海賊と〇〇、時々鉄の華 (鉄のクズ)
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1話

第一話

 

 

 

 P.D.323年、火星テラフォーミングが完了した後の時代――――

 

地球圏の統治機構を滅ぼした「厄祭戦」が終結してから約300年が経過、次世代の統治機構(支配者)となったギャラルホルンによる再構築が成されてから幾星霜。当初こそ社会保全機構として真っ当に機能していたギャラルホルンも現在では経年劣化が深刻化し、腐敗臭が宇宙越しにすら届くようになってしまった。

 

 その有様たるや無辜の人々を蹂躙しておきながら、その対岸に居座る海賊をはじめとした非合法組織への取り締まりは杜撰と言う本末転倒具合。腐敗した彼らからすれば、ならず者(玄人)相手は怪我をするから一般人(素人)の方が安全だしタマの節約にもなる、ということなのだろうか。始末が悪いことにこんな無茶苦茶を、特に地球外に住む人々(彼ら曰く人間モドキ)相手なら臆面もなく言ってのける人物が世界の警察を自認しているのだから世も末である。

 

 さて、世界の軸ともいえる警察・治安機構がこの様であれば、当然それらに付随する諸々もまたその煽りを受ける。その代表と言える存在が二つあった。

 

 一つは『ヒューマンデブリ』。意味は戦争によって生まれた、宇宙に散らばる屑鉄と同程度の価値しかない人間とのこと。人間が宇宙へ進出する以前に比べて、どれほど命の価値が下落したのかを最も端的に表した言葉といえよう。大昔も決して楽園とは言えなかっただろうが、少なくともこんな言葉が公衆の面前で、声を大にして言えるかという意味では上等だったのだろう。

 

 もう一つは、といえばそれは『海賊』である。宇宙を海に例えるとは洒落が効いているが、実態はと言えばまさしく洒落になっていない。何せ賄賂を贈るなり尻尾を振るなり、人に言えない()()()を請け負うなりすれば世界の警察から目溢しをしてもらえる。地球圏外の法・労働環境・資源が劣悪なことも合わさり、世はまさに大海賊時代だと言えよう。ヤクザが国どころか星一つ手中に納めているのだから誇張でも何でもない。そしてこれは真っ当なやり方では『人間らしい生き方』すら困難だと言う現実の現れでもある。地球以外での生活のパイが少なすぎる……どうあっても足りないなら横から奪うしかない、と。

 

性質が悪いのは彼らの存在がギャラルホルンにとって寧ろ好都合である、と言う点だ。世界の警察だ、と声高に吠えている()()では存在意義としては弱い。いずれ規模の縮小、権限の制限が取立たされるのは目に見えている。誰だって無条件に頭を抑えられるのは気分が悪いのだから。

 

しかし海賊という脅威がある限りそれを切り出すのは難しい、何故なら地球の経済圏は選挙制度が採用されているからだ。実害が出てしまえば政治生命に差し障るという及び腰がギャラルホルンの増長の一因なのは言い過ぎではあるまい。

 

 さらには、海賊という存在は先に述べたヒューマンデブリとも密接な関係にある。組織と言うものは兎角金を喰う。その中でも最も大きな割合を占めるのが人件費である。しかし『宇宙に漂う塵と同じ値段』で取引できる人材があるのだから、計画性のないゴロツキでも意外と経営が何とかなってしまうのだ。そして少し頭のまわる海賊が、需要と同じくらい供給側にも回るのでデブリは年々加速度的にその数を増やしている。そして海賊から身を守る側の傭兵や民兵組織もまた彼らに対応するためにデブリに目を付けるという悪循環が発生している。本当にどうしようもない世の中になってしまっている。

 

 

 

 ―――さて、前置きが随分と長くなってしまったことをお詫びしたい。だが、これから始まる物語には、これらの前話が重要になってくる。これより始まるのは、命の糧を得るべく戦場を掛けるオルフェンズ(ヒューマンデブリ)達………と奇妙な縁を持ったあるオルフェンズ(海賊)達が歴史に刻んだ足跡である。

 

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

 

 ――――火星からほど近いとある宙域、公に拓かれた航路より外れた所謂『裏ルート』とでも呼称される場所で、2隻の艦が対峙していた。

 

 と言っても、その言い方は少々語弊があるかもしれない。方や推進システムを的確に破壊され完全に停止した商船(と毛が生えた程度の護衛艦数隻)で、通信設備から流れる降伏宣言がなくてもどちらが勝者か一目瞭然である。

 

 対してもう片方の艦はというと、ハーフビーク級戦艦を一回り程大きくしたようなサイズであり、型に目立った所は無いがカラーリングが不自然なものになっている。まるでパッチワークのような、所々にメインカラーと異なる色をした装甲に覆われた仕様になっている。その所為で手入れが行き届いているのにジャンク品の様に見えてしまう。

 

 これだけであれば、地球の外ではどこでも見られる海賊の襲撃である。しかし普通の海賊ではありえない、ある特徴があった。それは――――。

 

 

「―――船内への催涙ガス注入完了。あ?降伏した?ふざけんな向こうが俺達が考えるより屑だったらどうするつもりだよ。顔も知らねえ奴より仲間の命の方が万倍大事だろうが。ほら、さっさと行くぞッ!」

 

「周辺宙域にハイエナの痕跡はないっす。もし獲物がSOSを出してても、最短で着くのは最低でも6時間後っすから慌てなくても大丈夫ですよ!」

 

「すんませーん、頭領は手ぇ空いてますかー?頭領が言ってた通りのブツが出てきたんで指示をください。俺達にはガラクタにしか見えないんで」

 

「ああ、お手柄ですよペドロ。まあガラクタにしか見えませんよね?何せ君が言っている通りのスクラップですから。まあ世界で殆ど現存していない、という但し書きが付く代物ですが。―――それはともかく皆さんご苦労様です、港に着いたら臨時給を出しますので有給申請をお忘れなく」

 

『おっしゃあぁッ!!』

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()というものである。ヒューマンデブリを主力にしている、というなら掃いて捨てるほどありふれた事例だが、頭目まで彼らとさして変わらない20歳前後の青年となれば非常に珍しいと言えよう。しかも下っ端の連中が生き生きとしており、デブリ相手にボーナスと有給休暇を与えるなど絶滅危惧種か突然変異種レベルの希少さだ。

 

 

 意気揚々と戦利品を曳行しながら凱旋する彼らは、かつてブルワーズと呼ばれる海賊に『所有』されていた元ヒューマンデブリと彼等に手を差し伸べた元用心棒である。

 

 

□□~~~□□

 

 ――――俺、昌弘・アルトランドは今仲間たちと一緒に服屋に来てる。なんでこんな食い物もない場所に来たかといえば、ヒューマンデブリとして売られる時に離ればなれになった兄貴が見つかったって頭領が言ってて、次の航海で火星に行くから舐められない格好にしろ、だってさ。

 

 ここのコロニーは元々ブルワーズの縄張りだったこともあって、街の奴は大体俺達を知ってる。だから昔を知ってる奴は俺達がガキだからって喧嘩売ってきたりしないし、今を知ってる奴は輪をかけて絡んでこない。頭領って見た目は良いトコのボンボンだから下に見られるけど、怒らせたらブルックやクダルより遥かに恐ろしい。此処の連中が俺達にまで下手に出るのも、あの二人の『末路』がどうなったか知ってるからだしな。

 

 店に行ったら頭領がもう注文を出してくれてたらしくて、そこには全員分の新しい制服が用意されてた。難しいことはよく分かんないけど、これ来たまま白兵戦が出来るくらい防刃防弾加工がされた代物で、かなり値が張る特注品らしい。

 

火星で会う奴等は民兵組織らしく、下手に着飾るよりこういったものの方がよっぽど効くらしい。連中の見る目の無さによってはその場で『御仕事』になる可能性があるから、それを踏まえた衣装らしい。……何かむず痒い、俺達なんかにこんなにしてくれてどんな顔すれば良いか分からない。

 

 皆で着替えて店を出た後、全員で美味い飯屋に繰り出して騒いで帰る。正直今こうしていても信じられない、俺達がこんな風に笑って過ごせる日が来るなんて。

 

 

 

 あの人が現れてたのは2年前、グダルが大きい仕事があるからと言って連れてきて、俺達と同じ部屋に居るようにって顔合わせさせられたのが始まりだった。擦れてはいるけど見るからに『育ちがよさそう』だったからみんなで警戒したし、必死で息を潜めてた。だって俺達が知ってる『大人』はみんな俺達のことをネズミかゴミ呼ばわりしてきたからな。しかもグダル達が雇うくらいだから俺達よりよっぽど強い訳だし、何されてもどうにもならないって不安だった。

 

 でもあの人はびっくりするくらい無害だった。殴るどころか手当やMSの修理をタダでしてくれたり、時々だけど自作したっていう素と合成食材で“カレー”を振舞ってくれたりした。ヒューマンデブリになって以来、腹一杯メシにあり付けるなんて初めてでつい涙が零れたのを覚えてる。流石にグダル達も私物のことで部外者にあれこれケチを付けられないし、あの人の腕を知ってからは文句も言えないみたいだった。

 

 何より有難かったのは、あの人が無茶苦茶強かったことだ。使ってるのはギャラホの代名詞のグレイズを弄った奴なんだけど、どうやってそういう風に操縦してるのかすら理解できなかった。しかもグダル達と違って俺達を盾にしたりしなかった。それどころかまるで自分を盾にして俺達を守るような動きをしてて、一体何の冗談だとあの人の正気を疑ったこともあった。でもお陰で仲間が戦死する機会が激減したし、何より『この人の言う通りにすれば生き残れる』って希望が何より有難かった。

 

 まあそういうことが続いたからか、自分でもびっくりするくらいあの人に懐いた。俺だけじゃなくみんながそうだった。ブルックがそんな俺達をみて何か妙だってあの人を警戒し始めたけど、残念ながらその反応は遅すぎたんだ。

 

 ある日、いつも通り狭い部屋に押し込められていると突然凄い銃声が響き渡った。()()()()()()()()につい飛び起きてしまった。だってそうだろう?宇宙なら狭くて一人ぼっちのまま鉄の箱が潰されて終わりだし、船の中なら俺達は唯の痩せたガキだ。殺すのに弾なんて無駄遣いだって殴り殺されたり他には……いや、やめよう。胸糞悪くなるだけだ。

 

 とにかく初めての事態に慌てた俺達は、普段立ち入りを禁止されてる船の中心部に入り込んだ。ここから聞こえてきたぞって扉を開くと、そこは既に血の海だった。生きてたのはブルックとグダルだけで、他は全員穴開きチーズみたいな姿になってた。

 

 ブルワーズの連中はクソみたいな奴等だったけど、それと同じくらい用心深く手は抜かない奴等だった。初めて会った時もあの人は入念なボディーチェックを受けてたし、コックピットの中から武器の持ち出しも厳重に取り締まってた筈だった。普段のあの人は服と時計、あとは金属でできた玉みたいなものを持ち歩くだけだった。それにしたって一度分解して安全だと証明した上でだ、どうやって数人とはいえ相手の縄張りで乗組員を抵抗すらさせずに殺せる装備を用意したんだろう?今でも全く分からない。

 

 この組織の正式な代表になってるブルックと、ブルワーズの看板役のグダルだけは生かされてたけど、虫の息のまま縛り上げられてた。俺達はビビりながらどういう事態ですかって聞いたら、あの人は最初からこうする心算で船にやってきたんだって言ってた。

 

 しかもブルックが最初に言ってた『大きい仕事』もあの人の仕込みだったらしい。なんでそんな手間のかかることをってグダルが喚いてると、あの人は一言。

 

「いや、この数年で職場を2度も失ってしまったもので。もういっそこうなったら自分で組織を旗揚げしようと思い立ちましてね?でも一から作るのも大変な上時間が掛りますし、海賊家業をコツコツ準備してというのも変な話でしょう。海賊家業の立ち上げ、いわば最初の御仕事なんですから、やっぱり『略奪』が一番()()()()()かなって」

 

 首を小さく傾げながら悪戯が成功したような人好きのする顔でそういう頭領は、手に持ってるゴツイ拳銃と不釣り合い過ぎて無茶苦茶背筋が寒くなった。笑顔は自然界では威嚇を意味してるってどこか昔に聞いた覚えがあるけど、まさにその通りだと思った。

 

 早い話がこの人、ブルワーズが持ってる財産・戦力・名声その他をまるごと頂戴しようって企んでた訳だ。ブルワーズは『夜明けの地平線団』を除けば海賊の中でも屈指の武闘派だ。その看板は取引や威圧に十分有用だし、話が分かる奴にはそのブルワーズすらあっさり潰した奴が現れたんだっていうアピールにもなる。それらを一人で用意するのは面倒臭いってさ。……出来ない、じゃないんだ。

 

 まだギャンギャン騒ぐ二人を物理的に黙らせた後、あの人はこっちに向き直って『君達はどうするんですか?』って聞いてきた。正直俺達もすげえビビってたから声が裏返ったけど、返事はみんな速攻で『着いて行きます』だった。

 

 だって、暴力が震えなくなったあいつらへの感情なんて『死んじまえ』か『ざまあみろ』しかないし。それに比べて頭領が俺達に暴力を振ったり怒鳴りつけたことは一度もないし、何より強い。誰に着くかなんて考えるまでも無かった。

 

 

 

 ―――そんな騒動があってからの2年間、頭領と一緒に色々やってきたけど今でも全員一人たりとも欠けずに生き残ってきた。まあ7割くらいは頭領のビックリ箱みたいな引き出しのお陰だけど。MSにしろ設備にしろ、あの人どっから調達してくるんだろう?何回聞いても絶対教えてくれないし。あと常に頭領の傍で浮いてる丸いのも変だ、『ハロハロ』とか『イッテコイ、イッテコイ!』とか何かしゃべってるし。他所であんな奴見たこと無いんですけど……。

 

 まあいいや。そんなことより大事なのは、あの人の傍にいれば『生きていられる』ってことだ。ゴミとしてじゃなく、人間として生きられる場所は此処にしかなかったんだから。

 

 

―――待っててくれ兄貴。もし頭領が言ってた通り本当にアンタが生きててくれたなら、その時は頭領に土下座でも何でもしてでもアンタと一緒にまた………。

 



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2話

 

 

「―――どうも初めまして。エインヘリア(E)リサイクル(R)カンパニー(C)代表取締役のジョシュア・ドレイクです。急な来訪にも拘らずお取次ぎいただき、誠にありがとうございます」

 

「あ、ああ。CGSのアタマ張ってるマルバ・アーケイだ。こちらこそあの『宙の悪魔(エルドラゴ)』にお会いできて光栄だ」

 

「その渾名は今は忘れてください。今日は海賊としてではなく、ただのベンチャー企業の社長としてここに来てるんですから。あくまでビジネスの話です、そう固くならないでください」

 

 出されたコーヒーに口を付ける20歳前後の青年は、付け焼刃ではなく身体に染みついた自然かつ綺麗な作法であり育ちの良さを窺わせる。それに対して持て成す側の強面の中年男性は、引き攣った内心を必死に笑顔で覆い隠しながら、それでも強いストレスと警戒心が大量の冷や汗となって現れている。何も知らない人間からすれば異様としか思えない光景だろう。

 

 しかし当事者であるマルバからすれば気が気でない状況だ。何せ火星でもそれなり以上に名の通った武闘派海賊であるブルワーズ、その腸を食い破って旗揚げされた新進気鋭の海賊団『ナグルファル』―――その頭目が目の前に居るのだ。数だけは多いモビルワーカーを揃えている程度のマルバ達と、20以上のMSおよびその乗り手を抱えている海賊では喧嘩にすらならないのは明白だ。

 

かといって海賊相手に下出に出過ぎるというのも却って危険。彼らはどうか知らないが、仁義を知らない破落戸は相手の弱さには徹底的につけ込み無茶苦茶をする。だから礼を欠かさず且つ頭を下げ過ぎない微妙なさじ加減が重要なのだが、それらはマルバの胃を加速度的に痛めつけている。何より話が突然過ぎるのだ、心の準備が何も出来ていないというのが彼の本心である。

 

「アンタ方は今話題の腕利き達だ。俺達零細民兵風情が肝を冷やすなってのは無理がある。……それで?今日は一体どういった用向きで?」

 

「ええ。私の大切な社員である昌弘―――ああ、貴方から見て一番右側に居る彼ですね―――の生き別れの兄弟が此処で働いているという情報を得たものでして。名前は昭弘君と言うそうです、間違いでなければ是非再会させてあげたいと思って参上した次第です」

 

 目の前の優男の発言にマルバは心の中で、買い物等の用事で壱番組(特にササイ)を放り出していた自分の先見の明を褒め称えていた。先に連中を部屋に通した時、ガキ共の背中の一部が少し膨らんでいた。つまりはそういうことなのだろう。だというのに、この男はガキ共を()()()社員だと言って憚らない。その目の前でそいつを『宇宙ネズミ』等と言えばどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。

 

 さてどうするか。昭弘は2つの阿頼耶識を埋め込むという自殺紛いの行為を行った甲斐もあってか、参番組のNo.2ではある。ではあるが所詮ヒューマンデブリ、あのナグルファルと誼を得るためなら安すぎる対価だ。普段であればマルバも二つ返事で即答していただろう。

 

 ところが現在CGSは少し厄介なヤマを抱えている。火星で最もホットな人物である『革命の少女』の護衛を、何の気まぐれかこの民間傭兵企業に依頼してきたのだ。しかも物好きなことに少年兵しかいない参番組を御指名ときた。弾除けのガキ共に看板背負わせなきゃならないこの状況で戦力低下は厳しい。しかもお嬢様がやってくるのは明日となっている。

 

 だとしても、それを馬鹿正直に連中に言う訳にもいかない。そもそもマルバが最初に散々冷や汗をかいていたのも、クーデリアの存在を嗅ぎ付けられたものだとばかり思っていたからだ。彼女は火星において熱狂的な支持を得ている。任務に失敗しても横から掻っ攫われてもCGSは終わりだ。これまでの実績は無に帰し火星で仕事が出来なくなるのだから。戦力差など言い訳にもならない。悩んだ末に出した答えは………。

 

「―――話はわかった。良いだろう、そこまでの熱意をお持ちならこちらも手放すのも吝かじゃない。ただし今すぐに、とはいかん。こいつらにはちょいと大きなヤマが控えてるからな。取引はそれが済んでからにしてもらいたい」

 

「………」

 

 敢えて情報を匂わせて()()()()()()、それがマルバの出した答えだった。参番組のネズミ共は、オルガを中心にどこで覚えてきたのか『筋』だの『仲間』だの分不相応な考え方を持っている。距離を置いてるとはいえ同じ参番組の昭弘もそれなりに毒されているようだから、大仕事の最中でお嬢様を手土産に逃げるなんてことは出来ないだろう。

 

それと同時にオルガ達を見捨てて一人逃げ出すなんてのも無理だろう。せめて仕事が終わらせてからじゃないと筋が通らない、なんて言い出せば完璧だ。噂通り手駒のデブリを溺愛してる『宙の悪魔(エルドラゴ)』は利益に傾いてお嬢を横取りも出来ず、それどころか昭弘が死なないよう手を貸す可能性すらある。あのナグルファルをタダで味方につけられるならこの仕事は終わったも同然、後から報酬を要求されるだろうが得られる実績と名声を考えれば十分にお釣りがくる。

 

「分かりました、あまりごねて話を拗らせてもお互いに得がありません。具体的な日取りや話の詰めは後日にしましょう。それより、その件の少年が本当に我々の探している人物か確かめさせてもらっても?」

 

「それは勿論、ではこちらにどうぞ。見張りが交代する時間だからちょうど戻ってきてる頃だろうさ」

 

 マルバが席を立つのに合わせてドレイクも腰を上げる。若造共に背を向けて歩きながら、マルバはこっそり溜まった息を吐きつつ思案する。一時はどうなる事かと頭を抱えたが、どうやらツキが向いてきたらしい。

 

 しかし()()()()()()だな、とドレイクについて考えを巡らせる。ネズミ好きなのもそうだが、その海賊家業も他所とは随分違うようだ。最初に名乗ったERCとはナグルファルのカバーカンパニーだが、そんなものを用意している海賊は今時珍しい。況してや表の顔で利益まで出しているのだから尚更だ。

 

 連中は自転車操業中のジャンク屋を幾つか抱え込み、自分の縄張りに漂うジャンク品を監視(と言う名の護衛)の下発掘・修理させ相応の価格で買い取っている。ジャンク屋は海賊の庇護と安定した取引を得る対価としてガキどもに技術やノウハウの習得をさせてるそうだ。そして海賊は同盟相手の賊仲間やコネクション相手に完成品を売りつけて儲けてるって寸法だ。

 

 その他にも、本業で稼いだ資金をそのジャンク屋にロンダリングさせて土地の買い取りを行っているそうだ。二束三文で買った不毛の地で何を企んでるのかまでは不明だが碌なもんじゃないだろう。

 

 あと有名なのは、地球へ戻る船ばかり襲ってるが圏外圏の船に関しては縄張りに入った奴以外手は出さないのだとか。流石に地球とセブンスターズ絡みのGH(ギャラルホルン)は避けてるようだが。他にはヒューマンデブリを増やすのを毛嫌いしてるとか、妙な技術を持ってるとかそんなところか。あくまでも噂の範疇だが。

 

 海賊と言えば馬鹿が好き勝手に襲って奪って売って殺すってのが相場だが、随分仕事を選り好んだりあれこれ手を出したりしているようだ。どうやってそれで儲けを出しているのか知りたいものだ。

 

 

 そうやって益体なく考えていたマルバであったが、目的の人物が見えたので思考を切り替える。まずは目の前の儲け話をまとめてからだ、と筋骨隆々とした少年へと声を掛けた。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「―――そうかぁ、お前は頭領って人の下で上手くやっていけてるのか。良か……よかった、い゛きてて……くれて、よかった。昌弘お゛ぉ」

 

「な……なんで、良かったって言うんだよ。兄貴は今も、大変なのに俺だけ…今、楽しくて、腹いっぱい食べれて、俺だけ、おれだけ、なのに」

 

「ばぁか、お゛まえが、嬉しいのが、嫌なわけないだろッ!ごめん、昌弘のこと、守ってやれなくて……その人と会えるまではお前の方がずっと辛かったのに……すまねえ、許してくれとは言わねえ。けど、ごめんな昌弘……」

 

「―――ッ!あ、にき……にいちゃ、ぅ゛、ふぁ、ああああ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

 滂沱の涙を溢しながら、それでもお互いに『また会えて良かった』と嗚咽交じりに言い抱きしめ合う兄弟。それを見て参番組の面子から貰い泣きをしている者がちらほらと見える。

 

 しかし反対に、ナグルファルの乗組員達は茫然と、訳が分からないといった風に見ていた。もちろん昌弘が兄に再会できたことは喜ばしいことだし、自分のことのように嬉しい。しかし、

 

「……なんで、あんな風に『良かった』って言えるんだ?昌弘だけ先に良い思いしてたのに、嫉妬も恨みもなく、あんなに嬉しそうに」

 

 ポツリ、と昌弘の戦友であるアストンがこぼした言葉が彼らの総意だった。もし自分達が逆の立場だったなら?兄が先に自由の身になっていて、自分がブルワーズのあの糞溜まりに今も居たとしたら?……あまつさえ、向こうに居る同年代の人達と仲良く暮らしていたとしたら?多分許せない、自分勝手で不毛な嫉妬だと分かっていても感情が爆発していただろう。

 

「まあ、あの子が『お兄ちゃん』だってことですよ。そりゃ聖人君子じゃありませんから君達が思うとおりの感情だってあるでしょう。でもそれ以上に優先する感情があるから、ああして何でもない顔して背伸しちゃうんでしょうね。誰でもできることじゃありません、昌弘は果報者ですね」

 

 そんな彼らを見たドレイクが苦笑混じりにそう告げる。今のご時世、圏外圏では貧困と人身売買が横行し過ぎて、家族愛を認識できない子供は少なくない。死別・口減らしその他様々な理由で人の価値が失われている。自治区や圏内では例が少ない為取立たされないが、かなり深刻化している問題だ。

 

「……よく、わかりません。俺は家族の顔すら覚えてないし。でも、いつか分かるようになるかな?」

 

「ええ、このまま生き抜いていけばいずれ必ず。世の中捨てたものじゃありませんよ、()()()()()()

 

「あー、でもなんとなく分かるっすね。俺も昔は良く怪我してたけど、その代わりにみんなが無事だったらへっちゃらだったし。だから“トクベツ”ってやつならもっと、すげえってことっすよね!俺もかわいい彼女とか……って、そういえば頭領『ハロ』は?いつも頭領の周りでふよふよしてるのにいないっすけど」

 

「ん?ああ、多分この施設の地下でしょう。前もって聞いてるので構いません。何でも“古馴染み”に会いに行くそうですよ」

 

「……???ロボなのに古馴染み?」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「―――――ん?なんだこれ?」

 

 上で感動の再会が行われている頃、CGS参番組の一員である三日月・オーガスは地下の動力室に来ていた。途中までは相棒のオルガ・イツカと一緒に地上にいたのだが、なんとも言葉にし辛い感情からここに足を運んでいた。今日は壱番組は全員出払っており、たまたまおやっさんこと雪之丞も居ない。なので一人になれるかと思いきや、見たことのない鋼の球体が転がっていた。何かの部品かと思い拾い上げてみると―――。

 

『ハロ!ナニモノ、ナニモノ!』

 

「…しゃべった。いや、お前が何者だよ」

 

 表情には全く出ていないが、本人的にはそれなりに驚きながら手を放す。すると球体はふわふわと独りでに浮き始める。耳らしき部分がせわしなく動いているが、多分浮力とは関係ないだろう。

 

「それでアンタはなんだ?何か今日来てた人達の仲間?それとも敵?」

 

『ハロ!【ヨシュア】トケイヤク!【ヨシュア】トオトモダチ!』

 

「ヨシュア?あの頭領とか呼ばれてた……でもあの人『ジョシュア』じゃなかったっけ?」

 

『ウエニイタダロ!イタダロ!ナンデココニ!』

 

「聞いてないし……。さあね、何となくここに来たかっただけさ」

 

 マルバのお客さんの持ち物を壊すわけにもいかず、大したもの(三日月視点)もないからと、とりあえず適当な場所へ腰かける。鋼の球体は先程までじっと見ていた『人型のデカブツ』から視線?を外し、三日月の周りをぐるぐる飛び回り始める。

 

『ハロ!ソレシッテル!【ウレシイ】!ケドイッパイダカラツライ!ムジカク!ムジカク!』

 

「辛い?嬉しいのが多いと嫌になるの?」

 

『ニンゲン!カンジョウガイッパイダトナク!カナシクテモウレシクテモナク!ナケル!――――【アグニカが一番愛した色だ】』

 

「……は?」

 

 先程までの機械音から急に流暢な声――しかも妙に不吉な感じをさせる―――にポカンとしていると、何時の間にか球体は外の方へと向かっていた。

 

「―――あ、おい」

 

『ハロ!ソロソロジカン!カエル!カエル!』

 

 ふわふわと飛んで行ってしまった不思議物体を、三日月は何とも言えない表情で見送っていた。

 



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3話

 

 

 

 ナグルファルの面々は一度火星にある拠点へと帰還した。話が済んだ以上もうCGSに用はなく、日取りも未定なら火星に留まる理由もない。何よりマルバが『もうすぐ躾の成ってない連中が帰って来るからお目を汚してしまう』と焦っていたのが最大の理由だ。

 

 昌弘は泣き疲れて眠ってしまい、後から仲間に弄られて真っ赤になっていたが同時に肩の荷が下りたかのようにリラックスしていた。何せ昨日までもし拒絶されたら、と夜も眠れなかったのだから。蓋を開けてみれば文句なしの名場面だったので喜びも一塩だろう。

 

 ともあれ火星での用事はほぼ完了した。次の仕事は地球にほど近い場所にあるコロニー群『ドルト』。此処から少し距離はあるが時間的にまだ余裕がある。CGSの参番組隊長とかいう少年には縄張りの航路図と連絡先を寄越すのが最後の仕事だ。火星から出る際にエスコートくらいはするが、その後は航路図通りに行けば問題は無い。地球への突入は単独では不可能だろうが、その頃には向こうから連絡が入る手筈になっている。

 

 妨害はあるかもしれないが本番は地球に入ってからだろう、というのがドレイクの予想であった。さっそく彼と部下が調べてみたところ、CGSの依頼内容はノアキスの7月会議で一躍有名になった“革命の少女”クーデリア・藍那・バーンスタインの護衛だという。となれば手を出してくるのはハーフメタル利権に関与している金持ち連中だろう。もしくはクーデリアの交渉相手である蒔苗・東護ノ介氏の政敵も考えたが、交渉中の()()でまとめて始末するならともかく、話し合いの前から潰しても蒔苗の失脚させるネタにならないため、圏外では大したドンパチはないだろう、そう思っていた。

 

 

 ――――だからこそ、念のため張っていた網に『GHから多数のMSが出動した』という情報が引っかかって来ても、すぐには対応することが出来なかった。彼等が大型改造トレーラー2隻で急行した時には、既に衝突は佳境を迎えていた。

 

 

「頭領、目視可能位置まで到着しました。CGSは結構な被害を出しているようですが、突出した2機のMWが敵前線を食い止めて拮抗状態に持ち込んでるようです!」

 

「わかりました、敵MSの方に動きは?」

 

「あ、はい!数は3つ、距離およそ2キロ先にある丘で待機している模様。……前線のMWは敵戦力の測定、そのための“捨て駒”と思われます」

 

 吐き捨てる様にいったオペレーターの言葉には侮蔑の色が濃くあった。MSが3つもあれば、威力偵察はその内の1機で十分だろう。ましてや天下のGHならCGSに使えるMSが無い事も事前に知っているだろうに。警察機構が三流海賊と似たような真似をしている事実に、オペレーターだけでなく全員が不快感を露にしていた。

 

「――――ッ!?敵MSが行動を開始!1機がCGSのMW隊に強襲!残りも続けて前線へと移動を始めました!」

 

「どうすんです頭領!?このままじゃ昌弘の兄貴は――『ハロ!コンテナノハッチ開閉!ハッチ開閉!』―――何だッ!?」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

 

 ――――CGS参番組に所属している少年、ダンジ・エイレイは走馬灯を見ていた。無慈悲に、しかし確かに中に人が乗っていることを感じさせる悪意を持って仲間と基地()を破壊するMSに怒り狂った少年は後先考えず突貫した。しかしナノラミネートアーマーにMWの銃撃程度が効く筈もなく、MSは、いやギャラルホルンの兵士は地を這う蟻を蹴り殺すかのように右足を振りかぶった。

 

 彼に前線を任せたオルガの、悲鳴のような叫びも虚しく振り下ろされようとした凶器は―――――しかし軸足の方が宙を舞ったことでそうなる未来は潰えた。

 

「………へ?なに――『ドゴォッ!』――ってうわあッ!!?」

 

 武道で言う『足払い』を受けたような恰好で宙を舞ったMS【グレイズ】は、当然の自然法則で地に堕ちる。運悪くグレイズの腕がMWを掠めたことで、ダンジと機体は後方へと吹き飛ばされた。

 

 

「ダンジッ!おい無事か、返事をしろォッ!!」

 

「落ち着け、あの当たり方ならコックピットは無事だ。けど一体――『さぁせるかああッ!!!』―――この声……まさか、昌弘!?」

 

 取り乱す年長組の一人、ノルバ・シノを宥めた明宏はついで聞こえてきたスピーカーの声に驚愕する。ついで視線を声の方へと向ければ、ガルム・ロディにスラスターを増設させたカスタム機がGHとCGSの間に割り込む様に飛び込んで来た。

 

 仲間と共に戦況を見ていた昌弘はMSの存在を知った時点で居ても立っても居られず、コンテナ室にいた戦友を説き伏せ独断で収納されていた護衛用MSを駆り戦場へ飛び出したのだ。ブルワーズ時代のトラウマを抱える彼らにとってMSとは=死だ。そんなもの相手に玩具(MW)で命を張る兄を死なせたくない、と。

 

「CGS、アンタ達に策は?こっちは俺以外に戦力が出せるか分からないし、出せてもあと一機だけだ!」

 

「―――ああ、手はある!こっちのMSを今準備してるところだ。だからあとほんの少し連中を抑えてくれ!!……それから、ダンジを救ってくれて、感謝する」

 

『な、ロディ・フレームッ!?CGSにMSがあるなどという報告は……』

 

『今は後だアイン!早く後退しろ、そのMSは普通じゃない。距離を取るんだ!』

 

 敵味方双方が乱入者に困惑するが、ほぼ同じタイミングで態勢を立て直した。再び攻勢に出るグレイズ2機であるが、明らかにその動きは先程よりも精彩を欠いていた。原因は未だに地べたを這いずっている同僚機にある。どうやら狙撃された脚部が完全にコントロール不能に陥っているらしい。ナノラミネートで覆われたMSを銃撃で無力化した、その前代未聞の事実が彼等に強行突破を躊躇させていた。

 

 加えて、ナグルファルで戦い続けた昌弘の技術は既に円熟の領域に入っており、立ち回りが非常に上手い。相手の及び腰につけ込み、的確な射撃と高機動で相手を誘導している。常にCGSへの進路を塞ぎながらも隙を見せない昌弘に、グレイズを駆るクランク・ゼント二尉とアイン・ダルトン三尉は攻めあぐねていた。

 

「クソ、クソッこの私がこのような恥を!!クランク共は何をやっている!たかが無頼のMSに二人掛りで――――ひでぶッ!」

 

 右足の制御が効かず、そのことに焦るあまり援護射撃すら頭にないGH兵士のオーリス・ステンジャは自分のことを完全に棚上げしたまま戦闘を続ける同僚を罵倒していた。彼らが手間取っている理由の一つに、丁度良い場所で動けなくなっている自分が進路を塞いでいることが挙げられるなど、当然彼は気付いていない。

 

 しかしそんな時間の無駄をしていた彼の思考は、唐突に人生諸共中断させられた。真後ろの地面から突如現れた新手のMSが、勢いよく着地した場所に偶然存在したコックピットを踏み潰してしまったのだ。

 

「あれ、なにか踏んだ?……まあ味方じゃないからいいや。あれ?俺がいた時よりMSが増えてる……オルガ、どうすれば良い?」

 

「待ちかねたぜミカ!!あっちのゴツイのは昭弘の弟で俺達の恩人だ」

 

「わかった、じゃあ俺がやる事は変わってないね」

 

「ああ、やっちまえッ!!」

 

 巨大な槍とメイスを併せたような武器を構えるMS【ガンダム・バルバトス】を見て、昌弘は戦闘を中断し擱座したMWの救助へと回る。初めて見るMSに知らないパイロットでは連携は不可能であり、下手に誤射をすると取り返しが効かないからだ。ただしいつでも援護できるよう射線だけは開けながら行っている。

 

『更に新手だと!?民兵風情がMSを2機も……それに先程のMSの声、まさか―――』

 

『お、オーリス隊長……ッ!貴様、無抵抗の人間を殺すなどなんと卑劣なッ!?』

 

『―――なッ!?待てアイン!』

 

 スクラップと化したグレイズを見た瞬間、激情に駆られたアインがバルバトスへ突貫する。彼の頭の中ではオーリスは既に戦闘不能な非戦闘員であり、加えて地上に出たばかりで状況が分からなかった三日月の視点は全く考慮されていない。この素晴らしい自己解釈はギャラルホルンの教育の賜物か、はたまた持って生まれた感性なのかは不明である。

 

 しかしその蛮勇は、この戦いが初陣である彼がして良い行動ではない。アインが銃を構えバルバトスへと意識を集中した瞬間、横から飛来した弾丸が肘部分へ命中。オーリス機と同じく機能不全を起こす。

 

『うわあッ!!?』

 

「ありがと、援護助かる」

 

 ここぞとばかりの支援に三日月は礼を言いつつアインへと突撃する。それに対して昌弘はアインの練度の低さに溜息が出そうだった。いくらこちらが救助活動に出ていたとはいえ、あれほど警戒していた自分を意識から外すとは思わなかった。加えて先程の発言も併せての視野の狭さ、こんなのを法律無視の非合法作戦に使うGHがどうかしてると昌弘は頭を抱えたかったが、気を取り直してクランク機へと牽制射撃を放ち加勢を妨げる。

 

 そうこうしている内に戦局は終わりに向かっていた。片腕でしかも武装がアックスのみでは隙だらけも良い所だ。相手がマニュアル通りの動きならともかく、生物的な動きが出来る阿頼耶識搭載機なら尚のこと。

 

アインの目の前に武器を投げつけ視界を土煙で殺した三日月は、レーダーだけを頼りに迎撃してきたアインのアックスを地面すれすれにホバリングすることで躱そうとする。途中で推進剤が切れてしまったものの、咄嗟にスライディングに切り替えることでアックスを潜り抜け、そのまま叩き込んだ蹴りで脚部を破壊する。

 

慌てて起き上がろうとするアインだったが、それより早く態勢を立て直したバルバトスに背を踏みつけられてしまう。そしてそのまま拾い上げたメイスで止めを刺そうとするが、間一髪追い付いてきたクランクの銃撃で阻止されてしまい、下がった瞬間にアインを回収しそのまま離脱されてしまった。

 

「まだだ……ッ!このまま逃がして―――」

 

「いや、追う必要はないさ。あいつらはもう詰みだよ」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「アイン、無事か!」

 

「―――ッ!はい。何とか」

 

「良し。我々はこのまま離脱―――『させると思いますか?』―――な、うおおあッ!?」

 

 アイン機を抱えながら一目散に逃走するクランクであったが、突然聞こえてきた通信と同時に飛来した弾幕を受け転倒してしまう。しかも両機共に手足とメインカメラを撃ち抜かれてしまい、もはや仰向けになることすら出来ない有様である。

 

「ぐぅ……ッ!ま、まさか伏兵がまだいたとは。それにこの速度で動くMSを正確に狙い撃つだと?―――む、これが弾丸か。これは……実弾ではない?」

 

 アイン機が影となって辛うじて無事だった左腕で傍にある弾丸を拾い上げる。それは弾頭がまるで4本の帯もしくは花弁のような形状となっており、しかも材質は鉄ではなかった。

 

『ええ。物質に命中する直前に返って来る風圧に反応して変形し、このように強力かつ特殊な振動を叩き込む特製ゴム弾。ナノラミネートは衝力を吸収、分散することで銃弾を無力化する仕組みです。なので内側に抉りこむ様に衝撃を加えてやれば、吸収し過ぎた振動が内部の駆動部分または装甲同士の継ぎ目を破壊します。

 ――――我々ナグルファルが常勝不敗である理由のひとつですよ』

 

「ナグルファル……だと?まさか貴様は―――」

 

『ギャラルホルン、貴方方の身柄は我々が預かります』

 

 

 




 今回出てきた特殊ゴム弾の元ネタは、漫画『からくりサーカス』にてルシールが銃人形(ピュジプーペ)に乱射していた【発巠を再現した弾丸(未完成)】です。元ネタでは『氣を内部へ打ち込む技術』でしたが、ここでは衝撃を深く浸透させ装甲の中を破壊する、というものになっています。これでナノラミネートを貫通できるかは不明ですが、当作ではオリジナル設定で可能ということで。


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4話

 

 

 

 GHのMSは全て撃破され、MW隊も逃げる機会を逃したために余力があった三日月と昌弘に殲滅された。危機が完全に去った現在、参番組は負傷者の手当てと遺体の回収を行っていた。

 

 

「ドレイクさん、この度は俺達を救ってもらって本当にありがとうございました」

 

「いえ、その言葉は昌弘に言ってあげてください。それよりこちらとしても予想外のことで対応が遅れてしまいました。まさかあらゆる手続きを飛ばしてGHが出てくるとは。被害の方は?」

 

「……死んだのは28、俺達だけならもっと酷い事になってました。MSとMWの戦力差は分かってたつもりなんすけどね」

 

 アインとクランクをMSごと捕獲してやってきたドレイクは、この場に残っている面々で最も立場が上であるオルガ、それからドレイクの要望で連れてこられたクーデリアの三人で情報交換を行っていた。

 

「しかし本当に解せませんね。GHはあくまで警察機構、今回のアーヴラウ経済圏での会談があくまで蒔苗氏からの受諾という姿勢を取っている以上しゃしゃり出てくる要素はありません。クーデリア氏が何か非合法な手段で会談の席を用意させた、とかなら話は別ですが」

 

「そ、そんな事実はありません!私達はこれまで一貫して話し合いによる解決を目指してきました。ましてや法に触れる様なことなど――」

 

「でしょうね。そんなことをすれば例え百の契約書を交わそうといつでも覆されてしまう。だからこそGHが出てくるとすれば貴方が蒔苗氏と何らかの正式な契約を行ってからだと思っていました。

もし私が蒔苗氏の政敵なら、その現場を襲撃して全員を殺害したのち、押収した契約書を無茶苦茶な内容に改竄し蒔苗氏を経済圏への背任容疑で処分します。そしてその片棒を担いだ、若しくは強要したという容疑を貴女に掛ける。そうすればGHはアーヴラウの政治家に多大な貸しを作ることが出来、政敵も目の上のたんこぶをまとめて処理できる」

 

「なるほど。クーデリアさんの活動は俺達火星で生きる人間にとっては希望そのものだが、当然目障りだと感じる人間もいるってことか。特に地球には。……ちょっと待ってください。それってアーヴラウの政治家がクーデリアさんを殺す動機ですよね?GHには何の得もない……ですよね?」

 

「そこが幾ら考えても分からないんですよ。GHは火星で株をやってる訳でも土地の所有者でもない。火星支部の人材事情を見ればどれだけ軽く見られてるかは瞭然ですし、あの連中は根っからの地球至上主義者です。正直な所、火星がどうなろうが知ったことでは無い筈なのですが」

 

「そういや、連中端っから戦争しか考えてねえ動きでした。もし万が一クーデリアさんを犯罪者として動いてたんなら、令状か逮捕状を持ってガサ入れすんのが普通でしょう。だがアイツラは見張りに出てた年少組を一方的に撃ち殺しやがった」

 

「――この話はここまでにしておきましょう。これ以上はせっかく知っている方がいるのですから、そちらに謳って頂きましょう」

 

「ドレイクさんが捕虜にしたって奴等ですか、そいつらは―――『オルガさんッ!』―――どうしたタカキ!」

 

 破損したMWの撤去作業もほぼ完了し、そろそろ戻るついでに尋問へ向かおうかとした時、参番組で良く整備等後方担当に駆り立たされている少年タカキ・ウノが血相を変えてやってきた。表情からもあまり良くないニュースのようだ。

 

「さっき管制塔に連絡があって、壱番組があと数分で帰って来るみたいなんです。通信越しでも正気じゃないってくらい荒れてて、戻ってきたら本気で不味い事になるかもって……」

 

「おーおー、ずいぶん遠くに逃げたもんだなあ。しかもドレイクさん達があいつらじゃなく俺達の救援を優先したことも根に持ってそうだ」

 

 オルガと彼の副官ともいえるぽっちゃりした青年ビスケット・グリフォンの策で、多くのMWが壱番組の追撃に出ていた。しかし行動不能となったオーリスが自身だけでも救助させようと、地べたを這いずりながらMW隊に要請をがなり立てていた。そのお陰と言うべきか追撃はそれほど深くなかったため彼らは見事逃げ果せたという訳だ。ただ逃げ過ぎた所為でCGSを目視できなくなり、ほとぼりが冷めたのを見計らっていたので今頃になって帰ってきたのだが。

 

「―――オルガ君、でしたね。もし君さえよければこの件、私に任せてもらえませんか?」

 

「「……はい?」」

 

 異口同音で首を傾げるオルガとビスケット、しかし振り向いたことをすぐさま後悔することになる。彼らは勘違いしていた、自分達少年兵にも柔らかい物腰でいてくれていたからてっきり『良い大人』だと勘違いしていた。

 

 ―――大間違いも良い所だ。相手は海賊、しかも“札付きの”と形容される類の悪党ときている。礼節はドレイクの単なる趣味であり、彼らが“敵”ではないからだ。しかし、残念ながら『これから戻ってくる連中』は違う。彼らは隙を見せてしまった、だがそれ以上に怒らせた。

 

 オルガは、自分達はそれなりに修羅場を潜り抜けてきた自負がある。だが“本当にヤバイ奴”と相対するのは心の底から『怖い』。そう思うのはダサい訳じゃない、思わない奴は唯の馬鹿だと彼とビスケットは今日学んだ。それはもう強烈に、あれだけ嫌悪していた壱番組に同情すら思い浮かべてしまうほどに。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「―――おいコラ餓鬼共ッ!!俺達が帰ってきたってのに出迎えもしねえってのは何事……誰だテメエ?」

 

 壱番組所属のササイは荒れていた。いつもいつもヤバい所を参番組に押し付けていた所為で、彼らはGHからの襲撃に全く対応できず無駄な被害を被り続けた。何せ参番組と比較して交戦時間及び兵力が半分以下だったにも拘わらず、犠牲者は倍以上というのだからどうしようもない。

 

 だがそれら全てをオルガ達に責任転嫁している彼は、その憤りをぶつけることしか頭になかった。彼らの鼻がもう少し利いていれば、目の前に居る人間が誰か分からずとも命の危機を察することが出来ただろう。

 

「初めまして、私はジョシュア・ドレイクと申します。縁あって少年たちに加勢した者です」

 

「あぁ?確かマルバが言ってた客か。何で俺達よりあんな餓鬼共を優先しやがったッ!!」

 

「な、おいバカ!?その人は――――」

 

 相手が誰かも知らず噛みつくササイに、慌てて近くに居た男が止めに入ろうとするが最後まで言葉は続かなかった。後方で待機していたガルム・ロディがライフルを発射し、ササイの命を摘み取ったからだ。しかもゴム弾だったのが災いし、実弾の様に消し飛ばず爆発四散といった有様となってしまった。煙が晴れた()()を見た瞬間、壱番組の殆どが胃の中身をぶちまけた。

 

「……誰に向かってそんな口を利いているのですか?今の我々は海賊です、貴方達法の元に創設された傭兵とは違います。私達は気に入らなければ、無価値と判断すれば、そして何より顔に泥を塗る連中は微塵の躊躇なく鏖殺する。これを覆せるのは我々以上の力を持った人間のみですが、その資格がある方は此処に居ますか?」

 

 自分の目と鼻の先に人肉ミンチが転がっている。にもかかわらず笑みを浮かべたまま崩さない青年に震えあがり、壱番組は誰一人意見することは無かった。それを返事と受け取ったドレイクは話を続ける。

 

「……居ない、ようですね。では本題の前にそちらの質問に応えましょう。何故貴方達を放置したか、でしたか?それはですね、私が此処に居る理由が『契約を反故にしたことへの報復』だからですよ。契約違反の落とし前として、この施設および資材は我々が接収します」

 

 その一言に壱番組が騒ぎ始めるも、先程の光景に気勢を殺がれドレイクに意見するものはいない。そんな彼らの中で一人、挙手をして前に出る男がいた。

 

「あのー、いいですかね?」

 

「ええどうぞ。許可を得てから発言するのは上位者に対する正しい作法ですよ」

 

 男の名前はトド・ミルコネン。長いものに巻かれる典型的な小物であるが、擦り寄る為の努力と行動力は妙に高いという小賢しさを備えている。そして今この瞬間も全力で擦り寄りに来ていた。

 

「えへへ……。えーと、接収とか契約違反とか言う話は俺達にはちょっと、ねえ?そういう話はマルバの奴としてもらわないと」

 

「良い所に気付きましたね。ええ、貴方の言うとおり本来はマルバと話を付けるのが筋です。……ですが、その『マルバが居ない』という事実こそが契約違反の根拠なわけですよ」

 

「契約……と、言いますと?」

 

 そう尋ねるトドに向かってドレイク一枚の紙を投げ渡す。それは先日交わしたマルバとの昭弘に関する売買契約書の写しであった。

 

「ははあ、これが。えーと、ああ昭弘を………『俺達が見捨てた』昭弘をってことですかい!?」

 

「話の早い方は嫌いではありませんよ、ええその通りです。我々から様々な支援を確約させておきながら、対価である筈の少年を捨て駒に使った。しかも『デカい仕事があるから』といって引き渡しを延期しておきながら、だ。これを侮辱と言わずしてなんと言うのですか?」

 

「ヒィッ!?お、仰る通りですハイ……」

 

 僅かに怒気が含まれたことに怯えながら、慌てて追従するトド。しかしそれは媚び売りだけでなく本心からの同意でもあった。マルバが自分達に言っておいてくれれば、もしくは最低でも昭弘を1軍と共に脱出させておけばまだ言い訳が立ったものを、とんだヘマをこいてくれたと心の中で罵倒する。そりゃCGSを見限りもするだろうと。

 

「とはいえ我々に民兵組織を扱うだけの人的余裕はありませんし、そもそも武力組織は本職があるから不要です。であれば組織を一新させ代わりに契約を履行してしまおうと思いましてね?私としては契約を果たしてくれるなら誰でも構いませんので、主観に基いた結果オルガ・イツカ君を新たなトップに指名した次第です」

 

「ハアッ!?あんな宇宙ネズミ共をどうし……あ、申し訳ありません。つい……って、いや、ちょっとま、ままままってまってまぎゅあうあつg――――――『ブチリッ』

 

 『オルガをトップに据える』その一言に過剰に反応してしまったのはマルバの次に高い地位についていたハエダという男だ。彼は先程挽肉にされたササイと共に、特に参番組に暴力を振っていた人物であった。

 

そんな自分が下剋上をされればどうなるかという恐怖が彼を突き動かし、しかしすぐに自分の失態に気付き詫びを入れようとしたが既に手遅れであった。口答えだけならともかく、不幸なことに彼の放った“ある単語”はナグルファルにとって死刑執行書のサインに等しいものだった。

 

轟音と共にMSが飛来し、命乞いも虚しくゆっくりと脚部が降ろされていった。骨や臓腑が砕け圧潰していく音が響き渡り、先程のミンチを耐えた連中の胃もとうとう決壊した。人間を一息に潰さずにMSの足を降ろすというのはかなりの精密作業となる。それを事もなげにやってのけるということは、技量の高さもあるがそれ以上に手下すらこの行為を()()()()()()()という証拠でもある。その事実に壱番組の心は完全に圧し折れた。

 

「私達の前で『宇宙ネズミ』という言葉を使った人間は、例外なくブチ殺してるんですよ。忠告が遅くなったことを謝罪します。さて、私からの説明は以上です。後はお任せしますよ、“新代表”?」

 

 ドレイクが手を挙げると同時にシャッターが開く。そこには残ったMWとバルバトスで武装した参番組が揃っていた。彼らの殺気を孕んだ眼光に、抵抗できるだけの気力は壱番組には存在しなかった。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「―――さて、脅しをかける手間が省けましたね。それでは謳って貰いましょうか、ギャラルホルンの士官様方?」

 

 あとの始末を参番組に任せたドレイクは、その足で近くに転がして置いたアインとクランクの下へ赴く。当然ながら一部始終を見てきた二人の顔色は最悪だ。

 

「……だんまり、ですか。なら、“今の”貴方達に用はありません」

 

「ならどうする。俺達を殺すのか?」

 

「そんな一ギャラーの得にもならないことしませんよ。犬並の誇りが糊になっているのなら引き剥がすまでのこと。そうですね、例えば若く顔立ちも整ってることですし。貴方の四肢を落として男娼窟にでも放り込んでみましょうか?」

 

 辛うじて吠えてみせたアインであったが、返ってきた言葉に今度こそ顔面蒼白になった。地球でどんな扱いを受けてきたかは知らないが、衣食住に困らない『圏外基準でいえば十分恵まれた』育ちには刺激が強かったようだ。それとも地球で何か見聞きしたのだろうか?何せセブンスターズの一人が“アレ”だから噂くらいは耳にしただろうし、もし幼少期に会っていればどうなっただろうか?

 

「―――我々は、何も知らん。我々が司令官より受けた指示は、貴様等が殺したオーリス・ステンジャを指揮官としてクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を確保しろ、ただそれだけだ」

 

「……はい?指示?それだけですか、では聞きますがその指示の法的根拠は?適正な会議・審議を以て決定した作戦なら作戦名なり逮捕状なりは存在しているはずですよね?それらを受領した上で行動したんですよね、警察なんですから」

 

「「………」」

 

 流石にこのまま黙秘は危険だと判断したクランクが会話を引き継ぐ。しかしその答えは警察機構として、いや“大人”としてあまりにも杜撰としか言いようがなかった。早い話が浚って来いと言われたから『はいわかりました』と何の呵責も疑問も持たずに飛び出した訳だ、どう考えても真面な社会人の対応ではない。

 

 仮に連中が良心の欠片もない屑だったと仮定してもお粗末に過ぎる。“クーデリアの死”は圏外圏だけでなく交渉を行うアーヴラウ政府も関心を持つ。その場合それなりの捜査がされるだろうが、どう考えてもこの事件は“オーリス以下3名による暴走”として処理されるだろう。我が身が可愛ければ疑問の一つくらいは浮かんできそうなくらいものなのだが。

 

「……………はぁ。何の法的手続きも経ず上官の思うままに暴力行為に耽る。何が警察ですか、貴方達のやってることはコーラル・コンラッドの私兵です。浚って殺して脅す、海賊と何の違いもありません。恥を知りなさい」

 

「何をッ!貴様らがそれを言うのか!!」

 

「だからこそ言ってるんですよ。私は貴方達が言う“賎しい海賊”であり、しかも子供にその片棒を担がせている外道だ。いずれ相応しい末路がやってくるでしょうね。それで?そんな私と同列に成り下がったことを自覚した貴方は、何の呵責も感じないのですか?なら、貴方達は私の同類ですよ。少なくとも仕出かしたこと(子供殺し)に関しては間違いなく、ね」

 

 侮蔑と共に告げられた言葉に、それでも何も言い返せず俯くしかないアイン。クランクに至っては、縛っていなければ自殺でもしかねないほどの沈痛な面持ちである。

 

「まあ貴方達を扱下ろすのはまたの機会にしましょう、我々も暇ではありませんから。知らないならそれでも別に構いません。本人の口から語ってもらうまでです。―――こちらの準備が整い次第管制室へ来てもらいますよ、そこの通信室でコーラルに連絡を取って貰います。

 勿論、我々が指示したこと以外を話したり、()()()()()を口にすればどうなるか……お分かりですね?」

 

 ドレイクからの要求に、二人は目を見合わせると彼に向かって頷いた。彼からの指摘が呼び水となったのか、要求以外にも彼等自身この命令の詳細を知りたくなったらしい。二人の反応に気を良くしたドレイクは、さっそく設備を借りるべく再びオルガ達の下へと向かった。

 

 

 



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5話


 話がなかなか進まない orz



 

 

 

「――――はー、こいつがギャラルホルンのMSを黙らせた特殊弾丸か。一度機能すると弾には見えねえな。にしてもどいつ(GH)こいつ(海賊)も物騒だからゴム弾なんて廃れちまったが、それはつまりナノラミネートもそいつを想定してないってことだよな。言われてみりゃ盲点だったなあ」

 

 片付けも一通り済んで手空きになった『おやっさん』ことナディ・雪之丞・カッサパは回収した特製ゴム弾を調べていた。勿論ドレイクからは許可を得ている、他言しなければ(もし他言したら)かまわない(分かっていますね?)とのお墨付きだ。

 

……何やら物騒な副音声が聞こえてきたが、多分聞き間違いではないので断じて違反したりはしない。あんな“ヤバイ”男を敵に回してまで欲しいモノなんてない、とおやっさんは心に誓っている。じゃあなんでそんな恐怖を飲み込んでまで調べたいのかといえば、技術者の悲しいサガとしか言いようがない。彼に付き合わされて同じ様に怖い思いをしたタカキ少年とヤマギ・ギルマトン少年はそんなおやっさんに向けて質問を投げかける。

 

「―――どう、おやっさん。熱心に見てるけど再現とかって出来そう?」

 

「もし出来たら凄い戦力になりますよね。これと三日月さんが組み合わされば敵なしですよ!……あ、もちろんあの海賊の人は例外ですけど」

 

「ああ、ありゃあもう戦う羽目になってる時点で駄目な手合いだな。あの旦那は目的のためならどんな手段も取れる、しかもその方法をしっかり握ってるから尚のこと危険だ。

 ……そいつはともかくとして、再現はちょいと無理だなあ。素材はさして珍しくもない合成ゴムだが、加工技術がイカレてやがる。どっから見ても理解できない出鱈目さは、エイハブリアクターとどっこいだ」

 

 おやっさんの予想外の言葉に、タカキとヤマギはそれぞれ驚嘆の声を上げる。凄いモノであることは分かっていたが、それほどの代物とまでは思っていなかったのだ。だがしかし、とタカキは再び疑問を投げる。

 

「で、でも昭弘さんの弟さんは、そんな貴重品だって扱いはしてなかったよ?」

 

「寧ろバカスカ撃ちまくってましたよね?」

 

「そこなんだよなあ。お前らもこれ見たらわかる様に、ガンダムフレームみたいな骨董品と違って新品だ。つまりはテメエらで創り出したってことなんだが、こいつを量産できる技術や設備を持ってる時点でナグルファルは唯の海賊じゃねえ。

MSを仕留められる弾丸なんざ、『MSは格闘戦』っていう世の常識をひっくり返す代物さ。しかも当たり処が悪けりゃ一撃必殺なんざ初見殺しにも程がある。もしGHにこいつを売りこみゃ人生を100回は遊んで………暮らす前に口封じされるくらいにはやべえ」

 

全員がごくり、と息をのみ視線を交わす。そう言われてみれば、何の変哲もないゴムの筈なのに禍々しさを感じる様な気がしてくるのは先入観故か。

 

「しかし、戦列を並べた一斉掃射で敵を薙ぎ倒す、か。昔どっかで聞いたことがある戦法なんだが……俺も歳だな、全然出てきやがらねえ。まあこいつのことは忘れようぜ。利用できないなら知ってても災いの種にしかならねえ」

 

「「はーい、わかりました!」」

 

 さっさと頭を切り替えた三人はナグルファルのクルーに弾丸を返却すると、地球行きに向けた道具の整備へと着手し始めるのであった。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

 ――――所変わって管制塔、通信が切れ真っ黒な画面しか映さなくなったモニターが映り続けている。誰も画面を消そうとしないのは、そうする気力すらわかないほど脱力してしまっているからだ。ドレイク(海賊)が、クランク達(兵士)が、オルガ達(少年兵)達が、立場も年齢もバラバラの彼らがこの瞬間だけは同じ気持ちを共有していたのだ。

 

 

『これはヒドイ』と。

 

 

 時間を少し遡ること10分前。クランク達に通信設備を使わせることを快諾したオルガは、ビスケットを連れて通信室へと足を運んだ。ちなみにそれ以外の参番組とクーデリア(とその秘書フミタン・アドモス)を除外したのは、通信の内容によっては感情や声を抑えられないことを危惧したからである。

 

 そうしてGH火星支部支部長コーラル・コンラッドへと回線を繋ぎ、手始めに『敵が秘蔵していたMSにより部隊は壊滅、自身とアインは辛うじて撤退したが破損したMSでは基地までもたない為、指示を請いたい』とクランクに話させた。後は相手の反応次第だが、前もって覚えさせた台詞を駆使して情報を抜き出す予定であった。

 

 ところが、だ。失敗の報を聞いて取り乱したコーラルは、机に頭を強打させながら発狂するという、見ている全員をドン引きさせる奇行に走ったばかりか、ノブリス・ゴルドンだの監査だの、聞いてもいないことをベラベラ話し始めたのだ。はっきり言って意味が分からないし、口が軽いとか言うレベルでもない。

 

 そうこうしている間に復活したコーラルは、周囲と同じく茫然としていたクランクに対し玉砕としか言えない命令を捲し立てた後そのまま通信を切ってしまった。あれが左遷部署とはいえ一支部の最高権力者だというのだからGHも人材難が深刻そうだ。

 

 

 ―――といった事態に全員の精神がやられた所で冒頭の時間軸に戻る。全員の思考が戻ってくるまで30分ほど時間を費やしたが、落ち着いた彼らの精神に沸々と湧きあがったのは“怒り”と“呆れ”であった。

 

 話を整理してみれば、一連の騒動は地球から何ら指示があった訳でも大義があった訳でもなく一から十までが『コーラルのプライベート事情』によって引き起こされたのだという。しかもその事情とは端的に言えば『賄賂に使うためのお金がいっぱい貰えるから』というもの。海賊もびっくりな私欲100%の行動理由である。

 

此処に居る全員が思った、『あれ、GHの生業ってなんだったっけ?』と。ユージン・セブンスターク以下血の気の多い連中やクーデリアさんを居させなくて良かったと心から思った、とはビスケットの言である。

 

 それから、聞き出すまでも無く勝手に吐いた『ノブリス・ゴルドン』というキーワードも極めて重要なものだった。こっそり録音していたデータをクーデリアとフミタンにも伝えた所、その人物はクーデリアの最大の支援者(パトロン)であり、本業は武器商人だと言った。

 

 ドレイクからすれば、平和的独立を目指している人間を何で武器商人なんぞが支援するのか、その時点で疑問と疑惑が満載である。まあ碌な味方が居ない状況で相手を選んでいる余裕は無かったのだろうが、今回の録音データで狙いは判明した。ノブリスにとって彼女は単なる餌に過ぎない。しかも独立ではなく独立運動によって高まった気運を、彼女の死を以て闘争へ奔らせることで発生する紛争特需こそが彼にとっての果実。支援はそれを得るための肥料くらいにしか思っていなかったのだろう。

 

「……そんな、ノブリスさんが私を?」

 

「お嬢様、御気を確かに」

 

「なんだよそりゃ、戦争起こして金儲けだぁ?俺達の仲間が死んだのは、そんな糞みたいな計画の“行きがけの駄賃”だって言いたいのか?~~~ッざけんじゃねえぞッ!!」

 

「よせユージン、クーデリアさんが怯える。……とはいえ、確かにふざけた話だ。俺達一山幾らのガキなんざどうなろうがって話は珍しくねえし、戦って生きてる俺達を軽んじるのはまあ分からなくもない。けどな、真っ当な仕事を一生懸命やって生きてる人や、クーデリアさんみたいに誰かの為に必死になれる人が食い物にされるのは“筋が違う”」

 

 壱番組に虐げられていたオルガ達だが、人として扱ってくれる人も少なくはなかった。よくCGSに顔を出している少女アトラや彼女の面倒を見ている雑貨屋の女将さん、それからビスケットの祖母である桜という老婆など。そして彼らがクーデリアの活動が実ることを願っていることも良く聞いている。その思いをド汚い手で穢されたことを、オルガやユージンは本気で怒っていた。

 

「とはいえ俺達に出来ることなんてたかが知れてる。今日GH共に吠え面かかせられたのはドレイクさん達の助力があってこそだ。だが俺達の目の前には、連中の糞みたいな計画をぶち壊せる御人がいる。まだ契約を続けてくれるのなら、俺達は命を賭けてアンタを地球へ連れて行って見せる。決めるのはアンタだ、クーデリアさん」

 

 その場にいる全員の視線が一人の少女へと集まる。未だショックから立ち直れていなかった彼女は、その視線に宿った“強さ”に背を押される様に気持ちを整えると、決意を持った表情で彼等に宣言する。

 

「……私が歩んできた道は、誰かの欲に舗装されたものかもしれません。ですがこの活動で実現できたこと、そして何より参加した皆さんに宿った『今をより良いものにしたいという思い』は、決して偽りなどではありません!私は、私に託された思いを偽物にしないためにも必ず地球へと辿り着き交渉を成功させなければなりません。どうかお願いします、私を地球へと送り届けてくださいッ!!」

 

「―――引き続きのご利用ありがとうございます。我々新生CGS……改め、“鉄華団”は貴方を必ず無事に地球へとお連れ致します」

 

 クーデリアとオルガは固く握手を交わす、二人の思いの強さを表すかのように。そんな彼らをフミタンは眩しそうに眺めていた。クーデリアが参番組……鉄華団を護衛に希望した時点で彼らの素性はある程度調べ、それらが“過酷”の一言では済まされないものだというのはすぐに分かった。けれど彼らは誰かの為に本気で怒り、全力で行動することが出来る。自分や『彼らを“宇宙ネズミ”と揶揄する人間』よりもよほど貴く高潔な生き物ではないか、と。

 

「オルガ、鉄華団……って何?」

 

「俺達の新しい名だ、今思いついた」

 

「おまッ、そういうことは全員で話し合ってだなあ――――」

 

 決意を固めた少年たちは、気迫を充実させながらもいつも通りの姿へ戻っていく。明確な目的が出来たことで成すべきことが見えてきたのだろう。そんな彼らを呼び止めたのは、先程から黙っていたドレイクだった。

 

「えーと、熱くなっている所申し訳ありませんがもう少しよろしいですか?」

 

「あ、すいません身内でばっかり熱くなっちまって」

 

「いえ御気になさらず、若人の自律は見ていて嬉しいものですから。……それより、ちょっとこちらでもややこしい事になりましてね。ほら、入ってきなさい」

 

「はあ……って、確か昭弘の弟の?」

 

「昌弘って言います。あの、突然何ですけど………。

 

 

 

 

 

 ――――――――ナグルファルを降りることになりましたので、どうか雇ってください!オルガ団長ッ!!」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「――――さて。少しばかり時間が出来たことですし、後回しにしていたことを片付けましょうか、昌弘」

 

 コーラルへと連絡するより約10分前のこと、クランクが台詞を暗記する時間を要求したので暇になったドレイクは、昌弘を呼びだし二人きりで話をしていた。

 

「……あの、まずは謝らせてください。命令無視して飛び出してしまったこと」

 

「私はあの時何も言ってませんからそこは謝る必要ありませんよ。まあ独断専行はいただけませんが、今回は事情が特殊ですから不問にします。……ですが、言いたいことはそこではありませんね?」

 

「はい。頭領は命令無視じゃないと言いましたが、それは偶々そうだっただけです。もしあの時行くなと命令されていたとしても、俺は多分……いや間違いなく同じことを、していたと思います」

 

 ドレイクは膝を折り、目線を同じ高さに変えると頭をくしゃりと撫でてやる。それから、ゆっくりで構わないから思うところを言いなさいと、穏やかな口調で言い聞かせる。その姿は参番組を震え上がらせた男とは別人のようであった。

 

「……兄貴がこんなにも大事な存在だったなんて知らなかったんです。あの人も言ってたけど、多分生きてないだろうって俺も思ってましたし。もう一度会えた時も、絶対泣いたら心配するだろうからって思ってたのに耐えられなかった。MWなんかでMSに立ち向かっているのを見て、今度こそ本当に会えなくなるって思ったらもう止まれなくて……。

 こんなんじゃみんなの足を引っ張るだけです。それに兄貴が心配で仕事が手に着かないと思います。受けた恩を碌に返しもしない薄情者で申し訳有りません、どうか俺を船から降ろしてください!」

 

「……どうやら、決意は固いようですね」

 

「すみません頭領。俺のことはどうか忘れ――――むぶぅッ」

 

 みなまで言わせてもらえず、頬を摘ままれた所為で口から変な音が出てしまった。口がアヒルの様になってしまっているが、後ろめたさ故に抗議の視線を送るだけに留める昌弘。

 

「早合点は悪い癖ですよ。船を降りることは、縁を切ることと同義ではありません。貴方だけじゃなく、色んな理由で船を降りる人は出てくるでしょう、もっと君達は夢を見るべきです」

 

「夢……?」

 

「例えば、アストンに好きな人が出来てその人との間に子供が生まれたら?デルマは意外と話し上手ですから、経験を積めば商売も上手くやるかもしれません。そうやって自分の道を見つけたなら船なんか降り立って良いですし、もう一度乗り込んでくるのも大いに結構。一段落したら、いつでも帰ってきなさい」

 

「兄貴と、お土産いっぱい買って帰ってきます。……必ず!」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「――――と、いう訳なんですよ」

 

「は、はあ……。わかりました、彼なら俺達も信頼できますし腕の立つ奴は今は一人でもほしい。よろしく頼むぞ」

 

「はいッ!兄貴共々頑張ります!!」

 

 オルガの許可を得られたことにほっとした昌弘は、そのまま通信室から出て行った。恐らく兄の元へと向かったのだろう。その姿に、先程まで滾っていた面子も口元をゆるませている。

 

「ところで、ややこしい事ってのは一体?」

 

「それがですね、昌弘が船を下りてしまうと“これ(契約書)”の処分に困ってしまうのですよ」

 

 懐から取り出した書類を見てオルガもそれを思い出し『あぁ、そういえば』と相槌を打つ。せっかく昌弘が鉄華団に移籍するのに、昭弘を引き取ってしまっては本末転倒である。

 

「ならとっとと破棄したらどうっすか?俺達は別に―――」

 

「いいえ駄目です。何故なら私はコレを出汁に参番組を潰したんですよ?その癖自分が破る時はお咎めなしは不味いでしょう」

 

「いやいや、俺達こそその何倍も恩があるんですから受け取れませんって」

 

「じゃあその拒否を却下します。受け取らないなら、ぶちのめしてでも強制的に受けとらせます」

 

「「「無茶苦茶だーッ!?」」」

 

 あまりにも物騒な善意の押し売りに、近くにいたユージン、ビスケットも参加して悲鳴を上げる。その仲睦まじさに微笑みながらも、残念ながら海賊は撤回はしてくれなかった。

 

「ははは、海賊と上手く付き合うなら諦めが肝心ですよ?基本黙らされるか黙らせるかの二者択一です、感情のままに生きたいから無頼になんて身を落としてる訳ですし」

 

「は、はあ……」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

 ――――それから数日後、今度こそやることを終えたナグルファルは基地へと戻り火星を離れる準備を整えていた。急ピッチで書類仕事を片付けた鉄華団は、明日には宇宙へと旅立つ。キャンセル料の押し売りは済ませ、明日に備えた()()()も終わらせたドレイクは、一人自室で酒を煽っていた。

 

『―――それにしても今回は随分羽振りの良いことだな。採算の合わないビジネスは海賊のすることじゃない、それが君の口癖だったはずでは?』

 

「あの子たちはまだまだ被保護者でしたからね、少しは社会人の先輩としてサービスもしますよ。それに……彼等に目を掛ける理由が出来ました」

 

『――――ほう?』

 

 ()()()()()()()()()に二人分の声が響く。不吉さを纏った音声からはからかう様な、もう片方からは不愉快だと言う感情を隠さない色がにじんでいた。

 

「紛争を起こして一時の大金をせしめる。太く短く生きるのは結構ですが、運動と言うものは何時だって若者が先頭を歩く。しかも火星全土へ燃え広がる紛争となればすぐには終わらない。それだけの人が死ねば、社会は大きく縮小しますし補充は容易にはいきません」

 

『一山幾らで人間は売られ、そして買われていくが?』

 

「彼らは歯車になれても社会の一員には成れません、いや成らせようとしない。社会基盤は壊れるばかりで、そもそもヒューマンデブリとて無限に補充される訳ではない。そう遠からず火星は限界を迎えます。お前としてはその方が都合が良いんでしょうが」

 

『………』

 

 音声は応えない、唯カタカタと音を立てるだけである。これ以上は酒が悪い方に入る、戸呟くとドレイクはボトルとグラスを片付け就寝の準備に入る。

 

 電気が消されても尚、鋼の球体はカタカタと揺れ続けていた。何も知らない人には愛嬌のあるボールが揺れているだけに見えるが――――

 

 

 

 

 

 ―――――その本性を知る人間からは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 



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6話

 

 

 

 

「―――クーデリア・藍那・バーンスタインの動きを掴んだというのは本当だな?」

 

「ええ、もちろん。我々オルクス商会に火星から宇宙ステーションまでのエスコートを依頼してきましてね。ここに新しい団長とかいう若造と交わした証文もございます」

 

「………良いだろう。もしこの予定日に連中が現れたなら、貴様等が報酬に提示してきた取引は任せる」

 

「ありがとう御座います!今後ともわが商会をどうぞ御贔屓に」

 

 クランク達に再突撃を命じて早三日、一向に音沙汰がないことに痺れを切らしたコーラルが行動に移そうと考えていると、思わぬ吉報が舞い降りた。あまり想像したくは無かったがクランク達は返り討ちに合い、しかし損耗が激しい件の民兵達はこそこそと火星から逃げ出す算段を整えているという情報が密告されたのだ。

 

 これで相手の行動は把握した。予定日まで少し時間がある、これなら万全の準備で迎撃できるだろう。セブンスターズの若造共の目が煩わしいが、クーデリアさえ始末できれば監査などどうとでもなる。コーラルはもうすぐやってくる大金を前に皮算用に耽っていた。

 

 こうして、()()()()()()()()()()()奇襲が行われることとなった。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「―――トドの野郎を使ってこっちの予定をGHに教えた!?何でそんな真似を?」

 

 CGSの倒産ならびに鉄華団の起業に関する書類手続きを急ピッチで進めようやく目途が立ったころ、オルガ達はドレイクから爆弾を投げつけられることになった。

 

「ええ、丁度良い餌もあったので快く請け負ってくれましたよ」

 

「いや、請け負ってくれましたよじゃなくて……いや、アンタのことだからちゃんと利益のあることだってのはわかってるんですけどね、いつもいつも急すぎますよ」

 

 げんなりと肩を落とすオルガに、隣りにいるビスケットとユージンが宥めに入る。キャンセル料のことも含め、突拍子も無いことを起こしまくるのだこの海賊船長は。くすくすと笑っていたドレイクだが、一通り楽しむと表情を真面目なものへと切り替えた。

 

「もちろん、利益というか寧ろ必須と言って相違ありません。今回の目的は大きく分けて三つ、まず一つは行き違いになることを防ぐ為です。貴方達が最速で準備を整えていることは理解していますが、それでも一日二日とはいきません。今まさに崖っぷちの人間からすれば、その僅かな期間は無茶な行動に移るのに十分なのですよ。流石にクランクさんが連絡を絶ってから時間が経ちすぎますし。

 我々が此処に居る間なら返り討ちにすれば万事解決です。しかし丁度宇宙に出たタイミングで襲撃されれば居残り組は確実に壊滅します。もしくは彼らのモラルを考えれば最悪人質や()()()()にされるでしょうね。当然ですが戦力を残す余裕などありません」

 

 ドレイクの言葉に鉄華団の三人は顔を見合わせる。残念ながら船の規模と危険度の都合で此処に居る全員を連れて行くことは出来ない。もちろんMWやそれを扱える人員は残すが、GHが本気になれば造作もなく蹴散らされるだろう。彼らに矛先を向けさせない様、ある程度は連中の目を惹きつける必要があるという意見は全くの道理であった。

 

「すみません盲点でした、ご配慮感謝します。本来なら自分達で気付かなきゃならないことなのに」

 

「御気になさらず、単にその経験が有るか無いかというだけです。これから覚えて行けばよろしいかと。話を戻しましょう、二つ目の目的はGH火星支部司令官コーラル・コンラッドの殺害です。

 今は目先の欲と不測の事態で気が回っていませんが、もし貴方達を完全に取り逃がせば、ノブリスへの点数稼ぎに色々策を巡らせてくる可能性があります。地球への影響力も高い大富豪、何よりクーデリアさんの支援者として自他共に認められる人物の協力があれば、彼女に無実の罪を着せるなど容易い。

 そうなった場合これ以上なく面倒な事態になります。犯罪者相手ならGH地球本部も大手を振ってクーデリアさんを排除できますし、交渉に関しても悉くケチがつきます。なので余計なことが出来ない様に口を封じます。捕虜の方々から聞く限り、この件に密接にかかわっているのはコーラルだけの様ですから、他は生き残っても余計なことは出来ないでしょう」

 

 二つ目についても物騒な内容が出てきたが、こちらについては反応が薄かった。そもそもこの面倒事のほぼ全てがコーラルの愚行が原因である。どの道“落とし前”は着けさせる予定だったので、それが確定しただけの話でしかない。

 

「分かりました。殺された仲間の仇でもありますから、確実に始末します。それで、最後の一つは?」

 

「最後のは二つ目と連動しますが、コーラルの遺体とMSの確保です。言い忘れてましたがこの人物は昔MS実働部隊で鳴らしていたらしいのです。ですからこの窮地だと確実に自分で打って出ようとするでしょう、部下に任せて失敗したばかりですし。

 それに加えて、先に用意していた“仕込み”も組み合わさるとなかなか有効な交渉カードに仕立てることが出来ます。誰にでも使える強力な、ね。そのためにも『こちらが誘導したとおりに』襲ってきてもらった方が都合が良くなります」

 

「交渉……?いやアンタには散々お世話になってるんで、可能な限り対処させてもらいます」

 

「よろしく頼みますね。まあ最悪始末さえしていただければ後は此方で回収するので余裕があれば、くらいに思っていて構いませんよ」

 

 その後は必要なやり取りに関する擦り合せを行い解散することとなった。その中で、ふと疑問に思ったのかビスケットが質問を飛ばす。

 

「そういえば、よくトドが請け負いましたね。あの人ギャラルホルンと事を構えるのを随分避けたがってたようですけど。どうやって言うこと聞かせたか聞いても?」

 

「ああ大したことはしていませんよ、次の就職先の世話を少々しただけですから。丁度向こうも、変に首輪が着いてなくてそこそこ頭の回る駒は足りない様でしたので」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

 頭脳労働組が必死で作業を進めている中、現場労働組(脳筋達)も勿論暇を持て余している訳ではない。地球へ辿り着く前からきな臭くなってきている以上、戦力の向上は欠かせない。しかも大慌てで慣熟させなければならない武器が増えたのでこちらもオルガ達に負けないくらい大わらわだ。

 

 それというのもドレイクが寄越した『キャンセル料』に起因する。その内の一つは、昌弘が乗っていたガルムロディ・カスタムである。元々昌弘の専用機だったのでそのまま移籍してきたのだが、今現在この機体には三日月が搭乗している。バルバトスが修理中なのも原因だが、この機体に搭載された“あるシステム”が彼の習熟にうって付けだったからだ。

 

「……ふうん、結構変わるね。でもなんか変な感じだな、この……マー何とか」

 

『『マーシャル・アシスト・システム』っす。阿頼耶識と連動して稼働するプログラムで、搭乗者が望む行動を登録された技術で修正し実行するものです』

 

 三日月は今手ごろな丘の前に立っているのだが、目の前には縦一文字に切り裂かれた斬撃跡が残されている。そしてその少し横には、半ばで止まった斬撃跡が並んでいる。前者がガルムロディ、後者が無理を言って稼働させたバルバトスがメイスで付けた跡だ。

 

 整備状況もあってか、総合能力はガルムロディの方が上だが、リアクターの差で出力と馬力はバルバトスが遥かに上である。にもかかわらずこの結果になったのは、その差を覆すだけの“業”があったからだ。

 

 これこそがマーシャル・アシスト・システムの効果である。兜割りの如き力の入れ具合・腰の使い方・重心移動を再現してみせるだけでなく、阿頼耶識を通じて『どうすればこう出来るのか』を何となく感覚に残せるので、習熟すればシステムなしで業を使い熟すことも出来る。字が読めない三日月達には万の教本に勝る品物だ。ただ、当然欠点も存在する。

 

『ただし、このシステムは三日月さんレベルになるとデメリットにもなるんでバルバトスでこれが出来るようになって下さいね』

 

「デメリットって?」

 

『機械の最適と三日月さんの最適は違うってことです、動かすだけで精一杯って奴ならともかく。例えば銃撃を避ける場合、三日月さんは相手に迫る形で避けようと思っても、システムは後退する方がこの状況は適切だって判断したら、三日月さんの意思よりも優先されてしまうんですよ。自分の思い通りに動かない兵器とか悪夢でしょ?』

 

「……わかった。大体のコツ?は分かったから後はバルバトスで練習するよ、ありがと昌弘」

 

 レクチャー役は当然のごとく昌弘である。ちなみに彼が三日月に敬語なのは自分が後輩だからというのもあるが、兄が一目も二目も置く人物だからというのもある。つい最近再会したばかりなのに早くもブラコン根性が滲み出ている。

 

 ドレイクのキャンセル料はそれだけではない。もう一つは鹵獲したクランクのグレイズで、こちらにもマーシャル・アシスト・システムが新たに搭載されている。パーツ不足と破損状況から左腕しか動かないが、システムは狙撃にも劇的に補整するため固定砲台兼射撃訓練機として現在シノが搭乗している。そして最後の一つは―――――。

 

『う、うおおおおおォッ!?くそ、このジャジャ馬が!大人しくしやがれッ』

 

「昭弘が振り回されるってどれだけヤバイんだあのゴツイMS」

 

「あ、シノ降りてきたんだ。あれってバルバトスと同じガンダム・フレームなんだって。しかも背中のバックパック以外に肘にもスラスター着いてるからコントロールが難しいみたい」

 

「はぁー、あれってかなり貴重なんだろ?そんなもんポンってくれるなんてすげえなあの頭領って人」

 

 昭弘が必死に飼い慣らそうとしているのは、『ガンダムグシオン・レストア』。名前の由来は自分達を“取り戻した”と言う象徴と、変態オカマの玩具から厄祭戦の英雄という“本来の姿に戻った”ことから来ている。カエルのようなフォルムから本来のスマートな姿に戻っているのだが、ナグルファルの人員が適当に考えたアイデアやギミックを片っ端から積み込んだせいで以前より更に巨大化している。

 

 背中の巨大なランドセル状のバックパックに大量の近接武器に大型スラスター、そして予備の推進剤が収納されており、銃火器の類は肩部アーマーのサブアームにある仕込み武器があるので一切装備していないが、それでも重量は限界ギリギリとなっている。

 

 腕は地面に着きかねないほど大型化しており、肘近くに一基の大型スラスターと腕部に姿勢制御用のブースターが備えられている。これらを用いて最高速度を維持したまま殴打することが出来るため、轢き逃げならぬ轢き殴り攻撃を主力としている。それにマーシャル・アシスト・システムから最適な打撃を身につければ大型シールド諸共敵MSのコックピットを粉砕できる。

 

 ただしバルバトスより遥かに重い機体で機動戦をするというコンセプト上、機体とパイロットに掛かるGが凄いことになっており実用性に欠ける。昭弘と三日月以外が乗れば間違いなく気絶するし、ガンダム・フレーム以外で同じことをすれば負荷に耐え切れず空中分解してしまうとのこと。

 

「ね、ねえ昭弘さん。やっぱりガルムロディに乗りませんか?幾らなんでもこの短期間で乗りこなすのは無理ですって!」

 

『ダメだヤマギ。これから待ってるドンパチは今までの比じゃねえ、俺よりMS戦の経験が有る昌弘を遊ばせておく余裕はない。だからといってまた今度まで練習しておきます、なんてのも無理な相談だ。弟が……約束も碌に守れなかったこんな俺を、まだ兄貴と言ってくれる弟の後ろで指咥えて待ってるなんざ、俺が俺自身を許せなくなるッ!

 だから何としてもこいつを、使い熟すとまでは行かなくても動かせるようになってやる。そのためなら血反吐の一つや二つ、いくらでも吐いてやらあッ!!』

 

「いやだから本番前に怪我したら駄目ですって!?三日月さーん、シノさん、もしくは弟くん誰でも良いから昭弘さん止めてーーッ!!?」

 

 ……非常に騒がしい事になってはいるが、全員が極めて高い士気を以て練度を高めていった。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 ―――そうこうしている内に時間は過ぎ去り、とうとうXデーを迎えることとなった。待ち伏せの数は火星支部に残存するMSのおよそ8割にあたる12機、まさしく背水の陣で待ち構えていた。

 

 時計をしきりに確認していたコーラルは、予定時刻丁度に表れた一隻の船を見つけたことで表情を下卑たものへと変える。

 

「―――来たか。おい、一応降伏勧告を行え。今の俺は機嫌が良い、今大人しく言うことを聞けば死に方くらいは望み通りにさせてやる」

 

 命令を受諾した部下は『クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡せ』とだけ通信を行う。それに対する民兵組織の返答は―――

 

『革命の少女が民兵を護衛に付けたことは存じている。しかし我々はつい先日起業したばかりであり、噂の少女が依頼したというCGSとは無関係である。臨検の要請ならば従うが、そちらの命令には応えようがない』

 

―――というものだった。微妙にこちらが想定した言い逃れと異なる内容であったこと、そして『情報にあった“少年兵”が用意したとは思えない文言』に違和感を持った随伴兵がコーラルへと指示を仰ぐが、当の昔に彼の眼は曇りきっている。

 

「ふん、言い訳がしたければもう少し真面なものを用意しろというに。情報にあった船の型式番号と同じで無関係の筈があるまい。時間の無駄だったな、MSを出撃させろ!一人残らず皆殺しにしろッ!」

 

 『『『りょ、了解ッ!』』』

 

 元より殺す以外の思考を放棄しているコーラルはそのまま攻撃を命令する。部下たちは戸惑いながらも、所詮は火星人の始末だとさほど抵抗を見せずに実行する。しかし一体が連絡艇に取りついた瞬間、噴き出した煙と共に姿を見せたバルバトスによって粉砕される。

 

「ほう、あれがオルクス商会の言っていた機体か。だが所詮は単機、囲んで潰せば―――『Bi―――ッ!Bi―――ッ!』―――な、なんだ?……エイハブリアクターの反応!?新手、いや伏兵か!監視は何をやっていた、いやそれよりもオルクスッ!敵MSは一つしかないのではなかったのかッ!?」

 

『ひいッ!?い、いえ我々もそうとしか聞いて―――『BOMBッ!』―――』

 

 最後まで言うことなく、鉄華団所属強襲装甲艦『イサリビ』に固定されたグレイズの迫撃砲によって機関部が大破、通信が途絶する。さらにイサリビから発進したガルムロディとグシオンが強襲し、それに連動して挟撃に移ったバルバトスによって瞬く間にGHはその戦力を失っていった。

 

 イサリビがこれほどタイミングよく表れたのは、リアクターを最低限までスリープさせ昨日からランデブーポイント傍で待機していたからである。ちなみに一部とはいえ鉄華団が宇宙に出られたからくりは、GHの怠慢が要因である。なまじ相手の動きを補足しているという慢心が、予定日より以前の定期船への関心を疎かにさせていた。しかもクーデリア以外は顔が割れておらず男だけの集団への監視の目は余計に緩くなっていた。

 

 それはともかく、戦況は鉄華団の独壇場であった。固定砲台(グレイズ)の正確無比の狙撃が敵MSのメインカメラを撃ち抜き、崩れた瞬間をガルムロディが猟犬の名に恥じぬ俊敏さと獲物のハルバードで刈り取っていく。三日月は早くも物にし始めている棒術にてメイスを使い熟し、群がるグレイズ相手に無双している。さらには、辛うじて出力70%でなら飛ばせるようになった昭弘が一撃離脱を繰り返し、止めようと進路を遮ったMSは、盾諸共コックピットを拳で砕かれ沈黙した。

 

「ば、ばかな……。相手は無名の弱小民兵のはずだ、これほどの戦力をどうやって――――うおぉッ!?」

 

「あ、忘れてた。こいつは殺しても良いけど『ミンチ』にしたらダメなんだった。……バルバトスでどうやったら良いんだろ?」

 

 まさに鎧袖一触、12機居たグレイズは既に壊滅し残ったコーラル機に三日月がメイスを叩きこむ。辛うじてアックスを盾にしたお陰で死なずに済んだが、角度が悪かったせいでマニピュレータに異常が出てしまっている。僅か一合で戦闘力を激減させられてしまったコーラルだが、しかしそんな彼に一縷の望みが舞い降りる。

 

「―――!エイハブウェーブの反応、新手……あっちか」

 

「コーラルめ、我々を出し抜こうとしておきながらこの体たらくか。しかし壊滅、か。まあ海賊討伐すら碌にしてこなかった連中ならこんなものか」

 

 コーラルからの援軍要請を受諾していたが、連絡を意図的にずらされたことで出遅れた監査局付き武官ガエリオ・ボードウィンが乱入してきたのである。この隙に離脱したコーラルからは一端意識を外し、三日月は躊躇なく突っ込んで来たガエリオのシュヴァルベ・グレイズを躱す。完璧に避けて見せた三日月だったが、その眉間には珍しく皺が寄っていた。

 

「……ねえ、アイツ確か『とーりょー』が言っていた『かんさきょく』だよね。何で襲ってくるの?火星支部以外にクーデリアを襲う理由は無し、ほーりつ?にも根拠はないんでしょ?」

 

『さ、さあ……?ってそれより、このままじゃコーラルが逃げます。急がないとッ!』

 

「昌弘任せた、俺はこいつの相手しとくから。昭弘、シノ、手伝って」

 

『『『了解(わかった)!』』』

 

 相手が何を考えているのか良く分からないが、取り敢えず目的を果たそうと行動に移す三人。だが彼らの疑問は割と正当なものだと言えよう。

 

 何度も繰り返すが、現状警察機構(GH)クーデリア(一般人)に何かをする義務も権限もない筈である。これまでの襲撃は全てコーラルの汚職故であり、百歩譲っても許される攻撃は同僚(コーラル)の保護を名目にした牽制であって突撃ではない。戦闘行動の停止を勧告するわけでもないし、鉄華団からすれば汚職に加担していない奴が何をしに来たのか、本気で分からないのである。

 

 例えるなら、『事情も聞かされず現場に急行したがドンパチが始まっていたので、とりあえず状況把握も説明も受けず、敵っぽいという独断で目に付いた奴を殺し始めた警官』といったところか。警察として、あまつさえ誠実さと中立性を求められる監査局の在り方として甚だ不適切としか言えないだろう。口では腐敗だなんだといってはいるが、無意識の部分ではガッツリ『ギャラルホルン流』が染みついているガエリオらしいといえばそうだが。

 

 だが主力試作機であるシュヴァルベとガエリオの腕を以てしても、一対三でしかも全部特別機となれば分が悪すぎた。もし最初から火星支部と共闘してたならともかく、単騎が集中攻撃を受けてはどうにもならない。機動戦をしようとすれば後ろから余裕で追いついてきたデカブツ(グシオン)に背部スラスターを握りつぶされ、迎撃しようとすれば割り込んできたバルバトスに押し留められてしまう。

 

 ドレイクから『殺したら後が死ぬほど面倒になるから』と言い含められ、殺る気のない三日月は此方から仕掛けずあえて防戦一方を“演じる”。……ガルムロディがフリーなんだけど仲間(コーラル)を助けに行く気ないのかコイツ?マジで何しに来た?という疑問は常時浮かべながら。

 

 ひたすら萎える白兵戦に徹していたが、オルガから“仕事は全部終わった”という通信が来たので切り上げることにした。ただし、切り上げる直前に発した言葉でお互いに相手が誰かを認識し、暴言はともかくイサリビを狙おうとしたことにイラッときた三日月がメイスの石突きでコックピット周りを強かに撃ちつけることになったが。

 

 少しばかりすっきりした三日月は、もう用はないとばかりに撤退する。元々スラスターがやられているので追撃は不可能、態々付き合っていたのはコーラル討伐の邪魔だったからというだけなので見向きすらせずに。

 

 こうして鉄華団は、考えうる限りで最良の結果で火星脱出を果たすのだった。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

 「(―――けけけッ、ガキ共がギャラルホルン相手にやらかすと言い出した時はどうなるかと思ったが、まさか“宙の悪魔”の推薦で連中と誼が出来るなんてなあ。何処にツキが落ちてるか分かんねえもんだな)」

 

 僅かな私物と退職金を一緒に入れられた救命ポッドの中、トド・ミルコネンはほくそ笑みながらハッチが開く時を待っていた。GHと闘うなど論外、かといってナグルファルの不興を買うのも最悪だ、と頭を抱えていた彼はその張本人から就職先を斡旋された。

 

 正直話が旨すぎるとも思ったが、どの道他に行く当てもなし。言われていたオルクス商会への密告も“襲撃当時のCGSの保有MS数”という嘘にならない情報を送ったりと自分なりに貢献したつもりであり、あの男の性格なら悪いようにはされないと判断していた。

 

 そうこうしているとポッドが回収された振動が伝わり、ハッチの開放と共にゆっくり両手を挙げた状態で姿をさらす。そこには厳めしく銃を構えるGH下士官、そして本命の相手である監査局特務三佐マクギリス・ファリドが待ち構えていた。

 

「一応確認するが、君が“彼”の言っていた人物で間違いないかな?」

 

「へえ、トド・ミルコネンと言います。『“ヨシュア”から伝言を預かっている』といえば通じると聞いてますが」

 

「間違いないようだな、では詳しく話を聞くとしよう。その前に……『伝言』を先に聞かせてくれるかな?」

 

「ええ、特に人目をはばかる様な内容でもありませんし。えーっと『“印刷”は無事に済みました。ただし何処かの馬鹿が乱入したので価値が桁二つほど上がって困っています。一応予定通り“昔の職場”へと送っておく』とのことで」

 

 その言葉を聞いて、マクギリスは隠そうともせず大笑いを上げたのだった。

 

 

 

 



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7話

※この話から独自解釈、オリジナル設定が強くなって行きますので、ご注意下さい


第七話

 

 

 ドルトコロニー、地球に本部を持つ『ドルトカンパ二ー』が所有する産業コロニー群であり、他にも歓楽街や上流階級御用達商店が多く入り込んでいる。地球にほど近いということもあり様々な船や取引が活発に行き来し、その数だけ利益と金を落としていく。事情を知らない人間からすれば、此処が栄えない理由など無くその恩恵を受ける住民はさぞ裕福な生活をしていると考えるだろう。

 

 しかし、現在1から6まで存在するドルトでは殆どの場所で危険な空気が流れていた。街行く人の顔は暗く、コンビニに入る作業着を着た労働者は何日も家に帰れていないのか服にも本人にも汚れが溜まっている。今日は多くの会社で給料が支払われ、且つ明日は休日だというのに歓楽街の人通りは驚くほど少ない。上流階級の縄張りである1から3ではそんな光景は見られないが、代わりに不安や緊張を滲ませ足早に帰る人が多い。犯罪発生率がここ最近急激に上昇しているからだ。

 

 そんな危うさをはらんだ街中を横切り、とあるカラオケ屋に入る集団が居た。若手サラリーマンの二次会ならそう珍しくもないが、その団体の取り合わせが場に似つかわしくないものであった。

 

一人は作業着に身を包んだ如何にも現場担当といった中年男性、一人は流行や生地、見栄えを重視した高級スーツを羽織った壮年、最後の一人は銃創や火傷跡が残る藍色のトレンチを着たどう見ても堅気に見えない人相の悪い男と、見事にバラバラな取り合わせである。

 

しかしそんな彼らを見ても受付は顔色一つ変えず、流れる様な動作で部屋番号が掛れたセットを引き渡す。それを受け取ったトレンチの男は全員を先導し、番号の書かれた一室―――――ではなく、防火扉の方へ手を掛ける。そこには非常階段やエレベーターなどではなく、分厚い壁に覆われ防諜設備が整った一室が広がっていた。

 

「ほ、本当にこんな部屋が現実にあるのですね……」

 

「そりゃそうさ、現代はどこもかしこも物騒だからな。その分こういう場所の需要も増えるってな。……商談に入る前に言っとくが、相手は仁義は守るが筋金入りのヤクザ者だ。人情に訴えるやり方は悪手だと忠告しておくぜ?」

 

 それぞれソファーの適当な場所に座ったことを確認したトレンチの男は、テレビに電源を付ける前にそう伝えると、二人の人物がしっかり頷いたことを確認し電源を付ける。テレビに偽装されたモニター通信機は、当然カラオケの画面ではなく一人の青年を向こうへ映し出していた。

 

「―――おや繋がりましたか。相変わらず時間に正確ですねノックスさん」

 

「当然じゃねえかドレイクの旦那、俺はどんな御大臣にも物怖じしねえが、アンタの不興を買うことだけは御免だ。命の恩人に不義理をする文屋なんぞ誰が信用するかよ」

 

 ノックスと呼ばれた男は本人の言うとおり元戦場カメラマンのフリージャーナリストである。こう見えて反戦活動や地球圏外の人権運動に熱心な人物で、クーデリアとも取材で対面し、“ノアキスの七月会議”の記事を地球内で報道したこともある。しかし本人の広い人脈が災いし、GHのとある秘匿作戦を暴いた挙句、取材先の(無実の)レジスタンス諸共消し飛ばされかけたことがある。その窮地をナグルファルに救われて以来、彼は本業の傍ら情報屋として動いたり、今回の様に仕事の仲介を行ったりして付き合いを続けている。

 

「そちらが今回の依頼人ですか。見た所真面目に働かれている堅気の方の様ですが、何故我々のようなヤクザ者を頼ろうと?」

 

「あ、ああ。依頼主は私だ、トニー・ヒースという。ドルトカンパニー・コロニー支部で取締役の一翼を担っている。本来なら、君の言うとおり社会に責任のある会社、それも役員が反社会団体と関係を持つのはリスクが高すぎるが、正直そのリスクすら安く見えるほどの窮地に我々は立たされているのだ」

 

「……詳しくお伺いしても?」

 

 促され、ヒース役員はぽつぽつと語り始める。元々ドルトコロニーは経済圏アフリカンユニオンの“所有物”であることから、地球に根強い『地球至上主義』の煽りを受けやすく、労働者側と経営側の対立は根深い。しかも管理職を地球出身者が独占していることも合わさり、現状に即した労働環境が用意されないまま続いている、と。

 

「―――うん?先程貴方はご自身を取締役と言っていましたが、貴方も地球の生まれですか?」

 

「ああ、管理職と言うのは『アフリカンユニオン政府のドルト担当役員』という意味だ。我々コロニーの経営陣は社長を含めほぼ全てが雇われ役員といった所で、決定権はあちらにしか存在しない。そして彼等と直接連絡を取れるのは会長とその取り巻きのみなのだがね、『地球至上主義者共に宇宙に追いやられるような人材』の程度など、貴方なら容易に想像が着くだろう?」

 

「……そういうことですか。失礼、話の腰を折ってしまって、続けてください」

 

 ドレイクが納得したことを確認したヒース役員は話を続ける。現状社員たちに彼らの労働に相応しい賃金や環境を用意できているとは到底言えないが、それでも支部の経営陣は必死に遣り繰りし、会長等を宥めすかしながら何とか現状維持を続けてきた。

 

その甲斐もあってこの問題の深刻化を食い止められていたが、ある時を境に本部が求める目標・経常収支が突然跳ね上がった。説明を求めても何の回答も得られず、撤回もしくは交渉の席を用意してほしいと会長に頼んでも一顧だにされない。それどころか“本部からの目標”という大義名分を得た会長派は嬉々として差分を労働者の賃金等を削減して補填するようになった。

 

余りにも一方的な命令、しかも交渉の余地すら与えられない状況に頭を抱える経営陣であったが、追い討ちを掛ける様な信じられない情報が入ってきた。それは――――。

 

「『ドルトの経営陣が本社と組んで労働者を弾圧し、搾取している』という噂が突然、しかも加速度的に広まっているのだ。ここにいるナボナ・ミンゴ君は抗議デモをまとめる立場に居る人でね、ここに連れてきていないが、我々経営側と労働者側のパイプ役になってくれているサヴァラン君に紹介して貰った人材だ。彼から話を聞いた時は耳を疑ったよ」

 

「ナボナと申します。私はドルトで働いてもう数十年になり、この会社の仕組みはある程度理解しているつもりです。その経験から言わせてもらえば、デモをしても解決の糸口にはならないのに何故今更と思いまして。そこで彼らが暴走しないように、とサヴァラン君の頼みでデモの代表を請け負いました」

 

「なるほど、経営陣に決定権が無い以上デモをしても効果は見込めませんね。それならストライキの方がよほど効果的だ、此処の重要性を考えれば他の経済圏からも圧力を掛けて貰えるでしょうし。経営陣の収入が減らないことを『協力している』と早合点したか、それとも“そう思い込まされたか”ですか」

 

「おそらく後者だ。治安が加速度的に悪くなっていき、それを止める手段すら奪われてきた我々に本社が差し向けてきたのは、本社の代理人でも弁護士でもなく、ギャラルホルン最強の部隊『アリアンロッド艦隊』だったのだからな!その瞬間私達は理解したよ、本社は我々の命を奴等に売ったのだとッ!!」

 

 その言葉にノックスとドレイクは眉を顰める。二人とも最近アリアンロッドがドルトの近くに来ているのは知っていたが、まさか狙いが此処だとは思わなかったのだ。

 

ドルト・コロニーは謂わば圏外圏や火星から運ばれるレアメタルや希少物質が運ばれる集積地。ここの生産が止まるということは、母体であるアフリカンユニオンだけの損失に留まらない。

 

それに何よりの問題が“地球に近すぎる”ということだ。仮に彼らの目論見通りになったとしても、木星や火星ならともかく目と鼻の先すら満足に抑えられないのか、と経済圏から罵られても文句が言えない場所である。睨みを利かせるための作戦だというのなら完全に逆効果だ。

 

「そういう訳で俺が相談されたんだが、連中の目的が分からんことには記事にしても世論を動かんせん。で、旦那に連絡を取ったんだが……どうやら心当たりがあるらしいな」

 

「……確証はないのですが。ノックスさん、アーヴラウの蒔苗議員が贈収賄で失脚したという話を覚えてますか?」

 

「ああ、あくまで疑惑で証拠も挙がってないし、爺さんが釈明もせずに雲隠れしたのを不思議に思ってたから良く覚えてるぜ。確かその件で騒がしかったのが親ギャラルホルン派の……おい、まさかそういうことか?」

 

「ではないかと。目的は経済圏にアリアンロッドを避難させ、一時的で良いから地球に降りられなくすること。そしてもう一つが、火星を脱出したことで蒔苗氏との接触が現実味を帯びてきた“革命の少女”の殺害もしくはその名に疵をつけること、そう私は睨んでいます」

 

 そもそも、こんな『アリアンロッドばかり割りを喰う仕事』を総司令官ラスタル・エリオンが自発的に実施するとは考えにくい。それにコロニーを不安定化させ虐殺する等という大仕事は、例えエリオン公といえど一存では決められない。最高幹部による会議で決議されるべき案件だ。

 

恐らくGH統制局局長イズナリオ・ファリドが同じくセブンスターズのバクラザン家とファルク家を抱き込み、ついでに後見の地位を利用してイシュー家の発言権を使いごり押したのではないか。イズナリオはアーヴラウの政治家を利用して内政干渉紛いのことを行っており、蒔苗議員ほど影響力のある政治家が反論すら出来ず即座に雲隠れしたことからもそれは明らかだ。それにイズナリオは度々アーヴラウを訪れており対抗派閥のアンリ・フリュウとの親密さをアピールしている。蒔苗議員すら叩き出したという実績、そしてGHの影響力を見せつけたことで、事前投票予想では端にも棒にも掛らなかった彼女が最有力候補に伸し上がったのだ、無関係という方が無理だろう。

 

はっきり言ってイズナリオはやり過ぎている。こちらもドルトでの作戦同様セブンスターズといえど独断で実行できる権限を完全に超えている。いざとなればアリアンロッドが実力で止めることも許される状況だ。だからこそ、そうさせないためにこの作戦をねじ込んだのだろう。

 

海賊退治と暴徒の虐殺は全く印象が異なる。例え“宇宙人”と蔑む相手と言えど、自分と同じ形をした存在を躊躇いなく殺す集団など普通の感性なら忌避感を抱くだろう。元々燻る反GH思想と合わさった国民の悪感情を政府は無視できない。暫くの間アリアンロッドは経済圏への入国を拒否されるだろう。必要ならこの作戦を『アリアンロッドのマッチポンプ』として概要を漏らすことも考えられる。よってエリオン公はアーヴラウに干渉できなくなる訳だ。

 

「そ、そんな……我々は今まで必死に働いてきました。不満や怒りを飲み込んで今日までやって来たんです!ただ労働に見合った対価を欲しがっただけの我々をッ!それをよりにもよって何の関係もない政争で死なせるというのですか……」

 

「………火星の“革命の少女”が出てくる理由は?確かに数か月後持ち込まれる予定となっている武器の送り主は、クーデリア氏の支援者とのことですが」

 

 ドレイクの予想を聞かされたナボナは、自分達に訪れる末路を嘆き泣き崩れてしまう。対してヒース役員は努めて冷静に返事を返すが組んでいた手から血が流れている。表情も憤怒に歪み、もし関係者この場に居れば殺しかねない程殺気に溢れている。

 

「恐らくノブリス・ゴルドンとの利害の一致ですね。独自の情報網に引っかかったのですが彼はクーデリア嬢を殺したくて仕方がないようです、出来れば鮮烈に。

そしてイズナリオはアリアンロッドにクーデリア嬢殺害を擦り付けたい。ただ待遇改善を訴えただけの一般人を殺した、しかもそれを切欠に火星で紛争が起きればエリオン公に責任を問うことも出来るでしょうね。アーヴラウに圧力を掛けさせれば彼を失脚させ権限を奪えるかもしれない、そんなところでしょう」

 

「……それで旦那よ、この話受けるのかい?聞いてる感じだと随分ややこしい案件みたいだが。どうやってもリスクとリターンが釣り合わんが、そこんとこ海賊としてどうなんだ?」

 

「お願いしますッ!我々に払えるものなど多くはありませんが、何でも致します!!例え何を持っていかれたとしても、このまま連中の餌食になるより遥かにマシですッ!!」

 

「私からもお願いする、いやお願いします!私の権限が及ぶ範囲でなら、どんな要望も受け入れる用意があります。どうか、なにとぞッ!!」

 

 始まる前は『情に訴えるな』と言っていたノックスだったが、想定以上に胸糞悪くなる策略を前にしては流石に彼らに肩入れせずにはいられなかった。彼の問いに便乗する様に必死で頭を下げ懇願する二人を前に、ドレイクが出した結論は――――。

 

 

 




~~~その頃鉄華団は~~~


ラフタ『へ、へへへ――――』

昭弘『――――へ?』

ラフタ『変態だーーーーッ!?』

昭弘『はあッ!?いきなり何言ってやがんだ!』

ラフタ『だって!そのデカブツ、アタシの百里に余裕で着いてくる変態起動だし、アタシより何倍も強いGが掛かってるのに平気そうな変態パイロット乗ってるし、人妻の尻を永遠追っかけてくる変態だし、トリプルスコアで変態じゃないのーッ!(自慢の速度を簡単に追いすがられて混乱中)』

昭弘『いや、最初の二つは百歩譲って受け入れるにしても、最後のは幾らなんでも言いがかりだろうがッ!?つーか追われるのが嫌なら人妻をMSに乗せるな――って待ちやがれッ!!』



昌弘『三日月さん、あのピンクの百錬は多分”ルージュのアミダ”です。圏外圏で最強とも恐れられてる人ですが、絶対に”殺し合い”にまで行かないでくださいね!あくまで俺たちの目的は交渉の席を作ることなんですから』

三日月『それ出撃前にも聞いた、ちゃんとわかってるよ』

昌弘『……アンタが先の戦いで『忘れてた』って呟いたの忘れてませんからね!?オルガさんからも”ミカは細かいところは割と抜けてるから注意してくれ”って頼まれたんですからね、新入りの俺がッ!』

三日月『………わかった』


アジー『聞いてたのと随分違うね、MSが三機もある民兵なんてそうはいないよ。しかもあの動き、阿頼耶識……だけじゃなさそうだ。どうする姐さん?』

アミダ『へえ、吠えるだけのことはありそうだね。でもあれじゃまだまだ”脇が甘い”。とはいえ”お仕事”はアタシらの旦那の仕事だ。女房の役目はあくまで”子供の躾”さ、やりすぎんじゃないよアジー!』


名瀬『……なあマルバさんよ、俺たちタービンズと真っ向からやりあえる戦力があるってどういうこった?なんでオタク夜逃げしたんだよ?』

マルバ『――――(絶句)』



 ちょうどタービンズに子供じゃないアピールをしている最中の模様。オルガはミカがコーラル機にメイスぶん回したのが玉ヒュン物だったので昌弘に言い含めています。



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8話

 あれ?当初の予定より鉄華団の出番が増えてしまいました。タイトル詐欺になりそうなので変更した方が良いかな?


第八話

 

 

 

 ナグルファルと別れた鉄華団は、GHのキナ臭さから後ろ盾を欲してテイワズへの参入を求めていた。ナグルファルは唯の海賊ではないとはいえあくまで規模は単体であり、何よりドレイクが『上下関係とか組織が嫌いで無頼気取ってるので勘弁してください』と断られてしまったからだ。流石に自分達だけでは色々と不安が付きまとう

 

 そんな彼らの元に、夜逃げしていたマルバがテイワズ傘下の武闘派兼運び屋の『タービンズ』を連れてきたので、これ幸いと接触。マルバの失言とオルガの奇策、そして何より三日月達MS乗り組の奮闘もあってタービンズは鉄華団の要求を受諾した。そして緊張して臨んだテイワズの首領(ドン)――マクマード・バリストンとの会合は拍子抜けなくらいあっさりと話が決まり、現在は何やら杯を交わす儀式だとかが行われるということで全員がバタバタしていた。

 

「―――あ、三日月!今ちょっと良い?」

 

「別にまだ時間はあるけど、どうしたのアトラ?」

 

 まだ時間があったのでテイワズの本拠地“歳星”に降りずに『イサリビ』にいた三日月は、後ろから賄い係のアトラから声を掛けられたので振り返る。すると彼女は何やら困ったような様子である。

 

「えっとね、もし時間に余裕があればで良いんだけどお弁当を“あの人”に持って行ってくれない?私一人だと万が一があったらってユージンさんとかがうるさいし。心配してくれるのは嬉しいんだけどね」

 

「大丈夫だと思うけどユージンがそう言うのも仕方ないかな、初対面がアレだし。わかった、渡しとく」

 

 

□□~~~□□

 

 

「――――ってアトラに言われてるから、適当に食べといて」

 

「……いつも言っているが、私の扱いは君達の捕虜だ。同じ食事を出すのは経費の無駄ではないか?もっと雑なものにしてくれる方が有難い」

 

「そんなこと俺に言われても困る、そういうことはオルガに言って」

 

 アトラの言う“あの人”とは、鉄華団で捕虜兼MS整備補佐として乗っているアイン・ダルトンである。ある程度技術を持った捕虜を同じ場所に置くのは色々面倒とのことで、クランクはナグルファルで預かっている。こうしておけばお互いの身の安全のために変な気は起こさないだろう、という判断での処置だ。

 

それだけでなく、クランクから鉄華団を通じて“自分の信念”というものを身に付けろと言い含められている。どうにも意思決定や信条というものを他者に依存しがちな彼に必要なのは自分ではなく、自分達の意志で立ち上がった鉄華団から学んでほしい、とのことだ。

 

 あまり顔色の良くない表情で弁当を受け取ったアインを見て、特に何を言うでもなく個室から出て行こうとする三日月。そのまま扉を閉めようとした彼だったが、中から呼び止められたのでそちらに視線を戻す。

 

「君は……君は随分ここの団長を慕っているな」

 

「……それが何?」

 

「いや、別に他意があるわけじゃないんだ。気に障ったのなら謝罪する。だが、そんな君にどうしても尋ねたいことがあるんだ。………もし、もし仮にだがそのオルガ団長の考えや目的が、世間や周囲から“悪”と断じられたなら、君はどうする?そのまま従うのか、それとも諌めるのか……」

 

 聞きようによってはかなり危うい質問だと理解しているのか、聞き辛そうにしながら三日月に問うアイン。聞かれた三日月も微妙な表情を向けるが、本人の言うとおり揶揄する感情は見当たらず、それどころか縋る様な気持ちさえ伝わってくる。

 

真剣な話ということで三日月は室内に戻り、適当な椅子に腰掛けた。普段のマイペースで誤解されがちだが、敵以外の人間に対して彼は割と誠実な方である。……少しばかり行動が野性的なだけで。

 

「……アンタがどういう答えを聴きたいのか知らないけどさ、“正しさ”って必要あんの?」

 

「え……?」

 

 首を傾げて数秒悩んだ後、ポツンと溢された言葉にアインは目が点になる。その反応には目も呉れず三日月は続ける。

 

「オルガは俺達の為を思って行動してる。本人は頭も良いし要領も良いから、自分のことだけならどうとでもなるのにね。なのに参番組の時は誰かを庇って殴られたり、仲間が死なない様に必死で頭を働かせてた。そんなオルガの言うことだから、俺はどんな指示でも従うんだよ。

 それに、アンタの言う“世間の正しさ”でいくと俺達は『ニンゲンですらないネズミ』なんだろ?別に要らないでしょ、そんな正しさ」

 

 あっけらかんと言う三日月を、アインは何か別の生き物の様に感じた。だが恐らくそれは間違っていないのだろう。例え火星生まれだと蔑まれていても、アインはれっきとした(GH)の内側の人間だ。正しさが彼を生かし正しさが彼を守ってきた、だから彼にとって正しさとは法であり守るべきものであり味方である。

 

 しかし三日月達にとって正しさとは寧ろ敵に等しい存在である。さも偉そうに存在していながら自分達を助けるどころか見て見ぬふりをする。周囲の大人が言う“正しいネズミの生き方”をすれば5年と生きては居られまい。だからこそ自分で考え、自分自身で“信じられるもの”を取捨選択しなければならなかった。法の内側では無法者と蔑まれるかもしれない、だが彼らは揺るがないしブレもしない。

 

 信念とやらはまだ見えはしないが、自分と彼らの違いについては輪郭程度なら掴めた。そのことに対して礼を言おうとしたアインだが、その前に三日月はさっさと出て行ってしまった。だが入れ替わる様に別の人物が顔を覗かせた。

 

「……貴女は、確か――――」

 

「フミタンと申します。クーデリアお嬢様に仕える女給で、現在は船の通信オペレーターをさせて頂いております」

 

 その言葉に思わずアインは目を背けてしまう。それはつまり、自分達に紙屑の様に始末されかけた一人だと言ったに等しい。しかも三日月達のような戦いを生業にしているならともかく、抵抗する術を持たない彼女は紛れもなくGHの犠牲者だ。

 

「ああ、その罪悪感はお嬢様だけで十分です。私があの場に居たのは『それが仕事だった』というだけですから。貴方があの場に居た理由と同じで、仮に私が貴方の立場だからといって結果は変わらなかったでしょうし。ですから、私に貴方を責める気持ちはありません」

 

「しかし、そんなことは罰せられない理由にはならない。少なくとも『何故自分は目の前の“人”を殺すのか?』すら考えようとせず、あまつさえそれを“正義”などと宣う外道は、許されるべきじゃない」

 

「罪滅ぼしを行う人間を外道とは言わないと思いますが?軍事訓練を受けている貴方なら、態々MSの整備を請け負わずともずっと此処に籠っていても苦にならないはずです」

 

「……」

 

 しかしフミタンは決してアインを非難しない。自身も命を狙われ、怪我まで負ったという話なのに、だ。しかしアインは彼女の割り切れ方を訝しみつつも二の句が告げないでいた。

 

 アインがMSの整備を手伝うことになったきっかけは、昌弘が人手を欲しがったからだ。というのも、整備班の責任者であるおやっさんがMSに関してあまり造詣が深くないからだ。彼の専門はMWなので仕方がないが、そうなると昌弘の負担が大きくなりすぎる。幾らナグルファルで仕込まれているといっても、ガルムロディ・バルバトス・グシオンの3つ全てをやれと言われては圧倒的に手が回らない。

 

 そこで昌弘が目を付けたのがアインだった。ガンダム・フレームはともかく、GHで専門知識を培った彼なら、最低でもロディ・フレームは何とかなるだろう、と。勿論監視付でという条件であり十中八九断られると思っていたので、アインが了承したことに昌弘達は驚いていたが。

 

「罪滅ぼし……か。ああ、確かにきっかけはそうだったと思う。あとはクランク二尉―――じゃなかった、クランクさんの課題として彼らを知りたいという打算もあった。といっても、すぐにやりたくても出来なくなると思っていたんだがな」

 

 当然のことながら、鉄華団の彼を見る視線は友好的からは程遠かった。たとえ直接手に掛けた者はおらずとも、嬉々として羽虫の様に仲間を踏み潰した男の同僚なのだから。しかし、彼らはそれ以上は行動に起こさなかった。

 

MSの整備は無重力下でもかなり危険な作業であり、やろうと思えば背中を少し押すだけでも大怪我で済まなくなる。これはアインの実体験から来ている。“火星人とのハーフ”というレッテルは、僻地に飛ばされ腐っている連中にとってとても都合の良い玩具であり、MS乗りであっても整備不良が怖くて自分で調整していたし、その時に『事故』が起きかけたことも少なくない。クランクが居なければ悲惨なことになっていたことだろう。

 

「―――それに引き換え、鉄華団の子供たちはオルガ団長ほか幹部の目が無くともそんな下種な真似はせず、食事や寝床についても過剰なくらいだ。彼らを薄汚いと蔑む連中の方がよほど……などと考える自分が何より嫌になる。捕虜に堕ちた途端他人事など、どれだけ当事者意識がないんだと、我ながら呆れる」

 

「そう卑下する必要はないかと。一度離れることで初めて見えてくるということは良くあることでしょう。……ですが、貴方が求めているものはこんな慰めではありませんね。

――――――“罰されたい”のでしょう?」

 

 再び沈んでいたアインは、その言葉に勢いよく体を起こす。この女性はどこまでこちらの胸の内を見透かしているのかと見上げてみれば、そこにはいつものすまし顔ではなく自嘲のような感情が漏れていた。

 

「貴方とは理由が異なりますが、私もそれを求めているので良く分かるのですよ。どうか取り返しがつかなくなる前に私を……」

 

「……?それは―――」

 

 ―――どういう意味か、そう問う前にフミタンを呼ぶ声が遠くから木霊した。どうやらクーデリアの準備が整い、歳星に降りる時間が来ていたらしい。彼女は既にいつもの表情に戻っており、無駄のない所作で出口に向かっていた。

 

「――――言い忘れていましたが、盗み聞きなどというみっともない真似をしてしまい申し訳ありませんでした。それに不躾な質問に付き合って頂いたことも感謝しております。此処に居る皆さまは純粋で真っ直ぐな方ばかりで、こういう会話はなかなか出来ないものでしたから、つい話し過ぎてしまいました。ではこれで失礼します」

 

 アインは辛うじて返事を返したが、何ともいえない表情で出口を見つめ続けていた。

 

 

 

 ――――それから数日後、式は滞りなく終わり鉄華団の面々が打ち上げで色々な体験をしてきた後、いざ地球へという前にマクマードからの依頼でドルト・コロニーへと立ち寄ることになった。何でも急に捻じ込まれた案件で、労働者組合へ資材の輸送をという何の変哲もない内容だったこともあり彼らは快諾した。

 

 しかし歳星からドルトまではそれなりに距離がある。途中で海賊に遭遇する、などというイベントもなかったため最短ルートを進んでいるが、それでも数週間ほどの時間はかかる。既に歳星で十二分に手入れがされ、手を加える必要も無い事から整備班も久しぶりに長期休暇に入っている。

 

故に暇になったアインは、先日の話を思い出したことで三日月とフミタン其々に会話の礼と話の続きをしようと行動した(ちゃんと部屋から出る許可は取っている)。まず三日月に会いに行ったのだが、偶然彼がクーデリアに接吻している時に出くわすという、最悪の間の悪さにより無駄に取り乱してしまったり(その所為で結局礼は言えなかった)、フミタンを探している途中昭弘とシノに出くわしたためにシミュレーターの対戦相手をすることになったり、と寄り道が過ぎて夜になってしまった。

 

火星生まれという風評の所為で免疫がなかった色事や、久しぶりのシミュレーションでアインはそれなりに疲れていた。しかし何となく今日会っておかなくてはという気持ちでいた彼は、シノから『フミタンさんなら今日当直で、今は多分一人で艦首のソナーを見てると思うぞ?』と聞いたのでそこへ向かっていた。

 

不用心と思うかもしれないが、現在は名瀬率いるタービンズも随伴しており『もうすぐ忙しくなるだろうから今は休んどけ。見張りは俺達がやっとく』という言葉があったからだ。ちなみに早くもワーカーホリックを発症した団長殿は、ベッド移送係(アトラ命名)に任命された三日月に運ばれてベッドの上の住人だ。無謀にも抵抗した所為で、少し首が曲がってはいけない方向に行ってしまったので当分起き上がってはこないだろう。

 

 あの矮躯の何処にそんな怪力が……と訝しんでいる内に着いたのは良いが、中から聞こえてくる()()に手が止まってしまい、扉を開けるタイミングを逃がしてしまった。

 

(誰か他にいるのか?シノとやらは一人でいると言っていたが―――『ドルトへ着いたらクーデリアをデモ隊に誘導しろ。そこが彼女の死に場所だ』―――ッ!?)

 

「……それについてですが、懸念事項がございます。先に話した例の海賊がお嬢様達に要らぬ知恵を吹き込みました。彼女自身はともかく周囲の人間はこちらの思惑に載ってこない可能性が濃厚かと。……作戦の見直しをご検討すべきでは?」

 

 聞こえてきた信じがたい内容に、アインは思わず口を押え声が漏れないようにする。コーラルの件は彼もその場に居たので、連絡先の人物には心当たりがある。しかし何でよりにもよって彼女が、とアインは気配を消して扉に耳を寄せる。それにもう一つ疑問なのは、彼女の声音がいつもよりほんの僅かだが焦りを含んでいる点だ。まるで必死に屁理屈を捏ねてその場を乗り切ろうとしているような、少なくとも誰かを陥れる様な人物のそれではない。

 

『―――なに?ふむ、たかが無頼の分際で目障りなことだ。だがな、既にことはコーラル如きとの商談ではなくなったのだ。『彼女がドルトで非業の死を遂げる』という筋書きは、彼のセブンスターズの一家からの強い要望だ。何らかの形で応えねば私の立場が少し悪くなってしまう。

 ……予定に変更はない。どんな手を使ってでも革命の少女をドルト2へ連れてこい、これは命令だ』

 

 その言葉を最後に通信が途切れる。気配に鋭いフミタンにばれない様にその場を離れたアインは、自室で必死に頭を回していた。はっきりいって経験不足な彼には荷が勝ち過ぎる案件だが、軽々に相談できるものでもない。それに彼女の反応には腑に落ちない点もある。

 

ドルトに到着するまでの間、アインは寝る間も惜しんで対策に没頭することとなった。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

 ―――それから更に時間が経過し、資材と言われている物・思惑・疑念・不安と、様々なものを乗せたイサリビは、とうとうドルト・コロニーが目視可能な距離まで辿り着いていた。女性陣がやれ買い物に繰り出そうと楽しそうに話していたり、幹部達が積荷の受け渡しについて話していると、突然通信設備が受信反応を示した。慌てて彼らがモニターに反映させるとそこには――――。

 

『あー、あー、マイクテス、マイクテス。どうも御無沙汰しております、エインヘリア(E)リサイクル(R)カンパニー(C)です。先日よりドルトカンパニー取締専務からの依頼で、臨検に関わる全ての業務を委託されております、どうぞよろしく。さっそくですが、積荷の確認をさせて頂きたいので、港に入る前に停船して頂けますか?』

 

「……え、ナグルファルの頭領?なんでここにッ!?」

 

『…………こいつか。ジャスレイの叔父貴の件で会って以来だが、相変わらず背筋が寒くなる野郎だ。こいつと取引なんざ、ドルトは何企んでやがる……?』

 

 オルガは目を点にした状態で、名瀬は苦虫を百匹ほど噛み締めたような表情で其々で迎え、

 

「―――と、頭領の目が笑ってない……もうだめだぁ…おしまいだぁ………」

 

「ま、昌弘!?おい、しっかりしろ、まさひろぉーーーーッ!!?」

 

 久しぶりにトラウマを刺激された昌弘がショック症状を起こし、それを兄が必死に介抱したりと、妙な騒ぎが起こっていた。

 

 ―――鉄華団、クーデリア、ドルト・コロニー、そしてGHの分岐点となる一歩は、何とも締まらない形で始まるのだった。

 

 

 

 



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9話

 

 

 

 

「―――おい聞いたかよ」

 

「ああ、ドルトの重役が臨検を外注しやがった件だろ?何考えてんだか」

 

「“例の作戦”へのせめてもの抵抗だろうさ、馬鹿な野郎だ。黙ってVIPルームで震えていれば良いモノを。余計なことをするから『人員整理』のリストに載る羽目になるのさ」

 

「違いない。まあ『お客様』が到着したならその何とかいう会社も見せしめにされるだろうよ」

 

 ドルト5の往来を闊歩しながら、GHの駐屯兵はそれぞれ無駄話を溢していく。本来なら箝口令が敷かれているだろう内容にも拘らず、彼らは気にした風ではない。どうせ聞かれたところで何も変わらない、都合の悪い情報は規制され邪魔な人間の口が塞がれるだけだ。そんな傲慢が透けて見えた。

 

 そんな彼らを不快そうに見据えながら、主要道路に面するオープンカフェに二人の人物が身を寄せ合って話をしていた。

 

「……いよいよ“作戦”まで一週間になりました。今日まで何とか話し合いでの解決を試みましたが、何の成果も挙げられず面目ありません」

 

「そんなことを言わないでくださいサヴァラン君。専務からも聞きましたが根本からどうにもならない状況だったじゃありませんか。そんな中でも腐らず闘い続けてきた君を尊敬こそすれ、卑下するなど有り得ません」

 

 そこに居たのは労働組合のナボナと、組合と会社の調停役を努めるサヴァラン・カヌーレだ。彼はヒース専務が海賊という無法で動く傍ら、法の下での解決に尽力してきた。しかし以前にも取り上げたが地球に居る政府担当者への繋がりが会長にしか存在せず、調停役などというのは飾りに過ぎなかったため、現在では労働者達へのヘイト集めに利用されている有様だ。

 

「残念ですが、こと此処に至った以上貴方に出来ることはもうありません。いや、貴方がすべきはこの後の始末です。我々はどう話が進もうと、今の立場には居られないでしょう。ですが直接関与していない君だけは別です。“事件”の後で理性的に交渉できる人間がいれば、我々の犠牲が無駄にならないかもしれない。

 ですが、“あの方”が依頼を達成してくだされば、あるいは……」

 

「……ナボナさん。例の人物は、本当に信頼できるのですか?この状況を覆すなど、魔法か奇跡でも起こさなければ不可能としか思えません」

 

「分かりません。しかし、既に賽は投げられました。後はもう祈るしかありません」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「―――やあオルガ団長、思ったより早い再会でしたね。順調な航海だったようで何よりです。

 ……そちらは確かタービンズの名瀬さん、でしたね。またお会いするとは奇遇ですね」

 

 所変わってイサリビでは、オルガと名瀬がE.R.Cとしてやってきたドレイク達を出迎えていた。といっても知った顔は彼だけあり、他はドルトの作業着を着た中年男性が数人いるのみである。

 

「あれ兄貴、団長とは顔見知りだったんで?」

 

「ああ、一度だけな。ちょいとテイワズのゴタゴタに巻きこんじまったというか、巻き上げられたというか……」

 

「……???」

 

 珍しく言い淀んだ兄貴分に、オルガは訝がな表情を浮かべる。揉めたと言うが、ドレイクはいつもの営業スマイルであり、大した揉め事ではないかと安堵した。しかし彼の次の一言で思わず吹き出しそうになった。

 

「そうですね、あのアゴが下品な方が難癖付けて “戦争”になった時以来ですね、テイワズの方とお会いするのは」

 

 全く平和的ではなかった、それどころか洒落にならない大揉めらしい。ドレイクは自分のしたことを大げさに言う人物ではないし手柄を誇る性質でもない。この人が“戦争”と言ったなら、つまりはそれだけの大規模な抗争になったということだ。しかしもしそうならオルガには疑問が残る。

 

「……あの、それだとお二人は不倶戴天の敵の筈ですよね。険悪って感じじゃねえようですが」

 

「ああ、まあ他はともかく俺達は寧ろ貸しを作った側だからな。説明してやりたいところなんだが、俺の口だと身内の贔屓目が入りそうだ。悪いがアンタの口からレクチャーしてやってくんねえか、海賊さんよ」

 

「おやおや、その方が都合が良いでしょうに相変わらず律儀な方だ。そうですね、じゃあ事の背景から話していきますか。

 ―――先程ジャスレイ氏が難癖付けてきたと言いましたが、まず前提として普段ならこんな無駄なことをする人じゃありません。ヤクザと同じく争いの玄人である海賊とやり合っても被害が出ますし、組織に属してないから感情で延々絡まれますから。ですがそんなリスクを度外視してでも、飛ぶ鳥を落とす勢いだった当時のナグルファルを討ち取って名を挙げようと彼は焦っていました。その要因は大きく分けて2つです。

 まず一つ目は、テイワズの大親分であるマクマード氏が当時後継者を指名していなかった点です。ジャスレイ氏は自他共に認めるテイワズのNo.2ですが、あくまでテイワズの時期頭領としては“候補”止まりな訳です。しかも彼はワンマンな気質だったこともあり、常に暗殺に怯えて周囲を威嚇してきました。まあこれは自分がそういう手段を用いてきたから自業自得もありますがね。まあ要するに余裕が無かった訳です」

 

 付け加えて言うと、幹部同士に明確な地力の開きが存在しなかったことも要因に上げられる。歳星は厄祭戦前から存在する歴史あるコロニーであり、テイワズという組織もそれに沿う形で古くから存在している。

 

しかしその所為か組織の上澄みが家や組織で固定され、流動性というものが失われてしまった。中興の祖であるマクマードが鉄火場に立っていた時分に大分引き締めが行われたが、それでも幹部の顔ぶれはほぼ変わらなかったことから筋金入りであるといえよう。

 

さらに、抱える物が多い人間というのは守りに入るもので、ボスの一声に殉じて一番槍を担おうという気概を持った幹部は極少数だった。その数少ない例外がマクマードの舎弟として数多くの鉄火場に立った経験のあるジャスレイであり、マクマードからの覚えも目出度く幹部筆頭の自負もあった。しかし―――。

 

「二つ目が、強力なライバルの出現と周囲の幹部達の動きですね。此処で対抗馬となる新幹部、名瀬・タービンが登場します。組織が停滞し長らく新参が現れなかった状況下での幹部入りは、特にジャスレイ氏には衝撃的だったでしょうね。

しかも他の幹部が挙って名瀬さんを気に入り味方に付き始めた事実が、その不安を煽ることになりました。元々仁義に欠く部分があったジャスレイ氏は人望がいまいちでしたし、我が強いですから古参の連中にとって扱い辛かったのでしょう。それに加えて名瀬さんは任侠を重んじる方であり、かつ地盤も強い訳じゃないから与しやすいと思われたんでしょうね。

かくして風向きが一気に悪化したジャスレイ氏ですが、タービンズとの内部抗争は出来ません。ヤクザにとってはタブーの一つですし、今まさに注目の的である彼に手を出しても皆がジャスレイ氏の仕業だと判断しますから。窮した彼は自分の地位を確固たるものにするために、一つの冒険をします」

 

「―――それが頭領との抗争、いや“戦争”だった訳か。で、そいつをアンタは返り討ちにしちまった訳だ。テイワズのNo.2すら下すなんざどういう手品を使ったんです?」

 

「まあウチはガルム・ロディだけでも28機ありますし、銃撃戦で敵を減らせますから数の差はハンデになりにくいんですよね、後は秘密兵器を少々。まあそれはともかく、こちらとしては何の関係もない事情で喧嘩吹っかけられたのですから手心を加える理由はありません。しかしマクマード氏から直々に“お願い”されたので殺さず生け捕りにし、身代金をせしめたことでこの話はお終いです」

 

 喋り過ぎて疲れました、とアトラから飲み物を貰うドレイクを見ながら、そりゃ兄貴の口からは言えんよな、とオルガの表情は引き攣っていた。命懸けのドンパチを一方的に吹っかけといて、親から手加減してと手回しされたなど同じ組織の人間(しかも相手は上役)としちゃ口にし辛いなんてもんじゃない。

 

「あれ、今の話だと兄貴に貸しはないっすよね?ジャスレイさんは今も幹部に居ますし」

 

「あー、内輪の話は海賊さんも知らんか。流石に自分の都合で始めた抗争の始末を親父にやらせて無罪放免とはいかなくてな、一時叔父貴はJPTトラストの代表も解任させられて親父の鞄持ちに降格してたんだよ。

 まあそれは建前で、実際は次期頭領への教育を親父がつきっきりでやってたんだけどな。親父も自分が後継者争いの一因であることに思うところがあったらしい。で、ほとぼりが冷めたころに親父の口から正式に叔父貴を後継ぎに指名した訳だ」

 

 マクマードから相当しごかれたのか、それとも“テイワズの後継者”という自覚がそうさせたのか、再び幹部に返り咲いた際は以前とは見違える面構えだった。マクマードの口から指名された以上どれだけ担ごうが名瀬は対抗馬足り得ず、元々野心の薄い名瀬自身その決定に異を唱えなかったことから和解は時間の問題だった。寧ろ商業部門を取り仕切るジャスレイと輸送部門のアタマである名瀬の仲が悪いこと自体、組織として異常だったのだ。

 

 現在では、相変わらず女しか船に乗せないことに小言を言われこそするが、以前と比べ遥かに良好な関係を築けている。もしあの冷戦状態が続いていれば、どこかで限界が訪れ取り返しのつかない事態に発展していたかもしれない。そういう意味ではナグルファルはタービンズの恩人といえよう。まあ名瀬からすれば得体が知れなさ過ぎて関わり合いになりたくないのだが。

 

「まあ昔話はこんな所で良いでしょう。現実逃避の時間はお終いです」

 

「……そうっすね。とはいえこんなもんどうしろって話ですがね」

 

 三人のトップが揃って向けた視線の先には、“資材”と言う触れ込みで運んできた“武器庫”が変わらず鎮座していた。銃火器だけでも数十では聞かず、十分な整備と補給がされたMWも5台収納されている。これでどういう“労働”をしようとしているかなど、どれだけ学が無くとも分かりきっている。

 

「俺達はテロの片棒を担いだ極悪人って訳か。筋書きを書いたのは……十中八九ノブリスだろうな」

 

「ん?ノブリスってあのノブリス・ゴルドンか?武器商人の積荷としちゃおかしくないがなんでそいつの名前が出てくる」

 

「ああ、そういや兄貴にはまだ言ってなかったか。実はですね――――」

 

 オルガは火星のコーラル元支部長が言っていた件を話し、それを補足する形でドレイクが今回予定されているアリアンロッドの作戦とその背景を語る。最初は半信半疑だった名瀬も二人の話を結び合わせると、合点が言ったように頷いた。

 

「……なるほどな。たかが金持ち風情が親父をアゴで使うなんざ不可能だが、あのセブンスターズ直々となればウチ(テイワズ)でも押し切られる。こりゃ不味いなんて話じゃねえな」

 

「け、けど今ならまだ間に合う。荷を偽られたとありゃ話を無かったことにしても筋は通るでしょう?後はこいつらをコロニーに降ろさなけりゃ……」

 

「そんなことで彼らは止まりませんよ、組合の方々はもちろんギャラルホルンは特にね。荷が着こうが着くまいが、アリアンロッドはあと一週間後に来るんです。それまでに仕事を終えていなければ駐留部隊全員の首が飛びます、比喩的にも()()()()()ね。

いざとなれば自前の輸送船をドルト5に不時着させ、そこに乗っている()()の銃器でドルト役員を射殺。その後は容疑者として組合のブレーンを逮捕・銃殺しその映像を流す。そのくらいの挑発は平気で実行するでしょうね。労働者が蜂起すれば筋書きは元通りという訳です」

 

「……それが法治組織のすることかよ」

 

 オルガの言葉を『今更』などと笑う人間は居ない。何せ本当に洒落になっていないのだから。

 

 経済圏はこれまで一度も独自の軍事力と言うものを()()()()()()。何故なら300年前の厄祭戦の復興を最優先したということと、どこかの経済圏が“気の迷い”を起こさないようにするという事前防止策の側面があったからだ。しかし何の力も持たないというのはテロリストに対してあまりにも無防備であるが故に、その役割をGHに一極化した。その方が効率的かつ合理的だったからだ。

 

 だが現代においてGHはその要求に応えているとは言い難い。そもそも厄祭戦時から規模がほぼ変わっていないことと、現在の外敵である海賊達でモビルアーマーに匹敵する脅威など存在しないことから、軍事力が過剰に過ぎるのだ。

 

 バブルで膨らみすぎた会社は、弾けたなら業務整理や合理化等規模縮小を行うのが自然であるが、GHはその当然を不当だと拒否し続けた。それどころか少しでも釣り合いを取ろうと、強大な海賊やテロリストへの対処を消極化するという本末転倒なやり方に走るようになった。

 

その無茶苦茶のツケが今回のような弱者虐殺による見せしめだ。そしてGHはそんな非道を押し通してきた。どれほど不満を抱えようが、結局GHを止める“力”を持つ組織など存在しないのだから。

 

――――ただし、()()()()()()()()()()

 

「……ですが、今回は手が無いわけではありません。この数か月で裏を取りましたが、やはりこの騒動の発端はファリド家現当主の暴走です。アリアンロッドはそのとばっちりを受けた形なので、交渉の余地はあるかと」

 

「そりゃ難しいんじゃないか?さっきアンタ自身が言ったがこいつはギャラルホルン最高幹部会の決定なんだ、セブンスターズが唯一縛られる決定を覆すのは無理ってもんだろう?」

 

 名瀬の疑問にドレイクは首を振る。確かにこれがエリオン公の本意であればどうにもならない。

 

「ええ、ですがこのまま行けばアリアンロッドだけが割りを食う事になります。経済圏からは虐殺の実行犯として忌避されますし、ファリドとアーヴラウの癒着が盤石となるのを指を咥えて見るしかなくなります。

 しかもファリド家は後見役としてイシュー家の投票権を掌握しており、政略結婚でボードウィン家も時期手に入ります。あそこの次期当主は……少々脇が甘すぎるのでいつでも失脚させられますからね。そうなればセブンスターズ会議は実質ファリドの一強体制に移行してしまいます」

 

「……そうなりゃ真っ先に狙われるのはエリオン公一派か。目の上のタンコブといえる最大軍閥だ、今回の事件は恰好の材料って訳だ。自分で仕組んでんだから証拠は幾らでも揃えられる」

 

「後はアーヴラウに命じてギャラルホルンではなくアリアンロッドを非難する形に持っていけば手を汚さず内輪揉めを有利に進められます。さて、これだけ嫌な未来予想が立っているのに黙って見ているほどエリオン公が愚鈍だと思いますか?」

 

 その問いに二人はそれぞれの反応で“No”を示す。基本的にアーブラウの首都エドモントンかGHの本拠ヴィーンゴールヴに居るイズナリオを誰にも怪しまれず暗殺するのは困難であり、同じセブンスターズでは強権を使うのも不可能。となれば、エリオン公は合法的な手段でこの局面を踏破しなければならず、こちら側の協力に乗ってくる可能性は高い。

 

「さらに言うと、この数日で向こうが食いつきそうなネタが()()()()拾えました。ギャラルホルンとは多少コネもあるので交渉は私の方でなんとかします」

 

「……毒を以て毒を制す、か。少しは目が出てきたじゃねえか、俺達は何をすれば良い?」

 

「名瀬さんはテイワズの柵で矢面に立てませんから後方で全体を監督して下さい。出来れば緊急時の通信役を担って頂ければ言うこと無しです。オルガ団長、貴方達はしばらく連中の脚本に沿って行動してください。今私が連れてきた人達が“仕込み”をしていますので」

 

「それは構いませんが、あの人たちは一体?ドルトのつなぎに見えるが、作業員って感じじゃなさそうなんだが」

 

 再び視線を“武器庫”の方へと向けるオルガ。そこには今この瞬間も休まずひたすら細工をしている連中が映っている。銃火器に対して淀みなく作業をする姿は、服装に反して堅気らしくない。オルガが視線を戻すと、そこには状況にそぐわない悪戯でもするかのような表情でドレイクは笑っていた。

 

「実はある程度向こうとは下話が済んでいましてね、急ぎで派遣してくれた工作員ってところです。()()()()二度は使えませんが一度きりならそれなりに有効でしょう。

 

 ――――言ってしまえばアリアンロッド、ドルト、そして我々で『茶番』を演じるのですよ」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「―――それでは私はすぐに『ナグルファル』でアリアンロッド艦隊へ向かいます。現場の人間に話を通さないといけません。申し訳ありませんが、コロニー内のことは頼みます。とにかく気を付けるべきはクーデリアさんの保護です。ノブリスは必ずここで仕留めに掛かるでしょうから」

 

 自分の船に乗り込む前に忠告を一つ残してドレイクは去って行った。心得ています、と返事をしたオルガは、となりの兄貴分が眉をしかめていることに気づき声を掛ける。

 

「……いや、海賊の旦那が何を目当てにしてるのかが分からなくてな。好き嫌いで引っ掻き回す手合いだから単純に気に入らないって線もあるが、それにしてもリスクがデカすぎる。正義の味方を気取ってるって訳でもねえし、そこがちと腑に落ちなくてな」

 

「そういえば確かに。俺達にもに損得がどうとしきりに言ってたあの人らしくないですね。とはいえ今は気にしている暇はないでしょう、俺達に損があるわけじゃなし」

 

「お前さんの言うとおりだ。そんじゃ―――『団長、大変ですッ!!』―――あ?」

 

 突然血相を変えて飛び出してきたライドとタカキに、二人は嫌な予感を感じながら落ち着いて何があったか話す様に促す。すると―――。

 

「入港手続きに降りてたフミタンさんとビスケットさんの連絡が途絶えて……その後すぐにこんな電子メールがッ!」

 

 そこには消えた二人が拘束されている写真が添付されており、メッセージには『こちらが指定する場所へ“革命の少女”を一人で行かせろ。さもなくばこいつらの命は無い』とだけ記されていた。

 

 

 

 

 

 



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10話

 

 

 

 

 

 

「――――送られてきたぜオルガ、()()()()組合ってのが良く使う集会所の傍だ」

 

「……やっぱりそうか。ライド、一応聞くが送り先の逆探知は出来るか?」

 

「残念ながら無理っす、使ってる機材の質が違いすぎます。プロテクトもセキュリティも段違いだこりゃ」

 

 イサリビではあの後送られてきた座標を見ながら、ユージン、オルガ、ライドは指定された時間いっぱいまで頭を悩ませていた。この後自分達が何を取捨選択するかで、全員の命運が決まると言っても良い。

 

 このまま無視する、というのは論外だ。ビスケット達を見捨てるなどありえないし、例えその選択肢を取ったとしても連中は“次”を用立ててくるだけだ。相手の思惑に乗っかるふりをする以上これからそれなりの人員が降りなければならず、そうなれば全員を守りきるのは難しい。鉄華団で誰よりも賢く冷静なビスケットがSOSすら出来なかったことから、連中はかなりの強硬手段に訴えてくる可能性が高い。

 

 かといって無策で突入するのもなしだ。こちらはクーデリアの命は勿論、その名に瑕が付いた時点で負けなのだから。どうにも良い一手が思い浮かばず頭を悩ませている彼等の後ろから、自動ドアが開く音が響いた。

 

「うん?クーデリアさんか、悪いが今忙し―――」

 

「オルガ団長、もう時間がありません。私は今からドルト5に降ります」

 

「―――ッ!気は確かか!?連中が何をしようと考えているか、わかってんだろッ!!」

 

 いつの間にか外行き(メディア用)の恰好に着替えたクーデリアが、覚悟を決めた表情で入室してきた。フミタンの危機に自分だけ隠れ潜んでいるような正確でないことは知っているが、だからといってオルガ達はその蛮勇を肯定できるはずもない。しかし彼女は努めて冷静に、自分の考えを口にする。

 

「彼らの狙いは私の命です。ですが厳密に言えば“無辜の民の為に、鮮烈に散ったクーデリア”を求めています。ならば降りた途端に殺される、ということはまず無いでしょう。態々組合の方々と引き合わせようとしていることからも、それは明らかです」

 

「けど、連中はアンタ一人で来るように注文も付けてる。腕利きの軍人に掛かりゃ、アンタを殺すのは造作もないんだぞ!」

 

「ご心配ありがとうございますユージンさん。でも、逆に言えば彼らの目線を私一人に釘づけるチャンスとも言いかえられます。私という本命が狩場に現れた以上、近くに来ていなければ貴方達への警戒は疎かになるでしょうし、態々人手を割いてまでビスケットさん達を殺しに向かわせることも有り得ません。

 私は自分が出来る限りの手段で時間を稼ぎます。その間に皆さんが人質を救出できれば、彼らの要求に従う必要はない。それに頭領さんの計画通りに行けば寧ろ返り討ちにすることも出来るかもしれない」

 

 その言葉に、オルガ達は口ごもるしかなかった。彼女の言ったことはあまりにも行き当たりばったりの無謀な策だが、さりとて代案があるわけでもない。そしてそれを議論する時間も、既に残っていないのだ。

 

「わかってるのか?アンタが死んだら何もかも御破算になる、それどころか火星が火の海に包まれることを覚悟して言ってるんだな?」

 

「……ええ、私の生死は既に私だけの問題ではありません。本当は危険を冒すべきではないのでしょう。しかし、親友の危機に怯え震えているだけの小娘に、私を信じてくれる人たちを幸せに出来る筈がありませんッ!フミタンを見殺しにするということは、自分のために誰かの犠牲を正当化するということ。そんなギャラルホルンと同じ手段を肯定する人間の言うことを、他でもない私自身が信じられなくなるッ!!」

 

 目を逸らさず言いきったクーデリアを、オルガは鬼気迫る表情で見据えていたが、降参とばかりに力を抜いて肩をすくませ笑いかける。

 

「わかった、俺達は二人の救出に全力を尽くす。もし間に合わなかったときは、俺達を恨んでくれ」

 

「それだけはありえません。私は、貴方を、三日月を……鉄華団を信じていますから」

 

 そう言って彼女は指定されたドルト労働組合の集会所へ赴いていった。彼女の姿を見た人々は歓喜した、彼らはナボナより事情を聞かされておりそれ故クーデリアは身の安全の為に姿を現さないだろうという、勝手ながらも失望を抱いていたからだ。

 

 しかし彼女は姿を現した。結局は我が身が可愛い扇動家とは違うと感じた彼等は彼女の言葉に耳を傾けた。さらに大きな要因として、彼女が自身の思いを包み隠さず打ち明けたことがより人々の心を惹きつけた。

 

―――皆さんの助けになりたいという気持ちは本当です、ですが此処に来た本当の理由は、非道な罠に掛けられた親友を助けるためという私個人の我儘なのです。そしてその犯人は、恐らく皆さんを窮地に陥らせた犯人の共犯である可能性が高い。今私の恩人たちが命を賭けて彼らの野望を打ち砕こうと戦っています、どうかお力を御貸し頂けませんか。

 

 何とも自分本位な願いである。自分達のことで精一杯な彼らにしてみれば随分虫の良い話であるが、この荒んだ世情では聖人より俗人の言葉の方が受け入れられやすい。さらに『自分達をここまで追い込んだ連中の野望を打ち砕ける』という部分に彼らは惹かれた。

 

防諜の都合で計画の細部は教えられなかったが、上手くいけば犠牲は最小限で済み、尚且つ状況の改善がなされるかもしれない。ここ半年暗雲が立ち込めたドルトで初めて湧いた希望に、彼らは自分達の命を賭けることを決心した。

 

 希望という光によって繋ぎ止められたドルト組合の忍耐は、この計画の最後のピースである『時間』を稼ぐことに成功した瞬間であった。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「――――い、たたた……。ここは、倉庫……かな?」

 

 うめき声をあげながら意識を覚醒させたビスケットは、周囲の光景や音から自分が人通りのない倉庫か貨物室にいると判断した。頭部からの痛みから殴られて気絶したのだと、少しずつ何があったのか思い出し始めていた。

 

 オルガ達が今後について検討した結果、表面上はイズナリオやノブリスの筋書きにそうと決めた。そのため荷物や人員を降ろすために書類手続きに明るいフミタン、そしてある程度ドルトの地理が分かるため案内役兼護衛としてビスケットが一足早く港で諸々の処理に動いていた。

 

 ところが、ちょうど手続きが終わりイサリビに連絡した瞬間、GHの兵隊と思わしき連中に囲まれ、有無を言わさず連行されてしまったのだ。何とかフミタンだけでも逃がそうと抵抗したビスケットは袋叩きにされ、その時強かに頭を殴られたことで気絶してしまったのだ。

 

「あいつら、非常時用のGPSをワザと壊してた。多分オルガ達に知らせておびき寄せるつもりだ。何とかフミタンさんと合流して脱出しないと!」

 

 はっきりいってこの状況は最悪に近い。GHの全員が、などと暴論は吐かないがこの一連の事件に関わっている連中が、人の命を紙屑くらいにしか思っていないことは分かっている。自分が今もこうして生きていることが奇跡なくらいだ。奴等には自分達など生きている“かもしれない”という事実だけで十分なのだから。

 

 万一の時を考えて腕時計に仕込んでいたナイフで縄を切りながら、周囲に目を配るビスケットはふいにポツリと溢した。

 

「そう言えば……どうして僕らがクーデリアさんの関係者だって気づいたんだろう?僕は鉄華団関係で顔出ししたことはないし、フミタンさんだって唯の女給で顔割れ何て――」

 

 言い終わるより先に、入口と思わしきシャッターが稼働したことで警戒を一気に引き上げる。しかしその先に現れた人物を見て、その感情は驚きに置き換わった。

 

「――――ッ!あなたは……ッ!?」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「お嬢様……結局、こうなるのですね私は」

 

 ドルトカンパニー本社前、駐留部隊だけでなくアリアンロッドの先遣陸戦隊まで揃って陣を敷いている姿を見ながら、フミタン・アドモスは一人言を呟いていた。

 

 一連の流れについては彼女も驚いていた。何せ“宙の悪魔(エルドラゴ)”が鉄華団に『計画』を持ち込んで来た時点で、彼女はノブリスを裏切ることを決めていたからだ。

 

ノブリスの企みはイズナリオという劇薬を取り込んだ時点で致命的な歪みを生んだ。その所為で企みが失敗すればエリオン公及びアリアンロッドとの確執が生まれ、成功すればファリド家という後ろ盾を得るが、今度は仲間を失い復讐者と化した鉄華団と何より全てを台無しにされ顔に泥を塗られたナグルファルが敵に回る。だからこそフミタンはクーデリアを誘導するという指示は無視することにしていた。

 

しかし以前通信で口答えしたことがノブリスの琴線に引っかかったのか、まさか自身を目印に鉄華団の一員を誘拐しようとするなど想定外も良い所だった。恐らくノブリスは自身をここで切り捨てる算段だろう。

 

如何に秘書兼世話係とはいえ彼女の立場では鉄華団はともかく、ノブリス達上流階級との会合に同席することは出来ない。にも拘わらずノブリスが自分を目印に出来たということが何を意味するのか、鉄華団の敏い人物や“宙の悪魔(エルドラゴ)”が気付かない筈がない。もうあの船に自分の居場所がないのだという事実が嫌でも頭をよぎる。

 

それでも最後の奉公として、ビスケットを生かしておくよう進言した。ノブリス達は確かに強大な金と権力を抑えているが、軍事力は全くといって言いほど無い。精々が腕利きの殺し屋を抱えている位であり、後のことなど考えず死に物狂いで襲い掛かってくる暴力には酷く脆い。そしてそれを良く自覚しているだけに説得はそれほど難しくはなかった。

 

(そして今はお嬢様の『的』としてここにいる。逆らえば撃ち殺すと言われても、このままなら遠くない内に死ぬでしょう。野垂れ死ぬか裏切りの代償として殺されるか、どの道死ぬのならいっそ――――)

 

 唯々待ち受ける自身の末路に嫌気がさしたフミタンは、狙撃手が居ることも頓着せずその場を離れようとする。しかしその判断は少しばかり遅く、向こう側から聞こえてきた多数の足音にそれを察した。急いで足を動かそうとするが、何時も聞いていた“彼女”の声に身動きが止まる。

 

「――――フミタンッ!!」

 

「ッ!?お嬢様……」

 

 列を乱して飛び出した彼女に、慌てて傍へ駆け寄る組合の人々。そしてフミタン自身も人の波に呑まれ、気付けば周囲を囲まれながらもクーデリアの目の前に引きずり出されていた。

 

「お嬢様……、何故このような場に出てきたのですか!?貴方も鉄華団の方々も、この状況がどれほど危険か分からないわけではないでしょう!」

 

「もうッ!やっと会えたのに第一声がそれって酷いじゃない!どれだけ心配したと思ってるのッ!!」

 

「心配、私を?……御冗談はおやめください、何故顔も売れていないビスケットさんがピンポイントで狙われたのか、お嬢様も気づいているでしょう?」

 

 その言葉にクーデリアも口を紡ぐ。それはそうだ、態々顔の割れていない人間二人を派遣したのに襲撃を受けたのだから、誰が原因かなど小学生でも分かる。だというのにクーデリアの表情には嫌悪も蔑みも見当たらず、それが却ってフミタンの感情を刺激し言わなくても良いことを吐き出させる。

 

「ええ、その通りですお嬢様。私とお嬢様の繋がりなど初めから偽りだったのですよ!私はノブリスが送り込んだ監視役、この事件の片棒を担いだに等しい裏切り者なのです」

 

「………では、ビスケットさんはもう既に?」

 

「いえ、あの方は今の所無事な筈です。……ああ、彼の居場所が分からない所為で逃げられなかったのですね。彼の監禁場所なら教えられますから今すぐ此処を―――」

 

「―――やっぱり、フミタンはいつも私を助けてくれるね。もし裏切り者ならそんな風に焦って私を逃がそうとするはずないもの。そして私だけじゃなくビスケットさんも助けてくれた。この事件の黒幕がそんな“余分な真似”する筈がない。なら、貴方がそう仕向けてくれたんでしょう?

 ……ねえ、一緒に帰りましょう?今なら誰も犠牲になってない、必ずオルガ団長たちを説得してみせるわ」

 

 そう断言しクーデリアが差し延ばした手を、震える瞳で見つめたまま動けずにいる。そんな彼女の背を押す様に、殊更に笑顔で待つ彼女に手を伸ばそうとした瞬間―――、激しい爆発と衝撃が響き渡った。

 

「な、これはッ!?」

 

「……やはりそういう手を使ってくるのね。フミタン、伏せてッ!!」

 

 

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

 

 

「―――チッ、始まったか。出来ればクーデリアが凶弾に倒れて、それに激昂した住民からの発砲ってのがベストだったが」

 

「ああ、火星ガキ共だけなら筋書き通りでも良かったんだがな。まあ結果オーライだろう」

 

 カンパニーの傍にあるビルの一室に、物々しい狙撃銃を構えた男と双眼鏡を持った男が厳めしく広場を見据えていた。彼らはノブリスの子飼いの殺し屋であり、クーデリア暗殺の命を受け潜んでいた。本来であれば当の昔に撃ち殺していた所だが、組合の人間が二人を引き摺りこんでしまった所為で見失い、迂闊に手を出せないでいたのだ。

 

「……銃声も止んだ。立ってる奴は居ないが、クーデリアの奴は死んだか?」

 

「ちょっと待て、流石に数が多い。こうも折り重なってると……いや、見つけたぞ。見ろ、傑作だ!あのお嬢よりにもよってあのカス(フミタン)を庇って逝ったようだぞ」

 

「は、最後まで報われん小娘だな。まあ火星人が悦に浸って背伸びするからそんな目に遭う……ちょっと待て、何か妙だぞ」

 

 組合のデモは鎮圧と言う名の虐殺で幕を閉じた。作戦は完璧に上手くいった、その筈なのにアリアンロッド陸戦隊は駐留部隊に銃口を向けている。味方からの洒落にならない行動に連中は泡を食って抗議しているが、こちらとしても訳が分からない。こんなことはファリド家の遣いから何も聞かされていない。

 

 同じように慌てふためいている殺し屋二人は、一瞬視界の端に違和感を感じた。そして()()を見た瞬間、幽霊でも見たかのように顔を青褪めさせた。ある意味間違ってはいない、彼らにとって“死んだはずの人間”が動き出したのだから、正鵠を射た反応と言える。

 

『あいったたたた……。ペイント弾って結構痛いんだな、本当に死んだかと思った』

 

『だが、もし“あの方達”が居なければ痛いでは済まない所だった。見ろ、今頃身体が震えてきやがった』

 

 口々に言い合いながら、何事も無かったかのように次々起き上がり始めるデモ参加者。その姿に驚愕する駐留部隊を尻目に、陸戦隊の指揮官らしき人物が拡声器で声を張る。

 

『ドルト労働組合の皆様ッ!本日は我々の作戦にご協力いただき、誠に感謝に耐えません!!おかげさまで無事作戦通り“地球圏反乱分子”を炙りだすことに成功しました』

 

 歓声を上げる市民に反して、駐留部隊は度肝を抜かれた表情のまま固まっている。だがそんなものは完全に無視したまま指揮官は彼らを睨みつける。

 

『貴様らの企みは全て把握している。よりにもよって我々アリアンロッドに偽の作戦書を掴ませ、市民を虐殺させようとするとはッ!経済圏とギャラルホルンの関係を悪化させることで社会の不安定化を図ったのだろうが、そうはいかんぞッ!!』

 

 ようやく頭が回り出した駐留部隊が反論するが、欠片も耳を貸さない。いや、彼らも分かっているのだろう。この光景は何度も見ているのだから、違いはする側から()()()()に回っただけだ。ありもしない虚構を“事実”に変えるGHの常套手段、その犠牲として駐留部隊は切り捨てられたのだ。

 

 それでも諦めきれない彼らを容赦なく制圧する姿を、暗殺者二人は茫然と見ているしかなかった。しかし、はっとした風に狙撃手が銃を構え直す。

 

「ちょっと待て、こいつらが生きてるってことはまさか―――」

 

 スコープの先には、彼らが想像した通りの姿が映っていた。そこには当然の様に無傷のまま、周囲の人々と計画成功を喜ぶクーデリアの姿があった。

 

 これがドレイクが計画した“ドッキリ”である。セブンスターズの決定である以上、ドルト鎮圧作戦の中止は不可能。であるのなら、作戦目標を変えることで無辜の犠牲を防ぐしかない。

 

 幸いと言うべきか、今回はドレイクにラスタル・エリオンを動かすだけのネタがあったこと、そして彼がドレイクの齎す“利”に応じて迅速に動いたこと、さらにクーデリアが組合の信頼を勝ち得て軽挙を慎ませたことで、この無茶な作戦は実行に移され成功を収めた。

 

 駐留部隊とノブリス達の失敗は、不自然さが出ない様に作戦の主導権はおろか全貌すらアリアンロッドに任せたことだろう。おかげで自分達の銃まで組合にしたように“細工”がされていることに気付けなかったのだ。弾はMWも含め全て非殺傷性のペイント弾であり、

これで人を殺すのはかなり難しいだろう。事実犠牲者は一人も出ていない。

 

「馬鹿な……こうなってしまっては、作戦の続行はもう……」

 

「失敗、だと?そうなっては我々の命は……。いや、まだだッ!まだクーデリアを殺せればッ!?」

 

「おいやめろッ!何を考えてる!?この状況で奴を殺せたとしても、何も解決は――――」

 

 必死に相方が止めようとするが、失態を犯した部下への粛清を恐れ錯乱した狙撃手はもう止まらない。引き攣った表情のまま、男は照準の先に居るクーデリアへと向かって引き金を引いた。

 

 



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11話

 

 

 

「―――今状況はどうなってるのかなあ……?タカキさん、下からは何も連絡は来てないんですか?」

 

「うーん、ここにはテレビなんてものは無いからなあ。けど今回MSは使わないんだし、知らせが無いってことは問題なく進めてるって思うことにしよう」

 

 イサリビに残された整備班組であるヤマギとタカキは手持無沙汰な様子で話し込んでいる。普段であれば戦場と連動して忙しくなる彼等だが、今回鉄華団に派手なドンパチは無い為時間を持て余していた。

 

 そうしてヤキモキしている彼等だったが、ドタバタと走り込んでくる音に注意を向けると、そこには血相を変えたおやっさんが整備室に転がり込んでいた。

 

「どうしたんですかおやっさん、地上で何かあったんですか!?」

 

「あ、ああ。いや、そっちは問題ねえ。寧ろさっきオルガから『ビスケットを()()()見つけた』って連絡が来た」

 

「本当ですかッ!!良かったあ……でも、じゃあ何でおやっさんそんなに慌ててるんです?」

 

「お、おおッ!そうだった、お前らアインの奴見てないか!?」

 

 落ち着いたかと思いきや、またも慌てだすおやっさんに二人は顔を見合わせる。思い返せば今日は朝から見ていないが、彼は用事がなければ基本的に与えられた個室に引き籠っているので全く気にしていなかったのだ。

 

「僕達は見てないけど、それがどうかしたの?」

 

「いや、ちょいと前から悩んでるみてえだったからな。今は手持無沙汰だし、ビスケットの安否に気を遣ったまま仕事すんのも不味いだろ?だから気を紛らわせるのを兼ねて相談に乗ってやろうと思ったらあいつ、どこにも居やがらねえんだよ!?」

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「――――――え?」

 

 その呟きは誰のものだろうか。甲高く響いた銃声に爆発したように広がる悲鳴と喧騒。そんな中、彼女()は思考が追い付かず呆然としていた。

 

 ―――最初に気付いたのはフミタンだった。ふと視界の端に反射光が見え、視線を向ければそこには明らかに平静を欠いた件の殺し屋と血相を変えた監視役がいた。

 

 それを認識した瞬間、彼女はクーデリアの前へ飛び出した。一刻の猶予もない、何故ノブリスの信任の厚い彼らが正気を失っているのかは不明だが、あれはこの期に及んでクーデリア暗殺を遂行しようとしている。そう思えば考えるより先に体が動いていた。

 

 そうして鳴り響く発砲音。すぐに訪れるであろう痛みを想像しこらえるフミタンであったが、不思議といつまで経ってもそれは来ない。そして冷静さを取り戻せば、頬に何か温かい液体が着いていることに気付く。

 

「が――――は……ぁッ」

 

「………そんな、どうして貴方が…?」

 

「え―――だ、ダルトンさんッ!?」

 

「は、はや゛く隠れろッ!?狙いはぎみだちだろう゛ッ!!」

 

 腹に穴が開き、血反吐を吐きながらも必死の形相のまま二人を路地裏へと突き飛ばすアイン。思わず躓きそうになる彼女達だが、異常を察したナボナ達労働組合の人々が支え二人を誘導する。GH陸戦隊は作戦の為に実弾を携行していなかったが、即座に催涙弾を装填しビルへと発射、二度目の狙撃を封じ込めた。

 

 ガスに巻かれ、いよいよ進退窮まった殺し屋達は何とか外へと逃げ出すが、そこにある筈の逃走用の車は完膚なきまで破壊されていた。それだけでなく彼らを待ち構えていたのは、ビスケットと無事合流し、仲間を傷つけた外道どもを前にいきり立つ鉄華団の面々だった。

 

 例え腕利きの殺し屋達といえど、目も鼻も潰された現状では適うはずもなく。汚い手で仲間を傷つけた“落とし前”を存分に付けさせられた後、彼らは取り押さえられた。

 

 彼らは致命的な過ちを起こしてしまった。アリアンロッド艦隊が労働組合に“協力を募った”という路線を発表した時点で逃げるべきだったのだ。この期に及んでクーデリアを害しても、それをGHの仕業に持っていくことは不可能に近く、ならば誰の仕業かなど様々な物的証拠から容易く推測できてしまう。いや、少しでも風評被害を抑えたいアリアンロッドが是が非でもそう仕向ける。今なら自分達に冤罪を擦り付けようとした恨みもプラスされるから尚更である。

 

 それはさておき、狙撃手が無力化されたことを知ったクーデリアとフミタンは再び広場に戻ってきた。勿論周囲をアリアンロッドと労働組合、そしてこちらの加勢に回された三日月がガッチリ固めた上でだが。彼女達が目指している場所は、陸戦隊より迅速な応急手当てが行われているアインの傍だ。

 

「血が、こんなに…どうして貴方が……?」

 

「――――ぐッ……イサリビの乗員は全員、突然の事態に浮き足立っていた。自分への監視もおろそかになるほどに。だから、グリフォンと貴女が乗った連絡艇に……こっそり同乗させてもらった」

 

 歳星付近での例の通信を聞いて以来、アインは何か自分に出来ることはないかと必死に頭を回していた。捕虜の身分では証拠もなしに相談しても、フミタンのこれまでの貢献を考えれば余計な不信や不和を買ってしまい碌な事にならない。かといって先手を打つ方法も思いつかない。普段フミタンは艦首の通信機前に常駐しており二人きりになる機会がない。

 

 実際にドルトに着いてみれば、ドレイクによって状況が伝わったので杞憂に終わったとほっとしたのだが、ビスケットと二人で降下すると聞き慌てる余り密航と言う暴挙に出た。状況が許せば説得に動き、もし相手が先に行動してきた場合でもビスケットと二人でなら金持ちの私兵程度なら何とかなると深く考えずの行動であった。

 

 しかしその行動が結果としてビスケットを救う事になった。何とかフミタンと接触しようと伺っていたアインが見たのは、私兵ではなくGHの駐留部隊が包囲している状況だった。飛び出すことも考えたが、相手に殺意が無かったため様子見に徹し、その後を尾行することでビスケットの監禁場所へと迅速に駆け付けることが出来たのだ。

 

 フミタンの所在は『デモ隊へとクーデリアを誘導する』と聞いていたのである程度予想が付く。明らかに生かしておく価値の薄いビスケットの救出を優先、彼には合流を急がせ自身はその足でカンパニーへと向かったおかげで間一髪間に合うことが出来たのだった。

 

「だからッ!どうしてそんな真似をしたのかと聞いているんです!!ビスケットさんを助けるだけならともかく、こんな重傷を負ってまでどうして()()助けたのですか!?」

 

 しかしそんなことをフミタンは聞きたいのではない。ビスケットやクーデリアを助けるというのなら、贖罪ということで納得できる。だがあの時飛び出したのは、間違いなくクーデリアを庇う自分の身代わりになるためだった。自身が裏切り者だと知っているなら、クーデリアの保護を優先するべきなのに、だ。その問いに対するアインの答えは―――。

 

「……まだ、お礼を言えてなかったから、かな」

 

「お―――れい……?」

 

「三日月もそうだが、貴女との会話で自分がどうありたいのか、何となく見つけられた気がしたんだ。自分のことなのに人に指摘されないと分からないとは、我ながら鈍感すぎるとは思うが……」

 

 これ以上は傷に障ると陸戦隊の人に止められ、アインは担架で運ばれていった。ただ最後に『君は今日十分に“罰”を受けただろう、なら後は進むだけだ』とだけ言い残して。その言葉にどう応えて良いか分からず立ち尽くすフミタンの両手を、クーデリアは優しく自分の手で包み込む。普段そうしてくれているように、今は自分が彼女を支えようというかのように。

 

「……あの方の部屋を立ち寄ったことに、大した意味はありませんでした。お嬢様や鉄華団の皆様は私には眩しすぎて、民間人を躊躇なく殺せるような人間の傍の方がマシだろうと」

 

「―――うん」

 

「結局はあの方も境遇に反して純粋な人でしたが……それが無性に羨ましくて好き勝手なことを言っただけでしたのに……あんな馬鹿な真似を」

 

「―――うん」

 

「挙句にそんなことにまで恩義を感じて、こんな私などの為に命まで賭けて。私は、どうやって報いれば良いのですか?」

 

「―――なら、今度はフミタンがお礼を言いに行きましょう?それもあの人がびっくりするくらいのお土産を持って。きっとアインさんはそんなことをする必要はないって言いそうだけど、その時は貴方が言われたことをそのまま返せば良い。そうでしょう?」

 

「……お嬢様」

 

「そのためにも、こんな所でさよならなんてさせないわよ?アインさんにお礼を返す為にも、オルガ団長に頭を下げて乗せて貰わないと」

 

「それは……幾らなんでも厚顔無恥が過ぎるのでは?」

 

「そんなこと気にしてられないでしょ、自分の“我”を通す為なら。今回の件では本当に思い知らされたわ」

 

 一連の事件、そしてその顛末はクーデリアの価値観をこれ以上なく刺激した。アリアンロッドは別に義侠心で方針転換した訳ではない、単に利害の一致とイズナリオへの意趣返しという旨味に釣られたに過ぎない。そこに思うところはあるが、もし救いたい・救われたいという自分達の考えに基づいて行動していれば、取り返しのつかない犠牲が出ていたことだろう。

 

 なにより、生まれや育ちこそ違えどドルトの人々は、火星に住む人と変わらない虐げられる側(彼女が救いたい人達)だ。その彼等に降りかかった危機に何も出来なかったという事実は彼女を打ちのめした。勿論クーデリアによって労働組合の人々がより団結したことは犠牲を抑える最後の決め手となったのだが、そもそもアリアンロッドを説得出来なければどうしようが蹂躙されるだけだ。故に彼女の頭の中では自分は何も出来なかったと判断している。

 

 だから彼女は考える。自分には何が出来るのか、もし似た状況が火星で引き起こされたなら?敵すら味方に巻き込む策を、今度は自分達でそれを成さなければならない。今度も都合よく助けてくれる“誰か”がいるとは限らない、彼女は今一度喝采を叫ぶ人々を見てそう思った。そして、出来ることならその傍らにはフミタンが居てほしいと。

 

「何と言うべきか……変わられましたねお嬢様。私も……変わることが出来るでしょうか?貴方やダルトンさんの様に」

 

「フミタンなら出来るわ、私が保障する。だから、私にも手伝わせて?貴方が今まで私の手を引いてくれたみたいに」

 

 ようやく表情に小さくだが笑みを浮かべたフミタンに、クーデリアは同じく笑みを浮かべ、握り返してくれた両手を嬉しく思う。そして騒ぎが鎮まりだした頃合を見計らって陸戦隊と鉄華団の面々が近づいてきたので、二人は彼らの元へと向かっていった。

 

 

 

□□~~~□□

 

 

 

「―――という訳で無事大団円、といったところでしょうか。ご協力感謝しますよ」

 

『なに、こちらとしても利が大きいから動いたまで。お陰でアフリカンユニオンに大変な貸しが出来た。しかし用意の良いことだ、あの手土産の所為で私は動かざるを得なくなった』

 

「いえ、単に馬鹿が網に飛び込んで来ただけですよ。ああいう策士気取りの連中は、詰めの一手を自分で刺したがる人種ですから」

 

『……耳に痛い話だな』

 

 事件から数日後、ドレイクは後から“商談”に参加してきた取引相手であるエリオン公と連絡を取っていた。

 

『実に都合の良い“前払い”だったよ。ユニオン政府との交渉、小心者のファルク公への離反工作と諸々にね』

 

「金持ちが持ってきた作戦に便乗したのがそもそもの間違いでしたね。よりにもよってドルトで虐殺など、後先考えていないにも程がありますよ」

 

 ドレイクがエリオン公に用意した“ネタ”の一つが、『改竄されたアリアンロッドの作戦計画書』である。ラスタルは敵には一切の容赦をしないセブンスターズきっての武闘派だが、特段争いを好む性格ではないし、利益もないのに敵を過剰殺人(オーバーキル)して悦に浸る様な変態でもない。であるならユニオンへの配慮や自身の艦隊に余計な醜聞が出ない様配慮して被害を最小にするのは当然の判断だ。しかしそんな“しょうもない”被害ではユニオンやアーヴラウに非難声明を出させられないと判断したイズナリオは、お得意の諜報工作でラスタルの出した指令を艦隊に届くまでに改竄した。

 

 イズナリオがノブリスの案に便乗した大きな要因は、ドルトコロニーの人間が差別されているといえど“れっきとしたアフリカンユニオン国民”であるという点だ。GHの運営費が経済圏からの出資である以上、彼らの経済活動には最大限配慮するのは当たり前だ。利潤を生みだす土地を持たないGHの数少ない泣き所の一つであると言えよう。だからこそ今までの弾圧は主にヒューマンデブリや圏外圏からの流民を被害の中心に据えてきた。

 

 だが今回の虐殺対象はドルトに欠かせない専門技術を持った労働者諸兄であり、当然だが数が減ったのですぐに補充、とはいかない。減り過ぎればマニュアルに残せない口伝や感覚的なノウハウを失伝してしまい生産効率は段違いに低迷する。そもそもヒューマンデブリは暗黙の了解、完全な裏方なら兎も角、政府が公営会社で採用するなど出来る訳がないのだ。

 

 それ故にユニオンは今回の件を穏便に済ませるなど出来ない。契約違反も良い所だし、なによりイズナリオがアンリ・フリュウを通じて『穏便に終わらせない』。賠償やら説得やらに手間取っている間にアーヴラウの選挙を終わらせるという算段だろう。

 

『まあ理には適っているだろう。成功すればユニオンは“労働者がデモを起こせば虐殺するような政治体制”というレッテルを張られる。何せドルトカンパニーは公営企業だからな、彼らの方針に責任を持つのは政府だ。そうなればドルトに就職するような人間は他殺志願者以外なく、アーヴラウや他の経済圏から怒涛の糾弾が成される。最悪の場合は、厄祭戦以前の状態まで経済格差が広がりかねんな。

そして“時代遅れの支配者を啓蒙する”という大義名分で内政干渉を実施する、その先頭に立つのは葬られるはずの真実を最初に糾弾したアーヴラウ。アンリ・フリュウの当選祝いとしてこれ以上はない、という訳か』

 

「成功していれば、の話ですがね。失敗した以上ファリド公はもう取り返しがつかない所まで追い詰められてしまった。独断で艦隊の命令書の内容を変更した挙句、その内容はスポンサーであるユニオンと致命的な確執を生みかねないもの。加えて、ノブリスの部下が公衆の面前で“第三勢力”に見える形でクーデリア嬢暗殺を実行、しかも下手人が捕えられ同じく窮地に追い詰められた協力者がいる。少し助け舟を用意してやれば罪を擦り付けるために幾らでも吐いてくれるでしょうね」

 

 ドレイクの予想通り、顔面蒼白となったノブリスは事情聴取も兼ねて連絡したラスタルに完全降伏を掲げていた。最大の支援者を名乗っておきながらその対象を暗殺しようとしたと知られれば、今まで築き上げてきた実績も塵と化す。当然火星に敷いた太いパイプも御破算となり、今まで抑えつけてきた競合相手から徹底的に追撃される。待っている未来はクーデリアのシンパや始末してきた邪魔者の縁者による暗殺か、落ちぶれた果ての自殺か、碌なものではないだろう。それが分かっているから命懸けでイズナリオを売り込んで来た。

 

 既にラスタルの頭の中ではイズナリオとの抗争は決着がついている。しかし悩みの種は尽きない。それはドレイクが持ちこんだもう一つの方の“ネタ”が理由だ。

 

『しかし、私としては此方の方が深刻だな。自分の養子を送り込んであるからといって、まさかセブンスターズの殺害に踏み込むとは』

 

 ラスタルほどの大物が頭を抱える“厄ネタ”とは、彼に無断で、何時の間にか艦隊に乗り込んでいたガエリオ・ボードウィン特務三佐に暗殺部隊が差し向けられていたことだ。ちなみにラスタルがドレイクに言われるまでその事実を知らなかった理由は、強制送還されることを恐れたガエリオがアリアンロッドの面々にボードウィン家名義で箝口令を強いたからだ。

 

もし知っていれば、所属も派閥も違う人間がいきなり私情でやって来て、食料や補給を強請っておきながら作戦には『こんな下劣な作戦に参加しろとでもいうのか』などと一切協力しないのだから、ラスタルでなくとも『帰れ』と言うだろう。当たり前の話だ。

 

 嘘だと思いたい案件だが、現実にドレイクがファリド家御用達の秘匿任務用の艦と“戸籍も名前も存在しない”工作員、そして高硬度レアアロイ製ではないとはいえ、条約禁止兵器まで現物を寄越してきたので信じる他なかった。ドレイクの自作自演でないと判断した理由は、そんなことをする愉快犯では無い事と、兵器の発射方法が『船を乗組員ごと効率的に爆破することで発射する』という、証拠隠滅を兼ねた仕組みだったからだ。

 

「殺しても直系の妹御がいますから最後の一線は侵していないと主張できるかと。それに自分の欲求に正直すぎるあの男がいずれ当主を継いだら、碌に手綱も取れない暴走特急になるだけです。どうせ始末するなら、エリオン家との対立が不可避になるこのタイミングが最も都合が良い、という訳ですね。

 ただし、火星監査組は未だ地球に到着していない以上、お坊ちゃんの独断専行が漏れるルートは一つしかない。養子殿が痴呆にでも掛っていなければ、彼に気付かせずに密告出来るような人物はいない。となれば親友に警告の一つも送ってきそうなものですがねえ。尤も、“本当に親友だと思っているのなら”ですが」

 

『ふむ、()()()()()に対して随分手厳しいな。だが、これでイズナリオを失脚させて無事安泰、という訳でないことが分かった。出来ればこの機会にまとめて始末したいところだが―――』

 

「勘弁してください。殿上人のじゃれ合いでここまでの被害が出てるんですよ?これが“殺し合い”になればどれだけ巻き添えが出ると思ってるんですか。はっきり言って迷惑です。それに、替えが効かない“セブンスターズ”の席を減らして後釜はどうするんです?

下手を打つと『現役のセブンスターズを滅ぼせば次の席に座れる』なんて考えが生まれて内戦になりますよ。特に貴方が膝に抱えてる方なんて格好の狙い目ですね」

 

『……イオク、か。我ながら指導力の無さにあきれるよ。イシュー家のフロイラインが羨ましいな、“宙の悪魔”の縁者を副官に据えてから、随分活躍しているそうじゃないか。私自身“エリオン家を守る駒”としての教育しか受けてこず、駒は創れても後継を育てる方法を知らんのだ―――などと言い訳にすらならんな。』

 

 セブンスターズは300年前から一度として変化していない。それは組織を維持するうえで重要なファクターとなってきたが、同時に腐敗の発生源でもある。例え馬鹿でも暴君でも替えが効かないので上に戴くしかなく、そういう連中のやらかしが現代に響いている件も多々ある。それになまじ固定し続けてきたせいで、今更半端に体制改革を行っても騒乱の種にしかならないのだ。

 

『やはり、セブンスターズもギャラルホルンも限界が来ている。改革か完全な建て直しか、どちらにしても動くしかない――――と言えば君の計画通りかな?』

 

「私だけでなく、恐らく穏当に生きたい人間全ての悲願だと思いますよ。さて、そろそろこれからの話をしましょうか。貴方が上手くユニオン政府を突いて下さったので、トラブルに見舞われながらも予定通りのタイミングでクーデリア嬢と鉄華団は地球に降下できそうです。ファリド公の動きはどうでしょう?」

 

『流石に時間が足りん。正規部隊に撤退命令は出すが、それでもイズナリオの私有軍はかなりの数だ。アーヴラウ政府からの“イズナリオ個人に”治安維持協力の要請撤回も厳しい。奴はかなり前からアーヴラウと繋がっている、その影響力は警察どころか裁判所にすら及んでいるのだから流石と言えよう。尤も、それが奴の“趣味”を満たすためというのがきっかけなのだから、人間何が助けとなるか分からんものだな?』

 

「最高に不愉快な話ですね」

 

 珍しく不快感を露に吐き捨てる。イズナリオとは個人的に因縁もあるのだが、それ以上にアーヴラウに辿り着いた後に待ち受けるトラブルに嫌気がさしたからだ。

 

 ラスタルから事件の詳細を聞かされ、泡を喰ったように取り乱したユニオン政府は慌ててドルト労働組合との関係改善に動いた。本音を言えばGHの政争に巻き込まれたことに文句を言いたいだろうが、自分の庭の掌握すら出来ていないから利用されるのだ、と言われれば二の句が出ない。それに、有り得た未曽有の風評被害と経済的損失を思えば、文句を言う前に迅速に火消しを行うのが先だ。

 

 かくしてドルトカンパニーと組合の間で労働環境の改善および和解が正式に行われ、今やクーデリアと“革命の乙女”の名は最も熱いものとなっている。この世間の追い風と、馴染の伝手を利用した“特急便”で一気に押し込もうとドレイクは計画していた。

 

 しかし、ラスタルから聞いた情報からすると、この状況下でもアーヴラウに巣食う膿共は

徹底抗戦を掲げるだろう。イズナリオと彼らは立場が違う。変態はどれほど失脚したとしても替えが効かない“血”が命と生活を保障する。少なくとも直系の子孫を生ませるまでは。

 

 だがアーヴラウの要人は違い、癒着が明るみになれば待っているのは破滅だ。況してや利益の為に男色家に無垢な少年を供物に捧げ、その隠蔽に加担してきたのだ、それに相応しい末路が待ち受けているだろう。それが分かっているからこそ死に物狂いで抵抗してくるはずだ。

 

『セブンスターズの私兵だけでも脅威だが、今度は“国”そのものが敵だ。少なくとも蒔苗氏がいない今のアーヴラウはな。鉄華団とか言ったか?少年少女たちには荷が勝ち過ぎるのではないかね?』

 

「それを判断するのは私ではありません。それにあくまで鉄華団との契約は地球に降下するまでですから、それ以上深入りするつもりはありません」

 

『自分達はあくまで海賊だから、かね?私からすれば我々より余程ヒーローになれていると思うが。では、そんな欲深い海賊達に法外な報酬を積む奇特な依頼人の登場を期待するとしよう』

 

 その言葉を最後に通信は終了した。ドレイクの視界の片隅にある新聞に、サヴァランとユニオン政府が握手する写真と和解が正式に行われたこと、そして一番隅に『反乱を企てた元駐留部隊の処刑が本日執行』という一文がノックスの名義で載せられていた。

 

 

 

 



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