(井の頭線通勤快速)
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第1話 虎ノ門

最終章第2話見たので始めていきます

そんなに長くならない予定


 

 

2012年

 

水戸から2時間近く、特急を使ったとはいえそこそこ長い旅だった。

正月休みも早々に打ち切り、三が日を除いた残りの数日のうちのいくらかを、こうして冷たい風の吹きすさぶ中で仕事に割かねばならない。面倒だとは思うが、それでも重要かつ私の根本をなす話だ

 

「こんな急に、しかもわざわざ学園艦教育局からの話とは……一体なんでしょう?」

 

お供のかーしまの反応はもっともだ。基本的にお上から話があるときは大概県を通る。ウチの学校県立だからな。そのさらに上、日本中の学園艦を統括する教育局からくるのはせいぜい通達程度だ

それが直接だ、しかも私らを東京まで来させて。ただ事ではない、とは理解しているはず

 

「さぁね〜。まぁいいじゃん、向こう負担で東京来れるんだから」

 

ちなみに特急料金分もくれるそうだから、お言葉に甘えた。なかなかに優雅で気分が良かったが、これも前述の事実を補強しているだろう。ここまで待遇がいいのは何かこちらにとって都合の悪いことを教える代わりだろうと。特に学園の昨今の環境を理解している彼女らなら当然か

 

「しかし……なかなか慣れないですね」

 

出口がどこかも分からずに外に出てきたが、高い高いビルが所狭しと並び、曇りに曇った灰色の空が見えるのは逆さにのぞいた漏斗の如く先の一部のみ

 

「それにしても……こう歩いてて首疲れないのでしょうか」

 

小山がしきりに首を回す

 

「そりゃ私たちがここに住んでないからさ」

 

「学園の建物で見上げるなら艦橋くらいですしね」

 

「街に出てもマリンタワーくらいかな」

 

出口を出てしばらく、Wikipediaで確認した時に見た、白地に鉄道のレールが縦に伸びたえらく高い建物を見つけた。

文部科学省、1府12省庁の一つに数えられるに相応しい大規模なものであった。これからを思うとこの二本の黒帯が門の両脇の柱として立ちふさがって見える

 

「だ……大丈夫なんですか?こんなリッパな建物に」

 

「入るっきゃないじゃん。実際に呼び出されてるんだし」

 

 

二人の前で案内の紙をヒラヒラさせると、半ば観念したように私の半歩後ろからついてきた

因みに一応制服である。即ち学生の正装。一応問題はないはずだ。それとも大洗の町でスーツを買ってきた方が良かったかな。

ニュースで見かける縦に並んだ金の文字を見据えつつ、足を踏み込んだ。向こうが指定した5分前だ

 

 

中で名乗ると、すぐに若手の男性の案内が付いた。単なる地方の下部組織のトップにすぎないとはいえ、それなりの対応はしてくれるらしい。

一応学生証を見せて確認を取られてから、中のカーペットまで引かれたやけにしっかりした通路を辿った先、一つの応接室の前まで連れてこられた

 

「辻局長、茨城県立大洗女子学園生徒会会長、角谷杏様がご到着です」

 

「入りなさい」

 

なかなかに高圧的だが、それもその通り。私たちからしたら上の上にあたる人だし、何より身分的には大臣、事務次官の次に並ぶ一人だ。身分が違うと言って間違いない

 

「失礼いたします」

 

中は結構広い。そして奥の方に男が一人

 

「ようこそ、角谷さん。そちらのお二方も合わせてそちらに腰をおかけください」

 

私たちに示されたのは、彼の正面にあるなかなかに立派な革のソファーだ

 

「おい、彼女らにお茶を」

 

「はっ」

 

案内の男は何処かに消えた

 

「いや、面倒でしたでしょう」

 

お茶が来るまで無言かと思いきや、向こうから話しが始められた

 

「何がでしょう?」

 

「ここまで来ていただくのが、です。そちらはまだまだ冬休み期間ですし、茨城には何度か行ったことがありますが、近いようで遠いですからな」

 

「いえいえ、そんなことはございません」

 

まずは談笑でその場を緩めるか。ありがたいな、横の二人が肩が張り詰めてて見てられんし

 

「しかし2年後ぐらいに東海道線と繋がるかも、という話は聞いてますが」

 

「その件ですか。それが実現すれば丸の内方向との接続が変わる。通勤などで大きな変化がありそうですね」

 

「学園都市としても注目に値しますか」

 

「そうですね。卒業生には都内へ通勤する人もいますし、物流面が変われば大洗へ持ち込める物資の量も変わり得ます」

 

「物流といえば……大洗港は厳しそうですね」

 

「……はい。土砂の取り除きが出来なければ入港は厳しいとのこと」

 

「参りましたね……大洗は首都近辺で数少ない学園艦の入港可能な場の一つです。早期に復旧したいところ。しかし復興のメインは東北と福島に当てられてますからね……」

 

「ですよね。メディアの報道もそちらが主軸になっていますし」

 

「そうなると予算が回ってこないんですよ。ただでさえお上が必死こいて引き締めやっているもので」

 

「ですがこちらとしては大洗は母港。早期の復旧、少なくとも我々クラスは入港可能になるよう願います」

 

「……まぁ……はい、努力はしましょうか。どちらかというと国交省に持ち込む案件ですが、ウチも絡みますので」

 

「失礼します」

 

話しているうちに茶が我々の前に運ばれてきた。口をつけたがそこそこ温かく、美味い。客としての待遇ではある。

まだ雑談か?私は構わないが、これ以上引き延ばされると緊張で精神的に追い詰められたかーしまが動き出しそうで困るのだが

 

「なかなか……いいお茶ですね」

 

「そうですかね?正直安物なのですが」

 

「なら、あの方の淹れ方がよろしいのかと」

 

「なら後で彼に伝えておきましょう」

 

もう一口飲んだが、やはり結構飲みやすい上に美味い。

まぁ横の二人はそれどころではないらしい。この先への不安が募りに募って山積みになっている。結局雑談に入ってこなければ、ほぐれるものもほぐれないだろうに

 

「……そら、二人もなんか尋ねてみなよ。こんなお偉いさん、社会科見学に来ても会えるもんじゃないよ?」

 

「いえ……」

 

「そのようなことは……」

 

「つれないねぇ」

 

全く、固くなってばかりじゃ何もできん。ちぃとは気を楽に持って生きりゃいいのに、とは思うが、きっと二人には無理な話だ。ただ本題が何か、そこに全ての神経が結わえつけられている。そんなに固くなってたら、できる交渉もできなくなっちまうよ

 

「ということであと2杯くらいお茶を飲みたかったところですけど、申し訳ありませんが本題に入って頂けませんか」

 

「せっかちですねぇ……」

 

「そちらもお暇ではないと思いまして」

 

「私としてはもうちょいと『仕事』したかったのですが……淑女の願いを無碍にする趣味はないですから」

 

私は実は、この学園艦教育局長と面会するのは2度目である。こうやって余裕を持って話せる要因の一つはそこにある。

だがもう一つ、私はこの場にある中でこの落ち着きを、他の二人と比べ格段に保てる理由がある

 

私は、彼がこれから私たちに告げること、それとそれに対してどうするべきか、もうすでに知っている

 

 



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第2話 私と学園

 

 

私が大洗女子学園に入ったのは5年前のこと。大洗で生まれ大洗で育ち、大洗の海と海産物、商店街と磯前神社の恩恵を受けながら育った私にとって、脳みそ云々はともかく小学校を卒業したらそのまま大洗女子学園に入学するのは至極当然のことであった

 

小学校時代に生徒会らしきものに在籍していたこともあり、顔見知りの先輩に流されるままに、干し芋片手に生徒会に所属することになったのである

 

もう最初の1年は慣れぬ一人暮らしと仕事に忙殺されていた気がする。書類、書類、書類の山。それに加わるは来客対応。特に地元の建築業者、大洗のショッピングモール、艦上の商店街組合、そしてコンビニのオーナーに至るまで。その際にさっきの男のようなお茶出しとかをしていたのだ

 

そしてその後も事務処理などをし、課とその下の局へと細分化された中でもそこそこの職に就くようになったのは高1に上がってすぐの頃。職は学園課の総合局の局長であった

他にも学園課には校内環境局や備品整備局、行事遂行局に運動部管理局、文化部管理局などと名前で何をしているか分かりやすい局名が付けられている中で、この局は実に分かりづらい名を受けていた

総合って何の総合だよ。小学校の社会の代わりか

だがその分かりづらい名の中で、私はこの学園の実態、そして構造的難題についての一層の理解を含めていくこととなる

 

この総合局、その名前からの仕事の分かりにくさは、その本来の意味を覆い被せようとする。生徒会の会報に私の名前はあまり乗らないし、乗らない方が良い。そういう立場だった

 

簡単に言えば議会調整。そう、生徒会長と一院制の生徒議会が個別に選出される、という大統領制に近い体制をとる大洗女子学園において、議会与党とはもちろん、場合によっては議会野党、無所属議員と生徒会の中継を担うのがこの総合局だったのだ

あと学園長の許可絡みもあるが、だいたいYESが来るのでここでは省略

 

議会与党、すなわち生徒議会で最大議席を確保する政党は大洗学園フォーラム。私が局長に就いた時には生徒議会議員総数の750人のうち241人と1/3にすら満たなかったが、それでも立派な政権与党である

他にも新大洗クラブ、公正会、海の民、職人連合組合、学生自治権党、人民による大洗、そして多くの無所属議員が所属している

これらの調整により味方を作り、予算や条例案、校内法案など他の局、課からあげられる代物を通過させるのが仕事であった

よって各課の仕事とそれに絡む内容も、私のところには目を通じて入ってきていたわけである

 

 

この学園、学園都市、学園艦には多種多様な問題が転がっている。

まずは学園の問題。メインは入学試験倍率の低下だ。要するに昨今の少子化を受けて、公立中堅ラインのウチは思いっきり影響を受けているわけだ。

そうなると選抜の意味も薄れてくるし、将来的には最悪倍率が1を割ることも想定される。

生徒数の減少は学費収入に留まらず、家庭の収入レベルの低下による市場規模の縮小、街の縮小に繋がりかねない事態であった

 

そして市場規模の縮小は、入港できる港が限られてしまう、ということとも絡む。

受け入れ先としても一度に入港できる学園艦の数が限られる以上、利益がデカイ方により長く、より頻繁に入港してほしいからね。ウチはすでに大洗を除くどこの港でも順位が低い

 

そして家庭の質の低下は生徒全体の質の低下をもたらしている。その影響が大きいのが船舶科だ。

この船舶科、学費を学園艦の航行で稼ぐという形で免除されているが、それを求める層というのは必ずしも多くはない。8時間労働と引き換えだからね。

それを希望する層はせめて学費がタダになるなら、と私立や公立上位校を希望してくる。

そうなるとウチに来るのは出身地の問題か能力的な問題か、どちらかを抱えたものしかいない。

幹部層はともかく、船の底の方に仕事も割り当てられずに屯する奴らは、次第に派閥を形成して武装し、収入源を巡って抗争を繰り返すようになっていた。

大洗のヨハネスブルグと呼ばれる学生のくせにヤクや酒、売春も絡む凶悪地帯が誕生していたのである。

 

これだけで済むならまだ良いのだが、そうもいかない。続いて学園都市の問題だ。

先ほどの市場規模の縮小もあるし、インフラ網の不足が指摘されている。

艦上の1万8千の学生が毎朝学園という一つの敷地に集結するのだが、生徒の足は徒歩だのみであることが多い。というのも朝の需要には参入しているバス会社では対応しきれないのである。

これは小型とはいえ全長7kmはある学園都市にとって、最大で生徒に徒歩40分以上を強いていることになる。時間と学生の体力を考慮すると由々しき事態だ。

かといって昼間は大した需要がないし、バスを増量しても置ける敷地もそうそうない。そのうえ置くための敷地や施設の負担がバス会社側になるとなれば、こちらからは強くは言い出せないし、向こうはほぼ受けない。

プラウダみたいに市内鉄道を通せるところは話が違うのだが、人口3万じゃそんな需要は流石にない。その他のインフラ改修も考えると手を出せないのが実情であった。

 

そしてインフラ整備が学園に絡むものに集中せざるを得ない関係上、なかなかそれ以外、すなわち地場産業の育成に繋がらない。産業といえば生徒を目当てにしたサービス業くらいだ。

それは艦上の職の不安定性と卒業後の人材流出に繋がっている。

生徒がメインの市場規模が縮小すれば、きっと簡単に学園都市は立ち行かなくなる。

 

そしてもう一つが学園都市の政治的発言力の弱さだ。選挙権はこの先改正があるとしても今は20歳以上である。そしてこの学園都市の人口の6割が高校生以下。そして小学生もいる関係で、有権者は1万人いるかも怪しい。投票率を考えれば大きな票田ではない。

一応今の所は日本政府が学園都市自治保証条約に加盟し、県と町から自治権を認められているからこうして生徒会が学園都市政治に携わっているが、万一それが止められたら物資搬入の関係もあり反抗は難しい。

大洗町の飛び地である関係上、大洗町の政治には絡めるが、せいぜいその程度。県政に食い込めるかすら危ういのである。というか実際無理

 

 

そして最後が学園艦の問題。単純にいえば老朽化だ。完成から50年近く経つこの大洗女子学園学園艦。石油ショックや円高不況、それ以外の数多の影響で、大規模な改修が行われていないのだ

私立なら自費で小規模な改修を繰り返していけるが、ただでさえ戦車を売り払わなければ財政の成り立たぬほどの公立校にそんな予算を捻出できるはずもなく、対処療法すら満足にできぬままでいるのだ

それもまた新入生を減らす一つの要因になっている

まぁ新入生からしてもその親からしても、仮に何かあったら一連托生の学園艦。より安全性の高いものを選ぼうとするのもごく自然のことだしね

 

そして最後は直近のとある事案が原因のものだ

 

東日本大震災

 

日本の東北、北関東沿岸を中心に未曾有の被害をもたらしたM9.0の巨大地震とそれに付随する災害群である

 

これにより大洗女子学園には二つの大きな逆風が襲ってきた

一つは大洗港を学園艦が使用不可になったことである

地震により発生した大津波は大洗をも襲い、沿岸施設を破砕。さらに引き上げた際に多くの土砂が港に流れ込んだのである。復帰には底の土砂を浚っていかねばならないのだが、水深300mのところで作業できる業者がそんなにいるわけもなく、おまけに東北復興がより目立つ以上仕回される事も向こうが中心。事業者としてもどっちも困難なら社会的にネームバリューをあげられる仕事を優先する

結果としてこちらは震災からしばらくしても復旧の目処が立たないのだ。普通の輸送船とかフェリーの寄港ならそこまで必要ないしね

 

 

もう一つはこの巨大な学園艦を動かすエネルギー源である

原子力。船の中にある鋼鉄で覆われた区画の一つにある巨大な発電機が、この学園艦を動かすエネルギーのほとんどを占めるものである。だがその原子力発電所の一つ、福島第一原発。それが震災により水素爆発を起こしたのは記憶に新しいだろう。そう、それに近いもの足元にある学園艦なのだ。一応潮力とか人の移動とか他のエネルギー源も使っているけど、ハッキリ言ってこの学園艦を動かすにゃ微々たるものでしかない

 

他の学園艦では私立を中心に自然エネルギーへの転換による代替計画を発表するなどしている。黒森峰は左派の主張で原子力エンジンの2022年までの完全停止を掲げたし、プラウダも環境5カ年計画を発表。サンダースはその財力で艦内一掃計画を立てているという話だ。羨ましい

しかしそんな艦内を総入れ替えするような金は、大洗には学園艦をひっくり返して振っても出てこない

 

 

さてこんな風に問題が両の手にも余るほど転がる大洗女子学園だが、救いと言える部分もある。実績が県内でもそこそこの部活たちと学力。あとは水産科などの養殖技術研究や必修選択科目による伝統文化の継承協力など、売り込める部分はないわけではない。いくらなんでも弱いけど

 

 



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第3話 政党

 

まぁここまでさんざん悪口を言ってきたわけだが、本来ならば都市内条例や予算などで問題改善に向けて働きかけていくのが基本だ。だがそうも上手くいかない。その要因が私のいる総合局のお相手、生徒議会である

 

私がまだ総合局に配属されて間もない頃、ある法案を通す際に当時の上司の3つ上の先輩に一度尋ねたことがある

 

「なぜこの法案を通してしまわないのですか?」

 

と。返事は簡単だった

 

「無理だからだ」

 

そこから先に聞いた話は私の耳にこびりついて離れない

 

 

まずそれぞれの政党の特徴から掴んでおこう

先ほど述べた大洗フォーラムは普通科を支持基盤とする中道左派政党だ。大洗女子学園でも有数の歴史を持ち、その支持基盤の大きさから長らく議会第1党にして政権与党を務めている

最大政党だけあって、生徒会会長もこの党に近いものから公認を受けて出ることがほとんどだ。ここ10年以上変わらない

基本路線は相応予算と部分介入経済。身の丈にあった予算を組み、また負担は生徒が学習に必要なものの総計に応じて負担すべきとの立場をとり、議会や行政の都市経済への一定の介入を認めている。実際学習必需品への援助金を予算に組み込んでいたりもするし、そんな予算を通してきた

 

続いて新大洗クラブ

開放経済と拡大予算を主張する中道右派の議会第2党。議席数はだいたい140〜150といったところだ。地方債を発行してまでもの財政拡大を主張する。担保は学園都市そのものだそうだ。2000年代に入ってから結成され、あまり科などに左右されず一定の支持を得る。だから支持層も幅広く、切り崩しは厄介だ。その主張からサンダースとの繋がりがある

 

それと海の民と職人連合組合

ここを一纏めにしているのはその主張が似通っており、結構行動を共にするからである。主張の軸は専門科への支援の拡大による普通科との学費格差の縮小。それぞれの科ごとの詳細で違いがあるが、大筋では変わらない。議席数はだいたい40〜50で、足して90くらい

 

あとは人民による大洗

名前の通りプラウダ寄りの左派政党。党首が変わるとプラウダに挨拶に行くという習慣がある。船舶科の労働条件の改善が基本だが、その革新方法をめぐり議会路線と一党独裁移行路線が対立している

議席数は30弱。とっとと分裂しろ、暴力行為の予備罪とかで風紀委員投入するぞ。流石にプラウダと関係を拗らせたくないからしたくないけど

 

他の公正会と学生自治権党は基本中道路線だ

公正会が教員、都市民を含めた複合的議会の開催。学生自治権党はクラス、学科ごとの裁量拡大を主張している。議席はそれぞれ20ほど、大した勢力ではない

 

そして残りの約200人。これが無所属議員である

その場その場で対応を変えてくる厄介な存在。どう動くか読めないため、ここの数を計算せずに案を通過させるのが理想だ。しかしそうもいかない。重要議案でさえ与党以外の無所属も全員賛成したら通ってしまう程なのだ

要するにこの与党、拒否権すらまともにない。こんな与党が力を十分に発揮できる訳がなかった。それを仲裁しなんとか案をまとめるのが総合局の大きな仕事だったわけ

 

なぜこのような事態になるのか。それはクラスから2人ずつ選出する生徒議会の仕組みにある

クラスから2人、となれば、同一政党の2人を選出することはほぼない。それはクラスの総意がその政党支持、と言っているようなものだからだ。流石に心理的に避けてくる

普通科ならフォーラムとその他どこかの政党の候補が一人ずつ選出されているクラスが多い。普通科の中でフォーラムで独占できているクラスなど、クラス数は200以上あるのに片手の指でも余るほどだ

 

それに選挙が行われるのは4月の頭、入学したての中学一年生からも選出される。政治の話も通じるか怪しいのに、各党がその学年に地盤を有せるはずもない。ここからは小学校時代の人気者などの無所属議員が当選しやすくなるのだ。彼らをいかにフォーラムに引き込むかも腕の見せどころだが

 

結果無所属議員の拡大と少数野党の乱立を防げないし、与党も最大学科普通科の支持を固めるのが精一杯

新大洗クラブのせいでそれすら危ういのが現状なのに、他の学科に支持を広げる余裕なぞない。やはり専門科はそこ地盤のとこが強いしね

 

 

なら主張を取り込んで連立政権でも作って仕舞えば、と言いたくなるが、それもまた難しい。理由は連立政権となっても行政と立法が分裂している体制下では、与党と連立を組むメリットが少ないからである。現在の日本のように議院内閣制を取っていれば、連立を組んだ党も大臣を出したりして影響力を示せる。しかし行政が別ではそうもいかない

 

一応生徒会の者は政党所属が禁止されているが、心の内では大半は親大洗フォーラムだ。政権交代はそうそう望んでない。何より仕事の勝手もわからない奴らが、政党の主張を実行するためとか理由をつけて毎年交代でぶち込まれては、回る仕事も回らない。昔アメリカにそういう制度あったらしいけど、ウチらで導入する予定はないし、それをフォーラムはわかってくれている

 

とにかくこうしてフォーラムしか絶対的な与党がいない以上、何か法案や案件などを通過させるには無所属議員や他の党の賛成を得なければならない。そうなると必然的にその党の主張などを盛り込まなければならなくなる

 

結果的に大規模な改革は進まず、予算も各党の意見を反映するものとなる。だから各学科にも予算を分けるし、さらに無所属議員に影響力のある甲板上の町内会の意図を反映する形になる。

さらに体育会部活も文化系部活の予算も、さらなる躍進、ネームバリューの獲得を名目に要求を受ける形になる。反対されたらクラスの支持が落ちて政権が転ばざるをえん。クラス選挙区というのはたった数人の反対で当選者が変わり得る世界なのだ

 

この配慮に配慮を重ね、吐き出しに吐き出した挙句に残る金など僅かだ。この妥協に妥協を重ね緩みきった関係がずっと、そうそれは戦車を売っぱらうよりも前からズルズルと続いていた。そして各団体が強力な後援を受けている以上、どうあがいても無碍にできない

 

誰もこれを変えられなかった

 



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第4話 挙市

 

 

 

私には古くからの友人がいた。地元が同じ小山とかーしまだ。二人とも私と同期で生徒会に入り、小山は中3の時点で都市開発課インフラ整備局の局長補佐に付いて、かーしまは校外交流課の対他校局の一人だった。二人とも人の貸し借りの中で学園のこともやってたりしたけどね

結局かーしまが初めて役職らしい職に就いたのは高2の夏。よーするに仕事はできるが上には立てなかったのだ。実際そうだと思う

 

だがその二人には色々と助けられてきた。私が疎かった学園都市の内政状況を把握して、他との交渉材料に使えるようになったのは、間違いなく小山のおかげだ。そして時に、私の隣で力強く押してくれた。それは相手の心の芯であり、私の心の核でもある

 

かーしまは弱い奴だが強い奴だ。すぐに心折れて泣き出すくせに、次の日には変わらずに仕事に戻る。そして、船舶科の状況が改善に向かっているのは、迷い込んだかーしまの功績だ

半ば犬になる勢いの忠誠心は受ける身としても悪くないしね。生徒会にいるだけで雰囲気が変わる、そんな力があった。もちろん生徒会の企画の中でもふざけあえる仲間だったね

 

 

私が学園課の課長に就いていた高校2年の夏、もうすぐ夏休みに入ろうとしていた頃、当時の生徒会長の山崎さんから一つの話を打診された

 

「角谷いるか?」

 

「はい」

 

課長といっても部下より書類仕事は減るし、だいたいその少ない書類を元手に下に指示出すだけだ。その時も干し芋片手にお茶を飲んでた時だった

 

「突然で悪いが、お前都市開発副の小山と組んで私の後を継いでもらえんか?」

 

「はあ」

 

「フォーラムがお前なら推薦を出す、と言っている。私としてもお前の指導力なら後を任せられる。お願いできないか?」

 

「構いませんが」

 

「やけにあっさりだな……」

 

「そりゃ、私以外にできるとも思えませんしね」

 

「……はっきり言うな」

 

残念ながら他の課長級と比べても、誰が訊いても私になってしまう。仕事量、実務貢献、統制指揮、その全てにおいてね。自分で言うのもなんだけどさ。ま、今は指揮一辺倒だけど

 

「5割がたその通りだけどさ。じゃ、受けたってことで話進めとくぞ。公約とか考えておけよ」

 

私の公約。まぁ、学園を変える、とか栄光を再び、とかがよくある話だが、どうにもできそうな話ではない。どうにかするための予算が組めないのだから致し方ないのだ

はてさて、どうしたもんかね

 

「と、そうだ。角谷」

 

また山崎さんに呼び止められるまで、そんなに時間はなかった

 

「健闘を祈願するには早いかもしれんが、飯食いに来ないか?」

 

断る理由はない

 

「……構いませんが」

 

「よし決まりだ。それじゃ、私は小山を呼んでくる」

 

一人暮らしの私にとって、先輩方と食事に行くのは実に合理的だ。要するに向こうがもっと出してくれる可能性がある

 

 

 

呼び出されたのは甲板上の公園、そこには私しかいなかった。時間を確かめたが、予定の5分前である。他に一人くらいくるのかと思っていたが、誰もこなさそうだ。まだ少々日も高いしな

さて、生徒会長か。こうして学園のために、と働いてきた。そして変えるための手は打てる限り打った。たとえ人から後ろ指を指されそうなことでもやってきた。それが愛する大洗と学園のために必要だと知っていたから

だがこれ以上、これ以上何ができる……

 

「おお、角谷。きてくれてたか」

 

「山崎さん」

 

「そら、行くぞ」

 

連れられるままについて行ったが、行き先はある一軒家というか、山崎さんの住む家である。そのくらいデカイ。私のアパートとは訳が違う

 

「そら、上がれ上がれ」

 

「お邪魔します」

 

鍵を閉めて上り込んだ先の家は、玄関もかなり広かった。足元には小学生のものと思われる靴などが並んでいる。この学園艦に住んでいる人が、やはり生徒会には多い。比率的に高いのは親も住む地のために働こうとするからだろうか。その点では私は当てはまらない

 

「で、だ。早速で悪いが、料理を手伝ってくれんか?」

 

「料理、ですか?」

 

「そうだ。今日は結構人をたくさん呼んだのだが、私だけじゃ料理を作る手が足りん。妹たちも部活やら友達と遊んでくるやらで帰ってくるのが遅いし、親は陸に行っている。ということで料理が得意らしい、という角谷。お前に手伝って欲しい」

 

「いや、健闘を祈られる人間が祈る料理を作るんですか?」

 

「まぁいいだろ、細かい話は。美味けりゃなんでもいいじゃないか。15人分くらい作るからな。早速始めようか。荷物はそこの和室にでも置いておいてくれ」

 

「15人、ですか」

 

「そうだ。多いだろ?」

 

私が和室の隅に荷物を置いている間に、山崎さんが手を洗ってエプロンをちゃっちゃと付けていた

 

「まぁ、ちょっとしたパーティーみたいになるのかもな、アハハハハハ」

 

「はぁ……」

 

課長を掻き集めても10人にすらならない。となると、他の客がいることになる。誰だ?フォーラムの幹部層か?まぁ家でやるのは賛成だ。店でやって何らかの話が漏れる可能性があるのは非常にやりづらい

 

「ということで、冷蔵庫にだいたい材料ぶち込んであるから、使ってくれ」

 

「は、はい」

 

「そうだな……時間のかかりそうなオーブンで焼きそうなやつから始めるか……」

 

その後は一心不乱に料理に没頭していた。他の人がぼちぼち集まってきたのは夕方7時ごろ。その頃になって2時間ほど続いた料理はひと段落を迎えた。流石の私も腕がキツくなっていた

 

 

 

「角谷杏の生徒会長選挙出馬に感謝し、その勝利を祈願して、乾杯」

 

山崎さんが音頭をとり、ジュースの波が正面でぶつかる。

 

「そうかぁ、杏ちゃんかぁ」

 

「まぁ、だろうなぁとは思ってたけど」

 

「いやぁ、これでフォーラムも政権も一安心だな!よろしく頼むぞ、新会長!」

 

「まだまだ私の時代だよ」

 

「そうだったそうだった。会長もこれからもよろしくな!」

 

集まっていたのはそうそうたるメンバーだ。

 

生徒会長、山崎

副会長、玉丘

学園課長、角谷

校外交流課長、峰口

都市開発課長、山縣

保健衛生課長、三森

税務管理課長、藤峰

住民福祉課長、牧野

産業振興課長、林田

 

以上生徒会課長級以上9人。

 

大洗フォーラム代表、青嶋

大洗フォーラム副代表、白石

公正会会長、赤城

生徒議会議長、真崎

風紀委員長、志津川

風紀副委員長、園

 

大洗学園都市の有力者6人

 

計15人

 

このメンバーが、ここに集った。大洗女子学園の政治の根幹を成し得るメンバーである

 

最初は学園の政治がらみの話も、半ば笑い話として話題に乗った。議会など政治の場でさえなければ、別にそこまで対立する必要もないし、していないのである

 

「この前の議題の時のそちらの今田の質疑、イヤーなところ突いてきよりましたね」

 

「でしょ〜。アイツが現状ウチの若手のホープよ!これからアイツの時代が来たら……覚悟してくださいよ」

 

「うっわ〜。党首討論持ち込まれたらキツイわ〜」

 

「だからって逃げないでくださいよ!」

 

「わーってるよ」

 

和気藹々……かね?

 

 

 

飯がだいぶ進んできたころ、誰かが言った

 

「それで……会長。このメンバーを集めて、何を話される気でしょうか?」

 

場の空気がさっと冷める。きっと冷めねばならなかったのだ

 

「……まぁ、非常に良くない知らせだね」

 

山崎さんの声も低くなった

 

「……というと?」

 

「……最近、お上が学園艦縮小に舵を切り始めている。歳出縮小を掲げる中で、学園艦への援助金の規模が問題視されているらしい」

 

「で、大洗がその『縮小』の候補に入ったってところか?」

 

「おおかたその通りだ。正式じゃないがな。おっとそうだ、これはまだ内密に頼むぞ。情報元が知れると厄介だ。特に風紀委員、この件に関してはこの先も隠匿したい。協力して欲しい」

 

「漏れたらそれだけで新入生を減らしかねません。学園の未来に関わりますね。分かりました、全力を尽くします。いいな、そど子」

 

「はい」

 

「それで何をなさろうと?」

 

「……昨今の志願者数、学園艦人口の縮小。開発の不振。余剰資金の少なさも不名誉なことに学園艦トップクラス。どうにも上手くまとまらないのは、この政党乱立っぷりとそれをまとめきれない体制にある。が、これまで誰も止められなかった。正直このまま進めたところで、この先の滅亡を回避できるとも思えん

ということで、私は『挙市一致政府』の設立を目指したい」

 

挙市一致政府。名前がやるべきことを示しているね

 

 



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第5話 生徒会長

投票には行きましたか……(もう遅い


 

「挙市一致政府、ですか」

 

「もはや生徒の自立のための自治の維持やら市民民主主義育成のための少数意見の吸い上げやらにこだわる段階ではない。学園艦がなくなるとなれば、それどころではないんだ。地面がなくなりかねんのだ、文字通りな

全てを巻き込んだ革新。それを起こさねば、これをしのげたとしても我々はこの少子高齢化を含めた荒波を生き残れん」

 

話に耳を傾けていた面々は複雑に頭を傾け、唸り始めた

 

「……題目は分かりましたが、どうするというのです?」

 

「議会に市民議員を入れる。その結果議員数拡大に繋がってもいい」

 

「ほう……公正会としては支持するのもやぶさかではないですね」

 

「しかし議長として厳しい面もありますね。市民議員を入れるとはいえ専門職とするわけにはいきません。そんな給料は捻り出せません。兼業を許可するとなると、議事の時間に制限がかかりますよ?」

 

「夕方以降にならざるを得ませんね」

 

「もう一つ。こちらフォーラムとしては議会規模の拡大による党の影響力低下を懸念します。フォーラムが与党として居続けるには、市民からの支持層確保の確実性が必要です」

 

「そこでだ。公正会、ウチと組まんか?正直これが成されたらウチと対立する理由はないだろう?こちらとしては市民支持のために、経験のあるそちらの支持を受けたい」

 

大丈夫なのかそれは……連立は無理だぞ?合併しかないが……それまで争っていたものたちの合併には問題がつきまとう

 

「……それには懸念が。まず、公正会内部の合意が得られるか、です。残念ながら、造反が出る可能性は否定できません

恥ずかしいことですが、我が党は都市民の政治参加を求める、その一本のみで集まっているようなところです。他の思想では党員の間でも溝がありますし、結構自主投票も指示してます。それゆえ、フォーラムと完全に統合となると……厳しいかと」

 

「だろうな……多少はやむを得ないが、できるだけ説得してまとめるしかないか。いや、そうせねばならん」

 

「もう一つがこの改革案が議会を通過するかどうか。少なくともフォーラムとしてこれを出すならクラブの合意はどう考えても得られませんし、他も影響力低下を恐れるでしょうから、そうこちらには靡きますまい」

 

「町内会の支持を得て無所属を取り込む。町内会支持層もフォーラムと公正会の連合に取り込んで行くしかないだろう。それでな、角谷」

 

「は、はい」

 

「これ、お前がまとめろ」

 

突然振られた話だが、思ったよりか混乱はしていない

 

「は」

 

「次の生徒会長は都市を纏め、全てを纏めることになる。お前は基本今まで裏方だったから、ここではっきりした箔を付けとけ」

 

箔、か。新たな選挙民とする市民相手だと、そういうのも必要か。それ抜きでもメディアなどに顔を出す機会は欲しい

 

「小山と河嶋、二人を使え。都市関係の調整と他学科の巻き込みには二人がちょうどいいし、友人たちで指導層を固めとけば気兼ねいらんだろう」

 

「……わかりました。なんとかしましょう」

 

「そう言ってくれると助かる。しないと思うが、癒着と疑われそうな行為に注意しろよ」

 

受け入れた。むしろ拒否する理由はない。やっておくべきか

 

「しかし……学園もここまできてしまったか」

 

「逆にここまでされねば動けなかった、ともいえますけどね」

 

「単に党利党略で動くモノにはその足場を把握する余裕なんてない、ってことじゃないの?」

 

「違いない」

 

「あとは議会を拡大するなら、夕方開催に関する議論ですね。必修選択科目が夕方までやる可能性がある以上、それ以降という形になりますが」

 

「そうだな。そっちの方が市民側も都合つけやすいだろ」

 

「それと……市民向けの公約ですね。それも実現可能と思わせられる」

 

「そこらへんは都市開発とかが軸で組んでくれ。インフラや商業支援が核だろうが」

 

「市民の投票に関してはどうしましょう。生徒はもはや投票はオリエンテーションに組み込まれて義務のようなものですが、市民相手にはそうはいきません」

 

「学園の変革を見せるには、やはり投票率が高くないといけないわけか……」

 

「そちらが高まらないと今後の議席数の参考にもされかねませんからね。議会の大勢を変えるにもやはり必要になりますね」

 

「時間もないですね……」

 

「まあ、やるしかないよ」

 

 

 

 

その後の奔走は本当に地獄のようであった。町内会を通じてその影響下にある無所属議員を法案支持に取り込み、そしてかーしまを通じて艦底から船舶科を切り崩しにかかった

 

そもそも風紀委員による度重なる排除作戦も地の利を生かした頑強な抵抗で失敗していた中で、かーしまから作ったお銀系へのツテを利用し、そこに支援をする事で一強状態にして間接的に艦底影響力を持つのが、生徒会の基本政策だったのだ。私はその綱を登っていったに過ぎない

 

お銀系は艦底のバー『どん底』を基点に勢力を持っていた、そのバーの仕入れ先となる物流拠点の一つを握っていた中堅勢力だった

 

かーしまを受け入れ連絡相手として支援を行った結果、その勢力は艦底のトップ勢力となった。かーしまに連絡を集中させたのは、向こうがこちらの意向に従わなくなり万が一手を切らざるを得ないときは、そこを区切りさえすれはよくなったからである

 

親友の交友関係相手にそんなことはしたくないし、現状しなくても大丈夫だろうけど。向こうは生徒会による援助漬けにしておけばいいし、報告によるとそうなってきている。あげた金は武装とノンアルに消えているらしいが、そんな非生産的なものに消えていても艦底情勢が安定するならこちらの勝ちだ

実際それで上手くいっていたし、下からの切り崩しはこれで進んだ

 

それと艦長らトップ層への仕事の話、要するに彼らの職場がなくなる危険性を説いて団結する必要とかを言い続けたのだ。支持層から海の民を揺るがしにかかり、そしてそれは功を奏した

 

 

「今後の町内会のためにも必要では?」

 

「ではそれでそちらになんのメリットがあるというのだね?」

 

「町内会は我が学園艦を支える一員。その力あって学園都市は初めて一つにまとまります。少子化、震災、状況がめまぐるしく変わる今日、もはや情勢は急を要するのです」

 

などといった有力者との対談に夏休みを完全に塗りつぶされ、夏休みが終わってからもナポレオンのような実務生活を送って、小山と一緒に人という人に会いまくってなんとか成し遂げたのが、9月末の『生徒議会基本条例改正案』の可決であった

 

 

9月の頭から始まった議会では、その開催方針や市民に割り当てる議席数、そしてもともとこの法案への反対が渦巻いていた。私からしたら裏で手を回しつつ、表向きは話を聞いて受け流したりさばいたりする他なかった

 

大洗フォーラムを中心に公正会、海の民の一部に無所属議員、その他にも都市民に近い新大洗クラブの一部も造反させ、結果は賛成381。棄権もいるのを考えても、なんとか形作った過半数であった

 

前段階がそれだからもちろん採決は荒れた。職人連合組合、学生自治権党、新大洗クラブが強硬に反対し、公正会からも反対に流れる者がいた

無論海の民や町内会系の無所属議員からも離反者はいた。各党、そして議員一人当たりの影響力の低下を懸念したのである。特に支持基盤が強固な職人連合とかは造反になびこうとする気配すらなかった

 

だがともかくもこの学園内での合意は果たされた。そしてその話は学園新聞を通じて皆の目と耳に触れることとなった。

新聞記者は度々私を取材し、『大改革をとんでもない速さで成し遂げた女傑』と書きたてた。どっかの運動部が関東大会に出場したのとかを搔き消す勢いだった。それも初戦負けだったしね

私は話しかけてくる奴は存分に利用してやった。そして向こうはこちらの2割くらいホラの混じった話でさえ嬉々として書き留めて、ばら撒いていった

 

 

こうして私には議会と箔が付いてきたわけだ。そしてまもなく始まった大洗女子学園生徒会長選挙。大洗フォーラムと公正会の推薦を受けた私も小山と遊説に回ったが、もう勝ちは目に見えていた。始まってすぐの世論調査でも圧勝だ

 

スローガンは『あれに見ゆる都市へ』

 

そう、大洗がかつて戦車道の名門と称された時代の繁栄を、ここに取り戻さんと言わんばかりのものだった。

古今東西を問わず、『〜を再び』や『〜を取り戻す』というのはそれだけでメッセージになる。かつて栄光ある時代あった事実すら曖昧でいい。実際大洗に住んでた私の記憶にすらあるわけじゃないしね

私もそれに乗っかった。そしてそのメッセージは学園艦を巻き込む動き……とまではならなかった。残念。ま、全部上手くはいかないね

甲板の上のあちこちで私はマイクを握った

 

「大洗は改革の時を迎えているのです!ありとあらゆる問題が山積しているのです!その問題に生徒会の一員として向き合ってきて、なおかつそれを変えられる力がある!大洗フォーラム公認の角谷杏、角谷杏をどうぞよろしくお願い致します!」

 

 

 

いずれにしてもその2週間後、私は次期生徒会長になることが、クラブや人民の候補者に対する圧倒的勝利によって決定された。開票速報が始まってすぐ、開票率0%の段階で当選確実となっていた

一応万歳三唱こそして支持への感謝やら今後奮闘する所存やらを述べたが、すでにこれからのことを考え続けていたのだ。感傷に浸る暇はない

 

私の双肩に、学園の未来がのしかかってきているのだ

 

 



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第6話 町長

 

 

 

さて将来は決まったが、今はまだ課長である。そして何より、先ほどの案件はまだ実行できるわけではなく、二つの条件を乗り越える必要がある。一つは非常に容易いが、もう一つはなんとも言えない。

それは、前者が全町内会の許可、後者が大洗町、町議会の承認であったからである

 

当然と言えば当然だ。自治権を認められているとはいえここは大洗町の飛び地。飛び地単独でこのような議案に完全な結論を出せるはずもない。結果的には上が判断を下す立場となる

 

私はその案件を認めてもらうべく、新会長としての挨拶も兼ねて大洗へと上った。風の冷たさが頰から沁みてくる11月のある祝日のことだった。私も学校があるから、向こうが配慮してくれるらしい、と山崎さんから聞いた

 

大洗の町役場は松並木の並ぶ海辺から一歩入ったところにある。こうして向かいやすいのは今後も考えると非常にありがたいのだろう。だが海岸では未だ先の震災の傷跡が各地に残る。

荒れたままの海岸近くの並木の下に土の見えたままの花壇。奥に進めば未だ崩れたままのブロック塀などかある。復旧が進むのは港が中心だ。それだけでもかつての車がとっちらかり、船が乗っかった埠頭とかがあるよりはマシになった

 

だが震災前から続く人口減少は止まらず、高齢化率も30%を超えるところまで迫ってきた

私が生まれたこの街には何かが必要だった。街の誇りとなり、その名を轟かせられる何かが。母港の衰退は学園都市への物流の縮小、そして学園都市の魅力の低下に繋がる。新会長として何かしら手を打つ必要があった

 

 

雨よけを抜けて門をくぐり、たちまち私は会議室へと誘導された。私たちの持つ会議室とそこまで差はないようである

 

 

話すべき人は私が座って正面を見つめる中、少し遅れて入ってきた

 

「すまないね。君が角谷くんかね?」

 

白髪で頭が覆われた老人であった。そこそこの歳だろう。立ち上がり挨拶に応じる

 

「はい。私が来年度生徒会長として県立大洗女子学園学園都市を管轄致します、角谷です」

 

「ふむ、噂はかねがね聴いておるが、君が『大洗の女傑』か」

 

「いえいえ、そんなご大層な者ではございません」

 

「ふむ、そうかね。おっと挨拶が遅れたな。大洗町長の竹谷という。まずは次の一年間、大洗女子学園をよろしく頼む」

 

「お任せください」

 

差し出された手を握り返す。シワがあって乾燥していたが、私からしたら指先すら覆えない

 

「とは言いたいところだが、お互い状況は楽ではない、か」

 

「……ですね。昨今の学園艦縮小を目指す動きとも絡んでいるでしょうが」

 

「こちらも何もできん。水戸へ、そして東京へと若者は学園艦を経由して吸い取られるしかない」

 

「学園都市か大洗町の残留に対する支援は考えておりますが、なにぶん学園都市の産業基盤が弱いもので……」

 

「そこは今更言っても始まらん。やるとしても10年20年はかかる話だ。その点君がやってくれたという議会改革はそこそこ即効性があるし有効だろう、と思っている」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「学生以外の市民に都市民としての意識を持たせる、という点では良い手だろうし、今後の学園艦はそうせざるを得ないだろうな」

 

「誠にその通りです。そして、その改革案は……」

 

「問題ないだろう」

 

大きな息の塊が口から噴き出した

 

「町議会議員の動向に即座に関わるものでもないしな。それに学園都市改革は内部から求められてはいたが、自治を認めている以上こちらからおおっぴらに指示できないからな。そっちからやってくれるんだ。実現不可能であったり内容に問題があったりするのでないならば、ノーと言う奴はいない」

 

「な、なるほど……」

 

「その点に関しては安心してくれ。あちらに確認も取ったしな」

 

「学園艦教育局、ですか」

 

「その通りだ。だから施行に関しては大丈夫だ。とはいえ根本的ではないしさらに何かすぐにできるわけでもないがな」

 

「……おっしゃる通りで」

 

「ところで、新会長に就任するにあたって公約は出していただろうが、実際にやる気があるものはあるのかね?」

 

「真っ先にOG組織の体系化、ですね。もうアヒル大統領よりも崩壊しそうなくらいてんでバラバラなので、ここを組織し直して学園の尊厳の継承を掲げます」

 

「で、実は金か」

 

流石はこの町で私が幼稚園児の頃から町長を務めた方。洞察は流石のものだ

 

「寄付金の上納体制を簡略化する、というのはあります。いざという時にOG組織があると便利ですしね」

 

「賛成だ。そこに所属する人に町に帰ってくることへの支援金などは考慮してもいいかも知れん。市場の規模拡大を狙っても共有できる点があれば団結できるしな」

 

「その周知にもあって損はないかと」

 

 

その後も私の政策案に関する話が来た。否定も来たが、口振りとしては私が政治の真髄を理解していない、というかのようなものだった

当然だ。もともとどちらかといえば私は官僚側の人間だ。政治力など限界がある。だが同時にこの先道を変える以上は先達の話を聞くに損はない。かの方曰く、政治とは世論と喧伝、そして慣れだそうだ

 

全く耳に入れたくないし受け入れたくもない話だが、正解だなぁ。そうするのが最善だ。最後だけはどうしようもないだろうが

 

「まぁ、ここら辺にしよう。そもそもの話が通じる人間で助かるよ」

 

お茶が運ばれてきて少ししてから、向こうがダメ出しを辞めた。これしきで終わるほど精神的に脆いわけじゃないが、ない方が気分がいい

 

「正式な任命は正月前になるし、私からはここまでなんだが、この後は空いてるか?」

 

「は、はぁ……時間自体はありますが、一体……」

 

天地がひっくり返ってもこんなチビで貧相でちんちくりんの身体を求めてくるわけじゃあるまいし

 

「君にも引き合わせたい客人がいる。この店だ。行けば会える」

 

町長は鉛筆でのメモ書きを一枚私に手渡した。見かけたことがある街の中の店である。ここからそこまで遠くはない

 

「宜しいかな?」

 

「……はい」

 

晩飯を奢ってくれるなら乗ってもいい。というかこちらは高校生だ。流石に自腹は切らせないだろう

 

 



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第7話 パーカーの男

 

 

示された店はお高い店として町民に知られているところだった。実を言うと私の実家からもそう遠くないし、近所付き合いが無いわけじゃないのだが、本当に入ったことはない。日も暮れて数少ない街灯がその店の少し手前を照らす中、私は渡された紙と店を三度ほど確認してから、中を覗きながらゆっくりと戸を開けた

 

予約済みらしく、店員に町長の名字を伝えると奥まった座敷に案内された。内装は木を主体としている明るめな高級懐石店。本当に奢ってもらえねば財布の中身はおろか財布ごと売り払わねばならないだろう。思わず壁にある絵なども眺めてしまう

 

何事だろうかと待ちながら渡された温かい茶を喉にゆっくり流す。飯を食おうにも相手も誰もいない4人がけの座敷。何もできるはずがない

 

待つこと20分。ただひたすらに暇であった私の前に、やっと二人の男が現れた。一人は先ほどまで顔を見合わせていた男、町長の竹谷氏だった

 

「待たせたね」

 

「こんばんは。いえいえ、お気遣いなく」

 

しかし一人ではなかった。もう一人灰色のパーカー姿の、少しは若いと思われる男も後ろにいた

 

「さ、どうぞどうぞ」

 

何処にでもいそうな身なりだし、こちらの方がよくよく見ても若いようだが、その割に竹谷氏が気を使う方のようだ。偉いのか?

 

「そちらの方は?」

 

返事を返される間も無く、その人は奥に腰掛け、手を拭いてじっとこちらを見据えていた

 

「……彼女が、ですか」

 

「はい?」

 

「いえ、失礼。ここは問題ない場所なのですか?」

 

見据えていた割には私の返事には興味がないようだ

 

「はい。私どもと縁のある店ですゆえ。味も、特に大洗の海鮮は保証しますよ」

 

「なるほど、ではまずはそれから頂きましょう」

 

誰かもわからずに同じ部屋にいる男とともに多様な小皿に盛られた先付けを摘む。眼鏡の奥の目がなかなか見通せない

箸だけ飯を口に運ぶ。味がしない。向こうには味がわかるようで舌鼓を打っているが、向こうも食事の話しかせず、こちらに話を振ろうとしない

 

そのまま人参と茸の煮物、鯛や鮪に鮃といった刺身と何も話のないまま、酒のない懐石というのも合わさって、この奇妙な食事会は続いた。私たち以外に店に入る人もなく、食べ終わると皿はすぐに取り替えられ、蓮根などの炊き合わせがやってきていた

 

「本当に……問題ないようですね」

 

「言った通りでございましょう。私たちからしたらその話に乗らない手はないのですから」

 

「……少し疑いすぎましたかね」

 

「それに今日は祝日。貴方がどこへ行こうと問題ではありますまい。私も仕事時間外ですし、ここの店も町の経済に左右される所の一つですからね。話は付けてあります」

 

「それもそうですか」

 

「それに自分で言うのもなんですが、選挙もないのにこの田舎町までわざわざ探りに来る人間はいないでしょう。いたとしても私と貴方なら学園艦の寄港なんたらで済みますし」

 

「……では、話を始めましょうか。申し遅れました、角谷さん。私、学園艦教育局の辻と申します」

 

一瞬思考が止まった。それが事実だと判別できたのは、彼が直後に名刺を差し出してきたからである

 

 

辻廉太

 

文部科学省学園艦教育局局長

 

 

そこにはまさしくそう書かれていた

 

「は、あ、ありがとうございます。お初にお目にかかります。私、大洗女子学園生徒会学生課課長の角谷と申します」

 

カバンの中から新品の名刺入れを取り出し、かーしまの実家で作った名刺を手渡そうとした。しかし印字がすでに生徒会長だったのでそのまま引っ込めようとした

 

「えーと、課長の……」

 

「その名刺で構いません」

 

カバンを半ば開けっ放しにしたまま手を止めた

 

「私は『大洗女子学園生徒会長の』角谷杏氏と話しに来たのですから」

 

何だ。とうとう直々に候補に入った話か?だとしたら何故こんな直接このお偉いさんが私服で足を運んでくる?

 

「……そんなお偉い方がウチのような小規模学園艦に何の御用でしょうか」

 

カバンを締め、名刺を手渡してから本題を促した。こんなに楽しくない食事というのも久方ぶりだ。終わらせるに限る。それに上に立つ存在だからこそ、下手にへりくだっては向こうの思う壺だ。私を学園都市の主人と見ている以上、隙を突かれては市民の不利益になる

 

「こ、これ、角谷くん……」

 

「そんなに気を張らなくていい。私もこの身なりです。たまたま同じ店で相席になった程度、それで構いません」

 

自己紹介しておいてそれはない。しかしこの格好ということは、この訪問は公式のものではない、ということだ。こんな人物から非公式に伝えられるもの……そんなもの、あるだろうか

 

「今日は角谷さん、貴女に悪い話と良い話をお伝えしに参りました」

 

 

 

「悪い話と……良い話ですか。悪い話というと…….自動車部の免許関係ですか?」

 

多分違うが、とりあえず振っておく。聞きたくない話を先延ばしにしているだけだが

 

「いやいや。むしろそこは県外から生徒も呼べてますし、事故でも起こさない限りこちらも気にしませんよ。現在は気にする余裕もない、という方が近いですがね」

 

「それは何よりです」

 

「ま、それを支える母体が怪しくなるのですが……」

 

「それは……つまり……」

 

「……そこは私からにしようか」

 

話をやめていた竹谷氏がここに加わった

 

「そうですね。それはそちらでお願いしましょう」

 

「わかりました。角谷くん、恐らく君も察しているのだろう?」

 

無言はYESの代替えだろうが、それをもって私は返事とした

 

「大洗女子学園学園艦は……このままでは廃艦となる可能性が高い……そうだ。期限は来年度末」

 

「そう……ですか」

 

予想より期限が早いが、わかっていたことであった。抑えているものもあるとはいえ、問題だらけの学園都市だ。統廃合を進めるという国の主張に則るなら、ウチは廃の字が一番適しているだろう

 

「そうですかではないぞ!学園そのものも無くなるのだぞ!」

 

「かといってですね、金銭面や産業面、そして政治面。実務を遂行してきた者として問題は山積しているのを見てきております。そしてそれを解決する金はない。この学園都市の規模から見ても、条件的に廃校候補には入り得るかと存じます」

 

「し、しかしだな……」

 

「それでは良くないのです」

 

今度は辻氏だ

 

「大洗はこの流れを乗り切ってもらわねばならないのです。角谷さん、貴女には……これを阻止して欲しい」

 

「はい?」

 

思わず変な返しになってしまった。私単独で国に抗えというのか?

 

「貴校の水産技術は、特に深海魚の養殖産業に関しては世界にも並べるクラスです。廃艦によりこの技術者層が各地に分散するのは非常にいただけません。深海産業の関連技術は我が国が将来的に資源開発を進める中でその良きサンプルとなり得ます。その環境もある中で放棄するのはよろしくない」

 

メタンハイドレートとかその辺りか。私も詳しくないが、日本のその広大な排他的経済水域を考えれば方針としてはアリ……か

 

「他にも自動車部や選択必修科目、また生徒の学業成績を見ても、決して存在価値が薄いわけではありません。さらに昨今は治安や体制などを改革する節も見られます。実際公立校の中では現状だとマシになっている部類ですね」

 

「この先を生き残る気概が見られる、といったところですかな」

 

「生徒感情から見ても全面編入ではなく分割編入、学園解体となるのは良いものではありませんしね。現状全面編入を認める学園都市はおりませんから、半ば無理やり進める形になります」

 

学園を褒められるのは悪くないが、それでも前提と世論が厳しいことには変わりないはず

 

「……とはいえ阻止すると申されましても、国という組織に対して我々に何ができましょう。我々がなんとか茨城県議会でも動かして非難決議を出させたとて、それで動く代物ではございますまい」

 

「ええ、その通りでしょう」

 

茨城県は現在でも野党が衆議院で議席取ってるしね。ウチのところは与党が当選したけど、人口比率的に気にしなくてもいい、との目論見だろう。原子力対策といえばここら辺だと耳触りいいしね

 

「それに何より、貴方はそれを官僚側として執行する側のはず。それでなぜ貴方がそれを阻止しようとなさるのです?そこに大きな矛盾を感じざるを得ません」

 

きっと裏がある。私にだけ都合のいい話などそうそう転がっているわけがあるまい。きっと誰かがもっと利を得るためのものだ

 

「だ、だがな角谷くん。これが真に執行されるとなれば、我が町としても損失が痛すぎるのだ

県内では我々の他にも日立や北茨城、神栖などが飛び地として学園艦を有しているが、我が町の飛び地として所属する学園艦は君たちだけだ。つまり学園都市が解体となれば、君たちは他の町や市の民になる」

 

なぜ受け入れたのが女子校だったのか。町の男女比率が狂っているのもこのせいだ。ま、これのおかげで不純異性交遊の取り締まりは楽らしいんだが……そこと運命共同体になったのは先人のミスだろう

 

「我が町の本土はもうすでにボロボロだ。こっちだけなら高齢化率が50%近いし、観光需要もアクアワールドで保っているようなもの。海水浴は安定した収入にならんし、そもそも観光は雇用にならん。漁業も放射能関連で輸出が詰んでるし、企業は明太子屋がいるのみ。そこに先の震災だ。そのせいで内陸所属の学園艦も千葉や神奈川に母校を移し始めている

地上に中学、高校がない以上、もはや学園艦は、旺盛な若者の場所は町を保つ最後の砦なのだよ。産業面、税収面共にな」

 

若者は……ここでは学園艦、他の学園艦を含む場所を経て都市へと向かっていく

 

「それはこちらとしても把握しております。しかし期限が来年度末である以上、根本的な解決は不可能です。チマチマしたもので国を変えられるわけがありません。それに何より、私が先ほど提示された疑問は解決されておりません。これが進まない限り私は易々と首を縦に振るわけにはまいりません」

 

「……私が真に君たちを廃校にするつもりなら、この格好で訪れたり、こんなことを言ったりはしません」

 

「真意は何です?私も学園都市の民から選ばれた者です。それが解決可能なら可能な限り手を打ちます。しかし大規模な財源の確保も困難な状況で、問題を改善させる手立てを見つけるのは厳しいかと……」

 

「……その答えなら、もう貴女が使っているではないですか。それが良い話です」

 

「使っている?」

 

「貴女の選挙を見て、答えがありましたからね」

 

私の選挙?圧勝したという支持か?確かにそれがあるのは大きいが、過半数を占められていない議会がいる以上根本は変わらない。別にそれを元に強引に政治ができるようになったわけでもないしね

 

「私の……選挙?」

 

だとしたら何?何もないし、何も特にしていないんだよ?

 

「……西の黒森」

 

竹谷氏の口からポロリと溢れた言葉。それが全てだった

 

「……東の知波単」

 

続けた。私も知っている言葉だ。いや、使おうとしたものだ

 

「あれに見ゆるは大洗」

 

そう。それはかつての大洗の誇り

 

「……戦車道、ですか」

 

箸をつける余裕もない炊き合わせが、未だに机の上にはあった

 

 

 



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第8話 虫と少女と大統領

 

 

 

「もしや……戦車道を復活させよ、と仰るつもりですか?」

 

「端的に言えばその通りです」

 

何をバカなことを。戦車道があったのは20年近くも前だ。私自身そんなに詳しくないが、戦車道が金食い虫だってことはわかる

 

「無理を仰らないでください。今の我が校にそんな代物を運用する金はありません」

 

「昨今、戦車道連盟は新規参加校への間口を広げてましてね。するとなれば補助金が出ますよ」

 

「ならばその前段階です。戦車もない、人材もない。そしてそれを支えられる金は補助金とサービス業収入のみ。それでかのプラウダや黒森峰のような大戦車部隊を持てと?実に滑稽な話です」

 

「……あるのでしょう?戦車は」

 

辻氏の言葉に少し詰まった。あるにはあるのだ、多分

 

「書類上すでに全車輌廃棄となってます」

 

「誤魔化すのにこんな時期に汗をかくのは感心しませんね」

 

「すみません。最近忙しくて体調が万全じゃないもので」

 

我ながら誤魔化し方は下手だと思う

 

「……そちらの書類は確かにこちらに来ましたが、その時に処理されたとされる業者が、同時期に他の学園艦の戦車を処分していることが判明したのです。おそらく口裏合わせた偽造でしょう

そして部品の移転先も一切不明。明細も来ていません。いくら損傷が激しくとも、車輌の部品一つすら売却していないのは不自然でしょう。金が必要なはずの大洗なら尚更ね」

 

無理だよな。だがこちらだって無理だ

 

「……確かに学園艦内に存在する可能性はあります。しかしそれらは売り手がつかなかったもの。付いたものは全て売却されています

そちらからしたら残念でしょうが、それだけは確実です。そのようなオンボロしかない状況で戦車道をやれと?」

 

「そこで名を残せれば、廃校回避を考えうる要素にはなるでしょうね。さらに知名度が高まれば志願者数を増やせるでしょう」

 

「ハッ。仮に戦車があるとしても、それらはオンボロでしかない上に、人材もいなければ練習もまともにできない。そんな状況で名を残せる成績は残らないでしょうね。黒森峰かプラウダ辺りにボッコボコにされて終いです。名前なんて世の中に知られようがないでしょうね」

 

「そこで私が少し協力しよう、と考えているのですが……」

 

真意は聞けていないが、というより向こうが言うつもりがないようだが、この辻氏はなぜか我々を助けようとしてくる

本当に味方かを考えるのはやめた。果たして本当に学園の未来に役立つかどうか。判断基準はそこでいい。話だけは……

 

「何です?」

 

と私はこの先へ一歩進んでいた

 

「丁度いい人材を一人ですが紹介できましてね。要するに転校させてもいいということです。腕の方は保証しますよ?むしろ高校生最高クラスの方です」

 

「……どれほどなのですか?学年は?」

 

「現一年生。新学期からなら二年生になりますね。一年生にして主力に加わる以上のことをやってのける逸材です」

 

2年間居られるわけか……

 

「それほどの方がなぜウチに来るんですか?わざわざ戦車道が現状ないウチに」

 

「事情がありましてね、学校の方針的に置いておきたくないそうです。で、親御さんからも転校に関する話は伺っておりましてね、あなた方を勧めることも可能です」

 

複雑そうだな。立場によっては最悪その前の学校との関係が悪化することも考えられなくはない。亡命を認めるようなものだしね

 

「ふむ……となると、彼女をウチに呼んでも戦車道をやらないのでは?」

 

「やらせるしかないでしょうね」

 

「……ちなみに名前をお伺いしても?」

 

「西住みほ」

 

「西住、となると……西住流ですか」

 

名前くらいしか知らないが、戦車道の中では有数のものだったと記憶している

 

「その次女ですね。後継者ではない方の。姉のまほが隊長で、今年の夏まで彼女は副隊長でした。西住流といえば黒森峰ですが、今年の黒森峰がどうなったかはご存知ですね?」

 

「確か……夏の大会で10連覇を逃したとは伺ってますが」

 

「その時決勝で負けた際に、そのみほさんが川に落ちた戦車道の仲間を助けに行き、その最中に自車輌が撃破されて終了したそうなんですよ。そのせいで敗北の原因が彼女にあるとされてしまったようでして。

西住流というのは勝利を重んじる流派である上に、内部の、特に3年生からの反発が大きいらしくてですね、西住流としても扱いに困っているそうです。さらに学園の体面を保つためにも、黒森峰側もあまり置いときたくないそうで」

 

一回の負けでここまで追い込むとは……大人の身勝手というのも嫌なものだ。実際の3年生からしたら負けたせいで自分たちの推薦も危かったりするだろうから、そうも言ってられないのかもしれんが

 

「それで……ウチに来るという話になると。確かに黒森峰の副隊長ともなれば技術は相当なものでしょうね。一つ疑問なのは、黒森峰がそこまで毛嫌いする存在を受け入れても問題ないのか、という点ですね」

 

「厄介者を受け入れてくれた、とのことで収まると思いますよ」

 

「それと……やはりそれだけのことがあるのなら、ウチに来ても彼女は戦車道をやらないのでは……」

 

「もう一度言います。やらせなければあなたの学園に未来はない」

 

やらせる?生徒の自主性を重んずるべき学園都市で、選択の名がつくものを強いるだと?

 

「今から、しかも来年までに他の部活動で優秀な成績を残せるならば考えますが、そうなると資金面の優遇はできないですね」

 

確かに他に道はない……気がしてしまう

 

「我々としても戦車道を導入してもらうことにはメリットがある」

 

ここで竹谷氏が口を挟んだ

 

「戦車道で破壊されたものは連盟からの補助金により修復可能だ。先の震災での復興が万全でない今なら、大洗で市街戦をしても連盟からさほど嫌な顔はされないし、町としてもその資金で区画整理を実行できる。

ちょうどマリンタワーから大洗駅までを直接結ぶ道の建設計画があってね、それのために一掃しておけば建設が楽になる。場所は多少移れど、ほぼ無償で建て直されるなら町民からの反発も少ないしな」

 

観光面を再興するためにも必要、か

 

「それに戦車道の試合による観光収入も僅かではあるが無視できない。そこを起点に大洗をアピールすることもできる。同じレベルのものが開けるなら話は別だが、流石に無理があろう」

 

「確かにそうですが……」

 

だがこの決定は一人の見知らぬ少女の運命を決めてしまうことになる。しかも自主独立のための学園都市で。良心が足を引っ張る

 

「角谷さん」

 

思考の中に入ろうとするのを、辻氏の声が止めた

 

「彼女に対する良心の呵責で悩んでいるなら、それは素晴らしい。人間ならどこかで持っていてほしいものです」

 

そりゃそうだろう。人間なんだから

 

「だがそれを持ち出すのは今ではない。君は選挙で一年間大洗女子学園学園都市の民を代表する者とされたのだ。その責務を果たす義務が君にはある」

 

「それもまた政治の真髄の一部なのだよ、角谷くん

当選した以上、支持層の求めには応じなければならないし、自分を支えているのは世論であることを理解しなければならない。世論、いや組織そのものと少女一人、天秤にかけるまでもないだろう?」

 

「天秤に……」

 

人の運命、それを天秤に乗せる。その言い方に憤りはあった。だが可能な限り学園は残さねばならない。それは大洗女子学園に通い、その地に住み、その母港に実家を持つ者としても当然の帰結だった

 

「そして今、我々3人にはそれぞれメリットがあるのです。私は戦車道の普及を一歩進められ、深海産業に関わる知的財産を、国益を守ることができる。竹谷氏から見れば、戦車道導入は大洗再開発の支柱になるし、学園存続は町に必要なものだ」

 

そうなのだ、話に乗るのが早い。が、どうも乗せられている気がするのだ。少女の運命を変える云々を抜きにしても

 

「そして君は、その実績如何では危機に瀕している学園を守ることができる。名が知られて大洗港の修復に世論の支持が傾けば、君らにも大洗町にもメリットは大きい。

この三方よしの状況で、君が断る合理的な理由は無いはずだ」

 

そうだ……私は政治家になったのだ。あの干し芋片手の気軽な返事からその道に踏み込むことを決めてしまったのだ。そして何より、そこにしか実際可能性はない

 

部活には良くも悪くも受け継がれたものがある。彼らにこれまでとは桁違いの実績を求めるのは酷だろう。むしろ無理やりすれば反発を受けるし、急にどこかを贔屓したら他から総スカンを食らう

 

ある意味これまでなんの継承もなく、かつ生徒会が直接下部におけるもの。それがかつての栄光の時代、いや、新たな時代を生きる大洗女子学園の未来に繋がるなら……そしてその学園で……生徒が笑える時代を護れるのなら

 

「認めざるを得ないのでしょう。これまで何代と受け継がれた学園の伝統と気概を守る。それもまた……役目である、と」

 

運命を変えるとしても、変え方というのもあるだろう。決して悪い方向に一方通行ということもないはずだ。廃校まで時を刻みながら泣いて過ごす未来が良いはずがない

 

「分かりました。何としても導入してみましょう」

 

しぶとく粘り続けてやろう

 

「その通りです。これで大洗女子学園の戦車道導入に関してこの3人で合意ができました」

 

辻氏が不敵に笑う。やはり何かしらの裏がありそうだが、裏があったとしても乗るのが得策なのだ。逆に裏の目的があって向こうが実行しなければならない、という方が助かる

 

「その通りです。互いに事がなされるまではこの内容を話さないこと。各自各々の目的を果たすこと。これに関しては約束しても良いですかな?」

 

今度は竹谷氏が信用に関する取り決めを示した。私としても問題ないし、むしろやって欲しい

 

「私としてはその取り決めで問題ありません」

 

「私も、ですね。では角谷さん、西住さんに安心してきてもらうために、戦車道導入の正式発表はできるだけ遅くしてくださいね。学園に関してはこちらからオススメした後、関係者に説明しに熊本まで来ていただければ問題ないかと」

 

遠いな……だが必要な人材を確保するためなら安いか。機密費から出せばいい

 

「彼女がいなければ話になりませんからね。何とか秘匿し、人材を派遣しましょう」

 

「こちらも連盟に試合会場可能な場所として申請を出さねばな」

 

「連盟に関しては私から取り次ぎしましょう。世界大会関連でツテがあるのでね」

 

「辻さん、何かと申し訳ありません」

 

「良いのですよ。皆の利あってのものなのですから」

 

不気味だとしても、乗っかるしかないな。戦車道が無理ならこの道を諦めるしかないが

 

そのあとやっとこさ蓮根の炊き合わせに箸をつけられたが、多少美味しく感じられた

 

 

酒を交わさないとのことで八寸を抜きにして出汁のきいた吸い物をいただき、香の物を摘めば、あとは菓子のみだ

 

めちゃくちゃ美味しいお茶とともに餡の入った和菓子をいくつかいただいている最中、竹谷氏が口を開いた

 

「角谷くん」

 

「……はい」

 

先ほどの件に絡むことだろうか。かといって戦車道をやるまでは大したことはできないはずだが

 

「大洗町は……大洗女子学園により強力な政権が誕生することを認める用意がある」

 

「はい?」

 

だが聞こえたのは本当に関係なさそうな話だった

 

「……君たちの改革が急務なのはわかっただろう。スピードが求められる中、議会だの何だので話が纏まらなかったら意味がない。だから君がより大きな権力を持ってくれた方がこちらとしては有難い」

 

「……およそ民主主義国家の日本で出てくる言葉とは思えませんが」

 

「違うな。君も選挙で選ばれている以上、単に大統領により近づけ、というだけだ

今は事情が事情だろう。こっちの議会も大して反発するまい。戦車道導入とかで揉めたりしないよう、遠慮なくやりたまえ」

 

確かに……現状大きな壁となるのが戦車道の導入そのものと予算の合意が得られるかだ。どちらもクラブや職人連合辺りが強硬に反対してくるのが予想できる。もしそこら辺が抵抗し得なくなるなら、私のやっていた役目をやらなくて良くなるわけだ。手間が減る

 

だがそれは同時にこの前改革した議会の意味を薄れさせる、ということだ。一度手放した議会がどうなるか、将来に不安を残す形になりかねん

定期的に、それも頻繁に指導者を入れ替えざるを得ない学園都市においては、継承に正統性がある民主主義の方が吉なはずなのだ

 

「それ抜きでもこちらとのねじれや体制的に揺れることは避けて欲しいのだ。生徒会長が主導権を握ったとしても、生徒の自治という面は決して変わらないしな」

 

「……考えておきましょう」

 

それが精一杯の返事だ。直近の情勢は下に確認を取る必要がある。この先のことも含めてね

 

それ以降は深入りした話はなかった。私の財布から金がなくなることもなかった

 

「今後はよろしく頼むよ」

 

辻氏、竹谷氏から電話番号を貰って告げられた言葉も、かなり簡単なものだった。バラバラに帰ったまま、連絡一本入れてこの日は実家に帰ることにした

 



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第9話 力で

 

 

 

私は実に運のいい人生を送ってきたと思う。別にさっき飯を奢ってもらえたとかそういう意味ではなく、これまで特に人間関係とか学業で苦労した記憶もないし、こうしていつのまにか学園都市のトップまで登りつめていた。じゃんけんに負けたことがないことよりもそっちの方が大きいだろうな

 

今回も運がいい部類に入るのだろう。廃校一直線から外れる道を、それを本来執行すべき官僚から提示されているのだから。同じように候補に入っているであろう他校に対しても同じようにやっているのかもしれないが、ウチがそうであるだけでもプラスだ

 

だがこれを一人で背負うには重すぎた。私だって人だ。高校生だ。そして背負うのは学園都市3万の民の未来だ。秘密にしろと言われても、誰かと共有せねば私が潰れる

 

たまらず久々に寝転がったベッドの上で電話を取り出した。掛ける先は小山だ。ただ、幼い時からの付き合いがあり、私のことをよく知っていて、それでいて客観的に評価できる彼女に確認が取りたかった

 

「もしもし。杏、どうしたの?」

 

向こうはこちらの夜遅くの電話に多少困惑しているようだ。そもそも私自身今日は単に町長に挨拶するだけの予定だったのだ。それでいて電話。何かあるのかと考えたのだろう

 

「あぁ、小山。そっちは大丈夫か?」

 

努めていつも通りに話しかけた

 

「大丈夫かって……別にそんな大した案件どっちにもなかったでしょ?インフラなんて北部の道路修復工事くらいだし、学園課だって予算まで目立った案件無いじゃない」

 

「そうだけど、今日一晩そっち空けることになるしさ、確認だよ確認」

 

「ふぅん……で、何かあったの?予定だったら帰って来るって言ってなかった?」

 

「いやそれがさ、話をした後に食事に呼び出されちゃってさ。しかも町長直々にだよ……断りにくいじゃん」

 

「あぁ……確かにね。でもそれは、杏が信頼されていることの証明じゃないの?」

 

「それならそれでいいんだけどね……」

 

しかし……どう切り出したものか。廃校の話はできない。リークされた情報を伝えるには環境に不備がありすぎるし、信用の観点から見て公開されるまで出来るだけ留めねばなるまい

じゃあ戦車道か?それは学園課に問い合わせるしかない。そもそも戦車がまともに残っているのかも分かっていない

そうしたら、訊くこと、共に持ってもらうべきものは一つに絞られた

 

「なぁ……小山」

 

「どうしたの?」

 

「私は……独裁者になれると思うか?」

 

言い方は違うかもしれない。だが学園艦の政治情勢を考えれば、そう捉えられてもおかしくないことをやらねば達成はできないはず

 

「……どういうこと?」

 

「町長から……生徒会長の権限を拡大するのを容認する用意がある、と言われたんだ。この先生き残るには改革を進めていかないかんだろう、とね。実際その通りなはずだ

だけどさ、現状を考えると私がさらに権限を握るには、もはや独裁まがいのことでもしていかなくちゃいけなくなるだろ?」

 

「……そう……ね」

 

「小山、率直に言って欲しい。私にこれが出来ると思うか?」

 

向こうはしばらく沈黙し続けた。こんな話をいきなり振られてどう答えるべきか迷っているのだろうか

 

「……人としてなら、できる」

 

「前置きはともかく、その心は?」

 

「杏は相手がどれだけ上でも臆せず対応できる。今の大洗で学園外とも張り合える人だから、権力を握っても外部の協力を得ていけるはず、というのが一つ

そして……私は杏がやるなら、どこまでも支えたい」

 

強いね、やっぱり小山は。人に対してそんなことを簡単に言える人間はそうそういないよ

 

「……ありがとね。それで、前置きをしたのは?」

 

「その議会をまるごと敵に回しかねないのは、厳しいものがあるんじゃない?」

 

「……そこか、やっぱり」

 

「だね。生徒会はフォーラムと組んでるからやっていけてる。けど、いくらフォーラムといえど、私たちが議会権限を縮小する、とかし始めたら流石に無理があるよ」

 

「今から新党立ち上げとかは?」

 

「今から切り崩しはいくらなんでも無理でしょ。それにそこにリソース取られたら改革も進まないよ」

 

「そりゃそうだ。まずはOG会関連からやらないといけないしね。だとしたらできるのは……」

 

「フォーラムを……生徒会に従わせる。やれるとしたらこれくらいかな」

 

あの大与党を私の下に……か

 

「……かなり無理じゃない?すでに支持層もあり、支持基盤もあるからできたら強いけどさ。向こうも選挙対策とか幹事長クラスには2年生使ってるし、下から上がってくる奴もいるってことでしょ?」

 

「でもフォーラムだって今後も議会過半数は自力じゃ取れないだろうから、それに近づけるなら杏と組み続けるメリットは大きいはずでしょ

やはり都市内で杏の人気が高さがものをいうよ。投票率が80%以上という中で得票率7割近く。他に候補がほぼいなくて、という消極的要素はあったとしても、そこまでの大勝利なら自身の権限強化しても都市民からは大きな反発は起きないと思う

都市民の反発がないなら、フォーラムだってその世論にはそうそう逆らえないよ。議会の範囲を市民にまで広げた今なら尚更ね」

 

「だからといって私の命令に従うようになるかは別じゃないかい?」

 

「そこなんだよね。現状実際に議会に影響力持っているのはフォーラムなわけだし、かといってフォーラムの力を落としてクラブとかが躍進されても困るし……」

 

「……ま、いろいろ考えてみるよ」

 

だが向こうは電話を切ろうとしない

 

「ねぇ杏」

 

「どうしたのさ?」

 

「……その力で、何をする気なの?」

 

「え?」

 

「だって直近でそんなに大規模な改革、少なくとも議会で調整できそうにないものってないじゃない。OG会の統合だって予算の増加を考えたらどこも反対なんてどこもするわけないし、この前の議会改革以上に敵を作りそうな案件なんてそうそう無いでしょ」

 

そう来たか……来てしまったか……

 

「……これからきっと、大規模な改革が必要になるからさ」

 

これで……誤魔化せてくれ。戦車道のことを言いだすには早すぎる

 

「ふーん……そう。じゃ、また明日」

 

「あ、ああ……」

 

まぁいい、確認取るまでだ。しかしなぁ、小山にもかーしまにもいえぬ秘密を抱えるとは……あんまり気分いいもんじゃないね。流石にちょいと話したから潰れはしないけど

 

しかし……今まで学園の道を決めてきた議会、その力を奪うのはやはり厳しいものがあるね。そもそもの選挙区からの選び方も絡むし、組織力と支持基盤もある。そこら辺をうまく削りつつ、野党も封じ込めていくしかないか……

 

クラブ……かねぇ。あとは職人辺りをなんとか切り崩すか……今日得たツテも使って考えてみるか

 

さて、次だ。今度は別の番号にかける

 

「はい」

 

相手は学園課の副課長の田川。年は一個下だ

 

「あー、田川ちゃん。私私」

 

「課長。こんな時間にいかがなさいましたか?」

 

「急で悪いんだけど、ちょっと一つだけ確認取って欲しいものがあるんだけど、明日私が帰る前にお願いできる?」

 

「……確認ですか?」

 

「そーそー。書類があるかってくらいでいいから」

 

「その程度なら構いませんが、何の書類ですか?」

 

 

「昔やってた戦車道の書類、集めといてくれない?」

 



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第10話 再びの

 

 

 

帰った私は田川ちゃんから貰った資料を読み込んでいく。時折最終決定を求められることもあるが、だいたい内容の予測はついてるうえ、ほぼ問題なく通過するから、さほど時間は取られない

 

さて、貰った資料を漁ってみる限り、戦車はあるにはありそうだ。売れなかった戦車や一部は意図的に売らせなかった戦車を学園艦のあちこちに隠しているらしい。向こうの辻氏の予想していた通りだったわけだ

しかしその数はほとんどない。隠す手間かけるだけ数は増やせなかったのだろう。おまけに資料には件の売却したことにしてある会社と戦車の名前しかなく、倉庫に1輌ある他は場所すらわからない

 

とにかく今回の資料で目算がついただけでも7輌。資料に残さなかったものを含んだとしても、10輌いけば御の字だろう

 

つまり無理だ

 

ハハハ、この状況で戦車道で名を残せだと?nice jokeにも程があろうに

 

調べたところこの高校生の戦車道の全国大会、テレビ中継されるのは決勝のみ。つまり決勝戦まで行かなければ我が校は全国区にはならない

で、その手前の準決勝の最大車輌数は15。決勝だと20になる。対してウチは多くて10。しかも早くても4月から掻き集めただけの素人たち。どう考えても幼い頃から鍛え上げているメンツの集まる黒森峰、プラウダの精鋭には勝てん……でしょ、実際問題

 

いやだってさ、今から弱小校を来年の甲子園で優勝させるとかさ、考えてごらんよ。無理

 

そしてかつての財政状況も確認しているが、戦車道が財政を圧迫していたのは事実のようだ。もっとも成績が良かった時代は多少の使いすぎも黙認されていたようだが、バブルがはじけて金が足りなくなってそこを追求され、あっという間に廃止となったらしい

 

だろうな、当時の私が同じ立場だったとしたら、これは多分切る。理念や題目のためにも学園は存続させねば話にならないし、当時は湾岸ジュリアナの覇権の後で戦車道は退潮気味だったんだからなおさらね

 

戦車道は一にも二にも十にも百にも金がかかる。練習するだけでも練習用弾薬、燃料、車輌整備費用。そして戦車は大概燃費がクソ悪い。それを何輌も動かしたらあっという間に何十Lものガソリンが排気ガスに変わってしまうようだ。試合になったら何だ。学園艦動かして試合会場まで自前で運んで来いだ

 

で、それでいて本来そこまで都市にメリットはない。軍隊に生産性を求めないのと同じで、別に都市の経済状況を好転させるわけじゃない。金食い虫にもかかわらずね。ま、試合開催での観光くらいか?

だからこそ今戦車道ができるのは金がある私立ばっかりだし、大金を握っている有力な学校が毎回ベスト4以内を占めるということになっている。権威の象徴といったところか

 

これが学園都市の治安維持に役立つとかならまだ多少の支出も目を瞑れるが、ウチにはそれはいらん。その点は風紀委員で何とかなる

 

つまり大洗に戦車道を導入するメリットは、学園の廃校回避さえなければ正直ないのである

 

さて参った参った。ああ言ってしまった以上できる限りはやらねばならないが、ハッキリ言ってフォーラムすらこの話に乗ってくるかは疑問符がつく。他の党なら尚更だ。こうなっては予算が通らなくなる

いやそれ以前だな。生徒会内部すら纏められるか……

 

だが好材料もないわけじゃない。件の西住みほ、という少女に関してだ

この少女、日本の高校生の中でも5本の指に入る逸材なのは間違いないらしい。本屋で見つけたちょいと古めの戦車道雑誌にも、彼女のことは結構しっかりと書かれていた。で、辻氏が話していた西住流や黒森峰の対応もその通りのようだ

正直気分のいい話じゃないが、きっと元老層の反発を考えると流派としてはそうせざるを得ない、って感じかな

 

確かに彼女を引き込めれば大きい。だがそれだけだ。彼女一人で勝ち進めるほど甘くはない

なにせ彼女の姉、高校生最優秀選手の西住まほが黒森峰の精鋭を率い、今年その黒森峰を破った立役者のカチューシャがプラウダを率い、そして物量のサンダースに古豪聖グロリアーナ。だいたいここら辺に5本の指の残り4本はいる。このうち最低一つを破っていかねばならないし、しかも他の学園もある

 

やっぱり無理じゃん

 

有用な点もなければ道も全て塞がってるよこれ

 

はぁ……しかし約束は約束だし、他に学園を残せる道があるわけじゃないんだよね。他で実績を残すのは無理だし、学園艦で籠城戦するわけにもいかん。今から急に来年の志願者数が倍増するとも思えないし、釣る餌を準備できるわけでもない

やるしかないとなれば……どうにかして戦車道の有用な点を示すか……いや、それともフォーラムをこの案に取り込むか……

 

フォーラムにこの案を呑ませる。それはかなり厳しいだろう。支持基盤が普通科とか情報科、商業科だけに、一般生徒が所属している部活動の援助額に響きうるこの話は、易々と受け入れられる話じゃないはずだ

戦車道に大金を割くのは彼らの党是である相応予算とも合わないし、私と完全にべったりと示すのも有権者受けが悪い

 

かといってフォーラムと手を切るのも少なくとも今じゃない。生徒会内部にも隠れた支持者がいるから、そこら辺が面と向かって手切れされるのも痛いし、野党第一党のクラブはあまり信頼できない。向こうもこれには流石に乗ってこないだろう

 

それに何といってもフォーラムは総議員数281人とでかくなったとはいえ、未だ過半数を取っていない。前に通せたのは海の民やクラブからも造反がいたからだし、何より町内会系の無所属をほぼまるっと取り込めたのが大きい。

しかし今回ばかりは町内会系も全員OKとはなるまいし、そんなに造反させられまい。そうじゃなきゃ野党が廃るとか言い出すだろう。さてどうしたものか

 

「……またどっか取り込めないかねぇ〜」

 

「どうしたんですか?課長」

 

悶々としていると、近くを通りかかった一個下の部下に独り言を聞かれたらしい

 

「ん?あぁ、いや。ちょっと考え事」

 

「なんか問題ですか?だーいじょぶですって。課長が生徒会長なら大概の問題は市民の支持得られますって」

 

「そうかね?」

 

「そりゃそーですよ。それじゃなきゃあんな得票率来ないですよ」

 

「それもまぁそーかもしれないけどさぁ」

 

「それに私みたいに4年も5年も側にいる人間からしたら、課長なんてなんでもサラッと干し芋食べながらやっちゃってる人に見えますから、きっとそのまま会長に就任されて、そして退任されますよ」

 

「そうだといいねぇ……」

 

「なんですか。課長らしくないですねぇ」

 

「いやさ、この立場になっちゃうと学園のお先が見えてるから怖いんだよ」

 

「こりゃ驚きましたね。課長ほどの方にも怖いものがあったんですねぇ」

 

「フォーラムがもうちょい強ければこうも悩まなくて済むんだけどさ……なんかできない?」

 

「フォーラムをですか?いやぁ、きついんじゃないですか?会長の選挙制度改革で取り込めた無所属が精一杯かと思いますよ。それ以外のところは支持基盤あるところだらけですからねぇ……」

 

支持基盤か。無党派層が流れがちなのはクラブぐらいだが、それはクラブもそこそこ大きいから惹きつけられるわけだ。他の支持基盤はその党に自分たちの願いを託しているから、その本質には切り込みづらい

 

「支持基盤……ねぇ」

 

私の中に一筋の光が宿った。かなりの技だ。だが、これができれば……やれる……かもしれない

 

だがこれにより第1党が確立されれば、そこの権力も自動的に強まる。敵対したら私を阻む議員条例案、という形のフリーハンドを渡すこともできてしまう

 

それでも、やるしかなさそうだ。まずは年度中に勝負を決めるしかないんだから。冬休みをまた亡き者としてまでも

 

「……やるか」

 

「何をです?」

 

「今再びの大改革さ」

 

 



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第11話 ローテーション

 

 

 

まずは直近の休みの日、標的に近い備品管理局長と小山を呼んで考えを伝えてみた。備品管理局長の三崎ちゃんによると、まずこの方針を支持基盤に呑ませるのがかなりの難題だろうとのことだった

 

被服科、農業科のローテーション実習システム導入による学費格差の是正

 

すなわち設備などの理由から学費が普通科より高めのそれらの学科の学費を、彼らの短期研修名目の実習による生産と引き換えに取り消すというものだ

 

これにより表面上の学費が対等になれば、職人連合はフォーラムへの抵抗の意義を失う。結果としてそれを実現したフォーラムに接近する、公正会の時に近い技だ

 

だがハッキリ言って裏は見えているようなものだ。それに何より……

 

「被服科の教員陣がこれに同意するか見通せません。ローテーションということは授業時期にも時間差が出ることになりますので」

 

「各期間の教員の負担はクラスが減るから減る、それでなんとかならないかい?」

 

「そうなると現状組んでる授業スケジュールを大幅に組み替えることになります。被服科だけでも教員が100人以上いるんですよ?その全員の合意を得て進めるのは、しかも今年中は……」

 

「それに杏、これだと研修で利益出さなきゃいけないでしょ?農業科は農協に卸せばいいけど、被服科は企業呼び込んでやるなんて可能なの?」

 

「そこに関して、またその相手企業も信頼できるところでないと、説得はできないでしょうね。さらに農業科は既に実習を行ってますから、そこからさらに拡大することへの反発も避けられません」

 

「被服科ならまだその点は進められるかもしれないけど……それ抜きでも今年中は厳しすぎるよ」

 

時間がない

 

今はもう11月下旬。ここから4月の開始は教員陣の説得で精一杯、というのが2人の見解だ。来年のスケジュールは結構埋まっている。これを学科一つ分ひっくり返すのだから無理もない

 

「……時間ね」

 

「少なくとも来年度から導入は避けるべきでしょう。それとこの人員ローテーションを呑んでくれる企業の確保。そこ次第かと。それ抜きでもかなり厳しいでしょうが」

 

「……分かった。話が聞けてよかったよ」

 

「……はい」

 

だが……

 

「企業はアテを探ってみるよ。あとは学科への持ち込みも」

 

「は」

 

「え?やるの?」

 

「……他に……職人連合をフォーラムに取り込む上で有効な策があったら聞くけど」

 

「職人連合を……ですか?」

 

「杏……」

 

「そうだ。私の代で、学園の闇には霧散していただくしかない。その為にも……フォーラムを強くさせつつ、恩を売る

これさえ通れば普通科と農業科、被服科の学費の差はほとんど無くなる。そしたら職人連合がフォーラムと対立する理由は無くなるさ

その為に他にできることがあれば聞くよ?」

 

「た、確かにこれができれば大きな恩を売れるかもしれません。しかし……できなければ意味がありません!」

 

「……杏」

 

小山が一際低い声で私を呼んだ

 

「本当に……何を……考えているの?」

 

「簡単な話さ。私たち生徒会が予算の主導権を握る。部活とか学科とか、そういう枠があるから議会だと妥協した代物しかできない。

真に改革を成すには、私たちが決められる状況を整えるしかない。その為には……フォーラムを強くした上で貸しを作るのが早い。

結局のところ政治はゼニさ。何をやるにしてもその為の金がなきゃ始まらない」

 

「それができたら確かに大きいよ。でもそもそもの改革は何をするの?」

 

早いが……小山相手だったら潮時か

 

「三崎ちゃん、話をありがとう。すまないけど、戻っていてくれるかな?」

 

「……分かりました。しかし私からその案がかなり不可能に近いものである、とお伝えしたことはお忘れなく」

 

手厳しいね。流石は生徒会の部下だ。官僚として現実主義じゃなきゃやっていけまい

だが政治は半ば理想主義だ。まず一度理想を立てて、その後にそれを現実と調整する。そうしなくちゃその組織は現状維持、そして衰退しかできない

 

「で、杏。何をする気?」

 

「……何を言っても驚かないかい?」

 

「……杏が私にさえ言いたがらないってことは、よっぽどのことだろう、とは思うけど……」

 

「よっぽどのことさ。なにせ戦車道を復活させようっていうんだから」

 

「戦車道?」

 

「そう」

 

とりあえず一回理解の追いついてない小山は置いておこう。本題はここからだ

 

「……何のために?」

 

「学園の威信と象徴的存在の確保。そしてそれを生徒会直轄にすることによる生徒会の影響力拡大」

 

これらが欲しいのも嘘ではない。風紀委員会は治安維持には必要だが、反発されたら抑えられないのも事実だしね

 

「それだけ?」

 

「戦車道やると戦車道連盟から補助金が出るし、寄付金回収の名目としても大きいね。大洗の住民にせよOGにせよ、戦車道の栄光の時代は輝かしい記憶だろうし」

 

だとしても苦しいね。そんなのがあっても戦車道やる事と比べたら微々たる利でしかない

 

「やるとしても……人材は?」

 

「選択必修科目で」

 

「……戦車そのものは?」

 

「廃止される時に隠された車輌がある。書面上そうなってるし、倉庫にあるのは私が確認済み」

 

「……確かに戦車道をやろうとするなら、フォーラムの拡大は必須になるね。だけどこれを取引の材料にするのは……」

 

「だけどさ、小山」

 

「はい」

 

「現行の部活の中でいきなり名を残せるところってある。いや、部活だけじゃなくていい。学園の諸々の中で広く名を売れるものって、ある?」

 

「ないね」

 

即答するなよ。悲しくなってくるだろう

 

「はっきり言ってウチの一番の問題は知名度と強みがないことだ。そして無理に作れるだけの権限も今はない。だとしたら、その二つを同時に捌く策がいる。というわけで考えたのが今回のやつってわけ」

 

「そういう事だったのね」

 

「あとは戦車道をやってるところってだいたい有力校だから、ウチみたいな弱小がそこらと外交的な繋がりを作れるのも利点かな。というか、作らざるを得なくさせるんだけど」

 

「でも……どちらも実現性低いよね」

 

「そりゃそうさ。だがそうしてでも私は、この学園をより長く生き延びさせる道を作りたい」

 

「そこはそうだけどさ……」

 

出まかせばっかりだ。半分以上はそうだと言っていい。こんなもので小山を説得できるかは疑問だが、新副会長という立場もそうだし、友人としてどうしても味方に引き入れたい

 

「戦車道に関して話は分かったけど、それでもやはり被服科と農業科は急には厳しいと思う」

 

そこは厳しいんだが……

 

「だったら他を切り崩したり、将来的な補償にしたりした方がいいんじゃない?」

 

「小山……」

 

「杏が考えなしにこんなことするとは思えないし、なら私は……言った通りどこまでも協力するよ」

 

「こんなことって……」

 

「勝算、あるんでしょ?」

 

あんまりないんだなこれが

 

「……多少はね」

 

「それにしても、杏の方針自体は悪くないはず。支持基盤を切り崩してフォーラムに合流させ恩を売るっていうのは、生徒会の議会に対する発言力を高めていくならいい案だと思う」

 

「というかそれくらいしないと脆弱な与党は変わんないよ」

 

「それはそう。だから、被服科と農業科も見据えつつだけど、まだあるでしょ。専門科」

 

「あとは……船舶科と商業科、情報科、栄養科、水産科くらいかい?でも商業科、情報科は学費格差ほぼないし、栄養科は農業科に近いし……」

 

「だとしたら……船舶科だね」

 

「船舶科……ね」

 



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第12話 下から上

 

 

船舶科

 

大洗のヨハネスブルグとか呼ばれる艦底から艦橋の上まで、という上下に幅広く住む者たちである。そしてその位置はそのまま、彼らの立ち位置と話の通じやすさを物語る

 

艦底側は自分たちで金を稼いで、さらにその金を奪うべく抗争している。一方で艦橋側は既にあるローテーションの下、日々8時間働いて6時間学校行って学費をチャラにしている

 

学園艦がなくなることで一番被害を受けるのもここである。学費がタダな分船舶科はどこも定員近いし、そもそも定員多くしてないから廃校になったとして彼らがそのまま転校先の船舶科に転がり込める保証はない

 

てな訳で廃校がらみになれば話を通しやすいところだ。だがそれを伝えていない現状で丸め込むとなると……

 

「労働時間短縮だよな」

 

「そうね。それが早いはず」

 

「けど今までできてない」

 

その理由は単純だ。頭の数が足りないのだ。頭数はいるんだがな

 

船舶科は8時間3ローテで働いている。これを6時間4ローテにすると、艦長や航海士、通信士、機関長、機関士など専門職ももう1ローテ分用意する必要があるが、はっきり言ってそこら辺は中学の頃から勉強しまくって資格試験を突破した者達しかいない。一朝一夕で増やせるものではないし、数を増やそうとしたって応募者数が増えるものでもない

 

というより本当にそれがやすやすと出来る船舶科に来るような人は、だいたい他の私立や名門校に行く。大洗に来ている時点である程度は察せるレベルなのだ

 

艦底が出来てしまうのも、船舶科に多く必要なのが海技士資格を持った専門職であるのが大きい。専門職を配置した上で部員としてその部下を配置している

が、かといってそんなに部下を増やしすぎると管理不能になる。残りは職なしのあぶれ者にならざるを得ないから、というのがある

かといってそこの枠を不用意に縮小すると、学園の退潮を見せつけることになってしまう。技術的な省力化などを提示できれば別なのだが、もともと教育局からも船舶科削減は避けるようにとある

候補に入っている中で、表向きはそれに逆らうわけにはいかない

 

「……将来的な改革案の実行で呑ませられないかな?」

 

「厳しいんじゃない?今の生徒にはメリットがなくなるんだし」

 

「そこだよね……」

 

有権者は利己的だ。結局自分たちに利益がなければ、こちらの求めるようには動かない

 

「……艦底にいるメンツの中で技能ある奴とか混じってたりしないかな?」

 

「いないんじゃない?じゃなかったら上で雇われてるでしょ」

 

「それも……そうか」

 

……まぁ、薄く期待するか

 

「なんだったら桃ちゃんに行かせたら?」

 

「かーしまにか……そうだな。可能性が僅かだとしても、探りを入れるだけなら悪くはない」

 

「それにしても、私のあの被服科の案は、将来的なら通るかね?」

 

「向こうが対応可能ならね。現場経験つけさせる、とか言えば悪い話にはならないと思うけど。学費も休み期間だけなら普通科より少し安くしたくらいにはできるだろうし。それが労働の対価として、となるなら、船舶科の先例もあるから普通科の反発もほぼないよ」

 

「あとは……企業次第で航路が決められる可能性か……」

 

「そこら辺は割り切らないと金が手に入らないよ」

 

「そうだねぇ……」

 

こうしてみると地場産業に政治が左右されるのがよくわかるものだ。叛かれて町から出て行かれる方が損害がでかい

 

「難しいけど……私たちの後に、禍根は残したくない」

 

「それはそうだね」

 

そこに同意が得られるなら、もう心配や不安はない

 

「だから……やるか、小山」

 

「やろうよ、杏」

 

突き進もう

 

 

 

ということでまず艦底の確認だ。かーしまを呼び出してお銀のところに行かせる。地下に資格持っている奴が転がっているのかの確認だ。かーしまの家の事情も考えて、使う金は仕事だからと機密費扱いにした

機密費の中身は公開する義務はしばらくないし、公開されても痛くも痒くも無い。必要なことだし、艦底に関してはもう風紀委員が喧伝してるから、そのこと絡みだなんだと言えば反論できまい

 

かーしまなら向こうでも顔なじみだから、護衛なしでも何とかなる。逆にかーしまが襲われるとかなれば、お銀派相手なら手を切るような事態だし、お銀派以外ならその派ごと壊滅させる

もっとも前者を取ると艦底は乱世に逆戻りだから、できればやりたく無いがね。そしたらお銀派が厳しくなるのも向こうは知ってるはずだし

 

なんだか金王朝を思い出すが、向こうは束になってもモンゴルみたいに甲板には侵攻できない。流石に人口比と風紀委員を舐めてもらっちゃ困る。なんなら自警団を編成してもいい。向こうの陣地の艦底だとキツかったけど、こちらの陣地なら負ける道理はない

 

 

そんなこんなでかーしまを送り込んだ結果、いるにはいる、となった。資格持ちでも3ローテの枠的にあぶれているものがちらほらいるようで、そういうのは派閥の参謀役とかを担っていることが多いらしい

ただ、もう1ローテ組める分の資格保有者がいるかは分からない、とのことだった。上もいざという時の代役で補佐役付けてたりするしね。そこを取ってくるわけにはいかないし

 

となると、各派閥に分かれていることになる。あとは上にいる余りも取り込めはするだろう。問題は……

 

「その参謀を各派が放出することに応じるか、だね」

 

「はい。壁はそこになるかと」

 

既に艦底ではそれなりに良い暮らしをしているであろう彼らが、果たして上で働くのに応じるか、もあるが、何よりそれを派閥に認めさせる必要があった。参謀とかなったらトップの腹心だったりするだろうしね

 

「……かーしま」

 

「はい」

 

「お銀は動かせそう?」

 

「……断固反対、までとはいかないでしょうが、厳しいかと思います。それなりに艦底側にメリットがないと……」

 

「艦底に……メリット、ねぇ」

 

そもそも存在しないに越したことはない艦底だ。我々にはメリットがない。なのに向こうに利を与えねばならないとなると……

 

「風紀委員か」

 

「ですね。やはり下手に妥協して反発するとしたらそこかと」

 

風紀委員会にとって艦底は何度も鎮圧しようとした仇敵。それによって損害も受けてる。仮に艦底にメリット、例えば各派を公認しようとするとかなれば、何かしら反発してくるのは想像に難くない

 

「……そういえば、お銀派の参謀役って誰だっけ?」

 

「は、壊血病のロイヤル、とかいう奴です」

 

「壊血病ねぇ……なかなか海賊にしちゃ縁起の悪い」

 

「他も竜巻とかサルガッソーとかなので負けず劣らずかと」

 

「そうかい。で、どんな奴なの?」

 

「はい、それがですね、こいつなかなかの荒くれ者ですよ。参謀役なのに他派との抗争に自分から突入したりとかは聞きますし。頭はキレますが、何より見た目からして……」

 

「ふぅん……」

 

見た目は大した問題じゃない。だが現状に不満が溜まってそうな感じかな

 

「そういえばお銀派って他に頭のいい奴っているの?」

 

「下の学年には何人かいるみたいですね。そのロイヤルが目をつけて引っ張ってきた奴らで派閥内の雑務等を回しているようです。今のお銀派を支えているのは間違いなく彼女らでしょうね」

 

なかなか官僚肌みたいだね。ということは、お銀派の実情についてもよく知っていそうだ

 

「……いけるね。そこからだ。そこからならきっと艦底側はいける」

 

「は、はぁ……」

 

「かーしま、このロイヤルって奴と話せる場所、とれるな?お銀派の幹部に知れないような場所で」

 

「お銀派の幹部にも、ですか……厳しいでしょうが、やってみます。ですが流石に向こうも上には出てこないでしょうから、艦底のどこかで私が同席する形になるかと……」

 

「オッケー。それでよろしく!あ、干し芋あげる」

 

「いりません」

 

いっちゃったか。貰えるものは貰っときゃいいのに、変に気を使う節があるんだよな。かーしま

 

 



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第13話 ロイヤル

やりますよー


 

 

 

そんなこんなでかーしまのおかげで手配は済んだ。結構気軽に応じたらしい。やはり機会はあるようだ

 

艦底の一角に、私もかーしまの案内で向かった。あいも変わらず治安が悪いというのは間違いないらしい。煙臭いし足元はゴミだらけ。これでもマシになったというのだから驚きだ

 

着いたのは薄暗く裸電球ひとつ照らす部屋。椅子がいくつか置かれているだけで他には何もなく、鉄板がそのまま光を反射している

 

「ここかい?」

 

「はい、ここなら色々と気づかれにくいだろう、とのことで……」

 

「ふーん」

 

確かにここの廊下は同じような部屋がいくつも並んでいる。ここだけに目を向ける人はいないだろう

 

「済まないね。桃さん」

 

少しして、ノックして扉が重く開いた。お相手の到着のようだ

 

「案内するつもりだったんだがこの前の処理が遅れてね。悪い悪い」

 

小柄な少女が、その身に会わず低めな声でかーしまに近づく

 

「そうか、私がここ知ってたから大丈夫だったぞ」

 

「ありがとね。んで」

 

やっと顔がこちらを向いた。左目に眼帯をして頰に縦長の傷が入っている。なるほど、見た目が厳ついのは事実なようだ

 

「こちらが次期会長様かい?」

 

「そ、そうだ。余り下手なことは……」

 

「しないよ」

 

そう言って私の向かいに椅子を置いて、座面を手で確かめてからドカッと腰掛けた

 

「で、角谷さんだっけ?よろしく」

 

「そう。そちらはロイヤルとでも呼べばいいかな?」

 

「なんとでも呼べばいいさ。んで、貴女が直々に出張ってきて、そして私にだけ……とはどのような要件かな?」

 

「君、何か資格持ってる?」

 

直球で攻める。通じるところはあるはずだ

 

「……一級海技士の通信」

 

「一級……ってことは、この学園艦でも働き口はあるわけだ」

 

「……一応な。こんな事を訊いてくるとは、あれか。あんさん、もうひと枠船舶科のローテでも作る気か?」

 

頭の回転が速い、というのも嘘ではないらしい

 

「よく分かったね」

 

「ここでそんなの気にすんのは参謀にするか否か考える時しかないからな。生徒会に参謀役はいらんだろ?だとしたらこの資格がいるのは、私をまた上で働かせよう、という人間くらいだ。そして直近、上で人が欠けたって話はない」

 

「なるほど。それが分かるなら話は早い。君、上に戻る気はないか?」

 

「無理だね」

 

早いな

 

「……私は無理だ」

 

「どうしてだい?資格はあるんだろう?」

 

「もう切れてるよ。それにまた受けたって受かるわけがないんだ」

 

受かるわけがない……そこが重く来ている

 

「受かるわけがないって……」

 

「身体検査」

 

かなりぶっきらぼうに言い放たれ、私の言葉は遮られた

 

「現役でもこれに引っかかったら仕事ができない。そして私はこの目だ。見るかい?」

 

そして彼女は、ロイヤルはその眼帯を外した。まさに紫に染め上がり、皺くちゃに閉じられた瞼。明らかに、光は入っていない

 

「これさ。通信士とはいえ、この目じゃどんな身体検査も通りやしない。私に上に戻る資格はないんだよ。

上で一緒に勉強して、そして私より出来の悪い奴らの下についてペコペコする部員になるくらいなら、こっちの方がまだマシだ。乱闘騒ぎも悪くないぞ、会長さんよ」

 

「ロイヤル……そういえばお前また出張ったそうだな」

 

「これだけは桃さんの頼みでも止めねぇですよ。安心してくださいや。私が飛び込むのは絶対勝てるから起こした騒ぎのみ。時々前線行かないと参謀は見放されちまうんでね」

 

なるほど、確かにこの怪我は直せる代物ではあるまい。かといってここで切るわけにはいかない

 

 

「私はこうだが……」

 

と思っていたら、向こうから話し始めてきた

 

「他にやると言い出しそうなやつは、いるかもしんねぇなぁ」

 

「え、それは艦橋で働ける人?」

 

「そう。例えば西北会の向井。あいつは元々艦長候補だったやつだったな」

 

「西北会か……余り聞かないな」

 

「そりゃ、十数人のちっちゃい派閥のトップでしかねえっすから。でも相当の切れ者ですぜ」

 

艦長候補……そんな人が

 

「どうして……艦底に?」

 

「他の艦長候補の奴と大喧嘩して辞めてきたらしい。その後その西北会を作って、こうしてウチが他を押し込んでる中でも、のらりくらりと交わして上手くやってやがる

あいつがもうちょいデカい派閥にいたら、ウチらは結構ヤバかったな。頭の良さなら私より上だ」

 

使えるかな……

 

「あいつは言動のせいで艦長になれなくて、他の艦長の下につきたくねぇ、って辞めてきたからな。他の艦長として肩を並べる、これなら妥協できるんじゃねぇか?

あとはそうだな……ほら、青森連合の鮫沼。桃さんも知ってるだろ?」

 

「ああ、あそこのか」

 

「あいつ機関の一級持ってたはずでっせ」

 

しかし……よく話すな。この人

 

「あとは通信の二級ならちらほらいたはず」

 

「君、よくそんなに話すね」

 

「そりゃ、ある意味商売敵だからな。上が吸い取ってくれるなら悪い話じゃない」

 

「で、君たちには?」

 

「ん?」

 

「この艦底のかなりを占めるお銀派だ。そういう人材もいるんだろ?」

 

「……私がこんな地位にいるんだぞ?」

 

「だが、いるんだろ?」

 

いないわけがない。ここまでデカくさせたのだ。頼る奴も増えてくるさ。向こうとしては他派の資格持ちに目を向けさせる気だったらしいが、その分お銀派にもいると示す結果になる

 

「……そう言われちゃ、こっちは何も言えないね。きっと上のデータ調べりゃ出てくる話なわけだし」

 

「それを出せないかい?」

 

「引き換えに何をくれる?流石にタダじゃ他が納得しねぇ」

 

やはり、これくらいしかない

 

「各派の生徒会による公認」

 

「各派の、ねぇ」

 

「すなわち現状維持の承認だ。お銀派としちゃ現状最大勢力だし、そんなに悪い話じゃないと思うけどね」

 

「足りんな。もう一つだ」

 

「ほう……」

 

「各派人数は同じ、これでどうだ?」

 

「相対的にお銀派の負担を軽くしろ、と」

 

なかなか図々しいな

 

「抗争を防ぐならこれが大きいぞ?それに生徒会に近いところが相対的に強くなるなら、一番いいのは艦底管理したいあんたらじゃねぇか」

 

お銀派以外との関係は現状ほぼない。そうなるとこれも理屈として成り立ってしまう

 

「こっちとしてもお銀とかを説得せにゃならんのでね。あいつらは理屈より利益の方が早いぞ」

 

「ええい、わかった。それでいい!」

 

「会長!宜しいのですか?」

 

「希望者募集はかけるけど、それ以外は各派から同数集める形で進める!」

 

「なら乗った。それにしても……風紀委員はどうすんだい?」

 

「こっちで説得する」

 

「できんのかい?言っちゃなんだが、ウチらを最も毛嫌いしているところだぞ?」

 

「だからこそ、できる」

 

「……まぁいいか」

 

ここまでトントン拍子に話が進んだところで、私は一つの疑問をぶつけてみた

 

「それにしても……」

 

「ん?」

 

「君さ、よく話に乗ってきたよね。そんなに艦底にとって都合のいい話じゃないのに」

 

「あんさんが言うか。まぁそうだろうけどさぁ……」

 

赤毛のウエーブをかけた髪を撫でながら、バツが悪そうに話しを続けた

 

「ウチらは、もうはっきり言って上に抵抗できる力は削られてきてんのさ。撃退こそしているが、風紀委員の鎮圧作戦もこっちにダメージがないわけじゃない。言いたかねぇが、あんたらからの援助金がなければ首が回らない、というのが実情だ。お銀すら話してもなかなか分かっちゃくんねぇがな」

 

艦底のこの地位の者が話しているところを見ても、やはり事実らしい。ありがたい話だ

 

「補給能力から考えて、総力戦でジリ貧になるのはこっちだ。そんな中で生徒会との関係悪化はあっちゃならんだろう?」

 

「それはその通りだ。まぁこちらとしても下手に関係悪くしたくはないけどね」

 

「それは助かる。私も今でこそこの地位だが、元は自棄っぱちになってこの艦底でお銀に助けられた身だからね。多少はこの場とお銀に恩返しせにゃならん」

 

「そのためにお銀派に少しでも有利な状況を、って感じかい」

 

「そういうこった。その為の案をあんさんが呑んだし、その件に関してはこっちも協力する。私が隗となってもいい」

 

「かい?」

 

「お銀派の参謀として名が知られてる私が率先して賛成して参加すれば、他派も容易く拒否はできまいよ」

 

「ああ、まずは隗より始めよ、と」

 

「そういうこと。艦底の奴が艦長になるなら、私は部員にでもなってやろう」

 

「いいのかい?それを嫌ってるんじゃ……」

 

「ここでの苦しみを知ってる奴なら、まだ上手く付き合えるさ。艦長になるであろう向井の野郎の下なら、上の井上とかいう奴よりは百倍マシだ。それに……いつかはこんな場所、無くなった方がいい」

 

「そりゃそうだ。学生の本分を果たした方がいいさ」

 

「……ちげぇねぇ。折角こんな土地に故郷を捨てて住んでんだしな」

 

 



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第14話 一人の少女と反発

 

 

そしてそれと同時に、我が校はある一人の少女に触手を伸ばした。とはいえ案内書を黒森峰経由で送っただけだが。黒森峰ほどの有力校なら我々みたいなちっこいとこは気にも留めているまい。心付けを手紙と一緒にお送りしておいたし

 

ウチは今のところは戦車道をやると公表するどころか、やることすら決まってないからな

 

このことを辻氏に伝えたら、

『私からも伝えておきましょう』

とのことだ。きっとうまく行くだろう

 

 

西住みほ。今の所彼女を呼ぶのは学園内で孤立していると掴んでいる戦車道をやっているところぐらいだろう。それを彼女は断るはずだ。状況を考えれば当たり前だな

だから戦車道をやってない私たちからの誘いは目立つはず。普通戦車道をやってないところからしたら、本来わざわざ個別で誘う価値はないんだから

仮に彼女が来たとしても、彼女の思いとは裏腹にその才能は逃さないがな。なんとも言えない話しだが、我々としても政治家としてやるべきことをやっていかねばならないからね

 

やむを得ないさ

 

 

そんな話もあったが、ともかくメインの話は結構トントン拍子に進んでくれた。ロイヤルがお銀やその側近を相対的にはむしろ勢力の拡大になる、と説得し、まずはお銀派がこの案を呑んだ。そしてロイヤルと他一級資格持ち1名を指名してきた

そうとなれば各派も人員を出すことを拒否することがそう簡単にできなくなる。お銀派に近い派はこれに同調せざるを得ないし、反発しているところも強制的にやられるのは嫌がる。そして強制的にやられたら実力的に勝ち目はない、というわけだ

 

そしてロイヤルが話していたように、思ったより資格持ちは多く、なんとか1級資格を持つ人は必要最低限揃うことが判明した。もっとも長きに渡る艦底暮らしで資格を取り消されている人が多く、その人たち再度試験を受けないとならない上に、次の代になれば人員そのものがかなりカツカツだ

だがともかくも4ローテ制にする下地は整った。だがここで思わぬところから反対が来た

 

「何で向井の奴を艦長に加えなきゃいけないんですか!」

 

「あの艦底の奴らでローテを組む?船舶科は学園艦の運行を通じて、この都市の全ての民の命を預かる存在ですよ!あんな奴らに任せられるわけないじゃないですか!」

 

他の艦長を中心とした船舶科そのものである

前に4ローテ制にしないか、という話を流した時の感触は悪くなかったのだが、そのメンバーが艦底出身で揃えるとなった途端、他3ローテの艦長がまず生徒会室に駆け込んできた

 

「向井の性格をご存知なのですか!あいつ勝手に学園艦の運行方針改竄するわ、私たちの同意もなしに重要データ放棄するわ、迷惑が人間の皮を被ったような人間ですよ!あんな奴そもそも艦長の一員にしたくはありません!」

 

「というか艦底で酒ざんまいタバコざんまい暴力ざんまいの奴らを上にあげる!冗談じゃないです!」

 

こんな感じで結局一緒に働きたくないんだ、という感情論が強かったが、

 

「艦底の者たちで組を編成したとして、彼らが真っ当に仕事を完遂するかは、私共としても保証しかねるところです」

 

艦長代表の大橋ちゃんのこの発言から、私たちもしても断る、彼らを何としても受け入れろ、とは言えなくなってしまった

 

「角谷課長が遂行されていることが我々に大きな利をもたらす事は承知しております。がしかし、彼女らは能力面のみならず、性格面も考慮して船員から外されているのです

能力面では十分だとしても、性格的に職務の遂行に適切とされていない者が、拗ねて艦底に向かう場合もあるのです。残念ながら彼女らだけで現行の我々と同等の仕事ができるとは思えませんね」

 

「そうかい……艦底メンバーだけじゃ無理と」

 

まぁ、上で雇われてないということはそういうこともあるってことだよな

 

「じゃあさ、君たちの休憩時間を2時間に伸ばすからさ、その隙間を埋める人材を下から確保して混ぜるのはどうだい?下の奴らにもある程度能力のある人材がいるのは疑いないんだからさ」

 

「ふむ……」

 

仕事しながら勉強だ。休憩は長いに越したことはなかろう。それを長きにわたって経験してきている艦長なら尚更だ

 

「それにさ、就労時間が良くなれば、募集できる人材の質も高まる。おまけに就労短くした分勉強や休息に回せる時間が増えた方がさ、成績上がって大洗女子学園そのものの質を高められる、ってなったら、学園艦、学園都市の存続に繋がるだろ?上につくものとして基盤は整えてもいいんじゃないかい?」

 

「……部員までなら、考えましょう」

 

「そこより上は無理かい」

 

「船員としての登用は、私がここで首を縦に振っても、他のメンバーが納得しますまい」

 

「じゃあさ、今回はそれでいいから、今後4ローテ制移行に向けて準備を進めることは了承してもらえるかい?」

 

「わかりました。今の高校生で艦底にいる者が上がってくるのは厳しいでしょうが、その後の体制変更に向けての協力はしましょう」

 

その内容なら何とか合意を取り付けた。結局艦底から出てくる者たちは部員になったし、彼らからの反発もあった。だが結局全員働くわけじゃなく一部は予備に回ったりすることや、もともと再度資格を取り直すことから時間が必要であること。そして今後艦底からの段階的な重要ポジションへの抜擢を認めさせ、事なきを得ようとしていたところだった

 

 

最後の関門の一つ、そのための話し相手がおかっぱのこの人である

 

「艦底の各派を公認する?冗談よね?」

 

「マジメな話さ」

 

園みどり子。次期風紀委員長が内定している者である。実際に艦底への鎮圧作戦にも同行したことがあるだけに、なかなか厄介そうだ

 

「あのね。授業はサボる、酒は飲む、タバコは吸う、環境を悪化させる、それで挙げ句の果てに暴行騒ぎ。ウチの学校がこんな状況にあるのを認めろっていうの?」

 

「そこまでじゃないさ。単に派閥の勢力図に関して現状維持を認めるだけさ。そこら辺の規制は風紀委員がやりたきゃやればいい」

 

「でもその極悪非道の根源は派閥そのものなわけでしょ?あそこからアイツらを追い出さない限り、止められないわよ?」

 

「かといって今まで追い出せてないわけだろう?しかも風紀委員も毎回10人単位の負傷者を出しながら、だ。果たして次また鎮圧作戦を行うとして、どのくらいの士気で取り組めるのかな〜?」

 

これに対してそんな訳ない、とは言えないよなぁ。何せ彼女らはその名前上武装には限界があるけど、向こうは瓶や鉄パイプ、ガラの悪いところだと糞尿の入った袋とかで抵抗してくるんだ。そしてそれは風紀委員内には出回っている話だ。そんな地獄に誰が好き好んで行くよ?

 

「艦底での風紀委員の行動は認める。でも、艦底運営は基本各派の協力のもと行うよ」

 

「……武装強化を要求しても議会だ議会だで通らないんでしょうし……」

 

「まず間違いなくフォーラムが反対するね。そもそも甲板の人間にしちゃ艦底はそこまで身近じゃないさ。これ以上ははっきり言って無理だよ」

 

「はぁ……」

 

ここらがきっと限界なんだ

 

「それにさ、ソド子は知ってるか」

 

「園みどり子よ。何をよ?」

 

「山崎さん家での話」

 

顔色変わったね。覚えてたか

 

「ああ、あの話ね。覚えてるわ」

 

「あの話に関してなんだけどさ、まだ正式通知が来た訳じゃないけど、ほぼ確実にタイムリミットが迫ってる」

 

「まぁ、昨今の事情を見る限り全く有り得ない話じゃないとは思ってたけど、本当……なのね」

 

「私としては、できるだけ回避を狙っていくつもり。だけどその為の交渉とかの時に艦底は問題になりかねない」

 

「だとしたらガツンと抑え込んだ方がいいんじゃないの?」

 

「いや、そこには不必要な労力を割きたくない。変な行動を起こさないように安定化させるのが吉だろうね。やむを得ないけど、それが最善かつ問題をこれ以上大きくしない道だよ」

 

「……生徒会の方針は理解したわ。艦底に関しては監視は続けるけど、基本その方針に乗っかりましょう」

 

「助かるよ」

 

公認した結果調子に乗らないよう、監視の継続はプラスか。呑んでくれてありがたい

 

「それとさ」

 

「どうしたのかしら?」

 

「このさ、山崎さんの話、今後正式通知が来た時も隠匿ってできる?」

 

「隠匿……って、誰相手によ」

 

「市民全員」

 

「は?」

 

ですよねー

 

「無理に決まってんでしょ?新聞やテレビは私たちに介入できる余地はないし、何より学園艦の外に出られたらそこからの情報の統制なんて不可能よ。要するに国から正式に告知されたら、止めようがないってこと」

 

「まぁ、そりゃそうか」

 

「だからハッキリ言えば、そのもの自体の隠匿は不可能ね。それの交渉する気で、その内容を伏せるくらいならなんとかなるかもしれないけど……3万人全員を監視する訳にはいかないし、なんらかの原因で漏れたとしても責任は取れないわ」

 

「じゃ、そこら辺のことまでなら協力してもらえると」

 

「理由は?」

 

「内部の不必要な混乱の回避、だね。退艦の準備を進められてて、仮に回避できた時の責任は背負うつもりさ」

 

実際にそうだ。今回の話は結局無理で来年度末で廃校、というのが一番よくある話だ。避けたいが可能性の話としては逃れられないし、それを非難できる筋合いじゃない。都市の民だって生活しているのだ

 

「回避って……何かするの?」

 

「条件を取り付けてもらうとか、かね。交渉して」

 

もっとも条件も知ってるんだけどね

 

「……まぁわかったわ。こちらで協力できる内容なら、手を携えていきましょう。私たち風紀委員会が風紀を維持する場所を守るために」

 

その存在意義を向こうが信じている限り、私は彼女らより優位に立てる

 

「今後ともよろしく頼むよ」

 

それを使ってでも、彼女らの手綱は握っておかねばならない。学園都市の治安、艦底に対する存在感、そしていざ反抗されたら生徒会で対処できない唯一の存在

もっとも最後に関しては向こうは分かってないのが救いだが、この関係もまた今の所崩すべきじゃないのだ

 

 

 



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第15話 不成

 

 

 

そして時期は冬休みまで秒読みに入っていた。学園艦も北上し、大洗の港の近くまで帰ろうとしている。だが今年の私にまともな冬休みは訪れないらしい

 

「そんなわけで君たちさ、フォーラムを手を組まない?」

 

「うーん……」

 

この会議室には私と田川ちゃん。そして3党の党首が集っていた

 

一人目はこの冬から正式に代表になった、大洗学園フォーラム代表、白石。二人目は海の民党首の小沢。そして最後は職人連合組合代表の明石。つまり私は、この3党に合同を持ちかけているのだ

 

「船舶科には今後の4ローテ制導入に協力させたから、今後法整備して進めるなら、手を組んだ方が得じゃない?労働時間削減は君らの宿願でしょ?」

 

「それはそうですが……」

 

フォーラムとしては願っても無いチャンスだろう。ここの二つを正式に取り込めれば議席総数は370近くなる。あとの数名取り込めば念願の議会過半数だ

 

「職人連合も船舶科ほど重くないですが、この就労システムを認めたら学費も普通科より下になりますし、そうなったら反発する理屈はないのでは?」

 

田川ちゃんは職人連合に調整を仕掛ける

 

「うーむ……」

 

職人連合はまだ案件が確定してないからわかる。だが艦長代表から合意を得ている中で海の民はなぜ呑まないのか

 

「まぁ、そこのお二方が首を縦に振られないのは、我が党がこの案に賛成するか分からないから、でしょうね」

 

「珍しいね。フォーラムもこの二つはすり合わせた方がいいかい?」

 

「被服科の方はおそらく党内でも反発はないと思います。もっともこちらは被服科教員陣との調整が必要でしょうし、相手企業との合意が成り立たなければ動きようがありませんが。しかし……船舶科のものに関しましては、なんとも言えません」

 

「……労働時間短縮で学費相応の業務をしているのかの疑問かい?」

 

「そうですね……現行この制度で成立させてきた以上、労働時間削減で同等の価値があるのか。一部の者は総計負担を元手に反対するかと」

 

「何を馬鹿な。既に8時間業務をほぼこなしているのですぞ!休日なども考慮すればむしろ地上の正規労働者より労働時間が長いと言われているのに、何をためらうことがあるですか!」

 

とりあえず小沢ちゃんはこっちに付いてくれるようだ

 

「勉強とか休息を増やして欲しいから、私としても賛成してくれるようお願いするけどね」

 

「それと、船舶科教員陣はこれを受けて拡充するので?」

 

「4ローテにするし拡充はするよ。14〜15名の追加を見込んでるけど」

 

「……現状のウチで人数維持はともかく、その数の新規教員を引っ張ってこれますかな?タダでさえ副担任導入で教員需要が増し、一方でその給与と残業から資格試験は前年割れ続きと聞きますよ?」

 

「その教員陣からも授業寝る奴サボる奴が多すぎるって苦情来てんだよね。ハッキリ言って休ませた方が生産性は高まりそうだけど

艦底も何とか今は鎮めているけど、今後も維持できるかは保証できないし、そこの奴らを引き上げて力を弱めるためにも、少なくとも将来的な方針にはした方がいいでしょ」

 

「人員を拡大したとして、給与は?」

 

「最悪債券発行も視野に入れてるよ。人が足りないなら給与を上げるしかない」

 

「……すみません。一度持ち帰らせてもらえませんか?」

 

ぐぬぬ。面倒な

これはあれか。党の内部に反発はあるし、私とあまりべったりしたくない気持ちが働くがゆえか

 

「……今年中に返事を頼むよ」

 

「分かりました。何らかの返事は致しましょう」

 

「じゃ、資料渡しとくからよろしく」

 

はぁ、めんどくさい。が、そもそもの仕事がこんなことばっかりだったから、別に疲れるわけじゃない

 

「いやぁ、すまんねお二方。わざわざ来てもらったのに」

 

「いえ、我々としては船舶科の幹部層も一定の支持をしている以上、その案件に賛成しましょう。しかし……フォーラムとの完全なる合流となりますと、反発するものが出るのは必至かと、というのが正直なところです」

 

ここもか。今後も公正会みたいなパターンは出てくるわけね

 

「じゃあさ、合流までとはいかなくても、この案件を他と調整して通すからさ、そしたら今年の予算案認めてくんない?」

 

「……すみませんが持ち帰ります」

 

「また今年中ね」

 

感触は悪くない。とりあえず戦車道やる目処を立てるのが優先だ

 

「んで、被服科の件だけどさ、はっきり言ってどう見てる?」

 

最後は明石ちゃん

 

「……ウチがCやDランクだったらまだやりようはあるんだが……」

 

「ランク?」

 

「最低賃金のさ。ここは大洗町の飛び地だから、最低賃金もBランクになる。だからもっと安い他の地方所属の学園都市より賃金競争で不利だ。被服科を働かせるならそこの分は保証せにゃ無理だぞ」

 

「うーん…だろうね。もちろんその分現状からの学費から引くよ。東京周辺への回航も増やしてそこへの売り込みの優位性をメリットにするとかもあるしね。母港が大洗だからそこまで手間じゃないし。その点でなら他には静岡の学園都市くらいしかか張り合うところはないよ」

 

「相手企業は?」

 

「国経由で信用あるとこにするつもり。もっともどこが来るかはわかんないけどね」

 

「……なら妥協の余地はありそうだが、この案件は被服科のみだ。農業科、栄養科、水産科出身議員相手は何とも言えんな。さらに来年度予算への完全同調はかなり難しいと言っていい」

 

「まぁ、補助金増額は厳しいしね……減額はしないとは思うけど」

 

「棄権か賛成か、なら可能性ありかね。こればっかりは党で方針決めても実際は反対する、なんてのもあり得るから断定はできん」

 

「まぁ、基本方針は賛同してもらえるでいいかい?」

 

「フォーラムを取り込んで学費負担削減に動くなら、ここら辺が妥協案になるだろう……とは考えている。だが党内にも完全対等を騙る強硬派がいるからな……全員賛成は無理と考えて欲しい」

 

難しいが、難しいということはやればできないこともない、ということだ。ならばやっていくしかない

 

 

 

そして新学期の始まる直前、件の少女の転入依頼が来た。辻氏から聞いたところだと、辻氏からも口添えをしたらしい。黒森峰からも内々に感謝された

だが黒森峰ほどの学園が我が校が廃校候補になっていることを知らないということもないだろう。だから西住ちゃんも完全に手放す気は無いはずだ。ウチが廃校になった時期を目処に呼び戻す気だろう

一度放出せざるを得ないが、校内の雰囲気が落ち着くのを待ち次第取り返したいのが本音のはずだ

 

返さないがな

 

ともかくも土台はできた。あとは上を建物を誘導するだけだ

 

 

私は東京への出発準備をしつつ年末を迎えたのだが、白石ちゃんに

 

『もちろんだけどさ、春の議会選挙は全面協力するよ。校外の演説とかもどんどんやるよ!予定があったら教えてね』

 

と伝えると、年末ギリギリにだけどOKサインが出た。やはり小山とかが言っている通り私が支持率高いのは結構使えるようだ

だがこの支持率も秋の空。簡単に移ろいゆくもの。繫ぎ止めるにはカバン、カンバン、ジバン除けば実績しかないのが政治だ。そして私はこの都市出身というわけでもないし、実家はただのペンキ屋だ。そのどれもない

 

予算に関しては幹部層との話をせねばならないだろうが、海の民が賛成に回れば改選後の議会でフォーラムから造反が出ても過半数を狙えると踏んでる

 

しかし来年からは市民議員も登場する。議員定数は50と全体の800からしたらそこまでの割合ではないが、そこは元公正会ルートと町内会支持でフォーラムがかなり固めている。学園都市を10地区に分けて各5人選出の大選挙区制だが、それでも35は取れるというのがフォーラムの選挙対策委員会の読みだ。私もどんどん春は出張るべきだろう

 

実を言えば今回の二つはこれを糧に2党を取り込めれば最善だったけど、議案を出すことそのものも大きな目的だった

この二つの方針を記した法案が可決されれば、少なくとも海の民は存在意義を失う。一方で否決されれば、海の民の実行力のなさを示すようなもの。彼らの宿願だしね。職人連合も響くかな

 

そうなれば支持は実行力のあるところにまとまる。学園でなら圧倒的支持のある私と、私を推薦したフォーラム。こうして確実に『挙市一致』への体制を固めていく。学園内では過半数は取れずとも、何とか今以上の優位を確保したいところだね

 

もっともこれが出されてフォーラムが明確に反対するのは、船舶科支持層から総スカンを食らうし、普通科でも船舶科働き過ぎ問題は何かと騒がれてたから、なかなか厳しいものだと思うけどね。というかクラブも賛成するかもしれん。ま、そうなったらそうなったで

 

……ちょいと予算規模追加してクラブ誘う、って無理か。流石に現状の予算から拡大する力はない。だって私たちはこの冬休み終わったら

 

 

廃校を正式に通告されてるんだから

 

 



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第16話 憤り

 

 

 

3学期始まってすぐの、私が正式に生徒会長に就任してから初めての生徒議会は憤りに震えていた

 

「事前通達なしに来年度廃校は急すぎるではないか!」

 

「もう今年度の受験の願書を受け取っているんだぞ!来年廃校にしろと言いつつ、試験だけはやれというのか!今年の受験生に再来年度以降に関してはどう説明すればいい!」

 

「なぜ我々なのだ!そして正式な理由の説明も我が校独特のものではない!艦内治安は最近安定させたし、運営状況だって決して悪いわけじゃない!」

 

「この場がなくなって、町の住民にはどうしろというのか!勝手に出て行けというつもりか!」

 

「誰がどのような権限でそんなことを決められるというのだ!こちらで住宅の手配などあと1年で足りると思っているのか!」

 

最初の議会で出した廃校準備校への指定への非難決議は全会一致で可決。廃校阻止方針およびその際の大洗町、茨城県への協力要請も難なく通過した

 

大洗町からは即座に協力するとの返書が届いた。だがこれで何かしら効果があるわけではない。何もない。生き残りたいなら、我々が具体的な策を打ち出していくだけだ

 

 

そしてこの危機は好機だ。学園の危機、これは挙市一致を創り出すにはこれ以上の機会はない。私は再度白石、小沢、明石に来てもらった

 

「……やはり組めないかい?」

 

「我が党としてもここまで危機的である以上、今後も存続するべく改革の意志は示さねばならない、と今回提出された改革案の双方に賛成する動きが加速しています。我が党の全面的な賛成は確実です」

 

白石ちゃんもサポートに回ってくれるが、やはり二人がなかなか縦に首を振らない

 

「我が党は相応予算の上での軽減なら結構賛同できるんですが、やはり強硬派の存在を抜きには語れません。それともう一つ、部分介入経済に関しては懐疑的な議員がそこそこいるんですよ」

 

部分介入経済。生徒に必要なもの、たとえば教科書、本、筆記用具、ノートなどには販売しているところに学園予算から補助金を出している。その分生徒には安く手に入るという算法だ

 

「被服科、農業科にも生徒会から援助はされていますが、普通科がメインにされているとの論調は根強く残っています。そうなると自分たちが普通科より多く払っている学費が、結局普通科のための援助に回っているという話になってしまいます

これは研修制度とは関係ないところです。この案で手を打つようなものでもありません」

 

「その系統の主張をしている議員は、仮にフォーラムと合流とかなったら……」

 

「まず間違いなく反発してクラブに流れますね。合わせたら恐らく……1/3は覚悟したほうがよろしいかと」

 

「ま、検討だけでもしておいてくれよ」

 

職人連合はそこそこ数に含めないほうがよさそうだ。それだけ離脱が出れば他もそう易々とは来るまい。全体的な流れというのはそれだけ恐ろしいのだ

 

「海の民としてはほぼ問題ないと思います。やはり将来的とはいえ労働時間の削減に生徒会が務めるを示している。これだけでも大きいです」

 

「艦底の人材あってだけどね。何より教員募集の関係上来年も無理だ。早くて再来年からだね。しかも船員は後回しだ」

 

「それでもそこに手を繋げたのは大きいです。我々だけではどうにもならないので。部分介入経済に関しても、自分たちは学費をタダにしてもらった上で物価が安くなっているので、現状でも大きな反発はありませんね

我々としても職場が、それと引き換えとはいえ無償で学べる場がなくなっては困るので、ここを残せるなら可能な限り手は打ちたいと思います」

 

「法整備に関して通過すれば参加してくれるとのことでいいかな?」

 

「はい。我が海の民はこの学園廃校の危機に対し、角谷さんがその回避を願うなら大洗学園フォーラムとともに協力していきましょう」

 

「当たり前じゃん。私は学園都市の民に選ばれたんだよ?その母体を無くそうとするわけないじゃないか」

 

「もちろん、党の中からそちらの行動に関しては監視を続けますよ。結果が伴って欲しいですからね、こちらからしても」

 

「そこまで話が分かってくれれば十分だよ。じゃ、それぞれよろしくね」

 

 

 

さて、これで次の選挙大勝すれば、私の議会での地盤はかなり固まってくる。街での選挙活動と称して小学校6年生も狙っておきたいところだが、果たしてうまくいくかな?

この危機を前にフォーラムも私とべったりしすぎるのは危険だ、とは言いづらくなってきているだろうな。私のやった改革という実績がある限り

 

「小山ー」

 

「な……どうしました?会長」

 

小山は私の正式な就任を機に呼び方と喋り方をまるっきり変えた。別にそれまで支え合ってきたんだからそんなに囚われなくても、とは伝えたのだが、上の者がより上の者に敬意を払わねば下の者は敬意を表しない、と突っぱねてきた。なかなか頑固だよね、かーしまもそうだけどさ

 

「ちょっと業務の終わりで悪いけどさ、みんな集めてくんない?」

 

「かしこまりました」

 

小山にはもう伝えてある。もう、それ以外ないのだ。ここのメンバーとして最低一年近く勤め上げてきている者なら、そのことはよーく理解できているはずだ

前々からグダグダ思っているように、ウチには強みがないのだ。他校に勝てる武器がないのだ。ならば一縷の望みをかけて武装する他ない

 

流石に急に呼んだからね。艦橋だから易々とブンヤは近寄ってこないだろうし、盗聴関係は対策済みだから問題ないだろうが、話が話だ。予測させない形にしたい。集まるまで10分以上かかることだって、それを考えれば致し方のないことだ

 

さて私が正式に生徒会長になった中で、こうして全員の前で訓示を行うのは初めてだ。就任挨拶はしたが、仲間は全くもって変わらないので流れ作業だったしね

 

「みんな、仕事している間に手を止めてしまってすまない。だが先日学園艦教育局より伝えられた廃校準備校への指定は皆存じていると思う。私もこの乱暴な決定に怒りに震えているよ

私はこの都市の市民に、この学園の学生に支持されて選ばれたこの都市の代表だ。その仕事を全うするのが当然であり、その場であるこの大洗女子学園学園艦を残すためなら、手段を選ぶつもりはないさ」

 

「おおっ!」

 

ここで働く者たちからなら、同意を得ることなんて容易い

 

「そして私はこの学園都市を残すための、僅かだけどれっきとした可能性をつかむことに成功した!」

 

「おおおっ!」

 

国に抵抗する。それもそこに支えられている学園都市が。ある意味一種の絶望であったはずだ。親から放棄された赤子でしかなかった

 

だからこそ、これは何にも勝る、辿るべき道だ

 

「か、会長!そ、そんな方法が本当にあるのですか!」

 

「ある!」

 

「それはいったい……」

 

「戦車道だ!我が校にかつて繁栄をもたらしたあの戦車道で、勝つんだ。優勝するんだ」

 

戦車道。急だろう。そうだろう

 

だがこれしかないのだ!

 

「し、しかし……現状我が校に戦車道はありません。それで期限は来年。おまけに我が校に戦車を揃える金などありません。如何なさるおつもりでしょうか?」

 

「この学園艦に戦車はあるからそれで戦う!そして今年は伝で助っ人を呼んだ!それらで勝つ!そして我が校の全てを、今年は戦車道に注ぎ込むんだ、私自身を含めて

ここまでしてもかなり厳しいことはわかっている。相手になるのはあのサンダースとか黒森峰、プラウダだ。それらを撃破するのは至難の業に違いない」

 

なんども言うが、本当にその通りだ。財力、人材、その全てを鑑みても大洗は勝てん。こうして廃校回避の道ででもない限り、やらないでおくべきなのだ

 

「だけどこれしかないんだ!他に全国に名を広げて勝てるものは、そして期限の来年に間に合うものは、我が校にはない。今あるもののどれかに注ぎ込んだら、逆に他から総スカンをくらう。だったら、私たちの手で握れるものを作ったほうがいい」

 

「ううむ……」

 

「そしてこれは、ただ戦車道の大会で勝つためだけじゃない。必要とあらば……」

 

間を置いた。私もあまりやりたくはない。が、やる意志は持たねばならないだろう

 

「……戦車道、風紀委員とともに、学園艦に籠城し、たとえ公認が得られずとも学園存続に全力を尽くす」

 

「なっ……」

 

要するに、国相手に戦争だ。ハナから勝ち目はないし、だったらやる意味もあるまい。それによって相手に損害が出ないならね

 

「我が校は守り抜く、なんとしても。それがこの伝統とともに、幾多の関係の中で繋がってきた大洗女子学園を受け継いだものの責任だ。そう信じている。戦車の砲火力は大きな抑止力になり得るはず

ただしこれは本当の本当に最終手段だ。そうならないようにしたい。だから……頼む!今年一年だけでいい!学園の持つものを戦車道に注ぎ込んで欲しい!」

 

「それしかなさそうですね」

 

即座に同調したのは学園課の私の後任、田川ちゃんだ。雰囲気的に纏まるか読めないときは同調して話を持っていきやすくしたい、と伝えてある

 

「学園課で部活動の状況は監視していますが、これから来年までに全国区での名を残せるものはございません。その上で予算についてはがめついとこばかり。選挙対策の上でもあまり敵に回したくないのが実情です

ですがこの戦車道、選択必修科目になるとの理解でよろしいですか?」

 

「そうなるね」

 

「授業が相手なら部活の予算なぞ恐るるに足りません」

 

「しかし、それ抜きにしても財源は如何なさいますので?他の学科の補助金は削れませんし、この廃校が傍目からは不可避になっている中で金を貸す阿呆はいないでしょう」

 

「戦車道を始めれば、戦車道連盟から補助金が出る。あとはもう一つ、去年のうちに成立したのがあっただろう?」

 

これらを足したところでそうそう成り立つものではない。が、多少は心の安定を保つ材料になるだろう

 

「……OG会の組織化と寄付金上納、ですか」

 

「そうだ。学園の危機の中でかつての誇りを持ち上げる。それだけでも金を集める理由になる!そして……あとは実績待ちだね」

 

「いきなり自転車操業になりそうですね……こりゃ大変だ」

 

「だが今年中に最大の実績を出さなきゃならないんだ。途中でも勝たなきゃやっていけないさ。最後になるけど、そもそも戦車道が始められるようにならなきゃ話にならない

そこから苦労をかけるけど、学園を守るため、そして次代に繋いでいくためだ。頼む、協力して欲しい……」

 

命令で動かすこともできよう。しかしそれではいけないのだ。真に皆の心が一つの方向を向かねば、成り立たぬ

 

「廃校となれば……どうなるんでしょうか」

 

「皆バラバラになるだろうね。ウチが小規模な方とはいえ、今からこれまで過ごした環境が違う3万人まるっと受け入れるとこなんてあるわけない。いくつかの学園都市に分散させる形になる。おまけに期間も1年だ。最悪受け入れ準備が整うまで地上で滞留かもね」

 

「そんなのお断りだ!この学園都市を放棄なぞ考えられない!」

 

「ウチらにも自治権がある!国にここまで命令されて、学生の運命を左右されて黙っていられますか!」

 

「やりましょう、会長!」

 

「大洗女子学園万歳!」

 

「角谷会長万歳!」

 

「大洗に自由を!」

 

動いた。生徒会の流れがきた

 

「ありがとう!私は諦めない、私は挫けない、私は立ち止まらない!大洗女子学園で選ばれた者として、最後まで戦おう!」

 

「おおーっ!」

 

これでやっと基盤である。4月に西住ちゃんが来たタイミングで始められなければ、なんら意味がないし、そこが始め得るタイムリミットだろう。なにせ大会は7月だ。これ以上遅くはできない



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第17話 モザイク

 

 

 

「はぁ?戦車道設置のための予算?」

 

白石ちゃんを中心としたフォーラム幹部層の前でその事実を伝えたが、予想通りそんなすぐに首を縦に降る気配はなかった

 

「戦車の新規調達はなしとかこれでも妥協した上での予算案なんだけどね」

 

「いやいや、廃校が来年までなのは存じてますけど、それで戦車道をやるかはまた別問題でしょう。ただでさえOG会の組織化から各派ともに予算の拡大を見込んでいるんですから」

 

「んなことするわけないじゃん。大幅に削りはしないけど、増やしもしないよ」

 

当たり前だ。予算の総規模が増えただけで、なにもしてない奴らの予算を増やしてやらねばならぬ道理はない

 

「しかし……これで纏められるかはなんとも言えませんな。いくら角谷会長の案とはいえこれほどの額を一つのもの、戦車道に投入するとなれば、市民の不満に繋がりますよ

フォーラムとしましても角谷会長と手を結んでいる以上、その人気低下はこっちの支持にも直結します。いくら角谷会長の案とはいえ、そのようなことに手を出したくないのも事実なのです」

 

「……これが廃校回避のための唯一の手段だとしても?」

 

「それを説明できますか?我々相手ではなく、市民相手に」

 

説明ね……戦車道やっていると告知したら、西住ちゃんが敬遠する可能性もある。4月に大々的に発表するまで、校外には漏れぬように進めたい

おまけにこれで廃校回避を決めているとなれば、もっと良い条件をつけろ、現状あるもので話を進めろ、などと反発が起きるのは必至。この学園艦で焼き討ちされたらたまらないし、単なる学園の誇りの再興の程で進めねばならない。治安悪化は文科省に十分なほどの隙を与えるしね

 

「それと引き換えとなりますと、議員の中に造反しようとする者も出てきましょう。会長のおかげもあり我が党は現在党勢の拡大が進みましたが、それはあまりにも急に、です。内実はモザイクもびっくりの寄せ集め。崩壊の動きが出れば、簡単に元どおりになってしまうでしょう」

 

「だけどこれを通さず、去年と同様の予算案を可決したところで、我が校はジリ貧だよ?なんなら君達の存在意義だってなくなる。そもそもの議会はおろか、学園すら無くなるんだからね」

 

「かといってこの船に乗っかるかは話が別です。船舶科絡みは普通科でも関心ある内容でしたし、そこまで纏めるのに苦労はしませんでしたが、これほどのものとなりますと」

 

「だったらさ、議会は回避のための実効的な策を立ててくれるのかい?廃校回避の方針は議会で決まったろ?その換えがない限り、生徒会が立てたこれを使うしかないと思うけどね

予算がなきゃやれるもんもやれないし、来年度予算は今年度中に成立させなきゃならんでしょ?来年度末までだ。今決めなきゃいつ決めるっていうのさ」

 

そんなものあるわけない。お上の命令だ。お上に直接会って交渉し、譲歩を引き出してくるような奇跡を起こせる人間でもない限り無理だろう。私ですらレールに乗ってやっとここまで来ているのに

 

「……仮にこの方針が認められたとして、実際に廃校回避できるのはどのくらいの確率だとお考えで?」

 

「……10%」

 

「ですよね」

 

「もないね」

 

そんなにあるもんでもない

 

「だって相手になるのがプラウダとか黒森峰とかだよ。そしてベスト4は固定化されているような世界だ。そのまんまじゃ勝ち目ないよ」

 

「……貴女ならこの案件を出してくる以上、そのまんまで挑むつもりはないのでは?」

 

まだ分かってるか

 

「一人助っ人呼んでる。彼女は半ば強制的にやらせるつもりだけど、そこの訴えが来ても無視するよう風紀委員に手配済み」

 

「……戦車道の大会っていつでしたっけ?」

 

「7月から8月だね。場所もコロコロ変えるから移動がめんどくさいんだよね〜。もういつもおんなじ場所でやってくれれば良いのに」

 

「なるほど。結構早いですし、決断するなら今でも遅いということは分かりました。確かに他に考えづらいのも事実ですが、一旦のタイムリミットは5月末……でしょうね」

 

「ほう」

 

「そこまでに強豪を撃破し得る力を得ているか証明しなければ、その先の優勝など夢物語でしかなくなってしまいます。そこまでにこちらでもより確率の高い方策はなんとか立ててきますので、その段階で戦車道が使えなければ乗り換える。それなら多少は譲歩の余地がありましょう。この案だと夏に負けたらそのまま廃校以外の道も無くなりますしね」

 

「ということは……練習試合かな」

 

「それを少なくとも強豪の一角とは言えるところを相手に、です」

 

作ってたった一月強で張り合え。なかなか無茶な注文だが、向こうの言う通りそうでもしないと優勝なんて狙いようもない

 

「それでも予算案を作らざるを得ない以上、交渉は難航しますね。予算委員会でも立ち上げて野党と話を通しておくにしても、そもそもの戦車道を曲げられない以上妥協は困難かと」

 

「党内も厳しい?」

 

「さきほどの代案提示で当面は凌げます、多分。角谷会長に抵抗しながら話を進めるなんてのも事ここに至っては意味を成しません、と言えれば私も気が楽なのですが……件のモザイク状況ですからね

この先を巡る党内の議論は未だ紛糾したままです。挙げ句の果てにはもはや大規模な抵抗は起こさず、むしろ国の廃校作業に積極的に協力して廃校後の混乱をできる限り抑え込もうとする輩もいるほどで……

まだ元々海の民だった者が角谷会長に協力する意志を見せているのが救いですかね」

 

「……その国に協力しようなんて輩はどのくらいいるのさ?」

 

「議員の中でもある程度の数です。が、私がこうして幹部の前で話せているように、私の代の人事の際に主だった役職からは外してあります」

 

「ふーん……」

 

どこかでそこらへんを切っておきたいね。学園存続のための挙市一致を成り立たせるためにも。最悪野党も取り込んでの大連立とかでもいい。とにかくその面々がいながら現状の議会で議案を通さなきゃいけないのか……

 

「備品は艦上の戦車ショップを使ってそこ経由にしておきたいんだよね……地場産業育成を名目にさ」

 

「……それって値段向こうに釣り上げられません?窓口を絞らせるとこちらから文句は言えなくなります。それに一業種優遇となると他の反発は避けられませんよ?」

 

「ウチの生徒会の交渉術をなめてもらっちゃ困るよ。少なくとも定価にはするさ。じゃなきゃこの予算の範囲内にならないよ」

 

「それと……戦車の数ですが、現状では概算でしかありません。正式な数はわからないのですか?」

 

「最低1輌しか今は分からないけど、資料を遡れば5輌は確実。多くあれば12輌は掻き集められそうだね」

 

「20輌には満たないと」

 

「残念ながらね。それだけあればまだマシだったろうになぁ。数だけでも決勝で対等に戦えるし」

 

「……幹部会議で持ち込むだけ持ち込んでみましょう」

 

つれないねぇ。決算はちょっと詰めてきても良いんだけどさ、予算はこれで通してもらわないと

何か秘策ないもんかね……

 

 

 

「どうしたもんだと思う?」

 

「いや、それを私どもに尋ねてきます?」

 

こうして人と会うことぐらいしかできることがないのだ

 

「干し芋食べる?」

 

「あ、いただきます。けど……それを頼みに来ますか……」

 

お茶はこの前辻氏から送ってもらった淹れ方を参考に、クラブの党本部の給湯室を借りた。干し芋にも合うので私も時々やってみている

 

「だってさー、この先考えるに言っといても良いじゃん。それでさ、上手く行かなそうなら頼れるものは頼ってみるもんでしょ」

 

「それで直接貴女が尋ねてきます?貴女と組むフォーラムとは不倶戴天の敵であるウチに」

 

鴨崎新大洗クラブ党首、目の前にいる彼女の名前と肩書きだ

 

 



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第18話 一歩の権利

 

 

 

「貴女に党勢は押されてはいますが、いくらなんでも野党としてフォーラムと共同歩調は取れませんよ?貴女がたの予算案にだって同意するのは無理でしょうし」

 

「それは君たちはここの廃校を目前にしてその存在意義を失ってもいい、ということかい?」

 

「いや、そこまでは申しておりませんが……」

 

「だったらここで提示した戦車道再興、そしてそれで優勝以外の条件を文科省から取り付けられるのかい?」

 

このことは一応伝えた。流石にこの基盤なしに交渉は無理だしね。さて、クラブが文科省を動かすなんてのは無理だろう。そこで動くのなら私の仕事は必要なかった

 

「仮にそうでも我々としては賛成できません。今回の予算案は都市内のインフラ整備などへの増資などもせず、あいも変わらず補助金漬け政策を支持するものです。これに賛成してクラブなし、それが我々の意志です」

 

「だーかーら、学園を残す策があるのって話よ。こっちも削るだけ削ったし、それでもカネがある程度なきゃできないしさ」

 

「戦車道しかないとしてもこの予算案は飲めません」

 

戦車道をやること自体はそこまで問題でもない、ということか

 

「……私が思うにね、戦車道は始めたとしてもそう長くは保たない」

 

「何を仰りたいのです?」

 

「学園が存続した後の話。今回ね、計画としてはある意味カンフル剤みたいなのを投入するつもりなのよ。私としても何としても優勝したいからさ」

 

「カンフル剤、ですか……」

 

「でもそんなのに頼れるのはそんなに長い期間じゃない。直接で2年、影響を受けても4年間だ。そこから先は恐らくどうにもならないだろうね」

 

要するに西住ちゃんが直接いる時期と、その姿を間近で見た者が継承する時期、そこまでだ。それ以降は西住ちゃんは雲の上の存在みたいになってしまうだろう

ウチを優勝させたならさせたでその活躍から引っ張りだこになるだろうしね。戦車道連盟もメディアもこんな金づる放っておくわけがない

 

「ということは……戦車道再興は本当に廃校回避の手段以上のものではない、と」

 

「そうならざるを得ないと思うよ。今回優勝狙うといっても、それは有力校の隙を突いてなんぼだ。ウチが強豪校の枠に入ったら、金銭面で張り合えなくなるだろ」

 

「まぁ、ウチ公立ですから私立みたいに学費上げたりとかは無理ですからね。OG会からといったって卒業生的にそんなにバンバン金を出してくれる人ばかりじゃありませんし」

 

「あとブレが大きいだろうしね。広告収入とかを狙ってもそれは他所もやっていることだ。この前とかスポーツドリンクのCMに黒森峰の隊長さん起用されてたし」

 

「ああ、そんなのもありましたね。ではまた件のカンフル剤と同様なものを引っ張ってこさせるようにしたら……」

 

「……そんなに毎年のようにカンフル剤が出てくる業界なら、尚更お断りだね」

 

感謝もすれ、軽蔑もする。とはいえこれは私の感情だ。仕事人としてやるべきはその軽蔑する道しかない

 

「問題はその学園が残った後、その猶予で何ができるかさ。結局のところウチが廃校候補に入っているのはなによりもこの少子化社会で将来性がない、と見られたことに尽きる」

 

「そこは同意ですね。政府の方針もあるでしょうが、留学生誘致でもしない限りいずれは選別の時が来る。それは間違いないとこちらも考えています。そして現状海外留学生受け入れなんて環境はウチでは作れません」

 

「そうなると道は二つ。一つが学園の教育的魅力を高めること。もう一つが都市の経済基盤を整えて自活できるようになること」

 

「いずれにせよ、現状維持を打破するには金がかかるというのは間違いありませんな。だからこそ民間を引き込み、その活力を引き出さねば……」

 

「まぁそこはおいおいだ。そう、君が言う通り金がいる。そして金は、戦車道に勝った時はそりゃ来るだろうさ」

 

「志望学生増による偏差値レベルの上昇。それだけ見てもメリットは大きいですね。もっともその時は時流か戦車道の拡大に動きかねないでしょうが」

 

「させないね。うちの経済力で続けられるとは思えないし」

 

「それで4年で区切る、と」

 

「そう。長くても5〜6年。それで余裕ができた資金は都市の経済基盤に投資するなり、教育設備を整えるなりに投入すればいい

まずはそもそもの財源確保。戦車道はそのためさ。そして被服科での企業誘致もしてさらに金を膨らます。その際に債権発行は場合によっては認めるけどね」

 

「債権発行……」

 

そう、それはフォーラムの相応経済の放棄と同じだ。まさかの一言だろう

 

「学園存続の信用さえ得られれば、私は学園都市を担保に借金するのは、制限付きで許されて良いと考えているよ。企業誘致の基盤整備には大金がいるだろうしね」

 

「輸出入用の港湾設備の改修と工場との接続の改善に設備投資の支援と、あとは通勤通学ラッシュの解消と、ウチに金があって困ることはありません。借金はそこの固定資産税と社員の町民税で利子くらいは埋め合わせが効きますし、波及効果を考えればプラスなはずなのです」

 

経済面ではこっちの方がある程度分かっているか……使っていくしかない

 

「ウチの生徒会と生徒議会は大きく二つの役割を握っていると思うんだ」

 

「また藪から棒になんです?」

 

「なんだと思う?」

 

「……学園と都市、二つの行政を握っているということですか?」

 

「だいたいそう。そしてそこが分かれていることが、フォーラムが勝ててクラブが勝てない要因」

 

「なっ……」

 

まずは怒らせる。気を高ぶらせて合理的判断をする力を弱める

 

「だって考えてごらんよ。フォーラムは基本学園をメインの政策に据えてる。部活の予算支援とか学生向けの物品への補助金政策。結局学生向けだ。一方でクラブの政策は都市メインだ。都市の経済発展のためのインフラ拡充とかね

じゃあここで都市民の比率を考えよう。知っている通りここでは学生の数が多い。なにより生徒議会の議員、そして有権者は生徒だ

確かに親と一緒にこの年に暮らしていて都市経済の発展を望む親の意見を汲む親孝行な子供もいるさ。でも勝てない。親の幅広さだけ支持層は広範囲になるけど、やはり数では負ける」

 

「うぬぬ……」

 

「そしたら君達が取るべきだった手は一つ。その都市経済発展を支持する層を議会に取り込むことだった。だから私も町内会系対策に苦労してきたわけだけどね

だけど君達はこの前の市民議員設置に反対した。自分たちが生きる道を潰したんだ。もっとも先んじて公正会が市民系に食い込んでたこともあったんだろうけど

だけどそうしなかった。だから君達は次も負けるのさ」

 

何も言い返せまい。むしろ党の運営に関してあれだけの議員がいながら適切な方針を決定できていなかったのか。そこの点に関してはフォーラムに頼ってて正解だった

 

「じゃあこの市民議会となってどうするか。話を元に戻すけど、私は学園都市を学園都市として残すには、経済発展をしつつ学園の魅力を高める、それを同時並行で進めるしかないと思う

学園一方だけ進めた結果はこれだ。部活や学校の学科の発言力が嫌なほど高まり、何も決まらなくなった。だが都市だけ進めたら結果は単純だ。地上の都市に負ける」

 

「……そこは分かります。学園都市は物資搬入などの点で明らかに不利ですし」

 

「その通り。ならば学園だけでも都市だけでも学園艦は保てない。だからこれからは都市に対しても一定の施策はとる。だがそれ以前に」

 

「学園都市は廃校を回避しなければ意味がない、と……」

 

「そういうことだ。他に移って党を立ち上げて生きていける自信があるなら構わないけどね」

 

プレッシャーはかけた。あとは向こう次第だろう。鴨崎ちゃんはなかなかに頭を悩ましてからこう告げた

 

「……我が党として賛成は無理でしょう。私が首を縦に振ったところで党内の幹部が賛成いたしますまい」

 

なら何も変わらない、か……流石に

 

「しかし我が党としては、です。私はそれ以外は断言しませんし、貴女をその点以外で妨害するつもりもありません」

 

何?

 

「ということは、こちらがそっちの内部に介入してもいいと?」

 

「……我が党があるのは、学園に依ります。そして事ここに至って学園を残すすべをお持ちなのは……」

 

「それ以上はいいよ」

 

……流石に酷すぎるというものだろう。自分の身と政党の未来を半ば犠牲にすることを認め、それを反芻させるというのは

 

「……ただし一つ条件が」

 

「なにさ」

 

それと引き換えならある程度の要求はしてくるだろう

 

「先ほどの件をフォーラムと生徒会の次期幹部と合意しておきたいのです。それを文章化して各党に代表のサインをした上で保管してもらいたく思います」

 

「ふむ……」

 

確約を得たい、と。フォーラムが党勢を強めた際に拒否されないように、か。そこに生徒会を巻き込むことで安定性も高めたい、と

 

「良いよ。なんとか引きずり込んでくるし、生徒会の次期幹部なら一言で集められるさ。本来、私自身は無所属だ。単に生徒会がフォーラムと提携しているだけに過ぎない。各党の今後の活躍に期待するよ」

 

「はい……」

 

うなだれる彼女の肩を叩いて礼を述べてから、私はその場を去った。そしてすぐにケータイを取り出す

 

「田川ちゃん」

 

「会長、どうなさいましたか?」

 

「クラブの議員の懐柔を進めて。予算案を通せるようにするよ」

 

「はい?よりによってクラブですか?乗ってくるとは思えませんが……よろしいので?」

 

「やっちゃって!戦車道をやること自体は大きな反発はなさそうだしね!それと次期幹部クラスを集められるように!」

 

「え、この時期に次期幹部ですか?役職もなにもありませんよ?」

 

「候補生だけで良い!あとはフォーラムにも同様の要望出しといて!」

 

「は、はい!」

 

 

 

その先に開かれた生徒会、フォーラム、クラブの次期幹部層による秘密会談で、来年度以降の運営における3派合意が交わされた。基本的な内容はそう変わるものではない

 

・戦車道は設立すれども必要以上の延命はしない

 

・戦車道勝利に伴い将来的な学園の存続に信用を得られる場合は、翌年度より都市債を発行し、それは都市開発にのみ充てる

 

・都市の経済発展、地場産業の育成により学生の都市残留を支援する

 

が内容だ。補助金面での支援はこれまでと同様の水準なら黙認する、もしくは反対はするがそれ以上の妨害はしない、ということを承認した。これでやっとこさ予算が通る道ができた

 

 

これでやっと一つ報告ができる。二人には時間がかかったがやっとこさ前提条件は満たせたとの一報を入れた。反応は辻氏の方は了解の一言と単純なものだったが、竹谷氏はもう少し細かかった

 

「こちらは言い方は悪いが君たちよりは苦労せずにすんだよ。練習試合するなら言ってくれ。連盟への登録作業は済ませてある」

 

とのことだった。練習試合の舞台は大洗になるかな。開発のためにも早期にやったほうがいいだろう

 

 

時間はもうあまりない。4月には始めねばはならないのに、すでに3月の頭に入ろうとしたとき、2012年度予算案は賛成多数で議会を通過した。賛成370、反対342、棄権38。クラブの一部を棄権させてなんとか賛成多数を占めることができた

来年度の予算に関する合意と、クラブが廃校回避の対抗案を出せず、フォーラムと同じく廃校受け入れに賛同するものが現れる状況に一部が見切りをつけてくれた。離党までしたのは殆どいないけどね

 

これで来年度の予算のめどは立った。あとはこれを元手に勝ちを得るしかない

 

これによって得たものは三つ。一つはさっきからずっと示しているように戦車道の設立の目処が立ったことだ。これだけが学園を生かす道。その茨の細い道のまず一歩を踏み出す権利を得た

もう一つは政党の形骸化を示せたことだ。フォーラム議員の一部造反こそあったが、一方でクラブの議員の離反と棄権が相次ぎ、他の職人連合、学生自治権党などからも賛成が出た。もはや政党の枠が大した意味を持たないとありありと伝えたのである

そして最後は、これで完全に学園の存続が方針として効力を持つ程度に固まったことだ。まだ廃校回避の件は公にはしてないし、戦車道設立も名目は学園の威信の再興だ。だがこれで、学園は存続されるべきであるということが、大洗の未来の指針となった

 

そして数で過半数を占めることならどんな手を取ることにも躊躇いがない、そうメディアの目に映ったせいか、私は大洗の女傑というよりも強引な指導者というイメージが付いてきているらしい。私が今回の件に関して、戦車道があまり話題になりすぎないよう予算案に関する取材を控えたせいもあるだろう

彼らの書いていることは間違いないね。これからもっとその印象を強めることになりそうだし

 

 



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第19話 謎の書類

 

 

 

そしてその時期は、別れの季節でもある。大学進学を決めた山崎さんたちの卒業式が開催された。私が在校生代表として話をしたが、やることは大して違いはない。ただみなさんが卒業されるこの学園を、残さないという選択肢はない、その発表の場でしかない

 

帰り際、山崎さんは正装して私の前に来た

 

「角谷。お前色々と手を尽くしてくれているようだな。最近は何もしてないが、話だけでもよく聞くぞ」

 

「私ができることなんてそんな大したことでは……」

 

「いや、これで学園はいやが応にも挙市一致へ向けて進んでいけるはずだ。それに進むしかないと私も思っている。もっとも賭けるものが重すぎるけどね」

 

「ごもっともで」

 

「角谷。お前ならやれる。お前も来年にはこっちに回っているだろうが、その時に笑って終われるように頼んだぞ」

 

「……はい」

 

「お前が泣いて卒業する姿なんて見たくはないからな。お前にとって一番似合わない姿だ

笑え。笑って卒業しろ。そしてみんなと、仲間と笑ってから来い

これがこんな何も変えられない頼りない先輩からのたった一つの頼みごとだ」

 

黙ってただ差し出された手を握り返す。ずっと握って、握って、離さない。それが互いにとって最大限返せる返事だった

しかし笑って卒業しろ、か。確かに泣いて卒業なんてしたくはない。きっとその涙は廃校をどうしようもできなかった悲しみの末のものだろうからね

 

「角谷」

 

「はい」

 

「その戦車道で使う戦車、一緒に見てきてもらってもいいか?」

 

 

そんな希望をうけ、普段はあまり人の立ち入らないグラウンドの奥も奥の煉瓦造りの建物にやってきた。もうここは卒業式の喧騒とは縁もなく、ただ向こうの木々が風に揺れているのみだ

 

「ここか……もう滅多に人が来ないところだな。私もここの中に入るのは初めてだ」

 

「私は視察の際に一度だけです」

 

重い緑の金属の扉に付けられた南京錠を開け、ギィと力を入れて片側を開ける。その奥で明かりを灯すと、中に鎮座する金属の塊が照らし出された

 

「……これが戦車か」

 

「はい。我が校の未来を決めるものです。調べたところ、ドイツのIV号戦車なるものだとか」

 

「ドイツか。敗戦国の、か。そして今のドイツを鑑みれば、這い上がらんとする我が校にとって縁起の悪いものではないな」

 

這い上がる、ねぇ。できれば勝ち組のままにこの先も生きていきたかったが、しょうがないものはしょうがないよね

 

「これが……ねぇ……うぇっ!」

 

山崎さんが車体に触れてすぐに手を離した。指先には真っ黒な汚れがこびりついている。ちょっと触れただけでこれだ。車輌全体なんて推して知るべしだ

 

「……洗ってないのか?」

 

「本来廃棄されているはずの車輌ですからね。堂々と表立って清掃するわけにもいきませんし」

 

「そ、それもそうか……」

 

乙女の道、ねぇ。これに護られるから女性の方が相応しいというが、ねぇ。試合などの映像も見てみたが、何時間も鉄の棺桶の中で重い砲弾を抱えて駆け回る。下手な男にすらしんどい作業に見えなくもない。無論伏せるけどね

 

「これ以外はどうするんだ?1輌では紅白戦すらできないじゃないか」

 

「学園艦内に10輌くらい隠されているようなので、発掘させます」

 

「誰に?」

 

「履修生に」

 

公にしたくない以上、これより前は人員確保すら覚束まい

 

「まずは教材を集めて来なきゃならんのか。あまり受けたくない授業だな」

 

「逆に教職員連盟は丸め込んで単位数とか嵩増ししたんで、それでも人が来なきゃどうにもなりません。ウチの学生の愛校精神が足らなかっただけの話です。あとは機密費から食堂優待券を作らせました」

 

これを履修人数分だが、それでも額は10万くらい。値引きだけだからね

 

「それと学園の誇りとして能力高い人間集めなきゃならないので、一人有能な奴に目を付けてます。それ用の秘策も一応」

 

一個下に面白い奴がいた。家計的にも飯の話と絡めれば釣れる、と思う

 

「やるねぇ……」

 

「極め付けはこれです」

 

ちっちゃな鞄から透明なクリアファイルに入れた一枚の紙をそのまま差し出す

 

「ん?これは……必修選択科目の申し込み用紙か……こりゃまた大胆な」

 

「まぁ、見習ったところが見習ったところなんで、褒められるものではないですが」

 

「この戦車の故郷、からか」

 

「単に選択ですし、中身も国家併合ほどのものでもないですから」

 

戦車道の選択欄のみ他の欄よりめっちゃくちゃでっかくした記入用紙だ。これに西住ちゃんがチェックしてくれれば楽なんだけど

目は……笑えないですよね。なんかやばい代物を目覚めさせちゃったな、そんな感じだろうか

 

「角谷」

 

クリアファイルをこちらに返しながらその目を緩めた

 

「なんども言うが、お前に任せてよかった。私にはここまでは無理だ」

 

「ありがとうございます」

 

「ここまでやるんだ。後任には慎重になっとけよ」

 

「後任を設けられればの話ですがね」

 

 

 

「あれ、人がいる」

 

「ここに?」

 

奥の扉から二人の少女が私たちを見つけた

 

「しかも角谷会長ですか」

 

「ナカジマちゃん?」

 

自動車部の人だ。黄色いツナギを着ているから薄暗いこの倉庫でも結構目立つ。もう一人はホシノちゃん。結構焼けてるよね

 

「卒業する人への挨拶とかはいいのかい?」

 

「ウチらの先輩、一人しかいらっしゃいませんから」

 

「すぐに終わったと……」

 

私も他の人に挨拶しなきゃな……

 

「そうなれば下手に感傷に浸るより私たちは車いじってる方が性に合ってますから」

 

「なるほどねぇ……それで、ここには何の用?」

 

「あれ?あの連絡は会長からじゃなかったんですか?」

 

「へ?」

 

「ほら、IV号の整備の案内書類置いとくから、整備してくれっていう話。これ置いてってくださったじゃないですか」

 

こちらに近づいてナカジマちゃんが見せてくれたのは、表紙に女性の顔が書かれた説明書だ。中身をチラッとみてみると、内容の詳細はわからないが、図面から見るに整備のための本のようだ

 

「これ以外にも何冊か別の戦車の整備書類置いててくださいましたけど、あれらも違うんですか?」

 

「私は知らないよ?」

 

「そしたら誰が……」

 

どういうことだ?

 

「戦車の整備は初回の授業の時に履修生に混じって手伝ってもらうから今日は大丈夫。それでさ、ちょっと他のも見せてもらえる?」

 

「今部室に残り置いてあるんですよ」

 

「じゃ、部室にお邪魔してもいい?」

 

「わ、私は少し手を洗ってくるとするよ」

 

 

こうして手をしっかり洗った山崎先輩とともに、よくわからない工具が大量に転がった部屋だった。部室で待ってたスズキちゃんに踏まないように気をつけて、と言われても、慣れてない人にはなかなか厳しいものがある

そしてその奥の机の上の書類の束、それが件の案内書のようだった

 

「朝方にこれとこの紙が入った紙袋がドアノブに掛かってたんですよ」

 

「ふーん……」

 

ホチキス留めされた書類を一つ一つ見てみると、残りはフランスのB1bis、ドイツのポルシェティーガー、日本の三式中戦車のものだった。これらは……我が校が書類をごまかしてまで残そうとしている戦車の一部だ

ウチが書類をごまかしてまで戦車を残していると知っている人の中で、その車輌まで把握しており、かつそれでいてウチの助けになるものをくれる人……

 

「しかしこのポルシェティーガーっていう奴、案内書見ただけでも骨が折れそうですよ。これ本当に70年前の車輌なんですか?」

 

「トーションバーが短いから構造的に足回りめちゃくちゃ弱そうだし、本当に乗ろうとするなら根本から改造しなきゃダメないんじゃない?」

 

「見る限りこの中だとIV号が一番乗りやすいんじゃないかな。このB1bisってやつは砲塔に一人しか乗れたいみたいだしね」

 

「は、はぁ……」

 

戦車の構造について話に花を咲かせる3人とそれに全くついていけない山崎さんの横で、私は一つの結論に辿り着いた

 

「多分ウチの戦車ショップの人が適当にくれたんじゃないかな?お礼は私の方から言っとくよ

それで整備に関しては前に話した通り、後日で頼むよ。この先も世話になるだろうしね」

 

「ウチらとしちゃエンジン付いてるものをいじれるのでむしろ喜ばしいんですが、そしたら代わりに予算増やしてくださいよ」

 

「ダメダメ。もう予算通しちゃったんだから、恩恵受けたきゃ戦車道履修しな」

 

「えぇ〜……」

 

「功績次第で来年は考えるからさ」

 

その書類は自動車部に預けて、私は同封された紙だけ貰っていった

 

その書面には一言

 

『大洗女子学園のさらなる奮闘に期待する』

 

とだけあった

 

「角谷。何とかなるかもしれんな」

 

山崎さんのその言葉は、私が心の中に浮かんだ言葉と同じだった

 

 



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第20話 刺客

 

 

 

そして春休み。宿題も特にないので、私が当たるべきは一つ

 

選挙対策である

 

今回から私が通した選挙改革案、『生徒議会基本条例改正案』に基づき、生徒議会が市民議会へと名を改め、学園内部のみならず都市でも選挙戦が展開される。選挙管理委員会も慣れぬ仕事に追われている。この選挙の成功如何も私の実績に含まれる

 

ルールとしては日本の選挙法と同様だ。だが何せいわゆる市民議員の数が数だ。これまで都市全体で行っていた選挙での候補者は、多くても15人、つまり大洗町議会選挙だ

それが今回選挙区は分けられているとはいえ定数は50人、立候補者は100人近い。議会を金曜日の夜にするとかしたのが功を奏している

 

もっとも今は町内会がバックについた議員が多い。町内会は無理矢理な廃校回避には若干懐疑的な節がある。廃校、退艦となるなら早めに話を決めておいてほしい、それが本音のようだ。要するに廃校を回避して仕舞えば問題ない

 

これだけの数のポスター、パネル、幟、拡声器。準備するだけでも大変だ。そしてこの宣伝、政党をバックにした議員が政党名を呼ぶことは、結果として各教室を選挙区とした選挙にも影響する。学生は学園艦に住んでるわけだしね

 

すなわち各党この都市での選挙活動に手を抜くわけにはいかない。そしてその時有利なのは、元々都市民との関係の強い公正会を取り込み、開校以来の歴史の中で選挙戦の経験を積み、議会第一党で資金力のある大洗フォーラムなのである

 

私も入学式、始業式以降3日間に渡る選挙戦では遊説にも行くし、応援演説にも入る。その間に別の仕事もあるけどね

 

そしてこの選挙戦にて、私は禁じ手の一つを発動しようとしていた

 

「ということで竹谷町長。市民議会選にて私と大洗フォーラムへの公認をいただきたい」

 

「我が党としても長年にわたり大洗町政を支えてこられた竹谷町長の公認を頂ければ、都市内での影響は計り知れません。こちらとしても都市内での町長及び近い町議会議員への支援はお約束します」

 

大洗町政と大洗女子学園市民議会の結託。これまで都市の自治の独立を宣言してきている以上、飛び地扱いとはいえ町政とは距離を取るのがしきたりだった。しかし学園存続は学園都市、大洗町ともに必要なことだ。そしてその方針を決めたのは生徒による政党。生徒の自治は乱していない

 

「悪くない」

 

皮の椅子に深く腰掛け、足を組んで話を聞いていた竹谷町長から聞けたのは、まずはそれだけだ

 

「角谷くんが色々と改革を進めているのは聞いているし、学園存続の為にも角谷くんと私たちは手を組むべきだ。戦車道再興も支持しているし、その試合会場としてこの大洗の町の登録を進めている」

 

「なら……」

 

「だが、フォーラムと組むメリットはあるのか?予算案の時に造反が出てガタガタに見えるのだが。そんな不安定なところに私を支持している議員を支持されると、逆にその不安定性が移って来かねん」

 

つまり自分の力だけで通せる。必要以上の繋がりはいらない、と

 

「それに必需品への補助金政策。あれも必要とは思えん。必要だから既に文房具屋とコンビニは進出しているし、そこらの間の競争で値段も本来は地上と大して変わらん。そこに補助金を出してさらに押し下げることに意味はあるのか?」

 

「ですから、この学園に来る学生の出自、生活環境は多様です。それらを問わず勉学を続けられる環境を提供する。それはこの都市が公立の学園都市であり、その与党である限り取るべき日本共通の善であると思案します」

 

白石ちゃんがハッキリと言い切った

 

「補助金額相当の引き下げをせず、差額分を取り込んで経営を保っている零細もあるという。そういうところはむしろ市民の学費、税金を恣意的に使っているとは言えんか?そういう店があるというのはこちらは把握済みだ。ただそちらの自治の意向を受けてこうして勧告だけに留めているがね」

 

「もちろん販売状況に関する精査は入れております。仮にそのようなことをしている店があるとしても、彼らもこの都市に住む住民です。そのような利用を止めるなら我が校としてこれ以上口を出すことではないかと」

 

あまり触れて深掘りして欲しくないんだよな、そこは。うん……

 

「こちらもそれを認めている政党だから不安だ、という意見もあるし、何より最近まで議会の1/3すら取れていなかった。それを市民の代表として町長の私が公認するのは無理がないか?」

 

「現在は1/3を超えております。そして得票率そのものは決して低くありません。今回の角谷会長と組むことにより、得票率の増加も見込めますし、市民議員は此方に近いものもいます。今よりは格段に議席数を増やせると見込んでおりますが」

 

「それはそちらの想定でしかないだろう?選挙は水物だ。結局開票結果が出るまで誰も結果は知らない。君たちだって選挙速報とかのニュースとかを見てる時に、当初の予想と違う議員が当選してるのを見るだろう」

 

フォーラムは都市の自治の独立を主張し、時に町からの要請にも反して政策を実行してきた。その距離感は私がいたところで拭えるものでもない。つまるところフォーラムが信頼されてないわけだ

私との関係だけなら一年だけだ。来年以降万が一政権与党が変わる事態になっても、政党と繋がってなければ新しい生徒会長支持に簡単に乗り換えられる

 

めんどいなら、妥協するだけだ

 

「それなら、この形ならどうです?」

 

一枚のメモ用紙を我々の間にある机に置いて、簡単に大きく四角形を描いた

 

「これを選挙ポスターだと思ってください。まず候補者の写真を載せて……その右下に私の写真と私が推薦していることを書きます」

 

「ふむ、普通だな」

 

「そして『私の写真の下に』竹谷町長推薦を書きます。つまり竹谷町長が推薦しているのは私、その体裁を取るならいかがです?」

 

来年以降万が一があるなら、向こうは生徒会長の写真と政党名を変えて別で作ればいい。フォーラムと町長の仲立ちが私、となれば向こうにも受け入れやすいと思う

 

「……だめだ。今回の選挙でそれは認めん」

 

ううむ、手厳しいな。やはりフォーラムを絡めるのは厳しくなるのか……

その後も交渉は進めてみたが、先ほどの案が拒絶された以上、フォーラムのポスターに町長の名前を載せるのは許されない。そうじゃないなら、この選挙での意味はない

 

それなら、もう一つの禁じ手を使って勝ち筋を作るのみだ

 

 

 

4月5日、始業式及び入学式。午前に始業式、午後に入学式の日程が取られる。今年度も無事倍率は1.03と辛うじて1を超えていた。正式に不合格を出した人数は全学科合わせて92人しかいない。もともとは1.4くらいあったのだが、廃校の話を受けて結局辞めるという人が多く出たのだ

そして今回入学している人の中にも、一年生のうちでより良い成績を取ることで廃校後の割り当てでさらに上を目指そうとしている者もいるだろう

 

だがその願いは挫かねばなるまい。私は彼女らに6年間で多くのことを学び、感じ、そして表現していってください、と挨拶した。親御さんもいる前でだ。彼らも巻き込んでやるしかない

私も今日から高校3年生。泣いても笑っても最後の一年になる。そしてそれは猛烈な誹謗中傷から幕を開けた

 

 

「この戦いは大洗女子学園、この足元にある学園艦を守るのか、捨てるのか、それを本当に選ぶものでございます!あちらの〇〇は学園の誇りを取り戻すことに反対し、廃校準備校指定についても、受け入れ及び退艦へ準備せよと言ってやがるのでございます!

この愛校精神への反逆!設立以降の伝統の放棄を堂々と宣う者に、学園都市の未来を託してはなりません!廃校回避学園都市の維持はなされるべきであり、この危機を目の前にして、我々は都市を挙げて団結して立ち向かわねばならないのです!それが廃校準備校指定に対する非難決議を真に実行することなのです!

口では最早止まらない。やらねば、やらねばならないのです!

どうか大洗学園フォーラムの◻︎◻︎!◻︎◻︎に清き一票をお願いいたします!」

 

「皆さんも考えてみてください!期限は来年なのです!一年後には国からここから出ねばならないと通達を受けているのです!最早それは眼前の事実であります!

角谷会長は廃校回避廃校回避と壊れたレコードのように繰り返しておりますが、果たしてそんなことをひっくり返せるのですか!

国と争い、戦車道とやらに誇りだからなんだと金を注ぎ込み、そして乱して乱しまくった挙句のうのうと来年卒業しようとしてる!あの軽々しい口に騙されてはなりません!

無所属の〇〇、〇〇に清きでも汚なきでも構いません!あなたの一票をよろしくお願い致します!」

 

「事ここに至って頼るべきはどこか!それは偉大なる同志のいるプラウダ学園にございます!我が校が生き残るには、国との対立は避けられぬことは皆さんも承知のはずです!ならばこの国の暴虐には学園都市で力を合わせ対峙するほかありません!

ならばその盟主たるのは、学園都市最大規模にして国への抵抗を主張するプラウダ学園以外にないのでございます!そしてその各都市共和発展の指針に向け、我々も足並みを揃える時が来たのでございます!

どうか人民による大洗の議員候補に投票をよろしくお願いします!」

 

「民主主義は堅持されるべきでございます!このままフォーラムに安定議席を渡してしまっては、その先は角谷政権独裁の道でございます!そしてその先にあるのは学園都市の経済拡大に目を向けないフォーラムの方針の完全な履行です

仮に廃校を回避できても、それではまた同じことの繰り返しでしかありません!必ずや、その不安定性によってトドメを刺されるでしょう!

それは止めねばならない!企業を呼び、産業育成を為して始めて、この大洗女子学園学園都市は未来まで安定するのでございます!

どうか新大洗クラブ、新大洗クラブに清き一票をお願いします!」

 

「こんな選挙は無駄だ!こんな選挙は滅ぼせ!政治に頼ったってなんっにも変わりはしないんだよ!」

 

「え〜、全世界学園都市経済共同体とは……唯一神△△の名において……その威光の下に全ての学園都市を参画させ……」

 

後半はどうだっていい。ここで出てきた無所属議員、ついこの前まではフォーラムの議員だったのだ。ならばその彼女を非難している彼女は?

 

 

 

 

私が送り込んだ刺客だ

 

白石ちゃんに近い人が要職を、それも選挙対策課を抑えていたのが効いた。党に対する造反を理由に、予算案に反対した議員の公認を取り消したのだ。そして党員からアンケートを取って刺客となる候補を決めていった

内部分裂そのものだが、今なら勝てる。これで勝つのだ。学園都市は廃校回避に向けて一枚岩にならねばならない

 

 



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第21話 批判的精神

 

 

 

私も遊説に立ったりする日々が続く。朝は学校に先に来てから荷物を置いて学校の前で演説。授業を受け終礼をダッシュで抜け出してタスキをかけ、通学路の帰り道に立つ。それが終わったら今度は自転車に乗って町巡りだ

車は一台借りるのが精一杯だったようで、日中から選挙活動ができる市民議員の支援を優先する。私も合流したら車の上に立ってまたまた演説だ。それを夜8時、制限時間のギリギリまで続けるのだ

 

市民からの反応は悪くない。そこは市民議員の創設がいい感じに働いているのだろう。ここで働いている人たちからの支持はほぼ完璧に近い

そして帰りがけの生徒の反応は、市民ほどではないがある程度ある。もっとも私の演説なんて式典関連で見飽きて聞き飽きている、といった風に通り過ぎる生徒も多いけどね

 

 

そしてそんな最中、2日目の放課後では必修選択科目の追加科目、戦車道のガイダンスが行われた。読み上げ担当は小山だから、私は生徒の反応を見ながら干し芋をつまむ

 

「戦車道……それは健全な婦女子を育成し、世に役立つ人物を送り出す為の、伝統的なスポーツです。乙女の目指すべきは自己鍛錬と相手への敬意、そして照準器の先に見据えた己の心なのです……」

 

この資料は生徒会で作ったもので、戦車道連盟にも協力してもらったものだ。なんか参考になるものはないか、とお願いしたところ、ちょっと前に作った宣伝用のビデオを送ってきたので、内容を削って初心者が見たらめっちゃくっちゃ伝統のあるまともなスポーツに見えるようにした

現実?西住流と島田流って名前が付いてて、かつ西住ちゃんみたいな存在が生まれる世界だ

 

なぁに、嘘はついてないよ、嘘は。仮にそんなスポーツなんだと思ったら、君たちの知識不足と騙されるだけの解釈する力の無さを恨むがいい。むしろ批判的精神を養った方がいいんじゃないかい?

現実を知ったところで単位と引き換えなら手を切るのはそうやすやすとはいかないさ。戦車道を履修している人を減らすわけにはいかないからね

そしておまけに小山からは遅刻見逃しとか食堂優待券、単位数爆高を含む戦車道履修のボーナスを通達した。そしたら本当に分かりやすいね。場の空気がパアッとこちらに傾いた。一人暮らしの人も多いから、その人たちにとっちゃ食費が抑えられるだけでもメリットは大きいしね。そしてこっちに流れてくるのさ

 

 

その後必修選択科目の紙が高校の各クラスに配られた。無論戦車道だけ一番でっかくしてある。いかにもこれにチェックを入れろ、といった感じだ

そして次の日の休み時間、まだ期限は来てないからおそらく科目を決めてはいるまい。そこら辺は優柔不断なところがあると黒森峰からの説明にもあったしね。西住ちゃんのいる普通科2年の教室に小山とかーしまを連れて向かう

 

「なぁ、かーしま」

 

「どうしました?」

 

「抜かるなよ」

 

「は、はい」

 

役割は分担済み。かーしまはその見た目と背の高さ、そして口調で西住ちゃんを直接威圧する役目だ。それを実行する場に立ち入る。中には生徒が多くおり、私を見て口々に小声で話している。誰に、何の用か。主にそんなことのようだ

そして目的の人は、2人ほどの他の少女と話しながら、その真ん中にいた

 

「やぁ、西住ちゃ〜ん」

 

「は、はい!」

 

「ちょっと廊下に来てもらおうか」

 

 

「あ、あの、一体何の……」

 

「必修選択科目なんだけどさ、戦車道、やってくんない?」

 

 

 

念押しはそれで済ませて2日後の4月8日、選挙の投開票日だ。だが学生も午前中だけ学校に来てクラスごとに投票を行っていく

 

そして一般投票も並行して行われ、体育館には朝から箱の中身を覗こうとする人たちが並び、投票が行われていった。私もクラスで投票を済ませた

 

 

19時50分、私は白石ちゃんらフォーラムの政権幹部、そして公認候補者らとともに、校内の大教室を借りてテレビをつけていた。茨城には県営放送はないのだが、代わりにNHK水戸放送局が開票結果を速報してくれる。何かしらの動物番組が流れているが、明日になって何の動物についてやっていたかを覚えているものはいるまい

 

「……どう見てる?」

 

「感触は悪くありません。他の党が地盤とするところでも、2番手には結構食い込めている印象です」

 

隣にいるのは選挙対策課の松本ちゃんだ。今回の刺客の選抜、擁立に協力してくれている白石ちゃんの腹心だ。こういうところを廃校回避派で占められているのは大きなプラスだ

 

「あとは……クラス両議席確保がどれだけできるかと、市民議員の数次第だね……」

 

「クラブの戦車道支持派と合わされば過半数は容易でしょう。しかし問題は……」

 

「フォーラムの単独過半数」

 

「そこに関しては何とも言えない状況です。複数擁立したばかりに、そこに割ってクラブや人民とかが入ってくる可能性もあります。話は分かっていますが、その弊害だけはどうにも……」

 

「人民ねぇ……」

 

革命派が党の議会での躍進により勢いを失ってくれればまだマシかな

 

単独過半数。それがあればこの先かなり楽になるし、総合局は生徒会一の閑職になるだろう

 

「プラウダがウチに手を伸ばしてくるとは思えませんし、そこまで気にしなくてよろしいのでは?」

 

「でも一応ね……国との争いが消耗戦と化してきそうなら、ちょっと警戒がいるかもね」

 

「なるほど。クラブを通じてサンダースがなんたらという話も聞きませんし、大丈夫だとは思いますけどね」

 

「角谷会長!」

 

そんな話の最中、奥の扉を開けるが早いがこちらにダッシュで駆け寄りつつ口を挟んで来たのは、新聞部の王とかいった子である

 

「新聞部の王大河です。間も無く開票開始となりますが、ご自身としてこの選挙、どのように考えていらっしゃいますか?」

 

「私の生徒会長としての行政の1/4における評価であるも考えております。アメリカの大統領の評価も最初の一年が肝と申しますし

この結果が廃校回避を志向することへの市民、学生の皆様方の判断だと受け止める所存です」

 

「ありがとうございます。松本選挙対策課課長。この選挙における目標などは設定なさっておられるのですか?」

 

「そうですね。フォーラムは廃校回避を目標にされる角谷会長をサポートする立場におりますゆえ、それを支えられるメンバーにて過半数を目指しております。その後は学園都市行政の改革および適切な遂行に力を尽くしてまいります」

 

「ありがとうございます。以上、大洗学園フォーラムの幹部の皆様のおられる505教室よりお伝えいたしました!」

 

そしてサッと後ろに下がっていった。待つのは彼女らも同じ、20時である

 

 

「30秒前……」

 

時間が近づいてくると、どこからかカウントダウンが始まる。楽しみであり、不安である時が徐々に近づいてくる

 

「20秒前……」

 

私の道が正義となるか。それが市民によって示される時だ。やるべきことはやった。だがそれでも不安と恐怖は拭いきれない

 

「10秒前、9、8、7、6、」

 

むしろ早く来て欲しい気持ちすらある

 

「5、4、3、2、」

 

私の頬を、汗がつたう

 

「1、0!」

 

『NHKニュース速報』

 

まずはそれの存在を伝える音と点滅からだ。唾を飲み込む

 

 



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第22話 確実に

 

 

『大洗女子学園学園都市、市民議会選挙速報

大洗学園フォーラム、過半数獲得か。角谷会長の送った「刺客」も多数当選確実』

 

「おおおおおおおお!」

 

「いよっしゃぁぁぁ!」

 

画面の一番上に現れた文字に、歓喜が応じた

 

そしてネット上にはすぐに開票状況および当選確実の情報が出ていた

 

大洗学園フォーラム 347

新大洗クラブ 129

職人連合組合 40

人民による大洗 39

学生自治権党 18

無所属 102

 

未確定 125

 

「よーしよしよし」

 

その画面を覗き込んだ松本ちゃんも満足げだ。この議席獲得数で未確定が分け与えられれば、フォーラムは過半数獲得だ。旧町内会系の離反しそうな奴も切ったからちょいと無所属が思ったよりかは増えそうだが、何よりクラブが退潮しているのが効いたな

 

「まだ未確定があるから確定じゃないぞ」

 

まだ慢心を避ける言葉は出るが、黒板に貼り付けた候補者一覧にはどんどん名前の上に赤丸が付けられていく。そしてそれが10人くらいまとまって壇上に上がり、周りからの万歳三唱に合わせて頭を下げる

 

「普通一科高校2年12組組高林町江さん、当選確実!」

 

「水産科高校1年2組大船渡霞さん、当選確実!」

 

「普通一科中学3年7組永田咲希さん、当選確実!」

 

「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」

 

クラスによっては刺客と旧フォーラムの無所属が張り合う形になっているようだ。二番手に食い込む形もしっかりできているし、二番手や落選だと予想していたところで優勢なところもあるようだ

 

「中一の情勢はどう?」

 

「無所属が他学年より多めなのは避けられませんでした。しかし小学校の伝手を使わせて中一を少々取り込んだだけあり、例年より政党への得票が多く、フォーラムが議席を多く獲得できそうです」

 

学園の危機を知りながら入ったもの達。即座に廃校からの放逐とはなりたくないか

 

「市民議員の方は?」

 

「公正会を取り込んだのが功を奏しましたね。確定で10議席です。残り30議席以上未確定ですからいい感じですが、情勢についてはそれ以上はなんとも……」

 

よしよし

 

「市民議員の方の混乱は?」

 

「町議会の延長として選管も同様の処置で処理したようです。開票開始も3ヶ所全てで開始されてます!」

 

大成功、だろうね。今のところは

 

 

 

 

翌日早朝、ついに全ての確認作業が終了した。各クラス、各選挙区での各候補の得票数が決定され、選挙管理委員会より正式な当選者、落選者の発表がなされた

 

 

無所属 123

 

人民による大洗 51

 

職人連合組合 46

 

学生自治権党 29

 

新大洗クラブ 149

 

 

 

そして

 

大洗学園フォーラム 402

 

 

思ったよりギリギリであったが、大洗学園フォーラム、単独過半数獲得である

 

「やりましたね、角谷会長」

 

一晩をここの教室で過ごしていて、片付けを急ピッチで進める中、白石ちゃんが話を向けてきた

 

「一応、ね。問題はこの402人が完全に一致しているか」

 

「大丈夫だとは思いますよ。こうして結果としても出てきたわけですし。刺客の対戦成績も15勝3敗13分。少なくとも角谷会長の方針が妨害されることはないかと」

 

「だけど数人離反されたら単独過半数はあっという間におしまいだ。動きは注視してよ」

 

「了解です」

 

私の指示に了解です、か。本当にできるとは思っていなかったが、やっと……フォーラムは私に従った

 

 

だが世の中そうもうまく回らないもので、良いことがあれば悪いこともある。寝不足のせいかあまり食欲もないので眠気覚ましに栄養ドリンクを流し込みながら、昼休みも生徒会長室でここ一週間のちょっと溜まった書類に印鑑を押していた。それを初めて間も無く、かーしまがいきなり飛び込んできた

 

「会長!」

 

「なんだかーしま、そんな大声で。一旦落ち着け」

 

こーいう時、かーしまはまず一度落ち着かせればだいたいまともに話してくれる

 

「は、はい。申し訳ありません。とりあえずこちらをご覧いただければお分かりになるかと……」

 

そう言って手持ちの紙を書類を避けて机の上に置いた

 

「ん?これは……」

 

 

「これはどういうことだ?」

 

「どうしてこうなるかねぇ……」

 

昼休み。今日が月曜日なんで必修選択科目の希望の提出は今日だ。そして彼女はその日の朝、ちゃんと提出してきた

 

ハッキリ言って西住ちゃんがこの内容を提出するのは想定済みだ。経緯を考えればある意味当然とすら言える。だが問題は彼女にオマケが二人ついてきたことだ

入り口で呼び出したのは西住ちゃんだけだから二人の立ち入りは認めない、と言ったようだが、その制止も聞かずズカズカと踏み入ってきたらしい

 

名前は五十鈴華と武部沙織。普通科の高校二年生で、西住ちゃんと同じクラスだ。五十鈴という子が黒髪、武部という子は茶髪だ。入ってきて顔を見て思い出したが、私たちが教室に入った時に西住ちゃんの両脇にいたな、そういえば

 

「すみません……私、戦車道はできません……」

 

出来る出来ないではない。やってもらわねばならないのだ

 

「貴様は私たちからの話は聞いていなかったのか?できないわけがないだろう」

 

「みほはやらないって言ってるのよ!」

 

「強制するのが生徒会のやり方なのですか!」

 

ウザいね、この二人。私たちの邪魔をするか

 

「そんなこと言っていいのかな〜。そんなこと言っていると、三人ともこの学校にいられなくなっちゃうよ〜」

 

間違いない。西住ちゃんがいないということは、戦車道は烏合の集だ。優勝なんて夢のまた夢。そしたら学園は廃校だ。三人ともこの学園には通えなくなる

もっとも、その意味でこの三人は捉えていないだろうけど

 

「脅しですか……」

 

「脅しではない。会長は常に最善の方法を言っていらっしゃるだけだ」

 

「ねね、やった方がいいと思うよ。会長もやるならそんなこと言わないからさ。これ以上面倒なことにならないうちに……」

 

物腰柔らかく小山が加勢する。さて、木刀の後に洗濯バサミだ。キツイがマシに思えてくるだろう?

 

「やらせること自体が間違いなのよ!」

 

「そこに生徒会が介入する道理はありません!」

 

抵抗しているのは周り二人だね。核心部は揺らいでいるな。さて、どうするか。もう一押し何かあればいいな

廃校の事情は……伝えたら尚更やらないね。だからパス。今から風紀委員を呼んで二人を追い出すか

それだね。私の言っていることが勘違いのまま進むようにしようか。彼女らには悪いが、これが私の役割なんでね

 

取り巻きの対応は二人に任せ、私は机の下のケータイから園ちゃんにブラインドタッチでメールを送る。内容はそのまま生徒会長室の不届き者を追い出せだ

 

そのメールの送信ボタンに指をかけた

 

 

その時だった

 

「あのっ!」

 

奥のこの問題の中心が、取り巻きの手を両手それぞれで繋ぎながら、久しぶりに声をあげた

 

何だろうか。結果それでもやらないと言い出すんだろ

 

そう思っていたし、もう親指に力を入れていた

 

「私、戦車道、やります!」

 

だからこの言葉が耳に入った途端、私を含め周りの全員が一瞬呆気にとられた

 

「ええええっ!」

 

その中でも反応が早かったのが武部という子である。私もそれでことの進展を理解し、笑顔でうなづいた

 

こうして、道はできた。やると決まれば話は早い。頼むよと一言と紙の書き直しと前の紙をシュレッダーにかければ全て済むし、普通に返した。そしてついでと取り巻きの二人も希望を戦車道に変えていった。人はいるだけ損はない

 

 

三人を返して少しして、園ちゃんに続いておかっぱ数人が生徒会長室に突入してきた

 

「……あれ?」

 

だがこの部屋にいるのは、干し芋を食べている私だけだ。かーしまも小山もそれぞれの仕事に当たっている

 

「角谷会長……これはどういうことかしら?」

 

「いや〜ごめんね。さっきまで不届き者は居たんだけどさ、もうそうなくなっちゃったから返しちゃったんだよね」

 

「……はぁ」

 

その通りなのだから致し方ない

 

「でもここにそのまま来てもらったからには要件が一つあってね。ちょっといいかい?」

 

「……何かしら」

 

相手がいなければ連れ出す仕事はない。捕獲用の棒を置いて園ちゃんはこっちに来た

 

彼女に二枚の紙を手渡す

 

「二人……ウチの学生ね」

 

「その二人の背後関係、漁ってくれない?」

 

「……理由は?」

 

「……可能性の話だけど、国、文科省とつながっているかもしれない」

 

自分の学園の生徒を疑う真似だ。だが……疑って何もないなら良し、何かあったら見つけた方が良しだ

 

「文科省と……廃校を進めようとしているところね」

 

「そう。彼らからしたら私たちが戦車道で何かしら実績を残したら問題になるだろう?」

 

「そうね。実績の度合いにもよるけど、本格的に廃校にしようとするなら問題になるでしょうね。実績を出したのに何でだ、と」

 

「世論が動く。私だって戦車道を誇りだけのために立ち上げたわけじゃない」

 

「実績の可能性を広げるためね。あれだけ廃校回避というなら、理由はそれしかないわ」

 

「その実績のためには、彼女が必要だった」

 

ここで紙をもう一枚

 

「西住みほ……黒森峰からの転校生で、現在普通一科の高二……私立から公立だし、時期も時期とは変な転入生ね」

 

「私が呼んだんだよ。戦車道の強化のためにね。だけど彼女は戦車道をやりたがらないだろうとは思ってた」

 

「……あの話の不届き者って彼女らのことかしら?」

 

「結論を言えばそう。西住ちゃんに加勢して戦車道をやらせないように言って、ついさっきまでここに来てた」

 

「……その二人と西住ちゃんの個人的な繋がりの線は?」

 

「クラスが一緒とはいえ、西住ちゃんがその二人と会ってから学校に来る日は何回あった?」

 

「始業式にレクリエーション、そして金曜日と今日……多く見ても4回ね」

 

「それだけで来る?」

 

可能性はある。だがそれがない可能性もまた然り

 

「……あの二人が西住さんの背中を押してやらせないように仕向けた、と」

 

「そう見てる。もともとやりたくなかった西住ちゃんはその二人によって一旦は戦車道をやらないと決めた。だけど生徒会としてはそれは困る。だから呼び出して何とか説得したよ。その二人は邪魔ばっかしてきたけど」

 

「そういうことね……」

 

「西住ちゃんが戦車道をやらないことでメリットがあるのは誰か。一つは西住流だ」

 

「西住流……戦車道の流派で、この紙によるとその次期家元が彼女の母、と」

 

「そう。西住ちゃんの姉が今西住流の後継者だ。西住流がその姉ちゃんの地位を絶対のものにするために西住ちゃんの経験値を削ごうとする。考えられない話じゃない」

 

「ふむ……探るだけ探ってみるかしら」

 

「その五十鈴って子は今度は華道の五十鈴流の後継者だ。華道と戦車道。伝統ある流派の家元同士、伝手があってもおかしくない。でも私はこちらの可能性は弱いと思うけどね」

 

ま、去年の夏の西住ちゃんのやった事とそれに対する西住流と黒森峰の対応を考えればね

 

「それを調べるならその線ね。もう一つは文科省が彼女らを使っていると」

 

「そう。西住ちゃんに戦車道履修を拒否させて、それをサポートしてウチらに拒否を認めさせる。現にその直前までわざわざ西住ちゃんの手を繋いで来てるわけだしね」

 

「考えられなくはないわね」

 

「そして気になるのが、西住ちゃんが履修を決めた後、二人も戦車道履修に変えた事なんだ。どういうことか推測つくかい?」

 

「……最悪の場合だと、戦車道の授業を荒らす、または試合の本番で味方を混乱させるような事をする。そこら辺が目的の可能性もあると」

 

「仮に文科省の策ならね。人数はいるだけ損はないし、来る人を拒否する表向きの理由が今はないから受け入れたけど、監視と背後は洗っといて」

 

「わかったわ。でも、もう二度とこんな煩わしい手段は使わないでちょうだい」

 

「わかってるって」

 

さて、黒と出るか白と出るか。それは分からない。疑って調べさせるなら、私も私でちょっと声だけかけてみようか

 

 

その日の夜、私は辻氏に一本のメールを入れた

 

『あなたの敵に警戒されたし』

 

と一言だけだけど。もっとも向こうにとっちゃ余計なお世話かもしれないが

 

 



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第23話 練習と外交

 

 

戦車道最初の授業。件の奥の奥の倉庫だ。隣の草地は調べてみると昔戦車道の練習場だったらしい。戦車道が廃止されてもこの立地のせいで他のどこも使う気にならなかったらしい。農業科の敷地とも離れてるしね

それにしても、あれだけ丸をでっかくしても履修者はそんなに多くなかった。総員21名。この学園都市の高校生が9000人いるのを思えばかなり少ない

 

もっとも途中での履修の変更は可能だし、大会で二勝すれば途中からの履修だろうと単位が出るようにしてある。もっともこのことは伝えてないけどね

一応教職員連盟にはそう言ったが、まぁまともに見られるはずがないよねぇ。要するにベスト4狙いだもの。OKはくれたが教師の一部は鼻で笑っていた

 

だがそれにしても、この倉庫の前にいるのはなんともまとまりのない集団である。一部に至ってはまともに制服を着こなしているのか怪しいし、話を聞く気があるのかすら怪しい人もちらほら

ちなみにバレー部の磯辺ちゃんはウチに直接乗り込んできて、戦車道やるから単位とかの代わりにバレー部復活させてと注文してきたから、だいたいOKを出した

その行動力を気に入ったというのもあるけど、やってくれる数の水増しだね。運動部だから体力もあるだろうし

 

というか本当に体力使いそうなんだよね、この競技。砲弾は重いやつだと10kgとかあるし、何時間も狭い空間で行動したりするわけだ。精神力と体力はいるよ。だから最近ちょっと密かに鍛え始めてる

 

さて、またこの南京錠を開けて扉を開くと、前と同じく汚れに汚れたIV号戦車が現れた

 

「汚〜い」

 

「ボロボロ〜」

 

うーむ、その通りな反応がちらほら湧いてくる。実際山崎さんが触って手を真っ黒にしているしな。だがその中で一人、そのIV号に向けて歩き出したものがいた

 

「見た目はこれだけど、足回りは問題なし。装備品も揃っているし、計器の類も異常なし」

 

その子はためらわずに車輌に触れた。呟きながらも視線は本物、なのか?

 

「これならやれるかも」

 

「おぉ〜」

 

西住ちゃんの一言だった。専門家の見る限り見た目より状態は良いようだ。周囲の表情も少し明るくなる

 

幸先は良し

 

「しかし、戦車はこれだけか?」

 

そしたら当然の疑問が

 

「今はね〜」

 

「え、じゃあどうするの?これじゃ紅白戦どころかまともに乗って練習もできないんじゃ……」

 

「探す」

 

それしかない

 

「生徒会の資料によると、学園艦には他にも放置された戦車があるとのことだ。現状場所は分からないが、それを発見し、洗車、修復の上で授業に用いる」

 

「えぇ〜めんどくさい」

 

「なんでそんなことするの〜」

 

「まーまー、私らだってこれ見つけてるわけだしさ」

 

「発見次第私に連絡するように。自動車部を通じて持ち出し、運搬等を行ってもらうからな。それでは全員捜索開始だ。解散!」

 

 

だいたい授業はかーしまに仕切らせている。私はできるだけ戦車道に関しては遠巻きに見るようにしている

 

理由はいくつかあるが、一つは威圧感を与えないためだ。私の存在はメディアの手伝いもあって、なかなか強引な指導者という位置付けにされている

私個人としてはむしろ人の話を聞きに赴いて妥協することを目指しているのだが、そう思われている以上思いっきり前に出れば履修者は萎縮してしまう。履修者が戦車道に対して活発にならねばこの計画も終わりだ

 

もう一つは生徒会の本格的な肝いりとの話を避けるためである。それがあると来年以降生徒会と戦車道は切り離せなくなる。生徒会がなくならないなら、戦車道を自然消滅させる計画は上手く進まなくなる。金が必要以上に注ぎ込まれる未来は避けたいね

 

そして最後は、私の隙を作らないためだ。見るからに手を抜いていれば、そりゃできないだろ、となる。上手くなくても文句は出ない

しかし見るからに真面目にやっててもし私に才能が無ければ、私の隙だ。引き摺り降ろそうとする奴らに丁度いい材料を与えかねん

 

というわけで私は干し芋片手にこの授業に参加しているというわけだ

 

 

発見の報告は思ったよりポンポンきた。西住ちゃんのところとかバレー部のところとか、授業前に固まってたグループごとに1輌ずつ見つけていた

 

しかしまぁ問題はここから。山の中の38tとかはそのまま木々の合間から運び出せばいいだけだったのでマシな部類

だが他である。池に入っていたIII号突撃砲は池から大型トラックで引っ張り上げて水抜きして電気系統まるっと錆びついていたから錆抜きから

ガケにあった89式中戦車とかはクレーンで車体ごと持ち上げる必要があった。もー業者を呼ばなきゃどうしようもできない状況だった

挙げ句の果てにウサギ小屋の中にあったM3Leeはウサギを避難させてからウサギ小屋を解体。そして運搬してウサギ小屋を組み直してウサギを戻す一大作業だった

 

20年くらい前の先輩の必死すぎる隠匿作業のお陰で、その日は我々生徒会の面々も荷物運びに動員されるわ、生徒会室を飛び出してした肉体仕事は深夜日付を超えるまで続くわ、と散々だった挙句、

 

「今日は中々刺激的な作業をありがとうございます!しかし我々だけではこのような規模だと手が回りきらず、またこうして皆さんにも苦労をかけしてしまうかもしれません」

 

とナカジマちゃんからススのついた顔で言われた。オモテは柔かだがウラは簡単で

 

「こんな面倒な仕事を押し付けんなボケ。こんなの流石に何度もできないし、もし次やるなら人増やすなりしろや。あと資金よこせ」

 

だろう。うん……燃料と車輌整備費ぐらいは出せる……かな?

 

結局そんな苦労をしたにも関わらず洗車も整備も出来ず、ただ倉庫にオンボロが4輌加わっただけとなった。そして車輌の割り当ては人数の都合上38tとIV号を逆にした以外は発見した集団に車輌を任せることにした。今ならピッタリだが、今後車輌が追加されれば増員も視野に入れないとな

 

 

そして戦車を洗車する日を作って、水着姿の小山に水をぶっかけたり皆が体操着を真っ黒にする中で、私は別の案件を進めなくてはならなかった

 

学園都市行政の改革に関する条例をかなりのスピードで施行していくことにしたのである

 

理由としては色々あるが、まずは戦車道の優勝が廃校回避の条件だと公表していないことがある。つまりこのまま戦車道に頼りっぱなしだと、私はスポーツにうつつを抜かして本質的なことは何もしていない奴、となる

その悪評は避けねばならない

そして何より、私がもともといた総合局の仕事が思いっきり減らせたことがある。与党単独過半数はそれだけでも大きなボーナスだ

もっとも二人だけっちゃ二人だけなんだけどさ

だから話を進めるのは今を置いて他にない。次がどうなるかどころか、次があるのかすら分からないしね

 

そして改革の姿勢を見せることで学園の廃校を阻止しようとしているという体裁を取れば、話としては納得してもらえる。それで戦車道の存在をある意味で誤魔化すのだ

 

4/27。第3回議会にて『被服科研修及び誘致支援条例』、大洗学園フォーラムと新大洗クラブの賛成により可決。職人連合は反対したが、教職員連盟も支持の意向を示し、3年後の開始を目指して可決された

内容は前と話したのと大きく変わらない。企業の誘致と研修という名の労働、そしてその分の学費の軽減だ。学費の低減及び企業誘致による都市経済の活性化を狙った策だが、今は何も進められない。来年に廃校になるって学園都市に来る企業はないからね

 

 

そしてその最中、他にも話を進めねばならない。一つはどうやら連盟から紹介された教官が派遣されるらしい

 

『大洗女子学園の戦車道連盟加盟は戦車道隆盛の道において誠に喜ばしいことである。大洗の戦車道の発展が高校戦車道全体の技術向上に繋がることを期待する』

 

という仰々しい児玉会長のお礼の文章とともに、現役自衛官が教官として派遣されることになった。名前は蝶野亜美、階級は一等陸尉。軍隊には詳しくないからどのくらいの階級かは分からないが、上に佐官と将官がいるんだしそこまででもないのかな?

 

と思っていた時期がありました。調べたらタダモンじゃないわこの人

 

なんか高校時代に15輌抜きとか12時間の激闘一騎討ちとかやってるヤバイ人なんだけど。なんでこんな人が戦車道始めたばっかりのウチに来るの?

 

階級はともかく、戦車道においては一級品の人材だろう。なんで来るのかは知らないけど、貰えるものは貰っておこう。もしかしたら私たちみたいなガチ新参に送るだけの理由があるのかもしれないけど

 

 

あとは外交だ。ウチ単独で国と張り合う以上、いざという時にこちらについてくれるバックグラウンドは欲しいところ

候補は戦車道の強豪4つだけど、黒森峰とサンダースは本拠地が九州だから遠すぎて提携しづらい。学園艦だとはいえこの大海原、そんなに簡単に近づけるものでもないし

プラウダはウチが人民と敵対しているから厳しい。となると、答えは自ずと一つに絞られる

 

聖グロリアーナ女学院

 

横浜に母校がある←同じ関東圏であり協力が容易

民主主義←ウチと同じで思想的な隔絶がない

議院内閣制で保守党政権が安定←協約を結べればそうそうひっくり返されない

 

お嬢様学校と公立校という違いを除けば、関東にいる上で手を結んでおくに越したところはないところだ。もちろん体面と誇りを守ろうとするところも、協約結んでひっくり返されないようにする理由の一つだけどね

 

そして今の隊長のダージリンとやらは保守党に近いチャーチル会に所属しているから、戦車道から政府系の伝手に広げやすいのも理由の一つだ

 

かといって外交とはこちらだけが求めて成り立つものでもない。何が与えられるか……練習試合の場所確保とか向こうからしたらすぐできることだし、港湾利用優先の保証だってそもそも関東の港からしたら絶対グロリアーナ優先だ。経済規模的にね

 

グロリアーナも国の自治権への介入には苦慮しているみたいだし、そこで手を繋ぐ道を探すしかないかなぁ

 

 

そんな訳で挨拶を兼ねて校外交流担当局の者を付けて、広報の肩書を持ったかーしまを使者として送った。ちょうど近場に停泊してたしね

正直上手くいくとは考えづらかった。向こうにこちらと手を組む利益が見えなかったからね。国相手にするっていったってウチがいる程度じゃいないも同義。なら何のために?となってしまう

そして試合を組もうにも5月や6月は大会を見据え戦力を図るための練習試合が多く組まれる時期。強豪グロリアーナだったら他との予定も有るだろう。一月前の今からウチらが食い込む余裕なんてあるのか?

 

ところがどっこいそんな不安とは裏腹に、かーしまはスコーンで腹一杯となった体と共に、練習試合の予定をとりつけてきた。しっかりと5月末にね

なんでも向こうは話を切り出すや笑顔で了承してくださったそうだ。面白い試合になることを期待します、という言葉も添えて。幸いこの時期に他の学園との練習試合もなかったとのこと。おまけに大洗の近くまで来ることすらOKだという

あとは場所の受け入れの確認、日程の最終調整、ルールの詳細を詰めた上で向こうに確認を取るらしい

 

また理由は分からないが助けられたな、こちらに取って都合良すぎるくらい。西住ちゃんを呼んだのがある意味評価されてんのかもしれないね。そんくらいのことならGI6経由で把握しているだろうし

ま、こちらの利はこちらの利だ。進むっきゃないか。こちらも大忙しになるしね

 

そんなこんなで私は竹谷氏と連絡を取り、住民の誘導と配置、屋台企画の範囲と出店業者の安全確認と身元調査、パブリックビューイングの会場整備及び警備のための人員派遣などを詰めねばならない。それに生徒会とか風紀委員とかを山ほど動員する必要も出てきた

 

結果としてパブリックビューイングの場所は、試合会場予定が西部の台地と中心街としたため、市街地から多少離れた北側の大洗公園に設定した。町を言葉の意味でも物理的意味でも巻き込む一大イベント。こんなのを練習試合のたびに組まされるとは……

戦車道をやるには金も勿論だが行政処理能力も必要になるな。生徒会全面協力させてよかった……それなきゃ無理だこんなの

会場側からしたら連盟からの補助金とかも含め、このイベントそのものもやりたい理由の一つになるのだろう。早速町のホームページと県のホームページのトップ画面で宣伝され始めた

……いつか学園艦巻き込もうかな

 

あと園ちゃんに依頼していた調査は、全く繋がりの見込みなし、の一言だけ書かれた紙を渡されて終わりになった。実際数度の練習の中であの2人妨害してくることはおろかマジメにやってるし、西住ちゃんのサポートを良くしている。尾行などの結果を見ても、単なる友人関係だったようだ

いやー、よかったよかった。やらなきゃいけないとはわかっていても、ウチの生徒を長い間疑いたくはないからね

 

 



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第24話 10式バタフライ

 

 

 

そして蝶野氏が来る時が来た。皆も自動車部経由で追加で貰った説明書を元に、少しずつ乗り方、撃ち方などを見様見真似で進められる程度にはなってきた頃だった。流石に先生呼んでんのに戦車に乗れない、砲弾撃てないじゃ話にならないしね

私は干し芋食べるだけで何もしていないけど

で、件の彼女なのだが、なんでも空から直接来るとか言ってきた。ウチの校舎の近くに大型のヘリポートはないですよ、とは伝えたのだが、問題ないわとの一言だった

 

結論、問題あった

 

普通に問題あった

 

空から降ってきた自衛隊の10式は、学園長の宝物のフェラーリを粉砕しながら駐車場に着陸してきたのだ。しかも跳ね飛ばした後にご丁寧に轢き潰してまで

その時は豪快だねぇ、で済ませた私だが、流石に後で自衛隊に賠償請求しておいた

 

そしてまぁ連盟が彼女を送ってきたのもよくわかる。だってみんなに指導した事っていったらドーンと撃ってバーンと撃破すればいい、それだけだ。何言ってんだ?分かるわけないじゃん

それに撃破率120%って何だよ。残り20%何を撃破したんだよ……審判車輌か?という、豪快すぎてネジが数本飛んでる人間だったのだ。ただものではない、というのに間違いはないんだけどさ

 

で、やったのは紅白戦。というか全員敵、生き残った者が勝ちというバトルロワイヤルだったのだ。わかりやすいし、車輌も奇数だから単純な紅白戦にはできないので妥当ではある

弾薬消費が気になるが、せっかく教官もいるしまぁいいか。金を恐れて学園がなくなるんじゃ意味がないし

 

会場は隣の練習場。蝶野氏は上の見張り台から観戦なさるようだ

彼女の合図とともにグラウンドに向かわされて、訳もわからぬままに試合開始となった

試合は試合だが、これで勝つためにやることは一つだろう

 

西住ちゃんをぶっ潰す

 

残り4輌で手を組んでIV号を袋叩きにする。私は西住ちゃんの強さを聞きまくっていたからそう他に提案すると、蝶野さんが挨拶の時に西住ちゃんを持ち上げてたからか残り3輌も二つ返事で乗ってきた

個人では勝てない、ならば包囲網で叩くのみよ

私は正直楽観的だった。西住ちゃんがいるとはいえ、4人中1人だけだ。残り3人は素人同然。平均を考えれば勝てない戦ではない、そう踏んでいた

 

しかし森で仕掛けた同時奇襲は突破され、橋の上でIII突が命中させて足止めしたはいいものの、そこから体勢を戻されてからの4輌での突撃はぜーんぶあっという間に撃破された。かーしまにも撃たせたけど外したね

 

西住ちゃんは装填手だって聞いてたんだけど、これは車長変わったかな。だとしたら砲手は誰だ?あの橋の上で動いてないとはいえ、一発も外さずに4連発当てるとはなかなかの腕だ

それと当てられた後の復帰も見事だったな。あのIV号に乗っているメンバー、思ったよりもヤバいんじゃないの……

 

その練習で西住ちゃんの腕を目の当たりにした私たちだが、蝶野氏は練習の最後に単にグッジョブベリーナイスとかいう訳のわかんないことを言って帰っていった。やはり面倒な人間に適当に押し付けてった仕事だったというのはそんなに間違った理解でもなさそうだ

 

 

さてその日の燃料消費量と砲弾消費量を計算している中で、かーしまが蝶野氏から戦車道の指導法について学んだと知った

直談判したらウチの現状についてなども結構正直に話してくれたらしい。1輌1輌の問題点なども結構詳細に纏められてた。私はさらっとだけ読んで二人に渡したけど

正直も何もまずは動かし方と撃ち方の基本とかからで、そこからどのようにレベルアップし、そのレベルアップの段階に合わせてどのように練習も質を高めていくべきか。そんな将来像に関しても教えてくださったそうな

 

一応あの教官からだから、試しにメモった紙をコピーして西住ちゃんに見せてみた。要するに本当に合っているのか現場を経験した人に教えてもらいに行ったのだ

そしたらほぼそのままでいいだろう、とのことだった。黒森峰で取り入れているものと同様なものも実際にあるらしい。あの黒森峰もやっているなら、と私はこの先も練習はかーしまに一任すると決めた

あの教官、見ているところは見ているんだな。我々も戦車道を利用する以上、そっちに伝手はあるに越したことはない。今後も連絡取れたら取ってみるか

 

そこから仲間も一人増えた中で、皆の多少なりとも練習への対応は変わった。西住ちゃんの強さを目の当たりにしたがゆえに、自分たちも横に並ぶに不足のないようにしなくてはならない。そういうムードをかーしまが他の車長に伝えて説得していった

西住ちゃんは転校生だったけど、この場じゃ車輌の垣根さえ越えればほぼ初対面。その中で西住ちゃんが受け入れられていたのがここで効いていた

 

戦車道の視界はまだマシになってきた。このまま全体が引き上げられれば、聖グロとも少しはまともに戦えるだろう

 

 

5月11日、『学内情報教育環境整備条例』を大洗学園フォーラム、学生自治権党の賛成により可決。また改革の意志を示すものの一つだ

将来的にウチらも電子機器を使って授業するとか、プログラミングとかを授業に取り入れるとかは可能性あるからね。その下準備を早めに進めることを取り決めた条例だ。もっとも環境整備する金もないけど

 

その翌々週の5月25日には『教員学生連携研究支援条例』をフォーラムと一部無所属の賛成多数で可決。今度は辻さんから聞いた深海魚養殖研究の拡充をサンプルに、今後も教員と生徒の連携による学術研究に対する生徒会からの支援を決めたものだ。これはウチの金の割り当てだけでできるから、今からでも何とかならなくもないしね

 

こうして法案をバンバン市民議会に提出できているのは、総合局の人数減らせた分を学園課学園事務局の人員に回せたのが大きい。だいたいフォーラムとのやり取りは私が付けば通せるしね。これが選挙の力

 

そしてこの内容も市民向けに校内宣伝局から流している。それで仕事をしている様を見せることが市民を一番安心させるのだ

 

 

 

 

それと今後競合と当たる中で、外交面から探りを入れていきたいね。こちらはバックグラウンドとかそういう立派なものではなく、単にお茶友達の延長くらいでいいのだが

伝手があるとすればクラブからサンダースと人民からプラウダ、か。黒森峰は元々いた西住ちゃんがいるからいいとして、あと他は……当たったら考えればいいか

 

ということでクラブの鴨崎ちゃん、ではなくその後を継いだ丘珠ちゃんを呼び出した。内部から造反を生んだだけでなく選挙で惨敗したから、党内から弾劾くらったんだってさ

 

一応合意の継承は済んでるから、戦車道についてや将来的な指針に関しては問題ない。だが私に協力するかは別だ

 

「ということでさ、サンダースのどっかと伝手ない?」

 

「表立って協力できるわけないですよ」

 

「いやいや、別に誰かに引き合わせてくれればいいさ。戦車道での繋がりをちょいと作りたいだけだし

そこに繋がりがあった方が今後の外交有利になるし、直近なら試合で相手の思考を読みやすくなる」

 

「だとしたら……それは貴女も同様では?」

 

「私は戦車道の実務にはほとんど関与してないからね。私からわかることなんてないさ。名目も学園都市同士の交流。そこで向こうが漏らせばメリットは大きいさ」

 

「ふむ。我々としても我が校とサンダースの関係が親密になるのは悪い話ではありませんし、最近の我が党との関係を見れば我々から話を斡旋するというのも的外れではありませんね……

現地に行くことなく連絡の仲介なら持ちましょう。生徒会長と学園長の近くならなんとかなります。それで戦車道……となると、ケイ氏ですか」

 

「ケイ?」

 

「戦車道の隊長さんですね。あまり詳しくは存じませんが、快活な方というのは間違いないようです」

 

「ふーん……じゃあその生徒会長と学園長に私から出向いて会えるようにしてもらっていい?」

 

「承知です」

 

 

戦車道の練習も進み、何とか質を少しずつ高めていっている中で、各車輌のチーム名が付いた。私たちはカメさんチームだそうな。ま、私がグータラしている様からってのもあるのかな?

他のチームもアヒルさんだのウサギさんだの名前がついていったので、車輌の名前で呼び合ってた時よりも少し車輌間の壁が低くなった気もするね

 

 

そして月末、5月27日,学園艦は少々の航海を経て、再び母港の大洗の近くまで来た。もっともまだ接岸はできないんだけど

そしてその脇にはウチよりも数倍大きな学園艦がピッタリとつけていた

 

聖グロリアーナ女学院だ

 

大きさも人口も比べ物にならない。おまけにその生徒の学力面での質と文化面から経済力も段違いだ。私立のお嬢様学校故に学費を高めにしても文句でないし、その分戦車道にも金を割ける。近年ベスト4に入っているのは、単に戦車道が強いからだけではないのだ

だからウチは将来的には無理なのだ。戦車道キチの黒森峰みたいになってでも勝ち続けるのは不可能だろう

 

私は戦車の運搬や審判団の招待などの手続きをかーしまと小山などの生徒会の者に任せ、私は先に朝早くから町役場へと赴いた

竹谷氏も試合会場に近いこの町役場を離れて北の方に向かうので、その車に同乗する形となる。名目上は場所を借りたことへの感謝だ

 

試合開始は午前10時。終わり時間に制限はないが、互いに5輌同士で戦うので殲滅戦とはいえそこまで長期戦にはならないだろう。こちらは体力強化の面ではまだまだだ。夏に向けてやらねばならないだろうが、現状では太刀打ちできない

 

「朝早くからすまないね、角谷くん」

 

「いえ、そのお言葉は私の方からお伝えするべきかと」

 

「なぁにこの町を試合会場になるのは考えていた通りじゃないか。これで区画整理もやりやするなるぞ。観光需要も湧くし」

 

「その需要はどんなものなんですか?」

 

「東京からも多少はあるだろうが、水戸からの観光が大きいだろうな。町民を連れて来れるからこちら次第で動員人数も水増しできるし、そしたれその人数を徹底的に喧伝できる。首都圏で沿岸でできる試合会場として今後売り込んでもいいな」

 

「房総地域との競争になりますが、北から来る船相手なら悪くないかもしれませんね。だとすれば私たちは市街地を巻き込むようにすればいいわけですね」

 

「そうしてくれた方がいい。なぁに試合会場内だ。遠慮はいらんよ。しかし市街戦は連盟嫌うようだな。今回も5対5だから許してくださったという面があるし」

 

「連盟としても補償金もタダではすまないでしょうしね」

 

そう。私たちは市街地に向かい、そしてそこで試合をしなくてはならない。そうした方が町にとって利益なのだからやるしかない

だから私はかーしまがだした作戦案を認める方向に会議で話を進めた。西住ちゃんが言ってきたことに関しては話の流れの中で有耶無耶にした。一応言わせたのは私だけど。ただしかーしまがそこでブチ切れたのはあれはかーしまの素だ

ま、お陰で西住ちゃんが萎縮して話を進めやすくなったのはその通りだ。そしてあとは、かーしまの作戦が失敗した後、市街地に誘導できるかどうか……そこで対外的な西住ちゃんの腕を見せてもらおうか

 

「しかしまぁ、君らにとっても重要なんだろう?この試合は」

 

「……この段階で命運がかかっていると言われても過言ではない程度には、ですが」

 

「はっはっは、結構重大じゃないか。だったら私たちも本腰入れて応援せねばならんよなぁ」

 

「こちらとしてもありがたい限りです」

 

試合会場をここにしたのには、我々としても大きなメリットがある。我々には私みたいな大洗の町出身の者が多いし、寄港できないとはいえ結構な頻度で大洗の沖合には乗り付ける。町の中を知る者が多いのだ

市街戦ならその効果は高い。だから竹谷氏との取引抜きにしても、市街戦に持ち込むメリットは大きいのだ

 

そしてこの試合は結果を残さねばならない。フォーラムが戦車道を支持してくれているのは、それが学園を残す最善の道だと理解したからだ。だがここで惨敗なんて喫すれば最善とは思わなくなってしまう

完全に私から離反するとは思えないが、少なくとも他の案を出してきたりするだろう。私はそちらにも時間を割かれることになってしまう

 

会場にはすでに一部町民が避難を開始しており、パブリックビューイング用のでっかい電光掲示板も用意されて、連盟の人が接続と表示をしきりに確認していた

 

誘導する風紀委員の姿を確認したら私の案内は終わりだ。私は一つ目の戦場に赴かねばならない

竹谷氏に奮闘を祈願された後、先程の車に乗り中心街の西部にある台地に向かう。そこから試合が始まるのだ

 

だが救いなのはこの試合は戦いぶり次第というところか。まだ負けてもセーフなんだよね

 

勝つのは厳しいだろうけど、負けるために戦う気はないよ

 

 



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第25話 練習試合

 

 

 

午前10時

審判の合図とともに、私たちはかーしまが見定めた決戦の地へと砂嵐を巻き起こしながら車輌を進める。途中でIV号ことあんこうチームを残して、他車輌は予定地点へ向けて離脱。ウサギさんチームが少々対応が遅れたが、予定通り私たちは台地の中でもちょっと高めのところへ赴いた

 

ここは前から一本道、後ろにも一本道。そしてどちらの道の両側も灰色で高くそり立っている。ここにIV号を囮にして誘い込み、上から撃ちかければ全部撃破して勝てる、というのがかーしまの見立てだ

戦車は上から殴れば弱い。だから高所に陣取って下に誘い込む。話の流れとしてはいい。実現不可能なことに目を瞑れば

 

西住ちゃんが言っていたように、この作戦は失敗するだろう。作戦としては悪くないんだろうけど、こっちの作戦に大人しく乗っかる聖グロとは思えないしね

 

だがいずれにせよ、こちらは西住ちゃんがここに敵を引っ張ってくるまで暇だ。こんな暑苦しい車内に敵がいつ来るかもわからない状況で待ち続けられる精神力は、まだ私たちにはない

だからアヒルさんチームがバレーボールのパス回しを始めたり、カバさんチームがなんかゲームし始めたり、ウサギさんチームが戦車の上でカードゲームを始めても、私たちには止める理由もなかった

むしろ仮にここを狙ってくる敵車輌がいても外に人がいては、人には当たらない仕様になっているとはいえ攻撃するのは躊躇われるはず。それならこっちの方が都合がいい

 

こうして西住ちゃんが敵5輌を引き連れてこちらに向かっているとの連絡が入るまで、丘の上では非常に穏やかな時間が流れていた

 

 

砲撃が近づいてくる。西住ちゃんがこっちに連れてきている

とはいえ私はちょいっと装填を手伝うほかは何もしない。しない方がいい

が、IV号が予定地点を通りかかるやいなや、かーしまは自ら発砲した上で攻撃開始を宣言した

 

オワタ

 

こうして各車輌の存在と各車輌の位置まで自分から露出狂と化した私たちが、動き回る聖グロの車輌相手に予定地点で全滅させられる訳もなく、かくして聖グロの戦車隊は集中射撃を突破し、ウチらの両翼に回り込んできたのである

 

「撃て撃て!撃ちまくれ!」

 

そして隊長のかーしまは以前このままである。実戦で砲撃を外してから変な高揚に呑まれてしまった

 

幸い現状向こうも狙いを絞り切れていない。が、近くに砲弾を当てるくらいなら造作もなかった

 

「あれっ?あれっ!」

 

近くに落ちた砲弾で履帯が外れたか、小山がしきりにレバーを引いても車輌は動かない

こうしてここに動けなくなった車輌が置き去りにされた

そして初めて砲弾に晒されたウサギさんチームはあまりの火力を前に全員車輌から脱走。ウチらでまともに動く車輌はあっという間に3輌だけになってしまった

 

動けぬ中で指揮は取れない。かーしまにも諦めさせ、この場については西住ちゃんに一任した。幸い向こうは動けなくなった我々にとどめを刺すことなく、その場をカメさんとアヒルさんとともに撤退したウチらを追撃し始めた

 

追撃戦だ。そっちの方が明らかに相手に損害を与えやすい。それくらいは分かる。それで潰した後に私らをのんびり潰す気なのだろう

ともかくも時間ができた。だがここから動くには履帯を直さねばならない

 

「かーしま、小山。履帯直すぞ」

 

「やるんですか……会長」

 

「やるしかないでしょ」

 

時間的には余裕はないしね。早く合流した方がいいのは間違いないだろう。そう言いつつも私にもなかなか乗り気になれない仕事だ。一応練習の中でもやるだけやったから、やり方は知ってるけどね

 

まず小山を車輌に残したまま履帯を戦車の後ろに一列に敷く。もちろん何十枚の履帯を持ち運べるわけもなく、かーしまとなんとか引きずって寄せる

ここが草地じゃなくてよかった。草を引っこ抜きながら、そしてそれを取り除きながらの作業になれば、面倒なことこの上ない

そしてその端をワイヤーに括り付け、履帯の上へ。そして無理矢理折り畳みながら車輪の上に載せる

あとは小山がゆっくりと車輌をバックさせながら私とかーしまで全力でワイヤーを引っ張り続けるのだ。これがt38だからなんとかなってるけど、もっと車輌がデカかったらこんな人数じゃ動きやしないだろうし

 

「かーしま。噛み合ってるか確認してこい」

 

「はい、会長」

 

時折車輌を止め、しっかり履帯と車輪が噛み合ってるかを見る。そこがズレてたら動いた瞬間この仕事はチャラだ

そして持ってきたら端と端を固定する。最後に全体的に緩みがないか確かめたら終わりだ。もともと緩んでる感じはするけど。車輪には主だった歪みがなかったから、まだ早く済んだけどね

 

何十分という時間をかけて、ウチらはなんとかこの作業を終わらせた。ピーカンの中だ。ウチらも水を飲みながら少し休む

 

「西住さんの方は大丈夫なんですかね?」

 

「さぁね。向こうに行ったらもう終わってるかもしんないよ?」

 

さて、どこまでやってくれてるかな?

 

「……ま、少なくとも試合がまだ終わってないのと、ウチらが急いだほうがいいのは確かだろうね。かーしま!」

 

「はい、会長」

 

背中を経由して、ウチらも追うことにした

 

 

音からしてウチらは市街地に向かわなきゃならないらしい。幸いその途中は結構コンクリートで塗装されてるから、時間はそこまでかからない。この途中に敵がいたらおしまいだが、そんな事してくるならウチらの負けだ

 

んで、大洗での場所なんて目を瞑っていてもわかる。山から降りて探っていくと商店街の道中だと目算がついた

 

「小山、多分ちゅう心の辺りだよね?」

 

「大進の辺りじゃありません?音移動してますし」

 

「そっちか。んじゃ、突撃ぃ〜」

 

「でもあそこらへんって確か……」

 

そうして選んだのは福本楼の脇の道。そこに入ろうとすると、一本道の奥の奥を通り過ぎるものがあった

 

IV号、あんこうチーム。車輌の色や外観からして間違いないだろう

そして他の車輌は続いてない。となれば、砲撃音からしても追撃を喰らっていると踏む。となれば、それを遅らせられれば儲け物だ。この車輌で正面から撃破は難しくても、履帯切って足止めとかもワンチャンあるしね

 

「小山、次来たら右、来なかったら左に曲がって!かーしま、砲撃用意!」

 

「は、はいっ!会長」

 

そしてその間に敵は通り過ぎず。されば……左!

 

「参っ上〜」

 

ウチらが飛び込んだのはIV号と聖グロのチャーチルとマチルダ2輌の間。そして小山は確実に敵3輌の方へ曲がり切り、停止した

 

「発射!」

 

距離は10mもないだろう。視界にも確実に捉えている

 

だがかーしまの放った砲弾は前3輌のいずれにも当たる事なく、風切音のみ残して虚空の彼方へと飛び去っていった

 

「桃ちゃんここで外す〜」

 

「桃ちゃん言うな!」

 

そんなウチらを見逃すわけがない。そもそも敵の砲塔はこちらを向いていたのだ。3車輌同時に放たれた砲弾によってt38に白旗が昇ったのは、それから間も無くだった

 

そしていくら西住ちゃんをもってしても1vs3で完全勝ちは難しかった。それでも福本楼の前でウチを撃ってきた相手の1輌を撃破し、一本脇の道に逃げた後並走で逃げて角でもう1輌撃破。そしてチャーチルとの一騎討ちには持ち込んだ

 

だが元の戦車の質が違う。周りの装甲ガッチガチのチャーチルに対し持久戦が不利と判断した西住ちゃんは突撃を仕掛け、失敗した

 

「大洗女子学園、残り車輌0輌!よって聖グロリアーナ女学院の勝利!」

 

笛とアナウンスはたいして気にするものでもなかった

 

「小山……かーしま」

 

車輌撤収の最中、車内で声を掛けた。エンジンの切れた車輌の中はそのギャップもあってか静かだ

 

「やれるよ」

 

「ですね」

 

 

試合こそ負けたが、まだ祭りは続く。昼過ぎなのだから、今から夕方くらいまでやらねば元が取れん。目玉は無くなったとはいえ、他にも企画は準備してくださってるしね

 

んで、ついでだ。私たちからも企画をぶつけようと思う

 

「いやー、お疲れ」

 

目の前を流れる撃破された車輌を前に茫然としていたあんこうチームのメンバーの中に、私はいつも通り割って入った

 

「会長さん……」

 

不安げだなぁ、揃いも揃って。当然っちゃ当然だけど

 

「健闘には感謝する。が、約束は約束だ」

 

そう。負けたらあんこう踊り、そんな約束をとりつけていたのだ。んで、実際に負けた

 

「にっひひ〜」

 

もってきたのはピンク色の全身用タイツ。実を言うとこれが正式と問われると違うのだが、元から恥ずかしい格好で踊るものだし、罰ゲームなんだから十分でしょ

 

「んじゃ、ここの8人全員やってもらうよ」

 

「ええっ!」

 

私の手元にあるタイツは8枚。もともとそういうつもりだ

 

「隊長車がやらないわけはないよねぇ〜」

 

 

こうして商店街にて被害状況の検分が始まる中、トレーラーの台車を借りてのあんこう踊りのパレードが行われた。パレードを見にきた人たちからはカメラを向けられ、ケータイで動画を撮ろうとしている人も見受けられる。その中で隣のぶちぶち文句を言う数人を尻目に、ただ踊り続ける

 

私にとってこれはそんなに嫌いじゃないものだ。むしろ楽しくすらある。だから私にとっては罰ゲームではない。こうして罰を決められる立場になれるのは地味にメリットだろう。世の中もそういう立場に付けたもん勝ちなのだろうか

 

心情的には問題ないのだが、弊害は疲れることだ。この踊り、けっこう激しい動きを繰り返すのだ。それが面白いんだけど、明日は筋肉痛をちょっと覚悟しなければならないな

 

 



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第26話 K

 

 

こうして大洗女子学園の久しぶりの試合は一定の成功をおさめた。まず大きいのは、大洗がベスト4に入り得る聖グロという強豪相手に健闘できたという事実だ。優勝からは一歩遅れをとっているとはいえ、ウチらはガチのかき集め。西住ちゃんという頭がいたから、というのが大きいとはいえ、それでも健闘は健闘だ

 

フォーラムの白石ちゃんはこの結果に対し即座にそれを讃える声明を発表。こちらに対しては戦車道の存続を学園廃校回避の唯一の手段として認め、その育成に貢献するということを内密に伝えてきた

これにより表立って戦車道を奨励することが可能になった

 

そして町からの反応も上々だ。町を会場にすることで観光利益の増大はある一定は見込めることが判明し、連盟からの補償金が出る以上町からはそこまで大きな支出も必要ないとのことで、今後も受け入れていく方針を示した。再建できる業者が見つかれば、という問題こそあるが、概ね良い感じだ

ウチらが多少なりとも市街地を巻き込んだおかげで、沿岸部まで建設予定の道路の予定地も掃けたみたいだし。ま、巻き込みが足りないって話もあったけど、そもそも5vs5だったのだ。それ以上はうさぎさんチームでもとっちめて言ってくれ

 

 

そして戦車道のチーム内でもこの敗北は大きな意味を持った。これによりチームの指揮はかーしまから西住ちゃんに完全に移行された。練習の指揮こそかーしまがとるけど。優勝までの技量が足りてないことが示された以上、実践的にやっていくしかないのだ

6/8に可決された戦車道への追加予算案もこの短期間の上での奮闘を評価されて可決。新規車輌の購入とまではいかずとも、当面の弾薬、燃料の確保に腐心する必要はなくなった

それにより砲撃、行軍に関する訓練を重ね、一定の技量には達してきた。自主練の許可と各員の積極的な利用もそれを後押ししている

あと朝練始める方針を固めた。一人死にかけている人がいるけど全体と優勝のためだ。気にするな

 

 

6/22、『学園都市内公共交通育成基幹条例』が大洗学園フォーラム、新大洗クラブなどの賛成で可決。将来的な都市内の通学、通勤用の公共交通を通すことを目標とすることを示すだけの条例だ。中身はない

一応方針は考えてある。学園間の南北を縦断しつつ周遊するバスだ。だがその性質上定期利用が大多数を占めてしまうため、収益性に課題が残る。果たして学園を残してもこの条件を受け入れてくれる業者があるものかね

 

こちらの試算だと終始トントン。しかもラッシュ時に毎時6本計算でだ。何千人と通学する生徒を支えることすら厳しい上に、人件費だけで重くのしかかる。他のルートに車輌を回せなかったりするのも痛い。これでもどこかのバス会社に受け入れさせるなら、学園から補助金を出すなども検討しなければなるまい

 

結局はカネの話に戻っちゃうんだよね

 

 

ま、まずは今だ。大きいのはサンダースとの伝手。私は6/9〜10に一泊二日でサンダースへの旅に出た

それもまぁ豪快だったよ。距離は近くなってたとはいえ、ウチのヘリポートに招待用のヘリを回して来たんだから。私は自分で行くとは言ってたんだけど、向こうが聞かなかった

この世の人間は話を聞かない奴が多いね

 

ヘリで運ばれること50分。これは日帰りもできるかな、と思っていた頃に、眼下には聖グロよりもひと回りでかい学園艦を見つけた。サンダース大学学園艦である

甲板もビッグ、校舎もビッグ、建物の類もとにかくビッグ。なんでもデカけりゃいいというのは母港の佐世保の米軍からでも引き継いだのかね

 

そしてだだっ広いヘリポートの一つに着陸した。というか大型機すら余裕で飛ばせる空港あるし、ここ。いやー、経済力もダンチダンチ

さらに迎えの車で走ること20分、校舎についたわけではなく、ヘリポートと一体化した空港を出るのにそれだけかかる。艦橋まではさらに20分だ

さらにそこのエレベーターを登って、やっとこさ辿り着いたのである

 

と、ここまでで一苦労終えた頃に、私はなんとかサンダース大学の高校生徒会長と学校法人の理事の一人に面会する運びとなった

だがそこの部屋も広いのなんの。これ教室ですか?と尋ねたら、

 

『こんな狭い部屋は我が校にはそんなにないよ』

 

と返されてしまった

いや、あれよ。大は小を兼ねるにも程があるよ

 

「この度はこうしてお会いできる機会を設けていただき、誠にありがとうございます」

 

「いえいえ、民主主義を掲げる学園との友好はこちらとしても設けておきたいですから」

 

こちらの握手に応えてくださったのは、向こうの生徒会長の取手満氏、男だ。ここはウチらと違い、女子校というわけではないからね

彼はウチのクラブに近い市民共和党の出身だが、かといって私を冷遇したりはしないらしい

 

「それに大洗は戦車道を導入したそうじゃないか。そうしたら我々は同じ競技を愛する仲間だろう」

 

その奥に座ったままの方は大学理事の一人、夏村重則氏だ。こうして学園間の調停に赴く人が多い方だと丘珠ちゃんに聞いた

 

「その通りです。今後も生徒間の交流など繋がりを拡大していきたいですね」

 

「将来的にはそうしていきたいですよね」

 

将来的、か。まぁ流石にサンダースならある程度把握しているだろうな

 

 

こちらの歓待は気分の悪いものではなかった。お互いの研究事業がどうたらこうたらといった話から、将来的に目指す市内交通の運営と介入度合いについての話、そして軽く戦車道にも触れ、おまけ程度に生徒の自治についての意見交換もした。将来的に民主主義的学生自治を支持する共同声明を出してもいいかなという流れになった

役には立ったが、唯一目が点になりかけたのが、この会議の席で出された飲み物がお茶でも水でもなく、カップ一杯のコ◯コーラだったところだろう

 

「あ、セブン◯ップの方がお好みでしたかな?」

 

そういうことではない

 

嫌いじゃないからいいのだが、なんとも言い難い光景ではあった。カップめっちゃでかいし。1Lくらいあるんじゃないのか、これ……

 

 

話もぼちぼち進んできたところで、この部屋に立ち入ってくる人が一人

 

「ハーイ、ミッツ!そちらが前に言ってたお客さん?」

 

金髪の長身で目も黒くない。ここにいる人の大半は日本人だと聞くが、人というのは見た目によらないらしい

 

「君か……こっちは大事な会談中なんだが」

 

「ということはその子がアンジーね!」

 

「話を聞いてくれ」

 

向こうの学校自体に言いたいが、その中でも特別、か

 

「でも見た感じ話はだいたい終わってるんでしょ?」

 

「いやまぁそうだが……」

 

「だったら大洗とは戦車道で戦うかもしれないんだし、私がマイスクールを案内してあげるわ!」

 

戦車道関係者か

 

「取手くん。君もこのあと忙しいだろうし、戦車道絡みなら彼女の方が適任なのも確かだろう。ここからはケイくんに任してもいいんじゃないか?」

 

ケイ。彼女が前に聞いた隊長か

 

「……わかりました。それじゃケイ、角谷氏は君に任せるが、くれぐれも無礼なことをしたり我が校に不利益になるようなことをしないでくれたまえよ」

 

「オフコースよ!それじゃアンジー、こっち来て!」

 

返事も聞かずにケイ氏は私の腕を引っ張って部屋の外へ連れ出していった

 

 

また長いエレベーターを降りていくと、下で車に乗せられた。車輪がえらく大きなバギーだ。ほら、あの障害物とかを軽々超えていきそうなアレ。私物かね

 

「この車は?」

 

「戦車の見廻り用をレンタルしたのよ!」

 

それでこれかいな

 

「それにしても、いきなり私を面白い呼び方するんだね。ケイさん」

 

「ケイでノープロブレムよ。ウチだと肩書き以外での敬語は殆ど使われないわ!せいぜいMr.かMs.くらいね」

 

つまり私が話していた二人は、この学園だと例外らしい

 

「んじゃMs.ケイかい?」

 

「Ms.もいらないわ。同じスチューデントでしょ?」

 

「確かにね。それにしても、上下関係がないのかい?」

 

「あるにはあるわ。ティーチャーとスチューデントぐらいはね。あとはプレジデントくらいかしら」

 

逆にそれがなけりゃ学校と呼べるのか謎なんだが

 

「それもまたそれで面白いかもねぇ……」

 

「だったら短期交換留学生にでもなったらいいじゃない」

 

「ウチとサンダースの間にそれに関する協定がないのさ。それに……」

 

「それに?」

 

「この学校は私の体じゃ受け止めるにはデカ過ぎるよ」

 

炭酸で膨れた腹をさすりながら、冗談のような本心を語った

 

 

そんなこんなで飛ばしてしばらくすると、校舎の裏手らしきとこに着く。許可証がいるとかそういう次元ではなく、他の車と並走して校舎の中へ入っていく

 

走ってさらに3分。案内されたのは緑の巨大な倉庫だった

 

「ここは?」

 

「戦車の車庫よ!」

 

車庫なら何輌入ってんのだろうね。ウチの赤レンガの倉庫20個分すら上回るだろうね。近くには洗車用らしき設備もあるし、その奥はもう練習場のようだ。サンダースのだからだだっ広いんだろうな……

 

 

中はもう想定した通り。両側にズラっと並んだ緑色の戦車が首を揃えていた。100輌は間違いなく超えていると思う

 

「……すごい数だ」

 

「そうでしょう、アンジー。サンダースは戦車の総数500輌くらい、ここの他にもいくつか倉庫があるわ」

 

500……ウチの100倍、か

 

「ここは2軍用の倉庫。補欠用ね」

 

「こりゃすごいね……これだけあったら管理が大変じゃないかい?」

 

「そうね。基本はシャーマンで揃えてあるけど、式典用とか予備用の車輌とかは把握しきれてないのよね」

 

これだけあり、人員を割いているのだ。管理しているところがしっかりしてねばならないのだろうが……弾薬、燃料なども桁違いだろうし厳しいのだろうな

 

そして彼女は、ケイはこのサンダース大学付属の戦車道という組織をどの程度掌握しきれているのだろうか。サンダースの様子も見る限り、各車輌の自主性を重じているのかもしれん。付け入る隙があるならそこになるのだろう

 

「あ、隊長。お客様ですか?」

 

「イェス!よくやっておくのよ!」

 

「イェス、マム!」

 

……慕われているようだね。

 

「それじゃアンジー、1軍の倉庫を見せてあげるわ!」

 

……マジで?ウチらなんなら敵だよ?

 

「ハリアップ!」

 

ハリアップじゃないよ。いいのそれ

 

 

そもそも倉庫の素材の質が違うし、車輌もめっちゃ砲身長いのがいるし、なんだったら端の方に現代戦車いたし。1軍の倉庫は思っていた以上に質が高かった

車輌の数こそ限られているものの、磨かれてピカピカだし設備はウチと比べたら桁違いに整ってるし、奥にはシャワールームが一人一人専用のがあって、そのさらに奥はプロテインのサーバーがあって飲み放題なんだとか

えげつねぇ……マネーイズパワーか……

 

「……さすがはサンダースだね。戦車道にこれだけの力を注ぎ込めるところは他にはないよ」

 

「それが強さよ。2軍、3軍もそうだし、1軍内でも常に大会に出るためのレギュラー争いがあるわ。競って競って上に来たものにどんどん機会を与える。それがウチよ」

 

その競争に勝ったこともまた、自身として強みになっていくのだろう。そして技術自体も高まると

 

……勝てんのかな。いや、勝つしかないか。虎視眈々と隙を狙い、突くしかない

 

隙となるのは、その競争の弊害だ。競争でメンバーが頻繁に入れ替わる、ということは団結という点に関しては弱い。レギュラー一人落とさないと下の選手は出れないわけだし。サンダースの各車輌が自主性高いと踏む要因もそこ

その点は規律重視の黒森峰との違いだな。あと向こうは車輌の質、ってのもあるけど

 

次の日はサンダースの学園艦にある半導体工場と高校の校舎とを見学。前者は休日で稼働してなかったけど、サンダースは水の浄化設備の質を高め、輸送も行うことで半導体産業に食い込み、利益の上がる構造を採っている

最低賃金を独自設定して長崎県のよりかなり高くしても回っているのは、こうした地場産業の存在が大きいんだろうね

ウチの将来を見る上でも参考になるね

 

 



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第27話 36

 

 

 

 

……と思っていた相手といきなり当たるとは、思いもしなかったよ

 

埼玉スーパーアリーナでの高校生戦車道全国大会の抽選式。そこの壇上で西住ちゃんが引いたのは8番。んで、そこの左枠はもうすでに埋まってた

 

サンダース大学付属

 

7番にはその文字がしっかりと埋められていた

 

いやぁ……さ、ありえない話じゃないよ。初戦からサンダース、プラウダ、聖グロ、黒森峰と当たるってのは

 

んだけどさぁ、実際あたって見るとヤバイって思うよね、ほんとさ

 

それに初戦でまだ車輌数の制限が10輌と少ないとはいえ、こちらは5輌。まず勝ち目はないだろう。席の奥からはもう歓声が上がっているしね。勝ち確ってやつ

 

……こうなるんだったら車輌まで詳しく見ておくべきだったかな。いや、私詳しくないから無理か

 

「……小山、かーしま」

 

「それでも会長、勝つしかありませんよ」

 

「……わかっているさ」

 

 

そして下の枠が埋まっていく流れの中で、私たちがこの先当たるであろう学園も見えてきた

 

まずはサンダース。次いでマジノかアンツィオ。そしてその次は……多分プラウダだろう

 

その先は……聖グロか黒森峰。優勝するにはこれらに全勝するしかないってわけか……

 

ま、ベスト4に食い込む時点でその4つのどこかは撃破しているかされているかしてないといけないんだし、こんなものか……現状5輌しかないのを考えれば、準決勝とかでいきなり15輌持った強豪とぶつかるよりはマシなのかな。それにしても、数さえあればなぁ

 

 

数は足りねえ経験値はねぇ、そしたら練習するしかないってことで、まもなく朝練を導入した。西住ちゃんが戦車借りたいって言うから、公道走ってもいい許可を出した。そしたら空砲ぶっ放して帰ってくるとは思わなかったね。経験者はそうも大胆になるものなのかな?

 

この前の聖グロ戦の失敗に基づき、まず隊列関係と砲撃という基礎的なところから固め直していく。あとは弱点を突けるかな、本番次第か

また件の教官も呼んで少なくとも皆着実にレベルアップしているし、レベルアップしようとする意思を見せていることもプラスだ

 

 

同時に参加に向けての準備も整えていく。まずはユニフォーム、こっちで言うパンツァージャケットの制作だ。各々採寸した上で制作してもらい、売った。これを作ってもらったのも大洗の地元の服屋だ。私とも面識がある店である

 

あとは試合開始地への航路変更。最初こそ自衛隊の演習地らしいけど、こっから先は決勝までルーレットで場所を決めるらしい。しかもそこに72時間以内に移動しないと不戦敗だ

というか場所をテキトーに決めるとかマジでやめて欲しい。ウチに航路を左右するものが特にないから今はいいけど、将来的に企業誘致したら寄港地次第では大きく不利になる

 

やはり戦車道は将来的に無くさざるを得ないだろう。西住ちゃんがやめてしばらくしたら負け始めて、世論としてもやめる流れになるかな

 

 

そして6/30。前日の議会対応を済ませた私も合流し、開会式の行われる自衛隊の北富士演習場に移動した。車輌の移動手続きやメンバーの案内はかーしまに丸投げして、私だけ後でバスでやってきて合流だ。いやー、小田原から遠いのなんの

 

なんかポンポンと音の鳴る玉が上がって児玉会長の手短な話があって、ここに第74回全国高校生戦車道大会の開会が宣言された

私たちにとっては最後の命綱だ。手繰っても手繰っても持ってこれるとは限らない。だがそれを止めるという選択肢は残されていない

 

 

私たちの初戦はサンダース。とりあえずまた正式に戦う前に挨拶に行こうとしたが、整備している間に向こうからやってきた

 

「整備終わったかー!」

 

「はーい!」

 

「完了しました!」

 

「それじゃ、試合開始まで待機!」

 

「あ、砲弾忘れてたー!」

 

こっちはこんな間抜けなんだけどね

 

「それでよくのこのこ全国大会に出てきたものね」

 

間違いじゃないんだよなぁ、背景に事情さえなければ

 

かーしまが軽くキレ気味に返すと、なんでも試合前の交流を兼ねて食事でもどうかと来たらしい。腹は減っては戦はできぬ。乗るのも損ではあるまい

 

「あぁ〜、良いねぇ」

 

しかしまぁ……資金力だよね。シャワー用の車輌に販売者の数々、おまけにヘアサロンまで。ここまであったらそりゃ士気も上がるし、ある程度観客も受け入れてるから営業利益も上がり、観客との距離感も詰めやすい

金の力という反発を言うほど食らっていない理由はそれもあるし、なにより優勝してねぇからだね。逆を言えば優勝してない戦車道にここまで資金を注ぎ込める、という証左でもあるわけだけど

これより黒森峰強いんだよなぁ……

 

「ハァイ、アンジー」

 

「やぁやぁケイ。お招きどうも」

 

「なんでも好きなもの食べてって!」

 

「OK OK、おケイだけに」

 

「ハハッ、ナイスジョークね!」

 

こんなんでそこまで大爆笑してくれるなら、こっちもやった甲斐があるものさ

 

 

この最中、ケイはウチの秋山ちゃんに詰め寄っていた。なんかオッドボールとか読んでたけど、話は聞こえないが雰囲気から見てそんなに悪いことじゃないようだ

あとからケイに確認をとると、どうやら秋山ちゃんがサンダースに潜入してきたらしい。なんつーことしてくれてんねん、すんませんと謝ったが、向こうはルール違反ではないし、ウチはいつでもオープンだからここからはフェアプレイでいきましょ、と笑って謝ってくれた

この数の差でフェアも何もあるか、とも思ったが、口に出す気はない。だったらスパイ天国なんだろうなとは思ったけどね

 

いずれにせよ、西住ちゃんが向こうの陣容を把握できているのはこっちにとって大きなプラスだ

 

 

「それでは、大洗女子学園対サンダース大学付属の、試合を開始する」

 

でっかいモニターの下で、ケイと握手を交わす

 

「よろしく」

 

「ああ」

 

さて、どうやって叩くか。そこに私がどこまで関わるかな

というかそれより早めに戻らないといけないのだが。遠いわ

 

 

「サンダース付属の戦車は攻守共に私たちより上ですが、落ち着いて戦いましょう。機動性を生かして常に動き続け敵を分散させ、III突の前に引き摺り込んでください」

 

「おー!」

 

ここら辺は西住ちゃんが組んだ通り。もう文句を言う輩はいない。意思統一ができているのは強みかね

 

さて、午後1時。試合開始の時間だ。審判のホイッスルが鳴り響く

 

「ウサギさんチームは右方向の偵察をお願いします。アヒルさんチームは左方向を。カバさんと我々あんこうは、カメさんを守りつつ前進します」

 

「あのチーム名はなんとかならんかったのか……」

 

「いーじゃん、可愛くて」

 

かーしまがごちるが、そんな程度で士気に繋がるなら儲け物だ。なによりウチらは西住ちゃん頼み。彼女の言うことをある程度は受け入れないとね。嫌われたら終いだ

 

この試合、というか戦車道大会では、練習試合での殲滅戦とは異なり、フラッグ戦というルールが導入されている。よーするにウチなら私の車輌がやられたら負けってわけだ。学園の未来と私が一心同体ってわけだね

これがあるから逆転を狙いやすい。とはいえそれは殲滅戦に比べればの話だ。その一輌を向こうも守ろうとするから、そうなれば数で勝るサンダースが有利であるのは変わらない

 

ま、ウチらはなんとか自前で身を守るしかないかな

 

「パンツァー、フォー!」

 

 

森林地帯から出発した大洗だったが、早速戦況は芳しく無さそうだ。偵察に向かったウサギさんに敵は9輌、つまりフラッグ以外全車輌をこちらに差し向けてきたのだ

このピンチに西住ちゃんは自らを含めた救援を差し向け、包囲網を突破してなんとか救出に成功した

こちらは1輌の損失での影響がどうしても大きくなる。被害なしで切り抜けられたのは大きいだろう

 

 

しかしまぁ話を聞いてみると、なんとサンダースの奴ら通信を傍受しているらしい。確かに遠くを眺めてみると、それらしき気球が上がっている。何がフェアプレイだこのこんちくしょう。気付かなきゃ負けてたに違いない

 

さて、これがあのケイの発案とは、私にはどーにも思えないんだよね。かといって他のメンバーを知ってるわけじゃないから、誰がやったかなんてわかるはずもないけどさ

 

西住ちゃんはこれを逆手に取り、高所から敵の様子を俯瞰しつつ陽動に乗せられているフリをした。アヒルさんに丸太を引っ張らせて土煙を上げさせ、それを大部隊の撤退に見せかけるとは演技派だねぇ

 

そして敵さんがノコノコと分散したところで、フラッグの護衛を各個撃破。残ったフラッグをアヒルさんで釣り出して追いかけ回す、というフラッグ戦における理想系を作り上げたってわけだ

 

無線を陽動で使いながらどうやって連携を取ってたかって?ケータイのメールさ。武部ちゃんがめっちゃすげぇスピードでメール送りまくってるんだと

 

 

とはいえウチらの技量だとそれからが怪しいんだよね。相手も逃げるから、必然的に行進間射撃になる。それを当てるのは上級者ですら厳しいと西住ちゃんから聞いたし、実際相手だけでなく自車輌の移動も計算に入れなきゃならないから難しい

 

追いかけるにしても向こうも打ってくるから場所を下手にバラさないために砲撃は控えるし、ルートも稜線を利用して隠れながらになるしね

 

「柚、遅れるな」

 

「わかってるよ、桃ちゃん」

 

「頑張れー」

 

かーしまの口に干し芋を一枚突っ込んだ

 

 

それに手間取っている間に、西住ちゃんの策で引き離したサンダースの本隊が追いついてくるのは止むを得なかった。それまで最後尾にいたウチらはウサギさん、アヒルさんを壁にする形となった

かーしまは後ろに放ったが、距離はあるしかーしまの腕では当たるわけがない。当たったところで正面からじゃ穴も開かないだろうしね

 

「桃ちゃん、当たってない」

 

「うるさい!」

 

「壮絶な撃ち合いだねぇ」

 

私がどうこうできるものじゃないね

 

 

だがその追撃してくる奴らの中に、その行進間射撃を難なく行ってくる化け物がいたのだ

ウチらを囲むように守っていたウサギさんチーム、アヒルさんチームはやられた。撃ってきたのはやたらにでかいファイアフライとかいうものらしい。蛍なのに強すぎるって

 

そしてウチらの後ろの壁が消えた以上、カバさんを守りにつけざるを得ない。III突は前にしか打てないから、正面火力は半減どころかそれ以上に落ちる

 

そう、脱落。この試合始まって初めての。しかも公式戦での、だ。優勢があっただけに学園云々がなくとも勝ちたいという思いはあるだろう。しかしそれを満たすには状況は良くない

 

不安

 

ウチのかーしま含め生き残った車輌に充満したのは、それだ

 

敵の砲撃、履帯近くを這い、車体を掠るそれは尚更助長してくるだろう

 

私は介入するか?いや、今の私の立ち位置じゃ無理だな

 

「落ち着いてください!」

 

……お?

 

「落ち着いて攻撃を続けてください。敵も走りながら撃ってきます。フラッグ車を叩くことに集中してください

今がチャンスなんです!当てさえすれば勝つんです!諦めたら……負けなんです!」

 

西住ちゃん……よう言うた!それでこそ隊長だ

 

「諦めたら……負け」

 

「いやもう無理だよ柚ちゃーん!」

 

この……ま、いっか。頭でも撫でてやろう

 

 

そして正面のあんこうはここから離脱。どうやら丘の上から狙う気らしい。ウチらの正面が、空いた

 

「あ、に、西住!何してる!」

 

「ここは任せよーよ、かーしま」

 

「しかし……」

 

「きっと何か考えがあるんだよ」

 

敵フラッグは蛇行して逃げてるからか、向こうからこちらの正面が空いたのは見えてないらしい。相変わらず逃避中だ。だったら後ろを壁に任せている以上、やることは一つ

 

「このまま走って逃げてれば良いよ」

 

 

試合は、あんこうが無事敵フラッグを撃破して終わった

 

ここに大洗女子学園はサンダース大学付属からの勝利を勝ち取ったのである

 

放心状態のかーしまを乗せながら、ウチらはゆったりと帰還する

 

「へへっ〜、ブイ」

 

西住ちゃん、良くやってくれた

 

その証にしては、このブイサインは軽すぎるかな?

 



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第28話 次への

 

 

 

 

試合終了後、ケイは西住ちゃんと話してさっさと戻っていった。何を話していたのかと聞くと、ちょっと疑問を解決してもらったのだという。ま、いっか。こっちから話したいことは彼女より上の人間につないでもらったほうがやりやすそうだしね

彼女は多分、仲間とみなせば信じ、動く。さてどうしたもんかな

 

それはともかく、サンダースへの勝利。これのインパクトは大きい

戦車道をよく知らずとも、サンダースがとんでもなくマンモス校で資金力があると知らない人は少ない。そこに勝ったとなれば学園都市内でも戦車道許容ムードは否応なく高まるんだな。校舎にも垂幕ぶら下げたし

 

実際戦車道支援を名目に立ち上げた寄附金もサンダース戦勝利で一気に増額した。今なら数輌なら車輌を発掘したとしても十分に動かせるようになってる。安定財源とするには弱いけど、補助的なら十分だ

 

そして政治側も反応する。白石ちゃんも真っ先に反応したし、丘珠ちゃんも双方の健闘を称えた。一応サンダースにも顔を立てた形だ。学園全体での受け入れムードを示すのにもちょうどいいね

竹谷氏も称賛して下さった。ただ、辻氏からは連絡はない。それくらいやってもらわねば、ということなのだろうか

 

だがあまり良くない話もある。これを機に有力校が本格的に我々を警戒し始めているようだ。当然っちゃ当然だけどね。連盟理事校の一つなわけだし、そこに勝ったとなれば警戒感を持つだろう

プラウダ、黒森峰も例外ではない。黒森峰は西住ちゃん送ったことは知っているから、もともとあっただろうけどね

それでも勝つしかないし、みんなの練習への集中度合いも大きく変化はない。西住ちゃんへの負担集中だけ避ければ、当面はうまく回るだろう

 

 

「今の戦力で、2回戦勝てるかなぁ……」

 

「絶対勝たねばならんのだ」

 

生徒会室で語られるのも今はまだそっちがメインだしね

 

「2回戦はアンツィオ高校です」

 

「ノリと勢いだけは、あるからねぇ〜」

 

そう。次に当たるのはアンツィオ高校。栃木の学校だけど海がないから、静岡県清水を母港としている。資金力はサンダースやプラウダより遥かに劣り、ウチらよりかはマシというレベルである

観光業がメインだったかな?産業は。日本のローマとかローマよりローマとか呼ばれてるね。ローマがゲシュタルト崩壊しそう

 

調べたけど、戦車道においてはウチと経緯が近いんだよね。東海で中学時代戦車道の名選手として馳せていた安斎千代美を、学園長直々に奨学金を出してスカウト。一時期は部員が彼女含め3人しかいなかった戦車道を立て直させたんだそうな。スカウトしてほぼゼロから立ち上げさせたところとか結構似てるよね

その後戦車道大会で一回戦通過を10何年かぶりで達成。それと都市内でのパフォーマンスが成功しているお陰で、一定の発言力を有するにまで至るんだって

 

ここまで持っていった安斎、うーん厄介そうだ。同じ世代も少ないだろうから、下を簡単に統率しきれるだろうしね。ノリと勢いだけ、と言われるけど、そのノリと勢いを統率できてるんだろうからなかなかのもんだと思うよ

だけどやはり資金力に劣る以上、戦車の質はウチと同じか下手したらそれ以下だ。この先を考えても一番勝ちやすい相手なのは間違いない。かといって油断して良いわけじゃないけどさ

 

 

「西住ちゃ〜ん。チームもいい感じにまとまってきたじゃないの」

 

「あ、はい」

 

「西住ちゃんのおかげだよ。ありがとね」

 

「あ、いえ……お礼を言いたいのは私の方で。最初はどうなるかと思いましたけど、でも私今までとは違う戦車道を知ることができました」

 

「それは結構だが、次も絶対に勝つぞ」

 

「勝てるかねぇ〜」

 

「チームはまとまってきて、みんなのやる気も高まってますけど、正直今の戦車だけでは……」

 

「ふむ……」

 

これを今こそ『西住ちゃんの号令で』進める時だねぇ〜

 

 

とにかく戦車だ。次の次からは相手は15輌。5輌じゃどうあがいても勝ち目はない。なら数をなんとか増やすしかないよね。ということで特段手掛かりもないのに捜索隊が組まれた

人員?後で考えよう。目星は付けてるし

 

練習日のうち一日を割いて艦内での戦車探しを行った。棒を倒して適当に探し始めたカバさんチームとか、多種多様だったけど

残された廃棄車輌の資料を見るに、まだまだ間あるのは間違いないようだしね

 

まず西住ちゃんとバレー部が見つけたのは、戦車じゃなく砲身。どうもドイツ製の75ミリの長砲身だそう。これはIV号の強化に使うことになった。というかそれ以外載せられる車輌ないし

 

そして艦内を探し回らせて秋山ちゃんとカバさんチームが見つけてきたのが、ルノーB1bisというフランスの戦車だった。いやあの棒で見つかんのかい

農業科が半ば放棄していた池の中から出てきたので、重量のあるIII突とかに引っ張らせて引き上げた。これ以上下手に自動車部動員したら弱み握られちゃうしね

見た目的には89式っぽい気もするけど、一応75ミリ砲というM3Leeくらいの副砲は乗っけているとのこと。装甲も厚いからまだマシだね

乗員定員は4人だけど、砲塔が1人乗りなので副砲、操縦で3人いればなんとかなるとのこと

 

そしてもう1輌、ウチの運命を左右し得る存在が見つかった

 

艦底を捜索していたウサギさんチーム一行が行方不明になって、それを捜索すべく残りのあんこうチームに艦底に入り込んでもらった。一応地図は渡したし、派閥争いが残ってそうなところは侵入不可マーク付けといたから一応安心だ

 

「会長、お銀に話は……」

 

「めんどいからなしね」

 

 

調査の結果、ウサギさんチームと武部ちゃんは無事発見された。いたのはまだ比較的浅いところで、艦底の派閥の影響の薄いところだったのは幸いだった

 

そしてたまたま彼女らがいた場所で見つけたのが

 

 

「これが件のポルシェティーガーですか」

 

「そ、んでこれ引き揚げて修理して欲しいんだけど」

 

「……いつもやってる作業に加えてですか?」

 

「そう」

 

「……わかりました。しかしこれの復帰、元の車輌が車輌だけに、復帰に二週間弱はかかりますよ」

 

ビンゴ。決勝からしか無理だろうけど……そりゃそうか。こんな下から上げてくるんだから学園艦の仕切りぶち抜くレベルだしね

 

「OKOK、宜しくね〜」

 

「いいや!せっかくのアハトアハトなのにそんなに待てるか!貴様ら徹夜で修理だ〜!」

 

「そりゃ無理ってもんですよ。時間かけてじっくり直させてください」

 

「ぬぁーにぃー!」

 

「まぁまぁ、自動車部が言うんだから仕方ないさ」

 

「その代わり修理が完了したら、この戦車を私たちで動かします。かなりマニアックですしね、これ」

 

よっしゃ、人員確保成功!

 

「りょうか〜い。単位は保証するし、自動車部予算増額ね」

 

「よ、宜しいのですか!」

 

「いいじゃん。こうして役立ってくれる人に報いない方が悪いし」

 

 

んで1輌は乗員の目星つけたけど、もう1輌もつけなきゃならないよね

 

「つーわけでさ、この見つけた車輌乗って戦車道やってくれない?」

 

「はぁ?」

 

園ちゃんを呼び出して切り出したのはそれだ

 

「いや、あの時以来下手な用件で呼び出したりしないでって言ったけど……」

 

「結構重要案件だろ?」

 

「どうして私たちなのよ」

 

「まず戦車道が廃校に繋がってると知ってること。愛校心溢れる風紀委員ならそれだけで戦車道に集中してくれる動機になる」

 

「まぁ……そうね」

 

「あとそど子の視力が欲しい」

 

「視力?確かに両眼2.0あるけど……」

 

「偵察とか砲撃とかで視力は欲しいのさ。それも一つ。最後はここから本格的な監視と対策を立てときたい」

 

「……どういうこと?」

 

「アンツィオ勝ったら相手はプラウダと黒森峰、あとは聖グロだろうさ。そんなところと戦うんだ。こちらも内部の引き締めを強化しておかないといざという時困る」

 

「あの2人は大丈夫だったじゃない」

 

「それ抜きでもさ。他のチームが自分たちの活躍から私たちや西住ちゃんに逆らおうとしだすと困る

あと強豪が曲がりなりにもサンダースに勝った私たちに目をつけてるだろうから、みんなと情報の保護も兼ねてね」

 

「要するに秋山さんがやったみたいな話の逆を警戒しろと」

 

「そーゆーこと。つか今もやってもらってるけど。とはいえこちらに戦力を組み替える余裕とかないから、元から筒抜けな気もするけど、念には念をってことで。なんならそーゆーことしてくるの、相手の学校だけとは限らないし」

 

「……文科省?」

 

「とかね」

 

「話としてはわかったわ。でも一つ聞いていい?」

 

彼女らもすでに他の選択科目をとっている。それを切り替えさせるわけだから向こうが切り出すことは一つ

 

「……単位の扱いはどうなのよ?」

 

「今参加すれば確定!」

 

「……どういうこと?」

 

「次の試合、今参加してもそど子達出れないだろうけど、アンツィオに勝てば参加扱いで単位決定」

 

「そど子じゃないわよ。で……負けたら?」

 

「そもそも廃校じゃん」

 

「そうだったわね……」

 

「ということで、あと2人呼んで次に向けて練習よろしくね〜。その人選は任せる」

 

その後実際に2人連れてきたので、決定したとのことを伝えといた

風紀委員の仕事?しばらく艦底との争いないんだしなんとかなるっしょ

 

 

7/6。試験前最後の議会にて可決されたのは『船舶科業務改善条例』。これで船舶科の4ローテ制への改定や休暇制度の拡充などが取り決められた。以降は2年後の予定だ

ちょいと手間をかけて教員採用の幅や艦底の者らへの処遇の詳細を船舶科、教職員連盟と調整したから時間かかったけどね

艦底からの幹部登用にNOを出してきた船舶科を、教員監視を一年試験的に付けることを条件に幹部層へも部分的に登用を認めさせたりね。ここら辺はもう今年度入ったら担当部署作ってそこに振っちゃってたから、私は言うほど関与してないけど

これで海の民は建艦以来の結党の理由を失った。とはいえ海の民自体はフォーラムに編入されたし、それに反発したメンバーは私の刺客にやられたり無所属で細々と結党を宣言したりしている程度だから、ほぼ意味ないけど

 

艦底から小勢力の主力を正式に引き抜いて弱体化させ、相対的にお銀派の力は強まり、完全一強を達成。武力抗争も収まりを見せ、風紀委員を介さずとも一定の自浄が進んだ。本物の酒とか違法薬物関係は放棄、摘発が進んだ

もっとも酒や薬物とかでバレて警察に突き出さざるを得なくなれば艦底との信頼関係が崩壊するから、秘密裏に焼却して流したりしたけどね。証拠は海流が処分してくれるさ

汚染?確かに問題だね。ただそれは艦底が再び抗争して血を垂れ流すようになるよりマシさ。海は広いな大きいな

 

 

一連の改革はほぼ順調に進んでいた。こちらには廃校の危機回避というお題目があるし、党の対立も挙校一致をある程度達成し収まっている。支持率も世論調査見るに若干下がっているが高水準であるのに違いはない。まぁ今のところ廃校の絶対回避の道は示してないわけだし

私が来たる時に向けて練習できているのも、私にかけなければならない案件が減ってきているから、というのもある

 

あとは託児関係とかに手を入れて卒業後も学園に残りやすくするとかあるけど、議会はこれでしばらく閉会。試験期間もあるしね。次に開かれるのは新学期だ

市民議会の議員の方も研修期間という名目で間を開けてある。実際の地方議員も研修で海外とか行ったりするしね

 

生徒会は残る生徒で夏休み期間中も基本業務を回す。接岸こそ戦車道の都合で期間を制限されるとはいえ、実家に帰るって人も多いからね。仕事も減るから、多少抜けても問題ない。私は8月末に休暇取得予定だけど、それ以外は戦車道と事務作業に専念できる

 

夏休みの前に試験勉強もあるけど、それが効率的に捌けないと生徒会ではやっていけない

 

 

そして各校の試験期間を挟んで7/14。なんとか次の試合、荒地と森ステージでアンツィオ戦が始まることになったのである。他の場所では同時にプラウダが試合をしているらしい。また荷物を陸に上げて点検作業から始める

 

安斎千代美、なんで呼んだろかな

 

 



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第29話 これが本当の


あけおめ。今年も続くんじゃよ





 

 

 

さて私が結局チョビ子と呼んで、向こうがアンチョビだと否定することで始まったアンツィオ戦。正々堂々と戦おうと手を結んだ

とはいえフラッグ車だったウチらはたいした仕事もせずに終わっていた。基本前線出ないなら越したことはない車輌だしね。やられたら終わりだし

 

カルロベローチェとかいう機銃しか乗っけてない戦車はアヒルさんが、他のセモベンテはカバさんとかが対処してくれた

そして秋山ちゃんが調べてくれてたアンツィオの秘密兵器、とはいえ性能はウチのIV号と大差ないP40はあんこうチームが撃って終わり

相手は壊滅的被害を受け、こちらの被害はセモベンテと相討ちになったカバさんだけ、と圧勝を飾った。そのセモベンテになんでも鈴木ちゃんの知り合いが乗ってたらしいけど、まぁいいや

 

一応アンツィオも看板で主力を誤認させるという作戦を取っていたらしいけど、なんで数のコントロールをしてないのかねぇ。そりゃ規定が10輌なのにそれ以上の看板を用意してたらバレるわ

 

こうして見事、大洗女子学園は久々の出場でベスト4に食い込んだのである

 

 

試合終了後、アンツィオの幹部面々がウチらを招待してきた。何かと思ってついていくと、並んでいたのは大量の鍋とフライパン

 

「これは……」

 

「試合が終わったら勝ち負け関係なし!みんなで食べて試合の結果を分かち合うのがアンツィオ流だ!みんな食べてってくれ!」

 

そのチョビ子の掛け声に応じてアンツィオの緑っぽい洗車服に身を包んだメンバーが叫ぶ

 

料理は多様だ。パスタとピッツァはもちろん、しかも種類もトマトソースとかクリームソースとかソースが目立たないものまで色々だ。濃い目のチーズの香りが漂ってくる

 

皆昼過ぎからの試合だったし試合の時の緊張と消耗もあって、喜んで乗っかることにした。私もね

 

しかし……学園都市で維持費稼ぎに屋台やってるって聞いたけど、屋台で安く出してることを考えなくてもうまいよなぁ……他所なら3倍で売ってても利益出るぞ、これ。私じゃ同じ味は無理だ

 

笑顔だねぇ、みんな。アンツィオ側だって誰一人泣いてる人はない。確かに美味いというのもあるけど、それが仮にこの先あっても果たしてウチらは負けた時に同じ顔ができるのか。私には無理だね

 

 

飯がうまいとはいえ、それだけじゃいけないんだな。西住ちゃんには隊の指揮や相手との交流に集中してもらってる。勝たなきゃいけない、相手との交流は控えめな黒森峰との差からこちらに残ろうとする意志をより引き出すためにね

 

だから事務処理は私とかかーしまで受け持ってる。そしてこうして今、大会本部に港までの車輌運搬の手続きに来た

行きに引き上げた時と同様、私が車輌、備品の確認書類を出して許可をもらう。急いでやる必要もないけどウチは自動車部が学園艦にいるから、特に損傷したIII突とかは引き上げないと修繕できない

 

「はい、こちらの現場資料とも照合取れましたので、用意の出来次第引き上げいただいて構いません」

 

「ありがとうございます」

 

帰ったら飯の騒ぎもある程度落ち着いてるだろうし、そしたらかーしまに指揮してもらって撤収かな……

 

「あ」

 

と思いつつ外に出ようとしたところで、めっちゃ重そうなロールをぶら下げた人とぶつかりかけた

 

「お、チ」

 

「アンチョビだ」

 

速攻で名前を呼ぶのを否定された。よっぽどその名前で呼ばれたいらしい

 

「……総帥アンチョビ。君もあれかい?」

 

「いや、だからアンチョビでいいって。外の人からそう呼ばれるのはくすぐったい」

 

「でもそう呼ばれてるんだろう?」

 

「それ知ってるのか……あ、因みに来た理由はそちらの予想通りだ。私たちも今日中に戦車引き揚げたくてね」

 

「そちらもか」

 

向こうが背を向けて手続きに向かおうとすると思いきや、少し立ち止まって話しかけてきた

 

「角谷……君とは少し話してみたかったんだが……」

 

「人目につかないうちにかい?」

 

「そっちの方がいいだろう?」

 

「……乗った。外で待ってる」

 

何を話す気かは知らないが、同じ関東圏の戦車道やってる学園。しかも都市運営委員の一人だ。伝手は広げておこう

 

 

「待たせたな」

 

私よりちょっと時間がかかったようだが、それでも早めに彼女は外に出てきた

 

「いやいや、こっちもそちらが片付け中じゃ動かせないしね。一緒にやったなら手伝うもんさ」

 

その場で立ち尽くしていても、そこまで蒸し暑い時間じゃなくて助かった

 

「そこを分かってくれるのはありがたいな。むしろウチら楽しむのは楽しむんだが、片付け終わるまで集中力が保たないからな……」

 

「そうなのか?」

 

「飯の時間とおやつの時間には正確なんだがなぁ」

 

向こうはちょいと大きめのため息をついた

楽天主義。秋山ちゃんに見せてもらった映像や試合後の選手の様子とかこうした反応から察するに、アンツィオに蔓延しているものはそれだ

金銭面の緩さ、長期的視点の不足。その理由は『なんとかなるさ』、そんな感覚だろう

 

「そりゃ気質ってもんじゃないかい?」

 

「その通り。私じゃそれは変えられないさ」

 

「ふーん……」

 

戦車道においては絶対的カリスマである彼女がそう言うのは彼女が高校で入学しているが故だろうか。それとも他にあるのか……

 

「干し芋いる?」

 

「貰おう」

 

おや?何気にすぐ貰ったね

 

「私はいうほど食べられてないんでな……」

 

結構すぐにかじり始めた

 

「あ、分かるわ。お偉いさんとかと食事したりするとあまり喉通らなくて後々腹減るんだよね」

 

「そうなんだよなぁ……」

 

「ということは……今日お偉いさんがいたかな?」

 

「お前らのところの西住だよ!」

 

「あ、西住ちゃん?」

 

西住流絡みかな

 

「あの天下の黒森峰の副隊長だぞ!しかも1年で。化け物以外どう呼べばいいんだよ!」

 

「あー、確かに」

 

「今日の食事会も隣にいたけど、内心バックバクだったんだぞ!どうやってあんな人材呼んだんだよ!しかも今戦車道やってんだろ。あれがあって

戦車道やっているところはどこだって西住に勧誘かけてるさ。それで結局大洗に来てるってことは、そもそも西住は戦車道やりたくなかったってことだろう?」

 

「……頼んだらやってくれたよ。あとは……いる間にできるだけ負担かけないように、かな。ウチの戦車道は西住ちゃんなしでは回らなくなってるから」

 

「負担かけないように、ねぇ……ということは、話してないんだろう?」

 

「……何をさ」

 

「ま、おおかた今年の戦車道大会で負けたら廃校、ってところじゃないか?」

 

ほう……

 

「どうしてそう思うのさ」

 

「どうもこうも、廃校準備校に指定された学校が急に戦車道に参加して、しかも西住をわざわざ呼んだんだ。本気度から見るに、ただならぬ理由があると考えるのが普通だ」

 

「確かにね……」

 

「私もこうして幹部として戦車道に携わっているから分かるが、戦車道はひたすら金がかかる。ウチも切り詰めに切り詰めて、稼げる限り稼いでなんとか回してるんだ。それを公立の、しかもその中で特段大きいわけじゃない大洗が持つんだ。乾坤一擲の何か、そう考えるには十分すぎる」

 

金か。物価を見るにもっと稼げる気もするが、それは競争の結果のようだし、厳しいのはお互いだろう

 

「あとそれであえて戦車道を選んでいるってところもな。ぶっちゃけ私も詳しいわけじゃないが、それでもない限り大洗が戦車道を作る理由はない

BC自由とかベルヴォールとかが戦車道拡大したとか作ったとかだったら、まぁ裏は大体想像つく。だが内政状況に大きな混乱がない大洗が作るとなったら、相応の理由が必要だろう

本来戦車は市街戦で不利だから、学園都市が持つ意味も薄いしな」

 

相手をよく見てるな。そして内実もほぼスパっと当ててる

 

「……ほぼご名答だよ、アンチョビ」

 

「ならよかったじゃないか。私たちに勝って廃校を逃れる道が見えてるってことだろ」

 

「まぁ……そうだね」

 

その先を見据えると、喜べることばかりじゃないんだけどね

 

「だがな……角谷。私が言うのもなんだが、そのことは西住に伝えといた方がいいんじゃないのか?」

 

「ほう。西住ちゃんに負担をかけたくない。それが間違いかい?」

 

「いや、それは正解だろう。そうじゃなきゃ西住はあんな笑顔を見せることはあるまい。大洗で戦車道楽しんでるんだろうな、とは思う

だが……西住が何から逃れてそっちに来たから知ってるよな?」

 

「黒森峰と、西住流……」

 

「どちらも『負けが許されない』ところからだ。だからこそ負けそうな事態になった時に『負けてもいい』と考えかねないんじゃないか?それは困るだろう?」

 

「勝ちにはそこそこ貪欲なように見えるけどね、西住ちゃん」

 

「だがそれに……『仲間の無事』がかかったらどうだ?」

 

仲間の無事。西住ちゃんが無線で真っ先に確認すること

頭の中で去年の全国大会の決勝の映像が駆け巡る

確かにどこかのチームが無事でいられない。それとを天秤に乗せられたら、西住ちゃんは勝ちを捨てる采配を取るだろう。それは……許していいのか?許さないべきなのか?

 

「ま、そこは私が介入し過ぎることでもないかな。それにしても、この干し芋美味いな。なんかイタリア料理にアレンジで使っても面白そうだ」

 

「干し芋がかい?あまりパスタにもピッツァにものってるイメージ湧かないけどね」

 

「なにおぅ。本来のイタリアンは素材本来の味を活かすスタイルだぞ。この干し芋こそまさに素材の味だろう」

 

そうなのか?結構ソースとか使うイメージあるわ

 

「実際スイーツパスタとかもあるからな。この渇き具合を戻して使うか、それともこれを活かして潰したりして使うか、いやそれだと食感を活かせないな……悩むところだ」

 

「できたら食べさしてくれる?」

 

「ああ、もちろんだ。そしてお返しと言ってはなんだが……」

 

背負ってたカバンから瓶と紙コップを取り出す

 

「ぶどうジュース一杯どうだ?」

 

「ぶどうジュース?」

 

「ぶどうジュース」

 

色的に紫っぽいから、まぁ間違いない

 

と思っていた

 

「しっっっっっっっぶ!」

 

口の中の水分が一斉に渋みに置き換えられ、喉に張り付く。干し芋食べなれてるけどこれはレベルとベクトルが違う

 

「あ、それフルボトルだったか」

 

「いや、てかこれワ」

 

「ぶどうジュース」

 

アッハイ

 

「こっちなら大丈夫じゃないか?軽いやつにしたけど」

 

「ま、少しなら……」

 

そして帰るまでに追加で2杯もらっていた。呑みやすかったんだもん

 

しかし西住ちゃんに話すか……片付けを進めながらも私の思案は止まる様子を見せなかった

 

 



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第30話 狭間

 

 

 

さて、勝った以上考えるべきは次のプラウダだ。私たちが試合をした同じ日に二回戦進出を決めた。そして私たちが試合をするのはこんな時期にだが真冬に近いところだ。なんと北緯60度を超えるという。雪だって降るところだってさ

戻ってくるのにも時間がかかるし、寒すぎるところや暑すぎるところは単純にエンジンに負担がかかる。やっぱ抽選って糞だわ

 

 

西の黒森峰に相対する東国の雄プラウダの強みはその生産力の高さだ。資本力こそサンダースに敵わないが、それを中央、プラウダ共産党の統制で有効活用している、というのが名目だ

実際学園都市の中では重化学工業の割合が高いし、企業もプラウダが介入する企業との合弁しか認められない

だが何が真にプラウダを支えているか

 

移民の受け入れとそれによる賃金の安さだ

 

そもそもがロシア革命やその後の大飢饉からの亡命者でできた学園だからね。その歴史の都合上移民を断ることは難しい。日本本国よりも難民受け入れが多いって問題になるくらいだし

で、学園都市、自治都市であることを理由に国の命令と関係なく人件費を下げ、かわりに高齢年金とか食糧支援とかの保障を付けて心を掴んでいるわけさ。その分製品の質は低いって言われるけど。高校も学費はなしだし、その為特に今の政権とは仲が悪い

 

戦車道で黒森峰に負け始めたきっかけだって出先機関を青森の三厩に置こうとして政府の反対くらって、それ以降都市防衛に予算振り分けるようになったからだって聞くし

三厩は青函トンネルの本州側の出入り口だからね。政府も北海道物流を左右されることを嫌ったんでしょ

 

 

いずれにせよ上からの支援もあって生徒の団結心は強いし、上意下逹システムが戦車道でも完備されてる。サンダースみたいな切り崩しは効かない

おまけに今の戦車道のトップはエカチェリーナ、通称カチューシャ。去年黒森峰を撃破し黒森峰の10連覇を阻止した英雄だ。それだけに上からも下からも信任も厚い

さらにウチらは人民と敵対しているから、話もつけづらい。聖グロはそこそこ仲良いらしいんだけどね

彼女が破った西住ちゃんが率いている、そこから油断してもらうしかないかな。この弱点も予想でしかないけどさ

 

 

前回大会優勝校プラウダ。そこと戦うことは私たちにとって喜ばしいことではない。もちろん相手が強いから負ける可能性が高いというのも要素の一つだし、その試合に最大火力のポルシェティーガーを投入できないのも一つ

ここら辺はどうしようもないからあまり考えないようにしてる

 

「そこそこ戦力の補強はできたな」

 

かーしまがこう言っていたように、マシにはなってきてるからね

 

だがどうにかしなけりゃいけない問題が一つ。それは風紀委員のそど子とその部下二人、後藤ちゃんと金春ちゃんの参加と、彼女らの乗るB1bisがお披露目となった練習前で如実に示された

後ついでにIV号も拾った砲身で強化したってさ

 

「次はいよいよ準決勝!しかも相手は去年の優勝校、プラウダ学園だ!絶対に勝つぞ!負けたら終わりなんだからな!」

 

「どうしてですか?」

 

「負けても次があるじゃないですか」

 

「相手は去年の優勝校だし」

 

「そーそー、胸を借りるようなつもりで……」

 

つまり敢闘精神の不足。向上心の限界だ。ほぼ初心者が集結したこのチームがいきなり全国大会ベスト4。本来なら小説の帯にでも書かれそうな内容だ

だから上を目指す合理的な理由がない限り、もはや上を目指す動機がなくなってきているのである。これで良い、今くらいで良いってね

ちなみに最初のかーしまの発言は私が許可を出してる。負けたら『この大会では』終わりって意味だってゴリ押せるからね。それでいて皆に上を目指させる。ギリギリなのを察した上で、だった

 

「それではダメなんだ!」

 

だからかーしまのこの一言は余計でもあったし、必要でもあった

確かに皆に少なくとも決勝まで行かなきゃならない理由を隠していることを、遠回しとはいえ知らせた点で良いわけじゃない。だがかといって、このまま隠し通せるものでもないことを教えたのもこの一言だった

 

倉庫の中は困惑、疑念、畏怖などから静寂で満たされる。誰も、口を開かない

人によっては予想できているのかもしれないね。だけどそれは聞きたくない話。聞き直してウチらの誰かが語るのを聞きたくないのか

 

「勝たなきゃダメなんだよね」

 

それを破った私の言葉は、かーしまの発言を軽く裏付けるものでもあり、私自身に必要なことを思い出させるものでもあった

それ以上の追求を避けたかったってのもあるけど

 

「西住、指揮」

 

「あ、はい。練習、開始します!」

 

練習自体は大きな問題もなく始まった。まずは試合で頑張る為に練習する。その点に関しては共有できている。上達という結果も今のところついてきてるし

だけど私にはさっきの自分の言葉が繰り返される。そして私の肩にのしかかるものを、恥ずかしい話だが久しぶりに思い起こさせた

 

「西住ちゃん。後で大事な話があるから、生徒会室来て」

 

開始前にそう言わざるを得ない身の上だったのだ、と。これはもっと早く行うべきだったし、なんだったら全員に言うのが正解かもしれない

 

 

「やぁやぁよく来たね」

 

もう航路はかなり北へと進めていた。もう外でチラついているのは雪だ。こんな無茶ができるのも帰省してる人が多いからだね。だから私たちは7月の末である今この艦橋の上でコタツを囲むなんてジョークができる

窓を開けて寒くしておいて、んで久々に引っ張り出したってわけさ。海風入れたようなもんだからさ

 

「あ、はい」

 

「いや〜、寒くなってきたねぇ〜」

 

「北緯50度を超えましたからね」

 

それシベリアだよシベリア。もう西に横たわってんのはサハリン北部だってさ。そしてまだ北だよ?

 

「次の会場は北ですもんね」

 

「全く、会場をルーレットで決めるのはやめてほしい」

 

同意。ま、ルーレット回してダーツでも当ててんのかもね。こっちには通達が来るだけだからさ

 

「あの、お話って……」

 

「まぁまぁあんこう鍋でも食べて」

 

まだ、まだだ

 

「会長の作るアンコウ鍋は絶品なのよ」

 

「まず最初にね、あん肝をよく炒めるとこから、そこに味噌を入れて」

 

「いや、鍋の作り方はいいですから」

 

大洗人になって貰うからには、知っておいてもいいと思うんだけど、な

 

「炬燵、熱くない?」

 

「あ、大丈夫です……」

 

 

 

「言えなかったじゃないですか」

 

3人が囲む空になった鍋が蛍光灯の光を残す。そして後は、水かけ祭りとかハロウィンとかの写真

楽しかった『あの頃』の写真

私がまだ政治家はおろか官僚にもなりきれていなかった時のもの

 

「これでいいんだよ」

 

いや、よくはない。それは何より自分がよくわかっていなければならないはずだ

 

「転校してきたばかりで、重荷背負わせるのもなんだし」

 

「ですが……」

 

「西住ちゃんには事実を知って萎縮するより、伸び伸び試合して欲しいからさ」

 

それは……理由として、弱い。そうであって欲しいのは、我が儘だ

 

「お茶……入れましょうか」

 

「はぁ……終わりか」

 

「まだ分かんないよ」

 

分からないのだ。そしてそれが、何よりの問題なのだ

 

「会長、明日朝これの残り食べて行きます?」

 

「お、いいねぇ。ご飯パックのが冷蔵庫にあったっしょ、たしか」

 

「卵もありますし、ちょうどいいでしょうね」

 

「こんだけ寒けりゃ、明日まで外に出しといても腐んないんじゃない?」

 

「逆に凍ってますよ……」

 

炬燵にくるまって、小山が持ってきたお茶を含む。口に付いた油とコラーゲンをゆっくりと混ぜて流す

 

「会長」

 

「かーしま、どうした?」

 

 

 

「貴女は今、何者ですか?」

 

 

 

湯呑みを口から外す。ここまで一瞬とはいえ茫然とさせられるのも久々だね

 

「ほう……かーしま。言うじゃないか」

 

「西住には、言うべきでした。彼女が負けてもいいと言い出せば、我々は誰一人としてその流れを変えることはできません。だからこそ……西住は優勝を目指してもらわなくちゃいけないんです」

 

言い返せない。それが正しいからだ

 

「そしてその優勝にかかっているのは、この学園都市の未来そのものです。その一人のことに腐心して3万人を未来を変えるのです。だからこそ私は河嶋家の一人としても、生徒会の広報としても、そして戦車道の副隊長としても、西住に言うべきだと考えます」

 

「だったら私が言わないのを無視して言ったらよかったんじゃない?」

 

「私は生徒会では会長の下です。そして廃校云々はまず学園都市を運営する生徒会に絡む話。会長から話はまず進めるべきだと思案しました」

 

かーしまにしては本当に理路整然としている

 

 

「会長。いえ、杏」

 

あんず。その3文字が小山から放たれた

 

「小山……しばらくぶりに聞いたよ、それ」

 

「情が……移りましたか?」

 

そう呼んできたということは、今の私が生徒会長として、じゃないということになる。だとしたら……

 

「……そうだね。私は『彼女の友人の一人』として、このまま楽しそうに試合して欲しいんだ

見てるだろ?前のアンツィオ戦を終わった後、その前のサンダース戦が終わった後。西住ちゃん、すっごくいい笑顔してたでしょ

試合だけじゃなくてもいい。練習中でもいい。整備中だっていい。なんなら武部ちゃんとか秋山ちゃん達と一緒に帰っている時だっていいさ。そんな時に悲しそうな顔をされるのが、追い詰められた顔をされるのが、ウチらの戦車道のあるべき道かい?」

 

「そう……ですね」

 

「あれを護りたい、というのは、横暴かな」

 

「会長、貴女はもう……西住を『駒』としては見れない、と」

 

駒。そう、本来の西住ちゃんの役目はそれだった。戦車道で優勝し、学園都市を残すための、起死回生の駒。そして駒のまま扱うしかない、かつてはそう誓った

 

「……私が、言いましょう。会長でできないのならば、泥をかぶるべきは下です」

 

「かーしま、待て。このことを引っ張りたいのは、それだけじゃないさ」

 

一応だけどね

 

「杏、何かあるの?」

 

「万が一の話さ。いや、実際としてはかなりの割合あるんだろうけど。そのことを話しておいた上で負けたら……どう足掻いてもその責任は西住ちゃんに乗っかる」

 

それはどれだけ擁護しても避けられない。仮に西住ちゃんだけに知らせたら、逆に自分で背負い込むだろう。かつて実際に責任をぶつけられたことがあるから尚更さ

 

「考えたくはありませんが……そ、それは言わなくても廃校という結末は変わらないのでは?」

 

「関連させなければ、西住ちゃんは背負わなくて済む。生徒会の努力不足だけでね」

 

これも西住ちゃんにより良く、という話だ。結局駒として考えられないことを何より証明している

 

「負けた後西住ちゃんは黒森峰に復帰、で話は終わらないだろうさ。知らない方が向こうにとっちゃ幸せだよ」

 

「た、確かにそうですが……しかし……」

 

そうやって即座に否定してこないあたり、程度の差はあれどみんな同類だね

 

「杏。やっぱり杏は官僚だね」

 

「私は追い込まれるか言われなきゃできない、それで精一杯の根っからの官僚さ。政治家はやっぱり向いてないよ」

 

少し冷めかけたお茶を一気に流し込む。もう油だなんだは気にする必要もない

 

「だけど……かーしまの言うことがもっともだっていうのはわかってるさ。わかっているし、私はそれに応じて決断しなきゃいけない

だからかーしま。もし情勢が悪くなってチームの雰囲気や西住ちゃんが負けてもいいとか言い出したら……すまない、言ってくれ……

もっとも、ちゃんと言える頃には手遅れかもしれないけど……それ以上は無理だ」

 

「……わかりました」

 

目線を落とした先には、またあの写真だ。魔法使いの私に小山のティンカーベル。そしてかーしまのジャック・オー・ランタン

 

この学園も、私の心も、天国と地獄の狭間を彷徨っている

 

 




まーだプラウダ戦始まってないんですがそれは……



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第31話 告白

 

 

着いた場所では、すでに積雪が見られた。7月末にである。寒くなるからと皆マフラー、手袋はもちろん、ヒートテックや厚手のコートを久々に引っ張り出して持参している

私も倉庫から久々に引っ張り出した雪靴を履いてきた

 

「寒ッ!マジ寒いんだけど!」

 

降り立った人からこんな声が聞こえるのもなんら不思議はない

 

「III突履帯にはウィンターゲーテを。ラジエーターには不凍液を」

 

「はい」

 

一応対策はしてきてる。西住ちゃんだって戦ったことがあるし、黒森峰ならどこよりも対策を練ってきた相手だろう

 

「いきなり試合で大変だと思いますけど、落ち着いて頑張ってくださいね」

 

だがこちらはなんとか1輌増やしただけの計6輌。相手はこの準決勝から15輌。比率的にはむしろ一層不利なんだよな

雪合戦したり雪像作ったりしている今が今日で一番幸せだ

 

 

その準備が進められる中、一台の車が雪煙を立てて近くに止まった

 

「誰?」

 

「あれは……プラウダ高校の隊長と副隊長」

 

「地吹雪のカチューシャとブリザードのノンナですね」

 

胸を張って護衛も付けずに車から降り立ってこちらに向かってくる

少し離れたところで立ち止まるや否や、小さい方、カチューシャが唐突に笑い始めた

 

「このカチューシャを笑わせるためにこんな戦車用意したのね、ね!」

 

悪かったなこんちくしょう

その言葉は喉よりさらに奥に封じておく

 

「やぁやぁカチューシャ。よろしく、生徒会長の角谷だ」

 

ゆーてお前だって一介の戦車道隊長でしかないだろうが。陸上警備隊を自前で保有しているプラウダにとっちゃそもそもはそんな大した地位じゃないだろう

 

手を差し出したが、握ってこようとしない。プラウダ生は握手も忘れたか、と思いたくなったときには、もうその相手は隣の者の肩の上にいた

 

「貴女たちはすべてがカチューシャより下なの。戦車も技術も身長もね!」

 

いや最後は違うやろ

 

「肩車しただけじゃ……」

 

「聞こえたわよ!よくもカチューシャを侮辱したわね!粛清してやる!行くわよ、ノンナ!」

 

そんな物騒な言葉はちゃんと口が回るようになってから言いな。言い返せるならそれが一番的確だ

 

「あら、西住流」

 

去り際にやっとこさ西住ちゃんを見つけたらしい

 

「去年はありがとう。貴女のおかげで優勝できたわ。今年もよろしく。じゃーねー、ピロシキ〜」

 

「ダスヴィダーニャ」

 

下がプラウダ式の正しい返事をして帰っていった。ピロシキってなんだよ

 

ほうほう。ウチのかーしまと西住ちゃんを侮辱してくとはいい度胸だねぇ。もしこれが手の込んだ向こうの作戦なら、今まさに術中にハマったさ

 

あのお転婆な小学生には天下一の恥辱を与えようかね。こんな見るからに全力で劣っているチーム相手に負ける、というね

 

 

かといって西住ちゃんの策に逆らうつもりはなかった。フラッグを叩けば勝ちなのだ。勝つしかないからこそ、頼るしかなかったのだ

 

だが皆は違った。西住ちゃんが相手の出方を見つつ長期戦を目論んでいたのに対し、カバさん、今回フラッグを変えてもらったアヒルさんを中心に速攻論が幅をきかせたのだ

 

西住ちゃんの戦法もわかる。さっきの言動から見てもなんならウチらを挑発しているという可能性もあるし、こちらの策は看破されていると見てその上で動く。なんなら向こうの作戦を利用して勝つ。それが今までのウチのやり方だった

 

しかし速攻論も分からないわけじゃない。まず状況は尽くプラウダ有利。気候もプラウダがよく航海しているところだし、雪上も向こうにとっちゃなれたもの。時間が経てば寒さに弱いこちらに不利だし、戦力を漸減させられると数的不利も膨らむ

あのカチューシャの言動からして少なくとも心のどこかで私たちを舐めてるのは事実。仮に最初は思ってなくて演技だったとしても、口に出してしまえば多少は心理状況に影響するものだ

だったら敵フラッグに全車輌で斬り込む。それも一つの策ではあった

 

寒いのは誰だって嫌である。試合を早く終わらせられるに越したことはない。そして残りは勢いには乗ってくるウサギさんとよく分かってないカモさん

あんこうとカメさん以外が速攻論支持に傾くまであまり時間はかからなかった

 

 

私はどうするか。まず避けたいのはチームの分断だ。ただでさえ数が少ないのに内部に不和があって勝てるはずもない

ここで言えれば纏めやすいのだが、それは辞めた。だったらカメさんチームはどちらに乗るか、その答えは政治家としての選択っぽくなった

 

「よし、これで決まりだな」

 

「勢いも大切ですもんね」

 

かーしまと小山も私の判断と同様だった。皆の士気は速攻論ならかなりの高さを維持できる。逆にここで西住ちゃんの策を通せば、気合が削がれる

そして気合が削がれたときに何が起こるか。魔物が目を覚ます。『ベスト4でいいや』という魔物が

 

「……わかりました。一気に攻めます」

 

西住ちゃんも乗った。そして納得した

 

「孫子も言ってるしな。『兵は拙速を聞くも、未だ功久しきを賭ざるなり』。だらだら戦うのは国家国民のために良くはない。戦いはちゃちゃっと集中してやるもんだよ」

 

「ね、西住ちゃん」

 

「はい!相手は強敵ですが、頑張りましょう!」

 

「はい!」

 

 

 

 

と思っていた時期が私にもありました。うーん、孫子を生半可に学んだのはやっぱり悪かったかな……

 

ハイ、ウチの現状。出口が一つの建物の中に全車輌います。外ではプラウダがその入口向けて砲口を突きつけてるし、おまけにIII突は履帯と転輪やられてる

 

うーん、実にテキスト通り引っかかったよね、ウチら。フラッグ車をやれば勝てる。それ故にフラッグ車を追跡してたら、周り全部囲まれてここに逃げ込む羽目になった

 

状況は最悪だ。打って出る力はないし、このまま時間が過ぎればもちろん向こう優位が増す一方。寒さに強いのは向こうだしね

 

敵さんには火力高いのもいそうだし、こんなコンクリの建物、砲弾撃ち込まれたらいつ屋根が落っこちてきても驚かないよ

そしてそれで戦車が、こちらのフラッグ車が走行不能になったら相手の勝ちだ去年プラウダを優勝に導いたカチューシャだ。それくらいの事はしてきてもおかしくない

だが奇跡的に建物が砲撃で潰れることはなかった

 

 

「カチューシャ隊長の伝令を持ってまいりました」

 

砲撃が止んで訳もわからず頭を出し始めた大洗の面々に、プラウダの2人の使者は告げた

 

「『降伏しなさい。全員土下座すれば許してやる』、だそうです」

 

「なんだと……Nuts」

 

かーしま、お前もないだろ

 

「隊長ば心が広いので3時間は待ってやる、と仰っています。では」

 

頭を下げて帰っていった。白旗持ってたからそのままとち狂って降伏してくんないかなと思ったけど、無理だわな

 

3時間。はて、なんのための時間かな?こちらが低体温症を発症するか?それとも燃料切れか?はたまた他の何かか?

 

 

「誰が土下座なんかするか!」

 

「全員自分より身長を低くしたいんだな」

 

「徹底抗戦だ」

 

「戦い抜きましょう」

 

私の甘い考えは、この時点まではなんとか保てていた

カチューシャに提示された屈辱的条件。それを跳ね返すのは皆にとって、どうしても勝たねばならない疑問云々以前に直近の課題として避けねばならないものだった。それすら潰えるほど時間と体力と継戦能力の不利を悟ってない

 

「でも、こんなに囲まれていては……」

 

しかしそうでないものが一人。それが隊長、戦術家の西住ちゃんだった

その判断ももっともだ。脱出しようとした瞬間撃ち抜こうとしてくるのは素人目にも見えてる

 

「それに、戦ったら怪我人が出るかも」

 

怪我人、か。本来ウチらも気にかけるべきだが、西住ちゃんにとってはそれ以上に大きなポイントとせざるを得ないのだろう。さっき建物内で砲撃受けたときの建物の軋みとかも助長してそうだ

これが彼女だけならまだ良かった。西住ちゃんが言ってるとはいえ、さっきと同じく皆が言い続ければまた折れる。だがここで向こうに大きすぎるフォローが入った

 

「みほさんの指示に従います」

 

「私も!土下座ぐらいしたっていいよ」

 

「私もです!」

 

「準決勝まで来ただけでも上出来だ。無理をするな」

 

あんこうチームの残りのメンバーがこの動きに同調したのだ。彼女らからしたら西住ちゃんを支持しない理由はないだろう。冷泉ちゃんが言うことも学園廃校を知らないのだから妥当なのだ

 

 

「だめだッ!」

 

それに抗う声。それを許したらもう未来すら潰えかねん人のだ

 

「絶対に負けるわけにはいかん!徹底抗戦だ!」

 

実際私も役目からしたらそう主張しなければならないのだ。が、私は状況を見つめるフリをして何も言えずにいた

勝つしかない。戦うしかない。だが最終的に発言するのを、私は今ここに至ってすら拒否していた

 

「でも……」

 

「勝つんだ!絶対に勝つんだ!勝たないとダメなんだ!」

 

「どうしてそんなに……初めて出場して、ここまで来ただけでも凄いと思います。戦車道は戦争じゃありません勝ち負けより大事なものがあるはずです」

 

「勝つ以外の何が大事なんだ!」

 

勝たないとダメ、それはその通りだ。しかしそれは今のウチらにとっての論理だ。今の西住ちゃんにとって、その言葉はまずい

勝つ以外の何が。それを求めた西住ちゃんには掛けてはならない

 

「私……この学校に来て、みんなと出会って、初めて戦車道の楽しさを知りました。この学校も戦車道も大好きになりました。だからこの気持ちを大事にしたまま、この大会を終わりたいんです」

 

こう言われたらこちらからはどうしたらいい。この学校も大事と言われて、私たちは他のあらゆる手段のどれを使って言い返したらいい

この言葉を絶対的義務で否定することは、西住ちゃんに同じ茨を踏めと告げるのと同義だ。だが……

 

かーしまが西住ちゃんの話の最中、顔を少しこちらに向けた。懇願、許可の要請だった

もはや告げるしかない。その目に対し微かに頷いて応じた

 

「何を言っている……」

 

これを私から告げないのだから、私は悪い人間だ

 

「負けたら我が校はなくなるんだぞ!」

 

 

 

「学校が……なくなる?」

 

呆然とした目が揃う。一部は僅かな希望をこちらに託そうとする

 

「河嶋の言う通りだ」

 

が、拒むことしかできない

それが事実。私が決めたたった一つの道なのだから

 

「この全国大会で優勝しなければ……我が校は廃校になる」

 

 



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第32話 決意

やりますよー




 

 

 

「ごめんね……」

 

伝えた。私たちは地獄の釜を開いた。これで西住ちゃんは廃校の未来を勝利への固執付きで背負うことになる

それは他のみんなも変わらない

 

「政府が今年の冬、年頭に『廃校準備校』というのを決めたんだ。学園艦は数も多いし、この先少子化は確実視されてる。それで学園艦、学園都市の数を減らすことにしたってわけみたい

生憎、ウチらは既にその名簿に名前が載ってる。そこに名前が載り続ければ学園艦は来年3月で廃止だ」

 

「来年の……3月」

 

「は、早くないか?」

 

「だけど、それが事実。まだ私たちはマシなほうさ。通達された時私は学園艦教育局長と向かい合っていたんだから」

 

「学園艦教育局長……?」

 

「ウチらの上の人。その人と霞ヶ関で向かい合ってる時に言われたんだ。その場で反論可能だった。それが救いだったね

なんとかするしかなかった。来年だよ?普通は無理だ。ウチの学校には部活は多いけど、そんなすぐに文科省を説得できる成績出せるところはないし」

 

「バレー部があります!」

 

「そもそも人がいないじゃないか……6人制できないだろ」

 

「ぐっ……」

 

「とにかく実績がいる。廃校の未来をひっくり返せるほどの、ね。だけど教育関係じゃ一朝一夕にできるものでもないし、部活動の実績はさっき言った通り

……となると、かつて大洗女子学園の名を挙げた戦車道を使うのは結構アリだと思ったわけさ」

 

そこそこ正直に話した。一応3人での約束絡みは抜いたから私が全てやったって風にしたけど、ま、話の筋として矛盾はないはず

 

「これが……戦車道を復活させた理由……」

 

「戦車道やれば助成金も出るって話だったし、それを学園運営費にも回せるしね」

 

今はほぼない。もう増やした分を含む車輌整備と維持で助成金はおろか寄附金すらカツカツだ

 

「じゃあ世界大会っていうのも嘘だったんですか!」

 

「それは本当だ」

 

だから援助は来てる。国も国内でやるからには人材の候補を広げておきたいらしい。じゃなきゃウチで戦車道はやってない

 

「でもいきなり優勝なんて無理ですよぉ」

 

それが可能性がまだ高いと思えるほどに、他が絶望的なのだ。今のプラウダ、次の黒森峰か聖グロ。それらから勝ちをもぎ取るというそれが

 

「いや〜昔盛んだったから戦車あると思ってたんだけど、予算がなくていいのは全部売っちゃったみたいなんだよね」

 

「では、ここにあるのは……」

 

「うん。みんな売れ残ったやつ」

 

予め知ってたけどね。でもあの料亭で言われるまでは私も詳しく知らなかったし

 

「それで優勝というのは到底不可能では」

 

「……他に考えつかなかったんだ。こんな古くて、なんの特徴もない学校が生き残るには……」

 

そう、私でさえも。時間をかけて学園都市の存在感を高めるならまだやりようはあった。だが一年。たった一年だ

 

「無謀だったかもしれないけどな、あと一年泣いて学校生活過ごすより、希望を持ちたかったんだよ」

 

そして、まだ言いたくないけど私の責務だ

 

「みんな、黙っていてごめんなさい」

 

 

 

「バレー部復活どころか、学校がなくなるなんて……」

 

「無条件降伏……」

 

「そんな事情があったなんて……」

 

他はまず事実への驚きが先に来ている。さっきも徹底抗戦に賛成していたから、尚更それを強化できる一手になる。この中に野党支持者がいてもそれは変わるまい

 

「もし廃校になったら、私たちバラバラになるんでしょうか?」

 

「そんなの嫌だよ!」

 

「単位取得は、夢のまた夢か」

 

本命はこっちだ。さっき降伏へのムードを支えていたあんこうチーム。ここを切り崩すためにこんなことを言っているのだ。彼女らが抗戦に靡く。西住ちゃんが本心では反対だとしても、彼女らには変えられまい

 

「まだ試合は終わってません」

 

しばらく閉じられていた口が開いた

 

「まだ負けたわけじゃないですから」

 

「西住ちゃん……」

 

さて、どう言う

 

「頑張るしかないです。だって、来年もこの学校で戦車道やりたいから、みんなと」

 

……この話を聞けば、西住ちゃんは否が応でも自分が何かを理解する。優勝のために呼んだ人材でしかないと分かってしまう

だがそれをした大洗女子学園を相手に、そこまで言ってくれるとは……

 

「私も、西住殿と同じ気持ちです!」

 

「そうだよ!とことんやろうよ!諦めたら終わりじゃん!戦車も恋も!」

 

「まだ戦えます!」

 

あんこうチームは転向した。これでついにこの場の全員が一つの方向を見定めた

 

「降伏はしません。最後まで戦い抜きます」

 

廃校回避。その裏には個々人思うところがあるだろう。学園への愛という軽い言葉だけで片付けていいものではない

だがその意志があるだけで十分すぎる

 

「ただし、みんなが怪我しないよう、冷静に判断しながら」

 

「うん」

 

そして勝利に拘れと命じられながらも、西住ちゃんは変わっていない。いや、私が見抜けてないだけかもしれないが

何にせよ、西住ちゃんにはこの戦いと次の戦いには勝つための策を全力でたててもらうしかない

 

「修理を続けてください。III突は足回り、M3は副砲。寒さでエンジンの掛かりが悪い車輌はエンジンルームを温めてください。時間はありませんが、落ち着いて」

 

「はい!」

 

話も手短に、役割を指定されて皆は散っていった。この談義に時間をとられ、3時間あった余裕も刻一刻と削られている

おまけにこの寒さだ。どうしても動き出しはゆっくりにならざるを得ない

 

「我々は作戦会議だ!」

 

 

「かーしま。助かった」

 

西住ちゃんを呼ぶ前に、先に小山とかーしまを集めて奥の机を引っ張り出しにいく

 

「……はい」

 

「これでいいんだよ。これでね」

 

その場しのぎだった。でも、それが正解だったのは間違いない

 

「小山、かーしま。学園に連絡繋げて」

 

「生徒会ですか?」

 

「そっ。あの廃校の話、学園都市に流れるようにしといて」

 

「え?この中だけじゃないんですか?」

 

「もう扉は開かれた。また閉めても漏れたものは取り返せないさ」

 

「なるほど。そしたら公式に先んじで広めた方が良さそうですね」

 

噂より公式の真実ってわけ

 

「つーかなんならこれモニターの前で見てる人にはもう既に知られているしね」

 

「それもそうですね」

 

だが正式な公開はこの試合終わった後になるかな。この超不利な状況に人々の興味を集めるのはよろしくない

……いや、それかここから大逆転する様を見せられると考えたら、とっとと言わせた方がいいか……

これまでは単に生徒会が持ち上げてたものに過ぎない。しかしこれから視線が集まるとなれば、その視線の前での勝利は、いや最悪でも奮戦はプラスだな

 

「すぐに発表させましょう」

 

「かといって誰にやらせるよ?会長も副会長も広報も揃ってここにいるんだし」

 

「……確かに、ここで生徒会を代表して発表させたら、2年生ならそれ即ち会長の後継者だと示すようなものですからね。校外交流担当課を引っ張り出しても同様になってしまうでしょう」

 

後継指名は今はしたくない。やるなら二つのパターンを用意してるけど、どちらもこの大会の後だ

 

「3年の他の幹部層に言わせたらどうですか?」

 

「そうだね、それが無難かな。だとしたら財政課の飯尾ちゃんかねぇ」

 

「学園課の田川さんとか使わないんですか?後継指名するなら彼女か、と思ってたのですが」

 

「いやいや、次の生徒会長は生徒会からは出さないつもりさ、今のところはね」

 

「え、ではフォーラム幹部からですか?」

 

「う〜ん……悪くないけどそしたら生徒会分立の意義は薄れるよね〜」

 

「と申されましても……」

 

「ま、飯尾ちゃんに発表させといてね」

 

「はぁ……分かりました」

 

これはまだ確認すら取ってないんだ。先延ばしにした方が吉だろう

 

 



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第33話 安息の終焉

やりますねぇ





 

 

 

 

 

まずは偵察だ。敵情を知らなければどうしようもない。気づかれたらどうなるかわからないが、無いよりはマシだ

こうして秋山ちゃんとエルヴィンちゃん、もう一つを冷泉ちゃんとソド子で組ませて雪の中に放り出すことになった

遅刻魔と風紀委員で組ませていいのかって?アレはアレだ。喧嘩するほど仲がいいってやつ。多分、恐らく、メイビー

 

 

残った方は車輌を動かせるようにしとくしかない。エンジンを温めたり履帯を締め直したりと作業が続く

 

「手の空いたものは暖をとれ」

 

「スープ配ります」

 

外の雪は激しくなる一方だ。だが激しくなる前に帰ってきた2組の偵察によって、こちらは向こうの戦車の半数以上を把握することに成功した

 

 

だが良く無い情報もある

 

「ただいま試合続行をめぐり、協議が行われています。しばらくお待ちください」

 

連盟による話し合いのようだ。これによって時間が伸びれば、体力、精神力的にこちらがますます不利になるのは否めない

 

それ抜きでもタイムリミットまであと1時間。その間試合は動かない。窓もまともにないこの建物の中でこの悪天候

 

「あと1時間この建物で待つのか……」

 

「いつまで続くのかな、この吹雪……」

 

「寒いねぇ……」

 

大丈夫なわけがない

 

「……お腹空いた」

 

そんな屋根以外設備もないところで、なんとか手に入れたお湯に粉を溶かしたスープ以外食事を用意できるはずもない。あと一応乾パンあるけど、幸か不幸か撃破車輌がないため全員に配ったら腹の足しどころではない

 

寒さ対策は各自が持ってきた毛布とかカイロ頼みである。焼いた煉瓦も薪ストーブもこのボロボロの建物にはない。窓すらないのだ。仮にあっても対して意味はないだろうが。いや、風除けにはなったかな

 

寒さと空腹、人間をかつては死へといざなった二つの猛威が私たちの足元にあった。あと一歩進んだら『もう死にたい』が心にやってくる

 

死への恐怖。本当に来たら、私たちから掛けられる言葉など些末に過ぎない

 

「さっき偵察中、プラウダ高はボルシチとか食べてました」

 

言うな。資金力の差だ

 

「やっぱり、あれだけの戦車揃えてる学校ですからね」

 

秋山ちゃん、わかってるじゃないか。プラウダにとっちゃ一応地上戦力としての意味もあるからね。あそこだだっ広いし、国とも反目しがちだし。昨今は特に

 

 

「学校、なくなっちゃうのかな」

 

「そんなの嫌です。私は、ずっとこの学校にいたい。みんなと一緒にいたいです!」

 

そっか、そういえば秋山ちゃんはこの都市住民か。それだけ思い入れがある、と信じてる

 

だが、それでも現実は重い。いくら阿呆でも優勝確率が高いと思える人間はいないだろう。現状見てればなおさら

 

「みんなどうしたの?元気出していきましょう!」

 

空元気で人を動かせるならどれほど良かったか。それでもともと夏場だったのがこの天気だ。士気を落とすなという方が無理だろう。仮に前を向かねばならない理由があったとしても

 

 

だからといって、あんこう踊りやれとは私は言ってないからね。結果的にあの激しい踊りで動きまくったから寒さも軽減されたし、しっかり士気上がったから良かったけど

画面の向こうの人たちからしたら私たち気でも狂ったかと思うんじゃないかな

 

実際気を狂わせちゃった方が楽なんじゃないかな。学園廃校を阻止するために勝利に拘った気狂いになったほうが、できることは多い

でも私はなれてないし、西住ちゃんをそうさせられるとも思ってない。させちゃならないことだ

果たして勝たねばならない場で信念を持とうとするのは、私たちの傲りなのかね

 

 

「あのっ!」

 

踊りの最中で響いたのは、女の子や声だった。あの3時間前に降伏を勧告してきた子だ。なかなか声をかけづらい環境だったに違いない。あと一歩踏み出せば新興宗教の仲間入りみたいになるだろうし、それをプラウダが許す道理もない。ルーツがロシアにしろソ連にしろ、ね

こっちとしちゃ、ちゃんと曲の終わりを見計らってくれたからまだやりやすいけどね

 

西住ちゃんは自分から彼女の前に進み出た

 

「もう直ぐタイムリミットですが、降伏は?」

 

私たちの答えは決まっている

 

「降伏はしません。最後まで戦います」

 

非常にはっきりと言い切ってくれた

戦う。その結果勝つかどうかは私なんかに分かるわけがない

だが理屈は単純だ。私は政治家として公約遂行のため、学生としてこの愛する学園を残すため、戦車道の一員として

 

勝つ

 

 

やることは決まっている。そこの小さな入り口から敵の包囲網に向けて打って出るだけだ。建物をぶっ壊して裏から出るとかも考えたけど、そんなことしたら後が続けるかわからない

 

燃料、残弾数、エンジンの調子、この絶望的な状況に光をさせる作戦。戦う上で必要なことの最終確認を済ませ、その時を前にして戦車に乗り込む

 

「本当に、良かったんですか?」

 

背後からの声

 

「ああ」

 

「任せて」

 

先んじてかーしまと小山が応じる

 

「でも……」

 

「さぁ、行くよ!」

 

一旦返事は保留にした。まだ不安な彼女にただの返事じゃ弱い

かつて捨てた道をもう一度踏ませる人間の心は、ストレートじゃ厳しいのさ

 

「西住ちゃん」

 

「ん?」

 

だから西住ちゃんにかけるべきは発破でも慰めでもない

 

「私らをここまで連れてきてくれて、ありがとね」

 

感謝

 

そしてそこに含む決別

 

ここから先を征くのは戦車道への愛とか履修とかではない。私の志だ

 

学園が残るのはその志の産物に過ぎない

 

意義の逆転?上等だ

 

最初から、あの家で伝えられた時からそうだっただけのことだ

 

 

ここまで来た以上取るべきは、それを為すために最善のこと

 

威圧感だの生徒会の肝煎りだの私の威信だの、そんなものにこだわってる暇はない

 

さっきの疑問にも返事を出そう。傲りだ

 

西住ちゃん

各チームのメンバー

小山とかーしま

今ある大洗の戦車たち

プラウダ

その次の黒森峰か聖グロの存在

大洗女子学園学園都市

 

全てが盤上にある

 

駒を読み、駒を使い、詰ませる

 

詰むのではなく、詰ませる

 

確率は高くない

 

だから、リラックスタイムは終わりだ

 

 

もっとも、此処に至るまでそれが分からなかった私は、やっぱ政治家向いてないんだろうね

 

 



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第34話 奮闘

 

 

 

「小山、行くぞ」

 

「はいっ!」

 

車輌は軋みながらも自分たちを動き出した

 

レンガの門の向こうには暗黒と雪景色。先は見えない

 

「突撃」

 

だからこそ進むしかない

 

 

飛び出してまもなく、向こうの砲撃開始。入り口右に雪の柱が立っていくが、それを避けるように私たちは左へ向かう

 

そう、最初は敵が最も薄いところへ。相手からの圧力は少ない。後で囲める位置に陣取っているから、向こうとしてもわざわざ狙いにくい時に撃ちまくる必要はないさ

 

だがそこから1時半の方向。狙うは敵の一番厚いとこ。そこに攻め込まれることは流石の敵も考えてない

つまり突破すればやりたい放題なわけだが、ここをまずは突破しなければならない

 

ここで一輌落ちるか、それとも生還か

 

分けるな

 

「かーしま、変われ」

 

「はっ」

 

悪いが、目の前のを外すかーしまよりは流石に砲術の腕は磨いてきたつもりだ。こうして列の先頭を申し出たのも、腕の自信というのもそうだ

だが何より、自分の道は自分で開かないとね

 

「37ミリじゃまともにやってもなかなか抜けないよね〜」

 

額を当てた照準器の向こうには、絶え間なく横一線から光が届く

 

相手は76ミリとか。弾の威力はおろか装甲の厚さも段違い。戦争中に技術が進むってやつだね。あと工業力

ならウチらがそれをひっくり返す策は一つ

 

「小山!ちょっと危ないけどギリまで近づいちゃって!」

 

「はい!」

 

近づけば、狙われやすくなる。実際に光だけでなく弾が横切る音も大きくなる

 

「おーこえー。よーし……」

 

進みながら揺れながら、されど高さくらいは調節しとかないとね。時間は僅かだろうし

 

そして見据える先は敵の砲身

 

実際にできるかはなんとも言えん。履帯が取れることはおろか、最悪横転も視野に入れないといけない。が、このボロを動かし続けた小山の腕を信じよう

 

姿は見えてる。砲身も他を狙ってたのがじわりとこちらに先を向ける

 

まだ……まだだ……気付かれたら終わりだ

 

 

止まった

 

「来るぞっ!」

 

車体は大きく左にターンした

 

「はいっ!」

 

返事するより手が早いよ。だがそのおかげで砲弾は右上を掠めていっただけだった

 

胴体ガラ空き。時間もガラ空き。そして狙うは……

 

砲塔と車体の間!

 

 

 

 

白旗を尻目にただ前のみ見て進む

 

「前方敵4輌!」

 

「こちら最後尾。後方からも4台来ています。それ以上かも」

 

「挟まれる前に、隊形を乱さないよう10時の方向に旋回してください」

 

そう。ここからの目的はフラッグ車の捜索とその撃破。かつその間フラッグ車のアヒルさんを守り抜くことだ

だがその間余裕を作るために、ある程度纏まった数の車輌を引き離す必要がある。向こうはあと14輌あるんだ。数で潰されたら意味がないし、その負け方が最もあり得るからそのリスクは減らせるに越したことはない

 

敵のフラッグ車を撃ち抜け、こっちのペラッペラのフラッグ車を守れる車輌を残した上で、だ

引きつける技量と盾になり得ない装甲

 

 

ウチらだ

 

「正面の4輌引き受けたよ〜」

 

ウチらはその撃破を引き換えにしてでも時間と敵の首を得なければならない

 

「上手くいったらあとで合流するね」

 

果たしてどこまで戦えるかね

 

 

 

「T-34、76に85にスターリンか……堅そうでまいっちゃうな」

 

はてさて、ドイツ軍にショックを与えたT34に当たるは、そのショックを与えられたドイツ軍の一世代前

それで4vs1。本来なら数的劣勢かつ質的劣勢。相手が勝ち戦の準備を整えた中に突っ込むようなものである

 

「小山、ねちっこくへばり付いて!かーしま、装填早めにね!」

 

だが諦めるわけにはいかない。その差を埋めるにはさっきと同様、いやそれ以上のことをやらざるを得ない

 

「38tでもゼロ距離ならなんとか……」

 

今度は一輌あたりの狙う数は多い上、さっきみたいな半ば奇襲の形をとってるわけでもない

 

「西住ちゃん、いいから展開して!」

 

ウチらは撃破される。それを知らない西住ちゃんじゃない。だからこうしてギリギリまでついてこようとしてる

それは相手に側面、背後を晒しかねない

 

「わかりました!気をつけて」

 

「そっちもね」

 

後ろの車輌は左に去って行った。あと残されたのはウチらのみ

 

 

なんとか照準器全体に白の車体が広がるまでに至った。そして狙うは足元!

 

まず目の前のやつの履帯!足止めとしてならこれ以上有効なやつはないって練習試合で学んでるからね

 

一時離脱後別車輌の背後から一発。しかしこれは上のカバーに弾かれる。やはり38tのちっこい弾じゃ背後を穿つのも楽じゃない

 

「失敗、もう一回!」

 

だったら機動力と装填時間の短さを活かして何度も、何度でも穿つのみ。それで時間食って援軍遅れるならそれも重畳

向こうは近くに味方がいるが、こっちからしたら目に入るもの全て敵。わかりやすいね

 

履帯の後を長めつつ迂回して、次のは燃料タンク!

 

「もういっちょ!」

 

近くに砲弾!影響なし!

側面ガラ空き!

 

白旗の音を確認して再度離脱。今度はしっかり距離を取る

 

着弾回避。そしたらまた距離を詰める。相手が装填する前に

 

「せーのっ!」

 

履帯、履帯、履帯

撃てる限り撃ち込む

 

そして最後に止まった車輌の裏を取ってドン

 

 

 

撃破2、履帯損傷2

 

少なくともフラッグを巡る勝負がつくまでに戦線復帰は無理だろう

 

「よぅし、こんぐらいでいいだろう。撤収〜」

 

生き残れたのはデカイ。そしたらウチらは合流して壁になるかな

 

「お見事です!」

 

いや〜こうして実際にそのうちの一人としてやってみると、小山もかーしまも上手いんだねぇ。私の狙いを見事に拾ってくれたよ

 

 

と思ったら車輌は一瞬にして宙に浮き、1回転半して止まった

書いたらこれだけなのだが、内部はとんでもないことになった。ひっくり返る途中で上からかーしまと小山が落っこちてくるわ、積んでた砲弾が崩れかけるわ、ね

 

こりゃガチ撃破されたらヤバイわけだわ

あと燃料漏れてるかもね……なんか暑いし

 

 

「いや〜ごめん。2輌しかやっつけられなかった上にやられちゃった……」

 

合流はしときたかったよねぇ……こっち数少ないんだし

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「頼んだぞ、西住!」

 

「お願いね!」

 

それだけじゃなくてさ

 

私たちが始めたんだから、最後まで戦いたいよね

その可能性は捨てられないよ

 

 

そして撃破された車輌は案内が来て引き上げだ。連盟の人が重機で起き上がらせてからエンジンの動作を確認して運搬車に乗せた。その後ろに自分たちも乗る

 

寒空の向こうではオレンジの光が拡散し続けていた。きっと合流したプラウダによる追撃だろうか

 

「やってくれるでしょうか、西住は……」

 

動き出した車の風は、先ほどよりマシになっている。だがそれでもその質問には答えたくなかった

 

 



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第35話 正義

 

 

 

 

最後はかなりギリギリの勝負だったが、双方のフラッグ車のうち辛うじて白旗が上がらなかったのは、ウチらの89式のほうだった

プラウダのフラッグ車は市街地を走り回る最中でIII突が見事に撃ち抜いた

 

「よっしゃ!」

 

「よかった〜」

 

その確定情報が流れて、私の両隣も喜びを露わにした。あの絶望的な状況から、私たちは勝ちをもぎ取ったのだ

 

 

「よくやったぞ」

 

それを成し遂げてくれたのは、間違いなく西住ちゃんの力。あの場をまとめ、士気を高めた彼女のだ

だが出てきたのはありがとう、じゃない。それは小山に投げた。まさに上官としての言葉だった。シビリアンコントロール的な意味での、ね

ここでの勝ちがまずは絶対必須。その称賛に留めておこう

 

その後カチューシャがまた背負われてやってきたが、敗者の戯言はともかく西住ちゃんと地面に立って握手したからまぁいいか

 

 

 

「次はいよいよ決勝戦だ。相手は黒森峰女学園」

 

「全校の期待が掛かってるから、頑張ってよ〜」

 

「本日は全員、戦車の整備に当たれ!」

 

あのクッソ寒い大地から南下して暫く、私たちは練習に臨み、最後の試合に向けて着々と準備を進めていた。寄附金で新しい資材の購入を確定させたりね

 

そして何よりあの場で戦車道始めた理由を語ってしまった以上、もう隠し立ては効かないし戦車道と生徒会の距離も近くなってしまうのもやむなし、か。フォーラムとクラブとの契約の都合上あまりやりたくなかったけど

戦車道の必要以上の延命。これがなされてしまう道が広がってしまう。予算的に余裕がないウチであまりやり続けたいものではないのだが……

 

私たちが帰るのに先んじて財務の飯尾ちゃんが生徒会を代表して声明を発表した。とはいえ本当に簡単なこと

『今年度の戦車道大会に優勝できなければ廃校』

それだけだ

 

本格的な発表はそれを決定した私の口からなされるべきだし、戦車道開始に合意したフォーラムの白石ちゃんと合同でやることにした

メディアも甲板の上で活動しているのは全部呼んだから、これで私の強権色が薄れればいいんだけど

クラブの鴨崎ちゃんも誘ったんだけど、全員賛成でないことを理由に拒否られたのは響くかね

 

 

「現在選択必修科目戦車道が参加しております本年度の全国高校生戦車道全国大会。その優勝のみが我が校の廃校準備校指定解除、すなわち廃校を回避し得る現状認められる唯一の手段である。この2点は紛れもない事実でございます」

 

「その点を理解し、大洗フォーラムとしても廃校回避の指針を支持する以上、戦車道再興に協力した次第です」

 

それでもその会見の始まりは単純なことから始めた。というかこれがほぼ全てだしね

 

「その廃校回避の取り決めはどことのものでしょうか?」

 

「文部科学省学園艦教育局です」

 

「取り決めた相手は?」

 

「諸事情により答えを差し控えます」

 

取り決めの関係上名前は伏せる

 

「戦車道立ち上げは廃校回避のみをその存立の理由としていたということでしょうか」

 

「我が校に求められていたのは廃校決定を覆し、存続に値するだけの実績です。それを廃校が実施される今年度末までにもたらさなければならなかった

生徒会として単一の部活への注力による部活動間の不公平は避けるべきである以上、選択必修科目として授業に組み込め得る戦車道を選択した次第でございます

また戦車道はかつて我が校で実施されており、その強さは黒森峰女学園などと名を連ねるほどでございました。そのためそれの再興は学園の伝統と威信を回復する上でその象徴となり得る、そう判断したことも偽りではございません」

 

「しかし戦車道が我が校で廃止となったのは20年ほど前です。その再興は我が学園に相当の負担となったのでは?」

 

「昨今更新しております補正予算などもご確認いただきたいのですが、現状運用している戦車は全て学園艦内にそもそも保存されていたものであり、新規購入は一切ございません。必要であれば戦車の保存場所に関する記録も公開可能です

燃料、弾薬、その他備品も市民議会を通過した予算内で進めております」

 

「フォーラムとしても当学園の予算は限られる以上、その利用に関しては精査はもちろん必要だと考えております

しかしOGによる寄附金制度の利用も戦車道の大会開始以降前月比20%増を継続的に達成しております

その要因が戦車道の全国大会での戦勝にあると見て、さらに廃校回避になるのであらば重点的に寄付金を投入するべきです」

 

白石ちゃんもナイスフォロー。質問も対応を考えていたものばかりだった。だがここで重要な質問が飛んできたのだ

 

「現在準決勝を通過しているわけですが、先ほどお話しされたことが条件の場合、決勝戦で敗れた際は廃校は免れない、ということでしょうか」

 

そう。ここの返答は私のこの先を大きく左右し得る

実際のところは廃校を認めざるを得ない。それ以上抵抗するための手段があるならもうすでにやってる。だがそれをおおっぴらに認めるのは公約の放棄。やるわけにはいかない

が……かといって代案も特にない以上なぁ……

 

「決勝戦出場により全国区に放送されるのは状況を知らしめることは能うでしょう。それだけでも廃校回避の一助にはなるでしょう。決勝戦で敗れた場合は……根本的な部分で戦車道での廃校回避は諦めざるを得ないかと」

 

流石に記者陣にも動揺が見える。明確な不安を作り出せた

 

「しかし」

 

あとはそこに私が求める楔を打ち込む

 

「仮に敗れたとしても、私はこの学園を残すことを公約に生徒会長となりました。戦車道での道は潰えたとしても、それは生き残るためのたった一つの手法でしかありません。この学園が残り得る最後の一分一秒まで奮闘する所存です

そして何より、その道は本当にあと一歩のところにあるのです。大会の抽選に向かった際は我々以外誰一人予想しなかったであろうことが、あの前回覇者のプラウダへの勝利が、既になされているのですから」

 

誰もが知る奥州の学園都市の王者プラウダ。それへの勝利は大きい。仮に黒森峰に負けたとしても無名かつ車輌、環境いずれも劣る環境でそこまで勝ち上がった、その歴史は別の手法でも学園を残すための礎となる

 

「その一歩、決勝戦で黒森峰に勝つ。あのかつて9連覇を成し遂げた絶対覇者を相手にです。西住まほさんが率いる最強軍団にです。多くの人がそれを不可能というでしょう

ですが敢えて言いましょう。私たちは勝つと」

 

ここからは私をも鼓舞しなければならない。そんなの断言できるはずもないのだから

 

「私たちがここまで来たのは、あのサンダースとプラウダに勝ってまで来れたのはなぜでしょうか

私も履修生の一人として他の履修生の頑張りは目の当たりにしております。それが一因であるのは間違いないでしょう

もちろん資金面での融通をつけてくれた議会や実行に支障を無くしてくれた生徒会の幹部、また彼らを選び支えてくださる都市住民の恩恵も忘れることはできません

しかし敢えて言いましょう。その一番の理由は何よりも、私たちが勝って手に入れる廃校回避、その大義が正義であるからに他なりません」

 

正義。なんとも曖昧で、裏のある言葉だ。されど人にある子供心を少し揺さぶるものでもある

 

「私も今大会をはじめとした試合に参加してきました。その中であれほどの戦力差がありながらも勝ててこれたのは、もはや運、何か大いなるものに導かれたのではないか。そう思わされる機会もありました

この度国が定めた廃校準備校指定、しかもこちらに話もせずに。これを指し示す日本語として横暴以上に適切な言葉を、私は紡ぐことができません」

 

それも来年度頭には執行すると言うのだからなおさらね

 

「私たちの目の前に不可能はありません。不可能を可能に変えてきたのですから、そこに間違いはないのです

次の試合で、私たちは正義をなそうと思います。私たちよりも何倍の人口、その倍率の遥か上をゆく生産力、そしてすでに私たちの首根っこを掴んでいるという事実

その全てを持つ国に抗う道が、彼らの傲慢さをひっくり返せる機会が、今ここに広がっているのですから」

 

一番正面にいる学生新聞の記者が口角を上げて私を見守り、必死にペンを走らせている。興奮を抑え切れてない

これでいい。負けてもこの場のメディアが私の話を広げてくれれば、この学園は真に一つに纏ることができる

 

記者会見はそれくらいで終わった。あとは彼らが変な切り取りをしないことを微かに期待するのみか

だとしても事実と照らし合わせればそこまで頓珍漢なことは書けないだろうけど

 

 



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第36話 最悪のプラン

 

……といった不安は杞憂といった感じで私は今日発行された学生新聞に目を通している。一応学園課の時代からこれには目を通しているが、今回はちょっくら記念に保存してもいい気がする

 

『「廃校回避は正義」 角谷会長熱弁を振るう』

 

まぁハズレではないだろうし、こっちの意図はちゃんと伝わるはずだ

あとはNHK水戸放送局もある程度取り上げてくれた。ネットでもかなり情報が出回り始めている。世論も動かせれば幸いだが、さすがにウチの存在感じゃキツいかね

ま、これで戦車道優勝すれば知名度はますます上がるか。いや、決勝出るだけでもイケるかね

……これで追加予算せびれるかな

 

だけどいい話ばかりでもないね。戦車道で無理なら廃校回避についてはスパッと諦めるべき、そういう論調も一定数ある。退艦になるなら準備があるからできるだけ早期に決めてくれってわけだ

これは無所属である程度いて、あとフォーラム内でも一定の力を持ってるみたい。特に市民議員で選ばれたフォーラム議員に多い。元町内会系だね、やっぱり

 

これが強まると仮に敗れた際に取るつもりの最終手段に大きな懸念が生じてしまうんだよね……ま、これについて考えなくて済む方法はただ一つ。決勝に勝つことだ

 

「会長、西住が来ました」

 

そのための準備を進めよう

 

「お、そうかい。んじゃ、話を始めようか」

 

 

「決勝戦は20輌までいいそうですから、おそらく相手戦車はティーガー、パンター、ヤークトパンター……

これではあまりにも戦力の差が……」

 

紙の上には7個と20個の五角形。その20個の方を西住ちゃんがいくつかに区分していく

 

そう、決勝戦は20輌出せる。しかも黒森峰はその20輌をアハトアハト、なんならそれ以上を持った最精鋭で埋められる戦力を有する

こりゃキツいわな

 

 

黒森峰女学園。サンダース大学と肩を並べる九州の学園都市の女帝だ

西住ちゃんがいたところでもあり、西住流と完全に提携することでかつて9連覇するほどの質を保っている。そもそも戦車道の祖先のなんだっけ……馬上薙刀道みたいな競技を発展させるために作った学校だ。ルーツからして新参は叶わない

ちなみにこれほどの学園の規模を有しながら経済政策などは特段見るものがない。富裕なOGを組織化し、企業家相手には都市内での営業独占権を提供して株や支援金を得て、収入の足しにしている。メインは高めの学費だけど

 

あと特徴といえば、母が黒森峰卒業生や学園都市民なら娘は学費を優遇するなど血縁、縁故主義で入学希望者、都市在住者を結構確保していることくらいかな

歴史があり、伝統があり、そして生徒の実績も伴う。指導方針も一貫して行えるし、学費も高めだから生徒の質もある程度絞り込める。黒森峰じゃないとできない手法だ

 

だからか政治的にもかなり安定している。学園長の権限が強い政府だが、反政府的な動きは聞いたことがない。閉鎖的というのもあるが、そもそも学生、卒業生が都市民のかなりを占めているのだから、当然っちゃ当然だ

逆にデメリットも聞くけどね。コンビニとか警備員とかいわゆる『時給で働く人』の確保が難しいらいしね。黒森峰に通えるほどだからみんな親からの仕送りで生活できるし、なんなら親と都市に住んでるからバイトする必要がないわけだ。もうそういう人は外部から住宅付きで住まわせてるらしい

ちなみに船舶科は学園都市一大変だって有名だね。学費分が高いから埋め合わせのために労働時間下手したらうちより長い上、規律主義だから上下関係厳しいんだってさ

 

 

というわけでそんなガチガチの強豪、しかも世代最強とされる西住ちゃんのお姉さん率いる黒森峰相手には今の車輌じゃ荷が重い

 

「どこかで戦車叩き売りしてませんかね……」

 

「いろんなクラブが資金出してくれたけど、戦車は無理かねぇ」

 

あの後生徒会への独自の寄付金も増加した。各部活にしても学園が潰されちゃ話にならない。これまで予算にがめつかったのが嘘のようにこっちに回してきている

が、戦車は高い。当たり前だが億単位するのが当然ある。学費何人分だよこんなの

安いのもあるっちゃあるんだけど、そうなるとアンツィオの持ってるCV33とかドイツのII号戦車とかになる。機銃じゃいくらなんでも黒森峰相手には的以上になり得ないわ

新規戦車はその維持費の関係で買うことを議会からの許可を得づらいのも事実だが、単に金がないというのもまた然りなわけ

 

「その分は今ある戦車の補強、または改造にまわしますか」

 

「そうですね……」

 

改造くらいなら予算つくしいいかな

 

「そういえば、この間見つかった88ミリはまだか?」

 

「自動車部の方々が組み立ててくださってるはずですけど……」

 

「あれさえあれば、この戦況を打破できるはずだ!」

 

そう、ポルシェティーガーとかいったっけ?ウチで一番強い火力が手に入るのもそうだけど、自動車部が選手として正式参入というのもプラスかな。試合中に簡単な修理がパパッとできたら強いしね

それと……あそこ部員確保に苦労してるから、このまま部員入らずに潰れたら戦車道も立ち行かなくなりそうだし……

常にいたものが使えなくなる。そうなった時果たして埋め合わせできる予算を戦車道メンバーで手に入れられるかな?

 

そんな先のことは置いておくにしても、現在だけでも大いにプラスだ……レストア終えたはずの彼らの乗る戦車が走っていてエンジンから火を噴くやつでなけりゃね

自動車部曰くハイブリッド戦車なんだけど技術足りなくて脆いんだって。あと足回りも普通に脆いらしい。こんな奴数寄者の集いの自動車部以外が乗れるわけないんだよなぁ……

 

 

数も増やすためキャンペーンを張りつつ、改造費用を寄附金で賄うことにした。強化するべきは火力と防御力。だがこれにも選択と集中が必要だ。この大会がフラッグ戦である以上、フラッグ車への投資が必要

ではフラッグ車をどれにするか。今までこなしてきた89式と38tは問題がある。それは上記の二つがどちらもないことだ。おまけに38tは足回りが弱いために自滅しかねないという弱点がある

同様な理由で最大火力、最大装甲のポルシェティーガーもなし。エンジン爆発して自滅されたらたまったもんじゃない。あとは技量的にB1bisも除外

あとIII突は側面から狙われると対処できないので除外。となるとM3LeeとIV号で考えたらまぁIV号、あんこうチームになるわけ。実際西住ちゃんに抜けられたら勝ち目ないし

今まで西住ちゃんに注目させすぎないようにフラッグ車から外してきたけど、この試合ばかりはそうもいかないだろうからね

 

 

黒森峰は断じて西住流を外されたものに負けるわけにはいかない

かの者に黒森峰への敗者の汚名を着せよ

 

あのお姉ちゃんがどうかはともかく、学園側はこう思うだろうな。何せ去年彼らが負けたプラウダのカチューシャ相手にウチらは勝っているのだ。しかも向こうが辞めさせた西住ちゃんを軸にして

 

すっげぇ下衆に言うなら

 

「去年負けた相手にその年戦力外した選手使って勝たれてどんな気持ち?ねぇどんな気持ち?」

 

状態な訳。ウチらがそう思ってなくても向こうにはそう見えるだろう

黒森峰も西住ちゃんの手綱を離したいわけじゃないし、こうして廃校絡みも発表しちゃった以上負けたら戦車道指導の優位性とかを主張して引き戻すなんてこともやりかねない……いや……もしかしたら……

 

とにかく試合になったら黒森峰は西住ちゃんを狙ってくるだろうし、それを守りきれないとウチは負ける。ということでIV号の補強は決定だね

 

「とりあえず即金でヘッツァー改造キット買ったから、これを38tに取り付けよう!」

 

あと改造できるのは予算的に1輌。もうちょいできたけど戦車見つけた時の対策費に消えちゃった。また艦内だったりしたら、今度こそ業者が要る

となると問題が火力のなさなら、真っ先に挙げられるのは38tと89式だ。どちらも火力、装甲で大きく劣る

んで磯辺ちゃんに相談したら、その枠を私たちに譲ってくれた。確認したけど自分たちはこのままのはちきゅんが好きだから良いとのこと。確かに改造するならマーケットで改造キット売ってたチハとかになるだろうけど、そうなったら外見変わるしね

 

「結構無理やりよね……」

 

ヘッツァー改造キット。これによる一番の弊害は回転砲塔を捨てるため側面攻撃に弱くなることだ形は違えどIII突に近い役となる

だがそれでも75ミリ砲と38tとは段違いの装甲は黒森峰と対峙する上で魅力だ。プラウダ戦の時みたいに無理やり近づいて、それでも穿てるかわからないのに比べればね

 

「あとはIV号にシュルツェンを取り付けますか」

 

「いいねぇ〜」

 

 

良いことは続けて来るもので、なんと新規車輌が新たな仲間を捕まえてやってきた

西住ちゃんによると、クラスメイトの一人が駐車場で戦車を見つけて、さらに仲間まで集めてきて入れて欲しいと言ってきたとのこと

NOをいう理由も余裕もないね

 

見つけてきたのは日本の三式中戦車。今から練習したんじゃ黒森峰戦じゃそこまで練度は期待できないけど、75ミリ砲という対黒森峰でそこそこ張り合える火力も増えた。費用面も購入じゃないから扱いやすい

頭数としてなら期待できるかな?

 

 

こうして勝つための策は練ってるし、結果もある程度伴ってきていた。だが勝つのはかなり厳しいと言わざるを得ないのが現状。そしてなにより、それより確率のある廃校回避の手段がないというのが痛い

 

最後の手段は、使わないにせよ準備する他ないわけだ

 

「……園ちゃん。進んでる?」

 

「進めてはいるわよ。言われた通りね。基盤があるから始めること自体はそこまで苦労しないわ」

 

「……そうかい」

 

彼女を呼び出したのは夜遅め。もう既に私以外かなりの数の生徒会の者たちが帰っていた

 

「でも、その予定通りじゃ無いと無理よ。今の様子、そして夏と冬は人員が減ることも考えれば、期待できるのは早くて来年頭ね」

 

「3月に使えればいいさ。いくらなんでも卒業式はさせてくれるだろうしね」

 

「しかしよくこんなこと考えたわね……風紀委員で学園艦防衛なんて」

 

「戦車道以外にはそれくらいしか抵抗手段が無いってだけさ」

 

少なくともあと半年じゃあね。他校とも繋がりはできているが、それで廃校を止められるわけじゃない

 

「それにしてもムチャクチャよ。卒業生も来年度気にせず学園艦にとり残すんだもの」

 

「そう、ムチャクチャさ。だから可能性は低いって考えてるのさ。既に戦車道に失敗したら廃校に動くべきって奴らもいるし」

 

「そいつらとも最悪張り合えと?」

 

「風紀委員が出張れば大丈夫でしょ。『皆様に愛される、皆様の風紀委員』なんだから」

 

「茶化している場合じゃないのよ」

 

「……正直反発があったらそれを抑え込んでもらう可能性はある。けど……それを命じるのは間違いなく私だ。そど子たちじゃない」

 

私で背負う。それしかない。やると決めるのは私だ

 

「卒業式の時でしょ?貴女はどうしてるのよ?その時生徒会長じゃ無いんじゃないの?」

 

「廃校になるなら……来年度の選挙する意味ないからね。議会で特例として任期伸ばしておいてもらうさ。そして……」

 

「その特例が切れる前に蜂起して、選挙で後任決めてしまおうってわけね」

 

「そんな感じ。そっちもよくやってくれるなんて言ってくれたよ」

 

「学園があっての風紀委員ってだけよ。なにより現状で廃校後の移転先も決まってないとか冗談じゃないわ」

 

「だね」

 

そど子は夜間に訓練をやらせるためにその場を去っていった。とはいえ正式な武装はさせられないから本当に棒一本だけとかの使い方だが

 

その日が来るなら、戦車道も協力して廃校処理に来る役人どもを追い払って出航。洋上で追撃を回避する

そんなプランだけど、果たしてどこまで役立つかな

 

 

 

 



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第37話 聖地

 

 

 

 

「さぁ、次は決勝戦だよ〜。狙うは優勝だからね〜!」

 

「大それた目標なのはわかっている。だが、我々にはもう後がない。もし負けたら……」

 

戦車も運び出され始めた倉庫の前に並ぶ。もはや何度も繰り返された言葉だが、今ではこれだけで士気を高められるんだからやりやすくなったものだ

 

「んじゃ、西住ちゃんも何か一言」

 

「えっ?」

 

これもかなりリスキーだ。西住ちゃんに明確に隊長の仕事をさせ続けることは。だが西住ちゃんを使うのは、対黒森峰の意識を高める上では使えてしまう

 

「明日戦う黒森峰女学園は……私のいた学校です。でも今はこの大洗女子学園が私の大切な母校で、だから……あの……私も一生懸命落ち着いて、冷静に頑張りますので、皆さん頑張りましょう!」

 

いうほど締まらないけど、それでも返事は大きく纏まってたから良し

 

 

そしてその日の練習は少し早めに切り上げさせた。明日試合で朝も早いし。冷泉ちゃん起きてこれるかな?

私たちも午後の仕事は下に任せ、練習後は珍しく即帰宅が可能だった

 

「あとは試合開始を待つだけか」

 

「泣いても笑っても、明日で最後ね」

 

「ちょっと景気づけに寄ってくか」

 

 

「ガンガン食べてよ!これもだね!カツカツ食べて明日はガンカツて!」

 

「ありがとうございます」

 

出てきたのは二段重ねのカツ。間にはアスパラが砲身のように突き出ている。なんでも戦車道復活に併せて開発した新商品なんだとさ

 

「頑張るよ〜」

 

「勝つといいねぇ〜」

 

ここの気前のいいおっちゃんが経営しているのは、ちょっと街の中心からは離れたところのトンカツ屋だ。チキンカツとか他にもいろいろある

正直学生にとっては財布を一回確認したい値段だが、ここも町内会系の一角。市民への近さをアピールしておこうとするのは間違いじゃないだろう。それに……

 

「カツカツ言えばいいってもんじゃない!」

 

「かわしま、そうカツカツすんなって」

 

「会長まで!」

 

カツだけに勝つ。なんとも雑な願掛けだが、それでもソーセージには負けるまい。胃もたれへの懸念を除けば

 

 

 

運命の日が来た

朝早くに私とかーしま、小山とで辿り着いたのは戦車道の聖地と謳われる東富士演習場だ

皆も後からバスで合流させ、鉄道で輸送済みの車両準備を整えさせる

 

視界に広がるのは一面の緑。ここにはテレビ中継含めメディア系がこの大会で一番揃う場所。ここに出れるだけでも儲けものだが、そこでさらに結果が必要だ。勝てなければ、ウチに一から仕切り直せる余裕はない

 

準備を整えてる最中、聖グロのダージリンとサンダースのケイ、あとプラウダのカチューシャが応援に来たらしい。そして西住ちゃん相手に好き勝手やったあげく帰っていったとのこと

私には来なかったけど、向こうが隊長だし他チームも西住ちゃんこそを好敵手と捉えてるってことでしょ

あとは政治てきな意味合いを薄めたかったのかね。特にサンダースは黒森峰と距離的に近いし

 

 

さて、試合前。こちらから挨拶に出たのはかーしまと西住ちゃん。相対するは西住まほと銀髪。その銀髪はやけにニヤついてたね

何を話していたかは知らないが、西住ちゃんが戻ってくる最中で黒森峰の服を着た子に呼び止められて何か話してた

 

だがこれらは細事。過去には用はない

 

「相手はおそらく火力にものを言わせて一気に攻めてきます。その前に有利な地点を確保して長期戦に持ち込みましょう」

 

もう口ごたえする者はいない。正面から来るのに対し、正面から応じる必要はない

 

「相手の試合開始地点までは離れていますので、すぐには遭遇することは無いと思います。試合開始とともに速やかに207地点に移動してください」

 

こちらの主な作戦計画はなんとか秘匿しながら進めていたが、黒森峰も負けじと手は打っている可能性がある。この作戦も流出しているかもね

とはいえ実際すぐには来れないだろうし、西住ちゃんの指定した場所が取れれば大きいのは私でもわかった

 

「では各チーム、乗り込んでください!」

 

「はい!」

 

 

私たちも黒から茶へと外装を大きく変えたヘッツァーに向き合う

 

「さぁ、やるしかないねぇ」

 

「そう……ですね」

 

なんとか砲身のクセは掴んできた。距離次第かもだがある程度はいけるはず。かーしまも新しい弾の持ち運びにある程度なれたし、小山もバランスの変化があったのによく調整してくれた

前のような機動戦も、砲塔がないという問題除けば不可能じゃない

 

 

かーしまの背中経由で乗り込んでしばらく、打ち上がった白い煙が、私たちが向かうべき最後の試合の始まりを告げた

 

「パンツァーフォー!」

 

 

向こうの陣容は見た限りティーガー、パンターといったちょっとでも戦車をかじれば知らざるを得ないものばかり。128ミリ砲とか載っけてたりするんだって。頭がおかしい

 

 

だが何より驚かされたのが、その重そうな奴らが開始早々森の中からこちらに速攻を仕掛けてきたことだった

 

こちらのパンツァーカイルの横っ腹。小山が思わず「もう?」と喋ったほどの奇襲だった

 

「森をショートカットしてきたのか?」

 

そう、本来は悪手である

森は平地より足場が悪い。すなわち履帯破損のリスクも大きいうえ、戦車の前身の騎兵は森が苦手、つまり機動力にも制限がかかる

脱落かつ機動力の低下。本来戦車道の戦場として選ぶ場所ではない

よって黒森峰は平地へと迂回するので時間がかかる。それがこちらの読みだったし、その猶予を使って207地点を確保する予定だった

 

それを向こうが避けたのはその脱落を誤差と捉えられるほどの戦力の優位があるのと防衛戦に移行される弊害からなんだろうけど

 

こちらは西住ちゃんより回避しつつ森へ突入せよとのこと。その最中三式が敵の攻撃で脱落。向こうの損害はなし

初心者とはいえこちらが75ミリ砲を失ったのが悪く響かないといいのだけど……

 

 



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第38話 孤軍

 

 

 

 

こちらはまず一旦その場を離脱。予定通り207地点に急ぐ

 

「全車、もくもく作戦です!」

 

だが私たちは、この「全車」には含まれない。煙の効果は味方を隠すだけでない。それに視界の一部を覆わせることで、どうしてもそちらに注意が向くようにしてあるのだ

風に揺れわずかに動きながらそこにある塊、どうしても意識が引っ張られる

 

灰色の煙が味方車輌を覆っていく。そして黒森峰も砲撃をやめ、その後を追っていく。この煙じゃ弾はそうそう狙えないだろうから、その判断は正解だ

何より足の遅いポルシェティーガーがいるし、こちらは最大火力のそれを置いていくわけにもいかない。行軍速度はそれに合わせざるを得ない

……他の車輌で引っ張り上げでもしない限りね

 

 

そしてなんだっけ……「パラリラ作戦」とかで全体に再度煙幕。横っ腹とかを見せやすい配置の間の砲撃を防ぐ

 

「……見事に作戦通りですね、会長」

 

「そりゃー、誰よりも黒森峰を知っている西住ちゃんが立てた策だしね」

 

西住流は王道をゆく戦いを好む。この数的、火力の優位の中では数と火力で押し切るというセオリー通りの動きをしてくれるってわけだからね

 

「そして元々速攻を狙っていた黒森峰からしたら、こちらには警戒が薄れる……」

 

「だけどその優位も逃亡した陣容を把握される時まで……」

 

ウチらがあの煙幕の中にいない。そうバレたら分散するメリットは少ない。フラッグ車があの中にいるから全くないわけじゃないけどね

 

そして目の前には、ノコノコとブラックを追いかける奴らが二人。思わず笑みが溢れる。回転砲塔を失ったからにはこういう戦い方が活きる

 

まず1輌の履帯と車輪。火力が増えたからこの距離でも有効だ

そして砲塔を右にずらしてもう1輌

 

「会長!2輌履帯破壊です!」

 

「かわしま、当たったぞ〜」

 

「知ってます!」

 

流石に75ミリ砲でも撃破は容易いものではない。だったら履帯を破壊して足止めを喰らわせた方が西住ちゃんの準備時間を延ばせる。特に黒森峰の車輌の履帯は私たちのよりはるかに重い。いくら黒森峰の精鋭とはいえ直すのだって時間と手間がかかるだろう。それで気力と体力を削る

だが流石の黒森峰、履帯を破壊されても砲塔はこちらを狙ってくる

 

「2輌が限界か。撃破したいねぇ」

 

流石に狙われたら敵わないし、あまり障害と思わせない方が行動に幅が出る。結果的に西住ちゃんの姉上を撃破しなけりゃ意味がないのだ。自らの功績より勝利だ

 

また森の奥へ。深追いはしてこないようだ。向こうもフラッグの撃破優先だろう

 

 

そして忘れさせるんだ。西住ちゃんに、山の上の味方に全力を注ぎ込ませるんだ

 

 

 

207地点は戦車からしたら急な斜面を持つ小さめの山だ。その斜面の中腹やや上くらいに陣取る。背後への迂回を防ぐことで、こちらの車線に入る正面に注力させるわけだ。上からなら戦車の弱点の上部装甲も狙えるしね

 

だが相手も馬鹿じゃないし、いくら斜面があったところで貫徹力は向こうが遥かに上だ。このままでは多少戦力を削れるかもしれないが、距離を詰められたらこちらはジリ貧になる

そして押し込んでその最中でIV号を葬る。それが向こうが描いている速攻の勝ち筋だろう。向こうの姉ちゃん乗ってるのティーガーだからこっちじゃ山の上からでも正面撃ち抜けないしね

 

「凄い砲撃です……」

 

「真綿でじわじわと首を絞められるようだな……」

 

「こっちがあそこを要塞にすると見越していたようだね。まぁ当然か」

 

そう。それを続けられると負けるのだ、こちらは。だとすればここから撤退するしかない

 

「西住ちゃん、例のアレやる?」

 

「はい。おちょくり作戦、始めます!」

 

だが撤退のためには敵中突破が必要になる

 

「準備いい?」

 

「はい」

 

「おちょくり開始ッ!」

 

見せてくれよう。天下無双の嫌らしさを

 

 

まず1輌。遅れてノロノロ追いかけているヤークトパンター。これの履帯を後ろに回り込んで再度破壊。というか平原に一人だけどは警戒心なさすぎでしょ

こちらの位置がバレるという弊害こそあるが火力あるから合流されると厄介だし、何よりこれも砲塔がないから射線から外れれば追撃されない。こうした方が楽ってものよ

なんか残してった後ろが騒がしいが、反応したところで利点なし。やるべきことは一つ

 

「突撃ぃ!」

 

 

「こんな凄い戦車ばかりのところに突っ込むなんて……生きた心地がしない」

 

「本当に無謀な作戦だな」

 

色合い的に近いから合流するふりをして黒森峰の戦車に紛れ込む。そして近くからできたら攻撃。確かにあの黒森峰の車輌に突っ込むとは正気の沙汰ではない

 

「前に進んだ方が安全なんだってよ」

 

だが今向こうは西住の姉ちゃんの統率された射撃の下にあり、正面を鎮めることにご執心だ。統率が取れているのは強みでもあるが、タイミングを合わせることに神経を割いているとも言える

だからウチらは容易に黒森峰の戦車の間に割り込むことができた

 

だが流石は天下の黒森峰。紛れるまではいかず速攻で気付かれた。撃破までは厳しそうか

そうなればあとは車輌の隙間を縫い駆け回るしかない。止まったらこの距離なら確実に白旗が上がる。動いていれば相手は同士討ちを警戒して打てない

だが敵がいるとなれば回避行動はするし、せめての援護を狙って横を向く車輌も出る。側面なら高所に陣取った味方にとっちゃ大きな隙だ

 

隊列の乱れ、砲撃不可、そして撃破される現状。味方にじりじりと押し寄せていた重厚な壁は脆くも崩れ落ちていた。それらは全て西住ちゃんがいたから、元々の自分たちの弱点を誰よりも知っていたから為せる技

あとはその中で1番薄くなったところを駆け抜ければ脱出成功、というわけだね

 

ウチらは合流せず、再度敷地内にある森林地帯に逃れる。森に隠れればゆっくり走れるから、履帯がやられやすいウチらでも戦えるしね

そして西住ちゃんたちを追撃する向こうの本隊はなかなかキツいだろう。火力を上げてきたのはいいものの、ドイツ戦車はウチとかレオポンを見て取れるように足回りが弱い。走り回るだけであの巨体故の負担がのしかかるのだ。勝手に離脱するものも出るだろう

だからこちらは、好きに戦場を選べる

 

のんびりとこちらも裏を取るべく動いているが、次は奇襲3度目だ。さらに敵本隊相手になる。そう易々とはいくまい。ということで再び敵が注意を味方に向ける時を狙うことにした。なんでも通信によると川を渡る途中で行軍が停滞してるとのこと

だったら狙うのは敵がそれを狙う時だね

 

こちらがまだ川の中にいる最中に離脱したものをまとめつつ本隊到着。さっき207地点に向かっていたのはほぼ全ているようだ

隊列を組み、前進開始した時を狙う

 

「よーし……」

 

だが上手くいかないもので、こっちが狙いを定めたときにはもう黒森峰の車輌の砲がこちらに照準を定めていた

 

「ありっ」

 

幸い撃破は免れたが、もう向こうも警戒済みというわけだ

 

「流石に3度目はないかぁ」

 

奇襲できないし、話によると市街地に向かう道の途中に古い橋があるんだとさ。レオポン乗ったらヤバそうだからこれを渡る前に合流って言ってたし、私たちも橋へと迂回しながら向かうことにした

 

 

森を迂回しつつ、黒森峰の重戦車が上流を抑えてくれる時に下流を渡河。ティーガーとかもバリバリ川渡っていくのが遠巻きから確認できる

向こうを水流の盾にするわけだ。こっちも改装キットつけて多少は重くなってるけど、重戦車ほどじゃないからねぇ

 

「あんなんでも川越えられるんだねぇ〜」

 

「むしろあの大きさで渡れる橋が少ないからってことらしいですよ」

 

それでも数がいる向こうに比べれば、こちらはサクサク渡って森を進み、なんとか橋の手前で合流することができた

 

 

「橋を渡ります」

 

「これ落ちないかね」

 

「私たち最後尾でいいですよ」

 

そう名乗りを上げたのがレオポンだった。それより前の段階で橋が傷む可能性はあるのだが

 

「この橋、黒森峰も使うかもしれないんでしょ?」

 

「ええ、ティーガーIIとかは避けるでしょうが、ラングやパンターとかなら使ってもおかしくないかと。では、レオポンさんお願いします!」

 

西住ちゃんを先頭に橋を渡り、私たちも間に挟まって橋まで渡りきった。最後のレオポンは他全てが渡りきっても橋の向こうにいる

 

と思ったら速度を上げて車輌前方を橋に叩きつけて駆け抜けてきた。あまり頑丈でなかった石橋は見事に真ん中に風穴を作ってしまった

レオポンがとんでもない速さで私たちを追い抜く中、その崩れる音を耳にしつつ少し呆然とならざるを得なかった

 

あの地点を脱出する時の盾といい、この走りっぷりといい、予算割いてでも自動車部を取り込んだのは今のところ正解だね

 

 



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第39話 鼠

 

 

 

さて西住ちゃんの目論見通り市街地に流れ着いた私たちが初めに発見したのは、III号戦車だった。ティーガーとかパンターとかヤークトなんたらとか見続けていたせいかえらく小さく見えた。ウチらの中にはこれより小さいの結構いるんだけどさ

そしてこれを総出で仕留めにかかることになった。逃して主力に合流されたら面倒だし、こっちは数的不利である以上削れるうちに削りたい、その判断は間違っていない、はずだった

 

 

ただカモさんが仕留めようとした時に現れたのは、さっき挙げた面々をまとめてくっつけたくらいにどでかい車体だった。一瞬戦車とは思えなかったほどの

 

「壁?」

 

カモさんがそう勘違いするのを誰も否定できなかった

 

超重戦車マウス

 

足回りが安定する市街地に投入された、とんでもない火力ととんでもない装甲を備えた黒森峰の戦略を象徴するようなそれは、まさに無敵の要塞であった

 

「退却してください!」

 

そう、あの西住ちゃんの声からも露骨に焦りが見える

 

と思うのとどちらが早かったか。爆音とともに車体が右に吹っ飛ばされた

 

「やーらーれーたー」

 

こんなの正面に立たれて打ち勝てるわけがない。いくらなんでも……

 

「やられてません!」

 

「近くに着弾しただけです!」

 

……白旗の音がない。まだ生きている。右に左にまだ避けられる

 

だが、真っ先にIII号を追っていたカモさんには、もう退ける場所がない。両側はアパートのベランダと玄関で覆われている

 

二発の軽い金属音。それが弾かれた音とわかった時には、もうB1bisは縦になって宙に浮いていた

 

 

その後は指示通り撤退戦だ。こちらも打ち返しているが、向こうが正面を向いている、かつ側面、背後を取れないこの状況では、ポルシェティーガーの88ミリすら豆鉄砲だ

 

二発の砲撃のうち、片方は幸いなんとかなった。ポルシェティーガーの足元というのは不安だが。だがもう一発によって三突が履帯を吹っ飛ばされ、右側面を地面に立てて直立した事実よりはマシだ

こちらの二番手。あんこうをあまりガッツリ前線に出したくなかった以上、この損失は計り知れない。残り5輌

 

相手は……最低15輌はいるはずだよな……しかもティーガーとかで

 

 

その後は逃げながら何度か一斉砲撃で沈黙させることを狙った。正面に比べれば側面なら……とは思っても、どこも抜けない

足は遅い。だから逃げた後なら必ず先手が取れる。このアパート群の裏に隠れ、出てきたところを囲んで殴る。それはできる

だが……どこも抜けない。足を止めることすらできない

 

だがこのままマウス相手に戦力をすり潰すはおろか、時間をかけていたら主力が来る。橋を潰して時間を稼いだとはいえ、来るもんは来るのだ

同時に相手する力はない。今この状況で相手するのが精一杯なのだから

 

 

「カメさんアヒルさん。少々無茶な作戦ですが、こちらの指示通り動いてください」

 

そんな中で西住ちゃんからの通信が来た。こんな絶望の中で未来を見出した

私は一度生かされた、この試合で。そして案なんてない。勝だねばならぬと決めたのは私なのにならこの身を如何すべきか

 

「なんでもするよ〜」

 

「ちょっと負担をかけてしまいますが……」

 

「今更なんだ!とっとと言え!」

 

『正義』を為す。そのためならそれを可能とする彼女の策に乗ろう。たとえどのような結末になろうとも

 

 

 

右手に土手を眺めつつ、うちらは横一線。そして右奥からノコノコ出てきたのは、お目当ての超重戦車マウス

 

向こうにとって敵がこちらにしかいないなら、こっちに向かってくるのは道理だ

そして横一線。向こうは走行間射撃をやってくる。こちらの左右の隙間は狭い。縦軸さえ合えば当たるのだから。そしてその砲身は……

 

「こっち向いてるね〜……来るよっ!」

 

「はいっ!」

 

正面からの一発を回避。弾は大きいが避け方はT34と変わらない。後ろから聞こえる爆発音を除けば

そしてあんなにデカい砲弾だ。さっきまでの戦闘でも確認取れたけど、次弾装填までどうしても時間がかかる

 

かつての火縄銃相手には装填までに鉄砲隊に突入するのが対策だったって話を聞いたことがある。今やろうとしているのはまさにそれだ

 

「まさかこんな作戦とは……」

 

「やるしかないよ桃ちゃん!」

 

「燃えるねぇ〜」

 

ここまでで撃たれたら終わり。だが向こうも走っているし時間差的に可能。ただ全力で前に、気にせず前に、全速力で

 

「衝撃に備えるよ!」

 

砲身を下げ、狙うのはマウスの真正面

 

私も照準器から目線を外し、頭を下げる。そして片手で頭を抱え、もう片手は伸ばして前で固定する

 

いつ来るか

 

「来ます!」

 

その爆音は直後に、そして前へ方のとんでもない力とともに押し寄せた

小山はそのショックも利用してバーを倒したまま。履帯は前進している。だが車体は嫌な音を立てて動かない。そして正面上部の装甲からは破滅への足音が絶えず鳴り響く

 

マウスの足元に狙い通り食い込んだ

 

確かに言ってた通りムチャクチャな作戦だ。だがまだまだこれから

 

次はレオポンとウサギさんが横から機銃、砲撃で挑発。私たちは打てないからそっちに狙いを絞る。そして砲塔は横を向く

 

最後はウチらがかーしまになる

 

後ろからの振動に一回耐えたらあら不思議、戦車の上に戦車が乗っかったのだ。そしてマウスの砲塔を固定。これでマウスの火砲の危機は去った

 

 

だが問題はこちらの危機だ

 

「カーボンがぁー!」

 

上からこぼれ落ちる黒い物体

 

「車内はコーティングで守られてるんじゃ……」

 

「マウスは例外なのかもね……」

 

あのどでかいのを支えるのだ。しかも継続的に。砲撃のショックの比ではあるまい。さらに相手の履帯でも正面装甲はガリガリ削られている。いつ白旗が上がってもおかしくない

 

あとは土手の上から弱点を狙う。それだけなのだが……

 

「もうダメだぁー!」

 

「もう持ち堪えられない!」

 

こちらもこんな用途で作られないのだ

 

だが五十鈴ちゃんは見事だったね。一発でやってくれた。あと少し遅かったら小山を退避させてたかもね

 

ともかくマウスを仕留めた。これで市街地で戦う危険を多少なりは減らせた。こっちは市街地での戦闘に対し一定の準備ができる。損害もシャレにならないけどさ

 

だが結局はフラッグ車を巡る争いの序章だ

 

「黒森峰、あと3分で到着します」

 

「わかりました。戦闘準備に移ってください」

 

「はーい」

 

やっとこさこの単なる塊となった重石を取り除けたわけだけど、コーティングもまばら、砲身も歪んでしまっている

 

「まだ、戦えますかね……これで」

 

「白旗は立ってないしね〜」

 

「おい!ちゃんと動くんだぞ!」

 

そして足回り、エンジンに影響が出るのに、そう時間はかからなかった。明らかにスピードが落ちる。変な音が鳴りだす

 

「まだだ……まだだっ!」

 

皮肉にもその叫びとともに停止。エンジンも煙を吹いた

 

 

頭上で、前の試合にも聞いた音が一つ

 

 

 

「……よくやってくれたな。ここまで」

 

「うん」

 

「我々の役目は終わりだな」

 

煙の混じった室内から顔を外へ。ヘッツァーは、ここでリタイアとなる

 

IV号が車輌を止めた

 

「西住隊長!」

 

「すみません」

 

謝ってきた。これが西住ちゃんの性

 

「謝る必要はないよ」

 

「いい作戦だった」

 

返す言葉はそれでいい。これ以上のことはできない

そして……この一言を言わなければいけない

 

「あとは任せたよ!」

 

「頼むぞ!」

 

「ファイト!」

 

そう、本来駒だったはずの西住ちゃんに、この試合の全てを、大洗女子学園の未来の全てを、押しつけなくてはならない。美辞麗句を並べたとしても、結局そこは変わらないのだ

 

「はいっ!」

 

帰ってきた返事に覇気があった、意志が垣間見えただけまだ救いかな

 

 

 

 

「あー、こりゃ酷いですね」

 

「やっぱりですか」

 

マウスに四苦八苦する回収車の奥で、こちらの業者は車内を見てそう溢した

 

「これは上のコーティングは全部張り替えになりますね……そうしないと戦車道連盟の規格に通りませんよ」

 

「まぁ、だろうねぇ〜」

 

今までは酷くても装甲張り替えくらいで済んでたけど、これはコスト馬鹿にならないねぇ

 

「大会終わって時間空けてもいいので、それだけは次の試合までにやってもらってくださいね」

 

次の試合、ねぇ……

 

「こっちはやっときますので、早めに撤収しちゃってください。車輌呼びましたんで」

 

「え、車輌処理の手続きは?」

 

「後でいいので、早めに試合の状況見ててください。大事な試合でしょう?」

 

……下は気が効くのな

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「あと市街戦っぽいので、いつこっちに戦闘が波及するか読めないんですよ。安全性の観点からもお願いします」

 

あ、それもあるのね

 

 

 

そんなわけで近場に4両近く屯していた回収車のうち、後ろが空の1両に乗っかって撤収だ

 

「そろそろ本隊来てる頃だよねぇ……」

 

「ですね……」

 

「頼むぞ……西住……」

 

果たしてこの結果どうなる?

 

「……本来は、私たちがフラッグであるべきだったのかもね。元は私たちが始めたんだし」

 

「しかしこの体制のおかげでマウス撃破できたんですよ」

 

「それに仮に……仮に負けても、ここでの奮戦はテレビ通じて市民に伝わっています。決して道が途絶えるわけじゃありません」

 

「そう、その負けた時、だ。そしてその時の西住ちゃん、だ」

 

私にとっての大きな不安。それはその時最悪の『もし』が現実になりかねないことだった

 

「西住ちゃんはこの学園を愛してくれているし、仲間もできてる。ありがたいことだね、こっちが無理やり呼んだっていうのに。だからこそ……この先は怖い」

 

「どういうことでしょう?」

 

ちょっと後ろに下がり、本来戦車を置く場所に腰を下ろす。小山もかーしまもそれに倣った

 

「負けた時の西住ちゃんの対応として想定してるのは3つ。一つは運命を受け入れて黒森峰に帰る」

 

「まぁ……あり得てしまうでしょうね。黒森峰からは招聘あるでしょうし」

 

「もう一つはあの計画に参加してくれるくらい残ってくれる」

 

「……負けたら罪滅ぼしでやってくれるかもしれません。あまりそういうタイプでなさそうですが」

 

「最後は……どちらもしない」

 

「どちらもしない?」

 

「黒森峰に帰るわけでも、大洗に残るわけでもない。負けたら元はうちらが始めたとはいえ、西住ちゃんへのバッシングは……できる限り潰してこっちに振り向けるけど、避けられない部分はある。それを受けたときに、彼女はどうするかな」

 

「黒森峰でも負けてバッシング受けて、逃げた先でも……同じような目にあってしまう訳ですよね」

 

「……転校してくれた方がまだいいかもね。最悪なパターンがまだあるし」

 

「最悪、ですか」

 

「口にもしたくないよ、本当になりそうで。でも……2度目の、逃げても、何度でも味わう絶望。それを運命と見て、それから避けようとするなら……」

 

あり得てしまうのだ。そんな未来も

 

「西住ちゃんに廃校の話はせざるを得なかったし、今回の作戦に反対できる実力はない。でも……私たちが最後まで戦って、西住ちゃんには廃校絡みは知らずにやっていて欲しかったかな」

 

それを見たくない。ただそれだけの我儘なのはわかっているけどさ。そして何より、本当に今更すぎる話だ

 

「まだ……終わっていませんよ、会長」

 

「そうだけどさ」

 

車は元から遅かったスピードをさらに落とし始めた。ふと振り向くとどこの試合会場にもあるでっかいモニターが結構近くにあった

それに向かい合う位置の客席は沈黙一色。視線はただそのモニターを焦点としていた

 

 



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第40話 戦車前進!

 

 

 

その巨大なモニターの中はある一色によって締められた

 

 

客席のどよめき

 

そして、車輌なき者らの沈黙

 

だがこの場にいる者らが関心あるものは共通している

 

どっちだ?

 

この混戦の中で、フラッグ車同士一騎打ちという激戦の中で、最後に立っているのはどっちだ?

 

あの移動からしてもうIV号は動けない。ティーガーに白旗が上がっていなければ、もう一発放てる余裕があるなら、負けだ

 

そしてその時、道は潰える

 

 

まだか、まだ晴れないのか

 

靄を晴らしてくれないのか

 

最悪の結末でもいいのだ。一年近く私の心に巣食った病源は早期に取り除いた方がいいのに

 

それでもどちらも発砲した衝撃は大きかったのか、またはそれまでの戦いで瓦礫が多かったのか、姿はうっすら見えてきたがまだはっきりしない

 

 

 

 

そして、まずは茶色のティーガーの側面。そしてそれより濃いIV号の車体、もう取り付けてたシュルツェンはおろか、足元は履帯がカケラも残っていないほどボロボロだ

 

だがそれ以上に、それより薄茶のティーガーは車輌後部がさっきの原因となる煙を吐いていた

 

そして、両車に纏うものが周りで燃える小さな炎達の煙しかなくなった時、白く光るものが姿を現す

 

 

 

 

 

 

 

 

ティーガーの上に

 

 

 

『黒森峰フラッグ車、走行不能。よって……』

 

 

 

 

 

『大洗女子学園の勝利!』

 

 

歓声。客席からの途絶えることなき声

その全てが、胸中の靄を霧散させるこの結末を、かつて一度はジョークと切り捨てようとした夢の実現を歓迎していた

 

 

「勝った……のか?」

 

かーしまがウチらの中で初めて沈黙を破る

 

「そうだよ桃ちゃん!」

 

「優勝だ」

 

優勝。大いなるものよ、正義よ。よくぞそれを望んでくれた

 

大洗女子学園の全国高校生戦車道大会での優勝

 

あの約束で望まれたことを、私は達成した

 

あの約束抜きにしても、この実績を目の前にして幾ら何でも即座に廃校とはできなくなるだろう。戦車道を奨励しているのもまた文科省なのだから

 

私の公約、政治家としてなすべきことは、ここに形となった

 

ついさっきまで懸念していたことも、皆全く意味のないものになってくれた

 

西住ちゃん、戦車道の仲間、生徒会の皆、フォーラムの議員たち、そして有権者の人たち。その全てが望んだ結末だ

 

「いよっしゃぁぁぁ!」

 

その顔を次々と思い出しながら、私はバンザイして背中から地面に倒れ込んだ

 

「ははは……」

 

空は未だ青い。青い大洗の旗も、まだ未来へと続くことだろう

 

 

 

 

が、若干夢見心地な私を揺らしたのは、ケータイのバイブレーションだった

 

「……会長、電話きてますよ」

 

小山にそう言われるまで気づかないほど、私は半ば呆然としてたわけだけど

 

「……誰からだろ?」

 

名前に出てたのは、竹谷氏だった。反応早いなこの人

 

「どなたです?」

 

「……町長さん。ちょっと話してくる。小山とかーしまはみんなと喜びな」

 

 

 

 

「よくやってくれたぞぉぉぉ!角谷くん!」

 

耳をつんざくような声だった。スピーカーにしてなくて良かったよ

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「何はともあれ、これで大洗の知名度は格段に上がるだろうし、君たちが廃校にされることもない!いや〜それだけでどれほどありがたいことか!」

 

「……こっちも会場誘致など協力いただき感謝しております」

 

「なーにそんな固くなるな!私がやったことなんて些細なものだ!この実績だけでフォーラムも君たちも安定するだろうし、長期的な改革にも腰を据えて行えるだろう!それだけで支持した価値はあるものさ」

 

そうだ。この過程の中で竹谷氏が望んだものは達成された。生徒会権限は強化されたし、フォーラム=生徒会政権は今後も安定するだろう。それと大洗町政との繋がり。意志決定の統一と教育、都市運営改革への下地は整った

 

「あと補助金で復興予算も結果的に縮小できそうだし、こちらの財政も潤沢じゃないが君たちの貢献を考えたらこっちから戦車道への支援金を出せるかも知れんな、ハハハ」

 

だとしたら戦車道が終わる時も決めやすいかもね。戦車道が実績を残せなくなる時、そしてその支援金が切れる時。財政規模を縮小されて勝ち残れるほどこの世界は甘くない。今回優勝できたのは軽く見られてたおかげもあるだろうしね

 

「というわけでだ。君たちも忙しいかも知れんが、帰ってきたら優勝パレードをしてもらいたいんだが、どうだね?熱の冷めぬうちにこの結果はアピールした方がいいと思うが……」

 

「もちろんやりましょう」

 

とはいえ当面は続けるし町予算から支援金を受けるとでもなれば町民の支持も必要になる。さらに学生の親へのアピールにもなるしね

 

「では君たちの今後のスケジュールを教えてくれ。細部を詰めよう」

 

「わかりました」

 

 

 

そんなこんなで長話していたのだが、それが終わって陽が沈みかけてても西住ちゃん達は帰ってきていなかった。早く歓迎してあげたいんだけどなぁ

 

「どうしたのさ?こんな時間かかる予定だったっけ?」

 

「なんでもポルシェティーガーとティーガーIIが最後に戦ってた場所の出口を塞いでて、さらにそれが結構ギチギチにハマってるらしくて……」

 

あ、なるほどね。確かに最後の方黒森峰のティーガーII結構無理やり乗り越えようとしてたしなぁ

 

 

 

そして空もほぼオレンジ一色になった頃、牽引車に引かれて英雄となったフラッグ車は私たちの前に姿を現した

 

ウサギさんチームが見かけるや否や飛び出していき、それに他のチームのメンバーも続いていく。皆口々にキューポラから頭を出した西住ちゃんを褒め称えながら駆け寄っていく

 

「……行かれないんですか?」

 

だが私たちは一歩距離を置く

 

「……この状況が一番大洗の戦車道っぽいだろ?」

 

皆で楽しげに話し、何かあれば笑い、そして互いを信頼する。その姿が皆の戦車道、なのだろう

 

「……ここでいきなり真面目な雰囲気にしちゃうのも申し訳ないさ」

 

……という目的もあるんだけどね

 

 

西住ちゃんはちょっと力が抜けたらしく、少しよろめきながら、そしてそれを他のメンバーに支えられながら降りてきた。降りた後もどこか支えが抜けている

……紛れもなく彼女に重圧が乗っていた証拠だろう。だがそれを跳ね除けて彼女は勝者の隊長としてここにいる

 

 

「西住!」

 

皆の歓迎を受け、自分たちの戦車に思いを馳せている中、かーしまが彼女らの背後から切り出した

 

「西住。この度の活躍、感謝の念に耐えない。本当に……本当……に……ありが……」

 

言葉に詰まり始めたと思ったら、かーしまはその場で思いっきり泣き始めた。かーしまがこうなるのももっともだ。一番学園都市と運命共同体なのは彼女なのだから

 

「桃ちゃん泣きすぎ」

 

許してやれ。私たちと違って親の未来とかも全部背負っていたんだからさ。かーしまにはその資格がある

 

そしてこの場で私が、彼女の運命を運命を決めた私が、結果はともかく彼女に相対しないわけにはいかないでしょ

 

 

「西住ちゃん」

 

「は、はい」

 

「これで学校、廃校にならずに済むよ」

 

「はい!」

 

「私たちの学校……守れたよ!」

 

「はいっ!」

 

しっかりした返事。私はその力強さに身を預けてみることにした

 

結構勢いつけで抱きついたけど、西住ちゃんは少しだけ驚くだけでしっかりと立っていてくれた

 

「……ありがとね」

 

「いえ……私の方こそ、ありがとうございました。皆さんがいたからこそ……私もここまで来れたんです」

 

……ダメだね。泣かないようにするのが精一杯。返事すらまともにできないよ

 

「……うん」

 

落ち着かないと厳しいかな。色々言いたいことはあるけどね

 

流石にちょっとしたら降りた

 

「……ありがとね」

 

「……泣いていらっしゃいます?」

 

「泣いてなんていられないさ。西住ちゃんの分も私は強くなきゃいけないからね」

 

そして精一杯、笑ってみせた。その時に一筋溢れた気がするけど、隣でまだ泣き続けているかーしまの姿が霞ませてくれるだろう

 

「よーし、じゃあ行くぞ!」

 

「ちょっとだけ、すみません」

 

この高揚を抑えるには事務作業、撤収作業に移ってしまった方がいい。そう思った矢先、西住ちゃんは視界の左の方へ駆けていった

 

その先には黒森峰の服。遠目だが見た目は試合前に話してた人とは違うみたいだ。あの銀髪は車の方か

 

「お姉ちゃん」

 

少し話し込んで離れたと思ったら、やっと誰かわかる情報が耳に入った

 

「やっと見つけたよ、私の戦車道!」

 

 

優勝旗は、西住ちゃんに持たせたよ

 

 

 

パレードは手っ取り早く次の日にされた。その日のうちに大洗まで車輌を運べたとはいえその時点ですでに深夜。やはりIV号の救出のために全部のスケジュールが遅れてるし、貨物で戦車運んだんだけど遅れたせいで運転停止ばっかり食らってた。しょうがないけどね

明日は全車牽引車でパレードか、と思ってたけど、何より驚いたのが

 

「ウチらが徹夜でやっときますよ」

 

「パレードするなら走れるくらいにはならないとねぇ」

 

自動車部がそう言って本当に次の日の朝までに自走できるレベルに仕上げてたことだった

 

「流石に車輌の見てくれは勘弁してくれよ。到着予定も遅れたし」

 

「……いや、あれだけの試合の後だってのによくやってくれたよ」

 

あのスッゴイボロボロになってたヘッツァーのエンジンやIV号の履帯すら稼働可能だ。どうやってんだウチの自動車部

 

「ヘッツァーはカーボン付け替えるんでしょ?それまで試合は無理だよ」

 

「わかってるわかってる。今後しばらくは他も時間置くでしょ。あとさ、ここまでやってくれたのは本当にありがたいけどさ」

 

「どうしたんですか?」

 

「パレード開始前まで寝てていいけど、徹夜明けならそれ込みでも運転気をつけなよ」

 

「わかってますよ」

 

 

 

パレードの起点は大洗駅。ここから海岸まで進む道中の途中100mから300mが当てはまる。通行止めにする都合上時間的に通行量の減る11時から始め、そのまま学園艦に帰る

そして昨日今日のことなのに沿道からは人の声がもう聞こえてきている

みんなには町のホテルに前泊させできるだけ寝かした上で10時半に集合させた。服装は制服だ。戦車服はだいたい汚れてるからね。あ、ちなみにホテル代は町持ちで

 

空は今日も晴れ。大洗の明るい未来を祝福している

 

「各車輌安全確認は済んだな」

 

「配置も大丈夫です」

 

「スピードはゆっくりだぞ。前の車輌との車間に気をつけろ。抜かすのはもちろん近づきすぎてもダメだからな!」

 

「わかってまーす」

 

「あとはできればでいいが住民へのサービスもやってくれ。ただし安全には配慮しろよ。モノを渡すのは禁止だからな」

 

「はーい」

 

「あんこうチームは優勝旗の固定大丈夫だな!それを落としたりしたらシャレにならないからな!」

 

「確認済みです」

 

一日空いてかーしまも落ち着いていつも通りに戻った

 

時計を確認。10時55分

そろそろ時間だ。出発の前だ

 

「隊長!なんか言え」

 

「は、はい」

 

西住ちゃんに出発の挨拶を投げる。急だったけど、このチーム全体に関してはやっぱり私たちは少し引いているくらいがいい

 

「あ、あの……えっと……」

 

少し戸惑った様子を見せながら、西住ちゃんは拳を天に突き上げた

 

「パンツァー、フォー!」

 

「おー!」

 

 

 




まだ続くんじゃ



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第41話 次世代

 

 

 

 

「会長、大会に向かわれていた間の書類の認可をお願いします!」

 

「こっちもです!」

 

「こちらには茨城県の政財界からの面会希望が相次いでます!」

 

「町内会からの差し入れの処理を!」

 

大会はかなりしんどいものであったが、私に休憩は許されていない。夏休み中だからまだマシとはいえ、数日いない間に仕事が溜まってしまっていた

優勝への祝福なんて私と小山、かーしまがパレードから帰ってきてから万歳三唱しただけだしね。この学園を残せるものってほどなのに、えらくあっさりしたもんだ

 

「はいはい。私の裁可がいるやつは机の上置いといて。あと飯尾ちゃんいる?」

 

「あ、はい」

 

「戦車道予算って確定されてるの8月分までだからさ、9月の頭に追加予算確定できるようにしといて。白石ちゃんに話し通せばいけるはずだから」

 

「了解です。あ、そうでした。白石さんからも面会希望が……恐らく今年度末の会長選挙に絡むものと思われます」

 

「あ〜、それは早めにやっといた方が良さそうだね」

 

こっちとしてもそれについては話しておきたいことがある

 

「向こうが明日夕方を希望していますが」

 

「そこなら私も空けてあるって伝えといて」

 

「了解です。あと協定通り都市債発行に向けた手続きの認可もお願いします」

 

「OKOK。じゃ次は……JAから茨城県産の農産物の宣伝に戦車道メンバーを使わせて欲しいってやつか……JA主催なら受けていいかもね」

 

ウチに農業科があり、その生産物は基本JAを通す以上、あまり関係を拗れさせたくないところだ。CMとかで喋らせるとなると多少は苦労しそうだが、ポスター画像撮影くらいなら問題ないかな

アリクイさんとかガチで難儀するだろうね

 

広告収入のうち幾らかはこっちでピンハネしようか。戦車道の予算か機密費に繰り込みで。なぁに彼らが稼いだ分が彼らのために使われるんだ。文句は出るまい

 

「次は大洗の漁協が宣伝に使いたいと。10月中までには作っておきたいそうです」

 

「どう見てもあんこうの宣伝だねぇ。あんこうチームって名前付けてるし、行ってもらおうか。はい次」

 

「町内会から色々と差し入れが来てるのですが……」

 

「期限が近いものは戦車道メンバーと生徒会で優先的に分配。他はそれが終わり次第同様に分配かな。そっちは一般学生に授業始まったら配ってね」

 

「了解です」

 

こうして私は印鑑を押しまくりながら、判断を依頼される案件を処理し続けた。私が自分でやったことで、さらに望んでいたことなのになんだが、こうして生徒会の権限を拡張した分私が最終判断しなければならないことも増えた気がする

 

 

 

その日と次の日はそのような対応関係に当てざるを得なかった。優勝から1日ちょっとじゃそれに絡む要請等は完全には集まらないけどね。まだまだ今後も来るだろう

 

「私は帰ってきてからそんな感じだねぇ……戦車道も今週いっぱいは休みかな」

 

「でしょうね。他のメンバーも疲弊しているでしょうし。そりゃあんな試合をなさったらねぇ……」

 

「試合観てたんだ」

 

「そりゃ観ますよ。廃校回避できるかがそれ次第なんですから。なんだったら体育館をパプリックビューイングの会場にしていたじゃないですか」

 

「ははは、とーぜんか」

 

「それにしても何なんですか会長の車輌のアレは。どー見ても黒森峰の戦車に潰されかけてたじゃないですか。御身大事にしてくださいよ」

 

「流石に車内はコーティングで守られてるよ。このご時世怪我人なんて出たら一大事だからね」

 

「そりゃそうかもしれませんが……」

 

相手は大洗学園フォーラム代表の白石ちゃん。この場には彼女と二人だけだ。あまり人には聞かれたくないので、艦橋内のあまり人の来ない小さな会議室を当日確保してこうして籠もっている

 

「あ、飲み物ありますけど何になさいます?」

 

「お茶ある?」

 

「ありますよ」

 

彼女が持ってきてた電気ケトルでお湯を沸かし、粉茶ながら紙コップに注がれ手元に置かれた

 

「このいい雰囲気の中失礼かもしれませんが本当に廃校回避はなされるのですか?戦車道で優勝なさったのは本当に喜ばしいことではあるのですが……」

 

「……一応ね、文科省の学園艦教育局の人と話はつけたんだよ。優勝を条件に廃校をやめるってね。実際こうして全国区に名を残せる実績を残した以上、廃校にするわけにはいかないでしょ。この人材、この環境を投げ捨てろってことだしね。西住ちゃん来年もウチにいるし」

 

「しかし……まだ廃校指定校の解除には至っていません。確定と告知するのは時期尚早の感が否めないのですが」

 

「そんな一朝一夕に変わるもんじゃないよ。再審査を受けないと流石に書き換えられないだろうしね。来年度が始まるまでにちゃんと存続が確定していればいいのさ」

 

「そういうものですか……」

 

そんなに考えすぎるものでもないって。こっちが手を組んだのは学園艦教育局のトップだよ?言ってないけど

 

「そこに関しては2学期の前期試験が終わった辺りになっても政府に動きがなかったら訴訟でも起こすかな」

 

「マジですか……」

 

「マジマジ、大マジよ。なんだったら廃校指定校にされてすぐ起こしても良かったと思ってるし」

 

生き残るには戦わなきゃいけないと身をもって知ったからね

 

「その話はそこまでにしとこうか。本題に入ろう」

 

こういうのも面白いけど、ちょっと忙しいからあまり長話はしすぎたくないのさ

 

「……はい。来年度の生徒会長候補についてです。角谷会長が推される方ならこちらも推薦しますし、当選確実でしょう。どなたか目処は立てていらっしゃるのですか?」

 

「立ててるよ。確認はまだだけど」

 

「学園課の田川さんですか?」

 

「違うね。田川ちゃんは悪くはないんだけど、会長タイプとはまた違うかな」

 

「でしたら信頼感で考えると財政課の飯尾さんですか?」

 

「飯尾ちゃんねぇ……あの子は根っからの財務畑だよ。全体仕切るのに使うのは勿体無いさ。しかも彼女来年ガチ受験だから仕事にどれくらい出れるかもわからないしね」

 

「でしたら……他に誰が?」

 

「五十鈴ちゃん」

 

確認は取ってないけど、私は彼女を指名したい

 

「五十鈴?生徒会の高二にそんな人いましたっけ?」

 

「いやいや、白石ちゃんも試合観てたなら知ってるはずだよ」

 

少し手に顎を乗せて考え込んでいたが、それが外れた時こちらを見る目は大きく開かれていた

 

「戦車道やってる……五十鈴さんですか?」

 

「ご名答」

 

「えぇ……」

 

また、今度は腕組みしながら考え込んでしまった。生徒会内から後継を出すって思ってたみたいだね

 

「……懸念は大きく三つあります。一つは彼女に生徒会長が務まるのか、です。これまで生徒会に所属すらしていない人間をトップに据えて組織が回るのか。手を組む以上そこの不安は解消してもらわねばなりません」

 

「彼女実務はできるよ。車輌捜索の時の事務書類の整理、調査とかは手伝ってもらってたけどかなりできてたし

あとは生徒会長に必要な『決断力』は十分。自信持って決定できなきゃコンマ何秒を争うあんこうチームの砲手は務まらないさ。私も砲手だけど、話を聞くだけでも五十鈴ちゃんの意志の強さには勝てないよ

というかね、できれば次の生徒会長、生徒会出身者を付けたくないんだ」

 

「とおっしゃいますと?」

 

「変な話、次の生徒会長の比較対象が私になっちゃうからね」

 

「はぁ……」

 

「自画自賛するようでなんだけど、私は一年で廃校回避を成し遂げちゃったわけだ。その次の代が生徒会出身なら、何かしら実績を挙げても私よりか見劣りしちゃう。そうすれば生徒会長への支持、阻止で最悪フォーラムの支持基盤も揺らぎかねないよね

だけど生徒会出身者じゃなかったら実績が少なくてもある程度許容される。しかもそれが他で実績残してきた人なら尚更ね」

 

「なるほど……その点はわかりました。では二点目です。彼女は戦車道メンバーであるわけですが、彼女を生徒会長につけて戦車道の活動が疎かになることはないのですか?」

 

「いや、むしろ戦車道関係者は生徒会絡みの役につけときたいんだよ。今年は小山とかーしまが運営関係やっちゃってたから、来年運営できる人材がいないんだ。西住ちゃんには人を引き寄せる才能はあっても、組織を運営する才能は乏しいからね」

 

「……まぁ、会長や小山副会長、河嶋さんができていた以上、五十鈴さんができないと断言はできないですね……」

 

「だろう?」

 

「ですがそれも絡むのが最後の三つ目です。フォーラムとクラブ、生徒会は取り決めで戦車道の必要以上の延命をしないとしたはずです。生徒会長に戦車道関係者を付けるのはその関係の強化、ひいては延命の土台となってしまうのでは?」

 

「むしろここ2〜3年は必要じゃん。一代一年限りだし。そしてこの先結果が出せなくなったら切り離せばいいし

大会出てみてわかったけど、この先はかなり厳しいよ。何せこうして結果を出しちゃった以上、向こうだって試合する時警戒して当たってくるわけだ。将来的にどうにもならなくなるよ」

 

「……話としてはわかりましたが、一旦持ち帰らせてください。あと何より五十鈴さん本人の確認も取ってきてください」

 

「わかったわかった」

 

わかってくれただけでも何よりだよ

 

 

 

 

 

「わかりました。次期生徒会長の任、引き受けましょう」

 

呼び出した五十鈴ちゃんはすごくあっさりと首を縦に振った

 

「……いいのかい?言い出した私がいうのもなんだけど」

 

「お話にもありました通り、以前小山先輩や河嶋先輩がなさっていたことを誰かが継承しなければならないのは間違いありません

みほさんに引き続き隊長として戦車道を一任する以上、私はその背後を守り、そしてその為に学園を引き続き守ってみせます」

 

力強い。だがまだだね

 

「ついででできるほど生徒会長は楽じゃないよ〜。背中に乗るのは都市民3万人のみらいだからね〜」

 

「だとしても、です。こうして戦車道の勝利によって廃校回避を成し遂げた以上、戦車道の強さがなければまた同じ道を辿るのみです。ならばその強さを保つ、みほさんがいなくなっても勝てる戦車道を作るしかないのです」

 

あ、そうか……

 

 

 

 

 

 

 

五十鈴ちゃん、あの合意知らないんだわ

 

「……五十鈴ちゃんには言いにくいんだけど……それは上手くいかないと思う」

 

「ど、どうしてでしょう?」

 

「あ、でも五十鈴ちゃんの代ならまだ保つかも……」

 

「……戦車道では上手くいかない。その理由をお尋ねしても?」

 

「単純にさ、黒森峰やプラウダがウチ対策に全力振り切った状態で決勝戦してたら勝てたと思う?」

 

「……今回以上に厳しくなるのは間違い無いかと」

 

「でしょ。これからそうなるわけだ。そして勝ち続けないと学園都市を引っ張る存在にはなれない」

 

「で、ですが今回の勝利で戦車道の経験者などが今後大洗に来る可能性も……」

 

「車輌」

 

そう、大洗に足りないのは火力だ。新規車輌購入には莫大な予算がいる。結果を残せば他の部活を説得して資金が手に入るが、逆に負ければ少し前に逆戻りだ。そして一度優勝してしまった以上、次善戦しても評価は下がる

 

「少なくともその数をすぐに20にするカネはないよ。やっすいやつで揃えてもね」

 

これが現実だ。人の頭数が違う

 

「収入は増えるさ、学費や寄附金でね。だけど戦車道をやりたいなら都市基盤、都市経済の拡大や教育内容に投資してからじゃないと無理だろうね。そして投資に資金を回したら戦車道は拡大はおろか維持できるかすら怪しい

これは私の意見じゃなくて、生徒会、フォーラム、クラブの次世代メンバーの合意だ……申し訳ないけどひっくり返すのは容易じゃないよ」

 

流石にダメージ与えすぎちゃってるかな……

 

「でもこの代はこうして五十鈴ちゃんを推薦している通り、戦車道に注力しても文句は出ないだろうさ。西住ちゃんが残ってるし継続して勝ってくれた方が名前は売れるしね。だから五十鈴ちゃんの代ではその指針は問題ないと思うよ

ただ、都市インフラや事業誘致とかをしてもらったり教育の高度化に力を入れる基礎はあったらいいかな、欲を言えばね」

 

「……少し考えさせてください」

 

「ゆっくりでいいよ。後継だと告知するのも生徒会長選挙の公示が出る前後が一番影響あるだろうしね」

 

 

 

 

 



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第42話 楽観論

 

さて都市の内政改革は暫くは無理そうだ。というのもなかなか廃校指定校解除が進んでないからだ。廃校回避の確実性を客観的に示せない以上、被服科の業者、学園都市上のバス業者などそういった話が企業とできない

とはいえ文科省もお盆明けだし、急かしてどうなる問題でもないので放っておかざるを得ない

 

というわけでできることはいつも通りのことと戦車道の実績を使った形式的なものしかできない。だがその形式は都市を支える上で必要だったりする

 

「我が県に対し、貴殿は戦車道における素晴らしい実績により多大な貢献をなされました。よってここにその功績を称え表彰いたします」

 

こんな県庁での表彰状もね

 

「茨城県知事、岩内昌彦」

 

少ないながらもメディアが来ているし、宣伝としても十分だ

 

「おめでとう!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

そして表彰されているのを隊長の西住ちゃんにすることで、廃校回避より戦車道での活躍をクローズアップする。向こうもそうしたかったみたいだしね

 

「今後も健闘を期待しているよ」

 

「は、はい……」

 

ということだ。あまり慣れてなさそうだけどこういうのも隊長の仕事。やってもらわないとね

 

 

 

そもそも茨城県はウチらの廃校回避に好意的とまではいかなかった。自分たちの県立なんだけどね

理由は廃校になっても他の県立校に配分されるから生徒数減には繋がらないからというのと、その際に都市改善、校舎改築などで他の学園艦の経済を刺激すると思われていたからだ

つまりウチらが廃校になっても目立った損が県には無いからだね

 

だから大洗町は廃校指定校決定にすぐさま避難決議を出したけど、茨城県は対応に苦慮していた。結果的に

 

『あのー、すみません。いや別に大洗女子学園を廃校にするのは構わないんですが、学校の廃止について我が県の教育委員会を無視する形は取って欲しくはなかったかなー、なんて』

 

っていった感じの意見書を国に出すだけだった。というわけで大洗としても特段関係を深める理由はなかった

だが実績を残し、県立の名を冠しながら戦車道で結果を残したことで県も対応を変えた。こうして私たちを表彰しようと言い出したのも向こうだ。掌返しそのものだが、まぁこの結果は誰も予想できなかっただろうからそこまで重くは考えない

県が学園存続において味方になったと外部に示せるというのでこっちにも利点があるしね。そしてこのまま辻さん通じて廃校指定校解除に向けて圧力を高めていくつもりだよ

 

 

その後は懇談会が設定されて、県内の有力者との会合の場が設けられた。被服科の産業に都市内交通の整備、産業開発と人のつてがあってナンボなものは多い

西住ちゃんも西住流にいたんだからある程度慣れてるもんかと思っていたけど、会場の隅の方に固まっているのに人がたむろって、私が少しずつ引き剥がす感じになってしまった

その間に、またそれによって私はいろんな人と話せたけど……ねぇ。いや水戸ホーリーホックのオーナーさんとかEXCELみなみの経営者さんとかさ

連れてきたのはあんまり良くなかったかな?

 

よくよく考えてみたら西住ちゃん、最初私たち相手にビビってたもんね。最近ずっと人と話せてたから忘れてたわ

 

 

 

 

「……というわけなんだよ。ただ優勝したからその隊長として来て欲しかっただけじゃないんだよ……懇親会にもその顔がいてもらわなくちゃいけないし」

 

その事情を伝えているのは帰りのタクシーの中だ。行き帰りの際に県が手配してくれていた

 

「そういうことだったんですね……」

 

この説明で納得してもらった。今後もあることだし必要に応じて私が前に出ることにしよう。都市と学園のリーダーは私だしね

 

「というか西住ちゃん、西住流ほどの組織だし、こういう機会ってなかったの?」

 

「いえ、そういうものはだいたい母と姉が顔出していたので……私はあまり……」

 

「そうなんだ。そういうのにも一門衆扱いで呼ばれてるのかも思ってたわ」

 

そこしっかり差をつけるのね

それもそうか。西住ちゃんにこれだけ才能があるなら、お姉さんと競わせたりしたら最悪流派が割れかねない。だったら最初から跡継ぎとそれ以外で扱いを分けるか

もっともこれには弊害もあるけどね。跡継ぎに何かあった時にそれ以外で対処しきれなくなったりね。現代ではそれはないと見越した上での行動かな

 

「これを機に県からも補助金出たら戦車道やりやすくなるよ」

 

「やはり今後のためにも車輌は増やしていきたいですよね……」

 

「……そうだね。人は来年度以降勝手に集まってくるだろうし、場合によっては選抜もいるんじゃない?」

 

「あまりやりたくはないんですが……予備人員とかにできたりしますかね?」

 

「そうしたら練習を交互にするわけでしょ……新たに車輌買うよりマシとはいえ、弾薬と燃料の消耗は頭に入れとかないとね」

 

「まだ学園艦に戦車があったりしないんですか?」

 

「資料的にはあってあと2〜3輌かな。でも前にも話したかもしれないけど、学園艦に残ってるのは以前戦車道を辞めた時に売り払えなかった車輌だよ。引っ張り出せたとしても火力面で補強になるものはそうそう出てこないと思うねぇ。ポルシェティーガーはありゃ例外だよ」

 

「そうですか……」

 

つまり火力が欲しけりゃ金を集めるしかない

単純だがこの世の摂理だ

 

「量産されてたT34系統ならまだ手に入るかな……でもアレは前調べたけどそのせいで需要高いからなぁ。ソ連製の国内流通はプラウダが握ってるし。それならサンダースに尻尾振ってシャーマン安く買い込むかな」

 

「砲弾は厳しいですが、機銃弾ならM3Leeとたぶん共用できますね」

 

「そうなんだよねぇ。ウチドイツ系が多いから、そっち系統でまとめられるとやりやすいんだけどねぇ。ドイツ製で75ミリ長砲身使える車輌が理想。そしたらIV号、III突、ヘッツァーと一緒にできるし」

 

「そうなると仕入れるなら黒森峰の傘下からですかね……ドイツ製は世界各国である程度人気がある上に、アメリカ、ソ連製に比べて数が少ないので値が張りますけど……」

 

「うっわめんどくさ。まだサンダースで1ガロンのコーラ飲む方がマシだわ」

 

数が限られる戦車道では車輌の質が高いドイツ製の方が使い勝手がいいわけか。しかしあまり黒森峰、西住流とはお近づきになりたくないんだよねぇ……

だとしたらまたおケイさんに会ってくるかな。つーか300輌もあるなら1輌くらい減っても変わらんでしょ

 

「そういえば西住ちゃん、このまま帰る?」

 

「そのつもりでしたが……会長さんは?」

 

「私は町長さんに呼ばれてるから町役場寄ってくんだ。先払いしとくから私途中で降りるね。ということで運転手さんよろしく〜」

 

「承知しました」

 

「西住ちゃんも町長さん会っとく?悪い人じゃないよ」

 

「いえ、遠慮しておきます……」

 

「だよねぇ〜。ま、こっちも大した用じゃないだろうしね」

 

 

 

「いやぁ角谷くん久しぶりだねぇ!この度は本当におめでとう!こちらとしても本当に助かるよ!」

 

町役場の奥に通されるやいなや、大きな声が私を出迎えた

 

「いえいえ、私一人ではとても成し遂げられませんでした。ご協力感謝します」

 

「これで大洗女子学園も存続!我が町としてこれ以上嬉しいことはない!」

 

手をガッチリと交わす。やはりこの手は大きい

 

「まぁ町としてはこれからだがね。試合開催での観光客、また通常の観光客の伸びはまだまだだ。これから増えるとは思うが、そこからは私の腕次第か」

 

「こちらとしても漁協や商店街組合との宣伝などでの連携は強化してまいります」

 

「それは何よりだ。是非ともやってくれ」

 

時間はもうすでに夕方。このあとまた飯なら今日は学園艦に帰れるか厳しいな

 

「して、今日はいかなる御用で?」

 

「いや、また大洗で戦車道の試合ができないかと思ってね。8月後半に」

 

「8月後半……って結構すぐじゃないですか」

 

もう少し練習についてはゆっくりできるかと思っていたが、こりゃそうもいかないね。すぐに実戦経験取り戻させないと

 

「できるか?町としても熱の冷めないうちにイベントは開いておきたいのだが」

 

「そりゃできるにはできますが……どちらからの案件で?」

 

「これは連盟の方から要請が来てな。大洗、知波単、聖グロ、プラウダでエキシビションマッチを開けないか、だそうだ」

 

「エキシビションマッチ……だとしたら相当大掛かりですね」

 

「20輌対20輌だ。君たちの足りないところは知波単が連合組んで埋め合わせる予定とのことだ」

 

本当に急だな……連合チームともなれば指揮系統も新たに決めなくてはならないし、車輌や乗員の特性も把握しきれない

 

「今度は北部メインでの試合にして欲しい。中心部だけでなくあちらの再開発も進めておきたいのでね。できれば水族館以外にも目玉が欲しい」

 

「はぁ……」

 

それで新築にしておきたいってところか。水族館とか巻き込んで大丈夫なのかな。人間じゃなくて動物の生命維持含めて

 

「地域の許可はなんとか取ってきた。もちろん水族館も込みでね。会場も連盟からの承認も受けてる。やってくるな?」

 

そんなことを考えてる間もなく、背後は埋められた。全てが済んでいる。私に拒否の余地はない

 

「よく連盟の許可取れましたね。その規模となれば補償金も前回の比ではないでしょう」

 

「向こうとしても大洗のネームバリューは早いうちに活かしたいのだろう。実際出してくれると言っているしあの全国大会の後だ。広告収入が手に入った後なのだろうさ」

 

そして私にも拒否する理由はない

奥州の雄、プラウダ

関東の女帝、聖グロリアーナ

東の覇者、知波単

この3校と轡を並べて戦える意味は大きい

 

「わかりました。早急に手配を進めます」

 

「やってくれるか!」

 

「我が校としても再び名を挙げる機会ですしね」

 

「はっはっはっ。夏休み中にできれば観光収入も増やしやすいしな。戦車道の機運高まった今、前回の何倍もの観光客が集まれば観光収入大幅アップよ!」

 

「8月後半ですと学園艦にも人の出入りがある時期ですから、こちらもうまく合わせられればいいのですが……」

 

「無理はせん方がいい。君たちは試合に集中してくれ。舞台はこっちで整えよう」

 

 

 

浮かれていた

 

大洗の優勝。その知名度さえ、実績さえあれば願いは叶う。幾ら何でもその状況の学校を廃校にしたりはしまい

 

不可能と思われていたことの実現には人を悪魔的に楽観的にさせるだけの力があった。そして私もその魔力に呑まれていた

 

その夢が崩れるまで後少しということすら気づかずに

 

 



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第43話 97

 

 

 

 

知波単学園

 

そのルーツは千葉短期大学の分校でありながら、習志野の陸軍騎兵学校内の戦車学校関係者を取り込むことで戦車道を発展させ、『東の知波単』とも呼ばれた戦後戦車道の黄金期を支えた学園である

 

とはいえそのルーツから使用戦車は日本戦車に絞られてしまう

湾岸ジュリアナ高校の隆盛といったバブル期の戦車の高度化からは取り残され、結果が出ない故に予算規模も縮小される。そしてさらに結果が出ずに車輌更新もされず、戦車道を戦わざるを得ない、という我が校の未来を示す材料になっている

 

そのため新規車輌の調達も間に合わず、戦法も日本製の火力の低さから敵戦車に肉薄せざるを得ないため突撃中心。自分もやったので人のことは言えないが、知波単は実質それ一辺倒になりさらに負けが続いている。なんでも一回それでベスト4行ってから伝統にされてるんだとさ

全国大会も一回戦負けだしね、黒森峰相手だったとはいえ。しかし『西の黒森、東の知波単』なんて言われてたのが今じゃこうも鎧袖一触とはね

 

 

政治体制は近いとも遠いとも言えない。民主主義で議会はあるけど、行政の中心の総督、そして各担当官は学園長が任命する。そして議会もOBOG主体の監督院と民選の市民院に分かれ、市民院に先議権があるも監督院にも議決権がある

つまり法案、予算案などにおいてOBOGの発言力が否応なしに強くなるわけだ。議会と連携していない総督の地位の不安定さも相まって改革は遅々として進まない

 

かつて関東の公立校は親聖グロ派と親知波単派に割れていたところもあるという。だがそんな時代は今や昔。現状の知波単は伝統という空想の着物を纏った裸の王様だ

 

 

まぁしかし大洗から一つ南の港湾、銚子も拠点にしており時折大洗にも寄港する関係上、手を組んでくれという話になったら無碍にはできないのが実情

人口も経済規模も関東で二番手の向こうがはるかに大きいし、今は薄れつつあるとはいえ国とのコネクションも強い。学園の存続さえ決まってしまえば国との関係を必要以上に拗れさせることもない。近づいて損はないのだ

 

それでも相手はプラウダと聖グロの連合軍。軍質はかなり劣ると思うけどね……

 

 

 

 

「知波単学園より参りました、西絹代でございます。此度は学園長、総督及び生徒会長に代わりまして、大洗女子学園に参った次第でございます」

 

練習も再開し気合いを入れ直してきた一週間後、大洗の町に知波単の戦車道の隊長が鉄道でやってきた。黒く長い髪をした和風美人といったところか。白粉とかをしているわけじゃないけどね

 

「そこまでかしこまらなくても結構です。大洗女子学園生徒会長、角谷杏です。此度は非常に急な話ですが、エキシビションマッチでの協力、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ。あの西住さんの指揮を間近でみられるとは、またとない機会になりそうです」

 

向こうは戦車道の話をしに来ているが、対応は私だ。隊長同士で話を詰めた方が戦車道的にはベターかもしれないけど、知波単の好感度を得るためにもここは使者と会長が対等に接した方がいい。こっちが実質下手に出ていることを表すためにもね

 

「お土産と呼べるものではありませんが、こちら知波単名物の魚醤です。ご賞味ください」

 

「こりゃどうも。お返しにしては弱いけど、乾燥芋2kgです。仲間内で分け合ってください」

 

「甘味ですな!皆喜びますぞ!」

 

そこまでかね。知波単でも食べられてるのかと思ってたけど

 

「しかし急な話なのによく乗りましたね、今回の試合」

 

「我が校はこの時期になると銚子か館山に停泊となりますからな。大洗ならば戦車も鉄道輸送で往復可能ですし、新学期開始にも大きく影響しないとみなされたのです」

 

「なるほど。いずれにせよ大会ではないとはいえ試合は試合。一致団結して勝利を目指しましょう」

 

「勿論でございます。つきましては知波単戦車道は基本そちらの西住隊長の指揮下に入ろうかと思っております」

 

「はい?」

 

え?戦車道だけとはいえ知波単が大洗の傘下に?いいの?

 

「……宜しいのですか?こちらは今年戦車道を再開したばかり。しかも車輌数自体はそちらが多くなりますよ?そして何より……知波単の学校がそれを許すのですか?」

 

後から揉め事の火種にされたら厄介すぎる。『今年優勝しただけの公立の指揮下に入るとは何事だ!』とクレーム付けられるのだけはごめんだ

 

「そちらの西住さんの実績は世の人全てが知るところでございますし、かつては戦車道における立ち位置で大洗の方が上だったのです。いくらガチガチの我々でも対処できますゆえご安心ください」

 

「なら良いのですが……」

 

……使えるね、この人

 

自分たちが頭が固いって理解してる。それを知波単の中にいながらわかっているというのは大きい

戦車道内部で代替わりしたばかりだというし、それ絡みで付き合いも続くだろう

 

付き合いは深めておいたほうがいいな。この地を離れることになったとしてその先も考えて

いや、それ抜きでも関係を深めるためにも

 

「……先程は大洗の方が、などと仰っていましたが、昔は昔、今は今です。どう取り繕おうと今の大洗は今年始めたばかりの伝統も何もないところ。他校と連合チームを組んで試合をしたことすらありません

せめてもですがこちらの隊長と親睦を深めていただきたいと思うのですが、如何でしょうか?」

 

「ぜひ、と言いたいところなんですが……なにぶん私も今日中に戻らねばならない故、早めにここを出ねばならないのです。今からですとお呼びするのにお時間を要するでしょうし、仮にお会いしたとしてもたった数分のみとなってしまったら申し訳がたちませぬ

折角の申し出ですが、お断り致します」

 

「あらそうですか。残念」

 

うーんダメかい

 

「とはいえあと幾分か時間はありますが……予定の列車まで一時間強ありますし」

 

「ならもう少し話していきません?これは生徒会長と総督の代理という立場を抜きにしまして」

 

「宜しいのですか?」

 

「宜しいも何も、そもそも私たちはただの生徒ですよ?」

 

「それもそうでしたな」

 

よしよし、西住ちゃん抜きでも印象は悪くなさそうだ

 

「お茶でも一杯どうです?干し芋も付けましょう」

 

「是非に」

 

「お茶の淹れ方には多少拘りがありましてね……ちょっと淹れてまいります」

 

「茶、ですか……隊員にやっている者がおりましたな、確か」

 

「何をです?」

 

「裏千家でしたかな?私も詳しくないので間違っているかもしれませんが」

 

……ガチ勢じゃん。勝てんわ

 

 

 

彼女との付き合いは今後も上手くいきそうだ

知波単と聖グロ。その二つと大きなパイプができれば、たとえこの先国がなにかしようにもすぐには潰せまい。関東近辺のこの二つを完全に敵に回す真似はしない。その二つが寄港頻度とか物資搬入量を大きく減らせば関東の港湾都市に与えるダメージは馬鹿にならないからだ

そしてそれらはほぼ首都圏を外れる。東京から近くて大洗、三崎、館山レベルなのだから。与党さえ戻ってくれば地方を地盤としている彼らにとって学園艦は生命線だ

そして永田町に疎い私でもわかる。その時は近い

 

時間は我々の味方だ

 

 

さて、ともかくも8月も末に近づいた頃。試合だ。エキシビションマッチの時間だ

 

久々にあったダージリンとカチューシャと挨拶を交わした。カチューシャは一応私とも握手してくれたさ。なんでも

 

「あのt38で撹乱するなんて、上手くやるじゃない」

 

だとさ。認められたと喜ぶべきか、プラウダに見下されてると怒るべきか。間をとってそうかい、と軽く返すだけにした

とりあえず今日は敵だしね

 

「カチューシャにはてこずっておいでですか?」

 

「マシにはなりましたがね。生憎私は今年から付き合い始めたばかりなもので」

 

「慣れれば易きですわ。黒森峰ほどじゃないけど心を読むのは苦手なようね」

 

「心への伝え方は学んでるんですがねぇ。あ、すみません。私はこれで」

 

「あら、どうなさるので?」

 

「いや、ここからは各校の隊長に対する案内ですので、西住ちゃんに任せます」

 

ここまでは竹谷氏のところまでの案内。そこで竹谷氏から試合会場内の案内。今回は観戦区域のみならずそれ以外に発砲禁止区域なども設けられるため、安全上の説明を行うのだが、それを竹谷氏直々にやるとのこと

なんでも破壊『して欲しい』地域を伝えるんだと。議員の基盤とか町会の兼ね合いとかいろいろあるんだろうね。私の知り得ないところで

 

 

さて事務もほどほどに、試合の時間は時間だ。また主審は蝶野さんだと

なんでも全国大会の後で休暇取ってる審判員が多いから、自衛官兼任で手が空いてて、かつ近場の富士駐屯地にいた蝶野さんが呼ばれたんだってさ

なんでほんとにやることになったんだこの試合……これか大洗町じゃなくて連盟主導っていうから尚更だ

 

そして今回の試合開始地点は前よりも結構北の方。土地勘はこちらの方がある

手を組んでる知波単の質はともかく、私たちも向こうの勝手がわかっている。試合については西住ちゃんに一任しているが、勝てる試合だろう負けても問題ないとはいえ勝った方がイメージ良いのは間違いない

 

予定時間の午後1時。それに伸びた白い煙が途切れる。そして軽い発砲音と共に、指令が下される

 

「前進!」

 

あ、パンツァーフォーじゃないの

 

 

 



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第44話 再来

 

 

「本日はお疲れ。まずは勝利した聖グロリアーナ、及びプラウダ高校を称えたい。そして参加を快諾してくれた知波単学園にも感謝の念を禁じ得ない。さらには審判団を派遣してくれた日本戦車道連盟北関東支部茨城第二管区。そして私ごとながら悲願の」

 

「かーしま、長い」

 

試合は負けた

 

そりゃ知波単が勝手に突っ込んで撃破されまくったらねぇ。残りは数、そして戦術で押されて、最後はカチューシャとダージリン対西住ちゃんで撃破された。そりゃ勝てんよ。致しかたなし

とはいえ知波単の愚行は皆の目の前で示された。そのお陰でウチの戦車道が弱いとされないのはありがたいかな

 

「では以上!みんなゆっくりしていってくれ!」

 

「はーい!」

 

そして要請通り北部の沿岸主要地帯は海上になって破壊されたし、特に苦情の類も舞い込んでいない。名前が上がったおかげか観光客数増加という話も来ており、開催自体は大成功と言っても過言じゃないだろう

 

 

ここは市街地から少し南の潮騒の湯。試合会場からは大きく外れているから、こうして健全な施設で露天風呂を楽しむことができる。ただ海辺なのに柵が立ってて見えないのは玉に瑕かな

 

そして各校歓談の場となっている。聖グロはティーポットを盆に乗せて浮かべているし、カチューシャはこの温泉が熱いだのなんだので揉めてる。変わらんねここらは

そして西ちゃんと西住ちゃんはなんだが互いに遜って面倒になってる

 

「いやー、極楽極楽」

 

とりあえず私はこの湯の中でとろけている。人がどう思っていようと、今はゆったり自分に集中できる

 

「負けたとはいえ、ですか?」

 

「だーいじょうぶだよ、もう。それにこれ扱いは練習試合だしね〜」

 

「ですね」

 

かーしま砲手に戻して撃破もできた。私は勝たねばならないという重石が抜けた以上、また前には出ずっぱらないようにしたい。次を五十鈴ちゃんにするとはいえ、関係は薄めておくに越したことはない

特に西住ちゃん卒業後を考えるとね

 

 

 

『大洗女子学園生徒会長の角谷杏様。大至急学園にお戻りください。繰り返します。角谷杏様、至急学園にお戻りください』

 

 

そのゆだりそうな頭を切り替えさせたのは、そんな館内放送だった

 

「どうしたんだ、急に」

 

「とにかく、先に戻ってるわ」

 

 

 

 

浴場から出たあとすぐ着替え、ケータイを確認すると何件か着信があった。田川ちゃん、飯尾ちゃんなどの名前が並ぶ。生徒会関係者からだ

しかも結構前から……風呂入った直後くらいからかな?私手続きあって入ったの最後の方だったけど

 

「角谷様で間違いないですか?」

 

土産の売ってる待合室を通り過ぎようとした時、浴衣の女性に止められた

 

「は、はい」

 

「外にタクシーを手配しました。学園艦の生徒会の方からすぐに、とのことでしたので……」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

なんだ、この逼迫した様子は

 

何が起こっている?

 

 

 

 

「大洗港まで」

 

「はい」

 

タクシーの運ちゃんはすぐに車を出した。とりあえず折り返すしかない。田川ちゃんの着信記録からすぐにかけ直す

 

「田川ちゃん?どうしたのさ?」

 

「か、会長!今どちらに……」

 

「潮騒出たところよ、今」

 

「す、すぐに戻ってください!学園が……学園が……」

 

「待て待て落ち着け一回深呼吸。一体何事だい?」

 

田川ちゃんの焦りようが尋常じゃない。そんな子じゃなかったと思ってたけど……廃校の話を振った時もそこまで驚いてなかったし

 

「が、学園艦に……文科省関係者と大量の県警が入ってきていて……文科省のお偉いさんが生徒会室に来て……」

 

文科省と県警?なんでそんなところがウチに入って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大洗女子学園は、廃校だって……」

 

「は?」

 

「しかも、今月末付で……それで早急に全員退艦するようにと……」

 

何を言っている?廃校は回避されたはずだ。何を今更、しかも新学期一週間前に今月末付だと?

 

「……そのお偉いさんを呼べ!すぐに代われ!」

 

「え?」

 

「早く!」

 

「は、はいぃ!」

 

ここに来るお偉いさんが、あの辻氏なら……まだ話が通じるかもしれない

 

「あの……生徒会長が変わってほしいと……」

 

「わかりました」

 

電話の向こうでは遠くでそんな会話が繰り広げられている。その声は非常に聞き覚えのあるものだった

 

「代わりました。久しぶりですね。君の予想通りから知りませんが、文部科学省学園艦教育局長の辻です」

 

「やはり……貴方でしたか」

 

「時間もないですし手短に。角谷くん、そこの田川くん、だったかな?彼女が先ほど申し上げたのは事実です。大洗女子学園は8月末日付で廃校。また学園艦は早期に解体するため、住民のみなさんには早期の退艦をお願いしており、そのために関東一帯の引越し業者を多く呼び寄せております」

 

「……ふざけるのも大概にしてください。年度末でもないのに廃校?即時退艦?住民は引越し?そんなことが許されるとでも?

それに何より我が校は戦車道大会優勝という形で実績を残しました。それから間もない時期に廃校にされるおつもりで?」

 

「許されるのかとか実績云々申されましても、この決定は内閣府で閣議決定されています故実行されない方が問題となってしまいますので……」

 

「閣議決定……?」

 

「まだマスコミには流れていませんので、ご存じなくても仕方ないかと思いますが。あ、それとこの退艦を妨げる場合は、いかなる場合を問わず住民の皆さんの補償を取り消しますので悪しからず」

 

「なっ……」

 

それをされれば住民は従わざるを得ない。ただでさえ引っ越しなのに、人によってはその場で即座に仕事を失う人もいる。今後を人質にされて逆らえる人間はこの学園艦にそうはいない

そして私にこう伝えてくる段階ということは、もう引っ越し手続きを実施している最中なのだろう

 

「あと大洗女子学園が廃止となる以上、そこでの戦車道も意味をなさないものと判断されました。戦車道の車輌に関しても文科省預かりを経て処分という形になります。前と同じマネをされたくないのでね」

 

ピースが埋まっていく。審判団の手配も曖昧な状況で文科省が戦車道連盟に試合の指示を出したか。連盟からしたら大洗のネームバリューを活かすチャンスだったのだろう。だが実態はこれだ

私と風紀委員のトップがいない隙にやってしまう。港との接続さえ絶ってしまえば、私たちは如何ともしがたい

 

「角谷くん、君とは住民の退艦手続き、及び学生の転校先決定までの一時待機について協議を求めます。至急の帰還をお願いします」

 

「転校先すら決まってないのですか!あと新学期まで一週間なんですよ!」

 

ふざけるな。なにが将来を補償しないだ。学生に限れば既に保証されてないようなもんだろうが!

 

「先に言っときますが、こんなことしてただで済むわけがない!退艦を許したとしても、私は必ずこの地に帰ってくる!」

 

「……再三申し上げますが、これはれっきとした決定ですので。ではお待ちしてます」

 

 

 

「か、会長……私たちはどうすれば……」

 

そりゃあこんなことを急に言われたら、混乱するわな。私だって冷静じゃいられない。あの辻氏が目に見える形で裏切ったのだ。あの懐石店での約束を破っているのだ

いや、彼は官僚だ。約束そのものがそれに逆らう形だったのだから、元に戻っただけなのかもしれないが

 

「……住民の将来を人質に取られている以上、現状では抵抗しようが……ない」

 

「そんな……きゃっ」

 

「それで宜しいんですか、会長!我々は勝ったのですよ!戦車道で勝利した!そして貴女はそれの陣頭に立った!

それを……それをそんなにすぐ、何もせずに捨ててよろしいのですか!この学園を守り抜くんじゃなかったんですか!」

 

ケータイをひったくってかけて来たのはあの飯尾ちゃんだ。ここまで感情的になる事は今まで見たことがないが……

 

「私は生徒会長、この学園都市の主だ!住民の安全だけはなんとしても守り続ける義務がある!そして何より……今の我々に抵抗の術はない」

 

 

実働可能な風紀委員は頭が今も風呂に浸かっている上、練度は年度末完成を目標にしていたから戦力としては未熟だ。県警と張り合ってまともに追い出せるとは思えん

そして風紀委員の抵抗と連動させる計画だった戦車はエキシビションマッチでボロボロ。しかも殲滅戦だったから修復しないとどれも使い物にならん

 

つまり追い出そうにも追い出す手段がない。そして抵抗に失敗すれば今以上の条件を突きつけられる。私の一存で行うには重すぎる

 

「今は……すまない。そこのお偉いさんの指示に従ってくれ……すまない……」

 

たった数分のことだった

窓の向こうに大量のコンテナが並び始めるまでのちょっとした時間で、大洗女子学園学園都市の未来は音を立てて崩れ落ちた

 

船舶科の業務改善が

被服科の事業誘致が

通学インフラの改善が

地方債発行による学園設備の改善が

そして戦車道の未来が

 

全て何も意味しないただの言葉と化した

 

 

 

「くそっ!」

 

「お、お客さん!車の椅子は蹴らないでくださいよ!」

 

私は無力だ

今目の鼻の先の学園艦が踏みにじられているのに、何もできやしない

 

大義は、廃校回避は正義であるべきだった。だが、その正義はこんなにも容易く踏みにじれるものだったのか

 

 

 



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第45話 目的

 

 

 

あの部屋だ。艦橋の奥にあるあの会議室。前に白石ちゃんと話していたところ

 

入って奥のソファーには、辻氏

 

机に肘を付け、手を正面で組む。そこにいるのが当たり前かのようだ

 

「角谷くん、久しぶりだね」

 

挨拶は抜きだ。そんなことをしてやる相手じゃない

 

その机に片手をつきながら飛び乗り、首元のネクタイの結び目に掴みかかった

 

大の男相手じゃ大したことはないだろうが、腕力なら多少の自信がある

 

睨み付ける。眼鏡の向こうにあるその男の目を

 

「……どういうつもりです?」

 

「私は国家公務員です。上が決めたとなればそれを実行するほかありません」

 

「なぜ……なぜこんなことに!大洗は優勝した!あの絶望的な状況から貴方の指示通り優勝したんだ!それなのに……」

 

「……申し訳ありません。私としてはもちろんあなた方を助けたかった。ですが……力不足でした」

 

「御託は結構!学園艦教育局長の貴方なら、学園艦対応に関してはアプローチ可能なはずです!」

 

「それは……私を買いかぶりすぎです。私の上、事務次官が内閣の廃校繰上げ方針に賛成したのです。そうなってはもう……まさか私も内閣と与党がそこまで強行するとは想定外でして……」

 

「……畜生!」

 

手を振り解き、立ち去ろうとする。こんな奴の……私たちを潰す側の官僚の話を聞いていた私がバカだった

こうなったら『一時的な』退艦は受け入れても、なんとしても奪回してみせる。

 

「……待ってください……現状ではどうしようもありません。しかし……この先ならまだ可能性があります」

 

「まだ言うんですか!今まさに約束を違えた人の話を誰が聞くと思うんです!」

 

「大洗の廃校が国に更なるデメリットをもたらす。しかも例えば国際的な信任に絡む話ができれば、それに関する話は伏せる代わりに大洗復活の手段を認めろ、とまだ上を動かせる可能性があります……すみません。私にはこれが限界です」

 

上を動かせる可能性……

 

「その際に決められる条件はかなり厳しいものとなるでしょう。ですが今回の決定がかなり強引に行われたものであるのも事実。隙はあるはずです

そして何より……君たちに存続の可能性を残したい」

 

「……二つほど質問してもいいですか?」

 

賭けたくはないが、他に手段もない。退艦と同時に戦車を没収されては、最早抵抗の術すらなくなる。風紀委員だけで奪回なんて死んでも考えてない。そんなことになったら風紀委員の発言力がえらいことになる

この人を信じるかどうかはこれらの返答次第か……

扉の前から引き返し、近くの椅子に腰掛ける

 

「いいでしょう」

 

「まず今回のことは閣議決定に依ると聞きましたが、なぜそんな早急なことを?

廃校するとしても卒業生のために年度末まで待つのが通例ですし、何より廃校準備校指定自体が今年度末の予定のはずです。わざわざ繰り上げる理由が見えません」

 

「……」

 

「ここの近くには人を近づけないよう命じてあります。何なら一回確認して来ましょう」

 

「いえ、その必要はありません。お話ししましょう

それは現在の政権の安定性に理由があります。現在の与党は今年末までしか保たないというのが、今の永田町での主流です。野党の反発と支持率に耐えられず、年末前には解散総選挙に打って出ざるを得ないと

学園艦、学園都市の数の縮小と権限縮小による集権強化は現与党の至上命題です。解散総選挙に出たとして、議席を減らして野党に転落しても新与党に対し影響力を持つ、その為には支持基盤だけでも固めねばならない」

 

無党派層は無視してでも基盤固めか……野党転落してでも、ねぇ……

 

「そして現与党への不満として主だったところは、先の衆院選で掲げたマニフェストの不徹底です。現実を知らない彼らがまともにできるわけがないのですが、だが何れにせよ掲げたことが達成できてないのですから支持は離れますし、実際離れています

だからこそこの大洗の廃校を強行することは彼らにとって政策実行力の象徴。それで支持を取り戻そうとしているんですよ。自分たちの政権が潰れる前に

仮にこの都市の1万程の有権者の票を捨てることと引き換えだとしても」

 

よーするに『こんなことできるんだぞー!凄いだろー!』を選挙で使うためってことか。ふざけんな馬鹿野郎

 

「ですが廃校準備校自体は他にもあります。なぜウチだけなんです?」

 

「先ほども申しました通り象徴ですから、ネームバリューが欲しいんですよ。そして彼らからしたら戦車道で優勝したあなた方は自分たちの政策実行を邪魔するものですし、都合が良かった

実際学園都市運営の上で失態として突けるところはあります。例えば風紀委員の武装訓練とかね?」

 

「ぐっ……」

 

知ってやがったか……

 

「武装といえどたいしたものではないことはこちらも承知しています。しかし……その行為自体が問題になり得ます。経緯が経緯とはいえ、独立心そのものですからね

さらに船舶科の一部の組織承認もですかね」

 

艦底か……

 

「それらに参加していた中には実際銃刀法違反や薬物取締法違反で捕まったことがある者もいます。そして今一番大きな組織の……お銀一派でしたかな?その前身からも逮捕者がいます

ここ数年を鑑みるにマシになっているのは事実ですが、犯罪歴のある組織の公認。それも今回の決定を後押ししてます」

 

「しかし彼らを鎮圧するとなると風紀委員の武装は必須ですし、多くの犠牲者が出るのも間違い無いでしょう。それでも鎮圧せよと言われるので?」

 

「それすら管理できない者に学園都市を、3万の民を預けるのが間違い。内閣はそう理屈を立てています

何れにせよ、今月末日付で大洗女子学園は廃校、及び住民は強制退艦。そして学園艦は早期解体が決められました」

 

早期解体、だと?

 

「解体に関して次期政権に絡ませないようにする。つまり自分たちの実績にしてしまう気ですね。解体されれば、廃校が回避できたところで戻る場所も無くなってしまいます。そうなったら君たちはどうにもできません」

 

「……信じるかはともかく、理屈としては理解しました。では二つ目です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方はなぜ、そもそも大洗を助けようとするのです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は生徒会長としてこの学園艦を、学園都市を守るため。竹谷氏は大洗町の市場保護と港湾周辺の再開発、そして町の若年層人口を守るため。これらは容易に理解できるものと思います」

 

そう、そこは非常に単純なのだ。政治家ゆえに選ばれた母体、組織は守らねばならない

 

「しかし貴方が読めない。深海研究保護とか申されていましたが、それはどう見ても貴方の直接的な利益じゃない。なんなら他の学園都市で研究設備のあるところに人材を移す。いや下手したら新たに施設を作ってそこに送ってもいいはずです

そしてそれを貴方が手配する必要すらない」

 

だがこの人は政治家ではない。民選されているわけじゃない。別に特段深海産業に責任を負う理由もない。農林水産省じゃないんだから

 

「廃校が回避されるなら貴方の理由なんて大したことではない、そう思っていましたが、事ここに至ってはそういう訳にもいきません

既に一度裏切った貴方を再び信頼するためにも、どうか教えていただきたい」

 

「……わかりました。どこまで通じるかはわかりませんが、お話ししましょう」

 

辻氏はちょっと椅子に座り直してから、先ほどよりさらに小さな声で話し始めた

 

「私は官僚です

国家公務員試験を経て実力を確認され、そしてさらにそれに受かった者たちとの競争の中で経験を積み、大変な法案策定の際ですと寝食を忘れて働くこともしばしば

国のために働くと志を立てて何十年、私は官僚としてその責務をこなしてきたと自負しています」

 

「それが何か……」

 

「単純に私の目的を申し上げるなら……政治主導とやらに実績を付けさせたくない、でしょうか」

 

マニフェストの結果としてのこの廃校を阻止したい、と言っているのか?

 

「……政治家がお嫌いなのですか?」

 

「今回動いている理由は好き嫌いの問題ではありませんが、どちらかといえば嫌いです。彼らは国民の支持を受けているので、仕事の関係で協力する必要はありますがね」

 

私との関係も、いわばそれか

 

「私の目的は……官僚主導に戻すとまではいきませんが、少しでも官僚の立ち位置を良くする。そのために政治家だけではまともに国の仕組みが回らないことを示したいんですよ」

 

政治主導。掛け声は良いが官僚がまともに動かねば何もできない。私がやってきた戦車道も生徒会のメンバーの協力がなければできなかっただろうし、他の案件も然りだ。もっともフォーラムのメンバーにも助けてもらってるけどね

政治家が頭なら、官僚は手足だ。頭だけの人間同様政府は優秀な官僚抜きでは何もできない

 

「それで政治家、すなわち与党議員だけで進めている今回の廃校計画は止める。すなわち大洗を廃校にしたくないと」

 

「そういうことです。ですから私は君たちが廃校された後どうなろうが知ったことではありません。ただ大洗が廃校にされなかった、その結果だけ欲しいのです」

 

「その点はこちらも構いません。廃校を回避した先は私たちが自分たちで対処せねばならないものですから」

 

多少は納得できるし、官僚、自分たちの利益のため、となればある程度は真面目にやっていただろうとは思う。だが……

 

「しかしここからは一市民としての意見ですが、仮に廃校回避がなされて解散総選挙でまた政権交代したとしても、一時期の官僚の汚職、官僚支配の弊害に対する悪印象は国民の中に残っています。再び官僚が主体となる政府には、少なくとも貴方が文科省に残っている間は易々とは戻らないでしょう

そして貴方が我が校を廃校にすることは、学園艦教育局長である貴方の立場そのものを脅かすことになるでしょう。廃校は貴方の実績でもあるんですから

それでも……本当に協力なさるのですか?」

 

「まぁ、私の、そして後輩たちの為になるのなら、悪くはないでしょう。それに……耳を近くしてくれます?」

 

元々小声気味だったが、私が耳を近づけると一層それは小さくなる

 

「秘密裏にですが野党にはこの案件は流してあり、了承も取り付けてあるのです。廃校回避が成り立ち、野党中心の新政権が誕生すれば廃校絡みの話も鳴りを潜めるでしょうし、なんなら廃校準備校の撤回もあり得ます

与党がここまで強引なことをするのはそれが理由です。野党は学園都市の自治承認を復活させるつもりですし

そうすれば私の地位云々はそうそう変わりません。一時的な降格人事はあるかもしれませんがね」

 

「なるほど……」

 

裏道もちゃんと確保か……そして私たちが廃校に成功すれば、それは自分の実績とする。廃校に失敗したら、支持基盤を守ったという実績で野党に食い込む

どちらに転んでも自分の損はそこまで大きくならない、ってわけだね

 

「ほぼないとは思いますが、万が一の事態があったら、君の学園都市で雇ってくれませんか?」

 

「面白いこと言いますね。これからの貴方は都市民の敵ですよ?」

 

「ですが私は一時期建設省に派遣されてたこともあります。そこの経験があるからこそ今の地位に就いている、とも言えます。今後都市、教育で改革を行うつもりなら、助言くらいはできますよ?」

 

「思いっきり天下りの要求だねぇ」

 

「世に天下りの尽きぬはそれが必要とされているからなんですよ」

 

確かに元文科省の幹部。それだけでも人としてはともかく実力は信じるに値する。そしてその知恵と知識。今後の都市行政改革を進める上でこれ以上の人材はなかなか見つからないだろう

ただの国交省絡みを引っ張ってくるのとは訳が違う。学園都市には学園都市ならではのやり方がある。その為にこれ以上に都合の良い人材はいない

 

「……私に廃校の情報リークしてくれたのは事実ですし、それ以降も何度か助けていただきました。そのお礼ですが万が一の際はウチに来てください。流石に局長級の待遇にはできませんが、生徒会参与の地位でも新設してお待ちしてます」

 

「ありがとうございます。では角谷くん、君にはなんとか私に上を納得させられる条件を持ち込んでください。それに返せる条件も厳しくならざるを得ないですが……やれる限りはやってみましょう」

 

「厳しい……となると、どのくらいのでしょう?」

 

「最低でも今回の全国大会優勝よりハードルが高くなるのは確実でしょう。その上で条件がどうなるかは上の反応とあなたが持ってくるデメリット次第です

こちらは上に『不可能だ』と思わせる条件を持っていくしかないのです。どう見ても失敗する条件で納得するなら撤回しても別にいいだろう、とね

だとするとあなた方の成した全国大会優勝以上に困難な条件になるのはやむを得ません」

 

おいおいおいおい。冗談じゃないぞ

そんな簡単に優勝できるものでもないのにそれ以上だと?戦車道だったらほぼ無理と言っているようなものじゃないか

 

かといって今更他でなんとかしようとしたってそんな都合のいいものはないしなぁ……

 

「……なんとかするしかないわけですね」

 

「すみませんがそういうことです」

 

そしてまたこうして私は一人で精神すり潰すことになるわけだな。また一からやり直しってわけだよ。戦車道での優勝を否定されたら残るものなんて大したものはない

 

「仕方ありません。その線で話を持ち込みましょう」

 

あてもないけど

 

「あとこの時間は君に今後の動きについて教える時間の予定だったので、手短にそれを」

 

「いやすぐ教えてくださいよそれ。一時待機する場所だってばらけるんでしょうし、そうなったら生徒会の人員分散させなきゃいけないんですよ?」

 

「そういうことです」

 

「……生徒の分散については?」

 

「そちらに任せます。待機場所としては大子町の旧上岡小、日立市の小貝集会所など計17箇所を県内に用意してますので」

 

とりあえず戦車道メンバーを一つのところにまとめることはできるんだな。もっとも戦車が残せなきゃ意味がないんだが……

 

「早期と言いましたが、本当に早めにお願いします。下手に遅らせると遅滞戦術かと私とあなたの関係が疑われかねません」

 

「お任せを。大洗女子学園が後ろめたいことのない健全な学園だと、そこの生徒会が滞りのない行政をしていたと証明する為にも、明日中に退去手続きを済ませてみせましょう」

 

この時点から勝負だ。少なくとも世論に訴えかける状況だけは整えておかねばならない。その為にはこっちに問題があったとしてはいけない。完全に国の横暴だとの体裁を取らねばならないのだ

とはいえそのハードルはかなり重い。向こうだって政治家だ。民心掌握云々は向こうが上手だろう。そもそも学園の知名度も戦車道によって上がったとはいえ、県外はおろか全国だと限界がある

まだやるべきことは山積みだな

 

 

「辻さん。最後に一つお願い良いですか?」

 

「どうしました?」

 

「なに、一緒に来てもらうだけで良いんですよ」

 

 

 

 

 



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第46話 校門前

 

 

「校門前だそうですが……そこで何が?」

 

私と辻氏は捕まえたタクシーの中にいた。タクシーはトラックの並ぶ通りの隙間を所狭しと駆けていく

 

「そろそろなんですよ。戦車道のメンバーが車輌の簡単な整備を終えて帰ってくるのが」

 

「そこに行けと」

 

「そうです。そうすれば皆にとって恨みの対象は貴方になる。国そのものより貴方としてしまった方が皆にはわかりやすいのでね。そのくらいは頼んでもいいでしょう?」

 

「はぁ……そのくらいなら構いませんが」

 

こいつの思惑さえ潰せばいい、とただ怒りの対象となるだけだ。戻ってきた後でも恨みは残るかもしれないが、そもそもここに戻った後で顔を合わせる機会があるかすらわからない。このくらいやらせてもいいだろう

 

「私の方からも彼女らには直々に伝えますが、話の入りは貴方にお願いしたい」

 

「はぁ……しかし、私の方からも一ついいですかな?彼女らに伝える上でですが」

 

この期に及んでなんだというのか

 

「そちらに都合の悪いものじゃありませんよ」

 

 

 

 

 

 

「君たち、勝手に入っては困るよ」

 

そして彼はその点に関してのみ約束を守っている。そして思っていた通り、『Keep Out』のテープでがんじがらめにされた校門の外に立ち尽くしていた

 

「あの、私たちはここの生徒です」

 

「君たちは生徒ではない」

 

駄目だ。私は怒りを見せてはいけない、彼女らの前では、決して……

 

「どういうことですか?」

 

「君から説明しておきたまえ」

 

辻氏は私の前から立ち去った。私と彼女ら、その間の壁はない

 

「会長!どうしたんですか、会長!」

 

「会長!」

 

まだ小山とかーしまにも話は届いていなかったらしい。今の生徒会室はそれどころじゃないしね。さっきの処理の話しちゃったし

 

そして、私もこの言葉を口にせざるを得ない

非常に屈辱的だ。だがその屈辱の道を選んだのも、私だ

 

そう、本来ならそこの辻氏と駐屯する県警を血祭りにあげて反乱を起こしてもいいのだ。だが……私がその道を選ばなかったのだ

 

「大洗女子学園は……8月31日付けで廃校が決定した」

 

「ええっ!」

 

彼女らにとっては驚き以外の何物でもないだろう

 

「それに基づき、学園艦は解体される」

 

「戦車道大会で優勝したら、廃校は免れるって……」

 

彼女らは私のその言葉を信じて戦っていたのだから

 

「あの言葉は……確約ではなかったそうだ」

 

「何っ!」

 

「存続を検討しても良いという意味で、正式に取り決めたわけではないそうだ」

 

そして先程出されたのが、国に関する話は控えたほうがいい、とのことだった。国の細かい話をしても皆こんがらがるだけだろうから、とね。後々各々で知ればいいだろう

嘘ではないしね。ほぼ実現に近い段階まで検討されていたが、閣議決定で捻り潰されたというのが真実だし

 

「そんな……」

 

「それにしても急すぎます!」

 

「そうです。廃校にしろ、もともとは3月末のはずじゃ……」

 

「検討した結果、3月末では遅いという結論に至ったそうだ」

 

遅いだろうよ。与党どもの首の皮が繋がってないだろうからなぁ!

ふっざけんなよあいつら。とっとと過半数割って内部分裂加速でもしやがれや

 

「なんでそうなるんですかぁ!」

 

かーしまはもう泣いている。こっちのほうがまだ予想できたことではあったが

 

「じゃあ、私たちの戦いは何だったんですか。学校がなくならないために頑張ったのに……」

 

そうだ。何をやっていたというのだ、私は。ここで今、彼女たちがもってきた結果を潰しているのだ。私は彼女たちが澤ちゃんのその言葉が刺さる

私はこの実績片手にもっと学園存続確定のために動くべきだったのだ。一本道に絞る必要はなかったし、これだけの横暴だ。止めようはあったはずだ

ただその結果に甘んじて動かなかった、何とかなるだろうと思ってしまっていた私の責任だ。皆が全力を投じて掴んだ結果を一銭の価値もないガラクタにしたのは、私だ

そして気づいた時にはこのザマだ。彼女たちが必死にもたらしたものだったはずだったのに

 

 

「納得できん!我々は抵抗する!」

 

「何をするの?」

 

「学校に立て篭もるぅ!」

 

そしてもちろん、この流れが来るだろう。戦車は修復済み。戦車のみならまだ一戦するだけなら可能だろう

 

だが風紀委員の準備不足、そして住民の安全、安定と引き換えになった時私には決断ができなかった

 

「残念ながら本当に廃校なんだ!」

 

それに何より、もう遅い。これからの抵抗はここの住民すら敵に回す

有権者の支持を失った武装組織など、辿る末路は決まっているものだ。この状況ならなおさら

 

「我々が抵抗すれば、艦内にいる一般の人の再就職は斡旋しない。全て解雇にすると言われた」

 

「酷すぎる……」

 

校門に縋り付いていたかーしまが崩れ落ちる

 

「じゃあ何?学校がなくなるってことは、私たち風紀委員じゃなくなるわけ?」

 

「バレー部、永久に復活できないです!」

 

「自動車部も解散かぁ……」

 

「私たちも1年生じゃなくなるの?」

 

安心しな、すぐにその地位に戻してやるよ。そんな言葉が言えたらどれほど良いだろうか。だが仮にも文科省の役人の手前、味方だったとしても易々とそういうことは口にできない

今の、生徒会長としての地位すら怪しい私に口にできるのは

 

「みんな静かに。今は落ち着いて指示に従ってくれ」

 

そんな何も価値のない戯言だけだ

 

「会長、それで良いんですか?」

 

良いはずがないが、さっきの風紀委員と同じく今の私には何もないのだ。この先の道すらも……あるのかわからない

小山は……ある程度わかっているだろうけど、どこまでわかっているかな?

 

「みんな、聞こえたよね。申し訳ないけど寮の人は寮に戻って。自宅の人も家族の人と引越しの準備をしてください」

 

何も言えない私に代わり、小山が皆にやるべきことを伝えてくれた。そして私はこの場を立ち去り、事務作業の山と格闘する

 

 

「あの……戦車はどうなるんですか?」

 

かと思っていた私を、西住ちゃんのその一言が引き留めた

 

「……全て文科省預かりとなる」

 

この人の手前嘘はつけない。そのまま処分予定と言わないのがささやかな抵抗かな

 

「戦車まで取り上げられるんですか」

 

「そんなぁ……」

 

そう。その結果くるのは絶望。一度は危機を救ったに見えた戦車道すら、私たちには残らない。だったら何が残る?全てを失った今、ここから反撃の術などあるものか。戦車道大会優勝以上の結果を残せる方法なぞあるものか

世論を使った争いにはなるだろう。奴らを一分一秒でも早く政権から引き摺り下ろすための。だがそれだけでは時間がかかるし、何よりたった一つの身分すら失った学生如きによってそうそう早まるものでもない

その間に学園艦が解体されてしまえば、仮に廃校回避をとりつけ得ることをしてももう遅い

 

あの場でこそ威勢のいいことを言ってみたものの、今目の前にあるのは間違いなく1月頭よりもかなりの難題である。彼女らの反応は、私にそれを思い起こさせるには十分すぎた。そして私の無力さにも

 

「……すまない」

 

私は公約を守れない道、それもほぼ底無し沼に片足を突っ込んでいる。ただ平謝りするしかなかった。辞任しようにも選挙どころではないし。さっき一瞬上向いた気分はどこへ行ったのやら

 

 

 

 

戦車道の皆を家に帰し、艦橋。訪れていたのは通夜であった。文字通り学園艦の通夜、そう言って差し支えないだろう

 

「私たちが今できるのは、学園艦の引き渡しに一切の滞りを起こさないことだ。学園艦を、学園都市を預かる者の責務として、市民にほんの少しでも不満を持たせるな!

私はこの生徒会の主人として、ここの仕事に携わってきた者として、生徒会の都市管理に一切の不安はない!明日中だ。明日中には市民含め全員退艦させる。お銀派を通じて艦底も引き摺り出せ!」

 

「む、無茶です!都市住民3万人を……全員ですか?」

 

「そうだ、無茶も承知だ。だがこの大洗女子学園生徒会、その実力だけは人に蔑まれるものではないと示すんだ!」

 

見渡すと皆似たような顔だ。とんでもなく苦いものを口に含んでいる

この暴虐を前に何もできない。それは皆知っている。私が来るまで『本当に何もできなかった』のだから。私抜きでもそこで手を抜く人を揃えてはない

 

「……くそがっ!」

 

この怒気は、新年早々を遥かに上回っている

 

「みんな、気持ちはわかるけど今はやるべき事をするほかないの。そして早くやった方が印象いいから、みんなやりましょう!」

 

小山が加勢する。私と小山、その二人の支持が併されば……

 

「会長……誰が何と言おうと私は必ずこの地を踏みましょう、明後日より先のいつか、再び」

 

田川ちゃん……が、か

 

「だが、今ではない。あなたはそう仰るはずだ。ここで諦めるような方ではない。仮にそうでなかったら、あなたは『角谷杏』じゃない」

 

「……」

 

今は甲板に集中しているかもしれないが、ここにも文科省の目があるかもしれない。だがこれに応えなければ……

私直属だった田川ちゃんがこうなのだ。下手なことを言えば彼らは私の手から離れる

私の手からこの生徒会が離れたら……想像しただけで背中を冷や汗が伝う

 

「……私は次の代が決まるまでここの生徒会長だよ。それがルールだからね」

 

……ギリギリだが、今はまだ大洗女子学園は存続している。そのルールに乗っかっただけと言い訳は効く。これが限界だ

辻氏の前以外では……私は従順でなくてはならない

 

「……よし、みんなやりましょう!財政と税務、それと都市衛生は都市開発の手伝いで窓口受付。学園課は業務書類の処理!校外交流は各校及び艦底への伝達!それ以外はここ生徒会室の片付けね!いい!」

 

「はいっ!」

 

小山には今日は本当に助けられてばかりだ。これで終わったとは思えないけどね

 

 

 

 

 

「こんな形でこの学校と別れることになるなんて、思わなかったね」

 

小山も都市開発課自体は下に任せているため、その他の仲間でここ生徒会室を片付けている。撫でているのは、今までの書類の山。今年出されたものも多い

 

「もう、決議案も予算案の書類も、要らないのかな……」

 

……無駄にはしたくないが、現状無駄になる確率こそが一番高いのも事実。というかほぼそれだ。博打にしたらそのまま廃校にかけた人が手数料だけで損をする

そして何より……私自身この先のプランを一切描けていない。戦車はまさに我々の武器。そうそう処分するのを見過ごしてくれるとは思えない

そして文科省に持っていかれたら最後、抗える手段は……そうだねぇ、亡命政権でも立てて演説でもする?いやダメだ。国は解体まで4年も待ってくれやしない。そしたら残る道は他校を借りての亡命政権か……

 

いや、なおさら無理だろう。ウチを亡命政権として抱えるということは、政府方針に思いっきり反発することだ。私たちを使ったのはネームバリューを使った見せしめの側面もあるようだ

 

つまり私たちを匿うということは、国の方針になおも反発するっていうことだ。流石に軍事最強の黒森峰でも、GDP(国じゃないけど)最強のプラウダでも、資金力最強のサンダースでも、国に、つまり究極的に自衛隊に抗う術はない

仮に警察と揉めたら公務執行妨害でブタ箱入りだ。いくら自治権あるとはいえ、日本国憲法下の法に逆らえる理屈は立たない

 

何より国がこうして手段を選ばないことを示しているから、学園都市は仮に政権が早めに潰れるものだとしても、少なくとも今年中は反抗を表立ってすることはないだろう。つまりウチに手を貸すところはない

仮に私が他校の幹部だったら、死んでも手は貸さないね。貸したところでメリットはたかが知れてるし

 

「これは全部持っていくぞ。これは我々の……歴史だからな」

 

「この椅子も持って行くからなー」

 

私はちょっと前の気楽な姿にまた戻ろうとしている。今の私には本当に何もないのだ。何も期待させない姿が、一番いい。何もできないのが結末かもしれない

 

そしてまぁ……このタイミングで電話だ

 

相手は予想のつく範囲内。竹谷氏

 

 

 

「か、角谷くん……どうするつもりだね?」

 

向こうが望むのは廃校阻止のための動きだろう。この都市存続を望んでいるのは向こうも同じ。しかしこうして電話かけて求めてくるくらいなら、国道封鎖して引越し業者を止めてくれればよかったのだが……

 

「どうするも何も……こうされてしまっては受け入れる他ありません。今の時点では、学園艦からの住民の早期退艦を進めています」

 

「な……受け入れるというのかね?この……廃校を!」

 

こちらの抵抗しない様。それに対する向こうの驚愕が見える

 

「……住民の安全を、この先の雇用を人質に取られた以上、私は少なくとも今は彼らの将来を取ります」

 

「だ、だが前にも言ったと思うが、これが受け入れられてしまったら……」

 

そう。大洗の町も終わる。高齢化率がとんでもない割合の単なる田舎町になりさがる

だがそれは……私にはなおさらどうともしがたい。私は少なくとも約定通り戦車道大会優勝という実績をもたらした。それでもあの三人での合意がならなかった以上、最早故郷に錦どころか泥をぶっかけることしかできない

 

「それはわかっています。が……申し訳ありません。この生徒会長としての地位すら怪しい私には……確定的なことは何も……」

 

「……そう、か」

 

「私もこの身分である以上最善は尽くしますが、情勢が情勢ですので……」

 

「……わかった。何かあったら教えてくれ」

 

かといって特段頼むこともない。なにせこの大量の引越し業者を止めることすらできないのだ。集められるのは交通安全の旗を持ったお年寄りのボランティアが精一杯

そして資金力、政治的発言力、大洗内部ならともかく、国を相手にする上では一地方公共団体の力はあまりに弱い。それに彼の目的はほぼ達成された。今から何を報酬に協力を頼むというのだ

 

私たちは3人はそれぞれ足の一つとなって一つの目標、大洗の存続に向かって進んでいた。だが足の一つが欠け、目標も消えつつある今、この器は私たちの願いを汲み取るには足りない

 

 

 

 



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第47話 馬鹿

 

ケータイの画面を一旦閉じて椅子に深く座りこむ

 

「ふぅ……」

 

見えぬ息を吐き出した先には、白い天井に少し青っぽく光る蛍光灯。私がこの先どうなるかは知らないが、この光景も見なくなってしまうのだろうか……

 

「角谷会長……客人です……」

 

首を回す契機となったのは、受付を担当していた中3の一人が、やつれた顔で取り次いだことだった

 

「誰?」

 

「それが、クラブの……丘珠さんです」

 

「クラブがなんだというんだ、このクソ忙しい時に……下手な用なら帰してしまえ」

 

かーしまはお銀派への連絡に四苦八苦しているからか、廃校に未だ憤りを覚えているからか、気が立っている

しかしクラブ……ねぇ。議会も意味が消えたというのに

 

「急ぎとのことですが……どうしましょう?」

 

「なら呼んでくれ。流石に用もないのにくるほど空気の読めない子じゃないよ」

 

 

そしてこちらも背中を丸め怯えた様子で生徒会長室に入ってきた

 

「あの……角谷会長、このような事態の最中に失礼します」

 

「わかってくれてるなら手短に頼むよ」

 

「はい。サンダース大学の夏村さんからの連絡で……」

 

 

 

 

 

「は?」

 

いくら私でも、アイツらの話のデカさを見にしみて知っていた私でも、彼女の一言は理解しがたかった

 

「驚かれるかもしれませんが、事実です。何度も確認しました……すぐに船舶科に問い合わせませんと……」

 

「いや、帰らせろ!これが政府の意向によるものかは分からないけど、どちらにせよそうするしかない!大橋ちゃんに繋げて!すぐに!」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

「大橋ちゃん。繋がってる?」

 

「はい。お話に聞いた通り、サンダース大学所属を名乗る航空機との通信が繋がっています。向こうは当学園艦への着陸要請を出しているのですが……C-5程の機体になりますと……」

 

サンダースの飛行機。その名前の機体は知らないが、まぁまたバカでかいものだろう。だからうちには空港はないと……

 

「来ても着陸できないだろう」

 

「私もそう思うのですが、向こうが校庭ほどの広さがあれば問題ないとのことで……」

 

それサンダース基準じゃないといいけどね。無理でなくても引き上げてもらうつもりだけど

 

「……理由は?」

 

「なんでも『引っ越しの手伝い』だそうですが……」

 

引っ越し……ねぇ。政府に呼ばれて退艦の手伝いにでも来たか。サンダースからしたらウチは大会で負けた相手だし、仮にケイがどう思ってようと学園が国に手を貸すのはあり得ないわけじゃない

来年自分たちが優勝する為に敵候補を潰すのを手伝う。戦車道が学園都市の威信としての性質を持つ以上、十分ある話だ。逆に我々を助ける動機はない。サンダースは関東の学園都市との連携は薄いしね

 

……仮にこれが学園都市執行部の意向に背いたものだったら、尚更帰さねばなるまい。ここで下手にサンダースが何かしら関わっていたとなったら、サンダースの存続に悪影響を与えかねん

私自身サンダースを守る義務はない。だけど……彼女らの母校まで私たちのせいで廃艦になったりしたらいただけない

 

「通信は誰から?治安維持隊辺り?」

 

「『ケイ』、そう名乗ればアンジーならわかる、と。アンジーって会長で合ってます?」

 

「へ?」

 

ケイ?

 

「……あ、いや、多分合ってる。代わってくれるかい?」

 

思わぬ名前が飛び出したが、やることは変わらない。考えられるのは……サンダースが国に協力するのにケイを使ったか、ケイが私たちに何かしら協力するために無断で持ち出したか。飛行機は戦車道で使わないからね

後者なら……尚更返さなくてはなるまい。私たちは泥舟だ。握らせるには脆すぎる

 

「ハァイ、アンジー!大変なことになったわね……」

 

悶々としている最中に、あの明るい声が刺さる。いやこれでもいつもより暗いか

 

「なんだい運送業者。こちらはもう文科省がありったけ業者呼んでくれてるから必要ないんだが……」

 

もう駄洒落を言う余裕はない

 

「あら、私たちはその業者が運んでくれないものを運びに来たのよ」

 

「運んでくれないもの?なんだ、この気に水産施設でも奪いに来たのか?艦内の施設は持ち出すのが面倒でね、やってくれるなら助かるが……」

 

「ノンノン、なんで私たちが来てそんなものなのよ?戦車よ戦車」

 

戦車を、サンダースが持っていくだと?この隙に文科省より先に手に入れる算段か?

 

「……ウチ、アメリカ製はM3Leeしかないけど、要るのかい?しかもサンダースはもうありったけ戦車あるだろうに」

 

「ありったけあるからこそ、8輌くらいなら誤魔化しも効くのよ!」

 

「いや、誤魔化し効くというか、わざわざ輸送機飛ばしてまで要るのかい?元々は売れ残りだよ、ウチの戦車」

 

なんか話が噛み合わないな……

 

「アンジーたち必要なんでしょ?」

 

「そりゃ有れば嬉しいけど、だったらなんで君たちが出てくるのさ?」

 

「一回貰って後で返しに行くからよ」

 

……え?

 

「まさかとは思うけど……ウチに、協力する気かい?廃校決定してるんだよ?それに……国にバレるリスクを払ってまでそんなことして……そっちにいいことなんて一つもないだろう……

つまりサンダースが君らの行動を承認しているとは思えない。恐らくだけどケイ、君の独断だね」

 

「……流石ね。確かにこれは私の独断よ。この飛行機自体は戦車道も使ってるけどね」

 

「だったら君は引き揚げるべきだ。こんな国への反抗、君が独断でやって許される範疇じゃない」

 

「いいえ、私は行くわ。だって正直、あなた達から戦車が奪われたら、この決定をひっくり返すなんて絶対できないじゃない」

 

それは否定できない

 

「それにこんな横暴、どう考えても戦車道の侮辱だし、そしてフェアじゃないわ。私の友達にこんなことする奴らに味方するって言うなら、大学なんて知らない」

 

「なっ……だったら尚更やめたほうがいい!そもそも君は私たちとは関係ないんだ!君の将来なんかと天秤にかけるものじゃ……」

 

「戦車道をやるもの同士という関係はあるし、何よりその天秤にかけた結果よ。友達を助ける、それは私の信条なの。これを無くしたら私は私じゃなくなる。私じゃなくなってまで、将来には拘わりたくないわ

預かった戦車は後日指定された場所に届けるわ。だから着陸を認めてくれない?」

 

馬鹿なことを……馬鹿、か。ここまで言うとは本当の馬鹿か

 

「……わかった、認めよう。本当にウチの校庭に着陸できるんだろうね?サンダースのよりはるかに狭いよ?」

 

「オフコースよ!でも、校庭に斜めにライトを並べて置いてくれると助かるわ!30分後ね!」

 

馬鹿は使ったもん勝ち、相手の戦略的ミスは利用するに限る、そう考えることにしよう。急すぎるけど

 

「了解した!」

 

人を思いすぎる奴のおかげで戦車を残せる。戦車がある。それだけで立ちはだかる壁に、ただ一つ楔を打ち込むことができた

そして私たちが先に繋げられた。これに国が対応していないところを見るに、私たちが退艦を素直に受け入れたことから警戒緩めているね

 

「……校庭に着陸させるから、着陸誘導お願いするね」

 

「え、本当に許すんですか?やれと言われましたら全力を尽くしますけど……」

 

「勿論。これで戻ってこれる確率は倍以上にできるさ」

 

「倍以上って……そもそもゼロなら何倍してもゼロじゃ……」

 

「私は……元々諦めてないよ」

 

これを言うのは賭けだ。これで後日何かあれば私の予想が間違っていたことになるが、だがこれだけは口に出しておきたい

 

「私は……ここに戻ってみせる!さぁ、準備だよ!」

 

馬鹿から学ぶこともある。私じゃなくなってまで将来には……か

政治家として私が私であるためには、諦めかけていた廃校回避が必要なようだ

 

 

 

 

「えっと……話はわかりましたが、どうするんですか?」

 

理解ができないし藪から棒の話だが、対応は全力で、だ。先ほどから浮き沈みが激しすぎるとは思っているが、それだけのことだ

 

「まず言われた通り滑走路の代わりになるようグラウンドにライト設置。これは窓口と片付けの手が空いたメンバーを回す!そして小山、書類で何とかしといて!」

 

「わかりました」

 

「あと30分もないよ!急いで!」

 

学園からは必要な備品を運び出して閉鎖されている。もう役人と警察の目はひっきりなしに港を往復する市民の荷物に釘付けだろう。戦車は運び出すところで見張っているだろうし、文科省が最後に運び出す気らしいしね

 

だからこそ、この空からの一手は大きいはず

 

 

 

グラウンドには斜め一直線の白線を2本引き、そこに等間隔に高出力のライトを並べていく。距離は隣の練習場前と繋ぎ合わせても数百mが精一杯だけど、ほんとうにこれで着陸できるのだろうか……普通2000mとかなんじゃないの?滑走路って

 

「会長!」

 

「小山、どうやった?」

 

「全車輌の紛失届を作成しました。最悪問い詰められても学園艦を引き渡すので中をそちらで調べればいい、と逃れられますので何とかなるかと」

 

「OKOK。誰か来る気配は?」

 

「風紀委員を集めるまでいかなかったので正確にはわかりませんが、妨害されたという話はありません」

 

辻さんが見逃してくれているのか、それとも向こうも急な話だったらしいからゴタゴタ続きなのか。どちらにせよこちらに都合の良いのは間違いない

 

「大橋ちゃん、向こうと繋がってる?」

 

「はい、向こうはこちらの滑走路の確認中とのことです。確認次第私からお伝えしますので、5分以内に滑走路周辺から退避してください!」

 

ふむ……あと5分ちょっと、か

 

「んで、飛行機が着陸する時ってどのくらい離れてれば良いもんだろうね」

 

「このタイミングで、ですか……」

 

なぜかこのタイミングで、この校舎に戦車道メンバーが集まり始めているのだ。皆丁度寮や家の片付けがある程度まとまってきたところで最後のお別れに、といった感じかな

 

都合は決して悪くない。この戦車道のメンバーがほぼいる状況で戦車が救われる姿を見せられるのは、この絶望的な状況から希望を持たせられる点で大きい

 

「混乱は?」

 

「ウサギさんチームがウサギの飼育小屋からウサギを逃してしまったことくらいですね。校舎の外に逃げてしまったらしくて……あとはアヒルさんが勝手にバレーボール持ち出したくらいかと」

 

「ならいいか……ま、本当に来たら皆音やらなんやらで勝手に集まってくるでしょ」

 

その時の管理は……今ここにいる生徒会のメンバーでなんとかなるかな

 

 

 

そして間もなく、音が、光が、ここに近づいてくる。地面も結構明るいので目立ちにくいが、それでも確実にそのライトをこちらに向けている

 

思っていた通り通そうにしてはえらくはっきりと見える機体だった。そしてそれは凄まじい音をかき鳴らしながら大きくなっていく

 

「そろそろか……点けて!」

 

着陸直前に一斉点灯。明るすぎるとバレる危険があるから、ギリギリまで引きつけた

 

そしてはっきりと姿を現した白い巨体は、校庭の砂利など気にも止めず機体をほぼ覆う勢いで巻き上げていった。周りには私の身体すら吹っ飛ばしそうな風が吹き荒れる。大丈夫だったけど、校舎の窓ガラスが割れそうで怖かったよ

それと制動距離が足りるか不安だったけど、それは問題ないようだね。飛行機もこんな急に止まれるもんなんだ

 

「ひょぉー……」

 

「やはり随分と……豪快ですね」

 

「だねぇ。とにかく歓待の時間だよ」

 

雑談はこの嵐がかき消してくれる

 

 

 

 

 

思った通り、校庭付近に集っていた戦車道履修者はこの音と光に群がってくる。が、一方で距離はある程度取ってくれている

近づいてきたのは静止した後の秋山ちゃんくらいか

 

「サンダースがウチの戦車を預かってくれるそうだ」

 

かーしまに言葉にさせた時のこの違和感よ。何故かはいまだにイマイチ理解できないが、やってくれるのならまぁいいか

 

「大丈夫なんですか?」

 

「紛失したという書類を作ったわ」

 

「これでスクラップにされずに済むね」

 

武器が手元に残る、大きな交渉カードだ。これからどんな条件をわらしべ長者のように捕まえられるかね

 

 

 

 

 

「お待たせ」

 

タラップを降ろして3人降りてくる。部下も連れてやらかしたみたいだね

 

「全く、世話かけさせるわね」

 

その言葉はそちらの隊長に言え。というか巻き添えに近いぞ実質

 

「サンキューサンキュー!」

 

「こんなのお安い御用よ!」

 

そして英雄を気取りたい人間に対しては、こちらは感謝の意を示して持ち上げていればいい。人助けだなんだ言っていたが、結局は自尊心の埋め合わせの材料だ。褒めよ讃えよとやっていればいいのだ

こっちにそれをする理由もあるんだけどね。感謝という意味で

 

「さぁみんな、ハリアップ!」

 

「はい!」

 

 

 



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第48話 言わぬ

 

 

私が警戒するべきは彼らが無事帰れるかだ。ただでさえ戦車が詰め込まれまくって重いのに、飛行を妨害されるようなことがあれば戦車はもちろん彼らの身も危ない

 

「大橋ちゃんに周辺航空機への伝達を頼んでくれる?」

 

「はい。予定外の飛行ですから、そこの管理は重点的に行わせます」

 

「それとサンダース側、燃料足りてんの?今航行しているところとかなり距離あるはずだよ?」

 

彼らは本来九州の学園艦だ。それで夏休み直前。母港の近くにいるはずだろう。往復2000km。ここで給油できない以上ハードルは高いはず

すまないね。そういう資源も降ろすんだわ。しかも危険物は真っ先に

 

「他の学園都市に給油での立ち寄り許可をもらってはどうでしょう?幸い今の時期なら把握は容易ですし」

 

「他が受け入れるかね?ウチの手助けそのものだよ?」

 

「サンダースの飛行機ですし、親サンダースのところに絞ればいけるのでは?」

 

「航路上で新サンダース……となると、コアラの森かな?」

 

「聖グロに話がつけばワッフルあたりも候補ですね」

 

「少なくとも公立はNOだろうしねぇ」

 

公立はうちに協力する真似なんて尚更できまい。そんなことして補助金削減くらいで済んだらマシな方だしね

戦車道優勝校が潰されるからその抵抗を助けて、なら戦車道やっているところに対し多少の交渉材料になるだろう

 

「とりあえずコアラに繋いでみます」

 

「OKOK。こっちには向こうから話しつけとくさ」

 

こっちも助かってるとはいえ、何でこんなことまで考慮せねばならんのだ。まぁ今日1日のことだ。向こうも特に考えず突発的に来たのだろう

 

そりゃ行きの段階で燃料満タンにしてきても、こんだけ戦車乗っけて帰るんだから燃料消費は馬鹿にならないわな

 

そんな中、最後の一輌が機体の後ろから登って腹の中に吸い込まれる。というかデカいとは思ってたけど、本当に8輌入るのね

 

「確かに預かったわ!移動先がわかったら連絡頂戴!」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「届けてあげるわ」

 

西住ちゃんとのやりとりは私の耳にも入る。戦車の詰め込み自体は人がほぼ揃っていたというのもあってサクサク進んでいた

さて、出発前に取り付けられるかな。墜落されたら困るのでね

 

「コアラの森から連絡です。『サンダース所属機なら給油を受け入れる。ただしそれ以外の積み荷の詰め下ろしは禁止』とのこと」

 

「よしよし」

 

逃げたね。積荷を知らなかったと言えば戦車持ち出しについて問い詰められることはない。安全のために緊急的に認めたとか言えば尚更ね

 

もっともそこまで気にされないことが一番なんだが

 

「ケイ!帰りにコアラの森に立ち寄りな。着陸許可もらったから!」

 

「サンキュー!ちゃんと無事に運んでいってあげるわ!」

 

タラップの上でグッドサインを作るケイは、まさに弱きを救うヒーローだった。何の利もなく、ただ自分の信念のみに依る

真似できないね。あまりしたいとも思わないけど

 

 

その輸送機は先ほどよりも音を轟かせながら発進の準備を整える

 

「飛べるのでしょうか……」

 

見守る戦車道のみんなからも不安が漏れるのももっともだ。さらにここは滑走路も粗悪で短いしね

 

だが、飛んでくれなければ困る。私たちは皆をさらに下がらせて様子を見守るしかないのだが

 

 

一度後退して校庭の奥にたどり着いたそれは、ますます空気を震わせて前進し、ギリギリ柵を越える形で大空へと帰っていった

よかったよかった。あとはコアラを無事経由できれば、ね

 

「学園は守れなかったけど、戦車は守れました」

 

最後の秋山ちゃんの声は、轟音がしながらも耳にこびりついた

 

 

 

 

そこからは生徒会も私からの指示を全うすべく寝る間を惜しんで働き続けた。私も多少は意欲を増したさ

 

「農業科の備蓄倉庫の方に車輌を回せ!足りんぞ!」

 

「先端右にて順路を間違えた車輌が出ました!」

 

「名前、元住所など特定可能な情報をつけたらどんどん運び出せ!降ろしてから配分すればいい!まずは学園艦を空にしろ!」

 

皆文句は控えるようになった

 

戦車が助かった。そしてその非合法的な避難を私が拒否しなかった。それだけで希望を見させられる

 

「明日の午前中には生徒会の半分を各待機場所に送り込み、配分した生徒の管理に充てさせる。そして最後の退艦と同時に私を含め残り半分が出るよ。これが明日か明後日にできれば理想。小山、配分は任せた」

 

「はいっ!」

 

田川ちゃんとか幹部層が担っていた陣頭指揮を私が行うようにした。先ほどのような事態はないし、スピーディーにこなす為にも全体を把握する人間がいる

 

「会長ぉぉ!やっとお銀に通じました!すぐに出るよう交渉します!

 

「お銀に繋げ!お銀派を引き摺り出せれば後もいける!」

 

「いえ、それが……青森連合とか反発している組織もいるとのことで……何よりお銀本人が聞く限りこの動きに懐疑的です……」

 

ええい喧しい。おおかたこれが彼らを引き摺り出すための罠だとでも見ているのか

 

「変われ」

 

「は、はい!」

 

面倒な。さっさと解決しよう

 

「君がお銀か。かーしまが世話になってるよ」

 

「貴女が会長さんかい。前にロイヤルが話してたって言ってたねぇ。そんな人が私にどうしろと?」

 

「かーしまから話は聞いているだろう?それが事実だから早く出てきてくれないか?」

 

「断るね。いくら桃さんの頼みといえど、それだけは変えられない。だってあなたが達成したって言ってただろ?廃校回避を」

 

「嘘だと思うなら甲板に出てきて見てみるといいさ。この無情ともいえるトラックの群れを。そうでもなきゃ君たちの存在を承認しているウチらだってこんな事は言いたくない」

 

「それでノコノコ出てきたところを乗っ取られちゃ堪らない。まだ次のローテの話すら決め切れてないんだ。こっちも家を失うわけにはいかないのさ」

 

しぶといなこの野郎……時間もないし、最後の手段、か

 

「小山、風紀委員集めて!」

 

わざと電話の向こうに聞こえるように

 

「どういうつもりだい?」

 

「お銀ちゃん、戦車道の戦車にはね、機銃がついてるんだよ。非殺傷銃弾が使われてるけどね」

 

「非殺傷?そんなおもちゃがどうした?」

 

「とはいえ威力は本物。撃ちかけて怯ませるだけの力はある。どういうことかわかるかい?」

 

「……それを引っ張り出して風紀委員の突撃と連携させられたら、我々は負ける……」

 

撃ちかけて怯ませて、そこに意識を向けさせた隙に斬り込み。王道の策だが、威力さえあれば足る

いくら何でもありの艦底とはいえど、飛び道具への対処は容易ではあるまい

 

もっともその機銃、サンダースが持ってっちゃったけどね

 

ワロス

 

いやそんな笑える話でもないけど

 

「そっちだってこれまでの風紀委員との戦いでダメージがないわけがないだろう。このまま残ったとしてももちろん生徒会から支援はできないし、ただ何処かに行って解体される最中に追い出されるだけだぞ?下手したら私たちより強引な手でね」

 

「……そこまで言うか。本当と見ていいんだな?」

 

「嘘なんてつくし本来ウチの学生相手にこんなことしたいわけがないだろう」

 

さて、ここでのるかそるか……実際これでも抵抗されたら、もう手の打ちようはない。風紀委員を説得して引き摺り出すしかないのだ

そしてそれはこれまでと同じだ。武装訓練を多少させたからといって成功率が変わるものでもない

 

「……受け入れよう。お銀派はこれよりをもって学園艦からの退去を進める」

 

はぁー。これで退艦前に一騒ぎ起こさなくて済んだ

 

「助かるよ。それで他派も巻き込んだ上で明日中によろしくね〜」

 

「いやそれは流石に急すぎ……」

 

「こっちもそうしているからさ。逆らうところは潰していいよ。私が認める」

 

「いや現状維持、各派承認ってのは……」

 

「それどころじゃないしこれが彼らのため」

 

「手厳しいんだな」

 

しょうがないね。本当だし

 

「じゃ、それでよろしく」

 

「わかった。やっておこう」

 

 

 

 

 

「とゆーわけで話まとめたから、かーしまはちゃんとやってるか監視できる体制をよろしく」

 

「はいっ!」

 

もう時間も23時を回っている。日付を跨ぐまでもそう時間はない。しかし住民の転居届の処理はかなり進んできたものの、実際の荷物の運び出しはまだまだだ

 

学科のものとかは詰まっているし、引越し業者は大量に読んだくせに輸送艦が足りなくて回せていない。というか港に接岸できないのにトラック呼んでんじゃないよ

船舶科の伝手を使っても新規に呼ぶのは流石に無理だ

 

やっぱりふざけんな

 

「明日から生徒の待機場所への移動、及び配置について進めとくから、先行組の各施設担当は割り当てたクラスごとに配置を決めといて」

 

「上陸した後の輸送は?」

 

「バスを港に用意してくれるってさ。それで待機場所まで送るって」

 

「港の受け入れ足りますかね?」

 

「……まだ連絡来ないけど、引っ越し荷物がこっちの港付近に溜まってるって言うから明日だけじゃ無理かもね。こんな時期に輸送船まで貸してくれるところはそうそうないさ」

 

「わざわざこのためだけに買いたくもありませんしね……」

 

「明日までに手続きば終わらせておくので精一杯かな」

 

「会長!」

 

また下の学年の子だ。今度はなんだい?

 

「学園艦内の小学校の児童の転学についてはどのようになっていますか!」

 

「艦上のコンビニ各店のオーナーが連名で強制閉店への補償を要求してきてます!」

 

「学園艦内の石油を運び出したいのですが、輸送船が石油タンクの積み出しを危険物扱いの責任者がいないと拒否してきました!」

 

「明日中に全員退艦となりますと、スーパーの在庫の食品が処理しきれません!彼らを退艦させるにしても、商品の補償はある程度必要なのでは……」

 

知るかよ……

 

 

 

 

 

 

「全員揃ったな」

 

「はい」

 

コンクリートの埠頭が足元を涼しくさせる。私の手荷物もリュックサック一つ。暫しの、いや最悪永遠の別れとなる

我々生徒会メンバーが降りるのは最後。もう学園艦には最後の輸送手続きに必要な人しか残っていない。つまり大洗の港に降り立つのは私たちが最後だ

 

結局ここに至るまで3日かかった。荷物の中身の認可は済んでも運べないものが山ほどあった。それらを24時間フル回転で運び出すまでに2日。そしてそれを手伝いに手伝わせた船舶科と風紀委員を降ろしてから最後に私たちだ

もう、あの場所には何もない

 

私にできたのは、こうして目の前に戦車道のメンバーを揃えることだけだ。なんとか戦車道のメンバーは同じ待機場所にすることができた

生徒会と風紀委員の主要幹部が揃う場所だ。自動的に全体統括の意味も持ってくるだろう、その廃校舎は

 

「もう直ぐ出るんだよな」

 

「はい、最終確認の取れ次第とのことでしたし、間も無く……」

 

その返事が聞き終わる途中、海から低い、単調な音が

住む者なら聞き慣れている学園艦の警笛だ

 

「出航……してしまうんですね」

 

「これでお別れなんですか……」

 

「さらば」

 

皆の頭の中では、もう2度と見ることのないものとされているものだろう。未来を信じ背を向けようともしたが、一度見たその時から私も他の皆と同様目線を外せない

 

目を背けられる理由がない

 

 

 

「行かないでー!」

 

「ありがとー!」

 

「元気でねー!」

 

動き始める巨体。その姿を見るやいなや、ウサギさんチームが揃ってかけて追いかける

追いつくわけがない。それは彼らとて分かっている

最後の一分一秒、できるだけ長くその視界に収めておきたい、その意志が彼女らを突き動かす

 

「さようならー」

 

だがどんな声も、あの船を止めるには足りない。些細な慈悲もなく船は水平線の先でその姿を縮めていく

 

 

 

「さようならー!」

 

旗を振り、涙を流す。そして海風は私たちを一層遠ざけんと吹いてくる

 

されど彼女たちと同じ言葉は言いたくない

 

 

 

 



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第49話 旧上岡

 

バスの出発前に今度は生徒会の残り半分の前で話すことがある

 

「半分だけしかいない中で悪いが、この数日間みんな寝る間も惜しんでよくやってくれたね。私の立てた予定が無茶だったのに、それに対して最善の形で応えてくれた

これから皆は先に行ったメンバーと合流して各待機地点で次の行動に備えることになる。どうなるかわからない。生徒皆がどこの学校に行くのか、どのように配置されるのか、どのような考慮がなされるのか。全て不明だ」

 

こちらには涙はない

 

「私たちはバラバラになる。お互いが今生の別れとなっても不思議はないほどにね。だが君たちがこの学園の生徒会の一員として手に入れた力と経験は、どこに行こうと行く先々で有効以上のものだと思うし、重宝されるだろう

だけどやっぱり、またみんなで仕事できた方がいいよね」

 

「会長……」

 

単なる希望だ。叶うことなどないと知っている。あとで何か言われてもそう誤魔化せば良い

もっとも諦めてなんかいないわけだが

 

「では、解散。諸君の幸運を祈るよ」

 

「はいっ!」

 

こうして大洗女子学園の生徒会は終わった。私は生徒会長の地位を放棄したわけじゃないが、ここからは各待機地点において各々に必要な権限を付与してある

 

私にはフリーハンドが欲しい。廃艦がなされる短い間に仮に廃校回避を為し得る手法があるなら、それを思いつき、行動する為の時間が欲しい。残念ながらその時の各地点に対する決定権は逆に鎖となる

 

「会長」

 

解散された後、私の背中に呼びかけるものが一人

 

「田川ちゃんか、どうした?」

 

「……私は貴女に何も言い残すことはありません。意味もないことですから」

 

「……そうかい。私からも特にないさ」

 

「わかりました……良かったです」

 

 

 

 

 

生徒会が乗り込むのは最後。もう戦車道メンバーは席について待っていた。それが終わると最終便はマリンタワーの足元から散っていく。北に向かう方面はある程度固まって出発するものの、ひたちなかや那珂市に向かう便、日立、高萩方面に向かう便、常陸大宮に向かう便など分かれていく

 

「だんだんバスが分かれていくね」

 

「生徒の人数が多いから、みんな学科ごとに分かれて宿泊するそうです。戦車道取ってる人は固めてるみたいですけど」

 

そりゃ固めたからね

 

「とりあえずお菓子食べよう!」

 

「みんなで頂きましょう」

 

どこからともなく出てきた菓子は車内を巡る。とはいえ盛り上がるわけでもない。盛り下がらないだけだ

 

私は干し芋を喰らって糖分補給するくらいだね

 

 

「んじゃ、小山かーしま、やっといてー」

 

「わかりました、会長」

 

一足先にバスから飛び出して、校長室を押さえる。居場所はそこだ。荷物を持って校舎に吸い込まれる生徒を見つつ、思索を続けるほかない

 

さて、戦車が手に入るとしよう。条件は戦車道絡みだ。他にない。さらに相手の過失は戦車道大会優勝校を廃校にしたことだ。つまり戦車道で試合して勝ったら廃校回避。それが持ちかける条件として考えられる

だが問題はそこまでに何をするか、だ。官僚の辻氏とその上の幹部が『そのことに口を出さないなら試合をやらせてもいい』となるようなこと……

 

他の学園都市との連携でするとしても、各都市が乗ってくるかもともかく、他が都市として意思決定するのにどれだけ要するか不明瞭。まとめて宣言出した時にはもう解体されてる可能性もあるし、それで止まる事はないだろうね

というか与党に影響力のある組織に私がどうにかできるわけないじゃん。労組とかがメインだけど、生徒会も基本学生なんだから繋がりあるわけない

 

つーか労組でもどの組織動かすんだよ……戦車道に関わる人間が多いのは自衛隊だし、自衛隊に労組なんかないし……あれ公務員だからさ

そしたら辛うじて近いのは日本教職員組合とかになるんだけど、廃校後教師は他校に振り分けられて増加分のクラス対応や副担任制導入とかに繋げる予定らしいから、特段反対する理由がない。つまり廃校になろうがならなかろうが関係ないのである

……学園艦にあった労組?それで動くならいいんだけど、まぁ弱小学園艦じゃ無理だわな

 

今の与党は無党派層の支持を受けて成り立っているので、そこをひっくり返さないと無理です←結論

 

そして宣伝能力だと国には勝てん。党の政治資金とかを見ればわかる。張り合うのもアホらしい

 

 

 

ここの屋根は木製だ。背もたれにもたれかかると何枚かの絵画と緑のペンキに塗られたそれが姿を見せる

また干し芋を一枚。考え事をするときは尚更糖分。こんなことを考えるにはいくらあっても足りない

そして右側の上の方には歴代校長の写真。何人か並んでるがもちろん名前なんて聞いたこともないし、この中で既に生きてない人も多いだろう

だがそのうちの一人、小太りでえらく頭の上が光っている人。間違いなく別人なのだが、この人に似た人に見覚えがある

 

「会長」

 

生徒会、とはいえ私たち3人のみだが、の部屋は隣の元職員室だ。一応他にも部活の幹部などから希望者を募って仕事を手伝わせる予定だけど、どこまで戦力になるのかね?

 

「おお、小山。進みはどうだ?」

 

「ここ旧上岡小に所属予定の生徒、全員収容完了しました」

 

もうそんな時間か。予定より少し早いとはいえ、もう空は赤く染まり始めている

 

「オッケーオッケー。そろそろ晩飯の時間になるけど、手配は?」

 

「済んでいます。地元の商工会がこちらに流してくれるそうです」

 

「カネは?」

 

「国が回しているようです」

 

面倒くせぇ……これで私たちに払わせていたらそれをアピールポイントにできたのに

無党派層のアピールとか、YouTube使ってもウチの知名度じゃ再生回数はたかがしれているし、国のメディアを動員した宣伝にゃ勝てない

 

ま、とりあえず適宜一本作ってみるか。確か大洗は仮にだけどチャンネルあったはずだし

 

 

 

 

 

さて、とりあえず台本作ったからこれを読み上げていけばいいわけか。選挙演説みたいに身振り手振りをつけるか、それとも公式発表として真面目にやるか

そもそもカメラを探すところから始めなきゃいけない。ケータイカメラじゃ使いにくいしね

 

「読み上げたときに聞き取りにくそうなところは……」

 

文章を小声で読み上げようとしたその時、外から音が聞こえてきた。小さいが、かなり遠そうだ

 

そしてその音には聞き覚えがあった

 

「……メールで送っただけで来たよ」

 

サンダースはなんとか約束を守ってくれたらしい。一応こっちからも燃料面で恩を売ってたしね

 

それじゃ、回収に向けて戦車道のメンバーを招集……

 

「会長!戦車道のメンバーみんな外に行ってしまいましたよ。なんか近くを通った飛行機を追いかけていってしまいましたけど、会長は宜しいんですか?」

 

するまでもなかったか

 

「ああ、多分飛行機が補給物資落としてくれるから、それを回収するように言っておいてくれる?」

 

「ここにですか?ですが……どこに降ろすのです?校庭からの生徒の避難も間に合うかわかりませんよ?」

 

「そりゃ知らないよ。向こう次第だからね」

 

とにかく作業の続きだ。意味があるかは知らないが、少しでも世論に訴えかける状況を作らねば……

 

「取材とか来てる?」

 

「いえ、そのような話は特には……」

 

来いよメディア、政権批判するならこれ以上の材料はないだろうに、というものでもないか。学園都市の自治、独断専行が批判の材料にされているのも事実。メディアといえど企業、視聴者のウケが悪いものはそうそう作るまい

 

「……カネかぁ」

 

何を辿ろうとそこに行き着く

 

「あ、先ほどの飛行機の件ですが、近くの路上に荷物を投下して立ち去ったとのこと」

 

何してんねん。壊れてないだろうな戦車

 

「……多分戦車でしょ?」

 

「は、はい。8輌揃っていたとのこと」

 

「全部校庭に置かせて。戦車道のメンバー集まってるんでしょ?」

 

「了解しました」

 

……本当に壊れてたらヤバいんだけど、ここからじゃどうにもできないか。せめてもうちょい丁重に扱ってくれとメールで文句言うのが関の山

 

 

 

 

 

「……以上の観点から今回の閣議決定は学生の将来を考慮しない人の道にもとるものである、その点は疑いの余地がないことをご理解いただけたかと思います

しかし形はどうであれ大洗女子学園は茨城県立、そして文部科学省学園艦教育局の指導下にあります。その指示ならば従うのみです

私は学園都市のトップとして最後一人の生徒の将来が確定するまで職務を遂行する所存です。しかしこの閣議決定が覆される僅かな可能性があった際は、それを成すためにも国民の皆様の支持が欠かせません

我が校の戦車道履修者は廃校回避に向けた実績を作りました。戦車道大会の優勝という紛れもない、将来的にも有益な実績です。願わくば彼らの結果が重要な意味を持つものへと回帰することを望みます」

 

カメラのスイッチを切る。生徒の持ち物のカメラを借りた。編集の仕方なんて知らないから一発撮り限定。お陰で噛んだりした場合など数回撮り直すことになってしまった

はぁ……こりゃ下手したらみんなの前でやるよりめんどくさいね。相手の反応見れないし

 

どうなるかはわからないけど、やらないよりはいいということで、隣の部屋のパソコンにSDカードを差し込んで、学園公式チャンネルからそのまま動画を投稿。5分ちょっとあるから、ロードが終わるまで暫くかかるね

 

 

 

「あ、会長。パソコンで何を?」

 

小山が戻ってきた。どうやら戦車を書類と照合していたらしい。一応遺失物扱いにした時の書類があったからね

 

「いや、ネットでウチの話とか出てないかなーって思ってさ」

 

「見る時間ありませんでしたからね。で、どうです?」

 

「うーん……ネットニュースのコメントでこっち寄りのコメントが付いているくらいかな……メディアはここに来てないだけあって大きく取り上げているところは少ないみたいだ

あと大きく出たのはこれ」

 

「茨城新聞……」

 

「流石にここはね。ただ全国紙だと朝目が地方面で取り扱ったくらいだねぇ」

 

「なぜここまで……」

 

反応が薄いのか。それは恐らく

 

「学園都市の自治への反発が国民の中にあるから、だろうね」

 

「バブル期とはいえ湾岸ジュリアナとかの悪いイメージも拭えてないですしね……」

 

「ウチらを助けたサンダースとかもさ。年に一度長期間アメリカに行くから、国内での市場をタダで譲渡しているって批判もあるし」

 

「はぁ……」

 

となるとここから廃校回避を持ち出しても世論がしっかりこっちに付くかは見通せない。国の横暴に重点を当てないとね……

 

「それで小山、戦車は無事だったのか?」

 

「全車輌無事稼働可能です。屋根付きの倉庫がないのが不安ですが、短期の保管なら何とかなるでしょう。一応現在私たち以外の履修者に清掃、整備をさせています」

 

「夜遅くなりすぎないようにしなよ」

 

 

 

さて、戦車は揃った。戦車から国を動かせるとしたらまず一つ頼るべきところはあるけど、このメールだけで上手くいくかな……

 

 

 



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第50話 政と源

 

 

 

 

「まもなく土浦〜土浦です」

 

また一枚干し芋をいただく

 

「この列車当駅で特急列車の待ち合わせをいたします。発車は10時29分です」

 

暫くかかるんだねぇ、これ

 

「土浦より上野方面、フレッシュひたち20号上野行きをご利用のお客様、向かいの2番線ホームから10時23分発です」

 

前は1時間ちょっとで上野だったのに、こっからあと1時間半ほどかかるんだってね

 

それなのに私の今月の小遣いはそのかなりが吹っ飛ぶことになった。しょうがないことなんだけどさ

 

 

旧上岡小に二人を残して出たのは今朝のこと。背負うはリュックサック一つ、向かう先はまたまた文科省だ。今度はたった一人、交通費も出やしない。だから乗ったのは普通列車。しかも乗り換えて新橋まで行ってから歩きだ

 

そして常陸大子の駅すら遠いから、朝早くに出た。その分他の生徒には見つからなかったしそこは良かったけどね。どうなるかわからない以上、誰に何を言ってもどうにもならない

皆に与えるべきは結果のみだね。それしかない

かーしまは何も言わずに出かけてきたから心配そうだったけど、それでも泣かず喚かず送り出してくれた。仕事はこっちを本部扱いする仕事が来ても小山で対処可能だろう

 

 

出かける前も面倒ばかりだったさ。食糧と水に電力の補給こそ何とかなったけど、全員いるかちゃんと点呼取ろうとしたら風紀委員が呆けてるとかーしまが言ってた。写真に撮っとけ、とだけ言っておいたけど、どうなるかねぇ

これは将来があれば強請るネタになる。風紀委員のお陰にはしたくないし、将来的に何かあった時に『お前ら学園の危機を前にこんなんやったやん』と詰め寄れる

艦底絡みで何かあった時とか含め生徒会の意に沿うよう動かせるようにしときたいね

 

五十鈴ちゃんじゃそれを押し切れるかわからないからね。いくら芯は強いとはいえ、仲間扱いしている彼女ら相手に押し切れるかは判然としない

 

 

 

 

「土浦〜土浦〜」

 

それにしてもある程度方針は纏まってきたのは救いかな

 

「お忘れ物、落とし物には十分ご注意ください」

 

まずこの辻氏との面会。『私は役人として立ち会います』とだけ言われた。文科省は彼の居場所にして、何より私たちの敵だ。その中でおおっぴらに繋がりを示すわけにもいかないだろう

扱いは私が陳情に行った、というものだ。廃校にするんじゃねぇ、理由を聞かせろ、って吼えればいいわけだ

 

だがこうして呼ぶんだ。何かしら伝えることはあるのだろう

私が向こうを納得させたら提示しうる条件を聞き出せればまだやり易くなるかな

 

そしてその次が蝶野氏を通じた戦車道連盟会長、児玉七郎氏との面会だ。蝶野氏のメアド貰っといてよかったわ。戦車道を絡める、そして国と交渉し得る話に広げるなら、まずこの方を頼るのは筋だろう。実現する力がどの程度あるかはともかく

そして蝶野氏、流石にこの人を経由するだけで会えるとは思ってなかったわ。昔有名選手だった一介の審判なのかと思っていたら、一応そういう伝手もあるのね

連盟に頼むとしたらなんだろうかね……

 

それにしても『交渉なんてバーと条件出してダーッとすり合わせてバーンと結論出せばいいのよ』ってさ、蝶野氏曰く

 

無茶言うな

 

「交渉……ねぇ」

 

ハッタリをかますにしてもどんなハッタリを繰り出せるのだ?ただの廃校舎の住人に過ぎない我々が

 

 

 

 

 

「廃校の件は決定しているのです」

 

文科省の廊下は私に白い目を向けた

 

何も意味がないはずなのだ。廃校がここより上の閣議で決まり、それなのにその回避を陳情に訪れる。他の官僚から見ても私が来るのはなかなかよくわからないことなのだろう

 

「ですが、優勝すれば廃校は免れるとの話をしたはずです」

 

だがあくまでここに来た理由は陳情だ。その体は突き通さねばならない。そうしなければ彼が疑われてしまう。彼が本当に味方かどうかは抜きにしても、味方だったのにそうでなくなってしまえばもう未来はない

 

彼という伝手抜きに成り立つものではないのだから

 

「口約束は約束ではないでしょう」

 

「口約束も約束と認められています。民法91条、97条に示されています」

 

この反論めいたものを用意するためにわざわざ生徒会室から持ってきていた六法全書なんて調べたしね

つーかあるんだねそんな文面。夜通し調べたら本当にあってびっくりしたよ

 

「可能な限り善処したんですよ」

 

というか、この喋り参考になるね。使う機会がまた戻ればいいのか悪いのかばともかくね

 

「おわかりください」

 

「……わかりました」

 

この体裁さえ取れば、どこかで盗聴とかされていても問題ない。口約束していただけなのも事実だし、それはここ文科省でした話だ。バレても大して影響ばない

 

「廃校にしたところで住民の皆さんの新規就職などは既に斡旋しましたし、生徒の配置も固まりつつあります」

 

脅しているようで、内実を示してくれているな

時間がない。それだけは疑いようもない

 

「国際関係を始めとした各所に悪影響もません。わざわざ撤回して差し上げる理由がないのです」

 

国際関係。やはりこれがこの人を、そしてその上を動かす鍵

支持層が難しい以上は……そこを攻めるしかないのか

 

「さぁ、私は生憎あなた方の学園艦を廃艦にする準備で忙しいのでね」

 

彼が窓際の椅子から立ち、大きな机を迂回して近づいてくる

 

「いい休憩になりましたよ。とはいえ、もうお会いする機会はないでしょうが」

 

必ずや会ってやる。何としても……

 

彼がポケットに入れていた手をこちらに差し出す

 

「ではまた」

 

応じた。やはりこの大きさ、そして背丈による威圧感……

 

 

 

 

廊下を抜ける。私は堂々と歩くのみだ

時間以内だしちゃんと辻氏にはアポを取っていた。手続きにおける不備は一切ない

 

二本のレールの隙間を抜けて外。何度来ても首が痛くなるここは私が相対しているところ

数多の官庁、そして国会議事堂、ひいては首相官邸

その全てがここ内幸町、日比谷、永田町、溜池山王に囲まれた約2平方キロメートルの長方形の中、よく言う『霞ヶ関』と『永田町』の中にある

 

そして特に斜向かいの経産相、隣の財務省、そのもう一個となりの外務省に総務省。桜田門までのこの通りに多くの『敵』が固まっている

 

とはいえ今敵がなんかしてくるわけではない。下見というわけでもないが、近くのコンビニで買ったお茶を片手に平日昼間、陽光の下を進む

 

 

 

 

皇居を左に見る。隙間を開けながら青々とした松の木が並び、所々の石に腰掛けながら皇居ランナーが駆ける

人の目には目立ちにくい場所。誰もがゆっくり歩く私のそばを通り過ぎる。逆に私が追い抜く人たちも喋るか奥を見るか、と一人の女学生に気付いているかすらわからない

 

それでいい。丁度良い

 

その中でやっと私は右手を開いた

 

折り畳まれた紙切れ一枚

 

ポケットに戻した

 

 

 

 

 

「文科省が一旦決めたことは、我々にもそう簡単に覆せないのだ」

 

蝶野氏の車で拾われて来たのは、都内の日本戦車道連盟本部。ここに呼び込む限りは何かあるのかと思いきや、何もなかった

 

んで、椅子の向こうで窓の外を向いている小太りの親父が児玉氏とのこと。蝶野氏からそう聞いた

 

「向こうの面子が立たないということですか?」

 

「そういうことになるかの?」

 

そういうことなのか

今後の連携に不備が出るとかそこら辺だと睨んでたけど……ということは、戦車道連盟は文科省と距離を取ること自体はそこまで嫌ってない……のかも

 

いや違うか。こうのらりくらりした様子を見るに、彼もまた与党が長くないと知っていて政権交代のゴタゴタも近い今だからこそ、文科省との諍いは起こしたくない

 

……我々が仮に交渉を成立させても無理。どう足掻いても廃校は免れない。ならばわざわざ敵対する意義は薄い

そう思っている、つまりリスクを避けようとしている人間にリスクを取れ、と説得するのは難しい。何よりそれがこの条件というハードルの高いものであるならなおさら

 

「面子ということであれば、優勝するほど力のある学校をみすみす廃校にしては、それこそ戦車道連盟の面子が立ちません!」

 

そしてここには紹介人として蝶野氏が帯同している。車で話を聞いている限りでもとりあえず彼女は味方……らしい

理由は予想つくし、まだ納得できる。この廃校によって戦車道の抑圧に動かれれば、審判をしている彼女らの仕事にも響く。優勝校を廃校にするのだ。戦車道全体にダメージが出るとしても不思議はない

ここで与党に勢いづかれたりしたら行き着く先は何か。学園艦、学園都市にある戦車道そのものへの批判だ。プラウダとかからしたら軍事力としての側面もあるのは否定できないしね

 

仲間を守る。仲間の生きる道を守る。その仲間に『自分』を含んでるんだから、おそらくそうそう外れでは……ないはず

 

「蝶野くんも、連盟の推進委員の一人だろう」

 

「ですが理事長、戦車道に力を入れるという国の方針とも矛盾しますし、何よりもイメージが下がります」

 

蝶野氏が見せたのはパソコンの一画面。大洗の廃校について取り上げたネットニュースだ

 

だが、そんなものだ。情報もそれくらいしか出回っていない中、どうしようもないのが実情……か

 

しかもその記事もネットニュースらしくタイトルから煽り文句ばかりだ。今度の戦車道世界大会はインパール作戦級の暴挙だとさ

 

これが説得になれば良いのだが、こんなネットニュースで国が動くならそんな楽なことはないのにね

 

もう今の与党に次政権を取る気は薄い。ただ野党になっても二大政党制を続け得る基盤、今の野党に対抗するだけの実績。一つが消費増税なのは見えるが、それに付け加えられるものを求めて起こしたのがこれである

野党が政権を取る時期に開催される世界大会は与党にとってダメージにならない。つーか最悪開催失敗したと煽り倒すことができる……今の与党が私が中学生くらいの時に参院過半数を取ってやっていたことだ

 

 

だが、こんなものでも気持ちは揺らいでいるようだ。俯き気味に唸る

 

「……私たちは」

 

攻めるは今。完全に、じゃなくていい。少なくとも中立、こちら寄りに引き込む

 

「優勝すれば廃校が撤回されると信じて戦ったのです。信じた道が実は最初からなかったと言われ、引き下がるわけにはいきません」

 

これは私だけの言葉じゃない。西住ちゃんをはじめとした戦車道履修者、成立を支えたフォーラム、議会無所属、そして生徒会のメンバー、何より都市住民の総意

そういうことにしておこう

少なくともそれが道として存在していたことは、私がメディアや試合会場を通じて広めてあるのだから

 

「しかし文科省は2年後に開催される世界大会のことで頭がいっぱいでなぁ。有識者を集めてプロリーグを発足させようとしているくらいだから……とりつくしまがないよ」

 

「プロリーグ……」

 

プロリーグ……それを文科省は必要としている。そしてプロリーグそのものに届かずともその組織委を立ち上げさえすれば、それは与党の実績として残る

 

『プロリーグの基礎を作ったのは我々だ』

 

と言える材料が揃うわけだ。少なくとも世界大会までは戦車道を興隆させたいのは間違いない

与党の実績になり得るものを切り崩す。それをしない代わりに……

 

 

 

「それですね」

 

「ここは、超信地旋回で行きましょう」

 

相変わらずその脳みそは理解不能だが……なんだ?コペルニクス的転回?パラダイムシフト?

 

 

まぁとにかく、切り崩すとしたらそこになるかな……

机の上のシベリアに手をつける暇なんてない

 

 

 

 



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第51話 プロリーグ

 

 

 

 

「角谷さん、シャワー空いたわよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

戦車道連盟本部から去り、紙切れをまた眺めながらベッドの上に腰掛ける

だが彼女が出てからすぐそれはポケットに戻す

 

都内のホテル。よくあるツインで蝶野氏と同室だ。机は壁際の小さいののみ、あとはテレビが置いてある程度のよくあるビジネスホテル

私はここですでに数日過ごしているから知っているが、ここは明かりも薄暗く細かい動作はそこまで目立たない

 

向こうは丁度湯気の立ち上る髪の毛をバスタオルで巻き上げている。髪と手とタオルは私を短時間だが彼女の視界から外してくれた

 

バスロープ姿のまま私の隣のベッドに腰掛け、ビールの缶を早速1本空けた

 

「あー、美味い!やっぱり一仕事終えたらこれね!」

 

ビールの味は知らないからなんとも言えん。とりあえず買ったジュースを飲んでこの場の空気に少しだけ合わせる

 

「……」

 

「……流石の私も未成年に飲ませはしないわよ?」

 

だよね

 

「そうではなく……一つだけよろしいですか?」

 

「どうしたの?」

 

「その……こうして長らくご一緒していただいてますが、ご予定とか職務は問題ないのですか?2日後に西住しほ殿にお会いできるところまで同行なさるとのことでしたが……」

 

彼女は缶をベッド脇の棚の上に置き、緩んだ顔にら力を入れる

 

「……私は貴女の協力者。大洗女子学園を取り戻すためのね。同時にもう一つある」

 

「……なんでしょう?」

 

「護衛」

 

「護衛……ですか」

 

「私も歴とした自衛隊員よ。格闘でもそんじょそこらの人間には負けないわ

貴女がやろうとしているのは、国家の方針への反抗、反逆よ。こうして目立つ形で行動している以上、向こうから何も妨害がないとは考えづらい。どいう形かわからない以上、最善の対策は取っておくべきね」

 

「……一人の女学生相手にですか?」

 

「話を聞く限り廃校を確定させたいなら、貴女を動けなくさせるのが一番手っ取り早いもの。じゃあ聞くけど、貴女が動けなくなった時に廃校回避のリーダーシップ取れる人はいるの?」

 

真っ先に挙がるのは小山。私も友として、同じ生徒会幹部として誰よりも信用しているのは間違いない

だが全体のリーダーシップ。つまり世論を煽動し廃校を裏付けする力があるかと言われると、ない。官僚として対官僚、対政治家相手の丁寧な対応をする能力については私も及ばないが、演説とかで人々を惹きつけられるか、となると無理だろう

 

あとは次の生徒会長候補の五十鈴ちゃん。理路整然とした話はできるだろうけど、単純に経験が足りない。そもそも政治家にさせるのも、生徒会がバックにつくという信頼あってのものだしね

 

そしてその二人には無理な世論を味方に付けられる可能性があるのは……西住ちゃんだ。親に流派から勘当されるも、それを乗り越えて双方を兼ね備えた西住流を打倒した。それだけでも話のネタになる

だが彼女が学園を纏めることができるか、となると、どうしても彼女が今年の4月に来たばかりの新参で、都市内外双方で政治と実務の経験がないことが重荷だ

仮にも学園都市の軍事力扱いできるものの一つの隊長の西住ちゃんを政治のトップに据えることにはシビリアンコントロールを鑑みても拙いし、尚更突っ込まれる要因になる

 

つまり

 

「……いません」

 

「そういうことよ。ま、自衛隊員、私の直属の上司相手くらいなら説得できるわ」

 

……省庁の間で閥があるのか?文科省は廃校にする気でも防衛省はそうしない、と

 

「防衛省がなぜ……大洗廃校回避を支持なさるので?」

 

「いやそう大きい話じゃなくて、私のいる富士学校の戦車教導隊の中……くらいの話よ。その中のトップ相手は流石にきついわね

私みたいに戦車道出身の自衛官ってそこそこいるから、戦車道全国大会優勝校が廃校になって怒ってる人って多いのよ。だからそこに共感している人は丸め込めるってわけ」

 

「ああ、そういうことでしたか」

 

戦車道経験者の多いところ、集まっているところ……自衛隊くらいだな。それでこんなに一週間近い同行とかいうムチャをこなせていると

 

「とはいえね、例えば教導隊の連隊長クラス、一等、二等陸佐とかになると男性の比率がガンと上がるから、そこら辺になると話が通じないのよねぇ。だからヘリ使うときも私のいる第一中隊を通じてやることになるわ

戦車道やってた人はここら辺の地位に上がるくらいまで出世する前に寿退社、というか退職する人が殆どだもの」

 

まぁ確かに駐屯地暮らしは家庭持つと重いのかもしれない。そこの男女差は易々とはなくならないか

 

「ちなみに蝶野一尉は……」

 

「バリバリ狙ってます!」

 

 

 

 

 

「……それにしても本当なんですか?さっきの話」

 

この流れの中でも、彼女は迷わず二個目のプルタブを引いた

 

「ほぼ間違いないわ」

 

……プロリーグ設置委員長になるのは、つい最近西住流家元に就任した西住しほ

 

「ですがプロリーグの話はまだ公のものではないはずです。なぜそこまで言い切れるのです?」

 

「……戦車道でプロリーグを開催するなら、どんな試合が望まれると思う?」

 

「……どんなものでしょうか?」

 

「デカい戦車がデカイ大砲をバンバン撃ちまくる派手な試合よ」

 

派手、ねぇ

 

「サッカーだって目立つのはエースストライカーだし、野球だってイチローが出るまでに一般まで名前が知られていた選手は王長嶋に野村、清原とかのホームランバッターに、村田とか金田とかの三振バッタバッタ取れるエースじゃない

興業とする以上重要なのはルールがわからない人でもハッキリわかる派手さ、豪快さなのよ」

 

なるほどね。新規にもわかりやすくってわけか

 

「高校戦車道でも実質黒森峰を始めとした強豪が優遇されているのもそう。決勝戦がテレビで全国放送される以上、広告収入のためにも一般に名の知られている、かつ試合を盛り上げられるところが上がって来て欲しい

今年は例外だったけど、今回は貴女達『勝ったら廃校回避』という話のタネがあったからまだマシだったわ。そうでもなかったら黒森峰対サンダースかプラウダの決勝戦が連盟の理想よ」

 

……ここも大概か。西住ちゃんが流れて来た一因はここにもあるかもな

 

「……つまりその派手さを形作る為にも勝利絶対、火力重視の西住流がプロリーグの舵を取る。いや取らざるを得ないだろう、というわけですか」

 

「そういうこと。それ抜きにしてもプロ選手の候補の中でも結構な割合が西住流門下生出身だから、プロリーグのレベルを高めるには西住流の協力は不可欠ね。西住流の選手なしで回すのはかなり無茶じゃないかしら」

 

西住流の不参加。確かにこれがあれば文科省へのダメージは大きい

 

「……島田流が絡む公算は?」

 

「あまりないんじゃないかしら。島田流は大学戦車道に確固たる地盤を抱えているうえに手を広げることにそんなに熱心じゃないし、プロリーグに必要な協賛企業との繋がりだと黒森峰をはじめとした学園都市に近い西住流に分があるし」

 

学園都市に近い協賛企業。なるほど、西住流と戦車道への悪影響は、その協賛企業や黒森峰学園都市内の独占企業にも響く。対黒森峰をメインにしていても、親黒森峰の学園に卸したりもしているだろうしね

そこからそこの労組に……は流石にハードル高いか。そこまで絡めるには黒森峰自体を廃校反対に持ち込まねばならない……

 

「黒森峰と……西住流……ですか」

 

 

 

黒森峰と西住流。この二つは私に味方し得るのか……

彼方の立場になって考えてみよう。こちらに味方に付くメリット、それは戦車道の実績が有用だと示せる。つまり西住流、黒森峰双方にとって自身の持つ戦車道の価値を多少なりとも上げられる

さらに黒森峰は大洗に負けた。勝つことを何より求める西住流とはいえ、負けに何の価値もないよりは大洗廃校回避に値するものだった、とした方が良かったのは事実だ

 

とはいえ負けた相手というのも事実。さらに去年勘当、追放した者に率いられて負けたのである。誰がどう見ても恥辱の歴史である以上このままその母体、それを為したチームを残そうとするのが最善か、となるとそうはなるまい

何よりこの回避撤回により名義上黒森峰に勝ったから廃校を回避できた、とはならないのだ。それを持ち出すのは無理がある

西住ちゃんを引き戻し、来年黒森峰が優勝を狙う。それはそれであり得る話だし、黒森峰が大洗に送ってきた際に想定していたシナリオも、今年優勝できたかという違いこそあれどそれだろう

 

さらに西住流にとっては引き戻すデメリットが薄い。一度勘当したという事実がある以上、お姉さんとの後継争いをするなら立ち位置はかなり悪い。つまりお姉さんの後継は呼び戻そうとも揺らがない

 

しないと思うけど一応ね

 

そして生徒の引き渡し先が決まってない中で黒森峰が西住ちゃんの復学を要求したら、学園がなくなってる以上まず断るのは無理だ。国もそれは黒森峰の国の近さから容認するだろう

ついでにウチの戦車道の人材数人引抜けたら万々歳だろう。そして勝利を望むならそれが最も手っ取り早い

 

 

 

そしてなにより西住流がもし私たちの要求を飲んだ時彼らが文科省に突きつける条件になるのは、プロリーグ設置委員会委員長の辞退だ

 

つまり

 

「それで構いませんから大洗の件には口出ししないでください」

 

と文科省が言い出す可能性を西住流は考慮する必要がある。実際それがあり得ないとしても、それがないと向こうの納得する説明を私はできない

 

その結果は?西住流と国の距離、プロリーグから距離を置くことによる日本国内の戦車道における主導権の喪失、それも最悪奪回不可能なほどの……

プロリーグにはそれだけの利権が絡む。選手の人気、チケット販売、グッズ販売、会場での広告収入、スポンサー企業との提携。私の片手の指で数えられるものでもこれだけある

これを失うことを口走ることすら許されるのだろうか。家を守り流派を守る家元として

 

そして黒森峰にしても然りだ。ルーツから見ても戦車道あってナンボの学園である。提携先がそのリスクを負うことを、果たして許すものだろうか

さらに連盟からの補助金も元手の一部は国の支援金だし、黒森峰の学園都市自身もある程度の補助金を得ている、削減傾向だとはいえ。国との距離を広げることはそれらの更なる削減を招きかねない

自分らに反発するところにわざわざカネを回してやりたい政治家と官僚はいないよ。特に官僚相手は頭が変わっても変わらない

なんならそれはウチらが廃校回避の条件を得られたとしてもあり得る道だ。私が大学を卒業する頃になってもダメージが残っている可能性すらある

 

 

そして彼らが基盤としてきた高校戦車道。そこには来年から長野の中立学園が加入を申請している。ウチらが抜けても数は合うから、ウチらがこのまま廃校になっても規模は維持できる。連盟が強く出なかったのはそれもあるだろう

 

 

纏めると

 

大洗再興に協力するメリット

 

・廃校回避に手伝ったという宣伝内容

 

 

デメリット

 

・国との距離が開き、黒森峰と戦車道連盟の補助金減

 

・勘当した者に負けたという話を引き摺る

 

・廃校により流れる大洗の人材(西住ちゃん含む)を獲得できない

 

・(上記を含めて)来年度の黒森峰の優勝可能性が下がる

 

・プロリーグに関与できない可能性と、それによる国内の戦車道における権威の喪失を考慮に入れねばならない

 

 

 

……うわぁこれは……デメリットには可能性の話が多分にあるとはいえ、上に立つなら考慮に入れねばならないのも事実。私が西住流の立場でこの話を持ちかけられたら、まず考えておかねばならない

 

それを上回ることのできるメリット……廃校回避の暁には黒森峰系の企業を被服科の業務絡みで使うとか、西住流の戦車整備業者をこちらでも依頼するとか……

 

だが廃校回避できたとしてもまず回復からだし、回復できたとしても元々人口、経済力そのいずれも小さい学園都市だ。黒森峰での利益に比べたら風で飛んでいくレベルのものしか無理だろう

 

 

「どうしたの?顔色あまり良くないわよ?」

 

「あ、いえ……少々退艦時の疲れが出たのかと……」

 

一つの結論に達さざるを得なかった

 

 

 

 



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第52話 西住流家元

 

 

 

 

 

 

 

ヘリというものは轟音を立て酷く揺れるものだ。下から突き上げられるようなそれは低気圧に突っ込んだ輸送船に勝るとも劣らない。それが富士を発ってから3時間近く続いていた

だがこの気分の悪さはそれによる酔いだけではあるまい

 

 

 

阿蘇の山を越えてしばらく、田んぼの広がるその土地の中で屋敷とそれに付随する敷地は、眺めるとひと目で判別が可能であった

 

その一帯のみに広がる茶色の土地。そここそが正に彼女の故郷なのである

 

「……もう直ぐ着くわ。準備はいい?」

 

いいわけがない

 

あれ以降も頭を悩ませたが、導かれるのはただ一つ

 

 

『西住しほは首を縦に振らない』

 

だった。西住流を守るためなら実の娘すら勘当する。それほどの彼女の西住流の思考法への絶対的な忠誠、または西住流の背後の組織の発言力。それらを考慮してもせずとも彼女はこの提案を受け入れない

……そうとしか思えない

 

「……ええ」

 

だからこそ、返せるのは気の抜けたような返事でしかなかった。気分がもう少しまともでもそうとしか返せなかった

 

「まず私から対応するわ。門下生の私からの方がやり易いしね」

 

「……宜しくお願いします。私の印象は良くないでしょうから」

 

「良くない……まではないと思うわよ。確か家元プラウダ戦観戦なさっていたし」

 

そこではないのだ。西住ちゃんを戦車道絡みはないという名目で取っておきながら、結果戦車道をやらせた挙句戦車道で西住流を負かせ、おまけに彼女を残せを要求する形だ

それの総指揮をしたのは紛れもなく私だ。西住流にとって印象が良いわけがない

 

「……大洗は曲がりなりにも黒森峰のメンツを潰した一角ですし」

 

「試合は試合な以上気にされないと思うけど……」

 

「確証はないでしょう?それに西住流の家元が直々に負けを許す、または認めると?」

 

仮に負けを認めるのを口にしていたりしても、それは決して証明ではない。嘘ではないとは誰も言えないしね

 

 

 

ホバリングを経て、周囲の木々を揺らしつつ建物の隣に降下していく。それが収まってから私は久々に地面を踏んだ

 

「ご連絡頂いた蝶野様ですね。家元がお待ちです」

 

「承知しました。直ぐに向かいます」

 

和服姿の女性が降りた私たちを迎えた。使用人だろう

 

「それで……そちらの方は?」

 

「私の同行人です。許可を頂けるまでこちらには上げませんので」

 

「ではそのようにお伝えしておきます」

 

そう言うと蝶野氏は私に機体に戻るよう指示した。私を連れてくることは伝えていないようだ。実際私が来ると言っただけで拒否される可能性もあるわけだしね

 

 

 

 

 

何もない。椅子があり、視線の先には計器がずらり。燃料の残量がどれなのかすらもわからない

開け放たれた扉からは時折湿った風が流れ込む。ほぼ秋に近いとはいえ、ここが九州というのもあってか夏の痕跡はまだ根深く残っている

まだ気分は万全じゃないというのに

 

「しかし大変なことになりましたナァ」

 

降りて機体の確認をしていたパイロットが、操縦席に戻る最中始めて話しかけてきた

 

「はぁ……」

 

「蝶野一尉の申し出とあらば喜んで協力しますが、それにしても今回の廃校は変な話ですよネ」

 

答えるべきか……何かを探っているのか?蝶野氏に近いしここに連れてくるくらいなら大丈夫だと思うが

 

「私も昔、戦車道やってたんですヨ、黒森峰で。今はこうしてパイロットやってますがネ」

 

「……戦車道やっていらっしゃったんですか?」

 

「黒森峰は観戦とかの際に幹部がヘリを使うのは珍しくありませんからネ。私みたいに高校の時からヘリを操縦できる戦車科の者も少なくありませんヨ」

 

「そうなんですね」

 

「んでまぁ、その戦車道やっていらした身から言わせてもらいますと、こんなの戦車道に対する侮辱以外の何ものでもないでしょう。家元も強くは出れないとはいえ、国に思う所はあるはずですヨ」

 

思う所ねぇ……あったとしても動くとは……

 

「何より先代を引き継ぎ家元に就任したばかり。家元も何かしら結果を望んでると思いますヨ」

 

「結果?」

 

何をだ?勝利か?

 

「一門衆や有力門下生、そして黒森峰を少しでも抑え得る、ナメられないような実績ですヨ。特にみほさん追放には一門衆と黒森峰の影響が大きいと聞きましたからナァ」

 

彼女も当主であるとはいえ、その力は絶対的ではない。私からするとそこまでではないが、若いと見做されても仕方ないのかも知ない。だが今回はその一門衆を乗り気にさせられるような話でもないだろう

 

「先代はともかく、今の家元は追放の時は積極的ではなかったそうですからネェ。後々みほさんが大洗で戦車道をやったと知ったら勘当支持に回ったそうですが、それでも未だされていないとは……わかりませんナァ」

 

……疑問はある。明確に黒森峰に反逆した形の西住ちゃんは、確かに未だ勘当されていない。それを黒森峰が取り戻すための前触れと見るか、それとも西住ちゃんを許したと見るか。その話を信じるなら後者も少しばかり説得力を持つ

 

 

 

「同行人のお方」

 

ヘリの外から声が来た

 

「奥様がお呼びです」

 

話し合う気はあるようだ。何故かは知らないが機会が来たのだからやってみるしかない

 

 

 

 

「この奥よ」

 

木製の長い廊下の先、ある部屋の外で待っていた蝶野氏に示されたのは何枚にも並ぶ襖だった。この奥にあの西住流家元、西住しほがいるとのこと

 

彼女が首を縦に振らないと予想する中でも一応計画はある。だがどうなるかは本当に運

 

心臓が一層嫌な音をたてて耳元にある

 

だが……行くしかない

 

「頑張って!ファイトよ!」

 

前にも彼女から似たような言葉を聞いた。だが相も変わらず空虚だ

 

 

 

「失礼致します」

 

両手でゆっくりと視界を広げた先、少し遠くに、黒いスーツを身に纏った彼女はいた

 

威圧感

 

彼女だけは仮に世界を敵に回そうともそこにあり続けるだろう

 

「……入りなさい」

 

初めて見て、そしてただ座っているだけなのにそう思わせるだけの力があった

 

「はい」

 

正座のまま手を使って進もうとしても、体の硬さはなかなか取れない。やっとのことで爪先が溝を超えた

 

それでも彼女までは黒く大きな机を挟み、そしてさらにもう一個机を挟んだくらいの距離がある。このくらいでいいだろう

 

「……茨城県立大洗女子学園高等学校生徒会長、角谷杏です。本日は御拝顔の栄に浴すること、恐悦至極にございます」

 

ただひたすらに頭を擦り付ける。後のためにも今はひたすら持ち上げるほか無い

 

「……顔を上げなさい」

 

「……はい」

 

「用件を言いなさい」

 

無駄話はいらぬ、と

 

ここからが本題……か

 

「……我が校は8月31日を以って廃校する旨を文部科学省より通達されました。戦車道優勝をもって廃校回避を為す、との取り決めをしていた我が校としては全く持って受け入れられるものではありません

これを撤回させるべく文部科学省学園艦教育局を交渉に引き出すために助力を願いたく参上致しました」

 

「……それは蝶野から聞いたわ」

 

「つきましては、貴女から文部科学省に対しプロリーグ設置委員会の委員長就任を辞退する旨を申し出ていただきたく存じます」

 

まさに直球どストレート。なんの変哲も誤魔化しもない

 

何も答えがない。無理か、やはり無理なのか?

 

「……戦車道全国大会を制した大洗女子学園がそのような事態になっていることは、私も聞いています。ですがそれは私を動かす理由としては足りないのでは?」

 

利がない。そう伝えてきた

 

「……仰る通りです。この話には西住流に大したメリットはありません。そもそも大洗と西住流、黒森峰は距離もあって関係は深くないのです。こちらも対黒森峰、対西住流の優遇措置は取りますが、そちらの心が変わり得るものにはなり得ないでしょう

その一方でこの話を文部科学省が受け入れてしまえば、西住流に対するダメージは計り知れません。プロリーグに絡めなくなるのと同義ですから」

 

そこはどうしようもない。事実としてそうなのだから

 

「私も戦車道に身を投じた者。西住流についても多少齧っております。西住流が何より重んじる『勝利』という点を鑑みれば、この提案は拒絶されるべきでしょう」

 

さて、ここから。うまくいくかもわからないし、鋼の心を持つこの人が動くとも思えない

 

「ですが……恥ずかしながら、それでも我が校の未来を守るには、貴女様のお力にお縋りする他ないのでございます。何卒、娘様の所属する我が校を守るために、彼女の仲間と笑顔を守るために、助力を……助力をお願い致します……」

 

泣き落とし。何もない者が取り得る最後の手段。しかも彼女の娘の存在を騙った上での

 

だが事実よりまだ可能性はあるのが悲しいところだ。これに……そしてこれからの困難に大洗の未来は委ねられている

 

委ねたくはなかったが……致し方あるまい

 

「……蝶野からはこう言われたわ。貴女たちを残さなければ、黒森峰が来年大洗を叩き潰すことは能わないと」

 

だが大洗が無ければ……『勝ち』は得られるだろう。少なくとも、可能性は高いはず

 

「仮に私がその話を受け入れたとしても、文科省もタダでは撤回しないわ」

 

「その点は覚悟の上でございます。対価を、それも全国大会優勝と同等、またはそれ以上が要求されるのも確実ですし、それが達成されなかった場合は…… その時は覚悟する他ありません」

 

そしてその時、これに加担した西住流家元の立場は……この提案が受け入れられても委員長のメンバーからは外される可能性もある。だとすれば尚更……

 

「……みほは今、どうしているのかしら?」

 

「はい。私も数日の間離れているので断定できませんが、恐らく茨城県内の待機場所にて転校先の決定を待っているものと思われます」

 

一応気にするのね。少なくとも西住ちゃんの名前を持ち出したのは悪くなかった……かな

 

「戦車はあるのかしら?」

 

「なんとか手配しました」

 

沈黙。向こうの思案の間、私に口を挟めることなんてない

 

ただこちらにもう手駒はない。カネは生徒会の機密費含めこちらの手元にはないし、本当に口にした言葉のみがこちらが提示し得るものなのだ

 

これが潰えた時、他に取り得る手段。即効性のある手段……

 

頼む……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかりました。その提案を受けましょう」

 

「…………」

 

「……なに豆鉄砲喰らった鳩になっているんですか」

 

マジで?マジマジのマジで?

受けるの?受けてもらっていいの?大丈夫なの?これ壮大なドッキリじゃないの?いやドッキリで廃校までドッキリだったらそれはそれでいいけど

 

「あ、いえ……こちらとしては感謝の念に絶えないのですが……宜しいのですか?その言葉は西住流家元としての意見と理解して宜しいのですか?」

 

「私自身が西住流です。私が個人としてこのようなことは申しません。協力するのは西住流家元として、西住流としての意と理解して頂いて構いません」

 

ええんかいな?ほんまかいな?

 

「……書面で捺印頂いても宜しいでしょうか?」

 

「疑り深いわね。もちろん、必要とあらば作成しましょう」

 

「あ、いえ……仕事柄手続きには拘ってしまうもので」

 

いや、あの辻氏に裏切られた趣返しが実情かな。ここで期待させて手を切られたらたまったものじゃない。疑り深くなったのは間違い無いけどね。これまで人に裏切られ、人を裏切らせて政治家やってきたから

 

 

 

書面にはしっかりと『西住しほ』の名前。文面にはしっかりと文科省に通達する文言一言一句まで記載した。捺印もある。いざとなれば……文科省も巻き込んで訴訟かな

 

理由は聞いてないからどうしてかはわからない。ただ私が欲しいのは彼女の理由じゃない。ただ文科省にその旨を伝えるという事実。書面で確約が得られた以上、その先は気にするところじゃない

 

 

 

 

 

 



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第53話 海辺と海と

 

 

 

「海のほか何も見えないときに、陸地がないと考えるのは、けっしてすぐれた探検家ではない」

 

畳の上、あまり高くない机、左側には閉じられた襖、そして右側にはあまり並の立たない海と港。目の前の女は珍しく湯呑みに入った冷たいほうじ茶を流し込んでいる

 

「……すまないね。そういう系統は詳しくないんだけど」

 

「……フランシス、ベーコンよ」

 

「そうかい」

 

この手の話に付随する長ったらしい講釈は嫌いだ。これもまぁこの女の性というものだろう。一応イギリス経験論くらいは把握してるけどさ

 

だがまぁこの手の名言にしては納得のできるものだ。ついこの前までの私がまさにそうだったのだから。陸地もいつ崩壊するかわかったものじゃないとはいえ

 

 

 

あれから数日、まだ西住流家元を伴っての面談は実現していない。文科省と家元、そして児玉氏の予定の調整によって今日から3日後と決められたのだ。だから今の私にとってはそれより前は単なる空き時間に過ぎない

 

「しかしいいのかい?君はこんなところにいて」

 

「ええ、もちろん。これは『戦車道隊長の業務の一環』ですもの」

 

「……ここ三崎でマグロを食べることが?」

 

私が呼び出されたのは三浦半島の先、三崎港。品川で京急に乗せられて終点まで来たらここである

 

一応蝶野氏が同行を希望していたが、方針が固まった以上下手な詮索をされるのも面倒だから単独行動に切り替えた。今回これを受けたのも人伝のメールだしね

 

「というか今日平日だろうに、学校はいいのかい?私ならともかく……」

 

「学院長から許可は取っているわ。それだけでも今回の話が我が学院の支持あってのものとお分かりでしょう?」

 

「さぁね。君がただ勝手にサボっているだけかもしれないし。その裏付けが取れることはないだろうさ

それでその用件っていうのはなんだい?

 

 

 

 

 

 

 

ダージリン」

 

あの青い制服に身を包み不敵な笑みを浮かべる少女。だが政治、外交を見れば彼女の方が上手だろう。戦車道も然りなんだが

 

「ふふっ、そう焦るものではないわ、角谷さん。『先を見すぎてはいけない。運命の糸は一度に一本しかつかめないのだ』」

 

「それも知らないね」

 

「とにかく、このマグロと同時に手に入れるものではないでしょう?」

 

「……まぁいいさ。食べてしまおう」

 

眼前にあるのは赤みのマグロ丼。この切符を買うと安いと言われ、指定された通りそれを使って手に入れたものだ

 

「……流石は三崎、といったところかな」

 

「マグロの養殖だけはどこの水産科でも上手くはいかないそうですわ」

 

「そうなのか」

 

ウチの水産科はあんこうと他は多少のものしかやってないしねぇ。規模的にしょうがないんだけど

 

赤身メインのやつにしたけど、これくらいの方が私の舌に合う

 

 

 

 

赤い器は色は変わらずとも中身がなくなる。米粒一つ残さぬよう食い切ったそれが二つ、この個室には残された

 

「……さて、要件は一つなくなったわけだけど、他に何があるんだい?」

 

「……少しお待ちくださる?」

 

「ああ、いいけど……」

 

彼女は一度部屋を出ていった。トイレか何かだろうか

それくらいしか用事を済ませられないくらいの短時間で戻ってきたしね

 

 

 

「……角谷さん、あなた生徒会長としての印鑑はお持ちかしら?」

 

「印鑑?ああ持ってるけど、それが何か?」

 

「こちらの書類にサインと印を頂ける?」

 

隣に置かれていたカバンから取り出されたのは、大きなクリアファイル。その中にはそこそこの数の紙が詰まっていた

 

「……これは?」

 

「短期転校手続きの申請書類」

 

「短期転校?ウチにかい?」

 

それがこの枚数……

 

「……どういうつもりだい?ウチはもう廃校されてんだよ?そこに転校しようなんて書類を……」

 

「それが回避されるよう手を打っていらっしゃるのでしょう?」

 

「……さぁね」

 

流石は聖グロ、知ってやがったか。だがこれを持ち込んでどうするつもりだ。だが流石にどこに落ち着くかまで知っているまい

 

「……とりあえず文面確認させてもらっていいかい?」

 

「どうぞ」

 

名前を一枚ずつ確認していく。名目は交換留学で、学校は聖グロ、黒森峰、サンダース、プラウダ、アンツィオ、知波単……継続?

 

なんで継続?ウチとなんか関わりあったっけ?

 

「……各校でこれは承認されたと理解していいのかな?」

 

「そう記載があるでしょう?」

 

「仮に私が廃校回避のために動いていたとして、それは国への反旗に他ならない。それにこうも易々、こんなに他の学園が乗っかるかと思ってね

私がそっちのトップならこれは関係ない他校の話。下手に国から距離を取られるよりは無関係を貫いた方が損はない。それはまず考えるね」

 

「それでも関与したいという人がいるってだけですわ」

 

……不信は拭えんか。これが国の手先であったとしても驚くところはない。私から情報を聞き出して国に売り、見返りを求めるとかね

 

「……それにこの短期転校の届けで何をするつもりだい?君たちだけ転校してきても私たちは特段何もできないし、最悪文科省の学生の配分に混ぜ込まれるよ?ここに名前のある君が聖グロに戻れるかも保証できない」

 

「少なくとも貴女に都合の悪いことではないでしょう」

 

「はぐらかされても困るんだよ、それは。こっちだって廃校関係がこの先どうなるかわからないのに、そっちで何かしら動きたいと言われても連携が取れないしね」

 

無言。困ったよこれじゃあ話が進まん

 

何を考えているんだこんなので

各校からの戦車の譲渡だけは絶対ないだろう。戦車1輌でもそれだけ金がかかるものだし、いくらなんでも各学園がそれを許すまい。見つかったら最終的に文科省に戦車没収されるだろうしね

仮に試合になったとしても人だけいたところで何もできるわけがない

 

「……廃校回避の条件は?」

 

「知らないよ。そもそも条件が存在するのかもわからないし、なんならこのまま艦が解体されてオシマイさ。希望的観測の下ではそれがあって欲しいけど、閣議決定相手じゃねぇ……」

 

「……恐らく戦車道の試合になるでしょう」

 

「証拠は?」

 

言えないだろうさ。文科省は変わらず廃校確定で話を進めている。まだ譲歩なんて話が出ているわけがない

それともどこかで情報掴んだかな。だとしたらたいした情報機関だが

 

「その時に必ず、助けにいきますわ。ここのメンバーで」

 

「100人近いけど……正気の沙汰には思えないね。さっき言ったことも含め」

 

「陸地があると思うから、貴女はこうして航海を続けているのでは?」

 

「さぁね。今はただ海に浮かんでいるだけさ、あてもなくね」

 

 

また一枚ずつ資料をめくってみる。名前を見ていく中で一人の名前があった

 

ケイ。あの英雄気取りだ

 

確かにサンダースに行った時ケイと政権幹部の近さは見ている。こうして短期転校すら許可していることからケイの動きが事後承諾を受けたのは間違いないだろう

だとしたら他は?このメンバーもなんらかの英雄を目指しているのか?それを使うのも手か……

 

「……一ついいかい?他のところはともかく、継続はなんで名前入ってんの?ウチ特段関係ないんだけど」

 

「それは向こうからの希望ですわ」

 

向こうから?継続は何が望みだ?このミカってのがどこの誰か知らないけど

 

 

 

さて、どうするべきかな。拒否するのは簡単だ。何が目的かもわからないしどう動く気なのかも読めない。手を携えてやる理由は曖昧だ。巻き込んで学園都市全体の自治の問題に繋がっても面倒だしね

だが彼らを信じる、差し出された手を握るというのももちろんだ。戦車道の繋がりがあるしなんらかの助けに繋がるかもしれない。というより現状学園都市外交としては孤立している、正直サンダース相手も怪しい以上、手を振り払う余力はウチにはない

実際西住流家元がこちらに味方した以上、戦車道をやっている学園は大洗廃校回避を支持する、そういう流れができていても不思議はない。黒森峰も話に加わっているようだし

 

結局は正面のこの格言女を信用するかしないか、そこに尽きる

なんかしらの情報がリークされないように注意は払ったから、素直に私の名前と印鑑で処理してしまうのもアリ。最悪なんかしらの逃げの一手を打っておいて、彼女らが関わりを持とうとしていたことを伏せておけば各校への波及もある程度封じられるだろうしね

 

……だが仮に手を取るにしても、問題が一つ

 

「仮にだ、ダージリン」

 

「何かしら?」

 

「仮に君の言う通り戦車道の試合が廃校回避の条件となったとしよう。そして君たちがどうするか知らないけど私たちを助けて廃校回避を勝ち取った……としよう。まさに君たちの望む結果だし、廃校回避の結果を私も求めているものだ」

 

「そうでしょう?」

 

「だが、その後だ。学園の廃校回避はどうしても『君らに助けられたから』という事実の下になる。もともと我々単独では不可能であろう条件なら尚更ね

そして一旦の廃校回避の条件として提示されたのが全国大会優勝だった以上、次条件があってもそれより厳しくなると予想されるね」

 

「……そうでしょうね」

 

「何が望みだい?」

 

そう、こんな事をして何になるのだ。確かに目の前の彼女一人はなんの対価も要求しないかもしれない。あのケイというのもそうだろう

だが他は?プラウダは?黒森峰は?継続は?知波単は?

 

「……仰ることがよくわかりませんが」

 

「単刀直入に、すっごく具体的に言ってあげよう。ウチのどの利権を所望しての動きだ」

 

そのうち一つでも『助けたから』という事実を後ろ盾に発言権を有し、それを利用するとしたら……次代継承の大きな負担につながりかねない

 

学園が再興された後、システムとしてもこれまでの状況を受け継ぐだろう。そしてサンダース、プラウダはこちらに明確に介入する手段がある。前者ならクラブ。後者なら人民だ。クラブは弱体化させたとはいえ組織自体はあるし、私が辞めた後復権するというのも否定できない

 

知波単は距離が近い分関東近辺の寄港権譲渡とかを要求してくるかな。聖グロも終わった後そうしてくるかもね

 

……継続はなんだ?反プラウダを正式に標榜しろか?そうなるとプラウダと連合して動いているのに説明がつかないが

 

「利権なんて……そんなものは求めてません!」

 

向こうは侮辱と取ったか。だが君たちはそうだとしても

 

「その紙にサインした学院長含めた首脳陣が本当にそれを求めないで書いた、と言えるのかい?それもこの全ての学校において、ね」

 

そこまで一介の戦車道の隊長は知っているまい。ましてやOG組織の傘下に位置づけられる聖グロの戦車道ならば、上が握っているものを問いただすのはそうそうできるものではない

 

「……今の学園都市の情勢は、大洗の救援に傾いています」

 

「ほう。本来国に保証されて守られている学園都市の自治なのに、国に反抗する方が良いというのかい?」

 

「税収含め圧迫している現政権を次で確実に落とすには、ここで彼らの目論見を止めたい。そしてそれを都市運営の実績にするとともに将来の政権への重石としたい

そのために廃校回避は為しておいてもらいたいものなのです。あなたの動画で多少なりとも世論への喚起もできていますしね」

 

「動画?ああ、そんなものもあげてたっけ」

 

「そろそろ20万再生にとどくとか……」

 

20万?ああ、地味にそんなになってたのか。出かけている間見てなかったけど……

 

「そう。たいした数じゃないね」

 

「そうでしょうか?見た限りですがこれまでそちらの学園から投稿された動画に比べれば格段に……」

 

「世論の煽動が目的だというなら、その内どれだけが票になる?実際に何人が見ているんだい?その全てが廃校回避に賛成しているとでも言う気かい?」

 

単なる気晴らし程度。やはりウチの知名度では全国区ではそれが精一杯か

 

「……話を戻してさっきの話は確かに納得できるさ。でもウチの利権を求めていない証拠にはならないね。首に紐をくくりつけられた独立を、誰が好き好んで求めるんだい。要求するのは借款か?寄港権か?それとも政治的介入の余地か?」

 

……追い詰めた。そう、こうして本来孤立無支援かつ廃校不可避の劣勢である私は……逆に優位に立てた。内部の主導権を握っている私はそうできない相手より交渉しやすい

 

「けど、聖グロには戦車道始めた時に練習試合を組んでもらった恩がある。あれのお陰でウチは戦車道できたわけだしね。それが無かったら今も抵抗しようなんて話にすらならないさ

何を考えているか知らないけど……君が持ち込んだ話だし、受けるよ」

 

拒否はできない。前の困難だって辛うじて成功したから良かったというもの。また、今度はそれ以上の難題を超えて為さねばならないなら、支援を受ける以外の結果はない

だけどそれは、向こうが一方的にするものであってはいけない。タダより重いものはない。学園都市相手に頭を下げたら……行き着く先は隷属なのだから

 

「……助かるわ」

 

「ただーし、私の目が黒い、いや我が校の精鋭とも言える生徒会の目が黒いうちに介入しようなんて考えないことだね」

 

さっそく1枚目のダージリンの転校許可書にサインを刻みながら、一応の警告は残しておいた

これが実際他校に伝わるかはわからないし、それが今後に影響するかもわからない。さっきの交渉の筋もダージリン相手に通したものに過ぎない。だけど……私も少し馬鹿になってもいいのかもね

 

 

 

 

「最後に貴女にこの言葉を贈るわ」

 

久々に腱鞘炎に怯えそうな作業を済ませ、彼女は連れていた高級車で駅まで私を送った。その去り際のことだった

 

「なんだい?」

 

「『私たちは』恋愛と戦争では、手段を選ばない」

 

 

 

 

 



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第54話 帰還

 

 

 

さて、書面までもらってはいるが、果たしてどうなるものか。私は未だ胸の内の混沌をかき消せずにいた

 

面会するのは私ではない。流石に私主導でできるのは前回だけが精一杯。陳情だったしね

面会希望は西住氏と児玉連盟委員長。この二人が来るとなれば学園艦教育局、文科省も少しは腰を動かさざるを得ない

西住氏を連れてくるとの蝶野氏の説得によってだが、連盟委員長も連れてこれたのは幸運だ。少なくとも『戦車道界隈』からの意見と持ち込めるだけでも十分。あの逃げ腰及び腰がこうして座ってくれているだけでも大きな進展だ

 

「どうぞ」

 

明らかに文科省職員、官僚の対応が違う。先頭を西住氏にしただけでこれまでとは。戦車道大会が絡む以上向こうも無碍にはできない

 

だが連れてきたはいいが……本当に彼女は切り出すのだろうか。契約内容はプロリーグ運営委員会委員長の辞退についてで、一言一句書いてもらったから訴訟までできるのだが、実際はそんなものに時間を費やす余裕はない

 

理由をつけられてのらりくらりと交わされでもしたらそこまで

 

どうしようもないことながら、考える頭は止まらない。一人で歩くよりもこの廊下を歩く時間は長いように思えた

 

「大丈夫よ!」

 

後ろから蝶野氏にそう声をかけられても、凪と同じだ

 

 

 

 

 

 

「若手の育成なくして、プロ選手の育成はなし得ません。これだけ考えの隔たりがあっては、プロリーグ運営委員会の委員長を私が務めるのは難しいかと」

 

感情を表すようなこともなく、蕩々と湧き出る水の流れに乗って言葉が紡がれる

幸い向こうは正直な人間であったらしい。少なくとも目の前の人間よりは

 

「いやそれは……今年度中にプロリーグを設立しないと、戦車道大会の誘致ができなくなってしまうのは先生もご存知でしょう」

 

それは知らなんだ。なるほど、西住氏もそこについてある程度勝算を見込んだ上で、か

思っていたよりかは家元を説得するのは容易だったらしい

 

「戦車道優勝校を廃校するのは、文科省の掲げるスポーツ振興の理念に反するのでは?」

 

「しかしまぐれで優勝した学校ですから……」

 

まぐれで……

 

そう、まぐれだ。今からもう一度再現しようとして困難なのは疑いようもない。相手の判断、相手の車輌選択、そして大洗女子学園の準備。どれか一つ取り違えていたらなかった未来だったかもしれん

まず間違いなくサンダースが全車輌で襲ってきてたり、プラウダが建物破壊してたら負けてたしね

 

「戦車道にまぐれなし。あるのは実力のみ」

 

だが、隣はそうではないらしい

語気も強まった。辻氏も萎縮せざるを得ないか。私は石になりそうだったけどこれくらいで済んでるだけ流石だね

 

「どうしたら認めていただけますか?」

 

そして本題はここ、条件だ。ここで話せるのは与党からも合意を得られるものでしかない。今の与党がウチらを潰す気満々な中でね

 

そしてここの条件では揉めたくない。結果的にチャンスを得られるのが一番重要であり、それすら交渉なんやらで無になったら何の意味もない

 

「まぁ……大学強化選手に勝ちでもしたら」

 

「わかりました!」

 

だから私は間髪入れずにこの言葉を挟む

 

「勝ったら廃校を撤回してくれますね?」

 

「えっ」

 

「今ここで、覚書を交わしてください。口約束は約束ではないようですからねぇ〜」

 

流石にこのくらい言ってやらないと気が済まないね

 

「……わかりました。この辻廉太、言ったからには噓は申しません……なんとかこの条件で実施可能と致しましょう。ただし西住しほさん」

 

「なんでしょうか」

 

「こちらもこの条件を呑むからには、いかなる結果であろうと西住流はプロリーグに参加していただきますよ?」

 

 

 

今度こそは確実にしなければならない。それがどれほど厳しい道であろうとも

 

それにしても、辻さん演技上手いねぇ

 

 

 

 

 

「私はこれより、館林に向かいます」

 

「島田流の家元、ですな」

 

地上に降りた後はそれぞれ分かれる。書類は一応私が預かって、コピーを各個人に渡した

 

「国からの連絡はすぐに向かうと思いますが、滞りのないようにあらかじめ説得しておこうかと」

 

「なるほど。わざわざお手数お掛けします」

 

西住氏は私が思っているよりも積極的に動いてくれている。ありがたいことだ

私じゃ島田流相手だと門前払いだろうしね

 

「それにしても……あれで良かったのかしら。貴女が想像しているよりも相当厳しいでしょうに」

 

「それでも、です。もともと廃校、学園都市権限縮小を狙っているのが国だとすれば、彼が提示できるのはあの程度なのではないかと……それでも大洗が対峙すべきは彼です。戦車道でならともかく、学園艦、学園都市の差配は彼の職務なんですから」

 

「だからこれが最大限の成果ということね」

 

たまたまだが上手く蝶野氏がフォローを入れてくれた。ここで彼との関係を疑われるわけにはいかない

 

「そうでしょう。なので……あとは実力で勝負し、道を拓くのみです」

 

また頼るのは西住ちゃんなのだが、致し方ないのか……

 

「わざわざご協力ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

蝶野氏にわざわざこの期間ついてきてもらった礼を述べて、次の日の夕刻山道の途中にいた。彼女もまた気さくに応じてくれたし、言葉はともかくもよく知らぬ土地で味方がいるというだけでどれだけ救われたことか

 

だがともかくも手土産なしに帰らぬと決めていたこの地を私は一応の約束を鞄の中にしまって踏むことができる

 

タクシーを駅で捕まえて、少し離れたところで降ろしてもらった。近くだと支援をもらいにきた生徒と鉢合わせる可能性がある。私はサッと参上し結果を見せる。それでいい

そもそも出かけていたことすら生徒会関係者以外には封じてあるのだ

 

坂道を登って木々が姿を見せた。間もなくだ

 

この知らせは皆にとって幸福だろうか。少なくとも廃校がこのまま確定的なものとなるよりマシだろう。だが仮にこの大学選抜との試合に負けたら?今度こそ決定的になる

 

そして皆は、試合の始まりからそれを知って戦い始める。途中からだった前回とは訳が違う。流れで試合に乗っていた者たちもいるだろう

ここからの戦いで果たしてどこまで同調する?しかも軽く調べた限りでも大学選抜代表の島田流の家元の娘は化物だ。親の力を使って飛び級しているのかもしれないが、実力はそれに見合っている

 

何より……車輌と人の質。大学選抜は全国からの精鋭だ。昔黒森峰だった者、サンダースだった者、プラウダだった者の上澄。さらにそこから経験を積んでいるから強さは折り紙付きだ

それにプロリーグ、世界大会を見据えてか投入されている戦車の質も高い。調べた限りよくわかんないけどパーシングとかいう大戦末期戦車を大量に運用してくるんだと

だが……勝つしかないんだよね

 

それを……彼女らの小さな身体は……って私が言えた道理じゃないね

 

 

 

廃校舎の前に差し掛かろうとした時、敷地の方から結構大きな音が響いた。入り口の前に立ってみると、目の前にあったのはパイプ椅子の山

見つめてみると少し積み重なった椅子が動き、それが連鎖する中で中から人が出てきた

 

かーしまだった

 

やはり阿呆だね。自分が埋まるほどの量一人で運んでたみたいだけど。誰かに手伝わせればいいのに

 

だが、今はそれよりも

 

「ただいま」

 

 

 



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第55話 偽の熱狂

 

「非常呼集、非常呼集!会長が帰還されました。戦車道履修者は今すぐ講堂に集合!繰り返します……」

 

腰にぶら下げたかーしまを小山に預け、私は一足先に行動に陣取る。夕方の赤い陽光がまだこの部屋を照らしている

垢を落としたいのも山々だが、まずはこの紙のことを皆に言わねばなるまい。こうしてまた皆を試合に送り込むのだから。その理由が廃校回避、彼女らの居場所を取り戻すためであるとはいえ

 

「非常呼集非常呼集!……桃ちゃん静かに」

 

そしてこの件は完全に私の独断で始めたし、このサインも私の独断だ。つまり負けた時の全ての責任は、私だ

3万の民の未来が、私のこの味気ない文字の並びで決まる。議会が開会不可、生徒会も分散状態であるからある程度許容はされるだろうが、国で言えば国内の批准を得ていない条約みたいなものだ

結果が出なければ本当に私の人生の汚点にすらなりかねないけど、その程度。私は公約を守るまでだし、その道を真に諦めることこそ私の恥だ。学園が残る道ができるなら私の人生くらい引き換えてやる、そう思って今までやってきた。それを続けるだけさ

 

「会長。言われた通り戦車道履修者を集めましたが、どこに行っていらっしゃったのですか?何をなさるおつもりです?」

 

「まぁまぁ小山。東京土産あげるから後にしといてくれ」

 

 

 

 

「全員集まったなぁ〜!」

 

皆思い思いに過ごしていたらしく、その姿のまま講堂に密集している。野生の香りすらしてきたウサギさんチームとかやけに筋肉ムキムキマッチョマンと化したアリクイさんチームとか何やっていたんだか……

 

「カモさんチームが来てませーん」

 

「ぬぁにぃ〜」

 

だがそういうことに一番うるさいであろう風紀委員がまだ姿を見せていない

 

「……風紀委員どうしたの?出る前からなんか呆けてはいたけどさ」

 

「それが最近だと近所の人との諍いを起こしたりと問題続きなんですよ。生徒を取り締まるどころか彼女らこそ取り締まられるべき、となるほどです……」

 

「なにしてんのよ」

 

シャレにならんじゃないか。ここで問題起こしたらそれこそ文科省にとって美味しいものはない。なにせウチの治安組織、そこが緩んでいるとなれば統治力不足に説明がついてしまう

 

「幸い大事にならずに済んだのですが……」

 

「……画像とかある?彼女たちの」

 

「一応確保はしておきました。後藤さんも金春さんも次世代の幹部ですし、使い勝手はいいと思いますよ」

 

「それならいいや。五十鈴ちゃんに下手な問題残したくないからね。それにここにいるのももう長くはないし」

 

「会長、それって……」

 

んで、いつの間にかかーしま以上にめっちゃ泣き叫んでる風紀委員3人が入り口に揃っていた。流石にハンカチで鼻を噛むのはやめてやれや……

 

さて、未来を見せないといけないね

 

 

 

 

 

「みんな、試合が決まった」

 

「試合?」

 

「大学強化チームとだ」

 

西住ちゃんは流石に知ってるか。そして皆にとっての試合を考えれば、これがなにを意味するかは明白。そして私が西住ちゃんになにを求めているか、も

 

「大学強化チームとの試合に勝てば、今度こそ廃校は撤回される!」

 

その試合に勝て。黒森峰よりも遥かに強いそのチーム相手に勝て

そして西住氏が島田流のところに行って承諾を得ているところを見ても、大学強化チームは私たちを研究してくる。対プラウダで考えていた黒森峰とは違う。私たちを全力で潰しに来る

そして……大学強化チームの隊長は島田流直系の後継者。西住の血を引くものを叩くまたとない機会。手を緩めることはないだろうさ

「今回は念書も取ってきた。戦車道連盟、大学戦車道連盟、高校戦車道連盟の承認ももらった」

 

だがまずは皆を少しでも安心させる必要がある。ここら辺は児玉氏経由ですべでゲットした。戦車道連盟とはとりあえず協力体制を組めている。試合をすることまではね

私たちを勝利させる気があるのかまではなんとも言えん。西住流はある程度あるだろうけど、連盟は児玉氏の様子も見るに文科省と必要以上に関係を悪化させたくないはずだ

 

「さすが会長!」

 

「ちゃんと仕事を進めてくれてたんですね!」

 

この二人にも話さなかったのは、こうして希望があるムードを高めるため。この二人も喜べば僅かとは言え現実から目を背けられる

 

「会長、もう隠していることはないですよね?」

 

聞いてきたのは……カバさんの鈴木ちゃんか

隠していること……ある。私と辻氏の関係はまさに秘匿せねばならないこと

だがこれを言う理由はない。条件も達成されてないしね。わからないことはあるが、それはどうしようもない。つまりこの状況で出すべき答えは

 

「ないっ!」

 

「勝ったら本当に、廃校撤回なんですね!」

 

「そうだっ!」

 

 

 

そして希望は見せた。私たちに希望に辿り着く力があるかはわからない。だからまた私は空虚を語る

 

「……無理な戦いなのはわかっている」

 

なんの保証もない、だが僅かでも士気を一層高められると、

 

「だが、必ず勝って……大洗に、学園艦に帰ろう!」

 

そして何より、自分たちは勝てると信じて

 

「おおっー!」

 

 

 

 

「西住殿……」

 

「うん……」

 

熱狂から離れる二人。彼女らはこれが泡の如く消える偽と理解している

 

 

 

 

 

 

「会長、何をなさってたんです?」

 

東京行きの途中で用意していた干し芋は切れていた。だからこうして数日も空けて干し芋を食べるのはここ10年くらいなかったと思う

 

「何って、この書類作って来たのさ。それ以外にあると思うかい?」

 

「隠していることはないと先ほどおっしゃってましたけど、本当なんですか?」

 

「事実だよ。西住流と戦車道連盟の支援を受けて文科省相手にそれをサインさせた。そのためにずっとやって来たさ」

 

かーしまは泣き疲れたのかとっとと寝てしまった。起きているのはこの広い校舎でも私と小山くらいだろう

 

「蝶野さんの伝手使って連盟会長と西住流家元に会わせてもらってね。いやー、家元は圧凄かったね」

 

「あれ、熊本行かれたんですか?」

 

「ああ行ったよ。一週間ちょっと前かな」

 

「その頃でしたら……西住さんと鉢合わせたりしませんでした?」

 

「西住ちゃん?いや会ってないけど、そもそも西住ちゃん西住の家に入れないだろ?完全に勘当されてるわけじゃないけどさ」

 

「それが万一の際の転学手続きのために親御さんの印鑑付きの書類集めてたんですけど、西住さん熊本で親御さんの署名と印鑑貰ってるんですよ……こちらです」

 

小山が一枚の書類を取り出した。確かに西住しほの文字と印がある

 

「本当に西住流が将来的に西住さんを勘当しようとしてるのだとしたら……これが可能でしょうか?」

 

転学先についても指定はない。ああは言っていたとはいえいざと言う時は黒森峰に引き戻しにかかると思ってはいたが、そうでもない

 

「……書類は使用人の人にでも代筆してもらったんじゃない?それでも転校先の希望が空欄なのも意外だけど」

 

「だいたいの人は空欄ですよここ。ほとんどの人が同じく県立の学園都市に転校すると思っているでしょうし」

 

「確かにね。でも西住ちゃんほどの人材だよ?その獲得をフリーハンドにするのはリスク高くないかい?どこだってとりに来るだろう。黒森峰にいたから私立相手でも学力面問題ないし」

 

「あ、確かに……決定するの私たちじゃありませんから、そこに他校の意思が介入するってこともあり得ますね」

 

「どういうことだ……」

 

西住流はこうして我が校に介入した割に、西住ちゃんについてはどうでもいいと考えてるのか?最悪プラウダに流れるってこともなくはないというのに

 

いや、まさか……

 

「……それはないよな」

 

「何がです?」

 

「……西住流が、私たちを確実に勝たせるなんらかの方法を知っている……のか?」

 

大洗は残る、その確率がとても高い。そう考えている?

 

「いや……私も軽く大学強化チームは調べてみましたが……主将は島田流の娘で、しかも大学を飛び級するほどの逸材。その実力と権威で統率も取れているでしょう。とても容易に勝てるとは思えませんよ」

 

「そうなんだよねぇ……飛び級させてるところを見るに島田流がとんでもない投資しているだろうし。だとしたら……何を考えてる」

 

あの時サインはもらったとはいえ、わからないことだらけ。確実なのは試合ができることと、この齧っている干し芋のうまさくらいなものだ

 

「しかし……会長、凄いですね。国を相手にして本当に条件を勝ち取れるなんて……」

 

そんなことはない。これは……辻氏との密約の成果だ。私にはそんな実力はない。西住氏との面会で理屈ではなく情理で動かしたものだし、辻氏と西住氏の会話からも見えたように私でも理解しきれないものがまだまだあるはずだ

 

「そんなことないさ」

 

謙遜の言葉が出てきたのも、正直の結果。自分でもかなり珍しいと思う

 

「そんなことないですよ」

 

「……これは、大洗は生き残るっていう運命だし、私たち以外の誰かが望んでいるものなんだろうさ。だからこんなにうまくいってる」

 

「だ、誰がです?」

 

「他の学園都市、かね。彼らとしたら今の政権の功績が潰されるのは理想的だろう。積極的にじゃないけど、裏から貢献してくれてるのかもね」

 

「な!なるほど……」

 

これも実際あるだろうが、結局私の力じゃない

 

「ま、状況がまだ上手くいっているってことさ。あと私たちにできるのはそのチャンスを掴むこと。その為には私は再び茨を踏むことを、踏ませることを決めたんだから」

 

「そう……ですね」

 

小山もわかっている。また西住ちゃんを駒として使う道ということを。だがこれしかないのだ

これしか私は話を持って帰って来れなかったのだ

 

 

 

 

 

 

 



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第56話 事情

 

 

熱が覚めるとは、その熱を起こすよりとても早きもの。放っておけば自動的にそうならざるを得ない。それが定めなのである

 

かくしてこの場の静寂も時がもたらした

 

 

 

 

「社会人を破ったチーム!?」

 

「幾ら何でも無理ですよ!」

 

大学選抜。その主人は島田流家元の娘にして13歳のうら若き少女だという。彼女が戦車に乗っている姿の写真が入った広報が、私たちの手元には転がっていた

 

「無理で当然だよ」

 

そしてそれと当たるのだ。こう返事するのもやむなしである

何せ与党の奴らはこの廃校の撤回を認める気なんてミドリムシの鞭毛すらもない。もともとやって不可能だとわかり切っているから、それで西住流の反発を抑えられるなら好都合と受け入れたってところだろうし

 

「西住、どう思う!」

 

「選抜チームの隊長、どこかで見た気が……」

 

そりゃあるんじゃない?仮にも西住流の娘と島田流の娘だし

 

「天才少女と言われているらしいな。飛び級したとか」

 

「島田流家元の娘なんだって……」

 

「つまりこの試合は島田流対西住流の対決でもあるわけだよなぁ」

 

だから西住流がこちらを直接支援するかとなると、西住ちゃんだけにこれ以上は無さそうなんだが

 

「で、相手は何輌出してくるんですか?」

 

「……30輌です」

 

「ええっ!」

 

大学、社会人のルールを基盤とするなら、その輌数は変えられない。数は決勝の黒森峰以上、質も然り、そしてこちらの数は一切変化せず、しかも山の中にいたことによる技量の減退も気になるところ

 

「もうダメだぁ!西住からも勝つのは無理だと伝えてくれ!」

 

試合の内実を知ってからかーしまはこんな感じだ。それにしても相変わらず浮き沈みの激しい奴だ。ま、言ってることはそこそこ間違ってないからタチが悪いのだが

 

「確かに、今の状況では勝てません」

 

そう。西住ちゃんならそれをわかっているはずだ。そこから……

 

「でもこの条件を取り付けるのも大変だったと思うんです

普通は無理でも、戦車に通れない道はありません。戦車は火砕流の中も進むんです。困難か道でも勝てる手を考えましょう」

 

……助かった。西住ちゃんが同調したら、ウチの戦車道は纏まる。今みたいにね

 

「はい!」

 

「わかりました!」

 

そして纏まれば大義名分はあるし士気を保てる。これがなけりゃ始まらない

 

確かにこの試合が無様なものとなれば、精神的にも大洗女子学園が海上に再臨することはなくなるだろう。だがそれ以上に勝負を避けるのは恥だ

なんとか勝つ、それしかないのだ。これ以上の条件は私には……無理だったのだから

 

「みんな車輌の準備を整えてください。今日の夕方には大洗に向かわなくちゃいけないので。あと2時間したら輸送車が来てしまいます」

 

因みに戦車については試合終了後に負けたら没収となった。というか連盟がそこは強力してくれた。実質的な黙認だ

勝ったら廃校回避、つまり戦車を没収する理由が無くなるからね

 

「みんな!ここの準備も手際よく済ませて、そして試合も勝って、大洗の戦車道は偶然なんかじゃないと見せようじゃないか!」

 

「おおっー!」

 

試合の会場は向こうの都合で北海道だという。戦車を急遽運べる余力があるのが海路に限定されるということで、ルートは大洗〜苫小牧便利用だ

船便で半日以上行って次の日投入の私たちに対し、向こうは1日ホテルで休息を取って試合だ。体力面でも向こうが有利

試合申し込んだのはこっちだからしょうがないけどね

 

 

あとこの情報は結構ばらまいておいた。取材とかが入って情報を拡散してくれた方が裏付け取れるし、世論を動かす一つの力になるのは間違いない。流石に大学選抜に勝ったとなったらねぇ

yourtubeでまた動画をあげたのと、前に取材に来た茨城新聞の記者、朝目の地方紙の記者にも情報をリークしといた。国はまずしないだろうしね

動画は編集特にできないしまた簡素なものになってしまった。字幕くらい付けられたらいいんだけど

 

これは負けたら取り返しがつかないことの裏返しでもある。が、奴らが学園艦の地を踏み荒らしたその要因を無くしてしまった方がいい。前は秘密協定の側面が強すぎたから

 

 

生徒会のメンバーにもメール一斉送信しておいた。そしてそのことを各拠点の生徒にも通知するようにした。田川ちゃんとか興奮がそのまま文面になったメールを秒速で返してきたし、他も「さす会(意訳)」って言ってきたんで、他の拠点でもネットを使ったりして試合の情報を見ることになるだろう

あとは……一応町内会長には連絡していた。旧町民への連絡網を使って話を広めておいてってやつ。住民的には……移転先で新たな暮らしを作ろうとしている人が多いから、そこまで大きな支持にはならないかもな……

 

あとはここ私たちが抜けると生徒会と風紀委員が欠けるから、生徒管理に不安が残るんだよね。万が一のために……と思っても誰かを残す余力はない

しょうがないからここにいる運動部を組織して夜間の見回りを任せて、生徒会の手伝いをしていたメンバーをそのまま業務に充てることにした。不安は残るけど他所から引っ張ってこようにも調整する時間もないからね

 

 

試合の結果はわからない。だけどそれをいい方向に向けるだけのことはしておいた……はず

 

「じゃ小山、かーしま。私たちも準備しておこうか」

 

 

 

 

 

できることといえば、こうして干し芋を齧ってることくらいだ。港を離れる前に竹谷氏から貰ったこれを

風がいい感じに耳元を流れていく。学園艦でもよくあった風だ

これをまた浴びれる未来が来るのかはわからない

 

「会長……」

 

「かーしま、眠れんか」

 

「……はい」

 

夜の航行の中である。明日も上陸関係の作業がある。さらにずっと慣れない環境での集団生活。疲労が溜まっていないというわけではなかろう

だから皆早めに休ませた。ここの船の上の方が逆に慣れてるしね

 

だが例外というのはどこにでもいるものだ

 

「……らしくなかったな、かーしま」

 

「は?」

 

「私に西住ちゃんへの『情』を糾弾したかーしまは……どこへ行った?」

 

「……」

 

かーしまは前までなんとしても廃校回避を追求していた。だが……帰ってきてからはそうでもない。この前試合を避けようとしていたように、どうにもそれに拘らない様子を見せている

これが変わらなければ……私たちの思考にも響く。副隊長とはそれだけ重い仕事だ。それに西住ちゃんに比べて発言力がある

昼間こそなんとかなったが、この先も維持する上で必要だ

 

「……何があった」

 

黙ったままだ。何も言わない

 

「……学園艦に戻りたくないと思わせる理由……か」

 

私と違うところか

 

「家族……だな」

 

背後にいてもわかる。かーしまの反応を全ての人間がするなら、深層心理はその用語すら誕生しなかっただろう

かーしまの家族は学園艦にいた。そして彼らの行動を予想すれば、自ずと結論は決まってくる

 

「……学園艦から出て私が出かけている間に、仕事を探している、とかか」

 

「……はい」

 

仕事ね……もちろん学園艦を去った住民は新生活を考えているだろう。この試合に賭けて何もしないという愚を冒す人間はそうそういない

かーしまの家は確か小学生くらいの子供も多い。彼女らの小学校復学、さらに中学以降への進学を考えれば仕事を探したりするだろう

 

「それと……母の体調が……」

 

「……病院か」

 

病院は学園艦上はそこまで多くない。地上より人口当たりの病床の比率は少ない

というのも基本住民の大半が学生だ。若い故に怪我病気は少ないし、学園艦上はそれで市場が固定される。何より重病の時は沿岸部の近くの都市にヘリで運ばれたりする。つまり病院は意義が薄い。それはかーしまの母にとって住みにくいことを意味してしまう

親の仕事に弟妹の将来、母の体調。これらの意向を受けたのだろう。とりあえず分散配置していたとはいえ、家族と連絡は取り合っているだろうからね

 

さて、なんと言うべきだろうね。これ

家族は私にとっても重く、有難いものだ。そしてかーしまには弟、妹たちを支え、親を助ける責務を、自ら定めて抱え込んでいる

これを解消するのは容易いことではない。だがそこまで長期間縛るものでなくていいなら……

 

「……かーしま」

 

「は、はい」

 

「お前は大洗女子学園の生徒会の一員、そうだな?」

 

「……はい」

 

「……仕事に私情を持ち込むのはよそうじゃないか」

 

仕事

 

封じ込められる手法はそれだ

 

「明後日まででいい。試合が終わるまででいい。まだ……お前には生徒会の、私の部下であって欲しい」

 

「……」

 

まだ逡巡があるか

 

「試合が終われば……好きにしたらいい。その時には全てが決まっている。だが……かーしま。すまないが……私が政治家であるために協力して欲しい。頼む……」

 

友情、文字から見てもまた情だ。家族を上回る理屈はなかなか準備できるものではない。政治家としてとは言ったが、それを全うするのも今年だけだろう

 

「……ですね。そうでした。すみません、こんな時になってまで……」

 

幸いこれでかーしまは折れた。これが小山だったらそうはいかなかったかもね

 

「しょうがない。家族のことは……最初に考えるさ、誰だってな。だけど……今回だけはそうしてくれ」

 

「勿論です。ここから引き返すなんて……あり得ません」

 

「よし、その意気だ」

 

「ありがとうございました!」

 

 

 

これでかーしまもゆっくり眠りについてくれるだろう。そうして欲しい

私もぼちぼち寝たほうが良いのだろうか。風はいいのだが、食欲も落ちてきた。試合のためにも休んだ方がいいのは間違いないのだが

いや……流石にそう楽にはさせてくれないか

 

「角谷くん。君たちは今君たちが考えているよりも相当厳しい未来を見ることになる。条件を引き出すにはこれが精一杯だった」

 

こんなメールが送られてきたならね

 

 

 



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第57話 滅私

 

 

 

 

 

「殲滅戦ってなんだったっけ?」

 

「相手の車輌を全部やっつけた方が勝つやつ」

 

「そうなんだぁ」

 

 

んで、その未来は時を経て今眼前に聳え立っていた

 

「あの、30輌に対して8輌で、その上突然殲滅戦っていうのは……」

 

 

殲滅戦

 

8輌対30輌の、戦車の質は30輌の方が有利なそれ。フラッグ戦の場合との勝率と比較すれば明確な差がある

 

どうあがいても認める気がないことの証左に他ならない。実際この試合は私たちを見ていない。見ているのは西住流と戦車道連盟。その二つの口を塞ぐのに都合のいい話に過ぎないものだったってわけ

 

 

そしてこの理屈は容易に成り立つ。珍しく西住ちゃんが反駁してもどうにもなるまい

 

「予定されるプロリーグでは殲滅戦が基本ルールになっていますので、それに合わせていただきたい」

 

「もう大会準備は殲滅戦で進めてるんだって……」

 

 

プロリーグ

 

 

私が辻氏との交渉に用いたもの。大学強化チームを利用してそれの予行を兼ねる面があるなら、プロリーグの形態に合わせろという話は全くの筋違いじゃない

 

話ぶりから考えて児玉氏は通してないだろうが、事後承諾に持ち込んでる。これも彼がこちら側にいたことを考えれば当たり前

 

論理、人間で固め切っている話だ。つまり呑むしかない

 

「辞退するなら早めに申し出るように」

 

そしてそれは、私たちの廃校回避の可能性がますます低下したことを意味している

 

「それと角谷くん。明日の試合の手続きのため、試合本部まで来るように」

 

「はい」

 

 

 

チームのムードは晴れない

当たり前だ。前プラウダや黒森峰に勝てたのはフラッグ戦というルールの存在も大きい。89式がもう一発撃ち込まれたら、ポルシェティーガーを乗り越えたティーガーIIがIV号に1発撃ち込んだら。その二つのパターンから導かれる先を予想すれば自ずと分かることだ

殲滅戦。戦争の……なんとかの法則的に戦力比の二乗が実際の損害比になるとかなんとか。これだって同等の戦力の質があることを前提にしている。これを覆すには私たちは何十倍の力を必要とするというのか

 

それが無謀だとは誰しも思っている。だが口にしたら終わりだ。結果として風の音、隙間からの夕焼けが主調を強めてくる

 

 

そこから去ってしばらく。通路途中のプレハブの物陰に辻氏はいた。あまりに人気がないので、背後からの声に私の足は少し止まった

 

「……こんなところで何を?」

 

「話を手短に。まずこの事態は申し訳ありません。こうでもしなければ説得できませんでした」

 

すぐに謝罪か。庶民の前では強気であらねばといったところ

 

「……過ぎたものは致し方ありません。どこまで厳しい環境に置かれようと、私は覆すために万全を期すのみですから」

 

「ですが君たちにとっての朗報もあります。殲滅戦の穴が埋まるほどではないですが」

 

「ほう……それは?」

 

「審判代表が蝶野氏になりました」

 

……なるほど。確かに朗報だ

 

「戦車道大会の試合開催のピークにあたる夏の期間が終わったので、兼業している審判員が多くてこの時期の予定がつかず、審判代表を務められる実績がありかつ北海道に来られるのが彼女しかいなくてですね」

 

確かに下手に中立を謳う審判よりはいい。何より最悪なパターンではない。西住流の名も背負わなくてはならない以上、我々に有利な判定を誘導するかも知れん

かといって見るからに有利にはしないはず。後でそこを突かれて廃校決定となるのだけは勘弁願いたいし。心象がマシになるのが関の山か

 

「幸運ですね。彼女なら上への抵抗も辞さない存在。向こうに有利な裁定をしろと命令しても必ずNOと言うでしょう。それだけでも救いです」

 

「それで……君はどう戦う気なのです?私が言うのもなんですが、この絶望的な状況で」

 

「さぁ」

 

「さぁって……」

 

はたして彼はどのような返答を期待していたというのか

 

「戦車に関しては私みたいな凡下がどうこうするべきではなく、西住ちゃんに任せるだけなので。ここまで来てしまったのです。もう後は……」

 

 

 

 

 

 

満点の星空。私にはその存在すら大洗への皮肉に思える。昨日の夜眠れたとは言えない私だが、今日もまだまだ寝る気は、眠れる気はしなかった

 

明日である。明日のこの絶望的な試合で全てが決まる。それでも皆希望を持てるのだろうか、それが何よりの不安だった

彼女らは試合に出なくても未来がある。この先の未来を良くするなら、実際ここはいっそ諦めるのも一つの考えだ。いくら廃校回避のために戦車道をやったとはいえ、かーしま同様それぞれの家庭の事情を無視することはできない

だがあえて纏めるというのなら、頼れるのはこの人くらいなもの

 

「苦労かけるね」

 

そう、西住ちゃんだ

 

「あ、いえ」

 

この人がどう転ぶかだ。前の判断もフラッグ戦であることを想定したものだろう。彼女自身のこの先の戦車道でのキャリアを考えるなら、身を引く、無様な姿を見せずに終わらせることもできる

どう考えても負ける試合を前にするなら……いくら仲間を大事にする西住ちゃんでも取らないとは言い切れない

 

「どうする?明日の試合」

 

だが表情を見るにどうにもそこまで考えてはないようだが……

 

「辞退するという選択肢も……」

 

「それはありません!」

 

珍しく言葉を遮られたね

 

「退いたら、道は無くなります」

 

「……うん」

 

それが聞けただけでも十分。大洗は戦える

 

戦える……

 

「……厳しい戦いになるな」

 

「私たちの戦いはいつもそうです。でも……」

 

「みぽりーん!」

 

背後から声。武部ちゃんか

そこそこ遅いとは思ってたけど、まだまだ起きてるもんだね

 

「みんながいますから」

 

「……そっか」

 

結局はそこに行き着くんだな。この人は

 

「……ま、悪い話ばかりじゃないしね」

 

「何かあるんですか?」

 

「審判、蝶野さんだってさ。本部で聞いた」

 

「彼女……ですか」

 

「周り敵に囲まれてないだけマシさ」

 

「敵……」

 

「ほら、仮に審判が島田流の出身だったらさ、明日あの娘が負けるのを良しとはしないだろう?この戦力差で

こちらが勝てそうになった時に試合を止めたりと妨害してくるさ。それだけの投資を島田流は彼女に行ってる」

 

「しかし蝶野さんも……」

 

「正々堂々としたものを好む人だ。西住流で学んだにしては西住流らしくないよね、あの人。西住流なら私たちが始めて紅白戦した時西住ちゃん以外は怒鳴られてるはずさ」

 

「確かに私の母とかならそうなりそうです」

 

「だろう。じゃ、仲間来てるみたいだし、偵察の邪魔しちゃって悪いね」

 

私にとっての確証と試合を考えるピース。それが揃えばとりあえず良い。彼女の時間を邪魔しちゃいけない

その時間が彼女の決心を深めるならば

 

 

星空には少しの雲。このくらいの方がいい

 

「あの、会長さん」

 

去り際、呼び止める声

 

「母に会いましたか?」

 

契約書の書面に西住氏の名前があったところからだろうか

 

「……会ったよ。あの人と共にいられるならば人生もっと楽だろうね。お互い無理だったみたいだけど」

 

 

 

私には一つ誰にも言っていないことがある。どうなるか予想もつかないことが

あの紙の山は果たしてどんな形で私たちに帰ってくるというのか

今のところ何もない。直接の連絡はおろかどこからかの噂話すら

常に最悪の事態は想定しておく必要があるし、今はそれに近い。私の手を痛めさせた以上のものではないと仮定する他ない

 

 

 

次の日の朝。窓の外がやっと白んできた頃にその微かな光で目が覚めた

 

この日に全てが決まる

 

……そうだ、負けたら終わりだ。ここでいくら市民意識を盛り立てられるような活躍をしたところで、すでにバラバラな市民がまた集まることはない。影も形も無い幽霊で集団意識を堅持するのは不可能だ

私のこの時代に市民が消える。学園艦創設以来受け継がれたものが

 

私が……この、私のせいで……

 

「そうだ。そうなんだよね……」

 

どう転んでも、この事態を招いた責任はトップだ。そうなるし、そうなるべきなのだ

 

まだ下半身を布団の中に残したまま、私の右手は震えていた。指先から手首を超えるところまでひっきりなしに

 

……事ここに至っても、かーしまにあんなことを言った後でも、私は怖いのだ、私に迫ってきている責任が。あの椅子に座った以上、あの話を聞いていた以上覚悟しなければならなかったものが

 

いつまでも私は西住ちゃん相手にウジウジしていた時と変わらない

 

恐怖

 

今でもそれから逃れたいとばかりに必死なのだ。この身体は

 

私は大洗学園都市を滞りなく動かすための駒だ。西住ちゃんだけではなく、私自身が駒であり、この学園都市を進ませる足なのだ。なのに……私は今、無心に機関になることを受け止められていない

 

「会長、おはようございます」

 

「ああ、おはよう……」

 

隣の小山が目を覚ました。昨日は皆思っていたよりも遅く起きていた、いや眠れなかったらしい。だからか他の人が起きる兆しはない

 

「……いよいよですね」

 

「ああ」

 

ここまでできなかったとしても、今日の一日だけはならねばならない

 

出来る限りの力で、震えを握りつぶした。これは不要だ

封じろ……『私』を

 

「行こう。負けるわけにはいかない」

 

 

 

 



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第58話 風上

 

 

平原の向こうには見たこともない直線ができていた。そしてその鼻先は全てこちらを狙っている

 

戦車30輌。その数だけでも圧巻なのに、見るからにゴツいやつもいる。見た事ないヤツも

 

向こうの主力パーシングは第二次世界大戦末期、ノルマンディーに上陸された後に投入された戦車だ。その破壊力、装甲は言わずもがな

 

これを……大洗は殲滅しなくてはいけない

 

戦前製や主力になれなかった失敗が主力になっている大洗が

 

「両チーム代表者、前へ」

 

中央からの審判のコール。少し遠いが蝶野氏なのは事実のようだ

 

「西住ちゃん、頼む」

 

「はい」

 

このハッキリしている返事が救いか。しっかりとした足取りで向こうのちっこい隊長の待つ中央へと進んでいった

 

大洗の為に最善手は打ったはずだ。実際審判団の後ろでは数は少ないもののカメラを構えた連中が来ているし、実際に辻氏も観戦するとのこと。連盟の児玉氏も来ているとのことで、約定の裏付けはしっかりしているはずだ

 

ならば……この8vs30、やるしかないんだ

 

 

「ではこれより、大洗女子学園対大学強化チームの試合を行う」

 

この戦力で、勝つしか

 

「礼!」

 

 

 

 

 

 

 

「待ったー!」

 

試合開始の声にかぶさる形でこの草原の注意を総ざらいしたのは、そんな大声だった

 

誰だ、こんな時に。そして何を待てと……

 

そして声のした方向からやってきたのは

 

 

 

 

 

 

ティーガー?

 

数輌の薄茶色の戦車が西住ちゃんの後ろに向けて突入してきた

 

ティーガーを持っているところなんて日本でも片手の指で数えられるほどしかいないはずだが……

 

だがもっと驚かされたのは、そこから出てきた人とその言葉だった

 

「大洗女子学園西住まほ」

 

「同じく逸見エリカ」

 

「以下18名、試合に参戦する」

 

……はい?

 

「短期転校の手続きは済ませた。戦車道連盟の許可も取り付けてある」

 

……あ、あれ……か?いやだとしたら戦車は

 

 

 

 

 

そしたら次は別の尾根の裏から緑緑と……

 

サンダース……なのか。あのシャーマンは

 

「私たちも転校してきたわよ」

 

あんの英雄気取り……見事に英雄の真似をまた……

 

「サンダースが来た!」

 

「黒森峰とサンダースの皆さんがここに来るなんて……」

 

「鬼に金棒ね!」

 

「虎に翼」

 

彼女らが共に戦ってくれることは、もうこの中じゃ既定事実となりつつあった

 

そしてまた山の向こう……

 

 

 

 

緑と茶……あの頭でっかちもいる

 

プラウダと聖グロ、か。問い詰められる相手がいて何より

 

 

 

「大洗諸君!ノリと勢いとパスタの国からドゥーチェ参戦だ!」

 

そしてアンツィオ。お前さんらは1輌だけか

つーかお前さんのところも国じゃないだろうよ

 

ま、アンツィオは自力で来たなら上々じゃないか

 

 

 

 

「こんにちは、皆さん。継続高校から転校してきました」

 

そして文面だけあった継続だ。こいつらはどうしてウチに関わりたいのかイマイチ判然とせん。だがこの喋りっぷりからちゃんと言葉が通じる人間がいるのがわかれば十分

 

 

 

 

「お待たせしましたァ!」

 

……この声は

 

「昨日の敵は今日の盟友!勇敢なる鉄獅子22輌推参であります!」

 

知波単か……車輌もチハとかみたいだし、試合になってもデコイかね。前に一緒に戦って思ったけど

いや、西さん自身はいい人だよ?でもね……

 

んでよく知らないうちに半分以上はどっかに引き返していった

 

 

 

 

そしてあれよあれよと戦車は集い、西住ちゃんの近くに20輌近い戦車が揃うことになった

 

「これなら勝てるかも……」

 

そう。これが参戦できれば、彼我の戦力比はかなりマシになる。対等に戦い得る地盤を得る。それだけは確かだ。あとあの紙が使われた結果であることも

 

問題は……これが認められるかである。この転校がこの試合のためであるのは見るからに明らかであるし、何より試合開始前に結ばれた条項には入っていない

 

だが救いは試合用のモニターには参加車輌がこちらの味方として続々と並べられていっている。戦車道連盟がこの参戦を認めているというのは事実のようだ……が

 

国、つまりこの場だと辻氏も体面上易々とは飲まないだろうし、島田流は尚更だ。この試合は向こうにとっても負けられないものだ。仮にこちらも30輌だとしても所詮は高校生の寄せ集め。大学強化チームが負けるとなればその立場は危うくなる

何よりその総指揮を執っている島田流の権威とわざわざ飛び級までさせてトップに就けた島田の娘の経歴に傷が付くだけでなく、半ば暴挙に近いその行いに批判が集まるのも予想つくこと

 

その上での向こうの最善手はこの急な参戦を拒否することだ。『事前説明もなしに参加は不適切である』と。学園艦すらない中で転校させてるこちらに無理あるのも事実だし

 

「あの、会長。まさか……この事ご存知だったんですか?」

 

「いや、知ってたら流石にみんなに言ってるよ」

 

「ですよね……」

 

そもそも転校はともかく参加を私すら知らなかったんだし

 

「問題は……」

 

「大学強化チームが大洗女子学園新規車輌の参戦を承諾したため、試合を開始します」

 

……え?

 

「新規車輌の登録、検査などに再度準備が必要になるため、試合開始を予定より1時間遅らせます。双方それまでに準備を整えるように」

 

……なにはともあれ助かった、のか

 

「問題って?」

 

「いや、今消えた」

 

 

 

 

 

「とにかくダージリン、どういうことか説明してくれ」

 

「どうもこうも、貴女がしっかりサインしたじゃない」

 

まずはてんでばらばらに集まってきた車輌を並べるところから作業を始めた。数も車輌もこちとら確認取れていないのである。それを戦車道のメンバーに任せ、真っ先にチャーチルの足元に陣取った

 

「短期転校の書類にサインしたメンバーがここにいるのはわかるけど、こんなことをするためとは聞いてない」

 

大洗の制服に紅茶を持って降りてこようとするこのアマを待ち伏せする為にね

 

「そこはご容赦ください。これが確実に成功するか流石にわからなかったもので。そちらに期待させてなにもできなかったら厳しいでしょう?」

 

「そりゃそうだけど……確かにそれだったら確実に負けてるね。それにしても車輌はどうしたのさ?それぞれの学園から持ち出してきたみたいだけど……よく認めたね」

 

「我が校は戦車道の権威に傷が付くと伝えたらOG会が動いてくださいましたわ。他所のことまでは存じませんが」

 

「まぁ確かにサンダースやプラウダ、黒森峰のこの数は誤差の範疇かもしれないけどさ……」

 

整列の最後尾に置いたちっこい銀色のKV2まがいを指す

 

「継続はそうもいかないんじゃない?チョビ子が全てを握れるアンツィオはともかく」

 

「さぁ……あちらも何か事情があるのかと」

 

「ほーん……それとその服は?全員着ているみたいだけど、業者もよく応じたね」

 

大洗の制服は県内の業者に発注して製造してもらっている。だがこの廃校騒ぎの中で新規製造は取り止めに動いていたはず

 

「ヒトを動かすのにもっとも手っ取り早い手段をご存知?」

 

「カネか……」

 

「皆さん着てみたかったんですって、この制服」

 

「へぇ……ウチの制服も人気になったもんだね。それにしても制服も揃え、連盟に話をつけ……なかなか用意周到だねぇ。でも悪いけどパンツァージャケットは人数分ないよ。それで戦車戦するわけじゃないだろ?」

 

「皆さんそれぞれ自分のをお持ちなはずよ」

 

「それじゃ着替える部屋もいるな……向こうのプレハブの倉庫でいいかい?そこそこ綺麗だったと思うけど」

 

「……そのくらいしかないようね」

 

それじゃ誘導しとくか。揉められるわけにもいかないし

 

「おーい小山ー。みんなを向こうのプレハブに誘導して着替えさせてくれ」

 

「はい、わかりました!」

 

「隊長、車長は固めて配置しとして」

 

「え?学校ごと、せめて車輌ごとじゃなくていいんですか?」

 

「そっちの方がやりやすいからさ」

 

 

 

 

 

他のプレハブへの誘導も終わらせた。試合開始まではあと30分強。蝶野氏が時間を延ばしてくれたとはいえ、そこまで余裕があるわけじゃない

戦車道のメンバーは車輌の確認に戻らせ、一部は本部用のテントの増設に充てた。作戦の調整もあるだろうしなおさらね

 

されどこの時間は必要だ

 

「失礼するよ」

 

プレハブの一つ。さっき小山に言って車長、隊長を纏めさせたところに立ち入る

 

着替え途中の人が殆どだが、気にすることもないだろう

 

「……淑女の着替えを覗く趣味でもあるのですか?」

 

手前にいた聖グロの子が一言零したが、別にそんな趣味はないし

 

「いやいや、この後はみんな西住ちゃんと話すだろ。その前にちょっと話しておきたいことがあるのさ。あ、着替え続けてくれていいよ」

 

一回手を止めていた人も、その一言で多少の注意を向けつつまた動き始めていく

 

「突然失礼したね。大洗女子学園の生徒会長の角谷だ。今後ともよろしく

経緯はともかく、君たちは短期転校の措置のもと大洗女子学園の生徒になったわけだ。従って君たちは大洗の戦車道の履修者として行動してもらう。このことだけはハッキリ伝えておく」

 

「……どういうこと?」

 

「大洗の戦車道において隊長は西住みほだ。君たちは彼女の指揮下に入っていることを忘れないように」

 

そこは徹底させなくてはならない。独断先行されて自分たちの学園の利益のために動かれたら、統一された指揮系統を持つ向こうにはどう足掻いても勝てない

強気に出ていい立場じゃないかもしれないが、出ておかないと後で後悔する

 

「失礼します」

 

割って入ったのは背の高い女。前に見たがプラウダのノンナって言ってたっけね

 

「どうした?」

 

「それは即ち我々は西住みほの命令に唯々諾々と従え、絶対に逆らうな、と仰っているのですか?」

 

「……体裁上はね。西住ちゃんのお姉さんいるかい?」

 

「私か?私に何か用か?」

 

奥から目がキリッとした西住ちゃんみたいな人が出てきた。近くで見ると結構似てるもんだね。既に黒い舟形帽を頭にはめているけど

 

「いやさ、ひとつ聞きたいんだけど、西住ちゃんにここに集まった全車輌の指揮権限与えたら、独断で作戦とか全部決めると思う?」

 

「それはないだろう。少なくともみほに30輌ものチームを一手に指揮した経験はないし、性格からして我々にある程度振ってくるだろうな」

 

「……だってさ。一番西住ちゃんについて知っている人からの話だけど、それでどう?ノンナさん」

 

「……わかりました」

 

曲がりなりにもカチューシャが西住ちゃんに頭を下げる姿を出したくないってところかな。ダージリンとケイは貢献度高いけど、火力のあるティーガー、パンターを持ってきた西住のお姉さんやIS2とKV2を持ってきているカチューシャは無碍にするまい。その4人と西住ちゃんとで6×5のチームを編成するのかもね

 

「君たちにはそれぞれ母校があるだろう。個人的な関係も母校同士の関係もあるだろう。ただここ大洗にはそれを持ち込まないでくれ。この場に必要なのは大洗の勝利のために必要なことだけだ」

 

「勿論そうだ。我々が何のためにここに居るのか、それを考えれば個々の関係など考慮するに値しない」

 

「あ、当たり前じゃない。ミホーシャのいるところに来てるんだから!」

 

黒森峰とプラウダ、ウチもそっちも互いに言いっこなし、ってわけね

 

「その通りですな!」

 

「我々に必要なのは、大洗の勝利。それだけだ」

 

いやー助かるね、西住のお姉さん。ここまでハッキリしてくれるとこっちとしても扱い易い。雰囲気もよーく引き締まるしね。やっぱあの人の娘だわ

 

「すまないけど、あともう一つ」

 

「注文が多い会長さんだね」

 

なんか琴みたいな楽器抱えてるけど、此奴が件の継続のか……

 

「……とりあえず君は音を奏でる前に早めに着替えた方が良さそうだけどね。そうそう、そうやって西住ちゃんをトップとして行動してもらう以上、できるだけ西住ちゃんのIV号は守る方向で試合してもらいたい」

 

「……理由を聞いても?」

 

今度は黒森峰のあの銀髪かい。虫唾の走る顔だが質問は質問だ

 

「短期転校生に隊長代理は務めさせたくないんでね。あとあと揉める要因になっても嫌だし、ここに集まったメンバーには『西住ちゃんのために』参加したメンバーもいるだろう。西住ちゃんが戦線を離脱した後にこの混合チームが大洗の勝利のためのチームとして体裁を守れるか、すまないが君たちを信用しきれん」

 

「それって自分たちに元副隊長以外に隊長に適任な人材が居ないって言ってるようなものじゃないの」

 

……やっぱコイツ嫌いだわ。だがここで相手を煽るようなことも言えん

 

「大洗は人員少なかったからね。正直西住ちゃんの後継すら決めきれてないのさ。というわけでよろしく」

 

その点に関してはこの車長たちの間でも合意の取り易いものだったようだ。万が一西住ちゃんが撃破された後の代役争いなんて首突っ込みたくないだろうしね

 

「……最後になるけど、このような状況で試合に参加してくれること、本当に感謝したい。戦車も持ってきて、短期とはいえ転校までして、かなりのリスクを背負いながらの参加だろう。すまないが……ここで負けた後の君たちの将来を、大洗は残念ながら保障できない

それを……君たちとは直接関係ない大洗のために……背負ってくれているんだから」

 

彼女たちの立場で同じ判断を下せるか……

 

「ありが」

 

「ストップ、アンジー」

 

「へっ?」

 

顔を上げると、正面に最後のボタンを止めながら進み出るケイの姿があった

 

「本当にお礼を言われるべきは、この試合に勝った後でしょ?」

 

「そうだな!わ、私のところは1輌しか持って来れなかったが……やれることはやってみせるぞ!」

 

「凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない。私たちは今まさに、高みを目指してますわ」

 

 

 



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第59話 確約

 

 

 

 

 

 

最後の時を迎えていた

 

画面の向こう、緑と茶色の模擬の山の上には島田の娘が乗り込むパーシング。ありとあらゆる知波単戦車を屠り、一度は完全な優勢に持ち込んだ我々相手に単騎で試合を五分以上に持ち直した

他の大学選抜選手はともかく、この活躍だけでも流石は島田の後継者と思わせるものだろう。その力は存分に見せてくれたのだから、このまま勝利は譲ってくれたらいいのに

 

 

まー、島田流と文科省も勝つ為の準備は進めてたみたいだね。試合によって解決される事態もある程度予想していたと見ていいかも

カール……だったかのどデカい大砲を少し前に戦車道連盟に認可させて、それをこの試合に投入させる。これで実際ウチの火力の主力だった黒森峰の一部とプラウダの主力が吹っ飛んだしね

戦車道連盟も世界大会とプロリーグ考えたら完全にこっち側ってわけにもいかないしね。というかサラッとだけどサンダースが運用計画してたとか聞いたのは無視しておこう。あそこの資金力なら本気で運用しかねん

KVとIS2吹っ飛んだって聞いた時はやべーと思ったよ。ウチらも被弾しかかったわけだけど

 

そのカール?ちゃーんとヘッツァーの主砲で沈黙させといたよ。干し芋パスタを奢ることと引き換えに。いやー、後にも先にも戦車で空を飛ぶ経験はしないだろうね。踏み台にするのを見るのは2回目だけどさ

 

しっかしそれにしてもあの継続の変人、よくその間に護衛のパーシング3輌撃破したね、1輌で。後から聞いたらなんでも履帯が外れても車輪で走れるそうな。もはやそれは戦車なのか……

助かったからいいか

 

 

そこからは遊園地で遭遇戦。ウチの得意な戦術になんとか持ち込んだ。そしたらまだいたんだと、向こうの秘密兵器

T28。背は低いが火力はお化け。私の好きな戦車だ。それを先頭に持ってくることで敷地内に入ってくるところを狙い撃つ計画は早速ずっこけた

そしたら今度は敵の侵入地域に合わせた戦闘。そうなれば隊長格、というか隊長の多いこちらが個別戦闘での統率では優位に立てる

 

と思ってたら集団戦闘では向こうが上。囲まれて死にかけたわ。まさかそれを救うのが観覧車とか……

最終的には迷路で戦うことになった。植木の影に隠れてとか高台に陣取って袋小路のをズドン。決勝戦を思い出すねぇ

 

そしてまぁ局地戦でなんとか優位を作ってたわけだけど、ここまで向こうは全力じゃなかったわけだ。ついに来たってアヒルさんが言ってたわ

 

島田愛里寿が

 

それに敵の小隊長が集結しこちらの優位を削り切り、私もサンダース達と撃滅されて今ここにいるってわけ。だけどカチューシャ達が1輌敵の小隊長を削ってくれたのが効いてるっぽいね

 

 

そんなこんなで昔話はおしまい。どれだけ私の車輌が功績を挙げようとも、結果がこの試合の勝利でなければ思い出しても意味はない

おんなじ車輌で引き揚げてきたサンダースのケイ達ともアリクイさんとも今の今まで口を聞いてない。皆気にしているのは、画面の向こうの西住ちゃん、その未来だけだ

草原の向こうのモニターに今あるのは、西住ちゃんと西住ちゃんの姉さん。相手は島田の娘だけ

 

流石はあの姉妹だね。用意にとまではいかないけど、見事な連携でひっついてきた奴らを取り除いた。とはいえ本体があれではいまだに安心はできない

 

 

 

山の上が動く

 

山肌を渦を描いて駆け下り、砲弾を一発浴びせる。そのまま下に抜け、機敏に駆けながらあたりに砲弾を、そして破壊された物品をばら撒いていく。廃遊園地だからいいけど、本物なら流石に苦情ものだね

 

 

その後も度々ティーガーとIV号の2輌で挟みながらも痛打は与えられない。背後を狙っているのだろうが、それを易々と達成させてくれるほど楽な相手じゃない

 

2輌を敵に回しつつも双方からの砲撃を避け、躱すその様はまさに天下一の戦車乗り。敵であり彼女の撃破を誰よりも望む私ですらその姿には魅せられてしまいそうになる

 

その時だった

 

IV号がセンチュリオンに突き飛ばされたティーガーに突かれ、センチュリオンの正面に立たされた

 

砲身が確実にIV号を指し示す

絶望だった

西住ちゃんが終わる時、それは大洗の勝利が格段に低下する時

 

姉さんを信じないわけじゃないけど、2輌でやっと奮闘していたのに1輌では……

 

 

全ての恐怖が頭を掠めた。政治家となっても私の恐怖は拭えない。まだ……ここになっても、か。病床はまだまだ巣食っている

 

 

だが砲撃もフラッグが飛び出る音も画面越しにはしなかった

 

 

何故かは知らないが画面越しではIV号とティーガーが並走し、やがてIV号が右、ティーガーが左から山を駆け上り、最初とは逆転した立ち位置についた

 

 

専門的な知識が大してない人間の勘だけど、次で決まる。既に個別戦闘としてはかなりの長期戦だ。限界まで集中力を割いているこの場面も、長く続きはしない

 

 

 

もし……もし神なんてものがいるなら……

 

 

 

 

 

 

大洗に……勝利を……齎し賜え

 

 

 

 

 

 

IV号が正面の階段を駆け下る。その後ろにティーガー。センチュリオンは動かず

その中の砲声。画面から恐らく……ティーガーの、だと?

理解の追いつかぬ間にIV号は凄まじい速度でセンチュリオンに接近し、履帯を弾け飛ばしながらも正面から穿った

 

 

 

 

センチュリオンを突き飛ばし、IV号は煙を吹き上げて停止した

センチュリオンも反応……が、ない

 

「センチュリオン、IV号、走行不能。残存車輌確認中」

 

上空彼方の銀河とかいう飛行機の旋回だけが残る

 

どうだ。これだけの規模の殲滅戦だ。誰が何に撃破されたかすら確かめるのも一苦労だろう

たった1輌、1輌でも相手に残っていれば……わからない。姉さんも全ての神経をすり減らすような戦いだったはず。再度闘争心を持ち上げる余力があるか……

 

 

「目視確認完了」

 

その結果が……出る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大学選抜、残存車輌なし。大洗女子学園

 

 

 

 

 

……残存車輌1!」

 

 

 

 

 

「大洗女子学園の勝利!」

 

 

 

 

 

 

歓声が大地を揺るがした

 

 

「何?勝ったの?」

 

少しの時間だったが、結果を受け入れさせるには十分だった

 

 

大洗の勝利。再びの奇跡と呼んで差し支えない結果

 

 

 

「これで廃校は無くなったね」

 

今度は隣2人とも泣き出しながら大きく頭を揺さぶっていた

 

「……やったんですね!会長」

 

「ああそうだ」

 

「大洗の廃校はなくなるんですね!」

 

「勿論そうに決まってるじゃん!」

 

大いに人に頼る形だった。公約として掲げながら、それを達成させたのは他人だ

 

だがいずれにせよ、約束は守られる

 

大洗女子学園の未来が、続く

 

 

 

待機場所のどこかから聞こえる万歳三唱。誰のものかはおおよそ推測がつくが、倣うのもよいだろう

 

「大洗万歳!」

 

両手は高々と天を刺す

 

叫ぶのは一回でいい。ただ一度、これが真実であると確信できればいい

 

「万歳!」

 

二人もそれに続いた

 

 

 

 

 

今度は前みたいに決戦の立地の都合も悪くなかったから、まだ日が高いうちに残存車輌が戻ってきた。今度は腰は抜けてなかったらしく、しっかりと一人で車輌から飛び降りた

 

どう応えるか。この比類なき成果に

 

導いたのは明確で、周囲の目にとってもわかりやすいものだった

 

「西住ちゃん!」

 

彼女に飛びつく。そうすれば後ろからついてくる二人が必要な言葉を掛けてくれる。それを彼女が降りてから合間を開けることなく行う

まずはこの勝利を皆の前で『西住ちゃんの功績』にすることが第一だ。『他校の助け合っての勝利』の要素は薄めなくてはいけない

 

「ありがとう!」

 

「勝ったぞ、勝ったぞぉ!」

 

それもあるが、彼女らの後ろにはIV号がある。激戦の中でシュルツェンも全て剥がされたものが

 

それできっと正面を隠してくれる

 

 

 

 

彼女へのお礼を満足に言えずに歪む私の口から

 

彼女を直視できない私の目から

 

そして

 

どうしても止められないだろう私の涙から

 

 

 

 

 

 

 

なんとか全力で平穏な顔に戻して西住ちゃんから降りると、彼女の周りには隊長が揃っていた

 

「おめでとう、みほさん」

 

「ま、おめでとっ」

 

「いい戦いだった!」

 

皆西住ちゃんに称賛を向けている。彼女の功績、すなわち大洗女子学園戦車道の功績とできれば、他校の介入の余地が薄まる

 

「皆さん、本当にありがとうございました!」

 

「ありがとうございました!」

 

だが西住ちゃんの性格からして仕方がないとはいえ、ここで他校生の価値を認めてしまった。止めようがないし、私も頭を下げたけどさ

 

「こちらこそお礼を言わせてください!」

 

そう西さんが口を挟んでくれたのは救いだね

 

「しかし……最後のアレはどういうことだったんだ?まるで意味がわからんぞ?」

 

「ああ、あれは……」

 

「空砲だ。ティーガーの空砲でやったんだ。まさか始めに聞いた時は私も冗談かと疑ったんだがな」

 

 

 

 

こうして試合を巡る歓談のその最中、あまり音を立てずにこちらに近づいてくるものがあった

 

 

……のロボット?デパートの屋上で揺れる遊具のようなものらしい。意味のない足を前後にプラプラさせながら、下の車輪がこちらへと進ませる

 

本物よりは小さいとはいえ、かなりの大きさであった。だが我々の意識を釘付けにしたのはその熊ではない。その上に跨っているものだった

 

 

島田愛里寿

 

その本人がすんごくノンビリとしたその熊に乗っていたのだ

 

珍妙な姿だった。歩いて凛々しく迫ってくるならいざ知らず、歩くよりも遥かに遅いスピードで来るだけなのだ。平然とした顔をしているが、なぜそのチョイスをしたのかはまるで知らない

 

その感覚は他人にとっても共通するもののようで、衆目を集めながらもその熊は臆することなく西住ちゃんの前に進み出る。そしてその熊を止め、地面に降り立った

 

自動で止まるのか、それ

 

 

 

 

緊張。誰も何も喋らない

 

 

西住ちゃんと島田愛里寿

その二人によって何が起こるか、予想がつかない。ただ試合後の互いの健闘を祈るだけとは違う、張り詰めた空気だった

私も背筋を伸ばし直してただその後の展開を待つのが精一杯だ。ついさっきまであの激闘を繰り広げた二人。それだけだというのに

 

 

 

島田の娘がポケットを漁り、何かを取り出して西住ちゃんの前に差し出した

今度は熊は熊でも人形のようだ。大きさから見てストラップなのだろうか

 

「私からの勲章」

 

傷だらけのようだが……

 

「ありがとう、大切にするね」

 

西住ちゃんが受け入れるなら良いか

 

少なくとも島田流がこの勝負における負けを認めたのは事実のようだ。なおもひっくり返そうとしてくる時に味方にはなる

 

 

 

島田の娘が去り、皆今日中に撤収するための準備に入ろうとした最中、今度は何も乗らずに徒歩で来るものがいた

こんな天気の中スーツ姿で来る人間なんて一人しかいないけどね

 

「あっ……」

 

「お前っ……」

 

辻氏。この後に及んでまだ何かあるとは言うまいな

 

少しやつれてはいるようだ。だが周りから集まってくる大洗生から底知れぬ怒りと侮蔑を浴びせられながらも、あくまで平然と私のそばまでやってきた

 

「辻局長」

 

ここはまずそこの確認からだ

 

「……君たちは勝った。それは疑いない事実です……事実になるとは思いもしませんでしたが」

 

「ですが……この場にいる全員が貴方を信用していない。この事実があったとしても、貴方がまた私に、そして履修生に再び『廃校』を通達する時が来るのではないか、それ以前に本当に我々は大洗女子学園に通えるようになるのか。そこから疑いは晴れていません」

 

私だって……一学生としてはそう思っている

 

「そうだそうだ!」

 

「はっきりしろー!」

 

特に一年生は罵倒するのに躊躇がない

 

「……私は、戦車道連盟、西住流家元らと共に、この試合に大洗女子学園が勝利した際は廃校を取り消す、という契約書に文部科学省学園艦教育局局長としてサイン致しました。そのサインは政府各役職の確認を取った上でのものです」

 

口調は相変わらず感情のこもらない短調なもの。だがその奥には深い意志が横たわっている。果たしてそれを感じているのが私以外にいるのだろうか

 

「これ以上文部科学省の名声を汚すことは許されません。その名をもって契約した以上、今後いかなる障害があってもその契約を履行します」

 

役人のくせにハッキリ言い切ったね

 

「大洗は、廃校になりません」

 

「おおおっ!」

 

最後の不安が取り除かれた。これで皆安心して戻ることができる。戻るための作業にも取り掛かることができる

 

「ほー。そしたらその内容も契約書としてサインしてもらおうかな〜」

 

「そこまでせずとも……この結果が既にメディアの速報として流れている以上、今度こそ文科省の一存では動かせませんよ……」

 

確かにそれもそうだ。それに今回は契約書の文面も動画とホームページ、それと新聞で公開済みだし

 

「それでもやっぱり前科があるからね〜……それでは、正式な履行のため、よろしくお願いします」

 

「職務の全うができずして官僚は名乗れませんので」

 

最後は畏って終わらせた。彼との関係もこれで終わりだろう。私がやるべきことは済ませたのだから

 

彼が動く。どう動くのかは知らないが、彼にとっても目標達成なのだ。彼は必死となって実現させる

 

官僚の地位向上、果たして本当にそれが為されるのかは知らない。それは私にとってはどうでも良いことだ。大洗女子学園の未来が確定すればそれでいい

 

 

 

 



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第60話 明日

 

 

 

試合が終わった。短期転校でウチの学生になったとはいえ、船すらまともに戻ってきていない今100人単位を留まらせるのは不可能だ。泊まる場所やインフラの確保すら困難なので、結局皆もとの学園艦に帰ってもらうしかない

というわけで元他校生はそれぞれが使っていた乗り物で帰っていくことになる。車とかヘリとか鉄道とか船ならまだわかるけど、飛行船ってなんだよ飛行船って。空飛ぶ鯨かね

 

 

「それでは、私たちも失礼致しますわ」

 

「ダージリンか……了解、気をつけて。西住ちゃんと話すことはいいのかい?」

 

各チームの隊長の本部用として使っていたこのテントも、今いるのは私だけだ。皆に揃ってボロボロになった車輌の片付けをさせながら、学園艦に戻るための準備と伝達に追われている

 

とはいえ艦の確保すらまだできていないから、まずは旧上岡小から情報伝達して足固めだ。この事実を待機中の学園生徒に行き渡らせて、復活への喜びを分かち合わせる

万が一この先何かあっても国に反抗するための支持基盤を固めておいて損はないし、何もなくても選挙や政策実行への支障が減った方がいい。政治経験のない五十鈴ちゃんへの継承をできるだけ速やかにするためにもね

 

持っていたケータイを置き、格言女の方に向き直る

 

「こちらは問題ありませんわ。そちらも仕事中のようで……」

 

「世の中からしたら予想外を成し遂げた後だからねぇ。喜ばしいことに」

 

「その通りに違いありませんわ。みほさんの指揮のもとの、ね」

 

西住ちゃんの、ね……

 

「……ダージリン」

 

「どうかなさいました?」

 

これは政治家としては言うべきかわからない。だが人として……これを言わずに帰すわけにはいかない

この隙が……許されていいかと言われればNOだ。しかしこれだけのことをしてくれた人にこの言葉をかけないのは人として誤りだと断じよう

 

「ありがとう」

 

この人に頭を下げないのは

 

「少なくともダージリン、君が他学校生の招集を為し得てなければ、大洗は負けた。君たちがいなければ大洗の未来はなかった……はっきり言おう、助かった」

 

「私たちは自らの意志で行ったまでのこと。お礼を言われるほどではございませんわ」

 

「それでも、だ。我が校を救おうという意志を持ってくれたことに感謝したい」

 

だがこうして私はこの女に頭を下げている。向こうがこちらに恩を売った証だ。果たして何のためだ。ここまでしたのは何が目的だ

前は私がいるうちは何もさせんと大見得切ったが、今となってはわかる。その気力が、学園を守るためという支えが失われている。もう今の私はかつての姿ですらない

 

「……どういたしまして、とお答えすれば宜しいのですか」

 

「そうだろうね」

 

それでも私がいなくても生徒会は残る。その経験の積み重ねがあれば……それでも有力校の政治介入を跳ね返すことが可能だろうか。大義名分を掲げられる向こうを。資金力、学力、人脈。その全てを上回ってくる新たな敵に対して

 

「……大洗には何もさせませんわ。これ以上は何者からも。それが今回転校した人たちの願いですわ」

 

「……そりゃありがたいね」

 

果たしてこの言葉もどこまで実があるものか

 

「だって大洗にまた何かあったら、みほさんと戦えませんもの」

 

「そういうものかね」

 

とか色々考えつつも、私は変わらず馬鹿であり続けるほかない

 

「『逃げ回る人生では、平和を見出すことはできない』」

 

「ほう……」

 

誰のだこの名言

 

「貴女は今、多くの人が手を携えた戦いの先に平和を見つけているはずですわ。その発見を素直に喜んだ方が宜しいのでは?」

 

「生憎一官僚としての戦いはこれからなんだよね。君たちの扱いや学園艦の解体状況の整理、住民の帰還までね。これが確実な平和なのかもわからないし。この事務作業の方が私の本性ってことさ」

 

「なら……業務としてそこでずっと鳴っているケータイを取ったらどうかしら」

 

そう、書類の上に置いておいたケータイはこうして話している間もひっきりなしに鳴り続けている。掛けてきているのは竹谷氏か町会、あと各地の生徒会の者らだろう

 

「ああこれ。これはお祝い関連だから後回し。後で理由つけて応答しとくよ、船の上辺りでね」

 

今はここの撤収手続きの方が優先だ。さんふらわあが苫小牧からの便を確保してくれたのは救いなのだが、出航スケジュールは決まっているのだ。連盟に対しての事務手続きを済ませねば帰れないし、移動にも戦車含めればかなり困難なのに

 

 

 

 

 

 

「よし、みんなお疲れ。大変な試合だったけど、皆のおかげで勝つことができた。学園が残るんだ。元は私が言い出した選挙の時の公約に過ぎなかったのに、それに君たちを巻き込んでしまって申し訳ない

けど君らは十分過ぎる結果を出してくれた。私から何も報いることができないほどに。代わりといっちゃ悪いけど、本当にありがとう」

 

「本当にありがとう……」

 

「本当に……本当に……」

 

両脇の二人が私に続いて頭を下げたが、またしてもかーしまは泣き出してしまった

 

ここは海の上。会場からなんとか早めに移動してきて、もう出航してからそこそこ時間が経っている。辻氏から密かにもらったメールによれば、時間的にはそろそろだ

 

「おいおいかーしま。まだ泣くには早いぞ」

 

「会長……?」

 

「一旦このロビーに集まってもらったのは他でもない。そこのテレビを見てもらうためさ」

 

絨毯が敷かれたロビーの壁際に一枚の大きなテレビが置かれている。電源スイッチはあらかじめ入れておいた

リモコンを押せばすぐに明るい画面が登場する。写したのはどこかの記者会見場

 

そう、ここで大洗存続の正式発表が為されるわけだ

 

「……なにこれ?」

 

「記者会見?」

 

もっとも他の皆は知るよしもない。確信は今度こそ皆で分かち合いたい

 

手前にはゾロゾロと首を揃えたメディア。カメラやメモ用紙を構え、その登場を今か今かと待ちわびている

間もなく画面の奥、一段高いところに一人の男が登壇した。今のこの国ならばかなりの人間が知っているはずの顔だ

 

「……久保首相?」

 

「何の会見なんですか?」

 

「私もとある伝から首相が記者会見するとしか聞いてないんだけどさ」

 

実際辻氏から直接中身は聞いてない。だが私に連絡を遣し、かつこの試合の後。想像は容易だ。それ以外考えられない

 

画面左側からの写真撮影に応じた後、かの顔は正面に向いた

 

「……えー只今より久保龍人内閣総理大臣によります、緊急記者会見を行います。始めに久保総理より発言がございます。続きまして皆様方からのご質問をお受けいたします。それでは総理、お願いします」

 

「……えー、まず冒頭、このような深夜に設けられた緊急の場でありぬ……ありながら、こうして多くの方にご参加頂きましたこと、感謝の念をのば……述べたく思います」

 

滑舌悪いんだよなこの人

 

「今回このような場を設き……設けましたのは、本日昼北海道帯広市にて行わる……行われました、大洗女子学園高等学校と戦車道全日本大学選抜強化チームとの対す……対戦結果を受けましてのことでございます」

 

ロビーはあっという間に静かになった。紛れもなく我々の試合についてだ

 

「……日本戦車道連盟の方よれ……より報告がございまして、大洗女子学園が勝利したとのことでございます

これらの学業活動における実績を受く……受けまして、大洗女子学園が廃校繰上げ停止及ぶ……及び、指定校解除が適切であるとの判断に至り、大洗女子学園廃校繰上げに関する閣議決と……決定の破棄と廃校指定校解除を決定します」

 

「つまり……」

 

「どういうこと?」

 

「……国が大洗の廃校回避を公的に認めたということです!」

 

「おおお!」

 

小山のその言葉で一気にロビーはダンスホールと化した。もう画面の向こうの人間の発言を聞く者はいない

 

「やったぁ〜!」

 

「今度こそ……大丈夫なんですよね!」

 

もっとも聞く必要のないことしか語っていないから構わないのだが

 

「ああそうだ!私たちは勝ったんだよ!あの国を相手にしてね!」

 

「……想像できないぞな……」

 

君らのその纏った筋肉の方が信じられない

 

 

 

 

政府からしたら次の衆院選を見据え、多少なりとも世論に影響してくる大洗の勝利に便乗しようとした形だろう。メディアにも流れたしこれでなお廃校を執行するのは無理があると

だが彼らの支持基盤の主張とは相反するものである。学園都市が抵抗したら国が政令を取り下げる、そんな憎むべき前例だと騙るだろう。つまり廃校回避の決定は自らの支持基盤を手放し、何より自らの政策実行能力が無いことの証左となるのだ

もっとも今の与党は無党派層に支えられてる部分が大きいから、大衆迎合になるのはわからなくは無いけどね

 

「試合の勝利という観点で言えば、大洗女子学園戦車道は全国大会制覇でその実力を示しました。それでも廃校は適切とされた。たった1試合でそれをひっくり返すとはどのような理由が存在し得るのか、ご説明願います」

 

「今年の夏の勝利はいちず……一時的なものであり、永続が見込めませんでした。また戦車道を維持するに適切な財政状況であるとは考え難かったため……」

 

ま、こうしてメディアからの追及を受ける羽目になるのは然りだ

 

 

 

「よーし、というわけで今度こそみんな安心しな!んじゃ明日の朝までかいさ〜ん!」

 

「おっー!」

 

 

 

 

 

 

夏休みの宿題に行き詰まっていたかーしまの手伝いを終わらせて、自室に入る。他の皆は好き好きに行動している。寝るだのゲームコーナーに入り浸るだの車輌の整備をするだのなんだのと……本当に玉虫色が具現化した集団だよ、ここは

 

「オッケーオッケー。荷物の場所が把握できているなら、その場所に滞留させといて。そんな感じでよろしく〜」

 

「……かしこまりました」

 

学生は転校先が決まっていないのがほとんどだ。つまり引っ越し先も決まっていない。だから彼女らが詰めた荷物はどっかの倉庫に置かれたままにされている。それらは元どおりにすれば済む話だ

とはいえ学業の再開にはまだ時間がかかるだろうな。なにせ生活インフラが完全に破壊され尽くされてるわけだから

コンビニもスーパーも撤収しているし、この期間に外部に移住した人の中にはそうそう戻れない、戻らない人もいるだろう。そういう人を無理やり呼び戻すことはできないししたくない。国の二の舞をしてどうなるというのだね

つまり生活環境に関しては新規募集が必要になるんだよねぇ。学生は絶対いまっせ!となれば集まりはすると思うんだが

 

だから私はそちらメインで仕事をしていきたいね。やりたいこともあるし

 

 

 

「角谷くん」

 

「……お久しぶりです」

 

それをある程度済ませて、ある人と連絡を取った

 

 

「……竹谷町長。ご連絡が遅くなり申し訳ありません。なにぶん撤収作業をかなり早く行わなければならなかったもので」

 

この方が話を持ち込まなければ、私の立場はとっくになくなっていたに違いない

 

「……本当に、よくやってくれた。こんな言葉しか使えずにすまないが、我が町もこれで救われる」

 

「こちらも同様です。ここまで話を進められたのも、町と一体となって戦車道関連の勧誘活動を進められたからだと考えております」

 

「そうかね。大したこともできなかったが、助けるようなことができれば幸いだ。礼と言ってはなんだが、何かこちらが手伝えることはあるかね?」

 

大洗町との関係は引き続き良好にしておきたい。今後もフォーラムと町長、町議会との連携は続けたいしね

 

「そうですね……艦上の生活インフラ再建が喫緊の課題でしょうか。そのための伝などがございましたら……」

 

「業界への伝だな!君たちの知名度のお陰である程度そういう繋がりも広がっている。スーパーでも薬局でも水道屋でも電気設備工事でも見繕ってみせるぞ!」

 

町内や県内の地元業者メインかな。全く問題ないけど。それを起点に大洗の町が潤えば、学生含め恩恵は大きい

学生の経済力、つまりその親の経済力……それが高まれば学園都市経済にも良い影響が出る。もちろん被服科とか水産科などで生産活動拡大は目指すけど、都市であるが故に消費者がカネを持っていなけりゃ始まらない

 

「それはありがたいです。学生相手では纏まりづらい話もあるでしょうから……」

 

「そうだろうそうだろう。なんだったら知り合いの代理人でも立てるか?話をつけるのは難しくないが……」

 

「代理人……ですか」

 

「都市への進出の条件を一から決めるわけだろう?しかも撤収の際に補償もかなり厳しかったと聞いている……まぁあの状況と予算規模的に仕方ないのかもしれんがね

多少そちらに費用負担はしてもらうことになるが、やってもらった方がいいだろう。プロに任せるのも大事だぞ」

 

誰か立てるなら、カネを払ってプロにすべきか。確かにそれの方が下手にケチるよりいい結果を得られそうだ。人一人雇うくらいの支出なら、交渉利益の方がでかい

 

「その方、ご紹介願えますか?相談したいこともありますし」

 

「そうだろうそうだろう!ついでに色んなことも相談しておくといいさ

あ、済まないね。ちょっと待ってもらえるか……」

 

電話番号と名前だけでも控えようとしたら、向こうが一時的に席を外した。と思ったらすぐに戻ってきた

 

「……角谷くん、急報だ」

 

「な、何事ですか?まさか……」

 

「大洗近海にもう学園艦が帰ってきている」

 

「えっ?早くないですか?」

 

「そ、そうだ。なんならもう解体手続きに入っててもおかしくないとは思っていたが……どうしてこんなに早く……

信じられんが……と、とにかくそのことだけ伝えておこう。私も現地で見てくるので失礼する」

 

もう周期的で単調な音しかしない

それにしても……どこのドックに入っていたかわからないけど、こんなにすぐに来るとは関東近辺……やはり横須賀にでもいたのだろうか。だとしても……随分と早めのご到着だ

 

あの規模の船を解体途中なら、人を降ろすだけでも一手間だ。検分中の段階でも然り。少なくとも学園艦に本格的に手をつけるなら、安全の都合上周りではなく中の一番奥、エンジン部分から作業を始めなくてはならないからだ

つまり学園艦にはそもそも誰も乗っていなかった、作業が何も行われていなかった。それが一番自然な回答になる

 

 

 

 

 

……辻氏の話。あの時の……

 

あの話が事実で、かつ広く認められた話だったら……辻褄はあう。そのお陰なのだろうか

 

 

 

 

 

 

さんふらわあはちゃんと大洗の港に入ることができる。それだけ小型の船である証だ

昨日の夜に出て、着いたのは夕方。もう陽は山の向こうへと消えようとしている

 

だがまた明日陽は昇る。この営みは終わらない。終わらせてはならないのだ

 

「大洗女子学園おめでとう!」

 

「素晴らしい試合だった!」

 

降りるや否や、歓迎ムード一色だ。ロビーには横断幕に大漁旗、そして町会の人々。先頭は一応私。次点に小山、そして西住ちゃんとその前を通っていく。この町とともに……学園は残るのだろう

 

ここから一旦はあの小学校に帰る。そして荷物の積み込み準備を済ませた上で、海の上のあの大地を踏む。10月頭には最低でも授業再開といきたいところだが……

 

「角谷会長!」

 

建物から出て間もなくの駐車場。そこには歓迎する町民の集団から少し離れて、見慣れた顔が揃っていた

 

「……飯尾ちゃん」

 

「お待ちしておりました。我らが会長」

 

「……田川ちゃん、どうしてみんな……」

 

生徒会総員。誰一人かけることなく、全学年から集まった精鋭がそこにいた

 

「この時のためならば、と皆待機場所での必要業務は済ませてまいりました。各場所ごとの生徒の荷物の保管先は把握済みです。手荷物一つの漏れもございません!」

 

「それらの輸送手段もです。なんとか明日からでも始められるよう手配致しました。全面的な積み込みは少々掛かるかもしれませんが……」

 

「あの試合が行われるからには会長が何も考えていらっしゃらないはずはない。誰一人として勝利を疑う者はおりませんでした」

 

「そこは疑いなよ」

 

負ける可能性の方が遥かに高かったし

 

「いずれにせよ会長、副会長、広報。貴女がたが大洗女子学園に帰る準備は整っております」

 

……素晴らしいね。誰もが誇らしく胸を張っている。そして私の決定をほとんど経ずにここまでのことを……やはりこの生徒会は最高だ。誰にも後ろ指を刺される筋合いはない

 

その中から一人、進み出る者がいた

 

「田川ちゃん、どうした」

 

「……会長は……やはりどこまでも会長だったのですね。不躾な真似を失礼致しました」

 

「……なぁに、任期までは会長だっただけだよ」

 

 

 

 






次回が最終話となります。駆け足っぽいけど許してヒヤシンス


来週土曜最終話を投稿し、その次の日に完結を記念する形でツイキャスにてラジオ配信を計画しております。この小説だけでなくこれまで書いてきたものも含め質問に答えたりしようと考えております。以下の時間にて行う予定ですので、暇で奇特な方はTwitter共々宜しくお願いします


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@EzonohNakata

8/16 22時〜


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