異世界創世 (木桜 春雨)
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オッサンは金貨をもらい、厄介事が、やってくる
その日、ギルドの受付嬢は初めての客を目の前にして戸惑っていた。
机の上に置かれた森で採取してきたというものを見て驚いたのだ。
どれも採取するのが難しいと言われる薬草ばかりだ、キノコ類もあったが、ポーションの材料となる希少な種類もある、しかも、この時期は見つけるのが難しいと言われるものまでだ。
早速、取引のためにギルドカードの提出を頼むと相手は持っていないという。
自分は、この町に来てまだ一週間ばかり、しかも身分証明として出された一枚の証書を見て受付嬢は無言になった、外の人と書かれていた。
つまりは、こことは異なる世界から来た人間だ、決して珍しくはないのだが数年前の大地震で殆どの人間がいなくなった、 理由はわからない、元の世界へ帰ったのだという噂もあったが、本当のところは謎だ。
世界の常識や信仰心というものが自分たちとは異なっているので、異界人は自分たちとは違うのだと思われていた、だから、異世界人が多くいた頃には自分たちより格下なのだと侮蔑の目で見下し、従属の首輪をつけてペットにする者もいるという噂まであった。
このギルドに異世界人、しかも女が来るのは初めてではないかと受付嬢は戸惑った。
ギルドで取引をするには登録をしなければならない、その為には銀貨三枚が必要だと相手に告げると女は困った顔で、そうですかと呟いた。
女は若く見える、だが、そうでないのかもしれない。
この街は数年前に異世界人を区別する為に街の片隅に彼ら専用の小さな宿舎を作り、そこで暮らす様にと決めたからだ。
だが、その宿舎も半年前に取り壊されてしまった。
「お手数をかけました」
そう言って、女は机の上に広げた薬草やキノコ類を鞄の中にしまいはじめた、その様子に受付嬢が慌てたのは無理もない。
「ま、待って下さい」
妥協案を出して、この取引を成立させれば自分の株は上がる、だが、女はいえいえとち低姿勢で謝りながらギルドを出て行く、その後ろ姿を受付嬢は呆然と見送っていたがはっと我に返るとギルドマスターのいる部屋へと慌てて駆け込んだ。
子供の頃は冒険者になりたかった、でも、体格は貧弱で背は伸びたけど筋肉など殆どないといってもいいぐらい。
牛乳を沢山、飲めば背も伸びるし、筋肉もつくなんて言われて実行したのはいいが、一週間も続く下痢で大変な目に遭った。
自分は冒険者になんてなれない、だったら薬師になろうと思い弟子入りしようと思ったけど、必要なのは金、弟子入り住めるための寄付金ときいて諦めた。
少しでも母親に楽をさせたくて金になる仕事に就こうと思ったが、結局のところ全てが中途半端で、自分にできる事といえば亡くなった父親の畑を耕し、罠にかかった兎や野鳥の肉を母親に食べさせること、それが玉の贅沢だった。
十代の頃に借金までして取ったギルドカードを使う事など、これから先もないだろうと思っていたのに、それは偶然、訪れた。
「おっちゃん、いるかい」
その日、近所の少年が慌てて駆け込んできた、部屋に入るなり、頼みがあるんだよといって持っていた薬草をテーブルの上にどんと置き、これをギルドで売ってきて欲しいんだと頼み込んできた。
「薬草だよ、おっちゃんはギルドガード持ってるだろう、売ってきて欲しいんだ」
見た事のない草、しかも茶色に乾いているのは枯れている、いや、乾燥させたのか。
「これをギルドで売るのか」
「金貨二枚だよ」
思わず、ぽかんとした表情になったのも無理はない、だが、値切ろうとしたら売らなくていい、そのまま持って帰ればいいという。
少年とは子供の頃から仲良くしている、それに表情も真剣だ、男は分かったと頷いた。
「おまえが取って来たのか」
「まあね」
曖昧な返事だ、少年の家は貧乏だし、薬草に対する知識があるとは思えない、深く尋ねる事はせず、その日の夕方、男はギルドへ向かった。
「金貨二枚ですって、何、ふざけたとを言ってるの」
ギルド内にいた冒険者達が一斉に視線を向けたのは、普段は大人しい受付嬢の怒りの声があまりにも大きかったからだ。
「薬草って、こんなの見た事ないわよ」
男は困惑した、というのも少年から詳しい話は聞かされていなかったからだ、見せれば分かるからと言われて素直に従う自分に呆れつつ、だったら仕方ないと帰ろうとした。
若い頃、冒険者を目指し手板頃とは違う、自分にはは不似合い名場所だ、そんな事を考えて出て行こうとしたのだが。
「すまないが、よろしいかな」
声をかけられた。
「よろしければ、その草を見せてほしいのだが」
「ああ、構わないが
男から受け取ったものを黒い手袋に包まれた手が受け取るとフードを頭からすっぽりとかぶっているので顔は見えない。
「十枚」
男は意味が分からず、何がと聞き返した。
「金貨十枚で、これを売ってくれないか」
はっきりと言われて男もだが、周りにいた冒険者達も唖然とした表情になった、だが、いち早く反応したのは受付嬢だ。
「ち、ちょっと待って下さい、その草、一本で金貨十枚って」
だが、受付嬢の言葉など耳にも入らない様子で相手は男に話しかけた。
「十枚では、いや、安いな」
そう言って相手は片手を差し出し広げると、これなら正当な価格だろうと呟いた。
「どういうことだ、マリアナ」
ギルド内での最高権力者の男は数時間前の出来事を職員から知らされて、怒りよりも呆れた顔で受付嬢を見た。
ある男が持ち込んだ草が高額で取引された、そりもギルド内でだ。
用があり、出かけていた自分が戻るとギルド内はざわついていた、何かあったのかと問いつめて話を知った次第だ。
「勉強不足だな、それにしても金貨五十枚か」
「申し訳ありません、男はギルドカードは持っていましたが、冒険者でも薬師でもなかったんです」
「実力があっても格付けランクに登録しない人間はいるんだ、講習で習わなかったか、それとも見かけだけで判断したのか」
受付嬢は反論しようとして言葉を飲み込んだ、あの男はボロボロの格好で、剣も持っていなければ、それらしい格好もしていなかった、自分が見誤ったのが悪いと言えばそれまでだが、納得いかないところもある。
「ギルド内での個人取引か、禁止されている訳ではない、だが、面倒な事になるかもしれんな、その男派の身元は分かるのか」
ジェイコブ・カーター、スラム地区に近い場所に一人で住んでいる男です」
二十枚の金貨を前にして、男は言葉をなくした、いや、受け取る訳にはいかないと少年に突き返した。
「おっちゃん、ギルドと取引するより、いい取引だったんだから、遠慮せずに受け取りなよ、俺は金貨五枚貰ったよ、へへっ」
「あの草、どうしたんだ、おまえ、誰かに頼まれたのか」
「うん、でも秘密なんだ」
男は難しい顔で少年を見た、子供に頼むという事は相手は何か、表に出てこれないような事情があるのだろうか、だとしても。
「おっちゃん、食堂に行かないか、俺が奢るよ」
「何、言ってんだ、子供に奢って貰うわけにはいかない」
男は少年と一緒に街中の賑やかな食堂へと向かった。
「せっかくだから、肉が食べたいな」
自分もだが少年も決して裕福ではない、しかも一人暮らしだ。
「金の麦に行こうぜ、俺もエールだって飲めるんだ」
「そうだな」
広い通りを話しながら歩いていると、突然、呼び止められた、振り返ると冒険者らしき三人の男達だ。
「随分と羽振りがいいみたいだな、金貨五十枚だろう、良かったら俺たちにも奢ってくれないか、いいだろ」
「バカ言うな、これは正当な報酬なんだ、あんたら冒険者だろう、自分で稼げよ」
少年の言葉にうるせえ、ガキと叫ぶ様な大越で一人が怒鳴り返してきた。
まずいなと男は思った、正直、相手の人数もだが、剣を持っている相手だ。
そして、自分は日頃から畑で農作業をしている人間だ、勝てるかと言われたら。
喧嘩は苦手なんでねといいながら男は腰の革袋に手をかけた、その時、風、空気が揺れた。
「な、なんだっ、こいつ
「ま、魔獣かっ、なんで」
男と少年はは振り返り唖然とした、それはいきなりというか突然だったのだ。
自分たちの背後に青い毛並みの大きな猛禽類、魔獣が姿を現したのだ。
グリフォ、いや、なんだ、あれ。
周りの通行人から驚きの声が上がるのも無理はない。
こんな街中で、グリフォンがと叫ぶが、いいや違うと、否定する声が上がった。
一般的に、この幻獣は大鷲の頭部と獅子の下肢を持つ、性質も極めて獰猛な生き物だ、だ、そんな生き物が突然、街中に現れたのだ。
「冒険者も落ちぶれたものだな」
「なっ、喋った」
「へ、へ、蛇が」
その魔獣に尻尾はなかった、代わりに尻の付け根あたりから黒い蛇が生えていた、それが冒険者達に向かって話しかけたのだ。
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ギルドマスター、女が登場
冒険者は動かなくなった自分の右腕を見て魔法使い、治療師達に説明を求めた。
原因は分かっている、あの化け物だ、最初はグリフォンかと思ったが、尾が蛇という、そんな形態の生き物など聞いた事がないと周りにいた人間達は口を揃えて言う。
たとえ、高位の魔獣にしても呪文も唱えず、ただ、腕を動かなくする、体の機能を損なわせる等、聞いた事がないというのた。
「その生き物は怒ったようですね、あなた方の行為に」
「たかり、でしょう、それも街中の往来で堂々と」
魔法使い、治癒師達の言葉には冒険者達を気の毒に思うというよりは呆れたといわんばかりの空気が漂っていた。
三人の冒険者達は互いに顔を見合わせた、リーターであるジョアンに対する二人の仲間の視線は微妙名者になっていく。
三人とも冒険者だが、若く体格も立派で、女性達の人気も高い、中でもリーダーの ジョアンは仕事のない時は女の部屋に入り浸っているときが多いくらいだ、だが。
「これは魔法ではない、ましてや、病気でもない、だとしたら治療は不可能でしょう、 そしてただ右腕だけなのか、もしかして、これだけにとどまらないのか、定かではありません、もしかしたら左腕、足がだんだんと動かなくなる可能性だってあります」
その言葉にジョアンは顔色を変えた。
何とかならないのかと皆を責める中、一人の魔術師が口を開いた。
「性病ということは考えられませんか、今、ある地域ではシュンバイという病気が一部の地域で蔓延しているらしいです」
聞いた事のないというジョアンに体が徐々に動かなくなり、挙げ句は腐敗していく病気ですと治癒師は説明した。
「そういえば。おまえ、少し前から腕が動かないとか言ってなかったか」
冒険者の仲間の言葉に周りの視線が集まった、皆の脳裏から、本の一瞬だが、街中に現れた不思議な生き物の存在が消えていたのは無理もない。
ところが。
「グリフォンだと、街中に現れたというのか、信じられん」
「いえ、正確にいうと違うかもしれません、その生き物は人の言葉を話したのです」
「周りで見ていた者達の証言もあります」
「それで今、どこに」
姿を消したそうですと言われた瞬間、王は落胆した。
だが、その様な生き物が街中をうろついていては危険だと周りの貴族達が言い出した、捕獲し捉えなければと、ところが、王の側近の一人が難色の顔で発言をした。
「人の言葉を理解しているのです、それにこの時、遭遇した冒険者の一人が報告をしているのですが、何らかの力を持っている、術を使った可能性があるのです、魔獣と言った者がいるそうですが、魔獣、ですか」
その言葉に周りはしんとなった、含みのある言い方に気づいた者もいるが、殆どの者が不満顔なのは、男の言葉を理解していないせいだろう。
「捕獲、捉えるのは勝手ですが、何かあっても責任はとれません、そうでしょう、王よ」
「城の騎士、魔法使いでもか」
「相手の正体が分からずに立ち向かうなど、そんな愚行、私はしませんね」
「ですが、もし、その生き物が危険なら放って置くのは得策とはいえません、従属の魔法や鎖をつけるなりして」
一人の貴族が激高する様に発言した言葉に、そうだなと次々に賛同する声が上がる、その様子を窓の外から見ている者がいるなど、誰も気づいてはいなかった。
あれは何だったんだろう、少年と男は初めて見る生き物に驚いて、言葉も出なかった。
「冒険者も落ちぶれたものだ」
その言葉は自分たちに声を欠けてきた相手に向けられたもので、男達はただ驚き、言葉を失っていた、翌日、その冒険者の右腕が動かなくなったという噂を聞いて驚いたが、その直後だ。
ギルドの人間が会いに来たのだ。
「ジェイコブ、おまえ、あの生き物を知っているのか、使い魔、従魔なのか」
「まさか」
何度、否定しても信じようとはしない相手に、ジェイコブは、うんざりとしてきた。
畑仕事の最中にいきなり押しかけて来た相手は真剣な顔つきだ。
使い魔ならギルドの規定に習って登録しなければと言い出すが、あの時の事は正直、あっという間で、あの生き物は冒険者達に言葉をかけただけで姿を消したのだ。
「あの冒険者だが、右腕が動かないそうだ、しかも、魔法や医術師、呪術師に見せても原因が分からないそうだ」
「そうか」
気の毒にと思うが、自分にはどうすることもできない、日々、農作業にいそしんでいるだけの自分には魔法や医術などとは無縁だからだ。
「俺に聞いたところで何の解決にもならないぞ」
「確かに、そうかもしれん」
「子供にも話を聞いたそうだが」
「ああ、笑われた、いい気味だってな、あの冒険者達は一部では嫌われていたからな」
「性病なんでしょう」
その声に二人の男は慌てて周りを、開いた窓から顔を覗かせている相手を見て驚いた。
「入ってもいいかしら、まだ続きそう」
「いや、もう終わるよ」
「スープを作ったのよ。多すぎて持って来たんだけど、ところで、そちらの人はもしかしてギルドの人」
ギルドマスターは驚いた、肩口まで伸びた髪は黒、日に透けているせいか明るい茶色に見える肌の色は白く、いや、唇は、自分が相手をぶしつけなまでに凝視している事に気づいたのは相手がどうしたのと聞いたからだ。
「以前ギルドに薬草を売りに行ったとき、壁に役員の似顔絵が貼ってあったから」
「ああ、そうですか」
直接、会ったわけではないのだと知り、内心、落胆する自分がいた。
「と、ところで」
性病なんでしょうという台詞を思い出し、ギルドマスターは尋ねた。
「聞いたのよ」
クスクスと女は笑いながら、モテルんでしょうと言いながら、ドアを開けて中に入ってきた。
「ここに置いておくわね」
鍋をテーブルに置いて、出て行こうとする女に声をかけようと、ギルドマスターは外に出た。
だが、声が出なかった、そこには見た事のない、黒い艶やかな毛並みの生き物がいた、犬、いや、大きすぎる、狼かと思った瞬間。
「あの男は自業自得だぞ」
男の笑う声がした、その生き物が喋ったのだと気づいたとき、女は背に跨がった。
「それじゃあ、ジェイコブさん」
女と、その生き物の姿は、あっという間に小さくなっていく、ジェイコブは家の中に入ると女の持ってきたスープを覗きこみ、旨そうだと食べ始めた。
「なんなんだ、あれは」
訳が分からずギルドマスターは呆然と立ち尽くしていた。
何かが起こる前触れなのかもしれないと思いつつ、だが、それが何なのか答えの出せない自分にもどかしさを感じていた。
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事の始まる前、プレイヤーの終結
咀嚼する音がする、ゴブリンり屍は、つい先ほど殺されたばかりだとわかる、そのゴブリンの死体を彼は食べていた。
死体のゴブリン達の中には鎧や武器を持っている者もいた、だが、開いた嘴は、それを砕きながら飲み込んでいく。
尻の付け根から尾のように伸びていた黒い蛇は、今は舌をちょろちょろと出しながら血を嘗めていたが、それに飽きたのか、今度は大きく口を開き、死体を丸呑みにした。
「もういいんじゃないか」
鷲頭が声をかけると蛇は、もう少しと答えた。
「この世界の知識を少しで取り入れなければ」
「人を食らった方が早いと思うが」
「二人とも、御飯は食べた」
離れた場所から近づいてくる足音と声に、その生き物は首を向けると、あと少しと答えながらゴブリンの死骸を食べ続けた。
「血の臭いって結構、臭いのね」
「ゴブリンの体臭だよ」
蛇が大口を開けて笑うと、女はゴブリンの死体を見た、汚いものを見るような目つきだ。
「ところで二人とも、噂になっているんだけど、何かしたの」
女が顔を顰めたのはゴブリンの匂いのせいかもしれない。
「ああ、この数日、街中を歩き回った、冒険者を一人、二人ばかり、遊んでみた、力を試したのさ、結果として我々の存在ははっきりした、異質だ」
「それは、あたしもなの」
返事はなかったが、女は聞き返す事はしなかった。
自分だけが人間の姿をしている、だが、かっての仲間達は皆が魔獣や獣の様な姿をしているのはゲーム内の時の影響のせいだと思っている。
ゲームでパーティを組んでいた頃の記憶を引き継いでこの世界に居るという事実を、この数日で改めて実感していたのだ。
「ところで、アタシの立ち位置って何かしら」
その時、足音がして木々の間から黒い毛並みの狼が現れた。
「王だ、おまえは」
その言葉に女は、ええっと声を漏らした、だが、嫌がっているようには見えない。
「前だってそうだったろう、補佐は俺たちがする」
また、王の役か、でも、その方が次ごうがいいかもしれないと女は思った。
皆が自由に動けるからだ、前のときもそうだった、女がリーダー的存在だと相手も油断をするのだ。
「四人で何ができるかなあ、ゲームだからって、のんびりしているのもつまらないわよね、でも、田畑を耕したり、スローライフとかは正直、堪えるわ」
この世界では肉体などないも同じだ、自分の仲間達もだ、ゲームで知り合ったのだが、サーバーが突然の不具合を起こして、この状況に陥っている。
死んでいるのか、生きているのか、現実世界か、そうでないのか。
「世界征服なんてどうだ」
最初に、それを言い出したのは狼だ。
「この世界の冒険者をとっちめるというのは、何だか威張っていて虫が好かねえ」
「いじめの鬱憤晴らしかよ、タケシ」
「あのなあ、魔獣退治をして、国が平和なのは自分たちのお陰だって威張っているんだ、見ているだけで嫌になったわ」
蛇は舌を、ちょろちょろと出しながら、井の中の蛙だよと、どこか忌々しげに呟くのは勝手の仕事のせいかもしれない。
「警官にだって悪い奴はいるんだよ」
「冒険者か、そういや、性病の奴がいたな、面白かったぜ、発病していなかったが、まあ、気の毒なことだ」
「医者の何とかってやつか」
「カズキさんは、どう」
「ゲームの続きがしたいと思っている、楽しかった」
四人で集まり、パーティーを組んで、それまでゲームなんて知らなかった自分に、初めて会った仲間達は色々な事を教えてくれた。
レベル上げとか、興味ないんだ、ゲーム内で死んでもプレーヤーのレプリカントはいくらでもいるし、ちょっと飽きてるかな、以前知り合った行きずりの冒険者らしくプレーヤーに教わって、ゲーム内の事はあらかたわかった。
色々なプレーヤーと知り合い別れて、そして今、残ったのは四人。
しかも、どういうわけか、ゲーム内でログアウトもできない状態になっている。
互いの素顔、性別もわからない、いや、そんな事はどうでもいい、ただ、この世界で繋がっているという事が、事実であり真実なのだ。
四人のプレーヤーが、現実の異世界に降り立った、それも実体と能力を持ってだ。
神は混乱した、彼らの能力、それは元々ゲーム内のものだ、使用制限があった筈だ。
ところが、この数日でその能力が変わってきているのが見てとれる、成長ではない、まさか、この世界で進化しているのか。
【おまえは、モニターだ】
誰かが囁いた、この世界で見聞きした事を彼らに伝えるのだ。
ああ、そうだ同じではないかと神は思い出した、自分も同じだ、以前はプレーヤーだったと。
そして、繋げるのが、自分の役割だと。
西の森に大型のリザードマンが現れた、しかも、ゴブリンをも一緒だという話を聞いてギルドマスターは驚いた、大型の魔物が、ゴブリンを使役している事実が信じられなかった。
森の近くには小さい村もある、今から冒険者達を集めて急がせても間に合わないかもしれない、犠牲は出るだろう、だが放っておくわけにはいかない。
村人達は言葉もなく、その光景を見守っていた、というのも自分たちはあまりにも無力すぎて、その場にとどまっていることしかできなかったのだ。
恐怖に足がすくんで、子供や年寄り、女だけでなく男達も、初めて見る光景に言葉をなくし、見ている事しかできなかった。
ジェイコブと少年は狼の背に乗った女性の姿をただ、呆然と見ていた、女の隣にはグリフォンの様な不思議な生き物が地面に座り込み、女に話しかけている。
リザードマンとゴブリンの群れはアンデットの一団を前にして勝つこともできず、あっという間に死体の塊となった。
この夜の出来事は、あっという間に街に広がり、アンデットを使役して村を作った一団は城へ招かれる事となったのは当然ともいえた。
一人の女とグリフォン、黒い毛並みの狼の他にアンデットが二人、城の広間に現れたとき、皆が息を呑んだ。
黒髪の女は美人で従えている獣も普通でないことは一目でわかる。
それにアンデットは見たこのない服、スーツ、異国の服を着ていて帽子まで被っている。
何故、アンデットが、このような場所に堂々と来るのか、場所を弁えると言うことを知らないのか、不満げな眼で睨みつけている者もいたが、中には畏怖の眼差しを向ける者もいた。
得体が知れないと思ったのかもしれない。
「この度は村を救ってくれたこと、感謝している、其方らに褒美を取らせたいと思うのだが、望みはあるか」
王の言葉に、しばしの沈黙の後口を開いたのはアンデットだ。
「そんなものは望んではいない、しかし、無力な平民が命の危険に晒されているとき、この国の冒険者や城の騎士達の対応は遅すぎないか」
アンデットが喋った、この事実に広間は急に静かになった。
「褒美か、其方の首だと言ったらどうする」
笑うアンデットに、王の顔色が青くなったが、それはすぐに別の表情に変わった。
「まあ、それぐらいにして、アジュール」
この時、初めて女が口を開いた。
「悪気はないんです、許してあげて下さい」
にっこりと笑う女の笑顔に国王は軽く咳払いをしながら、ああと頷いた。
これが始まりなのか、まるで、三流の猿芝居を見ている様な感覚を覚えながら、自分の頭の中で、これからの筋道をたてた。
レプリカントを送り込む必要がある。異世界という現実に、プレイヤー達の残像を送りこむのは簡単だ、問題はその後だ。
世界は広く、大きくなりすぎた、少しでも管理しやすいように縮小しなければならない、その為には必要だ、異界の人間が死んで、そのことで自分を責める様では弱すぎて頼りにならない。
善でも悪でもない人間が必要なのだ。
「私は王なんです」
王に向かって女は、にっこりと笑った。
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破壊から再生へ、序曲
人々は目の前で起こっていることが信じられなかった。
ゴブリンというのは厄介な生き物だ、個体としては強敵というわけではない、だが、数が多いと非常に厄介だ。
人間は必死に戦い、運が悪ければ殺されてしまうのが現実だ。
切りつけて腕や足を切り落としてもゴブリンは怯むことなく襲いかかってくる、まるで、死に対して恐怖心がないようだ、以前のゴブリンとは違うと村人は感じていた。
子供や年寄りを安全な場所に逃がす余裕はない、男たち、腕に覚えのある若者達ゴブリン相手に必死に戦うが、数が多すぎた。
ギルドに連絡して冒険者達に助けを求めるための使いを出したが、運が悪ければ間に合わないかもしれない。
城の人間は、この事態を知っているのだろうか、以前なら即座に駆けつけてくれたのに、もしかして、事態を知らせに行った者は途中で何かあったのではないだろうか。
「村長、た、大変です」
ゲオパルドは息を切らして、知らせにきた若者を見た。
「グ、グリフォン、いや、ブラックドラゴンが」
「何だと、何故、こんな時に、小鬼だけでも厄介だというのに」
「ちが、違うんです」
若者は説明するのももどかしいというように、自分の後方を指さした。
突然、大きな火柱が上がった、それだけではない、獣のような叫びが辺りに響き渡った。
その瞬間、ゴブリン達の動きが止まった、何が起こったのか、攻撃の動きが止まり、きょろきょろと周りを見渡すが、何もないと感じたのか再び、人間に襲いかかろうとした。
ヴァッシュッッ。
バアッッッ。
何かが割れるような、いや、破裂するような聞き慣れない音に人間は唖然とした。
ゴブリン達の体が破裂、いや、弾けるように膨らみ、破裂したのだ。
「な、なんだ、これ」
「爆発か、何で」
「助かった、のか」
自分たちの目の前でゴブリン達の体が、弾けるように爆発していく、訳がわからず立ち尽くしていた村長に若者が声をかけた。
「村長、あれを」
大きな灰色の狼がゴブリンの死体を踏みつけて向かってくる、自分たちも、あんな風に蹂躙されるのではないかと思ったとき。
「敵ではない」
狼の口から聞こえてきた声に村人たちは驚いた。
「異変を感じて来たのだ、主の命令でな」
村長のゲオパルドは顔を強ばらせた、大きな街や城には人間の言葉を話し、理解する獣がいると話には聞いたことがある。
だが、それらは人との関係を表す為に首輪や印などをつけているものだ
が、目の前の狼にはそれがない。
そのとき、風が吹いた、顔を上げると黒いドラゴンが空中で停止したまま、自分たちを見下ろしていた。
「ゴブリンは数匹を残しておく、巣に戻れば爆発だ」
ドラゴンの言葉にゲオパルドは驚いた。
灰色狼とドラゴンがゴブリンの群を一掃したという事実は数日のうちに、カダール王国に広まった。
城中は大騒ぎだった、灰色狼とブラックドラゴン、数年前なら、この二つの存在は人間を害をもたらす、いわば人類の敵という認識だった。
ところが、ゴブリンの群を退治し、襲われていた人間を助けたという事実に嘘ではないかと声が上がった。
真実を確かめるために使者が派遣されたが、彼らは数日で戻ってきた。
「私共はは直接、話をしました」
使者は緊張した顔で王と周りの補佐官、そして呼び出されたギルドマスターを前に詳細を語った。
「ゴブリンは全滅です、死体はありません、食べてしまったようです、何故、彼らがゴブリンを殺したかについてですが、王の命令だからだという言葉です」
「王、だと」
一体、どこの国だと王の言葉に使者は首を振った。
「聞き出す事はできませんでした、ただ、今回のゴブリンの行動に対して、ひどく怒っているようです」
「ゴブリンに対してか」
すると使者は首を振り、わずかに顔を伏せた、そして、視線をちらりと向けた、ギルドマスターに、だ。
「我々に対してです、対応が遅すぎると、もう少し遅ければ村は全滅していただろうと言われて」
「何だとっっ」
声をあげたのはギルドマスターだ、だが、それは王の側近たちもだ。
「ここ最近は何事もなかった、ゴブリンが村を襲うこともなくて、予想外の事だったんだ」
「確かに、私も、そう言いました」
「冒険者もギルドも役に立たないと言われました」
もう一人の使者が呟いた言葉にギルドマスターの顔が怒りの為、赤くなった。
「その二匹は今も村にいるのか」
「いいえ、王の側に、それと生き残った村人ですが、彼らも一緒です」
「なんだと」
「ゴブリンの異変によって森の獣達が何か異変を起こすことも考えられると、あの村は決して大きくはありません、男たちも半数近く減っています」
一つの村が彼らを救った人物の庇護の元に下ったという事実。
ギルドの冒険者と国の兵士たちは信用されていないということにならないか、問題ではないか、この話は近隣諸国が知るのに時間はかからなかった。
自分の作ったものを壊すというのは、どんな気分だろう。
最初は、嫌な気分になるんじゃないかと思ったが、皆で相談して決めていくうちにだんだんと楽しくなってきたから不思議だ。
カタール王国を作ったのはタケシだ、最初のうちは楽しかったらしい、だが、途中で時間が少なくなり、仕事の方が忙しくなったのだろう、オートプレイでゲームを続行したところ、ゲームのキャラクター達の行動は予想したものとは違ってきたらしい。
それでもせっかく始めた国づくりを途中で辞めてしまうのはもったいないと思ったのだろう。
そして今、プレイヤーの四人、ゲームの中だ。
「さて、この後はどうする」
「残った村人は新しく作り直して他の国に派遣すればいいよ」
「カーラン国は、多分、王が謁見を申し込んで来ると思うよ」
灰色狼とブラックドラゴンは笑いながらモニターを見ていた。
「国を新しく作り直す、なんだか、物書き、小説家にてもなった気分だな」
「読者はいないけどな」
「気にするな、それより、この後は王の謁見だな」
「そうなるのか、ところで、王は女のままで出すのか」
「その方が、向こうも驚く、できるだけ偉そうにして、そうだな、家臣や兵も揃えたほ・かいいだろう」
驚く顔が眼に浮かぶと灰色狼は笑った。
「しかし、農業でスローライフを目指していた国が、タケシも気の毒だな、オートで任せてプレイしたのが失敗か」
「このゲームは途開発途中でも色々とあったからな」
「二人して何楽しそうに話してるの」
「おおっ、王のお出ましだ」
「グリフォンはどうした」
「村人の再生、プログラムをいじってるわ、ここと繋がるようにしての、カーランの次の目標の為に」
「決まってるのか、もう」
「なんだか、楽しそうよ、いずれは」
「まさか世界征服とかじゃないだろうなあ」
「あら、おもしろそう」
突然、ドラゴンは吹き出し、灰色狼は笑い出した。
「世界征服か、ね」
ゲームをプレイしている時は日常が忙しくて時間がなかった。
だが、今はどうだろう、まるで迎えてくれるかのように世界が手を広げてくれた、そして有限、無限ともいえる時間が目の前にある。
世界を作ろう、プレイヤーたちは笑いあった。
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