ハナモリクサ (黒歴史ノート)
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00.花と草

単発クロスオーバーです。ご注意ください。


 どこまでも透き通るような青空に、こんもりとした入道雲。

 左手を見れば、傾斜のきつい坂を、四本の線路が伸び上がっていく。

 右手を見れば、大地の底が抜けたような青空が広がり、四本の線路が雲の彼方まで伸びていく。

 そして、足下を見ればそこは小さな駅のホーム。

 足を踏み外せばどこまでも落ちていく空にぽつりと佇む小さな駅に、三ノ輪銀はふとした瞬間立っていた。

 

「どこだ、ここ?」

 

 銀は状況を整理するのに、直前の記憶をあえて言葉に出した。

 

「三匹のバーテックスを、ギリギリ追い払ったところまでは覚えてる」

 

 これは覚えていると言うより、生々しい感触が身体に残っていた。

 三ノ輪銀は、世界を滅ぼす怪物達と戦う勇者であった。

 記憶にある最後の戦いの中では片腕がもげて、腹に穴も開いて、出血量から死の予感を覚えつつも、銀は痛手を負わされたバーテックス達が撤退するまでを両目でしかと見届けたのだ。

 あの身体で味わう死の感覚は、断じて夢ではありえない事だった。

 

「じゃあ、こっちが夢か」

 

 銀が身体を見れば、もげた腕も繋がっており、腹の穴も塞がれている。

 そんな都合の良いことが現実に起こるわけがない。

 それならこちらを夢と考えるのが妥当だった。

 

「おー、来た来た! 二人目が来た!」

「コショ~」

 

 そして、夢の中であれば誰が出てきても違和感は無いものだ。

 駅員のような、帽子もジャケットもお父さんの制服を勝手に着たような格好の少女が声をかけてきたが、駅なら駅員がいるのは当然だなと、銀は納得するのだった。

 その傍らにいるコショコショと喋る空飛ぶマンタも、我が夢ながら良いセンスだと首肯した。

 

「いや待ってたよ。最近ラッシュ続きで、人手が足りなくてさぁ」

「コショコショコショ~」

「おぉ、そういう事なのか・・・・・・?」

「そういう事だから、よろしくな!」

 

 駅員の少女に案内されて入った駅舎の中には、大きなガラス玉のような物がいくつも転がっていた。ガラス玉の中には植物や船、建物のような光体が収まり、白熱電球のフィラメントのように輝いている。しかし、ガラス玉の表面は時間を経た結果なのか、ひどい汚れに覆われており、フィラメント本来の輝きを曇らせてしまっているようだった。

 

「こいつらを、ぴっかぴかにしてやるんだ。はい、布巾」

「おぉ、なんだかよくわかんないけど、楽しそうだな!」

 

 駅員の少女から布巾を受け取った銀は、掃除や洗濯は好きな方だった。

 小学生ながらに、テレビコマーシャルでしつこい油汚れの換気扇がぴかぴかになる画を見るだけで、わくわくどころか感動さえするのだった。

 

「よし、ぴっかぴかにしてやるか!」

 

 それでも、銀が深く考えずガラス玉に飛びつくのは。これをあくまで夢と信じるゆえだった。

 

「貴女、新人・・・・・・?」

「お、ひょっとして先輩? 三ノ輪銀です、よろしくおねがいします!」

「郡千景よ・・・・・・」

 

 銀はせっせとガラス玉を磨き、ガラス玉に埋もれていた先輩も掘り出した。

 千景とはそのまま、ガラス玉を磨きながら雑談にも興じた。

 

「先輩はどれくらい先輩なんです?」

「かれこれ三百年はこうしてるわね・・・・・・」

「三百年!?」

「玉を磨いて、ゲームをして、どん兵衛を食べる日々よ」

 

 ちなみに千景が三百年続けているというゲームを少しだけ見せてもらったが、銀の夢らしく非常に生々しいゲームだった。敵は世界を滅ぼす怪物バーテックスで、ボスの攻撃が掠れば即死、こちらからボスへの攻撃はライフバーをミリ単位でしか削れないのに、ボスは当たり前のように自然回復する。長期戦でただでさえ神経が削れるのに、パターンを作ろうとするとそれを逆手に取った初見殺しを仕掛けてくる恐ろしいAIをボスは搭載しており、千景は三百年かけてそれをクリアできずにいるそうだった。

 

「これって、ソロでクリアできるゲームじゃなくないですか?」

「でしょうね。・・・・・・三ノ輪さん、一緒にやってくれる?」

「もちろん!」

「じゃあ、玉磨きが終わったら一緒にやりましょう」

 

 駅舎を埋め尽くしていたガラス玉磨きは、四人でも数日がかりの大仕事になった。

 しかし、ピカピカになるまで磨き上げたガラス玉は全て無事に梱包材と一緒に箱に詰められ、出荷されたのであった。

 

「ペラー・・・・・・」

「よしよし、荷物は全部乗せたし、あとはよろしく!」

 

 荷物を受け取りに来たのがペラペラと喋る空飛ぶウミガメだったのは、やはり夢のようだった。

 浦島太郎みたくウミガメの背中に乗りたいと思っていたのは、誰も知らない銀の秘密だった。

 

「いやー、たすかった! ありがとな!」

 

 そして、荷物を預かったウミガメを見送った駅員の少女は、非常にハイテンションだった。

 

「今回も大仕事だったからなぁ。ご褒美がたくさん来るぞー!」

「コショコショコショコショ」

「だよなー! もう最近は使い道に困るくらいだもんなー!」

 

 どうやら、ガラス玉を磨いて出荷するとご褒美が貰えるらしい。

 ご褒美はいろんな物と交換ができるそうで、駅員の少女やマンタは紅茶が良いとかハチミツが良いと言っている。

 

「私はケムリクサにするわ・・・・・・」

「ケムリクサ・・・・・・ってなんすか?」

「植物みたいな物よ。いくつも種類があって、私はモモがほしかったの」

 

 千景が欲しいという、ケムリクサは植物のようなものらしい。

 いろいろな用途に使えて便利だそうだ。

 うっかり花瓶を割った時も、ミドリのケムリクサで解決。

 気分が落ち込んだ時も、ミドリのケムリクサの煙を吸えば平常に戻るそうだ。

 

「モモは複製ができるの」

「複製?」

「人間も増やせるの。ほら、一人きりだと対戦ゲームができないでしょ?」

「千景先輩・・・・・・」

 

 駅員の少女は争いが嫌いなのか、対戦ゲームには後ろ向きで、マンタは付き合いは良いもののコントローラを操作できないので背後でコショコショと応援をしてくれるだけらしい。そこで自分が増えれば良いと考えてしまうあたりに、これを夢だと信じている銀は、一人で何でも背負ってしまいがちな自分の心の闇が千景なのだろうかと、妄想するのだった。

 

「三ノ輪さんは何がいい?」

「うーん、しいて言うなら須美と園子のところに帰りたいけど・・・・・・」

「その二人は、三ノ輪さんの友達かしら?」

「親友っす」

「そう、それならミドリのケムリクサね。三ノ輪さんの故郷に水はある?」

 

 銀も千景に勧められるままご褒美を選んだが、しかし、小さな駅舎には売店があるわけでもなく、線路伝いにやってくる誰かにお願いして欲しい物とご褒美を交換する決まりらしい。そして、ケムリクサを持ってきてくれる人は少ないらしく、次回の交換で手に入らない場合は千景が育てているミドリのケムリクサの株を分けてくれるという話になった。

 

「モモのケムリクサが無ければ、私はどん兵衛にするわ」

「千景さん、どん兵衛好きなんすね」

「ここで安定して手に入る、唯一のうどんだからよ」

 

 どうして銀の夢なのに、どん兵衛推しなのかはわからなかった。

 ふっくらした油揚げと染みた出汁は確かに美味しいが、それでも即席うどんである。

 たまには手打ちうどんも食べたくなるだろうと、銀は思うのだった。

 

「千景先輩も、あたしと一緒に来ます? うどん、おごりますよ?」

 

 そして、銀の提案に千景が驚いた目をした理由もわからなかった。

 いや、三百年もここに留まっている相手に気楽に言い過ぎたかとは思った。

 しかし、うどんを食べに行こうと誘うくらいの事で気負う必要は無いとも思った。

 

「お、そろそろ行くのか?」

「コショコショ?」

 

 銀と千景の会話に駅員の少女とマンタも混ざって、千景は少し身構えた。

 しかし、しばし考える様子を見せてから、やがて観念したように嘆息した。

 

「えぇ、そろそろ行くわ・・・・・・」

「おぉーっ! それじゃあ送別会だな! そうだ、今回のあたしのぶんもついでに持って行きなよ。餞別だからさ!」

「コショコショコショ」

「お? お前も餞別をやるのか? よしよし、これだけ期待されたらクジラもどえらい荷物を持ってくるぞ、きっと!」

 

 それから数日、銀は千景と一緒にゲームをしたり、駅員の少女とお茶をしたり、どん兵衛を食べたりして過ごした。ゲームは最初は千景の足下にも及ばなかったが、筋が良いと褒められつつ練習を重ねて、最終的には千景が三百年クリアできなかった最終面の手前まで一人で到達する事ができた。最終面も千景と協力すると思いがけずあっさりクリアできてしまったのは肩すかしだったが、千景曰く、所詮はゲームだそうだ。

 とはいえ、千景の表情は清々としており、長年のしこりが取れた様子だった。

 三百年ずっとゲームばかりしていた千景がお茶に付き合ってくれるなんてと喜ぶ駅員の少女に惜しまれつつ、銀と千景は駅にやってきたクジラが満載していた荷物の中から希望の品を交換してもらい、二人揃って意気揚々とウミガメに乗って駅を出るのだった。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

「うぉあっちぃ!?」

 

 一瞬前まで、銀は千景と空飛ぶウミガメに乗っていた。

 しかし、それが気づけばまた一人きりで、炎の中にいたのである。

 とんでもない、夢オチにも程があった。

 しかも、炎だけでも酷いのに、そこはさらに狭く息苦しい場所だった。

 足下に扉らしき物が見えたので、咄嗟に火事場の馬鹿力で蹴り開けて脱出には成功するが、まさに危機一髪の状況であった。

 

「うぉぉぉ、死ぬかと思ったーー」

「ねーちゃん!?」

「お、鉄男?」

 

 そして、蹴飛ばした扉の外には、妙に黒っぽい格好の弟がいた。

 甘えん坊な弟、三ノ輪鉄男の顔をそうそう見間違う銀ではない。

 いや、よくよく見れば弟だけではない。

 銀の父母も、まだ母に抱かれている末弟も、それどころか親戚まで揃っていた。

 あと、仮面の神官が蹴飛ばされた扉の直撃を受けたらしく呻いていたが、それは良い。

 一族が揃いも揃って、まるで葬式のような格好なのが気になった。

 

「えっと、これってどういう状況?」

「ねーちゃん!」

 

 しかし、銀の疑問へ答えてくれる人間は居なかった。

 弟に飛びつかれ、父に抱きしめられ、銀はただ困惑しつつ、その手に持っていたケムリクサを握り直すのだった。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 結論から言うと、銀は世間では数日前に死んだ扱いになっていた。

 それも、世界を守るお役目に殉じた英霊として、立派な葬儀が行われたらしい。

 銀が意識を取り戻したのは、火葬場の釜に入れられた直後の事だった。

 

「えっと、あたしが死んだ後にも戦いがあったみたいだけど、二人だけで戦わせてごめんな?」

 

 そして、そんな銀のまず直面した課題は、意図せず仕出かしたドッキリの収拾だった。

 

「銀・・・・・・っ!!」

「ミノさ~んっ!!」

 

 とりわけ、銀の告別式の最中にやってきたバーテックスに銀の敵討ちだと出撃したらしい親友の、乃木園子と鷲尾須美の二人に対しては、どんな顔で会えば良いのかもわからなかった。

 どうやって生き返った云々の説明についてはまだ良い。

 ケムリクサには水が必要なんだっけと家の浴槽に握りっぱなしだったケムリクサを放り込むと、千景が出てきたので、不思議な事に関する説明は丸投げできた。

 しかし、それで解決しない心の問題に、銀は直面しているのだった。

 

「えっと、須美も園子もビビったよな。壮絶な死に様を晒してたっぽいし、ホントごめん!」

「あぁ、銀が温かい・・・・・・」

「ミノさんの声が聞こえる、ミノさんの心臓の音がするんよ~・・・・・・」

 

 銀を抱きしめて離さない二人は、銀が命を落としたバーテックスとの戦闘においては、敵の不意打ちを受けて戦闘不能に陥っていた。そして聞いた話によれば、戦闘終了後にかろうじて装備の治癒能力によって動けるようになったところ、たった一人でバーテックスから世界を守り切った銀の遺体を発見して、損傷の激しいそれを回収する羽目になったそうだった。

 たったそれだけの話でも、二人が大きな心の傷を負ったのは想像に難くなかった。

 そんな三人を見守っている千景"達"の視線も生暖かかった。

 

「観念しなさい。そんな力一杯に抱きしめてくれる人は貴重よ」

「往生際が肝心よね」

「貴女が死んでいる間、きっと大変だったのよ」

「大好きな相手を守れなかった辛さ、私はよくわかるわ」

「戦場から友達の遺体を回収するのって、けっこう心に来るのよね」

「あまり思い出したくないわ。ゲームしていいかしら?」

「対戦しましょうか?」

 

 若干二名、銀達を見ていない千景がいたが、それはさておく。

 千景が七人もいるのは、本人達が言うところによれば、モモのケムリクサを応用して肉体を再構成した結果であり、水を消費して数を増やす特性を獲得したそうだった。

 それぞれを『ちかっち』『ちかじ』『ちかぞう』『ちかよ』『ちかこ』『ちかむ』『ちかな』としているらしいが、銀に区別はついていない。

 

「それにしても、七つ子さんなんて初めて見たんよ~」

「大社・・・・・・今は赦すの大赦かしら? 大赦が私達に装備を提供するなら、ここからまた四十九人まで増えるわよ」

「それは、たぶん装備が足りなくなるかと~・・・・・・」

 

 ちなみに大赦とは、銀達にバーテックスと戦う装備を提供している、この世界の守護神である神樹様を祀る組織である。千景達に言わせれば、天の神が人類を滅ぼす為に遣わした先兵であるバーテックスの正体はおろか、バーテックスの存在すら人々に隠して、銀の死因も神樹様のお役目の為だったと隠して悪びれない現在の大赦は、三百年前より若干腐っているそうだが、それでも世界を守る為に存在している組織には違いなかった。

 

「そう・・・・・・。それなら、ケムリクサで複製して勝手に揃えるわ」

 

 しかし、千景達はそんな大赦に頭を下げて装備を確保する気は無いようだった。

 そして、そういう態度を取っていると、何事も上手くいかない物らしい。

 千景達が複製で作成した装備は、すぐに形ばかり同じのガラクタと判明するのであった。

 まるで装備にバーテックスと戦う力を与えてくれる神樹様に嫌われたような結果であった。

 

「どうするの、ちかっち。四十九人御先作戦がいきなり潰れたわよ」

「弱気になったらダメよ、ちかじ。ケムリクサだけでも戦えるわ」

「その主張、根拠が無いわよね。貴女、乃木さんに影響された?」

「呼んだ~?」

「貴女じゃなくって、乃木若葉っていう女の話よ」

 

 しかし、千景達が意図せず場をかき乱してくれたおかげで、銀に抱きついていた須美と園子のうち、園子はだいぶ調子を取り戻したようだった。元からメンタルが強い園子だから、千景達の知人にして先祖である乃木若葉の話を聞きに行って、銀から自然と離れてくれたのだった。

 

「えっと、須美・・・・・・?」

「嫌、絶対に離さない・・・・・・」

 

 しかし、心が繊細な須美は、銀から離れようとしなかった。

 自業自得であるから、銀自身は何も言えない。

 銀の遺体を背負った感触を消したいという須美に背中から抱きしめてほしいと言われれば、銀は言われるまま従い、顔を見たいと言われれば、これまた言われる通りに正面から抱きしめた。須美は目を熱っぽく潤ませて、銀に身体を擦り付けてくる怪しい挙動も見せたが、銀は高ぶった感情を宥めるように背中をポンポンと優しく叩くに留めるのだった。これも一種の吊り橋効果である。

 

「そういえば、カラスは仲間の死体を見て発情するらしいわね」

「銀は死体ではありません」

「発情は否定しないのね・・・・・・」

「ちかこ、やぶ蛇はやめなさい」

 

 だんだんと銀を身体を撫でる須美の手が、服の中に入ってきているような気もしたが、須美を傷つけたくない銀はこれを止められずにいた。少し恥ずかしくても自分が我慢すれば良いという、銀のお人好しな性格も後押しして、須美の手が危ない箇所まで伸びても須美を止める事ができず、他人の指でデリケートな箇所に触れられた身体の自然な反応として体温が上がり、体温が上がれば呼吸も荒くなるのだが、それでいて必死で平静を装うのであった。

 

「こ、これはなんと・・・・・・っ! 永久保存版なんよーっ!」

「「「「「「「ごくり・・・・・・」」」」」」」

 

 しかし、銀と須美が絡まり合うのを、千景達が人垣を作って隠して、園子が高速でどこからか取り出したカメラのシャッターを切っている有様は、あたかもいかがわしい撮影会の如くであった。

 

「いつも真面目で優等生なわっしーが、こんな風になるなんて・・・・・・。ミノさんもこんなにしおらしくなって・・・・・・。お宝、お宝映像なんよーっ! 動画も! ビデオも回さなきゃ!」

「ビデオ・・・・・・? はっ! ダメよ、そのっち、全部消して!!」

「ナイス園子・・・・・・。やっと須美が正気に戻った・・・・・・」

 

 そして幸か不幸か、園子が興奮してビデオカメラをいくつも設置して二人の絡みを記録しにかかった事で、須美が今更ながらに羞恥心を思い出して、銀はかろうじて解放されるのだった。銀の着衣の乱れは激しく、とても人前に立てる格好ではなくなっていたが、こちらは幸いな事に、千景達の人垣がきちんと人目を遮ってくれる格好になっていた。

 

「なんで止めてくれなかったんすか・・・・・・」

「えっと・・・・・・そういう関係なのかもって・・・・・・?」

 

 しかし、それはそれとして、たまたま目が合った千景に銀は恨み言をぶつけるのだった。

 

「千景さん達は、親友に押し倒されても良いんですか・・・・・・?」

「・・・・・・悪い気はしないわね?」

「あ、そっすか・・・・・・」

 

 そして、これまたやぶ蛇であった。

 この千景はずっと変わらない立ち位置からして、ちかっちである。

 

「乃木さんに押し倒されたら・・・・・・」

「「「「「「当然、ぶん殴るわよね?」」」」」」

「えっ、そうね・・・・・・」

「ちょっと聞き捨てならないわ。ちかっち、どうして高嶋さんを差し置いて乃木さんなの?」

「やっぱり、ちかっちは乃木さん色が濃いと思っていたのよ・・・・・・」

「どういう突然変異なのかしら・・・・・・?」

「べ、別に乃木さんも悪い人じゃなかったでしょう!?」

「「「「「「良い悪いじゃない。大嫌いなの。貴女も千景ならわかるでしょう!?」」」」」」

「くっ・・・・・・」

 

 バーテックスと戦う人間は同性に興味を抱いてしまう事が多いのだろうか。吊り橋効果と言えばそれまでだが、これから思春期になる親友との関係を思うと、銀は否応無く不安になるのだった。

 

「ちかじは乃木さんと助け合った最期に何も思わないの?」

「高嶋さんを差し置くほどのインパクトは無いわ」

「ちかじドライね」

「じゃあ、ちかこは最期をどう思ってるの?」

「私の死体を持ち帰った乃木さんが、身体に染みついた死臭を我慢する様子を想像するわ・・・・・・」

「ちかこ、さっきからそういう話が好きね・・・・・・」

 

 そして、好き勝手に話し込んでいる千景達も、銀はかなり心配であった。

 夢の世界から連れ出したのは銀だが、まさか増えるとは思っていなかったのだ。

 

「ちかこ、土居さんと伊予島さんが好きだったでしょ?」

「・・・・・・ちかよ、馬鹿にしてるの?」

「まだ何も言っていないわよ?」

「私はただの露悪趣味の中二病キャラよ。あの二人を馬鹿にするなら、私でもぶち殺すわよ?」

「何も言ってないのに・・・・・・。でも、そうね、ごめんなさい」

 

 そのうえ、夢の世界で淡々とガラス玉を磨いていた時とは打って変わって、それぞれが同一人物とも思えないレベルで無軌道に動き始めて、このままでは収拾がつきそうになかった。

 この七人はまだ家すら決まっていないのに、これからどうするつもりなのか。

 

「三ノ輪さん、ちょっと良いかしら・・・・・・?」

「あ、丁度良いところに、えっと・・・・・・」

「千景でいいわ」

「いや、それだと区別がーー」

「ちかぞうは絶対に嫌。誰が何と言おうと、千景よ」

「あ、はい・・・・・・」

「ちかっちが余計な事を言い出したから・・・・・・。あ、六人には内緒よ?」

 

 なお、七人の千景が大赦から注目を浴びるまでには、もう少しだけ時間を置く事になる。

 神樹様に選ばれていない人間に対する、大赦の反応は薄い物であった。

 千景達の大赦を避ける姿勢も手伝っての事だが、大赦が銀の戦死に対応して装備に追加した、身体機能の一部を神樹様に供物として捧げて力を得る"満開機能"で生じる心身の障害を、千景達がケムリクサで回復して見せるという想定外の動きをして、ようやく注目を浴びるのであった。

 

「それと話だけど、食事は水で良くても、寝床が欲しくて・・・・・・」

「とりあえず、うち来ます?」

 

 それまでの千景達は、三ノ輪家に居座る七人の水飲み女として、特に注目も浴びずに過ごす事になる。

 なお、三ノ輪銀のサポートについた精霊は七人ミサキであるという誤解が一部の大赦関係者に生じたりもするが、それはまた別の話である。

 

 

 

(つづかない)

 




ご読了、ありがとうございました。

郡千景:なんやかんやで傾福さんの所に流れ着いて、バーテックスにリベンジを誓ったりもしたけれど、どうせ勝てるわけがないと諦めたり、大好きな相手がいなくなった世界を救ったところで居場所も無く意味も無いと諦めたりして、ガラス玉に埋もれていた。ケムリクサの化身になって個人としては消滅。

ちかっち:ちかちゃんズのリーダー気取り。乃木若葉を目標にしているが所詮は千景。
ちかじ:ちかちゃんズのクール担当。諦めやすいとも言う。
ちかぞう:ちかちゃんズの不憫担当。嫌な事を嫌と言えない子。
ちかよ:ちかちゃんズの癒し担当。高嶋友奈に憧れているが所詮は千景。
ちかこ:ちかちゃんズのヤベーヤツ。ネクロフィリアじみた話題で場の空気をおかしくする。土居球子と伊予島杏の話をするとキレる。
ちかむ:ちかちゃんズの引きこもり。すぐにゲームで心を閉ざして、一人では何もできない。
ちかな:ちかちゃんズの縁の下の力持ち。自分よりダメなちかむの世話が好き。


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