも、痛くない。朦朧とした意識で状況を理解しようとする。

 

「いぶ、き……?」

 

「悪いな、アイツじゃなくってよ。ったく、ソウルジェムが真っ黒じゃねえか。最後まで世話焼けるぜ」

 

どうやら、杏子があたしを抱きとめてくれたみたいだった。そのままグリーフシードを押し当て、ソウルジェムの浄化をしてくれる。

 

「あたし、生き、てる……?」

 

「おう、さやかがワルプルギスにトドメを刺してくれたお陰でな。あたしたち三人共無事だ。避難所の方もキズひとつついてねえぞ」

 

「よかっ、た……」

 

安心したら疲れがどっと襲い掛かってくる。緊張、切れちゃったからかな。

ああ、なんだか、とっても、眠いや……。

 

「……さやか?おい、どうしたんだよ」

 

だめだ、まぶたがどんどん重くなっていく。睡魔に耐えられない。せっかく勝ったんだから、はやく伊吹の顔見たいのに。

 

「さやか……おい、さやか!」

 

杏子の声がだんだん遠くなってくる。ごめん、あたし、もう限界だわ。眠気がもう限界きてる。

意識が途切れる前、最後に見えたのは透き通った青空。あたし達が街を護った証。それがなんだかいつもよりやけに眩しく、とても綺麗だった。

――それじゃ、おやすみなさい。




最初これ最終話って書いてたけど先の見積もりしたら全然そんなことにならねえなって思ったので撤回します
見通し甘くてごめんね


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最終話

突然、風が凪いだ。雨はやみ、どんよりと暗かった空には晴れ間がのぞいている。

それを見て戦いの終わりを確信した俺達は急いで走り出す。

 

「鹿目さん、行こう!」

 

「う、うん!」

 

建物を出ると、大量の瓦礫と水溜りに出迎えられる。倒壊したビル群が戦いの規模の大きさを物語っていた。

探している3人は、そう遠くないところにいた。佐倉と暁美さんは無事みたいだ。美樹は……なぜか佐倉に抱えられている。

 

「二人共、無事だったか!美樹は、美樹は大丈夫なのか!?」

 

「伊吹……さやかは、さっきの戦いで力を使い切っちまったみたいで……」

 

佐倉が俯きがちに答える。美樹は佐倉の腕の中でだらりと脱力したまま、死んだように動かない。その姿を見て、最悪の想像が頭をよぎる。

 

「う、嘘だろ……美樹」

 

美樹が……死んだ?声が震える。視界が霞む。いやだ。信じたくない。そんなこと、そんなこと……!

 

「なあ、おい、目を開けてくれよ。美樹……美樹……!」

 

「……すぴぃ」

 

「え」

 

美樹の口から、いつか聞いた間抜けな音が出てくる。これは……寝息だ。

 

「あー、疲れきって寝てるって言おうとしたんだけど……」

 

「はは、ははは……」

 

俺はどうやら早合点していたみたいだ。情けない、鹿目さんには美樹のこと信じてるなんて言っておいて、真っ先に取り乱すなんて……。

安心したせいで、へなへなとその場に座り込んでしまう。ああ、でも……。

 

「良かった……良かったぁ……!」

 

ぽろぽろと流れてきそうな涙を必死で拭う。泣いちゃダメだ、全員無事で帰ってきたんだから笑って出迎えないと。

 

「ほれ、さやかは任せた。こいつが目ぇ覚ました時にアンタが目の前にいたほうが喜ぶだろ」

 

「おわっ!?」

 

佐倉は座り込んだ俺の脚の上に美樹を寝かす。いわゆる膝枕の態勢だ。佐倉はうんうんと頷くとこちらに背中を向け、そのまま離れていく。

 

「そんじゃーな。あたしはまどかに挨拶でもしてくるわ」

 

そう言って佐倉はクッと親指で鹿目さんのいる方を指す。あっちはあっちで暁美さんと話してるみたいだ。

 

「え、鹿目さんと知り合いだったの!?」

 

「ああ、さやか繋がりでな。そんじゃ、あとは二人でごゆっくり」

 

佐倉はこちらを振り返りもせず行ってしまう。あとに残されたのは座り込んだ俺と、寝息を立てる美樹の二人だけ。

 

「ごゆっくりったって……」

 

俺は幸せそうな寝顔を浮かべる美樹のことを見やる。まったく、人の気も知らないで。そういえばコイツが今来ているコスプレ衣装めいた服、初めて見る。これが魔法少女の格好ってやつなのかな。

 

「……んぁ」

 

ようやく美樹が目を開ける。寝顔を覗きこんでいた俺と目が合う。美樹は暫くきょとんとしていたが、おもむろに俺の頬に手を伸ばす。返事代わりに俺も美樹の頬にそっと触れる。まるでお互いの存在を確かめ合うかのように。

 

「ねえ、伊吹」

 

「ん?」

 

「ただいま」

 

「……ああ。おかえり、美樹」

 

互いに笑顔で言葉を交わす。その瞬間、やっと実感を持つことが出来た。

ああ――美樹が帰ってきてくれたんだな、って。

 

・・・・・・

――暁美ほむら

 

「ほむらちゃん、無事だったんだね!」

 

まどかが私のところに駆けつけてくれる。私も安心して駆け寄ろうとしたが、まだ安心できない。まどかの横には、インキュベーターがいる!

 

「ええ無事よ、この通り。まどかの方も、まさか魔法少女になったりしてないわよね……?」

 

「うん、最初はなろうと思ったんだけど伊吹くんに『暁美さんのこと、信じてみようぜ。本人がやるって言ったんだから』って言われて……信じて、よかった」

 

まどかの瞳にはじんわりと涙が浮かんでいる。伊吹くん……約束を守ってくれたのね。私にとって、彼は異質な存在だった。何度もループを繰り返してきたけど、彼という人間を認識するのは初めてだった。もしかしたら今までもクラスにいたのかもしれないけど、覚えていない。

なにせ私がクラスでまともにコミュニケーションを取ったことのある人物はまどかと美樹さやかくらいのものだから。彼は魔法少女とは縁もゆかりも無い普通の人、というイメージしかなかった。

でも、彼は運命を変えた。もっともそれを認識しているのは私だけで、彼自身も知らないことだけど。

 

「うん、私も……よかった。まどか……あなたが無事でいてくれて。人間でいてくれて……!」

 

ばぎゃあ!!

 

「きゅぷっ!?」

 

私はまどかと並走してきたインキュベーターの顔面を蹴り飛ばし、まどかのことを思い切り抱きしめる。この手の中に、まどかがいる幸せ。最高の友達がいる幸せ。

 

「く、苦しいよほむらちゃん……」

 

この手を離したくない。このまま、まどかとずっと一緒に――

 

「おーいまどか……って、お邪魔だったか?」

 

「あ、杏子ちゃん!杏子ちゃんも一緒に戦ってくれてたんだね!」

 

「あ」

 

まどかはするりと私の手から抜け出し、杏子の元に駆け寄る。むぅ……。

 

「ま、あたしにも譲れない理由があったんでな……あとほむら、そんな恨みがましそうな目でこっち見んなよ」

 

「……見てないわ」

 

「何ムスッとしてんだよ、心配しなくてもまどかのこと取ったりしねーって。ったく、全部表情に出てんぞ」

 

「え!?」

 

思わずぺたぺたと自分の頬を触る。そ、そんな馬鹿な……。

どうやら、私も相当舞い上がっているらしい。表情筋なんてとっくの昔に死んだと思っていたのだけれど。

 

「……ふふっ」

 

思わず笑みが漏れてしまう。これも久しぶりの事だった。

 

「あ……わたし、ほむらちゃんの笑った顔初めて見たかも」

 

「あたしも初めて見るな……こりゃ、明日は槍でも降るのかね」

 

「……わ、私が笑うの、そんなに変かしら……?」

 

「ううん、変じゃないよ。そっちのほうが絶対にいいよ、ほむらちゃん」

 

まどかがそう言いながら、私の眉間を指でぐりぐりする。な、なんで!?突然の出来事にすっかり気が動転してしまう。なにせ、今回のループではまどかから私に対して自発的にアクションを起こすことなんて殆どなかったからだ。

 

「ま、まどか!?」

 

「ほむらちゃん、いっつもこの辺にシワが寄ってたよね。それって……私のため、だったんだよね。ほむらちゃんの事情がちゃんと分かったわけじゃないけど、それだけはわかるの……ごめんね、ほむらちゃん」

 

「そんな……あなたが、謝る必要なんて、ないっ……!」

 

瞳が熱い。視界が滲む。涙なんて、とっくに枯れたと思っていたのに。まるでダムが決壊したみたいにぼろぼろと涙が流れてくる。止められない。

 

「ありがとう、ほむらちゃん。すっごく頑張ったね……」

 

「あ……あぁあっ……!」

 

それは私がずっと求めてやまず、でも永遠に聞けないと思っていた言葉。まどかに理解してもらえなくても、戦い抜く決意はしていた……でも、まどかは受け入れてくれた。受け入れてもらえた。

 

「今度さ、一緒にお出かけしよ?私、もっと知りたいんだ。ほむらちゃんのこと」

 

「うん……うんっ……!」

 

ずっと止まっていた私の時間が、再び動き出したような気がした。

 

・・・・・・

――佐倉杏子

 

「ふー……」

 

ほむらが涙を流し始めたあたりで、あたしは二人の側を離れて適当なところに腰掛けた。お邪魔虫にはなりたくない。

美樹と伊吹も今は話しかけられる雰囲気じゃねーしな……それに、考えたいこともある。物思いに耽りながらぼうっと景色を眺めていると目の前を一匹のナマモノが通り掛かる。

 

「前が見えないよ」

 

キュゥべえだ。さっきほむらに蹴られたからか、頭が陥没したままヨタヨタしている。

っていうか、こんな状態になっても生きてんのかコイツ……。

 

「仕方ねえな……おらっ」

 

「ぎゅぷっ」

 

両頬を横からぐっと圧迫すると、その勢いでぽん、と陥没した部分が飛び出てくる。頭蓋骨とかないのかこいつ……。

 

「いやあ、助かったよ杏子」

 

「アンタに感謝されても嬉しくないよ。目の前でヨタヨタ鬱陶しいから治しただけだっての」

 

「それで……一人でなにを黄昏れているんだい?考え事なんてキミらしくもない」

 

「……なあ、キュゥべえ。もしマミがこの場にいたら、同じ景色を見てたら……なんて言うと思う?」

 

「死んでいるんだからわかりっこないよ。少し考えれば分かることだろう、杏子?なぜそんな無意味な質問をするんだい?」

 

ぴきっと自分の額に青筋が立つのを感じる。こいつ、相変わらず人の神経逆撫でするようなこと言いやがるな……。

 

「チッ、あんたに聞いたあたしが馬鹿だった」

 

久しぶりにあの頃の技を使ったせいで、ちょっとセンチメンタルになってるのかもしれない。

それに、他の連中の笑い合っている姿を見てると……昔目指した姿を。あの頃の自分を思い出しちまう。

 

「皆の幸せを守る魔法少女、だったかな……」

 

全く、今のあたしにゃガラじゃない。でも、さ……マミ、見てたかよ。あたしさ、やってみせたよ。みんなの笑顔を、平和を守る魔法少女ってやつをさ。全く割に合わねー戦いだったけど……案外、悪くないもんだね。

 

「今度は独り言かい、杏子?さっきの質問の意図が気になるんだけど、是非教えてくれないかな」

 

「うるせー、お前は黙ってこれでも喰っとけ」

 

使用済みのグリーフシードを指で弾き、キュゥべえめがけて飛ばす。あたしも立ち上がり、大きく息を吸い込む。もう、頃合いだろう。

 

「……おら、路上でいつまでやってんだオメーら!その辺にしとけー!」

 

大声で叫ぶと、四人ともハッとなってこちらを向く。

 

「ふへぇっ!?そういや、ここ外だった……」

 

「美樹、お前また寝そうになってただろ……」

 

「ありがと、まどかぁ……」

 

「ううん、これからもよろしくね」

 

全く、どいつもこいつも締まらねえ面しやがって。でも……それが「平和」ってことなんだろうな。

 

・・・・・・

――美樹さやか

 

「いやー、随分ドタバタしたねえ」

 

「ほんとだよぉ……お母さんに怒られた……」

 

あれからすぐにまどかのお母さんがやって来て、あたしもお父さんお母さんに色々聞かれるのを誤魔化さなきゃいけなくって。てんやわんやになった後、ようやく再合流。全く、この時ばかりは両親に言い訳する必要のない三人が羨ましく感じた。

 

「ま、心配してくれる親御さんがいるってのはいいことじゃねーか」

 

「杏子が言うと重いよ……」

 

「そんじゃ、あたしはそろそろ帰るからよ。また今度な」

 

「うん、またね」

 

杏子は手を振りながら去っていく。ワルプルギスを倒したからといって、魔法少女としての戦いが終わるわけではない。これからも杏子と一緒に戦っていくつもりだ。最初は絶対反りが合わないと思ってたけど……伊吹の時と同じで、杏子のことをちゃんと理解してからはそんなこと思わなくなった。相互理解って大事だよね。

 

「それじゃ、わたしたちも行くね」

 

「ありゃ、あんたたち二人で帰るの?」

 

「うん。私達も二人でお話したいことが沢山あるから。明日、またね」

 

「おう、また明日なー」

 

そう言って見送ろうとした時、今までもじもじしていたほむらが意を決したように顔を上げた。

 

「……伊吹くん!美樹さやか!ありがとうっ……!」

 

「お、おい。美樹はともかく俺はそんなに感謝されるようなことしてないだろ」

 

「いいえ、貴方に心当たりはなくても、私は間違いなく貴方に救われた。だから、ありがとう」

 

「お、おう……?」

 

伊吹は釈然としない顔をしている。でも、こいつの事だから多分どっかで手助けしたんだろうな。そのこと忘れるのもあり得そうだし……と、あたしは勝手に納得した。それと、あたしからも気になることが一つ。

 

「その美樹さやかっての、いくらなんでもよそよそしすぎない?そりゃ今まで仲悪かったかもしれないけど、今じゃ一緒に戦った仲間なんだからさ」

 

「仲間……ふふっ、そうね。それじゃ……美樹さん。また明日、学校で」

 

ほむらはそう言って微笑むと、今度こそまどかと一緒に行ってしまう。それでもって、伊吹はというと。

 

「暁美さんって、あんな可愛い顔で笑うんだ……」

 

ぼそっとそんな事を言うもんだから、ムッとなってつい頬をつねってしまう。

 

「おうおうおう、彼女と二人っきりだってのに他の女に可愛いだなんていい度胸じゃないの」

 

「いてててっ、他意はねえって!俺がお前以外の女に目移りするわけねーだろ!」

 

あんまりにもハッキリ言うもんだからちょっとドキッとして、つい手をぱっと離してしまう。

 

「……ほんとーに?」

 

「嘘ついてどうすんだよ、俺はお前以外見えない。お前が一番好きだ」

 

伊吹があたしの肩を掴んで、これまたハッキリと断言する。伊吹にそう言われると心があったかくなって、ドキドキして。少しだけワガママを言いたくなってしまう。

 

「……だめ、気持ちがこもってない」

 

「めいっぱい込めたつもりなんだけど……それじゃ、どうすりゃいいんだよ」

 

「ずーっと一緒にいて。今まで逢えなかった分、ずーっと」

 

「……奇遇だな。俺も丁度、そうしたくてたまらなかった。ずっと一緒にいる。約束だ」

 

お互いの唇を重ねる。その後も伊吹は約束通り一日中ずーっと一緒にいてくれた。伊吹の家にお泊りして、いっぱいお話をして、いっぱいイチャイチャして……夜は一緒に手を繋いで寝た。

この幸せな時間が今日だけじゃなくて……明日も明後日も。そのまた次の日も続きますように。

ずっとずーっと、二人で一緒にいれますように。



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エピローグ

それから一週間後の話。台風における被害規模はそれなりに大きかったものの死傷者は奇跡的にゼロ。これまた奇跡的に無傷だった見滝原中学校は早くも休校が解け、俺達学生は以前と変わりなく登校。めでたいことにうちのクラスは欠席者もゼロだった。それもこれも、美樹たちが命を懸けて戦ってくれたお陰だ。

それでもって、その美樹と俺はというと……。

 

「えー、俺達……色々あって付き合うことになりました」

 

「ええーーーーーっっ!?!?!?!?」

 

もう隠してもしょうがないから朝のHR前に速攻でバラすことにした。中沢がどえらいオーバーリアクションで驚いてみせる。教室もなんとなくザワついている。

 

「確かに教室じゃケンカしてるとこしか見せてなかったけど……そこまで驚かれることかなぁ?」

 

美樹はバツが悪そうな表情をして頭を掻く。俺もまあある程度驚かれることは予想してたけど、そこまで驚く?って感じだ。「嘘でしょ……」「俺たち夢見てるのかな……?」とか教室中からコソコソ聞こえてくるし。普段どんな目で見られてたんだ俺らは……。

 

「そりゃ驚くよ!それに美樹さんは上条のこと好きなんじゃないかって皆思ってたし!」

 

「え、あたしみんなにそれバレてたの!?」

 

さやかは心底驚いたという表情をしている。いや、多分お前と上条以外は全員気づいてたと思うぞ……めっちゃ分かりやすいから……。

 

「知らぬは本人ばかりなりってか……その上条はそんなに驚いてないみたいだけど」

 

「僕もさやかから聞かされた時は驚いたよ、それまで全く気づかなかったからね。それに僕、さやかとちひろはお似合いなんじゃないかなって前から思ってたんだ」

 

「伊吹と美樹さん見てそんな事思ってたのお前だけだよ上条……っていうかお前、なんか志筑さんと距離近くね?」

 

リアクション芸で疲れ気味の中沢が指摘するように、上条の隣には志筑さんがぴったりくっついている。つまりそれって……そういうことか?

 

「ああ、実は……僕も志筑さんに告白されたんだ」

 

「その通りですの。でも上条くんはお互いのことをもっとよく知ってからのほうが良いということで……まずはお友達から始めることにしましたの」

 

そう言って志筑さんは頬をぽっと染める。中沢は驚きのあまり金魚のように口をぱくぱくさせている。ちなみに俺は既に聞いているので驚いていない。上条も俺と美樹の事情は承知済みだ。よってこの集まりで初見なのは中沢だけなのだ。まあ一人だけ蚊帳の外だったから当然といえば当然なのだが。

 

「うぅ、みんな揃ってこの短期間でなにがあったんだよ……俺だって彼女欲しいよー……」

 

「まあ元気出せって、お前だったらそう遠くないうちに彼女出来るよ多分」

 

落ち込む中沢の肩にポンと手を置くと、ぱしんと振り払われる。

 

「うるさーい!勝ち組に慰められるとみじめになるからやめろォ!」

 

ヤケクソ気味にわめく中沢の後ろからぱんぱんと手を叩く音がする。音のする方にいるのは、早乙女先生だった。

 

「はいはい、中沢くんもうるさいですよ!もうHRの時間ですから皆さんも席についてください!」

 

「は〜い……」

 

「それと、中沢くん!」

 

「えぇっ!?」

 

俺達が解散して席に着く中、中沢だけ先生に指示棒でビシィっと指される。

 

「だいたい『彼女がほしい』なんていうフワッとした理由では仮に出来ても長続きしませんよ!そこで中沢くん!婚活パーティであった男の人と合コンで出会った男の人、どっちがいいと思いますか!」

 

「ど、どっちでもいいんじゃないかと……だって先生どっちも長続きしなかったじゃないですか」

 

「そう、どっちでもよろしい!そういう場に来る人達は基本的にカッコつけてるんです!だから付き合い始めのうちはよくても、お互い日に日にボロが出てきて価値観のズレが発生、最終的に破局するのです!だから長続きしないのは出会いの場が問題なんです!」

 

「え、でもこないだ三ヶ月で別れた男の人は友達からの紹介だったって……」

 

「中沢くん!!それ以上話すと先生怒りますよ!!」

 

「先生が話振ったんじゃないですかー!!」

 

中沢と早乙女先生の漫才じみた会話で教室にどっと笑いが起きる。この二人、付き合ったら案外相性良かったり……なんつって。生徒と教師だしそれはないか。でも俺と美樹も周囲からしたら「それはない」組み合わせだったわけだし……ほんと、世の中何が起きるか分かんないよな。

 

・・・・・・

 

何が起きるか分かんない、といえばもう一つ驚いたことがある。それは暁美さんの変化だ。

 

「まどか、一緒にお弁当食べましょ」

 

「うん!」

 

一件なんてことのないやりとりだが、暁美さんの顔には笑顔が浮かんでいる。彼女はワルプルギスの日を境にそれまでの人を寄せ付けないクールさが薄れ、少しだけ表情豊かになった。特に鹿目さんが一緒にいる時はよく笑うようになったように感じる。

 

「あたしも仲間に入れてくれよ〜」

 

「あ、さやかちゃん!勿論いいよ!」

 

「えっ、私はまどかと二人がよかったのだけれど……」

 

「まあまあカタいこと言いなさんなって、あたしたち苦楽を共にした仲間なんだからさあ」

 

美樹が自分から暁美さんに近づいていき、気さくに肩を組んでみせる。これも今までは見ることのなかった光景だ。暁美さんは鬱陶しそうにしているけど、無理に振りほどかない辺り満更でもないのかもしれない。

魔法少女としての活動も佐倉含めた三人組でやってるみたいだし、実はけっこう仲がいい?

 

「あ、お二人共いつの間に暁美さんと仲良くなったんですの?わたくしも是非お近づきになりたいですわ〜!」

 

「おう仁美も来な来な!」

 

「ちょっと美樹さん、あなた勝手に……!」

 

「ねえほむらちゃん、みんなで食べたほうがきっと楽しいよ」

 

「まあ、まどかがそう言うなら……」

 

きゃいきゃいと楽しそうな女性陣とは対照的に、俺と上条と中沢の三人は静かなものだった。というのも、普段良く喋る中沢が今日はこの世の終わりのようなテンションになっているからなのだが。中沢は女性陣の方をぽけーっと見ている。

 

「いいよなあお前らは……俺も彼女欲しいなあ」

 

「そもそも僕は志筑さんと正式に付き合い始めたわけじゃないから彼女いるわけじゃないんだけど……」

 

「俺だったら迷いなく首を縦に振ってる状況だから実質彼女いるカウントだよ!」

 

「なにその理屈……」

 

まるで酔っぱらいのオヤジみたいにめんどくさい絡み方をする中沢。まあ、気持ちは分からんでもないが……。

 

「でも早乙女先生も言ってたろ、フワッとした理由で付き合い始めたって長続きしないって。先生が言うとこれ以上ないくらい説得力あるだろ」

 

「それはそうなんだけどさあ……っていうか伊吹!お前こそ何が何だか分からないんだけど!何がどうなって美樹さんと付き合う運びになったか聞かせろよ!」

 

「その話たぶん長くなるけど大丈夫か?」

 

「……ごめん、やっぱいいや。今惚気話聞かされたら俺死んじゃう」

 

というか、俺もできれば話したくない。ちょっと経緯が特殊だし、何よりも恥ずかしい。上条は何故か俺が詳しいことを話さなくても勝手に納得してくれたから話さなくても済んだのだが。

 

「元気だしなよ中沢、ミートボール一つあげるからさ」

 

中沢は上条が差し出したミートボールに目を輝かせると、ぱくっと喰いつく。

 

「うまい!サンキュー上条!」

 

「勝ち組の慰めはいらないんじゃなかったのか?」

 

「肉はうまいから別!」

 

「……それじゃ俺もからあげ一つやるよ。イイ人見つかるといいな」

 

「おおっ、サンキュー!いや〜、持つべきものは友達だな!」

 

「現金なヤツ……」

 

・・・・・・

 

時が経ち、放課後。

 

「いっしょに帰ろ、伊吹」

 

「おう」

 

今日は教室から二人一緒に帰る。いつもは校舎を出てから合流するので、なんだか少しだけ新鮮だ。

 

「みんな元気そうでよかったな」

 

「うん……みんな普通に、平和に暮らしてる。なんか余りにも何事もなかったみたいで、ちょっぴり拍子抜け」

 

「みんな美樹たちが街を守ったってこと知らないどころか、そもそも危機が迫っていたって意識すら薄いからなあ」

 

規模が大きいとはいえ、台風が起こってたのってほんの数時間の話だからな。事情を知っていなければ、俺も間違いなくみんなと同じように能天気に過ごしていたに違いない。まあ家とか会社とか吹き飛ばされている人もいるしシャレにならない話ではあるんだが、それでも自分への被害がないとどこか他人事に思えるもんだ。

 

「まあ、別に褒められるために戦ったわけじゃないから気にしてないけどね。それに一番知ってほしい人には知ってもらえてるし、ね?」

 

そう言って美樹は俺の額をトンと指でつつき、ニカッと俺に笑いかける。

 

「アンタと、まどか。恋人と親友の二人に知ってもらえてるなんて幸せもんだよ、あたしは」

 

「俺自身、こんなこと知るとは思わなかったけどな……偶然。そう、ホントに偶然だった。もし、俺があの日ランニングに出かけなかったら。もし美樹があそこにいなかったら……知る機会も、美樹と仲良くする機会もなかったと思う」

 

「あたしも、あのタイミング以外は無かったと思う。普段だったら部外者に絶対にあんな愚痴吐くことなかったもん。それも嫌いなヤツに……よっぽど参ってたんだなあ、当時のあたし……お」

 

「美樹、どした?」

 

一緒に歩いていた美樹が突然足を止め、一点を見つめる。視線の先は何もない歩道の端っこ。しかしそれを見て俺はああ、と得心する。

 

「ここから始まったんだよね、あたし達の今までが」

 

そう、あの夜に美樹が蹲っていた場所。他の人からすれば何もない場所だが、俺達にとっては重要な意味を持つ場所。

 

「こうして見ると、ムードも色気もない場所だな」

 

「おまけに二人揃って雨でビシャビシャだったしね」

 

美樹と俺は当時を思い出し、二人揃って苦笑する。

 

「……あれからまだ、ひと月も経ってないんだね。全然そんな気しないけど」

 

「俺もだ。多分ケンカしてた時期の方がまだ長いし……あれ、結局俺達がケンカし始めた発端はなんだったんだっけ」

 

「うーん……忘れっちゃった。なんならケンカしてたこと自体が遠い昔みたいでさ」

 

「俺もそれは思う、不思議なもんだよな……」

 

「ほんとね」

 

思い出話もほどほどに、手を繋いで再び歩き始める。いつまでも路上に立ち止まっているわけにもいかない。それに、過去を振り返って思い出を喋るよりも、今は――

 

「そうだ美樹、今度の日曜また二人で遊びに行かないか?」

 

「いいね、行こう!次はどこ行って何しよっか?」

 

「そうだなー……海とかどうよ?」

 

「海かぁ……別にいいけど、今行ってもシーズンじゃないからあたしの水着姿は見れないぞ〜?」

 

「……それはそれで見たいけど、今回の目当てはそれじゃねえよ!シーズンじゃないからこそ誰にも邪魔されないで海見れるんじゃないかって話だよ!」

 

「あっ、なるほど確かに……それなんか青春っぽくていいじゃん、決まりっ!」

 

「よっしゃ、時間はどうする?」

 

「やっぱ午前中から出かけたいよね、そんでちょうどお昼時に海着くようにして海見ながらおべんと食べるとかさ――」

 

――今はこうやって、未来のことを考えるのが楽しくてたまらない。

 

「あははっ、こりゃ日曜が楽しみだな〜……うん、楽しみだ」

 

「どうしたんだよ、そんなしみじみと」

 

「いやあ……そういえば魔法少女になってからいつの間にか『楽しみな日』って無くなっちゃってたなって思って。なんか毎日一杯一杯でさ、明日のこと考える余裕なんてなかったなあって……でも、さ。あの時だけは違った。伊吹がデートに誘ってくれたあの時だけは」

 

美樹はどこか遠くを見て、噛みしめるようにそう言った。とても清々しい表情をしたその横顔は、なぜか少しだけ大人びて見えた。

 

「あたしたちの今までと、そしてこれからと。きっとそんな感じで変わっていくんだろうね。もっと素敵で、もっと楽しい感じにさ……なーんて、ちょっとクサかったかな?」

 

そこまで言って美樹はこちらに向き直り、少し頬を赤くしながらえへへと笑う。それは大人びた様子など欠片もない、いつもの美樹の顔つきだった。こいつは俺が知らない魅力的な側面をまだまだ一杯持ってるんだろうなあ、となんとなく思った。

 

「いや、俺もそう思うよ。これからもっと美樹のことを知るだろうし、そうしたらもっと好きになる。一月足らずで今の状態なんだから、来年あたりにはきっと凄いぜ?十年後とかなんて大変なことになってる」

 

俺が少し冗談めかして言うと、美樹はちょっと照れくさそうにしながら笑う。

 

「あはは……そう言われたら長生きしたくなっちゃうなあ。魔法少女として戦って戦って、そんで生き抜いてやるんだ。だから……これからも側にいてよね、伊吹」

 

「勿論、当たり前だろ。地獄の果てまでついてってやるから覚悟しろよ?」

 

そう言って、互いの手を強く握り合う。俺達は一緒に生きていく。今までも……そして、これからも。色んな事をして、沢山の宝物(おもいで)を作っていきたい。二人で振り返った時に『楽しかった』って笑い合えるように。長かろうが短かろうが、最期には良い人生だったって思えるように。まあそんな未来の話はおいといて、とりあえず今言えることは――シンプルに、一つ。

 

「うん……今日もいい一日だ!」

 



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