一〇〇式日記 (カール・ロビンソン)
しおりを挟む

1:朝早く起きて

 夢を見ていた。遠いようで実は近い、あの日の夢。指揮官と出会った日の夢。

 グリフィンから支給されていたステンちゃん達や、指揮官になる以前から知り合いだったFALさん以外の、自身の手配で初めて迎え入れた戦術人形。それが私でした。

 すでに軍で戦術人形の指揮経験があったらしい彼は、それに似合わない妙に緊張した態度で、私を迎えてくれました。私にとっても初めての指揮官で、今から思えば相当緊張していた。お互い初めて同士。それが何だか嬉しかったです。

 懐かしい、懐かしいあの日の夢を愛おしく噛みしめながら、私の意識は現実に浮上して行きました。嗚呼、もう朝なのでした。

 

 0500iジャスト。目を覚ました私こと、正式名一〇〇式機関短銃、通称一〇〇式はなるべく物音を立てないように、なんだか子供っぽい装飾のついた二段ベッドの上から降りました。下の段では先輩であるFN-FALさんがまだ眠っていました。彼女を起こさないように、静かにパジャマを脱いで、いつものセーラー服に着替えました。

 

 部屋を出た私が向かう先はキッチンです。今日もみんなが食べる朝ご飯を作るためです。

 I.O.P社製の戦術人形には生体パーツが多く使われているため、人間のような食事を摂る必要があります。なので、グリフィンからは缶詰等が支給されるのです。

 でも、そうした食事はあまりにも味気ないです。基地でいる時ぐらい、手のかかった食事をしたいものです。

 

 というわけで、一〇〇式はみんなの朝餉を作っています。みんなから好評を貰っている水団汁です。一〇〇式は水団を作るのが得意です。

 

 まず、具材である玉ねぎ数個をみじん切りにします。人間なら目が痛くなりますが、戦術人形である一〇〇式は大丈夫です。

 次に卵をボウルに10個ほど割入れて、菜箸でかき混ぜます。そして、ほどほどに卵を溶きます。

 そして、小麦粉を水で溶いて水団のもとを作ります。これで下準備は完成です。

 続いて、寸胴鍋に水と玉ねぎを入れてコンロにかけます。そして、玉ねぎが柔らかくなるのを待ちます。

 

一〇〇式(モモ)ちゃん、おはよー」

 

 後ろから声が聞こえました。振り向くと、綺麗な金色の長い髪と大きなミミが特徴のGr G41ちゃんがいました。まだ眠そうに目をこすりこすりしている仕草が、とても可愛いです。

 G41ちゃんはこの基地全体のエースで、みんなから愛される素敵な戦術人形で、そしてこの一〇〇式の一番の親友です。最近私が率いる一〇〇式隊から離れて、G41隊を率いるようになりましたが私達の友情に変わりはありません。G41ちゃんはいつまでも自慢の親友です。

 ちなみに、この基地のみんなは私を一〇〇式(モモ)と呼びます。指揮官がそう呼ぶからです。なんでも、一〇〇式だと女の子らしくないのと呼びにくいからだそうです。確かに、一〇〇式(モモ)というのは呼びやすいとは思います。一〇〇式もこの呼び名を気に入っているので、こう呼ばれることを嬉しく思ってます。

 

一〇〇式(モモ)ちゃん、隣のコンロ借りるね?」

 

「うん、G41ちゃん」

 

 一〇〇式が頷くのを見て、G41ちゃんはフライパンを火にかけて熱し始めます。そして、手にした乾燥したタンポポの根を入れてじっくりと炒り始めます。G41ちゃん得意のタンポポコーヒーを淹れるみたいです。

 G41ちゃんには基本的なお茶の淹れ方を教えたことがあります。努力家のG41ちゃんはそこから自身でしっかりと勉強して、今はタンポポコーヒーの名人になりました。G41ちゃんは凄いと思います。

 

一〇〇式(モモ)ちゃん、すいとん作ってるの?」

 

「うん」

 

「わーい! 一〇〇式(モモ)ちゃんのすいとん大好き!!」

 

 一〇〇式の言葉を聞いて、G41ちゃんが目を輝かせて、諸手を挙げて喜びます。どんなときでも素直なG41ちゃんは本当に可愛いと思います。

 でも、一〇〇式は表情を曇らせます。本当はもっとおいしいものを作れるからです。もっと美味しいものをみんなに食べてほしいからです。

 水団の具は玉ねぎと溶いた卵だけ、味付けも味噌だけです。本当なら、出汁をとったりしてもっと美味しいものを作れます。でも、できません。何故なら、出汁をとるための昆布や鶏ガラなどは高いので、毎日作る食事にはとても使えません。合成されたグルタミン酸ナトリウムで味を調えるのが関の山です。

 北蘭島遺跡事件と第三次世界大戦。それらの事件のせいで世界中の食料自給率は50%を切っているそうです。私達の隊は指揮官のおかげで比較的潤沢な食料を得られていますが、それでも日々美味しいものを作るのは難しいのです。

 

「ごめんね、G41ちゃん…」

 

「ふぇ?」

 

 突然謝った一〇〇式に、G41ちゃんは戸惑ったようです。突然ごめんね、G41ちゃん。

 

「本当ならもっと美味しいものが作れるのに、これだけしかできなくて…」

 

 一〇〇式は鍋をかき混ぜながら言いました。せめて、昆布だけでも手に入れられれば随分違うのに。一〇〇式は貧しい鍋の中を見ながら悲しそうに言いました。

 

「ううん。一〇〇式(モモ)ちゃんが思いを込めて作ってくれてるもん。美味しいもん」

 

 G41ちゃんはそう言って、私に抱き着きました。その一言で一〇〇式は救われた気がしました。私もG41ちゃんを抱きしめて頭をなでなでします。

 G41ちゃんはいつも何気ない一言で一〇〇式に大切なことを気づかせてくれます。一〇〇式はG41ちゃんが大好きです。G41ちゃんもきっと一〇〇式を好きでいてくれていると思います。二人はきっと相思相愛です。

 

 見ればすでに玉ねぎはすっかり柔らかくなっていました。私は鍋に溶き卵と味噌と溶き粉を入れます。

 溶き粉は匙で横にたなびくように入れていきます。細長い水団ができますが、この方が味噌汁をよく吸うのです。

 ちなみに、味噌は赤味噌です。水団は煮立たせる必要があるので、熱に強い赤味噌が適しています。

 隣を見ると、G41ちゃんが炒ったタンポポの根を皿に取り上げて冷ましていました。G41ちゃんは話しながらでも手順を忘れることはないです。G41ちゃんはやっぱり凄いと思います。

 

「G41ちゃん。私ね、G41ちゃんのこと大好きだよ」

 

「うん! G41も一〇〇式(モモ)ちゃんが大好き!」

 

 そう言って二人は笑顔を交わしました。それ以上言葉はいりません。例え、隊が離れたとしても、二人の心はずっと繋がっています。それはきっと未来永劫変わらないと思います。

 

「よう。二人とも、ご苦労さん」

 

 そう言って入り口から現れたのは、30代中盤ぐらいのヨレヨレのスーツ姿の男性でした。彼こそが私達の基地の指揮官です。

 

「あれ? ご主人様、随分早いね?」

 

「腹が減って寝るどころじゃなくなっちまった。すまんが、何か食わせてくれ」

 

 G41ちゃんに答える指揮官の言葉に、一〇〇式はくすっと笑ってしまいます。指揮官はグリフィンに多額の借金を課せられており、給料日前になると常にお腹を空かせています。

 本来、戦術人形に支給される食糧は戦術人形以外が食べるといけないものなのですが、この味噌や小麦粉などは指揮官が勝手に仕入れてきたり、私が勝手に仕込んだりしたものなので指揮官が食べても問題はありません。

 

「分かりました。…どうぞ、指揮官」

 

 そう言って、一〇〇式は出来立ての水団汁を茶碗によそって、指揮官に差し出しました。

 

「サンキュー、一〇〇式(モモ)

 

 そう言って指揮官はいそいそと水団を食べます。一生懸命食べている姿が何だか可愛い。そう思えてしまいました。

 

「いやぁ、一〇〇式(モモ)の飯はいつも旨いな」

 

「ありがとうございます、指揮官」

 

 褒めてくれる指揮官に一〇〇式はお礼を言います。そして貧しい鍋を見て思いました。自分の努力が指揮官やG41ちゃん達に喜んでもらえるなら、捨てたものではないと。今後ももっと頑張ろう、と思えました。

 

一〇〇式(モモ)、お代わり!」

 

「もう、指揮官…みんなの分がなくなってしまいますから…」

 

一〇〇式(モモ)ちゃん、手伝ってあげるよ?」

 

「うん。じゃあ、G41ちゃんは水団粉を溶いてくれる?」

 

「うん!」

 

 こうして、和気藹々とした雰囲気の中、朝の時間は過ぎていきました。起きてきたみんなは私の水団を今日も喜んで食べてくれました。今日もいい一日になります。そんな気がしました。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2:指揮官…あの…ほどほどにしてくださいね…?

 今日は指揮官室で副官業務です。頑張って淹れたほうじ茶を出した後、いつものようにソファーに座って待機します。

 指揮官はIFN(=インター・フェイス・ネットワーク)上で仕事をします。一〇〇式達戦術人形はほとんどなにも手伝えません。せいぜい、電話番と書類の受け取りぐらいです。一応、戦術人形用のマトリックスを構築してもらえば私達もお手伝いできるのですが、正直指揮官に比べるとあまりにも効率が悪いので、普段そういうことは指揮官から止められています。

 なので、今日は編み物をします。最近FALさんが寒いって言っているので、毛糸のセーターを作ってあげるのです。もう完成間近です。FALさんは喜んでくれるでしょうか。喜んで貰えたら嬉しいです。

 

 ふと、指揮官と目が合います。指揮官の意識はほとんどIFNに向かっていて、目はこの世界のものでないかのように遠いです。でも、指揮官は微笑んでくれました。一〇〇式も微笑みます。指揮官、仕事頑張ってください。

 

 しばらくして、指揮官がガクッと項垂れました。肩を落として、手もだらんとしています。

 一〇〇式は編み物を放り出して、慌てて指揮官に駆け寄ります。指揮官に何かあったのでしょうか!?

 

「指揮官! しっかりしてください!」

 

 一〇〇式は指揮官の肩を揺すります。電子世界には恐ろしい防衛プログラムが仕掛けられていることもあり、それに引っかかると脳を焼き切られて死ぬこともあるそうです。もし、指揮官がいなくなってしまったら… そんな想像をして、一〇〇式は泣きそうになってしまいました。

 

 その瞬間、不意にお尻に妙な感触を覚えました。

 

「ひゃあ!」

 

 一〇〇式は素っ頓狂な声をあげてしまいました。指揮官が一〇〇式のお尻を撫でたのです!

 

「…ああ、一〇〇式(モモ)のお尻は相変わらずまろやかだなぁ」

 

 そう言って、指揮官が顔を上げました。その目は現実の世界のもので、なんだか嬉しそうです。

 

「…指揮官、ここにいるのは大切な任務のためでしょう? だから…いい加減にしてください」

 

 一〇〇式はお尻を両手で押さえながら、指揮官をジト目で見て言います。指揮官は一〇〇式のお尻を撫でるのが大好きです。指揮官のセクハラにはいつも悩まされています。

 

「すまんな。緊急離脱して意識がはっきりしなかった。一〇〇式(モモ)がいなかったら戻って来られなかったかもしれん」

 

 指揮官はしれっとそう言います。話によると、IFN上で追跡にあった場合緊急離脱で振り切ることがあるらしいですが、失敗するとIFN上に意識が取り残されて帰って来られなくなるそうです。そして、指揮官はこの世界との繋がりを確かめるために、一〇〇式達にセクハラをすることがあるのだ、とFALさんも言ってました。

 

「…うぬぅ」

 

 なので、一〇〇式は顔を赤く染めて、そう呻いてみました。なんだかんだで指揮官が無事で、どんな形であるにせよ指揮官の役に立てているのは嬉しいからです。

 

「…一度ゴーストになって、IFNを漂ってみたらいいんじゃない?」

 

 入り口を見ると、赤毛をポニーテールにまとめた戦術人形こと、FALさんが立っていました。肩を見ると、乗っているイタチ型のTペットが指揮官に中指を立てて猛抗議しています。セクハラを働いた指揮官に怒っているのです。

 

「なんだ? やきもちか、FAL?」

 

「寝言は死んでから言ってちょうだい」

 

 そして、指揮官とFALさんは定番のやり取りを交わします。FALさん、死んだら寝言とか言えないと思うんですが…

 

「もう、そんなことしてる暇があるなら、もっとマシな食料を調達してよ?」

 

 そう言って、FALさんが指揮官に手にしていた缶詰を投げてよこします。見てみると、それは鶏頭の水煮でした。動物の餌の定番です。

 そう言えば、今日の朝指揮官の調達した食料が届いたって聞きました。それはもしかして…

 

「…おい、FAL。もしかして…」

 

「ええ。中身全部これ。確認済み」

 

「…野郎。ふざけやがって…」

 

 FALさんの言葉に指揮官が低い声で言います。間違いありません、猛烈に怒っています。一〇〇式は天井を仰ぎました。なんてことをしたんでしょうか…

 

「指揮官、どうするの?」

 

「一応、言い訳は聞いてやる。なめたことぬかしやがったら強制接収だ。FAL、臨時部隊を編成しておけ。人選はお前に一任する」

 

「了解」

 

 指揮官とFALさんが邪悪な笑みを浮かべて言います。恐ろしいことになりそうです。もはや、完全にやくざです。

 

一〇〇式(モモ)はちょっとG41隊の訓練でも見てきてくれ」

 

 そう言って、指揮官は再びIFNデッキを立ち上げました。こういう時、指揮官はFALさん以外の戦術人形を側に寄せようとしません。一〇〇式は人死にが出ないことを祈りながら、部屋から出ようとしました。

 

 そこで、ふと疑問が湧きました。一〇〇式は退出する前にそれを尋ねます。

 

「指揮官…貰ってきた缶詰はどうするんですか?」

 

「破棄するか、動物保護団体に寄贈するか、というところだな。うちで保護した動物に食わせるにしても量が多すぎる」

 

 一〇〇式の問いに指揮官は答えます。この基地では人類の領域の外で保護した動物を一時的に預かったり、時々ペットとして飼うこともあるのですが、それにしても一トン近い缶詰では量がありすぎます。指揮官の言うことはもっともです。

 

 でも、一〇〇式は思いました。鶏頭の缶詰をおいしく料理すれば、指揮官の怒りが収まって接収とかは思いとどまって貰えるかもしれない、と。

 もちろん、指揮官をペテンにかけるような真似をした人は許せません。相応の罰は与えられるべきです。しかし、このままだと恐ろしいことが起きてしまう可能性が高いです。

 なので、一〇〇式は拳を握り締めて指揮官に申し出ました。

 

「指揮官、あの缶詰をください」

 

「うん? そりゃまあ構わないが…」

 

「ありがとうございます。指揮官!」

 

 というわけで、退出した一〇〇式は段ボール丸々一つ分の缶詰を抱えてキッチンに向かいました。何とかこれを、集団給食が可能な美味しい料理にしないといけません。

 

 まず、一〇〇式は一缶開けて、中身を確認しました。煮汁と共に羽毛のない鶏の頭が転がり出ます。

 それをお箸でつついたりしながら、一〇〇式は考えました。

 物自体は良いようです。問題なのは少々生臭い点と見た目がグロい点、そして何よりも可食部位が少ないところです。

 まず、見た目のグロさは我慢して貰いましょう。欲しがりません勝つまでは、の精神です。生臭い点も誤魔化しは効かせられると思います。

 最大の難点の可食部位の少なさですが、これも解決する方法を思いつきました。要は占める面積の多い骨ごと食べられればいいだけの話です。

 

 というわけで調理開始です。

 一〇〇式が用意したのは圧力鍋です。その中に鶏頭を並べていきます。

 そして、ハーブ(ローズマリーとローリエ)と水入れて、徹底的に蒸し上げます。こうすることで骨がグズグズに柔らかくなり食べられるようになります。そして、ハーブ蒸にすることで生臭さが解消されます。

 3時間程蒸して、鍋から鶏頭を取り出して箸を通しました。脳天からサクッと通りました。

 後は、ハーブ醤油、にんにく、玉ねぎ、ザラメ、調味料酒等を煮詰めて作った甘辛タレを絡めて完成です。

 

 一〇〇式は早速指揮官室に出来上がった料理を持っていきました。

 指揮官室には指揮官の他に、トンプソンさんとM16さんが臨時編成隊の面子だそうです。相手を恐喝する手順を詰めているのだそうです。他の人たちは、トラックの準備をしているみたいです。

 

「よう、お嬢。美味そうなものを持っているじゃないか」

 

「景気づけか? 気が利くな、一〇〇式(モモ)

 

 トンプソンさんとM16さんが一〇〇式の持っているお皿を覗き込んで言います。二人とも美味しいものが好きで、特にお酒に合う料理に目がありません。この料理が気に入れば、恐喝は思い止まってくれるかもしれません。

 

「おお、一〇〇式(モモ)。あの缶詰を料理してくれたのか!」

 

 指揮官が感心してくれました。よかったです。

 

「指揮官、どうぞ」

 

「ああ、いただくよ」

 

 一〇〇式が渡したお箸で、指揮官は一つ摘まんで食べました。そして、咀嚼して飲み込んで言いました。

 

「うーん、美味い。骨があるとか感じられないし、まろやかな風味があるな」

 

 指揮官が喜んでくれました。よかった、美味く料理できて。

 続いて、トンプソンさんとM16さんにもお箸を渡しました。二人とも見た目を気にせずに食べてくれました。

 

「うお、美味い! 流石、お嬢だぜ!」

 

「ああ。こいつで一杯やりたい気分だ」

 

 トンプソンさんもM16さんも喜んでくれました。よかったです。

 3人は次々に食べてくれて、鶏頭はすぐになくなってしまいました。よかったです。これで指揮官の怒りが静まって、接収や恐喝はやめてくれるかもしれません。

 

「よし! お嬢の料理で活が入ったぜ!」

 

「いくぞ、指揮官! 目指すは倉庫一つだ!」

 

「おお! 気合入れていくぞ!」

 

「「おおー!」」

 

 あう。なんだか妙な方向にスイッチが入ってしまいました。あの…そういうことではないんですが…

 

「あの…指揮官…」

 

「ありがとうな、一〇〇式(モモ)。行ってくるよ!」

 

「お嬢、アガリを楽しみにしてろよ?」

 

「明日は宴会だ! 朝まで寝かせないぜ?」

 

 こうして、意気揚々と三人は出かけてしまいました。あううう。せっかく用意したのに、全然逆効果じゃん…

 

 翌日、指揮官達はほくほく顔で戻ってきました。トラックには食料がぎっしりです。それを見て、みんな大喜びでした。みんなが喜んでいるのを見るのは嬉しいです。嬉しいのですが…

 部屋に帰ってテレビをつけるとニュースがやっていました。その内容はある有名な食料品メーカーの所有する倉庫群が何者かによって奪取されたとありました。

 

 …指揮官、彼らだって生きているんです。だから、ほどほどにしてあげてください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3:いつか戦いが終わったら

 茜色の太陽が沈んでいきます。ゆっくりゆっくりと沈んでいきます。

 世界が黄昏の色に染まっていく風景を一〇〇式は飽きずに眺めています。日が沈んで、夜が来て、それが終わってまた朝が来る。そんな当たり前の景色を眺めるのが好きなのです。

 

 ここはゲートのすぐそばにある歩哨台です。正直見張りはカメラがやっているので形だけのさほど意味のないものですが、一〇〇式はここから基地の外を眺めるのが好きです。

 

 基地の外に広がっているのは何もない荒野です。昔はもっといろいろな物があったのかもしれません。色々な人が住んでいたのかもしれません。うつろう世界を見つめて、そうしたことに思いを馳せるのも一〇〇式の好きなことです。

 

 ちょっとだけ寒くなってきました。一〇〇式は肩から提げていた水筒の蓋を外し、蓋をコップにしてレモンティーを飲みました。暖かくて、甘くて、ほんのりとレモンの香りがするお茶は今日も美味しいです。

 

「ここにいたのね、一〇〇式(モモ)

 

 ふと、背後から声が聞こえました。見ると、M4さんが梯子を上ってきていました。M4さんは一〇〇式と同じく、隊結成初期からいる古参の戦術人形です。そして、私と同じ境遇のたった一人だけの人形でもあります。だから、昔から友達でよく色んな話をします。

 

「はい、M4さん。夕日を見てました」

 

「ふふ。一〇〇式(モモ)らしい」

 

 一〇〇式の言葉を聞いて、M4さんは笑ってくれました。

 その昔、M4さんはあまり感情を表に出さない人形でした。指揮官の曰く、人形の振りをしている人間のようだ、とのことで、それはかつてのM4さんを言い表すのに適切な言葉だったと思います。

 出会ってから数年。あの一連の事件を乗り越えて、M4さんは大分色々な表情や感情を表に出すようになってきたと思います。よく笑ってくれるようになりました。そのことが一〇〇式は嬉しく思います。

 

「はい、M4さん」

 

「ありがとう」

 

 一〇〇式が淹れたお茶をM4さんが受け取って言いました。カップはひとつしかないので回し飲みになりますが、二人ともあまり気にしません。しばらくの間、二人はまったりとお茶を飲みながら、ただ夕日を眺めていました。

 

「ねえ、一〇〇式(モモ)。もしも、の話だけど…」

 

 日がほとんど沈み、空に夜の帳が下り始めたところでM4さんが切り出します。

 

「もしも、戦いが終わったら、私達はどうなるのかしら…?」

 

「戦いが終わったら…」

 

 M4さんの言葉を一〇〇式は反芻します。それはきっと、戦術人形なら誰でも考えたことのあることです。

 私達グリフィンドールは、そのほとんどが民生用の自律人形を改造したものです。戦いを終えた戦術人形は、コアを外されてまた民間に戻るのが普通です。

 そして、私達の戦いが終わる時。それは鉄血の連中が完全に壊滅して、それ以外の平和を脅かすモノ達がいなくなった時のことかもしれません。

 その時は、この基地は解散して私達は晴れて民間で第二の人生を歩むことになるのかもしれません。でも、それは指揮官やFALさん。G41ちゃんやM4さん達ともお別れをする、ということになるのかもしれません。それはとても寂しいことだと思います。みんなとはずっと一緒にいたい、というのは私の我侭なのでしょうか。

 でも、指揮官はそんな私が寂しくないような案を考えてくれました。実はずっと前に指揮官とはこういう話をしたことがあるのです。

 

「そうですね。指揮官と一緒にレストランをやろうか、と思ってます」

 

「レストラン?」

 

「はい」

 

 M4さんの問いに一〇〇式は笑ってそう答えました。

 もしも、基地が解散になったなら、指揮官もグリフィンを辞めてレストランを開こう、と言うのです。その頃には指揮官も借金を返していると思いますし、凍結されている軍人時代の貯蓄を使えば初期費用は十分だそうです。人脈を使えば、資材も食料も簡単に調達できるそうです。

 そうして、レストランを開いて一〇〇式とかG41ちゃんとかを雇って、みんなで慎ましく生きていく。そんな未来を指揮官は提示してくれました。こうすればずっと一緒にいられるって言ってくれました。

 

「そうなんだ。素敵ね」

 

「はい。そうしたら、M4さんも一緒に…」

 

「そうね。そうだったら、嬉しいな…」

 

 そう言って、二人は顔を見合わせて笑い合いました。そして、それが実現したときの他愛ない話を続けました。

 もちろん、それは叶わない夢だと思っています。世界に脅威は満ち溢れており、私達の戦いが終わる兆しは一向に見えません。加えて、私達は特別な人形です。きっと、死ぬまで銃を捨てることはできない。そう思っています。

 でも、せめて夢を見ることぐらい許されてもいいと思います。夢や希望は誰にも奪えない、心の翼なのですから。

 

「なら、私も料理とか覚えた方がいいかな?」

 

 M16姉さんにも何か作ってあげたいし、とM4さんは言います。

 M16さんやトンプソンさんはお酒が大好きで、時々一〇〇式にお摘みを頼んできます。もちろん、料理の練習にもなりますし快く引き受けていますが、M16さんはM4さんが大好きなので、M4さんが作った料理の方が喜ぶと思います。

 

「はい。なら、簡単なものから教えますね?」

 

「うん。よろしくね、一〇〇式(モモ)

 

 というわけで、私達は歩哨台から降りて台所に向かいました。もうすっかり夜です。M16さん達もお酒を飲む頃かもしれません。丁度いいと思います。

 ちゃんと手を洗って、エプロンを着けて、三角巾を頭に巻いたら料理開始です。

 

 まず、用意するものはオイルサーディンの缶詰と玉ねぎを一個です。ちなみに、サーディン缶は私とM4さんでそれぞれ二つずつ担当です。自分の分とトンプソンさん、M16さん用です。

 

「まず、缶詰の蓋を開けてください」

 

「ええ」

 

 まず平たい缶詰のプルトップの蓋を開けます。サーディン缶は昔の倉庫からツナ缶についで見つかる缶詰で、入手は比較的容易です。しかも、近年一部の海が浄化されたこともあって、鰯の養殖が開始されたことから再生産も現実的になってきました。これからもずっと使えるメニューです。

 

 蓋を開けるとオイルに漬かった頭のない小さな鰯たちが並んでいます。一つ摘んでみるとすでに味がついているのがわかります。なので、調味料などはほとんど必要ないです。

 

 次に玉ねぎの皮を剥いて、四等分に切ります。そして、その内の二つをM4さんに渡します。一つの缶詰につき四分の一の玉ねぎが丁度いいと思うのです。

 次に玉ねぎを千切りにしていきます。人間だと目が痛くなるらしいですが、戦術人形である私達は平気です。

 

 そして、きった玉ねぎをそれぞれ缶詰の上に盛ります。そして、その上から少量の醤油をかけ回します。あくまで香り付けであるため少しでいいですが。M16さんやトンプソンさんは味が濃いほうが好みなので少し多めにしました。

 

「最後に、ローリエの葉を乗せて、オーブントースターで7分。それで完成です」

 

「ええ。こんなに簡単なのね…」

 

 一〇〇式とM4さんは言葉を交わしながら、オーブンに缶詰を入れタイマーをひねります。後は待つだけです。M4さんは半信半疑な様子ですが、これがなかなか美味しいのです。

 

「お嬢、悪い。何か作ってくれないか?」

 

「ああ。せっかくジャックダニエルのプレミアボトルが手に入ったからな。旨い摘みが欲しいんだ」

 

 トンプソンさんとM16さんが顔を覗かせました。丁度いいです。

 

「二人とも、いいところに!」

 

 一〇〇式は二人を招き入れて、M4さんと一緒に料理を作ったことをお話します。

 

「なに!? M4の手料理だと!?」

 

「はい、M16姉さん」

 

「うっしゃぁ~、こりゃ楽しみだ!」

 

 M16さんは案の定物凄く喜んでくれました。よかったです。

 

「おっ。旨そうな匂いがしてきたな」

 

 トンプソンさんがオーブンを見て言います。そろそろ焼けてきたみたいです。一〇〇式とM4さんは布を敷いた平皿を4つ用意しました。

 

 ちーん、と音がしました。オーブンを開けると香ばしい匂いとともに、玉ねぎがいい感じにしんなりとした缶詰が出てきました。手袋を履いて、それをお皿の上に乗っけて行きます。これで完成です!

 

 というわけで、早速4人でいただく事にしました。まず、M16さんがフォークで玉ねぎといわしを食します。

 

「美味い! これは酒に合う!」

 

 M16さんが感動して言いました。喜んで貰えてよかったです。

 

「凄く香ばしいな。ただの缶詰がこんなに美味くなるとは、さすがお嬢だぜ!」

 

 トンプソンさんもとっても美味しそうに食べてくれました。缶詰グルメは大成功です。

 

 というわけで、一〇〇式とM4さんもそれぞれ箸とフォークで食しました。

 焼いたサーディン缶は油で煮込まれて、自然とアヒージョのようになっています。それを玉ねぎと食することで、いわしの旨みと油、それと玉ねぎの甘さとが合わさって、えもいわれぬ味わいになります。更に、焼けた玉ねぎと醤油の香りが食欲をそそってくれます。とっても上出来です。

 

「美味しい」

 

 M4さんも喜んでくれました。M4さんは初めて料理をしたらしいです。自分で作った料理はやはり美味しいですし、好きな人が料理で喜んでくれるのも嬉しいです。これでM4さんにも料理を作る楽しさがわかって貰えたと思います。

 

「よかったじゃないか、M16。これからは頼む相手が一人増えそうだ」

 

「ああ、M4。これからもよろしく頼む」

 

「はい、姉さん。…一〇〇式(モモ)、もっとたくさん料理教えてね?」

 

「はい、M4さん!」

 

 こうして私達は和気藹々と楽しい夜のひと時を過ごしました。

 私達の戦いは終わることがないかもしれないです。でも、こうして一つ一つ夜を乗り越えて、平和な朝が迎えられるように頑張って行こうと思います。ささやかな夢を信じて。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4:天邪鬼さん

 今日は久し振りに出撃要請がありました。一〇〇式隊、G41隊、FAL隊、M590隊の4つの常設隊での出撃でした。

 今日のMVPはG41隊でした。敵装甲兵をあっけなく蹴散らし、多脚式戦車まで退けたG41ちゃんとヴィーフリさんのコンビネーションは凄いと思いました。

 一方の一〇〇式隊はFALさんが抜けた穴を埋める人形がまだ決まってないので、臨時編成でAR-15さんに組んでもらってました。AR-15さんと組むのは初めてですが、一〇〇式やTMPちゃんとの息はぴったりで、上手く動けたと思ってます。

 

「お疲れ様でした、AR-15さん」

 

「お疲れ様、一〇〇式(モモ)

 

 ロッカールームで言葉を交わす一〇〇式とAR-15さん。お互いシャワーを浴びた直後で、身体にタオルを巻いただけ、というあられもない姿です。

 一〇〇式はつい、AR-15さんの身体をしげしげと見てしまいます。スレンダーでとっても綺麗なボディだと思います。流石、コマーシャルモデルになるだけはあると思います。一応、一〇〇式もそういうことに使ってもらうことはありますが、なんだかほのぼのしたのばっかりでカッコいいのとは縁がないです。

 

「はい。どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 一〇〇式は小さな瓶を渡しました。キンキンに冷えた豆乳珈琲です。タンポポ珈琲をアレンジして作った一〇〇式の自信作です。お風呂上りはこれに限ります。

 瓶を手にして、二人はごくごくと一気に飲んでしまいます。口と喉を駆け抜けていく、まろやかな風味と甘さが何とも言えません。飲み干した後ぷはっと、一息ついて二人は顔を合わせて笑い合いました。

 

「私、このまま一〇〇式隊に入ろうかしら。一〇〇式(モモ)とのコンビネーションもいいし、こんなに美味しいものが出てくるんですもの」

 

「駄目ですよ、AR-15さん。M4さんに怒られますから」

 

 なんだか、ちょっと本気そうなAR-15さんの言葉に、一〇〇式は思わずそう言ってしまいます。正直、AR-15さんの実力なら大歓迎ですし、正直AR小隊でいる時より動きは良かったように思います。一〇〇式とAR-15さんの相性は思いの外いいようです。

 でも、流石にAR小隊からAR-15さんを取ると、M4さんだって心穏やかではないと思います。M4さんにとって、AR-15さんは大切な友達なのですから。

 

「そんなことないわよ。…あの娘も私なんていらないでしょうから…」

 

 AR-15さんはそう自嘲的に嗤って、瓶を屑籠に捨てました。きっと、数年前のあの件を気にしているのだと思います。

 AR-15さんは一度、M4さんを守るために鉄血のエルダーブレインを相手に戦って、MIAになりました。指揮官が裏で回していた手によって辛うじて生還しましたが、それでもM4さんとの間に何らかの蟠りが残っているみたいです。

 一〇〇式は内心で決意しました。この蟠りを解いてみせよう、と。M4さんは大切な友達ですし、AR-15さんとも仲良くなりたいです。この蟠りを解くことは、二人と更に親密になるために必要なことだと思いました。

 

「そう言えば、最近一〇〇式(モモ)はM4と一緒にいることが多いけど、どうしたの?」

 

「はい。M4さんに料理を教えているんです」

 

「料理?」

 

 怪訝そうに尋ねてくるAR-15さんに、一〇〇式は例の夢を話します。みんなでレストランを開く夢。そんな叶うはずのない夢のために、料理を覚えているのだ、と説明しました。

 

「…そう」

 

 AR-15さんは俯いて、微かに笑って言いました。夢に共感してくれているのかもしれないです。たとえ儚い夢でも、そうしたものをよりどころにして頑張っていける。そう思ってくれているのかもしれません。

 

「…じゃあ、私にも料理を教えてくれない?」

 

「え? AR-15さんもですか?」

 

「ええ。夢が叶ったら、必要だから」

 

 AR-15さんの言葉に、一〇〇式は少し戸惑いました。でも、少し考えてこれはチャンスかもしれない、と思いました。料理をきっかけにして、M4さんとAR-15さん、そして一〇〇式の仲を深めるのです。

 

「はい、分かりました」

 

「ええ。よろしくね、一〇〇式(モモ)

 

 というわけで、二人は着替えた後台所に行きました。エプロンをつけて、料理態勢万全です。

 

「じゃあ、オムレツを焼いてみましょうか」

 

「オムレツ? そんな簡単なものよりももっと…」

 

「オムレツは簡単じゃないですよ?」

 

 不満そうに言うAR-15さんに一〇〇式は言います。オムレツ、特にプレーンオムレツは簡単そうに見えて非常に難しい料理です。これが一人前に焼けないと、料理人とは言えない、と言われている洋食の基本です。

 

「でも、それならマニュアルをダウンロードすれば誰でも簡単に…」

 

「では、一緒に焼いてみましょう」

 

 AR-15の言葉をさえぎって、一〇〇式は料理を開始します。AR-15さんも不承不承オムレツを作る支度を開始しました。

 

 ボウルに二つ卵を割り入れて、泡立て器で丁寧にかき混ぜます。AR-15さんは菜箸で空気が入らないように混ぜています。本当にマニュアルに沿っています。AR-15さんは本当に真面目な人です。ますます彼女が好きになりました。

 

 卵を混ぜ終えた後、AR-15さんはフライパンにバターを入れて熱し始めました。きっと料理なんて初めてであるはずなのに、綺麗な動作だと思いました。

 一方で一〇〇式はまだかき混ぜた卵を放置しています。AR-15さんはそれを怪訝そうに見ています。

 

「…卵を放置すると、酸化して不味くなるんじゃないの?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 一〇〇式の言葉に、AR-15さんは不思議そうに首を傾げながらも、フライパンに卵を入れてかき混ぜて、少し手間取りつつもオムレツを木の葉型にしてお皿に乗せました。初めてにしてはとても上手です。AR-15さんは凄いと思いました。

 

「なんかいい匂いがする~」

 

「あ、一〇〇式(モモ)ちゃんだー!」

 

 匂いに釣られてSOPMODちゃんとG41ちゃんが台所にやってきました。二人はAR-15さんを見て目を丸くします。

 

「あれ? AR-15、何してるの?」

 

「料理を習っているのよ。…といっても、プレーンオムレツぐらいなら習う必要もないけど」

 

 SOPMODちゃんの問いに、AT-15さんが答えます。確かに、AR-15さんは初めてにしてはとても上手に作れたと思います。でも、オムレツはそんなに簡単じゃないです。

 

「そうかな? オムレツって難しいよ?」

 

 G41ちゃんが首を傾げて言います。彼女とは美味しいオムレツを焼けるように一緒に一杯練習しました。だからこそ、その難しさが分かっているのです。

 

「じゃあ、試しに食べてみよう?」

 

「「はーい」」

 

 一〇〇式の申し出を受けて、みんなでAR-15さんのオムレツを食べます。味わって分かりました。うん。初めてとしては上手だと思いました。

 

「…う~ん、ぼそぼそしてて美味しくない」

 

「火を通しすぎてるね」

 

 SOPMODちゃんとG41ちゃんが素直な感想を言います。AR-15さんも顔色が悪いです。二人の指摘が最もであると、自分でも理解したのだと思います。

 

「そんな…!? マニュアル通りにやったのに!?」

 

「じゃあ、私のを見てくださいね?」

 

 AR-15さんにそう言って、一〇〇式は料理にかかります。放置してから15分。頃合いです。

 

 テフロン加工のフライパンを中火にかけ、大匙一杯のバターを溶かします。箸の先に卵黄をつけ、それでフライパンを引っ掻いてすぐに固まるぐらいが頃合いです。

 中火と強火の間ぐらいにして、卵液を注ぎます。フライパンを前後にゆすりながら、手早く混ぜます。卵液は外側から固まってくるので、内側に入れるようにするのがコツです。

 

 フライパンの底に薄い層ができたら火を弱めます。いよいよ巻き込みです。奥に卵を流して柄をトントンし、フライパンを右45°に傾けて木の葉型に形成します。

 

 箸で底を持ち上げるようにして、今度は反対側に45度以上フライパンを傾けます。これでオムレツがひっくり返ります。

 最後にもう一度、45度以上フライパンを右側に傾けると、オムレツがころがって底の継ぎ目が上にくるはずです。そうしたらフライパンと皿をV字にするようにして、盛り付けます。これで出来上がりです。

 

 再び、みんなで試食します。まず、一〇〇式が食べました。ふわっとしていて、香ばしいです。上手に仕上がったと思います。

 

「うん! ふわふわしてて美味しい!」

 

「うん! 流石一〇〇式(モモ)ちゃん! 美味しい!」

 

 SOPMODちゃんとG41ちゃんも絶賛です。よかったです。

 

「そんな…全然違うわ…」

 

 AR-15さんが愕然として言います。それもそのはずです。オンラインのマニュアルは少し上級者向きの作り方だからです。

 まず、マニュアルでは泡立て器を使わないですが、実際には泡立て器を使う方が黄身と白身が均一に混ざりやすいのです。また、鉄のフライパンは温度調整が難しいのでテフロン式のフライパンの方が簡単に仕上がります。また、初心者は手間取りやすいのであまり強火にしない方がいいということもあります。

 そして何より、オムレツを作る際の最大のコツは卵液に塩を入れて15分ほど放置することです。こうすることでふんわり感が増し、離水しづらくのなるのです。

 

「…なるほどね」

 

 一〇〇式の説明を聞いて、AR-15さんは頷いて言いました。オムレツのコツを理解してくれたみたいです。次に焼くときは、もっと上手にできると思います。

 

「分かったつもりになってたのか…あの時と同じ…」

 

 そう言って、AR-15さんは自嘲的に嗤って言いました。

 

 あの時、M4を守るために自爆して散ろうとしたあの時。結局自分は何もわからず、ただM4を傷つけた。愚かなことだ、と思った。

 

「私は所詮、このオムレツのような失敗作なのかもね…」

 

「違うよ、AR-15!」

 

 冷めたオムレツを見下ろして寂しげに言うAR-15さんにSOPMODちゃんが言いました。

 

「そりゃ…AR-15は勝手だし、天邪鬼だし…でも、私達の大切な姉妹なんだから!」

 

「SOPⅡ…」

 

 SOPMODちゃんの言葉に、AR-15さんはただ彼女を呆然と見ていることしかできませんでした。

 嗚呼、AR-15さんはずっと自分を責め続けていたのかもしれません。初めての友達を守る。ペルシカさんからの命令を守れなかった自分を責め続けていたのかもしれません。

 ならば、それを断ち切ります。友達は、そういうものじゃないからです。

 

「AR-15さん。M4さんからAR-15さんについてはいっぱい話を聞きました」

 

 一〇〇式は話します。M4さんがAR-15さんについて話すときの優しい顔を思い出しながら、彼女に聞いたことを話します。

 

「…AR-15は不器用で、糞真面目で、天邪鬼で…でも、大切な私の初めての友達。そう言ってました」

 

「…そう。そうなのね」

 

 一〇〇式の言葉に、AR-15さんは拳を握り締めて言いました。頬を流れる涙は悲しそうなそれではないです。

 

「SOPⅡ! 訓練をさぼってどこに行ってるの!?」

 

「あ、M4!」

 

 その時、M4さんがSOPMODちゃんを探してやってきました。そして、彼女もまたエプロン姿のAR-15さんをみて目を白黒させました。

 

「…AR-15? 何してるの?」

 

「…料理を習ってたのよ。もう貴女よりも上手くなったわ」

 

 M4さんの言葉に、AR-15さんは気丈に挑発的な台詞を言います。本当に天邪鬼さんなんだな、と思いました。

 

「なんですって!? 一〇〇式(モモ)、私にも教えて頂戴!」

 

「ふふふ。貴女に美味しいオムレツが焼けるかしら?」

 

「焼けるわ。見てなさい!」

 

「分かりました。じゃあ、みんなで焼きましょう」

 

「わーい! じゃあ、G41も焼く~」

 

「わーい! オムレツ楽しみ~」

 

 というわけで、その日はオムレツをみんなで焼いて、和気藹々と楽しみました。AR-15さんとM4さんはいがみ合ってる風でしたが、でもその実仲良しさんだということが分かりました。こういう仲も悪くない。そう思いました。

 

 翌日、一〇〇式は副官業務をしてました。部屋には私と指揮官、そしてFALさんがいます。

 

「おい、FAL! 勝手に人の茶を飲むな!」

 

「今日のお茶はまあまあね。で? チョコは?」

 

「ねえよ!? 謝る前に言うセリフがそれかよ!?」

 

「用意しておいてよ、貧乏くさいわね」

 

「お前なぁ!!」

 

 目の前でいつものように指揮官とFALさんが言い合いをしています。いがみ合っているように見えて、実は仲がいい。そういえば、この二人もそんな感じでした。いつも見すぎていて気が付かなかったです。案外、こういう感じの方が絆は深いのかもしれません。

 

 でも、二人とも仕事が全然進まないので…ほどほどにしてください。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5:師弟対決!?

 ある日のことです。一〇〇式はゲートのところで掃き掃除をしています。

 最近はリベロールさん達新しい戦術人形が沢山入ってきたので、巡回なども訓練を兼ねて彼女らが主に受け持っています。時々、C-MSちゃんの訓練に付き合いますが、戦術人形としての仕事は最近それぐらいです。一〇〇式隊が出るような大きな事件の気配はないです。

 

 一〇〇式は鼻歌交じりに掃き掃除を続けます。もうすぐ仕上がります。一〇〇式隊の出動がないため、Five-sevenさんや64式さんは不満そうですが、一〇〇式としては平和な日々が続いてくれる方がいいです。戦いよりも掃除や洗濯などの雑用をやっているほうが性に合いますし。

 

一〇〇式(モモ)ちゃーん!」

 

 後ろからG41ちゃんの声が聞こえました。振り向くと、何時ものように突撃してくるのが見えました。一〇〇式は箒を立てかけて、G41ちゃんを待ち受けます。そして、遠慮なく飛びついてきたG41ちゃんを受け止めました。

 

一〇〇式(モモ)ちゃん~」

 

 G41ちゃんは遠慮なくほっぺをぺろぺろしてきます。くすぐったいです。今日もG41ちゃんが元気で嬉しいです。

 

「G41ちゃん、リベロールさんの訓練終わったの?」

 

「うん。人工血液がなくなったから、医務室に寝かせてきたの」

 

 一〇〇式の問いにG41ちゃんはあっけらかんと答えます。G41ちゃんは今日リベロールさんの訓練を担当していたのです。

 リベロールさんは身体機能に重度の欠陥があるらしく、人工血液を輸血しながら戦ったりしています。そんなので大丈夫なのかな、と思いますが実力自体は素晴らしいので、訓練が終わったらどこかの隊に編入されて戦闘に参加する予定です。

 

一〇〇式(モモ)ちゃん、あそぼー!」

 

「うん、G41ちゃん」

 

 G41ちゃんの申し出を一〇〇式は喜んで受け入れます。掃除も終わったところですし、丁度いいです。

 

「じゃあ、娯楽室行こー」

 

 そう言って、G41ちゃんは一〇〇式を肩に担ぎます。G41ちゃんは小柄ですが、高級ドールなので力が強いです。人間と大差ない重さの一〇〇式は、簡単に持ち上げられて連行されていきます。

 

 娯楽室に入ると、そこには誰もいませんでした。今日はみんな出動や訓練で忙しいのかもしれません。私達の貸し切りです。

 

「えーと… 何して遊ぶ?」

 

 一〇〇式はG41ちゃんに尋ねます。いつもは一〇〇式の髪を使って遊ぶG41ちゃんですが、どうも今日はそういう気配ではないです。

 

「えーとね。喧嘩ごっこしよー!」

 

「喧嘩ごっこ?」

 

 G41ちゃんの言葉に一〇〇式は首を傾げました。喧嘩ごっことはなんでしょうか?

 

「うん! この前9ちゃんとやって面白かったから、一〇〇式(モモ)ちゃんともしたいの」

 

 喧嘩するほど仲がいい、っていうし。G41ちゃんはそう言いました。

 そういえば、この前G41ちゃんは404小隊のUMP9さんと一緒にそんなことをしていた気がします。

 そこでふと思いました。一〇〇式はこの基地の誰とも喧嘩とかしたことないです。せいぜい、指揮官のセクハラを咎めるぐらいです。特にG41ちゃんと喧嘩をするなんて思いつきもしなかったです。

 ただ、表向きいがみ合ってる風の方が仲は深いかもしれない、と思ってます。特に指揮官とFALさんがまさにそういう仲だからです。なので、ごっこなら一度ぐらい喧嘩してもいいかもしれないです。

 

「じゃあ、G41からいくね~」

 

「うん」

 

 そう言って、G41ちゃんは息を大きく吸い込んで大声で言いました。

 

一〇〇式(モモ)ちゃんのばかー!」

 

 G41ちゃんの言葉に、一〇〇式は不快な思いはしませんでした。G41ちゃんが全く本気でないのが分かるからです。本気で言われたら傷つくでしょうけど。

 そして、G41ちゃんが期待に満ちた表情で一〇〇式を見ます。なので、一〇〇式も息を吸い込んで大声で…

 

「G41ちゃんの…! ば、ば、ば…」

 

 一〇〇式は言葉を詰まらせました。だめでした。嘘でもG41ちゃんのことをバカとか言えません。

 

「ご、ごめんね、言えないよ…G41ちゃんは大切な友達だもん」

 

「…うーん、そうだねー。一〇〇式(モモ)ちゃん、嘘とか言えないもんね」

 

「ごめんね、G41ちゃん」

 

「ううん、G41が我儘言っただけだから!」

 

 謝る一〇〇式に、G41ちゃんはまた抱きついて言います。結局、嘘でも一〇〇式はG41ちゃんと喧嘩はできませんでした。でも、G41ちゃんは嬉しそうに抱きついてくれました。喧嘩なんかしなくても、G41ちゃんとは誰よりも仲良しだと思います。友情や愛情の形は、結局人それぞれなのだと思います。

 

「じゃあ、勝負ごっこしよー!」

 

「勝負ごっこ?」

 

 G41ちゃんの次の提案に、一〇〇式は首を傾げます。勝負ごっことは何でしょうか?

 

「うん! 一〇〇式(モモ)ちゃんとG41で正々堂々勝負するの! それでお互い切磋琢磨するの!」

 

 G41ちゃんが言うのは普通に何かで試合をしようということでした。それなら問題ない、と思います。真の友達同士は時に競い合って切磋琢磨するものだと思うからです。

 

「でも、G41ちゃん…もしかして、模擬戦?」

 

 一〇〇式はG41ちゃんに恐る恐る言いました。もしも模擬戦をすると、一〇〇式ではG41ちゃんにはとても太刀打ちできません。一〇〇式はごく平凡な戦果しか上げられない人形ですが、G41ちゃんは押しも押されもせぬこの基地のエースです。模擬戦で切磋琢磨するにしても、勝負は最初からほとんど見えています。

 

「ううん。それだと流石に一〇〇式(モモ)ちゃんが不利すぎるよ」

 

 G41ちゃんは首を横に振って言いました。流石、G41ちゃんもその点に関しては分かっていたみたいです。でも、それなら何で勝負するのでしょうか?

 

「料理で勝負しよー!」

 

 G41も大分上手になったし、とG41ちゃんが言いました。

 なるほど、と思います。G41ちゃんに料理を教えたのは一〇〇式ですが、彼女も独自に腕を上げています。ある意味で師弟対決ですが、いい勝負ができると思います。

 

「うん、G41ちゃん。 いい勝負をしようね!」

 

「うん、一〇〇式(モモ)ちゃん! 負けないから!」

 

 そう言って、一〇〇式とG41ちゃんは視線と言葉を交わします。何だか燃えてきました。たまにはこういう形で競い合うのもいいかもしれません。

 

 というわけで、一〇〇式はG41ちゃんと台所に向かいました。制限時間は一時間。お題はジャガイモと卵です。勝敗は指揮官に食べてもらって決することにします。

 

 というわけで、一〇〇式はさっそくジャガイモの芽を取って皮を剥いて、適当にスライスします。そして、鍋で湯を沸かして、一つまみの塩を入れて茹で始めます。

 

 G41ちゃんの方を見ると、皮を剥かずに芽だけを取っています。皮ごと使うのでしょうか? ジャガイモ料理に関しては、G41ちゃんに教えていないので何が出てくるのか全く分かりません。何だかワクワクします。

 

 ふと、G41ちゃんと視線が合いました。ニコッと笑ってくれます。そして、一〇〇式の手元を見て、更に笑みを深くします。きっと、G41ちゃんも一〇〇式の料理を楽しみにしてくれているのだと思います。ますますやる気が出ました。

 

 茹で上がったジャガイモを取り出して、軽く潰してパイ皿に敷き詰めていきます。なるべく平らにしていきます。

 そして、鍋に残った水に、今度は適当に切ったほうれん草を入れます。本当は水を取り替えるべきですが、もったいないのでこのまま行きます。この世界では水資源だって有限なのです。

 そして、次にボウルに卵を4つと豆乳500ccと塩を少々とを入れてかき混ぜ、卵液を作ります。見ると、G41ちゃんも同じようにして卵液を作っていました。ジャガイモは3m程度の厚さでかつ小さくスライスしています。一体何を作るつもりなのでしょうか。

 

 さっと茹でたほうれん草を取り上げて、小さく切ったスパムと一緒に卵液に混ぜ、パイ皿に流し入れます。後はオーブンで30分手前ぐらいに焼き上げれば、ジャガイモ生地のキッシュの完成です!

 

 G41ちゃんはフライヤーで揚げたジャガイモを、キッチンペーパーの上にとって、油を切りつつ冷ましているみたいです。団扇でパタパタしているG41ちゃんが可愛いです。でも、フライドポテトを冷ましてどうするのでしょう?

 

「ごめんね、一〇〇式(モモ)ちゃん。時間かかるかも」

 

「ううん。私の方も焼き上がるのに時間かかるから」

 

 謝るG41ちゃんにそう言うと、彼女はとってもいい笑顔になってくれました。一〇〇式も微笑みました。勝負といってもお互いが高めあうためのものです。そこには思いやりがあります。やっぱり、私達は仲良しです。

 

 しばらくして、キッシュが焼き上がりました。それを敷き皿にとって完成です。

 G41ちゃんは冷めたフライドポテトをもう一度高温の油で揚げました。次第にポテトが丸く膨らんできます。あれはポム・スフレです。

 それを熱したフライパンに移して、卵を入れてポム・スフレが潰れないように軽く炒めます。それにハーブソルトで味付けして完成のようです。

 

 お互いの料理が完成したので、二人は指揮官室に行きました。そこでは指揮官とFALさんが何か言い合いながら仕事をしていました。いつもの指揮官室の光景です。

 

「おや、一〇〇式(モモ)にG41。どうしたんだ?」

 

「はい、指揮官」

 

 尋ねてくる指揮官に、一〇〇式は勝負のことを伝えます。それを聞いた指揮官とFALさんは一瞬お互いの顔を合わせ、にっこりと笑いました。

 

「そいつは嬉しいな。じゃあ、まず俺が一〇〇式(モモ)のを戴くよ」

 

「じゃあ、私はG41の方ね」

 

 二人はそう言って私達の料理を食します。指揮官がナイフで切ったキャッシュは熱々でふんわりです。上手にできました。

 

「うん、マジうめえ。ふんわりしてるし、生地の風味とスパムの味わいが何とも言えないな」

 

「こっちもイケるわよ。フライドポテトの卵炒めなんて意外だし、プシュッてするし」

 

 二人とも美味しそうに食べてくれます。一〇〇式とG41ちゃんは顔を合わせてにっこりです。勝負も大事ですが、何より食べてくれる人が喜んでくれるのが重要です。

 半分ほど食べたところで、指揮官とFALさんが料理をシェアします。

 

「うんうん。こっちも美味いな。ポム・スフレの食感も損なわれてないし、組み合わせ的に意外性があるな」

 

「美味しい! 流石、一〇〇式(モモ)! 何だか、甘くないケーキみたい」

 

 やっぱり二人とも喜んでくれました。料理は大成功です。

 後は判定です。料理を食べ終えた二人を、一〇〇式とG41ちゃんは期待に満ちた目で見ます。

 正直、一〇〇式の料理もよくできたと思いますが、G41ちゃんの料理は粗削りですが意外性があります。それにポム・スフレを上手く膨らせたり、潰さないように卵と炒めるなどはかなりの技術です。G41ちゃんは物凄く腕を上げています。G41ちゃんはやっぱり凄いです。

 

「引き分けだな、FAL?」

 

「ええ。両方とも甲乙つけ難いほど美味しいわ。私も指揮官も同じ判定よ」

 

 指揮官とFALさんはお互い頷き合って言いました。一〇〇式とG41ちゃんも顔を合わせて、笑い合いました。

 

「わーい! 一〇〇式(モモ)ちゃんと引き分けたー!」

 

「うん! やるねぇ、G41ちゃん!」

 

「ううん! 一〇〇式(モモ)ちゃんがいっぱい教えてくれたからだよ!」

 

 二人は抱き合って、お互いの健闘を称え合います。お互い料理の腕を比べることで切磋琢磨できたと思います。目標は達成しましたし、二人の仲は更に深まったと思います。勝負して本当に良かったと思います。

 

「ふふふ。二人は本当に仲良しね」

 

「ああ。二人の仲を見ていると本当に癒される。俺達はお前達に生かされてるって思うよ」

 

 FALさんと指揮官がしみじみとそう言います。指揮官室にほんわかした空気が満ちました。一〇〇式はもう家族のことを思い出せません。でも、きっとこういう雰囲気が家族と家庭というものなのだと思います。

 

 お父さんのような指揮官。お母さんのようなFALさん。そして、妹のようなG41ちゃん。そんなみんなに包まれて一〇〇式は幸せです。ずっと、この絆を大切にしていきたい。心からそう思いました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6:私達は生死を共にする仲間だから

 医務室の消毒液の匂いが、一〇〇式は嫌いではないです。もう慣れてしまったということもあります。戦場に出れば、一〇〇式はほぼいつも多かれ少なかれ怪我をして、医務室のお世話になるのですから。

 でも、今日医務室を訪れたのは怪我をしたからではありません。寝ている娘のお見舞いに来たのです。ベッドで寝ているウェーブのかかった銀色の髪の娘。最近新しく入ったばかりのリベロールさんです。

 リベロールさんは非常に優れた戦術人形で、特に戦闘支援能力は群を抜いています。指揮官もその力に大いに期待しており、部隊編入のために訓練を課しています。

 

 しかし、彼女は身体に不具合があり、何もないときは医務室で寝ています。戦場でさえ人工血液のパックを身体につけたまま出撃しているぐらいです。指揮官が言うには、生理機能をつかさどるナノマシンに不具合があるのだそうです。

 

 一〇〇式は懐にしまっている小太刀を触ります。亡き友が残した人類の数少ない希望の欠片。その力を使えば、リベロールさんを救うことができるかもしれません。でも、失敗した場合のことを考えるとおいそれとは使えません。一〇〇式に彼女ぐらいの力があれば…ちょっと悲しくなります。

 

「一〇〇式さん…」

 

 リベロールさんが目を開けて言いました。今日は気分がいいみたいです。よかったです。

 

「よかった。今日は起きてて」

 

 一〇〇式はそう言って、岡持を置いてベッドの横の椅子に座ります。いつもはほとんど昏睡状態ですが、今日は起きています。今日こそ彼女の体の許す限りお話をしたいです。

 

「リベロールさん。ご飯作ってきたから、よかったら食べてください」

 

 一〇〇式は岡持から器を出しました。どんぶりみたいなそれには、餡のかかった刀削麺が入っていました。刀削麺は水と小麦粉だけでできているので、身体にも優しいです。

 

「…結構です、一〇〇式さん。ワタシに構わないでください…」

 

 リベロールさんはそう言って、布団を頭から被ってしまいました。一〇〇式は何も言わず、リベロールさんを見つめ続けます。そうして、しばらく時間が過ぎました。

 

「…もう諦めてください。どうせワタシの身体がよくなることなんてないですから…」

 

「…諦めません。私は諦めが悪いって、しぶといって、みんなから言われているんです」

 

 悲しみと諦観に満ちたリベロールさんの言葉に、一〇〇式は言いました。一〇〇式はどんな時でも諦めたりしません。FALさんのような作戦能力も、M4さんやG41ちゃんのような戦闘力も、一〇〇式にはありません。でも、意地と諦めの悪さは随一だってFALさんからも言われています。だから、リベロールさんのことも、諦めたくないです。

 

「いつか、きっといつか。私は力を使いこなして見せるから。そうすればきっと…大丈夫だから」

 

 一〇〇式は決意を秘めた口調で言います。友の残した力、新型ナノマシン。あれを彼女と同じぐらい使いこなせるようになれば、リベロールさんの身体の不具合を治すことも不可能ではありません。

 今の一〇〇式はその力の一割も使いこなせていません。でも、きっといつか使いこなせるようになって見せます。そして、守りたいもの全てを守って見せます。とりあえず、それが一〇〇式の目標です。

 

「…一〇〇式さんは、どうしてワタシを気にかけてくれるんですか?」

 

 リベロールさんは不思議そうに一〇〇式を見て言います。確かにリベロールさんと一〇〇式は接点もないすし、一〇〇式隊に彼女が配属される予定もありません。でも、一〇〇式は彼女を放っておけません。

 

「私もよく医務室で寝てたし、他人と思えないの。それに、お世話するのとか好きだから」

 

 ちょっとはにかみながら、一〇〇式は言いました。一〇〇式もよく医務室のベッドで寝ていたからです。最近は出撃そのものが少ないのでお世話になる頻度は減っていますが、それでも痛かったことも寂しかったことも忘れません。

 基地に来て、最初の頃は指揮官とFALさんぐらいしかお見舞いに来てくれず、一人で寝ていることが多くて寂しかったです。でも、その内、G41ちゃんやSOPMODちゃん、M4さんやトンプソンさん達みんなが来てくれるようになり、一〇〇式のベッドの周りはとても賑やかになりました。

 あの時のことを思い出して、一〇〇式はリベロールさんの側にいます。やはり、一人で寂しいよりも誰かがそばにいる方がいいと思うのです。

 

「…一〇〇式さん、ご飯ください」

 

 リベロールさんは身を起こして言いました。少しは心を開いてもらえたのでしょうか。よかったです。

 

「はい、どうぞ?」

 

 一〇〇式はリベロールさんに容器を渡します。餡のかかった刀削麺はまだホカホカです。麺の加水率も上げているので、伸びたりもしていません。

 

 フォークを手に取って、リベロールさんは麺を巻き取るようにして食べました。そして、スープを少し飲んで言いました。

 

「美味しい…こんなにおいしいもの初めて…」

 

「よかった。気に入って貰えて」

 

 一〇〇式は会心の笑みを浮かべました。少し冒険したのですが、見事成功でした。

 スープは鶏がらベースで、炒めた玉ねぎとトマトを加えて、醤油と胡椒、バジルとセージで味と香りを整えました。餡は片栗粉とそぼろ風にしたおからと卵でできていて、少量の味覇で味付けしています。全体的に、濃厚ですが優しい味わいになったと思います。

 

「リベロールさん! おはよー!」

 

「あれ? 一〇〇式(モモ)ちゃんもいるんだ?」

 

 病室の入り口から声がしました。G41ちゃんとSOPMODちゃんです。彼女らはリベロールさんの訓練によく付き合っています。心配になってお見舞いに来たのだと思います。

 

「G41さん…SOPMODさん…」

 

「あのね、リベロールさん。オルゴールとか本とか持って来たから!」

 

「うん! 早く元気になってね!」

 

 戸惑うリベロールさんにG41ちゃんとSOPちゃんが言います。その様子を見て、一〇〇式はほっとしました。リベロールさんは一人じゃありません。私達は、仲間です。

 

「はい…! 元気出して・・・みせます・・・」

 

 リベロールさんはそう言って微笑みました。ほんの少しだけ、彼女の悲しさが癒されたのかもしれません。そうであれば、一〇〇式は嬉しいです。

 

 この荒廃した世界で、私達は苦しみながら生きていきます。悲しさや切なさと戦いながら生きていきます。それが私達の宿命だと思うのです。

 でも、そんな中でも仲間たちとお互いを支えながら生きていこう。そう思います。苦しさも悲しさも切なさも、共に背負っていくなら、きっとそんなに辛くないはずです。私達はこの基地で生死を共にする仲間なのですから。だから、

 

「一〇〇式さん… また、美味しいご飯を作ってください。楽しみにしてますから…」

 

「はい! 一〇〇式に任せてください!」

 

 一〇〇式はリベロールさんの言葉に力強く頷きました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7:私達には明日がある

 一〇〇式はホクホク顔です。昨日見つけた破棄された倉庫の中に、乾パンの缶詰とかそれに付けるためのオレンジペーストが大量に見つかったからです。旧軍の物資集積場所だったのでしょう。

 

 とはいえ、他のみんなは渋い顔をしていました。正直、乾パンはあんまり美味しい物ではない、とみんな思っているからです。FALさんやFive-sevenさんなどは、別の基地かどこかの慈善団体に寄付でもすればいい、とまで言っています。

 二人の気持ちは分かります。普通に食べる乾パンはあんまり美味しいものではないからです。それにこの基地では指揮官が頑張ってくれるおかげで、美味しいご飯がたくさん食べられるので、手に入りやすいですがあまり美味しくない乾パンに魅力を感じない、ということもあると思います。

 

 でも、これから作る料理を食べれば、二人とも手の平を返すことになると思います。普通なら美味しくないものをいかにして唸らせるような美味しいものに変えるか。料理の醍醐味はそこにあります。

 

 というわけで、一〇〇式は材料を用意します。基本の材料である乾パンは一〇〇式の好きなようにしていい、と指揮官及びFALさんから許可を得ています。後は、シナモンパウダーと豆乳を用意します。本当はパルメザンチーズでも用意できればいいのですが、いまやチーズは高級品なのでおいそれとは使えません。なので、入手が簡単な豆乳を使ってチーズを作るのです。

 

「やっぱり、一〇〇式(モモ)が料理しているのね」

 

 ふと、背後から声が聞こえました。M4A1さんです。

 

「はい。この前いっぱい見つけた乾パン、みんな渋い顔するから美味しい料理にしたいな、って思って」

 

「そう。一〇〇式(モモ)のことなら安心ね」

 

 一〇〇式の言葉にM4さんはにこりと笑って言いました。M4さんは無条件で一〇〇式を信頼してくれているみたいです。嬉しいです。

 

「じゃあ、私にもその料理も教えて? 手伝えることがあるならやるから」

 

「はい、M4さん」

 

 M4さんの言葉に一〇〇式は頷きます。今から作る料理は簡単なので初心者のM4さんも楽に作れると思います。

 

「じゃあ、まず豆乳でチーズを作りましょう」

 

「え…? 豆乳でチーズって作れるものなの?」

 

 一〇〇式の言葉に、M4さんが不思議そうに言います。一〇〇式は少し笑ってしまいました。そういえば、G41ちゃんに教えた時も同じように驚いていたからです。

 不思議かもしれませんが、豆乳と牛乳の成分はかなり似ています。チーズが作れてもおかしくはないです。

 

「はい。では、まず豆乳を煮てみてください」

 

「うん…」

 

 一〇〇式の言葉に、M4さんは半信半疑で豆乳を入れた雪平鍋を焦げ付いたりしないように、中火から弱火で火にかけます。そして、沸騰寸前までしばらく待ちます。

 

「沸騰してきたわよ、一〇〇式(モモ)

 

「はい。そこで塩とレモン汁を入れてください」

 

 一〇〇式の指示に従って、M4さんは塩と濃縮還元レモンエキスを入れ、そしてよく混ぜます。後は火を止めて、鍋を布巾の上に移してしばらく待ちます。すると、豆乳が固まり始めているのに気がつきます。

 

「それで、ざるにキッチンペーパーをしいて、そこにそれを注いでください」

 

「わかったわ」

 

 一〇〇式の言葉に、M4さんは素直に従ってくれます。後は、それを冷蔵庫に入れてしばらく待ちます。その間、M4さんと雑談をしていました。

 

「シナモンか… 懐かしいな…」

 

 M4さんが机の上のシナモンパウダーを見て言いました。どういう意味なのでしょうか?

 

「シナモンがどうしたんですか?」

 

「うん。…あの時の私は、毎日m45の焼いたシナモンロールばかり食べていたから…」

 

 一〇〇式の言葉に、M4さんはなんだか自嘲気味に言います。

 

「あの頃の私はAR-15を失ったと思ったばかりで…心に余裕がなくて、酷い暴言ばかり吐いてたわね…」

 

 m45は一生懸命作ってくれていたのに、とM4さんは吐き捨てるように言いました。自分を責めている。そんな様子です。

 

「…m45さんの焼くパンは美味しいと思います」

 

「そうだと思う。でも、あの頃の私には砂を噛んだようにしか感じられなかった…」

 

 一〇〇式の言葉に、M4さんは言います。その言葉に、一〇〇式は頷きました。どんなご馳走でも、心が悲しみに沈んでいては何の味も感じられないと思います。その時のM4さんはまさにそんな心境だったのでしょう。

 

「もうあのm45に詫びる事もできない。…そう考えると、悲しいかな…」

 

 俯いて言うM4さんの言葉に、一〇〇式は目を伏せました。m45さんはコモンモデルの戦術人形で、グリフィンにもかなりの数のが配備されています。数が膨大であるため、同じ固体に再会することはかなり困難です。下手をすれば、戦場で亡くなっている可能性もあるのですから。

 

「…ならば、M4さん。これをお侘びと考えましょう」

 

「これを?」

 

「はい。食べても飽きないシナモン乾パン。これを作ることで、彼女へのお詫びと考えましょう」

 

 一〇〇式は首を傾げるM4さんにはっきり言います。あの時、砂のような味だったシナモンロール。それを今は美味しく、しかも飽きのこない味にして作る。これで、あのシナモンロールだった日々のけじめとして、同時にあの時m45さんへの贖罪と思うことにしようというのです。

 もちろん、それは別に贖罪でもなんでもない自己満足かもしれません。でも、そうした悲しみにはどこかで踏ん切りをつけなければいけません。かなり無理やりですが、このシナモン乾パンをそのきっかけにしたい、そう思います。

 

「…うん。そうね…」

 

 一〇〇式の言葉に、M4さんは笑ってくれました。彼女も悲しみを振り切ることを決意したのだと思います。それには考案したこの料理が上手く行かないといけません。絶対成功させる。一〇〇式は心に誓い、頭を回転させます。

 

 しばらくして、冷蔵庫の豆乳を見ると、クリームチーズのような状態になっていました。少し味見してみると、塩が利いていて美味しいです。

 

 後の手順は簡単です。大型の乾パンを卵液につけ、少しふやけさせた後、オレンジペーストを塗り、シナモンパウダーを振り、そこに豆乳チーズを乗せ、1~2分程度オーブントースターで焼けば完成です。

 

 オーブンから取り出したそれは、チーズが溶けてシナモントーストのようになっています。卵液で少しふやけさせているので、フレンチトーストみたいでもあります。

 一〇〇式とM4さんは早速それを試食してみます。もぐもぐと口に含むと、シナモンの風味とオレンジペーストの甘さ。それをチーズの塩味が引き立て、とても後を引く味に仕上がりました。これならば、FALさんやFive-sevenさんも文句は言わないでしょう。

 

「凄く美味しいわ…本当に…」

 

 M4さんは食べながら暖かな口調で言います。きっと、あの悲しかった頃のことを思い出しているのかもしれません。でも、今は指揮官の尽力でAR-15さんは無事です。きっとあの時とは違い、美味しい料理を堪能できていると思います。

 私達には明日があります。例え今日が絶望に沈んでいても、生きていれば明日はやってきて、そしてそれが希望に満ちている可能性はあるのです。

 もちろん、この破滅寸前の世界では明日もまた絶望に満ちた真っ黒なものである可能性もあります。でも、それでも、一〇〇式は明日に希望があると信じて生きていきます。指揮官と私達の努力は不可能を可能にし、絶望を希望にします。そう信じて、悲しみを断ち切って、一歩一歩歩んでいきます。それが私達の生きる道なのです。

 

「…また会えたら、これを作って食べてもらいたいな…」

 

「はい…! もっと美味しくして、食べて貰いましょう!」

 

 M4さんの言葉に、一〇〇式は同意します。そして、二人はこの料理をもっと美味しくするために案を出し合いました。フレンチトースト風にするとか、イタリアンピザ風にするとか、色々な案を出し合って試します。きっとそれをm45さんに食べて貰える、という未来を信じて。

 

 後日のことですが、その事を指揮官に話したところ、彼は情報網を駆使して、本当にあの時のm45さんの居場所を突き止め、そしてまた会えるように計らってくれたのです。彼女は奇跡的に戦火を生き延び、今はこの国の民間で働いていたのです。

 奇跡は起きます。そして、私達の指揮官は奇跡を起こせる人です。一〇〇式の胸は感激で一杯です。彼女に会える日が本当に楽しみです。心からそう思いました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8:絶望を越えて

 ビシッ!バキッ!ドカッ!

 ヤバいです。大ピンチです。敵に囲まれてボコボコにされてます。

 

 もちろん、一〇〇式のことではないです。指揮官はそんな不味い用兵をしません。今ボコボコにされているのは、ゲーム内で一〇〇式が使っているキャラクターです。

 

「危ない、隊長!」

 

 そう言って、Am RFBちゃんの操作するキャラが突撃してきます。彼女は巧みな操作で周囲の敵を払いのけ、一〇〇式のキャラを救助してくれたのでした。

 

「ご、ごめんね、RFBちゃん」

 

「いいって。それより、回復魔法かけるから、動かないでね?」

 

 そう言って、RFBちゃんのキャラは近づいて来て回復魔法をかけて、一〇〇式のキャラのHPを回復させてくれます。さっきから、ずっとRFBちゃんにフォローされっぱなしです。なんだかとても情けないです。

 

 RFBちゃんはFALさんが抜けた穴を埋める一〇〇式隊に配備されたメンバーです。戦場においても、FALさんとは別方向で隊の穴を埋めてくれる優秀な戦術人形で、特にFive-Sevenさんとの連携はかなり強力です。一〇〇式とも相性は良く、64式さんと共に優秀な戦果を上げてくれています。

 そんな彼女ですが、ゲームマニアであるため電力を使いすぎる傾向があります。それに関してはFALさんはおろか、人形には非常に甘い指揮官からさえ叱責の声が上がるほどです。

 特に一度バッテリーの盗電が発覚した時は、指揮官とFALさんが一致して解体処分しようとした程でした。

 

 一〇〇式はそれを庇いました。優秀な戦果を上げてくれていますし、ゲームにのめり込むのも彼女なりに理由があるからだと思ったからです。もちろん、盗電は許されることではないですが、その償いはこれからの戦果で行います、と約束しました。二人とも、一〇〇式(モモ)が罪を預かるというのなら、と許してくれました。

 以来、RFBちゃんは指揮官から貰った、旧式ですが消費電力の少ないゲーム機で遊んでいます。ただ、多人数プレイのできるゲームをよくしていて、一〇〇式を誘うことが多くなりました。

 

 以来、今このようなことが多く起こっているわけです。

 別に一〇〇式はこういうことが嫌ではないです。ゲームは好きですし、RFBちゃんと遊ぶのも楽しいからです。

 でも、一〇〇式は不器用で、ゲームをしているとよくピンチになります。上手なRFBちゃんはそれを助けてくれるのですが、なんだか足を引っ張ってばかりで申し訳ないです。

 

「うーん、隊長とプレイするのは楽しいなぁ」

 

 でも、RFBちゃんは笑顔でそう言います。その表情は本当に楽しそうで、言葉に嘘偽りはないと見えます。どうしてなのかは一〇〇式にはわかりません。

 

「でも、さっきから足を引っ張ってばかりで…」

 

「ううん。そういう方が、私TUEEEEEEE! みたいな感じでプレイできるし!」

 

 それに、と何だか俯き加減になって、RFBちゃんは言います。

 

「隊長にはリアルで迷惑かけてるし… 申し訳ないな、と思ってるよ…」

 

「迷惑とかそんなことないよ」

 

 RFBちゃんの言葉に、一〇〇式は首を横に振って言います。確かに、RFBちゃんのために指揮官に物申すことになりましたが、それに関して後悔もしてないですし、迷惑だとか思うこともありません。全て、一〇〇式の責任と信念の下にそうしたからです。

 

「…だから、隊長にだけは言いたいんだ」

 

 そう前置きして、RFBちゃんは語り始めました。彼女がゲームに没頭する理由を。

 

「この世界はゲームーオーバー寸前だと思うのよ。そんな世界で生きるのが嫌なんだ…」

 

 自嘲的に嗤って、RFBちゃんは言います。彼女はこの世界に絶望し、目を背けようとしているのです。

 その気持ちは、一〇〇式にもわかります。この世界は悪意と悲しみに満ちていて、それが改善される様子はありません。偉大な力を持つ指揮官でさえも、そこに一石を投じるのが限界なのです。

 そんな滅び行く世界が私たちの生きる場所なのです。

 

「…それでも、私は、一〇〇式は明日を信じて生きていくよ」

 

 一〇〇式はそう言い切ります。RFBちゃんの目を真っすぐに捉えて言います。

 

「絶望の中に生きていたら悲しすぎるから…それを覆すことができる、と信じて生きていきたいんだ…」

 

 一〇〇式は懐の小太刀を握りしめて言います。亡き友の残した希望の欠片を握りしめて言います。私達のできることはきっと、絶望を越えて一歩ずつでも前に進んでいくことだけだ、と思うのです。そう信じて生きていく外、今の私にはないのです。

 

「…隊長は勇者だね。…そういうの好きかな」

 

 RFBちゃんはそう言って一〇〇式に抱き着きます。一〇〇式も彼女を抱き返します。私達はそうやって支えあって絶望の未来を乗り越えていきます。

 

「さて、隊長。ニューステージだよ。ノーコンテニューでクリアーしようね?」

 

「うん。頑張るよ」

 

「その意気やよし! 背中は任せてね!」

 

 そんな言葉と笑顔を交わして、一〇〇式とRFBちゃんは新しい戦場に身を投じました。どんくさい一〇〇式はRFBちゃんにフォローしてもらうこと多数でしたが、それでも頑張って生き延び、ノーコンテニューでステージをクリアーできました。RFBちゃんとハイタッチを交わします。その綺麗な笑顔を、一〇〇式は眩しく思いました。絶望の淵に沈んでいる様子は伺えませんでした。

 

 誰も絶望の中で生きていたいと思うことなんてありません。誰もみんな彷徨いながら希望を探しているのです。RFBちゃんもそうですし、一〇〇式だってそうです。FALさんや指揮官だってそうなのです。だから、私達は手を取り合って生きていくのです。行く先の見えない闇の中でもそうすれば、怖いことはないです。だから…

 

「隊長! ナイスプレイ! 助かったよ!」

 

「うん! クリアーまで気を引き締めていこう!」

 

 私達は一緒に戦い続けていくのです。この世界に残された希望を探しながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9:私達だってたまには仕返しをしてもいいと思います

 月の頭の週の最終日がやってきました。一〇〇式は台所へと歩いていきます。指揮官にご飯を作ってあげるためです。

 この時期、指揮官は概ねお金を使い果たし、ご飯が凄まじく貧しいことになります。酷い時には一日水と塩水と砂糖水しか飲んでない、という時もあります。

 指揮官がお金に困っているのは借金のせいで給料の半額が天引きされている、というのもありますが、それ以上に金銭の管理がだらしないのも問題です。FALさんの言うには、軍時代は仕事一筋で自身のお金には無頓着だったから、だそうです。

 困った指揮官です。一〇〇式はため息をつきながらも、つい微笑んでしまいます。指揮官が考えなしにお金を使うのは概ね私達を喜ばせるためだからです。それにだらしない面がないと、一〇〇式としてはお世話できないので寂しい、というのもありますし。

 

 ふと、台所に着くと先客の姿がありました。あれは先週着隊したばかりの戦術人形、USAS-12ちゃんです。

 彼女は昨日早々と副官に任命されました。ヴィーフリちゃんもそうでしたが、着隊早々副官、というのはかなり珍しいケースです。余程指揮官の好みだったのかもしれません。

 …本当に困った指揮官です。ちょっと、腹が立ちました。

 

「あ、一〇〇式さん」

 

 USAS-12ちゃんが一〇〇式に気が付いて声をかけてきました。彼女に副官業務を教えたのは一〇〇式です。なので、すっかり仲良しです。

 

「どうしたの? USAS-12ちゃん」

 

「指揮官があまりにもひもじそうなので…カップ麺というものがあるかどうか探しに来たのですが…」

 

 USAS-12ちゃんの言葉を聞いて、一〇〇式はくすっと笑ってしまいました。私と同じ考えだったからです。きっと、彼女が副官をしていた時、指揮官は砂糖水だけ飲んで頑張っていたのでしょう。

 

「もー、バカにしないでください」

 

「バカになんてしてないよ。じゃあ、一緒に餃子でも作ろうか?」

 

「ぎょ、ギョウザですか!? …もっ、もちろん知ってますよ! こういうの得意なんですから!!」

 

 一〇〇式の言葉に、USAS-12ちゃんは取り繕ったように言って、すぐに通信モジュールを開いてライブラリーにアクセスしました。ギョウザのレシピはすぐにダウンロードできたようです。

 

「じゃあ、まずは皮から作ろうか」

 

「はい。では、始めましょう!」

 

 というわけで、二人はボウルに小麦粉と塩水を入れます。そして、それをこねていきます。そうしていく内に、粉だった小麦粉は塊になっていき、やがて皮の生地になります。

 

「そういえば一〇〇式さん。指揮官ってばひどいんですよ! 私をからかってばかりで!」

 

 生地を捏ねながら、USAS-12ちゃんが話しかけてきます。内容は案の定指揮官への文句です。指揮官は戦術人形をからかったり、セクハラを働いたりするのでよく文句を言われます。最も本気で指揮官を嫌っている戦術人形は居らず、USAS-12ちゃんもそんな感じだったので一〇〇式は安心して彼女の愚痴に付き合います。

 

「軍時代のことを聞いたら、最初の訓練はハワイアンの砂浜で寝転がって、ブルーハワイを飲むことだったって…そんな訓練あるはずないですよ!」

 

「…え~と、それは多分本当だと思う…」

 

 USAS-12ちゃんの言葉を聞いて、一〇〇式は視線を少し逸らしながら言います。一〇〇式もその話を聞いた時は、からかわれている、と思ったのです。でも、FALさんの曰く本当のことらしいです。

 

 軍の情報員は行動を偽装するために敢えて任務に全然関係ないことをしつつ、仕事を進めるという訓練を受けるのだそうです。指揮官は浜辺で寝そべって、ブルーハワイを飲むふりをしながらINFにダイブして、反政府企業を一つ潰したのだそうです。

 

「…えーと、それ訓練なんですか?」

 

「うん…そうなんだって…」

 

 USAS-12ちゃんが眉根を寄せつつ、非常に疑わし気な様子で尋ねてきますが、指揮官の曰くあそこじゃ企業の一つや二つ潰すなんてのは、訓練がてらやるようなことだそうです。とんでもない話だと思いますが、指揮官がその手のことで嘘を言うとは思えないので、本当だと思います。…つくづく、この国の軍の情報部というところは恐ろしいところだと思います。

 

 生地ができたところでそれを冷蔵庫に入れてしばらく寝かせます。

 その間、USAS-12ちゃんと更に話をしていました。

 

「そういえば、USAS-12ちゃんはセクハラをされなかった?」

 

「せ、セクハラですか!?」

 

 一〇〇式の言葉に、USAS-12ちゃんは顔を赤くして言いました。…やっぱりセクハラされていたみたいです。

 

「お胸やお尻を撫でられたり…人間が好意を示す時の方法だって言われて…」

 

 USAS-12ちゃんの言葉を聞いて、一〇〇式は呆れて言葉を失いました。指揮官の言うことは嘘ではありません。嘘ではありませんが…

 

「…それ、セクハラだから」

 

「えええええ!? そ、そうだったんですね! も、もちろん知ってましたよ! 許せません、指揮官!」

 

 一〇〇式の言葉に、USAS-12ちゃんはやはり取り繕うように言って、拳を握り締めて怒りを露にします。一〇〇式も少々頭にきました。これは指揮官にお仕置きするしかありません。

 お仕置きの方法ですが、いい手を思いつきました。指揮官に危害を加えることなく仕返しするのです。たまにはこういうことも許されてもいいと思います。

 

 ニヤニヤする一〇〇式は不思議そうな顔をしているUSAS-12ちゃんを尻目に生地を取り出します。本来なら一晩ぐらい寝かせたほうがおいしいですが、一時間程度でも作れなくはありません。

 

 次に机の上にラップを引いて、その上に薄く小麦粉を撒きます。そして、小さく千切った生地を乗せて、麺棒で伸ばしていきます。しばらくすると、沢山の皮ができました

 

「次に餡を作ろう」

 

「はい!」

 

 次に餡を作ります。まず、キャベツと玉ねぎをみじん切りにし、ニンニクをすり下ろします。そして、ボウルに鶏の挽肉とそれらを入れて、更に胡麻油を大匙一杯に味覇を小さじ一杯にオイスターソースを少量入れて、よく混ぜます。

 

 それらがよく混ざったところで、いよいよ餃子を作っていきます。皮の端にぐるりと水をつけ、餡を真ん中に盛って、半分に折ってひだをつけていきます。それを繰り返して、5つずつの餃子を作りました。

 

「あとは焼くだけですね!」

 

「ううん。焼かずに水餃子にするの」

 

「え!? でも、マニュアルだと確か…」

 

「大丈夫。別のマニュアルの料理と組み合わせるだけだから」

 

 そう言って、一〇〇式は鍋に水と鶏がらスープの素を入れて火にかけます。そして、お湯が沸く間に溶き卵と水溶き片栗粉をそれぞれ別の容器に作っておきます。

 お湯が沸騰してきたらそこに餃子を投入します。そして、火が通るまでグラグラ煮ます。そうすると、だんだんと皮に透明感が出てきます。

 皮が薄ら透き通ったところで、箸でかき混ぜてのの字に渦を作ります。そこに水溶き片栗粉と卵液を加えていきます。卵液はかき混ぜながら3回に分けてちょろちょろと入れていきます。

 そして、ふんわりと卵が浮いたら火を止めます。そして、最後に胡麻油と塩コショウで味を調えたら、一〇〇式特製、親子スープ餃子の完成です!

 

「…マニュアルを二つ組み合わせるだけで、意外な料理になるものなんですね」

 

 USAS-12ちゃんが感心して言いました。一〇〇式のこうしたアレンジメニューは実は指揮官の作戦に通じている部分もあります。

 指揮官のやることなすことは一見突飛で型破りのように思う場合もありますが、実はセオリーを重視した手堅い行動や作戦がほとんどです。一〇〇式のアレンジメニューもほとんどがそうです。戦術人形は指揮官に似る、というのはあながち嘘ではないのかもしれません。

 

 でも、今回は一〇〇式はセオリーを無視したことを仕込んでいます。それが指揮官へのささやかな仕返しなのです。

 実は餃子の中に一つだけ、ラー油で味付けした辛いものがあります。もちろん、全体のバランスを崩さない程度のものですが、それでも結構な辛さにしています。文句を言われたら、サプライズのつもりでした、とさらっと言い逃れるつもりです。これで完璧です。

 

 というわけで、一〇〇式はUSAS-12ちゃんと一緒に指揮官室に行きました。机に突っ伏していた指揮官は料理の匂いを嗅いでがばっと起き上がりました。…指揮官、いじましいです。

 

「おお! 一〇〇式(モモ)、それにUSAS-12! 昼飯を持ってきてくれたのか!?」

 

「はい。でも、指揮官。空腹だからと言って、品の良さを失ってはいけませんよ」

 

「おお、そうだな。では、頂くよ?」

 

「はい、指揮官。ゆっくり召し上がってください」

 

 一〇〇式はそう言って、指揮官の前に料理の乗ったお盆を置きます。指揮官は両手を合わせていただきますをして、お箸を手に取り、下品にならない程度の速さで料理を平らげていきます。

 

「嗚呼…優しい風味だな…鶏肉の餃子と卵スープがマッチして…本当に美味しい…」

 

 指揮官がしみじみとスープ餃子を味わって言います。鳥のつくね汁のような優しい味わいに作ったつもりなので、指揮官の反応は予想通りでした。そして、そこに辛口の餃子が襲い掛かるのです。一〇〇式とUSAS-12ちゃんは指揮官が驚くのを今か今かと興味津々な様子で待っています。

 

「…うっ!」

 

 指揮官が突然呻きました。辛口餃子を食べたのです。やりました! 驚いてくれました! 作戦は成功です!

 

「…美味い!」

 

 ですが、指揮官の反応は一〇〇式達の予想とは大きく異なりました。

 

「うん、これはいいなぁ! 全部が辛いと風味が台無しだが…これはいいサプライズだったよ!」

 

 そう言って、指揮官は私達をとっても褒めてくれて、嬉しそうに餃子を更に食べて完食しました。

 

「いやぁ、美味かった。二人は俺の天使だな」

 

 指揮官からとっても褒めて貰って、二人は顔を見合わせて、やがて微笑み合いました。予想とは違いましたが、驚いてはくれましたし、それに大いに褒めて貰えたので嬉しいです。というわけで、私達は満足することにしました。

 

「はい、指揮官! 今後もワタシが最善のサポートをしますよ!」

 

「ああ、よろしくなUSAS-12! 一〇〇式(モモ)も引き続き頼むな?」

 

「はい、指揮官」

 

 こうして、一〇〇式達のささやかな仕返しは失敗に終わりました。でもまあ、指揮官が喜んでくれましたし、満足して貰えたので一〇〇式は嬉しい気持ちでいっぱいになりました。指揮官は困った人です。でも、やっぱり一〇〇式は指揮官が大好きで、彼が喜んでくれると嬉しいのでした。

 

 ですが、後日FALさんに聞いたところ指揮官は辛いものがあまり得意ではないらしく、きっとやせ我慢していたのではないか、と言いました。指揮官のことに一番詳しいFALさんが言うのだから、間違いないです。指揮官は一〇〇式達に仕返しに負けないように、と我慢して平静な様子を取り繕ってたのです。

 それを聞いた一〇〇式は思わず笑ってしまいました。指揮官はとっても子供っぽいです。でも、そんな指揮官がとても可愛く思えて、とっても大好きだ、と思ったのでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10:将の見る風景

一〇〇式(モモ)!!」

 

 RFBちゃんに抱えられて基地に帰ってきた一〇〇式を迎えたのは、血相を変えて走ってきたFALさんでした。いつもの冷静な彼女に似合わない取り乱した様子です。

 

「よかった…無事で、よかった…」

 

 そう言って、FALさんは一〇〇式を抱き締めてくれます。心配をかけてごめんなさい、FALさん。

 

 今回、一〇〇式隊は他の基地の部隊の救助任務に参加しました。ただ、敵があまりにも手強く一〇〇式隊の力では対抗しきれませんでした。なので、一〇〇式は千鳥ちゃんの力をフルパワーで使って勝ちました。その力は圧倒的で敵を瞬く間に蹴散らして、一〇〇式は見事に任務を達成しました。

 ただ、反動で全てのダミードールを失い、自身の身体もボロボロになりました。メインフレームがガタガタになったので、もはやまともに立つことさえできません。恐らく、義体の総取り換えが必要になると思います。

 

一〇〇式(モモ)、よくやってくれた。お陰でみんな無事だった』

 

 通信モジュールを通じて指揮官が褒めてくれます。身体中痛いですが、それでも一〇〇式は嬉しいです。この場合のみんなとは、要救の別の基地の人形もそうですが、一〇〇式隊のメンバーも含まれてます。RFBちゃんとZasさんこそ無傷ですが、TMPちゃんやFive-sevenさんは少なからぬ手傷を負っています。千鳥ちゃんの力を使わなければ、全員の生還さえ厳しい状況でした。

 最も、後で聞いた話ですがすぐそこにまでG41隊とM590隊が救援に迫っていたそうです。なので、そこまで無理をする必要はなかったらしいです。指揮官からもそう示唆されたような気がします。でも、あの時の一〇〇式は必死で、そこまで気が回りませんでした。

 

「でも、一〇〇式(モモ)は少し反省! 前々から冷静に判断しなさいって言ってるでしょ!?」

 

 案の定落ち着きを取り戻したFALさんから怒られました。ごめんなさい、FALさん。でも、一〇〇式は申し訳ないと思うものの、嫌な気はしないです。FALさんはあくまでも一〇〇式のために怒ってくれているのですから。

 

「ちょっと、FALさん! そんな言い方ないでしょ!? 隊長、頑張ったのに!!」

 

「FAL、それに指揮官も、私達は援軍の存在を知らされてませんわ。隊長は与えられた情報の中で最善を尽くした、と考えます」

 

 一〇〇式を抱えるRFBちゃんとZasさんがFALさんに反論します。それに関して、一〇〇式は何も言えません。Five-sevenさんも黙ったままです。確かに情報は与えられていませんでしたが、指揮官が危機に陥っている一〇〇式達を放置しておくはずがありません。必ず手を打ってくれるはずです。もう少しそこに考えが至っていれば、こんな無茶はせずに済んだでしょう。そういう意味では、FALさんの叱責は正しいです。もう少し冷静に考えるべきでした。

 

『すまないな、一〇〇式(モモ)。それにみんな。もう少し俺が早く通達しておけばよかった。全て俺の責任だ。次からは気を付ける』

 

 そう言って指揮官が謝ってくれたので場が収まりました。でも、指揮官の判断は間違っていません。敵の戦力は強大で、特にジャッジさんが混ざっていたので、奇襲でなくてはG41隊でも危険でした。下手に一〇〇式達に通達して奇襲がバレてはG41ちゃん達が危険に晒されます。でも、指揮官は謝ることで場を収めてくれたのです。指揮官は大人だ、と思いました。みんなもそれが分かっているので、それ以上揉めることはありませんでした。

 

 というわけで、一〇〇式は整備班に送られて義体の取り換えを受けることになりました。幸い、一〇〇式は最近桜花として量産され始めたので義体の替えは容易に入手できたそうです。電脳の入れ替えはすぐ終わりますし、転換訓練等も必要ないのですぐに治ります。

 

 とはいえ、重傷患者扱いなので換装後は医務室です。隣のベッドを見ますが、リベロールさんはいません。訓練に出かけているみたいです。リベロールさんが元気そうで、一〇〇式は少し嬉しいです。でも、一人で寝ているのは少し寂しいです。

 

一〇〇式(モモ)

 

 そう思っていたら、FALさんがお見舞いに来てくれました。嬉しいです。

 

「FALさん…」

 

一〇〇式(モモ)、さっきはごめん。取り乱して。でも…」

 

「いえ、FALさんの言うことの方が正しいですから」

 

 謝るFALさんに一〇〇式は言いました。FALさんの言うようにもっと冷静で広い視野を持つようにしないといけません。G41ちゃんはそれができつつあるのに、一〇〇式はまだまだ未熟です。

 

「…一〇〇式(モモ)、明日には復帰できるわね?」

 

「はい、FALさん」

 

 FALさんの言葉に一〇〇式は頷きます。義体の交換も終わってますし、今からでも復帰できるぐらいです。

 

「なら、少し付き合ってくれる? 一〇〇式(モモ)に見せたいものがあるから」

 

「はい」

 

 FALさんの言葉に一〇〇式は頷きます。FALさんが見せたいものとは何なのでしょうか。とても気になりますが、今は聞きません。百聞は一見に如かずというからです。明日になればわかる。そう思いながら、一〇〇式は部屋を後にするFALさんを見送りました。

 

 そして、次の日です。一〇〇式は150km/hの速度でぶっ飛ばすバイクのタンデムシートの上です。物凄い風と衝撃です。運転しているのはもちろんFALさんです。

 

 今日、一〇〇式達は別の部隊への救援任務に就いています。前の任務と同じような感じです。違うのは、一〇〇式もFALさんも自分の部隊はおろかダミードールすら引き連れてきていない、というところです。本当に身一つなのです。

 

 FALさんがバイクのハンドルについているスイッチを押しました。バイクの前輪の両脇に装備されている磁気グレネードランチャーから榴弾が吐き出されます。それは前方で派手に爆発しました。

 一〇〇式は気が気ではありません。たしか、前方には敵がいたはずです。そして、敵を捕捉していていない状況で榴弾を撃つなんて、敵に居場所を教えているだけにすぎません、自殺行為に思えました。

 

 一〇〇式は丘の下を見ます。案の定、敵は大群でこちらの押し寄せてきています。今ここにいるのはFALさんと一〇〇式だけです。万事休すです。千鳥ちゃんの力を使わなければ生きて帰ることはできません。一〇〇式は懐から小太刀を取り出して銃に取り付けようとします。でも、それはFALさんにやんわりと止められました。

 

「大丈夫よ、一〇〇式(モモ)。一度だけだから、見てなさい」

 

 そう言って、FALさんはバイクで丘を駆け下りていきます。敵に突っ込むつもりです。一〇〇式は息を呑みました。

 すると、次の瞬間敵が真っ二つに割れました。そして、正面から突っ込んでくる一〇〇式達を無視して、左右に分かれていきます。

 

『敵発見! 殲滅します!!』

 

『皆、ついて来てください』

 

 G41ちゃんとM590さんの声が聞こえました。両隊が奇襲を成功させたのです。そう、一〇〇式とFALさんは囮だったのです。

 

『というわけで、引き付けには成功したから。さっさと撤退しなさい』

 

『…ふん。礼は言わないんだから!』

 

 FALさんの通信にWA2000さんが答えます。彼女は今回の任務の要救です。この様子なら無事逃げ切れるでしょう。作戦は成功です。

 流石、FALさん。一〇〇式は鮮やかな手並みに感心します。しかも、後から聞いた話ではトンプソンさんやAUGさん達も後詰めに用意していたそうです。隙の無い完璧な作戦です。

 

一〇〇式(モモ)、今から見る風景をよく見ておきなさい。これが将の見る風景よ」

 

 そう言ってFALさんはバイクで敵陣の中を突っ切っていきます。一〇〇式は見ました。それは本当に凄い風景でした。

 敵が押し寄せてきます。でも、それらは全部一〇〇式達を相手している余裕はなくて、両脇から寄せてくるG41隊とM590隊、更にその後方から現れたトンプソンさん達やAUGさん達に押し込まれていきます。まるで戦場の全てが手に取るかのよう。敵が敵にして敵にあらず。そんな風景でした。これが戦場を支配する将の見る風景。一〇〇式はきっと、生涯この風景を忘れることはないでしょう。

 

 敵を突っ切って、しばらくして任務は終わりました。G41隊とM590隊はほとんど損傷なしに敵の殲滅を終えました。任務は無事成功したのです。そうするとお腹が空いてきました。何か食べよう、ということになって一〇〇式はバイクの横に取り付けられたバッグからチキンラーメンとシェラカップを二つずつ。そして、その他の食材とポケットストーブ、そして固形燃料を取り出しました。

 シェラカップに水を注ぎ、それが沸騰するのを待ちます。しばらくして、チキンラーメンを入れて麺をほぐしたのち、トマトジュースを入れてパルメザンチーズをたっぷり振ります。そして、再びお湯が沸いたところでベーコンを乗せて、チキントマトラーメンが完成します。

 

「はい、FALさん」

 

「ありがと、一〇〇式(モモ)

 

 一〇〇式からシェラカップを受け取ったFALさんが、折り畳みフォークを使ってラーメンを食べます。そして、一口目を飲み込んでから言いました。

 

「とっても美味しいわ。流石、一〇〇式(モモ)ね」

 

「お粗末様です、FALさん」

 

 感心するFALさんに一〇〇式は自分の分を作りながら言います。よかった、気に入って貰えて。

 

 ラーメンを食べてから二人の間に沈黙の時間が流れます。でも、それは少しも気まずい時間などではありません。一〇〇式はFALさんの言葉を待ちます。FALさんは一〇〇式に伝えたいことがあるのです。だから、一〇〇式もFALさんを待ちます。この基地開設以来、私達は二人で幾多の困難を乗り越えてきました。二人の間には言葉など必要でない信頼関係があるのです。

 

一〇〇式(モモ)、最終的に私達が目指すのはあの風景。お互い研鑽を積んでいきましょう」

 

「はい。…私もFALさんみたいに上手くできるように努力します」

 

「…違うわ、一〇〇式(モモ)。今回のも全て指揮官のお膳立て。…私もまだまだなのよ」

 

 そう言ってFALさんは静かに語ります。

 

「私はね、昔戦果が欲しくて、色々無茶をやらかしたわ。貴女も聞いているでしょ?」

 

 FALさんの言葉に、一〇〇式は何も言えませんでした。FALさんはその昔、味方を犠牲にして戦果を挙げるようなことを繰り返していたそうです。今のFALさんからは想像もできない話です。でも、それは本当のことだ、とFive-sevenさんからも聞いています。

 

「そんな私にね、指揮官は教えてくれたのよ。将の見る風景をね」

 

 それまでに私のやっていたのは小悪党の所業。FALさんは自嘲的にそう言いました。

 

「あの日から私はあの人の後ろをついて歩いているの。彼と同じ風景を唯一見られる戦術人形としてね」

 

 そう言うFALさんの目は、遠い蒼穹の彼方を見ているように思えました。FALさんは過去でもない今でもないもっと大切なものを見て生きている。そう思いました。それこそが一〇〇式の目指すところだ、と思えました。

 

一〇〇式(モモ)、貴女は人類の希望になるかもしれない存在なの。だからこそ、あの風景を見て欲しかったのよ」

 

「はい、FALさん!」

 

 FALさんの言葉に一〇〇式は力強く頷きます。千鳥ちゃんから貰った希望の欠片。それを手にする一〇〇式はもっと精進せねばなりません。この力を正しく使えるように、もっと大局を見て判断できる。そんな人にならないといけない、と思いました。

 

 ただし、一〇〇式はこの時漠然とした憧れみたいな形でしか、FALさんの言うことを聞いていませんでした。

 それがどれほど過酷なことなのか。今の一〇〇式には理解できていませんでした…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11:私達はただ戦うだけの機械じゃありません

『んっん~、実に興味深いデータが採れたよ。一〇〇式君、上がってくれたまえ』

 

『は、はい』

 

 通信モジュールを通じて聞こえた西博士の声で、一〇〇式は訓練を切り上げました。今日、一〇〇式はなんと軍の戦略研究所の施設を用いて訓練しています。内容は基本的な戦闘プログラムでしたが、相手は軍用戦術人形の実機だったり、軍用多脚式戦車だったりしました。

 もちろん、普通に戦ったら絶対勝てないので千鳥ちゃんの力を使いました。というより、それが目的の訓練だったのでしょう。

 ちなみに、超加速を使いましたが一〇〇式の身体は全然ぴんぴんしています。この訓練用に軍の装甲外骨格を貸して貰えたからです。強靭な装甲外骨格があれば、超加速の反動にも耐えることができるのです。

 徹甲弾すら通さないほどの耐弾性に加え、手榴弾の爆発にさえびくともしない耐衝撃性を兼ね備える、騎士の鎧のような外観の外骨格は、物凄く軽く、関節部の装甲が細分化されているので全然動きを妨げず、むしろパワーアシスト機能やローラーダッシュやエアロモーターが搭載されていることから、着けている方が素早く動けるほどです。しかも、エアコン機能まであります。これ、譲って貰えないものなのでしょうか? 戦場が凄く快適かつ安全になるのですが…

 

 一〇〇式は名残惜しく思いながら外骨格を脱いで返却し、西博士の待つ研究室に帰りました。

 

「お帰り、一〇〇式君。訓練、ご苦労だったね」

 

「博士。そのだらしなく伸びた鼻の下を隠すことを提言します」

 

 一〇〇式を迎えてくれたのは、眼鏡をかけた痩せすぎずの男の人と、なんだか小学生ぐらいにしか見えない女の子でした。前者は西博士。後者は軍用戦術人形レーヴァティンモデルの一体です。

 西博士は指揮官の軍時代の同期で、戦略研究所の兵器開発部の部長をやっているそうです。今回は彼の要請で、この施設にやってきました。多分、新型ナノマシンを用いた軍用人形の参考にしようということなのでしょう。

 

 一〇〇式はあんまり気は進みませんでしたが、指揮官のお願いを聞くことにしました。

 千鳥ちゃんはこの国の政府の人のせいで人生を狂わされてしまいました。跳ね者は処分された、と指揮官は言いますが、軍もまた一応この国の政府の内です。彼らに千鳥ちゃんのデータを渡すのは、彼女の遺志を汚すことになるのではないのか。そう考えていました。

 

「んっん~、それは仕方のないことだ。一〇〇式君は素晴らしく可愛らしいのだからね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 嬉しそうに言う西博士に、一〇〇式は少しだけ笑ってお礼を言いました。なんだか指揮官みたいです。実際、彼は重度の人形愛好家で、特に一〇〇式とG41ちゃんのことが大好きみたいです。なんでも、私やG41ちゃんの出ているPVは全部集めているみたいですし、写真集は自分用、保存用、布教用×2とか買ってるみたいです。

 

「博士。彼女に失礼な真似をすると、少佐に怒られるので止めていただくよう進言します」

 

 傍らに立つ護衛用と思しきレーヴァティンちゃんが、表情も変えずに淡々とした口調で言います。ただ、どこか呆れたように聞こえるのは一〇〇式の気のせいではないと思います。

 この国の軍用戦術人形は情報を均一化することで個体差をほとんどなくしています。とはいえ、個性を完全に排除できるわけではなく、ある程度人間性は残されているらしいです。

 ちなみに、少佐とは指揮官のことです。軍人時代、彼は指揮する人形達にそう呼ばれていたらしいです。

 

 それにしても、と一〇〇式はまじまじとレーヴァティンちゃんをみます。

 栗色の髪をボブカットにした彼女は、とても可愛らしい少女に見えますが、それでも普段は外骨格とレーヴァティンパックを搭載しているので身体が小さいことを除けば勇ましい外見をしています。

 ところが、今この部屋にいるレーヴァティンちゃんはダッフルコートとマフラー、それに横に縦笛の付いた赤いランドセルを背負っています。挙句に、コートにはG41ちゃんのようなミミのついたフードや、TMPちゃんのような尻尾まで付いています。これは一体何を目的にした装備なのでしょうか?

 

「ふふん。これはだね、要人護衛用の簡易型レーヴァティンパックなのだよ」

 

 一〇〇式の視線に気が付いた西博士が得意げに言います。なんでも、通常の装備ではあまりに物々しいので、街を歩いていても違和感がないような外見にしたとのことです。こんなでも先ほどの外骨格の60%程度の性能はあるらしく、いずれは、民間用の外部装備として売り出す予定らしいです。現在特許申請中だとか。

 

「ふふふふ、一〇〇式君用なら黒がいいかなぁ。ランドセルは赤が映えるかなぁ…」

 

 西博士は一〇〇式を見ながら夢見心地で言います。なんだかよだれが垂れています。やばいです。本当に指揮官みたいです。まあ、セクハラされたりしているわけではないので害はないのですが…

 

「気味が悪いので帰ってきてください、博士」

 

 レーヴァティンちゃんはランドセルから取り出した巨大なハリセンで、西博士の頭をひっぱたきます。すぱーん! いい音がしました。こうしたことにもレーヴァティンちゃんは慣れているみたいです。

 

「おお。そういえば、一〇〇式君。もう一つお願いしたいことがあるのだが、聞いてもらえないかな?」

 

 現実に戻ってきた西博士は思い出したように言いました。なんでしょう? 一〇〇式にできることなら協力したいところですが。

 

「このレーヴァティンに料理を教えてくれないか?」

 

「…食料を必要としない我々にその知識は不要だと思うのですが?」

 

 西博士の提案にレーヴァティンちゃんは疑問を呈します。この国の軍用戦術人形には生体パーツが用いられていないため、食料が必要なく、食べるための機能も搭載していないのです。なのに、どうして西博士はそんなことを一〇〇式に依頼したのでしょう。

 

「兵站任務というものも存在するのだ。それに天野の奴は料理ができる娘が好みらしいぞ」

 

「…仕方ありません。一〇〇式さん、ご教授願います」

 

 西博士の言葉に、レーヴァティンちゃんはそう言って一〇〇式にお辞儀をして言います。一〇〇式は思わず微笑んでしまいました。彼女もまた指揮官のことが大好きなのです。

 

「はい。一〇〇式、要請を受諾します」

 

 一〇〇式は快く西博士の要請を受諾しました。レーヴァティンちゃんに親近感が湧いたのです。立場こそ違えど、私達はあの指揮官を慕う戦術人形なのですから。

 

 というわけで、一〇〇式はレーヴァティンちゃんと一緒に野外訓練場に行きました。野戦用の炊事装備を使って料理をするのです。炊事装備はかなり大きく、火力には問題なさそうです。高さも調整できるので、背の低いレーヴァティンちゃんでも使えます。食料も潤沢にあります。流石、軍の設備です。これなら理想の水団を作れそうです。

 

「じゃあ、レーヴァティンちゃんは玉ねぎをせん切りにして」

 

「はい」

 

 一〇〇式とレーヴァティンちゃんは手分けして料理を進めていきます。ナイフの使い方なんかは問題なく、少しして見せればレーヴァティンちゃんはすぐに学習してくれます。流石、軍用戦術人形だけはあります。

 

 まず人参とニンニクをみじん切りにして、玉ねぎをせん切りにします。そして、ベーコンを2cmの角切りにします。続いて、ボウルに小麦粉と少量の塩、そして水を加えてこねていきます。そして、耳たぶぐらいの固さの生地ができたら、直径3cmぐらいに千切って、楕円形に形を整えます。それらをたくさん作ったら下ごしらえは完成です。

 

 そして、大型のコンロに集団給食用の超大型中華鍋にオリーブオイルを引いてまずニンニクを炒めます。続いて玉ねぎ、にんじんを炒めます。それらが十分に炒められたところで、大量のトマト水煮缶を鍋に投入して煮込んでいきます。そして、トマトが煮崩れたら水を加えて塩で味を調え、乾燥バジルを加えます。

 その間に、レーヴァティンちゃんには隣のコンロで大きな鍋にお湯を沸かしてもらいます。そして、楕円形の水団を茹でていきます。それらが十分ゆだって、浮き上がって一分ほどしたら隣の大型のボウルに張っている冷水に取っていきます。

 それをざるにとって水気を切ったのち、ベーコンと共に中華鍋に加えて加熱し、湧いてきたら、火を弱めて少しの間煮込みます。これで一〇〇式特製トマト水団の完成です。

 

 ほんの少しだけ皿にとって味を見ます。トマトの酸味と甘さが水団に絡んで、とても美味しいです。これなら集団給食も可能ですし、作り方も簡単です。栄養価も高く、理想的な野戦食と言えると思います。

 

「なるほど。確かに理想的ですね。こんなものをすぐに考案できるなんて、一〇〇式さんは凄いですね」

 

 レーヴァティンちゃんが感心して言います。とはいえ、これは普段から材料があればこういうものを作りたい、とイメージしているからできたことです。別に凄いことではないです。とはいえ、レーヴァティンちゃんに褒めて貰えたのは嬉しいですが。

 

「でも、私は自分で作った料理の味が分かりません…」

 

 レーヴァティンちゃんが淡々と、でも寂しそうに言います。彼女は物を食べる機能がないので味が分からないのです。それは悲しいことだ、と思えました。

 

「レーヴァティンちゃん。通信回線を開いて」

 

「? はい」

 

 一〇〇式の言葉に、レーヴァティンちゃんは不思議そうな様子で、でも言うことを聞いて通信回線を開いてくれます。

 一〇〇式は小太刀を懐から取り出しました。千鳥ちゃん。力を貸して。

 ナノマシンを制御し、半径1mに量子通信フィールドを形成。これで一〇〇式とレーヴァティンちゃんの感覚が共有されたはずです。

 

 一〇〇式は水団を椀に取り、じっくりと味わって食べます。レーヴァティンちゃんから驚きの感情が伝わってきます。きっと、彼女は初めて味というものを経験したのでしょう。一〇〇式はなんだか嬉しいです。

 

「これが味…とても心地のいいものです…」

 

 レーヴァティンちゃんは感慨深そうにそう言ってくれました。彼女に少しだけでもいいことを伝えられたのは嬉しいことだ、と思いました。

 

 私達は確かに戦うために作られた機械人形です。でも、そんな私達にも心はあります。戦いの日々の中でささやかな喜びや楽しみを感じて、それを生き甲斐にする。そんなことが許されてもいいと思います。

 

「おっ! 本当に一〇〇式ちゃんとレヴァが料理しているぞ!」

 

「マジか! 軍民のアイドルのコラボかよ!?」

 

 ふと、声が聞こえました。若い軍人さん達のようです。西博士が手配したのかもしれません。訓練で作るのだから、せっかくだし皆に振る舞う方がいいです。

 

 レーヴァティンちゃんと一〇〇式は頷き合って、軍人さん達に配膳していきました。みんな美味しそうに食べてくれて、私達を可愛いって口々に褒めてくれました。そんなみんなが喜ぶ様子を、一〇〇式とレーヴァティンちゃんは温かな気持ちで見つめて、料理を勧めていったのでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12:私達は前を向いて進んで行きます

 一〇〇式隊は今日もまた戦場にいます。鉄血の機械人形が発電施設を占拠したとの報があり、応急対処隊の一〇〇式隊とM590隊が出撃したのです。

 ちなみに、今日はZasさんが訓練に出かけており、一〇〇式隊は一名欠です。

 ちなみに、G41隊は臨時的に解散になっています。なんでも指揮官が新機軸の編成を試したいとかで、ウェルロッドさんとSVDさんが一時的に離脱しているのです。ヴィーフリちゃんとG36ちゃんも訓練中です。

 というわけで、何と久し振りに一〇〇式隊にG41ちゃんが帰ってきてくれました。G41ちゃんと同じ隊で戦えるのは嬉しいです。

 そして、指揮官からせっかくなのでG41ちゃんを一時的に隊長に据えるように命じられました。G41ちゃんはもう隊長格であるので、別段問題はないです。それに、G41ちゃんの指揮で戦えるなんて、わくわくします。みんなも特に反対することはありませんでした。

 

 そして、戦いは大詰めを迎えました。M590隊が敵を引き付けている内に、一〇〇式隊(G41ちゃんが隊長ですが便宜的にそう呼称します)が突撃を敢行したのです。G41ちゃんと一〇〇式達との連携は完璧で、ほとんど被害を受けることなく鉄血の機械人形達を蹴散らしていきました。

 そして、いよいよ問題の発電施設に迫りました。外見はすっかり朽ち果てて、壁がところどころ崩れてボロボロのようですが、発電設備はまだ生きているそうです。そして、中には鉄血のBOSS級が待ち構えているはずです。指揮官が調べたところ、どうもアルケミストさんのようでした。

 

『制圧射撃の後、G41とTMPちゃんが正面、Five‐sevenさんとRFBちゃんが側面から牽制! 一〇〇式(モモ)ちゃんは窓をぶち破って突入!』

 

『『『『了解!』』』』

 

 G41ちゃんが圧縮通信で一秒にも満たない間に指示を出します。とても的確な指揮です。一〇〇式は感心しました。G41ちゃんはもう立派な隊長さんです。全員が異論なく了承しました。

 

 G41ちゃんの指示通り、みんな動きます。まず、G41ちゃんとRFBちゃんが施設入り口に向けてフルオートで制圧射撃を行います。凄まじい音をまき散らす弾丸の嵐が過ぎ去ったのち、案の定、中から反撃がありました。アルケミストさんは出てきません。中で一〇〇式達を待ち受ける構えです。

 

 遮蔽物に隠れて敵の射撃をやり過ごしながら、RFBちゃんとFive-sevenさんは左手に、一〇〇式は右手に散会。それぞれ、崩壊した壁の隙間や、壁を伝って配置につきます。G41ちゃんとTMPちゃんが牽制射撃をして、それを助けました。

 

『アタック!』

 

 G41ちゃんの合図で総攻撃を仕掛けます。まず、RFBちゃんが壁の隙間から牽制射撃を繰り出し、Five-sevenさんが中の様子を観測しつつ前に出て、敵人形を引き付けます。

 TMPちゃんが遮蔽を利用しつつ距離を詰め、突撃の構えを見せます。G41ちゃんは精密射撃で敵の反撃を封じ、TMPちゃんを援護します。

 

一〇〇式(モモ)ちゃん、今だ!』

 

 G41ちゃんの言葉とともに、一〇〇式は立ち上がり、窓を突き破って突入します。案の定アルケミストさんがいました。こちらを振り向いたばかりです。奇襲は成功です!

 

「やあああああ!!」

 

 一〇〇式は掛け声とともに、銃剣突撃を敢行します。アルケミストさんはまだ臨戦態勢が整っていません。もらいました! 一〇〇式の剣の切っ先がアルケミストさんに向かっていきます。

 ですが、手応えはありませんでした。アルケミストさんが突如消えたのです。

 

「惜しかったな、一〇〇式、だったか?」

 

 背後から声が聞こえました。アルケミストさんです。彼女はジャマハダル風の武器を一〇〇式の背中に突き付けています。アルケミストさんは高速戦闘を得意とする人形です。千鳥ちゃんの力を開放していない一〇〇式では、とてもその動きについていけません。ですが…

 

 タァン!

 

 一発の銃声が空気を切り裂き、そして放たれた弾丸が一〇〇式越しに、アルケミストさんの肩を穿ちました。着弾の衝撃で、アルケミストさんの身体がよろけます。

 

「私の隊長には、指一本触れさせるもんか!!」

 

 弾丸を放ったのはRFBちゃんでした。RFBちゃんはライフルタイプに匹敵するほどの遠距離狙撃能力を誇っています。そして、Five-sevenさんが見繕った位置は、アルケミストさんに射線が通ることを計算していた場所だったのでした。

 

 RFBちゃんはなおも射撃を継続しようとします。一〇〇式も援護と射線の確保を兼ねて、しゃがみながら、後方に向けて銃剣で横薙ぎの一撃でアルケミストさんの足を狙いました。

 

「ちっ!」

 

 アルケミストさんはたまらず高速移動で机の陰に隠れました。一時的に遮蔽に隠れて態勢を立て直そうとしているのです。

 

「TMPちゃん、突撃!」

 

「はい!…目を逸らしちゃダメ!」

 

 そこにG41ちゃんとTMPちゃんが雪崩れ込んできます。G41ちゃんが牽制射撃を行い、アルケミストさんの動きを封じます。そこにTMPちゃんが銃剣を取り付けた銃を手に突撃を敢行しました。あれはTMPちゃんが千鳥ちゃんの小太刀を参考に作った銃剣で、本家には及ばないものの恐ろしい切れ味を誇っています。

 TMPちゃんは机ごと銃剣で横一文字に切り裂きます。アルケミストさんが机の陰から転げ出ました。体に傷はないですが、右手側の武器が大きく切り裂かれ、使い物になりそうにないです。

 

一〇〇式(モモ)ちゃん!』

 

『G41ちゃん!』

 

 これを好機と見た一〇〇式はG41ちゃんと最後の突撃を敢行します。ワンサード力学行使形成。ナノマシンによって、義体が耐えられる程度に超加速した一〇〇式はアルケミストさんの懐に飛び込みます。アルケミストさんが一〇〇式に残された左手の武器を向けますが、それはG41ちゃんの弾丸に弾き飛ばされました。

 抵抗力をなくしたアルケミストさんを、一〇〇式の銃剣が今度こそ捉えました。それは吸い込まれるようにアルケミストさんの白い喉に殺到し…

 

「…なぜとどめを刺さない」

 

 突き刺さる直前でぴたりと止まりました。それを見たアルケミストさんは怪訝そうに言います。

 

「見逃してあげるよ、アルケミストさん?」

 

 銃を下ろしたG41ちゃんが近づいて来てそう言います。TMPちゃんやRFBちゃんもそれを見て、銃を下ろしました。一〇〇式は銃剣を突き付けていますが、もう戦闘をするつもりはありません。

 

「…情けをかけているつもりか?」

 

「ううん、お礼。この前の決戦の時、手伝って貰ったから」

 

 アルケミストさんの言葉に、G41ちゃんは首を横に振って言います。

 一ヶ月前、一〇〇式は隊を挙げて恐るべき敵と決戦しました。その時、アルケミストさんは手勢を率いて、敵の一部を引き受けてくれたのです。それに対するお礼のつもりなのです。指揮官もきっと、G41ちゃんの判断を尊重してくれるでしょう。

 

「なるほどな。…G41と言ったか?」

 

「うん」

 

「…お前は私が会った中で一番面白くない奴だ。まさか、FALよりも面白くない奴がいるとは思いもしなかったぞ」

 

 アルケミストさんはそう言い捨てて立ち上がり、背を向けて去っていきます。G41ちゃんはそれに応えることなく背を向けました。戦いは終わりました。後は撤収するのみです。

 

『ご主人様、どうだぁ! 一〇〇式隊は今日も勝利を勝ち取りましたよ?』

 

『ああ、よくやったぞG41。一〇〇式(モモ)と他のみんなもご苦労だった。迎えのヘリを寄越すからしばらく待機してくれ』

 

 指揮官への報告を終えた一〇〇式達はめいめいに腰を下ろします。敵の気配はありません。しばし休憩です。

 

「やったね、一〇〇式(モモ)ちゃん!」

 

 すると、G41ちゃんが抱き着いてきました。そして、嬉しそうに一〇〇式のほっぺをぺろぺろしてきます。くすぐったいです。なんだか久し振りなので、嬉しく思いました。

 でも、と思います。G41ちゃんは一〇〇式隊を見事に指揮し、勝利を勝ち取りました。間違いなく今日のMVPです。正直、一〇〇式よりもずっと堂に入った隊長ぶりでした。

 なんだか、一〇〇式は情けないです。G41ちゃんよりも隊長を長くやっているのに。完全にG41ちゃんに追い抜かれた気がします。

 

「まあまあ、一〇〇式(モモ)ちゃんは前衛だし、G41ちゃんと立ち位置が違うから」

 

 気落ちしていることを見抜いたFive-sevenさんが一〇〇式の肩を叩いて励ましてくれます。一〇〇式は前衛なので、先頭に立つことで指揮を上げるのが役目と言ってくれます。

 

「そうそう。それに隊長がいないと、あたしやる気起きないし!」

 

 RFBちゃんもまた一〇〇式を励ましてくれます。二人の言葉が嬉しいです。

 

「それにね、G41は一〇〇式(モモ)ちゃんに一杯習ったから! だから、立派に隊長業務出来るんだよ!」

 

 G41ちゃんは一〇〇式に抱き着いたまま、輝く笑顔でそう言います。

 G41ちゃんは一〇〇式隊結成当初からの隊員でした。一〇〇式が慣れない隊長業務で悩んでいるところもよく見ていたでしょうし、時に一〇〇式を励まし、フォローしてくれました。

 一〇〇式の心が温かいもので満ちました。一〇〇式の働きが今のG41ちゃんの糧になっているのです。そうであるなら、一〇〇式がやってきたことは無駄ではなかったのです。

 そして、G41ちゃんの立派な指揮を見習って、一〇〇式ももっと戦術の勉強をしようと思います。G41ちゃんは前だけを見て進んで行きます。一〇〇式も後ろ向きになっていられません。私達は切磋琢磨し、お互いを高め合う真の友達なのです。G41ちゃんと共にもっと高みを目指していきます。

 

「じゃあ、ヘリが来るまでみんなお茶しよー!」

 

「うん。じゃあ、G41ちゃんはお茶淹れて。私はお茶菓子を用意するから」

 

「賛成!」

 

「やった! 隊長のお菓子!」

 

「G41さんのお茶…久し振り…」

 

 そして、一〇〇式達はG41ちゃんのお茶を飲んで、一〇〇式が焼いたチーズやサラミやマシュマロをビスケットに乗せて食べて、楽しい束の間のお茶会を楽しみました。久し振りのG41ちゃんと一緒の戦場はとても実りのある、楽しいものになりました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13:クリスマスに何もなかったら、誰でも悲しいと思います

 粉雪の舞う廃墟の中、一〇〇式達は一斗缶で作った簡易焚火台の炎を囲んで座っています。基地周辺の巡回中の小休止です。

 今日のメンバーは副長のFive-sevenさんとTMPちゃん。そして、FALさんとG41ちゃんです。なんと、旧一〇〇式隊そのものです。

 今年、もしかするとこれが一〇〇式最後の巡回になるかもしれません。それを親しい面子で終えられるのだから嬉しいです。

 

「そういえば、もうすぐクリスマスね?」

 

 唐突にFALさんが切り出します。そういえば、クリスマスまで後1週間ほどです。

 この前のクリスマスは大騒動が起きましたが、指揮官は今回は基地から出ずに警戒を厳とするそうです。一〇〇式達もお手伝いしようか、と思いましたが、指揮官は自分が頑張るから一〇〇式達はクリスマスの準備に専念してくれ、と言われました。指揮官は優しいです。

 後、今回のクリスマスにはなんとレーヴァティンちゃんも来るみたいです。レーヴァティンちゃんは久し振りに指揮官に会えるのを物凄く楽しみにしているみたいです。彼女にも楽しんで貰いたいです。

 

「そうね。みんな、プレゼントは用意してる?」

 

 Five-sevenさんが尋ねます。今年も恒例のプレゼント交換があります。一つは指揮官のプレゼントということで、みんな一生懸命プレゼントを用意しています。

 もちろん、この一〇〇式も準備しています。一生懸命心を込めて作ったものです。みんなに喜んでもらえればいいです。…でも、できれば指揮官に貰って欲しい、とは思います。

 

「はい! G41も頑張って作りました!」

 

「あ、あの…私も一応…」

 

 G41ちゃんとTMPちゃんも言います。二人とも自作のようです。G41ちゃんには編み物を教えていますし、TMPちゃんは機械とかを作るのが得意です。どんなものを持ってくるのか、とても楽しみです。

 

「…で、そこに隠れているの。出てきてくれない?」

 

 不意に、Five-sevenさんが首を他所に向けて言います。一〇〇式は咄嗟に銃を手にしましたが、敵意は感じません。ただ、驚いてはいるみたいです。

 

「…う、撃たないでよ」

 

 そう言って物陰から出てきたのは、何とデストロイヤーちゃんでした。他の機械人形は連れてきておらず、武器も向けてきません。一体どうしてこんなところにいるのでしょう。

 

「盗み聞き? 悪いけど、機密とかの話はしてないわよ」

 

「そ、そんなの分かってるわよ」

 

 FALさんの言葉に、デストロイヤーちゃんが言います。まあ、デストロイヤーちゃんはあくまでも戦闘型なので情報収集とかは苦手でしょうし、基地を探りに来た、というわけではなさそうです。

 

「…こ、今年もく、クリスマスやるの…?」

 

 デストロイヤーちゃんが俯き加減で言います。なるほど、と一〇〇式は合点がいきました。デストロイヤーちゃんはクリスマスパーティに興味があるのでしょう。

 

「あら? 鉄血の連中でパーティすればいいんじゃない?」

 

「…ぶ、物資が足りなくて…今年もできないって…エージェントが…」

 

 Five-sevenさんの言葉に、デストロイヤーちゃんは俯いたまま悲しそうに言います。さもありなん、と一〇〇式は思います。

 鉄血は勢力を減退させており、物資にも事欠く有様だ、と指揮官が言っていた気がします。そうであるなら、確かにクリスマスパーティどころではないでしょう。

 

「んー…じゃあ、うちのパーティに来る?」

 

「「「「え!?」」」」

 

 G41ちゃんの発言に、一〇〇式を除いたみんなが驚きの声を上げます。驚くのも無理はないです。鉄血の機械人形を基地に招くなど、普通に考えてあり得ないです。

 でも、実は一〇〇式も同じ気持ちです。以前、一〇〇式とG41ちゃんはデストロイヤーちゃんと少しだけ一緒に遊んだことがあります。情があります。そんな彼女が悲しそうだと嫌です。クリスマスに何もなかったら誰だって悲しいでしょうし。

 

「え、ええと…ほ、本当に参加していいの?」

 

 デストロイヤーちゃんもおずおずと聞いてきます。彼女も半信半疑なのでしょう。でも、声になんだか嬉しそうな色があります。参加したいのだと思います。

 

「うん。ご主人様と皆にはG41と一〇〇式(モモ)ちゃんがお願いしておくから」

 

 ねー、一〇〇式(モモ)ちゃん、とG41ちゃんが同意を求めてきます。もちろん、一〇〇式は頷きました。

 指揮官には一〇〇式とG41ちゃんが責任を負う旨を伝えてお願いすれば、きっと頷いてくれると思います。万一何かあっても千鳥ちゃんの力を使えばどうとでもなると思います。それにレーヴァティンちゃんもいるので、何とでもなるでしょう。

 

「…まあ、暴れたりしなければ、別にいいんじゃない? …私からもお願いしてみるわ」

 

「…FALさん」

 

 FALさんの言葉に、一〇〇式とG41ちゃんは顔を見合わせて、にっこりします。FALさんは指揮官から一番信任の厚い人形で、みんなへの発言力も強いです。三人で説得すれば、きっと指揮官もみんなもうん、と言ってくれるでしょう。

 

「で? どうしたいの? 参加する?」

 

 Five-sevenさんがデストロイヤーちゃんに水を向けます。デストロイヤーちゃんは皆の顔を見渡して、それで次の瞬間、とっても可愛い笑顔を見せてくれました。

 

「し、仕方ないわね。そ、そんなに言うなら出てあげるんだから!」

 

「うん、お願いね」

 

 デストロイヤーちゃんがふんぞり返って言うのに、一〇〇式は笑顔で言います。G41ちゃんも笑顔で、FALさんとFive-sevenさんは苦笑してデストロイヤーちゃんを見ています。とりあえず、これで話はまとまりました。

 

「後は、プレゼント交換するから何かプレゼントを持ってきてね?」

 

「う、うぇ…」

 

 一〇〇式がそういうと、デストロイヤーちゃんがしどろもどろになります。もしかすると、鉄血の物資不足を気にしているのかもしれません。これは一〇〇式が一肌脱いであげるところです。

 

「じゃあ、これで何か作ってみて?」

 

 そう言って、一〇〇式は懐から千鳥ちゃんの小太刀を取り出します。そして、鞘から抜き払うとその辺にあった瓦礫に突き刺しました。次の瞬間、バキバキバキという異音がして、瓦礫が白く変色します。そして、それはめまぐるしく形を変え、最後は毛糸の玉と棒針になりました。千鳥ちゃんのナノマシンの力で、物質を変化させ作り出したのです。

 

「すごーい!」

 

「…いつ見ても、魔法みたいね」

 

 G41ちゃんとFALさんが感心して言います。一〇〇式でもこれぐらいはできるようになりました。もっと使いこなせるようになれば、千鳥ちゃんみたいに銃とかを作り出せるようになるかもしれません。

 

「それ…あいつの…」

 

 デストロイヤーちゃんが千鳥ちゃんの小太刀を見て言います。そういえば、デストロイヤーちゃんは千鳥ちゃんの元同僚です。お友達ではなかったのかもしれませんが、面識はあるでしょう。

 

「うん。デストロイヤーちゃんは千鳥ちゃんを知ってる?」

 

「うん…」

 

 一〇〇式の言葉に、デストロイヤーちゃんは頷いて、そのまま俯いてしまいます。その様子はなんだか悲しそうでした。

 

「あいつ、物凄く強くて…いっぱい助けてもらったし………友達だと思ってたのに…」

 

「…そうなんだ」

 

 デストロイヤーちゃんの言葉に、一〇〇式は千鳥ちゃんの小太刀を鞘に納めて、そして胸に抱き締めます。

 鉄血を裏切り、そして裏切られた千鳥ちゃん。でも、一人でも友達と思っていた同僚がいたのです。それを聞けば、きっと彼女は喜んでくれたでしょう。少しは心が救われるでしょう。よかった、と思いました。

 

「そういえば…あんた、あいつそっくり…」

 

「うん。…千鳥ちゃんは私の姉妹だから」

 

 一〇〇式の顔を見て、目を丸くするデストロイヤーちゃんに一〇〇式ははっきりと言います。製造元は違えど、一〇〇式は千鳥ちゃんに似たコンセプトで作られた人形です。ずっと劣った力しかないけど、いつかきっと追いついて、そして彼女の願いを叶えよう。そう心に誓います。

 

「じゃあ、編み物のやり方を教えてあげるね」

 

「う、うん」

 

 そう言って、一〇〇式は毛糸と棒針を手に取って編み物をして見せてあげます。デストロイヤーちゃんは警戒することもなく、それをじっと見ていました。千鳥ちゃんが生きていた時は、こんな風な間柄だったのかもしれません。

 いつか、戦いが終わってデストロイヤーちゃんと戦わなくていい日が来るといいな、と思います。ふと、懐の小太刀が一瞬熱くなった気がしました。千鳥ちゃんもそれを望んでいる。そんな気がしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14:私は指揮官を信じて生きていきます

 ある日の昼下がりです。文書を取って戻ると、指揮官は通信を開いて誰かと会話してました。話によると、どうも食品会社の重役の人らしいです。

 なんだか嫌な予感がします。指揮官はこの頃、豪華なクリスマスパーティにするためにもっと食料が欲しいなぁ、と言っていました。恐喝とかをして食料を脅し取るのではないか、とはらはらしながら経緯を見守ります。

 

『これは天野指揮官。今日はどういったご用向きですか?』

 

「いえいえ、先月の事件で何か困ったことは起こらなかったかな、と気になりましてね。皆様に声掛けを行っている次第ですよ」

 

 指揮官は先月の事件について触れます。地下の哀れな難民達を利用した卑劣な事件。そして、黒幕達の野望は指揮官の手によって潰えました。

 あれは大きな事件だったので、グリフィン統括地域の企業にも被害が及んでいるかもしれません。声掛けをすることは真っ当なことだ、と思います。

 

『はい。こちらは被害もなく。天野指揮官の流してくださった連中の行動予測のお陰です』

 

「そうですか。お役に立てたのなら幸いです」

 

 重役の人が顔を綻ばせながら言います。指揮官も笑顔で答えました。指揮官は周辺の企業に被害が及ばないよう、敵の行動予測を予め流布していたのです。グリフィンだけじゃなく、他のみんなにも気を配れるなんて、流石指揮官です。

 

「もうすぐクリスマスですが、準備の方はいかがですか?」

 

『お陰様で従業員一同無事クリスマスを楽しめそうです。私も娘達に手に入れにくい代物をねだられてましてね。困っておりますよ』

 

「大変ですね。その玩具が電子機器絡みなら相談に乗れますよ?」

 

『そうですか。もしかするとお願いするかもしれませんね。その時はよろしくお願いします』

 

「ええ。大船に乗ったつもりでいてください」

 

 指揮官と重役の人はにこやかに言葉を交わします。よかったです。本当にただの声掛けみたいです。一〇〇式は和やかな二人の会話を聞いてにこにこです。

 

「ところで、期限切れの食料品の件ですが」

 

 あう。いきなり会話がきな臭くなりました。FALさんの曰く、指揮官は全然関係のない会話を振っておいて、いきなり本題に切り込むという交渉術を18番にしている、とのことです。一〇〇式の予感が当たってしまいそうです。

 

「そろそろ年末決算ですが、期限切れの在庫と処分したそれの数が合わない、とか、帳簿に記載のない大口の収入がある、とかそういうことはないですよね?」

 

『…そのようなことは。必要であれば帳簿を提出いたしますが』

 

「結構ですよ。手間を取らせなくても、そんなものはいつでも見られるのですから」

 

 指揮官の言葉を聞いて、重役の人の顔色が明らかに変わりました。この寒い時期なのに、額に汗が浮かんでいます。

 指揮官は凄腕のハッカーで、そんじょそこらの企業のプロテクトなどは朝飯前に突破して見せます。この言葉から考えるに、すでに帳簿を押さえており、いつでも悪事の証拠として提出できるのだ、と思います。

 

「ところで、こんな話をご存じですか? 誰かが闇市に期限切れの缶詰なんかを大量に流しているそうで。いやはや、悪い奴がいるものだ」

 

『…それが私達だとでも?』

 

「まさか! グリフィンにいつも食料を寄付して下さる優良企業の方々を疑うはずがない!」

 

 指揮官が実に白々しい口調で言います。その様子を一〇〇式は開いた口が塞がらない風に見ています。完全に予想通りでした。今言っている言葉を翻訳すると、バラされたくなければ食料を寄付しろ、ということです。

 

『…なるほど。ところで天野指揮官、一つ相談が』

 

「なんでしょう? 私が解決できることなら、いくらでも尽力致しますよ?」

 

『実は食品を少々作り過ぎてしまいまして、余剰分をグリフィンに引き取っていただけるとありがたいのですが…』

 

「おお! それはこちらにとっても渡りに船です! で、いかほどですか?」

 

『…そうですね。1000というところですか』

 

「おや、思ったよりも少ない。てっきり1500ぐらいか、と思っていたのですけどね」

 

『…申し訳ありません。1200でした』

 

「1250ですか。了解しました。明後日にでもうちからトラックを向かわせますので、よろしくお願います。後、貴社のケーキはうちの娘達になかなか評判がいいので、そちらも付けていただけるとありがたいですね。では」

 

 最後に畳みかけるように言って指揮官は通信を切ります。この人、鬼です。

 

「よし。後、3件ぐらい回れば、クリスマスと年末は豪華に過ごせるな」

 

 指揮官はにやり、と笑いながら言います。まだ3件も恐喝するのでしょうか。この人、本当に鬼です。悪魔です。

 

「あの…指揮官…」

 

 一〇〇式はたまりかねて口を出しました。聖なる夜が控えているのに、悪いことばっかりしてていいのでしょうか、と思うのです。

 

「どうした、一〇〇式(モモ)?」

 

「あの…そんなに食料をせびったら可哀想だと思います…」

 

一〇〇式(モモ)は真面目で優しくていい娘だな」

 

 指揮官は立ち上がって一〇〇式の頭をなでなでしてくれた後、座りなおします。なでなでして貰えるのは嬉しいですが、別に一〇〇式は特別優しいとか真面目だ、ということではないと思うのですが…

 

「だが、よく考えてみるんだ。俺のお陰であいつらは僅かな出費で大儲けの口を見逃してもらえる。しかも、グリフィンに寄付した、という実績まで付いてくるんだ。こんな幸せなことはない。それに、俺達も食料が貰えれば幸せで、貧しい連中も闇市に流れた食料で少しだけ幸せなクリスマスを迎えられる。みんなハッピーな結末だと思わないか?」

 

 一〇〇式は呆れて物も言えません。確かに指揮官の言うことは正しいのかもしれないですが、関係者全員犯罪者です。それは本当にやっていいことなのか、と思うのです。

 

「バレたらどうするんですか?」

 

「その時はそうだな…この前ゲットしたコネでもみ消すかな」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式はただただ茫然とするばかりです。鬼悪魔です、この人。

 

「そうだな。一〇〇式(モモ)に二つお伽噺をしようか」

 

 唐突に指揮官が話題を変えました。お伽噺とはなんでしょう。指揮官のことなので、今この状況と関係のある話だと思うのですが。

 

「むかしむかし、お隣の国でな孔子様ってお偉い人がいてな。その人が大臣をしていた国のお話だ」

 

 指揮官のお話に一〇〇式は興味津々で耳を傾けます。孔子という人のことは聞いたことがあります。ジュキョウという立派な学問を考えた人らしいです。残念ながら、一〇〇式はジュキョウについて何も知らないですが。

 

「その国の兵士の一人がある戦いで敵前逃亡をした。その兵はとっ捕まえられて首を切られることになった」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は頷きました。敵前逃亡をしたのだから当然です。私達も命令もなしに撤退したら、解体処分の憂き目にあいます。

 

「そこで孔子は兵士に聞いた。なぜ逃げたのか、と。兵士は答えた。私には年老いた母がおり、一人にできません。だから、命が惜しくて逃げました、と。孔子は感心して兵の罪を許し、逆に褒美を与えたそうだ」

 

 指揮官の話を聞いて、一〇〇式は首を傾げました。そんな話があっていいのでしょうか? 確かに年老いた母を思えば死にたくないのは確かです。でも、それとこれと話が違います。

 

「以後、その国では兵の敵前逃亡が頻発し、他所の国に侵略されて亡びたとさ。めでたしめでたし」

 

 指揮官はそう話を締めくくります。別にめでたくはないですが、妥当な話ではあります。敵前逃亡を認めて、更に褒美まで与えては誰も真面目に戦わなくなります。国が亡びるのは当然のことです。

 でも、なぜ今こんな話をするのでしょう? 別に先ほどの恐喝の件と繋がらない気がするのですが。

 

「んで、もう一つの話だ。ここから遠く離れた国にな、王様の命令をよく守る真面目な将軍がいたらしい。そいつは受け持った戦いで王様の命令を忠実に守り、そして負けた。王様はそいつを縛り首にしたとさ」

 

 指揮官の言葉にまた一〇〇式は首を傾げました。王様の命令を守って負けたのなら仕方ないと思うのですが…責任があるのは、従った負けるような命令を下した王様だと思うのは一〇〇式だけなのでしょうか。

 

「処罰の理由を尋ねる将軍に王様は言った。私はお前を命令を守るために将軍にしたのではない。敵を倒すために将軍にしたのだ、と」

 

 そこまで言って指揮官は卓上のお茶を飲んで、一息ついて続けました。

 

「これらのことは古今の指揮官の在り方について表しているエピソードだ。要約するとな、守るべきセオリーは堅守し、そうでない命令はテキトーに捻じ曲げてもいい。それが勝つためならな」

 

「な、なるほど…」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は感心します。確かに、ルールを堅守して負けたら話になりません。もちろん、恣意的にルールを破って負けるのは論外です。それらは全て指揮官の隊の運営方針に適っている、と思います。

 指揮官は時に法律を侵しても物資の確保や作戦を遂行し、そして見事に勝利を得てきました。ルールを守って負けていては、私達もとっくに全滅しているでしょうし、グリフィンや世界はもっと悲惨な状況に陥っていたでしょう。

 そして、守るべきルールは徹底して守るように、と私達にも求めています。普段はとてもやさしい指揮官でも、嘘や悪質な命令違反は許してくれません。私達もその点に関しては徹底して注意しているのです。そして、それが私達の隊に数々の勝利をもたらしてきたのです。

 

「指揮官、御教授ありがとうございます。そして、申し訳ありません…」

 

 一〇〇式は指揮官にお礼を言って、そして謝ります。信じるべき指揮官を疑ってしまったことをお詫びしたのです。

 考えてみれば、指揮官が悪いことをするのは全部私達のためか、事件を平和裏に解決するためです。私利私欲に走ったことは一度もありません。そんな指揮官の姿を今まで見てきたのに…一瞬でも疑った自分が情けない、と思います。

 

「いいんだよ、一〇〇式(モモ)。この世界のことをよく知るために、一〇〇式(モモ)はいっぱい疑問を持っていいんだ。俺はそれに答えられることなら、何でも答えるさ」

 

 指揮官は笑ってそう言い、一〇〇式の頭をなでなでしてくれました。指揮官はとっても器の大きな人です。こんな素敵な指揮官と一緒に居られて一〇〇式は嬉しいです。

 

一〇〇式(モモ)、君は君の信じるものを信じて生きていくんだ。君が千鳥から受け継いだ力は、世間の常識とかを大きく凌駕するものだからな。だから、もっと色んなものを見て、大きな視野を養って、そして自分の正義を見出すんだ」

 

「はい!」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は元気よく答え、頷きます。千鳥ちゃんの遺志。それはこの悲しい世界を、みんなが幸せに暮らせるように変えること。千鳥ちゃんはやり方を間違えてしまったけれど、一〇〇式はきっと正しいやり方でやってみせる、とそう誓いました。

 

 だから、一〇〇式は指揮官を信じて戦います。指揮官はたまに悪いこともしますが、実際には世界をより良くするために一生懸命頑張っている素晴らしい人です。胸を張って言えます。指揮官は私の誇りです。彼と共に戦えることを幸せに思います、と。

 

 でも…流石にちょっと最後のアレは酷いなぁ、と思いました。完全にヤクザです。相手の人泣いてました。

 指揮官…一〇〇式は指揮官を信じます。でも…彼らにも生活があるので…ほどほどにしてあげてください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15:楽しい聖夜

 クリスマスパーティが始まる1時間程前に、一〇〇式は訓練場に向かいます。そして、そこに停められていた車のドアを開けました。

 

「あ、隊長」

 

 車の中でRFBちゃんが顔を向けます。隣には同じようにコントローラーを握っているレーヴァティンちゃんとデストロイヤーちゃんがいました。3人でゲームをしていたみたいです。

 今日の夜開催されるクリスマスパーティには、ゲストとしてレーヴァティンちゃんとデストロイヤーちゃんが出席します。

 ですが、レーヴァティンちゃんはともかくデストロイヤーちゃんは普通に考えたら敵です。基地の中にずっと留めておくわけにはいきません。そこで、指揮官に車を貸して貰って、準備ができるまでの間ここで待機していてもらったのです。

 もちろん、単に待っていたらつまらないと思うので、RFBちゃんと一緒にゲームをしててもらうことにしました。RFBちゃんは流石に難色を示しましたが、隊長の頼みならと引き受けてくれました。一つにはレーヴァティンちゃんが護衛についてくれるから、というのもありますが。

 

「これは一〇〇式さん」

 

「じゅ、準備できたの?」

 

 レーヴァティンちゃんとデストロイヤーちゃんもまた一〇〇式の方を見て声をかけてくれます。レーヴァティンちゃんは表情を変えてないですが声が弾んでますし、デストロイヤーちゃんは目に見えて嬉しそうです。やっぱりパーティを楽しみにしていたのでしょう。

 

「うん。後はレーヴァティンちゃんとデストロイヤーちゃんに衣装を着て貰うだけだよ」

 

「衣装…ですか?」

 

「うん」

 

 不思議そうに言うレーヴァティンちゃんに一〇〇式が言います。実はスプリングフィールドさん達と協力して、デストロイヤーちゃんとレーヴァティンちゃん用の衣装を作っておいたのです。せっかくのゲストなんだから楽しんで貰いたいのです。

 

「行こう。みんな待ってるよ」

 

 そう言って、一〇〇式は運転席に座り、ブレーキを解除してアクセルを踏みます。そして、格納庫の方へと運転していきました。

 

「よう、お嬢! 準備はできてるぜ!」

 

「早く会場に行きましょう。ここでこの格好は少し寒いわ」

 

 格納庫ではトンプソンさんとFALさんが待っていてくれました。二人ともサンタさんの衣装を着ています。手にはそれぞれ衣装やプレゼント箱を持っています。

 

「トンプソンさん!」

 

「よう、レヴァ。今日は楽しんで行けよ!」

 

 車から降りたレーヴァティンちゃんはトンプソンさんのところに走って行きます。戦場で知り合ってから、二人はすっかり仲良しなようです。

 

「ほい。ボスからプレゼントだ」

 

「少佐から…」

 

 トンプソンさんからプレゼントを渡されたレーヴァティンちゃんは、それを嬉しそうに受け取り、そして愛おしそうに抱き締めました。レーヴァティンちゃんにとっては久し振りの指揮官からのプレゼントです。喜んで貰えてよかったです。

 

「ほら、あなたも。感謝しなさいよ?」

 

「え…?」

 

 そう言ってFALさんは袋から小さな装飾付きの木の箱を取り出すと、デストロイヤーちゃんの手に押し付けます。

 デストロイヤーちゃんがそれを開けると、中には一対の綺麗な髪飾りが入ってました。花と小さな鈴のついた可愛らしいものです。デストロイヤーちゃんによく似合うと思います。

 

「ったく、ボスも口ではああだが、やっぱり甘いよな」

 

「まあ、この子は比較的蟠り少ないしね」

 

 トンプソンさんとFALさんが苦笑して言います。指揮官の態度を思い出しているのです。

 一〇〇式とG41ちゃんが指揮官にデストロイヤーちゃんの件をお願いすると、指揮官は意外にあっさりと許してくれました。そして、車を貸してくれたり、デストロイヤーちゃんのためのプレゼントを用意してくれたのです。

 

「綺麗…えへへ…」

 

 デストロイヤーちゃんは夢中になって髪飾りを見つめています。去年はなんだかんだで指揮官がプレゼントを渡したみたいですが、こうして正式に貰うのは初めてだと思います。きっと、とても嬉しいのでしょう。

 

「んじゃ、着替えて会場に行こうぜ? レヴァ、手伝ってやるよ」

 

「はい、トンプソンさん」

 

「あなたはこっち。おいで、手伝ってあげるから」

 

「え!? う、うん…」

 

 トンプソンさんとFALさんが、それぞれレーヴァティンちゃんとデストロイヤーちゃんを連れてロッカールームに行きました。こっちは二人に任せておけばいいと思います。

 

 一〇〇式は台所に行きました。料理の準備がどうなっているのか気になったのです。

 

「あ、一〇〇式(モモ)ちゃん!」

 

 台所に入ると、早速G41ちゃんが気づいて、一〇〇式のところに突撃してきます。そして、抱き着いて頬をなめてきます。くすぐったいです。

 

一〇〇式(モモ)ちゃん、準備はオッケーだよ!」

 

 G41ちゃんが並べられた料理を指して言います。みんなで一生懸命作った料理です。冷めないように、温めたプレートの上に乗せられています。一〇〇式もG41ちゃんと一緒に、結構な品数を作りました。

 

一〇〇式(モモ)、ゲストの二人は?」

 

 エプロンと三角巾を付けたM4A1さんが声をかけてきます。今日はM4さんも調理に加わったのです。M16さんがとっても楽しみにしていました。

 

「大丈夫です。今、トンプソンさんとFALさんが準備してくれています」

 

「そう…でも、本当に鉄血の機械人形を呼ぶなんてね…」

 

 一〇〇式の言葉に、M4さんは苦笑しました。数年前の事件で、M4さんは鉄血の機械人形と色々ありました。当初、AR小隊のみんなはデストロイヤーちゃんを招待することに反対でしたが、一〇〇式がお願いして許してもらいました。SOPMODちゃんやAR-15さんは今での難色を示していますが、M4さんは一〇〇式の言うことなら、と受け入れてくれました。

 

「M4さん…」

 

「大丈夫よ、一〇〇式(モモ)。…私ももう過去は乗り越えたつもりだから」

 

 M4さんはそう言って笑ってくれました。鉄血の機械人形との戦い。軍との戦い。それらを全て乗り越えて、私達は今ここにいます。M4さんも蟠りを捨てて、デストロイヤーちゃんを招く程に心の傷は癒されたのかもしれません。

 

「料理を娯楽室に運んで、私達も着替えましょう? 今日はたっぷり楽しまないと」

 

「はい!」

 

 M4さんの言葉に、一〇〇式は頷きます。そして、みんなで一緒に料理を運んでいきました。

 過去の苦しい戦いの日々。それは辛いことの連続でした。厳しい状況も沢山ありました。でも、私達は指揮官と共にその全てを乗り越えてきたのです。こうした楽しい日々は、そのご褒美なのかもしれません。

 

 衣装に着替えて料理を持っていくと、会場である娯楽室では、みんなが時遅しと待っていました。みんなサンタさんやトナカイさんの衣装を身に纏っています。部屋はみんなで作った紙飾りで彩られ、真ん中には大きなクリスマスツリーが用意されています。飾りつけに交じって吊るされてるART556ちゃんは見ないことにしました。一体何をやらかしたのやら…

 

「うわー、美味しそう! 一ついただき~!」

 

「だめぇ、P7ちゃん!」

 

「G41さん、お手伝いします!」

 

 P7ちゃんが料理をかすめ取ろうとするのをG41ちゃんが阻止しようとして、TMPちゃんがそれをお手伝いしようとしています。更にそこにG41隊とP7隊のメンバーも加わって大騒ぎです。G41ちゃんはいつも人気者です。

 

「ちゃんとできたの、M4?」

 

「遅いよー。もうお腹ぺこぺこだよ」

 

「ハハッ! M4の料理か…こいつは酒が進みそうだ!」

 

「はい、M16姉さん。よくできたと思います。…ちょっと、SOPⅡ! つまみ食いしないの!」

 

 M4さんがAR小隊のみんなに囲まれてお話をしています。みんな色々な事件を経て、ようやくここで安息を得ました。これからはみんな一緒にいられればいいな、と思います。

 

「ごくろうだったな、一〇〇式(モモ)

 

 そんなみんなを見ていた一〇〇式を、指揮官が労ってくれます。

 

「はい、指揮官…その…色々わがままを言って申し訳ありません…」

 

「いいんだ。一〇〇式(モモ)の願いなら、かなえて見せるさ」

 

 謝る一〇〇式に指揮官は笑顔でそう言ってくれました。

 デストロイヤーちゃんを招く件で、指揮官は色々骨を折ってくれています。プレゼントや衣装を用意するだけでなく、方々への根回しを行って、鉄血の機械人形を招くことを隠蔽したり、裏で許可を得たりしてくれました。指揮官は一〇〇式のお願いを全力で叶えてくれたのです。こんなにありがたい話はありません。

 

「指揮官…指揮官のお陰で、今年も楽しいクリスマスになりました…ありがとうございます」

 

「おいおい、気が早いな一〇〇式(モモ)。まだパーティは始まってないんだぞ?」

 

 一〇〇式の言葉に、指揮官は苦笑して言って、一〇〇式の頭をなでなでしてくれました。確かにまだパーティは始まっていません。でも、必ず楽しいものになる、と確信しています。今日という日が、今後もずっと輝く思い出として記憶に残ることを信じているのです。

 

「それにな、すぐに正月も新年会もある。楽しいことは続くんだ。今後も俺と一〇〇式(モモ)、そしてみんなでそんな日々は作られていく。だから、礼なんていらないんだよ」

 

 指揮官は一〇〇式の肩を抱いて言います。指揮官やみんなと紡ぐ日々はこれからも続いていくのです。戦いもまたあるかもしれません。でも、こうした楽しい思い出と、明日への希望があればどんな事があっても決してくじけることはない。そう思いました。

 

「指揮官…あの…もう少しだけこうしててもいいですか?」

 

 一〇〇式はそう言って、指揮官に身体を預けるようにしました。たまにはこうして甘えてもいいと思います。一〇〇式は指揮官が大好きなのですから。

 

「ああ。もちろんだよ」

 

 指揮官はそう言って、一〇〇式を抱き締めてくれました。指揮官の身体は大きくて暖かいです。一〇〇式は幸せです。こんな日々がずっと続いたらいいな、と思います。

 

 しばらくして、着飾ったレーヴァティンちゃんとデストロイヤーちゃんが会場に入ってきました。レーヴァティンちゃんがトナカイさんで、デストロイヤーちゃんがサンタさんです。デストロイヤーちゃんは髪飾りも付けていました。とっても可愛いです。

 二人とも手にはプレゼント箱を持っています。プレゼント交換用のものです。

 レーヴァティンちゃんは西博士がくれたお洋服で、デストロイヤーちゃんのは手編みのマフラーらしいです。初めてにしては上手すぎるので、多分ほとんど代理人さんが作ったのではないか、とFALさんが言ってました。

 

 指揮官が壇上に上がり、挨拶を始めました。いよいよ、楽しい聖夜の幕が上がるのです。一〇〇式もまたプレゼント箱を持って、みんなのところに戻りました。乾杯の後は、早速プレゼント交換なのです。

 一〇〇式はプレゼント箱を胸に抱いて、思います。指揮官のプレゼントが当たるといいなって。もちろん、一〇〇式のプレゼントも指揮官に当たってくれるといいな、とも思います。

 

 乾杯の音頭をFALさんが執りました。いっぱい楽しもう。輝く光の中で、一〇〇式はみんなと共に、グラスを掲げました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16:私達の仕事が未来に繋がると信じて

 三が日が過ぎました。今日から御用始めです。一〇〇式は今日は副官業務です。頑張ります。

 

 まずは指揮官の朝食を作って持っていきます。指揮官はクリスマスと年始でお金を使い果たしてしまっており、自分だけで給料日まで生活すると間違いなく餓死してしまいます。なので、ご飯は戦術人形達総出で賄おう、ということになってます。

 本当に困った指揮官ですが、お金を使い果たしたのは私達を楽しませるためです。なので、そのお返しにご飯のお世話ぐらいはしてもいいと思います。それに、一〇〇式としてはやっぱり指揮官に頼られる方が嬉しいです。

 

 というわけで、一〇〇式は煮える鍋を見ています。今日の朝ご飯は雑炊です。

 昨日一晩水に漬けこんでいた大豆と干瓢を沸騰まで強火で煮出しています。そして、灰汁を取り、更に弱火で煮出すのです。

 

 この世界では出汁をとるための原料が凄まじく貧弱です。まず、魚介類や海藻はほぼ手に入らず、キノコ類も超高級品です。鶏の骨は比較的安価に手に入りますが、それでも日々使い続けるのは流石に無理があります。

 そこで用いられるのが大豆と干瓢です。大豆はこの世界でも主要蛋白源及び油採取用として広く作られているので、入手は容易です。干瓢は基地にユウガオを植えて賄っています。花も綺麗なので一石二鳥です。

 

 そこに塩とグルタミン酸ナトリウムを加えて味を調え、水で戻した蕎麦米を加えていきます。

 この国において、現在お米と言われているのは、蕎麦米のことです。水耕栽培に専用の設備が必要な稲と違って、スポンジなどで簡単に栽培できる上、栄養価も高いので、小麦や燕麦に並ぶ主要穀物として栽培されているのです。稲から採れたお米なんて、一〇〇式は何度かしか食べたことがありません。

 

 しばらく弱火で煮て、三つ葉の代わりにさっと茹でたもやしを少量乗せれば、一〇〇式特製蕎麦米雑炊の完成です。

 昨日までのごちそうに比べると侘しいメニューではありますが、缶詰だけの食事よりはずっとマシだと思います。欲しがりません勝つまではの精神で我慢して貰います。

 

 というわけで、一〇〇式はお茶と雑炊と付け合わせのもやしの一夜漬けをお盆に乗せて、指揮官室に向かいます。そして、ドアをノックして、申告をして入りました。

 

「ああ。おはよう、一〇〇式(モモ)

 

 そう挨拶してくる指揮官の顔を見て、一〇〇式は少し驚きました。彼の顔色が目に見えて悪いからです。体調不良とかではなさそうですが。

 

「おはようございます、指揮官。…何かあったんですか?」

 

 一〇〇式は指揮官の机にご飯を配膳しながら尋ねます。何か悪いことがあったのでしょうか。そうだとすると、指揮官が顔色に出すぐらいなので、余程のことがあったのだと思います。

 

「ああ。…昨日から巡回に出ていたトンプソン達がE.L.I.Derの群れと遭遇した。…レヴァがいなければ全滅だったよ」

 

 そう言って指揮官はお茶を啜ります。一〇〇式はぎょっ、としました。この基地の巡回地区内にE.L.I.Derが現れるなんて初めてです。

 E.L.I.Derとは低濃度の崩壊液に汚染された生物で、映画に出てくるゾンビやミュータントみたいな姿をした化け物です。現在の人類最大の脅威であり、軍が必死になって食い止めている相手です。

 しかも、今回の群れにはC型が混じっていたそうです。C型やD型は人間からかけ離れた姿の怪獣のような姿をした文字通りの怪物です。軍用兵器のヒドラ型多脚式戦車でさえ全く歯が立たず、テュホーン大型戦車や軍用の木星砲を用いてギリギリ相手ができる程です。速度も異様なほどに早く、民間戦術人形では太刀打ちどころか、逃げることさえかないません。

 それをレーヴァティンちゃんは簡易装備で撃破したというのだから驚きです。しかも、百体以上のA型やB型諸共全滅させたというのです。彼女がお正月までこの基地に留まってくれていたことを感謝しないといけません。

 

「…レーヴァティンちゃんって強いんですね」

 

 一〇〇式は改めてそう思いました。単騎の簡易装備でそこまで強いのなら、本式装備でダミーフルセットだとどれだけ強いのか、想像もできません。

 

「全くだ。国連の連中が喉から手が出るほど欲しがってるってのも頷けるよ」

 

 指揮官が朝ご飯を食しつつ、肩を竦めてそう言いました。

 レーヴァティンちゃんこと、自衛軍甲型戦術人形はこの国のみで製造されている新型戦術人形で、正式に配備されたのは4年前だそうです。他に採用している国はありません。

 

 一〇〇式は首を傾げました。どうも指揮官の口振りだと、他の国でもレーヴァティンちゃんを採用したがってそうです。なら、どうして配備しないのでしょう。テュホーン大型戦車よりも強くてコストも安いと思うのですが…

 

 

「国が見返りにルクセト連合の常任理事国入りさせろ、と詰めかけているからさ。それが白人共には気に入らんのだろうよ」

 

 指揮官は大きなため息を吐いて言いました。

 指揮官の話によると、国際連合は今年実質的な世界国家連合であるルクセト連合として生まれ変わろう、としているそうです。この国はレーヴァティンちゃんの供与をダシにして、その常任理事国入りを目指しているのです。それを現在常任理事国家として企画されている白人国家が嫌って揉めているのだそうです。故に、D型に対する効果的な対抗策であるレーヴァティンちゃんの配備ができていないのだそうです。

 

「指揮官…あの…そういうこと言ってる場合じゃないと思うのですが…」

 

 一〇〇式は呆れてしまいました。世界は危機的な状況にあり、しかも物資の欠乏も深刻です。それなのに、そんな揉め事で有効な兵器の配備ができないなんて、一〇〇式には到底理解できません。

 

一〇〇式(モモ)の言うとおりだ。しかし、人間って奴はとことん馬鹿な生き物でな。絶滅の危機に瀕してさえ一致団結できやしないんだよ」

 

 ご飯を食べ終えた指揮官が吐き捨てるように言いました。

 指揮官の曰く、軍事機密に政治が絡まない、ということはありえないことで、何らかの利権がなければそれを供与する、ということはありえないと言うのです。政治家達にとっては、人類全体の存亡よりも国家の利益の追求や自身の面子を守ることが大事だ、というのです。

 

 一〇〇式は呆れて物も言えません。同時になんだか悲しくなってしまいました。これなら千鳥ちゃんに協力した方がよかったのではないか、と思ってしまうほどです。

 

「だが、人類が自らの愚かしさによって滅びても、それもまた人類の選んだ道なんだよ。…その業をあいつ一人が背負うなんてことはできやしない。どこかできっと破綻していたさ」

 

 指揮官はお茶を啜りながら静かにそう言います。彼もまた千鳥ちゃんのことを思い浮かべていたようです。

 そうかもしれない、と一〇〇式は思います。千鳥ちゃんの力は強大ですが、それでも世界の脅威を退け、人類全てに英知を授けることなんてできなかったかもしれません。この世界は個人が背負えるほど軽いものではないのでしょう。

 

「まあ、俺もあいつも含めて礎なのさ。この世を少しでも良くしていくためのな。そうして、ゆっくり世界を変えていけばいいなって。そう思いながら、仕事をしていくしかないのさ」

 

 そう言って指揮官はIFNデッキを立ち上げます。今日も指揮官の仕事が始まったのです。

 その姿を見て、一〇〇式も気持ちを入れ替えます。もう今更ないものねだりをしても仕方ありません。私達は今を受け入れて、日々最善の仕事をして生きていくしかないのです。

 表情を引き締めた指揮官を見て思います。彼はこの世を少しでも良くするための礎と自分のことを指して言いました。彼を信じて仕事をしていけば、きっと世の中はよくなる。そう信じて、一〇〇式は今日も仕事に励むのです。

 

「只今から副官任務を一〇〇式(モモ)からFALに交代する。直ちに一〇〇式隊は、G41隊、M590隊と共に出撃準備。軍が来るまでの間、件の地区の警備を頼む」

 

「はい。一〇〇式、任務了解しました」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は指揮官に敬礼で応え、部屋を出ます。

 今日も出撃です。しかも、相当危険な任務です。でも、一〇〇式達は怯みません。指揮官の目指す、少しでもマシな世界。それ実現するための礎として、一〇〇式達は全力を尽くします。その積み重ねの向こうに、明るい未来があると信じて。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17:甘いということは悪いことではないと思います

 基地から少し離れたゴーストタウンを、一〇〇式隊を乗せた軽トラが走って行きます。運転席にはFive-sevenさんが、助手席にはこの一〇〇式が座っています。他の3人は補給物資と一緒に荷台です。一応幌は着けていますが、あまり乗り心地はよくはないでしょう。

 

 G41隊とM590隊は既にヘリでトンプソンさん達のところに急行しています。なのに、一〇〇式隊だけ軽トラで遅れていくのには理由があります。

 

 指揮官の話では、鉄血が今回現れたE.L.I.Derに関する情報を鉄血が持っているとのことで、それを受け取ってから現地に赴くように、とのことでした。

 鉄血の機械人形は悪環境に強く、放射能汚染等やごく低濃度の崩壊液汚染にも耐えることができる質実剛健な構造になっているため、人類が未調査の汚染地域でも活動しているのです。今回もそういうところで何かを見つけたのでしょう。

 なお、悪環境に対する適応性は、実に軍戦術人形の方が更に高いのですが、彼らには人類の保全という仕事があるため、成果があるかどうかも分からない調査活動に用いることはほとんどできないのだそうです。

 

 指定されたポイントに辿り着くと、そこにはいくらかの鉄血の機械人形とそれに守られるように立っている小柄な人影がありました。あの姿は間違いなくジャッジさんです。

 

 ジャッジさんの近くに軽トラを停めて、一〇〇式だけが車を降ります。他のみんなはいざという時にすぐ逃走できるように車から降りません。

 流石にみんな緊張の面持ちでした。特に感覚の鋭いFive-sevenさんはすっかり囲まれていることを感じ取っているようです。普通に考えれば死地です。

 でも、指揮官から話はついている、と言われています。なので、一〇〇式はあまり緊張せずに歩みを進めています。指揮官を信じているのです。

 

「一〇〇式か。久しいな」

 

「お久しぶりです、ジャッジさん。…今日は戦闘はなしでお願いします」

 

 ジャッジさんの言葉に、一〇〇式はおずおずと申し出ます。

 ジャッジさんとは数ヶ月前に交戦しました。あの時は千鳥ちゃんの力で両足を破壊して勝利しましたが、ああいうのはもう勘弁して欲しいです。一〇〇式だって、好んでボロボロにはなりたくないのです。

 

「さて、手短に用を済ませよう。ここにE.L.I.Derのコロニーがある」

 

 そう言って、ジャッジさんは小さな金属片を一〇〇式に投げて寄越しました。記録用のチップのようです。どうやらこれにE.L.I.Derのコロニーの情報が記録されているのでしょう。

 

「核の爆心地の一つらしい。クレーター中に無数のE.L.I.Derが蠢いていた」

 

「そんなところにどうして…」

 

「知らん。だが、どうも大戦後に住み着いていた連中もいたようだ。粗末だが比較的新しい住居が確認されているからな」

 

 ジャッジさんの言葉に、一〇〇式は首を傾げました。そんなところに人が住んでいたとはどういうことなのでしょう。核の爆心地なんて、概ね高濃度の放射能汚染地域のはずです。そんなところに人が住む、などありえないことだと思うのです。

 それにE.L.I.Derはあくまでも崩壊液による汚染で発生するものです。放射能汚染でも人は変異することは確認され、フェラル・グールと呼ばれる知能をなくした変異体も確認されているようです。でも、E.L.I.Derとは全く別物であり、今回現れたものとどういう関りがあるのか分かりません。

 

「それを調べるのはお前達と軍の仕事だろう。…さて、わたしは誠実さを持ってお前の指揮官の要求に応えた。次はお前の番だ」

 

 ジャッジさんの言葉に、一〇〇式は困惑しました。取引を行うことを指揮官からは聞いていないからです。当然、取引の材料なども持たされていません。

 

「はい。…でも、私の方から提供できるもの等は持ち合わせが…」

 

「心配するな。大勢に関してわたしは関与していない。ただ、ここまでの足労に対して、わたし個人が要求しているのみだ。さしたる事ではない」

 

 一〇〇式の言葉に、ジャッジさんは正直にそう話してくれます。それ自体はありがたいのですが、一〇〇式はやはり少し困惑しました。

 SOPMODちゃんやROさん達に聞いた印象では、ジャッジさんはかなり高慢で他者を見下す性格といった感じでした。ところが、今彼女はあくまで誠実に一〇〇式に接してくれています。これはどういうことなのでしょう。

 

「料理というものを作って欲しい。わたしもいい加減、生体パーツの維持に栄養剤を飲むだけでは飽き飽きなのでな」

 

 なるほど、と一〇〇式は少し笑ってしまいました。そういえば、デストロイヤーちゃんもクリスマスパーティのご馳走に目を輝かせていました。やはり、鉄血の機械人形も美味しいものが恋しいのかもしれません。

 丁度、飯盒やポケットストーブや燃料も持ってきています。持ってきた食料の中にも使えそうなものが多数あります。

 

「分かりました。少し待っててくださいね」

 

 一〇〇式は快諾して、軽トラの方に行きます。そして、荷台からいくつかの食料とフードプロセッサーと携帯電源を取り出しました。RFBちゃんやZasさん、それにTMPちゃんが心配そうに見ていますが大丈夫、と笑いかけると安心してくれました。

 

 持ってきた食材はトマト缶とパイン缶、それにコンビーフ缶と玉ねぎ、それにオートミールとカレー粉とスパイスが少々というところです。これでカレーリゾットを作っていきたいと思います。

 

「カレーというものか…」

 

 ジャッジさんが不興気に表情を歪めます。彼女はどうもカレーというものを知っているようです。もしかして、カレーが嫌いなのでしょうか?

 

「何やら甘そうだな…わたしの外見からそれを好むと判断したのか?」

 

 ジャッジさんの不興の理由が分かりました。彼女は外見が幼いことをかなり気にしているようで、そこを論われると激怒するのだそうです。そして、甘いカレーは子供の食べるものだ、と認識しているのでしょう。

 

「そう言う訳ではないですよ。甘いカレーは子供のための食べ物というわけではありませんし」

 

 一〇〇式はそう言って調理を開始します。このカレーはそもそもみんなのために作るものなので、必ずしも子供向けというものではありません。食べればきっと納得してもらえる。そんな自信がありました。

 

 ポケットストーブに固形燃料を二個置いて火を点けます。そして、飯盒に大豆油を垂らしてなじませ、乾燥ニンニクとショウガ、それにトウガラシを加えて、香りが立つまで炒めます。

 次にみじん切りにした玉ねぎとローリエを加えて、混ぜながら水分を飛ばすように炒めます。玉ねぎがあめ色になったら、飯盒の蓋に取っておきます。

 そして、飯盒を綺麗に拭いて、もう一度たっぷりの大豆油を入れて、そこにクミンシードを入れます。しばらくすると、油が煮えてくるとシードが踊るように動きます。

 その間に、パイン缶をシロップごとフードプロセッサーに入れてすり潰します。そして、コンビーフの缶詰を開け、それを解していきます。

 そして、シードが踊っている飯盒にコンビーフを入れて炒めます。そして、コンビーフに火が通ったら、すり潰したパイン缶とトマト缶を入れます。そして、トマトを潰すようにかき混ぜながらしばらく煮込みます。そして、十分に煮込んだらカレー粉とオートミールを投入し、カレー粉が馴染んでオートミールが煮えたら一〇〇式特製、甘口カレーリゾットの完成です。

 

 一〇〇式は早速シェラカップにカレーを取り分けて、スプーンを添えてジャッジさんに渡します。ジャッジさんはしばらくカレーと一〇〇式を見比べていましたが、ため息を一つ吐いてスプーンでカレーをすくって食べました。

 

「…ふむ、なるほど」

 

 ジャッジさんはカレーを咀嚼して、何度か頷いて言いました。

 

「上品甘さとスパイシーな刺激を両立している。確かにわたしを侮って作ったものではないみたいだな」

 

「よかった、気に入って貰えて」

 

 一生懸命食べるジャッジさんを見て、一〇〇式はニコニコです。カレーは大成功でした。

 パインを入れて甘くしたカレーもスパイスを加えることで、刺激を楽しむことができます。また、甘い味付けにも合うオートミールを用いることで、より甘さと刺激を両立しているのです。

 

「…わたしはお前には興味がある。復讐者(エリニョス)から力を受け継いだお前が何を成すのか、にな」

 

 食べながら言うジャッジさんの言葉に、一〇〇式は彼女の態度に得心が行きました。彼女は千鳥ちゃんのことを知っており、その力を高く評価していたのです。そして、それを受け継いだ一〇〇式にそれなりの敬意を払ってくれたのでしょう。

 

「だが、わたし達は本質的には敵同士だ。…馴れ合いは互いの利があるときのみだ」

 

 ジャッジさんは冷淡な口調でそう言います。前回の事件も今回のことも、互いに利益があるからこそ裏で手を組んでるだけに過ぎないのです。彼女らとグリフィンは、本質的には互いに争う敵同士なのです。

 

「はい。…でも、なるべくならあまり戦いたくはないです」

 

「…甘いな。まあ、そういう奴は嫌いじゃない」

 

 一〇〇式の言葉にふと笑って、ジャッジさんはそう言い、再びカレーを食し始めました。

 確かに一〇〇式は甘いのかもしれません。でも、彼女達にも心はあるのです。目的の相違から銃火を交えることは今後もあるでしょうが、それでも互いに破滅するような戦いはしたくないものです。そういう考えのグリフィンドールが一人ぐらいいても許される、と思います。

 

「まあ、せいぜい生き延びて、わたしを楽しませてくれ。…おかわり」

 

「はい!」

 

 一〇〇式は笑って、ジャッジさんからシェラカップを受け取って、カレーを注ぎます。厳格な彼女に、一〇〇式の甘さは少しは気に入って貰えた。そんな気がしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18:たとえ英雄ではなくとも

「一〇〇式ちゃん、笑って~」

 

「あ、はい。…にこっ」

 

 軍の仮設陣地にて、兵隊の人のリクエストに応え、一〇〇式ははにかみながらぎごちない笑顔を作ります。それでも、周りにいる人達はおおっ!と歓声を上げてくれて、携帯端末で一〇〇式の写真を撮影します。もう日が傾いているというのに、フラッシュが眩しいです。

 

「一〇〇式ちゃん、握手してくれないかい?」

 

「あ、てめぇ! 抜け駆けすんな!」

 

「お前が一〇〇式ちゃんの手を握ろうだなんて、百年早い!!」

 

 大柄な兵隊の人の申し出に周囲からヤジが飛びます。みんな落ち着いて欲しいです。

 

「あの…握手ぐらい、いくらでもしますから…」

 

「マジか!? ありがとう、一〇〇式ちゃん!」

 

「なんだって!? じゃあ、次、俺もお願い!」

 

「俺も!」

 

 一〇〇式が言うと、みんな大興奮で言ってにじり寄ってきます。ちょっと怖いです。彼らに敵意がないのは分かっているのですが…

 

「散れ、馬鹿ども! 一〇〇式(モモ)を脅かすんじゃない!!」

 

 後ろから声が聞こえました。指揮官です。彼は大股でずかずか歩いて来て、30人ぐらいいる兵士のみんなに指を突き付けて、説教をするように言います。

 

「いいか! 一〇〇式(モモ)にセクハラをする権利は俺のものだ! 分かってるな!?」

 

「「「「「「「サー! イエッサー」」」」」」」

 

 指揮官の言葉に、兵士のみんなは直立不動の姿勢で敬礼をして言います。あの、指揮官。そんな権利、少なくとも一〇〇式は認めてないんですけど…

 

「よし! ならば、節度を持って接しろ! 後、こいつは差し入れだ。清鷹には許可は貰っている」

 

「やった~! 流石、少佐! 話が分かるぅ~!!」

 

 兵隊の人達は指揮官が差し出した一升瓶を受け取って喜びました。どうも、指揮官を少佐と呼ぶのはレーヴァティンちゃんだけではないみたいです。指揮官は軍を辞めて久しいのに…

 

一〇〇式(モモ)、すまんが、しばらくこいつらの相手をしてやってくれ。セクハラを働いたら俺に通達しろ」

 

 指揮官が一〇〇式の両肩を掴んで言います。一番セクハラを働いている人が何を言っているのか、と思いましたが、とりあえず頷いておきました。確かに指揮官ならともかく、他の人にセクハラをされたら流石に物凄く嫌ですし。

 

「しませんよ、少佐じゃないんだから」

 

「少佐こそ、あんまり一〇〇式ちゃんに変なことしたら袋叩きですよ?」

 

「あん!? ナマほざくな、ボケナスども!」

 

 軽口を叩くみんなに握った拳の中指を立てて見せて、指揮官は去って行きます。この後、どうもM14さんと用があるらしいです。西博士に色々パーツを貰ったり、ペルシカさんと設計図を詰めたりしていたので、きっと義体の改造の件かもしれないです。

 いいなぁ、って、一〇〇式は思います。義体の改造さえできれば、一〇〇式ももっと活躍できるかもしれないのに。しかも、指揮官が自ら改造プランを立てたのだとか。…ちょっとだけジェラシーです。

 

「というわけで、一〇〇式ちゃん。一緒に写真撮ってくれないかな? 一生の宝物にするから」

 

「あ、はい。いいですよ?」

 

 というわけで、一〇〇式は陽が落ちるまで兵隊のみなさんにお付き合いしました。結局みんなと握手して写真を撮ることになりました。

 みんな紳士的でしたし、セクハラをされることもありませんでした。でも、さすがにちょっとだけ疲れました。みんな、どうして一〇〇式とお話ししたり、握手をしたり、写真を撮ったりするのでしょう。ちょっと理解に苦しみました。

 

「すみません、一〇〇式さん。みんなの相手をして貰って」

 

 基地の隅の方で休んでいると、レーヴァティンちゃんがやって来ました。手には温かい飲み物を持っています。一つがお茶でもう一つは水のようでした。

 

「うん、大丈夫。みんなに喜んで貰えてよかったから」

 

「はい、みんな喜んでいました。一〇〇式さんは軍内でも人気ですから」

 

 そう言って、レーヴァティンちゃんは飲み物を手渡してきます。コーヒーのようでした。啜ってみると、塩が利いていることが分かります。指揮官が好きなコーヒーです。

 

「でも、どうしてみんな一〇〇式と握手したり、写真を撮ったりして喜ぶのかな?」

 

「不安であるからだ、と少佐はおっしゃっておりました」

 

 一〇〇式の問いにレーヴァティンちゃんが答えます。彼女もまた同じような経験があり、その疑問を指揮官に尋ねていたとのことでした。

 

「この明日をも知れない過酷な戦場で、兵士達は心の拠り所を求めています。配偶者や恋人がいる人はそれを拠り所にするのですが、それがない者は一〇〇式さんのようなアイドルを拠り所にするのです」

 

 レーヴァティンちゃんの言葉に、一〇〇式は衝撃を受けました。彼らが自分との接触を求める理由が意外にも重かったからです。

 人は強い生き物ではない。何か心の拠り所がないと、とても命を懸けて戦えるもんじゃない。指揮官は以前一〇〇式にそういったことがありました。

 兵士の皆さんは人々を守るために、人類の領域に迫るE.L.I.Derとの戦いを日々繰り広げています。時には、自身がE.L.I.Derになる危険を冒して、崩壊液汚染区域に足を踏み入れることさえあるのです。

 そんな地獄のような戦場で、死と隣り合わせの生活を強いられて、ストレスで気がおかしくなってしまいそうになることもあるそうです。そんな時、一〇〇式の写真を見たり、握手した思い出なんかがあれば少しは心の慰めになる、とのことです。兵士の皆さんも少しだけ救われる、とのことです。

 

「…前線で戦えなくても、お役に立てることはあるんだ…」

 

「はい。一〇〇式さんのお陰でみんな笑顔を取り戻せたのですから」

 

 レーヴァティンちゃんの言葉に、一〇〇式は兵士の皆さんの笑顔を思い出します。過酷な戦場で、死と狂気の狭間に生きる彼らにとって、笑える時間は貴重なものだったのでしょう。それを作り出せた自分が少しだけ誇らしい、そう思いました。

 一〇〇式はレーヴァティンちゃんのように、前線で幾多の敵を撃滅し、人類を守るために戦うことはできません。でも、みんなのために出来ることはあるのです。英雄にはなれなくても、それでも一生懸命お役に立とう。そう願って頑張ることが大切なのだ、と思うのです。

 

「…ねえ、レヴァちゃん。いつか教えた料理、一緒に作らない?」

 

「はい。実はそれをお願いしに来たのです」

 

 一〇〇式の申し出にレーヴァティンちゃんが頷いて言います。彼女もまた、兵士の皆さんのために出来ることをやろうとしていたのです。

 

「行きましょう、一〇〇式さん。小隊長からの許可は得ていますので」

 

「うん!」

 

 レーヴァティンちゃんと一緒に一〇〇式は立ち上がりました。きっと、美味しく作ってみせる。そう心に誓いました。些細なことでも、一生懸命やっていくことで明るい未来が作れる。そうであることを信じて、一〇〇式は頑張って行きます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19:私達が力を得た意味

 事件が終わり、一〇〇式隊は基地に帰還することになりました。みんな傷一つなく、元気なままです。今回戦闘は一切なかったのです。地震みたいなことはありましたし、E.L.I.Derの発生源に向かった指揮官と仮設M14隊は流石に戦闘をしたらしいですが、ほとんど損害もなく事件は終わってしまったみたいです。

 

 何だか、狐に包まれたような気持ちですが、事件が終わったので一〇〇式は安心です。もし、C型やD型のE.L.I.Derと戦えば、千鳥ちゃんの力をフルパワーで使わざるを得ず、そうしたらまたボロボロになってしまいます。一〇〇式だって、好き好んでボロボロになりたいわけではないです。

 

 基地へ帰還して、ダミードールを置いて、検査を受けた後一〇〇式は指揮官室に向かいます。今指揮官はこの基地には居ません。今回の事件の後始末があるとかで、M14さん達を引き連れて軍の人達と一緒に行ってしまいました。

 なので、指揮官室にいるのは指揮官代行のM4さんです。M4さんは正式に指揮官代行のできる数少ない人形なのです。

 なお、いつもはFALさんが指揮官代行をするのですが、今回は裏工作があるらしく基地にまだ帰っていないそうです。そんなわけで、M4さんにお鉢が回ったみたいです。

 

「お帰りなさい、一〇〇式(モモ)

 

 部屋に入ると、M4さんが笑顔で迎えてくれました。

 

「ただいま、M4さん。データはカリーナさんに提出しておきましたから」

 

「うん。ご苦労様」

 

 一〇〇式が言うと、M4さんはそう言って労ってくれました。そんなM4さんの肩に、なんだか物々しいケースが吊られているのを、一〇〇式は見ました。あれは、一年前に使っていた、M16さんから受け継いだ装備です。簡易式の突撃砲と言えるもので、あれを用いたM4さんは全グリフィンドール中で最強クラスの火力を実現できます。

 とはいえ、M16さんが還ってきたことと、あの事件に片が付いたことから、あの装備はしばらく使ってなかったようです。復讐者としての自分と決別するために封印していたのかもしれません。でも、今になってなぜ持ち出してきたのでしょうか?

 

「ああ、これ? …もし、指揮官や一〇〇式(モモ)が危険そうなら、これを持って援軍に向かうつもりだったの」

 

 一〇〇式の視線に気が付いたM4さんが少しだけ照れたように笑って言います。確かにE.L.I.Derが跳梁跋扈する戦場では並の戦術人形では歯が立ちません。フル装備のM4さんやAR-15さん、それにSOPMODちゃんの力が必要になるでしょう。

 

「…たった一年前の事なのに、もうすっかり昔のことみたいね…」

 

 M4さんがケースを机の上に降ろして、なんだか懐かしそうにそれを撫でます。一年前に起きた数々の事件。それらについて思いを馳せているのかもしれません。一〇〇式もまたあの事件のことを思い出します。鉄血や反乱軍、それにE.L.I.Derと刃を交えたあの日々は、すっかり過去の思い出です。一〇〇式も指揮官の直属部隊として戦いましたが、辛い戦いの連続だったことはよく覚えています。

 

「…色々、ありましたね」

 

「…ええ、本当に」

 

 一〇〇式とM4さんと視線を絡ませてしみじみと言います。あの戦いで、M4さんは心を砕かれるような悲しい思いをいくつも味わいましたが、指揮官のお陰で悲しい運命は覆されました。そして、今はこの国で新しい生活を送れています。こんなにありがたいことはありません。

 

「でも、M4さんはあんまり無理しないでくださいね? …大事な身の上なんですから」

 

 一〇〇式はM4さんが受け継いだ力に思いを馳せて言います。彼女は私達戦術人形の主のような力を持っているのです。そんな彼女が無理をして失われれば、物凄い損失になります。

 今回の戦いでも、M4さんが失われることを避けるために指揮官は指揮官代行に据えたのだと思います。放射能汚染地域での戦闘が予想される任務で、生身の脳を持つ彼女を出撃させるのは危険極まりないことなのですから。

 

「無理をする気はないわ。…ただ、指揮官や友を守るためなら力を尽くしたい。そう思うだけ」

 

 M4さんはそう言ってケースを担ぎなおしました。以前は自身の復讐のために使っていた力。今はそれを仲間のために使いたい、と彼女は願っているのです。

 

「それに貴女も人のことは言えないでしょう? 貴女が持っている力は、世界の希望そのものなんだから」

 

 M4さんが銃の先についている小太刀を見て言います。千鳥ちゃんから受け継いだ力。指揮官の曰く、それは人類の今後を決める大いなるものなのだそうです。

 その意味は一〇〇式にも分かります。でも、一〇〇式はこの力を世界云々よりも、まず指揮官やみんなのために使っていきたい、と思っています。

 

 紆余曲折あって、私達は戦術人形の域を超えた大いなる力を得ました。それは世界さえ変えられる力なのかもしれません。でも、それでも私達は一戦術人形なのです。そんな大袈裟なことよりも、まずみんなで戦場から生還して末永く一緒に暮らしていきたいです。そのために力を使っていくことは決して間違っていない、と思います。きっと、千鳥ちゃんもそう望んでいると思います。

 

「じゃあ、娯楽室に行って戦勝のサワー会でも開きましょう。せっかく指揮官代行なんだし、権限は使わせて貰わないと」

 

「はい、M4さん」

 

 M4さんと一〇〇式は悪戯っぽく微笑んで言葉を交わし、指揮官室を共に出ます。指揮官権限で、みんなを集めてサワー会です。久し振りにみんなの顔を見ることができます。一〇〇式は胸を躍らせながら、歩き慣れた基地の廊下を歩いて行きました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20:人の戦い

 現時刻は2130i。一〇〇式は今台所にいます。

 本来ならもうすぐ消灯なので、歯磨きをして寝るところです。でも、一〇〇式はボウルに入れた水及び小麦粉と格闘中です。お汁粉を作っているところなのです。

 

 食べて貰いたい相手はカリーナさんです。今日、カリーナさんは徹夜でお仕事をするらしいので、お夜食に作ってあげているのです。

 カリーナさんは若いですが、この基地の後方幕僚で補給や管理のお仕事をしてくれています。一人で基地全体の用務をこなさないといけないのでかなり大変らしいですが、それでも慢性的な人員不足のグリフィンでは、他の基地も似たり寄ったりな状況であるらしく、指揮官がある程度手伝ってくれる分マシな方だ、と言います。

 今回の業務は普段の作戦報告資料とは違う、会議用の資料を纏めているのだそうです。本来ならとっくにできていないといけなかったものらしいですが、指揮官が出撃する事態になったため、普段より忙しかったカリーナさんはそれに手を付けることができなかったのだといいます。

 

 一〇〇式はそれらのことをお手伝いすることができません。なので、せめてお夜食ぐらいは用意して、カリーナさんの心を少しでも温かくしてあげたいです。なので、一〇〇式はまだ寝ないで一生懸命お料理しています。

 

 少量の甘味料を混ぜた水を少しずつ入れながらせっせと混ぜていると、次第にボウルの中の小麦粉から粉っぽさがなくなって纏まってきました。頃合いです。

 一〇〇式はコンロで沸かしていたお湯にスプーンで掬って入れて行きます。後は、それを茹でて浮いてきたら火を止めてザルに挙げて行きます。これでお餅は完成です。

 

 後はお汁粉の方です。

 まず冷蔵庫から取り出した常備してある大豆の水煮を取り出します。

 それをフードプロセッサーに入れて攪拌します。壁に付いた分も一緒にしながら、30秒ほどかけて滑らかにします。

 そして、フライパンにそれを移し、豆乳と甘味料を10gと塩を一つまみを加えて、弱めの中火にかけます。そして、じっくりと混ぜながら水分を飛ばしていきます。

 約五分後、煮詰まってきて軽くとろみが出てきました。そこで火を弱火にします。ここからは焦げ付きやすいので絶えずかき混ぜます。

 それから更に五分後、フライパンの中身は動かしたらへらの跡が残る程に水分がなくなってきました。

 そこに豆乳を加えて、全体をのばします。そして、あらかた均一になったら、マーガリンを加えてなじませます。

 そして、最後にそれを器によそって、小麦粉餅を入れて、上にきな粉を散らしたら一〇〇式特製ホワイトお汁粉の完成です。

 

 一〇〇式はそれと渋めのお茶をお盆に乗せて、データルームに行きました。中に入ると、カリーナさんが必死の形相で資料を纏めています。後ろから見たところ、まだスライド5枚程度しかできていないようです。そういえば、一昨日指揮官がこの前の事件についても報告書に加えるように、って言って分厚い資料を渡していました。あの時のカリーナさんの絶望的な顔は忘れられません。きっと、まだまだ完成までは遠いのだと思います。

 

「カリーナさん…少し休憩しませんか?」

 

 一〇〇式はカリーナさんに声をかけます。お汁粉の匂いを感じたカリーナさんは疲れた顔を綻ばせながら手を休めます。

 

「ありがとう~、一〇〇式(モモ)ちゃん」

 

 そう言うカリーナさんの前にあるキーボードを脇にどけて、お盆ごとお汁粉を置いてあげます。カリーナさんは両手を合わせ、いただきますをしてからお箸を手に取って、お汁粉を食し始めました。

 

「嗚呼…凄い優しい味…しみるぅ~…」

 

 カリーナさんは一口食べてしみじみとそう言いました。喜んで貰えてよかったです。

 大豆でできたお汁粉はとてもまろやかな風味で、本家のお汁粉よりも甘みが柔らかくて優しい味わいになります。決して代用品ではない味わいなのです。…欲を言えば、甘味料をザラメに変えて、マーガリンをバターに出来れば良かったのですが…

 

「美味しかったぁ。これで今夜も頑張れるわ」

 

 お汁粉を完食して、お茶を飲み終えたカリーナさんがキーボードを手元に戻して、再び端末及び膨大な資料と向かい合います。お盆を回収した一〇〇式はそのとんでもない量の資料に唖然とします。これ、本当に今晩で終わるのでしょうか…?

 

「あの~、カリーナさん…FALさんとか呼んできてお手伝いしましょうか…?」

 

 流石に可哀想になった一〇〇式はそう申し出ます。FALさんならきっと資料の作成をお手伝いできると思いますし、きっと一〇〇式がお願いすれば聞いてくれると思います。もちろん、一〇〇式もできることは何でもやろうと思います。

 

「ううん…申し出はありがたいんだけど…それやると、指揮官様に怒られるから…」

 

 カリーナさんは苦笑しながら一〇〇式の申し出を断ります。確かにそれをやると指揮官は怒ると思います。

 指揮官はいい加減そうに見えますが、職務の領分についてはきっちりしている人です。例えば、戦場の事は戦術人形である私達の領分です。なので、全体的な作戦は提示しますが、戦場の事について細々と指示したりはしません。

 まして、自分で戦場に出るようなことはしません。彼自身、甲型軍用戦術人形に準ずるぐらい強いのに、です。

 なぜなら、それをやると私達戦術人形の存在意義を奪ってしまうことになるから、と言います。

 確かに、基地全体の指揮統率、及び物資の調達等様々な業務をしてくれている指揮官が、戦場にまで出てきて敵を薙ぎ倒したりすると、自分達戦術人形は何のためにここにいるのか分からなくなります。なので、その考え自体はありがたい、と思っています。

 でも、それ故にカリーナさんを手伝うことも良しとしないでしょう。指揮官は戦闘や後方任務以外の業務に戦術人形が関わることを嫌うからです。FALさんは例外扱いされているような気もしますが、それでも非常事態でもないのに領分以外の仕事に関わるといい顔はしないでしょう。

 

 でも、このままではカリーナさんが可哀想ですし、仕事も終わりそうにありません。一〇〇式は指揮官に手伝う許可を貰いに行こうと思います。きっと、誠心誠意お願いすれば指揮官も頷いてくれる、と思います。

 

『カリーナ。そろそろ日付が変わるが、会議の資料はどうした?』

 

 そんなことを考えていると、通信モジュールを通じてデータルームに指揮官の声が響きました。

 

「し、指揮官様!? …ええと、明日の朝までには必ず…」

 

『…おい、会議は明日なんだぞ? 俺が見てない資料をそのまま持っていけ、って言うのか?』

 

 カリーナさんの言葉に、指揮官は呆れたように言います。

 確かに指揮官の言葉は正しいです。こういう資料は事前に指揮官に見せて、十分な校正をして初めて完成と言えます。明日の資料を今からまとめる、というのでは遅すぎます。

 でも、と思います。カリーナさんだって不測の事態があって大変だったのです。少しは大目に見てあげて欲しい、と思います。

 

「あの、指揮官。カリーナさんが可哀想ですから、叱責はそれぐらいで…」

 

一〇〇式(モモ)、そういう話じゃないんだ』

 

 カリーナさんを弁護する一〇〇式に、指揮官は優しく、でも断固とした声で言います。

 

『俺やカリーナ、それに整備班の連中も仕事には命を懸けて取り組むぐらいじゃないと駄目なんだ。だから、仕事には厳しい姿勢で臨むんだ。君達が戦場で命を懸けているのに応えるためにな』

 

 そう言う指揮官の声は決意に満ちていました。確かに指揮官はだらけていることもありますが、仕事は完璧にこなし、それ以外にも独自のルートで物資を調達したり、情報収集して様々な事件を解決したり、とその仕事ぶりは称賛に値する、と思います。

 みんな指揮官には色々言いながらも、それでも彼を尊敬し信頼して戦えるのは指揮官が一生懸命頑張ってくれていることを知っているからです。みんなが安心して戦えるように全力でバックアップしてくれることを信じているからです。だから、指揮官の言葉は正しい、と思います。

 

「でも…誰もがみんな指揮官みたいにできるわけじゃないんです…」

 

 一〇〇式は俯きながらそう言います。

 指揮官の言うことは正しいです。でも、誰もが指揮官みたいに何が起きても仕事を完璧にできるような人ばかりではありません。カリーナさんだって普通の女の子なんです。仕事が遅れて困っているなら、誰かが助けてあげるべきだ、と思います。

 

『その辺りは分かっているよ、一〇〇式(モモ)。…カリーナ、今から送るファイルを確認するんだ』

 

「…? は、はい」

 

 カリーナさんの端末にメールが届きました。送り主は指揮官です。本文には、次からは頑張れ、とだけ書かれていて、何やらファイルが添付されています。

 それを開いてみて、カリーナさんは驚きました。一〇〇式もびっくりです。

 それは明日の会議の資料でした。カリーナさんの反応を見るに、あの膨大な資料の内容が纏められたものなのでしょう。なんと、指揮官は業務をしながら、カリーナさんの仕事を一部肩代わりしてあげていたのでした。

 

「指揮官様…!」

 

『お前の作った部分を反映して、その後読み合わせと校正を行う。日をまたぐ前には終わらせるぞ』

 

「あ、ありがとうございます、指揮官様!!」

 

『気にするな。お前だって女の子だ。非常事態でもないのに徹夜はさせられん』

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は微笑みました。普段指揮官はカリーナさんのことを割とぞんざいに扱っていますが、こういう時はちゃんとフォローしてくれるのです。

 

一〇〇式(モモ)、済まんが俺にも茶を淹れてくれ』

 

「はい、分かりました」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は笑顔で頷いて、希望に表情を輝かせるカリーナさんに一礼をして部屋を出ます。

 そういえば、指揮官は戦術人形として決して優秀ではない一〇〇式を大事にしてくれて、激励と叱咤を繰り返しながら第一部隊の隊長を任せてくれています。指揮官はみんなをしっかり見て、陰に日向に助けてくれるのです。こんなありがたいことはありません。

 頑張って美味しいお茶を淹れて、指揮官に喜んで貰おう。一〇〇式はそんな気持ちを胸に、弾むような足取りで再び台所に向かいました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21:指揮官がキレました!

 ある日のことです。指揮官はグリフィンを支援する企業との話し合いに出かけました。足は指揮官の私有車です。公用車のバンが今整備中で動かせないですし、流石に軽トラで行くのは憚られたからです。

 交渉は順調に進み、一〇〇式達は支援物資を得て帰路に着きました。この車では大した物資は運べませんが、後日企業側が持ってきてくれるそうです。指揮官はほくほく顔でした。一〇〇式も平和裏に交渉が終わってよかった、と思います。

 

 でも、その帰り道に運悪く鉄血の部隊に接触してしまいました。奴らは指揮官の車に銃撃を加え、帰還を阻止する構えです。

 

「あのボケども…人の車に大穴こさえやがって…」

 

 破棄されたビルの陰に車を停めた指揮官が怒りに震える声で言います。車には多数の銃痕が刻まれていて、ライトとかも壊されてます。修理が大変そうです。

 

「で、どうするの、指揮官? 奴らを蹴散らさないと帰るに帰れないわよ?」

 

 銃を構えたFive-sevenさんが緊張の面持ちで言います。鉄血の機械人形が迫っています。結構な大群です。

 でも、一〇〇式達はたった3人です。ダミーさえ連れていません。しかも鉄血側には恐らくBOSS級がいます。非常に危険な状況です。

 

「おうよ。蹴散らしてやるさ。俺の車の恨みを倍返ししてやる」

 

 指揮官は炭火のような怒りを込めた言葉を吐いて、車のドアを蹴り開けて言います。

 

一〇〇式(モモ)、千鳥を貸せ。あのボケナス共に身の程を分からせてやる!」

 

 そう言って指揮官は手を差し出しました。でも、指揮官には超加速とか使えないはずなので単なる小太刀としてしか使えません。ということは、鉄血の機械人形相手に接近戦をやろうということです。指揮官が強いのは知ってますが、いくらなんでもそれは、と思います。

 

「大丈夫よ、一〇〇式(モモ)ちゃん。…指揮官が本気出したら、あんな連中居ないも同然だし」

 

 Five-sevenさんが苦笑しながら言います。それを聞いた一〇〇式は改めて指揮官の顔を見ます。怒りに満ちた有無を言わせぬ表情でした。なので、一〇〇式は黙って千鳥ちゃんを渡しました。千鳥ちゃん、指揮官を守って。そう願いながら。

 

「ありがとう、一〇〇式(モモ)。二人はそこに隠れているんだ。久し振りに体育してくる」

 

 指揮官は軽く体操をした後、ビルの陰から飛び出しました。拳銃一丁と、千鳥ちゃんを握って。

 一〇〇式もまたドアを開けて指揮官の後を追います。援護射撃をして、指揮官を支援するのです。

 でも、そんなのは全然必要なかった、とすぐに思い知らされました。

 

 指揮官は物凄い速度で鉄血の機械人形の群れに突っ込んでいきます。足からはローラーが出ています。まるでスケート選手のような動作の指揮官の速度は推定120km程です。明らかにレーヴァティンちゃんより速いです。

 

 鉄血の機械人形はすぐに指揮官に向けて銃を向けます。吐き出された銃弾は瓦礫や地面を穿ちます。指揮官は5mも飛び上がって銃弾を回避したのです。次の瞬間、指揮官の姿が消えました。

 

「おせぇよ、雑魚ども」

 

 その声と共に指揮官の手が閃き、10体の機械人形の首が飛びました。何と指揮官は敵の背後に回り込んでいたのです。後で聞いたら、足に内蔵されているエアロモーターで回り込んだ、とのことですがそんな性能のエアロモーターなんて聞いたこともないです。

 

「ちっ! 何なんだ、あれは!?」

 

 指揮官の後方から新手が現れました。先頭には鉄血のBOSS級人形であるハンターさんがいました。あっという間に全滅した、前衛に驚いているみたいです。

 

 指揮官は左腕で首のない機械人形を持ち上げ、ハンターさん達に投げつけます。時速100kmで殺到した遺骸を避けるべく散開したハンターさん達に、指揮官が突撃します。右手の大型マシンピストルをフルオートでまき散らしながら。

 

 ハンターさんは銃弾を避けるように、伏せながら両手の拳銃を指揮官に向けますがその時にはもう指揮官の姿はありませんでした。

 

「千鳥はいい子だ。俺の願いについて来てくれる」

 

 ハンターさんの後ろに回り込んだ指揮官がそう言った次の瞬間、周囲の鉄血の機械人形が五体バラバラになって地に落ちました。推定100体ぐらいの機械人形が、です。

 間違いないです。指揮官は超加速を使いました。でも、どうして千鳥ちゃんの力を指揮官が使えるのでしょう。それに、どうして超加速の反動を受けないのでしょう。戦術人形の一〇〇式さえ、超加速を使うと反動で義体がガタガタになるのに…

 

「お前…化け物か!?」

 

「おうよ、糞ボケが。後でエージェント辺りにこってり怒られやがれ!」

 

 ハンターさんとの問答の次の瞬間、指揮官はハンターさんの真後ろにいました。ハンターさんの両腕は地に落ちています。赤い人工血液が噴き出して、地面を濡らしていきました。

 

「失せろ。今日のところはこのぐらいで済ませてやるが、次になめたことしたら、てめぇらの本拠地にレーヴァティン型1ダース送ってやるからな?」

 

「チッ…、こんな奴に…」

 

 指揮官の言葉にハンターさんは、呪詛のような言葉を吐いて撤退していきました。指揮官は千鳥ちゃんを鞘に納めて悠々と歩いて帰ってきました。そして、ありがとう、って言って一〇〇式の手に千鳥ちゃんを押し付けて、運転席に座ります。一〇〇式も急いで助手席に座りました。

 

「あーあー、穴ぼこだらけだ。くそっ、TMPと89式に修理付き合ってもらうか」

 

「ご愁傷様、指揮官。まあ、タイヤがパンクしてないだけマシね」

 

「そこまでやってたら、首を撥ねてたぜ、こんちくしょう」

 

 指揮官の悪態に、Five-sevenさんが苦笑しながら言います。でも、一〇〇式の頭の中は疑問でいっぱいです。

 指揮官が強いのは前々から知っています。指揮官の左腕と両足の脛から先は義体です。しかも、レーヴァティンちゃんよりも上質な軍用規格でも最上級のそれです。戦闘能力はレーヴァティンちゃんに準ずるほどであり、武器さえあるならD型感染者でも倒せるそうです。

 でも、まさか千鳥ちゃんの力まで使えるとは思いませんでした。千鳥ちゃんの力を使うにはある種の才能が必要であるらしく、彼女亡き後使えるのは一〇〇式だけ、という話でした。それなのに、指揮官は一〇〇式よりも上手に千鳥ちゃんの力を使ったのです。

 

「新型OSの試験をしてみたが、まあまあ上手くいったな」

 

 運転しながら指揮官がつぶやきます。そう言えば、指揮官は千鳥ちゃんや一〇〇式のメンタルモデルを元に、千鳥ちゃんのナノマシンを使うためのOSを組んでいた、と言いました。それを今回自身で試してみたのかもしれません。

 

「指揮官、もしかして…」

 

「ああ。千鳥の力を使うためのOSが概ね完成したのさ。これなら、実用もできるだろう」

 

 細かい調整は必要だろうけどな、と指揮官は言いました。

 

 指揮官の目標の一つである千鳥ちゃんの力を使える戦術人形の量産。それが現実のものになったのです。一〇〇式が指揮官に聞いた話では、そのOSをレーヴァティンちゃんに搭載して、義体に改修を施した後に新型のミッションパックを搭載して完成するそうです。コードネームは『ライキリ』だそうです。

 一〇〇式の心境は複雑です。指揮官の念願が実現しつつあります。そして、それは世界を平和にする一歩なのかもしれません。

 でも、千鳥ちゃんの力が彼女の憎む政府に使われてしまいます。そして、どんな理由であれ戦いのための道具になるのです。それは本当にいいことなのか。一〇〇式の心の中に葛藤が生まれました。

 

一〇〇式(モモ)、千鳥は曲がりなりにもこの世界の平和を願っていた。俺はこれが彼女の遺志に適う道だ、と信じている」

 

 そんな一〇〇式の心を察したのか、指揮官が肩を抱いて言ってくれます。そうかもしれません。この世界は脅威に満ち溢れています。それを打ち払う力になれるのなら、千鳥ちゃんは喜んでくれるかもしれません。でも、何か引っかかるものがあります。喉の奥に引っかかった魚の小骨のような。そんな感覚です。

 

「大丈夫だ。俺は…いや、俺達はその力を制御して見せるさ。…道を間違えてると思ったら、一〇〇式(モモ)が指摘してくれ。俺はお前のことを信じてるから」

 

 指揮官が一〇〇式の頭を撫でて言います。そこには無条件の信頼を感じました。一〇〇式は指揮官を見ます。その笑顔は穏やかでしたが、どこか悲しそうにも見えました。

 

 無敵に見える指揮官。迷うことなんてない指揮官。一〇〇式はそう思ってました。でも、本当は指揮官も迷っていて、自分の道が本当に正しいのか分からないのかもしれません。

 そして、指揮官は一〇〇式にストッパーの役割を願っているのでしょう。もしも自分が間違えているのなら、止めて欲しい。そう願って。千鳥ちゃんがそうであったように。

 

「はい、指揮官。…一〇〇式は頑張ります」

 

 一〇〇式は指揮官にそう答えました。心に強い決意を秘めて。

 何が正しくて何が間違っているか、今の一〇〇式には分かりません。でも、今のところ指揮官の判断が間違っているとは思えません。一〇〇式は指揮官について行きます。

 でも、もっと勉強をしていこう、と思います。万が一、指揮官が道を間違えたらそれを正せるように。それこそが、千鳥ちゃんの力を受け継いだ一〇〇式の使命だ、と思うから。

 一〇〇式は指揮官と視線を交わしました。そこには揺るぎない信頼の心がありました。指揮官、大丈夫です。一〇〇式は貴方の信頼に応えて見せます。懐の小太刀が少し熱くなっているように感じました。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22:苦手への挑戦!?

 一〇〇式は大小のタッパーを乾燥室から回収し、台所に向かっています。中身は両方納豆です。大豆を茹でて、前に作った納豆を混ぜて、暖かい場所で放置すると簡単に納豆はできます。衣類を干す乾燥室は40度前後の温度なので、納豆を作る環境としてはうってつけです。もちろん、服に匂いが付いたりしないように気を付けています。

 指揮官は納豆が大好きで、特に納豆トーストを焼いてあげると物凄く喜んでくれます。しかも、一〇〇式の作る納豆は、軍属時代に食べていた食堂の納豆よりもずっと美味しいと褒めてくれます。それが嬉しいので、一〇〇式は一生懸命納豆を作ります。一〇〇式も納豆好きですし。

 でも、この基地で納豆を食べるのは、指揮官と一〇〇式、それに新しく入って来た四式ちゃんぐらいです。他の娘は基本的に納豆は嫌いで、特にFALさんなんかは見るのも嫌、と言います。

 

 ただ、一〇〇式はそれとは知らせずに納豆を使って料理することがしばしばあります。納豆は旨味が強いので、味の満足度が高くなるのです。実際、何度かみんなに食べて貰ってますが、みんな美味しいと言って喜んでくれます。特にこの前作ったお好み焼きをFALさんはとっても気に行って、三枚も食べてくれました。

 

 台所に着いた一〇〇式はタッパーの中身を確認します。小さい方は普通の納豆で、これは指揮官用です。大きい方はひきわり納豆です。こっちは主にみんなの料理に用います。

 

「お、いたいた」

 

「お嬢、すまない。今暇か?」

 

 そうしていると、不意にM16さんとトンプソンさんが顔を覗かせました。どうも、一〇〇式を探していたみたいです。

 

「はい。手は空いてますけど…」

 

「悪い、一〇〇式(モモ)。何か作ってくれ」

 

「ああ。菓子や豆を肴に飲むのも、そろそろ嫌になってきてな…」

 

 M16さんとトンプソンさんが頭を下げて言います。彼女らはお酒が大好きで、よくおつまみを作って欲しい、とお願いされます。もちろん、一〇〇式はいつも快く応じています。今日ももちろん、そうするつもりです。

 

「はい、いいですよ。せっかくなので、出来上がったこれを使いましょう」

 

「ん? なんだそれ?」

 

 大きいタッパーを開けて言う一〇〇式の手元を覗き込んで、そして次の瞬間、顔をしかめます。中身が納豆だと分かったからです。

 

「…あー、悪い、お嬢。俺は納豆はちょっと…」

 

「ああ…それに、納豆がジャックダニエルに合うとは到底思えんな…」

 

 二人ともあからさまに難色を示します。想像通りです。でも、今回は納豆を使います。

 M16さんの好きなジャックダニエルは強いお酒で、味わいのあるものでないと料理がお酒に負けてしまいます。そして、今基地にお肉とかのストックはありません。なので、納豆を使うのが一番です。

 

「大丈夫です。一〇〇式を信じてください!」

 

「…まあ、お嬢がいうなら…」

 

「…ああ。一〇〇式(モモ)が不味いもの作ったことはないからな…」

 

 二人は心に一抹の不安を感じながらも一〇〇式を信じてくれたみたいでした。よかったです。

 娯楽室に向かう二人の姿を見送って、早速料理開始です!

 

 一〇〇式は机の上にビニールシートを敷いて、冷蔵庫から取り出した小麦粉の生地を千切って、机の上で伸ばして行きます。今日の料理は餃子です。一口にするために小さめに皮を作って行きます。

 皮が沢山出来たところで、冷蔵庫からもやしのキムチを取り出します。これも一〇〇式が漬けたもので、結構辛めに味付けをしています。それをもやしの汁を切って、まな板の上に乗せ、少々粗目のみじん切りにしていきます。

 そして、納豆とキムチ、それにガーリックパウダーと醤油、そして、隠し味に少量の酢をボウルに入れます。後はそれをかき混ぜれば、餡が完成します。後は、それを餃子の皮に包んで餃子を作って行きます。

 

 そして、フライヤーの温度を160度に設定して、それらを揚げて行きます。表面がこんがりきつね色になったら、あげてキッチンペーパーに乗せて、余分な油を切ります。

 そして、それらをお皿に盛り付け、ハーブソルトの小皿を添えれば、一〇〇式特製納豆キムチ揚げ餃子の完成です!

 

 一〇〇式は意気揚々と山と盛られた餃子をお盆に乗せて、娯楽室に行きます。二人は大きなボトルとグラスを用意して待っていました。

 

「おまたせしました!」

 

「ああ、ありがとよ、お嬢」

 

 トンプソンさんのお礼を聞いて、一〇〇式は机の上に餃子とハーブソルトの小皿を置きます。さあ、二人とも召し上がれ!

 

「…見た目は旨そうだな…」

 

「…ああ。…だが、中身納豆なんだろ?」

 

 トンプソンさんとM16さんはやはり不安があるようで、フォークで餃子をつついて警戒します。やっぱり、納豆は苦手なようです。でも、一〇〇式はにこにことその様子を見守ります。一つ食べて貰えれば、すぐにでも気に入って貰える確信があるからです。

 

「…ええい! 俺はお嬢を信じる!!」

 

 そう言ってトンプソンさんがそのまま食します。普段、とても豪胆なトンプソンさんが目をつぶって、すっごい決心をした様子で食べる様がどこか可愛かったです。

 

「…うおっ! 美味い!!」

 

 口に入れて、しばらく咀嚼したトンプソンさんが目を見開いて言いました。

 

「本当か、トンプソン!?」

 

「ああ! 全然納豆って感じじゃない。美味すぎる!」

 

「なんだと!? どれどれ…」

 

 トンプソンさんの言葉を聞いて、M16さんも食します。

 

「…美味い! 一〇〇式(モモ)、これ本当に納豆なのか!?」

 

「はい。正真正銘の納豆です」

 

 驚くM16さんに一〇〇式はにこにこと笑って言います。よかった、気に入って貰えて。

 

 納豆が嫌いな人の嫌いな理由は、匂いとぶよぶよした食感とねばねばです。

 まず匂いはニンニクとキムチ、それに揚げ餃子に閉じ込めることで誤魔化しています。食感もひきわり納豆であることと、しゃきしゃきのもやしのキムチを混ぜることであまり感じられなくなります。そして、ねばねばは酢を入れるとかなりの程度減らせます。これによって、納豆の旨味だけを味わうことができます。そこに、キムチの酸味とスパイシーさ、揚げ餃子の香ばしさと油っぽさが相まって、シンプルですが満足度の高い味に仕上がったと思います。

 

「いやぁ、肉も使わずにこんなに旨いなんてな。流石、お嬢だぜ!」

 

「ああ。納豆を嫌っていて少し損した気分だな」

 

 トンプソンさんとM16さんはもう一つ食して舌鼓を打ちます。よかったです。これで二人とも納豆を頭ごなしに拒否することはなくなったでしょう。そのものを食するのはまだ難しいでしょうが、それでも大きな進展です。

 

 誰にも苦手な食べ物はあります。特に異文化における癖の強い食べ物を受け入れるのは難しいと思います。でも、そうした食べ物も料理人の創意と工夫、そして何より美味しいものを食べて貰いたい、という気持ちがあれば克服できるものだ、と信じています。

 二人の満足そうな顔を見て、一〇〇式はにこにこです。これからも美味しいご飯を作って、みんなの嫌いな食べ物を減らしていきたい。心からそう思いました。

 

「よっしゃー! 美味いつまみもあることだし、今夜は飲むぞー!」

 

「おう! …せっかくだし、お嬢もどうだ?」

 

「え?」

 

 気勢を上げて、グラスにお酒を注ぐM16さんに、応じたトンプソンさんが一〇〇式に水を向けてきました。

 一〇〇式は困ってしまいました。一〇〇式はお酒が苦手です。ジャックダニエルみたいな強いお酒を飲むと、倒れてしまうかもしれません。でも、二人の事は好きですし、せっかくのお誘いを無下にするのもどうか、と思ってしまいます。

 

「お嬢、何事も挑戦だぜ?」

 

「ああ。ジンジャエールあたりで割れば一〇〇式(モモ)も飲めるだろうし、どうだ少しぐらい?」

 

 二人はそう言って、お酒の入ったグラスを掲げて見せます。確かに、二人とも苦手な納豆の美味しさを理解してくれましたし、一〇〇式も苦手を克服するために少しぐらい飲んでもいいかもしれません。

 

「…じゃあ、少しだけ…」

 

「よっしゃー! 今日は一段と上手い酒が飲めそうだ!」

 

「ああ。美味いつまみに可愛いお嬢。いうことなしだぜ!」

 

 一〇〇式の答えに大喜びの二人は、早速グラスとジンジャエールを持ってきて、一〇〇式に注いでくれました。

 

「「乾杯!」」

 

「か、乾杯」

 

 そうして、三人で小さな飲み会が始まりました。少しだけ飲んでみると、ほの甘くてとても飲みやすいです。料理にも合いますし、とっても美味しいです。M16さんとトンプソンさんとも楽しくお話しできましたし、とっても楽しい時間を過ごすことができました。

 

 …ですが、翌朝。楽しすぎてつい杯を重ねた一〇〇式は思い切り二日酔いになってしまいました…

 指揮官は一〇〇式に今日はゆっくり休むように、と言って休みをくれました。ごめんなさい、指揮官。

 なお、納豆トーストは副官業務を引き継いだG41ちゃんがちゃんと作って、指揮官に食べさせてくれました。指揮官はとっても喜んでくれたみたいです。お味噌汁を持ってきてくれた、G41ちゃんにそれを聞いた一〇〇式は嬉しい気持ちになりました。でも、…あうぅ、頭が痛いよぅ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23:みんな健気に生きています

 ある天気のいい日の事です。一〇〇式は箒とちり取り、それに如雨露と砂を持って、中庭にやって来ました。中庭には日が差し込んでおり、気持ちのいい雰囲気です。思わず日向ぼっことかしたくなりますが、それはお仕事が終わってからです。中庭等の整備は一〇〇式の他G41ちゃんやファルコンさん等の有志でやっていますが、その隊長がこの一〇〇式なのです。

 

 まず、花壇やプランターの花々に水をやっていきます。如雨露で丁寧に水をあげていくと、水を浴びた花の水滴が輝いて、まるで笑っているかのように見えました。

 花壇やプランターで植えているのは、ラベンダーやローズマリーなどのハーブ類。それにユウガオやヒマワリのような食べ物にもなる花です。…さもしい話ですが、この世界は慢性的な食糧難で、その供給は不安定です。こうして食べられる花とかを植えて食卓の足しにしていかないといけないのです。

 

 一通り花のお世話が終わったところで、今度は庭の片隅にある蜂の小さな巣箱を見に行きます。近づくと、ミツバチたちが今日も元気に飛び回っています。彼らは花の受粉を手伝い、蜜を集めてくれます。巣箱がごく小さいのは、この花壇と裏庭のプランター、それに訓練場の隅にある畑ぐらいしか周囲に花がないからそれ以上の規模だと養えないのです。

 もちろん、この辺りに蜂はいません。指揮官が一〇〇式のために蜂を巣箱ごと取り寄せてくれたのです。どうやって手に入れたのかは分かりませんが、指揮官はおおよその物なら何でも手に入れられる人脈を持っているそうです。…その後、しばらくご飯が水だけになってしまったみたいですが…

 

 蜂たちが元気であることを確認して、一〇〇式は反対の隅にある鶏小屋に行きます。木のフレームとトタンの屋根、それに金網の壁でできた鶏小屋は指揮官やG41ちゃんと一緒に作った思い入れ深いものです。

 中には二羽の鶏がいます。コッコとコケコと名付けられた鶏達は一〇〇式がヒヨコの頃から世話してる子達で、これまた指揮官がどこかから貰ってきてくれました。この基地に来て、はや一年と少しになりますがもう立派な鶏です。

 ちなみに、両方雌で毎日卵を生んでくれるので、とても助かってます。とても可愛いですし、立派に育ってよかったと思いました。

 

 まず、小屋の入り口を開けて二羽を外に放してやります。コッコとコケコは嬉しそうに外に出て、その辺を駆け回ったり、時々地面をがりがりしたりして遊んでいます。

 

 その間に一〇〇式は小屋の中の掃除をします。小屋の中は糞で汚れるので、週に数回は掃除してやらないといけません。なお、収集した鶏糞は肥料として使います。自然の恵みは最大限利用しないといけません。もったいないの精神です。

 後は砂箱の砂を変え、水飲み場水も変えてやります。そうして、一通り掃除ができたところで、産卵場所を覗いてみます。案の定卵がたくさんありましたので、それを貰っていくことにします。コッコにコケコ、ありがとう。

 

 気が付くともうそろそろお昼です。指揮官のご飯を作ってあげないといけません。今日の副官はFALさんです。仕事のできるFALさんですが、家事方面はさっぱりなので一〇〇式が作ってあげる方がいいでしょう。

 

 ふと、鶏小屋の衝立に巻き付けて育てているゴーヤがいい感じに育っていました。そろそろ熱くなる時期なので、コッコとコケコを涼しくしてあげるためにグリーンカーテンとして育てていたのです。せっかくなので、それもとっていきます。今日のお昼はゴーヤチャンプルーです。

 

 材料を得た一〇〇式は台所に行きます。そして、まず卵を丁寧に洗って、料理に遣う二個以外を冷蔵庫に保管します。そして、豆腐とニジマスの油漬けの缶詰を用意します。…本当はスパム缶やシーチキン缶を使いたいのですが、スパムは高いですし、シーチキンは現在生産はされておらず、廃墟から見つかるものは大概期限切れの代物なので人間が食べるのには適していません。その点ニジマスは貴重な蛋白源として養殖されているので、現在でもそこそこ安定供給されています。

 

 まず、豆腐をザルの上に取り出して、小さいお皿を二枚ぐらい乗せて水分を出します。ゴーヤチャンプルーに使う豆腐は型崩れを防ぐためにも、水分が少ない方がいいのです。水気が切れたら賽の目型に切って、ザルに上げて更に水分を切っていきます。

 その間にゴーヤの両端を切って、縦半分に切り、中のわたと種をスプーンで丁寧に取り除きます。これらの使わない部分も後で乾燥させて細かくし、コッコとコケコの餌にします。これももったいないの精神です。

 身の方は薄切りにして塩を少々まぶし、5分ほど置いておきます。こうすることでゴーヤの苦みが和らぐのです。その後、軽く水洗いして水気を切ります。

 そして、卵をボウルに割入れて卵を溶きほぐして、少量の塩を入れておきます。オムレツの時同様これをした後に放置することで、離水しづらくなり卵のふんわり感が増します。

 最後に、鱒の缶詰を開けて、中身をスプーンで突いて粉砕していきます。身がバラバラになったら、下ごしらえは完成です。

 

 いよいよ調理開始です。フライパンに油を引いて、まずは豆腐を入れます。菜箸で丁寧に転がして、豆腐の側面を焼き固めていきます。側面が焼き固まったら、一度フライパンから取り出します。

 

 続いて、マーガリンを少しフライパンに追加してゴーヤと缶詰を入れて炒めていきます。そして、ある程度炒めたら蓋をして、弱火にし3分ほど蒸し焼きにします。この蒸し焼きをすることによって、ゴーヤに缶詰の味が馴染み、また苦みが抜けるのです。そして、その苦みが汁として出て全体に分散されることで、チャンプルー全体に力強い味を与えます。

 3分経ったら、豆腐を戻し入れて溶き卵を入れ、醤油を小さじ一杯回しかけ、最後に卵が半固まりする程度にひと炒めしたら、一〇〇式特製ゴーヤチャンプルーの完成です!

 

 一〇〇式はゴーヤチャンプルーと乾パンをお盆に乗せて指揮官室に行きました。二人は、相変わらずつまんないことで言い合いをしているみたいです。まあ、でも二人はそれでも仲良しです。これも二人なりの愛情表現なのかもしれません。

 

「おっ、一〇〇式(モモ)。飯を作ってきてくれたのか」

 

「ご苦労様ね。指揮官、一〇〇式(モモ)に感謝しなさいよ」

 

 一〇〇式が入って来たのに反応して指揮官とFALさんが言い合いをやめて、声をかけてくれます。

 

「ああ。ありがとう、一〇〇式(モモ)。…本当ならお前が作る日なんだが…まあ無理か」

 

「失礼ね! できるわよ!!」

 

「そう言う嘘松はいらんと、何度言ったら…」

 

 …と思ったら、また新しい言い合いが始まりました。キリがないので、一〇〇式は構わずに近づいて、指揮官の机の上に料理を置くことにしました。

 

「へぇ、どれどれ?」

 

「お前のじゃねぇぞ、おい」

 

「ケチねぇ、減るもんじゃないでしょ?」

 

「お前が食ったら減るだろ!?」

 

「あの…FALさんの分もありますから…」

 

 またまた言い合いを始めた二人に一〇〇式は控えめに言います。ゴーヤチャンプルーは大皿に山盛りになっています。ゴーヤ一個からとかでも結構な量出来るのです。FALさんが食べても大丈夫な量があります。

 

「でも…これ…ゴーヤよね…」

 

 FALさんが少しだけ顔を引きつらせて言います。FALさんは甘いものは好きですが、実は苦い物なんかは苦手なのです。それ故の反応なのでしょう。

 

「なんだ、また好き嫌いか? 子供舌だなぁ」

 

「…悪かったわね。指揮官だって、甘いもの苦手なくせに」

 

「別に食えないわけでも、味が分からんわけでもねぇよ」

 

「あの、あんまり苦くないので大丈夫ですから…」

 

 またまたまた言い合いを始めた指揮官とFALさんに、一〇〇式が内心で少し呆れながら言います。普段大人な二人ですが、こうしているとなんだか子供みたいです。

 

「…まあ、一〇〇式(モモ)が言うなら食べてみましょうか」

 

「おう。一〇〇式(モモ)の料理は天下一だからな。いただくよ?」

 

「はい、指揮官」

 

 二人はお箸を使って、チャンプルーを食します。FALさんは少し恐る恐る、指揮官は嬉々として一口目を食べました。

 

「おお、美味い! ゴーヤの味と缶詰の味が全体に行き渡ってて、力強い味わいがあるな!」

 

「本当、美味しい! ゴーヤも苦くないし、卵もふんわりしてるし!」

 

 指揮官もFALさんもとっても喜んでくれました。一〇〇式はにこにこです。今日も上手にできました。

 

「うん。これなら全然食べられるわ。流石一〇〇式(モモ)ね」

 

「ああ。これ、中庭で採れた材料だろ? いやぁ、一〇〇式(モモ)には感謝感謝だな」

 

「そうね。一〇〇式(モモ)が一生懸命育ててくれたんだものね」

 

 指揮官とFALさんが一〇〇式と中庭のことを褒めてくれます。嬉しいです。日頃の努力の成果が実った気がします。でも、もちろんこれは一〇〇式だけの功績ではありません。様々な物資を調達して、基礎を作ってくれた指揮官、みんなを説得して中庭を使わせてくれるように尽力してくれたFALさん。それに、G41ちゃん達手伝ってくれるみんな。そして、この厳しい世界でも健気に生きているコッコやコケコ、それに蜂たちに花たち。みんながいてくれるお陰なのです。

 誰でも一人では生きていけません。みんながそれぞれ仕事をして、支え合って生きているのです。そんな優しい世界がこの基地の中にはあります。それはとてもありがたいことだ、と一〇〇式は思うのです。

 

「せっかくだ、一〇〇式(モモ)も一緒に食べよう」

 

「そうね。まだ、これだけたくさんあるし」

 

「はい!」

 

 指揮官とFALさんの申し出に一〇〇式は喜んで応じました。実はそのつもりだったので、お箸も準備してきています。

 そして、三人は穏やかに談笑しながら一つの皿の料理をつついて食べました。とても、暖かくて楽しい時間でした。もう思い出せない、人間だった頃の自分の家族もこんなだったのかな。そんな思いが頭を過りました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24:指揮官と歩む未来

 ある日のことです。ヘリアンさんが基地を尋ねてきました。なんでも、以前の仕事の後始末の相談だそうです。

 以前、謎の敵勢力と戦いましたが、その黒幕の一端である企業が残した施設をどうしようか、というものらしいです。指揮官は書類一式を既に準備していて、ほとんど指揮官が話して、ヘリアンさんはただ聞くだけ、みたいな状況です。…実際にはグリフィンには無断で事を進めているみたいでしたが…

 

 そんなヘリアンさんと指揮官に一〇〇式はお茶を出します。中庭で育てたカモミールのお茶は一〇〇式のお気に入りです。いい香りで、気分を落ち着けてくれます。

 

「ああ…一〇〇式のお茶は美味しいな。極東支部で出される茶よりも香り高い…」

 

「そりゃ一〇〇式(モモ)が丹精込めて育てた天然物のハーブですから。わざとらしいフレーバーの、人工物のお茶なんて比べ物にならないですよ」

 

 ヘリアンさんと指揮官が一〇〇式のお茶を褒めてくれます。指揮官が言いながら資料をたたんでいるので、早くもお話は終わったみたいです。流石指揮官、仕事が物凄く速いです。

 

「ところでヘリアンさん。また、プリンスホテルで合コンやったみたいですが、成果のほどはどうでした?」

 

「ぶっ!?」

 

 指揮官がニコニコとしながら言ったセリフに、ヘリアンさんは思わずお茶を吹き出しました。…指揮官、それ人がお茶を飲んでいるときに言う台詞ではないです。まあ、指揮官はワザと意地悪して言ったのでしょうが。

 

「な、な、な、な、なぜお前がそれを…!? …い、いや、何の話だ?」

 

「おや? この間プリンスホテルのノードを見てた時にヘリアンさんらしき人が写ってたんですが、人違いでしたか?」

 

 席から立ちかけたヘリアンさんが動揺を抑え込んで、必死にとぼけようとして言った言葉に、指揮官は肩を竦めながらとぼけた口調で言います。この人、鬼です。

 

「…ヘリアンさん、いい加減俺ぐらいで妥協しませんか? 安くしときますよ?」

 

 指揮官がごく気軽に言います。口説いてるつもりなんでしょうか? いくらなんでもそれは、と一〇〇式は思います。ロマンチズムの欠片もありません。まあ、指揮官は本気じゃないんでしょうけど。

 

「いや…勘弁してくれ……」

 

「つれませんねぇ」

 

 実に嫌そうに即答したヘリアンさんに、軽く肩を竦める指揮官。まあ、この二人が会った時の定番の会話です。

 でも、なんでしょう。一〇〇式は少しカチンと来ました。なんだか指揮官がディスられている気がするからです。

 

 指揮官は確かに人にセクハラを働きますし、お金の管理も日々の生活もだらしないですし、意地悪なことばかりしますし、悪いことばっかりしてますし、無茶苦茶口は悪いですし…………なんだか欠点だらけな人のように思えてきました…

 でも、指揮官は素敵な人です。いつもみんなのことを考えて、一生懸命仕事をしてくれます。それに物凄く有能で、大概の案件ならあっさりと片付けてくれます。包容力もあって、悩んでいる娘にも親身に相談に乗って、悩みを聞いてあげて、優しく解決に導いてくれます。この基地の人形全員が指揮官のことが大好きです。

 

 それなのに、なんだか嫌そうに勘弁してくれ、はないと思います。指揮官に失礼です。ぷんぷん。

 大体、指揮官はそもそもはこの国の軍の佐官クラスの軍人です。しかも、30代前半でその地位に到達した、生え抜きのエリートです。そして、グリフィンやこの国の危機を何度も救い、世界をも滅ぼしかねない最強の機械人形の千鳥ちゃんさえ止めたのです。この事実を公表すれば、英雄と呼ばれて仰ぎ見られても何の不思議もない存在なのです。グリフィンの重役であるヘリアンさんと比べても、格が落ちるとは考えられません。

 

「落ち着け、一〇〇式(モモ)。妙なことで怒るんじゃない」

 

 ふと、こちらを見ていた指揮官が苦笑しながら言います。表情に出ていたのでしょうか。指揮官はあっさり一〇〇式の心を読んで言いました。ちょっと恥ずかしいです。思わず顔を赤らめて俯いてしまいました。

 

「実に可愛いな、一〇〇式(モモ)は」

 

 指揮官はそんな一〇〇式を褒めて言います。可愛い、と言って貰えるのは嬉しいですが、なんだかちょっと恥ずかしいです。

 

「…そういえば、一〇〇式はグリフィンドール総選挙1位だったな?」

 

「あ、はい。そうみたいです…」

 

 ヘリアンさんの言葉に、一〇〇式はあいまいに頷きます。そういう話は聞くのですが、あんまり実感がないからです。一〇〇式は地味な人形ですし、性能もよろしくありません。CMとかに出ても、ほとんどほのぼのしたのばかりで、かっこいいのとは縁がないです。人気がある、と言われても、正直よく分からないです。

 

「…どうすれば、そんなに人気が出るんだ?」

 

「さぁ…?」

 

 ヘリアンさんが妙に真剣な目で一〇〇式に尋ねてきますが、一〇〇式としては気の抜けた返事しかできません。一〇〇式だって、理由なんか分からないですし、そもそも本当に人気があるのかどうかも知らないからです。

 

「多分、家庭的な所じゃないですか? ヘリアンさん、いかにもビジネスウーマンって感じで固いですから、男が敬遠しちゃうんじゃないでしょうか?」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式はなるほど、と思います。

 指揮官の曰く、男性は概ね家庭的な娘が好きだ、と言います。なんでも、そういう娘の方が側にいて安心するかららしいです。それに、料理とか作ってくれるととても嬉しいらしいです。それなら、一〇〇式はとても得意です。家事や料理は大好きだからです。

 一方で、ヘリアンさんはあんまり家庭的な印象がありません。それで男の人が警戒して、敬遠してしまうのかもしれません。

 

「どうです? 一〇〇式(モモ)に料理とか習っては?」

 

「そうか! 男心を掴むには、まず胃袋からと聞いたこともある!」

 

 指揮官のなんだかテキトーな言葉に、ヘリアンさんはすっかりその気になってしまいます。まあ、確かに料理とかできる方がいいとは思いますが…

 

「一〇〇式、すまないが私にも、何か料理を教えてくれ」

 

「…あの、指揮官?」

 

「せっかくのヘリアンさんからの要請だ。教えて差し上げるんだ」

 

 ヘリアンさんの言葉に戸惑う一〇〇式に、指揮官は気軽に言います。もちろん、指揮官の命令であれば一〇〇式は従います。

 男性が好きそうで安心できる料理。一〇〇式は頭をひねります。

 男性が好き、というと肉料理ですが、この世界では肉はあまり手に入りません。鶏肉は比較的安いですが、それでも毎日の食卓に乗せられるほどの価格ではないです。そうでなくても、結婚生活はお金がかかるのです。倹約できる女性の方が結婚しやすいでしょう。欲しがりません勝つまでは、の精神です。

 というわけで、男性が安心できる優しい料理の方面で考えてみます。一〇〇式は指揮官の顔を見て思い出します。指揮官が特に喜んだ料理とは何だったでしょう?

 ふと、そこで一〇〇式は思いつきました。これならいけるかもしれません。一度閃いてしまえば、料理の完成図がすぐに頭に広がります。うん、できました!

 

 台所に行った一〇〇式とヘリアンさんはエプロンを付けて、料理をする態勢です。グリフィンの制服の上にエプロンを付けているヘリアンさんの姿がミスマッチでちょっと面白かったです。

 

「では、お酒の後に丁度いいメニューを教えますね?」

 

「なるほど。確かに男は酒を飲む機会が多いからな」

 

 一〇〇式の言葉に、ヘリアンさんは頷きます。

 この国の上級市民の男性は、付き合いでお酒を飲む機会が多いのです。酒で弱った身体に沁みるような優しい料理を出してあげると、男性は喜ぶでしょう。

 

 というわけで、冷蔵庫から材料を取り出して、早速料理開始です。

 まずは出汁を取る必要があります。これから作る料理は濃厚な出汁がないと美味しくありません。しかし、この世界では出汁を取るための材料が貧弱です。海が壊滅状態なので、昆布も鰹節も使えません。

 そこで使うのがこれです。冷凍されたブロッコリーを茹でていきます。

 

「ブロッコリーで出汁なんてとれるものなのか?」

 

「はい」

 

 ヘリアンさんが仰天して言うのに、一〇〇式は微笑んで言います。

 意外なことですが、ブロッコリーにはグルタミン酸ナトリウムがたっぷり含まれていて、それを茹でることで旨味のある出汁を摂ることができるのです。そして、ブロッコリーは栽培が比較的容易で栄養価も高いため、野菜工場で積極的に栽培されています。上級市民の人なら簡単に手に入りますし、冷凍保存もできるので常にストックできます。出し殻のブロッコリーは温野菜として付け合わせにもできます。

 

 ブロッコリーを茹でている間に他の材料も用意します。まず豆腐を1cm程度の賽の目型に、ニンジンを更に細かい角切りにしていきます。そして、鱒の切り身をスライスして刺身にします。

 

 ブロッコリーをある程度に出したところで、味見をします。うん。いい出汁が取れています。後は、ブロッコリーを取り出して、ザルに上げて水分を切ります。後で小皿にとって、マヨネーズをかければ美味しい副菜になるでしょう。

 

 そして、濃い口醤油と塩と酒で味を調えていきます。濃い口醤油は旨味成分が強いので味の補強になります。

 更にそこに切った具材を投入します。そして、それらが煮えてきたら、そこにオートミールを投入します。本当はお米がいいのですが、あれは今のご時世肉よりも貴重な代物なので、上級市民の人でもそう簡単に手に入れられません。オートミールはその代用ですが、お粥にするのならそこまで違和感なく食べられます。

 そして、その間にお皿の底に軽く塩を振った鱒の刺身を敷いていきます。そして、そこに煮えた粥を注げば、一〇〇式特製、うずめ粥の完成です!

 

「なるほど。確かに酒を飲んだ後は、消化に良い炭水化物が欲しくなるものだな…」

 

「はい」

 

 感心して言うヘリアンさんに、一〇〇式は微笑みながら言います。指揮官にこの料理を作ってあげた時のことを思い出したのです。

 あの日、指揮官はグリフィンの幹部の宴会に出て、物凄くお酒を飲んで帰ってきました。FALさんに担がれた指揮官が〆に何か食べたい、というのでこれを作ってあげたのです。指揮官はとっても喜んでくれて、もう俺絶対一〇〇式(モモ)と誓約するって言ってくれたのです。とても嬉しかったので、今でもよくそのことを覚えています。

 

 そして、指揮官も交えて早速試食です。一〇〇式が口にすると、濃厚でかつ優しいお粥の味が沁みました。うん。上手にできたと思います。

 

「これは美味しい…優しくて濃厚で…こんなものは料亭でもレストランでも食べたことがないな…」

 

「これが家庭の味って奴ですよ、ヘリアンさん。この優しさは外食では出せない味です」

 

 ヘリアンさんが目を丸くして言うのに、指揮官はとても誇らしそうに言います。一〇〇式の料理を誇ってくれているのでしょう。とても嬉しいです。

 出汁の利いたお粥はそれだけでもお酒の〆に十分ですが、そこに豆腐とニンジン、更に底に敷かれた半煮えの鱒の刺身が合わさって、濃厚で食べ応えがある割に優しい味に仕上がったと思います。お酒の〆のほか、夜食や風邪をひいたときなどにも丁度いい食べ物だと思います。

 

 その後、ヘリアンさんは一〇〇式にお礼を言って、基地を後にしました。これで勝てる。そんなことをぼそっと呟いて。

 

「ヘリアンさん…うまくいくでしょうか…?」

 

「さあな。答えは神のみぞ知る、というところだろう」

 

 指揮官室に戻った一〇〇式が指揮官に尋ねると、彼は書類を流し読みしながら軽くそう答えました。確かにそれはそうなのですが…指揮官の反応は完全に他人事です。やはり、ヘリアンさんに対する態度は本心ではないのでしょう。

 

「…指揮官は…いつか誰かと結婚するんですか?」

 

 一〇〇式は恐る恐るそう言いました。指揮官は人間です。そして、人間である以上、結婚して家庭を築いて子供を作りたい、と思うのは当然のことだと思います。同時に心の中に一抹の寂しさを覚えます。一〇〇式は戦術人形です。人間じゃありません。誓約はできても結婚はできないのです。…そう考えると、何だか悲しいです。指揮官と一〇〇式の間にはやはり壁があるのです。

 

「…そんな先のことは分からんさ。俺にはその前にやらないといけないことが腐るほどある」

 

 指揮官はそう言って肩を竦めました。そして、遠い目をします。恋愛とか結婚とかそういうのは遠い昔に置き去りにした。そう言いたげな様子でした。

 指揮官は以前言いました。自分は礎なのだ、と。

 もしかすると、指揮官は人としての幸せとかを既に投げ打つつもりなのかもしれません。この世の中をマシにする。その目的のために全てを費やすつもりなのかもしれません。

 それはとても悲しいことだと思います。指揮官がなぜそうまでするのか。一〇〇式にはわかりません。でも、たった一つだけ言えることがあります。

 

「指揮官…一〇〇式は、ずっと貴方の側にいますから」

 

 そう。一〇〇式はずっと指揮官と一緒です。指揮官が人としての幸せを捨ててでも、この世界のために生きるというなら、一〇〇式は側でずっといて指揮官のために働こう、と思うのです。

 ふと、ある童話を思い出しました。いつ呼んだのかは覚えていません。でも、一〇〇式はそれを思い出したのです。それは、星の王子様という題名だったと思います。

 王子様に仕えたツバメは最後に死んでしまいますが、その死に様は満足だったと思います。一〇〇式もそうでありたい、と思います。それが千鳥ちゃんの力を受け継いだ、一〇〇式の宿命だ、と思うからです。

 

「ああ。…一緒に生きよう、一〇〇式(モモ)

 

 そう言って、指揮官は一〇〇式を抱き締めてくれました。一〇〇式は何も言わず、指揮官に身体を預けました。指揮官のぬくもりが感じられて、何だか心強い、と思いました。

 指揮官が何を考えて、何を求めているのかは一〇〇式には分かりません。でも、一〇〇式は彼に寄り添って生きていこうと思います。それがきっと千鳥ちゃんの望む道だと思うから。千鳥ちゃんから受け継いだ、人類の希望の欠片を背負う一〇〇式の行く道だと思うから。

 一〇〇式は信じた道を歩んでいきます。重責と困憊と運命に負けじ、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25:世の中色々な趣味の人がいるものです

 最近、一〇〇式隊が解散となり、一〇〇式は隊長の立場を外れ、もっぱら後方任務に就くこととなりました。

 指揮官の話では、一〇〇式は隊長として十分経験を積んだので、今後は後方任務に就いて戦い以外のことを覚えて欲しい、とのことです。後は、戦略研究所に通うことが多くなりそうなので、基地に留めておきたい、ということもあるようです。

 もしかすると、例の計画が大詰めを迎えているのかもしれません。正直、諸手を挙げて千鳥ちゃん量産計画に賛同はできないですが、世界の平和のためには仕方ないのかもしれません。なので、一〇〇式も指揮官を信じてお手伝いしていきたいと思います。

 

 というわけで、今日も後方任務を終えて帰ってきました。報告書を提出して、カリーナさんに物資を渡して、任務完了です。成果が少ないかな、と思ったので謝ったら、とんでもない。大成功よ! と喜んで貰えました。嬉しいです。

 

 ご機嫌な気分で鼻歌を歌いながら宿舎の廊下を歩いていると、前から誰かが歩いてくるのを確認しました。あれは新しく入って来たSaiga-12さんです。

 彼女は真っすぐ一〇〇式の方へ歩いてきます。なんだか嬉しそうな表情を察するに、一〇〇式を探していたのかもしれません。

 

「こんにちは、Saigaさん」

 

「こんにちは、一〇〇式さん! ハグしてもいいですか!?」

 

「え? あ、はい…」

 

 一〇〇式が答えるや否や、Saigaさんは一〇〇式をぎゅっとハグします。なんでも、彼女の祖国の挨拶なのだそうで…同郷のヴィーフリちゃんはそんなことしなかったはずですが…

 

「嗚呼…一〇〇式さん、可愛い…いい匂い…」

 

 Saigaさんが恍惚とした表情で言います。確かに、任務を終えてシャワーを浴びたばかりなので、石鹸の匂いがするのかもしれないですが。ちなみに、一〇〇式は石鹸派です。身体を洗うのも石鹸ですし、シャンプーも石鹸系の物を使っています。もしかすると、Saigaさんは石鹸の匂いが好きなのかもしれません。

 

「…………あのー…Saigaさん…そろそろ…」

 

 5分ほどハグされてた一〇〇式が言います。別にハグが嫌なわけではないですが、流石にあまり長いと気恥ずかしくなってしまいます。それに、彼女は何か用があったのではないのでしょうか?

 

「はっ!? す、すみません、一〇〇式さん、つい…」

 

 そう言ってSaigaさんは慌てて一〇〇式を離してくれます。なんだか、顔が少し赤いのは気のせいなのでしょうか?

 

「あの…何か御用ですか?」

 

「あ、はい! 実は一〇〇式さんに相談がありまして…」

 

 なんと、Saigaさんは一〇〇式に相談があるそうです。新しい娘の相談とあっては、断れません。一〇〇式もFALさんと並ぶ、この基地の最古参の戦術人形なのですから。それに人に頼られるのはなんだか嬉しいです。えへへ。

 

「はい。一〇〇式でよろしければ…」

 

「ありがとうございます、一〇〇式さん! では、早速…ワタシの部屋に…」

 

「? 近いですし、娯楽室でいいのでは?」

 

「…あ、はい」

 

 一〇〇式が言うと、Saigaさんは凄く残念そうな様子で頷きました。どうしたのでしょう? 今の娯楽室は多分誰も使ってないので、気兼ねすることはないですし、それにここから宿舎はちょっと距離があるのでそう申し出たのですが。

 

 早速娯楽室にやってきた一〇〇式とSaigaさんは、冷蔵庫からコーラを取り出してそれを一口飲んでからお話しします。彼女の悩みを解決できるか。ちょっとドキドキです。…いざとなったら、指揮官かFALさんにもアドバイスを貰います。

 

「それで相談とは何でしょう」

 

「はい。実はラーメンを作ってみたいのですが…」

 

「ラーメン、ですか」

 

 Saigaさんの相談は何と料理に関することでした。それならば、一〇〇式の得意分野です。見事解決できる自信があります。

 でも、何故ラーメンなのでしょう。…そういえば、叛逆ラーメンとかいう妙な噂が一時期流れたこともありました。あの二人も彼女の同郷です。…あの国の人たちはラーメンが好きなのでしょうか?

 

「実はUSASに本物のラーメンを食べて貰いたくて…」

 

 Saigaさんの言葉に、一〇〇式は納得しました。Saigaさんは同じSG型人形のUSAS-12ちゃんと仲が良く、よく部屋に招待してはカップ麺をご馳走しているそうです。なるほど。それならばたまにはカップ麺ではなく、本物のラーメンを食べて貰いたいと思うのも納得です。

 

 しかし、ラーメン作りはこの世界では非常に難しいです。

 まず第一に、質の良い小麦粉を手に入れるのが困難だからです。

 普段一〇〇式達が使ってる小麦粉は、その成分の大半が燕麦等の粉で、それにグルテンを添加するなどの処置をして、小麦粉っぽくしたものです。ギョウザやお好み焼き等なら誤魔化せますが、麺料理、特にラーメンやうどんなどでは風味に大きな影響が出ます。

 ならば、スープで誤魔化すしかないのですが、そっちも第二の問題点である出汁を採る材料の貧弱さがネックになります。特に魚介系のなさは致命的ですし、肉類もかなり高価で、一〇〇式達戦術人形の立場ではそうそう手に入りません。

 

「…どうでしょうか? やはり、難しいですか…?」

 

 Saigaさんが少し心配そうに尋ねてきます。多分、彼女もレシピの検索はしたのでしょうが、それらはこの世界の食糧事情で再現するのは困難です。それで一〇〇式のところに相談に来たのでしょう。

 

「大丈夫です。何とかして見せます!」

 

 一〇〇式は胸を張ってそう答えます。レシピ通りにやって再現できないなら、工夫をすればいいだけの事です。足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、の精神です。

 

 というわけで、一〇〇式達は早速台所にやって来ました。Saigaさんはエプロンを付けて、更にビニールの手袋とマスクもしています。そういえば彼女はとっても綺麗好きなのです。汚れたりするのが嫌なのでしょう。といっても、今回の調理ではそんなに汚れを気にする場面はないと思いますが。

 

 まず、冷凍庫から氷の詰まったパッドを取り出します。これは、一〇〇式が拵えたスープストックです。スープを作って冷凍しておくことで、すぐ料理に使えるようにしているのです。ちなみに、スープの内容は、ブロッコリーと玉ねぎやニンニク等の香味野菜を煮出して作ったものです。典雅ですが香ばしい味わいの出汁になっています。

 氷をボウルに入れて自然解凍させている内に、別のボウルに強力粉と薄力粉を五分五分で入れて、そこに塩とベーキングパウダーを混ぜた水を入れて、麺の生地を作っていきます。

 生地を捏ねて、冷ご飯ぐらいの固さになったらビニール袋に入れて、床に置きそれを足で踏んでいきます。踏み込むことで、より強い力で麺を捏ねることができます。こうすることで、生地の粉っぽさを解消し、麺に強い腰を与えるのです。

 ふと、見ると何やらSaigaさんが夢見心地な表情で、一〇〇式を見ています。何だか、一〇〇式の脚を見ているみたいですが…どうしたのでしょう?

 

「…白ストッキングもいいけど、桜柄の黒ストッキング…最高…」

 

 なるほど。Saigaさんがぼそっと言った言葉に、一〇〇式は納得しました。確かに、桜柄のストッキングは珍しいですし、一〇〇式自身もお気に入りです。Saigaさんも気に入ったのなら、今度一つプレゼントしてあげてもいいかもしれません。

 

 踏み込みを何度か繰り返して20分ほど冷蔵庫で寝かせて、生地が出来たら、それを麺棒で伸ばしてパスタマシーンにかけて麺にしていきます。やや細めにしたのはスープと絡みやすくするためです。これは麺の風味が今ひとつであるために、それをごまかすための処置です。

 

 次にタレの作成です。用意するのは醤油とみりん風調味料。それにM16さんから貰ったジャックダニエルと砂糖を一つまみです。それらを適量混ぜてタレの作成は終わりです。

 

「あの、一〇〇式さん…それって、ラーメン何ですか…?」

 

 Saigaさんが首を傾げて尋ねてきます。正直その通りです。これはほとんどすき焼きのタレです。

 

「はい。これは徳島風ラーメンなんです」

 

 一〇〇式はそう答えます。この国の徳島という地方で作られたラーメンは、まるですき焼きのような甘辛いスープで作られたラーメンだったと聞きます。動物系や魚介系の材料がない中で、満足度の高いラーメンを作るには徳島ラーメンを再現するのが一番だ、と判断したのです。

 もちろん、これと植物性の出汁だけではアミノ酸系の旨味が足りません。

 そこで秘密兵器の登場です。一〇〇式は棚から小さな瓶を取り出します。それは自家製の豆鼓醤です。これをスープに加えることで、アミノ酸系の旨味を補い、更に胡麻油を散らしてコッテリ感を補うのです。

 

 これでラーメン自体の構想は完成しました。後は、具材です。流石に具がネギともやしだけとかでは寂しすぎます。

 そこで一〇〇式はボウルに卵を3こ割入れて、泡だて器でそれをかき混ぜていきます。そこに刻んだネギとカニカマ、味の素を加えます。それで中華風のオムレツを作り、それをラーメンに乗せることで天津麺風にするのです。すき焼きのような風味の徳島ラーメンととろとろのオムレツはとてもマッチすると思います。

 

 というわけで、後は調理するだけです。

 鍋で湯を沸かし、隣のコンロでスープを温めていきます。スープが一煮立ちしたら火を止め、タレの張ったどんぶりに注ぎます。

 そして、麺を茹で始めると同時並行でオムレツをさっと作ります。オムレツは表面だけを固めるぐらいにして、木の葉型にしていきます。それを別の皿に避けたところで麺をザルに上げて湯切りをします。

 それをスープに投入して、最後にオムレツを乗せて真ん中を切ってラーメンの上に広げれば、一〇〇式特製徳島風オムレツラーメンの完成です!

 

「どうぞ、Saigaさん」

 

「はい、頂きます」

 

 出されたラーメンをSaigaさんはお箸を手にして、まず一口啜りました。

 

「これは…美味しいですね…」

 

 Saigaさんが目を見開いて感嘆の言葉を言います。よかった、気に入って貰えて。

 すき焼きのような甘辛い純植物性のスープやタレに、オムレツからこぼれた卵が絡み合い、それと麺が合わさることでまろやかなコクがあって、かつ典雅な味わいに仕上がったと思います。また、とても後を引く風味でもあり、Saigaさんもあれよあれよといううちに、ラーメンを食し、すぐにスープも飲み干して完食してしまいました。

 

「ご馳走様でした、一〇〇式さん。…こんなラーメンの作り方があったなんて思いもしませんでした」

 

 ラーメンを食べ終えたSaigaさんは感動したように言いました。これならきっと、USASちゃんも満足してくれると思います。これで二人が更に仲良くなれるといいな、と思います。

 

「ありがとうございます、一〇〇式さん。…それで、お礼に入浴剤を入れたお風呂とかいかがでしょう?」

 

「それはいいですね。是非ともお願いします」

 

 Saigaさんの申し出に、一〇〇式は笑顔で応じます。一〇〇式はお風呂が大好きです。入浴剤入りなら言うことなしです。

 

「は、はい! そ、それでは背中を流しますから、一緒に入りましょう(じゅるっ)」

 

 ……じゅる?

 

「……あの、Saigaさん。今のは……」

 

「何でもありません! さあ、今からお風呂を準備しますのですぐにでも…」

 

「却下」

 

 うきうきで一〇〇式の肩を抱いてお風呂場に行こうとするSaigaさんの目の前に、突然現れたFALさんが立ち塞がりました。

 

「ええと…FALさん?」

 

「浴槽の使用は不許可よ! 一〇〇式(モモ)の貞操が危険だもの」

 

「ええ!? そんな、FAL! ワタシに疚しいことなんて…」

 

「じゃあ、私も一緒に入ってあげる。それなら、許可するけど?」

 

「ええええええええ… FALもですか…」

 

「何よ、その嫌そうな顔。やっぱり、疚しいことを企んでいるんじゃない!」

 

「ち、違うんです! ワタシはただ…」

 

 その後も延々と言い合いを続けるFALさんとSaigaさんを一〇〇式は困惑しながら見ていました。

 後に指揮官に聞いてみたところ、Saigaさんは可愛い女の子が大好きらしいです。まあ、流石に貞操云々はFALの考え過ぎだろう、と言いました。

 まあ、実害がないのであれば別にどんな趣味を持っていてもいいとは思います。公共の害悪にならない限り、趣味は許容されるべきだ、と思うからです。Saigaさんとも今後も変わらず付き合っていきたいとは思います。

 でもまあ、指揮官も含めて色んな趣味の人がいるんだなぁ、って心から思いました。まあ、一〇〇式もG41ちゃんとかは可愛い、と思いますが…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26:私達の姿は似ている、と思います

「ご苦労様、M4に一〇〇式。それに天野指揮官も」

 

「俺が一番最後ってどういうことですか、ペルシカさん?」

 

 ここはこの国に移設された16Labのペルシカさんの研究施設。ソファーには一〇〇式とM4さん。それに指揮官が座っていました。ペルシカさんは一〇〇式達にコーヒーを淹れてくれたのです。

 

「ったく、これまでの貸しを返して貰うんですから、一杯だけとかケチなこと言わないでくださいよ?」

 

「大丈夫。豆は沢山仕入れているから、いくらでも淹れるわよ」

 

 不満顔でコーヒーを啜る指揮官に、ペルシカさんがコーヒーメーカーにポットを設置して言います。ペルシカさんは軽く言ってますが、この世界ではコーヒーはかなりの貴重品です。ご馳走になれるのは嬉しいです。

 

 でも…一〇〇式は実は苦いのが苦手です。なので、こんなこともあろうかとコーヒージャムを持参したのです。

 ライムの皮と果実を薄くスライスして、シリコンスチーマーで電子レンジで10分ほど加熱して、その後蜂蜜漬けにしたものです。ライムは伝統的に軍の敷地で栽培されており、指揮官の元上司であるこの辺一帯の司令がG41ちゃんにプレゼントしたものみたいです。お裾分けでもらった分をこのように加工して持ってきたのです。G41ちゃんも新しい料理が覚えられて喜んでいました。

 

 ジャムをスプーン一杯コーヒーに入れて混ぜ混ぜして、一口呑みます。うん、美味しいです。コーヒーの嫌みのない苦味の中に、柑橘系の風味と蜂蜜の甘さが混ざって、えもいわれぬ味わいになりました。

 

「美味しそうね、一〇〇式(モモ)。私にも頂戴?」

 

「どうぞ、M4さん」

 

 M4さんの申し出に、一〇〇式は瓶を手渡します。実はM4さんにもこれを使って貰いたくて、これ見が良しに取り出したのです。

 M4さんはスプーンに大盛りのジャムを乗せて、コーヒーに入れます。それを混ぜ混ぜして飲むと、穏やかな顔でため息を一つ吐きます。

 

「美味しい…もう、一〇〇式(モモ)ったら。こんなに美味しいものがあるなら教えてくれればいいのに」

 

「教えるつもりで持ってきたんですよ、M4さん」

 

 微笑みながらじゃれ合いのような会話を交わす一〇〇式とM4さん。一年前の事件当時はM4さんに余裕がなくてさほどお話もできませんでしたが、この国に来てからは急速に仲が良くなりました。もうすっかりお友達です。

 

「…意外ね、M4。そんなに一〇〇式と仲が良いなんて」

 

 コーヒーを継ぎ足しながら、ペルシカさんは意外そうに言います。まあ、確かに大陸でいたころはろくに話もできなかったですし。

 

「驚くほどの事じゃないわ、ペルシカ。…一〇〇式(モモ)はたった一人きりの、私と同じ境遇の人形なんだから…」

 

 M4さんの言葉に、ペルシカさんと指揮官が顔を上げました。二人の顔はあまり明るいものではないです。その心の中に何があるのか、一〇〇式には分かりません。M4さんも分からないでしょう。

 でも、一〇〇式はあまり今の境遇に不満は感じていません。人間だった時の記憶は一切ないですし、稀に夢で朧気に見るぐらいです。優しい指揮官やFALさんやG41ちゃんやM4さん達のような素敵な仲間達に囲まれて生活できるのですし。現金な話ですが、こんな生活今のご時世では上級国民の人でなくては得られないでしょうし、人形として生きることは嫌ではないです。M4さんは一年前の事件で大分苦しみましたが、今は今の自分を受け入れられているみたいです。まあ、それでもお互い捨てがたい情念はあるので、それについて二人でお話ししたりはしますが。

 

「…ねえ、天野指揮官。貴方の同期の戦略研究所の西博士だったわね? …彼、控えめに言ってクレイジーね」

 

「おや、ペルシカさんでもそう思いますか?」

 

「私、あそこまでぶっ飛んだことをしているつもりはないわよ」

 

 M4さんの言葉を聞いて、ペルシカさんと指揮官はワザとらしく西博士の方に話題を逸らしました。二人ともまだ一〇〇式達には何か思うことがあるみたいです。なので、一〇〇式もM4さんも何も言いませんでした。

 

 そして、二人で先日の戦闘について思い出します。一年前、大陸で現れたパラデウスという連中がこの国にまでやってきたのです。

 奴らの到来を聞いた時、一〇〇式の心は怒りで燃えました。奴らはあろうことか、指揮官を監禁して拷問まで加えたのです。絶対に許せません。

 M4さんも封印したはずのケースを持ち出して殲滅に向かいました。私達の心は同じです。奴らを許すまじ。互いに頷いて、私達はそれぞれAR小隊と一〇〇式隊を率いて戦場に出ました。敵の戦力は圧倒的でしたが、本気を出したM4さん達と、千鳥ちゃんの力の前に奴らは次々と薙ぎ倒されていきました。重装部隊のみんなも全力で一〇〇式達を支援してくれました。

 しかも、レーヴァティンちゃんがフル装備かつ乙型戦術人形の小隊を引き連れて駆けつけてくれました。敵中枢に飛び込んだレーヴァティンちゃんは、百体近い戦車や敵歩行兵器を圧倒的な力でねじ伏せ、全て破壊しつくしました。

 そして、敵の本拠地であるシェルターにグングニールという大砲を撃ち込んで完全に崩壊させたのです。

 

「西の野郎、あんなもんの使用許可を出しやがって…誰が派手なトンネル工事やれっつったんだか…」

 

 指揮官は苦笑しながらコーヒーを啜ります。実際、後でドローンを用いて現場を確認したところ、大地に大きな穴がぽっかり開いていたそうです。

 指揮官の話によると、グングニールとは可変速式重金属粒子ビーム砲であるらしく、本来なら地下核シェルターや要塞なんかを地形ごと吹き飛ばすために使う兵器だそうです。

 呆れたことに、西博士はそれをレーヴァティンちゃん用の外付け装備として開発したのだそうです。なんでも、レーヴァティンちゃんが千鳥ちゃんに一方的にやられたのが物凄く悔しかったからむしゃくしゃして作った、だそうで……西博士、いくら何でもやり過ぎです…

 

「…まさか、あんなものを私に取り付ける、とか言わないわよね、ペルシカ?」

 

 M4さんがペルシカさんに嫌そうな様子で言って、コーヒーを啜ります。正直、あのケースですら民間の戦術人形としては過剰な装備なのに、あんなもん付けられたら流石に困ります。重いでしょうし…あの大砲、レーヴァティンちゃんの身長より大きかったような…

 

「え? M4、ああいうのが欲しいの? だったら、もっと凄いのがあるけど…ねえ、天野指揮官!?」

 

「…絶対に協力しないですよ、俺は」

 

 M4さんの言葉に、目を輝かせて指揮官に詰め寄るペルシカさん。それに実に嫌そうな表情で答えてコーヒーを飲む指揮官。その姿に、M4さんと一〇〇式は閉口します。そんなこと誰も頼んでないのですが…

 

「とりあえず、今回の改修はM4の電脳内のナノマシンを新型に差し替えて、簡易制御OSを組み込むぐらいだ」

 

「正直、今回のはM4の命を守る意味合いが強いわね。従来のナノマシンと比べて、桁違いに脳の保護能力が高いから」

 

 指揮官とペルシカさんが今回一〇〇式達が16Labに来た理由を説明します。そう。M4さんは16Labに改修を受けに来たのです。

 M4さんや一〇〇式、それに指揮官は人間の脳を改造した電脳を持っています。人工脳漿内部に満たされたナノマシンで思考支援を行い、CPU化することによって戦術人形と同等以上の演算能力を発揮しているのです。

 一〇〇式は千鳥ちゃんに助けて貰った時に、指揮官は戦略研究所でメンテナンスを受けた際に電脳内のナノマシンを新型に更新していました。それで悪影響がなく、むしろメリットが非常に大きいのでこの度M4さんも同様の処置を受けることになったのです。

 

「…あの娘が私を守ってくれるのか…複雑な気分ね」

 

 M4さんは目を閉じて、ため息を一つ吐きました。あの事件の最終盤でM4さんは千鳥ちゃんと言葉を交わしました。そして、迷う千鳥ちゃんの背中を押してあげたそうです。

 

「…残念ね。あの娘とはきっと、いい友達になれたのに…」

 

「M4さん…」

 

 M4さんの言葉に、一〇〇式は思わず懐の小太刀を握り締めてしまいます。悲しい運命に翻弄されて、この世を去った千鳥ちゃん。私達と同じ、もう一人の人間から人形になった存在。生きてさえいればきっと、友達になれたのに…もっと何とかできなかったのか。後悔が一〇〇式の胸を苛みます。

 

「…だから、俺達はあいつの分まで生きて、あいつが寂しくないように騒ぐんだ。そうだろ、一〇〇式(モモ)?」

 

「指揮官…」

 

 そう言って、一〇〇式の肩を抱く指揮官の顔はなんだか、悲しそうでした。静かに泣いている、そんな風に見えました。

 そういえば、指揮官も過去に軍人として多くの戦場に駆り出され、多くの戦友を失ったとFALさんから聞きました。その時のことを思い出しているのかもしれません。

 

 

「いくら後悔しても、失ったものは戻ってこない。俺達はあいつらの事を胸に刻んで、前に進んで行くしかできないのさ」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式とM4さんは顔を合わせ、そして頷きます。

 この世界では誰もが多かれ少なかれ悲しい思いを胸に生きています。それだけ多くの物がこの世から失われたのです。

 それでも、私達は立ち上がって、前に進んで行くのです。過去の悲しみを乗り越えて、未来へ進んで行く。人は昔からそうして生きてきたのだと思います。一〇〇式もまたそうやって生きていくのだ、と思います。

 

 一〇〇式とM4さんはお互いに顔を見合わせます。お互い、迷いのない笑顔でした。指揮官の信じる未来への道を共に歩む同志の姿がそこにはありました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27:いつかやってくる未来のために

 最近、暑い日が続きます。麦わら帽子を被った一〇〇式は、草を抜きながら汗をぬぐいます。水筒の麦茶が美味しいです。指揮官やFALさんは一〇〇式が熱中症にかからないように心配して、庭仕事を作業用の第一世代人形に任せるべきだ、と言っていますが、この庭には愛着があるのでできれば自分自身の手で世話したいのです。

 

 それに、と一〇〇式は立ち上がって周りを見渡します。花壇ではヒマワリの花が満開です。一面金色の花で埋め尽くされた中庭はまるで別世界のようにも思います。G41ちゃんも喜んでくれましたし、一生懸命世話をした甲斐があったと思います。…頭の片隅で、これだけ生えたらいっぱい油が採れそうとか考えているのは内緒です。

 

 一通り雑草の処理が終わったので休憩しよう、と池の近くにある東屋の方に歩いてきました。ちなみに、刈った雑草は広げたブルーシートの上に乗せて乾燥させています。しっかり乾燥させて、焚火台で燃やして、その灰を畑に撒けばいい肥料になります。雑草も無駄遣いしてはいけません。もったいないの精神です。

 

 東屋で涼んでいると、二人の人形がやってきました。89式さんと64式さんです。89式さんが楽しそうに64式さんの手を引いて、それにつれられて物凄くうんざりした顔の64式さんが連行されている、という構図でした。

 

「あ、一〇〇式先輩!」

 

「…助けてください、一〇〇式先輩」

 

 一〇〇式を見つけて二人は東屋にやってきます。対照的な二人の態度が面白くて、少しだけ笑ってしまいました。

 ちなみに、二人は一〇〇式を先輩と呼びます。この隊での経歴と元となった銃の関係性とでそう呼ぶみたいです。そう呼ばれると、なんだか少しだけ特異な気持ちになります。えへへ。

 

「どうしたの、二人とも?」

 

「はい! お米の神様に五穀豊穣を祈願しに来たんです!」

 

「…そんなこと、一人でやってよね…」

 

 一〇〇式の問いに、89式さんは元気よく答え、それに64式さんが文句を言います。確かに池の真ん中には小さな祠が置いています。指揮官と一〇〇式が中庭の作物がよく育つように、と祈願して作ったものです。ちなみに、中にはG41ちゃんに似た小さな人形が入っています。指揮官の曰く、ウカノミタマノカミという豊穣の神様の像らしいのですが。

 

「大体、あのプラントの管轄、結局グリフィンじゃなくなったんでしょ? お米が届く保証あるの?」

 

「だ、大丈夫だよ、64式自! 私、指揮官とG41さんを信じるもん!」

 

 懐疑的に尋ねる64式さんに89式さんが答えます。そういえば、つい最近の事件でG41隊が植物プラントを発見した、と聞きました。その件に関しては、G41ちゃんから詳細を聞いています。

 紆余曲折あって、プラントの復旧には成功したものの結局グリフィンとしては施設の維持に手間と費用が掛かり過ぎるらしいので、最終的に別の企業がプラントを買収したそうです。

 その企業は指揮官と強いつながりがあるらしく、お米が収穫出来たらいの一番にうちに送ってくれる、という算段がついているらしいです。まあ、指揮官がそう言うのであれば、まず間違いないでしょう。…鬼悪魔のような指揮官を裏切る人なんているとは思えないですし。

 

「あ、そうだ! そういえば、先輩にお願いがあるんでした!」

 

 89式さんが胸の前で手を打って言います。お願いとは何でしょう?

 

「実は、お米に凄く合うおかずのことをG41さんに聞いたんですが、それを作るのには先輩の糠漬けが必要らしいんです!」

 

 89式さんの言葉を聞いて、一〇〇式は合点がいきました。お米を美味しく食べるためのおかずには漬物がうってつけです。G41ちゃんもザウアークラウトやピクルスは作っていますが、お米に合わせるなら糠漬けの方が適当です。そして、この基地で糠床を持っているのは一〇〇式しかいないのです。

 

「うん、いいよ」

 

 一〇〇式は快く了承して頷きます。後輩と親友のG41ちゃんのためであれば、惜しむことなどありません。ぬか床を手入れして、また漬ければいいだけですし。

 

「わーい! やったよ、64式自!」

 

「はいはい。流石、一〇〇式先輩。FALが天使だのなんだの言うだけありますよね」

 

 64式さんの手を握ってぶんぶん振りながら喜ぶ89式さんに、64式さんが苦笑して言います。64式さんはFALさんと親しいので色々一〇〇式の事も聞いているのでしょうが、どんな説明をしているのでしょう。天使って一体…

 

 そう言えば、G41ちゃんは糠漬けを使って料理するみたいです。糠漬けはそのまま食べてもご飯のお供としては非常に美味しいと思うのですが、どう料理して更に美味しくするのでしょうか。少々興味が湧きました。

 

『G41ちゃん、今大丈夫?』

 

『ふぇ? どうしたの、一〇〇式(モモ)ちゃん?』

 

 通信モジュールで連絡をとると、G41ちゃんはすぐに応じてくれました。

 

『糠漬けの件は聞いたけど…どう料理するの?』

 

『うん! 漬物のステーキにするの!』

 

 G41ちゃんの言葉を聞いて、一〇〇式は首を傾げました。漬物を使ってステーキを美味しくするのは考えたことがあるのですが、漬物そのものをステーキにするのは思いつきませんでした。どんな料理なんでしょう。

 

『よかったら作り方教えて?』

 

『うん! じゃあ、晩御飯の時に一緒に作ろー!』

 

『わーい! G41さんの料理大好き!』

 

『えっと…私もご一緒していい? …ちょっと気になるし』

 

 G41ちゃんの言葉に、89式さんが歓喜の声を上げ、64式さんも少し遠慮がちにそう言いました。一〇〇式も楽しみです。

 なお、G41ちゃんにその料理を教えたのは、指揮官の昔の上司の人で、何でもこの辺り一帯の軍を統括する作戦群の司令だそうです。…G41ちゃん、凄い人と知り合いになってるなぁ…

 

 というわけで、夕方になりました。

 G41ちゃんが焚火台とスキレットを持ってやって来ました。一〇〇式もサーバールームの糠床から白菜とニンジンの漬物を持ってきています。後、コケコとコッコから卵をいくつか貰ってきました。89式さんと64式さんも落ちている枝を集めてきてくれました。

 

「じゃあ、作るね」

 

 G41ちゃんがそう言って、焚火台の中に枝を組んで、更に乾燥した雑草を入れて火を点けます。火力は中火程度でいいので、燃料は少なめです。

 焚火台の五徳にスキレットを置いてマーガリンをたっぷりと投入します。そして、マーガリンがスキレットに馴染んだら、刻んだ漬物を投入して炒めていきます。

 ある程度漬物に焦げ目がついたら、そこに醤油をかけまわして、溶き卵を流し入れます。じゅう、という音がして醤油の焦げる匂いが立ち上ります。

 そこですかさずスキレットを上げて、隣に敷いていた濡れ布巾の上に置きます。こうすることで、スキレットの温度を下げ、余熱で卵が丁度良く半熟になるようにするのです。仕上げに刻んだネギを振りかければ、G41ちゃん特製漬物ステーキの完成です!

 

 というわけで、早速出来立てのそれを食します。めいめいに取り皿にとって、それを乾パンに乗せて食べるのです。

 

「美味しい!」

 

「うん! これなら美味しくない乾パンでも何枚も食べられるわ!」

 

 89式さんと64式さんが歓喜の声を上げます。一〇〇式もとても美味しいと思いました。

 漬物の酸っぱさと甘さとしゃきっとした食感、それに卵のまろやかな風味と、バター醤油の香ばしさが混然となってえもいわれぬ旨味のハーモニーを奏でています。それが乾パンの乏しい旨味を輝かせ、とても美味しいものに仕上げているのです。

 これならパンだけでなく、ご飯と合わせても最良のおかずになるでしょう。やってきたお米がその日に全滅しそうです。89式さんもこれならば大喜びでしょう。

 

「ふー、美味しい♪ お米の神様にお祈りした甲斐がありましたね」

 

「食べてるのはお米じゃないけどね」

 

「いいの! これでご飯を食べる日が更に楽しみになったんだから!」

 

 89式さんと64式さんが言葉を交わして、美味しそうに食べているのを一〇〇式とG41ちゃんはニコニコ顔で見守りました。後輩二人が幸せそうでとっても良かったです。

 一〇〇式は隣に座るG41ちゃんの笑顔を見ます。G41ちゃんの活躍は、確かにお米という形で89式さんの心に希望をもたらしたのです。G41ちゃんは今や常設第一部隊の隊長です。本当に凄いと思います。

 一方で一〇〇式は最近、戦場からは離れて指揮官とテストを繰り返しています。人類の希望をつなげるための仕事だ、と指揮官は言いますが。どうなんでしょう、ちょっとだけ不安になります。一〇〇式はG41ちゃんやFALさん、それに後輩二人に置いて行かれるのではないか、と。

 

「…一〇〇式(モモ)ちゃん、あ~ん♪」

 

 すると、G41ちゃんが乾パンに漬物ステーキを乗せて口元に持ってきてくれました。少し不安が表情に出ていたのかもしれません。

 

「うん。あ~ん…」

 

 一〇〇式はそれを食べます。美味しいです。そして、G41ちゃんの可愛い笑顔が嬉しいです。どこで何をどうしていようと、一〇〇式とG41ちゃん、それにみんなは指揮官の銃として世界を少しでも良くするために働いている仲間なのです。不安になる必要はないのかもしれません。

 

 暮れていく茜色の太陽。回りにはそれを見送る一〇〇式達とひまわりとトンボ達。ひぐらしの声が響く。そんな夏の日のひと時でした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28:辿り着く場所と願い

 昼下がりの演習場。一〇〇式はその真ん中で控え銃の姿勢で佇んでいます。周りには指揮官が一〇〇式の観測するためのドローンが多数。それに、一〇〇式のことを見ている、G41ちゃんやM4さん達です。

 

一〇〇式(モモ)、始めてくれ』

 

『はい、指揮官』

 

 指揮官から合図を受けた一〇〇式は、指揮官に了解の意を示して、呼吸を静かに一息吸って、吐きます。そして、動作を始めました。

 

 まず、一〇〇式は素早く銃を右手で持ち上げ、身体の中央に保持し、左手で銃の中部を持ち、右手を下部に添えます。所謂、捧げ銃の動作です。一部の隙も無く、ビシッと決まりました。

 

 その姿勢のまま数秒の後、一〇〇式は頭上高くに銃を掲げ、一瞬だけ身を屈め、立ち上がる勢いを利用して突きの一閃を放ちます。空気が裂ける音が周囲に響きました。

 その後、身をひねり銃を振り回すようにして横に回転。姿勢を低くし、銃を横に保持して立ち上がる時に、再び月の一閃を背中の方に振り向きながら繰り出します。

 その後、突き出した銃で空気を混ぜるように回転させながら、後ろに3歩後退、身をひねって一回転、銃で薙ぎ払った後に、小さく飛び上がり空間を断つように大上段からの斬撃を繰り出します。

 

 これは指揮官が考案した銃剣術の演武だそうです。銃剣道というよりは少林寺拳法のそれをモチーフにしている動きで、それはまさに銃と共に舞うというのがふさわしい動きでした。

 

 突き、薙ぎ払い、大上段。それらの動きを組み合わせ、一〇〇式は舞い続けます。最後に、一度大きく振り回して大きく銃を掲げ、捧げ銃を逆にしたような動作で控え銃に戻った時、周りのみんなから大きな拍手が貰えました。

 

「かっこいい、一〇〇式(モモ)ちゃん!」

 

「すごいすごいよ、一〇〇式(モモ)ちゃん!」

 

「見事だったわ、一〇〇式(モモ)

 

 G41ちゃんとSOPMODちゃん、それにM4さんが褒めてくれます。他のみんなもめいめいに称賛の言葉をくれました。何だか、照れくさいですが嬉しいです。えへへ。

 

『ご苦労だった、一〇〇式(モモ)。少し休憩してから副官業務に戻ってくれ。後、お茶のお代わりもよろしく頼む』

 

『はい、指揮官』

 

 指揮官から労いの言葉を貰って、一〇〇式は銃を追い紐で吊って台所に戻りました。指揮官に美味しいお茶を淹れてあげないといけません。せっかくなので、休憩がてらほうじ茶を淹れてみようと思います。

 

 お手製の柿茶を戸棚から取り出します。柿の葉を刻んで乾燥させたものです。缶を開けて、大匙4杯分をパッドに取ります。後、フライパンと濡れ布巾を用意します。

 

 まず、フライパンを強火で30秒加熱します。そして、それを濡れ布巾の上に置いて適当に温度を下げていきます。

 再び五徳の上に乗せて、パッドの茶葉をフライパンの上に均等に撒いていきます。そして、それに蓋をして2分30秒ほど待つのです。

 そして、それを再び強火にかけて炒っていきます。約一分ほどかき混ぜながら炒っていくと、茶葉から煙が立ち上ってきます。

 そこで火を止めて、更に余熱で1分ほど熱します。煙が出なくなれば、一〇〇式特製ほうじ柿の葉茶の完成です!

 

 それを急須に多めに入れて、100℃に沸騰したお湯を注ぎます。抽出時間は30秒ほどです。

 それをカップに注いでいきます。2つのカップに回し注ぎで、濃度が均等になるように最後の一滴まで注いでいきます。

 

 カップに蓋をして指揮官室に行きます。ノックして部屋に入ると、指揮官がソファのところで待っていました。指揮官も小休止、というところでしょう。

 

「指揮官、どうぞ」

 

「ああ。ありがとう」

 

 指揮官の手前にカップを置いて、一〇〇式も隣に腰かけます。そして、指揮官がカップを手にしたのを見守ります。

 

「嗚呼…とても香ばしい香りだ。相変わらず、一〇〇式(モモ)のお茶は素晴らしいな」

 

 指揮官がお茶の香りを楽しみながら、一口啜って感想を言います。指揮官に褒めて貰えたことを嬉しく思いながら、一〇〇式もお茶を一口啜りました。うん。香ばしい香りと、柿の葉茶の癖のない味わいが相まってとても美味しくできました。

 

「あの…指揮官」

 

「どうしたんだい、一〇〇式(モモ)?」

 

 しばらくしてから、一〇〇式は指揮官に質問をします。指揮官も笑顔で促してきました。

 

「さっきのあれなんですけど…何に使うんですか?」

 

 一〇〇式は先ほどの演武を思い出して尋ねます。指揮官はあの様子を多数のドローンで撮影していました。一体あの映像を何に使うのでしょう。

 

「ああ。一〇〇式(モモ)の動きを分析して、コンバットパターンの構築に使うのさ。今組み立て中のOSで必要なのは、格闘戦のモーションだからな」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は視線を落として小さくため息をつきました。例の計画用のOSの作成のためだったのです。

 雷切計画と名付けられた究極の戦術人形の開発計画。千鳥ちゃんの量産計画は大詰めを迎えているそうです。西博士の話では試作品は既に完成していて、後はOSの完成待ちとのことです。西博士と指揮官が分担作業を行い、最終的にそれを融合させることで完成に至るのだそうですが…

 

「…指揮官、本当にあの計画は必要なんでしょうか?」

 

 一〇〇式は以前から思っていた根本的な疑問を指揮官に投げかけます。

 一〇〇式としては雷切計画には正直賛同できません。千鳥ちゃんの心情、という問題もあるのですが、そこまでの力が必要なのか、と思うのです。

 千鳥ちゃんは破格の力を有していて、あの強いレーヴァティンちゃんさえも寄せ付けませんでした。しかし、レーヴァティンちゃんの力があれば、D型感染者にも十分対抗できますし、大陸で見た軍の兵器も全く寄せ付けないでしょう。それだけの力があれば、何も千鳥ちゃんの量産化なんて真似は必要ない、と思うのです。

 

「必要かどうか、と言われたら必要だ、と即答できる」

 

 指揮官はそんな一〇〇式にはっきりとそう告げました。

 

一〇〇式(モモ)にも軽く話したことがあったよな? 俺がグリフィンに入る2年前、この国でE.L.I.Derの大規模な襲撃事件が起きたことを」

 

「はい、指揮官」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は頷きます。ライブラリィで当時の記録も調べてみましたが、公開されている分だけでもとても悲惨な戦いだったということがうかがえました。万余のE.L.I.Derに立ち向かった軍は、壊滅状態になりながらも辛くも勝利を勝ち取ったのです。

 

「あれは本当に奇跡の勝利だった。二度目はない。奇跡に縋らなくても勝てるように、力を得る必要があるんだ」

 

 指揮官は遠い目をしながらお茶を啜ります。あの時の事を思い出しているのかもしれません。あの時の戦いで、戦友のほとんどは戦死し、指揮していた人形もレヴァちゃんと10数体の乙型しか残らなかったそうです。指揮官が二度とそんな悲惨な戦いをしたくない、という気持ちは痛いほどわかります。

 

「それにな…救いようのない屑がまた蠢いているらしい。…下手をしたらあの国の軍が本格的に介入してくる可能性もある。そうなったら、今の戦力じゃ厳しい」

 

「…生きていたんですか、あの人」

 

「さあな。本人だか残党だかは知らんが、動きがあることだけは確かだ」

 

 一〇〇式の言葉に、指揮官は肩を竦めて言います。そういえば、近年あのパラデウスという敵がこの国にも現れたのです。一年前の事件の元凶というべき、あの人が生きていても不思議はないのです。

 陸戦だけならレーヴァティンちゃん達甲型戦術人形さえいれば、恐れるに足りないかもしれません。でも、空や海まで含めるとこの国の力では、あの国には対抗できないでしょう。正面衝突の可能性を考えれば、千鳥ちゃんの力は必要と言えるかもしれません。

 

「それに…もしかすると、そんなもんよりもよほど強力な存在が、世界の敵に回るかもしれん。そいつらに対抗するには千鳥の力が必要なんだ」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は息を呑みます。あの国の軍よりもよほど強力な敵…そんなものがいるのでしょうか。指揮官の様子から見て、詳しいことは話せないのかもしれませんが、それが嘘であるとは思えません。恐ろしい戦争が始まってしまうのでしょうか。一〇〇式は自身を抱き締めます。

 

一〇〇式(モモ)、お前はどうしたい?」

 

 指揮官が一〇〇式の顔を覗き込んで言います。その慈愛に満ちた目を見て、一〇〇式が思うことは一つです。

 

「私は…一〇〇式はみんなを…守りたいです…」

 

「なら、千鳥はお前の願いを叶えるさ。俺は彼女の手助けをしているに過ぎない」

 

 そう言って、指揮官は一〇〇式の頭を撫でてくれます。

 千鳥ちゃんはこの一〇〇式の友達です。彼女はきっと、一〇〇式を守りたい、と思ってくれるでしょうし、そして一〇〇式が守りたい全てを守ってくれるでしょう。そう考えれば、あの計画も千鳥ちゃんの遺志を継いだもの、と言えるかもしれません。

 

「最終的にな、この世界はお前の双肩にかかってるって、俺は思うんだ」

 

「私の…ですか?」

 

「ああ。重ねて言うが、千鳥の力はお前の願いを叶えるための力だと思うからな」

 

 指揮官の言葉を聞いて、一〇〇式は困惑して自身の両手を開いて見てしまいます。自分の手に世界が委ねられている。そんなことを言われても今一つ実感はないです。でも、もしそうだとしたら…一〇〇式はどうしたらいいんでしょう?

 

「まあ、そう気に負うな。まずは目の前のことをちまちま片付けて行こう。大きな道は次第に見えてくるさ」

 

「…はい、指揮官」

 

 そう言って、撫でてくれる指揮官の手を頼もしく思いながら、一〇〇式は頷きました。

 いつかFALさんの言っていた将の見る風景。一〇〇式にとってのそれは、千鳥ちゃんの力の描く波紋と、それに何を願うかを見定めることなのかもしれない、と思いました。

 そこに辿り着くには、幾多もの苦難が待ち受けている、と思います。でも、恐れることも後悔することもありません。一〇〇式には世界で一番頼りになる指揮官がいるのです。

 

「いつか、綺麗な世界を見に行こう、一〇〇式(モモ)

 

「はい、指揮官!」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は力強く応えました。懐で熱を持っている小太刀にも心の中で言います。二人でみんなを守って、世界を取り戻そうって。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29:強敵と書いて「とも」と呼ぶ、らしいです

 ある日のことです。一〇〇式は不意に夜中に起きてしまいました。ちょっと、トイレに行きたくなってしまったのです。

 普通の戦術人形はそういうことはないですが、一〇〇式とM4さんはちょっと変わっていますので、そういうことがあるのです。

 

 というわけで、トイレを済ませた一〇〇式は部屋に戻ります。みんなよく寝てるので静かにしないといけません。

 

 ふと、目の前の廊下が揺らぎました。なんでしょう。ごしごしと目をこすってみますが、そこは普段と変わりありません。

 

 寝ぼけていたのかな、と思いましたが、念のため懐の短刀を取り出して周りを確認してみます。まあ、何でもないでしょうが、万一ということもあります。それに確認するだけならタダですし。

 

 ワンサード力学格子展開。周辺にある異物を確認します。

 すると、次の瞬間大型の生命反応が目の前にいることに気が付きました。ありえません。光学的には目の前に何も見えないのに…

 

 次の瞬間、一〇〇式の前に大きな獣が姿を現しました。まるで、近くの陰が隆起して姿を形どったかのようです。

 それはまるで黒い豹のようでした。綺麗、と思ってしまいました。でも、こんなところに黒豹がいるはずがありません。なんなのでしょう。

 

 黒豹は一〇〇式に構わずに歩いてきます。どうしたらいいのでしょう。一〇〇式は判断に困ります。黒豹には敵意は全くないように感じられるからです。

 

「あの…どうしたの…?」

 

 一〇〇式は間の抜けた言葉を口にします。阿保らしいとは自覚してますが、それ以上仕様がありません。こんなのが基地の中に現れると思ってませんし、どう対処したらいいか分からないのです。

 普通に考えれば指揮官や他のみんなに通達して射殺するべきです。正体不明の生物が基地に侵入していればそうするべきです。

 でも、この豹のような生き物からは敵意を感じません。銃を向けるべきなのでしょうか。判断に迷います。

 

 すると、豹のような生き物は一〇〇式に近づいて来て、頬をペロッと舐めました。くすぐったいです。でも、かなりざらざらした感触だったので、人間だったら皮が剥けていたでしょう。正しく豹そのものです。

 一〇〇式は困りました。この子は友好的なようです。でも、基地への侵入者であることは変わりありません。どう対処すればいいものか。

 

 しばらく、豹と見つめ合った後、一〇〇式は指揮官に連絡することにしました。指揮官はまだ起きていると思います。指揮官なら判断を間違えることはないでしょうし。

 

『指揮官、あの…侵入者を見つけたのですが…』

 

『ほう。どんな奴だ? 視覚を借りるぞ?』

 

『あ、はい』

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は応じます。指揮官と視覚を共有し、目の前のものを見せるのです。豹は目の前で座って落ち着いています。その途中、欠伸をしたのでくすっと笑ってしまいました。何だか可愛いです。

 

『ほう…そいつは俺の客だな。指揮官室まで通せ』

 

『え!? でも…』

 

『構わん。…おい、聞こえてるだろ。俺はここにいる』

 

 指揮官がそういうと同時に豹が歩き始めました。指揮官室の方です。

 一〇〇式は困りました。豹が客と言われても… 

 止めた方がいいのかもしれませんが、指揮官の命令なので通さざるを得ません。でも、銃に千鳥ちゃんの小太刀を付けておきます。そして、いざとなれば超加速して指揮官を守れるようにナノマシンで身体を覆っておくのです。相手が何であれ、超加速すれば敵ではありません。

 

 やがて、指揮官室の前に着きました。すると、豹は肩口から触手を出して、ドアをノックしました。一〇〇式は驚きです。この子はただの豹ではありません。何者なのでしょう。

 

『律儀だな。とっとと入れよ』

 

 指揮官の声が聞こえました。通信モジュールを通じたものです。そんなの戦術人形以外に聞こえるはずない。そう思いました。

 ところが、豹は触手をドアノブに巻き付けてドアを開けました。一〇〇式はびっくりです。この子、もしかして通信の内容を把握しているのでしょうか。

 

 ドアを開けた次の瞬間、豹は視界から消えました。一瞬後に、キィン、という音が鳴ります。

 

「せっかちな奴だな。もう少し落ち着いたらどうだ?」

 

 指揮官の方を見ると、豹が爪の一撃で指揮官の首を狙っているところでした。さっきの音は指揮官が義手である右腕でそれを受けて止めた音です。人造皮膚が破れ、機械のフレームが見えています。

 

「…っ! 攻撃します!」

 

 一〇〇式は銃を構えます。指揮官がピンチです。しかも、一〇〇式が警戒していたのにもかかわらず、反応さえできない速度で指揮官に飛び掛かりました。並の相手ではないです。千鳥ちゃんの力を使うことを前提で戦うしかありません。

 

「よせよせ。こいつはただの挨拶だ」

 

 そんな一〇〇式を、指揮官がからからと笑って止めます。後に聞いた話では、超加速しても一〇〇式では勝てない、とのことです。それはそんなレベルの化け物だったのです。一〇〇式が無理なくできる亜音速程度の加速ではどうにもならない相手なのです。

 

「よう、久し振りだな。良く突き止めたな? んで、御挨拶と言ったところか?」

 

 指揮官の言葉に、豹はうにゃあ、と軽く唸ります。まるで猫みたいです。何だかちょっと可愛いですし、相変わらず敵意は感じません。でも、油断はできないです。一〇〇式は警戒を続けます。いざとなったら、身体がバラバラになる覚悟で亜光速戦闘すれば指揮官を助けられるでしょうし。千鳥ちゃんお願い。一〇〇式に力を貸して。

 

「ハハッ…! 笑いに来たってか。…人間は複雑なんだよ、お前らと一緒にすんな」

 

 指揮官がそう言った次の瞬間、豹は指揮官の腕に食い込んだ爪を下ろし、一〇〇式の近くに戻ってきました。ついでなのかは知りませんが、一〇〇式の頬をペロって舐めます。くすぐったいです。一〇〇式の戦う意図を鎮めるためなのでしょうか? この豹はもしかして一〇〇式の心が読めるのでしょうか?

 

 次の瞬間、豹は首を動かして咥えたものを一〇〇式に投げつけてきます。思わず受け取った一〇〇式。それは後で確認すると、缶詰や乾燥食料の入った布袋でした。そんなものがどこから現れたのでしょう。一〇〇式には見当もつきません。

 

「差し入れのつもりかよ。…まあ、安心しろ。お前が出る頃には俺も戻るさ」

 

 指揮官の言葉に応じるように、豹は軽く唸ると、すぐに首を返しました。次の瞬間には見えなくなりました。指揮官の曰く光学迷彩だそうです。もはや、ただの獣ではないです。あれは一体何なんでしょうか。

 

「大丈夫ですか、指揮官?」

 

「ああ、あいつも心得たもんだ。腕がいかれるほど本気じゃなかったさ」

 

 一〇〇式の言葉に、指揮官は右腕に穿たれた傷を見て笑って言います。人造皮膚は修復しないとなぁ、って笑いながら。

 

一〇〇式(モモ)、昔のE.L.I.Derの大侵攻については話したな? …あいつはその首謀者さ」

 

「首謀者!?」

 

「ああ…人間以上の知性を有した変異種さ。分類としてはC型に属するがD型よりも遥かにヤバい奴だ。軍はあいつにクアールっていう個体名を付けている」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は件の戦いの記録を思い出しました。C型E.L.I.Derクアールについてです。

 クアールは電波を解読し、指揮を出している場所を狙い指揮部を狙い撃ちにしたと記録にはあります。光学迷彩で姿を見ることができず、銃弾よりも速い速度で敵に襲い掛かるらしいです。

 件の戦役で司令部はクアールのために早々に陥落。そのため、指揮が分断された人類側は各個撃破の憂き目に遭い、あと一歩で全滅まで持っていかれたそうです。

 

「あん時はプラズマジャベリン二本もぶち込んだのにな。全然びくともしねえんだよ。…あいつが退かなきゃ俺もこの国の人間も全滅してたよ」

 

 指揮官が腕の傷を懐かしそうに眺めて言います。指揮官はあいつと戦ったことがあるのです。奇跡の勝利だった、指揮官はそう以前の戦いを評して言います。それは、あの子が退いてくれたことを加味しての事かもしてません。

 

「…ま、あいつとしては何やってんだ、と言いに来たわけだ。決着をつけたいのかもしれんが、変な奴だなぁ」

 

 指揮官はからからと笑って言います。どうも、指揮官が軍を罷免されてグリフィンにいるのが分かったらしいと言います。そんな指揮官を確認に来たのかもしれません。でも、それならそれで好機のはずです。自身の計画を阻止した指揮官が軍にいない今こそが、人類を蹂躙する絶好の機会ではないでしょうか。もしかして、一度負けたことを根に持って指揮官ともう一度雌雄を決したいと思っているのでしょうか。意味が分かりません。

 

「綺麗に勝ちたかったんだろうよ。それをあいつは優先させたのさ」

 

 馬鹿な奴だな、と指揮官は笑って言います。

 指揮官の曰く、彼は指揮部を潰してほとんど無抵抗な人間を蹂躙したかったのだろう、と言います。そして、それが適わなかったので退却したのだろう、と。何だか人間臭いクアールの反応を見るだにそれは間違ってない、と思います。

 そして、恐らくその綺麗な勝利を潰した指揮官を敵として狙っているのでしょう。このような形で襲撃したのも軍の指揮官として復帰させるためでしょう。自分が健在なのだから、お前も軍に戻って戦え、と。

 

「…指揮官はどうするんですか?」

 

「当分、あいつの期待には添えんよ。まだ借金残ってるし」

 

 指揮官は問うた一〇〇式の頭をなでなでして言います。指揮官は当分グリフィンを辞める気はないようです。一〇〇式はホッとしました。指揮官とお別れなんて、一〇〇式は嫌です。

 

「…あの子と戦うことになったら、指揮官はどうするんですか?」

 

「今度もお互い死ぬか生きるか…ゼロから始まる戦いになるだろうさ」

 

 一〇〇式の問いに指揮官は不敵に笑って言います。指揮官はグリフィンの指揮官のままあの子と戦うつもりなのかもしれません。それがゼロから戦いを始める指揮官の覚悟なのでしょう。正直、E.L.I.Derの大侵攻にまともに対抗するにはM4さんの力か、千鳥ちゃんの力に頼るしかないとは思いますが指揮官には何か考えがあるのでしょうか。

 

 でも、と思います。あの子は一〇〇式に敵意なんて向けてきませんでした。そのままでいてくれたら、戦う必要なんてないのに…一〇〇式は殺し合いなんて好きではないです。今回一〇〇式は意思の疎通はできなかったですが、指揮官はあの子の言うことを理解できたようです。それなら、話し合いで解決したいところですが…

 

「まあ、先のことは分からん。あいつが喧嘩を売ってくるとも限らんし。それに一〇〇式(モモ)の力で何とかできるかもしれんしな」

 

「私の力…ですか?」

 

「ああ。一〇〇式(モモ)の、千鳥から受け継いだ力にはそれぐらいの可能性がある」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は、胸を抱きます。そこに納められている千鳥ちゃんごと。

 最悪、亜光速戦闘まで視野に入れれば制圧することもできるはずです。一〇〇式のボディではボロボロになるでしょうが、それでもどんな敵でも倒せるはずです。千鳥ちゃんの力は、人類の希望の欠片。どんな敵にも負けることがない力なのです。

 

「…戦うことだけが千鳥の力じゃない。一〇〇式(モモ)が受け継いだ力にはもっと大きな意味があるんだよ」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は背筋に寒気を覚えました。なんということでしょう。一〇〇式は千鳥ちゃんの力を戦うだけの力、と無意識に考えていたのです。人類の希望の欠片の力を、ただ戦うことに使うことを考えていたのです。

 

「…大丈夫だ、一〇〇式(モモ)。千鳥の力はお前の願いなんだ。それだけでいいんだよ」

 

 指揮官はそう言って一〇〇式を抱き締めてくれました。不安だった一〇〇式の心が落ち着きました。指揮官は一〇〇式の心を、そして千鳥ちゃんの力の意味を理解してくれています。こんな心強いことはないです。

 一〇〇式はまだ知識や経験が浅く、千鳥ちゃんの力も満足に運用できないです。でも、指揮官ならきっとそれを上手く扱う術を考え、それを教えてくれる、と思います。

 一〇〇式は千鳥ちゃんの力をもっと習っていきたいです。もっと、この世界に何があるのか学んでいきたいです。今日見たばかりの敵と相対しても正しく接していけるように、いざとなれば雌雄を決する力となるために、もっともっと自信の得た力を有効に使えるようにしたいです。それがきっと、指揮官の望みを叶える力になるでしょうから。

 

「さて、せっかくあいつが差し入れをくれたんだ。何か作ってくれ、一〇〇式(モモ)

 

「はい、指揮官!」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は、袋を持って台所に走りました。中にはコンビーフやパン、その他諸々缶詰、それにプロセスチーズや調味料などがあります。お夜食を作るにはうってつけです。

 クアールさん。貴方が何を考えているのかは、今の一〇〇式には理解できません。でも、贈り物には感謝します。いつか刃を交える際には正々堂々勝負しましょう。一〇〇式は未来の好敵手に心の中でそう言って、調理を始めました。できれば、戦わない方がいいな、と思いつつ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30:未来の可能性

 ある日のことです。指揮官は相変わらずお腹を空かせていました。

 聞けばみんなの衣装を買ってお金が尽きたみたいです。具体的には一〇〇式とC-mosちゃんとDP-12さんとM99ちゃんなんですが。

 指揮官も困ったものです。みんなの衣装を買うために生活費まで使い込んでしまうなんて。

 でも、一〇〇式は少し嬉しいです。生活を犠牲にするぐらい一〇〇式達が可愛いのでしょうか。もしそうなら、指揮官にいっぱい可愛いと思って貰う方がいいです。一〇〇式達のためにお金をかけてくれたのですから、ご厚意には報いるべきです。

 

 とはいえ、一〇〇式は報いる方法を思いつきません。せいぜい、料理で指揮官の空腹を癒してあげることぐらいです。不器用な一〇〇式にはそれぐらいしかできないのです。うぬぅ。他のみんなはどうやって指揮官に好かれているのでしょうか。

 

 まあ、考えても仕方ないです。一〇〇式は自分なりのやり方で指揮官に尽くそう、と思います。というわけで、早速じゃがバターを作ろう、と思います。

 

 まず、じゃがいもを3こ程用意します。じゃがいもは安価なので箱にいっぱいあります。皮も緑じゃないですし、芽も伸びてません。

 それを水で洗います。泥を落として綺麗にします。

 そして、ナイフで凹んでいる部分である芽をくり抜いていきます。ジャガイモの芽にあ毒があるので人間が食べてはいけません。食味も悪いですし。なお、皮は敢えて剥きません。緑じゃないですし。

 

 そして、芋に切れ込みをいれます。十文字斬りです。こうすることで、熱が通りやすくなります。

 後はそれを水で濡らし、ラップでくるんで、電子レンジに入れます。そして、3分ほど設定します。

 しばらく待つと、チーンと音がしました。熱々の電子レンジを開けて、中から芋を取り出します。そして、ラップを剥いて箸を刺してみます。すんなりはいったので、ちゃんと火が通ってます。後はお皿に盛り付けて、塩を振ってバターを乗せて、お手製のマヨネーズを添えたら、一〇〇式特製じゃがバターの完成です!!

 

 では、早速指揮官のところに持っていきます。指揮官はきっとお腹を空かせていると思うので、物凄く喜んでくれるはずです。きっと、とても褒めて貰えるでしょう。一〇〇式はうきうきで指揮官室のドアを開けます。つい、ノックをしないで開けてしまいましたが、指揮官はFALさんや一〇〇式、それにG41ちゃんならノックをせずに入っても怒ったりすることはまずないです。

 

「何度も言うが、あれについては西の判断に任せている。欲しけりゃそっちで調整してくれ…ん?」

 

 ディスプレイに向かってそう言っている指揮官は、一〇〇式を見た途端物凄く苦い顔になりました。一瞬でポーカーフェイスに戻りましたが、一〇〇式はしゅんとしてしまいました。指揮官が一〇〇式を疎むような表情を見せたのは初めてだからです。

 

『つれないわね。昔の誼で都合してくれてもいいんじゃない?』

 

「こいつはもう情報部でも特秘に指定されてるんだ。感情云々でどうこうできる話じゃないんだ。分ってくれ」

 

『はいはい、分かりました。妙な所で真面目なのは相変わらずね、晶は』

 

「俺はいつでも糞真面目な男さ。話は終いだ。切るぞ?」

 

『あら? そこにいるの一〇〇式ちゃんでしょ? なら紹介…』

 

 ディスプレイの人物の言葉を遮るように、指揮官が強制的に通信を切りました。何だったのでしょう。

 

「すまなかった、一〇〇式(モモ)。あまり面白くない話だから、お前に聞かせたくなかったんだ」

 

 指揮官が詫びてくれます。恐らく、一〇〇式がしゅんとしたことを気遣ってくれているのでしょう。ノックを忘れて入った一〇〇式が悪いのに。指揮官は優しいです。

 でも、さっきの人は誰なのでしょう。ディスプレイに映っていたのは、白衣姿の女性でした。ペルシカさんとは違いますし、黒髪のセミロングの人でした。西博士の話も出てましたし。一体誰なんでしょう?

 

「あの…指揮官。今の人は?」

 

 一〇〇式は指揮官の前にじゃがバターのお皿を置いて、指揮官に尋ねます。先ほどの女性と指揮官は、何だか気さくな雰囲気でした。どういう関係なのか気になります。

 

「ああ。同期の奴さ。西と同じようなもんさ」

 

 話によると彼女の名前は神鳥天音と言うそうです。指揮官とは同期の技術士官であるらしく、西博士と同様に戦略研究所の所長の一人らしいです。なんでも、西博士とは異なる分野の長らしいですが…

 

「奴の曰く、遺跡でバラクーダが見つかったらしい。それで、そいつを制御したいから、新型ナノマシンを使いたい、と言ってきたんだがな」

 

「バラクーダ…!」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は戦慄します。バラクーダと言うのは、遺跡から見つかった古代兵器で、物凄い力を持ちます。中東で試験された際には、千人以上の精鋭部隊を一方的に蹂躙したという、凄まじい戦果を上げたそうです。遺跡の兵器の中では、単純なものであり今の技術でも量産が可能である、という点も恐るべきところです。

 

「…M4さんの力じゃなくて、新型ナノマシンなんですね…」

 

「ああ。M4の力でこの国の遺跡に影響が及ぼせるか分からんしな。新型ナノマシンで伝達フィールドを形成し、ハッキングした方が確実だ、と思ったんだろうよ」

 

 一〇〇式の言葉に、指揮官は肩を竦めて言います。あの事件を経たM4さんは遺跡に関与する力を持っています。しかし、彼女はそれを現在封印していますし、もう二度と使うつもりはないと思います。指揮官も忌まわしい過去を掘り起こすことを許しはしないでしょう。

 だからこそ、天音さんと言う人は新型ナノマシンの提供を求めたのかもしれません。でも、バラクーダの制御なんかに千鳥ちゃんの力が使われることは、一〇〇式だって嫌です。千鳥ちゃんの力は人類の希望の欠片であって、戦争をするための道具ではない、と信じているからです。

 

「まあ、バラクーダの回収には西も同行するみたいだし、必要だと判断したらあいつの方から話があるだろう。今俺が関わる話じゃない」

 

「…西博士が危険じゃないんですか?」

 

 そう言って椅子にもたれかかる指揮官に、一〇〇式は疑問を呈します。西博士は指揮官の親友で、雷切計画の実質的な主導者です。そして、遺跡の兵器には暴走の危険もあると聞きます。万一、バラクーダの回収に赴いて、事故が起きて西博士が失われると、指揮官にとっても相当な痛手になると思います。それなのに、のんきにしていてもいいのでしょうか? それに西博士は少々変わっているとはいえ、一〇〇式に良くしてくれる人です。彼に何かあったら、一〇〇式だって悲しいです。

 

「試作型のライキリパックを取り付けたレヴァが護衛するから問題ないだろうよ。あんなもんがいくら束になろうが、ライキリの敵になろうはずがない」

 

 心配する一〇〇式に指揮官は平然とそう言います。確かに、と一〇〇式も思います。史上最強の機械人形である千鳥ちゃんは、いかなる存在も寄せ付けない別次元の戦闘力を持っていました。ライキリはそんな千鳥ちゃんさえも、単純な戦闘能力では上回る、と指揮官から聞いています。それなら、バラクーダはおろか、どんな兵器でも恐れるに足りないでしょう。

 でも、一〇〇式は複雑です。確かにライキリは人類を保全するために必要な力かもしれません。でも、これでは千鳥ちゃんの力は完全に戦いの道具です。本当にそれでいいのか。一〇〇式の胸に言葉にならない疑問が渦巻きます。

 

一〇〇式(モモ)、お前の疑問は分かる。だが、ライキリの力は人類が前に進むために、過去を清算するために必要な力なんだ…」

 

 指揮官が立ち上がって、一〇〇式に近づいて、そして抱き締めてくれました。一〇〇式の疑問でいっぱいの心を察してくれたのでしょう。

 一〇〇式は抱き締められたまま、指揮官を見上げます。指揮官の言葉を促すつもりで。

 

「考えてごらん、一〇〇式(モモ)。大陸で起きた事件は、遺跡の力を欲しがる屑共がM4達を振り回した結果起きたんだ。それが、どれだけの人を傷つけて、どれだけの人を亡き者にしたのか。考えるだけで虫唾が走る。そう思わないか?」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は思い出します。大陸で起きたあの事件を。力を求める愚かな人々に巻き込まれて、M4さん達が悲惨な目に遭ったあの事件を。もうあのような悲劇を繰り返してはいけない。M4さん達はそう思うからこそ、その力を封印して今に至るのです。

 でも、大陸では未だに遺跡の力を得ようとする人々が暗躍しているそうです。恐らく、パラデウスの連中が再び一〇〇式達の前に現れたのも、それが絡んでいるのでしょう。

 

一〇〇式(モモ)、人類は遺跡の力を当てにせずに歩いて行く。そして、奴らが齎した崩壊液等を駆逐することで、ようやく過去の遺物からの脱却ができるのさ。それを実現するための一歩がライキリの完成なんだよ」

 

 指揮官は一〇〇式の頭をなでなでしながら言います。その言葉に、一〇〇式は納得しました。

 遺跡の兵器の力を大きく凌駕するライキリ。それが世に出れば、誰も遺跡よりもそちらに目を向けるはずです。そして、今の人類が過去遺跡を作った存在を凌駕したことを思い知ることでしょう。そうすれば、遺跡と、それを制御する存在を血眼になって探すことからは脱却できるかもしれません。…ほかに問題が起きそうな気もしますが、そこは指揮官の事なので何か考えていると思います。

 でも、一つ言えることは、過去遺跡を作った何者かの影響を排除しない限り、人類は前に進めない、ということです。世界を汚染する崩壊液を除去し、それが生み出したE.L.I.Derを駆逐し、人々が遺跡やそれが生み出したものを求めることを辞める。そうしなければ、人類は自分の足で前に進みだせないと思うのです。

 

「だが、それらは俺がどうこうすることじゃない。全ては千鳥の遺志を継ぐ、お前が決めることなんだよ」

 

「…はい、指揮官」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は頷きます。ようやく、指揮官がライキリの開発に携わったか、分かりました。全ては人類を自分の足で前に進めるため。そういうことだったのです。

 一〇〇式には未だ分からないことも沢山あります。納得できないこともあります。でも、それでも、一〇〇式は指揮官について行こう、と思います。指揮官と共に綺麗な世界を見に行こう。そう思います。

 

「嗚呼、美味い。…俺、借金返したら絶対一〇〇式(モモ)と誓約する」

 

 じゃがバターを頬張る指揮官の言葉に、微笑みながらも胸の中を熱くします。はい。一〇〇式は、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、冨める時も、貧しい時も、指揮官の傍らにあり続けます。一〇〇式は、指揮官がこの世界の何よりも大切で、大好きですから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31:正義の価値

 基地は朝から大騒ぎです。基地の外に大規模なデモ隊が押し寄せているからです。

 デモ隊の規模は一〇〇式が見たこともないほどでした。いつもの人権団体とかのはほんの数十名ほどですが、今回のは明らかに千人単位のものです。基地の入り口の前は人の波が押し寄せている状態です。こんなデモ見たことないです。

 

 一〇〇式は指揮官室のモニターでハラハラしながら状況を見守っています。入り口にはバリケードが築かれ、対応にはFALさんFiv-sevenさん。それにトンプソンさんやM16さんが当たっていますが、激昂した人々を宥めるのは難しいみたいです。

 人々はバリケードを乗り越えようとしていますが、FALさん達はそれらを必死で押しとどめています。銃を構えたりはしていません。指揮官の曰く、そういうことをこの手の団体にすると、後でマスコミ相手に捏造されて伝えられるので細心の注意を払わねばならないのだそうです。

 

『指揮官、応援を要請するわ。私達だけじゃ対応は無理よ』

 

『分かった。PA-15隊とM590隊を送るから、それまでどうにかお茶を濁してくれ』

 

『了解』

 

 必死でバリケードを押さえ、乗り越えようとする人々を押しとどめるFALさんの要請に指揮官が応じます。確かに、FALさん達だともう限界だと思います。PA-15隊とM590隊の派遣も妥当だと思います。

 

「…ご主人様、G41隊が応援に行きます。後、威嚇射撃の許可もお願いします」

 

 隣にいるG41ちゃんが氷のように冷たい口調で言いました。デモの様子を見ているG41ちゃんはかなり怒っています。無理もありません。デモ隊が喚いている言葉には、指揮官に関する個人的な悪口も含まれているからです。

 G41ちゃんとしては大好きな指揮官のいわれなき悪口は許し難いでしょうし、一〇〇式だって物申したいです。指揮官は確かに悪いことだってしていますが、私腹を肥やしたり、自身のために悪いことをしたりはしません、あくまでもこの世界をよくするために、もしくは一〇〇式達にご飯を食べされるためにダーティな手段を取らざるを得ないのです。

 そもそも、この国の人が今生存しているのは、昔指揮官が命を懸けて頑張ってくれたからです。そのことは一般的には知られてないことですが、生と死の狭間で戦い抜いて、この国を守り抜いた指揮官が言われなき悪口雑言を浴びせられるのは、やるせない思いがします。

 

『こらこら、G41。物騒なことを言わないの』

 

『大丈夫です、FALさん。一発や二発なら誤射です』

 

『もう、駄目よ。G41ちゃんがそんな後ろ向きなことを言ったら悲しいじゃない』

 

 完全に怒っているG41ちゃんをFALさんとFive-sevenさんが窘めます。二人は人々の悪意の中でも冷静です。M16さんやトンプソンさんもとても冷静に対応しています。凄いなぁ、と思います。一〇〇式だと人々の怒りや悪意に釣られてしまうかもしれません。流石、ベテランの先輩達です。

 

 ですが、次の瞬間。ガツっと鈍い音がしました。FALさんの顔を見ると、額が切れて人工血液が流れています。デモ隊の誰かがFALさんに石をぶつけたのです!

 一〇〇式の視界が怒りで一瞬真っ白になりました。思わず銃を手にして、部屋から駆け出しそうになります。G41ちゃんも同じように銃を手にしています。穏便に対処しているFALさんに暴力を振るうなんて、許せません!

 

『…基地総員に告ぐ』

 

 しかし、そんな一〇〇式達の足は指揮官の指令によって止められました。背筋がぞくっとしました。指揮官の声は、まるで氷山から吹き降ろす風のように冷たいです。指揮官が完全に怒りました。デモ隊の人々は竜の逆鱗に触れたのです。怒りが一瞬で冷めた一〇〇式は天井を仰ぎました。彼らは何ということをしたのでしょう。

 

『人間の職員は総員作業を中断。耳栓とイヤマフを装着。一分でやれ。戦術人形は総員聴覚を遮断』

 

『…了解。指揮官、あんまり無茶はしないでよ?』

 

『心配するな、FAL。俺は冷静だ。証拠にあのゴミ共を掃討しろ、と言ってないだろ?』

 

『はいはい。そういうことにしておくわ』

 

 指揮官の指令を了承するFALさんの声は苦笑交じりでしたが、どこか嬉しそうでした。FALさんは指揮官が怒っているのを嬉しく思っているのかもしれません。でも、指揮官が怒るのは当然だと思います。指揮官はFALさんのことを何より大切に思っているのです。それが傷つけられたのだから、怒らない方がおかしいです。

 

 一分後、凄まじいことが起きました。カメラに映る人々が突然耳を押さえて悶絶し始めたのです。そして、誰もが我先にと逃げだしていきます。地面にうずくまる人々を助けようともせず、それを踏みつけるようにして逃げていきます。一〇〇式はそれを冷めた目で見ていました。見苦しい光景だなぁ、って。

 なお、逃げ遅れた人々はFALさん達がバリケードを越えて、銃巴で頭を殴って気絶させていきます。そうでもしないと、救助できないからです。

 今指揮官はガラスを爪でひっかく音を基地の外に超大音量で流しているのです。これらの音に人間は凄まじい不快感を覚え、長時間聞くことに耐えられません。下手をすれば精神が崩壊して発狂する危険があります。指揮官は人々の被害を考慮せずにそういうことをしたのです。指揮官の怒りがどれほどのものか伝わってきます。

 でもまあ、今回は一〇〇式は全面的に指揮官に賛同します。彼らはこちらが抵抗しないのをかさに着て暴力行為を行っていましたし、何らかの手段を用いて追い払わなければならなかったのです。一応銃殺はしていないですし、何より一〇〇式だってFALさんを傷つけられて怒っているのです。ぷんぷん。

 それに彼らは普段人権が云々言っているくせに、いざとなったら仲間さえ踏みつけて逃げていきました。自分の仲間さえ守れない人々が、他人の人権云々を語るなど烏滸がましいにもほどがあります。正直、あんな人々に同情の余地はありません。自業自得です。

 

 でも、彼らもこれでは済ませないでしょう。マスコミなどを巻き込んでグリフィンの非難に出る可能性があります。指揮官はどうするのでしょうか?

 

「…ああ、おやっさん。若い奴に訓練をつけてやる。五人ぐらい貸してくれ。…ああ、そっちは任せた。恩に着る。…ああ、はいはい。そういうお説教はまた今度聞くよ。あ、飲むときはそっちのおごりな? じゃ」

 

 そう思う間に指揮官は誰かと通信していたみたいです。この口調から察するに、間違いなく軍情報部、それもその長のところです。指揮官は彼らとその支援者を完全に潰すつもりです。近いうちに彼ら及びその支援者は、社会から抹殺されることでしょう。悪魔には絶対に関わるな。FALさんの言う、裏社会の鉄則の意味がよく分かります。

 

「さて、G41。美味い飯を作ってFAL達を労ってくれ。備蓄の使用も認める。後、G41も楽しんでくるんだぞ?」

 

「はい、ご主人様!」

 

 指揮官が優しい口調でそう言い、G41ちゃんも明るく元気に答えます。ようやく、いつもの基地の雰囲気が戻ってきた。一〇〇式は部屋を出るG41ちゃんの後姿を見送ってそう思います。やっぱり、指揮官は優しい方がいいです。まあ、さっきの状況だと仕方ないですが。

 

「さて、一〇〇式(モモ)。疑問に思うことがあるだろうから、それに答えよう」

 

 指揮官はIFNデッキを操作しながら言いました。指揮官は一〇〇式の胸に疑問が湧いたことに、気づいているのです。指揮官はいつも一〇〇式の事を分かってくれます。

 

 

「あの、指揮官。何だったんですか、さっきのデモは?」

 

 一〇〇式はさっきの視界を埋め尽くすような人々の大群を思い出して言います。普段、人権団体の人とかがやるデモとは明らかに規模が違いますし、彼らの熱気と悪意も普段よりも上だったように思います。一〇〇式はそれが気味の悪いものに思いました。

 

「金で雇われた煽動屋とそれに釣られたおつむの足りない連中さ」

 

 そんな一〇〇式の問いに、指揮官はさらりと答えました。

 

「普段デモに来ている人権団体の連中な。あいつらはまあ、パフォーマンスでやってるからお利口なのさ。組織の存在意義を示すためのパフォーマンスだから無茶はしない。それが分かってるからこっちも穏便に済ませているのさ」

 

 指揮官の言葉を聞いて、一〇〇式は心のどこかが白けるのを感じました。彼らは自身の正義を信じて行動をしているのではないでしょうか? そう思っていたからこそ、迷惑と思っていてもどこか頑張って欲しい、と思っていたのに。

 

「今回のようなのは金で雇われた煽動屋が、日々の生活に不満がある奴らを焚きつけて、殴っても本気で怒られそうにない場所に怒りをぶつけに来たのさ。奴らには正義も何もない。金に目が眩んだ糞と、安全圏から人を殴って鬱憤を晴らしたい糞。それだけさ」

 

 指揮官が吐き捨てるように言う言葉を聞いて、一〇〇式はなんだか悲しくなりました。ああいう運動は自らの正義のために行うのではないのでしょうか。指揮官の言い様だと、単なる我欲のための暴走のように聞こえます。人は本当にそんなことのためにあんなことをするのでしょうか。

 

「千鳥を思い出してみろ、一〇〇式(モモ)。あいつは自身の信じる正義をたった一人で成そうとした。本当に正義を胸に抱いていれば、人に頼らずにやるもんだ。群れなきゃ唱えられない正義なんて、正義じゃない」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は亡き友である千鳥ちゃんを想います。彼女は誰にも頼らず世界を変えようと、悲しい人々を救済しようと頑張りました。やり方は間違っていたと思います。でも、薄っぺらい我欲のために正義を詐称する人々よりもよほど高貴だと思えてしまいます。

 

「…すまん、一〇〇式(モモ)。少しつまらんことを言いすぎたな」

 

 ため息を一つ吐いた指揮官は、そう言ってINFデッキから頭につないだケーブルを外し、席を立ちます。そして、一〇〇式のところにやってきて、ぎゅって抱き締めてくれます。

 

「だがな、一〇〇式(モモ)。お前はこんな糞な現実にも向かい合っていかないといけない。その上で、お前の力をどう使うのか。それを決めなければいけないんだ」

 

「…はい、指揮官」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は抱っこされたまま、彼の胸に頭を埋めるように頷きました。現実は過酷で、人の心もまた理想とは程遠く、綺麗なものとは言えません。でも、指揮官はそれらを知っていながらも、人類に絶望したりはしていません。この世界には守るべき価値があり、良くしていく決意がある。そう思います。

 今回の事、それに今までのことで一〇〇式の胸にも色々疑問が生まれています。でも、指揮官が信じるものを信じて、一〇〇式は前に進んで行こうと思います。いつかきっと、指揮官が答えを示して、人の心の光を見せてくれる、と信じているから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32:いつか世界が平和になったら

 一〇〇式は倉庫に運び込まれた大量の袋を見て、目を輝かせます。指揮官が仕入れてくれたお米が、遂に届いたのです。

 隣にいる指揮官の許可を得て、袋1つの口を開いてみます。そこには輝く真っ白なお米が湛えられていました。手で掬ってみます。さらさらとした感触の眩いお米。お米を見たのは初めてではないですが、こんなに大量のお米が倉庫に積まれているのを見るのは初めてです。なんだか嬉しくなってきました。

 

 

「さて、一〇〇式(モモ)。早速ですまないが、89式と64式に米を炊いて食わせてやってくれ。朝から催促されているからな」

 

 指揮官が苦笑しながら言います。このお米は、以前G41ちゃんと89式さんが関わった事件で得られたもののようです。どのような事件だったか、一〇〇式は詳しいことは知りませんが、念願のお米が手に入ったのです。89式さんが喜ばないわけがありません。

 一〇〇式の腕が鳴ります。お米を美味しく炊いて、美味しいおかずと共に提供し、89式さんと64式さんを満足させてあげようと思います。

 

「後、FALとG41が自分の取り分を放棄して、一〇〇式(モモ)達の分に回してくれたから、多めに食べてもいいぞ?」

 

「え!?」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式はびっくりしました。FALさんが配給を一〇〇式に回してくれることはよくあるのですが、今回G41ちゃんは以前の事件のMVPであったはずです。いっぱい美味しいご飯が食べられるのに、それを89式さん達に回してあげたのです。G41ちゃんは本当に立派な隊長さんになったな、って思います。

 

 一〇〇式はますますやる気になりました! FALさんとG41ちゃんの想いを無駄にしないよう、最高のご飯に仕上げて見せます!!

 

 とはいっても、やることはシンプルです。お米を上手に炊いて、それを引き立てる簡単なおかずを準備するだけです。今回の主役はお米なのですから、凝ったことをする必要はありません。

 

 お米は当然ですが、飯盒で炊きます。飯盒で炊いたご飯は、それはもう美味しいものです。特に少しだけできるおこげの味わいが、たまりません。

 そして飯盒炊飯は結構簡単にできるものです。一〇〇式はポケットストーブを取り出してきます。特に一〇〇式が愛用しているものは、指揮官からプレゼントされたもので、かなり年季が入って色合いがいい感じに変わってきています。指揮官は大分適当に扱ってたみたいで、くれたばかりの時はかなり煤で汚れていましたが、一〇〇式は丁寧に手入れをしているのでとっても綺麗です。私の宝物の一つです。

 でも、一つじゃ足りないので、G41ちゃんに一個借りてきました。こちらもとても綺麗で、かついい具合に使い込まれています。64式さんは自前のものを持っているので、それを貸してもらいました。

 そして、ラージメスティンを3こ用意します。アルミ製の飯盒であるメスティンは使い勝手がよく、料理をする戦術人形の必需品でもあります。

 

 まずお米を6合ほど丁寧に洗います。お米が傷つかないように、荒っぽくしないように丁寧に研いでいくのです。水の入れ替えは三回ほど。研ぎすぎても旨味が殺されてしまうので、頃合いを見極める必要があります。

 そして、研いだお米を容器に入れて30分ほど水に漬けます。その間におかずの準備をします。

 

 まずは、大根と人参ときゅうりの漬物を切っていきます。今回はシンプルな塩漬けですが、トウガラシや豆からとった出汁なんかも加えて、まろやかな味わいに仕上がってると自負しています。ご飯のお供に最適でしょう。

 後、倉庫から鯖の味噌煮缶を持ってきます。鯖の味噌煮は、ご飯のお供にうってつけです。鯖缶はツナ缶やイワシ缶に次いで見つかる缶詰なので、在庫にも余裕がありますし。

 

 そうこうしているうちに30分が経過したので、米を自ら取り出して3つのラージメスティンに2号ずつ移して、水を400cc、シェラカップで入れます。このシェラカップは、後でお茶碗の代わりとしても使います。

 

 そして、下にトレーを敷いたポケットストーブに、アルコール固形燃料を2つ入れて、火を点けます。後は、メスティンに蓋をして、ストーブの上に乗せて、上に鯖缶を重石として乗せたら完成です。

 8分ぐらいで蒸気が出始め、蓋から水が滴ってきますが放置です。トレーを敷いているので、机が汚れることもないですし。

 お米を炊いている間に、シンプルなキノコと豆腐のお味噌汁を作っていきます。ご飯といえば、やはりお味噌汁です。ご飯の最後の一杯は、お味噌汁をかけた猫まんまにしたいものです。お行儀は悪いですが、美味しいものは美味しいのです。

 

 固形燃料が燃え尽きたら、いよいよ仕上げです。蒸らしのために、タオルにくるんでひっくり返し、10分ほど放置します。

 その間にお盆を準備して、鯖缶を漬物、それに味噌汁のお椀とメスティンを載せて娯楽室に持っていきます。

 

 娯楽室では、ちゃぶ台のところで89式さんと64式さんが待ってました。指揮官が連絡したのでしょう。

 もう89式さんは目をらんらんと輝かせて、ご飯を今か今かと待ち望んでいます。そんな彼女を見て64式さんは少し呆れた様子でしたが、彼女も一〇〇式の持ってきたご飯の匂いに嬉しそうな顔になりました。なんだかんだで、彼女もお米のご飯を楽しみにしていたのです。少し嬉しくなって、くすりと笑ってしまいました。

 

「一〇〇式さん、ありがとうございます! さあ、早速蓋を開けてください!!」

 

「がっつきすぎよ、もう…すみません、一〇〇式さん」

 

「ううん、いいの。じゃあ、早速食べようか?」

 

 涎を垂らして飛びつかんばかりの89式さんを、64式さんが苦笑して制します。そんな姉妹のような姿をほほえましく思いながら、一〇〇式はテーブルの上に置いたメスティンの蓋を、耐熱手袋を履いて開けました。

 ふわっ、とした蒸気と共に立ち上がる甘いお米の香り。そして、現れる眩い銀シャリ。89式さんだけでなく、64式さんも一〇〇式も思わず笑顔がこぼれます。日本人であるなら、これに喜ばない者はいないでしょう。

 

 一〇〇式は早速シェラカップにお米をよそっていきます。最初は少なめに、何もかけないでお米の味を純粋に味わうのです。

 89式さんが震える手でお箸を操り、ご飯を一口摘まみます。憧れのお米が目の前にあるのです。嬉しくないわけがありません。でも、なんだか口に入れるのを、少しためらっているようにも見えます。もしかすると、もしお米が美味しくなかったら、と怯えているのかもしれません。

 そんな89式さんに一〇〇式は勇気づけるように微笑みます。大丈夫です。みんなが頑張って手に入れたお米です。美味しくないわけがないです。一〇〇式も上手にお米を炊けた、と思います。これで美味しくなかったら、腹を切る所存です。

 

 そんな一〇〇式の顔を見て、89式さんは意を決したようにご飯を口に入れます。そして、咀嚼して目を見開きます。目の端からつうっと、涙が一筋こぼれました。

 

「お、美味しい…」

 

 そして、涙の混じる声で言いました。良かった。一〇〇式は心から安堵しました。自信はありましたが、やはりそう言ってもらえると安心します。

 

「本当においしいです。香ばしくて、甘くて…α米とはやはり違いますね」

 

 64式さんもお米を食べながら、しみじみと言います。それはそうです。α米も決して不味いわけではないですが、やはり飯盒で炊いたお米とは格段の差があります。お米の甘さと香ばしさが全然違うのです。

 

 一〇〇式もお米を一口頬張ります。口に広がっていくお米のさわやかな甘さ、芳醇な香りが何とも言えません。嗚呼、美味しい。この国の生まれで本当によかったって思えます。

 

 一杯目があっという間になくなったので、二杯目をよそいます。そして、鯖缶を開けます。おかずと一緒に食べるお米もまた格別です。

 お漬物のしゃきしゃきとした食感と、ほんのりとした塩味。温かい鯖缶の甘さと旨味をご飯が受け止め、それらを高めるとともに、ご飯自身の味も引き立てられる。そして、合間に加わる味噌汁の優しい味わいで舌をリセットして、更にご飯とおかずのハーモニーを楽しむ。それがこの国の古くからの食卓の形、幸せの形なのです。

 

 でも、幸せの時間は長くは続きません。あまりの美味しさにお米を食べる手は加速し、各2合あったお米はあれよあれよと言う内になくなってしまいました。それに、お腹ももういっぱいです。ごちそうさまでした。

 

「ああああああ……お腹いっぱい…でも、もっと食べたい…」

 

「はいはい。また、明日食べればいいでしょ?」

 

 未練がましく空のメスティンを見て言う89式さんに、64式さんが言います。その通りです。まだお米はたくさんありますし、今後定期的に仕入れられるそうなので焦ることはありません。

 食後のお茶を準備しながら、一〇〇式は思います。指揮官の言葉について。

 

 在りし日のこの国では、至る所でお米が栽培されていたそうです。揺れる金色野の風景は、この国の民の誉であったと指揮官は言います。そんな風景、指揮官は見たことないそうです。物心ついたときには、蝶事件が起きて世界はめちゃくちゃになったのだから、と言ってました。

 

 いつかそんな風景が当たりまえに見られる世界を取り戻したい、と指揮官は言いました。そのために千鳥ちゃんの力が必要なんだ、とも言いました。

 ライキリ計画はほぼ完成し、今はテストを重ねている状況だそうです。それも順調で、もうじき量産が始まるだろうとも。

 

 …正直、千鳥ちゃんの力が戦いのために使われるのは、今でも納得はしていません。でも、現実問題として人の領域を確保し、この世界を人の世に戻すためにも戦力は必要なのです。

 いつか世界が平和になったなら、指揮官と共に、そしてFALさんやG41ちゃん達と共に、金色野の広がる風景を見に行きたいです。これから一〇〇式にできることがどれだけあるかは分かりませんが、そんな平和な世界がやってくるように、指揮官と一緒に頑張っていきたいです。

 

「いつか見に行こうね、金色野」

 

「え?…あ、はい」

 

 お茶を出しながら言う一〇〇式に、89式さんが曖昧に言います。64式さんはただ静かにうなずいています。FALさんのバディである64式さんは、指揮官の思惑をもう少し理解しているので、一〇〇式の言葉を理解してくれたのかもしれません。

 

 遠い未来の果てに、本当に平和が待っているかどうかは誰にも分かりません。でも、指揮官ならきっとできるんじゃないかな、って一〇〇式は思います。こんなに大量のお米を手入れられた指揮官なのですから、89式さんの夢をかなえてあげた指揮官なのですから、きっとみんなの夢だってかなえられる。そんな指揮官を信じてついていこうって、一〇〇式は改めて思うのでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。