届き猫と生存不能な俺 (つちろー)
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第一話

 

 

 「もしもし・・・Pさん」

 「はいはい、私です」

 「あの・・・えぇっと」

 「どうしました、かなり動転している様子ですが。何かありました?」

 「いやぁ。これ迷ったんだけどさ・・・やっぱり最初はPさんだろって思って。電話しました」

 「最初は?・・・はい、それで」

 「のらちゃんが・・・」

 「のらちゃんがどうかしたんですか」

 「俺んちにさぁ・・・のらちゃん届いた」

 「・・・はい?」

 

 俺自慢のつよつよPCでさえ回路が沸き立ってしまうほどの猛暑の中。

 

 ・・・おかしい。

 クーラーは19度設定で電気代ケチらずにフル稼働させているはずなのであるが・・・

 なんだ?俺の頭の方が沸いちまってるのか?

 

 「届いたって・・・つまりそれはどういう」

 「今日宅急便で届いたんだよ!段ボールの中にさ、のらちゃん入っててさ」

 「あっ・・・ふーん・・・」

 

 おいおい!

 案の定察されてるじゃないか!

 

 「いっいえ、違うんです!これは」

 「ついにおつむの方もけもみみおーこくへと・・・惜しい人を亡くしました」

 「別に激ウマギャグ言ってる訳じゃないんです!マジなんですよ!」

 「マジに逝っちまってるぜこりゃぁ」

 「ぴ・・・Pさんっ」

 

 いや分かってた。

 流石の聖人ノラネコPとは言えども簡単には信じてくれないのも、俺の頭が本当におかしくなっているんじゃないかってのも。

 

 しかもだ。

 

 昨日Pさん達とスカイプした時も、俺はこの夏休暇を昼夜逆転のほとんどシェーダー書きに費やしていることを公言した上で「いやマジ、シェーダー無限に遊べるぜギャハハ」だの「モデリングってけもみみ作れるようになったらね、半分終わったようなもんなのよ(?)」だの酒が入ったまま大騒ぎしていたものだから、(連日平均気温38度湿度70%超えの猛暑も相まって)あのけもみみ大好きおじさんのおつむもついぞや夢のけもみみワールドへと片道切符かぁ・・・と誤解されてしまっても仕方ないとは思う。

 

 俺自身、幻覚でも見ているんじゃないかと考えたさ。

 しかし・・・アルコールが完全に抜けても、目覚ましに風呂入っても、気付けに常備しているのらショットキメてみたってこの幻覚は覚めなかった。

 

 だからこうやってPさんに泣きついているわけで。

 

 「とりあえず、今すぐ俺ん家に来てください!お願いします!」

 「えぇ。今日は午後から飛び込みで定例会行こうと思ってたんですけど」

 「そこを何とか・・・そうだ、今度俺のおごりで一緒に行きましょう。だから、ね!」

 「・・・分かりましたよ。ったく、これねずみさん達にバレたら相当燃やされますよ。あなた」

 「どうせもう消し炭だし、構いません」

 「じゃあそうだな・・・2時間後位には着いてると思うんでそのつもりで。じゃ」

 

 ありがとうございます!と、のらちゃんに罵倒されるねずみさんよろしく叫んでから電話を切る。

 これはさすノラPと言わざるを得ない・・・こんな有能Pにプロデュースしてもらえているのらちゃんは全く幸せアンドロイドだね。

 

 

 

 

 

 さて。時は遡り、今日の午前8時のことである。

 

 ヤ〇ト宅急便の兄ちゃんが鳴らすチャイムの音によって起こされた俺は、二日酔いでふらつく体に悪態をつきつつ全く身に覚えのない荷物を受け取った。

 

 驚いたのはその大きさ。

 縦150センチ、横は60センチにも及ぶ段ボール箱は、厚みもそれなりにあるようだった。

 

 重量もそれはすごいもんで、屈強な宅配戦士でもこれを玄関まで運んでくるのは一苦労だったらしい。

 めっちゃ汗かいてたしな。お疲れさん。

 

 という訳でそんな重いもんを部屋まで引きずっていく体力が寝起きの俺にあるはずもないんだが、かと言って朝一にこんな訳アリ臭プンプンするドデカい荷物届けられて興味ないねって放っておけるほど人間やめてる自覚はないし、むしろ好奇心は人一倍ある方だと自負している。

 

 つまりどういうことかというと俺はヤ〇トの兄ちゃんを見送ると同時に開封の儀を取り行ったのである。

 錆びかけのカッターナイフ片手に、朝一の運動がてら箱を開けにかかった。

 

 「なんだこの包装!?かったいなぁ!」

 

 ねむねむのおめめをこすりすり、灰色がかった謎の包装と格闘すること数十分。

 やっとこさ前面の包装をひっぺがすとついにその中身があらわになる。

 

 「えっ」

 

 思わず驚愕する俺。当然と言えば当然。

 

 「これって・・・」

 

 そこには見慣れたシルエットが堂々と権限しておられた。

 

 Pさんが狂ったように信仰しているツーサイドアップの銀白色。

 閉じられてはいるものの、今まで数々のねずみさん達を言わばシスののらきゃ面へと引きずり落としてきたハイライト無い系おめめ。

 そしてねこみみマスターの俺をも狂わせた、尊いまでに御顔上部へ鎮座しておられる――——ねこみみ。

 

 「のらちゃん・・・だよなこれ、どう見ても」

 

 バーチャル美少女youtuberこと、のらきゃっと。

 本来はPさんの創作物・・・もとい、沢山のねずみさんと共にその世界観を構築する存在である。

 

 「なんすかこれ・・・いたずらか?にしては出来過ぎだし・・・」

 

 “現実には存在しない存在”である————あるはずの彼女。

 それなのに、こうして俺の元へとやって来てしまった彼女。

 

 「とにかく電話・・・Pさん、Pさんに・・・ッ!」

 

 この事態の深刻さに気付けるほど、その時の俺は冷静さを保てていなかった。

 いや。その時というより現在進行形で、俺は冷静なんかじゃいられないのである。

 

 決して暑さに当てられた訳でも、のらショットに当たった訳でもない。

 

 だって、だってさ!

 のらちゃん、あののらちゃんが俺の家に————

 

 「届いたんだぜ!?マジで!」

 「はぁ・・・」

 

 俺は一ねずみとして、いわゆる“どぶどぶ”する他なかった・・・ただの。

 ただのバーチャル一般人なのだった。

 

 

 

 

 

 前言を一部撤回することにしよう。

 

 「おえぇ・・・」

 

 のらショットにはもれなく当たっていた。

 ねずみの皆様、お気を付けになって下さい。

 

 「うっ・・・配合間違えたか?うおぅ・・・」

 

 トイレで一人うずくまる俺。

 

 こういう時一人暮らしは辛い。

 たとえ高熱が出たとしても誰一人看病してくれる人はいないし、二日酔いやこうやってのらショットに当たって吐いていたとしても、誰一人背中をさすってくれなんて————

 

 「大丈夫、大丈夫ですか」

 「うん・・・」

 「背中、サソリ、ますよ」

 「ありがと・・・」

 「どうですか、どうですか」

 「だいぶいいよ、楽になった・・・って」

 「どうかしたんですか」

 

 えっ?

 

 「うそ・・・でしょ」

 

 何?もしかして俺もう死んでたりする?

 

 「うそ、ですか」

 

 振り返ると、いつもヘッドマウントディスプレイ越しに見慣れた姿がそこにはあった。

 

 「君は」

 

 俺がそうつぶやいたのが聞こえたか否かは分からないが・・・彼女はいつものように愛嬌溢れる動きで、目の前の俺にだけ、優美可憐にアピールして見せた。

 

 「こんにちは、こんにちは。のら、きゃっとですよ」

 

 失神したりどぶどぶしたり、遅れて来るであろうノラPの反応を予想したりする前に、俺はやらなくてはならないことがあるのを思い出す。

 

 あぁやっぱ俺、正真正銘ねずみなんだなぁ・・・なんてぼんやり頭に浮かぶ。

 

 口を開いた。

 

 「こ・・・こんきゃー、っと・・・」

 

 目の前の美少女は半目になって、じとっと笑った。

 

 そして俺は————————失神した。

 

 

 



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