※ただしイケメン指揮官に限る。 (竹輪良)
しおりを挟む

大鳳編①――メンヘラって言われるとなんかモヤっとする 

誰かが、私の体を揺らしている

「――――」

微かに聞こえるのは目覚まし時計のアラーム、ということはもう起床の時間になっているのだろう

起きなければ...ならない...

しかし、己の意思に反し、体は鉛のように重たく動かせない。昨夜の徹夜が祟ったのだろうか。

 

「――し―—か―—―ま―—―」

アラーム音の中、微かに誰かの声が聞こえる。どうやら艦隊の誰かが起こしに来てくれたらしい。鍵付きの私の部屋に入ってきたということは、きっとメイド隊の誰かだろう。私の身の回りの世話をしてくれる彼女たちには特例として部屋の鍵が渡されている。

 

ベルファストなら騒々しいアラームを止めた後、穏やかかつ確実に私を起こしてくれるだろう。

シェフィールドならベッドから私を蹴落とした後、目覚めのコーヒーを淹れてくれるだろう。

シリアスなら...ちょっとどうなるか分からないが、たぶん起きれるはずだ。

なに、このベッドもだいぶガタがきていて買い替え時だった。仮に彼女が粉々に破壊してしまったとしても問題はない。

 

自力での起床を諦め、起こしてもらう受け身の姿勢に入った私はこの後の展開予想を楽しんでいた。

 

 「――――――..............」

アラームが止まった。ということはベルファストだろうか。

あぁ、なら大丈夫だろう。今日の私は穏やかな目覚めを迎えられ---

ズシリと、いきなり腹部に重たい何かが乗った? いや違う!これは誰かが私にまたがったのだ!

 

メイド隊なら絶対に行わない無言での乱行、すわ何事かと思い。慌てて起き上がろうとするも尋常じゃない力で両腕を抑え込まれる。完全にマウントを取られてしまった、こうなればもう何もできない。せめて私の寝起きを襲ってきた何者かを霞む眼で目視しようとして―—

 

 

「指揮官様ぁ、お目覚めですか~?」

 

聞こえてきた独特の調子の甲高い声に襲撃者の正体を悟る。メイド隊ではない彼女がなぜこの場にいるのだろうか...そして、なぜ起こしに来たはずの私の上に跨るのだろうか...様々な疑問を心の内に抱えながらも彼女に目を向ける。

 

まだどこか幼さの残る美しい少女の顔立ちと、それに相反するような豊満な体。

絢爛さを無くさない限界ギリギリまで露出を高めた改造キモノ。鮮やかな黒髪に深紅の瞳。

重桜の航空母艦「大鳳」それが彼女の名前だ。

 

私が抵抗を止めたことに気を良くしたのか、大鳳は上機嫌に喋りだす。

 

「うふふ、指揮官様、昨晩はよくお眠りできましたか~、昨日の執務で指揮官様が酷くお疲れになっていたのを 

見て私心配でしたの~」

 

「そうか...ありがとう。ところで大鳳、この部屋にはどうやって入ったんだ?シリアスから鍵を借りたのか?」

 

どうやら彼女は私を起こしに来ただけらしい。ならば、この体勢はいったい何なのか是非ともお訊ねしたいところだが、今はそれより先に聞くべきことがある。この部屋に入るための鍵の入手経路だ。

職務に厳格なベルファストとシェフィールドが彼女に鍵を貸し出すはずがない。

だとすれば、色々抜けている所の多いシリアスから借りたのだと思うが、どうだろうか?

...大鳳が金庫やメイド隊から鍵を盗んだとは思えない。なんだかんだ彼女はそこらへんの超えてはいけないラインの分別はついている。

それはすなわち、指揮官の寝込みを襲うのはセーフと見做されているということだが。

 

「あぁ、それは-—」

彼女は己の豊満な乳房の深い谷間から、一本の鍵を取り出す。見覚えのない銀色の長鍵だ。

「作りました♡」

 

よく見ると鍵は所々歪んでおり、本人の言う通りハンドメイドの趣が有った。そう来たか、確かに盗んではいないけども。

パーティ用のドレスを自作できるほど手先の器用な彼女だが、金属品の加工にはさすがに不慣れらしい。

それでも、実際に作り上げ、使って不法侵入してくる彼女は、色々常軌を逸している。

 

「大鳳、そうだな...色々言いたいことはあるが、まず退いてくれないか?」

「嫌です♡」

 

腹立たしくなるほど艶っぽい笑顔で、私の要求をはねつけた彼女は首もとに手を伸ばしてくる。

彼女は丁寧な手つきで私の乱れた襟元を直すと、シャツのボタンを一つずつ外し始めた。

どうやら彼女は平日の朝だというのにやる気がまんまんらしい。

 

おそらく抵抗が無意味になるであろうと悟った私は自身の服を脱げていく様をボケっと眺めていると、ふと、彼女と目が合った。

ルビーのように深い紅色の瞳は彼女の幼さの残る顔立ちの中で異彩を放ちながらも、美しい。

私の好奇の視線に気づいた彼女は、瞳だけでなく頬も赤らめた後、今度は自身の着物をゆっくり脱ぎ始めた。

 

このまま彼女と仕事をほっぽり出して淫行に浸るのもなかなか魅力的な話である。

しかし、そうもいかないだろう。なぜなら、そろそろ―—―

 

「早朝からお盛んですね、ご主人様」

扉の向こうから声とともに撃ち出された砲弾は、部屋の扉を軽々とを吹き飛ばし、大鳳の脇腹に着弾した。着弾の衝撃はガタのきたベッドを叩き割り、私の頭部に数十センチの自由落下を強いて意識を奪い去った。

 

 

 

 

およそ十分後、意識を取り戻した私は、無傷の大鳳と砲撃の下手人であるメイド隊のシェフィールドとともにベッドの残骸が散らばる部屋の床で正座をしていた。そんな我々の前には、砲撃音を聞きつけて来たのであろう怒り心頭のメイド長が仁王立ちをしていた。

 

「お二方とも何か釈明はございますでしょうか?」

「「「ありません」」」

 

メイド隊の長であるベルファスト。彼女は常に滅私奉公を信条としており、これほど感情をあらわにすることは珍しい。

だが彼女の怒りももっともだろう。指揮官の私室への不法侵入と強姦未遂。指揮官の私室への砲撃。軍規に照らせば、即退役処分が妥当だろう。

―—もっとも、指揮官の適正が有ったからと言い無理やり徴兵されてきた身としては、軍規を守ろうという意識など到底湧いてこないのだが。

 

「いいですか、シェフィールド!私は普段から貴女のご主人様への接し方に対して不満を抱いていました。私たちメイドにとってご主人様は不可侵にして絶対。もちろんご主人様が道を誤ってしまった時には諫言をすることも必要ではありますが、それはあくまで諫言。ご主人様が意に沿わない行動をしたからと言ってその道を無理やり捻じ曲げるようなことはしていけませんし、増してや危害を加えるなど以ての外です!またそう言った意味では大鳳様も同様です。お疲れになったご主人様を労うのは推奨されるべき行為ですが、それはあくまでご主人様がお望みになった場合のみ。ご主人様の部屋に許可を得ず侵入し、寝込みを襲うなど言語道断な行いです!もちろん大鳳様はメイド隊ではありませんし、先に述べたようなメイドとしての責務も持ちません。ですが!これは指揮官の元に仕える艦船が陣営問わず遵守すべき当たり前の―—―」

 

ベルファストの説教は淀みなく続けられる。それをなかば聞き流しながら、自身の左隣で正座する二人に目を向けて観察してみる。

 

 私から見て奥側に座るシェフィールドは静かに説教を聞きとめながらも、どことなく不満気だ。彼女の気持ちもまた分かる。リーダーとは言え自身より後輩の艦船に自身も重々承知しているメイドの何たるかを語られるのは面白くないだろう。

それに、おそらく今回の砲撃で彼女は私に危害を加えるつもりは無かった。演習用の模擬弾は本来なら私にまたがっていた大鳳を除けるだけだったがベッドにガタがきていたのが災いした。手段は手荒であったが彼女なりに私を大鳳から助けようとしてくれたのだろう。

 だが、それはそれとして、彼女はいつも模擬弾を持ち歩いているのだろうか。

 

 では、私の側に座る大鳳はどうだろうか。涙目で頭をうつむいている彼女にはベルファストの説教がかなり効いているように見える。鍵を複製して指揮官の寝込みを襲ったことを反省しているのだろうか?

いや、おそらくそれは違うだろう。彼女が気にしているのは、自身の行動の結果によって指揮官が怪我を負ったこと、その一点だけであり、不法侵入と強姦未遂については毛ほども気にしてないだろう。彼女は妙なところで繊細で妙な所でふてぶてしい。

 その証拠に彼女はベルファストの説教を聞き流し、先程から申し訳なさそうに私の方に目を向けてきている。

 

 では最後に改めてもう一度、私の左前方に立つ我らがメイド長。ベルファストに目を向けて観察してみる。彼女は永遠に続くかと思われた説教をついに止めて私の顔を無言で凝視している。どうやらとうとうツッコミを我慢できなくなったらしい。

 

「ご主人様...なぜ貴方まで正座をしておられるのですか?」

 

「場の空気を読んでいるのさ」

 

 こうは言ったが、もちろん嘘である。こうして私が正座をしていれば、ベルファストの二人に対する説教が早めに終わると見込んでの行動だ。私のために怒ってくれるベルファストには悪いが、今この場で説教を長引かせる気はないのだ。

 

「...分かりました。ご主人様に免じて話はここまでといたします。お二人とも最後にご主人様に対して何か言うことは?」

 

「「「誠に申し訳ございませんでした。」」」

 

ベルファストは最後に深く嘆息すると、部屋の隅で事態を見守っていたシリアスを呼び出し、片付けを始めた。

 

それに合わせて、シェフィールドと大鳳が正座のまま私に向き直り、改めて謝罪の言葉を投げかけてくる。

しかし、私はそれを手を軽く振って止めさせる。そもそも私が起床時間に時間なっても寝こけていたのがことの発端だ。彼女たちに責が無いとは言わないが一方的に謝らせるのは間違いだろう。正座をしていたのはそういった意味もある。

 

そしてなりより言って今回のような事態は日常茶飯事である。いちいち気にするほどのものでもないのだ。

 

 例えば今からひと月ほど前の話だが、私の部屋に鍵が無かった時期が一週間ほどあったのだ。とあるメイドが部屋の清掃の時にうっかり破壊してしまい、また、運悪く敵の妨害工作で物資の流れが滞っており鍵の取り替えもできなかった。

 それから交換用の鍵が届くまでの七日間、私の部屋は毎晩戦場と化した。指揮官に夜這いしに来た者、指揮官を守ろうとした者、戦場の空気に興奮した者、野次馬しようとして巻き込まれた者、騒音で眠れなくてキレた者、面白半分に戦いを煽った者。様々な思惑が入り乱れた局地的大戦争は正に地獄だった。

 広い海原で行うべき艦隊戦を屋内で行ったのだ、当然である。結果、私の部屋は跡形もなく吹き飛んだ。

 

そして、こういった騒乱はうちの母港ではちょくちょく起こる。それらに比べれば今回のはちょっとしたお遊びに等しい。

 

あるいは、ベルファストの説教も再発防止より問題を起こす仲間に対するうっぷん晴らしの意味合いが強いのかもしれない。

この色物ばかりが集まる母港で唯一と言ってもいい常識人だ。色々、溜まるものがあるだろう。

 

 これらのことを話すと、何度か室内航空戦に参戦したことのある大鳳は気まずそうな顔をし、自身のいる母港の無法地帯っぷりを改めて聞かされたシェフィールドは呆れた顔をした。さもありなん、部下の制御をまるでできてない無能指揮官への常識的な反応だ。

 いや、これでも私は頑張っているのだ。だが、ウチの母港に着任する面子はどいつもこいつも癖が強すぎる。それに加え、艦船は生まれ持った性質から変化をし辛い。この母港をどうにかできる手腕を持つ指揮官ならそもそも艦船を使わなくてもセイレーンを撃退できる、そういったレベルだ。

 

まぁ私が有能であろうが無能であろうが、今するべきことは部屋の片づけだ。

メイド隊と大鳳と協力して手早くベットの残骸を集め始める。急がないと朝食を食べる時間がなくなってしまう。

...しかし、ベルファストには随分負担を掛けている。全ての問題を事前に防ぐなど無理難題だが、事後処理だけでなく問題を減らすための努力に今一度私自身も力を注ぐべきだろう。

ちょうど一つ、これから起こりそうな問題の目星がついたところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の騒ぎから数時間後、午前中の執務を終わらせた私は休憩時間に大鳳の私室へと向かっていた。

今の時間、大鳳は委託に出ており、彼女の部屋には誰もいない。

つまり、私は今朝の大鳳にされたのと同じように彼女の私室に不法侵入しようとしているのだ。

 

もちろん、これにはちゃんとして理由があってのことだ。

 

私が気絶している間に、ベルファストが大鳳から鍵を没収したらしいのだが、

その話をシェフィールドから聞いた時から私は違和感を感じていた。

「あの大鳳がそう簡単に鍵を手放すか?」と。

これは勘だが、おそらくアレには予備がある。予備の鍵があるから無駄な抵抗をしなかったのだろう。彼女がどのような方法で鍵を作ったのかは不明だが、鋳型を作成したなら複製も簡単だろう。

 

よって、私は母港の治安を守るために、その予備鍵と作成キットを処分しに来たのだ。

 

重桜の寮の一番入り口から遠い部屋。他の艦船の部屋から幾つかの空き部屋を挟んだところに彼女の部屋はある。「大鳳」と飾り気なく書かれた表札、これが彼女の部屋だろう。懐から指揮官用のマスターキーを取り出し、鍵穴に差し込もうとして、気付く。鍵を持つ手が震えている。

 

この先にあるのは、大鳳の部屋だ。この母港でも一二を争う愛の重さを誇る、大鳳の部屋だ。

部屋一面に私の顔写真が貼りつけられていたり、指揮官と大鳳の結婚生活を緻密に書いた妄想日記なんて物があってもなんらおかしくないのだ。はっきり言って入るのがちょっと怖い。

 

だが、合鍵とその作製キットの処分は早期に行わなければならないことだ。

なぜなら、うちの母港には大鳳よりヤバイ艦船が何人もいるからである。

もし、彼女たちの手に複製された合鍵が行き渡ったりでもしたら...

 

我が母港から、安寧の二文字が消え去るだろう。メイド長と私の胃に穴が開く

やるしかない、意を決して、鍵を差し込み部屋の扉を開けた―—―

 

 

 

 

 

 

 

 

簡素な部屋だった

備え付けのベッド。裁縫などに使うのだろう作業用の四角机。工芸用品が整頓されている大型の収納棚。壁に埋め込まれた何の代わり映えのない衣装棚。

毎日生活する部屋ならばもう少し飾り気というものが出てくるのではないだろうか、それが年頃の乙女ならば尚更だ。

そして、そんな中で机上に置かれた手製と思わしき写真立ては目を引いた。

写真立てには、私と大鳳のツーショット写真――以前パーティで彼女にお願いされて撮ったもの―—が大事そうに飾られていた。

 

 

自身の想定とは全く違う部屋の様子に愕然とする。

これが高雄やグラーフのように妙齢で軍人然とした者の部屋ならば納得できる。

しかし彼女らに比べて一回り若く、外見で言えば母港の中でもひと際に派手な彼女の自室がこんな寂しい有様だとは...

 

確かに大鳳はああ見えて一種ストイック的な側面がある。

例えば彼女の趣味である裁縫も料理も全て私のためにやっている。

衣服選びも髪型のセットも指揮官である私の好みに合わせてのもの。

 

 

とは言え大鳳にはアルバコアという友人も居るし、なんだかんだ面倒見のいい彼女はけっこう年下の子に慕われている。彼女は彼女なりにここでの生活をエンジョイしてはいるのだ。

だから、私も彼女のそういった性質を薄々理解しながらもそこまで問題視していなかったのだが...

だが、だからと言ってこの部屋はちょっと見過ごせない。依存気質で寂しがりやな彼女を独りこの部屋で暮らさせるのは良くない気がする。お節介かもしれないのだが、それでも。

 

それに何というか、こう、切ない。いじらしさを通り過ぎてとても切ないのだ。

この部屋で大鳳が毎晩一人で寝泊まりして、休みの日には机の上の写真を眺めながら私のために衣服や合鍵を作ってたと思うと...泣きそうになる。

 

今すぐなんらかの対応を取るべきだ。

どうしようか、彼女の部屋に誰か同居人がいれば良いだろうか。

しかし彼女には姉妹艦がいないし、アルバコアは陣営が違う...どうしたものか。

 

合鍵のことを忘れて様々なプランを練りながらとりあえず、部屋から出ようと扉の方を振り返った私は、

 

「指揮官様...?何をしておられるのですか...?」

部屋の入り口で呆然と立ち尽くしている大鳳と目が合った。

 

 

やべぇ。どうしよ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大鳳編⓶巨乳より爆乳が好き、でも超乳はちょっと迷う

Q・女の子の部屋に留守中に勝手に入りこみ女の子が頑張って作った手づくりの品を処分しようとした男は、当の女の子にその行為がバレた時にどう対応すべきか?

ただし、その女の子はこの上なく愛にひたむきで、おっぱいがとっても大きいものとする。


『ヤバイ!なんでだ!?どうする!どうなるんだコレ⁉』

 

 部屋に帰ってきた大鳳と目が合ってからの約五秒間、私は帰ってきた部屋主との遭遇にただ愕然としていた。こんなの完全に想定外だ。

 今の時間帯、大鳳は本土まで出向いて物資輸送の護衛をしているはずなのだ。私が昨日それを決めたのだから間違いない。だったら、艦隊の職務に対しては真摯な彼女が部屋に居るなんてことは絶対にありえないはずなのだ...

 

 だが、現実に彼女は此処に居てしまい、指揮官が自身の部屋に不法侵入している姿を目撃してしまった。彼女も指揮官がここに居るとなど思っていなかったのか、先程から私の顔を見つめながら呆然と立ちすくんでいる。

 

 どうするべきだ...?事態は非常に切迫している。

 傍から見たら今の私は『婦女子の部屋に侵入した変態泥棒(指揮官)」にしか見えない。いくら盲目的に私に愛を向ける大鳳と言えどさすがに幻滅し排除しにかかってくるのでは。

 だが、彼女に侵入の理由を言うことはできない。私の目的は彼女にとっては私のために頑張って作った鍵を破壊することだ。言えない...いくら彼女でも、いや狂的な愛を持つ彼女だからこそ激怒するだろう。

 私に今できるのは祈ることのみ。大鳳が『指揮官様~!ついに大鳳の愛を受け入れる気になってくれたのですね~!』みたいな反応を返してくれるごく僅かな可能性に掛けるしかない...!

 

―――「指揮官様。」

 

「な、なんだい?大鳳?」 

 大鳳の声からは何の感情も感じ取ることができなかった。普段の彼女からは想像できないほどに平坦で低い声。私死んだかもしれない。

 私に声を掛けた彼女は、こちらにゆっくりとした足取りで歩いてくる。何故かその顔にはわずかに微笑を浮かべており、非常に怖い。彼女が無言で一歩一歩近づいてくるたび、自身の心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じる。

 

 どうする?今すぐ床に身を投げ出し彼女に謝罪をするべきか?こんな時のために重桜式の土下座を普段から練習している。練習の成果を発揮するか内心悩むが、しかし、彼女から視線を外したらもっとヤバイことになる気がする。

 

 結局、手の届く距離まで大鳳が近づいて来ても私は何もすることができなかった。

 

 私のすぐ傍まできた彼女は、さらにもう一歩踏み込み私の肩を掴んできた。そして掴んだ肩を支えに背伸びをすると顔を近づけ私の瞳を覗き込んでくる。親しい間柄の者にしかできない距離感。そこまで距離が近づいても、お互い何も言わない。私は彼女への恐怖と戸惑いから何も言えなかった。

 

 彼女は...なぜなのだろうか?

 間近で視る彼女の瞳には、私の楽観かもしれないが怒りも軽蔑も見えない。むしろその真逆ともいえる悲しみと寂しさのようなモノだけが浮かんで見えた。

 彼女は僅かに口を開けると、囁くような声でこう言った。

 

「指揮官様は大鳳のことが怖いですか?」

「当然ですよね...今朝も、この前の指揮官様をめぐっての喧嘩のときも大鳳は指揮官様に危ない思いをさせてばかり...」

「指輪、だなんて、到底...」

 

 

 独り言かと思えるほど小さな声で最後はほとんど聞き取れなかったが、彼女は確かにこう言った。だが、普段と違う様子の彼女に私はただ戸惑うばかりで、何も言葉を返すことができなかった。

 

 そんな私を見て取ったのか、大鳳は今度は幾分かはっきりとした声で「余計なことを言ってしまいましたわ。申し訳ありません指揮官様、忘れてください」と言い二歩下がってから頭を下げた。そして、はっきりとした足取りで部屋の隅にある収納棚に向かった。そして、棚から手のひらぐらいの小さく細長い木箱とその三倍ぐらいの大きさの正方形の木箱を取り出すと、机の上に置いた。

 

「こちらは大鳳が作った合鍵の予備とその作製に使ったもの一式です。」

 

 彼女が小さい方の箱を開くと、確かにそこには今朝見た鍵と同じような銀の長鍵が入っていた。上手くできた方の鍵を普段使う物にしたのかこの鍵は傷や歪みが目立った。

 この鍵と横の作成キットこそ私が探していたものだ。しかし、なぜ...?

 

「指揮官様はこれを処分するために、大鳳の部屋にお入りになったのですわよね?そうでもなければ、指揮官様が大鳳の部屋に勝手に入るわけがないですもの。」

 

 どこか寂しげに微笑みながらそう語っていた彼女は一転笑みを消し顔を俯けた。

 

「大鳳はずっとメイド隊の子たちに嫉妬してましたわ。何であの子たちばかり指揮官様のお部屋に入れるのか、大鳳だって...大鳳だって指揮官様のお傍にいたいと!」

「それで鍵を作って指揮官様のお部屋に入って、そして指揮官様を大鳳の物にしようと...」

「大鳳は本当に馬鹿です、そんなことで指揮官様が大鳳を愛してくれる訳がありませんのに...」

 

「今朝の一件、本当に申し訳ございませんでした、指揮官様。」

「大鳳の軽率な行いのせいで、指揮官様にご迷惑をお掛けしました。これらは指揮官様にお渡しし、二度とこのようなことはしません。」

 

本当は後で私の方から出向いてお渡ししようと思っていたのですが...彼女はか細い声でそう付け加えた。今まで抑えていた自身の内心をさらけ出した彼女は本当に弱々しくて、このまま自分を責め続けて何処かに消え去ってしまいそうだった。

 大鳳は想像だにしてなかっただろうが、彼女の懺悔と謝罪は私の心を強く激しく揺さぶった。彼女に抱いていた私の心象をガラリと変えてしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

「...分かった大鳳、君の言う通りにこの鍵は受け取らせて貰おう」

二つの木箱を手元に寄せる。そして、私は小さな木箱を懐に入れるのと入れ替わりに黒い鍵を一本取り出す。

その鍵を目にした瞬間大鳳の目が大きく見開かれる。その反応も当然だ。これは彼女が心から求めた指揮官の部屋の鍵だ。

 

「大鳳、これはお願いではなく命令だ!一つ、今日の一連の出来事を他の者に絶対に口外しないこと!二つ、今後二度と指揮官の私室に許可なく立ち入らないこと!三つ、今朝の一件の罰則として迷惑を掛けたメイド隊の業務を一部肩代わりすること!」「この鍵は業務遂行のために特例として貸し出す!失くすなよっ!以上!命令終わりっ!!」

 

『命令』なんて偉そうな言葉、うら若き乙女を命がけの戦場に送り込む下種が使っていい言葉だろうか。だが、母港の平穏、大鳳の罪悪感、私自身の言動、色んな理屈をすっ飛ばして彼女にこの鍵を渡すには理不尽な『命令』が唯一の方法だと思ったのだ。

 

私の命令を聞いた大鳳は戸惑いがちに私の顔とさし出された鍵の間で視線を彷徨わせている。

「どうした大鳳、命令だぞ、鍵を受け取れ。」

「指揮官様は...大鳳に同情なさっているのですよね...でしたら、大鳳はその鍵を受け取れません。」

「違う!同情じゃない!」

 

私がいきなり声を荒げたので彼女は驚いた顔をしている、だがそれだけは否定せねばならない。私は悲しんでいる彼女への同情や哀れみでこの鍵を渡すのではない。私はこの鍵を―—―

「君に持っていて欲しいと思ったから渡す。単なる私のわがままだ!」

「ただし、私が命令するのはメイド隊の業務の肩代わりだけ、業務内容は定めない。君のしたい業務にその鍵が不要だと言うなら鍵を返却してくれ。...どうする?」

 

「謹んで...命令を拝領させていただきますわ...指揮官様...」

 

個人的な感情に基づいて私は大鳳に肩入れした。この行いへの反発は少なからず起こるだろう。だが、この選択は間違っていない。間違いだったとしても絶対に後悔はしない。鍵を手に取って泣き出してしまった彼女を慰めながら私はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた...死ぬ。殺される、部下に殺される...」

「お疲れ様です、がいちっ...ご主人様。しかし、お言葉ですがこの現状はご主人様の自業自得では?」

 

 秘書艦のシェフィールドの言葉がナイフのように心に刺さる。彼女の適格すぎる指摘はいつもにも増して私の心を傷つける。私も大鳳に鍵を渡すことによって、一部の艦船が暴走を起こすことは予測していた。だが、まさか、ここまで激しいとは...

 ちょうど執務室の窓からは母港中庭の上で零戦と烈風がドッグファイトをしている光景が見える。微かに聞こえる怒号から、おそらく喧嘩しているのは隼鷹と加賀か。両者の力量を鑑みるにそろそろ加賀が勝利して終わるだろうから仲裁は要らないだろう。

 

 大鳳がメイド隊の業務を一部手伝うことになってから、今日までの三日間。母港はとても荒れた。一ヶ月前の焼き直しのような私闘乱闘決闘のオンパレード。

 唯一前回と異なる点と言えば、私自身がその闘争の渦の中に直接乗り込んで止めに入っていた点だろうか。もちろん生身で軍艦に敵うはずもなく余波だけでボロ雑巾にされる有様だったが、何だかんだ私が仲裁すればほとんどの艦船が喧嘩を止めてくれた。ほとんどは、だが。

 

 全身全霊での仲裁の結果として、三日目にして騒動はなんとか収束に向かっている。先程の航空戦はあくまで余興のようなものだろう。

 

 騒動が早期収束したのには、渦中の人物であった大鳳が穏健な態度を貫いてくれたのも大きい。鍵の存在が彼女の心に余裕をもたらしたのか、いかなる挑発も柳に風と言わんばかりに受け流し、相手を冷静に宥める。一ヶ月前の彼女とは別人のような大人びた立ち振る舞いだった。

 まぁ、その余裕のある態度が相手の怒りに油を注いだことも何度かあったのだが・・・

 

 私が今しているのは騒動の後始末、主に壊れた備品の注文だ。本土から備品を輸送してもらうには相応の手間がかかるため、馬鹿正直に『喧嘩のせいで備品壊れました』などと書くわけにはいかず、毎度理由づけには苦戦している。しかし、かなり苦しい言い訳を続けているにも関わらず本土からお叱りがこない辺りから察するに、艦船の居る母港はどこも同じような治安なのかもしれない。

 

「ご主人様、コーヒーを淹れました。どうぞ。」

「ありがとう、シェフィー。」

 

 疲れた脳にはコーヒーが一番だ。脳裏までカフェインが活力を入れてくれる。すると忙しさのためにずっと忘れていた疑問を思い出した。

「そういえばシェフィー、三日前に大鳳の怪我を心配して委託を代わってあげたらしいな?」

「...えぇ、そうです。ベルファストがそうしろと言うので、仕方なく。」

 

 泣き出した大鳳を慰めている時に聞きだしたのだが、あの日大鳳が母港に居たのはシェフールドから、砲撃を当てたお詫びとして委託任務を交代してもらったかららしい。砲撃を喰らっても無傷だった大鳳はその申し出を断ろうとしたのだが、今度は実弾を装填しだした相手を見て諦めたそうだ。

 

「でも、正直なところ君らしくないな。『ご主人様の寝込みを襲った貴女が悪い』と君なら言いそうだが。」

「...改めてそう言われると不愉快なのですが...実際に私もベルファストに同じことを言いました。そしたら、」

「そしたら?」

「『大鳳様には今日中にご主人様に渡すべきものがあるのです』とだけ...」

 

...なるほど、我が母港のメイド長はやはり優秀だ...

ご主人様である私も頑張らなければならないな...

 

 では手始めにこの書類をとっとと終わらせて、中庭で気絶している隼鷹を医務室に放り込む。そしたら、そのまま岬まで行って委託の子たちを出迎えに行こう。

 確かこの時間に帰ってくる委託組は...机端の書類に目を通す。すると、その中には彼女の名前が有った。寂しがりやな彼女のことだ、きっと出迎えに喜んでくれるだろう。

 そう思うと体に力が湧いてきた。さぁ、仕事に取り掛かろう。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤城、シリアス編 ドMメイドは挫けない

 九つの尾っぽが目の前でゆらゆらと揺れている。書類の文面を追っていた目がついつい惹きつけられてしまう。

 執務机の正面下からとび出している大きなそれは、今日の秘書官の赤城のものだ。

彼女の焦げ茶色の狐尾は、その毛量に反して先端まで美しく整えられており、枝毛の一つも見受けらない。その毛並みからは持ち主の努力の程が窺える。

もしかすれば、この母港で一番美容に時間を使っているのは彼女なのかもしれない。

 

 赤城の自慢の尻尾を観察していると、その動きが止まる。机から落ちた書類を拾い集め終わったらしい。彼女が背を伸ばしこちらに向き直ると、その美しい尻尾は彼女の体に隠れてよく見えなくなってしまった。

「はい、どうぞ指揮官様。次からは落とされないようお気をつけ下さい。」

 

 赤城の言葉に頷きながら書類を受け取る。彼女と執務を朝から始めて昼休憩を挟みんで数時間。結構なペースで届いた書類を裁決しているが、まだ書類の山は残っている。ボケっと彼女の尻尾を眺めている余裕はないのだ。意識を切り替えて仕事を再開する。

 

 先程見ていた書類に判を押し、次に赤城に拾ってもらった書類を確認する。本部で新たな艦船が建造されたことの報告書みたいだ。重桜と鉄血の艦船の潜水艦が数隻ほど新しく建造されたらしい、うちの母港では潜水艦が少ないのでこの報告はなかなか興味がそそられる。どうにかしてうちの母港に来てくれないものか。

 

 二枚目の書類を見るとその新しい潜水艦たちの写真が載っている。

これは...またスゴイ子たちが来たものだ...露出度的な意味で。軍の公式文書とは思えぬほどに肌色が多い。海に潜る必要のある彼女たちは水の抵抗が減らすため水着を着ている...らしいが、それなら露出度の低い競泳水着でいいのではないか。

 まぁ、艦船の服装について今更気にするなど野暮にも程があるのだが、それでも気になってしまう。特に今回写っている子はみな幼い少女ばかりで犯罪臭がヤバイのだ。見ろ、特にU101ちゃんの小股の切れ上がった水着なんて犯罪そのも―—―

「し・き・か・ん・さ・ま・ぁ? その書類の何がそんなに気になるのですかぁ??」

 

 威圧感たっぷりの声が頭のすぐ後ろから降ってくる!慌てて振り向こうとして肩を強く掴まれて固定される。いつの間にか赤城は背後に回っていたらしい。小股に気を取られすぎて全く気付かなかった...しまった、彼女は拾う時にこの書類に目を通しているのだ。となれば、書類を読む指揮官の反応を注視しているに決まっている。

 

 慎重に頭だけ振り向いて、彼女の様子を伺う。表情は引きつってはいるがまだ笑顔。獣耳は僅かにヒクつき。尻尾は毛を逆立てながら左右に小刻みに揺れる。

 

 大丈夫だそこまで彼女は怒っていない。私の指揮官としての勘がそう言っている。不愉快だがまだまだ冷静、私がこの書類を目の前から退かせば赤城はすぐに怒りを収めるだろう。落ち着いて対処すれば何も恐れることはない、そもそも赤城が私に対して直接的に暴力を加えたことは一度も無いのだ。...四肢を切り落として監禁すると脅されたことはあるが。

 

「あらあらあら!指揮官様ったらそんな慎みのない恰好をした小娘どもに目を惹かれなさって...少々躾が必要なようですわね。」

「待て待て!赤城!私は母港に少ない潜水艦だから戦力として気になっただけであってだな」

 

 思いのほか不穏なことを言い出した赤城に慌てて弁明をする。最近あまり構ってあげれなかったからか彼女は少し荒っぽい。これは最悪の場合この書類を彼女の前でシュレッダーに掛けるぐらいはする必要があるかもしれない。まぁそれぐらいは仕方ないだろうと軽く考えていた私の余裕は、コンコンと執務室の扉から響いた軽いノックの音にかき消された。

 

 

「誇らしきご主人様、お入りしてもよろしいでしょうか?」

 

 最悪のタイミングでの来訪者である。声からして来たのはシリアスか。普段なら諸手を挙げて歓迎するところだが今はマズイのだ。

 

 再度、こっそりと私のすぐ後ろに立つ赤城に目を向ける。表情は能面のような無表情、獣耳は細かく痙攣、尻尾は大蛇のように激しくのたうち回っている。先程からバダバダバダと彼女の尻尾が床を叩く音が聞こえてくる... 

 まずい、だいぶ怒っている。怒りの対象にいつ爆撃を始めてもおかしくない状態だ。この場合の爆撃目標は指揮官との二人きりの時間を邪魔したシリアスだろう。

 

 このまま執務室内での空襲を行わせるわけにはいかない。仕方ない、シリアスには悪いが帰ってもらおう。彼女の声色からして火急の要件ではないのだろうし。などと、うだうだ考えていた時間が良くなかったのだろうか。

 

「あぁ~シリアス?ちょっと今取り込み「良かった!中にいらっしゃるのですねご主人様。失礼します。」

 

 ご主人様の返事を待たず、カートを押しながら入室するロイヤルメイド。

 

「ご主人様が執務でお疲れと思い、このシリアス僭越ながら甘味を用意させて頂きました。」

「以前の失敗を踏まえて、シェフィールド監修の一品です。よろしければお召しあがりを」 

 

 冷汗が頬から机の書類に垂れる。バチンバチンと赤城の尻尾が先程よりも激しくのたうつ音がすぐ後ろから聞こえる。

 最悪だ...今このタイミングで自作スイーツ。特大の地雷を踏みぬいたシリアスに恨み言を言いたくなる。彼女は善意で作ってきてくれたのだろうが、タイミング悪すぎる。

 

 

 手元に目線を落とす、書類が広がる机の上にポツンと置かれた食べかけの羊羹。赤城が私のために先程持ってきてくれた和菓子である。

彼女いわく「指揮官様のために愛を籠めて材料から自作しました。」

とのこと。常識的に考えれば誇張が過ぎる発言だが、赤城ならそれぐらいのことはやりかねないのだ。

 

 そんな愛と手間で激重なスイーツを食べてもらっている時に、別の女が横から自作スイーツ持参で割り込んできたら赤城は当然激怒するだろう。私の不埒な行いに苛立っていたのだから尚更だ。

 

「ロイヤルの下働きがぬけぬけとっ!...駆除してやるわ!!」

「待て赤城!ここで暴れると、君と二人で協力して終わらせた書類がダメになってしまうぞ!」

 

 彼女にはこういう説得がよく効く。事実今にも艦載機を発艦させそうだった赤城だが、私の一言でギリギリ思い留まる。

 『今のうちに、可及的速やかにかつできるだけシリアスを傷つけない手段でスイーツを持って帰ってもらう!』 

 私のそんな決意も空しく、いつの間にか書類を退かして机の上に嬉しそうにパンのような見た目のスイーツを置きだすシリアス。まだ食べるとは一言も言ってないのに!うちのメイドはどいつもこいつも押しが強すぎる!

 

 「シ、シリアスっ待つんだ!ちょっと今はお腹いっぱいなんだ、今度にしてくれ!」

 「誇らしきご主人様、シリアスの料理の腕がお気にめさないからと言って、嘘を言うのはお止め下さい。ご主人様は今日朝食を摂っておられず、昼食も量を減らしていたはずです。」

 「うっ、それは――「今の話は本当ですか指揮官様?」

 

 あぁマズイ、絶対過剰に反応するから赤城には隠していたのに。徹夜明けで胃に物が入らないかっただけなのだ。状況がどんどんややこしくなっていく...

 

 「大丈夫です誇らしきご主人様、この甘味はスポテッドディックと言いまして、先程も言ったようにシェフィールドに手伝って貰いながら作った一品です。以前のように砂糖と塩を間違えたり、卵の殻が混入したりしてません!」

 「貴女そんなモノを指揮官様に食べさせたの!!?」

 「ご主人様はロイヤルの甘味が好物だと聞きました、これなら今のご主人様でも美味しく食べられるはずです!」

 「そうなのですか、指揮官様。私...そんなこと初めて聞きました...」

 

 今日に限ってやたら強情なシリアスの口から飛び出す爆弾発言に赤城のボルテージはどんどん上がっていく。忠義者のシリアスは私のことを気遣ってくれているだけだ、食の足りていない私のために他の子に習ってまで苦手な料理をしてくれた。ただ、彼女

はその忠誠心ゆえに私のことしか目に入っていない。私の後ろで暗い殺気を放ち出した赤城のことが見えていないのだ...

 

 マズイ、このままでは死ぬ。シリアスが、ではない。私が死ぬ。

こう見えて母港でも武闘派なシリアスは赤城の全力攻撃を喰らっても凌ぎ切るだろう。だが、この狭い室内でストッパーの外れた赤城の爆撃が行われれば指揮官は余裕で死ぬ。

赤城は私に配慮してくれるから死ぬほどの危険は無いのではないか?そんな甘い想定はできない。

 

 「止めろ赤城!!私が!死ぬ!」

 「大丈夫です、指揮官様。死ぬのはあの下劣な雌豚だけです...」

 

 確かに赤城はどれほど冷静さを欠いても私を避けるようにして爆撃をするだろう。だが、彼女の相手はあのシリアスだ。指揮官の手を煩わせないために、母港での争いに率先して仲裁に入って毎度戦火を拡大させることに定評のあるシリアスなのだ。

 もちろんシリアスだって私を絶対に巻き込まないように応戦するだろう。だが『シリアスが撃ち落とした艦載機が衝突する』『砲撃によって崩落した天井に潰される』などの間接的な死の危険は多いにありえるのだ。

 少なくとも私の勘はこのままでは間違いなく死ぬと言っている。

 

 「フ、フフフ、以前から貴女たちメイド隊は不愉快で不愉快で不愉快で仕方が無かったのよ...

  丁度いい機会ね。指揮官にたかる目障りな害虫めが!!殺してやるわ!!」

 

 赤城がついに艦載機を発艦させる、明確な殺意を受けてシリアスも咄嗟に艤装を展開して迎撃の構えをとる。逃げ出す暇もなく両者の間に挟まれた私。

 

 少し前までの私なら、このまま何も出来ぬまま戦いに巻き込まれて屍を晒していただろう。だが、私はこの前の大鳳との一件で学んだのだ。艦船を、人ならざる彼女たちを御するには理屈ではなく心で向き合うべきなのだと!自身の思いを全力でぶつければ彼女たちは答えてくれるのだと!

 

 

 「赤城ぃ!!!」

 椅子を蹴り飛ばして立ち上がった私は今まさに艦載機を突撃させんとする赤城に正対する。怒り狂った赤城は修羅のような形相をしており、周囲に漂う艦載機の存在も相まってその威圧感は尋常ではないが臆してはならない。

彼女の足元へと跳びこむ。私の跳躍に驚いた赤城が後ろに下がろうとするがもう遅い!刮目するがいい、これこそが山城から習得した私の最後の切り札。

 

 

 

 「どうか喧嘩をしないで下さいお願いします!」 重桜流謝罪作法、土下座だ!

 

 相手に対する全面的な降伏を意味するこの土下座は、相手の怒気を大きく削ぐ代わりに行った者の威厳を著しく損ねる諸刃の剣である!ぶっちゃけ指揮官である私が部下に対してやったら信頼ガタ落ちの悪手だ。しかし、ここは密室で目撃者は忠誠心が過剰積載されたシリアスと赤城のみ。この場においてはローリスクハイリターンな必殺奥義だ!

 

 「し、指揮官様、どうか頭をお上げ下さい!」

 

 効果は覿面、殺意のオーラを放っていた赤城はすっかり意気消沈し、艦載機を消して慌てふためいている。

 私の勝利である。むかし勲章をうっかり破壊した山城が土下座をした時に存在を知って、特に問題児の多い重桜艦船用にこっそり練習をしておいて良かった。あの鏡の向かって頭を垂れる惨めな時間は無駄ではなかったのだ。

 

 「誇らしきご主人様...いったい何を…?」

 

 土下座を知らないシリアスの困惑した呟きが耳に届く、『誇らしき』そのフレーズが少し心に刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっと...時間が経って冷めてしまいましたが、食べていただけますでしょうか?」

 指揮官の全力の土下座から二時間ほど経った。委縮する赤城と困惑するシリアスを強引に動かし、三人がかりでの執務でようやく全ての書類を裁決し終わった。ぶっちゃけ二人での時より効率は悪くなったが、協力して執務をこなすうちに赤城のシリアスに対する態度も軟化した気がする。

 おそらくそれは執務中のシリアスのドジっぷりを見て『コイツに指揮官様を取られる心配は無い』と判断したからだろうが...それでももう良いだろう。

 

 

 執務が終わって来客用のソファーで一息ついていた所で、シリアスからスイーツを食べないかと提案された。そういえば忙しくて忘れていた。羊羹の方は書類に目を通しながらパクりと残りを食べきってしまったが、そちらは残っていた。夕食ももう近いので本当は食べない方が良いのだろうが、せっかく作ってくれたのだ頂こう。シリアスに肯定を返すと嬉しそうに部屋の隅に置かれていたカートから二人分のスイーツを皿に載せて持ってくる。

 

 そう二人分だけなのだ。まさかのシリアスから赤城への宣戦布告かと思いギョッとする。だがシリアスは私と赤城の前に皿を置くと、

 「それでは誇らしきご主人様、赤城様、執務お疲れさまでした。不祥のメイドが足を引っ張ってしまい申し訳ありません。このシリアス今後も精進して参ります。」

 と頭を下げてから一人だけ退室しようとする。いや、ここまできてそれは無いだろう。私は慌てて彼女を呼び止めようする。

 

 「メイド、貴女も食べなさいな。」

だが、その前に赤城が口を開いた。赤城の声に親愛の感情は無くシリアスに顔を向けてもいない。

 「しかし、シリアスは...メイドで...」

 「いいから食べなさい、優しい指揮官様が貴女だけ食べないとお気になさるでしょう?」

 

 困惑してこちらを見てくるシリアスにうなずく。それでもまだ少し戸惑っていたシリアスだが、少ししてカートから自分の分の皿を持ってきた。そして、シリアスは私の対面に座る赤城の横に座った。

 「...何でこっちに来るのかしら?」

 「メイドが上座に座る訳にはいきませんので...」

 

 いかにも嫌そうに嘆息する赤城に思わず笑みがこぼれる。

 どうやら今日の遅めのおやつの時間は和やかで楽しいものになりそうだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。