FGO短編「絆のお話」 (ko6ske)
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絆のお話

「私の通信妨害の魔術に対する、抵抗・対抗魔術も無く、礼装の補助が無ければ物理・魔術障壁どころか、ガンドの一つも撃てない。三流どころか、魔術師を名乗るのもおこがましい、手負いの四流魔術師」

 

 先の戦闘によって片足を怪我し、力無く地面にへたりこむ彼女に対し、自分と同じ『魔術師』を名乗ることに、多少の苛立ちを感じているのか、上から見下し(みくだし)ているかのように喋る敵の魔術師。

 

「……っ」

 

 だが声は聞こえど、その姿はどこにも見えない。

 

 まるで耳元で囁かれているかのような気持ちの悪さと、背筋に悪寒が走るような不快感に、彼女は身体を震わせる。そして魔術師の言うとおり、自分一人では何も出来ない。それどころか仲間の足を引っ張る形になってしまった悔しさに、グッと下唇を噛み締める。

 

「そんなゴミ(マスター)を見捨てず、自身を盾にしてまで守るのは……奇跡と言っても過言では無い。人類史に名を残す英雄・英霊を召喚し、使い魔として使役する。聖杯による召喚魔術、その集大成……か。心底呆れ果てて苦笑いどころか、失笑すら出ないな」

 

 侮蔑(ぶべつ)を含んだ魔術師の声は、足を怪我をした彼女の前に守るように立ち、全身傷痕だらけの身体に真新しい傷を作りながらも、一撃必殺の魔剣を振るい続け、地を揺るがす雄叫びを上げながら戦っていた、彼女の仲間にも聞こえていた。

 

「は! 戦いは人形任せ。自分は安全な人形の影に隠れる。陰口しか喋れない臆病者が……うちのマスターを馬鹿にすんじゃねぇよ」

 

 口の端から垂れた血を乱暴に拭い、鉄の味がする真っ赤なツバを地面に吐き捨てながら、未だに戦意に満ち溢れた瞳と激しい怒りに顔を歪めた男。今この場に居る、彼女のただ一人の仲間。

 

 イギリス文学最古の伝承の一つに語られる英雄。若くして勇士達と共に巨人を倒し、老いてもなおドラゴンと相討ちになる形で討伐を成し遂げた戦士。その反面、王として一国を統べた理知的な一面も見せる英雄。

 

 クラス・狂戦士(バーサーカー)。真名・ベオウルフ。

 

 マスターを守るため、鎖に繋がれた一対(いっつい)の魔剣──『赤原猟犬(フルンディング)』と『鉄槌蛇潰(ネイリング)』──を振るい、戦い続けた彼の周囲には、ただの土塊(つちくれ)に成り果て、物言わなくなったゴーレムの山。四肢をもがれ、二度と噛み合うことがない歯車を僅かに残った魔力で回し続けるオートマタの海。

 

「一つ一つの力は大したこと無くとも、私の人形を合わせて五十体以上、たった一人のサーヴァントで倒した事。私の手足を見ても怯むこと無く、サーヴァントと戦況に合わせた指示をしていた姿は、多少は評価しよう」

 

 今までの戦いを冷静に分析し、彼女とベオウルフの評価を改める。だが余裕の含んだ声音は変わらず、見下すような話し方も全く変わらない。

 

「しかし、いくら威勢は良くとも。どれだけ私の手足を壊そうとも。残念ながら、お前達の目の前に広がる現実は変わらないのだよ」

 

 主人である魔術師の言葉に賛同するかのように、ゴーレムは呻き声のような音を上げる。現実が見えていない愚か者を嗤うかのように、オートマタはカタカタと歯車を鳴らす。

 

 その人形達の数は目視だけでは数えきれない、数えるのが馬鹿らしくなるほどの数。更に遠目からでも分かる程に無骨で巨大な石像。スプリガンが鎮座している。

 

 ベオウルフは内心舌打ちをしながら、考えを張り巡らせる。

 

 目の前に広がる無機物たちの海。そこから聞こえる不協和音を、一刻も早く止めたい反面、自分だけではマスターを守るだけしか……いや、正直言って自分だけでは守りきれるかどうかもわからない。

 

「ベオさん」

 

「……なんだ?」

 

 どうやって切り抜けるかを思案していた所を少し震えた声で呼ばれ、ベオウルフは顔だけをマスターに向ける。

 

 そこに居たのは栗色の瞳を涙で濡らし、思わずこぼれた涙で頬に一筋の道を作った、まだまだ幼さが残る少女。

 

「こいつら全員倒して、あいつの顔に一発パンチをお見舞いしてやりましょう!」

 

 そして、悔しさと力不足を噛み締めながら、令呪が三画刻まれた右手を力強く突き出し、無理矢理笑顔を浮かべて笑う、人類最後のマスター(希望)

 

「……ははは!! そうだな!! あいつの顔をぶっ飛ばしてやるか!!」

 

 彼女の流した涙を見て、下らない考えなど消えた。

 彼女の精一杯の笑顔を見て、下らない悩みなど消えた。

 

 鈍い痛みを訴え続ける身体に喝を入れ、主人を讃える喝采の声を叩き潰すように、嘲りの含んだ喧しい嗤い声を叩き斬るように、両手に握った魔剣を振るう。すると、殺気を感じて戦闘体勢に入った人形達は一瞬で沈黙し、石とガラス玉で出来た瞳でベオウルフを睨む。

 

「それじゃ、喧嘩の続きをおっ始めようか!」

 

 

「オラッ!」

 

 赤原猟犬(フルンディング)が振るわれる度、オートマタの胴体が二つに裂ける。

 

「くたばれ!」

 

 鉄槌蛇潰(ネイリング)が振り下ろされる度、ゴーレムの頭が粉々に砕け散る。

 

「ベオさん! 後ろを振り向きながら攻撃!」

 

「了解……ラァッ!」

 

 彼女の指示通りに身体を半回転させ、勢いをつけた魔剣を振るう。すると、ベオウルフの背後を取ったゴーレムは、両腕を振り上げた状態のまま、がら空きの胴体に強烈な一撃がお見舞いされる。ベオウルフを叩き潰そうとして振り上げられた拳はそのままの形で地面に落ち、ボロボロと崩れ落ちていった。

 

「ナイスバスター!」

 

「マスターの的確な指示のおかげだ。次いくぜ!」

 

 二人の息の合ったコンビネーションのおかげか、端から見れば圧倒的不利に思える状況にも関わらず、戦況は膠着状態になっているように見える。

 

            ◇ ◇ ◇

 

「そう簡単には殺せないか」

 

 最前線で戦う人形の視点と、空に浮かぶ小型ゴーレムの視点で、自身は安全な場所に居ながらも、目まぐるしく変わる戦況を完全に把握している魔術師は、感情の籠っていない声で一人呟く。

 

 圧倒的な物量で押していく人形達だけでは、ベオウルフに決定的な一撃を与えられない。

 ベオウルフとマスターだけでは、無限に近い数が沸いてくる人形達の壁を崩しきれない。

 

 目の前で命令を待つスプリガンを投入すれば、今の戦況は確実変わるだろう。しかしそれは、人形の壁に大きな穴を開ける行為。その開いた穴からベオウルフがこちらに向かって来てしまったら、魔術師だけでは対処は出来ないだろう。

 

「だが、私の勝利は揺るがない」

 

 それでも魔術師は、自分の勝利を確信した声で呟く。

 

 口元を歪に吊り上げ、壊しても壊してもキリがない人形達を健気に壊し続ける二人に嗤笑(ししょう)を送り、人形達に必勝の一手を命令した。

 

          ◇ ◇ ◇

 

 カチカチ。歯車が嵌まる音が聞こえた。

 カタカタ。歯車が回る音が聞こえる。

 ガタガタ。何かが動く音が聞こえる。

 

 どこから聞こえる?

            それほど遠くはない。(カチ カチ カチ カチ)

 

 どこから聞こえる?

      かなり近い。(カタ カタ カタ カタ)

 

 どこから聞こえる?

    私の、(ガタ ガタ)

 すぐ、(ガタ ガタ) 

 

          ◇ ◇ ◇

 

「! マスターあぶねぇ!」

 

 ベオウルフが『それ』に気付いて声を張り上げた時には、ベオウルフの周りには数多(あまた)のオートマタとゴーレムが、所狭しと配置されていた。

 

「……え?」

 

 彼女が音のする方向を振り向いて『それ』と目が合った時には、彼女の近くにいた仲間(ベオウルフ)は、無機物の壁の向こうに消えてしまった。

 

 『それ』は、顔の半分程の皮膚が剥がれ落ち、中身が剥き出しの状態であった。

 『それ』は、右腕の肘から先が力無く垂れ下がり、ゆらゆらと風に吹かれて揺られていた。

 『それ』は、右脇腹からへその辺りまで、鈍器で殴り抜かれたかのように抉れていた。

 

 『それ』はベオウルフが殴り飛ばし、破壊したはずの『オートマタ』であった。

 

「死んだふり……いや、人形だから壊れたふり。と言った方が良いかな?」

 

 剥き出しの歯車をカチカチガチガチと嫌な音を鳴らしながら、半壊したオートマタの口がぎこちなく動き、そこから遠くに居るはずの魔術師の声が聞こえる。

 

「人形は良い。身体を引き裂かれても痛みに悲鳴を上げない。動くなと命令すれば微動だにしない。そして、安価で大量に生産できる……とはいえ」

 

 そう言いながらオートマタの首がグルリと半回転し、真後ろを振り向く。

 

 その透明な瞳が反射したのは、無数のオートマタとゴーレムが重なり、一切の視界も通らない程に詰まった無機質な壁。

 その半壊したオートマタの視界を借りている魔術師の瞳に映るのは、壁に穴を開けようと剣を振るうベオウルフと、崩した所を埋めるかのように動き、ベオウルフの力を削ごうと攻撃を続ける人形達の姿。

 

「このまま壊され続けるのを黙って見ているわけにはいけない。さっさと終わらせてしまおう」

 

 オートマタの首がさらに半回転し、正面で地面に座り込む少女に視線を合わせる。

 

 視線が合った少女の瞳には、一人になった怯えや恐怖と言った感情は一切無く、ベオウルフと同じように、戦意と希望に満ち溢れた瞳をしていた。

 

「負けない……」

 

「何?」

 

「私は……私達は、絶対に負けない!!」

 

 自分のサーヴァントに対して絶対の自信を持って。

 自分を守ってくれているベオウルフに対して絶対の信頼を持って。

 

 彼女は半壊した人形に、敵対する魔術師に向かって力強く言い放つ。

 

 

「……くだらない」

 

 ふと、感情が抜け落ちた声がした。

 

「あぁーくだらないくだらないくだらないくだらないくだらないくだらないくだらないくだらないくだらないくだらない!!!!!!」

 

 先程の平坦な声とは全く違う、爆弾が爆発したかのように激しく、燃え盛る炎のように熱い、烈火のような叫び声。その叫び声を上げながら、自由に動く左手で人形の頭を掻き毟る。

 

「使い魔ごときに絶対の自信を持っているのか? 使い魔ごときに絶対の信頼を置いているのか? 使い魔ごときと深い絆でも感じているのか?あぁー全くくだらない! 使い魔はただの『道具』だ! 道具に絶対の信頼や自信など必要ない!ただただ使えるかどうかだ! 今お前の『道具』(サーヴァント)はお前を守ってくれているか!? 今お前の『道具』(サーヴァント)はあれ以外に居るか!? 守れていないじゃないか!ここに居ないじゃないか!! 自分の主人すら守れない道具は役に立たない、ただの『ゴミ』なんだよぉ!!!」

 

 ドス黒い憎悪に塗り潰された言葉を彼女に向かって撒き散らしながら、オートマタは怒り吠える。それに触発されたかのように、ベオウルフを取り囲んでいた人形達の攻撃も激しさと乱雑さが増していき、整然と並んでいた人形達の列に、僅かだか乱れが生じ始めた。

 

「マスター! 大丈夫……かっ!」

 

「こっちは大丈夫! ベオさんこそ大丈夫ですか?!」

 

「あぁ。なんか急に人間みてえな動きになりやがってよ……っと! だが……律儀に命令は守ってやがるぜ……!」

 

 僅かに出来た隙間からベオウルフの声が聞こえるが、彼女から見ても、ベオウルフから見ても、依然として人形の壁は厚く、ベオウルフの助けは期待出来そうにない。

 

「道具の助けは来ない! 防御魔術を使えない!! お前は死ぬ!!! 無惨に死ぬ運命なんだよぉ!!!!」

 

 怒りに歯車を震わせながら、オートマタの左腕を彼女の頭に向けて振り下ろし、この戦闘の勝利を確信した魔術師。

 

「どけ! どけぇ! ……りつかぁぁぁぁ!!!」

 

「っ!」

 

 彼女(マスター)の名前を叫びながら、届かないと分かっていても、魔剣を放り投げてでも、必死に手を伸ばすベオウルフ。

 

 これから来るであろう痛みに耐えるため、全身に力を入れ、ギュッと瞳を固く閉じた彼女。

 

 

 この戦いの勝敗が決する瞬間、

 

 

「女の子に触れるときは、もっと優しさを込めて。壊れ物を扱うように、丁寧に触れるものですよっと」

 

「もっとも。それを守っても、私達のマスターには指一本触れさせる気はないがね」

 

 命を奪いあう戦場に相応しくない、軽い口調で話す男と、芯の通った、凛々しい女性の声が聞こえた。

 

 

 声が聞こえたと同時、彼女の頭上に振り下ろされたオートマタの左腕に矢が刺さり、まるで髪を撫でる寸前のような形で縫い止められ、オートマタの喉元には短剣が突き刺されていた。声にならない音を鳴らし、半壊していたオートマタは、今度こそ完全に壊れ、辺りに散らばる残骸の仲間入りした。

 

 遠くに見える、緑色のマントを脱ぎ捨てた男性を見ながら。倒れたオートマタの後ろに立っていた、白装束の女性を見ながら。戦意の裏に不安を隠していた少女は、二人の名前を嬉しそうに呼ぶ。

 

「ロビン! 荊軻さん!」

 

「すまない。少し遅れたようだ」

 

「悪いマスター。遅れました」

 

 白装束を着て、オートマタの背後から不意討ちをした女性。秦の時代、秦王政(後の始皇帝)の暗殺を企て、あと一歩届かなかった刺客。

 

 クラス・暗殺者(アサシン)。真名・荊軻。

 

 少し離れた場所から矢を放ち、マスターに振り下ろされた凶拳を止めた若い男性は、イギリス・シャーウッドの森に潜んでいたとされる義賊。顔も、名前もない、数多くいた誰かの一人。

 

 クラス・弓兵(アーチャー)。真名・ロビンフッド。

 

 彼女の目の前に並んだ二人は、軽く頭を下げながら、謝罪の言葉を口にする。しかしマスターである彼女は全く気にしていないようで、ゆるゆると首を振り、二人が助けてくれた事に感謝の言葉を口にした。

 

「ううん。助けてくれてありがとう……それより!ベオさんを助け「その必要はねぇ」」

 

 マスターの言葉を遮るように、ベオウルフが声をかける。人形の壁にやられたのか、離れた時より増えた傷は多数あれど、どれも致命傷にはなっていないみたいだった。

 

「ベオさん! 大丈夫でしたか?!」

 

「あぁ。ロビンと荊軻がその人形を壊した途端に全部引いていきやがった。多分だが、身の回りの防御を固めてるんだろうな」

 

「ベオウルフの旦那を仕留めきれなかったから、逃げるつもりかもしれないっすね」

 

「戦闘に際しては合理的な判断だが、ここまでされて逃がしはしない。必ず殺す」

 

「あいつの顔面に、俺の拳をぶちこむ約束もしてるしな」

 

「……うん!みんなで倒そう!!」

 

 決意を新たに、マスターと仲間のサーヴァント達は敵の方向に向き直る。彼女らの前に立ちはだかるのは、不快な音楽を奏でる無機質な壁と、静かに佇む不動の守護者。倒すべき敵は、顔を未だに見た事がない、不気味な指揮者。

 

 絶望的に思える戦力差だが、彼女らの目に、不安の色は一切無い。

 

「荊軻。ロビン。あいつまでの道を開けてくれ。開いたら、あとはなんとかする」

 

「了解。任せてくださいな」

 

「了解した」

 

 二人は同時に頷き、各々の得物を準備しながら、壁に向かって行った。

 

「しかし、暗殺者に正面から正々堂々と戦わせるのはどうかと思うのだがね」

 

「いわゆる『騎士道精神』ってやつですかね。やってみれば、案外悪くないと思いますよ」

 

「ほぉ? 何やら実感が籠った言い方だな」

 

「……なんとなくですよ。なんとなく、そう思っただけですよ。さ、美味しい夕飯に遅れちまうんで、とっとと終わらせましょうや」

 

 ロビンと荊軻が先に行ったのを確認してから、ベオウルフはマスターに振り返る。

 

「マスター」

 

「うん。わかった」

 

 名前を呼び、答えるだけの短いやり取り。それだけで通じあったのか、嬉しそうにニヤリと笑うベオウルフと、同じく嬉しそうに笑うマスター。

 

「さてと……あいつをぶん殴りにいくかぁ!」

 

 肩をゴキゴキと鳴らし、やる気に満ち溢れたベオウルフ。そんな彼の背中向かって右手の甲を向け、そこに刻まれた令呪を発動させる。

 

「令呪をもって命じる……『宝具解放』!」

 

「う……ーーーーーーー!!!!!!」

 

 令呪による膨大な魔力のサポートを受けたベオウルフは、言葉にならない雄叫びを上げる。

 

 両手に握っていた魔剣を握り砕き、薄く、健康的に焼けた色をした肌が、内から燃え上がる怒りの炎に炙られ、黒く焼け焦げていく。両肩から肘までに刻まれた模様が黄金色(こがねいろ)に輝き、新しく出来た傷口からメソメソと流れ出ていた血が、彼の狂暴さや獰猛さを引き立てるアクセサリーになっていく。

 

「道が開いた!」

 

「頼むぞ、ベオウルフ!」

 

 同時に、壁を削っていたロビンと荊軻から声が上がり、ベオウルフは二人が開けてくれた穴に向かって駆け出していく。

 

「ありがとよ!」

 

 ベオウルフが穴を通ると、少ししてから穴が塞がってしまう。だが、前しか見ていない。目前の倒すべき敵しか見えていないベオウルフには、後ろの事など関係ない。

 

 前へ前へ前へ。ただ進む。

 

「この勝負は私の負けだ」

 

 魔術師は先程までの怒りや憎悪に塗り潰された声とは違い、古い機械音声のような平坦な声で、淡々と話し始めた。

 

「同時に、私の勝ちでもある。俗に言う「試合に勝って勝負に負ける」だ。ベオウルフの宝具は見たところ、単体にしか効果が無い物理攻撃。私を殴りたい気持ちは分からないでもないが、私の前にはスプリガンが居ることを忘れてないか?スプリガンが黙って横を通すと思わないで欲しい。必ず阻止する。その間に、私は逃げさせてもらう。今回は私の負けを認めよう。ただし、次回は必ずお前達を倒して」

 

「ごちゃごちゃうるせぇな。試合だろうと勝負だろうと、俺達の勝ちで、お前の負けなんだよ」

 

 不動だったスプリガンが、ベオウルフの走りを止めようと、主である魔術師を守ろうと、重厚感ある動きで立ち上がる。

 

 ベオウルフの身長の2倍3倍はある身体を目一杯に広げ、ベオウルフの前に立ち塞がる。だが、ベオウルフの視線は依然として前を向いたまま。スプリガンなど、眼中に無い様子。

 

 無視された事を感じ取ったスプリガンは怒りに吠え、手に持った巨剣を、無防備なベオウルフの頭上に振り下ろす。

 

 大地を割り、ベオウルフの霊基を粉々に砕くはずの一撃は、

 

「なっ!」

 

「!!??」

 

 ベオウルフに当たる直前、虚空に弾かれた。

 

 突然の事で驚きを隠せない魔術師と、必殺の巨剣を軽々しく弾かれ、思わずよろけるスプリガン。そこに若く、それでいて貫禄のある口調で話す男性の声が響く。

 

「踏み込みが足りん。力任せに振り下ろすと容易に弾かれ、こねように体勢を崩されるぞ」

 

 誰も居ないはずの場所から、何も見えない場所から、一本の細い槍が生える。まるでそれが合図だったかのように、一陣の風が吹き抜け、今まで姿が見えなかった男性の姿を暴く。

 

 鮮烈な赤色の髪をひとつにまとめ、同じく赤色の中華服を着た男性は、その髪と服に不釣り合いな、森を濃縮したかのような緑色の外套をはためかせていた。

 

 その男性は魔拳士とも呼ばれた八極拳の達人であり、牽制やフェイントの一撃で仕留めることから、二の打ち要らずとも呼ばれた武術家。今回は六合大槍と呼ばれる槍術の使い、神槍と呼ばれた近代英霊。

 

 クラス・槍兵(ランサー)。真名・李書文(り しょぶん)

 

 ベオウルフ、ロビン・フッド、荊軻と同じく、マスターの仲間である。

 

          ◇ ◇ ◇

 

「!!!!!!」

 

 巨剣を弾かれた怒りか、魔術師に意識を操られつつも、本能に近い危機感からか、攻撃の矛先をベオウルフから書文に変更し、再び手に持っていた剣を振り下ろす。

 

「言葉ではわからぬか。ならば一つ、冥土の土産に手本を見せてやろう」

 

 諦めが含まれた言葉と共に息を一つつき、手本を見せるためか、一歩前に踏み出し、手に持っていた槍を、頭上に向かって振り下ろされる剣に向かって突き出した。

 

 ただそれだけ。たったそれだけの事で、踏み込んだ地面には綺麗な足形が刻まれ、折れるのではないかと思われた細身の槍で、剣を粉々に砕いた。

 

「??!!」

 

 突然の事に一体何が起こったのか分からない様子のスプリガンだったが、足元から吹き上がる殺気で我に返り、剣の柄を握っていた拳を、殺気を押さえるために振り下ろす。

 

「我が槍は(これ)正に(まさに)一撃必倒」

 

 だが、闇雲に振るわれた両拳が武術の達人である書文に当たるはずもなく、邪魔だと言わんばかりに弾き返される。

 

「神槍と謳われたこの槍に、一切の矛盾なし!」

 

 無防備に晒されたスプリガンの胴体を、書文が放った槍が刺さる。六合槍が刺さった場所の周りは、無駄な罅が一切入っておらず、引き抜いた場所には向こう側まで見通せる小さな穴が一つ空いていた。

 

「………………」

 

 不動の石像だったものが無言で倒れ付し、そのまま物言わぬ骸に変わり果てた。

 

「さて……あちらの方ももう終わりのようだな」

 

 少し離れた場所に立つ黒肌の背中を見つめ、この戦いの終わりを感じていた。

 

          ◇ ◇ ◇

 

「これで……終わりだぁぁぁ!!」

 

 スプリガンを書文に任せ、自身を守る道具が無くなった魔術師に向かい、走るベオウルフ。

 

「なぜだ」

 

 対して、みっともなく慌てることもなく、かといって毅然とした態度で迎え撃つこともない。声も表情も感情が抜け落ちた、どこか悟りにも似た雰囲気を纏いながら、ベオウルフに質問を投げ掛ける。

 

「なぜ私が負ける。簡単な魔術すら補助無しには使えない四流魔術師に。英霊とはいえ、たったの四騎。対して私が使うのは、五百を超える道具達。負ける道理など欠片も無いはず。なのになぜ、私が負ける。なぜだなぜだなぜだなぜだ」

 

「一つ教えてやるぜ」

 

 魔術師の目前に迫り、大きく(宝具)を振りかぶったベオウルフが口を開く。

 

「俺たちはマスターの道具じゃねぇ! マスターの仲間だ!! 絆で結ばれた……仲間だぁぁぁ!!!」

 

 叫びながら、大きく振りかぶった拳を、魔術師目掛けて振り下ろした。

 

 ベオウルフの対人宝具・『源流闘争(グレンデル・バスター)』。

 

 一対の魔剣を破壊することによって発動する宝具。だが、宝具というには、あまりも原始的な攻撃。殴り、踏みつけ、蹴り、殴り飛ばすだけの攻撃。

 

 しかし、グレンデルの腕を引きちぎった程の膂力(りょりょく)を一時的に引き出した攻撃は、魔術師の張った物理防御魔術をガラス細工のように容易く砕き、障子紙程度の防御魔術がかけられた衣服を破り、脆弱な身体に突き刺さる。

 

 肋骨が折れる音が聞こえる。

 踏みつけられた足が砕ける音が聞こえる。

 両腕が軟体動物も驚きの曲がりかたをする。

 

「あぁ……きずな……わたしが……ふようと……きりすてた……きずな……」

 

 それでも、全身に襲いかかる衝撃に叫ぶことなく、身体が破壊される苦痛に顔を歪めることなく、魔術師は虚ろな瞳で空を仰ぎ、独り言を漏らす。

 

 最後の言葉に何の意味があったのか。何を思っていたのか。過去に何があったのか。様々な疑問が浮かぶ言葉を、

 

「ぶっ飛べ!!」

 

 まとめて口の中に押し戻し、トドメの一撃を、マスターとの約束通り、魔術師の顔面にぶちこんだ。

 

 

「令呪を持って命じる。ベオウルフ、『霊基修復』」

 

 マスターの命令で、最後の一画である令呪が光りだし、溢れ出した魔力が、優しくベオウルフを包むと、先の戦闘で負った怪我が塞がり、痛々しく流れていた血が止まる。

 

「こんな傷、カルデアに帰れば勝手に治るだろ。わざわざ令呪使わなくたっていいじゃねえか」

 

「いいんです! 令呪は1日一画は復活しますし!」

 

「だからと言って、無駄遣いしていいもんじゃねぇだろ」

 

「む……無駄遣いじゃないです! 傷だらけのベオさんを見てると私の心が痛むんです!」

 

「俺の身体は元から傷だらけじゃねぇか」

 

「ーーー!! そうじゃなくて!」

 

「……こういうの何て言うんでしたっけ? 『夫婦喧嘩は犬も食わない』でしたっけ?」

 

「『二人だけの世界』かもしれぬな」

 

「『夫婦漫才』かも知れぬぞ?見ていて面白い」

 

 喧嘩しているのだろうが、端から見ればじゃれあっているようにしか見えない二人の言い合いは、カルデアからの通信。マシュからの指摘を受けるまで続き、顔が赤く茹で上がった状態で帰ったマスターは数日の間、ベオウルフの顔を直視出来なかったと言う。



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