イエヤスが生きる! (七峰 舞斗)
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プロローグ ☆

 

「タツミとサヨはもう兵士になってんのかなぁ」

 

帝都の片隅で蹲るように地べたに座った少年が一人呟くように言った。

中肉中背、黒髪に白地のバンダナの頭に巻いている。その目は気落ちしている今でも元来勝気であろうことが予想できるほど生気に溢れている。

 

少年の名前はイエヤス。

 

今呟いた二つの名、タツミとサヨと共に帝国端の村から帝都に兵士になりにきていた出稼ぎである。

が、帝都に向かう途中、夜盗に襲われ散り散りとなってしまったのだ。

一人になったイエヤスは流石に慌てた。イエヤスは方向音痴なのだ。自覚していたイエヤスは二人についていけばいいやと帝都への道のりがうろ覚えであったのだ。

 最初はそれでも楽観的に捉えて帝都に歩きで向かったつもりであったが、途中の村で確認してみるとどう考えても帝都から離れていた。

これでは最悪、一生帝都に付けない、そう考えたイエヤスは手持ちの全財産を使って帝都行きの馬車に乗ることにした。帝都まではまだかなりの距離があったため手持ちでは足りなかったが、そこは剣の腕を生かして護衛を買って出たのだ。イエヤスの人生の中でも渾身の作戦であった。

 

帝都に着いたイエヤスだが、財布の底は尽き、時刻は夕暮れ、兵の受付時間は終わっていた。

野宿を覚悟したイエヤスは適当に帝都を回り堪能した。田舎者丸出しであったがお構いなしだ。そして今、寝る場所を決めて腰を下ろしたイエヤスははぐれた幼馴染達のことを思っていた。

 

と、そこにとある馬車が近くを通り掛かった。

 

馬車の中の人物は座り込んだイエヤスを見掛けて興味引かれた。

人物の名はアリア。貴族の少女である。

アリアはイエヤスの服装から田舎からやってきて今日泊まる所がないであろうことを察して、家に招こうと馬車を止めるように引手に言おうとする

 

しかし、そこでイエヤスに近づく人影があることに気付く。その姿を見て自分の手助けの必要がなくなった事を知ったアリアは開きかけていた口を閉じ、そのまま馬車を行かせた。

 

「…………チッ」

 

 

 

 

 

ここが分岐点であった。

 

 

「もしもし、そこな君!なにかお困りですかな?」

「ん?」

 

 唐突に声を掛けられてイエヤスは顔を上げると、そこには簡易な鎧に身を包まれた自分とそう年の変わらない少女が立っていた。ポニーテールで纏められた明るい茶髪がよく似合う美少女は覗き込むようにイエヤスを見ていた。

 

【挿絵表示】

 

「えーと、……君は?」

 

 イエヤスの問いかけに少女はビシッと敬礼をすると眉をキリッとさせる。

 

「帝都警備隊のセリュー!正義の味方です!!」

「帝都警備隊?正義の味方?」

「はい!帝都警備隊とは悪の蔓延る帝都を守る為、日夜パトロールを欠かさない正義の部隊の事です!」

 

 セリューの言葉にイエヤスは目を輝かせた。

 

「ほぉー!!かっけぇーな帝都警備隊!!」

「ありがとうございます!!ところで」

 

 イエヤスの素直な反応に気分を良くしたセリューは弾けるような笑みを浮かべながらイエヤスにどうしてこんなところで座り込んでいたのかを訪ねた。

 イエヤスはここまでの道中の話を掻い摘んで話した。

 

「なるほどー、それは災難でしたね。ひとまずは今日の寝場所ですか」

 

 ンーーと唇に指を当てながら考え込むセリューは何かを思いつくとポンッと両手を叩く。

 

「それでは今日のところは帝都警備隊の宿舎のロビーで寝るといいでしょう!」

「え!? 大丈夫なのか? それ」

「多分大丈夫です。宿長には私から話を通しておきますよ」

 

 自信ありげに言うセリューにイエヤスは申し訳なさそうにしながらも、他に行くあてがあったわけでもなく正直助かる為お世話になることにした。

 

「それじゃあ言葉に甘えて泊めてもらうよ。ありがとな」

「いえ!それではこっちです」

 

 セリューはイエヤスの手を握り導くように引っ張る。

 幼馴染に美少女と呼んで差し支えないサヨがいるがそこまで女慣れしているわけではないイエヤスは、その握られた手を見ながら思わず頬を染める。

 

「キューキュー」

 

 そんな様子を見てセリューの傍ら抗議のような鳴き声が聞こえてくる。

 イエヤスがそちらに目を向けるとそこには大きめな首輪を付けられた犬のような生き物がピョンピョンと跳ねていた。顔は完全に犬と称されるべき見た目をしているが、その生き物は2本足で立っていた。

 

「この生物は?」 

「あっ、この子はコロ。正式名称はヘカトンケイルと言うんですよ。こう見えて頼りになる生物型帝具なんです」

 

 イエヤスが帝具というものを理解していない反応をするとセリューが説明する。

 

 帝具とは約千年前、大帝国を築いた始皇帝が用いる権力と財力を詰めた、現在では再現不可能な48の兵器の事である。  

 

「へぇー、そんな貴重な物を任されてるなんてセリューさんは凄いんだな」

「いえ、この子、相性のいい相手じゃないと動くことすらないらしいんです。上層部には動かせる人がいなくて、ヒラであるワタシまで回ってきてワタシの正義の心に反応したんですよ」

「そうなんだ、でもやっぱり凄いってことじゃないか、つまりセリューさんは軍でも屈指の正義感を持ってるってことだもんな」

 

イエヤスの手放しの誉め言葉にセリューは、えへへっと照れるように後ろ頭に手を伸ばした。

 

「ありがとうございます。辺りも暗くなってきたようですし少し急ぎましょう。明日は兵舎へと志願しにいくのでしょう?なら今日は早めに休息して英気を養わなくては!コロ、いくよ!」

 

 

 

 

 宿舎に案内され、無事宿長から許可をもらったことをセリューから聞いたイエヤスはほっと胸を撫でおろした。一仕事やり終えたセリューは敬礼する。

 

「それでは!アタシはここで失礼します。明日早朝に兵舎へと案内しますね」

「えっ!いや、それは流石に世話になりすぎというか……」

 

 セリューの意外な申し出にイエヤスは驚く。

 

「いえ!イエヤスさんはどうやら地理には疎いようですし、最後まで面倒を見させてください!」

 

 その力強い眼差しに頑固さを感じ取ったイエヤスは素直に甘えることにした。 イエヤスの返事を聞くとセリューは満足そうに去っていった。

 セリューの背中を見送ったイエヤスはロビーに置かれたソファに寝転んだ。

 

(ふぅ、今日は色々あって疲れたなぁ)

(セリューさんか、都会の人は冷たいって聞いてたけどそんなことなかったなぁ)

 

 今日会った事を思い出していたイエヤスはいつの間にか眠りに落ちていった。



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1話 入隊試験

翌日

 

「イエヤスさん………イエヤスさんってば」

「……………んぇ……?……」

 

 自分を呼ぶ声に夢心地だったイエヤスは間抜けな声を上げながら目覚める。目を擦りながら身を起こすと、そこには困り顔のセリューが立っていた。

 

「もう、イエヤスさん、いつまで寝ているんですか!!そんなことでは兵士としてやっていけませんよ!」

「セリューさん!?、あっすみません」

 

 ようやく脳が働きだしたイエヤスは自分がまた寝坊してしまったことを悟り慌てて謝り支度する。

 

 道中

 

「気を付けてくださいね!寝坊は悪の始まりですから」

「本当にすみませんでした」

 

 聞いたことのない方便を口にしながら歩くセリューに平謝りをするイエヤス。その様子を見て、一応の収まりがついたセリューは今日の予定について話す。

 

「昨日、あの後考えてみたんですが、兵舎に案内する予定でしたが、イエヤスさんさえよければ私達が普段利用する訓練場へと行ってみませんか?おそらく今の時間なら帝都警備隊隊長のオーガ隊長がいると思うんです。オーガ隊長に腕を見てもらえれば一兵卒としてではなく、ある程度の階級からスタートできると思うんです。もしかしたら警備隊に入れてもらえるかもしれません」

「え!、それは有難いけどいいのか?」

 

 昨日のイエヤスの話を聞いたセリューは一級危険種である土竜やレッドマンティスを難なく討伐していることをふまえるとイエヤスの実力は即戦力級なのではないか、とあたりを付けたのだ。

 危険種とは帝国全域に生息する獰猛で凶暴な生物の総称。その危険性から駆除の対象とされているが、時には食料や生活の糧にもなっている。

危険度によって「四級」「三級」「二級」「一級」「特級」「超級」に分類され、上に行くほど強さが増す。中でも「超級」は伝説の存在とされており、討伐の際には帝具使いの力が必要となるほか、帝具の素材にもなっている。

 

「はい!それに実は今、即戦力となる人材が必要な時なんです」

 

 そういうとセリューは内緒話をするように手を口に当てイエヤスに近づく。

 

「っ!?」

 

 急に距離を詰められたイエヤスに緊張が走る。

 香水等といった色気なものを使わないセリューからは、ほんのり汗とお日様の匂いがした。あまり女慣れしているわけではないイエヤスはどぎまぎしてしまう。

 その様子を見てコロは不機嫌そうにしている。

 

「最近帝都では『ナイトレイド』と呼ばれる悪の殺し屋集団が暗躍しているんです。それに便乗してか、治安も悪くなっている傾向のようで私達警備隊も夜のパトロールを増やす等をして対策を練っているんですが、あまり成果を上げられていません。つい此間もパトロールをしていた別部隊の警備隊が賊の犯罪に巻き込まれて多くの死者を出してしまいました」

 

 そう言いながら悔しそうに口を歪めているセリューを見てイエヤスの中の浮ついた思いは霧散していった。

 

「そっか、確かにそれなら俺の力は役に立ちそうだな、よし!そのオーガ隊長って人に俺の腕を見てもらって帝都警備隊に入れてもらう!そんでもってナイトなんとかってのも、このイエヤス様が退治して見せるぜ」

 

 自信あり気に言って見せるイエヤスに一瞬キョトンとしたセリューだったが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「今の話を聞いて怖気づくどころか、退治ときましたか、頼もしいですね!それでは訓練場に案内しますね!こっちです」

 

 歩きだしたセリューは、あっとイエヤスへと振り向く。

 

「自信満々なのはいいですが、気を付けてくださいね。悪はどんな手段を使ってくるか分かりません。決して一人で相手などはしないようにしてください」

「もちろん、油断なんてしないぜ。でも相手がどんな手を使ってこようと最後に勝つのは俺だ、なんてったって」

 

 ビシッと親指で己を指すイエヤス。

 

 

「正義は悪には屈しないからな」

 

 

「えっ!?」

 

 イエヤスの言葉に虚を突かれたような声を出したセリューにイエヤスは?を浮かべる。

 

「?、どうかしたか?」

「……あっ、いえなんでもありません。そうです!正義は悪に屈してはならないんです!分かってますね、イエヤスさん、さあ急ぎましょう」

「お、おう」

 

 勢いよくまくりたてるセリューの圧に押されながら足早に訓練場へと向かっていくイエヤスであった。

 

 

 

 

 

「入隊希望者だぁ?」

 

 訓練場

 案山子に向かって拳を唸らせていた大男が半ば呆れるような声を出しながら振り返る。

 白髪混じりの黒髪、伸ばされた襟足を長めのヘアバンド4つでまとめている。無精髭を生やした顔は厳つく迫力があり、その迫力に拍車をかけるように左目が大きな傷によって潰れていた。歴戦、という言葉がよく似合う大男、それが鬼のオーガと呼ばれ、犯罪者達に恐れられる帝都警備隊隊長であった。

 

「はい!話に聞くと有望そうな少年でしたので連れてきました。ささっイエヤスさん!」

 

 セリューに紹介されたイエヤスは歓迎ムードとは言えないオーガの迫力に押され気味ながらも自己紹介をした。

 

「オレの名前はイエヤスって言います。警備隊に入れてください!田舎の村に仕送りするために帝都までやってきました!剣には自信があります!!」

 

 勢いよく話すイエヤスだが、オーガの反応はいまいちであった。ハァと溜息をつくとイエヤスの後ろに控えていたセリューへと視線を向ける。

 

「セリューよぉ、いつも言ってるだろ、少しは疑う事を知れって。こんな小僧の戯言みてぇな自己申告をいちいち信じてんじゃねぇよ」

 

 正規の手続きを踏んで来いボケ、と門前払いのようにシッシッと手を振るオーガにイエヤスはカッと頭に血が上るのを感じたが、紹介してくれたセリューの手前であったこともあり、反射で喉まで出かかっていた言葉をグッと飲み込んだ。そんなイエヤスに代わりセリューが食い下がる。

 

「っ!、確かに彼の実力をこの目で確かめたわけではありません。しかし隊長、彼には正義の心があります。警備隊に入れる資格はあるかと!どうか、彼にチャンスを与えてやってください」

「セリューさん……」

 

 自分のために頭を下げてくれているセリューに感激したように名を呟くイエヤス。

 すぐにイエヤスも習うように頭を下げる。

 

「お願いします!!」

 

「…………」

 

 しばらく無言を貫いていたオーガであったが頭を上げる様子のないセリューにやがて根負けしたように深いため息をついた。

 

「しゃーねぇな、あくまでチャンスを与えるだけだぞ、見込みがないと判断すれば警備隊どころか兵になる事も許さねぇ、それでもいいんだな?」

 

 オーガの台詞にセリューは顔を上げて笑顔を浮かべ、イエヤスも即答する。

 

「はい!それでいいです。よろしくお願いします」

 

 

 オーガ隊長自らの入隊試験が始まると聞いてワラワラと各々で訓練をしていた隊員達が野次馬となって並んでいた。

「おまえら、見学もほどほどにしとけよ、ほら」

 

 オーガが壁に立て掛けられていた木剣をイエヤスに投げて寄越す。それを危な気なく受け取ったイエヤスは手に馴染ませるように軽く振る。

 

「試験は俺との立ち合い。細かい内容はなしだ。試合が終わった時、オレが見込みありだと判断したら合格。それ以外は不合格だ、分かったか?」

「はい!」

 

 イエヤスの返事に頷いたオーガは剣を構え始まりの合図をセリューに頼む。

 

「それでは……………はじめ!!」

 

 

 

 

 

 

 

(………ほぅ?)

 

 オーガは思わず唸る。

 勝ち気で世間を知らない自信過剰なクソガキ、としか評価していなかったイエヤスが、試験開始の合図とともに雰囲気が変わったのだ。

 剣を正眼に腰を低く構えて真っ直ぐ相手を見据えるその姿には一種の風格が宿っていた。サクッと終わらせる為に切り込もうとしたオーガだったが、その気迫に足が止まってしまっていた。

 

「っ!」

 

 ガキィンと木剣の交わる音が響く。

 一瞬の間に距離を詰めたイエヤスが走り抜け様に一閃。それを木剣で受け止めたオーガは振り向きながら遠心力を乗せて力強い一撃をイエヤスに叩き込む。

 オーガと同じく木剣で受け止めたイエヤスだったが、大柄なオーガが放つ一刀は予想以上の威力だったらしく、踏ん張りきれずに後ろへと飛ばされてしまう。

 飛ばされたイエヤスが態勢を整えようとするが、それを待たずにオーガの追撃が放たれる。

 相手のパワーを理解したイエヤスは避けと受け流しによってオーガの連撃を捌いて、真正面から力を受け止める事を防いでいく。

 訓練場に木剣と木剣が克ち合う音が幾度も響き渡る。

 

(あの一太刀で俺の力を把握して捌き方を変えてきたか、いい適応力だ)

(……だが、ッ!!)

 

 オーガは自分の連撃を上手くいなすイエヤスに舌を巻きながらも、内心ほくそ笑んだ。

 イエヤスの背後には訓練場を壁が迫っていた。最初の一撃で飛ばされたイエヤスは、その時すでに壁との距離が迫っており、そこからオーガは連撃でうまく壁際へと誘導していたのだ。

 イエヤスは飛ばされてから一度も背後を見た様子はなかった。ゆえにオーガはもう間もなく訪れるであろう詰みを待った。

 

「おらぁ!!」

 

 中段を大きく薙ぐ切り払いにイエヤスは大きく背後へと跳躍しての回避を選択した。

 その跳躍はただでさえ詰められつつあった壁との距離を一気に0へともっていく。壁との激突を予感したオーガは、その大きすぎる隙を突いて終わらせるために、イエヤスに向かって突進する。

 

「ッ!?、なにぃ!!??」

 

 戸惑いの声を上げたのはオーガであった。

 イエヤスの後ろへの跳躍は、まるでそこに壁があることを把握していたかのように、壁に着地した。そして、そのまま壁を蹴ってオーガへと飛んで行く。

 攻めっ気に囚われていたオーガはそのイエヤスのカウンターに虚を突かれるが、何とか反応してイエヤスの一撃を受け止めることに成功した。

 

「……っと、と、今の止められるのか、つえぇ……」

 

 渾身の一撃を止められたイエヤスは着地時に少しよろめきながら木剣を構え直す。

 

「……今の」

「ん?」

「今の壁蹴りはなんだ?、後ろに視線をやった時なんぞなかったはずだ。何故壁の位置を完璧に把握していたんだ?」

 

 オーガの問い掛けに、こともなさげにイエヤスは答える。

 

「あれだけ剣劇の音が響けば、反響ですぐ後ろに壁が迫っていることくらい把握できるさ」

「………なるほどなぁ」

 

 答えを聞いたオーガは周りに視線を軽く向けると剣の構えを解く。それにイエヤスが首を傾げた。

 

「合格だイエヤス、警備隊への入隊を認めてやるよ」

 

 内定宣言にポカンとした表情をしていたイエヤスだったが、徐々に意味が分かってきたらしく、破顔しガッツポーズを取った。周りのギャラリー達も新たな同僚の登場に歓声を上げる。

 

「っよっしゃあああぁあ!!ありがとうございます!!」

「よかったですね!予想以上の強さにびっくりしましたよ」

 

 我が事のように喜んでくれるセリューにイエヤスは礼を言う。

 

「ありがとう、セリューさん」

 

 笑顔のセリューはふとなにかに気付いた様子であった。

 

「あっ、これからは同僚なわけですから、どうか先輩と呼んでください。私もイエヤスくんと呼ばせてもらうので、それでいいですか?」

 

 セリューの申し出にイエヤスは改めて向き直り、敬礼をした。

 

「はい! 以後よろしくお願いします。セリュー先輩!」

「はい!イエヤスくん!」

 

 新しい後輩の誕生に心からの笑顔を爆発させるセリューにイエヤスはドギマギしてしまう。そんな青臭い反応に何とも言えない表情で眺めるオーガ。

 

「それぐらいにしておけ、見てるこっちが恥ずかしくなってくらぁ、おいセリュー」

「?、はい!隊長」

 

 オーガに言われた意味がよく分かってなさそうな反応を見えるセリューは首をかしげながらも返事をする。

 

「お前が連れてきたんだ。責任をもって面倒をみてやれ。おいイエヤス、しばらくはセリューに付いて色々教えてもらいな」

「はい!これからよろしくお願いします、オーガ隊長」

 

 勢いのある返事をしながらイエヤスは想う。

 

(俺は道を歩きだしたぞ、タツミ、サヨ。今どこにいるのかは分かんねぇけど、目指してる場所は一緒なんだ。そのうち会えるって俺は信じてるぞ)

 

 

 

 

 

 こうしてイエヤスは帝都警備隊に入った。



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2話 帝都警備隊の日々 ☆

 イエヤスが帝都警備隊に入って幾日かが経っていた。

 

「うし、パトロールにいくぞ、セリュー、イエヤス、ついてこい」

「「はい!」」

 

 オーガが日々の務めであるパトロール。そのメンバーとして呼ばれたイエヤスとセリュー。

 イエヤスが入隊してからの数日間はセリューを始めとする先輩達がパトロールの巡回路や、その時に出会う問題の解決方法等のやり方を教わっていた。

 その間、時折オーガはイエヤスの様子を見に来たり、朝の訓練場での訓練相手を当てたりと、それなりに親身となって相手をしていた。

 新人に対して優しいんだな、と思っていたイエヤスだったがセリューに聞くと、ここまで興味を示したのは初めてだと言っていた。

 

「オーガ隊長もイエヤスくんには期待しているんだと思いますよ」

 

 私も負けてられませんね!、と気合の入った様子のセリューにイエヤスはなんともこそばゆい感覚に襲われるのだった。

 

「そうだイエヤス、パトロールのついでに西地区警備隊詰め所に寄る用事があるから、そこの袋を持ってこい」

 

 オーガが指差す先にはイエヤスが両手で抱えてようやく持ち上げられる重さの麻袋があった。

 

「くぅ、お、重いっすね。何が入ってるんですか?」

 

 腰を入れて麻袋を持ち上げたイエヤスが問う。

 

「武具一式だ。西地区の予備が減ってきたからな、その補充だ」

 

答えながら詰め所を出ていくオーガの後を追うセリューとイエヤス。

 

「手伝いましょうか?イエヤスくん」

「いや、大丈夫っす。このくらいの重さ、このイエヤス様に掛かれば楽勝ですよ!」

 

 顔を力みで赤く染め、震える両腕を見せながらも強がりを言うイエヤスにセリューは苦笑しながらも頷く。

 

「そうですか!西地区の詰め所まで結構距離があると思いますが頑張ってください」

 

 

「………あれ、そうだっけ?」

 

 赤めた顔で青褪めるという器用な顔芸は披露するイエヤスであった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「イエヤスはどうだ?セリュー」

 

 パトロールを始めてしばらくすると、オーガはセリューに聞く。

 

「はい!そうですねー、寝坊に関してはしっかり罰を与えていましたので、治りつつあります。」

 

 そう朗らかに言うセリューであったが、罰と聞いてイエヤスは表情に影を落とす。

 

 コロとの実戦形式の特訓

 

 それがセリューの言う罰である。最初にそれを聞いたイエヤスは首を傾げるばかりだったが、実際特訓が始まると十分すぎる罰であることを理解した。

 普段はセリューの膝上ほどしかない身長を戦闘時には肥大化させ、大男であるオーガをも通り越した全長2m半ほどのムキムキ巨体へと変貌させる。さらに愛嬌を感じさせた顔つきは成りを潜めて、血走った目と無数の牙を光らせた口を大きく開いて、標的を食い千切らんとする。

 完全に殺す気にしか見えないコロにイエヤスはセリューに訴えたが、セリューは大丈夫です!の一点張りであった。なにが大丈夫なのかイエヤスには全く理解できなかった。

 イエヤスの攻撃を受けてもケロリと再生してしまうコロに対して、イエヤスはコロの攻撃をまともに食らえば命はなく、当たり所がよくても五体満足では居られないであろうことは想像に難くなかった。

 そんな特訓がセリューの止めが入るまで続けられるのだ。地元では寝坊の常習犯であったイエヤスであろうとも改めざるを得なかった。

 

 特訓が終わる度に、悔しそうな表情をしているように見えるコロを見たイエヤスはセリューはともかくコロはマジで自分を殺そうとしているように思えてならず震えていた。

 

「後はパトロールの順路を未だに覚え切れてないようですので、一人でのパトロールを任せるのはまだ先になりそうですね、先ほども西地区との距離を把握できていなかったようですし」

 

 そう言いつつややジト目でイエヤスを見るセリューに目をサッと逸らすイエヤス。

 セリューの報告にオーガは苦笑する。

 

「寝坊に方向音痴か、帝都警備隊一員としての自覚が足らないなぁ?イエヤス」

「………はい、頑張ります」

 

 何も言い返せないイエヤスはションボリした様子で項垂れる。

 その様子をニヤニヤして見ていたオーガはここらへんで助け船を出してやることにした。

 

「だがセリュー?、褒めるべきとこもあるだろ?」

「はい!」

 

 セリューの即答に面を上げるイエヤス。

 

「隊長も知っていると思いますが、剣の腕はかなりのものです。しかも入隊してからも警備隊の戦い方を吸収して今も伸び続けています。コロとの特訓も最初は避けるので精一杯でしたが、今では的確に反撃を出来るようになってます。流石に帝具であるコロを普通の剣で切るのは不可能なので火力不足ですが、それ以外の相手なら十分な強さかと」

 

 褒められて鼻を高々としているイエヤス。さっきまでの落ち込みが嘘のようである。

 

「……………帝具、か」

 

 報告を聞いて満足そうにしていたオーガだったが、セリューが最後にいった帝具という言葉を、感慨深げに口の中で転がるように繰り返す。その小さな独り言は他の二人には聞こえていなかった。

 

「剣の腕前は一級品だし伸びしろもあるが、それ以外はまだまだってわけだな、ま、頑張れよイエヤス」

 

 そう言って話の締めとしたオーガ達帝都警備隊はパトロールを続けるのであった。

 

  

 

 

 とある日

 イエヤスとセリューが夕暮れのパトロールをしていると帝都中央公園に差し掛かった。

 公園で子供たちが元気に戯れている姿を見て顔を綻ばせるイエヤス達。そんな二人に気付いた子供たちが遊びを中断させて走り寄ってきた。

 

「あっ、イエヤスだー!!」

「ほんとだ! セリューさんもいるぞ!!」

「何言ってるの、セリューさんはイエヤスのきょういくがかりなんだから、一緒なのは当たり前でしょ!」

「きょういくがかりーー!!」

 

 周りでわいわいと騒ぐ子供たちに好き勝手に言われるイエヤス。

 

「なんで俺だけ呼び捨てなんだよ! たった数日の間にセリュー先輩より距離感超えちゃったよ、あっこら! 危ないから剣に触るな おい!手に付いた土をオレで拭うな! おまえら自由過ぎか!」

「イエヤスくんは子供に好かれやすいようで良かったですね」

 

 子供たちに群がられているイエヤスの様子を微笑ましそうに少しの間眺めていたセリューは手を叩いで子供たちの注目を集める。

 

「はい、もう遅いのでそろそろ家路についてください」

「「「「はーい!」」」」

「俺との対応の違い!!」

 

 突っ込みに爆笑しながら帰っていく子供達。

 去り際に会話がイエヤスの耳に入ってきた。

 

「じゃーな、明日はオーダーマンごっこの続きな!」

「おう! でも今度はオレがオーダーマンだからな!」

 

「……オーダーマン?」

 

 子供達が口にしたオーダーマンという聞きなれない名前が気になったイエヤスが、その名を呟くが子供達はすでに去った後だった。 

 

「そっか! イエヤスくんは辺境からやってきたばかりだから知らないんですね」

 

 呟きを聞き逃さなかったセリューが喰い付いた。

 

 オーダーマンとは帝都で今人気沸騰中の少年漫画である。主人公であるオーダーマンがヒーローとして悪を退治していく熱い物語であった。

 

 

「へぇ、面白そうっすね」

 

 セリューの説明を受けて興味を示したイエヤスにセリューは後押しする。

 

「ええ! 面白さもそうですが熱い正義が宿った漫画ですので、是非とも読むことをお勧めしますよ!」

 

 そんな会話をしながらパトロールを再開する二人であった。

 

 

 

 

 

 BOOK NIGHT【ブックナイト】

 

 帝都で営まれている貸本屋。

 その前にイエヤスは立っていた。服装は私服であり、帝都警備隊に入隊してから初の非番の日であった。

 自前の方向音痴が祟り、未だにセリューに迷惑を掛けている自覚があったイエヤスは慣れていない労働に身を削られて部屋で惰眠を貪りたい思いを振り切って自主的に帝都巡りをしていた。少しでも早く帝都に慣れるためである。

 その途中で貸本屋を見つけたイエヤスは先日セリューに教えてもらった漫画を借りるべく立ち寄ることにしたのだ。

 

「おっ、らっしゃい」

 

 店内には本棚が並んでおり、実用書・・児童書・小説から漫画まで様々なジャンルの本が置かれていた。入口近くの一番目立つ位置に漫画コーナーが置かれている事からここが若者を重視した貸本屋であることが伺い知れた。

 挨拶の声はカウンターから来ており、そちらに目を向けると少年が居座っていた。

 細身、前髪を頭上の髪留めでまとめあげた髪型、黒縁の眼鏡をした快活そうな少年であった。

 イエヤスが軽い会釈をして本を物色し始めると少年は手元で読んでいたであろう本へと視線を戻した。

 目的のものはセリューが人気沸騰中と豪語するに相応しくなかなかに目立つ位置に置かれていた。張り出されたポップにも店長一押しと書かれており、その人気さが伝わってくる。

 目的のものを早々と見つけたイエヤスだったが、他にも気になる漫画をいくつか選んでカウンターへと向かった。

 

「初めてのご利用ですよね? 登録のためにこちらにご記入をお願いします。分かりやすい身分証のようなものがあればお願いします」

 

 慣れた手付きで手続きをする少年にイエヤスは帝都警備隊を証明する徽章を差し出した。

 流れるように作業をしていた少年の手が不意に止まる。が、すぐに作業を再開した。

 

「こちらは帝都警備隊の徽章ですね。確認しました」

 

 登録作業を終えて貸し出される本を確認した少年は、その中にオーダーマンを見つけて反応を示した。

 

「オーダーマン1巻ですか、こちらは今セール中の漫画でして、今なら最新刊5巻までをまとめてレンタルされるとお値段がお得となっておりますがいかがでしょうか?」

「マジか、じゃあそれでお願いします」

「ありがとうございます」

 

 セールストークが成功して嬉し気に笑みを浮かべた少年に見送られながら店を出たイエヤスは一旦本を自室へと持ち帰ってから帝都巡りを続けることにした。

 

 

 帝都を回りながら目印になりそうな物を見つけては頭に入れていくようにしていたイエヤスはふと前方の人混みから騒がしい雰囲気を感じ取った。

 

「なんだ?」

 

 非番であっても腰に付けていた剣の柄に手をかけながら騒ぎの元へと駆け付けながら周りの声に耳を傾けた。

 

「強盗だってよ」 「警備隊はまだか!?」 「最近物騒だよなぁ」 「うわ!?こっちきた!!」

 

 イエヤスの目の前の人混みを割るように一人の恰幅のいい男が走ってきた。男は喚くように人をどかしながらイエヤスの方へと走ってきた。

 

「どきやがれぇぇえ!!」

 

 イエヤスは手に掛けていた剣を抜き放ち構えを取った。それを見て男は武器を取らないままで迎撃の構えを取る。

 

「ガキが!! その正義感が身を滅ぼすことを知りやがれ!!」

 

 イエヤスが鞘から抜きつつ放った一閃を男は屈んで避けると、そのまま両手を使った掌底を食らわす。

 踏ん張り切れずに吹っ飛ばされるイエヤス。

 

「ハッ!! ナメやがって! 皇拳寺でも上位だった俺の邪魔した事を後悔しながら死にさらせ!! ……んん?」

 

 致命の一撃を食らわし吠えた男だったが、イエヤスは吹き飛ばされながらも倒れずに持ちこたえたことを見て首を傾げる。

 イエヤスは掌底を食らう直前に後ろへと飛ぶことで威力を殺していたのだ。

 

「……カフッ、油断したぜ。皇拳寺……帝国一の拳法寺か、油断さえしなければイエヤス様の敵じゃねぇよ」

 

 今度はこちらの番と言わんばかりに切り掛かるイエヤス。

 繰り出される連撃は最初の一閃とは比べ物にならない程、一振り一振りが鋭く力強かった。真正面から放たれる攻撃を男は装備している手甲で受け止めいなすが、徐々に押されはじめていた。

 

「くぅ!? なんだこいつ、つえぇ!!?」

 

 耐えきれずに男は後ろへと飛んだ。だがイエヤスはそれ以上の速さで前へと飛び込み追撃を加える。ついには剣が男の肩を捉えて戦いは終わった。

 男をうつ伏せにさせて腕を背中へと回しのしかかるように確保したイエヤスだったが、ふとある疑問が頭に過った。

 男は強盗だったはずだが、特に何かを持っている様子はなかった。ポケットに入るほど小さい物かと弄るが何もなかった。

 どういうことかと?を浮かべながら周りを見渡すと闘いを見守っていた人垣の中で一人の男に目がいった。

 

「あ、兄貴……」

 

 その男は両手に抱えるほどの大荷物を持ち、視線を確保された男へとやりそう呟いていた。

 ハッとイエヤスが自分の事を見ているのに気付くと男は人垣の中を紛れるように潜っていく。

 

「ま、待て!! っ!?」

「くぅ、いってぇ、放しやがれぇ!!??」

 

 追いかけようと腰を浮かしかけたところ、男が暴れるようにもがき始めたため動くに動けない状況になってしまった。

 誰かに抑えておいてもらおうと人垣に声をかけようとしたところ

 

「手伝おう、逃げた男は任せてもらおうか」

 

 おしゃれな恰好をした偉丈夫が一人、得物を手にしながら人垣から出てくる。

 手にしているのはかなりの長さを誇る鞭であった。

 助勢はありがたいが、人垣へと消えた男を追うにはどう考えても適していない武器を見て戸惑いを表すイエヤスに、それを察した偉丈夫は不敵な笑みを返した。

 

「言いたいことは分かるが、」

 

 鞭を振り上げ、思いっきり地面へとたたきつけた。

 

「まあ、見ていてくれっ!!!!」

 

 鞭の先端が地面へと埋まっていくその異常な姿に目を剥くイエヤス。

 

「俺の数少ない曲芸なんだ、お代はいらないぜ?」

 

 片眼を閉じてウィンクをする偉丈夫。その背後の人垣の奥から爆音とともに先ほど逃げた男が一人上空へと打ち上げられる。

 男の顎には穿つように鞭がヒットしていた。

 

 

 強盗犯二人を通報で駆けつけてきた警備隊に引き渡したイエヤスは引き渡しの間、意識的に存在を消していた偉丈夫へと向き直る。

 

「犯人確保のご協力ありがとうございました。失礼ですが職業を聞いても?」

 

 敬礼して礼を言いながらも、警備隊への接触を避けようとするような動きを見せた並大抵ではない強さを持つ人物に対して職業確認を行う。

 

「なに、気にしないでくれ、一端の将軍として民の安寧に一役買うのは当然のことさ、名はロクゴウだ。聞いたことない?」

 

 さわやかにそう言い放つロクゴウに対して、一瞬茫然としたイエヤスだったが、すぐに最敬礼をして背筋を伸ばした。

 

「しょ、将軍でしたか、これは失礼しました。自分はイエヤスと言います。なにぶん最近帝都に来たばかりでしたので将軍の顔をまだ把握できておりませんでした!!」

 

 緊張を帯びた声にロクゴウは苦笑しながら腕をイエヤスに回して軽く組んだ。

 

「そんな緊張すんなって。お互い非番だろ? プライベートに上も下もねーよ。気楽にいこうぜ」

 

 気さくにそう言い放つロクゴウに本当にそうして良いのか迷っていると、ある推測が頭を過った。

 

「もしかして強盗犯を引き渡す際に引き下がっていたのはそういう?」

「ん? あぁ、ほとんど君が捕まえたようなものなのに俺が出たら功績が薄くなっちまうだろ? それは悪いと思ったからな、控えさせてもらったよ」

 

 頬を掻くロクゴウの竹を割ったような振る舞いにイエヤスは敬意を抱いた。

 

「さっきの帝都警備隊との話を聞くに新人らしいね、いい動きだった。」

 

 ただ、と誉め言葉の後に付けた。

 

「少し闘い方が正直すぎるかな、最後の追撃の時に見せた瞬発力を見るに速さを生かして相手を攪乱させる動きを混ぜるともっと効率的に闘えるようになると思うよ」

「なるほど、勉強になります!」

 

 普段のイエヤスなら突然の駄目だしに反感を覚えるところであったが、たった今敬意を抱いたばかりの相手から助言には素直に頷くことができたのであった。

 

「うんうん、素直なのは良いことだ。………しかし、そうか。君は新人かー」

 

 イエヤスの返事に気分よく頷いていたロクゴウだったが、不意に何かを憂うような表情を浮かべた。

 

「イエヤスには今の帝国はどう見える?」

 

 唐突な質問にイエヤスは意図が読めずに首を傾げた。

 

「えーと、すいません。質問の意味がよく……?」

 

 困惑した様子のイエヤスを見てロクゴウはバツが悪そうに訂正した。

 

「いや、分からないならいいんだ。忘れてくれ」

 

 それじゃあな、と手を振って去っていくロクゴウにイエヤスは頭に?を浮かべながらも日も暮れてきたこともあり帰路につくのであった。

 

 

 

 振り返って去っていくイエヤスの背中をジッと見つめるロクゴウ。

 

「君はまだ帝国の闇を見ていないんだな……、いずれまた会った時には是非答えを聞きたいもんだな」

 

 

 

 

 

 数日後、ロクゴウ将軍が暗殺された事件が発生した。『表向き』はナイトレイドの仕業として処理されたが、その実は帝国に反感を持った者たちが集っている反乱軍への寝返りがバレてしまった為に、帝国暗殺部隊のとある少女に殺されたのであった。

 しかしイエヤスに裏事情まで知るすべなどありはしなかった。。

 

   



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3話 鬼のオーガと帝具

 ある日、イエヤスはオーガからの呼び出しを受けて夜に訓練場へと足を向けた。

 訓練場の扉を開けるとオーガが一人、立っていた。地面には木剣が二本転がっている。

 イエヤスには背を向けている状態だったが、なにか棒状のものを手にしているのが伺い知れた。

 

「おっ、きたかイエヤス」

 

 イエヤスに気付いたオーガは手にしていたものを壁に立て掛けるとイエヤスと相対する。壁のものを気にするイエヤスにオーガは苦笑する。

 

「あれの事は気にするな、これからの結果次第では関係ないものだからな」

 

 そう言いながら、地面に転がっていた二本の木剣を拾うと片方をイエヤスへと投げ渡した。

 

「?、今から訓練するんですか?」

 

 いまいち要領を得ていない様子のイエヤスが問うとオーガは首を横に振った。

 

「違う、今からするのは………入隊試験の続きだ!!!」

「っ!?」

 

 突如襲い掛かってきた一閃をイエヤスは受け止めると衝撃を殺すために後ろへと飛んだ。そのまま追撃しようとしたオーガだったが、ピタッと動きを止める。

 態勢を立て直したイエヤスはすぐさま臨戦状態に入り、カウンターを狙っていることに気付いたのだ。だが、オーガの動きが止まると見るやイエヤスは今度はその一瞬の硬直を見逃さずに攻勢に出るべく地面を蹴り切り掛かる。

 その一撃をなんとか受け止めたオーガの横をすり抜けるイエヤス。オーガは隙を突かれて撃たれた一撃に態勢を崩しながらもなんとか振り返るが、イエヤスはそれを読み、さらにオーガの周りを回るように移動した。

 視線が追い付かずにたたらを踏んだオーガの背後からピタリと首筋に剣を当てるイエヤス。

 

「……………ふぅ……まいった」

 

 木剣の落ちる音が訓練場に響き渡る。

 両手を上げて降参のポーズを取ったオーガに倣ってイエヤスも木剣を引いた。

 

(ロクゴウ将軍……、アンタに教えられたやり方で隊長から一本取れたぜ。ありがとな……)

 

 先日亡くなった尊敬すべき将軍ロクゴウを想いながら勝利を噛み締めているイエヤスに感慨深げな息を漏らすオーガ。

 

「……半月程度でここまで強くなったか……くそっ、あの時くだらねぇ見栄なんざ気にしなければ一度くらい勝てたかもしれねぇのにな……」

 

 木剣の当たっていた辺りを手で擦り悪態を突きながらもどこか吹っ切れたように呟くオーガ。

 入隊試験の時、イエヤスと剣を交わしたオーガは、その時点で負ける可能性が見えていた。周りで野次馬をしている部下達の手前、万が一にも負けるわけにはいかないと考えてしまい、試験を終了してしまったのだ。

 

「驚かさないでくださいよ隊長、なんで今になって入隊試験の続きを?」

「お前にこれを試す前に今の実力を見たくてな」

 

 そう言うとオーガは壁に立て掛けられていた最初に持っていた物をイエヤスの元へと持ってくる。

 

「これの名は疾風迅雷カリバーン、話では風を纏うことができる帝具らしい」

 

 そう言って両手で持ち上げられた鞘に納められた剣を見てイエヤスは目を輝かせた。

「剣の帝具っすか!オーガ隊長も帝具使いだったんですね」

 

 その言葉にオーガは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。

 

「……いや、俺は帝具使いじゃねぇ」

「え?」

「………抜けねぇんだよ、俺にはなぁ」

 

 そう言いながら鞘と柄を掴むと力を籠め始めるオーガ。腕に血管が浮かび上がり、かなりの力が込められている事が分かるが抜ける様子はなかった。

 

「っ!! ……ふぅ」

 

 やがて諦めたように力を抜いたオーガは帝具をイエヤスへと差し出す。

 

「やってみな」

 

 差し出された帝具を凝視しながら、ゴクッと生唾を飲み込むイエヤス。恐る恐る両手を伸ばしたイエヤスの両手にカリバーンが渡された。

 

「? 意外と軽いんすね。この帝具」

 

 オーガがずっと両手で持っていたため、それなりの重量を覚悟していたそれは、その見た目とは反してかなりの軽量だと感じたイエヤス。だがオーガはその言葉に疑問を抱く。

 

「軽い? いやそんなことは……………まあいい、はやくやれ」

 

 そこまで言い掛けて、オーガは何かを察したように黙ると自嘲するような笑みを浮かべると急かした。

 

「は、はい」

 

 意を決してグッと両腕に力を籠める。

 

 

 抵抗は感じなかった。

 

 オーガがどれほど力を込めて見せなかった刃が姿を覗かせたその瞬間、風が舞った。

 その勢いで一気に抜けた両刃剣がキィィーンと鳴いた。

 その刀身は淡い翠を纏い、長く鞘に納められ手入れ等されていないだろうにその鋭さは露程も失われていない事が分かる。

 片手で軽く左右に振ると不思議と手に馴染む感覚を得るイエヤス。

 

「……なるほどな」

 

 その様子を見て何かに気付いたように呟くオーガにイエヤスが視線を向ける。

 

「その帝具の強みってのが分かった」

 

 オーガとイエヤスではカリバーンに感じる重量に明らかな差が生じていた。風を纏うという話から察するに剣に浮力のようなものを付与することによって使用者に与える負担を緩和させているのだろうとオーガは推測を話す。

 

 武具の軽さはそのまま速さへと繋がる。しかし重さは威力に繋がる。軽すぎれば一撃が弱くなり、重すぎれば鈍重となる。だが疾風迅雷カリバーンは使用者に軽さを与えながら他者には重さを押し付ける。これはあまりにも大きすぎるアドバンテージであった。

 

「コロもそうだったけど帝具ってのは本当に凄いんすね」

「……………そうだな」

 

 刀身を眺めながら感嘆の声を漏らすイエヤスにオーガは僅かな沈黙の後同意した。

 

「さて、これ以上遅くなったら明日の仕事に差し支えてくるな、片付けは任せたぞ」

 

 出口に向かって歩きだしたオーガにイエヤスが慌てたように声を掛ける。

 

「え!? カリバーンは?」

「お前が抜いたんだ。貸してやるよ。得物が変わったんだ、ちゃんと馴らしておけよ」

「っ! ありがとうございます」

 

 雑く手を振りながら去っていくオーガが完全に見えなくなるまで頭を下げるイエヤスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 とある夕暮れ

 宮殿付近のメインストリートで営まれているバー、そこでオーガは待ち人が来るまでの間、一杯引っ掛けていた。

 

「…………」

 コロァン

 

 手にしていたグラスを置くと中の氷が揺れて心地好い音を鳴らす。

 そして、その手を眺めるオーガ。

 無骨な手であった。数えきれない程剣を握り振り、幾度もできた豆を潰してできた手だ。小指と薬指には横断するような傷があり、それはかつて強敵との戦いで指を切断してしまった時にできた傷であった。その時は剣士として終わりを覚悟したオーガだが優秀な医師を紹介されて、その危機は免れていた。その医師とはそれ以来、今も付き合いがあった。

 そんな歴史ある手を酔いの含まれた胡乱な瞳で眺めているオーガに近づく人物が一人。

 

「へっ、マジで来るとは思わなかったぜ」

 

 皮肉気味な口調で煽るオーガに人物は不快そうに鼻を鳴らすも隣に座り、オーガが飲んでいた酒の瓶を取るとマスターに差し出されていたグラスに注ぎ始める。

 

「十数年ぶりの教え子からの誘いだ、乗ってやっても罰は当たらんと思ってな」

「そりゃ有難い限りで、ブドー大将軍様」

 

 帝国将軍最上位ブドー大将軍。代々皇帝と帝都を護る家系の出であり帝国2大最強格の一角を担っている。オーガをも超える巨体に黄色みがかった白髪、両手には特徴的な形をした篭手を装備している。帝都中央にある宮殿を守護する直属の近衛兵を率いている。

 ブドーは見所のある若者を鍛錬することを趣味としており、よく練兵場と呼ばれる場所で鍛錬を行っていた。オーガもかつてはその一人であった。

 また、同じ帝都を守護する者の長として定期的に開かれる会議においても顔を合わせる仕事上での顔なじみでもあった。

 

「それで、要件はなんだ?」

 

 しばらく飲み交わしていたところ、切りのいいところでブドーが切り出す。

 

「なんだ、もうお開きか? もう少しゆっくりしてもいいだろ?」

「非番とはいえ深酒は感心せんな、ほどほどにしておけ」

 

 苦言を呈するブドーに、フンと鼻をならしたオーガはグラスに残っていた酒を勢いよく呷ると今日の要件を語りだした。

 

「あんたが練兵場でやってる鍛錬、それに加えてやってほしいやつがいる」

「ほう、貴様が私に紹介するとは初めてのことだな」

 

 予想外の話に驚きの声を出すブドー

 オーガはそんなブドーに反応はせずに、期待の新人の事に思いを馳せる。

 

「………あいつは………俺の若い頃に似てやがる」

 

 絞り出すように心中を語る。

 

 ただ我武者羅に剣だけを振っていればなんだってできる、なんにだってなれる。そう信じていた時期がオーガにもあった。

 剣の才能には恵まれていた。そのおかげでブドー大将軍にも目を掛けられた。

 運にも恵まれたほうだった。腐った貴族や軍上層部には目を付けられなかった。

 だが、帝国で武の頂点を目指す事において避けては通れない存在があった。

 

 帝具である。

 

 帝都警備隊隊長としての伝手等を使って幾度か帝具を試せる機会はあったが選ばれなかった。帝具に選ばれない度に徐々に歪んでいく自分を自覚していった。

 そして剣型の帝具カリバーンを目にした時、これだとオーガは思った。

 自分は剣士なんだから、今までの帝具が合わなかったのは仕方ない。この帝具こそが自分を選んでくれると確信する。

 今までアウトロー寄りな事はしても決定的な事には手を染めていなかったオーガだったがカリバーンを手に入れるために、この時初めて悪事を見逃すという形で悪事を成してしまう。

 痛む良心がないわけではなかったが、それ以上に高揚した気持ちで柄を握るオーガ。

 

 しかし選ばれなかった。

 心が完全に折れた。

 

 一度行った悪事は付いて回る。心が折れ、どうでもよくなっていたオーガは思うままに誘惑に乗る。そうして穢れ淀み腐っていった。

 現在では悪事を見逃す代わりに賄賂を受け取り、あまつさえ身代わりを用意し冤罪まで着せる外道にまで堕ちてしまっていた。

 カリバーンを手に入れて十数年、未練がましくも未だ手放す事はなく、時折抜く真似事をしては絶望を深めていた。

 だが、そこに一人の少年が現れた。

 かつての自分と同じく剣を手にのしあがらんとしている。他の事に手が回らず、周りに頭が上がらないところも過去の自分と重なった。

 そして、その少年はその齢で自分を上回った。

 オーガはそこで漸く自分が強さを諦め切る事ができた事を自覚した。

 訓練場でイエヤスが来るまで悩んでいたのが嘘であるかのように、あっさりとイエヤスに帝具を渡すことができていた。そしてイエヤスが抜き、初めてその刀身を目にした時、何故か肩の荷が下りたような錯覚を感じた。

 

 

 

 

「………そうか」

 

 絞り出すようなオーガの声を聴いたブドーは深くは追及しなかった。

 

「あいつは強くなるぜ、将軍どころか、アンタにも届くかもな?」

「貴様がそこまで言うのなら期待しておこう、練兵場に寄越すがいい、名は?」

「イエヤスだ」

「覚えておこう」

 

 それだけを返し席を立つと振り返ることなく去っていった。

 残されたオーガも同じく席を立とうとするが、予想より酔いが深かったらしくふらついてしまった。

 

「っとと、らしくもなく飲みすぎちまったなぁ」

 

 代金をテーブルに置きつつ千鳥足で後にするオーガの後ろ姿はどこか嬉し気であった。

 

 

 

 

 その夜、オーガは殺された。 

 

 



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4話 邂逅

 

「隊長が………死んだ?」

 

 意味を理解できていないような様子でイエヤスは言葉を漏らした。

 最近は寝坊癖も治りつつあったイエヤスは眠たげに目を擦りながら朝の集合場所である詰め所に入ると、いつもよりも人が多いことに気が付いた。

 すでにパトロールに出ていた者も戻ってきているようで警備隊ほぼ全員が揃っていた。

 入隊して以来、初めての光景に目を丸くしているイエヤスに気付いたセリューが沈痛な表情でオーガの死を伝えた。

 それに対する反応が先ほどの腑抜けた呟きであった。

 

 突然の事に脳の処理が追い付かないイエヤスだったが、セリューの目尻から零れるものを見て、無理矢理現実へと引き戻される。

 オーガ隊長が死んだ。

 

「な……んで?……」

 

 やっとの事で絞り出した声は掠れていた。

 その問い掛けにセリューは腕で目を乱暴に拭うと、憤怒の表情を露わにした。

 

「宮殿近くのメインストリート、その路地裏で殺されていたそうです。まだ確定はしていませんが、おそらくはナイトレイドの仕業ではないかとの報告が上がっています」

 

 ナイトレイド

 その言葉だけは何故かすんなりとイエヤスの心に入ってきた。

 もともとロクゴウ将軍を暗殺した組織として強い敵対意識を持っていたからだろう。

 オーガが死んだことにまだ実感を持てないが故に悲しみよりも怒りがふつふつと湧き出てくるのが分かった。

 

 その日は予め決まっていたパトロールを各自行うことになり、後日新たな隊長が任命されると共に人事整理が行われる事が決まった。

 

 パトロールをしている間、イエヤスはいるはずもない、そして分かるはずもないナイトレイドを探してしまっていた。イエヤスの中に沸いた怒りは心の中で出口を探してグルグルと回り続けて荒ませていく。

 そんな心情の中、定期連絡のために詰め所に戻ってくると自分に軍上層部から呼び出しが来ているという連絡を聞いたイエヤスは、心当たりの無さに疑問を抱きながらも呼び出し場所である練兵場へと向かった。無論、その間も意味もなくナイトレイドを探しながら。

 

「失礼します。帝都警備隊所属一般隊員イエヤス、呼び出しを受け、ってうわぁあああぁ!?」

 

 練兵場へと入ろうとすると目の前に物凄い勢いで何かが飛んくるのを察知したイエヤスは横へと飛び避ける。

 壁にぶつかると同時に漏れた呻き声によって飛んできたものが人である事を認知するイエヤス。飛ばされてきた男は気絶しているようであった。

 

「気を失ったか。おい、医務室へ連れていってやれ」

 

 思わず委縮してしまうような声音を発しながら一人の男が寄ってくる。気絶した男を一瞥して部下らしき人に指示を出した後、突然の事態に立往生しているイエヤスへと視線を向けた。

 

「その恰好、帝都警備隊か、ならば貴様がイエヤスだな」

 

 名を呼ばれて意識を覚醒させたイエヤスは慌てて敬礼をして答えた。

 

「はい! 帝都警備隊所属一般隊員イエヤス、呼び出しを受けてきました!」

 

 ブドーはここ練兵場で定期的に有望な者を鍛錬している事、それにイエヤスが選ばれた事を簡単に説明する。

 大将軍自ら相手をする稀有な鍛錬に呼ばれた事に驚くイエヤスにブドーは誰から推薦されたか明かす。

 

「……………隊長」

「……オーガの件は聞いている。残念だ」

 

 ブドーからの言葉、そして知らされたオーガ隊長の置き土産にイエヤスは心の内に溜まっていたものが口から零れ落ちる。怒りだと思っていたそれは

 

「俺は……返せていない!」

 

 悔恨だった。

 

(入隊を認めてくれた! その後もなにかと目を掛けてくれて、帝具まで授けてもらった! それだけでも返しきれない程の恩があるのに、こんな……大将軍の鍛錬にまで推薦してくれていただなんて………)

 

 身に余る恩、そしてもうそれを返せない現実。

 目頭が熱くなっていくのを自覚するが、それを防ぐ術を持ち合わせていなかった。

 

「……うぅ……」

 

 俯き涙を零す少年の姿にブドーは腕を組み、少年の心中を察しつつオーガの言葉を思い出す。

 

「あやつは言っていたぞ。貴様は伸びしろの塊だとな、いずれは私にさえ届くかもしれん、ともな」

 

 溢れるものも拭わずに顔を上げるイエヤス。その目を彩るのは涙だけではなかった。その目を見てブドーは頷いた。

 

「強くなれ少年! あやつの言葉が真であったと証明して見せろ。それが手向けになるであろう!」

 

 そう、オーガはイエヤスを強くしようとしていた。それはこれまでイエヤスが与えられてきたものを考えれば明白であった。

 ならば、そうなることしか恩を返す方法など存在しないのだ。

 

「話はここまでだ! 鍛錬を始める、覚悟はするがいい」

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……いってぇ……」

 

 夕暮れに自室で一人、ベッドに横たわりながらごちる。

 鍛錬はイエヤスの予想を遥かに超えた熾烈なものであった。身体中を痛めつけられ、体力も限界まで酷使させられた。

 このまま目を瞑れば、数秒もしないうちに堕ちてしまうことを感じ取り、身を起こす。身体中から悲鳴の声を上げるが、それを無視して再び警備隊服を身にする。

 

 溜め込んだものは練武場で口と目から吐き出し、鍛錬で思う存分力を奮う事によって発散もした。朝のパトロールの時と比べれば、かなりすっきりしている。

 それでも

 

「ジッとは…………してられないな」

 

 オーガ隊長を殺した暗殺集団ナイトレイド

 その活動は当然ながら、夜が多い。だがまだ入隊して日の浅いイエヤスは夜の担当を任されることはなかった。

 だからと言って素直に眠れるほど、すべてを吐き出したわけではなかった。

 

 部屋を出て宿舎のロビーに入るとちょうど同時に部屋からロビーへと出てくる影をイエヤスは確認した。

 それはイエヤスと同じく完全武装したセリューであった。

 お互いの姿を見て考えている事は同じだと確信した二人は無言で合流し、深けた夜へと駆り出した。

 

「いきましょう、セリュー先輩! 悪を討つために!」

「はい、イエヤスくん! 正義を為すために!」

 

 

 

 そう簡単に成果が出るはずもなく、夜のパトロールは朝焼けを終了の合図として、自室に帰ったイエヤスは数刻睡眠を取って出勤した。いつもの如く、危うく寝坊するところだったが、それを見越したセリューが起こしに来てくれたためことなきを得た。しかし、いつもの罰という名の特訓は行う辺りセリューは容赦なかった。

 

 ルーチンワークを新たにしたイエヤスの日々は続き、非番の日がやってくる。

 ナイトレイドを野放しにしたまま休む気にもなれず自主的パトロールをしようと考えていたイエヤスだったが、流石に疲労が溜まっていた為、昼過ぎまで寝過ごしてしまっていた。

 急ぎ出掛ける支度をして帝都に繰り出したが、特に成果もなく日が暮れようとしていた時

 

「イエヤス!!」

 

 声を掛けられた。

 

 背後からの聞き覚えのある、いや聞き飽きていた声にイエヤスは間髪を入れずに振り返る。

 そこにいた人物は予想通りの少年だった。

 身長はイエヤスとそう変わらない。はねっ毛の強い茶髪の下にはある愛嬌を感じさせる顔立ちに嬉し気な笑顔を浮かべていた。

 

「タツミ!」

 

 久しぶりに会う幼馴染の姿にイエヤスも同じような笑顔を浮かべ、互いに駆け寄り片腕を出し合い力強く組み合わせる。

 

「音沙汰がねーから、どっかで迷ってんのかと思ったぜ!」

「お前じゃねーんだから、そんなわけあるかよ!」

 

 なにをー、とタツミの肩に軽くジャブを入れるイエヤス。

 帝都に向かう途中、夜盗に襲われて散り散りになったのが一か月弱前。しかし、イエヤスには遥か昔であったかのような錯覚を覚えた。それだけ帝都に着いてからの日々が濃厚であったということだろう。

 

「サヤは一緒じゃないのか? あいつの小言も久しぶりに聞いてやってもいい気分だぜ」

 

 視線を巡らせて周りを見渡すが、タツミ一人のようであった。

 僅かに肩を落としながらタツミに視線を戻すと、さっきまでの笑みが幻であるかの如く、沈痛な表情を浮かべるタツミがいた。その顔は生まれてから同じ村で育ってきた幼馴染の身をもってしても見た事もないほど暗いものであった。

 

「…………えっ?」

 

 タツミは言葉を吐こうと口を開くが、よほど言いにくいことなのだろう、唇は震え呼吸することを忘れてしまっているようにすら見えた。

 

 その様子をイエヤスが知っている。

 先日に見たばかりだった。

 それはそう、セリューがイエヤスにオーガの死を伝える時に残酷なほど酷似していた。

 

 

 嘘だ、そんなはずない、違う、言わないでくれ、そんな顔をするな、やめろやめろやめろやめろやめろやめろ

 

 やめてくれ!

 

「サヨは……………死んだよ」

 

 



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5話 ナイトレイド

 帝都中央にある宮殿近くのメインストリート、そこで営まれているオープンカフェで向かい合う少年が二人。

 収まりのつかない感情をどうにか飲み込もうとお冷を強く呷るイエヤスと、それを痛ましそうに見守るタツミ。

 

 ゴクッゴクッゴクッゴクッ

 

「ぷはぁ! ハァハァハァ……わりぃ、取り乱した」

「いや、仕方ねぇよ、俺だってまだふり切れてるわけじゃねぇし」

 

 再会した時の明るい雰囲気はもはや霧散し、どんよりとした暗い空気が二人を包み込む。

 イエヤスが落ち着いたことを見届けたタツミはサヨの顛末を話す。

 タツミは帝都に着いた後、とある親切な貴族の一家に拾われて一宿一飯の恩を受けた。だが、一家は裏では帝都に来た辺境の者を言葉巧みに家へと誘い込み拷問や薬漬けにして楽しむサド一家であった。その惨状を目にした時、犠牲者の中にサヨの姿が見つけたタツミは一家を怒りの剣で斬殺したのだと語った。

 

「そんな奴らがいたのかよ……、サヨは……苦しみながら死んだのか、クソッ」

 

 悲しみや憎しみ、怒り等様々な感情でよって震わされる手をもう一つの手で包みなんとか抑えようとするがうまくいかない。

 

「だが、お前が仇を討ってくれてサヨのやつも少しは浮かばれたのかもな」

 

 強がりを口にするが震えた声ではそれも意味はなかった。自分の震え声に気付いたイエヤスは小さく舌打ちをする。

 

「チッ 悪いが今日のところは終わっていいか? ちょっと気持ちの整理をする時間がほしい」

「…………あぁ、気持ちは痛い程分かるからな、いいぜ」

 

 僅かな沈黙の後、了承の返答をするタツミ。何か言いたげな事は幼馴染であるイエヤスにも伝わったが、今回は飲み込んでくれたタツミに甘える事にした。

 席を立とうとするイエヤスだったが、お互いの居場所を確認していなかったことを思い出す。

 

「そういえば、タツミは今何をしているだ? 俺は帝都警備隊で一般隊員をやっているぜ」

 

 問い掛けにタツミは口を開きかけるが、一度閉じてしまった。明らかに言いにくそうな印象を受けるその動作は先ほどのサヨの死を伝えようとした時に似ているが、流石に深刻度合には開きがあった。

 タツミの態度に首を傾げるイエヤスだったが、とりあえず待つことにした。

 

「俺は……………鍛冶屋をやっているよ」

 

 予想外の返答を受けてイエヤスは目を見開いた。

 イエヤス・タツミ・サヨ、三人には一人の元帝国軍人の師匠がおり武だけではなく、趣味人であったことも幸いして様々なスキルを教授してもらっていた。その中の一つに鍛冶があり、確かにタツミは三人の中では一番の適正を認められていた。

 だが、武の才能にも恵まれており、純粋な剣術ならばイエヤスに天秤は傾くが総合的な戦闘センスはタツミに分がある。それが師匠の評価であったのだ。

 そんなタツミが帝国軍に入っていない理由を聞くべき口を開きかけたところでイエヤスは急激に吐き気を覚えて慌てて口元を抑えた。

 

「!? 大丈夫か?」

 

 体調が優れない様子のイエヤスにタツミは音を鳴らしながら勢いよく椅子から立ち上がり心配の声を掛ける。それを手で抑えたイエヤスは大丈夫だと動きで知らせた。

 身体的にも精神的にも限界まで追い詰められたが故の症状だと自覚したイエヤスは気になる事もあるが今日は切り上げるべきだと判断した。

 

 立ち去っていくイエヤスの背を見送りながらタツミは歯を噛み締める。

 仲間達にはこちら側へと引き入れると豪語してしまったが、今のイエヤスに冷静な判断を期待するのは無理であろうという判断の元、勧誘は延期することにした。2、3日後にでももう一度会うように脳内で予定を組みながらタツミもその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 自室のベッドにてイエヤスは身を抱くように丸くなっていた。脳裏に映るのは亡くなっていった者たち。

 

 ロクゴウ  オーガ  サヨ

 

「………死って………こんなに身近なものだったんだな……」

 

 イエヤスにとって死とは縁遠いものであった。両親祖父母共に健在、村は重税に苦しんでいるものの餓死者を出すほどはまだ緊迫してはいない。本来辺境の村では脅威となる野生の危険種も師匠の存在のおかげで比較的平和だった。

 そんなイエヤスにとってここ半月での連なる知人の死は心底堪えた。

 

「あっ、タツミにサヨの墓の場所、聞きそこなっちまったな」

 

 微睡始めた目を閉じながら、次会ったら一緒に墓参りにいこうと思うイエヤスであった。

 

  

 

 

 起床時間とともにイエヤスは目を覚ます。

 むくりと起き上がり、昨日の事を思い出す。ゆっくりと両手を上げていき肩と並行の高さで静止。己の顔に向かって全力で叩きつけた。

 

 パアァァァァァァアン!!!

 

 盛大な音がイエヤスの顔から弾き出される。

 あまりの痛さに目尻に涙が溜まる。

 そう、これは痛さからくる涙だ。決していつまでもメソメソしているわけではない。

 

「切り替えの早さが俺の長所だ! サヨが認めた数少ない長所、ここで生かさずいつ生かすって話だよな!!」

 

 自分に言い聞かせながらテキパキと仕事の支度を始める。

 幸いな事に昨日の昼までの睡眠と早めにベッドに入ったことにより、身体の疲労はかなり回復しており、動きに淀みはなかった。

 

 一日のパトロールを終え、詰め所での報告も終えて一旦自室へと帰宅しようとした時、セリューに話しかけられる。

 

「イエヤスくん、ちょっといいですか?」

 

 机の前に何かを広げているセリューの元へとイエヤスが駆け寄ると、セリューは広げられている物を指差す。それは帝都の地図であった。ただの地図ではなく、何か所も印や書き込みがされている。

 

「ナイトレイドが起こした事件の分布と目撃情報をまとめたものです。その傾向からナイトレイドが移動経路として現れそうなところを2カ所に絞りました」

 

 セリューはそう言いながら帝都中央公園と西地区の一角を指差した。

 

「夜の見回りの人数を増やしたにもかかわらず、未だにナイトレイドを捉えられないところを見ると、おそらくはこちらの気配を察せられている可能性が高いと判断してます。なので今日の夜はこの2カ所で気配を殺しナイトレイドが現れるのを待ちます。いわゆる待ち伏せというやつですね!」

 

 新たな書き込みを加えつつ指示を出してくるセリューにイエヤスは感嘆の吐息を漏らす。ただ我武者羅に見回りをすることしか思いつかなかった自分とは雲泥の差を感じ、改めて尊敬の念を送った。

 

「今日は私は公園を担当しますので、イエヤス君は西地区をお願いします。交代制でいきましょう。ナイトレイドを発見次第、警笛を鳴らし足止めに徹してください。すぐに私や他の隊員が駆け付けるので」

 

 理解したかの確認の視線を送り、イエヤスの返事を聞いて満足そうに頷くセリューであった。

 

 

 

 そして次の日の夜

 帝都中央公園は深淵と静寂に支配されていた。

 子供達の喧騒も奥様方の井戸端会議も今は夢の中に納まっている頃であろう。

 公園を彩るために植えられた多くの街路樹、その一つに登り背を幹に預けつつも油断なく視線を動かしている人物が一人。イエヤスである。

 

 静寂の中、ジッとしていながらセリューに見せられた地図を復習の為に頭に浮かべていると不意に幼馴染達との思い出した。

 田舎者らしく帝都に憧れていたあの頃、帝都の地図を眺めてはイエヤス・タツミ・サヨの三人は何処を巡るかなどを思い思いに語っていた。都を囲う万里の城壁、運河を行く巨大な交易船、そして帝都のあかぬけたお姉さんの話に移った所でサヨにお約束の突っ込みをイエヤスは入れられたりもした。

 タツミも同意したにもかかわらず、自分にだけの突っ込みに不平を述べたものである。

 帝都のあかぬけたお姉さんというワードでイエヤスはセリューを連想する。

 それ以外の出会いが主にないのもあったが。

 

 セリュー・ユビキタス。

 イエヤスにとってはオーガ隊長をも超える大恩人である。性格は正義を愛してやまない列女であり、その反面、悪には何処までも苛烈である。一度パトロールの最中、お腹を空かせたコロの為に処刑場へと向かい死刑囚を食べさせている場面を見てドン引いたものであった。だが、本来はただ殺される身である死刑囚を正義の為の力に変える為に有効活用していると考えると有りなような気もしてきたため、イエヤスなりに納得はしていた。悪を殺してご満悦そうなセリューがそこまでの考えで行っているかはいささか疑問ではあったが。

 そんな苛烈なセリューだが、弾けんばかりの笑顔にイエヤスはよくドキリとさせられた。これがギャップってやつか、と理解するがそれでも魅力的なのは違いなかった。

 

 と、そこまで考えていたところで僅かに地面を蹴る音をイエヤスの耳が捉える。

 そちらに視線を向けると人影が二人、公園を横断しようとしている姿が見えた。街灯に照らされた姿はどちらも女性であることが知れたがイエヤスはある事に気が付き手元にあるナイトレイドの手配書と見比べる。

 確信を得たイエヤスが静かに腰の柄へと手を伸ばし、タイミングを見計らう。

 そして

 

「ッ!?」

 

 木から眼鏡を掛けた女に向かって飛び降りながらの奇襲を仕掛けるが寸前で察知され避けられてしまう。

 

「敵!?」

 

 イエヤスの奇襲に女二人は警戒心を露わにして得物を向ける。イエヤスが狙った眼鏡の女は巨大なハサミを、もう片方のツインテールの女は特殊な形をしたライフルを持っていた。

 イエヤスは眼鏡の女に向けて指を差した。

 

「手配書の顔と一致、ナイトレイドのシェーレと断定する。一緒にいる女も帝具を所持していることから仲間と断定!」

 

 ピィーーーーーーッ

 

 セリューとの話し合いの通り、警笛を鳴らしたイエヤスは改めて剣を構えた。

 

「帝都警備隊イエヤス、オーガ隊長の仇!! ここで討たせてもらうぜ!!!」

 

 帝都に来る前のイエヤスであったなら、相対する二人の可憐な見た目に剣を向ける事を躊躇ったであろう。しかし、今のイエヤスは度重なる死に荒み、ようやく見つけた仇を前にして目の前の二人が悪鬼にしか映らなかった。

 

 問答無用の雰囲気で敵意を向けてくるイエヤスに対してナイトレイドの二人は小声で言葉を交わした。

 

「マイン、彼の名前は……」

「そうね、あいつの言っていたやつね、厄介なやつに見つかったわ」

 

 マインと呼ばれたライフルを構えたツインテールの少女は苦虫を嚙み潰したような顔で呟くが、覚悟を決めたように腰を入れて構え直した。

 

「一応捕縛は試みるけど、無理そうならあいつには悪いけど撃ち殺すわよ! 私の顔を見られた以上見逃す選択はないわ!」

 

 マインの言葉に眼鏡をかけた女シェーレは頷くとマインの射線を邪魔しない位置で前に立った。

 

「そうですね。努力はしますが無理はやめておきましょう」

 

 巨大なハサミを構えるシェーレの目から温かみが消える。

 

 

 イエヤスが地面を蹴り突進を始めると同時にマインが撃つ。

 すぐさま真横へと方向転換をして射撃を避けたイエヤスは最初の標的をマインへと定めた。遠距離武器を先に消すのは常套手段である。

 突進を再開するイエヤスだったが、その横からシェーレが大きく開いたハサミの両刃をもって両断してくる。

 しゃがんだイエヤスの頭の上でジャキンと金属音が響く。どう考えても致死レベルの攻撃であり努力とはなんだったのか。

 すかさず撃ち込まれる射撃をイエヤスはシェーレへと切り掛かり押し込む事で回避と両立させる。

 予想外の重い一撃にシェーレはたまらず距離を取ろうと後ろへと飛ぶが、イエヤスは逃がすまいと距離を詰めようとして踏み出した右足を即座に中断させた。

 イエヤスの目の前を銃弾が横切っていく。もし踏み出していれば直撃であったであろう。

 下がったシェーレにマインは意外そうに言葉を掛ける。

 

「シェーレが押し負けるなんて珍しいわね」

「あの剣、おそらく帝具ですね。見た目に反してかなりの重量を感じました」

「なるほど、これは捕縛は諦めたほうがよさそうね」

 

 二人の連携の取れた動きに舌を巻かれるイエヤスだったが、一呼吸を入れる。

 警笛を鳴らした以上時間は味方である。できれば自らの手で斬りたいがセリュー先輩に譲るのも悪くない。

 そう自分に言い聞かせて焦る気持ちを抑える。

 

 マインの射撃が再開され、今までと同じく避けようとするが銃弾が今までと比べ格段に大きくなっていることに目を見開いて驚く。

 

 マインの持つ帝具『浪漫砲台パンプキン』は己のピンチに応じて威力が変動する特殊なライフルである。他にも精神状態でも威力変動が起こる為、捕縛を諦めたマインの射撃は先ほどとは段違いであった。

 

 距離を詰めようとするイエヤスの前に再びシェーレが立ちはばかる。

 イエヤスの連撃をシェーレは一撃一撃を丁寧に捌いていく。最初の一撃は虚を突かれたものの、しっかりと威力を把握して防御に徹すれば問題はなかった。

 シェーレから攻めっけを感じないイエヤスはおそらくはシェーレが耐えている間にマインが仕留める作戦であろうと予測して自分とマインの間にシェーレが入るように立ち回った。

 それでも時折僅かな隙を突いて射線を通してくるマインにイエヤスは冷や汗を掻かされた。そうしてイエヤスの注目がマインへと移り始めた頃を見計らってそれは起こった。

 

「っ!? な、なんだっ!!?? 目が!?」

 

 イエヤスの目の前が白に包まれた。

 夜の闇を切り裂く唐突な光の刃がシェーレの持っているハサミから齎されていた。

 

 『万物両断エクスタス』大型ハサミの帝具であり、どんなものでも真っ二つにできる抜群の切れ味を誇る。またとても頑丈なため防御に使用できるの特徴の一つ。

 帝具には『奥の手』と呼ばれる特殊機能を秘めたものも多く存在する。

 エクスタスの奥の手はとてつもなく発光することができることであった。

 

 突然の閃光にイエヤスは目を焼かれて思わず後退する。だが、それを見逃すナイトレイドではなかった。

 一転攻勢で攻め立てるシェーレとマイン。ぼやける視界の中、精一杯の迎撃をするイエヤスだが、防ぎ切ることは叶わず、身体中を攻撃が掠め、浅くない傷を増やしていく。ギリギリのところで致命は避けているがそれも時間の問題であった。

 

「申し訳ありませんが、これで終わりです」

 

 冷たい声音で死を告げる言葉がイエヤスの耳を支配する中、イエヤスのぼやけた視界はあるものを捉えて、小さく小さく、だが確かに不敵な笑みを浮かべた。

 

「……俺の勝ちだ」

 

 キシャアアアァァァァアァァァァァァァァァァァァァァァアァアーーーーーー!!!

 

 身の毛もよだつその怒号はマインの背後から轟いた。

 マインが振り返る前に巨大な手がマインを捉え握り締める。

 

「な、なに!?」

 

 マインの目が怒号の正体を捉えた。

 それは巨体であった。それは異形であった。それは狂気であった。それはコロであった。

 コロの横に立った帝都警備隊の衣装で身を包んだ女が壮絶な表情をしながら叫ぶ。

 

「握りつぶせぇぇぇ!!!!」

 

 セリューの叫びにコロは応え、握力を込めていく。

 凄まじい圧力がマインを襲う。体中が軋み、悲鳴を上げ、耐え切れずに腕の骨が折れれる音がなった。

 

「あああああああああああ!!!」

「マイン!!」

 

 マインの口から絞り出される絶叫にシェーレは助けるためにコロの腕を切り落とさんと迫る。

 だが

 

「させるかよ!!」

 

 イエヤスが邪魔をする。

 

「っ!! どいてください!!!」

「それはできない相談だぜ!!!」

 

 必死な思いで突破しようとするシェーレと満身創痍ながら食い下がるイエヤス。

 その後ろから響き渡る絶叫が次第に弱くなっていく事実がシェーレを絶望へと落としていく。

 

「あああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ………ぁっ」

 

 そして

 

「正義!!!執行!!!!」

 

 ブシュウウウゥゥゥウ

 

 コロの腕から赤い噴水が沸き起こる。それは辺りを濡らしコロをセリューをイエヤスを、そしてシェーレを赤く染めた。

 

「………マイン……」

 

 頬に付着した赤いそれをなぞるシェーレ。

 コロが手を広げるとマインだったものが重力に従って落ちる。グチャという音と共に落ちたそれは元が人であったことがかろうじて分かる程度にしか原型を留めてはいなかった。

 

 絶望と共に憤怒の感情がシェーレを塗り潰し始めるが、それ以上に暗殺者としての本能が冷静に撤退の算段をする。

 本能が勝り、撤退を選んだシェーレは奥の手を再び発動させる。

 発光をまともに食らったセリューとコロに撤退するシェーレを追う術はなく、分かっていたイエヤスは追おうとしたが体が限界を迎えていたため、そのまま膝から崩れ落ちた。

 

「イエヤスくんっ!? ……………クッ、大丈夫ですか!?」

 

 完全に見失ったものの追跡しようとしたセリューだったが、イエヤスが倒れたのを確認して、少しの逡巡の後、イエヤスへと駆け寄った。

 抱き起こされたイエヤスはわずかに目を開けセリューへと視線を向けた。

 

「セリュー……先輩……俺言われた通りにやりましたよ。本当はこの手で斬ってやりたかったけど、届きませんでした……」

「そんなことありません! イエヤスくんは悪の帝具使い二人を相手取り、決して屈していませんでした」

 

 セリューは満面の笑みを浮かべる。

 

「イエヤスくんは立派な正義の味方です! 胸を張ってください。そして今は休んでください」

 

 労いの言葉を聞いてイエヤスは安心したように笑みを浮かべて気絶するように意識を手放した。

 失神したイエヤスの頭を膝の上に乗せたセリューは口の中で転がすように小さく呟く。

 

「お疲れ様です。イエヤスくん」

 

 膝枕されるイエヤスを威嚇するように唸るコロにシーーーと人差し指を立てて唇に当てるセリューの顔は満たされたように朗らかであった。

  

 



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EX 帝都の日常 ☆

時間系列は適当で


 とある日、練兵場にて

 ブドーの呼び出しを受けて練兵場に踏み入れたイエヤスは強い闘気を感じ、そちらへと目を向けた。

 相対した二人が激しく武を競い合っている。

 片側はどっしりと構え、相手の攻撃を両手の篭手で冷静に捌いている。

 片側は捌かれている事に焦ることなく、得物である槍のリーチを最大限生かし、相手の間合いには踏み込まないように立ち回っている。

 一見すると攻め続けている槍持ちが押しているように見えるが、その実、捉えられないためにせわしなく移動を繰り返している槍持ちと最低限の動きでそれを捌いている篭手持ち、体力の限界を迎えるのが何方が先かは一目瞭然であった。

 イエヤスの読み通り、攻めきれずにいた槍持ちの動きがほんの僅かに翳ったその瞬間を篭手使いは見逃すことはなく、カウンター気味の一撃を当てられて槍持ちは悶絶する。

 完全には吹っ飛ばされずに、どうにか両足で着地するがガクッと膝を着いて槍を取りこぼしてしまう。

 決着である。

 

「ふむ、槍捌きに磨きはかかったが実戦不足だな、気負い故にペースが乱れていたな」

「ハァハァハァ、……………は、い、ご指導ありがとうございます!」

 

 今の戦闘の批評を下す篭手使い、ブドー大将軍に対してなんとか息を整えて持ち直す槍持ち、名前はスピア。

 薄い黄色みがかった髪を存分に伸ばした長髪が太陽を反射する姿はまぶしく、痛みによって歪めている目鼻はそれでもスピアの美しさを欠片も損なわせてはいなかった。

「むっ? 来ていたかイエヤス、ちょうどいい、紹介しよう。彼女はスピア、元大臣であるチョウリの娘だ」

「紹介にあずかりました、スピアです。今日は父の頼まれ事で帝都に来たのですが、ブドー大将軍にお声を掛けて頂き鍛錬に参加させていただいてます」

 

【挿絵表示】

 

 傍観者に気付いたブドーが声を掛ける。

 自己紹介するスピアに同じく紹介し返したイエヤスの言葉を聞いてスピアは琥珀色の大きな目を丸くした。

 

「貴方がイエヤス殿でしたか、話はブドー大将軍から聞いていますよ。とても将来が楽しみな有望株だとか!」

 

 スピアの言葉に今度はイエヤスが目を丸くする番であった。

 ブドーは見た目通り気難しく、荘厳厳粛を擬人化したような人物であった。

 心を折りにきているような諫言や底冷えするような怒号を浴びることはあっても褒められた記憶がイエヤスにはなかったのだ。

 噂の人と出会えて目を輝かせるスピアにブドーは眉を顰めて、ただでさえ厳つい顔をさらに怖くする。

 

「スピア、適当なことを言うな。私はそのようなこと口にした覚えはないぞ」

「あら失礼しました。他者を滅多にお褒めにならないブドー大将軍が、悪くない、と評されたのでてっきりそういう意味かと!」

 

 ブドーの苦言にスピアはワザとらしく驚いたように口に手を当てた。

 その様子にブドーは小さく溜息を吐いて腕組をする。

 

「フゥー、その語り口、チョウリに似てきおったな」

「父を尊敬している身としてはこの上ない誉め言葉ですね、ありがとうございます」

 

 ニッコリと心底嬉しそうに礼を口にするスピアにブドーは諦めた様子で認めた。

 

「こ奴は褒めてもろくな事にならん。図に乗らないようにしておるのだから、余計なことは言わないようにしろ」

「なるほど、そういう事でしたら余計なことを言いましたね。失礼しました」

 

 ブドーの意図を聞いて納得したスピアは素直に謝罪した。

 二人の長年の付き合いを感じさせるやり取りを聞いていたイエヤスはそれを少し羨ましく思った。

 それは麗しい女性と気兼ねなく話せるブドーに対してでもあり、武の頂きであるブドー大将軍と遠慮なく話せるスピアに対してでもあった。

 

 会話を挟みスピアの受けていたダメージがなくなってきたのを確認したブドーの指示によりイエヤスとスピアの手合わせが行われた。

 剣VS槍、リーチの差を考慮すればスピアに分があった。

 それは篭手を武器とするブドーも同じであったが、ブドーと違いイエヤスは待ちよりは速さを生かした攻めを基本とする闘い方を得意としている。

 イエヤスを寄せ付かせない立ち回りを意識するスピアの選択は誤りではなかった、だが武闘派将軍ロクゴウに一目置かせ、鬼のオーガを圧倒したイエヤスの速さはスピアの予想を遥かに上回っていた。剣と槍が交わること数十回の後、踏み込みを加速させたイエヤスに対処が遅れ懐へと入られたスピアが降参するのに時間はそうかからなかった。

 

 

 

 

「大将軍が認めになられる方に勝てるとは思っていませんでしが、流石に少し自信をなくしてしまいますね」

「速さは一種の不意打ちみたいなもんですからね、分かっていれば対処も難しくはないと思いますよ? 目で追えてないわけではないようでしたし」

 

 落ち込んだ様子で肩を落とすスピアに手合いを思い出して無理のないフォローをするイエヤス。

 用事のため帝都を出るスピアを見送るようブドーに言われたイエヤスは馬車を待たせている場所まで同行することとなっていた。

 道中、手合わせについて語り合う二人。

 当初見送りを言い渡されたイエヤスは上手くエスコートできる自信があるはずもなく緊張していた。だが、振られる話の内容は武についての事ばかりであり、なんとか受け答えできていた。スピアの気遣いに感謝しかないイエヤスであった。

 

「私も速さを軸にした戦い方がメインなので見習うべきところは多そうですね、たとえば……あっ………」

 

 爛々とした目で語っていたスピアだったが、急に黙り込んだ。

 不意の沈黙にどうしたのかとイエヤスが視線を向けると、スピアは頬を少し朱に染めて恥ずかしそうに肩を竦めていた。

 

「す、すみません。つい武についてばかり話し込んでしまいました。もうお淑やかにするように父のもよく言われるのですが、どうにも難しいですね」

 

 テヘヘと照れ隠しをするように笑うスピアに気遣いではなかったのかと驚くイエヤスだったが、気遣いにしてはのめりこみ過ぎていたかと納得する。

 

「いえ、俺も楽しかったですし、相手によるんじゃないですかね? それに」

 

 言葉を続けるイエヤスの脳裏に幼馴染の少女の姿が幻視される。

 サヨも武に通じ、話す内容はもっぱら闘いの事ばかりであった。

 

「強くなることに対して真摯な事は良い事だと思います。そこに男女は関係ないですよ」

 

 現状一番身近な女性であるセリューも強さにはかなり貪欲なタイプである。

 なのでイエヤスにとってスピアは親しみやすく好感のもてる人物であった。

 

「そう、ですか、……ありがとうございます………」

 

 礼を言いながらイエヤスの横顔を見るスピア。

 今日出会い戦い話してイエヤスに抱いた印象は快活で真っ直ぐな心意気を持った裏表のなさそう少年であった。

 だが、今眺めている横顔はどこか遠くを見ているかのような謎の儚さを匂わせるものであった。

 そのギャップとでも言うべき表情に、スピアは先ほどとは違く理由で頬が赤く染まってくるのを感じる。

 自分より強く、大将軍に将来を期待されており、話が合い、惹かれるものがある。

 父には日頃から色気の無さを弄られており、そのたびにいい人がいればすぐにでも結婚できるはずと豪語していた。

 

 もしかしたらいい人を見つけたのかも、しれない。

 

「イエヤス殿、私は一度帝都を出ますが、後日父と共に帝都へと挙がる予定なのです」

 

 ほんおり頬を染めて、やや上目遣い気味でイエヤスを見る。

 

「その時にまた手合わせを………お願いできますか?」

「はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 頬を染める理由を最初の恥ずかしさの延長としか見なかったイエヤスは特に深読みをすることはなく、ただ上目遣い可愛いなとだけ思って返事をするのであった。

 

 

 帰りの馬車の中、一人座るスピアは先程の自分の大胆さに身悶えしていた。

 

「まだ会って間もない殿方に女性から誘うなどはしたないと思われてないでしょうか」

 

 手合わせの再戦願いをまるでデートの誘いかのように認識する謎の感性を持つスピア。戦いの申し出である以上、はしたなくはない、とは言い切れないのが微妙なところではある。

 

「ですが!」

 

 と、気を取り直して両手を握り拳にして気合を入れ直す。

 

「基本は闘いと変わらないはず、ならば私の戦い方は速攻を生かした攻め一辺倒! 自分に合った戦い方こそ勝利の秘訣!!」

 

 顎に手を当てて熟考を重ねる。

 

「さらには相手のリーチと此方のリーチを把握して、適格な距離感を持つのも重要ですね」

 

 恋愛の話をしているのか戦い方の話をしているのか傍から見ると分からない事を呟きながら、スピアは次にイエヤスと会った時の作戦を練るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 再戦が果たされることはなく、二人が再び出会うことはなかった。

 スピアは無残にも殺され、その下手人がナイトレイドであることだけがイエヤスの耳に届いて、スピアとイエヤスの始まることさえなかった恋物語は幕を閉ざした。

 

 

  

 



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EX 帝都の日常 その2

 

「そういえば、用事を思い出しました」

 

 それはそんな言葉から始まった。

 いつものようにパトロール勤務をしていたイエヤスとセリューの二人。

 パトロールは始まったばかりで太陽はまだ大きく傾いていた。

 セリューの言葉にイエヤスは視線を向けつつ先を待つ。

 

「と、いうことなのでイエヤスくん! ちょっとの間コロと二人でパトロールを続けてもらえますか? 今日のパトロールの順路はコロが把握しているので心配いりません」

「えっ!?」

「キュッ!?」

 

 続いたセリューの言葉が予想外過ぎた為イエヤスとコロは戸惑いの声を漏らした。

 チラリとセリューの足元にいるコロへと目を流すとコロも寝耳に水だったらしく驚いていた。

 

「セ、セリュー先輩と離れてコロは大丈夫なんですか?」

「半日程度なら離れていても大丈夫ですよ、それ以上経つとリンク?というのが切れて一時的に活動停止してしまうらしいですが」

 

 セリューに、ん! とコロの首輪へと伸びているヒモを差し出されたイエヤスは恐る恐るそれを受け取る。

 

「それでは! 定期連絡のために詰め所に戻った時に合流しましょう! いってきます!」

 

 有無を言わさずにサササッと走り去っていくセリューをイエヤスとコロは呆然とした表情で見送るしかなかった。

 

 

 

 

「「………………」」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 互いに目を向け視線が交差する。

 イエヤスを覗く二つの黒い瞳は深く淀み一つ見当たらない。まるで深淵でも覗いているかのような錯覚をイエヤスに与えた。なんとなくコロがイエヤスに対して良い感情を持っていないことも察しており、それも相まってイエヤスはコロに苦手意識を持っていた。

 

「あっ、おい」

 

 視線交換を一方的に打ち切ったコロが足早に歩きだした。

 イエヤスの困惑の含まれた掛け声を聞き、ピタッと動きを止めたコロの首だけが振り返る。

 その目が、パトロールにいくぞ ついてこい、と語っているような気がした。

 再び歩き出したコロの後を慌てて付いていくイエヤスであった。

 

 

 迷いのない足取りでパトロールを先導するコロにイエヤスは軽く自信をなくしていく。

 方向音痴であるイエヤスは未だに自信を持って帝都の土を踏み締めることができない。

 相も変わらず足早に歩くコロの背中を眺めるイエヤス。

 足早な理由にも心当たりがあった。

 要するに早くパトロールの順路を巡り終えて詰め所に行きたいのであろう。

 それがセリューに早く会いたいからなのか、イエヤスとのパトロールを早く終わらせたいからなのかは分からなかったが、できれば前者がいいなとイエヤスは思った。

 そんなことを考えていると、不意にコロが立ち止まった。

 そして、街並みの一点から目を離さない事に気付いたイエヤスがその視線を追うと

 

「あっ」

 

 一人の幼女が歩いていた。

 目映い金髪は肩口で切り揃えられており、主張の控え目な小さな髪留めが目に止まる。大きな眼に整った顔立ちは将来性の抜群さを物語っている。

 廻す視線は落ち着かず、足運びはおぼつかない。

 広い帝都を一人歩くには、どう考えても幼さが過ぎた。

 愛くるしい大きな目の端に溜めた大粒の涙は今にも零れそうで、決壊と同時に泣き声も響くだろうことは想像に難くない。

 要するに

 

「迷子か」

 

 察したイエヤスは迷い子の元へ迷いなく進もうとした時、すでに幼女の元に辿り着いたものがいた。コロである。

 

「ぐすっ……うぅ…………?……ワンちゃん?」

 

 ぐずり始めていた幼女だったが、突如目の前に現れた謎の生物に首を傾げる。

 

「ワンちゃん? あー犬ね、……まぁ似てはいるか」

 

 コロに対する幼女の言葉に半ば納得しつつコロと合流するイエヤス。

 近寄ってきたイエヤスに一瞬怯えた様子だった幼女だったが、その服装を見て強張った体を少し解した。

 

「ていとけーびたいの人だー」

「おうよ、帝都警備隊のイエヤスだ! そいつはコロ」

 

 片膝をつき目線を合わせたイエヤスは親指を立てて自らを指し明るさを意識しながら自己紹介をした。

 迷子になって不安でいっぱいになってるであろう幼女の内を察しての気遣いであった。イエヤスもよく迷子になるので気持ちはよく分かっている。

 

「イエヤスくんとコロちゃん、メイはメイだよ」

 

 イエヤスの心意気が通じたかは分からないが目尻の涙を消したメイは気を持ち直したようであった。

 

「コロちゃん、抱っこしていい?」

 

 コロの見た目がいたく気にいったらしく、上目遣いでお願いしてくる。その手は待ちきれないかのように半ば浮いている。

 子供ならではの早すぎる立ち直りに逞しさを感じながらも、抱っこの許可については心の中でイエヤスは唸った。

 コロの内に秘められた凶暴性について身を以って知っているイエヤスとしては易々と出せる許可ではない。

 チラリと件の生物を盗み見ると、悩むイエヤスなどそっちのけに小さな両手を上げてピョンピョンと飛び跳ねウェルカムの意思を示していた。

 人の気も知らずに、と小さく溜息をついたイエヤスが許可を出すとメイは目を輝かせながらコロを抱き寄せるのだった。

 

 母親と離れてしまった事を聞き出したイエヤスはどうしたものかと首を捻った。

 さっきまでの半泣きがどこへやら、コロを抱えてご満悦中のメイは自分は犬好きなのだが、親が飼う事許してくれない事等を暢気に語る。

 だが、そこでイエヤスはメイの言葉から現状を打開するヒントを得る。

 

「犬……なるほど、犬か」

 

 メイの腕の中で大人しくしているコロに目をやる。

 確かに犬と酷似しているコロならば、犬と同じく鼻が利くのではないかとイエヤスは推測した。それならば匂いを辿れば母親の元へと辿り着けるのではないかとも。

 コロにイエヤスの案を説明すると、心得たと言わんばかりに己の胸を叩く。

 スンスンと鼻を鳴らしたコロはメイの抱擁から抜け出して案内を始める。

 それを二人は追い掛けながらイエヤスは自分の案が名案であったと確信して頬を緩めるのであった。

 

 

 

 数刻前まで緩んでいた頬が今、引き攣っているのをイエヤスは自覚していた。

 コロの後を追いながらメイが迷子の不安をぶり返さないように雑談に興じていたイエヤスだったが、ふいに既視感を覚えて辺りを見渡した。

 方向音痴なため来るまで気付かなかったがそこはメイと出会った場所で間違いなかった。

 どういうことかとコロを疑惑の視線で射抜く。

 視線に気付いているであろうに振り返らないコロだったが、イエヤスがそれは振り返らないのでなく、振り返られないのではないかと疑念を強めつつ視線を注いだ。

 注ぎ注ぎ注ぎ、注ぎすぎて満タンとなったそれは一粒の冷や汗と変わってコロの顔を滴った。

 疑惑が確信へと変わる。

 

「おまえ匂い追えてねーじゃねーか!!」

 

 コロの嗅覚はそこまで優秀ではないのであった。戦闘に特化した生物型帝具であるため止む無しなのだが、見栄を張ってしまった以上イエヤスに責められるのも仕方がなかった。

 ポリポリと所在なさげに頭を掻くコロを尻目に次の手を考えるために知恵を絞るイエヤス。メイは再びコロを抱き上げてギュッと抱きしめた。

 詰め所に迷子の捜索願が来ているかもしれないと考えたイエヤスは詰め所に向かうこと考え付いた。

 と、その時

 

「あっ! ママ!!」

 

 メイの歓喜の声がイエヤスの耳を叩く。

 考え込んで俯き気味になっていた顔を上げメイが向いている方向に視線を走らせるると、そこにはこの娘にしてこの母親あり、と言わんばかりに見目麗しい女性が歩いていた。

 メイを探しているのだろう、その視線は落ち着かず、視界に集中しているせいか足運びはおぼつかない。

 その様子は立場は逆であろうにメイを初めて見た時の様に酷似していた。

 まさに親子である証のようなものを見せつけられたイエヤスが納得していると

 

「っ!!??」

 

 メイが母親に向かって走っていくのが視界に入った。

 だが、母親のいた場所は大通りの反対側であった。

 つまりメイと母親の間には馬車の通り道があるのだ。

 メイが母親を見つけた時、運命の悪戯か馬車は通っていなかった。故にメイは失念したのであろう。

 しかしその悪戯が悪質なものであることをイエヤスは確信する。

 車道を駆けるメイを横から大型の馬車が凄い速さで迫ってきた。

 明らかに法定速度を守っていないそれはメイへと向かって吸い込まれるように突進していく。

 イエヤスは即座に地面を蹴り、メイの元へと跳んだ。

 間に合うかはかなりきわどく、抱き抱えた際の失速を考慮すれば二次被害すら考えられた。

 だが、イエヤスの中に諦めるという選択肢など存在はしない。

 必死の思いでメイへと手を伸ばした時、イエヤスはメイから飛び出すものを目にした。メイに抱かれたままであったコロである。

 

 「ぐぅるるぁあああああああああああ!!」

 

 悍ましき雄叫びを上げながら身体を肥大化させたコロは馬車の前に立ちはだかりメイを護る壁と化した。

 轟音を響かせながら馬車とコロがぶつかるが、イエヤスは其方へは意識を向けずに突然の事態に車道の真ん中で立ち往生をしているメイを回収して車道を渡り切った。

 コロの丈夫さをイエヤスは嫌という程分かっているのだ。馬車にぶつかった程度で心配するなど逆に失礼というものだろう。

 

「メイ!! 大丈夫か?」

「う、うん……」

 

 イエヤスの問い掛けにメイは状況を把握できていない様子で返答した。

 メイの母親が走り寄ってきてイエヤスの問い掛けと似た内容のものをメイへと発した。

 そこでようやく理解が及んだのであろう、恐怖や安堵、様々な感情を涙に乗せてながら母親にメイは抱き着いた。

 イエヤスへの礼を繰り返す母親を宥めながら車道へと視線を向けると騒ぎを聞きつけた警備隊が事故の処理をしているのを捉える。

 その合間を抜けるようにコロが3人へと寄ってくる。

 身体は元のコンパクトサイズに戻っており、怪我をした様子もなかった。仮にしていたとしても再生済みなのであろうとイエヤスは察した。

 

「ナイスだったぜ、コロ」

 

 イエヤスの労いの言葉にコロは視線だけで答え、メイの元へと向かう。

 コロのつれない態度にイエヤスはハンッと鼻を鳴らすが、その反応は予想できていたので特に思うことはなかった。

 事故現場へと行って事情を話さないといけないな、とそちらへと目を向けたイエヤスの耳に

 

「っ!? ……やぁ」

 

 怯えと拒絶の含まれた声が入ってきた。

 イエヤスが振り向くと母親に抱きついているメイがそばにいるコロから顔を背けて震えていた。

 母親は震えるメイの背中を優しく撫でながら、どうしたものかと困惑している。

 コロの表情はイエヤスには分からなかった。それは出会った時から変わらず、時折察している気分に勝手になっているがそれも確信があるものではなかった。

 

 だが

 

 今は確信している。

 今、コロは立ち尽くしていた。

 どうすればいいか分からなくなっていた。

 傷付いていた。

 

 コロはゆっくりと親子のそばを離れる。

 イエヤスの元へと来るが決してイエヤスの目を見ようとはしなかった。

 今の姿をイエヤスに見られるのは嫌なのだろう、イエヤスに心の内を知られるのが嫌なのだろう

 

「……………」

 

 コロと入れ替わるようにイエヤスは親子の元へと歩いた。

 擦れ違い様、コロに視線を送られる。

 初めて会った時のように片膝をついてメイと視線を合わせ口を開く。

 

「メイ」

 

 顔を背けていたメイがピクリと肩を震わしてゆっくりと時間を掛けて振り向く。

 目の前にイエヤスがいて、少し離れた位置にコロがいることが分かりようやく落ち着きを取り戻したようだった。

 

「………イエヤスくん」

 

 か細い声を上げるメイにイエヤスはなんと言おうか思考を巡らす。だが、思考はまとまらず、それでも何かを言わなければという謎の使命感に押されて見切り発車で口を開いた。

 

「コロはな、あの通り身体を大きくして戦うことができるんだ。あの姿は正直結構不気味で俺も苦手だ、しかもあまり好かれていないようで態度も素っ気ない。何考えているのかもよく分からないし、そんなところが不気味さをマシマシにしているところもある」

 

 でも、とイエヤスは続けた。

 

「今日一緒にいて分かったこともあるんだ。あいつは泣きそうだったメイに誰よりも早く気づいたんだ。誰よりも早く駆け寄ったんだ。メイの力になろうと出来もしない見栄を張って恥を掻いたんだよ。早くパトロールを終わらそうと急いでいたくせにメイと会ってからはそんな素振り欠片も見せなかったんだ、コロの見た目が怖かったのは分かる、不気味だったのは分かる、でもメイから見たコロは、決してそれだけじゃなかったはずだ、だから………だから」

 

 怖がらないでやってほしい、恐れないでやってほしい

 そう言おうとするが喉を通らない。

 イエヤスも分かっているのだ、恐怖とは理屈ではない。不気味とは理屈ではない。

 直感で生きる幼子にとっては特にそうである。

 コロだってイエヤスにこんな事言ってほしくはないだろう。

 同情じゃない。憐憫じゃない、義憤でもない。

 この衝動がなんなのかイエヤスにも説明はできなかった。

 それでも何かを言わずには居られなかった。

 だが、それもここまで

 もう言葉は出てこなかった。

 

「……………」

 

 なにも言えなくなったイエヤスをジッと見つめるメイ。

 何かを考えるようにじっとしていたメイは己の母親へと視線を移した。

 母親は娘の考えを読んだようで、静かに微笑みながらうなずいた。

 母に後押しされてメイは小さな小さな声を上げる。

 

「………コロちゃん……」

 

 本当に小さなその呼び声を、しかしコロは見逃さなかった。

 ゆっくりとメイへと近付いていくコロ。その姿は先程勇ましく、そして悍ましく馬車を撥ね退けていたものと同じものとは連想し難い姿であった。

 目の前まできたコロにメイは恐る恐るといった様子で手を伸ばした。

 コロも答えるように手を伸ばす。

 

 ギュッ

 

 コロの指先をメイが優しく摘まんだ。

 そこから伝わる暖かさをメイは知っていた。

 迷子になって胸が不安で満たされていた時に此方を気遣うような眼をして最初に現れた時に知った。

 抱きしめた時に知った。

 どうして忘れてしまっていたんだろう

 あんなに暖かかったのに、あんなに嬉しかったのに

 今日、もう何度目になるか分からない感覚がメイを訪れた。

 目頭が熱くなり堪え切れなくなる感覚。涙の感覚。

 

「……ぐすっ、ごめん……ね、グスン、………ごめんね」

 

 涙を零しながら体を動かしたメイに母親は意図を汲んで抱きしめていた両手を広げる。

 解放されたメイはそのままの勢いでコロへと抱きついた。

 抱きつき謝罪を繰り返すメイにコロはただただ静かに受け入れるだけであった。

 

 

 

 

 泣き疲れて眠ってしまったメイを抱えながら此方を何度も振り返り頭を下げる母親を見届けたイエヤスとコロ。

 事故の後処理も終わりパトロールを再開することにした。

 ついてこい、と言わんばかりに先を歩き出したコロ。

 その足取りは軽いものであったが、イエヤスはある事に気付く。

 思わずニヤそうになる頬を全力で阻止する。

 コロの足取りは軽く、だが、その速さは確かにゆっくりとなっていた。

 

 

 



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6話 氷の女王と恋人候補 ☆

「よし!! ほぼ完治したな!」

 

 病室にて軽く体を動かして程度を確かめていたイエヤスは満足そうに頷いた。

 ナイトレイドとの闘いの後、重体で病院へと担ぎ込まれたイエヤスだったが、命に別状はないものの全治数か月を言い渡されてしまう。

 ナイトレイドの一角をセリューとの協力で仕留めたものの、片方は取り逃がし、未だ活動を繰り返している事実に何か月もジッとなどしていられないと悔しそうにしていると、セリューからある医者を紹介された。

 名医だと言われて期待して会うとあまりの癖の強さに後悔しそうになったイエヤスだったが、腕に間違いはなく、僅か数日で完治させてしまった。

 

「あれだけの重体をもう完治させてしまうなんて、流石はワタシ! 実にスタイリッシュね!!」

 

 イエヤスの容態を見ていた医者がそう言って片手を振り上げ、腰に捻りを加え、ポージングを取る。イエヤスは背景に薔薇まで舞っているかのような幻視を覚えた。

 切り揃えられた黒髪に黒縁メガネ、堀の深い顔には整えられた顎髭を嗜み、長身を白衣で包んでこなれ感を演出していた。

 医者のいつもの様子に慣れつつあるが、引き攣った笑みを返すイエヤス。

 

「ドクター・スタイリッシュ、本当にありがとうございました」

 

 イエヤスが頭を下げると、スタイリッシュと呼ばれた医者は手を振った。

 

「いいのよ♥、あのオーガちゃんの秘蔵っ子っていうじゃない? それにセリューからのお願いとあっちゃ仕方ないでしょ、アタシ お気にの子にはオ・オ・ア・マ、なのよ♥」

 

 体をくねらせながら答えるスタイリッシュに苦笑しか返せないイエヤス。

 だが、唐突にキメ顔で放つスタイリッシュ。

 

「でも~、どうしてもお礼がしたいっていうなら一つ、お願いを聞いてもらえるかしら?」

 

 野獣の眼光、という表現がとても似合う目つきでイエヤスへと顔を寄せるスタイリッシュにイエヤスは背筋が凍るような思いを感じながらも恩を返すべく返事をする。

 

「はい! 俺にできることなら! ただ俺は、その、ノーマルなので、その」

「やーねー、そんなんじゃないわよバカね、確かに素材は悪くないかもだけど、アタシの好みじゃないのよねー」

「ハハハ、そうっすか」

 

 乾いた笑いしか出てこない。

 

「あなたの帝具を見せてもらいたいのよ、疾風迅雷カリバーンをね?」

 

 そういってスタイリッシュは病室の片隅で立て掛けられている剣に視線を向けた。

 意外そうに首を傾げるイエヤス。

 

「あれ? 医者なのに帝具に興味があるんですか?」

 

 イエヤスの言葉にスタイリッシュは、分かってないわねーとでも言いたげに首を横に振った。

 

「アタシの本分は研究者よ。化学工学生物学、すべてを兼ね備えた美しき知識の探究者、それがアタシなの♥」

 

 スタイリッシュの説明に納得しながら剣を取り鞘から抜き取る。

 初めて抜いた時と同じく、キィーーーンと風の鳴く音が病室内を木霊する。

 

「なかなかにスタイリッシュな刀身ね」

 

 うっとりと恍惚な表情を浮かべながらイエヤスが持つカリバーンを様々な角度から観察するスタイリッシュ。

 

「…………風を纏う性質と刀身の色から推測するに遥か北の山脈に生息していたと言われている超級危険種、暴嵐竜クシャラダオルの角を研ぎ澄ましてできているわね。定説ではもう絶滅したとも言われているから、再現はもうできないかしら。いえ、風を纏う性質だけなら颶風獣ビャックの爪でも代用が効くかもしれないわね、素材はそれでいいとしてどうやって加工しているのかしら。通常の加工術では最硬質を誇る竜属の角に傷一つ付けられないわ。もしかして東方から伝わっている特殊な鍛冶術を使っているのかも? …………ブツブツブツ」

 

 研究者魂に火が付きスタイリッシュの脳がフル回転を始める。スタイリッシュの言う事の8割を理解できないイエヤスはただなされるがままに待つことしかできなかった。

 そうして数分が経った時、スタイリッシュの観察眼はあるものを見逃さなかった。

 

「あら? ちょっとイエヤスちゃん、その鞘も見せてもらえるかしら」

 

 言われた通りに腰から鞘を抜き取りスタイリッシュに渡した。またしばらく観察した後、鞘をイエヤスに返しながらスタイリッシュは自分の推測を話し始める。

 

「やっぱり、鞘もかなり特別製ね。なにかしらの機能が携わっていると見て間違いないわよ」

 

 鯉口のすぐ下を指差すスタイリッシュ。

 

「ここに小さな穴が開いているでしょ? そして上の留め金を下ろすと穴を塞ぐようにできているわね。仕組み的に普段は開けておくのがデフォルトのようだけど、ここを塞いだことはある?」

 

 指摘されて初めて気づいた事実にイエヤスは目を剥きながら首を横に振った。

 イエヤスの反応を予想していたのだろう、軽く嘆息を漏らしながらもスタイリッシュは続ける。

 

「でしょうねぇ、イエヤスちゃん大雑把そうだものね。ならさっそく試してみましょう! 善は急げよ♥」

 

 スタイリッシュはポンッと手を叩くと急かすように剣を鞘に納めるように言う。鞘だけを手にした時、塞いでみたがなにも起こらなかった。つまり納刀時に使うことによって発揮される機能であると予想したスタイリッシュ。

 

 鞘を腰に戻して剣を納める。そして留め金を下ろして穴を塞いでみた。

 

 カチッ

 

 ………………

 

 しばらく待つがなにも起こらず、特に変化を感じなかったイエヤスは首を傾げる。スタイリッシュに目線を向けるが、何も語らずジッと鞘を見守るばかりである。

 肩透かしを食らったイエヤスは分からない程度に肩を竦めながら、剣を抜こうとする。

 

「あっ バカ 待ちなさっ!!!!」

「えっ!? うわぁぁああ!!????」

 

 スタイリッシュの制止も届かず、鞘から刀身が姿を覗かせたその瞬間、荒れ狂う暴風が鞘から放たれて油断していたイエヤスは近くのスタイリッシュ諸共吹き飛ばされる。

 

「うげっ!!」

「っ!! もう!!! うっかりさんねぇ」

 

 無様に地面に腹打ちしてカエルが潰されたようなポーズと声を上げるイエヤスと、なんとか着地に成功させて嘆息を漏らすスタイリッシュ。実にスタイリッシュである。

 風で乱れた髪を櫛で整えながら今の現象を説明するスタイリッシュ。

 

「穴を塞いで鞘の中を密封状態にすることによって風を溜め込む事ができるようね。溜め込んだ風をどう扱うかは担い手のセンス、と言ったところかしら? おそらくはこれが疾風迅雷カリバーンの『奥の手』ね、ん~スタイリッシュ♥」

 

 そう言ってカリバーンに対する観察を締めたスタイリッシュにイエヤスは感心するばかりだった。

 

「凄いですね! 俺なんてカリバーンを手にして数週間は経つのに全然気が付かなかったのに、それはほんの一瞬で奥の手まで見つけるなんて」

「アタシの手にかかれば、こんなのお茶の子さいさいよ♥ アタシの夢はね、いつか帝具と並ぶものを自作することなの」

 

 フフンと鼻を鳴らすスタイリッシュにイエヤスは素直に応援を送る。

 

「おぉ! いい夢っすね! ドクター・スタイリッシュならきっと帝具を超えるものも作れますよ、応援してます!」

「超え?………」

 

 帝具と並ぶ物を作る、それがどれだけ大変か門外漢のイエヤスには到底思い至らず、故に簡単に超えるという言葉を使った。実に無責任な発言であったが、スタイリッシュにはそれが琴線に触れるものであった。

 

「もう……ほんとおバカねぇ……でも、ありがと♥」

 

 イエヤスのおでこを指で突きながらも満更でもない返事をするスタイリッシュ。

 

「失礼します! イエヤスくんのお見舞いとドクター・スタイリッシュに軍からの通達をお知らせにきました!」

 

 威勢のいい掛け声とともにセリューが病室へと入ってくる。

 いまだ帝都の平穏はほど遠く、忙しいであろうに時折見舞いにきてくれているセリューにイエヤスは嬉しさで口元を僅かにニヤけさせながらセリューに話しかける。

 

「セリュー先輩! お疲れ様です」

「イエヤスくんも元気そうでなによりです! 聞けば明日から復帰するとか、また一緒にパトロールをしましょう!」

「はい!」

 

 二人のやり取りを見ていたスタイリッシュはセリューへと要件を聞く。

 

「はい! エスデス将軍が北の遠征から帰ってきた事はすでに承知だと思いますが、そのエスデス将軍直属の特殊警察部隊が結成されることになりました。メンバーは6名とのこと。その一人にドクター・スタイリッシュが選ばれましたので、そのご報告に」

 

 そう言って敬礼するセリューにスタイリッシュは目を剥いた。

 

「あのエスデス将軍直属の部下にアタシが? それは光栄ね♥ 将軍のスタイリッシュさはアタシすらも凌駕するもの、是非近くで勉強させてもらいましょう」

 

 エスデス将軍を思い出し、思わず絶頂してしまうスタイリッシュにセリューは頬を掻き、少し照れを混ぜながら報告する。

 

「実は私も選ばれています。話によればエスデス将軍は悪に容赦が一切ないようなので楽しみにしています」

 

 セリューの言葉に今度はイエヤスが目を剥いた。

 

「えっ!? セリュー先輩、別の部隊へと異動するんですか?」

 

 ショックを隠し切れない様子の問い掛けにセリューは少し申し訳なさそうにした。

 

「はい、イエヤスくんにはまだまだ教えたいこともあったので残念ですが、そうなりますね」

「……そう、ですか。分かりました。いえ、子供の我儘みたいなことを言ってしまってすいませんでした」

 

 バツが悪そうにしながら頭を下げるイエヤス。

 

「今までお世話になりました。特殊警察部隊でのセリュー先輩の活躍、楽しみにしています」

 

 イエヤスの言葉にセリューは慌てた様子で両手を上げて振った。

 

「いえいえ、異動となるのはまだ一週間程先の話で明日から復帰するイエヤスくんとはまだ一緒に仕事ができますよ? さっきも一緒にパトロールをしようと言ったじゃないですか」

「あっ、そうなんすね……、うわっ恥ずかしー……」

 

 真っ赤になった顔を見られないように両手で隠すイエヤス。

 

「アオハルね~~」

 

 その様子をそんな言葉で片付けながらほっこりするスタイリッシュであった。

 

 

 

 

 それからの一週間はあっという間だった。

 今日はセリューが帝都警備隊を離れる日、朝に詰め所に挨拶に来ると聞いていたイエヤスは身支度を整えていた所、肩をくすぐる伸びた襟足が気になった。

 改めて鏡と向かい合うと髪がだいぶ伸びていることに気付く。髪先を摘まみながら切るべきか、と思案を巡らしていると、不意にある考えが脳裏をよぎる。

 悪くない考えだと思ったイエヤスは予定より早く外へと繰り出して寄り道をすることにした。

 

「おはようございます! みなさん今日までお世話になりました! 所属が変わっても同じ正義を抱き、帝都を護ることには変わりありませんので、また協力することもあると思います! その時はよろしくお願いしますね!!」

 

 元気溌剌に別れの挨拶をするセリューに隊員達は各々で声を掛ける。みながセリューの離脱を惜しむ様子には人望が伺い知れた。

 そんな中、イエヤスのところへと回ってきたセリューはあることに気付く。

 

「あれ? イエヤスくん、そのヘアバンドは……」

 

 覗き込むようにイエヤスの髪型を観察するセリューに気付いてもらえたイエヤスは照れるように鼻を掻いた。

 後ろ髪を括るように付けられたヘアバンドが4つ。その姿はある人物を連想させた。

 

「髪が伸びてきたので切ろうかとも思ったんですが、ちょっと真似してみようかと……、似合ってますかね?」

 

 控え気味に聞いてくるイエヤスを見て微笑ましく思いながら、フッと目を閉じるセリュー。その脳裏に尊敬すべきオーガ隊長の姿を浮かべる。隊長に率いられてパトロールをするとき、いつも目と鼻の先では、この4つのヘアバンドが揺れていた。それがセリューの日常であった。

 もはや懐かしくもある思い出に涙腺が緩みそうになるが先輩の矜持がそれを留まらせた。

 ゆっくりと目を開けたセリューは返答を待つイエヤスに向かって満面の笑みを浮かべて

 

「オーガ隊長ほどではありませんが………似合ってますよ」

 

 と言った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 セリューが惜しまれつつも詰め所を出ようとしたところで、イエヤスにある通達が届いた。

 宮殿の一室に呼ばれたイエヤスは同じく宮殿へと向かうセリューと同行することにした。

 途中でスタイリッシュとも合流し3人と一匹となったイエヤス達。

 そこでイエヤスの呼び出しを受けた場所がセリュー達と同じ特殊警察会議室であることに気付く。

 

「もしかして、俺もその特殊警察に選ばれたとかですかね!!」

 

 まさかの可能性に鼻息を荒くするイエヤスだが、セリューは難しい顔をする。

 

「うーん、どうでしょうか、それなら私達のように前もって通達があると思うんですが、ドクターはどう思いますか?」

「まあ、ない話ではないわね。噂によれば選ばれるのは帝具使いであり、重要な役職についていないものに限られるらしいわ。イエヤスちゃんはそのどちらにも該当しているから可能性としてはあるわね。前もって通達がないのはスタイリッシュではないけれど」

 

 スタイリッシュの言葉にイエヤスはますます期待を募らせる。興奮冷めやらぬ様子にセリューとスタイリッシュは肩を竦め合うのだった。

 

 会議室を前にした三人と一匹は配置に着いた。

 

「それじゃあ、セリュー、イエヤスちゃん、手筈通りにね!」

「「はい!!!」」

 

 スタイリッシュの合図と同時にイエヤスとセリューは部屋へと入る。

 

「失礼します! 帝都警備隊所属、セリュー・ユビキタス! アンドコロです!」 

「失礼します! 同じく帝都警備隊所属、イエヤスです!」

 

 部屋へと入ると二人は左右に分かれて入口に向かって跪く。その際、花吹雪を舞わせることを忘れない。

 二人の傅きに導かれるようにスタイリッシュが入室する。

 

「第一印象に気を遣う。それこそがスタイリッシュな大人のタシナミ」

 

 入室を済ませた3人に視線を向けるものもまた3人。

 

 ザ・海の男といった服装で身を包んだ青年ウィイブ。

 黒髪黒目に黒衣装、全身を深淵に染め、頬をお菓子で膨らました少女クロメ。

 不気味な防護マスクを被り、巨体を礼儀正しい姿勢で椅子に納まらさせている男性ボルス。

 

 3人の印象的な登場にクロメとボルスは無反応のまま、ただ眺めるだけ。唯一ウェイブだけが茫然とした視線を送ってきていた。

 そんなウェイブを見てスタイリッシュが粉を掛ける。

 自分は好みではないと言われていたのにウェイブには好感触を見せているスタイリッシュを見て謎の嫉妬心に燃えるイエヤス。

 見れば確かにイケメンであった。もしやセリュー先輩も!? とチラッと視線をやるが特にウェイブに対してのリアクションはなく、クロメのお菓子に近寄ろうとしているコロを止めているところであった。

 その様子にひとまず安堵の息を漏らした。

 

「こんにちは、どうやら私が最後のようですね」

 

 次に入ってきたのは爽やかでスレンダーな好青年であった。

 

「ランです。よろしくお願いします」

 

 鮮やかに嫌味なく微笑む姿は一枚の絵画ではないかと見紛うほど優美なものであった。

 これまた別タイプのイケメン登場にイエヤスは落ち着かなかった。

 そこでようやく、ずっと巨体を縮こまさせて、その濃い見た目の割に存在感を隠していたボルスが立ち上がって皆にお茶を配る。

 

「ごめんなさいね、私人見知りってやつで、緊張してたんだよね。でも多分私が一番年長だし、こんなんじゃダメだよね! 帝具使い同士仲良くやっていきましょ! 焼却部隊からきたボルスです」

 

 厳つい覆面に威圧感のある巨体、そこからは想像もつかない程の物腰の柔らかさでボルスは自己紹介をした。

 

 そこでふと静かに部屋に入ってきたものがまた一人。 

 こちらもたま顔に仮面を被っており素顔は分からなかったが、その軍服で包まれた体付きからみて妙齢の女性であることは誰の目からも明らかであった。

 

「え? だれ?」

 

 ウェイブの戸惑い混じりの問い掛けに仮面の女は部屋の住民を指差して言葉を発した。

 

「お前たち、見ない顔だな! ここで何をしている!」

 

 そう言ってウェイブに向かって蹴りを放つ。いきなりの攻撃とそのあまりの鋭さにウェイブは反応できずに蹴りを食らってしまい吹き飛ばされる。

 

「賊には殺し屋もいる! 常に警戒を怠るな!」

 

 忠告とともに女が次の標的に選んだのは近くに立っていたランであった。ランは突然の事態にも慌てることはなく、仮面の女が放つ連続蹴りを躱していく。

 

(うむっ! こいつはいい反応だ!)

 

 ランの動きに仮面の女が感心したところに、凄まじい殺気が背後から襲い掛かる。

 セリューとコロが二人掛かりで仕留めにかかっていた。

 それに対処をしようとしたところで女はあることに気付く。

 真横から腰の柄を握り締めたイエヤスが低姿勢で駆けてきていた。

 

(後ろの殺気を囮に気配を殺した一閃を横からか、いい連携だ、だが)

 

 後ろのコロが口を開こうとするところを手から発生させた氷で覆うことで阻止、セリューへと一瞬で近付き、その腕を取り投げた。投げる際に体に一捻りを入れて投げる方向は横、つまりイエヤスがいる場所である。

 

「えっ!? うわぁあ!」

「グゥ、イエヤスくん、すいません!」

 

 セリューとイエヤスはぶつかりあってきりもみする。

 

(判断が僅かに遅かったな、もう少し早く動いていれば投げが間に合わずに、違う対処法を強いられていた)

 

 と判断したところでイエヤスとは反対側の横から駆けるクロメに気付く。

 速さ鋭さ申し分ない一閃に余興もここまでか、と女は敢えて避けずに仮面のみを切らせた。

 

「ふざけられても、こちらは手加減できない」

 

 そう言い切るクロメに女は笑う。

 露わにされた女の素顔を見て一部の分かるものが叫ぶ。

 

「エ、エスデス将軍!?」

 

 襲撃者の正体に気付かなかったものは騒然となるが、当の本人はあっけからんとしたものでる。

 

「普通に歓迎してもつまらんと思ってな、楽しんでもらえたかな?」

 

 反応はまちまちだったが、概ねエスデスの予想通りであった。

 

「ところでこの中に一人、他とは違う呼び出しを受けたものがいるはずだが、誰だ?」

 

 視線を巡らせながら問い掛けるエスデスに心当たりのないウェイブ・ボルス・クロメ・ランは首を傾げる。

 セリューとスタイリッシュだけはイエヤスへと視線を向け、向けられたイエヤスは慌てて背筋を伸ばしつつ主張した。

 

「は、はい! それは多分オレです!」

 

 エスデスはイエヤスへと近付き、己の顎に手を当ててじっくりと観察する。

 蒼い長髪と同じ色をした力強い瞳に囚われて落ち着かないイエヤス。

 絶対的強者の威風に気圧されるのもそうだが、その目鼻立ちの整った顔は美しいという言葉が陳腐に思えるほどのものであり、教養のないイエヤスにはその美しさを真に表現できる言葉が見当たらなかった。

 

「いくつか質問をする、答えろ」

「はい!」

「育ちは?」

「北の辺境の村です」

「年は?」

「17です」

「危険種狩りは……問題ないな、将来の夢などはあるか?」

「自分は将軍級の器だと自負しています! なので将軍になるのが夢であります!」

「………ほう?」

 

 淀みなく質疑応答を繰り返していたが、イエヤスの大言壮語とも言える返答にエスデスは面白そうに笑みを浮かべる。

 オーガの言葉を思い出して発した言葉。話は聞いていたセリューはイエヤスの言葉に嬉しそうに微笑む。

 

「笑え」

「………はい?」

 

 もはや質問ではなく、さらには意味の分からない要求に思わわず間の抜けた返答をしてしまうイエヤス。

 エスデスはそれには答えずに無言で待つ。

 二度は言わない、という意思表示を受け取ったイエヤスは戸惑いながらも笑顔を浮かべた。かなり引き攣っていたが。

 

「こ、こうですか?」

「……………」

 

 イエヤスの引き攣った笑顔を見て、腕組みをしてなにか考え事を始める。

 自分が一体なにをやらされているのか、さっぱり分からないイエヤスは周りに助けを求める目線を送る。

 

 ウェイブは目が合うとあからさまに目を逸らしにかかった。

 クロメは興味がないようで手持ちのお菓子を食べることに注力している。

 ボルスはジッとこちらを見ているが覆面のためどんな顔をしているのか分からない。

 セリューはよく分かっていないが、とりあえず頑張れと両手を握りしめている。

 スタイリッシュとランは特にイエヤスのヘルプには答えずにエスデスを観察している。

 コロはクロメになんとかお菓子を分けてもらおうと足元でピョンピョンしているが無視されている。

 

「うむ、検討したがないな、惜しいが好みではないのだから仕方がない」

「なんかよく分からない間に振られました!!!!」

 

 突然のエスデスの振り発言でイエヤスもついには叫ぶ。混乱の極みで立ち尽くすイエヤスにエスデスはフォローのため肩を叩く。

 

「なに、気にすることはない。恋人候補としては不採用だが、動きは悪くなかったし志も高く好印象だぞ。上に掛け合って私の部隊に入れるようにしておこう。それで満足しておけ」

「あっ、はい! ありがとうございます。みんなもよろしくお願いします」

 

 フォローの内容の魅力さになんとか持ち直したイエヤスは敬礼とともに改めて挨拶をするのだった。

 

 

 

 新部隊結成のパーティが開かれるということで黒スーツ姿に着替えることになったイエヤス達。慣れない着替えに四苦八苦しながらもなんとか終えたイエヤスは女性達を待つ間ウェイブ達と雑談に興じた。

 

「へぇ、ナイトレイドの一人を倒したっていう帝都警備隊ってイエヤス達のことだったのか!」

「ま、このイエヤス様にかかればナイトレイドの一人や二人、楽勝ってもんよ」

 

 ウェイブの称賛に鼻を高くしたがすぐに取り消した。

 

「と、言いたいところだけどな、俺がしたのは敵の足止めぐらいで、実際に仕留めたのはセリュー先輩だからな、正直あんまり誇れたもんじゃねぇんだよな」

 

 バツが悪そうに頬を掻きながら苦笑いする。

 イエヤスの様子に意外そうな顔をするウェイブ。

 

「将軍になれる器なんて豪語するから、すっげぇ自信家かと思ったけど意外と謙虚なんだな」

「それはそれ、これはこれってやつだ。やってもいない功績を自賛するほど面の皮は厚くねぇよ」

 

 二人の会話を聞いていたランは終始笑みを絶やさずに会話に入ってくる。

 

「良い心掛けだと思います。将軍の器とは強さだけではなく、そういった振る舞いにも求められるものだと考えられていますからね」

 

 ところで、と周りに視線を這わすラン。

 

「ドクター・スタイリッシュの姿が見られませんが何処へ行かれたのでしょう?」

 

 雑談している3人とその輪に入れずに遠くでポツンと一人立っている人見知りを自称しているボルスの姿は見えるが、確かにスタイリッシュはいなかった。ランの問い掛けに心当たりがあるイエヤスが答える。

 

「ドクター・スタイリッシュなら、早々に着替えて出てきたセリュー先輩とクロメに、パーティに出るのに化粧の一つもしないなんてマナー違反よ! こっちにいらっしゃい、って言って連れて行ってたぜ。隊長も興味深げについていったな」

 

 イエヤスの腰のくねりまで入れた渾身の物真似に苦笑を返す二人。

 

「おっ、噂をすれば帰ってきた」

 

 イエヤスが視線を向けた先に女性陣の姿が見えた。満足そうなスタイリッシュを見るに化粧しているらしいのは理解できたが、どこが変わったのかいまいち違いが分からないイエヤスが首を捻る。

 その様子に手を額に当てて呆れたポーズをとるスタイリッシュと特に気にした様子もない女性陣。

 

「化粧というのも、なかなかに面白いものだったな」

 

 そう締めたエスデスはいつも被っている帽子を被り直すと、皆を引き連れて歩き出す。

 

「エスデス隊長、新部隊の名称とか決まっているのでしょうか?」

 

 スタイリッシュの質問にエスデスは不敵な笑みを浮かべた。

 

「うむ、我々は独自の機動性を持ち、凶悪な賊の群れを容赦なく狩る部隊、ゆえに、特殊警察イエーガーズだ」

 

 

 イエヤスの新たな部隊での日々が始まった。 



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7話 覚悟 ☆

  イエーガーズ結成の次の日、帝都警備隊の詰め所にて突然決まった異動の挨拶を終えたイエヤスは昼過ぎまでは自由行動を許されている為、自主的パトロールをすることにした。

 すっかり慣れた様子で迷うこともなくパトロールをしている自分に感慨を抱くイエヤス。今でもコロとの特訓は時折行われているがそれは純粋に身になるためであり、寝坊で怒られていたのはもう過去の話である。

 

 意気揚々と見回りを続けていたイエヤスはふと視線を感じて振り向いた。

 

「あっ」

 

 見知った顔におもわず声を漏らす。

 昼前で人通りも多い往来の端で立っている少年はイエヤスをじっと見つめているが動かない。目が合ったにもかかわらず動こうとしない少年に首を傾げるが深く考えることはなく走り寄る。

 

「よっ、元気にしてたか? タツミ!」

 

 きさくに幼馴染へと挨拶を送る。

 が、反応は鈍く、口を開けようとしないタツミにますます意味が分からず困惑する。

 

「…………久しぶりだな、イエヤス……怪我はもういいのか?」

「? ああ、名医を紹介してもらったからな、もう万全よ!」

 

 ようやく口を開いて容態を聞いてきたタツミにイエヤスは元気に腕を振り回してアピールする。

 

「なんだよ、怪我してんの知ってるんだったら見舞いの一つも来てくれてもよかっただろ?」

「悪いな、こっちはこっちで色々忙しくてな、それより話がある。ちょっと場所を移そう」

 

 返事を待たずして歩き出すタツミにイエヤスは慌ててついていく。

 

 ジャラ

 

 前をゆくタツミの腰には大きめな剣が納められており、柄頭からは重力に従って垂らされた鎖が摩擦音を鳴らす。特徴的な剣に興味を引かれて注目しているとタツミに話しかけられる。

 

「前に会った時はずいぶん参ってたようで心配だったけど、だいぶ持ち直したようだな」

 

 今のイエヤスの様子を見てそう評したタツミに、あの日の不甲斐ない自分を思い出して軽く赤面するイエヤス。

 

「まぁな、いつまでもウジウジしてるなんて俺らしくないし、サヨにも笑われると思うしな」

 

 なにより、と続ける。

 

「ずっと狙っていた賊をやれたのが大きいのかもな、お前もサヨの仇を斬ったなら分かるだろ?」

 

 ジャララ

 

 腰の鎖が鳴らす音が一際大きくなる。さながら威嚇音であるかのように。

 

「………?」

 

 一瞬奇妙な感覚に襲われたイエヤスはタツミを注視するが、タツミにとくに変化はなく、ただ前を歩いている。

 

(気のせいか)

 

 そうイエヤスは決定づける。

 気のせいに決まっているのだ。

 タツミから殺気を感じることなどあるはずがないのだから。

 

 

 

 

 

 

 タツミに連れられたのは帝都郊外であった。

 帝都市街地から離れ始めた時点でイエヤスは何処にいくのか予想が付いていた。

 立ち並んだ石の前に疎らに人の姿が見えた。

 花束を飾る人、祈る人、静かに佇む人、様々な人がいるがそこには一つの共通点があった。

 皆、表情が暗いのだ。

 それも当然で、イエヤスとタツミが足を踏み入れた場所は死者が眠る場所。

 墓場であった。 

 タツミが立ち止まった場所には一つの墓があった。

 

「ここが?」

「あぁ、サヨが眠っている」

 

 タツミは端的に答えて道中で買った花束を捧げる。それに倣ったイエヤスも花束を捧げ手を合わせて祈った。

 静寂が二人を包み込む。

 

 私達三人、死ぬ時は同じと誓わん!

 

 ふと、村を出るときにサヨが言っていた言葉がイエヤスの脳を掠めた。

 三人で村を救うんだと息巻いていたあの頃は、もう帰ってはこない。

 

 どちらともなく祈りを終えた二人がサヨの墓から離れ、帰路についた。

 そのまま市街地へと戻ると思っていたイエヤスだったが、タツミが脇道に逸れていくのを見て眉を傾ける。

 しばらく付いていくと徐々に人気がなくなっていく。

 流石に不審に思ったイエヤスが問い質そうと口を開くより僅かに早くタツミは振り返った。

 

「イエヤス、これから大事な話があるんだ」

 

 太陽が真上で輝いている。

 そろそろ午後に移ろうかという時間帯。集合時間までリミットは残り少ないと感じたイエヤスだったが、それを口には出さなかった。

 エスデス将軍のドSっぷりは噂で聞いているし、それが怖くないわけではなかった。

 だが、それでも伊達に幼馴染をやってきたわけではない。

 タツミの目を見たイエヤスは、そこになにかしらの強い覚悟のようなものを感じ取っていた。

 ゆえにただ頷く。

 

「イエヤスはオネスト大臣の事を知ってるか?」

 

 オネスト大臣。 

 その名を帝都で住んでいて知らない者などいないであろう。

 幼い皇帝に代わって政治を取り仕切る事実上の最高権力者である。

 イエヤスは実際に会ったことも関わったこともなかったが、噂は聞いたことはあった。

 

「ああ、いい噂は聞かないな」

 

 イエヤスの答えにタツミは同意し頷く。

 

「そうだ。大臣を筆頭に帝国では腐敗があちこちで起こっている。サヨを殺した貴族なんかはその最たるものだ」

 

 サヨを持ち出されてイエヤスは息を詰まらせる。

 その反応を見てタツミは続ける。

 

「このままほっとけばサヨみたいな犠牲者は後を絶たない。誰かが大臣を止めなきゃならないんだ!」

「………タツミの言いたいことは分かる。だけど、今の俺たちに大臣を止められるだけの力なんてないだろ?」

 

 帝国二大将軍であるブドー大将軍とエスデス将軍。

 その二人に認められつつあるイエヤスは順調に昇っている自負があったが、大臣をどうこうできる程ではないことくらいは理解できていた。

 

「俺達だけの力でどうにかできるだなんて思わないさ。でも、大臣をなんとかしたいのは俺達だけじゃない」

 

 タツミの言を飲み込むにつれてイエヤスは自分の顔が強張っていくのが分かった。

 タツミの今までの振る舞い、言動、そして覚悟、それらは一つの結論へと収束していった。

 イエヤスは自分の考えが外れていることを祈りながらタツミを見る。

 

「タツミ………お前!」

「俺は今、反乱軍として動いている」

 

 祈りは虚しく無碍とされた。

 信じられないものを見るような目でタツミを見るイエヤス。

 その視線を真っ向から受け止めたタツミは開いた手をイエヤスへと伸ばした。

 

「お前も来い! イエヤス! 一緒に帝国を変えるんだ!!」

 

 イエヤスは見開いた目でその手を茫然と眺める。

 整理が追い付かない頭の中で、それでもその手を取るわけにはいかないことだけはすぐに弾き出された。

 帝国の敵に回るには、イエヤスは帝都での繋がりを持ち過ぎていた。

 世話になった人がいる。

 一緒に戦おうと誓った人がいる。

 目を掛けてくれている人がいる。

 仇を取ってやりたい人がいる。

 脳裏を過ぎる帝都に来てからの出会いの数々がイエヤスに目の前の手を拒ませた。

 

「それは……でき………」

 

 喉元まで出かかった拒否の言葉を詰まらせた。

 今度は帝国に来るまでの思い出がイエヤスの脳内を駆け巡る。

 タツミの手を取らないという事は、そのまま敵対関係を表す。

 物心ついた頃から一緒にいた。

 いつからなんて覚えていない。

 遊んだ回数もケンカした回数も互いに一番だ。

 同じ師を仰ってからは切磋琢磨に競い合ってきた。

 何が好きかも嫌いかも嬉しいかもムカつくかも悲しいかも楽しいかも一番知っていると思っているし、知られているとも思っている。

 

 しかし、それでも

 

「………ない!」

 

 続きの言葉を紡いだ。

 イエヤスの返答にタツミは悲痛な表情を浮かべる。

 それがまたイエヤスの胸を締め付ける。

 

「なんでだ!? お前は帝国がこのままで良いって思っているのか!?」

 

 腕を横に薙ぎながら強弁するタツミ。

 

「違う!! 違うが……俺はお前のように帝国を見限ることはできねぇよ」

 

 タツミの言葉を否定しつつイエヤスは続ける。

 

「帝都に来てすぐだったら迷わなかったかもしれねぇ。でも! 俺には今、この帝都でできた繋がりってやつがあるんだ。俺には帝都で必死にやってきたこの1ヶ月を……なかったことにはできねぇよ……」

 

 それに、と呟き、己の握り締めた拳を見つめる。

 帝都にきて一か月とちょっと、その間にイエヤスは帝国の双璧とも呼ばれる2大将軍に目を掛けられ、経緯は少し特殊ではあるものの片方の直属部隊にも配属されることになった。

 自分でも異例の速さで伸し上がっていっている自覚はあった。手応えがあった。勿論、運に助けられていた部分はかなりある。だが運を引き込むにも実力は必要。

 見つめていた拳を開きタツミへと伸ばす。ちょうど先ほどのタツミと同じように。

 

「帝国を変えるなら中からだ。俺達の力が十分通じることはオレが保証する。俺達なら中からだって変えられる!! お前がこっち側に来い!!」

 

 イエヤスからの逆勧誘にタツミは目を見開くが返答は決まっているのだろう、イエヤスとは違い迷い素振りは見せずに首を横に振った。

 

「俺だって今の仲間を裏切ることなんてできない」

 

 仲間、という単語を聞いてイエヤスは察した。

 イエヤスが1ヶ月ちょっとの間に新たな絆ができたようにタツミにもできたのであろうことを。

 自分が捨てられないものを相手には捨てろ等と言えるはずもなかった。

 道は分かたれるしかないのか、と絶望が深まっていく。

 

 ハァア

 

 タツミの深い呼吸音がイエヤスの耳を打つ。

 それは溜息のようなものではなく、内の何かを吐き出すような呼吸であった。

 力なく垂れ下がっていたタツミの腕がゆっくりと持ち上げられていく。

 ゆっくりとゆっくりと

 

「……ボスには、今日の説得に失敗したら諦めろって言われている」

 

 腰の柄へと伸ばされていく。

 

「そして、こっからは俺自身の判断だ」

 

 とうとう柄へと辿り着いた手は強く握りしめられ、引き抜かれてゆく。

 同時にイエヤスへと向けられている眼の温度が急激に下がっていくのをイエヤスは感じた。

 イエヤスは今日タツミから感じた本当の覚悟の内容を察する。

 背筋が凍るような感覚に意図せず、イエヤスも腰の剣へと手を掛ける。

 

「仲間がお前を斬る前に、お前が仲間を斬る前に!」

 

 抜き放たれた刃に覚悟を乗せてイエヤスへと向け構え

 

「俺が斬る!!!」

 

 そう言い切った。

 此方を向いた剣先から目が離せないイエヤスは震える声で問い掛ける。

 

「冗談……じゃないんだな」

「冗談で親友に殺気なんて向けるかよ!」

 

 返すタツミの声に震えはなく、迷いはなく、暖かさもなかった。

 その声を聞いてイエヤスの頭の中がスゥーーーと冷えていく。

 タツミのように覚悟が決まったわけではない。

 考えがまとまったわけではない。

 ただ、これ以上タツミに情けなく狼狽えた姿を見せたくはなかった。

 幼馴染で、親友で、ライバルに対する矜持だけが、今のイエヤスを支えていた。

 

 二人はもっと話し合うべきであった。

 互いに開示した情報も少なく十分とは言えなかった。

 例えばタツミは自分を反乱軍だと言ったが厳密に言えば反乱軍の暗殺部隊ナイトレイドに所属していた。それをイエヤスに言わなかったのはイエヤスがナイトレイドの一人であるマインを間接的にとはいえ殺してしまっているので、そこに負い目を感じさせるのは勧誘においてマイナス要素となると判断したからだ。

 例えばイエヤスがオーガを帝都の繋がりの一つを考えている事をタツミは知らない。タツミから見れば外道であったオーガにイエヤスが世話になっているとは考えつくはずもない。もし、この場でオーガの悪行を指摘できていればイエヤスの繋がりに一石投じることもできていたのだ。

 あえて二人を擁護するならば二人共決して冷静ではなかった。

 タツミは仲間の一人をイエヤスの殺された事実を整理しきれてはいない。

 イエヤスはタツミが反乱軍にいる事実を受け止めきれていない。

 

 もし二人が冷静に事務的に包み隠さずに全てを話し合っていたなら結果は違っていた。のかもしれない。

 

 イエヤスはカリバーンを煌めかせながら腰を据えて構える。

 

「……言っとくけど今の俺は帝具使いだ。お前相手に手を抜くなんてできないからな」

 

 イエヤスの言葉にタツミは笑うように鼻を鳴らして、口角を上げる。

 今日再会してからイエヤスはタツミの笑みを初めて見た。

 決して友好的な笑みではなく挑発的な笑みではあったが。

 

「お前だけが強くなっているだなんて思うなよ?」

 

 構えられていた剣を地面へと突き刺すタツミ。

 その勢いに釣られて柄頭に付いた鎖が豪快に鳴る。

 

「インクルシオオオオオオオオォォォォォ!!!!!!!」

 

 裂帛の咆哮は凄まじくイエヤスの肌を焼く。

 タツミの後ろに強大な怪物の姿をイエヤスは幻視した。

 怪物がタツミを覆うように纏わりついていき鎧へと変化する。

 それは鎧を纏っていくと言うよりは鎧に喰われていくと言った方が的を射ている印象をイエヤスに与えた。

 鎧で全身を余すことなく包んだタツミの姿は歴戦の勇士と呼ばれて遜色ない威圧を放っている。

 悪鬼纏身【インクルシオ】は鎧型の帝具である。凶暴な超級危険種タイラントを素材として作られ、並の人間が装着すれば死に至るほど甚大な負担がかかる。しかしその性能は絶大かつ汎用性に優れ、高い防御力は当然ながら灼熱の大地から極寒の環境にも対応可能。素材となった竜の強靭な生命力により、装着者に合わせて進化するが、その度に装着者の肉体を侵食していく危険性も孕んでいる。

 イエヤスはもう驚きの感情を見せることはなかった。

 戦闘中に予想外の事が起きることなど当然。イエヤスは意識を切り替えており隙を生む驚愕の感情は引っ込めている。

 インクルシオという言葉が頭の片隅で引っ掛かるが今は目の前に集中することにした。

 

「「……………」」

 

 無言で剣を構え合う二人。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 次に動く時に始まるは殺し合い。

 互いに惜しむように睨み合いを先延ばしにするが、それも長くは続かなかった。

 

「いくぞ! タツミ!!!」

「来い! イエヤス!!!」

 

 イエヤスの姿がブレたかと思うと瞬く間にタツミとの距離を詰め、横薙ぎの一閃を放つ。

 

「!? っ!!!」

 

 タツミが久しぶりに見たイエヤスの一閃は速さに磨きが掛かっていた。

 なんとか反応できたタツミは剣によるガードを成功させる。が、受け止めた一撃はあまりに重く、踏ん張りが効かずに吹っ飛ばされてしまう。

 

「ぐぁあ!? 重ぇ!!」

 

 後方へと飛ばされたタツミにイエヤスは追い縋る。態勢を整えられる前に一気に片を付ける腹積もりであった。

 だが、高い防御力を誇るインクルシオにより衝撃は緩和されており、ダメージ自体は軽微で済んでいたタツミはイエヤスの予想より早く立て直した。

 カウンターの構えを取ったタツミに一早く気付いたイエヤスは追撃は早々に断念してタツミの横を駆け抜けた。

 その姿を目で追うタツミだが、自らの長所として磨きを掛けたイエヤスの速さはインクルシオによって強化を受けたタツミを以てしても舌を巻くほどであった。

 足を止めずタツミの周りを動き続けるイエヤス。

 駆け抜けザマの斬撃は機動性を重視して放たれたとは思えないほど重く、遠心力を味方につけ腰を据えたフルスイングのような重さを誇っていた。

 それを最初の逢瀬で理解したタツミはイエヤスの一撃一撃に対してガード等という生温い対処はせずに、こちらも全力の一撃を以て相殺する形で迎撃を行っていた。

 剣から伝わってくる重圧にイエヤスは密かに息を飲んだ。

 あくまで受け寄りで放たれているはずのタツミの斬撃の威力は常軌を逸しており、自分が少しでも動きを弱めれば放たれるであろう攻めの一撃を真面に食らえば、一撃で致命となることが分かったからだ。

 

 辺りに剣劇の音だけが響き渡る。

 イエヤスはタツミの防御を崩し切れず、タツミはイエヤスの速さを捉えきれない。

 一種の膠着状態の中、先に動いたのはタツミであった。

 

「だったら、これで」

 

 繰り返される斬撃の嵐の僅かな合間を狙って剣を大きく真上へと振り被った。

 

「どうだぁぁぁああ!!!」

 

 イエヤスの怖れた攻めの一撃がタツミの足元へと向かって放たれる。

 その威力はイエヤスの想像を優に超え、地を裂き、轟音を響かせ、イエヤスの足元を揺らした。

 しっかりと地に足を付けていたタツミとは違い、素早く動くために重心をズラしていたイエヤスは唐突な地割れと地震に態勢を崩す。

 それこそがタツミの狙いであり、故に逃すはずもない。

 よろけそうになるのを踏ん張るイエヤスへとタツミが迫る。

 強く振り被られた剣は先程地面を割った時と同等の威力が込められており、直撃は勿論のこと、剣によるガードすらも意味をなさない程のものであった。

 避けることしか許されない一撃。

 されど足場は不安定で態勢は整わず。

 眼前に迫る不可避で必死の一撃にイエヤスは死を覚悟した。

 

「させるかよ!!」

 

 気合の掛け声と共に横槍ならぬ横蹴りがタツミへとかまされる。

 直前に気付いたタツミは衝撃をズラして致命傷を避けるが不意打ちとはいえ恐るべき威力の蹴りであった。 

 

「イエヤス、大丈夫か?」

 

 吹き飛んだタツミに警戒しつつイエヤスの前に立った人物がイエヤスへと声を掛けた。

 タツミと同じように全身鎧を纏っているが、そのフォルムはインクルシオと比べてより近代的になっているように見えた。

 横槍をしてきた全身鎧に身に覚えはなかったイエヤスだが、その中から発せられる声には聞き覚えがあった。

 

「ああ、その声、ウェイブか?」

「そういえばまだ見せていなかったな、これが俺の帝具、グランシャリオだ」

 

 修羅化身【グランシャリオ】

 鎧型の帝具。インクルシオをプロトタイプとして開発された帝具であり、タイラントとは別の超級危険種と鉱石を素材としているため、インクルシオよりも安定した力を発揮するインクルシオと外見は似ているが、外装は黒く、背中にはジェットのようなものが付いており、そこから推進力を得て加速することが可能である。

 

「ウェイブ、助けてもらって悪いが、手を出さないでくれ」

「えっ!? お、おい」

 

 戸惑いの声を上げるウェイブをよそにイエヤスは前に立つウェイブの肩に手を掛けて前へと出る。

 タツミの様子を伺うとウェイブの一撃が相当効いているようで動きに色彩が欠けていた。

 ギリィと奥歯を噛み締める。苛立ちが脳を焼く。

 それは一騎打ちを邪魔したウェイブに対して、ではなく、自分に対してであった。

 ウェイブは悪くない。悪いのはウェイブが助けに来なければ死んでいた己の弱さだ。

 手を出すなと意地を張ったものの二人の闘いの決着はすでに着いていた。

 さっきの時点でイエヤスの敗北であり、タツミが負傷した以上続行することもできない。

 親友との決着がこんな形で終わるのかとイエヤスは腸が煮え繰り返る思いであった。

 動くことができないイエヤスにタツミは何も言わない。

 悔しそうにしているイエヤスの顔を見れば何を考えているかタツミには手に取るように分かった。伊達に親友やっているわけではない。

 道が分かたれた今でも通じるものがあることに鎧の下で小さく笑みを浮かべる。

 息を整えるために深呼吸をしたタツミは手にした剣をイエヤスへと向ける。

 

「イエヤス! お前にこれが見切れるかな!!! いくぞ!!!」

 

 啖呵を切ったタツミの姿が色素が薄くなり始めてイエヤスは驚愕する。

 あっという間に透明化してしまったタツミを探してイエヤスは視線を動かすが、見つかるはずもなく。

 冷や汗が一気に噴き出し始める。

 待ち構えるべきか、不意打ち防止に動き回るべきか、判断が難しく正解が見つからない。

 視界に頼れない以上肌から感じる気配と聴覚に全集中するが、それすらも何も感じなかった。

 己の心臓の音だけがやたらとうるさく、後は背後の先でウェイブの息を飲む音が聞こえるばかり。

 タツミはなかなか仕掛けることはせず、集中しているイエヤスは時間の感覚が狂いもうどれだけ待ったか分からなくなっていた。

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………?

 

 時間の感覚がなくなったイエヤスはどれほど経ったか分からない。

 もう数分は待ったような気がするが、実は数秒なのかもしれない。

 そう思い、ゆっくりと後ろを向く。

 ウェイブと目が合った。

 首を横に振られた。

 

「…………………」

 

 どれだけ気配を探っても分からないはずである。

 タツミは透明化を使い、それにイエヤスが動揺している間にそのまま離脱していたのだ。

 直前の言葉は逃げを悟られないようにするためのフェイク。

 

「タツミィィィイイーーーーーー!!!!!!!!」

 

 まんまとしてやられたイエヤスの叫びだけが帝都郊外に響き渡る。

 

 



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8話 疑いと真意

 

 イエヤスとタツミの激闘はウェイブの横槍とタツミの逃走によって幕を閉じた。

 ウェイブがイエヤスの元へと辿り着いた経緯を会議室へと向かう道中にウェイブの口から説明された。

 

 集合時間になっても現れないイエヤスを心配したセリューが迷っているかもしれないと単独の捜索を申請してお節介焼きのウェイブとボルスが手伝いの名乗りを上げた。

 聞き込みによってイエヤスの目撃証言を手に入れたウェイブが帝都郊外に出たところ、剣劇の音を聞き駆け付けたのであった。

 

 「闘っていた相手って形状、戦闘力、透明化の能力からみて帝具インクルシオで間違いないな、ナイトレイドの一人とどうやって遭遇したんだ? 偶然か?」

 

 会議室に置いておかれた資料にそう書いてあったと語るウェイブの言葉にイエヤスは頭を殴られたような衝撃を受ける。

 

 インクルシオ? ナイトレイド? タツミが? そういえばナイトレイドは反乱軍の下部組織である可能性が挙げられていたような

 

 質問には答えずに尋常ではない様子で考え込むイエヤスに不審の目を向けるウェイブ。

 その視線に気付いたイエヤスは詳しい事は会議室で皆の前で話すとして、落ち着きと脳内の整理をするための先延ばしを図った。

 イエヤスの言い分にとりあえずの納得を示したウェイブに感謝の念を送りながら、なんとか考えをまとめにかかるイエヤスであった。

 

 

 

 会議室へと着いた二人はイエヤス捜索に出ていたセリューとボルスが戻ってくるのを待って今日の経緯を説明した。

 

 同村のタツミと再会したこと、タツミが反乱軍に入っていて勧誘を受けたこと、断って戦闘になり危ないところをウェイブに助けられたこと、決闘に固執したために取り逃がしてしまったこと。

 

 イエヤスの話を聞いた各々の反応は様々であった。

 エスデスは冷たい目をしたまま感情を感じさせない表情をしている。

 クロメは何か思い当たる節があるのか、自身の手を眺めていた。

 スタイリッシュは眉を顰めてイエヤスを困ったものを見るように見ている。

 ボルスは覆面のため表情は分からないが、仕草からはイエヤスを悼んでいるように見えた。

 ウェイブはイエヤスの今までの態度に納得して言葉を無くした。

 セリューは辛そうにしているイエヤスの背中に手をあてて、掛ける言葉を探すが見つからずにもどかしくしていた。

 ランは誰よりも冷たい目をイエヤスへと向けて何かを思案しているようであった。

 

 重苦しい沈黙が会議室を支配する中、最初に口を開いたのはエスデスであった。

 

「なるほど、言い分は分かった。本来ならば賊を逃がした罰を与えるところだが、今回のみは特別に水責めと鞭打ちで許してやろう」

 

 それは許しているのか? という疑問が幾人かの瞳に宿るが口には出さなかった。

 

「だが反乱軍についたからには、そのタツミという者は敵だ! 次に会った時には容赦などしないようにしろ、分かったな?」

 

 エスデスの言葉にイエヤスがほんの僅かな逡巡の後に頷く。だがそこに水を差すものがいた。

 

「隊長。一つよろしいでしょうか?」

 

 ランである。

 片手を挙げ許可を求めるランにエスデスは頷き先を促す。

 

「イエヤスさんは勧誘を断ったと報告しておりましたが、それが事実であるかどうか疑問に思います。スパイとして内部情報を流すためにこちらに残ったのでは? 勧誘を断った事をわざわざ報告するのも信用を得るために敢えてしたという考え方もあります」

  

 ランの理路整然とした言葉にイエヤスはカァッと血が上る。

 心外な事を言われて勢いでランに言葉で噛みつこうとするが、その前にエスデスが口を開いた。

 

「ふむ。獅子身中の虫の可能性か……」

 

 顎に手をあてて少し思慮しウェイブへと視線を向けた。

 

「ウェイブ、インクルシオの一撃を止めたと聞いたが、どう思う?」

 

 突然の事態に目を丸くしていたウェイブはエスデスの質問に決闘の光景を思い出しながら答える。

 

「インクルシオの一撃は間違いなく本気でした。俺が邪魔してなければイエヤスは死んでいたと思います。イエヤスが寝返っている可能性はないと考えます」

 

 恩着せがましくて悪いが……、とイエヤスへと詫びるウェイブ。

 タツミの殺意を改めて聞かされて胸に痛みが生じるが、それを表に出すことはせずに庇ってくれているウェイブにイエヤスは礼を言った。

 

「そうですよランさん! それにイエヤスくんは私と協力してナイトレイドの一人を仕留めてます! その時の怪我もドクター・スタイリッシュの力がなければ後遺症があってもおかしくないものでした。私はイエヤスくんを信じます!!」

「イエヤスちゃんの怪我は本物だったわ、ワザとあれだけの怪我を受けたとしたらイエヤスちゃんはとんだドMね、隊長と相性がよさそうだわ」

 

 イエヤスへと疑念の眼差しを向けるランの前に遮るように立ちセリューはイエヤスを庇い、スタイリッシュが補足を入れる。

 ウェイブ・セリュー・スタイリッシュの優しさに目頭が熱くなるイエヤスだが、ここで流すのはダサすぎるとなんとか引っ込める。

 

「そういうことだラン。おまえのその観点は大事だが今回は奮わなかったようだな」

 

 言外に、この話はここまでだ、というエスデスの意志を感じてランは意見を引く。

 

「どうやらそのようですね。イエヤスさん、不躾な疑いを向けてしまい申し訳ありませんでした。なにぶん臆病者な身でして、笑っていただいて構いません」

 

 イエヤスに頭を下げて謝罪するランだが、意見を無碍にされたにも関わらず余裕を持った雰囲気を損なっていなかった。それがまたイエヤスには癇に障り気に入らない。

 

「なるほど」

 

 エスデスの脈絡のない発言に注目が集まった。

 視線を独占したエスデスは意味深に笑みを浮かべてランに流し目を送る。

 

「ラン、お前の狙いはわかったぞ」

 

 エスデスが己の推測を明かした。

 ランは自らイエヤスにスパイ疑惑を投げ掛けることで、掛ける言葉を見つけられないでいたセリュー達にフォローの言葉を発する機会を与えた。傷付いていたイエヤスが周りの優しさによって自分は一人ではないと再認識する手助けもする。さらには敵との繋がりが判明したイエヤスに対して大なり小なり浮かぶ疑惑を、隊長の発言によってしっかりと叩き潰してもらうことによって、今後の燻りの鎮火にも繋がる。

 それがランがイエヤスにスパイ疑惑を掛けた真の狙いであるとして発言を終えたエスデス。

 正解の是非を問う視線がランへと集まる。

 ランはエスデスの推測を聞いて感嘆の息を漏らした。

 

「見事です隊長。よくそこまで分かりましたね」

「会って間もないが昨日のパーティでの様子を見るに敵はできるだけ作らないような立ち回りを心掛けているように見えたのでな、今の行動には違和感があった。本当にイエヤスのスパイを疑っているなら、本人や皆の前では言わずに後で私個人に言ってくるはずと思っただけだ」

 

 そう締め括ったエスデスに、これは敵わないとランは首を竦めて見せた。

 

「ヒール役を買ってもらって悪いが隊員同士が不仲になるのは望むところではないからな、恰好がつかないだろうが許せ」

 

 謝罪を聞き入れるランの立ち姿を見るイエヤス。

 さっきまでの余裕の雰囲気とは打って変わってネタバレをされてしまったランは少しバツが悪そうに佇んでいる。

 本当は此方を慮っていたという事実とその立ち姿に毒気を抜かれたイエヤスはランへと歩み寄った。

 右手を差し出す。

 

「随分と面倒くさい性格をしているんだな、小難しいことは分かんねぇからできれば今度からはもう少し分かりやすくしてくれよ、ラン」

 

 イエヤスの言葉を聞いて苦笑を返したランはイエヤスの手を取って握手に応じた。

 

「分かりましたよ、改めてよろしくお願いしますね。イエヤスさん」

 

 呼び捨てでいいと言うイエヤスにランは頷いて見せた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日がたった。

 

 昼前、特殊警察会議室に備え付けられた調理場にて

 

 昼ご飯の支度をしている3人の人影があった。

 

「おいウェイブ、エレキノコはもっと笠から余裕をもって離して切らないと痺れが残ってることがあるぞ」

「うぉっマジか! あぶねぇ」

 

 イエヤスの助言を聞いて目を丸くしながら言われた通りに切るウェイブ。

 

「これだから磯くせぇ奴は駄目だな、山菜を分かってねぇなぁ?」

 

 フフンと得意げに鼻を鳴らしながらイエヤスはそれをなじる。

 ムッと顔を顰めたウェイブが憎まれ口を叩こうとするがイエヤスの手元を見て内心でほくそ笑んだ。

 

「? どうかしたッ!?!? な、なんだぁ!?」

 

 反撃を待っていたイエヤスはそれがこない事を疑問に感じ口に出そうとしたが、突如手元で切っていたものから黒い液体が飛び出して顔を覆ってきた。

 目の前が真っ暗になり、口にも入ってきており口内に苦い味が広がる。

 

「ぐああぁぁぁあ!? にっげぇ」

 

 悶え驚くイエヤスに濡れタオルを渡しながらウェイブは笑った。

 

「はっはっはっ、オクトバスは墨を吐き出す習性を持つ魚だから捌くにはコツがいるんだよ。これだから辺境から来た田舎者は海の幸がわかってないなぁ?」

 

 意趣返しが決まってご満悦な海の男にまんまとしてやられて悔しそうにする山の男。

 二人の下らないやり取りの隣で真面目に調理を取り組んでいた覆面の男が二人に声を掛けた。

 

「二人とも調理を楽しむのはそのへんにして急ぎましょう。皆待ち切れなくなっちゃうよ」

 

 そう言いながらウェイブとイエヤスの調理したものを順に指差した。

 

「ウェイブ君、魚に塩を振るときは少し早めにしたほうがいいよ。臭みがより取れるし身も引き締まるからね。イエヤス君はほうれん草を入れるのは最後、すぐにしなっとなっちゃうから」

 

 調理するための最低限の知識を競い合っていた二人とは違い、さらに一つ美味しくするための知識を披露したボルスにイエヤスとウェイブは頭が上がらず、自分たちの戦いのレベルの低さに脱帽するのだった。

  

 

 

 料理が出来上がり、食卓へと並べる執事がいた。

 いや、それは執事ではなくランであった。

 どこから持ってきたのか、執事服を着て料理を運ぶランの姿は堂に入っており違和感がなかった。

 

「んー♪ 優雅に仕事をこなす美青年執事。実にスタイリッシュね、眼福眼福」

 

 目を細め頬に手を当てながらランの執事姿を堪能するスタイリッシュは大層満足気である。

 食卓ではすでに席に着いたエスデス達が雑談に興じていた。

 

「隊長はご自分の時間をどう過ごされているんですか?」

「狩りや拷問、またはその研究だな」

 

 セリューの質問に爽やかになんでもないようにエスデスは応えるが後半がおかしかった。

 だが、とエスデスは続けた。

 

「今は恋をしてみたいと思っている」

 

 恋!? と意外性に富んだ話を聞いてセリューとクロメは驚きを露わにした。

 料理を終えて食卓へとやってきて聞き耳を立てていたイエヤスも驚いていたが、あっ、と思い当たることがあり、口にした。

 

「もしかして最初に俺が呼ばれたのはそういう?」

 

 イエヤスの考えを肯定したエスデスは懐から文字が箇条書きされた紙を出す。

 

「ここに書かれた条件を達している者を紹介してほしいと頼んだところ、お前が呼ばれたわけだ」

 

 紙を読もうとイエーガーズの全員がエスデスの元へと集まる。興味津々であった。

 

1:何よりも将来の可能性を重視します。将軍級の器を自分で鍛えたい

 

2:肝が据わっており、現状でもともに危険種の狩りが出来る者

 

3:自分と同じく、帝都ではなく辺境で育った者

 

4:私が支配するので年下を望みます

 

5:無垢な笑顔が出来る者がいいです

 

「これは………」

 

 それは誰の声だったか、しかし皆の代弁ではあった。

 最初の条件で相当絞れてしまう。

 これを探せと言われた上層部には同情を禁じえなかった。

 

「なるほど、それでイエヤスさんに白羽の矢が立ったわけですね」

 

 納得したように頷くラン。

 人身御供の意味合いも持つ白羽の矢という言い方にウェイブは引っ掛かったが自分以外は誰も気にしていない様子だったので一人苦笑するだけで流した。

 

「びっくりするぐらいイエヤスが当て嵌まってるな、最初と最後は怪しいが」

 

 イエヤスへと嘯いたウェイブにイエヤスは胸を張ってサムズアップをして己を指した。

 

「見くびってもらっちゃ困るぜ。将軍級の器は俺の恩人やブドー大将軍からのお墨付きだぜ?」

 

 イエヤスの口から飛び出したブドー大将軍の名にウェイブは目を丸くした。

 

「へぇ、そりゃあ凄いな! ………あとオクトバスからもお墨付きをもらってるな」

 

 減らず口を叩くウェイブに、上手い事を言ってんじゃねぇよ!、とイエヤスは突っ込んだ。

 

「でも、イエヤスは隊長のお眼鏡には敵わなかったわけですか」

「ああ、純粋に好みではなかったのだろう、実に惜しいことだ」

 

 ランの言葉にすっぱりと言い切るエスデスにイエヤスは肩を落とした。

 エスデス隊長のパートナーに選ばれたいわけではなかったが、見目麗しい女性にタイプではない、と言われてしまうのは男として凹む部分はあった。

 ポンッと慰めに肩を叩くウェイブに、余計に虚しくなるからやめろ、と振り払う。

 

「そうなんですか、イエヤスくんは真っ直ぐで正義感に満ちた良い人だと思うんですが」

「えっ!?」

 

 セリューのフォローを聞いてイエヤスはウェイブとの戯れを中断して期待を込めてセリューへと視線をやった。

 他の者も興味深げにセリューを見つめ、急に注目を浴びたセリューは目を丸くする。

「なにか変なことを言いましたか?」

「この流れからの、その発言はセリューさんがイエヤスに気があるかのように考えられますが?」

 

 皆を代表してランが問い掛ける。

 それを聞いたセリューは

 

「なるほど! それは誤解を招いてしまい申し訳ありません! イエヤスくんはかわいい後輩ですが、そういう対象として見た事はありません!」

 

 無残にもそう言い放った。頬を染めているわけでもないので照れ隠し等ではなく完全なる素である。

 イエヤスはショックで机へと突っ伏してしまう。

 ウェイブにはイエヤスの口から魂で出掛かっている姿が幻視できていた。

 再び行われたドンマイという意味の込められた肩ポンを今度は拒めないイエヤスであった。

 

 イエヤスの一喜一憂する様を見てウェイブは内心安堵していた。

 タツミとの決別の後、イエヤスは目に見えて気落ちしており、傍から見ても痛ましいものであった。

 仲間が落ち込んでる時こそ声を掛けるべし、を信条としているウェイブは積極的にイエヤスへと絡みにいき、多少ウザがられながらもかなり距離を縮める事に成功していた。

 それが実を結んだのか、少なくとも表面上は元気を取り戻したように見えた。

 無論、イエヤスの事を気にしていたのはウェイブだけではなかったので、ウェイブのおかげというわけではないが、そのお節介がイエヤスにとって有難いものであったのは確かだった。

 

 その後、食事をしながらの会談で都民武芸大会が開かれることがエスデスから説明された。

 イエヤスとセリューが殺したナイトレイドの一人、マインの帝具であるパンプキンが現在使い手が見つかっていない。このままだと上層部に取り上げられてしまうことを惜しく感じたエスデスが使い手を探す余興として件の大会を開くことを考えたのだ。

 とくに反対する理由のないメンバーは段取りや進行の手伝いを了承して食事の時間を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日の朝

 コロとの特訓に励むイエヤス。

 最近ではコロとセリューの二人掛かりで2対1形式での特訓となっており、イエヤスの地力が上がってきている証拠であった。

 

「最近、イエヤスくんの戦い方が少し変わりましたか?」

 

 休息時間をとり、セリューとイエヤスは水分補給を、コロは携帯食料(主に肉)による補給を行っている最中、セリューが感想を述べた。

 

「お、分かりました?」

「はい! 前に比べると剣によるガードを減らして身体捌きによる回避を重視するようになったと感じました!」

 

 当たった事が嬉しかったセリューは頬を緩めつつ、思い出すように目線を上にやる。

 

「確かその帝具って見た目以上に重くまるで大楯でガードしたかのような安定感があると言っていたと記憶していますが、どういう意図で回避重視に?」

 

 興味津々で聞いてくるセリューにイエヤスは申し訳なさそうにする。

 

「口で説明するより実際に見てもらったほうがいいと思うんですが、まだ確立できているわけではないのでもう少し待ってもらっていいですか?」

「あっ大丈夫ですよ! サプライズってやつですね?」

 

 イエヤスの態度に両手を振って気にしないアピールをしたセリューは、楽しみにしてますね、と笑顔で返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エスデス将軍主催都民武芸大会当日。

 ウェイブと交代で司会を担当していたイエヤスは、こういう催しはタツミが喜んで参加しそうだなぁと考えたがいまや手配書が出回っているタツミが参加するわけもないかと、頭を振ってくだらない考えを散らす。

 大会の内容はエスデス曰く、つまらない素材らしくつまらない試合で終始し、見物客を満足させるだけの不発に終わってしまうのだった。

 

 



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9話 イエーガーズ出動

 大会での逸材探しは不発に終わり会議室へと戻ってきた一同。

 ちょうどタイミングよくエスデスが指示していたものの報告が上がってきた。

 帝都近郊にあるギョガン湖の近くにある砦。

 そこに巣食う賊に関する報告書であった。

 特殊警察イエーガーズの栄えある初大型ミッションとして、砦を我が物顔で跋扈する賊共の掃討が選ばれたのだ。

 帝都近郊の賊を多く引き入れた砦は一大戦力といっても過言ではないほど膨らんでいた。

 油断が死を招く仕事にエスデスは改めてメンバーに覚悟の是非を問うた。

 

「私は軍人です。ならば命令に従うまで。この仕事だって誰かがやらないといけないことだから」

 

「同じく、ただ命令を粛々と実行するのみ。今までもそしてこれからも」

 

「海軍にいる恩人に報いるために俺はやります!命だってかけます」

 

「私には出世して成し遂げたいことがあるんです。その為には手柄が必要なんですよ。こう見えてやる気は満ちていますよ」

 

「私の目的はスタイリッシュの追究、そのためにも是非エスデス隊長の元で勉強させて頂きたい!」

 

「正義は我らにあり! ならば迷うなど愚の骨頂! 正義の名のもとに悪鬼共に鉄槌を!!!」

 

「俺に期待してくれている人達に報いる為、そして道を違えた奴に俺の道が間違っていないと胸を張るために、全力でやっていきます!!!」

 

 それぞれの覚悟を耳にして満足げに頷いたエスデスに率いられて砦へと向かう。

 

 イエーガーズ出動

 

 

 

 

 

 

 

 道中なにごともなく無事辿り着いたイエヤス達。

 エスデスは砦を一望できる高台に位置して高見の見物へと洒落込む。

 この程度の相手、7人でどうにかしてみろという意思表示であることは言うに及ばず。

 

「砦の内部と配置は頭に入れてありますが、どうしますか?」

 

 砦攻略のために作戦を問うランに対して

 

「覚悟は万全、戦力十分、ならば」

 

 イエヤスと

 

「悪相手に裏など不要、正面突破で粉砕あるのみ! です!!!」

 

 セリューが応じた。

 

 カチッ

 

 イエヤスから金属音のようなものを聞いたセリューが目を向けるが、特に変わった様子はなく、ただ腰の剣に手を当てて臨戦態勢に入っているだけであった。

 気のせいかと首を捻ったセリューは気を取り直して砦へとその鋭い眼を向ける。

 

 

 砦へと堂々と真正面から挑む面々に見張りが気付いて砦内が騒がしくなる。

 門が開かれて続々と賊が顔を出す。

 濁声で騒ぐ賊どもはイエーガーズに紛れた女性たちに気付いて下卑た笑みと浮かべ下劣な言葉を浴びせる。

 イエヤスはチラリと女性陣に視線をやるが、雑音など気にした様子もないことにこの上ない頼もしさを感じた。

  

「一番太刀は譲ってもらいますよセリュー先輩! 完成した技、みてください」

 

 腰を落として納刀状態のままであるカリバーンに手を添えるイエヤス。

 その構えは俗にいう『居合』の構えに似ている。

 賊とはまだ距離がある状況で、構わずイエヤスは剣を抜き放ち振り切った。

 

 命名監修ドクター・スタイリッシュ

 

 疾風迅雷カリバーン 奥の手 【封じられた暴風】(ルーン・オブ・テンペスト) 烈風

 

 鞘の中で出口を探して暴れ狂っていた風を刃に乗せて抜き飛ばす。

 明確な方向性を与えられた風は三日月状の巨大な刃となりて多くの賊を斬り分かつ。

 たった一振りで離れた十数人を斬り殺したイエヤスに賊は恐慌をきたした。

 

 イエヤスの見事な一閃に感心したセリューではあったが、その隙を見逃すほど抜けてはいない。

 

「コロ! 5番!」

 

 名を呼ばれたコロが大きく口を開けて何かを宙へと吐き出す。

 それを見事にキャッチしたセリューは勢いをそのままに敵陣へと突っ込んだ。

 一見すると槍にも見えたが、穂先から駆動音を鳴らしながら高速回転し始めて周りにそれが巨大なドリルであることを主張し始めた。その名も正義閻魔槍。

 触れた者の尽くを千切り裂くその光景に賊は浮足立ち砦内へとの撤退を始める。

 

「させるか! コロ、7番!」

 

 大暴れをして見せたドリルを投げるセリュー。

 すかさずドリルを飲み込んだコロが今度は巨大な対物ライフルを吐き出す。その名は正義泰山砲。

 受け取り腰を落として狙い澄まし撃つ。一連の動きには無駄がなく練度の高さが窺い知れた。

 

 ドォォォーーーーーン

 

 閉められようとしていた正門に砲撃が吸い込まれ轟音と共に吹き飛ばされる。

 セリューの怒涛の新兵器にイエーガーズの面々は目を丸くする。

 その様子を見て満足気にしながらスタイリッシュが己が帝具を見せて作り手であることを主張した。

 

 神ノ御手【パーフェクター】

 手甲の帝具。装備した者の手先の精密動作性を数百倍に引き上げることができる。

 

 開けっ放しとなった正門をクロメがするりと入り込んでいく。その抜け目のなさ、存在を感じさせない足運びは暗殺者のそれである。

 砦の中からは阿鼻叫喚のオーケストラが始まり、クロメが暴れていることを伝えてくる。

 一方、砦に外付けされた見張り台に並んだ射手たちは砦へと近付いてくる人影に弓引いていた。

 一斉に放たれた矢が人影へと迫るが焦る様子はなく、己の手にある帝具をギュッと握り締める。

 背負ったタンクから燃料が供給され、銃口から紅蓮の炎へと変わりて射出される。

 超高温の炎に炙られて矢は対象へと届くことなく灰へと帰す。

 矢の雨が降り終わった事を確認した火炎放射型の帝具使い、ボルスは標的を射手へと変えて再度炎を放つ。

 賊たちを飲み込む炎は燃え広がり矢と同じ結末を齎す。

 水を被って逃れようとする者もいたが

 

 煉獄招致【ルビカンテ】の炎はただの水程度で消せるわけもなく、悶え苦しみながら燃え尽きていった。

 

 砦内の賊を粗方斬り終えたクロメの隙を狙って銃を向ける者がいたがウェイブのフォローにより事無きを得る。もっともクロメはそれに気づいていた為、意味があったかは定かではないが。

 

 ただの軍ではないと気付いた者達が裏口から逃亡を図るが、それを見越して待ち伏せしていたランが

 

 遥か上空からの射撃で打ち抜く。

 

 急所を打ち抜かれて絶命していく者の中、即死を免れた者が自分に刺さった物を見る。

 

「………は、羽根?」

 

 純白の羽根はいまや賊の血で紅に犯されていた。

 そこでようやく上空で飛んでいるランの姿を目にした賊は死の淵で呟く。

 

「……てん……し?……」

 

 翼をはためかせ月光を背負った姿はまさに天使と呼ばれるに相応しいものであった。浮かべられている酷薄な笑みに気付かなければ、だが。

 

 万里飛翔【マスティマ】

 背中に装着することで使用者を飛行可能にし、使用者の意志で羽を飛ばし攻撃することもできる。

 

 それぞれが相応の活躍をして砦は落とされた。

 その結果に満足したエスデスから労いの言葉を受けて特殊警察イエーガーズの初大型ミッションは大成功で終わるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日間、大きな仕事は来ず、招集が下るまでは各々の判断で賊退治や危険種狩りを行うことになっていた。

 イエヤス・ウェイブ・クロメの三人はエスデスから呼び出しを受け会議室に集まっていた。

 

「クロメはまたお菓子を食ってるのか」

「うるさい、私の勝手でしょ」

 

 来て早々菓子を頬張るクロメをウェイブが健康面を気にして窘める。

 だが、聞く耳を持たない。

 

「もっと海産物を食ったほうがいいぞ」

「やだ、ウェイブみたいに磯臭くなっちゃうし」

「イエヤスみたいなこと言うじゃねーよ!!」

 

 気遣ったにもかかわらず散々な物言いにウェイブは突っ込みを入れた。

 クロメが悪影響を受けたとイエヤスをジト目で睨むがイエヤスはどこ吹く風で視線を逸らし下手な口笛を吹いて見せた。

 

 再び菓子を頬張り始めるクロメを見たイエヤスは、その顔に既視感を感じた。

 なんだろうと首を捻っていると視線に気付いたクロメが持っていた菓子袋を抱き寄せる。

 

「そんなに見てもあげないよ」

 

 食い意地の張った態度に苦笑で返したイエヤスは、既視感の理由に思い至った。

 聞いていい事なのか一瞬躊躇したがとりあえず聞いてみることにする。

 

「気にしてたら悪いんだけどクロメってさ、手配書のアカメに似てないか?」

「あっ、それは俺も感じた」

 

 イエヤスの言葉にウェイブが同意の言葉を続けた。

 クロメは食べる手を止めてなんでもないように答える。

 

「あぁ、優等生の身内だよ。帝国を裏切っちゃったけどね」

 

 思い出すように宙を見つめるクロメ。

 

「早くもう一度会いたいなぁ」

 

 その目には混沌が宿り、口は黝ずんだ笑みを浮かべている。

 

「会って私の手で殺してあげたいの、大好きなお姉ちゃんなんだもん」

 

 狂瀾な笑顔をするクロメにイエヤスとウェイブの二人は息を飲み込んで言葉を失う。

 狂気を含んだ瞳はイエヤスへと向けられる。

 覗き込めば飲み込まれそうな黒き瞳に見つめられてイエヤスは落ち着きを奪われる。

 

「だから、イエヤスと同じだね? 大事な人が敵にいる」

 

 笑みを以て語る姿にイエヤスは確かに似ているはいるが、決定的に何かが違うと本能的に思った。

 だが、それがなんなのか言葉にできなかったイエヤスは口を開けずにいた。

  

「集まっているなお前達」

 

 凍り付いた場を溶かしたのは皮肉にも氷の女王と称される女傑エスデスであった。

出掛ける支度をしながら会議室に入ってきたエスデスは3人が集まっているのを確認する。

 

「フェクマへと狩りに行くぞ。昼は私とクロメ、ウェイブとイエヤスがペアだ。夜は私とイエヤス、クロメとウェイブに交代だ」

 

 帝都近郊にあるフェイクマウンテン、通称フェクマで危険種を狩りつつ潜伏しているかもしれない賊の捜索を言い渡され3人は了承する。

 

「クロメは底が見えないからな。これを機に隊長として見極めさせてもらう」

 

 支度をしながらそう言い放つエスデスにウェイブが自分はもう見極められたのかと問い掛ける。

 

「良い師に巡り合えたな。すでに完成された強さだ、胸を張れ」

 

 エスデスからのお墨付きにウェイブはなんとも言えない顔をして頭を掻く。

 

「俺は? 俺はどうですか?」

 

 手を挙げて評価を求めるイエヤス。

 

「鍛え甲斐があるポテンシャルを秘めていると見ているが、まだまだだな」

 

 ウェイブと比べて豪く差のある評価にイエヤスもなんとも言えない顔になる。

 横にいるウェイブは無表情を装っているが微かにドヤっているのを感じ取り、肘で軽く小突くイエヤスであった。

 

 

 

 

 

 フェイクマウンテンの麓の森を抜けて岩だらけでできた山の道を歩いていくイエヤスとウェイブ。

 森では危険種に会う事はなく、見晴らしのよい山を登って上から標的を探そうという判断であった。

 

「海の危険種とはだいぶ勝手が違いそうだな」

「木や岩に擬態している事も多いからな、視界の違和感を信じろって師匠に言われたなぁ」

 

 柄を片手に油断なく周りに視線を巡らせるイエヤスにウェイブはなにか言いたげな視線を送る。

 

「………なんだ?」

「いや、なんでもねぇよ」

 

 会議室のクロメのことを思い出してイエヤスの事情に思いを馳せるウェイブ。

 身内で殺し合う現状にウェイブは疑問を抱いていた。

 もっと考えるべきだ、とも、話し合うべきだ、とも思う。

 だが所詮は第三者である自分が気軽に口に出していい話題ではないし、イエヤスに至っては一時はかなり参っている様子だった。

 最近は自分なりに切り替えてきたのだろうにそれを蒸し返すような真似をするのも躊躇される。

 故にウェイブは悶々とした思いを胸に秘めながらも結局は何も言えないでいるのだ。

 

「おい!」

 

 思考の海に潜っていたウェイブが突然の掛け声に我に返る。

 顔を上げたウェイブの横を風が駆け抜け、背後へと奔る。

 

 キシャアアァァァァァァアアア

 

 イエヤスの斬撃がウェイブの背後へと迫っていた木型危険種の腕を裂き、奇声を上げさせる。

 

「油断するなって言っただろ!」

「わりぃ、この借りは返す!」

 

 流石に考え事する場ではないか、と頭を切り替えたウェイブは剣を抜いて構える。

 気付けば危険種の奇声に釣られて続々と他の危険種も姿を現し始めていた。

 見渡し好戦的な笑みをしたイエヤスが口を開く。

 

「ちょうどいい、勝負といこうぜウェイブ」

「勝負?」

 

 突然の物言いにウェイブはオウム返しで聞き返す。

 構えた剣から風を靡かせながらイエヤスは頷く。

 

「どっちがより危険種を狩れるかだ! エスデス隊長の評価、俺はまだ納得してないぜ?」

 

 会議室でのエスデスの評価はウェイブの方が上であった。

 負けん気の強いイエヤスとしては、例えエスデスの言葉であっても同世代のウェイブに劣るという評価は納得し難いものがあった。

 あそこまであからさまに差がある宣言をされて黙っていられる程、イエヤスの精神面は成熟してはいない。

 イエヤスの性格をそれなりには知ったウェイブは勝負の意味を理解して頬を吊り上げ笑みを作る。

 

「面白れぇ! いいぜ、その勝負、乗った!」

 

 剣を地面へと突き刺して帝具の名をウェイブは叫ぶ。

 

「グラン! シャリオオオオオォォォォォオオオ!!!」

 

 身体はみるみるうちに鋼を纏っていきメタリックでスマートな鎧姿へと変貌する。

 帝都で流行中の熱血マンガ『オーダーマン』を彷彿とさせる変身っぷりにイエヤスは目を奪われてしまう。

 だが今は戦闘中であることを考えて頭を振り気持ちを切り替える。

 集ってきた危険種に囲まれつつありながら、互いに背を預け闘争心を高め合う二人。

 

「数は自己申告だからな、数え間違うなよ?」

「抜かせ!」

 

 危険種の群れへと飛び込み嵐のように暴れまわるイエヤス。

 迫り来る危険種の攻撃を掻い潜り怒涛の攻めを見せるウェイブ。

 二人の連携の取れたとは言い難い動きの前に、この場の危険種達が狩り尽くされるのにそう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 目の前に迫る岩型危険種の腕。

 まともに食らえば一撃で致命に成りかねない攻撃にイエヤスは冷静に身体を屈めて避ける。

 風圧が頬を撫でる事も構わず、そのまま危険種の懐へと入り一斬り目。 

 見た目通りな頑丈な身体に亀裂が入る。

 一斬り目の勢いのまま、身体を回転させて遠心力を味方に二斬り目。

 亀裂は広がり全身へと及ぶ。

 危険種は懐にいるイエヤスを仕留めるために前へと伸ばしていた腕を振り上げようとする。だが、それを読んだイエヤスは上と動く腕を蹴り上げて勢いをつけて危険種の真上へと跳んだ。

 此方を見上げる危険種に向かって渾身の振り下ろしを脳天から食らわして三斬り目。

 岩型危険種の頑丈な体はついに耐え切れなくなり全身を砕かれ崩れ落ちた。

 

「ふぅ、後はウェイブが相手をしているやつで最後か」

 

 額に浮いた汗を拭いながらイエヤスはウェイブの方へと視線をやった。

 最後の一匹を横取りするわけにもいかず、見学に徹するイエヤス。

 辺り一帯には危険種の死体が死屍累々としている。

 ウェイブの相手はちょうどイエヤスが最後に相手をした岩型危険種でありサイズも同等のものであった。

 危険種による大振りな腕の攻撃をウェイブは大袈裟な程に後方上空へと跳び避ける。

 空振る姿を確認したウェイブは背中についた噴射口を吹かし推進力を得て危険種の元へと急降下した。

 まるで一本の矢のように放たれた鋭い蹴りが岩型危険種へと突き刺さり粉々に砕け散った。

 

 一撃

 

 己が三撃で倒した危険種をウェイブは一撃で屠ってみせた。

 その事実がイエヤスに重く圧し掛かる。

 やはりと言うべきか、討伐数もウェイブの方が勝っていた。

 

 ガッツポーズを取って勝ち誇るウェイブに悔しそうにするイエヤス。

 

「まぁ、仕方ないんじゃないか?」

 

 持っているだけで恩恵があるカリバーンと装着に体力を消耗するグランシャリオでは瞬間的戦闘力に差が生じるのは仕方がないことだとフォローの言葉を口にするウェイブだが、イエヤスの心に乗り掛かる錘を軽くするには至らなかった。

 しかし、自分から持ち掛けた勝負に負けたからと言って落ち込む姿を晒していてはダメだと自分に言い聞かせたイエヤスは表面上は変わらない態度でいることに努めた。

 

「エスデス隊長の言っていた通りってことだな、ならポテンシャルを秘めているっていうのも言う通りだと信じて精進するしかないか!」

 

 そう開き直ることにしたイエヤスのポジティブな考えにウェイブは感心するように頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 夜になりイエヤスはエスデスと共に危険種狩りを行う事となった。

 フェイクマウンテン麓の森で危険種を捜索する二人。

 率先して前を歩くイエヤスはエスデスの歩行を妨害しそうな丈の長い草や伸びた枝等を剣で切り開いていく。

 

「イエヤス、会議室の時と比べて随分と凹んでいるようだがどうした?」

 

 徐にそう切り出してきたエスデスにイエヤスは首を痛めそうなほどの速さで振り向いた。その顔は驚愕で彩られている。

 図星を突かれて固まっているイエヤスの様子にフフンと軽くドヤ顔をしつつエスデスは話す。

 

「拷問の基本は如何に相手の最も嫌がる拷問をチョイスするかだ。ご丁寧にされて嫌な事を語る者などいないからな、感情の機微に疎い者に効率的な拷問はできないというのが私の持論だ。もっとも、敢えて非効率で行うのも味が有って嫌いではないがな」

 

 反応に困る事を言われてイエヤスはどう返せばいいか迷った。

 

「それで? ウェイブとなにかあったのか? 合流の時の様子を見るに喧嘩などではないように思うが」

 

 イエヤスは催促されてウェイブとの勝負の事を話した。

 エスデスは話を聞いて腕組をしながら考えを口にする。

 

「帝具のタイプが違うというウェイブの言う事はもっともだが、イエヤスが気にしているのそういう事ではないのだろうな」

 

 要するにウェイブとの力の差を感じてしまったのだろうと当りを付けたエスデスは焦ることはないとイエヤスを窘める。

 イエーガーズ結成からすでに数週間経っているが、出会った頃と比べて見違える程に成長していっているとエスデスは保証した。

 帝国でもトップクラスの実力者であるエスデスから言葉に一応の納得する様子を見せたイエヤスは道中の露払いを続行する。

 先頭を行くイエヤスの背中を眺めながらエスデスは考える。

 

 エスデス自ら鍛錬してやっても良いのだが、聞けば現在ブドーから直接鍛錬をしてもらっているらしい。死者が出ることもあるエスデスほどではないもののブドーが行う鍛錬もそれに匹敵するほど過酷なものである。

 イエヤスであっても二人から鍛錬を受ければその短い生涯を閉じる結末となる事は想像に難くない。

 ならばブドーの鍛錬を中断してエスデスの鍛錬のみに集中する考えも過るが、それはブドーの良い顔をしないであろう。他の事であったならばブドーの顰蹙など気にはしないエスデスであったが、流石に教え子を奪い取るような真似は気が引けた為自重することにした。

 

 その後、昼に比べて凶暴度の上がった危険種を相手にエスデス無双が始まり、イエヤスは武の頂点の狩りを間近で見られるという貴重な体験をして狩りを終えるのだった。

 

 

 



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10話 イエーガーズの日々 ☆

 

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「やっちまった……」

 

 宮殿内部、長い長い廊下の片隅でイエヤスの独り言が虚しく木霊する。

 首を左右に巡らせて歩いてきた方向とまだ行ってはいないと思われる方向を見比べるがどっちが正解かイエヤスには分からなかった。

 

 迷子である。

 

 帝都警備隊時代に巡回路辺りの地理はかなり把握できていたイエヤスだったが、宮殿内部はまだ慣れておらず、迷ってしまったのだ。

 いつもはイエーガーズの他メンバーが一緒にいたため迷うことはなかったのだが、今日は運悪く一人で会議室へと向かう手筈となっていた為起こった事態であった。

 

「どこだよここ……広すぎだろ、宮殿……」

 

 自分の方向音痴を棚に置いて宮殿のせいにしても道が分かるようになるわけもなく、イエヤスはとりあえず歩き続ける事にした。

 

「…………?」

 

 会議室を探しながら歩いているとイエヤスは不意に違和感を覚えて立ち止まった。

 最近イエヤスはこういった謎の感覚に見舞われることがあった。

 風の流れのようなものを感知できるようになっており、スタイリッシュに相談すると風を操る帝具を使い続けた事によって風に敏感になっているのではないか?という話であった。

 風の流れが知らせてくる違和感にキョロキョロと視線を動かしていると

 

「へぇ? 道に迷うような唯のおバカかと思ったけど、アタシの気配に気付くなんて意外と腕利きだったり?」

 

 廊下の天井の一部が裏返り、そこから一つの影が飛び降りてくる。

 素早く身構えて腰の剣へと手を伸ばすイエヤスに影は手を振って敵意の無さをアピールしてくる。両手を頭の後ろへとやり無防備に佇む姿にイエヤスは一応の警戒心は解いた。

 

 クリーム色の長髪を靡かせる姿は艶やかで、褐色の肌を惜しまずにはだけさせた上半身は水着と見間違うほど。下半身はアレンジが多いがなんとか道着と思わせる要素を残していた。

 ニシシと無邪気に笑う顔はあどけなさを残していながらも大人の女性への階段を上りつつある色っぽさも含まれている。

 

「アタシはメズ。大臣お抱えの処刑部隊『皇拳寺羅刹四鬼』っていうんだけど知ってる?」

 

 エスデスから名前だけは聞いていたイエヤスが頷くとメズは満足そうにしながらイエヤスの周りをグルグルと回りながらジロジロと興味深げにイエヤスを観察する。

 

「君って噂のエスデス様直属の特殊警察だよね? こんな所で見慣れない気配がして気になって来てみたら明らかに迷子ちゃんになってたから影で呆れてたんだけどさ? なんかアタシの気配に気付いたっぽいじゃん? なんでなんで?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問にイエヤスはなんとか応える。

 

「風の流れ? ハハッなにそれ、変なの!」

「変なのって……」

 

 初対面であることを疑いたくなる程、歯にもの着せぬ物言いにイエヤスは困惑するばかりである。

 

「あっ! シュテンに呼ばれてるんだった。じゃあね、迷子の風くん!」

 

 言いたい事を言いたいだけ言ってメズは消えていった。

 

 …………

 

 残されたイエヤスは長い廊下でポツンと一人佇む。

 

「………ここどこか教えてから去ってくれよ……」

 

 その後、メイドさんを見つけて案内してもらって事なきを得たイエヤスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エスデスからの指示で行っていた雑事の報告を終えて待機していようと会議室へと入ると先客がいる事にイエヤスは気付いた。

 椅子に腰掛けて優雅に足を組み読書に勤しむ姿がムカつく程似合っているランであった。

 

「こんにちは」

「よっす」

 

 会議室へと入ってきたイエヤスに気付いたランが視線を向けて挨拶をした。

 イエヤスも返す。

 イエヤスが席に座るのを見届けるとランは本を閉じて机の上へと置いた。

 

「そういえば貴方には一つ聞きたいことがありました」

 

 真っ直ぐにイエヤスを見つめるランは前置きとして、答え辛いなら無視して頂いても構わないのですが、と言ってから話を切り出した。

 

「幼馴染の勧誘を蹴ってまで貴方がこちら側に残った理由はなんですか?」

 

 思いの外、深く切り込んできたランにイエヤスは目を見開いて驚愕を露にした。

 

「いつまでも腫れ物に触るような態度では貴方も疲れると思い、切り出してみましたが、不快でしたか?」

「いや、驚きはしたけど別に不快ってわけじゃねぇよ」

 

 手を振って気にしてはいないとジェスチャーしたイエヤスはあの時のタツミとの会話を思い出しながら帝国側に残った理由を話した。

 その中でランが、帝国を中から変える、というワードにピクリと反応したことをイエヤスは見逃しはしなかった。

 ランも別に隠すつもりはなく頷いて肯定の意を示した。

 

「帝国を中から変えるとは具体的にはどういった考えで?」

 

 具体性を求められてイエヤスは言葉に詰まった。頭の中でグルグルと思考が巡りしどろもどろながらも何とか言葉にしようとしたが

 

「とりあえず強くなって手柄を立てて将軍になれば変えられるはず、なんて事は言いませんよね?」

 

 ランに先回りされて何も言えなくなってしまう。

 完全停止してしまったイエヤスにランはジト目を向けつつも、それも仕方なしかと考え直した。辺境から上京してきて数か月の少年に帝国を変える方法を問うのは酷というものだろう。

 

「このことは他の人には?」

 

 停止していたイエヤスはランの問い掛けに首を勢いよく横に振った。

 皆イエヤスを気遣ってタツミとの会話について深く聞いてはまだいなかった。

 それを見たランは安堵の吐息を漏らしつつも人差し指を立てて唇に当てる。

 

「貴方の話はできるだけ内密にしたほうがよいでしょう」

 

 帝国を中から変える話は一歩間違えば大臣批判へと捉えることができる。

 口に出すのは慎重を重ねる事が最重要であるはずだがイエヤスはランに問われて呆気なく暴露した。

 危機管理ができてなさすぎると溜息を吐きたくなるのを我慢しながらランはイエヤスに忠告した。

 ランの忠告に顔を蒼くするイエヤスだが、そこであることに気が付く。

 イエヤスの問い掛けるような視線の意図に気付いたランは声を忍ばせながら頷いた。

 

「ええ、そうですよ。私も帝国を中から変えようとしている者の一人です」

 

 くれぐれも内密にですよ? と念を押すランにイエヤスは頷きながらも思い掛けず心強い味方が現れた事を喜んだ。

 暢気に嬉しそうにしているイエヤスに先が思いやられるとランは肩を竦める。

 

「それではイエヤス、次に話し合うまでにもう少し具体的な方法を考えていてくださいね? これは宿題です」

 

 ランの物言いにイエヤスは故郷の頃を思い出して顔を顰めた。

 

「なんですか?」

「いや、なんかその言い方、故郷にいる先生に似てるなって思ってよ」

「………先生……ですか」

 

 決して出来の良いとは言えない生徒であったイエヤスはよく先生に怒られては宿題を出されていた。タツミとの勝負も勉学だけは負け越しており、サヨに至っては勝てた記憶がなかった。

 

 イエヤスの指導に苦労している先生の姿がランには手に取るように分かった。

 その感覚は酷く胸に痛みをもたらしたが、それ以上に懐かしく心地好い感覚であった。

 自然と口元が緩みそうになるのを懸命に押し留めるラン。

 

「話を誤魔化さないように。 宿題の件、分かりましたか?」

 

 頷く姿を見て満足したランは話はこれで終わりと切り上げて机の本に手を伸ばした。

 視線を本へと落とすランをイエヤスはしばし凝視する。

 

「………なにか?」

 

 凝視の意味を問うランにイエヤスは悪びれることなく率直な事を述べる。

 

「いや、いっつも本読んでるなぁって思ってよ」

「まあ趣味と実益を兼ねてますからね、貴方は本を嗜んだりは?」

 

 イエヤスの言葉にランは本を持ち上げつつ応えた。

 

「俺はマンガしか読まねぇな」

 

 らしいと言えばらしすぎる返答にランは思わず苦笑を返す。

 それでも話の風呂敷を広げようとランは質問を繰り出した。

 

「漫画、ですか、 私はあまり読まないのですが、最近はどういうのがあったりしますか?」

 

 最近の流行りを聞いてきたランにイエヤスは眉を歪めて少し言いづらそうにしながら口を開いた。

 

「いや、帝都に来た頃は読んでたんだけど最近は懐事情が乏しくて読んでないんだ。だから最近の流行りとかはちょっと分からないな」

 

 それを聞いたランは控えめながらも苦言を呈した。

 

「人の生き方にとやかく言うつもりはありませんが、宵越しのお金を持たないというのはどうなんでしょうか? 確かに現将軍職に就かれている方の中にはそういった人もいるとは聞きますが」

 

 ランの言葉にイエヤスは自分が普段どう思われているのかが分かって憮然とした顔になるが、元来の自分の性格に対してはあながち間違っていない認識なので、そこには文句はなかった。だが、今回に限ってはちゃんとした理由があるので、不名誉極まりないその疑いを拭っておくことにした。

 

「ちげぇよ、ちゃんとした理由があるから早まんな」

 

 元々イエヤスが帝都に来たのは貧困に喘ぐ故郷の村を救うための出稼ぎであった。

 イエヤス・タツミ・サヨの3人で出稼ぎに来ていたが、サヨは命を落とし、タツミは反乱軍に身を置いている。タツミが初志を忘れている等とは思わないイエヤスであったが、反乱軍の給料事情など知るはずもない。ならば最悪の事態も想定して自分が他の二人の分も送らなくてはという使命感が働き、現在のイエヤスの懐事情に繋がるのである。

 イエヤスの弁を聞いてランは目を見開いて驚きを露にした。

 

「それは……申し訳ありませんでした。配慮の欠けるようなことを言ったこと、謝罪します」

「あぁ、そういうのはいいっていいって」

 

 席を立ち頭を下げて正式に謝罪するランにイエヤスは手を振って気にしてはいないアピールをした。

 

 この日、イエヤスは志を共にする同志を見つける事ができ、ランは手の掛かる新たな生徒を受け持つ事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日イエヤスはスタイリッシュに呼び出されてスタイリッシュの研究室へと赴いた。

 研究室に入るとスタイリッシュがすでに待ち構えており、イエヤスは言われるがままにスタイリッシュの目の前に置かれた座椅子に座った。

 口を開けさせたり聴診器を当てたり等診察を始めたスタイリッシュにイエヤスは内心首を傾げたが黙って従う。

 

「やっぱりね」

 

 診察を終えたスタイリッシュの口から零れたのは小さな溜息と共にそんな言葉だった。ビシッとイエヤスへと指を差したスタイリッシュの目は半眼でジト目となっていた。

 

「ほんのちょっぴりだけどイエヤスちゃん、眼に隈ができているわよ。他の目は誤魔化せてもアタシの目は誤魔化せないわよ」

 

 フェクマの一件以来、寝る前の鍛錬の時間を密かに伸ばしていたイエヤスはそれがバレてバツが悪そうにする。

 イエヤスの様子に再び溜息を吐き出したスタイリッシュはセリューから聞いた話や前にイエヤスを治療した際に気になったことがあると言ってベッドを指差した。

 ベッドには枕の近くに機械が付けられまくったヘッドホンのような物が置かれている。

 それを付けて寝るように言うスタイリッシュにイエヤスは戦々恐々といった手付きでヘッドホンを持ち上げる。

 

「別に取って食ったりしないわよ。それは脳の調子を測る機器よ。人体に影響を与えるタイプじゃないから安心しなさい」

 

 言われる通りに頭に機械を取り付けたイエヤスはベッドに寝転んだ。

 すぐ起こすから眠りなさいと言われ、眼を閉じるとほどなくして寝息がイエヤスの口から漏れ出す。

 

「……寝付きが良いのは良い兵士の証拠と言うけれど、この場合は違うわよね」

 

 寝不足の証を見せ付けられたスタイリッシュは今日何度目になるか分からない溜息をつきながらイエヤスに取り付けられた機器から送られてくる信号の解析を始めるのであった。

 

 

 

 しばらくして起こされたイエヤスにスタイリッシュは検査の結果を話した。

 

 寝ているイエヤスの脳の一部が高い活性化の数値を示していた。これは一般の人間においても活性化する部位であったが、それと比べても目を見張る数値だったとスタイリッシュは言った。

 本来睡眠時、人は記憶の定着や整理を行っていると言われている。

 これは戦う技術や経験にも同じことが言えた。

 イエヤスは脳はこの能力が他よりも優れている事が機器によって証明されたのだ。

 イエヤスの寝坊癖はここからきているのではないかとスタイリッシュは言った。

 

「要約すると、イエヤスちゃんの睡眠は他の人と比べてより重要なものだからちゃんと睡眠を取りなさいってこと」

 

 イエヤスを正面に見据えるスタイリッシュ。

 

「真面目に鍛錬をした後は、しっかりと睡眠を取る。それが貴方が強くなる為の一番の近道よ」

 

 諭すように言うスタイリッシュにイエヤスは目頭が熱くなるのを感じながら礼を言おうと口を開くが、それをスタイリッシュは制す。

 

「礼ならセリューに言いなさい。あの子、最近イエヤスちゃんの様子がおかしいって心配してたんだから」

 

 先輩の温かい心遣いにイエヤスはついに堪える事ができなくなり、溢れるものを腕で隠しながら拭うことしかできなかった。そんなイエヤスの肩を優しくポンポンと触りながらスタイリッシュは慰めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 (なぁ~~んてね)

 

 本当は力に飢えているイエヤスを言い包めて体の一部の機械化や薬物投与による肉体強化を施そうとスタイリッシュは考えていた。

 だが、調べた結果イエヤスの睡眠時能力が類い稀なる力を秘めていると分かったスタイリッシュは貴重なサンプルとして外的強化要素はやめておくことにした。

 

 (さぁ、イエヤスちゃん。貴方がその能力でどこまで強くなれるのか見せてちょうだい)

 

 イエヤスの事は決して嫌いではないが、それはそれ、これはこれとして知識の探究者としての欲を抑えきれないスタイリッシュは俯くイエヤスを興味深い研究対象を見る目で眺めていた。  

 

 



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11話 意外な出会いと再会

「うーん……あそこは右だったかなぁ」

 

 宮殿の廊下にてイエヤスが呟く。

 周りに人影はなくただ一人。

 

 迷子である。

 

 イエヤスはとりあえず歩いていると前から誰かが複数人歩いてくるのが分かった。

 会議室の場所を聞こうと近付いていくと次第に相手の正体が分かりイエヤスの体に衝撃と共に緊張が走った。

 慌てて廊下端に移動すると片膝を地面に付けて頭を下げた。

 跪いたイエヤスの前を子供が通る。

 まだ幼いながらも大人を引き連れたその姿は堂に入っており、身に着けた衣類は豪華でありながら気品にも満ちている。

 帝国の頂点にして象徴。

 皇帝陛下である。

 

「ん? 其方は確かエスデス将軍が新しく設立された部隊の者だったな? パーティで見かけた気がするが」

 

 まさか話し掛けられるとは思ってもいなかったイエヤスはかなり狼狽えながらも下げていた顔を上げて、口を開いた。

 

「は、はい! 特殊警察イエーガーズの一員、イエヤスといいます!」

「そうそう、イエーガーズだったか」

 

 記憶と合致して納得した様子の皇帝はウーンと小さく唸ると後ろの従者と思わしき人物に今後の予定まで時間の余裕があることを確かめる。

 時間の余裕を確認した皇帝は意を決したようにイエヤスに向き直る。

 

「うむ。イエヤスよ、其方と少し話してみたい事があるのだが良いか?」

「えっ!!??」

 

 突然の皇帝からの誘いに恐れ多いと思ったイエヤスだが、断るのはもっと恐れ多いのでは!? と考えて従者の方へと視線を送って助けを求めた。

 従者も驚いた様子であったが、イエヤスの視線に気付いて小さく頷いて見せた。

 

 えーーーー……

 

 従者の頷きを誘いを受けよという意味と理解したイエヤスは内心戦々恐々としながらも皇帝との対談を了承するのであった。

 

 場所を中庭に移し設置されているベンチへと腰掛ける皇帝。

 イエヤスは立ったまま話すべきなのか、頭が高いので跪いて話すべきなのか迷ったが、皇帝からベンチに座る許可が下りたので恐る恐るそれに従うことにした。

 

「イエヤスは元々はエスデス将軍の恋人候補として選ばれたのだったな?」

 

 一兵士でしかない自分の一体何を聞きたいのだろうと思っていたイエヤスは予想外すぎる話題が皇帝の口から飛び出してきて心底驚きながらもなんとか肯定の言葉を発した。

 

「でもエスデス将軍はイエヤスを選ばなかったらしいではないか」

 

 恋人としてイエヤスを選ばなかった、にも関わらず部下としてイエーガーズに配属するように指示をした事が皇帝には理解できないようであった。

 部下にするという事は気に入ったという事だ。だが恋人にはしなかった。

 その違いが皇帝には分からないのだ。

 

「……陛下は恋に興味があるんですか?」

「うむ、エスデス将軍ほどの人物がしてみたいと言う恋とやらに余の興味は尽きん!」

 

 エスデスをきっかけの恋に興味を持ち始めたという皇帝にイエヤスは不敬ながらも親近感を持った。そのおかげもあり、話し方には気を付けつつもイエヤスはいつもの調子を取り戻して皇帝相手に恋について色々と話すことができた。

 

 

 

 

 

 

「確かにエスデス将軍の事が異性として好きだというわけではありません! しかし、しかしですよ、一人の男としてあれ程の美女に好みではないと言われるのは心に来るものがあるんです!」

 

 複雑なようで単純な男心を力説するイエヤスに皇帝は、なるほどー、と感心しながら両手を叩いて小さく拍手をする。

 すっかり打ち解けた様子の二人に控えていた従者は複雑そうな表情をしながら、時間が来た事を知らせてくる。

 

「おお、もうそんな時間か」

 

 時を忘れて話に没頭してしまっていたという陛下に惜しまれつつも対談は終了を迎え去っていく陛下に敬礼をして見送るイエヤスであった。

 

「陛下の恋のお相手か、一体どういった人がなるのか楽しみだなー」

 

 思いがけず心地のいい話し合いができたイエヤスは満足した様子で腕を組み頷く。

 

 が

 

「あっ、道を聞けばよかった」

 

 従者にでも聞けば良いものをつい忘れてしまい、この後しばらくの間、宮殿を彷徨うハメになってしまうイエヤスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都近郊

 佇むイエヤスとセリューの前に食べ物を盗んだ罪で捕らえた悪人が3人、腕を縛られた状態で座り込んでいた。

 

「食うに困って盗みをやっただけだ! 人だって殺しちゃいねぇよ」

 

 弁明を口にする盗人がセリューの温度を感じさせない瞳に映っている。

 イエヤスもセリューほどではないものの冷たい視線を向ける。

 貧困に喘ぐ気持ちはイエヤスにも分かった。自分の村もそうであったためにイエヤス達は出稼ぎにきているのだ。だが、盗むという選択肢など話題にも上がらなかった。

 事情は人それぞれあるものの被害の出る悪事を働いた以上裁きが下るのも当然だとイエヤスは考えた。

 

「確認したけど被害は食物が少しと持ち主が軽く打撲していたな、言ってる事に嘘はなさそうだけど……セリュー先輩、どうします?」

 

 被害を報告して沙汰を窺うイエヤスへと視線を動かしたセリューは浅い息を零すと内に溜まった黒い想いを吐き出した。

 

「警備隊へと引き渡しましょう。余罪もあるかもしれませんしね」

 

 もし見つかって死刑が下ればコロのおやつです、と盗人達を脅し付けるように言い放つセリューにイエヤスは了解と敬礼をして盗人達の手を縛った縄を引いて連れて行く。傍らのコロが残念そうにしているのは気のせいという事にしておこう。

 

 

 

 イエヤスがセリューの影響を受けて賊を殺すのに抵抗がなくなったように、セリューもまたイエヤスからの影響を受けている。

 頼れる後輩に情けない姿を見せるわけにはいかないという矜持、先輩先輩と慕ってくれる癒しなど、それらがセリューの正義に狂気が汚染するのを、僅かにだが、防いでいた。

 

 

 

 

 盗人達を警備隊へと引き渡しはイエヤス達はお昼休憩をとることにした。

 パン屋でサンドイッチを買った二人は帝都中央公園で昼食を頂く。コロは携帯食料の肉に噛り付いている。

 食べながら雑談に花を咲かせる二人に忍び寄る影が複数。

 最近気配に敏感になりつつあるイエヤスはもちろん、セリューも影に気付いているが敢えて知らないふりをする二人。

 

「イエヤスーーーーー!!!」

「セリューさん!!!」

 

 イエヤス達へと飛び込むように背後から抱きついてきたのは公園を主な遊び場としている子供達であった。

 事前に気付いていた為、予想より反応の薄い二人に子供達はぶー垂れながらも遊びに誘う。

 子供達に両手を引かれるイエヤスは窺うようにセリューへと視線を向けると、セリューは少しだけですよと許可を出した。

 セリューも誘われるが

 

「まだ食べているので待ってください」

 

 と断りを入れた。だが

 

「なにするんだ?」

「今日はオーダーマンごっこ!!!」

「!? 待ってください、今食べ終わります!! むぐぐぅ」

 

 残っていたサンドイッチを口の中に押し込みお茶で一気に流し込んだセリューが合流する。

 

「オーダーマン役がいいです!」

「「えーーーーーー」」

 

 勢いよく挙手して立候補するセリューに苦情の声を上げる子供達。

 

「セリューさんはオーダーレディが似合うよ」

「そうだよー」

「いえ、オーダーマンがいいです!」

 

 譲る姿勢を見せないセリューと子供達に苦笑を隠せないイエヤスがジャンケンを提案した。

 結果、気合で勝ち取ったセリューがオーダーマン役として大はしゃぎをする姿にほっこりとするイエヤスであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議室でイエヤス達が集まっていた。

 帝都周辺の賊は粗方掃討し終え、戻ってきたところであった。

 自ら進んでお茶くみを行うボルスに礼を言いながらイエヤス達は会話を弾ませる。

 

「そのヘアバンドって恩師の真似だったのか」

「そうだ。オーガ隊長っていってな、巷じゃ鬼のオーガって悪人には恐れられていたんだぜ」

 

 後ろ髪をまとめたヘアバンドを触りながらオーガとの思い出をイエヤスはウェイブへと語った。

 それに倣ってウェイブも首に巻かれた錨のマークがトレードマークである短めのマフラーを触る。

 

「俺のこれも海軍将校やってる恩人を真似してやってるんだ。まあ、あの人のマフラーはもっと年季が入ってていい感じに解れてるんだがな」

 

 イエヤスとウェイブは互いに恩人の姿を思い浮かべる。ウェイブの恩師は存命しているがイエヤスの恩人であるオーガはナイトレイドに殺されてしまっている。

 だが、イエヤスにとっての恩人はオーガだけではない。

 ある意味オーガ以上の恩人であるセリューの方へとイエヤスは視線を向けた。

 セリューはイエヤスとは離れた別の机でクロメと会話していた。

 

「なるほど! 八房の能力は凄いですね!」

 

 セリューとクロメは帝具について語り合っていたようでセリューは感心するように頷きながらクロメの帝具【死者行軍 八房】を褒める。

 

「悪人を闘う為の力に変えているという事を考えれば、悪人を食べて身体エネルギーに変えているコロにも通じるところがありますね!」 

 

 意外な共通点を見つけて嬉しそうにしているセリューにクロメは小首を傾げて少し訂正をした。

 

「八房の力で操っているのは別に敵だけじゃないよ? 暗殺部隊で同期だったナタラは大切な仲間だけど反乱軍に致命傷を負わされたから八房で斬ったの」

 

 クロメの言葉に驚きの表情をしたセリューだったが、すぐに神妙な顔つきになる。

 

「なるほど……死してなお悪を討つ手伝いをしているわけですね……、言葉の響きには惹かれるものがありますね!」

 

 

 

 

 セリュー達がどこか物騒な話し合いをしていると露と知らないイエヤスは視線をセリューからボルスへと移した。

 

「ボルスさんにはいないんですか? 恩師的な人は」

「私? うーん」

 

 話題を向けられたボルスは助けてもらっている人は数知れずいるが一人上げるとしたら、と焼却部隊隊長の名を上げた。

 今の自分の割り切った考え方は焼却部隊隊長から学んだ事だとボルスは言う。

 ルビカンテも隊長からお下がりであり扱い方の手解きも受けていた。

 現在、焼却部隊隊長は別の帝具を使っておりボルスが部隊を去る際もいつでも戻ってこいとの言葉を掛けてもらったと話すボルスは嬉し気であった。

 

 と、そこで会議室の扉からノックの音が発せられる。

 一同の視線が扉へと集中される中、扉が開かれる。

 現れたのは可愛らしい幼女を両手に抱いた、泣き黒子が印象的な絶世の美女であった。

 顔つきや雰囲気が似ている事から母娘であろうことは誰にでも分かる事実であった。

 

「あーなた♡

「パパー!!」

 

 見目麗しき女性に伴侶として呼ばれ、可愛らしき幼女に父親として呼ばれるイエヤスとしては血涙が出そうなほど羨ましい人物は誰だ!? と周りを見た。

 考える事は同じなのであろう周りを探しているウェイブ。

 セリューとクロメは性別的にない。

 ランとスタイリッシュは今日はいない為、消去法により一人しかいなかった。

 

「ややっ! どうしてここに?」

 

 身振りで驚きを表現するボルスが母娘へと走り寄る。

 

 ボルスさん結婚してたのか!!?? しかもこんな美人さんと!!???

 

 イエヤスとウェイブにかつてない衝撃が走った。

 セリューも二人ほどではないが驚いているが、クロメはそうでもない様子。

 開いた口が塞がらない二人を尻目に和気あいあいとしたやり取りを続けるボルス一家。

 ボルスが妻と一緒に作ったお弁当を忘れてしまっていたらしく、それを届けに来たようであった。抱っこをせびる愛娘に従って抱きしめるボルスの厚い胸板に頬擦りをして嬉しそうにしている幼女。

 父親しか見えていなかった幼女はそこで初めて部屋にいる他のメンバーを視界に入れた。

 そして、その中に見覚えのある人物を発見する。

 

「あれ? ………イエヤスくん?」

「うぇ?」

 

 予想外に名を呼ばれたイエヤスは間の抜けた返答をしてしまった。

 己の名を呼んだ幼女の姿を改めて確認したイエヤスはその容貌に覚えがあった。

 目映い金髪は肩口で切り揃えられており、主張の控え目な小さな髪留めが目に止まる。大きな眼に整った顔立ちは将来性の抜群さを物語っている。

 イエヤスの脳裏に迷子で泣きそうになっていたり、コロを抱き締めている幼女の姿が思い出された。

 

「あっ メイか!!」

「やっぱりイエヤスくんだーー!」

 

 ボルスの娘、メイはかつてイエヤスとコロが二人でパトロールをした際に見つけた迷子の幼女であった。

 ボルスの妻、エレナから事情を聞いたボルスはイエヤスの両手を握り感謝の想いを表した。

 

「前に聞いていた迷子になったメイを助けてくれた帝都警備隊の人ってイエヤス君のことだったんだね。改めて礼を言うよ」

「メイからもありがとねー」

 

 父親に倣ってお礼を言ったメイは視線を回した。何を探しているのか察したイエヤスがスッとお目当ての生物がいる方向を指差した。セリューの足元からクロメのお菓子袋を虎視眈々と狙っていたコロが走り寄ってきたメイに気付いて驚く動作を見せた。

 

「コロちゃん!!」

 

 コロと親しげにしているメイを視界に入れながらイエヤスはセリューにメイと出会った時の話をして、その時の子である事を説明した。

 

「コロちゃん、抱っこしてもいい?」

 

 セリューがコロの飼い主? であると察したメイが初めて会った時と同じように聞いてくる。もちろんセリューは快諾した。

 嬉しそうにコロを抱き締めるメイにイエヤスとセリューは和む。

 イエヤスの隣へと来たボルスとエレナはそんなメイを少し不憫そうに目を細めて見ていた。

 

「メイは犬が大好きなんだけどね。アレルギーだから飼ってあげる事ができないんだよ」

「なるほど、優しいボルスさんが犬を飼ってあげないのは違和感がありましたが、納得しました」

「…………優しくなんてないよ」

 

 イエヤスの言葉にボルスは片手で身を抱くようにしながら小さく呟く。

 呟きはイエヤスの耳には届かなかったがエレナだけはしっかりと耳に入れていた。

 労わる様にそっと優しい手付きでボルスの背中に手を添えるエレナにボルスは何も言わずにただ頷いた。

 夫婦の呼吸の合ったやり取りには気付かずにイエヤスは考えを述べる。

 

「コロは犬に似ているけど実際は犬じゃないからアレルギーが反応しないのか、メイが飼える唯一の犬ってわけだな

 

 イエヤスの推測にセリューは、なるほど、と納得しながら自らの胸を叩いて張った。

 

「ボルスさんの娘さんには申し訳ないですが、コロと私は一蓮托生! 決して切れない絆があります! ね、コロ!」

 

 セリューの自信満々の声掛け。

 だが、コロはセリューの言葉に反応せずにメイに抱かれてご満悦な様子であった。

 

「コロ!?」

 

 焦った声を出すセリューにコロはすぐに反応してセリューに向かって手を振った。

 イエヤスにはそれが、冗談冗談と言っているように感じたがセリューの様子を見るに正解であるようだった。

 からかわれたセリューはコロの額を人差し指で軽く小突いて意趣返しをする。

 

 ボルス一家と親交を深めつつ懐かしい再会をしたイエヤスであった。 

 

 

 

 



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12話 布石、慰労 ☆

 場所は宮殿内部の中庭。

 楽しげな話し合いが繰り広げられていた。

 再び皇帝陛下と出会ったイエヤスはまた会談に誘われたのだ。

 会話を続ける中、イエヤスは考える。

 帝国が抱える闇の権化たる大臣。

 その大臣を重用する皇帝だが、こうして話してみれば皇帝自体に闇をイエヤスは感じなかった。

 恐らくは海千山千の謀略家であろうオネスト大臣は皇帝にその尻尾を上手く隠している事はイエヤスでも察せられた。

 以前ランとの話し合いで直接皇帝に大臣の悪行を直訴した内務官が処刑された件についての見解を聞かされた事がイエヤスはあった。

 皇帝の大臣に対する盲信を甘く見て焦ったが故の結果だというのがランの考えであった。

 

 皇帝との話で節々で出てくる大臣に対する皇帝の信頼感はイエヤスにも十分なほど伝わっていた。

 イエヤスと大臣では積み重ねてきたものが違う以上、仮に今ここで大臣について糾弾しても、その内務官の二の舞になることが理解できていた。

 

「陛下は本当に大臣を信頼しておられるんですね」

「うむ。オネスト大臣は先帝である父上が亡くなってしまってからずっと余を支えてくれた忠臣であるからな」

 

 朗らかな笑顔を浮かべて話す皇帝にイエヤスはランの言っていた意味を実感する。

 皇帝と対話したことがある事をランに話したイエヤスは、もし次の機会があったならば、無理のない程度にやっておいてほしいと言われた布石を狙ってみることにした。

 

「大臣も大変な地位と聞きますからね。ストレスから来る暴食で体調を心配される声もよく聞きますね」

 

 以前オネスト大臣の健康診断を担当したこともあるスタイリッシュから聞いた事のある情報を元にイエヤスは話した。

 オネスト大臣とよく食事を取る皇帝は、その食事量と大臣の体型を鑑みて、うむ、と肯定を示した。

 

「そうだな、大臣は日々忙しそうにしている……、私ももう少し力になってやれればいいのだが……」

 

 まだ幼く未熟な身を憂う皇帝にイエヤスはここか! と目を光らせた。

 

「陛下は聡明な方ですから、しっかりと学んでいけばきっと大丈夫ですよ。陛下の成長を大臣も楽しみにしていると思いますよ」

「………そうだな、其方の言う通りだ」

 

 ランに言われた言葉を思い出しながら話すイエヤスに皇帝は我が意を得たりといった様子で同意した。

 

 ランがイエヤスに頼んだ事は、皇帝の自立心の促し、である。

 だが、これには一つの前提条件があった。

 それは、皇帝の意志に沿うこと、である。

 皇帝の意志に沿わない事を進言しても、それは不信感を生み、大臣に相談されてしまえば音もなく潰されてしまうのは今まで処刑されてしまった者達を考えれば火を見るよりも明らかである。

 緻密な情報収集により皇帝の性格や普段の言動を考察していたラン。

 大臣は皇帝を傀儡とすべく相当甘やかしていた。だが、皇帝は奇跡的にも自立心を失ってはいない、というのがランの見立てであった。 

 皇帝と大臣の繋がりに隙があるとすれば、皇帝自身は決して傀儡である事を望んではいない所だとイエヤスはランから聞かされていた。

 

 イエヤスは声を小さくして周りに響かないように気を使いながら進言する。

 

「なんでしたら大臣には内緒で学んでびっくりさせるのも面白いかもしれませんね!」

「それは知っておるぞ。サプライズ、というやつだな! オネスト大臣をびっくり……か、それは楽しそうだな」

 

 雰囲気に合わして声を低めた皇帝はイエヤスの提案に乗り気な様子。

 これもランから言われた事であった。

 イエヤスの名が大臣の耳に入る可能性を少しでも低くするためである。

 皇帝くらいの年頃の男の子は大なり小なり、悪戯をしたい年頃。

 しかし皇帝は、その地位への自負からかそういった傾向が見られなかった。

 だが、ない。というわけではないはずだと推測したランは此方から用意してやれば

反応する可能性は十分にあると判断した。

 

 結果はヒット。当たりであった。

 

 本当に隠し通せる可能性はないに等しいが、これによりイエヤスの名が皇帝の口から大臣へと伝わる可能性は低くなった、と言える。

 

 表向き楽しい話し合いは従者が時間を知らせに来るまで続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……くぁあーーー! 身に染みるなぁ」

 

 イエヤスが堪らず漏らすように声を出した。

 身体を包むものは温かく、熱いといっても差し支えないほど。

 湧き上がる湯気からは独特の匂いが鼻腔を擽るが決して不快なものではない。むしろどこか懐かしく気分を落ち着かせてくれる。

 視界に入る林、岩、置物などは皆計算し尽くされた配置をしており風情を感じされる。

 

 温泉である。

 

 帝都周辺の賊を粗方討伐し尽くしたイエーガーズは、その慰労として近郊にある温泉旅館へと招待されたのだ。

 息抜きも必要だと判断したエスデスはそれを受けメンバー全員で一泊二日で赴くことになったのである。

 豪華にも貸し切り状態となった旅館に気分を向上させたメンバーはさっそく温泉を堪能することにした。

 着替えの間で怪しげな目付きをしているスタイリッシュ、乙女のように脱ぐことを恥ずかしがっているボルスなど尻目にイエヤスは一番に温泉へと辿り着くと一番風呂を頂こうとするが、ランに止められてしまう。

 温泉に入る前にかけ湯をするのがマナーだと教えられて従ったイエヤスがもたついている間に一番風呂をちゃっかり頂くラン。

 ランの抜け駆けに憤然しながらも温泉に浸かったイエヤスはそんな不満も吹っ飛んでしまい冒頭へと繋がる。

 

 イエヤスの視界内ではイエーガーズの男メンバーがそれぞれ温泉を堪能していた。

 ウェイブとランは話し込んでおり、スタイリッシュは酒盛りをしてボルスにも勧めているがボルスはやんわりと断っていた。

 脳が溶かされそうな心地好さにイエヤスは頭を岩場に預けて自然と目を閉じた。

 視覚が遮断されたことにより聴覚が鋭敏となり、男メンバーの喧騒の中に姦しい響きが交じっていることにイエヤスは気付く。

 

「~~~~~~♪」

 

 エスデスの鼻唄や

 

「隊長が上機嫌だ……」

「いい温度ですもん。とろけますね」

 

 クロメとセリューの会話である。

 

 ゆっくりと目を開けたイエヤスはチラリと視線を横へと移すとそこには大きな竹製の壁があり、それが男湯と女湯を分ける敷居となっていた。

 

「……………」

 

 しばらく無言で思考を巡らしたイエヤスは再び目を閉じて湯の堪能を続けた。

 するとそこへ荒波を立てながら近づくものが一人。ウェイブである。

 

「おいおいイエヤス。ずいぶんと静かじゃないか」

 

 ウェイブはイエヤスの横へと勢いも少々に座り込んだ。

 僅かにだが湯が顔に散って顔を顰めるイエヤス。

 

「イエヤスのキャラだったら、ここは女湯でも覗きにいくのがお決まりってやつじゃないのか?」

 

 貸し切りの温泉にテンションが上がっているのだろう、いつもより暑苦しさが2割増しなウェイブの言葉にイエヤスはジト目を送って溜息を洩らした。

 

「覗きね……、確かに前までの俺なら喜び勇んでやってたかもな」

 

 クロメはあまりそういうのに頓着なさそうだが、エスデスは分からない。

 笑って許してくれるかもしれないし、軽い拷問をしてくるかもしれない。しかし、烈火の如く怒る姿は想像できない為、命の危機はないであろうとイエヤスは予想する。

 

 だが

 

「多分だけど、逆鱗に触れる事になる人がいるからなぁ」

 

 セリューがいた。

 覗きなどどう考えても悪である。

 セリューが悪を見る目は本当に冷たい。

 あの目が自分に向けられると考えただけでイエヤスは高温の湯に浸かっているにも関わらず寒気に身震いするほどであった。

 

「そ、それもそうだな………」

 

 イエヤスの様子に生唾を飲み込んだウェイブは上がったテンションを冷や水を掛けられたように下げていた。

 

「そういうわけだから、冗談でも覗きなんて言うもんじゃねぇぞ」

 

 釘を刺したイエヤスと刺されたウェイブは大人しく温泉を楽しむことに集中するのだった。

 

 

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 その後、用意されていた山の幸、海の幸をふんだんに使った御馳走に舌鼓を打ち、ゆったりとした時間を過ごして一同は就寝した。

 夜、皆が寝静まった頃、イエヤスはかなり珍しく目を覚ました。

 滅多に食べられない豪勢な食事に食べ過ぎてしまったイエヤスは腹痛を覚えて厠へと向かった。遠慮なく食べまくるクロメとコロに触発されてしまったのもあった。

 出すものを出したイエヤスが寝室へと戻ろうとする。

 渡り廊下でついでに夜景を見るべく中庭へと視線を動かすとそこに人影があった。

 

 影は中庭に配置されている岩場の一つ、最も大きい物に腰掛けて頭上に浮かぶ満月を眺めていた。

 口に菓子を咥えるその姿はいつもの風景でありながら、場所と時間が相まって不可思議な異質さを放っている。

 

 

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「よう、クロメも起きてたんだな」

「……イエヤス……」

 

 声を掛けられたクロメがイエヤスの方を向いた。

 声を掛けはしたものの、特に言う事が思い浮かばないイエヤスがクロメが見ていた月へと視線を向けるとクロメも再び月へと向いた。

 

「…………」

「………」

 

 二人を静寂が包み込む中、イエヤスは前から機会があれば聞いておきたかったことを思い出す。

 

「前にクロメは姉のアカメを殺したいって言っていたよな?」

「……うん」

 

 イエヤスの不躾とも言える質問だが、クロメはとくに反応を示すことはなくただ頷く。

 

「……俺は、……タツミを殺したいわけじゃない」

 

 絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「戦うことは、出来ると思う。きっとその勢いでなら殺すことも」

 

 でも、と震え出した手にギュッと握力を込めて抑えながら続ける。

 

「例えば一撃が入って横たわったアイツにとどめの剣を振り下ろせるかって言われると…………分からねぇ」

「………」

 

 独白するイエヤスにクロメはしばし沈黙を貫いた後、口を開いた。

 

「私は斬れるよ、斬ってお姉ちゃんには八房の力で一緒にいてもらうの」

 

 傍らに置いてあった刀を愛おしそうに撫でるクロメにイエヤスは息を詰まらせる。

 クロメはイエヤスに労わるような視線を向けるとある提案を持ち掛けた。

 

「イエヤスが斬れないなら私が斬ってあげてもいいよ? そうしたらイエヤスもお友達と一緒にいられるね」

 

 クロメの狂気に満ちた提案にイエヤスは反射的に首を横に振った。

 イエヤスの反応にクロメは残念そうにするでもなく、ただ流す。

 

「そっか、イエヤスはわたしと考え方が違うね」

 

 でも、と続ける。

 

「迷いは早めに振り切ったほうがいいよ。その迷いはきっとイエヤスを殺すから」

 

 話は終わり、と言わんばかりに岩場を飛び降りたクロメは己の寝室へと戻っていく。

 

 恐ろしい提案をされて即座に断ったイエヤスだが、その提案がクロメなりの優しさであることは理解できたイエヤスはなんとか言葉を発した。

 

「クロメ!」

 

 呼びかけに振り返りはしないが、足は止めるクロメ。

 

「その、提案には乗れないけど、……ありがとな」

「んっ」

 

 礼の言葉に短い返事をしたクロメがそのまま夜の闇に溶け込むように消えていく姿をイエヤスは見届けた。

 

「…………」

 

 クロメが眺めていた月を一瞥したイエヤスも自分の寝室へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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13話 とある貴族の屋敷事情 ☆

 休息日を与えられたイエヤスは、特に目的もなく帝都をブラつく事にした。

 いつもとは違う場所にも行ってみようと足を延ばしたイエヤスは貴族街へと足を踏み入れる。

 富豪層が住まう場所なだけに清廉された街並みに目を奪われるが、その実態は腐敗と汚職に塗れた見せ掛けだけのものであることをイエヤスは知っていた。

 それ故に複雑な気持ちを生じさせたイエヤスはどんな顔をすればいいか迷う。

 

「…………ん?」

 

 ふとイエヤスは街角から険しい顔を覗かせている男の姿を目端に捉えた。

 男はある一点に視線を集中させている様子だったが、イエヤスの視線に気付いたのか、イエヤスへと視線を移した。

 

 一瞬、視線が交差する。

 

 男は逃げるように街角の奥へと引っ込んでいくのを見たイエヤスは、あからさまな不審者に地面を勢いよく蹴って追う事にした。

 男が姿を消した角まで来たイエヤスだったが

 

「あれ!?」

 

 男の姿は影も形もなく、視線を巡らすが隠れられる場所もなく、まんまと逃げられたイエヤスは悔しそうにしながら頭を掻いた。

 

「確かあっちの方角を向いていたよな?」

 

 男が街角から熱視線を送っていた方角を確認するイエヤス。

 そこには大きな貴族の屋敷がデンと構えてあった。

 男が視線を送っていた理由を探るべく、屋敷の周りを確認するように一周したイエヤスは一応中の貴族にも一報入れるべきか? と検討していると後ろから此方に駆け寄る気配を感じて振り返った。

 

「おい貴様! ゲイス様のお屋敷の周りで何をしている!!」

「え?」

 

 いきなりの物言いにイエヤスは戸惑いの声を漏らす。

 どうやらイエヤスが探っていた屋敷の護衛兵があいにくと非番で私服であるイエヤスを不審者と思って迫ってきていると察したイエヤスは訳を話そうとする。

 だが、問答無用と護衛兵が剣を抜くのを確認したイエヤスは仕方なしに応戦することになった。

 

 カリバーンを抜くまでもなく護衛兵を無力化させたところで、騒ぎを聞きつけた屋敷主であるゲイスが現れようやく話を通せたイエヤスは謝罪の為に屋敷へと招かれた。

 

「本当に申し訳ございません。あの特殊警察イエーガーズの一員とは露知らず、うちの兵どもがご迷惑をお掛けしました」

「いえいえ」

 

 平謝りをするゲイスにイエヤスは幸い後に引くような怪我は互いにしていないから、と水に流すことを伝え、ついでに屋敷を窺っていた怪しい人物がいた事も伝えた。

 不審人物の存在にゲイスは顔を顰めるが、すぐに取り繕うと部下に目配せをする。

 目配せを受けたゲイスの部下が部屋の奥から小さな包みを持ってくる。

 

「こちらはご迷惑をお掛けしたお詫びです。どうぞお受け取りください」

 

 机の上に置かれた弾みに中に入った物がジャラリと音を零した。

 なにが入っているか分かったイエヤスは驚きの表情と共に首を横に振った。

 

「いやいやいや、受け取れませんよ」

 

 そこから押し問答がしばし続いたが、意地でも受け取る気のないイエヤスにゲイスが折れる形で話し合いは終わりを迎えた。

 メイドに屋敷の出口まで案内される最中、イエヤスは顎に手をやり考える。

 

 不審人物の存在を伝えた時、ゲイスは不愉快そうな感情を垣間見せたが驚きの感情は見せなかった。

 護衛兵達も屋敷の周りを窺っていたイエヤスに対して過剰とも言える警戒心を抱いていた。

 以上のことから、ゲイスはなにか狙われる心当たりがあるようにイエヤスには思えた。

 だがゲイスはイエヤスをイエーガーズの一員と知りながら訳を話す気配を見せなかった。

 お金を渡す素振りに淀みがなかったことも含めて、ゲイスに対する不信感を募らせるイエヤス。

 

「…………ん?」

 

 思考の海を潜っていたイエヤスだが、前を歩くメイドの足が下り階段へと向かい始めたのを見て一時思考を中断した。

 この屋敷に入ってから階段など上った覚えはない。

 如何に方向音痴なイエヤスといえど、この下り階段が地下へと続いているであろうことは予想できた。 

 

「ちょっとちょっと、間違えてませんか?」

「………こちらへどうぞ」

 

 イエヤスの指摘、だがメイドは振り返ることなく、階段を下りていく。

 イエヤスは訝しみながらも、それに続いた。

 いつでも剣を抜けるように柄に手をやりながら。

 

 

 

 

 「こ、これは………!?」

 

 一階と比べて幾ばくか薄暗いゲイスの屋敷の地下にて、イエヤスの戸惑いの声が響いた。

 イエヤスの目の前には鉄格子で蓋をされた牢屋が並んでおり、中には人、だったものが散乱していた。

 どの牢屋の遺体も損傷が激しく、四肢がなく達磨なもの、腹を裂かれて中身をぶちまけているもの、頭を水の張った樽に突っ込んでいるのにピクリとも動かないもの、無駄に多種多様な死に様を晒していた。

 生きている者がいないことを確認したイエヤスは恐れを上回る怒りに手を震わせながら、ここまで案内したメイドへと向き直った。

 

「……それで、俺にこれを見せたのはなんでだ?」

 

 イエヤスの鋭い目を一身に受けても怯んだ様子を一切見せないメイド。

 天井のランプに照らされたくすんだ金髪、俗に糸目と呼ばれる細い目、体型は世辞にも女らしいとは言えず凹凸は少ない。顔立ちは整っており、ゲイスの美的センスは歪んでいないようであった。

 

「私は帝国暗殺部隊の一員、名前はテルシェと言います」

 

 感情を削ぎ落したかのように表情を変えないまま自己紹介したテルシェにイエヤスは聞き覚えのある言葉に反応した。

 

「帝国暗殺部隊って確かクロメが元々いた部隊っていう?」

「はい、クロメ先輩が抜けた後に配属されたので面識はありませんが」

 

 イエヤスの問いを肯定したテルシェは話を続ける。

 

「見ての通り、この屋敷の主ゲイスは人身売買で買った人達を娯楽で殺害する大罪人でございます。過去にも数度、正義感に駆られた者達の手によって捕まった事もありました。ですが、上層部と繋がっているゲイスはなんの罰も与えれることもなく釈放され、反省することもなく今に至っております。ちなみに正義感に駆られた方々はゲイスが釈放される度に不可解な変死を迎えている事も付け足しておきます」

 

 矢継ぎ早に発せられる言葉だったが、落ち着いたソプラノボイスで語られたそれはすんなりとイエヤスの脳に染み込み、理解を促した。

 

「ゆえに正規の処置では解決は不可能と判断した、とある方の指令でゲイスの暗殺を行う為に私がメイドとして紛れ込んでいました」

 

 ですが、と続ける。

 

「どこからか情報が漏れたのかゲイスは警戒度を上げ、大量の護衛兵を雇い、常に近くに侍らすようになってしまいました。どうしたものかと悩んでいたところに」

「ちょうどよく俺が現れたってわけか」

 

 テルシェの言葉の続きを引き受けたイエヤスは納得する。

 

「こちらが証拠である人身売買の記録書類になります」

 

 差し出された書類に目を通すイエヤス。

 薄暗く見え辛い活字に目を凝らしながら書類に集中していると、不意に風の流れに違和感を覚えたイエヤスは面を上げる。

 するとすぐ真横までテルシェが迫ってきており、イエヤスを見ていたテルシェと目と目が合う。

 

「………なにか?」

「いや、なんか近くないか?」

「私も少し書類で確認したいことがございましたので」

 

 悪びれる様子もなく言い放つテルシェにイエヤスは書類を返した。

 

「もうよろしいので?」

「ああ、それで俺は何を手伝えばいいんだ?」

 

 非道を目にしてやる気に満ちているイエヤスが軽く体を解しながら問うとテルシェは書類を懐へとしのべながら答えた。

 

「出来れば一人でも多くゲイスの周りにいる護衛を引き寄せてください」

 

 何人までなら戦えますか? と実力を測るテルシェにイエヤスはゲイスの周りにいた護衛達を思い出し、そして

 

「全員」

 

 不敵な笑みを浮かべ、カリバーンを抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下を出たイエヤスはテルシェに案内されてゲイスの元へと向かった。

 ゲイスのいる部屋に辿り着く寸前で一時別れることになり、イエヤスはそのままゲイスの部屋に向かって歩く。

 部屋の前には護衛兵が二人並んでいたが、イエヤスとは顔を合わせており、再び現れたイエヤスに首を傾げていた。

 だが、イエヤスが抜身の剣を握っている事に気付いた兵達はすぐに警戒心を見せた。

 しかし

 

「おせぇ!!」

「なっ!?」

 

 言葉を発しようとする護衛兵に突っ込んだイエヤスはカリバーンを振り抜いて両断する。返す太刀でもう一人も斬ろうとするが、そこは腐っても兵、なんとか反応して抜いた剣で受ける。

 だが

 

「ぐげっ!!??」

 

 見た目からは想像もつかない程の重剣に止める事は叶わず、護衛兵の剣ごと叩きつけられた兵士は壁へと衝突して、そのまま動かなくなった。

 イエヤスが部屋へと入るとゲイスと護衛兵が複数人おり、色めき立っていた。

 イエヤスの姿を確認したゲイスは驚きの声を上げる。

 

「な、何事だ!? き、貴様は!!」

 

 狼狽えるゲイスにセリュー直伝の冷たい眼差しを向けながら剣を持った右手を上げて剣先を向けた。

 

「人身売買と惨たらしい殺害を繰り返した大罪人ゲイス! お前の悪行もここまでだ!!」

 

 イエヤスの言葉である程度は察したゲイスは憤怒の感情に顔を真っ赤にさせる。

 

「ふん! やけに金を受け取らないと思えば、貴様も あの馬鹿共と同類か!!」

 

 やってしまえ、と唾を撒き散らしながら怒鳴るゲイスに護衛兵の隊長らしき人物が懐から笛を取り出す。

 他に配置されている護衛兵を呼ぶ笛を吹こうと口に咥えたその刹那

 

 イエヤスの一閃がその喉笛を裂き、呼び笛に届くはずだった空気は新たに作られた出口から血と共に吹き出す。

 

「呼ばれると分かっててやらせるかよ」

 

 隊長が一瞬でやられる様を見てゲイスは聞き苦しい悲鳴を上げながら別の出口から逃走を図る。させるかと駆けるイエヤスの行く手を遮る護衛兵達。間を駆け抜けゲイスのすぐ後ろまで差し迫ったイエヤスだが寸前のところで横からの斬撃に回避を選ばざるをえなくなり、ゲイスは部屋を出て行った。

 まんまとイエヤスから逃げ出したゲイスだったが、イエヤスに焦りはなかった。

 この部屋に来るまでの廊下に兵はなく、部屋の前の兵は片付けた。

 そして今、ゲイスの周りにいた護衛は全員イエヤスの目の前にいる。

 

 ゲイスは今、ひとりである。

 

 ここまでがテルシェとの打ち合わせ通りであった。

 

 

 

 

 

「ゲイス様! こちらです!!」

 

 イエヤスからほうほうの体で逃げ出したゲイスは途中で出会ったメイドを引き連れて裏口へと向かった。

 ゼイゼイと乾いた呼吸音を上げながら苦しげに走るゲイスだったが、裏口が見えておもわず笑みが零れた。

 

「っ!?」

 

 前を行くメイドがゲイスの背後に目をやり驚愕の声なき声を上げなら両手で口を覆った。

 まさか、もうイエヤスが来たのか!? と背後へと首を痛めそうな速度で振り返ったゲイスだったが、そこには今まで走ってきた廊下が広がるばかりで何もなかった。

 

「?」

 

 メイドは一体何に驚いたのかと首を元に戻そうとしたが、その前にゲイスは足を滑らせて転んでしまう。

 こんな時に何をやっているのか、と自嘲の笑みを零しながら立ち上がろうとするが、何故か手足に力が入らない。

 

「っ?、っ!?!?」

 

 何度力を込めても四肢は役目を果たさず、ゲイスは寝そべったまま。

 ゲイスの首から流れる小さな赤い川が床へと辿り着き池を作ってゆく。

 結局ゲイスは自分の身に何が起こったのか、理解することなく、生涯を閉じることになった。

 

 

 

 

 護衛兵を片付けたイエヤスが散々迷いながら裏口へと辿り着くと息絶えたゲイスだけがおり、テルシェの姿は見えなかった。

 死体はゲイスだけであり、辺りに争った跡もない為無事だと予測したイエヤスは、手筈通り、そのまま裏口から抜け出して屋敷を脱出するのであった。

 

 

 

 

 

 

 屋敷を脱出して去っていくイエヤスを貴族街の影から眺める者がいた。

 テルシェである。

 

 「………ふぅ」

 

 一仕事を終えたテルシェは一息上げながら懐に手をしのばせた。

 取り出したものの包みを開いて

 

 パクッ

 

 口に咥えた。

 口内に広がる甘く上品な味わいに身を震わせる。

 キャンディであった。

 身の震えに合わせて身体から煙が立ち込み始めテルシェの全身を包み込む。

 煙が晴れたその場所には先程とはまるで違った容姿の者が立っていた。

 

 薄い赤色の髪を靡かせたロングヘア。うさ耳を彷彿させるヘッドホンがトレードマーク。女性としてはやや低めの身長にスレンダーな体付き。

 茶目っ気の強い可愛い顔つきは悪戯猫と評するのが最も近いと思わせる。

 

「あの子がタツミが言っていたイエヤスかー」

 

 テルシェあらためナイトレイドの一人、チェルシーが呟く。

 

 

 

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 自身をあらゆる生物に変化させる化粧品型帝具【変身自在ガイアファンデーション】の使い手であるチェルシーは暗殺対象であるゲイスの屋敷で働くメイドの一人に化けて機会を伺っていた。

 そんな時、イエヤスが屋敷に現れた。

 タツミに聞いていた外見と一致しており、ゲイスとの会話も聞いてイエーガーズの一人イエヤスである確信したチェルシーは後顧の憂いを絶つ為に、ゲイス暗殺にイエヤスを巻き込んで隙あらばイエヤス暗殺を目論んだ。

 

 だが、

 

 一見隙が多いように見えるイエヤスであったが、不思議と決定的な隙を見せることはなかった。

 ゲイスの書類に目を通している時など、かなりのチャンスだと思い気配を殺して近寄るが寸前で面を上げてチェルシーを見てきた。

 強い警戒心を見せる様子はないため、チェルシーの隠された殺気に気付いたわけでもないはずだが、それでも要所要所で隙を防ぐイエヤスに不気味な気配を感じたチェルシーはイエヤス暗殺を断念、従来の目的であるゲイスを暗殺して屋敷を去る選択をした。

 

 

 

 

 

「タツミに聞いてた通り、悪い子でもなさそうなんだけどねー、残念残念」

 

 目論見は失敗してしまったが、さして気にした様子もなくチェルシーは再び変身して帝都の中に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 後日テルシェの無事を確認するためにクロメを通して帝国暗殺部隊に連絡を入れるが、当局にテルシェと呼ばれる者はいない、との返答をもらい首を捻るイエヤスの姿があった。

 

 

 



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14話 ロマリー渓谷

 

 イエーガーズ全メンバーに招集がかかった。

 帝都東にあるロマリー街道付近にてタツミやナジェンダの目撃報告があった事が集まったメンバーにエスデスの口から説明される。

 今までも情報を集め捕えようとしていたが、決定的な尻尾を掴ませなかったナイトレイドの目撃情報にメンバーは色めき立つ。

 すぐさま追うことを指示するエスデスに反対の意見など出るはずもなく、イエーガーズは帝都を出て東へと向かう。

 

 ロマリー街道付近の町へと辿り着いたイエーガーズは先に着いて情報収集をしていた偵察兵から報告を受けて町中央の噴水がある広場にて話し合いが行われる。

 

「ナジェンダはそのまま東へ、タツミは南へ! ここに来て一行が二手に分かれて町を出たという目撃証言があるようだな」

 

 報告書に目を通しながら話すエスデスにボルスがそれぞれの方角の特徴を述べる。

 東は最近教徒を増やしてきている安寧道の本拠地キョロクがある。

 南は反乱軍の息がかかっているであろう町が点在していると言われている。

 今からでも急げば十分追いつけると意気込むウェイブにエスデスは待ったを掛ける。

 今まで散々雲隠れしていたナイトレイドの目撃証言がこうも立て続けて報告されることに違和感を覚えたエスデスはこれを罠だと断定する。

 ランとスタイリッシュはエスデスの意見に同意を示した。

 だが、罠だと知った上で、罠ごと叩き潰すとエスデスは言い放つ。

 部隊を二手に別ける事を決めたエスデスは振り分けを考える。

 

 以前スタイリッシュからイエヤスの成長を気に掛けているから出来るだけ組ませてもらえるように頼まれていた事をエスデスは思い出した。

 イエヤスとセリューは付き合いの長さからイエーガーズメンバーの中でも最も連携が取れている二人なので組ませるべきであることを視野に入れて、イエヤス・セリュー・スタイリッシュがセットとなる。

 エスデスはバランスを考えて、ここには安定性が高いウェイブを組み込むことにした。

 エスデス自身が過去に目を掛けていたナジェンダと戦いたいという思いと、イエヤスはタツミを気にしているであろう事も考慮して振り分けを決めた。

 

「私、ラン、ボルス、クロメの4人がナジェンダを追う。 イエヤス、セリュー、スタイリッシュ、ウェイブの4人はタツミを追え」

 

 エスデスの指示に不満を漏らすものはなく、イエヤスは自分をタツミに充ててくれたエスデスに感謝の念を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 町を南から出たイエヤス達はそのまま南へと馬を走らせる。

 

「イエヤスくん! 逸る気持ちは理解できますが、あまり気負いすぎないようにしてくださいね!」

「セリュー先輩……、はい! 分かりました」

 

 先頭を走るイエヤスにセリューが気遣いの声を掛ける。イエヤスは自分が冷静さを少し失いかけていた事に気が付き、礼を言った。

 ウェイブは自分が励まそうと口を開きかけていたがセリューに先に越されて中途半端な形で口を開いた状態で固まっていた。

 そんな若人達のある意味いつも通りのやり取りを後方で見ているスタイリッシュ。

 

 一行がロマリー渓谷に差し掛かろうとした時、スタイリッシュが連れてきているスタイリッシュ自らが帝具を用いて手術を施した強化兵の一人が渓谷からの異音を報告する。

 

「スタイリッシュ様、前方の渓谷から意図的に息を潜ませているような呼吸音が聞こえます。恐らくは待ち伏せかと」

「流石《耳》ね」

 

 報告した強化兵は小柄な体には似つかわしくない程巨大な耳をしている。

  

「スタイリッシュ様、前方の渓谷の道中に立てられた物を発見しました。恐らくは案山子かと」

「流石《目》ね」

 

 報告した強化兵は大きな眼を限界まで見開いており、傍目から見れば少し不気味な姿をしている。

 

「クンクン、特に匂いはありませんね」

「もう少し頑張りなさい《鼻》」

 

 とてつもなく発達した、まるで鳥の嘴だと見紛う巨大鼻を鳴らした強化兵の呟きにスタイリッシュが苦言を呈する。

 

 スタイリッシュの私兵である強化兵の中でも特にスタイリッシュに寄り添う形で配置されて《耳》《目》《鼻》の3人はそれぞれ聴覚視覚嗅覚が強化されている。

 

 《耳》と《目》からの報告をスタイリッシュは前を走るイエーガーズメンバーに知らせる。

 待ち伏せと聞いて馬の脚を止めようとしたイエヤスにスタイリッシュは、このまま走るように提案した。

 意図を尋ねる3人の視線にスタイリッシュは自分の考えを話す。

 

 渓谷前であからさまに足を止めてしまえば、相手側にこちらが待ち伏せを察知した事がバレてしまう。

 待ち伏せで優位に立っていると考えている相手の隙を突くチャンスを捨てるだけでなく、最悪の場合待ち伏せの失敗を悟ったナイトレイドが撤退を選ぶ可能性すらある。

 ようやく見せたナイトレイドの尻尾をみすみす逃す事はないというスタイリッシュに一同は頷いた。

 

 渓谷へと入り、案山子の元へと辿り着いたイエーガーズは馬から降りて慎重に近づいていく。

 

「っ!!!」

 

 突如、渓谷の影から人影が飛び出すとイエヤス達に襲い掛かった。

 イエヤス達の視線が飛び出してきた影へと向けられると同時に案山子が破裂して中から和装の偉丈夫が飛び出してきて影と同じくイエヤス達へと迫る。

 予期していた事態にイエヤス達は慌てることはなく、

 

 和装の偉丈夫 スサノオの手にした棍棒のような物の一撃を即座にグランシャリオを装備したウェイブが。

 全身を鎧で包んだ戦士 タツミの槍による突撃をイエヤスが。

 クロメによく似た雰囲気を持つ少女 アカメの禍々しい刀による一閃をスタイリッシュの強化兵の一人、メガネを掛けた男 トビーが。

 金髪に獅子の耳を生やした豊満な女性 レオーネの重拳を巨大化したコロが。

 眼帯をした女 ナジェンダの絡繰り仕掛けの右手を飛ばしたパンチをセリューが。

 おっとりとした雰囲気を持った女性 シェーレの斬撃をスタイリッシュの強化兵の一人 大柄な角刈り男 カクサンが。

  

 それぞれ応戦する。

 

 ナイトレイドの待ち伏せは不発に終わるが、それも予測していたようでイエヤス達の淀みない反撃に驚く事はなく、互いに決定打に欠けた第一会合は終わった。

 

「ナジェンダがいる? それにこの人数……まさかナイトレイド全員なの!?」

 

 スタイリッシュが驚きの声を上げた。

 エスデスが向かった東は囮であると察したスタイリッシュは悔しそうに爪を噛んだ。

 

「ドクター・スタイリッシュ、イエーガーズの中でも貴様は最優先のターゲットだ。覚悟してもらおう」

 

 スタイリッシュを指差して宣言するナジェンダ。

 医者であるスタイリッシュを最初に殺しておかなければ、後々厄介になると判断したナイトレイドはスタイリッシュを第一ターゲットに定めていた。

 名指しされたスタイリッシュだが、怖気づいた様子はなく鼻を鳴らした。

 

「フン! モテる乙女の辛いところね、でも、そう簡単にワタシのハートを奪えるなんて思わないことね」

 

 パチン

 

 スタイリッシュの指鳴らしを合図に大多数の強化兵が続々と現れる。

 

「さぁ、チーム・スタイリッシュ! 華麗に進撃開始よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「葬る!」

 

 強化兵に指示を出すスタイリッシュ目掛けて駆けるアカメ。

 

「させるかよ!」

 

 立ち塞がるウェイブにアカメは容赦なく斬撃を浴びせる。

 ウェイブの反撃を紙一重に躱して肩にアカメの刀がヒットする。

 が

 

「くっ!硬いな」

 

 グランシャリオを纏ったウェイブの生身に届くことはなかった。

 

 アカメの持つ刀型帝具【一斬必殺 村雨】は刀身に呪毒が込められており、僅かでも傷を負わす事ができれば、瞬く間に呪毒が心臓へと廻り死に至る、恐ろしい帝具であった。

 

「お前がアカメだな! 村雨を持ったお前の相手はオレが適任だからな、相手をしてもらうぜ」

 

 全身鎧のウェイブに対して改めて構え直すアカメを横から鋭い斬撃が襲う。

 

「ッ!?」

 

 身体を屈めて回避したアカメの上をすり抜けてウェイブの隣へと着地したトビーは

靴底から生やした刃を使って見事にターンをして見せる。さながらアイススケートをしているかのようであった。

 

「ふむ、避けられてしまいましたか」

「アンタ、ドクター・スタイリッシュの強化兵だよな? アカメの相手をして大丈夫なのか?」

 

 心配の声を掛けるウェイブにトビーは自分は全身機械の機械人間なので呪毒は効かないと短めに説明した。トビーもまた、対アカメを想定して用意されたスタイリッシュの秘蔵っ子なのだ。 

 

「……相手が誰だろうと、斬る!」

 

 相性の悪い相手二人を前に、村雨を構えるアカメに

 

「村雨が効かない相手二人となると厳しそうだな、手を貸そう」

 

 スサノオが合流する。

 スサノオの姿を確認したウェイブの表情が僅かに硬くなる。

 

「さっき、あの男の一撃を受けたが、かなりの強さを感じた。注意しろよ」

 

 ウェイブからの忠告にトビーは頷く。

 

「御忠告痛み入ります。では、いきましょうか」

「おう!」

 

 飛び出すトビーにウェイブが続く。

 

 

 ウェイブ&トビー VS アカメ&スサノオ

 

 

 

 

「悪! 即! 滅!」

 

 声を上げるセリューの掲げた箱状の物からミサイルが幾つも発射される。その名は正義初江飛翔体。 

 ナジェンダへと迫る飛び交うミサイル。

 渓谷の壁に義手を飛ばしめり込まさせて、繋がったロープを巻き取ることで立体的な動きをしてなんとか躱す。

 

「くっ! なんという火力だ、だが」

 

 義手を回収して壁を蹴り、宙へと跳んだナジェンダは義手をセリューへと向ける。

 

「撃っている間、本体はその場から動けないようだな!」

 

 狙いを定めて義手を放とうとするナジェンダに

 

「ボス! 避けてくれ!!」

 

 警告の声が飛んだ。

 迫る危険がなにか確認する前にナジェンダは身を翻した。

 

「っ!??」

 

 ナジェンダの背中を掠めるように大口を開けたコロが通過していく。それを追う形でレオーネも通過した。

 

「お前の相手は私だろうが! 止まれ犬っころ!!」

 

 コロの背中に拳をヒットさせたレオーネはそのまま地面へと叩きつける。

 地面と拳に挟まれてレオーネの拳がコロの身体へと捻じ込まれる。

 

「コロ! 3番!」

 

 セリューがコロの吐き出した巨大な剣 正義宋帝刀を手に取り、勢いそのままにレオーネに切り掛かる。

 

「っと!!」

 

 コロから拳を引き抜いたレオーネは後方に跳んで避ける。

 着地したレオーネにナジェンダが駆け寄った。

 

「レオーネ、無事か」

「あぁ、ボス、引き付け切れなくて悪いね。あの犬、急に方向転換しやがって」

 

 詫びるレオーネにナジェンダは首を振った。

 生物型の帝具はマスターのピンチを本能的に察知する能力があるらしいので仕方がないとナジェンダはレオーネをフォローした。

 

 グルルゥゥゥゥ

 

 レオーネから受けた傷を再生し終えたコロが威嚇するように唸る。

 横でセリューがコロから受け取った鉄球 正義秦広球を持ち構えている。

 

「セリュー・ユビキタス、お前はマインの直接的な仇だな。討たせてもらうぞ」

 

 ナジェンダの言葉にセリューは不愉快そうに眉を顰めながら答える。

 

「悪風情が一端に仲間意識など笑止千万! 悪は悪らしく、己の事だけを考えて惨めに死ね!!!」

 

 放たれる鉄球にコロが追従した。

 

 

 セリュー&コロ VS ナジェンダ&レオーネ

 

 

 

 

 

 

「ワッハッハ、どうしたどうした、近付いてみやがれ!」

 

 角刈りの大柄男 カクサンが豪快な笑い声を上げながら手にしたライフルを連射する。

 シェーレは射撃を避けながらカクサンへと迫ろうとするが多くの強化兵が立ち塞がり、それを防ぐ。

 連射を躱しながら、シェーレは少しずつ強化兵の壁を削いでいく。

 だが、壁を削ぎ、カクサンへと近付くたびに、射撃の威力が増していく。

 その事実にシェーレは歯噛みしながら、複雑な感情が込められた瞳をカクサンに握られたライフルに向け、呟く。

 

「……マイン」

 

 カクサンが手にしているライフルは帝具【浪漫砲台パンプキン】。

 スタイリッシュがメンテナンスという建前で持ち出したパンプキンを扱えるように調整された強化兵、それがカクサンであった。

 

「エクスタスだったかぁ? なんでも切れちまうバツグンの切れ味らしいが近寄れなければ、そんなもの無駄だ無駄!」

 

 近接専用の帝具であるエクスタスに遠距離用帝具であるパンプキンをぶつけ、近付かせないように強化兵で壁を作る。

 スタイリッシュが考えた作戦は見事に機能していた。

 

「……マインを返して頂きます」

 

 カクサンの挑発には乗らずに、シェーレは一度深呼吸をして冷静さを取り戻すと壁を削る作業を再開した。

 

 

 カクサン&強化兵多数 VS シェーレ

 

 

 

 

 

 

「タツミ!!!!」

「イエヤス!!!」

 

 互いの名を叫びながら槍と剣が交差する。

 得物をインクルシオの副武装であるノインテーターへと変えているタツミだが、変わらずイエヤスの速さには手を焼いていた。

 

「さらに速くなってやがるな、イエヤス!」

「お前だって、いやに槍捌きが堂に入ってるじゃねーか!」

 

 軽口を叩き合う二人だが、そこに飛び交うは互いに必殺の刃。

 会うまでは色々と考え込んでしまい悶々としていたイエヤスだが、いざ相対すると不思議と頭の中はスッキリとして、ただタツミに勝つ事だけに集中することができた。これも一種の割り切りだとイエヤスは理解する。それはタツミも同様なのだろう。

 

「あの日のリベンジ、させてもらうぜ!!」

「やれるもんなら、やってみろ!!」

 

 

 イエヤス VS タツミ

 

 

 

 

 

 スタイリッシュは周りを護衛の強化兵で固めて渓谷の上へと上がって戦況を眺めていた。

 

 「角行と飛車は狙い通りの働きを見せているようね」

 

 スタイリッシュは己の駒を将棋の駒に例える癖がある。

 トビーが飛車であり、カクサンが角行である。

 大量にいる無名の強化兵が歩、セリューが香車。

 桂馬は現在、強化兵の中に紛れ込んでおり、必殺の機会を伺っていた。

 金将、銀将は不在であったが、この戦い限定であればウェイブとイエヤスがそれに当たるであろう。

 

 それぞれの戦況を見て歩兵の分配をどう振り分けるべきか考慮する。

 

 そんなスタイリッシュの様子を背後に広がる林の影から窺う人物が一人。

 ナイトレイドの一人、チェルシーである。

 

 直接的な戦闘を不得意とするチェルシーは遊撃として、暗殺の機会を窺っていた。

 

 

 

 

 

 

 ーー人が次第に朽ちるように、国もいずれは滅びゆくーー

 

 ーー国を護る者達 と 新国家の誕生を目指す者達ーー

 

 ーー思想、理念、目的、全てを違えた彼等はーー

 

 ーー避けられぬ運命によって、衝突の日を迎えたーー

 

 ーー必殺の武具をその身に纏いーー

 

 ーー己の決意を胸に秘めーー

 

 ーー決戦の火蓋が斬って落とされたーー

 

 

 戦いはまだ、始まったばかりである。

 

 

 



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15話 疾風

 現在の戦況

 

 イエヤス VS タツミ

 

 ウェイブ&トビー VS アカメ&スサノオ

 

 セリュー&コロ VS ナジェンダ&レオーネ

 

 カクサン&強化兵多数 VS シェーレ

 

 

 

 

 剣と槍が無数に交差して辺りに剣劇音が響く。

 イエヤスの速さに翻弄されるタツミだが、その打開方法はすでに知っていた。

 タツミはかつての決闘と同じように地面を叩くべく、槍を振り上げた。

 

「同じ手を食らうかよ!」

 

 タツミが地面に槍を叩き付けて震撃を起こすのと同時にイエヤスは高く跳躍をして難を逃れる。壁に向かって跳躍したイエヤスは壁を蹴り、さらに高く跳んだ。

 タツミの攻撃を避け切ったイエヤスだが、その高すぎる跳躍を

 

「避けるのに必死で焦ったかイエヤス! 空中でこれが避けられるかよ!!」

 

 タツミは悪手だと判断した。

 空中ではイエヤス自慢の速さは発揮できないと踏んだタツミは地面を強く蹴りだし、イエヤスに向かって槍を突き出して突進した。

 タツミの動きにイエヤスは頬を歪ませて笑みを浮かべる。

 

「お前なら……そう来ると思ったぜ!!!」

 

 叫ぶイエヤスの剣は

 

 鞘に納められていた。

 

 最初に跳躍した時から納刀していた剣を真っ直ぐに突っ込んでくるタツミに向かってイエヤスは抜き放った。

 カリバーンの奥の手 【烈風】が放出される。

 

「ハァ!?」

 

 イエヤスから突如繰り出された風の刃にタツミは驚愕しながら、突く為に突き出していた槍を横向きに構えて防御の姿勢へと移行した。

 

「ッグゥ!!」

 

 風の刃を受け止めるタツミが苦悶の声を上げる。ノインテーターを砕く程ではないものの油断すれば弾かれそうな威力をタツミは強化された腕力でなんとか耐え切る。

 いや、耐え切ろうとした、その時

 

「オラァ!!!」

 

 跳躍から重力に従って降ってきたイエヤスが追い打ちを掛けるように重剣を叩き付ける。

 風の刃と剣の刃による二重の斬撃がタツミを襲うが、風の刃に押されて寸前のところで地面に押し戻されたタツミは、地面を蹴って横に回避することに成功する。

 

 タツミを逃したイエヤスの斬撃が地面に当たり轟音を響かせながら砕かれる。

 渾身を一撃を避けられたイエヤスは剣を構え直してタツミへと向き直った。

 タツミも避ける事に全力を尽くしていたので、地面を穿つイエヤスの隙を突くことは叶わず、槍を構え直すだけに終わった。

 

 向き合った二人に一時の静寂が訪れる。

  

 イエヤスのカリバーンを握り締めた手に意図せず力が籠もる。

 イエヤスの不意打ちともいえる【烈風】に見事に対処して見せたタツミのセンスは流石だと内心舌を巻くイエヤスだったが、それでも確かな手応えを感じた。

 タツミもそれは同様のようでインクルシオの鎧の中で背筋に冷や汗を流す。

 互いに出方を窺う沈黙を破ったのはイエヤスでもタツミでもなかった。

 

「!? あぶねぇ!!」

 

 目の前のイエヤスに集中していたタツミは後ろからの突然の襲撃に僅かに反応が遅れるが、致命とはならず、攻撃を掠らせながらも回避した。

 タツミを襲った者は口を開くことはなく、沈黙を貫いたまま、タツミへと刃を構える。それに倣うように似た容貌の者が続々と現れ、同じく刃を構えた。

 イエヤスとタツミの一騎打ちに水を差してきたのはスタイリッシュが歩兵と呼ぶ強化兵達である。

 

 突然の横槍にはタツミだけでなくイエヤスも面を食らうが、事態を把握してカッと頭に血が上る。

 

「ッ!!! ……クッ……」

 

 邪魔するんじゃねぇ!!

 

 喉元まで出掛かった言葉をイエヤスは直前で飲み込んだ。

 決闘に固執してタツミを逃がしてしまった前回の失敗をイエヤスは忘れてはいない。

 この戦いは一騎打ちでもなければ、試合でもない。

 イエーガーズとナイトレイドの殺し合いなのだ。

 自身の生温い思考を頭を振って消したイエヤスは忸怩たる思いを抱きながらもカリバーンを握り締めてタツミへと向けた。

 タツミもイエヤスと同じことを考えているようで、イエヤス側が複数となっても文句を言う様子は見せず、槍を構える。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これでイエヤスちゃんがインクルシオを仕留めるのも時間の問題ね」

 

 歩兵をイエヤスのところへと廻したスタイリッシュが呟く。

 

 渓谷の上から戦況を見ていたスタイリッシュはどこに歩兵を割くのが効率的か思考を巡らした。

 

 ウェイブ達のところはアカメとスサノオに苦戦しているが、アカメの帝具の特性上、数で押しても意味は薄い。生憎と全身機械化の手術に耐えられた素体はトビーしかおらず、歩兵には生身が残っているのだ。

 セリュー達の戦いはいまのところ互角だが、強化兵達は放免を餌に従えた罪人であった。故にセリューとの連携に難があり、逆にセリューの気を散らしてしまうリスクがある。

 カクサンとシェーレの状況は一進一退の膠着状態に陥っていたが、すでに多数の強化兵を寄越した上で、その状態であるため、強化兵を増やしたところで打開となる見込みは薄い。

 イエヤスとタツミの一騎討ちはイエヤスがやや優勢であり、あと一押しあれば天秤は勝利へと傾く雰囲気があった。

 

 イエヤスがタツミを制しフリーとなれば、各戦況への遊撃が可能となり流れは一気にイエーガーズへと傾く未来が見えたスタイリッシュはイエヤスへと歩兵を回したのだ。

 

 

 

 

 

 

 イエヤスは覚悟を以てタツミへと突っ込む。

 決して無視はできない強化兵達の猛攻にイエヤスの猛撃が加わり、徐々に捌きに粗が目立ち始める。

 あと一歩で決定的一打が決まろうとしていた、その時

 

「イエヤス! 避けろ!!!」

 

 背後から飛ばされた警告にイエヤスは反射的に横へと跳んだ。

 イエヤスの首があった位置に剣閃が煌めく。イエヤスを外した煌めきはそのまま強化兵達へと伸びていき、瞬く間に切り捨てられる。

 致命を避けた強化兵もすぐに倒れ動かなくなった。

 

「タツミ! 無事か」

「あぁ、アカメ! 助かったぜ」

 

 タツミのピンチに加勢しにきたのはアカメだった。

 イエヤスに警告をしたウェイブがイエヤスの隣へと立つ。

 

「悪いイエヤス、速過ぎて抑えきれなかった」

「いや、アカメはナイトレイドの中でも最大戦力だと言われているやつだ、仕方ねぇよ」

 

 詫びるウェイブにイエヤスは気にするなといってウェイブが相手をしていたアカメを見る。

 アカメの剣閃を見たイエヤスは内心早まった心臓の鼓動を収めるのに苦労していた。

 込められた殺気の濃度に反比例して気配を全く感じる事ができなかった。

 もしウェイブの声がなければイエヤスは斬られるまでアカメの存在に気付く事はできなかっただろう、事実にイエヤスは戦慄した。

 

 戦場を移動したアカメとウェイブに釣られてトビーとスサノオも現れる。

 

「くっ、なんという膂力! 敵ながら見事」

 

 スサノオを相手取り苦戦を強いられているトビーは息が上がっていた。

 

「貴様は攻撃は凄まじいが、反面防御が甘いな、バランスが悪い!」

 

 トビーの賛辞にスサノオはダメ出しで返し、謎の憤りを発している。

 

 物凄い勢いで飛来物が飛んでくる。

 飛来物はなんとか身体を捻って態勢を整えると足からの着地に成功するが、勢いが殺し切れずに足元に長い線路を引く。

 飛来物は頬に強烈な打撃を受けているらしく、肉がえぐられていたが、ゆっくりと再生されていた。

 

「コロ!」

 

 グルゥゥ

 

 イエヤスの呼び声にコロは唸り声で答える。

 頬の再生スピードはイエヤスの知ってるものよりも遅く、消耗している事が察せられた。

 コロの頬をえぐった人物がタツミ達のすぐ近くに現れ合流する。

 

「よ! なんか集まってるみたいだな、私も混ぜてくれよ」

 

 レオーネが己の手の平に拳を叩き合わせて重音を立てる。

 イエヤスはコロの様子を見るに無理矢理ここまで飛ばされてきた事を悟る。

 

 イエヤスの中に焦燥が燻った。

 

 セリューの強さはコロの中に収納されている武具に依存している所が多い。

 ナイトレイド側もそれを理解してセリューとコロの引き剥がしを狙っており、今、それは成功していた。

 コロがまだ活動しているという事は、まだ無事という事だが、それも時間の問題かもしれないという予感がイエヤスの中に過る。

 いますぐセリューの元へと駆けたい衝動がイエヤスを煽るが、目の前のナイトレイド達がそう易々とそれを許すとは思えなかった。

 

 戦況は混迷を回り始める。

 

 

 イエヤス&ウェイブ&トビー&コロ 

 

       VS

 

 タツミ&アカメ&スサノオ&レオーネ

 

 

 

 イエヤスと同じくセリューを一人にして焦燥に駆られるコロが敵陣へと突っ込む。

 振るわれた剛腕によるパンチをレオーネが真正面から応戦して拳と拳がぶつかり合う。レオーネの一瞬の硬直を狙ってトビーが靴底の刃で刻もうとするが、間にスサノオが入って防ぐ。

 コロの援護をすべくイエヤスがコロの背後から飛び出してレオーネに仕掛けようとするが、そこにタツミが立ち塞がる。

 構わず斬り掛かろうとするが、そこで強烈な悪寒がイエヤスに走る。

 タツミの影からアカメが飛び出しイエヤスへと刃を閃かせた。

 ギリギリのところで剣で受け止めるイエヤスだが、アカメにそこから右へ左へと連続で村正を奮う。

 指先でも掠れば即死、文字通り一振り一振りが必殺の斬撃にイエヤスは冷や汗を流しながら対処する。

 油断を許さない連撃を捌くイエヤスは横からトビーを吹き飛ばしたスサノオが此方に来る気配を感じた。

 流石に捌き切れないと焦るイエヤス。

 

「ッ!!」

 

 連撃を繰り出していたアカメは気配を感じてイエヤスから離れるように飛び退く。

 アカメの脅威が去ったイエヤスが横から来たスサノオの攻撃を受け止めるのと、アカメがいた場所にウェイブの蹴りが炸裂するのは同時だった。

 ウェイブとアカメが交戦し始めるのを尻目にイエヤスはスサノオとの攻防を繰り広げる。

 一撃一撃が重く精練された攻撃にイエヤスは目の前の男にアカメと同レベルの強さを感じ取り、気を引き締めた。

 スサノオの背後ではレオーネとタツミが二人掛かりでコロを追い詰めており、打撃と斬撃を食らっては再生を繰り返している。スサノオの吹き飛ばしから復帰したトビーと強化兵達がコロの援護へと回り、コロは一転攻勢とばかりに吠えた。

 

 事態は二転三転と変わり一進一退の攻防は続くが時間の経過はイエヤスの中で焦燥を膨らませる。

 先ほどからのコロの動きに焦りを見たイエヤスはセリューに身に危機が迫っていることを感じていた。

 

 イエヤスはある種の覚悟を決めて後方へと大きく跳躍する。

 

「……?」

 

 イエヤスの焦燥を表情から察していたタツミはイエヤスの行動に首を傾げた。

 だが、イエヤスが剣を鞘へと納めたのを確認して意図を察する。

 

「皆! 気を付けてくれ、イエヤスが刃を飛ばしてくる気だ!!」

 

 タツミは素早く周りへと注意喚起を行った。

 タツミの警告を聞いた他のナイトレイドは目の前の敵を相手にしながらもイエヤスへと警戒心を高めた。これでは【烈風】を放っても大きな成果は得られないであろう。

 

 【烈風】であったなら

 

 

 タツミはイエヤスの元へと駆ける。遠距離技である以上接近すれば意味は薄く、一度見た技である以上、対処も難くない。防御に構えた槍で受け逸らし一撃を食らわせるつもりであった。

 迫るタツミにイエヤスは焦る事はなく、柄を握る手に全集中力を注ぎ込む。

 

 考える事はただ一つ。

 

 斬る事のみ。

 

 スゥゥーーーーー

 

 深く息を吸い

 

「ーーーーーーーーーッ!!!」

 

 鞘から【疾風迅雷カリバーン】を解き放つ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 目で追えた者はいなかった。

 イエヤスを注視していたタツミも

 タツミの警告を聞いてイエヤスを警戒していたスサノオも

 野生の動体視力を得ているレオーネも

 ナイトレイドで最も戦闘力の高いアカメすらも

 すべてが過ぎ去った後に事態の変化に気付く。

 

 タツミの姿は消え、スサノオは胴体から両断され、レオーネは腕が飛んでいた。

 唯一アカメだけは、その天性のセンスから何かを感じ取ったのか回避していた。

 その艶やかな長髪を僅かに犠牲にして、ではあったが。

 

 その場にいたナイトレイド全員を斬りつけたイエヤスの周りを風が舞う。

 普段カリバーンの刀身が纏っている風が今、イエヤスの身体にまで反映されている。

 

 

 奥の手 【封印された暴風】疾風

 

 鞘の中に溜め込んだ風を一時的に身体に纏わせることによって、人知を超えた速さを得る事ができる技。

 

 

「……ッ、ハァハァ」

 

 イエヤスは苦悶の声が漏れそうになるのをなんとか堪える。

 イエヤスの活躍にウェイブ達の歓声を上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスよ、イエヤスちゃん! スタイリッシュな働きだわ!」

 

 渓谷上部で戦況を見守っていたスタイリッシュが歓喜の声を上げた。 

 イエヤスの奥の手により事態は急変した。

 スサノオは上半身と下半身を分かたれて死んでいる。

 レオーネは腕を斬り飛ばされて、失血死も遠くない。

 姿を消したタツミはイエヤスの一閃を槍で受けた際、槍とインクルシオの高い耐久性のおかげで両断は免れたが、凄まじい勢いで吹き飛ばされて、この戦域を脱していた。吹き飛び具合と受けたダメージを考慮すると、この戦いに戻ってくる可能性は低そうだとスタイリッシュは判断した。

 

「……でも」

 

 イエヤスへと視線を向けるスタイリッシュ。

 ナイトレイドに気付かれない為に表には出さないように気を張っているが研究者であり医者でもあるスタイリッシュの目は誤魔化せない。

 今イエヤスは身体中を走る激痛を我慢していた。

 風に補助された速さは尋常ではなく肉体が耐えられない。

 また、思考速度も追い付かず途中から太刀筋がブレてしまっている。

 タツミ、スサノオを斬るまでは良かったが、そこから制御がブレてしまいレオーネは腕を斬るに終わり、アカメに至っては無理矢理軌道を修正しようとした隙を突かれて避けられてしまっていた。

 イエヤスがこの局面まで【疾風】を使おうとしなかったのも納得の諸刃の剣であった。

 

 だが

 

 イエヤスのナイトレイド3人抜きという大金星にスタイリッシュはこの戦いの勝利を確信する。

 

 しかしナイトレイドはスタイリッシュの思惑に収まるほど甘くない。

 

 

 

 

「………うぉぉおおお!!!」

 

 両断されて横たわっていたスサノオが気合の雄叫びを上げて立ち上がる。

 イエヤス達が驚きの表情で見ればスサノオの斬られていた胴体が泡立ちながら繋がっている。その光景はコロの再生を彷彿させイエヤス達はスサノオの正体を知った。

 

 【電光石火スサノオ】は人型帝具である。生物型帝具であるコロと同様に相性の良い人間をマスターと定めて付き従い、戦闘だけでなく身の回りの世話もできる性能を持っている。

 

「さっすがスーさん!! 私だって!」

 

 スサノオの復活を見たレオーネが笑みを浮かべて斬られた腕に力を込める。

 筋肉や骨が見える断面が凝縮され出血が止まった。

 

 レオーネの使っているベルト型帝具【百獣王化ライオネル】は装着者を獣と化し、身体能力や五感を大幅に強化する帝具である。ある程度の身体操作も可能であり、それを以て筋肉を操作して止血していた。

 

「よし! まだまだやれるぞ!!」

 

 片腕を失い戦闘力は低下したものの戦意を失っていないレオーネにアカメは頼もしさを感じながらに頷く。そしてタツミが飛ばされた方角を見た。

 

「タツミは……、無事だとは思うが、合流は難しそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

「流石はナイトレイド、といったところかしら? でも、流れは此方に来ている。一気に叩き潰しましょ!」

 

 スタイリッシュの言う通りイエヤスの活躍により流れはイエーガーズへと傾いていた。

 

 ナイトレイド側にも戦況の変化に気付いた者がいる。そして、その人物はそれを覆す術を持っていた。

 

 

 

 ロマリー渓谷の戦いは佳境を迎える。

 

 

 

 

  



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16話 切り札

 

 

 時は少し遡る。

 

 ロマリー渓谷の岩肌の影に潜む一人の強化兵がいた。 

 名はトローマ。

 スタイリッシュから桂馬の役目を与えられた強化兵である。

 トローマはイエヤス達の乱戦を陰から眺め、ナイトレイド達に隙ができるのを窺っていた。もしくは負傷して後方へと下がるナイトレイドへの止め役でもあった。

 そんなトローマに強化兵の一人が静かに近寄る。

 

「スタイリッシュ様から通達です」

 

 セリューが現在孤立しているので援護に向かうように伝えに来た強化兵にトローマは了解してその場を立ち去ろうとする。

 伝令の強化兵はスタイリッシュから渡されるように言われていた物があると言って懐から物を取り出すが誤って落としてしまう。

 落とされた物がコロコロと転がりトローマの靴に当たり止まる。

 

「なにやってんだい」

 

 強化兵のドジに呆れながらトローマは屈んで拾い、起き上がろうとするができなかった。

 

「ッ!?」

 

 唐突な首の痛みと共に全身から力が抜けて倒れるトローマ。

 動かない身体で後方に視線だけ向けると伝令役の強化兵の姿はすでに消え、代わりに見慣れない女性が佇んでいる。

 

「……き、貴様は……!?」

 

 トローマの詰問にチェルシーは応えることはなく、トローマが疑問を抱きながら息を引き取る様を見届けたチェルシーは次のターゲットを目指して再び影に潜んで掻き消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチッカチッ

 

 弾切れを知らせる音にセリューは舌打ちをしてミサイルポッド 正義初江飛翔体を地に降ろした。

 

「コロと引き離して武具切れを狙うなど、悪らしい小狡い手を! ですが!!」

 

 傍らに置いていた巨大ドリルを手に取り敵対するナジェンダに向けた。

 

「まだ5番、正義閻魔槍があります! そして武具が無くなれば拳で穿つ! 腕が無くなれば歯で食い千切る! 正義の心がある限り、私が止まる事などありはしない! 不屈の正義の前に己の悪行を悔いながら死に腐れ!!!」

 

 ナイトレイドという巨悪を前にセリューの悪に対する憎悪は最大限にまで高まる。

 

「正義の狂信者か、こうはなりたくないものだな」

 

 憎悪を宿した修羅の形相で正義を語るセリューを狂信者と評したナジェンダは振り回されるドリルに当たらないように避け続ける。掠るだけでも肉をえぐり取る危険性極まる武器だがナジェンダも伊達に場数は踏んではいない。

 ドリルが壁に当たり石を散らすのを目端に捉えたナジェンダは素早くそれを掴みセリューへと振り掛けた。

 目に塵が入り生まれた僅かな隙をついて、蹴りを食らわせ壁へと叩きつける。

 

「あぐっ!?」

 

 背中を強く打ち苦悶の声を上げたセリューの手からドリルが零れる。

 抜け目なくドリルを遠くへと蹴り飛ばしたナジェンダは丸腰となったセリューにとどめとばかりに義手の右手を振り絞った。絡繰り仕掛けの義手からは異音とも呼べる機械音が鳴り響き尋常ではない力が込められていることを知らしめる。

 

「……正義…を、ナ、メ、るなぁーーーー!!!」

 

 意地の裂帛を発するセリューは腕から異音が奏でながら掌をナジェンダへと向ける。

 セリューの掌に大きな黒子のようなものを確認したナジェンダだが、それが黒子などではなく、銃口だと悟ると同時に攻撃を中断して身を屈ませた。

 セリューの両手から火花と銃弾が飛び出しナジェンダの上を通過した。

 必殺の隠し種を避けられてしまったセリューだが、気落ちすることはなく、ナジェンダへと連射しながら落ちたドリルの元へと駆ける。

 ナジェンダも追うが、銃撃を避けながらだと勢いが弱く、まんまとドリルを拾われてしまう結果となった。

 決着の機会を脱されてしまい、気勢の削がれたナジェンダは脳内でどう攻め立てるか新たに判明したセリューの武器を含めて組み立て始める。

 だが

 

「!!」

 

 ナジェンダは左手の中指に絡まった糸が引っ張られる感覚に息を呑んだ。

 ナイトレイドの一人、糸使いのラバックには今回、分断したエスデス達の動向を監視する役目を与えており、何かあれば糸で知らせる手筈となっていた。

 指それぞれに糸が巻かれており引っ張られる糸によって情報を伝える寸法だった。

 そして中指の糸が知らせる内容は

 

 エスデス達、そちらへと移動開始、任務急がれたし

 

 であった。

 エスデス達の足止めとして帝国東を根城としている盗賊団にエスデス達の情報を漏らしていたナジェンダであったが、予想を遥かに上回るスピードで討伐されてしまった事を悟る。

 時間の猶予がなくなった事に焦りを覚え始める。

 さらに

 

「ッ!?」

 

 突然の感覚にナジェンダの身に緊張が走った。

 マスター権限でリンクしている人型帝具 スサノオの身に非常事態が起こった事を悟る。

 思わずスサノオ達が戦っている方向へと顔を向けると、ちょうどタツミが凄い速さで彼方へと吹っ飛ばされていく姿がナジェンダの瞳に映った。

 

 スサノオの大ダメージ、タツミの戦闘不能を知ったナジェンダは隙ありと突撃してくるセリューをいなしながらスサノオの元へと走る。

 スサノオ達の戦場がナジェンダの視界が捉えたちょうどその時、コロがセリューに合流せんと駆けており、その後ろをスサノオが追いかけていた。

 体力を消耗したスサノオ、片腕を失っているレオーネを確認したナジェンダは流れがイエーガーズへと向いていると確信して決断した。

 

「スサノオ、奥の手だ!!!」

「了解!!」

 

 ナジェンダの指令にスサノオは待ってましたとばかりに快諾を返し、両手を胸の前で合わせた。

 

 ーーーーー禍魂顕現(マガタマケンゲン)ーーーー 

 

 スサノオの黒髪が白く染まり、白き角は黒く染まる。

 

「……うぅ」

 

 スサノオのはだけた胸の中央にあるコアにナジェンダの生命力が吸い込まれ、ナジェンダは小さく呻き声を上げて倒れた。

 隙だらけのナジェンダを目の前にして、セリューとコロは動けない。

 それほどの威圧をスサノオは発していた。

 

 【電光石火スサノオ】の奥の手はマスターから生命力を吸い上げる事によって力の底上げを行うものである。吸われる生命力が多く3度使えば必ず死ぬ。

 だが、得られる力は絶大であり、まさに無双の力を発揮する。

 

 スサノオの尋常ではない雰囲気を肌で感じたセリューもまた、即座に決断した。

 

「コロ! 奥の手!!!」

「キュッ!!」

 

 白い全身が朱に染まる。深淵だった目は血走り狂気を宿す。口端が裂けありえない程の弧を描く。

 

 【魔獣変化ヘカトンケイル】の奥の手。それは狂化と呼ばれる戦闘能力を向上させるものであった。スサノオとは違い内部エネルギーを消費するため、使用回数に制限はないが代わりに一度使うと数か月間休息が必要になる。    

 

 ギャオオオオォォォオオオオオ!!!!!

 

 この世のものとは思えない大爆音な雄叫びは衝撃波を伴いスサノオを襲う。

 だが、スサノオは全く意に介した様子を見せずコロへと飛び込む。

 互いに素手による連打を繰り出し夥しい轟音を響かせた。

 横たわるナジェンダを背にスサノオは一歩も引かない。

 同じ戦闘能力を強化する奥の手であるスサノオとコロだが、休息期間が必要だが何度も使える狂化と3度しか使えない禍魂顕現では瞬間的な火力に差があった。

 徐々に押されだしたコロにセリューは焦りを覚える。

 

「狂化したコロが圧されている!? おのれ悪の分際で!!」  

 

 セリューはコロから武具を求めようとするが、スサノオがその隙を与えない。

 

「イエヤス! セリューのとこに行ってやれ! あれはまずいぞ!!!」

 

 ウェイブは共にアカメとレオーネを追い詰めていたイエヤスを促した。

 こっちはトビーと強化兵でなんとかするというウェイブにイエヤスは感謝してセリューの元へと駆ける。全身を蝕む激痛に耐えながら。

 

「セリュー先輩! 無事ですか」

「イエヤスくん! はい、大丈夫です! ですが……」

 

 互いに無事を確認して安堵が心によぎるが状況は予断を許さない。

 イエヤスはカリバーンを手に、セリューは手に仕込まれたライフルでコロに加勢するが形勢は変わらずスサノオの強さは抜きんでていた。

 そこにまた一人、現れた者がいる。

 

「スタイリッシュ様に言われて合流してみれば、すげぇのがいんじゃねーか!」

 

 肉壁としていた強化兵達に足止めを任せてカクサンが駆けつける。

 カクサンはパンプキンを構えて会心の笑みを浮かべる。

 

「すげぇのがいるって事はピンチってことだよな? だったらコイツでお終いだな」

 

 ピンチを威力へと変換するパンプキンを生かせる状況に喜び勇んだカクサンは照準をスサノオに合わせる。

 

「他の奴らは避けろよ? オッラァァアア!!!」

 

 カクサンが撃ってきた中でも間違いなく最大級の火力を以てパンプキンがエネルギー弾をぷっぱなす。極太のそれはスサノオへと伸びてゆく。

 だが、威力がデカすぎるが故に早い段階で察知できたスサノオは大火力のそれに慌てることはなく、片手を翳した。

 

 ーーー八咫鏡(ヤタノカガミ)ーーー 

 

 翳された手の先に巨大で半透明な鏡のようなものを具現化させる。

 パンプキンを射撃を受け止めた鏡はそっくりそのままの威力を跳ね返した。

 

「な、何ぃ!?」

 

 渾身の一射を跳ね返されて動揺するカクサンだが、なんとか横へと跳ぼうとする。

 だが、その瞬間パンプキンを持った手に違和感を感じて視線をやる。

 そこにはハサミによって切断された己が腕とパンプキンを回収するシェーレの姿があった。

 一瞬克ち合った目でシェーレは雄弁に語る。

 

 パンプキンによる射撃がない状況で、あの程度の数の兵を突破するなど容易な事、侮りすぎましたね。パンプキンは返して頂きます。それでは。

 

 会って間もないカクサンには一ミリも伝わらない事を目で十分に語ったつもりになったシェーレは八咫鏡の反射に巻き込まれないように跳び去る。

 腕を斬られて避けるタイミングを逃したカクサンを己が放ったエネルギー弾が焼く。

 

「俺様が……こんなと、こ……ろ………で…………」

 

 凄まじい火力に全身を焼かれながら灰に帰るカクサン。

 カクサンが息絶えるのを視認したスサノオはコロ達がカクサンの射撃を避けるために身を引いた事を利用する。

 両手を頭上へと翳すと無から剣を具現化した。

 

 ーーー天叢雲剣(アメノムラクモ)ーーー 

 

 スサノオの両手に握られた超長剣から発せられる覇気にイエヤスは背筋を凍らせる。

 

「やっべぇ!! みんな避けろ!!!!」

 

 イエヤスの叫びを浴びながら剣が袈裟に振り下ろされる。

 最大限警戒していたイエヤス、セリュー、コロはなんとか回避に成功する。

 だが、スサノオの超長剣の範囲は半端ではなく被害は他にまで及んだ。

 

「ぐっ、うおぉぉぉぉぉぉーーーー」

 

 イエヤス達とは少し離れてアカメ達と戦っていたウェイブはイエヤスの声に反応してなんとか剣でガードをしたものの威力を相殺しきれずに吹っ飛ばされる。それは皮肉にもイエヤスがタツミに食らわせたものに同じ結果を齎した。

 

「がぁ、攻撃に夢中になりすぎまし、た……か………」

 

 目の前の標的に熱くなっていたトビーは天叢雲剣を直撃で食らってしまっていた。

胴体を両断されたそれもまた、イエヤスが疾風でスサノオに行ったのと同等のものであった。

 トビーはスサノオとは違い、そのまま絶命する結果は全く違っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カクサンとトビーが死亡、ウェイブちゃんは……戻ってこれそうにないわね」

 

 スタイリッシュは戦況を冷静に整理する、そして

 

「………ここまでね、撤退しましょ」

 

 決断する。

 

  

 

 コロがスサノオと接敵する。

 凄まじい結果を残した天叢雲剣だが、一振りで掻き消える様を目撃したイエヤス達は剣は具現化する隙を与えなければ使用できないと読み、セリューがコロにスサノオから離れないように指示をする。

 イエヤスとセリューはトビーとカクサンが死にウェイブが飛ばされたことによって自由となったアカメとレオーネとシェーレの相手に追われていた。

 

 と、そこへ強化兵が伝令に現れ撤退を知らせてくるが、撤退する隙など何処にあるんだとイエヤスは困惑した。

 だが、突然アカメ達の動きがぎこちなくなる。

 スタイリッシュの切り札とも言える散布された強烈な痺れ薬の効果であるという説明を強化兵が行う。

 巻き込まれないように慌ててアカメ達から距離を取るイエヤス達。

 強化兵達は解毒剤が投与されているため、後は自分たちに任せるように言った。

 

 強力すぎるスタイリッシュ特製の痺れ薬はその解毒剤もまた強力であり、一般の人間に投与すれば途轍もない苦痛を伴う副作用が発生するため、イエヤスやウェイブには投与されていなかった。

 

 身動きが取れないアカメ達を守る為にスサノオはアカメ達の近くへと場所を移したが、スサノオに薬が効いている様子はない。見た目は人だがあくまで帝具であるスサノオには対人間用に調合された痺れ薬は効かない様子だった。

 

「くっ、正義が悪に屈するなど許されない!!」

 

 撤退に反対するセリュー。

 

「セリュー先輩……、今回ナイトレイドの狙いは俺達の命です。つまり俺達が死ななければ奴らに負けたことにはならないはずです。どうかここは……」

「…………くっ」

 

 すでに薬は散布され、このままだと動けるのはスサノオと歩兵の強化兵だけとなる。そうなれば自分たちにできる事など何もなく、事態は撤退しかできない状況になったと言うイエヤスの説得にセリューは苦渋の表情をしながらも渋々と承諾した。 

 

「……分かりました! コロ!!!」

 

 同じく薬の効かないコロがスサノオと戦闘中であったため呼びかけるが反応がなかった。

 いまだ狂化は続いており、かつてない強敵を前に興奮状態にも陥っているため離れたままだと声が聞こえなくなっているのだ。

 一旦コロに近寄って呼んでくるというセリューにイエヤスは痺れ薬の効果が直ぐそこまで来ているため危険だと言った。

 

「その通りです。ですからイエヤスくんはすぐにここを離れてください。幸い私は微量ですがドクター・スタイリッシュから解毒剤が投与されているのでちょっとは大丈夫です」

 

 いざとなればコロに担いでもらって離脱します、と言うセリューにイエヤスは判断に迷ったが問答の時間はないと決断する。

 

「……分かりました。絶対、後から来てくださいね!? 約束ですよ!!」

「もちろんです! 正義は約束を破りません!!!」

 

 後ろを何度も振り返りながら離脱していくイエヤスにセリューは苦笑しながらコロに呼びかけるために戦場へと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セリューを信じて渓谷を抜け町へと向かおうとしたイエヤスだったが、

 

「あっそうだ! ウェイブのやつに撤退したって事を知らせないと!」

 

 ウェイブは闘いの最中に吹き飛ばされてしまったので、撤退した事実を知らない。

 もし怪我をおして戻ってきた場合を考えてウェイブに知らせる必要があると考えたイエヤスは歩く方向を変えてウェイブが飛ばされた方向へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 無事コロを回収したセリューが森の中を駆ける。その腕の中ではコロが眠るようにぐったりとしていた。

 

「……クソッ………クソォ……」

 

 悪態を零しながら悪に裁きを下せなかった悔しさに視界を滲ませる。

 

 もっと力があれば、もっと強さがあれば、もっともっともっと

 

 せっかくナイトレイドを討伐できる一遇のチャンスをものにできなかった事実がセリューの心に重く圧し掛かった。

 握り締める腕に知らず知らず力が籠もりコロが寝辛そうにしている。

 コロを回収する際に大量の痺れ薬を吸い込んでしまい、解毒薬を以ってしても多少痺れる身体を無理強いしてセリューは走り続ける。

 

「っ!!」

 

 前方に気配を感じたセリューは足を止める。

 コロを片手に掌の銃口を向けたセリューが誰かを問う前に、気配は姿を現した。

 

 セリューは現れた人物を目にして警戒心を解いて思わず笑みを浮かべた。

 

「イエヤスくん! もっと先に行ってるかと思ってました」

「セリュー先輩! 無事で何よりです!!」

 

 再会を果たし互いの無事を喜び合う二人。

 イエヤスはセリューの腕の中で眠っているコロの事が気になるようであった。

 

「コロは大丈夫なんですか?」

 

 コロを心配するイエヤスにセリューは奥の手を使った反動だと説明する。

 数か月は動けなくなるという話にイエヤスは痛ましげな視線をコロへと向けた。

 

「コロには戦いの最中、何度も助けてもらいました。目を覚ましたら改めてお礼を言わせてください」

「はい! コロが目を覚ましたらイエヤスくんに一番に知らせますね!」

 

 イエヤスの言葉に笑みを浮かべて返すセリューだが、そこでイエヤスはある事に気付く。

 

「あれ? セリュー先輩、首元から血が……」

 

 イエヤスに言われて首に手を回したセリューはそこで初めて負傷に気付いた。

 ナジェンダとの戦いの中、壁に叩きつけられた際に岩肌で切ったものだと思われた。

 

「軽く応急処置だけしておきましょう」

 

 ポケットから救急セットを取り出すイエヤスにセリューは、ではお言葉に甘えて、と言って

 

 

 

 

 警戒心を欠片も見せず背中を向けて細い首を晒した。

 

 

 

 

「……………」

 

 イエヤスは無言のまま、そっと近寄っていく。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、()()()()()()()()

 

「………うし、なんとか動けるまで回復したか……っぅ」

 

 腕を抑えた格好でウェイブが一人呟く。

 スサノオの一撃で彼方へと飛ばされたウェイブはどうにか着地には成功するものの受けたダメージが大きくグランシャリオは解除されてしまい、身動きも取れないでいた。

 しばらく樹に寄り掛かった状態で安静にしていたウェイブは動ける状態にまで回復した事を確認して行動を開始する。

 

「今の俺が戻っても力になれるか分かんねぇけど、このままでいられるかよ!!」

 

 再び渓谷へと戻ろうとしたウェイブは前方から人の気配を感じた。

 

「誰だ?」

 

 ウェイブの問い掛けに答えながら現れた人物を見てウェイブは驚きと共に声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「イエヤスじゃねーか!!」

 

 

 

 



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17話 痛み分け

「…………………」

 

 ロマリー街道から続く街の入り口にてイエヤスはポツンと一人佇んでいる。

 壁に寄り掛かり腕を組んだ状態でロマリー渓谷の方角ただ一点に視線を送り続けていた。

 信じるように、祈るように、願うように、ロマリー渓谷から目を離さないイエヤスに近づく影が一つ。

 

「イエヤス君……気持ちは分かるけど寝てなきゃダメだよ。ドクター・スタイリッシュからも言われているでしょ?」

「ボルスさん……」

 

 心配げな声音でボルスが話しかけてきてイエヤスはようやく視線を外しボルスへと向けた。

 ナイトレイドとの戦いで細かな切り傷や軽い打撲は受けども、直撃は一度ももらっていないイエヤス。速さ自慢の面目躍如と言ったところだが、しかしイエヤスは重体と言っても差し支えないダメージを抱えている。

 【疾風】を使った代償は大きく、全身の筋肉の筋が痛めカリバーンを振るった利き腕に至っては骨にヒビが入ってる惨状であった。

 町で合流を果たしたスタイリッシュの診察を受けたイエヤスは絶対安静を言い渡されたが、渓谷で共に戦った仲間の一人が日を跨いでも帰ってきていないという話を聞いて居ても立っても居られず、こうして町の入り口で仲間が帰ってくるのを待っていた。

 そんなイエヤスを心配して付いてきたボルスにイエヤスは言葉を発しようと口を開きかけるが、ロマリー街道の先から人影が見えだしたのを視界端に捉えて其方へと釘付けとなった。

 人影は複数あり、服装から町で合流したエスデスが放った偵察兵であることを察したイエヤスは待ち切れずに此方へと向かう偵察兵達へと走った。ボルスもその後に続く。

 

「……どうでした!?」

 

 駆け寄ったイエヤスの問いに偵察兵達は顔を見合わせた後、沈痛な表情をしながら左右に分かれていく。

 

「っ!!」

 

 その反応ですでに結果を悟ったイエヤスは息の飲み込みながら、譲られた道を進んでいく。

 偵察兵達の背後には引っ張られてきた荷車があり、上には横たわる人物がいた。

 

 目は閉じられ肌は蒼褪めピクリとも動かない。外傷は見当たらなかったがイエヤスに希望的考えを許さないほど、生気は感じられなかった。

 

「渓谷から南の離れた位置で発見しました。直接的な死因は首裏に付けられた小さな傷だと考えられます。そこから急所を突かれていました。辺りに争った跡はありません」

 

 偵察兵の報告がイエヤスの耳に入るが脳を素通りして抜けていく。代わりにボルスが相手をする。

 

「帝具はどうでしたか?」

「すでに回収されたようで見当たりませんでした」

 

 イエヤスは物言わぬ姿となった仲間の前で跪き、その名を呟く。

 

「……………………ウェイブ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 渓谷を離脱後、セリューの応急処置を終えたイエヤス達はウェイブに撤退の知らせを伝えに行こうとしたがウェイブが飛ばされた方向を知っているのはイエヤスしかおらず頼みのイエヤスは方向音痴で当てにならなかったため断念。

 セリューに案内されて町に辿り着いたイエヤスは緊張が途切れ体力に限界を迎えて気絶するように眠った。

 イエヤスが眠っている間にスタイリッシュやエスデス達も合流した。

 スタイリッシュとセリューから渓谷であったことの報告を聞いたエスデスはウェイブがまだ来ていない事を確認してすぐさま偵察隊を放った。

 目覚めたイエヤスも捜索の手伝いを申し出たがスタイリッシュからはドクターストップがかかりエスデスも許可を出さなかった。

 逸る気持ちを抑えながら町の入り口で待つことにしたイエヤスを迎えたのは友の死という残酷な真実であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ウェイブの遺体は後日、帝都の家族の元へと送られる事が決まった。

 次の日、イエーガーズメンバーを宿屋の一室に集めたエスデスは、仲間を失い暗い雰囲気に包まれたメンバーを見渡しながら自分達側で起きた事は話した。

 

 

 

 

 

 ロマリー街道沿いの町を東へと出たエスデス・クロメ・ボルス・ランはしばらく馬を走らせていると突如かなりの大規模な盗賊団に出くわした。

 盗賊団のエスデスが来るのを分かっていたかのような言動に此方側が囮だと察したエスデス達は素早く盗賊団を殲滅にかかった。

 対複数戦に対して有利に働くボルスとクロメの帝具八房が操る死体軍団のおかげで盗賊団の掃討を手早く終わらせたエスデス達は来た道を引き返しておそらくは強襲されているであろうイエヤス達との合流を図る。

 

「っ! 止まれ!!」

 

 エスデスの制止にクロメ達はすぐさま反応を示して従う。

 だが

 

「おせぇ!!」

 

 男の声と共にエスデス達を細く輝くなにかが覆う。

 

「これは……糸? ………ですか」

 

 ランが呟いた通り、それは糸であった。

 だが、唯の糸だと侮る者は一人もいなかった。

 何故ならエスデス達を正方形状に囲った糸からは青白い半透明な壁が作られていたからだ。

 エスデス達を青白い箱に閉じ込めた張本人は大成功に身を隠したままガッツポーズをしていた。

 

「よっしゃ! 【刻糸結界】成功だぜ」

 

 ナイトレイドの一人、ラバックは自分が使う帝具【千変万化クローステール】の奥の手が見事に決まった事を喜んだ。

 

 

 【千変万化クローステール】は超級危険種の体毛から作られた糸型帝具であり、強靭な糸を自在に操ることができる。使い手の発想次第で様々な用途ができる汎用性に優れた帝具である。超級危険種の急所を守る体毛は特に頑丈で鋭く、別名【界断糸】と呼ばれる糸も存在する。

 

 奥の手は界断糸を使って相手を囲み閉じ込める【刻糸結界】である。

 

 世[界] を[断]ずる[糸]

 

 の名は伊達ではない。その結界は物理的なものではなく、世界から隔絶するものであり一度閉じ込められれば破る手段はまず存在しない。

 急拵えでは作れず予め張っておく必要があったり、外側からの攻撃も無効化すること、持続時間が10分もないなど縛りも多く、また結界に使った界断糸は使い切りであり貴重な糸を消耗してしまうデメリットも存在する。

 ただ一度発動すれば破る事は難しく、あくまで足止めだが最強の足止め技。

 それが【刻糸結界】である。

 

 エスデス達を全員閉じ込める最良のタイミングを捉え、思わず声を出してしまったラバックだが、このままこの場を離れてナジェンダ達に合流して退却を促す事を決めてエスデス達に姿を見せることなく去ろうとするが、

 

「………そこか」

 

 最大火力をぶつけてもビクともしない結界を前に、だがエスデスは焦った様子は見せず結界が張られる直前にした声の方向を指差した。

 見えない位置にいるはずなのに見事に指を差されたラバックはドキリとするが、結界内からできることなどないはずだと胸を撫で下ろす。

 

「!!!」

 

 自分へと迫る気配を感じたラバックはその場から跳んで離れる。

 ラバックがいた場所に薙刀の穂先が突き刺さる。

 柄を伸ばして突き刺さる薙刀を放ったのは顔の下半分をマスクで隠した青年であった。

 跳んだラバックは両手を振って糸を束ねて槍を作り上げると青年に向かって投擲しようとするが、別に北の異民族の衣装を着た女が二丁拳銃を自分に向けているのに気付き、槍を目の前で廻して疑似的な盾とする。

 盾が銃弾を弾く。

 ラバックは着地と同時にしゃがむ。頭上を鞭が通り過ぎ樹木へと当たり砕く。

 鞭の持ち先にラバックが視線を向けると、そこには洒脱な恰好をした偉丈夫の姿。

 さらに上空からの気配にラバックは再び後方へと跳ぶ。

 上空の気配はラバックがいた位置に轟音を立てて着地する。全身が毛で覆われたそれはエイプマンと呼ばれるゴリラに酷似した危険種であった。

 

「っ!! 次から次へと!!!」

 

 悪態を突きながらラバックは糸を纏った腕を振ってエイプマンに切れ味を重視した糸を飛ばす。

 だが、突如出てきたサングラスを掛けたスキンヘッドの男の大楯に阻まれる。

 薙刀の青年 ナタラ、二丁拳銃の女 ドーヤ、鞭使いの偉丈夫 ロクゴウ、エイプマン、大楯のサングラス男 ウォールに囲まれるラバック。

 

「なんなんだコイツら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エスデスは指差した方向が騒がしくなり始めたのを見て察する。

 

「接敵したか」

「うん、隊長の読みが当たったね」

 

 エスデスの言葉に同意したクロメが八房を強く握り込む。

 

 自分達側が囮だと察したエスデスは合流を阻む策をナジェンダが他にも構えているであろうことを予測してクロメの死体人形を自分達からは少し遅れて追従するように指示を出していたのだ。

 八房が操れる死体は名の通り八つ。

 そのうち、カエル型の危険種カイザーフロッグと今回の盗賊団討伐でも活躍した大型超級危険種デスタグールは馬を駆るエスデス達に追従できる足を持っていないため、八房の中に潜ませているが、他の6体は全員出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおお!!」

 

 迫り来る銃弾を、鞭を、拳を、ラバックは避け続けていた。時折、腕や胴体に攻撃が掠めるが体に巻いた糸が鎧の代わりとなって致命を防いでいた。

 横へ上へと飛び跳ね、糸を使って不規則な動きを心掛け、時折隙を見出しては反撃も試みる。

 が

 

(くそっ、あのハゲとイケメン野郎がマジ厄介!)

 

 直接的な攻撃はウォールの大楯に阻まれる。

 拘束を重視した搦め手は伸びる薙刀により広範囲をカバーできるナタラが即座に糸を切り払い周りのサポートに徹していた。

 ラバックは息もつかせぬ連撃を捌きながら思考を全力で廻す。

 

「よし、まずはお前からだ!!」

 

 ラバックは予め糸を張っておいた場所へと飛び込んだ。

 攻撃がもっとも単調で読み易かったエイプマンが迷うことなく飛び込んでくる。

 糸が手足に絡まり動きが鈍くなったところにナタラがカバーに入るよりも早く束ねた槍状の糸を飛ばす。

 だが、ウォールがエイプマンの前に立ちはだかり大楯を構える。

 

「読み通り!!!」

 

 大楯に当たる瞬間、槍がばらけて糸へと戻りウォールを盾ごと拘束する。

 

「イケメン野郎に切られる前に!」

 

 拘束した糸を響かせて鋭さを持たせるとウォールの身体が両断される。

 さらに両腕を振り回して両断から細切れへと変わる。

 生気の感じない顔付、掠り傷から出血しない事から強襲者達が八房による死体だと推測したラバックは死体なら身体の欠損程度では止まらないと判断しての行動であった。

 サポート役の中でも後方にいるナタラよりも前線で盾をやっているウォールの方が先にやりやすいと判断したラバックの作戦が成功する。

 

「まず一人!」

 

 糸の縄張りで複数を足止めしてなるべく同時に相手をする数を減らすラバックの考えは今のところ上手くいっていた。

 盾役がいなくなったことにより、ラバックの攻撃が死体達に当たりだす。しかし、ラバックも死体達の攻撃を完全に捌けているわけではなく傷を増やしていく。

 さらにラバックには時間制限があった。

 そろそろ【刻糸結界】の解かれる時間が迫っている。

 ロクゴウの鞭を周りに張った糸で動きを制限させて凌ぐ。

 飛び交う銃弾と薙刀を紙一重に躱しながらラバックは再び糸を張った陣地へと飛び込み、そこにエイプマンが突っ込んでくる。

 

(やっぱり! 知能の低い危険種だからってのもあるだろうけど、死体だから学ばない、だから同じ手にも引っ掛かるかもって読みは合ってたぜ!)

 

 エイプマンへと絡まった糸に触れて切れ味を響かせるとエイプマンの首と四肢が切り飛ばされる。

 

「よし! 二人目!!」

 

 ラバックはそう言いながら大きく丸めた糸塊をさながらモーニングスターのように頭の上で振り回す。遠心力を得た糸塊をロクゴウに向かって飛ばすが軌道が分かりやすいそれはあっけなく避けられしまう。

 糸塊はロクゴウの背後の樹へとぶつかり、大質量の打撃に耐えられず樹はロクゴウへと倒れ込む。ロクゴウは身軽なフットワークでそれすらも躱す。

 だが

 

「ビンゴ!」

 

 樹の上部には幾重もの糸が張られており倒れる事で辺り一帯に糸がネット状になって覆いかぶさる仕組みになっていた。

 ネット状の糸に絡み取られて身動きが取れなくなったロクゴウにラバックは渾身の糸塊を叩き付けた。

 

「これで三人!!!」

 

 銃弾を糸の盾で防ぎ、薙刀を糸の結界で逸らせながらラバックは次の標的を考える。

 ラバックは懐に入れてある糸付きナイフを手に取り起こす行動を定めた。

 牽制のナイフをドーヤへと投げようとした時

 

「ッガァ!?」

 

 脇腹に猛烈な熱さを感じてラバックは悶絶する。

 視線を向けるとそこには今まで一度も姿を見せなかった者がラバックの脇腹に鋭い刃物を捻じ込んでいるのが分かった。糸と糸の間を狙った刃がラバックの内臓を傷つけている。

 ラバックは反射的に手にしたナイフをその者に振るうが、八房が放った最後の死体 ヘンターはなんなく跳び引いて避ける。

 

「っ! くそっ!!」

 

 ラバックは悪態を突きながら手早く傷に糸を巻き付けて包帯替わりとする。

 

(なんだアイツ!? 糸の結界にかかることなく今の今まで潜んでやがったのか!?)

 

 深手を負って動きに色彩が欠けたラバックにナタラ、ドーヤ、ヘンターは容赦なく襲い掛かる。

 ドーヤの銃弾が太腿をえぐる。ナタラの薙刀が糸を薙ぎ払いながら腕を掠める。ラバックの張った糸すらも利用してヘンターが変態的な立体起動を披露しながらラバックに肉薄する。

 そしてついて

 

「ガハッ!!!」

 

 ヘンターの動きに注意を取られたラバックの肩にドーヤの銃弾がめり込む。

 被弾の反動で大きく態勢を崩した身体をヘンターが刃で刻む。

 それでも致命だけは避けようと足掻くが、ドーヤとヘンターの隙間を掻い潜って伸びてきた薙刀が

 

「………ッ……ァ…」

 

 胴体を貫いた。

 それと同時にエスデス達の【刻糸結界】が解けた事も感覚で悟ったラバックは死期を察した。

 地面へと倒れ伏したラバックを跨いだヘンターが止めの一刺しをするために振り被る。

 

(ナジェンダさん……足止めは、ここまでみたいです……)

 

 ラバックはナジェンダの左手の人差し指へと繋がる糸を弾いて撤退するように知らせる。

 

 そして

 ヘンターの刃が首へと振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 ナジェンダの右手の小指へと繋がる糸が弾かれる。

 

 右手の小指の糸には作戦上意味は込められていなかった。

 

 

 

 

(ナジェ……ンダ、さ…ん、………好……き……で………)

 

 

 

 

 

 ラバックが人生最後に行った告白がナジェンダに伝わったかどうかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ隊長達はナイトレイドの一人を仕留めたんですね!」

 

 セリューの言葉にエスデスは頷いて見せた。

 エスデス達を閉じ込めた結界といい、クロメの死体人形を半数以上相手取りながら3つも潰して見せた手際といい、使い捨ての盗賊団とは一線を画す手強さを見せたラバックをナイトレイドの一人と断定したエスデスに仲間を殺されて俯き気味であったイエヤス達の雰囲気が少し明るさを取り戻す。

 

「先程大臣から護衛の任務が入った。我らはキョロクへと向かうぞ」

 

 メンバーの気力が戻ってきたのを確認したエスデスは早馬が伝えてきた指令を話す。

 キョロクは帝国東側を中心に帝国全土へと広がりつつある宗教《安寧道》の本拠地であった。護衛対象は安寧道幹部の一人であるボリック。

 ボリックは大臣が秘密裏に仕込んだ大臣側の人物であり安寧道を大臣の都合の良い方向に導く為の手段であった。

 そのボリックの近辺で最近不審な動きがあり、安寧道の反乱を誘いたい反乱軍がボリックを狙っているのではないかと大臣は考えたのだ。

 エスデスはナイトレイドが帝都を離れて東側に来たのも、その一環ではないかと睨んだ。

 

「スタイリッシュ、イエヤスの身体はどうだ?」

 

 エスデスの問い掛けにスタイリッシュはとりあえず応急処置は済ませたから戦闘は難しいが移動だけならば問題ないと答えた。

 

「よし、ならば30分後にここを発つぞ、……それまでに支度と別れをすましておけ」

 

 ベッドに寝かされたウェイブの遺体に一瞬だけ視線をやったエスデスはそう言って部屋を出た。

 メンバーそれぞれがウェイブに別れの言葉を告げて支度の為に自分の部屋へと戻った。

 最後に残ったのはイエヤスとクロメの二人であった。

 

「……………」

 

 クロメは言葉は紡がずにウェイブの頬を撫でるように手を翳す。

 死体の冷たさには慣れているはずのクロメだが、ウェイブから伝わってくる冷たさに体の芯を凍らされたかのうような錯覚を覚えた。

 そんなクロメの様子にイエヤスは居たたまれなくなり拳を握り締める。

 

「すまねぇ、俺がいながらウェイブを死なせちまった!」

「なんでイエヤスが謝るの? イエヤスはなにも悪くないよ」

 

 スタイリッシュから如何にイエヤスが身を削って戦っていたかを聞かされていたクロメはイエヤスの言葉に首を傾げる。

 

「支度しないといけないから、もういくね。イエヤスもドクター・スタイリッシュの治療を受けたけどまだ万全じゃないんだから無理したらダメだよ」

 

 ここにいてもイエヤスが自分を責める手助けをするだけだと判断したクロメは部屋を去る事にした。

 最後にウェイブにサッと目をやり

 

「………バイバイ」

 

 部屋を出た。

 扉の閉まる音が部屋に木霊する中、イエヤスは一人ウェイブの前で佇む。

 

 暑苦しくて単純で人の懐にグイグイ入ってくる無遠慮なやつだった。

 だが

 正義感があって真っ直ぐで落ち込んでいる奴をほっとけない情に厚いやつだった。

 こんなところで死んでいいやつじゃなかった。

 ノリがどこかタツミに似てて親しくなるのに時間はかからなかった。

 帝都来て初めてできた友だった。

 

「………くそっ」

 

 ウェイブとの日々を思い出して滲みだした視界を乱暴に拭い、腰に付けたカリバーンを鞘ごと抜いて片手で前へと掲げた。

 

「ウェイブ! お前の分も俺は生きるぜ、そんでもって仇も討ってやる。だから!!」

 

 イエヤスの目から溢れるものを今度は拭わなかった。

 

「だから……お前に流す涙はこれっきりだ、明日から…俺は進むから……」

 

 部屋の外には絶対に漏れないように押し殺した小さな嗚咽が少しの間、部屋を満たしていた。

 

 

 

 



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18話 キョロク ☆

 ロマリー街道からキョロクへと向かって数週間、無事キョロク入りを果たしたイエーガーズ。

 護衛対象のボリックが歓迎会を開くとのことでそれぞれが用意された衣装に着替えて集まっていた。

 

「イエーガーズ結成の時にも似たようなやつを着たけど、やっぱ慣れねぇな」

 

 渡された衣装に息苦しさを覚えたイエヤスは首元を指で引っ掛けて伸ばしながらぼやく。

 

「そうですね、というか私がドレスを着てもミスマッチのような……」

 

 イエヤスに同意しつつも自らが着た衣装を見下ろしてなんとも言えない顔をするセリュー。

 だが、イエヤスはそれに同意で返すような事はしない。

 

「いえいえ、セリュー先輩は似合ってますよ!」

「しかし、この格好じゃいざという時に正義を実行しにくいです!」

 

 実にセリューらしい返答にイエヤスは苦笑で返す。

 イエヤス達が雑談に興じていると着替えを終わらせたエスデスが蒼髪を靡かせドレスアップした姿を披露しながら現れる。

 

「まあ、せっかくの歓迎会だ。開き直って楽しめ、なにか余興もあるかもしれんしな」

 

 エスデスを最後にイエーガーズ全員が揃ったところで会場へと移動した。

 会場に入るとすでに会場は少なくはない人数の人で賑わっていた。

 並べられた料理は豪勢の限りを尽くしており煌びやかな飾り付けも相まって宮殿で開かれたイエーガーズ結成を祝うパーティにも引けを取らない印象をイエヤスに与えた。

 会場の一番奥、俗にいう上座には一際大きなソファが置かれており、踏ん反り返るように居座る人物こそ、今回の護衛対象であるボリックである。

 ボリックは妖艶な恰好をした女性を多く侍らせており、まさにキョロクにおける王者の振る舞いをしている。

 イエヤスはその様子に鼻白んだが、それはセリューも同じなようで眉間に皺を寄せていた。

 パーティ入りしてまずは主催者へと挨拶すべくエスデスに連れられてボリックの元へと歩くイエヤスは周囲から浴びせられる好奇、羨望などなどが綯交ぜとなった視線が気になった。

 イエヤスだけに向けられたものではなくイエーガーズ全体に向けられたものだと理解しつつも僅かに居心地の悪さを感じたが、それを表には出さないように努める。

 

「……?」

 

 と、そこでイエヤスはいつぞやの宮殿で迷子になった時と同様に風の違和感を覚えた。

 会場には多くの人がいて賑わっており風は乱れているのが当然であるが、イエヤスの感覚は天井裏でも風が乱れている事を知らせてくる。

 

 風を身体に纏う【疾風】を駆使してからは、さらに感覚が研ぎ澄まされたイエヤスは明確に風が乱れた場所を探り当て、天井の一部に視線を送りながらエスデスの後に続く。

 エスデスに報告するべきかと思ったイエヤスだが、エスデスと一瞬だけ目が合い、エスデスも気付いている事を察する。

 生憎と風の乱れによって存在が分かるだけで、敵意があるかどうか等は分からないイエヤスだがエスデスが動かないのを見て、それに倣うことにした。

 エスデスがボリックと会話している間も一応油断しないように天井へと視線を送り続けているとエスデスが天井裏の存在を言及したところでついに姿を現した。

 

 ボリックの合図で姿を現した気配の正体は大臣お抱えの処刑部隊《皇拳寺羅刹四鬼》であった。

 

 堀の深い顔に異様な文様が刻まれている男イバラ

 皇拳寺特有の道着を身に着けた鼻に一文字の傷をつけた女スズカ

 口を覆うほどに髭を蓄えた大柄な禿頭の男シュテン

 道着を着崩し褐色の肌を惜しめもなく晒した少女メズ

 

 大臣から渡された帝国が誇る最高戦力の一つを我が事のように語るボリックの説明を聞かされる中、イエヤスはメズと目が合う。

 以前宮殿内で面識がある事をメズも覚えているようで、にこやかな表情を浮かべながらイエヤスに小さく手を振る。

 相変わらず謎のノリの軽さにイエヤスが答えるべきか迷っているとセリューがボリックの言葉に食って掛かった。

 イエーガーズが来たことで羅刹四鬼を護衛ではなく攻撃へと回せると言うボリックにセリューが異論を唱えたのだ。

 

「この町には帝具を使うナイトレイドという悪の集団が潜入した可能性があります。そいつらと戦うのに帝具なしでは……っ!?」

 

 セリューの話の途中で羅刹四鬼で最もの実力者であるイバラが目にも止まらぬ動きで背後へと回り込み、首筋へと手刀を繰り出す。無論寸止めするつもりであったイバラであったが

 

「なんの真似ですか?」

 

 イバラの手刀がセリューの首に触れるのとセリューが掌にある銃口をイバラの鼻先に向けるのは同時であった。

 互いの腕を交差した形で静止する二人。

 イバラはセリューの反応に意外そうにしながら先に手を引いた。

 

「ヒューー! 今のに反応するたぁ、アンタ中々やるねぇ!!」

「セリュー、イバラは自分達の強さを示すためやったにすぎん。銃口を下げろ」

 

 自分達の実力を示すためにやった示威行動だと理解したセリューはエスデスに言われた通りに腕を下げた。

 

「確かに凄い速さでしたが、私はもっと速い人を知っています! 毎日のように一緒に特訓をしてますからね」

 

 バカにしないください、と胸を張るセリュー。

 

「俺よりもっと速いぃ? クックックッ、アンタ面白い事を言うねぇ、いいねぇ惚れそうだよぉ」

 

 セリューの言葉を冗談だと思ったイバラは笑いを押し殺しながらそう言った。

 

「惚れっ!?」

 

 セリューの事が気になる今日この頃なイエヤスがイバラの言葉に過剰な反応を示す。ボリックの挨拶が終わりイエーガーズの面々は各々パーティを楽しむ事になったところで、イエヤスは先程の言葉はどういう意味かを問うべくイバラの元へと行こうとするが、その前に声を掛けられた。

 

「よっす、迷子の風くん! 久しぶりだな!」

 

 快活な挨拶をしてきたのはメズであった。

 メズは不満そうに膨れっ面をしながらイエヤスへと近付く。

 

「手を振ってるのに無視はひどいんじゃない?」

「あ、あぁ、悪い、距離感がいまいち掴めなくてな」

 

 グイグイ来るメズに押されっぱなしのイエヤス。

 二人の様子をメズの後ろで見ていたスズカとシュテンも会話に参加してくる。

 

「君が迷子の風くんね、前にメズから聞いた事があるよ」

「規格外のエスデス将軍と暗殺部隊上がりのクロメは分かるがお主もワシらに気付いておったな! やるではないか迷子の風とやらよ!!」

 

 片目を瞑りながら手を上げて気さくに声を掛けてくるスズカ、胸の前で腕を組んで黒髭の奥から白い歯を見せて愉快げな笑みを浮かべているシュテンの二人にイエヤスは小さな声を漏らす。

 

「……変な渾名が浸透してる……」

 

 イエヤスの呟きをスルーしたメズがキョロクの案内を買ってでる。

 明日からイエーガーズがボリックの護衛を始める事になるが、初めて来たキョロクの地理を頭に入れるために交代制で街に出ることになっていた。

 他のメンバーに比べてイエヤスはその割り振りが多く与えられているのはエスデスが部下の性分をよく理解している証拠であろう。

 先にキョロク入りをしていたメズの案内があれば道を覚えるのが少しでも早くなると判断したイエヤスはメズの申し出を喜んで受けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外側はそうでもないけど、中心付近は凄い入り組んでるなぁ」

「そうだねー、私達も慣れるのにちょっとだけ手間取ったし、迷子の風くんだとどれくらいかかるか検討もつかいないね」

 

 イエヤスがキョロクの案内をしてもらって数刻、まるで迷路のように入り組んだ街並みにイエヤスが辟易としているとメズが煽るような事を言った。

 

「……あのさ、その迷子の風くんってやつ、やめないか?」

「ん? もしかして結構気にしてる感じ?」

 

 堪らず漏らしたように言葉を出したイエヤスにメズは気にした様子はなく、変わらず軽いノリで聞き返す。

 

「あぁ、ちょっと前にな、自分の方向音痴に嫌気が差しているところなんだ」

 

 イエヤスは渓谷でウェイブを探せなかったことを思い出して苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 

 仮にイエヤスがウェイブの捜索を始めて真っ直ぐに向かったとしてもチェルシーがウェイブを仕留めて離脱するのには間に合わないタイミングであったが、それを知る由もないイエヤスは自分の方向音痴に心底うんざりしていた。

 そこに迷子の風くんと言う不名誉にすぎる渾名は神経を逆なでされた気分となるのも無理もないことであった。

 

「そっかそっか、……うーーん」

 

 納得した様子のメズは少し考えるような素振りを見せた後、何かを閃いたようでポンッと手を叩いた。

 

「ちょっとついてきて!」

「えっ!? お、おい」

 

 壁を蹴って民家の屋根へと上っていくメズの突然の行動にイエヤスは戸惑いながらも同じ動きでついていった。

 屋根で待っていたメズに追い付いたイエヤスにメズは町の中央を指差す。

 

「キョロクの町ってさ、建物の高さが統一されやすい傾向にあるから屋根に上れば、ほら、ボリックがいる中央の宮殿がここからでも見えるでしょ?」

 

 メズが逆の方向へと指を返す。

 

「で、町の門があっち、方向が分からなくなっても高い位置からだと自分の場所も把握しやすいからオススメだよ」

 

 メズの説明を受けたイエヤスに電撃が走る。

 

「……自分の場所……高い位置……風…………そうか!」

 

 何かを閃いた様子のイエヤスが一人呟く様子にメズは首を傾げる。

 イエヤスは腰の鞘に手を掛け、カチリと金属音を鳴らした。その後、柄を握り締めて集中する。

 いきなり臨戦態勢へと移行したイエヤスにメズは目を丸くしながら思わず距離を取った。

 

「え? なにをするつもりだ?」

 

 メズの問いにイエヤスは内心申し訳ないと思いながらも反応しなかった。

 脳裏に過った閃きが過ぎ去る前に実行に移りたいのもあったが、理由はもう一つあった。

 両手から伝わってくる感覚に全集中力を注ぎ込むためである。

 鞘の中で溜まり始める風の感覚をしっかりと把握する。渓谷での戦いではなりふり構わず全力の風を纏い、その後の活動に支障をきたすレベルの反動を受けてしまった。

 だが、今求めるのは全力じゃなくていい。

 鞘からカリバーンが抜かれる。

 あの時の感覚を思い出しながら、あの時とは違い多くの風を周りへと逃がしつつ上空へと向かわせる。

 纏う風を加減して、真上へと跳ぶべく地面を全力で蹴った。

 

 

 

 

 

「………うぉぉ………」

 

 今まで経験したことのない景色がイエヤスの視界を覆う。

 上を見れば空を間近に感じ、空気が澄んでいる気がした。

 下を見れば賑わっていた出店通りの人々がまるで蟻のように小さく見えた。

 身体を纏う風はイエヤスに浮遊感を与え、慣れていないイエヤスはむず痒さな感覚に小さく身震いする。

 己の身体を軽く見渡したイエヤスは手加減は上手く働き、身体を痛めるには至っていない事を確認して安堵の吐息を漏らした。もっとも手加減をした故に上昇スピードは決して速いものではなく、【疾風】のように絶大な速さを得ることはできなかったが。

 

「ねぇねぇ、今のどうやったの?」

「うぇ!?」

 

 キョロクの遥か上空でまさかの掛け声にイエヤスはへんな声を出してしまった。

 慌てて声のした方向に顔を向けると直ぐ近くにメズがいた。

 

「メズ!? どうなってんだ、それ!!」

 

 メズは両手を下に向けており、そこから伸びた爪が地上へと伸びていた。

 皇拳寺羅刹四鬼は爪や髪の毛、汗などを特殊な特訓によりある程度操る事ができる事を説明されイエヤスは自分の帝具の事を話した。

 

「へぇ!! 凄いじゃん、空を飛べんのか!!」

「いや、飛んでねぇよ。よく見ろ、ちょっとずつ落ちていってるだろ?」

 

 イエヤスが纏った風によって起こされる浮力によって落下スピードが著しく低下しているだけで飛んでるわけではないと説明するイエヤスにメズは納得した。

 

「あと、戦闘には使えないな、重大な欠点に気付いた」

「なになに?」

「こっちから攻撃する手段がない」

 

 イエヤスが持つ唯一の遠距離技である【烈風】は一度カリバーンを鞘に納めなければならない。そうするとイエヤスに纏う風は消えて自由落下してしまう。

 また、イエヤスの速さは蹴り脚の強さによるもののため、浮いた状態だと身動きが取れない。相手側に遠距離武器があれば唯の的となる。

 

「え、弱……」

「率直な意見やめてくれ」

 

 イエヤスは俺には意味があるんだと息を巻く。

 上空から見れば自分の居場所や地理関係などが一目瞭然であり、これで少なくとも屋外では目的の場所へといけないという事態にはならないとイエヤスは豪語した。

 

「これでもう迷わなくてすむぜ」

「もう迷子にならずにすむな!」

「……迷子って表現やめて」

 

 歳はそう変わらないはずなのにやたらと子ども扱いしてくるメズに溜息を吐く。

 元居た屋根へと着地しながらイエヤスは

 

「ありがとな、いいヒントをもらったぜ」

 

 礼を言った。

 

「なんか思ってたのと違うけど、風くんの力になれたなら良かったよ」

「……意地でもイエヤスって呼ぶ気はないのな」

 

 げんなりと肩を落とすイエヤスにメズは肩を叩いて笑みを浮かべる。

 

「せっかくついた渾名だし残してこうよ」

「お前が勝手に付けたんだろ……」

 

 それとも、とメズは少し上目遣いで窺うようにイエヤスを見た。

 

「この渾名も不快?」

  

 メズの独特な距離の詰め方に翻弄されて忘れていたが、改めて見るとメズがかなりの美少女であることを思い出さされたイエヤスは少しドキリとさせられながらも答えた。

 

「いや、別にいいよ、風が俺の代名詞な感じはあるしな」

 

 風を纏って戦う事ができる自分の渾名が風なのにイエヤスはしっくりきていた。

 

「どうせなら今度からは自分で名乗ろうかな。【疾風】のイエヤス! とか」

 

 調子に乗って自分で渾名を考えるイエヤスだが

 

「ださっ!!」

「は?」

 

 メズの容赦のない言葉が刺さる。 

 

「おま! 風くんとどう違うんだよ!!」

「風くんはなんか愛嬌があるじゃん、可愛い感じの! でも【疾風】とか格好付けてる感ありすぎ! ダサいよ、逆に!」

「……逆ってなんだよ」

 

 初めて出会った時から変わらず翻弄し続けるメズに対する苦手意識は簡単には拭えそうにないイエヤスであった。

 

 

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19話 皇拳寺羅刹四鬼 ☆

 

 

 イエーガーズがキョロクに来て数日が経った。

 護衛をイエーガーズに任せて積極的に町に出た羅刹四鬼は反乱軍の諜報員を次々と発見し狩り尽くす勢いであった。

 だが、ナイトレイドの発見報告は未だ上がっておらず、やきもきとした思いを抱えてイエヤス達は護衛の日々を送っていく。

 

 現在イエヤスは休憩時間をもらい、手持ちの昼食を中庭で食べようと移動しているところだった。

 中庭についたイエヤスがどこで食べようかと視線を巡らす。

 

「あれは……」

 

 セリューが座り込んでる姿を確認して近付く。今日のセリューは町巡りの日であったが一度戻ってきているようであった。

 スタイリッシュから授かった武具一式《十王の裁き》を磨いているセリューの隣ではコロが丸くなって眠っていた。

 

「あっ、イエヤスくん、昼食ですか?」

「はい、隣いいですか?」

 

 セリューはコロとは反対側の地面をポンッと叩き了承を示す。

 座り込み昼食を取り始めたイエヤスはセリュー越しに眠っているコロへと視線を向ける。

 

「コロはまだ眠ったままですね」

 

 イエヤスの視線につられてコロへと視線を向けたセリューは優しい手付きでコロの頭を撫でる。

 

「そうですね、まだしばらくは休息期間がいりそうです。……もしかしたら、この護衛任務中に目覚めることはないかもしれませんね」

 

 ボリックの護衛任務がいつまで続くか聞かされてはいない二人であったが、いつまでも帝都を留守にしているわけにもいかない。

 《狂化》の代償として数か月の休息期間が必要なコロが護衛任務中に目覚める可能性はあまり高くないと語るセリューは口惜しそうな表情をしていた。

 

「俺がセリュー先輩とコロの分も頑張りますから安心してくださいよ!」

 

 己の二の腕を抑えてアピールするイエヤスにセリューは小さく笑みを浮かべる。

 

「フフッ、イエヤスくんが頼りになる事は知ってますよ。初めて会った時からずっと頼りにしてます」

 

 そこまで言ってからセリューはある事を思い出したようで、ただ、と付け足した。

 

「イエヤスくんを頼りないと感じたのは寝坊した時ぐらいです」

「それは忘れてくださいよ…、もう昔の話ですって」

 

 方向音痴は相変わらず見慣れない土地では発揮しているが寝坊に関しては、する度に行われるセリューの地獄特訓の成果により完全に克服しているイエヤスは過去の自分を恥じるように頬を赤くする。

 

「私のおかげですね!」

 

 ちょっとだけイエヤスをからかうセリューの明るい表情にイエヤスは大袈裟なリアクションをしながら内心安堵した。

 渓谷の一件からセリューが時折思い詰めたような表情をすることをイエヤスは気にしていた。

 

 イエヤスの昼食が終わるのとほぼ同時に二人の傍をある団体が通り掛かった。

 

「あれって確か……」

「安寧道の教主様ですね」

 

 黒マントを羽織り中分けに切り揃えられた長髪から覗く額には文様が描かれている。端正な顔には謎めいた微笑を浮かべ背後に護衛も兼ねた信者を連れている。

 二人の視線に気付いた教主は歩く方向を変え其方へと向かった。

 

「こんにちは」

 

 教主の挨拶にイエヤスとセリューも返す。

 

「ボリックから話は聞いています。はるばる帝都から護衛をしにきたとか」

 

 教主は笑みを絶やさずに視線を町へと向けた。

 

「キョロクはどうですか? 帝都に住む皆さんを退屈にさせてなければいいのですが」 

「いえいえ、キョロク独特の街並みや食事など興味深いものも多くて退屈だなんてとんでもないです!」

「そうですよ、それに町を歩く人達の表情も帝都に比べると明るいような気がします」

 

 イエヤス達が口々にキョロクを褒める姿を見て教主は嬉し気に浮かべていた笑みを深めた。

 

「それは良かった。ここキョロクは安寧道の総本山と呼ばれていますが、決して安寧道の方でなければ住み辛いなどということはないので気兼ねなく満喫していってくださいね」

 

 そう言って去っていく教主を見送った二人は教主の印象を話す。

 

「なんだか不思議な雰囲気を持った人でしたね」

「そうですね、声が頭の奥深くまで浸透していくような、それでもって不快じゃないっていうか……」

 

 あれが多くの信者を束ねる者のオーラか、とイエヤスとセリューは納得しながら頷き合う。

 

「よっす! なに話てんの?」

 

 そこに町で反乱軍の諜報員探しから休憩しに来たメズが入ってくる。

 二人はたった今の出来事を話した。

 

「……うーーん」

 

 メズは微妙な顔をした。

 大臣の専属部隊として色々な内情を知っているメズはボリックが近々教主の暗殺を企てている事を知っていた。というより羅刹四鬼が暗殺役を担う事になっていた。

 さらに言えば、このまま教主を放置すれば帝国に対して武装蜂起する可能性が高いという話もメズはボリックから聞いていた。

 メズは本当に微妙な顔をした。

 そして

 

 まっ、いっか

 

 考えるのをやめた。

 

「ところで風くん、午後から時間ある? 前に案内しそこなった出店があるんだ、そこの氷菓子が美味しいだよねー」

 

 メズの誘いにイエヤスは午後からは護衛の任務があるから無理だと伝える。

 

「そっか、夜はまた諜報員探しがあるからまた今度だね」

 

 大して気にした様子もなく引き下がるメズ。夜に町へ出るというメズにイエヤスはとあることを思い出した。

 

「夜といえば、確かランも夜に空から偵察をしてみるって言ってたな」

 

 イエヤスとメズのやり取りを聞いていたセリューは少し目を丸くしながら口を開く。

 

「二人は随分と仲が良さそうですが、先日の歓迎会が初対面ではないんですか?」

 

 セリューの質問にメズが帝都の宮殿での出来事を話した。

 

「そうなんですか……」

 

 手元に置いた正義閻魔槍に視線を落としてタオルで汚れを落としていくセリューにイエヤスは何も思わなかったが、メズだけはなんとなく気付く。

 それは女の勘とでも呼べる代物であった。

 メズにはセリューの動きにどこかぎこちなさがあり武具の手入れに集中できていないように見えた。

 イエヤスとメズの関係を聞いてそうなったように考えたメズはイエヤスへと近寄って腕を掻き抱く。

 

「風くん、ちょっと、こっち」

「ん? どうした?」

 

 ピクリ

 

 セリューの指が一瞬反応したところを見たメズは確信する。

 イエヤスを連れてセリューから少し離れたメズは口に手を当てて声漏れを防ぐ姿勢を取ると耳打ちする。

 

「風くん、もしかしたらあの子に脈あるかもね」

「え!?」

 

 予想外な言葉にイエヤスは驚きの声を上げながらセリューをチラ見する。

 セリューは雑念を払うように一心不乱に武具を磨いている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ど、どこを見て、お、思ったんだよ!?」

 

 顔を真っ赤にさせながら聞くイエヤスにメズはなんとか耐えようと頬を膨らますが、一瞬で限界を迎えて吹き出してしまう。

 

「プッ、アッハッハッハ! 風くんってば分かりやす過ぎぃ」 

 

 突然笑い出したメズにイエヤスが目を丸くする。

 ひとしきり笑って満足したメズはイエヤスの肩をポンポンッと叩いた。

 

「ま、アタシの気のせいかもしれないから、じゃあね!」

 

 まるで逃げるように足早で走り去っていくメズ。

 

「……なんなんだよ」

 

 言いたい事を言うだけ言って去っていったメズにイエヤスはいつものようにからかわれただけかと先程の発言を忘れることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中庭を出て廊下を走るメズは今から諜報員探しへと出るところだったスズカとシュテンの元へと辿り着いた。

 

「あれ? 午後は休んで夜からやるって言ってなかった?」

 

 スズカが首を傾げながら問う。

 

「そうだっけ? まぁいいじゃないっスか」

 

 メズは腕を回してやる気をアピールしながらスズカとシュテンの先頭に立ち外へと繰り出した。

 それを見送った二人は目を合わせて首を竦め合う。

 

「何があったかは知らぬが随分と元気が有り余っているようだな」

「そうかな? 私には元気で何かを誤魔化しているようにも見えたけど」

 

 とりあえず先走るメズを追いかけてゆく二人であった。

 

 

 

 

 町へと繰り出した3人は時折別れたりしながら調子よく反乱軍の諜報員を見つけていき狩っていく。

 日が落ち夜も更けてきた頃、メズは一人の女に目を付けた。

 民家の屋根上で女から視線を外さずに隣のシュテンへと話し掛ける。

 

「ねぇ、シュテン。あの女怪しくない? 周囲を探る雰囲気を感じるなぁ」

「ふむ、なにより足運びだ、多くの修羅場を潜り抜けてきた者の動き、気を付けておるようだがワシには分かる」

 

 二人に見抜かれた女の正体は変装しているレオーネであった。ボリック暗殺の準備を任されていたレオーネだが単純作業のため息抜きも必要だろうとボスであるナジェンダの計らいにより町へと繰り出していたところであった。

 

「決まりだね、殺しちゃおうぜ」

「違うだろメズ、魂の救済と言え」

 

 この世を地獄だと認識しているシュテンは命を奪う行為を地獄から解放する救済行為だと本気で考えていた。

 さっそく仕留めようと飛び降りかけるメズの髪を掴み、たった今合流したスズカが待ったを掛ける。

 

「ぐぇっ!? なんスか先輩」

 

 いきなり髪を引っ張られて奇声を上げたメズは抗議の声を上げた。

 スズカはしばしレオーネを観察して小さく頷く。

 

「やっぱり、報告にあったナイトレイドの一人に容姿が似ている気がするわね。変装しているようだし確信は持てないけど」

 

 スズカの言葉にメズとシュテンは目を見開いて驚きを露にする。

 

「マジッスか、だったらなおさら確実に仕留めないと!」

「うぬ、スズカよ、メズを引き留めたのはナイトレイドゆえに油断せぬようにと云う事だな?」

 

 強敵を前に血気に逸る二人にスズカは違う違うと手を振って否定するとレオーネを指差した。

 

「もしかしたら仲間や潜伏している場所が分かるかもしれないから、少し泳がそうと思ったのよ」

 

 スズカの案になるほどと納得をして見せたメズとシュテンはスズカに従う事にした。 

 

 

 

 

 

 レオーネを視認できるギリギリの距離から追う3人。レオーネはその足で町を出てすぐにスズカの狙い通り二人の仲間と合流するのを確認する。

 変装しているタツミとシェーレであった。

 キョロクの町の偵察を行っていたナイトレイドの3人が情報交換をしていた。

 

「先輩の読み通りだったね、どうする? このままアジトまで案内してもらっちゃいますか?」

「……そうね。このまま尾行を続けましょう」

 

 メズの発言に僅かな間を置いて賛同を示すスズカだが、それにシュテンが異を唱える。

 

「……いや、ここでナイトレイド3人を仕留めるべきだな」

「? どうしてッスか?」

 

 理由が思いつかずに首を傾げるメズとは違い、スズカはシュテンの言葉にギクリといった様子で肩を震わせた。それに気付いたシュテンはやや半目をしながらスズカを睨みつける。

 

「スズカ、分かっておったな?」

「なんのことかな?」

 

 しらばっくれるスズカにシュテンは溜息を吐きながら反対した理由を述べた。

 

 気配が散在している街中ならばともかく、周りに人の気配がしない郊外へと出てしまえば尾行に気付かれる可能性はかなり高まる。

 相手は帝都を騒がせ、エスデス率いるイエーガーズですら一筋縄ではいかないやり手集団であるナイトレイド。如何に皇拳寺羅刹四鬼と云えど確実にバレない保証はなかった。

 もし尾行がバレてしまえば待ち伏せにあい、最悪ナイトレイド全員を相手にしなければならない事態も考えられた。

 故にリスク管理の関係から、ここは欲を掻かずにナイトレイド3人を仕留めるべきだとシュテンは話した。

 

「スズカがそれに気付きつつも話さなかったのは、ナイトレイド全員に囲まれる状況を望んでのことだろう」

「あーー、先輩の悪い癖が出ちゃったわけッスね」

 

 ここで仕掛ける理由もスズカが言わなかった訳にも納得した様子のメズにスズカは観念して認めた。

 両手で身を抱きながら身震いしつつ頬を赤く染めるスズカ。

 

「だって! 最近刺激が足らないんだもの、護衛任務でジッとして、たまに相手しても雑魚ばかり! そんな溜まってる状況であんな覇気を纏ったエスデス様を見せ付けられてもう堪らないよ! 最高の快楽を求めてナイトレイドのアジトに突っ込んでも仕方ないでしょ?」

「……うわぁ、としか言えないッスよ、先輩」

 

 小声の早口で捲し立てるという器用な事をしながら暴露するスズカに率直な感想を述べるメズ。

 スズカの言い分に首を横に振って呆れを表したシュテンは今はナイトレイド3人で我慢するように言った。油断を許さぬ十分な強敵であることには違いないというシュテンにスズカは渋々了承した。

 

「メズにはエスデス殿にナイトレイド発見報告を頼めるか?」

「まぁ大事だね、了解。すぐにエスデス様達を連れてくるよ」

 

 メズは茶目っ気で敬礼をしてその場を離脱して町へと向かう。

 

「さて、魂の救済を始めるとしようか!」

「頼むわよぉ! ナイトレイドのお三方!!」

 

 羅刹四鬼のシュテン、スズカの2人がナイトレイドのタツミ、レオーネ、シェーレへと突っ込んでゆく。

 スズカが爪を伸ばしてシェーレを貫こうとし、シュテンが拳を唸らせてタツミへと殴りかかる。

 

「!? 敵襲か!!」

 

 野生の勘を働かせて一番最初に勘付いたレオーネが他の二人の首根っこを掴み回避させた。

 

「うおっ、危ねぇ!」

「レオーネ、感謝します」

 

 九死に一生を得た二人は鎧を纏い、ハサミを構え臨戦態勢を取った。

 レオーネも帝具を発動させて獣耳を生やし獣化する。

 

 スンッスンッ

 

 強化された鼻を鳴らしたレオーネは顔を顰めた。

 

「まずいな、一人町へと向かっていやがる。増援を呼ばれたら厄介だぞ」

 

 匂いを頼りに追う事ができるレオーネが追う役を買って出る。

 

「でも姐さんは……」

 

 言い淀むタツミにレオーネはタツミの言わんする事を理解するがニカッと笑いタツミの頭をガシガシと撫でた。

 

「大丈夫大丈夫! 坊やがお姐さんの心配なんて十年早いっての!」

 

 シェーレにタツミの事を頼んだレオーネはメズを追うべく駆ける。

 

「そうはさせんぞ!」

 

 メズを追わせない為にシュテンはレオーネを止めようとする。

 

「っ!? ぬん!」

 

 重力を感じさせない静かな動きで肉薄してきたシェーレがエクスタスで裂こうとしてくるのを寸前で避ける。時には武器にも使用するシュテンの頑丈な髭が僅かに切断され宙を舞う。

 

「貴方達の相手は私達です。よろしくお願いします」

 

 立ち塞がるように立つシェーレとタツミ。

 

「過保護もその辺にしときなよシュテン、一人くらいメズもなんとかするでしょ」

「うぬぅ、そうだな」

 

 スズカに窘められてたシュテンは渋々レオーネを追う事を諦め、改めて構え直した。

 

 

 シュテン&スズカ VS タツミ&シェーレ

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 背後から迫る跳び蹴りを身を翻して躱すメズ。

 地面へと蹴りが炸裂して大きな土煙を上げた。

 

「やっと追い付いたぜ、町には行かせねーよ」

 

 土煙から現れたレオーネは腕を回して調子を確かめながらメズを指差す。

 

「獣耳生えてる! 面白い帝具だな」

 

 軽口を吐きながらも臨戦態勢を取るメズに不気味さを感じ取ったレオーネは油断なく睨め付けた。

 

 

 メズ VS レオーネ

 

 

 

 

 皇拳寺羅刹四鬼とナイトレイドの戦いが今始まる。

 

 



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20話 慟哭 ☆

「フンッ、ハァッ! セイッ!!」

 

 拳を鋼の如く強化したシュテンが次々と繰り出す手刀や突きをシェーレは冷静に躱していく。エクスタスを広げ突き出された拳の切断を狙うが、そう易々と切られるシュテンではない。しっかりと腕を引いて隙は見せないでいた。

 生半可な刃を通さない強靭な肉体を持ち味としているシュテンだが、エクスタスの切れ味は全帝具の中でもトップクラス、何の抵抗もなく分かたれてしまうだろうことはシュテンにも分かっている。

 しかし、エクスタスは反則級の切れ味を持っているがそれはしっかりと挟んだ時に発揮されハサミを開いたまま片刃の剣のように扱っては切れ味は大幅に落ちてしまう欠点があった。

 並の相手であれば、シェーレの巧みな鋏捌きの前に難なく挟まれ真っ二つとしてしまうが皇拳寺羅刹四鬼は並ではない。シェーレは焦らず確実に挟める機を狙う。

 

「フハハッ! 若いのに肝の据わった小娘だな! さぞ苦難を味わってきたのであろう、ワシが魂の救済をしてやろう!!」

 

 気合を入れたシュテンが拳を唸らせ目にも止まらぬ連打を放つ。

 

「皇拳寺百裂拳!!!」

「魂の救済が何かは存じ上げませんが、遠慮させて頂きます!」

 

 幾重もの拳があるように幻視する程の連打。

 これは回避だけでは捌き切れないと判断したシェーレはエクスタスを横向きに構え盾として用いた。後方へと下がり拳の勢いを殺しながら連打を受け切ったシェーレは、ここを反撃の好機と見た。

 

「ヌォ!!?」

 

 突然の発光がシュテンの視界を覆う。

 事前にエクスタスの奥の手の存在は聞かされていたシュテンは目に光の直撃は避けられたが、エクスタスの奥の手は分かっていて防げる類いのものではない。

 絶対の切断力を持つエクスタスを直視できないのはかなりのリスクが伴う。間合いを図れず見切りが困難となり、どうしても大袈裟な避け方を余儀なくされる。

 動きの大きな回避行動は反撃する隙が生まれず、シュテンは防戦一方となっていた。

 

「!! 勝機!!」

 

 あと一歩で追い詰める事ができると踏んだシェーレの功を焦った動きに隙を見つけたシュテンは口周りに生やした髭を硬化、伸長させてシェーレの不意を突く。

 

「ッ!?」

 

 眼前に迫る鋭利な髭を首を逸らして躱し目をえぐられる事は避けられたシェーレだが、攻撃が途切れてしまう。その大きすぎる隙にシュテンは渾身の一振りをシェーレの鳩尾を狙い穿つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェーレと分断されたタツミは近場の森の中でスズカと対峙する。

 

「うぉぉおおおおおおおおお!!!」

「ッ、ック、アッ! ハン!!」

 

 インクルシオの副武装ノインテーターによる連撃を浴びて嬌声を上げるスズカ。

 だが、直撃は受けず全身から血を吹き出すが深手はないという器用な状態となっていた。

 

「いい、いいよ!! 動きに粗が多くて実戦不足が感じ取れるのは残念だけど、それを余りある身体能力のポテンシャル! 聞いてた話よりも楽しめそうじゃない!!!」

「何なんだコイツ……」

 

 スズカの謎のテンションについていけないタツミは困惑する。

 だが、こんなノリでも数多の帝具使いを処理してきたスズカは帝具使いとの戦い方を熟知していた。

 インクルシオの装着時間に制限があると見抜いたスズカは焦らずじっくりと戦うことを狙っていた。とはいえ、タツミの猛攻は激しく堪え切れるかは五分五分というのがスズカの予想であった。

 耐え切れるか分からない戦いにスズカは喜びで身震いする。

 

「あぁ……堪らないわぁ」

「クソ! ……落ち着け俺」

 

 真剣に本気で攻めているにも関わらず、マイペースを崩さずのらりくらりと時間稼ぎをするスズカに苛立ちを隠せないタツミだったが、兄貴だと慕っていた先代のインクルシオの使用者であり今は亡きブラートの言葉を思い出して冷静さを取り戻した。

 

 魂は熱く、だが頭はクールに! だよな兄貴

 

「………」

 

 思ったことを敢えて口にする事で相手の冷静さを掻く作戦が失敗した事を悟ったスズカはどうしたものかと思考する。

 とそこに

 

「ふむ、まだ終わっておらんようだな」

 

 シュテンが駆け付け、スズカの傍まで来る。

 

「そっちは終わったようだね」

「うむ、メガネの女は救済した。今度は小僧の番だな」

 

 拳を掲げてシェーレを殺した事を報告したシュテンは両腕の埃を払うように動いた後、タツミへと視線を向けた。

 

「ッ!! ……オオオオオオオォォォォォ!!!」

 

 視線を向けられたタツミは裂帛の声を上げて槍を構え突撃の姿勢を取った。

 

「うわっ! びっくりしたー、何? 仲間が殺されて怒ったの?」

 

 突然の大声に驚きつつもスズカはカウンターの構えを取る。

 作戦とは違ったが冷静さを掻き色彩の欠けた突撃をしてきたタツミに必殺のカウンターを食らわそうとする。

 だが

 

「…………えっ!?」

 

 軽い衝撃を首に受けたスズカは身動きが取れなくなってしまう。

 そして

 

「ガハッ!!!」

 

 タツミの突撃をもろに受け胴体を貫かれた。

 そのまま押され続けたスズカは樹へと激突しノインテーターによって樹へと貼り付けられる形となった。

 

「ハァハァ……ゲハッ! ……フフフ」

 

 内臓を傷付けられて吐血したスズカは胴を貫かれた未曾有の痛みと死が迫る感覚に笑みを浮かべた。

 そんな様子を薄気味悪そうに見るタツミとシュテン。

 スズカが最初に受けた首への不意打ちはシュテンが手にしている針によるものだった。

 シュテンから煙が立ち込み始め姿が変わる。

 ムキムキの巨体から小柄な女性へと姿を変えたシュテン、改めチェルシーが正体を現した。

 

「……なるほ、ど……ね………」

 

 自らの敗因を悟ったスズカは死へと至る痛みをじっくりと堪能しながら息を引き取った。

 スズカの最期を見送った二人は拳を合わせて勝利を祝う。

 

「ナイスだよタツミ、戦闘の最中でもしっかり合図を覚えてて冷静だったじゃん」

 

 チェルシーはタツミを褒めウインクする。

 シュテンとして合流して最初に行った両腕を払う動作と目配せはチェルシーが敵に化けている時に誤って攻撃しないようにするための符丁だったのだ。

 

「合流場所に来たらバトってたから焦ったよ。シェーレは大丈夫そうだったからこっちに来たけど正解だったかな」

「実際助かったけどさ、そう言われると微妙な気持ちになるな、俺だって大声で注目を浴びてチェルシーの援護をしただろ?」

 

 功績を訴えるタツミにチェルシーは指でタツミの額をコツンと軽く弾く。

 

「ちょっとあからさま過ぎて怪しかったけどね、あれは」

 

 でも、と付け足す。

 

「いい援護だったよ、ありがと」

 

 二人はレオーネとシェーレの援護をすべくその場を後にした。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バ、バカな………」

 

 身体を袈裟に両断されたシュテンが地べたを這いながら呟く。

 

 相手の鳩尾に向かって渾身の一撃を放ったシュテンだったが、それを待っていたかのようにスラリと躱したシェーレはそのまま流れるように懐へと飛び込み開いていたエクスタスの刃をシュテンの左肩と右腰へと当て閉じた。

 抜群の切れ味はシェーレの手に抵抗を感じさせず、あっけないほど簡単にシュテンを両断した。

 死にゆくシュテンを冷たい視線で見下ろすシェーレは冥土の土産を口にする。

 

「貴方が見出した隙はワザとです。エクスタスの奥の手を発動すると大体の方が勝機を焦って私が用意した隙に飛び込んでくれます。すいません」

「…………」

 

 袈裟に両断されたシュテンが長く生きられるはずもなく、シェーレが《貴方が見出した》といった時点で絶命しているので冥土の土産を受け取れたのかは微妙なところであった。

 

 ペコリ

 

 自らが命を奪ったシュテンに頭を下げたシェーレは分断されたタツミを援護すべく走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオーネとメズが肉薄しながら互いに拳を振るい合う。

 メズの拳がレオーネの露出した肩を掠め傷を作る。

 レオーネの拳はメズの頬にもろに当たる。

 だが

 

 ツルッ

 

 頬を捉えた手応えは霧散して拳は横へと逸れてしまう。

 渾身の一振りを空かされて態勢を崩したレオーネにメズの攻撃が当たり呻き声を上げた。

 

「ウグッ! なんなんだ、そのビックリボディは……」

 

 接敵した当初は互角の戦いをしていたレオーネだったが、レオーネの戦い方が主に格闘であることを理解したメズが大量の汗を分泌してから戦況は変わった。

 ただの冷や汗かと思ったそれは唯の汗とは思えない程、潤滑性が高くよく滑る。

 摩擦を殺されて掠める程度のヒットどころか、先程のようなやや当たりの攻撃すらも空かされてしまっていた。

 

「羅刹四鬼ってのはこういうのが得意なんだよ、それに」

 

 メズは器用にも自分の攻撃は滑らないように汗を掻いていない手でレオーネを指差した。

 

「唯よく滑るってわけじゃないんだよ?」

 

 その言葉を聞いてレオーネは汗を浴びた拳を見る。言われてみれば少し手が痺れる感覚が湧いてきた事に気付いた。

 流石に致死性の毒は出せないが弱い麻痺毒が込められている事を悟ったレオーネの顔色が悪くなる。

 今はまだ戦いに支障が出る程ではないが、戦いを重ね手を汗で濡らす度に深刻化していくことは想像に難くなかった。

 

 拳で戦うレオーネはメズとの相性が最悪と言えた。

 さらに

 

「戦ってて気付いたんだけどさ、アンタ利き腕の調子悪そうだな?」

「………」

 

 メズの指摘にレオーネは返答を返さなかった。

 それは肯定するに等しい沈黙であったが、レオーネも羅刹四鬼相手に隠し通せるとは思っていなかったため、気にはしなかった。

 

 渓谷での戦いでイエヤスに腕を斬り飛ばされたレオーネ。

 腕を持ち帰り縫合することで隻腕になる事は免れた。通常ならば引っ付く事はないが、回復力を大幅に上げるレオーネの帝具ライオネルの奥の手【獅子は死なず】(リジェネレーター)によって事なきを得たのだ。だが、如何に回復力が高くとも縫合が上手くいかなければ完全に元通りとはいかない。糸使いであるラバックが居れば問題なかったであろうが、残念ながらラバックはエスデス達の足止めの際に死んでしまっていた。

 故にレオーネの利き腕の神経は通いきっておらず本調子とは呼べない状態となっていたのだ。

 

「そんな腕でアタシに勝とうなんてナメすぎじゃない?」

 

 メズの言葉は至極最もな話であったがレオーネは全く気にはしないし引きもしない。

 

「状況ってのは待っちゃくれないんだよ、アレだから勝てないコレだから勝てないなんて逃げる理由を探しても何も変わらねぇ! そんなもん気にする頭がありゃ」

 

 拳を握り締めて構えを取る。

 

「今ここに立っちゃいねぇよ!!」

 

 啖呵を切ったレオーネの気迫を受けたメズは楽しそうな笑顔をしながら同じく構える。

 

「いいね! そういうの嫌いじゃないよ、まっ、死んでもらう事に代わりはしないけどね!」

 

 地面を蹴り互いに接近した二人は再び戦闘を始める。

 身体の芯を捉えなければダメージを与えられないレオーネの劣勢は啖呵を切っても変わらず徐々に押され始める。

 気付けば場所は移り変わり森を出て開けた所となっていた。レオーネの背後には崖が待っており見た通り追い詰められている。

 

「……クッ」

 

 身体に受けた節々の傷が痛みレオーネは顔を歪ませ、思わず片膝片手を地面に付いた。

 

「本調子じゃないのに頑張ったと思うよ? じゃあね」

 

 メズはシュテン直伝の拳を硬化させる技を用いて止めをさすべく駆ける。

 レオーネは突っ込んでくるメズから一縷も視線を外さず、地に着けた手に力を込めた。

 地に着けた握り締められた手の中でゴリッという音を鳴らし、そのまま手を開きながらメズに向かって腕を振る。

 

「!? うわっ!!」

 

 地面の石ころを砕き粉状にしたものを顔面に食らいメズの勢いが弱まる。目に入り視界も黒に染まる。突進を中断し一旦距離を取ろうとするが自ら手繰り寄せた千歳一遇のチャンスをみすみす逃すレオーネではなかった。

 

「逃がさねぇよ!!」

「ガァ!?」

 

 首を掴まれ持ち上げられるメズ。

 ほっそりとした首をしっかり掴み、汗には先程塗した土埃が付着しており潤滑性を弱めていた。

 

「ありゃ、つい癖で利き腕のほうで掴んじゃったよ」

 

 握り潰さんと力が込められてゆく。

 

「ま、リハビリってことで!」

「……グッ………ごのっ!!」

 

 首を掴む腕を抑えるメズだがピクリともしない。基本的な膂力では勝てないと悟ったメズは身体を捻りオーネの脇腹を狙って蹴りを放つ。

 

「っ! よっと!!」

 

 蹴りはレオーネにダメージを与えたが首を離すには至らず、蹴り脚を残っていた腕で抑えつけられて拘束力が増す。がレオーネの両腕が埋まったのを確認したメズは手をレオーネへと向けて爪を伸ばす。

 メズの爪を読んでいたレオーネは首を逸らして目をえぐられる事を避ける。

 レオーネの頬を爪が掠め血が流れる。

 密着で行われる攻防の間もレオーネは利き腕に力を籠め続けていた結果

 

「……ハッ………ァグ……ァ」

 

 メズの顔色は朱から蒼へ、そしてドス黒く変わってゆく。

 

「いたぶる趣味はないんで、じゃあな」

 

 抵抗する気力を無くした事を察したレオーネは利き腕に力を籠める事に全力を尽くした。

 

 

 

 

 

 

 そして

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 決着がつく。

 

 

 

 

 メズの腕から力が消え失せダランと垂れ下がる。

 首の骨を折った感触を得たレオーネはメズの身体を放り投げた。

 崖へと吸い込まれていったメズは数秒後、地面との激突音。

 音を確認したレオーネはタツミ達の元へと戻るべく、その場を後にした。

 

 

 合流したタツミ、チェルシー、シェーレ、レオーネの四人は互いの無事に安堵しながらアジトへと戻り、そこでアカメから羅刹四鬼の残り一人イバラを倒した事を知らされ皇拳寺羅刹四鬼の全滅を喜び合うのだった。

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 翌日、エスデスから総集を受けたイエーガーズが集まり、昨日の夜ランが空からの偵察にてアカメを発見したことによりナイトレイドのキョロク入りを説明された。

 さらには朝方アカメを発見したキョロク郊外の墓地で羅刹四鬼のイバラの遺体が発見されていた。他の羅刹四鬼も昨晩から連絡が途絶え消息を絶っていた。

 ナイトレイドが確認できた以上生存は絶望視され、地理関係を知る為の町巡りは終わりとして護衛に集中する旨がエスデスの口から達せられた。

 イエヤスが捜索を願い出るが却下され、捜索はボリック子飼いの手下達に任せるように言われた。エスデスの口調には羅刹四鬼の全滅を確信めいたものがあり、それはイエヤスにも嫌というほど伝わった。

 

「………」

 

 イエヤスは護衛の任務を終わらせ日課である寝る前の素振りを中庭にて行っていた。

 結局イバラ以外の羅刹四鬼は発見されなかった。

 

 雑念を払うように一振り一振りに気合を込めるイエヤスだが頭の中では羅刹四鬼の姿、特に交流の多かったメズの姿が浮かんでいた。

 

「……クソ」

 

 剣を振る

 

「………クソ!」

 

 ひたむきに

 

「…………クソ!!」

 

 我武者羅に

 

「……………クソ!!!」

 

 ひたすらに

 

「……………………」

 

 素振りを唐突にやめカリバーンを地面へと突き刺す。

 

「クソーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 慟哭がメズと共に飛んだ冷たい空へと上った。

 

 

 

 

 

 再びイエーガーズとナイトレイドがぶつかる日は近い。

 

 

 



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21話 嵐の前の

 夜、ボリックの屋敷にて

 長い廊下、ボリックの寝室へと続く扉の前で扉を挟むように椅子に腰掛けた二人の男がいた。

 寝室で寝静まっているボリックを護衛しているイエヤスとランであった。

 ちなみに寝室は地下であった。

 本来は見晴らしの良いテラスがある2階に寝室を設けていたのだが、防衛上の問題から寝室への侵入口が一カ所しかない地下へと変更したのであった。

 さらには地下に寝室を複数設けてランダムに寝る場所を決める徹底ぶりであった。

 

 「「………………」」

 

 二人が静寂を包む中、ランはイエヤスへと視線だけを向ける。

 最初はしっかりと緊張感を持って護衛任務に臨んでいたが護衛を始めて数時間、流石に集中力が切れてきたのか時々カクンと首を落としては横に振り持ち直すという動作を繰り返していた。

 元々落ち着きのないイエヤスに護衛任務は辛いだろうと読んでいたランはその様子にクスリと笑った。

 

「少し話でもしますか?」

 

 小声でランは話し掛けた。

 真面目なランが任務中の雑談を提案した事に驚くイエヤスにランは肩を竦めて見せる。

 

「強襲は罠や警備の多い屋敷ではなく、近々行われる大聖堂での祈りの日を狙ってくると読んでいますからね。それにもし地下へと続く扉が開けば風の流れが分かるイエヤスならすぐに把握できるでしょう?」

 

 ランの言葉に頷いて見せるイエヤス。

 

「なら大丈夫でしょう。羅刹四鬼にすら気付いたイエヤスの感知能力を信用しますよ」

 

 ランは前から聞こうと思っていた事を口にした。

 それはイエヤスが帝都で日頃世話になっているブドー大将軍の事であった。

 

 他人に厳しく自分にはもっと厳しい、実直を絵に描いたような武人であり若人を鍛える事を生きがいとしており、その生涯を帝国と皇帝に捧げる事を決めている人物。

 

 情報収集により集めたブドー大将軍の人物像を話すランにイエヤスは同意し、もう話す事がないレベルだと言った。

 

「私が聞きたいのはイエヤスから見たブドー大将軍の話ですよ。接していてどう思いましたか?」

 

 イエヤスはブドー大将軍の事を思い浮かべた。

 大体はランの言った通りの印象をイエヤスも持っていたが一つ思うところがあった。それはイエヤスが初めてブドー大将軍と出会った時の事と今は亡き麗しき槍使いスピアと話している時の事であった。

 オーガ隊長を亡くし気落ちしていたイエヤスにブドーは欲しい言葉を掛けてくれた。

 スピアと話すブドーは鍛錬を行っている時とは違い物腰が柔らかく親しみを感じされる雰囲気を放っていた。   

 

 その話をイエヤスから聞いたラン顎に手をやり熟考するように考え込む。

 再び沈黙に支配され始めた廊下でイエヤスはついでなので自分も前から気になっていた事を聞くことにした。

 

「そういえばさ、ランが帝国を変えたい理由って聞いた事なかったよな」

「……言われてみればそうでしたね」

 

 顎に当てていた手を離したランは恍けるように言葉を紡いだ。

 

「今の大臣の所業を見て変えたいと思わない方がどうかと思いませんか?」

 

 ランの言っている事はもっともなことであったが、本音を誤魔化していると感じたイエヤス。だが、追及するのはやめておくことにした。

 

「まぁ、ランが言いたくないなら言わなくてもいいけどよ」

 

 そう言いつつもイエヤスはつまらなそうに口先を尖らした。

 そんなイエヤスの様にランは苦笑で返し、僅かな沈黙の後

 

「………ちょっとした昔話をしましょうか」

 

 語る。

 

 帝国の中央部にとても評判の良い領地がありました。

 肥沃の大地に恵まれ、治安も良く領主はそれが自慢でした。

 そこで働く一人の教師がいました。生徒たちは皆優秀で将来有望な子供達が集まっています。

 しかし、ある夜、凶賊の手によって生徒達は皆惨殺されてしまいました。

 ところが領主は治安の良い領地という評判を惜しみ事件を闇へと葬りました。

 残された教師は結局、自分の住んでいる場所も帝国の腐敗がまかり通った見せ掛けだけの場所だと知り帝国を変えようと決意しました。

 

 話を聞いたイエヤスはランが元教師であることを知り納得した。

 

「なるほどなぁ、どおりで先生っぽいと思ったわけだ」

「意識していたわけではなかったので、あの時は意表を突かれましたよ」

 

 会議室での出来事を思い出したランは懐かしむように目を細める。

 

「話してくれてありがとな」

「話すほどの事ではないと思っていただけですよ」

 

 なにかと底を見せないランが初めて本音を話してくれたような気がしたイエヤスはむず痒さを覚える。

 とそこで

 

「………ッ!」

 

 イエヤスは腰の柄へと手を掛けた。

 ランはイエヤスの様子の変化に問い掛ける事はせず、同じく警戒心を露わにして目で問う。

 

「……二人」

 

 ランの目配せの意を汲み取り答えたイエヤスにランは頷き廊下の先へと視線を向けた。

 二人が視線を注ぐ廊下の先から足音が聞こえてくる。

 

「………フゥ」

 

 姿を現した足音の正体にイエヤスは息を吐き緊張を逃がした。ランもそれに続く。

 

「お疲れ様、交代の時間だよ」

 

 ランプの明かりのみが頼りの地下で闇夜の溶け込むような漆黒の衣装に身を包んだクロメと、その背後には八房から呼び出したナタラが立っていた。

 

「もうそんな時間でしたか、それではイエヤスはお疲れ様です」

「じゃ! お先に」

 

 イエヤスはランに別れの挨拶をし、クロメに後を頼むと自分の寝室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室へと続くロビーへと差し掛かったイエヤスはボルスを発見する。

 ボルスはソファに座り手紙を読んでいた。熟読しているボルスは近寄ったイエヤスに気付かず読み耽っていた。

 声を掛けようと近寄ったイエヤスだったが集中して読んでいるのを邪魔するのも悪いと思い方向を変えて睡眠を取るべく自室へと足を向けた。

 

「…………あっイエヤス君」

 

 ちょうど手紙を読み終えたボルスが面を上げて去っていくイエヤスの背に気付き声を掛けた。

 振り返ったイエヤスはボルスが手紙を読み終えた事を確認して近くのソファに座った。

 

「気を遣わせてごめんね。別に話し掛けてくれても大丈夫だから」

「いえ別に用事があったわけではないので、こちらこそなんかすいません」

 

 申し訳なさそうにしているボルスにイエヤスは、ならばと遠慮を取っ払って質問する。

 手紙について。

 

「あぁ、家族から手紙が届いてね。キョロクに着いてすぐに手紙を出したんだけど、その返事が来たんだよ」

 

 ボルスは今も昔もいつ死んでもおかしくない仕事を行っている。

 なので定期的に手紙で家族に無事を知らせるのが日課となっていた。

 機密性を守る為に詳しい仕事内容や現在位置を書くことはできないが、それでも互いに無事が確認できるので今も続いている。

 

 ボルスの話を聞いてイエヤスは脳裏に宮殿の会議室で見たボルス一家の姿を浮かべる。

 美しい奥さんと可愛い娘に囲まれたボルスは幸せそうで僻む気持ちも霧散していったことを思い出す。

 

「イエヤス君はどうなんだい? 故郷に手紙は出してるの?」

 

 ボルスの質問にイエヤスは応える。

 元々帝都へは出稼ぎに来ていたイエヤスは定期的に仕送りを送っていた。

 その時についでに軽い近況報告の手紙を添えていた。

 返事の手紙も何通かは来ていたが、仕送りのおかげで今年の冬は問題なく越せそうだという事以外は特に特筆することはなかった。

 

「そうか、イエヤス君は故郷の為に頑張っているんだったね」

「別にそれだけが目的ってわけでもないっスけどね、立身出世は男の夢ですから」

 

 拳を掲げて力を籠めるイエヤスのらしい言葉にボルスは覆面をしていても分かる程明るい雰囲気で微笑む。

 

 そこからイエヤスはボルスに女性を振り向かせるコツのようなものを聞き話は盛り上がった。

 ボルス曰く諦めないこと。チャンスを見つけてはアタックをすべしという言葉を聞いてイエヤスは心に刻み付ける。

 

 ボルスの恋愛教室はランの休息時間となり、眠りもせずに話に耽っているイエヤスを見つけて呆れながら連れ出すまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イエヤスさん、スタイリッシュ様がお呼びです」

 

 護衛任務の空いた時間で素振りをしていたイエヤスに声が掛かる。

 額に浮いた汗を拭い剣を納めながら声のした方向にイエヤスが視線を向けると、そこには大きな耳が特徴的な小柄な人物が立っていた。

 スタイリッシュから《耳》と名付けられた者である。

 

「ミミさん、分かりました。今行きます」

 

 スタイリッシュに倣ってミミとイエヤスは呼んでいた。

 ボリックの屋敷の一部を借りて医務室兼研究室としている部屋へと歩くミミの後に続くイエヤスはあらためてミミの姿を見る。

 小柄な身体にクリーム色の長髪を靡かせる。目付きはやや悪さが目立つが僅かに塗った口紅の艶やかさも相まって何処となく色っぽい印象を他者に与える。

 肩を大胆にはだけた衣装にミニスカートから覗かせる網タイツが艶めかしい。

 

 

 

 だが男だ。

 

 

 最初にミミの性別を聞いた時イエヤスは耳を疑った。ミミだけに。

 だが事実は変わらずミミは男だった。

 オカマであるスタイリッシュの趣味に付き合わされているのかとイエヤスは聞いたが自前の趣味であった。それどころかスタイリッシュの手によって永久脱毛等を施されており感謝しているとの話だった。

 

「着きましたよイエヤスさん」

「お、おう」

 

 悲しい事実を思い出して遠い目をしていたイエヤスは我に返り案内された部屋へと入る。

 

「あっイエヤスさん」

「ちょっとタイミングが悪かったですね」

「ハナさん、メッさん」

 

 イエヤスにハナさん、メッさんと呼ばれた二人が部屋の中で待機していた。

 大きな鼻が特徴的なスタイリッシュに《鼻》と呼ばれる中肉中背の男と大きな目が特徴的なスタイリッシュに《目》と呼ばれる大柄な男である。

 この二人に《耳》を足してチーム・スタイリッシュの偵察チームであった。

 

 部屋にいた二人からスタイリッシュは先程急用でボリックに呼ばれた事を聞いたイエヤスはすぐに戻ってくるらしい事を聞いて部屋で待つことにした。

 

 待っている間、偵察チームの3人から今のチーム・スタイリッシュの状況をイエヤスは聞く。

 ロマリー渓谷の戦いで秘蔵っ子のトビーとカクサンを失くし歩兵と呼ばれる強化兵もナイトレイドの足止めに使いほとんどを失ってしまっていた。

 補充しようにも強化を施す設備も人材もキョロクにはない為できない。

 以上のことから現在チーム・スタイリッシュは機能していなかった。

 ロマリー街道からキョロクへと向かう際、戦力として著しく低下したスタイリッシュだけは帝都へと戻す案も上がったが、ドクター・スタイリッシュはナイトレイドから標的として名指しされた身、護衛の強化兵を失くした状態では単独で帰還させるわけにもいかず、そのままキョロクへと付いてくる形となっていた。

 

「そういう事なら俺を頼ってくださいよ! ドクターには世話になりっぱなしだし、ここらで恩を返さないとって思っていたところなんですよ」

 

 己の胸を叩いて主張するイエヤスに3人は素直に称賛を送った。

 

「イエヤスさんの活躍が目に浮かびますな!」

「頼もしい限りです 小鼻をうごめかしてますね!」

「寝耳に水です!」

 

 3人の分かりやすいヨイショ(一人よく意味は分からないが)だったが、単純なイエヤスは気分を良くした。

 気分の乗ったイエヤスはスタイリッシュが来るまで3人と会談を続けた。

 スタイリッシュの用事とはイエヤスの健康診断であったが、特に問題はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月に一度、ボリックはキョロク中央部にある大聖堂で一日祈りを捧げ続ける日がある。

 今日がその日であった。

 エスデスとランの読みでは今日あたりがナイトレイドが強襲してくる可能性が高いと聞いていたイエーガーズは皆気合を入れて護衛にあたっていた。

 屋内でボリックの身近はエスデス、イエヤス、セリュー、スタイリッシュで、屋外ではクロメ、ラン、ボルスが警戒に当たっていた。

 クロメは八房によって操る死体の中に屋内では使いにくい巨大な危険種がいるため、ランは上空を警戒できるため、ボルスは帝具の性質上屋内では扱いにくいため、とそれぞれ理由があった。

 大聖堂内で待機していたエスデス達に報告が入る。

 

「中庭に何処からか賊が侵入しました! 凄まじい強さでナイトレイドだと思われます!!!」

「来たか」

 

 エスデスは酷薄な笑みを浮かべ、迫る戦いに闘気を燃やす。

 

「…………」

 

 イエヤスは無言のままカリバーンの柄を握り締め集中力を高める。

 

「いつでも来い! 悪に相応しい最期を与えてやる!」

 

 セリューは結局コロは間に合わず眠ったままであるため、十王の裁きをボリックの近くに配置している。

 

「今回私達はサポートに徹するわよ、しっかり働きなさい」

「「「了解です!スタイリッシュ様!!」」」

 

 戦闘能力の低いスタイリッシュ達はボリックの隣に立つ。

 

「ひぃいぃいい!? 本当に来た!! 将軍は私の傍にいてください~!!!」

 

 怯えを隠すことなく涙目になりながらエスデスの足元に縋るボリック。

 

 

 

 

 

 

 

 イエーガーズにとってキョロクの最も長い夜が始まる。

 

 

 

 

 

 

 



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22話 キョロクの長い夜 暮夜

 エスデス達がいる大聖堂の大広場から出て廊下を歩いてすぐの所にはそこそこの広さがある中庭が配置されている。その中庭で今ナイトレイドが現れボリック子飼いの兵やキョロクに配備されている帝国兵を相手に大暴れしていた。

 争いの騒音が大広場にも響きエスデス達の耳朶を叩く。

 イエヤスやセリューは興奮冷めやらぬ様子で時折深呼吸を交え平静を意識する。

 

「気になるのは分かるが行くんじゃないぞ」

「分かっています。中庭の奴らは陽動の可能性が高いですからね」

「はい! 悪の狙いに乗ってやるものですか!!」

 

 エスデスの忠告にイエヤスとセリューは応えた。

 ナイトレイドの侵入報告を聞いたエスデスは確認できたナイトレイドの人数が少数であった事から囮であると読み、中庭で暴れて見せているがあくまで狙いはボリックのはず、ならばわざわざ此方から出向いてやる必要はないと判断した。

 スタイリッシュもその考えに賛同しイエヤスとセリューも納得した。

 報告に来た兵士を使って屋外で待機しているイエーガーズメンバーには中庭の騒ぎは気にせずにそのまま警戒を続けるように指示していた。ついでにキョロクの各所を守っている帝国兵にも応援を頼んでいる。

 

 中庭で確認できたナイトレイドはナジェンダ、スサノオ、タツミの3人であった。

 残りのナイトレイドの姿が確認できていない事からもエスデスは確信に近い気持ちで待ちに徹する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜に照らされたキョロクに小さな影を落とすものが空を進む。

 空を泳ぐ空遊漁、特級危険種エアマンタ。

 その背には複数の人が乗っていた。

 アカメ、シェーレ、レオーネの3人。

 大聖堂の中庭で暴れているメンバーがエスデスを引き付け、その間に残りのメンバーがエアマンタによって空から大聖堂へと急襲、そのままボリックを討つ作戦であった。

 

「大聖堂の天井はシェーレが斬ってくれな」

「分かっています。任せてください」

 

 レオーネの言葉に自信満々に頷いて見せるシェーレの膝元ではマーグパンサーの子供が蹲っていた。子猫のような見た目は愛くるしく、だがゆえに緊張感を持ったこの場では場違い感があったが、それを気にするものは一人もいなかった。

 

 ナァー♪

 

 過去最大級の難易度を誇る今回の暗殺を前にメンバーの緊張を解すように可愛い鳴き声をあげる子猫をシェーレは愛おしそうに撫でる。

 

 

 

 キョロクの上空でキラリと一筋の光が煌めいた。

 大聖堂へと近付くエアマンタを後ろから超スピードで横切る者が現れる。

 

「なっ!?」

 

 驚きの声を上げるアカメ。

 

「やはり空から来ましたか。今回は私の読み勝ちですね」

 

 空を駆けるランが勝ち誇るように笑みを浮かべ、

 

「私という存在を知りながら空を選ぶとは、ナメられたものですね」

 

 エアマンタに向かって羽根を連射的に飛ばす。

 

「その代償、払ってもらいますよ!!」

 

 対処されないようにエアマンタの下側から放たれた羽根の銃弾はエアマンタを穿ち命を絶つ。

 

「まずい、落下するぞ!」

 

 落下し始めるエアマンタにアカメ達は焦る。

 ランは追い打ちを掛けるべく今度はアカメ達に向かって羽根を飛ばす。

 エアマンタの上という限られた足場のため回避ができない状況であったが、アカメとシェーレはレオーネを庇うように前へと立ち得物ですべて切り払う。

 遠距離持ちがいない事を確認しているランはその優位を生かすべく決して届かない位置から攻撃を仕掛けるため決定打には欠けていた。

 

「サンキュー! アカメ、シェーレ! 今度はこっちの番だな」

 

 庇ってもらったレオーネは礼を言い、段々と近付く地面へと目を向けた。

 エアマンタの亡骸を蹴って下方向へと跳んだレオーネは誰よりも一早く地面へと向かう。帝具ライオネルの獣化により大幅に肉体強化されたレオーネは僅かに両足に痺れは感じるものの無事着地、空を見上げ降ってくるエアマンタごとアカメ達をキャッチすることに成功する。

 

「ナイスキャッチだ、レオーネ!」

「ありがとうございます」

 ナァー

「いいってことよ」

 

 アカメ達の礼を流しながらレオーネは目的地だった大聖堂へと視線を移した。

 少し離れた位置に着地してしまったアカメ達は大聖堂へと向かおうとするが当然立ち塞がる者達が現れる。

 

「お姉ちゃん、会いたかったよ」

 

 八房を既に抜き、年の瀬に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべるクロメと

 

「ここから先は行かせないよ」

 

 帝具ルビカンテの銃口をアカメ達に向けるボルス、さらに

 

「あの高さから落ちて全員無事とは流石はナイトレイド、と言ったところでしょうか」

 

 一旦帝具を休ませる為にクロメ達の後ろへと着地したランであった。

 

 

 クロメ&ボルス&ラン VS アカメ&レオーネ&シェーレ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、ナジェンダ」

「エスデス……」

 

 大聖堂の大広場でエスデスとナジェンダが相対する。

 中庭で陽動の為に暴れていたナジェンダ達だったがどれだけ暴れてもエスデスは現れなかった。

 このままでは空から急襲するはずのアカメ達の援護を出来ないと判断したナジェンダ達は危険を承知で標的のボリック含めたエスデス達が待つ大広場へと突入し、現在に至っていた。

 

「お前には色々と聞きたいことがあるんだ。私と踊ってもらった後招待しよう。拷問室へとな」

 

 これから起こるであろう激しい戦闘に備えて被った軍帽の鍔を握り深々と被り直しながら宣言するエスデスにナジェンダは油断なく睨め付けながら応える。

 

「勘弁願いたいな、出来ればお前とは口をききたくない」

「つれない奴だな」

 

 招待状を無碍にされたエスデスは余裕の雰囲気を崩さず侵入者達を眺める。

 ナジェンダはスサノオの後ろへと控えており、スサノオはいつでも戦いを始められる姿勢を取っている。

 報告よりも人数が減っている事に気付いたエスデスは視線をナジェンダ達へと向けたまま、後方に控えるイエヤス達へと指示を出す。

 

「お前達はボリックから離れるなよ、どこから他の奴が来るか分からんぞ」

「「「了解」」」

 

 護衛を信用できる部下に任せたエスデスは一歩前に出ながら腕を上げ宙に氷を発生させる。

 

「では、いくぞ」

 

 

 エスデス VS スサノオ&ナジェンダ

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国最強を前にナジェンダは出し惜しみをしない。

 

「スサノオ、奥の手だ!」

「承知!!!」

 

 ーー禍魂顕現ーー

 

 ロマリー渓谷でも見せたスサノオの奥の手が発動する。

 生命力を吸われ全身に力が入らなくなったナジェンダが片膝を着く。

 圧倒的威圧感を出すスサノオにエスデスは期待を込めた瞳を注ぐ。

 

「それが話に聞いた奥の手か、楽しめそうだ!」

 

 浮かした氷柱がスサノオに向かって放たれる。

 夥しい量で飛来する氷柱をスサノオは手持ちの棍棒を振り回して叩き落す。

 氷柱に紛れて直進したエスデスが接敵してサーベル型の剣を片手に突きをメインとした剣劇を披露する。

 ロマリー渓谷ではコロ、イエヤス、セリューを相手取り引けを取らないどころか、押していたスサノオだが帝国最強は伊達ではない。まるで舞うように振るわれるサーベルは、その細腕から繰り出されているとは思えない程の殺意と練度が込められている。

 氷とサーベルを組み合わせた独自の剣技を前にマスターの命を削る奥の手を以てしても苦戦を強いられるスサノオ。だが決して押されっぱなしというわけではなかった。

 

「ムッ!」

 

 サーベルと棍棒が幾度も交じり合う中、スサノオは回避と両立させた回し蹴りをエスデスの腹へと叩きこむ。

 瞬時に胴体に氷を纏い砕かせる事によって威力を殺したエスデスだが、完全には殺し切れず幾ばくかの距離が開ける。

 ならば好都合とサーベルを掲げて遠距離攻撃を行う。宙に浮かせた氷柱は防がれた為、今度は地を這うような氷柱がスサノオを襲う。対処の難しい下方からの攻撃だがスサノオは棍棒を地面に叩きつけて氷ごと叩き割る。

 

「やるじゃないか、これ程の手練れは久々だな!」

 

 戦闘を楽しむ余裕があるエスデスに対しスサノオは臆面には出さないが焦燥の念を押し留める。禍魂顕現には時間制限があるので攻めあぐねるわけにはいかないのだ。

 

 傍目上は拮抗する戦いを見せるエスデスとスサノオの高レベルな戦闘に目を奪われそうになりながらもイエヤスはある事に気付く。

 気付いたのはイエヤスだけではなく、スタイリッシュの近くで控えている《鼻》も同様であった。

 《鼻》から強化された嗅覚が捉えた異常を聞いたスタイリッシュはイエヤスへと声を掛ける。

 

「……イエヤスちゃん!」

「分かっています」

 

 スタイリッシュが言わんとしている事を察したイエヤスはカリバーンを抜きエスデス達が戦っている場所とは違う大広場のある一点へと真っ直ぐに向けた。

 《耳》と《目》からは逃れても《鼻》からは逃れられず、また風からも逃れる事はできなかった。

 

「そこにいるのは分かってるぜタツミ! 姿を出しな!!!」

 

 上げられた剣先はブレず視線と合致して唯一点を差す。

 イエヤスの確信に満ちた眼差しを受けて徐々に何もなかった空間が色を持ち始める。

 白み掛かった鎧に身に纏った者が姿を現した。インクルシオを装備したタツミである。

 

 タツミは大広場に入る際に奥の手であるステルス機能を使って姿を消していた。

 エスデスとスサノオが戦っている騒ぎに乗じてボリックに少しずつ近付いていった。姿を完全に消し気配も消す事に成功していたタツミであったが、物理的に消えるわけではない以上動けば空気が動く。それを風として読み取る事ができるイエヤスとは相性が悪かった。

 

 タツミの姿を確認したイエヤスは他に怪しい風がないかを確認した後、セリュー達にはボリックの傍を離れないように頼んだ。

 

「タツミとの勝負もこれで3回目か、いい加減決着を付けないとな」

「……渓谷ではイエヤスに一本取られたが、あの日と同じ俺だとは思わないほうがいいぞ」

 

 互いに武器を構え合う二人。

 エスデスはイエヤスの因縁ある相手ということで邪魔をする気はなかった。スサノオはエスデスの相手で精一杯でタツミの援護は不可能。ナジェンダはスサノオに生命力を吸われ動くことはできない。

 邪魔するもののいない中、イエヤスとタツミがぶつかる。

 

 

 イエヤス VS タツミ

 

 

 

 

 戦いは始まったばかり、キョロクの朝はまだ遠い。

 

 



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23話 キョロクの長い夜 深夜

 大聖堂へと続く、両端を林で囲まれた道では争いの騒音が絶え間なく鳴り響いていた。

 死体人形ヘンターと剣舞を演じていたアカメがその場を飛び退く。

 アカメが居た場所を巨大な足が地面ごと踏み砕いた。

 難を逃れたアカメが足の持ち主を見上げながら睨みつける。

 全長数十メートルは下らない巨体は外骨格で覆われており恐竜の骨を彷彿とさせた。

 

 超級危険種デスタグール

 

 洞窟で冬眠していたところをクロメが斬り殺し死体人形にした自慢の一体であった。

 

 キンッ

 

 隙だらけの足にアカメは村雨を振るうが硬い手応えと無情な弾かれ音が響くだけで効果はなかった。もともと死体には村雨の呪毒は意味を持たない。さらにデスタグールは表面を硬い外骨格で覆われているため刃が通らずアカメとの相性は最悪と云えた。

 だが、

 

「失礼します」

 

 掛け声と共に現れたシェーレがエクスタスをデスタグールの太い足首にあてがい勢いよく閉じる。

 

 バツンッ

 

 エクスタスは抵抗を感じさせない所作で閉じ切りあっさりと足が切断される。

 硬い防御力に慢心したデスタグールは避ける動きが苦手な為、万物切断の特性を持つエクスタスとの相性が悪かった。

 すでにシェーレとの戦いで片腕も切り落とされていたデスタグールはすでに戦力としては半減していると言っても過言ではない。

 

「その帝具だとデスタグールの防御力が意味ないなー、お気に入りだったのに……」

 

 八房の死体人形の中でも一押しの戦力だったデスタグールを傷付けられたクロメが頬を膨らませながら呟く。

 

 ランの羽とドーヤの銃弾を刀で弾くアカメとエクスタスを盾に使い防ぐシェーレの元にボルスの火炎放射を避けていたレオーネが合流する。

 

「八房の死体人形4体始末したぞ」

「ナイスだレオーネ」

「こちらはちょっと苦戦しています。空と地、両方からの射撃がかなり厄介ですね」

 

 主にボルスの相手をしていたレオーネだったが、死体人形3体がボルスを護衛するように配置されていた。だが、その3体はラバックに再生不可能にされたロクゴウ、エイプマン、ウォールの代わりにキョロクで用意した急造の死体であり質は他の死体とは大きく劣るものであった。

 火炎放射に触れないように気を付けながらも肉薄しようとするレオーネから守るように壁となる死体。どれだけ殴っても意味のない死体相手は分が悪いと判断したレオーネに閃きが舞い降りる。

 死体の攻撃を避けながらその腕を掴み、ボルスの火炎放射に対する盾としたのだ。

 一度付いた炎は消える事なく死体を灰にするまで燃やした。

 ボルスも細心の注意を払ってはいたが盾にされては防ぎようもない。ボルスの帝具とクロメの帝具の相性の悪さを利用したレオーネの作戦勝ちであった。

 補充された3体の死体の火葬をしている間にレオーネの隙を突いて死体人形の一つ、カイザーフロッグと呼ばれるカエル型の危険種の舌に巻かれ飲み込まれてしまうハプニングもあったが肉体強化されたレオーネは内側からあっけなく腹をブチ破り脱出して事無きを得ていた。

 

「ゴメンねクロメちゃん、死体を盾にされて燃やしちゃった……」

「気にしなくていいよボルスさん、簡単に掴まれて盾にされちゃうのが悪いんだから」

 

 申し訳なさそうにしているボルスにフォローを入れるクロメ。

 ヘンターやナタラ、ドーヤなどはしっかりとレオーネの掴みを避けている為その通りであった。

 

「ふむ、此方の特性を上手く利用して対処されていますね……」

 

 相手に有効な遠距離技がない利点を最大限に生かし空から援護射撃を続けていたランだが、距離が開いているため有効打とはなりにくくジリ貧を感じたランがボルスの近くへと移動して提案を口にする。

 了承したボルスはクロメ達に向かって炎を発射した。だが今までとは違い直接的にアカメ達を狙うわけではなく、アカメ達の手前にちょうど炎の壁ができるように吹き付ける。

 間違っても触れないように炎の壁から距離を取ったアカメ達に向かってランが羽を連続的に飛ばした。

 

 炎の壁を潜るように狙って。

 

「なに!?」

「くっ!」

「これは……」

 

 羽の銃弾がボルスの炎を帯びてアカメ達を襲う。

 衣類に掠れば燃え移るという危険性が格段に高くなった羽を捌くアカメ達だが、全部を捌く事は叶わず3人のそれぞれ長い髪端に明かりが灯ってしまう。

 村雨やエクスタスですぐに端だけを斬り払ったため重症には至らなかったが軽度の火傷を負ってしまい時間も消費してしまう。

 本来の突入時間を大きく過ぎてしまっているナイトレイドの中に焦燥が生まれる。

 3人は目配せをして短期決戦の為の覚悟を決める。

 炎の壁が消えたタイミングで辺りが目映い光に包まれる。

 エクスタスの奥の手の存在を知っていたクロメ達は焦る事なく相手の出方を窺う。

 光に乗じてアカメが真っ直ぐに突撃してくる。

 

「ヘンター! ドーヤ!」

 

 ボルスの火炎、ドーヤの銃弾を極限までの低姿勢で回避したアカメがクロメに急接近する。立ち塞がるヘンターを一合ですり抜けナタラの薙刀をも紙一重に躱しアカメは止まらない。ナイトレイド最大戦力として注目を集めるアカメだが、本命は別であった。

 未だ辺りを包む光源を潰すべくデスタグールが残った腕を叩き付ける。

 シェーレはそれを横へと躱しそのまま腕に跳び乗ると首元まで駆けた。

 デスタグールの首元まで来たシェーレはデスタグールの首を切断する事に成功するが、それすらも本命ではない。

 デスタグールの身体を駆けあがる事によって高所を得たシェーレはデスタグールの肩から強く跳び、ボルスと連携すべく高度を下げていたランへと迫った。

 

「!! 狙いは私ですか!」

 

 己を本命だと悟ったランは急激に高度を上げつつ迎撃の羽根を放つ。

 エクスタスを盾にして羽を弾きながらランとの距離を0に近づけたシェーレがランの胴体目掛けてエクスタスを挟み込む。

 

 

 

 

 バツンッ

 

 

 

 エクスタスが閉じる快音が辺りに響いた。

 ランの胴体は真っ二つに

 

 

 

 

 

「あと一歩でしたが残念でしたね!」

 

 

 されてはいなかった。

 ランの言う通り高度は僅かに足りずエクスタスは虚空を斬るに終わった。

 勢いを失いただ落下を待つ身となったシェーレにランは追撃の羽根を向ける。

 だが

 

「背中、借りるぜシェーレ!!!」

「はい、レオーネさん!!!」

 

 落下するシェーレの背を蹴りレオーネが跳ぶ。

 

「なっ!?」

 

 ランが驚愕の声を上げる。

 帝具により肉体強化されているレオーネは悠々とランへと届く勢いであった。

 ランはすぐさま羽の標的をレオーネへと変え放つ。

 アカメやシェーレとは違い武具を持たないレオーネに空中で防ぐ手段はない。だが、頭や心臓、急所を庇い致命傷だけを避ける決死の姿勢を持ったレオーネは止まらない。

 そして

 

「おらぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

「ガッ!! ……ハッ」

 

 レオーネの拳がランの鳩尾に埋めり込む。

 殴り飛ばされたランが錐揉みしながら落下する。

 レオーネも重力に従い落下を始めるが地面を見据えなんとか着地の姿勢を取る。

 

「ランくん!? くっ!」

 

 そんなレオーネへとボルスが帝具の銃口を向け、口先に炎を溜め始める。丸く凝縮された炎弾が発射される。これが【煉獄招致ルビカンテ】の奥の手、本来そこまで飛距離のでないはずの炎を遠くへと飛ばすことができる技【岩漿錬成】(マグマドライヴ)であった。

 

「……クソ」

 

 身体のいたるところに羽が刺さり空中で回避へと移れないレオーネに灼熱の炎弾が迫る。

 死を覚悟するレオーネ。

 

「レオーネさん!!」

「!? バカ! やめろ!!!」

 

 目の前に庇うように現れた背中にレオーネは驚き止めに入る。

 シェーレはエクスタスを横向きに盾の構えを取り、炎弾を受け止める。

 

 ジュゥゥゥウ

 

「ッ! ぐぅぅぅ!!!」

 

 炎弾は一瞬でエクスタスを高温の拷問器具へと変えシェーレの手を焼く。

 だが頑丈さでは帝具の中でもトップクラスを誇るエクスタスは高温に至るだけで幸い溶ける様子はなかった。

 

「ァァアアアアアア!!!」

 

 己を鼓舞する叫び声を上げながら炎弾を逸らす事に成功したシェーレとレオーネが地へと着地する。

 

「ハァハァハァ、……無事…ですか……レオーネさん?」

「それはコッチの台詞だバカシェーレ! 無茶しやがって!!!」

 

 己の身を顧みずレオーネの心配をするシェーレにレオーネは顔を蒼くしながら駆け寄る。

 シェーレの両の掌は火傷で爛れ見るも無残な事になっていた。確認するレオーネも突き刺さりまくった羽から血を流し決して無事とは言えない状態であった。

 

「ボルスさん! ランは?」

 

 落下したランを受け止めたボルスの元にクロメが駆け寄りながら問い掛ける。

 

「……気絶しているけど致命傷ではないみたい、どうやら殴られる直前に背中の翼をガードに使ったみたいだね」

「そっか、よかった……」

 

 安堵の吐息を漏らすクロメにボルスも同意する。だが当分は安静にして出来ればドクター・スタイリッシュに見せたいところだとボルスは話した。

 

 

 

 ランの無力化には成功したナイトレイドであったがその代償は大きい。

 シェーレは両手に重度の火傷を抱えエクスタスを振るう事は無理をすればできるであろうが繊細な操作は不可能、レオーネは血を流し過ぎていた。唯一戦力が低下するような怪我はしていないのはアカメだけであった。

 3人はイエーガーズとは少し離れた位置で少し会話をすると頷き合う所作をした。

 次は何をするつもりなのかと警戒心を上げるクロメとボルスの目を再び光が覆う。

 

「また光を……、って、あれ?」

「……撤退していく?」

 

 眩しい光の中、接近に気を張っていたクロメ達だが、何事もないまま光が消えゆくと同時にアカメ、シェーレ、レオーネの3人が大聖堂から離れていく後ろ姿が見えた事に戸惑いの声を上げる。

 

「っ! 待って! お姉ちゃん!!」

「あっ、クロメちゃん! 駄目だよ」

 

 置いていかれる状況にかつての事を思い出したクロメが思わずアカメを追い掛けようとするがそれをボルスが止める。

 ナイトレイドの行動はあからさまに怪しく、何を狙っているかはボルスにも分からなかった。だが標的であるボリックが大聖堂にいる以上、ここを攻めるしかナイトレイドには手がなく護衛である自分達を大聖堂から離すのが目的の可能性もあった。

 屋内にもナイトレイドの侵入があった事から仲間をみすみす見殺しにするとも考えにくい為、追わずともすぐに戻ってくるはずだとボルスは話した。

 ボルスの言葉にしばしの間を置いてクロメは小さくうなずく。

 

「……うん、そうだね。ボルスさんの言う通りだよ」

 

 クロメは自分にもそう言い聞かせるかのように呟くと精神安定の為か懐からお菓子を取り出して頬張った。

 

「ごめんねボルスさん、ボルスさんが止めてくれなかったら我を忘れて護衛任務を放棄しちゃうところだった……任務は絶対なのに」

 

 頭を抑えて何かを耐えるように辛そうにしているクロメにボルスは首を横に振った。

 

「こっちこそごめんね、クロメちゃんがお姉さんともっと一緒にいたい気持ちは伝わってきたよ、それなのに冷たい事を言っちゃって」

「そんな! これは私の我儘だからボルスさんが気に病むことなんてないよ」

 

 

 

 

 

 互いを気を遣い合うボルスとクロメは気付かない。

 アカメ達が撤退を行う直前の光に乗じてとても小さな影がクロメ達に気付かれないように大聖堂へと向かったことを。

 光が発せられる前と後でナイトレイドのメンバーが変化していなかったのも気付かれない理由であった。

 小さな影とはエアマンタに乗っていたマーグパンサーの子供であった。

 

 

 

 

 

 

 子猫は駆ける。大聖堂へと一目散に。

 道ではなく、道の左右に敷かれた林の中を。

 その途中子猫は気付く。大聖堂直前の道を塞ぐように配置された兵士たちに。

 全員がそれなりの手練れであることが子猫には分かった。特に真ん中の鎌持ちが。

 子猫は考える。任務終了後、脱出するのに彼らは邪魔だろうと。時間もそろそろ切れると。

 子猫の決断は速く、林を飛び出して兵士たちの元へと駆けた。

 

「ん?」

「なんだなんだ?」

 

 此方へと真っ直ぐ向かってくる子猫を見つけた兵士たちが声を上げる。

 最初はその小さな姿にのほほんとしていた兵士たちだが、すぐ異変に気付く。

 子猫から煙が立ち始めているのだ。

 兵士達は慌てて武器を構えようとする。だが遅かった。あまりに遅かった。

 子猫の全身を覆った煙から一人の少女が現れて兵士達の間を駆け抜ける。

 

「あ?」

「え?」

「ん?」

「お?」

 

 別々の声を上げた兵士達だが、同じ結末を追った。

 急所を手際よく斬りつけられた兵士達は地面へと倒れ伏し終わった。

 斬り終えた刀を鞘へと戻し少女は再び駆ける。その黒髪を靡かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトレイドの一人チェルシーが使う帝具【変幻自在ガイアファンデーション】には奥の手がある。

 名は【偽物の押し付け】(フェイクプレゼント)自分ではなく他者を変身させる技であった。変身させるものには自分にするのと同じく制限などはないが、制限時間が著しく短く数分しか持たない為、他者を変装させて侵入させるには向かないものであった。検問を抜ける時など変身時間が短時間で済む時のみ使える奥の手。

 

 全員でのクロメ達の突破が困難だと判断したアカメ達はアカメだけでも大聖堂へと向かわせる事にした。

 近くの林で子猫の姿で身を隠していたチェルシーは2度目のエクスタスの発光時にアカメ達に合流し、すぐさまアカメを子猫に変身させ自らはアカメへと姿を変えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大聖堂へとアカメが今駆け付ける。

 

 キョロクの夜は更け、だが朝はまだ遠い。

 

 

 

 




 バトル編はあまり合間を空けるとテンポが悪くなると思いますので出来るだけ早めに更新したいと思います。


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24話 キョロクの長い夜 子夜

 

 

 大聖堂の大広場、激しい戦闘を繰り広げるエスデス達とは裏腹に互いの出方を窺い睨み合うイエヤスとタツミ。

 先に仕掛けたのはイエヤスであった。後方に護衛対象を背負う身であるなら、これ以上タツミをボリックへと近寄らせないためにイエヤスから突っ込むのは必然であった。

 イエヤスの斬撃を正面から受け止めるタツミにイエヤスは違和感が感じる。

 吹き飛ばすとはいかずとも押し引かせるつもりの攻撃だったがタツミは耐えて見せた。そこから一合二合と打ち合わせてイエヤスの違和感は確信に変わる。

 

 

 タツミのやつ、めちゃくちゃ強くなってやがる!

 

 

 ロマリー渓谷での戦いからそれなりに時間は経っている。イエヤスやタツミはまだまだ伸び盛りで日々成長しているが、それを加味しても凄まじいタツミの成長スピードにイエヤスは驚愕する。

 インクルシオの鎧の中でイエヤスを映したタツミの瞳には十字架のような模様が浮かんでいる事をイエヤスには知る由もない。

 

「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

「ッ! クッ! ウォッ!? 危ねぇ!」

 

 息も吐かせぬタツミの槍捌きにイエヤスは徐々に押され始める。

 速さで翻弄しようとするが前ほどの差がないため対処される。

 タツミの猛攻を捌き切れず身体の傷が少しずつ増える。

 

「だったら!!」

「! させねぇ!!」

 

 イエヤスは一旦距離を取って納刀しようとするがイエヤスの狙いを知っているタツミは即座に肉薄してさせはしない。

 納刀する隙など与えず攻め続けるタツミにイエヤスは反撃の糸口を掴めずにいる。

 

「イエヤスくん! 避けてください!!」

「!!」

 

 セリューの掛け声を聞きイエヤスが後ろへと跳ぶ。先程と同じようにタツミは追おうとするが危険を察知して中断した。

 イエヤスとタツミの間を射線が横断する。

 ボリックの傍から離れる事のできないセリューがその場から巨大ライフル、正義泰山砲を撃ったのだ。

 セリューの援護に感謝しつつイエヤスはもらった時間を使い納刀する。

 今のタツミに《烈風》を放ったところで避けられてしまうのは目に見えていたイエヤスは躊躇をしない。

 

 

 《疾風》

 

 

 鞘から抜き放つ刹那、イエヤスの脳裏にある事が過る。

 

 

 

 それが駄目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガキィィィィィン

 

「な……に……?」

 

 イエヤスが放った神速の刃をしかと槍で受け止めているタツミ。

 《疾風》が破られた。その事実にイエヤスは頭を殴られたかのような衝撃を受ける。

 

 イエヤスが何をしてくるのかタツミは予め分かっていた事もある。

 タツミの反射速度が人の領域を超えつつあったのもある。

 ロマリー渓谷の時とは違い、鞘に風を込める時間が短かったのもある。

 だが一番の原因は

 

「先を見たな! イエヤス!!!」

 

 声を張り上げるタツミの言の通りであった。

 イエヤスは《疾風》を放つ瞬間、その先の事が頭を過った。

 全力で《疾風》を放った後、イエヤスは全身の筋肉を痛め戦力として数え難い存在に成り下がる。タツミを倒したとて、それで戦いは終わりではない。

 未だナイトレイドの半数近くは姿を見せておらず、ナイトレイド最大戦力とされるアカメもそこに含まれているのだ。

 

 いざアカメ達が現れた時、自分は無力な存在となっていてもいいのか? 

 

 そんな考えがイエヤスの脳裏を掠め、毒となり無意識レベルで《疾風》に加減をさせた。だがそれは目の前のタツミを倒せなければ何の意味もない。イエヤスは判断を誤ったのだ。 

 

「俺を見ずに先を見た! それがお前の」

「グハッ!!」

 

 タツミが《疾風》を急激に止められた反動で動きが緩慢なイエヤスを受け止めた槍を振るい近くの壁へと叩きつける。壁にヒビが入る勢いで背中を強かに打ち付けたイエヤスが苦悶の表情を浮かべ声を漏らす。

 突きの構えを取り渾身の力で貫きに掛かるタツミ。

 

「敗因だ!!!」

 

 イエヤスは未だ動けず、セリューは距離が遠く援護に使った正義泰山砲は連射が効かない。

 眼前に迫る槍からイエヤスは目を逸らせなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 イエヤスへと突撃するタツミが横から蹴りを食らう。

 突然の攻撃にタツミは受け身を取れずに地面に擦られながら吹き飛ぶ。

 

「無粋なのは承知の上だが、みすみす部下を殺されてやるわけにもいかないんでな」

 

 エスデスが倒れ伏したイエヤスの元へと行きしゃがみ込んで容態を確認する。

 

「うむ、大事ないようだな、そこで安静にしてるといい」

「た、隊長、どうしてこっちに? 隊長が相手していた奴は……!?」

 

 イエヤスがエスデスの肩越しの光景に気付き息を呑む。

 大広場中央に巨大な氷のオブジェができており、その中に閉じ込められる形でスサノオが凍り付いていた。髪の色が黒に戻っている事から奥の手が切れた事を物語っていた。その近くではナジェンダが気絶しているようで倒れ込んでいる。

 

「十分に堪能したんで捕獲させてもらった。ナジェンダのやつは勝手に弱っていたようで軽く小突いただけで気絶してしまってな」

 

 情けないと肩透かしを食らった様子で鼻を鳴らすエスデスにイエヤスは苦笑する。

 

「ハハッ、流石隊長、敵わねぇなぁ……」

 

 イエヤスが力なく座り込み気を失う。

 

「ふっ、大丈夫だ、気を失っただけだ」

 

 エスデスはイエヤスの容態が気になってしょうがない様子で落ち着きがなくなっているセリューに問題ないことを伝える。

 

「さて」

 

 エスデスは態勢を立て直したタツミと向き合う。

 

「ほう? 今のを食らってすぐ立てるとは中々丈夫なようだな」

「……スーさんをよくも!」

 

 仲間を凍らされて激情に駆られるタツミだが相手は泣く子も黙るエスデス将軍、感情に任せて立ち向かっても勝てない事は百も承知であるため慎重に対峙する。

 

「来ないのならこっちから行くぞ」

 

 エスデスが足元を凍らせ滑りながらタツミへと接近する。さながらアイススケートのような移動方法にタツミは面食らいながらも突き出されるサーベルを受け止める。

 サーベルを薙ぎながら周りに氷を浮かせ、時に飛ばし、時にタツミの障害物としてぶつからせるバラエティに富んだ戦い方にタツミは翻弄されながらもギリギリで凌いでいた。

 

「ふむ、これを耐えるか、イエヤスでは少し手に余るのも頷けるな」

 

 接近戦でタツミを追い詰めながら冷静に戦闘力を分析してみせるエスデスにタツミは忸怩たる思いを抱きながらも防戦一方であった。

 

 

 その時、スタイリッシュの傍で控えていた《耳》が天井を見上げて警告する。

 

「上から来ます!」

 

 天井に張り巡らされた製錬されたガラス細工を叩き割って刺客が飛び降りてくる。

 刺客は着地までの僅かな時間に周りを見渡し状況を把握、着地と同時に地を蹴り標的の元へと駆ける。

 

「葬る!」

「アカメか!」

 

 エスデスは即座に走ろうとするが

 

「アカメの邪魔はさせねぇ!!!」

「ムッ!」

 

 タツミが叫び、ここを勝負の賭け所と踏んでステルス機能を発動させる。

 不可視の存在となったタツミがエスデスへと猛攻を仕掛ける。目に見えない攻撃をエスデスは殺気を頼りに捌く。見えない程度で倒せるほどエスデスは容易くはないが、今アカメのところにさえ行かさなければ良いタツミにはそれでも良かった。

 

 

 

 

 

「ひぃぃーーー!!??」

 

 真っ直ぐに自分の所へと駆けてくるアカメに死神を重ね悲鳴を上げるボリック。

 

「皆さんは下がってください!」

 

 セリューが守るように前に立ちボリックを含めた非戦闘員を下がらせた。

 傍らに置いた数ある武具の中から一つを選択しアカメへと向けた。

 掠り傷で終わる村雨を相手に接近戦は愚策、巨大ライフルは射線を読まれて避けられる可能性が高い。

 セリューが選択したのは小型ミサイルを発射するポッドだった。

 

「こっちへ来るな! 正義初江飛翔体!!!」

「!!」

 

 此方へと発射された幾多のミサイルを前にアカメは対処方法を考える。

 だが

 

「!? クッ!」

 

 ミサイルはアカメよりも遥か手前を着弾点としていた。

 アカメの前方で小型ミサイルが列を成して誘爆し爆炎の壁を作る。

 直接狙ってくれれば避けるなり斬るなりできたが、如何にアカメと云えど爆風を掻い潜る事はできない。足を止めざるを得なかった。

 爆風はセリューからも近くセリューの肌をも焼くが気にはしなかった。

 その為にボリック達を下がらせていた。

 爆風が止むと同時にアカメは再び標的へと駆けるが

 

「良い判断だセリュー」

 

 今度はエスデスが氷の壁を発生させてアカメの行く手を遮った。

 目の前に生成された氷の壁を斬りつけるアカメだがやはり弾かれてしまう。

 仕方なくエスデスへと向き直ったアカメはエスデスの近くにいるタツミを視界に捉えて絶句する。

 

「……タツミ」

 

 スサノオと同じく氷に閉じ込められたオブジェとなっているタツミの名をアカメは小さく呟いた。

 

「後はお前だけだなアカメ、それともまだ後続がいるのかな?」

 

 サーベルをアカメへと向けるエスデスの問い掛けにアカメは応えず唯構える。

 

 

 

 

 

 

「残るはアカメだけ? それは間違ってるぞエスデス」

 

 氷が砕ける音と共に宣言される。

 

「何!?」

 

 エスデスから驚愕の声が上げられた。

 砕けた氷の欠片に照らされながら白い髪を揺らし黒き角を煌めかせスサノオが地に足を付ける。その後ろでは目覚めたナジェンダがスサノオへと腕を伸ばし生命力を捧げていた。

 

 

 ーーー禍魂顕現ーーー

 

 3度目の発動。

 ナジェンダの死がここで確定する。

 

 2度目の発動時、スサノオは3種の神器と呼ばれる禍魂顕現使用時のみ使える技を使わなかった。理由は3種の神器はその名に恥じない性能を誇るがその分マスターの生命力を多く消費して制限時間を縮めてしまうデメリットが存在していた。2度目の発動はアカメ達を待ちボリック暗殺成功後、脱出するまで禍魂顕現を持たさなければならず、瞬間火力よりも持続力を優先する必要があった。

だが、アカメは合流を果たし後はボリックを殺し脱出するのみ。

ここからがスサノオの全力。ナイトレイドの反撃が今始まる。

 

 

 

 

 キョロクの空が白みを帯び始める、朝は近い。

 

 



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25話 キョロクの長い夜 残夜

 

 

 エスデスは剣状に生成した氷を周りに浮かべ、乱雑に踊らしながらスサノオをダンス会場へと強引に招き入れる。アカメへは氷柱を飛ばし牽制する。飛ばす氷柱を途中で氷柱同士でぶつけて軌道に変化を与える小技を駆使している辺り余裕が伺えた。

 飛来する氷柱を躱しつつアカメはあくまでボリックの暗殺を狙うがエスデスは未だ氷の壁を使ってアカメの行く手を塞いだままであった。

 自分の帝具では氷の壁は破れないと判断したアカメは氷の壁を破れる可能性を持つスサノオをフリーにすべくエスデスへと迫る。

 氷剣とサーベルが躍る会場へと自ら来たアカメをエスデスは余裕の笑みを浮かべて歓迎する。一斬必殺の村雨を前にエスデスは臆することなくサーベルで立ち会う。

 氷剣をスサノオに集中させて、一流の剣使いであるアカメとの剣劇を楽しむかのように氷を使わずサーベルのみで応戦して見せるエスデス。

 氷剣を蹴散らしながらスサノオはアカメの意を汲みボリックへの道を阻む氷壁へと直進した。

 

「私と踊るのはお気に召さないか? ならばアカメと踊ってやったらどうだ!」

 

 剣舞の相手であるアカメに裏蹴りを当てスサノオへと吹き飛ばす。

 冴え渡るサーベルのキレに気を取られていたアカメは僅かに反応が遅れ飛ばされる方向に自ら跳びダメージを軽減するので精一杯だった。

 

「アカメ!」

「クッ、すまないスーさん」

 

 受け止めなければ壁に激突し大ダメージを受けると判断したスサノオは足を止めアカメを受け止めた。

 二人を同時に斬るべくエスデスはサーベルに氷を纏わせて疑似的な大剣へと変貌させて切り払う。

 アカメは回避を、スサノオは棍棒による防御を選択する。

 渾身の力で大剣を受け止め切ったスサノオの腹にエスデスは空いた左手をスゥと添える。

 

「グハァ!?」

 

 左手の平から氷が伸び、そのままスサノオを貫き壁へと縫い付ける。無から氷を生み出せるエスデスならではの不意打ちであった。

 そして

 

「お前なら回避を取ると思っていたぞ」

 

 エスデスは回避したアカメの足元を指差した。

 

「!? 動かない!?」

 

 足が地から離せない事に気付いたアカメに戦慄が走った。

 慌てて視線を下へと向けるとアカメの周りの地面には霜柱が立っておりアカメの靴ごと凍り付いていた。

 動けないアカメへエスデスは細い刀では捌けない巨大な氷柱を手元に発生させた。

 

「これで終わりか、楽しめたぞ」

 

 巨大氷柱をアカメへと飛ばす、その瞬間

 

 

 ゾクリ

 

 

「ッ!?」

 

 本能がエスデスに危険を知らせてくる。

 滅多に経験しない感覚に鳥肌を立たせながら、寒気の出どころを知るべく視線を巡らした。

 

 

 アカメは目の前で器用にも地面と靴の狭間を斬りつけて脱出を図ろうとしていた。

 

 スサノオは貫通された氷を砕き縫い付けから脱したところだった。

 

 タツミは氷に閉じ込められたまま微動だにしていない。

 

 この場にエスデスと敵対しているものは残すところ後一人しかいない。

 

「お前か! ナジェンダ!!!」

 

 寒気を感じたにも関わらず喜悦の表情を浮かべたエスデスが名を呼ぶ。

 

「……あぁ、私だよ! エスデス!!!」

 

 スサノオに生命力を吸われ続け立つ事もできず死を待つだけの存在だったナジェンダ。

 そのナジェンダが今、背を壁に預け寝そべりながらもライフルを両手にエスデス越しのボリックに狙いを定めていた。

 

 手にしたライフルの名は【浪漫砲台パンプキン】

 

「お前に対して溜まりに溜まった私の執念だ。釣りはイラン、地獄の沙汰にでも使え!」

 

 引き金が絞られる。

 パンプキンは使用者のピンチの度合い、精神力の注ぎ具合で威力が変動する帝具。

 スサノオ、パンプキンの帝具同時使用の代償にナジェンダの血管が身体中で弾ける。スサノオに生命力を搾り取られ死は目前。文字通り絶対絶命の状況。

 さらにどうせ死ぬならと己の精神力のありったけを注いだ。

 

 

 その火力は

 

 間違いなく

 

 千年の時を生きたパンプキン史上

 

 最大の火力を誇っていた。

 

 

 

 限界を超えた火力を出すパンプキンから煙が吹き自壊を始める。

 パンプキン最期の咆哮。

 

「これは!!」

 

 幾重もの修羅場を潜ったエスデスを以てしても経験した事のない死の予感が眼前へと迫る。エスデスはアカメへと飛ばす予定だった氷柱を解き、全力の大楯を作りに掛かるが直感が過る。

 

 

 この火力、真正面では受け切れんな

 

 

 エスデスはそう感じ取りながらも氷で巨大な盾を生成した。 

 ただし射撃に対して斜めに、であった。

 

 エネルギー弾と大楯がぶつかる。

 

 ナジェンダ最期にして最大の射撃は氷を凄まじい勢いで砕き溶かすが分厚く何層になって作られた盾は全部を溶け切る前にエネルギー弾に変化を齎した。

 斜めに設置することによって射撃が逸れたのだ。

 エスデスのまごうことなき全力の盾であっても逸らす事しかできないパンプキン最期の咆哮は恐るべきものであった。だが逸らせた。

 

「流石に肝が冷えたぞ、だが私の勝ちだなナジェンダ!」

 

 エスデスは氷の盾の向こうで渾身の射撃を外されて絶望の表情をしているナジェンダを夢想しサディスティックに満ちた笑みを浮かべた。

 ナジェンダは逸らされる射撃を目にして、それでもなお

 

 不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 逸らされた膨大なエネルギー弾の先に自ら飛び出すものがいた。

 自殺志願者、ではない。

 トチ狂った、わけでもない。

 

 

 

 これはマスターとの最期の連携。

 

 ーーー八咫鏡(ヤタノカガミ)ーーー 

 

 エネルギー弾は反射されてボリックへと方向を変えた。

 氷の壁がぶち抜かれてボリックや近くにいたスタイリッシュ達へと迫る。

 ほぼ真横からの攻撃にアカメと対峙した時のままボリック達のかなり前を陣取っていたセリューは範囲には入っていなかったものの救援には間に合わない。

 

「スタイリッシュ様!!!」

 

 非戦闘員ではあるもの強化手術を受けていた《耳》《鼻》《目》だけはギリギリ反応する。

 3人はなんとかスタイリッシュを射撃の範囲外にまで突き飛ばした。本来なら護衛対象であるボリックを優先すべきだが、瞬時だったこともあり忠誠心が優先された結果であった。

 

「アンタ達!?」

 

 突き飛ばされたスタイリッシュはもんどりを打ちながら倒れ込み、慌てて振り返った。

 そこには

 

「どうかご無……事………」

「お世話にな……り………」

「スタイリッ……シュ……」

「い、いやだぁーーーーーーー………」

 

 エネルギー弾に身を焼かれ消えゆく《目》《鼻》《耳》とボリックの姿があった。

 過ぎ去った後には塵も残されてはいない。

 

「クソ! やってくれたな、ナジェンダ!!」

 

 事態に気付いたエスデスは悪態を付き、まんまとボリック暗殺をやってのけたナジェンダを睨みつけた。

 だが

 

 

 

 

 

「……………」

「……勝ち逃げとは、卑怯なやつだ」

 

 

 

 

 

 ナジェンダは不敵な笑みを浮かべたまま、事切れていた。

 

 

 

 

 

 一瞬の静寂が大広場を支配する。

 

 ピキリ

 

 それを打ち破る氷にヒビが入る音。

 次第に大きくなった音は破砕音へと変え

 

「ハァハァハァ……死ぬかと思ったぜ」

 

 中に閉じ込められていたタツミが息を上げて飛び出した。

 氷の大楯を作り出すのに集中したためタツミを閉じ込める氷の力が弱まったことで脱出することができた。

 

「タツミ! 良かった」

 

 タツミの復活で気を持ち直したアカメが駆け寄る。

 

「暗殺は成功した、脱出するぞ!」

「マジか! 了解」

 

 タツミとアカメはナジェンダの元に集まりスサノオも合流する。

 

「スーさん……ボスは……」

「マスターはエスデスに見事一矢報いて見せた。きっと満足した事だろう」

 

 不敵な笑みを浮かべているナジェンダを見てスサノオの言葉に異論を挟むものなどいない。

 

「マスターが残した生命力も残り少ないが、お前達と脱出するまでは持たせて見せよう」

 

 己のコアがある、ナジェンダの生命力が宿る胸を叩いて豪語するスサノオの頼もしい姿にタツミとアカメは頷いた。

 

「みすみす逃すと思うか?」

 

 護衛任務が失敗に終わり腸が煮え繰り返る思いを抱くエスデスが鬼気迫る表情をしてアカメ達へと迫る。

 

「逃げて見せるさ、じゃないとボスの笑顔が嘘になる!」

 

 アカメがエスデスを迎え撃つ。

 サーベルと剣を交わしながらエスデスが自由となったセリューに指示を出す。

 

「セリュー! 広場の出入口を崩せ、絶対に逃がさんぞ!!」

「了解です!」

 

 セリューはすぐさま巨大ライフル、正義泰山砲を出入口の天井に撃つ。

 天井が崩れ出入口が塞がれる。

 だがスサノオは気にすることなく両手を構え剣を具現化させる。

 

 

 ーーー天叢雲剣(アマノムラクモ)ーーー

 

 スサノオが出せる最も高火力の一振りがエスデスを薙ぎ払う。

 パンプキンの時ほどではないが大きな氷盾を作り出し防いで見せるが、スサノオが全員を抱えて脱出する準備を整えるには十分な時間を稼いだ。

 

「アカメは礼儀正しいんでな、しっかり入ってきた所から出させてもらうぞ」

 

 マスターの死に顔に倣って不敵な笑みを浮かべて見せたスサノオは捨て台詞を残して全力で跳躍した。

 

「! 天井か!!」

 

 エスデスが見上げればアカメが大広場に侵入してきた時に割ったガラスへとナイトレイドを抱えたスサノオが飛び込んでいた。

 

「逃がさん!!」

 

 特大級の氷塊を発生させて追撃するエスデスだが、スサノオ達が天井の穴から脱出した後、蓋をするように反射する鏡が生じる。

 

「クッ、また鏡か」

 

 反射された氷塊を難なく避けて見せたエスデスは気を失っているイエヤスをスタイリッシュに任せてセリューを連れてナイトレイドを追うべく大広場を出た。

 出入口は瓦礫で塞がっていたが氷塊をぶつけて粉砕した。

 

 大聖堂を出てスサノオを探して空を見上げるエスデス。

 空は黒と白の狭間を揺らぎ、夜が過ぎたことを知らせる。

 

 ナイトレイド達は見つからなかった。

 ランに空からの捜索を頼もうとしたが負傷していた為断念。

 人海戦術を取ろうにも応援を頼んだはずのキョロク各所の兵士も現れなかった。

 後に何故大聖堂にこなかったかの報告を聞くと大聖堂から脱出したボリックが命令を取り消していたという謎の事実が残りエスデスが首を捻る結果となった。

 

 このボリックはアカメに化けて大聖堂を撤退したチェルシーが化けたものであるが、それをエスデスが知る術はなかった。

 

 

 

 

 

 イエーガーズは護衛任務を失敗しナイトレイドは暗殺任務を成功させた。

 だが人的被害でいえばリーダー格を失ったナイトレイドの痛手はかなり大きい。

 マスターを失ったスサノオが眠りにつく事も考慮するならば二人失ったとも言える。

 

 

 

 

 キョロクの長い夜は明け、それと同時にイエーガーズのキョロクでの活動は終わりを迎えた。

 数日後、任務失敗に意気消沈するメンバーを率いてエスデスは帝都へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  キョロク近郊のとある場所

 

 森の中の開けたところにある崖から這い上がる者の姿があった。

 

「よっと」

 

 崖端に手をかけ、掛け声と共に崖を登り切った少女はコキッコキッと首を鳴らし調子を確かめながら軽く伸びをする。

 

「ん~~~、首を直すのにめちゃめちゃ時間掛かったなぁ、やった事ないから無理かと思ったけどやれば出来るもんだね」

 

 レオーネに殺されたはずのメズは生きていた。

 首の骨を折られたと思われていたメズだが、実は折られる瞬間に自ら首の骨を外し衝撃を和らげていた。もしレオーネの腕が万全の状態であったならば違和感に気付いたことだろう。しかしまだ本調子ではない腕は、その僅かな手応えの差を見逃してしまった。

 

「たぶん死んだって思われてんだろうなぁ」

 

 メズはとりあえずキョロクへの帰路へついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キョロク編   完

 



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26話 反乱の足音

 キョロクの護衛任務が失敗に終わりしばらく経った頃。

 ボリックが暗殺された影響により安寧道内の思想は統一化されて武装蜂起を決行した。

 人々に不幸を撒き散らす帝国と戦う事こそ善行を積む方法だと信じる信者達は重税を強いてきた官庁や悪徳地主の屋敷などへの襲撃を繰り返した。

 その騒動に呼応して帝国各地でも連鎖的に反乱が相次いだ。

 さらに、この時を狙っていたかのように西の異民族が大侵攻を開始した。腐敗が蔓延り練度が著しく低下していた帝国軍は次々と敗走し異民族の侵入を許してしまう。

 

 帝国は内外に問題を抱える事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都宮殿内に備えれらた中庭。

 

「なぁ大臣」

 

 池を泳ぐ観賞魚を憂い気な表情で眺めていた皇帝が隣に立つオネスト大臣に話しかける。

 

「余の軍がまた西の異民族に負けたそうだが……大丈夫なのか?」

 

 季節は冬、寒空の下、佇むオネスト大臣は寒さに鼻を鳴らし赤みを帯びながら顔に笑みを張り付けていた。

 

「おやおや、誰が陛下のお耳にそのような事を?」

「セイギ内政官だ」

 

 池に餌を投げ入れ魚達が競うように食べる様に視線を取られている皇帝はオネスト大臣が一瞬だけ見せた剣呑とした目に気付けない。

 

「なるほど、どうやらセイギ内政官は責任逃れをしているようですね」

「どういうことだ?」

 

 オネスト大臣の物言いに興味惹かれたように皇帝は顔を振り向かせる。オネスト大臣はその時にはすでに再び笑顔を張りつかせていた。

 

「現在帝国各所で起きている内乱は内政官の責任です。異民族の話を出してけむりに巻こうとしていますな」

 

 そこまで言ってオネスト大臣はふと自分を見つめる皇帝の瞳の中に予期していない色が混じっている気配を感じて言葉を止めた。

 

「……どうかしましたか?」

「あ、いや」

 

 オネスト大臣の問い掛けに皇帝は視線を池に戻してバツが悪そうにして言おうかどうかしばし迷う動きを見せた後、口をキュッと噤み意を決した様子で口を開いた。

 

「確かに民の不満を御し切れなかった内政官には責任があると思う。だが大臣、お前であれば事前に助け舟を出すことができたのではないか?」

「……なるほど」

 

 皇帝の言葉を受けてオネスト大臣はあえて目に見えてションボリと落ち込んで見せる。その様子を見て皇帝は慌てて言葉を改めた。

 

「あっ違うのだ大臣よ、最近余は自分なりに勉強していて大臣に内政の指示系統が随分集中している事に気付いたのだ」

 

 だから、と皇帝は続ける。

 

「大臣ほどの者であれば内政官達の失態がここまで深刻化する前になんとかできたのではないかと思っただけなんだ。まだまだ学び途中の身で勝手な事を言った。すまない」

「いえいえ、陛下お気になさらずに」

 

 詫びを口にする皇帝にオネスト大臣は先程とは一転、朗らかな雰囲気を出してあまり空気が深刻にならないように努めた。

 内心どう考えているかなどおくびにも出さずに。

 

 実際には今回の帝国各地の反乱は紛れもなく大臣自身を発端とする悪逆が原因である。

 だが、未だ大臣を信頼している皇帝はそこまでは辿り着かない。皇帝には届かないように自らの行いを大臣は巧妙に隠していた。しかし、それにも限度がある。

 流石に指示系統を完全に隠すことはできず、そこからほんの僅かではあるが皇帝の中にある大臣への信頼に一点の曇りを生じさせるに至った。

 

「確かに、皇帝のおっしゃる通り、私にも不徳なところはありました。申し開きのしようもありません」

 

 ここは素直に認めたほうが事態を大きくしないと判断したオネスト大臣はそう言って謝罪する。

 片膝を付いて頭を下げる大臣の姿に皇帝は居心地を悪そうにしながら面を上げるように言い渡す。

 

「頭を上げてくれ大臣、お前一人を責めるつもりなど毛頭ない。内政の全てを大臣に任せきりにしていた余にも責任はあるのだ」

 

 まだ幼少の身でありながら国を背負って立つ覚悟を持ちつつある皇帝は己の胸を叩きながら、もう片方の手を大臣の肩に置いた。

 

「待っていてくれ大臣よ、余は偉大なる先帝であった父上の子! 必ずや帝国を富国強兵へと導く皇帝になってみせる」

「おぉ、皇帝陛下! 成長なされましたなぁ」

 

 皇帝の力強い言葉に感動したように涙を流す大臣。

 その脳裏では皇帝が口にした偉大なる先帝の事を思い出していた。

 

 食事に少しずつ毒を混ぜて毒殺した先帝の事を。

 

「父上の後を追って殉死した母上にも恥じない余でありたいのだ」

 

 皇帝の言葉に今度は先帝の妃を大臣は思い出す。

 

 無理矢理毒を飲ませて後追い自殺に見せかけた妃の事を。

 

「このオネスト、何処までも皇帝陛下についていきますぞ」

「うむ! よろしく頼むぞ」

 

 満足気に頷く皇帝にオネスト大臣は内乱の件は上手く誤魔化せたと知り内心安堵する。

 だが、皇帝の変化に何者かの影を感じたオネスト大臣は後日、原因究明に乗り出すことにした。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都宮殿、特殊警察会議室。

 中ではイエヤスがランから今の帝国の情勢の話を聞かされていた。

 

「そういうわけで今帝国を侵攻してきている西の異民族は元々は自分達の領土であった帝国西のアルマ地方の返還を狙っているんです」

「なるほどー」

 

 長々と講義を聞き続けて集中力を切らしてきたイエヤスの棒読み気味な返事にランは休憩を言い渡しながら苦笑した。

 休憩時間にランが入れた紅茶を口にして一息入れているイエヤスにランは気になった事を問う。

 

「イエヤスから西の異民族について聞きたいなんて珍しいとは思いましたがどういった心境の変化が?」

「ん? 隊長が戦っている相手がどんな奴らなのかと思ってな」

「あぁ、そういうわけですか」

 

 ランは納得するように頷く。

 

 現在エスデスは帝国に侵攻してきた西の異民族を排除するためにエスデス直属の遠征部隊を率いて帝国西に赴いていた。何か考えがあるらしくイエーガーズの中からボルスを連れて行っている。

 残りのメンバーであるイエヤス、ラン、セリュー、クロメ、スタイリッシュは各地の反乱の影響が帝都に及ばないように治安の維持に努めていた。

 ナイトレイドはキョロクでの一件以来、鳴りを潜めており激戦で負った傷を治しているのだと予想されていた。負傷した者はイエーガーズ側にもいるが此方にはドクター・スタイリッシュがいるので早々に完治していた。

 

「エスデス隊長が向かわれたんですから西の異民族については問題ないと思います。気にするべきなのは帝国南で動き始めたという反乱軍本体の方でしょう」

 

 ランは顎に手を置いて思考を巡らせる。

 

「ナイトレイドのボリック暗殺による安寧道の武装蜂起、それを待っていたかのように始まった西の異民族の侵攻、そして南の反乱軍本体の動き、おそらくは全ては予め連動するように仕組まれていた事でしょう」

「西の異民族と反乱軍は繋がっているってことか?」

「ええ、私はそう考えます」

 

 確かにタイミングが良すぎるとイエヤスは納得する。

 

「けどよ」

 

 イエヤスはランに質問する。

 

「反乱軍が動き出したのって帝国のかなり南の方だろ? 帝都までには幾つも関所があるし帝都まで来るのにはそれなりに時間が掛かるんじゃないか? その間に隊長が西の異民族を掃討して帰ってくると思うんだけど」

 

 イエヤスのもっともな指摘にランは頷いて賛同して見せるが、賛同した上でランは意見を述べる。

 

「隊長の強さは反乱軍も把握しているはずです。それを踏まえて考えるとある可能性が浮上してくるんですよ」

 

 辺境に近い場所を任されている太守ほど、オネスト大臣のやり方に逆らったりついていけなくなったりして左遷されている者が多い。ならば反乱軍に通じており無血開城をする可能性は十分に考えられた。

 

 ランの現実味ある予測にイエヤスはゴクリと思わず息を飲み込んだ。

 

「つまり反乱軍は一気に帝都に攻めてくるかもしれないってことか」

「流石に帝都から南の関所のすべてが敵と通じているとは思いませんがね」

 

 南の要衝シスイカン辺りで止まるんじゃないかという予想をしてランは話を締めた。

 ランは会議室に備えられた時計に視線を向ける。

 

「そろそろ時間ではないですか?」

「お、もうそんな時間か」

 

 この後セリューとパトロールをする予定が入っているイエヤスは時計を見て席を立った。

 ランも宮殿を出るまでは同行することにして共に会議室を出る。

 宮殿内を迷いない足取りで歩くイエヤスにランが感慨深そうに呟く。

 

「イエヤスも宮殿内に慣れたものですね」

「そりゃな、流石にもう迷わねぇよ」

 

 過去の自分を恥じるように口先を尖らせるイエヤスにランはフォローを入れる意味も込めて言葉を紡いだ。

 

「しかし、そのおかげで皇帝陛下と接点を持てたのですからあながち捨てたものでもないと私は思いますね」

「他人事だと思って……、まぁその件は否定しないけどよ」

 

 先ほどと同じく口先は尖らせたままだが、あからさまに機嫌を良くするイエヤスにランは吹き出しそうになるのを懸命に耐えた。

 イエヤスがある事を思い出してランに話しかける。

 

「そういえば、例の話だけどさ、もうセリュー先輩にも話してもいいか?」

「例の話……ですか」

 

 イエヤスのボカすような言葉だったがランは正確に内容を理解していた。

 帝国を内部から変えようとする事を口止めされていたイエヤスはランとの約束を守って誰にも話さないようにしていた。だが前からセリューを誘いたかったイエヤスは度々ランに打診していた。

 

「絶対力になってくれるって! セリュー先輩の何が不満なんだよ?」

「不満があるわけではないんですが……」

 

 ランはセリューに対する不安要素を述べた。

 セリューにはエスデスを盲信している節が感じられ、そこに引っ掛かりをランは感じていた。

 エスデスが大臣派なのは有名な話であり、身近な人物ながら要注意人物でもあった。

 

「俺はその隊長が大臣側に付くっていうのもイマイチ分かってないんだけどな」

「イエヤスの言いたい事も分かりますよ。隊長はカリスマ性に富んでますからね」

 

 人を惹きつける魅力を持つエスデスに対するイエヤスの印象に同意しつつもランは釘を刺した。

 

「ですが、くれぐれも勝手に隊長やセリューに話してはいけませんよ」

「分かってるって。俺よりも頭の回るランがまだ早いっていうなら待つさ」

 

 イエヤスの返事にランは満足そうに頷いた。

 

「イエヤスの自身の力には過剰気味な評価なのに、頭脳面はしっかり分を弁えているところは美点ですよ」

「……バカにしてんのか?」

「そんなことないですよ」

「……いつもの皮肉か?」

「褒めてるんです」

 

 ジト目でランを睨みつけるイエヤスだがランはニッコリ顔を崩さず、本心からそう言っているのか判断がつかない。

 

 と、そこで廊下を歩くイエヤス達は向かいから人が複数人歩いてくるのに気が付いた。

 その姿に見覚えがないイエヤスは小首を傾げる。イエヤスとて当然ながら宮殿で働くすべての者を覚えているわけではない。だが、前から来る者達は一度見掛ければ忘れようもない程個性に溢れていた。

 

 全部で6人。

 先頭を歩く青年は顔の中央に大きな×の傷を持ち褐色の肌に身動きの取りやすい恰好をしていた。

 青年に率いられるように続く者達は野武士を彷彿とさせる男にバニーガール姿の美少女、鋭い目付きをしたオカッパ男に絵本から出てきたような洋服に包まれた少女、極めつけには肥満体のピエロであった。

 忘れろと言うのが無理のある個性のオンパレードであった。

 

「ん? てめぇらは……」

 

 奇抜集団もイエヤス達に気付いたようでお互いに対面する形で共に足を止めた。

 最初に口を開いたのは奇抜集団を率いていた青年だった。

 

「あー、護衛任務もロクにこなせねぇ雑魚警察じゃねぇか」

「……………………は?」

 

 イエヤスは一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 チラリと視線をランに送るといきなりの暴言に流石のランも目を丸くして言葉を無くしていた。

 イエヤス達のそんな様子に何が面白かったのか笑い声を上げながら青年は話を続ける。

 

「クハハッ、かったるい反応してんじゃねぇよ、馬鹿にされて怒りもしねぇとかナイトレイドとやらに牙まで抜かれたか?」

 

 嘲笑と言ってもいい笑いには侮蔑の感情を隠す気もなく溢れている。

 ようやく喧嘩を売られている事を理解したイエヤスはカァッと頭に血が上るのを感じる。

 初対面の相手に好き勝手言われて黙っていられるほど枯れてはいないイエヤスは一歩前に足を踏み込みながら言い返そうとする。

 だが

 

「イエヤス、待ってください」

「ラン?」

 

 ランに肩を掴まれて怒りを押し留められる。ランは目の前の相手に見覚えがあるようで額に僅かに冷や汗を掻いていた。  

 

「俺に逆らわないのは良い判断だぜ?」

 

 ランの態度に満足気な様子でニヤつきながら青年はやっと自らの素性を明かした。

 

「俺はシュラ。オネスト大臣の息子だ」

「……大臣の?」

 

 シュラから放たれた予想外の言葉にイエヤスは絶句した。ランは持ち前の情報収集により目星がついていたのであろう、イエヤス程の反応は示さなかった。

 イエヤスのお手本のような反応にシュラは気分を良さそうにしながら首を後ろへと振る。

 

「こいつ等は新設された俺がリーダーの組織、秘密警察ワイルドハントのメンバーだ」

「てめぇらが不甲斐ないから俺等に御鉢が回ってきたんだよ」

 

 シュラの後ろからシュラの肩にもたれながらオカッパの目付きの悪い男が舌を出しながら煽る。大臣の息子であるシュラに対して気安い態度を取る男はシュラの悪友を思わせた。 

 

「俺の名はエンシン、南諸島じゃちっとは名の知れた元海賊だ。ヨロシクしなくていいぜ。雑魚には興味ねぇ」

 

 シュラに負けず劣らずな煽りを入れてくるエンシンにイエヤスはぐぬぬと売り言葉に買い言葉を返すのを耐える。肩に置かれたランの手がイエヤスに我慢強さを与えていた。

 

「お兄さんイケメンだね☆、どう? 今夜私と遊ばない?」

  

 分かりやすい反応を示すイエヤスにシュラとエンシンは注目していたが、逆にバニーガールの女はイエヤスの後ろで冷静な態度で佇んでいるランに興味を示した。

 

「私はコスミナ、西の国で歌姫やってました☆」

 

 グイグイ来るコスミナにランは自己紹介を返すが誘いはやんわりと断りを入れた。

 

「お前達、あまり絡むでない。妾が後でやりにくくなるじゃろうが」

 

 まるで童話のようなメルヘンチックな衣装に身を包んだ少女がえらく時代がかった口調でシュラ達を窘める。

 

「妾はドロテアじゃ、錬金術師をやっておる」

 

 錬金術師という言葉に馴染みないイエヤスは首を捻ったが教養のあるランには聞き覚えのある言葉であり、目の前の少女が見た目通りの齢ではないことを見抜く。

 

「イエーガーズの一人であるドクター・スタイリッシュだったか? かの者とは是非意見を交わしたいと思っておる。近い内に会いに行くので宜しく伝えといてくれ」

「うむ、拙者の番か」

 

 ドロテアの後ろに立っていた野武士風の男が一歩前へと出る。

 

「イゾウと申す。見れば其方、剣士とお見受けするが如何か?」

 

 イエヤスが腰に掲げたカリバーンに目を向けて問うイゾウ。

 

「あぁ、そうだけど」

「それは重畳、同じ剣の道を歩む者同士、是非とも死合いたいものだ」

 

 返答を聞き満足そうに頷きながらイゾウは狂気に黝ずんだ瞳をイエヤスへと向けた。

 殺気とも違う謎の悪寒に寒気を感じたイエヤスだがシュラやエンシンに比べれば幾分か親しみやすい物言いに快諾を返した。

 

「試合ならいつでも受けて立つぞ」

「……重畳重畳」

 

 言葉の意味に酷い食い違いが生じていた。

 

「オレはチャンプだ。以上」

 

 ワイルドハントの最後尾にいた肥満体のピエロはイエヤスにもランにも興味がないようで手短に挨拶を終えた。絶えず息が上がっており常にハァハァと言っている。

 それぞれの自己紹介が終わり、コスミナ、ドロテア、イゾウの態度に毒気を抜かれたシュラはこれ以上イエヤス達を煽ることは止めてこの場を去る。

 

「っ! ……………ラン?」

 

 ワイルドハントがイエヤス達の前を横切って去っていくのを眺める中、最後尾のチャンプが前を通った時、制止の為にずっとイエヤスの肩に手を置いていたランの手に力が籠もりほんの僅かに痛みが走る。イエヤスが疑問の視線をランに向けると、シュラ達にどれだけ煽られようとのらりくらりとしていたのが嘘かのように鬼気迫る表情で去っていくワイルドハントの背中を見つめていた。

 

「………ふぅ、失礼しました」

 

 イエヤスの視線に気付いたランは一息を入れて先程までの雰囲気を霧散させ肩に置いていた手をどけた。

 

「いや、ランは悪くねぇよ、なんなんだアイツらは!」

「あ、いや……………まぁそうですね」

 

 ワイルドハントが完全にいなくなった事を確認したイエヤスは喉にまで出掛かっていた言葉の数々をランへと愚痴った。ランはなにか別の事を言いたげであったが怒り心頭のイエヤスは気付かない。

 

「マジなんなんだ、アイツ! なんなんだ!」

「イエヤス、怒るのは分かりますが、怒り過ぎて語彙がなくなってますよ?」

 

 興奮冷めやらぬイエヤスを宥めながらランの中に一つ何よりも優先すべきものが生まれつつあった。

 

 

 

 それはイエーガーズとしてメンバーと楽しくも遣り甲斐のある日々を送っていて忘れかけていた感情

 

 

 

 

 煮え繰り返るような復讐心である。

  

 



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27話 風雷 ☆

 男二人が対峙している。

 互いに得物を構え、一触即発の緊張が辺りを包み込む。

 片や剣を正眼に構え、今にも駆け出しそうな程前のめりとなっている、剣から溢れる風は使用者の身体に纏わりつき髪を揺らしている。

 片や両腕に嵌めた篭手を相手に向け迎え撃つ構え、篭手はバチバチと音を鳴らしまるで威嚇しているかのように帯電している。

 

「シッ!」

 

 剣士が駆ける。

 身体を纏う風に逆らわず、先に風を流し沿うように動く。

 風に導かれて駆ける様は到底人が出せる速さではない。

 

「ヌッ!!」

 

 一瞬で間を詰めてくる剣士に拳士は両腕を前に立ててガードの構えで迎える。

 

 キンッ

 

 真正面からの斬り込みは防がれてしまうが剣士はそのまま速さを殺さず拳士の脇を駆け抜け背後を取る。

 地面を割る勢いで強く踏み込み目に映る背中に斬り掛かる。

 拳士は背後から迫る気配に視線を向けるより先に拳をぶん回しながら振り返る。

 経験に裏打ちされた裏拳は剣士の剣が届くより前に剣士の横顔を殴り付けるタイミングとなっていた。

 剣士は身体を捻り、さらに纏った風を放出して軌道を僅かに変え裏拳を掻い潜り拳士を斬りつける。軌道がずれた為、直撃ではなく掠めるに終わり重厚な鎧を着ている拳士には軽傷にもならなかった。

 気勢を削がれながら着地をした剣士に隙ありと見て拳士が殴りかかる。

 唸る豪拳を剣で受け止めて防ぐ剣士だが、すぐに異変に気付く。篭手から雷撃が流れ剣を通して剣士を焼こうとしていた。

 剣士は剣が纏う風を散らして刃を伝う雷撃を周りへと誘導した。

 微かに残った雷撃が腕に痺れを与えるが振るに支障はない程度だった。

 

「ほう? 器用な真似をする」

 

 凌いで見せた剣士に拳士は軽く舌を巻いた。

 雷撃を放ち終えた篭手から剣を離し際に蹴りを入れ一旦距離を取りに図る剣士。

 剣士の特性を熟知している拳士は納刀を予測してさせまいと攻めの姿勢を取り殴り掛かる。

 だが、剣士は納刀することはなく、前のめりに攻めてきた拳士の攻撃にカウンターを狙うように斬り掛かった。

 カウンターに即座に反応して再び防御の姿勢を取る拳士だが、防御されることを読んでいた剣士は剣と篭手が克ち合うと同時に身体へと廻していた風を全て相手側に放出して拳士を吹き飛ばした。

 

「ぬぅ!?」

 

 空中に吹き飛ばされた拳士だが自身が重量級であることもあり、壁へとぶつかる前に無事地面へと着地するが、その間に剣士は納刀し自身に纏う風の補充を済ませていた。

 

「上手く納刀の隙を埋める術を手にしたか」

 

 相手の動きに称賛を送る拳士。

 剣士は納刀したまま駆けた。

 真正面から突っ込んでくる剣士を真っ向から受ける構えを取る拳士だが、剣士はぶつかる直前に抜刀、矛先は拳士ではなく、その足元であった。

 

 

 奥の手 【封じられた暴風】(ルーン・オブ・テンペスト)  旋風

 

 

「くっ!?」

 

 足元から突如竜巻が発生して拳士を巻き上げる。

 風の乱気流に絡めとられて姿勢の制御に気をとられている拳士を狙って剣士は悠々と納刀をして、三日月状の風の刃を何度も飛ばす。

 空中で竜巻に揉まれながらも迫り来る風の刃を上手く捌く拳士だが、周りの竜巻の変化に気付いて顔を歪ませた。

 竜巻の中を幾つもの風の刃が舞い、拳士を細かく襲う。

 

 

 旋風と烈風の合わせ技   刃風

 

 

 剣士は抗う拳士を観察し、決定的な隙を見出し次第直接斬り込みにいくべく機を窺う。

 だが

 

「フンッ!!!」

 

 拳士の気迫の一声と同時に篭手から大規模の放電を発生させて竜巻を掻き消した。

 

「……マジかよ」

 

 渾身の新技を呆気なく破られた剣士が呟く。

 着地した拳士は己の篭手を確かめるように眺め、剣士へと向き直った。

 改めて剣を構える剣士、だが拳士が構えを取らない。

 

「ここまでだな」

 

 終了の合図を聞いた剣士は構えていた剣を鞘に納め一礼をする。

 

「ブドー大将軍、鍛錬ありがとうございました」

「うむ」

 

 剣士の礼を受けて拳士 ブドー大将軍は頷く。

 

「風を纏う、か。 最初聞いた時は無茶をすると思ったものだが、しっかりと使いこなしているようだな、イエヤスよ」

「はい!」

 

 名を呼ばれた剣士 イエヤスは返事をしながら腰のカリバーンを鞘ごと引き抜いて前へと掲げる。

 

「風を纏い始めてもう結構経ちますからね、いい加減慣れないと託してくれたオーガ隊長に怒られますから」

 

 イエヤスが初めて練兵場に来た時を思い出し、初志貫徹をしているイエヤスにブドーはフッとイエヤスに聞こえない程度に小さく笑った。

 

「本当ならもう少し続けたいところだがな、これ以上アドラメレクを使うと後に支えそうなのでやめさせてもらった」

 

 ブドーの帝具【雷神憤怒アドラメレク】は篭手型の帝具である。籠手に仕込まれた鉄芯を利用して雷撃を操ることができる。威力が高く、雷撃を円状にして攻撃を防ぐなど攻防に優れている。しかし籠手の中に電気エネルギーを帯電させておく必要があり、撃ち尽くしてしまうと雷が使用不能となりただの籠手になってしまう。

 故にブドーは鍛錬を切り上げたのだ。

 

「帝都を出るのは明日でしたっけ?」

「うむ、そうだ」

 

 帝国南で動き出した反乱軍はランの予想通り関所や砦を無血開城で突破して破竹の勢いで進撃していた。それを止めるべくブドー率いる親衛隊が帝都南の要衝シスイカンに詰めることになった。

 その為、定期的に行われていたブドー大将軍による鍛錬はしばらく休止する事になり、今日はその総仕上げの結果を見るべく実戦型の鍛錬をイエヤスに行っていたのだ。

 

「とはいえ、いつまでも宮殿を留守にするわけにもいかんのでな、時折戻ってくるつもりだ」

 

 ブドーはそう言った後、イエヤスへと視線を向けた。

 イエヤスはグッと拳を握り込んでガッツポーズをする。

 

「ブドー大将軍がいない間の帝都は俺に任せてください!」

「フッ、貴様の減らず口も変わらんな」

 

 決して嫌味などではなくブドーの口調には確かな親しみがあった。

 その証にブドーはこう言葉を続けた。

 

「だが、頼んだぞ」

「! はい!!!」

 

 いつも通り、調子に乗るなと言われるものだと思っていたイエヤスは目を見開いて驚きを露わにする。

 言外に総仕上げの合格をもらったイエヤスは喜悦の感情を乗せて返事をするのだった。 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンッコンッ

 

 イエヤスが扉を叩く。

 ここはドクター・スタイリッシュの研究室。最近ドクター・スタイリッシュはイエーガーズが集まる特殊警察会議室へは来ず研究室に籠っていた。しかし、それに対して文句を言う者はいなかった。

 ロマリー渓谷、キョロクでの戦いを通してチーム・スタイリッシュのほぼ全て失ったドクター・スタイリッシュは今、戦力の増強に努めていた。帝国兵士から力に飢えた者を集ったり、捕らえられた犯罪者から放免を餌に集めたりした人材に日夜強化手術を施して手駒を急ぎで増やしていた。

 研究室内から入室の許可を示す声が発せられるのを聞いたイエヤスが扉を開いて研究室へと入った。

 薬品の独特な匂いが鼻腔を擽り思わず顔を顰めそうになるのをイエヤスはなんとか抑える。

 スタイリッシュを自称するだけの事はあり、日々忙しさに追われているであろうに研究室は清潔感を保ち研究書等も綺麗にまとめて棚に収められている。精々が机の上に多少紙が散らかっているぐらいで後は綺麗に片付いていた。

 何かの研究結果の資料を片手に椅子に座っているスタイリッシュが部屋の中央にいた。

 いつもと変わらない白衣姿に整えられた黒髪を携えている。が、化粧で誤魔化しているが薄らと目の下に隈などができていて流石に疲労が伺えた。

 

「あら、いらっしゃいイエヤスちゃん」

 

 ドクター・スタイリッシュの声は溌剌としており疲労を感じさせない。目には生気が溢れているのがイエヤスにも見て取れた。

 

「おう、お前か、先日ぶりじゃの」

 

 その原因がイエヤスに軽く手を振る。

 ワイルドハントの一人 ドロテアであった。

 

 シュラの計らいで引き合わされた二人は見事に意気投合。

 互いの知恵を出し合い飲み込み合い切磋琢磨と日々知識の探究に勤しんでいる。一部の希少な素材と交換に数ある研究室の一つをドロテアに譲渡するなど関係は良好そのものだった。

 

 イエヤスはランからの言伝をドクター・スタイリッシュに伝え終わると、話し合いや研究の邪魔をするのも悪いと思い、早々に退室することにする。薬品の匂いが苦手なのもあった。

 

「あっ、そうだイエヤスちゃん」

 

 扉に手を掛けるイエヤスにスタイリッシュが声を掛ける。

 イエヤスが振り返るのを待ってから続ける。

 

「とある筋からかなり興味深い依頼が来たからまだ当分会議室には寄り付けそうないってランちゃんに伝えておいてくれるかしら?」

 

 イエーガーズは隊長はエスデスと決まっているが副隊長は決まっていない。

 実戦経験が豊富なボルスが実質的な副隊長を担い、頭の回るランが参謀役をしているのが現状であった。

 現在エスデスとボルスが西の異民族を抑えて行っている関係でランが帝都に残っているイエーガーズのまとめ役をやっていた。当然メンバーの中にそれを不満に思う者はいない。

 

 スタイリッシュの言葉に了承を返しイエヤスは研究室を出た。

 

 そのまま会議室へと向かうイエヤスは廊下の先に此方に向かって歩く人物に気付く。

 

 げっ

 

 声には出さない、顔にも出さない。だが内心で思った事がイエヤスがその人物に対する印象を物語っていた。

 

 ワイルドハントの一人 エンシン。

 

 察するにドロテアにでも用があるのであろうと考えたイエヤスはぶつからないように廊下の隅へと寄るが立ち止まる程気を遣うのも癪なので歩き続ける。

 向こうもイエヤスには気付いているであろうが、当然のように廊下の真ん中を歩き譲る気など欠片も見せない。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに無言のまま距離は近付き、やがて0となり交差する。

 

「……へっ!」

「………!、っと」

「!! ………………おい」

 

 あからさまに幅を寄せ肩をぶつけてイエヤスの転倒を狙うエンシン。だがイエヤスは素早く反応をしスゥと身体を捻って躱し事無きを得る。

 そのまま、歩き去ろうとするイエヤスだが、思惑を外されたエンシンが不機嫌そうな声音で話し掛けてきた。

 

「………なんすか?」

 

 大臣の権力を笠に着るシュラ、その直属の配下であるエンシンの問い掛けを無視するわけにもいかずイエヤスは振り返りながら用を訪ねた。

 

「なんすか、じゃねぇよ。頼りないテメェラの代わりに働いてやってる俺等に対して挨拶の一言もねぇとはどういった了見だ?」

「…………………それは失礼しました」

 

 返答に要する時間の長さがイエヤス内での葛藤や怒りの度合いを表していたがランからワイルドハントと揉めないように頼まれていたイエヤスはなんとか言葉を絞り出した。

 

「生意気やってんじゃねぇぞ」

「っ!!」

 

 仕切り直しとばかりに片手で肩を強めに小突かれるイエヤスだが、ここで避けても無駄に長引くだけだと判断して今度は避けなかった。せめてもの意地としてたたらを踏むに留まり転倒する無様は晒さなかったが、エンシンはそれで一応の満足をした様子で立ち去って行った。

 

「…………ふぅ」

 

 去っていくエンシンが見えなくなるのを見届けてイエヤスは小さく息を吐き出す。

 息と共になんとか憤りを吐き出す事ができたイエヤスは再び会議室へと歩き出した。

 

 

 

 



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28話 不穏迫る

 帝都内南、俗に南地区と呼ばれる地域。

 大通りをワイルドハントが闊歩していた。

 肩で風を切り大手を振って先頭を歩くシュラだが、行く先々で出店が閉まっている事実に小さく舌打ちをした。南地区最大の大通りがまるで寂れた潰れかけの商店街のような雰囲気を醸し出している。

 

「どの店も休みとかシケてやがんなぁ、お前らがキツイ取り調べばっかりしてるからじゃねぇのか?」

 

 後ろを歩くメンバーに愚痴をぶつけるシュラ。

 

「しゃーねぇだろ、暇なんだからよぉ、第一好きにやれって言ったのはシュラだろ? そうすりゃナイトレイドがアッチからやってくるつって」

 

 エンシンの言葉にシュラは鼻を鳴らす。

 ワイルドハントは結成して以降、積極的に町へと見回りに出ていた。

 名目上は町の治安を守る為に色々な店へと立ち入り検査を行っているが、その実態は権力を笠に着てやりたい放題、犯したい奴を犯し殺した奴を殺す。後は検査の結果反乱分子だったと報告して終わり、を繰り返していた。

 

「ん?」

 

 人っ気のない大通りを進んでいるとシュラは前方で複数の人が立ち塞がっている事に気付く。

 十数人で構成された集団はワイルドハントを前に徒手空拳で構えを取り闘志を燃やしていた。

 

「ワイルドハント! よくも先生とその家族を!」

「我ら皇拳寺の門下生として、例え罰せられようともお前達を討つ!」

 

 鍛えられた動きで門下生達は素早くワイルドハントを囲む。

 

「あー、この間壊したオモチャの仲間か」

 

 殺意を込められた瞳と拳を向けられているにも関わらず余裕の佇まいを崩さないシュラ、それは後ろに控えるメンバー達も同じであった。

 

「江雪、どうやら食事の時間になりそうだ」

 

 イゾウが腰に携えた刀へと話し掛ける。

 名刀《江雪》は帝具に非ず。

 純粋に剣術のみでシュラの目に留まり勧誘されたイゾウは《江雪》に魅入られており食事と称して血を与える事を生きがいとしている。

 

「忠義の徒か、いいねぇ」

 

 シュラはイゾウよりも一歩前へと出て肩を鳴らし身体を解した。

 

「お前らは手を出すな、俺一人でやってやる」

 

「「「ナメるなぁ!!!」」」

 

 その行動を侮辱と取った門下生達が一斉に襲い掛かる。

 門下生達と同じく徒手空拳で構えるシュラは楽し気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、どっちだ?」

 

 クロメが両手をそれぞれ握り締めて仰向けの状態で突き出す。

 コロはどちらか一方にだけ込められている中の物を当てる為に首を左右に振り口元に手を当てて考え込む。

 鼻をスンスンと鳴らし匂いを元にコロは左を選択。

 徐々に開かれるクロメの左手をまるでおもちゃ箱を開ける子供のように目を輝かせながら待つコロ。

 だが

 

「キュッ!?」

「ざんねーん」

 

 開かれた左手には僅かにクッキーの欠片があるだけでハズレだった。

 クロメがにっこりと微笑みながら右手を開くとそこには包みに内装されたクッキーがあった。

 

「ズルはだめだよ?」

 

 包みを開いて中のクッキーを美味しそうに頬張るクロメをコロは羨ましそうに眺める。

 そんな二人の様子をイエヤスとセリューが離れた位置からテーブルについて見ていた。

 

 そんな3人と一匹がいる会議室にランがノックと共に入ってくる。視線を巡らして待機中のメンバーを確認したランはイエヤスへと目を向ける。

 

「イエヤス、ちょっと共に行ってほしい場所があるんですがいいですか?」

「ん? ああ、いいぞ」

 

 セリューに一言断りを入れたイエヤスは席を立ちランと共に会議室を出た。

 扉を閉めたイエヤスは会議室とは雰囲気が変わったランに目付きをやや鋭くしながら問う。

 

「……どうした?」

 

 ランの変わり様に何か良くない事が起こったと悟ったイエヤスにランは頷きながら口を開く。

 

「南地区で乱闘が起きたそうです。ワイルドハントと皇拳寺門下生が争っているようで」

「っ! あいつ等!!」

 

 ワイルドハントの行いはイエヤスの耳にも入っていた。

 次々に反乱分子を見つけては処刑を繰り返していると聞けば有能のように聞こえるが、逆に一度も外れず検査に入った場所では必ず処刑が行われている事実には疑問を感じていた。

 死人に口なし、本当に反乱分子だったかどうかはイエヤスには分からないが、それでもやり口の内容が非道に過ぎているため憤怒に絶えない思いを抱いていた。

 エスデスがいない今、シュラに逆らい反感を買っても何もできずに罰せられるだけ、というランの言葉にイエヤスも同意したものの予想を遥かに上回る外道っぷりにイエヤスの我慢の限界もそう遠くはなかった。

 

「セリュー先輩やクロメには話さなくもいいのか?」

「……人数を多くして行ってもワイルドハントを無暗に刺激するだけですので」

「まぁ、それもそうか」

 

 それだけで納得したイエヤスだが、それではわざわざ部屋の外までイエヤスだけを出して話した説明にはならない。

 ランはセリューをワイルドハントに会わせてしまえばトラブルの予感しかしないという事で現在イエーガーズの代理隊長を務めている立場を利用し上手く調整をしてセリューとワイルドハントが鉢合わせにならないようにしていた。

 

「さぁいきましょうか」

「おう」

 

 イエヤスがランの行動の違和感に気付く前に同行を促し、イエヤス達は現場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、ひでぇ………」

 

 現場へと辿り着いたイエヤスは目の前に広がる光景をそう評した。

 

 ワイルドハントと揉めていた皇拳寺門下生達は一人残らず惨殺されていた。それだけではなく皆天井から逆さ吊りにされており、まるで見せしめのようであった。

 

 イエヤスが門下生達の惨状に目を奪われている間、ランは周りを見渡して見当ての集団を見つける。

 ワイルドハントはすぐ近くの出店のテーブルに座り、この飯の不味くなるような光景を肴に食事をしていた。

 ランの目はワイルドハントの一人を捉え一瞬剣呑となるがシュラがラン達に気付くより僅かに早く、普段通りの笑みを張り付けた。

 

「よぉ、誰かと思えば役立たずのイエーガーズじゃねぇか」

 

 シュラは片手を上げ、イエヤス達へと皮肉った笑みを浮かべながらもう片方の手に持った饅頭を頬張る。

 

「お前達がおせぇから俺達が国に楯突くバカ共を処刑してやったぜ」

 

 シュラの物言いにイエヤスは食って掛かる。怒鳴りつけたい思いを必死に抑えながら。

 

「いや、それにしたってやり過ぎでしょう……ただの処刑だけで終わったわけでもなさそうだし」

 

 イエヤスは吊るされた門下生の中に混じる女性の暴行された痕を痛ましそうに見た後、目を逸らした。

 イエヤスの言葉にシュラは苛立ちを露わにして音をがなり立てるように椅子から立ち上がる。

 

「あぁ? 俺のやり方に文句があるってのか!? それは俺の親父の大臣に文句があるのと同義だぞ! わかっていってんだろうなぁ!?」

「………っ」

 

 親の七光りを惜しげもなく言い放つシュラにイエヤスは次ぐ言葉を出せなかった。だが、ここまでの横暴を見せ付けられて我慢の限界が近いイエヤスは頭に上った血の赴くままに口を開く。

 

「いい加減に………」

「イエヤス!」

 

 食って掛かろうとするイエヤスをランが身体全体を使って止める。イエヤスを見つめるランの瞳が、ここは堪えてください、と訴えかける。

 似合わぬ冷や汗を流し必死の思いを宿らせたランの瞳を見てイエヤスはなんとか怒りを飲み込む事に成功した。

 イエヤスが落ち着いた事を見届けたランはホッと胸を撫で下ろしながらシュラへと向き直り頭を下げる。

 

「お手数をお掛けしました」

 

 頭を下げるランを見て気分を良くしたシュラだが、ランの後ろに立っているイエヤスへと視線を向けて再び眉を顰める。

 

「…………お前は頭下げねぇのかよ?」

「…………出過ぎた事を言って申し訳ありませんでした」

 

 ランに倣って頭を下げたイエヤスに溜飲が下がったシュラは仲間を引き連れて、この場を後にした。

 

「ヘッ………じゃあな!」

 

 一部始終をシュラの後ろで見ていたエンシンが手に持っていた喰いかけの赤い果物を頭を下げているイエヤスの後頭部に叩き潰すように押し付けながら去っていく。

 実が潰れ生温い湿った感触が後頭部を伝いバンダナとヘアバンドを赤く汚す。

 

「………………ッ」

 

 エンシンの蛮行にイエヤスは微動だにしない。動いてしまえば手が柄に伸びると本能が告げていた。

 動かないイエヤスにエンシンはつまらなそうに鼻を鳴らし振り返る事はなかった。

 

 イエヤスの様子を見てランは考えていた計画の前倒しを検討するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パトロールを終えて一度会議室へと戻る為に宮殿へと続くメインストリートをイエヤスが歩く。

 道行く人々を見ていたイエヤスは少し前方で宮殿から帰っていく人々の中に見知った親子を見つけた。向こうもほぼ同時に見つけたようで歩く方向を少し修正して互いに近づいてゆく。

 ある程度近付いたタイミングで娘の方がピョンと一歩先んじてイエヤスに挨拶をする。

 

「イエヤスくん、こんにちは!」

「ああ、こんにちはメイ」

 

 同じイエーガーズに属するボルスの娘 メイである。

 初めて会った時と比べて背は伸び、言葉もハキハキとしていた。もう幼女とは言えず少女と呼ぶのに相応しい姿にイエヤスは子供の成長は早いといえど時の流れを感じた。

 

「イエヤスさん、こんにちは」

「こんにちは、エレナさん」

 

 メイの母でありボルスの妻であるエレナにも挨拶をするイエヤス。

 成長したメイとは違い、目映いほどの美しさを露程も損なっていないエレナにイエヤスは改めてボルスさんは果報者だなぁと思った。

 

「今日は宮殿に何か用事でも?」

「ええ、夫に手紙を送るため部署にお願いしてきたところです」

「あぁ、なるほど」

 

 エレナの返答に思い当たる節があったイエヤスは納得する。

 以前、キョロクでボルスが家族からの手紙を受け取っていた事を思い出した。

 

「今日はコロちゃんとは一緒じゃないの?」

「ん? ああ、セリュー先輩なら多分会議室で待機しているからな、悪い」

「そっかー、残念……」

 

 見るからにシュンと肩を落とすメイにイエヤスは非はなくとも申し訳ない気持ちを抱いた。

 ボルスが遠征に出る前は何度か会議室へと来てコロと心を交わしていたメイだが、ボルスが遠征に行ってからは気を遣い訪ねてこないため、最近はご無沙汰だった。

 できれば会わせてやりたいと思うイエヤスだったが、それよりも言わなければいけない事に思い当たりをそれを口にした。

 

「差し出がましい事とは思うんですが……」

 

 イエヤスは少し言い辛そうにしながらも、ワイルドハントが誰を標的にするか分かったものではないためしばらくの間は宮殿付近には近寄らない方がいい事を伝える。

 治安を預かる身として不甲斐ないに尽きる忠告を絞り出すように話すイエヤスにエレナは詳しい事情は知らないものの素直に聞き入れる。

 

「分かりました。御忠告痛み入ります」 

「心配してくれてありがとね」

「……手紙に関してはこっちでも方法を考えてみますね」 

 

 頭を下げる母親に倣って頭を下げるメイにイエヤスは心が洗われる思いで癒される。

 

 これ以上引き留めるのも悪いと感じたイエヤスは母娘と別れる。

 最近心を荒む事が多かったイエヤスは久しぶりに足取り軽く宮殿へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イエヤスの風の流れを読む力はあくまで本来なら風が動かない時に動いてこそ発揮する。

 人通りが多い場所では風は動いて当たり前のため大して役には立たない。

 故に気付かなかった。

 

 

 

 

「誰と話してんのかと思ったら上玉じゃねぇか、あのチビはチャンプの奴が喜びそうだし、こりゃいいもん見つけたぜ」

 

 

 

 

 舌なめずりをしながらメインストリートを出ていく母娘を眺める男の姿を。

 

 



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29話 惨劇

 帝都中央より南に大きな教会がある。

 帝都内の安寧道信者を束ねる教会だったが東で安寧道が武装蜂起を起こす直前に放棄されていた。政府が差し押さえた時にはすでにもぬけの殻となっていたがそれでも帝国に逆らった見せしめとして酷く荒らされ、機能していた頃の整然とされた清き洋装は欠片も残されていない。

 そんな形だけが残されている教会に今、麗しい女性が連れ込まれていた。

 

「どうか、この子だけは!」

 

 女性は女性によく似た可憐な少女を庇うように掻き抱き懇願する。

 これから起こる事を予期し、せめて娘だけでも守ろうとしていた。

 

「やだぁ、ママ、やだよ!」

 

 娘は何が起きているのか正しく理解していたわけではないが、良くない事が起きる事だけは場の空気から理解し、目尻から悲しみを零しながら拒絶している。母の服を掴む手の震えは次第に身体全体を覆い始める。

 

「………メイ」

 

 少しでも恐怖が消える事を祈りながら娘の身体を強く抱きしめる母親。

 そんな母娘の様子に嗜虐心を刺激されて舌なめずりをしたエンシンはうち捨てられた教会へと母娘を連れてこようと提案したチャンプへと話し掛ける。

 

「お前の言う通り連れてきてやったんだから、もういいよなぁ? 女の方はもらうぞ」

「……ハァハァ、ゴクン、……ハァハァ」

「オイ!」

 

 怯えた様子で震えている少女を前に血走った目を向け生唾を飲み込み息を荒らげているチャンプがエンシンの言葉に反応しないでいるとエンシンは苛立ったように語気を強くしてもう一度声を掛けた。

 

「! あぁ、これで結婚式がそれっぽくなる。ありがとよ」

 

 チャンプはご満悦気な笑みを浮かべ礼を言った。

 

 ワイルドハントの一人 チャンプは幼い子供であれば男女問わず性的暴行を行い、汚い大人になる前に、という理由で殺すシリアルキラーである。

 メイを見て、その可憐さに一目惚れをしたチャンプは近くに教会がある事を思い出し、せっかくならそこで結婚式を上げようと考えていた。

 

「私はやることなさそうだし、帰ってもいい?」

 

 付き合いでエンシンとチャンプに付いてきていたコスミナであったが、協会に来るまでの間にお眼鏡に適う男性を見つける事ができず、暇を持て余している。

 ちなみに残りのワイルドハントは不在であった。

 シュラは父親の大臣に呼ばれて宮殿へ、イゾウはその付き添い、ドロテアはドクター・スタイリッシュの研究室に入り浸っている。

 

「……………そんな」

「……うぅ」

 

 自分や娘の言葉に耳を傾ける様子を見せないワイルドハントにエレナは絶望の表情を深めた。

 辛抱堪らないと近付きだしたチャンプはエレナに覆われて姿を隠しているメイを見て不愉快そうに顔を顰めた。

 

「どけよババァ、今から結婚式を挙げるんだからよ。ほら、あっちでお相手が呼んでるぜ」

「ババァて、相変わらず分かんねぇ趣味してんな、ま、別にいいけどよ」

 

 絶世の美女を相手にババァ呼びするチャンプに呆れて首を捻りながらもエレナとメイを引き離すべくエレナの腕を掴み取った。

 

「さぁ、お楽しみの時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を、してるんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切羽詰まった声が教会内に響く。

 

「あん?」

 

 興を削ぐような咎める口調の強い響きにエンシンは眉を顰めながらも声の聞こえた方向へと視線を向けた。

 教会入口に人一人が立っていた。

 無骨な髪留めでまとめ上げられた茶髪を靡かせる。

 悪を見据えたその目は冷たく、だが怒りで熱く燃えている。

 左手に鉄球、右手に巨大な刀を携えた、その姿はすでに臨戦態勢。

 その姿を見てエレナは希望に縋る気持ちで名を呼んだ。

 

「……セリューさん」

 

 イエーガーズが一人、正義に燃える列女 セリュー・ユビキタスであった。

 

「何をしていると、聞いているんです!!!」

 

 答えの返ってこなかった質問を繰り返すセリューにエンシンは面倒臭そうにしながら懐から身分を示す徽章を取り出し突き付ける。

 

「俺達は秘密警察ワイルドハントだ。これから反乱分子だと判明したこの母娘に罰を与えるところでな」

 

 下卑た笑みを浮かべながらセリューを煽るように舌を出すエンシン。

 

「何か文句でもあんのか?」

 

 義憤を燃やして突っかかってきたであろう事を予想したエンシンは相手の反応を楽しみにしながら観察する。

 

「私たちは反乱分子などでは……ッ!?」

「おっと、てめぇらは黙ってな」

 

 身に覚えのない嫌疑を掛けられて反論しようとするエレナをエンシンは掴んだ腕を乱暴に振って黙らせる。

 

「っ!! その親子に手荒な真似をしないでください!」

「………?」

 

 エンシンはセリューの反応を見て違和感を感じ、その理由に気付いた。

 

「お前、俺達がワイルドハントだって知ってて邪魔したな?」

「………えぇ、お前達を探してましたからね」

 

 セリューはエンシン達越しにエレナ親子を指差して質問を口にした。

 

「貴方達は今、その人達を反乱分子だと言いましたね? その人達がボルスさんの御家族だと知ってて言っているんですよね?」

 

 どこかで聞いたような名前を出されるがイマイチ覚えがないエンシンはコスミナとチャンプに目配せするがどちらも知らない様子で首を振った。

 

「ボルス? 知らねぇな、そんなやつ」

 

 問答が面倒臭くなってきたエンシンが投げやり気味に答える。  

 

「ッ!? 貴方達は! そんな事も知らないで罰を与えようとしてるんですか!?」

 

 碌な下調べもなく非道を行おうとしている事実を聞いてセリューの中で燻っていた想いが溢れる。

 

「……そうやって………の子…………したんですか………」

「なんだって?」

 

 俯き絞り出すような声音で呟くセリューにエンシンは業を煮やした様子で語気を荒げながら聞き返した。

 

 キッ

 

 面を上げたセリューはその目に憎悪憤怒哀傷を乗せ涙を零す。

 

 

 

「そうやって、あの子達を殺したんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、セリューは久々の休暇をもらい趣味と実益を兼ねた自主パトロールをすることにした。

 ランから頼まれた仕事の関係で寄り付かなくなっていた帝都中央公園へと久しぶりに足を向けたセリューは公園に踏み入れてすぐ違和感を覚えた。

 公園の雰囲気がずいぶんと暗くなっていた。

 いつもこの時間帯は子供達の遊び声や、その母親達が集まって井戸端会議をしており賑わっていた。

 だが、今は子供達の姿はなく母親達はセリューが探してようやく見つけたが話声は小さく、まるで隠れるように集っており人数も減っていた。

 

「みなさん、どうしたんですか? こんな端っこに集まって」

「! ……………セリューさん」

 

 セリューの声掛けにビクリと肩を震わした母親達はセリューだと確認して露骨に安堵の溜息を零す者となんとも言えない敵意にも似た視線を向けてくる者と分かれた。

 今までとは全く違う反応にセリューは戸惑いつつも事情を聴き、絶句した。

 

「こ、殺された!? あの子達が?」

 

 つい先日、いつも通り公園で遊んでいた子供達は不幸にもワイルドハントの一人 チャンプの目に止まってしまい連行されてしまう。母親達が事態に気付いた時にはすでに時遅く、散々弄ばれた痕だけを残して物言わぬ躯となって帰ってきた。

 取り調べの結果、反乱分子だとして処罰されたと聞かされた母親達は当然抗議をすべく政府に掛け合ったが、反乱分子を庇いだてする同罪だとして死罪を言い渡され処刑されるに終わる。

 母親達の数が減っているのはそういうわけであった。

 あまりに横暴、あまりに残虐極まる話にセリューは立ち尽くし、話している内に悲しみを思い出し泣き崩れてしまった母親達に掛ける言葉が見つからなかった。

 

 治安維持を預かる身であり大臣の息子が取り仕切る部隊がそのような暴挙に出た事をにわかには信じる事ができなかったセリューは詳しい事情を聴く為にワイルドハントの詰所へと向かった。

 詰所には肝心のワイルドハントは不在であったためセリューは聞き込みで探した結果、捨て教会へと辿り着き現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情があったのではないか、何か情報の行き違いがあったのではないか

 そんなセリューの願いは脆くにも崩れ去った。

 目の前の、治安維持部隊を名乗る輩共はただ己の欲望を満たす為だけに権力を振るう悪党でしかなかった。

 セリューの瞳に殺意が宿る。

 手に持った大刀を掲げワイルドハントへと向けた。

 

「貴様らのやっている事は悪以外の何者でもない! ただ公園で遊んでいたあの子達が何をした!? 無残にも命を奪われる程の何をした!!??」

 

  

 子供達の笑い声は正義が為されている事を示す福音だった。

 

 

 子供達がはしゃぐ姿は正義が生きている証だった。

 

 

 日々帝都の平穏を目指すべく頑張っていたセリューにとって子供達は希望だった。

 

 

 それを奪ったワイルドハントを許す道理がセリューには存在しない。

 

 

 明確な敵意を向けてきたセリューに対してエンシンは腰から細く沿った曲刀を抜き挑発めいた笑みを浮かべた。

 

「自分が何をやってるか分かってんのか? 俺達ワイルドハントに刃を向けるってことは大臣に刃を向けるってことだよなぁ?」

「………………」

 

 エンシンの言葉にセリューは応えない。

 これがナイトレイド等の賊の言葉ならばただの戯言と切り捨てられた。

 だがエンシンの言葉が事実である事をセリューは感じ取っていた。何故なら政府がワイルドハントの行いを肯定しているからである。

 セリューはその事実を上手く呑み込む術を思いつかない。

 

 だが、それでも

 

「コロ!!!」

 

 目の前の悪を見逃していい理由にはならない。

 

「! チッ!!!」

 

 セリューがワイルドハントの注意を引いている間に回り込んでいたコロがエレナを掴んでいるエンシンの腕目掛けて飛び掛かる。 

 食い千切らんとする勢いのコロにエンシンは殺気を感じ取って気付き、手を放すと同時に離れるように飛んで事無きを得る。

 

「キュゥゥウウウウヴヴヴヴ」

「コロちゃん!」

 

 母娘とエンシン達の間を遮るように立ち止まったコロは威嚇するように唸り声を上げながら身体を巨大化させ立ち塞がった。

 コロの姿を見たメイが悲哀の涙を吹き飛ばし歓喜の声を上げる。

 巨大化したコロの姿は不気味で思わず尻込みしてしまう威圧感を放っているが、メイがコロの巨大化を見たのは初めてではない。さらにメイ達の姿をエンシン達の視界から隠し護ろうとする明確な意志を見せるコロを恐れる理由などありはしなかった。

 

 奇襲は避けられてしまったがワイルドハントとエレナ達の分断の成功を確認したセリューがエンシン達に向けて左手を思いっきり振り被って鎖付きの鉄球 正義秦広球を投げつける。

 

「おっと!」

「危ないなぁ☆」

「あぶねぇ!」

 

 腐ってもシュラに実力を見出されて集められた者達であるエンシン達は難なく避けて見せる。

 

「マジでやる気みたいだな、上等だ! 気の強い女は嫌いじゃないぜ、屈服させ甲斐があるからな!」

 

 エンシンが曲刀を片手にセリューへと走る。

 左手に持った鎖を引っ張り鉄球を呼び戻しながらエンシンの背後を襲うように仕向けるセリュー。

 意図を読んだエンシンがチラリと背後の鉄球に視線を動かすのと同時にセリューは右手の大刀 正義宋帝刀で切り掛かり一人の身でありながら挟み撃ちの形を作る。

 

「ハッ!」

 

 真横で摩擦音をがなり立てる鎖に蹴りを入れて鉄球の軌道をずらしたエンシンは大刀の薙ぎ払いを姿勢を低くして躱しセリューの懐へと入る。

 

「武器選択をミスってねぇか? 俺相手に懐に入られちゃお終いのデカい武器ばかり振るってよぉ!」

 

 切り刻まんと曲刀を振るうエンシンの攻撃をセリューは大刀を盾にして防ぐが細かい取り扱いの難しい大刀ではエンシンの速さに付いていけず、余波で切り傷を帯びていく。

 そして遂に曲刀はセリューの左手の前腕を捉える。

 

 ジャキン

 

「……へぇ?」

 

 エンシンの手に肉を断つ手応えはなく、金属音に阻まれる感触を得る。

 セリューの左腕には鉄球に付いていた鎖が巻かれており、疑似的な篭手の役割を果たしていた。

 

「随分と丈夫な鎖だな」

「悪如きに斬られる程、柔じゃない!」

「悪……ねぇ、俺達に逆らったお前こそが悪だと思うがな」

「…………戯言を!」

 

 胸の奥の騒めきを無視してセリューは相性が悪いと判断した大刀を捨てて徒手空拳でエンシンに殴り掛かる。

 エンシンの曲刀を躱し鎖で弾きながら繰り出す拳は鋭くエンシンを直に捉えはしないものの通用していた。

 掌底かと思い後ろへと避けようとしたエンシンはセリューの動きに僅かな違和感を覚え、急遽後ろへの避けから横への回避に変更した。

 判断は正しく、掌底が突き出されると同時にセリューの掌から火が吹き銃弾が吐き出される。

 

「ッ!? 仕込み銃かよ!」

 

 さらに掌底を打った左手に巻かれた鎖に連動して鉄球が飛びエンシンを襲う。

 少し身を引いて躱す事に成功する、が鉄球の勢いを殺さないようにセリューは身体全体で鉄球を回しに掛かり、その姿はまるで独楽のよう。

 エンシンは舌打ちしながら巻き込まれないように大きく後退する。

 

 

 一見拮抗しているように見えるが事実は違った。

 

 エンシンはまだ帝具の能力を使ってはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラどうした? 突っ立ってるだけか?」

 

 チャンプが煽りながら手に持った球体をコロに向かって投げる。

 コロは一歩も動かず、球体が自身に迫るのをただ待つだけであった。

 球体がコロに当たり

 

「グウゥゥゥゥゥウ!!!」

 

 全身を覆うように雷撃が走る。

 雷撃はすぐに収まるが、見ればコロの身体はすでに火傷や凍傷を負っている。

 帝具生物の特性である再生能力がなければとっくに致命傷となっていてもおかしくなかった。

 コロへと当たり電撃を放った球はいつのまにかチャンプの元へと戻っていた。

 

「チィ、これも効果はイマイチか」

 

 チャンプは連続投球で上がった息を整えながら、次に投げる球を選ぶべく手に持っている。

 球の数で全部で六つ。

 

 六つの球型帝具の名は【快投乱麻ダイリーガー】

 それぞれが別の属性を持つ球であり敵に当たると発動する。自動で持ち主に戻ってくる機能を持っている。

 

 コロに雷、炎、氷属性の球をすでに投げているチャンプは次の球を選ぶ。

 その間、コロは動かない。否、動けない。

 

「動いちゃヤダよ☆」

 

 チャンプの傍に立つコスミナは手にマイクを持ち、それに向かって言葉を発している。

 マイクを通して声は超音波となり、コロの全身に金縛りのような硬直状態を齎していた。

 

 【大地鳴動ヘヴィプレッシャー】はマイク型帝具である。

 マイクを通した声に力を与え衝撃波に変える事ができる。その威力は高く直撃すれば全身の骨を砕くほど。また応用として超音波に変え動きを止めることもできる。

 破壊力を持った衝撃波はその威力ゆえ可視できるが、超音波は精々空間が僅かに歪んで見える程度で回避が難しいのも特徴。

 

 コスミナが回避されにくい超音波で足止めしてチャンプが球を当てる。

 ワイルドハント遠距離チームのコンピネーションを受けてコロは防戦一方であった。

 

「これならどうだ? 派手に飛び散ってくれよ」

 

 チャンプが《爆》と描かれた球に手に取った。

 

「グルルルルルゥ、グァア!!」

 

 コロは全身を超音波により縛られている中、なんとか大口を開けた。

 

「なんじゃそりゃあ!?」

「ワーオ!☆」

 

 コロの大きく開けられた口の中から幾つものミサイルが発射される。

 コロの中に収納されているセリューの武具の一つ、小型のミサイルを放つポッドから放たれたものであった。

 コロは器用にも舌を使ってポッドの発射ボタンを押していた。

 セリュー程使いこなすことは流石にできず、ミサイルは教会の天井に当たったり、ミサイル同士でぶつかり空中で爆発したりしてしまうが、それでも幾つかは空中で翻りチャンプ達の元へと降り注ぐ。

 

「口から爆弾とか凄いねー、でも残念☆」

 

 コスミナが上を見上げながらマイクに向かって喋り、それが衝撃波へと変わり迫り来るミサイルへと当たる。内部の信管が揺らされて暴発し、ミサイル群はコスミナ達に届くことなく散る。

 だが、コスミナがミサイルに集中したためコロは超音波の呪縛から解放された。

 その隙を見逃さず、コロは一気にチャンプへと突撃する。一直線ではなく少しだけカーブを描きながら。

 ミサイルへと視線を誘導されていたチャンプは自分へと突撃してくるコロに気付き、初動こそ遅れるが十分間に合うタイミングで投げる予定だった《爆》の球をコロに向かって投げた。

 

 会心の一投はコロの巨体ド真ん中へと吸い込まれるように迫る。長年使ってきた経験が不可避のタイミングだとチャンプに告げて、コロが爆散する姿を期待する。

 しかし

 

「なにぃ!?」

 

 球はコロの頭上を素通りして掠りもしなかった。

 コロが回避したわけではない、チャンプが外したわけでもない。

 ただ一瞬だけコロが巨大化を解いた。ただそれだけだった。

 身体を縮めることによって球を掻い潜ったコロは身体を再び巨大化させる勢いと助走を掛け合わせた渾身の一撃をチャンプへと振るった。 

 

「グヘァ!?」

 

 直撃を食らったチャンプが無様な声を上げながら吹き飛ばされ壁へと激突、衝撃に耐えきれずに壁は崩れ瓦礫へと変わりチャンプを埋める。

 瓦礫の間から血潮が流れ地面へと広がり起き上がってくる気配はない。

 

「キュウ!」

 

 コロが勝利の鳴き声を上げる。

 

「ナイスです、コロ! エレナさん達、今の内です!」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 チャンプが死んで僅かながらも其方に気を取られているエンシン達の隙を突いて母娘を逃がす事に成功するセリューとコロ。

 

「セリューさんは?」

「私は残ります。悪を野放しにはできませんから!」

「……どうかご無事で」

「コロちゃん、頑張って!」

「当然です! 正義は悪には屈しませんから」

 

 メイの声援に親指を立てて強気なポーズをして見せるコロ。

 実際にはチャンプとコスミナの攻撃で何度も再生を繰り返してかなり消耗していたが、そんなことはおくびにも出さなかった。

 追わせないように母娘が出ていった出入口に立ち塞がるセリュー達だがエンシン達もこの事態において母娘を気にする訳もなかった。

 

「あーあ、エンシンが遊んでる内にチャンプが死んじゃったね☆ 流石に本気出したら?」

「チッ、今日は帝具の加減が難しそうだからよぉ、勢いで殺しちまいそうで嫌だったんだが」

 

 コスミナの諫言にエンシンは不機嫌そうに頭を掻きながら曲刀を軽く振る。

 すると曲刀が淡い光を帯び始める。仄かな白とも金とも取れる色合いは月光を彷彿とさせた。

 

「思ったより強いみてぇだしマジでやってやるよ。生き残ってくれよ? 泣きっ面を拝みながらヤりてぇからな」

 

 下卑た視線でセリューの身体を嘗め回すように視るエンシンにセリューは瞳に嫌悪を宿らせる。

 

「これ以上その薄汚い口から悪を垂れ流すな!」

「だ、か、らぁ、帝国に逆らおうっていうお前の方が悪だろうがよぉ!」

 

 エンシンが曲刀を虚空に振るう。

 帯びていた月光の光が三日月状の刃へと変わりセリューへと飛んだ。

 予想外の攻撃に一瞬驚くセリューだが、コロが巨大な姿で壁になることで事なきを得た。

 

「……クッ!」

 

 セリューが苦虫を嚙み潰したような表情をする。

 エンシンにしてみれば売り言葉に買い言葉を返しているだけに過ぎない。

 そこに深い意図も信念もありはしない。

 だが、その言葉はセリューの胸中にある騒めきを肥大化させる。

 

 帝国の正義と自身の正義を重ねていたセリューにとって今回の事件はとてつもなく重い。

 今まで正しいと信じていたモノが間違っている可能性を突き付けられてセリューの地盤は揺らいでいた。

 

 帝国の正義が間違っているとしたら……私の今までの行いは……

 

 そんな考えが脳裏を過ぎる。

 エレナ達がいる時はよかった。

 ただ守る事に必死でそれ以外を考える事ができなかった。

 だがエレナ達を逃がした今、セリューの中で生まれた澱みは無視し難いほど大きくなっていた。

 

 と、そんなセリューと壁となってたコロの元に思わぬ方向から飛来物が投げ込まれ

 

 

 

 爆発した。

 

 

 

「グハァ!?」

「ギュッ!?」

 

 爆風を受けて吹き飛ばされるセリューとコロ。

 幸いにも寸前に気付き距離を取った為、致命傷とはならなかったもののセリューは全身を走る激痛に苦悶の表情をして飛来物が飛んできた方向を見た。

 

「俺の頑丈さを甘く見たな、これくらいで死んで堪るかよ!」

 

 チャンプが息を荒れながらも立っていた。

 瓦礫から抜け出したチャンプは全身を打撲し大量の血を流しているが持ち前の生命力の高さによって生き延びていた。

 

「さっきはよくもやってくれたな、畜生がよぉぉお!!!」

 

 チャンプが怨嗟の叫びを上げながらコロに向かって球を投げた。

 コロは身体を再生するのに精一杯で回避できない。爆発からセリューを守るためにより近い位置から爆発を浴びたのが原因だった。

 

「ギュ……ギュゥゥ………」

 

 球が当たった部位が異臭を放ちながら腐り落ち始める。《腐》の球の効果である。

 肉が腐り削ぎ落され弱点であるコアが剥き出しとなった。

 

「弱点発見だなオイ、そらそらそらそらそらぁ!!!」

「わっかりやすーい☆」

 

 チャンプのまさかの生存に面食らっていたエンシンだが、攻め時を察して連続で月光の刃を飛ばした。相手がセリューではないので加減をする気もなく全力だ。それにコスミナも追撃の衝撃波を放つ。

 

「まずい、コロ! 奥の手!!!」

「キュッ! ………………キュ~……」

 

 セリューの指示にコロは《狂化》を発動させようとするが、できなかった。

 

「!? なんで!!」

 

 悲痛の叫び声が上がる。

 

 帝具【魔獣変化ヘカトンケイル】のマスターとなれる条件は狂的な程に己の信念を持っている事であった。セリューの正義を信じる心はまさに選ばれるだけのモノを秘めていたが、今の迷いが生じているセリューでは奥の手を発動させるには至らない。

 

 

 

 コロの剥き出しのコア目掛けて刃と衝撃波が押し迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風がすべてを掻き消す。

 

 

 

 コロの前に身を乗り出し腰の剣を抜刀すると目の前に竜巻が発生させた。

 竜巻は月光の刃と音の衝撃波を相殺させて無へと帰る。

 

「……お前等」

 

 突然の乱入者は自分達が放った渾身の攻撃を散らされて目を丸くしているエンシンとコスミナに憤怒の込められた瞳を向ける。

 

「セリュー先輩とコロに何してんだ?」

 

 助けられたセリューもエンシン達と同じく目を丸くしながら、その名を呟く。

 

「……イエヤス……くん……」 

 

 

 



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30話 VSワイルドハント

 

 

「大丈夫ですか? セリュー先輩」

 

 エンシンと戦いで少なくない切り傷を受け、チャンプの《爆》の球の爆風により軽度の火傷と打撲をして座り込んでいるセリューを背に庇いエンシン達に油断なく視線を送りながらイエヤスは心配の声を掛ける。

 

「……はい、大事はありません。ですが」

 

 未だ迷いを振り切れず歯切れの悪い反応を示すセリューにイエヤスは目を丸くする。

 

「イエヤスくん、相手はワイルドハント、奴等は紛れもない悪です。ですが帝国は奴等の所業を正しいと判断しました……」

 

 セリューは地べたに置いた手をギュッと握り締めて戸惑いを隠し切れない瞳をイエヤスへと向ける。

 

「彼等を許せない私は間違っているのでしょうか? ……帝国の正義が……私には分からない」

 

 セリューのらしくない様子にイエヤスは驚きつつも一呼吸を入れて状況を整理する。

 ランにはワイルドハントとは揉めないように止められていたが、この段階でそれはもう無理だとイエヤスは判断して心の中でランに詫びた。

 

 抜いたカリバーンをゆっくりと持ち上げてエンシン達へと向ける。その切っ先は微塵もブレず確固たる意志を持って敵対する事を選んでいた。

 

「……ッ!」

 

 セリューの息を呑む音。

 イエヤスはゆっくりと言葉を紡いだ。セリューの心に届けと真に願いながら。

 

「先輩に何があったのかは知りません。今は話す時間もないですから」

 

 でも、と続ける。 

 珍しく迷っているセリューにイエヤスが掛けられる言葉などただ一つしかなかった。

 

 

「先輩は先輩の正義を貫いてください!」

 

 

 カリバーンから風が溢れでる。

 

 

「俺がそれを支えます!」

 

 

 風がイエヤスの身体に帯びてゆく。

 

 

「俺はその為に今ここにいます!!!」

 

 

 帯びた風に靡かれながらイエヤスは高らかに宣言する。

 

 

「……私の……正義を……………」

 

 イエヤスの言葉を口の中で転がすように繰り返すセリュー。

 

 

 

 

 そうだ、帝国の正義が間違っているのなら正せばいい。

 

 何を迷う事がある、しっかりしろ

 

 この後輩に恥じない先輩であろう、この背中に誇れる先輩であろう

 

 そう誓ったはずだろ! セリュー・ユビキタス!!!

 

 

 

 心が確かに軽くなるのを感じたセリューは己の頬を強く張り気合を入れ直すと立ち上がった。

 コロもまた《腐》の球の効果が抜けて持ち直した。

 

「ありがとうございますイエヤスくん、おかげで目が覚めました。格好悪いところを見せちゃいましたね」

「そんな事ないですよ、セリュー先輩はいつだって俺の自慢の先輩です!」

「………ははっ、そうですか」

 

 イエヤスの全幅の信頼を寄せた誉め言葉を受けてセリューは頬を掻きながら照れ臭そうにした。

 

「オイオイオイ、オイ! 何を惚気た雰囲気を出してやがんだ? 黙って来てりゃ青臭いったらねぇな!?」

 

 エンシンが苛立った態度で喚く。

 

「雑魚一人増えただけでもう勝ったつもりか? 随分とめでたい頭をしてるもんだな!!」

「…………」

 

 エンシンの侮る発言にイエヤスは何も返さない。

 出会ってから今日まで散々エンシンには煽られ続けてきたので慣れてしまっていた。

 だが、エンシンの暴言を初めて聞いたセリューはそうはいかない。

 イエヤスに代わりセリューが反論しようと口を開きかけるが

 

「イエヤスを雑魚と侮るのは勝手ですが、その代償は高くつくことになりますよ?」

 

 その役は空からの声に取られてしまう。

 空を見上げて声の持ち主を見つけたイエヤスは思わず顔を綻ばせた。

 

「ラン!」

「まったく、先走りすぎですよイエヤス。危うく見失うところでした」

 

 帝具の翼を羽ばたかせてゆっくりと降りてきたランはイエヤスに苦言を呈した後、ワイルドハントへと視線を向けた。

 

「クロメには人払いをお願いしました。これから行われる事を目撃されるわけにはいきませんからね」

 

 ランの発した言葉の意味を正しく理解したイエヤスは期待を込めた眼差しをランへと注いだ。

 

「と、いうことは!」

「ええ、なんとか間に合わせる事ができました」

 

 イエヤスの期待に応えるように頷き返したランはワイルドハントへと宣言する。

 

「ワイルドハント、貴方達の悪行もここまでです。今日この時を以て終わりにしましょう」

「ハァ? 何を言ってんだてめぇは」

「そうだよランちゃん、私達仲良くやってきてたじゃん☆」

 

 ランの物言いにエンシンは意味が分からないと首を竦め、コスミナはショックを受けたようにワザとらしくウルウルと目を潤ませる。

 

 ランは今日までワイルドハントにゴマを擦り続けていた。

 正面から逆らう事ができないワイルドハントに対して、表立たない喧嘩を売る為の隙を見出すためである。

 そして今、陰の努力が実る。

 

「イエヤス、セリューさん、詳しい事情は省きますが絶対条件として一人も逃してはなりません。必ず息の根を止めてください」

「おうよ!」

「話の流れはよくわかりませんが、悪を逃がすなと言うのならば無論です!」

 

 臨戦態勢に入るイエーガーズ3人。

 

「ハッ! やる気だってんなら斬るだけだ、後悔させてやるよ」

「ランちゃんと戦うなんて……、殺す前に一回ヤラせてね☆」

「ハァハァ、俺の邪魔ばかりしやがって! いつの間にかにメイちゃんがいねぇじゃねぇか!?」

 

 応戦の構えを取るワイルドハント3人。

 

 

 

 特殊警察イエーガーズ VS 秘密警察ワイルドハント 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方が以前酒の席で話した事を覚えていますか?」

「……?」

 

 相対して互いの出方を窺っているランとチャンプ。

 ランは無造作にチャンプに話しかけた。

 

「昔ジョヨウの町で多くの子供達を殺したと自慢していましたね、……恍惚とした笑みを浮かべて」

「あぁ、そうだが? 今は関係ないだろ!その話は」

「あります」

 

 ランはチャンプの言葉を否定する。

 いつもの飄々とした態度はなりを潜め、鋭い目付きと激情に駆られた感情を浮かべながら翼を大きく駆動させて舞い上がる。

 

「私はその時に殺された子供達の教師でした!」

 

 はためく翼から羽が溢れ、チャンプへと飛ばされる。

 己へと迫る羽の銃弾をチャンプはその巨体からは想像し難い身軽さで避けて見せる。

 地に手を付けて横転しながら手持ちの玉を幾つか上空のランに向けて放つ。

 飛来する玉をランは素早く飛翔することで躱す。

 すべてを躱すわけではなく、玉の中の一つは器用に羽で撃ち落とす。

 羽と玉がぶつかり爆発する。

 

「なにぃ!?」

 

 チャンプが驚きの声を上げた。

 

「今避けた玉は腐と氷でしたね。この二つは直接触れなければ問題ありません。羽で迎撃した玉は爆、これは任意のタイミングで爆発できるので近寄らせないのが吉でしょう」

 

 ランは激情に駆られながらも冷静に対処していた。

 今日までの下準備の時間でしっかりと相手の戦い方を予習していたランは玉の色で属性を読んでいた。

 

 羽根と玉の飛ばし合いは情報戦を制しているランに分があり、すでにコロとの戦闘で負傷していたチャンプは徐々に押され始める。

 だが、チャンプも戦いを続けていく中でランに対して有効な戦術を見つけていた。

 

「オラァ! 《嵐》の玉!!」

 

 チャンプが投げた玉を空中で起動させて竜巻を発生させる。

 竜巻に巻き込まれないように気を付けるランだが、竜巻に紛れて《爆》の玉が飛んでくる。

 近寄られる前に羽による迎撃を狙うが巻き起こる風に煽られて狙いが上手く定まらない。

 それでもなんとか羽を当てる事に成功するがかなり近寄られてしまっていた。

 

「クッ!!」

 

 爆風を受けたランが苦悶の声を上げながらも翼を制御して墜落の愚は犯さない。

 チャンプが隙ありと見て追撃の玉を二つ投げる。

 投げてくる玉の属性を見たランは乾坤一擲の思いで羽で迎撃する。

 片方は羽で弾き飛ばすがもう片方は今までのような一片ではなく、連なるように列をなした連撃を叩き込む。

 玉は未だ舞う竜巻の中へと送られ、台風の目にいる《嵐》の玉とぶつかった。

 ぶつかった玉の種類は《焔》

 

「うぉお!?」

 

 チャンプが驚いた様子で一歩後ずさった。

 

 竜巻の中で発生した焔は風に煽られ肥大化、爆発的に広がり竜巻は炎柱へと姿を変える。

 予想していなかった現象に思わず目を奪われたチャンプは炎柱の裏へと隠れたランを見失う。

 

「クソ! 何処行きやがった!?」

 

 上を見上げてランを探すチャンプ。最も回避が難しい《爆》の玉をいつでも投げられるように構える。

 邪魔となってしまった炎柱を消すべく《嵐》と《焔》の玉を手元へと戻した時、ようやくチャンプは気付いた。

 

 

 ランは地面ギリギリの高さを滑空しチャンプへと急接近していた。

 

 

 高所を取る事こそマスティマの最大のメリットであり、まさか自らそれを捨てるとは夢にも思わなかったチャンプは度肝を抜かれた。

 すぐさま玉を投げようとするが、すでにランは目の前、投げようと構えていた玉は《爆》

 自分も巻き込まれる可能性が頭を過り、僅かにだが動きが止まった。

 

 それが命取りとなる。

 

 ランから伸びた翼を構成するものが羽から光のエネルギー体へと変わる。

 

 【万里飛翔マスティマ】  奥の手   神の羽根

 

 チャンプの横を凄まじい速さで通り過ぎるラン。

 横切る瞬間に光の翼をはためかせる事によって器用にも四肢だけ切り裂いた。

 焼き切られて千切れ飛ぶ両腕と両足。

 

「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁあアアアアアァァァア!!??」

 

 四肢を失った衝撃と激痛で絶叫するチャンプ。

 地を転げ回り痛みから逃れようとするが四方の断面から血を撒き散らすだけの結果に終わる。

 

「…………あまり動かないで下さい。悪戯に血を流しても死が近づくだけですよ」

 

 着地したランが血塗れの地に這いつくばるチャンプへと近寄る。

 当然ながらチャンプの身を案じて発した言葉ではない。

 これから起こる事をしっかり味わってもらいたいが故の言葉だった。

 一枚の羽がランの元へと舞い降りる。羽の上には一つの玉が乗っていた。

 

「これ、お返ししますよ」

 

 羽は腐りながらもチャンプの元まで行き無へと消えた。

 玉がチャンプの腹の上に落ちる。

 

「……ァァア………アァァァァァァッァァァアア!!!」

「投擲が要の帝具、腕を失った者を持ち主とは認めないと読みましたが正解でしたね」

 

 玉に触れている箇所からジワジワと腐食が侵蝕し始める。

 

「やめ、やめろぉ! やめてくれぇええ!?」

 

 四肢を飛ばされじっくりと腐らされるチャンプが乞い願う。それが命を乞っているのか、死を乞っているのか、ランにも分からなかったが何方でも良かった。

 どうせ聞く気など露ほどもないのだから。

 

「楽に死ねると思いましたか? ………冗談じゃない」

 

 チャンプに殺された子供達の事を想う。

 命を奪われただけではない。

 未来を閉ざされ、尊厳を踏み躙られ、凌辱の限りを尽くされて散った子供達。

 そんな惨劇を幾つも生み出したチャンプが楽に死ねる道理など何処にもあるはずがなかった。

 

「ようやく……罰を与えることができました」

 

 チャンプの苦しみ抜く声を鎮魂歌にランは祈るように手を胸の前へと置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

「ワタシのお相手はランちゃんが良いんだけど☆」

 

 コスミナがセリューに対して不満を呈しつつ頬を膨らました。

 

「私だって本当なら子供達を直接手に掛けた奴をこの手で裁きたい、しかし……」

 

 セリューはチャンプの相手を譲ってくれと言ってきた時のランの真剣な顔を思い出す。

 ランの似合わぬ鬼気迫る表情に並々ならぬ事情を察したセリューは苦渋の決断として譲ることを選んだ。

 

「彼等の悪行を身近にいながら止めようともしない貴様も同罪だ、覚悟しろ!」

「ギュゥゥゥウウウ!!!」

 

 セリューの啖呵に呼応するようにコロが啼く。

 

「7番!」

 

 コロは番号に対応した武具を吐き出すと、そのままコスミナに向かって突撃する。

 巨大ライフル 正義泰山砲を受け取ったセリューは突撃するコロを援護すべくコスミナへと狙いを定める。

 

 巨大ライフルが火を噴く。

 

 迫るコロと銃弾に焦る事なくコスミナは大きく息を吸ってマイクに向かって発声する。

 

「出力最大! フルパワー☆」

 

 声は衝撃波へと変わり床を割りながら飛ぶ。

 コロはすぐさま方向転換をして避けるが当然曲がる事ができない銃弾は衝撃波が直撃して粉砕される。

 それでも威力は弱まらずセリューまで届く。

 

「ッ! ならば!」

 

 衝撃波を避けつつ、正面からの戦いは分が悪いと判断したセリューはコロに目配せをする。

 マスターの意図を察したコロがコスミナを回り込むように動き、セリューはその逆方向に回り込んだ。

 次々と飛ばしてくる衝撃波を躱しながら挟み撃ちの形に持ち込む事に二人は成功し、コロは再び突っ込み、セリューは手持ちの鉄球をぶん投げた。

 真逆の方向からの同時攻撃ならば対処が難しいと踏んでの作戦であった。

 だが

 

「そんなことしても無駄だよ☆」

 

 コスミナは衝撃波に方向性を持たせずに全方向型の衝撃波を作り出した。

 一方向へと飛ぶ衝撃波と比べて飛距離はかなり落ちるものの鉄球を弾き、コロにダメージを与え足止めするだけの威力を持っていた。

 

 一方向へと飛ばす遠距離技に防御に向いた全方向攻撃、攻防ともに優秀な技を持つコスミナにセリューとコロは攻めあぐねていた。

 さらに

 

「グッ!? 身体が動かない!?」

 

 可視が困難な超音波を使ってセリューの拘束したコスミナが動かない的と化したセリューに向かって衝撃波を放つ。

 

「これで終わりだね☆」

「ナメるな! コロ、奥の手!!!」

 

 セリューが叫び

 

「ギュウウウゥゥウウアアアアアァァァ!!!!!!」

 

 コロが応える。

 

 イエヤスの激励で迷いを断ち切ったセリューはコロを《狂化》させた。

 全身を紅く染め血走った目をしたコロが咆哮する。

 

「なに!?」

 

 地を揺らし教会を揺らす咆哮はただの音にとどまらず、力を持つ。

 超音波と衝撃波を掻き消し、コスミナを無防備な姿へと変えた。

 

「悪は! 絶対に! 許さない!!!」

 

 セリューは鉄球の繋がった鎖を全力でブン廻しコスミナへと鉄球を飛ばした。

 

「ガハァ!?」

 

 鉄球の直撃を受けて吹き飛ばされるコスミナ。  

 激突する直前に自ら飛ぶことによって致命傷は避ける。

 だが

 

「捕食!!!」

 

 コロが鋭い牙が剥き出しとなった口内を晒しながらコスミナへと飛びつく。

 空中へと投げ出されているコスミナに避ける事はできない。が、再び全方位型の衝撃波を使って難を逃れようとする。

 

「え!?」

 

 マイクが弾け飛び手から離れる。

 コスミナは驚愕の声を吐き出しつつも確かに見た。

 自身へと向けられているセリューの掌の銃口から煙が出ている事を。

 

「……………」

 

 対処手段を失ったコスミナは目の前まで迫った死を告げる大口を前に

 

「………アハ☆」

 

 笑った。  

 

  

 

 

 

 

 

 西の国で歌姫として名を馳せ、魔女として家族を失い、心壊れた少女の最期のコンサートが始まった。

 

 肉が弾ける音。

 

 骨が砕かれる音。

 

 血が滴る音。 

 

 コロの咀嚼音が奏でるコスミナ最期のコンサートが響き渡り、ゴクンという飲み込む音で終焉を迎える。

 

 アンコールは来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び時間は遡る。

 

 向き合うはエンシンとイエヤス。

 剣を納刀して黙して構えるイエヤスに対してエンシンは曲刀を肩に担ぎ饒舌に口を回す。

 

「俺の相手はてめぇかよ、雑魚に俺相手は荷が重いんじゃねぇか?」

 

 エンシンは煽りつつ上を見上げた。

 

「しかもよりにもよって今日とはねぇ、てめぇは運にも見放されているみたいだな!」

 

 教会の天井にある割れた窓ガラスから月が覗いていた。

 

 

 エンシンが持つ曲刀型帝具【月光麗舞シャムシール】は真空の刃を飛ばす事ができる。

 わざわざ納刀する必要がない為、イエヤスの《烈風》の上位互換といって差し支えない。

 さらに月の満ち欠けで性能が上下する特性を持っている。満ちている程性能は増す。

 

 

 覗いている月は丸々と綺麗な円を描いている。満月であった。

 

「お仲間に泣きついてもいいんだぜ? さっき啖呵切ったせいでそれもできねぇか? 俺が支えますぅだっけ?」

「……………」

 

 次から次へと煽り文句を発するエンシンだがイエヤスは答えない。

 ただ深く深呼吸をして集中力を高めていた。

 

「なんか言えよ、つまんねぇ奴だな」

「………………」

 

 イエヤスは答えない。

 自分が口の回る方ではないと自覚しているイエヤスは口で勝てるとは思わない。勝とうとも思わない。

 相手が今から殺す相手ならばなおさらだ。

 説得する段階も理解し合う段階もとっくに終わっている、だったらもう会話は不要であり実力で捻じ伏せるだけであった。

 

 イエヤスがカリバーンを抜き《烈風》を放つ。

 風の刃がエンシンを襲う。

 エンシンは予想外の攻撃に目を見開くが、すぐにニッと笑みを浮かべて曲刀を連続で振り幾重もの刃を飛ばした。

 風の刃と月光の刃が激突する。

 一つ目の月光の刃は風の刃に掻き消されるが二つ三つとぶつかるにつれ風の刃が弱まっていきとうとう押し負けて消滅、残った月光の刃がイエヤスへと飛んだ。

 

「やっぱり駄目か!」

 

 教会に駆け付けた時にすでにエンシンの攻撃を目にしていたイエヤスは想定内だと慌てることはなく横に跳んで避ける。

 遠距離戦は相手の領域だと理解したイエヤスは抜刀した剣を手にエンシンに向かって駆ける。

 

「ハッハァ! 刃飛ばしで勝てねぇからって剣を交えれば勝てるとでも思っているのかよ!

そらそらそらぁ、来れるもんなら来てみろよぉ!!!」

 

 制限なく月光の刃を飛ばし続けるエンシン。

 イエヤスはエンシンの予想を遥かに上回る速さで地を蹴り距離を縮める。最低限の動きで次々と刃を躱し剣を当てる事もしなかった。

 

「ハァ!? ………ッ!!!」

 

 素っ頓狂な声を上げたエンシンが接近したイエヤスが振るう剣を受け止める。

 一度の攻撃を止められようとイエヤスは気にすることなく右に左にと剣を振るう。足を止めず絶えずエンシンの周りを駆け回り翻弄する事を意識的に行いながら追い詰めていく。

 

「ッ! ラァ!! クッ!? このっ! うぉ!?」

 

 さっきまでの饒舌だった口は掛け声や呻き声を上げるばかりとなり話す暇など与えない。

 風を纏い身体能力を向上させたイエヤスはエンシンがたまに放つ反撃をすべて躱し、エンシンはイエヤスの剣閃を捌くに届かず身体に傷を増やしていく。

 このまま押し切られると思われたエンシンだが

 

「調子に、、、乗るな!!!」

 

 手にした曲刀が月の色に光る。

 エンシンが振るった曲刀の軌跡に月光の刃が発生する。それだけならイエヤスもすでに知っている攻撃であったが

 

「っ!?」

 

 イエヤスが息を呑み驚愕の感情を押し殺した。

 月光の刃は発生した場所から動かず制止していた。

 エンシンは構わずイエヤスに向かって斬撃を繰り返しイエヤスはしっかり回避するが、エンシンが曲刀を振るたびに制止した月光の刃が増えていく。

 制止した月光の刃がイエヤスの頬に触れ薄皮を裂く。

 素早い身のこなしでエンシンを追い詰めていたイエヤスであったが、周りを月光の刃で固められて動きを阻害される。

 肩身の狭さを感じたイエヤスは一度態勢を整えるべく、後方へと跳び距離を空けた。

 だが、距離を空ければそれはエンシンの領域であった。

 

「どうしたどうした! シャムシールの力の前に成す術なしかぁ!?」

 

 イエヤスが離れる事によって話す余裕が生まれたエンシンが再び煽りを口にしながら今度は飛ぶ刃を放ち続ける。

 左右へと動き、跳び、しゃがみ、剣で逸らして躱し続けるイエヤスはエンシンの周りに浮かんでいた刃が消えた事を確認した。

 躱しながら納刀したイエヤスがエンシンに向かって再度駆ける。

 

「何度来たって同じ事を繰り返すだけだぜ! 学習しろっての!」

 

 イエヤスの速さと剣技を知ったエンシンは近寄られるより先にある程度の刃を配置した。

 気にせず突っ込むイエヤスにエンシンは曲刀を振り回し刃の数を増やしていく。

 イエヤスはひたすらに躱す、躱す、躱す。

 

 その間、イエヤスは剣を納刀し続けていた。

 

 相当数の刃がエンシンの周りに浮かんだ事を確認したイエヤスは最後にエンシンの斬撃をしゃがんで躱した後、抜刀した。

 

 繰り出す技は《旋風》

 

「うぉぉぉお!?!?! グガッ!? いてぇ!? ガハッ!?!?」

 

 足元から突如発生した竜巻に足を取られて態勢を崩したエンシンが自らが生み出した刃へと触れる。

 荒れ狂う風にもみくちゃにされるエンシンを次々と刃が切り裂く。腕を、脚を、顔を、腹を。

 自前の身体能力を以てギリギリのところで深手は免れるが全身が紅く染まっていく。

 

「クソッたれがっ!!!」

 

 エンシンが悪態を吐きながら帝具の力を解いて刃を消滅させた。

 

 竜巻で足を取られ

 

 痛みに気を取られ

 

 そして今、障害物が消えた。

 

 イエヤスが地を強く蹴り、跳んだ。

 

「これで、、、終わりだぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 渾身の一閃がエンシンの首を捉え、飛んだ。

 

「……………あ?」

 

 自らの敗北に気付かぬまま、エンシンは逝く。

 

 

 ゴロン

 

 

 切り飛ばされた首が地面を転がる音にイエヤスは其方に目を向けた。

 

「散々煽り倒していたけど、最後の言葉も冴えないものだったな」

 

 剣を鞘に収めつつ、頬を伝う己の血を拭った。

 エンシンとの戦いで負ったイエヤス唯一の傷。 

 

「じゃあな、エンシン」

 

 

 

 

 

 

 イエヤス   完勝 

 

 

 



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31話 転機は唐突に

 ワイルドハント3人に勝利したイエヤス、ラン、セリューは互いの無事を喜び合った。

 奥の手を使ったコロがオーバーヒートにより活動を休止する前に最後の仕事としてエンシンとチャンプの死体を食べてもらう。

 死体に口なし、というが調べられればイエーガーズに繋がる証拠がないとも限らない為だ。

 手際よく後処理をするランとそれに従うイエヤスに首を傾げたセリューを見てイエヤスはランに目配せをする。

 帝国の正義に疑問を持ち、大臣の息子であるシュラが率いるワイルドハントを真っ向から否定したセリューならば大丈夫と判断したランは静かに頷き話す許可を出した。

 

「よっしゃ! セリュー先輩、話があります。……実は」

 

 帝国を内から変えるために動いていた事を話した。

 セリューは驚きを露わにするがランの予想通り反発することはなく、むしろ納得して心底悔しそうな顔をする。

 

「……そういうわけでしたか。私がもっと早く気づいていればあの子達は……」

「あの子達?」

 

 沈痛な表情で零したセリューの呟きを聞いたイエヤスがオウム返しをする。

 セリューは公園の子供達とはイエヤスも親しかった事を思い返し、開く口にかつてない重さを感じながら、そもそも自分がワイルドハントと戦う事になった経緯を話した。

 

「……マジ……かよ、………クソが!!!」

 

 沸き立つ感情のぶつけどころを求めて壁を殴り付ける。

 最大のぶつけどころはすでに死してコロの腹の中であるため、イエヤスのモヤモヤは収まらない。

 それは話を横で聞いていたランも同じである。

 だが、ランに圧し掛かるモノはある意味セリューやイエヤスよりも重い。

 自分の準備がもっと早ければ死なずに済んだかもしれないという自責の念がランの心を蝕む。

 そも準備などせずに真っ向から挑み殺せば、その後処刑は免れないだろうが犠牲者を減らす事はできたはずなのだ。

 それでは帝国を変える事は叶わず一時は防ぐ事ができてもなんの解決にはならないと理性では理解するが、そんな理屈で心の重しが軽くなることはなかった。

 

「……これ以上の積もる話は後にしましょう、見張りをしているクロメと合流してここから離れます」

「……了解」

「わかりました」

 

 ランの提案に異論を挟むことなく3人は教会から脱する。

 駆ける3人は凶賊を断つ事に成功したが、決して明るい表情をすることはなかった。

 

 

 

 紆余曲折はあったがイエヤスとランの帝国を内から変える同志にセリューが仲間入りした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワイルドハントと戦ってから数日が経った。

 表向きはナイトレイドとの戦闘でイエーガーズの3人も協力して討伐に掛かったが甲斐もなくワイルドハントは暗殺されてしまった、という形になっていた。

 ベストなのはイエーガーズは関りがないとする事だったが、それなりに激しい戦闘を行い、そこに駆け付けるイエヤス達の姿を見たものも零とは言い切れない。

 また、詳しい目撃者を出さないためにクロメには人払いを頼んでいたので、クロメ自身の姿を見た者は間違いなくいるため、その場にイエーガーズがいなかった事にするのは困難だというランの判断であった。

 他にも証拠を出さない為に細心の注意を払っていたランの工作は上手くいったようで容疑がイエーガーズに掛かる様子はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ではいきましょうか!」

「はい、でも無理はしないでくださいよ、まだ完治はしていないんですから……」

「分かってますよ、イエヤスくんは心配性ですね」

 

 セリューに心配げな表情を向けるイエヤス。

 先日の戦闘の痕がまだ残っており、ところどころに巻かれた包帯が痛ましい。

 本当ならまだベッドで安静にしていた方がいいのだが、セリューの目的を聞いてイエヤスは止める事をやめた。

 手荷物をイエヤスが持ち、セリューと目的地へと向かった。

 

 目的地の家に着いたセリューが扉を叩く。

 しばらくして足音とともに誰何の声が家の中から聞こえてくる。

 セリューが自分と背後に立つイエヤスの存在を伝えると声の持ち主は慌てた様子で扉を開けた。

 家主はセリューの姿を見て涙が零れそうなほどの破顔をして見せる。

 

「セリューさん! ご無事だったんですね!!」

「はい! エレナさん達もご無事でなによりです」

 

 イエーガーズの一人 ボルスの奥方であるエレナ、その後方で窺うように此方を覗いている娘メイの姿を確認したセリューもまた笑顔で応じた。

 セリューの包帯姿を見て申し訳なさそうにしているエレナにセリューは気にしないように言う。

 

「エレナさんが気にする事ではありません。むしろ同じ帝国に属する者の横暴を許してしまい申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げて謝罪するセリューに後ろのイエヤスも続いた。

 二人の姿にエレナは慌てて頭を上げるように言った。

 そして教会から出て数日間、セリューの様子を見に行かなかった事をエレナは謝罪する。

 自分達を庇ってくれたセリューの身を案じていたものの、あのような事があった後では迂闊に宮殿に近づく事はできなかった。ボルスに家と娘を任されている手前、無茶なことはできず日々を鬱蒼とした気持ちで過ごしていたという。

 対面した時に破顔した理由を知ったセリューは胸が熱くなるのを感じながら礼を言った。

 

 そこからはあの後の顛末やまだワイルドハントは残存しているのでまだ宮殿には近づかない方がいい事などを話し合う。

 多少血生臭い話や難しい話をしているのでメイの相手をイエヤスが努める。

 

「コロちゃんは寝ているの?」

「ああ、しばらくは目を覚まさないそうだ」

 

 奥の手を使った反動で休息期間に入っているコロだがエレナ達の様子を見に行く際、コロも気にしているだろうという事で怪我をしているセリューに代わってイエヤスが抱えて連れて来ていた。

 

「先輩が言うには今回はそんなに時間は掛からないそうだから目が覚めたら連れてきてもらうように頼んどくよ」

 

 ロマリー渓谷の時とは違い、狂化時の行動時間が短かった為、休息期間は短めだと聞いていたイエヤスがメイのそう告げた。メイは嬉しそうに頷いて見せる。

 

「うん! 起きているコロちゃんにちゃんとお礼を言うんだ、ありがとうって!」

「コロもきっと喜ぶな」

 

 笑顔で未来を語るメイにイエヤスは顔を綻ばせながら、この笑顔を奪おうとしたワイルドハントに対して改めて怒りを感じ、絶対に好きにはさせないことを心に誓った。

 現在残りのワイルドハントはナイトレイドにいきなり半数を殺された事に焦ったのか宮殿に引き籠っており、おかげで見回りをすることもなくなり被害はなくなっていた。

 しかしランに言わせれば宮殿の中では流石に始末する隙などできるはずもなく、出てくるのを待たなければならない事態に歯噛みしていたので状況は良好とは言い難かったが。

 

 

 

 

 セリューとエレナの会話は粗方説明はし終えて、エレナが助けてもらったお礼をしたいという段階に入っていた。

 だがセリューは礼はいらないと固辞していた。

 

「お礼は結構ですよ、正義は見返りを求めないものですから」

 

 そう言って礼を受け取ろうとしないセリューにエレナは困っていた。

 セリューの言い分も理解できるが絶望の淵に立ったあの状況から助けてもらったエレナとしては何かを差し出さないと気が済まなかった。

 互いに譲る気配のない状況の中、セリューはふとある事を思い出した。

 かつて会議室にてボルスがメンバーに料理を作っていた時、夫の忘れ物を届けて来ていたエレナが手料理を振る舞い絶賛されていた事を。セリュー自身もあまりの旨さに震えた記憶があった。

 

「これは見返り…というわけではありません。嫌というのなら断って頂いても全く問題ないのですが、一つお願いしたい事があります」

 

 セリューが折れるように口にした言葉にエレナは目を輝かせて待った。

 

「料理を、教えてもらえませんか? 簡単な物なら作れるんですがボルスさんやエレナさん程凝ったものは作った事がないので」

 

 セリューが話す事を聞き漏らさないようにセリューへと注目していたエレナは気付く。

 僅か一瞬だが、確かにセリューはチラリと視線を向けた事を。

 エレナはセリューが視線を向けた方向を同じくチラリと見る。

 

 そこにはメイと楽しそうに話すイエヤスの姿があった。

 

 美味しい手料理を好きな男性に食べてもらいたい、そんな年頃の娘なら誰もが思う事をエレナは思い出して小さな笑みを浮かべた。

 

「えぇ、勿論いいですよ。とっておきのスープの作り方も教えてあげます!」

 

 勿論エレナは気付いたセリューの思いをつつく様な野暮な真似はしなかった。

 

「今、ではありません。今は為さなければならない、討たなければならない者達がいるので他の事に現を抜かしている場合ではないので」

 

 セリューは己の握り拳を見つめて力を籠める。

 

「だから、全てが終わった時に教えてください。私もその時が来ることを励みに頑張りますので」

 

 一瞬見せた乙女な表情は消え去り、戦う戦士として覚悟が秘められた顔をするセリューにエレナも微笑ましい気持ちを心に仕舞いこみ強く頷いた。

 それは厳しい業を背負った夫を理解して支えてきた軍人の妻の顔をしていた。

 

「分かりました。その日を楽しみにして待っています」

「はい!」

 

 その後、イエヤスとメイを交えて軽く談笑してボルスの家を二人は後にした。

 

 イエヤスは護るべき者達への想いを新たにして。

 

 セリューは目指すべき未来へと想いを馳せながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都宮殿内

 

 一室にてテーブルを挟んで向き合っている男二人。

 テーブルには所狭しと並べられた豪華な料理で溢れており、男達は肥えた舌を唸らしながらそれらを貪っている。

 しかし表情は真逆と言って良いほど違っており、片方は料理に舌鼓を打ち愉快そうに、片方は自棄食いをしているようで眉間に皺を寄せ不服そうに口に料理を運んでいる。

 

「ムッフッフッフ、随分とご機嫌斜めなようですな、シュラ?」

 

 愉快そうに食事をしていたオネスト大臣が息子であるシュラに話しかける。

 シュラは肉を口に運びかけていた手を止めて父親に返答する。

 

「そりゃそうだろ親父、ったくあっさり死にやがってよぉ、この俺が目を掛けてやったってぇのに」

 

 エンシン、コスミナ、チャンプの3人を失ったシュラは不機嫌そうに言う。

 だが、そこには仲間を失った悲壮感はなく、ただ特に役に立たずに死んだ3人に対する怒りのみが含まれていた。

 シュラの様子をオネスト大臣は様子見をするような視線で眺めているが、シュラはそれには気付かず話を続ける。

 

「エンシンなんて満月の日にやられてちまってダサいったらねぇよ。ナイトレイドってのが思ったよりヤるみたいだが、それにしたってねぇわ」

 

 そこまで口にしたシュラは、自分を見つめるオネスト大臣の視線の温度が幾らか下がった事でようやく異変に気付いた。

 

「あん? どうかしたか? 親父」

 

 心当たりがないシュラの問い掛けのオネスト大臣は目に見えて落胆したように肩を落とす。

 

「ハァ、あの報告を鵜呑みにしているようではシュラもまだまだですねぇ」

 

 露骨に溜息まで吐いて見せる大臣にシュラは色めき立ちながらも言われた言葉に目を見開いた。

 

「報告ってナイトレイドがエンシン達3人をやってやつか? 事実は違うって言うのかよ」

 

 シュラの言葉を聞き流しながら大臣は焦らすように巨大な肉をじっくりと咀嚼する。。

 大臣の態度にシュラはヤキモキしながらも待つ。      

 ゴクン、と呑み込み音を鳴らした大臣は手元の布巾で口元を拭いつつ指を3本立てる。

 

「報告書には私も目を通しました。上手く証拠を出さないように気を付けていますが3つ程気になる点がありますな」

 

 大臣は語る。

 

 一つ、エンシン達の死体が上がらなかった事。今までナイトレイドは特別な事情がない限り標的の死体は残るように動いていた。これは依頼を受けて暗殺をする生業である以上、しっかり死体を残して依頼主にきちんと仕事をしたことを伝える意味があると思われていた。それが今回は3人揃って死体がない。

 

 二つ、被害の偏りがある事。ナイトレイドと相対したのはワイルドハントの3人とイエーガーズの3人との事だが死んだのはワイルドハントの3人だけである。また、イエーガーズ側はランとセリューは負傷しているもののイエヤスに関してはほぼ無傷。エンシン達の死体も残らない程の激戦を行いナイトレイドを逃がすという大敗を喫したのには違和感があった。

 

「最後の一つはこれです」

 

 オネストは横の椅子の上に無造作に置かれていた報告書を手に取った。

 

 三つ、以前皇帝の裏に何者かの影を見た大臣は最近の皇帝の交友関係を調査していた。その結果、皇帝が自ら動き出す直前に接触したと思われる人物にイエーガーズのイエヤスの名があった。つまりイエヤスは大臣に不満を持つ要注意人物であり、大臣の息子である事を振り翳し好き勝手にやっていたワイルドハントに反感を持っている可能性は大いに考えれた。

 

 一つ一つであれば違和感で話は終わるが幾つも重なればそれは確信に変わる。それが長年謀略に生きてきたオネスト大臣の嗅覚であった。

 

「最後は私が独自に調べていた事なのでシュラが知らないのは仕方がない事ですが、このイエヤスという小僧とは何度か接触した事があるのでしょう? ならばそれらしき振る舞いもあったのではないですか?」

「………言われてみれば」

 

 シュラはイエヤスが自分達の行いに憤りを感じている素振りがあったことを思い出す。

 だがエンシンと同じようにイエヤスの事は護衛任務もこなせないような雑魚だと決めつけていたシュラはイエヤスがエンシン達に歯向かう等夢にも考えてはいなかったのだ。

 

「あの……野郎!」

 

 雑魚と侮っていた者に牙を向かれたと知って頭に血が上ったシュラは椅子から乱暴に立ち上がると部屋から出ようとする。

 

「待ちなさい。どうするつもりですか?」

「舐めたことしやがったカスをぶっ殺しにいくに決まってるだろ!!」

 

 額に青筋を立てながら喚くシュラに大臣は再び溜息を吐く。

 デザートのプリンを頬張りながら大臣はシュラを止める。

 

「言ったでしょう、証拠は上手く消されていると。誰だか知りませんが上手くやったものですな。シュラも見習うべきですよ」

 

 これが末端の兵士であれば証拠など適当にでっち上げて処罰すればいいことだが、エスデスの部下となれば勝手が違う。明確な証拠もなしに罰したとなれば部下想いではあるエスデスの逆鱗に触れかねないと大臣は説明した。

 説明を受けてひとまずは気を落ち着かせたシュラはドカッと椅子に座り直すとテーブルに肘を立てる。

 

「だったらこのままどうするんだよ? まさか泣き寝入りか?」

「それこそまさか、ですよ」

 

 直接的ではないにしろ大臣に対して反抗的な動きを見せた者を見逃す程、大臣は緩くない。

 ただ今回は表立って罰することはできないだけの話だと大臣は息子を正した。

 大臣は手元の別の資料を流し見しながらデザートをパクつく。

 

「さて、どうしてやりましょうかね。全く、頭を働かせる事ばかり起きて困ったものですよ。私はただ平穏に生きたいだけだというのに……」

 

 大臣が今見ている資料は最前線のシスイカンから送られてきたものであった。

 

 帝国南から破竹の勢いで帝都に向かって進軍していた反乱軍本体は南の要衝シスイカンで待つブドー大将軍とぶつかった。

 勢いに任せてシスイカンの突破を図った反乱軍だが難攻不落と称えられるシスイカンと武の頂点たるブドー大将軍の組み合わせは伊達ではなく破竹の勢いは止められてしまう。

 シスイカンの突破に失敗した反乱軍は要衝前に陣を敷き攻める機会を伺う一種の硬直状態となっていた。

 だがそれは長くは続かない。

 資料には何度か小競り合いが発生したが、近々大規模な戦闘が行われる可能性が高い事が綴られていた。

 頭に糖分を与えながら複数の資料や報告書を読んで情報を整理するオネスト大臣。

 

「……ふむ、イエヤスという小僧は確かブドー大将軍が目にかけていたはず、……ならば」

 

 何かを思いついたオネスト大臣はヌッフッフッフといつもの含み笑いをした。

 シュラは父親がこの顔をする時は妙手を考え付いた時だと知っている為、おもわず生唾を飲み込む。

 

「どうやら元気が有り余っているようなので、それを別口に発散してもらいましょうかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、決戦が近いという理由で援軍としてイエヤスがシスイカンに派遣される事が決定された。 

 

 



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32話 シスイカン

 イエヤスに派遣の通達が来てから数日が経った。

 帝都南の正門の前、シスイカン行きの馬車の前にはイエーガーズが集っていた。

 シスイカンへと向かうイエヤスの見送りにラン、セリュー、クロメがいた。

 衣類等が詰まった荷袋を背に背負ったイエヤスにランが暗い表情をして話しかける。

 

「すいませんイエヤス、私の考えが甘かったばかりに……」

「いつまで言ってんだよ、気にすんなって」

 

 ランの謝罪にイエヤスは辟易した様子で返す。

 イエヤスをシスイカンへと送還する通達が来た当初、ランはなんとかして撤回させようと努力したが命令が覆ることはなかった。

 

「粘ったのですが相当上の方からの命令らしく取っ掛かりすら掴めませんでした。おそらくは……」

「大臣……か」

 

 言葉を引き継いだイエヤスの言葉にランは静かに頷く。

 

 大臣自らの通達

 

 それはイエヤスが大臣の敵として認識された事を示す。

 帝国の元で働き始めてそれなりの時間を過ごしたイエヤスは遂に大臣と本格的に敵対した事に感慨深い想いが胸を巡った。

 腕を組み目を閉じ感慨を実感するイエヤス。 

 目を開ければ、そこには今まで絆を育んできた仲間達が心配げな表情を浮かべている姿が目に映った。

 視線を受けてイエヤスは思わず苦笑する。

 

「揃いも揃ってそんな目をしなくても……、そんなに俺って頼りないか?」

 

 イエヤスの言葉に仲間達は揃って首を横に振った。

 

「そんな事はありませんよ、純粋な強さなら相当なものだとは思っています。ですが」

「イエヤスくんは抜けている所がありますからね! 一欠片の油断も許されない戦場でそれが発揮しないか心配なんですよ」

「シスイカンって広いらしいから迷いそう、ついでに命令の意図を履き違えて怒られそう」

 

 口々に発せられる内容は正しくイエヤスを理解しているものであった。

 

「……皆が俺の事をよく理解していてくれて泣けてくるぜ」

 

 イエヤスは色々な意味で涙腺が緩みそうになるのを堪えるのであった。

 

 そろそろ馬車が出発する時間だと言う御者の言葉を受けてしばし別れの言葉を交わしたイエヤスが馬車に乗ろうとしたところ、息を切らしながら駆け付けてくる人物が現れた。

 

「なんとか間に合ったわね」

「ドクター・スタイリッシュ!」

 

 それは帝都に残るイエーガーズ最後の一人、ドクター・スタイリッシュだった。

 研究と依頼に忙しく見送りにはこれないと思っていたイエヤスが嬉しそうに来てくれた事に礼を言うが、スタイリッシュは首を横に振って否定した。

 

「ワタシは見送りに来たわけじゃないのよ、イエヤスちゃん」

「え?」

 

 駆け付けたにも関わらず見送りを否定したスタイリッシュにイエヤスのみならず他メンバーも首を捻ってみせる。

 

「シスイカンにはワタシも行く事にしたの!」

「「「「ええーーーーーーーーー!?」」」」

 

 スタイリッシュの信じ難い発言に4人は揃って驚いて見せた。

 まんまとサプライズが成功したスタイリッシュは満足そうな笑みを浮かべながら説明する。

 

 研究と依頼が一段落したスタイリッシュは今までご無沙汰だった分を取り返すべく活躍の機会を伺っていた。今回イエヤスがシスイカンに派遣される事を聞いて自分も出向く事にしたのだ。

 帝国においてトップレベルの腕を持つ医者でもあるスタイリッシュが赴けば兵士の死傷者は激減し、士気も高まろうという事で以前から度々上層部からは打診されていた。

 強化兵の補充も済ましており、イエヤスと共に乗る馬車とは違う経路を使ってシスイカンに向かう事になっていた。

 

「……ドクター・スタイリッシュ、ありがとうございます!」

 

 自分の事を心配して付いてきてくれると言うスタイリッシュにイエヤスは感動に肩を震わせながら礼を言った。

 

「いいのよイエヤスちゃん、それにそれだけが理由じゃないのよ♡」

 

 スタイリッシュは最前線という危険な場所に医者として赴くという事で上層部に交換条件として革命軍が多く所有している数々の帝具に触れる機会と気に入った物を自由に研究してよい許可をもらっていた。

 

「今回の依頼のおかげでワタシの研究は大きく進む事ができたのよ。後は多くのサンプルを集めるだけの段階にまで進んだわ。あとちょっと…あとちょっとなのよ」

 

 帝具と同等の物を作り上げる事が夢であるスタイリッシュはフフフッと恍惚な笑みを零しながら語った。

 

「……なんか俺の付き添いはオマケ感ないっすか?」

「気のせいよ、き、の、せ、い」

 

 誤魔化すスタイリッシュに感動を返してほしい気分となるイエヤスであった。

 

 改めて帝都に残るメンバーに別れを告げたイエヤスとスタイリッシュは馬車に乗り込みシスイカンへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道中雑談に花を咲かせたイエヤスとスタイリッシュは何事もなく無事シスイカンにつく。

 入口に詰めている兵士に案内してもらって現在要塞の総指揮を取り締まっているブドー大将軍のいる指令室へと向かう。

 案内された指令室の扉を叩き許可を得て二人は入室する。

 

「エスデス将軍直属特殊警察イエーガーズ所属のイエヤスです。指令により援軍に来ました!」

 

 イエヤスの宣言にスタイリッシュも続く。

 二人の言葉を聞いたブドー大将軍が鷹揚に頷いた。

 

「うむ、よくぞ来てくれた。歓迎しよう」

 

 ブドー大将軍はちょうどこの後、対反乱軍の事について話し合う大規模な会議が行われる予定となっているので現在の置かれた状況の詳しい把握と紹介も兼ねて出席するようにと二人に言い渡した。

 会議までの時間があまりなく情報まとめで忙しそうなブドー大将軍から紹介された案内役の兵士に誘導されて砦内を回るイエヤスとスタイリッシュ。

 総合医務室でスタイリッシュとは別れ、イエヤスはこれから寝泊まりする部屋を最後に案内される。

 

「それでは私はこれで」

「あぁ、ありがとうございました」

 

 案内役の兵士はイエヤスの礼を受け取った後、足早にその場を去っていく。

 

「…………」

 

 その忙しそうな様子をイエヤスは黙って見送った。

 エスデス直属という事は結構な高い地位であるため部屋は他の兵士との共同ではなく、専用の部屋が用意されていた。

 とりあえず部屋へと入ったイエヤスは背負った荷袋をベッドの脇に降ろしながら、ここに来るまでの光景に思い耽る。

 

 ブドー大将軍含め、皆忙しなく動いており高い緊張感に支配されていた。

 廊下で擦れ違う兵士やスタイリッシュと別れた時に少しだけ見えた医務室にいた兵士達の多くは赤く染めた包帯を巻いており僅かではあるが死傷者もいる様子であった。

 

「………………」

 

 それなりに修羅場を潜ってきたつもりのイエヤスであったが本格的な戦争を経験するのはこれが初めてであった。その独特な雰囲気は今までとは勝手が違いピリピリとした緊張感を肌で感じていた。

 

「なるほど、これがランが心配していた事か、………!」

 

 イエヤスは己の手が微かに震えている事に気付き、グッと力を込めて震えを押し留める。

 恐怖、よりも武者震いに近いものであったが戦場の雰囲気に呑まれかかっている自分に気付き治める為に一呼吸を入れる。

 

「……ふぅ、そろそろいくか」

 

 会議の時間が迫っている事を思い出したイエヤスは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………やばい、…………これはやばい」

 

 廊下の突き当り、左右に分かれた場所でイエヤスはキョロキョロと何方に進むべきかを考えつつ、焦る思いを口先から零した。

 

 出発前に言われたクロメの予想通り、イエヤスは迷っていた。

 

 間違いなく会議はもう始まっており、その事実がイエヤスの中に焦燥を生んだ。

 だが、焦っても道が分かるようになるわけもなく駆け足で砦内を駆け巡るが会議室へと辿り着かない。会議室には相当な人が集まっているのか、もしくはイエヤスの運が悪いのか、人と擦れ違う事もなく、場所を聞くこともできずにいた。

 逆に砦の外に出る事ができれば見張りの兵士は確実にいるため、場所を聞く事もできるのだが出る方向も分からない為、八方塞状態であった。

 

「……まずいまずいまずいまずいまずい」

 

 もはや会議室ではなく、人を探す為に廊下を駆けるイエヤス。

 この事態は予想する事ができた事態であり、自室へと案内してくれた兵士を逃さずにそのまま荷物だけを下ろして会議室へともう一度案内してもらえれば防げたことであった。

 そこに思い至らなかったのはやはり慣れぬ戦争の雰囲気に呑まれてしまっていた事を示していた。

 

 結局、いつまで経っても現れないイエヤスを探すように命じられた兵士と出会い会議室へと案内されるのは、それから数十分後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

「遅い!」

 

 会議室へと入ると同時に怒号が飛ぶ。

 部屋全体に響く渡る声は壁を震わし対象を底冷えさせる覇気を持っている。

 声の持ち主たるブドー大将軍は怒りで目を燃やし唯でさえ険しい目付きをさらに厳しくして遅れてきたイエヤスを睨みつけていた。

 

「申し訳ありません!」

 

 申し開きもないイエヤスは頭を下げて平謝りする他ない。

 時間を惜しんだブドー大将軍は遅れた処罰に関しては後で言い渡すことにして、早く席に着くように言った。

 イエヤスはもう一度頭を下げて謝罪をしてから予め用意されていた席へと歩く。

 会議に参加している多くの兵士から向けられる冷ややかな視線に凄まじい居心地の悪さを感じながらも自業自得なためイエヤスは甘んじて受け止める。

 イエヤスとは別の所に座っているスタイリッシュは、あっちゃー、と言いたげな表情をしながら天向き額に手を当てていた。

 

 途中からの参加ではあったがシスイカンへと来る前にランから情勢については聞かされていたイエヤスはなんとか話についていくことは出来ていた。

 此方から打って出るような事はせず、シスイカンの高い防衛力を生かした籠城戦を主軸とした展開を狙い、反乱軍の策に絡み取られないように細心の注意を払う。

 これ以上の帝都からの援軍は帝都の防衛力低下が危惧されるため期待できず、実質イエヤス達が最後の増援であることがブドー大将軍の口から伝えられる。

 エスデス将軍が西の異民族の排除を済ませてしまえば優秀な遠征部隊が帰ってくる。

 その時こそ反撃の時である。ここを乗り切った時が帝国の勝利だと言うブドー大将軍の激励に兵士達の士気は最高潮に上がって会議は終わりを迎えた。

 

 ブドー大将軍に呼ばれたイエヤスは改めて怒号と処罰が下される事に腹を括りながら司令室へと向かう。

 司令室に着き扉を叩く。

 

「入れ」

 

 シンとした空気の中、心まで響く低音の声が告げる許可の言葉にイエヤスはゴクリと生唾を呑み込みながらも覚悟を決めて入室する。

 司令室の最奥に設置された机に居座るブドー大将軍は机に両肘を立て顔の前で手を組んだ状態でイエヤスを待っていた。

 

「……………」

 

 入ってきたイエヤスを無言のまま見つめるブドー大将軍。

 

「申し訳ございませんでした!」

 

 まず謝罪から入ったイエヤスは勢い良く頭を下げる。

 

「…………ハァ、面を上げろ」

 

 しばしイエヤスの下げた頭を見下ろしていたブドー大将軍は小さな溜息を洩らした後に言った。

 その声音はイエヤスが予想していたよりも遥かに柔らかいものだったことに驚きつつも言われた通りに顔を上げた。

 顔を上げたイエヤスの視界に映ったブドー大将軍はしかめっ面をしているが、それはいつも通りの表情であり会議室の時と比べればずっと緩やかなであった。

 

「……お前の方向音痴は私も知っている事であった。にも拘わらず何の対策も指示していなかった私にも落ち度はある」

 

 忙しかったが故に教え子の事を失念していたブドー大将軍はイエヤスを強く責める事はしなかった。

 ただ会議室では部下たちの手前、規律を破ったイエヤスに甘い態度など許されなかった為、厳しく扱ったとイエヤスに説明をする。

 

「いや、俺が悪いんです! 俺が案内役の人に自室からそのまま会議室へと案内してもらえればこんな事には……」

「それは当然だ、最も悪いのは間違いなく貴様だからな、当然罰は受けてもらうぞ」

 

 それに、とブドー大将軍は付け足す。

 

「今回の事で貴様は兵達からの信頼を失ったと言える。背を預けるに足る存在だと自身の力で証明してみせることだな」

「はい! 精進します!」

 

 ブドー大将軍の諫言を甘んじて受け止めたイエヤスは背筋を伸ばして罰則の内容を聞くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 イエヤスはシスイカン内全てのトイレ掃除を命じられ、道具と砦内の地図を渡された。

 これをイエヤスは早くシスイカンの地形を覚えろという遠回しな気遣いだと理解してブドー大将軍に感謝しながら罰を受け入れた。

 イエーガーズとして援軍に来たイエヤスはそれから数日間トイレ掃除の為に地図と睨めっこをしながら廊下を歩く姿がよく目撃された。

 

 

 

 こうしてイエヤスのシスイカンでの任務は初手躓きながら始まった。

 

 

 

 



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33話 激情伴う再会 ☆

 イエヤスがシスイカン入りして日が経ち、罰のトイレ掃除からようやく解放された頃

 ブドー大将軍に招集を掛けられたイエヤスは大将軍が待っていると言われたシスイカンの屋上へと辿り着いた。

 時間通りに来たイエヤスに視線を向けたブドー大将軍は満足げに頷きながら口を開いた。

 

「砦内にも慣れたようだな、イエヤス」

「はい! もう迷う心配はありません」

 

 イエヤスの小気味よい返事を聞きながらブドー大将軍は屋上に呼んだ理由を話した。

 

 イエヤスがシスイカンに着任してから今日まで、反乱軍が攻めてくることはなかった。

 これまでは様子見の部隊が偵察がてらに時折嗾けてきていたが、何の問題もなくシスイカンが揺らぐことはなかった。

 それすらもなく、不気味な沈黙を貫いている反乱軍に不穏な流れを感じ取ったブドー大将軍は選りすぐりの偵察兵を使って反乱軍の動向を探る事にした。

 

「あれが見えるかイエヤス」

 

 ブドー大将軍が指で指し示した方向へとイエヤスが視線を向ける。

 指の先にはシスイカンを睨みつけるように陣を敷いている反乱軍の姿が見えていた。

 これから戦う相手を見据えて微かに目付きを鋭くするイエヤスだが、ブドー大将軍は訂正する。

 

「私が言っているのはその横だ、森が見えるだろう」

 

 言われてみれば確かにブドー大将軍の指は反乱軍の陣とは少しずれている事にイエヤスは気付いた。反乱軍の陣から少し離れた位置にはそこそこの大きさを持った森が広がっていた。

 森を確かめて頷いたイエヤスにブドー大将軍は偵察兵が掴んだ情報を話す。

 

 シスイカンからは目の届かない森の中では反乱軍が対要塞攻略に向けた攻城兵器を製作している事が判明していた。

 

「急拵えの攻城兵器などで落ちるシスイカンではないが、前もって破壊することができれば反乱軍の士気を大きく削ぐことができよう」

 

 ブドー大将軍の狙いに理解を示したイエヤスは自分がここに呼ばれ、そして今の作戦を聞かされた理由に思い当たり、期待を込めた視線をブドー大将軍へと送った。

 イエヤスの分かりやすく単純な瞳にフッと笑みを零したブドー大将軍は勿体付けることはせずに単刀直入に切り出した。

 

「敵の出鼻を挫くこの作戦、貴様にも参加してもらおうか」

「! はい!」

 

 イエヤスは勢いよく返事をした。

 

 ブドー大将軍率いる近衛隊の中でも実力ある者に指揮をしてもらいイエヤスはその麾下に入る形となったが、部隊を率いた経験のないイエヤスに文句などあるはずもない。

 兵器はすでに完成しており時間はないという事で作戦は明日の夜決行される事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜に照らされた森の中をイエヤスが混じる遊撃部隊が音を殺して走る。

 反乱軍本陣に見つからないように大きく迂回をしてきた遊撃部隊は偵察兵から報告のあった攻城兵器がある場所へと急ぐ。

 イエヤスは部隊の先頭付近を走っているが先頭ではない。

 配属初日に方向音痴を晒したイエヤスに先頭を任せる程部隊長は抜けてはいないしイエヤスも愚かではなかった。

 

「……………」

 

 イエヤスは部隊を率いて先頭を走る部隊長の背を見てシスイカンで会合した時の事を思い出す。

 

 遊撃部隊長として紹介された近衛兵はブドー大将軍の手前、言動は弁えていたが瞳にはイエヤスに対する猜疑心がありありと浮かんでいた。

 初日の遅刻とそれから実力を示す機会を得られなかった事が原因であることをイエヤスは理解していた為、弁明をする気は起きなかった。

 挨拶混じりの握手を交わした二人を見届けたブドー大将軍が去った事を確認した部隊長が口を開く。

 

「近衛隊のザスリーだ。聞いた話によるとイエヤス殿は私の麾下に入るという話であったが相違ないな?」

「はい、宜しくお願いします!」

 

 イエヤスの含みない返事を聞いたザスリーは鼻を鳴らしながら言葉を吐く。

 

「フンッ、エスデス将軍の元で戦う猛者と聞いてどれ程のものかと期待していたが、初日から遅刻とは失望させてくれたな、ブドー大将軍が未だに君を重宝しようとしている事が意外でならないよ」

「……すいません」

 

 遅刻に関しては本当に何も言い返せないイエヤスはただ謝罪の言葉を口にするしかなかった。

 意気消沈した様子のイエヤスにこれ以上イエヤスの士気を下げても仕方がないと判断して話を切り上げにかかる。

 

「ともかく、だ。この作戦は極めて重要な役目を担っている。余計な事はせずに私の指示に従ってくれたまえよ?」

「はい、分かりました」

 

 イエヤスが返事をするよりも僅かに早くザスリーは踵を返して共に作戦に向かう別の部下達の元へと歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………着いたぞ」

 

 ザスリーの言葉で現実に引き戻されたイエヤスは遊撃部隊に合わせて足を止め茂みの中へと身を潜ませた。

 攻城兵器の製作現場には暗夜を照らす松明がところどころに設置されており、その近くには反乱軍の兵士が見張りの為に立っていた。

 まさかこれから奇襲されようとは夢にも思っていない様子で暢気に欠伸をしている様が小さな明かりによって伺えた。

 

「報告通り、攻城兵器が完成しているな」

 

 小声で話すザスリーは周りを見渡す。

 

「見張りの兵士は………やはり多くはないな」

 

 これならば小隊である遊撃部隊でも十分制圧可能だと判断したザスリーは背負っていた銃剣を手に持つ。

 月が雲に隠されて闇が増したタイミングを見計らって突撃の合図を出した。

 

「……………!? な、なん、グェ!?」

 

 見張りの反乱軍兵士が自身に走り寄る人影に気付いて声を上げようとしたがそれは途中で呻き声へと変化する。

 統制の取れた動きで次々と見張りを始末する遊撃部隊の手際にイエヤスは感嘆しながらも自身も一人二人と敵を斬っていった。攻城兵器の破壊工作は専用の装備をしている工作兵に任せて戦闘に集中していたイエヤスはまた一人兵士を斬ったところで異質な速さで駆けるものを捉えて其方を追う。

 

「ハァ! よし、これで見張りの兵士はあらかた片付けたな」

 

 残すは数の多くないテントの中で眠っていた兵士だけだと判断したザスリーはテントへと目をやった。

 なるべく騒ぎを大きくしないように動いていた遊撃部隊だが流石に異変に気付いた反乱軍兵士が次々とテントから出てくるのを確認して一気に終わらせるべく新たに現れた兵士達の元へと銃剣を構えて向かおうとした、その時

 

「!? グハァ!?」

 

 闇夜に溶け込んだ攻撃がザスリーの胴体を穿つ。

 伊達に帝国最強の近衛隊を担っているわけではないザスリーは攻撃を食らう直前に銃剣を盾にすることによって防ぐ事に成功するが、予想を遥かに上回る威力に銃剣は粉砕され殺し切れなかった威力が腹を抉り吹き飛ばされる。

 

「な、なんだ……」

 

 地面を引き摺るように吹き飛ばされたザスリーは激痛の走る腹を抑える。どうやら突然の攻撃は蹴りであったらしく、間に銃剣、そして頑丈な鎧を纏っていたおかげで致命傷は避けられているようであった。攻撃してきた敵の正体を知るべく苦悶の表情を浮かべて顔を上げた。

 だが敵は待つ事をせず、地面を蹴りザスリーへと止めを刺すべく一気に距離を詰めにかかった。

 

「チッ!」

 

 ザスリーも相手の正体を探るより先に腰に忍ばせていた小型の拳銃を取り出して撃つ。

 まさしく早撃ちと呼ぶに相応しい芸当をして見せたザスリーだが、敵をそれを手持ちの剣で弾いてそのまま突き進む。

 

「なに!?」

 

 自身の渾身の射撃を難なく凌がれて驚きの声を上げるザスリーに敵が走りながら剣を振り翳す。

 連射の効かない拳銃、未だ最初のダメージで動かぬ体、もはやここまでかとザスリーの脳内に走馬灯が駆け巡りかけた時

 

「ダリャァァァア!!!」

 

 敵の横を突くように攻撃を仕掛けてきたイエヤスが現れる。敵は寸前でイエヤスの存在に気付きイエヤスの攻撃を剣で防いだ。だが風を纏い勢いを付けたイエヤスの斬撃に踏ん張り切れずに敵は大きく後退を余儀なくされた。

 敵を押し退けたイエヤスは片膝を付いているザスリーへと近寄りつつも油断なく敵に視線を向け続ける。

 

「大丈夫ですか? ザスリー部隊長!」

「あ、あぁ、助かった」

 

 ザスリーが無事だった事に安堵の息を漏らしたイエヤスは新たに現れた他の兵士とは一線を画す強敵を見る。

 黒に支配された夜と言えど、その姿を捉える事は格別に難しく全身が黒に覆われている事がイエヤスにも理解できた。

 まさに夜に溶け込む暗殺者の風貌かと納得しかけていたイエヤスだが

 

 雲に隠れていた月が顔を覗かせ、辺りの闇を幾分か祓って見せた。

 

「……な………に?」

 

 月明かりの元、姿形がはっきりと見えた強敵の姿にイエヤスは絶句する。

 

 

 

 

 

 全身を覆った黒は鎧の色

 

 

 

 

 メタリックで近代的なフォルム

 

 

 

   

 その姿をイエヤスは知っていた。

 助けられた事がある。

 競い合った事がある。

 共に戦った事がある。

 

 

 

 その帝具の名は

 

 

 

 

「……グラン……シャリオ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 イエヤスの絞り出すような声が辺りに響く。

 名を呼ばれたグランシャリオはゆっくりと腕を上げてイエヤス達を指差した。

 

「貴様ら帝国兵士だな? 何処で攻城兵器の事を知ったかは知らないが邪魔はさせんぞ!」

 

 グランシャリオから発せられた高い声にイエヤスは目を剥いた。

 よくよく見てみれば確かにグランシャリオだが、その容貌はイエヤスの知る者よりも全体的にスマートとなっており、さらには身体の凹凸は女性のそれであった。

 それもそのはず、ウェイブの死体はしっかりと確認しておりグランシャリオがナイトレイドの手に渡った事はイエヤスも知っている事実であった。

 当然、こうなる可能性は十分に考えれた事であり、動揺するようなことではない。

 イエヤスは自身にそう言い聞かせて頭を切り替えた。

 だが、完全に冷静になれたわけではない。

 

「それは……ウェイブのだ。……返せよ!」

 

 カリバーンを構えたイエヤスの周りで風が舞う。

 イエヤスの怒気に呼応するように剣から放たれる風が荒れる。

 イエヤスの風を纏う姿にグランシャリオは驚きの声を漏らした。

 

「ウェイブ? ……その名にその姿、貴様イエーガーズか!」

 

 ナイトレイドから回ってきていた情報から正解を導き出したグランシャリオは油断なく剣を構える。

 先に仕掛けたのはイエヤスからであった。

 砕ける勢いで地を蹴ったイエヤスはグランシャリオとの距離を一気に詰める。

 グランシャリオはイエヤスの俊足に反応して見せて剣と剣が逢瀬するが、それも一瞬でありイエヤスは駆け抜けるようにグランシャリオの背後へと回り込み振り返り様に剣を振るった。

 グランシャリオも同じく背後へと回ったイエヤスへと振り返りつつ剣を振るうが一歩遅くイエヤスの斬撃が背中へと当たる。

 自分の攻撃は当てつつグランシャリオの攻撃はしゃがんで避けたイエヤスはそのまま連続で切り続ける。

 イエヤス自らの速さに風の補助を組み合わせたイエヤスの剣舞はあまりに速く、グランシャリオが一度振る間に二度、二度振る間に四度、剣閃を繰り出しグランシャリオを圧倒する。

 イエヤスは未だ一度も触れる事を許さず、グランシャリオはすでに全身を斬りつけられていた。

 グランシャリオが遅いわけではない。

 

「……は、速い!」

 

 負傷した箇所を抑えながら呟いたザスリーの言の通り、イエヤスが速過ぎるのだ。

 単純な速さだけならばイエヤスは帝国一を名乗る事が許される程の境地に達していた。

 

 だが、戦いは速さだけ制すればいいものではない。

 

「………ハァ……ハァ、クソッ!」

 

 押しているはずであったイエヤスが息を切らせながら悪態を付く。

 速さで上回り圧倒するという事は相手よりも運動量が多いということだ。当然疲労するのも早い。

 圧倒できているならば疲れるよりも早く倒してしまえばいいだけの話だが、それは相手が普通だった場合。

 今回の相手であるグランシャリオは

 

「なんつー硬さだよ!」

 

 高い防御力を誇る帝具であった。

 イエヤスの斬撃は鎧を切り裂くことができず、極々浅い傷を付ける事しかできなかった。

 浅くとも傷付けることはできる以上、全く同じ場所を斬り続ければいずれは剥がす事も可能ではあろうが、超速で動いている状態で寸分違わず同じ場所を斬り続ける程の技術はイエヤスにはまだない。

 イエヤスの攻撃が決定打には至らないと判断したグランシャリオは攻め手を緩め防衛に回り相手の息切れを待つ作戦にすぐさまシフトしていた為の防戦一方であった。

 敵の狙いに気付いたイエヤスだが、あえてそれに付き合った。

 そしてグランシャリオの狙い通りにイエヤスのスタミナが切れ始め、そろそろ反撃すべきかと検討し始めた頃。

 

 辺り一帯が一気に明るさを増した。

 

「ッ!? しまった!!!」

 

 グランシャリオが己の失態に気付いて声を上げた。

 攻城兵器は今や巨大な松明へと変り果て辺りを満遍なく照らしていた。

 イエヤスがここへと来た目的は敵を倒す事ではなく、攻城兵器の破壊である。

 グランシャリオを目にして一瞬我を忘れそうになったイエヤスだったが、交戦中ザスリーが目配せしてきている事に気付き我に返り、目の前の強敵の足止め役を引き受けていた。

 無論倒す事ができるに越した事はない為、可能な限りの全力を出したがグランシャリオの高い防御力で防衛に回られては流石のイエヤスでも短時間で仕留めることはできなかった。

 

「イエヤス殿! この炎で敵本陣にも異常事態が知られただろう、援軍が来る前に引き上げるぞ!」

「……了解です」

 

 グランシャリオを取り戻せない事に思うところはあったイエヤスだが、これ以上の長居は部隊に迷惑を掛けると判断して素直に従う。

 

「逃がすか!」

 

 スムーズに撤退できるようにイエヤス以外の遊撃部隊はすでに撤退を始めておりイエヤスとザスリーもそれに続こうとするがグランシャリオが阻止に動く。

 燃え盛る攻略兵器の横を駆け抜けて撤退しようとするイエヤス達にグランシャリオが追い縋る。

 

「来ると思ったぜ!!」

 

 グランシャリオが周りの明るさに気を取られていた僅かな隙に剣を鞘へと納めていたイエヤスは振り返りつつ抜刀、グランシャリオは剣で受け止めるがすぐに異変に察知した。

 受け止めた剣から《烈風》が発生してグランシャリオを吹き飛ばす。

 

「う、うわぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

 風の刃を受け止めたポーズのまま、遠くまで押され続けるグランシャリオを確認したイエヤスはそのまま離脱に成功した。

 森を二人で駆ける途中

 

「ザスリー部隊長、肩を貸します」

「あぁ、助かるよ」

 

 グランシャリオから受けた負傷により進みの遅いザスリーを気遣うイエヤスにザスリーは素直に礼を言った。その声音には最初に出会った頃のような棘は消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事任務を終えシスイカンへと帰還した遊撃部隊をブドー大将軍が迎えた。

 

「うむ! よくやってくれたぞ」

 

 任務を成し遂げた隊員一人一人に労いの声を掛けるブドー大将軍。

 声を掛けられた隊員達が嬉しそうにしている様を見てブドー大将軍が如何に慕われているかをイエヤスは理解した。

 部隊長であるザスリーの前へと来たブドー大将軍はザスリーの肩に手を置く。

 

「お前も見事な働きだったな、聞けば負傷したらしいが大事ないか?」

 

 近衛隊であり直接の上司であるブドー大将軍の言葉に顔を綻ばせながらもザスリーは答えた。

 

「はい! 問題ありません。……イエヤス殿のおかげでこの程度で済みました」

 

 ザスリーはイエヤスへと向き直り改めて礼を言った。

 

「助かりましたイエヤス殿、そして出発前に言った言葉を訂正させて頂きたい。貴方は背を預けるに足る人物だ」

「えっ!? あ、いや、こっちこそザスリー部隊長の指揮のお陰で目の前の相手に集中できました。ありがとうございます」

 

 唐突に態度を改めたザスリーにイエヤスは面食らいながらも思っていた事を言い礼を返した。

 

 負傷した箇所の具合を詳しく見てもらうべく医務室へと向かったザスリーの背を見届けたブドー大将軍はイエヤスへと話し掛ける。

 

「……見事信頼を勝ち取ったな、まあ貴様ならば時間の問題だとは思っていたが」

「ブドー大将軍が気遣ってくれたおかげですよ」

「フッ、分かったような口を利く」

 

 ブドー大将軍は口角を微かに持ち上げて笑って見せた後、すぐにいつものしかめっ面へと戻しイエヤスへと告げる。

 

「先程帝都から連絡が来た、どうやらナイトレイドが活発に動き出したらしい」

「ナイトレイドが!?」

 

 宿敵の名を聞いてイエヤスは色めき立ちながら帝都に残っている仲間達の事が脳裏に過る。

 イエヤスの反応に頷きつつブドー大将軍は続ける。

 

「反乱軍の出鼻は今回の作戦で挫く事は成功した。士気も大きく低下した事であろう、私は一度帝都に戻り、抑止力として圧を掛けようと思う」

 

 すぐ戻ってくるのでその間のシスイカンを頼まれたイエヤスは己の胸を叩いて了承するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イエヤスが留守にした帝都

 

 

 その状況はイエヤスが発ってからすぐに急変していた。

  

 




 今回登場したグランシャリオの中の人は原作でシェーレの後にエクスタスを使っていた長髪にバンダナをしていた反乱軍の女性です。
 シェーレが生存しているので今作ではエクスタスの代わりにグランシャリオが周ってきたという事になっています。


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34話 狩られる夜

 イエヤスがシスイカンに発った次の日からまるで狙ったかのようにナイトレイドは活動を始めた。

 帝都に住む要人を次々と暗殺し始めるナイトレイド。暗殺対象の要人はどれも大臣に寄り添い甘い蜜を吸う悪人であった。

 しかも今までとは違い、宮殿に近い場所に住居を構える要人も暗殺される事態に宮殿内は騒然となった。

 帝国を支える双璧、エスデス将軍とブドー大将軍、共に留守となっている為の行動だと推測された。

 上層部では将軍の内どちらかに帝都に戻ってきてもらうべきだという声が相次ぐ。

 だがエスデス将軍には前もってオネスト大臣が戻ってくるように指令を出していたが返事が来ず、ブドー大将軍に戻ってきてもらうかを検討する会議が日々行われていた。

 

 そんな中、とある夜、宮殿から出ていく影が二つ。

 

「久しぶりの外の空気は美味いのう、宮殿内の連中は辛気臭くていかん」

「待っていろよ江雪よ、極上の血を吸わしてやるからな」

 

 ワイルドハントの二人、ドロテアとイゾウであった。

 二人はエンシン達が殺されて以来リーダーであるシュラから外出を止められておりずっと宮殿に籠らされていた。ドロテアは研究に夢中で気にせず、イゾウは宮殿隣にある練兵場で死刑囚を斬ることで気を紛らわしていた。

 だが、それも数日までであり研究が一段落着いたドロテアは窮屈さを感じ、イゾウもまたには強敵の血を愛刀に吸わしてやりたいと思い始める。

 そして今日、二人は宮殿を抜け出して城下町に繰り出す事にした。元々シュラに対する忠誠心などは持ち合わせていないが故の独断の行動であった。

 

「シュラの話によるとエンシン達を殺したのはイエーガーズの可能性が高いらしいから気を付けろと言っておったが、今日ならば大丈夫じゃろう」

 

 ランやセリューは宮殿に引き籠ったワイルドハントの動向を窺っていたが、ナイトレイドの相次ぐ暗殺騒ぎのせいで仕事が急増し、宮殿の警備や要人の護衛などで忙しくなっていた。

 イエーガーズの予定を上層部から聞き出したドロテアは全員に仕事が入ってる今日を狙って宮殿を抜け出したのだ。

 

「拙者は別にイエーガーズと死合っても良かったのだがな、強敵こそ馳走というもの」

「やめい、妾はドクター・スタイリッシュと親交があるんじゃから、あまり事を荒立てたくはないのじゃ」

 

 ドロテアがプンスカとワザとらしく怒りを露にする。

 その様子にイゾウはフゥと小さな溜息を零しながらも受けて入れる事にした。

 

「だが、そうでござるな。どうせ斬るならばイエヤス殿が良い。今は不在との事、ならば今日のところは別の血を探すとしよう」

 

 出会った頃からイエヤスの事をいやに気にした素振りを見せるイゾウにドロテアは興味惹かれて尋ねる。

 

「随分とイエヤスという小僧の事を気にしておるのぉ? 何か気になることでもあるのか?」

 

 ドロテアの質問にイゾウはその薄い瞼を微かに開けて狂気に黝ずんだ眼を露わにする。

 

「拙僧が見てきた中でも稀にみる剣士と見ている。エンシン殿やシュラ殿は雑魚と侮っていたが……」

 

 腰に下げた愛刀を愛おしそうに撫でる。

 

「江雪が訴えかけるのだ。あの者の血を吸いたいとな、江雪は好き嫌いなどせぬがこう見えて舌は肥えている。余程の得物なのでござろう」

「ふーむ、あの小僧がのぉ」

 

 錬金術師として一流であるドロテアだが武へは理解は深くないため、しっくりこない様子で唸る。

 談話をしながら夜道を歩くドロテアは後ろからついてきているイゾウが立ち止まっている事に気付いて振り返り首を傾けた。

 

「どうした? イゾウよ」

「………………」

 

 問い掛けには答えず、周りへと視線を回したイゾウは無言のままで愛刀へと手を掛けた。

 そこまですればドロテアにもイゾウの様子の変化の意味を悟り、同じく視線を巡らした。

 

「何者じゃ? 姿を現せい!」

「……………其方か」

 

 イゾウが裏路地へと続く曲がり角へと視線を集中させる。ドロテアもそれに倣う。

 誰何の声に応えるかのようにゆっくりと曲者が姿を現す。

 

 アカメであった。

 

 さらにアカメのすぐ近くにインクルシオを装着したタツミが駆け付ける。

 ナイトレイドの二人は小声で会話する。

 

「レオーネ達は?」

「ちょっと遅かった。すでに暗殺に出ていった後だった」

「……そうか」

 

 最終暗殺対象であるオネスト大臣が住まう宮殿の動向を帝都内で探っていた密偵からワイルドハントの二人が外出したと言う報告を聞いたアカメ。

 ワイルドハントの悪逆によりナイトレイドへの暗殺依頼は過去最高の数に上っており優先順位はかなり高くなっていた為、千歳一遇のチャンスを前にアカメはすぐに行動に移した。

 万全を期す為にタツミにはすでに暗殺へと出向かっていたレオーネとシェーレへの連絡係を頼んだが間に合わなかった。

 

「仕方ない。二人でやるぞタツミ」

「おうよ! これ以上好きにはさせねぇぞ」

 

 村雨を構えるアカメに続いてタツミは槍を手に構えた。

 

「ぬぅ、イエーガーズは出し抜けたと思うたが今度はナイトレイドか、ついてないのぉ」

「吸わせ甲斐のある強者と早々出会おうとは、重畳重畳」

 

 真逆の事を言いながらドロテアとイゾウも臨戦態勢へと入る。

 

 

 

 アカメ&タツミ  VS  ドロテア&イゾウ 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカメが持つ村雨が街灯に照らされて美しくも禍々しい反射光を放つ。

 その光にイゾウは興味を惹かれて視線を村雨に集中させる。

 

「それが噂の村雨か、確かに良い妖しさでござるな」

 

 だが、と腰の刀を抜き放ち対抗するように煌めかせる。

 

「輝きならば江雪の方が数段上、それを証明してみせよう」

 

 江雪を右手で持ち剣先を突き付けるように相手へと向ける。左手はいつでも剣を握れるように半開きにして宙に浮かせている。

 相手を威圧しつつも隙の無い構えと取るイゾウにアカメは本能的に強敵だと察する。

 

「……葬る」

 

 村雨を両手で握り締めて相手に剣先を向け、顔の左真横で水平に構える。

 

「………………」

「………………」

 

 互いに話さず動かず静寂が支配する時間が過ぎ去る。

 ただ出方を窺っているわけではない。むしろこの時間が最も疲労する時間だと言っても過言ではない。

 相手の構え、視線、呼吸、あらゆる要素から相手の狙いを予測して対処を考える。己に分が悪いと判断すれば予測の中で動きを変えて有利へと変える。そうすると相手もそれを悟り対策をしてくる。

 二人の間に無数の可能性が広がり一つの決着へと収束していく。

 一つの結果に到達したイゾウの口角が僅かに持ち上がる。

 

(拙者の勝ちだ)

 

 イゾウが勝ちを確信した時、アカメは突如村雨を左構えから右構えへと変える。

 

「ヌッ!?」

 

 アカメの構えが変わった事により至った予測が霧散する。イゾウが再び無数の可能性を模索し始めるよりも早くアカメが地を蹴りイゾウへと駆ける。

 

「クッ!」

 

 イゾウが振るう研ぎ澄まされた剣閃をアカメは刃を合わせることなく紙一重に躱す。村雨を敢えて振るわず最速を以てイゾウの背後に回り込んだアカメはその背中を斬った。

 

「グハァ!」

 

 一斬必殺の呪毒がなくとも致命と言える傷を負ったイゾウが倒れ込む。

 傷から流れ込む呪毒により一気に迫りくる死期を感じ取りながらもイゾウは小さく笑って見せた。

 アカメの冴え渡る勝負勘を目にして満足していた。

 

「予測勝負では分が悪いと察して即座に直感勝負へと切り替えたでござるか……見事」

 

 倒れ伏しながらもイゾウは愛刀である江雪を持ち上げてアカメへと差し出す。

 

「持って行け。貴様ならばもっと多くの血を江雪に……」

「……………」

 

 剣士として一つの高みへと達していたイゾウの最後の言葉、だがアカメは応える事をせず江雪を手にすることなくイゾウに止めを刺した。

 目を見開くイゾウ。

 

「ぐ………刀を…使う者の心が分からなぬとは……」

 

 願いを無碍にされ口惜しそうに息絶えたイゾウに冷めた視線を注ぎつつアカメは口を開いた。

 

「私は剣士ではない」

 

 あくまで裏方に生きる暗殺者を自覚しているアカメが告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妾の相手は貴様のようじゃな」

「…………」

 

 アカメとイゾウが睨み合い予測勝負をしている頃、タツミはドロテアと相対していた。

 見た目は幼気な少女の姿をしているドロテアを相手にタツミは少々やりにくそうにしながらも槍を構える。

 そんなタツミの心境など知る由もないドロテアは片腕を掲げてパチンッと指を鳴らす。

 物静かだった裏通りの至る所から気配が溢れ始めるのを感じ取ったタツミは警戒心を高めつつ周りに視線を巡らした。

 物陰から姿を現した気配の正体は造形こそ人に似ているものの昆虫のような頭を持ち手足に剛毛と鋭い爪を生やした姿は人間と呼べるものではなく、まさしく異形と呼ぶに相応しい。さらにタツミを見つめる目には理性を感じさせない闇を宿している。

 異形はタツミを囲むように陣形を組みつつ、ドロテアを守るように立ち憚る。

 

「……こいつ等は?」

「フフン、こ奴らは妾の生物実験により生み出された特別強化兵とでも言っておこうかの」

 

 タツミの疑問にドロテアは聞かれてもいない事をペラペラと話し始める。さも自らの偉業を知らしめるかのように。

 

 異形の正体はドクター・スタイリッシュの私兵である強化兵の一部をドロテアが貰い受けて錬金術により改造を施したものであった。

 もともと並の兵とは比べ物にならない強さを誇っていた強化兵をさらに強化した特別強化兵。

 強さには元々の人間の強さや錬金術との相性といったものが関りバラつきはあるものの帝国最強を自負している近衛兵数人に値する戦闘力を持っている。

 

「……………そいつ等は」

「ん?」

 

 悠々と研究成果を語っていたドロテアの言葉を遮るようにタツミが言葉を発した。

 

「そいつ等はそんな身体になる事に納得しているのか?」

「なんじゃ、そういうことか」

 

 タツミの言わんとしている事を理解したドロテアは下らない事であるかの如く吐き捨てるように言い放つ。

 

「こ奴らに自我などないわ、ただ妾の言う通りに動く傀儡にすぎん。逆らわれてもつまらんからの!」

「………そうかよ」

 

 槍を握り締めた手に力が籠もる。さっきまで感じていたやり辛さはすでに消え去り、目の前の敵は少女の皮を被った外道だと認識したタツミの瞳が滾る殺気により爛々と輝いた。

 

「フン、暗殺を生業にしておる者がつまらん感傷をもったもんじゃのぉ」

 

 ドロテアがサッと腕を振り上げる。

 それを合図としてタツミを取り囲んでいた異形達は一斉にタツミへと襲い掛かった。

 如何に巷で騒がれているナイトレイドと言えどこの数の特別強化兵を相手ではどうすることもできまいと勝利を確信するドロテア。

 だが

 

「なに!?」

 

 飛び掛かってくる異形達をタツミは全身をバネのように使い槍を大きく一回転させて上下に両断する。

 たったの一振りをもって対処された事実にドロテアは驚きの声を上げた。

 

「悪いな、俺は止まるわけにはいかないんだ」

 

 詫びの言葉はドロテアに向けられたものではない。

 身体を変えられ意志を奪われ、道具として使われて生を終えた異形達へと向けられた言葉だった。

 元の人間が善人だったか悪人だったか分からない、元に戻せるかも分からない者達に割く時間をタツミは持ち合わせてはいなかった。

 気絶させようにも異形となれば加減が分からず万が一にも倒した気になって隙を突かれては目も当てられない。故に手加減などせず全力を以て両断する。せめてこの外道は必ず殺すからと自己満足に過ぎない誓いを立てて。

 

「なんじゃ貴様!? つ、強すぎるじゃろ!?」

 

 予想を超えるタツミの強さに度肝を抜かれたドロテアは残った異形達を嗾けつつ宮殿方向へと逃亡を図った。

 

「逃がすかよ!」

 

 足止めを務める異形をまた一人また一人を薙ぎ払うタツミ。

 罪なき人を殺めた可能性がタツミの心に重く圧し掛かる。だが止まらない。

 信じるモノの為に外道以外の血で染まる覚悟ならばとうの昔に、そうイエヤスに刃を向けた時から決まっていた。

 自分達の振り翳す理不尽が今よりはずっとマシな世界に繋がると信じて、タツミはひたすらに槍を振るう。

 

 次々と嗾ける異形がろくな足止めの出来ずに散っていく姿を見てドロテアは全力で逃げつつ戦々恐々とした。

 

「なんなんじゃ!? 人の出せる力ではないぞ!」

 

 タツミが発揮する人間離れした戦闘力をドロテアはそう評した。

 事実、今のタツミは純粋な人間とは呼べない状態となっていた。

 

 帝具インクルシオの材料となっている超級危険種タイラントは素材となった今でも生きている。タツミの力を渇望する心に呼応して身体を侵蝕し人智を超えた力を得た代わりにタツミの体は竜へと近付いていた。

 副作用からくる全身に走る激痛や体調不良がタツミを襲ったが、反乱軍本体も動き、革命も最終段階へと入ったこの時期に暢気に寝てなどいられるわけもなく、気合で捻じ伏せていた。その甲斐あってナイトレイドのメンバーにも一名を除いてバレずに済み、その一名もなんとか説得する事に成功していた。

 

「ウォォォォオオオオオオオオオ!!!」

「グハッ!?」

 

 瞬く間にドロテアへと追い付いたタツミの一突きがドロテアの心の臓を穿つ。

 急所を貫かれたドロテアが吐血しながら倒れ伏す。

 

「……………」

 

 ドロテアの血で染まった槍を振るい血を飛ばしながらタツミがその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワイルドハント   シュラを除いて全滅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトレイドがワイルドハントを狩った夜、だがこの日、狩られたのはワイルドハントだけではなかった。

 

 

 



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35話 狩られる夜 その2

 帝都、夜

 ナイトレイドがワイルドハントを狩っている頃、別の場所でも戦いは巻き起こっていた。

 

 帝都に佇む家々の屋根上を次から次へと飛び移る人影が一つ。

 時折後ろを振り返り追っ手を気にする様は逃亡者そのもの。

 非凡の身体能力を駆使して夜の帝都を跳び回る影に追い付けるものなどそうそういやしない。

 だが

 

「……! きやがった!!」

 

 鼻をひくつかせて敵の接近を探知したナイトレイドの一人レオーネは走りながら軽くジャンプする。レオーネの足があった場所に銃弾が被弾する。射撃を避けたレオーネは今度は着地と同時にしゃがむ。頭上直ぐ上を異常に柄の長い薙刀の刺突が通り過ぎる。

 伸びた柄を元に戻しながら薙刀の持ち主がレオーネと同じ家の屋根へと辿り着く。

 一つ後方の屋根には二丁拳銃を持つ女性も立っている。

 クロメが持つ帝具【八房】の能力で動く死体人形のナタラとドーヤである。

 死体人形の二人にレオーネを追わしていたクロメも追い付く。

 

「逃がさないよ、ナイトレイド!」

「ヘッ、モテる女は辛いってか」

 

 真剣な表情をしたクロメにレオーネは減らず口を叩く。

 

 

 シェーレとは別行動で暗殺任務を行っていたレオーネだが、不運な事にレオーネのターゲットにはクロメが護衛に付いていた。

 レオーネが気付いた時にはすでに遅く、クロメ達と接敵していた。

 暗殺者の意地を通し、一瞬の隙を突いてターゲットを殺す事に成功したレオーネは離脱を目論むがクロメ達がそれを許すはずもなく、追い付かれてしまい現状に至る。

 

 

 減らず口を叩いたものの置かれた状況の絶望さ加減にレオーネは密かに冷や汗を掻く。

 ドーヤが放つ射撃に正確無比、動かなければ必中であり油断を許さない。

 ナタラは純粋に戦闘力が高く、さらに後方にいるドーヤやクロメの元へとは行かせない立ち回りを徹底しており隙が無い。

 さらに

 

「………うおっ!? ぁぶな!」

 

 ナタラが薙刀を頭上で回転し始めたので何をするつもりかと注意を引かれたところに背後から迫る鋭い刃をレオーネが身体を捻りつつ横へと飛んで躱す。

 クロメに負けず劣らず夜の闇に溶け込む衣装に身を包んだ死体人形ヘンターがレオーネに奇襲を掛けていた。ナタラの動きは囮であった。

 

「今のを避けるんだ? 結構必勝パターンだったんだけど」

 

 クロメがレオーネの察知能力に感心した様子で驚いて見せる。

 かつてロマリー渓谷の戦いでナイトレイドの一人ラバックはこのヘンターの気配を殺した奇襲により破れている。

 決して余裕があるわけではないが、それでもレオーネは不敵な笑みを浮かべて見せる。

 窮地な時ほど笑え、それがレオーネの信条であった。

 

「こんなところでヤられるレオーネ姐さんじゃないんでね」

 

 ヘンターの気配消しは完璧と言って差し支えなく、姿を確認している今でも存在は虚ろであった。レオーネが奇襲に気付く事ができたのは死体人形達から僅かに漂う死臭のおかげだった。

 帝具ライオネルによる獣化のおかげで嗅覚が大幅に強化されているレオーネは普通は気付かない死臭を見逃さなかった。これのおかげでナタラとドーヤ、そしてヘンターの攻撃を掻い潜っていた。

 

 再びレオーネは駆け始めて逃走劇を再開する。

 屋根から屋根へと飛び移りながら変則的な刃を、何処までも追従する薙刀を、狙い定められた銃弾を、躱し続ける。

 だが、どれだけ駆けても引き離せる気がしないレオーネの中で焦りが生じる。

 スタミナには自信があり相手の息切れを狙っていたが死体であるが故にか疲れる様子もなく死体人形の後ろをついてゆくだけのクロメよりはレオーネのスタミナ切れが早いのは自明の理であった。

 

 ちなみに八房の操れる死体の数はその名の通りに8体、ナタラ、ドーヤ、ヘンター以外の5体は有り合わせで集めた5体であったため、最初に接敵した時の戦闘でレオーネにより粉砕されている。

 

「…………ぅしっ!」

 

 逃げ切れないと判断したレオーネが覚悟を決める。

 常に前の屋根へ前の屋根へと跳んでいたレオーネだったが、唐突に踵を変えて追っ手達への方向へと跳ぶ。

 屋根伝いを跳ぶ移動をしている為レオーネの突然の方向転換に対処するのが難しく接敵していたヘンターはレオーネを追い越してしまい、ヘンターより一歩引いた位置を維持していたナタラとレオーネが急接近する。

 範囲を変幻自在とする薙刀を得物としているナタラだが、超近距離戦となればその持ち味を生かせず、殴る蹴るが基本戦法のレオーネに分がある。

 数度の打ち合いでナタラを押し込んだレオーネはついにその腕を掴み取る。

 空いている手に力を込めて渾身の力でナタラの粉砕を狙いながら、ナタラを振り回してドーヤの銃弾への盾にし、背後に迫るヘンターの斬撃を匂いで察知してナタラをぶつけて吹き飛ばす。

 

「まずはてめぇからだ!」

 

 距離管理が絶妙で連携の要を担っているナタラから始末することを狙っていたレオーネが掴んで手を振り回しながら足元へと叩きつける。相手が人間ならばそれだけで死に至る衝撃を与えながら渾身の力を込めたもう片方の手を全力で振り下ろす。

 

 

 いや、振り下ろそうとした。

 

 だが

 

「……ぅ…ぁ……」

 

 全力の拳が振り下ろされることはなかった。

 レオーネが自身の胸から生えたモノを震える瞳で見つめる。

 

「ナタラを虐めちゃ、ダメだよ?」

 

 背後から聞こえる囁くような声を聞きゆっくりとレオーネが振り返る。

 

「……て、めぇ」

 

 八房を両手で握り締めたクロメが漆黒の瞳を煌めかせながら立っている。八房はレオーネの背中に突き立てられており、貫通して胸から顔を出していた。

 

 八房は心臓を正確に貫き通している。

 

 ここまで戦闘を死体人形に任せきりにしていたのはレオーネの中からクロメの存在を希薄になせる事がクロメの狙いだった。常に敵を観察し続け、自身の存在を気にしなくなる瞬間を見極めて必殺の一撃を決める。これがクロメのもう一つの必勝パターンであった。

 

 ゆっくりと八房が引き抜かれ、刃を引き抜かれたレオーネが力なく倒れる。

 倒れたレオーネには見向きもせずにボロボロになり倒れているナタラへと視線を向ける。跪いて体の様子を確かめる。

 

「よかった。これならなんとかなりそう」

 

 損傷は激しいがナタラの無事を確認したクロメが嬉しそうな声を出しながら笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その背後で立ち上がる者がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 レオーネであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 致命傷を受けながらも最期の力を振り絞ってクロメを殺すべく気合で立ち上がった、、、わけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロメは嬉しそうな笑みを浮かべたまま、レオーネへと振り返る。

 

「名前は確か、レオーネだっけ? よろしくね」

 

 八房の能力の発動条件はその刃で殺す事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日

 

 ワイルドハントが二人狩られ

 

 ナイトレイドが一人狩られ

 

 イエーガーズの戦力に強力な駒が一人、加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けた宮殿内

 

 適当に選んだ女を抱いて惰眠を貪っていたシュラは父親であるオネスト大臣に呼び出され向かった先の執務室で聞かされた話に驚愕の声を上げる。

 

「死んだ? あいつらが?」

「えぇ、昨日の夜に宮殿を出たところを襲われたようですな」

 

 執務机に腰掛けたオネスト大臣が報告書を片手に内容をシュラに伝える。

 

 イゾウ達が宮殿を出た事を知ったランとセリューは任されていた宮殿の警護を色々な理由をこじつけて他者に任せてワイルドハントを追った。

 始末をするチャンスでもあるが、これ以上犠牲者を出させないという強い想いを胸にイゾウ達を追うラン達。

 だがイゾウ達に追い付いた時、イゾウ達は既に事切れており、手口から下手人だと思われるナイトレイドも去った後であった。

 

「今回の件はナイトレイドの仕業と見て良さそうです」

 

 前回のエンシン達の暗殺をイエーガーズの仕業と判断したオネスト大臣が今回の暗殺をそう判断した。

 イゾウの身体から村雨特有の呪毒が確認されたためである。

 報告書から視線を外して息子をチラリと見る。

 話を聞かされていたシュラは途中からオネスト大臣の声が聞こえていない様子で俯きながらブツブツと口の中で言葉を転がしていた。

 

「……あいつ等、なにやってんだ……俺が目を掛けてやってたってのに………無駄死にしやがって……」

 

 エンシン達が死んだ時と同様に仲間の死を悼んでいるのではなく、あっけなく殺された事実に憤っているシュラ。

 そんなシュラの態度を確かめたオネスト大臣は

 

「………ハァ」

 

 大きく溜息を吐いた。失望の色を隠そうともせずに。

 

 ビクリ

 

 溜息の音に我に返ったシュラは肩を震わしながら面を上げる。シュラの目に映るオネスト大臣は皇帝には決して見せない黒く暗く澱んだ色で瞳を彩りシュラを見つめている。

 

「私の名を使って好き勝手させたにも関わらず、大した手柄も立てずに全滅。よくもまぁ私の顔に泥を塗ってくれましたね、シュラ?」

 

 机の上に置かれている籠の中にある飴玉を一つ口の中に放り込む。じっくりと舐める事はせず一思いに噛み砕く。

 バリボリと咀嚼音を混ぜながらオネスト大臣は続ける。

 

「部下を御することもできず、宮殿から出たところを殺されるなど恥晒しもいいところです」

 

 ゴクン、と飴玉の欠片を飲み込んだオネスト大臣は甘ったるい息を吐きながらシュラへと言い放つ。

 

「私は無能な人間が嫌いです。あまりガッカリさせないでください」

「グッ!?」

 

 父親から失望の視線と言葉を投げ掛けられたシュラは言葉を失う。

 

「本来ならば許される事ではありません」

 

 が、と言葉を続けながらオネスト大臣は手元に新たな資料を手繰り寄せる。それを目にしてようやくいつもの二ヤついた笑みを浮かべる。

 

「ドロテア。彼女はドクター・スタイリッシュと協力して私の期待に応えてくれました。その功績に免じて処罰は見逃してあげましょう」

 

 しばらくは大人しくしておきなさい、と言う言葉で話を区切ったオネスト大臣はもう用はないと言わんばかりにシュラを部屋から追い出した。

 

 

 

 

 追い出されたシュラは廊下をフラつきながら歩く。

 足取りが覚束なかったシュラは壁に寄り掛かるようにぶつかるとそのままズルズルと崩れ落ちて座り込み項垂れる。

 父親を超える事を目標に生きているシュラは夢と現実の差の激しさに現実感を見失っていた。

 

「………クッ」

 

 シュラは

 

「……クックックッ」

 

 笑う。

 

「クッハッハッハッハッ!!!」

 

 現実感のない浮ついた思考でシュラは考える。

 エンシン達がやられてから今日まで唯引き籠っていたわけではない。ナイトレイドを仕留める為の作戦をあれこれ考え準備していたシュラはその中で最も過激な手段を選ぶことにした。

 父親に失望された今、失った信頼を取り戻す為には何においてもナイトレイドを始末する必要がある。シュラはそう考えた。もうなりふり構ってなどいられない。

 ズボンのポケットに忍ばせていた薬品を確かめるシュラ。

 

「上等じゃねぇかナイトレイドォ!? 俺を怒らせたらどうなるか分からせてやる!!!」

 

 宮殿の廊下でシュラの狂った高笑いが響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都の一部が炎に包まれる。

 

 



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36話 帝都炎上

 

 夜、帝都のスラム街で彼方此方に明かりが灯る。

 文明の利器による光ではない。むしろ逆に文明を無に帰す紅蓮の炎。

 帝都を赤に彩り逃げ惑う人々の阿鼻叫喚が響き渡る。

 

「クハハッ もっと燃えろ! もっと叫べ!!!」

 

 赤が瞳に映り叫び声が耳朶うつ地獄のような光景を前にシュラは見晴らしの良い高台の頂点で楽しそうにしている。その様はまるで祭りを前にはしゃいでいる子供のようであった。

 

「さぁ来いナイトレイド! 愚民が助けを呼んでるぞ!!!」

 

 帝都に火を放った犯人はシュラであった。

 オネスト大臣に謹慎を言い渡されたシュラはその事実が知れ渡る前に行動を開始、雑用を押し付けるために予め借り受けていた大臣子飼いの兵を使って帝都を業火で燃え上がらせた。これがきちんとした指示系統であればシュラの命令に疑問を感じた兵士の一人でも大臣に確認を行い事無きを得ただろうが残念ながら大臣が敷いているのは恐怖政治。余計な質問をして大臣やその息子の不評を買えば命はない。故に帝都に火を放つという愚行も実行に移されてしまう。

 シュラの狙いはナイトレイドをおびき寄せる事であった。

 民の味方を名乗っている偽善者集団のナイトレイドならば、この阿鼻叫喚の状況を見過ごせずに救出に来ると予想して、まんまとおびき寄せられたナイトレイドをシュラ自らが殺るなり捕まえるなりするのが作戦の全容であった。

 

 炎に炙られ逃げ惑う人々を尻目にシュラはナイトレイドを探す。

 そして

 

「………! クハハッ」

 

 見つけた。

 

 火から逃げる人々に声を掛け、安全な方向へと導いている黒髪の少女の姿を手配書のアカメと重ねたシュラは口角を限界まで引いて不気味な笑みを浮かべる。

 手に持っていた掌に収まるサイズの円盤型帝具を構えて発動させる。

 

 シュラが持つ帝具【次元方陣シャンバラ】は人間を予めマークしておいた場所に転送することができる異質の帝具である。同時に飛ばせる人数は少ないものの影響力は計り知れない。だが故に使用に膨大な体力を消耗し幾度の連発は難しい仕様となっていた。

 

 高台から転送先を設定したシュラは帝具を起動させる。

 アカメの頭上、何もない空間に突如紋様が発現しシュラが姿を現す。

 

「ッ!?」

 

 予想不可能な完全なる奇襲に流石のアカメでも反応が遅れてしまう。

 それは致命的な遅れであった。

 どのような攻撃も受け止めるべく武器を構えたまでは良かったが、残念ながらシュラの行動は攻撃ではなかった。 

 シャンバラをもう一度発動させアカメの足元が輝き紋様が現れる。

 シュラの扱う帝具がどんな効果か知らないアカメだが直感から来る悪寒に従い防御の姿勢から回避へと移すが間に合わなかった。

 

 シュン

 

 アカメの転送に成功したシュラは堪え切れない愉悦を口端から零すように笑い声を漏らした。

 

「……ククッ、クハッハッハッ! ナイトレイド様一名ご案内~、行先は独房でございますってか!?」

 

 アカメが送られた先は宮殿近くに立てられた練兵場にある死刑囚専用の独房であった。中でも対凶悪犯用に作られた特別製の独房であり、村雨一本ではどうすることもできないものであった。これがなんでも斬る事ができるエクスタス使いや人を超えた膂力を持てるインクルシオ、もしくはどんな帝具を使うから判明していない者であったならばシュラは捕縛を諦めて仕留めに掛かったが相手がアカメならば話は別であった。

 アカメは元は帝国の暗殺部隊に在籍していた人物であり、帝国の腐敗を見兼ねて反乱軍側へと寝返った過去を持っていた。故にその全容を帝国側は把握しており当然シュラも知っていた。

 恐るべき身体能力と剣捌きを持つがあくまで技術に特化した暗殺者であり力そのものは女性の域を脱してはいない。刀で斬る事ができない独房に送ってしまえば自力で脱出することは不可能であった。

 

「よっしゃ! 次だ次、この調子でドンドン行くぞ!」

 

 幸先の良いスタートを切れて機嫌を良くしたシュラは懐からある物を取り出す。

 それは押し付けるタイプの注射器であり、半透明のカプセルの中には毒々しい妖し気な薬品が入っていたがシュラは戸惑うことなく自らの首筋に刺す。

 空となった注射器を投げ捨てたシュラはシャンバラを発動させて再び見晴らしの良い高台へと戻り引き続きナイトレイド探しを始める。

 

 シャンバラの使用に体力を著しく消耗したシュラだが、ドクター・スタイリッシュに作ってもらっていた薬品により連続使用が可能になっていた。無論、身体によい影響を与えるはずもない危険な物であったが、シュラは気にはしなかった。ワイルドハントは全滅し、ナイトレイドに対抗できる戦力を失ったシュラが一人で戦うにはこれ位の無茶はしなくてはならないという自己判断の結果であった。

 

「……どこだ? どこだ!? ナイトレイド!!??」

 

 燃える街並みに血走った目を巡らすシュラは薬品の副作用により興奮状態に陥る。

 このままでは誰も彼もをナイトレイドと誤信して襲い掛かりかねないといった様子だった。

 だが、幸か不幸か次の標的を見つける事に成功する。

 白銀の鎧を全身に纏った男が自慢の膂力を使って崩れ落ちた瓦礫を退かして人を救出しているところであった。

 インクルシオである。

 

「クハハッ、釣れる釣れる、流石は俺、完璧な作戦だったなぁ!」

 

 上機嫌な声を上げながらシュラは帝具を発動させる。

 アカメの時と同じやり口を使いインクルシオに襲い掛かる。

 だが

 

「……グッ!!」

 

 インクルシオを転送する為に帝具を発動させたシュラだが、想定されていない連続使用によってシャンバラの反応が鈍る。

 シュラは薬の力で増大させた体力を注ぎ込み不具合を捻じ伏せ発動まで漕ぎつけるが、その僅かなタイムロスはインクルシオに侵蝕され竜と混じりつつあるタツミの反射速度にもってすれば避けるのには十分すぎる時間であった。

 

「ッ!? あぶねぇ!!」

 

 足元に突如浮かんだ紋様から異様な雰囲気を感じ取り、跳んでギリギリで脱したタツミは不意打ちを仕掛けてきたシュラを視界に捉える。

 

「お前は……ワイルドハント最後の、シュラだったか」

「チッ!」

 

 話に聞いていた人相から襲撃者を特定したタツミの言葉にシュラは舌打ちを返す。

 不意打ちに失敗した苛立ちゆえだった。

 

「ハァ……まぁいいや」

 

 一呼吸を入れて逸る気持ちを抑えたシュラは丁度良い機会だと考えを改めた。

 槍を構えているタツミに対して拳を構えつつシュラは口を開く。

 

「エンシン達やイゾウ達をよくもやってくれたなナイトレイド! この落とし前付けさせてもらうぜ?」

「……エンシン達?」

 

 シュラの口から飛び出した身に覚えのない名前にタツミは首を傾げた。

 その反応を見てシュラは口角を引きつらせるように持ち上げて歪んだ笑みを浮かべた。

 

「その反応! 親父の言ってた通り、エンシン達を殺ったのはてめぇ等じゃねぇようだな!!」

 

 奇襲を掛けられ多少なりとも混乱している状況、かつ特に誤魔化す必要性のない事であった事もありタツミの反応からシュラはエンシン達を殺した下手人をイエヤス達だと確信する。

 

「イエヤスつったか、あのカス。大臣の息子であるこの俺様が率いる部隊に手ぇ出すとは命が惜しくねぇってわけか」

「………なるほど」

 

 シュラの言葉を聞いてタツミはある程度の事情を察した。

 ナイトレイドにワイルドハント暗殺の依頼が殺到した時、すでにエンシン達は殺されていた。ワイルドハントの悪行に業を煮やした帝都民による不意打ちか皇拳寺門下生の手によって始末されたと考えられていたが、真相は違ったようだとタツミは納得する。

 

「そうか」

 

 納得の声と共にインクルシオの鎧の中でタツミは思わず笑みを零す。

 運命と巡り合わせの悪さからか、道を違え、刃を交える間柄となってしまった幼馴染。だが全てが変わってしまったわけではない。そんな幼馴染の変わらぬ部分を知れた事が何故か無性に嬉しく思うタツミであった。

 

「次に会おうものなら俺様に逆らった事を後悔させてやる。拷問で苛め抜いた末にぶち殺す、あのカスには相応しい最期だな!」

「……それは無理だな」

「あぁ!?」

 

 気分良く展望を語っていたシュラは横槍を入れられて気分を害した様子で声をがなり立てる。シュラの視線の先でタツミは気を引き締めて槍を構え直す。

 

「お前程度の奴にやられるイエヤスじゃねーし、何より」

 

 おしゃべりはここまでだ、とタツミはシュラへと突撃する。

 

「お前は俺が、ここで倒す!!!」

「ハッ!? やってみろ!!!」

 

 売り言葉に買い言葉で返したシュラが迎撃の構えを取る。

 だがタツミの突進から繰り出される刺突はシュラの予測を凌駕しており紙一重で躱してカウンターを叩きこもうと企んでいたシュラは躱す事しかできなかった。それも躱し切れずに脇腹に浅くない傷を負ってしまう。

 

「なっ!? てめぇ……」

 

 たった一回の攻撃で力量の差を感じ取ったシュラは冷や汗を流した。

 まともにやり合っても勝ち目がない事を悟ったシュラは帝具を握る手に力を込める。

 

「ナイトレイドでやべぇ奴はアカメぐらいかと思ってたが、そうでもないみたいだな、光栄に思え、俺の全力、見せてやるよ!」

 

 シャンバラを発動させる。

 タツミと相対してしばし雑談を挟んだのは別に無駄話をしたかったからというわけではなかった。シュラは話しながらここら一帯の至る所に転送先としてのマークを設定していたのだ。

 シュラの身のこなしから攻めれば押し切れると判断したタツミがシュラの目の前まで迫るが振るわれた槍は虚空を突く。

 

「何!?」

 

 避ける所作など見せずその場から消えるという表現が正しい避け方をされたタツミは驚きの声を上げた。真横から迫る殺気を感じたタツミは反対側の横へと跳ぶ。

 タツミの真横へと転送していたシュラの拳が今度は空を切る。

 徒手空拳を戦い方の主とするシュラ、皇拳寺拳法を主軸に異国を練り歩いた際に様々な武術を取り入れた自己流の拳法を編み出していた。

 今タツミに放った一撃も寸勁と呼ばれる特殊な技法が行われており鎧越しに肉体へ直接的にダメージを与える事ができる一撃であった。

 それを横に跳んで躱したタツミが、地を蹴り元の位置に戻るようにしながらシュラへと槍を振り被る。

 

「クッ! またか!!」

 

 シャンバラを発動させて再び予備動作無しでタツミの攻撃を躱すシュラ。

 今度は回避ではなくカウンターを決めるべくタツミは何処から攻められてもいいように気を張る。

 だがそれを読んでか、シュラは直接攻撃を行わず代わりにタツミの足元に紋様が現れる。

 

「今度はそれか!?」

 

 転送が始まるより僅かに早くその場から離脱したタツミだが、避けた先にシュラが突然現れ一撃を入れていく。

 

「グッ! この!!」

 

 鎧越しのダメージを食らいながらも仕返しに槍を振り回すがシュラはすぐに転送で消えてしまう。

 タツミを弄ぶようなシュラの性格そのものを体現する戦法に搦め手を苦手とするタツミは反撃の糸口を掴み損ねるが、その機会は唐突に訪れる。

 

「グッ!? カハッ!」

 

 シュラがタツミの攻撃を躱して少し離れた場所に転送した直後、体調の変化にシュラは思わず地に膝を着いて胃の中身をぶちまける。

 帝具の乱用から来る体力の衰退と薬物の効果による体力増強を繰り返した反動であった。

 その大きすぎる隙を見逃すタツミではない。地を強く蹴り出しシュラの元へと急接近する。

 

「ハァハァ、ナメんな!!」

 

 口元を拭いつつ息を整えたシュラはシャンバラを掲げてタツミの足元へと向ける。

 

「それは分かってるんだよ!」

 

 タツミは足元に紋様が浮かぶ事を読み、シュラに向かって大きく跳躍する。

 それを見てシュラは

 

 

 

 

 

 手で隠された口元で弧を描いて見せた。

 

 

 

 

 シャンバラを宙にいるタツミへと向ける。

 

「何!?」

 

 目の前に広がる光景にタツミは驚愕の声を上げる。

 

 シュラの前にまるで盾の如く展開された紋様がタツミを待ち受けていた。

 タツミとの戦闘が始まってシュラは一度も空中に紋様を出す事はなく、全て地に描かれていた。故にタツミは地面にのみ注意を払うようになっていたがそれはシュラのブラフであった。

 唯一、最初の奇襲時に宙に浮いた紋様からシュラは現れていたが、奇襲故にシュラの出どころに視線を向けていたわけでなかったので気付く事ができなかった。

 

「行先は活火山の中だ、精々楽しんで来いや!!!」

「!? クソ!!!」

 

 タツミはなんとか紋様から逃れようとするが空中で多少藻掻いても無意味な程展開された紋様は大きかった。 

 

「だったら!!」

 

 タツミは覚悟を決める。

 眼前に迫る紋様から逃れる事をやめたタツミは槍を持った手を大きく振り被る。

 狙いを定め、渾身の力を込めて槍を投擲する。

 確実にタツミを転送するために紋様の展開にありったけの力を込めているシュラに超速で飛んでくる槍に反応する余力は残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タツミが紋様に触れ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姿を消す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが

 

 

「…………ク、ソが……」

 

 シュラが掠れ声で悪態を付く。

 

 タツミが最後に放った槍は

 

 

 掲げていたシャンバラを貫き

 

 

 

 シャンバラを持っていた腕を貫き

 

 

 

 シュラの胴体をも貫いていた。

 

 

「カハッ!?」

 

 内臓を深く傷つけられて吐血する。

 無事なもう片方の腕で槍を抑える。抜きはしない。今抜けば出血多量で死が確定してしまうと本能でシュラは理解していた。

 

「まだ、だ……この俺様が賊と、相打ちなんて、冗談じゃねぇぞ……」

 

 ほとんど致命傷と言っていい傷だが、僅かな可能性に賭けてシュラは足掻く。

 なんとか鎮火に動いている帝国兵を探して医者のところまで運んでもらうべく一歩踏み出したシュラの

 

 

 

 

 胴体に刺さった槍が消える。

 

「……あ?」

 

 理解の追い付かない事態にシュラは素っ頓狂な声を出す。

 タツミの扱う槍の名はノインテーター、インクルシオに搭載された副武装である。

 普段タツミが生活している際にインクルシオの鎧が消滅しているように副武装も消えている。タツミが遥か遠くに転送された影響でノインテーターが消えるのは自明の理であった。

 

 ボタタッ ボタタッタタタタッタタッ

 

「……ぁ………あぁ」

 

 ポッカリと空いた穴から夥しい量の血が溢れ出る。

 同時に力も抜け出ていき、立つ事もままならなくなり、自らが生み出した紅い水たまりに崩れ落ちる。

 倒れ伏し、顔半分を血に浸しながらシュラは呟く。

 

「……おれ、は、こんなところで死ぬような、男じゃ……」

 

 父親を超え、いずれは皇帝から帝位を簒奪することまで夢見ていた男は己の身に迫る死を受け入れることなく

 

「………………」

 

 死に絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、燃え盛るスラム街のとある場所。

 黒焦げとなっている遺体を前にする3人の人がいた。

 ラン、セリュー、クロメの3人であった。

 

 3人はスラム街の火災を聞いてすぐさま出動、人々の避難を促しながら火災の鎮火にも助力していた。そんな中、炎の出どころを探るべくスラム街の奥へと突き進んだ3人は全身に酷い火傷を負った帝国兵士を見つける。

 逃げ遅れた者かと思われた兵士だが、どうにも様子がおかしい事にランは気付く。

 火傷の深度から助からないと判断したランは最期の力を振り絞って言葉を紡ぐ兵士の声に耳を傾けた。

 その結果、重体の兵士はシュラの命令によってスラム街に火を放った犯人である事が判明した。

 シュラの指示通り、設置された火薬樽に着火した兵士だが、火薬樽は即座に爆発。

 火を撒き散らしながらの爆発に巻き込まれて兵士は致命傷を負ってしまっていた。

 それを言い残して息を引き取った兵士を看取りつつランは考える。

 

 おそらくは着火した兵士を巻き込んだ爆発はシュラにとっては予め仕組まれたものであるとランは予想した。

 如何なる理由があろうとも皇帝住まう帝都に火を放つ等、万が一にもバレてしまえば極刑は免れない。そのリスクを少しでも低くするためには真相を知る者は一人でも少ない方が良い。そう考えたシュラは実行犯である帝国兵士達には何も告げずに即効性の火薬を用いて口封じも兼ねたのだ。

 

 そこまでシュラの考えを読んだランは周りを見渡した。

 スラム街の火は下火になり始めて、鎮火も時間の問題となっていた。

 それを確かめたランは二人に話しかける。

 

「セリューさん、クロメさん、此方の後の事を任せられますか?」

「それは構いませんが、ランさんは?」

「私は宮殿に戻り、今回の火災の真相について調べたい事ができました」

 

 ランの返答を聞いてセリューとクロメは納得したように頷いた。

 

「そういう事でしたら了解しました。後の事は私達に任せてください!」

「うん、帝都に火を放つなんて絶対許せない。しっかり調べて来てね」

 

 二人の頼もしい言葉にランは真剣な眼差しで頷き返してその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、火災は無事に鎮火した。

 幸い被害はスラム街に留まり、それ以上広がる事はなかったがそれでも少なくない数の死傷者を出していた。

 そんな中、スラム街の一場所でシュラの遺体が見つかり、また練兵場にある特別独房にアカメが捉えられている事が判明した。

 

 火災の原因については判明せず、調査が続けられることになった。 

 

 

 

 

  

 



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37話 既視感

 帝都内でボヤ騒ぎがあったとの報告を聞いて予定を前倒しにして帝都へとブドー大将軍が帰還し総司令官不在となったシスイカン。

 だが、反乱軍の出鼻を挫いていた事により反乱軍に動く気配はなかった。

 近衛隊の中でも特にブドー大将軍から信頼を得ている隊員複数人が司令官代理を請け負っており、今現在も会議室で話し合いが行われていた。

 

「それではブドー大将軍の指示通り、此方から打って出るような事はしないように各部隊しっかりと統率を取る事を心がけてくれ」

 

 司会役の隊員の締めの言葉を最後に会議は終了し、集まっていた隊員達は各々の持ち場へと去っていく。

 イエヤスと共に遊撃隊として攻城兵器破壊作戦に同行していたザスリーも会議に参加していた。

 ザスリーが会議室を出て廊下を歩く。

 すると後ろから同じく会議室から出てきた男がザスリーに声を掛けながら後に付いた。

 

「ザスリー、昼飯喰いに行かねーか?」

「ツーノか、それは結構だがその前に寄る所があるが構わないか?」

「おうよ」

 

 ツーノは野性味のある笑みを浮かべて返事をした。

 ザスリーとツーノはブドー大将軍の元で働く近衛隊であり、同時期に任に付いた同期でもあった。共に近衛隊の中では上位の実力を持っており切磋琢磨してきた仲である。

 ザスリーはその品のある言葉遣いからも分かるように名門の武闘派貴族出であり長男である事から家の名を背負って立つ身である。

 ツーノは格の低い貴族の次男坊であり、家を継ぐ事をできない事に不貞腐れてスラム街に入り浸っていた時期がある名残が口調にも表れている。

 最初は良いとこ出のお坊ちゃんと品の無い男だと互いに反目し合っていた二人だが、厳格なブドー大将軍に扱かれたり、練習試合で力を交わしている内にお互いを認め今に至っていた。

 

「ところでどこに寄るつもりなんだ?」

 

 先程の会議の内容について話していたツーノが不意に問い掛ける。

 

「第2訓練場だ」

「第2………というと、遅刻の坊主がいるところか」

 

 ツーノの言葉にザスリーは眉を顰めてキッとツーノを睨みつける。

 

「そういう言い方はよせ、失礼だぞ!」

 

 不愉快な思いを隠さず露にするザスリーにツーノは面白そうにヘラヘラした笑みを浮かべた。

 

「ヘッ、随分と態度を改めたもんだな? ついこの間まで坊主についてブツクサ言ってたのは俺の幻聴だったか?」

「うぐっ、それは……私の判断が先走ってしまっただけだ」

「ふーーん?」

 

 威勢のよさから一転痛いところを突かれて勢いを落としたザスリーを楽し気に観察しながらツーノは続ける。

 

「一回任務で助けられたからって単純な奴だなぁ」

「ム、それだけではないぞ。イエヤス殿の強さは本物だった」

「それは分かってるさ、あのエスデス将軍直属の部隊だぞ? 強さは折り紙付きみたいなもんだ」

 

 だけどお前が怒っていたポイントは違うだろ? とツーノは続ける。

 

「任について初の会議に遅れてやる気が感じられない、そんな援軍を送られても士気が下がるだけだって怒っていただろ? その件に強さは関係ないんじゃないか?」

 

 ツーノの御尤もな意見にザスリーは頷きつつも、ザスリーは反論を口にした。

 

「最初はそう思っていたさ、だが違ったのだ」

 

 ザスリーは語る。

 イエヤスと共に作戦を実行していた時、イエヤスは決して列を乱す事はなく終始任務に対して真摯な姿勢を取っていた。

 また、相手の帝具使いとは浅からぬ因縁を僅かな会話から見出すが、それに囚われる事もなく此方の意図を見逃すことなく把握して己の役目をしっかりと全うした。

 友好的とは言えない態度を見せたザスリーに思う事はあるだろうが、最後まで補佐し続けていた。

 

「私とて短所と呼ぶべきところはある。癪ではあるが貴様に教えられたことだが私は貴族という枠組みに囚われやすいきらいがある」

 

 ザスリーはツーノに視線を向けた。

 

「貴様の栄えある近衛隊でありながら少々粗野が目に余るのも短所だな」

「ヘッ、いい加減慣れとけ」

「慣れん、貴様が改めろ」

 

 事あるごとに繰り返される慣例のやり取りを挟んだザスリーは小さな溜息を吐き出した後、話の路線を元に戻した。

 

「今回はそんな誰にでもある短所が運悪く最初に露呈したに過ぎなかったという事だ」

「なるほどな。ま、言いたい事は分かった」

 

 話が一区切りしたところで丁度二人は第2訓練場に着く。

 第2訓練場は部屋ではなく、中庭のように開けた場所となっており、中央付近ではイエヤスがポツンと立っていた。

 ただ突っ立っているわけではなく、腰を据えて鞘に納めた剣に手を伸ばしており所謂居合の構えを取っていた。標的は兵が訓練でよく使用する案山子に傷んだ鎧を着せたものが複数立っていた。

 イエヤスは集中いているようでやってきたザスリー達へと視線を向ける事はせず、ザスリー達も声を掛けずに見守る。

 

「…………シッ!」

 

 イエヤスが剣を抜く。

 姿が立ち消え、微かな残像が案山子達の間を揺らめき、通り過ぎる。 

 

「うぉ!?」

「…………やはり速いな」

 

 初めて見たツーノは驚きの声を上げ、ザスリーは感嘆の声を漏らす。

 イエヤスが過ぎ去った案山子は次々と斜めにずれ落ち、ドサッと地を鳴らした。

 少し離れた位置から見ても目で追う事を許さなかったイエヤスの速さ、もし案山子の立場であったなら斬られた事実に気付けるかも怪しい、そんな思いをザスリー達に抱かせた。

 

「……ふぅ、ザスリー部隊長でしたか、お疲れ様です」

 

 息と整えたイエヤスが剣を鞘に納めつつ挨拶をする。

 ザスリーも挨拶に答えながら隣に立つツーノを紹介した。

 

「近衛隊のツーノだ、噂に違わない速さ、見せてもらったぜ」

「イエーガーズのイエヤスです。よろしくお願いします!」

 

 ツーノに差し出された手をイエヤスが取り二人は握手を交わした。

 ザスリーが斬られた案山子へと視線を向ける。

 見事な切り口で両断された案山子には一本の線が描かれており、その線に沿って斬られている物もあれば、少しズレている物もあった。

 

「少々特殊な訓練を行っていたようだな」

「はい、先日の作戦で今俺に必要な課題が見つかったので」

 

 倒れ伏した案山子を片付けながらイエヤスは今の自分に必要な力が何かを考えて導き出した答えを口にする。それを聞いたザスリーは納得したように頷き、ツーノは感心した。

 

「それで、何か御用ですか?」

「あぁ、先程の会議内容を伝えておこうと思ってね、イエヤス殿に直接関わる話はなかったが一応ね」

 

 ザスリーの気遣いに礼を言いながら内容を聞いたイエヤスは理解した旨を伝える。

 二人の話が一段落したところでツーノから提案が入った。

 

「今から飯食いに行くんだがイエヤスもどうだ?」

 

 目を見張る速さを見せてなお向上心を持つイエヤスに好感を抱いたツーノからの誘いにイエヤスは一瞬を目を瞬くが、すぐに輝かせて応じる事にした。

 

 その後、食事を共にしながらイエヤスはエスデス将軍の元での日々を、近衛隊の二人はブドー大将軍の元での日々を互いに食事の肴にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イエヤスが要塞内の構造を覚え、最悪だった第一印象も払拭してシスイカンでの生活に馴染み始めた時、それはいきなり始まった。

 

「ん? なんだか騒がしいな」

 

 イエヤスが日課になりつつある訓練場での特訓へと行こうとしていた時、騒々しい雰囲気を感じ取った。

 風の流れを頼りに騒ぎの元へと辿り着いたイエヤスが近くにいた兵士から事情を尋ねる。

 どうやら以前、反乱軍が攻城兵器を製造している事を突き止めた偵察部隊が再び出向いていたのだが、帰還する時間になっても帰ってこないので捜索隊を出す準備をしていたところ偵察部隊の一人が帰還してきたらしい。

 説明してくれた兵士に礼を言いつつイエヤスは兵に囲まれている偵察部隊員の元へと走った。

 偵察部隊員の傍でザスリーが話を聞き出していた。

 

「それではあの森のさらに奥で別の攻城兵器が作られていたという事か」

「はい、ですが少々奥に入り過ぎてしまったようで敵の警戒網に引っ掛かってしまい、追っ手から逃れる最中、マニュアル通りにまとめてやられない為に各方向へと散って一人でも確実に情報を持ち帰られるようにしました。他の者達は……まだ帰還してはいませんか?」

 

 偵察部隊員の覚悟を秘めた問いにザスリーは沈痛な表情をしながら頷いてみせた。

 予想されていた答えに偵察部隊員は気丈にも、そうですか、と言う言葉だけを口にして動揺した様子を見せずに報告の続きを話す。

 

「反乱軍は破壊工作をされるリスクを考えて製作場を二つに分けていたようで攻城兵器はすでに完成しておりました。明日には持ち出されるかと思われますが」

「………ふむ」

 

 報告を聞いてザスリーは考え込む。

 ブドー大将軍不在のシスイカンを任された者の一人としてどういった判断が正しいか模索する。

 偵察部隊が見つかった事を考えれば反乱軍の警戒は高まっている事が予測され前回のような奇襲が成功する確率は低くなっている。さらに、すでに攻城兵器の移動を始めている可能性もあり無駄足となる事も考えられる。

 ここは打って出る事はせずに攻城兵器が完成しているのであれば近々シスイカンに本格的な侵攻をしてくるだろうことをブドー大将軍へと伝令で知らせ守りを固めるのが無難な選択だと言えよう。

 しかし

 

「…………」

 

 チラリ、とザスリーは偵察部隊員に視線を向けた。

 ここで守りを固める選択は他の偵察部隊を見捨てる事を意味する。

 彼等も軍人であり死は覚悟の上での行動である事はザスリーも理解していた。

 だがだからと言って見捨てても良いものか、偵察部隊が全滅ともなれば士気に関わる可能性もないとは言えない。

 ザスリーの中でリスクとリターン、それに仲間に対する情が揺れ動く。

 

「…………!」

 

 ふと視線を動かしたザスリーの視界が黙って成り行きを見守っていたイエヤスを捉えた。

 イエヤスはただ静かに佇んでいるが、その手は腰の鞘に当てられており、ジッと力強い意志を瞳に込めてザスリーへと注いでいた。

 黙して語られるイエヤスの想いを目にしたザスリーは決断を下す。

 声を張り上げて集まっていた兵士達に号令を発する。

 

「隊を編成し出るぞ! 森へと急行し偵察部隊を救援しつつ可能であれば攻城兵器の破壊も狙う。敵も警戒している事が予想できるので深追いをするつもりはない」

 

 次々と命令を下すザスリー。

 他にもブドー大将軍に状況を伝える為の伝令の手配や、反乱軍が動き出す可能性を考えて警戒を厳にする命令を下しながらザスリーはイエヤスへと近付いた。

 

「というわけだがイエヤス殿、助力願えるか?」

 

 ザスリーの要請にイエヤスは当然とばかりに力強く頷き快諾する。

 

「感謝する。すぐに出る事になるが」

「いつでも出れますよ!」

 

 常在戦場の心得を見せたイエヤスに頼もしさを感じたザスリーはすぐに部隊を編成するのでこの場で待機するようにイエヤスに言って場を離れた。

 イエヤスは待機時間を無駄にしない為に偵察部隊員の元へと行った。

 イエヤスの接近に気付いた偵察部隊員は懐から地図を取り出してイエヤスへと差し出した。

 

「これは目的地までの道程を詳しく記した地図です。貴方も出撃されるのでしたら是非とも目を通した後、ザスリー様にお渡しください」

「おっ、ありがとうございます」

 

 方向音痴の身であるが、万が一部隊から逸れてしまった時の為に目を通しておく事に越したことはないと考えたイエヤスは有難く受け取り地図を凝視する。

 

 騒ぎで集まっていた兵士達は事態が動き出した事で各々ができる事や準備に奔走して散っていく。

 残されたのは地図と睨めっこをしているイエヤスと、それを見守る偵察部隊員だけとなり、喧騒は遠くなっていったが地図に集中しているイエヤスは気に留めることはしなかった。

 

「……あの道を右に行けばここか……、いや左か?これは」

「…………」

 

 苦手ながらもなんとか覚えようと四苦八苦しているイエヤスへとゆっくりと近付く偵察部隊員。

 

 

 

 

 

 その気配は  

  

 

 

 

 

 消されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 だが、それ故にイエヤスは気付く。気配と風の流れが一致しないからである。

 イエヤスはその違和感を見逃さない。

 地図から偵察部隊員へと視線を移すと一瞬目が合うが偵察部隊員はおくびれる事なく、そのまま隣まで来る。

 

「何処か分かりにくい場所はありますか?」

「……あぁ、そうだな、ここの分かれ道なんだが」

 

 相も変わらず気配を消したままの偵察部隊員に内心首を傾げるイエヤスだが、相手は帝国でも最高峰と言える偵察兵である事に思い至り、癖で完全に気配を消していてもおかしくはないかと考えを改めた。

 

「……うーん?」

 

 何処か既視感を覚え、何処だったかと思考を巡らすが帝都に来てから濃厚過ぎる日々を送ってきた為、いまいち思い出す事ができずにイエヤスが唸っているとザスリーが部隊と率いて駆けつけてくる。

 

「イエヤス殿、準備が整いました。行きましょう!」

「了解しました」

 

 イエヤスは思考を中断して偵察部隊員に地図の礼を言ってザスリーと共に行こうとするが、その前に偵察部隊員から声を掛けれた。

 

「不覚にも少しばかり負傷してしまいました。ドクター・スタイリッシュは何処におられますか?」

「この時間帯ならば、おそらくは総合医務室にいると思いますよ」

「了解しました。どうか仲間達をよろしくお願いします。ご武運を!」

 

 敬礼に敬礼で返したイエヤスはザスリー達と共にシスイカンを出立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回は非常事態のため、前回よりも少ない迂回路を通り素早く森へと進撃するザスリー率いる遊撃部隊。ここまでの道中偵察部隊の生き残りが現れることはなかった。

 

「…………」

 

 ザスリーの背を追いながら森を駆けるイエヤスは先程感じた既視感の正体について考え込んでいた。

 いつ敵と接敵し戦闘になるか分からない状況である以上、危険な行為であることは重々承知していたが、イエヤスの勘が重要な事だと思わせてならなかった。

 

 

 

 接近を知らせる風の流れ

 

 

 それに反して感じない気配

 

 

 それを気にしない相手の態度

 

 

 

 

 

 ドクンッ

 

 

「ッ!!!」

 

 鼓動が強く跳ねる。

 思わず足が止まる。

 

「……思い出した」

 

 既視感の正体に辿り着く。 

 それはかつて人身売買で買った人達を娯楽の為だけに殺害していた悪逆貴族を暗殺するために屋敷に潜入していたメイドと同じ行動であった。

 テルシェと名乗った女性だったが、その正体はついぞ分からなかった。本人は帝国暗殺部隊の者だと言っていたが、テルシェという名は存在していなかった。

 

 イエヤスの中で様々な情報が脳裏を過ぎる。

 

 キョロクでの護衛任務が失敗した時、謎の出来事があった。

 ずっと大聖堂にいて、そのままナイトレイドに暗殺されてしまった護衛対象であるボリックが大聖堂の外に現れて増援として用意されていた帝国兵達を止めていたというのだ。

 エスデスはこの不可解な話について一つの仮説を立てていた。

 それはナイトレイドには変装の名人、もしくは帝具使いがいるというものであった。

 

 一見、関係ない二つの話だがイエヤスは点と点が繋がり線となっていく感覚を感じた。

 

 既視感から偵察部隊員とテルシェが同一人物だとして、見た目は全く違うどころか性別すらも違っていた。

 だが、長年キョロクで過ごしていたボリックの部下達がボリック本人だと見間違う程の変装の達人ならば、性別の壁など容易く乗り越えてくるだろう。

 偵察部隊員がナイトレイドである可能性がイエヤスの中で巨大になっていく。

 ならば、その狙いは?

 

 

 

 

 

 ドクター・スタイリッシュは何処におられますか?

 

 

 

 

 

 シスイカンの中にまんまと忍び込んだのだ。他にも狙いはあるだろうが、イエヤスにした質問が、その狙いを如実に表していた。

 

 

「どうかしたのか? イエヤス殿」

 

 足を止めたまま動かないイエヤスを不審に思ったザスリー達が戻ってくる。

 イエヤスの様子にただならぬモノを感じ取ったザスリーは周りを警戒しながら尋ねる。

 

「ザスリー部隊長、シスイカンに戻りましょう!」

「……どういう事だ? 何があった?」

 

 イエヤスは自分の考えをザスリーに話した。

 さっきまで話していた偵察部隊員がナイトレイドの変装である可能性を挙げられたザスリーはにわかには信じ難い気持ちで眉を顰めた。

 

「彼は私もよく知っている者だ。見た目や言動に不自然な点は見られなかったが?」「エスデス隊長は変装に特化した帝具の可能性もあると言ってました」

「帝具……か。確かに帝具には常識では測れない性能を秘めた物も多いと聞く。………しかし」

 

 イエヤスの意見に耳を傾けながらもザスリーは判断を渋った。

 ここで引き返せば、偵察部隊の救援も攻城兵器の破壊もできていない今、なんの為に出撃したのか分からない。だが、イエヤスの言が本当ならば偵察部隊は恐らくは既に反乱軍の手にかかり全滅、さらに向かう先には罠が待っている可能性が高い。

 

「……イエヤス殿も確信があるわけではないのだな?」

「それは……はい、断言はできません」

 

 あくまで既視感から来る推測である事は認めるイエヤスは、これ以上ザスリーを説得する材料を見つける事ができずに歯噛みした。

 頭と口が回るランならば上手く説得できたはずだと、まだまだ戦闘力面以外での己の無力さを痛感したイエヤスは拳を強く握り締めて震わせた。

 そんな様を見たザスリーはイエヤスの勘を信じる事にした。

 

「分かった。イエヤス殿の勘を信じよう、これよりシスイカンに帰還する! 異存はないな?」

 

 ザスリーの言葉を聞いた遊撃部隊の隊員達から反論の声は上がらなかった。

 これはイエヤスの話を信じているというわけではなく、ザスリーの判断を信用しているからというのが大きく、それはイエヤスにも分かったが、それでもイエヤスは有難さから遊撃部隊の皆に頭を下げた。

 

 足並みを揃えてシスイカンへと向かう遊撃部隊。

 ひとまずはシスイカンの無事を確認するべく、最短でシスイカンが見える位置まで駆け抜けた遊撃部隊は目にする。

 

 

 反乱軍本体を相手に鉄壁を誇っていたシスイカンの城門が全開で開いている姿を。

 

 開かれた城門からシスイカンへと続々と侵入していく反乱軍の姿を。

 

 シスイカンからは異常事態を物語る黒煙が上がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 反乱軍による本格的な侵攻が始まっていた。

 

   

 

 

 

 

 



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