田所浩二は女の子である (ほろろぎ)
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つぼみの章
第1話 堕ちた天使


 これは讃州中学勇者部の面々と、田所浩二という1人の少女との、出会いから別れまでの物語である。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ねえ、お姉ちゃん。天国なんて、あるのかな……?」

 

 神世紀298年の11月。太陽も灰色の雲に隠れた寒空の下で、犬吠埼 樹は視線を地面におろしたまま、姉の風に問いかけた。

 

 父と母が死んだ。犬吠埼姉妹にその訃報が届いたのは、一月前の10月11日のことだ。

 その報せを聞いた2人は、あまりに突然のできごとに現実味を感じられず、涙を流すこともなかったのはせめてもの救いだったろう。

 風は中学1年生で、樹にいたってはまだ小学5年生の子供なのだ。哀しみは少ないほうがいい。

 親戚はおらず、葬儀もろもろの段取りをしてくれたのは姉妹とは面識のない、両親の仕事仲間の大人たちであった。

 

 2人きりの生活が始まった。

 昔から姉妹の仲は良好で、喧嘩らしい喧嘩もしたことがなかったため、目立ったトラブルが起きることもなかった。これからも仲良く助け合って生きていけることだろう。

 とはいえ彼女たちは、まだ義務教育が必要な未成年の少女だ。子供だけで生活するのは大変だろうと、周囲の大人は施設に入ることを提案した。

 しかし2人は、父母との思い出がある実家から離れることを嫌がりこれを拒否。

 大人たちも姉妹の意思を尊重し、周囲から見守ることになった。

 

 この日は両親の墓参りの帰り。

 犬吠埼一家は香川県大橋市に住んでいる。また、両親が亡くなった場所は市に造られた瀬戸大橋跡地であり、墓もその近辺に建てられていた。

 家へと帰る道すがら、突然かけられた妹からの問いかけに、風は多少困惑した様子で声をかけた。

 

「どうしたの? 突然そんなこと聞くなんて」

「お父さんとお母さん、ちゃんと天国にいけたのかなって思って……」

 

 原因はわからないが、瀬戸大橋付近はなんらかの事故が起こり炎上、崩落した。

 その際、観光客など多数の人たちが巻き込まれたのだが、姉妹の両親は事故の中で怪我をした人々を助けて周り、その結果最後には自分たちが炎に飲まれ命を落としたのだ。

 

「大丈夫よ、樹。お父さんもお母さんも、絶対に天国にいるわ。そこであたしたちを見守ってくれてる。当然よ、だって……」

 

 見ず知らずの人たちを助けるために自身の命をなげうった父と母、そんな2人が天国に行けないなんて、そんなことあるはずない。

 風は妹を安心させるため、優しく頭をなでながらそう答えた。

 

「お盆は3日間くらいあるといいんだよね。だってさぁ、家に帰ってもあたしと樹の2人きりとかかわいそうじゃん!」

 

 なんて言っていながら、姉妹にとっての両親くんがはたしてお盆に帰ってきてくれるかどうかやっぱり気になる。

 霊魂クンは決して絶対に姿なんか表わしてしてくれない。だから風はグレまくって樹の世話なんかやっている。

 それに絶対決して「おかえり」なんて言ってくれない。単なる「守護霊」として愛してくれているだけだ。

 

「うん、そうだよね」

 

 樹も姉の言葉に納得したのか、地面におろしていた視線をまた上に向けた。

 その時、ふと樹の目にあるものが入り込んできた。

 海岸沿いの通りを歩いていた2人だが、その海の波打ち際、砂浜の上に横たわるそれは……

 

「お姉ちゃん、あそこ! 浜辺に人が倒れてるよ!!」

 

 樹の指さす先には確かに人が1人、うつぶせの状態でふせっている。

 しかも衣服など身に着けていない、全裸の状態であることが遠目にもわかる。

 その人は意識がないのか、顔は波に浸かったままでピクリとも動かない。

 

「た、大変だわ……。行くわよ、樹!」

 

 走り出す風と樹。急いで倒れている人物の元に着くと、2人してその体を波間から引き上げた。身長は風より少し高い程度だから、年齢も同じくらいだろう。

 その人の姿を見て、風は思わず息をのんだ。

 笑えばきっと愛嬌のある笑顔を浮かべるだろうと思わせる、人好きのする顔立ち。

 浅黒く日焼けした健康的な色の肌。

 無駄な脂肪などない、スポーツ選手のように鍛えられていることをうかがわせる肉体は、古代の美術彫刻を思い出させる。

 

「まるで、空から地上に堕ちてきた天使みたいだぁ……」

 

 風は思ったことを無意識に言葉に出していた。それほどまでに、目の前の人物は美しい少女(・・)だったのだ。

 短く借り上げられた頭髪から一瞬少年かとも思ったが、ふと目に映った股間に男性器が無かったことから間違いない。

 

「……ぅ……羽毛」

 

 少女が意識を取り戻した。目を開けると、姉妹を不思議そうに見つめる。

 

「あなた大丈夫? 自分の名前、言える?」

 

 風が尋ねると、少女はゆっくりと思い出すように自らの名前を口にした。

 

「俺は……田所……。田所 浩二……」

「田島さんね」

「違うよ、お姉ちゃん。田宮さんだよ」

「ごめんごめん。ターミナルさんね」

「だからタージマハルさんだって」

「あのさぁ……」

 

 なぜか少女──田所の名前を間違えてしまう2人。

 そこで樹が「あっ、そうだ」と唐突に救急車を呼んでいないことを思い出し、近くの病院に連絡を始める。

 その間に風は田所に質問をしていた。

 

「あなた、なんでこんなところで倒れてたの? それも裸でなんて……」

「んにゃぴ、(なにも覚えて)ないです。名前以外記憶がないとか、これもうわかんねぇな」

「えっ、記憶喪失なの!? ウッソだろお前……まるでドラマみたいだぁ」

 

 どうやら田所は、自分や自分の周りに関する記憶の一切を失ってしまっているらしい。

 これマジ? 物語の主人公に対して魅力が貧弱すぎるだろ……。

 

 ピーポーピーポーピーポー(緊急)

 

 そんなやり取りをしていると、少女たちのもとにサイレンを鳴らしながら救急車くんが到着した。

 

「えっ……何それは……(ドン引き)」

 

 救急車に乗るよう即された田所が言った。

 それ(・・)とは救急車のことを指しているのだが、彼女の言い方はまるで救急車──ひいては自動車という乗り物そのものを見たことが無い、といった様子である。

 

「嫌って言っても乗るんだよ車に」

 

 なんにしてもこのままではいけないからと、風はおびえる田所を無理やり救急車に押し込んだ。

 樹も乗せて車は大橋病院に向かう。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 病院に担ぎ込まれた田所。タンカに乗せられた彼女は、姉妹と別れ診察室に連れていかれた。

 医師の簡単な検査にもかかわらず、田所の体はなんと、今生きているのが不思議なくらいの重症であることが分かった。

 

「うわあ……これは火傷ですね。これは骨折で、ああ、こっちは内臓破裂ですね。間違いない。なんだこれは……たまげたなあ」

 

 田所を診ていた医師は驚きの声を上げた。一体どのような過酷な目に合えば、これほどの大怪我を負うことになるのか。

 

「(手術室に)inじゃねーの」

 

 医師は即刻、田所の手術をすることを決めた。

 しかし、そこで問題が起きる。手術室にある機械類が突然動かなくなってしまったのだ。

 どういう訳か、田所の近くにある精密機器はまともに動作しなくなるようだ。(車程度ならまだ平気なようだが)

 彼女の体から、なにか特殊な電波が出ているという訳でもない。

 

「病院の人は大変だね。病院のお仕事の人は大変だろうね~、白衣着て。ねぇ大変でしょうけども。仕事ですからね。仕方ないですね。仕事というのは大変です、生きるということは大変ですねほんま」

 

 ひどく他人事の田所。彼女には、この体は治療などしなくても勝手に治るという奇妙な確信が芽生えつつあった。

 はっきりわかんだね、とそのことを医師に伝える。

 

「こんな大怪我が自然治癒なんてするわけないだろ、いい加減にしろ!」

「いや、それは君が、君らがそう思ってるだけやでぇ?」

 

 納得いかない医師だったが、かといって機械が動かなければ本格的な治療をおこなうこともできない。

 仕方なく、消毒と包帯を巻く程度の簡単な処置をほどこしただけで、田所を病室に移送するのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ここは待合室で、向こうに、入院患者ルームがあるんだ。後で、そこへ行こうよ」

 

 田所が治療を終えるのを待っていた風と樹は、看護婦の案内で彼女が移された病室へと来ていた。

 全身包帯まみれの田所だが、痛みを感じていないのか、その顔に苦悶の表情はない。

 

「おっ、大丈夫か大丈夫か?」

 

 田所の体を心配した風が声をかける。

 

「大丈夫だって安心しろよ~。ヘーキヘーキ、ヘーキだから」

 

 大嘘でもなんでもなく、本当に田所は平気なようだ。

 にっこりと満面の笑みを浮かべる彼女を見て、風と樹は安堵の息を吐いた。

 

「ここに来てよかった……(兄貴)」

 

 手厚い看護を受けた田所は、病院に連れてきてくれた姉妹に感謝を述べる。

 

「そういえば、こっちは名乗ってなかったわね。あたしは犬吠埼 風で、こっちは妹の」

「い、犬吠埼 樹です……」

 

 引っ込み思案の樹は、初対面の田所に多少緊張した面持ちで名乗った。

 

FU()ITK()かぁ。よろしくお願いさしすせそ(料理の基本)」

 

 姉妹の名前を聞いた田所は、独特のイントネーションで返す。

 

「改めて、俺は田所浩二だ」

「よろしくね、タンドリーチキンさん」

「お姉ちゃん、だからタロイモさんだって」

 

 お互い握手をしつつやはり名前を間違う姉妹だが、もはや田所はなにかを言う気にはならなかった。

 

「それでさ、これからのことなんだけど……」

 

 風はどこか言い出しづらそうに切り出す。

 

「あなた、名前以外の記憶が無いんでしょ。ってことは、家族とかどこに住んでるかとか、全然分からないってことよね?」

「んまぁそう……よく分からなかったです」

 

 警察からの連絡によれば、捜索届が出されているような人間は誰もいないらしい。

 また、田所が倒れていた付近にも、彼女の所持品などは見つからなかった。

 

「退院しても帰る場所が分からないんなら、このままだとあなた、どこかの施設に入ることになるわ」

 

 同じ身寄りのない立場の犬吠埼姉妹ではあるが、田所と違い身元ははっきりしているし、住まいもちゃんとある。

 それに対して田所はどこから来たのか、家族や友人知人はいるのか、一切が謎なのだ。

 田所は風の言葉を黙って聞いている。

 

「でさ、これは提案なんだけど、あなたがよかったら、あたしたちの家に来ない?」

「あーもう1回言ってくれ」

 

 風からの突然の申し出に、田所は驚いて聞き返した。

 

「自分で言うのもなんだけどさぁ、こんな正体不明の怪しい奴と一緒に住もうだなんて、不用心すぎるってはっきりわかんだね」

「実はさ、あたしたちも両親が死んじゃって2人きりで暮らしてるのよ。だからなんていうか……あなたのこと、ほおっておけないと思うの」

 

 今日会ったばかりの素性の知れない人物だが、不思議と悪い人間ではないという確信が姉妹の中にはあった。

 

「タスマニアデビルさんも、今は一人きりだから……独りはつらいって分かるから、だから一緒にいられればと思って……」

 

 樹も口下手ながら、彼女なりに田所を心配していることを伝える。

 

「おかぁ……はぁん……(レ)」

「まだ母ちゃんって歳じゃないわよ」

 

 子供を慈しむ母のような姉妹の想い。それを受けた田所がついつぶやいてしまった言葉に、風は即座に突っ込みを入れた。

 

「初めて出会った人間が、お前たちのような善人でよかったよ。ありがとナス」

 

 姉妹の歪みねぇ優しさに触れた田所は、そう言って頭を下げた。

 でも……、と彼女は言葉を続ける。

 

「(俺を受け入れるのは)あっちょっと待ってもらって……。そんないい奴らなお前たちだからこそ、なおさら迷惑はかけらんねえわ」

 

 田所は、行くとこないならつべこべ言わずに家に来いホイという2人の提案を、感謝しつつも断った。

 風も樹も彼女のことを案じ、気にすることはないと言うが、やはり田所はこの申し出を辞退する。

 

「まま、そう心配しないでよ。自分のことなんだから、まずは自分で何とかしてみますよ~。多少苦労するとしても忍耐、あとは忍耐……あとは忍耐と……あと覚悟……ですね。それさえあればいけると思います」

 

 そう言って、田所は2人を安心させるように柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 結局、田所 浩二は犬吠埼家の世話になることを辞めた。そんな彼女を、風と樹も

 

「ハァ……(驚愕)絵に描いたような頑固(笑)凄い意志だね」

 

 と、本人がそう言うなら仕方ないという風に、笑って諦めた。

 そんな感じで面会時間も過ぎたため、姉妹は病室を後にした。またお見舞いに来る、と約束して。

 

 田所を病院に担ぎ込んだ日から幾日か経ったある日、風と樹は再び大橋病院に来ていた。もちろん彼女を見舞うためだ。

 田所がいる病室の扉を開ける。

 しかし、その部屋のベッドの上には誰もいなかった。どこかへ出かけているといった様子ではない。シーツは綺麗な状態で折りたたまれている。

 どうやら病室自体が使用されていないようだ。部屋を移ったのだろうか? 2人は近くにいた看護婦に田所のことを訪ねる。

 

「タンザニアさんね、この間突然退院しちゃったのよ。どこへ行ったかって? 悪いけど分からないわ」

 

 看護婦はそれだけ言うと、どこかへ去っていった。

 姉妹になにも告げることなく、突如として田所 浩二は2人の前から去って行った。現れた時と同じように、いきなりのことだ。

 この日、3人の出会いは唐突に終わりを告げた。

 神世紀298年、冬の日のことである。



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第2話 また会う日を楽しみに

 犬吠埼 風と樹の姉妹が、田所 浩二という1人の記憶喪失の少女を助けた。

 そんな田所が、姉妹の前から姿を消してから20日以上、30日以下? 何日経ったかわからねえくらいの時が経過した。

 風も樹も突如として去っていった田所の身を案じてはいたが、まだ幼い2人にできることはなく、流れる日々の中でしだいに彼女のことを思い出すことも無くなっていった。

 

 両親を亡くしている姉妹なので、当然身の回りの世話は自分で行わねばならない。

 しかし樹を溺愛している風は、妹に苦労はかけさせられないと、樹の親代わりとなって彼女の世話も1人でこなしている。

 食事の準備に掃除に洗濯。中学1年生にはとんでもないハードワークだ。

 

「わぁ、これが主婦業ですかー。色んな仕事がありますねー。こんなに大変だとは思わなかったぁ」

 

 さらに学校に行って、勉強までしなくてはならないのだからたまらない。これはキツいですよ。

 

「お姉ちゃん? 今店に店員さんが来て特売セールが始まっています。すぐ来れますか?」

「あ、あん、はっ、はい、40分後には、いっ、行けまっす!」

「もっと早く来れませんか?」

「あ、ああ、はい、なるべくはっ、はっ、早く行きまっす」

 

 食事の支度はいつも突然だ。

 そんな忙しい! 日々を過ごしていた風は、その最中をぬっての休息を満喫していた。

 といっても、なにもせずにボーッと寝っ転がっているだけなのだが。おい、引きこもり! などと言ってはいけない。(戒め)

 

とうおるるるる るるるるるる るるるるる るるるん

 

 不意に家の電話が鳴った。

 

「樹ー、悪いけど出てくれる?」

 

 少しでもゆっくりしていたい風が、樹に呼びかける。

 

「うん、いいよ。もしもし?」

 

 樹が電話に出て、そのやり取りが風の耳に聞こえてくる。

 

「はい、はい……お姉ちゃん、代わってくれって言ってるよ」

「え、あたしに? 誰なの?」

「よく分かんない」

「もしもし、代わりました」

 

 受話器を受け取った風が電話口に立つ。

 

『犬吠埼 風さん、ですね。私は三好 春信という者です』

「はあ」

『端的に言います。私は大赦……あなたのご両親と同じ職場に勤めています』

「はあ」

『これからお話ししたいことがあるので、どこかで待ち合わせをしたいのですが、希望の場所はありますか?』

 

 突然言われた言葉に、風はとっさに浮かんだ場所を上げた。

 

「えっ、えっと……じゃあ、うどん屋で……」

『では、かめやにしましょう。私のおすすめの店です。場所は分かりますか?』

「は、はい」

 

 かめや、とは四国に点在するうどん屋のことである。本店は讃州市にあるのだが、風たちが住む大橋市にも分店が存在する。

 両親の仕事仲間に呼び出されるという、不思議な体験をすることになった風。

 樹に、ちょっと外にイッキーマウスと言い残すと、1人かめやに向けて歩いて行くのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「わぁ、これがかめやですかー。色んなメニューがありますねー。こんなに繁盛してるとは思わなかったぁ」

 

 約束の店に到着、入店した風がつぶやいた。

 待ち合わせしていることを伝えた店員に案内された席は、一番奥まった人目につかない場所にある。

 まるでこれからする話を、人に聞かれまいとしているように風には思えた。

 席にはすでに電話の相手、三好 春信が座っている。風はうながされ、彼の対面に着席した。

 

「あなたが、お父さんとお母さんの同僚の方……ですか?」

「同僚ではありません。ご両親の上司を務めていました」

「ほんとぉ?」

 

 春信の見た目はずいぶん若い。まだ20歳そこそこの青年だろう。その若さで両親の上司だったとは、にわかには信じがたく風は疑いの眼差しを向けた。

 そんな彼女に春信は、自身の身分証明書と大赦の職員カードを見せる。それらは確かに彼が、風の両親の上司であったことを示していた。

 

「それで、あたしに何のご用でしょうか?」

「まず、私とあなたのご両親は大赦に勤めています。大赦とは、この四国をお守りくださる神、神樹様を奉る組織です」

 

 今から300年近く昔、突如地球全土に蔓延した殺人ウイルスにより、世界中の1145141919810もの生物が死滅するという大事件が起きた。

 その危機から唯一四国と、そこに残された人類を救ったのが神樹と呼ばれる神性である。

 神樹は今もなお、四国に結界を張りウイルスの侵入を防いでくれているのだ。

 このことは歴史の教科書にも記されている一般常識であり、風も知っていて当たり前だよなぁ?

 

「ここからが本題です」

 

 春信が声のトーンを落とした。

 

「人類を脅かすのはウイルスだけにとどまらなかった。ウイルスの海から、『悪の種(アクシード)』と呼ばれる怪物、バーテックスが生まれ、この四国に攻め込もうとしてるのです」

「ファッ!?」

「バーテックスは過去にも四国に襲来してきました。そしてそれを退けたのが、神樹さまに選ばれた神の力を行使できる無垢なる少女たち、かつて『ねふるむ』と呼ばれた者、勇者なのです」

「ファッ!?」

「我々大赦の真の使命は、その勇者様を陰ながら支援すること。そして今再び、四国にバーテックスが進行してくると神樹さまからのお告げがありました」

「ファッ!?」

「犬吠埼 風さん、あなたには新たな勇者となって、バーテックスからこの四国に生きる人々を守ってほしいのです」

「ファッ!?」

 

 突然話された怒涛の新情報に、風の頭はパニックを起こした。

 くそー、こんな急展開で残り話数がもつのかよ!

 

「むろん戦うのはあなただけではありません。すでにあなたの妹さんを始め、何人かの少女が候補に選ばれています」

「は?(困惑) なんで樹までそんなことする必要があるんですか(正論)」

「それが運命なのです。それに、神樹様のお役目に選ばれるのは名誉なことだと、あなたも分かっているはず」

 

 お役目は名誉なこと、それは幼いころから両親に繰り返し聞かされていたことだ。風も樹もそれは感じていることである。

 

「なにより、あなたたち姉妹には戦う理由がある。ご両親が亡くなった瀬戸大橋跡地の大火災、あれはバーテックスがやって来たせいで起きたことなのですから」

「バーテックスがお父さんたちを!?(重要)……殺して?(絶望) なんてことを……(憤怒)」

 

 衝撃の事実におっp……おっぱげる風。彼女の瞳に、怪物への憎しみの炎が宿る。

 

「姉妹2人暮らしではお金にも不安があるでしょう。勇者になることを引き受けてくれるのなら、大赦があなた方の生活の資金面での援助などの、一切の支援を行うと約束します」

 

 しばし考えこみ、風が出した答えは

 

「わかりました。バーテックスにはあったまきたし、生活が苦しいのも何とかしたいですから、あたし勇者になります」

「ありがとナス!」

 

 風の答えを聞き春信は頭を下げた。

 

「でも、樹は勇者になったとしても戦わせない。そんな危険なことさせたくない。あたしが樹を守って、その分も戦う。それでいいですか?」

「ああ^~いいっすね~」

 

 出たぜ! 得意げな春信の極上スマイル。まったくさー、子供戦わせて楽しんでるんじゃねーよ!

 こうして、風は新たに生み出される世界の守護者、勇者のリーダーとなったのだ。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 歴史の真実と両親の仇という衝撃の事実を教えられた風。

 大赦の手配もありそれからすぐに、犬吠埼姉妹は大橋の一軒家から引っ越しをして、今は讃州市のアパートで暮らしていた。そこに勇者候補者たちを集める手はずとなっているからだ。

 

 年が明けた神世紀299年1月。冬休みが終わったのを機に、風は讃州中学に、樹も近くの小学校へと転校した。

 大橋の友達と別れ半端な時期での新たな生活に不安はあったが、2人とも短い日数で無事クラスに溶け込むことができていた。

 現在の風は朝のホームルーム前の時間、自分の机について担任の教師が来るのを待っていた。

 間もなくやって来た担任は、このクラスに転入生が来ることを伝える。

 このような時期にいったい誰が来るんだろう、とクラスメイトたちが小声でざわめきだした。

 

「入ってこ~↑~ぉい」

 

 担任の妙に間延びした声に呼ばれて教室に入ってきたのは、1人の少女だった。

 笑えばきっと愛嬌のある笑顔を浮かべるだろうと思わせる、人好きのする顔立ち。

 浅黒く日焼けした健康的な色の肌。

 無駄な脂肪などない、スポーツ選手のように鍛えられていることをうかがわせる肉体は、古代の美術彫刻を思い出させる。

 

「俺、復活ぅ~」

 

 風の前に現れた転入生とは、以前に彼女と樹が助けた記憶喪失の少女、田所 浩二であった。ただし今回は裸ではなく、きちんと女生徒用の制服を身に着けている。

 思わぬ再開に、あんぐりと口を開けたまま声を発することができない風。

 

「おぉ~なんかソフトクリームみてぇ(な肌のきめ細かさ)じゃん」

「ウレシイっす! こんな美少女がクラスに来てくださるなんて。たまんねぇっす!」

「すっげーエロかっけー奴だ! マジエロいぜ!」

 

 一方のクラスメイトたちはと言うと、田所の美しさに男子は目を奪われ、女子も感嘆の声を漏らしている。

 人前で制服越しのガタイ晒してマジやべぇよ。すっげー視線をかんじるぜ。

 いいぜ、田所はどうせ清廉華憐な女子中学生なんだし、ギラギラした目線で見てやがる奴にはとことんスタイリッシュなボディを見せ付けてサービスしてやるぜ! ついでに華麗な流し目向けてさ。

 担任が田所を教卓の前に立たせ声をかけた。

 

「自己↑紹介↓……ってしたことある?」

「ないです」

「あ、無い。それをちょっとやってもらうから」

 

 田所は教室の中をチラチラ見まわしてから声を発する。

 

「名前は田所浩二。24歳です」

「じゃあもう社会人?」

「学生です」

「学生さん……」

 

 インタビューのようなやり取りを続ける担任と田所。

 生徒たちも、どう見ても24じゃない、でも大人びた雰囲気はある、彼女なりのジョークなんだろうと囁いている。

 

「身長は170センチ」

「うん」

「体重は74キロです」

「74キロ、はい。じゃあ、え~、まず犬吠埼の隣の席に座ってくださ~い」

 

 席に着く時、田所は風を見て笑みを浮かべながら挨拶するように軽く手を挙げた。

 

「あなたどこに行ってたのよ。急に病院から姿を消すんだから驚いちゃったわ」

「心配かけてごめんナス。事情は後で話すからまま、そう焦んないでよ」

 

 小声で会話する風と田所。

 担任が2人を注意し授業にはいったため、田所が姿を消した理由が聞けるのはもうしばらく先になってしまった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 授業が一区切りし、休み時間に入った。生徒たちがドッと田所の周りに集まり、彼女に質問を投げかけてくる。

 

「タイキックさんって前どこに住んでたの?」

「タイタニックさんの趣味ってなに?」

「タイタンボーイさん彼氏いるんですか?」

「タジャドルさん、お肌の手入れどうしてんの?」

「タドルクエストさんこんにちわ! かわいいね、うんちして?」

 

 質問攻めにあい、田所は困った表情を浮かべている。

 

「みんな待ってくれたまえ。言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは!」

 

 そんな彼女に風が助け船を出した。

 

「実はタイタニアムレンジャーさん、記憶喪失で自分の名前以外なにも覚えてないのよ」

「えっ、なにそれは……(同情)」

 

 田所の状況に生徒たちは言葉に詰まる。

 

「なんで風ちゃんがそれ知ってるの? 2人って知り合い?」

「んまぁ、そう、倒れてるところを助けたことがあるのよね」

「プライベートでも人助けですか。流石に、日頃からボランティアに励むだけのことはある(賞賛)」

 

 そんな感じで、過剰な質問攻めはやめようということになった。

 

「あっ、そうだ。みんなこの娘の名前間違ってるけど、ターヘルアナトミアさんよ?」

「いや、タックスヘイブンさんでしょ」

「タンクジョウさんって言ってたじゃん」

「あのさぁ……」

 

 風も含めて今まで誰一人として、田所の名前を正しく覚えることができていない。一体この現象は何なのか。

 ならば、と風が1つの提案をする。

 

「あだ名をつけるってどう? たとえば……『タド』とか」

「いいじゃんいいじゃん」

 

 満場一致で、田所のことをタド、もしくはタドちゃんと呼ぶことが決定した。

 そうして話題は現在の田所のことに向けられる。

 

「じゃあさ、今なんかやってんの? スポーツ……なんかすごいガッチリしてるよね」

「特にはやってないんですけど、トレーニングは……やってます」

 

 聞かれることを見越していたのか、田所はドヤ顔で答えた。

 

「芸術品だよ、タドちゃんのガタイは」

 

 1人の生徒が、プロポーションがグンバツだと田所のスタイルを褒め、他の生徒たちも同意する。

 

「あ、トレーニングやってんだ。……っていうのは、ウェイトトレーニングみたいな?」

「ん、そうですね」

「んー……週どれぐらいやってんの?」

「シュー……3日か4日ぐらいですね」

「へえ~……。結構、なに、昔からそういうガッチリ……した感じだったの? 体つきは? やっぱ」

「そうですね。昔は太↑ってた↓……んで結構。そっから少しずつ運動してって」

「うん。で、体重が、体重を落としていった……」

「落として。そうですね」

「へえ~……」

 

 話も一段落ついたところで休み時間も終わり、みんな自分の席へと戻っていった。

 ふと、風は先ほどの会話の中で違和感を感じたのだが、その正体に気付く。

 田所は過去の記憶を失っているはずなのに、昔は太っていたと発言したのだ。

 風がそのことを田所に問うてみると、彼女はあっけらかんと、記憶の一部が戻ってきたと答えた。

 

「まあ1週間とか3年前ですね」

 

 いろいろと気になるのだが、次の授業が始まるため風は昼休みに田所から話しの続きを聞くことになった。

 これからが田所の正念場。

 学生と主婦で鍛えまくった親代わり用家事処理玩具、風が悲鳴を上げることに。

 未だ触れられてない少女の謎がここに、語れる者は田所だけ。




今回のサブタイトルは、ダイヤモンドリリーという花の花言葉です。

ゆゆゆほんへに準ずると、かめやって勇者部が通ってる讃州市の1店しかないんですかね?
調べてもよく分からなかったので、この作品では数店舗存在しているということにしています。


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第3話 ゴッド・ブレス

「まずうちさぁ……屋上……あんだけど、焼いてかない?」

 

 昼休みに入ったので、弁当でも食べながらこれまでの経緯を話そうと、田所は風を校舎の屋上に誘った。

 

「まずの意味が分からないし、ここはタドの家じゃないし、焼くってなにを?」

 

 風の疑問の声を無視して、田所は屋上に出るための扉を開く。

 だが今の季節は冬真っただ中であり、外は急な猛吹雪に見舞われていた。

 

「サムゥイ! 寒すぎィ! 雪降ってるじゃなーい!」

「こんな吹雪の中で昼食とか、拷問かな?」

 

 田所は即座にドアを閉じて建物の中に引き返した。

 

「仕方ないね(レ)」

 

 2人は屋上に出るのを断念して、出入り口のドアの内側の所に腰を下ろした。

 弁当を広げながら、田所はこれまでのできごとを語っていく。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 時は戻り、まだ田所が大橋病院に入院してから数日後のことである。

 相変わらず彼女の近くに来ると、精密機械は不調になりきちんとした検査を受けることができないでいた。

 しかし看護婦と医師の懸命な手当てのおかげもあり、命にかかわる重症だった怪我は超スピード!?(レ)で回復していった。

 

 田所はベッドの上で横になりつつ、一緒に住もうと温かい言葉をかけてくれた犬吠埼姉妹のことに思いをはせていた。

 

「ンーーー、改めて考えると凄いな、って思うなあ。俺はやっぱ。凄いなあと思うなあ。

人も助けれるしさ、その人の心配もしちゃうし、ほんでー掃除も洗濯もできるでしょ?

ほんでー、さらには食事の支度してるって? ほんでー、妹の世話も一人でやってるって?

なかなかできないよ、そういうことは。なかなか難しいと思うよそういうことは。

そういうハートフルな人はなっかなかいないと思うよ」

 

 そんな時、田所の耳に自分の病室のドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「入って、どうぞ」

「邪魔するぜぇ~」

 

 入室を許可すると、扉を開けて来訪者が姿を見せた。

 その人物の服装は、奇妙の一言に尽きる出で立ちである。

 神事を行う際に神官が身にまとう、白衣(びゃくえ)と呼ばれる白装束を上下に着込んでおり、顔の正面には誰か判別できないようになのか、植物のような模様が入った仮面をつけていた。

 

「ファッ!? だ↑れ↓だ、あんた!?」

「突然失礼いたします」

 

 田所は怪しさ全開のその人物に尋ねた。

 それに答えた白衣の人物は、声色から女性だと思われる。女性神官が田所に問いかけた。

 

「貴方の御名前を、お聞かせください」

「……田所 浩二だけど……」

「タクラマカン砂漠様ですね」

「なんでどいつもこいつも、俺の名前を覚えられないんですかねぇ……」

「気にしてはなりません。それで正しい(・・・・・・)のですから」

「? どういうこったよ?」

 

 女性神官は田所の疑問の声を無視して話を続ける。

 

「私は大赦から、神樹様のお告げにより貴方様に拝謁するためやって参りました」

「大赦? 神樹?」

 

 神樹の存在も、この世界の成り立ちもまだ知らない田所は、神官の言葉に首を傾げた。

 そんな彼女に神官は、公の歴史である世界のあらましを説明する。

 

「ウイルスのせいで世界が?!(重要)……滅んで?(驚愕)」

 

 四国という限られた土地でしか生存できない人類、という事実におっぱげる田所。

 

「神樹様は貴方様にお会いしたがっていらっしゃいます。どうか私と共に、大赦本部までおいでくださいますよう……」

 

 そう言って女性神官は、礼儀正しく頭を下げた。

 

「あっ、おい待てぃ! そんなことして俺に何のメリットがあるんですか(正論)」

「神樹様にお会いくだされば、貴方様の失われた記憶も蘇るかと」

「ほんとぉ?」

 

 突然現れた怪しい人物の言葉に疑いを隠せない田所。

 しかし現状目の前の女性に頼るしか、記憶に関する手掛かりがないのも事実だ。

 

「まま、ええわ。許したる。俺は大赦に行く。大赦が一番いいでしょやっぱ」

 

 こうして田所は、女性神官に連れられ病院から姿を消したのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 田所と女性神官が、病院の前に停められていた大赦専用の黒塗りの高級車であるトヨタ・センチュリーに乗りこむ。

 しばらく車に揺られ、大橋市にある大赦本部へと到着した。

 

「はえ^~すっごい大きい……」

 

 大赦本部の建物は、これまで田所が目にしてきた建築物よりもはるかに巨大なものであった。実際に、大赦の建物はその重要性に見合った大きさに造られている。

 田所は女性神官の後をついて、本部の入口の前に立つ。ガチャン! ゴン! と大きな音を立てて重厚な扉が開かれた。

 

「入って、どうぞ」

「あっ、おじゃましまーす。家の中だぁ……」

 

 ギィー、ガッタン! 再び大きな音を響かせ扉が閉じられる。

 

「†悔い改めて†」

「あっ……すいません」

 

 突如神官に懺悔することを求められた田所。反射的に謝罪の言葉を口にしたが、具体的に何に謝ったのかは彼女にも分からない。

 

 女性神官に案内され、はぐれれば確実に迷って二度と外には出られないだろうと錯覚するほどの、迷路のような室内を進んでいく。

 やがて2人は建物の最奥へと到着した。そこもまた、木造りの重厚な扉が待ち構えている。

 

「ここより先は私は入ることを許されておりません。高枝切りバサミ様御一人でお入りください。中で神樹様が御待ちになっております」

 

 田所は扉の前に立ち、ノブに手をかけると、ゆっくりとそれを回した。

 扉を開けた先は吹き抜けの空間になっている。そこは建物の中であるもかかわらず、大きな泉が広がっており滝まで流れていた。

 

「はえ^~すっごい……」

 

 不思議な光景におっぱげながら、田所は広がる景色に目を奪われた。

 彼女の驚きはそれだけにとどまらない。泉の中心に、田所に会いたがっているという謎の神性、神樹が座しているのに気付いたからだ。

 神樹──それは読んで字のごとく、巨木の姿をした神なのである。その大きさは、普通の木であれば樹齢数万年でも足りないほどのスケールだ。

 

 風も吹き込まない室内であるにもかかわらず、神樹の枝に生い茂っている葉がサラサラと揺れた。それはまるで、田所を呼び寄せているようだった。

 田所は夢遊病者のようなフラフラとした足取りで、誘われるように泉の中に入ると神樹の元へ歩いて行く。

 神樹の根元までたどり着いた田所。見上げると、彼女の到来を喜んでいるかのように、枝がざわめいている。

 田所の方でも、なぜか初めて見る神樹に対して、懐かしさ(・・・・)としか表現できない感情が沸き上がってきていた。あるいはそれは、もっと大切な感情かもしれない。

 

「お ま た せ」

 

 不思議と田所の口から、そんな言葉が出てきていた。

 そっと自身の手で、神樹の幹に触れてみる。さらに優しく撫でまわしていく。それはまるで、男性の体を撫でるようないやらしさを意識させる手つきであった。

 突如、神樹が淡い光を発した。光は田所の周辺にも広がり、彼女の体を包んでいく。

 光の中で田所は、触れた手の平を通して神樹の意志ともいうべきものが、頭の中に流れ込んでくるのを感じた。

 はっきりとした言葉を持たないそれは、何と言っているのか明瞭に聞き取ることができない。

 しかし、田所の身を案じているような内容であることは、何となく察せられた。と同時に、別のところでは彼女に助けを求めているような、切迫した意思も感じることができる。

 

「オォン! アォン!」

 

 まるで複数の意識に触れているような感覚におちいる田所。直後、彼女の頭に自信についての失われていた過去の記憶が流れ込んできた。

 ごく少数のわずかな記憶であるにもかかわらず、まるでそれはパズルの枠に別のピースを無理やりはめ込んでいくような不快感を生じさせており、彼女の口から苦悶の声が漏れる。

 

「ファッ!? ウーン……」

 

 田所は不快感に耐えられず、ついには気を失い倒れてしまうのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ってなことがあったんだよなぁ……」

 

 田所は一通りの説明を終えたところで、喉の渇きのため飲み物を口にした。

 

「神樹様に呼ばれてねぇ」

 

 風も、話を聞きつつ弁当を食べ終えたところだ。

 

「それで、結局タドの失くした記憶って?」

「俺の家族はもう全員死んじゃってて、親戚もいないから施設で暮らしてたんだ。で俺、水泳部だったから練習のために海で泳いでて、そこで溺れて記憶を失ったみたいなんだ」

 

 田所も身寄りのない、天涯孤独の身の上だったという。風はそれに共感を覚えた。

 

「タドも苦労してたのねぇ……」

 

 うっすらと涙ぐみながら、そう声をかける。

 

「でも、冬に海で泳ぐのはやめた方がいいわよ。下手したら寒さで死ぬから」

「反省してまーす」

 

 まったく反省していなさそうな声で田所は言った。「あっ、そうだ」と彼女は言葉を続ける。

 

FU()さ、お前さ、勇者になるんだってな」

「ファッ!?」

 

 田所の発言に驚く風。

 なぜなら、勇者という存在は世間には秘密にされているので、関係者以外には公言するなと春信に言われていたからだ。なぜ田所が勇者という存在について知っているのだろうか。

 

「んにゃぴ、神官さんから聞きました」

「ほんとぉ?」

 

 田所ははぐらかすように曖昧に答えた。

 

「俺もFUのこと手伝うよ。つっても俺はまだ勇者じゃないから、具体的に何ができるかはこれもうわかんねぇな」

 

 神樹を訪ねて大赦を訪れた際、彼女は勇者としての適性があるか検査されていたのだ。

 

「こ、これは……!?」

 

 測定器を使って田所の勇者適性を測っていた大赦の職員が、驚愕の声を上げた。

 

「この方の適性は、これまでの歴代最高値をはるかに上回っています!」

「そうですか。やはりタンタンの冒険様は、神樹様のお」

「いえ、待ってください!」

 

 女性神官の言葉を遮り職員が叫んだ。

 

「こんどは数値が下降していきます。こ、これは……適正がありません!」

「どういうことですか?」

「わかりません。測定器の数値が変動して安定しないのです」

 

 職員は目の前のできごとに困惑しながら答えた。このような現象は前代未聞のことである。

 結局機械の不調ということで、田所の勇者適性は不明と判断された。

 

「勇者かわかんないのに、なんでタドがそんなことするのよ。多分だけどすっごい危険だと思うわよ?」

 

 風が心配そうに声をかける。

 

「大赦から頼まれたんだよね。お前と同じで、生活の面倒見てくれるっていうからさ。それに、助けられた恩返しもしたいし」

 

 借りはちゃんと返す、そこのところを有耶無耶にしない田所は人間の鑑である。

 

「神樹からも、首突っ込んで場を引っ掻き回すくらいの勢いでIKEA! ってお告げがあったからま、多少はね?」

 

 これは半分嘘だ。神樹の感情には確かにそういった面もあったが、残り半分は田所を関わらせたくないという不安をはらんだものだった。

 

「この世界を守ってください! なんでもしますから!」

 

 田所は風に嘆願した。

 

「ん? 今なんでもするって言ったよね? じゃあ今日の宿題代わりにやってもらおうかな」

「やだよ、おう」

「聞くって言ったのに聞かないってのはおかしいだろそれよぉ!(正論)」

 

 田所は即答で返す。さっきなんでもすると言ったばかりなのに、約束を破る人間の屑がこの野郎。

 

「許してプンスカ……」

「冗談よ。せっかくだし、家で一緒に宿題やらない? 樹もタドに会いたいだろうし」

「あっいっすよ。(快諾) 一人の友人の家に遊びに行くなんてひさびさだから、楽しみっすよ」

 

 田所の話を聞いている間に、外の雪はすっかり止んでいた。雲の切れ間から太陽の光が差し込んでいる。2人は屋上に出て、日の光のすっげぇ温かさに包まれるのだった。

 

 ここまでで、実は田所は風に話していないことがいくつかあった。

 それは1人の少女との約束によるものであるのだが、それは目の前のあなたにだけ、これから語ろう。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 続きだぜ。

 

「ヌッ!」

 

 神樹に触れ、過去の記憶の流入による不快感から意識を失っていた田所は、唐突に目を覚ました。

 目覚めた場所は、ついさっきまでいた神樹の座す泉ではない。

 そこは非常に薄暗く、目が慣れるとどこかの部屋の中ということが分かった。同時に、その部屋の異様さにも気づく。

 床や壁、天井にいたるまで、部屋の中にはいたるところに無数の人形(ひとがた)と呼ばれる、人間の姿を模した紙細工が貼りつけられている。まるで呪いの儀式にでも使われるようなありさまだ。

 

「はぁぁあああっ…!!(畏怖)」

 

 部屋の持つ不気味さに恐怖を覚えた田所は、フラつく体で外に出ようとする。そこで、ふいに彼女に呼びかける少女の声が響いた。

 

「あっ、おい待てぃ(江戸っ子)」

 

 その言葉に反応し田所は動きを止めた。振り向き、声の聞こえてきた方に顔を向ける。

 視線の先は部屋のちょうど真ん中。

 そこには神社の入り口にあるような鳥居状の物体が設置されており、その中には神棚とベッドと、その上に横になっている1人の少女の姿があった。

 こっちこっち、と少女は右手で田所を呼び寄せている。それに従い田所はベッドのそばに近づいていく。

 

「おっ、大丈夫か? 大丈夫か?」

 

 ベッド上の少女が、フラついている田所に声をかけた。

 少女は顔じゅうに包帯が巻き付けられており、わずかに見えるのは左目と口元のみである。声を聞かなければ性別の判断は難しかっただろう。

 体には入院患者が身に着けるような寝間着が着せられている。少女の服から覗いているのは顔と右手だけで、左手と両足があるべき個所に膨らみはなかった。

 なにか分からないが、とてつもない重症であるのは間違いない。

 

「お前の方が無事じゃなさそうなんですけど、それは大丈夫なんですかね……」

「大丈夫っすよ、バッチェ~元気ですよ~」

 

 田所は心配そうに包帯の少女に言うが、少女の方はなんでもないといった風に、あっけらかんと答えた。

 重病人に見えるが、そうは思えない明るさをもった謎の少女。そんな彼女が、自らの名前を名乗る。

 

「初めましてだね。私の名前は乃木 園子。あなたは……」

「……田所 浩二だ」

「ターボレンジャーさんかぁ」

「だから違げぇっつってんじゃねえかよ」

 

 名前を間違えられるのが当たり前となり、もはや棒読みで田所が訂正する。

 

「ごめんね~。私、人の名前覚えるのが苦手で……。あだ名だったら覚えやすいんだけどなぁ」

 

 園子は田所の姿をしげしげと眺めた。彼女の、野獣のような鋭さを持つ眼光が目につく。

 

「じゅうちぇるか……ぱいぱいやじゅ美はどうかな~?」

「えっ、なにそれは」

 

 独特のセンスを持つあだ名を提案され、田所は困惑した。

 

「んまぁ、そう……じゅうちぇるの方がマシですかね」

「よろしくね~、変態クソハゲステロイダーさん」

「酷すぎィ! ただの悪口じゃねえかそれよぉ、なぁ!」

「ウ ソ だ よ 。やじゅじゅはどうかな?」

「いいゾ~これ」

 

 『野獣』というワードからとったネーミング、それは意外と田所の気に入るものだった。

 あっそうだ、と園子が話を続ける。

 

「やじゅじゅをここに連れてきてもらったのは、私の指示なんさ」

「おまえが? なんで俺を?」

「神樹様がやじゅじゅの扱いに困ってるって聞いて、どんな人なんだろ~って気になって、会ってみたくなったんだ」

 

 扱いに困っているというのは、田所を勇者たちと接触させ共に戦わせるか、なにも知らせずにおくかということだ。

 2つの相反する考えがあるのは、神樹が複数の神の融合体で意見が割れているためである。

 

「勇者?」

 

 この時、田所は初めて勇者、そしてバーテックスのことを知った。勇者が世界を救える唯一の存在であることを、園子から聞かされる。

 

「我々大赦としては、タイキック様には勇者様の戦力となっていただきたいと考えております」

 

 唐突に、2人の前にそれまで姿を見せなかった女性神官が現れた。

 

「園子様、このような独断の行動は慎んでいただきますよう……」

「ごめんなさ~い。でも、覚悟もなしに戦わせたくなかったからね」

「人類の存続のためには、ターメリック様のお力が必要なのです。神樹様もそれを望んでいらっしゃるはず。それに犬吠埼 風様も、勇者となることを決断してくださいました」

「FUが?!(重要)……勇者に?(困惑)」

 

 神官の言葉を聞いた田所は驚いた。命の恩人である少女が危険な目に合うかもしれないのだ。そして、田所はそれを黙って見ていることなどできない少女だ。

 

「俺とFUがさ、勇者になったらどうする? 俺とFUが……え? 救世主の誕生か? あ? そうだよな、ハハハハ!」

 

 園子は女性神官の脅迫めいた言葉に怒りを覚え、一言文句を言ってやろうと思ったが、それよりも田所が勇者となることを決意するほうが早かった。

 

「……やじゅじゅは、それでいいの?」

「FU1人だけ危ない目には合わせられないダルルォ? 俺はあいつに助けられたんだ。なら、今度は俺が助ける番だってはっきりわかんだね」

「戦えば、いずれ私みたいな体になるとしても?」

SNK(園子)……お前も勇者だったのか」

 

 田所の言葉を肯定するように、園子は目を伏せた。

 

「俺はただやりたいようにやるだけだよ。なったらその時に考えるくらいでいいんだ上等だろ」

「玉も竿もでけぇなお前(褒めて伸ばす)」

 

 田所の決意は固く、揺るがせることはできないだろうと園子はあきらめ、代わりに賞賛の言葉を贈った。

 ここで田所は、本来園子に面会できる立場ではないため、女性神官から退室を促される。彼女が部屋を出る前に、園子が声をかけた。

 

「私のことは皆には秘密にされてるから、今日会ったことは誰にも言わないでくれる?」

「おかのした」

 

 続けて田所が、ふと湧いた疑問を園子にぶつける。

 

「お前もしかして、ずっと1人でこんな変な部屋にいるのか?」

「そうだよ。この体じゃ自由に動けないからね。私の行動も大赦に制限されてるし」

「こんなところにずっといたら頭おかしなるで」

「泣いても泣いてもオッパラディンだから、もう慣れちゃった」

 

 そう言って、園子は寂しそうに笑った。彼女のことを何とかしてやりたいと思う田所だが、ただの少女に何ができる訳でもない。

 

「あ、さ、ならさ、また会いに来るよ」

「ありがとう。でも私は囚人の身だから、よっぽどのことがないともう会えないと思う……」

「あっそっかぁ……(お前を外に連れて)行きてえなぁ……」

 

 せめて話し相手にでもなれればと思ったが、それすら叶わない。田所は己の無力さを痛感した。

 部屋を後にする最後の瞬間、彼女は園子に1つだけ宣言する。

 

「SNKのためにも、俺はこの世界を……まもるっ!」

 

 世界を守る、それがどれほど大変なことか今の田所にはまだ分からないが、それでもかつてその身を犠牲に人々を守り抜いた1人の少女を見て、そう強く伝えずにはいられなかった。




今回のサブタイはそのっちの花言葉である、「神の祝福」の英語読みです。
ガバ翻訳だから間違ってたら許してお兄さん!


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第4話 告白と特訓とすてきなお食事会

 田所 浩二が讃州中学に転校してきてから一月ほどが過ぎた。

 記憶喪失という特異な病状の田所だったが、男子生徒は一目見て彼女の美貌の(とりこ)になり、また分け隔てのない明るい性格から女生徒にも嫌われることなく、クラスメイトたちは田所を苦も無く受け入れてくれた。

 そうして今では、彼女もクラスの人気者の1人となっている。

 

 以前に神樹に呼ばれた田所は、神樹との接触で記憶の一部が蘇った。だがそれも家族など極わずかのことであり、その思い出にすら何か妙な違和感を感じている。

 日常生活の記憶が戻っていない田所だからなのか、彼女は中学校の授業も理解するのが難しく、風を始めとしたクラスメイトたちの教えで、どうにかこうにかついていけている有様だ。

 

「さっき妙にマイナスだっったのは数学だな、この漢字は古文だな、この年表は社会だなとかガタイで分析しながら、結局一番つらい時ってのはこんなにチョーガリベンに出来上がっているのに一人で悶え狂ってるシチュエーションだとわかったぜ」

 

 だが、そんな田所にも唯一得意と言える科目があった。それが体育だ。

 

「すぐ脱ぎますよ」

 

 そう言いながら田所は、更衣室でもたもたと体操着に着替える。

 

「中々いい体してるねぇ(ねっとり)」

 

 風が田所の身体をまさぐる。

 

「流石に、水泳部で鍛えただけのことはある」

 

 プール開きまではまだ期間があるためその本領を発揮することはできないが、それでも田所の基礎体力は女子中学生の平均値を大きく上回るものであった。

 中学の体育の授業は基本的に男女別で行われるのだが、おそらく彼女なら男子と運動しても余裕で勝ってしまうだろう。

 

 今日は3試合。

 午後からクラスの掃除したあと、校庭に戻って学生にハードなサッカーの試合受けて、ガンガンシュート掘られている最中にメールが入ってバスケ部の助っ人の要請。

 今度は年下のイケメン君。学生にドバドバビクビクゴール決められた直後だったんで、オレも負けん気が湧きまくり、2時間ガッツリボール掘りこんで2回負かせてやったぜ!

 そのあと、上下の口にスポーツドリンク注がれたまま渇きまくりのガタイでジムでトレーニング! マジ忙しいっす!

 

 スポーツに熱中している田所はとても様になっており、その姿を見た女生徒たちは男子に送るそれと変わらぬ、黄色い声援を送るのが常となっていた。

 そんな田所に惹かれるのは女子だけにとどまらず、男子にもまた憧れの目で見つめられる。中には見ているだけでは我慢できないものもいて……

 

「タドちゃん、ちょっといいかな?」

 

 昼休み、田所を呼び出したのは隣のクラスの榎本(EMT)という男子生徒だった。

 彼は田所を連れて屋上へ上がっていく。2人きりの空間。EMTは開口一番

 

「まず俺さぁ……君のことが、好きなんだけど……愛し合わない?」

 

 と言った。学生の身ならではの一大イベント、告白である。

 田所はクラスどころか学年でも1、2を争うほどの隠れた人気者で、彼女のことを狙っている男子生徒は数知れない。

 そんな中でEMT少年は、先陣を切って自分の想いをぶつけたのだ。これって……勲章ですよ。

 

「やっぱ性欲? 本能? 男の(サガ)っていうんすかねぇ? こう腕を広げられて、「さぁ告白して」なんて言われても全然興奮しないんすよ。 こう男の方から最初に、ていうのが、やっぱ最高っすね」

 

 そうEMTは続ける。一方の田所は、なにやら困り顔だ。少しの沈黙の後、彼女は頭を下げた。

 

「……ごめんナス」

「あっ……」

 

 田所の謝罪の言葉を聞いて、EMTは告白が失敗に終わったことを察した。これも青春の淡い思い出だからね、しょうがないね。

 

「タド、どうだった?」

 

 教室に戻ってきた田所に、風は暗に告白にOKしたのかということを(たず)ねた。

 田所はこれに首を横に振って答える。

 

「えぇ~、もったいない! 彼、結構イケメンだから女子の間でも人気なのに」

「こう見えても私はシャイですから、シャイ。人見知り激しいですから」

 

 田所の言葉に風は、そうだったっけ? と疑問を浮かべた。

 

「もう男性の顔なんてねえ、まともに見れたもんじゃないからね。恥ずかしくて見れませんね、男性の顔なんて。女性やったらしゃべれるんですけどねえ」

「とかなんとか言っちゃってぇ。本当は他に好きな人でもいるんじゃないのぉ?」

 

 ニヨニヨとした笑みを浮かべながら風は言う。その姿はどこか近所のおばちゃんを連想させた。

 風の言葉を聞いた田所は、なにかを懐かしむような遠い目を、窓の外の青空に向ける。

 彼女の表情を見た風は、あっ……と察したような呟きを発した。

 

「なになに、もしかして本当に好きな人いるの?」

「そうだよ(肯定)」

 

 田所が好意を寄せる男、その記憶も神樹に触れた時に思い出したことの1つだ。

 

「はえ~、やっぱりタドも女の子なのねぇ。で、誰なのその相手って?」

「水泳部の後輩ですね」

 

 年下という部分に風は食いつき、目をキラキラさせ始める。

 彼女も女子、それも人一倍女子力が高いことを自称しているのだ。恋愛話に関心がない訳がない。もっとも、風自身は年上が好みではあるのだが。

 

「どんな子なの?」

「歌が上手い奴だったゾ。遠野って名前なんだけど、その美声から皆からは『世界のトオノ』って呼ばれてたな」

「き、キスとかは」

「あんまり記憶にないけど少ししたかもわかんないですね」

「へ~……、会ってみたいわね。誰か似てる人っている?」

 

 風の言葉に、田所は教室の窓に張り付いていたトカゲを指さす。

 

「あれですね」

「えぇ……(困惑) 爬虫類に似てるって、恐竜から進化したのかな?」

「そこがいいのヨン……そこがいいわけじゃん……」

 

 遠野は決して爬虫人類ではないが、仮にそうだとしても種族の壁を越えてコイニハッテンシテ……素敵なことやないですかぁ。

 彼が今どこで何をしているのか田所にもわからなかったが、きっとどこかで自分のことを見守ってくれてるんだろうという、不思議な確信が彼女にはあった。

 

「また会いたひ……」

 

 その呟きは誰に聞かれるでもなく、ただ青空の中へと消えていった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 すべての授業が終わった放課後。下校中の田所と風だが、2人はこのまま自宅に帰るわけではない。

 向かう先は讃州市にある大赦の施設。彼女たちは来たるバーテックスの襲来に向け、そこで勇者としての戦闘訓練を行っているのだった。

 

 施設に着くと2人は即座に運動着に着替え、トレーニングへと入る。

 風は事前に大赦から教えられた彼女専用の勇者装備に習い、専用の武器である大剣の使い方を体に覚えこませるため、それを模した木刀で素振りをしている。

 一方の田所は勇者になれるか不明のため、専用の装備は用意されていない。彼女は徒手空拳を駆使した空手の型を繰り返していた。

 田所は水泳部であったと同時に、空手部にも籍を置いていたらしい。

 

「バーテックスがどれくらいの強さか分かんないけどさぁ、ただの空手が通用するのかしら?」

 

 振り下ろしていた大剣を止め、休息しつつ風が言った。

 

「あっ、おい待てぃ。ただの空手じゃあないんだよなぁ……。俺が習ってたのは『迫真空手』だゾ」

「極真空手?」

「は・く・し・ん。最強の格闘技って言われてたんだぜ」

「え……なにそれは。聞いたことないわよ、そんなの」

「結構マイナーなジャンルだったからね、仕方ないね(レ)」

 

 風はスマホを取り出すと、インターネットで迫真空手というキーワードを検索してみた。

 

「1件もヒットしないわよ? 本当にそんな流派あるの?」

「あぁん!? 最近だらしねぇな!」

 

 田所は貧弱なネットの環境に怒りをぶつける。

 

「そんなに言うんだったら、ちょっとアタシと勝負してみない?」

「見たけりゃ見せてやるよ(震え声)」

 

 図らずも組み合うこととなった風と田所。練習だが、お互い怪我しない程度に本気でやってみようということになった。

 風は大剣を構え、田所もまた空手の型で相対する。

 

「行くわよタド!」

 

 先に風が動いた。正面から田所の頭めがけて大剣を振り下ろす。

 

「ヌッ!」

「うそッ!?」

 

 なんと田所は避けるでもなく、風の大剣の攻撃を白刃取りの要領で受け止めてしまったのだ。とてもではないが、中学生の少女の力量で行えることではない。

 

「こんのぉッ!」

 

 風は一旦離れ、今度は横なぎの一閃を放つ。

 

「ヘッ!」

 

 今度は田所は、その剣の一撃を左腕を盾にしてガードした。

 木製の模造刀とはいえ、まな板以上の厚みのある大剣の直撃を受ければ、普通なら腕の骨が折れてしまうだろう。

 

「ちょっと刃ぁ当たんよ~」

 

 しかし田所は、余裕の表情でそう言ってのけた。

 

「えぇ……(驚愕) 痛くないの!?」

「あたりまえだよなぁ」

「だったら……ッ!」

「おう打ってこい打ってこい」

 

 風は大剣を振り回しながら田所に攻撃を繰り返すが、彼女はこれを両腕でもってすべて防いでいく。

 

「お前のここが隙だったんだよ!」

 

 わずかな時間で風の攻撃の隙を見切った田所は、彼女の手から剣を叩き落とす。

 続けて正拳突きを風のボディーに打ち込む……直前で拳を止めた。

 

「勝負ありだな」

 

 田所はこともなげに言った。見事な早業である。

 空手の経験者だけあってか、とても戦い慣れた(・・・・・)ような田所の挙動に、風は舌を巻いた。

 風は内心で、勇者適性があり武器も持っている自分の方が圧倒的に有利だと考えていたが結果は、彼女は適正も不明な素手の田所にまったく敵わなかったのだ。

 おまけに田所は、まったく本気を出していなかったようにも見受けられた。

 

(ただの空手の使い手ってだけで、ここまで力量に差が出るものなの?)

 

 自分と同い年の弱冠13歳の少女だというのに、戦う田所は歴戦の戦士のような風格すら漂わせていた。

 組み合って感じたことだが、田所の迫真空手とやらの力量も、数年の修行といったレベルを凌駕しているように思える。それは数十年といった期間でも足りない領域かもしれない。

 

「ぬわあああん疲れたもおおおおん」

 

 訓練を終えた田所は、汗を流すためにシャワールームに向かう。その背中に、風は独り言のように問いかけた。

 

「タド……あんた一体、何者なの……?」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「今日は本当疲れたわねー……」

「ねー今日訓練きつかったねー」

 

 トレーニングを終えた風と田所は、2人そろって家路についていた。

 

「今日の夕飯はなんにしようかしらねぇ。運動した後だから、エネルギーの補給のために肉うどんがいいかしら……。タドは何食べる?」

「んにゃぴ、インスタントのカップうどんですね」

「インスタントは体に悪いわよ~。うどんくらい簡単なんだから自分で作りなさいな」

「すっげえ(面倒)クセェだろほらぁ!」

「……あんたちゃんと自炊してんの?」

「(したこと)ないです」

 

 食事の支度が面倒な田所はこれまで料理をしたことが無いらしく、毎日三食インスタントうどんで済ませているとのことだ。お体が壊れるわ……。(しんみり)

 

「けしからん 私が喝を 入れてやる。(五七五)あんたちょっとこれから家に来なさい。アタシがちゃんとした食事ってもんを食べさせてあげるわ」

「えぇ……。(不満) もう帰って寝たいです」

「つべこべ言わずに来いホイ」

「でも……」

「クォーイ!」

 

 風のおかん(ちから)に負けた田所は、犬吠埼家に寄り道することになったのだった。

 

「ただいま」

「お邪魔するわよ~?」

「お帰り、お姉ちゃん。タド先輩も、いらっしゃいです」

 

 マンションのドアを開けると、先に帰っていた樹が出迎えてくれた。

 人見知りの強い彼女だが、田所とはすでに何度も会っているため、もう普通に接することが出来るようになっていた。

 

「今日は遅かったね」

「んまぁ、そう……中学生にもなると色々あるのよ」

 

 樹の言葉に、風はあいまいな返事を返した。まだ樹には、彼女が勇者に選ばれたことや、風自身も勇者であることなど話していないからだ。

 田所をリビングに通すと、風はカバンを自室においてからエプロンをつけて、夕食の支度にとりかかろうとする。そこで思いもかけず樹から、ちょっと待ったコールがかかった。

 

「お姉ちゃんも疲れてるみたいだし、せっかくタド先輩が来てくれたんだから、今日は俺……私が作ります!」

 

 樹が風に代わって夕食を作ろうと言い出したのだ。彼女は素早く風の体からエプロンを取り外すと、自分の身に着けていく。

 

「ファッ!? 樹さん!? ちょっと、マズいですよ!」

 

 樹の発言に固まっていた風が、意識を取り戻すとそう叫んだ。

 

「え、マズいって何が?」

「ぅ……いや、それは……」

 

 言葉に詰まる風。

 未だに樹本人に直接言ったことはないのだが、実は彼女はかなりの料理下手なのだ。

 過去に1度、樹の手料理を食べたことのある風だったが、あまりの出来の酷さに口にした彼女には、しばらく寝込む羽目になった苦い思い出がある。

 だがそのことを知らない田所は、呑気に樹を応援し始め、彼女のやる気に火をつける有様だ。

 

「どうなっても知らないわよ」

 

 風は田所に小声でそう言った。

 

「それじゃあ、私ご飯の支度してきますから、出来るまでこれでも飲んでてください」

 

 そう言って、樹はウエルカムドリンクのレモンジュースを置いて行った。

 

「うん、非常に新鮮で、非常に美味しい」

 

 ジュースは市販のものだったようで、田所は問題なくこれを飲んだ。

 その間も、台所からは何かを焼くジュージューといった音などが聞こえてくる。

 

「よしっ(妥協)」

 

 30分ほど経った頃、料理が完成したようで台所から樹の声が聞こえてきた。

 

ピ^~ヒョロピ^~

 

 台所のドアを開けて、樹が料理を運んでくる。

 

「初めまして。えぇ~っと本日、えー『すてきなお食事会』のお料理を担当させていただきます、不死鳥料理人の樹です。どうぞよろしくお願いします」

 

 テーブルの上に料理を並べていく樹。彼女が作ったメニューは、ミートソーススパゲティとお茶漬けだった。

 うどんは普段から食べているから、たまには変わったものがいいだろうと思ってのことだ。どんな組み合わせだよなどと言ってはいけない。(戒め)

 目の前に置かれた樹お手製の料理を見て、田所と風は絶句した。

 スパゲッティの麺は茹ですぎてデロデロにふやけ、上からかかっているミートソースは炒めすぎて黒焦げになるはずが、なぜか茶色く変色している。

 お茶漬けにいたっては、食べやすいようにと最初から具材と御飯がかき混ぜられた状態になっていた。

 こちらもなぜか茶色が混じっていて、おまけにトロミがつけられている。一見して吐しゃ物のようにも見えた。

 それはまるで、ミート・クソース・スパゲッティとゲロうんこ茶漬けとでもいうべきものだった。

 

「たくさん食べておかわりもあるから」

 

 笑顔で食事をすることを進めてくる樹。

 田所は今すぐにでも家に帰りたい気分だったが、せっかく可愛い妹分が手作りしてくれたご飯に手を付けず帰宅するわけにもいかず、アンニュイな表情を浮かべている。

 

「いただきまーす」

 

 田所はしぶしぶフォークを手に取り、ミート・クソース・スパゲッティを口に入れた。

 

「おいしいかい?」

「ぐはぁ!(致命傷)」

 

 一口食べただけで強烈な吐き気を催し、内臓に大きなダメージを受けてしまう。

 

「タド様逃げてはダメですよ」

 

 フォークを置こうとした田所を風が制止した。

 

「完食してもご褒美はないんだぞ?」

「デザートにクレームブリュッレがありますよ」

 

 いつの間に持ってきていたのか、樹がテーブルに新たに食後の甘味を置いた。

 樹は期待の目で、風は「タド、何とかしろ」といった視線を送っている。

 田所は諦めの表情で、震える手でフォークにパスタを絡め口に運んでいく。

 

「ンンッ… マ゜ッ!ア゛ッ!↑」

 

 何とかミート・クソース・スパゲッティは片付けることができた。だがまだ難敵、ゲロうんこ茶漬けが待ち構えている。

 

「タド様……箸を持つ手が止まっ……て見えるのは、私だけでしょうか?(ニュータイプ)」

「いや……ちょっと味わってて……」

 

 樹はそう言って、食事を続けることを待っている。

 

「ぷももえんぐえげぎおんもえちょっちょっちゃっさっ!」

 

 田所は意を決し、箸を置き御飯茶碗を持つと、そのまま喉の奥に一気に流し込んだ。同時に、この世のものとは思えないうめきが漏れる。

 このあとクレームブリュッレも全て片付け、彼女は樹に料理を作らせた責任を取ることに成功した。

 テーブルの上に死んだように突っ伏す田所。口からは「誰か殺してくれ……(早く帰らせてくれ……)」といった言葉が、うつろな表情と共につぶやかれている。

 その地獄のような有様を見て風は、妹には今後二度と料理は作らせまいと心に決めるのだった。




さすがに糞喰漢ほんへを見る勇気はなかったので料理の描写などは適当です。


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第5話 勇者部誕生

 樹お手製、(糞の)フルコースを何とかすべて平らげた田所は、満身創痍でテーブルに突っ伏していた。

 狂乱の宴も終わり、樹と風は台所で食器の後片付けをしている。

 

「タド先輩、満足してくれたかなぁ」

 

 渾身の手料理を振るまえたからか、樹は嬉しそうに言った。

 

「え、えぇ。たぶん、めいびー、きっと。……樹、ご飯作るの面白かった?」

 

 隣で皿を拭きながら風がたずねる。

 

「うん。刺激になりましたよ。興奮しましたよ。またやりたいな~」

「ああ~ダメダメダメ(西田敏行)」

「え、何で?」

「あ、いや、火の扱いとか危険じゃない? 包丁で指切るかもしれないし、そんな危ないこと樹にさせられないわよ」

 

 風はあたふたと言い訳をする。

 お前の料理が不味いからだよ! などと妹の心を傷つけるようなことは、たとえ真実であっても言う訳にはいかない。

 

「もう、お姉ちゃんは心配性だなぁ」

 

 笑いながら樹が言った。思いのほか調理は難しかったらしく、当面はやめておくと言われ、風はほっと胸を撫でおろすのだった。

 片づけを終えた姉妹が台所からリビングに戻ってきた。樹は、やつれている田所を見て強烈な一言を放つ。

 

「もしかして、まだ食べ足りませんでした? ハンバーグの材料もありますけど」

 

 やばいぜ! これ以上胃に物を詰め込むなんて出来ないのにさ……。奴は他人の腹ペコを満たすのが趣味のプロ級料理人だ。

 田所は青かった顔をさらに青ざめさせながら答える。

 

「いやーもう十分堪能したよ……もう勘弁してくれ(悲願)」

 

 純粋な好意からの樹の発言だったが、それは田所を怯えさせる恐怖の言葉でしかなかった。

 エプロンを外した風が、田所の隣に来て言葉をかける。

 

「タド、ダウンしてる場合じゃないわよ。宿題あるの忘れたの?」

「あっそっかぁ……明日休みてえなぁ」

 

 くそー、あと数時間で日をまたぐのに今日中に宿題を終わらせられるのかよ!

 

「ついでだし、アタシとや ら な い か」

「ウホッ! いい女」

 

 一緒に宿題を片付けようという風の言葉に、田所は誘われるままホイホイと彼女の部屋について行っちゃったのだ。

 

「ちょっと! 待て! チョマテ……」

 

 そう言いながら、すぐ後から樹もついてくる。彼女も宿題を出されていたようで、せっかくだから3人で一緒に勉強をすることになった。

 田所は風に分からないところを教えてもらい、樹が分からないところは田所が教えるという、三角形になって3人でしゃぶりあうようなフォーメーションで宿題を進めていく。

 中学の勉強にはついていけない部分もある田所だが、さすがに小学生の宿題くらいは理解できるようだ。

 

「まぁ頭はいいけん」

 

 どや顔を披露する田所。クラスで相手にされない中学生が…小学生の遊び場に割り込んでガキ大将気取っているみたい。(そのまんま)

 宿題を始めてから1時間ほど経った頃、田所が伸びをしながら

 

「チカレタ……(小声)」

 

 と言ったことで、3人は一旦手を止めて小休止することになった。田所は大の字になって床に寝っ転がる。

 疲労困憊の彼女を見て、樹の中に不意に不安がよぎった。

 

「先輩、もしかして食べ過ぎですか? 私、ご飯作りすぎちゃいましたか……?」

「いや全然全然全然(じぇじぇじぇ)こんな、適量やったで」

 

 確かに量的にはちょうどよかったが、味がね……。だが田所は気を使って、そのことは言わないでおいた。

 

「それに、疲れてるのは勇者の訓練してたかr」

「てめェェェェェェ!! 何してんだよォォォ!!」

 

 突然風が大声を上げ、田所の言葉を(さえぎ)った。

 

「? ゆうしゃ?」

「何でもないから! タドはちょっとこっちに来いホイ!」

 

 聞きなれない単語に首をかしげる樹を誤魔化しながら、風は田所を連れて部屋から出ていく。

 

「樹には勇者のことは秘密にしてるんだから、黙れやサルゥ!」

 

 風は勝手に秘密を暴露しようとした田所を怒った。

 確かに彼女は春信に頼まれ、自分も樹も勇者になることを了承したが、出来る限り樹は戦いに参加させたくないと考えている。

 だから、そんな危険なお役目に選ばれたなどということも、妹を不安にさせないため伝えたくないのだ。

 そもそも選ばれる可能性自体が低いとも言われている。なら、余計なことを教えて怯えさせることも無いだろう。

 

「でも、勇者になる可能性はゼロって訳でもないだろ? ならいざって時に土壇場で教えて動揺させるより、今のうちに伝えて覚悟決めさせといたほうがinじゃねーの?」

「……それはそうかもしれないけど……」

 

 田所は、自分に勇者のことを教えてくれた園子に習って、樹にも包み隠さず教えておいてやれと風を諭す。

 

「あれ、なんか足りねえなあ~。姉妹的に何か足りねえなあ~、と思うんですよ、自分的に。でそれが何かと言ったら……やっぱり「信頼」ですね。信じる気持ちが足りない(中略)「愛」が足りない」

「愛……」

ITK()のことを愛してるんだろ? なら信じてやれよ。あいつ、気弱に見えるけど芯は強い心を持ってるって、はっきりわかんだね」

 

 風は目を閉じて腕を組み、ウーン……としばし悩んだ末に

 

「分かったわ、タドがそこまで言うのなら。アタシも樹のことは信じてるし」

 

 と言い、2人はこれまで秘密にしていた勇者やバーテックスなどのことについて、樹に打ち明けることになった。

 

「四国に怪物が攻めてきて、私たちがそれを倒さないといけない? あーもう1回言ってくれ」

 

 出たぜ! 可愛げな樹の極上首傾げポーズ。まったくさー、姉の言うこと疑ってるんじゃねーよ!

 さすがに突拍子のない話だったようで、初めは田所も風も自分に対して冗談を言っていると思う樹だったが、2人の真剣に話す様を見て彼女もようやくジョークではないと信じるようになっていった。マジビビるわぁ!

 

「私も勇者に選ばれてるって、うせやろ? そんなの無理無理無理無理! といいつつ……」

 

 いきなり怪物と戦えなどと言われて、それをすんなり受け入れられる人間などほとんどいないだろう。

 樹も自分にはそんなこと出来ないと即答したが、それはすぐに言い直されることとなった。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! 待って! 待って下さい! やっぱり私も戦うよ」

 

 勇者に選ばれたことは伝えた風だが、それで妹にも戦いを強いる気は毛頭なかった。

 だというのに、当の樹は自分も共に戦うと言い出したのだ。風は驚いてそれを止める。

 

「ああ~ダメダメダメ。(2回目) そんなことしなくていいから(良心)」

「あぁんひどぅい!(レ) 私が一緒に居ちゃ、いかんのか?」

「いかんでしょ」

「お姉ちゃん1人が危ない目に合うほうが、よっぽどいかんでしょ。ついていくよ、何があっても」

「樹……ありがとナス」

 

 風は妹の強い決意のこもった言葉を聞いて、目じりに涙を浮かべながら彼女を抱きしめた。

 (戦力が増えるんだから)ありがとうございますやでほんま。大赦からしたら。

 田所も横で、姉妹の美しい家族愛を見て満足気に頷いていた。

 

「あ、さ。それじゃあさ、意見もまとまったところで気合の雄叫びやっちゃいますか!? やっちゃいましょうよ!」

 

 ああ^~いいっすね~。ということで、3人は円陣を組む。

 

「じゃあ(バーテックスの野郎)オラオラこいよ! オラァ!」

「行くぞオラァ!」

「イッキーマウス……!」

 

 田所、風、樹の、来たるべき日への気合を込めた叫びが、夜のマンションに轟いた。(やる気が)凝縮されてるんだ。

 次の日、隣人にめっちゃ怒られたのは別のお話し。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 樹も勇者として戦う決意をしたことにより、田所と風の特訓に彼女も加わることとなった。

 このことで放課後は3人の時間が合わないため、特訓は学校が休みの休日に変更になる。

 今日はその訓練日。

 大赦によれば、樹の勇者としての武器は特殊な装備になるらしく、訓練用の物も用意できないとのことだ。

 そのため樹は田所の指導のもとで、彼女と共に走り込みや筋トレなどの基礎的なトレーニングを行っている。

 

「タド先輩は、迫真空手っていうのを習ってたんですよね。私にもそれを教えてもらえませんか?」

「いやーきついっす。(素) 長年修行積んだ熟練者でもへばって退部したくなるくらいハードだから、素人のITKはやめといた方がいいと思うゾ」

 

 一朝一夕で身につくものでもないし、と修行内容が過酷すぎることを理由に止める田所。

 一方の風は、大剣で素振りをしながらどこか上の空の様子だ。

 

FU()、ボーッとしてるけど、どうかしたのか?」

 

 田所の声に、風は素振りを止めて答えた。

 

「もうじき新年度になるじゃない? 大赦からあと2人、勇者の候補性が讃州中に入学してくるって言われてて、どうやって声をかけようかなと思ってね」

「普通にお願いするんじゃダメなの?」

 

 と樹。だが、素直な性格の彼女ですら最初は動揺したのだ。まずは人柄や性格などが分からないと、ン拒否するゥされる可能性も十分にある。

 

「困ったわね~」

「立たねえなぁ、俺が立たしてやるか。しょうがねえなぁ(悟空)」

「タドには何かアイディアがあるの?」

「そうだよ。(便乗) ……ITK、なんとかしろ」

「へえっ!? わ、私ですかぁ!?」

 

 おめえは思わせぶりなことを言っといて他人に丸投げするんだな、マジおもしれー!

 と思いきや、何も考え無しに樹に話しを振った訳ではなかったらしい。

 

「ITKは占いが得意なんだろ? どうやってその2人を仲間に引き込むか、占ってもらえばいいじゃんアゼルバイジャン」

 

 占いなどという一見不確定な案を出す田所だが、実のところ樹のそれは結構な割合で当たると知り合いの中では有名なのだ。

 今はタロットカードしか持っていないが、専用の小道具などを用意すればその的中率は6割5部から8割5部にアップするなど、ほぼ間違いなしの結果をたたき出すほどである。

 田所に頼まれて、さっそくいつも持ち歩いているカードをカバンから取り出した。

 

「樹、頼んだわよ」

「(いい結果を)出そうと思えば(王者の風格)」

 

 姉の期待を受けて、手際よくカードをシャッフルし、並べていく。めくったタロットの絵柄を見て、回答を述べる樹。

 

「『共同作業で親睦を深めるといい』、って」

 

 答えを聞いて、田所と風は顔を見合わせた。

 

「共同作業って、一緒に何をすればいいのよ。運動会とか?」

「期間が狭すぎるだろ。ん~……」

 

 田所は頬に手をやり思案顔を浮かべる。

 

「学生の共同作業っつったら、やっぱ……部活ですかね」

「部活かぁ。でもアタシもタドも帰宅部じゃないの。それに部活だったら他の生徒もいて、ややこしくなるわよ?」

「度胸足りねえんだよ。新しく部を作るくらいでIKEA」

 

 勇者同士の交流を図るための専用の部活、その創設を田所は提案した。

 

「部を作るのはいいとして、何をするかが問題ね」

「それも占いで出てるよ。『人のためになることをしろ』、だって」

「何か芸術的……。あ、さ、名前は『勇者部』ってことで。ウン。ハイ、ヨロシクゥ!」

「「ああ^~いいっすね~」」

 

 田所の発言によってなんだか適当な感じで決まってしまったが、兎にも角にもここに『人のためになることを勇んでやるクラブ』、その名も勇者部が発足されたのであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 時は流れ、今は神世紀299年の4月。新年度を迎え田所と風は中学2年に、樹も小学6年生へと進級した。

 今日は春休みが開けての初の登校日。讃州中の校門前で田所は1人、入学してくる新入生たちを眺めていた。

 

「こいつらの中に新しい勇者候補がいるのかぁ……ん?」

 

 続々と登校してくる新入生たちの中で、ある2人組の少女が彼女の目にとまった。

 1人は赤い頭髪を短くまとめた髪型をしており、もう1人は黒髪で車椅子に乗っている。

 車椅子という所が目を引いたが、それ以上にその2人が昇降口の目前で立ち止まったまま、動く気配が無いことが気になった。

 

「お、大丈夫か大丈夫か?」

 

 何かあったのか、と田所が駆け寄り声をかける。

 その言葉に振り向く2人の少女。

 

「……神之御子(かんのみこ)……」

 

 赤い髪の少女の顔を見て、田所は無意識に不思議な言葉を発した。それは彼女自身にも、なぜそう言ったのか理解できないものだった。

 

「? カンノミホ? いえ、私は違いますよ」

 

 赤い髪の少女が聞き返すように言った。人の名前と聞き間違えた様だ。

 

「いや、なんでもナイス。それよりお前ら、ずっと立ち止まってるけどどうかしたのか?」

 

 田所が尋ねる。

 少女が説明するに、どうやら車イス用のスロープが用意されていないため、昇降口へ上がるための階段をのぼることができないで困っていたらしい。

 

「申し訳ありませんが、どなたか教師の方を呼んできてはいただけないでしょうか」

 

 車椅子の少女が田所に頼んできたが、それよりもこっちのほうが早い、と田所は車椅子の後ろに回った。

 

「ヌッ!」

 

 車椅子を後ろから押すためのハンドル部分を持つと、力をこめて少女ごと車椅子を持ち上げてしまったのだ。大の大人でも不可能な力技である。

 そのまま数段ほどの階段を上り、昇降口の入口で少女の乗っている車椅子をそっと下ろす。

 

「パパパッとやって、終わりっ!」

 

 手を叩きながら、一仕事終えたといった風に田所が言う。

 

「はえ^~すっごい力持ち……。私も体力はある方だけど、それ以上ですね」

 

 赤い髪の少女が、おっぱげたといった様子でつぶやいた。そのまま言葉を続ける。

 

「助けてくれてありがとうございました。私、1年生の結城 友奈です。こっちは親友の……」

「東郷 美森です」

 

 車椅子の少女、東郷も田所に頭を下げて感謝の意を示す。

 

「俺は田所 浩二、2年だ」

「タワーリングインフェルノ先輩ですね」

「違うわよ、友奈ちゃん。タイタニックハーキュリーズ先輩でしょ」

「あっそっかぁ。ごめんなさい、タイタンズを忘れない先輩」

「(タドとかタドちゃんで)イーヨー……」

 

 (名前を間違えられる運命からは)ああ逃れられない。

 

「あっ、大変だ。入学式が始まっちゃう!」

 

 友奈が腕時計を見て叫ぶように言った。

 

「おう行ってこい行ってこい。スロープは俺が先生に言って準備しといてもらうから」

「ありがとう、タドちゃん!」

「ありがとうございました」

 

 田所はそう言って、入学式に向かう友奈と東郷を見送った。

 

「(人を助けるって)Foo↑気持ちぃ~」

 

 これこそまさに、勇者部の部員にふさわしい行いだろう。これって、勲章ですよ……?

 田所は2人に言った通り、先生に頼んでスロープを設置してもらうと、その後は風と共に勇者部として活動するための部室の準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「よし、行くわよタド」

「かしこまり!」

 

 入学式から数日後の放課後、風と田所は勇者候補の少女2人に声をかけるため、教室を後にした。

 部活への勧誘という建前上のそれを装うため、勇者部の活動内容を書き込んだ手製のチラシを持っている。

 

「で、どんな奴なんだよ? その勇者候補って女子は」

 

 廊下を歩きながら話しかける田所。風は彼女の横を並んで歩きながら答える。

 

「大赦から資料送られたでしょ。……見てないの?」

「モシャモシャセン(申し訳ございません)。まま、FUが確認してるなら大丈夫でしょ」

 

 田所の適当さに、はぁ~……とクソデカ溜息をつく風。

 そんな彼女の目にタイミングよく、件の勇者候補の2人組の姿が映る。

 

「あら、噂をすればだわ。タド、あの2人よ」

「ん? あれって……」

 

 2人組に駆け寄る風。田所も遅れて彼女のあとに着いて行く。だんだん2人組の少女の話し声が聞こえてきた。

 

「ねー、今日色んな部活に誘われちゃったねー。押し花部から誘われたかったなぁ」

「もう、そんな部活存在しないでしょ」

「あなたたちにお勧めの部活はこ↑こ↓にあるわ」

 

 風は少女たちの行く手を遮るように2人の前に立つと、彼女らの会話に自然に加わった。

 

「あなたたちにお勧めの部活はこ↑こ↓にあるわ!!」

「2回も言った!」

「大事なことだったのね」

 

 キョトンとしている2人に、風は声を大にして言う。

 

「アタシは2年の犬吠埼 風。こっちは友達の」

 

 風が田所を紹介しようと顔を向ける。田所は2人の少女──友奈と東郷に、軽く手を挙げて挨拶した。

 

「よぅ、YUN(友奈)TG(東郷)だったな」

「あ、タドちゃんだ」

「タドちゃん先輩、この間はありがとうございました」

「え、アンタたち知り合いだったの?」

 

 親しげに話す田所たち。以前の経緯を知らない風だけ置いてきぼりを食らっている。そんな彼女に東郷がかいつまんで事情を説明をした。

 

「それで、先輩方は私たちに何の御用でしょうか?」

「おっ、そうだな。あなたたちにお勧めの部活は……」

「それはもう聞き飽きたわ」

「私たちにお勧めの部活って何ですか?」

 

 話を戻す東郷と、天丼を繰り返す風に、ツッコミを入れる田所、そして我関せずのマイペースな友奈。

 風は持っていたチラシを友奈と東郷に見せる。

 

「『勇者部』? わぁ~、とってもワクワクする響きですね!」

 

 東郷はそれほどでもなかったが、友奈はすっごい食いついてきた。

 

「世のため人のためになることを恥ずかしがらず勇んでやるクラブ、だから勇者部って訳ね」

「まあ簡単に言えばボランティアだな」

「はえ~」

 

 風と田所の説明に頷く友奈。

 

「なるほど。あえて勇者というケレン味のある言葉を使うことで、皆の興味を引き存在感を確立するという訳ですか」

「え、そうだったの、タド」

「そんな深い意味ある訳がな~い♪」

 

 東郷が独自の分析をしてみせるが、生憎見当はずれだったようだ。

 

「私憧れてたんですよね、勇者っていう言葉の響きに。かっこいいな~、って」

「やっちゃいますか? やっちゃいましょうよ!」

「そのための勇者部、勇者部……あと、そのための俺たち……? 部活はやるためにあるでしょ」

 

 チラシに目を落とし揺れる友奈、その後押しをする風と田所。

 友奈は東郷にも意見を求めると、友奈がやるなら自分も一緒に入ると答えたことで、2人は正式に勇者部に入部するということになった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 無事勧誘も終え新メンバーを加えた勇者部は、正式に活動を始めることになった。

 本来の使命は怪物の排除だが、それはまだ先のことだと神樹のお告げで伝えられている。

 当面は表向きのボランティア活動を行うことに。

 教師に頼まれ学内の敷地にある小屋の雨漏りの修理や、生徒の依頼で校庭の草むしり、部活の助っ人、果ては河原のごみ拾いまでと、頼まれれば大抵のことは引き受けてしまうため勇者部の名前は瞬く間に広がっていった。

 そんな諸々の活動や、勇者部の行動指針である五箇条を決めたりしていたらまた1つ年を経て、讃州中学に樹も入学し勇者部にも入ったことでついに部は5人体制を迎えた。

 初対面の時には2人の先輩──友奈と東郷に緊張していた樹だが、2人の人柄のおかげですぐにそれは解かれることとなる。

 

 人が増えれば活動の幅も広がる。

 これまでは学内の依頼を中心に動いていた勇者部だったが、東郷の立ち上げたホームページの依頼受け付けのおかげもあり、行事の手伝いや福祉活動の参加など学外からの依頼も受けるようになっていた。

 新聞にも取り上げられたりして、少女たちは忙しい日々を有意義に過ごしている。

 

「こうして勇者部で人のためになることをしていたら、私たちも天国に行けてお父さんとお母さんに会えますかね……」

 

 部の活動で通学路のゴミ拾いをしていた樹が、共に作業中の田所に独り言のようにたずねた。

 

「昔誰かが言ってたんだけどさぁ、無償の愛ってのは天国へ行くための見返りなんだと。だったら、見返りを期待せずに他人に尽くしてるお前たちが、天国に行けないはずはないってそれ一番言われてるから」

 

 どこかすがるような思いでいた樹の言葉を、田所はしっかりと正面から肯定してみせる。

 

「絶対にまた会えるって、はっきりわかんだね」

 

 ハァ……(感心) 絵に描いたような回答(笑) 凄い自信だね。(確信が)凝縮されてるんだ。

 

「タド先輩って根拠もないのに自信満々ですよね。でも、なんか芸術的」

 

 そう言って笑う樹の顔は、降り注ぐ陽の光に照らされて、まるで天使のように輝いて見えるのだった。

 

 神世紀300年、今日も少女たちは世のため人のための活動を続けている。

 そして、本来の意味での勇者の使命を果たす時も、目前まで迫ってきていた。




今回のサブタイトルはガオガイガーのOPのパロです。


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開花の章
第6話 敵対者、来たる


今回からゆゆゆほんへルートに入ります。


 むかしむかし あるところに 5にんの 花の勇者が いました。

 

 勇者たちは ひとびとをくるしめる魔王を せっとくするため たびをつづけています。

 

 魔王のさしむける てしたのてによって 勇者たちはきずつき 1り また1りと たおれていきました。

 

 そしてついに ききょうの勇者と さくらの勇者の 2りだけが 魔王のしろに たどりつくことができました。

 

「やっと ここまで たどりついたゾ~これ」

「もう わるいことは やめてくれよな~ たのむよ~」

 

 2りの勇者が 魔王に かたりかけます。

 

「うるさいんじゃい! わたしを こわがって わるものあつかいしたのは おまえたちダルルォ?」

 

 しかし魔王は 勇者たちのことばに きくみみをもちません。

 

「だからって いやがらせはマズいですよ!」

「はなしあえば わかるって それいちばんいわれてるから」

「はなせば また わるものにされるなんていやよー! いやよ! いやよ!」

 

 魔王は なきそうなかおで いいました。

 

「きみを わるものになんか させない!」

「そうだよ……ファッ!?」

 

バァン!

 

 唐突に、なにかが大破するような音が辺りに響いた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 今日は勇者部の活動の一環で、幼稚園での人形劇を披露していた田所たちだったが、物語の終盤でアクシデントにより舞台セットの書割が倒れてしまったのだ。

 園児の前に晒される、人形を操作していた田所、風、友奈の3人。

 書割を倒してしまった張本人の田所は、やっちゃったぜ……といった表情を浮かべている。

 

「ドウスッペ……ドウスッペ……」

 

 動揺する風と友奈。

 

ITK()TG(東郷)、なんとかしろ」

 

 田所は、自分でこの事態を招いたくせに後輩に丸投げしていた。人間の屑がこの野郎……。

 

「このまま静寂が続けば放送事故になってしまうわ。樹ちゃん、なにか曲を流してちょうだい」

「かしこまり!」

 

 東郷が指示して流させた曲は、魔王のテーマソングであった。それを受けて、魔王の人形を操っていた風が立ち上がる。

 

「こうなれば、ここで返り討ちにしてくれるわ~!」

「えぇ、魔王がノリノリに!?」

 

 桜の勇者を担当していた友奈が慌てる。

 

「これは大変だわ。みんな、勇者を応援して頂戴! 頑張れ、頑張れ」

 

 東郷は機転を利かせて、観客の園児を舞台装置として巻き込んでいく。

 これに乗せられた園児たちも、声を合わせて「がんばえー」と声援を送り始めた。

 

「ぐおぉ、子供たちの声が私を弱らせるぅ……」

「逆に私は、みんなの声でパワーアップしたよ!」

 

 魔王と勇者の立場が逆転する。

 

「くらえ魔王! 勇者パーンチ! ……あっ」

 

 勇者の人形を持った友奈が、その手で風の持っている魔王人形に殴り掛かる。

 会心の一撃が決まったが、そのまま勢いあまって2人の手から、それぞれの人形が取れて床に落ちてしまった。

 慌てて拾おうとする友奈だが、その後ろから田所が、先に脱落してしまった3体の勇者人形を器用に操り、友奈に変わって落ちた人形を拾い上げる。

 

「こうして世界は平和になり、魔王を倒した勇者は天に召されたのでした……。ってことで終わり! 閉廷! ……以上! 皆解散!」

 

 田所が無理やり物語を締めくくったことで、どうにか無事に人形劇を終えることができた勇者部であった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 劇をなんとか成功させた勇者部一行は、讃州市の本店の「かめや」で反省会を行っていた。

 

「おはな~しの終盤でと、タドがパネルを倒すんだもん。ビックリしたよ」

 

 注文した3杯目の肉うどんを食べながら風が言った。

 

「あんなハプニングが起こるとは思わな(カット)な」

 

 同じくうどんをすすりながら友奈が続ける。ちなみに彼女はまだ1杯目だ。

 

YUN(友奈)も人形落としたんだから、お前も連帯責任だぞ」

「まま、タドちゃん先輩の支援のおかげで大きな問題も無かったことですし、多少はね?」

 

 自分のミスを、友奈を話題に挙げることで有耶無耶にしようとした田所に、東郷はフォローを行う。

 

「あっ、そうだ。(唐突) 東郷先輩、今回の劇ってちゃんと記録取れてますか?」

「大丈夫よ、樹ちゃん。ばっちぇ録画されてるから、あとで勇者部のホームページに投稿しておくわ」

 

 樹と東郷も、うどんと一緒に頼んでいたおでんを食べながら話を進める。

 

「ところでFU()、今日は反省会のほかに話があるって言ってたけど……」

「そうそう、みんなに文化祭の出し物のアイディアをお願いしたいのよ」

 

 今はまだ4月だが、夏休み前に決めておきたいと風は言う。

 昨年は準備が間に合わず、何もできなかったため今回は先手を打とうという訳だ。

 

「風先輩とタドちゃんは今年が最後になるから、一生の想い出になることができればなぁ」

「どうせなら娯楽性の高い、大衆がなびくものがいいわね」

 

 友奈と東郷が漠然とした案を口にする。

 

「(なんか難し)そうですね」

「これは宿題ね。各自考えておくこと、いいわね?」

「宿題とかあーめんどくせー、マジで」

 

 風の宿題発言に田所が愚痴をこぼす。

 このあと、風が4杯目のうどんを汁まで飲み干し完食したことで、本日の勇者部の活動はお開きとなった。

 

 東郷と友奈は送迎用のバスに乗って、田所と犬吠埼姉妹とは別方向へ帰って行った。残された3人も歩いて帰路に就く。

 

「樹、今夜は何食べたい?」

「えぇ……。(私はもう)イーヨー」

「あれだけうどんお代わりして、まだ食べるつもりなのか……」

 

 風の底なしの胃袋に樹と田所は困惑する中、ふいにメールの着信を知らせるメロディーが鳴る。

 スマートフォンを覗く風。メールの差出人は大赦であり、文面には『バーテックスの襲来時期が近いため注意せよ』、といったようなことが書かれていた。

 

「そういやFUよ、おまえさ、YUNとTGに勇者のこととか話したのか?」

 

 田所の言葉を聞いた風は、少し沈黙したあとで叫ぶように言った。

 

「あああああああああ!! 忘れてたああああ!」

「忘れてたって、お姉ちゃん……マズいですよ」

 

 樹が呆れたように言う。

 

「勇者部の活動が楽しくてつい、ね。まま、折を見て近いうちに話すから、多少はね?」

 

 てへっ、と風は可愛らしく舌を出して誤魔化した。

 

「大丈夫だって安心しろよ~。ヘーキヘーキ、ヘーキだから」

「「ほんとぉ?」」

 

 2人をなだめる風だが、これがフラグになろうとは、この時は思ってもみなかったことであった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 翌日、授業を受けている真っ最中の田所と風。授業を進める教師の声だけが、静かなクラスに響いている。

 

デデドン!

 

 不意に、その静寂を破るように絶望的な警告音が鳴りだした。音の発生源は風のスマートフォンである。

 メールでも電話の着信音でもないそれを聞いた風は、教師が注意するのも構わず、慌ててカバンからスマホを取り出し画面に目を落とす。

 そこには赤く大きな文字で、『樹海化警報』というメッセージが表示されていた。

 

「オー! こっちにも警告が来たぁ!」

 

 風に続いて田所のスマホにも、同様の文字が浮かぶ。

 

「タド、行くわよ!」

 

 風はやおら立ち上がると、田所に叫んだ。

 

「行くってどこにだよ?」

「樹たちのとこよ!」

「でも今授業中だゾ」

「ちゃんと見ろ。今は時間が止まってるから、授業もなにもないでしょ」

「あっそっかぁ……」

 

 風の言うように、今は彼女と田所以外の人間は微動だにせず、時計の針も外を飛ぶ鳥も、一切のものが不自然に静止している。

 これは大赦によれば、バーテックスが発生する前触れらしい。

 田所に友奈と東郷の所へ行くように指示すると、風は樹の元へと走って行った。

 

「おまたせ!」

 

 2年の教室に到着した田所は、扉を開け放つとそう言った。

 教室の中では唯一動ける友奈と東郷の2人が、突然の事態にドウスッペ……ドウスッペ……と動揺している所だった。

 

「2人とも大丈夫か大丈夫か?」

「タドちゃん、大変だよ! 突然みんな動かなくなっちゃって……」

「慌てんなよ……慌てんな」

 

 あたふたする友奈を田所は落ち着かせる。

 

「! 2人とも、あれを……!」

 

 後ろから東郷の声が聞こえる。彼女が指さす方を見ると、校舎の窓の外、四国を取り囲む海の方から虹色の光が広がってくるではないか。

 光はあっという間にすべてのものを飲み込んでいく。学校も、その中にいた田所たちも、地響きと共に光に包まれる。

 

「こ↑こ↓は何↑処↓」

 

 強烈な光のまぶしさに閉じていた目を開ける友奈。

 3人が立っているのは先ほどまでいた教室の中ではなく、植物のような物質に包まれた、どこまでも広がる広大な空間のただ中であった。

 

「こちらはですね、神樹が作った……これ作ったんかな? いや作ってないかもしれへんわ。イヤ紹介すんのやめとくわ。確信がないわ。作ってるかどうかわからへんから」

 

 今いる場所の説明をしようとする田所だったが、なぜか始める前にやめてしまう。

 

「タドちゃん、なにか知ってるなら教えてくださいオナシャス!」

「ンー、確か樹海とかいう結界みたいな場所で、一応安全なトコらしいゾ」

「どこらへんが?」

 

 友奈の頼みでうろ覚えの説明をする田所だが、東郷は疑念を浮かべる。

 

「とりあえず、風の所に行くぞオラァ!! (2人とも着いて)来いすか?」

 

 そう言って田所が先頭を歩く。

 スマホを見ると自動的に地図が表示されるようになっていたため、これを見て彼女たちは無事風と樹の元へ合流することができた。

 全員そろったことで、風が改めて現状の説明をする。勇者に選ばれた自分たちは、外界から攻めてくる怪物、バーテックスを倒さなければならないと。

 

「なんかごめんよ、ごめんやで?」

 

 これまで黙っていたことを友奈と東郷に詫びる風。

 

「あの……敵っていったい……」

「あれよ」

 

 東郷が尋ねると、風が樹海の先を指し示す。そこには奇妙としか言い表せない物体が浮かんでいた。

 ピンク色の、ボロ切れのような物をはためかせながら浮遊している、軟体動物にも見える異形──乙女座型、ヴァルゴ・バーテックスだ。

 

(あれ……? 私、なんで見たことある気がするんだろう……)

 

 バーテックスの姿を見た友奈は、言葉に出さずそんなことを考えていた。

 だが、彼女はこれまで樹海に足を踏み入れたことも無ければ、バーテックスのことなど微塵も知りはしなかったのだ。見覚えがあろうはずもない。

 友奈が奇妙な既視感を感じている隣で、田所もまた同様の感覚を覚えていた。田所がバーテックスから視線を外さずにつぶやく。

 

「『神は敵対者に問われた。お前はどこから来たのか、と。敵対者は答えた。地上のあちらこちらを巡り、歩き回ってきました』」

 

 それは過去に存在したが、今は失われた預言書の一説であることは、少女たちの誰も知る由もない。

 

「タドの言うように、あれがアタシたちの敵対者って訳ね」

 

 風が言った。

 

「そして、バーテックスが神樹様の元にたどり着いたとき、世界は死ぬ」

「あんなのと戦うなんてやだ! 小生やだ!」

 

 東郷は憎たらしい声で戦うことをン拒否するゥ。

 バーテックスは遠目で見てもかなりの巨体だ。ちょっとしたビルくらいのサイズのあるそれと、神の力を借りるとはいえ等身大の少女とでは比べるべくもない。常識的に考えて、戦いになるはずが無いのだ。

 

「(東郷は戦えるか)これもうわかんないわね。友奈、お前どう?」

「やば……やば……わかんないね……」

 

 突然、世界を守るため怪物と戦う選択を迫られた友奈は、すぐに答えを出すことができずにいた。

 不意に、ヴァルゴの尻尾状の器官から光が放たれ、それが少女たちの元へ飛んでくる。光は彼女らのすぐそばに落ち、爆発を引き起こした。

 

「いかん、いかん危ない危ない危ない……」

 

 熱風に吹かれながら田所が言う。幸いにも爆発による怪我をした者は1人もいなかった。

 

「タドは友奈と東郷と一緒に離れてて。ここはアタシがなんとかするから」

「(お姉ちゃん1人でなんて)やめてください! 私も一緒に池ー?(自問) 池ー!(自答) 行くー!(決意)」

 

 風と樹はスマホのアイコンをタップする。電子的に戦闘用の衣装が展開されると、姉妹はそれを身にまとった。風が黄色の、樹は若草色の勇者服だ。

 さらに2人のそばに、犬と毛玉のような、マスコットじみた存在も出現する。勇者の戦闘をサポートする、精霊と呼ばれるものだと風が説明した。

 

「2人とも、爆弾には気を付けよう!」

 

 田所はバーテックスの攻撃に注意するよう姉妹に言うと、友奈と東郷を連れてその場を後にした。

 

「樹、覚悟はいいわね?」

「行きますよー、行く行く」

 

 離れていく3人を背に、姉妹もバーテックスに向けてジャンプしながら向かっていく。

 

「あああああああ↓あああああああ↑! ああ!」

 

 慣れない浮遊感に、樹はうめき声をあげてしまう。

 そんな2人に向け、ヴァルゴ・バーテックスは連続して爆弾を撃ってくる。

 爆弾は姉妹の手前数メートルほどの所まで来ると、彼女らには着弾せずに爆発していった。

 これは精霊が自動的に、防御障壁を展開してくれているかららしい。

 樹の精霊──木霊の超フワフワの毛玉ボディを見て可愛い物フェチの樹がまた「すげーすげー」を連発。

 精霊バリアのおかげで、姉妹は難なくヴァルゴの目前までたどり着くことができた。

 本来であれば爆発による衝撃などを受けるはずであるが、大赦の造った勇者システムが当初の予定よりもバージョンアップされている成果だ。

 

「樹、武器を使って!」

 

 風はそう言いながら、自らも大剣を出現させた。樹もそれにならい、主武装であるワイヤーを手に取る。

 姉妹はそれらを使い、ヴァルゴに切りかかる。接近戦には弱いのか、ヴァルゴは抵抗できず少しずつ切り裂かれていった。

 

「いいじゃんいいじゃんいいじゃん。(戦い方が)キレイキレイキレイ」

 

 遠目で姉妹の戦いぶりを見ていた田所が喜色を上げる。

 勇者システムのバージョンアップとこれまでの地道な自主練のおかげで、2人は危なげなく、有利に戦闘を進められている。このままなら何事もなく怪物を倒すことができるだろう。

 田所は友奈と東郷の方をチラチラ見ながら、彼女らに声をかける。

 

「2人ともさ、風がこのことを黙ってたの、責めないでやってくれよな~。あいつも、お前らに余計な負担かけたくなかっただけだからさ」

 

 さりげなく風のことをフォローする田所は人間の鑑。

 

「……うん、分かるよ。私たちのことを思って黙ってたんだもんね。それって勇者部の活動と同じだよ」

「アジャース! アジャース!」

 

 理解を示す友奈に、田所は感謝を告げた。

 その隣で戦いを見ていた東郷は、バーテックスの様子がおかしいことに気付き2人に声をかける。

 姉妹の攻撃で体を切り裂かれボロ雑巾の体をなしていたヴァルゴだが、突然体から生えている布状の部位で自身を包み始めた。

 動きを止めるヴァルゴ。完全に布にくるまれたその様は、一同に虫のサナギを思い起こさせた。

 

「なんだコレコレ変態野郎!」

 

 風と樹はかまわず攻撃を繰り出すが、どうも硬質化した布のせいで攻撃が通らなくなってしまったようだ。

 

「お姉ちゃん、これどうなってるの?」

「わからない……こんなの大赦からも聞いてないわ。何か変……変よ変よ」

 

 樹と風も、この異常な事態に動揺していた。

 間を置かず、サナギ状バーテックスの体に亀裂が走る。

 

バァン!

 

 大破音を響かせ砕けたサナギの殻の中から姿を現したのは、さらに異様な形態へと最終進化を果たしたヴァルゴ・バーテックスであった。

 タコにも似た姿をしていたヴァルゴだったが、今のそれは胴体と思われる場所に大きな乳房状のものがついており、その胸から上には老けた中年男性の頭部が生えている。

 

「「なんだこのオッサン!?」」

 

 軟ダコのおっさんからただのオッサンになったバーテックスに風と樹が驚愕した。

 

「! あれは……『現場監督』!?」

「えぇ……(困惑)」

「きしょい……(小声)」

 

 怪物のコスプレをした変体親父、とでもいうべき姿となったヴァルゴを見た田所が叫ぶように言った。その後ろで友奈と東郷も、バーテックスの異常な姿にドン引きしている。

 

『オワァーッ!』

 

 現場監督ヴァルゴが雄たけびを上げた。同時に大量の爆弾を生み出し、それらが高速で犬吠埼姉妹にせまる。

 避ける間もなく姉妹は爆発に飲み込まれてしまった。それはこれまでの比ではない大爆発だった。

 

「やべぇよ……やべぇよ……朝飯食ったから」

 

 爆発に飲まれた姉妹を見て田所が焦り始める。理由は分からないが、田所はあのバーテックスの姿を知っていた。

 現場監督となったヴァルゴの強さは通常形態を大きく上回り、姉妹の勇者システムだけでは対処できないはずだ。

 事実、勇者と化した風と樹は先ほどの爆撃で燃やされた樹海の炎の中から出てこない。爆発によって怪我を負い、動けなくなったのかもしれない。田所たちの頭に、2人の死のイメージが浮かぶ。

 

「お前らはここにいろ! 俺は風たちを助けに行ってくる!」

「助けにって……タドちゃん、危ないよ!」

「自然には勝てませんが、ですが、自分の身は自分で守ることは出来るはずです」

 

 そう言い残すと、田所は振り返ることもせずに姉妹の元へ駆け出して行った。

 友奈の言うように、この行為は田所の命を危険にさらす以外の何物でもない。だが、彼女は姉妹の元へ行かずにはいられなかった。

 たとえ今の自分にできることが無かろうと、それは何もしなくていい理由にはならないから。

 

『(制裁の)鞭が入るぞ鞭が』

 

 現場監督ヴァルゴは、姉妹がいるであろう炎の中に向けて、布状の触腕を鞭のように打ちつける。

 振るわれたその先には確かに風と樹が倒れていたが、2体の精霊が展開するバリアのおかげで攻撃が姉妹に届くことはなかった。

 現場監督は構わずに鞭を叩きつけると、しだいにバリアに亀裂が生じ始めたではないか。このままではあと数打で障壁は砕け、2人にバーテックスの攻撃が直接届いてしまう。

 

「待てコラァ!!(迫真)」

 

 あと一撃でバリアが砕かれるという、寸での所で飛び込んでくる田所。

 彼女はそのまま風と樹を抱えると、ヴァルゴの元から2人を避難させるため逃げだした。

 

『誰が離れていいっつったオルルァ!! え!?』

 

 現場監督ヴァルゴは、背を向けて走る田所に向けて容赦なく爆弾を見舞う。

 

「あはん止めてぇェェェ!!!」

 

 叫びもむなしく爆発に飲まれる田所。吹き飛ばされた彼女の体が宙を舞い、そのまま重力に引かれ落下し、樹海の根の上に叩きつけられた。

 

「た、タド……!?」

「タド先輩……!」

 

 風と樹が田所の名を呼ぶが、彼女はピクリとも動かない。

 田所が身に着けている制服は爆炎で大きく破れ、露出した肌も火傷を負い、浅黒い肌がさらに黒く焼け焦げていた。所々に出血も見られる。重症なのは明らかだった。

 急いで治療しなければならないが、風と樹は未だ動けない。倒れている田所の息の根を止めようとバーテックスが迫る。

 

「勇者パーンチ!!」

 

 やばいやばいやばいやばい(小声)状況を打開するため、勇者となった友奈が飛び込んでくる。彼女の放った一撃が現場監督ヴァルゴに決まり、たじろがせることができた。

 しかし風と樹の2人がかりでもやられてしまったのに、友奈1人だけで現場監督を倒すことは難しいと言わざるを得ない。

 戦う友奈の後ろで田所がうっすらと目を開ける。しかし怪我のせいで指一本動かすこともできないでいた。

 思考もうまく定まらない。そんなうつろな頭の中に、突然何者かの声が響いてきた。

 

『田所さん!? ちょっと、まずいですよ!』

 

 この世界に来て初めて田所の名前を正しく呼んだ相手、その声の主は世界の守護者である神樹であった。田所はすがる思いで神樹に助けを乞う。

 

(いいだろ神樹! お前のことが頼りだったんだよ! 力貸してくれよな……)

『(その必要は)ないです。だってあなたは、そのための力を最初から持っている(・・・・・・・・・)んだから……』

 

 それだけを伝えると神樹の声は聞こえなくなってしまった。代わりに田所の意識がはっきりと覚醒する。

 同時に、言葉の意味は分からないが、神樹の言う『力』を彼女は確かに感じることができるようになっていた。

 

「行きますよ~、イクイク。ヌッ!」

 

 怪我の痛みなど感じていないかのように立ち上がる田所。彼女は力を開放し、苦戦している友奈を助けるためバーテックスに飛びかかった。

 

「突っ込め。突っ込めって言ってんの。ね? 突っ込めって言ってんだよ!」

 

 田所の体当たりの衝撃で吹き飛ばされる現場監督。友奈は自身の危機を救ってくれた田所をおっぱげながら見つめる。

 

「た、タドちゃん!? 勇者に変身してないのに、なんで……?」

 

 友奈の言う通り、田所の姿はボロボロになった制服のままであり、勇者服をまとっているわけではない。つまり勇者の力を使っているわけではないのだ。

 

「(詳しいことは俺にも)分かんねぇな。お前どう?」

 

 友奈に尋ねる田所だが、当然彼女も答えなど知るはずがない。2人の背後でバーテックスがよろよろと動き出す。

 それに気づいた田所は一瞬で友奈の目の前から消えると、次の瞬間には怪物の眼前に移動していた。

 

「赤豚ァ! 白豚ァ! 現豚ァ!」

 

 田所は現場監督ヴァルゴのボディーに、強烈なパンチを連続で叩き込む。

 

『ぐはぁ!(致命傷)』

 

 腹筋ボコボコにパンチ食らった現場監督は、たまらずに口から四角錐の物体を吐き出した。

 

「何、これ……?」

「それは御霊よ!」

 

 友奈の疑問に答えるように、風が言った。

 

「それを壊さないとバーテックスは倒せないの!」

 

 それを聞いた友奈は、すかさず御霊に向けて勇者パンチを繰り出す。が御霊は頑丈で、友奈必殺の拳ははじかれてしまった。

 

「一度でダメなら、何度でも……!」

 

 再度攻撃しようとする友奈を田所が止める。

 

「ワイと一緒にならないか?(兄貴)」

 

 彼女は友奈に、同時に攻撃することを提案する。

 

「分かった、一緒にやろう。勇者ダブルパーンチ!」

「最後の一発くれてやるよオラ!」

 

 2発の強烈な拳を叩き込まれた御霊は、あっけなく砕け散った。それほど、加わった田所の攻撃が強力だということだろう。

 

『終わっ……たぁ!』

 

 御霊が砕けると同時に、本体の現場監督ヴァルゴの体も、細かな塩の粒子と化し崩れていった。

 

 少女たちの勇者としての初めての戦いは、バーテックスのさらなる進化と田所の参戦という謎の要素をはらみつつも、どうにか勝利を収めることができたのだった。




ヴァルゴの進化体は当初、乙女繋がりでピンキーの予定でしたが
現様の方がインパクトあるかなと思いこうなりました。
(一応こっちも、女の子になりそうというセリフがありますし)
ラッシュの掛け声を言わせたかったってのも大きな理由ですが。


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第7話 トリムルティ

ありふれの短編書いててこっちが遅れてしまいました。
センセンシャル!


 第一の敵対者、乙女座型──ヴァルゴ・バーテックスは、大赦も予想だにしていなかったさらなる進化形態、現場監督へと変貌した。

 強力な力を得た現場監督ヴァルゴだったが、謎の力に覚醒した田所浩二の参入もあり、無事撃破することに成功したのだった。

 

「やったね、タドちゃん!」

「YUNもいい拳してんねぇ! どうりでねぇ!」

 

 ハイタッチして勝利を祝う友奈と田所。そこに風と樹も合流する。

 

「タド、あんた一体……」

 

 勇者に変身することも無く、生身で強化されたバーテックスを圧倒した田所に疑念を抱く風。

 だが、田所自身もこの力の正体は分かっていないということを伝えるのみだった。

 不意に樹海全体が、地震のように揺れ始める。

 揺れと共に花びらが舞い始め、それが視界を覆うほどになると、次の瞬間には少女たちは唐突に、讃州中学の屋上に立っていた。

 

「神樹様が戻してくださったのよ」

 

 呆気にとられていると、事情を知っている風が皆に説明する。

 

「ぬわああああん疲れたもおおおおん」

 

 戦いが終わった安心から、田所はドサッと音を立てて屋上の床に寝っ転がった。

 

「あ、でもまだ授業中ですよね。タド先輩、そんなボロボロの格好で授業続けるんですか……?」

 

 樹が田所の格好を見て疑問を浮かべる。彼女の服はヴァルゴの爆弾で下着ごと焼かれたため、胸も股間もあらわになっており、手足にわずかなボロ切れを巻き付けている状態でしかない。

 

「学校には大赦から説明して、早退ってことにしてもらうからヘーキヘーキ。みんなも疲れたでしょうから、今日はもう帰って休みましょう」

 

 部長である風がそう言ったことで、一同はこの日は早々に帰宅することとなった。

 なお、田所は大赦の車で家まで送ってもらったため、『変態露出魔讃州市に現る』などと噂になることはなかった、ということは追記しておこう。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 翌日の讃州中、放課後の勇者部室に揃う一同。

 戦いから丸1日経ちゆっくりと休養できたことで、全員疲れを残さずに登校することができた。

 風は黒板になにか書いている最中で、それ以外の4人は椅子に座って彼女の作業が終わるのを待っていた。

 樹が友奈の頭の上に陣取っている、牛のマスコットのような精霊を見て言った。

 

「その子、とっても友奈さんになついてるんですね」

「牛鬼っていうの。ビーフジャーキーが好物なんだよ」

「がわ゙い゙い゙な゙ぁ゙ぎゅ゙ゔぎぐん゙」

 

 牛なのに牛由来の食物が好みとは、共食いじゃないか。たまげたなぁ。

 そこに、書記を終えた風がみんなに声をかける。

 

「まずはお疲れ様。早速だけど昨日のことを説明するから、友奈と東郷は見とけよ見とけよ~」

「よろしくお願いさしすせそ」

 

 風は自身が書いた黒板上の、なんとも形容しがたい線の塊を指し説明を始める。

 

「こいつバーテックス。外の世界に充満してるウイルスから生まれた怪物ね」

「絵きったねぇ!(辛辣) クソだ……(画力が)」

 

 幼稚園児の落書きと同レベルの風の絵を見た田所が言った。風はその言葉を無視して話を続ける。

 

「バーテックスは私たち人類を滅ぼすために、神樹様を破壊しようとしてるわけ。で、それに対抗するために大赦が造ったのが、神樹様の力をお借りして戦えるようになる勇者システムなの」

「はえ~」

「バーテックスの総数は12体。昨日私たちが1体やっつけたから、あと11体たおせばお役目も終わり」

「はえ~」

「注意事項として、樹海がダメージを受けると現実に反映されて事故とか災いが起きるから、派手に破壊されて大惨事なんてことにならないようにね」

 

 風が話し終えたタイミングで東郷が口を開く。

 

「人類を守るため、風先輩は私と友奈ちゃんを勇者部に引き入れた、という訳ですか?

「そうだよ。(便乗) 適性が高い人は分かってたからね」

「タドちゃん先輩と樹ちゃんも、事情は知っていたの?」

 

 東郷の疑問に、2人はうなづいて答える。

 友奈が挙手してから発言した。

 

「次の敵はいつ来るんですか?」

「大赦のデータによると多分明日だと思います。かもしくは1週間後か、どっちかです。これもう分んないわね」

「なんでもっと早く勇者部の本当の意味を教えてくれなかったんですか……変身できたからよかったようなものの、友奈ちゃんは死ぬかもしれなかったんですよ……?」

「適正が高くても誰が選ばれるかは神樹様次第だからね。どこのチームが選ばれるか、敵が来るまでわからなかったのよ。むしろ、選ばれない可能性の方が高かったんだ」

「こんな大事なことを黙っていたなんて、なんだってテメェはそう後輩に対して理解がねえんだ?」

 

 普段誰かを責めるようなことは言わない東郷だが、親友の友奈の身に及ぶ危険を想って、我慢できず風にキツい言葉をかけてしまった。

 つい口から出てしまった言葉に、直後に言い過ぎたと自己嫌悪に陥る東郷。いたたまれず、彼女は1人部室を出て行く。

 

「あっ、おい待てぃ(江戸っ子)」

 

 東郷の後を追って友奈が部室を飛び出した。

 部屋に残された田所たち3人の間にも、気まずい空気が立ち込めている。

 

「やば……やば……(どうやって東郷と仲直りしたらいいか)わかんないね……」

 

 勇者部の真実を秘密にしていたことについて、友奈は特に気にしていない様子だったが、東郷はかなりショックを受けていた。

 風は、このままでは東郷が退部してしまうのではないかと不安を感じ始める。

 

「ITK、なんとかしろ」

「かしこまりっ!」

 

 田所の困った時の樹頼りで、彼女はさっそくカバンからタロットカードを取り出し、姉と東郷の仲直りの方法を占う。

 順々にカードを裏返していく樹だが、その内の1枚が突然空中に固定され、ピタリと止まってしまう。

 

「「「あっ、ふーん」」」

 

 事態を察した3人がつぶやいた。直後、風の精霊である犬神が、アラームが鳴る彼女のスマホを持ってやって来る。

 画面には案の定、バーテックスの襲来を知らせる文字が写っていた。なにが次来るのは明日か1週間後やお前ぇ!

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 警報を聞いて即座に変身し、樹海で待機する風と樹、そして制服のままの田所。

 結界を越えてやって来たのは2体のバーテックス、蟹座型のキャンサーと、蠍座型のスコーピオンである。

 

「えぇっ、2体もいるよ!?」

 

 樹がおっぱげる。

 

「……いや、もう1体いるゾ!」

 

 田所が叫んだ。その言葉通り、2体のバーテックスの後ろから続けて3体目の射手座型、サジタリアス・バーテックスが姿を見せる。

 今回襲来したバーテックスは3体っ。鋭い尾の棘と堅牢な体。まだ中学生の勇者たちは、この怪物の攻撃に耐えることができるでしょうか? それでは、ご覧ください。

 

「いきなり3体が相手とか、これはキツいですよ」

 

 初めての戦闘の翌日に複数の敵と戦わなければならない状況に、樹はつい弱音を吐いてしまう。

 進行してくるキャンサーとスコーピオンだが、サジタリアスだけはどういうわけか、後方で静止したまま動こうとしない。不信に思い警戒する姉妹と田所。

 サジタリアスは突然、口のような部位を大きく広げた。その中に1本の巨大な針を生成すると、目にもとまらぬ速度で撃ちだす。

 針は風めがけて飛んでいくが、彼女に当たる寸前で田所が割り込み、拳のガードで軌道を変えることに成功した。

 

「いかん……いかん! 危ない危ない危ない危ない危ない危ない……」

 

 風に怪我がなく田所は安堵する。

 サジタリアスは続けて、無数の細かい針を撃ってきた。雨のように降り注ぐそれを、3人は走ってかわしていく。

 

「みんな……!」

 

 遅れて到着した友奈。3人を助けるために、攻撃を中断させようとサジタリアスに向かっていく。が、その前にキャンサー・バーテックスが立ちはだかった。

 

「邪魔しないで! 勇者パンチ!」

 

 必殺の拳を叩き込む友奈だが、キャンサーの持つ複数の盾でそれは防がれてしまう。

 しかし盾の硬度より友奈のパンチの威力が勝っているようで、衝撃を受け止めきれずキャンサーの体には亀裂が走っていた。

 

「いける……! 連続勇者パーンチ!!」

 

 バァン!

 大破音を響かせ、キャンサーは盾ごと体の半分を砕け散らせる。

 そのままの勢いで、友奈は弾丸のごとくサジタリアスに体当たりをかました。

 

「いくぞおおおおおおおおおお! オエッ!」

 

 友奈に続けとばかりに田所が叫び、姉妹も共にサジタリアスに突撃をしかける。

 背後からスコーピオンが3人に迫る。触れれば必死は確実の猛毒を含んだ尾がふるわれた。

 殺気を感じた田所は振り返ると、迫真空手の正拳突きでこれを破壊する。

 

「やったぜ」

 

 これで勝利と思われた時、3体のバーテックスに不穏な動きが表れた。

 体表が赤く熱せられたかのように輝き、爆発するかのように砕け飛ぶ。

 中からは、ヴァルゴ同様に最終進化を果たした異形の存在が姿を現した。

 

 Kani()Bow()Sasori()のKBSトリオの神性を持つ怪物だ。

 

 追い詰めたつもりが、逆に囲まれるという状況に陥ってしまった田所たち4人。

 友奈はKキャンサー、田所はSスコーピオンに立ち向かうが、強力化したバーテックスに今度は攻撃が通用しない。

 Kキャンサーの盾が4人を取り囲むように展開すると、それに向かってBサジタリアスが矢の雨を発射する。

 矢は盾に反射し、四方から少女たちを襲う。精霊バリアによって守られているが、それが無い田所をかばうため他の3人は身動きが取れなくなってしまった。

 (勇者を)バラしたいなって……思っていることが感じられる殺意の高い攻撃だ。

 

「なんだこの連携!?」

 

 知性が無いTDN怪物と思われていたバーテックスが、お互いの特性を生かしあい攻撃してくることに驚く風。

 

「あーもうしつこいチンポ!(吾作)」

 

 友奈はこのままではやられてしまうと、注意を引き付ける囮になることを決め飛び出す。

 しかし、飛び出た直後にSサソリの尾の横なぎを受けて、あえなく吹き飛ばされてしまった。

 

「う、羽毛……」

 

 昏倒し、変身が解けてしまう。

 倒れたまま身じろぎしない友奈に向けて、Sサソリがとどめを刺そうと毒の尾を突き立てんとしたその時、

 

 バァン!

 

 一条の光が飛んできて、大破音と共に尾の棘が砕け散った。

 光の来た方を見ると、そこには勇者服を身にまとった東郷が、狙撃銃を手にして立っていた。

 

「友奈ちゃんをいじめる奴はもう許さねえからな~」

 

 怒りをにじませた東郷が、狙撃銃を連射してSサソリの体を撃ち貫く。数100メートルは離れているというのに、弾丸は1発も外れることなくバーテックスの体に着弾していく。

 突然の東郷の参戦と見事な銃の腕前に、茫然とそれを見る風と樹。ゴルゴ13かなにか? いいゾ~、これと野獣は声援を送っている。

 ついにSサソリは活動を停止し、御霊を吐きだした。

 バージョンアップした勇者システムのおかげで、封印の手順を踏むことなく強い衝撃を与えれば、御霊を露出させることができるのである。

 御霊は無数に分裂しどれが本物か分からなくなるが、東郷は動揺することなくすべてを撃ち破壊することで、Sサソリを塩の柱へと還した。

 

 続けて東郷はKキャンサーとBサジタリアスの近くまでやって来ると、武器を狙撃銃から2丁拳銃に持ち替え、2体のバーテックスを撃ち始める。

 衝撃でバーテックスは攻撃を中断させられ、その隙に田所たちは東郷の元へ避難することができた。

 

「東郷先輩、助かりました。ありがとナス!」

「いい腕前してんねぇ、どうりでねぇ!」

 

 樹はお礼を言い、田所は銃の腕前を褒める。

 東郷は風の方を向くと、謝罪の言葉を口にした。

 

「風先輩、部室では言い過ぎました。センセンシャル!」

「東郷……アタシの方こそごめん! 許して亭許して」

 

 お互い頭を下げる。心からの謝罪に、2人の間にあったわだかまりは解消された。

 ダメージが回復し復帰してくるKキャンサーとBサジタリアスに対峙する風、樹、田所、そして新たなる勇者東郷。

 

「こっちも協力! して! いこうぜーワァァァァォッ!」

 

 田所が勝ちどきの声を上げる。

 再び盾を勇者たちの周りに展開するKキャンサー。Bサジタリアスが矢を放つ前に田所が動いた。

 

「見切りはねえ~自信あるんですよ」

 

 すでにお前たちの攻撃パターンは見切ったと田所は言う。

 Bサジタリアスの眼前に移動した田所は、矢を放つために開かれた口に飛びつくと、力任せに閉じて塞いでしまった。

 

「暴れんな……! 暴れんなよ……!」

 

 田所の怪力でBサジタリアスは口を開けることができない。

 攻撃を妨げている田所を排除しようとKキャンサーがハサミを伸ばすが、そうはさせまいと東郷と風が妨害を行う。

 2人がKキャンサーの相手をしているうちにBサジタリアスをたおそうと、田所は樹に指示を出した。

 

「君には、緊縛ショーに出演して頂きたいと思います。よろしいですね?」

 

 その言葉と共に、樹は武器のワイヤーでBサジタリアスをがんじがらめに縛りあげ拘束した。

 

「あんたも縛られてると情けねぇなぁ、ん? 随分先生縛られてるとアレだねぇ迫力ないねぇフッフッフッフwww」

 

 田所が余裕の表情で言う。

 彼女は樹に手を貸し、2人の力でワイヤーを引っ張るとBサジタリアスは、ところてんのように細かく裁断される。

 御霊ごと切断されたBサジタリアスの体は、ぱらぱらり^~と塩と化し崩れ去った。

 

 残るKキャンサーも反射板として使っていた盾をハサミに変化させ攻撃してくるが、風が大剣で、東郷は2丁拳銃でことごとく破壊する。

 連携を乱されたバーテックスはもはや勇者たちの敵ではない。丸腰になったKキャンサー本体も、2人の攻撃で御霊を露出させた。

 

「じゃあ……死のうか」

 

 風が御霊に向けてとどめの一撃を振り下ろす。しかし、御霊はヒョイッとこれをよけた。

 

「ほら動くと、動くと当たらないだろ! 動くと当たらないだろ!!」

 

 風はブンブンと大剣を振り回すが、御霊はヌルヌルとした動きで絶妙に彼女の攻撃をさけ続ける。

 

「あーhーんもう……」

 

 疲れて息切れする風。

 

「風先輩。私が誘導しますから、とどめをお願いします」

「おかのした」

 

 東郷の銃撃も同様に回避するKキャンサーの御霊。だがその移動先は、彼女によってうまい具合に誘導されたものである。

 

「今です! 12時の方向!」

 

 東郷の叫びを聞いて、風は剣を振りかぶる。

 

「じゃあ死ね!(直球)」

 

 大剣を振り下ろす先には、見事に御霊がやって来ていた。スパンッ! といい音を響かせKキャンサーの御霊は両断される。

 

「状況終了」

 

 東郷の呟きと共に、Kキャンサーも塩の柱となり崩壊した。

 3体の敵をすべて倒したことで、少女たちも元の世界──学校の屋上へと戻された。

 車椅子に座っている東郷と、その側に立つ田所、風、樹。少し離れた位置に友奈が眠るように横たわっている。

 

「オラ起きろよ! 寝てんじゃねえぞいつまでもオラ! 起きろよオラ! オイ! ふざけんじゃねえぞ! 起きろよ、オラ!」

 

 東郷は友奈の元まで行くと、心配のあまり大声を出して彼女を揺り起こす。耳元で叫ばれたため、友奈もすぐに意識を取り戻した。

 

「東郷さん……バーテックスは!?」

 

 ガバッと飛び起きる友奈。周囲を見回し、戦闘が終わっていることを理解する。風がこれまでの展開を説明した。

 

「東郷さんも勇者になったんだ。この娘すごいよぉ! 勇気ある行動誇らしくないのかよ」

 

 東郷が共に戦ってくれるということを知り、友奈は彼女に飛びつき喜びをあらわにする。

 

「あぁ~、でも私東郷さんの活躍見逃しちゃった。残念で狂いそう……!」

「また次の機会があるから、多少はね?」

 

 悔しがる友奈を東郷はなだめた。

 

「あっ、そうだ。(唐突) 友奈ちゃん、課題は終わった?」

「(その話は)やめてくれよ……(絶望) 勇者アプリの説明テキストばっかり読んでて、全然進みませんでした……(小声)」

「そこは守らないから頑張ってね」

「お慈悲^~お慈悲^~」

 

 友奈は近日中に提出しなければならない課題に、まったく手を付けていないという。

 そういえばと田所と風も、近いうちにテストがあり、試験勉強がまだだということを思い出していた。

 

「おい(合格の目途が)立たねえなあ~? なんだじゃあ俺が立たしてやるか! しょうがねぇなぁ(悟空)」

 

 田所の提案で、後日勇者部で集まって勉強会を開こうということになったのだった。




今回のサブタイトルは、『三神一体』という意味の言葉です。


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第8話 燃える思い

ありふれと交互に書いているので間が開いてしまいました。


 2戦目にして3体ものバーテックスを相手にした勇者部だったが、東郷を新たな戦力として無事これを切り抜けることができた。

 大赦のお告げにより、次の戦いまで一月ほどの猶予があると分かった一同は、田所の発案で友奈のために勉強会を開くことになった。

 

「おはよ~」

「おはようございます」

 

 せっかくだから休日にみっちりやろうと、早朝から待ち合わせしていた勇者部。田所を除いた4人がすでに集まっていた。

 

「おまんこぉ^~(気さくな挨拶)」

 

 4人からわずかに遅れて田所も到着する。全員そろったことで、勉強会の会場である田所の家へ向かうことに。

 

「風先輩と樹ちゃんも、タドちゃんの家には行ったこと無いんですよね?」

「そうだよ。アタシたちのマンションからはちょっと離れてるからね」

「どんなお家なんですか?」

「まま、そう焦んないでよ」

 

 一行は他愛無い会話をしながら、しばらく歩き続け住宅街へ入っていった。

 

「こ↑こ↓」

 

さらに歩くこと数分、目的地に到着した田所は自宅を指さし言った。

 

「「「「はぇ~、すっごい大きい……」」」」

 

 風たち4人は声をそろえ、田所の家を見た感想を漏らす。彼女たちの言うように、4人の目の前には結構な大邸宅がそびえ立っていた。

 

「入って、どうぞ」

「あっ、おじゃましまーす」

 

 リビングに通される一行。荷物を置くと、思い思いに部屋の中に目をやる。

 

「本当に大きいっすね~……」

「いやこれ大きすぎでしょ……。タド1人だけでしょ、住んでるの。アタシと樹は2人でマンションなのに、なんでタドは一軒家でこんな豪邸与えられてるのよ。おかしいダルルォ!?」

 

 樹が感心したような声をこぼし、風は嫉妬の言葉を漏らした。

 

「でも、友奈ちゃんのお家もこれくらいあるわよね」

「家はお父さんとお母さんの3人暮らしだからね。東郷さんの所だって、家の前におっきな門があるから豪邸だよね~」

 

 どうやら東郷と友奈の家も結構裕福なようだ。

 風はうがーっと声を荒げる。

 

「グヌヌ……、おのれブルジョワ共め~! 天涯孤独のこの身が憎い!」

「私たちも、元々は一軒家だったんだけどねぇ」

 

 あはは、と樹は乾いた笑いを浮かべた。

 大赦~がお金出してると思うんですけど、なぜ犬吠埼姉妹はマンション暮らしなんでしょうかね~? 不思議ですね~。

 考えても答えが出るはずもなく、とりあえず目的であった勉強会を始めようということになり、全員ソファーに座ってテーブルの上に勉強道具を並べる。

 

「じゃ、一緒に(勉強)やろっか。(YUNの苦手な科目は)車で言えばどのくらいだ?」

「え、車……? う~ん……あらゆる車両です」

「それって全部の教科ってことじゃねえかよ!? (そんなんでテストの結果とか)大丈夫?」

 

 ルイヴィトンのバッグからこれまで受けたテストの答案用紙を取り出すゴッドハンド結城。

 

「あぁ落ちたねぇ、落ちましたね……」

 

 回を重ねるごとに点数を落としていく答案用紙を見て、東郷が我がことのように溜息をついた。

 

「あかん、このままじゃ友奈ちゃんの進級結果が死ぬぅ!」

「そのために集ったんだからなぁ? わざわざ田舎から」

 

 嘆く東郷を励ますように風が肩を叩く。

 

「みんなごめんナス、私のせいで……」

「お互い持ちつ持たれつこれ常識(至言)」

「そうだよ。(便乗) 私もこれから先の予習になりますし、気にしないでください」

 

 自身の不甲斐なさに落ち込む友奈を田所はフォローし、樹もそれに便乗した。

 

「それじゃあYUNの頭をよくするための勉強会、はい、よーいスタート(棒読み)」

 

 田所の号令を皮切りに、風と東郷がそれぞれ得意な教科を中心に友奈に教えていくこととなった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 時間は過ぎ現在はちょうどお昼時。午前中いっぱいを使って詰め込めるだけ知識をつめっ……詰め込まれた友奈は、疲れからぐったりとテーブルにふせっていた。

 

「おまたせ! アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」

 

 そこに田所が人数分のおもみももを持ってきてサービスする。

 

「休憩にしましょうか。友奈ちゃんもお疲れさま」

 

 と言って東郷は筆記用具を片付け、代わりにカバンから1つの重箱を取り出した。蓋を開ければ、中には彼女お手製のぼた餅がギッシリと入っている。

 

「ヒャァ! 我慢できねえ、東郷さんのぼた餅だ!」

 

 箱の中身を確認するや否や、友奈は先ほどまでの疲れが嘘のようにガバッと飛び起き、口の端によだれをたらし始めた。

 田所が小皿を持ってきたので、東郷はそれぞれにぼた餅を取り分け配る。

 

「「「「いただきま~す」」」」

「はい、召し上がれ」

 

 友奈は勢いよくぼた餅を口に含む。口内に程よい甘味とほんの少しの塩気が広がり、勉強で疲れた頭を癒してくれるようだった。

 

「うん、美味しい!」

 

 田所と犬吠埼姉妹も、ぼた餅の味に舌鼓を打つ。

 

「このぼた餅、最高だわ。この感じ、いい感じだで」

 

 賞賛の声を上げる友奈。その手元に置かれた彼女のスマートフォンから、精霊である牛鬼が飛び出てきた。

 牛鬼は友奈が持つぼた餅を、物欲しそうな目で見つめる。

 

「ひょっとして、牛鬼もこれ食べたいの?」

 

 コクコクとうなづく。その口からは、主人の友奈同様によだれが垂れている。

 

「しょうがねぇなぁ(悟空)」

 

 口ではそう言いつつも、子供に対する母親のような笑顔を浮かべながら、友奈は牛鬼に自分のおはぎを食べさせてやった。牛鬼も「たまんねぇっす!」と言いたげな、喜んでいる雰囲気が感じられる。

 

「TGって基本的に料理上手いけど、ぼた餅は飛びぬけてるよな。なんかコツでもあるのかゾ?」

「んにゃぴ……やっぱり、友奈ちゃん……が美味しいって言ってくれたのが一番ですよね」

「YUNが?」

「私もタドちゃん先輩ほどではないけど昔の記憶が無くて、前は独りきりで辛い日々を送っていたの。そんな時友奈ちゃんと出会って、親身になって優しくしてくれて……。

まだ慣れない頃に作ったぼた餅を、毎日食べたいくらい美味しいって言ってくれて、とっても嬉しかったの。それからね、私がぼた餅づくりに力を入れるようになったのは」

「はえ~、そんなことがあったんすね~」

 

 東郷の過去を聞いた田所は、彼女がぼた餅に入れ込む理由が分かって納得した。

 

「でもお前、いつも何かあるとぼた餅だよな。たまには他の食べ物も作ろうとは思わない訳?」

「ぼた餅は私と友奈ちゃんを結びつける絆の証みたいなものですからね」

「毎度ぼた餅だと飽きる……飽きない?」

「いや全然全然全然(じぇじぇじぇ)こんな東郷さんのぼた餅は必須エネルギーみたいなもんやし」

 

 田所に聞かれた友奈は平然とこれを否定した。

 実際、田所と犬吠埼姉妹もこれまでたびたび東郷のぼた餅を食べてきたが、何度口にしても不思議とまた次も食べたくなるのだった。

 

「私の友奈ちゃんへの燃える思いは誰にも止められないわ」

 

 東郷のぼた餅への情熱は、友奈が食べ続ける限り消えることはないだろう。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 勇者部で行った勉強会のおかげで友奈のテスト結果も無事赤点を回避することに成功したその日、ついに5体目の敵対者がやって来た。

 樹海に集う勇者部の前に現れたのは、4本の角を持つ山羊座──カプリコーン・バーテックスだ。

 

「一ヵ月ぶりだけど、みんなヘーキ?」

「ずっと勉強ばっかりで、勇者アプリのテキスト読んでる暇がありませんでした」

「えっとですね、ここをこんな感じで……」

 

 風の問いかけに友奈は自信無さげに答え、樹がアプリの説明をしている。

 

「まま、なんとかなるやろ。TGも援護はい、よろしくぅ!」

「まかせてください」

 

 呑気な田所。東郷も2戦目だが、緊張はしていない様子だ。

 

 バァン!

 

 出し抜けにバーテックスが爆発した。少女たちはお互い顔を見合わせる。

 

「誰か、なにかした?」

 

 だが、勇者たちはまだ行動を起こしていない。

 

「! みんな、あれ見ろよ見ろよ」

 

 何かに気付いた田所が声を上げた。彼女の視線の先には、どこからか飛んできた1人の少女の姿があった。

 

「鳥だ!」

「飛行機だ!」

「いえ、あれは勇者よ!」

 

 風、樹、東郷が口々に叫ぶ。東郷の言うように、少女は赤い勇者服を身に着けている。

 

「ちょろい!」

 

 少女は手にした剣をカプリコーン・バーテックスに投げつける。刺さった剣は爆発を起こし、怪物にダメージを与えた。

 カプリコーンの体が細かに振動し始める。田所たちは良くない予兆を覚えた。これまでの経験からすると、おそらくカプリコーンは最終進化を行おうとしているのだろう。

 

「進化なんてさせるもんですか!」

 

 赤い勇者服の少女は、両手に剣を何本も生成しカプリコーンに全て投げつける。大爆発。ダメージによってカプリコーンは進化を果たせず、頭頂部から御霊を吐きだした。

 御霊は毒々しい色のガスを辺り一面に散布し始める。田所はガスに飲み込まれてしまうが、風たちの精霊バリアに守られ事なきを得る。

 

「そんな目くらまし、気配で見える見える、太いぜ」

 

 言葉通り、少女はガスで視界が効かないのをものともせず、一刀のもとにカプリコーンの御霊を両断した。戦 闘 終 了。

 少女の元に田所たちが集まる。

 

「えっと、誰?」

「揃いも揃ってボーッとした顔してんのね。こんな連中が神樹様に選ばれた勇者だなんて、冗談はよしてくれ」

 

 友奈の問いかけを無視して、少女は馬鹿にしたような口ぶりでそう言った。友奈はめげずに再び少女に声をかけようとする。

 

「あのー……」

「なによ、チンチクリン」

「チン……」

 

 面と向かって悪口を言われ、なにごとにも動じない友奈も珍しくショックを受けていた。すかさず東郷が励ましている。

 

「チンチクリンさん(・・)ダルルォ!? さんをつけろよデコ助野郎!」

「誰がつるピカハゲ丸ですってぇ!? 私のおでこはチャームポイントなのよ!? 結構キュートだって男子にも人気なんだから!!」

「自画自賛恥ずかしくないの? なんとか言えよ変態」

「変態はあんたでしょうが! じゃあ今、(自分のことを)棚に上げ(て)るから」

「口論終わり! 閉廷! ……以上! 皆解散!」

 

 後輩のことを馬鹿にされ頭にきた田所が東郷に代わって怒りの声を上げ、少女も怒り返してあーもう滅茶苦茶だよ。そこに風が割って入って2人の言い争いを無理やり終了させた。

 同時に樹海化が解除される。少女はぶつくさ言いながら舞う花びらに紛れ、来た時と同じように唐突にその場から姿を消すのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 昨日は放課後からバーテックスとの戦闘。今回(俺らを無視して)戦った赤い勇者は、正真正銘の怪物を進化する前に瞬殺するS役。

 わめこうが叫ぼうが嫌がり逃げるのを押さえつけて剣ぶっ刺して最後に爆発! マジ(なにもしなくてよくて)楽だったぜ?♪

 (赤い勇者は)ツンギレ系でガタイもよくてエロさ抜群! 再会が楽しみだね!

 

 なんてことを田所たちが話し合っていた翌日、放課後の勇者部部室に件の赤い勇者服の少女が、なんの前触れもなく表れたのだった。

 

「この子、三好 夏凜ちゃんって言って、今日私たちのクラスに編入してきたんです」

 

 少女──夏凜に変わって友奈が、田所たち別クラスの人間に経緯を説明した。

 

「私はあんたたち試験運用型と違って、大赦が派遣した正式採用型の勇者なのよ」

 

 凄くねえ? と自慢気な表情で夏凜が言う。東郷が挙手して疑問を口にした。

 

「どうしてこのタイミングなんです? もっと早く来てくれればよかったのに」

「私もそうしたかったんだけどね、大赦があんたたちの戦闘データを解析するのに時間がかかったのよ」

「なんでそんなことを?」

「それは、私という最強の完成型勇者を生み出すためよ!」

 

 夏凜は胸を張りそう言い、言葉を続ける。

 

「あんたたちトーシロと違って、戦闘訓練もばっちり受けてるしね」

 

 どこにあったのか、夏凜はモップを振り回しポーズを決めた。

 

「戦闘訓練だったら俺らもやってるよなぁ?」

「そうだよ(便乗)」

「ですです」

 

 田所の言葉に風と樹が同意する。夏凜は彼女らの言葉を聞いて鼻で笑った。

 

「どうせ軽い筋トレとかなんかでしょ? そんなんじゃ甘いよ(棒読み)」

「あぁん!? なんだその態度ォン? せんっ↑ぱいに対する態度かそれがぁ!?」

「全然ゆるケツじゃんお前!」

「あぁん? スポーツ的にはハードワーク!?(レ)」

「だからやめロッテ!」

 

 前日のように言い争いになる夏凜と田所を、同じように風が制止する。

 夏凜は言葉を続けようとするが、そこであるものが目に映った。

 それは侍の姿をした彼女の精霊である義輝と、友奈の精霊の牛鬼がじゃれあっている所だ。

 ヨツンヴァインにされた義輝。その背に覆いかぶさるようにまたがっている牛鬼が、突き出された義輝の尻に自身の腰を勢いよく打ちつけている。

 

「ちょうぇああああああ!?」

 

 部室の片隅で繰り広げられている真昼間からの獣姦行為に、夏凜は顔を真っ赤にして叫び声をあげ、義輝を牛鬼から引きはがした。

 

「なんてことしてくれてんのよ、このド腐れ畜生強姦魔!!」

「牛鬼はレイパーじゃないよ。ちょっと食いしん坊くん(意味深)なんだよね」

「ゲドーメ」

 

 夏凜に抱きかかえられた義輝は、頬を染めながら言葉を発した。牛鬼に襲われたのも満更でもないといった感じだ。たまげたなぁ。

 

「牛鬼は精霊なら見境なく襲い掛かるから、みんな外に出しておけないのよね」

 

 と東郷。

 

「だったらそいつしまっときなさいよ!」

「呼んでないのに勝手に出てきちゃうんだ」

「えぇ……。自分の精霊くらいちゃんと躾けときなさいよ」

 

 夏凜は困惑し、続けて呆れながら言った。その後、気持ちを切り替え言葉を続ける。

 

「とにかく、私が来たからには以降は私の指示に従ってもらうからね」

「あ、おい待てい! 勇者部のリーダーは一応風なんだよなぁ。ちなみに副部長は俺だから、そこんとこハイ、ヨロシクゥ!」

 

 異を唱える田所だが、彼女が副部長だということは他のメンバーにも初耳のことだった。流れを察して誰もな口を挟まなかったが。

 

「……まあ、上級生に従えってのも一理あるから、そこのところは納得してあげるわ」

 

 しぶしぶながら夏凜は引き下がった。そして、田所を指さしながら他のメンバーに声をかける。

 

「ところでさあ……こいつ誰だよ?(食い気味) なんでおっさんが混じってんの?」

「は?」

「は?」

「は?」

「は?」

「は?」

「え?」

 

 夏凜の言葉に田所、風、樹、友奈、東郷が、こいつなに言ってだ? といった顔をする。

 

「いや、だから、なんで勇者部なのにおっさんがいるのよ? 勇者って女の子しかなれないでしょ」

「あんたなに言ってんの? タドは女の子じゃない」

 

 夏凜の言っていることがまるで分からないといった感じの風。彼女の言うことに、友奈たちもそうだよ、と便乗する。

 

「いやいやいや、どっからどう見てもおっさんじゃない! しかも女子の制服着てるし! 多分変態だと思うんですけど(名推理)」

「夏凜ちゃん、タドちゃん先輩に失礼よ。先輩はどこからどう見ても立派な大和撫子じゃない」

「えぇ……。(困惑) 絶対男なのに……この子たち頭おかしい……」

 

 ただ1人、田所を男だと主張する夏凜に対し、頑として女の子だと言って譲らない他のメンバー。

 

「当たり前だよなあ」

「クッ……!」

 

 勝ち誇ったようなドヤ顔を披露する田所。夏凜は自分の認識が認められなかったこととと田所の表情に、悔しさで顔をゆがませる。

 続けて、これ以上言いあっても無駄だと諦めたように脱力すると、はぁ~とクソデカ溜息を吐いて、置いていた自分の学生カバンを手に取った。

 

「まま、ええわ。おっさんでもなんでも貴重な戦力なんだし、私の足だけは引っ張らないでよね」

 

 そう言うと、夏凜はみんなに背を向けて歩き出した。

 

「待てコラァ!!(迫真)」

「ファッ!? 何よいきなり大声出して!」

 

 部室から出ようとしていた夏凜を、友奈が迫真の叫びで呼び止める。

 

「夏凜ちゃんもう帰っちゃうの?」

「だってもうやることないじゃない」

「これから夏凜ちゃんの勇者部入部を記念して、かめやでうどんパーティーを開くんだよ。一緒に行こうよ!」

「あーめんどくせー、マジで」

「私もやったんだからさ」

「(行く気は)ないです」

 

 友奈の誘いも取り合わず、夏凜は素っ気ない態度でピシャリと扉を閉める。

 残された友奈の寂しそうな姿を見て、田所はしょうがねえなぁと、一計を案じるのだった。




今回のサブタイは、夏凜ちゃんのモチーフのヤマツツジの花言葉です。


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第9話 ドゥビウム

体調が悪くなったり書く時間が取れなかったりしてたら
そのうち創作意欲まで無くなってしまい時間がかかってしまいました。ごめんナス!

次はありふれの方を書くんでまた間が開いてしまいますが
気長に待っててくれよな~、頼むよ~。


「ちょちょちょ待ってください! 待って! 助けて! お願いします! うああああああああ!!!!」

 

 帰宅するため夕暮れの廊下を1人歩く夏凜。その背に呼びかけるように、田所の声が響いてきた。呼び止めるというより、それはもはや助けを求める悲鳴だった。

 田所を不審人物として警戒していた夏凜だったが、切羽詰まったような叫びを聞いてさすがに田所のことが心配になり、慌てて部室に引き返す。

 

「なに!? 大丈夫なの!?」

 

 バァン! と音を立てて部室のドアを開くと、そこにはなんの異常も見受けられず、平然と佇んでいる田所と勇者部員の姿があった。

 

「え? え? なんだったの、今の叫び声は?」

 

 混乱する夏凜。田所は彼女の手を引き部室に招き入れると、友奈たちの前に立たせる。

 

「お か え り」

「……あんた、なんで絶叫してたの?」

「お前を連れ戻すためだよ」

「……つまり、演技だったと?」

「そうだよ。迫真だったろ?」

「まぎらわしいんじゃい!!」

 

 バァン! 夏凜は怒って自分のカバンを床に叩きつけた。

 

「普通に呼びなさいよ!」

「それじゃお前、戻ってこないダルルォ?」

「なんだってテメェはそう私に対して配慮がねえんだ?」

「え、そんなん必要ないでしょ」

「マジムカつくなこいつぅ……」

 

 田所と夏凜のやり取りを見ていた風たちは心の中で、いいツッコミ役が来てくれたわ、と一様に思った。口に出すとまた本人から突っ込まれそうだから誰も言わないが。

 

「それでは、夏凜ちゃんも戻ってきてくれたことだし、改めて勇者部加入記念うどんパーティーを開こうと思います!」

「だから行かねぇっつってんじゃねえかよ」

 

 改めて友奈は夏凜を引き連れかめやに行こうとするが、夏凜も変わらず断り続ける。

 

「なんでそんなに行きたくないの? もしかして、うどん嫌いだった?」

「そうじゃないけど……。あんたこそ、なんでそんなに私を連れて行きたいのよ?」

「お友達になるんぜよ!」

 

 夏凜と友達になりたいから、と友奈は言う。

 正面からぶつけられたストレートな思いに夏凜は赤面しつつも、友達なんて必要ないと、やはり断った。だがその態度は、無理してそう言っているのが傍目から見てもわかるものだった。

 田所は、これもう一押しで折れるな、と感じ発破をかけるために口を開く。

 

「なんだお前貧乏なのかよ、しょうがねえなぁ。(おごってやるから一緒に)来いすか?」

「これマジ? じゃあアタシは肉うどん大盛りね」

「ファッ!?」

 

 おごる相手は夏凜だけのつもりだったが、なぜか風がのっかってきた。

 

「じゃあ私は海老天!」

「ファッ!?」

 

 今度は友奈がのってくる。

 

「では、私はきつねうどんをお願いします」

「じゃ、じゃあ、私は月見うどんで……」

「ファッ!?」

 

 続けて東郷と、ちゃっかり樹もおごられる気のようだ。

 気がつけば夏凜以外全員パーティーに参加する気満々で、自分1人だけが拒否し続けているのがなんだか馬鹿らしくなってきて、ようやく夏凜もかめやに同行することに賛同するのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 かめやに着いた勇者部一同。早速席に着くと各々の食べたいメニューを注文する。

 食事はすぐに運ばれてきて、全員行儀よく合掌してうどんを食べ始めた。

 ちなみに田所はわかめうどんで、夏凜はお店で一番安い、具の乗っていない素うどんである。

 

「素うどんなんて、夏凜(KRN)って意外と遠慮するタイプなのかゾ?」

 

 わかめを口に運びながら田所が言う。

 

「別に遠慮してるわけじゃないわ。おツユに使われてるにぼしの出汁を味わうには、これが一番いいのよ」

 

 そう言いながら夏凜はツユをレンゲにすくって飲むと、うん、おいしい。とこぼした。

 

「意外と言えばあんたもよ。てっきり、もっと脂っこいスタミナのつきそうなものを頼むと思ってたわ」

「知らないのか? わかめとかの海藻類は食べるとお肌にいいんだゾ~、これ」

 

 ここぞとばかりに女子アピールする田所。

 

「だったらいい加減、その男の子みたいな口調もやめなさいな。女子力が落ちるわよ」

 

 風がお代わりを注文しながら忠告する。

 やはり田所が周囲から女の子と認識されていることに納得がいかない夏凜は、みんな一度病院で頭の検査でもしてもらった方がいいんじゃないかなーと言いたげな表情でうどんをすすった。

 

「あ、さ、それにしても夏凜ちゃんすごかったよね~。樹海~に入った途端いきなり現れてば、1人でバーテックスをやっつけちゃうんだもん。ビックリしたよ。」

「べ、別に、私にかかればあの程度の敵どうってことはないわ。勇者はすごくて当たりよ! チッ、バカじゃねえの」

「友奈ちゃんはちょっと抜けてるところも魅力の一部だってそれ一番言われてるからね。そんな友奈ちゃんと一緒にいると、十分ニチィ! パワーを貰えますよぉ~」

 

 勇者の中で一番強いかもね、と夏凜を褒める友奈。

 当の夏凜は褒められ慣れていないのか、頬を赤くしながら怒っているように答える。

 しかしそれは、照れ隠しで怒ったような言い方になっているだけだということにみんな気付いていたので、場が険悪な雰囲気になることは無かった。

 現に、親友をバカと言われた東郷も笑って流しているくらいだ。

 

「いつか友奈ちゃんとコイニハッテンシテ……? 素敵なことやないですかぁ」

「いや何言ってんのお前……(城之内)」

 

 だが夏凜の方は、東郷の反応含めた勇者部の雰囲気に馴染めるのは、まだ時間がかかるかもしれない。

 

「あっ、そうだ」

 

 いつの間にか3杯目のうどんを平らげた風が、なにかを思い出したように唐突に言葉を発した。

 風は夏凜の方を向きながら彼女に問いかける。

 

「アンタ、三好春信って人のこと知ってる?」

「ぼわっは!」

 

 夏凜は口に含んでいたうどんを盛大に噴出した。夏凜の口から発射されたそれは火山から吹き上がる噴煙のように、正面に座っていた田所の顔面にド迫力の勢いでぶちまけられる。

 ゲホゲホとせき込む夏凜。樹は心配そうにその背中を撫でてやった。

 

「ゲッホゲホ! な、なんで風がその名前を知ってるのよ!?」

「アタシと樹が勇者になる代わりに、生活資金を援助してくれるって持ち掛けてきた人なのよ。同じ苗字だし、もしかして親戚?」

 

 夏凜は答えづらそうに口を開けたり閉じたりしていたが、やがて隠すことでもないか、といった風な投げやりにも見える態度で、風の質問に答えた。

 

「……兄貴よ」

「はえ~、全然似てないわね」

「悪かったわね」

 

 風の言葉に、これまで以上にぶっきらぼうな態度になる夏凜。彼女の姿は、なにかに拗ねている子供のような雰囲気を一同に感じさせた。

 

「兄ちゃんは大赦の重役で妹は勇者って、エリート一家じゃんアゼルバイジャン。これって……勲章ですよ。KRNも誇らしいダルルォ?」

 

 純粋な賞賛の気持ちで口にした田所の発言だったが、これに夏凜は一見して分からないほど、わずかに苦悶の表情を浮かべる。

 

「私なんて、全然、すごくないわ」

 

 こぼれた言葉に、田所たちはギョッとして夏凜の顔に目をやる。彼女はこれまでの勝気な性格からは想像もできないほど、弱弱しい雰囲気に一変していた。

 それはまるで、今まで真夏の太陽の下で元気いっぱいに咲いていたヒマワリが、時を消し飛ばして一気に寿命を終え、萎れてしまった姿を見せられたかのようだった。

 夏凜は箸を置くと、カバンをもって席を立った。

 

「ご馳走してくれてありがと」

「……もう帰るのかゾ?」

「お腹いっぱいになったから」

 

 さよなら、と言い残し夏凜は一人店から出ていった。満腹だと言った彼女のうどんは、まだ半分以上が残されたままだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 日をまたいだ翌日の放課後、田所は1人で勇者部室に向かっていると、部室の扉の前で夏凜が立ちすくんでいるのを発見した。

 夏凜は扉に手をかけ、開けるのかと思えば手を放し、また扉に手をやり、といったことを繰り返している。やれやれ、と田所は夏凜の元に近づいて行き声をかけた。

 

「警察だ!(インパルス板倉)」

「ファッ!?」

 

 突然声をかけられて、びっくりさせられた夏凜は飛び跳ねるように驚いた。

 

「タングステンさん!? いきなり大声出すんじゃないわよ!」

「不審者がいるって通報があったからね」

「誰が不審者よ! 女子の制服着て平然と日常生活を送ってるおっさんに言われたくないわ!」

「あと、俺のことはタドでいいゾ」

「人の話を聞きなさいよ!?」

「で、KRNはさっきから部室の前でなにやってるんだ?」

「ぅ……べ、別になんだっていいでしょ」

 

 田所の疑問に夏凜は答えられない。だが、田所は全部お見通しだといった風に言葉を続ける。

 

「どうせ、昨日気まずい別れ方したから顔を合わせづらい、ってことでいいすかぁ~?」

「ぐっ……そうだよ」

 

 夏凜は心中を当てられ、吐き捨てるように肯定した。再び、やれやれといった顔で、田所は夏凜の手を引くと部室の扉に手をかける。

 

「世話の焼ける奴隷だな。ほらいくどー」

「え、ちょ、待って……!」

 

 夏凜の制止を無視して扉を開けると、部屋の中にはいつものメンバーが顔を並べているのが見えた。

 

「お ま た せ。KRN連れてきたゾ~」

「あらいらっしゃい。ずいぶん遅かったわね」

 

 風がいつも通りの雰囲気で2人を出迎える。他の3人もよそよそしい感じなどなく、普段の通りに接してきてくれたことに夏凜は内心で安堵していた。

 

「で、なにやってたのよ?」

「KRNはみんなに会いづらくてドアの前でうろうろしてたゾ」

「言うなバカァ!」

「タドは?」

「ウンコしてた」

 

 女子なら軽々しく口にしてはいけないことを平然と言う田所。

 

「あっ、手を洗うの忘れてたゾ」

「手きったねえ! ……クソだ」

 

 夏凜は握られていた田所の手を慌てて振りほどき、自身のハンカチで手を拭いた。あとで石鹸できちんと洗わなきゃ。(使命感)

 

「それじゃあ全員そろったことだし、ミーティング始めるわよ~」

 

 ぱんぱん、と手を叩き、風がみんなの注意を集める。そこに夏凜が待ったをかけた。

 

「その前に、情報の共有をしときたいんだけど」

 

 夏凜はそういうと、黒板にこれまでのバーテックスの襲来周期を書き始める。

 その様を見ながら、田所がなにかに気付いたように鼻をフンフンと動かし始める。

 

「なんか匂う、匂わない?」

「アンタがトイレ行ったからじゃないの?」

「いや、そういうんじゃなくて香ばしい、いい匂いなんだよなぁ」

 

 鼻を鳴らしながら匂いの跡を辿っていくと、その発生源は夏凜のカバンであった。

 

「ン何だお前?!」

 

 田所は持ち主の許可も得ずに、勝手にカバンを開けて中身を探り始める。これに驚いた夏凜はすかさず田所を止めようと、彼女の体にしがみついた。

 

「オロナイン、抑えろ!」

「やめろォ(建前)、ナイスぅ(本音) ンアッー!」

 

 田所は風と友奈に指示して夏凜の動きを封じさせる。その間にもカバンを探る手を進めていくと……。

 

「チキン……じゃないわ……カツ、え? ……とんかつマック、とんかつマックバーガーありました!」

 

 やがて発掘されたそれはとんかつマックバーガーなどではなく、袋詰めにされた業務用の煮干しであった。

 

「……煮干し?」

 

 およそ女子中学生が持ち歩くものではないそれに、夏凜以外のメンバーがキョトンとした表情を浮かべる。

 

「何よ!? ビタミン! ミネラル! カルシウム! タウリン! EPA! DHA! 煮干しは完全食よ!?」

「はえ~、好きなんすねぇ~」

 

 他人には知られたくなかったのか、うっすらと頬を赤く染めながら早口でまくし立てる夏凜。勇者部は彼女の意外な面を知れてほっこりした気分になった。

 東郷は自分のカバンから重箱を取り出し、夏凜に開けて見せる。そこには彼女お得意のぼた餅が入っていた。

 

「せっかくですし、交換しませんか」

「なにそれ?」

「さっきの家庭科で作ったんだよね。東郷さんはお菓子作りの天才なんだよ」

 

 友奈は自分のことのように東郷の腕前を自慢する。

 

「いい、いらない」

 

 と口では拒否の姿勢を取りながら、ぼた餅を見てゴクリと喉を鳴らしたのを田所の野獣の眼光は見逃さなかった。

 

「あっそっかぁ……仕方ないね。(レ) じゃあ俺たちだけでいただッキーマウス」

 

 そう言うと夏凜に見せつけるように──実際見せつけながら──田所はムシャリムシャリとぼた餅を口に入れる。

 

「うん、おいしい! やっぱり~東郷くんのぼた餅を……最高やな!」

 

 ──クゥーン……──

 

 田所が食べるぼた餅の甘い小豆の香りが漂い、夏凜の鼻腔を刺激し彼女のお腹が可愛らしく空腹を訴えてきた。

 お腹を押さえ赤面する夏凜の前に、田所はスッと小皿に乗せたぼた餅を差し出す。

 

「煮干しと交換だゾ」

「し、しょうがないわね! そんなに食べたいなら分けてあげるわ!」

 

 やれやれ。田所はぼた餅を渡し、代わりに煮干しを受け取った。口に放り込むと、わずかな苦みと香ばしい風味が広がり、なるほど夏凜がハマるのも理解できた。

 夏凜の方も、ぼた餅を口にして「素晴らし菓子……」と呟き、その美味さに驚いている様子だった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 数分後、お茶も用意され煮干しとぼた餅をゆっくりと味わった一同は、改めて夏凜の話に耳を傾ける。

 

「大赦と過去の勇者の戦闘データによると、バーテックスはおおよそ20日周期で現れると考えられていた。でも今回は……」

 

 1体目のヴァルゴが襲来してから間を置かず、翌日にまとめて3体がやって来て、その次は1ヶ月開けてカプリコーンが来た。

 

「おまけに、今回の奴らは異常な姿に進化して強くなってくる。大赦も予測してなかった、相当な異常事態よ」

「初めて戦った時は、タドがいなかったら危なかったわね」

「次も東郷さんが来てくれなかったらピンチだったよ~」

「あのー……」

 

 樹が手を上げて発言の許可を求めた。

 

「なに?」

「強くなったバーテックスの姿って、なんだか人間っぽく見えたんですけど……あれって一体なんなんでしょうか?」

 

 カプリコーン以外の4体は、どれもこれもが意味不明の怪物じみた容姿から、成人男性を思わせる形態へと変化した。

 ウイルスから進化して発生した異常生物なのだから、人間に対応した進化を行ったとでもいうのだろうか?

 田所と、現物を見ていない夏凜以外の少女たちが、その醜悪なビジュアルを思い出し気分を悪くしている中で、田所はどういう訳か、人の姿を取ったバーテックスたちに妙な懐かしさ(・・・・・・)を感じていた。

 

「それに関しては調査中だって。ま、私にかかればどうってことないわ。『満開』もあるしね」

「満開?」

 

 初めて耳にするワードに、誰かが聞き返す。

 

「勇者が戦闘経験を蓄積することでパワーアップできるシステムよ。満開を繰り返せば繰り返すだけ、より力も増すって寸法よ!」

「はえ~、すっごい」

 

 夏凜が満開システムのスゴさを力説し友奈たちが感心する中で、ただ1人田所だけが疑念の表情を浮かべていた。

 

「……くっせぇなお前」

 

 疑念は呟きとなって田所の口から発せられる。囁きのようなそれは、しっかりと夏凜の耳にもはいていた。

 

「アンタ、なにが言いたいのよ」

「なんの代償もなしに強くなるってホントぉ? 都合がよすぎる……よすぎない? デメリットが無いのにメリットばっかりって、この世の法則からしてあり得ないんだよなぁ」

 

 田所の言うことももっともだ。しかし夏凜は、彼女の疑いの眼差しを真っ向から否定する。

 

「大赦の報告にも、危険性は無いって明言されてるとはっきりわかんだね。それに」

 

 一拍置いて小さな声で、しかし断固とした意志で夏凜はこう言った。

 

「それに、兄貴も満開システムの開発にかかわってる。兄貴が、危険かもしれないものを、私たちみたいな子供に使わせるわけない」

 

 家族のことを信頼したい気持ちは、家族の記憶が無い田所でも十分に伝わった。なので、彼女もそれ以上の追及をすることはできず、口をつぐまざるをえなかった。

 2人のちょっとした言い合いから部室の雰囲気が少しだけ暗くなったが、そこは部長の風が取り直したため問題になることは無かった。

 

「ま、なんにしても使ってみればわかるわよ」

 

 風のその言葉で情報共有の催しは終了となり、その後は近々行うことになっている、幼稚園でのこども会の手伝いの段取りへと話題は移行した。

 この時は軽く考えていた問題の先延ばしが、後になって少女たちを苦しめることになるとは、まだ誰も予想していなかった。




今回のサブタイは、ラテン語で「疑い」という意味です。
また、オーニソガラム・ドゥビウムという花もあるそうです。


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第10話 若き三好夏凜の悩み

 放課後の部活のミーティングで、次の日曜日に勇者部が行う幼稚園での子供会の内容を話し合ってから数日が経った。

 今日はその子供会当日の日曜だ。

 会は朝の11時から行う予定なので、勇者部メンバーも時間前の10時に現地の幼稚園に集合していた。ただ1人、三好夏凜を除いて。

 

「遅い遅い遅いおっせぇよ」

 

 田所が苛立たしげに言った。すでに集合時間の10時を30分も過ぎているというのに、夏凜は一向に姿を見せない。待ちくたびれてイライラするぜ!

 

「どうしたんですかね、夏凜さん。まさか来る途中で事故にでもあったとか……」

「ニュースには何も出てないわね」

 

 心配そうな樹。風はスマホでニュースサイトを確認するが、事件や事故などは起きていなかった。

 

「私、電話してみるよ」

 

 友奈はそう言って、自身のスマホを操作し夏凜に電話をかける。

 しばらく呼び出し音が鳴った後、電話は向こうから切られてしまった。

 

「あ、切れちゃった……」

「なにか用事でもできたのかしらね」

 

 頬に手を当て思案顔の東郷。

 

「どうせ寝坊でもしてまーた話すのが気まずくなったとかじゃねえの? 今度は俺がかけますよ~、かけるかける」

 

 友奈に続いて田所が夏凜に電話してみるが、今度は電源を切られてしまったようで完全に繋がらなくなってしまう。

 

「ファッ!? 何やってんだあいつ……」

「病気で寝込んでる、なんてタマじゃないわよねぇ」

 

 と風。そこに幼稚園の先生が少女たちを呼びに来た。準備も含めてそろそろ時間だ、と。

 

「夏凜ちゃん、どうしちゃったんだろう……」

「もうほっとこうぜ! 最初からノリ気じゃなかったみたいだし、どうせサボりだゾ」

 

 心配そうな友奈に対して、田所は怒りを露わにしたドライな対応だ。というのも理由があって、今日は夏凜の誕生日なのである。

 たまたまそれを知った友奈が、せっかくだから子供たちと一緒に誕生日パーティーをしようと提案したのだが……

 

「せっかくTGが特性のぼた餅ケーキ作ってくれたのに、これじゃ無駄になるじゃねえかよお前よぉ!」

 

 頭に来ますよ~、と田所は1人ぷんすこしている。

 

「しょうがないわね。夏凜のことは後で考えるとしましょう」

 

 部長の風の判断で、今は子供会を優先しようということになった。

 

 勇者部メンバーは園児たちと共に、おりがみを折って一緒に遊んであげていた。

 田所は小さなおりがみではなく新聞紙を用意すると、どこから知識を仕入れたのか、それを器用に折って子供用の侍の兜を作ってやっていた。しかもかなり好評だ。

 

「さすがタドちゃん先輩ね。見事な出来栄えだわ」

 

 東郷も太鼓判を押すことからも、そのクオリティの高さがうかがえる。

 園児たちにせがまれるまま、次々と兜を量産するマシーンと化した田所が、ふとあることに気付いた。

 

「あ、さ、もしかしてKRNの奴、集合場所を間違えたんじゃねえの?」

 

 4人の少女たちは手を止め田所の話を聞く。

 

「どういうこと?」

「普段通り部室にいる気がする……気がしない? 誰か現地集合だってあいつに確認とったか?」

 

 4人は一様に首を横に振った。あり得そうな話だ。田所は軽くため息を吐くと、よっこらしょと立ち上がる。

 

「俺が連れてきてやるか、しょうがねえなぁ(悟空)」

 

 もう帰ったかもしれないけど、と念を押しつつ見つけたら連絡すると言い残し、田所は讃州中学へと向かった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 電車に乗り込み、田所は讃州中に到着する。部室を覗いてみるが、そこにはもう夏凜の姿は無かった。

 一応校内も探してはみたが、やはり夏凜は見つからない。

 だが、すれ違った教師の1人に彼女のことを訪ねると、運よく夏凜の姿を見かけたという話を聞けた。

 

「どこに行けばKRNに会えるのかしら」

「なんのために会うのよ」

「殺すのよ」

 

 教師に彼女の自宅の住所を教えてもらうことができたので、田所は早速そこへ足を向けることに。

 

 夏凜の家は海の近くに建てられたマンションの1室にあった。

 チャイムを鳴らしてみるが応答は無く、ドアにはカギがかかっていた。居留守を使っている様子もないので、どこかへ出かけているらしい。

 すでに日は傾き夕刻を指している。子供会もとっくに終了している時間だ。田所は仕方なく帰ろうと踵を返すと

 

「「あっ」」

 

 ちょうど帰宅した夏凜と鉢合わせする形になった。

 

「タド!? なんでアンタがここにいるのよ!?」

 

 予期せぬ訪問者におっぱげる夏凜。その手には袋に入れられた木刀が握られていた。

 毎日決まった時間に型のトレーニングをしていると以前言っていたので、今回もどこかで練習していたのだろう。

 

「おめえを探しに来たに決まってるダルルォ!? 部活サボってトレーニングなんて行きやがってよぉ!! いい度胸してんねえ、通りでねえ!!」

「ちょ、うるっさいわね! 近所迷惑でしょ!?」

 

 ご近所の目を気にした夏凜は、慌てて田所を家の中に引き込んだ。

 

「おっ、開いてんじゃーん」

「(私がカギを)開けたんだよなぁ」

 

 部屋の中は年頃の少女が住んでいるとは思えないほど、飾りっ気のない殺風景なものだった。必要最低限の家具と、他は体を鍛えるための運動器具が置かれているのみである。

 台所も使われている様子はない。テーブルの上にはコンビニ弁当が置かれている。ゴミ袋の中にも、いくつもの空のコンビニ弁当が覗いていた。

 

「コンビニ弁当ばっかじゃねえかよお前ん食事ぃ! ちゃんとしたもん食えよ体に悪いゾ」

 

 3食すべてをインスタントうどんで済ませている田所には言われたくはない夏凜である。

 

「ていうか、もう子供会は終わったんでしょ? 時間も遅いんだからアンタも家に帰りなさいよ」

「まだまだまだ、夜はこれからなんだよ。手を入れる専門家も呼んであるからな」

「……誰を呼んだって?」

 

 その時、ピンポーンと夏凜宅の呼び鈴が鳴った。

 

「入って、どうぞ」

 

 家主の夏凜ではなく田所が来訪者を招き入れる。

 

「おっ、開いてんじゃーん」

 

 ズカズカと上がり込んできたのは、風を筆頭とした勇者部の4人の少女たちだ。

 

「アンタたち……なんで」

「俺が電話で呼んどいたゾ」

「いつの間に!?」

「座って、どうぞ」

 

 驚く夏凜をよそに、少女たちはテーブルを囲んでカーペットの上に座る。まるで自宅みたいな(くつろ)ぎっぷりだぁ。

 そして、持参してきたビニール袋からお菓子や飲み物などを取り出し、テーブルの上に広げていく。

 

「なんなのよ……、いきなり来てなんなのよ!」

 

 少女たちの勝手気ままな態度に思わず怒鳴ってしまう夏凜。

 友奈は涼しげな顔でカバンから箱を取り出すと、それを開けながら夏凜に対してこう口を開いた。

 

「夏凜ちゃん、お誕生日おめでとナス!!」

 

 箱の中には、東郷お手製のぼた餅ケーキが入っていた。

 

「誕生日って……私の……?」

「本当は子供会で園児たちと一緒にお祝いしようとしてたんだけどね」

「夏凜さんが来なかったですからね、仕方ないですね」

 

 呆然とする夏凜に、東郷と樹はそう答える。

 

「危うくケーキが無駄になるところだったゾ? まったく、KRNの協調性のなさにも困ったもんじゃい」

 

 そう言いながら田所も、こうして無事に誕生会を開けたことに笑みを浮かべていた。田所だけではない。風も樹も、友奈も東郷も、みんなが笑顔で夏凜のことを祝福している。

 当の夏凜はみんなの顔を呆然としたような表情で眺めまわし、やがて肩を震わせ始めた。目尻には涙がたまり、あふれた雫がスウッと頬を伝って落ちる。

 まさかの反応に5人の少女たちはギョッとした。

 

「ファッ!? 泣くほど嫌だったとかウッソだろお前!?」

「ち、違う……私、誕生日なんて……お祝いされたこと、無くて……それで……」

 

 普段気丈な夏凜が人目もはばからず泣いている。それが田所たちに与えた衝撃はかなりのものだった。だが、これは決して哀しみの涙などではない。

 夏凜は涙をぬぐうと、頬を朱に染めながら、つっかえつつも少女たちにハッキリとこう伝えた。

 

「その……こういうの柄じゃないんだけど……い、言わないのも失礼だから、言うわね。……ぁりがと……」

 

 夏凜は恥ずかしそうに微笑みを浮かべ、みんなも笑顔に包まれた。楽しい誕生日パーティーはいよいよ始まったのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「それじゃあ、生意気な新入部員の加入と誕生を祝って、かんぱーい!」

「「「「「かんぱーい!!」」」」」

 

 風の音頭を合図に、それぞれソフトドリンクを満たしたグラスを打ち鳴らしていく。

 みんな思い思いにジュースを飲み、お菓子を食べながら談笑していると、樹があるものに気付き「あっ」と声を上げた。

 彼女の視線の先には、部屋の隅にそっと置かれた折りかけのおりがみと、練習用の本。

 夏凜は慌ててそれを背に隠し、田所がからかうように声をかけた。

 

「本当はみんなとおりがみ折りたかったんだろ?」

「いやちがう」

「はいって言え」

「はい」

「ハイじゃねぇよ1dollar!」

 

 先輩の奴隷になる夏凜。そんなやり取りをしている2人を笑顔で見つめる友奈。ふと友奈の視界に、2人の向こうにある机の上の写真立てが映った。

 そこには満面の笑顔の幼い夏凜と、どこか彼女に似た容姿を持つ1人の少年の姿が写っている。

 

「これ夏凜ちゃんと……もしかして、お兄さん?」

 

 友奈が写真を手に尋ねると、夏凜は「んまぁ、そう……」と曖昧な返事で友奈の手から写真立てを取り上げると、隠すように伏せて机の上に置いてしまう。

 そういえば、前も兄のことになると元気がなくなってたな……と田所は思い返した。

 

「KRN、なんか悩みがあるなら聞いてやるゾ?」

「別に、悩みなんてないわ……」

「ウソつけ、絶対ウソだゾ」

 

 友奈も田所に同意するように声を上げる。

 

「勇者部5箇条、『悩んだら相談』だよ!」

「おめぇは勇者部に所属してるのに部の方針には従わねえんだな、マジおもしれー!」

 

 女子中学生風の二人組みはゲラゲラ笑って立ち去ろうとしたので、夏凜は慌てて引き留めた。次いで「わかったわかった! ダイエー!」と、ため息を吐きながら重い口を開く。

 

「……兄貴は昔っからスポーツでも勉強でも、なんでもこなせる完璧超人でね……両親も周りの人たちも、私のことは眼中になし。兄貴ばっかり持てはやされてた。

子供の頃に書いた絵も、コンクールでもらった賞状も、兄貴のは飾られるのに私のはほったらかし。

出来のいい兄貴ばかりが両親から愛されてるのが、私にはとっても悲しくて、悔しかった。

でもね……そんな兄貴だけが、私のことを気にかけてくれてたの。けど、私も素直じゃないから兄貴のこと突っぱねてて……。

大きくなったら兄貴は大赦勤めになって、実家を出て……私も気まずくなって、疎遠になって……顔を合わせなくなってずいぶん経つわ」

 

 夏凜はそこで一区切りつけた。

 

「そのあとは、私にも適性があるってことで勇者候補に選ばれて……これでみんなのことを見返してやれるって、手柄を立てるためにがむしゃらに頑張ったわ。

そのおかげで、晴れて正式な勇者になれたけど……。結局私は、自分のためにしか戦ってないのよね」

 

 利己的過ぎて笑っちゃうぜ! と夏凜は自嘲する。

 

「あっ、そっかぁ……。あんたも大変だったのねぇ」

 

 そう言う風は、目じりに浮かんだ涙をぬぐった。見れば少女たちはみんな、鼻をすすり涙を浮かべながら夏凜の話を聞き入っていたのだ。

 

「あたしと樹も、両親がバーテックスのせいで起きた事故で死んじゃってね……。だから、あいつらと戦ってるのも敵討ちって面もあるのよ。

そういう個人的な理由で勇者やってるのはアンタだけじゃないってことだから、まあ……そう気にするな!」

 

 夏凜の肩に手を置き、励ますように言う風。

 田所も風の横に立つと、夏凜に言葉をかける。

 

「俺も風と樹も親がいないから、まだ会うことができるKRNのことが羨ましいけど、生きてるからこそすれ違うって悩みもあるんだな……。まったく、人生上手くいかないもんじゃい」

 

 田所は、やれやれと困ったように腕を組み、そうこぼした。すると友奈も夏凜の前にやって来て、彼女の手を握りながらこう言った。

 

「難しいことは分からないけど……どんな理由で勇者になっても、それでみんなのことを守れてるなら、それはきっといいことだよ! 夏凜ちゃんが家族の人たちと仲良くなれるように、私も応援する!」

 

 まっすぐな友奈の気持ちに夏凜は頬を染め、小さな声で恥ずかしそうに「ありがとナス……」と呟いた。

 

「まま、そう深刻になんないでよ。最後にはきっと、全部がうまくいくってそれ一番信じられてるから。大丈夫だって安心しろよ~」

 

 田所の自信にあふれた能天気なその言葉には根拠なんてなにもないけれど、それだからこそ夏凜は、なんだか救われたような気分になるのだった。




夏凜ちゃんのお悩み暴露はゲームであったらしいですが(ゲーム未プレイ)
ここではほんへにぶち込みました


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第11話 ダイナモ感覚

 今日も今日とて放課後に、部活動に勤しむ勇者部の少女たち。

 友奈は勇者部の活動をまとめた新聞の構成を考え、東郷は部の活動をアピールするために作ったインターネットのホームページを弄っている。

 部長の風はというと、今度の文化祭で勇者部が行うことになった演劇の台本に頭を悩ませていた。はぁ~、とクソデカ溜息を吐きながら持っていたペンを机に置く。

 

「ダメだやっぱ、ストーリーが思いつかん」

 

 風の作業を見守っていた夏凜が、にぼしをかじりながら声をかける。

 

「別にプロの仕事を要求されてるわけじゃないんだし、パパパッと書いて終わりっ! にしたら?」

 

 どうせ見るのは素人なんだし、テキトーにやってもヘーキヘーキ、と軽い調子の夏凜。

 

「ダメよ! そんなのアタシの脚本家としてのプライドがもう許さねえからなぁ?」

「なにが脚本家のプライドか……タドもなんか言ってやりなさいよ」

 

 そう夏凜が田所に話題を振る。

 

「そうだよ。前に幼稚園でやった、勇者の人形劇の再利用でinじゃねーの?」

 

 だが、風は腕を組み悩みを捨てきれないようだ。

 

「う~ん……。ストーリーはいいかもしれないけど、あれはタドと友奈で5人分の人形を操ってたじゃない? 夏凜が加わっても5人の役を3人で回すのは無理無理無理無理!」

 

 それに今度の観客は幼稚園児じゃなくて中学生以上になるから、お話しも大人向けに改稿しないとね、と風。どっちにしろ色々と作り直しをする必要がありそうだ。

 と、そんな少女たちの活動に加わらず、机の前で暗い表情を浮かべている者が1人……。

 

「はぁ~……」

 

 風と同じようにクソデカ溜息を吐くのは、彼女の妹の樹である。浮かない顔の樹の周りに集まる少女たち。

 

「お、大丈夫か? 大丈夫か?」

「どうしたの樹? ため息なんかついて」

 

 声をかけられ顔を上げる樹。

 話を聞くに、近々音楽の授業で歌を歌うテストがあるらしく、うまく歌えるかが心配で得意のタロットで占ってみたらしいが

 

「これ! これなんか見ろよこれ! なぁ! この無残な姿よぉなぁ!」

 

 樹はなぜか半笑いで卓上のカードを指す。そこには、破滅や破局という不吉な暗示を示す位置でめくられたタロットがあった。

 

「当たるも八卦当たらぬも八卦って言うし、気にすることないでしょ」

「そうだよ。(便乗) こういうのって、もう一度占ったら全く別の結果が出るもんだよ」

 

 励ましの声をかける風と友奈。

 結果、何度占っても死神の正位置でした。(震え声) 4回だよ、4回!(やり直した回数)

 

「勇者部の活動方針は困っている人を助けること。なら、困っている我が妹を助けるのもまた道理……。今日の活動内容は、樹を歌のテストで合格させる方法を話し合うってことでOK? OK牧場?」

 

 風の突発的な提案で、樹の悩みを解決するためのアイディア出しが始まった。

 東郷がα波を出せるようになれば勝ったも同然と言いだしたり、サプリ愛好者の夏凜が歌が上手くなるサプリを持ってくると言ったりするが、今一即効性のあるものは出ない。

 

「家で1人で歌ってるときは上手いんだから、人前だと緊張するってだけじゃないかしらね」

 

 と風。

 

「あ、さ、じゃあこれからみんなでカラオケに行って練習するってどうかな?」

 

 友奈の提案でこの日の部活は早めに切り上げ、帰り道にあるカラオケ店に向かうこととなった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 カラオケショップ、MANEKIに入店した勇者部一行。

 勇者としての訓練に明け暮れてこういった店に来たことが無かった夏凜と、記憶のない田所の2人は物珍しそうに店内を眺めている。

 

「そんじゃ、まずは景気づけにアタシが一曲」

 

 風はそう言うと、部屋に備え付けられている選曲用の電子機器を操作していく。

 その様子を見ながら、田所は不思議そうに声を発する。

 

「はえ~、すっごいハイテク。てっきりクッソ分厚い曲目リストを書いた本から歌いたい曲を索引して、コードナンバーを入力するんだと思ってたゾ」

「いやそれいつの時代のカラオケよ……」

 

 時代錯誤な田所の発言にツッコミを入れつつ、スピーカーからメロディーが流れ始めたので、風はマイクを持って歌い始めた。

 友奈と東郷がタンバリンやマラカスで、樹も手拍子で合いの手を入れ、みんなとても楽しげだ。

 机の上には道中買ってきたお菓子が広げられ、それを牛鬼が我関せずと黙々と食べている。

 

「イェーイ、聞いてくれてありがとナス!」

 

 1曲歌い終えた風。カラオケには採点機能もついており、90点以上のかなりの高得点をはじき出している。

 続いては、友奈と夏凜のデュエットソングだ。こちらもかなり上手で、夏凜にいたっては初めてのカラオケだというのに慣れた様子で、風同様の高得点を挙げた。

 3曲目に流れてきたのは、なにやら重厚な響きを持つ一種異様なサウンド。これは東郷が入れた、彼女お得意の軍歌であった。

 軍歌が流れると同時に、風、樹、友奈の3人が立ち上がり敬礼のポーズをとる。

 突然の謎行為にファッ!? っと驚く田所と夏凜。どうやら東郷が歌っている間はこの姿勢を続ける、というのが彼女たちの間での習わしらしい。

 そしていよいよ本日の主役、樹の番が回ってきた。

 

「FUがあんだけ上手かったんだからITKも大丈夫だろ」

 

 と楽観視していた田所だが、いざ聞いてみた樹の歌は……んまぁ、そう、よく分かんなかったです。(すっとぼけ)

 緊張で喉が渇いていたのか、パッサパサ! パッサパサ! 口のなかパッサパサ! パッサパサだよどーしてくれんだ樹ちゃん! なため声がかすれてうまく音程がとれなかったのだ。

 

「はぁ~……」

 

 本日何度目かのクソデカ溜息を吐く樹。やはり思うように歌えないというのはショックなようだ。

 

「まあ、今日はただの練習なんだし、好きに歌えばいいのよ」

「そうだよ。(便乗) 気にしない気にしない。お菓子でも食べてリラックスしよう……」

 

 風と友奈はそう言って樹を励ます。と、言葉の途中で友奈がテーブルに視線を向けると、卓上のお菓子はすべて牛鬼のお腹の中に収められていた。

 

「こいつ義輝をレイプしてるか食ってるかしかしてないわね」

 

 満足気にゲップする牛鬼を見ながら、呆れたように夏凜が言った。

 その時、スピーカーから次の曲が流れ始める。今度は田所の番の様だ。

 

「歌いますよ~、歌う歌う」

 

 メロディーにのって紡がれる歌詞は、田所の自己紹介文章そのものだった。

 

「え、なにこれは……」

 

 困惑する夏凜。それに対する衝撃の答えは

 

「俺の自作曲だゾ」

「なんでタドの作った歌がカラオケに入ってるのよ!?」

 

 夏凜のツッコミも意に介せず最後まで歌い切った田所の得点はというと、驚異の810点だ。

 

「なんで100点超えてるのよ!!」

「イケボなんかなぁ……? どうなんだろうね」

 

 満足気にどや顔を披露する田所をよそに、結局この日は有効な解決策は見つけられず解散となった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 夜になり自宅に帰った田所。先ほどまでのにぎやかさが嘘のように、今は1人黙々と夕食のインスタントうどんを食べていた。

 静まり返った邸宅の中で、麺をすする音が寂しげに響く。と、その音に混じってコツコツという、ガラスを叩いているような小さな音が聞こえてきた。

 続けて、「キュッ! キシュン! キシュ!」といった鳥の鳴き声らしきものも。それは窓の外から聞こえてきている。

 

「怖いなー、とづまりすとこ」

 

 正体不明の異音を警戒した田所は、立ち上がってカギをかけようと窓に近づく。

 窓の外の暗闇の中に、闇夜とは違う黒い色の物体が見えた。目を凝らすと、それは1羽の鳥であった。

 それもただの鳥ではない。マスコットキャラクターのようにディフォルメされた体系に、服のような衣類を身に着けている。

 

「なんだこの鳥さん!?」

 

 通常の鳥とは全く異なる体系をしたそれに田所はおっぱげた。同時に、なんでこんな奇妙な奴が家の窓の外にいるんだと疑問に思う。

 一方の鳥さんはというと、田所の姿を視認してから一層強く窓を叩き始めた。

 まるで、「おいコラァ! 窓開けろ! 飼育免許持ってんのかコラ!」と言っているようである。

 このままではオ窓壊るる~、と思った田所は警戒しながら窓を開けて、謎の鳥を室内に招き入れた。

 鳥さんは器用に服の中から1枚の写真を取り出すと、それを田所に見せる。写真に写っていたのは全身を包帯に巻かれた1人の少女。

 それは、かつて田所が大赦本部に連れて行かれた際に出会った先代勇者、乃木園子であった。

 

「これは……お前もしかして、SNKの精霊か?」

 

 田所の言葉に反応してコクコクと顔を縦に振る鳥さんこと、烏天狗のセバスチャン。どうやら彼女の推測は合っているようだ。

 セバスチャンはしばらく部屋の中を飛び回り、やがて机に置かれていたノートと筆記具をもって田所の前に降り立つと、なにやら文字を書き始めた。

 

『MNKI H KKN TKUN』

 

 ノートに記された謎の言葉。それは、古代から密かに使われてきたTDN表記と呼ばれる暗号だった。

 現在ではほとんど使われることも無い、一部の者しか知らない失われた記述だ。現在でこれを解読できるのは、古代にこれを使用していた者(・・・・・・・・・・・・・)か、よっぽどのもの好きくらいだろう。

 

「これは……『満開 は 危険 使うな』……。おい、どういうことゾ?」

 

 セバスチャンに言葉の意味を訪ねる田所だが、喋ることはできないようで答えは返ってこない。

 理由は分からないが、おそらく園子が田所への警告としてこのメッセージを送ってきたのだろう。

 暗号が通じたことでセバスチャンは役目を終えたのか、そのまま田所の部屋を飛んで出て行ったのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 田所が謎の警告を受けた翌日。放課後に勇者部員たちはいつも通り、家庭科室兼用の部室に全員集合した。

 今、少女たちの目の前には夏凜が持参したサプリメントが並べられている。それも1つや2つではなく、10種類は優に超えているだろう数の品々が。

 

「はえ~、すっごい沢山……」

 

 友奈が感心したようにこぼした。

 

「とりあえず、喉に効きそうなものを色々と持ってきたわ」

「これ全部KRNの持ち物なのかゾ?」

 

 田所の質問に、夏凜は「当たり前だよなぁ?」と、さも当然の顔で答える。飲みすぎィ!

 

「樹、これ全部飲んでみて、どうぞ」

「ファッ!? これはキツいですよ……」

「いや、無理かどうか分かんないでしょ!?(不屈)」

 

 問答をする夏凜と樹。そこに風が割って入る。

 

「アンタも無理なんじゃないのぉ?」

「出来らぁっ!!」

 

 風の挑発に乗せられて、夏凜は錠剤をオリーブオイルでがぶ飲みする。

 

「おっぶぇ!?」

 

 当然飲み干せるわけもなく吐き出してしまった。オーバードーズには注意、しよう!

 樹は結局2、3錠ほど飲んでみたが、特に効果のほどは見られなかった。

 今日も成果無しで解散、となる所で田所がみんなに声をかけた。

 

「この辺にぃ、上手いカラオケの舞台、来てるらしいっすよ。じゃけん今から行きましょうね~」

 

 カラオケの舞台という、いまいち何なのか分からない言葉に首をひねる少女たちだったが、田所は返事も聞かず勝手にその場所に向かっていくため他の面々も慌てて後をついて行くのだった。

 

 しばらく歩いて到着したのは商店街の中。その一角で、商店街主催のカラオケコンテストが開かれていた。田所が連れてきたかったのはここのようだ。

 

「! もしかして、今から訓練で私に出ろってことですか!?」

 

 驚きの声を上げる樹だが、どうやらそういうことでもないらしい。

 

「いや、出るのは俺だゾ」

 

 そう言うと田所は、コンテストに飛び入り参加を表明した。壇上に上げられマイクを渡されると、そこから静かに樹を見つめて一言。

 

「今日は、歌うのが好きだけど恥ずかしがり屋で人前じゃ上手く歌えない後輩を応援するために、1曲披露させてもらいますよ~」

 

 その宣言と共に、備え付けられているスピーカーからメロディーが流れ始める。田所はサウンドに乗せて、一気にテンションをマックスまで上げた。

 

「曲名! 千本、桜! ビャァオッ! テンション! 上げて! いこうぜーワァァァァォッ!」

 

 踊りとも思えない奇妙な動きでテンポを取りつつ、決して上手くはない……いや、はっきり言ってヘタクソな歌い方は聴衆の笑いを誘っている。まるで頭がイカレた人物のような、見るに堪えないパフォーマンスだ。

 だが人目をまったく気にしない、自分勝手とも言える彼女の歌う姿は、とても堂々とした貫禄のあるものに樹には見えた。

 そして、ノリノリでとても楽しそうに歌う田所の姿につられて、やがて観客も彼女と一緒に歌い始めたではないか。

 

「みんな踊れー!」

 

 その声で観客も、勇者部のメンバーも、みんなが田所の歌に合わせて踊りだす。

 

(あっ、そっかぁ……。歌って自分が楽しんで歌えれば、それでいいんだってことをタド先輩は私に教えようとしてくれたんだね)

 

 歌うことの意味に気付かされた樹。彼女も一緒に田所の歌を口ずさみながら、みんなと共に踊り明かしたのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 いよいよやって来た樹の歌の試験当日。樹以外の勇者部員は、一足先に部室に集まっていた。

 部長であり姉の風は、1人ソワソワと妹の到着を待っている。そんな風に田所が声をかけた。

 

「(FU、緊張で体が)硬くなってんぜ?」

「だって心配じゃないの!」

「おめえがしっかりしねえでどうすんだよ、なぁ? 寄せ書きも書いたしま、多少はね?」

 

 寄せ書きとは、樹を応援するための言葉をノートにしたためたメッセージだ。それを密かに樹の音楽の教科書に忍ばせておいたのである。

 ちなみに田所のエールの言葉は、『ベストを尽くせば結果は出せる』という格言だ。

 

「お姉ちゃん! 皆さん! 合格できましたー!」

 

 部室の扉を開けながら、開口一番樹がそう叫んだ。

 

「やったぜ」

 

 風もガッツポーズをし、自分のことのように喜んでいる。それは友奈、東郷、夏凜も同じであった。むろん田所も。

 

「せっかくだし、樹ちゃんの合格おめでとうパーティーをしようよ!」

 

 友奈の提案にみんな賛同した。

 

「どうせならカラオケ店でやらね? ITKの歌を聞きたいけどな~、俺もな~」

 

 田所の言葉で今日の部活は無しということになり、みんなで再びカラオケショップMANEKIへ向かった。

 部屋へ通されると、さっそく樹が1曲目で自前の歌声を披露することに。

 

「ダイナモ感覚! ダイナモ感覚! YO! YO! YO! YEAH!」

 

 まるでトリップしたかのように、のっけからフルテンションの樹。

 曲目も大人しい彼女のイメージとはかけ離れた、アップテンポのラップ調のものだ。良くも悪くも田所に感化されたらしい。

 でも歌っている樹はすごく楽しそうで、誰も無粋なツッコミなど入れず、彼女同様大いに盛り上がったのだった。

 

「はふぅ~……」

 

 歌い終えマイクを置いた樹は、とてもスッキリとした顔をしている。歌唱得点もみんな驚きの100点だ。

 

「すごいわ樹ちゃん。まるでプロの歌謡ショーを見ているようだったわ」

 

 拍手をしながら東郷が言った。

 

「いえ、そんな……。でも、その……プロを目指すのも、ちょっといいかなって思ったりして……」

 

 樹が恥ずかしげにそう言う。本物の、プロの歌手になって大勢の人たちに自分の歌を届けたい、という将来の目標ができたそうだ。

 

「だったら、それ(・・)に参加したらどうよ?」

 

 田所が壁の一角を指さし言った。彼女たちがいる部屋には、歌手を志す少女たちへ向けたオーディション募集のポスターが貼ってあったのだ。

 

「あぁ~、いいっすね~」

 

 過去の樹ならきっと、自分には無理だと断っていただろう。だが今の彼女は違う。

 夢に向かって突き進むという信念を持ち始めた樹は、迷わず田所の案に賛同した。

 早速東郷がPCを操作して録音用の機器を用意し、応募用の歌の収録は問題なく終了した。と同時に

 

 デデドン!

 

 しばらく忘れていた、絶望を告げる警告音が少女たちのスマートフォンから流れる。

 

「久しぶりにバーテックスが来たぁ!!」

 

 世界が光に包まれて……決戦が始まろうとしていた。



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第12話 大乱闘スマッシュ勇者部ラザーズ 前編

 神樹が展開した結界──樹海に立つ勇者部。

 結界の外より来訪したバーテックスの総数は……7体っ!

 以前のKBSトリオの3体同時襲撃を大きく上回る数である。

 

「多すぎぃ! 残り全部来てんじゃねーかよなぁ!」

 

 敵の大攻勢におっぱげる田所。やべえよやべえよ……と焦りの色が隠せない。

 

「でも、逆に考えたら今日で戦いは終わりってことだよ!」

 

 どんな時でも前向きな友奈の言葉に、田所も「おっ、そうだな」と気持ちを立て直した。次いで夏凜に声をかける。

 

「(今もサプリを)キメてるんだろ? (俺にも分けて)くれよ……」

「なんか嫌な表現ね……。まま、ええわ」

 

 そう言って夏凜は田所に、自前のサプリを渡した。

 

「ついでにアンタたちもいっときなさい」

「わ、分かりました」

 

 緊張で震え声になる樹。彼女らにもサプリを分け与えて、全員がそれを飲み込んだ。

 

「心配すんなよITK。こっちだって6人もいるんだから、数の上ではどっこいどっこいやな、どっこいどっこい。なんかあっても、俺が守っからよ(ライダーゴーストOP)」

「よろしくおねがしゃす」

 

 田所は樹の緊張をほぐすように声をかけてやる。彼女もそれに笑って答えた。

 

「よし! 勇者部一同変身!」

 

 風の掛け声で田所以外の少女たちは、スマホを取り出すとアプリをタップした。

 光に包まれ花びらが舞う中で、勇者服を身にまとい戦闘準備が完了する。

 そして円陣を組んで各々気合を入れいざ戦いへ、というところで田所が待ったをかけた。

 その妙に神妙な顔つきに、みんな不思議な思いで彼女の言葉を待つ。

 

「前にKRNが言ってた満開なんだけどさぁ……あれ、使うのやめましょうね~」

「あんたまだ疑ってんの?」

 

 夏凜がムッとした感じで言う。

 

「KRNの兄貴を信じたいんだけどな~、俺もな~。でも、もし万が一にもなにかあるとマズいじゃんアゼルバイジャン? だから頼むよ~」

「……はぁ~。わかったわかった、ダイエー。あんたの顔を立てて、なるべく使用は控えるわよ」

 

 真剣な表情の田所に、夏凜は「そこまで言うなら仕方ない」といった風に、彼女の頼みを了承した。

 

「私は満開よりアンタの方が心配なんだけどね。本当に勇者に変身せずに戦えるの?」

 

 未だ田所の戦う様子を見たことのない夏凜が、当然の疑問を投げかける。

 それに対して田所は、ニカッと余裕の笑みを浮かべてこう返した。

 

「(俺の実力)見たけりゃ見せてやるよ」

 

 義輝の出陣を告げるほらほら貝の音と共に飛び出す田所。先行してきた牡羊座、アリエス・バーテックスに突撃する。

 

「オルルァ! オルルァ! オルルァ!」

 

 迫真空手を叩き込み、最終進化させる間もなく御霊を吐きださせた。

 

「ウッソだろお前……」

「止まるんじゃない! 犬のように駆け巡ってとどめを刺すんだ!!」

 

 あまりの早業に呆気にとられる夏凜に田所は渇を飛ばす。

 その言葉に夏凜は我に返ると、すかさず刀で御霊に切りかかる。が、アリエスの御霊はドリルのような高速回転で、刀を弾いてしまった。

 

「暴れんなよ……暴れんな……」

 

 田所は御霊に飛びつくと、迫真空手流の締め技の1つである迫真固めでもって、回転を強制的に押し止める。

 その隙を逃さず、今度こそ夏凜が御霊を両断することで、アリエスは塩の柱へと還った。

 

「よし! まずは1体撃破ね」

 

 喜びもつかの間、後ろで待機していた東郷から通信が。

 

『みんな気を付けて! そいつは囮よ!』

 

 牡羊座を警戒していた隙に、音もなく牡牛座・タウラスがすぐそばまで接近していたのだ。

 しかも戦っている時間を使ってタウラスは、最終進化体であるONDISKへと姿を変えている。

 

『хорошо.♪ Спасибо.♪ До свидания♪』

 

 謎の言語で歌い始めるONDISKタウラス。

 なんか芸術的にも感じられるそのねっとりボイスを聞いた勇者たちは、意識が朦朧としてきて立っているのが困難な状態に。

 

「みんなが危ないわ……! 援護しなきゃ(使命感)」

 

 東郷は銃を構えONDISKを狙撃しようとするが、その前に魚座の最終進化体・ひでピスケスが妨害に入った。

 

『おばさんやめちくり~』

「お↓ば→さ↑ん↓だとふざけんじゃねーよお前! お姉さんだろぉ!?」

 

 まずはひでを片付けようと、東郷は武器をライフルから近接用の2丁拳銃に持ち替える。そのままひでピスケスに狙いを定めるが……

 

『溺れる! 溺れる!』

 

 ひでピスケスは魚座の属性が示すように、まるで水の中に沈むように樹海の底に潜って身をひそめてしまったではないか。

 

「ふざけんじゃねぇよオイ! 誰が隠れていいっつったおいオラァ!!」

 

 淑女を心掛けている東郷が、らしからぬ大声でひでに怒りをぶつける。一刻も早く仲間のピンチを救わなければという焦りからだろう。

 東郷とひでピスケスの戦いは、思わぬ長期戦の様相を呈していた。

 

 一方田所たちはというと、ONDISKの美声に翻弄され戦意を奪われたままだった。

 だがその中で、唯一歌声に抗う者がいた。樹だ。

 音楽とは相手を楽しませるためのもの、ということを身をもって知った彼女は、その音楽を悪しき手段に用いる目の前の怪物がどうしても許せない。

 

「あったまきた……」

 

 冷静に怒りを口にする樹。

 彼女は力を振り絞って立ち上がると、ワイヤーを伸ばしてONDISKの口に巻き付け、それを引き絞って強制的に口を閉じさせて歌えなくしたではないか。

 樹の機転によって勇者たちは意識を取り戻した。

 

「樹ナイス! あとはアタシが……!」

 

 そう言って風が大剣でONDISKタウラスを両断し、露出した御霊は友奈が破壊した。これで2体目撃破だ。

 

『もう許せるぞオイ!』

『申し訳ないが敗北はNG』

 

 しばらくほっとしたのも束の間、田所たちの前に今度はてんびん座・KBTITリブラとみずがめ座・変態糞土方アクエリアスが迫る。

 

『ああ^~もう糞が出るう~~』

 

 糞土方アクエリアスは、肛門と思われる器官から土石流のような茶色く濁った水流を放った。

 

「溺れる! 溺れる!」

 

 水流に飲まれた田所は、勢いに抵抗できずどこかへ流されてしまう。

 続けてKBTITリブラが、コマのように回転し竜巻を起こす。突風に飛ばされまいと樹海の根にしがみつく風、樹、友奈、夏凜。

 身動きが取れなくなった4人の元に、ふいにどこからか火球が飛んできて着弾。それによる爆発で少女たちは吹き飛ばされてしまった。

 最も後方で事態を静観していた最凶のバーテックス、獅子座型・MNRレオによる攻撃だ。

 

「ぅ……ぁ……!」

「く……ぅ……!」

 

 不意打ちによって思わぬダメージを食らってしまった風たちは、すぐに動くことができない。

 そこにとどめを刺さんと、MNRレオが再び火球を生成し始める。

 

「痛いですね、これは痛い……」

 

 焦りの声を上げる風。だがそこに、1つの影が矢のような超スピード!? で飛来した。影はMNRレオにぶつかり、衝撃で火球は消滅する。

 

「おっ、大丈夫か? 大丈夫か?」

 

 影の正体は田所だった。流されてしまった先から、バーテックスたちに気付かれないように樹海の根の隙間を通って戻ってきたのだ。

 再び竜巻を起こそうとKBTITリブラが回りだそうとするが、田所は上半身に比べて貧弱な下半身を足払いすることでこれを阻止。

 

「ぐっ……タドだけにいいカッコはさせないわよ!」

 

 起き上がった風が、武器の大剣をさらに巨大化させ、それによっててんびん座とみずがめ座を一刀のもとに両断することに成功した。

 あとは獅子座だけ……と思われたが、今しがた倒されたはずのリブラとアクエリアスが超スピード!? で再生し、後方で東郷と戦闘中だったはずのピスケスまでが戻って来て、レオと融合を始めたではないか。

 これは最終進化同様に、大赦の記録にもなかった現象である。

 

「みんなー!」

 

 ピスケスが撤退したことで東郷も戻ってきた。彼女は言葉を続ける。

 

「バーテックスの数が1体足りない……足りなくない?」

 

 慌ててスマホの地図を立ち上げる夏凜。

 そこには、これまで空気と化し気配を消していた最後のバーテックス、ふたご座・HTNジェミニが、誰にも気づかれずに神樹に向かっていく姿が映っていた。

 

「やべえよやべえよ……」

 

 このまま神樹の元にたどり着かせては、世界が滅びてしまう。

 

「ふたご座は私がやる! アンタたちは融合体をお願い!」

 

 そう叫ぶと、夏凜は即座にジェミニの所へ駆けていった。

 その背を狙って融合体──レオ・スタークラスターがビーム状に収束した水流を放つ。

 

『俺、あの娘をバラしちゃいますよ~』

「なにしてんすか! やめてくださいよ本当に!」

 

 とっさに田所が自分の体を盾にすることで、ビームから夏凜をかばった。

 東郷が銃で、風は大剣で攻撃するが、スタークラスターの外装は硬く攻撃が通らない。

 今度はスタークラスターが多数の火球を作り出し、それを発射した。

 勇者たちは避けるが、火球には追尾能力が備わっており後を追ってくる。

 東郷が撃ち落とすも、いかんせん数が多く処理しきれずに、少女たちは炎に身を焼かれ倒れ伏した。

 

「こんなところで終わるなんて……冗談じゃないっての……!」

 

 その中で、大剣を盾にしたことでダメージが少なかった風が1人立ち上がる。彼女の後ろから、スタークラスターは大きな水の球を放った。

 風は成すすべなく水球に飲み込まれてしまう。

 

「ガボッ……!」

 

 水のため剣で切り裂くこともできない。このままでは窒息してしまう。

 

(ダメよ……樹を、みんなを巻き込んでおいて……自分だけ先にリタイアなんてできる訳がない……!)

 

 風は決意を固め、あの言葉を口にしようとする。

 

(こうなったら……まんk……)

「FUUUUUUUUUUUUU!!」

 

 だが直前で田所が高速で水球に突っ込み、勢いそのまま風を抱きとめると、彼女を連れて水球から飛び出し救出に成功した。

 

「満開はやめロッテ!」

 

 げっほげほ! と水を吐き出す風の背をさすりながら田所が言う。

 

「で……でも、そうでもしなきゃ、あんな強いのに勝てっこないじゃない!」

「お前(に使わせるのは)忍びねえなぁ? じゃあ俺が使ってやるか! しょうがねえなぁ~」

 

 田所はそう言うと、覚悟決めたような決意の表情で、だが口調はとても軽い調子で一言呟いた。

 

「満開~」




次回の先輩の活躍をみんな、見よう!


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第13話 大乱闘スマッシュ勇者部ラザーズ 後編

珍しく連日の投稿イクゾオオオ!! オエッ!!


 満開~。その呟きによって、田所の体が目も眩むほどの輝きに包まれる。

 光が晴れた後には、全身を銀色のメタリックカラーに染め上げた田所が立っていた。

 頭部には単眼のゴーグルを装着している。というか、それしか身に着けていない。

 満開状態の田所はなぜか裸だったのだ。

 

「「「「ファッ!?」」」」

 

 田所と、この場にいない夏凜以外の少女たちが驚きの声を上げた。

 心なしかスタークラスターもおっぱげているように感じられる。

 そのスタークラスターが、田所に向けて数十発の火球を放ってきた。

 

 バァン!

 

 盛大な大破音を響かせた爆発が起こる。

 

「タド!」

 

 心配の声を上げる風だが、炎が消えた後には無傷の田所が立っていた。

 そして、彼女の手には一振りの日本刀が握られている。

 

「じゃあ、まずは迫真一刀流の基本の、聖剣・月から教えるから」

 

 刀を抜き放つ田所。彼女が持つ聖剣・月によってもたらされた斬撃は、驚くべきことに一刀のもとにレオ・スタークラスターを真っ二つに両断した。

 これが満開の力だ。それもただの満開ではない。

 大赦のシステムアップデートによる今の満開は、従来の満開が勇者の力を10倍ちょっとにするものだとしたら、今回は120倍くらいじゃないすか?

 

「すごいじゃないタド! アタシの剣でも傷つかなかったのに、一体何をやったの?」

「袈裟ですね」

「袈裟ぁ!?」

 

 ただの袈裟切りであのバカげた威力を繰り出したと言う田所に風はおっぱげた。

 

「まだや、まだまだ。まだ戦いは続いてんだよ」

 

 そう言う田所はまだ満開を解かない。

 彼女の言葉通り、スタークラスターはまだ倒せていなかった。

 切られた傷を修復したスタークラスターは、さらに形態を変化させ始める。

 

「!?」

 

 姿を変えて最終進化を果たしたレオ・スタークラスター。

 その様を見た田所の顔が驚愕に染まった。

 

「その顔は……まさか、AKYS!?」

 

 悲鳴にも似た田所の叫び。AKYSとは、迫真空手の創始者でもある彼女の師匠の名前だ。

 進化したAKYSスタークラスターの姿は、かつて師事していた恩師そのものであった。

 失われていた彼女の記憶の一部が、図らずも戻ってきた瞬間である。

 

 スタークラスターは体に備わっている巨大な2本の角状の部位を、人間の腕に似た形状に変化させる。

 そして、その腕を使って田所に向かって、迫真空手による攻撃を行ってきた。

 

「AKYSォ、やめルルォ! 迫真空手はこんなことをするために創ったんじゃないだルルォ!?」

 

 田所は必死に叫ぶが、スタークラスターには聞こえていないようだ。

 叩き込まれる攻撃をさばいていく田所。その中で彼女は、スタークラスターの拳に『魂』や『信念』といったものが込められていないことに気付いた。

 

「そうか……こいつはAKYSなんかじゃない。ただ姿を真似しただけの偽物だって、はっきり分かんだね」

 

 本物のAKYSでないのなら自分にも勝ち目はある。

 しかしAKYSスタークラスターは腕を倍の4本に増やしたことで一転攻勢。

 手数に押された田所はやがて攻撃をさばききれなくなり、腹筋ボコボコにパンチくらって叩きのめされてしまった。

 ぐったりとする田所を掴み上げると、スタークラスターは4本の手で彼女を握りつぶそうと力を込める。

 

「痛い痛い! アンギャアアアアア!!」

 

 苦しみもだえる田所。彼女を助けなければと、樹は痛む体に鞭打って立ち上がる。

 

「タド先輩は私を助けてくれるって言ったけど……私だって、いつまでも守られるばかりじゃダメなんだ……だから、満開!!」

 

 樹は田所に使用を禁じられていた満開システムを起動した。

 光と共に彼女のモチーフである成子百合の花が咲き誇り、その姿が一変する。

 

「先輩を離してっ!」

 

 満開した樹の勇者服に装備されたいくつもの装置から、無数のワイヤーが放射される。

 それはスタークラスターの腕に巻きつくと、田所を拘束していた4本の腕をこともなげに切断した。

 AKYSは太陽のごとき大火球を生成し、それを樹に向かって撃ちだす。

 

「樹、逃げてー!!」

 

 風が叫んだ。

 だが樹は避けることをせず、正面から火球を見据える。

 ワイヤーを網状に構築すると、まるで虫でも捕まえるように大火球をキャッチしたではないか。

 

「そんなこと、しちゃぁダメだろ!」

 

 叫ぶ樹は火球ごと網を振り回し、AKYSに跳ね返した。これぞ姉の風直伝の技を利用した、1人犬吠埼大車輪だ。

 返された火球はAKYSに直撃し大爆発を起こす。

 渾身の攻撃だったのか、AKYSは爆発によるダメージで体の各部が崩壊し、樹海に墜落した。

 風たちは「はえ~、すっごい強い……」と、樹の雄姿を呆気にとられた様に眺めている。

 

「! 皆さん、御霊が出ます!」

 

 樹の声にAKYSに視線を向けると、確かにその体内から御霊が吐き出されたのだが……。

 

「はえ~、すっごい大っきい……」

 

 誰かがそう呟いた。

 AKYSスタークラスターの御霊は宇宙に飛び出ており、ちょっとした星ぐらいのサイズだったのだ。

 

「ふたご座は始末したわよー! ……って、なんだこの御霊!?」

 

 戻ってきた夏凜が、そのバカげたサイズにおっぱげる。

 AKYSスタークラスターの損傷が治りつつあることに気付いた樹。

 慌てて、起き上がろうとする怪物の巨体をワイヤーで拘束する。

 続けて風、東郷、夏凜もAKYSを封印するための儀式にとりかかった。

 

「これマズいわね……。どうやってあんなの壊せばいいのかしら」

 

 風が冷や汗をたらしながら言う。

 

「お前勝てねえなぁ? じゃあ俺が勝たしてやるか! しょうがねえなぁ~」

 

 田所が、自分が宇宙へ飛んで行って御霊を壊してくると言う。

 そこで友奈も同行すると言い出した。

 

「タドちゃん、合体バーテックスの攻撃で腕を怪我してるでしょ?」

 

 友奈の言うように、田所はAKYSの迫真空手を受け続けたことで両腕の骨を骨折していた。この怪我では巨大すぎる御霊の破壊はキツいですよ。

 

「この辺にぃ、空手をたしなんでる勇者部の少女、来てるらしいっすよ。じゃけん今(から2人で宇宙に)行きましょうね~」

 

 そう言うと、田所は友奈を抱え宇宙へと飛び立っていった。

 

 大気圏を抜け真空の宇宙へ到達した2人。

 地上からかなり近づいたおかげで、より御霊の巨大さが感じられる。

 

「……! タドちゃん、あれ!」

 

 友奈がなにかに気付き声を上げた。

 視線の先にはいくつものブロック状の物体が。それが2人に向かってくるではないか。

 どうやらこれはAKYSスタークラスターの御霊による攻撃のようだ。

 

「避けるぞ!」

「ダメだよ! 地上に落ちたら被害が出ちゃう!」

 

 友奈の制止を聞いて回避を止めた田所。

 代わりに聖剣・月による斬撃を飛ばすことで御霊の攻撃を破壊し、同時に地上への落下を阻止していく。

 

「あーダメダメダメ! 攻撃の数が多すぎてこっちを防ぐのに手一杯で、御霊を壊しに行けないゾ~!」

 

 どのみち負傷した田所の腕では、全長数100メートルはある御霊の破壊は難しいだろう。

 

「じゃあ私ギャラ貰って(御霊を壊してから地上に)帰るから」

 

 友奈は田所の手を離れて、1人御霊へ向かおうとする。その背に田所が声をかけた。

 

「YUN……無茶するんじゃねえゾ?」

「大丈夫だって、ヘーキヘーキ!」

 

 田所を安心させるように笑みを浮かべて、友奈は御霊へと飛んでいく。

 彼女に向かってくる攻撃は、田所が切り払っていき進むべき道を切り開いた。

 御霊の目前まで迫った友奈は、さらに加速して必殺の一撃を見舞う。

 

「勇者パーンチ!!」

 

 だが、その攻撃は大きすぎる御霊に傷一つ付けられなかった。

 

「だったら何度でも……!」

 

 そう言って両手で拳の連撃を加えるが、相変わらずヒビすら入れられない。

 地上でAKYSの封印をしている勇者たちにも焦りの色が見られる。封印の限界時間がもうすぐそこまで迫っているからだ。残りわずか数10秒……。

 もう迷っている暇はない。ここまで来たら勝つしかないのだ。

 友奈は心の中で田所に謝ると、気合と共に禁断の言葉を口にする。

 

「満開っ!!」

 

 宇宙に輝く星々と同等の光を放ち、桜の文様を背負った友奈が満開を果たした。

 その背には、巨大な2本の機械式アームが存在している。

 この両腕に使われている素材こそ、太古に存在した神鉄『ヒヒイロカネ』を大赦が科学の粋を集めて現代に再現した超硬耐久金属、『ヤメチクリウム合金』なのだ。

 

「行くよー! ギガンティック・勇者パアアアアアンチッ!!」

 

 メカアームを使った、星をも砕く必殺の勇者パンチは、見事御霊を粉砕することに成功した。

 

「やったぜ」

 

 ほっと一息つく友奈。同時に満開も解除される。

 

「やりますねぇ!」

 

 田所もやって来て、2人は勝利のハイタッチを交わす。

 やがて彼女たちの体は、重力に引かれて地球へ向けて落下を始めた。

 友奈を離さないように田所はギュッと抱きしめる。

 大気圏に近づき、徐々に体に熱を感じ始めた。

 

「ふぅ~、あっつ~」

 

 大気摩擦の熱気で汗が出てくる。

 このままだと熱で燃え尽きちゃいそうなんですけど、それは……大丈夫なんですかね?

 

「あっ」

 

 友奈が驚いたように声を発する。

 彼女らの前には精霊の牛鬼が現れていた。

 同時に牛鬼が張ったバリアが、2人を摩擦熱から守ってくれている。

 

「友奈、君はどこに落ちたい?」

「みんなの所に戻りたいよ……」

 

 二筋の流星となって地球へと落ちていく田所と友奈。

 その光は地上にいる風たちの目にも映っていた。

 御霊を壊されたことで、AKYSスタークラスターの体もすでに崩壊している。

 

「見て! こっちに来るわ!」

 

 夏凜が叫んだ。

 神樹の導きによるものか、田所と友奈は上手い具合に風たちが待つ樹海へと落下していった。

 

「! このままじゃ2人は地上にぶつかって大破してしまうわ!」

「慌てんなよ……慌てんな……」

 

 焦る東郷だが、樹が彼女を落ち着かせる。

 次いで減速できない田所たちのために、樹はワイヤーでネットを編み込み樹海に張り巡らせる。

 幾重にも張ったネットのおかげで2人を無事キャッチ。

 激戦だったにもかかわらず、勇者部は誰一人駆けることなく再び全員揃うことができた。

 だが……

 

「タド! 大丈夫!?」

「チカレタ……。すっげえきつかったゾ~。(SNNSK) 腕が痛いけど、生きてる証拠だよ」

 

 満開が解け、田所の姿も讃州中の学生服に戻っている。

 腕から出血しているが、命に別状はなさそうだ。

 東郷も友奈の元へ行き声をかける。

 

「友奈ちゃん! 友奈ちゃんが獅子座を倒したのね! やっぱり友奈ちゃんが勇者部で一番セクシー……エロいっ!」

 

 親友のことを褒め称える東郷だが、当の友奈からの返事が無い。

 

「……友奈ちゃん?」

 

 いつの間にか意識を失い、眠っている友奈の体を揺する。しかし友奈は一向に目を覚まさない。

 

「友奈ちゃん! しっかりして! 友奈ちゃん!?」

 

 いくら大声で叫んでも、体を揺すっても、友奈の意識は戻らなかった。

 樹海化が解け、少女たちは讃州中学の屋上に戻される。

 夏凜は慌てて大赦に連絡を取り、救急医療班を手配してもらった。

 その間もみんな友奈を心配し声をかけ続ける。

 

 どうやら少女たちの苦難は、まだ終わった訳ではないようだ……。




アニメほんへがここまででたった5話の出来事とかうせやろ? 展開が濃スギィ!

この作品も1つの山場を越えたので、次回から章をまたぎます


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散花の章
第14話 失われた記憶


自分でも驚きの3日連続更新イッキーマウス…


 田所 浩二は、出し抜けにどこかの草原に立っていた。

 突然の出来事で意識が追い付かない。自分はさっきまで、人類の敵と大乱闘を繰り広げていたはずだ。

 苦労したが結果、戦いには勝利することができた。

 その後、友奈が気絶したまま目を覚まさなくて、夏凜が救急車を呼び、勇者たちは全員病院に搬送され……

 

「あっ、そっかぁ……。俺、救急車の中で気絶したんだったゾ。ってことは、これは夢ってことでOK? OK牧場?」

 

 田所の言うように、彼女は今夢を見ていた。

 そしてこの夢は、AKYSスタークラスターとの遭遇で思い起こされた、過去の記憶の再現でもある。

 

 今田所が立つこの草原は、名付けられていないが誰もがこう呼んでいた場所だ。『清らかな野に広がる大地』、と。

 清野大地には多数の人々が、穏やかに暮らしていた。

 ここに築かれたのは、争いのない平和な都市『キモティカ』。

 田所もまた、キモティカに住む住人の一人であった。

 そして彼女の隣には、田所が最も愛する恋人である遠野という男性が佇んでいる。

 遠野はトカゲに似た顔をしており決してイケメンとは言えない容姿であるが、田所はそんなことなど全く気にせず遠野のことを愛した。

 それは遠野の方も同じで、彼も田所のことをとても大切にしてくれた。

 

「遠野……」

「先輩……」

 

 2人はお互いの名を呼びあうと、どちらからともなく唇を重ね合わせた。

 さらに強く、強く、体を抱き寄せる。田所は久しぶりに恋人の温もりを感じた。それはまさに、数千年の時を超えたほどの懐かしさだった。

 

「なぁ。田所も今日(も遠野から穴を)突かれたろう、なあ」

「(公衆の面前で下品な話は)やめてくれよ……」

「いいだろお前成人の日だぞ(意味不明)」

 

 田所たちの元に3人の人間が近寄ってきた。

 2人に声をかけたのは、田所の同門である迫真空手の仲間。MUR大先輩、後輩のKMR、そして師匠のAKYSだ。

 からかう様な口ぶりだが、彼らはきちんと田所と遠野の関係を祝福してくれている。

 そんな彼らの元に、いや彼らだけではない。キモティカを、地上全てを包み込むように、天から光が降り注いできた。

 それは太陽の光ではない。なにか分からないが、何者かの存在(・・・・・・)がその光を照射しているのだ。

 光はとても暖かく、安らぎすら覚える心地のいいものだった。

 光に包まれたキモティカの住人たちの体に変化が起こる。人々の体そのものが、今度は発光を始めたのだ。

 田所の体も光を放ち、同時に体の奥から言葉にできない、凄まじいまでのエネルギーが湧いてくるのを感じた。

 

 天からの光が消えた瞬間、田所は一転して暗黒の世界にいた。そこは宇宙空間だったのだ。眼下には、彼女が先ほどまでいた地球が浮かんでいる。

 はっ、と田所が気付いた。

 宇宙に浮かぶ星空に見えた無数の光点。それは彼女がこれまで戦ってきた人類の天敵、星屑と呼ばれる種類のバーテックスだったのだ。

 さらに星屑の背後には、キロメートル単位はあろうかと思われるほどの、超巨大な銅鏡に見える円盤状の物体が。

 銅鏡は星屑たちを従えているように思われた。

 田所の目の前で、星屑の群れが地球へ向けて降下していく。

 地上に降りた星屑は、そこで人々を襲い、食らい、大虐殺を演じ始めた。

 

「っ! やめルルォ!!」

 

 田所は叫び、その行為を止めさせようとするが体が動かない。

 見る見るうちに地上の人口が減少していく。

 残された人々は、四国と呼ばれる土地に集まった。

 四国にも怪物の魔の手が迫ろうとしたとき、地上から宇宙へ飛び出していく二筋の流星が見えた。

 その光は、人類の守護者である勇者と呼ばれる2人の少女だった。

 

「あれは……!?」

 

 少女の1人は、どことなく乃木 園子に似た容姿を持った人物だ。

 もう1人は、田所の後輩である結城 友奈そっくりの顔をしている。ただ勇者装束は友奈とは違うものだったが。

 2人の勇者は星屑の群れを突っ切って、銅鏡に激突した。

 その瞬間、強烈な閃光が宇宙を包み……田所は意識を失った。

 

「ヌッ!!」

 

 叫び声をあげながら、田所は意識を取り戻した。

 今度はベッドの上に寝かされており、両腕には骨折を治すためのギプスがはめられている。

 見回すと、部屋の感じからして病院の一室であることが分かった。

 

「お前ここ天国じゃねえのかよ!?」

「まだ入り口だよ」

 

 田所の声に答えたのは、ちょうど見回りに来た看護婦だった。

 看護婦は、田所が目を覚ましたことに気付くと医師を呼びに行った。

 1人残された田所は、今まで見ていた夢のことを思い返す。

 

「俺、なんで今まで遠野たちのことを忘れてたんだ……。それにAKYS。なんでバーテックスがAKYSの姿に……?」

 

 恋人や友人のことを思い出せなかったことに愕然とする田所。さらなる疑問が彼女の頭をかすめる。

 

「あの空から降り注いだ光はなんだったんだゾ? 奇妙だったけど、害は感じなかった……。それに、バーテックスと戦ってたやつら。1人はYUNそっくりだったけど……」

 

 考えても謎は深まるばかりだ。

 

「SNKならなにか知ってるかもしれねえな。……機会があったら会いに行くか、しょうがねえなぁ~」

 

 謎の答えを求めて、田所はいつか再び大赦本部を訪ねることを決めた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 田所が目を覚ましたのと同時刻。先に治療を終えていた風と夏凜は、待合室でテレビを眺めていた。

 備え付けのテレビでは、昨日起こった工事中の高架道路の落下事故に関するニュースを流している。

 

「これって、昨日のアタシたちの戦いの影響……よね?」

「おっ、そうだな」

 

 風の問いかけに夏凜が答える。

 

「被害を出さないつもりだったのに……!」

「落ち着きなさいよ風。死人はおろか、怪我人だって出てないんじゃない。ま、工事してた人たちはまた一からやり直しだから申し訳ないけど、多少はね?」

 

 落ち込みかける風をフォローする夏凜。勇者部に入って一番変わったのは彼女だろう。もちろん良い方向に、だ。

 

「あ、2人とも。もう治療は済んだんですか?」

 

 待合室に、車椅子を押しながら東郷がやって来た。

 風と夏凜はすかさず東郷の元に駆け寄る。

 

「こっちは風も私もかすり傷程度よ。東郷こそ、大丈夫か? 大丈夫か?」

「大丈夫っすよ、バッチェ元気っすよ」

 

 東郷も大した怪我はしていないようだ。

 さらに、田所と樹も合流する。

 

「タド、腕の具合はどう?」

 

 風が心配そうな目を向ける。

 

「骨折してるけど、すぐ治るってはっきり分かんだね。でもぬわああああん(異常に)疲れたもおおおおん」

 

 田所の言葉通り、折れた骨はすでにギプスの下で繋がりつつあった。

 

「樹、注射されて泣かなかった~?」

 

 からかうような風の言葉に、樹は首を横に振ってこたえる。

 

「ん? どうしたの、樹」

「んにゃぴ、極度の疲労で喋れなくなったらしいゾ」

 

 喋れない樹の代わりに田所が答えた。

 戦いを終えて病院へ向かった勇者部員たち。

 疲れからか、不幸にも満開の後遺症が発症してしまう。

 田所をかばい満開の責任を負った樹に対し、病院の主、院長先生谷岡が言い渡した診断の条件とは……

 

「医者は数日も安静にしてれば治るって言ってるから、FUもそんな深刻になるなって」

『そうだよ』

 

 田所は風を安心させようと明るくそう言い、樹も持っていたノートに便乗するように文字を書いた。

 そうして、この場にいない仲間は友奈だけとなった。

 戦いが終わって宇宙から帰還した友奈は意識を失い、いまだ目を覚ますことはない。

 

「(友奈ちゃんがこのまま目覚めないなんてことになったら)ひゃだ……ひゃだ……!!

あの顔立ちに、あのムッチリ、ムッチリ、ムッチリしたカラダ(が動かないなんて)!!

あんたたち、(友奈ちゃんがもしも死んじゃったら私も)逝くわよっっっ !!!!!!!」

 

 親友の身を案じ涙を浮かべる東郷。

 

「医者は一時的なものだって言ってるし、大丈夫だって安心しろよ~。ヘーキヘーキ、ヘーキだから」

 

 田所は東郷の背を撫でながら、落ち着かせるように声をかけた。

 場の雰囲気が沈んだ様になったため、みんなを励まそうと風が声を上げる。

 

「よっし、みんな! せっかく戦いが終わったんだから、祝勝会でもしましょう!」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「この辺にィ、美味いうどん屋の屋台、来てるらしいっすよ」

 

 どこから情報を仕入れたのか、祝勝会のパーティー会場をその屋台にしよう、と田所がみんなを誘った。

 

「じゃけん夜行きましょうね~」

「いや今から行けよ」

 

 夏凜のツッコミが決まり、少女たちは病院の外に停まっていたうどんの屋台まで、こぞってやって来た。

 といっても、やはり仲間が1人でも欠けたままでは雰囲気も盛り上がらない。

 

「ま、前夜祭ってことにしときましょ」

 

 風の言葉で、それぞれ好みのうどんを注文し食し始めた。

 

「うん、美味しい」

 

 どうやって箸を持っているのか、田所は両腕共にギプスをはめられているというのに器用にうどんをすすっている。

 

「精霊がいれば食わせて貰えたんだけどな~、俺もな~」

「……だったら義輝に食べさせてもらいなさい」

 

 夏凜がスマートホンを起動し、自身の精霊を呼び出す。

 義輝は田所から箸を受け取ると、代わりにうどんをつかんで彼女の口へと運ぶ係を担った。

 

「あっ、そうだ。(唐突) 樹も友奈も満開の影響があったけど、タドは? あんたも満開使ってたけど、体のどこか悪い所は無いの?」

 

 うどんを食べ終えた風が田所に声をかける。

 

「んにゃぴ、どこも何ともないですねぇ! ……ただ、闘いの疲れが全然取れないんだよなぁ。すっげぇ怠いゾ~」

「まあ、私たちがバーテックスと戦ってたのついさっきだからね。一晩寝たら良くなるんじゃない?」

 

 と夏凜。

 

「そうそう、みんなに渡したい物があるんだったわ」

 

 風はそう言って、スマホを3機取り出した。

 

『お姉ちゃん、これは?』

「新しい携帯。アタシらが今まで使ってたのは、大赦に回収されることになってるんだ。だから、大切なデータはそっちに移しといてね。あ、タドはそのまま使っていいって」

「あっ、そっかぁ。戦いは終わったんだから、もう勇者システムも必要ないもんなぁ」

 

 スマホを受け取った夏凜は、義輝の方をちらちらと見る。

 

「……アンタとも、これでお別れになるのね……」

 

 悲しいなぁ……、口には出さないが、夏凜は内心で相棒との別れを惜しんでいた。

 義輝の方もそう思っているのかは分からないが、「ショギョームジョー」と呟かれた一言には、どことなく寂しさが感じられた。

 その時、病院の方から1人の看護婦が少女たちの方へ、大慌てで走ってきた。

 

「おっ、大丈夫か大丈夫か?」

 

 田所が、息を切らせてやって来た看護婦に声をかける。

 

「まずうち(の病院で)さぁ……結城 友奈さん……目覚めたんだけど、見舞いに行かない?」

「「「「「!!」」」」」

 

 友奈が目を覚ました。その知らせを聞いた少女たちは、急いで彼女の病室へ向かった。

 

「ここは別の患者の部屋で、向こうに、結城さんの病室があるんだ。今から、そこへ行こうよ」

 

 看護婦の案内で友奈がいる部屋に到着する。

 バァン! 壊れんばかりの勢いで扉を開け放つ東郷。続けて田所たちも病室内へ雪崩れ込んだ。

 

「友奈ちゃん!! 大丈夫!?」

「……ぁ」

 

 友奈はすでにベッドの上で起き上がっていた。ぼうっとした表情で東郷に視線を向けている。

 

「YUN!!」

「友奈ぁ!!」

 

 田所たちも、友奈の名を呼びながら彼女の元に駆け寄る。

 友奈は仲間の顔を見回しながら言葉を発した。

 

「みんな……怪我は無い? ……バーテックスは……?」

「バーテックスは全部やっつけたわ。アタシたちが勝ったのよ!」

「スタークラスターの御霊を壊した、この素敵なボディを見せてお」

 

 ワイワイと、改めて勝利の喜びをかみしめる少女たち。

 

「グスッ……。それにしても、友奈ちゃんが目を覚まして本当に良かったわ。このまま起きないんじゃないかと、ずっと不安だったのよ……」

 

 涙をぬぐいながら、東郷は心底安心したといった感じで言葉を紡ぐ。

 

「……えっと……」

 

 そんな東郷を、不思議そうな目で見つめる友奈。

 

「? どうしたの、友奈ちゃん?」

「誰だよ(食い気味)」

「……ん? ぇ、今なんて」

 

 東郷は友奈の言葉の意味を問い直す。

 

「えっと……あなた、誰ですか?」

「………………ファッ!? ウーン……」

 

 友奈の、親友である東郷のことをまるで知らないといった風な反応。それは嘘か誠か、ただの冗談か……。

 いや、友奈がそんな悪質な冗談を言うはずがない。彼女の記憶からは、東郷 美森という少女の存在がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

 その事実を実感した東郷は、ショックのあまり気絶してしまうのだった。




これが最終章となりますが、まだお話は続きます


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第15話 クレイジー・フォー・ユー

今回のサブタイは、「君に夢中」という意味の英語です


第15話 クレイジー・フォー・ユー

 

「……ぅ、羽毛……」

 

 友奈の病室で突然意識を失った東郷。

 彼女は別の部屋に移されベッドで寝かされていたのだが、無事に数分で目を覚ました。

 

「TG、大丈夫か? 大丈夫か?」

 

 田所が心配そうに東郷の顔を覗き込む。

 

「タドちゃん先輩……えぇ、大丈夫です。私、どうして意識を失ってしまったのかしら……?」

 

 額に手を当てながら東郷は起き上がった。そして、さっきまでの経緯に思考を巡らせる。

 

「……そうだわ。私、友奈ちゃんに忘れられてしまう夢を見たのよ」

「……ぁー、TG?」

「酷い悪夢だったわ。友奈ちゃんが私のことを忘れる訳なんてないのに……。私ったら、夢とはいえなんて恐ろしい想像をしてしまったのかしら」

 

 東郷はそう言って、悪夢を払うように頭を横に振った。

 

「東郷、起きたって?」

 

 部屋の外から風が顔をのぞかせ、他の勇者部の面々も連れて中に入ってきた。最後尾には友奈の姿もある。

 

「あ、友奈ちゃん……!」

 

 友奈のことを認めた東郷が、パァッと顔を明るくさせた。

 友奈はおずおずと東郷の前に立つと、彼女に声をかける。

 

「えーっと……大丈夫ですか? 東、郷?……さん」

 

 妙に他人行儀の友奈を見て、東郷の額に冷や汗が流れる。

 

「ゆ……友奈ちゃん。こんなことを聞くのも失礼かもしれないけど……私のこと、覚えているわよね?」

 

 恐る恐る尋ねられたその質問に、友奈は首を横に振って答えた。

 

「ごめんなさい。あなたのこと、私知らないんです……」

 

 東郷は、まるで時間が止まったように静止した。

 部屋の中に不穏な沈黙が流れる。

 東郷に声をかけようとする風たちだったが、上手い慰めの言葉が見つからず誰も口を開けない。

 友奈は満開の後遺症で、あろうことか親友との思い出の一切を喪失してしまったのだ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛も゛う゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!(デスボイス)」

 

 沈黙を破ったのは、東郷の野太い雄叫びだった。

 

「や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛も゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!」

「こ、こえ、声抑えろ……声抑えろ……(小声)」

 

 友奈に忘れられたのが余程ショックだったのだろう。東郷は白目をむいて発狂している。

 田所たちは、暴れる東郷の体を必死に抑えつけた。

 

「友奈ちゃんに忘れられるなんてやだ! やだ! ねぇ小生やだ! やだ↑やだ↑↑や~~↑↑↑ハァハァハァ……」

 

 樹が慌てて、看護婦と医師を呼ぶために、部屋に備え付けられているブザーを鳴らす。

 その間にも東郷は、涙に鼻水、よだれにゲロまでまき散らしながら暴れるのを止めない。

 

「ねーホントムリムリムリムリ、ねぇ、やー、ふー、うー、ああーッ!!」

 

「ゲホッ……ゲホッ……うわ~~! ゲホッ、オエ……オエゲッホゲッホ!!!」

 

「ア゛、ヴォエ!! うわあああ! 嫌゛!! ねーやだやだ!」

 

「ネプッ! 嫌~~~!う~~~~……うー! うー! うーヴォぇ……ヴォぇ……」

 

「ヴヴヴヴォォォォエエエ!!!!」

 

「えぇ……(困惑)」

 

 柔らかい受肉を露わにした果実が、鉄屑の上を血を噴きだしながら転がる様に、明確に鋭敏に東郷は絶望に侵食された。(意味不明)

 普段の彼女からは想像もできない錯乱の仕方に、勇者部のメンバーは全員ドン引きしている。これが愛の成せる業か。(すっとぼけ)

 

「友奈ちゃんに忘れられるなんて、私もう生きていけない!! 死んだ方がマシよッ!」

 

 東郷は顔をくしゃくしゃにしながら車椅子を押し、ガララッと病室の窓を開いた。

 

「ここから飛び降りて死んでやるわ!!」

 

 そう言って、腕の力だけで車椅子から窓際に飛び乗る。

 

「東郷!? ちょっと、マズいですよ本当に!!」

『(先輩のぶっ飛んだ行動に)焦っちゃうんすよね』

 

 夏凜と樹が東郷の腰にしがみつき、必死で彼女の身投げを阻止している。

 

「友奈を殺して自分も死ぬとか言い出さない辺り、まだ理性は残ってるわね」

「おっ、そうだな」

 

 必死に取っ組み合う3人を眺めながら、風と田所は呑気にそんな話しをしていた。

 「アンタらも止めなさいよ!」と叫ぶ夏凜の声を聞いて、田所が口を開く。

 

「あっ、おい待てぃ。(江戸っ子) こ↑こ↓2階だから、こんな低い所から飛び降りても怪我するだけで死ねないゾ」

「だったら死ぬまで飛ぶだけよ」

 

 ついに東郷はしがみつく夏凜と樹を振りほどくと、迷うことなく窓からその身を躍らせた。

 すぐに、階下からバァン! という大きな音が聞こえてくる。

 田所たちは慌てて東郷が落下した地点へと向かう。

 アスファルトの地面の上に、東郷は寝転がるように横たわっていた。

 見た所、出血も無ければ怪我らしき怪我もしていない。

 どうやら東郷の精霊がとっさにバリアを張って、彼女の身を守ったようだった。

 

「ヘアッハ……やっ……ハッーーハッハッハッハッハwww……あ^~もう……ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 死ぬことも叶わない東郷は乾いた笑いを浮かべ、諦めたように息を吐いた。

 

「東郷! アンタなにバカなことしてんの!!」

「そうだよ。お前が死んだからって、残されたYUNが悲しむだけだゾ」

 

 みんなして怒られる東郷だが、

 

「ネームリムリ! うー☆うー☆……嫌だ~~~ううううう~~~~! 嫌~!」

 

 と、相変わらず友奈に忘れられた事実を受け入れられないでいる。

 東郷を囲む田所たちの中から、ズイと友奈が1人出てきて彼女の前にしゃがんだ。

 

「東郷さん、その……あなたのこと忘れちゃって、ごめんなさい!」

 

 そう言って頭を下げた。そうして、東郷の顔を見つめながら言葉を続ける。

 

「でもね、そんな(危ない)こと、しちゃぁダメだろ!」

 

 コツン、と拳で軽く東郷の頭に拳骨を落とす。続けて、彼女のことを優しく抱きしめた。

 

「ゆ゙ゔな゙ぢゃ~ん゙……!」

 

 東郷は友奈の胸で再び嗚咽し始める。

 友奈は「ごめんね」と何度も繰り返しながら東郷の背をさすり、彼女が落ち着くまでしばらくそうしていた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 待合室に移った少女たち。

 東郷もひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻せたようだった。

 東郷は椅子に座り、友奈も彼女の隣に腰を下ろすと東郷に1つの疑問を投げかける。

 

「ねえ、東郷さん。私と東郷さんって、どういう関係だったの?」

「恋人ですねぇ!!(即答)」

 

 東郷はクソデカ大声で迷うことなくそう答えた。

 

「私と友奈ちゃんは出会ってお互いが即恋に落ちてお付き合いするようになったのよまだ付き合い始めて1年ちょっとだけど周りの人たちからはバカップルと揶揄されるくらいには愛を深めあっているわ」

 

 クッソ早口でまくし立てるように言葉を紡ぐ東郷。

 

「ちょっと東郷、どさくさに紛れてなに吹き込もうとしてるのよ」

「そうだよ。(便乗)」

 

 東郷の暴走を止めようとする周囲の仲間に、彼女はこれまで見せたことのないすっごい剣幕で「外野は黙ってろよ!!」と一喝し、風たちをドン引きさせた。

 

「恋人とかうせやろ?」

 

 友奈もちょっと引き気味でそう訊ねた。周囲にも視線を向け、真意を探る。

 ノンケの少女にとっては、同性同士で付き合うなんてそんなのあり得ない! という認識なのだ。

 

「安心しなさい友奈。今の東郷は頭おかしなってるだけだから」

 

 東郷の代わりに夏凜が答える。

 

「まあ、付き合ってるって言われても不思議じゃないくらいには、2人の仲は良かったけどねぇ」

 

 と風。

 

「お前……もしかしてYUNのことが好きなのか……?(青春)」

「当たり前だよなぁ?」

 

 田所が東郷にそう訊ね、彼女は迷うことなくそれを肯定した。

 

「私も昔の記憶が無くて、ひとりぼっちで過ごしていた時に出会って優しくしてくれた友奈ちゃんは、私の全てなのよ。この気持ちは愛だって、はっきり分かんだね」

「……あっ、そっかぁ」

 

 東郷の告白を聞いた友奈は、一言そう漏らした。

 友奈は東郷の手に自身の手を重ねて、言葉を続ける。

 

「東郷さん、ありがとう。好きって言ってくれて嬉しいよ。でも、私はまだ東郷さんの気持ちに上手く答えられない……」

 

 東郷は黙って友奈の言葉を聞いている。

 

「もしかしたら、今までの私も東郷さんのこと好きだったのかもしれない。けど、もうその時のことは思い出せない……。だから……これから、最初からもう一度やり直すことは出来ないかな」

 

 新しい思い出を、2人で一緒につくっていこうと友奈は言う。

 

「これからも東郷さんと一緒にいるから。それじゃ、ダメかな……?」

 

 不安そうに尋ねる友奈。

 東郷は、友奈らしい優しさだなと思い、自然と笑みを浮かべた。

 

「ええ、今度こそ友奈ちゃんを、私に振り向かせて見せるわ」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 東郷の錯乱暴走事件が収束して数日後。

 友奈以外のメンバーはすでに退院しており、久々に勇者部の活動が再開されたのだが……

 

「あれ、KRNはいないのかゾ?」

 

 部室に入ってきた田所が尋ねた。

 集まった部員は田所と風、樹の3人だけである。

 友奈はまだ検査が残っているため入院中で、東郷も彼女の見舞いに通っている。

 夏凜はなぜか姿を見せない。どうも授業が終わったら速攻で帰っているらしかった。

 

「ところで、ITKは声の調子はどうだ?」

 

 田所の問いかけに、樹は首を左右に振った。

 

『(まだ)ダメみたいですね』

「あっ、そっかぁ……」

「タドは、腕の方はどうなの?」

「大丈夫っすよ。バッチェ治りましたよ~」

 

 そう言って両手を見せる田所。彼女の言うように、両腕の骨折はすでに超スピード!? で完全に回復していた。

 

「それにしても、参ったわね~。これじゃまともに部活出来ないじゃないの」

 

 風が困ったといった様子で、腕を組みながら言った。

 

『他の部活の手伝いは?』

 

 樹がスケッチを見せて訊ねる。

 

「剣道部から夏凜に依頼が来てるんだけど、本人いないんじゃねぇ」

 

 依頼をキャンセルしようとしたところで、ふと風はひらめいた。

 

「タドが代わりに行ってくれない?」

「俺すかぁ? 空手は習ってたけど、剣道は門外漢だから無理ゾ」

「え、だってスタークラスターを一度は刀で切ってやっつけたじゃない」

「あれは聖剣・月がスゴイだけで、俺は刀については素人なんだよなぁ」

 

 風は「あっ、そっかぁ」と納得する。

 

「部活出来ないなら、俺用事あるから今日は帰らしてもらうね」

 

 そう言うと、田所は荷物をまとめてさっさと部室から出て行ってしまった。

 彼女の用事とは、乃木 園子に満開の秘密について尋ねることだ。

 記憶を頼りに電車を乗り継いで、田所は目的である大赦本部の前までやって来た。

 早速中に入ろうとすると、彼女の到来を知っていたのか、中からかつて会った女性神官が出てきた。

 

「お邪魔するわよ~?」

 

 断りを入れて建物の中に入ろうとする田所だが、女性神官に「おう帰れ!(門前払い)」と入室を阻止されてしまう。

 

「園子に会いたいだけなんだよ~。入れてくれよな~、頼むよ~」

「園子様は誰にもお会いになりません。お引き取り下さい」

 

 女性神官は断固とした態度で田所の面会を許さない。

 田所が必死に訴えても、暖簾に腕押しと言った有様だ。

 

「ふしだらな女め……出ていけ! 出ていけと言っている!(二度目) ……くどい!」

 

 結局神官の圧には敵わず、田所はおとなしく引き返すことになったのだった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 園子への面会をン拒否されェた翌日。

 勇者部の部室には今日も、前日と同じ3人のメンバーしか集まらなかった。

 風と樹は活動報告書を作成しており、パソコンが弄れない田所は所在無さげに椅子に座っている。

 

「KRNの奴でも探しに行ってくるか、しょうがねえなぁ」

 

 田所は部室を出て、1人夏凜の住むマンションへと向かった。

 

 夏凜の部屋は、前に尋ねた時同様にカギがかかっていて誰もいない。もしかしたら今日も日課の戦闘の訓練を行っているのかもしれない。

 以前夏凜から聞いた、訓練場所として使っているという浜辺に田所は向かった。

 果たしてそこには、1人木刀を振るう夏凜の姿があった。

 

「おいKRNァ!!」

 

 自分を呼ぶ声に夏凜は動きを止める。

 

「タド……何しに来たのよ」

「おめえが部活に顔を見せねえからだルルォ?」

「呼びに来たって訳?」

「そうだよ」

 

 夏凜は田所から顔を逸らして、無理に言葉を紡ぐようにこう口にした。

 

「……もう行かないわ。私、勇者部辞めるから」

 

 夏凜、勇者部辞めるってよ。突然の退部の申し出に、田所は慌てることなく訊ねる。

 

「なんで?(殺意)」

「私はバーテックスと戦うために勇者部に入ったの。なら、戦いが終わった今、もう私がいる必要なんてないでしょ」

 

 田所の目には、夏凜の言葉が本心からのものとは思えなかった。

 

「そうよ、私なんて必要ない。鳴り物入りでやって来たってのに、結局私は大して役に立てなかった。まったく、完成型が聞いて呆れるわ」

 

 笑っちゃうぜ! と自嘲する彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 やれやれ。そんな夏凜の頭に手をやると、田所は優しい手つきで撫でてやる。

 

「KRN、お前はまじで最高な対バーテックス用戦闘machine! なんかじゃねえ。お前は戦うためだけに生まれたんじゃないだルルォ? それに、ふたご座を1人で倒してくれたじゃねえか」

「でも……私は勇者で……」

「勇者の前に1人の人間、1人の女の子だって、それ一番言われてるから。戦いが終わっても、お前の存在価値は無くならねえんだよ上等だろ?」

「でも……」

「それに、勇者部だって今は人助けのための活動が主になってるからな。そこにはお前が必要なんだよ、当たり前だよなぁ?」

 

 だから、と田所は言葉を続ける。

 

「帰ってこい、KRN。みんなお前を待ってるゾ」

 

 そう言って右手を差し出す。

 

「……し、しょうがねえなぁ……。そこまで言うなら、まだ勇者部には居てあげるわ」

 

 夏凜も手を伸ばすと、力強く田所の腕をとるのだった。




東郷さんこわれる


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第16話 讃州サンビーチ最終報告

年内最後の投稿です


第16話 讃州サンビーチ最終報告

 

 田所の説得を受けて、夏凜は勇者部に残ることを決めた。

 2人はその後も、浜辺に腰を下ろししばらく他愛もない話に興じた。

 話が一段落した時を見計らって、夏凜は気になっていたことを口にする。

 

「タド、あんたさ……なにか悩みでもある?」

 

 田所の悩みと言えば、明かされることのない満開についてのことだ。

 だが、夏凜に余計な心配はかけたくないと田所は「なんのこったよ」とすっとぼける。

 

「勇者部五箇条、『悩んだら相談』……なんでしょ」

 

 五箇条を持ち出されては弱い。田所は正直に悩みを打ち明けることにした。

 

「……満開のことだよ。ITKが声出せなくなったり、YUNの記憶が無くなったり。これって、満開の影響なんじゃねえかな?」

「お医者さんは一時的な疲労って言ってたじゃない。それに、アンタも満開を使ったのに何ともなってないじゃないの」

「んまぁ、そう、(医者の言い分は)よく分かんなかったです」

「アンタ、最初から満開に否定的だったわよね。なにか知ってるの?」

 

 満開の存在は園子から知らされたものだが、園子本人から自分のことは秘密にしてくれと言われている。

 そのため詳細を夏凜に伝えるのははばかられた。

 

「んにゃぴ……」

 

 そう言って田所は口をつぐんでしまう。

 

「ま、言いたくないってんなら無理には聞かないわ。満開のことは、私の方でも大赦に聞いておいてあげる」

「……ありがとナス」

 

 日もだいぶん沈んできたので、そろそろ家に帰ろうということになった。

 

「KRN、明日は部活にいいよ、来いよ?」

「分かってるわよ。……また明日」

 

 お互い別れを告げると、それぞれの家路につくのだった。

 

 夜になり、夏凜は約束通り大赦に満開のことについて尋ねようとスマホを手に取った。

 その時、ちょうどスマートフォンに電話がかかってくる。

 

「!」

 

 電話の発信者は、彼女の兄の春信だった。

 春信が大赦に務めることが決まって実家を出てからというもの、夏凜とは直接会うことはおろか電話で話すということもほとんど無くなってしまった。

 そんな中での突然の連絡に夏凜はおろおろし、しかし無視する訳にもいかず通話をONにした。

 

「も……もしもし」

『……久しぶりだね、夏凜』

 

 いつ以来かもわからないほどの久しぶりに聞く兄の声は、夏凜の記憶のままであった。

 

「どうしたの、突然連絡よこすなんて」

『バーテックスの討伐が完了したと聞いてね。怪我は無いかい?』

「うん……平気」

『そうか、それは良かった』

 

 しばらく沈黙が流れる。夏凜は、思い切って確認したかったことを訪ねることにした。

 

「あのね、兄貴……。私の処遇なんだけど、このまま……讃州中学に残ったら、ダメ?」

『讃州中に? どうしてだい?』

「勇者部に、いたいの。戦いは終わったけど、その……まだいて欲しいって言うやつがいてさ」

『……そうか。勇者部が、今の夏凜の居場所なんだね』

「……うん」

『好きにするといい。上の方には僕から話を通しておくから』

「! ……ありがと」

 

 またアイツらといられる。夏凜はそのことに、無意識に小さく笑みを浮かべた。

 あっ、そうだ。と、もう1つ聞くべきことを思い出す。

 

「それと、満開のことなんだけど……。満開を使った勇者のうち2人が体に不調をきたしてる。後遺症じゃないかって言ってるやつがいるんだけど、それは……大丈夫なんですかね?」

『……それについては心配しなくてもいい。満開システムに不備はない』

 

 家族だからなのか、夏凜は直感的に兄が嘘をついていると感じた。

 しかし、追及したところで上手くはぐらかされるだろうと思った夏凜は、それ以上の言及は避けた。

 その後二言三言言葉を交わし、夏凜は通話を切る。

 

「兄貴、何か隠してる。でも、一体何を……? ……タドの心配が当たっちゃったわね」

 

 ピロン♪ とスマホから着信音が鳴る。今度は東郷からのメールだ。内容は

 

『明日、めでたく友奈ちゃんの退院が決まりました。これを祝って、我が家で盛大なぼた餅祭りを開催したいと思います』

 

 というものだった。

 夏凜は、東郷の友奈とぼた餅へのこだわりは一級品だなと思い、「了解」と短く返信して、この日は眠りについた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 友奈も退院し東郷の宣言通りぼた餅祭りが行われ、全員揃った勇者部一同は大いに楽しんだ。

 それから学校は夏休みに入り、今、勇者部の少女たちは讃州市にある海岸の『讃州サンビーチ』へと訪れていた。

 というのも大赦が、12体のバーテックスを全て倒し世界を救ったご褒美として、1泊2日の旅行としてこの海岸を提供してくれたからだ。

 

 水着に着替えて浜辺に陣取った風は、樹と共にシートを敷いてパラソルを広げた。東郷は横で2人の作業を見守っている。

 

「おまたせ! こんな水着しかなかったんだけどいいかな?」

 

 3人の元に、水着に着替えた友奈が一足遅れて合流した。

 友奈はフリルのついた、桜の色を思わせる桃色の水着を着用している。

 

「がわ゛い゛い゛な゛ぁ゛ゆ゛う゛な゛ぢゃ゛ん゛!」

 

 彼女の水着姿を見るなり鼻血を吹き出す東郷。出血も構わず、友奈の姿を写真に収めていく。

 2人の仲も最初のぎこちなさはすっかりと無くなって、昔のような(むつ)まじさを見せるようになった。

 

「夏凜ちゃんも、見てないでこっち来てほら」

 

 友奈が、少し離れたところに立っている夏凜に声をかける。

 夏凜は水着の上からコートのようにタオルで体をくるんでいて、その下が全く見えない。

 友人と海に来るなど初めてのことで、恥ずかしくて水着姿を見られたくないらしい。

 もじもじとらしからぬ夏凜の様子に、いたずら心に火が付いた風は「海入ってさっぱりしましょうよ~」と、タオルを無理やりはぎ取ってしまった。

 

「ああやだ恥ずかしいこんな恥ずかしい」

 

 タオルの下から現れたのは、夏凜らしいスポーティーな水着。覗く手足はすらりと伸び、適度な筋肉がついている。

 

「夏凜も結構……いい体してんじゃん」

 

 なにやらスケベ親父のような物言いの風。そこに田所も合流したのだが……

 

「淡い大地くんおまたせ~」

 

 田所の声に振り向いた少女たちは、彼女の姿を見て全員同時におっぱげた。

 なぜなら田所は水着すら身に着けていない、全裸の状態だったのだ。

 田所の股間にうっすらと茂っている陰毛が、気持ちよさそうに風になびいている。(MRKMHRK)

 

「おファッ!? なんでなにも着てないの!?」

「え、だってここ裸で泳ぐ所なんだろ?」

「讃州市にヌーディストビーチは無い!」

 

 風は田所の手を引いて、急ぎ更衣室へ引き返そうとする。

 だが、田所は最初から水着を持ってきていなかった。

 

「もう終わりだぁ!」

 

 ドウスッペ……ドウスッペ……と慌てる少女たち。

 その時、樹が波打ち際からちょうどいいサイズの貝殻を拾ってきた。

 東郷はそれを細工して即席の水着を仕立てると、田所の胸と股間を隠すように装着させる。

 

「まるで、『ヴィーナスの誕生』みたいだぁ……」

 

 秘部を隠された田所の様子に、少女たちはかつての名画と同様の美しさを見た。

 そんな田所の超エロエロの芸術的ボディーを見てJCフェチのリーマンがまた「すげーすげー」を連発。

 田所は(その声援が)気持ちよすぎて野獣の声しか発することができない。(直球)

 でも両手は無意識にもしっかり手を振って声援に応えてやっている。筋肉マンコ奴隷だからね。

 

 気を取り直して、少女たちは子供らしく遊びに興じていた。

 友奈、東郷、樹の3人は浅瀬で貝や海藻を拾ったり、風と田所はシートの上に寝っ転がって日焼けをしている。

 そんな日焼け中の2人に、準備運動でしっかり体をほぐした夏凜が声をかけける。

 

「風! タド! 競泳で勝負よ!!」

「ほう……、瀬戸の人魚と呼ばれたアタシに勝負を挑むとは、いい度胸してんねぇ!」

 

 風はすっくと立ちあがると、夏凜の挑戦を受けた。一方田所はと言うと、気だるげな態度でこう返す。

 

「んにゃぴ、ダルいんで俺はパスするゾ」

「負けるのが怖いなら無理にとは言わないけど?」

 

 夏凜はすかさず挑発するような言葉を投げかけた。

 

「泳ぎはねぇ~、自信あるんですよ! 泳ぎ(のフォーム)綺麗ですよ。(自画自賛) (筋肉に)む、無駄が無いでしょだって」

 

 田所は空手と同時に水泳部にも所属していたことがあるらしく、夏凜の言葉にムッとして反射的に勝負を受けることに。

 

「はい、よ~いスタート(棒読み)」

 

 そして、勝負することが決まったと同時に開始の合図を勝手に宣言。一足お先に海へダッシュしていた。速攻ズルかよお前……(呆れ)

 

「「あっ、おい待てぃ!」」

 

 風と夏凜も慌てて後を追いかけ海に飛び込むと、猛烈な勢いで田所との距離を縮めていく。

 3人が沖に出たところで、突如ハプニングが起こった。

 先を泳いでいたはずの田所の姿が見えなくなってしまったのだ。

 残された2人は競争を止め田所を探すが、波は静かで誰も泳いでいない。

 

「……まさか!?」

 

 海中に潜ってみると、なんと田所が力なく海の底に沈んでいるではないか。

 2人は慌てて田所に肩を貸すと、協力して沖まで引っ張っていった。

 浜辺に打ち上げられた田所は無事に呼吸をしている。

 

「泳いでる途中で急に意識が無くなったんだよなぁ。これ以上やると気持ち悪くなっちゃう、もういいよヤバイヤバイ」

 

 目覚めた田所はチカレタ……と言い、再びパラソルの下へ戻って寝っ転がる。

 その後は安全な浜辺で砂のお城を造ったりスイカ割りなどをしたのだが、ついぞ田所は眠ったままで遊びに参加することは無かった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 夕方になり他の観光客もいなくなったので、勇者部の少女たちも旅館へ向かった。

 「風呂入ってさっぱりしましょうよ~」という田所の言葉で、まずは海水を落すため一行は温泉に入る。

 高級旅館だけあってお風呂はかなり広く、東郷も車イスごと入浴することができる親切設計だ。

 おまけに大赦の計らいで、今日は勇者部の貸し切りでもある。

 体の芯まで温まり、少女たちはすっかりリラックスしている。

 

「それにしても東郷さんや、一体なにを食べたらそれほどのメガロポリスにお育ちに?」

 

 風が東郷の胸を見ながら、グヘヘと親父クサい笑みを浮かべ言った。

 

「べ、別にみんなと同じものですよ」

 

 東郷は恥ずかしげに胸元を隠しながら答える。

 

「それに、タドちゃん先輩もいい発育をしてますよ」

 

 少女たちの視線が田所の胸に集まる。

 東郷の言うように、確かに田所のバストも中学生の標準を大きく上回る逸材だ。

 おまけに腰にはクビレ、ヒップも適度な肉付きを持っており、モデル体型と言っても過言ではない。

 その姿を見て、樹と友奈は改めて田所のスタイルの良さを羨むのだった。

 

「ビール! ビール! 冷えてるか~?」

「タドちゃん先輩は未成年なんだから、お酒はダメですよ」

 

 風呂から上がった少女たちは、浴衣に着替え部屋へと案内された。

 それにしても高級ホテルはいいな。フロントの従業員たちはみんな、まるで「客を見ないのがエチケット」って感じでいてくれる。

 それとも田所の格好が激エロのモロホステスだから目をそらすのかな。(笑)

 

 部屋の中にはすでに夕食の準備が済まされていた。

 テーブルの上には鯛にマグロ、ホタテの刺身に伊勢海老やカニが並ぶ豪華な食卓が。少女たちはあまりに豪勢な食事におっp……おっぱげた……!

 記念にと写真を撮ってから合掌をして食べ始める。

 

「うん、おいしい!」

 

 思い思いに食事を楽しむ少女たちだが、そんな中にあって田所は、ほとんど手を付けることなく箸を置いてしまった。

 

「どしたのタド?」

 

 みんな心配して声をかけてくれるが、田所は泳いだ疲れからか不幸にも食欲をなくしてしまっていた。

 

「いやーもう十分堪能したよ」

 

 と言うと、自分の分の刺身やカニなどをみんなに譲って、田所は「一足先に休む」と隣の部屋へ引っ込んでいった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「オラ起きろよ! 寝てんじゃねえぞいつまでもオラ! 起きろよオラ! オイ! ふざけんじゃねえぞ! 起きろよ、オラ!」

 

 風に頬を叩かれる感触で、田所は目を覚ました。彼女は布団も敷かず、畳の上で大の字になって眠っていたのだ。

 一度退いてから全員分の布団を敷き、田所も改めてその上で横になる。他の面々も、就寝時間となっていたので布団に入った。

 じゃあ、寝ようか(暗黒微笑) という時に、風が声を上げる。

 

「年頃の女の子が集まってする話と言えば恋の話、コイバナでしょ!」

 

 しかし盛り上がっているのは風だけで、他の面々にはそもそも恋愛に関する話題が一切無かったのだ。

 まだ中学生だし、勇者としての活動が忙しかったからね、しょうがないね。

 

「言い出しっぺの風はどうなのよ?」

 

 夏凜が尋ねると、風は自信満々でこう答えた。

 

「実は2年の時にチア部の助っ人をしたら、アタシのチア姿に惚れた奴がいてさぁ、デートしないかって誘われたもんよ~」

「はえ~、すっごい以外」

 

 感心したように風の話を聞いている夏凜だが、それ以外のメンバーはみんな興味を示さない。

 

「あんたたち落ち着いてるわね」

『この話10回目ッス』

「えぇ……」

 

 樹の返答に夏凜は困惑の声を上げた。

 

「田舎少女は浮ついた話が1つしか使い回せないのか」

「あるだけいいでしょ」

「タドはどうなのよ? 先輩なんだし、恋愛経験の1つや2つくらいないの?」

 

 夏凜の声に、田所は眠そうな感じで

 

「(告白されたのは)10人ちょっとくらいっすね、案外少ないっす」

 

 と答えた。その顔は自慢気な、したり顔先輩と化している。

 

「え……なにそれ。アタシそんな話聞いてないんだけど」

 

 風は初めて聞かされた友人のコイバナに、唖然とした感じで言った。

 

「自分も、たくさん恋したいですから。わかってくださいな」

「そんなに大勢から告白されたのに、なんで断ったの?」

「彼氏がいるからね、仕方ないね」

「「「「「……ファッ!?」」」」」

 

 田所以外の全員が、彼女の言葉に衝撃の声を上げた。

 うせやろ? と疑いの眼差しを向ける面々に、田所は遠野のことをかいつまんで話す。

 

「……まあタドちゃん先輩くらいの美人さんなら、伴侶となる方がいても不思議ではありませんね」

 

 と東郷。他の少女たちも、確かに……、と納得した。

 

「それで、その遠野って人はどこに住んでるの? タドちゃん、会ってる様子が無いんだけど」

 

 友奈が質問する。

 

「んにゃぴ、俺もその辺の記憶が無いから分かんないゾ。でも案外近くにいて、俺らのこと見守っててくれる気がする……気がしない?」

 

 田所は、どこか確信を持った様にそう答えた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 その後はしばらく雑談に興じていたが、夏凜が寝落ちしたのをきっかけに、みんなも一斉に床に就いた。

 田所は遠野のことを話した影響か、この日も彼の夢を見ていた。

 

 夢の中で2人は、神樹を思わせる大きな木の根元にいた。田所は遠野に膝枕をされている。

 

『先輩、満開を使ってしまったんですね……あれほど危険だと警告されたはずなのに……』

 

 遠野は田所の髪を撫でながら、優しくも悲しげな声色で言った。

 

『でも、先輩が戦わなければ世界も勇者たちも、もっと悲惨な目にあっていた……』

 

 田所は、遠野が満開や勇者のことを知っていることに疑問を浮かべた。これは夢ではないのか、と。

 

「(これ以上の満開は)やめてくださいよ本当に!」

 

 遠野は最後に強くそう言い残すと、田所を残して立ち去っていった。

 去っていく遠野の姿が大木に重なり、その中に吸収されるように溶け込んでいく。

 やがて辺りが白くなっていき、田所は目を覚ました。

 

 布団から起き上がる田所。

 時刻は朝になっており、他の勇者部のメンバーはすでに布団をしまい朝食の準備をしている。

 田所は遠野の最後の言葉を思いだす。

 

「これ以上満開を使うなって……戦いは終わったはずだろ……?」

 

 一抹の不安を感じる田所。

 窓の外に広がる空は、彼女の気持ちとは裏腹な快晴であった。




みなさま良いお年を


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第17話 残酷(しんじつ)

あけましておめでとナス!

順調にいけばこれを除いてあと3話ほどで終わるので
最後までお付き合いのほど、よろしくお願いしナス!


 田所に残された遠野の言葉。その疑問が解けないまま旅行は終わった。

 送迎用のバスに乗って帰路に就く勇者部。

 遊んだ疲れから眠りこけていると、突如バァン! という大破音と衝撃に見舞われる。

 おっぱげて車の窓から外を見れば、バスに向かって黒塗りの高級車が追突していた。

 

「やべえよ……やべえよ……」

「いや、ブツかって来たのは向こうなんだから大丈夫でしょ?」

 

 慌てる面々に対して夏凜だけが冷静だ。

 

 高級車の扉が開かれる。

 中から降りてきたのはヤクザめいた男が1人。しかもその男は、大赦の仮面をつけていた。

 

「おいコラァ! 降りろ! 学生証持ってんのかコラ! ……おい」

 

 大赦の男はバスのドアを開けて中に入ってくると、勇者部の少女たちの前に立ちそう言い放つ。

 困惑する少女たちに対し尚も、「おいコラァ! 学生証見せろぉ! ……あくしろよ」と催促する。

 みんなしぶしぶ学生証を見せると、大赦の男は納得した様子でこう言った。

 

「おいお前らクルルァについて来い」

 

 男は再び黒塗りの高級車に乗り込むと、有無を言わさず発進させた。少女たちを置き去りにして。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! 待って!」

 

 勇者部一同は慌てて、走り去る高級車を追いかけた。

 

 車はしばらく走ると、人気のない所で停車した。

 全力疾走で後を追った少女たちはみんな肩で息をしている。

 ドアを開け、再びヤクザ風の大赦の男が出てくる。今度は片手にトランクケースを持っていた。

 

「お前中田か?」

「いえ、犬吠埼 風ですけど……」

 

 男は風が勇者部の代表であることを確認すると、彼女にトランクケースを渡した。

 

「……これは?」

「中開けて確認するんだよ、あくしろよ」

 

 風は男に急かされるままケースを開ける。

 ケースの中身は大赦によって回収された、用済みとなったはずの勇者専用のスマートフォンが入っていた。

 

「!! なんでこれが!?」

 

 たまげる風に男は説明を始めた。

 

「バーテックスに生き残りがいたんだよ。どう落とし前つけんだよこの野郎」

「バーテックスがまだ残ってて!?(重要) ……再侵攻を?(困惑)」

 

 「お前らもよーく聞いとけよ」、と男は勇者部の少女たちを見回す。

 

「勇者システムをまたアップデートしといたから、残ったバーテックスをとっとと殲滅するんだよ、おうあくしろよ」

 

 男は伝えることだけを一方的に伝えると、トランクを残して高級車で立ち去っていった。

 残された少女たちは、まだ戦いが終わっていなかったことに愕然とし、しばらく事実を受け入れられないでいた。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 大赦からバーテックスの生き残りがいると聞かされてから1ヶ月が経った。

 少女たちの不安とは裏腹に、未だ再侵攻は行われずにいる。

 その間に夏休みも開けて、少女たちは再び学園生活に戻っていた。

 

「お疲れ様でーす」

 

 友奈が、東郷と共に部室のドアを開け挨拶する。

 この日も普段通り勇者部は活動していた。他のメンバーは先に到着している。

 

「乙~」

「ウィ~ス」

 

 田所と風が挨拶を返し、夏凜も手を上げて返事した。

 

『ウィ~スです』

 

 一足遅れて樹も返事をする。が、それは彼女が普段使っているノートに記されたものではない。

 文章は樹の勇者アプリに新たにインストールされた、彼女の精霊『雲外鏡』の鏡面部分に投射されたものだ。

 

『この子、私の考えを読み取って文章化してくれるんで便利なんですよね』

「うわーっこれ(鏡の所に文字が)透けてるんだねハァッ」

 

 新しい会話の手法に驚く友奈。

 雲外鏡に反応したのか友奈のスマホからも、新たに追加された『火車』という猫に似た精霊が飛び出てくる。ついでになぜか牛鬼も出現した。

 さらに風、東郷、夏凜の精霊まで続々と出てきて、部室の中を飛び回り始めてあーもう滅茶苦茶だよ。

 

「大赦がシステムをアップデートしてくれたのはいいけど、ちょっとした百鬼夜行ね」

 

 と風。その後ろで、義輝が牛鬼と火車に3Pでレイプされている。夏凜が慌てて2匹から義輝を引き離した。

 

「けど、なんで精霊が追加されたのは私と樹ちゃんだけなんだろう」

 

 友奈が疑問を口にする。

 

「んにゃぴ、やっぱ満開に関係してるのかもしれないゾ」

「でもそうすると、タドにだけ精霊がいないのはなんで?」

「んまぁ、そう……よく分かんないです」

 

 精霊不在の謎は田所本人にも分からない。

 その時、友奈がさらなる疑問の声を上げる。

 

「あ、おい待てぃ! 精霊って勇者システムが更新されて増やされるんだよね? じゃあなんで東郷さんは、最初から3体の精霊がいるの……?」

 

 基本的に、勇者たちには最初、戦闘をサポートするための勇者は1人につき1体であった。

 だが、東郷 美森に関しては初めての変身時から3体の精霊がサポートについている。

 つまり、どういうこったよ?(すっとぼけ)

 だが友奈の疑問が解消される前に、それぞれのスマホからバーテックスの襲来を告げる警報が鳴り響いた。

 

「ついにバーテックスが、来たぁ!」

 

 少女たちは久しぶりに樹海を訪れると、反射的にアプリを起動して勇者装束を身にまとう。

 東郷が地図を確認すると、やって来るバーテックスはふたご座が1体だけ。

 

「今度こそ戦いを終わらせるわよー!」

 

 再び円陣を組んで、風はそう宣言する。

 

「行きますよーイクイク」

 

 ふたご座と対峙する勇者部だが、その中で唐突に田所が突出。ふたご座に向かって正面から迫真空手の正拳突きを見舞った。

 『おっぶぇ!』と吐き出された御霊も、これまたホラホララッシュで破壊し、あっという間に生き残りのバーテックスは殲滅されたのだった。

 

「ちょっと、タド! あんた、大丈夫なの?」

「大丈夫だって安心しろよ~。パパパッと終わらせたかったからま、多少はね?」

 

 少女たちの中で満開の危なさを知らされている田所は、友奈と樹のような影響が自分には無かったことから、率先してバーテックスの殲滅を請け負ったのだ。

 戦いが終わったため、花びらが舞い樹海化が解除される。

 

「ヌッ?」

「あら?」

 

 樹海から戻された田所と東郷の2人が立っていたのは、いつもの学校の屋上ではなかった。

 近くには大きな祠と、壊れかかった瀬戸大橋の残骸が見える。どうやら、校舎からはずいぶんと離れた場所に戻されたようだ。

 

「待ってたよ、やじゅじゅ」

 

 不意にかけられる声。

 振り返ると、そこには大赦の建物内部に安置されているはずの乃木 園子がいた。

 以前会った時と同じく、全身には包帯が巻かれベッドの上で寝かされた状態で。

 

「お前……SNKじゃねーかよぉ!」

「久しぶりだね~。わっしーも、会いたかったよ」

 

 園子は田所に久しぶりと言うと、続けて東郷の方に目を向け、彼女を『わっしー』と呼んだ。

 

「? TGはSNKの知り合いかゾ?」

 

 田所の声に、東郷は首を横に振って「知らない子ですね」と答えた。

 園子は寂しそうに笑みを浮かべると、田所に向かって声をかける。

 

「この前はせっかく会いに来てくれたのに、追い返しちゃってごめんね。先生頑固だから」

 

 気にするな、と返す田所。

 

「わっしーは……ううん。東郷さんも、勇者なんだよね?」

「ええ、勇者やってます。いつの日か世界を救うと信じて──」

 

 あっ、そっかぁ。と、どこか諦めにも似た物言いで園子は納得する。

 

「やじゅじゅは満開……しちゃったんだよね」

 

 田所は頷く。

 

「危ないから使っちゃだめだよーってメッセージを送ったんだけどね」

 

 やっぱり駄目だったか、と園子は後悔を滲ませながら言った。

 

「SNK。ここにはいないもう2人も満開を使ったんだけど、そいつら体の調子がおかしなったんだよ。これって……」

「うん、やじゅじゅの考えている通り。満開の隠し機能、散華の影響だよ」

 

 満開という神の力を使えば代償として、使用者の体の一部を神に捧げる必要がある。

 その代わり使用者の身は守られ、死ぬことは無い。

 

「……もしかして、以前私が病院から飛び降りた時も、アプリを起動していなかったのに精霊がバリアを張って私を守ったのも、その機能が働いて……?」

 

 東郷の言葉を園子は肯定した。と言うことは、つまり……

 

「TGも満開の経験者……なのか」

 

 東郷はかつて小学生の時代、鷲尾という家に養子に出されていたことがある。

 その時勇者に選ばれ、園子と共にバーテックスと戦い、散華で下半身の機能と記憶の一部を失っていたのだ。すべてが繋がっちゃっ……たぁ!

 さらに園子は衝撃的な事実を伝える。

 

「以前までの満開システムだったら、散華した供物も神樹様が新たに生み出すこともできた。けど、アップデートして強化された満開は、今の神樹様ではもう治すことができないの」

 

 つまり、神の手をもってしても一度捧げてしまった体の部位は、戻ってこない……。

 

「おぉ、もう……」

 

 樹の声を2度と聞くことができない事実に、田所と東郷は絶句する。

 ここで、田所の中に1つの疑問が浮かび上がってきた。

 

「……SNK、なんで俺は満開を使ったのに代償が無いんだゾ?」

「やじゅじゅは満開の後ですごく疲れやすくなってない?」

「おっ、そうだな」

「それはね……」

 

 園子は一拍の間をおいて回答を示す。

 

「やじゅじゅの代償は……寿命を失っているんだよ」

「ファッ!?」

 

 散華とは体の一部を供物とするもののはずだ。それがなぜ田所だけ命を消耗するのか。

 

「それは……やじゅじゅが、神樹さまと同じ神様(・・・・・・・・・)だから、供物を捧げる必要が無いんよ」

「「ファッ!?」」

 

 今度は東郷も田所と共に驚く。今まで一緒に過ごしてきた先輩であり友人であり仲間である人物が、神様とかうせやろ?

 

「天上より堕ちし者、暁の堕天使、『光をもたらす者──ルシ・フ・エル』。それが、やじゅじゅのもう1つの名前」

 

 そう言って園子は田所の正体、そして隠されていた世界の真実について語り始めた。

 

「バーテックスは、ウイルスなんかから生まれたんじゃない。人を滅ぼそうとする神様──天の神の眷属なの」

「天の……神」

「そして、かつて西暦の最後の時代。攻めてきた天の神とバーテックスから人々を守ってくれたのがやじゅじゅと、やじゅじゅの恋人である遠野様たち1919柱の神々」

 

 しかし天の神側の力は凄まじく、天の神に次ぐ実力を持っているとされた田所も敵わずに敗退。

 『下界(した)降臨()りて生死分けろ』と時空の狭間に叩き落とされてしまった。

 大昔に存在していた田所が、神世紀の海で大怪我をして眠っていたのもこれが原因だったのだ。彼女の異常な回復力も、神の力あってのものだと納得できる。

 

「追い込まれた遠野様たちは四国で神樹様として融合して結界を張り、そこで5人の少女を選んで、火を受け継ぎしものである最初の勇者──『ねふるむ』を造り出した。

神樹様と勇者は協力して戦いバーテックスを殲滅。そしてどうにかして天の神にダメージを与え、一時的に眠りにつかせることができたの」

 

 それが300年前のあらまし。

 しかし天の神は眠りにつく前に『火で死ね』と呪いの言葉を残し、それによって四国の結界の外は地球全土が炎に包まれ、何者も生きてはいられない地獄の時代に突入したのである。

 

「これって……衝撃ですよ」

 

 東郷がつぶやく。田所も

 

「チキショー! はめられたぜ! 人間ぶってたのにさ、俺は人を救うのが趣味の神級マニアだったのか」

 

 と自身の境遇におっぱげていた。

 不意に東郷がさらなる疑問に気付き、それを園子にぶつける。

 

「ちょっと待って。貴女、旧世紀の戦いで先代勇者がバーテックスを全てやっつけたと言ったわよね。なら、どうして奴らはまたやって来たの?」

 

 園子はとても言いづらそうに、しかし隠す訳にもいかず、目を伏せながら彼女の問いに答える。

 

「バーテックスは天の神から生み出されたの。つまり、天の神がいる限り、バーテックスも何度でも生き返る」

 

 現に今でも、結界の外では星屑が集合して新たなる12星座が復活しつつある、と。

 

「うせやろ……」

 

 園子の言うことが本当なら、これまでの勇者部の活動は全くの無意味。

 それどころか、戦いは永遠に続くということだ。

 

「……そろそろ誰か来る。2人はもう帰った方がいいよ。セバスチャンが出口まで案内するから」

 

 園子の言葉で、彼女の隣に精霊の烏天狗が現れた。

 烏天狗の先導で田所と東郷は部屋を後にする。彼女らの背に園子は

 

「真実は自分の目で確かめて」

 

 と言葉を残して。

 

 部屋に一人残された園子の元に、間を置かず大赦の女性神官がやって来た。

 

「園子様……勇者に真実を伝えるなど、よな(・・)の様に神樹様を裏切るおつもりですか。」

 

 神官は厳しい口調で園子を問い詰める。

 

「気に食わなかったら、海に投げ捨ててくれても構わないよ」

 

 冗談めかして答えるが、そのジョークも神官には通じないようだ。

 

「こっちの神様も、とうごまの木を惜しんでくれればいいのにね~」

 

 愚痴るような園子の呟きに応える者はいなかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 秘密の抜け穴のおかげで、田所と東郷は誰の目にも触れることなく、大赦本部から抜け出ることに成功した。

 

「TG、大丈夫か? 大丈夫か?」

 

 心配して声をかけるが、東郷は返事を返す気力もなくなっているようだ。

 田所はひとまず、意気消沈した東郷を自宅まで送り届けた。

 続けて、事態を説明するために野獣亭へ友奈、風、夏凜を呼んだ。樹はショックの度合いが強いだろうと思い呼んでいない。

 

「俺が、神様」

「……なんすかそれ」

 

 田所は自分が神であること、世界を滅ぼしたのは天の神でバーテックスは再生し再び攻めてくること、そして最後に、友奈の記憶と樹の声はもう戻らないことを伝えた。

 これらの事実に3人は衝撃を受け、特に風は妹の声が治らないという事に強いショックを受ける。

 

「アタシが……樹を勇者に巻き込んだからだ……アタシのせいだ……」

 

 風はガクリと膝をつき倒れこむと、そう呟いて涙を流し始めた。

 田所は風の肩に手を置くと、慰めの言葉をかける。

 

「違うゾ、風のせいじゃない。俺がもっと強く、満開を使うのを止めてれば……」

「……そういえば、アンタは最初から満開を使わないように言ってたわね。もしかして……最初から知ってたの?」

「んまぁ、そう……SNKから聞かされてました」

「(樹の夢を奪ったのは)お前(も)じゃい!!」

 

 立ち上がった風は、田所の頬に渾身の右ストレートを放った。

 「ブゲッ!?」と田所はなすすべもなく殴り倒される。

 さらに風は田所に馬乗りになると、彼女のことを虐待おじさんのごとくタコ殴りにし始めた。

 

「先輩! なにしてんすか! やめてくださいよ本当に!」

「暴れんなよ……暴れんな……」

「ぅあー! ぅおー!」

 

 友奈と夏凜が止めるのも構わず、風は田所の顔面を殴打していく。暴獣風のガンギマリだ。

 

「ウーン……」

 

 やがて田所が気絶すると、今度は立ち上がって勇者装束を身にまとう。

 

「ちょっと風、なにするつもり!?」

 

 夏凜の言葉に風は、怒りを滲ませこう答えた。

 

「えーちょっと大赦のほう潰しに行くからー、両側にこう退いちゃってくれるかな?」

 

 風は面前に立ちふさがる友奈と夏凜を押しのけると、野獣亭を飛び出して行ってしまった。




ようやく先輩の正体を明かすことができてよかった(小並感)


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第18話 この世の終わりみたいな……

「オラ起きろよこの野郎! オラ!」

「……ヌッ!」

 

 罵声と、鞭で叩かれる感触で田所は目を覚ます。

 彼女の側では夏凜と友奈が、心配そうに田所を見ていた。

 

「……風は!?」

 

 気が付いて早々、田所は友人の身を案じた。

 

「大赦を潰すって出て行っちゃったわ」

 

 つい数分前のことだと夏凜が説明する。

 

「KRNはITKを連れてきてくれ。今のFUを止められるのはITKだけだ。YUNは俺と一緒にFUの後を追うゾ」

「「かしこまりっ!!」」

 

 夏凜と友奈は勇者装束に着替え、それぞれ指示された行動をとる。

 夏凜は犬吠埼家へ向かい、友奈は田所と共に風の元へ。

 超スピード!? で風を追いかける田所たち。彼女らのスマホに、突如緊急を知らせるメールの着信音が響いた。

 走りながらメールを確認すると送り主は大赦で、そこには『東郷に不穏な動きがあるため警戒せよ』という文面が。

 

「もしかして、東郷さんも大赦に乗り込むつもりじゃ……!」

 

 不安げな友奈。

 田所がアプリを開いて地図を確認すると、東郷は神樹が作った外との結界の壁に向かっていることが分かった。

 

「FUは俺がなんとかするから、お前はTGの所に行け!」

「分かった!」

 

 そう言うと2人は分かれて、田所は単身で風の後を追いかけ続ける。

 追いかけること数分、すぐに風の後ろ姿が視界に入った。

 場所は大橋付近、大赦本部のすぐ近くまで来ていた。

 このままでは大赦につうずるっこまれると思った田所はさらに速度を上げ、風の腰に抱き着く形でタックルし、彼女の動きを止める。

 

「んなんだお前!? 流行らせコラ!! ドロヘドロ!!(名作)」

「抵抗しても無駄だ!」

 

 田所は迫真固めで風の動きを完全に封じるも、風は拘束を脱しようともがくことを止めない。

 

「なんで大赦を庇うのよ!? あいつらはアタシたちを騙して、都合のいいように利用してたんだ!!」

「大赦だって悪の組織なんかじゃねえんだよ! ちょっとやり方を間違えただけって、はっきり分かんだね」

「そのやり方が極悪だって、それ一番言われてるから。大赦を潰さないと腹の虫がおさまらないのよ!」

「ふ・ざ・け・ん・な、ヤ・メ・ロ・バ・カ!」

 

 言葉をぶつけあう中で風の隙を見つけた田所は、「お前のここが隙だったんだよ!」と不意を突き、暴れる風に睡眠薬であるホモコロリを嗅がせることに成功。

 勇者の耐性で昏倒するまでいかずとも、風は体から力が抜けて地面に倒れこんだ。

 

「FU、俺たちが初めて会った時のこと覚えてるか? お前、見ず知らずの俺にあんなに優しくしてくれたじゃねえか。そんな優しいお前に、誰かを傷つけるような真似してほしくねえんだよ!」

「アタシのことなんてどうでもいい! 最初から満開のことを知ってたら、誰も……樹も巻き込まなかったのに!」

「じゃあ、(その樹の声を)聞こっか」

 

 そう言うと、タイミングよく田所たちの元に樹を連れた夏凜が到着した。

 樹は風の前で膝を吐くと、自分の言葉を雲外鏡を通して姉に伝える。

 

『お姉ちゃん、私のために怒ってくれてありがとう。でも、私は自分の意志で勇者になるって決めたんだ。

それまでは、いつもお姉ちゃんの後に着いて行くだけだったけど、初めて隣に立てた気がして嬉しかったよ。

お姉ちゃんも、誰のことも、私は恨んでない。だから、いつもの優しいお姉ちゃんに戻って』

「樹……」

『それに、歌えなくてもまた新しい夢を見つければいいんだよ、上等だろ?』

 

 自分の未来を失っても、尚も立ち上がり前に進む力を樹は持っている。それが彼女の、なによりの強さなのだ。

 風はついに説得され「すいませへェェ~ん!」と涙を流し、樹は静かに姉の頭を撫でて慰めるのだった。

 

「あっ、そうだ」

 

 事態が落着したところで、田所は東郷のことを思い出した。

 東郷がなにをやらかそうとしているか分からないが、彼女は時々突拍子もない行動に出ることがあるため、友奈1人で相手をさせるのは不安が残る。

 風も麻酔薬が切れて復活したので、4人は急ぎ四国の壁に向かった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 壁に向かう途中の4人のスマホに、再び緊急を伝える警告音が鳴り響いた。

 スマホを取り出すと、今まで表示されたことのない警告の画面が浮かび、『特別警報発令』とのメッセージが。

 続けて、壁の方からバァン! と特大の大破音がした。

 壁を見た4人はおっp……おっぱげた! なんと、結界であるはずの壁に大きな穴が開いていたのだ。

 

「穴が広がってないか?」

 

 目の錯覚かと思った田所が問うが、風たちは首を縦に振った。どうやら見間違いではないようだ。

 不意に辺りに光が広がり、田所たちは樹海に飛ばされた。ちょうどいいことに、近くでは東郷と友奈が対峙している。

 

「TG……お前、なにやってんでぃ!?(江戸っ子)」

「壁を壊したのは私よ。これ以上友奈ちゃんを、みんなを苦しめないために」

 

 東郷の背後の穿たれた穴から、バーテックスの幼体である星屑が雪崩れ込んできた。

 星屑は集合し、成長体である12星座を形作っていく。

 

「東郷さん、なんでこんな……」

「みんなもタドちゃん先輩から聞いたでしょう? 戦いは終わらないの……私たちはこれからも大切なものを失い続ける……。そんな生き地獄、みんなには味わわせたくないの!」

 

 涙を浮かべ叫ぶ東郷。そんな東郷に、夏凜は剣を向けた。

 

「だからってこんな暴挙、見過ごせるわけないでしょ!」

「……夏凜ちゃんはなぜ、そうまでして戦うの?」

「それは……私は大赦の勇者だから」

「その大赦が、貴女を騙していたのよ。お兄さんもグルになってね!」

 

 夏凜はその事実に返す言葉を無くしてしまう。

 そこに、生体となったスコーピオン・バーテックスの尾が振り下ろされる。

 動揺していた夏凜は避けることができず……

 

バァン!

 

 地面に尾が叩きつけられるも、そこに夏凜の姿は無かった。寸での所で友奈が彼女を抱え飛びのいたおかげだ。

 スコーピオンに続いてアリエスとカプリコーンも復活して、勇者たちに迫ってくる。

 

「こ↑こ↓は俺がなんとかしてやっかぁ、しょうがねえなぁ~」

「タドだけじゃ心配だから、アタシもやるわよ!」

 

 バーテックスを引き受ける田所と風、さらに樹も参戦し、友奈たちから引き離す。

 その友奈はと言うと、夏凜を庇った際にスコーピオンの毒針がかすり腕を怪我していた。

 それを見た夏凜は、迷いを吹っ切り東郷と戦う決意をする。

 近接戦を仕掛ける夏凜を、東郷は銃でけん制し言葉を交わす。

 

「夏凜ちゃん、なぜそうまでして大赦に従うの!?」

「大赦のためなんかじゃない! 勇者部のため、友達のために戦うのよ上等だろ?」

 

 夏凜は、腕を抑え動けないでいる友奈に視線を向け、東郷に言い放つ。

 

「友達を救うために友達を傷つけるなんて矛盾してるんだよね、それ一番言われてるから」

「……っ!」

 

 痛い所を突かれ東郷は言葉に詰まった。そこに友奈もやって来て、東郷に言葉をぶつける。

 

「東郷さん! 何も知らない大勢の人たちを巻き込むようなこと、しちゃあ……ダメだろ!」

「他の人のことなんてどうでもいいのよ! 友達を犠牲にしてまで守る価値なんてないわ!」

「勇者がそんなこと言っちゃ、ああ~ダメダメダメ(西田敏行)」

 

 2丁拳銃を取り出し乱射する東郷から、夏凜は友奈を連れ一旦離れた。

 

「友奈、今の東郷は精神状態おかしいから、これ以上の話し合いは無駄よ」

 

 仕方なく2人は力ずくで止めようとする。

 東郷は懐から普段髪に結わえているリボンを取り出すと、それをハチマキのように額に巻いた。

 ぜってぇお前らの言う通りになんかならねぇ、という決意表明だ。

 そして東郷は禁断の言葉を口にしようとして

 

「まんk……」

「これはな、お前を気持ち良くするためのもんだよ」

 

 スコーピオンを倒した田所が乱入し、風にも使ったホモコロリを嗅がせ東郷の動きを封じた。

 田所は、倒れた東郷に優しく語りかける。

 

「TG、俺たちは幸せ者だなぁ」

「は?(威圧) こんな生贄扱いされてる私たちの、一体どこが幸せって言うのよ!?」

「だってお前のことを心配してくれる仲間がこんなにいるじゃねえか」

 

 田所が辺りを見回す。側には友奈と夏凜、遠くではバーテックスと戦っている風と樹の姿が映る。

 

「この世界のどっかには、そんな仲間すら誰もいない状態で、孤独に1人きりで戦ってた奴もいるかもしれないだルルォ?」

「私はただ、みんなを苦しませたくないだけなの! そのためには全てを終わらせるしかないのに、なんで分かってくれないの!?」

「わかる? 突っ込め。突っ込めって言ってんの、ね? 突っ込めって言ってんだよォ!!」

 

 田所は友奈と夏凜にツッコミを入れろと催促するが、2人はそれを理解しなかったため自分でツッコミを入れることに。

 

「TG、お前が一番恐れてるのって、またYUNに自分の存在を忘れられることじゃねえの?」

 

 田所の指摘に東郷自身も、友奈と夏凜もハッと息をのむ。

 

「あ、さ、お前さ。友奈を助けるために壁を壊したって言ったけど、いつ友奈が助けてくれっつったんだよ」

「そ、それは……」

「お前YUNの親友なんだろ? だったらあいつのこと最後まで信じてやれよ?(イケボ)」

「……」

「それと、お前もYUNの隣に一緒に立てるような心の強さを持ちましょうね~」

「あんなつらい思いをまたするなんて無理ですもう!」

「いや無理かわかんないだろう! 勇者部五ヶ条、なるべく諦めない。お前も勇者部の一員ならへこたれんなよ、へこたれんな!」

 

 「(でも)怖い……怖い……(カズヤ)」とグズる東郷。

 友奈はそんな東郷の前に腰を下ろすと、彼女の手をしっかりと握った。

 

「東郷さん、私のせいで苦しませてごめんナス。二度と東郷さんのこと忘れない、なんて約束できないけど……

もし私が東郷さんのことを忘れちゃっても、東郷さんが私のことを覚えているなら……それって私たちの絆は絶たれてないってことじゃないかな?」

 

 友奈は、東郷の額に巻かれているリボンに触れる。

 

「そのリボンも、大切なものなんだよね?」

「ええ……これがなんだったのか思いだせないけど、大切なものだという事は覚えているわ」

「それと同じだよ。東郷さんがそのリボンを大切にしているように、魂が欠片でも覚えているなら……何度忘れても、そのたびに出会って何度でもやり直せるよ!」

「……友奈、ちゃん……ほんとすいません(素)」

 

 友奈の心からの言葉を受け、東郷もついに抵抗を止め怒りと哀しみの矛を収めた。

 ひしと抱き合う2人の姿を見て夏凜も安堵し、田所も

 

「友情とは神様がくれた最ッ高の快楽。素敵なことやないですかぁ」

 

 と彼女たちの抱擁を温かい目で見つめていた。

 

「好きすぎて体の中にしまっときたいよ? そしたらいつも一緒だもん。体の中にしまっといたらいつも一緒だもんね」

 

 東郷がそんなことを言いながら友奈のぬくもりを堪能していると、バーテックスを片付けた風と樹も戻ってくる。

 

「お疲れっした!(カズヤ)」

 

 姉妹の健闘を労う田所。

 全員揃った所で東郷は改めて勇者部の仲間たちを見つめ

 

「許しは請わぬ」

 

 と綺麗な土下座を見せた。

 みんなも、しょうがねえなぁとあっさりと東郷の暴走の件を水に流す。

 これも、これまで培ってきた勇者部の絆の強さだろう。

 

「あ、さ、俺明日誕生日なんだよね」

 

 田所の唐突な話題に「あっ、そっかぁ」と、少女たちは返答に困る。

 

「だからさ、TG。特性のぼた餅誕生ケーキ、作ってくれよな~」

 

 笑顔でそう言う田所。それが彼女なりの、東郷への罰という落とし所さん!? なんだって、はっきり分かんだね。

 

「ようやく一件落着……って訳でもなかったわね」

 

 やれやれと一息つこうとする風だったが、すぐに辺りにはまだ星屑が漂っていることを思い出す。

 

『壁の穴も塞がないとね』

 

 と樹。

 東郷も立ち上がり、まずは星屑を一掃しようという時

 

 デデドン!!

 

 三度、緊急を伝えるアラームがスマホから鳴る。

 

 デデドン!! デデドン!! デデドン!! デデドン!! デデドン!!

 

 今回はこれまでのどの警報とも違う音が響きわたる。

 画面には『超特級警戒警報』という見慣れない文字が。

 

「え、なにこれは」

「アラームが鳴りやまないよ!?」

 

 今までとは違う異常な事態を知らせる警告音に、少女たちの中で嫌な予感が沸き上がってくる。

 不意に、ピシっというなにかに亀裂が入るような異音が響いた。

 なんだなんだと辺りを見回す少女たち。すぐにその音の発生源が上空であることに気付く。

 

「なんぞこれ……」

 

 田所が漏らした。

 樹海の空に大きなヒビが入っているではないか。

 この空間は神樹の作った結界であり、そこに亀裂が入るという事は、結界がなにものかの力によって破壊されようとしているという事だ。

 

 バァン!

 

 ヒビは一気に空全体に広がり、ガラスを割るように砕かれてしまった。

 結界が強制的に解除され、勇者部も、星屑さえもが現実の世界に引き戻されてしまう。

 

「!?」

「なんですって!?」

 

 動揺する少女たち。

 周囲にいた人たちも、なにごとかと宙を漂う星屑に目を向ける。

 

「ちょっと……なによ、あれ……」

 

 夏凜が呆然とした声を上げた。

 彼女の視線は空に向けられている。

 現実世界の空、その向こう側の宇宙空間から、地表を覆いつくすばかりの超巨大な円盤状の物体が迫って来ていた。

 円盤は銅鏡に酷似した形状をしている。

 

「……天の、神……」

 

 田所が呟く。

 彼女の言う通り、バーテックスの創造主であり人類の天敵、天の神は突如としてその姿を現したのだ。

 銅鏡から光が放たれた。

 光は雷撃となり、勇者部に降り注ぐ。

 

「「「「「きゃあああああッ!?」」」」」

「オォン! アォン!」

 

 雷は精霊のバリアを貫いて、勇者の体に直撃する。

 強烈な電撃を浴びせられた少女たちの体には焼け焦げができ、煙を上げながら倒れ伏した。ヒロイン屈辱だぜ!

 

「ぅ……ぁ……」

 

 勇者たちが動けないあいだに星屑はあっという間に四国全土に広がり、そこで次々と住民たちを襲い手にかけ始める。

 

「おいヤメルルォ!!」

 

 少女たちは叫ぶが、怪物は聞く耳を持たない。

 男も、女も、老人も、子供も、一切の区別なく人という存在を駆逐していく。

 さらに天の神は、レオ・スタークラスターをもしのぐ特大の炎の球を作り出すと、それを迷うことなく街の中心に座す神樹に向かって撃ちだした。

 攻撃が直撃した神樹は、成すすべもなく炎に焼かれていく。

 

 今ここに、四国は壊滅し人類終焉の時が成立した瞬間だった。




主人公の敗北展開は気持ちいいですね(建前)気持ちよくはない!(本音)
ちゃんと一転攻勢するから次回も見ろよ見ろよ


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第19話 天の神 is GOD

 戦いは終わらない。

 バーテックスは無限に再生し、人類を襲いにやって来る。

 勇者はその度に自分の大切なものを失い、それでもなお戦い続けなければならない。

 その事実に打ちのめされた東郷 美森は、神樹を殺せば世界も消え、仲間が苦しむことも無くなると思いいたり、四国と外の世界とを隔てる壁を破壊した。

 勇者部の活躍で東郷の暴走は鎮めたものの、壁を壊したことに怒った敵の首魁である天の神が、突如として現実の四国に襲来したのだった。

 

 天の神が放った数千、数万、それ以上の数の、先兵である星屑が四国全土に飛んでいく。

 星屑は人間だけに狙いを定め、次々と襲い始める。

 

「マズいですよ!」

 

 田所たち勇者は急いで民間人を救おうとするが、それを邪魔するように天の神が雷撃を放った。

 

「「「「「きゃあああああッ!?」」」」」

「オォン! アォン!」

 

 成体のバーテックスの攻撃を防ぐ精霊のバリアをもってしても天の神の攻撃は阻めず、雷をその身に浴びた少女たちは全身に火傷を負い倒れてしまう。

 神樹は急ぎ樹海を再展開しようとするが……

 

 バァン!

 

 天の神が放った火球が直撃し、その体は本物の木と同じく炎が燃え広がる。

 

「あぁ……」

「そんな……神樹様が……」

 

 燃え落ちていく神樹と殺されていく四国の人々を見て、これまで不屈の精神で戦い抜いてきた勇者たちの心もいよいよ折れそうになった。その時

 

『勇者たち! 困ります! あーっ! いけません!』

 

 少女たちに檄を飛ばしてきた相手。その姿は幽霊のように向こう側が透けて見えていた。

 どこかトカゲを思わせる顔つきの成人男性、それは

 

「遠野!?」

 

 田所が男性の姿を見て叫んだ。

 そう、この男こそ田所の恋人であり、神樹の中枢を担っていた人類の守護神なのである。

 

「……神樹……様?」

『申し訳ないが敗北展開はNG』

 

 尋ねるように発した友奈の声に、神樹──遠野はそう返した。

 

『このまま人類が滅びるのはやはりヤバい。なんか自分の手から、愛すべき子供たちの命が転げ落ちたような感じで……(中略)なんかやだ』

「このままじゃ世界壊れちゃ~う。遠野、どうにかしろ(無責任)」

『たった1つだけ、とれる手段があります』

 

 全員が遠野の言う解決策に耳を澄ます。

 

『僕が最後の力を使って、君たちを過去──今から300年前の時代に飛ばします。そこで復活直後の天の神を倒して、歴史をやり直すしかありません』

 

 ただし、と遠野は続ける。

 

『一度過去に行ってしまえば、もう今のこの時代に戻ってくることは出来ません』

「やろう、みんな!」

 

 迷うそぶりも見せず友奈が言った。これが原作主人公の貫禄だお前らもよーく見とけよ。

 

「そうね。このまま何もしなくても、世界は滅んじゃうんだし」

「こうなったのも私が原因……その責任は取ります」

 

 風と東郷も友奈の考えに乗り、夏凜と樹も頷く。

 

「遠野、(過去への跳躍)おっすお願いしまーす」

 

 田所が全員の了承を得てそう言うと、それを受けた遠野の体が光の渦へと変わる。

 勇者たちは、過去の時間へと繋がっちゃっ……たぁ遠野の体に吸い込まれた。

 過去へと飛ばされる直前、遠野の最後の言葉が聞こえる。

 

『僕の力で一度だけ、満開を代償なしで使えるようにしました。みんな、どうか無事で……』

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 時空間を超越するトンネルを抜け、勇者部は西暦2015年に到着した。

 それも四国ではなく、宇宙空間に放り出される形で。

 

「(真空の海に)溺れる! 溺れる!」

 

 宇宙では呼吸ができない、と一瞬慌てる少女たちだが、精霊とバリアのおかげでしっかりと酸素は供給されていた。

 

「みんな、あれを見て」

 

 夏凜の声で彼女の言う方に目を向ける。

 視線の先には、暗闇の宇宙に浮かぶ、青く輝く地球の姿があった。

 

『綺麗ですねぇ……』

「これが、炎に包まれる前の地球……」

 

 樹と東郷が、地球の美しさに圧倒されたように呟く。

 友奈、風、夏凜、それに田所も同様に、その美しさに目を奪われていた。

 

「この綺麗な世界が、バーテックスや天の神のせいで台無しになっちゃうわけね……。でも、アタシたちが来たからにはそうはさせないわよ!」

 

 少女たちは円陣を組む。

 

「みんな、泣いても笑ってもこれが最後の戦いよ。アタシたちは絶対に勝つ! 勝って、すべてを取り戻す!」

「おう!」

『うん!』

「はい!」

「ええ!」

「当然!」

 

 風の言葉に田所、樹、友奈、東郷、夏凜も気合を入れる。

 

「勇者部、ファイトーッ!!」

「「「「「おーっ!!」」」」」

 

 みんなの心が一つになった。

 それを合図に、遠方から星座型のバーテックスが12体、集結して向かってきた。

 その向こうの空間では、それまでバーテックスと戦っていたであろう遠野たち神々の姿があった。みんな傷つき、力なく倒れ伏している。

 

「遠野! ……みんな、待ってろよ。俺たち勇者部がお前らの代わりにバーテックス共をたおして、人類を救ってみせるゾ!」

 

 バーテックスが急速に接近してくる。

 

「みんな分かれてバーテックスを各個撃破、ハイ、ヨロシクゥ! それと、絶対に死ぬんじゃないわよ!」

「「「「「かしこまりッ!!」」」」」

 

 部長の指示を受け勇者たちは散開、それぞれに迫るバーテックスを相手にしていく。

 

 誰が誰と戦ったかなど、もはや書く必要もないだろう。

 少女たちは相対した怪物を、ものの数分でやっつけてしまったからだ。

 これまでの戦いを経験した勇者の前には、もはや成長体と言えど敵ではない。

 

「調子こいてんじゃねえぞこの野郎! 怪物のくせによぉ、何が人類殲滅だぁ、お前が滅びろよ(棒読み)」

 

 敵を挑発する風。

 その声が聞こえたのか、星屑が集まり再び12星座のバーテックスが再生されていく。

 

「いいよ、来いよ! 何度復活しても何度でもたおしてやんよ!」

 

 田所も挑発の声を上げる。

 しかしバーテックスは、予想に反して攻撃を仕掛けてこなかった。

 

「あれーおかしいね、誰も来ないね」

 

 田所が疑問に思った時、バーテックスに動きがあった。

 12体の怪物は獅子座を中心に集合し、その体を1つに溶け込ませ始める。

 

「! これは……!」

「スタークラスターみたいに合体しようって訳ね……」

 

 友奈と夏凜が言った。

 夏凜の言葉通り、12体のバーテックスは融合し、1つの体を形作っていく。

 100メートルはある巨大な体は、光を放ちながら徐々に小さくなり、やがて174,5センチメートルほどの等身大のサイズにまで縮んだ。

 

 これこそが、スタークラスターをも超える全12星座完全結合体、ゾディアック・バーテックス。

 その究極進化形態であり、肉体を持ちこの世界に顕現した天の神……その真名を──GO──。

 

 GOの姿を見た少女たちの顔が驚愕に染まった。

 

「な、なんで天の神が人の姿に……!?」

「……当たり前だよなぁ?」

 

 風の驚きの声にGOが応えた。

 

「なぜなら、お前たち人間を生み出したのは、俺たち神なんだからなぁ」

 

 人間の歴史では、人は猿から長い時間をかけて進化したと教えられている。

 しかしGOは、自分たちが人という種を生んだと語る。

 

「冥途の土産に教えてやるよ。この世界にはお前たち現存人類であるホモ・サピエンスが誕生する遥か昔、神話と呼ばれる時代──そこにはお前らの祖先である先住人類、ホモ・サピエンス・サピエンスがいた」

 

 そして、と言葉を続ける。

 

「俺やそこにいる先輩、そして向こうでやられている遠野たちが、そのホモ・サピエンス・サピエンスだったんだ」

「な……天の神は、私たちと同じ人間だったの!?」

 

 驚く夏凜。他の面々の表情にも衝撃が走る。

 GOは、「お前らプロなのに、正しい歴史も分かんねえのかよ」と、嘲りの笑みを浮かべた。

 

「神とは、宇宙のどこからやって来た大いなる意思、『C.Ω.α.T(コート)』に力を与えられ、ホモ・デウスへと進化した者のことなんだよ」

 

 C.Ω.α.T、それこそがかつて田所が夢の中で追体験した、天より降り注いだ謎の光の正体。

 

「そして神となった俺が、恋人であるマジメ君との間に創った子供……それが、お前たち人間の正体だ」

「貴方が……神様が人間の親なら、どうして私たち子供である人間を滅ぼそうとするんですか!?」

『っていうか、マジメ君(・・・・)って……もしかしてこの人』

 

 友奈が問いかけ、樹がん? と沸き上がる疑問を文字にする。

 

「そうだ、俺はホモだ」

「「「「「ファッ!?」」」」」

 

 GOの突然のカミングアウトに、田所以外の少女たちがおっぱげる。

 

「なんで人間を滅ぼすかって? それはなぁ……俺はお前らに、俺とマジメ君のように同性への愛を持てる、優しい子になってくれることを願ってたんだ。

マジメ君はお前たちを生んだ後、不幸にも病にかかり天に召されてしまった。俺も子作りの疲れから眠りにつき、他の神々も次々と微睡みに落ちていった。

そうして長い間夢の中で、新人類の進化を見守っていたんだ」

 

 だというのに、とGOは怒りを滲ませる。

 

「2015年のこの時代にやっと目覚めてみれば、お前らはなんだ? 同性愛を禁忌として封印し、あまつさえ蔑みの目で見る。(そんな人間への)愛は枯れました」

 

 真実の愛だと思っている同性愛。それを忘れた人類に愛想をつかしたため、GOはこの世界を滅ぼすことに決めたと言う。

 

「お前精神状態おかしいよ」

「やだ(この神様の頭)怖い……(人類粛清とか)やめてください……アイアンマン!」

「(言ってることが身勝手すぎて)笑っちゃうんすよね」

「全ては誤った進化をしたお前たち自身の責任だからね、しょうがないね」

 

  神の勝手な理屈に怒る勇者たち。だが、GOは少女たちの言い分を聞き入れようとしない。

 

「てかさぁ……なんで先輩が人間なんかと一緒にいるんだよ?」

「? どういうこと……?」

 

 GOの言葉を風が問い直す。

 

「そこにいる先輩は、俺と同じホモなんだよ」

「……は? タドは女の子じゃないのよ」

「今はな。かつて俺たちと同じ時代にいた先輩は男だったんだよ」

「なんですって……!?」

 

 GOの言葉に驚く風。今の田所は少女の姿をしているが、本来は男体神であったのだ。

 もともと神には男女の性別という概念はあやふやなものだから、過去に飛ばされた際に女性に固定されてしまったのだろう。

 

「GO、確かに俺はホモだ。けどなぁ……だからって人間を滅ぼそうなんて思わないゾ。

それは、こいつら勇者部との出会いのおかげだ。こいつらが俺に、人間は素晴らしいって、そう思わせてくれたんだ。

確かに人は、お前の言う同性への愛は失ってしまったのかもしれない……。

けど、他人を思いやる優しさや、慈しみの心は変わらずに持ち続けているゾ!」

 

 人の素晴らしさを語る田所。そんな彼女をGOは冷めた目で見つめ、溜息と共にこう漏らした。

 

「あぁ(神としての品格が地に)堕ちたねぇ、堕ちましたね……。これが、腰抜けだ」

 

 かつては自分に比肩する実力を持っていた田所をGOは蔑む。

 

「そっか、あったまきた」

 

 自分たちを守ろうとしてくれる守護者であり友人を侮辱されたことに、勇者部の少女たちは怒りを覚えた。

 

「みんな! ヤメルルォ!!」

 

 田所が止めるのも聞かず、少女たちはGOに攻撃を仕掛ける。

 友奈の拳が、東郷の銃が、風の大剣が、樹のワイヤーが、夏凜の双剣が、次々とGOに叩き込まれる。しかし──

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

 順々に放った攻撃は、無情にも全てGOの体をすり抜けて行ってしまった。

 GOは身じろぎ一つせずその場にとどまっている。

 

「ど、どういうことなの……!?」

 

 動揺する少女たちの中で、夏凜が言葉を発した。

 

「みんな、慌てないで! 今度は一斉にやるわよ!」

 

 風が檄を飛ばし冷静さを取り戻した勇者部は、彼女の指示通り同時攻撃を見舞う。

 

「デヤーッ!!」

「ウワーッ!!」

「イヤーッ!!」

「アアッ!!」

 

 勇者の力で放たれる渾身の攻撃がGOの胸に迫る。

 

「チッ、馬鹿じゃねえの」

 

 しかし一点集中の攻撃さえも、GOの張ったバリアによってそのまま反射されてしまった。

 自分で放った攻撃を自分の身に食らい、少女たちは吹き飛ばされてしまう。

 

「(神の前では人の力なんてあまりにも)小っちゃいっすよね」

 

 嘲笑するGO。

 仲間を傷つけられた田所も怒りを滲ませ、迫真空手でGOに迫る。

 

「チッ、うざってぇ……」

 

 ここにきてGOは初めて動きを見せた。田所の拳の連撃を両手で防ぐ。

 さらにGOは田所の攻撃をいなし、返しの一撃を食らわせた。

 

「くっ……!」

 

 田所はたまらず後ずさる。田所以上の力を持つGOには、彼女1人の技では太刀打ちできない。

 

「生半可な力では敵わないわ。みんな、満開を使いましょう!」

 

 東郷が叫ぶ。

 遠野が一度だけ代償なしに発動できるようにしてくれた切り札を、今こそ使う時だ。

 

「「「「「満開!!」」」」」

「満開~」

 

 宇宙に5色の華と1つの輝きが生まれた。




長くなるので分割しました
なので、あと1話追加しまーす


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第20話 不滅の(たましい)

最終決戦は、聖闘士星矢の神との戦いをイメージして書いてます


 満開を完了した勇者たちは、今度もすべての攻撃を一点に集中してGOに見舞う。

 

「ギガンティック・勇者パアアアアアンチッ!!」

「「「「「はああああーっ!!」」」」」

 

 通常の120倍くらいに強化された攻撃は、今度こそGOの展開したバリアを砕き、彼の体に触れることに成功した。

 

「あれーおかしいね、全然ダメージを受けてないね」

 

 田所がこぼした。

 勇者たちの攻撃は確かにGOの体に直撃した。

 しかしGOは平然としている。

 

「! みんな、見て!」

 

 友奈が驚愕の声を上げた。

 

「GOの体の中に、宇宙空間が広がっている!?」

 

 田所の言うように、攻撃を受けたGOの体は宇宙と繋がり、全ての攻撃の威力はその中に吸収され、受け流されていたのだ。

 

「カスが効かねえんだよ!」

 

 さらにGO自身による呪力攻撃、『チンポガ』が発動。

 

「ぬわああああん!!」

「「「「「うあぁーッ!?」」」」」

 

 田所がとっさに前に出ることで盾となり直撃は防いだものの、それでもチンポガの威力はすさまじかった。

 余波だけで、これまで無敵を誇っていたヤメチクリウム合金製の満開の装甲が砕けてしまったのだ。

 これが神と人の力の差なのか……。

 

「やっぱりカラダはトータルバランス!! 残念した~」

 

 倒れている勇者部の姿を見て、GOは勝ち誇ったように言い放つ。

 

「ごほっ……!」

 

 チンポガの直撃を受けた田所は、口から血を吐いた。

 体の至る所さん!? からも出血している。

 

「手を入れる専門家も呼んであるからな」

 

 そう言うと、GOは手刀にエネルギーを収束させ刃を作り、それを田所のどてっ腹に突き刺した。

 

「ぐはぁ!(致命傷)」

 

 田所は苦悶の叫びと共にさらに吐血する。

 

「タド……!」

「タドちゃん……!」

 

 風たちは串刺しにされた田所を見て、痛む体に鞭を打って立ち上がる。

 その様を見たGOは、見下すように「哀れ」と一言漏らした。

 さらに追撃のチンポガを見舞う。

 

「なんのぉーっ!!」

 

 夏凜が叫ぶ。

 同時に他の勇者たちも、チンポガの直撃を超スピード!? で回避することに成功した。

 

「なんだと!?」

 

 これまで余裕の表情を崩さなかったGOの顔に、初めて驚きの色が生まれた。

 

「勇者に一度見た技は、二度とは通じないのよッ!」

 

 夏凜はそう言うと、満開で発生した4本のサブアームを使い6刀流の剣戟を駆使し、GOに切りかかる。

 しかし、6本の刀はGOに触れる前にバリアで阻まれてしまった。

 

「無駄だよ。そのバリアは、私の『どうぞ』という声でしか解除されないのだ」

「くっ……!」

 

 夏凜1人の力ではGOのバリアは破れない。

 だがここには仲間たちがいる。

 

「アタシたちの攻撃が通じないなら、それよりも強い力を加えればいい! そのためには協力、あとは協力。あとは協力と。あと、友情、ですね。それさえあれば、いけると思いまスゥゥー」

 

 風はそう言いながら、巨大化させた大剣を叩きつける。

 

 バキィ!

 

 2人の力が合わさったことで、ついにバリアを砕くことができた。

 まさか破られると思っていなかったGOの顔が、再び驚愕に染まる。

 

「東郷さん! 樹ちゃん! 行くよ!!」

 

 友奈の声に合わせて東郷が、戦艦状の満開の武装から大砲のようなお太いビームを放った。

 

「ちぃっ!!」

 

 GOは両手を体の前で交差しビームに耐える。

 そこに、樹がワイヤーを友奈の体に巻き付け振り回すことで、遠心力を加算した必殺パンチが加わる。

 

「ギガンティック・大車輪・勇者パアアアアアンチ!!」

 

 友奈の拳はGOの胸に直撃した。

 だが、GOは必殺の技を受けて尚平然としている。

 

「オラどけコラ!」

 

 チンポガの4倍の威力を持つ炎の攻撃、『シュバルゴ!』が放たれた。

 

「「「「「きゃあああああッ!!」」」」」

 

 今度は田所の身を挺しての防御もない。

 直撃したGOの手加減なしの攻撃により、人類の技術の結晶であるヤメチクリウムの装甲は粉々に砕かれた。

 強大な神の一撃により満開も解け、勇者たちは力を失い宇宙を漂う。

 

「だから(お前らの攻撃なんて)効かねえっつってんじゃねえか(棒読み)」

 

 感情のない平坦なGOの声。

 やはり人の力で神に抗おうなどと無謀でしかなかったのか。

 

「……ッ!? こっちにも衝撃が……きたぁ!」

 

 まったく通じていないと思われた勇者たちの攻撃。だが蓄積されたそれは、確実にGOの体に届いていた。

 GOは口から血を吐き、ガクリと膝をつく。

 初めて神に、人の力が届いた瞬間だった。

 

「じゃあ、(神の体に傷をつけるなんて大罪を犯した下等生物は惨たらしく)死のうか」

 

 取るに足らない存在と思っていた人間に傷を負わされた。

 そのことに怒りに顔をゆがませるGOは、再びシュバルゴを放とうとする。

 動けない少女たちの前に、フラつく体を無理に奮い立たせ友奈が立ち上がった。

 

「……ッ。YUN……逃げルルォ!」

 

 田所が叫ぶ。

 

「……逃げない……! 私は勇者だから、みんなのことを……まもるっ!」

 

 友奈の姿は通常の勇者服、それだけだ。GOの攻撃を受けてはひとたまりもない。

 しかし、楽に友奈を葬れる力を持っているGOは、なぜか彼女を攻撃しようとしない。

 友奈の顔をまじまじと見ながら、GOは「あっ、そっかぁ」と1つの事実に気付いた。

 

「お前、正規の時間軸でこの後、俺の体に怪我を負わせて眠りにつく原因になった、2015年(この時代)の勇者の生まれ変わりだな」

 

 GOの言う通り、勇者部がタイムスリップする前の時間では、この時代に初めて勇者となった5人の少女の1人──高嶋友奈がGOに深手を負わせ、神と人との決戦に終止符を打ったのだ。

 その高嶋友奈が、時代を超え結城友奈へと生まれ変わった。この事実にGOはさらに怒りを覚える。

 

「まさか同じ人間が、2度も神である俺に怪我を負わせるとはなぁ……。頭に来ますよ~。2度と転生できないよう魂をバラバラに引き裂いて、宇宙の果てにバラ撒くぞこの野郎!!」

 

 GOは、今度は迷わずにシュバルゴを友奈に向けた。

 牛鬼が全力で張ったバリアも、薄紙を貫くように突破される。

 

「友奈ちゃああああん!!」

 

 東郷が悲痛な叫びをあげる。

 迫るシュバルゴを防ぐ手立ては友奈にはない。

 このまま死を迎えるしかないのか……。

 

「やめろぉ! ……おうどん!(カズヤ)」

 

 叫びと共に飛び込んできた田所が、寸での所で友奈を抱えシュバルゴの軌道上から逃れた。

 

「いやぁ、ビビるって……ビビるわぁ!!(カズヤ)」

 

 死ぬかもしれなかった友奈の危険な行為を田所は叱責した。

 そしてフラつく友奈を東郷に預け、2人を後ろに下がらせる。

 向かい合うGOと田所。2柱の視線が交錯する。

 

「とりあえず土下座しろこの野郎。ヨツンヴァインなって犬の真似したら許してやるよ」

「GO、俺が必ずお前を止めてみせる……!」

「そういうの(大言壮語)いつも吐いてる?」

 

 GOが田所に向けてシュバルゴを放つ。

 

「満開~」

 

 もはや遠野の加護もない今、田所は自らの寿命を縮める行為である満開を迷わずに行った。

 聖剣・月を取り出し、正面からシュバルゴの威力を受け止める。

 

 バキィ!

 

 シュバルゴの直撃に耐えきれず、聖剣・月が折れた。

 さらに攻撃は田所の体にもダメージを与え、満開が解けてしまう。

 

「チンポガ」

 

 GOが追撃を放つ。

 

「くっ! 満開~」

「ダメよタドちゃん先輩! それ以上満開を使っては……!」

 

 田所は続けざまに満開を使った。

 それを見て、東郷は堪らずに制止する。

 

「どうしたの東郷? タドは満開を使っても反動は無いはずでしょ?」

 

 風はまだ、田所の満開の代償を知らない。彼女の言葉に、東郷は首を横に振った。

 

「タドちゃん先輩は、満開を使うたびに自分の寿命を削っているんです」

「ウッソだろお前……じゃあ、このままじゃタドは……!」

 

 GOを倒すまで田所の命が持つのか、これもう分んねえな。

 

「このままじゃ、たとえ俺を倒したとしても死んじまうかもしれねえんだぞ! 先輩、アンタ……命が惜しくはないのか!? 俺たちは神と言えど、永遠の生命を持っている訳じゃないんだぞ!!」

 

 神を自称していると言え、その実態は進化した人間。生物である以上、その命も無限ではなく限りがあるのだ。

 GOは、自分の命を顧みない田所に恐怖を覚えた。

 

「たとえ今この命が尽きたとしても……勇者部のみんなを、地球に住むみんなを想う心は……魂は永遠に不滅だ!!」

 

 田所が叫び、GOに迫る。

 

「なら、先輩も……『火で死ね』!!」

 

 太陽神アポロンとも形容される炎の神──GOの最大の技、地球全土を燃やし尽くした『火で死ね』が田所に放たれた。

 

「グっ……!」

 

 田所はそれを、折れた聖剣・月で受け止めた。

 炎を受けた刀身が徐々に溶け始める。

 

「音! 亜音!!」

 

 雄叫び一閃。刀身が溶けきるよりも先に音速の素早さで刀を振り回し、火で死ねを切り裂く。

 渾身の力でGOの最大威力の攻撃を相殺した代償に、聖剣・月は完全に砕け、田所の満開も解除されてしまった。

 

「俺の射程距離に近づけたゾ、GO……」

 

 代わりに田所は、GOの攻撃の範囲外である懐に入ることに成功する。

 

「聖剣・月はもう無くなっただルルォ? 今の先輩に攻撃手段なんてある訳がな~い♪」

 

 武器の無い田所にはもはや何も出来ない、とGOは高を括った。

 

「あのさぁ……もう神の天下はいいから、人に世界を返してもらってさ、終わりで良いんじゃない?(棒読み)」

 

 田所の右の拳が怪しく輝いた。

 それは光ではない。宇宙の暗黒よりも尚暗い、漆黒の闇色の輝き。

 この拳こそ、田所の究極の一撃。

 

「『邪拳・夜』……逝きましょうね……」

 

 この世の全ての光に闇をもたらす必滅の拳が、確かにGOの体に叩き込まれた。




多分次回でこの作品も終わるぜ


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最終話 散って、また咲いて

「『邪拳・夜』……逝きましょうね……」

「ぐはぁ!(致命傷)」

 

 全ての光に夜の帳を下ろす、田所の究極のパンチを腹筋ボコボコに食らったGOは、その身にかつてない程のダメージを受けた。

 

「ゲッホゲッホ(迫真)」

 

 咳と共に大量に吐血するGO。鼻や耳、目からも血が流れており、もはや戦える状態ではないのが明らかだ。

 

「……GO、お前の負けだ……!」

 

 対する田所も最終奥義を使った反動に加え、連続使用した満開の影響もあり満身創痍である。

 それでも、勇者部と言う仲間がいるためまだ田所側に分があった。

 

「まだまだまだ、まだ戦いは続いてんだよ」

 

 GOはまだ引く気はないようだ。

 

「体の中しまっときたいよ? そしたらいつも一緒だもん体の中しまっといたらいつも一緒だもんね」

 

 そう言うと、GOは自らの胸を手で割り裂いた。

 裂けた胸の中には全てを吸収する穴──ブラックホールが広がっており、近くにいた田所は抵抗する間もなく、その中に吸い込まれてしまう。なんていやらしい穴なのだ……。

 田所を自らの体内に取り込んだGO。彼女から受けた傷が見る間に癒えていく。

 

「(ここまで追い詰めておいて止めを刺せないなんて)そんなんじゃ甘いよ(棒読み)」

 

 命まで奪わなかった田所の甘さをGOは指摘する。

 

「ッ……この、タドを返せええええ!!」

 

 激高した風がGOに突撃する。

 剣を大きく振りかぶり、GOの頭目がけて振り下ろす。

 

 バキィ!

 

「ぁわっ! 折れたぁ!?」

 

 大剣はGOが薙ぎ払った腕の一振りで、敢え無く叩き折られてしまった。

 さらにGOは腕を伸ばし風の首根っこをつかまえる。

 

「……ッ! ……グ……ァ!」

「しまいには、首の骨が砕けるぞ!」

 

 ギリギリと力を込めて風の首を絞めるGO。

 小枝のように細い首の骨をへし折らんとしたその時

 

『お姉ちゃんを離してッ!』

 

 樹が、風を助けようとGOの腕につかみかかった。

 

「ン何だお前?!(驚愕) 流行らせコラ!」

 

 GOは樹を引き剥がそうとする。と、突然腕が言うことを聞かなくなった。

 

『……GO、こいつらには手出しさせねえゾ……』

 

 吸収されたはずの田所が、GOの中で彼の意識に抗っているのだ。

 

「転校しても無駄だ!!」

 

 田所の抵抗する意思を、GOは無理やり押さえつけようとする。

 

『この時代での戦いでは、俺は力尽きて仲間の死になにもできなかった。だから、今度はなにがあっても最後までもちろん抵抗するで? 拳で』

 

 田所の強い想いで風を掴んでいたGOの腕は彼女を離し、逆に両腕でGO自身の首を絞め始めた。

 

「タドはまだ生きてる……! タドを流行らせコラ!」

 

 風と樹が、GOから田所を引き離そうと彼に組みつく。

 

「オロナイン控えろ!」

「タドちゃんを流行らせコラ!」

「〆鯖ァ!」

 

 さらに東郷、友奈、夏凜もGOの体に飛びついた。

 

「やあめろお前……あーご……」

「抵抗しても無駄だ!」

「うざってぇ……」

『大 人 し く し ろ よ ぉ ……』

「お前ら、お前ら5人なんかに負けるわけねぇだろオマエコラ!(慢心)」

「5人に勝てる訳ないだろ!!」

 

 暴れるGOから少女たちは、次々と彼の衣服を脱がせていく。

 

「ムーミン野郎お前離せコラ!」

 

 ついにGOは群がる少女たちを引き()がすが、すでに全裸にひん()かれた後だった。

 もみくちゃになった双方は、全員が肩で息をしている。

 

「惜しい、あとちょっとでタドを取り返せたのに!」

「いくら頑張った所で、人と神では力の差が圧倒的なのは歴然だ。無駄なことせずに、俺が人類を滅ぼすのをケツマンおっぴろげて神妙に待ってろ!」

 

 友奈がGOに、切実な問いかけをする。

 

「あなたはタドちゃんを……仲間を傷つけてまで人を滅ぼしたいんですか!?」

「親の言うことを聞かない子供に罰を与えるのは、当たり前だよなぁ?」

 

 GOのその言葉に、風はカチンと来て言葉を発する。

 

「親ってのは子供を守るものでしょ!? アタシたちの親も、アタシと樹をとっても大切にしてくれた。そりゃ怒られることだってあったけど、それは決して憎いからなんかじゃない! 子供を大切にしない親なんて必要ねえんだよ!」

 

 風の言葉を聞いて、GOは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「嫉妬がぁ! 鼻糞がぁ!」

 

 返す言葉が無かったからか、代わりにGOはチンポガを放つことで返答とした。

 少女たちは必死でチンポガを避ける。

 

「これ以上攻撃を食らったら体が持たないわ!」

「仕方ないわね。覚悟決めろ……」

 

 夏凜の言葉で風は、この状況を乗り切るには満開を使うしかないと判断、自分に活を入れる。

 

「満開!」

 

 オキザリスの花が輝き、風の体に再びヤメチクリウム合金の鎧と武器が装着された。

 振り下ろした大剣は今度は破壊されることは無かったが、それでもGOは片腕で受け止めてしまう。

 

「だから無駄だっつってんじゃねえかよ(棒読み)」

 

 空いた腕でチンポガを撃とうとした時

 

「余裕があると隙だらけになるって、それ一番言われてるから」

 

 風に続いて満開した夏凜が、6本の刀で背後からGOに切りかかった。

 標的を夏凜に変えようとするGOだが、その腕を、やはり満開した樹のワイヤーに止められる。

 さらに東郷の砲撃と友奈のパンチを受けて、GOは大きく吹き飛ばされた。2人も同じく満開済みだ。

 

「あ、アンタたち……満開を使ったら、体に反動があるの忘れたの!?」

「ここで負けたら、そんなの気にしてる場合じゃなくなるでしょ」

『そうだよ』

 

 夏凜の言葉に樹が便乗する。確かに散華を恐れていては、GOに対抗することは出来ない。

 

「人間の屑がこの野郎……シュバルゴ!」

 

 GOはシュバルゴを仕掛ける。

 勇者たちはこれを回避し、田所が行ったのと同様にGOの間合いの外である懐に飛び込むが

 

「まま、そう焦んないでよ」

 

 5人は満開での攻撃を繰り出すが、GOの体に傷をつけることは出来ない。

 

「火で死ね」

「「「「「きゃあああああッ!!」」」」」

 

 逆に、GOの攻撃によって少女たちは傷つけられていく。

 

(や……やはり、人の身では神には敵わないというの……?)

『諦めんなよ……諦めんな!』

 

 くじけそうになる東郷の頭に、突如励ましの言葉がかけられた。

 その声は少女のもので、東郷にとっては懐かしさを覚えるものであった。

 

「……乃木、園子……そのっち……?」

 

 東郷の過去の記憶は失われたままである。だが、それでもまだ心の繋がりは切れなかったのだろう。彼女は無意識に園子のあだ名を呟いた。

 園子は300年先の未来から遠野の力を通して時を超え、御子としての素質を持った東郷に交信を試みたのだ。

 

『わっしー、これ使って~』

 

 園子の言葉と共に、地球から高速で飛来する物体が現れた。東郷の手に収まったそれは、一振りの日本刀であった。

 

「これは……?」

『ご先祖様の物だよ。それでやじゅじゅを助けてあげて』

 

 東郷は刀──生太刀──を構えて、GOに対峙する。

 GOは東郷に攻撃を加えようとするが、体に樹がワイヤーを絡め、その上から友奈と夏凜がビッグアームでガッチリと彼の四肢を拘束したため動きを阻まれた。

 

「繰り出すぞ!(切り札) フル焼きそば!(銀との思い出)」

 

 その隙に東郷が生太刀を一閃し、GOの体を袈裟切りに切り裂いた。

 裂けた体からズルリと田所が出てきたので、東郷は彼女の体を掴み引っ張り出すことに成功する。

 

「おっ、大丈夫か? 大丈夫か?」

 

 みんなで田所の生還を喜ぶが、彼女はGOに生命力を奪われた影響で半死半生の重症だった。

 

「ア゜ァー!……アァー……」

 

 対するGOも田所を引き剥がされたことで、これまでの傷が再び広がり一人苦しみにあえいでいた。

 

「もう許せるぞおい! もう許さねえからなぁ? ジュージューになるまでやるからなオイ!」

 

 苦痛に顔をゆがめ、尚も人間を滅ぼすことへの執念を燃やすGO。

 その姿を見て友奈は心を痛め、GOの本質に気付いた。

 

「あっ、そっかぁ。GOさんも、独りきりで寂しいんだ……。私たち人間と同じなんだよ」

「お前たちなんかと……一緒にするな……! ……俺は、お前らとは……違う!」

「なにも違わないよ! GOさんにも大切な人がいたんでしょ!? 今、その人のために戦ってる……私たちも、大切な人を守るためにこうしてる! 一緒だよ!」

 

 友奈の言葉でGOの脳内に、マジメ君の思い出がフラッシュバックする。

 

「違う……違う! 違う!」

 

 友奈の穢れのないまっすぐな瞳がマジメ君の顔と重なり、GOは動揺を露わにした。

 GOが最愛の人であるマジメ君を失った哀しみもまた、人類粛清という凶行に至らせた要因の一つなのだ。

 

「GO! この宇宙は暗闇なんかじゃない。神は……人は……生命は、憎しみあうために生まれたんじゃないだルルォ!?」

「ああああああああああああああああああああ!!!」

 

 田所の言葉に、GOは発狂したように叫びをあげる。

 GOの記憶の中にいるマジメ君もまた、GOの行いを見たらきっと彼を止めただろう。

 その事実が次第にGOに、自らの過ちを自覚させていく。

 しかしGOはその思いを振り払うかのように、『火で死ね』の炎を辺りにバラまき始めた。

 

「このままじゃGOを止められないゾ……」

「どうするの? 私たちの力じゃ、彼には敵わないわよ」

 

 風の言葉で、田所は友奈に視線を向けた。

 

「YUNの魂は、この西暦の時代と神世紀の2度に渡ってGOの体に傷をつけることができた。その因果を持ったYUNに、みんなの力を集めるんだゾ」

 

 友奈のビルダー系肉体と勇者部のイケメンと超デカマラがコラージュできれば完璧なんだよな! まあ、だからこのいいトコ取りの6Pも意味あるんだけどさ。

 少女たちの持つ6つの輝きが1つとなり、友奈の身に収束していく。

 光の中から現れたのは、虹色の光を放つ最後の満開──満開()(しき)の姿が。

 

「……うぅ……」

 

 少女たちの、仲間を想いあう友情の力によって誕生したその輝きを見て、GOはかつての、まだ神になる前の時代……仲間たちと協力して生きていた時のことを思い出させられた。

 マジメ君、田所、遠野、AKYS、MUR、KMR、他にも数多くの友と呼べるものたちが、GOの周りにはいた。

 しかし今、自らの子供を手にかけようとするGOを見て、仲間だった者たちはみな離れていったのだ。

 

「ああああああああああああああああああああ!!!」

 

 現実を認めたくないのか、GOは思いを振り払うように雄たけびを上げ、友奈に攻撃を仕掛けた。

 

 ガッシ! ボカッ!

 

 友奈はGOの慟哭を受け止めるように、彼の拳を抵抗することなく受け入れる。

 やがて殴りつかれたGOの腕が止まった。

 

「よぉ、ホモの兄ちゃんもう終わりか?」

 

 GOの動き止まると友奈が拳を振り、自動的に激しいガン殴りガン殴られ状態が続く。その繰り返しでどんどん2人が狂っていく。たぶんあと数行でこの激しすぎる戦いはおわるぜ。

 

「ハァ……ハァ……!」

「ゼェ……ゼェ……!」

 

 激しい殴り合いの応酬で、2人とも肩で息をしている。

 

「……お前……名前は確か、結城 友奈……だったな」

 

 GOが問いかけ、友奈は頷く。

 

「お前、なんのためにそうまでして、神と戦うんだ……?」

 

 GOの質問に、友奈は彼の瞳をまっすぐに見据えてこう答えた。

 

「明日も、みんなで笑いあうために」

 

 その答えにGOはなにを想うのか。

 友奈の回答を噛み締める様に瞑目し、やがて目を開くと、GOは決着をつけるための言葉を口にする。

 

「なら……おい、打ってこい打ってこい」

 

 最後の一撃をあえて友奈に決めさせることにしたGO。

 田所が友奈の背を押す。

 

「最後の一撃くれてやれよオラ」

 

 友奈は頷き、GOに拳が届くところまで近づいた。

 右腕を振りかぶり、田所の、風の、樹の、夏凜の、東郷の、そして友奈自身の、ありったけの想いと力を込めた一撃が放たれる。

 

「ビッグ・バン……勇者パンチ!!」

 

 神と人の想いが連なったそれは、局地的に宇宙創成のビッグ・バンにも匹敵する大爆発をもたらした。

 宇宙が揺れ、眩いばかりの閃光が暗黒の世界を包み込む。

 衝撃が収まった先にあったのは……

 

「ぁ……」

 

 尚も立ちはだかっているGOの姿があった。

 GOはビッグ・バン勇者パンチの全ての力を吸収してしまったのだ。

 これまでの怪我はすべて回復し、神々しさを感じさせる光を放っている。

 

 ダメだやっぱ……。

 

 すべての力を結集した最後の一撃すら、GOには届かなかった。

 もはや策なし。結い式の満開が解け、友奈の体は力を失い倒れていく。が、

 

「お、大丈夫か? 大丈夫か?」

 

 倒れ行く友奈を支えたのは、誰あろうGOであった。

 彼の顔からは憎しみの色がすべて抜け落ち、清々しい爽やかな微笑みを称えている。

 

「君たちの(たましい)、しっかりと見せてもらったよ。……俺が間違っていた。許して亭ゆるして」

 

 GOは謝罪の言葉と共に、少女たちに向かって深く深く頭を下げた。

 勇者たちとのぶつかり合いの果てに、ついにGOは人に対する憎しみを捨て去ることができたのだ。

 

「やったぜ」

 

 とうとう神と人との戦いを、完全に終結させることが出来た。少女たちは喜びに沸き立つ。

 

「みんな、おめでとナス」

 

 田所も、共に戦ってきた仲間たちに労いの言葉をかけた。

 少女たちの視線が田所に向けられる。みんな、彼女の姿を見てギョッとした。

 なぜなら田所の体は、度重なる戦いのダメージで胸から下が光の粒子と化し、消滅していっているからだ。

 

「ちょ、タド大丈夫なの!?」

「んにゃぴ、ダメみたいですね……。無理して戦いすぎたからね、仕方ないね」

「それだけじゃないだろ?」

 

 GOは田所の怪我の理由を見抜いており、そのことを口にした。

 

「先輩は、君たちの満開の代償を肩代わりしたんだ」

 

 GOの言う通り、田所は遠野の加護を失ったあとの少女たちの散華を、自身の命を代償に引き受けていたのだった。

 

「そ、そんな……」

 

 少女たちの間に動揺が走る。

 

「GOさん! あなた神様なんでしょ!? タドの怪我を治してあげて!」

 

 風の頼みに、GOは悲しげな顔で首を横に振った。

 

「砕けたコップにいくら水を継ぎ足しても水は零れてしまうように、先輩の魂という器もすでに修復は不可能なんだ……」

 

 神の命にも限りはある。田所の命も、ついに限界を迎えようとしていた。

 

「タドちゃん先輩! 明日の誕生日を私のぼた餅ケーキで一緒にお祝いすると言ったでしょう! こんな所で死なないでくださいお願いします、なんでもしますから!」

 

 東郷は涙を流し田所に叫ぶ。

 

「あっ、そっかぁ……。生きてえなぁ……」

 

 呟く田所の顔はすでに虚ろだ。体も首から下にまで消滅の範囲が迫っている。

 田所は、GOに向かって1つのお願いをした。

 

「GO、俺の最後の頼みだ。勇者部のみんなを……この素晴らしい友人たちを、元の時代に帰してやってくれよな~……、頼むよ~」

「あ、いいっすよ(快諾)」

 

 自分の命の炎が消える最期の時まで、田所は勇者部の少女たちの身を案じ、その願いをGOも了承した。

 

「(もっと一緒に)居たいんだよォォォ!!」

 

 風たちはみんな、涙を流し田所との別れを拒絶する。

 

「俺たちの別れに涙なんか必要ねえんだよ! みんなには笑顔が一番似合うって、はっきりわかんだね。……ほいじゃ、まったの~」

 

 また会おう、田所は最後にそう言い残して、仲間達の元から消え去っていった。

 

 涙にくれる勇者部の少女たちの前に、時空を超えるための穴を広げたGO。

 彼は最後に、少女たちに1つの約束をした。

 

「これからは、この世界のことを人間だけに任せず、俺たち神も協力してより良い世界を作っていくことにするよ」

 

 GOの言葉に頷く少女たち。そうして戦いを終えた勇者部は、(ゲート)に飛び込み、彼女たちの住む世界である神世紀300年に帰っていった。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 穴を抜けた少女たちは、讃州市の大地へ立っていた。

 人々は何事もなく日常生活を営んでおり、世界終焉の兆候はどこにも見られない。

 

「本当に、戦いは終わったんだね」

「そうだよ。(便乗) みんな、お疲れ様~」

 

 友奈が呟くように言った言葉に便乗する声、その持ち主の人物は車いすに乗って勇者部の前にやって来た。

 

「そのっち……」

 

 東郷が車椅子の人物──乃木 園子に気付いた。

 さらに園子の後ろでは、彼女の車椅子を押す1人の少女の姿が。

 

「ぁ、あなたは……!」

「よっ、須美。久しぶりだなぁ!」

 

 園子と共に現れたのは、神世紀298年のバーテックスとの戦いで命を落とした先代勇者、三ノ輪 銀であった。

 勇者部の歴史改編でバーテックスの襲来が無かったことになり、彼女も死ぬはずだった歴史が書き換えられたのだ。

 

「ねー友……ねー友……」

 

 かつての友達との念願の再会を果たした園子、銀、東郷の3人は、お互いの肩を抱き合い喜びを分かち合った。

 

 この世界が果たしてどのように変化したかを確認するため、他の面々も自宅へと向かう。

 風と、樹も自宅のマンションへと帰った。

 扉を開けると、その先には2人が待ち望んだ光景が広がっていた。

 

「お帰り、風、樹」

 

 扉の先には、バーテックスの襲撃で命を落とした姉妹の父と母の姿があり、2人の帰還を温かく迎えてくれたのだ。

 風も樹も涙を浮かべ、両親の腕の中へ飛び込んでいく。ずっと言いたかった言葉と共に。

 

「お父さん、お母さん……ただいま!」

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 勇者たちが人知れず世界を救ってから、いくらかの時が過ぎた。今は春。

 修正された歴史の中で慌ただしい日々を過ごしていた勇者部の面々は、この日お花見を兼ねて久しぶりに集まったのだった。

 

 世界は炎に包まれることも無く、地球はかつての青く美しい姿のままだった。

 四国以外の世界も無事で、いろんな国の人々がせわしなく行きかっている。

 

 西暦2015年にGOと和解した大赦は、神に感謝する謝謝茄子(ありがとナス)の精神で『大謝』と名を改め、GOの教えを広めるGO教の布教に努めていた。

 GO教は世界中に広がり、LGBTを許容したそれは神樹信仰と変わらない平和を築くまでになった。

 

 友奈は散華で失ったはずの東郷との記憶を、断片的にではあるが思いだしつつある。

 東郷の下半身も回復の兆しを見せ、今は車いすではなく松葉杖をついての歩行が可能となった。

 樹も次第にではあるが、前のように声が出せるようになっている。

 以前のように上手く歌うことはまだ出来ないが、それも時とともに回復していくことだろう。

 

「きっとタド先輩が、私たちの散華を治してくれたんでしょうね」

 

 樹だけでなく、少女たちはみんなそう感じていた。

 

「タドちゃん先輩は、私たちのために自分の命を犠牲に……」

「東郷さん……」

 

 東郷は田所のことを想い涙を流し、そんな彼女を友奈が慰める。

 あっ、と友奈は、東郷が持ってきていたおはぎに目を止めた。

 

「見て、東郷さん。このおはぎ、タドちゃんみたい」

 

 友奈の言うように、おはぎの凹凸が印影となって、どこか田所の顔を思い起こさせる。

 おはぎだけではない。

 東郷が持ってきた弁当箱の中身──ステーキの焼き目にも、みたらし団子にも、ジュースのパッケージにも。

 地面にも、水たまりにも、空の雲にも……この世のありとあらゆる所に、田所の面影が宿っていた。

 

「タドちゃんはここにはいない。けど、どこにでもいるんだ。タドちゃんが生き残らせてくれた私たちがいる限り、タドちゃんの魂は私たちが受け継いで、それを未来に繋げていくんだよ」

 

 咲き誇った花は散る。けれど、それで終わりではない。散った花は種を残し、それをまた息吹かせるのだ。

 

 不意に、一陣の風が吹いた。樹のかぶっていた帽子が風にさらわれ、飛ばされていく。

 

「あっ。おい、待てい」

 

 風、樹、夏凜が飛んでいった帽子を追いかける。

 残された友奈と東郷の元に、風で揺れる桜の木から花びらがハラハラと舞い降りた。

 

「ねえ、友奈ちゃん」

 

 東郷が友奈に語り掛ける。

 

「私、友奈ちゃんのこと……好きよ」

 

 友奈も、東郷に微笑みを返す。

 

「うん、知ってる」

 

 満開の桜の下、2人の影が重なった。

 東郷と友奈は幸せなキスをして終了。




最後まで読んでくれてありがとナス!

やっぱり僕は、王道を行く、ハッピーエンドですか


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