ラッキーフェイス (七面鳥)
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第一話 騎士学校

 初投稿です。内容もいまいちな部分もあると思いますが、気楽に読んでいただければありがたいです。
 作品はバトルと女の子同士の会話がメインです。自分ではそれ以外に意識している部分はありません。だから、その二点だけでも楽しんでいただければもうかまいません!


 

 大国デスク。二〇三年、その国は周辺国を武力制圧して世界の頂点に君臨した。

 幸い他国は植民地にならず吸収合併された。当時、デスクではエイルという名の女騎士がいた。エイルはどの騎士よりも強く美しい騎士であった。戦時中エイルと彼女の騎士団、『ヴァルキリー』は他を寄せ付けない戦果をあげて、エイルはデスクの英雄となった。

 エイルの影響でデスクでは女にとって騎士となることはこれ以上ない名誉であった。

 彼女の影響はとどまることを知らず、デスクでは騎士といえば女という概念が染みついた。よって、騎士育成専門科という名前の学校であろうと、そこに男子生徒は足を踏み入れることはできない。

 

 二五六年。

 騎士育成専門科『アイリス』の闘技場は喧騒に包まれていた。太陽は闘技場の真上に来ていて今がちょうど正午であるとわかる。

 闘技場には大勢の声が反響している。いるのは女の子たちばかりだ。どこを見てもいるのは女の子だけだ。女の子は一人に一つずつ木刀を所持している。けれど、彼女たちにそれは当然のことなのか、みんな木刀を杖の代わりに使ったり、落ち着いて雑談を交わしていた。

 その一角。四人の女の子も木刀を持って会話をしていた。

 「闘技場に来るのは久しぶりだよ。いい天気だし、今日の私の運勢は一位かもしれない」

 「最下位だったよ」

 「うそだー、私は信じないからね。このお日様が私以外の誰ためにあるというのさ。うん、他の可能性は皆無だよ。ゆえに、私は一位であったと信じてる!」

 元気の少女である。もう一人は小さい呟くような声であった。あまり会話が得意ではないのかもしれない。

 四人は闘技場の観客席に腰かけている。

 「でも、占い……最下位だったもん」

 「ああ、泣かないでレム。私が悪かったよ!」

 元気なほうがキーラ・リミア、無口なのがレム・ワイズマンという。

 「キーラは毎度ふざけすぎです」

 「そうだよ、今日はまだサラが来ていないのだから自制しろ、バカ」

 残りの二人は丁寧な口調のほうがメトロ・アンユリ、そして、最後がカテナ・ジンクスだ。

 キーラはそっぽを向く。

 「メトロもカテナもみんなそろって私を責めるなんてひどいな。なんなの、私みんなに嫌われるようなことした覚えないのに……」

 「そんなこと言ってもサラさんがいないから誰も構ってくれませんよ」

 「構ってほしいわけじゃないわよ!」

 キーラは振り返って怒っているが、メトロは気にする様子もない。

 「それにしても、何でまだサラ来てないのかな?」

 カテナは首をひねる。数秒だまって考えるカテナだったが、答えがでなかったらしく視線だけでメトロに「どう思う?」と質問する。四人は長い間柄なようでメトロはそれだけでカテナの意思を察することができていた。

 「サラさんはまじめな方ですからサボりではないでしょう。きっと」

 「男だね」

 「男なのか?」

 タイミングよくキーラが余計なことを言う。それに便乗する形でカテナが尋ねる。ただし、カテナは本気でキーラの言葉を信じでいるので本人には便乗した自覚はない。

 「違います。いつもあれですよ」

 嘆息しながらメトロが言った。表情は呆れてものも言えないという感じだった。

 「ああ、毎度おなじみの」「寝坊か」

 キーラとカテナが交互に言う。どうやらサラという少女が遅刻することは頻繁にあるらしい。

 それから五分たって、授業開始を告げる鐘の音が鳴る。今日はいつも違い生徒たちは大声では会話をしないものの小声でヒソヒソを何か言い合っている。

 今日は新任の教官が来るのだ。将来、騎士として生活することになる生徒たちにとって教官とは自分たちを強くしてくれる人であり、憧れなのだ。だから、少女たちの楽しみが抑えられないのは仕方のないことだった。ちなみに、生徒たちは小隊別に列に分かれて座っている。

 教官はあまり時間をおかずに闘技場に姿を現した。腰に剣を下げた二十歳すぎの男である。

 「全員そろっているな。俺はアルケル・ミッヒだ」

 アルケルが自己紹介を終えても生徒たちはマジマジと教官を見つめるだけだった。

 「さっそく練習に入ろうと思う。一応確認をとっておこうか、誰か休んでいる奴はいるか」

 その言葉で生徒たちは正気に戻る。けれど、ほとんど欠席者はいないようで手をあげる者はいなかった。本当は第三小隊の隊長であるサラ・マテリアはいまだに来ていないが、小隊のメンバーは言うつもりがないらしい。かわりに小声で何か言い合っていた。

 「どうしよ、サラはまだ来てないのに」

 「大丈夫ですよ。教官の目を盗んで参加すればいいのですから」

 不安そうなキーラをメトロがなだめる。メトロの態度は落ち着いており教官など恐れるに足りないといった風情だ。

 「そこ、何か言いたいことがあるのなら言え」

 「いえ、何でもありません」

 「そうか。では手始めに素振り二〇〇〇本をしてくれ」

 アルケルの一言で生徒たちは表情を固める。

 「どうした?名門の『アイリス』の生徒たちはそんなことをできないのか」

 アルケルはあざ笑うように言った。しかし、生徒たちは怒ることもなく、首をかしげるだけだった。生徒たちはアルケルの発言が理解できないでいた。なぜなら、『アイリス』にいる生徒たちはすでに素振りをする必要がないくらいに完璧なフォームを確立している。ここに誰一人として素振りで文句を言われることがあるはずがないと心底思っている。そんな、少女たちに何を言おうと無駄もいいところである。

 だから、たとえばカテナ・ジンクスなどのあまり考えることをしない女の子はそれを尋ねる。

 「教官、それは筋肉トレーニングのいっかんでしょうか?」

 「違う。これはフォームを崩さぬようにする訓練だ。いくらお前らでも素振りをしなければフォームが崩れてしまうからな」

 出鼻をくじかれてアルケルは少し不満げに言った。カテナの頭の上にある疑問符は増える一方だが、幸いそれは近くにいた小隊メンバーが抑えた。

 どうやら生徒たちは指摘するするよりも能力を直接みせたほうが楽だと判断したようだ。

 

 生徒たちが素振りを開始する。それを見てアルケルは驚かずにはいられなかった。

 生徒たちの素振りは肩には一切力が入らず、姿勢もよい。全員が理想的なフォームをしている。

 「まさか、これほどとはな」

 アルケルは嘆息する。そして、すぐに生徒たちは睨みつける。

 「だが俺にはそんなことは関係ないさ」

 アルケルの目には教官としてではない、別のものとしての感情が宿っていた。

 

 素振りの時間中、第三小隊の面々は雑談をしながら木刀を振っていた。といっても、それで素振りが悪くなるということはない。

 「素振りなんて家で毎日やっているわよ」

 キーラが不満を口に出す。

 「あの教官はここにいる生徒の能力を把握しきれていないだけですよ。それと、キーラはサラちゃんがいないからってすねないでください。迷惑です」

 「だから、すねてないって言ってるでしょ!」

 キーラの怒りの声は他の生徒たちの号令にかき消された。

 

 小隊制度。それは騎士育成専門科で採用されている制度である。採用されている理由はいくつかある。

 まず、小隊として複数で行動させることで互いの不足を補いあうこと。次に他人の能力を把握してそれをどのように使うかを考えさせることがある。

 他にも小規模な団体として、集団での行動を体に染みこませるなどがある。

 小隊の最高ランク、Aランクになると午前は自主練習にすることできる。だから、遅刻をしようとも午前は来なくてもいいのだから怒られることはない。このことは学校外でも有名なことであった。

 ちなみに、今闘技場にいるのはすべてCランクの生徒たちだ。

 

 闘技場。入り口。そこには息を切らせて膝に手をついて今にも倒れそうな少女がいた。少女の名はサラ・マテリア。練習メニューに不満を持っていた第三小隊の隊長である。

 「やってしまった。また、遅刻だよ! 今度こそ教官に殺される!」

 サラは入り口の前で頭を抱える。サラにとって教官はよほど怖いものなのか体は小刻みに震えている。

 「いや、でも……今日から教官が別の人になるとメトロがいっていたような気もする」

 サラは背筋を伸ばして、堂々と闘技場に向かっていく。

 「なら大丈夫だよ! そう信じるしかない……」

 堂々とした態度はそう長くは続かない。サラはすぐに前かがみになってトボトボと闘技場に入っていった。闘技場の陰が彼女の気持ちを表しているようで惨めだった。

 闘技場に到着すると、サラは運悪くすぐにアルケルに発見された。

 「遅刻か。Aランクでもないくせに堂々としたものだな」

 腕を組んで、サラを見下ろすアルケル。新任とはいえそこには威厳がある。

 「すみません」

 委縮するサラ。そんな彼女を見て、アルケルは胸の内である決意をした。

 (こいつでいいだろう。いい見せしめになる)

 「罰としてこの俺と一対一で訓練だ。もし、お前が勝ったなら遅刻は見逃してやろう」

 周囲の生徒は何事かとサラとアルケルを見物し始める。

 「本当ですか!」

 サラは顔をあげる。表情は幸せそうな顔をしていてまるでもう勝ちが決まったような様子だ。その態度にアルケルは眉をひそめる。

 「ああ。では、さっそく始めるとしようか。残念ながら俺はお前ほど時間に余裕はないのだ」

 アルケルが時間を気にしているのが時間だとすればそれは大きな間違いである。授業が終了するまでにはまだ大分時間が残っているのだ。

 アルケルは不気味に微笑む。対するサラは近くにいた生徒から木剣を借り受ける。二、三回ふる。

 その素振りを見て、アルケルは安心する。

 (なんだ、あいつは素振りもなっていないじゃないか。あんな技量で俺に勝てると思っているとはとんだ思いあがりだ)

 アルケルも近くの生徒から木剣を借り受けると、サラと間合いを多めにとってスタンバイする。

 戦闘準備ができたサラのもとに第三小隊のメンバーが駆けつける。

 「いいの、サラ。かりにも相手は教官だよ」

 「そうですよ。いくらこれ以上遅刻すると退学だと脅されているからといっても、相手を考えたほうがいいですよ。立つことができないくらいやられて学校にこれなくなったら本末転倒です」

 「大丈夫だよ。あの人見た目ほど強くないから」

 サラは四人に近づいて小声で言った。四人は「おおー」と言いながら拍手する。

 「さすがCクラス最強はいうことが違うねえ」

 「サラ頑張って」

 「了解」

 そうして、サラはアルケルと対峙する。

 生徒たちは観客席まで後退して、二人の動向を見守る。

 騎士の育成学校ということもあって、生徒たちはノリノリで野次馬とかしている。

 ちなみに、サラが教官と一対一を申し込まれることはよくある。そして、彼女は前の教官から数回に一回のペースで勝ちをおさめていた実力者なのだ。

 しかし、アルケルはその事実を知らない。よって、彼はこのあと知ることになる。自身が舐めてかかっていた生徒の実力を。

 

 戦闘が始まると闘技場はいっそう盛り上がった。生徒たちはハイになったテンションを抑えることができず、盛大に叫んでいる。音量は壮大だったけれど闘技場がすべてを中で反響させて、漏れる音は最小限にとどめられた。

 キーラ、メトロ、カテナ、レムの四人はサラの戦いを観戦しながら気楽に話していた。

 「サラさん、遅刻の隠滅となると手加減しませんからね」

 メトロは持ってきていたのか、おやつを食べている。仕草ひとつとっても上品な子である。けれど、足を前後に動かしていて、頬の筋肉も緩んでいた。おいしそうである。

 「あいつだけだもんな、教官をたおしたことあるの」

 カテナは腕を背中の後ろでくんでいる。

 「新任がどうなってもしらないわよ。私たちに素振りさせて罰よ。呆気なく負けてしまえばいいのよ」

 「キーラ、サラがいないから……」

 「すねてない!」

 四人は隊長であるサラの力によほど信頼をおいているらしく、落ち着いていた。

 「ねえ、あの男は誰かな?」

 ふと、レムの背中をやさしくたたく手。敵意を感じさせないその手にレムは振り向かないまま答えを返した。

 「新任の教官」

 「へえ、新任の。……誰だか知らないけれどふざけたことしてくれるわね」

 そして、全身が凍りつくような怖気が四人の背後から発せられた。

 何事かと四人は高速で背後を見やる。

 背後にいた女性はさきほどの恐ろしい気を放ったのか疑わしくなる微笑みを返した。

 女性は軍服に身を包んでいる。

 「あれ、その軍服って『アイリス』の……」

 キーラが疑問に思ったことを言い終えるよりも早く女性が答える。

 「そう。私が『アイリス』新任教官のフェーベル・タール。……ところで、今このクラストップの実力のサラ・マテリアさんと戦っているアレはナニ?」

 フェーベルは青筋を立ててキーラに尋ねた。顔を笑っている。その笑顔はもう天使と見間違えるような暖かな笑みである。だが、四人は彼女の発言からそんな笑顔は本心を偽るためのペルソナにすぎないことは承知している。

 四人はフェーベル・タールの笑顔に恐怖した。

 「えっと、新任の教官? ですか?」

 言いながらカテナは視線をフェーベルからそらす。

 「私に聞かれても知らないわよ、そんなこと! いい度胸ですね、あの男。今から殴りこんで動けなくなるまでボコボコにしてあげましょう」

 相変わらずフェーブルのことは怖い少女四人であった。けれど、今回は新任の教官を止めようとする猛者がいた。

 「教官。その必要はないかと思います」

 メトロだ。

 「どうして? そんなに私が信用できない?」

 自分の仕事を奪われてフェーベルは怒りで自制ができていない。その強気な態度にメトロは腰がひきそうになるのを懸命に抑えた。

 「いいえ、そうではなく生徒であるサラさんに負けたほうがニセモノにも効果的ではないでしょうか」

 アゴに手をあてて思案するフェーベル。答えはすぐに出された。

 「それ、いいわね。でも、大丈夫かしら。かりにも敵は教官を名乗るくらいだからある程度の実力もあるんじゃない?」

 メトロは闘技場で戦う少女を見つめて呟く。

 「大丈夫ですよ。サラさんは前の教官にも結構勝っていますから」

 

 メトロの期待とは裏腹にサラ・マテリアは劣勢だった。

 つばぜり合いで押し負けて、サラは後退する。

 戦いが始まってすぐに彼女は力の差を思い知ったのだ。

 力とはいってもそれは技量のことではない。単純に生まれもった筋力のことである。

 アルケルの攻撃はどれもいつもサラが体験したことのない威力があった。サラがどれほど実力をもっていようとも力比べでは勝負にすらならない。

 「どうしたっ? さっきからまったく攻撃してこないな。怖気づいたか」

 木刀を小さく振るって挑発するアルケル。そんなことを言われても相手は動じる様子はない。というよりも、むしろ笑っていた。ふりを最小限にしていたとしてもアルケルの打ち込みは強力だ。

 アルケルの攻撃は空を切ってばかりで紙一重で回避される。そして、サラの笑顔がマッチしてアルケルに底知れない不快感を与えていた。

 「何がおかしい!」

 「いえ、素直に教官の剣技に驚いていただけです」

 すきを突かれないようにサラは木刀を構えなおす。どういうわけかサラは木刀を片手でもって半身に構えていた。

 (本当にびっくりした! この先生、イノシシみたいに突進してくるから受け流すのも一苦労だ)

 内心はびびりなサラであった。なかなかのポーカーフェイスだ。

 三メートルほど距離をあけて両者は動きを止める。見合って敵が一瞬でも気を抜こうものなら襲い掛からんとする気迫が伝わってくる。

 「先生は力強い剣を振るわれるのですね。しかし、そんな技術の欠けた攻撃は貧弱です。いえ、貧弱ではありませんか。だって威力はすごそうですし……鎧があれば勝てたかもしれませんね」

 微笑んでサラはアルケルに向かって特攻する。重心は安定している。無駄な力をいれていないせいか、全身体は平行にスライドしてくようだった。

 「なめるな」

 侮辱と変わりないことを言われてアルケルは躊躇いなく走る寄るサラのノド元に突きを放った。木刀の刃先がサラのノドに吸い込まれていく。あと少し前進すれば串刺しにされてしまいそうな距離。

 アルケルの関節が完全に伸びきって木刀の動きが止まる。

 だが、その延長線上にすでにサラの姿はなかった。少女の小さな体躯は一撃をくらう寸前のところで右に回転して避けていた。

 「なっ、やば……」

 木刀を引き戻そうとするアルケルだが、一度は完全に突き出したのだ。その運動が終えるまでは止めることなどできるはずはなかった。

 回転の勢いを利用して、高速で腹部に突きが繰り出される。

 数秒して木刀が引き抜かれる。痛みで腹部を抑えて、アルケルは地面に膝をついた。

 どうにか肩で息をする。

 途端に歓声が響く。闘技場はお祭りムードで生徒たちは高が外れたように隣や近所で話し出す。

 サラは苦痛の色が見えるアルケルに小さくお辞儀する。

 「訓練お疲れ様です。貴重な経験になりました」

 「訓練……だと?」

 手加減しないで急所を狙っていたアルケルはサラの言葉が理解できなかった。殺す気でかかった自分にお礼を言える精神がわからなかった。まあ、実際はサラ・マテリアという少女が訓練で教官から急所を狙うくらいしなければ勝負にならない実力を備えているだけなのだが。

 「ええ。いやー、教官の攻撃は一発でもくらうと立てなくなりそうで怖かったです。けど、私は相手のすきと攻撃を避けることは得意ですから本当によかった」

 額の汗をぬぐって「いい汗かいた」みたいな気持ちよさそうな顔をするサラをアルケルは恐怖せずにはいられなかった。

 (ここの生徒たちはみな強いとは感じていた。しかし、これほどまでとは……)

 サラは「さて」といってからアルケルに微笑んだ。微笑むとはいっても今回は悪巧みをする狐のような不気味な雰囲気をまとっていた。目はキランとして怪しい輝きを帯びている。

 「では教官、約束通り今日の遅刻をなしにしていただけますか」

 「は?」

 アルケルは首をかしげる。ダメージを負っているはずの彼であったが、それすらも一瞬忘れることができた。自身の勝利を疑っていなかったアルケルは敗北条件など正直聞いていなかったのだ。

 「とぼけないでくれます。私は教官に一回遅刻かどうかを判断されるだけで退学というカードを学校側からきられるのですよ!」

 目に大粒の涙を浮かべて泣きそうになるサラ。

 「いや、ちょっと待てっ。それは明らかにお前のせいだ……つっ」

 完全に体のことを忘れておりアルケルに容赦のない痛みが腹部に走る。まだ数十秒しかたっていないのだから痛みが残っていて当然である。

 「しっていますよ。だから、がんばって遅刻返済しているのでしょうが!」

 一度ダムが決壊したサラは吠えるのをやめない。

 「だいたい教官は男なのですから自分の言葉に自信を持ってくだないよ。というか、持ってくれないと私が困るんだ!」

 怒りが臨界点に達してサラは木刀でアルケルを殴りつける。

 「痛いっ、こら……やめろって」

 五撃目がアルケルの頭に炸裂しそうになったとき、唐突に木刀が空中で停止する。よく見ると、木刀は軍服に身を包んだ女性にわしづかみにされていた。

 「あれ……『アイリス』の軍服。別のクラスの教官ですか?」

 女性を見て、理性を取り戻したサラは尋ねる。サラに悪気はないのだが、それで黙っていられるほどここにいるフェーベル・タールはやさしくない。

 フェーベルが肩を震わせて爆発しそうになる前に、後ろから追いかけてきたらしい第三小隊のメトロが言った。

 「サラさん。その人が本当の新任の教官です」

 他の第三小隊隊員もメトロに続いて闘技場に到着する。

 「えっ?」

 サラは無表情のままアルケルを指さす。そして、メトロに見えるように人差し指でバツを作る。メトロは首を下におろす。サラの指がフェーベルを指さす。次に人差し指と親指でマルを作る。メトロはもう一度首を下におろした。

 「ということは、ニセモノ!」

 サラは頬を両手で触れて「うそだー」と力なく言った。

 「じゃあ、私の遅刻の一回免除はどうなるのですか教官!」

 サラはしっかりとフェーベルを見ていった。これでアルケルを見ればただではすまないと本能に感じたのかもしれない。

 「そうねえ。今回だけは許してあげようかな」

 と、言うとすぐにサラは元気になった。単純である。

 「それで、あなたは昨日私がお酒を飲んで酔っているときに襲ってきた野郎でいいのですよね」

 「……ああ」

 怒りがおさまっていないのでフェーベルの口調はいくつかおかしくなっている。

 アルケルは罪悪感を感じているのだろう、答えるとすぐに下唇をかんだ。

 「この子達の安全はともかくとして、何で私を襲ったの?」

 「先生それは教官としてひどすぎませんか」

 キーラが意義を唱える。けれど、どちらの教官も応じなかった。完全に無視だ。

 「元はといえばお前たちのせいだ」

 そして、アルケルは唐突に語りだした。誰も聞いていないのに、語り始めた。

 

 とあるところに男子専用の剣士学校があった。今の時代、騎士といえば女と誰もが思う。しかし、だからこそアルケル・ミッヒは男子だけでも世間から認められるような剣士たちになることを夢見た。

 彼は自分の体が立たなくなるまで訓練をした。誰よりも強くなるように、他の生徒には一回でも多く勝とうと努力した。ときには他の生徒たちと食卓を囲んで親睦を深めた。

 アルケルにとって学校は宝物のように大切だった。

 だが、そんな幸せは長くは続かない。彼の学校に別の学校の設立が決まったのだ。

 騎士育成科『アイリス』。それが彼の学校のかわりに設立された学校の名だった。アルケルはもちろん設立に反対だったが、そのときの彼はまだ二十歳にも満たない少年である。彼の力などないに等しかった。

 そのころからアルケルは騎士やその他の戦闘職の女性たちが嫌いになった。『アイリス』に関してはただ憎かった。

 

 「俺は剣士学校をつぶした『アイリス』が憎かった。君たちには何の関係もないことだとはわかっている。だが、理性で分かっていても感情はおさまらなかったのだ!」

 アルケルは語り終えると、それ以上は何も言わなくなった。

 「同情してあげたいところだけど、私を襲ってきた人だからいい気味だわ」

 フェーベルの態度は冷淡だ。

 「私も第三小隊がなくなったら嫌だな」

 けれど、サラの態度はフェーベルとは真逆であった。うつむいて心からアルケルの過去を憐れんでいた。

 一応言っておくと、サラ・マテリアは普段から気が弱い少女だ。例外として戦闘をしているときなどは生意気を言ったりする。でも、それ以外ではふつうの遅刻壁のある人見知りの、天然で相手の気にさわることを言ってしまう女の子である。

 だから、かわいそうな境遇には同情するし、おもしろいものにはふつうに笑う。

 「今回はこういう行動に出ちゃったけど、アルケルさんはいい人ですよ。だって、あなたがいなかったら私は遅刻を見逃してもらえなかった。復讐で『アイリス』にきて人助けとは人間の鏡です。だから、教官も許してあげてくださいよ」

 「まあ、一番被害にあったサラさんが言うなら構わないけど」

 「だが、どんな理由があるとはいえ俺はお前たちに敵意をもってここに来た。来てしまった。それは誰にも弁解できないし、俺の罪だ」

 アルケルは「すまない」といって土下座をした。はたから見ていたキーラとカテナ二人で小声で会話する。

 「今の話、サラは自分が得したと遠回しに言っただけじゃないのか」

 「そうよ。でも、別に損はないのだからいいでしょう」

 「そこ、聞こえてるよ。本当のことでも言わないように」

 サラは二人を指さして、黙らせる。

 「アルケルさん、顔をあげてください。あなたの奇襲なんて私たち『アイリス』の生徒からしたらなんてことはありませんから」

 さわやかな表情でひどいことをいうサラ。本人に自覚がないのだからタチが悪い。

 アルケルはゆっくりと顔をあげる。

 「すまない、感謝するよサラ・マテリア。この恩はいつか必ず返す」

 そう言って、アルケルはフェーベルに連れて行かれて闘技場を後にした。観客席で騒いでいた生徒たちはいきなり教官が軍服の女性に連れて行かれるのを見ても状況を理解できずにいた。

 

 数日後。再び闘技場。

 生徒たちが小隊ごとに整列している。生徒らの前には二人の人間がいて、一人はおなじみのCクラス教官のフェーベル・タールであった。

 そして、もう一人。軍服を身にまとい、腰に剣を下げた二十歳すぎの男性である。

 生徒たちが口をあけたまま黙っている中、男が口を開く。

 「改めてこのCクラスの副教官になったアルケル・ミッヒだ。よろしく」

 あいさつを終えても、生徒たちは何も言わなかった。当然だ。一度は偽教官として『アイリス』にもぐりこんだ男が今度は正式な教官として戻ってきたのだがら驚かないわけがない。

 実をいうと、アルケルは闘技場から理事長のところに連れて行かれて、そのままヘッドハンティングされていた。

 彼が就職に成功したのは『アイリス』の理事長がCクラスに技術のほかに一撃の強化などの基本的な攻撃力の向上を考えており、彼はその条件に当てはまっていたから就職できたのだ。

 自己紹介を終えてアルケルから説明を受けた生徒たちはため息をついたという。

 

 

 



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第二話 力の証明

前よりも文字数が増えました。内容は一話で完結するように書いていますので、これから見ても支障はないかと思います。



 騎士育成専門科『アイリス』。そこでは、日々生徒たちが騎士になることを目指して修練を続けていた。『アイリス』では生徒に不満がないように訓練施設や寮を用意して万全の態勢で教育をすることを心掛けていた。

 

 

 

 アルケル・ミッヒが教官に就任してから一週間がたったころ。

 サラ・マテリアとその小隊メンバーはため息をつきながら学生寮に戻る途中であった。

 「くそー、今日はアルケル副教官に勝って遅刻を返済する予定だったのに休みだなんて最低だよ」

 大きく口を膨らませてサラは言った。それを聞いて隣を歩くキーラ・リミアが「そうだ」と言う。

 「あの男、休みくせに訓練メニューだけはいつもよりもハードにしやがって。あいつはきっと自分は訓練しないからって無茶苦茶な訓練をやらせてるんだよ」

 鬼気迫る様子で熱弁をふるうキーラ。そのまま放っておくと暴れだしそうな彼女をサラが「どうどう」と言って押さえている。

 サラは肩よりも少し長めの髪で表情が豊かだ。キーラはショートでくせ毛なのだけど、その容姿は愛らしくてよくからかわれている。

 ちょうど小隊の中で上品に少し後方を歩いている少女がキーラを薄めで疑わしそうに見る。それには見られている側に緊張感を持たせる不思議な力がある。

 「今日はサラさんが遅刻しないで構ってくれてよかったですね、キーラ。おかげで私もあなたの愚痴に付き合わないですんで大助かりです」

 腰まである長髪を乱すことなく淡々とメトロは言った。

 「だから、そんなのじゃないって言ってるでしょう!」

 キーラは反論するけれど、そんなものはメトロの耳には入っていないようである。完全に遊ばれている。

 「キーラ、恥ずかしがらなくてもいいのに」

 ぼそっと、レム・ワイズマンが呟く。

 「恥ずかしくないわよ!」

 「またまたー、そんなこと言って本当は……」

 「だから、違う!」 

 さずがに大声を連続して出しすぎたせいでキーラは肩で息をするのが限界だ。

 「まあ確かに今日はおもりをつけて素振り二〇〇〇回、ランニング一時間と練習がパワーアップしていましたね」

 キーラの意見も尊重するようにメトロは言った。しかし、そんなことを言われると調子に乗ってしまうのが、キーラという少女である。

 「だよね。本当に容赦がなさすぎるわよ」

 言って、さっそく愚痴を再開しようとするキーラだがサラに口を押えられて、物理的に言葉を封じられる。

 「キーラは話しすぎだよ。そんなに一人で話されたら、私が遅刻返済の今後についてみんなに相談できなくなっちゃうじゃない」

 「それこそ話す必要ないだろ。もう手遅れだし」

 カテナに本当のことを言われ、サラは顔をリンゴのように赤くした。

 「なっ、まだ始まったところよ。私はあきらめない!」

 ちなみに、彼女たちの言う練習とは副教官のアルケル・ミッヒが作ったメニューのことである。

 目的は攻撃の向上。その一点だけ。彼はその一点を生徒に教えるためだけに『アイリス』にいる。

 寮の前に差し掛かる。

 『アイリス』には寮もあり、生徒はここで食事と休息をとる。

 けれど、サラたちは寮に戻るつもりがないらしく、その前を通り過ぎていく。

 その中で、メトロだけが大量に並ぶ窓の中から空いている一つをいぶかしむようにして見つめて、立ち止まる。

 「あれ、どうかしたのかメトロ。もしかして汗を流して体が冷えたか? なら、仕方ない。キーラを持って行け、抱き枕くらいの使い道はある」

 カテナが言葉をはさむ間もなくすらすらと言う。この子がこれほど口が達者になるときは悪戯心があるときと相場が決まっている。そして、セミロングの髪が垂れて、彼女の顔を隠すものだから表情が読めなくて一層タチが悪い。

 付き合いの長さからそんなことはメトロも承知していたのだけれど、返答はあまり気の利いたものではなかった。

 「ええ、気遣いはありがたく受け取ります。でも、キーラは必要ないです」

 短く丁寧に言って、真剣味の帯びた顔でメトロは寮の中に入っていった。

 後方から何者かが「必要ないとはどういう意味よー!」と怒鳴っていたが、今のメトロにはその確認さえする気にならなかった。

 

 

 

 

 寮には大量の生徒を収容しなければならないことから、多くの部屋がある。しかし、それでも一人に一つの部屋を与えていると資金が多く必要となる。だから、寮ではほとんど生徒を二人でひと部屋を使用する。

 けれど、その制度にも例外がある。

 それが小隊長だ。どのクラスなのかは関係ない。たとえば第三小隊のサラ・マテリアも自分専用の個室を持っているのだ。

 なぜ小隊長に個室が与えられているのかというと、それは身分社会を生活からも学ばせようとする大人の都合だったりする。まあ、サラはそれをいいことに小隊メンバーを何度か部屋に呼んで教官に叱られたことがあって、思惑通りに言っているのか微妙ではあるけれど。

 

 

 

 

 寮の、それも小隊長専用の一室。そこに目的はどうであれ、サラ・マテリアと同じような愚行を働いている者がいた。

 具体的に言うと、Cクラス第一小隊隊長のローズ・フリルが自室に部下を呼び出していた。

 しかし、Cクラスでも個人ではサラに次ぐ実力者で、訓練での活動姿勢もしっかりとしている。

 ローズは女の子の中でも小柄な身長の少女だ。髪はポニーテールにしていて、さっきから少し動くだけで過剰に跳ねている。

 部屋には健康のために窓があり、ローズはちょうど窓の淵に両手を置いていた。風が吹いていないのでポニーの揺れる原因はわからない。

 「いいか、お前たち。次の小隊戦の相手はサラ・マタリア率いる第三チョウタイだ」

 「隊長、サラ・マタリアではなくサラ・マテリアです」

 「それと、第三チョウタイとはなんでしょうか? 聞き覚えがありませんが」

 ローズの間違いを別々の部下が訂正、およびバカにする。

 「ああもう、わかってるわよ。サラ・マテリアと第三小隊でしょう」

 あっち行けとみたいに手を動かして、ローズは言う。態度から相当面倒くさそうだ。よく見ると少し顔が赤い。

 「小隊戦は明後日。まあ、私たちなら何も準備しなくても勝てるだろう」

 ローズは慎ましい胸を張って、「でも」と言う。

 「サラ・マテリアのようなやつがCクラス最強の生徒と言われるのは気に食わないのよ」

 ローズのセリフに素早く隊員の一人が相槌を打つ。

 「まあ、隊長は第一小隊をCクラス最強の小隊にできても、個人では二位ですもんね」

 「…………」

 図星を指されて黙り込むローズ。隊員はあわてて口を滑らした者を小突いて叱る。

 「そうよ。でも、私もこのままダミャって二位のままでいたくないの」

 隊員はローズが噛んだのを訂正しようとはしなかった。なぜなら、ローズの目が真剣だったからだ。仲間内でする冗談などではなく、心からサラ・マテリアを倒したいという闘志が体からみなぎっている。

 「だから、卑怯とは思うのだけど、サラ・マテリアの小隊の子を明日にでもケガさせてあいつと一対一で戦わせてくれないかな」

 隊員は少し渋い顔をして黙る。だが、すぐに表情を持ち直して賛同した。ローズの思いに胸打たれたのかもしれない。

 「ケガっていっても捻挫くらいのものでいいから。大ケガはダメ、痛いから」

 首を左右にふっていかにも嫌そうな顔をしてローズは言う。

 この言葉には隊員が全員、「ならケガさせるなよ」と思ったのだが、ローズの雰囲気に押されて口には出さない。

 「なら手紙で誘い出して、森林エリアに落とし穴を作って落としましょう。それなら、後日に風邪をひくくらいですむでしょうし、捻挫くらいですみます」

 隊員の提案にローズは「うん」と頷く。

 「よし、さっそく今日のうちに落とし穴を作ろう。それと、小隊の陣形は私が考えて本番に教えるからそのつもりで」

 「了解」

 そして、第一小隊はローズの部屋から解散した。手紙の内容はローズが担当した。彼女はサラが遅刻をよくすることを知っていたので、それを餌にサラ以外の第三小隊のメンバーをおびき寄せようという魂胆だ。

 

 

 

 

 ローズの部屋から少し離れた廊下の角。そこでメトロは壁に背をつけて、ため息を吐く。

 「まったく、怪しいと思ってきてみればとんでもないことを考えますね。さて、どうしましょう。このままでは私たちは落とし穴に落ちなければならなくなる」

 アゴに手を当てて、思案するメトロ。その立ち姿はもともと整った顔立ちのメトロが神妙な表情をするものだからクールな雰囲気を自然と醸し出している。

 答えはすぐに出たようで彼女は自分の部屋へと帰って行った。

 

 

 

 

 翌日。闘技場でサラはいつも通りアルケルと遅刻返済を巡って戦っていた。

 他の生徒は今もアルケルの特別メニューをしている。生徒はアルケルに向けて不満を言いながらも一生懸命走っていた。そして、特に第三小隊はその愚痴がひどかった。

 サラも生徒と同じ量の練習を終えている。体力的にも限界のはずなのだが、サラは息を切らしながらもアルケルと戦っている。どうやら遅刻が絡むと話が別らしい。

 試合は木刀で行われており、今は互いに距離をとっている。

 「副教官、もう降参したらどうですか。あなたがどれほど力を持っていようと私は遅刻返済のためなら負けませんよ」

 アルケルは挑発的なサラもセリフを苦笑いで対応する。

 「と、言われてもな。その言葉もせめて膝がガクガクと痙攣していなかったらまともに受け取ってあげるのだが」

 見ると、サラの膝はアルケルの言うとおり痙攣していた。今は立つだけでも精一杯なようでその場を動かない。

 「言わないでください。聞くと体が限界だったことを思い出してしまいますから」

 サラは笑おうとして頬の筋肉を吊り上げる。でも、疲れているのは火を見るよりも明らかで、悲惨だ。

 見るにかねてアルケルは中段の構えをといて、サラに駆け寄る。

 「今日はもう中止だ。まずは訓練に耐えれるようにしないとろくに戦えないだろう」

 「でも……」

 「言うとおりにしなければ今後お前と戦闘訓練はしないぞ」

 脅しをかけられてサラは血相を悪くする。

 「うっ。了解しました」

 ゆっくりとサラは観客席に腰かけて休憩に入る。そうこうしているうちに、全体の訓練が終わった。

 昨日と違って、今日は第三小隊の誰もしゃべろうとはしなかった。

 今日は昨日の倍近くの訓練があり、生徒の一人として話ができる状態ではなかったのだ。

 だから寮についてから、生徒はまずベッドに倒れんだという。

 

 

 

 

 夕日が暮れてきて、もうすぐ沈もうとするころ。

 寮のサラの自室でその小隊メンバーは楽しく話をしていた。

 サラの部屋はとくに偏りがない。だから、テレビや机といった必要最低限の物以外は置いていない。基本的に生徒は『アイリス』から外に出ていくことはあまりない。必要なら『アイリス』に頼めばそろえてもらえ、生徒はお金を払うだけでいい。

 そんな生活なものだから生徒は家具に興味を示す機会自体がなかった。

 四人は床に腰かけていて、サラだけが一枚の紙を手にして唸っていた。

 「うーん、この手紙は誰から送られてきたのかな?

 『遅刻返済に効率の良い方法を教える訓練場・森林エリアに一人で来てほしい』

 としか書かれていないけど」

 手紙には律儀に地図と待ち合わせの場所がマーキングされている。ここに来い、ということであろう。

 カテナがそっぽを向いて言う。

 「考えても誰かなんてわからないだろ。書いてないんだし」

 そして、カテナはそっと扉に方向に四つん這いで進んでいく。

 それをレムが彼女の服の袖をつかむことで阻止する。

 「どこ行くの?」

 「寝たいから帰る!」

 急にスピードを上げてレムを手を振り落す。そのままドアノブに跳躍する。

 けれど、その行動もむなしく、レムに抑えられてしまう。

 「大事な話だから」

 「はあ」

 ため息を吐いてカテナは元の位置に戻った。

 「どうするのサラ。もし嫌だったら行かなかったらいいと思うけど」

 キーラはベッドの上に座ってサラの隣にくる。

 「うん。わかってる」

 あまり気の進まない様子でサラは黙る。彼女の目はずっと『遅刻返済の効率の良い方法』を凝視している。

 どうやら、遅刻返済とは誰が待っているかもしれないということよりも価値あるものらしい。

 サラが黙ってしまったので、会話が途切れてしまう。カテナはレムに押さえつけられていて、それどころではない。自然と沈黙が続く。

 最初に静寂を破ったのは、これまで会話に参加していなかったメトロであった。

 「私は行ってみればいいと思います」

 端的で、簡潔に、メトロはそう言った。

 「ちょっとメトロ。相手が何者か特定できているのならともかく、誰かもわからない場所にサラ一人で行かせるのは心配だよ」

 キーラは隣を一瞥して、悲しそうな顔をした。

 「大丈夫ですよ。この『アイリス』内での待ち合わせです。ここの設備は部外者を侵入させないことにおいては完璧です。偽教官は知りませんが……。とにかく、書類を新任の教官から奪うなりしないかぎりは侵入できるはずはありません」

 「あれ、じゃあ手紙の主は生徒なの?」

 気が抜けたような表情でサラは確認を取る。

 「ええ。そして、相手が誰であろうとCクラスの最強の『ラッキーフェイス』は負けませんから」

 その言葉を聞いて、サラ以外が嘆息する。

 「それを言われたら言い返せないわよ」

 「私も、そう思う」

 「同じく。というか、早く帰らせろー」

 言われた本人は「照れるなあ」と言って頭をかいている。

 「まあ、みんなの賛成も得たし、遅刻返済の情報には気になるから行ってみようかな!」

 勢いよく立ち上がって、ガッツポーズを決めるサラ。今までの逡巡が嘘のように明るくなり、そのまま室内から飛び出した。

 その姿を確認したメトロはうっすらと笑みをこぼす。

 「メトロ、どうしたの? 何か不気味な笑顔になっているけど」

 キーラに様子を伺われ、慌てて両手でなんでもないとメトロは否定した。

 

 

 

 

 『アイリス』の森林エリア。そこは全長一〇〇メートルの森林だ。足場は生い茂る木々の根が浮き出ていてあまり良いとは言えない。生徒たちはここでよく小隊同士の戦闘をすることがあるので、夜であろうと迷わずに指定されたポイントに行くくらいは赤子の手をひねるくらい簡単にできる。

 

 

 

 

 指定された場所に到着したサラと待っていた人間は互いに驚いた。その驚くさまは夜の森林に響き渡るほどのボリュームを有していた。

 まず、待ち人のほうが、

 「え、何であなたが来てるの!」

 といってパニックに陥った。続いて、サラがあまり視界に入っていない方向から声がするものだから、

 「きゃあああああ!」

 と叫んだ。

 そして、その叫び声がなぜか待ち人に伝染。ともに絶叫する事態になった。

 絶叫しながら二人が互いに森林の中を走り回る。加減など一切ないダッシュだったので、問題が発生した。

 ローズ・フリルの第一小隊が別の目的で用意していた落とし穴だ。

 また、これはただの偶然なのだが、全力の疾走を終えた二人がちょうどピンポイントで地図のマーキングされていた地点、つまりは落とし穴のある場所で再開した。

 叫びが一瞬大きくなるが、すぐに森林が静寂によって平穏を取り戻した。

 わずか二〇秒足らずの時間が当事者二人にとっては永久に感じられたそうだ。

 

 

 

 

 土の匂いが鼻孔をくすぐる不快な感覚を受けてサラは目を覚ました。目を擦ってから、周囲を見渡すと一瞬、自分が目を閉じたままなのかと思ってしまうくらい暗がりがあった。

 背中と腰に痛みがある。

 「痛いな」

 小さく呟いてサラはもう少し詳しく暗がりを見聞してみる。すると、すぐ近くに柔らかい人肌の温もりをある何かに触れた。

 「プニプニだあ。私もこれくらいの肌が欲しいなあ」

 羨望のこもった視線をサラが向ける。サラは正体を突き止めようとして目を凝らす。

 彼女は自分の瞳に映る少女を見て、目を見張った。

 「誰かと思えばローズちゃんじゃない」

 サラの言葉に応えるようにローズは目元を震わせた。

 「サラ・マテリアなの?」

 辺りが暗いのでローズはサラを見て確認する。サラはうっとりとした表情で頷いた。見るからにローズで幸せな気分になっているサラであった。

 「やっぱりズルはいけないわね」

 嘆息して立ち上げるローズ。そんなローズの言葉がサラに疑う余地を与えることになる。

 「ズル? 何のこと?」

 サラはというと、今までローズの容姿に見とれていて気が抜けていた。その姿は落とし穴に落とす作戦を立てたローズを呆れさせるほどで、頭の後ろで腕を組んですでに寝る気満々である。

 「この落とし穴を作ったのは私なの。ごめんなさい」

 目の敵にしていたサラに丁寧な頭を下げるローズ。

 ローズは根は良い子なので、自分の非を認めないほど愚かになりたくない、というのが彼女の言い分だ。

 しかし、もう瞼の閉じたサラにはそれが見えていない。

 「別にいいよ。まあ、ケガさせてまで勝とうとしていたのは少し好かないけど」

 「それは……」

 ローズは本当は一対一で戦いがしたかったから、と言おうとしてやめた。別にそれがしたいなら本人に直接言えばいいだけの話だったと今になって気が付いたからだ。

 「本当に私で良かったよ。第三小隊の他の人に手を出してたらきっと許せなかったから」

 サラは笑顔を浮かべていたが、その一言にローズが安心などできるはずがなかった。

 むしろ、罪悪感がさっきよりも募ってきていた。もう自分のしたことなど忘れたいとさえ思ってしまう。

 ローズはそんな自分の甘えを許せない。だから、自分への罰として、もしくは罪滅ぼしとして、行動の目的を告げることにした。

 「私は……ただ、あなたみたいな人がCクラスのトップであることが許せなくて。違う、もっと単純に羨ましくて……力のシュウメイがしたかったの」

 鼻水をすする音がして、サラは彼女が泣いていることを知った。けれど、目は開けない。

 本心から謝るローズを前にしたらすぐに許してしまいそうだ。間違えたことは無視する。

 でも、サラはまだローズは何かを言えていないような気がしたのだ。

 「こんなことをした後に言うことじゃないけど、サラ・マタリア。明日の試合で私と一対一で戦ってくれないかな?」

 ローズはきっと断られるだろうと思っていた。でも、中途半端なまま終わってしまうのはあまりには滑稽で嫌だった。

 「明日は小隊戦だよ。そんなことしたら、互いの小隊に迷惑がかからない?」

 怒っているとも、悲しんでいるともとれない、抑揚のない口調でサラは問題だけを突きつけた。

 「わかってる。でも、私はそれでもやりたいの。わがままだと思うけど、やりたいの! 試合が終わればなんだっていうこと聞くから。お願いします!」

 サラも答えは決まった。気が強くて誰に対しても見下した態度をとっていると有名なローズが頭を下げているのだ。その誠意を否定することなんてサラにはできなかった。

 「いいよ」

 「本当!」

 顔を近づけて言うローズ。ここに来て、ようやく目をあける。

 ローズを見て、サラはこう思わずにはいられなかった。

 (かわいい)

 「構わないよ。でも、私の第三小隊のメンバーにも話すからね」

 「別にいいわよ。隊長の言うことだもの、了解するに決まってる」

 その言葉にはサラは苦笑いで応じることしかできなかった。隊長なのに真っ先に彼女の言い分を否定しそうだったのだ。

 そうして、落とし穴を抜け出して互いの小隊の説得。および明日のフォーメーションを隊長が対決するように変更した。

 ちなみに、落とし穴は二メートルはあって、普通なら出るのは困難なはずなのだけど二人は膝を曲げてジャンプするだけで脱出していた。

 隊長となるだけあって、身のこなしがおかしい二人である。

 

 

 

 

 小隊戦。集団の修練として騎士学校で採用されている訓練である。この訓練には最初に小隊同士で何日か戦闘して、その勝率から順位を定めている。順位の小隊の数の分、クラス毎で割り振られて、生徒は自身よりも上位、下位の小隊と順位を争っている。

 小隊戦は森林、草原、市街地の三つのエリアで行われる。この場合においてのみ、生徒は自由な武器を選択できる。真剣も例外ではなく、安全は生徒の良心に委ねられる。

 また、武器は本当に何でもいいので、薙刀やナイフでもいいのだ。

 もし、この戦闘で殺人に至ると容赦なく死罪になる。そういうことへの自制心を鍛えることも含めて、真剣も許可を出しているのだ。

 

 

 

 

 森林エリア。

 木々が無限に広がっているようにさえ見える中で、第三小隊は小隊戦の開始を今かと待っていた。

 空は晴天で雲一つない。肌をなでる風は暖かい。

 森林の中は生い茂る小枝と葉が太陽を遮って、少し暗くなっていた。

 「じゃあ、みんな。私はCクラスのアイドルのローズちゃんと一騎打ちしてくるから残りはよろしく」

 サラはそう言って、肩に背負った剣を柄に触れた。

 「わかってるわよ。今日くらいは本気だしてあげるから安心しなさい」

 キーラがそっぽを向いて言う。キーラは武器の鎖鎌を両手に握っている。

 「そうだ。別に私にかかれば相手が何人いようと関係ない」

 カテナが付け足すように言う。カテナの武器は身の丈に合わない大剣で、体格を見ただけなら振り回せるのか不安である。

 また、メトロは薙刀。レムは小太刀であった。

 「でも、私たちは小隊順位三位だからやっぱり心配だな」

 サラは振り返ろうとする。けれど、それは後ろにいたメトロに止められた。

 「気にしなくても大丈夫です。今回は私がサラの代わりにキーラを止めますので」

 メトロが微笑んでそう言うものだから、サラも強引に納得させられる。

 そんなことを言ってる内に、ホイッスルがなる。

 「よし、第三小隊。張り切っていくよ!」

 サラの言葉で一斉に全員は森林の中に疾走していく。

 

 

 

 

 森林エリアは他の二つのエリアに比べて大きい。それは別に大した意味があるわけではない。

 『アイリス』の購入した土地に含まれていただけなのだ。

 そんなわけで、小隊戦はメンバーが一人どこかに言っても案外見つけにくい。

 サラはすぐにローズと遭遇した。これは昨日の夜に二人でどこに来るのかを相談していたからだ。

 「ふーん、剣を使うんだ」

 ローズはすでに武器を持っていた。右手に持つそれは小さなナイフだ。

 「ローズちゃんはナイフですか。身軽そうで怖いですね」

 サラは静かに抜刀して中段の構えをとった。

 「へえ、大抵初めて見る人は舐めてかかってくるのに。関心」

 それで、会話は終わりばかりにローズは特攻する。

 木々の間をすり抜けるように小刻みに曲がって接近してくる。その速さは弾丸のようだ。だが、この場合はそれが軌道を変えてくるのだから面倒だった。

 「やっぱり早……」

 声を出し終わる前に甲高い音が森林に鳴り響いた。

 ローズは下方からサラの手首を狙って突き上げていた。しかし、それに気が付いたサラはすぐに一歩だけ後退して手首の座標に刃を刷り込ませる。

 「さすがはCクラスのトップ」

 挑発をするローズ。

 「そっちこそ。今のはアルケル副教官だったら当たってた」

 互いに笑みを浮かべて距離をあける。すぐに、ローズが近くの木の方向に跳んで木を足場に特攻。

 サラは寸前のところで回避する。

 サラの体はその動きについていけていない。

 ローズの攻撃はやむことはない。四方から武器の小さいことを活かして、猛獣のような勢いで肉薄してくる。

 一撃でもくらえばただではすみそうにない。

 サラは攻撃を避けながら冷静にローズの動きを分析していた。彼女がどうやって自分に接近してくるのか、またどこを狙ってくるのかを。

 (私が距離を縮めようと前進すれば木を経由、もしくは斜めに前進して懐から攻撃。動かなければ軌道力を活かして囲うように移動して徐々に守りを崩してくる。下がれば一点突破を狙って突進)

 サラの顔から表情が消えていく。目は敵の行動を写し取る機械のようにただ相手を追跡する。

 ローズはその変化を見逃さなかった。

 一流の騎士に必要なのは戦う力ではない。危険を察知して回避する能力なのだ。

 そして、ローズはサラ・マテリアの本当の恐ろしさはその観察眼であることを思い出す。

 (ホンブンはここからということね)

 ローズは今までしてきた攻撃パターンを意図的に変えて、攻撃の単調さをなくす。

 目を見張るサラを見て、ローズはその行動が正しいことを確信する。

 再び余裕の失ったサラの息が上がっていく。

 まっすぐ突進してくるローズ。サラは片手を剣から手放して渾身の突きを放つ。半身となる体にブレはなく、スマートな体重移動をしたことがわかる。

 しかし、その刃はローズに届かなかった。

 彼女は切っ先の届く間近で片足を軸に回転して停止。そして、サラが付き終わってから下方から剣を持つ腕にナイフを突き刺した。

 鮮血が地面に散る。

 

 

 

 

 一方、残りのメンバーはメトロの巧みな指揮の元で圧勝していた。

 カテナは大剣を振り回し、すぐにメトロが攻撃範囲の大きい薙刀で追撃。

 それも避けられると、次ぐはキーラの鎖鎌とレムの小太刀でとどめ。

 といったシンプルだが、強力な戦法で勝っていた。

 「さて、私たちは大丈夫でしたがサラさんは無事でしょうか?」

 心配になってきたメトロに、キーラが「大丈夫よ」といった。

 「何せCクラス最強なのよ」

 「そうですね」

 そう言って、二人は森林の暗がりを見つめていた。

 

 

 

 

 メトロたちの信用を余所にサラは苦戦していた。

 突きを放った右手はナイフがかすって、あまり使い物にならない。

 だから、今の彼女は左手だけで剣を持っていた。

 しかし、どういうわけか焦っているのは勝っているはずのローズ・フリルのほうだった。

 右手に攻撃が当たって以降、その刃はサラの肌に触ることはない。

 木を回り込んでも、後ろを確認せずに避けられる。特攻しても剣で流される。

 ローズからすれば自分こそが追い込まれているのだ、という気分だった。

 「惜しかったね。でも、もうあなたの攻撃パターンは全部わかったから当たらないよ」

 ローズはその言葉が信じられなかった。

 (どういうこと? 全部? そんなこと、できるわけ)

 「本気になっちゃうと私、相手の動きから大体わかるの。まあ、今回はローズちゃんがスピードで翻弄するタイプだったからギリギリ間に合っただけなのだけど」

 ローズはそんな言葉を信用する気はなかったけれど、これ以上長引かせてもあまり進展はなさそうなので、次の攻撃で決めようと思った。

 「そう。なら、次で最後」

 そう言ったローズは特攻した。

 小細工はしない。そんなものはするだけ無駄だとわかったから。だから、一直線に走っていく。加減なしで、本当の弾丸のように最速で。

 サラは半身の中段の構えで迎え撃つ。

 ローズのナイフがサラの腹部を抉ろうと迫る。

 サラは剣の切っ先でナイフの側面を擦れさせて、軌道を自分から何もいない場所に移す。そのまま剣を頭の上で掲げる。そして、振り下ろす。

 当たる直前で剣を止める。

 ローズは悔しそうに歯噛みをして、

 「負けました」

 と言った。

 その日、小隊戦の勝者となった第三小隊はCクラス最強のクラスとなった。

 

 

 

 

 次の日。サラは寮の部屋から出たところで偶然ローズと出くわした。

 「あ、ローズちゃん。おはよう」

 「おはよう」

 恥ずかしそうに俯いてローズは言った。ローズは耳を真っ赤にして大きな声で「サラ・マタリア」といって呼び止める。

 「この前は付き合ってくれて……ありがとう。お前の実力はニセモノじゃないってわかった。あと、良い奴だって思ったから。だから、私はお前の友達になってやる!」

 緊張を隠しきれていないが自分の気持ちを精一杯言ったローズにサラは微笑みかける。

 「こちらこそ。あと、私の名前はサラ・マテリアだから」

 指摘されて、顔がもうリンゴみたいになるローズ。

 「わ、わかってるわよ」

 重力を無視したようにピョンピョン跳ねるポニーテールは相変わらずのローズだった。

 

 




さて、頑張ろうか。


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第三話 集団の戦い

『アイリス』の学生達が寝床としている宿舎の隣には座学を勉強するための校舎がある。校舎は四階建てになっており、下からCクラス、Bクラス、Aクラスという順番に教室が振り分けられている。

 しかし、『アイリス』の場合、学生の本分は座学ではなく戦闘訓練であまっている教室も多々ある。そういう所は教官の使用する個人的な所になっていて、そこを自分の部屋だと豪語する教官もいるとかいないとか。

 

 

 

 久しぶりの座学の授業でサラ・マテリアは机に突っ伏していた。彼女の席は窓際の最後尾と非常に教官から距離のあった。

 「おーい、サラちゃーん寝ないでー。面倒な授業で成績にもあまり響かないのは私も理解しているけれど、あなたは遅刻のし過ぎでこれ以上は学校に通えるかが危ないのよ」

 教官のフェーベル・タールが持っていたチョークでサラを指さして言う。気の抜けた声で言う彼女からは本当に心配しているかは怪しいものだ。どうでもいいのかもしれない。

 「教官、申し訳ありませんが疲れたので当分私は動けそうにありません。代わりと言ってはなんですがキーラの点をひいてくれて構いません」

 サラは机に引っ付いた内の右腕をユラユラと掲げてだるそうに言った。

 「えっ! 何で私の点がひかれなきゃならないの!」

 唐突なサラの提案に反応が遅れたキーラは声を上げて驚くだけだった。

 ちなみに、キーラはサラの隣で、キーラの前にメトロがいる。レムとカテナは出入口の方面の後方にいて三人とは離れていた。

 メトロが上品に口元に手を当ててクスリと小さく笑った。

 「何がおかしいのよ」

 キーラが怒りの矛先をメトロに向けて、睨む。

 「いえ、未だ無遅刻無欠席を誇るキーラがそういう理由で点をひかれるというのも面白そうだなと思いまして」

 「何が面白いのよ! 何がっ」

 動物のような唸り声を上げ始めるキーラ。

 「別にキーラの点はひかないから安心しなさい」

 フェーベルが呆れながらもそう言うと、教室が笑い包まれた。つまり、キーラが弄られているのがクラスの笑いを誘ったということだろう。恥ずかしかったのか本人は顔を真っ赤して黙り込んでしまう。

 そんなキーラを様子を確認してからサラは斜め前の席のメトロに声をかけた。

 「ねえねえメトロ。どうせ私減点されちゃうだろうから授業を抜け出して市街地に遊びに行こうと思うのだけど一緒に来ない?」

 「私はキーラのように完璧なんて目指していませんからね。別に構わないですよ」

 メトロは後ろのキーラを一瞥してから、小声で返答した。メトロの挑発的な態度はどうやら伝わったようで、キーラが上体をメトロの耳元に近づける。

 「ちょっとどういう意味よ。私はただ朝に強いだけで完璧なんて目指してないわよ」

 何かと嫌味のように言われると否定したくなるキーラだった。この場合、取り方によっては自分が遅刻をしていないと褒められていると取ることもできたろうに。残念な少女である。

 「なら授業をサボっても構わないんですか?」

 メトロは明らかにキーラで遊んでいた。

 「か、構わないわよっ」

 半ば勢いでそう言ったキーラであったが、ことの発端であるサラが心配そうに言う。

 「メトロの挑発に乗らなくてもいいよキーラ。せっかくの無遅刻無欠席の記録を棒に振ることないから。ねっ」

 「いいのよ、もう決めたことだから」

 これにはサラもメトロも嘆息した。つくづく残念な子だと思っているに違いない。

 ある程度物音を立てながら言い合っていたが、フェーベルが気づくことはなかった。というより、フェーベルは黒板に何か書きながら睡魔に襲われていたので、気づかないのは当然と言えた。

 それを見逃さず、三人はしゃがんでから素早く教室から脱出する。クラスには気づかれていたが、全員呆れ顔をするだけだった。

 ちなみにカテナとレムはぐっすりと机を枕に眠っていた。

 

 

 

 大国デスクのベルラールという街に『アイリス』はある。ベルラールは周辺地域と比べても平均的な街である。けれど、住民は活気に溢れていて、毎年二度行われるベルラール地区の騎士学校『アイリス』、『ロータス』、『フロックス』の三校の選抜メンバーで行われる武闘大会があるときなどは祭りのような騒ぎになる。

 

 

 

 大量の屋台が並列する中で、人々が店員と値段について言い争ったり、服を見て興奮したりと賑やかな街。

 見ると大人たちばかりでその中に子供の姿はない。今はちょうど太陽が人々の真上に昇ってきたところだ。

 その中に周りから少し目を引いている少女が三人いた。

 「うーん、どれもおいしそうだなあ」

 『アイリス』Cクラス第三小隊隊長のサラ・マテリアとメトロ・アンユリ、キーラ・リミアである。

 サラは食べ物屋が並んでいる所で笑顔で目を輝かせている。

 「サラさん止めておいたほうがいいですよ。もう少ししたら闘技場に戻ってアルケル副教官の特別メニューをしなくてはならないですから」

 爽やかな笑顔で言うメトロとは対照的にサラから笑顔が消えた。

 「そうだったー!」

 しかし、そう叫んだのは、サラではなかった。それまで座学をサボったことを意外と気にしていたキーラであった。

 「最近みんなが訓練に慣れてきたからあいつまた訓練を厳しくするって……」

 活気の良い街中で肩を抱いてキーラがおびえる。そして、サラはというと呆然として焦点を定めているのか怪しい目をしていた。

 「どうしよ。せっかく遅刻返済に本腰を入れられると思ったのに」

 サラは『アイリス』に入って当初から遅刻をよくしていた。しかし、このままでは退学もありうると学校側から宣告された。

 以来、彼女はアルケルに一対一の訓練で勝利するたびに遅刻を一つ分返済できるというシステムを学校に提示されて遅刻返済に励んでいるのだ。

 暗い雰囲気を放ち始めるサラを見て、キーラは鼻を鳴らす。

 「ふん。そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。あんな奴の訓練なんかすぐにこなして首にしてやるわよ。ねえサラ?」

 サラは立ち止まる。そして、何かブツブツを呟いてから勢いよく顔を上げる。

 「そうだね。私の恐ろしさをアルケル副教官に思い知らせてやる!」

 「あらら……副教官も可哀想に」

 やる気に満ちた友人二人を微笑ましく見ながらメトロはここにはいない男性教官に同情した。

 その後、三人は衣服や武具店、また食べ物屋台を転々と回っていった。道中サラとキーラが打倒アルケルと燃えており、メトロはなだめるのに手を焼いたとか。

 そして、疲れた三人はどこかの喫茶店にでも寄ろうということになった。

 喫茶店と一言にいっても、ベルラールの市街地にはいくつかそういう店はある。だから悩んで当然なのだが、三人は一切選択に迷うことはなかった。

 そこが『ロンリードール』という喫茶店で『アイリス』の生徒達の中でも人気のある店だったからだ。

 そうして、サラ達は『ロンリードール』に向かった。

 幸い彼女達の現在と店の距離はすぐ近くで、五分経たない内に発見できた。

 

 

 

 そこは名前が売れている割には豪華に優れた店ではなかった。

 全体的に木製であることがわかるその姿は、妙にその空間だけを際立たせている。

 例えるなら何もない荒野に一軒だけ普通の家屋があるような異質さがあるように感じられた。

 席は丸テーブルがテラスに置かれていて、店内の異様に白く明るく、内と外が別世界のようだ。

 サラ達は堂々とした態度で店内に入っていった。

 不思議な所、何ていうものは少女達にとって興味を惹くものでしかないということだろう。

 しかし、サラ達は席に座ることはできなかった。

 別に初めての店に緊張したわけではない。もっと単純な話だった。

 ……席が一つも空いていなかった。というか、満席だった。

 席の全てにサラと同年代くらいの、けれど少し上品そうな女の子達がいた。

 「何か『アイリス』の制服着た生徒ばっかりだ」

 サラは気づいたことをそのまま感想として漏らした。入り口の扉がサラ達の驚愕に遅れて閉まる。

 音に気付いた生徒の一人が微笑んだ。

 「あなたは確かCクラスのラッキーフェイス、サラ・マテリアさんじゃない。どうしたの? 確か今は授業を受けているはずだけど。……もしかして、大事な授業を抜け出して来たの?」

 口調は穏やかだった。しかし、言ってることは挑発といっても過言ではなかった。

 「…………」

 サラは何も言わなかった。女生徒からすればそれは冗談のつもりだろう。だが、ここにいるサラにとってはただ真実を言い当てられてしまうという惨事であった。

 言い返せなかった。

 「って本当にサボったの!」

 挑発する側なのに驚いてしまっていた。

 サラは女生徒の視線から逃れるようにして顔を背ける。残りの二人は相手が誰なのかを判別しようと伺っていた。

 「だって、どうせ減点されたしもう出てなくても変わらないよね、ってことで……」

 ブツブツと言い訳を述べるサラ。

 それを聞いて女生徒は「ラッキーフェイスは伊達じゃないか」とよく分からないことを言ってから一度深呼吸して嘲笑をサラに送った。

 「せっかくこの店に来てくれたところ悪いんだけど帰ってもらえる。今は私達Bクラスが使ってるから」

 サラは痛い所を突かれた後でそのまま帰ろうとする。

 しかし。

 残りの二人が戻ろうとしたサラの脇に挟んでその状態のまま女生徒に向かっていく。

 靴音が床に響く。

 「思い出しましたよ。Bクラスで影の薄いミントス・エスパトラさん」

 メトロがミントスに作り笑いを送る。

 「影は薄くないから!」

 「それもどうせ自分で影が薄くないって言ってるだけでしょう?」

 キーラが憐れむようにミントスを見る。

 「自分で言うわけないでしょう!」

 息を切らせてミントスがメトロとキーラを睨みつける。

 日頃ふざけ合っているだけに息の合う二人だった。

 「大体Cクラスの連中がBクラスを挑発するなんていい度胸じゃない」

 顔が少し赤くなっているミントスを見て、周囲のBクラスの生徒がそうよ、そうよと援護する。

 けれど、メトロとキーラは頭に疑問符を浮かべるだけだった。

 ちなみに、サラは未だに落ち込んでいて放心状態が続いていた。

 「キーラ、私ミントスさんを挑発なんてしましたか?」

 「別に。ただ本当のことを教えてあげただけじゃないの。それを挑発だなんて随分と短気な奴よね」

 キーラは両手を上げて「やれやれ」とわざわざ口で言う。そして、今度こそミントス・エスパトラを挑発したのだった。

 両者は互いに睨み合う。ぶつかり合う視線から火花が散るような錯覚さえある。

 けれど、それはすぐに終わることになる。

 間から乱入者がCクラスとBクラスに割って入ったからだ。

 「そんな口喧嘩するくらいなら力で決着つけなさい」

 Cクラスの教官フェーベル・タールだ。店の扉が開く音を生徒達は気が付かなかった。そんな驚きもあって生徒達はフェーベルに見つめていた。

 彼女は運動しやすいTシャツにズボンをはいていた。どうやらサラの逃亡に気付いて追いかけてきたらしい。しっかりと着替えている所を見ると、ついでに遊んで帰ることは予想できる。サラといいフェーベルといい欲張りな人間がCクラスには多かった。

 フェーベルは不敵に微笑む。

 「その方が『アイリス』に相応しいと私は思う」

 唐突な教官の来訪に体に緊張を走らせるBクラスの面々。肩を驚かしてCクラスは(サラも含めて)額に汗を滲ませながら静かに下を向いた。ついさっき授業を向け出して来たのだ。正面きって教官に目を合わせられるはずがなかった。

 だが、それは後でと言わんばかりにフェーベルは一歩踏み出してミントスと距離を縮める。

 「それで……Bクラスの第一小隊長はどうする? 今なら私が話を通して正式にCクラスとの小隊戦できるようにして上げられるけど」

 言われてから、ミントスはあわてた様子で返答した。

 「か、感謝します。教官のその申し出、受けさせていただきます」

 フェーベルは続いて、サラを見て目だけで「あなたは?」尋ねる。

 「もちろん! 受けさせていただきます。そして、ついでに私が今日、授業で減点された分をこれに勝ったらなしにしてください」

 さらっと自分の要求も付け加えてサラは勝負を受けた。

 「わかったわ。でも、もう一つの意見は却下。私に面倒をかけたのだから当然です」

 その後、フェーベルはいつも足取りで店から去って行った。その後ろ姿を見届けてからようやくミントスが口を開いた。

 「教官のおかげで生意気なCクラスに実力の違いを見せつけることができるようになった。本当に感謝しないとね」

 嘲笑いながらミントスは喫茶店から出ていく。後ろに他のBクラスの者達も続く。Cクラスと三人はそれを黙って見届けた。

 Bクラスとの力の差を認めたから、ではない。自信家の三人に言わせれば「Bクラスに負けるわけない」と言うに違いない。ならどうして三人は何も言えなかったのか。

 理由はフェーベル・タールという自らの教官に対する恐怖だった。

 「やばいよ、キーラ。アルケル副教官ならまだしもフェーベル教官を怒らせると今後の訓練が拷問に変わるよ」

 サラは全身の力を抜いて自分の体を支えることを放棄した。いきなりサラの重量が増えたことでメトロとキーラはサラを手放してしまう。

 ひんやりとした床に足が密着する。

 「だ、大丈夫だよ。ねえ、メトロ」

 キーラはすがるようにメトロに視線を送るが、メトロはそっと首を左右に振るだけだった。諦めろ、ということらしい。

 目に見えて落ち込む三人。

 そこに店の奥から店員と思われるエプロンを着用した女性が現れる。女性は髪をポニーテールにして纏め上げていた。顎くらいの長さの左右の髪がカールしている。

 「あなたたち『アイリス』の生徒達だよね」

 気さくな笑顔で女性はサラ達三人に尋ねた。

 「ええ。そうですよ」

 第三者の介入を受けて慌ててメトロは表情を取り戻す。けれど、彼女ほど切り替えがうまくできないサラとキーラは未だ呆然と床を見ている。

 「さっきの子達も『アイリス』の制服きてたけど、仲が悪いの?」

 女性は笑いを堪えながら言う。いつもならそんな態度を取られたら仕返しを真っ先に考えるメトロなのだが、今回はそういう考えは微塵も思いつかなかった。それほどに女性からは敵対心など感じられなかったのだ。

 「まあ……。私達がCクラスであちらがBクラスですから。下の階級の者には負けるわけにはいかないという意地みたいなものがあるんですよ、きっと」

 Bクラスのことなど露ほどにも相手にしていないとばかりに話すメトロ。そんな彼女の見栄が少しおかしくて女性は笑みをこぼす。

 「取りあえず席に着いたら。一杯くらいならただで入れてあげるわよ」

 女性がそう言うと、サラとキーラが素早く着席する。本能的に落ち込んでいる場合ではないと悟ったようだ。そんな同期を見てメトロは苦笑して、女性は微笑んだ。

 メトロも席についてしばらくすると、紅茶が運ばれてくる。三人ともこれには満足したようで飲んですぐに「おいしい」と口にしていた。

 三人が紅茶をある程度楽しんだことを確認してから女性は近くの席に腰かける。

 「私はパレード・エングリン。元騎士よ」

 それを聞いて、カップに触れていたサラ達の手元が停止する。一瞬の静寂が訪れてパレード以外の時が止まる。まるで彼女が時を止めてしまったのではないかと三人は錯覚した。

 「そんなに驚かなくてもいいでしょう。別に騎士なんて山ほどいるんだから」

 何でもないことのように言ってのけるパレード。しかし、そんな言葉でサラ達の驚きは解消されなかった。

 パレードの言うほど騎士になることは簡単ではないのだ。実を言うと、『アイリス』に生徒の中で騎士になれる者はほんの一握りしかいないのだ。最低でもAクラスの上位者と同等くらいの実力を必要とする。要はエリートなのだ。

 「それに……私はもう騎士を首になったからね。君達に尊敬されるような人間ではないよ」

 自然と三人の時の流れが回復する。けれど、騎士を相手にしていると考えるとサラの緊張は解けなかった。教官とは違う穏やかな雰囲気のパレード。しかし、リラックスしたようにさえ見える様子でも何故だか油断はできなかった。刃先の正面に向けられたような感じが薄らとサラの脳裏によぎる。

 メトロとキーラはサラほど危険を察知する能力はない。だから、臨戦態勢に入ろうとするサラが信じられなかった。

 「サラ?」

 キーラが声をかけてもサラは眼を鋭く光らせてパレードを睨むように見ていた。

 そんなサラにパレードは内心で感心していた。

 (自分が私の間合いに入っていることに気付いた。関心ね。まあ、別に襲うつもりなんかないけど)

 「サラちゃん、だったかな。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。私はもう現役を引退したみ身だ。よほどのことがない限りもう武器は手に取らないさ」

 サラの警戒が解けるようにパレードは無防備に両手を上げて「降参」と言った。さすがにサラもそれを見るとそれ以上の警戒はしなかった。メトロとキーラも一段落したと判断して緊張をとく。

 「まったくすごいなサラちゃんは。騎士だった私も驚くほど相手の行動に敏感だ」

 そっと両手を戻すパレード。

 「いえ、失礼しました。一方的に警戒したことは反省しています。それと紅茶最高でした」

 「そう?」

 「はい。今まで飲んだこともない美味しい紅茶でした」

 お世辞にしか思えないサラの言葉を聞いてパレードは苦笑する。

 「と、言われてもねえ。あれは安物だからなあ」

 その言葉にメトロとキーラが口を抑えて噴き出す。

 「メトロもキーラも笑わないでよ。私そういうこと詳しくないからわからなかったのよ」

 喫茶店が笑いで満たされる。

 その日。第一小隊の三人は日が暮れるまでパレードと会話を楽しんだ。

 

 

 

 次の日。その三人はフェーベルから罰として倒れるまでフェーベルと実戦訓練をさせられた。

 

 

 

 普通Bクラス、Cクラスとクラスの違う生徒達は小隊戦をすることも、共に訓練する機会がほとんどない。というのも、クラスの割り振りがAクラスと最高とした実力で決まったものなのだ。

 だから、同じ『アイリス』の生徒と言ってもAクラスのトップの実力者なんかは騎士を相手にしても引けを取らないとさえ言われている。

 けれど、サラ達が『ロンリードール』という喫茶店を訪れてから一週間後。CクラスとBクラスの代表による小隊戦が行われることになる。

 対戦カードはCクラス第三小隊対Bクラス第一小隊というものだった。本来ならCクラスも第一小隊が出てべきなのだが、サラがローズを説得して譲ってもらったのだ。

 試合は闘技場で行われる。

 『アイリス』側がこの試合を認めたのは近日に『アイリス武闘大会』があり、その選手を決めるのに有効を認められたからであった。

 

 

 

 Bクラスとの試合当日。

 サラは剣を手にして、闘技場の中央で対戦相手のミントス・エスパトラと対峙していた。

 「今日はわざわざ負けに来てくれて感謝するわ、ラッキーフェイス」

 小馬鹿にした言葉でサラを挑発するミントス。しかし、そんな挑発はサラには効かなかった。

 「何を言ってるんです。別に私は影の薄いミントスちゃんに負けるわけがないじゃないですか」

 不敵に微笑むサラを見て、ミントスを表情を一瞬なくす。

 「影の薄いことはこの際どうでもいいわ。でも、Cクラスのあなたが、ラッキーフェイスなんて呼ばれているあなたが、私に勝つ? ふざけないで」

 呟くように放たれたその言葉は大声を上げて発するよりもよっぽど迫力があった。

 身をひるがえしてミントスは自分の仲間のいる方向に戻っていく。

 闘技場の地面が風にあおられてミントスの姿を見えにくくする。

 「訂正だね。今のミントスちゃんは影の薄い奴なんかじゃないや。立派なBクラスの代表だよ」

 やや遅れてサラも自分の小隊の元に帰った。

 会場には各クラスが敷き詰めている。

 

 

 

 観客席で小隊戦の開始を今か今かと待ち構えている人影があった。その人影は小柄な体躯をしていた。

 「うーん。早く始まらないかな」

 まだ誰もいない闘技場を眺めながら少女ローズ・フリルは内心穏やかではなかった。

 「いくらサラ・マタリアがCクラスのトップで回避能力に優れているといっても相手はあのミントスなのよ」

 ローズは誰にいうでもなく、呟く。

 「隊長、サラ・マテリアです。いい加減覚えてください」

 隣に座る隊員から厳しい訂正が加えられる。

 「わっ、わかってるわよ」

 怒鳴り返すローズ。何故かはわからないがポニーテールの髪がピョンピョンと跳ねていた。

 「あなたも知っているでしょ。あのミントスの小隊戦の強さ」

 真面目にことを言われて隊員は面倒くさそうにため息を吐く。

 「ええ。個人の力ではなく、息が合った連携で戦いますからね。私はもしBクラスに上がれてもあれと戦うくらいならCクラスに帰ります」

 情けない隊員の台詞を聞いてもローズは何も言わなかった。

 言えなかったのだ。彼女自身、ミントス・エスパトラの小隊戦の強さは認めている。

 誰にも言っていないけれど、ローズがCクラスの第一小隊となるとき陣形などを参考にもさせてもらったりした。

 「ケガとかしなければいいけど」

 心配そうにローズはずっと闘技場を見続けた。

 

 

 

 小隊戦の舞台に移動中。サラは彼女にしては珍しく一言も発することはなかった。

 メトロが気遣って声をかけても大丈夫というものの大丈夫には見えない。

 一人少し先行して歩くサラはこの後の小隊戦のことをあまり考えなれないでいた。

 唐突に、本当に唐突に、フラッシュバックのように思い出したのだ。

 『ロンリードール』という喫茶店の店主で、元騎士の女性のことを。

 あの人は武器を手にしてもいなかったのに全身が強張るほど恐ろしかった。

 同じ空気を吸うだけで息苦しくなり、パレードの動きすべてに警戒した。

 「あんな風に強くなれたら」

 その思いは酷く純粋で単純な、憧れであった。あの人のようになりたい。

 そんな誰でも持っているような願い。

 しかし、このすぐ後にサラは自分のこの思いを後悔する。

 

 

 

 審判はフェーベル・タールが務めた。

 始め、の合図と共に二個の小隊は突進する。

 障害物のない闘技場では人間同士の能力だけが求められる。

 そんな定石を元にサラは先頭を切って剣で特攻。続いて、メトロがその後ろに薙刀を構えながらついていく。

 カテナとキーラ、レムは少し右に迂回する。カテナが身の丈に合わない大剣を振り回し敵小隊の横腹をつつきにかかる。大振りで隙が多いカテナをレムが小太刀の身軽さを活かしてカバーする。

 キーラはどちらのカバーにも回れるように鎖鎌の分銅を回転させて様子をうかがう。

 一言も発せずに組まれた陣形。しかし即興ではあってもなかなかに考えれていた。

 うまく陣形を組めてもサラは緊張を解かなかった。

 いつもならこんなとき小隊メンバーに注意を促していた。

 けれど、今日はそれができなかった。パレードのことで自分の甘さを思い知った。

 もっと強くなりたい。

 そういう思いが強くあって、声を出すよりもサラはもっと深く、真っ暗な深海に潜るような感覚で周囲と自分を切り離していく。

 ミントスの小隊は全員が両手に剣を所持していた。

 「二番『開花』!」

 ミントスの号令で一斉にBクラスの第一小隊は背中合わせで固まる。

 それを見て、カテナが楽しそうに笑う。

 「はっ、それからどうするんだよ」

 カテナの大剣が、サラの剣が切り込む。

 甲高い金属音が何度も響く。何度も何度も。

 「うわっ、何か刃が大量に出てきた!」

 それは花が開くように美しく外に向かって、円を広げながら刃という花を開いていく。

 驚いたカテナは慌てて大剣を横にして攻撃を防ぐ。

 そして、サラはその攻撃を避けながら激しく突きをして反撃に出る。だが、五人が作る十個の刃は突きを当たった傍から弾いてしまう。

 第三小隊は仕方なくサラの後方に逃げ帰った。

 一定範囲広がるとミントス達はまた一つに固まっていく。その様は一つの生き物のようである。

 「これは面倒ですよ。どうします?」

 メトロが苦笑しながらサラに問いかける。

 「どうもしないよ。これくらい避けられる」

 サラが冷めた声で答える。

 その返事を聞いてメトロはサラの異変に気付いた。

 (自分のことしか見えてない)

 メトロはどうにかサラの代わりに指示を出そうとする。だが、それよりも早くミントスの次の号令が響く。

 「五番『三連砲台』」

 相変わらずの素早さでミントスは垂直跳びをして、正面が地面になるように体を傾ける。

 ミントスの後方に勢いよく剣の腹が四つ、ミントスの足にぶつかる。

 次の瞬間、ミントスが砲弾のような軌道と速度で第三小隊を襲う。ミントスは突きの姿勢で特攻してくる。

 対するサラは真っ向から突きを放った。その行動にはさすがにミントスにも驚いていたが、それで勢いが鈍ることはない。

 互いの剣が切っ先同士で衝突する。

 「何でっ!」

 攻撃を無効可されたミントスだが、器用に空中で回転して第三小隊の後ろをとる。

 続いて、ミントスを発射した二人が特攻する。体制を崩しながらもサラは悠々と回避する。

 そして、最後の二人が特攻してくるも、サラが全てさばき切り、勢いがなくなる。

 攻撃の失敗を確認したミントスはすぐに迂回して小隊に戻ろうとする。

 「行かさねえよ」

 お返しとばかりにカテナが大剣で切りかかり、レムが後に続く。

 ミントスはすれすれで剣で攻撃を防御しながら後退する。

 「くそ……一番『落雷』」

 サラが相手にしていた四人が固まり、一点突破する。サラは当然のように回避。

 ミントスと第一小隊の合流を許してしまう。

 「サラ、もう少しこっちを気遣って!」

 キーラが少し怒りを見せて、分銅をサラ目がけて投げつける。サラもまさか仲間から攻撃が来るとは思っていなかったのか。剣で防御しつつも吹き飛ばされる。

 ミントスもこれには唖然とした。当然、攻撃をくらったサラもである。

 ゆっくりと体を起こすサラ。その姿から何故だか黒々としたものが見える。

 「何すんだキーラ! 痛いでしょ、怪我したらどうするの!」

 怒りのあまり我を忘れてミントス達に特攻するサラ。まあ、本人からしたらその奥のキーラの所に向かったと証言しそうではあるけれど。

 「まあ自分から来てくれるなら好都合か」

 嘆息してミントスは決めて陣形を言う。

 「三番『嵐』!」

 第一小隊が激しく立ち位置を入れ替えながらサラに向かう。

 そして、サラの小隊メンバーはと言うと、

 「まあ元に戻ったようですし、ほっときましょうか」

 と、メトロ。

 「それでいいでしょう。大事な小隊戦を個人戦のように思って戦ってたんだから」

 と、キーラが。

 「いい気味だ」

 「自業自得」

 最後にカテナとレムが言った。

 「邪魔しないで! 私はあの乱暴なキーラと話があるの!」

 試合のことなど忘れてサラは走る。

 位置を変えながら向かってくる剣にサラはすぐに反応できた。

 大体の動きが予想できる。それに、何よりも体が軽かった。体のどこにも力が入っている気がしないのだ。

 それがアルケルの訓練のおかげか、自分が集中して戦えているからかは不明だが、今なら何でもできそうな気がした。

 (よく見たら立ち位置は八の字、円で順番に変わってる)

 サラは何となくここを攻撃してみればどうにかなるかな、と思いつきで隙の多い一人に体当たりする。

 すると、呆気なく後方の一人が崩れる。そして、他のメンバーにもそれは連鎖した。

 あまりにも一瞬の出来事で勝負がついた。

 「止め! この勝負Cクラス第三小隊の勝ち」

 フェーベルが満足そうに言う。喜んでいることがはっきりと理解できる。

 しかし、サラはそれで臨戦態勢を解くことはなかった。キーラを追ったのだ。その後、Cクラスの歓声の中でキーラはサラに追い回された。

 サラはその後小隊メンバーから散々文句を言われた。

 (もう一人で戦うのは止めよう。でないと、味方にやられてしまう)

 そうして、サラは自分の軽はずみな行動を後悔したのだった。

 

 

 

 「あらら……。あの戦術大好きのミントスが一撃で沈められた」

 試合を見学していた少女が口元を緩ませた。

 「面白いね、サラ・マテリア。『アイリス武闘大会』で戦えればいいなあ。まあ、どうせ無理だと思うんだけどねえ」

 「残念だなあ」と言い残して少女はその場を去った。

 

 

 

 CクラスがBクラスに勝った後日。Cクラスの生徒達はアルケルとフェーベルに呼び出されて闘技場にいた。本来なら、この時間帯に訓練はない。

 だから、生徒達はまた訓練か。と半ば諦めた顔をする。

 だが、アルケルの口から発表された言葉を聞くと、生徒達は大盛り上がりした。

 生徒達をそこまで喜ばせたのはこんな言葉だった。

 「発表がある。来週開催される『アイリス武闘大会』にCクラスから選抜メンバーが一小隊だけでられることになった」

 

 

 

 

 



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第四話 アイリス武闘大会・回想

少しストーリー性のある話にチャレンジしてみようと思います。


 『アイリス武闘大会』は大国デスクの街、ベルラールで行われる武闘大会だ。武闘大会とは言っても参加するのは『アイリス』『ロータス』『ウォーターリリー』の三つの騎士学校の実力者だけだ。

 戦闘は小隊毎で行われる。そんな優秀なものしか出られないような大会なのでCクラスは毎年補欠で誰も出場したことがない。去年、サラも同様に出場できなくて学校側に文句を言ったという事件があったが、そのときは遅刻のことを持ち上げられて素直にあきらめたという。

 選手は一つの騎士学校から二個の小隊が出場できる。そんな中『アイリス』は去年優勝をしており、優勝校の特別枠として今年は一つ多く出場枠を得ていた。

 

 

 一小隊だけがアイリス武闘大会に出ることができる。

 アイリスのCクラスの副教官、アルケル・ミッヒから告げられた言葉は生徒達を活気づかせた。

 「先生! 今の言葉は本当ですね。もう嘘だと言っても撤回は許しませんよ」

 列の先頭で目を輝かせながらサラは言った。サラの目は真剣そのもので否定しようものなら騒ぎ出しかねない。列は左から順に第一小隊から第十小隊まで並んでいる。

 「嘘なんかじゃないさ。そうですよね、フェーベル教官」

 アルケルは後方を一瞥する。

 「当たり前でしょう。私は面倒くさがりではあるけれど嘘は吐いたことないんだから」

 自信たっぷりにそう言ったフェーベル。誰も口には出さないが、自分を面倒くさがりと認めている辺りは教官として不安を感じる生徒達だった。

 アルケルは生徒やフェーベルの浮かれようが少し可笑しくて笑いをこぼす。

 「みんな喜びすぎじゃないか。大会は出るだけじゃなくて勝たないと」

 アルケルの言葉を受けて、はしゃいでいた生徒達の動きが止まる。しかし、それは別にアルケルの言葉に緊張感を持ったから……ではない。

 「アルケル副教官。あなたにはまだ言っていなかったけれど、『アイリス武闘大会』に出られるのは三つの騎士学校の最高クラスの小隊だけなの。今回は去年の優勝枠があるからうちにも出場枠が回ってきたけれど、Aクラスの小隊を無視してCクラスが出場するなんて『アイリス』が開校して以来初めてなのよ」

 「えっ、そんな大事だったんですか」

 フェーベルの言葉を受けて自分が言っていたことを理解したアルケルは赤面する。

 周囲の生徒は苦笑して誤魔化してくれているが、それにも例外はある。

 「アルケル副教官しっかりしろよな」

 と、第三小隊のカテナ・ジンクスがよく通る声で言った。

 「カテナ、アルケル副教官も恥ずかしのですからそういうことは」

 メトロがカテナを抑えるが、その発言もアルケルには聞き取れて、結果メトロの台詞は追い打ちにしかならなかった。

 これ以上何か言われてはたまらないと思ったのか、アルケルは強引に話の転換を図る。

 「とにかくっ、Cクラスにもチャンスが巡ってきたんだ。俺はこのチャンスは全員に公平に与えたいと思っている。だから出場する小隊はCクラスで小隊戦のトーナメントをして、優勝した者達にしようと思う」

 アルケルは同意を求めるように生徒達に目を配る。

 「『アイリス武闘大会』のモジ戦みたいなものでしょう。別にかまわないわよ」

 生徒の意見を代表する形で第一小隊隊長ローズ・フリルは言った。ローズの背後にいた部下が彼女の袖を引っ張る。

 「ローズちゃん。モジ戦じゃなくて模擬戦だよ」

 サラが顔を突き出して間違いを訂正する。

 「わかってる!」

 ローズはサラを警戒しつつ、後ろの隊員に「なに」と尋ねるがサラに自分の台詞を奪われた隊員は何も言おうとしなかった。

 「トーナメントは二日後に行う。各自体調管理は怠らないように。それと、明日も俺の訓練はあるからサボるなよ」

 アルケルとフェーベルの視線がサラ達第一小隊に向かう。視線に気が付いたサラが慌てて口を開く。

 「サボりませんよ! 私にはまだ返さなきゃいけない遅刻があるんですから」

 遅刻を返すという表現はどう考えてもおかしいけれど、つい先日フェーベルの授業を抜け出したサラの言葉の中では一番信頼できる。

 二人とも同じ意見のようで苦笑する。

 教官の心境を察したのかサラを除く第三小隊の面々はため息をこぼした。

 

 

 衝撃的な発表が終わった後、サラ達は一層ハードになってきたアルケル特製の訓練をして心身ともに疲労していた。

 ヘトヘトで今にも倒れそうな足を振るい立たせて、現在カテナはサラの部屋に来ていた。他のメンバーはまだ自主練習に励んでいる。この二人は「そんなことしたら明日もう動けない」という泣き言に近い言い分から寮に戻っていた。

 「トーナメントかあ。今度こそ武闘大会に出てやる」

 ベッドに体を委ねて、サラは呟く。生徒達の間では『アイリス武闘大会』は武闘大会、と呼ばれていた。

 「そういえばサラは去年も武闘大会に出せって騒いでいたな」

 椅子に腰を下ろしてカテナはリラックスしている。カテナはレムと同様に女の中でも小柄なほうで椅子に座る姿は少しでも自分が大人だと他の人から思われたい子供ような感じだった。

 「騒いでいたとは失礼な。私はただ私も出してくださいとお願いしただけだよ!」

 心外だという感じでサラは頬を膨らまれる。

 「教官のところに殴りこむことをお願いとは呼ばないだろ」

 椅子をゆっくりと回転させながらガキのように微笑むカテナ。

 「それにしてもメトロもよく自主練習なんて出来るものだよ。キーラは……まあずっと元気だし、レムは『アイリス』に入る前からスタミナは鍛えてるもんね。私なんかもう一歩だって動けない」

 「それは訓練が終わってすぐにアルケル副教官に遅刻返済のために勝負を挑んでいるからだろう」

 サラは現状のままだと退学もありうるほど遅刻を繰り返している。普通の生徒ならそのまま退学だろうが、サラの場合は実力をしっかりと備えているので学校側も即退学、と言うわけにもいかない。

 だから、副教官のアルケル・ミッヒに木剣で一対一で戦い勝利するたびに一回分遅刻を返済できるという譲歩したのだ。

 「でも、アルケル副教官め、実力で負けている分訓練を厳しくしてくるからね。タチが悪い」

 遅刻を実技でカバーしようとするサラの考えも十分タチが悪いだろと思うカテナだったが、言ってもどうせ言い訳が帰ってくるわかっているので、何も言わなかった。

 「まあサラはその目があれば無敵だもんな」

 自由気ままに行動して文句も言うサラを羨ましく思いつつ、カテナはここにはいないアルケルに同情する。

 「無敵なんかじゃないよ」

 顔をカテナから反対方向に向けて小声でサラは呟く。声は布団に当たり聞き取りずらいものとなる。

 「うん? 何か言った?」

 「別に。何も言ってないよ」

 と、その時。寮全体に放送用のスピーカーから噂のアルケルの声がする。

 『Cクラス第三小隊カテナ・ジンクス。すぐに一階の面談室まで来なさい』

 「カテナ呼ばれたね」

 「まったく、こっちは疲れているのに誰だよ」

 悪態を吐きながらカテナはゆっくりとサラの部屋から退室した。

 

 

 放送を終えて、アルケルは額に汗を滲ませていた。

 (カテナの奴、部屋にはいないし自主練習でもないとは。頼むから来てくれよ、じゃないと俺の心がもちそうにない)

 彼は今、寮の一階の面談室から放送をした。彼がそれほどピリピリしているのは客用のソファに腰を下ろしている者に原因があった。

 「急に訪問してしまってすまないな」

 ハキハキとした声、天井に向けて垂直に伸びた背筋。肌はまだハリがあって若々しい。

 「いえ、気にしないでください。カテナはもうすぐ到着すると思いますのでもう少しだけお待ち願いますかカイロ・ジンクスさん」

 アルケルはそう言って、面談室から出た。カイロと同じ部屋にいると緊張してしまって息苦しいのだ。

 カイロ・ジンクス。カテナ・ジンクスの母にして、現役の騎士。騎士と言うだけでも恐れ多いのに、カイロはその中でも王都の近衛兵の中隊を預かっているエリートなのである。何より本人が自分の価値を理解した上での振る舞いにアルケルが心許すことなどできるはずもない。

 少しすると、カテナがゆったりとした足取りで歩いてきた。アルケルは早く来いと言おうか悩んだが、彼女をそうしたのは自分の訓練だと思うと躊躇われた。

 「それで、先生。誰が来てるんだ。心当たりがないんだが」

 カテナは目で「早く帰らせろ」と訴えながらアルケルに尋ねた。カテナの思いは伝わったがアルケルは引くわけにはいかなかった。つまり、これ以上カイロの相手はごめんなのだ。

 「お前の母親だ。俺は邪魔しないようにロビーのところで待っているから終わったら声をかけてくれ」

 (知り合いでもないのに現役の騎士の相手なんてごめんだからな。悪いなカテナ)

 胸の内で謝りつつ、アルケルは去っていく。

 その間カテナは呆然としていた。だが、自分が来るまでカイロを待たせてしまったかと思うと焦って扉をあける。

 「やっと来たか、カテナ」

 男性のような口調。しかし、声は澄んでいて口調もどうしてかしっくりと彼女に合っていた。

 「母上」

 カテナの表情が曇る。

 「あなたがCクラスに入ったと聞いて驚いた。現役の騎士である私の娘だという自覚が足りない」

 カイロは感想を述べるように簡潔に自分の不満を口にした。

 「申し訳ありません」

 いつものような生意気なカテナの姿はそこにはなかった。カテナはただ俯くだけでこれでは会話というより一方的な叱責だ。

 「私は回りくどいことは苦手なのではっきり言おう。カテナ、私は今月中にもあなたを『アイリス』から王都の騎士学校に転校させる」

 情を挟む余地などない、通達。

 「そんな……」

 あんぐりと口を開けてカテナは何か言い返そうとして、止める。もう一度言おうとして唇が停止する。それを半ば強引に作動させてカテナはカイロに目を向けて言う。

 「私は転校などしたくありません。今度だって武闘大会に参加できるかもしれないんです」

 「武闘大会? ああ、『アイリス武闘大会』か。しかし、アレはCクラス止まりの実力者が参加できるような甘い大会ではないだろう」

 カテナはいつもカイロのこの冷静な言葉攻めに反抗できなかった。母への恐怖以前にカイロの言葉はいつも的を射ているのだ。だが、今回はそうはいかなかった。

 「Cクラス止まり、ですか」

 その言葉はサラのいる第三小隊で過ごしてきたカテナにとって、禁句だった。

 「失礼ですが母上はCクラスという階級だけで弱者と言うのですね」

 唐突にカテナの目が鋭くなったことに気がついたカイロは一瞬眉をひそめる。今まで従順に謝るだけだった娘が明らかに敵意を剥き出しにしているのだ。騎士をやっていたとはカテナの母をしてきたカイロにはその違いは雰囲気だけで判別できる。

 「ああ。騎士学校での階級分けは力の差を表している」

 「ではっ、二日後のCクラスの武闘大会の出場枠をかけたトーナメントがあります。母上が弱者という者の実力をその目で見てから転校は決めてもらえませんか」

 カイロと対するときの自分の中で最も反抗的な態度であった。自分らしくないと感じつつもカテナは引く気などなかった。

 「無駄なことだ」

 二人は互いに譲らず、睨み合う。けれど、一向にカテナが折れようとしないのでカイロは仕方なく自分から折れてやることにした。子供の駄々を聞いてやる時間はないのだ。

 「わかった。お前がそれほど言うのだ。私が直々にこの目で判断してやろう」

 「感謝します」

 こうして、『アイリス武闘大会』の出場枠をかけた小隊戦はカテナ・ジンクスの転校の有無も含むものとなった。その後、アルケルを呼びに行ったカテナの表情は真っ青になっていたそうだ。

 

 

 翌日。カイロにトーナメント優勝を言ってのけたカテナであったが、その心情は穏やかではなかった。

 時刻は夕方頃でカテナは寮の裏にあるベンチに腰かけていた。その姿から昨日ほどの活気は感じられない。

 「母上にはああ言ったけれど、トーナメントであの人を納得させることができるかな」

 自分のいる第三小隊はCクラスでもBクラスに匹敵する力がある。これまでの経験からカテナはそのことを疑っていない。

 しかし、いくら実力があるとはいっても第三小隊はいくらか連携した攻撃や各メンバーの配置などだけとってみると欠陥がないとは言えない。だから、カテナはいまいち勝利を確信できないでいた。

 「サラはCクラスでも断トツで強い。キーラやメトロもみんな口には出さないけれど、小隊長をやっても大丈夫なくらい戦闘能力はあるよな。レムだって第一小隊のローズと同じくらいの速さで戦える」

 カイロに会う度、カテナは自分の力量に自信が持てなくなる。

 (もしも私のせいでみんな負けたら……)

 そう思うと、カテナは言い表せない不安に駆られた。

 「明日のトーナメント、私のせいで負けるかもしれない」

 カテナにしてはあまりにも弱気で元気のない呟き。彼女自身に向けた言葉。しかしそんな呟きに返答する者がいた。

 「カテナのせいで負ける? そんなことあるわけないでしょう。仮に負けるとしてもそれは小隊長の私の責任だよ」

 緊張感の抜けた声がカテナの後方から聞こえてきた。誰か確認せずともカテナには誰なのか判断できた。

 サラ・マテリア。カテナの小隊の隊長にして彼女の信頼する仲間だ。昨日はサラに連絡もいれずに自室に戻ったので、心配させてしまったかもしれないとカテナの表情が一層暗くなる。

 「サラ……。でも、他のみんなは技術に優れているのに私は力だけしか取り柄がないんだぞ」

 日頃見ないカテナの弱気な態度にサラは異変を感じ取る。すぐに返事をせずにカテナと並んでベンチに座る。

 「暗いなあ。昨日呼び出されたときに何かあった?」

 カテナの心を覗き見るようにしてサラは様子を伺う。その優しさに甘えてカテナはカイロの来訪を告げた。

 そして、自分の母が現役の騎士であること、カテナがCクラスにいることを許していないことを吐き出すように全て話した。

 「ふーん、カテナのお母さんがエリート騎士様だったとね」

 全てを聞いてもサラには深刻に思うようなことはなかった。

 「自分がエリートだからって子供にまで強要するのは違うと思うけどなあ」

 「別にそのことはあまり気にしてないから」

 カテナが言い終わるとすぐにサラは「それと」と続ける。

 「カテナは弱くなんかないよ。私だって一回負けてるんだし」

 サラのさり気ない一言にカテナは耳を疑った。

 「えっ? 私、サラに勝ったことなんかあったっけ?」

 信じられないという顔をしてカテナは尋ねた。彼女にしてみればサラはCクラスの天才で、何故Aクラスにいないのか不思議なくらい実力を持った人間なのだ。そんなサラを自分が負かしたことがあるなんてカテナにはとても信用できなかった。

 「あったよ。確かちょうど『アイリス』に私達が入学した頃だったかな」

 サラは思い出を話すつもりなのか、楽しいそうに語り始める。

 

 

 一年と少し前。騎士学校『アイリス』に入学したカテナはあまり人と関わることを好んでいなかった。

 騎士として活躍する母に少しでも追いつくために騎士学校に来ているのだ。友達を作りに来ているのはではない。そんな思いもあってカテナは入学しても誰とも会話せず、話しかけられてもすぐに話を切り上げていた。

 悲しいとは思わなかった。そんなことを考えるよりまず強くなることを考えることにした。次第にCクラスの上位を狙えるくらい力もついた。

 しかし、そうした考えは同じクラスの、それもたった一人の生徒に砕かれることになる。

 闘技場の周辺。昼時。ちょうどカテナが食事を終えて、自主練習に戻ろうとしていたときだ。

 「ねえ」と背後から声を掛けてきた女子生徒がいた。

 サラ・マテリアである。その頃、彼女は髪を背中に触れるくらいにまで伸ばしていて、そしてまだCクラス最強などと言う大層なものでもなかった。けれど、実力は現在には劣るものの、入学生のなかでは圧倒的だった。

 それは人とあまり話さないカテナの耳にも入っていた。

 「なんだ」

 振り返って見たサラの立ち姿は強者の独特な凄みのようなものを感じさせないものだった。というよりも、まだCクラスで普通に学んでいる生徒のほうがよほど強そうに見えた。

 サラは髪を掻く仕草をして、恥ずかしそうにする。

 「いやー、恥ずかしながら今、練習用の木剣を奪われて困ってるんだ。失礼とはわかってるんだけど、見てないかなと思って聞いてみた」

 あっさりとした物言いなものだからカテナは怒るに怒れなかった。だがすぐに別の考えが脳裏によぎった。

 「それはつまり、私があなたの木剣を隠したと疑っているってこと。まったくもって失礼ね。私はあなたに会ったこともないんだからそんなことするわけないでしょう」

 「誤解だよっ、私はカテナさんのことなんか疑ってないから。というか、カテナさんがとったなんて考えは思いつきもしなかったから」

 慌てた様子で必死にそう言ったサラの言葉には偽りはないのだろう。カテナには彼女がそんな思慮深い人間には思えなかった。

 「まあ、真偽はどうでもいい。私は自分の訓練に戻りたいから解放してもらう」

 カテナはサラに背を向けて、闘技場に戻る。遅れて足音がついてくる。

 「何でついてくる」

 少し苛立ちながらも先に理由を尋ねる。

 「木剣を誰かに隠されちゃったからねえ。正直やることないからライバルの偵察」

 何でもないことを言うようなサラの言葉。

 だが、ライバルという単語を聞いた瞬間カテナは言い表せない怒りを覚えた。サラはCクラスでも筆頭の実力者だと聞いている。しかし、こんな楽観的な者を自分と同格と見なされたことが気に入らなかった。

 「ふざけるな……」

 「うん? カテナさん、何か言った?」

 サラは未だにどこか緊張感に欠けた声色で尋ねる。

 「ふざけるなと言ったんだ。お前みたいに飄々とした態度をとってばかりいる奴と私がライバルだと? 冗談もほどほどにしろ。お前なんか私の敵じゃない」

 完全に頭にきていて冷静さに欠けていた。どうもサラが相手になると苛々してしまうらしい。

 「へえ」

 背筋が今にも凍えるような寒気がした。同時に母以外の相手に初めて恐怖を覚えた。咄嗟に手にしていた木剣をサラへと向ける。

 「いいこと言うねカテナさん。私も同感だよ、私はあたな相手に負けるなんて微塵も思ってない」

 互いに睨み合う。一瞬の隙でも見せようものなら攻撃されるかもしれないという不安がカテナを襲っていた。相手は武器など持っていない。だがそれでも油断できる雰囲気ではない。

 睨み合いを最初にやめたのはサラだった。指すような視線が一変して崩れて笑顔に変わる。

 「でも、それは一対一の場合だけだよ。さすがに大勢は勘弁だし無理」

 気の抜けたサラの言葉を受けて、カテナは自分とサラを囲んでいる複数の生徒がいることに気が付いた。いつもならすぐに気が付いていただろう。しかし、今日は目前にサラがいた。サラの存在は他の生徒などに気を配る余裕を与えなかったのだ。

 「まさか昼の休憩中にこうも堂々と行動を起こしてくるとは予想外だよ」

 生徒達の中からリーダーらしき人物が姿を見せる。仲間の多さに浮かれているのかもしれない。

 サラもカテナもこのときばかりは「小物だな」と同じ感想を漏らした。

 「サラさんは余裕ね。木剣も持たないで闘技場に来るなんて。せっかくだから私達の訓練を手伝ってよ」

 訓練とは形式上だけで実際は集団で武器も持たないサラを痛めつけようとする意志があることが二人にはわかった。

 (自分が弱いからって人に当たるなんて最低だな)

 カテナは内心ため息を吐きながら、サラの動向を見守ることにした。彼女がどう対処するのか興味もあったのだ。

 「構いませんよ。それよりも、練習用の木剣で訓練をするんですか?」

 何故か敬語を使うサラだった。

 「ええ、あなたは木剣は持っていないみたいだから素手になるけど頑張ってね」

 「そんな卑怯な……」と漏らしたのはサラ、ではなくカテナの方だった。

 いくらサラがCクラス上位の実力者とはいえ、武器なしでは話にならない。あくまでも『アイリス』の生徒は剣の技巧に優れているものであって素手は十分の一も力を発揮できない。

 そんなカテナの心配を余所にむしろやる気を出しているサラにはそれが理解できるはずがなかった。

 「わかってますよ、本番で誰が敵から武器を与えられるんですか。私が聞いたのは高々十数人でいいのかということです」

 挑発するように言ってからサラは思い出したようにカテナに目を向ける。

 「ああ。カテナさん、そんな所にいると巻き込まれますから逃げたほうがいいよ」

 何故かカテナに対しては敬語使わないサラだった。本人の言い分だと集団にはできるだけ敬語を使わないと批判されるかもしれないらしいから予防策だとか。もしそうならこの場合挑発的な態度のサラには意味のないものに違いなかった。

 カテナは自分には関係ないことだとわかっていたけれど、ここで見過ごすのは何だか嫌だった。

 「気にしなくていい。私は弱い奴の嫉妬なんて大嫌いなんだ。弱いなら強くなろうと努力するのが先だろ」

 「その通りだよね」とサラが相槌を打つ。

 サラの言葉の後に二人を囲む生徒達に向けてカテナは嘲笑した。それが起爆剤となり、生徒達が一斉に二人に襲い掛かる。

 カテナにはあまり素早い攻撃はできない。カテナにできるのはただ相手よりも威力のある攻撃をできるだけコンパクトにして、素早さを補いながら戦うことくらいだ。

 カテナと一人の生徒の木剣がぶつかる。すぐに生徒の方の木剣が弾かれる。

 カテナにとって戦いはどう自分の土俵に相手を連れ込むかだ。だから、今のように自身からカテナの土俵に上がって来るような相手だと落胆さえ覚える。

 (予想以上に弱いな)

 余裕が持てる相手だったので、カテナはサラのいる後方を一瞥する。

 サラは無傷だった。降り注ぐように振り抜かれる無数の攻撃がサラの体が少し前まであった場所を通り過ぎる。そして、何より動きに無駄がない。手には木剣があるからおそらく誰かから奪ったのだろう。

 相手の懐に楽々入って腹に一突き。あまりには単純で工夫のない攻撃だ。だが、カテナは本当に彼女がすごいのはそこではないことを見抜いていた。

 相手が体勢を崩した瞬間、もしくは瞬きの一瞬を見逃さず、針の穴くらいの隙を突いている。

 その動きはカテナに彼女と張り合うことがどれほど無謀か実感された。それくらい芸術的で繊細な戦い方だった。

 けれど、カテナもそれだけで終われるような者ではない。相手が強者だというのなら戦ってみたい。今の自分がどれほど通用するのか試してみたいと思ったのだ。

 大部分はサラに向かっているので、カテナへは四、五人くらいだった。

 (あのサラに挑もうとしてるんだ。こんな奴らに負けてたまるか)

 木剣を腰の辺りで固定して、横に振り抜く。当然相手はガードしたけれどカテナはそれごと吹き飛ばした。

 技術などない力技。まあ力技でも技ではあるからとそのときのカテナは半ば強引に自分を納得された。

 生徒達を全員気絶させて、サラはカテナに謝罪した。どうも巻き込んでしまったことを気にしているらしい。カテナは別に謝られるようなことをした覚えがなかったので返答に困ったが、せっかくの機会だから一対一での勝負を申し込んだ。

 「いいよ。でも私は木剣を使わないからね」

 「私が相手だと木剣も必要ないということか」

 サラのカテナを舐めているとしか取れない言葉でもカテナは気を悪くすることはなかった。そんなことよりも今はサラと戦ってみたいという思いの方が強かった。

 「それでいい」

 開始の合図はない。そんなものは不要だった。

 素手のはずのサラから特攻をかける。カテナは中段で構えたまま動かない。間合いに入った所でカテナは容赦なく腹部目がけて突きを放つ。

 だが、木剣は空を切る。サラはカテナが突きの寸前に急停止したのだ。どう見てもカテナの動きを読んで行動している。

 (あんな無謀な突進から急停止なんてよくできるな)

 カテナは素直にサラの見切りの凄さに舌を巻いた。

 「木剣もらい!」

 伸びきった腕の下に潜り込んで木剣に手を添えるサラ。表情は愉快そうに笑みを浮かべているから勝ちを確信しているのだろう。

 カテナも同様に笑みを浮かべる。

 それはサラを警戒させるには十分効果があった。しかし、それでも今は勝機だと判断したのかサラは木剣を引き抜くために木剣を脇に挟むようにして引っ張った。

 木剣はサラの考えなど無視するようにカテナの手から頑なに離れようとしなかった。カテナが手を絞り込んでびくともしない。

 「あんたは知らないでしょうけど、私は力しか取り柄がないからね。こういうことなら楽勝」

 カテナはサラの手を振りほどいて横腹を狙って攻撃。自分がミスを犯したことに気付いたサラは急いでカテナから距離を取ろうとする。だが、ほんの一瞬遅れて切っ先が腹部をかすめる。

 それだけでもサラが膝をつくのは十分であった。

 「単純な力も使いようだ。今度は互いに木剣同士で戦おう、サラ」

 その頃からカテナはサラとよく話すようになった。また、他の生徒とも仲良くなることができた。

 ちなみに、この後サラとカテナは彼女達が倒してしまった生徒との乱闘の件で呼び出されて教官から怒られた。

 カテナがサラに勝ったことを覚えていないのは、彼女が勝った翌日からサラがリベンジを申し込んでボコボコに負けてからだろう。

 

 

 サラは語り終えると、「だからカテナは弱くなんかない」とまとめた。

 「でも、サラは素手だったしなあ。あれでサラに勝ったとは言いたくない」

 頬を膨らまして悔しそうにするカテナ。

 「でも言われても勝ちは勝ちだよ。どうもカテナは自分に自信がないみたいだけど、そんなに気負うことないよ。確かにカテナが転校させられるというのは大きいプレッシャーだと思う。でもそれだけでしょう」

 相変わらず緊張という言葉の似合わないサラに深く考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなってきたカテナは勢いよくベンチから立ち上がった。

 「そうだな。どうせ負けるときは負けるんだ。それは昔サラのリベンジマッチで負けを繰り返したことから学んでいる」

 その言葉にサラは空を眺めながら応じる。

 「あのときは自分が最強だと思っていたからなあ。正直語っておきながら言うのもなんだけど、あんまり話したくない」

 「まあ負けてるしな」

 「なっ、元気になったと思ったらいきなり酷いことを……。カテナも元気になった所で行ってみようか」

 「えっ? 行くって何処に」

 「カイロさんに苦情を言いに」

 

 

 結果から言うと、サラがカイロの所に行くことはなかった。しかし、それまでにカテナがこれ以上事態を悪化させまいと努力をしたことは明らかである。実際サラの全身を止めるだけでも三〇分はかかった。

 そして、夜。サラの部屋にて。

 「ほう、ではカテナの母上、カイロ・ジンクスさんはCクラスを馬鹿にした挙句、カテナを転校させようとしていると」

 「そういうこと」

 メトロが冷静に事態を整理する。

 「何なのよそれ。日頃カテナに馬鹿にされてるだけでもうんざりしてるのに今度は母親なんて。さすがにこれ以上は看過できないわね。というか、許せるか」

 「キーラは落ち着いて。別にカイロさんもキーラを馬鹿にしようとする意図はないから」

 サラが宥めるがそんなものではキーラは収まらない。

 「キーラ、今は大事な話だから。しー」

 唐突にレムが背後に回り込んで囁く。

 「背後に回り込まないでよ! びっくりしたー」

 何というか第三小隊は隊長からそうだが、どこまでも緊張感に欠ける小隊であった。緊張しないのではあんく、緊張していてもこんな会話を平然としてのけるのだ。

 「まあ、とにかくそういうことだから。明日はカイロさんに目にもの見せてあげよう」

 「私は日頃の鬱憤を晴らせるだけ晴らさせてもらうわよ」

 「キーラは落ち着いてください」

 サラの号令からキーラ、メトロが続く。

 「みんなありがとう」

 第三小隊の仲間の言葉が嬉しくて、心強くもありカテナは感謝を述べた。

 しかし、日頃の口調が悪いものだからそれを異変ととる者もいる。

 「カテナ風邪でも引いてるの?」

 キーラである。

 「キーラのバカ」

 レムの言葉を最後にその日はお開きとなった。

 

 

 



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第五話 アイリス武闘大会・選抜

 アイリス武闘大会に出るための選抜トーナメント当日。午前七時。トーナメントは闘技場で行われることになっているので、Cクラスの生徒達はトーナメントが始まる一時間前に大抵の生徒が集まっている。トーナメント前の開会式に間に合うようにサラ達はできるだけ闘技場入口に近い観客席に腰かけて時間を潰していた。

 そして、Cクラス第三小隊は珍しく緊張するカテナの対応に手を焼いていた。

 「昨日サラが励ましてくれたから自分も強いってわかったんだが、母上が見ていると思うと気が重い」

 緊張で俯きがちになっているカテナ。

 カテナの母、カイロ・ジンクスは現役の騎士である。それも王都を守る近衛兵団の中隊長というのだから、その力はエリート中のエリートと言える。

 普通の生徒なら彼女の心境に素直に同情したことだろう。しかし、今カテナの周りにいるのはCクラスきっての問題児、ラッキーフェイスことサラ・マテリアとサラと同様に少し変わった仲間達である。

 そんな彼女らがカテナの弱気な態度を無視したりするはずがなかった。

 「カテナ、大丈夫だよ。良い所見せて、カテナのお母さんに目にもの見せてやろう」

 「その意気だ。私もカテナから色々とからかわれているからね、その鬱憤をこのトーナメントで晴らさせてもらわないとね」

 サラとキーラは共に他を寄せ付けない気合の入りようで、周囲にいた他のトーナメント出場選手からひかれていた。

 「サラとキーラはすごいな。でも、今は母親に見られているということよりも騎士に自分の技量をはかられていると思うと落ち着かないんだ」

 「確かにそう言われてみると、緊張してくるね」

 「どうしよう! 励ますつもりだったのに、私の方が緊張してきた!」

 激励するはずだったサラとキーラが逆に緊張し始め出す。その情けないやり取りを見せられて、メトロは「仕方ないですね」とため息を隠そうとせず、会話に参加した。

 「何でサラとキーラが緊張しているんです。それと、カテナは騎士に見られているのではなく、お母さんに見られていると思えば済むことでしょう」

 「「「なるほど」」」

 メトロの呆れながらの指摘に三人はまったく同じ反応を示した。何だか急に自分の小隊が馬鹿しかいないかもしれないと不安になってきたメトロだったが、まあ元からこんなものだったと開き直ることでそれ以上は心配せずに済んだ。

 「カテナは心配しすぎ。大丈夫、いつもふざけてるキーラと手を抜いて勝とうとしてるメトロも本気出すから勝てる」

 普段あまり話さないレムがキーラとメトロ目がけて強烈な爆弾を叩き込む。これにはさすがにカテナも冷や汗が隠せない。キーラはともかくメトロは怒るとどうなるか想像がつかないので、非常に怖かった。

 メトロの表情に変化はなかった。しかし、そんなもので騙される者はこの第三小隊にいない。サラはカテナを励ますことを一端置いて、早々に二人の対処に尽力することにした。

 「そうだ、トーナメントが始まる前に闘技場の土を具合を見に行こう」

 咄嗟に思いついたにしても、滅茶苦茶な台詞だ。

 「ちょっとサラ。あんまり押さないでよ。それに今度はレムにまで文句を言われたんだよ、黙ってられるか」

 サラの手を振り払い、キーラがレムに肉薄する。レムは身長があまり大きくないから自然とキーラが見下ろす形となる。体格差は火を見るよりも明らかだ。だが、レムは引かなかった。

 「文句じゃない。だって、いつも試合中なのに仲間に怒鳴る余裕がある」

 意外と的を射たことを言われて言い返せないキーラだった。

 「確かにキーラは毎回仲間に怒鳴ってばかりでこのままだと身内を攻撃しかねないですね」

 笑いを堪えながらメトロが相槌を打つ。

 「しないわよ。というか、メトロだって文句言われてるくせに。この裏切り者!」

 幸いと言っていいかは本人次第だが、いつもキーラが責められる形で会話は一段落ついた。メトロも安心したのか補足するように言葉を添える。

 「まあ、私はキーラと違って真面目に試合をしていますからね」

 しかし、まだ気を抜くのは早すぎた。

 「メトロは相手が自分よりも弱いからって力抜きすぎ。だから、いつも他の人を自分の分まで動かして楽してる」

 「えっ、そうだったんだ」「それは知らなかったな」「この裏切り者!」

 気を抜いた所への不意打ちにメトロは面食らってしまう。仲間達から非難の眼差しで見られてメトロの旗色が悪くなる。しかし、日頃即席でキーラへの嫌味を考えつく彼女である。会話で逃げ道を探すのも得意だった。

 「それは私を含んだ五人だと、第三小隊は他を寄せ付けない戦力となって訓練になりませんからね。まあ、今日は私も頑張りますから」 

 「なら、いい」

 しっかりと自分にフォローを入れつつ、今日は頑張るから文句はないだろうと追撃まで封じたメトロだった。サラとキーラはそれでも「そうだったんだ」という目で見ていたが、メトロは頑なに目を合わせなかった。

 第三小隊に変わらない雰囲気を前にカテナは気づかぬ間に緊張から解放されていた。それをさり気なく確認したサラは小さく微笑んだ。

 それから後はカテナがキーラをからかい、サラが騒ぎそうになるキーラを宥めて、メトロが追撃を加えるという恒例のパターンがトーナメントが始まるまで続いた。

 

 

 午前八時となり、トーナメント式の『アイリス武闘大会』選抜小隊を決定するための戦いが開催される。

 生徒は闘技場に各小隊順に並んで最初に教官のフェーベル・タールの挨拶を聞くことになる。

 「えっと今日は念願の武闘大会への出場権をかけた戦いよ。精一杯頑張って悔いのないよう戦いなさい」

 フェーベルの言葉はそれだけだった。一応、アルケルから騎士であるカイロがこの大会を見に来ていることは知っているはずだが、彼女の態度には緊張の欠片も感じられなかった。

 続いて、対戦相手を決めるためにくじが行われた。これはアルケルの提案で試合が終わった後への苦情をなくすためである。

 生徒達はこれにより運であれ、何であれ、自分の責任で対戦相手を決めることになる。

 まあ、そんなものは一切面倒だと思わず真っ先にくじを引きに行く小隊長もいたのだけど。もちろん、それは第三小隊のサラ・マテリアである。

 トーナメントは二小隊がシードとなっている。とはいっても、シードをとっても楽には進めない。なぜなら、このトーナメントではシードのブロックになった小隊は元から一試合多くなるように決められているのだ。

 そして、第三小隊はシードのあるCブロックとなり、シードではなかった。

 サラ達は発表されたトーナメント表を見て意見を交わす。

 「うーん、早くローズちゃんの所と対戦をしたいのにあっちはAブロックか」

 「いや、サラ。一試合目からあんなとことあたったらスタミナ切れちゃうって」

 小隊長の言葉に狼狽えながらキーラがサラの隣で言った。

 「まあ、決勝まで上がれば戦うことになるのですから気にしなくてもいいでしょう」

 サラの一団より少し後方からメトロはどうでもよさそうに呟いた。

 「そんな楽に決勝に行こうと思っているなんて、ラッキーフェイスの小隊は気を抜きすぎじゃないか」

 敢えて聞こえるようにして言われた言葉に、メトロは声のした方向を威嚇するように睨みつける。そこにはメトロにとっては見覚えのある一団がいた。

 「確かあなたは第二小隊の誰かですね」

 名前までは思い出せなかったようでメトロは相手とは正反対に静かに言った。周囲の生徒は巻き込まれるのは嫌なようで二人から距離をとっている。

 メトロ以外のメンバーは気がつかなったらしく、そのままどこかに歩いていく。

 「覚えてないのは分かった」

 顔に青筋を立てながらも生徒は言葉を続ける。

 「どうもお前らは次に対戦するのが、ボルクス・トーン隊長率いる第二小隊だと忘れているらしいからな。調子に乗っていると一瞬で勝負がついてしまうぞ」

 まるで自分のことを自慢するみたいな上機嫌で生徒は言った。

 ボルクス・トーンという名前を聞いて、メトロはやっと第二小隊の特徴のことを思い出した。

 隊員が全て高身長で女子で異様に力ばかりに突出した小隊だ。特に隊長のボルクス・トーンは槌が小さめのハンマーを使い、加減なく武器を振り回すと死人を出すだろうと有名な剛腕の持ち主である。Cクラスでもトップスリーに入る実力と言われている。

 しかし、その程度ではメトロはまったく臆することはなかった。本音を言うと、メトロは別にボルクスと一対一で戦っても負けるとは思っていない。たしかに噂になるほどの剛腕を恐ろしい。けれど、それだけだとしかメトロには思えなかった。それくらいには自分の力量に自信があった。

 「でも、所詮力自慢の人しかいないのでしょう? そんな小隊には一切負ける気がしませんね」

 だから、相手の挑発にも何でもないことのように応じることができた。

 「くそ、ボルクス隊長も何か言ってやってください!」

 隊員は悔しくて堪らないのか、ついに近くでずっと俯いて地面を虚ろな瞳で眺めていたボルクスを引っ張ってきた。

 「…………」

 けれど、ボルクスは何も言わずに呆然と立つだけであった。彼女は実力と共にCクラスで最も話さない生徒として評判があるのである。

 「くそ、だが本番は私達が勝つからな」

 どうやらボルクスの特徴を忘れていたらしく隊員は逃げるようにして、その場から去って行った。

 「やれやれ。また、面倒そうなのが出てきましたね」

 そうして、メトロは疲れを抱えたままサラ達のいる所へと移動した。幸いさっきまで行動を共にしていたのであまり離れていなかった。

 

 

 第三小隊の試合がもうすぐの所まで迫ってくる頃。サラはカテナを強引に控室から追い出して、残りのメンバーを集めていた。

 「よし、もうすぐ試合が始まるね。でも、その前にみんなに一つ、次の試合で重要な作戦を伝える」

 サラの隊長然とした言葉を聞いて、部屋にいる全員が耳を疑った。というのも、無理はない。そもそも、サラは今まで小隊戦で作戦を立てたことなどない。隊長である彼女が面倒だといって決めないものだから毎回その場でメトロが即興で作戦を考えてきたのだ。

 「サラさん、何かありました。昨日の晩御飯で変なものを食べたとか」

 「きっと頭を何処かで打っちゃったのよ、大丈夫? サラ」

 メトロとキーラがサラに駆け寄る。これにはいつも能天気なサラも怒りを覚えた。

 「大丈夫だよ……。別に作戦って言っても戦術とかそういうのじゃないから」

 そう言って、サラは作戦をカテナを除くを第三小隊に教えた。

 その後、合流したカテナは何故かサラ以外の小隊メンバーから同情の視線を向けられているような気がした。しかし、昨夜あれほどやる気を出してくれて、自分のために尽力すると言ってくれた仲間を疑うのは心が痛むので、考えないようにした。

 このとき、カテナは意地でも作戦の内容を聞くべきだったかもしれない。何せ、今回の同情の正体は常識の欠けた、もっと言えば当たり前からかけ離れたラッキーフェイス、サラ・マテリアである。作戦などと言い出したときにはとんでもないことが起こるのは当然であった。

 

 

 そして、Cブロック一回戦。第三小隊対第二小隊の対戦。

 障害物のない闘技場で各小隊は武器を手に取り、陣形を作り戦闘の準備をとっている。

 いつも通りの形で進行が続く。後は審判のアルケル・ミッヒの号令を残すのみとなる。

 そんなときでもカテナは未だに味方から同情の眼差しを受けていて、それが気になった。入場途中のときはすぐに仲間も気持ちを切り替えて、戦いに挑むだろうと考えていた。

 けれど、一向にその視線が無くなることはなく、むしろ濃くなっているような感じがする。

 (サラの奴が何か言ったんだろうなあ。で、それはこの試合に関係あることなんだろう)

 「ははっ、緊張は消えたけど嫌な気しかしない」

 試合が始まる直前まで来て、カテナは何故か味方の方からプレッシャーを受けているような錯覚があった。 カテナの呟きは開始の合図で掻き消されることとなった。

 戦闘が始まる。互いの小隊が一気に動き出す……ことはなかった。第三小隊側はカテナ以外誰も動いていない。

 そこで、カテナは先ほどの同情の視線はこれに対してのものだったのだなと納得した。

 味方としてはあまりにも非常な行動。普通の人ならそう思うだろう。カテナの母でさえ。しかし、サラの性格を知っているカテナからすれば、サラの行動から明確な意思を受け取っていた。

 「とりあえず一人で勝って母上を見返してやれってことか」

 そんなことを言っている内に、カテナは先頭のボルクスと衝突する。カテナの使う大剣とボルクスのハンマーが正面からぶつかりあう。武器のサイズはカテナの方が断然大きかったが、ボルクスの振るうハンマーは槌という一点に力が集中しており、通常以上の力を発揮した。

 それに加えてボルクスは長身痩躯で軟弱そうな体格をしているが、その長身から生み出されるパワーは尋常ではない。

 だが、それはカテナも同じ事であった。平均程度の身長しかない彼女だが、自分の身長を超している大剣を楽々振り回している。

 両者の実力、もとい力は互角だった。それでも、相手はまだ四人いる。残りの四人の武器は剣の二倍くらいの厚さを持つ、剣型の鈍器だった。彼女らはカテナに切りかかろうとする。いくらサラが滅茶苦茶な性格で発想も異質とはいえ仲間の危機には敏感であった。

 様子を冷静にカテナと敵の戦力を元にして、カテナに必要な助力を決定する。

 (初手を打ち合いを見る限り、カテナはボルクスさんと相手をするので精一杯って感じかな。じゃあ、残りは私達で倒そうか)

 サラは背後に控える仲間に目配せする。返事を待つ必要はない。ただでさえ、第三小隊はサラのせいで即興に慣れているのだ。

 「残念、ここは私達が止めさせてもらうよ」

 第二小隊の行進をサラとキーラが隙を突いて攻撃、それでも進もうとする相手をメトロが薙刀で遠い間合いから牽制して、怯んだ隙をレムが懐に潜り込んで柄で相手を気絶させる。

 あっという間に四人の内二人が倒されてしまう。仲間が倒されるのを確認して、残った二人は急いで下がって体勢を立て直した。あっさりと敵の半分を削る連携が即席だというのだから恐ろしい。まあ、そんな芸当も発端が小隊長の怠慢から生まれたと思うと少し残念な感はあるけれど。

 攻撃をする隙はあったが、サラとキーラはわざと攻撃しなかった。二人からすればそんな勝利ではあまりにもつまらないのだ。それは手を抜いているのではなく、騎士になるものとして当然の行為であった。

 「さて、仕切り直しだね。キーラ、ここは連携して一気に倒しちゃおうか」

 「オッケー。でも、あんまり手を抜いて戦わないでよ」

 「心配いらないよ、そんなこと。元々そんな気ないから」

 そう言って、サラとキーラは構えをとらない無防備なままノーモーションで特攻する。メトロとレムはカテナ側とサラ側の間に立って、互いに干渉できないようにしていた。

 第二小隊はあくまで力が武器である。ある程度俊敏さも通常以上に兼ね備えているが、ここは騎士学校であり、大抵の生徒は俊敏だし技術に優れている。そして、今第二小隊に立ち塞がっているのは圧倒的に技術に優れ、スピードも彼女ら以上に持つ相手だった。

 第三小隊の二人の動きは手慣れたもので、サラが先行してキーラが背後の位置にいる。

 サラは右斜め上から左斜め下へと体ごと切りかかる。毎日、アルケル訓練を受けているだけに威力のある攻撃だが、元々パワー重視の第二小隊には効かない。

 日頃、敵の意識していない隙間を縫うような攻撃をしてくるサラのあまりに無謀な一撃に、すぐに第二小隊の二人は反撃に出ようとした。

 しかし、そんな思いを裏切って、大きな隙に見えたサラの右肩の少し上辺りから勢いよく分銅が飛来した。それをどうにか一人が受け切る。

 そして、またサラが体を今度は右に寄せて攻撃。空いた左から分銅が押し寄せる。そんな間のない連撃が続いて、第二小隊の隊員は反撃のタイミングを失っていた。

 一つ一つのサラの攻撃が適格で、なおかつ分銅の攻撃には勢いをつけているだけあって重い。

 それが、五回目に入る頃には第二小隊の隊員は反応できずに敗れた。

 圧倒的な勝利をしたサラとキーラだったが、その表情に満足の色はなかった。

 「どうもまだ全力で動けないよね」

 「確かに私ももっと早く投げたいのだけど、なかなか息が合わない」

 相手を圧倒するコンビネーションでも自分の感覚には合わないらしく、二人は不満そうにカテナの試合の観戦に入った。サラ達は参戦する気がない。それは控室で既に決めていた。

 

 

 試合が始まる少し前。控室。

 「私はカテナのお母さんにカテナの実力を教えてあげるために、カテナとボルクスさんを戦わせようと思う」

 唐突にとんでもないことを言い出した小隊長にキーラが慌てて言い返す。

 「でも、小隊長は基本的に成績優秀者がなるんだよ。単純に考えてもボルクスはCクラスでも上位の実力者だし……」

 「大丈夫、正直何回か個人戦で当たったことあるけど、カテナの方が力だと勝っているから」

 サラは何でもないと言わないばかりに言い切った。その表情はカテナの勝利を確信したようだった。

 

 

 そんな一幕があって、現在。カテナの戦況はサラが予想ほどいいものではなかった。

 カテナの方が力はある。サラの言葉は間違っていない。しかし、それだけではボルクスを倒すには足りない。

 ボルクスは速度を出すために小ぶりでハンマーを振るい続けるので異常に速かった。カテナも大剣を軽く振って、大剣を剣と同等の速さで振るうことができるが、相手はその非ではない。

 そして、速度はそのまま攻撃力となって襲いかかる。

 互いに武器をぶつけ合って、威力勝負に出るがカテナの大剣に体重を乗せられる前に弾かれるので、カテナの本来の力は出す前に封じられていた。それに対してボルクスは全力の攻撃を連続で続ける。

 カテナは唇を噛みしめて自分の不利をどうやって挽回しようか悩む。しかし、力こそが自分の土俵であったカテナには力以外に勝ち目はない。

 と、そこでカテナは昔たった一度だけサラに勝利した日のことを思い出した。

 (そう言えば、あのときも私はサラに自分の土俵を封じられていた)

 そして、カテナは現状を回復するために賭けに出ることにした。自分の力という土俵に敵を引き込むための作戦を。

 ボルクスは大きく振りかぶってから槌を振り下ろす。その攻撃にカテナは大剣で反撃する気はなかった。大剣を横向きにしてハンマーの衝撃をしのいで構わず前進する。今度はボルクスの攻撃が最大の威力を発揮する前に受け止められる。

 カテナの作戦はそれだけでは終わらない。大剣で攻撃を受けた状態でもう一歩進む。

 そして、ボルクスに手が届く距離まで接近して、大剣を支える片手を自由してカテナはボルクスの腹に掌打を叩き込んだ。

 騎士学校の生徒としてもはや当然となり、恒例化さえしている常識から外れた素手による攻撃。それこそが、カテナが選んだボルクスを自分の土俵に上げる最後の手だった。

 そうして、第三小隊は一回戦を突破した。

 

 

 闘技場の観客席で自分の娘の戦いを見物していたカイロ・ジンクスは憤るでもなく、ただ黙ってカテナの戦い方を分析していた。

 観客席は生徒が出場しているためほとんど客がいない。いても、次にあたる相手の偵察をする生徒が何人いるくらいだ。

 「カテナはあのボルクスという生徒に速度で劣っていた。そして、どちらも技術には乏しい中での戦いだ。あの試合どう考えてもカテナの勝機はないに等しかった」

 「でも、勝っちゃうんだから怖いわよねー。あなたの子供」

 そう言って、Cクラス教官のフェーベル・タールは馴れ馴れしくカイロの隣に腰を下ろした。

 「まったくアルケルの話を聞いてどんな騎士が来たのかと思っていたら、ただの親バカだったなんてね」

 本来年に関係なく、騎士は尊敬の対象だ。階級的にも貴族と同等にされているし、デスクでは騎士となることが女として最高であるとさえ言われている。

 そんな立場にあるカイロに平気でため口を使うフェーベルだった。しかし、それは何もフェーベルが度胸があるからとか階級を気にしないやつだとかそんな理由ではなくて、純粋に二人が知り合いだっただけである。

 「フェーベルか。まさか、ここで教官をしていたとはな」

 「別にいいでしょう。案外良いものよ。……ここの生徒は何人か本当にどうしてCクラスいるのか分からないくらい強い子がいるし、見ていて飽きないわ。特に、第三小隊は頭一つ飛び抜けている」

 フェーベルがあまりにもはっきりと言い切るものだから、カイロは小さくを口を開いて「ほう」と感嘆の声を上げた。

 「お前がそこまで言うとはな。しかし、さっきの試合を見る限り二人による連携もバラバラでとても作戦を立てているようには見えなかった」

 「それは……」

 基本何に臨むときも適当なフェーベルもこれには口ごもる。というのも、どう言えばいいものか悩んでしまうのだ。何せ彼女の教え子のあの小隊長は作戦を立てろと言っても必要ないと言ってのける問題児なのだ。長い思案の末、どうせすぐにわかることだと開き直る。

 「あの小隊は事前に作戦なんて考えてないからね」

 苦笑気味な笑みでフェーベルは偽りない事実を告げる。

 「作戦を? 一つもか?」

 「ええ。いつもその場の流れで必要な陣形を薙刀を使っていた子が考えて陣形を決めている」

 小隊戦においてよりスムーズに勝つために陣形、作戦は重要な要素だ。それをその場の流れで決めていた正気の沙汰ではない。

 カテナのいる第三小隊の滅茶苦茶さを聞いて、感情を起伏の少ないカイロは無言で目を見開いて、闘技場のを見つめる。

 「そんな奴がよく小隊長を務めることができるな。さっきの試合を見る限り、小隊長ほどの力量とは思えなかったが」

 頭の混乱を必死で抑えながらカイロはもう少しフェーベルから情報を聞き出すことにした。

 「二人の連携はここ二、三日個人で練習していたものだからね。一対一なら今の私なら負けるかもしれない」

 「お前が!」

 カイロはもう混乱を抑えることができなかった。教官を負かす生徒など普通はいない。いても騎士学校のトップクラスの生徒であって、クラスで言うと三番手にあたるCクラスの生徒では断じてない。

 「Cクラス第三小隊のサラ・マテリアは強いわよ。たぶん、後の試合はほとんど一人で暴れるんじゃない?」

 サラの実力を認めているフェーベルもさすがにそれを言いすぎかと内心反省した。

 ともあれ、フェーベルの少し言い過ぎなハッタリはカイロには抜群の効果を示した。

 

 

 教官のフェーベルが半ば冗談のつもりで言ったことは残念ながら、的を射ていた。

 一回戦以降、カテナの試合で自分も戦いたくなったという言い分から、サラは一人対五人という形でその後の三試合を一人で勝ち抜いた。もちろん、他の第三小隊のメンバーも倒そうと最前を尽くしたのだがそれより早くサラが勝負を決めてしまっていた。

 ちなみに、決勝は第一小隊と対戦となったのだが、第一小隊が隊員全てで攪乱を狙って突進してきた所をサラがローズ以外を一人一撃で仕留めてしまった。

 最後はローズと一騎打ちとなったのだが、遮蔽物の少ない闘技場ではサラが有利で勝利した。

 こうして、Cクラスのラッキーフェイスの一方的な勝利によって、第三小隊は勝利した。

 トーナメント優勝後、第三小隊の隊員達からサラは責められたそうだ。

 

 

 再び闘技場の観客席。

 フェーベルの言葉通り、小隊戦なのに個人戦を披露したサラの暴走振りを見せられて、カイロは呆れていた。

 何とも言えない気分を味わっていた彼女の元に接近する足音があった。

 「カテナか」

 カテナがすぐ傍にまで近づく前にカイロは振り向いて、それ以上を接近を拒んだ。それをカイロの返事だととったのか、カテナはカイロを見つめてはっきりと言う。

 「母上! 私はやはり第三小隊にいたいです。ですから、どうかここに残らせてください」

 そう言って、カテナは頭を下げた。カイロは静かにカテナを姿を目に焼きつける。そして、静かに言う。

 「誰が連れて帰ると言った。どうもお前のいる小隊は実力のある者が多いからな、いい修練にもなるだろう」

 「では……」

 勢いよく顔を上げたカテナの目元には涙が溢れて、流れ出ていた。

 「存分に暴れて来い。それと、あの小隊長にはしっかりと小隊戦やるよう言っておけ」

 カイロはカテナから背を向けて、去っていく。

 「はい。きつく言っておきます」

 さっきまでの緊張が嘘にように解けていく。そして、すぐに現役の騎士であるカイロからサラが注意を受けたのだと思い至って、カテナは急に恥ずかしくなった。

 

 

 

 

 

 



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