ヒキニート「島巡り?」 (宇佐美大和)
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ヒキニート「島巡り?」
10年くらい経った今でも、はっきり覚えている記憶がある。
授業参観か何かの、自分の夢を発表する会だったハズだ。あの時間は雨が上がった直後で、雲間からの光が不思議な差し込み方をしていたのを覚えている。
この時の窓からの光の当たり具合を、
時計の針の配置を、
少年の持った原稿用紙の汚れを、
何故か、鮮明に頭に、刻み込まれている。
──ゆっくりと、足を踏み出す。
壁の隙間からそっと相手を見ると、まだこっちには気づいてない。チャンス!
相手がこっちに気づいた、構えようとする銃が火を吹くまでの、一瞬の勝負だ。撃ちまくれ!
「うおおおおおお────‼」
……がむしゃらに撃ちまくった、ハズだったんだが。
「おい! こんなにラグるのおかしいだろ! チートだこいつ、滅べチータァァァァ──!!」
「オーちゃんうるさいッッ!」
「うっせェババア!」
「何その言い方! 昨日からずっとゲームしかしてないじゃないの! やめないとWi-Fi切るからね!」
「チッ……わーったよ」
渋々ゲーム機を置いて、凝った背中と目元をほぐす。いい加減このゲームにも飽きてきた。なにしろ煽りとチートが多い。とりあえず熱くなったゲーム機を窓際の風に当てようと立ち上がると、壁掛けのカレンダーと目が合った。
既に2、3ヶ月めくっていないカレンダーの日付け、つまり2、3ヶ月昔の日付けに、「Happy Birthday☆」とペンで書かれている。
ああ、そういえば──このゲーム、この20の誕生日に貰ったんだっけか。
隙があるので自分語りをしよう。
俺はまあ、この様子を見ればお察しだが、ヒキニートというやつだ。20を過ぎて家に閉じこもり、ゲームとネットサーフィンばかりしている。ヒキニートデビューは確か、10歳とかそこら──リアルが辛くなって、ログアウトした次第である。
とまあ、1時間前の俺はそう思っていた。
『無職の若者を応援しよう!島巡り費用応援宝くじ!』
このいかにもな胡散臭いキャンペーンのせいで、俺の平穏は崩壊させられようとしているのだった……
さっきのこと。
「オーちゃん? 開けるからね」
「あー?」
「大事な話だから、よく聞きなさいね。宝くじが当たったの」
「ほーん、で俺にはなんかくれんの?」
「オーちゃんには50万円全額あげる。だから……」
「おっマジ⁉ よっしゃ、ちょうど課金したかったところで」
「だからよく聞きなさいって言ってるでしょ! いい、確かにオーちゃんには50万円あげる。でも、その代わり」
「あなたには、島巡りに出てもらいます」
「────は?」
島巡りとは何か──という問いには、「ググれ」と答えるのが一番効率的だ。そうだな……アローラ民としての見解を言わせてもらうと、良く言えば微笑ましい子供の伝統行事、悪く言えば子供の自尊心を叩き折りかねない悪習。ってところか。
ちなみに俺は出ていない。島巡りに出るのは基本11歳。当時の俺はすでにネトゲに興じていたからだ。
だから、世間の子供が体験するポケモンとの絆やら、熱いバトルやらは一切経験していない。ポケモンすら引きこもってからはまともに触れていないのだ。
「いや、まず何? その島流し流刑絶縁宝くじって」
「島巡り費用応援宝くじね。20歳以上の無職が対象で、当たったら50万円と冒険グッズ贈呈だって。あんたこの間20歳になったでしょ。ちょうどいいから行ってきなさい」
「んなこと言われて行くわけねーだろ」
「いーえ。絶対に行かせるからね。お母さんもう決めたから。もうオーちゃんのご飯は作りません」
「ぐ……」
飯の話をするのは、卑怯だと思う。
「いや、ポケモン、持ってないし」
「近くに博士が住んでるでしょ。頼んでどうにかしてもらいなさい」
「マジかよ……」
嗚呼、アローラを守る太陽と月の獣よ。どうして俺の平穏は守ってくれないのか。いや守ってはくれない。(反語)
「言い忘れてたけど! 途中でエーテル財団寄ってきなさいね! 宝くじに当たって島巡りに出るならそういう約束だから!」
「……はぁ〜い……」
第一目標、ククイ博士の家。
こうして俺の島巡りは、幕を開けたのだった。
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研究所に遅刻して御三家を逃した奴が貰うポケモンなんて決まっている
母「あんた島巡り行きなさい」
ヒキニート「ええ……」
久しぶりのアローラの空は、やっぱり眩しくて原色みたいな青だった。俺がドアを開けると、塀の穴から庭を覗いていた観光客と、庭でくるくる踊っていたピカチュウが逃げていった。
(少し前に空いた穴だが、
目を細めながら、リリィタウンの方向へ向かう。ククイというポケモン博士は、街ではなく草むらのある道路に研究所を立てているという。面倒なこった。
「……ん? そういえば、ポケモン持ってないのに草むら入って大丈夫だったか?」
この辺にはヤドンとかキャモメしかいないとは聞いたが、若干不安が残る。スプレーでも買えば……いや、今から節約しないでどうすんだ。このまま行こう。
「……こんな調子で島巡りなんて終わるのか……?」
緩やかな風が、一筋吹いていた。
「初心者向けのポケモンっていうと……ぼくのところにいたのはモクロー、ニャビー、アシマリの3体だ」
ククイ博士の研究所にたどり着くと、子供が何人か研究所から飛び出していった。その子らと入れ替わりに研究所の扉を開け、上裸に白衣というまともじゃねー格好の博士に事情をなんとか伝えると、博士はハウオリまでついて来いと言った。
そして道中、後ろを歩く俺に向かって、博士はそう話し始めたのだ。
頭の中にイメージが浮かぶ。いわゆる御三家ってやつね。知ってる。
「ただ、申し訳ないんだが、今は1体もいなくてね……ほら、さっき研究所に子供たちがいただろう? モクローもニャビーもアシマリもその子たちを選んだから」
「なるほど、そうだったんすか……だから、今から捕まえるんですか」
「そういうことだ! ぼくのイワンコがきみを手伝うから、ハウオリにいるポケモンをゲットしてみてくれ」
「……うっす」
ボールを投げ、ポケモンを捕まえる。
不本意だけどこれから何回もやらなくちゃいけない作業だ。慣れなければ。
「そういえば……さっき研究所にいた子達って」
「ああ!紹介しておいた方がいいな」
沈黙が気まずかったので、思いついた話題を挙げてみる。
「黒い髪の女の子がミヅキだ。後ろにいた黒い帽子の男の子が双子のヨウ。白い服の女の子が、ぼくの助手のリーリエ。ハウは昔からリリィに住んでるから顔ぐらいは見たことあるんじゃないか?」
「ああ、確かに見覚えある……かな?」
「ミヅキとヨウとハウはこれから島巡りだからね。そのうち会うこともあるだろ……ん、右の草むら」
「右の? あっ」
草むらが揺れている。何かいるんだ。
「イワンコ、彼を手伝ってくれ」
「オーケー!」
「よ、よろしくお願いしますイワンコさん」
博士のイワンコが、俺と草むらの間に入って戦闘態勢に入った。草むらの中の何かはだんだんこっちに近づいてくる……
黄色い耳がぴょこんと飛び出した! あれは……
「ピチュー!」
ポケモンといえば誰もが知ってる、みんな大好きピカチュウの進化前。こねずみポケモンのピチューだ。
「おお、ピチューか! 育てば電撃が強力だぞ。きっと良いパートナーになる」
「は、はい」
ライチュウ使いか……いいじゃん!
「わっ! トレーナーだっ!」
目の前の人間とイワンコに気づいたピチューは、すぐにでんきぶくろに電気を溜め始めた。パチパチと軽い電気の音がする。ここから戦って、ゲットしなくちゃならない。
「イワンコさん! たいあたり!」
地面を蹴って勢いをつけたたいあたりが、小さな体躯にぶつかる。ピチューはたいあたりを受けて転ぶが、すぐに体から電撃を放った。
「かわして!」
イワンコは飛び退く。が、タイミングが遅い。電撃を喰らってしまう。
「あっ……!」
「少し指示が遅いぞ。攻撃に入る前にそれを予測しておくんだぜ」
電撃ひとつではイワンコは倒れなかった。だが何度も喰らってはいられない。速く攻めないと。でも、攻撃しすぎれば逃げられてしまう。
「たい……あたり……? いや……もうボールを投げたほうがいいのか……?」
後ろで見ている博士は、何も言ってはくれなかった。
俺がうだうだしているうちに動いたのはピチューだ。イワンコが心配して俺の方を向いたタイミングで、草むらの中に飛び込んでいってしまったのだ。
「ああっ! 逃げられた……」
「残念だったな。初戦で回避を指示できたのは良かったぜ」
「……その、さっきは何て指示すれば良かったんすか?」
「さっき? そうだな……あれは攻撃だったな」
「……そっすか……」
「そんなに落ち込むなって! イワンコを回復させたらまたポケモンを探そう!」
「ウェス」
再び、俺たちは草むらに入っていく。やっぱりピチューが欲しくて、俺は黄色い影を見つけようと目を光らせていた。
何か動いた! ケーシィ……あっテレポートで逃げた、どうやって捕まえるんだあれ……
歩き始めて数分、イワンコが足を止めた。
「……何かいるね」
「えっ……ピチュー?」
「わかんない」
奥の方から何かが歩いてくる。体は……黄色い!
「よし、先手必勝だ。イワンコさん、かみつく!」
草むらの奥のポケモンにイワンコが飛びかかった。ぎゃあと声が上がる。
……ん? ピチューにしては声が汚い……しかもデカい?
「何すんだてめェ!」
「うおわっ!?」
体は黄色く、鼻が長くて目が死んでる。
さいみんポケモン、スリープだった。
「げっ」
「げって……お前俺のこと攻撃しといてなんだよそのムカつく顔は」
「イワンコさん、ここは逃げましょう。スリープがパートナーはちょっと」
「なんだとてめェ!」
「ぎゃあたいあたり!」
飛びかかってきたスリープはイワンコによって阻まれたが、逃げられなさそうだ。
「スリープのさいみんじゅつは強力だ。眠ってしまえば行動が封じられるからな。気を付けるんだぜ」
「う、うっす」
互いに相手を見据えて動かない。確かエスパーにあくタイプのかみつくは効くハズ、かみつくで攻め続ければイケる!
ゲットはしないけど、倒さないと逃げられないのだ。
「かみつく!」
イワンコの牙が確実にスリープを捉えた。振り払われたけど、ダメージは入った。このままいけば……
「もう一度かみつく!」
「う……ぐ……っ?」
「え?」
何か変だ……かみつくが出ない?
「かなしばりだ。スリープが覚える技……かみつくはしばらく使えないぞ」
「なっ!?」
俺が動揺したタイミングでスリープはもう一度仕掛けてきた。振りかぶった手でイワンコをはたき飛ばす。
まずい、向こうのペースに呑まれてる。
「イワンコの技は他にもあるぞ」
「他の技……」
いや、攻撃技は他にはたいあたりしか……
「どうした、そんなモンかっ!?」
スリープが手をかざす。さいみんじゅつだ。多分そうだ。喰らったらマズい。
「…………すなかけ!」
スリープの手から歪んだ念波が繰り出される。
が、念波はイワンコの手前の地面に吸い込まれて消えた。
「外れ……ッ」
「にらみつける! そしてたいあたり!」
防御力を下げてからのたいあたりがスリープにクリーンヒットした。もともと二回もかみつくを受けていたスリープは、これが決定打になって地面に倒れた。
「さあ、ボールを投げるんだ!」
「はっはい! ……あっヤベ」
しまった、博士に言われるままボールを投げちまった。いやまあ、向こうもそう簡単にはゲットされないだろ。そう簡単には……
「パートナーはスリープだな!」
「よかったね!」
偽りない笑顔で祝ってくれる博士とイワンコだが、当のトレーナーとポケモンは顔が死んでいた。
「ロリコンて……初めてのポケモンがロリコンて……」
「うるせえぞ……それは風評被害でスリープスリーパー一族がみんなロリコンだってのは偏見なんだよ……第一俺は熟女派だ……」
「聞きたくなかったわそんな情報……なんでボールに入ったんだよ……」
「知るかよ……ボール作ってる奴に言えや……」
「まあまあ。偏見は良くないぜ。スリープのさいみんじゅつはとても強力だしね。それに……」
ククイ博士は俺たちを見て明るく笑った。
「きっといいコンビになるさ」
「ええ……」
「ええ……」
「とにかく! 君たちはパートナー。これから一緒に島巡りをするんだぜ」
「マジかよ最悪」
「被害者は俺だ」
「ま、頑張りなよ!」
限りなく納得がいかなかったが、俺は……俺たちはとうとうハウオリを出ることになった。
島巡りをする上で重要なのは四つの島に点在する試練、そして島の長であるしまキングとの大試練だ。全ての試練を超えることで島巡りは達成される。
この近くにあるらしいノーマルタイプの試練が、俺たちにとって最初の試練になる。
「ところで……」
「ん? なんすか?」
「まだ君の名前を聞いてなかったな。なんて呼べばいいんだ?」
「俺の名前……オ……いや」
それを教えるのは、気まずかった。
「ヒキニートっす。ヒッキーって呼んでください」
「ヒッキーか。よろしく、頑張れよ」
「なんだその名前……」
「じゃ、行くぞスリープ」
「はあ……嫌な予感しかしねーぞ……」
次は、2番道路だ。
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