キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです (ざるそば@きよし)
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本編
キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです


最近いろいろ詰まっているので、手慰みに書いた作品。
続くかもしれないし、続かないかもしれない。


 キャスターのサーヴァントであるメディアは、現界してから今までずっと不幸続きの状況に苛まれてきた。

 全ての始まりは『どんな願いでも叶う』という謳い文句に惹かれてしまった事だ。愛した男に裏切られ、故郷に戻る事すら許されずに人生を終えた彼女にとって、聖杯の触れ込みはまさに一縷の望みに等しかった。

 

 たとえどれほどの時間が過ぎているとしても、せめてもう一度だけ故郷の景色を見てみたい……。

 

 そう思って召喚に応じたと言うのに、自分を呼び出した相手はかつて自分を裏切った男に勝るとも劣らない外道だった。

 男は事あるごとにメディアを『魔女』と蔑むと、まるで己の力を誇示するかのように自らの工房や魔術を彼女に見せつけた。神代の魔術を極めたメディアにとって、現代の魔術や工房など文字通り児戯にも劣るレベルの代物だというのに。

 彼女が力の一端を見せるたび、男の顔は苦悶と嫉妬に歪み、そして再び負け惜しみのように彼女を魔女と侮蔑していく。

 

 そんな男が彼女を殺そうと思い立つまで、さほど時間はかからなかった。

 

 男は密かに他のマスターを雇い入れると、あろうことか自らのサーヴァントを殺害するように仕向けたのだ。

 あんな魔女を召喚してしまったのがそもそもの間違いだった――“裏切りの魔女”と呼ばれた売女ごときが、栄光ある自分のサーヴァントであっていいはずがない。出来の悪い不良品は速やかに処分し、もっと有用な、自分に相応しいサーヴァントを召喚するべきだ。

 

 嫉妬と憎悪と挫折に狂った男にとって、その選択こそが自らのメンツとプライドを保つための最期の手段だった。

 

 魔術師相手に善悪の説法をするつもりは毛頭無かったが、あまりの男の身勝手さに嫌気が差したメディアは男を工房ごと徹底的に破壊し尽すと、重傷を負いながらも敵サーヴァントを撃退し、人気のない山奥へと一人逃げ出す事に成功した。

 

 だがその為に支払った代償は決して安くはなかった。

 

 魔術師である彼女は本来、一対一の戦闘には向いていない。というよりも、名のある英雄を相手に肉弾戦を仕掛けるなど、自殺にも等しい蛮行である。

 全身に重傷を負い、魔力の大半を失いながらも彼女は何とか生き延びた。それはある種の奇跡と言っていいだろう。

 だがそれもここで終演だ。

 マスターを失い、持てる力のほとんどを使い切った彼女の命は、持ってあと数時間が限界だった。

 

「――折角この世に戻って来たのに、こんな終わりだなんて」

 

 老いた大木に背を預けながら彼女は静かにひとりごちる。

 

「私はただ……自分の故郷に、帰りたかっただけなのに……」

 

 悔しさを滲ませた遺言だが、無意味な嘆きに過ぎなかった。魔力もマスターも居ない今、自分の身体はいくらも経たずにこの世から消え去るだろう。

 だがそれも、魔女と蔑まれながら利用されて生きていくよりずっとマシな筈だ。

 そう考えながら消えるに身を任せていると、冷たい雨を割って一人の男が現れた。

 

「そこで何をしている」

 

 それが後にマスターとなる葛木総一郎との最初の出会いだった。

 

 ◇

 

 メディアを抱えた男が目指したのは山頂にある寺だった。彼は自室の寝床に彼女を寝かせると、無言で傷の手当を始めた。

 手当てをしている間、彼はメディアに対して何も尋ねなかった。彼女が何者なのかも、どうして傷だらけであそこに居たのか知ろうともしなかった。ただ静かに自分を受け入れ、匿ってくれた。それはメディアが今まで出会ってきたどんな男とも違う優しさだった。

 

「……何も聞かないのですか?」寝かされた床の中から彼女は男に尋ねた。何も聞かず、ただ黙々と手を動かす彼の事が不思議でしょうがなかった。

 

「聞いてほしいのか?」

 

 男は静かに尋ね返した。無表情を貫く彼の瞳は鏡のようにメディアの姿を映し出している。

 

「いえ……」

 

 彼女は言葉を詰まらせた。何を言いたいのか、何を言うべきなのか、自分でもよく分からなくなっていた。

 

「言いたくないのであれば、私は何も聞かない。出ていくというのなら、その襖を開けて寺を出るがいい」

 

 指し示された襖をメディアはじっと見つめた。たとえここを出て行ったとて、他に行くあてなどあるはずもない。

 それに助けて貰ったのに何も言わないまま立ち去るというのは、何とも不義理な行為だ。

 そう考えたメディアは、今まで起こった事の全てを目の前の男に向かって吐き出す事にした。

 

 “聖杯戦争”という殺し合いの中で呼び出された事、自分が遥か昔の時代を生きた人間である事、そしてマスターという楔が無ければもうすぐ消えてしまう事など――彼が理解できるかどうかは全て棚に上げ、メディアは自分が知りうる全てを語った。

 聞いている男にとってはさぞ荒唐無稽な話だっただろう。だがその全てを聞き終えた上でも尚、彼は答えは静かだった。

 

「そうか、お前の事情は分かった」

 

「……このような話を信じるのですか?」

 

 思わずメディアは眉を顰めた。こんな意味不明な話をされれば、普通の人間は取り乱したり、相手の素性を疑ったりするのが自然な筈。だと言うのに、彼はまるでごく普通の世間話でも聞かされたかのように平然としていた。

 

「お前が嘘を言う理由はないようだが、それとも私を謀る理由があるのか」

 

「貴方のほうこそ、血まみれの女を助ける理由がありません」

 

「お前がどのような人間なのかは、直接話してみなければ分からない。違うか?」

 

 言われてみれば確かにその通りなのだが、こんな突拍子もない状況でそんなを言うのはハッキリ言って異常だ。

 それに続いて彼は更にとんでもないことを言い出した。

 

「気が済んだか。では事を済ますがいい」

 

 一瞬、彼女は自分にかけられた言葉の意味を理解できなかった。遅れて理解した彼女が恐る恐る質問を投げかける。

 

「それは、つまり……?」

 

「お前には憑代とやらが必要なのだろう。ならば私がマスターになる他はあるまい」

 

 彼が? 自分のマスターに?

 

 突拍子もない発想だった。聖杯戦争は正真正銘の殺し合いだ。その中にあえて飛び込もうなどと、一体誰が考えるだろうか?

 だが目の前の男からは謀ろうという意思は微塵も感じられなかった。彼は真剣に自分と共に戦うと言っている。

 

 本当に信じていいのか? 裏切られ続けてきた苦い記憶が、メディアの脳裏を駆け巡る。

 

 しかし彼なら――死にかけた自分を何も言わずに受け入れてくれたこの男ならば、もう一度、信じてみてもいいかもしれない。

 メディアは覚悟を決めた。

 

「……一つだけ、私には夢があるのです」

 

 ぽつりと独り言のような声音で呟く。それはまるで、思春期の少女が意中の相手に好意を告げるような口調だった。

 

「小さいけれど大切な夢……それを叶える為、どうか貴方様の力を貸してくださいますか?」

 

「わかった」男は即座に頷いた。そこには一変の迷いも躊躇いも無かった。「私に協力できることであれば、力を貸そう」

 

 

 ◇

 

 葛木という新たな楔を得たメディアは、生き残るためにあらゆる策を巡らせた。大地の霊脈を使って街の人々から魔力を吸い上げ、ねぐらにしていた寺院に工房を敷いて結界を張り、どんな敵が押し寄せてこようとも戦い抜けるような算段を生み出す。

 そしてその間、メディアの胸の中には常に葛木の姿があった。

 

 あの人は今まで接してきた男たちとは全てが違った。自分を利用することもなく“魔女”と蔑むこともない。ただ静かに自分に寄り添い、一番欲しかったものをくれる。こんな事は初めてだった。

 そして彼への好意を自覚した時、彼女は胸の中で密かに誓いを立てた――あの人だけは、何があっても守り通そう、と。

 だがマスターとして自分を匿っている以上、いずれ他のサーヴァントたちが襲いかかってくる事だろう。いくら戦いの心得があるとは言え、自分と彼だけでは万が一という事も十分あり得る。

 

 故に、彼女は禁じられた手段に出る決意を固めた。

 

 ◇

 

「――できたわ」

 

 白い息を夜空に零しながらメディアは一人呟いた。眼前にはかつて自分を呼び出したのと同じ魔法陣が描かれている。あとは英霊召喚に必要な触媒を供え、指定された呪文を唱えるだけでいい。

 しかしそれこそが、メディアが抱える一番の問題であった。

 

「……この眼、本当に使って大丈夫なのかしら?」

 

 そう言って彼女が懐から取り出したのは、一組の眼球を保護液で満たしたガラスの瓶だった。

 元々これはメディアを召喚した男が用意していた予備の聖遺物の一つで、彼女を亡き者にした後はこれを使って新たなサーヴァントを召喚しようとしていたらしい。もっとも、その機会は永遠に失われてしまったが。

 

 故に彼女はこれが何の英雄の触媒なのかを知らない。保管されていた場所にはただ聖遺物である事だけが簡潔に記されていた。見た目からして人間の目玉であることは確かだが、眼の“持ち主”が一体誰なのかは全くの不明だった。

 

 とりあえずこれを使えば、何かしらの英霊を呼び出すことが出来るのだろう。もしかしたら強大な力を持ったサーヴァントかもしれない。だがそれが必ずしも自分やマスターと相性のいい人物であるとは限らない。

 

 決して分のいい賭けではない。だが強力な駒を増やせる可能性があるならば試さない手はない――無駄に決断を長引かせれば、その間に他のマスターがサーヴァントを召喚してしまう。そうなれば、たとえどんな聖遺物を持っていようと意味がないのだから。

 

「……これはもう決めたことなのよメディア。今さら弱気にならないで」

 

 未だに迷う己を叱咤するように小さく呟くと、彼女は瞳を閉じ、眼前の図形に向けて意識を集中させ始めた。

 

「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師ヘカテ」

 

 厳かな口調と共に一つ一つ言葉を紡いでいく。するとそれに呼応するかのように、描かれた眼前の魔法陣も淡い光が灯し始めた。

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 弱々しかった輝きが次第に強くなる。詠唱が進むと同時に力が脈動し、陣に含まれた魔力が徐々に渦を巻いて騒ぎ立てる。

 

「閉じよ(みたせ)。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返す都度に五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 導きの呪文に聖杯が強く反応する――形を求めて渦を巻いていた力が一つの在り方へと集結していく。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 風が吹き荒れる――見えない力が形を成し、魔力の奔流が聖杯から止めどなく流れ込む。召喚成功までもうすぐだ。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 最後の呪文を言い終えると同時に光が今までで最も強く瞬き、僅かな間、境内を昼間の様に照らす。

 

 召喚は成功した――まずは第一段階完了だ。

 

 眩い光の裏側でメディアが小さくほくそ笑む。

 

 周囲を照らしていた光が弱まり始め、メディアが再び目を開けると、陣の中央には朱色の鎧を身に纏った男が一人静かに佇んでいた。

 

 ◇

 

 うちはマダラが意識を取り戻した時、最初に飛び込んで来たのは見たこともない光景だった。

 

 一言で表すならば、そこは『寺』だった。月光に照らされた境内は厳かで、実に神秘的な雰囲気を周囲に漂わせている。奥に見える雅な造りの本殿も、明かりの少ない深夜でなければ美しい外見を存分に見せるつける事だろう。一目見て立派な寺院であると分かった。

 

 だが、なぜそれが目の前にあるのだろうか? そもそも自分は死んだ筈なのだ。身体から十尾を引き抜かれて。

 そこまで考えた時、彼は思い出した――自分の世界には死者を蘇らせる方法があるということを。

 

「また穢土転生か……だが、以前の時とはまた少し違うようだな……」

 

 浄土(あの世)から死者の魂を召喚する“穢土転生の術”――それは基本的に対象者を死ぬ直前の姿で再現する。だが今の自分の身体は二度目に死んだ時よりも幾分か若い年齢のようだった。加えて言えば、身体に埋め込んでいた千手柱間の細胞も、両目に宿っていた六道の力も感じられない。まるで昔の自分に戻ったような感覚だった。

 これは一体どんな状況なのかと考えていると、不意に何者かの声と気配を背後に感じた。

 

「――冬木へようこそ。名も知らぬ英霊さん」

 

 振り返るとそこにはフードで目元を隠した不気味な人影が佇んでいる。声の質感やシルエットからして中身は若い女のようだが、もちろん自分の知っている人物ではない。

 

「……女、俺をここに口寄せしたのはお前か?」

 

 投げかけられた質問に女は首を縦に振って答えてみせた。

 

「ええそうよ。あなたは私が召喚したサーヴァントで、私はあなたのマスター」

 

「サーヴァント? 何の話だ?」

 

 聞き慣れない単語に思わずマダラは眉を顰める。

 

「あなたは既に理解しているはずよ。サーヴァントは召喚の際に聖杯からある程度の知識を与えられているのだから」

 

 言われてからマダラは自分の記憶の中に馴染みのない知識がある事に気がついた。聖杯戦争、サーヴァントとマスター、魔術師と英霊――それは遠く離れた時代から呼び寄せられた英霊のために聖杯が用意した情報であり、同時に今の状況を彼に理解させるための知識だった。

 それによれば、自分は英霊と魔術師が繰り広げる殺し合いに参加させられたという事だ。

 

「……なるほど。聖杯戦争、面白い話だ。願いや聖杯などに興味はないが、強い者と戦えるというのには興味がある」

 

 状況を理解したマダラは不敵に笑った。過程はどうであれ、自分は再び戦いの場へと駆り出されたのだ。おまけに強者ばかりが争う聖杯戦争は、まさにうってつけの宴といってもいい。

 しかしそれには一つだけ大きな問題があった。

 

「だが女の指図で動くというのは気に食わんな。悪いが俺は俺で勝手にやらせてもらう」

 

 誰かの差し金で動く――それはうちはマダラの性格からは決して認められない事だった。知らず知らずのうちに操られ、利用され、最後は玩具のように打ち捨てられた彼にとって、もう二度と誰かの思惑で利用されるのは御免だった。

 だがその意思は再び否定されることとなる。

 

「調子に乗らないで。あなたを召喚したのはただの保険。本来ならば私一人でも十分この戦いを勝ち抜くことは出来るのだから」

 

 そう言うや否や、キャスターの左手から眩い光が瞬き、同時にマダラの身体は硬直したようにその動きを止めた。

 

「……ッ!!」

 

 全身に重石をつけられたような感覚に、思わずマダラが顔をしかめる。試しに抵抗を試みるが、まるで意識だけ切り離されたかのように彼の身体は何の行動も受け付けない。

 

「なるほど……今のが令呪とやらか」

 

 令呪――それは召喚されたサーヴァントを強制的に従わせるための絶対命令権である。

 聖杯から選ばれた証としてマスターはそれを三画まで所持しており、使用することで契約したサーヴァントに命令を強制させることが出来ると、与えられた知識が教えてくれた。

 

「その通り。今から貴方はこの柳洞寺の門番よ。早々に消えたくなければ、せいぜい戦いに励む事ね」

 

 令呪の力は非常に強く、これを使って命令されてしまえばサーヴァントはどんなに抵抗しようと拒むことは出来ない。それはマダラであっても例外ではないようだった。

 始めのうちこそ襲い掛かるような勢いでキャスターを睨みつけていたマダラだったが、やがて門に向かって歩き出すと小さく呟いた。

 

「いいだろう。今はせいぜい勝ったつもりでいるがいい……だが、最後までその余裕が続くとは思うなよ」

 

 その言葉がキャスターに聞こえたかどうかは定かではなかったが、彼にとってそれが戦いの始まりを示す合図だった。



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マダラが初めて敵と戦うそうです

 続かないかと思いましたが続きました。


 新都の丘に聳える冬木教会は表向きにはごく普通の教会として機能しているが、裏では聖杯戦争の監督役を担っている。

 本来、冬木教会が属する『聖堂教会』は、魔術師のような奇跡を冒涜する存在を決して許す事はなく、多くの魔術師たちが組織している『魔術協会』とも反発し合っている存在だが、それが互いに手を結んでいるのにはある理由がある。

 それは冬木に現れる聖杯が“英霊(サーヴァント)を召喚する”という、規格外の力を持っているからである。

 力あるモノには誰もが自然と一目置く。真贋や善悪すら棚上げにさせるほどの力をもった“冬木の聖杯”を見届ける事は、『聖堂教会』の中でも重要な役割の一つとされていた。

 

「キャスターの拠点が割れた。柳洞寺だ」

 

 と、聖母子像の前に佇んでいた司祭服姿の男が言った。誰もいないはずの礼拝室によく響いたその声は、まるで誰かに語りかけているようだった。

 

「へえ、マスターも居ねえのにまだ生きてやがったのか。あの女」

 

 すると一体どこから現れたのか、まるで声に反応したかのように礼拝室の長机に青い服の男が座っていた。気だるげに向けた司祭服への視線は明らかに退屈に満ちている。

 

「おそらく誰か別の人間をマスターにしたのだろう。瀕死であろうと神代の魔術師だ。偶然通りかかった者を仮のマスターに仕立て上げる事など造作もあるまい」

 

「違いねえ。で、どうする? 俺はあいつと一回やり合ってる。あんたの命令通りなら、まだ手は出さねえ筈だが?」

 

 意味深な青服の言葉に司祭服はにやけ笑いを浮かべながら言った。

 

「奴はどうやら地脈を利用して街の人間から魔力を吸い取っているようだ。今はまだ大きな問題は起きていないが、これから先に万が一という事も無くはない。それに『ランサーのマスター』は『キャスターを殺せ』という依頼を請け負っているからな。こちらの不手際で逃したというのなら、責任を果たさねばなるまい?」

 

「……義理堅いようなコト抜かしちゃ居るが、テメェは結局の所、この状況を遊び程度にしか考えちゃいねえんだろ?」

 

 尤もらしい男の言い訳に青服の男は思わず唾を吐く。持って回ったような男の言葉が、青服は余程気に入らないらしい。

 

「そうだとも。武人であるお前にとって戦いが最高の娯楽であるのと同じように、私にとって今の状況はこの上なく愉快なイベントの一つに過ぎない。楽しむ余地があるのなら、余すところ無く味わうだけだ」

 

 放たれた痛烈な嫌味に男はさも当然だと言わんばかりに首肯し、そして命じた。

 

「行くがいいランサー。必死に手に入れた淡い希望が手折られるのか、それとも降りかかる火の粉をもう一度撥ね除けてみせるのか……いずれにせよ、私にとっては非常に興味のある事柄だ」

 

 ◇

 

 門番ほど退屈な仕事は無い――召喚されてから三日目にして、マダラは早くもそう悟った。

 門番とは謂わば置物だ。敵が来る際には必要な存在だが、それ以外の時においてはただただ不要なモノである。

 敵が常に押し寄せて来るというのであればまだいい。だが片手で数えるほどの人数しか出入りしない寺の番ともなれば、その辛さはまさに地獄に等しい。

 サーヴァントであるおかげで眠気も空腹も感じないが、それが余計に感覚的な娯楽を少なくさせ、マダラの神経をすり減らしている。

 はっきり言って、彼の精神はかなり限界に近づいていた。

 

「……退屈だな」

 

 彼の口から思わずそんな愚痴が漏れる。まだ聖杯戦争は完全に始まった訳ではない。召喚されていないサーヴァントがまだいるせいで、ここ数日は戦いなど起こらないだろうとあの女は言っていた。だとすれば、この状況はしばらく続くことになる。

 それだけでマダラは目の前が暗くなったような気分を覚えた。

 

「――よう、いい夜だな」

 

 だからこそ、自分に声をかける存在が目の前に現れた時、彼は心の底からそれを歓迎したのだった。

 

 ◇

 

 柳洞寺に続く山門――その頂上に佇む男を青服の男、もといランサーはじっと見つめた。

 朱色の鎧と堂々とした雰囲気はセイバーをはじめとした三騎士クラスを連想させるが、騎士のサーヴァントは未だ自分(ランサー)以外召喚されておらず、その可能性はあり得ない。

 残りはキャスターを除いた三クラスだが、象徴となる乗機も狂った様子も見せていない事から敵のクラスは自ずと察することができた。

 

「お前、アサシンのサーヴァントだろ? それがなんでキャスターの根城なんかにいやがる」

 

「さてな。門番として雇われたから、というのはどうだ?」

 

 どこか投げやりな男の口調に、ますますランサーは混乱した。

 アサシンが敵であるキャスターの根城を守る? 敵のマスターは既に何かしらの協力体制にあるというのか?

 様々な可能性がランサーの頭をよぎる。

 だがそんな青い騎士の思考を断ち切るかのように、頭上の男が痛烈な言葉を放った。

 

「それより戦いにきたのだろう? 待つばかりの門番にもいい加減飽きていた所だ。怖気づいてないでさっさとかかって来い。小僧」

 

 ◇

 

 寺院の中から外を監視していたメディアは思わず身を竦めた。山門に現れた男は、かつて自分を瀕死に追い込んだ敵サーヴァントに間違いなかった。

 まずい。敵は自分の戦い方を知っている。幸いここ(寺院)が自分の工房なのが前回の戦いと違う点だが、相手が対魔力スキルを持っている以上、襲いかかる不安を拭い去る根拠としては役者不足だ。

 いっそ今から自分もアサシンに加勢するべきかとも考えたが、万が一それでどちらもやられてしまっては元も子もない。

 メディアの心は未だ暗い不安に囚われていた。

 

 ◇

 

 『小僧』という言葉に敵は僅かな苛立ちを覚えたらしい。尖った殺意と共に鋭い視線でもってこちらをじっと見据えている。

 いい眼付きだ。待ちに待った戦いの空気を肌で感じる。

 内心でマダラが感心していると、青服の男は虚空から一振りの赤槍を手繰り寄せ、素早く構えた。

 

「槍兵か」

 

 敵はランサーで間違いないだろう。初戦から三騎士クラスと戦(や)れるとは望外だ。悪くない。

 

「じゃ――行くぜ」

 

 肉食獣を連想させるしなやかな動きで石階段を駆け上がると、ランサーはそのままマダラの腹部に向けて真紅の槍を放った。

 閃光にしか見えぬ速度で穂先が迫る。

 一瞬で腹部を刺し貫くかと思われたランサーの槍だったが、その軌道は目の前に割って入った瓢箪型の壁によって阻まれた。

 

「ッ!?」

 

 ランサーの顔に思わず驚きの表情が張り付く。

 神速の槍を拒絶した壁――それはマダラの右手に握られた巨大な団扇だった。

 

「……どうした? こんなものか?」

 

 嘲笑するような口ぶりと共にマダラは扇を振って槍を払うと、体勢の崩れた胴体に向けて鋭い回し蹴りを放った。大きな弧を描きながらランサーの身体が下の踊り場まで吹き飛んでいく。

 石階段にそのまま叩きつけられるかと思われたランサーだったが、空中で器用に体勢を立て直すと、難なく地面に着地する。どうやら蹴られる際にわざと自分から後ろに飛んでいたらしい。

 

「……やるじゃねえか。アサシン風情が、この俺と正面からやり合おうなんてよ」

 

 今にも噛みつかんばかりに口元を歪ませながらランサーが吼える。最初から格下と見下された上、あっさりと初撃を捌かれたのだ。戦士としてこれほど屈辱的な事はない。

 

 そこへ更にマダラが追い打ちをかけるように肩をすくめた。

 

「そうか。俺は少し失望したぞ。この世界の英霊というものがどんなものかと思ってみれば、存外大した事はない。柱間とはまるで比べ物にもならないな」

 

 脳裏に戦友の顔を思い浮かぶ。あれほどの強敵に出会う事は、異世界であっても不可能なのだろうか。

 

「……ああそうかい。ならこれからじっくりと味わわせてやるよ」

 

 侮辱に怒りを滲ませたランサーが再び迫る。風を巻いて走るその速度は、先ほどの接近がまるで遊びにすら思える速さだ。

 音すら置き去りにするランサーに対し果敢にもマダラは真っ向から立ち向かった。右手に構えた団扇を器用に振るい、襲いかかる槍の軌道を塞ぐように捌いていく。

 火花を散らしながら槍と団扇が激突し、真夜中の寺院に甲高い剣戟の音を響かせる。

 重と剛。幾重にも紡がれると思われる攻防だったが、手数を重ねるに従って徐々に差が付いてきた。

 

「……ッ!」

 

 横薙に迫った刃が団扇を抜いてマダラの腕を浅く切り裂く。既にランサーの攻撃スピードは、最初の一撃とは全く違う次元の物となっていた。

 

「どうした。こんなものなんだろ? ならまだ余裕だよな?」

 

 意趣返しの様に嘲笑しながらランサーが槍を振るい続ける。その間も槍の速度は上がり続けていた。

 ランサーのクラスには常に最速の英霊が選ばれると聞く。挑発の意味を込めた揶揄だったが、流石にこのまま続ければ、いずれ攻撃スピードに防御が追いつけなくなる。

 

 ――面白い。この世界の英霊とやらも存外、捨てたものではないらしい。

 

 迫り来る危機とは裏腹にマダラは自身の中にある闘争本能が高ぶってくるのを感じた。興奮が身体を駆け巡り、血液を沸騰させる。

 身体が徐々に熱を持ち、動け動けと己に向かって命じてくる。

 

 これだ! これこそが自分が望んでいた戦いなのだ!

 

 乾いていた心が急激に満たされていくのを感じる。砂の中に水が沁み込むように生の充足を実感する。一歩間違えば命すら危うい薄氷のような命のやり取りが、今は最高に心地いい。

 内に秘めた魔力(チャクラ)を引き出し、求める身体へと注ぎ込む。目の前の男と渡り合うには、どうやらある程度の力は見せなければならないらしい。

 

 現れてくれた敵への返礼として、マダラの己の手札を一つ明かすことを決めた。

 

 ◇

 

 決着はすぐにつく――ランサーは密かにそう考えていた。

 初撃こそあっさり防がれて驚いたものの、こちらがスピードを上げてみれば何のことはない。敵はすぐに防戦一方となり、そして今では追いつけずに手傷を負い始めている。

 マスターからは『一度目の戦いでは相手を殺すな』と厳命されているが、そんなのは知ったことではない。この気に入らない男には風穴の一つでも開けてやらねばとても気が済まない。

 ランサーの怒りに比例して槍の速度は更に速まっていく――このままではアサシンの身体は遠からず串刺しになる……かと思われた。

 

「テメェ……」

 

 不意にランサーの口から苦悶のような声が漏れた。

 先ほどまであれほど猛威を振るっていた筈の槍が、急激に外れ始めたのだ。

 確かに数合前までアサシンの動きは、槍の軌道について行くのが精一杯という程度だった。それが今では防御すらせず、全ての攻撃を見切ったかの様に回避し続けている。あり得ないことだった。

 

 見れば回避を続けるアサシンの目――先ほどまで墨のように黒かった彼の瞳が、今では勾玉の様な文様と共に深紅色に輝いている。それがどういう意味を持っているのかランサーには分からなかったが、この状況の原因になっている事だけは確信できた。

 

 攻撃が外れ始めたことで苛立ったランサーが、力押しの突きを繰り出した。豪風を突き抜けて赤光が夜闇に瞬く。

 だがそれはアサシンにとっても待ち望んでいた行動だった。

 彼は回避したばかりの槍の柄を団扇を捨てて握り締めると、そのまま持ち主のランサーごと階段の下へと投げ飛ばしたのだ。

 

 先ほど同様に体勢を立て直しながら再び踊り場へと着地するランサー。まるで体操選手の様な華麗な態勢だったが、今度はそれで終わりではなかった。

 

「火遁――豪火球の術」

 

 アサシンが印の様な物を両手で結んだかと思うと、口腔から巨大な火炎弾をランサーに向かって吐き出したのだ。

 襲いかかってきた炎の弾丸にランサーは僅かに目を剥いたが、すぐさま空中に小さな文字を描くと、目の前に魔力の壁を展開させた。

 

 障壁に火炎がぶつかり、夥しいほどの熱風と火の粉が辺り一帯を襲う。もし壁を張っていなければ、今頃ランサーの身体は丸焦げになっていた事だろう。

 力の拮抗は数秒で終焉を迎えた。互いの魔力は失われ、火炎と障壁がその場で淡く霧散する。

 

 魔力の壁から出てきたランサーが再び視線を頭上のアサシンへと向ける。そこには最初に抱いていた以上の疑問を含まれていた。

 

「貴様……一体何者だ?」

 

 彼が口に出来たのは、その一言だけだった。

 

 ◇

 

 メディアは思わず我が目を疑った。

 自分では重傷を負って退ける事しかできなかったランサーを相手に、あの男(アサシン)は一歩も引かないどころか、途中から明らかに優勢を保ち始めたのだ。

 アサシン(暗殺者)というクラスはその名の通り、不意打ちや闇討ちを得意とするサーヴァントが担うものだ。決して真っ向から敵に戦いを挑むようなモノではない。

 そう思ったからこそ、キャスターである自分はバックアップに回り、常に位置で優位が取れる山門に番を置いたのだ。

 だがその目論見は見事に崩れていた。それが良い方向なのか、悪い方向なのかは別として。

 

 ――ひょっとすると、自分は何かとんでもないモノを呼び寄せてしまったのかもしれない。

 

 メディアの嫌な予感を余所に、山門では再び戦いが始まろうとしていた。

 

 ◇

 

「俺が何者か……それは今の戦いに必要か?」

 

 さもつまらなそうにアサシンが言った。せっかくの戦いに水を差されたという顔。明らかに不満の表情だ。何か聞いたところで親切に答えてくれる様子ではない。

 戦士として自分も敵の意見に半ば同意したが、冷静な判断をしろという己の警鐘に従った。

 

 ランサーが素早く後ろに引き、大きく距離を取る。それは変化したアサシンの眼を警戒しての事だ。

 一般的に「魔眼」と呼ばれるスキルには様々な種類があり、簡単な催眠術や幻術をかける物もあれば、対象者を石化させるような宝具レベルの物もある。そしてそれらは一様に敵との距離が近ければ近いほどかける側が有利になるのだ。

 

 敵の眼を直接見ないように顔を逸らしながらランサーは考えた。あの眼には一体どんな効果があるのだろうか。

 攻撃を躱されたと言うことからして、見切りに近い能力があるのは間違いない。だが決してそれだけではないはずだ。

 ランサーである自分はクラス別のスキルとしてBランク相当の対魔力を持っている。並の幻術ならば効く事はない。だが宝具に近い特殊能力を持っているのならば話は別だ。下手に近づいて何かされればこちらが命を落とす事になる。

 

 ――厄介な事になる前に一気に決着をつける。

 

 ランサーは覚悟を決めた。

 

「確かにお前が何者かなんて聞くまでも無かったな。今から死んでいく奴の素性なんか知った所で何の意味もねえ」

 

 相棒である魔槍に魔力を注ぎ込んでいく。力がうねりを上げ、留め切れずに威圧感となって外に漏れていく。

 空気が震える。まるで自然がこれから起こる出来事に恐れを成しているかのようだ。

 

「お前は強かったよアサシン。だからこの一撃、手向けとして受け取るがいい」

 

 ランサーがすかさず間合いを詰めた。接近するこちらに再び火炎を吐き出そうとするアサシンだが、もう遅い。この瞬間、向こうの死は運命として確定したのだ。

 本当の名も知らぬ目の前の強敵に敬意を表しながら、ランサーは確殺の一撃を解き放った。

 

刺し穿つ(ゲイ)―――死棘の槍(ボルク)!」

 

 




以下のステータスが更新されました。

【元ネタ】NARUTO-ナルト-
【CLASS】アサシン
【マスター】メディア
【真名】うちはマダラ
【性別】男
【身長・体重】179cm・71kg
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷A 魔力C 幸運D 宝具?

 ※現在、キャスターが裏切り防止のために全ての能力に制限をかけている模様。

【クラス別スキル】

気配遮断:B(A)
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。本来ならばAクラスのスキルを持つアサシンだが、正面から戦う事を好む彼の性格に引っ張られてランクダウンしている。

【固有スキル】

魔眼:A
“写輪眼”と呼ばれる特別な一族だけが持つ魔眼。発動中は魔力を消費し続ける代わりに魔力の流れや状態を視覚として感知することができる他、目を合わせた者に幻術や催眠術を仕掛けたり、動体視力を向上させる効果を持つ。更にアサシンは“写輪眼”の上位種である“万華鏡写輪眼”を持ち、左右の目で特別な瞳術を発動できる。
(写輪眼のランクは覚醒したばかりの一つ巴でDランク、二つ巴でCランク、完成系の三つ巴でBランクに到達する。固有瞳術の発動にリスクを伴う通常の万華鏡写輪眼はA-ランクとして扱われ、リスクを排除した“永遠の”万華鏡写輪眼まで完成させて初めてAランクに到達する)

忍術:EX
 忍者たちが使用する諜報技術、戦闘術、窃盗術、拷問術などの総称。各流派によって系統が異なる。異世界から召喚されたアサシンの忍術はこの世界のものと違い、戦闘技術に特化している。

反骨の相:B
 常に己の理念や野望に従って動き、戦い続けてきた孤高の忍。同ランクまでの「カリスマ」や「皇帝特権」など、権力に関するスキルを一定確率で無効にし、サーヴァントにとって絶対命令権である令呪にもある程度の耐性を持つ。

心眼(真):B
 長きに渡る戦いの中で培ってきた洞察力。窮地において自身の状況と相手の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

【宝具】

 不明。

【Weapon】

大団扇
霊木から削り出された神器で、うちは一族の長が代々受け継いできた武器。その表面は頑丈で、飛び道具や物理的な魔術ならば受け止めて跳ね返すことが出来る。

【解説】

 木ノ葉隠れ創始者の一人。最強と謳われたうちは一族の生まれで、当時の一族を纏め上げたリーダー。
 世界中の隠れ里に最強の忍の一人として名を知られている伝説の忍で、「倒せるとしたら柱間以外には存在しない」とまで言われている。
 同じ六道仙人の血筋で後に初代火影となった千手柱間とは、何度となく戦場で闘ったライバル。
 千手が雇われば、うちはが雇われたとされ、当時の忍世界において最強と謡われた彼に唯一対抗できたと言われている。
 死の間際に究極の瞳術と言われている“輪廻眼”を開眼している彼だが、今回は全盛期である戦国時代の姿で召喚されたため、輪廻眼は持っておらず、マスターであるキャスターが魔力供給量を著しく制限しているため、生前の力を殆ど発揮できていない。
 本来、別世界の人物である彼が聖杯戦争に召喚されることはないのだが、触媒の力と「サーヴァントによるサーヴァント召喚」というルール違反によってこの世界へとやって来た。
 本編終了後であるため本人が聖杯に掛ける望みは特になく、またキャスターのルール違反によって強引に口寄せされた事を少々不本意に思っているが、強敵と戦えるならばと渋々契約に従っている。


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マダラが早くも重傷を負ったようです

 二話にして沢山のコメントありがとうございます。皆様のおかげでモチベが維持されております。

 ※今回の話でランサーに使われた令呪は言峰が前回の聖杯戦争から持ち越した預託令呪を使用したものと考えてください。



 ランサーの宝具である『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』は、因果逆転の必殺技である。

 本来“相手の死”とは、戦いという過程の延長線上にある結果だが、この宝具は標的にした人物の死を“運命”として先に決定してしまう。一言で言えば『相手に死の運命を無理矢理押し付けることで絶対に相手を殺す技』という事だ。

 故に、一度放たれたこの槍が狙いを外す事は絶対に無い。既に相手が死ぬという確定した未来に従って行動し、何度外れようとも相手を追跡して確実にその心臓を貫く。

 今回の戦いにおいても、その法則が外れる事は無かった。

 

刺し穿つ(ゲイ)―――死棘の槍(ボルク)!」

 

 射程距離まで近づいたランサーが宝具を発動して槍を放つ。再び手にした団扇を使ってアサシンが刃先を逸らしたが、その程度の行動で決定した運命を覆す事は出来ない。軌道を外れた魔槍は、まるでそれ自体が意思を持っているかのようにひとりでに動き出すと、吸い寄せられるようにアサシンの心臓に向かって突き進んだ。

 朱色の鎧に穴が穿たれ、赤槍が胸板を貫通する。確実な手応えを感じた。ランサーはアサシンの死を確信した。

 

 どさり、とアサシンの身体がくず折れる。地面に倒れた拍子に身体を貫いていた槍が飛び出し、乾いた金属音を寒空に鳴らした。

 

「……まさかこれを使うハメになるとはな」

 

 ため息を吐き、少し困ったという風に肩を竦めながら槍を拾うランサー。

 

 あっけない、とは思わなかった。戦いとは本来は一瞬のうちに決するものだ。軍団同士の戦争ともなれば一昼夜戦うことも珍しくないが、個人と個人の戦いでそんなことが起こる事は滅多にない。

 

 それよりも敵地の中で宝具を使ってしまった事の方が、よほど大きな問題だった。

 

 切り札である宝具の名を知られれば、自ずと真名も判明する。この戦いを何処かで見ているキャスターは、今の戦いで自分の正体がクー・フーリンであることに気が付いただろう。ひょっとしたら、何かその伝承に纏わる対抗策を練ってくるかもしれない。

 だがそれも今すぐ始末に向かえば問題無い事だ。

 

 そう思ったランサーが山門をくぐろうとしたその時、不意に誰かに押されたような衝撃を感じた。

 見れば自分の腹に大穴が開いている。しかもそこから生えているのは、短刀のような鋼鉄の武器とたった今殺したはずの男の腕だ。

 

「――今のは流石に危なかったぞ。小僧」

 

 背中から冷たい声が聞こえる。恐怖も痛みも無視して振り向いたランサーの視線の先にあったのは、右目を白濁させ、修羅の表情を浮かべたアサシンの顔だった。

 

 ◇

 

 何かが来る。

 

 人生の大半を戦いの中で過ごしてきたマダラの直感が、ランサーの行動に強い警告を放っていた。

 写輪眼が映す視界では、槍に向かって大量の魔力(チャクラ)が収束している。敵は間違いなく宝具を使う気だ。

 

「女、今すぐ俺に魔力を寄越せ」

 

 脅しをかけるような口調でマダラは自分を監視している筈のキャスターに言った。敵を止めるなら先に仕掛けなければならない。だが制限された今の魔力量ではとても不可能だった。

 

《……突然何を言い出すの? 貴方には今も十分な魔力を与えている筈。これ以上は必要ないわ》

 

 僅かに動揺した口調が脳内に響く。どうやら向こうは声を出さずにこちらと会話が出来るらしい。

 

「わからないのか? 敵はもうすぐ宝具を使う。策を講じねば、俺もお前も死ぬかもしれんぞ?」

 

《仮に貴方がここで死んだとしても、私はその結果を元に対抗策を練られる。勘違いしないで欲しいのだけれど、貴方は私にとって数ある手駒の一つでしかないの。失ったとしても、別に大した痛手ではないわ》

 

 思わずマダラは舌打ちした。どうやらこの女は意地でも自分に魔力を渡したくないらしい。それは自分の裏切りを恐れての事なのだろうが、敵の切り札を目の前にしてそんな判断しか出来ないとは、何とも愚か過ぎる。

 

 そうこうしている間に、ついに魔力を溜め切ったランサーがこちらに向かって飛び込んできた。魔力を収束させた脚力は先ほどとは比べ物にならない速度だ。

 

 深紅の槍が風を捲いて三度迫る。放たれた仰角の突き上げを打ち払うと、まるで槍自身が生き物になったかのように歪な角度から強引に突進してきた。

 

 まずい―――危険視していた直感がついに確信に変わる。もう他の策を講じている暇はない。

 彼はついぞ使うまいと決めていた緊急手段に手を付けることにした。

 

  ◇

 

 今日だけで何度自分の目を疑った事だろう。キャスターは山門で起こっている出来事を未だ信じられずにいた。

 ランサーが放った宝具――クー・フーリンのゲイボルクはその伝承通り、確実にアサシンの心臓を突き刺した筈だった。だがいつの間にかそのランサーがアサシンに背後から腹を貫かれ、重傷を負っている。

 見れば倒れた筈のアサシンの身体は未だ大地に転がっている。しかし、しばらくするとその体は蜃気楼のように淡く歪み、最後には消え去った。

 

「……どういう事? 一体何がどうなっているの?」

 

 最初はアサシンが何か幻術のようなものでランサーの攻撃を妨害したのかと思った。だがそれならば、自分にあの遺体が見えていたのはおかしい。

 それに幻術で攪乱した程度では、宝具の効果を打ち消せる訳がない。

 だとしたら今のはアサシンの宝具が何かなのだろうか?

 そうだとすれば辻褄が合うが、こちらが魔力供給を拒んだのに発動出来たというのはどうも腑に落ちない。

 

 結局、蚊帳の外からただ見ているばかりのキャスターに理解できる事など、何一つとしてありはしないのだった。

 

 ◇

 

 うちは一族には“イザナギ”という禁じられた術がある。

 それは写輪眼を使い、術者にとって不利な事象を「夢」に書き換えるというもので、その効力は術者の死すらも「夢」として処理し、無効化してしまう。それはゲイボルクによって確定した死の運命も同じだった。

 心臓を突き刺される一瞬前、マダラは右目の写輪眼でイザナギを発動させると、己に掛けられた死の運命と共にこれから起こる全ての出来事を「夢」に書き換えた。その結果、心臓を突き刺されて死ぬという都合の悪い現実は夢の彼方に消え去り、油断しきったランサーを背後から襲撃することが出来たという訳だ。

 

 一見すると完全無欠な術に感じられるイザナギだが、実はその発動には多大なリスクがある。

 

 それは『イザナギを使用した写輪眼はあらゆる力を失い、失明してしまう』というものだ。

 

 普通の人間にとって失明とは大きな損失だ。まして先天的に魔眼を持っているうちは一族にとって、自身の目は何よりも大事な生命線である。だからこそ、マダラもギリギリまで発動させる事をためらい、メディアに魔力を供給するよう脅しをかけていたのだ。

 だがそれを使ってしまった。使わされてしまった。

 不意のトラブルが重なったこととはいえ、それはマダラの怒りを一気に助長させる結果となった。

 もはや彼の頭からは、容赦と言う言葉は完全に消え去っていた。

 

 ◇

 

「貴様……何を、した……?」

 

 口から大量の血を吐き出しながらランサーが辛うじて尋ねた。一体何が起きたのかまるで分からないという顔だ。

 答えるつもりはないのか、腕を引き抜いたマダラは弱ったランサーをボロクズの様に階段から蹴り捨てた。腹に風穴が開いた状況では体勢を立て直す事などできる筈もなく、本物のゴミのように惨めに階段を転がっていく。

 指一本動かなくなったランサーに向けてマダラが冷たく言い放った。

 

「今から死んでいく者が何を知っても意味などあるまい。柱間ほどではないが、少しは楽しめた礼だ。これ以上苦しまないよう、今とどめを刺してやる」

 

 そして手にしていた武器――クナイをその顔面に向かって投げつけた。

 ひゅん、という風切り音と共に鋼鉄の刃がランサーの眉間を目指して迷いなく進んでいく。

 そしてその先端が突き刺ろうという寸前、突然ランサーの身体がその場から煙のように消えた。

 

「……何だ?」

 

 最初は何かの術で身を隠したのかと思ったが、写輪眼で辺りを見渡しても敵の気配はない。まるで魔法を使って本当に消えてしまったかのようだ。

 念のためにしばらく周囲を警戒してみるものの、やはり何も起こらない。どうやら今夜の戦いはこれで終了のようだった。

 残った左目の写輪眼を解除したマダラは大きく息を吐き出した。充実した戦いではあったが、苦い結果と手痛い出費を強いられた。特にマスターであるあの女が、予想以上にこちらを敵視しているのが頭の痛くなる問題だ。

 どうしたものかと考えていると、不意に門の中から声が響いた。

 

「どうやらランサーのマスターが令呪を使って彼を呼び戻したようね」

 

 寺の中で様子を見ていたメディアがいつの間にか出て来ていた。

 

「貴様、今更ぬけぬけと……」

 

 今にも斬り殺さんばかりの視線でマダラがメディアを睨みつける。愚かな失策で右目を失った怒りは未だに晴れていない。自分のマスターで無ければ今すぐにでも斬り殺していたことだろう。

 常人ならそれだけで気を失いかねない殺意を前にしながらも、それがどうしたと言わんばかりの顔でメディアが言葉を返す。

 

「何? 魔力なんか使わなくても結果的に敵を倒せたじゃない。よくやった、と褒めてあげるわ」

 

「随分な態度だな。俺が何とかしなければ、今頃は貴様もあの槍の餌食になっていたぞ」

 

「マスターである私のほうが立場が上なのは当たり前の事。貴方こそ、サーヴァントとしての立場を弁えた方がいいのではなくて? それより、さっきの宝具をどうやって防いだのか教えて頂戴」

 

「答えるつもりはない。どうしても聞き出したければ、二つ目の令呪を使う事だな」

 

 マダラの言葉に逡巡するようにちらり、とメディアが自分の左手を見つめる。本当に令呪を使うべきか悩んでいるのか、その表情は真剣だ。

 だがそれも本当に一瞬の事で、彼女はさっと踵を返すと、捨て台詞の様にこう言い放った。

 

「……まあいいわ。これからも引き続き門番に励みなさい。上手く敵を倒したなら、その時は魔力を渡すのを考えてあげる」

 

 歩いて行くその背中を狙ってマダラは一瞬だけクナイを構えたが、意味のない行為だと悟るとすぐに懐に収めた。この女が実際に姿を現す事などありえない。今でも本体は寺の中でこちらの様子を注意深く観察しているに違いない。現れたように見せているのは、単にこちらの反応を窺いたかったからだ。

 

 気に食わない女だ。お前にはいつか必ず、この右目の代償を支払わせてやる。

 

 マダラは離れていくメディアの姿を睨みつけながら、そう強く心に誓った。

 




以下のステータスが更新されました。

【宝具】

『イザナギ』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~1 最大捕捉:1人
うちは一族に伝わる禁術の一つ。写輪眼で自らに幻術を仕掛け、術者にとって都合の悪い事象を「夢」に書き換える事であらゆる危機を回避する事ができる。
己の死すらも回避できる強力な術だが、その代償として術を使用した写輪眼は力を失い、失明してしまう。

【Weapon】

クナイ
鋼鉄で鍛造された忍具。短刀や遠距離武器として使用する他にスコップの代わりとして地面を掘ったり、柄に付いた輪に縄や紐を通して楔や杭の代わりにしたりと様々な使い方が可能。


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キャスターはマダラの扱いに困っているようです

 マダラ「柱間柱間柱間柱間柱間柱間……」

 メディア「柱間って誰なの……?」


 ランサーの戦いから早くも数日が経過した。

 あれ以来、敵サーヴァントが現れるような気配は無く、平穏な日々を保っている。マスターである宗一郎の生活にも今のところ大きな支障は出ていない。街からの魔力供給についても安定しており、戦うための地盤についてはほぼ完成したと言っていいだろう。

 後は残りのサーヴァントについてだが、街の外れにある森に結界を張られたのを確認した以外、詳しい事は分からない。まだ召喚されていないサーヴァントが居るせいで、誰もが様子見に徹しているのだ。

 ならば今は自分も情報と魔力を出来るだけ収集し、先の戦いに向けて備えておくべきだろう。

 だというのに、メディアの心と胃は既に大きな不安に脅かされていた。

 

「あの男……一体どうしたらいいの……」

 

 重苦しい息を吐き出し、頭痛の種になっている男について思案する。

 はっきり言ってアサシンは手の付けようが無い悪札だ。下手に魔力を与えれば叛逆される可能性がある上、宝具を抜いた戦闘力でも三騎士を圧倒する実力を持っている。

 令呪の拘束と魔力供給、それに依代にしている山門の関係もあってか、まだ向こうに大きな動きはない。だが気を抜けば何か起こすと言わんばかりの雰囲気を醸し出しており、ひと時も監視の目が離せない。

 

「計算外よ。あんな奴が出て来るなんて……!」

 

 メディアとしては、ある程度の実力を持っていて、使い潰しても問題ないレベルの英霊が呼べればそれでよかったのだ。魔力については過剰な供給を控え、戦闘の時だけ自分が別のやり方でバックアップする。そうして時間を稼いでいる間に敵陣営の滅亡を待ち、数が減ってきた所で令呪を使って特攻を仕掛け、敵諸共まとめて始末する――そういう算段だったのだ。

 

 なのに一体どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 最初に目にした時、一目で気に入らない男だと思ってしまった。誰も信じず、誰からも利用されることを嫌う眼を見て、まるで“魔女”と呼ばれた醜い自分が鏡映しに現れたように感じた。

 だからこそあの男が憎かった。下手に出る事もしたくなかった。大嫌いな自分自身に謙るような真似は、たとえ死んでも御免だった。

 

 ここまで拗れてしまった以上、今さら関係の修復など出来る訳がない。生き残るために最後まであの男の手綱を握り続けるだけだ。敵の数が減る終盤まで耐える事が出来れば、後は令呪を使って自害を命じ、速やかに始末すればいい。

 

 本当は今すぐにでもそうしてやりたい所だが、ランサーをはじめとした三騎士クラスやバーサーカーが残っている以上、この時点で手放す訳にはいかない。まだまともに始まってすらいない聖杯戦争を、キャスタークラスである自分一人で勝ち抜く事など、絶対に不可能なのだから。

 

 しかし何と滑稽な事だろう――神代の魔術を遍く極めた筈の自分が、敵だけでなく味方からも怯え、隠れ潜む事しかできないなんて。

 

 だがどんなに蔑まれようと、どんなに罵られようと知った事ではない。今の自分には宗一郎という大切な人がいる。何も聞かずに受け入れてくれた唯一の人がいる。あの人を守れるならば、眼を逸らすような悪事も、人の道を外れた行為も全く苦にならない。

 

 必ず勝って宗一郎と共に生き残る。

 その強い意志だけが、今のメディアの行動理念だった。

 

 ◇

 

 敵が来なくなったことで、再びマダラは置物としての日々を過ごしていた。

 退屈な時間は川を流れるようにゆっくり経過し、彼の心を削り取るかに思えたが、今の彼は戦いではなく別の事に興味を向けていた。

 それは階段の頂上から僅かに見える景色――平穏な冬木の街並みだった。

 

「平和な世の中……か」

 

 聖杯から与えられた知識では、この日本という国は数十年前の敗戦を境に戦うことを放棄し、平和な国作りを目指したのだという。

 何を馬鹿な、とマダラは思った。人は戦いを止める事など出来ない。弱い国はいずれ強い国の餌食となり、その中でまた争いが生まれるのが世の常だ。戦う事を放棄する国など聞いたことがない。

 だが目の前に広がる光景には戦の匂いが全く感じられなかった。まるで自分が夢見た幻術のように変わらない毎日が連綿と続き、人々は何食わぬ顔で平和を享受していた。

 

 ――柱間。お前の夢の先はここにあるのかもしれないな。

 

 自分が死ぬ寸前、戦友は言った。『俺たちは届かなくてもよかったのだ。後ろを付いて来てくれる者、託せる者を育てておくことが大切だった』と。もしかしたら、この国の住人はそうする事で平和を勝ち取ったのかもしれない。

 

 ああ――今の忍界は一体どうなっているのだろう。

 

 戻る術の無い故郷の世界に、マダラは僅かに思いを寄せた。

 

 ◇

 

 底冷えするような冬の丑三つ時。穂群原学園校舎の屋上に二人の人影が佇んでいた。

 一人は女、長身の身体を器用に屈め、何やら屋上の床に何か模様のようなものを書き込んでいる。血のような赤い線で描かれた禍々しい紋様は、どこか邪教の儀式を連想させた。

 

「マスター。魔法陣の設置が完了しました」

 

 屈めていた身体を起こしながら女が言った。アイマスクのようなバイザーを着けているせいで顔の印象は分からないが、バランスの取れたプロポーションと季節外れの黒いチューブトップが、どこか常人とは違う妖艶な雰囲気を漂わせてる。

 

「よし。あとは周囲を覆う結界だけだな。早速張りに行くぞ。ライダー」

 

 傍らで女の作業を眺めていたもう一つの影が言った。こちらは比較的整った顔立ちの少年で、真冬という事もあってか分厚い防寒着を着込んでいる。顔に張り付いたキザったらしい表情が、鼻持ちならない印象を見る者に与えていた。

 

「それなのですが」

 

 と、ライダーと呼ばれた女が口を挟んだ。何か思う所があるらしい。

 

「どうやら私たち以外にも街の人間から魔力を集めている者がいるようなのです」

 

「……なんだって?」

 

 少年は訝しげな表情を浮かべた。

 

「おい。それはどういう事だ? 僕たち以外にそんな芸当ができる奴がいるっていうのか?」

 

「恐らくはキャスターのサーヴァントではないかと。地脈を利用して人々から魔力を吸い上げているようです。と言っても、命に影響が出ない程度のようですが」

 

「どうしてそんなことが分かる」

 

「結界を張った時、僅かですが地脈の中に加工された跡があるのを見つけました。私のものとは違うタイプですが、間違いなく魔力を吸収する魔術が使われています」

 

 女の言葉に少年はしばらく考え込むように唸り声を上げた。

 

 自分以外にも他人から魔力を集めようとしている人物がいる。これは大きな問題だ。食べる口が二つになれば、当然一人当たりの分け前は減る。しかも相手の方がより広範囲に吸収を行っているのだとしたら、魔力を貯める速度は段違いだ。

 邪魔者は早く排除するに越したことはない。それにサーヴァント同士の戦いとなれば、ライダーの力を試す絶好のチャンスでもある。

 

「……おいライダー。そいつがどこから魔力を吸い上げているか分かるか?」

 

 少年の質問にライダーは小さく頷き、遠方にある山を指さした。

 

「地脈は水と同じように高い場所から低い場所へと広がっていきます。地脈をそのまま利用しているのならば、敵は高い場所――恐らくあの山の頂上に居るのではないかと」

 

「あそこは確か……一成が住んでる寺があったな」

 

 だとすれば、敵は間違いなく柳洞寺の中だ。

 まさかこれほど早く敵を発見できるとは、まったく自分の才能が恐ろしい。と、少年は思わず自己陶酔に陥りそうになった。

 

「予定変更だ。今から柳洞寺に向かうぞ。キャスターって奴がどんなサーヴァントなのか、この眼で拝んでおかなくっちゃな」

 

 少年の命令にライダーは再び頷くと、彼の身体を抱えてその場から消えた。

 

 ◇

 

 誰かが地脈に触れた。

 

 メディアはすぐに異常を感知した。自分と同じ事を考えた者の仕業。間違いなく他のマスターかサーヴァントだ。

 可能性を考えなかった訳ではない。足りないモノは余所から調達する。魔術や戦いに秀でた人間ならば、誰でも思いつくコトだ。

 そのためにわざと痕跡を残して置いたのだ。詳しく見なければ見つけられない程の小さな痕跡。それは発見されると同時に警報(アラーム)となって自分に情報を知らせる事になる。留意するべき敵が発生したことを。

 

 覗かれた地脈の場所は学校だった――宗一郎が通う場所。ならば尚の事、この敵を放置する訳には行かない。

 

 幸いにも敵はこちらに向かって近づいて来ている。絶好の機会だ。こういう敵は後の禍根とならないよう早めに始末しておくに限る。

 それにいい加減あの男も暇を持て余している事だろう。新たに敵がやって来た事を知れば、その機嫌も多少良くなるに違いない。

 

「アサシン。新たな敵が山門に近づいているわ。到着したらすぐに始末しなさい」

 

 門前で今も退屈しているであろう男に向かって、メディアは敵の接近を知らせた。

 

 ◇

 

 敵の存在を知らされた時、マダラはゆっくりと自分の中の何かが起き上がるのを感じた。

 日がな一日、平和な風景を眺めている生活も思えば悪くなかったが、やはり自分にとって最大の娯楽は戦いだ。背筋が凍るような命の駆け引きを行っている時が、一番充足感を得られる時だ。

 唯一の不満はあの女の指図で戦わされているという点だが、あれには必ず落とし前を付けさせると心に決めている。今はまだ有効な策を見つけられないでいるが、このままにしておくという選択肢は無い。

 

 だがそれよりも、今はこれからやって来るらしい敵に意識を向ける方が重要だ。

 

 次もまた三騎士クラスだろうか? それともバーサーカーやライダーだろうか? 年甲斐も無く期待感が胸の内から溢れ出てくる。

 

 敵の接近を今か今かと待ち望んでいると、石階段の最下層に黒い人影が姿を現した。

 

 ◇

 

 ライダーのマスターである少年こと間桐慎二は、石階段の一番上に佇む不審な人物に視線を向けた。

 待ち構えるように立っている事からして、一般人じゃないのは間違いない。十中八九、敵の一派だろう。

 敵はキャスターだけかと思っていたが、これはこれで面白い。簡単にクリアできるようではゲームにならない。こうして少々歯ごたえがある方が、戦いも盛り上がるというものだ。

 そんな風に考えていると、傍らのライダーが小さな声で言った。

 

「マスター。あれはキャスターとは別のサーヴァントです。ここは一度身を引いて態勢を立て直した方がよろしいかと」

 

「あ? お前何言ってるんだ?」

 

 敵を目の前にして逃げる? 一体この女は何を言い出すのだ?

 ありえない提案に胸の奥から怒りの感情が沸いてくる。

 

「折角ここまで来たんだぜ? 敵が何人でも関係ないだろ? 全部やっちまえよ、なあ?」

 

「…………」

 

 しかし彼女は再三の命令にも耳を貸そうとせず、未だ戦う素振りを見せようともしない。

 まさか、ビビってるのか?

 思わず慎二はライダーの横顔を覗き込んだが、身に着けたバイザーのせいで肝心の表情は分からない。分かるのは自分の命令を聞くつもりはないという、ふざけた事実だけだ。

 

 仕方ない。聞き分けの無いサーヴァントには躾が必要なようだ。

 

 軽く舌打ちした後、慎二は懐から一冊の本を取り出した。赤い表紙に金色の文字が描かれた分厚い本。それを開きながら短い呪文を唱えた後、改めて自らのサーヴァントに命じた。

 

「――ライダー。今すぐあいつを殺してキャスターも倒せ。これは“命令”だ」

「……ッ!!」

 

 瞬間、ライダーの全身に青白い電流のようなものが流れた。バチバチという痛ましい音と共に稲妻がライダーの肌を焼き、口元に苦悶の表情を浮かび上がらせる。立っていられないとばかりに膝を折り、迫り来る苦痛に耐えている姿は、傍から見ても何とも痛々しい。

 そんな制裁をたっぷり数十秒ほど続けた後、慎二は電流を止めると再びライダーに命じた。

 

「もう一度言うぞライダー。あのサーヴァントを殺せ。今すぐにだ」

 

 電撃の制裁が相当に効いているのだろう。覚束ない足取りでゆっくりと立ち上がったライダーは緩慢な動きで鎖の付いた杭のような武器を構えると、吐き出すように言葉を返した。

 

「……了解、です。マスター」

 

 言われるがままにふらふらとライダーが頭上の男に向かって進んでいく。

 戦う前に自ら傷を負わせると言う蛮行をしたにも関わらず、サーヴァントの従順な返答を聞いた慎二の表情はこの上なく満足げであった。




 お疲れさまでした。
 次回はライダーvsマダラになります。


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マダラが悪だくみを始めたようです

 山門での戦いばかりになってすみません……小次郎さんと一緒でここから動けない関係上、相手に来てもらうしか戦う方法が無いのです……


 使い魔を通して階下のやり取りを監視していたメディアは、早くも勝利を確信した。

 なんて間抜けなマスターだろう。まさか戦う前から自分のサーヴァントに傷をつけるとは。しかもわざわざ敵の目の前でそれを行うなど、正気の沙汰とは思えない。

 

 地脈の細工を発見したからにはどんな敵が来るのかと思って警戒していたが、どうやら余計な心配だったようだ。見つけられたのはきっと、あのサーヴァントの特性か何かだろう。

 

 これはもう自分が手を出すまでもない。戦いに飢えたあの男に任せておけば、向こうが勝手に始末してくれる。実に楽な話だ。

 

 早くも高見の見物を決め込むメディアを前に、二度目の戦いが幕を上げた。

 

 ◇

 

 電撃の制裁を受けても尚、ライダーの動きは素早かった。階段の左右に茂った木々を上手く使い、身を隠しながら確実に距離を詰めて来る。流石にランサーやアサシンのクラスには及ばないが、機動力に優れたライダーの速度は並のサーヴァントとは一線を画している。

 

 視界を攪乱しながら近づくライダーに対し、マダラはランサーの時と同じように両手で印を結ぶと、口から剛炎を吐き出した。

 渦巻く炎の壁が瞬く間に辺り一帯を覆い尽くし、熱波が敵の接近を拒む。

 

 しかしライダーは怯まなかった。吐き出される火炎を短剣を振って切り払い、術者であるマダラの元へと一直線に駆け寄って来る。

 

 疾風と共に短剣が舞う。速度を味方につけた刃の威力は決して侮れるものではない。

 素早く術を中断したマダラは僅かに距離を取ると、取り出したクナイで応戦を試みた。

 

 鋼と鋼が火花を散らし、真昼のように明るかった階段に再び闇の帳が降りる。と言っても、バイザーで自ら視界を塞いでいるライダーには周囲の明暗など関係無いのかもしれないが。

 

 ギチギチと刃同士が悲鳴を上げる。力は互角。リーチの短い武器同士なので互いが顔を突き付けあうような形になる。

 しばらく刃物を通しての力比べをしていた両者だったが、ライダーが不気味な笑みを浮かべると、すっと一歩退いた。

 拮抗が緩んだ事で力が行き場を失い、マダラの身体が僅かにバランスを崩す。

 同時にライダーの短剣に繋がっていた鎖が蠢いたかと思うと、マダラの身体をまるで蛇のように締め付けた。

 

「……ッ!」

 

 幾重にも巻きついた銀色の拘束は彼の四肢を容赦なく封じ、瞬く間に彼の機動力を殺す。

 捕獲され、身動きの取れなくなったマダラの身体をそのまま鎖ごと引き寄せると、ライダーはその喉元に向かって短刀の刃を思い切り突き入れた。

 

 鋼鉄が身体を貫通し、もがき苦しむような素振りを見せるマダラ。そのまま絶命してしまったかと思われたが、そうでは無かった。

 なんと彼の身体の内側から激しい炎が次々と吹き出し、真っ赤な火柱と化したのだ。

 

「!?」

 

 予想外の出来事に驚きの表情を見せるライダー。危機を察知した彼女はすぐさま離脱を試みたが、近過ぎる距離が逆に災いとなった。炎となったマダラの身体は鎖の拘束を擦り抜け、そのまま彼女の身体へと逆に巻き付いていく。

 燃え盛る高熱の炎は容赦なく皮膚を焙り、肉を焼き焦がした。中世の魔女狩りよろしく生きたまま焼き尽くされる事となったライダーは苦悶の声と共に石の踊り場を転げ回り、嫌な臭いと煙を周囲に振り捲いていく。

 

 炎は数十秒ほどで効力を失った。黒煙と共にライダーは炎熱地獄から解放されたが、今の彼女はもはや人の形をしているだけの肉塊に過ぎない。まだ死んでいないのが逆に不思議なくらいだ。

 

「やはりつまらんな」

 

 いつの間にか姿を現していた本物のマダラがライダーに近寄った。真っ黒い塊は辛うじて呻き声のような音を出すものの、立ち上がる事はない。止めを刺せばすぐに戦いは終わる。

 が、そうはならなかった。彼はライダーの身体を掴み上げると、無造作に階段の下に放り投げた。

 

 石階段に何度も身体を打ち付け、ライダーの身体が階段の一番下まで投げ落とされる。煤まみれの身体の上から更に石の破片を浴びた姿は、もはや人にすら見えなくなっている。

 それを茫然と眺めるばかりの少年マスターに向かって彼は言った。

 

「そいつを持って失せろ。糞ガキ」

 

 冷めきった写輪眼には殺意の感情すら無く、まるで醜い物体を見ているような、人としてまるで相手にしていない視線だった。

 

 ◇

 

 慎二は目の前で何が起こっている事実が全く理解できていなかった。

 勝利を手にする筈だった自分のサーヴァントが呆気ないほど簡単に倒され、しかも逆に敵に情けを掛けられている。

 プライドの高い彼にとって、そんな屈辱的な事実は決して認める訳にはいかなかった。

 

「お、おい……ライダー! いつまで寝てんだよ! 立てよ! 早く立って!今すぐあいつをぶっ殺せよ!」

 

 足元に転がる役立たずに喝を入れようと、慎二は必死に罵倒を浴びせ、黒い脇腹に蹴りを放つ。だが彼の努力も虚しく、下僕が起き上がる事はなかった。

 そこへひゅん、という風切り音が鳴り響いた。次の瞬間、マダラの放ったクナイが慎二の左肩に深々と突き刺さっていた。

 

「え!? あがぁ……ッ!!」

 

 間抜けな声から一拍遅れて苦痛の悲鳴が響く。鋼が防寒着を突き破って肉を咬み、傷口から滴った血液が防寒着の袖を深紅に染めた。

 

「二度は言わん。死にたくなければ、一刻も早く目の前から消えろ。俺の気が変わらない内にな」

 

 感情の無い瞳が自分を射抜く。冗談や脅しではない。このままでは確実に自分は殺される。

 死の恐怖に駆られ、慎二は痛みも忘れて行動した。倒れているライダーの身体を苦戦しながらどうにか持ち上げると、そのまま街の方へと引き返していく。

 途中、一度だけ後ろを振り返り、つまらなそうに二人を見下ろしているアサシンを睨みつけた。未だ恐怖に覆われてはいたが、その眼はまだ戦いを諦めてはいなかった。

 相変わらずマダラの目には何の感情もなかったが、それでも十分だった。彼の意思表示は完了したのだ。

 

 そして再び視線を前方に戻すと、彼はそのまま街中の闇へと消えていった。

 

 ◇

 

 メディアにとってマダラの行動は全くの予想外だった。当然だ。瀕死に追い込んだ敵をわざわざを見逃すなどと、一体誰が考えるだろうか。

 そのまま躊躇なく始末すると思っていたばかりに、当のメディアも怒りが沸くどころか困惑の表情を隠せないでいる。

 使い魔の視線の中では未だつまらなそうにマダラがその場に佇んでいる。

 そんな彼に向かってメディアが声を張り上げた。

 

「一体何をやっているのですアサシンッ! なぜライダーを見逃したのですか!」

 

 向こうも使い魔の位置をある程度は把握しているのだろう。こちらに視線を合わせたマダラが気の無い調子で答えた。

 

「単に気が乗らなかった。それだけだ」

 

「なっ……!?」

 

 あまりの答えに言葉を失う。まさかそんな下らない理由一つで勝機を逃すとは。

 神や英雄と言うのは得てして理解不能な思考を持つモノだが、特に戦いの中に生きる者の考えがメディアには全く理解できない。

 目の前が暗くなったような気分だった。

 

「だからと言ってわざと敵を見逃すなんてもってのほかです! 倒せる時にこそ倒す! それが戦いのセオリーでしょう!」

 

「相手は自分のサーヴァントを痛めつけるようなマスターだ。遅かれ早かれそのうち負ける。だったら他の敵と戦わせて、少しでもそいつらに手傷を負わせた方が、お前にとっては有利なんじゃないのか?」

 

「それはそうかも知れないけれど……」

 

 意外にも冷静な意見を返され、思わず言葉を詰まらせた。堅実な判断かどうかは怪しい所だが、一応、筋は通っている。

 

「それにあれだけ痛めつければ、もう二度とここには近寄って来るまい。もしまたノコノコやって来るようなら、今度こそ殺してやるから安心しろ」

 

 つまらなそうにそう言い捨てると、そのままマダラの姿がすっと消える。魔力消耗を減らすために霊体化したのだ。

 

「…………まあいいわ」

 

 今さら議論を重ねた所で、起こってしまった事実は変えようがない。

 それにあれほどの傷を負わせたのなら、再び動き出すまでには時間がかかる。邪魔者が減っている今のうちにより多くの魔力を貯め込んでおいた方が利口だ。

 考えを切り替えたメディアは使い魔の視界を自分から切り離すと、工房での作業に手を付け始めた。

 

 ◇

 

 焼け付くような肩の痛みと必死に戦いながら、慎二は這う這うの体で自宅への帰還を果たした。

 途中で意識が戻ったライダーは、既に霊体化によって回復に専念させている。恨み節を山ほど浴びせてやりたい所だったが、口を開けばそれだけ余計な痛みを味わう事は分かっていた。

 形ばかり豪勢な玄関のドアを無事だった右手で乱暴に開ける。大きな音に気が付いたのか、二階から一人の少女が姿を現した。

 

「お、おかえりなさい兄さ……って、どうしたんですか!?」

 

 血まみれの慎二を見た少女はそのまま階段を駆け下りると、心配そうな顔で慎二の元に近寄ってくる。

 だがそんな彼女を慎二は逆に突き飛ばした。

 

「クソッ! お前のせいだぞ桜! ライダーなんてクズサーヴァントを呼びやがって……!」

 

 倒れた少女の上に馬乗りになった彼はそのまま細首に己の両手を押し当てた。

 指が気道にめり込み、呼吸を遮る。酸素を失った少女の顔色が段々と赤に染まっていく。

 

「にぃ……さ、やめ……それよ、り……て、手当を……」

 

 その彼に自分は苦しめられているというのに、少女は未だに慎二への心を忘れていない。

 流石にその姿に動揺したのか、慎二は少女の首から手を離した。そしてそのまま逃げるように立ち上がると、自分の部屋へと走っていった。

 

「クソ……! クソ! なんで僕は……!!!」

 

 呻くような声が家の廊下に小さく響いたが、その意味を知る者は本人の他には誰もいなかった。

 

 ◇

 

 傷ついた慎二が家の中に入っていくのを密かに見届けている者が居た。誰であろう、マダラである。

 

 と言っても、彼はマダラ本人ではなく、彼が魔力を使って作り上げた分身体である。彼の世界には、魔力を消費することで己の分身を生み出す術があり、ライダー戦の時に使用したのもこの術だった。直前に彼が放った火炎はライダーの接近を防ぐためではなく、メディアの監視の目を一時的に遮り、この分身体を生成する時間を稼ぐのが目的だったのだ。

 

 彼には最初からライダーたちを殺す気など微塵も無かった。二人を逃がしたのは、単に彼らの拠点とライダーの本当のマスターが誰なのか知りたかったからだ。

 基本的にサーヴァントとマスターは魔力のラインで互いに繋がっている。これは契約している以上絶対で、普段は見えないが、写輪眼を通すとはっきりと視認できる。

 だがライダーと慎二にはその繋がりが全く確認できなかった。代わりに彼が手にしていた本――あの赤い本と繋がっていたのだ。

 つまり慎二はライダーを従えてはいるが、マスターではないという事になる。だとしたら、彼女を呼び出した本当のマスターがどこか別の場所に居る筈だ。

 そう考えた彼は彼らをわざと見逃し、その後を追跡することでマスターの正体を探ろうとしたのだ。

 そして彼の予想は見事に当たった。玄関で慎二を迎えた娘――桜と呼ばれていた少女は、霊体化しているライダーと魔力でしっかり繋がっていた。

 

「――これで少しは面白くなって来たな」

 

 予想以上の収穫を前に彼は悪どい笑みを浮かべた。




【Tips】

火遁・影分身の術:火遁チャクラで作った影分身。攻撃されると巨大な火柱となって敵にカウンターを与える。性質変化したチャクラを使用する関係上、普通の影分身よりも難易度が高く、より多くのチャクラを使用する。


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キャスターは現代生活の中で幸せを掴みかけているようです

 葛木宗一郎は謎の多い人物だ。数年前に教師として冬木に赴任して来たこと以外、彼の内情を知る者はいない。住まいを提供している柳洞寺の人間でさえ、彼がどんな場所で生まれ、どのように育ってきたのか、誰一人として把握していないのだ。

 無論それはサーヴァントであるメディアも同じであり、彼とは日常生活の中でいくつか言葉を交わしたりはするが、踏み込んだ事情を尋ねたことは一度もない。

 だが日常の中に現れるちょっとした仕草や動作などからメディアには薄々分かっていた――彼がかつて日陰の世界を生きる者であったことを。

 しかしそんな事は彼女にとってはどうでもよかった。何も言わずに隣に置き続けてくれる。その一点だけで、彼は救世主に等しかった。

 

「――では行ってくる」

 

 空気さえ凍てつくような冬の朝。離れの玄関で葛木はいつものようにメディアに告げた。柳洞寺の中で二人は婚約者と言うことになっており、今では寺の敷地内にある別宅を新たな住まいとして貸し与えられていた。

 

「はい。行ってらっしゃいませ。宗一郎様」

 

 ぺこりと律儀に頭を下げ、メディアは彼の背中をじっと見送る。その格好も物々しいローブ姿ではなく、慎ましい色合いのブラウスと飾り気のないスラックスだ。日本では見慣れないヨーロッパ系の顔立ちであることを除けば、実に一般的な主婦の出で立ちと言えるだろう。

 

「……ふぅ」

 

 葛木の背中が何事もなく玄関を通り抜け、山門の階段を下りて見えなくなった所で、メディアは安心したように小さく息をついた。

 不思議な充実感だった。他人の背中をただ毎朝見送るだけなのに、どうしてこんなに満たされた気持ちになるのだろう。

 思い出してみれば、一つの住まいに落ち着いて誰かと生活するのは実に久しぶり――と言っても生前の記憶になるが――の事だった。加えてそれが自らの意志でと言うことになると、ひょっとしたら初めての経験と言えるのかもしれない。

 今はとても充実している。未だ戦況は見えず、多くの敵と信用ならない手駒を抱えていたとしても、葛木と共にする生活はメディアの中で何よりも尊いものとなっていた。

 

「健気なものだな。仮初めの夫婦だというのに、律儀に毎朝、旦那の見送りか」

 

 と、彼女にとって一番の問題となっている人間が声を上げた。いつの間にかアサシンが玄関の壁に背を預けて佇んでいた。

 

「……何かおかしいかしら? マスターとサーヴァントの関係は良好を保つのが道理でしょうに」

 

 うんざりしたような声音でメディアが言った。この男が視界に入るだけで晴れ晴れとした気分に暗雲が垂れ込めるようだった。

 アサシンが肩をすくめた。まるで面白い冗談を聞いたと言う風な仕草だったが、それが嘲りを意味しているのはすぐに分かった。

 

「確かにな。その意見については賛成だが、果たしてそれはお前が言えることなのか?」

 

 これ見よがしな皮肉にメディアは思わず舌を打つ。つまらない挑発に乗って、この男の扱いについて論じる気は毛頭なかった。言えば言うだけ不利になる言い争いを始めるのは不毛でしかない。

 

「私にとってあなたは所詮、使い捨ての駒でしかないの。余計なことなど考えず、ただ門番に徹していればいいのよ」

 

 吐き捨てるようにそれだけ言い放つと、メディアはアサシンに背を向けて廊下の向こうにある自室を目指した。

 先ほどまでの清々しい思いを無遠慮に汚された気分だった。

 

 ◇

 

 特別な事情が無ければ、見送り後の時間は“食事”に割り振っていた。

 人間としての食事は、寺から出されたものを葛木や他の僧侶たちと共に口にしている。素朴な日本料理は中々に味わい深いものだったが、サーヴァントである以上、それで空腹が満たされることはない。今の身体に必要なのはカロリーではなく魔力なのだから。

 陣地の中枢たる自室に辿り着いたメディアは床に敷いた座布団の上に腰を落ち着けると、精神を集中させ、自らの意識を徐々に外へと拡散させていく。

 魔力で編まれた精神の糸が身体の至る所から延びていき、部屋を突き抜けて街の方角へと這い進む。そうやって自然と同調していき、大地との一体化を果たすのだ。

 

 果たして地脈との接続は一分ほどで完了した。今のメディアはサーヴァントであると同時に冬木全体の魔力の一部であり、その集合点の一つだった。

 彼女は更に意識を集中させていくと、今度は大地の上に乗っているモノ達――町中で暮らしている人々や動植物から、少しずつ魔力を吸収していった。

 誰も気が付かない程度の小さな魔力――それこそ蚊が吸い取るよりも少ないエネルギーを削り取り、大地を伝って自らの身体に還元させていく。行使する魔術の難度と規模を鑑みれば、実に低効率な作業だろう。

 だがそれも街全体から一斉にとなれば、獲得出来る魔力は膨大なものになる。加えて一人あたりの負担が少ないので繰り返し行っても問題が起こらない。継続して大量の魔力を獲得し続けるには持ってこいの方法だった。

 

 そうして本当の“食事”を済ませたメディアは、次なる仕事である“偵察”と“監視”に取りかかった。文字通り、接続した地脈と方々に放った使い魔を通しての敵情視察だ。

 霊力の集まりやすい箇所を中心に、サーヴァントやマスターが陣地を張るのに適していそうな場所、あるいは既に結界が張られている場所を重点的に監視する――勿論その中には、葛木が勤めている穂群原学園も含まれている。

 とは言え神秘を秘匿する関係上、堂々と昼間に行動するマスターやサーヴァントはいない。故にこの時間の監視はおざなりになりやすく、今ではもっぱら葛木の働いている様子を観察するだけの時間となっていた。

 

 使い魔の視界の向こうでは、今も生徒相手に教鞭を執る葛木の姿が映っている。変化に乏しい彼の表情が普段よりも僅かに険しく見えるのは、何か大切な事を生徒に伝えようとしているからだろうか。

 唇の動きや思考を読めば、彼が何を語っているのかはすぐに知ることは出来た。だがメディアはあえて遠くから密かに覗き、その内容を想像するだけに留めていた――それが葛木に対しての誠意の線引きであり、同時にささやかな楽しみの時間でもあった。

 彼女は監視の仕事を他の使い魔たちに任せると、そのまま葛木の仕事ぶりを受け持ちの授業が終わるまでずっと眺め続けていた。

 

 ◇

 

「――いま戻った」

 

 陽光で暖った空気が冬の夕闇に冷やされ始めた頃、一日の職務を終えた葛木の声が再び玄関先に木霊した。

 

「おかえりなさいませ。宗一郎様」

 

 声が聞こえたのを合図に廊下の先からメディアが姿を現し、見送りの時と同じく頭を垂れて主人の帰りを出迎える。授業の観察だけでは飽き足らず、彼が寺の階段を登り始める直前までの帰路をずっと覗き見ていた彼女だったが、そんな素振りは少しも見せない完璧な対応である。

 防寒着や鞄を慎ましやかに受け取りながらメディアが言った。

 

「外は寒かったでしょう。お風呂はもう沸かしてありますから、夕食の前にそちらで身体を暖めて下さいな」

 

「分かった」

 

 礼とも確認とも言えないような口調でそう答えると、素っ気ないほどの足取りで葛木が脱衣所に向かって歩いて行く。

 捉え方によっては無愛想どころか傲慢にも見えるやり取りだったが、それが彼のあり方なのだとメディアは十分理解していた。どんな事実でも淡々と受け入れる――それが葛木総一郎という人間のスタンスなのだ。

 そんな彼だからこそ聖杯戦争という突拍子もない話を受け入れ、マスターになる事をあっさりと承諾した。他の人間では絶対にこうはならなかっただろう。僅かに残された幸運を喜ぶと同時に、メディアは自分が葛木宗一郎という人間にすっかり惹かれてしまっている事を改めて自覚した。

 

 彼が入浴を済ませている間を見計らって、寺から用意された夕飯の配膳を始める。夕食のおかずは旬の野菜を使った煮物で、出汁の効いた柔らかい匂いが器の中から漂って来るのが分かった。これなら冬の冷気にも負けぬ栄養が取れるだろう。

 自分もいつか彼に手作りの料理を振舞いたいものだ――そんな風に彼女が思い浮かべた時、ちょうど入浴を終えて室内着に着替えた葛木が台所に入ってきた。

 

「待たせてしまったか?」

 

「いいえ、ちょうど食事の準備が整ったところです」

 

 彼女の答えに彼は小さく頷き、そそくさと自らの席につく。

 互いの器に白米と味噌汁を盛りつけると、どちらともなく食事が始まった。本来の“食事”を終えているメディアからすれば意味もない行為だが、好意で出されたものに手を付けない訳にもいかず、また味を楽しむ娯楽という意味では人間の食事は有用とも言えた。

 

 煮つけられた野菜たちをゆっくり味合うように口に運ぶ。ほどよく染み込んだ出汁の風味が野菜の素質を引き立たせているのが舌で分かった。寺の食事は住み込みの僧侶たちが持ち回りで担当しているが、今回は特に料理上手な人間が作ったに違いない。

 今度作り方を学んでおくべきかもしれない――もっとも、自分たちが最後まで生き残れればの話だが。

 黙々とそれらを二口、三口と口に運んでから、ふとメディアが箸を止めて葛木の方へと視線を向けた。

 

「……宗一郎様」

 

「なんだ?」

 

「その……今日のお仕事はいかがでしたか?」

 

 何とも白々しい質問だと、自分で言っておきながらメディアは思った。彼の仕事ぶりを一日中観察していたというのに、改めて本人にそれを尋ね直すとは何とも馬鹿馬鹿しい事だ。

 だが彼の事をもっと直に知りたいと、彼女の中にある何かが告げていた。

 

「いつもと同じだ」葛木は僅かに眉根を寄せ、不思議そうに答えた。「私の仕事がどうかしたのか?」

 

「いえ、少し気になったものですから」彼女は慌ててかぶりを振った。「申し訳ありません」

 

「なぜ謝る? 別に聞かれて困る質問ではない。それとも何か、気になる事があったのか?」

 

「そういう訳ではないのですが……」どう答えたものかと彼女は少し考え込んだ。遠くからただ眺めているだけでは飽き足らず、彼自身の口からそれを聞き出したいと言う欲望がある事に、メディア自身が一番驚いていた。「宗一郎様が普段どのような事を生徒に教えているのか、ちょっと興味があったもので」

 

「私の受け持ちは社会科と倫理だ。今は学期末の試験が近くてな。どの範囲までを試験に出すか、少し迷っている」

 

 使い魔越しの視界では、黒板に書かれた小さな文字までは見えない。だから彼がその二つを教えている事をメディアは初めて知った。同時にこの泰然とした雰囲気の男が倫理を説くのは実にしっくりくると、おぼろげながらに思った。

 

「そうでしたか。今日はどことなく表情が優れない気がしたもので。差出口でしたら申し訳ありません」

 

 遠くから見えた険しそうな表情はどうやら仕事絡みの悩みだったらしい。まだ直接的な脅威はないとはいえ、死のリスクが付きまとう今の環境は、彼に相当なプレッシャーを強いている筈であり、果たしてそのせいだろうかと考えていたメディアにとってはホッとする一言だ。

 だが彼にとってはその事が逆に気になってしまったようだった。

 

「……確かに少し疲れているのかもしれないな。要らぬ心配をかけた」

 

「いえそんな」

 

 メディアが再び首を振る。そして少ししてから一つの考えを切り出した。

 

「それでしたら、お仕事の方はしばらくお休みされてはいかがですか? 宗一郎様もマスターである以上、不用意に外を出歩いていては命の危険があります。聖杯戦争が終結するまで、この寺院に留まるのも一つの手かと」

 

 陣地の中に立て籠もっていれば、少なくとも敵に奇襲される心配はない。僧侶たちには結婚のための準備期間だと説明すれば言い訳が立つ。それに何より彼と共に居られる時間が多くなるというのが、メディアにとっての一番の魅力だった。

 しかし肝心の葛木はいい表情をしなかった。

 

「だがいきなり姿を消しては不審に思われるだろう。もし学校の関係者に敵が居れば、私がマスターだと知らせるような事になるのではないか?」

 

 怪しまれるという懸念は確かに正しい。マスターが誰か分からないというのが、最も安全で奇襲にも適した状態だ。攻めにも守りにも使える便利な立ち位置を捨ててまで保身に走るのは得策とは言い難い。

 仕方なくメディアは方針を転換した。

 

「ではもし学校内に敵が居ると判明したら、その時点で自重していただくという事でどうでしょう」

 

「分かった。いつでもそう動けるように手配しておく」

 

 その会話を最後に再び話題が無くなってしまった。彼が自分から何かを語りかけるという事は滅多にない。話しかけようにも、他に話題らしい話題をメディアは持ち合わせていなかった。

 気まずい雰囲気の中で黙々と箸を進める。すると、思い出したように葛木の方から声が上がった。

 

「ところでキャスター」

 

「は、はい!」

 

 いきなり名前を呼ばれ、驚いたメディアが上ずった調子で返事をする。

 

「柳洞寺(ここ)での生活にはもう慣れたか?」

 

 放たれた問いは何とも平凡なものだった。一体何事かと覚悟していたメディアの身体から力が抜ける。

 

「え、ええ。生きていた頃とは随分違いますが、聖杯からの知識もありますし、何よりも家電製品というものはとても便利で助かっています」

 

 生前の時代と比べれば、この時代の生活基準は比較にならない程に上がっている。電気さえ確保しておけば家事の大半の事が一人で賄えてしまう事実に気が付いた時は正直驚いたものだ。何とも嘆かわしい話だが、これでは神秘を極めんとする魔術師たちが衰退するのも頷ける。人間の叡知はここまで進歩したのかと舌を巻く思いだった。

 その答えに満足したように葛木が言う。

 

「そうか。何か不自由があるようなら遠慮なく言って欲しい。出来る限りの事は協力するつもりだ」

 

「宗一郎様」と、キャスターが少し窺うように尋ね返した。「どうして、そこまで私に優しくして下さるのですか?」

 

 以前から気になっていた。全てをありのまま受け入れる彼の姿勢からして、死にかけの自分を路傍の石のように捨て置くことも出来た筈だ。どんな人間か話さなければ分からないと言っていたが、血まみれで倒れている怪しげな女に自ら関わろうとする人間が、果たしてどれくらい存在するだろうか?

 投げ返された質問に葛木は少し考え込むように視線を落とした。

 

「……何故だろうな。正直、私自身にも良く分からない。死にかけていたお前を偶然見つけた時、私の中にある何かが変わったのかも知れない」

 

 彼の口調には戸惑いがあった。本当に分からないと言う風だった。

 

 メディアは思った。もし運命というものが言葉遊びの幻想ではないとしたら、葛木との出会いがまさしくそれなのだろう。あらゆるものに裏切られてきた自分が得た一つの希望――それが彼なのかもしれない、と。

 たとえ一時の気まぐれで助けたのであったとしても、彼は命の恩人であり、自分に新しい生きる意味をくれたのだ。

 共に生きると言う意味を。

 

 ――お慕いしています。宗一郎様。

 

 言葉にこそしなかったが、彼女は胸の内で密かに彼に向かってそう告げた。



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ついにマダラが最強の敵と出会ったようです

 追跡したライダーの陣営は、実に多くの情報をマダラにもたらした。

 

 本来のマスターであるサクラという少女は消極的な性格で、争いを好んではいなかった。だが彼女の兄――ライダーを引き連れていたあの傲慢な小僧の事だ――が、サーヴァントを強引に召還させた結果の参戦だった。

 故に彼女は一切の戦闘や諜報活動には参加していない。ただ漫然と普通の生活を送っているだけだ。刻まれた令呪を密かに隠しながら。

 

 恐らく彼女はあと何日も生き残れないだろう。愚かで無能な兄によって自らのサーヴァントを失い、いずれは誰かの手に掛かって命を落とす事になる。

 そして皮肉にも、少女の生活に関わる人間の中には二人のマスターが潜んでいた。

 

 一人目は彼女が“先輩”と呼んで慕う少年だった。大きな魔力こそ有していないが、左手に令呪を宿している。そして家の中に控えさせている金髪の女からは普通の人間にはない気配を感じた。クラスは不明だが、あれが奴のサーヴァントと見て間違いないだろう。

 

 もう一人はトオサカと呼ばれる小娘で、こちらの名前には覚えがあった。

 聖杯が与えた予備知識――聖杯戦争を作った“始まり御三家”という名前の中に“遠坂”というものがある。女の持っている魔力の量や、普段から何かを警戒するような素振りからしても、その遠坂に間違いない。こちらのクラスも分かっていないが、残った枠からして三騎士クラスの残りかバーサーカーのどちらかだ。

 

 これで身元の割れたマスターが五組。残りはランサーを含めた二組だが、時が経てば自然と判明するだろう。今はまだ捨て置いていい。

 失った右目の報復をするべく既にいくつか道筋は出来ている。後はどれだけ確実に実行できるかの問題だ。

 

 ――まだ動く段階ではない。だがこの落とし前は必ずつけさせてやるからな。

 

 脳内にさまざまな筋道を組み立てながら、マダラは聖杯戦争が新たな局面に進むのを今か今かと待ち続けていた。

 

 ◇

 

 “始まりの御三家”の一つを担うアインツベルン家は、一流の錬金術師の家系として魔術師たちの間では広く知られている。

 彼らは類稀なる才能によってあらゆる物を作り出すが、中でも人造生命体(ホムンクルス)の製造や貴金属の扱いにおいて右に出る者は居ない。それは聖杯の器を鋳造するという役割を担っている事からも明らかだ。

 

 そんなアインツベルンのマスターであるイリヤスフィールは、今回の聖杯戦争において早くも勝利を見出していた。

 未だ全てのサーヴァントが召還されてから数日と経過していない段階である。実力を隠して様子を窺う者、徒党を組んで不利を覆そうとする者が居たとしても、何らおかしくはない。情勢は不安定でまったく油断ならない時期だと言えるだろう。

 にも関わらず、彼女はそれを確信するだけの理由があった。

 

 前回の聖杯戦争を裏切りによる敗北という形で迎えたアインツベルン家は、そこから得た苦い教訓を元にある一つの方針を固めた。

 それは『最強のサーヴァントからあえて思考を奪い、絶対に信頼できるマスターにのみ隷従させる事』である。

 

 サーヴァントもマスターも元を正せば一人の人間――長年に渡って目指してきた一族の悲願が心変わりで台無しになる事など、もう二度とあってはならない。

 だからこそ、次に送り出すマスターは絶対に信用出来る者を。仕えるサーヴァントは強力かつ絶対に裏切らない英雄を。

 そんな脅迫観念にも似た想いによってこの世に生み出されたのが、人造生命体のマスターであるイリヤスフィールと、思考無きサーヴァントであるバーサーカーのペアだった。

 

「もう傷は治った? バーサーカー」

 

 冬木の郊外にひっそりと聳え立つ古城――舞踏会場にも匹敵する広さを誇るエントランスホールに立っていたイリヤスフィールは、傍らに控えていた大きな影に向かって声をかけた。まるで童女のような幼い声だったが、魔術師として染み込んだ冷徹さは可愛らしい外見とはまったく関係ないようだった。

 

「■■■■■■■■■■■」

 

 呼びかけに対して唸り声を上げたのは巨人と見紛うほどの大男で、大理石のような肉体を惜しげもなく冷えた空間に向けて放っている。右手に握られた岩石の大剣も相まって、まるで御伽話に登場する怪物を連想させた。

 

「そう、よかった。遠坂なんて敵にもならないと思っていたけれど、あれなら次に会った時も楽しめそうね」

 

 巨人の唸り声をどういう風に解釈したのか、彼女は鈴のような笑い声を上げると満面の笑みで言葉を続ける。

 

「じゃあ今日は柳洞寺に行ってみましょうか。前々から覗き見してる無礼な魔術師さんにも一度挨拶しておきたかったし、シロウやリンと遊んでる時に邪魔を入れられてもつまらないもの」

 

 その言葉に従うようにバーサーカーは自身の身体を折り曲げると、少女を肩の上へと乗せて立ち上がり、エントランスの扉を開けて真っ暗な原生林の中へと向かって行く。

 深夜の林はまるで宇宙のような暗黒を目の前に表していたが、そんな事など関係無いとばかりに二人は木々の中を躊躇する事なく進んでいった。

 

 ◇

 

 巨大な魔力(チャクラ)が近付いている。それも今までのサーヴァントとは比べ物にならない規模のものが。

 力の到来を前に空気が震えているのが分かる。まるでこれから起きる事を恐れているかのように。あるいは楽しみにしているかのように。

 未だ相まみえぬ敵を前にしてマダラは確信した――次の戦闘は間違いなく、今までで最も苛烈なモノになるだろう。

 

 ここ数日を諜報活動に費やしていた彼にとって、敵の接近はこれ以上ない退屈凌ぎだった。加えてそれがかつて無いほどの強敵ともなれば、その興奮も一塩だ。異世界の英雄と矛を交える。それこそが今の彼にとって最大にして唯一の娯楽であり、この世に留まり続けている理由なのだから。

 

 敵は脇目も振らずこちらに向かって来ている。狙いは間違いなく寺に控えているあの女(キャスター)だろう。ならば自分も門番としての使命を全うするだけだ。

 問題があるとするならば、どれだけ魔力を引き出せるかだが、敵の規模は既に制約を化した状態で戦えるものではない事は十分過ぎるほどに把握できる。それすらも理解出来ないようならば、今度は力ずくで言う事を聞かせるだけだ。

 

 これから始まるであろう激戦の気配に、マダラはまるで子供のように胸を高鳴らせていた。

 

 ◇

 

「そんな……あの男は……」

 

 敵の接近に気が付いたメディアはあまりのショックで他の言葉が出なかった。使い魔の視界に映った人物が、あまりにも見知っていた相手だったからだ。

 

 鋼の如く鍛えられた巨体には見覚えがあった。猛禽類を思わせる鋭い眼光にも。そして全身から湧きあがる狂気と闘志――“剛力”という言葉をそのまま人の形に押し込めたような風体は、一度見たら忘れる事など出来はしない。

 

 ヘラクレス――神代のギリシャが誇る最も名高い英雄にして、十二の難行を成功させた最強の戦士。

 

 曰く、彼はあらゆる武器を無効化する獅子を素手で絞め殺した。

 曰く、彼は百の首と猛毒を持つヒュドラを真っ向からねじ伏せた。

 曰く、彼は青銅で出来た怪鳥の群れを次々と弓矢で撃ち落とした。

 並べたらキリがない逸話の数々――全てが紛れもない事実。

 

 そしてその報酬で得たものこそが十二の命。たとえ身体をバラバラに吹き飛ばされたとしても、次の瞬間には何事もなかったようにその場に立っていられる不死の能力。

 本体だけでも破格の性能だというのに、敵には十一もの命のストックがある。それは短期戦でも長期戦でも、莫大な優位性を彼に与えるだろう。

 同じギリシャの英霊だからこそ分かる。この敵は決して正面から戦って勝てるような相手ではない。

 

「まさかって奴よね……」

 

 同じ神代の英霊が呼ばれる可能性は当然頭に入れていた。だがここに来て、もっとも出会いたくない人物が出てくるとは。

 気が付いたら立ち上がっていた――葛木を連れて逃げろと本能が叫ぶ。迫り来る死の恐怖で既に心が折れかけている事を自覚する。

 

 落ち着け――今さら逃げ出したところで敵はいずれ追いかけてくる。他のサーヴァントやマスターをけしかけるにしても、ヘラクレスを倒す力を持っているとは思えない。

 今ここで勝つ方法があるとしたら、何とかして直接マスターを殺すしかない。あの男(アサシン)がヘラクレスの相手をしている隙を狙って。

 

 深呼吸をして覚悟を決める。しかし一つだけ疑問が残る――果たしてあの男はこちらの思惑通りに動くだろうか?

 

 あの男の目的は戦いだ。喜んで敵の相手をするだろう。だが自分がマスターを不意打ちする事に賛同するとは思えない。

 

 最後まで伏せておくべき事案――代わりにあの男が夢中になれる餌を与える必要がある。力という名の餌を。

 

 結論を下したメディアは山門に佇んでいる己の手駒に通信の魔術を行使した。

 

 ◇

 

 戦いが近づいてくる興奮――止められない疼き。

 静かに待つ事など出来ないと身体が訴える。動き出したくて堪らないと魂が叫ぶ。

 それらを押さえながら待機していると、不意にマダラの頭の中に女の声が響いた。

 

《聞こえているかしら。アサシン?》

 

「聞こえている。使い捨ての駒に一体何の用だ?」

 

 どこか逼迫した声――皮肉に取り合っている暇などないと言わんばかり。《敵が近づいて来ているわ。クラスはおそらくバーサーカー。とても強力な相手よ》

 

 あえて知らないふり――相手の真意を見定める。「それで?」

 

《貴方のお望み通り、魔力の供給量を増やしてあげる。これで少しはまともに戦えるようになるはずよ》

 

 奇妙な提案。あれほど出し渋っていた魔力を、なぜ今になって与える気になったのか?

 浮かび上がる直感――この女は敵が何者なのかを知っている。手駒に力を分け与えなければならないほどの相手だと自覚している。

 と言うことは、敵は生前に縁があった者なのか。

 

 考え込んでいる間に力の脈動を感じる――身体の中に向かって魔力が送り込まれてくるのが分かる。失われていたものの一部が戻ってくるのを実感する。

 

「確かに。身体から力が湧いてくる感じだ」

 

 確かめるようにマダラが握り拳を作っては開く――理由がどうあれ、力を戻された事に感謝する。

 通信が消える前にキャスターが言った。

 

《戦う前に一つだけ言っておくわ。これから来る敵は決して死なない。それだけは肝に銘じておきなさい》

 

 ◇

 

「……見てるだけで何もしてこないのは、それだけ自信があるって事? それとも単に見てる事しか出来ないだけ?」

 

 愚直なまでに接近を続けているにも関わらず、抵抗らしい抵抗が何一つ無いことにイリヤスフィールは訝しんだ。

 敵が侵攻してくるのを見つければ、迎撃なり妨害なりするのが普通だろう。街中である事を考慮しても、聖杯戦争に参加するレベルの魔術師ならば、やり方はいくらでもある筈だ。

 だが敵はあえてそれをしてこなかった。その理由が何なのかは分からないが、意味している事は分かる。

 

 ――敵は誘っているのだ。自分たちが陣地までやって来るのを。

 

 真っ向勝負とは何とも魔術師らしくないが、サーヴァントの力に自信があるのは自分たちとて同じだ。ならばまどろっこしい小細工は無しにして、正々堂々と殺し合う方が手っ取り早い。

 何よりこのヘラクレスが敗北する事など、万に一つもあり得ないのだから。

 

 童女らしいにんまりとした笑みを讃えながらイリヤスフィールはバーサーカーに進む速度を強めるよう命じた。

 

 ◇

 

 死なない敵――何とも意味深な言葉。

 不死身の存在には心当たりがある。千手扉間が生み出した穢土転生の術。既に死んでいる者であれば、再び死ぬことは決してない。

 だがそういう意味ではないだろう。と言うことは、敵には何か隠された能力があると言うことだ。

 そこまで知っていて全ての情報を渡さないのは、あくまで自分が駒に過ぎないと言うことを自覚させるためか。

 女の面倒臭さに思わず呆れる――そこに地響きのような足音。

 

 階段下を見ると、そこには人間離れした巨躯の男が佇んでいた。そこから放たれた突き刺さるような殺意と重圧が、マダラの肌を粟立たせる。

 

 ――間違いない。こいつは本物だ。

 

 気付けば勝手に口角が上がっていた。未知の強敵に出会えた事への歓喜――ひょっとしたらこの男は、柱間に匹敵するほどの猛者かもしれない。

 そう考えただけで全身に戦意が満ちていくのが分かる。早く戦いたいと魂が訴えかけてくる。

 

「ふーん。やっぱりそういう事だったんだ」

 

 納得がいったという風に巨人の肩に乗っていた小柄な少女が言葉を放った。どうやら彼女がマスターのようだった。

 

「あなたがここのサーヴァントなんでしょ?」

 

「そうだ」マダラが首肯した。隠す理由など何も無かった。「不本意だがここの門番を命じられている。この先を通りたいのなら、俺を倒してから行く事だな」

 

「なぁんだ。それなら簡単に済みそうね」

 

 くすくす笑いながら少女は肩から飛び降りると、指揮者のように腕を振り、下僕である狂戦士に向かって無慈悲な命令を下した。

 

「遠慮はいらないわ。思いっきりやっちゃえ! バーサーカー!」

 

 直後、爆発したような轟音が鳴り響いた。石段を踏み壊しながらバーサーカーが駆け上がってくる音。全てを吹き飛ばしながら迫り来る様は、さながら嵐の到来を連想させる。

 

 懐からクナイを取り出し、マダラが迎撃体勢を取る――黒から緋色に変化した左目が敵の動きをしっかりと捕捉する。

 

 距離を詰めたバーサーカーが大剣を握った右腕を振り降ろした。単純で大ぶりな一撃だが、当たれば勿論タダでは済まない。

 写輪眼によって軌道を正確に読み切ったマダラが最小限の動作で斬撃をかわす。空を切った刃が踊り場の石畳を破砕し、衝撃と風圧を辺りにばら撒いたが、それだけだった。返礼とばかりにクナイが隙だらけの胴体を一撃、二撃と斬り裂いていく。

 

 鋭い袈裟掛けと横一文字が腹筋に刻まれる――しかし敵に苦痛の表情は無い。異常なまでの硬さを誇る筋肉が刃の侵入を防ぎ、表面の皮膚を浅く切り裂くだけに留めていた。

 

 奇妙な手応えにマダラの顔に僅かな動揺が走る。それと同時に彼の全身を強い衝撃が襲った。

 一瞬の浮遊感の後、冗談じみた速度で山門に向かって吹き飛ばされる――どうやら空いていた左手で殴られたらしい。腕だけでここまでの怪力が出せるのは、施された狂化の加護ゆえか。

 

 叩きつけられた門の一部が粉々に砕け、破片と土煙が辺り一帯に巻き上がる。追撃のチャンスと見たバーサーカーが更に階段を駆け上がるべく足を踏み出すが、それを阻むように煙の中から炎の弾丸が何発も飛び出し、標的に向かって猛然と襲いかかった。

 

「■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!」

 

 唸り声を上げながら火炎弾を打ち落とすバーサーカー。真っ二つにされた炎は弱々しい火の粉となって後方の階段に落ち、瞬きを残しては消えていく。

 

 一閃、一閃、一閃――狂戦士とは思えない手際の良さ。次々と迫る火炎の波状攻撃を的確に凌ぎ、無力化していく。

 あっという間に最後の弾が叩き落とされる。すると今度はその隙を狙っていたマダラが横合いの木々の中から飛び出して来た。

 

 交差――大剣とクナイの刃が擦れ合う。岩石が鋼鉄が火花を散らす。

 

 至近距離で顔をつき合わせる両者。不意にマダラがバーサーカーに視線を合わせた。

 写輪眼が持つ能力の一つ――目を合わせた者に対して発動する幻術。拮抗を破る隙を作り出そうとする。

 

 だが敵の表情は少しも変化しない。狂った者は幻など見ないとばかりに更なる力を剣に込めてくる。

 ギチギチという耳障りな音――鋼鉄が悲鳴を上げている。力に耐えきれなくなったクナイが徐々にひしゃげ始める。拮抗が相手側に向かって崩れていく。

 

 決壊――バーサーカーの刃がクナイを真っ二つに斬り折る。鋼鉄越しにマダラを両断しにかかる。

 跳躍――刃が弾き飛ばされる寸前、わざと後ろに飛ぶことで距離を取った。

 

 階段の踊り場に二人の戦士が対峙する。地の利を含めた全ての条件が五分に戻る。

 

 やはり敵は特殊な防御能力を持っている。正面からの攻撃は効果が薄い。加えて狂戦士とは思えない機転の効いた判断力。実に厄介で手強い相手だ。

 

 ――だからこそ、()りがいがある。

 

「■■■■!!!!」

 

 唸り声と共にバーサーカーが再び距離を詰めた。二度目の斬撃。一度目と違う、どこか武術めいた軌道の剣。

 

 写輪眼の力を発揮――筋肉の細かい動きを把握する事で、見ることすら出来ない速度の攻撃を次々と躱していく。

 斬撃、回避、斬撃、回避。恐ろしさを越えて芸術的にすら思える互いの動き。まるであらかじめ動きの決められた演舞のよう。

 

「もう! 何してるのバーサーカー! そんなヤツ早く殺しなさい!」

 

 いつまでも倒せないマダラに業を煮やした少女マスターの声が階段下から響く。まるで幼い子供が起こす癇癪。

 主の声に触発されたのか、バーサーカーの攻撃がだんだんと大振りになっていく。命中精度を捨てて一撃の威力を重視し始める。

 

 それを待っていたマダラ――地面にめり込むほど大振りな一撃を回避すると、右脇をすり抜けて背後に回る。続いて懐から短冊状の紙を何枚か取り出し、敵の首筋や関節部分に素早くそれを張り付けた。

 

 背面を取られたバーサーカーが憤怒の声と共にマダラの方へと振り返る。そして次の瞬間、彼の体中に張り付けられた紙がにわかに閃光を放ち、凄まじい爆発を巻き起こした。

 

「■■■■■■■■■■■■!!?」

 

 幾つも重なる爆風に押し潰されながら、バーサーカーが苦痛とも怨嗟とも分からぬ声を上げる。

 

 起爆札――術式を記した札に魔力(チャクラ)を通す事で爆発を起こす忍具。使い道が多く、戦場ではよく愛用される武器の一つ。

 身体の硬さがダメージを軽減しているのならば、脆い部分を狙えばいい。人体には構造上、絶対に強度の弱い部分がある。そこだけをピンポイントで攻撃すれば、必ず効果は出る筈だ。

 次第にバーサーカーの身体から爆発が収まる。巨体から朦々と上がっていた煙が徐々に弱まり、その姿が再び視界に映し出される。

 

 驚愕――頭部を含めた複数箇所を同時に爆破されたにも関わらず、その身体には傷一つ付いていない。

 違う――よく見ると爆破された肘や首の肉が別の生き物のように蠢いている。僅かに残っていたピンク色の部分があっという間に周囲の肌の色と同化していく。

 結論――敵は防御能力だけでなく高い回復能力も備えている。闇雲に損害を与えただけでは致命傷にはなり得ない。

 決して死なないとはこう言うことか。

 マダラはバーサーカーに対しての危険度をまた一つ上げた。

 

「へぇ……やるじゃない。まさかバーサーカーに手傷を負わせるなんて」先ほどまで苛立っていた少女マスターが今度は感心したように言う。「前言を撤回してあげるわ。これはそう簡単には進めそうに無いわね」

 

「光栄だな。俺もやる気を出した甲斐がある」

 

「でも私のバーサーカーが勝つ事に変わりは無いわ。だって貴方が勝つには、そいつをあと11回殺さなくちゃならないんだもの」

 

「どうやらそうらしいな」相手に調子を合わせる。残った蘇生回数――11回。

 

「あら? 驚かないのね」少女の意外そうな顔。「もっと慌てると思ってたのに」

 

「むしろ感謝しているくらいだ。あと11回も楽しめるとはな」

 

 にやり、とマダラが狂気じみた笑顔を浮かべる――心からの笑み。

 戦士が見せる狂気に僅かに気圧されながらも少女が己のサーヴァントに命じた。

 

「それじゃあ何回目で音を上げるか試してあげるわ。次は本気で行きなさい。バーサーカー!」

 

 応えるように狂戦士がけたたましい咆哮を上げる――戦闘再開を告げるこの上ない合図。

 

 ◇

 

 予想以上の健闘を続けるアサシンにメディアは心の中でうなり声を上げた。

 理性のない状態とは言え、ヘラクレスは世界最強と言い切っていいほどの英霊だ。それと真正面から戦って手傷を負わせるとは。

 だがこれでバーサーカーの警戒が薄くなった。あとは隙だらけのマスターを仕留めるだけだ。

 チャンスは一度――しくじれば自分も宗一郎も命はない。まるで暗殺者か狙撃手にでもなった気分。

 いや、暗殺者になったのはもう何度目の事だったか――かつて背負った罪。何人もの人々を魔術を使って惨殺して見せた。

 汚いことには慣れきっている。今さら汚れが一つ増えたところで、血まみれの手に新しい血が塗りたくられるだけだ。

 それでこの手に幸せが掴めるというのなら、何も迷う必要はない。

 今までも、そしてこれからも。

 

 ◇

 

 狂戦士が繰り出す連続攻撃――まるで巨大な殺人ミキサー。

 叩きつけ、振り回し、凪払い。単調な攻撃の中に時折混ざる巧みな技。不規則に繰り出されるおかげで写輪眼でも動きを読み取るのが困難に。

 

 石畳を削りながら足下から大剣が昇って来る。力強い斬り上げ――刃と一緒に細かく砕かれた石の破片がマダラの顔に飛来する。

 咄嗟に左腕で目を庇った。一瞬だけ閉ざされた視界。その隙を的確に付いた刃先がマダラの肩口を切り裂いた。

 

 焼け付くような痛みと衝撃。鎧の一部が肉や血と一緒に塵になる。

 気力でそれらを無視しながら印を結ぶ――追撃を防ぐための術を構える。

 

「火遁・豪火滅却!」

 

 大きく息を吸い込んだマダラの口腔から凄まじい勢いで火炎の渦が吐き出された。

 バーサーカーの身体があっという間に炎の津波に飲み込まれる――じゅうじゅうと肉が焼け付く嫌な音が火の向こうから聞こえてくる。

 不意に火炎の中心から黒い棒状のものが飛び出した。バーサーカーが持つ石の大剣。炎を割ってマダラに迫る。

 

 炎を維持しながら後退して距離を稼ぐ――空いた右手で傷口を軽く触る。ぬるりとした血の感触と鉄の臭い。

 自分は生きているのだという実感が、熱い痛みと共に広がった。

 

 剣に続いて炎の中からバーサーカーの身体が飛び出す――あちこち焦げて炭化した身体。焼け爛れた顔面。浮かんだ憤怒の表情も相まって更におぞましい形相に。

 頭上を襲う唐竹割り。加えて刃の一部が赤化――火炎に晒された影響で蓄熱。まるで炎の剣。

 

 術を中断して右に跳ぶ――踊り場を離れて階段の上側に陣取る。

 のらりくらりと攻撃をかわすマダラを忌々しいとばかりにバーサーカーが睨みつける。そうしている間にも炭化していた身体があっという間に戻る。爛れていた顔面が修復される。

 

 敵の不死身ぶりに苛立ちを通り越して感心する――かつての戦友の顔が脳裏にちらつく。

 だが彼とこいつとでは決定的な部分が違う。眼の前の男は破壊する事しか出来ない狂戦士だ。戦うことに遠慮も呵責も必要ない。

 身体を修繕したバーサーカーが再度マダラに襲い掛かろうと距離を詰める――確実に息の根を止めようと走り出す。

 

 不意にその頭上を黒い弾丸のようなものが通過した。

 

 真っ直ぐ飛んでいく素早い何か――階段下に立つ少女を狙って猛然と突き進んでいく。まるで流星。

 それらが少女の身体に届く寸前、凄まじい勢いで踊り場から降りてきたバーサーカーの巨体が強引に割って入った。

 

 火炎弾と同じく黒い弾丸を刃で打ち払う――そのうち撃ち漏らした何発かがバーサーカーの身体に命中。食い込んだ弾丸が狂戦士の内部で勢いよく爆ぜた。

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 衝撃に煽られてバーサーカーがたたらを踏む。零れ出た内臓や肉や骨の破片が辺り一面に散らばったが、肝心の少女には傷一つなし。不死身の肉体を盾にした絶対防御の盾。

 

「やっぱり! そう来ると思ったわ!」巨人の後ろから出てきた少女――勝ち誇ったような笑み。「ヘラクレスを倒すなんて土台無理だもの。だとしたら次に狙ってくるのはマスターである私。わざわざ待っていたのも、出来るだけこいつの気を逸らすため。単純な計算ね」

 

 少女の視線が階段の上に向く。そこに居るであろう人物に声をかける。「もう失敗したんだから、姿を隠すのはやめて出てきたらどう? そこに居るんでしょ?」

 

 声に誘われるように山門の奥から現れた影――キャスター。

 握られた杖の先端に浮かんだ複数の黒い球――恐らく先ほど飛んで行った弾丸と同じもの。高圧縮された魔力の塊。

 

「あなたもサーヴァントね」実に楽しげな少女マスター――くすくす笑い。「クラスはキャスター。そうでしょ?」

 

「その通りよ。お嬢さん」目論見が外れたキャスター――冷静な声とは裏腹に怒りで全身を震わせながら二人の敵を見据える。「そして貴女の最期を見届ける者でもあるわ」

 

「今のは一体なんの真似だ」会話に割って入るマダラ――不快な表情を隠そうともせず。「俺の戦いを邪魔するつもりか?」

 

「貴方の意見なんて関係ないわ。それに最初に言った筈よ。バーサーカーは決して死なないと。だとしたら勝つにはマスターへの奇襲以外ありえない。それとも貴方には、あれを正面から倒せる見込みがあって?」

 

「お前がもっと魔力を渡せばいい。すぐに満足のいく結果を見せてやる」

 

「冗談。暴れ馬に手綱を任せる騎手が居ると思う?」キャスターはまるで取り合わず――無駄だと分かっていながらも弾丸の狙いを少女に定める。「と言うわけでお嬢さん。ここからは二対一になるけれど、まさか今さら卑怯だなんて言わないわよね?」

 

「いいわ。そっちが二人で来るのなら、こっちも本気を出してあげる」

 

 不似合いなほど獰猛な表情で少女が応える――次の瞬間、彼女の全身に赤い幾何学模様が浮かび、膨大な魔力の渦が狂戦士の身体を包み込んだ。

 

「バーサーカー。あなたの枷を解き放つわ。あの目障りな連中を徹底的に破壊しなさい!」

 

 ◇

 

 魔力を取り込んだバーサーカーの身体が急激に膨らむ――もともと人間離れしていた体格が更に一回り大きくなる。まるで神話に登場する巨神(タイタン)そのもの。

 

「そんな……」思わずメディアが息を呑む。目の前に佇む死の暴力に立ち竦む。

 

 マスターの証たる令呪――契約したサーヴァントに常識すら捻じ曲げた指示を下せる絶対命令権。

 それを拘束ではなく、解放に使った。膨大な魔力を盾に自らのサーヴァントに掛かっていた制限を強引に突破させた。

 つまり今のバーサーカーは今まで以上に狂暴さもパワーも上がった事になる。

 

「どう? これがバーサーカーとして呼び出されたヘラクレスの真の姿よ。今までは狂化のランクを下げていたけれど、二対一ならこっちも本気にならないとね」

 

 酷薄な笑みを浮かべる少女――再びその手をメディアたちに向かって振るわれる。

 

「さあ、やりなさいバーサーカー! 今度こそあいつらをバラバラにするのよ!」

 

 瞬間、バーサーカーの姿がその場から煙のように消えた。少なくともメディアにはそう見えた。

 続いてドカンと言う馬鹿でかい音――階段に陣取っていたアサシンの身体がまるで見えないトラックに轢かれたように弾き飛ばされ、半壊した山門を越えて寺院の中にまで吹き飛んでいった。

 突然の出来事に唖然となるメディア。それがバーサーカーの攻撃によるものだと遅れて理解した。

 

 慌てて防御のための呪文を唱える――魔力で形作られた分厚い障壁が一瞬にして前方に現れる。

 そこに再び轟音。見れば、張られたばかりの障壁にバーサーカーが肩越しのタックルを繰り出していた。

 

 一瞬でも遅れていたらやられていた――冷や汗を浮かべながらメディアが僅かに安堵する。そこに衝撃の事実が起こる。

 

 ガラスが砕けるような嫌な音。宝具にも匹敵する筈の魔力の盾が既に悲鳴を上げている。障壁にみるみる亀裂が走る。

 

「う、そ……」

 

 あまりの事態に言葉を失う。凄まじい勢いで死が迫ってくるのを肌で感じ取る。

 

 真っ青になりながら大急ぎで障壁を補修するメディア。だが直していくたびに再び亀裂が入る――まるで焼け石に水。

 

 だが他にどうしようもない。恐怖に負けて後ろを向けば、途端に無惨な最後を迎えることは目に見えている。

 必死に修復を続ける。盾が砕ける音が心を焦らせる。自分の心すらも砕けていくような錯覚に襲われる。

 

 負けるな――諦めそうになる己を必死に鼓舞する。絡みつく死の恐怖を振り払う。

 

 半壊した障壁を捨てて新たな盾を展開――今度は倍以上の魔力を注ぎ込んだ。

 一枚目の障壁が砕け散る。新たに展開さ入れた二枚目に向かってバーサーカーが右手の剣を振るった。

 

 金属音に似た鈍い音が鳴り響く――岩石の大剣を魔力の壁が弾き、見事に攻撃を防ぐ。

 続く二撃三撃も同じく阻止。超えられぬ壁にバーサーカーが苛立ちの唸りを上げた所で、その両側面と頭上から新たな人影がにわかに躍り出た。

 

 ぴったり息の合った連携でバーサーカーを襲う全く同じ容姿の者たち――三人のアサシン。

 

 先行した両脇の二人が片腕ずつを封じて敵の攻撃と防御を阻止する。上空の一人ががら空きになったバーサーカーの頭を思い切り蹴り飛ばす。

 サーヴァントの脚力に落下速度まで加わった打撃が直撃――今度はバーサーカーの身体が階段下に向かって勢いよく飛んで行った。

 

「あれは一体……?」

 

 異様な光景を目の当たりにしたメディア――月並みな言葉しか口に出来ず。

 

「あれは俺が作った分身だ」そんな彼女の背後から声。まさかの四人目が登場。「そんな事より今すぐお前の魔力を全て回せ。まだ死にたくないのならな」

 

「なにを……」何が何だか分からないという顔を浮かべるメディア。辛うじて生き残った理性が要請を拒否する。「誰が貴方なんかに……」

 

 マダラの冷ややかな視線と嗄れ声――自然と発生する凄味と殺気。「まだ判らないのか? 今のあいつに勝つ方法はない。俺が宝具を使う以外はな。その上でどうしても渡すつもりがないのなら……ここで俺がお前を殺す」

 

「何ですって?」突然の言葉に思わず眼を剥く。堂々とそんなことを言い出すとは夢にも思わず。「そんな事を許すと思っているの?」

 

「お前の意志など関係ない。どのみち死ぬのなら、今までの借りを返してから死ぬだけだ。それにお前が死ねば、次はあの宗一郎とかいう男の番だぞ。愛しの旦那様がバラバラに切り刻まれてもいいのか?」

 

 その言葉で葛木の姿が脳裏に浮かぶ。敵によって惨たらしく殺される彼の最期を想像してしまう。

 それだけはだめだ――最悪の結末を否定する。だがこのままでは確実にそうなってしまうだろう。

 助かる見込みはただ一つ――この全く信用ならない男に全てを託すことだけ。

 

「時間がない。俺に殺されるか、魔力を回して生き延びるか、今すぐ決めろ」

 

 深刻な顔で階段下を見つめるアサシン―――バーサーカーを抑えていた分身の一人が斬り殺される。連携が崩れた所を突いて二人目も消える。残された時間はあと僅かだ。

 

「……確認するけれど、宝具を使えば本当にあの化け物に勝つ事が出来るの?」

 

 にわかには信じられない言葉――今のヘラクレスを撃退する力をアサシン風情が持っているとは思えない。

 だが目の前の男は平然と言い切った。

 

「あれは確かに途方もなく強い。だが俺はもっと強い男と戦い続けてきた。あいつ以上の者でなければ、負けるつもりはない」

 

 “あいつ”と言うのが誰を指しているのか、メディアにはさっぱり分からなかった――だが少なくとも勝算はあるらしい。

 他に選択肢はない。不本意だが、今はその可能性に賭けるしかない。

 

「………これはあくまで宗一郎様を守るため。少しでも妙な真似をしたら、その時は真っ先に殺すわよ」

 

 念のために釘を刺しておく――何もかもお前の言う通りにするわけではないという意思表示。

 

「お前に出来ればな」まったく動じないアサシン。一応聞いておいてやると言わんばかりの態度。

 

 その不遜な態度に何とも言えない腹立たしさを感じながらも、メディアは繋がっているパスを通じて目の前の男に蓄えていた魔力を送り始めた。

 



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マダラが少しだけ本気を出すようです

 力の奔流――流れ込んでくる魔力(チャクラ)

 乾いていた身体が満たされていくのが分かる。砂に沁みこむ水のように力が浸透していく。

 だがまだ足りない。供給された魔力は生前の三割にも届かずに打ち止めとなった。あの女が止めたのだ。力を与え過ぎる事を恐れて。

 

 余計なことを――思わず心の中で毒づく。何から何まで足を引っ張りたがる雇い主にほとほと嫌気が差す。

 力を発揮できる時間は多く見積もっても一時間程度。先の事を考えると絶望的なまでに短い時間だ。

 

 だがそれでも、目の前の敵を倒すには十分過ぎる。

 

 歓喜と共に力を振るう。放出された膨大な魔力が、主の意志に従って徐々に形を成していく。

 そうして現れたモノ――青い燐光を放つ巨大な骸骨。

 これこそが須佐能乎(スサノオ)。万華鏡を開眼した一部の者だけが操れる究極の瞳術であり、全てを制圧する破壊の権化。

 

 出し抜けに髑髏の右腕がバーサーカーを掴み取った。拘束を解こうと腕の中で巨人がもがくが、まるで捕獲された昆虫のようにびくともしない。

 それを階段下に向かって無造作に投げつける。叩きつけられた肉体がボールのように地面を跳ね、石段を破壊しながら一番下まで転落していく。

 

「バーサーカー!!」

 

 最下段に居た少女マスターが悲痛な叫びを上げた。信じられないとばかりに自らのサーヴァントに向かって駆け寄っていく。

 主の悲鳴によろめきながらもバーサーカーが起き上がる。奇妙な角度に折れ曲がった首を左手で戻し、脇腹に突き刺さった自分の剣を強引に引き抜く。ぽっかり開いた腹の穴から盛大に鮮血が吹き出したが、それも不死の加護によってすぐに塞がった。

 

 殺意と怒りに満ちた両目は今もマダラの姿を捉えている。戦闘を切り上げる気配はない。

 

「そう来なくてはな」

 

 眼下の男に負けないほどの闘志を見せながら、マダラは更なる戦いに身を投じるべく、悠然と階段を降りていった。

 

 ◇

 

 ……あれは、一体なんだ?

 解放されたアサシンの宝具を目の当たりにしたメディアは思わず息を呑んだ。

 

 彼の宝具は魔力を特定の形状に変化させる技であり、そのあり方はどちらかと言えば魔術に近かった。英霊の象徴とも呼べる宝具にしては少々陳腐で、実にありふれた使い方だ――その桁違いの規模と高過ぎる魔力の収束率を無視すれば。

 

 契約を通じてアサシンに送り込まれた魔力は、メディアが街から集めてきた魔力の半分以上にも及んだ。対軍宝具すら連発出来るだけの膨大なエネルギーをまるで手足のように扱うその手管は、まさに驚嘆に値すると言っていい。

 加えて全身を纏うように展開された高圧縮の魔力は、全方向からの攻撃を遮断する鎧であると同時に敵を攻撃する矛の役割も果たしている。文字通り攻防一体の技であり、消費される魔力量を除けば、一分の隙も無い完璧なスキルだ。

 

 まさかこれほどの力を持っていたとは。

 奴の尊大な態度は気に食わないが、そう振舞うのも頷ける。純粋な力とは、ただそこに存在するだけで相手に畏敬の念を抱かせ、支配する者としての風格を与えるものなのだ。

 

 これは本当にあのヘラクレスを倒してしまうかもしれない。

 

 死の運命を目前にしていたメディアの胸の内に、僅かな希望が見え始めていた。

 

 ◇

 

「な、なんなの、こいつ……」

 

 掠れた言葉がイリヤスフィールの口から漏れた。幼い身体は声と同じくガタガタと恐怖で震えていた。

 

 狂化の戒めを解いたバーサーカーの“性能”は、今までの比ではない。その強大な力はマスターであるイリヤスフィールの制御すら困難になってしまう程であり、ランク下げは過剰な魔力消費を抑えると同時に、暴走を防ぐための鎖だったのだ。

 それを全て解放にも関わらず、敵はそれを相手に一歩も引かないどころか、劣勢を押し返し始めている。

 

 疾風のような早さで石の大剣がアサシンに向かって襲いかかった。空気を切り裂き、大地を抉る一撃。少し前までそれは敵にとって死を意味するものだったが、今やその価値は完全に失墜していた。

 漆黒の刃が火花をまき散らしながらアサシンの手前で停止する――彼の全身を覆う青い骸骨のような何かが、刃の進行を完全に防いでいた。

 

「■■■■■■■■!!!!」

 

 猛る咆哮と共にバーサーカーが岩石の刃を押し込む。追加された怪力はその肋骨に僅かな亀裂を走らせるに至ったが、それだけだった。横合いから伸びてきた右腕に全身を殴りつけられ、巨人の身体が再び階段の一番下まで押し戻された。

 

 これまでに不死の祝福は何度使用されただろうか? 計算ではまだ余裕があるはずだが、このペースで消費すれば、いずれ底をついてしまうかもしれない。

 

 今は下がって建て直しを図れ――冷静な自分が警鐘を鳴らす。不利な試合をいつまでもするべきではないと合理的な判断を提示している。

 

 だがそれは決して認められないことだった。ヘラクレスこそ最強のサーヴァントだと信じていたイリヤスフィールにとって、尻尾を巻いて逃げ出すことなど、絶対にあり得ない行為だった。

 

「こんなの嘘よ……私のバーサーカーは、世界で一番強いんだからッ……!!」

 

 自らに言い聞かせるような少女の叫びとは裏腹に、僕であるバーサーカーはその命をまた一つを散らし、自らに与えられた祝福を失っていった。

 

 ◇

 

 力と力――その衝突。

 

 爆撃のような威力の剣が振るわれる。髑髏の手刀が迎え撃つ――二度目の鍔迫り合い。

 先ほどとは違う完全な拮抗。だが生憎と、こちらの腕は二本だけではない。

 

 マダラが更に魔力を注ぎ込み、須佐能乎がその姿を変えた。巨大な髑髏が膨れ上がり、二面四腕の鬼神へと進化する。

 両肘から生えた新たな二腕が魔力の刃を敵に振るう。防ぐ手立てを持たないバーサーカーの両腕が、肩先から真っ二つに切り裂かれる。

 両腕を失い、バランスを崩したバーサーカーがたたらを踏む。続いてその土手っ腹を、左の抜き手が思い切り突き刺した。

 

「■■■■■■!!!」

 

 獣のような咆哮と共に青く光る腕が真っ赤な鮮血に染まる――また一つ敵の命を刈り取った事を実感する。

 更にもう一撃加えようとした所で蘇ったバーサーカーが反撃に出た。突き刺さった須佐能乎の腕を思い切り握り込むと、そのまま力任せに持ち上げる。

 

 三度目の浮遊感――咄嗟に須佐能乎を解除しようとしたが、それより早く鬼神もろとも上階に向かって投げ飛ばされた。

 

 流石にしぶとい。それでこそ大英雄というものだ。

 

 常識外れな敵の頑強さに敬意すら覚える。まさかこの須佐能乎を相手にその身一つで挑んでくる者が居ようとは。

 浮遊の時間が終わり、地面が近づいてきた。須佐能乎の腕をクッションにして難なく門前の踊り場に着地する。

 

 同時に下方からバーサーカーが切迫してきた。落ちていた腕から自らの剣を回収し、マダラに向かって振りかぶる。

 

 既に何度目とも知れぬ鈍い音が夜空に鳴り響く。形成された魔力の鎧が再び石の刃に抗う。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 渾身の怒りを乗せたバーサーカーの咆哮――先ほど以上のエネルギーを剣先に向かって込めていく。

 

 バキバキという歪で耳障りな音がマダラの眼前から鳴り響いた。大英雄の力の前に魔力の鎧が悲鳴を上げている音だった。須佐能乎の胴体に更に大きな亀裂が走る。

 崩壊を悟ったマダラが素早く須佐能乎を解除する。完全に砕かれる前に鎧の中から脱出し、続く追撃を距離を取って避ける。

 

 戦士たちに一瞬の静寂が訪れる――底冷えするような冬の木枯らしが両者の間を吹き抜けていく。

 

 ――いいぞ! いいぞいいぞ!!

 

 途方もない喜びがマダラを包んでいた。まだ敵が戦ってくれる事に、まだ抗う意志を見せている事に途方もない喜びを感じていた。

 一方的な展開などそもそも本意ではない。強者と強者がぶつかり合い、鎬を削ってこその戦いだ。

 そして目の前の男は、自分が求めているそれを完全に満たしている。

 

 こちらの魔力にはまだ余裕がある。敵の命もまた同じだろう。ここからは先に尽きた方の負けだ。

 

 マダラがそう考えた時、至福の一時は唐突に終わりを告げた。

 

 ◇

 

「もういいわバーサーカー! 戦いは終わりよ!」

 

 涙声の少女マスターが訴えかけるように巨人に向かって叫んだ。その悲痛な表情はこの場に現れた時のものとはまるで違っていた。

 

 響き渡った主の悲鳴に、鬼の形相だったバーサーカーの表情が僅かに変化する。溢れていた闘志が徐々に萎んでいき、嘘のように大人しくなる。

 狂っている筈の男に他者を慮る思考があるのかは分からなかったが、いずれにせよ彼は戦闘中止の命令に服従したようだ。

 

 白け切った場の雰囲気にさしものアサシンも溜息を吐きながら矛を収めた。不意打ち警戒の為に宝具は展開したままだったが、今夜はこれで手打ちにするしかないと諦めている表情だ。

 

 誰も彼もが今夜の終焉を予期していた。しかし、一人だけそれを終わりの合図と認めぬ者が居た。

 

「逃がさないわ!」

 

 アサシンの背後に控えていたメディアが黒い弾丸を再び少女に向けて撃ち放った。凄まじい速度で侵入者の命を刈り取ろうと襲いかかる。

 

 主人の命を守るべくバーサーカーが再び間に入り込む――大きな背中を盾にして全ての弾丸を受け止める。

 鉛色の上半身を弾丸が穿ち、いくつもの穴が生まれていく。だが彼に苦痛の色はなかった。煙を立たせながら彼は少女を抱きかかえながら門を抜けると、あっという間に夜の街へと消えていった。

 

「なんて事……まさか逃げられるなんて」

 

 口惜しそうにメディアが唸る。数分前まで漂わせていた絶望感はアサシンの奮闘によって形すらなく消え失せていた。

 

「あいつが居なくなれば、聖杯戦争なんてもう勝ったも同然なのに……」

 

 全てのサーヴァントを把握したわけではないが、少なくともヘラクレスの英雄としての「格」は、そこらの英霊などとは比較にならない程に飛び抜けている。この聖杯戦争において最大の敵と言っても過言ではないだろう。

 それをみすみす逃してしまった――今こうして生きている事すら奇跡に近いとはいえ、逃してしまった魚は大きい。

 咄嗟に追撃に出るべきかとも考えたが、アサシンはここから動けない以上、戦うとなれば自分ひとりだ。手負いとは言え、あのヘラクレスを相手に打ち勝てるとは思えない。

 

 苦々しい事実と歯がゆさに思わず溜息を吐いたメディアだったが、不意に自らに向けられた鋭い殺気を感じた。

 そこには宝具を展開したまま静かに自分を見つめるアサシンの姿があった。

 

 ◇

 

 意外な展開によって大量の魔力を得たマダラは、忌々しい振る舞いを繰り返す厄介な主をどうするべきか考えていた。

 力を使える今ならば、すぐにでも始末することは出来るだろう。供給された魔力を全て生存に回せば、何日かは現界していられる。その間にどうにかして新しいマスターを手に入れれば、晴れて自分は自由の身だ。

 問題は質の高いマスターを短時間で手に入れられるかどうかだが、全くアテがないわけではない。手段を問わなければ何とでもなる。

 

 考えていた予定とは少し違うが、来るべき時が多少早まったに過ぎない。

 彼の心は決まった。

 

 キャスターと目が合うと同時にマダラは彼女に幻術を仕掛けた。反撃の可能性を先に排除し、一瞬で勝負を決めに掛かる。

 

 どうやら向こうもこちらの意図を掴んでいたようだった。己に掛けられた幻術を素早く解くと、魔術で牽制を仕掛けながら足早に寺の中に後退していく。

 

 飛来する弾丸を須佐能乎で弾きながらマダラは追撃を開始した。一足飛びで山門を潜り抜け、本殿にたどり着かれる前にキャスターを捉える。

 

 須佐能乎の巨大な腕が彼女の身体を掴みかける。脆弱な女の身体を握りつぶそうと迫っていく。

 しかしその時、唐突にその歩みが止まった。

 

 いつの間にかマダラの周囲の空間が奇妙な歪みに覆われていた。それに連動して須佐能乎もその動きを止めている。まるで空間そのものを固定されているかのようだった。

 

「……魔力を手に入れた途端、私を殺しに来るなんてね。万一に備えてこれを用意していなければ、今頃どうなっていたことか」

 

 伸ばされた腕から距離を取りながらキャスターが言う。敵が侵入してくる事を予期してあらかじめ罠となるような魔術を用意しておいたのだろう。こと防衛に関しては油断も隙もない女だ。

 

「あなたには少しきついお仕置きが必要みたいね」

 

 ゆらりと彼女が腕を振るう。すると次の瞬間、まるで花が開くようにマダラの胸部が内側から穴を作った。

 肋骨が花弁のように展開し、持ち主の肉体を食い破る。大量の血がこぼれ落ち、石畳を真っ赤に汚した。

 

「どう? 身体の中からこじ開けられていく気分は? バーサーカーに勝つことは出来なくても、これくらいの芸当は出来るのよ? このまま死ぬ寸前まで嬲り尽くしてあげるわ」

 

 その言葉を真にするべく、キャスターが魔術を続けて行使する。動きを封じられ、避ける事すらままならないマダラは胸だけでなく、腹や手足ですらも内側から破壊される事となった。

 

「飼い犬が主に噛みつく事など決して許されないのよ。私に刃向かえばどういう事になるか、愚かな貴方にもこれで理解できかしら?」

 

「―――けか――」

 

 と、マダラの口がかすかに動いた。身動き一つ取れない固定空間の中では、やはり彼であってもそれがやっとの事なのだろうか。

 

「何? 命乞いの言葉なら聞いてあげてもいいわよ?」

 

 かすかに聞こえた言葉を読み取ろうと、キャスターがわずかに近づいてくる。

 瞬間、マダラの写輪眼が一際ぎらついた輝きを放った。

 

「それだけかと言ったのだ。キャスター!」

 

 言うや否や、マダラの体内から更なる魔力が噴出し、須佐能乎の全身を瞬く間に包み込んだ。まるで彼の怒りに呼応しているかのように。

 

「こ、これは……!?」

 

 信じられないとばかりにキャスターが瞠目する。彼の宝具にまだ先がある事など、まるで想定していないようだった。

 

 放出された魔力は上半身だけだった須佐能乎に新たな下半身を形成させ、大地に向かって脚を立てた。その圧倒的な大きさに比べれば、人など砂粒程度にしか思えない。

 固定化されていた空間が増大した質量に耐えきれずに崩壊する――閉じ込められていた鬼神が再び野に放たれる。

 ぞっとするような冷たい視線を向けたマダラが言う。

 

「本気で怒ったのはこちらの方だ。いい加減、消え失せろ」

 

 死の宣告と同時に巨大な刀が振るわれた。己を縛る主を滅ぼすべく、キャスターに向かって襲い掛かる。

 巨大な身体のせいで緩慢な動きに見えるが、その速度はバーサーカーにも引けを取らない。数秒と待たずに忌々しい女魔術師の身体が粉々になるだろう。

 青い光が風を切って迫って行く――本懐を果たそうと突き進んでいく。

 

「―――ッ!! 止めなさいアサシン! 私に逆らう事は許さないわよ!」

 

 叫び声と共にキャスターの右手に刻まれた令呪が輝きを放った。契約の光は瞬く間にマダラの身体を強ばらせ、攻撃の意志を中断させる。

 どおん、と轟音がキャスターのすぐ横で鳴り響いた。令呪によって僅かに逸らされた攻撃は、代わりに本殿に続く石畳を悉く破壊し、美しかった寺院の庭を木端微塵にしていた。

 

「……命拾いしたな。だが残る令呪はあと一画だ。それを使い切った時が、お前の最後だと思え」

 

 口惜しそうにマダラが展開していた宝具を解除し、砕けた石畳に着地する。身体中に開けられていた穴を魔力を使って強引に治癒させると、山門に向かって歩いて行く。

 その背中には、未だに主に対しての殺意がありありと籠っていた。




以下のステータスが更新されました。

【CLASS】アサシン
【マスター】メディア
【真名】うちはマダラ
【ステータス】筋力B 耐久D 敏捷A 魔力A+ 幸運D 宝具A++
【宝具】
『須佐能乎(スサノオ)』
ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100人
圧縮された魔力で巨人を生み出す。使用される魔力の多さに比例して『骨の一部』→『上半身のみの骸骨の巨人』→『二面四腕の鬼』→『鎧を纏った巨大な天狗』とその姿を変えていく。魔力で形成された身体はとても頑丈で、第一段階ですら並大抵の攻撃では傷一つ付けることは出来ないが、弱点として内部から本体を直接攻撃されると防御する事が出来ない。
またイザナギとは違い瞳力を使う術ではないので、例え何らかの形で視力を失っていたとしてもこの宝具は発動することが出来る。


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キャスターが束の間の平穏を過ごしているようです

今回は日常回です。


 山門と寺院から戦いの痕跡を消し、全ての後処理を済ませた頃には既に夜が明け始めていた。

 冬の澄みきった空気を淡く照らしながらゆっくりと太陽が顔を出すのが見える。昨夜の戦いなどまるで無かったかのように温かい光を地上へ届けている。柳洞寺に身を置いてからもう何度となく見てきた景色。美しい光景だ。

 しかしそんな眺めを前にしても、メディアの心は深い曇りの中にあった。

 

 接近するヘラクレスを見つけた時、真っ先に自らの死を覚悟した。英雄犇めくギリシャの中でも一、二を争うほどの強者に勝たなければならないと知った時、まるで地獄の入口が迫って来るような気さえした。

 我ながらよく生き残れたものだ、と思う。しかし自分はそれを乗り越えたのだ。たとえ二画目の令呪と魔力の大半を失ったとしても。

 

 だがアサシンに使った令呪は失敗だったかもしれない。今後の憂いを断つためには攻撃を止めさせるのではなく、その場で自害を命じるべきだったのかもしれない。

 今更嘆いても仕方がないが、後悔ばかりが澱のように胸の中に残り続けている。一体どうするのが一番正解だったのだろうか?

 

「……しっかりしなさいメディア。まだ戦いは続いているのよ」

 

 声に出して己を叱咤する。戦いはまだまだ序盤だ。乗り越えなければならない障害はまだ幾つも残っている。弱気になっている暇はない。今は使ってしまった魔力の補充と判明している敵への対策が先決だ。

 

 時間をかけて更に幾つかの雑務を終え、ようやく別宅の玄関口に辿り着いたメディアだったが、不意に自分の意識が遠くなるのを感じた。

 己の意志とは無関係に身体が傾ぎ、全身から力が抜ける。疲れを知らない霊体(サーヴァント)の身だと言うのに、まるで熱病に冒されてしまったように持ち主の言う事をまったく聞いてくれない。

 

 ――駄目よ。まだ駄目……私にはまだ、やるべき事が……。

 

 気力を振り絞って中へ進もうとするも、次の瞬間には玄関の壁に寄り掛かるようにしてメディアは意識を失っていた。

 

 ◇

 

 瞼が再び開いた時、最初に飛び込んできたのは見慣れた木目の天井だった。

 身体を起こすと、掛かっていた布団がずり落ちる。見ればそれは葛木が普段から使っているものだった。

 これは一体どういう事だろう? ぼんやり布団を眺めながら考え込んでいると、抜け落ちていた記憶が徐々に蘇ってきた。

 

 そうだ。自分は玄関先で気を失ったのだ。張り詰めていた緊張が解けた事によって。

 恐らくそれを見つけた葛木が看護のために部屋に運んだのだろう。何という事だ。あの人にそんな情けない姿を見せてしまうとは。

 

 恥ずかしさと情けなさのあまり、思わずどこかに逃げ出したくなったが、こうして寝かされている以上、それはもう手遅れだった。

 忸怩たる思いでメディアが布団から立ち上がろうとした矢先、入口の襖が開き、部屋の主である葛木が姿を現した。

 

「気が付いたのか」

 

 そう言いながらメディアの横に静かに腰を下ろす。浮かべている表情こそ普段と変わらないが、その仕草はどこか心配しているように見えた。

 

「宗一郎様!」

 

 飛び起きたメディアはそのまま葛木に深々と頭を下げた。

 

「申し訳ありません。戦いを終えた事で僅かに気が緩んでおりました……」

 

 確かにヘラクレスは紛れもない強敵だった。昨夜の戦いはまさに命を賭けたものだったと言い切れる。しかしメディアに真の恐怖を与えたのはそれではなかった。

 アサシン――あの傲慢で気紛れな憎たらしい男こそ、メディアに最も強い恐怖を植え付けた相手だった。

 あの時、咄嗟に令呪を使っていなければ間違いなく自分は死んでいただろう。宝具を展開したアサシンと対峙する時の絶望感は、思い出すだけでも怖気が走る。むしろよく今まで気を失わずに済んだと言った方がいいのかもしれない。

 

「気にするな。それより怪我はないか?」

 

「身体については問題ありません。ご心配をおかけしました」

 

 そもそも魔術師は戦いを得意とする者ではない。それは三騎士や騎兵、狂戦士のような戦闘特化のクラスがする事であり、相手と接近戦をするという事は、キャスターであるメディアにとってはまさしく死を意味する行為だ。

 彼が傷の心配したのは、恐らく初めて出会った時の――全身に深い傷を負っていた時の事を思い返しているからだろう。

 

「そうか。今日は昼前から街に出ようと思っているのだが、行けるか?」

 

「……いま何と?」

 

 メディアは咄嗟に聞き返した。彼の言葉の意味が分からなかったからだ。

 葛木は再び彼女に告げた。

 

「共に出かける、と言ったのだ。無論、お前の身体が最優先だが」

 

 彼の言葉の完全に理解したと同時に、二つの不安がメディアの胸をよぎった。

 一つは無論、敵に襲われないかという不安だ。人目のある街中で白昼堂々襲って来る可能性は低いだろうが、それは絶対という訳ではない。人目を忍ぶやり方など、魔術師にはいくらでもあるのだ。

 二つ目は、自分を連れている事で彼にあらぬ噂が立つのではないかという不安だ。寺の者たちには仕方なく婚約者だと告げているが、わざわざ自分から目立つような行動を取る必要はない。

 

「どうする。やはりやめておくか?」

 

 戦いの最中である事を鑑みれば、控えておくのが無難なのだろう。しかし彼が手ずから自分を誘ってくれているのだ。断る事などあり得なかった。

 

「何も問題ありません。是非ともお供させていただきますわ」

 

 メディアはすぐさま立ち上がると、外出の支度をするべく自らの部屋へと向かった。

 

 ◇

 

 一時間後、メディアは葛木と共に新都の街並みを歩いていた。

 人前に出る必要があるという事で、サーヴァントである彼女も実体化して彼の少し後ろについている。流石に魔術師のローブを着て行く訳にも行かず、念のためにと前もって用意しておいた外出用の洋服を箪笥の中から引っ張り出していた。

 休日という事もあってか、街中は多くの人々で賑わっていた。時折、いくばくかの通行人がメディアに物珍しげな視線を寄越したが、その殆どが外国人に向けた好奇心であり、放って置いてもさしたる問題はなかった。

 

「あの……宗一郎様。一体どこへ向かわれるのですか?」

 

「もう少し先だ。着けば分かる」

 

 戦いに行く、という訳ではないだろう。自分はともかく葛木は手ぶらだ。戦うのであれば、流石に準備くらいはする。それに人目の多い昼間の街はこちらにとっても身動きが取り辛い事は、彼も十分承知している筈だ。

 だとすれば思い当たるのは日用品の買い出しだが、それなら地元である深山町の方が近い上、わざわざ自分を連れ歩く意味も薄い。

 ならば一体何だろうかと考えながら歩いていると、不意に人混みの中から大きな声が二人を捉えた。

 

「あ、先生!」

 

 明るい口調と共に通行人の合間から妙齢の女性が姿を現す。どこか見覚えのある人懐っこい笑みは、日なたを歩く呑気な猫を連想させた。

 

「やっぱり葛木先生だー! 珍しいですね。先生がこっち(新都)の方まで来るなんて」

 

 嬉しそうに語りかける女に葛木は頷いた。

 

「ええ。確かに奇遇ですね。藤村先生」

 

 言葉からして、彼女はどうやら葛木の同僚らしい。その顔にどことなく見覚えがあったのは、彼の授業を眺めていた時に無意識に見ていたからだろう。

 しかし困った。よりによってこんな時に知り合いと鉢合わせしてしまうとは。

 人の口には戸は立てられない。もし学校関係者にマスターが居れば、彼女を通して自分たちの事を嗅ぎ付けてしまうかもしれない。出かける前に持っていた不安がこんなにも早く実現するとは、メディア自身も全く予想していなかった。

 

「ところで、そちらの方は……?」

 

 鳶色の瞳がメディアを見つめる。口調こそ控えめだったが、その眼は自分と葛木の関係を探ろうと興味津々だ。

 

「わ、私は……」

 

 どうする――こうなったら女の記憶を消して始めから出会わなかった事にするしかないか。

 突然のトラブルに対処しようと素早くメディアが身構える。すると、葛木がそれを右手で制して言った。

 

「彼女は妻です。式や入籍はまだ済ませていませんが、いずれ近い内には、と考えています」

 

「あらーそうなんですか。先生ご結婚なさるんですねー。それはおめでた……って、えええぇぇぇぇぇ!?!??!!?」

 

 女にとっては余程驚きの内容だったのだろう。あんぐりと口を開けたまましばらく茫然としていた彼女だったが、正気を取り戻した途端、こちらが驚くほどの動揺を見せた。

 

「え、あ、あの、えっと……ちょ、ちょっと待って下さい!! だって先生、今の今までそんな話、一回もされなかったじゃないですか!?」

 

 それはそうだろう、とメディアは思った。何しろ自分が葛木と出会ってからまだ一月と経っていないのだ。多くを語らない彼の性格を鑑みても、彼女がそれを知らないのは当然だった。

 

「ええ。聞かれませんでしたから」

 

 さも当たり前のようにきっぱり答えると、腕時計を一瞥した葛木がおもむろに歩みを再開した。

 

「これから家内と食事の予定がありますので、ではこれで。藤村先生もどうか良い休日を過ごして下さい」

 

 そそくさと歩いていく葛木について行きながらメディアが女に向かって小さく一礼する。その姿はまるで本当の夫婦のようにも見えた。

 

「あの! お、おめでとうございまーーす!!!」

 

 歩いていく二人の背中には女からの祝福の声がしばらく響いていた。

 

 ◇

 

 女教師と別れてから僅かな時が経ち、二人は中心街から少し外れたビル群の中に居た。

 葛木が言うには目的地はこのすぐ先にあるらしい。女教師との会話で食事と言っていたことから、行き先は飲食店で間違いなさそうだ。

 しかし美食家でもない彼がわざわざ足を運ぶような店とは、一体どんな所なのだろう。選ぶ基準が味の他にあるとするならば、知り合いが経営しているのか、あるいは何か特別な思い入れがある場所なのだろうか?

 気になることは他にもあったが、今のメディアにとってはそれ以上に気がかりなことが一つあった。

 

「……宗一郎様、あれでよかったのですか?」

 

 メディアの問いに葛木が歩みを止めて振り返った。

 

「何がだ?」

 

「その……ご同僚の方にあのような説明をなさって……」

 

 彼は自分の事を“妻”だと告げた。それは今まであったどんな事よりもメディアの心を暖かくさせたが、同時に何とも言えない不安があった。

 

「問題があったか?」

 

「いえ……」

 

 彼女は首を振った。問題があるとすれば、それは自分ではなく彼の方だった。

 

「ただ、宗一郎様にとって困るような噂を立てられてしまうのではないかと思いまして」

 

 今まで浮いた話一つ聞かなかった男が突然、外国人の妻を連れていたとなれば、当然誰もが話題に上げる。好奇心を刺激する噂は人から人へと伝播していき、いずれ何処かに潜んでいる敵にも知れ渡ってしまうかも知れない。

 

「噂か」

 

 だが葛木の表情はさして変わらなかった。

 

「もし学校内に敵が居れば、厄介な事になるかもしれないな。だが寺の人間も知っている事で今さら嘘をついても仕方あるまい。それに私とお前は運命を共にしている。ならばそれは夫婦と同じ事ではないか?」

 

 ああ――どうしてこの人は自分が心の奥で求めている事を当たり前のように言ってしまうのだろう。

 もし、あの男よりも先に彼と出会っていたのなら、もしかしたら自分は後悔や憎しみなど抱かずに生きられたのかもしれない。

 それが意味の無い世迷言だと分かってはいる。だが仮初めとはいえ、新たな人生を歩んでいる以上、そう思わずにはいられなかった。

 

「……少し急ぐぞ。予定の時間を過ぎてしまっているからな」

 

 そう言って再び歩き出した葛木の背中にメディアは再びついて歩く。

 今やその心は、冬の寒さに負けない暖かみを帯びていた。

 

 ◇

 

 たどり着いた場所は予想通り、雑居ビルの一階に入っているレストランだった。

 看板に書かれた『Theros(テーロス)』という名前は、ギリシャ語で夏を意味しており、そこが故郷をはじめとした地中海地方の料理を出す店だとメディアに教えていた。

 ガラス戸を開けて中に入ると、若い店員が奥から現れて二人を出迎えた。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ地中海の店、テーロスへ」

 

「先ほど予約した葛木ですが」

 

 彼が名を告げると、店員は把握しているという風に頷いた。

 

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 

 案内に従って店の奥にあるテーブル席へと通される。まだ正午前と言うこともあってか、昼食目当ての客はそれほど入っておらず、いくつかのテーブルには空きが目立っていた。

 

「あの、宗一郎様。これは一体……?」

 

 誂えたような状況にメディアが僅かに困惑した。故郷の料理店に葛木と二人で座っている。だが何故?

 注がれた水を向かいで飲んでいた葛木がしばらくしてから言った。

 

「少し前からお前の顔色が悪いのが気になっていた。時代は違うだろうが、故郷の料理だ。食べれば少しは元気が出るだろうと思ったのだ」

 

 奇妙な話だった。人の機微には疎い――というよりも、他人に殆ど興味を示さない彼に、ここまで器用な事をする手腕は無い。とすれば、これは誰かの入れ知恵だろう。彼を兄と慕っている寺の少年か、あるいは他の僧侶たちか。いずれにしろ彼自身の発想ではないだろうと、メディアは思った。

 

「寺の誰かにご相談なされたのですか?」

 

 僅かな間の後、彼が尋ね返した。

 

「……なぜわかった?」

 

 メディアは僅かな笑みを浮かべた。

 

「わかりますよ。だって、宗一郎様にしては出来過ぎなんですもの」

 

 まだ付き合っている時間こそ短いが、彼の人柄については他の人間よりは多少理解しているつもりだ。実直だがとても不器用な性格――そんな彼が自分のためにと懸命に考えたであろう気配りが、メディアにとってはとても温かく、心地よかった。

 

「そうか」

 

 小さく葛木が言った。相変わらずの無表情だったが、メディアには彼が少しだけ微笑んでいるように見えた。

 

「では好きなものを食べるといい。お前が満足するまで私も付き合おう」

 

 ◇

 

 葛木との昼食はまさに至福の一時だった。

 テーブルに運ばれて来た料理は、そのどれもが生まれ育った時代のものとは異なっていたが、それでもどこか懐かしい味がした。

 ゆったりと流れていく時間の中で、メディアはささくれ立っていた自分の神経が次第にほぐれていくのを感じた。それこそ葛木が望んでいる事であり、今の自分に必要な事だった。

 

 提供された幾つかの料理を食べ終えると、最後に一杯のワインが差し出された。店員に尋ねると、予約客に提供しているサービスだと言う。

 ワインを割らずに飲む事には少々抵抗があったが、数千年という長い歴史の中で洗練された味はかつてのそれよりも遥かに美味に感じ、一杯だけのつもりが、いつの間にか二杯、三杯と続いている。

 食事に意味を持たないサーヴァントと言えど、実体化している間は酒精の影響を受けるのか、火照るような心地よい酩酊感が今のメディアを包んでいた。

 

「あの……」

 

 そこまで言葉にして彼女は咄嗟に口を噤んだ。酒で緩んだ心が、己の弱い部分を曝け出そうとしていた。

 

「どうした?」

 

「いえ……何でもありません」

 

 彼には自分の事をもっと知って欲しかった。自分が彼の事を知りたいと思っているのと同じように。だがそれは同時に自分の過去を――醜さを見せる事になる。そんな自分を彼に見せたくはない――矛盾した二つの感情が胸の内でせめぎ合っていた。

 

 しばらくした後、葛木が言った。

 

「何か言いたい事があるのならば、聞こう。それでお前の心が少しでも軽くなるのなら」

 

 彼の見せる無骨な好意は純粋に嬉しかった。それに実のところ、己の過去についてあまり隠す意味はなかった。苦悶に満ちた自分の人生は、神話という最もありふれた物語として既に多くの人間たちに知られているのだから。

 しばらく間を置いてから彼女は意を決して尋ねた。

 

「……これは、ある女の哀れな身の上話なのですが、それでも、聞いていただけますか?」

 

 葛木は無言で頷いた。それは言葉よりも雄弁な返答だった。

 

 酒精が作り出した勢いに乗って、メディアはかつて生きていた己の人生を語った。その昔、英雄を率いて現れた一人の男に恋心を抱き、全てを捧げたこと。後にその男に手酷く裏切られ、見捨てられたこと。最後は故郷に戻る事すら叶わずに朽ちて果てたこと。まるで神に懺悔する敬虔な信者のように、その何もかもを彼に向かって打ち明けていた。

 

 そうしたとりとめの無い過去を、葛木は静かに聞き入っていた。最初に出会った時と同じように無言で耳を傾け、ただひたすらに彼女の吐き出す悲しみを受け止めていた。

 やがて全ての物語を聞き終えた彼は一言、「そうか」とだけ言った。そこには一切の憐憫も悲哀も無かった。河川の流水を海が受け入れるように淡々と全てを飲み込み、それがメディアにとってはひどく心地よかった。

 

 そうして全てを語り終え、二人が店を離れた時には既に時間はすっかり昼を過ぎていた。

 

「今日はありがとうございました。宗一郎様」

 

 葛木の傍らを歩いていたメディアが小さく頭を下げた。全てを吐き出したことで、今や彼女の心はすっかり軽くなっていた。

 

「気晴らしにはなったか?」

 

「ええ。とても」

 

にこり、と彼女は笑みを作った。心の奥から笑ったのは一体いつ以来だろう。

 

「お料理も美味しかったですし、またいつか来てみたいですね」

 

「ああ」彼は頷いた。「お前が望むなら、そうしよう」

 

「……宗一郎様」

 

「なんだ?」

 

 心の中で酩酊を言い訳にしながら彼女が尋ねた。

 

「もう少しだけ、お側に寄ってもよろしいですか?」

 

 彼女の言葉に頷くと、葛木は己の左腕を差し出した。

 

「ありがとうございます」

 

差し出された腕に己のそれを絡め、メディアは再び微笑んだ。

 

「さあ戻りましょう。夜になれば人目があるとは言え、危なくなりますから」



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キャスターは新たな手駒が欲しいようです ①

 

 しんと静まりきった土蔵の中。窓から僅かに差し込んだ月明かりを頼りに、衛宮士郎は日課である魔術の鍛錬に勤しんでいた。

 家から持ち込んだ幾つかの素材の中から、手近にあった角材を掴み取る。杉を切り出して作られたそれは無骨ながらも頑丈で、訓練用に使うには申し分ない。

 使う魔術は『強化』の呪文。義父である衛宮切嗣から教わる事ができた、数少ない魔術の一つだ。

 

「――同調(トレース) 開始(オン)

 

 自らに掛ける暗示と共に、体内で魔術回路を組み立てる――ここではいつも通りだ。後は対象の内部構造を解析し、魔力を正しく流し込めばいい。

 『強化』の魔術はその名の通り、対象が持っている性質を強くする。成功すれば右手の角材は、その硬質さをより一層強める事だろう。

 だがしかし、彼の魔術が正しく成功する事はなかった。

 

「……うわッ!?」

 

 僅かな集中の乱れによって注ぎ込んだ魔力が暴走し、角材を内側から破壊する。微塵に砕けた角材の欠片が、土蔵のあちらこちらに散らばっていく。

 

「くそ……また失敗か……」

 

 小さく呟いた愚痴と共に士郎が木の破片を拾い集める。これもまた、彼にとってはいつも通りの出来事だった。

 

 率直に言って、衛宮士郎は魔術が得意な訳ではない。実戦で成功したごく一部の例外を除き、彼の魔術の殆どは対象の物体を内側から破壊するか、何も起こらないかのどちらかだ。

 とは言え、いつまでもそんな状況に甘んじている訳にはいかない。強化の魔術が実戦で役立つ事は、今までの戦いが証明している。苛烈な聖杯戦争を生き残るためにも、強化の習得は必要不可欠な課題だった。

 

 木片をある程度片づけた後、今度は手ごろな石を右手に握った。次こそ集中を切らさないよう、細心の注意を払いながら再び魔術に打ち込んでいく。

 すると、土蔵の入口から何者かの気配を感じ取った。

 

「――シロウ」

 

 立っていたのは麗しい金髪碧眼の美少女にして士郎が契約したサーヴァント、セイバーであった。

 

「なんだ? セイバー」

 

「いえ、魔術の気配がしたものですから」彼女は魔力に輝いた士郎の右腕を見つめた。「鍛錬ですか?」

 

「ああ。特別な事情がある時以外は毎日やってるからな」

 

「入ってもよろしいですか?」

 

「え? あ、ああ……」

 

 慮外な申し出だったが、別に迷惑という訳ではない。士郎が了承すると、彼女は静かに隣に座った。少女の身体からは年頃の娘特有の甘い香りが漂ってきたが、彼は出来るだけ気にしないことにした。

 

「シロウの得意な魔術は強化だと聞きました」

 

「まあ……得意っていうか、それしかできないんだけどな」

 

 実際はもう一つ使える魔術があるのだが、そちらは強化に比べればあまり戦闘向けではなく、いつ危険が迫ってくるか分からない今はそちらに時間を割いている余裕はなかった。

 

「強化の鍛錬というのは、具体的にはどのようなものなのですか?」

 

「強化っていうのは、単純に物の強度を上げるだけじゃなく、効果を強める事も含めるんだ。この石だとより硬く、あそこにある電球ならより明るくする、とかだな。物の構成材質をイメージして、その中に俺自身の魔力を通して強化するってことなんだ」

 

「なるほど……」

 

 ふむふむ、と興味深そうに頷くセイバー。あまり関わった事のない魔術の話を聞くのが面白いのだろう。

 そんな彼女に僅かでも良いところを見せようと、士郎の中にあった小さな下心が動いた。

 

「まあ、口で説明するよりも実際に見た方が分かりやすいだろうから、これで一回やってみるよ」

 

 そう言うと、士郎は握っていた石を使って強化の魔術を再開した。

 

「――同調 開始」

 

 先ほどと同じように暗示を呟き、自らの中に徐々に集中を作っていく。

 

「――基本骨子、解明。――構成材質、解明」

 

 魔力を通して石の構造を解析し、魔術を通すための筋道を模索していく。物体の構造を把握するのは、彼の数少ない得意分野の一つだ。

 

「――基本骨子、変更。――構成材質、補強……ッ!?」

 

 解析した構造を元に自らの魔力を注いでいく――しかしその段階に入った途端、先程と同じように魔力が再び暴走し、石を内側から砕いてしまった。

 

「はぁ……また失敗だ」真っ二つに割れた石を悔しそうに見つめる士郎。そこには苦々しい顔が浮かんでいた。「実は成功率はかなり低いんだ」

 

 そんな彼に向かってセイバーは首を振った。

 

「いえ、先ほどのシロウは、集中をやや欠いているように感じました。何か心の中に気になるものがあるというか、雑念を含んでいるような……はっきりと言葉にするのは難しいのですが、私は見ていてそんな風に感じました」

 

 彼女の指摘はずばり当たっていた。

 お互いの息が掛かりそうな距離に、誰もが目を惹くであろう美少女が座って居るのだ。そんな中で先程以上に集中しろという方が、健全な男子である士郎にとっては、土台無理な話だった。

 

「い、いや……たとえば、こういう刃物だと上手くいくことが多いんだけど……」

 

 気まずさの中で言葉を紡ぐ彼だったが、それを断ち切るようにセイバーは静かに立ち上がると言った。

 

「やはり私が隣に居ては邪魔ですね。夜も遅いですから、あまり根を詰めないようにしてください」

 

「あ、うん……お休み」

 

 さっと離れていく彼女の背中を茫然とした気持ちで見送りながら、士郎が言葉を返す。

 もう少しだけ居てくれれば、と思わなかったわけではない。だが彼女が隣にいる限り、緊張で鍛錬にならないというのも、また事実だった。

 

「……いかんいかん。集中集中!」

 

 胸に沸いた雑念を振り払うように首を振ると、士郎は魔術の鍛錬を再開した。

 

 ◇

 

 それから幾ばくの時が経った。

 夜は更にその深さを増し、月は空高くまで登り詰めている。凍るような寒さは澄み切った静寂をもたらし、家の中も外も眠ったように音一つ鳴らない。

 

 身を切るような冷たさの中、鍛錬によって集中力と体力を使い果たした士郎は、土蔵の中ですっかり眠りこけていた。

 時折身震いするように身体を揺すったり呻き声を上げたりするが、彼が眠りから覚める様子はない。身体に蓄積した多くの疲労が、寒さを感じる本能をすっかり麻痺させていた。

 

 この様子ならば朝まで目覚めることはないだろう――そう思われた時だった。明かりを得る為に開かれた土蔵の窓から、細い糸のような何かがするりと入り込んできた。

 それはゆらゆらと宙を漂いながら士郎の身体にたどり着くと、まるで意志を持っているかのように彼の両手両足へと独りでに巻き付いていく。

 

 普段の彼ならこの時点で異変に気付き、意識を取り戻していたかも知れない。だが今まで以上に鍛錬に力を入れていた結果、そのための体力すらも使い果たしていた。

 

 最初は腕、次に脚と、順当に身体の動きを掌握した糸は、最後に彼の首筋にがっちり巻き付く。そして細く尖った自分の先端を彼の首の後ろ、脊椎に向かって突き刺した。

 

 神経を直に刺激されたことで、彼の身体がぴくりぴくりと僅かに痙攣する。まるでそれは何かの生物実験のようにも見えた。

 そうしてしばらく身じろぎを続けた後、まるで何かに操られるかのように眠ったままの状態でゆらりと彼の身体が立ち上がった。

 

 そしてふらふらとおぼつかない足取りのまま土蔵を出て行くと、何かに導かれるように街のどこかに向かってゆっくりと歩き出していった。

 

 ◇

 

 アサシンを始末する。

 バーサーカー戦で手痛い裏切りを経験したメディアは、熟考に熟考を重ねた末、ようやくその結論に達した。

 

 いくらあの男(アサシン)が強力無比なサーヴァントであるとは言え、叛逆に出た者をいつまでも生かしておく訳にはいかない。今までは他のサーヴァントに対抗するため仕方なく利用してきたが、それももう限界だ。

 本当なら今すぐにでも取り掛かりたい所だったが、その為にはまず解決しなければならない課題が一つある。

 アサシンに代わる新たな戦力の確保だ。

 

 サーヴァントは七騎全てが召喚されている事から、前回のような新規契約による戦力補充は望めない。とすれば、残る手段は敵マスターから令呪もろともサーヴァントを奪取するか、或いは“もう一つの奥の手”を使う事になるだろう。

 どちらの方法を取るにせよ、そのためには敵のマスターかサーヴァントのどちらかと直接接触しなければならないのが、最大の問題だった。

 

 強力なサーヴァントと契約していて、なおかつ簡単に始末できるマスター――言葉で表現するのは簡単だが、そんな都合のいい存在は普通ならとっくに始末されていてもおかしくない組み合わせだ。

 しかしメディアには一人だけ心当たりがあった。

 

 衛宮士郎――葛木が通う学校の生徒で、セイバーのサーヴァントと契約しているマスターである。

 

 サーヴァントの中でも最優と名高いセイバークラスを使役している事実とは裏腹に、その少年は驚くほどの未熟者で、魔術への耐性は無いに等しかった。加えて戦いの心得も大して無く、狙うにはまさにうってつけの相手だったのだ。

 

 メディアが彼の存在を知ったのは、学校の監視をしていた時だ。偶然にも彼ともう一人のマスターが争っている所を目撃したのが始まりだった。

 まだ年端も行かない子供がマスターとなっている事実に最初は驚いたものだったが、学校関係者にマスターが潜んでいる可能性は十分考慮していたし、何より目的を達成する為に世代を重ねるのが魔術師だ。どんな年齢であろうとも、魔術に携わる者であれば例外など無いのだろう。

 

 そうして衛宮士郎に狙いを定めてから監視を始めること数日。多少の時間はかかったものの、見事に目標が真夜中に一人になる時間を見つけた。

 その日の彼は土蔵の中で魔術の鍛錬を行っていた。物に魔力を通している事から、行っているのは強化系の魔術だろう。苛立たしげな表情と砕け散った雑貨の破片からして、結果は芳しいものとは言えないようだ。

 

 襲う機会を伺うためにしばらく様子を見ていると、土蔵の中に金髪の少女が入ってきた。セイバーのサーヴァントだ。

 一瞬、こちらの監視が気づかれたのかと焦ったが、そうではないようだった。彼女は不用心なマスターの様子を見に来たのだ。

 彼女は僅かな時間そこにいたが、やがてすぐに去っていった。家の中では敵に襲われないと考えているのだろう。甘い見積もりだった。

 

 さらに監視を続けていると、少年はだんだんと睡魔に意識を囚われていき、数十分もする事にはその場でくたりと眠り込んでしまった。

 

 あまりの不用心さにメディアは思わず呆れてしまいそうになったが、敵の不注意は絶好のチャンスであり、目的を達成するためにはこれ以上のタイミングはない。

 都合の良いうちに面倒事は片づけてしまおうと、メディアは早速作業に取り掛かった。

 

 ◇

 

 マダラが“それ”を発見したのは、それが山門に入ってすぐの事だった。

 ぎこちない奇妙な足取りで、一人の少年が山門の階段を登ってくる。歪で不格好なその動きはさながら、糸で吊られた操り人形を連想させた。

 少年の顔には見覚えがあった。ライダーのマスターが先輩と慕っている少年――確か名前は、エミヤシロウだったか。

 警告の為に実体化して近寄るが、少年はこちらを警戒するどころか、反応する素振りすら見せない。仕方なく胸ぐらを掴んで目の前に立たせると、少年の首筋や手足に魔力で編まれた細い糸が巻き付いているのが確認できた。

 

魔力(チャクラ)の糸……傀儡(くぐつ)の術か」

 

 本来それは武装を施した人形を操作するための術で、術者はそれにちなんで“傀儡使い”と呼ばれる。彼らは卓越した操作技術を応用することで、人形だけでなく敵の死体や意識の無い人間をも操る事が出来た。

 おそらく少年を操っているのもそれに類する技術だろう。もっともマダラが故郷の世界で見てきたモノに比べれば、些か見劣りすると言わざるを得なかったが。

 

《その子には手出し無用よ。アサシン》

 

 不意に脳内に聞き覚えのある声が流れてきた。キャスターによる念話だ。

 やはりこの少年は彼女の企みらしい。

 

「この小僧はお前の仕業か。マスター」背後の柳洞寺を一瞥した後、改めてマダラは意識の無い少年の顔に視線を戻した。「わざわざ敵のマスターなんか連れて来て、一体どうするつもりだ?」

 

《そこの坊やには少し用があるのよ。お前はそこで警戒を続けなさい。もし他のサーヴァント――特にセイバーが来た時は、殺さずになるべく時間を稼ぐのよ》

 

「……了解した」

 

 マダラは瞬時にキャスターの意図を理解した。わざわざ意識の無いマスターを捕まえた上、追いかけて来るであろう敵のサーヴァントも殺さない。つまりそれは、二人を自分に代わる新たな戦力として取り込もうという魂胆に他ならなかった。

 

「いよいよ俺もお払い箱か……だが果たしてそう上手く行くかな?」

 

 誰にも聞こえないようにそう呟くと、マダラは少年の瞳を僅かに凝視した後、掴んでいた胸倉を離して静かに見送る。

 

 その顔には底意地の悪い笑みがしっかりと張り付いていた。

 

 ◇

 

 家の入り込んだ奇妙な違和感が、眠っていたセイバーの意識を揺り起こした。

 襖を開けると、隣で寝ている筈の士郎の姿が見当たらない。普段ならとっくに眠りについている時間にも関わらず、そこには何の形跡も無かった。

 

 胸騒ぎがする――生まれ持った天性の勘が、いち早く彼女に不穏の到来を告げていた。

 

 縁側から庭に出て土蔵に向かう。士郎が鍛錬を続けているとしたら、まだそこにいるはずだ。

 少女の手が冷え切った鉄扉を勢いよく開ける。しかし土蔵の中に主人の姿はなく、代わりに細い糸のような物がそこら中に張り巡らされていた。

 

「これは……」

 

 警戒しながら調べてみると、それは魔力を寄り合わせて作られた糸だとわかった。一見簡素な魔術に見えるが、使われている技術はきわめて高く、魔術師として未熟な自分のマスターが到底作れるような代物では無い。

 

 つまり、彼はまんまと敵の術中に嵌まったという事だ。

 

「シロウ……!!」

 

 セイバーは素早く甲冑を身につけると、糸を辿って家を飛び出した。

 

 油断していた。まさか敵が結界を張った敷地の中までこうも易々と侵入してくるとは。

 こんな事ならば、自分が隣で寝ずの番をしていれば良かったのだ。それを主の好意に甘えてしまったばかりに、不覚を取ってしまうなど!

 

 言いようのない自己嫌悪と無力感がセイバーの心を苛んだが、今はそれどころではなかった。全てが手遅れになる前に主を敵の陣地から取り返さなければならない。

 

 疾風もかくやという速度でセイバーは冬木の街をひた走る。己の危機を省みずに駆けていくその姿は、まさに現代に蘇った騎士に違いなかった。

 

 ◇

 

 無事に獲物を境内まで引き込み終えたメディアは、逸る心を抑えながら慎重に自室を出た。

 月光が照らす敷地の中央では、セイバーのマスターである少年が虚ろな表情で一人立ち尽くしている。掛けられた術は未だ解けておらず、その意識は今も失われたままだ。

 

 まさかこんなにもあっさり成功するとは。

 

 少年の無防備さに少々呆れながらも、メディアは一人ほくそ笑んだ。

 いくら彼女が神代の魔術師とはいえ、厳重に張り巡らされた結界を潜り抜けて敵を捕らえる事は決して容易な作業ではない。今回は敵に魔術の心得がなく、油断しきっていたという事が幸いしたに他ならない。

 

 ともあれ、一番の問題点だったマスターの拉致には成功した。後は少年の左手に宿っている令呪を引き剥がし、葛木の身体に移植すればいい。そうすれば彼が契約していたセイバーは晴れてこちらの手駒となり、あの厄介なアサシンも心置きなく排除できる。

 

 嬉々としながらメディアが少年の手に触れると、その身体の内側から僅かな違和感を感じた。

 一瞬、操作の術が解けたのかと警戒したが、どうやらそういうわけではないらしい。

 よくよく調べてみると、少年の体内には彼本来の魔術回路とは別に、何か不思議な力の源がある事が分かった。

 

 ひょっとしたら何かの魔術礼装だろうか?

 

 メディアは一瞬、それをどうするべきか悩んだ。

 可能性は低いだろうが、もしそれが罠のような代物だとしたら、放置しておけば厄介なことになるかも知れない。気の回し過ぎかも知れないが、ここは安全を取って処理した方がいいだろう。

 

 そう思ったメディアが少年の肉体に干渉しようとした時、彼が僅かにうめき声を上げ、驚いた彼女が咄嗟に彼の顔を覗き込んだ。

 

 その時だった。

 先ほどまで鳶色だった少年の瞳が突然、深紅色に変化したかと思うと、メディアの視界と精神を凄まじい衝撃と幻が覆い尽くしたのだった。

 

 ◇

 

 ばしっ、と揺られたような衝撃と共に士郎は意識を取り戻した。

 突然蘇った視界には、呻きながら苦しむ女性が一人。そして周囲には見覚えのある風景が広がっていた。

 

「ここは柳洞寺……? それにこれは一体……?」

 

 突然の状況に理解が追いつけないまま呆然と立ち尽くしていると、目の前の女が悪罵と共に睨みつけてきた。

 

「……やられたわ。まさかこの私が不意打ちを貰うなんて」怒りで歪んだ女の口から怨嗟が漏れる。フードの奥から覗かせた顔は、屈辱の炎で燃えていた。「半人前のマスターだと思って甘く見たのが間違いだったようね」

 

「お前、サーヴァントか!!」

 

 ようやく状況を飲み込んだ士郎は急いで女から距離を取る。何度か実戦を乗り越えてきたからか、突然の危機にも関わらず、自然と身体が反応するようになっていた。

 

「ええそうよ。はじめまして、セイバーのマスターさん。私はキャスター。ごらんの通り、魔術師のサーヴァントよ」

 

 その名は士郎も知っていた。街の無関係な人間から生命力を奪い取り、自身の魔力に変換している悪辣なサーヴァントが居ると、同盟相手が教えてくれたからだ。

 

「俺をどうするつもりだ!」

 

「あなた自身に用はないの。用があるのはその左腕に刻まれてる令呪。率直に言うと、あなたが契約してるサーヴァントが欲しいのよ」

 

「誰がお前なんかに!」

 

「あなたの意見なんてどうでもいいわ。最初は痛くないよう優しく剥がしてあげるつもりだったけれど、こうなったらその手足を引きちぎってからゆっくり貰ってあげる」

 

 その言葉を合図にキャスターは虚空から杖を取り出すと、鋭く尖った先端を士郎に差し向けた。

 決して生かして帰さないと言う明確な殺意の証だった。

 

 ◇

 

 糸を辿ったセイバーは円蔵山の麓まで来ていた。

 術は山の頂上から発せられており、そこが敵の本拠地なのは明らかだ。

 その証拠に、通り道である石階段以外にはサーヴァント除けの結界が張られている。

 ここを進むとなると、敵の罠に向かって真っ直ぐ飛び込んでいく格好になる。正面突破と言えば聞こえは良いが、これではまるで死にに行くようなものだ。

 とは言え、ここで手を拱いていれば、いずれマスターは殺されてしまうだろう。厳しい道のりだが、ここは無理をしてでも前に進むしかない。

 

「シロウ……」

 

 セイバーは覚悟を決めると、階段を一直線に駆け上がった。

 石段を疾風のようなスピードで登り切り、踊り場を突っ切って頂上を目指す。

 すると、山門の頂上に一人の人間が立ちはだかっているのが見えた。

 セイバーは足を止めた。それは敵以外の何者でもなかった。

 

「……貴様、何者だ」

 

 彼女が尋ねると、月明かりに照らされた朱鎧の男は堂々と名乗りを上げた。

 

「アサシンのサーヴァント。うちはマダラだ」

 




 すみません。今回は少し短めです。


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キャスターは新たな手駒が欲しいようです ②

 ふわりとキャスターの身体が浮かび上がった。重力に逆らうように徐々に高度を上げていくと、五メートルほどの高さで停止する。

 続いて周囲の空間が歪曲したかと思うと、禍々しい色の球体がいくつも姿を現した。

 

「……まずい!」

 

 危険を察知した士郎が慌てて後ろに飛び退く。予想通り、一瞬前まで立っていた場所からは凄まじい炸裂音が鳴り響き、石畳には円形状のクレーターがぽっかりと穿たれていた。

 

 嘘だろ!?――冗談みたいな火力に背筋が凍る。もし今の攻撃が当たっていたら、確実に身体が吹き飛んでいた。

 

 慌てふためく士郎を前にキャスターがくすくす笑みを浮かべる。「あら、よくかわしたわね。でも次はどうかしら?」

 

 言葉通りに第二、第三の弾丸が自分に向かって飛んで来る。人体など容易に消し飛ばしてしまう代物が、束になって襲ってくる。

 

 大急ぎで境内を走り出す士郎――狙いを絞られないよう蛇行気味に走りながら、出口である山門の方を目指していく。

 

 走っている間も背後から爆発音が次々と耳をつんざき、砕けた破片が身体に当たる。少しでも足を止めれば、砕けるのが石畳ではなく自分の身体になるのだと思い知らされる。

 

 何度も何度も境内を迂回しながら、山門まであと十歩という所まで近づいく。ここを潜れば、あとは階段を下りて街まで逃げおおせるだけだ。

 そう思った矢先、前方の石畳を弾丸が次々と貫き、凄まじい土煙が眼前で巻き上がった。

 

 爆風の壁――破片と煙で視界を塞ぎつつ、こちらの前進を防ぐ目論見。

 振り返れば、既に背後から二発の弾丸が迫って来ている。当たればもちろん命はない。

 

 どうする。進路も退路も塞がれた。残った時間はいくらもない。このまま立ち止まっていれば、待っているのは死だけだ。

 

 いいやそれはだめだ――心の内にある何かが、その結末を否定する。

 

 自分にはまだセイバーが、遠坂が、桜が居る。そして何より、まだ“正義の味方”という自身の夢を追いきれていない。

 だからまだ死ぬわけにはいかない。考えろ。この状況を打開する手段を考え、今すぐここで実行するのだ。

 

「……同調、開始!!」

 

 そして咄嗟に思いついた一手――魔力を使った自身の強化。

 少しでもコントロールが狂えば脚を丸ごと失いかねない荒業中の荒業。恐怖と不安に駆られながら、全神経を両足に集中させていく。

 

「構成材質……補強……!」

 

 半ば祈りながら呪文を呟き、全速力で魔力を通す。万が一ここでしくじれば、もはや打つ手は残されていない。

 生成された青緑色の燐光が徐々に両足を包み込む。魔性の力が筋繊維に活力を送り込み、その働きを増強させる。

 その間にも弾丸はどんどん距離を詰めている。士郎の肉体が砕けるまで残り一秒もない。

 

 ついに弾丸があと数センチの所まで迫る――そこまで来た時、士郎の身体が、煙のようにいきなり消えた。

 

「な!?」

 

 突然の事態にキャスターの笑みが驚きに変わった。まるで信じられないと言わんばかりに慌てて周囲を見回す。

 本殿、倉庫、別宅と、身を潜められそうな場所に次々と視界を巡らせていく。

 しかし士郎の姿はどこにも見えず――どこに隠れているのか皆目分からず。

 

「……いいわ。それなら自分から出たくなるようにしてあげる」

 

 苛立ったキャスターが境内の中央へと移動する。続いて魔力弾を大量に生成すると、眼下の大地に向かってそれらを無差別に放射し始めた。

 

 鳴り響く轟音、爆音、破砕音――爆弾そっくりの威力を持った魔力弾が建物や境内を次々に破壊し、周囲を瓦礫の山へと変えていく。

 

 最初の爆撃によって厳かな造りだった寺の屋根が半分に砕け、屋根瓦と一緒に吹っ飛んだ。

 続けて雅な風景を形作っていた本殿が、爆風の煽りを受けてズタズタに壊れる。

 最後に直撃を受けた仏像が、戦争では人はこうやって死ぬのだとばかりに五体を散らせて塵となる。

 

 そうしてたっぷりと蹂躙された寺院――美しかった木造の建物はほとんどが木片の山となり、境内の石畳はすっかり剥がれて下の地面が露出している。

 しかしそれでもなお士郎の姿は見つからない。まるで本当に消えてしまったかのように、影も形も見当たらなかった。

 

 しばらく上空から辺りの様子を眺めていたキャスターが高度を下げた。朦々と舞い上がる土煙で、空からでは何も見えないせいだ。

 

 重力や慣性など一切感じさせないゆったりとした着地――睨みつけるような視線で周囲を探し回る。

 不意に横合いから何かが動いた。杖の先端を向けながらキャスターが素早く振り返る。

 

 視線の先は誰もいない瓦礫の山だった。重なり合った寺院の残骸が、バランスを崩して音を立てただけだった。

 敵ではないと分かった事でキャスターが杖を下ろし、安堵の息と共に僅かに警戒を緩ませる。

 そしてそれを待っていたかのように、彼女の背後にあった残骸の影から、猛烈な勢いで何かがぶつかってきた。

 

 ドカン!という凄まじい音と共に女の身体が突き飛ばされ、壁や柱で形成された廃材の山へと突っ込んでいく。

 

 速度に物を言わせた、士郎渾身のショルダータックル――宙に浮かぶキャスターの視界を逃れるべく、寺の床下に身を潜ませながら、ずっと反撃の機会を窺っていた。

 

 キャスターが突っ込んだ事で山が崩れ、残骸が敵の身体を押し潰す。サーヴァント故に死にはしないだろうが、しばらく身動きが取れないだろう。

 

「よし……今なら……」

 

 強烈な一撃を見舞った所で、改めて士郎が山門に向かって歩いていく。

 ふらふらと覚束ない足取り――敵に打撃を与えたものの、空爆の中ずっと建物の下に隠れていたせいで破片を幾つも浴び、全身傷だらけに。もはや身体が動くだけでも奇跡と言える状態。

 よろめきながらも段々と出口へ近づいていく。今度こそ完全な脱出を試みる。

 だが、それは甘い計算だった。

 

「う、うわッ!?」

 

 踏み出した彼の足下に突然、細い何かが絡みついた。まるで誰かにいきなり足を引っ張られたような感覚だ。

 バランスを崩して前のめりに倒れ込む。異変が起きた足下を見ると、ここに来た時と同じように、青く光る糸が巻き付けられていた。

 

 同時に背後から声。怒りが滲んだ女のもの。「……惜しかったわね。あともう少しで逃げられたのに」

 

 廃墟の中からキャスターがゆっくりと歩み寄る――破片を被って出来た傷や汚れを魔術で修復しながら、こちらに向かって悠然と近づいて来る。

 

 すぐさま起き上がろうとする士郎。しかしそれを封じるように両足に続いて両手も糸によって巻き取られてしまう。

 地面を這いずる彼の前に、とうとうキャスターが辿り着く。そして足下に転がった少年の脇腹を、そのまま思い切り蹴り上げた。

 

「ぐあッ!?」

 

 ぐぐもった悲鳴。防ごうにも肝心の手足を封じられているため、不格好に体を折り曲げる事しかできず。

 その間にも何度も何度も蹴りを見舞うキャスター。無抵抗のまま転がる士郎を徹底的にいたぶっていく。

 勢いの乗った女の爪先が少年の脇腹を蹴り上げ、肋骨に衝撃を響かせた。もはやそれだけで殺さんばかりの勢い。

 

 腹筋に力を入れる事で何とか痛みに耐える士郎。だがそれでも度重なる暴力の前には徐々に意識が遠のいていく。

 すっかり息が上がってしまう程の蹴りを見舞った所で、ようやくキャスターの足が引っ込んだ。そして代わりに左手で糸を操ると、士郎の身体を無理矢理立たせた。

 

「……さて。散々手こずらせてくれたけれど、言い残す事はあるかしら?」冷え切った声。容赦など微塵も感じさせない殺意の口調。

 

 何度も咳込みながら士郎が吼えた。「……悪いが、お前と話すことは何もない」

 

 本当は罵声の一つでも吐きかけてやりたい気分だったが、腹に食らった度重なる暴行によって、今は声を出すだけで精一杯となっていた。

 

「そう。それじゃ最後もたっぷり苦しんで、私を楽しませて頂戴」

 

 冷徹な宣告と共にトドメとばかりにキャスターが士郎に向かって右手の杖をかざす。

 すると突然、上空から銀色の閃光が幾重にも降り注ぎ、二人が立っている場所を凄まじい勢いで貫いたのだった。

 

 ◇

 

「……貴様、どういうつもりだ?」

 

 セイバーは困惑した。先に尋ねたのは自分の方だったが、まさかクラスだけでなく真名まで告げられるとは思わなかったからだ。

 高名な英雄であればあるほど、その逸話の中には己にとっての弱点や対処法が含まれている場合が多い。だからこそ、サーヴァントとなった者は自らの名前や経歴を隠匿し、互いにクラス名で呼び合うのが定石なのだ。

 

 だがこの男は違った。そんなことなど関係無いとばかりに堂々と名乗りを上げたのだ。

 どういう意図でそうしたのかは分からないが、自らの腕前に絶対の自信を持っているという事だけはすぐに察する事が出来た。

 

「どうした。折角答えてやったんだ。お前もクラスぐらいは名乗ったらどうだ?」

 

 相手が真名まで口にした以上、こちらも相応に名乗り返さなければならない。それが自分の有利を捨てる行為であると分かっていても、騎士としての誇りと矜持が、セイバーにそれを強いていた。

 

「……これは失礼した。我が名はアルトリア・ペンドラゴン。ブリテン国の王にして、セイバーのクラスを預かる者だ」

 

「セイバーか」にやり、とアサシンが口端を歪める。その表情はいかにも楽しげだ。「三騎士とやり合うのはお前で二人目だ。槍の小僧はまあまあだったが、果たしてお前はどうかな?」

 

 挑戦的な言葉を放たれると同時に、彼の背後から凄まじい爆発音が鳴り響いた。

 巨大な衝撃が大地を揺るがし、爆風が周囲の木の葉を吹き揺らす。それは明らかにサーヴァントの戦闘によるものだった。

 

「上は上で面白い事になっているな」

 

 主人(マスター)の事が心配ではないのか、まるで他人事のようにアサシンが言い放つ。

 だがセイバーにとってはもはや気が気ではなかった。

 

「……悪いがこちらは先を急いでいる。早々に決着をつけさせて貰うぞ。アサシン!」

 

 言うや否や、疾風のように走り出したセイバーがアサシンに向かって一気に距離を詰めた。

 右手で振りかぶった素速い何か――宝具(風王結界)によって不可視となった愛用の長剣。

 それを袈裟懸けの軌道でアサシンへと繰り出す。当たれば間違いなく真っ二つになりうる一撃。

 見えない剣筋が男に迫る。だがそれは目標を両断する遙か手前で、唐突に止まった。

 

「ッ!?」

 

 いつの間にかアサシンの右手に握られているもの――瓢箪型の大きな団扇。

 襲いかかる剣をそれで防いだのだと遅れて知った。

 続いて自分の顔めがけて長い何かが飛んで来る。反撃の回し蹴り。

 咄嗟に首を振って回避――男の爪先がセイバーの顔面をかすめていく。

 

 体勢を戻す勢いを利用してもう一度右から剣を振るう。しかしそれも僅かに下がる事であっさりと躱された。

 更に続く一撃を出そうとしたところで、アサシンが手に持っていた大団扇を、セイバーに向かって思い切り扇いだ。

 前方から凄まじい暴風が吹き荒れ、少女の身体が夜の空へと吹き飛ばされる。

 

 最初は煽られるまま宙を漂うセイバーだったが、やがて空中でうまく姿勢を整えると、そのまま最初に立っていた踊り場の石畳に着地した。

 

 間違いない。敵はこちらの武器がはっきりと見えている。

 

 いくら勇猛果敢な英雄でも、間合いも形状も分からない武器を前にして余裕を保てる訳がない。

 にも関わらず、彼はまるでこちらの得物が何なのか分かっているかのように攻撃を防ぎ、最小限の動きで剣をかわした。

 だとしたら可能性はただ一つ――敵には宝具を無効化する何かがあるという事だ。

 

「生憎と俺にその手の小細工は通用しない。ここを通りたいのなら、本気を出す事だな」

 

 彼女の推測を証明するかのようにアサシンがそう告げると、余裕たっぷりに大団扇を構える。

 

 この戦い、すぐには終わりそうにない。

 セイバーは剣を構え直すと、改めて目の前の強敵を見据えた。

 

 ◇

 

 キャスターと士郎の間に降り注いだのは、数える事すら億劫になる程の大量の矢だった。

 それもただの矢ではない。一本一本が強力な魔力を帯びた、文字通り、魔性の矢だ。

 こんなものを何本も放つことが出来る者など、この聖杯戦争においては一人しか存在しない。

 

「――とっくに死んだものと思っていたが、存外に粘ったな。小僧」

 

 半壊した寺院の屋根から若い男の声が聞こえた。赤い外套と黒い鎧。そして右手に構えた黒い洋弓。それが男の正体をはっきりと表していた。

 

「お前は、アーチャー!!」

 

「アーチャーですって!?」予想外の乱入者にキャスターが驚きの声を上げる。「どうしてあなたがここに!? アサシンは一体なにをしているの!!」

 

「アサシンなら下でセイバーの相手をしている最中だ。あの男、何者かは知らないが、セイバーを押し留めるだけの実力はあるらしい。随分と頼もしい味方を引き入れたものじゃないか。キャスター?」

 

 セイバーがここに?

 アーチャーはいま確かにこう言った。『アサシンはセイバーの相手をしている所だ』と。

 つまりそれは、自分が捕まった事を知った彼女がすぐそこまで助けに来ているということだ。

 助かるかもしれない――士郎はこの厳しい状況の中に僅かな希望を見出した。

 

「味方? あれはただの手駒よ。それに貴方を止められないようでは、役立たずもいいところだわ」

 

 一方、アーチャーの放つ皮肉をさもおかしいとばかりにキャスターが鼻で笑う。

 

「“手駒”だと?」

 

 その言葉を聞いたアーチャーが僅かに眉根を寄せ、ついで怒りの表情へと変わった。

 

「まさか貴様、ルールを破ったのか!」

 

「あら? 魔術師である私がサーヴァントを呼び出して、何の不都合があるのかしら?」

 

「ルール……? 一体どういうことだ?」

 

 と、二人の話についていけない士郎が口を挟んだ。

 

「どうもこうもない。この女は、サーヴァントの身でありながら自らサーヴァントを呼び出したという事だ」

 

 彼の質問に答えたアーチャーが、鋭い視線でキャスターを睨む。

 

「真っ当なマスターに呼び出されなかったあの門番(アサシン)は、おそらく本来のアサシンではない。手駒となるサーヴァントを召還して守りを固め、自分は安全な場所から魔力と情報を集める……なるほど盤石の布陣だな。しかしキャスター、それは君の独断ではないのかね?」

 

「一体何を根拠があってそんな事を?」

 

「いくら契約したサーヴァントとは言え、自分よりも格上の魔術師を自由にさせておくとは考えづらい。普通の魔術師なら、魔力供給を制限したり、令呪で命令を守らせたりするのがセオリーだ。だというのに、君は自分だけのサーヴァントを召還し、更には他のサーヴァントまで奪い取ろうとしている。そんなことを許す時点で、マスターはとっくに操られているだろうと見当はつくさ」

 

「私が手を尽くしているのは、単に今後を考えての事よ。聖杯戦争に勝つのは、あくまで過程に過ぎないわ」

 

「ほう? 我々を倒す事など容易いと?」強気な彼女の物言いを、今度はアーチャーが鼻で笑った。「逃げ回るだけが取り柄の魔女が、随分と吠えるじゃないか」

 

 “魔女”という言葉を聞いた途端、キャスターの視線が急に鋭くなった。先ほど以上の強い殺意が、瞳の中に渦巻いていく。

 

「……ええ。ここでなら、私にかすり傷一つ負わせることはできない。私を魔女と呼んだ事、後悔させてあげるわ」

 

「かすり傷一つ、と言ったな」

 

 女の殺意に触発されたのか、アーチャーの双眸にも闘志が漲る。

 

「では一撃だけ。それで無理なら、後はセイバーに任せよう」

 

 瞬間、アーチャーが走り出したかと思うと、虚空から取り出した二本の短剣でキャスターの身体を切り裂いた。

 黒白の刃に両断された女の肉体が、どさりと大地へくずおれる。

 

「…………」

 

 倒れた敵の死体をじっと見つめるアーチャー。しかしその表情は納得とはほど遠い。むしろ仕損じたと言わんばかりの顔だ。

 そしてそれを肯定するかのように、倒れたキャスターの身体が幻のように揺らぐと、そのまま夜闇の中に溶けて消えた。

 

「残念ね。アーチャー」

 

 上空から声が聞こえた。それはたった今アーチャーが倒した女のものだった。

 声につられた士郎が上を見る。するとそこには、斬り捨てられた事など最初からなかったように悠然と佇むキャスターの姿があった。

 

「空間転移か固有時制御か……いずれにしろ、ここでなら魔法の真似事も可能という事か。いや見直したよキャスター。流石に大口を叩くだけのことはある」

 

「私は見損なったわアーチャー。使えるかと思って試してみたけれど、これではあの男(アサシン)以下ね」

 

 皮肉を混ぜたキャスターの言葉と共に魔力の塊が再び周囲に出現し、アーチャーに向かって一斉に狙いを定める。

 

「耳が痛いな。二度目があるなら、もう少し気を利かせるとしよう」

 

 彼がそう答えた直後、士郎が受けた時以上の凄まじい爆発が、アーチャーの立っていた場所で巻き起こった。

 

「チッ……!! 女狐め、余程魔力を貯め込んだな!」

 

 横っ飛びで初撃をかわしたアーチャーの舌打ち――予想をはるかに上回る敵の火力に眉を顰めながらも、素速い身のこなしで続く攻撃を次々と避けていく。

 回避、爆発、回避、爆発、爆発、爆発、爆発――士郎が味わった攻撃が空爆ならば、今度の攻撃はさながら艦砲射撃だ。動くもの全てを爆撃と炎で薙ぎ払い、ただただ敵を殲滅する攻撃。

 空爆によって半壊していた境内がさらに無惨な姿になる。もはや元の施設が何だったかすら分からない程に破壊されていく。

 

「逃げられると思って?」

 

 アーチャーに向かって怒濤の砲撃を放っていたキャスターだったが、不意にその視線が士郎の方にも向けられた。

 

「……やっべ!!」

 

 自分もしっかり標的に数えられている事を悟った士郎ーー腹部の痛みも忘れてその場を急いで離脱する。

 境内を再び走り出した次の瞬間、目も眩むような大爆発が彼のすぐそばで巻き起こった。

 

 爆風に煽られて背中が浮き上がり、瓦礫だらけの地面を転がる。もう何度目とも知れない転倒に、いい加減にしろという気持ちすら湧いてくる。

 それでもどうにか痛みを堪えて起き上がると、今度は誰かに思い切り身体を掴まれた。

 驚きと共に脇を見やると、そこには呆れと怒りをない交ぜにした顔のアーチャーが居た。

 

「な、離せこの馬鹿!!」

 

 お荷物扱いされるだけでも屈辱だったが、それがこの男だという事実が士郎の怒りに拍車をかけた。

 

「やかましい! 戦場のど真ん中で傍観を決め込む奴が居るか。この間抜け!」

 

 アーチャーの鋭い一喝――さっきまで棒立ちだった士郎への罵倒。

 痛いところを突かれた士郎が思わず呻く。未だに戦いの心構えが足りないのだと思い知らされる。

 言い合っている間も上空からの砲撃は続いている――徐々に回避出来る場所が少なくなっていく。

 ふと、視界の端に山門を見つけた士郎が言った。

 

「いい加減離せ! これくらい一人で何とかする!」

 

 何の根拠もない強がりだったが、それでもこの気に食わない男にお荷物扱いされ続けるよりかはマシだった。

 

「そうか」

 

 彼の言葉に頷いたアーチャーが士郎の身体を手から離すと、そのまま出口の方に向かって思い切り蹴り飛ばした。

 壊れきった境内の床を士郎の身体が再び転がる。更に打ち身と擦り傷が身体中に出来上がる。

 

「くそ……あの野郎……!!」

 

 放出と呼ぶにはあまりにも雑過ぎるそれに文句を言おうとした士郎が起き上がってアーチャーの方を向く。

 するとその上空には、今までの攻撃など比較にならないレベルの魔力を収束させたキャスターが居た。

 

「これで終わりよアーチャー。どこの英雄だったかは知らないけれど、そこの坊や共々、塵一つ残さず消滅させてあげる」

 

 死刑宣告と共に極大の魔力が放たれる――真昼のような死の光が、士郎とアーチャーを包み込む。

 これは流石に無理だ。

 今なら分かる。さっきまで自分が生きていたのは敵が手加減していたからだ。令呪を奪うために最低限の肉体は残しておく必要があったからだ。

 だが今となっては違う。完全に消し去ると決意したサーヴァントの前には、自分のちっぽけな力など何の役にも立ちはしない。

 ただこうして最後の時を待つばかりだ。

 英霊が持つ圧倒的な力の差に死を覚悟した士郎だったが、同じ運命を辿る事になった眼前の男が何かを呟くのが聞こえた。

 

「――I am the bone of my sword……」

 

 意味不明な呪文。どういう意味があるのかはまるで分からなかったが、それが彼にって重要な言葉であるという事はすぐに理解できた。

 そして次の瞬間、二人の目の前に巨大な何かが姿を現した。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!」

 

 眩い光と共に現出した桃色の花弁――破滅の光を阻む七枚の盾。

 それらは互いの力を削り合うと、虚無を残して消えていく。

 そして全ての花弁が消滅すると同時に、キャスターの放った砲撃魔術もまた、その力を使い果たしていた。

 

「そんな……弓兵が盾ですって!?」

 

 衝撃の事実に瞠目するキャスター。無理もない。いくら戦闘に優れた三騎士クラスとは言え、まさか弓兵(アーチャー)の彼が盾の宝具を持っているなどと、誰が予想するだろうか?

 加えてそれは、見知らぬ相手が持っている筈のない物なのだから。

 

「それにアイアスの盾だなんて……そんな事あるわけが……!!!」

 

 そこへ更なる衝撃。

 いつの間にか投げられていたアーチャーの短刀がキャスターの左右から襲いかかり、その身体に深々と突き刺さった。

 刃を生やした女が苦悶の声を上げながら、重力に引かれて落下していく。

 己の有利を信じ切った者による、これ以上ない敗北だった。

 

 ◇

 

 山門下で繰り広げられる戦い――静かなる激闘。

 幾度となく繰り返される剣戟、格闘、読み合いの数々。しかしその全てにおいてセイバーが敵を突破する事は叶わず。山門に上がることが出来ず。

 

「いい加減、宝具の一つでも出したらどうだ?」

 

 セイバーが放つ暴風のような攻撃をつまらなそうに捌きながらアサシンが言った。まるで退屈だと言わんばかりの口調だ。

 襲いかかる見えない剣を、盾代わりの団扇が受け止める。刃よりも更に近い距離に身体を近づけていく。

 そして襲いかかる手足――変幻自在な軌道で飛んでくる格闘。

 守りのために振るった刃をあっさり抜けてセイバーの顔に、手足に、腹部に適切な打撃を与えてくる。

 あまりにも鮮やかな手並みに、腹立たしさより先に感心すら覚える――実に厄介で面倒極まりない相手。

 

「く……」

 

 どうしようもないジリ貧の状況に、思わずセイバーが歯噛みする。

 

 確かに宝具を使えばこの男は倒せるかもしれない。だがその後、疲弊しきった自分が無事に士郎を助けられるという保証はどこにもない。

 それにもし、ここで自分が宝具を放てば、上階に居るであろう士郎にも大きな被害が出てしまう。

 出したくても出せない。出したら全てが終わるかもしれないという微妙な状況に、彼女はどうしていいか分からなくなっていた。

 

「後ろが気になって出せないのか」そんなセイバーの苦悩を見透かしたようにアサシンが言う。「ならば出したくなるようにしてやろう」

 

 途端、彼の身体を青い燐光が包み込む――光の中から巨大な右腕が姿を現す。

 そして手に持った数珠繋がりの何かを振りかぶると、それをセイバーに向かって勢いよく投げつけた。

 

 凄まじい速度で飛来した物体――とてつもない規模の魔力の塊。

 宝具にも匹敵する魔力量の攻撃を、まるで挨拶でもするような気軽さで飛ばしてきた。

 狭い階段では回避が出来ず、咄嗟に剣で弾いて軌道を逸らす。明後日の方向に飛んでいったそれは階段脇の木々をなぎ倒すと、地響きと共に緑を滅茶苦茶に破壊した。

 

 ここに来て敵の新たな攻撃――遠中距離は危険だと思い知らされる。

 そうしている間にも再びアサシンが右手を振るう。新たな塊を投げつけてくる。

 

 今度は防御ではなく回避を選んだ。

 

 魔力放出を使った一点突破。自身の魔力を燃料にした高速移動によって一気に距離を詰めていく。

 投擲された塊の脇を強引にすり抜け、速度任せの突きを見舞う。

 

 硬質な音色――右手の他に現れた巨大な肋骨が、長剣の切っ先を押し留めている。

 続いて衝撃――いつの間にか現れた青い光の左腕が、横合いからセイバーを思い切り殴りつけた。

 叩きつけられ、階段を転がり落ちるセイバー。頭に受けた衝撃でふらつきながらもどうにか起き上がる。

 

 この敵は全ての距離において隙がない。おまけに防御も堅牢で、生半可な攻撃では全く歯が立たないと来ている。

 

 だとしたら、もう打つ手は宝具しかない。

 

 覚悟を決めたセイバーが再び剣を構えた。全神経を次の一撃へと集中させていく。

 アサシンが再び魔力の塊を投げつけた。今度は右手一本だけでなく左手も使った同時攻撃で、セイバーの逃げ道を塞ぎにかかる。

 

 彼女の判断は早かった。僅かに早く飛んできた右側の攻撃を剣をぶつけて横にずらすと、生まれた隙間に自分の身体を潜り込ませる。

 

 再び魔力での高速移動――数秒とたたずに敵が目の前まで迫ってくる。

攻撃の間合いに入るまでもうすぐだ。

 とは言え、今のままでは敵に被害は与えられない。単純な斬撃では敵の防御を突破できない。

 向こうもきっとそう思っているだろう――だからこそ、この宝具は有効なのだ。

 

 接近したセイバーに向かって青い両手が伸びて来る。再び追い返そうと拳が迫る。

 不意に訪れた直感――噴射する方向を強引に変え、敵の右側面へと回り込む。

 敵は顔の右側を前髪で隠していた。この状態では、顔全体を右側に向けなければこちらは見えない。

 

 予想通り、一瞬だけ敵の反応が遅れる。攻撃を打ち込むだけの隙が生まれる。

 

風王(ストライク)――」

 

 解き放つべき宝具の名前を口にする――刃に纏っていた大気が解放され、烈風となって吹き荒れる。

 後はそれを敵に向かってぶつけるだけだ。

 

「――鉄槌(エア)ッ!!」

 

 そうしてセイバーが剣を振るうと同時に膨大な大気が二人の目の前に現出し、アサシンの身体を青い光もろとも山門の上空に向かって思い切り吹き飛ばしたのだった。

 

 ◇

 

「ア、アーチャー……な、なぜ……とどめを刺さないのです……」

 

 血塗れ姿で這い蹲るキャスターが疑問の声を上げた。先ほどの士郎と立場を入れ替えたかのような姿は、勝ち誇っていた数分前に比べれば、哀れに思えるほどのみすぼらしさだ。

 息の根を止めるならば今しかない。

 敵を倒す絶好の機会にも関わらず、つまらなそうな顔を浮かべたままのアーチャーが言った。

 

「試すのは一撃だけと言ったからな。今のは身を守るために応戦したに過ぎない。とどめを刺すつもりなど、最初からないさ」

 

「お、おい!」

 

 さすがの士郎も非難の声を上げる。敵に致命傷を与えておいてわざわざ見逃すなど、普通に考えればあり得ない選択だった。

 彼の発言にしばらく呆気にとられていたキャスターだったが、魔術で身体の傷を修復すると立ち上がり、面白いとばかりに言い放った。

 

「あっはっは! そう。ならあなた達は似た者同士という事ね」

 

「「は?」」

 

 あまりに突拍子もない発言に、アーチャーと士郎が同時に聞き返す。

 その反応を良しとしたのか、キャスターは言葉を続けた。

 

「だってそうでしょう? そこの坊やは無関係な犠牲が許せない。そしてあなたは無用な殺しはしない。ほら、全く同じではなくて?」

 

「だれがこんな奴と!」

 

「同感だ。平和主義者なのは認めるが、根本が大きく異なる。こんな常識知らずの馬鹿と一緒にされるのは心外だ」

 

「誰が馬鹿だ! お前こそ、バーサーカーと戦った時はセイバーごと攻撃したじゃないか!」

 

「あの時はまだ共闘関係ではなかった。その理屈ならバーサーカーも守る対象になってしまうが?」

 

「……ッ!!」

 

 アーチャーの言葉に完膚なきまでに言い負かされ、言葉を失った士郎が苦々しい表情を浮かべる。

 するとキャスターが意外な言葉を放った。

 

「気に入ったわ。貴方達はその力もあり方も希少よ。私と手を組みなさいな。悪いようにはしないわ」

 

 それは共闘の申し出だった。二人と手を組み、他のマスターやサーヴァントを倒そうという話だ。

 

 自分を強引に連れ去っておいて、何を今さら都合のいい事を言っているのだろう?

 女の勝手極まりない振る舞いに、士郎の胸の中で怒りの炎が燃え広がっていく。

 それは次第に大きくなっていき、やがて声となって表れた。

 

「断る! 俺はお前のような、他人を平気で犠牲にするような奴とは手を組めない!」

 

 威勢の良い言葉で啖呵を切ると、彼は続いてアーチャーを見やる。

 彼のマスターである遠坂凛は、自分と同盟を組んでいる。自分が敵の協力を拒否したのなら、当然彼もそれに追従するはずだ。

 

「…………」

 

 だと言うのに、当の彼は一向に言葉を発する事もなく、ただじっと静かに考え込んでいた。

 

「おいアーチャー、お前もなんとか言えよ!」

 

 痺れを切らした士郎が回答をせっつく。

 彼の横槍を見たアーチャーは面倒そうな顔を浮かべたが、やがてため息を付くと口を開いた。

 

「……一つ質問したい。君は何故それほどまでに戦力を求める?」

 

 不思議なことに彼が発したのは答えではなく問いだった。

 

「アサシンは間違いなく強力なサーヴァントだ。効率よく運用すれば、あのバーサーカーとも互角に渡り合えるかもしれない。だというのに、君はどうして今以上の戦力を欲する?」

 

「言ったでしょう。私は勝った後の事を考えていると」

 

 鷹揚な口調でキャスターは言った。まるで言い含めるような言い草だ。

 

「聖杯を手にした事を他の魔術師や教会の連中が知れば、それを奪うために手段を選ばず襲って来るでしょう。彼らに遅れを取るつもりはないけれど、万一の事を考えれば、味方は多い方がいいとは思わなくて?」

 

「確かに一理ある。だが君が素直に報酬を山分けするような人間には思えないな」

 

「それは相手次第ね。あなたたちがきちんと仕事をこなす有能な人間なら、十分考慮に値すると思っているわ」

 

「………」

 

 彼女の言葉にアーチャーは再び沈黙した。両目を閉じ、腕を組んだその仕草は、今後の状況を思い悩んでいるようにも見える。

 流石の事態に士郎も声を荒げた。

 

「おいアーチャー! お前まさか、遠坂を裏切るつもりじゃないだろうな!!」

 

「あら。マスターとサーヴァントは、あくまで目的達成の為の共闘関係に過ぎない。ならば達成する確率がより高いほうに付くのは自然な事ではなくて?」

 

 両者の言葉を聞いているのかいないのか、当のアーチャーは静かに瞳を閉じたままだ。

 そうして一分ほど沈黙を続けていた彼だったが、再び目を開けると静かに言った。

 

「……拒否する。不本意だが、私のマスターはこの小僧と共闘関係を結んでいる。私の一存で安易に鞍替えする事はできない」

 

「交渉は決裂という事かしら」

 

 言葉とは裏腹にさして残念そうでもない声音でキャスターが告げ、次いで再び杖を構えた。

 

「なら続きを始めましょうか。あなたはともかく、そっちの坊やにはまだ用が残っているもの」

 

 杖の先端から再び弾丸が形成される。しかし魔力のほとんどをさっきの戦闘で使い切った士郎には、それを防ぐ手立てはない。

 戦う意思を持っていないアーチャーについてはアテにならないし、それに何より、これ以上この男に頼るのは御免だ。

 

 厳しい状況だが、何とかするしかない。

 そう思った矢先、背後の山門から突然凄まじい突風が吹き込み、続いて見覚えのある少女と見たことのない男が境内に入ってきた。

 

 ◇

 

 アサシンを吹き飛ばしたセイバーは一直線に境内へと押し入った。

 寺院の中は夥しい程の破壊に包まれており、元の景色がどんなものだったのか想像もつかないほどだった。

 だがそれでも、自らの主が無事であることを願って声を上げた。

 

「シロウ! ご無事ですか!」

 

「セイバー!」

 

 彼女が声をかけると、少し先に立っていた少年が安堵の表情を向けた。

 少年はひどく傷ついていた。全身にいくつもの切り傷や打ち身を作り、服には血が滲んでいる。厳しい戦いを繰り広げた証拠だろう。

 主を守るようにセイバーは前に進み出ると、杖を向けているローブ姿の女に向かって剣を構えた。

 

「貴様、よくも私のマスターを。覚悟してもらおうか!」

 

「アサシン!これはどう言うことなの!」

 

 足止めしていた人物がやって来た事に腹を立てたのか、女が声を荒げる。

 一方で、女の隣に着地していたアサシンが大仰な仕草で肩をすくめた。

 

「どうもこうもない。殺さないように時間を稼いでいたら敵に宝具を使われた。それだけだ」

 

 役目を果たせなかったことなど露とも気にしていない彼の仕草に、女の表情が更に険しくなる。

 と、ここで話に割って入る人物が居た。

 

「運がいいなセイバー。あと少し遅ければ、小僧の命はなかったぞ」

 

 名前を呼ばれ、セイバーは声の主を見た。そこにはかつて敵として剣を交え、今は味方として手を組んでいる男の姿があった。

 

「アーチャー、なぜ貴方がここに!?」

 

 赤服の男――アーチャーは複雑な表情を浮かべると、両手に二本の短刀を握り、二人の敵を見据えた。

 

「こちらにもいろいろ事情があってな。それより今は敵に集中した方が良さそうだぞ」

 

「二対二か」肩をすくめていたアサシンが敵意に反応して団扇を構えた。「これは少し面倒なことになったな」

 

「さてキャスター。状況が変わったようだが、まだやるかね?」

 

 アーチャーの言葉にローブの女ことキャスターは苦々しい顔をしたが、やがて士郎に向けていた杖を下ろすと言った。

 

「…………いいわ。今夜は引き分けということにしておいてあげる。私の気が変わらないうちに、さっさとこの場から去ることね」

 

 終戦の言葉と共に女の姿がゆらりと消える。おそらく境内のどこかにある本拠地に戻ったのだろうと、セイバーは直感で悟った。

 

「……シロウ。行きましょう」

 

 未だ境内に残ったアサシンに警戒の視線を向けながら、セイバーが主たる少年に告げる。

 彼女の言葉に従った士郎がゆっくりと、しかし油断のない表情で山門に向かって歩いていく。

 

「アーチャー。貴方には色々聞きたい事があります。一緒に付いて来てください」

 

 と、ここでもう一人境内で立っている男に向かってセイバーが言った。彼がどのような目的でこの場に赴いていたのか、後でたっぷりと聞き出すつもりだった。

 

「やれやれ。仕方がない」

 

 アーチャーは肩をすくめながらそう言うと、彼女の背中について行く。

 こうして柳洞寺を舞台にした一夜の戦いは、互いの引き分けという形によって幕を下ろしたのだった。

 

 ◇

 

 戦いを終え、全ての人間があるべき場所へと帰った後、それは唐突に現れた。

 結界を掻い潜って山の中に潜んでいたマダラの影分身が、本人の前に現れたのだ。

 

「首尾は?」

 

 本物のマダラが尋ねると、分身は僅かな笑みを浮かべながら答えた。

 

「予想通りだ」

 

 そして懐の中を探ると、液体で満たされた小さな瓶を取り出す。

 中身を一瞥した本物が納得したように頷いた。

 

「やはりそうか。俺をこの世界に呼ぶとしたら、これを使うしかない筈だからな」

 

 分身が取り出した小さな瓶――それはキャスターがマダラを召喚するために触媒として用いた“眼”だった。

 

 ずっと疑問に思っていた。なぜ違う世界の人間である自分がサーヴァントとして呼び出されたのかと。

 サーヴァントを召還するには、その英霊に関連したものが必要になる。あの女が自分をここに呼び出したというのなら、自分と関わりのある何かを持っている筈だ。

 それも世界の壁を越えられる程の力を持つ何かを。

 

 そう思った彼は、機会を伺いながら密かに分身にその在処を探させていたのだが、肝心のキャスターが自分と周囲への警戒を解くことが殆ど無かったため、中々手が出せなかったのだ。

 

 しかしあのシロウという少年がやって来た時、待ちに待ったチャンスが訪れた。

 彼の胸ぐらを掴んだ時、マダラは咄嗟に彼の目に瞳術を仕掛けた。それは目を合わせた人間に強い幻覚を見せるというものだ。

 

 サーヴァント相手ではその効果は長くてもせいぜい数秒程度だったが、彼にとってはそれで十分だった。瞳術によって生まれた隙を付いた分身は別宅にあるキャスターの自室に忍び込むと、保管されていた触媒の小瓶をまんまと盗み出したと言うわけだ。

 

 その後の事は簡単だった。やって来たセイバーにわざと山門を突破させ、キャスターの企みを失敗させるだけでよかった。

 予想外だったのは乱入してきたアーチャーだが、計画の邪魔になるどころか、むしろ主の力を削いでくれたおかげで分身が無事に自分の元に帰って来る事が出来たのだから、これについては感謝する他はない。

 

 瓶をしばし見つめていたマダラだったが、やがて封を開けると中から目玉を一つ取り出した。紫色の波紋が浮かんだその瞳は、深紅色の写輪眼とは違い、どこか不気味な輝きを宿していた。

 

「……やっと取り戻したぞ。イズナ」

 

 普段の彼からは想像も付かないほど温かみのある声で呟きながら、マダラはその目を己の中へと取り込んでいく。

 そうして再び光を取り戻した彼の右目には、かつて蘇った時と同じ力が――輪廻眼の輝きが宿っていた。




マダラさん強化イベント入ります。


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ついに最初の脱落者が出たようです

 

「そうか。計画は失敗したか」

 

 自室で報告を聞いた葛木はさして残念そうでもない口調で言った。どんな事柄にも大きな感情を見せないのが、この男の特徴だった。

 それに失敗と言っても大きな痛手を負った訳ではない。初見だったアーチャーとセイバーの手の内が一つ知れた事を考えれば、むしろ大きな収穫があったと言っても良い程だ。

 だと言うのに、当人であるメディアは昨夜の失敗から来る落胆ですっかり縮こまっていた。

 

「申し訳ありません……」

 

 肩を落とした姿と同じように声にも全く覇気がない。成功すると確信していた作戦をしくじったという事実が、未だ受け止めきれていないようだ。

 そんな彼女を責めるでも慰めるでもなく彼は言う。

 

「失敗したのなら、また策を練ればいい。状況を見極めれば、自ずと打てる手はあるだろう」

 

 それだけ告げると、今日の仕事に向かうべく葛木が立ち上がった。

 てきぱきと身支度を済ませて玄関へと向かっていく彼の背中に、少しあってからキャスターが声をかける。

 

「あ、あの!」

 

 振り返ると布に包まれた箱と小さな巾着袋が突き出された。

 

「これは?」

 

「お寺の方に教わって作りました。その……お弁当です。お口に合うかは分かりませんけれど……」

 

 気恥ずしさと緊張が混ざった表情から察するに、決して完璧な自信作という訳ではないのだろう。それでも精一杯の勇気を出して手渡す様は、普段の尊大な態度とは雲泥の差だ。

 

「こちらは魔術を込めたお守りです。もし身の危険を感じたらそれに向かって呼びかけて下さい。どこでもすぐ迎えに行きます」

 

「分かった」

 

 頷いた葛木が護符を懐に入れ、弁当の包みを鞄に入れる。それで用は済んだと察したのか、再び玄関に向き直ると扉のガラス戸に手をかけた。

 

「では行ってくる」

 

 そっけない主人の言葉にもすっかり慣れた様子でキャスターは小さく頭を下げると、暖かい微笑みと共に彼の背中をじっと見送る。

 

「はい。行ってらっしゃいませ。宗一郎様」

 

 そこには既に長年付き添った夫婦のような妙な貫禄が漂っていた。

 

 ◇

 

 夜明け前に電話で叩き起こされた遠坂凛はひどく機嫌が悪かった。

 電話の主は衛宮士郎からで、内容は謝礼の言葉だった。聞けばキャスターの罠に嵌まった所を偶然居合わせたアーチャーに助けられたと言う。

 自分には全く心当たりがない事柄だったが、送られた言葉をとりあえず受け取ると、何食わぬ顔で家に戻っていた己のサーヴァントを問いつめた。

 

「その件か。衛宮士郎の言うようにただの偶然だ。街中を偵察していたら、サーヴァントも連れずに歩いていく小僧を見つけたのでな。不振に思って後を付けてみれば、まんまとキャスターの術中に引っかかっていたと言う訳だ」

 

 気に食わないほどの落ち着きぶりでアーチャーは事情を説明したが、話を聞いている間、凛はずっと別の事を考えていた。

 士郎が自分と同盟を結んでいる以上、パートナーである彼を助けることはそれほど不自然な行為ではない。むしろ気になったのは、何故アーチャーが自分に黙って街に出ていたのかという事だ。

 思えば出会った時からそうだった。彼は自分をマスターだと認識しながらも独自の目的で行動している節がある。それが完全に悪いと言う訳ではないが、明らかに自分の思惑とは違う方向に物事を運ぼうとしているのは確かだった。

 

 何かある。凛は心の中にある人物評のアーチャーの項目に“完全に信用してはならない奴”と書き加えると共に令呪を一画使用した。

 内容は『独自の判断での外出を禁ずる』――こうすれば彼が他の誰かと出会う事はなく、無用な画策を避けることが出来る。

 

 それで用は済んだものの、改めて寝直す気にもなれず、紅茶を飲んで夜が明けるのを待ってから学校に向かった。

 士郎とは今後の方針について話し合わなければならない。キャスターの事についても詳しい情報共有が必要だし、何より優先して倒すべき存在かどうかも検討の必要がある。

 そんな事を考えながら穂群原学園の校門を潜ると、意外な人物が自分を出迎えた。

 

「――よう。ご機嫌な朝だな。遠坂」

 

 ねっとりとした声で挨拶してきたのは同級生の間桐慎二だった。へらへらした軽薄な顔は相変わらずだが、どういう訳か今日の彼は一段とテンションが高い。こういう時の彼には注意が必要だと、彼女はかつての経験から何となく察していた。

 

「……私に何か用かしら間桐君。お付き合いの話なら、この前お断りしたはずだけれど?」

 

「そんなんじゃないさ。それよりももっと大切な話があるんだ。ちょっと来てくれないか?」

 

 横目で周囲を見渡すと、他の生徒たちが何だ何だとこちらに視線を向けて来ている。

 ――間桐慎二という人物はこう見えて学校の中では意外と評価が高い。特に見た目にうるさい女子連中には取り巻きが出来るほどだ。

 このまま放っておけば無用な人目を集めてしまう。どこに敵のマスターが居るか分からない以上、無闇に注目されるのは御免だった。

 

「……分かったわ。五分だけ時間をあげる」

 

 彼女の回答に満足した彼はくるりと背を向けると、学校のどこかへ向けて歩き出す。

 小さくため息を付いた凛は憮然とした態度のまま、黙ってそれに付いて行った。

 

 ◇ 

 

 やって来たのは校舎から少し離れた弓道場の裏だった。テスト期間である今は全ての部活動が禁止されていることもあり、朝練にやって来るような勤勉な生徒もいない。密談をするならばもってこいの場所だ。

 

「それで、話って何よ?」

 

 さっきとは打って変わってぶっきらぼうな口調で凛が尋ねた。二人きりならば、今さら体裁を取り繕う必要はない。

 加えてもしもの時に備えて小ぶりの宝石を二つばかり既に手の中に握り込んでいる。例え襲われても撃退するくらいの事は出来るだろう。

 すると、待ってましたとばかりに慎二が口を開いた。

 

「単刀直入に聞くけどさ、遠坂は僕と組む気はないかい?」

 

「なに? どういう事?」

 

 凛には言葉の意味が分からなかった。組むとは一体どういう意味なのか。

 

「実はさ、僕もマスターになったんだ」彼は見せびらかすように懐から一冊の本を取り出した。まるでそれがマスターの証だという風に。「でも一人じゃどうも心細くてねぇ。頼れる仲間が居てくれたらって思ったんだ。だから聖杯戦争が終わるまで僕とチームを組まないか? 僕と遠坂が組めば敵なしだと思うんだけど」

 

 ようやく合点がいった。彼は自分という戦力が欲しいのだ。

 “始まりの御三家”として冬木で名を轟かせてきた間桐家だが、その実体は既に魔術師としての道を閉ざされつつある没落家系だ。長男として家督を継ぐべき立場にあるはずの慎二が魔術師ではないという事実が、その何よりの証拠である。

 どうやってサーヴァントを召還したのかは知らないが、そんな彼が従えている英雄が強力であるとは思えない。だからこそ、彼は自分に同盟の話を持ちかけたのだろう。少しでも自分の負担を少なくするために。

 

「そう……そういうこと」

 

 腹が立った。舐められたような気さえした。このちっぽけなプライドを振りかざすしか能のない男が、何をする訳でもなく平然と自分の隣に立とうしている事が無性に我慢ならなかった。

 そして気が突けば、少年にとって最も冷たい言葉を言い放っていた。

 

「間桐君には悪いけど、私はいま衛宮君と協力関係にあるのよ。だからあなたとは組めないわ」

 

「なっ……!?」

 

 瞠目する慎二。まさか既に自分が他の誰かと組んでいるとは思わなかったのだろう。

 驚いたままの彼に向かって凛は更なる言葉を投げかけた。

 

「それに間桐家は魔術師としてはとっくに没落した家系のはず。どうやってマスターになったのかは知らないけど、あなたみたいな何の力も持たない人間を仲間にした所で、私には何のメリットもないのよ。殺されたくなかったら、精々大人しくしてる事ね。何もしないと誓うなら、こっちからは手を出さないでおいてあげるわ」

 

 最後の一言は警告のつもりだったが、彼が聞いている様子はなかった。暗い視線で地面を向き、ボソボソと呪詛のような呟きを漏らすばかりで、こちらのことを見ようともしていない。

 

「………どいつもこいつも衛宮、衛宮、衛宮……そんなにあいつの事が良いのかよ?」

 

 かろうじて聞き取れたのはそんな嫉妬にも似た恨み言だった。彼が士郎とそれなりに親しい事は知っていたが、どうも抱えている感情は単なる友情だけではないらしい。

 やがて慎二が下げていた顔を地面から凜の方へと向き直ると吐き出すように言った。

 

「まあいいさ。僕を除け者にしたことをせいぜい後悔するんだな」

 

 一方的に言い捨てると、不気味な笑い声と共にその場を去っていく。

 

「………一体なんなのよ、アイツ」

 

 壊れたように感情を上下させる慎二の態度にどこか薄ら寒いものを感じた凛だったが、予鈴のチャイムで登校中だった事を思い出すと、足早に自分の教室に向かって歩き出したのだった。

 

 ◇

 

 午前の授業を一通り終えて昼休みになり、葛木は渡された弁当を食べながらテストのための資料を作っていた。

 倫理と社会科では共通する部分とそうでない部分がある――社会という生活基盤が、人間が持つ倫理感の大よそを決めるからだ。

 治安や生活が安定している日本の中では、強盗や殺人は非日常的な行為であり、異常な出来事だ。しかし一歩外に出れば、それらが当たり前の光景となる国はいくらでもある。社会のルールが違えば、人の倫理観は180度変わるものだ。

 だとしたら人に倫理を説く事に、一体どれくらいの意味があるのだろうか?

 意味など無いことは十分過ぎるほど知っていたが、ふとそう思ってしまう瞬間がある。ましてや殺人者として育てられた自分が他人に倫理観を教えるなど、まさに狂笑の沙汰だ。

 そんな事をぼんやり考えていると横合いから女の声が飛んできた。

 

「あれ? 葛木先生、今日はお弁当なんですね」

 

 声の主は英語を担当している藤村大河だった。大きな作りの弁当箱を鞄から取り出しながら物珍しげにこちらの手元を見つめている。普段は食堂で昼を取っている自分がここに居るのが珍しいのだろう。

 

「ええ。今朝がた妻から手渡されまして」

 

 彼女とキャスターは以前、街中で会っている。相手の存在を知っている以上、下手に隠したり誤魔化す必要は無い。

 

「ああ、あの時の!」思い出したという風に大河は両手を叩いた。「愛妻弁当だなんて羨ましいです。私もしろ……家族に作ってもらってますけど、やっぱり一番好きな人が作ってくれるものには敵いませんから」

 

 家族。葛木は僅かにその言葉の意味を考え込んだ。

 夫婦ならば家族に違いないだろう。正式な契りを結んだわけではないが、対外的な宣誓にそもそも意味など無い。

 だが生まれてこの方、家族と言うものを持たなかった自分にとっては不思議な響きだった。

 

「家族……」

 

 その言葉を口にするたび、感動を失ったはずの心に仄かな暖かさが灯ってくる。凍てつき、錆びきった感情に僅かな情緒が戻ってくる。

 これは一体、何なのだろうか?

 

「結婚式には絶対呼んで下さいね! 私、這ってでも行きますから」

 

 感極まった大河が自分の両手を握る――血の通った暖かい手。彼女(メディア)の手も、握れば同じくらい暖かいのだろうか?

 

「ええ。必ず招待すると約束しましょう――」

 

 僅かに戸惑いながらも葛木がそう答えたその時、窓の外が不気味な光を放ったかと思うと、血のような真っ赤な空間が学校全体を覆い始めていた。

 

 ◇

 

「これは……」

 

 葛木は思わず言葉を失った。彼がそんな声を上げたのは、冬木に来てから実に始めてのことだった。

 外は異様な光景に包まれていた。まるで絵の具をそのまま塗りたくったような深紅色の空間が学校全体を覆っており、上空にはおぞましい目玉が一つ、全てを監視するすように浮かんでいた。

 こんな不条理な真似をするのは間違いなく人間ではない。敵のサーヴァントによる攻撃だ。

 不意に自分の手を握っていた暖かい感触が滑り落ちた。視線を戻すと、隣に座っていた大河が身体を崩し、床に倒れ込んでいた。

 

 急いで脈を取ると、まだ息はあった。しかしその顔色はどんどん悪くなり、鼓動も徐々に遅くなっている。

 見渡せば、他の同僚たちも似たような状態に陥っていった。ある者は机に突っ伏して白目を剥き、またある者は床に倒れて痙攣を繰り返している。

 そして葛木もまた、彼らと同じようになりつつあった。

 

 身体の中から力が抜け、ぐらりと身体が傾ぐ。まるで寄生生物が宿主から栄養を抜き取っていくように徐々に、しかし確実に体力が減っていく。

 

「……内部の人間を衰弱させるのか」

 

 犠牲を厭わないのであれば、これほど効率的なやり方はない。敵の逃げ道を丸ごと封じ、反撃する力を失わせながら、じっくりとなぶり殺しにする。まるで魔術で作られた蟻地獄だ。

 魔術師ではない葛木にこの状況を打開する手段はない。こうして床に這い蹲りながら静かに終わりの時を待つだけだ。

 

 そう、本来ならば。

 

 葛木はスーツの内ポケットに手を入れると、中から小さな巾着を取り出した。それは弁当と一緒にキャスターから手渡された護符だった。

 彼は事前に指示された通りに声をかけた。

 

「――来い。キャスター」

 

 変化はすぐに訪れた。独りでに宙に浮かび上がった護符は淡い光を瞬かせると、その中から創造主であるキャスターを呼び出してみせたのだ。

 

「宗一郎様! ご無事ですか!?」

 

 事態を把握していたキャスターは葛木に近寄ると、彼の身体に素早く活力を送り込んだ。おかげで脱け続けていた力が戻り、身体がすぐに言うことを聞くようになった。

 

「これは衛宮の仕業か?」

 

 復調した彼が尋ねると、彼女は少し考えてからかぶりを振った。

 

「私の知る限り、セイバーもあの少年も周囲への被害を嫌っています。恐らくは別のサーヴァントの仕業でしょう」

 

「脱出できるか?」

 

「ここは外の空間とは断絶されています。護符のおかげで入る事は出来ましたが、出るには結界を張ったサーヴァントを倒すしか無いかと」

 

「そうか」葛木は短くそう告げると、掛けていた眼鏡を外してポケットに入れた。それは彼が戦うと決めた紛れもない印だった。「付いて来い。敵のサーヴァントを倒しに行く」

 

 葛木の命令にキャスターは頷くと、淀みなく歩く彼の背中に音もなく付いていく。

 たとえどんな状況の中であっても、それが自分に課せられた使命だと言う風に。

 

 ◇

 

 葛木がキャスターを呼び出したのと同じ頃、マスターである士郎と凛もまた、迫り来る危機に対処しようと動き出していた。

 

「……甘く見てたわ。まさか慎二が他の生徒ごとあたし達を始末しようとするだなんて」

 

 倒れた生徒の安否を確認しながら苦々しい顔で凛が呟く。まさか同盟を拒否した途端に仕掛けてくるとは思っていなかったので、完全に不意を突かれた形となっていた。

 加えてサーヴァントで対抗しようにも今はアーチャーを連れて来ていない。裏切り防止の為に外出を禁止した事が、完全に裏目に出ていた。

 

「話はあとだ。まずは慎二を探してこの結界を止めさせるぞ」

 

 苛立ち混じりの声で士郎が言った。この状況に最も腹を立てているのは彼だと言うことを、凛は痛いほどよく分かっていた。

 生徒が全員生きている事を確認すると、続いて士郎は掃除道具の入ったロッカーからモップを取り出した。即席の武器にするためだ。

 魔術の光がモップを覆い、脆い材質を補強する――元が元だけに武器としては貧弱もいいところだったが、何も無いよりはましだろう。

 

「遠坂、奴がどこにいるか分かるか?」

 

「二階の隅の部屋……たぶん化学室だと思うわ」

 

 魔力の流れはそこに集中していた。ちょうど蟻地獄が巣の中央で落ちてくる得物を待ち構えているのと同じように、吸い取った魔力を結界の核となる術者に集約させているのだ。

 

「ならまずはそこに行こう。いいな」

 

 特に反対する理由はない。凛はスカートの中に入れておいた宝石をいつでも使える状態にすると、士郎と共に化学室を目指して走り出した。

 

 ◇

 

 間桐慎二は自らのサーヴァントが生み出した凄惨な状況と、それがもたらす残忍な結果にとても満足していた。

 ライダーの宝具である他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)は、内部に居る人間の生命力を魔力に変換して奪い取る。出口のない地獄の中で彼らは徐々に衰弱していき、最後には融解して跡形もなく消え去るだろう。

 結界の中には衛宮と遠坂も居るはずだが、ここまで来るのに相当の消耗を強いるはずだ。一方、大勢の人間からたっぷり力を奪い取ったライダーは万全の状態で迎え撃つことが出来る。たとえ二対一であっても引けを取るとは思わない。二人には自分を侮った報いを存分に受けてもらうとしよう。

 

 そう。これは復讐なのだ。自分を認めない者たちに対しての――魔術師というモノに対しての。

 

 生まれつき魔術回路を持たず、魔術師としての素養もなかった慎二は常に魔性の力を欲しながら生きてきた。他の才能ならば幾らでも発揮する事が出来たが、こと魔術の才能に関しては全くの皆無だったのだ。

 そのせいで家では随分と惨めな目に遭った。家長である祖父からはいつからか空気のような扱いを受け、頼りないと思っていた義妹からは逆に哀れまれる始末だった。

 屈辱だった。何もかもが許せなかった。一体どうしてこんな風に生まれてしまったのだろうか。

 気が付けば自分を憎み、他者を憎み、環境を憎んでいた――なんとしても自分こそが間桐の後継者だという事を証明しなければならないと、心の中でずっと思い続けていた。

 

 だから聖杯戦争の事を知った時は思わず大声で喜んだ。これで自分を見下す連中を見返してやれると。

 決心すれば後は早かった。義妹を使ってサーヴァントを召還させ、自分がマスターを代行した。戦いたがらない彼女は喜んでマスター役を譲り、祖父も反対しなかった。

 かくして間桐慎二はライダーのマスターとなり、今回の聖杯戦争に参戦したのだった。

 

「いいねいいねぇ……サーヴァントの戦いって言うのはこうでなくっちゃな」

 

 恍惚とした口調で慎二が呟く。サーヴァントという強大な力を手に入れ、他者を蹂躙する喜びを得た今の彼は、まさに目的の為に手段を選ばない残忍な魔術師に違いなかった。

 

「…………」

 

 そんな中、傍らに立っていたライダーが唐突に何者かの気配を察知した。得物である鎖付きの短剣を構え、入り口の扉に向かって油断の無い表情を向ける。

 

「……どうしたライダー?」

 

 サーヴァントが放つ戦闘の気配に彼も気が付いたようだった。少し遅れてから彼女と同じように扉の方を見つめる。

 果たして入り口の扉が勢いよく開かれたかと思うと、その中から彼にとって見知った顔の男が――葛木宗一郎が姿を現したのだった。

 

 ◇

 

「……あ?」

 

 慎二は思わず困惑の声を漏らした。そこに立っていたのが自分の予想と全く違う人物だったからだ。

 

 葛木宗一郎――二年A組の担任。倫理と社会科の教師。いけ好かない柳洞一成とは何故かツーカーの仲。無口で無表情で、何を考えているのか全く分からない奴。

 最初はマスターである衛宮か遠坂がやって来たのかと思った。結界を張っている自分を狙って。だがそうではなかった。何故この男はここに立っている?

 いや、それよりもまず……

 

「なんでだよ。なんでお前動けてるんだ……?」

 

 ライダーの結界は自分(マスター)を除いたあらゆる人間の生命力を吸収する。たとえ相手が魔術師だろうと長時間は持たないし、一般人ならばとっくに動けなくなっている筈だった。だと言うのに、目の前の男は全くもって平然としていた。

 

「間桐か」不気味なほど冷静な声で葛木が言った。普段と変わらない無機質で平坦な声。まるで登校途中に出くわした生徒と朝の挨拶でもするかのようだ。「なるほど。それがお前のサーヴァントという訳か」

 

「質問に答えろ! なんでアンタがここにいる!」

 

「察しが悪いな。普段のお前なら、私がここに来た時点ですぐに気が付くだろうに」

 

「……そうか。そう言うことか」彼の言葉で慎二はようやく状況を理解した。「葛木、お前もマスターだったんだな」

 

 一般人であればここまで来られる筈がない――逆に言えば、ここまで来た時点で彼は普通とは異なる存在だという事だ。

 その証拠に先程から彼の両拳に妖しげな気配が纏わりついている。種類は分からなかったが、何らかの魔術が付与されているに違いなかった。

 

「そうだ。そして他のマスターがここに来たという事がどういう意味を持っているか、分かるな?」

 

 彼の言葉に弾かれたように慎二は僕の名前を叫んだ。「ライダー!」

 

 ライダーの行動は早かった。手にしていた短剣を葛木に向けると、テーブルの合間を縫って凄まじい勢いで葛木へと迫っていく。狭い室内にも関わらず人間離れした速度を出せるのは、英霊だけがなせる技だ。

 黒色の風となったライダーはあっという間に葛木の身体を切り裂くと思われたが、そうはならなかった。なんと葛木は突進してくるライダーの身体を闘牛士のようにかわすとその手首を掴んで引き寄せ、体勢を崩した隙をついて右の拳を彼女の延髄に叩き込んだのだ。

 首を殴られたライダーが床を砕いてバウンドする。続いて同じ高さまで跳ね返った彼女の身体を、今度は無造作に掴んで放り投げた。

 鳴り響く轟音――ガシャガシャと凄まじい物音が部屋中から発せられ、部屋の備品が砕け散る。首筋を砕かれたせいなのか、壁にへばりついたライダーの身体はぴくりとも動かない。

 

「……は?」

 

 あまりに一瞬の出来事だったので、慎二は一連のやり取りが理解できなかった。彼の目に映ったのは、葛木の前から勢いよく壁に向かって吹き飛んだライダーの姿だけだった。

 

「お……おいライダー! 何遊んでんだよ! 相手はただの人間だぞ!? それがどうしてそうなるんだよ!!」

 

 苦しげな声で呻く女に向かってヒステリックに叫ぶ慎二――彼の予想では倒れているのは彼女ではなく葛木の筈だった。

 

「マスターが後方支援しか出来ないと考えるのは早計だったな。私のように前に出るしか脳のないマスターも、世の中には居ると言うことだ」

 

 “サーヴァントと素手で渡り合う”という途方もない偉業を成しながらも、彼の表情は普段と何も変わらなかった。まるで今まで何度もそうしてきたという風にさえ見えた。

 そうしている間にも壁にへばりついていたライダーが吸い取った魔力を使って身体の傷を修復した――怒りで満たされた女の表情は、目の前の男を殺し尽くすまで収まる様子はない。

 唖然とする慎二を前に葛木は再び拳を構えると、次に来るであろうライダーの攻撃に備えた。

 

 ◇

 

 葛木とライダーが戦闘を繰り広げている一方、士郎と凛は上階で奇妙な敵と出くわしていた。

 一言で表すならばそれは“歩く骸骨”であり、めいめいが自分の骨を削って作ったような粗末な作りの槍や剣で武装していた。

 動きも判断も緩慢で、戦闘力自体は大したことないそれらだったが、一番の問題はその数だった。倒しても倒しても何処からともなく新しい敵が補充され、二人の進路を悉く妨害していた。

 

「クソッ!……これじゃキリがないぞ!」襲い掛かる骸骨をモップで殴り倒しながら士郎が叫んだ。彼が倒した数だけでも既に十体を超えていた。

 

「慎二の奴、まさかこんなモノまで用意してたなんてッ!」拳銃のように構えた指先から魔術を発射し、凛が骸骨を吹き飛ばした。ガンドと呼ばれる北欧の古い魔術だ。「何が一人じゃ心細いよ! 完全に騙し討ちで殺す気だったんじゃない!」

 

 二人の力によって骸骨は次々と打ち砕かれていくが、倒される以上のスピードで新手が後ろからやって来る。体力を吸収する結界宝具も相まって、今では完全に手詰まりになっていた。

 

「遠坂!」士郎が言った。真っ二つに折れたモップを敵に叩きつけて距離を取る。「少しの間、時間を稼いでくれ!」

 

「何する気よ!」

 

 聞き返しながらも凛は素早くスカートのポケットから小振りなルビーとサファイアを新たに取り出すと、骸骨集団の方へとそれらを放り投げた。

 遠坂家が得意とする“転換”の魔術は、他の物体へと魔力を移す事が出来る。本来は保存できない筈の魔力を、バッテリーのように貯蔵する事ができるのだ。

 そうしてたっぷり魔力を含んだ二つの宝石は勢いよく飛んでいき、骸骨たちが立っている場所のちょうど真ん中で輝き、そして爆ぜた。

 蓄積された魔力が炸裂し、破壊のエネルギーを周囲に向かってまき散らす――僅かな時間だが、敵の侵攻に空白の時間が生まれる。

 

「セイバーを呼ぶ。昨日助けられた借りを返さなくちゃな」既に十分な距離を取った士郎が令呪が刻まれた左手を高々と腕を天に掲げ、思い切り叫んだ。「来い!セイバーッ!!!」

 

 次の瞬間、手の甲に刻まれていた刻印が輝きと共に消え、代わりに二人の目の前に白銀の鎧を纏った女騎士を――セイバーを呼び出して見せた。

 

「――ハァァ!!」

 

 裂帛した気合いの声と共にセイバーが骸骨の軍団を切り裂く。宝石の爆発などまるで比較にならないレベルで次々と敵を屠っていく。

 そうして廊下を占領していた敵の骸骨たちは数秒と経たずに元の塵へとかえっていった。

 

「シロウ! リン! 無事ですか?」

 

 目に付く全ての敵を片付け、後続が出現しない事を確認してからセイバーは改めて二人へと駆け寄った。数えきれないほどの戦場を生き抜いてきた戦士の振る舞い。

 

 士郎が頷きながら言った。「俺たちは大丈夫だ。それよりも急いで下に行こう。この結界を張ってるサーヴァントを倒すんだ」

 

 骸骨との戦いによって二人の体力も魔力もかなり消耗していた。これ以上戦いが長引けば、もう敵のサーヴァントを倒す事が出来なくなってしまう。

 彼らの様子をすぐに察したセイバーは頷くと、二人の前を素早い身のこなしで歩き始めた。

 

「分かりました。二人とも絶対に私から離れないで下さい」

 

 ◇

 

 異常な光景だった。

 サーヴァントと人間――圧倒的な差がある筈の二つの存在が、この時ばかりはその力関係をすっかり逆転させていた。

 

 葛木が放つ拳は面白いようにライダーの身体を捉えた。奇妙な動きをする左手が彼女の素早い動きを完全に封じ込め、反応が鈍った所を真っ直ぐ飛んでくる右の拳が打ちのめす――長い時間をかけて訓練された完璧なコンビネーションだった。

 

 対するライダーはマスターである慎二を庇いながら防戦するのに精一杯だった。時折身をよじって拳をかわし、短剣を盾にしながら応戦するが、それでもじりじりと確実に追い込まれていく。

 後ろで守られていた慎二も咄嗟に加勢しようとしたが、魔術師ではない彼に出来ることなどたかが知れていたし、何よりサーヴァント相手に平然と戦い抜く葛木に立ち向かう気になど、とてもなれなかった。

 

「ど、どうなってんだよ……お前はいったい何なんだよォ!!!」

 

 教室の隅から慎二が悲痛な金切り声を上げる。心の拠り所にしていたサーヴァントが人間相手に後れを取っているという事実が、彼にとってはたまらなく屈辱だった。

 

「知る必要はない」

 

 対する葛木の声は冷ややかだった。圧倒的に有利な立場にあるにも関わらず、一分の油断も驕りも見せてはいない。

 

 出し抜けに鞭のようにしなる左腕がライダーの首筋を掴んだ。人間とは思えない握力で女の首を握り締め、窒息させようと力を込める。

 酸欠にあえぎながらライダーが右手の短剣を鞭のように振った――鎖がしなり、葛木の身体に向かって巻き付こうと迫る。

 だが結局はそれもむなしい抵抗だった。彼は空いていた右手で飛んで来た鎖と掴むと、逆にそれをライダーの首へと素早く巻き付けた。

 鋼鉄が持ち主の首をがっちりと咬み、ギチギチと嫌な音を立てる。

 

 しばらくは手足をばたつかせ、抵抗の意志を見せていたライダーだったが、やがてその動きが弱まっていくと、力が抜けたように大人しくなった。

 それを終りの合図と見た葛木がさらに力を込めて鎖を引っ張ると、圧力に耐えきれなかったライダーの首が不格好にねじ切れ、ついにはその場にごろりと転がった。

 

「ら、ライダーぁぁ!!!!!!!」

 

 慎二が叫んだ。ほとんど絶叫に近い声だ。まるで自分の身体が引き裂かれたような痛々しい声だった。

 

「お前のサーヴァントは死んだ」倒れたライダーを見もせずに葛木が告げた。自分が遂げた成果にすら、まるで興味がないという風だ。「逃げるならば好きにしろ。私はお前の命に興味はない。だがもしお前が私の正体を他の者に喋るようなら、その時は必ず見つけ出して殺す。いいな?」

 

 冷徹な忠告にぶんぶんと音が鳴りそうなほど慎二が大きく首を振る。サーヴァントを失った今、相手の言う事に従う事が、彼の唯一の生きる道だった。

 

「――宗一郎様」

 

 不意に教室のどこかから声が聞こえた。続いて葛木の隣に小さな紫色の光が集まり、それはやがてローブを纏った一人の女となった。「敵のマスターが竜牙兵を突破してすぐ近くまで迫っています。脱出するならば今の内かと」

 

 士郎と凛が慎二の手駒だと思って戦っていた骸骨ーー竜牙兵と呼ばれる簡易的なゴーレムの一種だーーは、実はキャスターが用意したものだった。葛木が化学室に現れる少し前、彼は直接戦闘を苦手とするキャスターに二人の足止めと自身の強化を命じていたのだ。

 

「分かった」

 

 キャスターの言葉に彼は従うと、彼女の肩に己の手を回し、その身体をぐっと抱き寄せた。ちょうど恋人が肩を抱き合うような格好だ。

 ほんのわずかな間、彼女はその事で顔をほころばせたが、状況を思い出してすぐに真顔に戻ると、小さな呪文を幾つか呟く。そして次の瞬間には、二人の身体は光の中に消え、煙のように居なくなっていた。

 

「嘘だ……こんなの嘘だ……」

 

 最後にただ一人、惨めな敗北者としてその場に取り残された慎二は、絶望の呟きと共にその場にへたり込むしかなかった。

 

 ◇

 

 セイバーの到着によって骸骨の妨害は無いも同然となっていた。

 もともと単体なら大したことのない連中だ。それが多少集まったところで名だたる英霊を押さえつけられる訳もなく、三人は無人の野を進むように敵を蹴散らしながら真っ直ぐ化学室に辿り着くと、勢いよく扉を開け放った。

 

「慎二! 今すぐ結界を止めろ!」

 

 部屋に真っ先に飛び込んだのはセイバーと士郎だった。セイバーは宝具である見えない剣を、士郎は別の教室で新しく作った強化モップを手に、勇ましい声を上げながら部屋の中に陣取っているであろう敵の姿を探した。。

 中に入ればすぐに敵のサーヴァントが襲ってくる――つい先ほどまでそう信じて疑わなかった彼らだったが、大方の予想に反して化学室は既に異様な光景に包まれていた。

 

 既に何かとさんざん争った後のように部屋の中は滅茶苦茶に破壊され尽くされており、テーブルや備品の残骸があちらこちらに無惨な姿で散らばっている。

 おまけに部屋の中央にへたり込んだ慎二のすぐ傍には見覚えのある首無し死体と、奇妙な方向にねじ切られた女の首が転がっていた。

 

「これは……一体どういう事?」殿として後から入ってきた凛が怪訝な顔つきを浮かべた。「何でライダーが死んでるの? 私たちの他には慎二しか居ないはずなのに……」

 

 彼女の言葉から少し遅れて、ライダーの身体が虚空へと消え去った。身体に残留していた魔力が失われ、完全に消滅したのだ。

 

「僕の……僕のライダー……」

 

 消え去っていくサーヴァントの亡骸を見つめながら茫然とした声音で慎二が呟く。虚ろで乾ききった声はまさに廃人そのもので、入って来た士郎や凜にもまるで気付いていない。

 そんな彼に向かって士郎が近づいていくと、その胸倉を掴んで強引に立たせた。

 

「おい!聞いてるのか慎二! これは誰の仕業なんだ!」

 

「え、衛宮……」ようやく彼の存在を認識した慎二は逃げるように視線を彷徨わせた。「それは……」

 

 最初は口を開き掛けていたものの、急に思い出したように言い淀む。まるで誰かに決して喋るなと釘を刺されているかのように。

 いつまでたっても煮え切らない彼の態度に苛立ったのか、士郎から強引に慎二をひったくった凜がガンドを構えた指先を顔面に突きつけながら怒鳴った。

 

「さっさと喋りなさいよ! 羽虫のアンタに出来る事なんてそれくらいしかないんだから!」

 

「は、羽虫……? 僕が羽虫だって?」凜の容赦ない言葉に慎二の声が震える。

 

「害虫に例えなかっただけでもありがたく思いなさいよ。それで、誰がやったのよ?」

 

 彼女の言葉にしばらく愕然としていた慎二だったが、やがて顔一面に怒りの表情を纏わせて言った。

 

「……は、ハッ! 誰が教えてやるもんか!この間抜け!」胸倉を掴んでいた手を強引に払い、捨て台詞と共に部屋の出口に向かって駆けていく。「お前達もせいぜいアイツにやられればいいんだ!」

 

「あ!? ちょっと!待ちなさいよ!」

 

 逃げ出した慎二を追いかけようとセイバーと凜が出口へと殺到したが、士郎が二人を止めた。「やめろ二人とも。今はそれより皆を助ける方が先決だ。遠坂、こういう時はどこに連絡すればいいんだ?」

 

 彼の言葉に従うかどうか、凜はしばらく迷っていたが、やがて彼の言い分が正しいと自分を納得させるようにかぶりを振ってから告げた。

 

「……教会でいいわ。綺礼に連絡すれば、あとはアイツが全部やってくれるから」

 

「分かった。俺が電話してくるから、その間に二人は応急処置を頼む」

 

 そうして三人は各々に課せられた役割を正しく理解すると、すぐに取り掛かるべく化学室を後にした。

 

 ◇

 

「クソッ!クソッ!クソッ!! なんでこんな事に……! どうしていつもこうなんだ!」

 

 学校を離れた慎二はぶつぶつと呪詛の声を呟きながら、一直線に新都の教会を目指していた。

 聖杯戦争を監督している聖堂教会は、一種の中立地帯として扱われている。戦いを放棄したり、サーヴァントを失ったマスターを保護する役割を担っているためだ。

 もっとも、サーヴァントを失ったマスターが生き残ってここまで辿り着くことは極めて稀であり、大抵はサーヴァントの敗北と同時に殺されてしまうのが常だったが。

 それはともかくとして、他のマスターから運よく捨て置かれた事で無事に戦場を脱出を果たした慎二は、己の身の安全を確保するべく、全速力で街中を走っているという訳だった。

 時折、救急車のサイレンの音がすれ違い、慎二がやって来た道とは逆方向を目指して走っていくのが見えた。運転席に座っていた救助隊員が制服姿の慎二を怪訝な視線で見つめたが、今はそれどころではないと感じたのか、あえて車を止めて声を掛けようとはしなかった。

 息を切らしながら大橋を超え、新都の街並みを抜けていく。あとはこの緩やかな丘を登り切れば、教会はすぐそこだ。

 

 そう思った時、彼の太ももを急な激痛が襲い、そのまま不格好な姿勢で地面に勢いよく転がった。

 悪態をついた彼が急いで起き上がろうとするが出来なかった。少年の右足には携帯電話ほどの大きさの黒い刃物が深々と突き刺さり、傷口から真っ赤な鮮血を滲ませていた。

 突然の事で思わず絶叫をあげる慎二。すると、同時にどこからともなく声が聞こえてきた。

 

「――あれだけ派手にやって、まさか負けるとはな」

 

 届いた声が誰のものか理解した瞬間、慎二は受けたばかりの痛みも忘れて呻いた。退屈そうな、それでいて酷く残忍な男の声――それは間違いなく、かつて自分に同じ重傷を負わせた男のものに間違いなかった。

 

「お、お前は……」

 

 恐怖におののきながらも慎二が背後を振り返る。

 次の瞬間、彼はアサシンの左目から覗く不気味な輝きによって、あっという間に意識を刈り取られたのだった。

 




マダラ は ワカメ を 手に入れた!!


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マダラは新たな勢力と手を組むようです

 

 ライダーが敗れ去った次の日の深夜。マダラの影分身は再び間桐家の屋敷を訪れていた。

 敷地内に設置された結界をいとも簡単にすり抜け、窓から屋内に入り込む。気配をあえて消さずにいるのは、目的の人物を手早く呼び寄せるためだ。

 無言のまま静かに屋敷の暗闇を歩いていく。すると、どこからともなく虫の羽ばたくような音が聞こえ、やがてそれはしゃがれた男の声となった。

 

「――おぬし、何者だ」

 

 闇の中から姿を現したのは声に違わぬ老爺だった。枯れ木のような痩身と握り締めた杖がいかにも弱々しい印象を持たせてはいるが、ぎらついた光を放つ双眸からは不気味なまでの生気が現れている。“魔術師”というよりも“妖怪”と呼ぶ方が相応しい風貌だ。

 

「間桐臟硯だな」老人の異様な雰囲気をものともせずにマダラは言った。「俺はアサシン。用があってここに来た」

 

 老爺こと臟硯がほう、と僅かに呟いた後、わずかに片眉を傾けた。

 

「サーヴァント風情が何処でその名を知った?」

 

「間桐慎二だ。身柄を預かっている」

 

「……あの屑、まだ生きておったのか」

 

 嘆息しながら吐き捨てるように臟硯が言った。身内に対するものとは到底思えない冷たい声音。孫が戦いから生き延びていた事を喜ぶ様子は微塵もなかった。

 その瞬間、マダラは目の前の老人が己以外の全ての存在を道具としか見ていない事を悟った。全てを失った自分と同じように。

 だが逆に言えば、それは自分に恩恵がある限り、交渉の余地があるという事に他ならなかった。

 

「それで、用件とは何じゃ?」

 

 ぶすっとした表情のまま、老人がやおら切り出した。

 

「いくつか協力してもらいたい事がある。それが済んだ暁には速やかに小僧を返すと約束しよう」

 

「要らぬ、と言ったら?」と、臟硯が聞き返した。敵意を込めた鋭い声。「元はあやつが一人で勝手に始めた事。それをどうしてワシが尻拭いをせねばならぬ。加えてお主が本当にあの出来損ないを匿っているのかも怪しいものじゃ」

 

 それはマダラにとってある程度予想された返答だった。間桐慎二の価値はこの家の中では限りなく低い。それこそあっさり見捨てられてしまう程に。

 だからこそ彼は仮初めとは言えライダーのマスターになることが出来たのだ。

 マダラは懐から小さな黒い紙を一枚取り出すと、それを臓硯の元へと軽く放った。

 

「?」

 

 投げられたのは一枚の写真だった。即席カメラのフィルム紙の中には、暗闇の中でぼうっとした表情のまま佇む慎二の姿が映し出されている。彼を生きたまま預かっている証拠として予め用意していたものだった。

 

「――なるほど。確かに生きておるようじゃな」

 

 写真を一瞥した臓硯がいかにも興味がない風な口調で呟いた。彼の価値観からして実際そうなのだろう。使い道の無い産廃が厄介事を持って帰って来た、とでも言いたげだ。

 

「だがそれがどうした。あの出来損ないの為に、ワシが動かねばならない道理があるのか?」

 

「確かに道理はない。だが動かぬと言うのなら、俺はここに居るもう一人のマスターを貰っていくぞ。間桐桜の身柄を」

 

 マダラがそう答えた途端、臟硯の敵意が一気に膨れ上がった。生気に溢れていた瞳が更にぎらついた光を放ち、背筋が凍るような戦意を漂わせる。傍に立っているだけで気が狂いそうになるほどの威圧感を平然と受け流しているのは、彼がいくつもの修羅場を潜り抜けた英霊だからこそだ。

 

「……それをワシが許すと思うか?」

 

 ぎろり、と音がしそうなほどの視線で臓硯がマダラを睨みつけるものの、それも彼にはまるで通用しなかった。

 

「強がるのはよせ。サーヴァントを持たないお前が、(英霊)を敵に回して勝てると思うか?」

 

「ほざくな若造。ワシを誰だと思うておる? 貴様らを滅する手段なぞ、幾らでも拵えてあるわ」

 

 言いながら臟硯が両手で持っていた杖から右手を離した。例えるならそれは、軍人やマフィアが収めていた拳銃を抜いて相手に向けるのと同じように、いつでも仕掛けられるぞ、という意思表示に他ならなかった。

 並々ならぬ殺意を向けられながらも尚、マダラは冷静だった。むしろそれが嬉しいとばかりに口元を僅かに歪めている。

 

「お前がどうしても戦いたいと言うのならばそれもいいだろう。だがそれは互いにとって全く意味のない行為だ。俺がこれからする話は、お前にとっても損な話じゃない。場合によっては、お前が聖杯を取ることも出来るのだからな」

 

「………何じゃと?」

 

 彼の言葉に臟硯の表情が怪訝なものとなった。全く意味が分からないという思考が顔に滲み出ている。

 困惑する老体に向かってマダラは言い放った。

 

「協力する内容は二つ。一つは俺が今のマスターと結んでいる契約を切る事。もう一つは新しいマスターを用意してもらう事だ」

 

 ◇

 

「サーヴァント契約を切る、だと?」

 

 臟硯が尋ねた。それはマスターとサーヴァントが互いに協力しあう聖杯戦争においてはあり得ない提案だったが、マダラにとってはそれが目下一番の問題だった。

 

「俺のマスターはかなり横暴な奴でな。そりの合わない俺をどうやら捨て石にしようとしているらしい。不意を付いて始末しようにも、令呪で抵抗を封じられている現状では少々難しくてな」

 

 二度目にかけられた令呪の効力はバーサーカー戦の時に切れた訳ではなかった。マダラが彼女の命令に逆らったり、彼女に敵意を持とうとする度に身体が自然と言うことを聞かなくなり、彼の行動に著しい障害を与えていた。

 

「それで他の魔術師と結託しようと言う腹か。英霊と言っても、所詮は契約に縛られたサーヴァントじゃな」カカ、と臟硯が皮肉げに嗤った。向けていた敵意はいつの間にかなりを潜め、代わりに享楽の気配が見え隠れしていた。「だが見様によっては確かに面白い話じゃな。マスターはどんな奴だ?」

 

「キャスターだ」

 

「……なぬ?」再び臟硯が聞き返した。「サーヴァントがサーヴァントのマスターを務めているというのか?」

 

「そうだ。奴は寺の中に陣地を作り、街中の人間から魔力をかき集めている。一方で俺は寺の入口を守る門番の役目を押しつけられ、そこに半ば縛られている」

 

「ふむ、サーヴァント二騎による二段構えの布陣か。引き籠もるだけならば、まさにこれ以上無い堅牢さじゃな」

 

 唸りながら臟硯はマダラから視線を外し、屋敷の一点に移した。それは何かを見る為ではなく、自らの思考に没頭する為だ。

 しばらく無言のまま、マダラは老魔術師の考えが纏まるを待った。

 

 ――今の所は上手くいっている。間桐信二を餌にして自らの提案を聞かせ、相手に思案させている。強引な手に出る事もあるだろうと考えてはいたが、予想よりも遥かにスマートに事を運ぶことが出来ていた。

 だが問題はここからだ。果たしてこの老人が別の道を行く敵対者となるか、それとも有効な協力者として手を結べるのかが肝だった。

 たっぷり一分ほど経った後、視線を宙からマダラに戻した臟硯が言った。

 

「それで、どう仕掛ける?」

 

 放たれたのは共闘の意を示す言葉。つまり彼は提案を呑んだという事だ。

 

(キャスター)は何らかの方法で新しいサーヴァントを手に入れようとしている。俺の後釜に据えるためにな。それが叶うまで向こうからは手を出して来ないだろう。狙うならその間だ。令呪は貴様が作ったものだと、あの小僧(慎二)は言っていた。サーヴァントの契約や命令を、他の魔術師が横から解除する事は出来ないのか?」

 

 マダラの問いに臓硯は難しい顔をした。

 

「……マスターに直接干渉できる状況ならばともかく、今の状態ではまず不可能じゃ。そもそも外部から簡単に書き換えられるようになぞ作ってはおらぬ」

 

 考えてみれば当たり前の事だった。他人が容易に書き換えられるようなモノならば、マスターである事に意味などない。英霊と言う破格の存在を、令呪と契約で確実に御しえるからこそのマスターなのだから。

 

「ならば一度だけでも令呪を無視出来るようにする事は可能か?」

 

「命令による、としか言いようがない。令呪は単純な命令であればあるほど強く作用するように出来ておる。『自害しろ』と強く命じられれば逆らう術はないが、死ぬのをいくらか遅らせる事くらいの事は出来るかもしれぬ」

 

「仮に俺が一度だけ死を免れる宝具を持っていた場合、最後の一画を自害で使われたらどうなる?」

 

「自害から生き延びると同時に契約は切れるであろうな。だが魔力を供給するマスターが居なければ結局は時間の問題じゃ。魔力で形作られた仮初めの肉体は、契約していた時とは比べ物にならないほど凄まじい速度で魔力を食い潰し、やがては朽ち果て消えていくだろう」

 

「だがその前に新たなマスターと再契約を果たせば、その限りではない筈だ」

 

 マダラは目の前の怪物を真っ直ぐに見つめた。昆虫のように不気味で大きな黒い瞳を。

 

「――間桐臓硯、貴様は俺のマスターとなり、聖杯戦争を戦い抜く覚悟はあるか?」

 

 改まったマダラの提案に再び老人は沈黙したが、やがて返答を切り出した。

 

「……よかろう。ただしこちらにも条件がある。まず一つ、お主のマスターはワシではなく孫娘の桜が務める。この老体では魔力を上手く扱えぬでな。魔力量の多い器の方が、お主も何かと都合がよかろう」

 

 承諾の意を込めてマダラが首を縦に振った。彼にとっては現存するための器が臓硯であろうが桜であろうが大きな差はなかった。

 

「次に一つ。キャスターを始末した時点であの馬鹿を返して貰おう。あれでも一応、大切な孫でな。消されては色々面倒な事になる」

 

 さんざん冷たい態度を見せておいて何を今更とマダラは内心で呆れたものだが、こちらも別段異論は無かった。もともとそのための餌として用意したものなのだから。

 ともあれ契約はこれで成立した。あとは計画を実行に移すだけだった。

 

「仕掛ける時期についてはこちらからまた連絡を寄越す。それまでは怪しまれないよう、大人しくしていてもらおう」

 

 念を押すようにそう言うと、臓硯に背を向けてマダラは静かに屋敷を出た。見送りは無かったものの、代わりに外の結界は綺麗に消されていた。

 これで一つ、と彼は誰にともなく呟いた。その言葉は風に乗って消え去ったが、空に浮かぶ満月だけは確かにそれを聞いていた。



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設定集
ステータス・状況表


第13話『マダラは新たな勢力と手を組むようです』時点における、
マダラとメディアのステータスおよび状況を簡潔にまとめたものです。本編に直接関わる内容も含まれておりますので、閲覧の際にはご注意ください。


【元ネタ】NARUTO-ナルト-

【CLASS】アサシン

【マスター】メディア(13話時点)

【真名】うちはマダラ

【性別】男

【身長・体重】179cm・71kg

【属性】混沌・悪

【ステータス(13話時点)】筋力B 耐久C 敏捷A 魔力B 幸運D 宝具A+

 

【クラス別スキル】

 

気配遮断:B(A)

 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。本来ならばAクラスのスキルを持つアサシンだが、正面から戦う事を好む彼の性格に引っ張られてランクダウンしている。

 

【固有スキル】

 

魔眼:A++

輪廻眼(りんねがん)”と呼ばれる強大な力を持った魔眼。“写輪眼(しゃりんがん)”の究極系でもある。これを持った者は魔力(チャクラ)の五大元素や性質変化をすべて扱うことが出来る上、輪廻眼だけが持つ七つの強大な瞳術を使用できる。この目はアサシン召喚のための触媒であり、もともとは彼が己の死の間際に開眼したもの。適合しない人間に移植しても力の強大さに自我を崩壊させてしまうが、本来の持ち主であるアサシンは魔術礼装として体内に取り込む事で定着させることが出来た。しかし開眼した後の肉体で召喚されている訳ではないため、固有瞳術である『輪墓・辺獄』は使用できない。

 

忍術:EX

 忍者たちが使用する諜報術、戦闘術、窃盗術、拷問術などの総称。各流派によって系統が異なる。異世界から召喚されたアサシンの忍術はこの世界のものと違い、戦闘術に特化している。

 

反骨の相:B

 常に己の理念や野望に従って動き、戦い続けてきた孤高の忍。同ランクまでの「カリスマ」や「皇帝特権」など、権力に関するスキルを一定確率で無効にし、サーヴァントにとって絶対命令権である令呪にもある程度の耐性を持つ。

 

心眼(真):B

 長きに渡る戦いの中で培ってきた洞察力。窮地において自身の状況と相手の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

 

【宝具】

 

『イザナギ』

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~1 最大捕捉:1人

 うちは一族に伝わる禁術の一つ。写輪眼で自らに幻術を仕掛け、術者にとって都合の悪い事象を「夢」に書き換える事で回避する事ができる。

 己の死すらも書き換える事ができる強力な術だが、その代償として術を使用した写輪眼は力を失い、失明する。

 

須佐能乎(スサノオ)

ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100人

魔力で出来た巨人を生み出す。使用される魔力の多さに比例して『骨の一部』→『上半身のみの骸骨の巨人』→『二面四腕の鬼』→『鎧を纏った巨大な天狗』とその姿を変えていく。魔力で形成された身体はとても頑丈で、第一段階の骨ですら並大抵の攻撃では傷一つ付けることは出来ないが、弱点として内部から本体を直接攻撃されると防御する事が出来ない。

またイザナギと違って瞳力を使う術ではないので、何らかの形で視力を失っていたとしてもこの宝具は発動することが出来る。

 

六道輪廻(りくどうりんね)

ランク:E~A++ 種別:対人宝具 レンジ:-

 輪廻眼に宿った7つの瞳術・地獄道、餓鬼道、天道、外道、畜生道、修羅道、人間道を扱うことが出来る。どの術も強力極まりないが、特にアサシンは重力を操る天道と魔力を吸収し、術を無効化する餓鬼道を好んで使用する。

 

【Weapon】

 

大団扇

霊木から削り出された神器で、うちは一族の長が代々受け継いできた武器。その表面は頑丈で、飛び道具や物理的な魔術ならば受け止めて跳ね返すことが出来る。

 

苦無

鋼鉄で鍛造された忍具。短刀や遠距離武器として使用する他にスコップの代わりとして地面を掘ったり、縄や紐を通して楔や杭の代わりにしたりと様々な使い方が可能。

 

起爆札

爆発の術式が込められた札。一定量の魔力を流し込むと、数秒後に爆発する。携帯性に優れ、魔力を流さない限り爆発しないので、クナイに結び付けたり、特定の場所に張り付けて遠隔起爆するなど多様な使い方が出来る。

 

【解説】

 

 木ノ葉隠れ創始者の一人。最強と謳われたうちは一族の生まれで、当時の一族を纏め上げたリーダー。

 世界中の隠れ里に最強の忍の一人として名を知られている伝説の忍で、「倒せるとしたら柱間以外には存在しない」とまで言われている。

 同じ六道仙人の血筋で後に初代火影となった千手柱間とは、何度となく戦場で闘ったライバル。

 千手が雇われば、うちはが雇われたとされ、当時の忍世界において最強と謡われた彼に唯一対抗できたと言われている。

 死の間際に究極の瞳術と言われている“輪廻眼”を開眼している彼だが、今回は全盛期である戦国時代の姿で召喚されたため、最初は輪廻眼は持っておらず、マスターであるキャスターが魔力供給量を制限しているため、生前の力を殆ど発揮できていない。

 本来、別世界の人物である彼が聖杯戦争に召喚されることはないのだが、触媒として使われた輪廻眼の力と「サーヴァントによるサーヴァント召喚」というルール違反によってこの世界へとやって来た。

 精神は本編終了後であるため本人が聖杯に掛ける望みは特になく、またキャスターのルール違反によって強引に口寄せされた事を少々不本意に思っているが、強敵と戦えるならばと渋々契約に従っている。

 

【触媒】

 

『異界の魔眼』

 キャスターがアサシンを召喚する際に使用した触媒で、元々はキャスターを召喚した男が所持していたもの。

 この世界のどんな英霊や神々の目とも違う力を持ち、薄紫色の波紋が眼球全体に現れている。出所が特殊なためノウブルカラーは持たないが、その強大な力は“宝石”や“虹”ランクの魔眼にも匹敵すると推定される。

 正体はアサシンの死体から回収された輪廻眼で、彼はこれを密かに奪い取り、自らの目に取り込んだ。

 

【思考・状況】

1:キャスターによって結ばれた理不尽な契約と令呪を解除し、今までの報復を果たす。

2:新たなマスターと契約し、他のサーヴァント達と満足のいく戦いを繰り広げる。

3:聖杯にかける望みはないが、それがどのようなモノかには興味がある。

4:現在掛けられている令呪の内容「1.門番に徹する事」「2.マスター(キャスター)への抵抗の禁止」

 

 

【元ネタ】Fate/stay night

【CLASS】キャスター

【マスター】葛木宗一郎

【真名】メディア

【性別】女

【身長・体重】163cm・51kg

【属性】中立・悪

【ステータス】筋力E 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具C

 

【クラス別スキル】

 

陣地作成:A

 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。“工房”を上回る“神殿”を形成することが可能。

 

道具作成:A

 魔力を帯びた器具を作成可能。 Aランクとなると、擬似的な不死の薬すら作成可能。

 

【固有スキル】

 

高速神言:A

 呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。大魔術であろうとも一工程(シングルアクション)で起動させられる。現代人には発音できない神代の言葉を、神託により授かっている。

 

金羊の皮:EX

 とっても高価。竜を召喚できるとされるが、キャスターには幻獣召喚能力はないので使用できない。

 

【宝具】

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

ランク:C 種別:対魔術宝具 レンジ:1~1 最大捕捉:1人

 メディアの「裏切りの魔女」としての伝説・生涯が具現化した概念宝具。歪な形の短刀で、攻撃力は普通のナイフと同程度しかないが、「刺したモノに掛けられたあらゆる魔術を初期化する」という特性を持つ。魔力で強化された物体、契約によって繋がった関係、魔力によって生み出された生命を戻す最強の対魔術宝具。しかしどれほど低いランクであっても宝具の初期化は出来ない。

 

【解説】

 

 ギリシャ神話におけるコルキスの王女、「裏切りの魔女メディア」。“裏切り”の名が示す通り、その本質は反英雄に近い。

 元々メディアは故郷のコルキスで家族や国民と平和に暮らす善良な箱入り娘であった。しかしイアソン率いるアルゴー船一行の上陸により彼女の運命は狂い始める。

 女神アフロディーテの呪いによってイアソンに妄信的な恋をさせられた彼女は、自国の宝である「金羊の皮」を彼に与えてコルキスを脱出。その際に追っ手を退けるために弟であるアプシュルトスをバラバラに殺害した上で亡骸を海にばら撒き、これを拾い集めている間に難を逃れたと言う。

 その後もイアソンに言われるがまま、己の魔術で多くの非道を働き、英雄たちや人間たちから「裏切りの魔女」として非難・中傷を受けていく。そこまでしてイアソンに尽くすものの、当の彼はメディアを一度も労わることなく、最後は身勝手な理由で切り捨てられてしまう。

 呪いにより正気を失った状態で非道を働かされた末に、全てを失うことになった彼女は魔女へと堕ち、その後はイアソンに復讐を果たし、ギリシャの地を彷徨い続けたという。

 サーヴァントとして聖杯にかける願いは「故郷に帰ること」。しかし現在のマスターである葛木宗一郎との出会いによって、その願いは徐々に変わりつつある。

 

【思考・状況】

1:葛木と共に聖杯戦争を勝ち残り、聖杯を手に入れる。

2:そのためにも新たな戦力となるサーヴァントを手に入れ、邪魔なアサシンを始末する。

3:陣地に籠りながら街中の人間から魔力を吸い上げ、大量の魔力をかき集める。

4:残りの令呪の数:1画



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