柱合会議の翻訳係 (知ったか豆腐)
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柱合会議の翻訳係

平和な感じの鬼殺隊風景。


 時は大正時代。

 人知れず人喰いの鬼を狩る鬼殺隊と呼ばれる政府非公認の組織が存在していた。

 人間とは比べ物にならぬほど強力な力を持つ鬼と、か弱き人の身で戦う彼らの命は吹けば飛ぶように軽い。

 鬼は力が強く、多少の傷を瞬く間に治す再生能力を持ち、中には強力な妖術を使う個体もいる。そして、殺すには特殊な刀で頸を落とすか日光に晒さねばならない。

 そんな種族の格差をものともせずに鬼を数多く狩っている存在が“柱”と呼ばれる鬼殺隊の中心人物たちだ。

 

 彼らは当主・産屋敷耀哉の元で、半年に一度柱合会議(ちゅうごうかいぎ)と呼ばれる会合に集まって鬼殺隊の今後を決める重要な報告や議論を行っている。

 本来ならば最高幹部である“柱”しか参加することができない柱合会議。

 そこに、柱でもないのに参加を義務付けられている隊士がいるらしい……

 

 


 

 ――産屋敷家 鬼殺隊本部

 

 半年に一度の柱合会議。

 多忙な柱たちが一堂に会する数少ない機会であるが、その現場はピリピリとした空気に包まれていた。

 

「おい、冨岡。この間、お館様から直接命を授かったそうだが、何を頼まれたんだ?」

「……お前に話すことはない」

「あ゛? テメェ、どういうつもりだァ?」

「言葉通りだが?」

「ああ、そうかい。テメェ、喧嘩売ってんだな!?」

 

 その理由は風柱・不死川の問いに対して水柱・冨岡がバッサリと冷淡に返事をしたことが原因だ。

 一触即発の雰囲気。

 そんな危険な状況に、声を上げる人物がいた。

 

「お待ちください、風柱様! 今のは決してそのような意図の発言ではございません! どうかお聞きください!」

「ああ? テメエか。(にぎ)ィ……」

 

 今にも冨岡に殴り掛かろうとしていた不死川を、声を張り上げて止めた和と呼ばれる隊士。

 短く刈り上げた髪に丸い大きな目が特徴的なこの男は、和 結一郎(ゆいいちろう)

 階級は甲と柱に次ぐ地位に就いている。と、言っても本来ならば柱合会議に参加できるような階級ではない。

 その役割とはただ一つ――――

 

「先ほどの水柱様の言葉は『いつも通りの鬼の調査と殲滅で変わったこともなかったので、特に話すこともない』という意味です。決して、風柱様を見下しての発言ではございません!」

 

 言葉がいつも足りない水柱・冨岡義勇の言葉を補って皆に伝えることである。

 通称、『柱合会議水柱専属翻訳係』

 別名、『冨岡語翻訳係』である。

 

「ん? 俺はそう言ったはずだが?」

「~~~~ッ! そう言えてないからこうなっているのですが!?」

 

 不思議そうに首を傾げる冨岡に、言葉にならないうめき声をあげて頭を抱えた後思いっきりツッコミを入れる結一郎。

 彼のツッコミに柱の皆は頷いたのであった。

 この水柱、天然にして口下手という最強(最悪)の組み合わせの属性を備えており、いわゆるコミュ障気味である。

 

「まったく。冨岡さん、そんなだからみんなに嫌われるんですよ」

 

 会議に参加している蟲柱・胡蝶が呆れたように告げる。

 3歳年上の冨岡に対してとんでもない物の言いようだが、一連の会話の流れの後だと否定しづらいところである。

 

「俺は嫌われてない」

 

 冨岡本人はこう言って否定しているが、賛成してくれる人物はおらず。

 味方がいなくて内心泣きそうな冨岡。

 そんな内心地獄の冨岡の元へ一筋の蜘蛛の糸がたらされた。

 

「おやめください、蟲柱様! そのようなことをおっしゃるのは!」

「結一郎……」

 

 上司である柱に対してハッキリとその主張をぶつける結一郎。

 自分の味方をしてくれた結一郎の姿に冨岡は目を輝かせた。

 

「おや、和さんは冨岡さんが嫌われてないというんですか?」

 

 格下から自分の言葉を否定されても表面上はにこやかに問いを返す胡蝶。

 若干、怒っている空気が感じ取れるが、結一郎は怖気づくことなく声を張り上げた。

 

「水柱様が嫌われているかどうかなんてどうでもよいことです!」

「どうでも……」

 

 冨岡の目が死んだ。

 

「では、どうしてですか?」

「蟲柱様、よくお考え下さい。『嫌われてる』なんて言われて水柱様がどう思うのか!」

「どうって、それは……」

 

 言葉に詰まる胡蝶しのぶ。

 つまりこれは叱られているのだろうか?

 人を傷つけるような言葉を口にするなという。

 しかし、そうであれば「どうでもいい」という発言はおかしいのでは?

 答えが分からず悩む胡蝶へ、結一郎がその答えを告げた。

 

「水柱様は、『自分が話をすると不快にさせるようだからしゃべるのは必要最小限にしよう』とお考えになる方なんです!」

「それは……ッ!」

 

 結一郎の言葉にハッと何かに気が付いたように口に手を当てて驚く胡蝶。

 自分のした行いの重さに気が付いたのだ。

 今現在、ただでさえ口数が少ないというのにさらに減らす?

 すなわち、会話難易度の上昇という結果ではないか!

 

「むぅ、そうなのか! 冨岡、どうなんだ?」

「結一郎は俺の心が読めるのか?」

 

 今まで黙って話を聞いていた炎柱・煉獄杏寿郎が冨岡に尋ねれば、当の本人も否定しないという始末。

 

「蟲柱様、お願いいたします! どうか、どうかこれ以上この人から会話能力を奪わないでください!」

「和さん、頭を上げてください。私が悪かったです。気を付けます」

 

 深々と頭を下げる結一郎に胡蝶が謝罪の言葉を口にする。

 結一郎の悲壮な様子に涙があふれそうだ。

 現に恋柱の甘露寺蜜璃などは涙目で、岩柱・悲鳴嶼行冥は既に涙を流している……いや、この人はいつも通りだ。

 

『俺の口下手程度でそんな深刻そうな雰囲気になる必要があるのか? ちょっと皆大げさすぎるだろう』

 

 目の前で繰り広げられる茶番劇を見てそんなことを思う冨岡義勇であった。

 せめてそれを口に出せば、認識の是正ができるというのに!

 義勇さん、あなたそんなのだから……

 

 

 和 結一郎。

 柱でもないのに柱合会議に参加する唯一の隊士の苦労は続きそうである。

 

「水柱様、お願いですから、ちゃんと喋ってください!」




鬼滅の刃にハマって、衝動的に書き上げてしまった。
もっと鬼滅の刃の作品が増えるといいなぁ……

このままでは「読みたい作品がないなら自分で書けばいいじゃない」という、自家発電行動をとってしまいそうです(汗)


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その2(和結一郎という男)

2019/07/01投稿

反響が良いので続きました。
ちょっと主人公の設定を記述してみたり。


柱合会議の翻訳係 その2

 

 和 結一郎(にぎ ゆいいちろう)

 年齢18歳の男性鬼殺隊士である。

 この男、実は老舗和菓子店の息子であった。

 10歳のときに鬼に家族を惨殺されるまでは菓子職人として幼いころから修行に打ち込んでいたため、菓子作りを得意としている。

 任務の無い休日などは鍛錬の合間を縫って、趣味の一環として菓子作りをしていたりするのだ。

 時折差し入れされるお菓子は他の隊員にも――特に女性隊員に――人気が高かったりする。

 

 そんな彼が胡蝶屋敷に重箱入りの菓子を差し入れている姿は珍しくないことなのだ。

 水柱・冨岡義勇が一緒でなければ……

 

 

「本日はおはぎを作りましたので、どうぞ皆でご賞味ください!」

「これはこれは。いつも差し入れありがとうございます」

 

 結一郎から風呂敷に包まれた重箱を受け取り礼を述べる胡蝶しのぶ。

 柱とはいえうら若き女性である。甘いものを前に顔が自然とほころんだ。

 

 女性率の高い胡蝶屋敷では結一郎の差し入れはとても喜ばれており、屋敷の住人からの評価はとても高い。

 どれくらいかと言えば、コインを用いなければ自身の意思も決められない栗花落カナヲですら結一郎の菓子を前に出せば問答無用で手に取るほどだ。

 なかなか感情を出さない自分の継子(つぐこ)が珍しく見せた自我の発露に、師匠であるしのぶは喜んでいたりする。

 それゆえ、そのきっかけとなってくれた結一郎が来ることは大歓迎なのだ。

 

「で、なんのご用ですか? 冨岡さん」

 

 つれない対応をされる水柱と違って!

 

「特に用事はない。俺のことは気にするな」

「そうですか。暇なんですか? なんでここにいるんです?」

「あ、蟲柱様。いまの言葉は『用事があるのは結一郎で自分はその途中で付き添っただけだから気にしなくていい』という意味です」

 

 言葉の足りない義勇をすかさず補足する結一郎。

 水柱専属翻訳係の面目躍如である。

 

 結一郎の言葉を受けて納得した様子のしのぶ。

 先程から気になっていた結一郎の後ろにあるいくつもの風呂敷包みについて聞いてみることにした。

 

「なるほど。では、そこの風呂敷包みはそのご用事ですか。それもお菓子だと思いますがどうされるのですか?」

「他の柱の皆さまへの差し入れです。本日は炎柱様、恋柱様、風柱様のお三方もいらっしゃるとのことでしたのでお届けしてこようかと!」

 

 結一郎の言葉にしのぶは驚くと同時に首を傾げた。

 多忙な柱がこれだけ揃っているという珍しさに驚くとともに、それにしては多すぎる荷物の量を疑問に思う。

 柱以外にも渡しに行くのかと問えば、結一郎は首を横に振ってこたえた。

 

「これの半分は恋柱様へのもので、残りの四分の三は炎柱様にお渡しする予定です」

「ああ! あのお二人なら納得です」

 

 炎柱と恋柱の二人は大変な健啖家だ。

 驚くほどよく食べる人たちで、特に恋柱は特殊な体質もあってか関取三人分はペロリとたいらげてしまう。

 そう考えればこの量も納得というものだ。

 

「特に好き嫌いもなく大変おいしそうに食べるお二方なので私も作り甲斐があるというものです!」

「フフッ、しかし、何でも美味しい美味しいと言われるのも複雑じゃありません?」

 

 元気よく答える結一郎に少し悪戯心が湧いたしのぶは、少しいじわるな質問を投げかけてみる。

 時折、こうした茶目っ気を出すところも彼女の魅力といえようか?

 

「いえいえ! 食べ物の好みで喧嘩するよりはよっぽどいいのです! 食の好みは主張が違えればすなわち戦争ですから!!」

 

 つぶあん派とこしあん派の仁義なき戦いがッ!

 と、何かトラウマを思い出したのか遠い目になる結一郎。

 趣味の場であっても気苦労が絶えないらしい彼に少し同情したしのぶであった。

 

「ええっと、あー、そういえば冨岡さんはなぜ和さんと一緒なんです?」

 

 場の空気を変えようと話題を変えるしのぶ。

 ずっと気になってはいたのだが、結一郎の趣味になぜ義勇が付き合っているのだろうか?

 それに答えたのは聞かれた義勇ではなく、結一郎だった。

 

「いえ、逆です! そもそもは水柱様のご用事に私が協力する形だったのですが、モノはついでだと私の趣味に付き合って頂くことになったのです!」

「冨岡さんの用事……ですか?」

「ああ。不死川に会いに行く」

「はい? なんですって!?」

 

 なんと、義勇の用事というのは風柱である不死川に会いに行くことだというのだ。

 仲の悪い相手のところへ向かうと聞いては驚かざるを得ないしのぶ。

 何しに行くのか聞いてみれば、義勇の返事は衝撃的な一言で。

 

「この間のおとしまえをつけにいく」

「えっ!?」

「水柱様、その言い方では誤解されます!」

 

 カチコミ!? と、驚愕に目を見開いたところで結一郎からすかさず補足が入る。

 話を聞いてみれば、曰く、

 先日の柱合会議の場で自分の発言のせいで不快にさせてしまったのでその詫びに行くのだという。

 その際の手土産として不死川が好物だと聞いたおはぎを持っていくことにしたのだ。

 そういう経緯で、菓子作りが得意な結一郎に話が回ってきて今に至るというわけである。

 

「冨岡さん、あなたどうしてこう、言葉の選び方が壊滅的なんですか……」

「……そんなに酷いか?」

 

 呆れを通り越してもはや脱力してしまいそうなしのぶ。

 口数が少ないのに言葉のチョイスがヒドイとなれば、そりゃあ誤解もされようというものだ。

 なお、本人には自覚はない模様。

 

「自覚無しとは救えません……そんなんだから皆に――」

「蟲柱様!」

 

 しのぶがいつもの癖で「嫌われている」と口にしようとしたところに、結一郎が待ったをかけた。

 それに気が付いたしのぶは、途中で言葉を止めて別の言葉を口にする。

 これ以上、義勇の会話能力を低下させるわけにはいかない。

 

「皆に誤解されるんですよ。もう少し言葉を選んで話をするべきでは?」

「そうだな。気を付けよう」

 

 真面目な顔でうなずく義勇だが、本当に分かっているのか不安だ。

 結一郎に視線を送れば、申し訳なさそうに小さく頭を下げる姿がある。本当に苦労しているなぁ。

 このまま不死川のところに送れば、彼を高い確率でキレさせるだろう。

 そう思ったしのぶはひと肌脱いでやることにした。

 

「このまま不死川さんのところに行って、下手な事を言って怒らせるのもまずいですから練習してから行ったほうが良いんじゃないでしょうか?」

「練習?」

「ええ、そうです」

 

 不死川に会ったときに事前になんて言うのか決めておいたほうが失敗しなくて済むというしのぶの言葉に義勇はうなづいた。

 何故かしのぶも協力的であるので、乗らない手はないだろう。

 そう判断した義勇はしのぶを不死川に見立てて予行演習(シミュレーション)を始めた。

 

『さて、なんて言えばよいだろうか?』

 

 先程ちゃんと言葉を選んで話さないと誤解されると、アドバイスを受けたばかりなのでじっくりと口にする言葉を探していく。

 しばらく思案した後、言うべき言葉を決めたようで強く頷いてしのぶに向き合う。

 

「冨岡さん、なんて言うか決めましたか?」

「ああ。決まった」

 

 しのぶはどんなことを言ってくるのか頭の中でいくつか想定しながら、不死川なら何て言うだろうかと考える。

 不死川を完璧に再現は自分と性格が違うので無理であろうが、それなりに会話ができるようであれば問題ないだろう。

 そう思いながら不死川をイメージして不機嫌な顔の演技をして言葉を待つしのぶ。

 対する冨岡の発した言葉は――

 

「……食え」

 

 おはぎの入った重箱を差出し、一言。

 それだけであった。

 あまりの意味不明さにピシリと表情が固まるしのぶ。

 こんなの想定外です……

 

「……和さん」

「はい!」

「解説を」

 

 会心の出来だとばかりに心なしかドヤ顔の義勇を無視して、しのぶは結一郎に解説を求めた。

 どういうことなの、これ? と。

 水を向けられた結一郎は承知とばかりに、解説を始める。

 

「水柱様は口下手であることは自認しております! そのため、長々としゃべっては余計なこと言って相手を怒らせるだけだとお考えになったのでしょう! それで言葉を削られたのです!」

 

 本来義勇が言いたかった言葉は、

 

『先日の柱合会議の際に自分の言葉のせいで不快にさせて悪かった。侘びの品としてお前が好物だというおはぎを持ってきたのでよかったら食べてくれ』

 

 である。

 そこから言葉を削りに削った結果が、最後の結論部分の「食べてくれ」が残ったのだった。

 

「なるほど~。……どうしてそうなるの!?」

 

 いつもの冷静なキャラが保てないくらいに混乱するしのぶ。

 言葉が足りないって言われてるのに何故、言葉を減らそうとするのか!?

 言葉を選べとは言ったが、厳選しろって意味じゃない!

 普通に考えて必要最小限に足りてない。というか、少なすぎる。鬼殺隊の最終選別の合格者だってもっと多いだろう。

 

「冨岡さん、どうしてそれで通じると思ったんです?」

「ダメか?」

「水柱様。普通の方はそれでは通じません」

『そういえば、なんで和さんは冨岡さんの言葉が分かるんでしょう?』

 

 義勇を諭す結一郎を見て今さらな疑問が頭に浮かぶしのぶ。

 冷静に考えれば、これってすごいことなんじゃないだろうか?

 

「蟲柱様、自分は昔から人一倍場の空気を読むのが得意だったのです! そのおかげでこうして水柱様のお気持ちをお察しできている次第です」

「ああ、そうなんですね。……あら?」

 

 しのぶの疑問にすかさず答える結一郎。

 その返事に一瞬違和感を覚えるも、そういうこともあると納得することにしたのだった。

 

 

 しばらく義勇の練習に付き合った後、二人を送り出したしのぶ。

 正直不安が消えない。

 虫の知らせとでもいうのか、それとも女の勘か。

 とにかく、義勇が円滑に不死川と会話をしている風景が思い浮かばなかったのだ。

 その悪い予感は約一刻後(約二時間後)に現実となる。

 

「急患、急患です! けが人を連れてきました!」

 

 (かくし)の一人が鬼殺隊の剣士を背負って胡蝶屋敷に駆け込んでくる。

 その背に背負われていたのは結一郎であった。

 

「何があったのです?」

「風柱様と水柱様の小競り合いに巻き込まれたとのことです」

「和さん、あなたって人は……」

 

 頑張れ、結一郎。頑張れ! おまえはこれまでよくやってきた、出来る奴だ。

 だから義勇の口下手のせいで苦労したとしても、挫けずに頑張れ!

 

 

オマケ『柱餡戦争』

 

音柱「やっぱり餡はつぶ餡だな。つぶが残ってる方が派手に食べ応えがあっていい。つぶ餡こそ至高だな」

蛇柱「認めない認めない。くだらない妄言を吐き散らすな。裏ごしするひと手間を加えて口当たりが滑らかになったこし餡が最高に決まっている。だいたい、菓子に食べ応えを求めてどうするんだ」

音柱「あ? 派手に喧嘩売ってんのか? 派手に」

蛇柱「そちらこそ自分の非を認めるべきだ。いまなら許してやらないこともないが?」

「「……………」」

霞柱「ねぇ、あの緑色の餡の餅ってなんだっけ?」

結一郎「ずんだ餅ですかね!? それよりも、無言で殴り合っているお二人を止めていただけませんか!」

 

 




原作で並んで登場したからか、義勇さんとしのぶさんは柱のなかでもコンビ感があるんですよね。
すごい絡ませやすい気がします。


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その3(継子のはなし)

2019/07/08 投稿

気が付けば字数が滅茶苦茶増えてる!?
今回は主人公の立場のお話。


 鬼殺隊には「継子(つぐこ)」という制度がある。

 鬼殺隊の剣士たちの最高位にして文字通り組織を支える役目を担う「柱」と行動を共にし、直接指導・修練が行われる柱の直弟子。

 言い換えれば「次期柱候補」のことである。

 その重要性から継子には一般隊士よりも広い裁量権が与えられ、一段上の立場として扱われている。

 しかし、そんな継子といえど柱合会議への参加は基本認められていない。

 では、その柱合会議への参加を義務付けられた結一郎の立場とはいったいどのようなものなのだろうか?

 


 

 ――鬼殺隊 拠点にて

 

 報告書を上げるために先を急ぐ結一郎。

 速足で歩き去る彼に他の隊士たちからの注目が集まっている。

 

「あれが(にぎ) 結一郎。水柱様の継子の……」

「継子なのに柱合会議の参加を認められてるっていうあの?」

「すごいよなぁ。次期柱に間違いなしだって言われてるらしいぜ」

 

 尊敬の念を込めて見られる視線が結一郎に向けられる。

 一方で、陰鬱な感情を抱く隊士たちもいる。

 

「一人だけ特別扱いかよ……」

「あいつ、柱の方々に媚びへつらって今の地位を得たらしいぜ。前に菓子折りを柱の方々に渡しに行っているのを見たぞ」

 

 尊敬の眩い視線も嫉妬の粘ついた視線も結一郎にとっては困ったものでしかない。

 ため息が出そうだった。

 

・・・・・

・・・・・

・・・・・

 

「と、いうことがあったのです。正直、困っております!」

 

 急須でお茶を注ぎながらため息を吐く結一郎。

 彼の愚痴に付き合っているのは水柱、蟲柱、炎柱、恋柱、音柱、蛇柱の柱の方々である。

 柱合会議でもないのに多忙な柱が集まるのも珍しい話だが、何の集まりかと言えばなんてことはない。単なるお茶会仲間だ。

 結一郎の趣味である菓子作りで作った茶菓子などを食べながら談笑するだけの親睦会である。

 メンバーは結一郎と付き合いの深い義勇。

 彼と結一郎とも年代が近く、接点の多いしのぶ。

 柱の中でも健啖家な炎柱・煉獄(れんごく) 杏寿郎(きょうじゅろう)、恋柱・甘露寺(かんろじ) 蜜璃(みつり)の二人は結一郎の作る菓子のファンだったりするので、お誘いをかけると時間が空いていれば来てくれる。

 音柱・宇髄(うずい) 天元(てんげん)は、彼本人というよりは彼の三人の妻が結一郎の菓子が好きなため、ぶっちゃけお土産目的で参加だったりする。まぁ、本人もちゃっかり楽しんではいるのだが。

 蛇柱・伊黒(いぐろ) 小芭内(おばない)は、恋柱の蜜璃につられてきている。

 

 そういうプライベートな場であるからか、気安い雰囲気になっていることもあってつい愚痴がでてしまった結一郎。

 彼の愚痴に対する柱たちの反応は様々だ。

 

「うむうむ、期待されているのは良いことだな! その期待に応えられるよう励むのだな!」

「炎柱様、たしかにそうなのですが、それで話を終わらせてしまうと自分はやるせないです!」

 

 常に前向きな性格の杏寿郎は、発言も前向きだ。

 他人が陰口を言っていることを気にするよりも、少なからず尊敬の念を向けられているのだからそれに応えるべし!

 そんな至極真っ当で真っ直ぐな返事をするのが杏寿郎という快男児であった。

 その真っ直ぐすぎるくらいの発言に結一郎としては少し戸惑いつつもお茶と一緒に大きめに切り分けた芋羊羹を出した。

 

「情けない情けない。他人のことを見ている暇があるほど余裕があるのか? そんな余裕があるのならもっと結果がでているはずだがな?」

「ハッ! 気に入らねえな。文句があるなら派手に本人にぶつければ良い。派手にな!」

 

 対して、陰口をする隊士たちへの不満と怒りを見せているのは小芭内と天元の二人だ。

 小芭内はねちねちとした口調でこし餡の煉羊羹を細かく切り分けながら、隊士たちへの不満を語っている。

 天元は単刀直入に自分の感情を言い表した。その怒りを紛らわすように大きく切り分けたつぶ餡の煉羊羹を口に放り込む。

 

「正直、自分程度にそんな視線を向けられても……と思うのですが!」

「え~、でも和君は頑張ってるんだからもっと自信を持っていいと思うんだけどなぁ」

「そうですよ。和さんはよく努めていますよ」

 

 蜜璃としのぶの女性ふたりから慰められる結一郎。

 麗しい女性二人に優しい声をかけられ思わず笑みがこぼれそうだ。

 

「ありがとうございます、お二方。頑張らないといけませんね!」

 

 お礼の言葉を言いながら、茶菓子の皿を出す結一郎。

 女性ということもあって、出したのは見た目の美しい桜餡を使った桜色の水羊羹。

 華やかな桜色は、二人のイメージにぴったりでもあった。

 ……蜜璃に出す際に切り分けずに一本丸ごと出すか迷ったのは結一郎だけの秘密である。

 

 各々、意見を出す中で黙ったままの水柱・冨岡 義勇。

 彼が何を考えていたかと言えば……

 

『旨いな。茶も良いのを使っている……ああ、幸せだ』

 

 思いっきりお茶とお菓子を堪能していた。

 目の前のお茶とお菓子に夢中になるあたり、育ちの良さとか人柄の良さを感じられるところだが、部下が真面目に相談してるときにコレはちょっと残念である。

 あくまで天然であって、悪気はないのだが。

 

『結一郎の作る菓子はいろいろな種類があるな。……頼めば鮭大根の菓子も作ってくれるだろうか?』

「水柱様! さすがに鮭大根のお菓子は難しいです!」

「お……ッ!?」

 

 どこまでもマイペースな考えを巡らせているときに、結一郎から返事が来てビクッと驚く義勇。

 思わず声に出ていたかと周囲を見渡せば、なんとも微妙な雰囲気になっていた。

 

「よもやよもや、だ。和君はずいぶん器用なのだな!」

「うっそだろ!? どうやったんだよ? 地味に派手なことしやがって」

「はぁ~。これはよくそこまでできるようになったと和をほめるべきか、それともそこまでさせたと冨岡を責めるべきか……」

「冨岡さん……あなた和さんに謝ったほうがいいですよ。ホントに」

 

 驚く杏寿郎と天元に、呆れる小芭内にしのぶ。

 彼らからの視線の意味が分からずに義勇が困惑していると、その答えを蜜璃が告げた。

 

「すごいね、和君。冨岡さんが思ってることが分かるんだね」

「いやいや、大したことはありませんよ!」

 

 蜜璃の言葉に手を横に振ってこたえる結一郎。

 しかし、彼の言葉に頷く者はいない。

 

「冨岡が口下手すぎたせいで、読心術を身に着けるとか、ヤバい、ウケる!」

「宇髄さん、さすがに笑っちゃかわいそうですよ。結一郎さんが」

 

 腹を抱えて笑う天元に注意をした後、義勇を責めるように睨みつけるしのぶ。

 どんだけ、結一郎に苦労をかけてるのかと問うような視線だ。

 

「……俺は悪くない」

 

 それを受けて義勇の一言。

 

「それはないだろう、冨岡」

「妄言をまき散らすな」

「派手に本気か?」

「えっと、ちょっとそれはないかな~って」

「つける薬はありませんね」

 

 そして義勇に味方はいなかった。

 南無……

 

 

「しかし不思議なものだな。よくもまぁこんな無口な男が結一郎のような継子を持てたものだ」

「いや、冨岡だからじゃねえのか? まあいいや。そういえば、俺も継子探さないとな」

 

 机に突っ伏して撃沈された義勇を放っておいて、小芭内が継子について話題を切り出した。

 天元も腕を組んで考え込み始める。

 そもそもの原因となった結一郎の相談内容からも察せられるように、鬼殺隊の質の低下は大きな問題なのだ。

 柱といえどいつまでも現役でいられるわけもなく。

 また、鬼との戦いは命がけ。上弦の鬼と呼ばれる強力な鬼との戦闘では柱ですらも討ち取られる可能性が高いのだ。

 

 そう考えれば後進の育成は重要課題といえる。

 しかし、現状では柱の直弟子である継子の数は少なかった。

 

「恥ずかしい限りだが、俺も継子はいない。こうなってくると二人がどうやって自分の継子を見つけたのか気になるところだな。うむ! ぜひ、その方法を教授願えまいか!」

 

 杏寿郎がしのぶと義勇に継子をどうやって決めたのかを尋ねる。

 分からないことは経験者に聞くのが一番手っ取り早い方法ということで、水を向けたわけだ。

 

「すみません。私のところのカナヲは孤児院で保護した子がたまたま才能があっただけで、私が自分から見出したわけではないんです」

 

 お役に立てずにすみません。と、頭を下げるしのぶ。

 対して義勇はといえば――

 

「俺には関係ない話だ」

 

 やはり、言葉が足らなかった。

 協力を拒否するような一言。しかし、柱のメンバーもだいぶ慣れたものだったりする。

 

「おい、和。翻訳」

「はっ、承知しました! 音柱様」

 

 もはや義勇が言葉足らずなことは周知の事実になっているため、慌てずに結一郎に言葉の解説を求める天元。

 結一郎は与えられた役目を慣れた様子でこなし始めた。

 

「水柱様のお言葉ですが、その前に一つ訂正をさせてください。自分は、継子ではありません!」

「はぁ!?」

 

 自らを継子ではないという結一郎に天元は思わず驚きの声を上げてしまう。

 それ以外の面々も驚きの表情を隠せない様子だ。

 

「え? でも、和君はいつも冨岡さんのお供してるわよね? なのに、継子じゃないの?」

 

 蜜璃が首を傾げて疑問をぶつける。

 二人の普段の様子から継子ではないということが信じられなかったのだ。

 結一郎は首を縦に振ってこたえる。

 

「ええ! そうなのです! 一応、階級は甲にはなっていますが、水柱様には継子として認められていないのです!」

「なんと! 本当にそうなのか?」

 

 結一郎の告げる言葉に思わず問い返す杏寿郎。

 残念ながら冗談ではないようだ。

 

「はい! 水柱様からは一度も指導を受けたことや稽古をつけていただいたことはありません!」

「……あれだけ、一緒にいて、一度もですか」

 

 しのぶが絶句したように何とか一言絞り出す。

 その結一郎を見る目はすごい同情に染まっていた。

 

「最近では当たり前のように任務も一揃いにされていますが、一度も、ないのです!」

「冨岡、お前……」

 

 あまりの残念さに小芭内は頭に手を当ててため息を吐いた。

 普段も一緒にいて、任務も付いて行っている。完全に継子と同じようなことをしておいて、継子として認めてないから稽古はつけてもらってないとか哀れにもほどがあった。

 むしろ、ここまで状況が揃っているのに何故認めてないのか疑問で頭が痛くなりそうだ。

 というか、ホント、認めてやれよ。

 

 小芭内がため息を吐いた後も結一郎の嘆きは続く。

 

「自分は継子ではないので裁量権は一般隊士と同じなのです。が、しかし、周りは自分を継子だと思っているので、その、期待される仕事が……ッ!」

 

 与えられた地位は変わっていないのに何故か責任ばかりが増えていく悪夢がそこにあった。

 

「派手に苦労してんなぁ。まったく憧れないが」

「音柱様! 自分も望んでこうなっているわけではないのです!」

 

 口から出た同情の言葉に鋭く切り返されてしまった天元。

 まぁ、そりゃそうだろうよ。としか返事できないのだが。

 

「ねぇ、冨岡さん。どうして和君を継子として認めないのですか? 和君には落ち度はなさそうですけれど」

 

 しのぶが義勇に結一郎を認めない理由を単刀直入に尋ねた。

 言葉の端に

 

『お前の都合なんだろ? ああん?』

 

 という感情が見え隠れしないでもないが、義勇は気にせずにその理由を短く言葉にした。

 

「俺は柱じゃないからな」

 

 柱ではない人間が継子を選ぶなどありえないと告げる義勇。

 自分の忌まわしい過去を思い出し、暗い表情を浮かべる。

 そんな彼に対して、柱たちは思い思いの言葉を投げかけた。

 

「はぁ? 何を言ってるんですか?」

「うむ。意味が分からん!」

「馬鹿なのか? ……馬鹿なんだな」

「地味に何を言ってるんだ?」

『真顔で変なことを言う冨岡さんもキュンとくるわ』

 

 総じて厳しい言葉ばかりであったが。

 いつも通りといえばいつも通りの展開に、義勇は結一郎に助けを求める視線を送るも結一郎は首を横に振った。

 

「さすがに無理です! 水柱様」

 

 結一郎といえど、義勇の過去の出来事を語ることはできない。語るべきではない。

 それはあくまで義勇の口から語らねばならないことなのだから。

 むしろ、語れたら怖い。

 

「……だいぶ昔の話になる。俺は、最終選別を突破していない」

 

 仕方ないと覚悟を決めて自らの過去を語り始める義勇。

 

 最終選別で七日間生き残ったが、それは同じ年に選別を受けた錆兎という少年が山の鬼をほとんど一人で倒してしまったおかげだからだ。

 自分は怪我を負って助けられ、気が付けば日にちが過ぎていた。

 助けられただけの人間が選別に通ったとは言えない。

 だから自分は他の柱たちと対等に肩を並べていいような人間ではない。

 ゆえに、自分は柱ではない。継子を選ぶ権利などない。

 

 辛い過去を交え、義勇は自分の考えを語った。

 珍しくも長々と言葉を紡いだ彼へ、柱たちは何を告げるのか?

 

「どんな派手な理由があるのかと思ったら、極限地味な理由だったな」

 

 呆れたように詰まらなさそうに感想を述べる天元。

 てめえの事情なんか知らねえよとばかりに突き刺さる言葉に義勇は落ち込んだ。

 

「昔は情けなかったとしても、今は成長したのだろう? ならば問題はないな!」

「冨岡さんはもっと自分に自信を持ってもいいと思うわ」

 

 過去は過去。今のおまえが重要なのだと告げる杏寿郎と、優しく励ます蜜璃。

 暖かな言葉を掛けられて、義勇は困惑したように問いを投げかける。

 

「俺は、こんな俺でも鬼殺隊に居場所はあるだろうか?」

「くだらないくだらない。当たり前のことを聞くほど愚かなのか。貴様が自分のことをどう思っていようが関係ないことだ。貴様は柱としての任を引き受けたのだろう? ならばその責を果たすことを考えていればいいのだ。それをうじうじと考えているなど馬鹿のすることだ」

 

 小芭内がネチネチとした口調で義勇を責める。

 

 自己評価がどうであれ、任された責務はこなさなければならない。それが責任ある立場、大人というものだ。

 それが嫌なのならばそもそも柱という地位など引き受けなければよい。

 一度引き受けておいて、自分は不適格だと責務を放棄するなどありえない。

 何より、お前を信じてその地位を与えてくれたお館様を裏切ることになる。

 

 次々とぶつけられる言葉に、義勇はようやく自覚した。

 もはや自分はあのころの十三歳の少年ではないのだと。

 今や、自分には与えられた責務があるのだと。

 

「冨岡さん……」

 

 自らの考えを改め、前を向くことを決めた義勇。

 彼に最後に声をかけたのはしのぶだ。

 

「あなた、普通に話ができたんですね」

「おい」

 

 しんみりしてたのに台無しなことを言われてしまい、思わずツッコむ義勇。

 頑張って語ったのに感想がそれかー。

 

「ごめんなさい。これだけしゃべっている冨岡さんが珍しかったものですから」

 

 それだけ衝撃的だったんです。と、言うしのぶに他の人も賛意を示す。

 

「たしかに! はてさて、いままで冨岡がこんなに話したことはあったかな?」

「普段からこれくらい話をしてくれれば楽だというのに」

「おしゃべりな冨岡さんもいいと思うわ」

 

 杏寿郎、小芭内、蜜璃の三人からもっと話をするべきという意見を貰う。

 駄目押しとばかりに、天元が告げた。

 

「まっ、これからはもう少ししっかり話すようにするんだな。派手に!」

「……努力する」

 

 皆に言われ、少しは頑張って話をしようと反省する義勇であった。

 なんやかんやと他の柱たちに説得されて義勇が考えを改めたところで問題が一つ残っている。

 結一郎(ゆいいちろう)の扱いだ。

 

 結局、現状では結一郎が義勇の継子ではないという事実が浮き彫りになっただけである。

 そのことに思い至った杏寿郎(きょうじゅろう)が、話題をそちらに戻すべく声を上げる。

 いや、声を上げるどころかむしろ自分の意見の主張であったが。

 

「ところで、(にぎ)隊士は誰の継子でもないということでよいのだな? よし、では俺の継子になるといい!」

「おい! ちょっと待て。異議ありだ」

「む、駄目か?」

 

 突然、結一郎に継子になれという杏寿郎に天元(てんげん)が待ったをかける。

 

「当たり前だろ、横からかっさらうつもりかよ。こいつは、俺の継子になるんだよ!」

「あー! 宇髄さんズルい! 私も和君を継子にしたいのに」

 

 杏寿郎に続き、天元、蜜璃(みつり)も結一郎を継子にすると宣言をする。

 複数の柱から指名を受けた結一郎はびっくりして声を上げた。

 

「あの! ここは水柱様に自分が継子として認めてもらう流れでは!?」

 

 さっきまでの会話の流れから言えばそうなるはずでは?

 という結一郎の疑問は、小芭内(おばない)が答えを教えてくれた。

 

「よく考えろ、和。現状で継子と同じように冨岡の任務に付いていけているお前を逃がす理由があると思うのか?」

「……ごもっともです!」

 

 継子を見つけるのが大変だという話をしていたところに、完全フリーな継子としての能力があることが証明された隊士がいるのだ。

 確保しないわけがないという話なわけで。

 しかしながら、ここまで義勇に付いてきておいて別の柱の継子になるというのも今更な話だ。

 

「自分は水の呼吸の使い手ですので、皆さまとは合わないのではないかと!」

「ん? 別に柱と継子が同じ呼吸でないといけないという規則はないぞ!」

「そうですね。私とカナヲも同じ系統とはいえ別の呼吸ですし」

「既に水の呼吸の型は覚えているのだろう? ならば太刀筋矯正や身体動作の最適化などが指導の範囲になるからな」

「指導するにあたって、そこまで呼吸の差は問題じゃないわね~」

「俺なら、忍の技術も教えてやれるぜ。毒とか爆薬に、変装、隠密、情報収集とかな」

 

 せめてもの抵抗と声を上げてみるも、あっという間に論破されてしまった。

 もう自分ではどうしようもない。かくなる上は助けてもらうしかない。

 そう思って義勇へと視線を送る結一郎。

 義勇が「俺の継子にする」と一言いえば、いままでの実績からして継子になれることは間違いない。

 

 視線を受けた義勇は結一郎の意図を読み、口を開こうとした。

 その瞬間、義勇の脳内の天然回路が仕事をしたのだ!

 

「ならば、結一郎を皆の継子にすればいい」

「なっ、水柱様!?」

 

 周囲が怪訝な顔をするなかで、一人だけいち早く義勇の言わんとすることを察して絶句する結一郎。

 結一郎が止める間もなく、義勇が言葉を告げた。

 

「柱が継子を選ぶという規則はあるが、柱が同じ人物を継子にしてはいけないという規則はなかったはずだ」

「おお! 言われてみればそうだな!」

 

 同一人物を複数の柱が継子に指定しても規則上は問題ないという義勇の指摘に、納得した声を上げる杏寿郎。

 天元、小芭内、蜜璃も「それだ!」という顔していた。

 結一郎にとって非常にマズイ流れである。

 

「複数人の柱から指導を受ける継子か……派手で面白いな!」

「音柱様、おもしろくないです。自分は!」

 

 派手が大好きな天元は新しい試みと聞いてテンションが爆上がり。

 一も二もなく賛意を示す。

 

「興味深いな。複数人の柱から指導を受けることでどんな変化があるのか……うまくいけば隊士の質の向上に役立つかもしれんな」

「蛇柱様、たしかにそうかもですが、自分で実験するのは勘弁していただきたいです!」

 

 僕で実験しないでくれ!

 そう告げるも聞いてくれる様子はない小芭内に泣きそうだ。

 

「俺の継子になったからには、全力で指導して見せよう! 立派な柱になれるよう頑張るのだな!」

「炎柱様、やめてください。死んでしまいます!」

 

 前向き発言の杏寿郎。やる気満々ですでに燃え上がっている。

 しかし、結一郎にはこの前向きさが今は辛く感じた。

 

「大丈夫! 和君ならできるから頑張って!」

「……頑張ります!」

 

 笑顔でにこやかに励ましてくれる蜜璃に返事をする。

 確かに励ましの言葉なのだが、この一言で追い詰められた気がしないでもない。

 

 どうしよう。正直逃げたい。

 そんな思いからすがるように義勇に視線を向ける。

 冨岡様。義勇様。水柱様。お助けください!

 

 結一郎の視線を受け、義勇は深く頷いて口を開いた。

 

「結一郎、男なら、男に生まれたなら進む以外の道などない!」

「み、水柱様ァ!!」

 

 かつての友の口癖のような信念を思い出し、結一郎に投げかける義勇。

 その言葉に結一郎は涙を浮かべた。

 もちろん、絶望の涙である。

 

 誰がこの場で励ませって言ったよ!?

 覚悟決めさせるようなこと言うんだよォ!?

 受け売りの言葉でドヤ顔やめろよ!

 

 もう内心でツッコミの嵐の結一郎。

 義勇がしゃべらなくても苦労するが、しゃべったらしゃべったで余計なことを言われて苦労する結一郎であった。

 

「派手に良いこと言うじゃねえか、冨岡」

「よし。そうとなればこちらも気合を入れねばな!」

「念のため確認をしておくべきだ。勝手をして迷惑をかけるわけにはいかないだろう」

「キャー! とうとう私にも継子ができるのね! 楽しみだわ」

 

 複数人の柱の継子になるのは避けられなくなった結一郎。

 後日、鬼殺隊の当主から認められ、正式に複数の柱の継子になったのだった。

 ちなみに、話を聞いた風柱と岩柱からも継子にされるのはまた別の話である。

 

 目指せ、史上最強の継子?




上弦の弐「地獄なんて人間の妄想で存在しないのになぁ……」
結一郎「地獄はあるんですよ! この世に!」

参加キャラが増えると、話って長くなるよなぁ。
ツッコミどころは用意した!
さぁ、存分にツッコむがいい!!


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その4(訓練後のはなし)

2019/7/15 投稿

お待たせです!


 ――鬼殺隊本部 産屋敷邸

 

「そうか。彼はもう出かけたようだね」

 

 鬼殺隊当主、産屋敷(うぶやしき) 耀哉(かがや)鎹烏(かすがいがらす)から報告を受け取っていた。

 しゃべる烏が告げるのは、彼が最近注目している期待の剣士(こども)の一人について。

 今の柱たちのほとんどから継子として指名された(にぎ) 結一郎(ゆいいちろう)が任務に向かったことを報告していた。

 

「今思えば、彼は昔から器用で人当たりの良い性格の良い子だったね」

 

 個性的な柱たちからも好かれ、名前の通り彼らの間の和を結ぶような役割をしていた結一郎。

 特に独りで後ろを向いてしまいがちな義勇を気にかけてくれている結一郎の存在はありがたいものだった。

 そんな彼の人柄を見込んで特別に柱合会議には参加させていたものの、剣士としての実力に物足りなさを感じていたのも事実だ。

 だからこそ結一郎を柱たちが共同で継子に指名してきたときには、耀哉は驚きと共に変化の兆しを感じて期待に心が躍るように感じたものだった。

 

 実際に、継子となって柱たちから指導を受け始めた結一郎は驚くほどの成長を見せてきてくれている。

 

「まさか水の呼吸に加えて、五つの基本の流派の呼吸を習得するとはね」

 

 鎹烏たちから上がってきた報告の中でも特に驚かされたことがこの事実だ。

 もともと習得していた水の呼吸に加え、炎・雷・岩・風の呼吸を指導を受けて身に着けたのだという。

 雷の呼吸は柱たちの中に使い手がいないが、雷からの派生である音が独特で身に付かなかったことから代わりに基本の型である雷を習得したのだとか。

 同様に恋と蛇の呼吸も習得できていないが、複数の呼吸を身に着けたというだけでも十分すぎる成果だ。

 全集中の呼吸以外にも、柱たちからいろいろな技術や技能を学んでいるというのだから、実に将来が楽しみなもので。

 

「今回の任務先には十二鬼月(じゅうにきづき)が出たとも聞いているからね。もし討ち取れたならその時は……」

 

 柱への昇格条件は“鬼を五十体倒す”、“十二鬼月を倒す”という二つ。

 結一郎が条件を達成できたのならば、耀哉はどうするのかもう心に決めていた。

 

 また報告を頼むよ。と、鎹烏を送り出す耀哉のその表情には期待が映し出されている。

 

 


 

 ――十二鬼月

 それは鬼の首魁、鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)によって選別された“最強の鬼”たちの称号だ。

 上弦と下弦の各六鬼ずついる彼らは実力主義で選別されており、特に上弦の鬼たちは鬼殺隊の柱ですら百年近く幾人も返り討ちにしてきた強さを持っている。

 今まで鬼殺隊が討ち取れたのはいずれも下弦の鬼ばかりだという。

 しかしながら、その下弦の鬼ですらも雑魚鬼とは比較にならぬ強さを持つという。

 

『こわい、怖い、恐い……!』

 

 そんな恐ろしい強さを持つはずの十二鬼月が一人、下弦の()零余子(むかご)は恐怖に怯えながら逃走をしていた。

 彼女を恐怖に陥れたのは、三人の鬼殺隊士を引き連れた一人の鬼狩りの剣士だ。

 

 異常なほどに味方の指揮がうまく、こちらの弱点を見抜いてきたその鬼狩りは瞬く間に配下の雑魚鬼を殲滅して、彼女に刃を向けてきたのだ。

 こちらを見透かすような目が怖くてたまらない。

 いや、実際にすべて見透かしていたのだろう。

 仲間の能力も性格も動きの癖も。

 鬼の血鬼術もその攻略法も心の機微すらも。

 すべて全て、掌の上だったのだ。でなければ、盤上の詰将棋を解くかのように鬼が殺されるものか!

 彼女は配下の鬼たちが殺されていく場面を思い出す。

 

『佐藤さん、三つ数えて伍ノ型!』

 

 攻撃のタイミングを計られ、力強い炎の呼吸で頸を落とされる雑魚鬼。

 

『回避優先! 鈴木さん、参ノ型で焦らせば相手は大振りになる。そこを狙ってください』

 

 配下の中でも力の強かった鬼は水の呼吸による流麗な動きに焦り、防御が空いた瞬間に頸を刎ねられた。

 

『あの鬼は血鬼術のあとに隙ができる。恐れるな、高橋さん。壱ノ型で飛び込め!』

 

 飛び道具を血鬼術として使っていた配下は、血鬼術の後のタイムラグに一瞬で間合いを詰める雷の呼吸によって気が付けば頸が宙を舞っていた。

 

 そうやって下弦の肆を相手にしながら、入門指導(チュートリアル)のように他の隊士たちへ指示を出していった。

 本人の剣術も強く、卓越した戦術眼を持つだけでも厄介なのだが、それよりも恐ろしい能力がその剣士にはあったのだ。

 それは――

 

「どこへ行こうというのですかな!」

「ヒッ! どうして……?」

 

 零余子が逃げた先から声をかけて現れる鬼殺隊士。

 そう、(にぎ) 結一郎(ゆいいちろう)だ。

 柱たちによって鍛えられたことによって基本五流派の呼吸を身に着けた彼は、仲間の能力についてよく理解していた。

 そして個性的な柱たちを相手にするために鍛えられた洞察力によって、敵味方の特徴を把握。

 それらの情報から戦術を組み立てるという、優秀な指揮能力を身に着けていたのだ。

 そして何より、他にはない特別な武器を彼は持っている。

 

『配下の鬼たちは、他の鬼たちはどうなったの』

「自分の仲間が相手にしてます。助けはきませんよ」

 

 零余子が配下を置いて逃げてきた先に意識を向けたわずかな顔の動きから考えを読み取り、応える結一郎。

 わずかな動作から考えを読まれる恐怖に逃亡に思考が傾く。

 

「向こうの滝つぼに逃げますか? なるほど、滝つぼに逃げられれば人間は追いつけませんからね。良い考えです! 自分が頸を落とす方が早いですが!」

 

 つま先の向きが逃げようと思った方向に少し向いた。それだけで、逃げ道がばれてしまう。

 逃げられない。ならば戦うしかない。

 

「血鬼術を使うつもりですね。でも、この距離なら自分が刀を抜く方が早いですね!」

 

 自身の血鬼術で戦おうとすれば、すぐさま居合の体勢に入り頸を落とせる準備が整えられる。

 駄目だ、考えが読まれて……

 

「ええ、そうです! あなたのすることは全てまるっとお見通しです!」

 

 心の衣を一枚ずつ剥がすように、自分の心が丸裸にされるような恐怖に震えが止まらない零余子。

 静かに迫る結一郎の姿は、まさに彼女にとって死神以外の何物でもない。

 

「さぁ、大人しく頸を出しなさい!」

 

 せめて痛みなくあの世に送ってあげよう!

 

・・

・・・

 

 先ほどまで鬼どもが根城にしていた廃寺で、四人の鬼殺隊士が体を休めていた。

 和、佐藤、鈴木、高橋の四人だ。

 彼らが何をしたかといえば、落ち込む結一郎を必死に慰めているのである。

 

「肝心の、肝心の十二鬼月を逃してしまうとは……不覚です!」

 

 下弦の肆・零余子を追い詰めた結一郎であったが、その後に生き残っていた雑魚鬼が乱入してきたせいで逃亡を許してしまうという失態をしていた。

 すぐに雑魚鬼は討ち取ったのだが、その時には零余子の姿は影も形もなく。

 十二鬼月を討ち取る絶好の機会をみすみす逃してしまった結一郎はそりゃもう、落ち込んでいた。

 

「すみません、和さん。俺たちがあの鬼を逃がさなければこんなことには」

「いや、あの場ですぐに仕留めきれなかった自分が悪いのです! 佐藤さんが謝ることではありません!」

 

 今回の任務で一緒になった炎の呼吸の少年剣士・佐藤が自分たちの実力不足を謝罪するが結一郎は首を横に振って否定する。

 雑魚鬼が乱入してきたからなど言い訳にしかすぎないのだ。あの場で下弦の肆を討ち取ることはできたはずなのだから。

 

「うぅ、でも、下弦の肆を逃がしちゃったのはやっぱり叱られますよね」

 

 不安そうな顔で告げるのは、メンバー最年少で雷の呼吸の使い手の少女剣士・高橋。

 任務の失敗という事実を前にして、その責任を問われるのではないかと考える彼女に結一郎は笑って返事をした。

 

「いえいえ! 十二鬼月と遭遇して生き残っただけでも十分と判断されますよ。まぁ、自分は継子なのでちょっと厳しくみられるかもですが!」

「ちょっと? そのちょっとというのは具体的にはどのようなことなのですか?」

 

 結一郎の言葉尻を捕らえて質問を投げかけるのは水の呼吸の青年剣士・鈴木だ。

 

「柱の方々に叱責されて、いつもより厳しい修行がつけられるくらいですかねぇ?」

「え、でも、和さんって複数の柱の方々の継子ですよね? それが全部厳しくなったら……」

「高橋さん! やめてください、想像させないで!?」

 

 この後に課せられるであろう修行の数々を想像して、吐き気がこみあげてくる。

 腹を押さえてうずくまる結一郎に、三人は必死で言葉を投げかけた。

 

「キャアアア!? ご、ごめんなさいぃ」

「和さん、しっかり! 下弦の肆を逃したのは俺たちの責任でもあるんですから!」

「そうですとも。私たちも弁護しますから。罰も一緒に受けましょう!」

 

 謝る高橋。佐藤と鈴木が慰める。

 彼らの心は一つになっていた。

 

『和さんだけを地獄に送るわけにはいかない!』

 

 のちに結一郎は語る。

 

「自分が弱かったばっかりに、地獄への道連れができてしまいました。あの三人にはすごい申し訳なかったです……」

 


 

 ――少し時が経った後の事。

 ――無限城にて

 

「お許しくださいませ! 鬼舞辻様、どうか。どうかご慈悲を!」

 

 必死に懇願していた下弦の陸が無惨に食い殺された。

 仲間の死を目の前にして零余子は恐怖に震えている。

 

 突然、鬼舞辻に召集され問答無用に叱責されるこの状況。

 下弦の伍が鬼殺隊に殺されたことで、下弦の鬼の弱さに見切りをつけたらしい。

 心の中で少しばかり反発しただけで心を読み取られ、殺された下弦の陸。

 次は我が身である。

 

「私よりも鬼狩りの方が怖いか?」

 

 鬼舞辻から向けられた言葉に零余子は答えられなかった。

 どちらが怖いなど言えるわけがない。

 だって、どちらも怖いのだから。

 

「お前はいつも鬼狩りの柱と遭遇した場合、逃亡しようと思っているな?」

「……はい。申し訳ございません」

 

 その通りだ。

 あんな、あんな恐ろしい化物のような人間がいるなんて。

 

「ほぅ? そこまで人間が怖いか。十二鬼月にもなって」

 

 頭上から怒りを感じる。

 何か、何かなにか弁明しないと!

 

「た、ただの人間じゃありません。こちらの心を読んでくる化物みたいな鬼狩りの剣士がいたんです!」

「出まかせを言うな! そんな人間がいるはずないだろう!」

「嘘じゃないんです! 信じてください!」

「黙れ! 貴様、私に逆らうのか!?」

 

 真実を語っても信じてもらえず絶望する零余子。

 この時、鬼舞辻は『あれ? こいつ嘘ついてないぞ?』というのは心が読めるので薄々気が付いていたものの、常識的に考えてそんな人間いるわけないと判断してしまっていたりする。残念。

 それに例え真実であったとしても、人間から逃げるような惰弱な鬼などは不要と考えていた。

 

 自らの死が間近に迫っていることをヒシと感じる零余子。

 彼女の胸中は千々に乱れていた。

 

 どうして、どうしてどうしてどうして?

 なんでこんなことに?

 殺される? 私が? こんなところで?

 いやだ、いやだ、嫌だ嫌だ!

 全部、結一郎(あいつ)のせいだ。あいつさえいなければ。あいつと出会わなければ人間に恐怖することもなかった!

 憎い! 私はここで殺されるのに、あいつはのうのうと生きている? 許せるはずない!

 許せない、許せない、ユルセナイ! どうせ死ぬのならアイツを殺してからでないと気が済まない!

 

 命の危機に瀕して思うのは、自分を追い詰めた鬼狩りの剣士への逆恨みのような理不尽な憎悪であった。

 その感情を読み取った鬼舞辻の処刑の手が止まる。

 

「面白いな。いいぞ、その憎悪。それでこそ鬼らしいというものだ。気に入ったもう一度機会をくれてやろう」

「えっ? ……ガッ!?」

 

 零余子に太い針が突き刺さり、鬼舞辻の血が流れ込んでくる。

 自身の身体をより強力なものに変えようとする痛みに耐えながら零余子は鬼舞辻の言葉を聞いた。

 

「お前には私の血を分けてやった。それで強くなり、貴様を追い詰めた剣士を、鬼狩りの柱を殺すのだ」

「……ッ! 必ず、必ずや」

 

 零余子の目に映る憎悪の色。

 それは鬼舞辻を満足させるに足る深い色をしていた。

 

 

 

オマケ「オリ鬼殺隊員 プロフィール」

 

佐藤(さとう) 正義(まさよし)

 男性。年齢15歳。炎の呼吸。一人称:俺

 呼吸と同じく熱い性格。戦隊モノでいうとレッドにあたる。

 

鈴木(すずき) 寒太郎(かんたろう)

 男性。年齢18歳。水の呼吸。一人称:私

 生真面目で向上心のある性格。同い年の結一郎にわずかに対抗心。戦隊モノのブルー役?

 

高橋(たかはし) アヤコ

 女性。年齢14歳。雷の呼吸。一人称:あたし

 明るく気弱な性格。他の二人よりも才能はあるのだが、いまいち自信をもてない。戦隊モノのイエロー。

 

 

 

オマケ2「その他の下弦」

下弦の参「わ、私たちにも!」

下弦の弐「鬼舞辻様の血を分けてください。そうすればもっとお役に!」

鬼舞辻「お前たち、私に指図したな! 死ね!」

弐・参「「ギャアアア」」

下弦の壱『愚かだなぁ……』

 




やったね、結一郎。可愛い女の子(鬼)から(命貰います的な意味で)ロックオンされたよ!
一緒に地獄に行ってくれる仲間ができてよかったねぇ!
断られたどこかの上弦の鬼と違って!


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その5(修行内容公開編)

2019/07/22投稿

Q.結一郎が地獄というほど修行って?

という疑問に答えてみました。


 ――蝶屋敷にて

 

 蟲柱・胡蝶しのぶは自身が運営する治療院に入院中の患者の様子を見るために廊下を歩いていた。

 

「アオイ、結一郎さんの様子はいかがですか?」

「あ、しのぶ様。結一郎さんなら少し日に当たりたいとのことで、庭に出ています」

「そう。ありがとう」

 

 住み込みの看護隊士のアオイと言葉を交わし、目的の場所へ向かう。

 目的の場所は、結一郎のいる場所であった。

 

 (にぎ) 結一郎(ゆいいちろう)。柱七名から継子に指名されるという前代未聞の快挙を成し遂げた我らが翻訳係は、現在体を酷使したせいで入院中であった。

 主に、鍛錬の厳しさが原因で!

 

『肉体的にも精神的にも疲労してましたが、大丈夫でしょうか?』

 

 自分の継子ではないものの、普段よく顔を合わせている間柄ということもありお見舞いに足を運ぶことを決めたしのぶ。

 ほどなくして庭先にいる彼の姿が目に入った。

 雀を手に乗せて穏やかな表情をしている結一郎。

 その姿に、しのぶは自分の心配は杞憂であったかと胸をなでおろす。

 

「今日は空が綺麗ですね……空を飛んでいたらさぞや気持ちいでしょうね」

「チュン、チュンチュン」

「そうですね。こんな気持ちの良いお日様には元気をもらえそうです」

 

 ホッとしたのも束の間。しのぶは考えを改めた。

 

『ゆ、結一郎さん、雀に話しかけてる!?』

 

 アハハー、と、雀に話しかけている姿はちょっと、いろいろとマズいように思える。

 なんというか、こう、精神的に見ていて不安になるというか。

 しのぶは端的にこう思ったのだ、

 

『あ、これ、ダメなやつだ……』

 

 と。

 


 

「ということがあったのですが、皆さん心当たりは?」

 

 ピキピキと怒りの笑顔で問いかけるしのぶ。

 彼女の目の前には結一郎の師匠である柱たちが正座させられていた。

 柱の中でも年若いしのぶだが、この時の彼女には誰も逆らえなかったという。

 有無を言わせぬ迫力があった、とのちに語ったのは何柱だったろうか?

 

 それに、責められている内容が「無茶な鍛錬による結一郎入院の原因究明」という彼女の医者としての真っ当な意見という反論しづらいものであったのも理由の一つだ。

 柱たちも、何か心当たりがある様子だったのでおとなしくしている。

 

「あの、もしかしたらなんだけど……私と煉獄(れんごく)さんが原因、かも?」

「どういうことでしょう?」

 

 おずおずと手を上げて発言する恋柱・甘露寺(かんろじ) 蜜璃(みつり)の言葉にしのぶは首をかしげた。

 柱二人がそろって原因というのはどういうことだろうか?

 その答えを炎柱・煉獄 杏寿郎(きょうじゅろう)が告げてくれた。

 

「やはり甘露寺と一緒になって打ち込み稽古をしたのはキツかっただろうか」

「……お二人相手に一人で?」

 

 高い攻撃力を誇る“炎の呼吸”とそこから派生した“恋の呼吸”の柱に二人掛かりでの打ち込み稽古を想像して顔を青ざめさせるしのぶ。

 相当な猛攻であったことは想像に難くない。

 ついでに言うと、すぐに独立してしまったが杏寿郎と蜜璃は一時期だけ師弟関係にあったということもあり、連携も悪くなかったはずだ。

 柱との一対一での打ち込み稽古ですら、厳しいものであると予想できるのに二人掛かりとはオーバーキルにもほどがある。

 結一郎が受けた稽古のすさまじさに戦慄しているところへ、さらに追い打ちをかけるように水柱・冨岡(とみおか) 義勇(ぎゆう)が口を開いた。

 

「そうか、煉獄たちもか」

「“たちも”!?」

 

 もしや、と思って視線を向ければ、義勇と蛇柱・伊黒(いぐろ) 小芭内(おばない)が気まずそうに目をそらした。

 ああ、こいつらもか!

 

「俺と伊黒の二人で相手をした」

「冨岡さん、なんで二人掛かりなのかという疑問は置いておくとして、あなたと伊黒さんが一緒に稽古をつけているということが驚きなのですけれど」

 

 二人の仲はそんなに良いわけでもないのに一緒に稽古をつけたということを疑問に思うしのぶ。

 むしろ冨岡は伊黒に嫌われてすらいるくらいなのだが。

 その疑問に答えたのは小芭内だ。

 

「単純に時間の問題だ。柱が多忙なのはおまえも知っているだろう? おまえが忙しくないなら別だが。それに和もほかの柱から稽古をつけてもらったり任務に付いていったりして時間があまり空いていない」

 

 柱と結一郎のスケジュール調整を考えるとどうしても柱が共同で稽古に当たる時間ができてしまうのだという。

 その説明を聞いてしのぶは二人掛かりの打ち込み稽古の理由は納得できた。

 まぁ、修行のレベルに関しては全く持って理不尽なものだと思うのだけれど。

 

 変幻自在で柔軟さが特徴の“水の呼吸”の義勇に、水の呼吸から派生した予測のしづらい太刀筋を描く“蛇の呼吸”の小芭内の組み合わせは先の炎・恋の二人とはまた違った厄介さだったろう。

 炎・恋の組み合わせが『力』の打ち込み稽古なら、水・蛇の組み合わせは『技』の打ち込み稽古といったところだろうか?

 以前、結一郎が基本五流派の呼吸を身に着けたと聞いた時には驚いたものだったが、もしかしたらこうした稽古に対応するために必然として身に着けたのやもしれない。

 

「和隊士には悪いことをしたが、正直、俺自身の良い鍛錬になったものだ! 柱同士の連携というのも悪くない」

「そうね。私も煉獄さんとの連携はとっても手ごたえを感じたもの」

 

 結一郎の負担についてはさておき、柱同士の連携について肯定的な意見を述べる杏寿郎と蜜璃。

 対してその意見に疑義をはさんだのは風柱の不死川(しなずがわ) 実弥(さねみ)だ。

 

「手ごたえを感じるのはいいがァ、柱が二人そろって活動することなんかめったにねえだろ? その鍛錬は意味があるのか?」

「いや、今後のことを考えれば意味はある。特に上弦との戦いを考えれば柱が複数で相手する必要もあるだろう」

 

 実弥の意見に反論したのは岩柱・悲鳴嶼(ひめじま) 行冥(ぎょうめい)

 彼は来たるべき上弦の鬼との戦いに向けての柱同士の連携について、その必要性を訴えた。

 ここ百年近く上弦の鬼の討伐はなされていない。つまりそれは歴代の柱たちが上弦の鬼たちに討ち取られてきたという証左であった。

 柱一人での対抗が難しいのならば、複数人で戦うのは選択肢として当然のものだ。

 

「鬼は個体として人よりもはるかに強力だ。しかし、共食いの習性ゆえに協力し合うということはまずない」

 

 つまり、手を取り合い力を合わせることこそが人間の強さだと語る行冥の言葉に皆は感じ入ったように深く頷いた。

 柱同士の連携の重要性を確認した一同であった。

 それは良いのだが、『その連携を継子で試すのはどうなの?』というツッコミを入れる人がいなかったのは不幸としか言いようがなかった。

 

「二対一の稽古は分かりました。それで、結一郎さんの入院したことについて他の方は心当たりは?」

 

 一旦話を切り上げて、風・岩・音柱の三人に向き直るしのぶ。

 彼女には確信があった。この三人も絶対やらかしているのだと。

 

「私のところでは筋肉強化訓練を主にしていたのだが……やはり丸太を担がせて下から火であぶったのはやりすぎだっただろうか」

「結一郎さんの足にやけどがあったのはあなたが原因でしたか!?」

 

 ジャラっと、数珠を鳴らしながらさらりととんでもないことを告げる行冥。

 診察中に疑問に思っていた結一郎の足のやけどの原因が分かってしのぶが思わず叫んでしまったのは仕方ないだろう。

 火であぶるのは危ないのでやめてくださいね。と、注意をしたことで今後は火であぶることは無くなったのだった。

 が、しかし、実は行冥が口にしていない事実がある。

 

 『結一郎、滝行にて心停止。のちに蘇生』

 

 そう、結一郎が岩柱の修行で臨死体験を経験済みだということを!

 そして蘇生したあとに何事もなかったかのように修行が再開されたという事実を!

 死ぬほど頑張る?

 否!

 “死んでも頑張る”ことをさせられているのが結一郎なのだ。

 そうとは知らないしのぶは、この事実を追求することなく次の風柱に水を向けた。

 

「それで、不死川さんはどうです?」

「……打ち込み稽古で刀を折ったのはやりすぎたかもな」

「そうですか。……ちょっと待ってください?」

 

 暫く考え込んだ後に心当たりの出来事を口にする実弥。

 自分の日輪刀が折られたならそれはショックだろうと納得しそうになったしのぶであったが、おかしなことに気が付く。

 

「不死川さん、あなた打ち込み稽古を真剣で?」

「実戦で木刀は使わねえだろォ?」

「稽古は真剣にやるものですけど、真剣()やるものじゃないでしょう!?」

 

 真剣な打ち込み稽古が文字通りだった。

 傷だらけで迫力のある顔をしている不死川が刀を抜いて切りかかってくるとは、恐怖にもほどがある。

 間違って切るようなことはないと思いたいが、万が一のことを考えるとあまり推奨できない。

 というか、良く生きてたなぁ。結一郎。

 

「はぁ……で、宇髄(うずい)さんは何をやったんです?」

「おい、地味に俺が何かやらかしたって決めつけて言ってねえか? まぁ、心当たりは派手にあるんだが」

 

 最後に残った音柱・宇髄 天元(てんげん)に目を向ければ、本人には思い当たる節が多くあるようで指折り出来事を数えていた。

 

「あー、基本(しのび)の修行はキツいからな。火薬の扱い失敗して危うく派手に爆死しかけたことか? それとも、毒の耐性つけるための服毒訓練か? ……どれだ?」

「宇髄さん、あなた鬼殺隊士を育ててるんですよね? 忍者じゃなくて」

 

 この人は結一郎を何にしたいのだろう?

 本気で分からなくなるしのぶであった。

 

 一通り話を聞いて、頭が痛くなるしのぶ。

 どいつもこいつも……

 と、いう感想はさておいて、原因は明らかだ。

 柱同士が結一郎にどんな・どれだけの修練を課しているのか把握していないのだ。

 おそらく、どの柱も単体の修行を切り抜いてみれば結一郎が耐えられる範囲の修行をしているのだろう。

 それを複数受けるということを考慮していなかったとなれば話はまた変わってくるわけで。

 

「これからは結一郎さんの修行内容もちゃんと連絡を取り合って計画的に進めていきましょう。それでいいですね?」

 

 しのぶの言葉に頷く柱たち。

 これで結一郎の過剰負荷がなくなればよいのだが。

 

「もう動物に話しかけるほどに追い詰められる結一郎さんを見るのは嫌ですからね」

「……結一郎は動物の言葉が分かるんじゃないのか?」

 

 しみじみと言うしのぶの言葉に、無表情で不思議なことを言い出す義勇。

 天然らしい発言にしのぶは一瞬呆けたあとに、手を振って否定して見せた。

 

「まさか、そんなわけないじゃないですか。全く天然さんですね、冨岡さんは」

「……俺は天然じゃない」

 

 仕方ないなぁ、と、言う風に告げるしのぶに対してぶすっとした表情で反論する義勇。

 いつもの流れなら義勇に味方する人はいない――はずなのだが。

 

「いや義勇(こいつ)が天然かどうかは派手にどうでもいいんだが、結一郎のやつが動物の言葉を分かるのは本当かもしれねえぜ?」

「……は?」

 

 天元の告げる言葉に思わず驚きで目を見開くしのぶ。

 彼の口から語られるのは結一郎が彼の忍獣(にんじゅう)のムキムキねずみと会話していた目撃例だという。

 

「俺のねずみがチューチュー鳴いてるのに頷いてるのを見たぜ。なんかあいつらから筋肉をつけるコツを聞いてたとか言ってたぜ」

「そういえば、俺の鏑丸*1に話しかけてたこともあったな。最近脱皮していたことを言ってていつ知ったのかと驚いていたが」

「私のところにいる猫にも話しかけていたな」

「え、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 宇髄に続いて小芭内、行冥と次々寄せられる目撃情報に混乱するしのぶ。

 まさか、本当に会話できるのだろうか?

 もとから会話能力というか、人間関係を整える才能はすごかったけれど、よもや動物にまで!?

 

 結一郎の会話能力はいったいどこまで行くのだろうか?

 ちょっと怖くなったしのぶであった。

*1
彼のペットの蛇の名前




とうとう動物とまで会話を始めた結一郎。
まぁ、原作主人公も雀と話してるから大丈夫大丈夫。

次回は、動物と会話できることのネタばらしです。
一応、理屈は考えてあります。


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その5 続(動物会話疑惑編)

2019/07/29 投稿


 ――甘露寺邸にて

 

 恋柱・甘露寺(かんろじ) 蜜璃(みつり)との稽古を終えた結一郎は、彼女の育てている巣蜜を使ったお茶菓子で休憩を取っていた。

 

「ねえ、結一郎君。一つ聞いてもよいかしら?」

「はい! なんでしょうか?」

 

 飼い猫と戯れていた蜜璃が、ふと思い出した様子で質問を投げかける。

 結一郎は口を付けていた紅茶のカップを置いて質問に答える姿勢になった。

 

「結一郎君が動物とおしゃべり出来るって聞いたけど、本当なの?」

「自分が、動物と……ですか?」

「そうなの。いろんな人が見たって言ってるから気になっちゃって」

 

 伊黒さんに、しのぶちゃん、悲鳴嶼さんに、と、名前を挙げていく蜜璃に結一郎は少し考え込んでから心当たりがあったのか、納得したように深く頷いた。

 

「ああ、分かりました! 確かに動物と意思疎通はできますね!」

「本当!? じゃあ、結一郎君は動物の言葉が分かるのね!」

「いいえ! 動物の言葉はあいにく理解できません!」

「え、えぇ?」

 

 動物の言葉が分かるわけないじゃないですか。と、にこやかに告げる結一郎に蜜璃は困惑を隠せない。

 動物と意思疎通はできるのに動物の言葉は理解できないという。

 矛盾したことを言っているように思えるが、本人曰く、絡繰りがあるのだとか。

 

「動物たちの言葉を自分が理解するのではなく、動物たちに人間が分かるように鳴き方を教え込んだのです!」

「えっと、つまりどういうことかしら?」

 

 分かるような分からないような言葉に蜜璃が首をかしげると、結一郎は穏やかに笑って説明を始めた。

 

「甘露寺師匠、電信はご存じですか?」

 

 突然、関係のなさそうな電信について語りだす結一郎。

 実のところ、これが動物と会話するための絡繰りの肝なのだという。

 明治維新のころから広がり始めた新しい通信網である電信。

 その方式の一つとして、「トン・ツー」という短点と長点の組み合わせの符号で言葉をやり取りする「モールス信号」というものがある。

 残念ながら、明治政府の構築した電信には採用されていないものの、江戸時代末期には伝わっており、それをたまたま知った結一郎が応用して動物との意思疎通に使ったというわけだ。

 動物たちの言葉自体は分からないものの、動物たちに人間に伝わるような鳴き方を覚えさせることで意思の疎通をしているという。

 

 例えば、

 雀ならば「チュン」という鳴き声と羽ばたきで「トン・ツー」代わりにする。

 ねずみなら「チュッ」と「チュー」の鳴き方の違いで。

 蛇ならば「シャッ」、「シャー」という一種の威嚇音の短長の違いを聞いて何を伝えているのかを判断するという。

 

「へぇ~。すごいこと考えるのね! 結一郎君は」

「いえいえ、たまたま思いついただけですよ」

 

 感心した声を上げる蜜璃に対して謙遜する結一郎。

 だが、他に聞いている人がいたら、『普通は思いつかねえよ!』とツッコミが入ったことは間違いない。

 この翻訳係はどこに向かっているのだろうか?

 柱複数人の継子になったせいでどこか常識というものが壊れてきているのやもしれぬ。朱に交われば赤くなるというし。

 

 こうして結一郎が動物と話をできる絡繰りを知った蜜璃は、当然の事ながら他の人にもこの話をするわけで。

 結一郎が動物と意思疎通をする方法を作り出したという事実はあっという間に広まった。

 その事実を知った柱たちの反応はやはり、様々なものであったという。

 

 あまり関心がなかったのが炎柱・煉獄(れんごく) 杏寿郎(きょうじゅろう)と霞柱・時透(ときとう) 無一郎(むいちろう)の二人。

 

「それはすごいな! だが、俺が使うことはなさそうだ!」

 

 と、一言コメントして終えたのが杏寿郎。

 彼らしいと言えば彼らしいのかもしれない。

 

「そうなんだ。僕には鎹鴉がいるからどうでもいいや。どうせ忘れるし」

 

 別に鎹鴉でよくない? という至極真っ当な反応だった無一郎。

 彼の場合は記憶が保持できないため、いろいろと関心が薄いこともあって仕方がない反応だ。

 

 好意的、というか動物と話をしたいと積極的に習得しようとしていたのは猫好きな蜜璃と岩柱・悲鳴嶼(ひめじま) 行冥(ぎょうめい)。そして意外なことに風柱・不死川(しなずがわ) 実弥(さねみ)が興味を持っていた。

 

「そこはニャー、じゃなくてニャッ! サン・ハイ! ……あーん、なかなか伝わらないわぁ~」

 

 結一郎から符号を教わって飼い猫に教え込もうと必死の蜜璃。

 その成果ははかばかしくないようで。

 元から習得難易度は高いうえに、人に物事を教えるのが苦手な彼女では時間がかかるだろうなぁ。

 

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」

 

 ひたすら念仏を唱えている行冥。

 しかし、その手は先ほどからせわしなくジャラジャラ、パンパンと数珠をこすり合わせたり手を叩いたりとせわしない。

 手を叩くのを短点、数珠をこすり合わせるのを長点として使っているようだ。

 彼の場合は飼い猫がすでに結一郎の手によって符号を覚えているので、自分が符号を覚えることに集中しているらしい。

 彼の努力は報われるのだろうか?

 

『……さすがにカブトムシには教え込めねえよなァ』

 

 虫かごのカブトムシを見つめ、心なしか悲しそうな実弥。

 彼の趣味であるカブトムシの育成に結一郎が考えた符号を使えないかと考えたのだが、いくら何でも無理である。

 しかし、飼っているカブトムシと話がしてみたいとは、意外と可愛い思考しているような気がする。

 

 ちなみにだが、水柱・冨岡(とみおか) 義勇(ぎゆう)は弟子がせっかく考えたのだからと張り切り、いの一番に符号を覚えて皆に披露してみせたのだが――

 

「冨岡さん、とうとう人語を忘れましたか……」

「え? 符号を覚えたらもっと結一郎君と話せるようになると思った? 冨岡さん、動物と同じことしてどうするつもりなんです?」

 

 と、同僚の蟲柱・胡蝶(こちょう) しのぶにボロボロにされて心がボッキボキになっていたりする。

 

『弟子のために張り切るのはいいけれど、どうせ頑張るのならもっと普通に言葉を増やして会話したほうがいいのに。なんでこんな残念なんでしょう?』

 

 しのぶはしみじみと思ったという。

 

 逆に、今回の件で怒っているのは音柱・宇髄(うずい) 天元(てんげん)と蛇柱・伊黒(いぐろ) 小芭内(おばない)の二人だ。

 何故って、そりゃあ自分のペットに他人が勝手に芸を教え込んでたら嫌でしょうよ。

 

「おい、馬鹿弟子。派手に何勝手に俺の忍獣に教え込んでやがる……」

「おい、阿呆弟子。俺の鏑丸*1に勝手に教え込むとは、いつからお前はそんなに偉くなった? なぁ、どうなんだ?」

 

 最近、ムキムキねずみが自分よりも結一郎になついているような気がして気に食わない天元。

 最近、蜜璃が自分よりも鏑丸と話をする時間が増えていて気に食わない小芭内。

 二人の怒りの矛先は、元凶となった結一郎に向かったのであった。

 ああ、理不尽。

 

 お館様から一言

 

「本当に、結一郎は面白いことを考えるね」

 

 この出来事から鎹烏になぜか鎹雀が紛れ込んだとか、そうじゃないとか。

 あくまで噂で確認は取れていない。

 

 

小ネタ 其ノ壱「呟雀」

 

 庭で複数の雀に囲まれている結一郎。

 チュンチュンパタパタと雀たちが彼に教わった符号を使っていろいろな報告をしているようだ。

 

「チュンチュン(音柱様、嫁に内緒で派手に豪遊! 超貴重な大吟醸を買ったー)」

「チュンチュチュン(水柱様、今日は三食全部鮭大根だったヨ)」

「チュチュン(風柱様、虫捕りに出かけて蜂に追われるゥ~)」

「チュン(霞柱さまと一緒に一日ひなたぼっこしてたぁ)」

「チュンチュン(恋柱様、定食屋の食材を枯渇させるほど食いまくっタ!)」

「チュンチュ(炎柱様、朝ご飯の味噌汁にさつまいもが入っていておおはしゃぎ)」

「チュンチュン(蛇柱様、恋柱様への手紙が誤送されて大激怒)」

「チューン(岩柱様、子猫の可愛さに感激してガチ泣きしてた)」

「チュンチュンチュン(蟲柱様、研究に没頭しすぎて徹夜五日目。死ぬデチか?)」

 

 報告をにこやかに聞いていた結一郎はこう一言告げたという。

 

「柱の方々の行動を聞いていると、退屈しませんね」

 

 とりあえず、しのぶさんを寝かせるとこから始めねば!

 

 ※コソコソ話

 普段は雀が見てきてくれた遠くの天気を聞いて天気予報代わりにしたり、新しく開店したお店の情報を集めたりしてるそうです。

 

 

小ネタ 其ノ弐「鬼退治と言えば?」

 

「ごめんください! どなたかいらっしゃいますでしょうか!」

「はい! ただいま行きます」

 

 蝶屋敷で働く鬼殺隊士・神崎(かんざき) アオイが来客の対応のために返事をしながら玄関へと向かう。

 来客の声の主は結一郎ということもあり、アオイは気負いなく彼を出迎えるために扉を開け放った。

 

「いらっしゃいませ、結一郎さ……ん?」

「こんにちは、アオイさん! って、どうかされましたか?」

 

 扉を開けた先にいた結一郎の姿を見て驚きで体がこわばるアオイ。

 驚かれた当の本人は不思議そうな顔をしているが、傍から見れば人目を惹く状態だった。

 

「どうかしたって、私の方が聞きたいのですけど。どうしたんです? その動物たち」

 

 アオイの視線の先には足元におすわりする白犬と結一郎の肩に掴まる子猿、そして左腕にとまった雉の姿があった。

 彼女の頭の中に、あの御伽噺の題名が浮かび上がる。

 

「任務先で懐かれたのでこうしてお供してもらってます! 蝶屋敷って動物は駄目でしたか?」

「いえ、それは大丈夫ですけど……」

 

 気にするとこはそこなのかと問いただしたいアオイだが、あんまりツッコんでも藪蛇だと用件を聞くことにした。

 返ってきた答えは、何のことは無い、いつものお菓子の差し入れだという。

 そういうことならばと、屋敷の中でお茶にしようと結一郎を招き入れることになった。

 せっかくもらったお菓子なのだから、一緒に味わっても罰は当たらないだろう。

 

 そんなことを考えながら結一郎を屋敷を案内していると、アオイと同じく屋敷に住み込みの三人娘、すみ・きよ・なほが姿を見せた。

 なんだかんだでお菓子を持ってきてくれる結一郎のことを楽しみにしており、声が聞こえたのでやってきたのだろう。

 

「おや、こんにちは。すみちゃん、きよちゃん、なほちゃん」

「「「こんにちは、結一郎さん……わぁ!」」」

 

 挨拶をしたあと、結一郎のお供の三匹を見て目を輝かせる三人。

 先ほどのアオイと同じ御伽噺の主人公が思い浮かんだに違いない。

 アオイと比べればまだ幼さが残る三人は、思わずといった様子で童謡の一節を歌いだした。

 

「「「桃太郎さん 桃太郎さん お腰につけた (きび)団子 一つわたしに 下さいな~♪」」」

 

 楽しそうに歌う三人に、アオイは額に手を当ててため息を吐く。

 

『いくら顔なじみと言ったからって、客人を困らせるようなことをしちゃだめでしょ』

 

 たしかに桃太郎っぽいとは自分も思ったが、こんなことを言われても結一郎も困るだろう。

 そうアオイは思っていたのだが、結一郎は慌てた様子もなく笑顔で対応して見せた。

 

「アハハ、自分は桃太郎ではないのでお供には連れていけませんが、頑張っているご褒美です。はい、どうぞ」

「「「わーい、ありがとうございます!」」」

『え、えぇ~!?』

 

 結一郎が三人に手渡したのは小袋に分けられた黍団子だった。

 一口サイズに作られた団子をさっそく一個取り出して口に放り込む三人はその甘さに頬を緩めている。

 そんな三人娘とは反対に、アオイは驚愕で表情が固まっていた。

 

「どうぞ、アオイさんの分もありますよ!」

「あ、どうもありがとうございます。……じゃなくて! なんで黍団子持ってるんですか!?」

 

 手渡された黍団子を受け取りながらも、ツッコミを入れるアオイ。

 

「たまたま良い黍が安く大量に手に入ったので、たくさん作ったんですよ。……別に狙ったわけではないのです!」

 

 偶然だと主張する結一郎に、本当かなぁ、と、疑問に思うアオイ。

 悩んだ末に、考えても意味がないと深く考えないことにしたのだった。

 

『柱複数人から継子に指名されるだけあって、変わってるのね。きっと』

 

 

 その後、鬼たちの間で『鬼狩りの中に桃太郎がいた!』『桃太郎は実在したのか!?』『桃太郎の話は鬼狩りたちが自分たちの存在を隠すために作られた物語だったんだよ!』『な、なんだってー!?』

 と、噂になったとかならなかったとか。

 

*1
彼の蛇




前回からの続きと小ネタでした。
桃太郎の童謡は著作権切れてるよね? 載せても大丈夫だよね? 不安。

※翻訳係コソコソ話
 実は第一話の「これ以上会話能力を奪わないでください」の土下座シーン。原作第一話の炭治郎のオマージュのつもりでした。よかったら読み返してみてください。


オマケのミニ次回予告

義勇『……マズい。結一郎には俺の考えが読めるんだった』
結一郎「冨岡師匠、何がマズいんです? ねぇ?」


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その6(冨岡師匠の秘密編)

2019/08/05投稿

そろそろ短編扱いも苦しくなってきた気がします(汗


 “鬼殺隊最終選別”

 各地にいる育手(そだて)の下で鍛錬を終えた入隊希望者が、鬼殺隊に入隊するために越えなければならない最後の試練。

 一年中、鬼の嫌う藤の花が狂い咲く“藤襲山(ふじかさねやま)にて行われるそれは、捕えられた鬼が潜む中を七日間生き抜くという過酷な試練だ。

 毎回多くの入隊希望者が参加するものの、無事に試練を乗り越えて入隊できる者は少ない。

 そんな最終選別を、今回は五人も合格者がいたという。

 

『そうか。もうそんな時期なのか』

 

 最終選別の話を聞いた水柱・冨岡(とみおか) 義勇(ぎゆう)は感慨深そうに目を閉じる。

 昔、自分の力だけでは乗り越えられなかった試練を自力で乗り越えた剣士が五人もいるという事実は否応なく彼の心を熱くした。

 最終選別に関しては、以前は負い目があって後ろ暗い気持ちが前に出ていた。

 しかし、今の義勇は柱としての責務を自覚しており、新入隊士が一人でも多く長く生き残れるように努めなければと、前向きな気持ちで受け止めている。

 結一郎(ゆいいちろう)を継子として鍛え始めたことで、上に立つ者としての意識がさらに強まった結果だろう。

 良い師弟関係は弟子だけでなく、師匠も成長させるものだ。

 人間として一回り成長した義勇はより頼もしくなったといえる。

 ……それが会話能力の改善につながっているかは別問題だったりするのだけれど。

 

 そういうわけで部下へ対する関心が強くなっていたこともあり、最終選別についても興味を抱いた義勇。

 特に今回の選別には蟲柱・胡蝶(こちょう) しのぶの継子である栗花落(つゆり) カナヲの名前もあったため、わざわざ入隊者の名簿の写しを取り寄せていた。

 名簿を開いた義勇はその中に気になる名前を見つけて目を留める。

 『竈門(かまど) 炭治郎(たんじろう)

 義勇は彼の名前自体は知らなかったが、彼を鍛えた育手の名前に憶えがあった。

 鱗滝(うろこだき) 左近次(さこんじ)という彼の師は、義勇の恩師であり、炭治郎を鱗滝に紹介したのもまた義勇であった。

 約二年前に、雪山で数奇な出会いをした少年と鬼となった彼の妹のことを思い出す。

 鬼となった者は強い飢餓感に襲われて、たとえ家族であろうと喰い殺してしまうのが常だ。

 むしろ、血のつながったものほど高い栄養価を得られることから家族を喰い殺している事のほうが多い。

 そんな常識がある中で、兄を喰らおうともせず、むしろ刃を向けた義勇から兄を守ろうとした鬼の妹に新たな可能性を感じて見逃した。

 そして兄を育手に紹介し、鬼殺の剣士の道を示したという過去があったのだ。

 その時の少年が無事に鬼殺隊に入隊したということに喜びを感じると同時に、覚悟を決めなければならないと表情が険しくなる義勇。

 

 鬼を殺すための剣士が鬼を匿っている。

 もしその事実が明るみになれば、問題となることは間違いない。

 そうなれば炭治郎本人はもとより、鬼を見逃して育手に預けた義勇も、そうと知りながら剣士として育てた鱗滝も隊律違反として責を問われるだろう。

 

『あの少年が覚悟を見せて結果を見せたのならば、俺も命懸けで答えなければならない』

 

 一人の鬼殺の剣士として覚悟を決める義勇。

 その姿は何も知らない第三者の心を打つような気迫を醸し出していた。

 ――――我らが翻訳係がいなければ!

 

「師匠。新入隊士の名簿を見て、何故、命を懸ける覚悟を決めているのですか?」

 

 実は今回の新入隊士の名簿を義勇に頼まれて持ってきたのは結一郎だったりする。

 なので、義勇が名簿を見ているのを目の前で見ていたわけだ。

 心の機微に敏感な結一郎は義勇が突然、命の覚悟を決めはじめたことに疑念を抱き、問いを投げかける。

 心中を指摘された義勇は、体を一瞬だけ強張らせた。

 しかし、その一瞬の反応でさえ結一郎にとっては答えとして十分すぎる。

 

『……マズい。結一郎は俺の考えが読めるんだった』

「冨岡師匠、何がマズいんです? ねぇ?」

 

 結一郎の前で重大な考え事をしていた己のうかつさに焦りを覚えるも、その心理すらも読み取られて焦りが積み重なっていく悪循環。

 義勇は何とか心を落ち着かせて言い訳を口にする。

 

「……柱として若い隊士たちが生き残れるように命を懸ける必要がある。そう思っただけだ」

 

 嘘は言っていない。実際にそう思っているし。

 口下手な義勇にしてはうまく言い訳した方だろう。

 普通の相手ならば、疑問には思いつつも納得はしてくれそうな言葉だ。

 だが、相手は結一郎。そうは問屋が卸さない。

 

「冨岡師匠。嘘はついて無いようですが、隠していることがありますね?」

 

 近くににじり寄り、義勇の手首を捉えて問い詰める結一郎。

 それは逃がさないという意思の表れだろうか? しかし、ここで振り払うのも不自然であり、自分の非を認めるようなものだ。

 義勇は腕に触れる結一郎からの圧を感じながら、ジッと耐えている。

 

「新入隊士の中に誰か訳ありでもいましたか? ……なるほど、当たりですね!」

『こいつ、脈拍から反応を見ているのか!?』

 

 核心を突く質問を投げかけられ、つい跳ね上がった心拍数から義勇の心情を読み取る。

 逃亡防止などではない。手首を掴んだのは読心の精度をさらに上げるためだった。

 一言も言葉を発していないにも関わらず、心の内を暴かれるような恐怖を感じて義勇は全集中の呼吸すら使って脈拍をコントロールしようと試み始めた。

 この水柱、必死である。

 

「冨岡師匠の関係者となれば、水の呼吸の使い手ですか? ……体温の上昇、発汗を確認。これも当たり、と」

『マズい。全身に、全集中の呼吸を使って体の隅々まで意識を張り巡らせろ! これ以上、こいつに何も悟らせるな!』

 

 ヒュッという義勇の口から洩れた呼吸音は果たして、恐怖に息をのんだ音だったのか。

 それとも水の呼吸独特の風の逆巻くような音だろうか?

 今現在、義勇は過去の鬼との激戦と変わらぬような緊張感に包まれている。

 

「冨岡師匠、あなたは――――」

「カアアア! (にぎ) 結一郎! オ館様ガオ呼ビデアリマス! タダチニ参上サレタシ!」

 

 結一郎がさらに問い質そうと口を開いたところへ、彼の鎹鴉が伝令を持ってきた。

 鬼殺隊の当主である産屋敷(うぶやしき) 輝哉(かがや)からの呼び出しとあれば待たせるわけにもいかない。

 仕方なく、義勇から手を放して席を立つ結一郎。

 その姿に義勇はホッと息を吐く。

 

『助かった。これ以上、問い詰められるのはキツい。本当に――』

「命拾いしましたね。師匠」

 

 義勇の心の声に被せるように言葉を告げて去っていく結一郎。

 残された義勇は先程とは違い、重く息を吐く。

 

「結一郎。心の声まで読むのはやめてくれないだろうか」

 

 義勇の独白を聞いていた鎹鴉(かすがいがらす)は思った。

 

 それ、お前のせいじゃね? と。

 


 

 ――産屋敷邸

 

輝利哉(きりや)、起こしてくれるかい?」

「はい」

 

 鬼殺隊当主・産屋敷 耀哉は息子の輝利哉の手を借りて病床から身を起こした。

 病魔に侵された体を起こしたのは、そろそろ呼び出した人物が来るだろう時刻が近づいているからだ。

 先ほど鎹鴉で呼び出した、結一郎のことである。

 彼の予測した通り、ほどなくしてふすまの向こうに人の気配がして声を掛けられる。

 

「和 結一郎です! お呼びにあずかり参上致しました!」

「うん。よく来てくれたね。入っておいで」

「ハッ!」

 

 短く返事をして音もなく部屋に入った結一郎は、頭を下げて耀哉の言葉を待つ。

 その忍びを思わせるような隙の無い動作を、もはや見えぬ目で感じ取った耀哉は結一郎の成長具合に笑みを浮かべて言葉を告げた。

 

「他の柱たちからもいろいろと頼まれて忙しいところに呼び出してすまないね、結一郎」

「とんでもございません! お館様のお呼びをどうして断りましょうか! なんなりとお申し付けください!」

 

 柱でもない自分に礼を尽くしてくれる当主に、精いっぱいの敬意をもって答える結一郎。

 彼だけではない。多くの鬼殺隊士にとって耀哉は尊敬に値する人物なのだ。

 

「ありがとう。そういってくれて助かるよ。結一郎には二つ、頼みたいことがあるんだ」

「はい、どのようなことでございましょうか?」

 

 そんな耀哉から結一郎に頼みごとがあるという。

 結一郎は真剣な表情で耀哉の言葉を待つ。

 

「まず、一つ目だけれど……以前、君と一緒に柱と稽古をつけてもらった隊士たちがいたことを覚えているかい?」

「はい! 佐藤隊士・鈴木隊士・高橋隊士の三名ですね」

「うん。彼らから面白い話が上がってきていてね」

 

 結一郎が下弦の肆を取り逃がすという失態を犯した際に、ともに責任を取る形で柱たちとの稽古に付き合った三名の剣士。

 その彼らが言う面白い話とは?

 

「彼らが言うには、柱たちの稽古は当然成長の役に立ったそうなのだけれど、一番成長を実感できたのは結一郎、君の指導だったそうだよ」

「自分の、ですか?」

 

 思わぬ事実を告げられ、目を丸くして驚く結一郎に耀哉は首を縦に振る。

 まだ信じられない様子の結一郎に言い聞かせるように丁寧に説明をしていく。

 

「彼らが言うには、君の指導は分かりやすく、また一緒に個人的な成長だけでなく仲間同士での連携も上手くなったそうだよ。素晴らしいね」

「か、過分な評価です。彼らが優秀であっただけで……」

「私はそうは思わないよ、結一郎。いや、彼らが優秀でないと言ってるわけじゃない。ただ、彼らを成長させたのは君の力が大きいと思っている」

 

 結一郎の指導能力を高評価する耀哉。

 事実、結一郎に指導された三人の剣士はその後実力が一回りも二回りも大きく成長していたのだから。

 壊滅的会話能力の某柱の心の機微を読み取るために鍛えられた結一郎の観察眼は、仲間の抱える問題点や課題、癖などを見抜くことができた。

 そこに習得した全集中の呼吸の五つの基本の流派の知識を加えて指導ができるのだから、教えを受ける側としてはありがたいものだろう。

 さらに言えば、柱複数人を相手にした打ち込み稽古や真剣を用いた稽古により、否応なく戦術眼を鍛えざるをなかった結一郎。

 そのため、彼の頭の中では複数人を相手にすることは当たり前であり、ひいては逆に複数人で攻めかかることの熟知にもつながっていた。

 つまり、彼の指導には最初から“連携”ということが組み込まれていたのである。

 

 その結果がもたらしたものは、その三人の剣士の成長だけではない。彼らが関わった任務における隊士の生存率の上昇というものだった。

 当然、この成果を無視するような鬼殺隊当主などいない。

 

「結一郎、鬼は強力で脅威的だ。我々はそんな存在と人の身で戦わなければならない。打ち勝つためには皆の力を合わせなければならない」

 

 そのためには君の力が必要だ。と、耀哉は結一郎に告げる。

 そうまで言われて応えないはずもない。結一郎は覚悟を決めた。

 

「ありがとうございます、お館様。では、自分は何をすればよろしいでしょうか?」

 

 話の核心を尋ねる結一郎に、耀哉は力強く答えた。

 

「鬼殺隊の目的は全ての元凶である鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)を倒すことだ。そのためには彼直属の精鋭である十二鬼月(じゅうにきづき)を倒す必要があるだろう。だが、上弦の鬼は柱といえども勝てる確率は低い」

 

 過去百年近く、鬼殺隊は上弦の鬼に敗北し続けてきた。

 

「上弦の鬼と柱が対峙したならば、柱たちを助けるための力が必要だと思う」

「お館様、つまり――」

「結一郎、君には新たな部隊を率いてほしいと思っているんだ」

 

 鬼殺隊の精鋭である“柱”

 それとはまた別の精鋭を作り出すというのだ。

 “個”として鬼殺隊最強の柱とは違い、“集団”としての最強戦力。

 多忙な柱の手が回らない部分や柱が上弦と遭遇した際の支援といった遊撃に、剣士たちの教導を目的とする。

 いうなれば、『鬼殺隊選抜打撃部隊』といったところだろうか。

 

「人員の選抜や指揮系統の調整はこちらで行っておくから、準備が整ったあかつきには君にその部隊の隊長を務めてほしい」

「御意!」

 

 頭を深く下げ、強く返事をする結一郎に頼もしさを覚える耀哉。

 任せるよ。と、告げた後に少し苦笑交じりに言葉を告げる。

 

「本当なら君を柱にしてあげるのが良いのだろうけれど、嬉しいことに今柱は誰も欠けていないからこういう形で報いる形になってしまった。苦労を掛けるね」

「柱の皆さまの誰かが欠けることに比べれば、自分のことなど……大任を全うできるよう、精進いたします!」

 

 耀哉からの言葉に身を震わせながら受けた一つ目の依頼。

 二つ目の依頼とはなんだろうか?

 

「ありがとう。もう一つの頼み事なんだけれど……少し難しい問題があるんだ」

「と、いいますと?」

「今回の最終選別に合格した隊士に“竈門 炭治郎”という隊士がいるんだ」

 

 とある新入隊士について語りだす耀哉。

 

 曰く、とある柱の紹介で育手の下で修業を積んだ。

 曰く、家族を鬼に殺され、妹も鬼になってしまった。しかし、その妹は人を襲わずにいるという。

 曰く、その鬼の妹は今までの鬼とは何か違う、新たな可能性を感じるという。

 曰く、その鬼殺隊士は鬼の妹を連れて任務にあたっている。

 

 などなど、詳しく情報を聞いた結一郎は何となく察した。

 あっ、あの水柱、やりやがった。と。

 

「鬼を連れた鬼殺の剣士なんて明らかな隊律違反だ。だけれども、その柱と育手が何かあったときには腹を切って責任を取るとまで言っているんだ。無視はできない。それに私の勘も何かあると告げているんだ」

 

 柱と育手からの報告と今現在も鎹鴉から報告を受けているらしい。

 が、しかし、やはりそれだけでは不安でもあるわけで。

 

「結一郎。先ほど言った部隊編成の準備が整うまで、彼のお目付け役をお願いできるかな」

「承知いたしました!」

 

 誰か信頼できる人に実際に見てきてもらう方が安心。

 じゃあ、信頼できる人って誰だろう?

 柱は忙しくてそれどころじゃない。柱並に強くて信頼出来て、柱ほど多忙じゃない人物って誰だろう?

 そう、結一郎である。

 

 二つの大任を任されて、耀哉のいる部屋から退室した結一郎。

 先のことを考えると気が重くなった。

 

『鬼を連れた鬼殺剣士……事と場合によれば柱合会議、いや、柱合裁判になりますね』

 

 隊律違反を犯した隊士など斬首が当然だが、今回は柱一人と育手、お館様の関与があるのだ。

 柱合裁判となる可能性は高いだろう。

 そうなってくると、関与した柱の責任を問う声が上がるに決まっている。

 そして、結一郎は将来の被告人の関係者になる未来が決まっていた。しかも高い確率で弁護側の立場だろう。

 

 新入隊士はともかく、被告側になるだろうあの柱が上手く自己弁護してくれるだろうか? いや、ないな!

 むしろ余計なことを言ってこじれさせる可能性すらある。

 

『今から考えるだけで、柱の方々の反応が怖いです! あああ、一部の方が激怒しているのが目に浮かぶ!!』

 

 傷だらけのあの人とか! ネチネチしてるあの人とか!

 もー胃が痛い!!

 

 




というわけで、そろそろ原作と接触します。
次回あたりで原作主人公登場予定です。

翻訳係コソコソ話
 実は選抜部隊の名称を決めてないんです……最初に候補になったの『暁』なんだけど、なんか駄目な気がします!

ミニ次回予告

結一郎「骨折してるんだから無理は駄目ですよ?」
炭治郎『なんで分かるんだ? すごいな』
結一郎「傷を庇って少し体の動きが不自然なので」
炭治郎「なるほど!」
善逸「ねぇ、今、炭治郎の心の声に返事してなかった!?」


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閑話『煉獄家にて』

2019/08/12投稿

煉獄家のすれ違いをどうにかして救いたいと考えた結果がこれなんだ。
これでよかったのだろうか……



煉獄家(れんごくけ)の家族会議事件」

 

 ――煉獄邸にて

 

 鬼との長い戦いの歴史を持つ鬼殺隊。その中でも煉獄家は代々炎柱を輩出してきた名家だ。

 そのため、名家らしく煉獄邸は立派な門構えをしたお屋敷である。

 そんなお屋敷の門を潜り抜ける一匹の猿の姿があった。

 『鬼殺』の文字が縫われた首巻をしているその猿の名前は「闘勝丸(とうしょうまる)」という。

 我らが翻訳係が仲間にしたお供の一匹で、今日も主の結一郎(ゆいいちろう)の頼みで菓子の入った荷物を届けに来ていた。

 結構な量で、鎹鴉(かすがいがらす)には重すぎるということから彼の仕事となっている。

 

「キキッ」

「ん? おお、闘勝丸か! いつもご苦労だな。今は見ての通り鍛錬の途中なのだ。少し待っていてもらえまいか」

 

 彼の姿に気が付いたのは炎柱・煉獄 杏寿郎(きょうじゅろう)だ。

 庭で炎の呼吸の型稽古の最中であった杏寿郎は途中でやめるわけにもいかないため、闘勝丸には少し待ってもらうように言う。

 闘勝丸は人語を理解できる賢い猿であるので、荷物を縁側に置いておとなしく杏寿郎の稽古を見守っていた。

 その目は真剣そのもので、次々繰り出される炎の呼吸の型を必死に目で追っている。

 一の型から最後の型まで順番に行う型稽古を百ほど繰り返した杏寿郎は、手ぬぐいで汗をぬぐいながら闘勝丸に声をかけた。

 

「すまない、待たせてしまったな。結一郎にもまた礼を言っておいてくれ」

「キッ!」

 

 ご苦労と言いながら闘勝丸から荷を受け取っていると、彼の視線が自分の持つ木刀に注がれていることに気が付く。

 興味を持った杏寿郎は、闘勝丸に質問を投げかけた。

 

「おや。剣術に、いや、全集中の呼吸が気になるのかな?」

「ウッキー!」

 

 尋ねてみれば正解であったようで、闘勝丸は首を縦に振って返事をしてきた。

 そのやる気あふれる目に杏寿郎もつい興が乗ってきたせいか、思わずこんな言葉を口にしてしまう。

 

「やる気があるのは感心感心! 結構なことだ。では、少しばかり伝授してやろう!」

「ウキキィ!」

 

 楽しげな様子で昔自分が使っていた子供用の短めの木刀を持ち出す杏寿郎。

 持ち出してきたのは長さ二尺(約六十センチメートル)より少し短い小太刀くらいの木刀だ。身長が三尺(約九十センチメートル)程度の闘勝丸には少し大きいかもしれないが、そんなことは関係なしに嬉しそうに木刀を受け取っている。

 こうして、柱と猿の奇妙な稽古が始まったのだった。

 

 

 ――二刻後(約四時間後)

 

 そこにはお互いに木刀を持って打ち合う杏寿郎と闘勝丸の姿があった。

 

“炎の呼吸 伍ノ型 炎虎”

 

 ゴォ! と燃えるような勢いを乗せた剣撃を杏寿郎が繰り出す。

 対する闘勝丸も深く呼吸をして応対する。

 

「キィイイイ!」

 

“猿の呼吸 壱ノ型 猿飛(さるとび)

 

 猿の身軽さと柔軟性を活かして跳躍。回避とともに鋭く切りかかっていく。

 お互いの一撃を躱し、交差した後に向かい合った一人と一匹は示し合わせたように木刀を下におろした。

 

「ふうう、よもやここまでとは。まさか、この短時間に独自の呼吸まで身に着けてしまうとは恐れ入った!」

「ウキ?」

 

 自分のことを不思議そうに見上げる闘勝丸を見ながら杏寿郎は感嘆に大きく息を吐いた。

 最初は息抜きのつもりで、お試しで指導を始めてみたのだが、闘勝丸の覚えが思った以上に良かったせいで気が付けば杏寿郎もノリノリで教えていた。

 その結果が、独自の呼吸法を使い剣術を繰り出してくる鬼殺の猿の完成である。

 どうしてこうなった?

 

「もはや下手な鬼殺の剣士よりも強いやもしれん……いっそのこと、俺の継子になるか?」

「ウキィ?」

 

 愉快な気分になり、闘勝丸に継子になれと勧誘する杏寿郎。

 もちろん、冗談なのだけれど。

 ただ、間の悪いことにそれを見ていた人物がいたのだ。

 

「兄上……兄上が、猿を継子に!?」

 

 物陰からそっと稽古の風景を見ていた煉獄家次男・千寿郎(せんじゅろう)

 彼は兄・杏寿郎のその発言を聞いてひどくショックを受けていたのだ。

 

 猿を継子にするなんて度量が広いにもほどがある!

 などという、非常識なことに対するツッコミを入れたい気持ちももちろんあったのだが、それ以上に彼自身の事情が心を責め悩ませていた。

 

 千寿郎に剣士の才はない。

 鬼殺隊の名門である煉獄家に生まれながらもいくら鍛錬を積もうとも日輪刀の色が変わらないという事実に悩んでいた彼にとって、柱になった兄は憧れの存在であり兄から認められることをずっと望んでいたのだ。

 本来ならば兄の下で継子として鍛錬を積まねばならないはずなのに、と、思い悩む日々を送っていた彼の目の前で兄が「猿を継子とする」と言い出した。

 それは千寿郎にとっては耐え難い事実で……

 

「そっか。僕の剣の才能は猿以下なんだ……」

 

 心が折れるほどの出来事であった。それはもう、ポッキリと。

 悲しいことに、彼に『いやいや、あの猿が特別なだけだから!』と、ツッコんでくれる人がいないのだ。

 とぼとぼと兄から背を向ける千寿郎。しかし、一人きりになるのは嫌だった。誰かに話を聞いてほしかった。

 そうなると、この屋敷にいる別の人間の下へ自然と足が向かう。

 普段は酒浸りであまり近づいていない父親のところへ。

 


 

「父上、僕は剣士になるのは諦めます」

「そうか……それについては何も言わん。しかし、何かあったのか?」

 

 泣きそうな顔で告げる千寿郎に父の煉獄 槇寿郎(しんじゅろう)は神妙な面持ちで話を聞いていた。

 千寿郎が鬼殺の剣士を諦めることについては、柱まで上り詰めながら自身の才能に絶望して引退を決めた自分が文句は言えないと考えて賛成も反対もしない。

 むしろ、末の息子が命がけの戦いに身を置かずに済むことを喜ばしく思ってすらいる。

 しかし、非才の身でありながらも兄に追いつこうと努力を重ねていた姿を知っているだけに、このようなことを言い出した理由が気になっていた。

 酒浸りで悪い父親をしている自覚はあったものの、完全に父親としての気持ちを捨てきったわけでもないのだ。

 気が付けば槇寿郎は息子にその理由を尋ねていた。

 

「兄上が、兄上の継子が……」

「杏寿郎の継子がどうかしたのか?」

 

 千寿郎の返事は、やはり兄の杏寿郎が関わっていた。

 柱である兄の控えとならねばと考えて努力を重ねていた千寿郎にとって、赤の他人が兄の継子になったというのは少なからず心に傷を負う出来事だったのだろう。

 いや、それでも立派な剣士が継子であれば納得は出来るはずだ。

 

『よもやろくでもない奴が杏寿郎の継子になったか?』

 

 槇寿郎の中で不安が膨らむが、口には出さずにじっと千寿郎の言葉を待つ。

 そして、千寿郎の口から語られた杏寿郎の継子はとても衝撃的な内容で……

 

「兄上の、継子が、猿だったんです……」

「ん? そいつはそんなに猿顔なのか?」

「違うんです! 本当にお猿さんなんです!」

 

 一瞬ふざけているのかと叱りつけようと思ったが、千寿郎の表情はとても嘘をついている顔ではなかった。

 がしかし、とてもではないが信じられない内容に何と判断を下せばいいのか分からず困惑するしかない。

 

「今も庭で稽古をしておられるので、信じられないなら見てきてください」

「そうか、分かった。少し見てくる」

 

 悩んでいると千寿郎から、庭に(くだん)の継子がいると聞かされたので一目見てくることを決めて立ち上がった。

 百聞は一見に如かず。己の目で見て確かめてくるのが一番だ。

 酒瓶を片手に杏寿郎がいる庭へ向かう。

 その先で槇寿郎が見るものとは?

 

<===================>

 

「そうだ! 集中して呼吸の精度を上げろ!」

「ウッキィー!」

 

 庭で楽し気に鍛錬に励む一人と一匹。

 その姿を物陰からこっそりと見ていた槇寿郎は、その光景の衝撃に打ち震えていた。

 

「杏寿郎、お前本当に……!?」

 

 自慢の息子が猿に剣術の指導をしている姿に動揺が止まらない。

 相手の猿が単に木刀を振り回しているだけなら、単に息抜きの遊びなのだと、ただの余興だと鼻で笑って済ませられた。

 だが、その猿は槇寿郎の目の前で“全集中の呼吸”を使いこなし、見たこともない型を繰り出してたのだ。

 その光景は槇寿郎に『杏寿郎の継子は猿である』という話が真実だと確信させるには充分なものであった。

 

『杏寿郎、どうして猿なんかを継子に? もしや、俺のせい、なのか? 俺が才能がなければ塵同然だと言い続けてきたせいで、才能があれば猿でも気にしなくなった。そういうことなのか!?』

 

 槇寿郎の胸に深い後悔が押し寄せてくる。

 自身が息子にぶつけた冷たい言葉の数々がこの結果をもたらしたのではないかと思い悩む。

 ぶっちゃけ他人が聞けば、「この親父、とうとう酒の飲みすぎでおかしくなったか?」と思われること請け合いなのだが、久しく息子とまともに向き合っていなかった槇寿郎はそう信じ込んでしまったのだ。

 

『すまん、瑠火(るか)。俺が不甲斐ないばっかりに杏寿郎が弟よりも、人間よりも猿を優先するような男になってしまった!』

 

 今は亡き妻に心で謝罪する槇寿郎。

 妻が亡くなってからの息子たちへの扱いを思い出せば、どうして彼女に顔向けできようか。

 きっとあの世から自分を見てため息を吐いているに違いないと自責の念が絶えない。

 

 今更になって巻き起こる良心の呵責に、手が酒瓶の蓋に伸びる。

 だが、彼は寸前のところで思いとどまった。

 

『ええい! 酒など飲んどる場合か!』

 

 酒瓶を地面に投げつけて叩き割る。

 こんなものに頼りたくなる自分が情けない!

 

「父上、そんなところで何をしているのですか?」

「杏寿郎……」

 

 陶器の割れる音で父の存在に気が付いた杏寿郎が声をかけてくる。

 その姿をまっすぐ見つめ、槇寿郎は告げた。

 

「杏寿郎、あとで話がある。夜に俺の部屋に来い。いいな!」

「はい、わかりました! 父上」

 

 告げるだけ告げて踵を返して立ち去っていく槇寿郎。

 まだ酒の残った頭で息子に向き合えるわけないと、後から時間を作ることにしたのだった。

 

 立ち去る父親を見送り、杏寿郎はいつになく嬉しそうな顔をする。

 

「久しぶりだな。あのような気迫のこもった父上の顔を見るのは」

 

 さて、どんな用事だろうか。と、笑う杏寿郎。

 そんな彼らを闘勝丸は心配そうに見ていたのだった。

 だって、この親子まともに会話できそうにないんだもの……

 


 

 夕食を終え、日も傾いてきたころ。

 杏寿郎は父の部屋を訪れていた。

 

「父上、お話があるとのことでしたがどんな御用でしょうか?」

 

 真正面に座る父・槇寿郎の顔はいつになく真剣な表情で、杏寿郎も背筋を伸ばして気合を入れて対面した。

 先に口を開いたのは槇寿郎だ。

 

「話というのはだな、お前、継子を決めたそうだな」

「はい。ようやく決まりました」

 

 父が継子を決めたことについて尋ねてきて、結一郎の顔を思い浮かべる杏寿郎。

 以前までは個性的な柱たちの人間関係を取り持ってくれていた会話能力に敬意を持っていたものの、剣士としての能力も優れていたことが分かって是非、自分の継子にと願った人物だと思っている。

 

「なあ、お前はそいつを継子に選んで後悔はないのか?」

「はい! 後悔はありません!」

 

 しかしながら、目の前の父は自分の継子に不満があるというのが伝わってきた。

 

『むぅ。何故だか父上は結一郎に対して不審があるようだ。どうにかして結一郎が良い男だと分かってもらわねば』

 

 自分の継子を父親に認めてもらおうと、言葉を尽くして説得しようと決意する杏寿郎。

 一方で、槇寿郎は杏寿郎の言葉を聞いて内心で頭を抱えていたりする。

 

『猿を継子にしたことを後悔してないだと!? こうもハッキリと断言するとは……ぐっ、どうやって杏寿郎の心を変えられる?』

 

 息子が猿を弟子にしていると思い込んでいる槇寿郎は、何とか猿を継子にするのをやめさせようと言葉を紡ぎだそうと悩んでいる。

 この親子、会話のしょっぱなからすれ違っていた。

 

「父上、俺の継子は才能のある優秀な剣士です。将来柱になることは確実だろうという実力があります」

「そうなのか!?」

 

 自分の継子である結一郎を認めてもらおうと、普段から父が重視している才能を前面に押し出して猛プッシュする。

 槇寿郎にとっては息子が猿を猛烈に推してくるようにしか感じられないのだが。

 猿は継子じゃないんですよ、お父さん……

 

『あの猿にそこまでの実力が!? いや、実力があるだけで柱など認められるはずもない!』

 

 はいそうですか、と、頷けない槇寿郎は杏寿郎に厳しい言葉を投げかけて反論する。

 

「才能だけあっても柱は務まらんぞ。柱というのは他の剣士たちの模範とならねばならん」

「いいえ、心配ありません。彼は人格も優れていて、俺の継子になる前から柱合会議に参加して柱たちの人間関係を円滑に進めるように配慮してくれるような男です!」

「な、なんだと!?」

 

 猿相手なら人格面から攻めてみれば考え直すと思って見れば、何と、人格も優れていると返ってきて驚愕させられる。

 しかも、聞いてみれば以前から柱合会議に参加して会議を円滑に進める役を持っていたというのだから信じられない。

 というか、猿が会議を進めるってどんな風景なのか思い浮かばない。

 いや、実際に円滑に会議進めてる奴は人間ですけどォ!?

 槇寿郎が混乱しているところへ、たたみかけるように杏寿郎が言葉を重ねて自分の継子を推してくる。

 

「そういう男ですから、他の柱にも目を掛けられているのです。実は彼は俺一人の継子ではなく他の六人からも継子として指導を受けてます」

「他の柱たちもか!?」

 

 猿が他の柱たちにも継子として認められているだと!?

 と、さらに混乱が加速する槇寿郎。

 息子だけでなく他の人もと言われればだんだん、自分の方がおかしいのではないかと不安になってくる。

 

『い、今の鬼殺隊はそうなっているのか? いや、そんなはずはない! 仮にそうだったとしても止めねばならんのだ!』

 

 引退した身だとしても、猿が柱になるなど認められぬと義憤を燃やす槇寿郎。

 誰か、誰か彼にそれが勘違いだと教えてやってくれ!

 

「お前の継子がたとえ、それだけ優秀だったとしても、あんな猿など認められるか!」

「む! 父上、あんな猿などと彼を侮辱する言い方は止していただきたい!」

「猿は猿だろうが!」

 

 自分の弟子を猿扱いされたと、さすがに口調が荒くなる杏寿郎。

 しかし、槇寿郎は相手は本当に猿だと思い込んでいるので、間違ったことは言っていないと激昂する。

 会話のキャッチボールというが、お互い違う球を投げ合っているような状況では文字通り話にならない。

 結局、全集中の呼吸を使った親子喧嘩にまで発展してしまうのだが、最終的には誤解がとけたのでこの話はめでたしめでたしで終わったのだった。

 

 後日、育手として後進を育成しながら、自分が駄目にしてしまった“日の呼吸”についての文献の復元と研究に勤しむ槇寿郎の姿があったという。

 また、それを手伝う千寿郎の姿もあったとか。

 こうして、煉獄家にあった蟠りは解消されたのだった。一匹の猿によって……

 

 

オマケ「そのころの翻訳係」

 

 ――とある任務中にて

 

「はっ! 何か自分が仕事しなければならない状況が起きている気がします!」

 

 何かを感じ取ったように顔を上げる結一郎。

 横にいた佐藤隊士が不思議そうに首を傾げる。

 

「仕事をしなければって、仕事してるじゃないですか。さっきも鬼を狩ったばかりですよね?」

「いえ、そうなんですけれど。求められている仕事が違うというか、もっと、こう、自分が必要とされている場面に自分がいない感覚といいますか……」

 

 モヤモヤした感じを覚えて落ち着かない結一郎。

 そうなんだよ!

 今まさに言葉が通じてるのに通じてない人がいるんだよ!

 翻訳係が必要なのは水柱(コミュ障)だけじゃないんだ!




翻訳係ミニコソコソ話
この話を書く際のアイデアメモ「煉獄家救う方法 猿 継子 アンジャッシュ」
夜寝る前にパッと思いついてメモった内容を朝見て頭を抱えたのは良い思い出。

感想で結一郎がいつかオリジナルの呼吸を使うと予想されてる人がいたけれど、最初に登場したオリジナル呼吸の使い手が猿だとは誰も予想できまい。
てか、人間以外に全集中の呼吸使わせたのは初ではなかろうか?

ちなみに闘勝丸の名前の由来は孫悟空です。


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その7 前編(お目付け役編)

2019/08/23投稿

原作主人公たちとようやくコンタクトが!


 周囲に畑が広がる田舎道で、竈門(かまど) 炭治郎(たんじろう)我妻(あがつま) 善逸(ぜんいつ)は一人の鬼殺隊士と対面していた。

 刈り上げた髪に丸い大きな目が特徴的な青年隊士で、鬼殺隊の隊服の上に白地に薄桃色の縁取りがされた外套(マント)を身に着けている。

 

「こんにちは。竈門 炭治郎君、我妻 善逸君。自分は(にぎ) 結一郎(ゆいいちろう)。階級は(きのえ)です! この度は君たちのお目付け役として同行させてもらいます! よろしくお願いしますね!」

「はい! 階級(みずのと)。竈門 炭治郎です。よろしくお願いします!」

「待てよ、炭治郎ォ! 何普通に挨拶してんだよ! 今この人“お目付け役”って言ったぞ!?」

 

 二人の行く先に待ち構えるように現れた結一郎に、警戒心丸出しの善逸。

 やばいやばい、鬼殺隊の偉い人を知らないうちに怒らせて、俺たち監視されてるんだ! と、騒ぐ善逸に結一郎は落ち着かせるように言葉をかける。

 

「ハハハ、安心していいですよ! お目付け役と言っても監視というよりは君たちが死なないように教導の意味合いが強いですから」

「すみません。それはどういうことでしょうか?」

「それはですね――」

 

 結一郎の言葉に疑問を持った炭治郎が疑問を投げかけてくるので、一から説明を始める。

 曰く、鬼殺隊はその任務の性質上、損耗率が非常に高い。

 特に経験の浅い隊士ほど死亡率は高くなっていく傾向がある。

 それを問題視した鬼殺隊の上層部によって、熟練した隊士を未熟な隊士に着けて経験を積ませるという試みが行われることになったのだという。

 その第一弾が最近入隊した炭治郎たち新入隊士への結一郎の派遣である。

 

「つ、つまり、俺が死にそうになったら結一郎さんが守ってくれるってことですか?」

「ええ! 任務に同行している間は善逸君が成長できるよう助けてあげますとも!」

「結一郎さん……俺、あんたに一生付いていくぜ!」

 

 先ほどまでの警戒心はどこへやら。一瞬で掌を返した善逸に動じることなく結一郎は笑って受け止めた。

 この程度、いつもの会話事故の処理に比べれば大したことは無いのだから。

 

 ただ、同時にわずかな罪悪感を感じてはいる。

 というのも――

 

『うーん、表向きの理由でここまで喜ばれるとは申し訳ない気持ちになりますね』

 

 結一郎の本当の任務は炭治郎とその鬼の妹の禰豆子(ねずこ)の監視と調査なのだから。

 何はともあれこのまま立ち話をしているのもあれなので、続きは移動しながらということになった。

 炭治郎の鎹鴉(かすがいがらす)に急かされて走り出そうとしたところで、結一郎が炭治郎に声をかける。

 

「あ、炭治郎君。骨折してるんだから無理は駄目ですよ?」

「は、はい!」

 

 まだ話もしていない自分の骨折の事を言い当てられてびっくりする炭治郎。

 

『なんで分かるんだ? 俺は何も言っていないのに』

「傷を庇って少し体の動きが不自然になっているので分かるんです。足と肋骨かな?」

「なるほど! そんな風にわかるなんてすごいですね!」

 

 自分の身体のわずかな動きから負傷の個所まで読み取られたことに、素直に感心する炭治郎。

 その素直な反応が嬉しいからか、結一郎は他にも助言を続けていく。

 

「骨折した状態で動くと痛みで踏ん張りが効かなくなるので、全集中の呼吸で痛みを緩和しながら戦うわけです。しかし、かといって深く呼吸すればまた痛むでしょう」

「はい、どうすればいいですか?」

「答えは簡単。深く呼吸したら痛むなら浅く速く呼吸すればいいんですよ。ついでに骨折している部分に意識を集中して筋肉で強化すればなお良いですね」

 

 全集中の呼吸を極めればいろいろなことができるようになりますからね。と、笑って告げる結一郎に炭治郎は頼もしさを覚えた。

 もともと真面目な努力家である炭治郎は、年上で経験を積んだ剣士である結一郎のアドバイスを素直に聞いていく。

 走りながら全集中の呼吸を使って言われた通りにしてみれば確かに痛みが楽になって動けるようになった。

 全快とはいかないが、マシになった体調で結一郎の後に続く。

 その二人の後ろに続く善逸はふと思う。

 

『さっき、炭治郎が口にしてないところにも返事してたよな。怖い、覚妖怪かこの人!?』

 


 

 ――鼓屋敷(つづみやしき)

 

 鬼の血鬼術(けっきじゅつ)によって入ったものを逃さない迷宮と化した死の屋敷。

 その中で、結一郎は善逸と鬼に兄を攫われた少年・正一(しょういち)と共に屋敷の中を探索していた。

 

「まずいですね。早く炭治郎君とてる子ちゃんに合流しなければ」

 

 そう、よりにもよって戦力が分断された状態なのである。

 炭治郎一人だけなら何とかなるかもしれないが、保護対象と共にいるとなれば話は別。

 正一の妹のてる子とこの屋敷をさまよっているだろう炭治郎のことを心配していた。

 

 この屋敷からの脱出は困難を極めている。というのも、血鬼術によって屋敷の構造が次々と変化しており、出口を探すことはおろか現在地の把握すら危ういのだ。

 保護対象の正一を安全な外に連れ出そうとしていた善逸が、先ほどまであった玄関がなくなって大騒ぎしていたことは記憶に新しい。

 脱出が難しいとなれば、原因となっている鬼を倒して血鬼術を解除するのが一番手っ取り早いのだが、非戦闘員を連れていることがどうしてもネックなる。

 一時的に正一たち保護対象を安全な場所に隠して戦いに臨めれば良いのだが、そうそう安全な場所が見つかるという幸運があるとは限らない。

 難しい状況に少しばかり頭を悩ませる結一郎。

 そんな状況を善逸も理解しているからか、涙目で謝罪の言葉を口にする。

 

「結一郎さん、すみません。俺が尻で炭治郎たちを押し出したばっかりにバラバラに分かれて行動することになるなんて……もしこれで炭治郎たちが死んでたら俺のせいだよな。もしそうなったら俺は、俺は良心の呵責に耐えられずに死んでしまうぞーーッ! 頼む死なないでくれよ二人ともー!」

「善逸さん! 何てこと言うんですか! てる子が、そんな……不安になるようなことを言わないでくださいよ!」

「ご、ごめんね~、正一君! そんなつもりじゃなかったんだよぉ~」

 

 年下の正一から叱責されて謝るという情けない姿を見せる善逸。

 結一郎は善逸の言葉を聞いてホゥと息を吐いた。

 呆れてため息を吐いた……のではない。むしろ感心して息が漏れたのだ。

 その理由は、言葉では自己保身が先行した情けのないことを言っているが、心の中では本当に分断された二人の事を心配しているのが分かったからだ。

 柱合会議の翻訳係はこのくらい読み取れなければやっていけないのである。

 

「善逸君、鬼との戦いに臨む際は、酷く精神的に追い詰められるものです」

 

 不安を隠し切れない――いや、隠そうともしない善逸を励ますように力強く声をかける。

 

「そんな鬼との戦いの中で人は否応なく本性が現れるもの……悲しいことに中には戦いの場で利己的な自分をさらけ出してしまう者もいます」

 

 結一郎が鬼殺隊に入ってから見てきたものの中には眉をひそめたくなるような味方の醜態も当然あった。

 鬼への恨みで暴走する者、功を焦って突出しすぎる者、鬼の恐怖に負けて無辜の民を見殺しにした者……

 鬼殺の剣士と言えど、人間。無理からぬこととはいえ、悲しいことだった。

 

「そんな中で、怯えながらも他者への思いやりを忘れない君はきっと素晴らしい剣士になりますよ」

「結一郎さん……」

 

 結一郎の気持ちのこもった言葉に善逸は――

 

「いや、そんな気休めを言われても困るんですよォーー!」

「善逸さん、そこは励ましを受けて頑張るところでは! 情けなくないんですか?」

「ギャアアア! 正一君の厳しい言葉が俺に突き刺さる!」

 

 まったく心揺らがなかったのだった。こいつ、逆にメンタル強くないか?

 しかし、翻訳係は動じない!

 

「なるほど。善逸君に足りないのは自信ということですね! よくわかりました!」

「わかりましたって、何がですか?」

 

 ヒィヒィと悲鳴を上げている善逸に代わって正一が結一郎に質問をした。

 返ってきたのは自信に溢れた言葉だった。

 

「善逸君に自信を付けさせる方法ですよ。まぁ、何とかなります!」

 

 笑顔であっけらかんと答える結一郎に正一は尊敬の念を覚えた。

 

『すごいなぁ。この人こそ、鬼を倒す剣士なんだな。こんなゴミみたいな人を立ち直させられるんだから』

 

 結一郎から善逸に視線を移して正一は思った。

 

「なんだよう! どうして俺をそんなゴミを見るような目でみるんだよーーォ!」

「すみません、口に出してましたか」

「今ね! 今、君がそう思ってたって知ったよ!」

 

 善逸と正一の掛け合いを見て結一郎は思う。

 なんか、意外と大丈夫そうだな。と。

 

「さて、おしゃべりはこれくらいにしておきましょう! 早く炭治郎君たちと合流しないと。先ほどすれ違った猪の鬼殺隊士も気になりますしね」

 

 パンパンと手を打って注意を向けた後、二人を促す。

 動き出した三人が出会うのは炭治郎だろうか? 鬼だろうか? それとも?

 

▼▼▼▼

▼▼

 

 鼓屋敷に善逸の汚い高音の悲鳴が響き渡る。

 

「出ちゃったじゃない! 出ちゃったよ!! イヤアアアア!」

 

 残念なことに出会ったのは鬼であった。

 ぐひぐひと薄気味悪く床下から這い出してきた鬼を見て騒ぎ出す善逸。

 

「ぐひぐひ、子供だ。舌触りがよさそうだ」

「ギャアアア! た、助けて! 結一郎さんんん!」

「ハァ……仕方ありません、ね!」

 

 助けを求められた結一郎は、ため息を吐きながら鬼の攻撃をはじいて二人を守る。

 鬼の伸びる舌が槍のように高速で飛来するのを、容易く見切っていた。

 その一瞬の攻防で、鬼のおおよその力に検討を付けた結一郎は、いいことを思いついたとばかりに善逸に声をかけた。

 

「ふむ……この程度の雑魚鬼なら練習にちょうどよさそうですね! 善逸君、あの鬼を倒してください!」

「ハァ!? 何言ってんの、この人ォ!?」

 

 このまま結一郎が鬼を倒してくれると安心していた善逸は、不意打ちを受けたように素っ頓狂な声を上げる。

 正直、鬼と戦うなんていう恐ろしいことはしたくない彼は、必死で言い訳を探すのだが、そうは翻訳係が卸さない。

 

「ああ、正一君の事は心配しなくていいです。おっと。自分がしっかりと守っていますから」

「ヒィ、逃げ道塞がれた! じゃなくて、俺の心配はしてくれよーッ!」

「大丈夫大丈夫! よっと。善逸君ならできますよ」

「そりゃ、喋ってる片手間に鬼を相手できるようなあんただからでしょォーッ!?」

 

 会話をしながらも危なげなく鬼の攻撃を捌いていく結一郎に、善逸は思いっきり反論をぶちまける。

 こんなに強いあんただから言えるんだという言葉はごもっともではあるのだが、それでは善逸の成長にならないと結一郎はその言葉を否定する。

 

「そんなことないです! では、今からお手本をお見せしますね」

 

 そう言って結一郎は鬼の倒し方を解説を交えながら実演していく。

 『簡単! 鬼退治攻略術♪』とでも言いだしそうな気楽な雰囲気で。

 

「この鬼の舌は複雑な動きは出来ないみたいなので、初撃を見極めて切り落とします。で、即座に近づいて防御されないよう両腕を切り落とす。最後に無防備になった頸を落とせば……ほら、簡単でしょう?」

「料理の手順を説明するように言われても!? っていうか、そのまま頸を落としてくださいよ! お願いですから!!」

「グオオオ、てめえ、俺をなめてんのかァ!」

 

 もう頸を落とすだけ、というところで刃を止めて続きを善逸にやらせようとする結一郎に、善逸と鬼からそれぞれ抗議の声が上がった。

 鬼との戦いって命がけのはずなのにもう完全に導入戦闘(チュートリアル)である。

 そりゃあ、文句の一つも出るというもの。

 

「ダメですか……あ、そうだ。善逸君、やられる前にやれば怖くなくなりますよ!」

「良いこと言ったみたいに言わないで! 無理無理ムリィイイ!」

 

 がしかし、この結一郎という男。これまで散々柱たちから無茶無理をさせられてきたので、感覚がマヒしている。

 この程度は無理などと思わなかった。

 ヤバいぞ。感覚が(非常識)に近づいている!?

 

「仕方ありません、妥協しましょう! 抵抗できないくらいボコボコにしますから頸を切るのだけお願いしますね」

「エエエェ!?」

 

 一応、どこが妥協したのか分からない妥協をしだした結一郎。

 手足を切り落とし、適度に痛めつけて鬼を動けなくしながら善逸に頸を切るように迫る。

 その光景を見て正一は、以前どこかで聞いた獅子の子育てを思い出した。

 母獅子は子に狩りを覚えさせるために、まだ生きている獲物を目の前に持ってきてとどめを刺させるのだという。

 今、目の前で繰り広げられているのはまさにそんな風景だった。

 

「さぁ、早く頸を切るんです! 早く!」

「イヤアアア! 助けてェエエエ!」

「殺せ……いっそ、一思いに殺せよォオオ!?」

 

 その後、何とか頸を切った善逸。彼は鬼を切れるという自信を得た代わりに何かを失ったような気がしたとか。

 めでたし、でよいのか? これ。

 

 

小ネタ「ネット小説家“響凱”さん」

 

響凱「段々とお気に入りが増えなくなってきた。勿論、継続して更新はしているのだが、以前ほどのお気に入りの量が増えなくなってくるのだ。そして……」

無惨「響凱。もうお気に入りは増えないのか? その程度か?」

響凱「いいえ……いいえ、まだ……。お、お待ちください、あと少し……」

無惨「もういい。ランキングから除外する。それがお前の限界なのだ」

 

響凱「稀血(高評価)……稀血(高評価)……アレさえつければ、五十人、いや百人分……」

  「高評価をもっとつけるのだ。そうしたら小生は、また十二鬼月(ランキング)に戻れる」

 

炭治郎「君の作品はすごかった! でも、複アカで総合評価の操作をしたことは許さない」

 

響凱さん、垢BAN!

 




ゲームの実況は攻略動画系が好きです!

次話の後編でこの作品も10話目ですね。
何か記念企画でもしようかと思うんですが、どうでしょう?
考えているのは
1.キメツ学園の翻訳係 ~生徒会長・和 結一郎の日常~
2.鬼の翻訳係 ~if もし結一郎が鬼だったら~

このどっちかですね。


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その7 後編(お目付け役編弐)

2019/08/26投稿


 善逸(ぜんいつ)が鬼の頸を泣きながら切ったすぐあと、その異変は起こった。

 右に左に。前に後ろに。

 部屋の向きが目まぐるしく入れ替わり、足場を失って宙に投げ出される三人。

 鬼の血鬼術によって屋敷が動き始めたのだ。

 突如の事態に反応できたのは結一郎(ゆいいちろう)だけ。

 外に投げ出されそうになっている善逸と正一の二人を即座に視認した結一郎は、迷いなく正一の救出を選択した。

 その結果、善逸は外へ、結一郎と正一は内に分断されてしまう。

 善逸の安否も確認できずに部屋を結一郎は正一を抱えて動き回る。

 

「うわあああ、結一郎さん! 善逸さんが!」

「彼なら大丈夫! 彼も鬼殺隊の一員です。たかだか二階程度なら頭から落ちても大丈夫です!」

「あなたたちって何なんですかぁ!?」

 

 鬼殺隊の仲間である善逸を信じて、結一郎は正一を守ることに専念するのであった。

 

 ※彼らは特殊な訓練を受けています。マネしないでください。死にます。

 


 

 その後、屋敷の異変が収まったと思ったらまた別の部屋に飛ばされていた結一郎と正一。

 屋敷の中でも奥の部屋だったようで、二人で外に出たら一番最後の組であった。

 外には鬼にさらわれていた正一の兄の清とその妹のてる子、炭治郎(たんじろう)と善逸、そして途中ですれ違った猪頭の鬼殺隊士と、屋敷にいた人間全員が勢ぞろいしていた。

 何故か善逸はボロボロで、炭治郎と猪頭が殴り合いをしていたのだけれど。

 

「ゆ、結一郎さん、何がどうなってるんですか!?」

「あー、うん。だいたい分かりました。ちょっと止めてきます!」

 

 訳の分からなさに正一が声を上げるのを横に、結一郎は状況を見て大まかな事情を把握。

 次々と来るトラブルにため息を吐きそうになるのをグッと堪えて鬼殺隊士同士の私闘を止めるべく動き出した。

 

「シャッア!」

「ハアア!」

「はい! そこまでです!」

 

 二人の間に割り込み、拳を受け止める結一郎。

 乱入者の登場に、戦っていた二人は同時に動きを止めた。

 

「結一郎さん、あの、これは……」

「何もおっしゃらなくても結構です! だいたい事情は把握してます! ここは下がりなさい」

「は、はい!」

 

 結一郎の言葉に従って素直に拳を下す炭治郎。

 どうしようもなかったとはいえ、お目付け役の前で私闘という隊律違反をしてしまったことからその顔は少し不安そうだった。

 一方でもう一人の猪頭は、好戦的な様子を隠さずに結一郎に突っかかってくる。

 

「ああ? なんだテメエは?」

「鬼殺隊隊士、階級・(きのえ)(にぎ) 結一郎です! 拳を下ろしなさい!」

「ハンッ! 俺の名は嘴平(はしびら) 伊之助(いのすけ)だ! テメエ、強そうだなァ。俺と勝負しやがれ!」

 

 伊之助と名乗った鬼殺隊士は、上司である結一郎の制止も聞かずに勝負を挑んでくる。

 言葉の通じない様子に生真面目な炭治郎は、思わずといった様子で叱るように注意の言葉を投げかけた。

 

「何を言ってるんだ君は! さっきは思わず戦ってしまったけど、本来なら隊員同士でやり合うのは御法度なんだぞ!」

「知るか! そんなもん! 俺が一番(つえ)えってことを証明してやるぜ」

「だから、駄目だって――」

「いえ、炭治郎君。お相手してあげようかと思います!」

 

 炭治郎の言葉を遮って、相手をすると告げる結一郎に、「えっ?」と、皆から驚愕の視線が集まる。

 私闘は御法度だと知っているはずなのに何故?

 そんな皆の疑問に答えるように結一郎はこう告げた。

 

「これから伊之助君に稽古をつけてあげましょう。ええ、稽古です。稽古なら殴り合っていても私闘にはなりません!」

「え、ええっ!?」

 

 稽古なら私闘じゃないという屁理屈のような言葉に、それでいいの!? と、驚く炭治郎。

 しかし、何故だか分からないけれど結一郎が言うととてつもなく説得力があるような気がした。

 稽古と言ったら稽古なのである。

 たとえ、二対一でリンチのような打ち込みをされようとも!

 たとえ、真剣を使って切り合いみたいになっていたとしても!

 経験者は語るのだ。

 

「ハハッ、何でもいいぜ俺は。さあ、やろうか!」

「ええ! 教育して差し上げましょう!」

 

 静かに構える結一郎に猛獣のごとき動きで飛び掛かる伊之助。

 静動相反する互いの動き。

 制したのは結一郎であった。

 

「ガハッ!」

 

 気が付けば腕を取られて地面に転がされていた伊之助。

 動きを読み切った結一郎には、このくらい造作もないことである。彼の真骨頂はここからだ。

 

「テメエ……うおっ!?」

「どうかしましたか?」

「ぬおお、なにくそぉ……おわぁ!?」

 

 片腕を結一郎に握られたまま地面をのたうち回る伊之助。

 いや、正確にはのたうち回されているというのが正しいか。

 

「なんであいつ地面を転がってるんだ? 訳が分からねえ」

「善逸さん、俺、昔どこかで聞いたことがあります」

 

 腕を取られているだけの伊之助が結一郎に転がし祭りをされていることに疑問符を浮かべる善逸に、いつのまにか傍に来ていた正一が思い出したように話し始めた。

 何か彼には心当たりがあるようだ。

 

「その昔、唐の武術の達人は手に乗せた鳥が飛び立とうとする気配を察知していつまでも手に留めておけたそうですよ」

「ええ、そんなことできるのォ!? 人間技じゃないよォ!」

「触れた相手を通して肌に伝わる感覚で動作を読み取る技術を聴勁っていうらしいです。結一郎さんが使ってるのはソレじゃないでしょうか?」

 

 彼の説明は当たりで、結一郎はつかんだ伊之助の腕を通して彼の動きを察知。

 絶妙な加減で力を加えることで、伊之助を立たせないようにしていたのだった。

 この伊之助という少年は、肌感覚が人より優れているので結一郎と同じように触れている相手の動作を読み取ることもできる能力はあるだろう。

 それが一方的にやられているのは、ひとえに経験と鍛錬の差であった。

 

「それにしても、正一君詳しいね」

「あ、その、ちょっと興味があったので」

 

 顔を赤らめる正一君。

 まぁ、男の子はこういうのに興味を持つものなのである。

 

 

 伊之助が一方的に転がされて約十分ほど経っただろうか。

 諦めずに抵抗を続けていた伊之助であったが、とうとう力尽き、心折れて大人しくなった。

 戦意喪失を確認した結一郎は、今後のために上下関係をしっかりと教え込む。

 

「オレ、オ前ヨリ強イ。オ前、オレニ従ウ。イイナ?」

「ウン、ワカッタヨ……」

 

 伊之助を無事屈服させた結一郎は、一仕事したと良い笑顔を浮かべる。

 そんな彼にツッコみを入れるのは、もちろん善逸である。

 

「な、なんで片言になってんですかーッ!?」

「いやあ、なんか彼にはこういう言い方の方が伝わりやすそうな気がしたので」

「あ~はい! 理由はないのに何故か納得してしまいそうな俺がいるゥ!」

 

 なんだか分からないが凄い説得力だった。なんでか分からないが。

 とりあえず、一騒動終わったので犠牲者の埋葬を始めるのだった。

 


 

 埋葬を終えたころに、犬の鳴き声が聞こえてきた。

 鳴き声がした方に顔を向ければ、猿を背に乗せた土佐犬が走り寄ってきた。

 

「おや、闘勝丸(とうしょうまる)藤乃(ふじの)ですね。ご用は終わりましたか」

 

 駆け寄ってくる二匹の名を呼ぶ結一郎。

 彼らは結一郎のお供の動物たちであった。

 それぞれ『鬼滅』の文字が縫われた首巻をしており、猿の闘勝丸は日輪刀を背負い、犬の藤乃は胴の両脇に荷物を載せていた。

 二匹に遅れて、上空から一羽の雉も結一郎の下へ降りてきた。

 

「ああ、碧彦(へきひこ)も来ましたか。全員勢ぞろいですね」

「あ、あの、結一郎さん。その子たちは?」

「自慢のお供たちです。けっこう優秀なんですよ?」

 

 一番幼いてる子が犬・猿・雉を従えている結一郎の姿を見て目を輝かせて近寄ってきた。

 その姿から思い浮かぶ有名なキャラクターが頭から離れない。

 

「結一郎さんって、桃太郎だったんですね! だから、鬼退治をしてるんだ!」

「アハハ、そ、そうですね。そういうことにしておきましょうか……キビ団子は渡せませんが、代わりに渡さないといけないものがあるんです。――藤乃」

「ワン!」

 

 子供の夢を壊すわけにもいかないので、あいまいに頷く結一郎。

 そのうち熊とか亀が仲間になったらどうしようと一抹の不安がよぎったが、気にしないことにして用件をすませることにしたのだった。

 藤乃を呼び寄せ、彼女が背負っていた両脇の荷物箱からものを取り出す。

 

「これをお兄さんの清君にいつも持ち歩くように伝えてくれますか?」

「これは、なあに? 桃太郎さん」

「鬼が嫌う藤の花の香り袋です。稀血で鬼に狙われやすい清君は持っていた方がよいでしょう」

 

 結一郎に言われたことを素直に頷くてる子たち。

 鬼退治の専門家である桃太郎(だと信じている)その人から言われたのなら説得力も強いというものだ。

 用事を済ませたので移動しようと視線を移せば、そこには闘勝丸に喧嘩を売っている伊之助の姿があった。

 

「なんだ、この猿野郎。一人前に日輪刀なんか持ってやがって!」

「ウッキィ?」

「やめろ、伊之助! あの桃太郎さんのお供の猿なんだぞ!」

 

 どういうことなの、これ?

 何がどうなって伊之助が闘勝丸に喧嘩吹っ掛けてるのか分からない。

 というか、炭治郎まで自分のことを桃太郎だと信じ込んでいる事実に微笑めばいいのか落ち込めばいいのか迷うところだ。

 こんなピュア少年がいるとは……

 

「いけませんよ、伊之助君!」

「うるせえ! 猿にまで馬鹿にされてたまるか!」

 

 とりあえず止めねばと声をかけるが、その程度で止まる伊之助ではなく。

 闘勝丸に向かって力比べを挑み始めた。

 それを見て結一郎は焦りを覚えて声を上げる。

 

「闘勝丸は――」

 

“猿の呼吸 弐ノ型 猩々神楽(しょうじょうかぐら)

 

「君より強い……遅かったかぁ……」

「ぐおおお!?」

 

 闘勝丸によって吹っ飛ばされる伊之助。

 本日弐回目の敗北である。

 猿にまで負けた伊之助は、その後休息のために向かった藤の花の家紋の家に着くまで大人しかったという。

 

「猿が全集中の呼吸を使うとか、そんなことある!?」

 

 善逸のごもっともなツッコミは誰も聞いていなかった。

 

 


 ――藤の花の家紋の家にて

 

 炭治郎・善逸・伊之助の三人が医者の診察を受けているころ。

 結一郎は一人席を外し、単独で行動を起こしていた。

 向かった先は三人の荷物が置いてある部屋。目的は炭治郎の背負っている箱。

 そう、鬼の妹・禰豆子(ねずこ)の調査だった。

 音もなく部屋に侵入し、背負い箱の前に立つ結一郎。

 

「さて、ご対面ですね」

 

 箱の扉に手をかけてそっと開け放つ。

 そこには口枷をした幼い少女、竈門(かまど) 禰豆子の姿があった。

 眠っていたその目が開き、結一郎を見つめている。

 

「こんばんは。自分は和 結一郎と言います。禰豆子さんですね? お兄さんの炭治郎君の……仲間です」

 

 一応、挨拶から始めてみる結一郎。

 禰豆子ははっきりとした反応は示さず、ボーッとした雰囲気で結一郎のことを見つめていた。

 

『反応はない。が、こちらの言うことを理解していないわけでもないようだ。うーん、なかなか判断の難しいところですね』

 

 観察をしてみるものの、これという情報が集まらない。

 その後もいくつか言葉を投げかけるも、意志薄弱という様子で目立った成果は得られなかった。

 埒が明かないと感じた結一郎は、状況を変えるべくある物を取り出す。

 

 それは、一つの小瓶。昼にお供の動物たちが届けてくれた品の一つであった。

 その蓋を開けて布に中の液体を染み込ませていく。

 白い布が真っ赤に染まったそれからは、濃い血の臭いがした。

 十分に血が染み込んだ布を禰豆子の前に差し出し反応を伺う結一郎。

 そう、これは禰豆子の食人衝動を計るための実験の一つである。

 

『さて、“稀血”を前にしてどんな反応を示すのか。場合によっては……』

 

 襲い掛かってくるようならば即座に頸を刎ねる。

 そのつもりで、結一郎は禰豆子を見ていた。

 鬼の好む稀血の臭いを前に、禰豆子は目を見開き、口からは涎が口枷を伝って垂れ始めた。

 禰豆子の食人衝動は消えたわけではない。

 それを確認し、ジッと観察を続ける。

 血の誘惑に勝てるのかどうか。それは今後に関わる重大な事実だ。

 その結果は――

 

「う、ウウッ!」

「これは……驚きました」

 

 衝動に逆らって禰豆子は血の布から目を逸らし、鼻を手で覆って誘惑から耐えてみせたのだ。

 重大な事実が分かり、さらに調査を続けようとする結一郎。

 しかし、部屋の外から人の気配を感じ、即座に箱の蓋を閉じて屋根裏へ姿を隠した。

 そのあとすぐに炭治郎たちが部屋に入ってきて雑談を始めたのだった。

 

 その間に屋根裏から立ち去った結一郎は、家の外に出て屋根に腰掛けてため息を吐く。

 

「ハァ……仲間に内緒で調べものとは、お館様の頼みとはいえ嫌な仕事です」

 

 仲間である炭治郎の妹を、秘密で試すようなことをしていることに後ろめたさを感じる。

 これも仕事の内と言い聞かすものの、重い気分は晴れなかった。

 落ち込む結一郎の下へ、彼の鎹鴉(かすがいがらす)が次の任務を告げに来ていた。

 

 炭治郎たちが怪我の療養の間は、お目付け役を一時中断。

 別の任務に就かねばならない。

 

「まったく、忙しいことです。おちおち菓子作りも出来ません」

 

 明日、出立することを伝えるために炭治郎たちに挨拶に行かねばと腰を上げる。

 次の任務もなかなか厄介なことになりそうな予感を感じ取っていた。

 

『ある町で(かくし)数名が行方不明になっている。鬼の諜報活動の可能性あり。直ちに調査せよ』

 

 それが、結一郎の次の任務であった。

 鬼殺隊の、ひいては当主・産屋敷の機密を探るべく差し向けられた鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)からの刺客。

 そう考えるのが良いだろう。

 激しい戦いの影が見え隠れしているようであった。 

 

 

オマケ『アンケート企画 あらすじ』

1.キメツ学園の翻訳係 ~生徒会長・和 結一郎の日常~

 中高一貫のキメツ学園で生徒会長を務める結一郎の下には、学校中のトラブル解決の依頼が舞い込んでくる。

 

庶務「大変です! 冨岡先生に対するPTAからの抗議が!」

結一郎「また、あの人ですか!? これで何度目になるでしょうね!?」

 

会計「じ、事件です! 宇髄先生がまた美術室を爆破しました~!」

結一郎「けが人がいるか確認して、警察に連絡を。『テロじゃなくていつものです』と伝えてください!」

 

書記「結一郎さん、近所の食堂から『毎回食材を全滅させるのはやめてください』と苦情が……」

結一郎「該当する人物はもう当校を卒業してます! そう伝えてください!」

 

 次から次へと押し寄せる学校のトラブルにいつも彼はてんてこ舞いなのだ!

 

 

2.鬼の相談係 ~if もし結一郎が鬼だったら~

 人を超えた能力を持つ鬼たち。しかし彼らにも悩みはあるようで……

 

累「ねぇ、家族がちゃんと役割を果たしてくれないんだ。どうしたらいい?」

結鬼「それ、本人の適性と合ってないんじゃないですかね? ていうか、何故子供の鬼に母親役を!?」

 

猗窩座「なぁ、上弦の弐がウザいんだが、何とかしろ」

結鬼「どうしろと!? ……分かりました。そんな目で見ないでください。なるべく鉢合わせしないように調整しますから!」

 

童磨「猗窩座殿が冷たいんだ。何とかならないかな? というか、他の皆もおしゃべりしてくれないんだよねぇ」

結鬼「え、無理をおっしゃる……いえ、なんでも! そうですね……とりあえず、贈り物でもしてみたらいいのでは?」

※その後、童磨は猗窩座に女の肉を持って行って喧嘩になります。

 

 個性的で仲の良くない十二鬼月から相談を受け、世にも恐ろしいブラック上司の鬼舞辻 無惨の機嫌を損ねないように頑張る鬼の相談係の日常である。

 




翻訳係コソコソ話
犬…藤乃 雌
猿…闘勝丸 雄
雉…碧彦 雄

次回は炭治郎たちとまた分かれてオリジナル展開です。
ガッツリ戦闘にするつもりです。
鬼は原作に出てきた鬼を出すつもりです。
さて、どの鬼になるでしょうか?
お楽しみに。




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その8(隠失踪事件)

2019/09/04投稿


 とある街角で二人の人物が人目を避けるように会話をしていた。

 一人は黒子(くろこ)のように布で顔を隠した鬼殺隊の裏方“(かくし)

 もう一人は、白地の外套(マント)を身に着けた鬼殺の剣士・(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)だった。

 

「――以上がご報告となります」

「なるほど。状況からみて明らかに鬼の仕業ですね」

 

 結一郎は今回の任務に挑むにあたって、隠から事件の報告を受けて情報収集にあたっていた。

 この度の任務は、「隠数名が行方不明」という事件の調査及び解決となっている。

 巧妙に所在地を隠している鬼殺隊の本拠地を探る鬼の刺客が差し向けられたと考えられるこの事件は、緊急性・重要性が高く、早急の対応が必要なものだ。

 

「それで、頼んでいた物は?」

「はい、こちらです」

 

 隠から手荷物を受け取る結一郎。

 その中には、今回の任務で必要な道具がそろっていた。

 

「行方不明になった方々の持ち物……確かに預かりました。藤乃(ふじの)に追跡させましょう」

「よろしくお願い致します」

「えぇ、あなたもお気を付けて」

 

 別れの言葉を告げて歩き出す結一郎。

 その姿は人混みに入ると、スッと消えるように気配が消えて見えなくなった。

 忍びの技を覚えているという噂は本当だったのか、と、残された隠は一瞬驚いたが、すぐに落ち着いて自身も移動を開始する。

 結一郎が仲間の仇を討ってくれることを信じて。

 


 

 時刻は丑三つ時(午前二時頃)。

 人も動物も草木でさえも寝静まる深夜。逢魔ヶ刻。

 一人の隠が街を静かに歩いていた。

 そんな彼の目の前に突然壺が一つ現れる。

 不自然に現れた壺を訝しみ、様子を確認するために近づいた……その瞬間、壺から手が伸びてきて彼に襲い掛かる。

 魔の手にかかる寸前、大きく後方に跳躍して危機を逃れた彼は次の攻撃に備えるように身構えてみせた。

 

「フッフッフッ、これはこれは活きのよい。生意気な、いや、それもまたよし」

 

 壺の中から不気味に身をうねらせながら現れたのは異形の鬼。

 額と口の位置に目があり、元の目があったであろう場所には口が二つ。体は蛇とも蚯蚓ともつかぬような奇怪な姿であった。

 その上下に並ぶ鬼の瞳にはそれぞれ“上弦”、“伍”と刻まれている。

 最強の十二体の鬼に名を連ねるその名は、上弦ノ伍・玉壺(ぎょっこ)という。

 

十二鬼月(じゅうにきづき)……上弦の鬼!?」

「その通り! さあ、無駄な抵抗はやめてもらいましょうか」

 

 後ずさる隠を捕らえようと玉壺が血鬼術(けっきじゅつ)で襲い掛かる。

 身体から生える小さな手に握られた小さな壺から、人を食い殺す妖魚が無数に飛び出して身を抉ろうと飛び掛かってきた。

 隠はもう一度跳躍して躱しながら、口笛で合図を送る。

 その合図に呼応するように犬の遠吠えが響き渡った。

 次の瞬間、日輪刀を咥えた犬が飛び出し、器用に口で刀を隠に投げ渡す。

 

「何ィ!? 貴様、まさか!?」

「よくやりました、藤乃!」

 

 投げられた日輪刀を掴み取った彼に向けて、玉壺が妖魚を差し向ける。

 宙を舞う人喰いの魚群。

 それを刀剣の一閃が呑み込んでゆく。

 

風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ(じんせんぷう・そぎ)

 

 螺旋状に切り刻む剣閃は妖魚を残らず絶命せしめ、その傷跡を地面に刻み込む。

 その人間離れした技をなした人物は、妖魚の毒の体液に濡れた隠の衣服を脱ぎ去ってその正体を現す。

 先ほどまで『隠』と刻まれていたその背の下から現れたのは『滅』の一字。

 人の身で鬼を滅する鬼殺の剣士。その隊服であった。

 

「変装とは味な真似を。まあ、それもまたよし。何者です?」

「……見ての通り、ただの鬼殺隊士ですよ。あなたが仲間を攫っていた犯人ですね?」

 

 上弦の鬼と相対しながらも、恐れることなく情報を引き出そうとする結一郎。

 行方不明になった仲間をどうしたと鋭く問えば、目の前の鬼は嗤って返事をしてきた。

 

「ヒョヒョッ、彼らですか。拷問をしてもロクに情報を吐かないので、私の作品にしてあげましたよ」

「作品……?」

 

 玉壺の口からでた『作品』という言葉に、嫌な予感を覚える結一郎。

 その予感は的中。

 玉壺の隣の地面から出てきた壺からおぞましいモノがその形を見せる。

 

「いかがでしょうか、私の作品は!」

「こ、これは……ッ!」

 

 行方不明になった隠四名。彼らの遺体を切断し、つなぎ合わせて作られた悪趣味(グロテスク)なオブジェだ。

 あまりのことに言葉を失う結一郎を横目に、玉壺は誇らしげに自身の作品について解説をし始めた。

 

「名付けて“黒子の顔並べ”でございます! 四人の黒子をふんだんに使った贅沢な作品なのです」

「……それで?」

 

 解説をする玉壺に結一郎は淡泊に続きを促す。

 続きを求められた玉壺は喜び勇んで話を続けた。

 

「裏方として顔を隠している彼らの顔をあえて前面に出して強調する。この部分がこの作品の味を出しているのですよ!」

「そうなんですか……それで?」

「……しかしながら、裏方という奥ゆかしさも表現せねばと思い、手足をへし折り絡み合わせて体に巻き付かせて表現しています」

「ふーん、それで?」

「……ッ!」

 

 頑張って説明しているのに、結一郎の反応が薄くてなんだかやりづらさを感じる玉壺。

 しかし、説明の続きを促されていることには変わりなく、ここでやめるのもなんだか負けた気がする。

 

「世のはかなさを表現するために、一部は骨がむき出しにしてあります。赤い血に混じり白い骨の色がまた艶やかでしょう?」

「なるほど……それで?」

「…………おっほん! 極めつけは、ここの腹を押すと断末魔を再現する絡繰りが施されているのです! どうです、すばらしいでしょう?」

「ほほう……で?」

 

 玉壺が自身の作品について熱弁するのを、結一郎が一言「それで?」と返す。

 そんなやり取りが数度繰り返されて、とうとう玉壺がキレた。

 

「あああ! 何なんだ、貴様ァ! さっきから『それで?』ばっかりで返しやがって! もっと私の作品について言うことはないのか!!」

 

 ほぼ無反応といっていい結一郎の態度に怒りをぶつける玉壺。

 その怒りを受けても結一郎は平然として、会話を続けようとしていた。

 

「ああ、すみません。自分は芸術には詳しくないもので。なので、ついあなたの解説の先が気になって淡泊な反応になってしまったんですよ」

「そ、そうか。ならば、それもまたよし!」

 

 これだけじゃないんでしょ? もっと話を続けてくださいよ!

 という、結一郎のヨイショにあっさりと乗せられる玉壺。

 機嫌をよくした玉壺は、さらにペラペラと作品について語りだす。

 四半刻(約三十分)ほど話したところで、そろそろ無くなってくる。

 

「――――と、いうところがこだわった所でして」

「なるほどなるほど、それで? 他には?」

「ほ、他に!?」

 

 ネタがもうないのに結一郎に続きを促されて焦る玉壺。

 どうする? と、考えるが言葉が出てこない。

 そんな彼の様子に、結一郎はわざとらしくため息を吐きながら告げた。

 

「もう語れないんですか? あなたの作品って、たかだか四半刻で語りつくせる程度なんです?」

「なっ! そんなはずないだろォ!! もっと語れるわ! 本当に!」

 

 えー、もう限界なんですかぁ?

 という幻聴が聞こえてきそうな結一郎の言い方に、玉壺がムキになって反論してまた語りだす。

 自分の芸術観も交えて語りまくる玉壺。

 負けられない勝負がそこにはあったのだ。

 ……正直、第三者からみたら訳がわからないものでしかないのだけれど。

 

 

 ――一刻半後(約三時間後)。

 

「その時、私は新たな芸術の扉を開いたのです!!」

「なるほど、そうだったんですねー」

 

 とことんまで自分の芸術について語りまくった玉壺は、不思議な満足感に包まれていた。

 ここまで自分の芸術について話して聞かせたのは初めてだ。

 となれば、是非とも相手の感想が聞きたくなるのが心の常というもので。

 

「あー、私ばかり話してしまいましたが、あなたはどう思います? 私の芸術は」

「ん? ああ、そうですね。ここまで聞いたんだから自分の感想も言わなきゃいけないですよね」

 

 作品の感想を求められ、それもそうだと首を縦に振る結一郎。

 玉壺は彼の口から出る感想を今か今かと待ち望んでいた。

 ここまで自分の芸術に興味を示してくれた人間だ。どんな賛美を口にしてくれるだろう!

 

「つまらないです!」

「そうかそうか、つまらないか! ……は?」

 

 褒め称える言葉とは正反対のことを言われて固まる玉壺。

 そんなヤツを尻目に結一郎は言葉を続けていく。

 

「つまらないんですよ、あなたの作品は。全てにおいて」

「人の心をかき乱すような情念も、人を圧倒させるような迫力も凄みも美しさもない」

「あるのは人の(むくろ)を使っているというおぞましさだけ。人の死体を使ってるんだからおぞましさがあるのは当たり前で評価点はあげられませんね」

 

 酷評。嵐のような酷評であった。

 約二刻あまりも語らせておいて、この評価である。

 やられた方にとってはたまったものではない。

 

「な、何を言うか、貴様ァー! それは芸術を理解できないお前の頭が問題なのだろうがッ!」

 

 芸術への審美眼がない猿が! と、キレる玉壺。

 だがしかし、それで怯むような結一郎ではない。

 柱合会議の翻訳係を舐めるなよ!

 

「ハハハ、そんなことを言うから二流なんです! 一流の芸術は素人すら感動させるものですよ? それを相手が理解しないから悪い? 理解させられなかった己の未熟を恥じるべきでは?」

「ッ!? 偉そうに分かったような口を!」

「その証拠に! あなたが自慢気に語っていた断末魔を上げる絡繰り。あれは逃げでしょう。絡繰りなんかを使って、工夫したつもりになっている! 自分の作品に自信がないことが透けて見えますよ!」

「グヌヌ、生意気な!」

 

 結一郎の言葉に悔しさから歯を噛み締める玉壺。

 彼の言葉に自分でも少し心当たりがあるような気がして負けた気分になっていた。

 決して認められるものではないが、完璧だと思っていた自分の作品について真正面から酷評されたのは初の出来事で戸惑いを隠せない。

 苛立つ玉壺。さらに結一郎が言葉を投げかける。

 

「まぁ、褒められるところがないわけではないです。一番元となっている壺。これは良い仕事してますね!」

「む? ほほぅ、そうか、分かりますか! この壺の良さが」

 

 メタメタに貶された後に、急に褒められてちょっと嬉しくなる玉壺。

 特に自分のアイデンティティにも関わりそうな壺について褒められたのだから、気分は急上昇といったところだ。

 この鬼、チョロいぞ!?

 

「なかなか綺麗で良い壺ですね!」

「そうだろう、そうだろう! この美しさはたまらないだろう?」

「ええ、分かります。……それで、この壺はどこで買ったんです?」

 

 上機嫌になっていたところに、結一郎の一言でビシリと体が硬直する玉壺。

 今、こいつなんて言った?

 

「買った? ~~ッ! これは私の作品だァ!」

「ハッハッハッ! 今更そんな見栄を張らなくてもよいではないですか! 良いものを見極めるのも誉められた能力ですよ?」

「私に創作能力がないことを前提で話すなァアアア!!」

 

 お前が価値ある作品を作れるわけないだろ。(意訳)

 そう言われた玉壺は今度こそ、ブチ切れた。

 これだけ話をさせておいて、この男は玉壺の事を芸術家だと認めていないのだ。

 許せることではない。

 

「この壺はなぁ! あのお方にも評価頂いていて、高く売れているんだぞ! 私の作品が、だ!」

「なんと! 本当ですか!? 本当ならどこで売っているか言えるはず……」

「○○商店と××骨董店だ! 東京の大店で扱われてるのだぞ!」

 

 その言葉を聞いて結一郎の表情が笑みを描く。

 良いことを聞いた。あとで調べなくては。

 笑みを浮かべる結一郎を見てとうとう玉壺の堪忍袋の緒が切れた。

 

「何を笑っている貴様ァ! 許さん! 私に殺される直前になっても笑っていられるか試してやる!」

「無理ですよ。あなたでは」

 

 殺意を向けてくる玉壺に対し、勝利宣言ともいえる挑発を行う結一郎。

 これに玉壺は耐えられなかった。

 

「舐めるな、小僧ォ!」

 

 “血鬼術 千本針魚殺(せんぼんばりぎょさつ)

 

 手に持った壺から呼び出された金魚が毒針を射出して攻撃するこの技。

 無数の針を高速・広範囲にばら撒くこの技は回避がしづらい厄介な攻撃である。

 もっとも、それは攻撃を放てればの話だが。

 

「ギョエエエ」

 

 奇声を発し、妖魚の身体が崩れていく。

 次の瞬間には玉壺の頸が刎ねられていた。

 

 “雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

 結一郎がしたことはシンプル極まりない。

 出現した妖魚に藤の花の毒を塗り込んだクナイを投げ、それを追い抜かすように高速の居合抜きを放ったのだ。

 

「あなたの敗因はただ一つ。長々とおしゃべりをしすぎたんですよ」

 

 居合を振りぬいた形から正眼に構えを戻した結一郎の目には油断などない。

 上弦の鬼を倒せた手ごたえを感じていなかったのだ。その判断は正しいことがすぐ証明される。

 

「残念でしたね。それは私の抜け殻だ、間抜け」

 

 勝ったつもりかと、嘲るように物陰から現れた玉壺の姿は先ほどまでと大きく形を変えていた。

 鋭い爪を持った太い腕をそなえ、魚のような鱗が並ぶ長い胴体をくねらせて移動してくる。

 より凶悪な姿に変貌した玉壺は自慢げに己の肉体を誇った。

 

「見るがいい、私の真なる姿を! 金剛石よりも硬く強い鱗、練り上げた美しき姿を!」

 

 その姿を見た結一郎は一言。

 

「……壺は?」

「え? 壺?」

 

 意外な一言に玉壺は言葉が出なくてオウム返しに聞き返すことしかできなかった。

 結一郎は間の抜けた返事をした玉壺を責めるようにまくしたてる。

 

「壺はどこにいったんです? あれだけ自慢げに話をしていたのに真の姿とやらになった瞬間用済みですか!? あなたの壺への愛はそんなものだったんですか!」

「わ、私の壺への愛!?」

 

 結一郎の激しい言葉に玉壺は気持ちが圧されているのを感じた。

 心の片隅で『何故、私が叱られてるんだ?』とか、『なんでこいつ、こんなに壺推しなんだ?』という疑問がよぎらないでもなかったが、それを押し流すような衝撃を受けていたのだ。

 名前にも「壺」とあるのに、真の姿になった途端に壺要素がなくなるとか自分でもどうなんだろうと思ってしまったのだ。

 自身の能力が自己否定をしているように感じられてショックを受けて地面に手を突きそうになる玉壺。

 

 そんな隙を見逃すなど、鬼殺の剣士としてあるまじき行為だ。というわけで。

 

「いまだ、隙あり!」

 

 “炎の呼吸 伍ノ型 炎虎(えんこ)

 

「ぎゃああ!? 人が落ち込んでいるところを斬りかかって来るなんて鬼か、お前は!?」

「いや、あなたが鬼で自分が人です! 間違えないでください」

「そういうことを言ってるんじゃない! くうぅ、どこまでも馬鹿にしやがって!」

 

 斬りかかってきた結一郎の攻撃をかろうじて避けた玉壺が卑怯者と罵るも、結一郎はとぼけた返事をしてまた怒りを煽る。

 もちろん、結一郎はわざと行っている。精神攻撃は基本であるからして。

 

 ここまで馬鹿にされて黙っていられるはずもない玉壺は、自身の最大の技で決着をつけることを決めた。

 “血鬼術 陣殺魚鱗(じんさつぎょりん)

 全身を覆う鱗を使い、高速で縦横無尽に飛び跳ねて相手を攻撃する技で、触れた相手を魚に変えて絶命させる「神の手」を合わせて使うことから大変危険な攻撃である。

 玉壺はこの術に絶対の自信を持っていた。

 

「これで死ねェ! 血鬼術、陣殺ぎょぼああ!?」

 

 結一郎を殺す。

 その殺意を持って高速移動をしたその一歩目で、玉壺に衝撃が襲った。

 響き渡る爆発音と火薬の臭い。

 なんてことはない。玉壺の移動した先にあらかじめ衝撃で爆発する爆薬が投げ込まれただけの話だ。

 

「ぐうう、どうやって私の動きを!? あの移動速度についてこられるはずがない!」

「あれだけ、長く話をしていたんです。あなたの思考の癖くらい把握してます、よ!」

 

 移動速度を目で追えなくとも、動きの軌道を予測できなくとも、お前の思考は読み通せると告げる結一郎。

 その証拠に、斬りつけられた刃を腕で防ぎ高速で動いた玉壺の移動先へまた爆薬を投げつけてみせる。

 数瞬の後に爆音。見事命中だ。

 

「くっ、だが、爆薬では私は殺せない。お前の本命の攻撃にさえ気をつけておけば私に敗北はない!」

「あなたをここで釘付けにする。それで自分の勝利は確定です!」

 

 時間は結一郎の味方だ。

 なぜなら……もう、空が白み始めていた。

 

「あ、朝!? そんな、朝になってしまう!」

「言ったはずです。あなたの敗因はただ一つだと」

 

 結一郎と玉壺が接触したのが丑三つ時(午前二時頃)。

 そこから二刻(約四時間)近く話をしてれば、そりゃ朝にもなるだろう。

 敗因は趣味の話に夢中になって徹夜したことだ!

 

 玉壺は自身の敗北を予感して青ざめた。

 状況は既に結一郎とどう戦うかではない。どうやって結一郎から逃げ出すかという選択を迫られている。

 自分の思考は筒抜けで下手に動けない。

 せめて真の姿になる前の壺のある状態だったら空間移動系の能力で逃げ出せたかもしれないというのに。

 ここにきて、自分の選択肢が頸を締めることとなっている。

 絶体絶命のピンチ。だが、玉壺の運はまだ尽きてはいなかったようだ。

 

「お前たち、何の騒ぎだ! ――ば、化け物!?」

「しまった! 逃げなさい!」

 

 結一郎の爆薬の音を聞きつけて駆けつけた警察官。

 その姿を目にしたとき、結一郎と玉壺は正反対の感情を覚えた。

 不運な警察官に向け、妖魚をけしかける玉壺。

 無辜の住人が被害を受けることを結一郎が見逃せるはずもなく、彼を庇いに動かざるを得ない。

 妖魚をすべて叩き落した時には、玉壺の姿はなく。

 臍を嚙む結一郎の顔に朝日が照り付けた。

 あと一歩間に合わなかった。

 

「上弦の鬼を倒す機会を逃すとは……不覚です!」

 

 結一郎と玉壺の戦い。

 お互いに勝利のない、悔しさの残る戦いとなったのであった。

 

オマケ「玉壺、叱責」

 

 琵琶の音と共に景色が入れ替わる。

 無限城と呼ばれる鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)の居城へと空間系の血鬼術によって呼び出された玉壺。

 上弦の鬼である彼を呼び出せる人物など彼の主しかいない。

 

「無惨様、これはご機嫌麗しく……」

「ほぅ、玉壺よ。お前には今の私が機嫌よさそうに見えるか?」

 

 平伏して挨拶をすれば、頭上から感じるのは無惨の怒り。

 玉壺は言葉を間違えたことを知った。

 

『しまった。私としたことが不用意な言葉をかけてしまうとは。無惨様は何にお怒りなのだ?』

「私が何に怒りを覚えているのか分からないのか? 玉壺」

 

 配下の心を読むことができる無惨は、玉壺の心の内の疑問を読み取り言葉を投げかける。

 無惨の口調から、自分に関わりのあることだと予測できるものの、心当たりが見当たらない。

 ここは不興を買うことを覚悟して正直に話すしかなかった。

 

「申し訳ございません。愚かな私にはご心中をお察しすることができず……何があったかお教え願えますでしょうか?」

 

 平身低頭。精一杯の謝意を示しながら怒りの理由を教えてもらうよう懇願した。

 その殊勝な態度が認められたのか、無惨は玉壺に不快な出来事についてあらましを語り始めた。

 

「お前の壺を卸している○○商店と××骨董店に鬼狩り共の調査が入ったのだ」

「なんと!? そのようなことが!」

「私に繋がる証人・物証共に消し去ったが、私の擬態先の一つと収入源の一つが潰されたのだ。これは由々しき事態だなぁ? 玉壺よ」

「は、はっ! おっしゃる通りでございます! (ま、まさか、あの時の!?)」

 

 無惨から具体的な話を聞かされ、ようやく心当たりのある出来事を思い出す玉壺。

 先日、屈辱の逃亡を余儀なくされた鬼狩りの剣士のことを思い出す。

 

『奴の口車に乗せられて、店の名前を口にしたような気がする。マズい、これは失態だ!』

「そうかそうか。やはりお前のせいであったか」

「む、無惨様、申し訳――」

 

 謝罪の言葉を口にしようとした瞬間世界が反転する。

 気が付けば玉壺の頸は無惨の手に逆さに乗せられて、異様な形で対面させられていた。

 

「黙れ、口の軽い愚か者が! お前が無駄にお喋りなのは口が二つもあるせいか? 片方縫い付ければ少しは沈黙を学べるか?」

「こ、これは――」

「黙れと私が言っているのが分からないのか」

 

 ミシリと頭蓋骨が嫌な音を立てるのが聞こえる。

 無惨の怒りによっていつ握りつぶされるかも分からない。文字通り相手の手に命を握られている状況。

 そんな状況の中で玉壺は……

 

『無惨様の手が私の頭に! ああ、いい! すごく良い!』

 

 恍惚の表情をしていた。

 こいつは、レベルが高い。何とは言わないけれど。

 当然、配下の心が読める無惨はこの玉壺の感情をダイレクトに知ることになるわけである。

 ……ご心中、お察し致します。

 

「玉壺、これまでの功績に免じて今回のことは許そう。だが、二度目はないと思え」

「おぶっ! は、ははぁ! ご慈悲を賜り感謝致します!」

 

 ポイっと投げ捨てて、冷たく言い捨てる無惨。

 さすがの鬼の首魁といえど変態を手の上に保持し続けるのは嫌だったようだ。

 うん、災難だったね。

 さらに言えば、これ以上何の罰を与えようが、玉壺にはご褒美にしかならないような気がして気が削がれたというのもある。

 この変態、最強ではなかろうか……

 おまけで言えば、上弦の鬼という早々替えのきかない優秀な配下でもあるので、粛清までは免れたのだった。

 戦闘に能力が偏りがちな上弦の鬼の中でも貴重な探索・探知が得意な鬼で優秀なのだ。変態だけれど。

 

 軽く心労を覚えながら無限城を去る無惨。

 もしかしたら、無惨に一番ダメージを与えているのは身内なのかもしれない……?

 

 

「玉壺殿、あまり無惨様を困らせるようなことをしては駄目だぞ!」

「そ、そうですな。気を付けましょう(童磨(どうま)殿に言われたくは……いや、それもまた良い)」




「壺」っていう字がゲシュタルト崩壊しそうで困りました。この話。
鬼滅の二次創作なので、一度は煽りの呼吸を使わせたかったんです。
しかし、響凱さんが言われた言葉って、ハーメルンで執筆してる人が言われたら誰でもダメージ受けそうな気がします。うん。

翻訳係コソコソ話
 実は結一郎、興味がない玉壺の話を、相手が気持ちよく話せるように気を使いながら延々と聞き続けるのはけっこう苦痛だった。
 仲間を作品にされた怒りを笑顔の下に隠して応対していたりしてたりします。


ミニ次回予告
「キメツ学園 ~生徒会長・和 結一郎」


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キメツ学園の翻訳係 ~生徒会長・和 結一郎の日常~

2019/09/17投稿

記念アンケート企画です。
たくさんの投票ありがとうございました!


『中高一貫キメツ学園』

 個性的な先生、生徒たちが多く在籍するこの学園はいつも騒がしい。

 バイクで登校する不良や年中半袖裸足の野生児がいたり、礼儀正しく規則を破るピアスの少年にフランスパンを咥えて登校する女子生徒など色物生徒が山ほど存在する。

 ついでにいえば、先生も変わった人が多い。

 指導が厳しすぎてPTAから目を付けられ、そろそろ教育委員会が動くと噂される体育教師や、「芸術は爆発だ!」と、美術室をダイナマイトで爆破する美術教師なんかがいたりする。

 今述べた二人に比べれば、授業中に急に騎馬戦をやりだす歴史教師や授業は鼓を使って古典音楽ばかりする音楽教師が可愛く見えるのだから、この学園に在籍している人物たちの濃さが分かるというもの。

 そんな学園の生徒会長は毎日が大忙しなのだ。

 

 これは、日々舞い込んでくるトラブルを解決するために東奔西走するキメツ学園生徒会長・(にぎ) 結一郎(ゆいいちろう)の物語だ。

 

 

 

『キメツ学園生徒会役員』

 学校行事の運営や各部活の予算決定などの重要な役割をこなすのが生徒会というものだが、この学園の生徒会は学園内で起きたトラブルの解決も仕事の一つとなっている。

 今日もまた、生徒会には様々なトラブルの知らせが届けられている。

 

「大変です、和先輩! 冨岡先生に対するPTAからの抗議が届いてます!」

「またですか! あの人はもう、これで何回目です!? 冨岡先生には後で話を付けに行くので詳細をまとめておいてください」

 

 高等部一年生の佐藤庶務が慌てて報告してきたのを、内容に呆れながらも冷静に対処する結一郎。

 その後のスケジュールに体育教師の冨岡先生への取り調べを書き込んでいると、次なるトラブルが舞い込んでくる。

 

「じ、事件です! 美術室が爆発しましたぁ~!」

宇髄(うずい)先生ですね! すぐに警察に連絡を。『テロじゃなくていつものです』と言えば通じるはずです」

 

 中等部二年生の高橋会計が息を切らして駆け込んで報告してきたのを迅速に対応。

 一瞬で犯人を特定して、対処する姿は慣れを感じさせるものだった。

 美術室が爆発するのが慣れているというのも嫌な話だが。

 

「結一郎さん。近所の食堂から『毎回食材を全滅させるのはやめてください』と苦情が入ってます」

「……該当する人物はもう当校を卒業してます! そう伝えてください!」

 

 息つく暇もなく、次のトラブルの報告を持ってきたのは高等部三年生の鈴木書記。

 彼の報告に少し疲れたような表情をした後、的確に指示を出す。

 曲者ぞろいの学園で、結一郎はいつもてんてこ舞いなのだ。

 

「まったく、どいつもこいつもですよ!」

 

 生徒会長・和 結一郎。中等部三年生の前期から続けて七期目の現在。

 彼は一刻も早く生徒会長を辞めたいと思っていたのだった。

 まぁ、先生たちからの推薦および、圧倒的得票率のせいで誰も代われないのだけれどね。

 彼が生徒会長を辞めるには、あと半年は待たねばならないのだ! 頑張れ!

 

 


 

 生徒会に持ち込まれるトラブルに頭を抱えたくなる結一郎。

 しかし、嘆いていても問題は解決しないので行動するしかない。

 そういうわけで立ち上がり生徒会室から出た結一郎は、職員室へ向かう。

 言うまでもないことだが、問題解決の協力を先生に頼みに行く……わけではない。

 むしろ、問題の元凶がそこにいるからだ。

 生徒会長が問題を起こした教師を叱りに行く。ぶっちゃけ、立場が逆だと思うのだ。普通は。

 

 何が悲しくて指導を受ける立場の生徒が、指導をする立場の教師を叱りにいかねばならないのか。

 そんな情けない教師代表が冨岡(とみおか) 義勇(ぎゆう)という男である。

 

「さて、何か言うことはありますか? ()()()()担当体育教師・冨岡 義勇先生?」

「なぜ、肩書まで言う必要がある」

「言わなきゃわかりませんか?」

 

 もちろん皮肉である。

 職員室で自分の席に座っている冨岡先生に結一郎が見下ろしながら言う。

 口調はにこやかながらも目は決して笑っていない結一郎が問いかけに対して、冨岡先生が答えたのは本筋とは関係ない言葉であった。

 これが誤魔化そうとか話題を逸らそうとかいう意図ならまだいい。いや、よくはないのだが。

 この男、空気が読めていないが故の発言であった。

 うーん、頭が痛いぞ結一郎。

 

「PTAからの抗議を何回もらえば気が済むんですか? あなたは」

「大丈夫だ。問題ない」

「問題だから自分がここにきてるんですが……それと、その大丈夫って『全部自分が責任を取るから大丈夫だ』って意味で言ってるんでしょうけれど、通じませんよ。普通の人には」

 

 今回のトラブルについて文句を言えば、傍から聞けば無責任とも状況を理解していないともとれるような返事に呆れてしまう。

 この言葉の足りなさが、トラブルの原因なんだなぁ、と、改めて実感させられてしまった。

 それじゃだめですよという、結一郎の真っ当な意見を受けて冨岡先生は反論する。

 

「和、お前には通じたじゃないか」

「うわぁ、否定しにくいところを突いてきますね、この人」

 

 普通の人には通じませんと言った手前、この言葉を否定したい結一郎。

 言外に「お前は普通じゃない」と言われてしまったわけである。

 こんなブーメランってある!?

 ちょっとイラっとした結一郎だが、こんなことでいちいち突っかかっていては話が進まない。

 重要なのはこの後どうするかということだ。

 

「まあいいです。それで、この後先生にはPTAに謝罪と反省を述べてもらうわけですが……コレの通りに従ってください」

「これは?」

 

 結一郎が手渡したのはA4のプリントの束だ。

 両面に文字が印刷されたそれの内容は、簡単に言えば台本であり、問答想定集であった。

 

「これを全部暗記してください。で、本番では一字一句違わずに、この台本通りに答えてくださいね」

 

 言葉が少ないかあるいは余計なことを付け足して言うかのどちらかが多い冨岡先生対策である。

 ここまでしなきゃいけない先生もヤバいが、それに対してこんな準備できてしまう結一郎も大概である。

 

「こんなものなくても、俺は大丈夫だ」

 

 それなのに、せっかく作った台本を素っ気なく突き返そうとする冨岡先生。

 これには結一郎も堪忍袋の緒が切れた。

 

「はぁ……言うに事を欠いてそんなことを。では、鱗滝(うろこだき)さんの前でも同じことが言えるか試してもらいます!」

 

 鱗滝という名前を聞いて慌てる冨岡先生。

 鱗滝 左近次(さこんじ)

 キメツ学園の用務員で、この学園の古株でもある。

 冨岡先生が学生時代から勤務をしており、かつ、彼の学生時代には大変お世話になったため頭が上がらなかったりするのだ。

 

「ま、待て、結一郎! ちゃんとするから、鱗滝さんに言うのは待ってくれ」

「冨岡先生……自分は()()()()()と言ったんです! すでに鱗滝さんには連絡済みなのです!」

 

 恩師からの叱責はさすがに辛いのか、思いとどまってもらおうと懇願する冨岡先生であったが、結一郎は無情にも事実を突きつけたのだった。

 もう叱られるのは確定事項なのだと。

 その言葉にガックリと項垂れる冨岡先生。

 

「まったく、前回も今回も危うく地元新聞の三面記事に載りかけたんですから鱗滝さんにこってり絞られて反省してください」

「プッ! ハハハッ! 残念だったな、冨岡。派手に三面記事に載るチャンスだったのにな!」

 

 哀れなその姿を笑う人物がいた。

 結一郎はその人物に顔を向けて呆れた顔で告げる。

 

「三面記事定番男が人の事をよく笑えますね! 宇髄先生!」

 

 宇髄 天元(てんげん)。美術教師である。

 学園教師問題児その二である。

 

「芸術は爆発だからなぁ、仕方ねえんだよ」

「そんな芸術なんて廃れてしまえ! 本当に!」

 

 芸術は爆発だと言って、本当に美術室を爆破すること数回。

 しょっちゅう壊れるので最近なんかは美術室は壁がなくなって吹きさらしみたいになっている。

 地元の新聞にはもはや風物詩として掲載されており、もはや誰も警察に通報しなくなっていたりする。

 なんで、捕まらないんだ。謎すぎる!

 こんな感じなので、本人は全然反省してもいない。

 

「まったく、そんなんだから給料下げられるんですよ……」

「おい、ちょっと待て、何て言ったお前!?」

 

 しかし、今回はそろそろ制裁が下されたようで。

 結一郎がポツリと呟いた一言に聞き逃せないワードがあって驚く宇髄先生。

 聞き返された言葉に、結一郎が結構重大な連絡事項を伝えた。 

 

「学園長からの伝言です。『天元、ちょっとやりすぎたね。仕方ないから、今度のボーナス70%カットだよ』とのことです! 仕方ありませんね!」

「Noooo!」

 

 校舎に被害が出ているので弁償というわけである。

 極めて妥当な判断。むしろ、今までされていなかったのが温情だ。

 ホント、反省して。

 

====================

 

 もう日も落ち始めた夕方。

 部活も終わり、人が少なくなってきた校舎を結一郎は疲れた足取りで進んでいた。

 今日も今日とて濃密な一日だったのだ。

 

 卒業生のとある捌倍娘(大食い女子)が食材を全滅させた定食屋が実家の生徒にその旨を報告に行ったり、その卒業生に気がある伊黒(いぐろ)先生に『彼女が出禁を喰らって悲しんでいるので食事会(デート)に誘ってあげてください』と新しくできた食べ放題のお店の情報を一緒に渡して問題解決兼恋路の応援をしたり、あまりの疲労している様子を見かねて薬学研究部の女子生徒(胡蝶しのぶ)が試作栄養ドリンクをくれたものの味に問題ありで悶絶したり、とあるパン屋の息子(竈門炭治郎)と実家の和菓子屋のコラボのあんぱんについて話し合うなどプライベートな用事もこなしたりなどなどなど……

 

 大変忙しい一日だったのだ。

 まぁ、今日に限ったわけではないのだけれど。

 

「つ、疲れました。し、しかし自分ももう三年生。そろそろ引退の時期です。もうちょっと頑張れば終わりです」

 

 独り言をつぶやく結一郎。

 彼の言う通り、もう高校三年生であるので生徒会は任期満了で引退。自分の進路を考えねばいけないころだ。

 ここまで学校に奉仕しているのだから内申点は滅茶苦茶高いであろうことは明確。あとは勉学に励むのみなのだ。

 

「遅くまでお疲れ様、結一郎。頑張っているね」

産屋敷(うぶやしき)学園長……」

 

 身支度を整えて帰ろうとしていた結一郎に声をかけてきたのは、この学園の長である産屋敷先生。

 病弱で普段はなかなか姿を見せないので、声を掛けられた結一郎は驚いていた。

 

「学園長、お身体は大丈夫なのですか?」

「ああ、心配してくれてありがとう。今日は調子が良くてね。ちょっと顔を出してみたんだよ」

 

 身体を気遣う結一郎に、産屋敷先生は人を安心させるような笑顔で答えた。

 その表情も声も一種のカリスマに溢れており、聞く人を否応なく心酔させるような雰囲気を持っている。

 彼の言葉に胸をなでおろした結一郎はしばし足を止めて話をすることになった。

 

「結一郎、君には個性的な子たちが多いこの学園をよくまとめてくれていて助かっているよ。いつもありがとう」

「そう言ってもらえると報われた気持ちになります」

 

 産屋敷先生からの労いの言葉を貰って心が温かくなる。

 自分の苦労や努力を認められるというのは本当に気持ちがいいことなのだ。

 

「もう少しで君の生徒会の任期も終わりだね。長い務めを果たした結一郎にはご褒美が必要だと思うんだ」

「ご褒美……ですか?」

 

 生徒会長として苦労してきた結一郎にご褒美をあげようと言う産屋敷先生に首を傾げる。

 ご褒美とはいったい?

 

「うちの系列の大学の推薦状を時期が来たら出してあげよう。これがあれば優先的に合格させてあげられるはずだ」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

「これくらいは何ともないさ。もちろん、一定以上の学力は求められるけれど……結一郎なら大丈夫だろう?」

 

 学園長直々の推薦状というご褒美が確定した結一郎。

 この後の自分の進路に明るい未来が見えて嬉しく思う。

 トンデモ学園の生徒会長として苦労してきたのだからこれくらい貰って当然なのかもしれないけれど、嬉しいことは嬉しいのだ。

 

「ああ、あともう一つ提案があるんだけれど、いいかな? 結一郎」

「はい、何でしょうか?」

 

 喜んでいる結一郎に産屋敷先生がそっと声をかけてくる。

 返事をした結一郎だが、ふと何か嫌な予感がよぎる。

 長く生徒会長として過ごしたせいで身についた第六感が訴えかけてくるのだ。

 なんか、重大なことが起こるぞ! と……

 

「さっきの推薦なんだけど、もしある学部を受けるならさらに受験料・入学金・授業料が免除になるんだけれどどうかな?」

「す、すごい大盤振る舞いですね! ど、どの学部なんですか?」

 

 いろいろなことが免除になると聞いて、しかし、素直に喜べない。

 何故って、そりゃあ、世の中無料(タダ)ほど高いものはないのだから。

 引きつりそうになる表情を必死で取り繕いながら尋ねたその学部。産屋敷先生はニッコリと答えた。

 

「キメツ大学の教育学部だよ。結一郎」

 

 君にピッタリなんじゃないかな。

 そう告げられて結一郎はなんて答えたらいいのか分からなかった。

 

 自分の進路の明るい未来が見えたと思ったら、就職先(ゴール)まで決められているような気がしたのだ。

 人を安心させるような表情・声音で告げてくる産屋敷先生。

 その言葉に従えば恐らく、安定した未来が待っているのだろう。

 なのに、どうしてこうも不安が消えないんだ?

 

 もしかしたら、この学園から自分は逃げられないのかもしれない。

 

 結一郎はふと、そんなことを思った。

 

 

 

 

オマケ『没になった鬼の結一郎 冒頭部分』

 

 闇に潜み、人を喰う鬼。

 その首魁である鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)は大変気難しい。

 鬼が自分の命令に従うのは当たり前。

 自分の望んだ結果を出すのは当たり前。失敗することなどありえない。

 正体の露見につながるような愚か者など不要。自身の名を呼ぶことすら許さない。

 

 そんな彼に従う鬼たちは、逆鱗に触れぬよう戦々恐々としながら過ごしている。

 そのため、無惨の怒りに触れないように彼の傍に仕えることを許された鬼に相談をする慣習ができたのだという。

 これは鬼たちから鬼舞辻無惨(ブラック上司)に対する相談を受ける『鬼の相談係』の物語。

 “覚鬼(さとりおに)”と呼ばれる鬼の物語である。

 

 以下、ダイジェスト

 

響凱「鬼としての成長が伸び悩んでいるので、強くなる以外の方法で無惨様に貢献したい」

覚鬼「なるほど、それで金を稼ぐための小説の出版ですか」

響凱「作品ができたので読んだ感想を聞かせてほしい」

覚鬼「ほぅ、どれどれ……」

(貧乏御家人の次男坊が異世界に迷い込み無双しながら立身出世して美女に囲まれてイチャイチャする話)

響凱「どうだろうか?」

覚鬼「……ちょっと時代を先取りしすぎたかもしれません。百年ほど」

 

猗窩座「鬼狩りの柱の一人を倒したぞ。これなら無惨様も誉めてくれるはず」

覚鬼「ちょっと待ってください! たぶん、それ言ったら怒られますよ!」

猗窩座「何ィ!? 何故だ!」

覚鬼「いや、あの、無惨様は『鬼なら人間を殺せて当たり前、それより青い彼岸花は見つかったのか!』って言いますよ。きっと」

猗窩座「……どうすればいい? いや、なんとかしろ、お前!」

覚鬼「えぇ!?」

 

累「ねぇ、僕の家族になってよ」

覚鬼「すみません、お断りします」

累「長男の役割は嫌か? でも、役柄としてはピッタリだと思うんだけどな」

覚鬼「あの、どの役割がいいとかそういう話ではなくてですね……」

累「仕方ないな、うん。次男の役割ならどうだろう?」

覚鬼「話を聞いてください!?」

 

童磨「いやあ、すまない。人を食べているところを信者に見られてしまったんだ」

覚鬼「またですか!? ちょっとは警戒してください!」

童磨「申し訳ない、反省しているよ。それでなんだけど……」

覚鬼「はぁ……分かりました。自分の血鬼術で記憶を消しておきましょう」

 




知らなかったのか? 産屋敷先生からは逃げられない。

次回は那田蜘蛛山です。炭治郎たち+水柱・蟲柱コンビと合流です。
サクッといきたいところ。


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その10(那田蜘蛛山編)

2019/09/25投稿


 鬼殺隊本部である産屋敷邸にて、結一郎は当主の耀哉(かがや)と対面していた。

 用件は先日遭遇した上弦の伍についての詳細な報告が第一にある。

 これまで多くの鬼殺隊士たちが返り討ちにされ、情報を持ち帰ることも出来なかった正体不明の上弦の鬼。

 そのうちの一体とはいえ、容姿・性格・能力といった詳細な情報を得ることができたのは僥倖と言える出来事であった。

 そのため、紙面による報告だけではなく当事者である結一郎が呼びだされて直接口頭報告をすることになったのだ。

 

「ご苦労だった結一郎。よく上弦の鬼の情報を持ち帰ってくれたね」

「いえ、鬼の頸を獲ることもできず、申し訳ございません」

 

 耀哉からのねぎらいの言葉に、結一郎は上弦の伍を討ち取れなかったことを詫びた。

 あと一歩というところまで追い込んでおきながら逃してしまったのは、痛恨の極みであった。

 しかし、耀哉は結一郎の謝罪を首を横に振って否定する。

 

「いいや、上弦の鬼と戦って生き残ってくれただけでも上出来だ。結一郎、奴らは強い。焦ってはいけない」

「はっ! ご温情、感謝致します!」

 

 自身の失態に優しい言葉をかけられ、感極まる結一郎。

 多くの剣士たちから慕われる当主のカリスマがそこにあった。

 一連のやり取りを含め報告を終えると、次の要件に入る。

 その用件を告げるために、耀哉は口を開いた。

 

「結一郎、以前に伝えていた選抜部隊の準備がひとまず整った。君にはこれから部隊を率いて任務に向かって欲しい」

「御意!」

 

 耀哉からの指令に深く頷く。

 説明を聞けば、選抜されたのは以前共に任務を受けたことのある佐藤・鈴木・高橋の三名だという。

 今後また人数を増やしていく予定だが、まずは結一郎と関係があり、実力も申し分のない三人を選んで結成されたのだという。

 人選について結一郎に否はない。

 柱たちから受ける地獄のような特訓にも自ら参加してくるほどの覚悟も、それを乗り越えた実力もある。

 そんな信頼できる彼らと共にする部隊の名前が耀哉から告げられた。

 

「この部隊の名前は“(あさひ)”。君はそこの“棟梁(とうりょう)”を名乗るといい」

「謹んで拝命致します!」

 

 鬼殺選抜隊“旭”

 鬼の支配する夜を終わらせる朝の光を冠した名だ。

 そしてその部隊の長という意味と、柱に並んで鬼殺隊を支える意味も含め“棟梁”と名付けられた役職に結一郎が付くこととなったのだった。

 新たな役目を与えられた結一郎は気力全開で次なる任務に挑む。

 

 次なる任務の先は那田蜘蛛山(なたぐもやま)

 多くの隊士たちが派遣され、誰も戻らぬ土地だ。

 


 

 那田蜘蛛山には複数の鬼が潜んでいる。

 普段は共食いの習性から単独行動が基本の鬼たちが集団として活動しているという事実は、普通ではない『ナニカ』がそこにいるという証左にほかならない。

 悪鬼の巣窟へ普段よりも人員を投入して足を踏み入れた鬼殺の剣士たち。

 彼らは酸鼻を極める地獄のような光景を目の当たりにしていた。

 

 ある者は人の倍はあろうかという巨大な鬼に怪力で叩き潰され、

 ある者は溶解液の満ちる繭に閉じ込められて生きながら溶かし殺され、

 ある者は毒を打ち込まれ、痛みと恐怖に震えながら体を蜘蛛に変えられて下僕にされた。

 

 そしてもう一体、母鬼と呼ばれるその女の鬼は五指から伸びた蜘蛛の糸で小型の蜘蛛を操り、隊士たちの四肢に括り付けて操り人形と化す恐ろしい術を持っていた。

 糸を括り付けられた隊士たちは本人の意思の望まぬままに仲間に向けて刃を振るわされる。

 たとえ自らの骨が砕けようと、内臓が潰れようと、その糸は無情に体を動かし続けるのだ。

 無理やり体を動かされる苦痛に自らの死を乞いながら仲間が襲い掛かってくるおぞましくも最悪な状況。

 

「マズい、マズいわ! 鬼狩りが、鬼狩りが来る!!」

 

 そんな地獄を作り出した女の鬼は、焦りを隠せずに顔を歪ませていた。

 彼女の指につながる糸はピンと強く張られており、少しでも力を抜けば体が引きずられそうなほどの力で引っ張られていた。

 多くの人間を操ってきた糸が逆に彼女を拘束する物に成り果てている。

 こんな様子では、人間を操ることなどできはしない。つまり、彼女は今、無防備な状態にさらされているのだ。

 

『そんな! なんて馬鹿力! 逆に私の糸を絡めとって力比べを仕掛けてくる人間がいるなんて!?』

 

 鬼に力比べを仕掛け、あまつさえ拮抗状態を生み出した常識知らずな人間がいた。

 その人物とは、鬼殺選抜隊“旭”棟梁・(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)。我らが翻訳係である。

 

 

 鞘に蜘蛛の糸を巻き付け、力の限り引っ張っている結一郎。

 鬼と力で張り合うという信じられないことを行えているのには理由があった。

 一つは鬼殺の剣士の必須技術である“全集中の呼吸”。

 もう一つは“反復動作”と呼ばれる技術だ。

 集中を極限まで高めるためにあらかじめ決めておいた動作を行い全ての感覚を一気に開くというもので、これを行うことで通常では出せない怪力を出すことができるのだ。

 

(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)!』

 

 結一郎の場合は「九字切り」もしくは「九字護身法」と呼ばれる九字の呪文を唱えることが反復動作となっている。

 本来ならば、九字の呪文に合わせて両手で九種類の印を結ぶのが正式なものだが、訓練により唱えるだけでも極限の集中状態に持っていけるようになっていた。

 もちろん、印を結んだ方がより集中しやすいのは言うまでもない。

 そんな反復動作と全集中の呼吸を使い鬼と力で張り合う結一郎の内心は、端的に言えば滅茶苦茶焦りまくっていた。

 

『うおおお! 早く! 佐藤くん、鈴木さん、高橋さん、炭治郎(たんじろう)伊之助(いのすけ)ぇぇぇ! みんな早く鬼の頸を切ってください! これ、結構キツいです!!』

 

 口には出さないものの、けっこう情けないことを考えていたり。

 森に入った際、炭治郎を庇って腕についた糸を引っ張り返したところ、相手の動きが弱まったことから逆に糸を絡めて力比べを行い動きの妨害をする作戦を決めた結一郎。

 ズバリ作戦は当たり、結果として操られていた仲間の動きも止まり、糸を操る鬼は差し向けた仲間に無抵抗に首を斬られるだけとなっている。

 ただし、欠点としてこの作戦では結一郎の負担が滅茶苦茶でかいというのを見落としていたのだけれど。

 

 お館様直々に新たな役職に任じられ、張り切った結果がコレである。

 どうも我らが翻訳係、致命的ではないものの肝心なところで詰めが甘いというか、うっかりをやらかすというか……

 今は複数の呼吸を使いこなすようになったとはいえ、彼も元を正せば水の呼吸の使い手。多少、天然が入っているのはしょうがないのかもしれない。

 

 

 なお、母鬼の頸は炭治郎君が優しく斬り落としたそうです。

 

 

 

「しっかりなさい! 諦めてはだめです!」

 

 糸を操る鬼が倒されたことで抑え込む必要がなくなった結一郎は生き残った隊士たちを相手に応急処置を施していた。

 骨折や内臓の損傷といった重傷者ばかりで一刻の猶予もない者も多い。

 その命の残り時間を少しでも伸ばそうと結一郎は奮闘をしていた。

 

「すみません、助かりました。ありがとうございます」

「無理にしゃべらないで、呼吸を整えることに集中してください!」

 

 額に脂汗を浮かべながら尾崎という長い髪を後ろにまとめた女性隊士が礼を述べる。

 それを結一郎は制止しながら、全集中の呼吸を使うよう指示を出した。

 

「これから骨の位置を戻して固定します。全集中の呼吸で骨折した箇所に意識を集中させて痛みを緩和させてください!」

「そんなことを言われても!?」

「いいからやるんです! さぁ、自分の身体の構造を意識して……そう、そこです!」

 

 呼吸法の指導を行いながら処置をこなしていく結一郎。

 痛みに呻く相手にも容赦なく、しかし彼らの命を救うために迅速に対応していく。

 

「棟梁、お待たせしました」

「よく無事に戻ってきました! 佐藤君と鈴木さんは周囲の警戒と怪我人を連れてきてください。高橋さんは自分と一緒に応急処置を!」

「「「はっ!」」」

 

 鬼を倒して戻ってきた旭の隊員三人に素早く指示を出すが、その後であることに気が付いた。

 

「って、炭治郎君と伊之助君はどうしました?」

「え、あれ!? どこにもいないぞ!?」

 

 結一郎に指摘され、佐藤が驚いた声を上げる。

 他の二人も気が付いていなかったらしく、お互いに顔を見合わせて目を見開いていた。

 

 端的に言えば、炭治郎と伊之助の二人ははぐれたのだ。

 なぜこうなったのかと言えば理由は二つ。

 一つは、旭の三人と炭治郎・伊之助の身体能力に大きな差があり、かつそれを旭の三人は自覚していなかったことだ。

 この三人は結一郎と訓練を積んで急速に実力をつけたためまだ自分たちの実力と他の一般隊士たちとの実力差を身をもって体感しておらず、そのため自分たちの通常速度で移動した結果、炭治郎たちを置き去りにしてしまったというわけだ。

 もう一つの理由は、伊之助の性格だ。

 自尊心の高い彼にとって同期の炭治郎が鬼の頸を落とし、増援の旭のメンバーは誰もが自分よりも実力が上という環境は我慢できるものではない。

 プライドが刺激された彼は置いて行かれたことを良いことに獲物を求めて鬼を探しに別行動を開始したというわけである。

 当然、彼一人を置いていけない炭治郎も後を付いていっている。

 

「はぁ……事情は分かりました。鬼殺隊も仲間同士で動く訓練にもう少し力を入れるべきですね」

 

 おおよその事情を察してため息を吐く結一郎。

 鬼殺隊も人手不足から単独任務が多く、複数人で動くことに不慣れであるということが浮き彫りになった形だ。

 このこともお館様に報告せねばならないなぁ、と、考えながら伊之助と炭治郎を探しに向かおうとする結一路は、ふと人の気配を感じてそちらに顔を向ける。

 視線を向けた先から猛スピードで向かってくる人影。

 

「派遣された柱は冨岡(とみおか)師匠、あなただったんですね!」

「ああ。問題はないか、結一郎?」

 

 水柱・冨岡義勇(ぎゆう)がその姿を現す。

 鬼殺隊本部になんとかたどり着いた鎹鴉(かすがいがらす)により山に十二鬼月(じゅうにきづき)がいることが報告され、その対応のために柱が派遣されたのだ。

 状況を確認する義勇に結一郎は炭治郎たちのことを告げる。

 

「先ほど共闘していた隊士二名とはぐれてしまいました。一名は猪の被り物をしており、もう一人は箱を背負ったあなたと同門の水の呼吸の使い手です」

「俺と同門?」

 

 結一郎の言葉に不思議そうな顔をする義勇に近づき、そっと耳うちをする。

 

「あなたの師である鱗滝様のところに預けた彼です。二年前の……と言えばわかるでしょうか?」

「結一郎、お前……」

 

 結一郎が自分の秘密にしていることについて事情を把握しており、それに配慮して動いてくれていることに驚く。

 どのようにしてその事情を知ったのか義勇は分からなかったが、自分に悪いようにはしてくれていないと理解した義勇。

 彼は即座に自分のすべきことへと意識を切り替えた。

 

「わかった。その二人は見つけたら俺が何とかしよう。結一郎は怪我人の救護を頼む。(かくし)の部隊ももうすぐ着くはずだ」

「承知しました、冨岡師匠。お気をつけて!」

 

 事後処理部隊である隠たちもこの場に向かっていることを告げ、護衛と指揮を結一郎に任せた義勇は森の奥へと去っていく。

 その姿を見送った結一郎も、自分の役目をこなすため仕事に戻った。

 まずは怪我人を隠に預けてちゃんとした治療をしてもらわねば!

 これ以上仲間を失わないためにも気合が入る結一郎。

 

 

 そんな意気の高さは隠の部隊と合流して一瞬で消え去ったのだけれど。

 

「か、カナヲちゃん!? なぜ、ここに!?」

 

 隠を指揮する蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶの継子、栗花落(つゆり)カナヲの姿を見た結一郎は驚愕で開いた口が塞がらなかった。

 彼女がここにいるなど思ってもいなかったのだから。

 

「……あ、お菓子の人」

「自分の覚えられ方がそれというのも複雑な気持ちになりますが、置いておきましょう! カナヲちゃん、君がここにいるということはしのぶさんもこちらに来ているということですか!?」

 

 こちらに気が付いたカナヲの自分への認識に脱力しかけながら、気になっていることを尋ねる結一郎。

 その問いにカナヲは無表情で返事をする。

 

「師範なら一緒に来てます。今は山の中で鬼を狩るために別行動です」

「そうですか……これはマズいことになりました」

 

 返事を聞いて頭を抱える。

 まさか二人も柱が派遣されてくるとは予想外であった。

 結一郎の脳裏には今最悪の状況が浮かび上がっている。

 懸念していることは鬼の妹を連れた炭治郎とその関係者である義勇の事だ。

 

 鬼の妹について当事者である義勇が竈門(かまど)炭治郎・禰豆子(ねずこ)兄妹を見つけただけならば何も問題はない。

 最悪なのはそこにしのぶが竈門兄妹と出会った場合だ。

 鬼殺隊士が鬼を見逃す理由などあるわけもなく、実力差も考えれば禰豆子はあっという間に殺されてしまうだろう。

 かといって、その場に義勇がいれば何とかなるかと言えば、何とかならない可能性の方が高いと思えた。

 

「冨岡師匠の口下手は今に始まったことじゃないですが、こうも期待できないと悲しくなります!」

 

 義勇が竈門兄妹を庇い、しのぶに事情を説明して刃を引くように上手く説得する。

 そんな光景はまっっっっったくもってイメージできなかった。

 むしろ、義勇が変なことを言い出してしのぶが煽り返すように返事をしている方がしっくりくる。

 柱同士が刃傷沙汰とか勘弁してほしい事態だ。

 

「佐藤君、鈴木さん、高橋さん! 隠の方々の護衛は任せました! 自分は行かねばならないところがあります!」

 

 現場を部下に任せて駆けだす結一郎。

 焦燥感が焼き付いて離れなかった。

 

 

 事実、結一郎の懸念は当たっていた。

 下弦の伍・(るい)を倒し、竈門兄妹と再会した義勇のところへしのぶが乱入。

 禰豆子を狙うしのぶとそれを庇う義勇で小競り合いが起きていたのだ。

 

「冨岡さん、これは明らかな隊律違反ですよ!」

 

 そして現在、義勇はしのぶを木を背にするように押さえ込み拘束することに成功していた。

 両腕を頭の上にして片手で押さえ、暴れられないよう自分の身体を密着させて動きを封じている。

 同じ柱でありながらこうも一方的な展開にできたのは、男女の体格差も当然ながら、普段の訓練の差が出ていた。

 結一郎を継子にしたことで、他の柱と手合わせすることが多くなった義勇は対人戦という意味ではしのぶよりも一日の長があったのだ。

 

「鬼殺の妨害をするなんて、どういうおつもりなんですか?」

「これには訳がある。だが、上手く説明できるか……」

「口下手ですものね、冨岡さんは」

 

 至近距離で睨み合う二人。

 今も一瞬でも気を許せば攻守が入れ替わるような攻防を水面下で繰り広げていたりするのだ。

 膠着状態だ。

 

「冨岡師匠! しのぶさん! お二人ともお待ちください! …………あっ!」

「む、結一郎か!」

「ああ、結一郎さん。助けてくださいませんか? って、どうしました?」

 

 そこへ慌てた様子で駆けつけた結一郎。

 がしかし、二人の様子を見て硬直。どこか気まずそうに目を逸らした。

 結一郎の不可解な様子に義勇としのぶは二人そろって首を傾げる。

 そしてその疑問は結一郎の口にした言葉で氷解した。

 

「二人がそのような関係だとはつゆ知らず……ご安心ください! いま見たことは口外しませんので!」

「えっ!?」

「は、はぁ!?」

 

 結一郎の言っている意味が一瞬理解できず、脳がその意味を理解したときに自分たちの姿を客観的に考える余裕ができた。

 

 見目麗しい女性がこれまた見目麗しい男性に木を背にして迫られ、顔がくっつきそうな距離で何事かを話している。

 そう、いわゆる『壁ドン』と言われているやつだ。

 大正時代にその概念があるかはともかく、客観的に見れば義勇がしのぶに迫って愛をささやいているようにも見えなくはない。

 つまりは、結一郎に男女の関係があると誤解されたのだ。

 

「あ、あの、結一郎さん? これはですね――」

「伝令!! 伝令!! カァァ! 炭治郎・禰豆子両名ヲ拘束。本部ヘ連レ帰ルベシ!!」

 

 またタイミングの悪いことに、しのぶが弁明をしようとした頃合いに鎹鴉から伝令が届いて言葉を口にすることができなかった。

 その伝令を聞いた結一郎は、この機に乗じて立ち去ろうとしていたり。

 

「あ、そういうことですので……お邪魔致しました、どうぞごゆっくり!」

 

 自分は炭治郎と禰豆子を確保してきます! と、あっという間に立ち去っていく。

 残された二人は顔を見合わせ、数瞬して慌てて結一郎の後を追いかける。

 

「ちょっと、冨岡さん! 結一郎さんに誤解されたじゃないですか! どうしてくれるんです!?」

「俺に言うな! 早く追うぞ!」

 

 文句を言うしのぶに応じることなく、走り出す義勇。

 彼にはそうしなければならない理由があることを知っていたのだ。

 

「ねぇ、ちょっと、結一郎さん速くないですか!?」

「結一郎は五つの呼吸法に忍びの技術を身に着けているんだぞ。遅いわけがないだろう」

「それを早く言ってくださいよ!」

 

 柱たちに鍛えられまくった結果、結一郎の移動速度は鬼殺隊の中でもトップクラス。

 追いつくのは並大抵のことではない。

 自らの誤解を解くために、柱二人は今日一番の本気を見せたのだった。

 柱の本気ってそういうところで見せるものだっけ?

 

 

 なお、コミュニケーション能力の高い結一郎の誤解を解くことは簡単であったが、うっかりそのことを口外しないように告げるのを忘れていたせいで、一連の流れが他の柱にも伝わることになったりした。

 もちろん、他の柱からからかい倒されたのは言うまでもない。

 

「待ってください、結一郎さん! 誤解なんですよ!」

「いえいえ、分かってますとも! ご心配なく~!!」

「結一郎、話を聞け! 俺が胡蝶に無理やり迫ったわけじゃないんだ」

「ちょっと、その言い方はまた誤解されますよ!」

「……仲が良いんですね、お二人とも。お幸せに!」

「ほ、ほら、冨岡さん! あなたのせいですよ! どうしてくれるんですか!?」

「……俺は悪くない」




以前に話に上げていた選抜隊の名前が決まりました。
アイデアをくれた方々に感謝です。

他人をフォローしている間は良いけれど、単独で行動するとわりとうっかり属性の結一郎君だったり?
水の呼吸だもの、是非もないよね?

しかし、翻訳係はやっぱりしのぶさんとか義勇さんとかと絡めてる方が楽しいなぁ……

ミニ次回予告
「逆転柱裁判 ~弁護士・和結一郎~」

風柱「この鬼が人を喰らうことをコレで証明してやる!」
結一郎「ちょっと待った!」

※この予告には多少誇張された表現があります。


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その11(柱合裁判編)

2019/10/07投稿

登場人物が多くなると大変でした。


 ――柱合裁判

 

 鬼殺隊の最高幹部である柱たちによる隊律違反を犯した隊士を裁くために行われる裁判だ。

 竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)は今まさに判決を待つ身としてこの場にいるのだ。

 後ろ手に拘束された姿はまさに罪人。

 鬼を狩り人を守ることを目的としている鬼殺の剣士が鬼を連れて歩いていた事実は背任行為にほかならず、重大な隊律違反と言うほかない。

 実際、その場にいる柱たちの反応は厳しいもので――

 

「裁判の必要などないだろう! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反! 我らのみで対処可能! 鬼もろとも斬首する!」

「ならば俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ」

 

 即時処刑を主張する炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)に、音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)が同調する。

 この場には風柱・不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)を除いて八人が揃っているが、誰一人として炭治郎に味方をする者はいない。

 岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)、蛇柱・伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)も即時処刑に賛成。

 反対意見を述べる蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶと恋柱・甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)も『お館様の判断を聞いてから』という理由であり、せいぜい中立程度の立場だ。

 霞柱・時透(ときとう)無一郎(むいちろう)にいたっては欠片の興味も示していなかったりする。

 唯一味方をしてくれそうなのは、水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)くらいのものだが、拘束はされていないものの彼も隊律違反を犯した立場であり、発言力は低いのが現状だ。

 もっとも、義勇の口下手は皆の承知の事実であるので、発言力があったところで正面から庇って力になってくれるかは疑問なのだけれど。

 

「皆さま、炭治郎君の処刑に自分は断固反対させて頂きます!」

 

 そんな中、一人炭治郎を庇うのは(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)だ。

 お館様の命令で炭治郎の内偵調査をしていたため、他よりも事情を知っている結一郎は必然的に彼を弁護せざるを得なかった。

 結一郎は真正面から柱と対峙して見せる。

 

「何故そいつを庇う結一郎。お前がそいつを庇う理由が理解できないが? 隊律違反の重大さも分からない馬鹿になったか?」

「罪人を庇うからにはお前にも責が及ぶ……それを分かっているのだな?」

 

 そんなことなど知らない小芭内と行冥の二人が結一郎に不審の目を向けてくる。いや、彼らだけではない。その場の全員が結一郎へ視線を向けていた。

 

「よもや、その少年が連れている鬼は人を襲わないなどと言うのではあるまいな!?」

「ええ! “そうだ”と言わせていただきます、煉獄師匠!」

 

 人を襲わない保証ができるのかと問う杏寿郎に、結一郎は力強く肯定する。

 その返答はいささか予想外であったか、面食らったように一瞬驚愕が場を支配する。

 そして次には張り詰めたような厳しい雰囲気が場を満たした。

 当然、その矛先は結一郎だ。

 

「そこまで派手に主張するからには、それなりにこちらを納得させられるだけの根拠があるのだろうな?」

 

 天元がその圧を強めて結一郎に返答を強いる。

 結一郎はその圧に臆することなく、堂々と返事をしてみせた。

 

「もちろんあります!」

 

 なんの躊躇いも見せず即答する様に一同は黙らざるを得ない。

 彼らに畳みかけるように結一郎は一つの事実を告げる。

 

「自分はお館様の命を受けて炭治郎君のお目付け役をしてました」

「なんと! お館様の命でか!?」

 

 結一郎の告げる言葉に杏寿郎が驚きの声を上げる。

 彼の言葉はほかの柱たちの代弁でもあった。

 

「そうです。そしてその目的は……言わずとも分かりますね?」

「むぅ……」

 

 今回の件について当主・産屋敷(うぶやしき)輝哉(かがや)の明確な意思が存在していることをほのめかされては、下手に独断で事を進めるわけにもいかない。

 悩ましさに自然と口からうなり声が漏れ出る。

 納得は出来ないが、今は矛を収めるしかない。しかし不満が消えるはずもなく。

 

「ふん! 俺たちにも秘密でお館様から直接命を受けるとは信頼されているようで何よりだ、結一郎。いつの間にかずいぶんと偉くなったようだな? 何せ柱の俺たちにも秘密の任務を任せられるんだからな」

 

 多少の不満と嫉妬を含んだ八つ当たりのような嫌味を小芭内が投げかけてくる。

 自分の弟子が知らないうちに当主から特別な任を与えられていたと知り複雑な心境がこぼれ出た言葉であった。

 ネチネチとしたある意味いつも通りな彼の言葉に結一郎はあえて笑顔で返答して見せる。

 

「えぇ、そうなのです! この度、鬼殺選抜隊“旭”の“棟梁”を拝命致しました。今回の会議から正式に参加させて頂きます!」

 

 皆様、改めて宜しくお願い致します。と、にこやかに告げられて小芭内は布で隠された口元がヒクつくのを感じた。

 「偉くなったな」と嫌味を言ったら「偉くなったんです」とそのまま肯定されるとは思いもしない。

 事実、今までは会議を円滑に進めるための特例で参加が認められていたのだが、今ならば正式な立場で参加できるのだから。

 柱と棟梁は個の最高戦力と集団での最高戦力の長という違いはあれど、格としては同格である。

 弟子からの思わぬ反撃を受けてさらに言葉を重ねようと思った小芭内であったが、杏寿郎や蜜璃が結一郎の昇進を祝う言葉を口にし始めたため機を逃してしまう。

 どうしてくれようと考えていたところに、彼とは別に声を上げる者がいた。

 柱のだれかではない。現在、咎を待つ身である当事者・炭治郎である。

 

「まっ、ゲホッ! まってくだ……ゲホゲホッ!!」

「水を飲んだ方がいいですね」

 

 結一郎が自分を庇って孤立しているのを黙って見ていられず声を上げようとした炭治郎だが、前回の激しい戦闘のダメージから声がでなかった。

 すかさず、しのぶが小さな瓢箪(ひょうたん)に入った鎮痛薬入りの水を飲ませて上げた。

 一息ついた炭治郎は、自らの主張をハッキリと告げる。

 

「俺の妹は鬼になりました。だけど人を喰ったことは無いんです! 今までも、これからも、人を傷つけることは絶対にしません」

「だ、そうだが? 結一郎」

 

 炭治郎の言葉を受けて天元は彼を庇っている結一郎に視線を向ける。

 結一郎はその意をくみ取って返事をする。

 

「はい。その点についても把握しております! 今までの経歴で人を襲っていないことはもちろん、将来の危険性を確認するためにいくつか実験と監視はしておりましたので」

「結一郎さん、あの晩に禰豆子(ねずこ)のところに血の匂いがしていたのは……」

「そうです、炭治郎君。きみには申し訳ないことをしましたが、禰豆子さんが本当に人を襲わないか勝手ながら確認をさせてもらいました」

 

 これまでの経歴を把握しており、将来の危険性についても考慮していると述べる結一郎。

 その言葉に心当たりがあった炭治郎はその点について尋ねれば、結一郎は否定することなく首を縦に振って答えた。

 結一郎がいない間も、お供の猿・闘勝丸(とうしょうまる)が監視していたことも告げて謝罪を口にする。

 仲間である鬼殺隊士を密かに監視していたのだ。正直気分は良くはない。

 

「もういい、そいつの事は分かった。お館様がいらっしゃるまでとりあえず保留でいいだろう。だが、そこにいる冨岡についてはどうするね? よりにもよって柱が隊律違反とは……どう処分する? どう責任を取らせてどんな目に遭わせてやろうか」

 

 話題を変えたのは小芭内だ。

 炭治郎のことは結一郎が保証するというのでひとまずお館様が来るまで置いておくことにして、同じく隊律違反をした義勇の処分について話題を上げる。

 もとより義勇のことを嫌っているせいか、その口調はとげとげしいものだ。

 

「それこそお館様が来てからの判断でしょう。柱の処分を決められるのはさすがにお館様以外にはいらっしゃらないかと」

 

 すべてはお館様の判断待ちだと反論するのはしのぶだ。

 その言はもっともであり、小芭内は苛立たし気に眉をひそめた。そうして、その怒りの矛先を結一郎に向けて口を開いた。

 これ、八つ当たりという。

 

「それで? 結一郎、お前は冨岡についてはどう思う? そこの小僧と同じように庇いだてするのか?」

 

 先ほどは炭治郎のことを庇った結一郎に義勇の隊律違反について判断を聞く。

 同じように庇うのかと問われ、結一郎は不思議そうな顔をして告げる。

 

「え? 何故自分が冨岡師匠を庇わないとダメなんです?」

 

 理解できません。と、首を横に振る結一郎に場の空気が凍る。

 特に、義勇はその言葉を聞いた瞬間ものすごい勢いで結一郎に顔を向けた。

 信じられないものを見たかのような顔をして。

 あまりにもあんまりな言葉にしのぶがおずおずと問いかける。

 

「何故って……結一郎さん、それでいいんですか?」

「ええ、いいんですよ! 『自分は口下手だから、結一郎に任せておけば大丈夫だろう』なんて考えているお師匠さんですから!」

 

 なんでこっちに任せっきりなんだゴルァ! という副音声が聞こえてきそうな結一郎の言葉に皆の視線が義勇に向けられる。

 そのため、彼の言葉にギクリと身を強張らせるのをバッチリ見られてしまっていたり。

 

「冨岡さん、せめて自己弁護くらいはご自分でやらないと」

「いや、しのぶさん。弟弟子が大変な時に一言も喋らない時点でマズいと思います!」

 

 しのぶの忠言に被せるように結一郎が文句を言う。

 たしかに今回の件では発言力は低くなっているのは間違いないだろうが、それでも発言しなくてよいわけではないのは明白なわけで。

 むしろ、発言力が低くなっているからこそ頑張って発言しなければいけないのではなかろうか?

 口下手な義勇にそれを求めることは酷な話だと結一郎も理解はしているが、それでも発言なしはなぁ~、というのが結一郎の偽らざる気持ちであったりする。

 生殺与奪の権を他人に握らせるなよ!

 

 ちょっとイラッとした結一郎は、この際なので思いっきり爆弾を放り込むことに決めたのだった。

 

「まったく! 那田蜘蛛山での出来事のせいでしのぶさんと顔を合わせづらいからって、一人離れたところに立っているのはみっともないですよ!」

「なっ!?」

「ちょっと!?」

 

 那田蜘蛛山での出来事を蒸し返されて目を見開く義勇と(ついでに)しのぶ。

 何のことか分からない他の面々は当然結一郎に詳細を尋ねた。

 

「えっと、冨岡さんとしのぶちゃんに何かあったの?」

「ええ、あったんですよ。自分が思わず二人が男女の関係だったのかと勘違いするような出来事が」

「え!? 本当に!? ぜひとも聞かせてほしいわ!」

 

 色恋沙汰の匂いを感じた蜜璃が結一郎の計算通り強く食いついてきた。

 他の柱たちも何か面白いことが始まったと静聴の様子だ。

 いつの時代もスキャンダラスな話は皆興味が湧くのである。やられた方はたまったものではないが。

 

「結一郎さん、それは口外しない約束だったはずです!」

「そんな約束はした覚えがありませんので! していたとしても、お二人が男女の関係だったことを言わないという話であって、それが誤解だというならまた別の話です!」

「また詭弁を――」

「それでそれで!? 山の中で二人に何があったのかしら!?」

 

 しのぶの抗議は蜜璃によって押し流されてしまい、止められる様子はない。

 それに乗じて結一郎はノリノリで話し始めていた。

 ……彼もストレスが溜まっているんだ。暴走の一つや二つしてもおかしくはないよね?

 

「ちょっと言葉だけでは説明しづらいですね……蜜璃師匠、伊黒師匠、ちょっとお手伝いをお願いいたします」

 

 言葉だけの説明では不十分だと、蜜璃と小芭内で当時の再現をしようとする。

 なお妨害しようとした義勇としのぶは、状況を面白がった天元と上手く彼に乗せられた杏寿郎によって邪魔されていたり。

 そうして結一郎の指示に従って那田蜘蛛山での義勇としのぶの状況が再現されたのだ。

 

 ただし、義勇の役割が蜜璃。しのぶの役割が小芭内で。

 

「キャー! たしかにこれはキュンキュンする状況ね!」

「おい、結一郎。なんでこの配役にした!」

 

 男女逆ながら壁ドンのシチュエーションに乙女心が爆発している蜜璃。

 対して小芭内は、好意を寄せている蜜璃と密着していることに喜びを覚えながらも自分がしのぶ(女側)の役をさせられたことに怒りを滲ませている。

 結一郎の答えは無情なもので。

 

「伊黒師匠の方が身長が低かったので……」

「~~~~ッ! そんなに違わないだろうが!」

 

 小芭内と蜜璃の身長差は五センチメートル。たかが五センチ、されど五センチ。

 この身長の差で男としての扱いをされなかったのだから文句も出ようというもの。

 

「伊黒師匠は甘露寺師匠のお相手は嫌でしたか?」

「誰もそんなことは言ってない!」

「伊黒さん、私じゃ嫌……だったかしら」

「そんなことはない。俺がお前を嫌うことなど……」

 

 結一郎の言葉と蜜璃の表情に翻弄されて、もはや義勇のことなど頭から吹き飛んでいる小芭内。

 横を見れば義勇としのぶは先の那田蜘蛛山での出来事について言い合いをしており、なんともカオスな状況であった。

 

「うまいことやったじゃねえか、結一郎」

「……分かった上で乗ってくれた宇髄師匠には感謝してます」

 

 この状況を引き起こした結一郎にそっと近づき耳うちをする天元。

 彼は結一郎が話を逸らすために場をかき乱したことを見抜いていたのだ。

 見抜けたのは元忍びとしての観察力か? いや、妻帯者の経験・貫禄というやつか?

 

「結局、お館様がいらっしゃるまで待つしかないからな。暇つぶしさ。ところで、結一郎」

「はい、何でしょうか?」

「那田蜘蛛山での話、あれはお前が意図的にやったのか?」

 

 那田蜘蛛山で義勇としのぶの関係を誤解していた、というのは今回のように場の意識を逸らすためにわざとやっていたのかを問う天元。

 

「……フフッ」

 

 結一郎は笑顔で笑ってみせたのだった。

 いや、どっちなんだよ!?

 

『そういえば、さっきから喋ってるこの人。誰だっけ?』

 

 ちなみに、先ほどから全く会話に参加していない無一郎は結一郎のことを思い出せずにずっと首を傾げていたのだった。

 うーん、カオス。

 

 

「オイオイ、何だか騒がしくなってやがるなァ」

 

 混沌とした状況に遅れてやってきたのは風柱・不死川実弥だ。

 隠の制止を無視して禰豆子の入った箱を片手に現れた彼は砕けた空気に苛立ちを隠せなかった。

 

「一体全体どういうつもりだァ? 隊律違反の隊士! それに連れられた鬼! そんな許しがたい奴らを前に何をゴタゴタと喋ってやがる!」

 

 殺気を露わに日輪刀に手をかける実弥。

 抜刀し、手にした箱に刃を突き立てる……直前、結一郎が待ったをかけた。

 

「不死川師匠! 勝手をされては困ります!」

「結一郎、テメェ!」

 

 とっさに駆け出し、実弥の腕を押さえて刀が突き立てられるのを防いだ。

 止められた実弥は結一郎を睨め付け吠えるように怒りをぶつける。

 

「なんでテメェがこの鬼を庇うんだァ? 俺を納得させるような理由があるんだろうなァ?」

 

 自らの行動を邪魔された実弥は、当然その理由を問う。

 その質問に結一郎は困った顔になってしまった。だって、その質問――

 

「あの、すみません。師匠。それ、さっき話したばっかりなんですよ」

「あぁ!?」

 

 つい先ほど説明を終えたばかりの話なのだ。

 正直もう一回同じ説明をするのかと思うと気が進まないわけで。

 これについては禰豆子の箱を取りに行って遅れてきた実弥が悪いのだ。

 まさか、『俺がいない時に勝手に話を進めるな』と、文句を言うわけにもいくまい。

 

「チッ! 後からちゃんと説明を聞かせてもらうからなァ! で、この状況はなんだよ?」

 

 結一郎が炭治郎たちを庇っていることは、後から説明を聞くと一旦脇によけて今の状況について聞く実弥。

 遅れてやってきたら義勇としのぶは何か言い争いをしているし、小芭内は蜜璃に拘束されていたのだ。

 はっきり言って、訳の分からない状況なのは間違いない。

 なので、そのことについても聞いてみたのだが……

 

「えっと、不死川師匠。すごい下らない話になりますが……聞きます? 本当に」

「……本当に何があったんだよ。てめえらァ!」

 

 説明すると長くなる上に割と中身のない話をしなければならないわけで。

 端的に言えば、もう一度この話をするのが面倒くさいのだ。

 

 状況が分からず混乱が深まるばかりの実弥。

 しかし、残念ながら問い詰める時間はなかった。

 

「お館様のお成りです!」

 

 当主・産屋敷耀哉の到着を告げられ、すぐに場を移動して傅く体勢になる。

 他の柱たちと並びながらも、状況が分からない心のモヤモヤは積もるばかりだった。

 ちょっと遅れて話題に入れなかっただけで、決して実弥がハブられているわけではないので悪しからず。

 


 

 そうして始まった柱合裁判。

 それはやはりと言うべきか穏やかなものにはならなかった。

 炭治郎・禰豆子の兄妹を容認する耀哉に、行冥・天元・小芭内・杏寿郎・実弥の五人の柱が反対意見を述べた。

 耀哉は元柱の育手(そだて)、炭治郎と義勇の師である鱗滝(うろこだき)左近次(さこんじ)の手紙を公開して禰豆子が二年以上もの間人を喰っていない事実、また禰豆子のために三人もの人間が命を懸けている事実を突きつけた。

 『人を襲わない保証が無い』という反対意見に『人を襲う保証がない』こと。そして、禰豆子の事実を否定するために同じく命を懸ける覚悟を問うたのだ。

 さらに、炭治郎が鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)と遭遇した事実も告げ、炭治郎が鬼舞辻へつながる手がかりになるかもしれないという考えを見せたのだった。

 

 耀哉の説得により柱のほとんどが一応は納得した表情を見せるなか、一人実弥は唇が切れるほどに歯を噛み締めて不満を表していた。

 

「人間ならば生かしておいてもいいが、鬼は駄目です! 承知できない!」

「不死川師匠! 何をするおつもりです!?」

 

 再び刀に手をかける実弥に、結一郎が止めに入る。

 何をする気か尋ねられ、実弥は自分の意図を語った。

 

「何って、証明だ! 鬼という者の醜さを!! 鬼が人の血肉を前にして耐えられるはずがねェ!!」

「待ってください、不死川師匠!」

 

 自らの腕に刃を当てて血を流そうとする実弥。

 その彼を結一郎は必死に止めた。

 なぜなら――

 

「それ、もうやりました! 禰豆子の前で稀血を見せても耐えていたのは確認済みです!!」

 

 もう実証済みなのだから。

 

「もうやった……だとォ?」

「はい! 以前、自分のお供が師匠の血を貰いに来たことがあったと思うのですが……」

「なっ!? あの時の! そのために使ってやがったのか!?」

 

 自分の血を使って禰豆子が人を襲うことを証明してやろうとしたら、すでに人を襲わなかったと言われてしまうとは。

 しかもその証明に使われたのは、今証明に使おうとした自分の血なのだからやるせない。

 なんだか今日はやろうとすることが片っ端からスキップされているような感じがする実弥であった。

 

「結一郎、お前は……」

「はい。お館様の命で炭治郎及び禰豆子について内偵調査をしておりました。なので、もし禰豆子が人を襲うようなことがあれば、自分も腹を切って詫びましょう」

 

 自分の報告でお館様が判断を間違えたとなれば、自分も責を負わねばならないと覚悟を見せる結一郎。

 また彼らを庇うために命を懸ける者が現れたことで、彼らを認めないと反対出来るものはいなくなったのだった。

 

 

「それはそれとして、何勝手に人の血ィ使っとんじゃ、テメェは!」

「使い道も聞かずに渡したの師匠ですよね!?」




なんだか前回から人の恋愛関係にちょっかいをかけるキャラになったような気がする結一郎君でした。

翻訳係コソコソ話
 実は早めに到着していたお館様。柱たちの会話が面白くてちょっと聞き耳を立てていた……って言ったらどうします?


ミニ次回予告
宇髄「やっぱり、俺が一番結一郎に影響を与えてるな。派手に!」
その他師匠s「「「「「「あぁ!?」」」」」」」

小ネタ集になる予定。
次回もお楽しみください!


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その12(小ネタ集)

一番のお師匠様?

 

 柱合会議が終わり、当主の産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)が退出した後も結一郎を除いた柱たちは解散せずに暫く話を続けていた。

 多忙で普段はなかなか一堂に揃うことが少ないだけに、すぐに解散するのは憚られたのだ。

 今回から正式参加となった結一郎も後からまた合流する予定で、今は証言をするために参加した村田隊士を送っている途中である。

 結一郎不在のまま柱たちは会話を進めている。

 彼らの話す内容は多岐にわたり、今回の柱合裁判の原因となった竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)についてのそれぞれの所感や任務先での出来事の報告といった真面目なものから、新しくできた店や流行のカフェについて情報交換といった俗な話もしていたりする。

 もっとも、鬼殺隊内での恋愛事情について話題が飛んだ時には某柱がピキピキしていたり、某柱がお先に失礼しようとして皆から止められたりしたりもした。

 そうして話をする中で、ふと音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)結一郎(ゆいいちろう)について話題を移す。

 

「しかしまぁ、結一郎も俺の教えがしっかり身についてきているようだな。上弦の鬼との戦いでも、与えられる任務でもその影響が見て取れるしな!」

 

 俺の影響が派手に出てるぜ、派手に! と、どこか誇らしげな顔で告げる天元。

 実際、上弦の伍・玉壺(ぎょっこ)との戦いでは爆薬やクナイを使って戦っているし、お館様から直接味方の内偵調査を依頼されるなど、忍者化が著しいといえる。

 自慢するような天元に周囲は「確かにそうだよなぁ」と、頷いていたのだが、次の天元の言葉に強く反応することとなる。

 

「てことはだ、俺が結一郎の一番の師匠だってことだよな。派手に!」

 

 俺が一番の師だという宣言に、他の師匠たちはピクリと体を揺らす。

 正直言って、その言葉は聞き捨てならないものだ。

 結一郎が複数の師から教えを受けているのは周知の事実だが、その師匠たちからすればたった一人だけの継子である。

 そのため、内心では自分が「一番の師匠」という意識があっても不思議ではない。

 師匠としてのプライドと言うヤツだ。

 そうとなれば、このまま天元に言わせたままにはしておけるはずもないわけで。

 対抗心を刺激された師匠たちの中で、最初に口火を切ったのは意外にも口下手なはずの水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)だった。

 

「……結一郎は元々は水の呼吸の使い手だ。当然、俺の一番弟子だ」

「だから何だってんだァ? なら一番教えられることが少ねェってことだろ?」

「むしろ、冨岡さんの方がお世話されてますよね?」

 

 まぁ、一瞬で論破されるお粗末さではあったが。

 口下手にしては頑張ったよ。うん。

 

 風柱・不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)と蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶの言葉でメタメタにされて落ち込む義勇をよそに話は進む。

 天元に反論する二番手は、鬼殺隊最強の男、岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)だ。

 

「特殊技術を教えているという意味ならば私も反復動作という技術を教えている。先の那田蜘蛛山でも活用したらしい。ついでに岩の呼吸も習得させている」

 

 大変優秀な()()継子だと、静かに対抗心メラメラで告げる行冥。

 お前は自分の呼吸法を教えてないよな? と、マウントを取りに行くあたりかなりの本気度が伺える。

 思わぬ人物の参戦に驚くものの、その程度で止まるような人間が柱になれるはずもない。

 続いて炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)が己の主張を声にした。

 

「なるほど! たしかに俺は特殊技術は教えていないな。しかし、その分呼吸法の指導はしっかりとしたぞ! 彼のお供の闘勝丸(とうしょうまる)の指導も任されているしな!」

 

 水の呼吸と並ぶ古い歴史を持つ炎の呼吸。

 その歴代の柱を輩出してきた名家・煉獄家に伝わる呼吸の指導ノウハウを誇る杏寿郎。

 最近では父と弟が協力してくれるようになり、より効果的な修練法を作り出したりしていることもあって鼻高々といった様子だ。

 ついでとばかりに、他の師には任されていない結一郎のお供への呼吸法の指導までしていることをほのめかしておく。

 熱烈な彼の主張に負けじと口を開いたのは実弥だ。

 

「ハッ! 技術だのなんだのとズレたこと言ってんなァ。大事なのは剣の腕だろうが。その点で言えば俺はみっちりと仕込んでやってるぜェ?」

 

 一番大事なのは剣の腕だと主張する。

 実戦経験を重視するのは、全集中の呼吸も習得せずに個人で鬼を狩っていた彼の過去が影響しているのだろうか?

 

 とりあえず、また真剣で打ち込み稽古しているらしいので、後ほどしのぶからのお説教不可避であろう。南無……

 堂々と己の主張をする面々の隣で一人落ち込んでいるのは恋柱・甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)

 彼女は他の柱と自分を比べた結果、結一郎への影響力が少ないと落ち込んでいたのだ。

 

「どうしましょう。私、すごい技術も教えていないし、呼吸法も使ってもらえてないわ! 私って、駄目な師匠なのね……」

「そんなことはない! 甘露寺の教えはちゃんと結一郎の身になっているはずだ」

「伊黒さん……」

 

 すかさずフォローの言葉をかけたのは蛇柱・伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)だ。

 好意を寄せている蜜璃が落ち込んでいるのを見て放っておけるはずもなく、自然と慰める言葉をかけていた小芭内。

 好感度ポイントの稼ぎどころを逃さない、隠れた鬼殺隊恋愛ガチ勢でなかろうか?

 

「そうかしら?」

「そうに決まっている。呼吸法が使えないというなら、これから覚えさせればいい。違うか?」

「そう、ね。そうよね! もっと頑張って覚えてもらえばいいのよね!」

 

 小芭内に励まされて気を取り直した蜜璃。

 彼女は今、結一郎への指導に熱意を燃やしているのだった。

 あの、“頑張って”という言葉は誰にかかってるんですかね? 蜜璃本人? もしや、結一郎だろうか?

 

 また、結一郎への指導熱が刺激されたのは彼女だけではなかった。

 これまでの話を聞いて、自分が「一番の師匠」だと思ってもらおうと考えた他の師匠たちも張り切っていたりする。

 結一郎不在の間に、こうして修業が厳しくなることが決まったのだった。

 

「柱と同格に昇進したはずなのに……結一郎さん、ざま、コホン。可愛そうですね」

 

 ニコニコ顔で告げるしのぶ。

 まぁ、昇進したからといって今までの師弟関係がなくなるわけじゃないのだから仕方ない。

 そんな顔であった。

 頑張れ、結一郎!

 


村田さんと翻訳係

 

 柱合会議を終え、証人として呼ばれた村田を送る結一郎。

 濃い面子に囲まれ疲労した村田の姿に同情した結一郎は、その苦労を労わるために声をかけた。

 

「会議へのご参加ご苦労様でした。この後はごゆっくりお休みください」

「あ、ありがとうございます。毎回これに参加していたなんてすごいですね」

「いえ、慣れましたから」

 

 疲れた笑みを見せる村田と結一郎。

 柱の皆さまはキャラが濃いうえに会議の場では圧が強いので疲れるのは無理ないことなのだ。

 まぁ、結一郎は最近はそちら側よりになって来ているのだけれど。

 話をする中で結一郎はふと気になったことを聞いてみる。

 

「そういえば、村田さんは冨岡師匠と同期と聞きましたが、本当でしょうか?」

「あ、そうです。最終選別が一緒でした。(にぎ)さんは水柱様の継子でしたね」

 

 義勇の同期と弟子。

 彼を通じた共通点を見出し、顔を見合わせる。

 

「冨岡師匠と同期……」

「水柱様の継子……」

 

 お互いの立場を想像した二人は、そろって同じ言葉を口にした。

 

「「大変だったんですね、お互いに」」

 

 何がとは言わないが。何がとは。

 しかしながら、しっかりと共通認識と共感を得たのであった。

 


無一郎と翻訳係

 

 霞柱・時透(ときとう)無一郎(むいちろう)はずっと悩んでいた。

 柱合裁判の時から新しく棟梁に任命された人物について思い出せないのだ。

 もう少しで思い出せそうなもどかしさを抱えたまま裁判が終わり、会議も終わり。そして耀哉がいなくなって雑談に入ったころにようやく思い出せた。

 そう、これが正解だ!

 

「あ、お菓子の人」

「え? あ、はい。お菓子の人です?」

 

 またもお菓子の人扱いされる結一郎であった。

 


継子の翻訳係

 

「結一郎さんはこんなに厳しい修業をさせられているのによく継子を辞めようとしませんでしたね」

 

 村田を送って戻ってきたら、過酷な修業が決定していてさめざめと泣いている結一郎に質問をするしのぶ。

 前々から疑問ではあったのだ。

 修業のせいで入院までするはめになったこともあるのに、結一郎からは継子を辞めたいという言葉は一度も聞いたことがないのだ。

 どうして続けていられるのか分からなくて、この機会に聞いてみたのだが、その返事は彼らしいもので。

 

「修業は厳しいですが、皆さま本気で鍛えてやろうというお気持ちが伝わってくるので……その、期待を裏切るのは忍びなくてですね……」

 

 読心術を身に着けた結一郎は、修業のさなかでも師匠たちから伝わる本気の熱意を感じ取ってしまっていたのだった。

 手段はどうあれ、本気で自分のことを思ってやってくれていることを拒否などできるはずもない。

 

「結一郎さん、あなたって人は」

 

 人の気持ちを察せるというのも善し悪しあるのだなぁ。

 


産屋敷一家と翻訳係 その1

 

 鬼殺隊当主・産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)とその息子・輝利哉(きりや)が庭の縁側で日を浴びていた。

 鬼殺の剣士たちへ絶え間なく指示を送る日々の中の束の間の穏やかな日常。

 ゆっくりとした時間を過ごしていた耀哉だが、ふと用事を思い出す。

 

「そういえば、薬を貰ってこなければいけないんだったね」

 

 病弱な体をしている耀哉は薬の服用が欠かせない。

 その薬がなくなりそうになっているので貰ってこなければいけないことを思い出したのだ。

 いつもなら鎹鴉に頼むところを、何を思ったのか手を二回叩いて人を呼び出した。

 

「お呼びでしょうか、お館様」

 

 合図を聞き、音もなくスッと姿を現す結一郎。

 その姿は草紙に出てくるような、例えるならば将軍家に仕える御庭番のような登場の仕方であった。

 片膝をつき傍に控える結一郎に耀哉が声をかける。

 

「呼び出してすまないね、結一郎。一つお使いをお願いしたいんだ」

「はっ! 何なりとお申し付けください!」

 

 結一郎に蝶屋敷まで薬を取りに行ってもらうよう頼む耀哉。

 当然、その頼みを断る理由などない結一郎はすぐさまその場を後にするのだった。

 もちろん、登場時と同じく煙が消えるような忍者みたいな立ち去り方をして。

 

「父上、今のは……」

 

 結一郎がいなくなった後で、息子の輝利哉からの視線を感じた。

 息子に顔を向けて微笑みながら耀哉は言う。

 

「ふふっ、忍者を呼び出すお殿様みたいだったろう?」

「はい」

 

 ちょっとした悪戯が成功した子供のように告げる耀哉に、輝利哉の表情も穏やかなものとなる。

 

「昔から一度やってみたかったんだ」

「父上、私もやってみてもいいでしょうか?」

「うん。結一郎ならお願いしたらきっと聞いてくれるさ」

 

 微笑み合う親子。

 過酷な運命を背負う親子の暖かな会話がそこにあったのだった。

 


産屋敷一家と翻訳係 その2

 

 産屋敷家の当主は呪われているかのように必ず三十歳になるまでに病没している。

 今年で二十三歳を迎えた耀哉もまた、その命の灯火が揺らぎ始めていた。

 今日も体調がすぐれず、病床に身を横たえる耀哉。

 その傍らには父の看病をする長女のひなきと、新設された部隊“旭”の訓練結果報告に来た結一郎が控えていた。

 すでに報告は終わり、結一郎は耀哉の痛ましい姿に表情が曇りそうになるのを必死でこらえていた。

 

「こんな情けない姿で悪いね、結一郎」

「とんでもございません。何卒、ご自愛くださいませ!」

 

 耀哉の言葉を強く否定する結一郎に、耀哉は己が感じていることを素直に口にした。

 

「日に日に自らの寿命が削られていくのを感じるんだ。これも産屋敷家の運命というものなのだろうね」

 

 もう自分の命は長くないのだと悟ったように口にする。

 その言葉を結一郎は素直に受け取ることができなかった。

 

「何を弱気なことをおっしゃられるのですか! そうして諦めたようなことをおっしゃらないでください!」

 

 激励の言葉というよりはもはや嘆願とも呼べるような言葉を口にしてしまう結一郎。

 鬼殺隊の当主であり、カリスマであり、父でもあるその人が自らの死を語る様などは見たくはないのだ。

 そんな結一郎の気持ちを察してか、耀哉は言葉に力を込めて独白するように語り掛けた。

 

「あぁ、そうだね。私はまだ死ねない。鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)を倒すまでは……私の代で決着をつけてみせる」

 

 その弱った病身のどこから出てくるのだろうかと思える悲壮な覚悟。

 その覚悟を見た結一郎は、感動で胸を打つのと同時に一抹のもの悲しさが去来するのを感じた。

 

『お覚悟、ご立派でございます。しかし、そのお命を家の使命のためだけに長らえさせるというのはあまりにも寂しいではありませんか……』

 

 自らの命を長らえさせたい理由が一族の宿願を叶えるためだけというのはあまりに寂しい。

 出来うるならば、耀哉にも未来に明るい希望を持って生き長らえて欲しい。そう結一郎は思う。

 

「フフッ、世の中の父親という者は娘の白無垢姿を見るまでは死んでも死にきれないと聞きますが、お館様は違うのですか?」

 

 だからこそ、失礼を承知で息女のひなきをネタに、茶化すようにあえて明るく冗談を口にしたのだった。

 その気持ちを汲み取った耀哉は、意識して明るい声で返事をしてみせた。

 

「娘の嫁入り姿か……確かにそれはぜひとも見たいね」

「えぇ、そうですよ。それを見るまでは死ぬなんてとんでもありません」

「あぁ、そうだね。それを見るまでは死ねないなぁ」

 

 耀哉と結一郎、そしてその話のネタにされた娘のひなきの三人で笑い合う。

 病気の陰の気を明るい陽の気が吹き飛ばしてくれることを信じながら。

 

 

 少しばかり笑った後で、耀哉は何かを思いついたように結一郎に顔を向けた。

 当主の言葉を一言も漏らすまいと真剣な表情をする結一郎であったが、その言葉に大きな衝撃を受けることとなる。

 

「そうだ、結一郎。どうせなら君が娘を貰ってくれないかい?」

「えっ?」

 

 一瞬何を言われたのか理解ができず情けない声を出してしまったが、頭が言葉の理解に追いついたときにはもうたいそう混乱してしまう。

 君が相手なら安心できるよ。と、突然の嫁入り相手に指名されればそれは驚くというもので。

 しかしながら、そう易々と逃してくれるほどお館様は甘くない。

 追い打ちをかけるように耀哉から次々と言葉が投げかけられていく。

 

「私の娘では不満かい?」

「いえ、そのようなことは決して! むしろ身に余る思いです!」

 

 不満とか言えるわけないじゃないか。

 

「年齢差が気になるかい? 大丈夫だよ。あと五、六年すれば似合いの年齢になるさ」

「あ、はい。おっしゃる通りですね」

 

 現在、結一郎は十八歳。ひなきは十歳。八歳差だ。

 確かに五年後には二十三歳と十五歳。それほど奇異にみられる年齢差ではないだろう。

 

「娘の気持ちが大事? そうだね。それは大切なことだ。……ところで今、ひなきはどんな表情をしているかな? 嫌そうな顔をしているかい?」

「……そのようなことはありません」

 

 薄らと顔を赤く染め、気恥ずかし気に結一郎のことを伏し目がちに見ているひなき。

 とてもではないが、嫌がっているようには見えない。むしろ、将来の夫が決まってすごい意識しているような?

 産屋敷家のお子様たちは皆早熟であります。

 

 次々と逃げ道を塞がれて、気が付けば婚約は確定したも同然の状況になっていることに戦慄を隠せない結一郎。

 1/Fゆらぎと呼ばれるような相手をリラックスさせる声音で、こちらの反論を先回りされるように言葉を投げかけられては何も言えないのだ。

 あれよあれよという間に人生の墓場に片足を突っ込まされている。

 

『お館様とあまね様のお子ですから、将来はきっと美人さん確定ですね。躾もされていて理想のお嫁さんになるに違いありません。……だからこれは良い話。良い話なのです!』

 

 心の中で自分に言い聞かせる結一郎。

 実際、悪い話では決してないし、お館様と血縁関係を結べると知ったら羨む隊士も出てくるだろう。

 だけれど! それでも! 納得しきれない所もあるわけで。

 

『どうして、どうしてこうなった!?』

 

 なんかもう、いろいろと諦めたほうが幸せな結一郎である。とっくに試合は終了している。

 とりあえず、ご婚約おめでとうございます?




1.「一番のお師匠様?」
 お師匠さんたちのプライドとそれに伴う結一郎の過酷な修業(再)。
 最近、翻訳係が調子に乗ってきてたのでそろそろシメないとね!

2.「村田さんと翻訳係」
 冨岡義勇の関係者。それだけで伝わる苦労……

3.「無一郎と翻訳係」
 ぶっちゃけ、中の人ネタ。前々回の話の感想でチラッと鉄血の話が出てたので、それだ! と思い追加したネタでした。

4.「継子の翻訳係」
 なんでこんなに過酷な修業を耐えられたのか?
 ⇒翻訳係だからね。お師匠たちの熱意は余すところなく理解してしまってますので。

5.「産屋敷一家と翻訳係 その1」
 お館様にはこうした平穏な日常を過ごしていて欲しいなぁと思ったので。
 ちょっとお茶目なところもあるんじゃないかと想像してみたり。
 そしてさらっと御庭番化している翻訳係。

6.「産屋敷一家と翻訳係 その2」
 前半シリアス? と、思わせておいてのギャグでした。
 柱たちの恋愛関係を弄っていたら、気が付いたら自分は人生の墓場に片足を入れさせられていた翻訳係であった。
 お館様の方が一枚上手なのだよ。

お館様「結一郎、人をくっつけるっていうのはこうするんだよ?」

 念願のヒロインだぞ。どうしたそんなしかめっ面して? 笑えよ結一郎。


翻訳係コソコソ話
 蜜璃のことでからかったお詫びに、結一郎は小芭内に彼女とのデートをセッティングしてあげてます。


ミニ次回予告
機能回復訓練……は、すっ飛ばして無限列車にはいる。かも?


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その13(小ネタ集その2)

2019/10/18投稿
2019/11/12リンク追加、微修正

筆がのったので小ネタ集投稿です。

1.翻訳係の逢引のすすめ
2.蜜璃のデート報告?
3.炭治郎と蟲柱さん
4.婚約報告と柱たち

以上の四本でお送りいたします!


翻訳係の逢引のすすめ

 

「先日は失礼を致しました」

 

 頭を下げ、謝罪の言葉を口にする結一郎。

 その相手は先日の柱合会議でからかいのネタにしてしまった蛇柱・伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)だ。

 彼の恋愛感情を利用して場の空気を操ったことを謝りに来たというわけである。

 結一郎からの謝罪。小芭内はそれを鼻を鳴らして受ける。

 

「フン! 何のことやら、俺にはとんと分からんな。そんな無駄なことに時間を使う余裕があるとは羨ましいね。あいにく俺は暇じゃない」

 

 ネチネチと皮肉を交えながら遠まわしに気にしていないと告げる。

 言っていることが大変面倒くさいような気もするが、コレが彼の個性なので致し方無い。

 謝罪も終わり、さっさと帰れと言われた結一郎。しかし、素直に帰らずに話を続けようとする。

 

「ありがとうございます、師匠。ところで、最近できた洋食のハイカラなお店がありまして、たいそう美味と評判だそうですよ!」

「突然、何の話をしている?」

 

 急に洋食店の話をし始めた結一郎に訝しげな視線を向けるも、結一郎は気にも留めずに話し続けていく。

 一体何だというのだろう?

 

「そのお店では海軍仕込みのカレーがおいしいらしく、それにコロッケと付け合わせの生野菜と一緒に食べるのが通なんだとか! かなり食べ応えがあって満腹になると評判とのことです!」

「知らん、興味がない」

 

 熱く語る結一郎を冷たくあしらう。がしかし、彼が止まる様子はなく強引に話を進めてくる。

 

「いえいえ、そう言わないでください。そのお店の近くにあるカフェも有名で、おいしいコーヒーとワッフルが自慢だそうです!」

「おい、いい加減に――」

「きっと女性を連れて行ったら喜ばれるでしょうね!」

 

 そろそろ怒りを見せようとしたところで、結一郎の一言に体が止まる。

 先ほどからの話の流れに思うところがあったのか、話を聞く姿勢になった小芭内。

 その様子を見て結一郎は懐から件のお店のチラシを取り出し、そっと差し出す。

 店の簡単な紹介や住所が記載されたそのチラシを受け取り、結一郎の意図を察した小芭内は目で合図を送る。

 

『よし、続けろ』『承知しました』

 

 我が意を得たりと、結一郎は世間話を続ける。

 ずっと飲食店の話ばかりではあれなので、少しは文化人的なことをば。

 

「そういえば、伊黒師匠はキネマは見たことがおありですか?」

「いや、無いが?」

 

 キネマ、活動写真つまりは映画のことについて話をする結一郎。

 見たことがないという小芭内に嬉々として話を始めた。

 

「そうなのですか! 自分も見たことが無いので行ってみようと思っていたのですが、あいにく用事が出来てしまいまして」

 

 ○○日なのですが、残念です。と、そっとチケットを差し出す。二枚あった。

 

「この日は伊黒師匠はお休みだとお聞きしましたので、代わりに見に行っていただけませんか?」

「フン! そういうことなら貰ってやらなくもないが」

 

 チケットを受け取る小芭内は、不機嫌そうな言葉とは裏腹に少しウキウキした様子が見て取れた。

 小芭内がチケットを仕舞ったの見て、結一郎は言葉を重ねる。

 

「ええ、ぜひよろしくお願いします! ああそういえば、甘露寺師匠もこの日お休みだそうですよ? いやぁ、偶然ですねー」

「そうだな、偶然だな」

 

 『偶然』という言葉を強調しながら、恋柱・甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)のスケジュールを口にする結一郎に、小芭内も同じく『偶然』という言葉を強調しながら応えてみせた。

 フッフッフッ、と笑い合う二人。

 酷い茶番を見た気がする。

 

「悪いが結一郎、用事ができたので失礼させてもらうぞ」

「ええ、どうぞ。ああ、ご用事を済ますにはご本人のお屋敷を訪れるといいですよ。本日は一日待機だそうです」

「ああ、覚えておこう」

 

 立ち去ろうとする小芭内に声をかける結一郎。

 一から十までお膳立ては完璧である。

 

 後日、二人で出かける小芭内と蜜璃の姿があったとか。

 

「チュンチュン!」

「ほほう。上手くいったようでなによりですね!」

 

 何か雀からの報告を聞く結一郎。

 仕掛け人は密かに笑っていたという。

 


蜜璃のデート報告?

 

 皆が寝静まる時刻となったある日の夜中のこと。

 任務を終え、たまたま帰り道が一緒になった蜜璃としのぶは仲良くお喋りをしながら道を歩いていた。

 主に蜜璃が話し役で、しのぶが聞き役にまわっていた。

 楽し気に蜜璃が話すのは先日、小芭内に誘われてお出かけしたことだ。

 

「伊黒さんが連れて行ってくれた洋食屋さんがハイカラで料理も美味しかったのよ!」

「洋食ですか。あまり馴染みがないのですが、どんなものを食べたのですか?」

 

 訪れたという洋食屋について聞くしのぶ。

 質問を受けた蜜璃は詳細にその食事について語り始めた。

 

「そこのお店はカレーが看板のお店だったからそれを頼んだの。すっごいのよ! これが!」

 

 たくさんの香辛料を使ったコクのあるルゥに玉ねぎや人参といった西洋野菜のうまみが溶け込んだ深みのある味はもう絶品。

 肉の代わりに使われていたエビやイカといった魚介特有の甘味がルゥの旨味と辛味を引き立てて舌の上で踊っているようだった。

 そうした複雑な味が白いご飯と絡まってもうたまらない!

 さらに一緒に出されたコロッケはサクサクの衣の後に、ホクホクのジャガイモがお出迎えしてくれて食感と味ともに大満足だった。

 そのサクサクのコロッケにルゥを少しかけてあげれば、また先ほどとは違った味が楽しめて二度おいしい。

 香辛料で口の中が飽和状態になったのを付け合わせの生野菜(サラダ)がさっぱりさせてくれて、またカレーの味を飽きさせない。

 

「あまりにも美味しかったから、はしたないけれど、私、お替りをしちゃったの」

「おいしかったなら仕方ないですよ」

「そ、そうかしら。あ、そのあとに食後のカフェにも行ったのだけれど、そこもよいところだったわ!」

 

 落ち着いた雰囲気のカフェにマスター自慢のコーヒー。

 深煎りの苦みが強いコーヒーに合わせて、これまた自慢のワッフルをイチゴのジャミ(ジャム)と一緒に口にすればちょうどよい塩梅に苦みと甘味が混じり合う。

 コーヒーのよい香りを楽しみながらゆったりと過ごす至福のひと時であった。

 

「それでそれで、最後は伊黒さんとキネマを見てね――」

 

 テンション上がりまくりで喋りまくる蜜璃に、しのぶは顔には出さないものの複雑な心境になっていた。

 他人の逢引の詳細、というかもはや惚気話を聞かされて困っているから?

 いいや、そんなことはない。しのぶもうら若き女性なので恋バナは興味がないわけではない。

 では、何が問題なのかといえばその逢引の内容であった。

 

『なんだか美味しそうなお話ばかりですね……どうしましょう、おなかが減ってきました』

 

 逢引(デート)の報告だと思っていたのに、内容が食レポだった件。

 もう一度述べるが、今は夜中である。

 当然、お店もやっていないし、そもそも夜食は健康に良くない。

 そう分かっていはいるものの、食欲を刺激されるような話をされてしまって胃袋が猛烈に自己主張をしてきているような気がする。

 胡蝶しのぶ、夜中に食欲を持て余す……

 


炭治郎と蟲柱さん

 

「怒っていますか?」

 

 唐突に内心を言い当てられたしのぶは、一瞬張り付けていたはずの笑顔を忘れてしまうほどに衝撃を受けていた。

 一人真面目に訓練を続ける炭治郎に声をかけた結果がコレだ。

 もとより「鬼と仲良くする」という夢を託そうと思って話しかけたこともあってか、不思議とその胸の内を明かす気持ちになったしのぶは、静かに語り始めた。

 

 鬼に姉を惨殺された時から鬼の犠牲者の涙と絶望を見るたびに鬼への怒りとどうしようもない嫌悪感が溜まっていくこと。

 一方で鬼にも同情するような優しい姉の想いを継がなければと、姉が好きだった笑顔を張り付けて過ごしてきたこと。

 その二つの想いに板挟みになって、そのことに疲れを感じていること。

 そうした胸の内を語った上で、炭治郎が禰豆子を守って頑張ってくれれば気持ちが楽になることを伝えたのだった。

 

 しのぶの独白を受けて炭治郎はより一層の努力を決意するとともに、彼女を支えてくれる人がもっといればいいのに、と、切実に思うのだった。

 そう考えた時に、炭治郎の脳裏に一人の人物が思い浮かぶ。

 

「頑張ります。でも、俺だけじゃなくてもっと多くの人がしのぶさんを助けてくれるはずですよ。例えば、冨岡さんとか!」

「……炭治郎君、どうして冨岡さんの名前を?」

 

 言うことは言ったので立ち去ろうとしていたのに、義勇の名前を出されて足が止まる。

 何で冨岡さんが、と、尋ねてみれば、炭治郎の返事は頭が痛くなるようなものであった。

 

「恋人同士なら頼っても大丈夫だと思ったので! 冨岡さんならしのぶさんのことを支えてくれますよ!」

 

 純粋な瞳で告げられて、困った笑みを浮かべるしのぶ。

 あの口下手な義勇に自分の気持ちを打ち明けたところで、ちゃんとした返事をしてくれるかどうかというと全く信用は出来ないのだ。

 というか、炭治郎の中の義勇はどんな人物になっているのか聞いてみたい気持ちである。

 まぁ、それは置いておくとして、大変な誤解が生まれている。

 

「誰と誰が恋人同士ですって?」

「えっ、だからしのぶさんと冨岡さんが……」

 

 違うんですか? と不思議そうな顔をしてくる炭治郎にしのぶは頭を抱えたくなった。

 何でこんな勘違いを。いや、あの裁判の時か。じゃあ、あの翻訳係が悪いな。うん、次あったらシメる。

 

「炭治郎君、私と冨岡さんは恋人ではありません」

「えっ、でも――」

「違います。いいですね? 違いますから!」

「あ、はい」

 

 有無を言わせぬ圧を笑顔でかけてくるしのぶに炭治郎は何も言えなくなったという。

 そのあと風のように立ち去ったしのぶに、残された炭治郎はしばし呆然としていた。

 

「しのぶさん、どうしてあんなに否定したんだろう? 恥ずかしかったのかな?」

 

 残念ながら、この長男の誤解は解けていなかったりする。

 しのぶさん、お忘れですか? 彼は義勇と同門ですよ?

 


婚約報告と柱たち

 

『結一郎、産屋敷家長女・ひなきと婚約』

 

 この一大ニュースは瞬く間に柱たちへと知れ渡った。

 それを聞いた各柱の反応は様々だ。

 結一郎的に一番ありがたかったのは、無関心か淡泊な反応に留めてくれた蛇柱・伊黒小芭内と霞柱・時透(ときとう)無一郎(むいちろう)の二人だ。

 両者共に常識的なお祝いの手紙と贈り物を寄越してくれた。

 正直このくらいの対応を皆がしてくれたのなら良かったのだが、個性的な柱の方々がそれで済むはずもなく。

 まず、過剰なくらいお祝いをしてくれたのが四人いる。

 一人目は、炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)

 継子のめでたい出来事を祝うのに、この快男児はチマチマしたことなどしない。

 直接結一郎の下を訪れて、祝いの言葉をかけたのだ。大声で。

 

「婚約おめでとう、結一郎! うむ、実にめでたい話だ!」

「あ、ありがとうございます煉獄師匠。あの、ちょっと――」

「お相手がお館様のご息女と聞いた時には驚いたが、それだけ期待されているという証拠だろう! 精進せねばな!」

「……はい、頑張ります」

 

 祝いの品を手渡し、去っていく杏寿郎の背を見送る結一郎だったが、ものすごく居心地が悪い。

 何せ、周囲には一般隊士たちが多くいたのだ。

 あれだけ大きな声で話されたら聞こえていない者などいない。

 周りがざわついているのが聞こえる。視線が自分に向いているのを感じる。

 もしかしなくても、近日中にこの話は鬼殺隊中に広まるんだろうなぁ……

 

「真っ直ぐ祝福してくれるのはありがたいですが、もう少し場所を選んで欲しかったです、師匠……」

 

 結一郎は遠い目をしながらそう思った。

 

 二人目は一番関わりの深い水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)

 過去に結婚直前の姉を鬼に殺害されたという過去を持つ彼は、結一郎の婚約の話を聞いて滅茶苦茶張り切った。

 自身の足で多くの神社仏閣を巡り、お守りを集めてきて結一郎に祝いの言葉と共に贈ってきたのである。

 師の思いやりに感謝するものの、その中身を見て苦笑いをせざるを得ない。

 

「さすがに“安産祈願”は気が早すぎますよ、冨岡師匠」

 

 相手はまだ十歳。そんな相手に手を出すほど自分は鬼畜じゃない。

 というか、まだ婚約段階だっての!

 

 三人目は岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)

 元々涙もろい彼がお館様のご息女の婚約話を聞いて冷静でいられるはずもなく。

 話を聞いてひとしきり号泣した後は、祝いの品に白無垢と紋付袴を注文しようとして結一郎本人から止められたという一幕があったという。

 

「悲鳴嶼師匠も気が早い! 代わりに探してきたのがおんぶ紐ってもっと気が早いですよ!」

 

 どうやら彼の盲目の目には、お館様の孫がもう映っているらしい。

 

 四人目は恋柱・甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)だ。

 結婚相手を見つけるために鬼殺隊に入った彼女にとって職場結婚を決めた結一郎は偉大な先達になったのだ。

 そりゃもう、熱烈にお祝いして猛烈に話を聞き出そうと根掘り葉掘り話を聞いてくる。

 いろいろ質問されたけれど、婚約を決めたのはお館様なので答えようもない結一郎は滅茶苦茶困ったらしい。

 

「知らないですよ。鬼殺隊士同士で結婚する方法なんて……」

 

 次に面倒くさい反応をしてきたのは風柱・不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)だ。

 祝いの言葉はしっかりと贈ってくれたのだが、その後が面倒くさかった。

 

「結一郎、てめえ、お館様のご息女を泣かせるようなことがあったらただじゃ置かねえからな……」

「あの、不死川師匠。あなたお嬢様のどういう立ち位置なんです!?」

 

 そのセリフって親族から言われるなら分かるんですけど!? と、ツッコむも聞いちゃいない実弥。

 

「てめえは絶対(ぜってえ)クズな父親になるんじゃねえぞ。俺の親父がクズだったせいでお袋は苦労した。そんな思いはさせんなよ! ……そのお袋も鬼になって俺が殺したんだが」

「だから気が早いです! というか、さらっと重い過去を話さないでいただけますか!?」

「家族が増えたらよォ、兄弟で仲良くするようにちゃんと教えないと駄目だからなァ。唯一残った弟から人殺しって罵られるような俺みたいにはさせんじゃねぇぞ!」

「話を聞いてください! というか、現在進行形で問題抱えてるのあなたですよね!?」

 

 どこの心配してるのかとツッコミたいお説教に、ところどころにぶち込まれる重たい過去の話。

 言っちゃあ悪いが、大変面倒くさかった。

 もう、弟さんに一切合切ぶちまけて対応してもらおうか。

 そんな考えがよぎった結一郎であった。

 

 最後に一番面倒くさい反応をしてきた二人。

 蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶと音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)だ。

 今回の婚約の話を聞いて、嬉々として結一郎を揶揄ってきたのである。

 

「この度はご婚約おめでとうございます。結一郎さん」

「これはありがとうございます」

「十歳の女児を相手に婚約ということは、これから自分好みに育てていくわけですね」

「人を光源氏扱いするのはやめていただけませんかねぇ!?」

 

 祝いの言葉の後にとんでもない言葉をぶっこんできやがる。

 そのほかにも、「もしかして幼女趣味ですか?」とか、「逆玉の輿ですね、羨ましいなぁ~」とか、「婿入りですかね? 婿殿とお呼びした方がいいですか?」とかとか……

 以前、義勇との関係を揶揄い倒したのは自分なのである程度は我慢するが次々と言葉を重ねられれば結一郎も堪忍袋の緒が切れようというもの。

 

「アハハ、この度急な婚約となったのもお館様がご息女の将来を案じての事でしょう。何せ花の盛りは短いといいますしね。ねえ、しのぶさん。そうでしょう?」

「そうですね。ああ、私のことはご心配なく。私はまだ十代ですから」

 

 言外に行き遅れないようにと喧嘩を売る結一郎に、しのぶは額に青筋を浮かべながら真正面から喧嘩を買うことにした。

 花の十代の乙女に何てこと言いやがる!

 

「ああ、そういえば冨岡師匠がいましたか、失念してました」

「フフフ、結一郎さんは婚約して幸せボケしましたか? それは誤解だと伝えたはずですけれど。というか、冨岡さん相手とかありえませんね。無理です」

 

 さらっと関係ないところでディスられる義勇。

 

「おや、ならお相手がいないことになりますが、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですとも。私は結婚できないのでなくて、結婚しないだけですから」

「ハハッ、冨岡師匠も同じことを言いそうですね!」

「ちょっと、冨岡さんと同じ扱い何てそれは心外です!」

 

 ついでとばかりに弟子も本人のいないところでディスってくる。

 冨岡さんが何をしたっていうんだ! ちょっと口下手で結果的に全方位に敵を作っちゃうだけじゃないか!

 

 数分ばかりバチバチやり合ったところで、冷静になった二人。

 あまりにも馬鹿らしくなったので、喧嘩はやめたのだった。

 

 もう一人の面倒くさいヤツの天元。

 柱の中で唯一の既婚者ということもあり、結婚に関してものすごい先輩面して話しかけてくるのがウザかった。

 

「いいか、嫁にしたからってそれで終わりじゃねえんだ。ちゃんと労わってやることが大事なんだぜ。何か機会があれば派手に贈り物をしてやることも大事だ。派手にな!」

「なるほど。参考になります」

 

 最初はこうした結婚生活におけるアドバイスをしてくれているだけだったのだが、途中から嫁自慢が入ってきて、ウザくなってくるのが厄介だった。

 

「普段は姉御肌なくせに、二人だけになったら甘えてくるんだぜ? ここが派手に可愛くてな!」

「『こんなあたしを愛してくれるのは天元様だけ』なんて、いじらしいこと言ってくれるんだ。まぁ、当然派手に愛してるんだけどな!」

「自己主張はあんまりしない奴なんだが、気が付いたらそっと隣に立って腕を絡めてきたりな。こういう嫁のささやかな愛情表現を逃さないのができる男ってやつさ。派手に応えてやってるぜ、俺はな!」

 

 祝いに来たはずなのに散々惚気てきてイライラさせられる結一郎。

 さりげなくマウント取ってきてませんかね!?

 

「ま、俺のところみたいに鴛鴦(おしどり)夫婦を目指すんだな。派手に」

「ええ! 無事に結婚したあかつきには良い夫婦になりたいものです! 理想は隠し事のない夫婦ですね。宇髄師匠のところもそうでしょう?」

「もちろんそうに決まってんだろ!」

 

 天元の返事を聞いて結一郎はニッコリ笑う。

 

「そうですよね! 例えば、妻に内緒で豪遊して高いお酒を買って隠しておくとかしませんよね?」

「ゆ、結一郎、お前」

「やだなあ、師匠。例え話ですよ。例え話」

 

 例え話の体をしながら、天元の秘密を口にしていく結一郎に冷や汗が流れる。

 自室の戸棚の裏とかに隠したりしないようにしますよ。と、隠し場所までバレている。

 こいつ、どうやって知った?

 その疑問に答えるように結一郎が一言ポツリと漏らす。

 

「自分は小さなお友達が多いので、いろいろ教えてもらえるんですよねー」

「そ、そうか。派手に気を付けるぜ」

 

 こいつ、諜報力って意味で元忍びの俺以上じゃねえか?

 天元は戦慄を隠せなかったという。

 




1.翻訳係の逢引のすすめ
 前回のコソコソ話にあった内容です。こうやって翻訳係は小芭内師匠の支援をしているのでした。

2.蜜璃のデート報告?
 デート報告だと思った? 残念、メシテロでした!
 夜中に読んで、しのぶさんと同じ気持ちを味わっていただきたい!

3.炭治郎と蟲柱さん
 誤解はなかなか解けない。義勇さんと同門だぞ! 察しろ!

4.婚約報告と柱たち
 蛇と霞は短縮したとはいえ、残りの八人分書くの意外に大変でした。
 各自の反応としては不思議じゃないと思いたいです。

次回こそ、無限列車編です!


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その14 前編(無限列車編)

2019/10/21投稿


 柱合会議から三か月後。

 鬼殺選抜隊“旭”の運用再訓練を終えて、結一郎は部隊を離れて任務に就いていた。

 といっても、単独任務ではない。

 また竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)のお目付け役としての任務だ。

 もはや禰豆子(ねずこ)の危険性を測るという意味合いはないのだが、関わった者としてけじめをつける意味で裁判後の炭治郎の初任務に同行することになったのだ。

 今回の任務は、『無限列車』と呼ばれる汽車で短期間のうちに四十名以上の行方不明者が出ているということで炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)が派遣されたという経緯を持つものだ。

 

 駅で炭治郎と我妻(あがつま)善逸(ぜんいつ)嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)と合流。

 駅員に帯刀を見とがめられ警察を呼ばれそうになったところを結一郎が口八丁で何とかごまかしたという一幕があったりした。

 鬼殺隊でも随一の会話能力を持つだけあって、最初は不審な目で見られていたものの最後は『新訳・桃太郎』という劇の衣装だと納得させることができた。

 まぁ、彼のお供の三匹もその説得力を持たせる一助になったのは間違いない。

 

 汽車の中で杏寿郎と合流した四人。

 結一郎が炭治郎と杏寿郎の会話を聞きながら少し形の崩れたおにぎりを食べて腹ごしらえをしているうちに汽車が動き出した。

 ほどなくして車掌が切符の確認のために現れたので、購入した切符を取り出すために懐を探る。

 ――違和感があった。

 目の端に映る光景に何かおかしな点を見つけたのだ。

 ついでに車掌に注目してみれば、焦り、緊張、そして切実なまでに何かを求めるような気持ちがくみ取れた。

 怪しさを感じた結一郎は一計を案じる。

 

「切符を拝見致します……」

「あー、すみません。購入した切符をどこかで落としてしまったようです! 料金はお支払いしますので新しく発券して頂けますか?」

「え……それは、その……」

 

 想定外というように、慌てた表情を見せる車掌。

 結一郎はそこを逃さずたたみかける。

 

「どうかしましたか? 切符の発券ができなかったら後から手続きできるものでも良いので出していただけませんかね?」

「いえ、あの……切符を……」

「できませんか? それとも、()()()()()()()()()()()()理由でもあるのですか?」

「……ッ!?」

 

 結一郎の指摘に息をのむ。

 結一郎は立ち上がり問い詰めるように言葉を投げかける。

 

「話は変わりますが、今日は皆さんお疲れのようです。あなたが切符を切ったあとにみんな眠ってしまっています! 珍しいこともあったものですね?」

「…………ぐっ」

 

 結一郎が感じた違和感はそれだった。

 夜行運転の汽車とはいえ、乗客が切符を確認した後にすぐに眠り始めるというのは異常だ。

 気が付くのが遅れて自分以外の皆は切符を切られてしまったが、この車掌がこの異常に関わっている可能性を考えて切符を無くしたと嘘を吐いたのだ。

 その懸念は当たっており、車掌は態度を一変させて結一郎に怒鳴りかかってきた。

 

「う、うるさい! どうして切符を素直に切らせないんだ! 夢を、家族に会える夢を見せてもらえないじゃないか!」

「夢を……それが血鬼術(けっきじゅつ)? ならばあなたは鬼の協力者ということか」

 

 脅すように刀の鯉口を切り、抜刀する様子を見せつける。

 傷つけるつもりはないが、多少怖い目にあってもらってでも情報を引き出さねばならない。

 

「あなたが知っていることをすべて話してもらいましょう!」

「……黙れ、黙れ黙れ黙れぇ! 切符を出せ、切符をだせええぇ!」

 

 詰問に対して激昂する車掌の男。

 結一郎は目を見開いて驚いた後、一呼吸の間で彼を突き飛ばした。

 

 次の瞬間、結一郎の身体を強い衝撃が襲う!

 何とか身をひねり衝撃を緩和。

窓を突き破って車外に放り出されそうになるのを枠に指をかけて何とか耐えきった。

 顔を上げてみれば、そこには一体の女の鬼がいた。

 

「カアアアア!!」

「チィイ! 闘勝丸(とうしょうまる)藤乃(ふじの)碧彦(へきひこ)! 皆を頼みます!」

 

 体勢の整わぬうちに追撃をかけられ、車体の屋根に逃れた。

 お供の三匹に炭治郎たちを任せ、襲ってきた鬼と対峙する結一郎。

 その正体も分からぬうちに猛攻を受け、押されてしまう。

 

「ぐぅ! なんだ、この鬼気迫る様子は!?」

「逃がさない、逃がすものか!」

 

 その女の鬼の血鬼術なのだろう、腕から膨らんだ瘤のような硬化した肉の弾丸が射出される。

 それを狭い屋根を転がって躱すが、次には体当たりを受けてとうとう列車から鬼ごと放り出されてしまった。

 高速で移動している汽車から地面に投げ出されれば重傷は避けられない。

 

 全集中・水の呼吸 陸ノ型“ねじれ渦”

 

とっさに全集中の呼吸の型を繰り出して衝撃を緩和することを判断。

 身動きの取れない空中のため、選んだのは体のねじれを利用して繰り出す水の呼吸の陸ノ型。

 回転する勢いで相手を弾き飛ばしつつ、地面に攻撃を当て衝突の勢いを殺して受け身をとることに成功した。

 

「何者です! ただの雑魚鬼ではありませんね!?」

 

 汽車が走り去っていくのを見送りながら、刀を構え問いかける。

 この攻防だけで並大抵の相手ではないことは感じ取れた。

 そして感じる既視感。この鬼、どこかであったか?

 

「貴様、私のことを忘れたか!」

「何!?」

 

 女の鬼が怒りを滲ませて声を発する。

 暗闇から月明かりの下へ姿を現したその鬼の顔を見て、結一郎は息をのんだ。

 その左目に刻まれた二つの文字。“下肆”!

 

「下弦の鬼……あの時の」

「ようやく思い出したか、私のことを!」

 

 その血を思わせるような赤い目は、怒りと恨みで染められていた。

 生々しい感情を剥き出しに下弦の肆・零余子(むかご)は声を荒げて結一郎を攻め立てる。

 

「貴様のせいで私は鬼狩り共に恐怖を覚えた! 十二鬼月にもなったのに雑魚鬼と同じように鬼狩りに怯えて過ごす日々……屈辱だった!」

 

 強くなったはずなのに、人を喰らって力をつけたはずなのに弱い頃と変わらず、地べたを這いずり回るような虫みたいな気分を味わわされたのだ。

 その屈辱、許せるはずもない。

 

「あのお方から臆病者と見做されて、私は殺されそうになった! 無用な、不要な、要らない者とされた私の気持ちが分かるか!」

 

 自らの存在を否定され、圧倒的上位者から処分される恐怖。

 その際に感じたのは恐怖と同時に、自分が理不尽な目にあわされることになった原因への怒りと恨みだった。

 

「私は貴様と出会う日を待ち望んでいたのよ! 貴様を殺し、喰らい、あの日の屈辱を拭うために!」

 

 彼女の感情をぶつけるような恨み言と攻撃が結一郎へと向けられる。

 烈火のごときそれを、結一郎もまた怒りの感情で応えてみせた。

 

「何を言うかと思えば……ふざけたことを言うな!」

 

岩の呼吸 参ノ型 岩軀の膚(がんくのはだえ)

 

 迫りくる肉の弾丸を日輪刀と取り出した鎖分銅を振り回して防ぎきる。

 反撃の機会を得た結一郎は、お返しとばかりに激しい剣戟を打ち込んでいく。

 

「再会を望んでいたのはそちらだけと思わぬことです!」

「なんですって!?」

「自分もお前の頸を斬るために探していたということだ!」

「な、なんで……」

 

 結一郎に睨みつけられ、怯えを見せた零余子。

 自分の命を寸前まで追い詰めた相手から向けられた殺気を前にして、怒りと恨みがかつての恐怖で塗りつぶされていく。

 零余子には結一郎が何故こうまで怒りをぶつけてくるのか理解できなかった。

 その理由はすぐ彼の口から聞かされることとなる。

 

「お前が逃げたせいで、僕は師匠たちから滅茶苦茶厳しい修業を受けさせられたんだぞ!」

「え、えぇ!?」

 

 斬りかかってくると同時にこんなことを言われれば困惑もしようというもの。

 そんなこと私に言われても……

 

「そんなことを言われてもとか、他人事みたいに考えやがって! お前のせいで僕以外にも三人も犠牲になったんだぞ! ふざけんな!」

「ふざけてるのはどっちよ! というか、また心を読まないで!?」

 

 心を読まれ追い詰められるこの既視感。

 恐怖は前回の二倍増しだ。あのブラック上司のせいで。

 

「だいたい、上司に殺されそうになったからなんだ! こっちは師匠の修業受けてて一度死んだんだぞ! 臨死体験だ、臨死体験! 文句言うならいっぺん死んでから来い!」

「そ、そんな無茶な!?」

 

 とんでもない無茶ぶりを見た。

 一回死んで来たとか、もうどっちが化物なのやら。

 というか、そんな修業を課してくる鬼狩りって、やっぱり怖い!

 

「謝れよ! 僕に謝れぇええ!」

「ご、ごめんなさいぃいい!?」

 

 勢いに負けてとうとう謝る零余子。

 もう彼女の精神(ライフ)はゼロである。

 

「うるさい! さっさと頸を出せ!」

「イヤアアア!?」

 

 無惨様、やっぱりこの鬼狩り怖いです。

 頸を刎ねられる直前に彼女はそう思ったそうな。

 

 


 

――結一郎が零余子の頸を刎ねた少し後の頃。

 

「皆無事だ! けが人は大勢だが命に別状は無い。君はもう無理せず……」

 

 重傷を負いながらも列車と同化した下弦の壱の頸を落とした炭治郎に呼吸法の指導をしながら誉めるように声をかける杏寿郎。

 しかし、彼の言葉は最後まで言うことはできなかった。

 砲弾が着弾したかのような重い地響きが鳴り響く。

 土煙が晴れ、姿を現したのは体中に罪人の刺青のような文様が入った鬼。

 その両目にはそれぞれ文字が刻まれていた。

 “上弦” “参”

 

 上弦の鬼。最強の鬼たちが一体。

 それが戦場に現れたのだ。

 




【朗報】結一郎、ようやく十二鬼月討!
【悲報】煉獄さんと上弦の参、エンカウント!

果たして、結一郎は煉獄師匠のピンチに間に合うことができるのか!?


翻訳係コソコソ話 壱
 お供参匹に守られていたので、夢の中に侵入してくる人はいなかった。
 ついでに、列車をお供三匹で一両守っていたので、煉獄さんの負担軽減。
 鬼殺の猿を舐めるなよ!

翻訳係コソコソ話 弐
 序盤に結一郎が食べていた形の少し崩れたおにぎりはひなきお嬢様が作りました。


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その14 後編(対・上弦の参)

2019/10/30投稿


 鬼殺隊炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)

 十二鬼月 上弦の参・猗窩座(あかざ)

 人と鬼。それぞれの最高戦力の一角同士の戦いは拮抗した状況になっていた。

 拮抗状態ということはすなわち人間側の不利に他ならない。

 そもそもの生物としての性能の違いが杏寿郎を追い詰めているのだ。

 猗窩座との攻防ですでに満身創痍の杏寿郎。

 額から血を流し、全身打撲と複数個所の骨折など、傷を負っており戦闘不能は時間の問題だ。

 対する猗窩座は、鬼の驚異的な再生能力のせいで傷一つ残っていない。

 

「どう足掻いても人間では鬼には勝てない」

 

 自らを誇るように語る猗窩座。

 その言葉はまるでこの状況こそがその証拠であるとでも言うようであった。

 だが、そんなもので心が折れるようなものに鬼殺の柱が務まるものか!

 

「俺は俺の責務を全うする!! ここにいる者は誰も死なせない!!」

 

 己の責を果たす。その意思に微塵も揺らぎなし。

 たとえその命がここで尽きるとも、柱である杏寿郎が退くわけにはいかないのだ。

 覚悟を決めた杏寿郎は、炎の呼吸の奥義をぶつけるべく刀を構える。

 猗窩座も応えるように、血鬼術で自身を強化して拳を握りこんだ。

 互いの奥義が衝突する――その直前、猗窩座の首に向けて鋭い銀閃が煌めいた。

 

“雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

「何!? チィイイ!!」

 

 奇襲となったはずの一撃を恐るべき反応速度で防いだ猗窩座は、乱入者に向けて敵意を向ける。

 

「何者だ、貴様!?」

 

 乱入者の正体を問えば、その影ははっきりとした口調で己の名を名乗る。

 

「鬼殺選抜隊“旭”の棟梁……と言っても通じませんね。この場ではこう名乗りましょう! 炎柱・煉獄杏寿郎が継子、(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)です!」

 

 白い外套(マント)をはためかせ、高らかに告げる結一郎。

 汽車から落とされ下弦の肆を討った後、速度に優れる雷の呼吸を使って疾走。師の危機に間に合ったのだった。

 

「結一郎、今までどこに……いや、今はいいな、そんなことは! よく来てくれた」

「煉獄師匠もご無事で、とは言えませんね。しばらく体力の回復に努めてください」

 

 杏寿郎の傷を見て、全集中の呼吸での回復を促す。

 彼が回復するまでの時間を稼ぐべく、結一郎は猗窩座の前に躍り出た。

 

「お待たせしましたね。上弦の参」

「猗窩座だ。そうかそうか、杏寿郎の弟子か! 師と同じくよく練り上げられた闘気だ。お前も強者だな!」

 

 杏寿郎に代わる新たな強者の出現を喜ぶ猗窩座。

 弱者を蔑み、強者を尊ぶ猗窩座のお眼鏡に適ったらしい結一郎は、師匠と同じく鬼への勧誘を受けた。

 

「お前も鬼になれ結一郎。老いることなく永遠に強者のままでいられるぞ!」

「強者、ですか?」

 

 思わぬ提案を受けて問い返せば、猗窩座は嬉々として持論を語りだす。

 

「そうだ。人間は弱く脆い。儚い生き物だ。今持っている力も技も時間と共に失われていく……」

「鬼になって不老となれば、それが永遠だと?」

「まさしく! 鬼になれるのは選ばれた者だけだ。鬼になれば何百年でも鍛錬を続け強くなり続けることができる!」

 

 無限の鍛錬による無限の強さの獲得が鬼には可能なのだと、結一郎を誘う。

 結一郎は無限の鍛錬と聞いて、今まで受けてきた地獄の修業を思い出して若干、胃が痛くなっていた。

 正直、御免である。そんなものは。

 その気持ちを表に出さないように表情を取り繕いながら、結一郎は言葉を投げかけた。

 

「そんなに強さを求めてあなたは何をしたいのですか?」

「おかしなことを聞く。強さを求めるのに理由など不要だ」

 

 強さを重視する猗窩座にその目的を問えば、返ってきた答えは無目的というもの。

 それを聞いた結一郎は首を横に振る。

 

「なら、話になりませんね。自分が強くなるのは大切な人を、無辜の人々を守るためです! 強くなるのは手段に過ぎません!」

 

 強くなること自体を目的とする者。

 強さは目的のための手段でしかない者。

 話がかみ合うはずもなかった。

 自分にとっての手段を目的としている猗窩座に対して、結一郎は嘲るように問いを投げかける。

 

「先の一瞬でも感じましたが、あなたは十分すぎるほど強い! それでもまだ強さを求めるというのか!」

「当然だ!」

 

 武を極めようとする者は皆そのはずだと返す猗窩座に、結一郎ははっきりとその愚を語ってみせた。

 

「ハハッ! 何を馬鹿なことを。必要もないのに必要以上にそれを求めることを人は“無駄”と呼ぶのですよ!」

「無駄だと!?」

「その通りです。 あなたのその強さで何ができる? 人を殺し、物を壊す! 鬼にできることなどそのくらいのものだ!」

 

 だが、我々(人間)は違うと高らかに謳う。

 己の師匠と仲間がたった今守りきった二百人の乗客たちを示し、奪うだけ、壊すだけのお前たちとは違うのだと。

 その誇りを猗窩座は理解できない。

 

「弱者を何百人と救ったところで何の価値がある!」

「あなたの無駄な百年よりはよっぽどある!」

 

 猗窩座の鬼になってからの百年近くの生き様を無駄と言いきる結一郎に、怒りで青筋が浮かび上がる。

 

「どうやらお前とはとことん価値観が違うらしいな」

「えぇ、そのようで! まぁ、それを抜きにしても個人的に鬼になれない理由もあるのですがね」

「……一応、聞いてやる。なんだ?」

 

 怒りは積もっているが、人との会話が好きな猗窩座は聞いてやることにした。

 ムカツク上弦の弐(同僚)に比べればまだ大丈夫だ。大丈夫。

 結一郎が語る、鬼になれない個人的な理由とは?

 

「自分は婚約者がいるので……鬼にはなるわけにはいかないんですよ!」

 

 鬼になったら結婚できないじゃないですか! と、語る結一郎。

 その理由に猗窩座はなぜかどうしようもなく苛立ちが止まらないのを感じた。

 不快だ! 何故か分からないがとてつもなく不快だ!!

 

「……殺す!」

「かかってこい! 百年物の独身男!」

 

 “血鬼術 術式展開 破壊殺・羅針”

 “炎の呼吸 壱ノ型・不知火(しらぬい)

 

 足元に雪の結晶のような陣を出現させる猗窩座に、力強い踏み込みで斬りかかる結一郎。

 奇しくも先ほどまでの師・杏寿郎をなぞるように始まった戦闘は、同じく結一郎の苦戦という形となって現れた。

 

“脚式・流閃群光(りゅうせんぐんこう)

 

「くうぅ!?」

 

 鋭い連続蹴りが頬をかすめ、血が飛び散る。

 致命傷はなんとか避けてはいるものの、完全な回避を許さない苛烈な攻撃に傷が増えていく。

 

『自分以上の先読み!? なんて厄介な!』

 

 結一郎の苦戦は猗窩座の持つ圧倒的な身体能力もさることながら、相性の悪さもあった。

 元来、結一郎の戦闘スタイルは相手の癖などから心理・動きを先読みして先の先または後の先を制する戦い方だ。

 戦いが長引き相手の情報を得ることができればできるほど先読みの精度が上がっていく、ある種のスロースターターといえる。

 そういう意味で、まだ猗窩座の情報が十分でなく、かつ百年の戦闘経験と血鬼術による探知で先読みを上回ってくる猗窩座との相性は最悪に近いものなのだ。

 

『おそらく探知系だろう血鬼術だけでも厄介なのに、武術家特有の戦術眼までありますか! つくづく化物ですね!!』

 

 心の中で悪態をつきながら、必死で食い下がる結一郎。

 その無様が猗窩座は愉快でたまらない。

 

「どうした、さっきまでの威勢は! お前の力はそんなものか!」

「調子にのるな!」

 

 挑発に応じるように結一郎は新たな技を繰り出す。

 動きが読まれるのなら、その読みを外す動きをしてやればよい!

 

“全集中・柱連(ちゅうれん) 五行連環(ごぎょうれんかん)

 

  伍ノ型・炎虎(えんこ)

  陸ノ型・黒風烟嵐(こくふうえんらん)

  捌ノ型・滝壷(たきつぼ)

  弐ノ型・稲魂(いなだま)

  弐ノ型・天面砕き(てんめんくだき)

 

 次々と呼吸を切り替え、型を流れるように繰り出していく。

 

「何? 呼吸が……ッ!?」

 

 目まぐるしく変わる結一郎の呼吸と闘気に戸惑う声をあげた猗窩座。

 ここまで多様な呼吸を使える剣士など猗窩座の戦ってきた百年の戦闘経験にもない相手だった。

 七人の柱に師事し、五つの呼吸を習得した結一郎だからこそ出すことができる異種の型による連続技だ。

 水で十、炎で九、風で八、雷で六、岩で五。

 これらの型を変幻自在に組み合わせて繰り出すこの技のパターンを読み切ることは困難を極めるに違いない。

 だがしかし……

 

「なかなか面白かったぞ! こうも闘気が変化したのを見たのは初めてだ!」

「クッ! 修羅め!」

 

 猗窩座は変化する呼吸に順応し、結一郎の振るう日輪刀を捉えてみせたのだ。

 この凄まじいまでの戦闘能力に結一郎は戦慄を隠せなかった。このままではやられる!

 

「死ね、結一郎!」

「いいや、まだです!」

 

 命を奪う一撃を叩き込もうとした猗窩座は、結一郎の視線に違和感を感じた。

 視線が自身の後方を見ている。

 羅針には反応はない。しかし、この土壇場で目を逸らすことをこいつがするだろうか?

 何かある!

 そんな判断を刹那の間で行い、行動へと移す。

 結一郎を蹴りで吹き飛ばしながら振り向き、攻撃に備える猗窩座。

 

「さあ、何が来……る?」

 

 結一郎が何を仕掛けてきたのかと身構えていたのに、そこにいたのは予想外のもので……

 

「ケーン!」「ワン!」

 

 羽を広げ威嚇する雉とそれを背に乗せて吠える犬。

 結一郎のお供の二匹であった。

 そりゃあ、動物ですもの。殺気なんかあるわけないので探知すり抜けてきて当然ですよ。

 騙された! そう思ったときにはすでに致命的な隙が生まれてしまっている。

 

“水の呼吸 壱ノ型・水面斬り”

 

 すかさずその機を狙う結一郎。

 その一撃は猗窩座の頸を半ばまで切り裂いたものの、落とすまでにいたらず、わずかな差で逃げられてしまった。

 

「チッ! 惜しい!」

「貴様ァ! ふざけているのか!」

 

 結一郎の視線によるフェイントに騙されたという羞恥と騙すにしてももっと別の方法が無かったのかという怒りでキレている猗窩座。

 しかし、結一郎はふざけてなどいない。むしろ大真面目だ。

 

「あなたを倒すためならばこの場のすべてを利用してみせます! なにせあなたは無駄に強すぎるので!」

 

 猗窩座の強さを身をもって体感している結一郎は、とれる手段は全て使う気概で臨んでいる。

 怒らせて相手の判断が乱れるならしめたものだ。

 

「さっさと死ね!」

 

 結果、相手の攻撃が苛烈になって苦労するのもよくある話であったりするのだけど。

 

“破壊殺・乱式”

 

 猗窩座の怒りに任せた乱打に襲われて防戦を余儀なくさせられる。

 必死に攻撃を捌いていくが、一度、二度とかすめるように被弾が増え、ついに体勢を崩すという致命的な隙を曝してしまう。

 

()ったぞ!」

「いいえ、あなたの方です!」

 

 勝利を確信する猗窩座に、結一郎は機を見出だす。

 自分の背後を見るその目を見た猗窩座は、嫌なものを感じ取っていた。

 

『同じ手を二度もくらうものか! ……いや、こいつもそのことは分かっているはず?』

 

 怒りで曇っていた心に長年の戦闘者としての勘が警告を告げていた。

 その本能的な勘に従って意識を巡らせれば、羅針に反応するものが――

 

“炎の呼吸 壱ノ型・不知火”

 

「避けられたか! 大丈夫だな、結一郎!」

「助かりました、煉獄師匠」

 

 結一郎を助け起こす杏寿郎。

 一時戦闘を離れ体力を回復していた彼は、結一郎の合図を見て戦闘に復帰。

 結一郎の意図を読み、彼の視線とは別方向からの奇襲を行ったのだ。

 しかしながら、やはり上弦の鬼と言うべきか、いくつもの虚実を混ぜた奇襲を難なくかわされて決着はまだ着かない。

 

「ああ、そうだな杏寿郎。お前ほどの強者があの程度で戦えなくなるはずがなかったな!」

 

 二対一になったというのに微塵も自らの敗北を疑う様子もなく、むしろ喜悦の表情で応じてくる猗窩座。

 戦闘を望み、流血を好む様はまさしく修羅。

 

「まったくもって凶悪な鬼だな! 上弦というのは!」

「本当に嫌になります!」

 

 改めて感じる上弦の鬼の強大さを前に言葉を交わす二人。

 諦観ともとれるような軽口だが、その声音に絶望など含まれていない。

 鬼殺の剣士が鬼を前に勝利を諦めることなどありはしない!

 

「だが、二人一緒ならば必ず勝てる! そうだろう、結一郎!」

「えぇ、師弟の強さを見せてやりましょう!」

 

 いくぞ! 応!

 呼応の声と共に剣を構え走り出す二人。

 結一郎は文字通り“呼吸”を合わせ、猗窩座へと迫った。

 

「ハハハ、素晴らしい連携だ! 過去にもこれほどの強者同士の緻密な連携は見たことがない!」

 

 燃え盛るような猛攻を行う炎の呼吸の剣士二人を相手にしても、猗窩座は、この戦鬼は愉悦を覚えている。

 呆れるほどの身体スペックの差。悍ましいまで戦闘に依存した精神性。

 もはや生半可な攻撃は通用しないと判断した師弟二人は、言葉を交わすことなく最大火力を出せる型を同時に選択した。

 

““全集中 炎の呼吸 奥義 玖ノ型・煉獄””

 

 広範囲をえぐり斬る炎の呼吸の奥義が挟み込むようにして猗窩座の頸を狙う。

 猗窩座の肉をえぐり、骨を削りながら迫る刃。

 しかし、それは頸にわずかに食い込んだところで猗窩座に刀身を掴まれ止められてしまった。

 

「オオオオオオオ!!」

「ハアアアアアア!!」

 

 だからなんだ!

 と、全身全霊をかけて刀に力を込める。

 この機を逃せば勝ち目などない二人に、引くという選択はない。

 そのまま刃を押し込み、頸を断つべく残りの力を出し切る。

 だが、相手は上弦の参。早々それを許してはくれるはずもない。

 

「ガアアアアアア!!」

 

 二人の全力をそれぞれ片手で止めながら互角以上に張り合う。

 驚くべき怪力。タフネス。

 この悪鬼を倒すにはもう一手足りない!

 その一手を打つべく、じっと機を伺っていた者がいた。

 

「ウキッー!」

 

 “猿の呼吸 壱ノ型・猿飛(さるとび)

 

 響き渡る奇声と共に飛び出す小柄な影。

 結一郎のお供の一匹、杏寿郎から呼吸法を伝授された鬼殺の猿・闘勝丸(とうしょうまる)だ。

 そう、炎柱・煉獄杏寿郎の継子はもう一匹いる!

 

「何ィ!?」

 

 結一郎と杏寿郎の攻撃を全力で防いでいる猗窩座は、突然飛び出してきた猿を察知しながらもその攻撃に対してどうすることもできない。

 何者にも妨げられることなく突き立てられた刃は肉を裂き、骨を断ち、ついに頸を斬り落とす。

 

「俺が、猿ごときに!?」

 

 驚愕と怒りに染まった表情で地面を転がる猗窩座の頸。

 ほどなくして塵になって崩壊し始めたその頸と体を見てようやく勝利の実感が湧いてくる。

 

「勝った? ……勝ったんですよ、煉獄師匠!」

「ああ、大勝利……だ」

「師匠!?」

 

 上弦の鬼の討伐という大成果を喜ぶ結一郎だったが、膝をつき力尽きたように倒れる杏寿郎を見て慌てて駆け寄る。

 

「しっかりしてください、煉獄師匠!? 痛ッ!」

 

 倒れた杏寿郎を抱き起そうとして、左腕に痛みを覚える結一郎。

 いや、左腕だけじゃない。戦闘中は忘れていた痛みが、安堵感を得たことで思い出したように痛みだしたのだ。

 

「大丈夫ですか、結一郎さん、煉獄さん!」

「おい、死ぬんじゃねえぞ、ギョロ目! 妖怪男!」

 

 痛みに悶絶していると、心配した炭治郎(たんじろう)伊之助(いのすけ)が近寄ってきた。

 動けない自分の代わりに、二人に指示を出す。

 

「炭治郎君は心配してくれるのはありがたいですが、君も重傷です。動かないこと! 伊之助君は、藤乃の背負い袋から薬箱を出してください」

「す、すみません!」

「そうだぞ、権八郎! 大人しくして親分に任せておけ! ……これで合ってるか、妖怪男!」

 

 粗雑な言動とは裏腹に仲間思いなのか、テキパキと動く伊之助。

 この際なので自分の呼び方は不問にして、伊之助の問いに首を縦に振って答える。

 

「ええ、それです。鎮痛剤なので炭治郎君も飲んでおくといいでしょう」

 

 伊之助から受け取った薬箱から錠剤を取り出し飲み込む。もちろん炭治郎と杏寿郎にも処方しておく。

 亜米利加のとある地方でとれる薬草(ハーブ)を調合したもので、効果はてきめんだ。

 痛みが治まったところで自分の左腕の応急処置をして、杏寿郎の処置をし始めた。

 

「まったく、情けないな! 弟子に怪我の手当てをさせることになるとは!」

 

 結一郎による止血などの応急処置を受けながら、自分の不甲斐なさを嘆く杏寿郎。それを見て結一郎は呆れたように言う。

 

「上弦の参と一人で渡り合っていたんですから、命があっただけでも十分ですよ! 本当に間に合ってよかったです」

 

 もし自分が間に合っていなかったら確実に杏寿郎が死んでいたであろうことを想像して顔を青ざめる。

 柱の中でも人望が厚く、名門の出身ということもあって一目置かれていた杏寿郎が死亡していたならば鬼殺隊にどれだけの動揺を与えたことか。

 選抜隊の“旭”もようやく活動を始めたばかりで、若手がまだ育っていないのだ。

 そんな状況で炎柱・煉獄杏寿郎の後釜などそうそう見つからない。

 結一郎は杏寿郎の継子でもあるが、今は新たな“棟梁”という役職を得た身であるので、柱の兼任は憚られる。

 というか、そんなことになろうものなら結一郎の過労死待ったなしなので無理!

 結一郎のためにも、本当に杏寿郎が生き残ってくれて良かった。ホントに。

 じゃあ、他に誰が? となると、蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶの継子、栗花落(つゆり)カナヲがいるが、彼女はまだ経験不足。

 該当する人間はいないように思えた。

 

『あれ? ちょっと待って、柱の条件ってたしか……』

 

 柱の候補者ということを考えた時に、柱に昇格する条件を思い出した結一郎。

 

 階級が(きのえ)の者が、

  一、鬼を五十体討伐すること。

  二、十二鬼月を討伐すること。

 どちらかを達成すれば、昇格の条件となる。

 

 十二鬼月を倒す。今まさに起こったことだ。しかも上弦の参。

 誰がやったかといえば、炎柱・煉獄杏寿郎。棟梁・和結一郎。……そして、お猿の闘勝丸である。

 

『え、まさか、そんな、アハハ~、ありえないですよね?』

 

 猿柱、就任!

 そんな文字が頭の中に躍り出るのを必死に振り払う。

 というか、下手したら結一郎の戦績よりも上かもしれないという嫌な想像が!

 自分が斬ったのは下弦の肆。でも、闘勝丸が頸を落としたのは上弦の参……。

 

「ウキ?」

 

 結一郎が見つめてくるのを不思議そうに首を傾げる闘勝丸。

 無邪気なお供の姿を見て結一郎は考えるのをやめることにした。

 やめやめ! これ以上考えると落ち込みそうだ。

 

「煉獄師匠、絶対に死なないでくださいね?」

「もちろん死ぬつもりなどない! しかし、どうした? 急に」

 

 杏寿郎の問いに結一郎は答えることができなかった。

 だって、言えるわけねえじゃん。「あなたが柱を辞めたら後釜が猿かも」とか。

 こんな脅し文句ある!?

 

 なお、『上弦の鬼を倒したら引退しよう』と考えていた某柱の方にはもろ直撃であったり。

 下手に死んだり、大怪我で引退できなくなった柱の皆さんだった。

 大変ダナー。柱って。

 




シリアスとギャグが入り混じってジェットコースターみたいな話になってしまいました。
 後半は力尽きた感が半端ないです(汗

Q.どうして猗窩座の頸を闘勝丸に斬らせた!
A. だってアンケートの結果が……

Q.本当のことを言え!
A. 絶対みんな最後の選択肢を選んでくれると思ってました! 計算通り! やったぜ!
 いや、もう本当に闘勝丸の人気がすごいと思うんですよ。たぶん拙作の人気投票やったら確実に上位に食い込みそうな予感がします。
 ちょっとしたネタで出しただけのはずだったのに、こうなるなんて……いっそ、鬼殺の猿を主役にした話でも書くかぁ?

翻訳係コソコソ話
 闘勝丸が杏寿郎に指導を受けたいたことは知ってましたが、継子扱いされていたことは知らなかった結一郎。今回の件で杏寿郎が継子扱いをしているのを知って驚愕していたりしました。

ミニ次回予告
千寿郎「そ、その耳飾りは!? ち、父上! 父上ー!」
槇寿郎「おまえ、日の呼吸の使い手だな!」
炭治郎「え、えぇ!?」
 炭治郎in煉獄家!

杏寿郎「列車の中でも話していたが、俺の継子として面倒を見てやろう!」
義勇「待て。(同門の水の呼吸の使い手で弟弟子の)炭治郎は俺の継子になるべきだ!」
 炎柱vs水柱 どっちの継子でショー再び!?

などなど、空白期の小ネタ集の予定です。


【読み飛ばし推奨】豆腐の愚痴
 戦闘描写を書くのは苦手です。臨場感があるように書こうとするのが一番しんどいです。
 苦手意識があるからか、ついギャグを入れようとしたり端折ったりしてしまいます。
 自分って本当に駄目だなって思います。
 今回は特に猗窩座がガチ戦闘キャラなので、そのギャグを挟むことさえ一苦労。
 作者の望みは上弦の伍・玉壺のようなギャグまみれの戦い。
 原作のシリアスな空気はどこ行ったと読者に言わせてツッコミを入れさせること。
 それなのに割とガチの戦闘描写を書かざるを得ない……どういうことなんだ?
 なんでそんなにお前はガチの戦闘キャラなんだ? 猗窩座!
 玉壺も零余子もこれでもかとネタになってくれたというに……まともにネタにできたのは猿に頸斬られるというオチだけか? 猗窩座!
 婚約者ネタなんてコミックス派からしたら意味不明な上に下手したらネタバレだろうが! 猗窩座!
 どうしてこうもギャグにし辛いんだ、猗窩座、猗窩座、猗窩座アアア!!
 もう、お前なんかさっさと嫁さんのところ行って寿退社してろよ! 祝ってやる!


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【番外編】キメツ学園の翻訳係 弐~文化祭~

2019/11/08投稿

予定を変更してキメツ学園です。

※これは鬼滅の刃ノベライズ第2巻『片羽の蝶』のネタバレを一部含んでいます。
 ・もうすでにノベライズを読破済みである方
 ・ネタバレしても気にしない心の広い方
 ・どうせ買うつもりないからどうでもいいよという不届き者
以上の方以外はご注意ください。


【番外編】キメツ学園の翻訳係 弐~文化祭~

 

 キメツ学園文化祭。

 『何人にも平等に、生徒の自主性を尊重する』という理念を掲げるこの学園の文化祭は、生徒たちがその自主性を大いに発揮して盛り上がる一大イベントの一つだ。

 お祭りは誰だって楽しい。

 しかし、その裏では運営のためにとても苦労している人がいることを忘れてはいけない。

 今回の文化祭を開催するにあたって、文化祭実行委員長を務める高等部三年生・胡蝶(こちょう)しのぶはある事案で頭を抱えていた。

 

「はぁ~、どうしましょう。もう手立てがありません」

 

 大きなため息を吐き途方に暮れる。

 彼女を悩ませているのは「キメツ☆音祭」に参加する一つのバンド『ハイカラバンカラデモクラシー』についてだ。

 ヴォーカルを高等部一年生・竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)、三味線を同じく一年生・我妻(あがつま)善逸(ぜんいつ)、太鼓を同一年・嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)、そしてハーモニカを美術教師・宇髄(うずい)天元(てんげん)というメンバーで構成された異色のバンドである。

 彼らの奏でる音楽は破滅的というか、破壊的というか、はっきり言ってしまえば音祭への参加を拒否したいくらいのものだ。

 その音楽を聴いた者は、激しい嘔吐と震え、眩暈と頭痛に襲われ意識を失うという。

 生物兵器もかくやとばかりのこのバンドを参加させれば、当日の保健室は満員御礼どころか野戦病院の様相を呈するに違いないわけで。

 しのぶは彼らを棄権させるべくあの手この手を使ったのだが、結果は伴わなかった。

 

 学園でも指折りの不良兄妹にして人気バンドを組んでいる謝花(しゃばな)兄妹をけしかけ、毒を以て毒を制する作戦はHBD(ハイカラバンカラデモクラシー)の音楽の破壊力により失敗。二人が尊い犠牲となった。

 次に頼ったのは学園一の熱血歴史教師・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)だ。

 生徒思いの彼ならば、他の生徒に危害が及ぶと知れば止めてくれると思って説得をお願いしたのだが、HBDの身の程をわきまえない「いつかメジャーデビューしたい」という熱意にほだされて失敗してしまった。

 ならば、学園の最終兵器(リーサルウェポン)とも言われる風紀委員顧問・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)にHBDの摘発を依頼したのだが、しかし、まさかのまさか、彼らの音楽に冨岡先生は感動を覚え帰ってきたのだ!

 ミイラ取りがミイラになった!

 こいつ肝心な時に使えねー、ペッ、と内心で吐き捨てたのは秘密である。

 

 そういうわけで万策尽きたしのぶは、もはや自分の手には余ると他人の力を借りることにしたのだった。

 

「仕方ありません。生徒会に相談しましょう」

 

 困ったら生徒会へ。キメツ学園の常識である。

 


 

「なるほど! 事情はよく分かりました!」

 

 生徒会室の椅子の一つに座りしのぶの話を聞いて頷く生徒会長・(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)

 彼の正面に机を挟んで座るしのぶは、笑顔で応対する結一郎の様子に不信感を覚えた。

 あまりに気楽な様子に事態の深刻さを理解しているのかと聞きたくなったのだが、そこは数々のトラブルを解決してきたベテラン生徒会長。

 しのぶのその不信感を拭うように声をかけてきた。

 

「胡蝶さん、ご心配なく。その件については生徒会でも把握してまして、ちょうど対応をしているところだったんですよ」

「あら、そうなのですか?」

 

 結一郎の言葉に目を丸くして驚くしのぶ。

 よくよく考えれば、多くの生徒に被害が出るかもしれないのに生徒会が放っておくはずもなかった。

 そこまで考えた時に、自分が苦労してきたことを思い出して脱力しそうになる。

 自分がやらなくてもよかったじゃないか、と。

 

「はぁ~、では私たちがやってきたことは取り越し苦労だったようですね」

「いえ、そんなことは無いです! 胡蝶さんたちが解決してくれるのならばそれが一番穏便に済みそうだったので」

 

 自分たちの苦労は意味なかったとしのぶが呟けば、結一郎はそれを首を横に振って否定した。

 どういうことかと聞けば、結一郎は疲れた顔をして答える。

 

「いえ、生徒会で彼らを対処するとなるとどうしても力技にならざるを得ませんでしたから」

 

 あまりとりたい手段ではなかった、と語る結一郎にしのぶは首を傾げる。

 好ましくない手段というとどんなものだろうか? 生徒会の権限を使って強制的に棄権させる? しかしそれは、生徒の自主性を重んじる理念に反するような……

 

 あれこれとその方法を考えるしのぶの前で、結一郎はPHSを取り出してどこかへ電話をかけ始めた。

 

 call……call……call……

 

 三回呼び出し音が聞こえたところでブツリと電話が切れた。

 呼び出しに応えなかったようだが、結一郎は気にした様子もなく、むしろ当然のようにPHSを机にしまい込む。

 

「あの、今のはいったい――」

「た、大変です、和生徒会長!」

 

 しのぶが問いを投げ終える前に入口のドアが勢いよく開け放たれ、庶務の佐藤が緊急事態を告げてきた。

 

「佐藤くん、何かありましたか?」

「だ、第二音楽室で爆発が起きました!」

「第二音楽室……たしか、今は宇髄先生たちが使っていたはずですね」

「え、それって……」

 

 結一郎は慌てた様子もなく、その原因を佐藤に示唆して見せた。

 原因が想像できたのだろう。佐藤は納得したように頷く。

 

「まぁ、宇髄先生のいつものやつでしょう! 佐藤君、いつもどおり警察に説明しておいてください」

「はい! 了解です!」

 

 指示を受けてすぐさま立ち去る佐藤を見送り、結一郎も立ち上がる。

 その姿を、しのぶは顔を引きつらせてみていた。

 

「和さん、あの、もしかしてさっきの……」

「やれやれ、宇髄先生にも困ったものですね! 文化祭が近いというのにこんな騒ぎを起こすなんて!」

 

 しのぶが胸に湧き起こった疑念を問おうとする言葉を遮って結一郎が言葉を発する。

 さっきの電話は何だったのかとか、そもそもHBDの使用していた教室と時間を把握していたのかなど疑念は尽きない。

 しかし、いまの結一郎はその質問を許してくれそうな雰囲気ではなかった。

 代わりといっては何だが、大きな独り言をつぶやいている。

 

「あー、本当に困ったものです! 宇髄先生も時と場所を選んでいただかないと! 文化祭までもう日にちがないときにこんな事件を起こされてしまっては、可哀相ですが、彼らの活動は自粛して頂くほかないでしょう! そうは思いませんか? 胡蝶さん」

「……ええ、本当ですね」

 

 白々しいまでの結一郎の言葉に、にこりと微笑んで同意するしのぶ。

 おおよその裏事情を目の当たりにした彼女がとった選択は、『見ないことにする』であった。

 まぁ、それで問題が解決するならしょうがない。しょうがない。

 彼女は計算高く、賢い人間なのだから。

 

「さて、自分は第二音楽室に行って()()()()をしてこなければなりません。申し訳ないですが、ここで失礼させてもらいますね」

「ええ、ご苦労様です。頑張ってください」

 

 立ち去る結一郎を見送ったしのぶは、今起きたことを胸の内に秘めて忘れることにしたのだった。

 あー、悩みが解決してよかったなぁ!

 

 その後、学外からも人の集まる文化祭で危険な火薬を使ったパフォーマンスをしようとしたHBDは音祭の参加権利をはく奪されたのであった。

 もちろん彼らは、

 

「俺はやってねえ! こんな地味な爆発は俺じゃねえ!」

「本当に俺たちじゃないんです! 信じてください!」

「イヤアアア! 何で何もしてないのに爆発が起きてんのォ!? これはれっきとしたテロじゃない!? そうじゃないの!?」

「ガアアア! ふざけんなチクショウ!」

 

 と、身の潔白を主張したのだが、普段の(主に宇髄先生の)行動から一顧だにされなかったという。

 自分たちで真犯人を見つけるんだ! と、彼らが張り切るものの、何者かによる証拠の隠滅と生徒会の迅速な教室の復旧によってまともに捜査は出来ず。

 真実は闇に葬られたとのこと。

 

 学園の治安を守るため、暗躍する生徒会の噂。

 信じる信じないはあなた次第です……

 




ノベライズを読んで衝動的に書いてしまいました。
次回こそは小ネタ集です。今のところの予定では、

1.『炭治郎と継子認定』
2.『炭治郎と煉獄家の方々』
3.『翻訳係、杏寿郎と飲み明かす』
4.『翻訳係ととんでもねぇ炭治郎』
5.『ひなきお嬢様のお気持ち』
6.『猗窩座の走馬灯~愛妻vsブラック上司~』

以上の六本でお送りするつもりです。
お楽しみに!


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その15(煉獄家と炭治郎と翻訳係)

『炭治郎と継子認定』

 

 無限列車での激闘を終え、竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)は蝶屋敷にて傷を癒していた。

 腹部に深い刺し傷を受けたため、しばらく安静が必須と言われている炭治郎は現在ベッドに横たわりながら見舞い客と話をしているところである。

 

「忙しいなか来てくださってありがとうございます。冨岡さん」

「気にするな。弟弟子を心配するのは当然だ」

 

 その見舞い客は水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)であった。

 いろいろな出来事があり、上に立つものとしての意識が芽生え始めた義勇は弟弟子が怪我をしたと聞いて忙しい任務の合間をぬって駆けつけてきたのだ。

 少し前の彼なら確実に見舞いなど来ていない。これも彼の成長の賜物だ。

 なお、継子の結一郎(ゆいいちろう)の見舞いには一度もきたことはない模様。一度も。

 

 いろいろな心境の変化もあってお見舞いに訪れた義勇。彼にはお見舞い以外に炭治郎の下へ訪れた理由があった。

 

『炭治郎を俺の継子にする。それが一番いい方法だ』

 

 お見舞いも兼ねて炭治郎に自分の継子になるよう提案しに来たのである。

 今回の件で炭治郎が大怪我をしたと聞いた義勇は、大事な弟弟子が無事に生き残れる実力を身につけさせねばと使命感を覚えたことから、この発想になったという。

 才能のあると認められた継子でも、場合によっては柱でさえも鬼との戦いで命を落とす殉職率の高い鬼殺隊では、“実力があれば死なない”とは必ずしも言い切れないものの、力が及ばなければ瞬く間に命を落とすことは間違いない。

 努力はどれだけしても足りないのだ。

 そう考えれば、柱である義勇から指導を受けることは、実力をつける方法として効果的だといえる。

 無限列車では、炭治郎は単独ではないとはいえ十二鬼月・下弦の壱の頸を落とすという成果を残しているため、義勇の継子になる資格は十分。

 つまり、義勇の『炭治郎を継子にする』という考えはなんの問題もないと言えた。

 ただし、この条件に当てはまるのが義勇だけではないという点を除いて……

 

「失礼する! 竈門少年はいるか!?」

「あ、煉獄さん。こんにちは。お元気そうですね!」

「うむ! まだ体はあちこち痛むがな! お、冨岡も来ていたのか!」

 

 病室の扉を元気に開けて入ってきたのは炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)だ。

 彼も上弦の参との戦闘で大怪我をして入院をしているのだが、そのことを感じさせない快男児さを見せつけてくる。

 一方、大事な用件を告げようとしていたところに乱入されて義勇は少しご機嫌斜めである。

 

「弟弟子のお見舞いに来るとは感心なことだな! うむ、立派な兄弟子をもって幸運だな! 竈門少年!」

「はい! 俺の自慢の兄弟子です!」

「……俺はそこまで立派な男じゃない」

 

 同僚と弟弟子から褒められたのに、ぶっきらぼうに応える義勇。

 しかしこの時、義勇から照れと喜びが入り混じった臭いがしていたと後に炭治郎は語る。

 この水柱、なかなか褒められ慣れていないので結構ちょろい。

 

「それで、煉獄さんはどうされたんですか? 俺に何か用事が?」

 

 怪我をした身でわざわざ病室に訪れた杏寿郎に用件を尋ねる炭治郎。

 同じく怪我をしている者同士でお見舞いもないだろうし、何かあるに違いない。

 その予想は正しく、杏寿郎から単刀直入に用件が述べられた。

 

「うむ、この間の約束を果たそうと思ってな! 列車の中で俺の継子にして面倒を見ると言っていただろう? それの意思の確認に来たのだ!」

 

 無限列車の中で口にした、「継子にする」という言葉を有言実行すべくやってきたという。

 上弦の参・猗窩座(あかざ)との戦いを見ていた炭治郎にとって、杏寿郎の直弟子である継子になることに否やはない。

 ごく短時間ではあるが、呼吸法を使った止血の指導を受けたこともあるので、指導力と人柄の両面で折り紙付きである。

 炭治郎から文句が出ようはずもない。

 反対意見が出るとしたら、その場にいるもう一人の師匠候補からであろう。

 

「待て。炭治郎は俺と同門だ」

「ああ、知っているが?」

 

 炭治郎を継子にするのは自分だと告げたつもりの義勇だが、残念ながら言い方が間違っていて杏寿郎に伝わらず。

 杏寿郎からすれば、既に知っている事実を言われただけで、継子にすることを止められているということになっていない。

 相変わらず、言葉が足りませんよ。義勇さん。

 

 困った杏寿郎は、同じく入院中の結一郎(ゆいいちろう)を連れてくるべきか考える。

 しかし、その心配はなかったようで、義勇はさらに言葉を続けて主張を始めた。

 

「弟弟子の面倒を見るのは兄弟子の役目だ。だから、俺の継子にする」

「冨岡さん……」

 

 義勇の言葉に炭治郎が思わずといった風に声を出す。

 兄弟子が自分のことをここまで考えてくれているとは思ってもいなかったのだ。

 しかし、悩ましいものでそうなってくると杏寿郎からも継子として誘われていることになる。

 

『どうしよう? 俺はどうすればいいんだ? 俺のためにこんなすごい人たちが名乗りを上げてくれているというのに!』

 

 悩む炭治郎。

 その悩みを吹き飛ばしたのは、燃える炎の熱血柱だ。

 

「なるほど! 冨岡も竈門少年を継子にしたいと? よし、ならば二人の継子になるといい。竈門少年!」

 

 師匠候補が二人だって? なら二人の弟子になればいいじゃないか!

 そんな単純明快な返事に、炭治郎は面食らい、義勇はその手があったかと納得する。

 

「え、ええっ!? それでいいんですか!?」

「まったく問題ないな! 既に七人の柱の継子になった者がいるからな!」

「そんな人がいるんですか!?」

 

 それでいいのかと問えば、既に前例があると答えられて驚くしかない。

 そう、既に『複数の柱からの継子指定』という前例はあるのだ。

 前例がもうあるのならば、どちらの継子になるのかで争う理由などあるわけもない。なにせ、両方の継子にしちまえばいいのだから!

 そういうわけで、炭治郎は水柱と炎柱の継子として認定されたのであった。

 

 のちほど、継子の先輩である結一郎のところを尋ねた炭治郎。

 

「そうですか、炭治郎君も複数の柱から指導を受けることとなりましたか……」

「はい。結一郎さんも複数の柱の方の継子なんですよね?」

「ええ、そうです! 先達として助言するとすれば……」

 

 言葉を探すように一度口を閉じた結一郎は、自分の意思を伝えるため炭治郎の目をしっかりと見つめて助言の言葉を告げる。

 

「炭治郎君、くれぐれも死なないでくださいね?」

「はい! ……え、ちょっと待ってください! どういうことなんですか、それ!?」

 

 複数の柱から指導とか、その先は地獄だぞ。少年!

 


『炭治郎と煉獄家の方々』

 無限列車での激闘からしばらく経ったころ。

 傷も動ける程度に回復した炭治郎と杏寿郎の二人はそろって煉獄邸へと向かっていた。

 継子となったことで、顔を合わせることも多くなるであろう杏寿郎の家族に挨拶をすることと、炭治郎の家に代々伝わる「ヒノカミ神楽」について調べることが目的だ。

 特に道中で変わったこともなく煉獄家についた二人の目に、門前を箒で掃除している少年が映る。

 

千寿郎(せんじゅろう)、ただいま帰ったぞ!」

 

 親し気にその少年に声をかける杏寿郎。その少年は、杏寿郎の弟の千寿郎だった。

 

「おかえりなさい、兄上。おや、そちらの方はどなたですか?」

 

 兄とそっくりの顔をほころばせて挨拶をした後に、同行している炭治郎に気が付いて視線を向ける。

 弟に尋ねられた杏寿郎は、二人の仲を取り持つように紹介を始めた。

 

「この度、俺の新しい継子になった炭治郎だ。炭治郎、こちらは俺の弟の千寿郎だ。年も近いようだし、仲良くしてくれると嬉しい」

「はじめまして、杏寿郎師範の継子になった竈門炭治郎です。よろしくお願い……って、どうしました!?」

 

 杏寿郎の紹介を受けて挨拶を始めた炭治郎であったが、千寿郎の反応がおかしくて思わず言葉が途切れてしまう。

 なにせ千寿郎は炭治郎の顔を見て手にしていた箒を取り落とすほど、驚愕していたのだから。

 

「どうした、千寿郎? 炭治郎がどうかしたのか?」

「ち、父上! 父上ェー!! 耳飾りが、日の呼吸の剣士がいらっしゃいましたー!!」

 

 様子を訝しむ兄の言葉も無視して、慌てた様子で家の中に駆け込む千寿郎。

 彼の言葉に聞き逃せないものがあった炭治郎も慌てて後を追う。

 着いて早々に、本来の目的の事柄が目の前に現れたのかもしれない。

 

「待ってくれ! 俺の耳飾りについて何か知ってるのか? いや、それよりも今、日の呼吸って――」

「日の呼吸の剣士はどこだ!」

 

 必死な様子で追いすがる炭治郎の前に、家の奥から一人の男性が興奮した様子で駆けてきた。

 杏寿郎の年齢を一回りほど多くした顔のこの男性は、煉獄家家長・煉獄槇寿郎(しんじゅろう)である。

 突然現れた見知らぬ男に少しうろたえた炭治郎だが、気を取り直して声をかける。

 

「あの、すみません!」

「む、誰だ? いや、その耳飾り……お前が日の呼吸の剣士だな!? よし、詳しく話をきかせてもらおうか!」

 

 声をかけたはいいものの、槇寿郎の勢いに圧倒されてしまった。

 

「あの、俺は家に伝わるヒノカミ神楽が何か知りたくて来たんです!」

「そのことについてもじっくりお話を聞かせてください。とりあえず、中へどうぞ」

 

 このまま流されてはいかんと、精一杯用件を述べるものの、千寿郎まで急かすように強引に中に案内されてしまう。

 あれよあれよという間に、煉獄家の中へ連れ込まれていった炭治郎。

 嵐が通り過ぎたかのような騒ぎに、一人まったく関われずに置いてきぼりにされてしまった杏寿郎は唖然としていたが、気を取り直して一言呟いた。

 

「よもや、俺がのけ者にされようとは……炭治郎はよほど俺の家族と相性がいいらしいな!」

 

 良いことだ、と、頷くもののちょっと寂しくなった杏寿郎であった。

“ヒノカミ神楽 日暈の龍(にちうんのりゅう) 頭舞い(かぶりまい)

 

 煉獄家の庭で日輪刀を振るう炭治郎。

 現在、炭治郎は煉獄家の面々に「ヒノカミ神楽」の型を見せているところだった。

 あの後、客間に通された炭治郎は槇寿郎と千寿郎の親子二人から煉獄家に伝わる“日の呼吸”についての話を聞き、また、自身の家に伝わる神楽について洗いざらい話したのだ。

 

 那田蜘蛛山で窮地に立たされた時に、父が「ヒノカミ神楽」を舞う時に『どれだけ動いても疲れない呼吸がある』と言っていたことを思い出し、とっさに使った結果剣技の威力が上がったこと。

 そのことを疑問に思い、長い歴史を持つ炎の呼吸の名家である煉獄家なら何か分かるのではないかと尋ねてきたこと。

 そういった炭治郎の知っていることやこれまでの経緯を話したところ、槇寿郎からの深い興味と考察を聞くことができた。

 

「その耳飾り、歴代の炎柱の手記に記載されていた“始まりの剣士”が身に着けていたものと合致している。その点から考えれば代々継承されてきたという神楽は“日の呼吸”に深いかかわりがあると考えていいかもしれないな」

「でも、俺の家は代々普通の炭焼きの家系です。そんなすごい呼吸がどうして、俺の家に?」

 

 何故、たかだか炭焼きの家に伝説となるような剣士の技の一端が残っているのか。

 そう炭治郎が疑問に思うのは当然のことだ。

 普通に考えれば煉獄家のような鬼殺の家に伝わっている方が、理解できるというもの。

 その疑問を、槇寿郎はこう考察する。

 

「何故お前の家に継承されたのかは分からん。だが、予想するにだ、現在“日の呼吸”を継ぐものどころか、どんなものであったかの伝承すら数が少ない状況だ。

 これはおそらく“日の呼吸”を恐れた鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)が、その痕跡を消そうとしたのではないかと思う」

「その目を逃れるために、神楽の形で残した……と?」

「おそらくはな。俺の予想の域を出ないが」

 

 元々、武術と舞踊の関係は深い。舞の中に剣技の型をまぎれさせて隠すことも可能だろうと語る槇寿郎に、自分の家の謎が深まって複雑な顔になる炭治郎。

 

『耳飾りと神楽を絶やすな』と言い聞かせていた父は何か知っていたのだろうか?

 その問いは誰も答えられないものであったが、ついつい考え込んでしまう。

 

「とにかく、そこは考えていても仕方がない。大事なことは、『ヒノカミ神楽』が“日の呼吸”であるのかどうか。また、それは他の人間にも使えるのかどうかということだ」

 

 意識を切り替えるように槇寿郎が今後について話をする。

 ヒノカミ神楽を研究すれば、日の呼吸を復活できるかもしれないと語る槇寿郎の目は情熱に燃えていた。

 かつて鬼舞辻無惨をもう一歩というところまで追いつめた“日の呼吸”。それが現代に復活したのならば、大きな希望になることは間違いなかった。

 そのために槇寿郎が炭治郎に協力を要請するのは当然のことで。

 

「炭治郎、一度そのヒノカミ神楽を見せてくれ」

 

 

“ヒノカミ神楽 斜陽転身(しゃようてんしん)

 

 タッと宙に躍らせた体を膝の柔らかな動きで受け止める。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 十二の型全てを連続で行った炭治郎の呼吸は荒く、額から大粒の汗が流れている。

 剣技の威力が大幅に上がるヒノカミ神楽だが、炭治郎の消耗は激しいのだ。

 疲労の激しい炭治郎に、槇寿郎が声をかける。

 

「ありがとう、よくやってくれたな。大丈夫か?」

「すみません。ちょっと疲れただけですから」

 

 返事をした炭治郎を見て槇寿郎は考え込む。

 何故、炭治郎はここまで疲労しているのか?

 身体の鍛錬が足りていないというのが、普通に考えたら出てくる答えではある。だが、先ほどの炭治郎の父の話ではヒノカミ神楽の呼吸は『どれだけ動いても疲れない呼吸』のはずだ。

 それは炭治郎の父が病に侵された病弱な体でも冬の日の入りから日の出まで神楽を演じ続けたという事実が証明している。

 つまり、今の炭治郎のヒノカミ神楽には何かが足りない。不完全なのだ。

 

「お前の神楽が完璧ではないということは分かった。だからそれを何とかして完璧な形にせねばならない」

「……はい。でも、どうやったら?」

 

 父から受け継いだ神楽が不完全だという事実に悔しさを噛み締める炭治郎。

 なんとしても完全な神楽にしたいが、その方法が思いつかない。

 

「ふむ。さきほど見せてもらったが、『ヒノカミ神楽』には動きや呼吸そのものに俺の知っている炎の呼吸に通じる要素があったように思う」

「はい! 俺も使っていて水の呼吸に似ているところがあるように思います!」

「各呼吸の流派は日の呼吸から枝分かれしていったものだ。ならば、逆に各流派の要素を研究することが、ヒノカミ神楽の完成につながるやもしれん」

「なるほど!」

 

 ヒノカミ神楽と既存の呼吸に共通点があるのならば、それを調べればよい。

 特に基本の五流派は歴史も長く、良く知られているものなのだから。

 しかし、そうなってくると各流派を使える人物の協力が必要になってくるわけで。

 

「他に協力者を募るとして、出来れば複数の呼吸を習得・精通していて、それなりに実力があって、出来れば他人にそれを教える指導力があるやつがいれば一番いいんだが……」

 

 そんな都合のいい奴はいないよなぁ。と、ため息を吐く槇寿郎。

 しかし、その言葉に首を横に振って杏寿郎は否定する。

 

「父上! 一人俺に心当たりがあります!」

「何! 本当か!?」

 

 基本の五流派を習得していて、柱並に実力があって、他の隊士に対する指導も実績を持っている。

 そんな都合のいい人材がいるというのだ。

 いったい、それは誰なんだ!?

 

「結一郎に協力を呼びかけましょう!」

 

 そう、我らが翻訳係である。便利な男なのだ、彼は。

 

「気が付いたら、仕事が増えている!?」

 

 結一郎は悲鳴をあげたとか。

 


 

『翻訳係、杏寿郎と飲み明かす』

 老舗料亭の暖簾をくぐり、店員に名前を告げて案内をされる。

 落ち着いた雰囲気の店内の廊下を歩いて着いた個室のふすまが開けられて中に入る結一郎。

 

「来たな、結一郎。悪いが先に始めさせてもらっているぞ!」

「今日はお誘いありがとうございます。煉獄師匠」

 

 部屋には酒杯を傾ける杏寿郎の姿があった。

 本日、結一郎は杏寿郎に誘われて酒席を共にすることになっているのだ。

 実は師匠からの呑みの誘いがあったのは初めてだったりする。

 そんな珍しい誘いがあったのは、日中の煉獄邸にいた時だった。

 

 

「息を乱すな! 剣筋がぶれているぞ!」

「はい!」

「そうだ! 心を燃やせ! もっと熱くなれ!!」

 

 煉獄邸の庭で槇寿郎から指導を受ける炭治郎。そして、それを横で眺める杏寿郎と結一郎。

 炭治郎の鍛錬の指導は皆で行っているのだが、一番張り切っているのは槇寿郎だったりする。

 炎柱の名家の家長らしい熱血指導に結一郎も苦笑いをせざるを得ない。

 現在の短期的な目標は“全集中・常中”の呼吸を水の呼吸からヒノカミ神楽の呼吸に切り替えることだという。

 ヒノカミ神楽の身体に体がまだ馴染んでいないのなら、四六時中行うことになる常中で行えるようになればいい! という、単純明快な発想である。

 たしかに正しい考え方であり、柱二人と元柱、そして棟梁からの指導もあってメキメキと実力が上がっていくことを感じられたので問題はない。

 あるとしたら、水の呼吸が使われなくなると知って少し寂しそうな顔をしていた義勇の気持ちくらいだ。

 

「なぁ、結一郎」

「はい、なんでしょうか、師匠」

「今晩、酒を呑みに行くのに付き合ってくれ」

 

 そんな熱血指導を見ていた杏寿郎が声をかけてきたと思ったら、突然の呑みの誘い。

 何事かと思ってその顔を見た結一郎は、杏寿郎の気持ちを汲み取って首を縦に振ったのだった。

 

 

 そういう経緯で始まった二人だけの呑み会。

 運ばれてきた料理と酒に口を付けながら杏寿郎を見れば、既に結構な量の酒を呑んでいるようだ。

 こんな杏寿郎を見るのは珍しい、むしろ、初めてだと心の中でため息を吐く。

 ここに至っては単刀直入に切り込んだ方がよさそうだと覚悟を決める結一郎。

 

「煉獄師匠、何か言いたいことがあってこうして場を設けたのですよね?」

「……結一郎にはやはりお見通しか。うむ! 端的に言って愚痴をこぼしたい気分になったのだ! 我ながら情けないことだと思う。しかし――」

「良いのではないですか? だからこそ、酒の席なのでしょう?」

 

 あの杏寿郎が愚痴を言いたくなるほどに不満を貯めているということに驚きながらも、煉獄邸で誘いを受けた時からなんとなくその気持ちを察していた結一郎は酒の席だからと、気楽に自分の気持ちを吐き出すように促す。

 結一郎の言葉を受けて暫く逡巡していた杏寿郎も、少しずつ口を開き始めた。

 

「炭治郎を父が熱心に指導していたのを結一郎も見ていただろう?」

「ええ、あれだけ熱心で的確な指導をされている槇寿郎さんはすごいですね」

「ああ、母が亡くなってから無気力に過ごしていたころを考えれば、こうして精力的に活動してくれていることは息子として喜ばしい!」

 

 酒浸りで息子のことも見ようとしなかった頃に比べればなんと喜ばしいことか!

 その指導を受けて、次代を担う若者の炭治郎が実力をつけていることは素晴らしく、望ましいことだと思う。

 

「だが、それを素直に喜べない自分がいるのだ!」

 

 引退した父が新たに熱意を燃やせることがあることは喜ばしいことだ。

 継子である炭治郎が力をつけていくことは素晴らしいことだ。

 息子として、師匠として、それらは望ましいことなのだ。

 

 それでも、心にできたこのしこりを無視することができない。

 

「ハッキリ言おう! 俺は炭治郎が羨ましい!」

 

 先ほども言った通り、父の槇寿郎が活発に炭治郎という若い世代を育てていることは素晴らしいことに違いない。

 その一方で、こう思ってしまうのも止められない。

 

「父上は、何故俺が未熟だった時に立ち直ってくれなかったのだろうか?」

 

 自分はたった三冊しかない指南書を頼りにほぼ独学で鍛錬してたのに!

 尊敬する父親からあんな熱血指導を受けたかった!

 こんなこと言っても仕方ないことは分かっているが、息子の時には無気力で、息子の弟子には熱心だなんて、納得できない!!

 

「今の俺は柱だ。柱としての責任を背負っている。なのに、まだ柱じゃなかったらあんな指導してもらえたんじゃないかと駄目なことを考えてしまっているのだ」

 

 その気持ちを振り払いたくて酒に手が伸びてしまう。そのことを自覚して自己嫌悪が積み重なっていく。

 負のスパイラルに陥ってしまっている杏寿郎。

 こんな情けない師匠の姿を見た結一郎の反応は――

 

「んぐ、プハー! 分かります、師匠!」

 

 杯の酒を一気に煽り、叩きつけるように机に拳をぶつける。

 まさかまさかの共感であった。

 予想外に驚く杏寿郎をよそに、結一郎は言葉を重ねていく。

 

「炭治郎君はズルいんですよ。いろいろと!」

 

 語りだす結一郎は止まらない。

 

 知っての通り、自分は冨岡師匠に継子としてなかなか認めてもらえなかった。

 継子になれたと思ったら、なんでか分からないけれど七人の柱の継子になってるし。

 もちろん、今となっては良かったと思っているし、不満もない。

 でも、炭治郎を見ているとズルいと思ってしまうのだ。何がって、

 

「冨岡師匠の方から継子にしたいって言いだすなんて、羨ましいじゃないですかぁ!」

 

 それなりに傍で活動していた自分は周りの人から言われてようやく継子認定したくせにィ!

 

「同じ一門の弟弟子だからですかね? 思いっきり身内びいきじゃないですぅ!? 僕だって水の呼吸使ってたのに!」

 

 本人が柱としての自覚をもって後進育成に目を付け始めたことは良いことだし、炭治郎が成長していくことは悪いことじゃない。それは分かってる。

 でも、それはソレとしてズルいよなぁ!

 

 文句を言いながら酒をあおる結一郎に、杏寿郎は徳利を差し出す。

 

「師匠?」

「呑め、結一郎! 今晩は呑み明かすぞ!」

「呑みましょう、師匠! こういう嫌な気持ちは呑んで忘れるに限るんですよぉ!」

 

 お互いに酒を注ぎ合い、不満を口にする。

 結局朝まで呑み明かした二人の絆はより深まったとか。

 

 ついでに二人そろって二日酔いで蝶屋敷の世話になったとさ。

 たまにはこういう時もあるさ、人間だもの……




煉獄さんの家のことを書いていたら思った以上に文字数が伸びたので区切りました。
次回で予告していた分の続きを投稿します。

1.『炭治郎と継子認定』
 前例があったら当然それを踏襲するよね。やったね、結一郎。(地獄への)仲間ができたよ!

2.『炭治郎と煉獄家の方々』
 槇寿郎さんが早期に立ち直ったことによる炭治郎の強化フラグ。
 炭治郎君は今後ヒノカミ神楽の呼吸が常中になります。透き通る世界ももうすぐだ!
 というか、冬の東京の日の入り日の出の時間を調べたら
日の入り 16:30ごろ → 日の出 6:50ごろ。
 ざっくばらんに14時間近く舞ってる? 炭治郎パパ……そら、達人ですわー。

3.『翻訳係、杏寿郎と飲み明かす』
 なんか、作中だと人格者で聖人じみたお人な杏寿郎さんですが、こんな一面あってもいいんじゃないかと思って書きました。
「煉獄の兄貴がこんな嫉妬なんかするか!」ってお人はいらっしゃると思いますが、自分はこういう人間臭いところがあった方が好きだったりします。


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その16(翻訳係と恋模様?)

『翻訳係ととんでもねぇ炭治郎』

 結一郎が師匠と仲良くそろって蝶屋敷に入院していた時の事。

 寝てばかりでは体が鈍ると思い散歩がてら庭に足を向けたところ先客がいた。

 

「カナヲは蝶を手に止めるのが上手だな」

「コツを掴めば難しくないよ。炭治郎もやってみる?」

 

 その先客は入院服姿の炭治郎といつもの隊服姿のカナヲだった。

 庭を舞う蝶に囲まれながら朗らかな雰囲気で話す二人の様子は、見ている人の心も穏やかにしてくれるようだった。

 邪魔をしては悪いと少し離れたところからこっそり眺めていた結一郎は、あることに気が付いて思わず笑みを浮かべる。

 

『おやおや? あの感情を見せるのが不得意のカナヲちゃんがあんなにも……なるほどなるほど』

 

 以前は人形のように感情を見せなかったカナヲが炭治郎を前にしたら花が咲くような笑顔を見せている。

 蝶を手に止める方法を教えるために体を寄せて、手が触れあって、そのことに気が付いてわずかに頬を赤く染めて……

 読心術など身に着けていなくとも分かる。まさに青春の一頁!

 

『同期の女子隊士の心をちゃっかり奪っているとは、炭治郎君、やりますね!』

 

 後輩の意外な一面を知ってニヤニヤしている結一郎。

 自分はこんな甘酸っぱい経験を飛び越えていきなり人生の墓場ルートだったので、その分の鬱憤を晴らすかのように他人の恋路を見つけたら裏表で暗躍して支援することに決めているのであった。

 他人も人生の墓場に引きずりこむ気満々というわけだ。趣味が悪いぞ、この翻訳係!

 

 今は何もしなくても勝手に良い雰囲気になっているようなので、とりあえずこの場は何もしないことに決めた。

 二人に気づかれないように結一郎は静かに立ち去るのだった。

 炭治郎とカナヲの会話を目撃した次の日のこと。

 結一郎は二人の仲を進展させるべく、行動を起こそうとしていた。

 作戦はシンプルに、自分の得意分野であるお菓子作りを活かしたものだ。

 二人分のお菓子を作ってカナヲに渡し、「炭治郎君と一緒に食べたら彼も喜びますよ」などと言ってカナヲをけしかけるというもの。

 甘いものを一緒に食べて話をするだけでも恋する乙女には十分過ぎるほど充実の時間になるに違いない。

 

 そう思って蝶屋敷の台所に向かった先にはまたも先客がいた。

 

「手伝ってくださってありがとうございます。炭治郎さん」

「このくらい、どうってことないよ! アオイさんにはいつもお世話になっているから」

 

 蝶屋敷の看護婦をしているアオイと、昨日に引き続き炭治郎であった。

 会話をしている二人に何か感じるものがあったのか、すぐに姿を見せずに様子を伺う結一郎。

 彼に気づくことなく、二人は会話を進めていく。

 

「そんな、私にはそれくらいしかできないので……」

「そんなことないよ! 俺、アオイさんの作ってくれるご飯は優しい味がして大好きだし、おかげで元気を貰ってるよ」

「その、ええっと、……ありがとうございます」

 

 炭治郎の裏表のない素直で直球な褒め言葉に頬を染めるアオイ。

 そして何かを思いついたように、炭治郎に向けて口を開く。

 

「そこまで言って頂けるのなら、今度炭治郎さんの好物を作りますね。何か好きな食べ物はありますか?」

「いいの? 俺、たらの芽が好きなんだ」

「たらの芽ですね。わかりました、良いものがあったら買っておくので食べに来てくださいね」

「うん! 楽しみにしてるよ!」

 

 訓練があるからと立ち去る炭治郎に見つからないように身を潜めた結一郎は驚愕に身を震わせていた。

 

『炭治郎君、アオイさんの心までまで射止めていましたか!?』

 

 まさかあの純朴な少年が入院先の女の子を二人も攻略済みだったとか予想外である。

 アオイも炭治郎のためにご飯を作る約束までしているし、というか、炭治郎の好物聞くときの表情がかなり真剣だったのを見ていろいろとお察しである。

 炭治郎の性格から『女の子を口説いてやろう』とかは絶対考えていない。

 つまりは、無自覚にありのままの応対で二人の女の子を恋する乙女に変えてしまったのだ。

 善逸の言葉を借りれば『とんでもねぇ炭治郎だ』ということ。

 これには翻訳係もびっくり。

 

『どうしましょう。自分はいったいどっちを応援すれば……』

 

 恋の応援をやめるつもりは全くないあたり、彼も大概である。

 悩む結一郎。しばらく唸って脳裏に浮かんだのは師匠の一人だ。

 

「そうか! 何も一人に絞ることはありませんね!」

 

 だって、三人も嫁がいる師匠がいるんだもの。二人くらいどうってことないさ。

 そんなちょっとぶっ飛んだ結論に達した結一郎。

 これは彼が混乱しているからなのか、それとも柱たちと付き合う内に常識と言うものが侵食されてしまったからなのか……

 

 こうして結一郎は炭治郎と二人の女の子の恋路を応援するべく暗躍を開始するのであった。

 この翻訳係、いい加減疲れていると思われる……

 


『ひなきお嬢様のお気持ち』

 文机に向かい、手紙を書くために筆をとります。

 宛先はもちろん、結一郎様です。

 

 “前略”

 “先日、上弦の鬼を討ち果たした際にお怪我をなされたと承りました。お加減はいかがでしょうか?”

 “およそ百年以上果たせなかった上弦の鬼の討伐という快挙をお祝い申し上げますとともに、結一郎様がお怪我なされたと聞いた際、ひなきは大変心配致しました。”

 “鬼狩りの任務の都合上、仕方がないとはいえ、お体ご自愛下さい。”

 

 ここまで書いたところでふと手を止め物思いにふけります。

 考えるのは私の人生の事。

 今、こうして許婚(いいなずけ)に手紙を書いていることが信じられません。

 許婚。将来の結婚相手。将来の夫。将来の旦那様……

 

 私は今まで自分が結婚することなど考えたこともありませんでした。

 産屋敷家の長女として生まれた私は、鬼狩りの剣士たちの当主の一族としてその使命に命を捧げるのだと教えられ、また自分自身もそうなるのだと信じて生きてきました。

 普通に結婚して、普通に子供を育てて、普通に幸せに老いて死んでいく。そんな“普通の人生”とは無縁なのだと思っていたのです。

 

 だからこそ、あの時、父を励ますために私の明るい“普通の幸せな人生”を想像させるようなことを言ってくださった結一郎様の言葉がとても嬉しかったのです。

 そんな素敵な夢を見させてくれて、とても幸せな気持ちになれて。

 それだけでも十分幸せだったのに、お父様がその場で結一郎様との婚約を結んでいたのには驚くと同時に困惑しました。

 別に結一郎様との婚約が嫌だったわけではありません。

 ただ、今まで想像もしていなかった“未来”が目の前に突然示されてどうすればいいのか分からなかったのです。

 でも、嫌な感じはしませんでした。心が温かくなって、たぶんその時私の顔は赤くなっていたに違いありません。

 

 一方で一抹の不安が拭えないのも確かです。

 幸せな未来を想像するたびに一つの疑念がよぎります。

 

「私は、本当に幸せになっていいのでしょうか?」

 

 思わず不安が口から漏れ出てしまいました。

 幸せな未来を夢見る気持ちと、産屋敷の一族として使命に殉じなければという気持ちが交互に押し寄せてきてどうすればいいのか分からなくなります。

 

 結一郎様はどう思われるのでしょうか?

 この気持ちを伝えたらなんて答えてくれるでしょうか?

 そもそも、こんな気持ちを伝えてもいいの?

 分かりません。分からない……

 

「結一郎様、お会いしたいです。お顔が見たい……」

 

 どうしたらいいのか分からないけれど、とにかく会いたいと思ってしまう。

 こんな我儘なことを、ひなきは考えてしまうのです。

 


『猗窩座の走馬灯~愛妻vsブラック上司~』

 視界が回転し、数拍の後に衝撃が頭に襲い掛かった。

 何が起きたのか分からず、地面を一度二度と跳ねて転がったところでようやく自分の頸が落とされたのだと気が付く。

 

「俺が、猿ごときに!?」

 

 隠れ潜んでいた猿畜生に頸を斬られるという屈辱に湧き上がる怒りとは裏腹に、頸を斬られた体はどんどんと崩壊して塵になっていく。

 身体の喪失を感じていた猗窩座。

 その意識は気が付けば無明の暗闇の中にいた。

 

「ここは? いや、そんなことはどうでもいい! あんな結末、認められるものか!」

 

 自身の置かれた状況に理解が追いつかない。しかし、そんなことを気にしているほどの余裕が猗窩座にはなかった。

 強さを求めた果てに、猿に頸を斬られて死ぬ結末を受け入れられないのだ。

 世の中のほとんどの者が受け入れられないだろうことは今は置いておく。

 猗窩座の今わの際の走馬灯、精神的な空間とも呼べるあの世とこの世の境目のような不思議な空間で猗窩座は不満を口にする。

 

「俺は誰よりも強くならねばならないんだ! 強くならなければ!」

 

 この期に及んでまだ強さを渇望する猗窩座。

 そんな彼の頭に結一郎が投げかけてきた言葉がよみがえる。

 

『自分が強くなるのは大切な人を、無辜の人々を守るためです!』

 

 先ほどまで相対していた強敵の言葉がこびりついて離れない。

 その言葉は猗窩座の記憶にない、何かが訴えかけてくるようで……考え込んだ先でふと、あることに気が付く。

 

「何故、俺は強くならないといけないんだ?」

 

 己の行動原理の根本的な理由が分からない。

 武の道を極めようとしているのだからと考えていたが、もっと別の何か理由があった気がするのだ。

 何かを思い出しそうになっている猗窩座の耳に、優しい少女の声が聞こえてきた。

 

「もういいんです、狛治(はくじ)さん」

「おまえは……いや、あなたは」

 

 雪の結晶の髪飾りを付けた少女が猗窩座を別の名前で呼ぶ。

 猗窩座は、それが自分の名前であることを、人間だったころの記憶を思い出していた。

 

 その少女の名前は恋雪(こゆき)。猗窩座が狛治と呼ばれていた人間だったころの恋人・許婚だ。

 結婚の直前、狛治がいない間に殺されてしまった恋雪との約束は

 

「誰よりも強くなって、一生あなたを守る」

 

 果たされることのなかったこの約束こそが、鬼となった猗窩座の核になっていたのだ。

 思い出した過去の記憶に、嫌っていた弱者が本当は誰だったのかを知って、鬼の“猗窩座”から人の“狛治”の姿に戻った彼は一人納得した顔をしていた。

 

「そうか。あれだけ嫌っていた弱者は俺自身だったか……」

 

 恋雪の父であり、自分の武術の師匠である慶蔵(けいぞう)から託された武術を復讐のため血まみれにした辛抱の足りない自分。

 自殺した父が遺言に残した「真っ当に生きろ」という願いをかなえることも出来ない自分。

 肝心な時に大切な者の傍にいなくて、守ることも出来なかった役立たずの自分。

 

 どうしようもなく弱い自分が一番嫌いだったのだ。

 

「ああ。だから俺はあんなにアイツにイラついたのか。全部、俺が欲しいものを持っていたから」

 

 結一郎のことを思い出し、自嘲する狛治。

 戦っていた結一郎は、狛治が手にすることができなかったものを持っていた。

 

 大切な師匠の危機に間に合い、師と共に鬼である自分から無辜の民を守るという真っ当な道を歩むことができている結一郎。

 そんな彼に自分が敗北したのは当たり前だった、と、納得した面持ちになる狛治。

 

「狛治さん、逝きましょう?」

「恋雪さん……」

 

 そんな彼に恋雪が手を差し伸べる。

 愛おしい恋人の手を取ろうと腕を伸ばす。そんな彼を呼び止める声があった。

 

「強くなりたいのではなかったのか?」

 

 聞こえてきたのは、咎めるような鬼舞辻無惨の声。

 鬼になったものにかけられる無惨の呪いが精神世界で具現化した姿だった。

 その呪いは強制的に狛治の意識を猗窩座へと変えようとする。

 

「そうだ、俺は強くならねばならない……」

 

 おぞましい呪いによって、強さへの渇望を呼び起こされて鬼に姿を変え始める狛治。

 それを許せない人物が目の前にいた。

 

「私の夫に何をするんですか!」

「ヘブッ!?」

「無惨様!?」

 

 無惨の形をした呪いに、恋雪の平手打ちが炸裂した!

 あまりの事態に猗窩座は驚愕で動けない。

 そうして猗窩座が動けない間にも、百年以上夫を鬼にされていいように使われてきた恋雪の怒りは止まらない。

 

「私たちが死んで、傷心している狛治さんの心に付け込んでよくも鬼になんてしましたね!」

 

 一撃(1hit)

 

「鬼にした狛治さんに人喰いをさせて! 百年も悪事に加担させて!」

 

 さらに一撃(2hit!)

 

「そうやって鬼にして働かせたくせに、酷い扱いをして!」

 

 まだまだ!(3hit!)

 

「もう、あなたなんかにこれ以上狛治さんを好きにさせません!」

 

歯ァ、食いしばれ!(K.O.)

 

 怒りの往復ビンタをくらい、無惨の呪いが倒れ伏す。

 その様子を見ていた猗窩座の姿は、気が付けば狛治の姿に戻っていた。

 俺の妻がこんなに強いわけがない……

 

「ぐっ、猗窩座ァ! お前は強さを求めていたはずだ! だから鬼になったのだろう!」

 

 しかし、無惨の呪いも諦めが悪い。

 フラフラになりながら立ち上がり、狛治を猗窩座へと戻そうとする。

 が、しかし――

 

「良く言ったぞ、恋雪! 娘がここまで言ったんだ。父親として黙っていられないな!」

「グフッ!?」

 

 突然現れた男性の鋭い拳が無惨の顔にクリーンヒットして、強制的に黙らせた。

 鍛え上げられているのが一目で見てわかる胴着姿のその男性は慶蔵だった。

 娘と弟子を助けるためあの世から駆けつけた彼は、容赦なくその拳を振るって無惨の呪いをボコボコにしていく。

 もしかして、オラオラですかぁ!?

 

「恋雪、狛治君を連れて逝きなさい。こいつは俺がなんとかしておくから」

「ありがとう、お父さん。さ、逝きましょう、狛治さん」

「あっ、はい」

 

 ちょっと前まで上司だった人物が、義父にボコボコにされている状況に困惑を隠せない。

 そんな混乱状態の狛治には、恋雪からの言葉を受け入れる以外に選択肢などなかったのだった。

 だって、狛治さん婿養子だし。逆らえるわけないじゃん。

 

 一方的な惨劇に背を向け歩き出す二人。

 少し落ち着いた狛治は恋雪に懸念を伝える。

 

「恋雪さん、俺は人を殺した。人間だった時にも、鬼になった後も。たくさん。だから、俺は地獄行きだ」

 

 罪人の自分は地獄に行くから一緒に逝けないと告げる狛治。

 だが、恋雪は少し怒った様子でその言葉を否定する。

 

「もう! 狛治さん、百年も私を待たせたのにまた離れ離れになるつもりなんですか?」

「いや、でも……」

「いいえ! もう、離しません。離れません!」

 

 たとえ地獄に行くことになろうとも離れ離れになることは頑として聞き入れようとしない恋雪に、狛治は折れるしかない。

 

「本当に、恋雪さんには敵わないな……」

 

 笑みを浮かべ共に歩き出す。

 もう、何があっても二人一緒にいることに決めたのだった。

 

 

「猗窩座! 猗窩座!! 猗窩座ァァァ!!!

 

 そう、たとえ、元上司の悲鳴が遠くから聞こえてきたとしても!!

 寿退社したんで、聞~こえない~聞~こえない~。




1.『翻訳係ととんでもねぇ炭治郎』
 無自覚たらしな炭治郎君に戦慄する翻訳係でした。この後、結一郎は炭治郎が二人を養えるように鍛えていくのです! どういうことだってばよ?
 個人的には炭治郎とカナヲの組み合わせも好きだけれど、炭治郎とアオイとの組み合わせも好きだったりします。

2.『ひなきお嬢様のお気持ち』
 原作を見てる限りだと、産屋敷家の一族は絶対覚悟ガンギマリだと思うんですよね。
 ちょっと切ない感じにしてみました。久しぶりの一人称視点でちょっと手こずったり。
 ちなみに、産屋敷家の兄妹は原作と違いオリジナル設定です。
 五つ子とか予想外。というか、ひなきお嬢様が原作設定だと8歳になってしまうので結一郎がとんでもないロリコンになってしまいます(汗


3.『猗窩座の走馬灯~愛妻vsブラック上司~』
 最後に愛は勝つ。ということで……


ミニ次回予告
実弥「てめえは、嫁を貰って、子供を育てて、幸せな家庭を築けはいいんだよ!」
玄弥「いや、兄貴が結婚できてないのに俺が先に結婚するわけには……」
実弥「俺は、結婚できないんじゃねェ! しねェだけだァ!!」

――『翻訳係と不死川兄弟』


無惨「上弦の参、猗窩座が死んだ」
童磨「ええっ!? 猗窩座殿は猿に頸を斬られたのか!? 猿にだなんてなんて可哀相なんだ。よりにもよって猿にだなんて!」
玉壺「童磨殿、これ以上はおやめください!」
妓夫太郎『あ、無惨様の機嫌が悪くなってんなァ……なんで気づかねえんだ?』

――『上弦パワハラ会議 ~黙ってくれよ童磨さん~』

他、小ネタの予定。


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その17(不死川兄弟・ストレスフル上弦会議)

2019/12/18投稿
大変、遅くなりました。

「不死川兄弟と翻訳係」
「ストレスフル上弦会議」


「不死川兄弟と翻訳係」

 

 風柱・不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)には悩みがあった。

 何かと問われれば、それは鬼になった母親の襲撃から一人生き残った弟・玄弥(げんや)のこと。

 たった一人だけとなってしまった家族には、鬼とは無縁な幸せな家庭を築いて平和に暮らしてほしい。

 そう祈って日々をすごしていたのだが……

 

『あの愚弟がァ! どうして鬼殺隊なんかに入ってやがる!』

 

 その大事な弟がなんと鬼殺隊に入隊して鬼との戦いに身を投じているというのだ。

 これは実弥にとって断じて放っておけるものではなかった。

 弟をいつ死ぬかもしれない危険な鬼殺隊から辞めさせたい実弥。

 しかし、その方法が思いつかず、悩みに悩んだ結果、一人で考えていても埒が明かないという結論に達する。

 大事な家族のことの相談には信頼できる人物にすべきだろう。

 そう考えた時に彼が思いついたその人物は、我らが翻訳係・(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)であった。

 

 

 

 文机に向かって筆を走らせる結一郎。

 部屋には濃い墨の匂いが漂い、紙の束が山のように積まれていた。

 結一郎、ただいま事務作業(デスクワーク)の真っ最中。

 相談に来た実弥は、それを眺めながら座布団に座って茶を飲んで待っていた。

 待たされていることは別に問題ない。

 いまや役職も得て多忙な結一郎に無理を言って時間を作ってもらっているのだから。

 実弥が気になっているのは一つ。

 

『なんで冨岡(こいつ)が居やがる!』

 

 水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)が同じく茶を飲んでいたりするのだ。

 正直、実弥は義勇のことは好きではない。

 結一郎のおかげで、言葉足らずなだけで本人には悪気はないと分かったので嫌ってはいないのだが……

 だからと言って、義勇に癪に障るような言い方をされてイラつかない訳ではないため、好きになれないのだ。

 端的に言ってそりが合わない関係だ。

 そんな相手が同席していては、落ち着いた気持ちになどなりようもない。

 

「……何故、不死川がここにいるんだ?」

「アァ!? 俺がここにいて何か悪いのかァ?」

 

 ほら、こうして義勇が口を開けばはた目からは喧嘩を売ってきているような言葉を投げかけてくるのだ。

 

「冨岡師匠、不死川師匠と仲を深めようと声をかけた心意気は良いですが、今の言い方では不死川師匠がここにいることを責めるような言い方になってます!」

「……すまない。不死川が結一郎に何か用事があるのか聞きたかっただけだ」

「そォかい……」

 

 すかさず入った結一郎の解説のおかげで、義勇の言いたいことが分かったものの、その言葉の選び方に頭を抱えたくなる実弥。

 それだけのことを聞くのにどうしてそんな言い方になるのだろうか……

 

『こいつ、結一郎がいなければ他人と意思疎通ができていたのか不安になるぜェ……』

 

 思わず心配や不安を通り越して、哀れなものを見る目で義勇を見てしまう実弥であった。

 

「ああ、冨岡師匠。不死川師匠があなたを見ているのは好意を持ってくれたからではなくて、その語彙力を憐れんでの事なので勘違いしてはいけません!」

「……!? そんなわけないだろう、結一郎」

「こっちみんじゃねえよ、冨岡ァ。あと、さらっと俺の心読むんじゃねェよ」

 

 同僚がなんかとんでもない勘違いしていたことが分かった上に、弟子からは心をノールックで読み取られて渋い顔になる。

 天然コミュ障と読心系コミュ力お化けと同席しているとか、凄い嫌な空間だ。

 そんなはずないよね? と、すがるように見つめてくる義勇の視線を無視し、実弥は結一郎に話しかける。

 

「しかし、忙しそうだなァ結一郎。都合が悪いなら出直すが?」

「いえ、残りは個人的な手紙を書けば終わりですので、もう少しお待ちください!」

 

 仕事が溜まっているような結一郎に気を使って出直すことを告げれば、個人的な手紙を書いたら終わると返事が返ってくる。

 その手紙の相手を聞けば、婚約したお館様の娘・ひなきへの手紙であった。

 

「お嬢様とは上手くいってんのかァ?」

「ええ、おかげさまで。先日はご兄弟と一緒にお食事に誘われました!」

「そォか、そいつはよかったなァ」

 

 家族ぐるみでの付き合いを始めているらしい結一郎の言葉に頷く実弥。

 弟子と主筋の関係が上手くいっている様子なのは喜ばしいことだ。まぁ、結一郎の外堀が順調に埋められているような気がしなくもないが。

 

「なるほど。大阪城だな」

「何を言ってんだ、てめえは!?」

 

 隣で話を聞いていた義勇が突然謎のコメントをしだしてツッコミをいれる。

 どういう流れで大阪城が出てきた!? 何故だ!

 

「ああ、まさにそんな感じですね!」

「今ので、分かんのかよ……」

 

 そして、その謎コメントを理解する翻訳係。

 間に挟まれた実弥は到底ではないがついていけなかった。

 

「それで、夏なのか?」

「そりゃあ、夏ですね。自分としてはご維新の時の江戸城な気もしますが!」

「てめえら、本当に何の会話をしてんだァ!?」

 

 一人置いてきぼりで会話が繰り広げられて、思わずキレる実弥。

 どういうことかと聞いてみると、要は外堀を埋められているというのを面倒な言い方をしていただけであったり。

 解説をすれば、豊臣家と徳川家が激戦を繰り広げた大阪の陣。冬と夏の二度あった戦いの冬の陣の後に一度休戦が行われた際に、外堀どころか内堀まで埋め立てられていたりする。

 義勇が言う夏の陣では内堀も埋められた落城寸前の状態で、結婚が確定している結一郎の状態を言い表したものだったのである。

 正直言って、遠回りな言い方にもほどがあろうというもの。

 弟のことを相談する前だというのに、実弥は何だか疲れた気分にさせられてしまっていた。

 だって、冨岡さんですもの……

 

『まったく、玄弥のことを相談しなきゃならねェってのになんで結一郎の婚約の話なんかしてんだァ? ……んん? 婚約?』

 

 内心で愚痴をこぼしていると、実弥の心に引っかかるものがあった。

 暫く考え込んでいた彼は、何かを思いついた様子。

 

「悪ィな、結一郎。相談してもらうって言ってたがァ、自分で何とかなりそうだわ」

「えっ、本当に大丈夫ですか?」

「おゥ、またな」

 

 結一郎の呼び止める声も無視して立ち去る実弥。

 良い考えが浮かんだと語っていたが……結一郎には悪い予感しかしなかった。

 

「だ、大丈夫でしょうか? 嫌な予感がします」


 

 玄弥はそわそわと落ち着かない様子で部屋に一人で座っていた。

 それもそうだろう。なにせ長らく顔を合わせていなかった兄から呼びだしを受けたのだから。

 

「落ち着け、俺。兄貴に会ったらちゃんと謝るんだろ! しっかりしろ!」

 

 動揺する自分を叱咤激励する。

 彼には兄の実弥に謝らなければならないことがあった。

 数年前、鬼になった母を殺した兄を人殺しと罵倒したことを謝りたかったのだ。

 最愛の母を手に掛けた後に家族から酷い言葉を投げ掛けられてどれだけ兄は傷ついただろうか。

 当時のことを思い出す度に玄弥は後悔に苛まれていた。

 そして今日、ようやく贖罪の機会がやってきたのだ。気合いが入らないわけがない。

 

「おィ、もう来てるな、玄弥」

「あ、兄貴!」

 

 そしていきなり襖が開けられ、唐突に実弥が姿を見せた。

 

「あの、兄貴、俺、あの時のことをずっと謝りたくて、それで!」

「どうでもいいから、さっさとこれに目を通せェ」

「ええっ!?」

 

 兄への謝罪を口にしようとするも、言葉がうまく出てこなくてもどかしく感じていた玄弥だっが、当の兄からどうでもよいと言われてしまい困惑するしかない。

 変わりに目の前に積み上げられたのは何やら厚みのある冊子の束だった。

 何だこれ? と、思って開いてみればそこには美しい女性の顔写真が写っていた。

 

「兄貴、これって……」

「てめえの好みの女を選べェ、そしたら次は会う段取りをしてやる」

「やっぱり、お見合い写真なのか!?」

 

 久しぶりに兄に会えたと思ったらいきなりお見合いをさせられそうになっている。

 その訳の分からなさに玄弥は目を白黒させて驚くしかない。

 実弥がどうしてこんなことをしているのか?

 それは、『優しい弟なら結婚してしまえば相手のことを思いやって危険な鬼殺隊を辞めるはずだ』という考えからであった。

 名付けて、「寿退社大作戦」である。

 この風柱、弟が絡むとわりかしポンコツなのではなかろうか……

 

 当然、納得などできるはずもない玄弥は反発する。

 

「いきなり結婚とか、どうしてそういう話になるんだよ、兄貴!」

「うるせェ! てめえは、さっさと結婚して幸せな家庭を築いていればいいんだよ!」

 

 相手のことを思いやっているはずなのに、気がつけば怒鳴りあっている二人。

 もはや話し合いというよりは喧嘩のようになってしまっている。

 

「兄貴が結婚できてないのに、弟の俺が先に結婚するわけにはいかないだろ!」

「俺は結婚できないんじゃねェ! しねェだけだァ!」

「じゃあ、兄貴の結婚相手は連れて来ようと思えば連れて来れるんだな?」

「あたりめェだろォが! 余裕で連れて来れるに決まってんだろ!」

 

 売り言葉に買い言葉で応酬する。

 気がつけば実弥は一週間後に弟に恋人を連れて来る約束をしてしまっていた。

 もちろん、いまの実弥にそんな相手などいない。

 さあ、どうする?

 

 

「なるほど、それで私のところにきた……と?」

 

 そう告げるしのぶの前には頭を下げる実弥の姿があった。

 弟との間で交わした会話の内容を明かして、しのぶに協力を頼みこんでいるのだ。

 何の頼みだろうか?

 

「頼む! 一日だけ俺の恋人のフリをしてくれ!」

 

 偽装結婚ならぬ偽装恋愛の依頼であった。

 こんな頼みごとをされて、しのぶは顔が引きつるのを感じる。

 

「そォしねえと、弟が、玄弥が結婚できねえんだ。弟の結婚がかかってるんだよ!」

「おっしゃっている意味が分かりません!?」

 

 自分が恋人のフリをすることと、彼の弟の結婚に何の関係があるというのか!

 また面倒くさいことに巻き込まれてしまったしのぶは頭を抱える。

 どうしろって言うんだ、こんなの。

 

「仕方ありません。恋人のフリはできませんが、何とかしましょう」

「何かいい考えがあンのか?」

 

 しのぶには何か考えがある様子。それは一体……

 

「結一郎さんにお任せしましょう!」

 

 The・丸投げ!

 何とかするとは言ったけど、自分が何とかするとは言ってない。

 こういう面倒くさいのは全部翻訳係にお任せしておけばいいというのは柱の中では常識だ!

 頑張れ、結一郎。頑張れ!

 

 

「というわけだァ。何とかしろ」

「……最初よりも状況を悪化させてから問題を持ち込まないでいただけませんか!?」

 

 相談に来ていたあの時にもっと引き留めておけばこんなことにはならなかったと後悔している結一郎。

 ぶっちゃけ、あの段階なら自分が兄弟の間に入って説得して穏便に玄弥を鬼殺隊を辞めさせることも可能だったのだ。

 もうここまで来たら実弥の作戦に乗るしかない。

 

「自分の知り合いの女性というと――」

「もし、お館様のお嬢様を紹介するってンなら、俺はてめェを八つ裂きにする」

「……いやだなー、そんなことするわけないじゃないですかー」

 

 そんなこと思っていないので、人を殺せそうな目で見ないでほしい。

 そう思う結一郎であった。

 果たして、結一郎は実弥に女性を紹介できるのだろうか……?

 

 翻訳係の奮闘は続く!(続きません!)

 


 

「ストレスフル上弦会議」

 

 ――無限城

 

 鬼の首魁・鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)の居城に、最強の鬼である上弦たちが呼び集められていた。

 

 上弦の陸・妓夫太郎(ぎゅうたろう)堕姫(だき)

 上弦の伍・玉壺(ぎょっこ)

 上弦の肆・半天狗(はんてんぐ)

 上弦の弐・童磨(どうま)

 上弦の壱・黒死牟(こくしぼう)

 

 何百何千という人間を喰らってきた恐るべき最凶の悪鬼たちだが、彼らのいる場は重たい空気に包まれていた。

 無惨の放つ怒りの感情が圧となって彼らに圧し掛かっているのだ。

 

 上弦が集められた理由である上弦の参・猗窩座(あかざ)の死因を告げた時から既に無惨は不機嫌であったが、その不機嫌を煽る者がいた。

 その名を童磨と言う……

 

「そんな、猗窩座殿が死ぬなんて! なんて可哀相なんだ。しかも相手が猿だなんて! あんなに力を求めていたのに、猿に殺されるなんてあんまりだ! さぞ、無念だっただろうに。猿相手では猗窩座殿も浮かばれない……猿に斬られるなんてこんな酷いことはない!」

 

 猗窩座が死んだことを嘆く童磨。

 しかし、その言葉は猗窩座を馬鹿にしているような内容になっていることに気が付いていない。

 当然、猗窩座が死んだことを不快に思っている無惨はその言葉を聞いて不機嫌の極みといった表情となっている。

 

『いやいや、何回“猿”って言うんだぁあ? 無惨様の機嫌が猿って言われる度に不機嫌になってるよなぁあ。頼むからもう喋るの止めてくんねぇかなああ!』

 

 それを横で聞いている妓夫太郎は、鬼になって痛むはずのない胃がキリキリ言っているような気がしていた。

 童磨は妓夫太郎・堕姫の二人を鬼にして命を救った恩人なのだが、その恩人が空気を読まないのでもう頭を抱えてしまいたい気分だ。

 

「黙れ、童磨! 貴様の話は癪に障る!」

「ははぁ、これは失礼しました」

 

 無惨の一喝で童磨がようやく黙り込み、妓夫太郎は内心でホッと胸をなでおろす。

 しかしホッとしたのも束の間、次に口を開いた玉壺がまた問題発言をし始めた。

 

「ホホッ! しかし、猗窩座殿も情けないですな。まさか猿ごときにやられるなど」

 

 猿に殺された猗窩座を嘲る玉壺に、無惨は怒りの視線を向ける。

 それはそうだろう。

 お気に入りだった猗窩座が死んでただでさえ苛立っているのに、そのことを喜んでいる部下など不快に決まっている。

 ついでに言えば、だ。

 

「玉壺。少し前に鬼狩りに頸を落とされそうになった挙句、私の擬態先と収入源の一つを潰したのは誰だったか?」

「そ、それは……」

「口を慎め、玉壺! 私はお調子者が嫌いだ」

 

 以前の自分の失態を棚に上げた発言も苛立たしい。

 あまりの厚顔無恥さを見せつけられて妓夫太郎は頭痛がしそうだ。鬼だから気のせいなのだけれど。

 

「鬼狩り共はとうとう動物にまで剣を持たせるようになったか。恐ろしい、恐ろしい。もしかすれば、鬼殺の猿が他にも育てられているかもしれぬ! ヒィイイ!」

「オイ、やめろぉお。嫌な想像させんなぁあ」

 

 一人離れたところにいた半天狗が、鬼殺の猿が量産されているかもしれないと言い出す。

 その様を想像した妓夫太郎は、げんなりした。

 鬼を殺せるような猿がそんなにたくさんいてたまるか!

 

「フン! 何よ。猿ごときに私たちがムガムガ……」

「黙ってよおなぁあ? おまえは頭が足りねえんだからなぁあ」

 

 鬼殺の猿を恐れる半天狗を馬鹿にしようとした妹の堕姫の口を慌てて手でふさぐ妓夫太郎。

 その猿に猗窩座が殺されているのを忘れているあたり、残念な頭である。

 幸いにして途中で遮ったので無惨の怒りはこちらに向いていないが、不用意な発言をされそうになって妓夫太郎は思いっきりため息を吐きたい気持ちになった。

 苦労鬼なのだ、妓夫太郎は。

 

 そんな彼にさらに追い打ちをかけるように、無惨はプレッシャーをかけてくる。

 

「どうやら私は上弦だからという理由でお前たちを甘やかしすぎたようだ……これからはもっと死に物狂いでやれ!」

 

 成果を出せ! 期待に応えろ!

 そうプレッシャーをかけるだけかけて立ち去っていく無惨。

 残された上弦たちの間で重い空気だけが残る。

 なんて、嫌な職場なんだ……

 

 そんな空気を打ち払うのは、上弦の壱。十二鬼月最強の鬼、黒死牟だった。

 

「確かに……このままにはしておけぬな……私も大きく動くこととしよう……」

「おお、黒死牟殿が動かれるか! それは頼もしいが、して、どのように動かれるおつもりで?」

 

 無惨から発破をかけられて、重い腰を上げることを決めた黒死牟。

 どう動くのかという童磨の問いに、ハッキリと返事をする。

 

「このままやられたままにはしておけぬ……報復を、落とし前を付けさせねばなるまい……鬼狩り共の柱、件の猿、そしてその猿を育てた剣士……すべて根絶やしにする……」

 

 そう言って立ち去る黒死牟。

 ついに、最強の鬼が動き出したのだ。




「不死川兄弟と翻訳係」
ツッコミ役もボケ役も出来る不死川さんはホント優秀ですよね!
諸事情により偽の恋人になってもらう話は鉄板といえば鉄板。ニ●コイ?
~翻訳係コソコソ話~
 結一郎は何とかして実弥のお相手を用意したらしいです。お相手はポニテの鬼殺の剣士だそうですよ? 一体、何崎さんなんだ……?

「ストレスフル上弦会議」
ブラッド企業、十二鬼月。無惨様が一方的にストレス与える側かと思ったら、空気を読まない部下のせいで逆にストレスかけられてたり……
そして猗窩座以上にギャグにし辛そうな黒死牟……

~ミニ次回予告~

獪岳「こんなところで、死ねるかよ!」
結一郎「よくも、仲間を!」

黒死牟「その命……要らぬのだな……?」


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その18(上弦の壱遭遇戦)

2020/01/03投稿

あけましておめでとうございます!


 それは体中の細胞が絶叫して泣き叫ぶような恐怖だった。

 鬼殺選抜隊・“旭”の一員である獪岳(かいがく)は、一体の鬼の前にはいつくばり、頭を垂れて無様な姿を晒していた。

 

『どうして、どうしてこうなった! なんでこんなところに上弦の鬼がいやがる!』

 

 抵抗の意思すら奪うほどの存在感。肌で感じる実力差。

 いま、彼を見下ろすのは十二鬼月最強の鬼。上弦の壱・黒死牟だ。

 任務の最中、黒死牟と遭遇してしまった獪岳の部隊は、瞬く間に彼一人を残して殺されてしまったのだ。

 

「鬼になってでも……生き延びたいか……」

 

 黒死牟の問いかけに頷くことで返事をする。

 絶体絶命の危機に直面した獪岳が選んだのは、鬼になってでも生き残るという道だった。

 ちょうど上弦の参の席が空白となった現在、呼吸を使える剣士を鬼にすることに価値を見出だした黒死牟はそれを受け入れる。

 

「有り難き血だ……一滴たりとて零すこと罷りならぬ……零したときは……お前の首と胴は泣き別れだ」

 

 その言葉と共に注がれた血が獪岳の手の上を満たす。

 恐怖に震えそうになる手を必死で抑え込み、ゆっくりとその血を口元へと運んでいく。

 一口でも口にすれば鬼となる血の盃に舌を伸ばした瞬間、一陣の風が通り抜けた。

 

“風の呼吸 壱ノ型 塵旋風(じんせんぷう)()ぎ”

 

 地を抉るような剣風が黒死牟と獪岳の間に吹き荒れて強制的に両者を引き離す。

 

「大丈夫ですか、獪岳!」

 

 現れたのは鬼殺選抜隊・旭の“棟梁”(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)だ。

 彼は黒死牟に向き合いながら、背に庇った獪岳へと声をかけた。

 鎹鴉によってもたらされた救援要請に、急遽駆けつけたのだ。

 そんな結一郎に助けられた獪岳だが、その表情に安堵はなく、むしろ苦々しい表情をしていた。

 

『クソ! 最悪だ。貰った血を零してしまった! どうする、どうすれば……』

 

 助けに来た結一郎よりも黒死牟の方が強いと判断した彼は、鬼になって生き残るという道を諦めていなかったのだ。

 そうなれば、獪岳にとって目の前にいる結一郎はただの邪魔者でしかない。

 この獪岳という男は、自己の生存に関してことのほか強い執着を持っている。

 

『生きてさえいればいつか勝ってみせる』

 

 そんな信条をもって生きてきた彼にとって、鬼殺隊士としてありえない“自ら鬼になる”という選択は生存のためならば当たり前の選択肢になるのだ。

 助けにきた相手から逆に邪魔者扱いされている結一郎だが、そうとは知らずに黒死牟へと刃を向けていた。

 

「よくも仲間を! これ以上はやらせません!」

「余計なことをする……」

「あなたにとってはそうでしょうとも!」

「いいや……」

 

 仲間を助けるのは当然だと言う結一郎に、黒死牟は首を横に振って間違いを正す。

 余計なことだと思っているのは自分ではないのだ、と。

 

「そこの男は……命惜しさに命乞いをして鬼になろうとしていたのだ……お前は助けに来たと言ったが……そいつにとってはどうだろうな?」

 

 黒死牟から視線を向けられ、ビクリと体を震わせる獪岳。

 己の罪状が味方に明かされて焦る獪岳は、結一郎の反応をかたずを飲んで見守っている。

 

「彼が、鬼に?」

「そうだ……お前にとってそいつは守るに値する存在ではない」

 

 その背に守る者は唾棄すべき裏切者だと告げる黒死牟。

 結一郎はその言葉に対して怒りをあらわにした。

 

「でたらめを言うのもいい加減にしてもらいたい!」

 

 鬼狩りの剣士が鬼になることを選ぶなど、許されることではない。

 

「鬼殺の剣士が自ら鬼になるなどありえません!」

「ご立派なことだ……だが、そいつは先ほど自ら鬼になることを――」

「ありえません!」

 

 黒死牟の言葉を遮って断言する。

 

「……信じられぬか。しかし、その男が鬼になろうとした事実は――」

「そんなものありません!」

 

 結一郎、黒死牟の言葉をまたもインターセプト。

 二度も続けて言葉を遮られ、さすがの黒死牟も面食らった様子。

 上弦の弐(問題児)にだってこんなことされたことはないのに……

 

 少しばかり無体な扱いをされた黒死牟だが、あることに気が付く。

 伝令役の鴉が隠れてこの場の様子を見ているのだ。後々のことを考えれば鬼になって助かろうとした隊士がいたなど不都合な事実に違いない。

 そのことに気が付いた出来る鬼である黒死牟は、とある疑念を抱いた。

 こいつ、事実をなかったことにしようとしてないか? と。

 

 鬼になろうとした隊士はいなかった! いいね!?

 

「事実を認めぬか……愚かなり……」

 

 呆れと侮蔑を含んだ声で言う黒死牟。しかし、結一郎は力強く反論する。

 

「しつこい! 我々鬼殺隊には、自ら鬼になろうなんていう恥知らずはいないんです!」

 

 鬼を狩るために体を鍛え、技を磨いてきた剣士が鬼になるなんて、そんな滑稽な話はない。

 鬼なんていう人喰いの化け物に成り果てた剣士に、いったい何の価値があろうというのか。

 そんな意味不明な存在、畜生にも劣る存在だ! と、黒死牟に啖呵を切って見せた結一郎。

 彼には鬼殺の剣士としての矜持がしっかりと根付いているのだ。

 なお、この言葉において鬼殺の猿については例外とする。だって、あれはどう考えたって理の外の存在だし……

 

「獪岳もそう思うでしょう?」

「えっ!? アッハイ!」

 

 突然、話題を振られて思わずうなずいてしまう獪岳。

 頷いた後で思いっきり頭を抱えたくなっていた。

 

『はい、じゃねえ! 何やってんだ、俺! 鬼になるしかこの場を切り抜ける道がねえってのに!』

 

 結一郎の言葉に返事をしたことで、黒死牟からの好感度が下がった。

 鬼にして生き残れる確率が下がり焦る獪岳をよそに、結一郎と黒死牟の会話は続く。

 

「あくまでもその男を信じるか……」

「えぇ、もちろん! 獪岳は自分の部下の中でも一番生きることに向き合っている男ですから」

 

 結一郎が言うには、獪岳という男は何があっても生き残るという強い意志を持った人間で、それゆえにどんな逆境でも諦めない男なのだという。

 

「生き残って勝つためなら、頭を地にこすりつけて命乞いの真似事くらいはしてみせる……そんな強い男だ!」

 

 だから獪岳が鬼になるなんてありえないと、彼は言う。

 こうやって言うと、生き汚さも目的のために泥水も飲み干せる立派な人物に早変わりである。

 もっとも、言われた本人は『誰のこと言ってんだよ!?』と、ツッコミを入れていたのだけれど。

 

「なるほど……私はまんまと騙されていたということか……」

 

 そして、何故か納得しちゃう黒死牟。

 先ほどまでの行動は、『圧倒的な実力差を持つ相手に、自ら屈辱的な行動をとってまで頸を獲る隙を伺っていた不屈の男』という風に見られてしまったようだ。

 いったい、どこの時空の獪岳のおはなしなんですかねぇ?

 

『納得すんなよ! 目ェ、六つもあるのに何見てたんだお前は!』

 

 なんだかとてつもない方向に勘違いされていることに、内心でツッコミを入れる獪岳。

 

 鬼になるフリとかじゃなくて本心だから!

 剣士の誇りとかホント、どうでもいいから!

 畜生以下と言われても、生き残った者が勝ちだと思っているから!

 だから、だから鬼にして命だけは助けてほしい!

 

 と、本当は叫びたい獪岳であった。

 今の状況でそんなことを言っても絶対信じてもらえないので、言えないが。

 

 何もしなければ鬼にしてもらえない獪岳の心に、ふとよこしまな考えがよぎる。

 

“結一郎をこの場で殺して見せれば、信用してもらえるのではないか?”

 

 仲間の首を手土産に裏切るのは常套手段だ。珍しくもない考えである。

 しかしながら、それは行動に移されることは無かった。

 なぜなら、目の前に立つ結一郎は、黒死牟と相対し会話を交わしながらも常に獪岳を刃の間合いに入れているのだから。

 

 結一郎が覚妖怪じみた読心術を持っていることを知っている獪岳は、自分のこの考えが読まれているのではないかという疑念が拭えないのだ。

 実際には、結一郎は何かあった時に庇えるように手の届く範囲にいるだけなのだが、獪岳にしてみれば裏切った瞬間に自分を斬り殺すためにしか思えなかった。

 そして次の結一郎の言葉が駄目押しだった。

 

「仮に鬼になろうなんて隊士がいたら、自分が頸を斬り落とします!」

『クッ、チクショウ! 俺の考えなんざお見通しってことか!』

 

 逃げ道を塞がれた(と思い込んだ)獪岳は、覚悟を決める。

 もはや戦って生き残るしかない、と。

 

「そうか……ならばこれ以上、言葉は不要……」

「まだ自分としては言い足りませんが?」

「時間稼ぎならばやめておけ……」

「フッ、あの壺みたいにはさせてくれませんか!」

 

 奇しくも獪岳が戦う覚悟を決めた頃合いに、結一郎、黒死牟の両者の間で戦闘の緊張感が高まる。

 結一郎は正眼に刀を構え、黒死牟は柄に手をかける。遅れて獪岳が刀を手に取り腰を深く落とした。

 

「~~ッ! 来ます、獪岳!!」

「クソ! こんなところで、死ねるかよ!」

 

 戦いは何の前触れもなく始まった。

 結一郎と獪岳の二人が地を蹴った瞬間、地面には幾条もの斬撃が刻みつけられる。

 黒死牟の振るう刀に沿って、いくつもの三日月のような軌道が物理的破壊力を持って現れることで攻撃範囲を広げていた。

 

 月の呼吸 弐ノ型・珠華ノ弄月(しゅかのろうげつ)

 

 三連の斬撃とそれに付随した月輪が周囲を切り刻む。

 そう、黒死牟の恐ろしさは鬼の持つ血鬼術に加えて、鬼殺隊の使う全集中の呼吸を組み合わせてくることなのだ。

 鬼との身体能力の差を埋めるための全集中の呼吸を鬼が使えばどうなるのか?

 それは一方的な蹂躙という結果をもたらすことに他ならない。

 

「クソォ! このままじゃ……!」

 

 近づくことも出来ず、一方的に追い詰められていく二人。

 ついに郊外近くを流れる川の橋の上にまで追いつめられてしまっていた。

 遮蔽物がなく、躱せる場所も少ない橋の上では地の利など存在しない。

 危機的状況に思わず毒づく獪岳であったが、それはこの戦闘において致命的な隙を見せることとなってしまう。

 

「獪岳! 集中を切らしては――」

「油断したな……」

 

 月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮(やみづき よいのみや)

 

 単純にして別格の速度で振るわれた横なぎ斬撃は、回避の遅れた獪岳の腹部を鋭く薙いだ。

 

「ガフッ!」

「もう終わりだな……動けば……臓物が……まろび出ずるぞ……」

「獪岳ーーッ!!」

 

 血を吐き膝をつく獪岳を見下ろす黒死牟。

 命に係わる重傷、いや、そうでなくとも黒死牟が刃を振るえばその命は簡単に散るだろう。

 仲間の命を助けるために、結一郎は無謀を承知で攻勢をかけざるを得ない。

 駆けだした結一郎は自らの外套(マント)を脱ぎながら、一直線に突進する。

 

「フッ、無謀な……何ッ!?」

 

 愚直な突進に対し余裕の表情で迎撃をしようとした黒死牟だったが、結一郎の思わぬ行動に目を見開いて驚愕する。

 結一郎は黒死牟に刀ではなく、肩から外した外套を投げつけてきたのだ。

 裾に重りを仕込んであるその外套は網のように黒死牟に絡みついて動きを阻害しようとしてくる。

 

「小癪! ……なんと!?」

 

 その外套を切り捨てた黒死牟だったが、外套で塞がれていた視界が開けた時には結一郎の姿はなかった。

 どこへ消えた?

 そんな疑念を考えるよりも早く、黒死牟の戦闘者としての勘が体を動かす。

 刹那、金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡った。

 

「チイィ! 仕とめきれなかったか!」

「面白い技を使う……今のは焦ったぞ」

 

 鍔迫り合いの形になった両者だが、その表情は正反対であった。

 外套の仕込みでの拘束、視界を妨げた後の奇襲という二つの布石を置いたうえでの攻撃が通用しなかったのだ。

 特に後者については、白い外套姿から黒い隊服姿に変わることで、白い物が消えたら無意識的に白い物を探すという人の習性すら利用した初見殺しの策だったのだ。

 それを易々と破られた結一郎が苦い表情になるのも当然と言えよう。

 対する黒死牟は、その奇術的な策ですらも愉しいとばかりの表情。

 まるで、手品でも見せてもらったとでも言うように余裕を見せていた。

 

 そして、奇策が破られた瞬間ほど危険な時はない。

 

「グッ……ッ!? マズい!!」

 

 背筋をなぞるような悪寒が結一郎を襲う。

 危険を感じ取った本能的な勘に従って飛び退る結一郎。しかし、それは一歩遅かった。

 

“月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍(げっぱくさいか)

 

「ああああ!?」

 

 血飛沫が舞う。

 鍔迫り合いからノーモーションで現れた月輪の斬撃。

 至近距離から放たれたそれは、結一郎の左腕を斬り飛ばしてみせた。

 苦悶の声を上げながらも、すぐさま傷口をきつく縛って止血を試みる結一郎。

 なおも抗おうとする結一郎に、黒死牟は傲慢にも似た憐憫の視線を向けて言う。 

 

「既に満身創痍……()には勝てぬ……諦めろ、人間」

 

 自分に勝てるはずなどないと、鬼と人、積み上げてきた修練の年月、そんな絶対的な自信からくる傲慢なセリフだった。

 しかし、だからそうですかと言えるほど、結一郎という人間は諦めが良くない。

 

「諦める? ふざけたことを……まだ片腕が千切れただけでしょうが!!」

 

 たかが片腕程度、と、あえて言い切り戦意を露わにする。

 急な失血による不調を感じさせぬ強い意志で黒死牟を睨みつけて吠える。

 

「全集中の呼吸を身に着けておきながら、鬼になった恥知らずに! 人間の矜持を見せてやる!!」

 

 鬼でありながら全集中の呼吸を使う黒死牟の来歴をおおよそ感じ取った結一郎は、真正面から黒死牟を嘲ってみせる。

 鬼狩りの技を身に着けながら、鬼になって生き永らえている裏切者の恥知らず。

 その言葉は黒死牟の逆鱗に触れる事柄であったようだった。

 

「そうか……人としての矜持を語るか……ならば、その命……要らぬのだな?」

 

 人としての矜持を抱いて死ね。

 殺意と共に黒死牟が刀を振りかぶる。

 同時に結一郎も弓を引くように日輪刀を構えた。

 

“月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間(とこよこげつ むけん)

“水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突(しずくはもんづ)き”

 

 縦横無尽の月輪の斬撃と高速の突き技。

 お互いが繰り出した技の勝敗は……黒死牟に軍配が上がった。

 

 全身を切り刻まれ、橋下の川へと落ちる結一郎。

 まともな光源が月明かりしかない夜道では、その生死ははっきりと判別できない。

 

 そうして結一郎を倒した黒死牟だが、その顔は晴れない。

 なぜならば――

 

「浅かった……確実に仕留めきれなかったとは……不覚なり」

 

 結一郎に確かに傷を与えながらも、その命を奪えた確信を持てないのだ。

 そうなった理由に怒りのこもった視線を向ける。

 

「死にぞこないが……まさかここまで動けるとはな」

 

 そこには、黒死牟に刃を突き立てながら胴体を真っ二つに割られてこと切れた獪岳の姿があった。

 両者が技を繰り出す瞬間、獪岳は隙をついて黒死牟に一矢報いていたのだ。

 

 その事実に黒死牟は何とも言い難い不快感を覚える。

 ほんの少し前まで、自分に無様に命乞いをして鬼になろうとしていた格下が自身の邪魔をしてきたのだ。

 獪岳にどんな心境の変化があったのかは知らない。分かるはずもない。

 だが、まるで黒死牟に人間としての矜持を見せつけたかのような死にざまが気に食わなかった。

 

「あの男……もし生きていたのならば……次は必ず殺す!」

 

 不快感は怒りに変わり、殺意を募らせていく……




黒死牟「“ぎゃぐ”とやらは……既に斬り捨てた」
(ギャ/ /グ)<……

年明け最初の投稿がこんなにギャグとシリアス入り乱れた上に血なまぐさくて大丈夫だろうか……
遅くなったのは、年末年始で忙しかったのもありますが、やっぱり戦闘描写が進まなかったからです。
ついでに、獪岳の扱いを変えたのでプロットに変更もあったので。

~翻訳係コソコソ話~
元のプロットだと、獪岳は出オチ要員でした。
黒死牟「血、一滴でも零したら殺す」
結一郎「助けに来ました!」
獪岳「あっ!」(驚いて血を零す)
黒死牟「血を零したな? ならば死ね!」

みたいな。


~ミニ次回予告~
結一郎、蝶屋敷入院!


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その19(蝶屋敷入院中)

2020/01/17投稿


 ――蝶屋敷

 

 (にぎ)結一郎(ゆいいちろう)は病床で静かに寝息を立てていた。

 上弦の壱・黒死牟(こくしぼう)との戦いで重傷を負った彼は、急報を受けて駆けつけた隠によって救助され、何とか一命を取り留めたのだった。

 しかし、片腕を失うほどの傷だ。生死の淵を彷徨うこととなった結一郎は、一週間も昏睡状態が続いている。

 

 そんな彼の下には、人付き合いの多さからか多くの見舞客が訪れていた。

 師匠である柱たちはもちろん、部下である旭所属の隊士や任務で関わりのあった隊士や隠、主である産屋敷(うぶやしき)の一族に、果ては鎹鴉(かすがいがらす)や雀、お供の三匹といった動物たちまで結一郎の病室を訪れていたのだ。

 彼が普段から多くの人々から慕われていることの証左であり、同時に多くの人に心配をかけることになった今回の事件。

 今、彼の寝顔を椅子に腰かけながら見つめる音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)もまた、彼のことを心配する一人であった。

 

「……まったく、地味に心配させんじゃねえよ、馬鹿弟子が」

 

 ぞんざいな言葉だが、その口調は弱々しく。

 いつもの不敵な天元からは想像できない様子を見るに、弟子の負傷に大きなショックを受けているようだった。

 それもそのはず。天元にとっては結一郎は初めての継子なのだ。

 元忍という来歴から継子を作るつもりがなかった天元。

 そんな彼が結一郎を継子にしたのは、その場の雰囲気に合わせた気まぐれのようなものでしかなかったのだ。

 正直言ってしまえば、真面目にやる気などなく、忍の尋常ならざる訓練をやらせれば耐えきれずに逃げ出すだろうと高を括っていたのだが、ところがどっこい、なんだかんだで耐えてしまった結一郎。

 気が付けば、忍の技術を身に着けて立派な天元の弟子となっていたのだ。

 

 元来、天元という男は忍として育てられながらも、人としての情を捨てきれなかったほど情の厚い男である。

 そんな男が弟子を取れば情が移らないはずもなく……形だけのつもりの弟子は、いつの間にか自慢の弟子になっていたのだった。

 

「この俺様をこんな派手に心配させやがって」

 

 眠り続ける結一郎を見る天元の脳裏には、先日、蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶの告げた言葉が思い浮かんでいた。

 

『何とか一命は取り留めました。片腕を失って鬼殺隊を続けていけるのかは……正直厳しいかもしれません』

『身体的な障害を抱えたこともそうですが、心の方も心配です』

『命の淵に立たされて、剣を持てなくなった人は多く見てきましたから……』

 

 身体は救えても、心は極論を言えば本人自身が何とか持ち直すしかない。

 命のやり取りというのは、他者からの殺意というのは時として心を壊すもの。それを元忍である天元はよく知っていた。

 

 果たして、目覚めたとして結一郎の心は無事なのか?

 そんな疑問が頭を離れなかった。

 

「うっ……こ、ここは?」

「結一郎! 起きたのか!?」

 

 そんな折であった。結一郎が目覚めたのは。

 


 

「そうですか……一週間も」

「ああ、派手に目が覚めてよかったぜ」

 

 目を覚ました結一郎に状況を説明した天元。

 一週間も昏睡していただけあって、結一郎の姿は以前よりも弱々しいものになっていた。

 

「ご心配をおかけしました」

「いいや、命が助かっただけでも儲けものだろ。よく生きて戻ったな。……体は大丈夫そうか?」

「それは……なくなったのは利き腕ではないのでまだ戦えるとは思いますが……」

 

 天元の言葉に無くなってしまった肘から先の左手があったところを見つめる結一郎。

 失ったものは大きく、元に戻ることは無い。

 そんな当たり前の事実が心に重くのしかかってくる。

 

「た、たかが腕の一本が無くなった程度です! このくらい……ううっ!」

「お、おい! 無理すんな!」

 

 声を上げようとしたが、眩暈を感じたのか前のめりに体を倒れ込ませる結一郎。

 慌てて体を支える天元だったが、その表情は堅いものだった。

 やはり心に大きな傷を負ってしまっているのではないか。そんな不安が的中したようで嫌な気分になる。

 注意深く様子を伺えば、結一郎が何かを言っているようだ。

 

「――が――ん。なに――べも――を」

「なんだって? もう一回言ってくれ」

 

 聞き取れず、聞き返す天元。

 二度目ははっきりと聞き取れた。

 

「血が、栄養が足りません。何か、食べ物をください!」

「……おう」

 

 そういえば、一週間寝たきりで絶食してたことを思い出した。

 そりゃ、お腹減るよね!

 

「食い物って、粥でいいか?」

「なんでもいいから、持ってきてください!」

 

 

 山のように積み重なった皿とお椀。

 結一郎は一週間分の栄養を補充するのだと言わんばかりに食いまくったのだった。

 

「結一郎、お前、その、大丈夫か?」

「ええ、片腕だけだったので食べにくかったですが、しっかり食事もとったので大丈夫です!」

 

 病み上がりにそんなに大食いしたことを心配して声をかければ、何だかズレた返事が返ってきて頭を抱えたくなる天元。

 食事を終えて心なしか覇気を取り戻した様子を見て、弟子がますます人間離れしているのを感じる。

 肉を食ったら回復するような超人体質でもあるまいし……

 だがまぁ、理由は分からなくとも元気があることは良いことだ。

 気分が落ち込んでいたり、暗くなっているよりは断然よい。

 

「まったく。思ったより派手に元気そうで安心したぜ。死にかけたんだからもっと堪えたかと思ってたんだが」

「ハハハ、何言ってるんですか宇髄師匠! 死にかけるなんて修業してたらしょっちゅうじゃないですか~!」

「おぅ……」

 

 死にかけどころか臨死体験も経験済みですよ?

 と、笑顔で語られて言葉を失う天元。

 死にかけても堪えていない理由はお師匠さん(自分たち)のせいだった!?

 改めて弟子の扱いが酷かったことを痛感させられる。

 弟子に人権はないのか!? ……無いのかー。

 

「まぁ、といってもこの通りの状態なので復帰まで時間がかかるかもしれませんが……」

「……大怪我したんだ、このまま引退しても誰も文句は言わねえと思うぜ。派手に」

 

 無理をしていないか案ずる天元の言葉に結一郎は感謝の言葉を述べつつも首を横に振って答えた。

 鬼殺隊を辞めるつもりは全くない。なぜなら――

 

「目の前で部下を殺されて黙っていられるほど人間できてないので!」

 

 結一郎の中で鬼に対する怒りが燃え上がっていたのだから。

 

「気持ちは派手に分かるが、冷静になれ。結一郎」

「ご心配なく! 自分は自棄になったりなんかしてませんよ」

 

 憎しみや復讐心に囚われて無茶をするのではないかと天元が言葉をかける。

 結一郎はあくまで平静を保った口調で語り出した。

 

「いままで鬼に情けをかけていたつもりはありませんでしたが、どこか甘さがあったのだと思います」

 

 静かだが、熱のこもった視線を天元に向けて言う。

 

「だから、これからは鬼に容赦はしません! 躊躇もしません!」

「はぁ……加減はしろよ? 頼むからな、派手に!」

 

 フッフッフ!

 と、謎のテンションで笑う結一郎に天元はドン引きしつつ、一応釘は刺しておいた。

 鬼どもに地獄を見せてやりますよ! と、気炎を吐く姿に、眠れる虎を起こしたという言葉が脳裏を過ぎる。

 今後、結一郎の相手をする鬼は可哀相なことになる。

 そんな予感を覚えた天元であった。

 

 


 

オマケ『お供'sオリジン』

 

闘勝丸(とうしょうまる)の場合

 一心不乱に刀を振るう。

 結一郎のお供の一匹。猿の闘勝丸は怒りに燃えていた。

 (かしら)と慕う結一郎が鬼によって大怪我をさせられたことは、彼に鬼への憎悪を思い出させるには充分すぎる出来事だった。

 

 闘勝丸が結一郎と出会ったのは彼の生まれた山の中。血でむせ返るような惨劇の真っ只中であった。

 一体の鬼が気まぐれに、ただ「楽しいから」という理由で彼の群れに襲い掛かってきたのだ。

 喰うわけでもなく愉悦のためだけに行われた悪逆に、ろくな抵抗も出来ずに殺されかけたところを結一郎に助けられた闘勝丸。

 自分の命を救い、仲間の仇を討ってくれた結一郎に恩を感じると共に、鬼を倒せる力を求めて彼は結一郎についてゆくことにしたのだった。

 

 そうして多くの奇縁を得て、今や“鬼殺の猿”と呼ばれるまでになった闘勝丸だったが、今回の事件は自らの慢心を戒めるものになった。

 恩人である結一郎に重傷を負わせた鬼への怒り。

 肝心な時に恩人の側におらず、何も出来なかった不甲斐ない自分への怒り。

 それらの感情が闘勝丸を突き動かし、さらなる強さへの欲求となっていたのだった。

 刀を振るう闘勝丸。

 その額には、彼の怒りが現れたかのようなゆらめく炎のような形の痣が浮かび上がっていた。

 

「ち、父上! 大変です!」

「どうした、千寿郎。何があった?」

「お猿さんの額に痣が!!」

「な、何ィ!?」

 

 

藤乃(ふじの)の場合

 蝶屋敷の玄関前で大人しく座る白犬がいる。

 彼女の名は藤乃。結一郎のお供の一匹だ。

 ご主人の結一郎が入院してからというもの、彼女は結一郎が目覚めるのを健気にもずっと待ち続けていた。

 驚くべきは犬の忠誠心だろうか?

 いいや、それだけではない。藤乃もまた結一郎に恩を感じていたのだ。

 

 藤乃は子犬の頃に、人里離れた山に住む老夫婦に拾われ、大事に育てられて元気に過ごしていた。

 翁と山をまわり、老婆に優しく撫でてもらう幸せな日々。

 そんな日常を壊したのは一体の悪鬼であった。

 老夫婦を喰い殺し、あまつさえその住みかを奪った鬼をなんとかしようと人里におりたものの、野良犬同然の薄汚れた姿に里の人は嫌悪をあらわに追い払ってくる。

 よしんば追い払われなかったとしても、人と犬では言葉は通じない。

 絶望しそうになった藤乃だったが、そこに現れたのが結一郎だった。

 優れた観察眼で藤乃が何かを訴えていることを見抜いた結一郎は、彼女の案内で鬼のところにたどり着き、見事鬼を討ち果たして見せたのだった。

 親代わりの老夫婦の仇を討った結一郎は、そのまま藤乃を引き取ってくれた。

 一度は孤独を味わった藤乃。

 もう二度と主の元を離れまいと、いつまでも待ち続けるのだった。

 

「義勇さん! 何故、結一郎さんのお見舞いに行かないんですか? 弟子だったんですよね?」

「炭治郎、俺は(犬が怖いから)見舞いにいけないんだ」

「何か理由があるんですか?」

「(情けないから)理由は言えない」

 

 早く目覚めろ、結一郎。仕事だ!

 

碧彦(へきひこ)の場合

 結一郎のお供の一匹。雉の碧彦。

 彼が結一郎についてゆく理由とは?

 

 A.美味しいお団子をくれたから!

 

 理由が羽根のように軽い……雉だけに?

 




おや、斬られたギャグの様子が……?
(ギャζ ウネウネ ξャグ)
(ギャグζ ニョキ! ξギャグ)
(ギャグ )) デーン! (( ギャグ)
( ギャグ ) <鬼ども覚悟しておけ!> ( ギャグ )

翻訳係コソコソ話 その1
闘勝丸が痣を出したせいで煉獄家は大騒ぎだったそうです。大変だなぁ……

翻訳係コソコソ話 その2
犬や猫などの体に毛の生えた動物が苦手なしのぶさん。さりげなく玄関前に藤乃に居座られて微妙に困ってました。


ミニ次回予告
『結一郎へお見舞い』

結一郎「あの、すみません。許してください」
ひなき「嫌です! 許しません!」

結一郎、尻に敷かれる?


善逸「結一郎さん、俺の兄弟子の最期はどうでしたか?」
結一郎「彼の最期は、勇敢で立派でした……」

結一郎、善逸と獪岳について語り合う。


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その20前編(雷兄弟考察回)

2020/01/25投稿。

今回は真面目な考察回になってます。
『考察とか読むのめんどい』
って方は読み飛ばしてもらっても大丈夫です。


 結一郎が目覚めたと聞いて、多くの人が見舞いに訪れた。

 時に無事に目を覚ましたことを喜ばれ、時に片腕の喪失を悲しまれ、時に心配をかけさせたことを叱られたりと、大変騒がしくなったものだった。

 そうして多くの人が訪れるなか、一人深刻な表情で姿を見せた人物がいる。

 

「こんにちは、結一郎さん」

「……こんにちは、善逸(ぜんいつ)君」

 

 雷の呼吸の使い手、我妻(あがつま)善逸。

 先の戦いで殉職した獪岳(かいがく)の兄弟弟子である。

 

「目が覚めたって聞いて、その、良かったです」

「ありがとうございます。それで? 自分に話があって来たのですよね?」

 

 言葉を探すように口ごもる善逸に、結一郎は用件があってやってきたことを察して話を促した。

 気遣われた善逸はその言葉に甘えて単刀直入に話を切り出す。

 

「兄貴の、獪岳の最期はどうでしたか?」

 

 死んだ兄弟子の最期を目撃した結一郎にその時の様子を尋ねにきたのだ。

 善逸の質問を受けて、結一郎は静かに語り出した。

 

「彼は、上弦の壱との戦いの中で腹を裂かれ、それこそ苦しさで動けなくなるほどだったのに、相手の一瞬の隙を突いて一矢報いた……勇敢で立派な最期でした」

「そうですか……獪岳が」

 

 当時のことを思い出しながら、悔しさを噛み締めながら話す結一郎の語りに、善逸は少し考えこんだ後に一言告げた。

 

「嘘ですよね、それ」

「……嘘じゃないんですが、どうしてそう思いました?」

 

 自分の言葉を嘘だと断言されて困惑するしかない。

 当然その理由を聞いてみるのだが、返事はなんとも言えないもので――

 

「あの獪岳が、そんな立派なことをするわけないですよ!」

 

 俺の兄弟子がそんなに立派なわけがない!

 そう主張する善逸に結一郎は頬が引き攣るのを感じた。

 いったい、善逸の獪岳の評価はどうなっているのやら。

 

「口も性格も悪いクズです! ゴミクズですよ!!」

 

 めちゃくちゃ底辺だった。

 その表現たるや霹靂一閃ばりの一刀両断である。

 怒りに火が付いた善逸は止まらない。

 

「人のことは殴りつけてくるは、物はぶつけてくるは、口を開けば“愚図”“カス”“消えろ”と罵倒の嵐! たしかに俺は出来が良かったとは言えないよ? 情けない弟弟子だったかもしれないさ! でもさあ! いくらなんでもあんまりじゃない!? ちょっとは優しさってものを見せてくれたっていいじゃない!! 大嫌いだ、あんな兄弟子ぃぃぃ!!」

 

 早口でまくし立てるように兄弟子への不満をぶちまける。

 ここに看護師のアオイや屋敷の主であるしのぶがいたらお叱りは間違いないほどの騒ぎ具合だ。

 それを聞いていた結一郎はというと、意外なことに穏やかな表情であった。

 

「なるほど。たしかに彼の性格には多少難ありだったのは認めます。でも、嫌いになりきれない部分があったのでしょう?」

 

 善逸を観察してわずかに見せる獪岳への肯定的な気持ちを見抜いて問いかける結一郎。

 図星を言い当てられたからか、善逸は少し気まずそうに視線を逸らしたあと、先ほどとは打って変わって静かに語り始めた。

 

「俺、本当に獪岳のことは嫌いです。でも、同時に心から尊敬してたんだ。いつもあいつの背中を見てた」

 

 いけ好かないと思いながらも、自分とは違いひたむきに努力を重ねていた獪岳のことを尊敬していたのだと言う善逸。

 

「爺ちゃんや俺にとって、特別で大切な人だったんだ……」

 

 楽しい思い出がたくさんというわけではないが、獪岳との思い出は大切な物だと語る。

 そして、獪岳と自分たちとの間にあった齟齬を直感的に理解もしていた。

 

「だけどあいつにはそれじゃ足りなくて、どんな時も不満の音がしてた。心の中の幸せを入れる箱に穴が空いてて満たされない。そんな奴だったんです」

 

 獪岳の抱える心の闇とでも言うのだろうか?

 そのことを理解していながらどうしようもできなかったことを悔やむ善逸の人間性は優しさというものが主軸となっていることがよくわかる。

 

「そんな、自分が大事で大事でたまらないはずのあいつが、自分の命よりも誇りを優先して死ぬなんて……似合わないことしてんなって思っちゃったんです」

 

 嫌いだと言いながらも、その言葉には彼の死を悼む気持ちが確かにあった。

 それを隣で聞きながら、結一郎は獪岳のことを思い出す。

 

「“穴の空いた幸せを入れる箱”ですか……そうか、善逸君は彼をそう見ていたんですね」

「結一郎さんはどうだったんですか?」

 

 結一郎が獪岳のことをどう見ていたのか尋ねる善逸。

 兄弟子の上司だったこの人は、どう獪岳のことを見ていたのだろう?

 そんな疑問の答えは、善逸にとっては意外なものだった。

 

「彼は、ある種とても臆病な人間だったと思います」

「臆病? あいつが、ですか?」

 

 獪岳が“臆病”だと表現する結一郎の言葉に善逸は首を傾げる。

 善逸にしてみれば、獪岳に“臆病”という言葉はほど遠いものに思うのだ。

 むしろ“臆病”というならば自分のことではないのかとも考える。

 納得していなさそうな善逸に結一郎は自分が見た獪岳という人間の人物像について語りだした。

 

「獪岳は、自分の力に自信を持ち、鬼を相手に戦うことを恐れたりはしませんでした。好戦的な性格で、そういう意味では臆病とは言えないでしょう」

 

 しかし、と、結一郎はその内面は別だったと言う。

 

「彼は常に他人から何かを奪われることを酷く恐れていたように思います」

「あいつが? 恐れてた?」

 

 聞き返す善逸に頷く結一郎。彼は獪岳の過去を予測する。

 

「想像でしかありませんが、彼が育った環境は他者から奪わなければ生きていけなかったのではないかと思います」

 

 ゆえに、今でも奪われることに対する強い恐怖や強迫観念があったのではないだろうか。

 そんな予測をたてる結一郎に善逸は疑問を呈する。

 

「でも、獪岳はあんなに強くて、爺ちゃんからも認められていたのに……」

 

 強く実力もあり、師からも認められていた獪岳がそんなことを恐れていたとは信じられないという疑問に、結一郎は首を横に振る。

 

「実際にどうだったかは関係ありません。本人の心の持ちようでしたから」

「心の……持ちよう?」

「えぇ。自分が見るに、獪岳には心の余裕が無いように見えました」

 

 心に余裕が無い。

 だから、どれだけ強くなっても満足出来ない。他人から常に、一番に認められていなければ我慢出来なかったのではないか?

 そう言う結一郎の言葉には哀れみが含まれていた。

 なにせ不毛なのだ。その考えは。

 

「強くなれば奪われない。たしかにそうかもしれませんが、では、何者からも奪われない強さとはどれほど強くなればよいのでしょうか?」

 

 奪われるかもしれないと怯えるている人が、どれだけ力を手に入れれば満足できるというのだろう?

 

「そっか。あいつが努力してたのは当たり前のことだったんだな」

「“強くなりたい”ではなく“強くならないといけない”と思っていたのでしょう」

「なら、あいつにとって修業を嫌がる俺のことは気に入らなかったろうな……」

 

 善逸は兄弟子が努力していた姿を思い出して言う。

 彼が強くなることに貪欲で、ひたむきな努力を重ねていたのは当然のことだった。

 また、結一郎は獪岳が善逸を嫌っていた理由は他にも原因があると告げる。

 

「彼には余裕がありませんでしたから、自分の立場を脅かす存在を許容出来なかったんでしょう」

「俺より優秀だったのに?」

「それこそ師からの評価を独り占めしていないと安心出来なかったのでは?」

 

 他者と並んで評価されることすら耐え難かったのではないか。

 『自分を特別に見てほしい』のではなく、『自分“だけ”を特別に見てほしい』

 そんなふうに他者の存在を許容出来ない“臆病さ”を持っていたのだと結一郎は獪岳をそう見ていた。

 

「思えば攻撃的な性格もその裏返しだったのかもしれませんね」

 

 動物が威嚇をするのは相手を攻撃するためではなく身を守ろうとして行うのだから。

 獪岳のことを思い返せば、その胸に込みあがってくるのは悔しさだった。

 

「彼が最期に何を思っていたかは知るすべもありません。ですが、命を捨ててまで意地を貫いたことを思うと……正直やりきれないです」

 

 獪岳が命と引き換えに自分のことを救ってくれたことが、結一郎の心に重くのしかかる。

 自分が一番大事なはずの彼が他人のために動いたことは、彼が成長しようと、変化しようとしていた証拠に思えるのだ。

 結一郎はだからこそ、その可能性が無くなってしまったことが悔しく、悲しい。

 善逸もあったかもしれない兄弟子と和解した未来を思って目を伏せる。

 

「獪岳は嫌がっていたけど、俺は爺ちゃんがあいつと共同で後継者に指名してくれたときは嬉しかったんだ……」

 

 いつか肩を並べて戦えることを夢見ていたのだと善逸はそう語る。

 

「ま、まぁ、爺ちゃんからしたら二人で一人前ってつもりだったのかも……なんて言ったらあいつは怒るよな」

 

 獪岳への己の気持ちを口に出して照れくさくなったのか、壱ノ型“しか”使えない自分と壱ノ型“だけ”使えない獪岳のことを持ち出して茶化してみせたが、その言葉を聞いて結一郎はクスリと笑って答えた。

 

「フフッ、もしかしたら、お互いの足りないところを見て成長して欲しかったのかもしれませんよ?」

「あはは、あいつのことを見習うのはちょっと……それに獪岳が俺から学ぶことなんてないですよ」

「うーん、前々から思っていましたが、善逸君は自己評価が低いですね! もっと自信をもっていいと思うのですが」

 

 自己評価が低すぎるという結一郎の指摘に、善逸は苦笑いをするしかない。

 壱ノ型しか使えず、鬼を前にしてもまともに戦えない不出来な自分。

 そんな自己評価を持っている善逸にとってみれば、自信などはもてそうに無いように思えるのだ。

 そのことを告げれば、結一郎は首を横に振って諭すように話し始めた。

 

「善逸君は自分は勇気がないと思っているようですが、そんなことはないですよ」

 

 そう言いながら思い出すのは善逸と初めて会った任務でのことだ。

 恐怖に怯えながらも、守るべき力ない人のことは決して見捨てようとしなかったその姿を覚えている。

 自分が命の危機にさらされながらも他人を思いやることを勇気と言わずして何と言おうか! そのやさしさこそが善逸の強さだと思うのだ。

 

「まぁ、善逸君は優しすぎるくらいに優しいですからね! 壱ノ型しか使えないのもそれが原因ですし」

「いやいや、俺はそんなに優しくなんか……って、関係ないでしょォ! 壱ノ型しか使えないのは!!」

 

 いきなり褒められて照れる善逸だったが、突然関係のないことを言及されてツッコミをいれざるを得ない。

 正直、おかしな冗談だと善逸は思った。

 だいたい、優しさと剣術の型に何の関係があるというのか!

 

「え、ありますよ?」

「えぇー! あるのぉ!?」

 

 どうやらあるらしい。

 しかしながら、善逸には結一郎が突拍子もないことを言い始めたようにしか思えない。

 不思議そうな顔をしている善逸に、結一郎は説明を始めた。

 

「善逸君は刀を抜いて刃を晒すことが怖いのでは?」

 

 その優しさゆえに人を傷つけるかもしれない刀を抜き身のままにしておくことができないのだろうと告げる結一郎。

 それが理由で刃を振り回して繰り出さなければならない弐の型以降の型が使えないのだろう。

 その持論に対して、善逸は当然の疑問を投げかけた。

 

「じゃあ、なんで壱ノ型は俺は使えるんですか?」

「それは雷の呼吸・壱ノ型が居合だからですよ」

 

 何故、逆に壱ノ型だけは使えるのか? という疑問に結一郎は『居合』というアンサーを導き出した。

 居合というのは、別名を『鞘の内』と呼ぶように鞘に納まっているからこそ力を発揮するものだ。

 刀を抜いてしまえば居合は死に体になってしまう。

 逆を言えば、刀を抜いている時間が最小限になる居合は善逸に適していると言えるわけだ。

 

「善逸君が壱ノ型しか使えないのは君の優しさの証です。そのことを引け目に思う必要はありませんよ」

「そんなこと、考えたこともなかった……じゃ、じゃあ、逆に獪岳が壱ノ型を使えなかったワケも結一郎さんは分かるんですか?」

 

 今まで考えたこともなかったことを告げられて困惑する善逸は、気持ちを整理する時間をとりたい気持ちもあって獪岳について質問する。

 ある意味それを知りたいのは当然と考えた結一郎は、獪岳についても説明を始めた。

 

「獪岳は先ほども言った通り、ある種臆病な人間です。そんな彼が敵を前にして刃を抜かずにいられると思いますか?」

「あっ……」

 

 答えはいたって単純なものだった。

 居合は鞘の内の剣術。しかし、敵に怯える人間が敵を前にして武器を納めたままでいられるだろうか?

 そう考えれば、獪岳が壱ノ型を使えなかった理由が見えてくる。敵を前にして気が逸って刀を抜いてしまうのが原因だろう。

 結一郎は獪岳についてそう解説をしてみせた。

 

 こうして説明してみれば、善逸も獪岳も少しの気持ちの持ちようで型が使えないのではないかと思えてくる。

 善逸は人を守るために刃を振りかざす覚悟を。

 獪岳は敵を前にして恐怖に耐える忍耐を。

 それぞれが足りない部分さえ何とかなればいままで不可能だったことが可能になれたのではないだろうか?

 もちろん、人間そう簡単に変われるものではない。しかし、結一郎は可能性を感じずにはいられなかったのだった。

 

 結一郎に兄弟子のあったかもしれない可能性、そして自らの可能性を示されて善逸の心に火が灯る!

 

「結一郎さん、俺、もっと強くなりたいです。獪岳の、兄貴の仇を討てるように!」

「……良い覚悟です! 自分も全力で応援しましょう!」

 

 仇を討つと宣言する善逸に、結一郎も全力で応えることを約束する。

 この日、鬼殺選抜隊“旭”に、新たな隊士が入隊したのであった。

 

 なお、入隊してからその訓練の厳しさに彼が後悔したことは言うまでもなかった。

 

「死ぬ死ぬ死ぬぅ~~!! これは死ぬって! 無理ィーー!!」

「何言ってるんですか! 一度死ぬくらいでへこたれないでください!!」

「いやあああ!?」

 


オマケ『尻に敷かれる翻訳係』

 

「あの、許してくださいませんか。自分も反省しているので!」

「嫌です。許しません!」

 

 病室のベッドの上でひなきに許しを請う結一郎。

 現在、死にかけて心配をかけたことを幼い婚約者に叱られている最中だった。

 

「結一郎様は私にどれだけ心配をかけたのかわかってません……」

「……返す言葉もありません」

 

 結一郎の膝の上に背中を預けるように座りながらひなきは文句を言う。

 拗ねたように見せて年相応に甘えてくる姿は、ぶっちゃけ可愛らしくて頬が緩みそうになるのだが、それを覚られるとまた機嫌が悪くなるので必死に耐える結一郎であったり。

 普段は大人びているだけに、こうした姿は貴重に思えた。

 

「結一郎様は、きっとひなきを行かず後家にするつもりだったんです」

「ちょ、誰です! こんな言葉をひなき様に教えたのは!?」

 

 まぁ、言うことはやっぱりちょっと大人びていたり?

 十歳の言うセリフじゃないよ……これが産屋敷の血筋だというのか。

 

 こうして、ひなきは半日ほど甘え倒して満足して帰っていったという。

 慕われてるね、結一郎君。羨ましいなー(棒)

 

「おやおや、結一郎さんは将来奥さんに尻に敷かれそうですね」

「はは、そうなりそうです。(しのぶさんも、旦那を尻に敷いてそうな気もしますが)」

「あ、別に私は結婚するつもりがないから関係ないですよ?」

「~~ッ!?」




雷の一門二人組について、考察をしてみたり。
まぁ、若干こじつけめいてますが、納得してもらえたら何よりですね。
とりあえず、獪岳の仇討ちに燃える善逸という原作ではありえなかったシチュエーションをやりたいがためだけです。

翻訳係コソコソ話
10歳の女の子が好きな18歳のお兄ちゃんの膝の上で甘えてるなんて普通の光景です。
やましいことを想像した人は反省しなさい。僕も反省しますので!


ミニ次回予告
結一郎「何をしておられるので? 宇髄師匠」
天元「任務で女の隊員が要るんだよ!」
結一郎「だからって、患者がいるのに看護婦連れてかないでくださいよ!」

遊郭編、導入部分!


ミニ次回予告
しのぶ「結一郎さんは、どうして鬼殺隊を続けているのですか?」
結一郎「まずは、僕が鬼殺隊に入った理由から話すことになります……」

結一郎オリジン


余談
Twitterで女版翻訳係のアイデア貰ったんだけど、需要あるんだろうか?
一応、アイデアはあるのだけれど。
他にも継国兄弟に絡めた『戦国時代の翻訳係』とか。


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その20後編(翻訳係 復帰直前/回顧)

2020/02/11投稿


 蝶屋敷で入院生活が続いている結一郎。

 機能回復訓練を行い鈍った体を整えながらも、いろいろと忙しく過ごしていた。

 旭の部下から届く報告書に目を通して新たに命令を出したり、蝶屋敷を拠点にしている善逸と伊之助に稽古をつけたりなど、公私に渡っていろいろと活動していたりした。

 そうした日々の活動のひとつに、炭治郎から届く手紙への返事がある。

 

「ふむ、珍しいですね。彼が手紙とはいえ弱音を吐くなんて」

 

 協力を頼まれていた“日の呼吸”研究に直接出向けなくなったので、こうして炭治郎からの手紙のやりとりで協力を続けていた。

 いつも通り、生真面目な炭治郎らしく挨拶とこちらの体調を気遣う文面、そして自分の最近の様子や修業の進捗が記されていたのだが、何故か急に鍛練が厳しくなって辛いという弱音も書いてあったのだ。

 努力家な彼がこう言うとは、よほど厳しい修業なのだろう。

 手紙によれば、煉獄(れんごく)槇寿郎(しんじゅろう)千寿郎(せんじゅろう)親子が急に熱心になりはじめたらしいが……はてさて?

 

「煉獄師匠に何かあったのか確認しておくべきでしょうか……」

 

 何があった? と、首を傾げる結一郎は師匠である杏寿郎(きょうじゅろう)に確認することを決める。

 彼はまだ自分のお供の猿がやらかしていることを知らなかった。知らぬが仏って言葉は本当だなぁ。

 

 ちまちまと、雑務を進めていく結一郎の耳に何やら騒音が聞こえてくる。

 耳をすませば、音の元は玄関から聞こえてくるようだ。

 当然、様子が気になるので見に行くことに。

 

「放してください。私っ……この子はっ……」

「うるせぇな、黙っとけ」

「……何をしてるんです? 宇髄(うずい)師匠?」

 

 そこで見たものは、師匠である天元(てんげん)が蝶屋敷の看護士のアオイとなほを抱えて立ち去ろうとしている場面だった。

 師匠の無体に思わず苦言が口からついて出た。

 

「師匠、人さらいは犯罪ですよ!?」

「違うわ! 任務で女の隊員が要るんだよ!」

「だからって、病院から看護婦連れてかないでくださいよ!」

 

 弟子から犯罪者扱いされて怒鳴る天元に、ごもっともな正論で返す結一郎。

 非戦闘員であろうと鬼殺隊の一員ならば、使える者を使わないなどぬるいにもほどがある。唾棄すべき甘さだと断言する天元。

 その言葉は非情で冷徹な“元忍”らしいものであったが、弟子として彼をよく知る結一郎はその考え方がいつもの師匠らしくないことを感じとっていた。

 

「何をさせるつもりかは知りませんが、剣士ではない者を鬼と直接関わらせようとするなんてあなたらしくありませんよ。師匠」

 

 冷静な判断を失っていると指摘した結一郎は、続けてその原因についても言及してみせる。

 

「宇髄師匠、雛鶴(ひなつる)さんたちに何かありましたか?」

「チッ! お前ってやつは本当に……」

 

 核心を突かれ、思わず舌打ちをする天元。

 元忍でありながら、その実、情に厚い彼が何より大事にしている三人のクノイチの嫁。

 天元が冷静さを失っている原因は彼女たちに何かあったからではないかという結一郎の予想は当たっていた。

 

「あいかわらず、地味に覚妖怪みたいなやつだな!」

「誰が妖怪ですか、誰が!」

 

 天元が腹いせに妖怪扱いしてきて、心外だと怒る結一郎。

 しかしながら、それもあながち間違いないないような気がしてくる。

 だって心読んでくるとかどう考えたって怖いし……

 普通の弟子は師匠の心なんか読んで来ないんだよ? 結一郎君?

 

「とにかく! 話は中で詳しく聞きます! その上で、できる限りの協力をしましょう!」

「まぁ、選抜隊の隊長のお前に協力してもらったほうが確実か。分かったよ」

 

 結一郎に説得され、アオイとなほを離す天元。

 その場にいたカナヲとすみ、きよに二人を任せて蝶屋敷の中に誘う。と、その前に足を止めて振り返り一言告げた。

 

「そうそう、忘れるところでした。そこの隠れている二人。気になっているなら着いてきてください」

「だとよ。そこの金髪と猪頭」

 

 声をかけたのは、ちょうど任務から帰ってきてただならぬ状況を隠れて見ていた善逸と伊之助の二人であった。

 

「ヒィ! バレてた!?」

「面白ぇじゃねえか! 話を聞かせろ!」

 

 善逸は嫌々ながら、伊之助は意気揚々と違いはあるものの乗りかかった舟とばかりに結一郎に着いていくことになった二人。

 部屋の一室を借り受けて天元の任務について聞くことになったのだった。

「なるほど。手練れのクノイチの雛鶴さんたちが音信不通とは並のことではありませんね」

 

 天元から状況を聞かされた結一郎は、事の厄介さを感じて表情が固くなった。

 潜入・捜査を得意とし、戦闘能力もある程度あるはずのクノイチが揃いも揃って音信不通とはただごとではない。

 天元もまたその言葉に同意を示す。

 

「あぁ。下手すりゃ十二鬼月、上弦の鬼がいる可能性も派手にありやがる」

 

 状況証拠からいって鬼がいることはほぼ間違いない。

 しかも、クノイチを逃亡も連絡もさせずに無力化できるほど強力で、人の多い遊郭に潜みながらも正体を隠しきるほどに狡猾で厄介な鬼が。

 

「分かりました! これは大至急探りを入れる必要がありますね! ぜひ、協力させてください!」

「協力してくれるのは派手にありがてえが……旭の連中でも使うのか?」

 

 状況は切迫していると判断した結一郎が即座に協力を申し出るものの、怪我をして療養中の身。

 ならば旭の部下を使うのかと尋ねた天元の言葉に結一郎は首を横に振って答えた。

 

「いいえ! 彼らは現在、他の重要な任務の準備をしてもらってますので……代わりに自分の配下の諜報部隊をお貸しします」

「派手に助かるぜ! ……ちょっと待て。お前の配下の諜報部隊つったか?」

 

 そんな部隊がいるなど初耳の天元が思わず聞き返せば、結一郎は不敵に笑って答えてみせる。

 

「フッ、師匠。自分もここでただ寝てたわけではないのです!」

 

 抜かりはありませんと言う結一郎。

 この用意周到な感じ、未来の義実家に染まってきているのではなかろうか?

 

「本当に使えるのか? そいつら」

「潜入と情報収集能力については自分が太鼓判を押しておきます。ただ、戦闘能力は期待出来ませんので……」

 

 視線を善逸と伊之助の二人に移す結一郎。

 その意図を察せない者はここにはいない。

 

「こいつらこそ使えるんだろうなぁ?」

「もちろん! 強いですよ。二人は」

 

 地味に足手まといはいらないと告げる天元に、結一郎は自信を持って頷く。

 二人は結一郎に稽古をつけてもらって大きく成長しているのだ。

 もとより才能があっただけに、現在の実力は鬼殺隊全体でも上位に入るだろう。

 だって、翻訳係プレゼンの稽古をくぐり抜けたんですよ?

 

「どんな鬼だろうと、俺様がぶった斬ってやるぜ!」

「やりますよぉ! やるしかないんでしょぉ! ア゛ーッ!!」

 

 戦意揚々、意気軒昂な伊之助と泣き言混じりに汚い高音で悲鳴を上げている善逸という正反対な反応ながらも危険な任務に参加することに同意する二人。

 無様に怯えながらも任務から逃げようとしないあたり、善逸の成長が見て取れる。

 

 こうして戦闘要員と補助要員を手に入れた天元は、鬼の潜む吉原・遊郭へと向かったのであった。

 


 

 その日の晩のこと。

 

「こんばんは、結一郎さん」

「……こんばんは、しのぶさん」

 

 屋根の上で瞑想を行う結一郎にしのぶが声をかける。

 

「日中にアオイとなほを助けていただいたそうですね。そのお礼を言いたくてお邪魔しました」

 

 かわいい妹たちを助けてくれてありがとうと告げるしのぶに、結一郎は首を横に振って答える。

 

「当然のことをしたまでです。それに普段からお世話になっているのは自分のほうですしね! 少しは恩返しになっていればいいのですが」

 

 復帰するまでが思った以上に長くなって申し訳ないと、逆に謝る結一郎。

 しかし、しのぶはそれこそ首を横に振って否定する。

 蝶屋敷は傷を癒すために開放しているのだから、怪我人の結一郎が逗留していることはなんら問題がない。

 というよりも、だ、

 

「あの、結一郎さん? 今でも十分すぎるほど早い回復速度なんですからね?」

 

 命に関わる大怪我なんだから、治るのに時間がかかって当然なわけで。

 風邪が長引いて申し訳ないみたいな感じに言われても困るのだ。

 もしかすると、結一郎は長く仕事場から離れていると不安になるタイプなのかもしれない……

 

 そもそもの話、片腕欠損は鬼殺の剣士を引退してもおかしくない大怪我だ。

 にもかかわらず、こうして現場復帰に意欲的な姿を見ていると彼を何が突き動かしているのか気になるところ。

 

「結一郎さんは、何故、鬼殺隊に?」

 

 気が付けばそんな疑問が口から漏れ出ていた。

 口に出してからしまったと思うも、もう遅い。様々な過去を持つ鬼殺隊に所属する人の過去を詮索するのはある種のタブーといえる。

 そんなある種ぶしつけな質問を受けた結一郎だったが、しのぶが心配するほど気にした様子は見られなかった。

 

「おや、そういえば話したことはありませんでしたね」

 

 静かに語り始める結一郎に、しのぶも黙って聞く姿勢になる。

 

「自分が鬼殺隊に入ったのは鬼に家族を殺されて、その(あだ)を討ちたかったからです」

 

 語り出しに告げられたのは、鬼に身内を殺されたという鬼殺の剣士には珍しくもない、むしろ入隊理由の多くを占めるありふれた理由だった。

 しかし、家族を殺され、その仇討ちを現在進行形で目指しているしのぶには他人事ではないだけに、その表情は真剣なものになる。

 

「そうですか、家族を……復讐が目的なのですね」

 

 あなたもそうなんですね。

 そんな言葉が喉元まで出かかりながらも、ギリギリで呑み込んで話の先を促す。

 

「えぇ。特に自分は家族を殺した鬼が誰かハッキリしていましたからその感情は強かった」

 

 結一郎が語るには、その仇の鬼は当時の“下弦の弐”だったという。

 家族を殺し、駆けつけた鬼殺隊を返り討ちにしてなんなく逃亡したという下弦の弐を自らの手で討つため、結一郎は鬼殺の剣士になることを決意し、育手の門を叩いた。

 

「それからは、ただがむしゃらに力を求めて足掻いていました。育手のところにいた時も、最終選抜を終え鬼殺隊に正式に入隊したあとも……仇の鬼をこの手で葬るために」

 

 今思えばかなり無茶をしたものだったと、穏やかに笑う結一郎だが、しのぶはその当時の結一郎の心境がいかばかりであったかを思い同情の念を覚えた。

 家族を殺した鬼が何の罰も咎も受けずにのうのうと生きている悔しさは身に染みて理解している。

 それだけに、今の結一郎の落ち着きようが不思議に思えた。

 

「結一郎さんは、仇を討てたのですか?」

「うーん、仇の鬼は死んだのである意味ではそうなのですが……」

 

 復讐を遂げたことが理由かと思ったが、口ごもり返事に困った様子なので違うようだ。

 仇が死んだのに復讐はできていない?

 

「仇の“下弦の弐”は自分の目の前で頸を斬られました……まったくの他人の手で」

「それは……」

「笑える話ですよ。家族の仇討ちだと意気込んでいたのに、あっさりと他人がその頸を斬るんですから」

 

 その時は自分の気持ちをどこにぶつければいいのか分からなかったという結一郎の言葉に、しのぶは頷くしかない。

 それもそうだろうと思う。

 半ば生きる目的となっていた復讐がそんな形で終わらせられれば茫然自失となってもおかしくはない。

 

「当然、鬼という存在がすべていなくなったわけではないので、鬼そのものへの怒りはありました。しかし、本当に自分が討ちたかった存在が消えてしまって、正直抜け殻になったような気持ちでした」

「結一郎さんは、そこからどうやって立ち直ったのですか?」

 

 当時を振り返り、生きがいを失ったようだったと語る結一郎に、しのぶは問いを投げかける。

 その答えは、意外なことに水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)が関係しているという。

 

「その下弦の弐を討ったのは実は冨岡師匠だったんです」

「冨岡さんですか?」

「そうです。だから、しばらくしてから思いついたのが、自分の仇を討った人物に会いに行くことでした」

 

 その言葉を聞いて、しのぶはそれが二人の接点の最初なのかと納得した。

 自分の仇を代わりに討ってくれた相手に礼を言いに行くというのは不思議なことではない。

 義理堅い結一郎がその恩返しに義勇の面倒を見はじめたのを想像すれば、なんら違和感もなくしっくりくる。

 

「一言文句を言ってやりたくなったんです」

「え、文句ですか!?」

 

 そんなしのぶの予想は一言で木端微塵にされてしまったが。

 驚くしのぶに、結一郎はその時の自分の気持ちを語る。

 

「今思えば逆恨みも甚だしいと分かっています! しかし、当時の自分には言い方はアレですが獲物を横取りされたとしか感じられなくてですね!」

「いえ、気持ちは分かります。それで、どうなったんですか?」

 

 言い訳がましく言葉を並べる結一郎を遮って続きを促す。

 常に冷静な印象を持つ結一郎も昔は尖っていたことが伺える話で興味深い。

 

「そ、そうですね、はい。それで冨岡師匠のところに行って、失礼な態度をとってしまったわけなんですが……それ以上に、こちらの神経を逆なでするようなことを言われてしまいまして……」

「冨岡さん、どんなことを言ったんです?」

「思い出すと今でも怒りがこみあげてくるので言いません!」

「本当に、いったい何を言ったんですか冨岡さん!?」

 

 結一郎が口にも出したくないほどとは、よっぽどのことではなかろうか。

 恐らくだが、義勇には不条理な怒りを向けてきた相手だからとわざと怒らせたとかではないのだろう。

 悪意とか悪気があってやったわけでなく、そうやって相手を怒らせてしまう不器用さが冨岡義勇という男である。

 

「そんな感じで『何なんだこの人』とムキになって付きまとっているうちにだんだんと冨岡師匠がただの物凄い口下手なだけなのだと分かってきたわけです」

「ただの物凄い口下手? ……いえ、何でもありません」

 

 会話相手をブチ切れさせる程度をただの物凄い口下手で済ませていいのだろうかと、しのぶは首を傾げたくなったが、考えると面倒くさくなりそうなので言及するのはやめたのであった。

 

「そのうち、『この人大丈夫か?』と心配になってきまして、それであれこれ面倒を引き受けるうちに今のような立場になりました」

「なんというか、結一郎さんらしいといいますか……」

 

 最初に文句を言いに行ったはずなのに最後はその相手の面倒を見ているあたり、結一郎の人の好さがよくわかる話だった。

 思わぬ形で結一郎と義勇の関係がどうして出来上がったのかを聞くことになって苦笑いのしのぶ。

 そんな彼女に結一郎は不意打ちのように動揺させるような言葉を投げかける。

 

「そういうことで、今は復讐に対する気持ちにも整理がついているわけです。まぁ、どうしたって生きていかなければいけませんからね。復讐を遂げたにしろ、遂げられなかったにしろ」

「……それはどういう意味ですか?」

 

 思わず棘のある口調で問い質してしまう。

 復讐の後も生きていく。

 その言葉は自分の姉を殺した鬼を命にかえてでも倒そうとしているしのぶには皮肉のように聞こえてしまったのだ。

 隣から荒々しい感情を感じつつも、結一郎は穏やかに返事をした。

 

「単に復讐が関係ないところで終わってしまった自分の素直な感想です。復讐が終わった後のことも考えておいても無駄ではないという……気に障ったのならすみません」

「いえ、こちらこそ勝手に思い込んで不快にさせてしまいました」

 

 お互いに謝罪を口にするも、少し気まずい雰囲気が流れる。

 場の空気を変えるためにしのぶは話題を変えることにした。

 

「そういえば、結一郎さんが鬼殺隊に入った理由は分かりましたけれど、今も戦い続ける理由を聞いてませんでしたね」

 

 元々聞きたかったことはこれだったと、思い出して尋ねてみる。

 しのぶの問いに結一郎は快く答えた。

 

「自分の実家は菓子職人の家だったんですが、その父の言葉を思い出したんです」

 

 自らの父について語り出す。

 その父が彼に伝えた言葉が戦い続ける理由の原点なのだという。

 

「『日ごろから平和・平穏ってものを大事にしろ』そう父はいつも言っていたことを思い出したんです。お菓子って、泰平な世の中や幸せな人が多くいないと求められない物だから、と」

 

 だから平和な世の中に感謝して、自分たちの作る菓子が人の笑顔を作る一助になっていたら喜ばしい。

 そう彼の父は語っていたという。

 幼いころ父の言葉に強い感銘を受けた結一郎。

 

「だから、他人の幸せを喰らわなければ生きていけない鬼という存在が許せないんです!」

 

 その言葉は鬼と戦うための心の原動力となっていたのだ。

 人を喰らう鬼がいたのではお菓子を食べて笑顔になってくれる幸せな人たちが減ってしまう。

 そんな単純な理由が結一郎が命がけで戦うに値する理由だった。

 

「いつか、鬼がいなくなったら家業を復興させて和菓子屋でも開きたいものです!」

「えぇ、きっと、いつかそうなるといいですね」

 

 明るい未来を語る結一郎を見るしのぶ。

 彼女は何を思ってその横顔を見ているのだろうか?

 それを語るものはこの場にはいなかった。

 


 

 ――翌日。

 結一郎の下へ一つの知らせが届く。

 

『上弦の鬼、発見』

 

 結一郎の休息は、こうして終わりを告げたのだ。




遊郭編への導入と結一郎のオリジンでした。

原作と違って炭治郎は杏寿郎・義勇の継子になっているので蝶屋敷にはいません。
したがって、遊郭には天元・善逸・伊之助で向かうことになります。
人数は減ったものの善逸・伊之助は原作よりも強くなってます。
さて、どうなるでしょう?

結一郎くんの過去は『復讐を遂げられなかった人間』でした。
個人的に、復讐が自分に関係のないところで終わってしまっていたとかワニ先生好きそうな気がします。
復讐に燃えてた頃は結一郎も尖ってた。


ミニ次回予告
上弦の鬼、ギャグ死!!


ここ最近真面目な話ばっかりだったので、お待たせしてしまいました。
十二鬼月はギャグの犠牲になるのです!

戦国時代の翻訳係は書き始めたら思った以上にボリュームが増えそうなので、暫くお待ちください。


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その21(上弦狩り)

2020/02/23投稿


 万世極楽教。

 信者約250名を抱えた小規模の宗教団体である。

 『穏やかな気持ちで楽しく過ごす』ことを教えとするこの宗教はカリスマ的な教祖が中心となって成り立っている。

 信者たちからの人望も厚く慕われている教祖。

 その正体こそ、最強の鬼の一角。

 十二鬼月、上弦の弐。童磨(どうま)と名乗る鬼であった。

 

「何者だ、貴様ら! ぐあっ!」

「き、教祖様、お助けを……うっ」

 

 人里から少し離れた山の中に存在する万世極楽教の屋敷を鬼の面を被り赤青黄の衣装に身を包んだ怪しげな者たちが襲撃をしかけていた。

 信者たちをろくに抵抗もさせずに次々と気絶させて拘束していく。

 人の意識を奪い、屋敷の外に連れ出して行く様はまるで物語に登場する鬼のような所業だ。

 

「棟梁、屋敷のおおよそを制圧しました」

 

 その集団のうちの一人が頭目に報告をする。

 報告を受けるのは同じく面を被る隻腕の人物。

 

「ご苦労様です。一人残らず外に運んでください」

 

 そう言って次の指示を出すのは、鬼殺選抜隊“旭”を率いる棟梁・(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)だった。

 調査によって上弦の弐の正体と居場所を突き止めた結一郎は当主・産屋敷(うぶやしき)輝哉(かがや)の許可を得て即座に行動。鬼の苦手な太陽が照り付ける真昼間に奇襲を仕掛けたのだ。

 

「了解しました。しかし、本当にこれでよかったのでしょうか?」

「不安に思うのは分かりますが、今は任務に集中してください! 大丈夫、責任は全部自分が取ります!」

 

 鬼ではない普通の人間を相手にすることに困惑を示す部下に、責任の所在が自分にあることを明言することで心理的負担を和らげる。

 隊を率いる者として、すべての責任を背負うつもりなのだ。

 ゆえに、一番大事な仕事は結一郎の役目だった。

 

「ここが、教祖の間」

 

 屋敷の最奥。

 日の光が差さないように設計されたこの先に上弦の鬼がいる。

 その鬼と対峙するのは結一郎の役目に他ならなかった。

 

「やぁ。招いた覚えはないお客様だ。でも俺は優しいからな。歓迎してあげようじゃないか」

 

 襖をあけて足を踏み入れた先で待っていたのは、どこか張り付けたような笑みを浮かべ、教祖の座に腰掛けた鬼であった。

 

「これはどうもご丁寧に。さて、ここまで押しかけておいて何ですが……あなたは十二鬼月で間違いありませんか?」

 

 不気味なほど穏やかな表情の鬼に対して結一郎も表面上は友好的な態度で問いかける。

 

「その通り。俺は十二鬼月・上弦の弐。童磨って言うんだ。君の名を聞かせてくれないかな?」

「失礼、申し遅れました。鬼殺選抜隊“旭”の棟梁を務めています、和結一郎です!」

 

 互いに名乗り合う姿は鬼狩りと鬼と思えない。

 それは異様な状況を際立たせているようだった。

 

「棟梁……たしか、柱に並ぶ地位だったかな? それにその隻腕、黒死牟殿とやり合った剣士だろう? 君の事は話に聞いてるよ。いやあ、よく生きてたね」

「ええ、あのときはコテンパンにされました。いずれ彼にはあの時のお礼をする予定です! ところで、自分が話に聞くところによれば上弦の弐は頭から血を被ったような姿をした鬼だと聞いているのですが?」

「ん? ああ、帽子で普段は隠しているからね。っと、これでいいかな?」

 

 互いに話だけは聞いていたという二人。

 その情報通りだと、二人は肯定して見せたのだった。

 

「なるほど。情報は正しかったわけですね。しかし、本物ですか? ここにいるのは。実は本体は別のところにいるとか言いませんよね?」

「俺の偽者がいるとは聞いたことはないな。というか、なんでそんなことを聞くんだい?」

 

 しつこいほどの本人確認に首を傾げる童磨。

 そもそも答えてくれるかという疑問は置いておくとして、質問の意図が見えてこない。

 童磨の疑問に対する結一郎の返答はこれだ。

 

「いやだって、こうやって屋敷を襲撃までしておいて相手が普通の人だったら大変じゃないですか!」

「あー、たしかに」

 

 結一郎の言葉に納得して賛意を示す童磨。

 世のため人のために鬼を狩る鬼殺隊だが、悲しいことに政府非公認の組織なのだ。

 警察が持つような捜査権や逮捕権があるわけではないので、今回の任務も法に照らし合わせればただの押し込み強盗になってしまう。

 部下に責任をとると言った手前、「人違いでした」では済まされないのだ。

 

「いやあ、あなたが上弦の弐だとハッキリして安心しましたよ!」

「それはよかったね。でも、鬼狩りに上弦の鬼だと喜ばれる日がくるとは思わなかったな」

 

 今まで童磨が会った鬼殺隊は上弦の鬼に遭遇したと分かった瞬間には険しい表情になる人間ばかりだったのに、まさか安堵の表情をされるとは。

 百年以上生きてきた童磨だが、これは初の経験だった。

 

「君、面白いね! どうやって俺のことを調べたのか気になるし……俄然、興味が湧いてきたよ」

「それはそれは。自分には優秀な部下がいるので! 彼らのおかげですよ」

「んー、もしかしてその部下っていうのは人間じゃないんじゃないかい?」

「どうしてそう思いました?」

 

 自分の居場所を探り当てたのは人間ではないのではないかと問いを投げる童磨。

 表情を変えず、結一郎はそう思った根拠について問い返した。

 

「俺は頭がいいからね。屋敷にいる人間はもちろん、信者たちの顔は全員覚えているんだ」

 

 童磨はその優秀な頭脳によって、信者全員を把握している。

 そのため、信者たちに怪しい動きをする者はいなかったことは分かっていた。

 しかし、鬼殺隊の動きを見るに屋敷の内部は事前に事細かに調査済みだった様子。

 内通者ではない。侵入者がいたという報告も痕跡もない。

 そこで考えたのが人間以外の存在が屋敷を調べたという推理であった。

 一見、荒唐無稽に思える考えだが、喋る鴉を伝令に使っている鬼殺隊ならば充分可能性があった。

 

「特に鬼殺の猿を育て上げた君なら不可能はなさそうだろう?」

 

 鬼殺隊が鬼の情報を集めるように、鬼側もまた鬼殺隊の情報を集めている。

 当然だ。敵を知り、己を知るなど基本中の基本。

 ゆえに童磨は上弦の参・猗窩座の頸を斬った猿の情報を集め、その飼い主まで調べていたのだ。

 

「当たりかな?」

「ご想像にお任せします。ただ、一つ訂正を」

 

 正誤は笑みでごまかしながら、童磨の間違いを指摘する。それは――

 

「あなたの言う鬼殺の猿。それは自分が育てたわけではないんですよ」

「んん? 君が飼い主なんだろう?」

「ええ。ただ、自分が彼を強くしたんじゃなくて、勝手に強くなってたといいますか……」

 

 気が付いたら呼吸法と剣技を身に着けてたってんだから驚きである。

 

「嘘はよくないぜ。いくら図星だからってそんな――」

「それが嘘じゃないんですよ!」

 

 猿が勝手に剣術を覚えて強くなるわけないだろ!

 ところがぎっちょん、嘘じゃありません! 本当です……! これ、本当……!

 

「えー、そんなことってあるの? 嘘だあ」

「残念ながら本当なんですよねぇ……」

 

 鬼殺の猿という非常識っぷりに両者揃って不思議な表情になってしまう。

 天と地の狭間には彼らの想いもよらない出来事が存在していることをしみじみと実感させられるのだった。

 

「それにしても鬼狩りの剣士とこんなに話をしたのは初めてだよ」

 

 微妙な空気に満ちたこの場を変えるように童磨が別の話題を振ってきた。

 それは自分との会話に付き合ってくれる結一郎への好意的な言葉であった。

 

「俺の周りにいる奴はおしゃべりが嫌いなのか付き合いが悪くてね。こんなにおしゃべりしたのは久しぶりだよ」

 

 おしゃべりができて楽しいと告げる童磨に結一郎は苦笑いをする。

 きっと周囲はおしゃべりが嫌いなんじゃなくて童磨のことが嫌いなんだろうと薄らと察した結一郎。

 猗窩座とか結構ペラペラ話しかけてきたから会話が嫌いと思えないわけで。つまりはそういうことであろう。

 せめてもの慈悲で口には出さない結一郎であった。

 

「信者がたくさんいるのに話はしないのですか?」

「うーん、彼らは相談を聞いてあげるだけで、俺とおしゃべりしてるって感じじゃないからなあ」

 

 信者との会話は対等な立場ではないので少し違うのだという。

 求めるのは同じ立場で話せる相手。つまりは鬼だ。

 

「君とおしゃべりするのは楽しそうだ……そうだ、君も鬼にならないか?」

 

 結一郎を鬼に誘う童磨。しかし、結一郎の返事は決まっている。

 

「断ります! 鬼になるなんてありえません! それにあなたと話をするのは疲れますから」

「ありゃあ、断られたかあ。残念だな。でも、疲れるってどういうことだい?」

 

 半ば予想していたから、言葉とは裏腹にあまり残念そうには見えない。

 むしろ、気になったのは断る理由のほうだった。

 会話が疲れる。その意味を結一郎はこう告げた。

 

「こちらの思考を隙あらば探ろうとしてくる相手とおしゃべりはごめんこうむりたいですね!」

「フフッ、それはお互い様だろう?」

 

 互いに笑みを浮かべ合う両者。しかしそれは決して友好の証にはなりえない。

 むしろ、ずっと二人の戦いは始まっていたのだ。

 結一郎も童磨も相手を分析し、すべての能力を引き出してから攻略することを好むというよく似た戦闘スタイルをしている。

 ゆえに二人は会話をしながら相手の思考方法・癖を読み合うこととなっていたのだった。

 そうした心理戦・情報戦を終えた二人であったが、状況は童磨に有利だ。

 

『たしかこの剣士は複数の呼吸を使う上に忍の技まで覚えているって黒死牟殿が言ってたっけ』

 

 結一郎は既に多くの鬼と交戦しており、上弦の壱・黒死牟および上弦の参・猗窩座との戦闘記録まで相手に伝わっている。

 手の内の多くが知られている結一郎。

 対してこちらが持っているのは童磨の見た目と使う武器、簡単な性格くらいの情報しかない。

 もとより鬼と人間の身体スペック差、隻腕という不完全な状態というハンデに加えて情報量の差まであるのだから。

 そんな中、結一郎はどう戦う?

 

「では、失礼!」

「爆薬!? いや、煙幕かな」

 

 初手に選んだのは煙幕玉の投擲。それも自身の足元にぶつけて身を隠すために使用した。

 この煙には藤の花の毒があり、鬼が吸い込めば苦しみながら弱体化させられるという鬼殺側に有利な場を作り出すことができる道具だ。

 しかし、その効果は上弦の弐には通用しない。

 

「あはは! 面白いことをするけど、下策だね!」

 

 両手の鉄扇を広げ、左右に大きく煽ぐ童磨。

 

血鬼術“凍て曇(いてぐもり)

 

 扇から生み出された風が煙幕を吹き飛ばし、同時に凄まじい冷気がまき散らされる。

 触れたものを凍らせるだけでなく、仮に吸い込めば肺が壊死して死に至る恐ろしい血鬼術だ。

 空気中の藤の毒が鬼の冷血に置き換わる。

 しかし、そこに結一郎の姿はなかった。

 

「あれ、どこに行ったかな?」

 

 姿を消した結一郎を探し辺りを見渡すが影も形もない。

 気配すらなかった。

 

「まさか……逃げちゃったの!?」

 

 状況は不利だと判断して退却した――とは考えにくかった。

 この期に及んで退却など、何のためにこんな大掛かりな作戦を実行したのか分からなくなってしまう。

 

「何かあるね、これは。気を付けないと」

 

 何らかの策があることを感じ取り警戒を強める童磨。

 しかしてそれは一切の意味を持たなかった。

 

「えっ?」

 

 間抜けな声が口から出た時にはすべてが終わっていた。

 彼が感じたのは轟音、衝撃、そして浮遊感とまぶしい日の光、

 

『あっ、俺、爆破され――』

 

 状況を理解した瞬間に照り付ける日光が童磨を焼き尽くし消滅させる。

 上弦の弐・童磨はこうして打倒されたのだった。

 

「ふぅ。すべてうまくいきましたか! ご苦労様、よくやってくれましたね」

 

 屋敷から脱出し、爆破から逃れた結一郎は結果を確認して今回の大金星を挙げた功労者にねぎらいの言葉をかける。

 

「「「チュー!!」」」

 

 応えたのは数十匹のねずみたちだ。

 忍獣“ねずみ工作隊”である。

 師匠の音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)のムキムキねずみを参考に育て上げた彼ら工作隊は爆薬の設置や起爆を教え込まれており、結一郎が童磨と会話を繰り広げている間にあらかじめ設置しておいた爆薬に起爆処理を行っていたのだ。

 童磨の持つ情報の優位性?

 そんなものはもとより結一郎には関係ないものでしかなかった。

 あの場で結一郎がしなければならなかったのは、確実に上弦の弐がいることを確認し、その場に留め置いて時間を稼ぐこと、そして煙幕による目くらましで退却の時間を稼ぐと同時に導火線の燃える臭いに万が一にも気づかれないように火薬の臭いをまき散らすことだけだった。

 片腕が使えない不利。強力な鬼を情報不足で戦わなければならない不利。敵の領域に踏み込んで戦わなければならない不利。

 多くの不利を抱えた状態で被害を出さないためにはどうすればよいのか?

 

 爆破しかありますまい!

 

「ううっ。はっ! ああ、教祖様が!!」

「そんな! 教祖様ー!」

 

 爆破の大音量に目を覚ました信者たちが屋敷の惨状を目の当たりにして悲鳴を上げる。

 特にはっきりと分かる形で吹き飛んだ教祖の間を見れば、その部屋の主がどうなったのか想像に難くなかった。

 

「おのれ、教祖様をよくも! 絶対に許さぬ!」

「なんて酷い! 血も涙もない! この鬼め!」

 

 自らの心の拠り所を滅茶苦茶にされた信者たちは、結一郎たちに罵声を浴びせる。

 真実を知らぬとはいえ、人間から敵意を向けられることに戸惑う隊士たち。

 そんな中、結一郎は高らかに笑い声をあげた。

 

「クハハハ! その通りだ、人間ども。私は鬼で間違いない!」

「な、何ィ!?」

 

 思いもよらぬ言葉に信者たちは言葉を失う。

 反対に結一郎は言葉を重ねて信者たちに告げる。

 

「お前たちの教祖は鬼狩り共に手を貸して目障りだった! だからこうして見せしめに殺してやったのだ!」

 

 童磨が鬼殺隊に協力していたなんていう大法螺を吹く。

 いったい誰の話をしているんだ!?

 

「最後は私を道連れに爆殺しようとしてきたが……ククッ、無駄死にだったなぁ?」

「教祖様……貴様ァ!」

 

 挙句、爆破まで童磨がやったことにするし。

 しかし、信者たちにはそれが真実だと信じてしまった。

 

「許さん! いつか我々が貴様を必ず殺す!」

「お前たち程度が? ……ハハハ! 笑わせるな。この鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)を殺せるものか!」

「うぐっ!」

 

 怒る信者を蹴り倒し、立ち去っていく結一郎。

 さらっと自らを鬼舞辻無惨と名乗っておくあたり、抜け目がなさすぎる。

 この翻訳係、ノリノリで敵の首領に罪をおっ被せやがった!?

 

「おのれ、鬼舞辻無惨! 悪鬼め!」

 

 教祖を殺された恨みを募らせる万世極楽教の信者たち。

 しかしながら、彼らの宗教は教祖のカリスマによって維持されてきたものでしかなく、あっという間に規模は縮小。

 最終的に、教祖が協力関係を結んでいたという鬼狩りの組織が接触してきて、半ば吸収される形でその組織は消えていったのだった。

 それもこれもすべて鬼舞辻無惨ってやつの仕業なんだ。

 


 

 鬼殺隊本部・産屋敷家。

 そこに鎹鴉からの報告が入っていた。

 

“上弦の弐、旭によって討伐”

“上弦の陸、音柱たちにより討伐”




ギャグ死するのが鬼いちゃんだと誰が言った?
前回わざわざしのぶさんと復讐について語らせたのはこのためでした!
あ、上弦の陸はナレ死じゃないです。次回やります!

ミニ次回予告
妓夫太郎「大きな口叩いておいて、大したことないなぁぁ」
天元「クソ! 戦力が足りねえ!」

追い詰められる音柱・宇髄天元! 果たして!?


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その22(上弦狩り 弐)

2020/3/21 投稿

前回の翻訳係 三つの出来事!

一つ、上弦の弐・童磨の居場所判明!
二つ、童磨、ねずみによって大爆死!
三つ、それもこれも全部鬼舞辻無惨ってやつが悪いんだ!


 ーー切見世

 客がつかなくなったり、病気になった遊女が送られる最下級の女郎屋にて、音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)の妻の一人である雛鶴は苦境に立たされていた。

 潜入した『京極屋』で鬼を発見したものの、同時にこちらの正体も露見。

 毒を飲み病のふりをして脱出を図ったが、監視をつけられてしまい身動きができなくなってしまったのだった。

 

『天元様に……なんとかして鬼の正体を伝えることができれば』

 

 四六時中鬼の監視下に置かれ、鎹鴉(かすがいがらす)に連絡どころか自らが服用した毒の解毒すら叶わず、体は弱っていくばかり。

 このままでは何もできないまま死ぬのを待つしかない。

 焦燥感と絶望感がじわじわと精神を蝕んでいく。

 

『いっそ、鳥みたいに飛んでいけたらいいのに……』

 

 布団に横たわったまま、格子窓に止まって鳴く雀を見て埓もないことを考えてしまうのは心が弱っている証拠だろうか。

 一声鳴いて飛んでいく雀を見送る雛鶴ができることは一刻も早く夫の天元が自分を見つけてくれるよう祈ることだけ。

 しかして、その祈りは無事届く。他ならぬ先ほどの雀によって。

 

『雀と侮りまちたね? チュチュン!』

 

 監視をしていた鬼の分体も当の雛鶴も見逃した雀一羽。

 その小さな小鳥こそ、結一郎が天元に派遣した諜報雀『葛籠隊(つづらたい)』の一羽であった。

 遊郭・花街のあちこちを『葛籠隊』が飛び回り情報を集めていく。

 珍しくもない雀を気にする者などよっぽどの変わり者だけだ。

 彼らは何の妨害も受けることなく情報収集を進めていく……

 

「カアア! 報告、報告デアリマス! 『葛籠隊』ヨリ雛鶴様発見トノコト」

「『京極屋』ニテ女将ガ数日前ニ謎ノ墜落死! 鬼ノ犯行ノ可能性大! 捜査継続中デアリマス!」

「『ときと屋』カラ須磨花魁ガ足抜ケシタトノ情報デス! 残サレタ日記カラソウ判断サレタトノコトデアリマスガ、オソラク偽装。足跡ヲクマナク追ッテオリマス!」

「急報! 急報ォ! 『萩本屋』デまきを発見! シカシ、鬼ニヨッテ拉致サルル! 『御結隊(おむすびたい)』ガ追跡開始!」

「続報デアリマス! 追跡先ノ地下デ鬼ノ“食糧庫”ニ到達! まきを、須磨両名ノ無事ヲ確認致シタシダイデアリマス!」

「音柱様ヘ意見具申デアリマス! コレマデノ情報ヲマトメルニ、鬼ノ正体ハ『京極屋』ノ蕨姫(わらびひめ)デ間違イナイカトオモワレマス! ココハ人質ヲ救出後、一気ニ目標ヲ殲滅スベキカト!!」

 

 雀の葛籠隊に加えて諜報鼠の御結隊たちからの報告を結一郎の鎹鴉が取り纏めて天元に報告していた。

 カアカア、チュンチュン、チューチュー。

 小動物たちがもたらす報告を聞いて天元はドン引きを隠せない。

 

「派手に優秀過ぎだろ! こいつら」

 

 鴉の司令官による効率的な組織運用。

 雀の機動力をつかった空からの偵察調査。

 ネズミたちの体を活かしてどこにでも入り込める潜入捜査。

 

 天元も忍獣としてムキムキねずみなるものを飼い馴らしているが、ここまで組織的に訓練された動物たちとか見たことがなかった。

 というか、他にあってたまるか!

 侵入者のことを「ねずみが入り込んだ」と例えたりするのだが、マジモンのねずみが潜入してきて諜報活動するとかどうすればいいの!?

 地味にくのいちの嫁三人よりも早く情報収集されて複雑な気持ちになった天元であったり。

 

「俺はちゃんと加減しろって言ったよなぁ。派手に」

 

 弟子のトンデモ具合にため息を吐く天元。

 しかし彼はまだ知らない。

 その弟子が上弦の弐を派手に爆殺することを。

 ついでにその罪を敵の首領になすりつけてしまうことも。

 そしてこの作戦についていろいろと責められたときに、

 

「師匠の一人の教えは『派手に』が口癖だったので……」

 

 と、返事をしたせいで騒動に巻き込まれることを。

 彼はまだ知らないのだ……。

 


 遊郭に潜んでいた鬼の正体が明らかになり、潜入していた味方の居場所、人質の隠し場所、移動経路まで調べ尽くした天元たち。

 手にした情報的優位性であったが、これは鬼の行動によって容易く失われてしまった。

 別に鬼側が天元たちの動きを察知して裏をかいたわけではない。

 なんのことはなく鬼が補食行動を起こしたため動かざるをえなくなったのだ。

 『ときと屋』の鯉夏(こいなつ)花魁を襲おうと動き出した鬼の動きをねずみたちが即座に察知・連絡。

 一般人に被害が及ぶことを見過ごすことなどできない鬼殺隊は万全の準備を整えることもできず行動開始を余儀なくされたのだった。

 鬼の気まぐれという、ある意味不運でバカバカしい理由で出鼻をくじかれたわけだが、そこは鬼狩りの柱が率いるだけあって不測の事態にも見事に対応してみせる。

 

 善逸が鯉夏花魁の救助と鬼の足止めをしている間に、伊之助が人質の奪還。

 天元は雛鶴を救出して即伊之助の援護、分体の撃破。及び善逸と対峙していた鬼ーー上弦の陸・堕姫(だき)の頸を斬るという大活躍であった。

 たいした被害もなく、上弦の陸を追い詰めた天元たち。

 しかし、上手く進んだのはここまでで。

 堕姫の中から現れたもう一体の上弦の陸・妓夫太郎(ぎゅうたろう)によって戦況はあっという間に覆されてしまう。

 

 

音の呼吸 肆ノ型 響斬無間(きょうざんむけん)

血鬼術 飛び血鎌(とびちがま)

 

 全集中の呼吸から繰り出される人越剣と鬼の放つ血鬼術がぶつかり合う。

 互いに両手の得物を振るい激しい攻防を繰り広げる音柱・天元と上弦の陸・妓夫太郎。

 周囲に破壊をまき散らしながら行われる戦闘。その趨勢は妓夫太郎に傾いていた。

 

「ひひっ、なんだあ? 大口叩いておいて大したことねえなああ!」

「ハン! まだまだ余裕だわボケがァ! 舐めんなよ!」

 

 妓夫太郎の挑発に声を張り上げる天元。

 虚勢だ。状況は酷く不利だ。

 先ほどから何とか相手の攻撃を相殺しているが、防戦一方になっている。

 ここまで危機に陥っているのは、二つの理由があった。

 一つは天元を蝕む鬼の毒。

 二つ目に妓夫太郎・堕姫という二体一鬼の上弦の陸が持つ特異な不死性だ。

 

 一度は堕姫の頸を斬ることに成功したのであったが、それで消滅するどころか彼女の体から妓夫太郎が出現。

 予期せぬ事態に不意を突かれた結果、初撃を避け損ねて天元は毒をくらってしまったのだ。

 時間が経つにつれ徐々に弱っていくことを考えれば早期決着を目指さねばならないにもかかわらず、上弦の陸の特性がそれを許してくれない。

 上弦の陸の鬼の兄妹は、二人同時に頸を斬らねば死ぬことがないのだ。

 そして、それを行うことは現状では酷く難しいと言わざるを得ない。

 

『クソ! 手が足りねえ!』

 

 単純な話、戦力不足。

 二体一鬼という特性を持つ彼らは、兄の妓夫太郎が妹の堕姫を操る形で連携が取れるという厄介さを持っている。

 特に妓夫太郎の己と妹から得られる二人分の情報を処理・判断できる天性の能力が天元たちを追い詰めるのに拍車をかけていた。

 何せ、先ほどまでならば頸を断つことができた堕姫が大幅に強化されてしまっているのだから。

 修業を積んだ善逸と伊之助が堕姫を抑えてくれているものの頸を斬るには至らず、かろうじて妓夫太郎との連携を分断するにとどまってしまっている。

 一説によれば上弦の鬼は一般的な柱三人分の強さがあるという。

 その上弦の鬼を一対一で相手をしている天元が段々と追い詰められているのはある意味当然の結果であった。

 

『あと二人、いや、せめてあと一人でも戦力がいれば! クソ、情けねえ地味なことを考えるな!』

 

 心中で自身を叱咤する天元。この場にいない戦力を当てにして嘆くなど弱気の表れでしかない。

 

『情けねえ! 他の柱ならこんなことは考えなかったはずだ! あいつらなら……』

 

 傲岸不遜を絵に描いたような態度をとる天元たが、その内心には他の柱への劣等感が隠れていた。

 恵まれた体格。身に着けた忍びの技。

 しかし、他の柱たちはそれをもってしても上回る能力を持っているのだ。

 剣技しかり、呼吸法しかり。そして天元にとっては精神でさえも……

 追い詰められたからこそ噴き出した劣等感。それは戦いの場において致命的な隙となって現れる。

 

「コフッ、し、しまった」

「油断したなああ? 取り立てるぜ俺は、容赦なくなああ!」

 

 毒で咳き込み、動きが鈍る。

 そしてそんな隙を見逃すほど妓夫太郎は甘い相手ではない。

 

「死ぬときグルグル巡らせろ」

『マズい、やられる!』

 

 振り下ろされる鎌は真っ直ぐ心臓を狙う線を描いて天元に迫る。

 間違いなく致命の一撃。

 しかしそれは何者かによって防がれた。

 

炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天(のぼりえんてん)

 

「待たせたな、宇髄! だが、俺が来たからにはもう大丈夫だ!」

「お、お前……」

「良いところで邪魔しやがって。何者だあぁ?」

 

 炎をかたどった羽織をはためかせ、威風堂々たる姿で鬼に立ち塞がるその姿。

 何者かと鬼が問う。ならば名乗らねばなるまい。

 

「炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)、推参! 俺の赫き炎刀は貴様を焼き尽くす!」

 

 その場にいるだけで敵に圧を与え、味方の士気を上げる圧倒的な存在感を持つ彼こそ当代の炎柱。

 燃える炎の快男児、煉獄杏寿郎ここに在り!

 

「煉獄、派手に助かったぜ!」

「うむ! 間に合ってよかった! しかし宇髄、お前がそこまで追い詰められるとはやはり上弦の鬼は一筋縄ではいかないな!」

「気をつけろよ。あいつの攻撃には毒がある上に、もう一体の鬼と同時に斬らないと死なねえ」

「ますます厄介だな! あまり聞きたくなかったぞ!」

 

 天元は救援に来た杏寿郎に妓夫太郎の情報をすぐに共有して脅威を伝える。

 上弦の鬼が尋常ならざることを改めて認識させられた杏寿郎だが、目の前に立つその鬼はすぐには攻めてはこなかった。

 だが、こちらを睨みつけ苛立たしげに敵意を露わにすることは隠しはしない。

 

「わかるぜぇ。お前みたいなやつは一目見ただけで恵まれて生まれてきたんだってなあぁ。いいよなあ。きっと何不自由なく生きてきたんだろうなあ。妬ましいなああ! 死んでくれねえかなああ!」

 

 炎柱を歴代輩出してきた名家の血筋を感じ取ったのか妓夫太郎が妬心を隠すことなく殺意ごとぶつけてくる。

 だが、杏寿郎は名家の出身ではあれどお坊ちゃんではない。歴戦の猛者である彼はその程度で怯むことなどなかった。

 

「そうだな! たしかに俺は人よりも多くの才に恵まれて生まれてきたのだろう!」

 

 彼は自身の生まれの良さを否定はしない。

 

「だからこそ、俺は弱き人を助けるために行動する!」

 

 それが俺の責務だと、恵まれて生まれてきた意味はそのためだと胸を張って告げる杏寿郎。

 恵まれた生まれに驕ることなどない高潔な精神がそこにはある。

 その姿は妓夫太郎をさらに苛立たせるのに十分であった。

 

「違うなあ。間違ってるぜぇ。強いやつは弱いやつを食い物にして生きてるのが当たり前だからなあ」

 

 恵まれた者が弱い者を助けるなどありえないと真っ正面から否定する。

 もしそうならば自分は鬼になどなっていない。

 そう考える妓夫太郎は杏寿郎とは反対の言葉を告げた。

 

「だから俺は取り立てるぜ。恵まれたやつからも強いやつからもなあ。俺は妓夫太郎だからなああ!」

「いいや! 俺がそうはさせない!」

 

 強いから守る。

 強くなったから奪う。

 

 相反する考え方、生き方をしてきた二人の間には決して埋まることのない深い溝があった。

 もはや言葉は不要。二人は同時に踏み込んだ。

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火(しらぬい)

血鬼術 円斬旋回(えんざんせんかい)・飛び血鎌

 

 妓夫太郎の腕を中心に回転する血鎌が頸を狙う刃を弾く。

 その間隙を縫って天元も刀を振るう。

 

「俺を忘れてんじゃねえぞ!」

「忘れてねえんだよなああ」

 

 が、妓夫太郎はなんなく鎌で受け止めて防いでみせる。

 柱二人を相手に油断も慢心も捨てた妓夫太郎は天性の戦術眼で次々と襲いくる攻撃を捌ききっていく。

 単独ですら柱二人と互角以上に渡り合う強さ。しかし、上弦の陸の本領はまた別にあることを忘れている。

 それは単独行動を基本とする鬼において、唯一連携を基本とする鬼という点だ。

 

「ちくしょう! しまった!!」

「マズい! 合流される!」

 

 堕姫を相手にしていた伊之助と善逸から失態を告げる声があがる。

 分断していた堕姫が二人を出し抜き、柱たちの背後を突く形で襲いかかってきたのだ。

 

「もらったわ! 死ね!」

「させるか!」

「俺がなああ」

 

 反応しようとした天元を妓夫太郎が遮る。

 

血鬼術 八重帯斬り(やえおびぎり)

血鬼術 飛び血鎌

 

 八重の帯の刃と毒血の飛刃に挟みこまれ逃げ場のない天元と杏寿郎。

 暴力的なまでの面制圧攻撃だ。しかしーー

 

ヒノカミ神楽 灼骨炎陽(しゃっこつえんよう)

水の呼吸 捨壱ノ型 (なぎ)

 

 暴威を神楽が払い、水が流す。

 

「お待たせしました! 竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)です! 援護します!」

「大丈夫か、二人とも」

 

 水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)ならびに継子・竈門炭治郎の到着だ。

 度重なる救援。

 その背後には例の小動物たちの活躍があった。

 鬼の行動で戦闘行動を開始する段になった際に、相手が上弦の鬼の可能性が高いと救援要請をその時点から出していたのだ。

 実に優秀な小動物たちである。いや、ホントに。

 ついでに言えば救援要請は他にも出してたり……

 

風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ(じんせんぷう・そぎ)

蛇の呼吸 弐ノ型 狭頭の毒牙(きょうずのどくが)

 

「きゃあああ!? 何よいったい!」

「チイイ! また新手かよ」

 

 出会い頭に妓夫太郎たちに斬りかかる二つの影。

 

「風柱・不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)。てめえの頸を掻き斬る風だァ」

「蛇柱・伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)。覚えなくていいぞ。どうせ貴様らはすぐに死ぬからな」

 

 そう、近隣にいた柱たちに片っ端から救援要請していたのだ。

 この指示を出した結一郎の鴉曰く、

 

『戦力ノ集中ハ戦術ノ基本デアリマスカラナ!』

 

 とのこと。何なのお前。軍の参謀かなんかなの?

 上弦の鬼二体を柱五人と準柱級の三人で囲む形になった今の状況。

 先程まで戦力が足りないと歎いていたのは何だったのか。

 

『よっしゃ! “譜面”が完成したぜ! ていうか譜面も派手にいらねえだろ!』

 

 天元は“譜面”と称する独自の戦闘計算式を用いて勝利に向かうのが常なのだが、ここまでくると下手な理屈や小細工など不要に思えた。

 それなりの実力者が数に頼んで攻撃とかね。これ以上どうしろというのか。

 相手をする妓夫太郎たちは大変だ。

 

「ふざけんなよなあ! 柱五人ってなんだよ。そんなに暇かよてめぇらあ! しかも連携慣れしてやがって!」

 

 ただでさえ強いのに連携もしっかりしてるとか厄介過ぎる。と、自分たちのことを棚に上げて言う妓夫太郎。

 怒鳴りたくなる気持ちも分かるが、そんなこと言ったら柱たちの連携の練習にされた弟子は怒るどころじゃないわけで。

 

 理不尽過ぎる状況に珍しくも焦りを隠せない妓夫太郎。

 そんな彼の味方は一人だけだ。

 

「何弱気になってるのよ、お兄ちゃん! 忘れちゃったの!? 二人一緒なら最強だって言ったのはお兄ちゃんじゃない!」

 

 堕姫からの言葉にハッとなる妓夫太郎。

 思い出すのは過去の出来事。

 彼らがまだ人間の幼い頃、雪の降る夜に寒さで震えて身を寄せ合っていたときのことだ。

 妹を励ますための言葉だったが、たしかに二人一緒なら自分は何でもできると間違いなく信じていたのだ。

 

「そうだよなあ! 俺たち二人一緒なら負けるはずねえよなあ! なんせ俺たちは二人で一つだからなああ!」

「そうよ! 負けるはずないんだから!」

 

 兄妹の絆が気力を満たす。

 鬼となっても消えないその兄妹の絆に、一瞬気圧される感覚を鬼殺隊たちに与えてみせた。

 

猿の呼吸 参ノ型 猿猴猿臂(えんこうえんぴ)

 

 まぁ、そんな人間の情とか猿には関係ないんだけどね!

 実は現場にきてた鬼殺の猿であった。

 低い位置から腕を一気に伸ばすように振るわれた刀は間合いを一気に潰し、堕姫の頸を落とす。

 

「うわああん! 猿に頸斬られたぁあああ!」

「猿までいるのかよ! もういいだろぉ!」

 

 鬼殺の猿までいるとか戦力過剰もいいとこである。

 てか、こいつまたやりやがった!?

 

 その後すぐ、妓夫太郎は柱たちの総攻撃を受けて最後は杏寿郎に頸斬られたとのこと。

 煉獄師弟の勝利だね!? やったね!?

 

 

オマケ「出番はこれだけ」

 見事上弦の陸を討伐した鬼殺隊だったが、妓夫太郎の最後の悪あがきによって全員毒をくらってしまってこのままでは全滅だ!

 どうする?

 

血鬼術 爆血(ばっけつ)

 

 突如燃え上がる人体。

 普通なら阿鼻叫喚の出来事だが、そうはならなかった。

 

「毒が消えた?」

「ありがとう禰豆子(ねずこ)! お前の血鬼術で毒を消してくれたんだな!」

 

 何が起きたのかわからず呆然とする義勇を横に炭治郎が妹に礼を言う。

 彼の鬼になった妹・禰豆子の能力が毒を消したのだ。

 

「ちっ、一応は感謝はしてやるよ。気にいらねえがなァ」

「……鬼は嫌いだ。だが、少しだけ認めてやる」

 

 大嫌いな鬼に助けられて内心複雑な柱二人から素直じゃない礼を告げられる。

 しかし、そんなことは気にならないのか、誇らしげにフンスと胸を張る禰豆子の姿があった。

 

 危うく出番が無くなるところだったからね。

 多少のことは気にしない禰豆子であった。




遅くなりました。やっぱり戦闘シーンが入るとたいした量じゃなくても遅くなります。

次回ミニ予告
しのぶ「結一郎の馬鹿はどこです!」
天元「あいつなら腕の調子が良くないから湯治に行くって言ってたぜ」

翻訳係コソコソ話
雀の部隊の名前は最初は葛籠隊じゃなくて呟隊(つぶやきたい)でした。
T〇itter?


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その23(しのぶ激おこ)

2020/04/24投稿

前回のあらすじ
・上弦の陸を小動物たちが発見
・音柱一行が交戦するも戦力不足!
・柱続々到着。あと猿もいます →過剰戦力だろぉ!?


 音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)

 彼は今、蝶屋敷にて入院中である。とはいうものの、体調が悪いわけではなく先の上弦の陸討伐戦において一番長く毒の影響下にあったため一応の検査入院である。

 そういうわけなので、いたって元気な天元は暇を持て余している状況だった。

 ゆえに見舞客は大歓迎。

 

「暇すぎて地味に死にそうだったぜ。お前が来てくれなかったら病室を抜け出すところだ」

「あはは、宇髄師匠はジッとしているのは性に合わないでしょうからね」

 

 お見舞いに来た結一郎と嬉しそうに話す天元。

 鬼の毒をくらったと聞いていた結一郎も一安心といったところだ。

 今回はお互いに上弦の鬼の討伐に成功したということもあって、話したいこと聞きたいことが多い様子。

 

「上弦の陸の討伐、おめでとうございます!」

「いいや、俺はほかの奴らの助けがなけりゃ死んでた。一人だけで上弦の弐を倒したお前に比べればたいしたことはねえよ」

「それを言ったら自分は……いえ、何でもないです」

 

 上弦の弐を倒したというのに複雑そうな顔をする結一郎。

 それを謙虚と捉えたのか、天元は逆に謙遜が過ぎると笑ってみせた。

 

「上弦の鬼を討つのは誰にでもできることじゃねえ。もっと誇ってもいいんだぜ? 派手にな」

 

 片腕を失った不完全な状態でありながら、挫けることなく自分以上の成果を出した弟子を誉める天元。

 

「え、えぇ。まぁ、そうですね」

 

 しかしながら結一郎は曖昧に頷くだけで、あまり嬉しそうに見えなかった。

 冷静に考えればその反応も当然だ。

 確かに結一郎は上弦の弐・童磨に相対して囮となり、時間稼ぎをして見せた。この成果は誰にも否定できるものではないのだけれど、最終的にトドメを刺したのが誰なのかを考えると複雑な気持ちにならざるを得ないわけで。

 ついでに言えば、上弦の弐を討伐してしまったことで、ある人から怒りを向けられるであろうことは確実。

 そうした諸々のことを考えると素直には喜べない結一郎であった。

 結一郎の複雑な心境を知らない天元は、大きな成果を出した弟子に自分の今後の進退について語りだす。

 

「頸は煉獄たちが斬ったが、上弦の鬼の討伐には貢献できた。だから俺は柱を引退しようと思ってる」

 

 前からそう決めていたと告げる天元に結一郎は黙って頷き、続きを促す。

 

「俺は元忍だ。お天道様にゃ顔向けできねえような後ろ暗いことも派手にやってきた。何かケジメを付けないと顔を上げて真っ当な人間として生きていけねえ」

 

 今、こうして上弦の陸を倒せたのは良い機会に感じている天元。

 柱を辞める。その意思を結一郎に伝える意図は一つしかない。

 

「結一郎。俺の跡にお前を指名したいと思ってる」

「宇髄師匠……」

 

 柱の立場を継承するように頼まれた結一郎の答えは――

 

「いえ、無理です!」

 

 首を横に振って否を突き付けたのだった。

 

「なんでだよ! そこは気持ち良く引き受けるところだろうが! 派手に!」

 

 空気を読めと天元の怒りの拳が炸裂する。

 弟子が師匠の跡を継ぐ感動的な流れじゃないのかよ!?

 

「痛たたた。待ってください、師匠! これには理由があるのです!」

「……はぁ。一応聞いてやる」

 

 仕方ないと一度ため息を吐いてから耳を傾ける姿勢になる天元に、結一郎は柱を継げない理由を語りだす。

 

「お忘れかもしれませんが、自分はもう“棟梁”の立場を頂いています」

 

 すでに柱と同格の立場に任命されている結一郎。

 そこを柱と兼任するというのは、さすがにはばかられてたというわけだ。

 ただでさえ多忙な両役職。仮に兼任などしようものなら死ぬかもしれない。過労で!

 

「それに、今の自分は隻腕ですから柱としての役目を果たすのには不安があります」

「たしかに“柱”と“棟梁”じゃあ、求められてるモンが違うか」

 

 納得したように首を縦に振る天元。

 『個』としての最高戦力である“柱”と、『群』としての最高戦力である選抜隊・旭、それを統率する“棟梁”。

 その求められる能力を考えれば、現在の状態の結一郎が不安を感じるのも当然と思えた。

 

「もちろん、自分も力を戻せるように努力はするつもりです。しかし、力が戻ったからといって部隊を他の人に任せるのは今はちょっと……」

 

 現在の時点では部隊を手放せないと告げる結一郎に、天元はニヤリと笑う。

 こいつ、また何か動いているらしい。

 

「なるほど。いろいろと動いているみたいだな」

「ええ、そういうわけです。なので、柱の就任は無理です!」

「わかったわかった。お前の事情は派手にな。となると誰か良いやつがいるかねぇ?」

 

 第一候補であった結一郎が駄目になったので、他に適任者がいないか悩む天元。

 ほかの柱に継子は何人かいるのだが……

 

「胡蝶のところと煉獄と冨岡が一緒に育てているやつがいたな。あとはお前の隊の優秀なやつが何人かってところかね? 俺の後任になりそうなのは」

 

 現在の鬼殺隊の戦力を思い出しながら指折り名前を挙げていく天元。

 しかし、結一郎は言いづらそうに候補者に漏れがあることを指摘する。

 

「師匠、最有力候補を忘れてます」

「んん? ほかにいたか? そんなやつ」

 

 首をかしげる天元に結一郎はその名前を告げた。

 

「います。闘勝丸(とうしょうまる)です」

「闘勝丸ぅ? そりゃ、お前のとこの猿じゃねえか!」

 

 ふざけんな! と、怒鳴り声を上げるが、結一郎は真面目な顔で言うのだ。

 マジなんですよ、これが!

 

「戦績だけで見るとぶっちぎりなんですよ! 上弦の鬼の頸を斬ってますし!」

「たしかにそうだけどな!?」

 

 数だけ見れば上弦の頸一首半である。

 よもや鬼殺隊のエースが猿であるという悪夢じみた現実を突きつけられるとは。

 本当に何なんだ、あの猿!? 存在としておかしいと思うのだけど!?

 ついでに言えば、である。

 

「あと、煉獄師匠が彼を気にいったのか正式に継子認定してまして……」

「おいマジか。煉獄マジかよ」

 

 改めて炎柱の懐の大きさを知る。というか、大きすぎませんかね?

 

『命を懸けて鬼と戦い人を守る者はだれが何と言おうと鬼殺隊の一員だ』

 

 とは本人の言であるが、継子認定とは話が別ではなかろうか?

 そう思う結一郎と天元であったが、現実は変わらない。

 

「……というわけで、宇髄師匠の後任はいますから安心して引退できますね!」

「それ聞かされて引退できるかよ、馬鹿野郎!!」

 

 ブチ切れる天元。そりゃあ、後任が猿とか嫌だよね。うん!

 

 二人してため息を吐いたところで、窓に雀が一羽飛んでくるのが見えた。

 結一郎が窓を開けると、雀は差し出した手に止まるとチュンチュンと何やら報告をし始めた。

 相槌を打ちながら雀の報告を聞いていた結一郎は、その内容を聞いてこの場を辞去することを天元に伝える。

 

「すみません、師匠。急用ができたのでもう失礼させていただきます!」

「どこかへ任務か?」

「いえ。先ほどもちらっとお話しましたが、無くなった腕について相談に刀鍛冶の里へ行きます」

 

 里にいる絡繰技師を尋ねに行くのだと言う結一郎。

 鬼殺隊という組織を支える一つである、刀鍛冶の里は厳重に場所が秘匿されており、おいそれとは行ける場所ではない。

 しばらく滞在することになるだろう弟子に、師匠である天元は耳寄りな情報を伝えた。

 

「そうか。あそこは良い効能のある温泉があるからな。古傷にも効くはずだから入ってくるといいぞ」

「お気遣いありがとうございます、師匠。それでは失礼いたします」

 

 挨拶をして立ち去る結一郎。

 彼を見送った天元は一言疑問を呟く。

 

「あいつ、何で窓から出ていったんだ?」

 

 扉から出ずに窓から退出していった弟子の行動は意味不明だった。

 悩む天元だったが、その理由はすぐ知ることとなる。

 

「あの馬鹿……結一郎さんはいますか!?」

「うぉ!? 派手に何事だ、オイ!?」

 

 病室の扉を蹴破り現れたのは、この蝶屋敷の主人である蟲柱・胡蝶しのぶであった。

 見るからに怒気をあらわにしたしのぶの表情は、物凄い怖い顔になっている。

 

「宇髄さん、結一郎さんがここにいませんでしたか?」

「お、おう、さっきまでここにいたぜ」

 

 窓からでてったけどな、と、突然のことに面食らいながらもかろうじて結一郎のことを伝える。

 自分が来る直前まで探していた人物がいたことを知ったしのぶは、行き先を知る天元に詰め寄った。

 

「逃げやがりましたね、あの人! それで行き先はどこです?」

「刀鍛冶の里だって言ってたが……」

「そうですかー。そこまで徹底的に逃げますかー……戻ってきたら覚悟しやがれ、糞野郎!」

 

 いつもの冷静なキャラを殴り捨ててブチ切れる。しのぶ、激おこである。

 訳も分からず目の前でブチ切れられているのを見せられて、何があったのか尋ねてみる天元。

 聞いてみれば、なんともコメントのしにくい事情を聞かされてしまった。

 

「あの人、私の仇が上弦の弐だって知ってたのに、何も言わずに討伐に行ったんですよ!?」

 

 自分の仇を自分の知らないところで雑に処理されたと、すべてが終わった後で聞かされれば怒りを持つなという方が無理なわけで。

 しかも、しのぶの事情を知っていなかったなら仕方ないと納得できるものだが、結一郎はその事情をまるっと承知の上での行いだ。

 なにせ作戦決行の前日に復讐について長々と語っていたのだから確信犯に違いない。

 

「何が『復讐が終わった後のことも考えておいた方がいい』ですか!」

 

 あの晩に言われた言葉を思い出して憤慨する。

 あれって『未来に希望を持て』とかいう前向きな励ましの言葉だと思ってたのに、実は『これからその復讐、台無しになるけど許してね?』ということだったわけだ。

 そういうことかよてめえ! まじで許さねえからな!

 と、しのぶがなるのも当然の心理だろう。

 こうして並べてみると酷い奴だな、結一郎。

 

「気持ちは派手にわかるが落ち着けよ」

「宇髄さんは結一郎さんの肩を持つのですか?」

「おい、睨むなよ(美人が凄むと恐いって派手に本当なんだな)」

 

 しかしながら、天元は一度しのぶに落ち着くように告げるのだった。

 睨まれて若干怯みながらも、一応は弟子を擁護してあげるあたり、師匠の鑑である。

 といってもまあ、師弟の情だけが理由ではない。

 理屈だけ言えば結一郎がしのぶに上弦の弐(姉の仇)を討つ算段がついていることを伝えないことは何の問題もないのだから。

 

 何せ調査・計画立案まで結一郎とその配下が行ったことであり、しのぶは一切関与していない。

 彼が作戦について報告する必要があるのはそれこそ御館様くらいなものだろう。

 立場上同格で作戦に一切関与していないしのぶに報告する必要など全くないわけだ。

 しのぶの事情を知っていたのなら一言あっても良かったのではという意見もあるだろうけれど、そもそも復讐者に仇を倒す作戦を伝えることが本当に良いことなのかと聞かれればいろいろと危ないものがあるのではないだろうか。

 そういうわけで、結一郎が黙っていたことには一理も二理も理屈があるのだ。

 しのぶの怒りは、言ってしまえば八つ当たりでしかなく、第三者からすれば『気持ちは分かる』程度のものでしかないのだ。

 

 まぁ、理屈で納得できないのが感情というものなのだけれど。

 

「……そういえば、宇髄さんは結一郎さんがどうやって上弦の弐を倒したのかご存じですか?」

「どうやって? そりゃあ……」

 

 一度顔を俯かせたかと思えば、急に笑顔を見せて質問を投げかけてくるしのぶ。

 普段ならばしのぶほどの美人が微笑めば華やかになるはずの場の空気が逆に凍り付いていた。

 謎の恐怖を感じながら、天元は質問に答える。

 

「たしか日の差す時間に鬼の拠点の屋敷ごと爆破して太陽で焼き殺したんだろ。派手に。……あっ」

 

 言葉に出したところで、これはマズいと口を押さえるももう遅い。

 

「そうそう、()()()やったんですよね。()()()。誰の影響なんでしょうねぇ?」

 

 『派手に』という言葉を強調して言うしのぶ。

 天元は目をそらして冷や汗を流す。

 

「だ、誰なんだろうなー。そんな影響与えてるやつは」

「フフッ、ウフフ」

 

 お前も無関係じゃないよなぁ? と、言外に責められている。

 誤魔化そうとする天元にしのぶは小さく笑い声をあげるだけ。それが逆に恐ろしい!

 

「それで……宇髄さんはさっきの結一郎さんのお話をどう思います?」

「酷い奴だな、結一郎! 許しておけないなぁ! 派手に!」

 

 脅しに負けて即座に弟子を売って自身を守るあたり、師匠の屑である。

 汚いなさすが元忍、きたない!

 

「フフフ、では、結一郎さんが戻ってきたら協力をお願いしますね?」

「おう……」

 

 言質を取られてしまった天元は頷くしかない。

 しのぶは柱一人を味方につけ、結一郎包囲網を形成していく。

 果たして結一郎は、刀鍛冶の里から戻ってきて無事に済むのだろうか……




更新が遅くなってすみません。
なかなかプロットが定まらないスランプですね。
しのぶさんに大原部長ばりの鎧武者姿をさせるのはやめておきました。

次回ミニ予告
――里の温泉にて

玄弥「兄ちゃんについて相談があるんですが……」
結一郎「あの人はほんとにもう……」

温泉翻訳係の相談室!




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その24(刀鍛冶の里・壱)

2020/05/17 投稿


 ――刀鍛冶の里

 

 鬼の不死性への数少ない対抗策である日輪刀。

 その日輪刀を作る職人たちが暮らしているのがこの里だ。

 鬼殺隊の装備面で支えていることからその重要度は高く、里の位置は厳重に秘匿され、隠れ里となっていた。

 それこそ、鬼殺の剣士といえども、目隠しをされ複数人の手によって運ばれてようやく訪れることができるほどの秘匿のされかたをしている。

 

 結一郎は今、そんな隠れ里に身を置いていた。

 里長の鉄地河原(てっちがわら)鉄珍(てっちん)に滞在の挨拶と必要事項について話し合いを終えた結一郎は、現在、彼らの好意に甘えて傷に効くという天然温泉に入らせてもらっているところだ。

 

「ふーっ」

 

 お湯に浸かり大きく息を吐く結一郎。

 体から力を抜いてリラックスしながらも、脳内ではいろいろと思考を働かせている。

 というのも、この温泉に同伴している人物について考えているからだった。

 

 側頭部を刈り上げてトサカのようになった髪型に顔に横一文字についた傷跡。

 何かを問いたげにこちらをちらちらと見る彼の名は不死川(しなずがわ)玄弥(げんや)

 結一郎の師匠の一人である風柱・不死川実弥(さねみ)の弟である。

 直接の面識はなく今回が初の顔合わせなのだが、お互い実弥を通して話には聞いているという、知っているのに知らない、ある種気まずい状態であった。

 沈黙が続く中、結一郎は玄弥が話をしやすくなるようこちらから声をかけることにした。

 

「こんにちは。不死川師匠から話は聞いていましたが、こんなところで会うことになるとは思っていませんでした!」

「あんた、やっぱり兄貴の継子の……」

「ええ、和結一郎と申します! 以後、よしなに。玄弥君」

 

 会話のきっかけを作ったことにより場の空気が変わる。

 聞きたいことがあった玄弥はすかさず質問を投げかけた。

 

「あの、兄貴が俺のこと話してたって言いましたけど、兄貴は俺のことをなんて?」

 

 長いこと関係が途絶していただけに、兄が自分のことをどう思っているのか気になる玄弥。

 不死川兄弟の事情を知っている結一郎は、正直に見たままの実弥について告げることにした。

 

「一言で言えばたいそう心配してましたね!」

「心配? たしかに俺は柱にはまだまだ及ばないけど、それでも――」

「いえ、そうではないのです」

 

 自分の弱さを指摘されたと思った玄弥は声を荒げそうになるが、結一郎が落ち着かせるように声をかけて止めた。

 実弥が心配しているというのはそういうことではないのだと。

 

「玄弥君のことを聞くたびに『優しい弟が危険な任務について大丈夫か』だとか、『俺なんか放っておいて幸せになってほしい』だとかそんなことばかり言ってましたよ」

 

 それはもっと根本的な、弟の安全を願い、幸せを祈るようなことばかりだったという。

 強さ弱さは関係ない、弟を思う兄として当たり前の気持ちだ。

 それを聞いた玄弥は思わずつぶやく。

 

「でも俺、兄貴から『俺に弟はいねえ』って言われたんですけど……」

「……不死川師匠も、なんというか口下手ですよねぇ」

 

 弟を心配して言うことがどうしてそれになるのかと、少しため息をつきたくなる結一郎であった。

 本人が聞いたら怒りそうだが、ある意味、口下手具合でいえば冨岡師匠とどっこいではなかろうか。

 ただまぁ、詳しい事情を聞いている結一郎は実弥がそう告げた理由も知っているので、深く追求することもできなかったりする。

 鬼になった母を殺した兄に対しても、その兄を人殺しと罵倒してしまった弟に対しても部外者がとやかく言うのははばかられるような気がするのだ。

 なので、そこには触れないようにしながら話を繋げることにする結一郎。

 

「なんというか、弟子になってよくわかったのですが、師匠ってすごい真面目で情の厚い人だと思うんですよ」

「あ、そうなんです! 兄ちゃんはこの世で一番優しい人だから……」

 

 大好きな自慢の兄を理解してくれる人物がいて喜ぶ玄弥。

 その様子を見るに話題としてつかみは悪くなかったようだ。

 

「本当に良い人ですよ、師匠は。ただ、見た目と言動で損をしているといいますか、真面目が一周回って生き方が不器用といいますか……」

 

 自分の師匠のことを思い出してため息を吐く結一郎。

 

「不器用? 兄ちゃんが?」

「ええ、弟の君のことに関しては特に。一度、急にお見合いを持ち掛けてきたこととかありませんでした?」

「あー、ありました! 全然意味が分からなかったんですけど、あれっていったい何だったんッスか?」

 

 あまりピンと来ていない様子の玄弥だったが、以前の兄の謎の行動を指摘されて納得した顔になる。

 あのときの兄の意味不明な行動について何か知っている様子の結一郎に尋ねてみれば、結一郎からはよくわからない返事がきた。

 

「簡単に言えば、君を鬼殺隊から辞めさせるためにやったことです」

「えっと、よくわからないんですけど……」

 

 首をかしげる玄弥に結一郎は苦笑いしながら説明をする。

 たしかに、鬼殺隊を辞めることとお見合いに何の関係があるのか説明されなければわかりようもない。

 いや、説明しても訳が分からないのだけれど。

 

「それはですね! 結婚して家庭を持てば優しい弟は家族のことを思って危険な鬼殺隊を自分から辞めるはずだ……ということらしいですよ?」

「どうしてそうなるんだよ、兄ちゃん!?」

 

 斜め上の発想にここにはいない兄にツッコむ玄弥だが、結一郎はさらに燃料を追加していく。

 

「その際に自分に相手がいないと兄に遠慮して結婚に前向きにならないかもしれないからと、恋人のフリをしてくれる女性を紹介してくれと頼まれた時にはホントどうしようかと……」

「何やってんだよ、兄ちゃん!?」

 

 心底困った様子の結一郎と、兄の奇行に声を荒げる玄弥。

 玄弥の気持ちもわからなくはない。なにせ兄のやっていることを言葉にすれば、部下に女性を紹介してくれと頼みこんでいる図なわけで。

 しかもその理由が偽物の恋人が欲しいからというのだからひどい話である。

 

「和さん、兄ちゃんがご迷惑をおかけして申し訳ないです」

「ああ、結一郎で結構ですよ。いやまあ、師匠にはお世話になっているのでこれくらいは何ともないです。ちゃんとお相手の女性も紹介できましたし」

「それならなおさらですよ!」

 

 兄と同じく思いやりのある玄弥は兄の迷惑を謝ると同時に兄の相手をしてくれている女性を思って心を痛めた。

 

「俺のせいで兄ちゃんがそんな不義理なことをしているなんて……早く何とかしないと!」

「いえいえ、その点は心配ないかと思いますよ?」

 

 恋人のフリをしてくれなんて女性に対して不義理だと憤る玄弥。

 しかし、結一郎はそれは心配無用だと言う。

 思わずどういうことか聞き返す玄弥へ結一郎が答えるには、それは実弥の性格を考えればわかることだという。

 

「師匠は、先ほども言った通り真面目で優しいです。そうですよね?」

「え、はい、そうですけど」

「そんな師匠が女性をぞんざいに扱うと思います?」

 

 繰り返しになるが、不死川実弥という男は傷だらけの強面な見た目とは裏腹に、非常に情の厚い人物だ。

 そんな男が、偽物の恋人とはいえ大事に扱わないということなどあるわけもなく。

 

「定期的に手紙をやり取りしたり、食事を共にしたり、任務の帰りに贈り物を買ってきたり……さすが師匠、見習いたいですね!」

「それで本当に付き合ってないのか、兄ちゃん!?」

 

 どこいらへんが“偽”なんだよ!? と、叫ぶ玄弥。

 結一郎はその言葉に心の中で同意していた。

 彼の持つとある情報網からの報告によれば、甘酸っぱい青春の一頁(ラブコメ)がしょっちゅう繰り広げられるていたとか。

 例えば、

 自分のキャラじゃないと自嘲しならも花束を買って帰る実弥とか。

 装飾品を売る出店で彼女に似合うのはどれか真剣に店員と相談する実弥とか。

 彼女と夕食を共にするために鬼を秒殺して急いで帰る実弥とか。

 任務中に彼女からの弁当を開けて嬉しそうに微笑んでいる実弥とかとか……

 

 これを報告で聞いた結一郎は、

 

『あれ? 不死川師匠はいつの間に結婚を?』

 

 と、一瞬混乱したとか。もう、恋人を飛び越えてやってることが夫婦ではあるまいか?

 とりあえず、実弥は良い旦那さんになりそうなのは間違いない。

 むしろ、これで付き合っていないという方が驚きなのだが、そこは生き方が不器用な実弥だったりする。

 

「今のお二人ですが、お互いに憎からず思い合っていながらも、最初に交わした“恋人のフリ”という約束が引っかかっていまいち一歩踏み出せない様子なんですよねぇ……」

「何やってんの、兄ちゃーん!!」

 

 “恋人のフリ”をする約束から始まった二人の関係。

 最初はギクシャクしながら始まったお付き合いも、交流を重ねるごとにだんだんお互いに惹かれはじめて……

 だけれど、自分から偽物の恋人になってほしいと言い出した手前、自分の気持ちを素直に言えない実弥。

 一方、彼女も『自分は恋人のフリをする相手に選ばれただけだから』と、自らの好意をしまい込もうとする。

 お互い好き合いながらもすれ違う二人の“偽恋”はどうなっていくのか?

 

『大正恋愛物語 ~恋の風柱~』

 

 と、タイトルが付きそうなくらい鉄板(テンプレ)なラブコメをしてたりするのだ。

 兄の不器用な恋愛事情を聞かされた弟はどうすればいいのか分からなくなる。

 

「兄ちゃん、俺が思ってた以上に青春してるじゃん! というか、俺の心配してるよりも自分のこと何とかしろよな! 話を聞いただけでもじれったいんだけど!?」

「そうなんですよ! 自分も何とか二人をくっつけたいといろいろと裏で動いてるんですが、これがなかなか……」

「結一郎さん、俺に出来ることがあれば言ってください!」

 

 兄の幸せのためならばと張り切る玄弥に、本人の弟の協力があればやりようはあると目を輝かせる結一郎。

 ここに(実弥を結婚させるための)強力なタッグが結成されたのだった。

 実弥が人生の墓場に入る日も近いのかもしれない……

 

 

オマケ「そのころの風柱」

 

「ハックシュ! ちっ、なんだ急に」

「風邪ですか?」

 

 突然前触れもなくくしゃみが出た実弥に長い髪を後頭部で一つにまとめた総髪(そうはつ)の女性が心配そうに声をかける。

 

「いや、誰か噂してんのかもなァ」

「お体には気を付けてくださいね。何かあったら心配ですから」

「おう、ありがとな」

 

 身体が温まるようにとお茶を淹れる女性に、お礼を言いながら微笑みかける実弥。

 その優しい微笑みを見て、女性は頬が熱くなるのを感じたのだった。

 

 

『これで(つがい)じゃないんデチから、人間は複雑デチね』

 

 と、見ていた雀はため息を吐いたのであった。




鬼滅本誌を読んで、そして最近発売された20巻を読んでいたら、『不死川兄弟幸せにしてえ!』ってなっていろいろと書き直しまくったりしてました。
もう、本誌の実弥師匠がお辛い!

次回ウソ予告

小鉄「できましたよ、結一郎さんの義手が!」
結一郎「でかした!」


翻訳係コソコソ話

実弥さんのラブコメは実は鎹鴉たちの間では公然の秘密。
鴉たちの噂話で毎回話題になるほど注目されているらしい。


翻訳係コソコソ話 その2

実弥さんのお相手は鬼殺隊の女性剣士。
最近、那田蜘蛛山ってところで腕を複雑骨折してリハビリしていたところを結一郎に頼み込まれて恋人のフリを引き受けた。
強面の柱である実弥を最初は怖がっていたけど、さりげない気配りと優しい微笑みのギャップに惚れこんだとか。


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その25(刀鍛冶の里・弐)

2020/06/14 投稿


 刀鍛冶の里と名前が付けられたこの隠れ里だが、里人全員が刀鍛冶というわけではない。

 鬼殺の剣士たちを支えるため、様々な職人たちが在籍し、生活している。

 今回、結一郎が里を訪れたのはそうした職人たちに失ってしまった左腕の代わりとなる義手を作成してもらうためであった。

 鬼と戦うためにできる限り生身の腕と変わらぬものを望んでいたため、普通の義手ではなく絡繰職人の元を訪ねたのだが……

 

「無理ですよ、俺なんかの腕じゃ」

 

 そのように弱気な言葉ですげなく断られてしまっていたりする。

 それもそのはず。なにせ里唯一の絡繰職人である小鉄(こてつ)はまだ十歳の少年だったのだから。

 しかも悪いことに、師事していた父親が早くに亡くなったため技術の継承が不十分という状況が重なってしまいとてもではないが依頼を受けられる心境ではなかった。

 小鉄に才能がないわけではない。むしろ、分析力という点では天性の才を持っているくらいなのだが、それゆえに現在の自らの実力を正確に把握してしまいその事実に絶望してしまっている。

 

「絡繰職人は俺の代で全部終わりですよ。だからもう無理なんです」

「フム……」

 

 先祖の作った絡繰人形を完全再現するという一族の悲願ももう終わりだと嘆く小鉄。

 しかし、結一郎がそれを聞いてはいそうですかと諦める道理は全くないわけで。

 

「小鉄君、きみの気持ちはよく分かります!」

 

 まずは優しく同情の言葉をかける結一郎。

 彼は自らの持つコミュ力をフル活用してカウンセリング・説得を行うことにしたのだ。

 結一郎が持てる技術を全力投入した結果、小一時間後で小鉄の心境は大きく変化していた。

 

「やりましょう、結一郎さん! 未来への進歩のために!」

「ええ、未来への進歩のために」

 

 そこにはやる気に満ち溢れた小鉄の姿があった。

 どうやら説得は成功したようだと、満足げに頷く結一郎。

 

「いや、説得というよりはあれは洗脳って言うのが正しかったんじゃ……」

 

 そんな彼にツッコミを入れたのは、温泉で意気投合して用事に付き添ってきて説得の一部始終を見ていた不死川(しなずがわ)玄弥(げんや)だ。

 彼が目にしたのは、暴力は一切使われていないにも関わらず、流れるような手腕によって小鉄を心理操作してしまった結一郎の説得(洗脳)の場面であった。

 

「戦国時代の天才が作り上げた絡繰人形を、技術を継承できなかった君が完成させるのは困難を極めるでしょう!」

「しかし、それはすべてを完璧にしようとすればの話です!」

「体の一部だけでも完璧に作れるようになる、特定の部位は名人のように作れるようになる。それくらいなら目指せると思いませんか?」

 

 先祖の作った絡繰人形を再現するという目標がいかに難しいことなのかを突きつけて小鉄の心を折ったあとに、達成できそうな小目標を提示して希望を持たせたのだ。

 『全体を作るよりも一部を作る方が簡単』というのは一般論的に正しいわけだが、技術的な難易度については結一郎は全く知らなかったりするのだけれど、それらしく聞こえるようになっているのが何とも言い難い。

 ついでに、その作る体の一部として腕を指定して自分の目的を紛れ込ませるのも忘れていないあたりちゃっかりしていると思われる。

 そうして希望を持たせたのならば、後は小鉄にやると言わせるだけだ。

 

「進歩しなければ未来はありません」

「挑戦こそ未来への進歩です」

「挑戦・成長こそが幸せの秩序です」

 

 耳障りのよい短いフレーズを繰り返すことで思考を停止させ、小鉄が頸を縦に振るまで問い続ける。

 結一郎の言葉に頷くころには小鉄は、その言葉に乗ってやる気になっているんだから恐ろしい。

 

「小鉄君なら必ず成し遂げられます! さあ、自信を持つんです!」

 

 自己否定の強い小鉄を全力で肯定してあげることで最後のダメ押しをすれば説得(洗脳)終了だ。

 なんというか、カルト宗教とか独裁組織のやり方ではなかろうか?

 いったい、どこで覚えたそんな手法!?

 こいつの部下になった人も洗脳しているんじゃ

 鬼殺隊ハトテモホワイトナ職場デス。

 


 そんなこんなで始まった義手の作成だったが、数日経っても進捗ははかばかしくなかった。

 

「あー! 今度は強度が足りない! 軽量化に成功したと思ったのにチクショー!」

「肉抜きして軽量化は良い考えだと思ったんだがなあ。戦闘で使うことを考えると強度に不安があるのはマズいだろ」

 

 小鉄が叫び声を上げ、玄弥が失敗した点を考察する。

 そう、玄弥が、だ。もともと銃を武器としており、自分である程度整備をしていたからか、はたまた才能があったのか小鉄の助手としてあっという間に技術を身に着けて一端の戦力となっていたのだ。

 小鉄も人に技術を教えることを通して加速度的に職人としての腕が磨かれている。

 しかし、その二人をしても義手の作成は難航していた。

 

「しっかりと刀を握りながらある程度の自由度を確保する……やはり難しいでしょうか?」

 

 試作された義手を装着し、動きを試していた結一郎が言葉を漏らす。

 その表情は満足とはいいがたい様子であった。

 製作者である小鉄も不満なのか、唸りながら頭を悩ませている。

 

「むー、ぐぬぬ。そうだ! 刀を保持するのが難しいなら腕をそのまま刀にしてしまいましょう!」

「おお! いっそのこと銃でも仕込むってのもありだよな!」

 

 新たなアイデアに興奮する小鉄と玄弥。

 もはや作成が行き詰まりすぎて迷走を始めている。

 結一郎が求めているのは左腕の代わりになるものであって、刀とか銃とか左腕に着けられても困るのだ。

 そんなものを渡されても「でかした!」とか「ヒュー!」とか言って喜べるわけないというわけで。

 

「お二人とも、今日はここまでにしておきましょう!」

 

 疲れてるんですよ。と、一度切り上げることを提案する結一郎であった。

「ここは初心に帰るべきだと思うんです!」

「と、いいますと?」

 

 夕食を共にしていた小鉄が突然そんなことを言いだす。

 どういうことか詳しくいいてみれば、先祖の作った絡繰人形をもう一度分析してみたいのだとか。

 

「これ以上自分たちで考え込んでいても埒が明かないので、一度俺の目指すところをこの目で見ればよい刺激になると思うんです」

「それは良い考えだと思います」

 

 小鉄の考えを聞いて結一郎も賛成をする。

 元より絡繰技術については専門外の分野なので小鉄の判断に全面的に任せているということに加えて、この数日の経験を得た小鉄ならば新たな発見もあるとだろうとの判断もあってのことだった。

 

「じゃあ明日は“縁壱零式(よりいちぜろしき)を見に行くことにしますね!」

「分かりました」

「あの、“縁壱零式”って何ッスか?」

 

 小鉄が明日の予定を告げた際に飛び出した”縁壱零式”なる言葉について疑問を浮かべる玄弥。

 

「“縁壱零式”は俺の先祖が作った剣士訓練用の絡繰人形ですよ! 話の流れで察してくださいよ、そこは。鈍いんですから!」

「うっす……すいません」

 

 毒舌付きで説明をする小鉄に頭が上がらない玄弥。

 年齢は逆だが、絡繰職人としての師弟関係がしっかりと出来ているようだ。

 その様子を見て結一郎は頷く。

 

『玄弥君、職人として染まってきているようですね! これは不死川師匠に報告しておかねば!』

 

 弟さんが手に職を持つこと決めたようです。と、報告することを決めた結一郎。

 兄弟そろって結一郎に外堀をしっかり埋められそうになっているのだが……まぁ、悪いようにはならないだろう。

 不死川兄弟はお互いのことになると途端にポンコツと化すので、今回の件で少し落ち着いてくれればと思うのであった。

 


 

 霞柱・時透(ときとう)無一郎(むいちろう)

 齢十四歳、剣の修業を始めてわずか二か月で柱に上りつめた天才剣士である。

 過去に鬼に襲われて記憶の保持に障害を抱えているがその実力はほかの柱と遜色なく、むしろその年齢を考えれば潜在的な才能は鬼殺隊随一と言って過言ではないだろう。

 

「いくよ」

「ッ! 炭治郎君、回避専念!」

「はい!」

 

“霞の呼吸 参ノ型・霞散の飛沫(かさんのしぶき)

“水の呼吸 参ノ型・流流舞い(りゅうりゅうまい)

“ヒノカミ神楽・幻日虹(げんにちこう)

 

 無一郎の回転斬りを結一郎は流れるような身体操作で、炭治郎は体を捻り回転させる動きで回避を行う。

 結一郎は今、その天才剣士を相手に打ち込み稽古を行っていた。

 どうしてこのようなことになっているのか?

 それは昨晩話題になった縁壱零式のせいだ。

 小鉄の先祖が作ったという絡繰人形“縁壱零式”の役割は剣士の戦闘訓練。

 それを聞きつけた無一郎が自己の鍛錬に使おうと考えるのは当然のことで。必然、縁壱零式を壊されるわけにはいかない小鉄たちとはぶつかり合うこととなったのだ。

 不運だったのは無一郎が小鉄たちと接触したときに結一郎が不在だったことだろう。

 交渉力を頼りにすることはもちろん、柱と同格である彼がいれば霞柱としての無一郎の要請を正当に断ることもできたのだから。

 その結果、無一郎が強権を振るい小鉄と玄弥が気絶させられ、偶然通りかかった竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)が反発。無一郎と睨み合うという混沌とした場が出来上がったのだった。

 里長のところで用事を済ませて合流した結一郎がこの光景を目にして、

 

「何コレ……」

 

 と、呆然となったとして誰が責められようか。

 ついでに無一郎からの認識が相変わらず『お菓子の人』だったりしてさらにガックリきたり。

 そうして事情を聞き、交渉した結果が

 

『縁壱零式の使用を一日待ってもらう代わりに稽古に付き合う』

 

 ということになったのだった。

 隻腕というハンデを持つ結一郎を考慮して炭治郎を加えた二対一での実戦式の稽古は、数の差を覆す内容になっていた。

 

「おっと!」

「うっ!」

 

 攻撃を受け流した際の負荷が祟ったのか内部部品の壊れる軋み音をさせて義手が動かなくなる結一郎に、完全に躱しきれずに肩に一撃受けてしまった炭治郎。

 天才剣士の名は伊達ではなかった。

 

「まぁ、それなりに良い訓練になったかな。じゃあ、僕はもう行くよ」

 

 余裕を残した様子で立ち去る無一郎を見送る二人は、一応彼が満足してくれたことにホッと胸をなでおろした。

 これで不満だから縁壱零式を使わせろなどと言われたらたまったものじゃない。

 

「炭治郎君、ご協力ありがとうございました。おかげで助かりました」

「いえ、それほどのことでも。むしろ足を引っ張ってしまいましたし……」

 

 本来ならば付き合う義理もないのに一緒に稽古に参加してくれたことを感謝する結一郎に、炭治郎は自分の力不足について謝罪を口にした。

 途中で結一郎の指示や援護がなければとっくの昔に無一郎に気絶させられていたという実感があったからだ。

 その炭治郎の言葉を結一郎は首を横に振ってみせた。

 

「そんなことありませんよ。自分は見ての通りのあり様ですからね。炭治郎君がいなければあれだけ長く戦えたかどうか分かりません」

 

 だらりと垂れ下がる壊れた義手を指して苦笑いする。

 試作品とはいえ小鉄に悪いことをしてしまったと、気分が落ち込みそうだ。

 ここで気分を入れ替えるべく、別の話題を切り出すことにした。

 

「そういえば、炭治郎君は何故この里に?」

「刀が折れてしまったので、新調するために来ました」

 

 いまさらながら炭治郎が里にいる理由を聞いてみれば、刀が折れたという答えが返ってきて結一郎は首を傾げた。

 刀が折れたからといってわざわざ里に来る必要はそもそも無いということもあるが、そもそも炭治郎が刀を折るような状況というのが想像できなかったのだ。

 水柱と炎柱の継子として鍛えられて鬼殺隊でも上位の実力者であろう炭治郎が刀を折るなどただ事ではない。

 先日の上弦の陸との戦いでも特に刀が破損したとは聞いていないので、それ以上の出来事があったということになる。。

 いったい、何があった? いったい、どんな相手と戦った?

 

「それが、稽古をしている時に折ってしまったんです」

「稽古で」

 

 思わぬ返答に真顔になる結一郎。

 稽古中に刀を折るってどんな稽古を……と、考えたところで思い当たる節が一つあった。

 いや、まさかね?

 

「つかぬことを聞きますが、その稽古のお相手は?」

「風柱の不死川さんです! 禰豆子のことであまりよく思われていなかったんですけど、本当に信頼できるのか見極めるってことで稽古をつけてもらいました」

 

 やっぱり犯人は風柱だった!

 繰り返された悲劇に目を覆う結一郎。稽古で真剣使うなって言われてたじゃないか!

 

「それで稽古で刀を折ってしまったので、新しい刀を頼んだんですけど、鋼鐵塚(はがねづか)さん、俺の担当の刀匠が怒ってしまって……」

 

 嘆く結一郎の隣で困った顔をする炭治郎。

 聞けば、実戦の中で折れたのならばともかく稽古で刀を折るとは何事だとキレて新しい刀を渡すのを拒否しているのだとか。

 そういうわけで炭治郎が直接里を訪れて刀を取りにきたということだった。

 鋼鐵塚が気難しい性格であるのを抜きにしても、丹精込めて造った物が稽古で壊されて怒るというのは理屈としてよくわかる話だ。

 炭治郎の話を聞いてなるほどと頷いたところで、ふと何か気になることが。

 視線を左腕に移せば、そこには壊れた義手が目に映る。

 丹精込めて造った物を、稽古でぶち壊した?

 

「あ、これはマズいかもしれません」

 

 よく考えれば炭治郎の話は他人事ではなかった。

 試作品なので壊れた原因を分析して改善することは当たり前なのだが、理屈は分かっても感情が付いてこないというのはよくある話。

 

「何がマズいんです、結一郎さん?」

「こ、小鉄君」

 

 振り向けばそこには縁壱零式の分析を終えた小鉄と玄弥の姿が。

 恐る恐るといった様子で出来事を告げる。

 

「あのー、その、ですね。左腕、壊れました」

「…………ハァ!?」

 

 案の定、ブチ切れる小鉄。暫く森の中に彼の荒ぶる声が響き渡ったのであった。

 

 なお、ほぼ時を同じくして炭治郎が里を訪れた理由を知って、玄弥も絶叫したとか。

 

「ねぇ、なんで壊したんですか? たかが稽古で。ねぇ、加減も分からないんですか、ねぇ?」

「何やってんだよ、兄ちゃん!?」




無一郎君とコンタクトです。
しかし全然話が進まないですね。もっとテンポよく話を進めていきたいところです。

次回ウソ予告
玉壺「ヒョヒョッ! どうだ力を増した私の速さについてこれまい」
結一郎「忘れてました、この左腕の銃は心で撃つのだと! ……そこだーァ!」

桜霞@サブ(@sub_ouka)様より結一郎の立ち絵と日輪刀の鍔の絵を頂きました。

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その26(刀鍛冶の里・参)

2020/6/28投稿


 戦闘用絡繰人形・縁壱零式(よりいちぜろしき)

 この訓練用の人形は絡繰技師が剣士の弱点をつく動きを組んで戦わせることで本当に意味のある訓練となる代物だ。

 つまり、縁壱零式を使って訓練をしようと思うならば、小鉄の協力が必要不可欠なわけである。

 

「嫌です! あんたに協力するわけないだろ!」

 

 したがって、小鉄に嫌われるようなことをした無一郎はその協力を受けられずにいた。

 ついでに言えば今は小鉄の関心が別のところに向いているということもある。

 

「あんたに協力して時間を使うくらいなら、俺は一刻も早く義手を完成させたいんですよ」

 

 嫌いなヤツの修業を見ている時間があるなら自分の技術を磨けることに集中したいと主張する。

 当然、無一郎も黙ってはいなかった。

 

「ねぇ、俺は柱なわけだけど君の時間は柱の時間よりも価値があると思ってるの?」

「柱なんて九人もいるでしょ!? 俺は里唯一の絡繰職人ですよ! 俺の方が貴重に決まってるでしょ!!」

 

 バカなんですか! と、言わんばかりに吐き捨てる小鉄。

 柱の時間の価値を問う無一郎にそう言えるあたり、かなりキテるようだ。

 このままではにっちもさっちもいかないので、結一郎が仲裁に入る。

 

「まぁまぁ、小鉄君、落ち着いてください」

「何ですか、結一郎さん! 柱の権力におもねるつもりですか!」

「おもねるって、小鉄君……」

 

 柱と一応同格の役職のはずなんだけれど、と、小鉄の言葉に苦笑いしながらも説得を試みる。

 

「しかし、小鉄君。君が協力しないと時透殿の時間を無駄にするばかりでなく、縁壱零式も無駄に壊されてしまうのでは?」

「む、うーん、ぐぬぬ」

 

 無一郎に協力しないことで被る不利益を示されて唸る小鉄。

 そこへ結一郎を助けるように炭治郎も言葉を投げかけた。

 

「小鉄君の気持ちもわかるけど、俺は協力してあげた方がいいと思うんだ。人のためにすることは結局、巡り巡って自分のためにもなるものだから」

「えっ?」

 

 炭治郎の言葉に反応したのは意外にも無一郎だった。

 記憶にないはずなのにどこかで聞いたことのあるような既視感に戸惑う様子を見せる。

 

「ねぇ、君、俺と前にどこかで会ったことある?」

「柱合裁判の時に顔合わせしてますね!」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 聞きたいこととは違う返事が返ってきて困った様子の無一郎。

 ただ、自分の失った記憶を取り戻す手掛かりになりそうな炭治郎に興味が湧いたようで譲歩してくれるようだ。

 

「……分かった。なら人形は君が使っていいよ」

「え、いいんですか!?」

「うん。かわりに君のことを観察させてもらうね」

「ええっ!?」

 

 驚く炭治郎にお構いなしに、決まりとばかりに告げる。

 当然、修業風景をただ観察するだけでなく指導もするだろうから悪い話ではないのだが、一つ忘れていることがあった。

 

「だから、俺の都合を無視しないでくださいよ。鳥頭なんですか、二人そろって」

「「あっ」」

 

 小鉄の協力が必要不可欠なのに勝手に話を進めてたら駄目だよね!

 まぁ、紆余曲折あって炭治郎が縁壱零式を使って修業している隣で、結一郎の義手を調整するという折衷案が通ったのだった。

 


 

 炭治郎が修業を開始して七日目。

 柱である無一郎と棟梁の結一郎の指導を受けてついに縁壱零式にクリーンヒットを当てた炭治郎。

 つらい修業をやり遂げた喜びや破壊した縁壱零式から古い刀が出てきて大興奮したりといろいろと出来事はあったのだが、現在それらを忘れるほどにインパクトのある人物が場の空気を支配していた。

 

「俺に任せろ!」

「いったい何のことです!? 刀から手を放してください!」

「説明をしてくださいよ! さっきから任せろばっかりで言葉まで不自由になったんですか、鋼鐵塚(はがねづか)さんてば」

 

 必死に止めようとする炭治郎と小鉄の言うことを聞かずに強引に刀を奪おうとしているのは、炭治郎担当の刀匠・鋼鐵塚蛍だ。

 どんな鍛錬を積んだのか、筋骨隆々のムキムキマッチョになっており、とても刀鍛冶には見えないのだが、はたして。

 

「ねぇ、面倒だから全員気絶させていいかな?」

「ダメに決まってるだろ!? いちいち物騒だな!」

 

 その三人の様子を離れてみていた無一郎が強硬手段に出ようとするのにツッコミをいれる玄弥。

 この七日間共に過ごすうちに割と手が出るのが早いと知られた無一郎であった。

 こういう混沌とした状況を仲裁するのは決まって結一郎である。

 

「はぁ……分かりました! 何とかします」

 

 ため息をひとつ吐いて騒ぐ三人に接近した結一郎は問題の鋼鐵塚に話しかけた。

 

「鋼鐵塚さん、任せろとおっしゃいますが自信はあるのですね?」

「ああ、任せろ!」

「ふむ。どのくらいかかります?」

「三日三晩だ!」

「なるほど。なら刀は取りに行ったほうが?」

「俺に任せろ!」

「分かりました!」

 

 会話が微妙に成立していないのに意思の疎通はしっかりできているあたり、翻訳係の面目躍如といったところ。

 その会話能力はさすがだが、周囲は全くついていけずに置いてきぼりをくらっている。

 

「二人で納得されても困るんですけど。結一郎さんも覚妖怪になってないで説明してください」

 

 周りの人を代表して小鉄が結一郎に説明を要求する。

 毒舌交じりのその言葉にグサリとしつつも、結一郎は説明を始めた。

 

「また妖怪扱いですか……コホン! 先ほどから彼が任せろと言っているのは刀の砥ぎを任せろと言っていたんです」

 

 その砥ぎには三日三晩かかるとのことで、過酷な仕事の後なので刀の受け取りに行った方がいいのか確認したら、自分で渡しに行くと返事が来たのだとか。

 

「じゃあ、最初からそう言えばいいじゃないですか。それを馬鹿の一つ覚えみたいに任せろ任せろって」

 

 小鉄の言葉におっしゃる通りだとほぼ全員が頷く。

 結一郎がその場にいたから話が通じたものの、意思疎通に深刻な問題ありな会話能力だとしか言いようがない。

 もっとも、本人はそれを指摘されて素直に聞き入れるような性格はしていない。

 よって逆ギレで小鉄の襟をつかんで宙吊りにして怒りをあらわにするのは当然の結末であった。

 わーわーとまた騒がしくなる小鉄たちをやれやれと眺めていた結一郎に、何を思ったのか無一郎が話しかけてきた。

 

「あんたは人の心を読めるんだよね? なら俺の失った記憶も読めるのかな?」

「……あの、無一郎さんは自分を何だと思ってらっしゃるので?」

 

 そんなことできるわけなじゃないですか、と、人外扱いに首をうなだれる。

 誰が覚妖怪やねん……

 


 陽も落ちた夜道に怪しげな壺が一つ無造作に置かれている。

 

「ヒョヒョ! こうも簡単に侵入できるとは、鬼狩り共もたわいない」

 

 その壺から胴体をくねらせうねうねと姿を現す異形の鬼。

 十二鬼月。上弦の伍・玉壺(ぎょっこ)である。

 無惨からの命令で鬼殺隊の拠点を探っていた玉壺はついに秘匿されていたこの隠れ里を見つけたのだ。

 

「ヒョヒョヒョ! これで里の人間を皆殺しにして鬼狩り共を弱体化させればあの方も喜ばれるというもの。そうなれば今は空席の上弦の参、いや、弐への昇格すらもありうるぞ。ヒョホホホ!」

 

 己の未来の功績と栄誉を想像し悦に浸る。

 曲がりなりにも潜入中だということを忘れていないだろうか? そんなんだから“伍”なんだよ、おまえは。

 こうして騒いでいたからか、案の定、見つかるのも時間の問題なわけで。

 

「ヒャッヒャッヒャ……む、誰だ!」

「チュー」

「なんだ、ただのねずみか」

 

 玉壺の前に現れたのは一匹のねずみだった。

 脅かしやがって、と、すぐに意識を逸らしたのだがこれが大きな間違い。

 お察しの通り、ただのねずみなどではない。結一郎配下の諜報ねずみ『御結隊(おむすびたい)』の一匹である。

 鬼の侵入に備えて警邏をしていた彼は、当然、鬼を見つけてそのままにしておくはずがなかった。

 

「ねずみなぞに関わっている暇などない。早く里の人間を……待て、貴様何をしているぅ!?」

「「チュー」」

 

 玉壺が目を離している隙にもう一匹増えていたねずみたちは、鬼の存在を知らせる準備を終えていた。

 導火線の付いた花火の打上装置のような筒を一匹が支え、もう一匹の手には燐寸(マッチ)棒が握られている。

 

「ま、まさか」

「チュ?」

 

 燐寸を持ったねずみと目が合う玉壺。嫌な予感に冷や汗が流れた。

 おいやめろ、と、目で訴えるが、ねずみは器用に指と首を横に振って拒絶の意思を示した。

 

「チッチッチッ(そんな頼みは聞けないね)」

 

 点火。

 数瞬後、夜空に打ち上がった花火は光と音をまき散らして敵襲を告げる。

 

「おのれぇ! 畜生の分際でよくもぉ!!」

 

 思わぬ妨害を受けて激昂する玉壺だが、その怒りを煽るようにねずみたちはどこからか取り出した呼子笛で警報を鳴らしまくった。

 耳障りな音に玉壺の苛立ちは頂点に達する。

 

「許さん! ブッ殺す!」

 

 血鬼術 “千本針 魚殺(せんぼんばり ぎょさつ)

 

 壺から生み出された妖魚の口から無数の毒針が発射されてねずみたちに襲い掛かる。

 玉壺の怒りに任せた攻撃はしかし目標の小ささと素早さもあって当たることは無い。

 だが、それはねずみと玉壺の命がけの鬼ごっこの始まりを告げる合図に過ぎなかったのだった。

「ヒョヒョッ、手間を取らせてくれたな。ねずみ風情め」

 

 木の根元で息も絶え絶えなボロボロのねずみを玉壺が見下ろして言う。

 小回りのきく体や障害物の多い森の地形を上手く利用してなんとか逃げていたが、ついに追い詰められてしまっていた。

 

「さあこれでトドメだぞぉ?」

 

 玉壺がねずみを殺そうとしたその瞬間、一陣の風が森を駆け抜ける。

 

“風の呼吸 捌ノ型・初烈風斬り(しょれつかざきり)

 

 すれ違いざまに振りかざされた刃が玉壺を切り刻み頸を落とす。

 しかし攻撃を仕掛けたその影はその結果に不満を漏らした。

 

「チィィ、逃しましたか!」

 

 手ごたえのなさに舌打ちをするその人物は、ねずみの主である結一郎だった。

 暗闇から奇襲を仕掛けるためか特徴的な外套(マント)は着けておらず、黒衣の隊服姿である。

 

「脱皮して逃げるとは芸がありませんね」

「黙れ! 私としても不本意だ。同じ相手に二度も真の姿を見せることになるとはな」

 

 奇襲攻撃を脱皮して躱した玉壺は鱗の生えた「真の姿」になって木の上で地上の結一郎と相対する。

 いつかの晩以来の再会は、互いの殺意をぶつけ合う形となった。

 

「今度こそ、その素っ首たたき斬ってやりましょう!」

「舐めるなよ、人間が!」

 

 血鬼術“陣殺魚鱗(じんさつぎょりん)

 

 四方八方を高速で跳ねまわり攪乱しながら攻撃を仕掛けてくる玉壺。

 以前の街中と違い木々という足場の多い森では、その技はより凶悪さを増している。

 

「死ね、ゴミクズ――おぶぅ!?」

 

 触れれば即死の攻撃が結一郎に当たるかと思われた寸前、玉壺は体ごとぶっ飛ばされた。

 逆に上弦の鬼と対峙しているはずの結一郎は平然としている。

 

「鬼殺の剣士に同じ技は通用しません!」

 

 吹き飛ばされた玉壺へ堂々と告げる結一郎。

 その言葉に玉壺は怒りの声を上げた。

 

「ふざけるなァ! 罠を仕掛けておいて何が通用しないだ、この卑怯者ーォ!」

 

 先ほど玉壺をぶっ飛ばしたものの正体、それは吊り下げられた太い丸太だった。

 あらかじめ仕掛けておいた罠が発動し玉壺に直撃したのだ。

 『同じ技は通用しない』の意味は、『お前の技は見切った』という意味じゃなくて、『一回見たので対策は万全です』という意味だったりする。

 戦いとは始まる前の準備こそが大事なのです。

 

「剣士なら剣で戦え! 罠なんか仕掛けて誇りはないのかァ!!」

「あなたにそんなことを言われるのは心外なのですけど!?」

 

 鬼に誇りを問われる、しかもよりによって玉壺(ゲス)に言われたかない。

 ついでに言えば、鬼退治をするのに罠を仕掛けたり騙し討ちにするのは平安の源氏の大将もやっているので……

 

「どこまでも私をコケにしやがって、ブッ殺して――ギャアアア!?」

 

 激怒した玉壺は結一郎に再び襲い掛かった。がしかし……

 

 体勢を立て直し、再び飛び跳ねる。

  ――移動した先にあったトラバサミに挟み込まれて思いっきり地面を舐めるはめになった。

 倒れたところに張ってあった紐が体に当たってしまう。

  ――上から無数の刃物が飛んできて体に突き刺さった。

 刃物には藤の花の毒が塗ってあったようで、体の動きが数秒ほど鈍る。

  ――続けて転がってきた爆弾が爆発。皮膚が焼かれ、鱗が砕けた。

 吹き飛ばされ地面を転がっていると何かを踏んでしまったようでカチリと何かの作動音が。

  ――地面から鋭い杭が飛び出してきて体中を串刺しにされ体を固定された。

 

 ねずみが誘い込んだこの場には、結一郎が仕掛けた対鬼用の殺意マシマシの罠が多数仕掛けられていたのだ。

 それらの罠によって無防備な姿を晒した玉壺を結一郎が逃すはずもない。

 

“水の呼吸 伍ノ型・干天の慈雨(かんてんのじう)

 

 図らずも頸を差し出すような形で固定された玉壺の頸を痛みなく切り落とす結一郎。

 上弦の伍の討伐は呆気なく終わってしまった。

 

「な、なんだ、視界が回転する? なっ、き、斬られた? 斬られた! 斬られたァ!? そんな、そんなバカなことがあってたまるかァ! 私は、私は上弦の鬼だぞ! この私がこんなところでェ!!」

 

 痛みなく斬られたことで自身の状況がつかめなかった玉壺だったが、頸を刎ねられたことを認識した瞬間にやかましく騒ぎ出す。

 転がってきた玉壺の頸を掴み上げた結一郎は目線を合わせて話しかけた。

 

「こうもハマってくれるとは、半分賭けでしたが上手くいって幸いでした」

「貴様ァ! どうやった!? どうして私が里を襲うことを知っていたのだ!?」

 

 鬼対策の罠が仕掛けられていた事実から、自身の襲撃が予測されていたと考えた玉壺が問いを投げかける。

 玉壺の質問に対して、結一郎は逆に問いを投げ返した。

 

「逆に聞きますが、あなたはどうして里の場所を知ることができたのですかね?」

「それは貴様らがマヌケだったからだろうが! ……な、まさか!?」

 

 嘲笑から一転何か思い至ったらしい玉壺。

 その表情を見て結一郎は彼の予想を肯定して見せた。

 

「ええ、あなた方が里の場所を知ることができるようわざと情報統制を緩めたのです!」

「あ、ありえない!」

 

 上弦の鬼を倒すために情報を流したと告げる結一郎に玉壺は驚愕を隠せない。

 仲間への裏切りともとれるような行為を行った結一郎。しかし、当然のことながらこれは彼の独断などではない。

 お館様に許可をもらった上での行動だ。

 また、情報を流したというものの、その実態は里を訪れる際の偽装を簡略化したり、人の往来を増やしたりなど自然と目につきやすくする程度の情報統制緩和でしかない。

 あたかも鬼側が必死の努力で里の場所を見つけ出したかのように違和感を感じさせない。

 その絶妙なさじ加減こそ当主・産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)の知性と天性の勘のなせる(わざ)であった。

 

「そんな仲間を危険にさらすようなマネをして……狂っている! 正気か!?」

「鬼を、鬼舞辻無惨を倒すためならば何でも利用する。それが産屋敷家の覚悟と執念です」

 

 正気の沙汰ではないと告げる玉壺に、結一郎はその狂気を否定することなかった。

 むしろその狂気は自分にもあると肯定して見せる。

 

「自分もその覚悟に従うまでです。産屋敷家の、一員として!」

「産屋敷? 何ィ!? 貴様が産屋敷の……」

 

 自らを産屋敷家の人間だと告げる結一郎。

 そう言い放ったのは『上弦の鬼を倒す』以外の、もう一つの目的のためだった。

 掴んだ玉壺の生首に向かって語り掛け始める。

 

「はじめまして、自分の名前は()()()結一郎です。どうぞお見知りおきを」

「貴様、何を言っている!? 気でも狂ったの――」

「ああ、お前に話してるんじゃないんだ。上弦の伍」

 

 急に自己紹介を始めた結一郎を訝しむ玉壺だったが、結一郎は相手はお前ではないと否定する。

 顔の位置まで持ち上げ、睨みつけるように見るその目は玉壺を通したその奥の何者かを見据えているようだ。

 

「鬼舞辻無惨、聞いているのでしょう? お前に教えてやろうと思ってね……お前の望むモノは我々の手の中にある」

「な、何を――そうか貴様が産屋敷の者か

 

 突然、玉壺の意識が乗っ取られ別人の声で話し始めた。

 鬼にかけられた呪いを通して無惨が結一郎の呼びかけに答えたのだ。

 

“青い彼岸花”は産屋敷が持っていたか。道理で見つからぬわけだ

「あなたが千年探し求めているソレ……欲しければ自分で取りに来ることです!」

 

 玉壺の頸を介して無惨を挑発する結一郎。

 むろん、そんな風に煽られて我慢できるような無惨ではない。

 

言われずとも必ず奪ってやろう。……そして貴様も殺してやるぞ、産屋敷ィ!

 

 鬼の首魁から殺意を向けられた結一郎。しかし、彼は笑みを浮かべていた。なにせ彼の思惑通りに物事が進んだのだから。

 今回の件で目的は三つ。

 一つは『上弦の鬼を誘い込み討伐する』こと。

 二つ目に鬼を通して鬼舞辻無惨に語り掛けることで『姿を見せない無惨を誘い出す布石を打つ』こと。

 そして最後は結一郎の個人的な目的なのだが、『産屋敷の当主を無惨に誤認させる』ことでお館様、ひいては産屋敷の一族の安全を図ろうとすることだ。

 完璧ではないかもしれないが、目的はすべて達成できたのだ。

 

「あのお方に直接声をかけるとは、鬼狩りの分際で生意気なァ!! 里の人間と一緒に殺されてしまえぇぇえ!」

 

 満足気だった結一郎に冷や水を浴びせるように、無惨から意識を戻された玉壺が叫び声を上げる。

 その言葉に結一郎は怪訝な顔をした。

 

「頸だけになったあなたがどうやって人間を殺すと?」

「馬鹿め! この里を襲ったのが私だけだと誰が言ったのだ!」

 

 玉壺の嘲笑に顔を青ざめさせる結一郎。

 

「なっ、まさか、他にも上弦の鬼が!?」

「ヒョヒョッ! そうだァ、私の他にもう一人上弦の鬼が来ているぞ!」

 

 連携を取らない鬼が行動を共にする。それも上弦の鬼が。

 結一郎の脳裏に最悪の事態がよぎる。

 

「来ているというのか、――」

「ここにいるぞ、――」

 

 結一郎と玉壺がそれぞれその鬼の名を口にする。

 

「上弦の壱・黒死牟(こくしぼう)が!」「上弦の肆・半天狗(はんてんぐ)がなァ!」

 

「おや?」

「んん?」

 

 なんか知らない名前が出てきて首を傾げる結一郎に、思わぬ名前が出てきてびっくりする玉壺。

 お互いの認識違いに思わず顔を見合わせる二人であった。




二回目なので玉壺はサクッと倒しました。
侵入者を仕掛けたトラップで撃退する……ホームアローンかな?

結一郎がまた詐称してるって? いえいえ、将来名乗るであろう名前をすこしフライングして名乗っただけですよ?
産屋敷の一員(婿)[B]:自身にターゲット集中状態を付与

次回、半天狗戦。刀鍛冶の里編を終わらせます!


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その27(刀鍛冶の里・肆)

2020/07/17 投稿

鍛冶の里編終了


 襲撃している上弦の鬼は自分だけではないと告げる玉壺に結一郎は動揺を見せたものの、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

「連携を取らない鬼が同格の相手と行動を共にするとは驚きました。がしかし、問題はありません!」

「何を、強がりはやめろ、みっともない」

 

 その言葉を虚勢だと嗤う玉壺だったが、結一郎は首を横に振って答えた。

 虚勢でもハッタリでもない。結一郎には大丈夫だと信じるに足る理由があるのだから。

 

「あなたたちを誘い込んだのは誰か忘れてませんか?」

 

 


 

 結一郎が玉壺と対峙していたのとほぼ同じころ。

 無一郎・炭治郎・玄弥・そして禰豆子は上弦の肆・半天狗と戦闘を開始していた。

 柱である無一郎はもちろん、継子として準柱級の実力を備えた炭治郎、鬼喰いで身体能力を跳ね上げる玄弥、そして鬼に対する特攻血鬼術をもつ禰豆子と戦力として申し分なく、当初は上弦の鬼を相手に戦闘を優位に進めていた。

 だが、半天狗という鬼の持つ特性『追い詰められるほどに強力な分裂体を生み出す』という血鬼術によって瞬く間に形勢は逆転されてしまった。

 

『失敗した。一番強い僕がしっかりしないといけないのに判断を間違えた』

 

 (いかずち)による攻撃で体が麻痺した無一郎は地に体を伏せて無様な姿を晒している。

 

 半天狗の分裂体が一、憎珀天(ぞうはくてん)

 四体の分裂体が一体に統合されたこの個体は先ほどまでとは比べ物にならないほどの凶悪さで無一郎たちを圧倒したのだった。

 それが現れた瞬間にその脅威をいち早く察した無一郎が攻撃を仕掛けるも雷による反撃を受けて痛手を負い、助けに入った炭治郎も超音波攻撃で吹き飛ばされた。

 残る玄弥と禰豆子も血鬼術で作られた木の竜“石竜子(とかげ)”による大質量攻撃に制圧されてしまった。

 あわや全滅の危機に瀕した彼ら。

 

「極悪人共が。往生際の悪い」

 

 忌々し気に吐き捨てる憎珀天。

 見下ろす彼の目の前には三人の鬼殺の剣士たちが奮闘を繰り広げていた。

 

「守れ! 絶対に守れ!」

「おう! 仲間は絶対に守ってみせるぜ!」

「ああもう、キリがないよ!」

 

 倒れる無一郎たちを庇い、憎珀天の攻撃を迎撃し続ける彼らは選抜鬼殺隊『旭』の一員だ。

 それも一番最初に結一郎から指導を受けた鈴木・佐藤・高橋の三名だ。

 “初日の出隊”とも呼ばれる彼らは旭の中でも上位に位置する実力者たちだ。

 絶体絶命の窮地に立たされながらも無一郎たちが生きているのは彼らの救援と奮闘に依るところが大きい。

 だが、防戦一方の状況は無尽蔵の体力を持つ鬼に対してジリ貧はまぬがれない。

 このままでは敗北は時間の問題だ。

 

『これじゃだめだ。僕なんか無視して鬼を倒すことだけを考えないと』

 

 動けない体で三人の戦いを見ている無一郎は、動けない自分の不甲斐なさと不合理な判断をする彼らへのもどかしさが胸に渦巻いていた。

 そんな無一郎の脳裏になぜか炭治郎の姿が思い浮かび言葉を投げかけてくる。

 

『絶対どうにかなる。諦めるな。必ず誰かが助けてくれる』

『人任せ? 無理だよ。僕よりみんな弱いから誰も僕を助けられない』

 

 語られる言葉を否定する無一郎だが、その炭治郎はなおも言葉を続けて言う。

 

『人のためにすることは巡り巡って自分のためになる。そして人は自分ではない誰かのために信じられないような力を出せる生き物なんだよ』

 

 穏やかに告げられる言葉は以前に炭治郎が口にしていなかった部分が付け加えられていた。

 

『そんなこと君からは言われてないよ。一体、誰なんだ?』

 

 記憶にないのに確かに覚えのある言葉をかけてくれたのは誰なのか。

 その言葉を証明するように奮迅の活躍見せる三人から視線を外し記憶を探るように炭治郎に目を向けた瞬間、強烈な既視感が彼を襲った。

 

「禰豆子、大、丈夫、だから、な。俺が必ず……守るから」

 

 目に映ったのはうつ伏せに倒れながらも無意識に妹を守ろうとする炭治郎の姿だった。

 その姿が、血まみれの誰かと重なって見える。

 思わず手を伸ばす。その時、記憶が閃光のように湧き出てすべてを思い出した。

 

『兄さん! 全部思い出した……そうだ、父は炭治郎と同じ赤い瞳の人だった』

 

 先ほどまでの言葉が炭治郎ではなく父から伝えられたものだと思い出した無一郎。

 そして、自分が鬼殺隊に入る原因となった兄の最期も。

 

「無一郎の無は“無限”の“無”……」

『お前は自分ではない誰かのために無限の力を出せる選ばれた人間なんだ』

 

 鬼に襲われ瀕死になりながら自分への謝罪と共に伝えてくれた双子の兄の最期の言葉が無一郎の心を燃やす。

 人は心が原動力だ。燃え上がった心は体を突き動かす力になる。

 

“霞の呼吸 陸ノ型・月の霞消(つきのかしょう)

 

 跳びあがりざまに広範囲を切り刻む斬撃が石竜子をバラバラにする。

 

「霞柱様……」

「ごめん。助かったよ」

 

 驚く鈴木の横に立ち、今まで守ってくれた三人に感謝を告げる無一郎。

 限界を超えて戦闘に復帰した無一郎に対し、憎珀天は舌打ちをする。

 

「不快……不愉快だ。死にかけだった悪人がこうも抵抗するなど」

「悪鬼のお前が被害者ぶるなよ。自分の都合の良いようにしか考えられない残念な頭してるなぁ」

 

 悪人と罵る憎珀天にその歪な精神性を嘲笑い煽る無一郎。

 年端もいかない少年の無一郎から投げかけられた不遜な言葉に怒りを口にしようとする。

 

「調子に乗るな、小僧。貴様一人増えたところで儂に敵うわけ――」

「残念! 一人じゃないわ!」

 

“恋の呼吸 壱ノ型・初恋のわななき

 

 途中まで口にした怒りの言葉は、しかし何者かによって遮られた。

 華麗な登場を決めて現れたのは先端に緑が混じった桜色の髪の戦乙女。

 恋柱・甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)だ。

 

「これ以上、誰も傷つけさせないんだから!」

 

 鬼の前に立ち、堂々と威勢を見せる蜜璃。

 その彼女に憎珀天が投げかけたのは酷い言葉だった。

 

「このあばずれめが。なんという極悪人の醜女(しこめ)だ」

「あ、あばずれ!? 醜女!? 何てこと言うのこの鬼!」

「そうですよ! 失礼な奴です!」

 

 酷い罵倒に女性の蜜璃と高橋が文句を言うが、当然憎珀天が取り合うはずもない。

 

「黙れ! 儂にそのような口をきくなど恥を知れ、悪人共」

 

 不機嫌に怒鳴る憎珀天の顔。

 その憎たらしい顔は次の瞬間にぐちゃぐちゃに粉砕されていた。

 

「悪鬼が賢しらに正義を語るなど……片腹痛し」

 

 南無阿弥陀仏の念仏と共に現れた巨漢の鬼狩り。

 それは鬼殺隊最強の男。岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)その人であった。

 

「悲鳴嶼さん、来てくれたんですね!」

「ああ、里長たちの安全を確保していて遅くなった。すまない」

 

 刀匠たちの保護を里にいる鬼殺隊士たちに任せてやってきたという行冥の口ぶりからだいぶ前から里にはいたようだ。

 一体いつから?

 

「一週間前だ」

 

 それはほぼ結一郎が里を訪れたのと同じ時期。

 つまり、最初から備えとして彼は控えていたのだ。

 


 

「誘い込んだだと!? どういうことだ、貴様ァ!?」

 

 怒鳴る玉壺に結一郎は端的に答えた。

 

「簡単な話ですよ。敵が来ると分かっているなら戦力を集めておくのは当然じゃないですか」

 

 上弦の鬼の襲撃に備え、柱や準柱級の戦力を控えておく。

 仲間を危険にさらすからにはそれくらいの備えはあって当然だ。

 お館様と里長が協力してくれたことで旭の部隊だけでなく柱を三人も集めることができたのだから、現状で最善の状況は整えられている。

 結一郎が告げる事実に、玉壺は声を震わせて言う。

 

「なんだと! まさか、ここにいるのか?」

 

 先ほどとは立場を逆にした言葉が玉壺の口から漏れ出る。

 上弦の鬼といえどあなどれない鬼殺隊の最高戦力――

 

「いるのだな! あの“鬼殺の猿”が!!」

 

 そう、“柱”が! って、あれぇぇぇぇ!? 猿!? 猿なんで!?

 予想外のことで驚愕にピシリと一瞬固まった結一郎は、そのあと思いっきりツッコミをいれた。

 

「そこは“柱”じゃないんですか!?」

「へぶぅ!」

 

 思わず手にしていた玉壺の頭を地面に叩きつけた結一郎。

 その衝撃で哀れ玉壺は塵となって散っていった。

 こうして上弦の伍は滅んだのだが、それ以上に今は“鬼殺の猿”が気になって仕方がない。

 

「柱よりも猿の方が脅威度が上? そ、そんなバカなことがあっていいのか!?」

 

 自分のお供が気が付けばすごい認知のされ方をされている……結一郎、本日一番の衝撃であった。

 


 

「命をもって罪を償え!!」

 

 涙を流しながら炭治郎が振るう赫刀が分身体の中に隠れた半天狗本体の頚を見事両断する。

 塵となって崩れていく半天狗。 

 しかし、勝利を得た炭治郎の胸に歓喜の感情は無く、逆に悲嘆の感情で膝から崩れ落ちた。

 日の出を目前に、鬼の妹と人命を秤にかけさせられた。

 迷う炭治郎を妹の禰豆子自らが背中を押して選んだ人命をとる選択。

 炭治郎にはこの勝利は妹を犠牲にして得た勝利としか感じられなかったのだ。

 

『日の光に焼かれて禰豆子は骨も残らない……』

 

 最愛の妹を失った悲しみに嗚咽をもらす炭治郎。

 彼が鬼と戦う最大の理由が鬼であった妹を人間に戻すことだったのだ。その心境はいかばかりであろうか。

 

「竈門殿。か、竈門殿」

 

 泣き続ける炭治郎に彼に命を救われた刀匠の三人が声をかける。

 何事かと思って顔を上げれば、彼らの指差す方を見ての驚きに目を見開いた。

 

「お、お、おはよう」

 

 奇跡が起きていた。

 日光に焼かれて死んでいるはずの鬼の禰豆子が、微笑みながら話しかけてくる姿を見て炭治郎は手を伸ばす。

 刀匠たちに支えられながらそっと触れる。幻じゃない。本物の禰豆子だ。

 

「うわああああ、よかった……! よかった、ああ、禰豆子無事でよかったああ!」

「よかったねぇ」

 

 目も牙も鬼のままで人間に戻った訳ではない。しかしそんなことは炭治郎にとって些細なことでしかなく、ただただ妹の無事を喜んでみせる。

 自分を抱き締める兄に優しく笑みを浮かべて返事をするという感動的な光景を少し離れたところから見ていた玄弥も頬を緩めて呟く。

 

「良かったな……炭治郎、禰豆子」

 

 周囲の人たちが明るい顔をしている中、一人複雑な表情をしている人物がいた。

 

「よもや嘘が誠になるとは予想外です!」

 

 その人物とは結一郎であった。

 炭治郎が上弦の肆・半天狗を討つ際に自らの刀を投げ渡していた結一郎。

 禰豆子が日光を克服するまでの一部始終を見た感想がこれだ。

 

「結一郎さん、何かあったんですか?」

「いえ、独り言ですよ。気にしないでください」

 

 結一郎を気にして声をかけてきた玄弥に対してとっさに誤魔化す。

 結一郎が懸念しているのは鬼舞辻無惨に対して行った『無惨の望む物』を持っている、つまり『日光克服の方法』をこちらが持っているという(ブラフ)が本当になってしまったということだ。

 当初はありもしない目標を用意して無惨を誘い込む計画だったのだが、禰豆子という本物が現れたためにその計画は見直しが必要になった。

 本来ならば喜ばしいことを素直に喜べないことに内心ため息が出そうな結一郎。

 

「あの、結一郎さん……」

「なんでしょうか?」

 

 もやもやしていると玄弥が話しかけてきた。

 何事かと問いを返せば、玄弥は結一郎の左腕を指して告げる。

 

「ひ、左腕! 燃えてますけど!?」

「えっ……なんだこれぇ!?」

 

 指摘されて左腕に視線を移せばチラチラと火の手が上がり始めていた。

 おそらく内部の絡繰が発熱して発火したのであろうが、理由はともかく緊急事態に違いない。

 

「は、早く火を消さないと! ……駄目だー! 中の油にまで火がぁ!?」

 

「義手を取り外さねぇと……熱っ! 金具が触れねぇ!」

 

 結一郎が手で叩いて火を消そうとするが、中の潤滑油に着火してしまっていて簡単には消火できなくなってしまった。

 ならばと玄弥が義手そのものを取り外そうとするも、金属製の留め具が熱を持ち取り外しの邪魔をする。

 二人が手間取っている間にも火の勢いはだんだんと強くなっていく。

 結一郎、危うし!?

 

 

 結局、駆けつけてくれた柱の方々によって義手を切り離してもらって事なきを得たのだが、危うく禰豆子の代わりに焼死しかけた結一郎であった。

 




Twitterでも呟いてましたが、一週間ほど入院してました。
遅くなって申し訳ないです。

長くなった鍛冶の里編。正直不完全燃焼感がありますが……

この後は緊急柱合会議からの柱稽古編です。
その前に小ネタを一個入れます。
ようやく冨岡師匠と絡めた話が書けるぞー!

次回ミニ予告
『閑話・小ネタ三種』
1.蛇柱と食べられる恋柱
2.産屋敷四姉妹と翻訳係
3.狭霧山の狐と翻訳係



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その28(小ネタ三種)

2020/07/31 投稿

小ネタ三つです。


2020/07/31 23:00 追記:時間軸は過去です。まだ結一郎が片腕切られていないころの話です。


1.蛇柱と食べられる恋柱

2.産屋敷四姉妹と翻訳係

3.狭霧山の狐と翻訳係

 

1.蛇柱と食べられる恋柱

 

 蛇柱・伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)には川柳と俳句に加えてもう一つ変わった趣味があった。

 それは「飴細工を作っているところをずっと眺める」というものだ。

 飴細工とは名前の通り練った飴をこねたり形を整えたりして動物などの形に加工する一種の芸であり芸術だ。

 完成された作品そのものを見ても楽しめるが、何よりも出来上がっていく過程を眺めるのも面白いところ。

 そんな彼の趣味の一つである飴細工鑑賞だが、頭の中で思考するだけでできる川柳・俳句と違いしっかりと時間を確保しなければ楽しめないものだ。

 柱という多忙な役職についている小芭内はなかなかその時間のかかる趣味ができずに悩んでいたのであった。

 

「だからといって弟子にやらせるのはどうなんですか、伊黒師匠?」

 

 熱い飴を指でこねながら文句を言う(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)

 そう、見に行く時間がないなら見せに来てもらえばいいという発想に至った小芭内によって、結一郎に白羽の矢が立てられたのだ。

 

「必要なものは全部用意してあるんだ。文句を言うな」

「材料どころか機材まで購入してあるのは驚きましたが、それとこれとは話が別です!」

 

 滅多にできない趣味のためにそれなりのお金をかけて機材一式を購入してしまえるのは「給料=好きなだけ貰える」柱だからこその所業だろう。

 ただでさえ命がけの仕事なのだから趣味にお金を使っても文句は言われないだろうが、この使い方はありなのか? と、疑問に思う結一郎。

 手を止めはしないものの文句を言う。

 

「師匠は『菓子作りが得意なら飴細工もできるだろう』なんて簡単におっしゃいますがね! 菓子職人と飴細工の職人は本来は別物なんですよ!」

 

 甘味を作っているという点が同じだからと言って、習得している技術が同じなわけではないと主張する。

 その割にはしっかり飴細工を手際よく作っているのだが。

 

「矛盾しているぞ。今お前は作れているじゃないか」

 

 小芭内がその疑問を口にすると、結一郎から帰ってきたのはトンデモな返事であった。

 

「そんなの見て覚えたに決まってるじゃないですか!」

「そ、そうか……」

 

 技術何て盗むものでしょう、何言ってんですか! と、言わんばかりの結一郎に思わず顔が引きつる小芭内。

 さらっと、凄いこと言ってやがります。

 ツッコミをいれたいところだが、あえて沈黙を選択する小芭内。

 蛇柱だからと言って、下手なことを言って藪をつついて蛇を出す必要はないわけで。

 

 小芭内が隣で眺める中、次々と作品を作り上げていく結一郎。

 金魚。蛇。花。猫。犬。鳥……

 練って伸ばして切りこみを入れてと、手を動かしていた結一郎だったが、一つ作品を仕上げたところで小芭内に声をかけた。

 

「師匠、次で最後にするつもりなんですが何か希望はありますか?」

「うん? そうだな……」

 

 リクエストを聞かれて悩む小芭内。

 正直何でもよいと言ってしまうのは簡単なのだが、せっかくなのだから自分の好きなものを作ってもらいたいもの。

 『好きな』ということでふと浮かんだのは彼の想い人、恋柱・甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)だった。

 どうせなら彼女が喜ぶものが良い。そんなことを考えた。

 

「甘露寺……」

「えっ、甘露寺師匠ですか? 上手くできるかどうかわかりませんけど……」

「できるのか?」

「うーん、とりあえずやってみます」

 

 思わず彼女の名前を口にしてしまったのだが、結一郎はそれがリクエストの答えだと思ったようだ。

 瓢箪から駒がでた結果となり驚くも、完成を楽しみにする小芭内。

 その目はいつになくキラキラと期待に満ちていた。

 

「お、おお? おおおお!」

「伊黒師匠、ちょっと黙って見てくれませんか?」

「す、すまん。だが、彼女が目の前で生み出されると思うと興奮が抑えられなくてだな……」

「どことなく言い方が気になりますが……作るのに集中することにします」

 

 少しずつ人の形が作られていくのを見て、興奮のあまり少しばかり変態チックな物言いになっている小芭内にちょっと引きつつも、結一郎は飴に鋏を入れて手際よく仕上げていく。

 顔、服、髪と形を作り、冷まして固まったところに食紅で色を付ければ完成だ。

 

「ふぅ、なんとかうまくいきました!」

「~~~~ッ!?」

 

 多少デフォルメされているが、桜餅カラーの三束の三つ編みの髪形や両目の下の泣きぼくろといった特徴がよく捉えられている。

 服装は作成難易度を下げるためにシンプルな浴衣姿だ。

 完成した作品を結一郎から手渡された小芭内は、手の内に想い人の姿をかたどったものが収まっている事実に声が出ないようだった。

 その感動たるや、今回用意した機材と材料の飴(大量)をそっくりそのまま結一郎に譲り渡すほどの気前の良さを見せるほどである。

 結一郎は複雑そうな嬉しそうな顔をして受け取っていた。

 

 その後、たくさんの作品を作って疲れただろうからと結一郎を帰宅させた小芭内。(用が済んだのでさっさと帰らせたともいう)

 誰もいなくなった部屋で蜜璃姿の飴細工を眺めて楽しんでいたのだが、肝心なことに思い至る。

 

「これも、いつか溶けてしまうのか」

 

 いくらきれいな工芸品に見えようとも材料は飴だ。当然時間の経過とともに状態は悪くなっていく。

 

「最後に捨ててしまうのも忍びない。いっそのこと食べてしまうか」

 

 それを捨てるなんてとんでもない。と、自分で食べてしまおうかとも考える。

 口元にそれを運んだところで彼の手が止まった。

 目の前には微笑む蜜璃の顔がある。

 

「か、甘露寺を口に……甘露寺を、食べ、る?」

 

 言葉にすれば自らの行いが途端に気恥ずかしく感じるようになってしまった。

 想い人の形をしたものを口にするのは何だか悪いことをしているような気がしてしまう。

 

「煩悩退散!!」

「ジャッ!?」

 

 つい、いかがわしい方向に妄想が及びそうになったのを、自分を殴って諫めた。

 突然のセルフ顔面パンチに首の定位置にいたペットの鏑丸(かぶらまる)は驚いて主人の顔を伺う。

 

「大丈夫だ。なに、ただ飴を食べるだけだ。飴を食べるだけ」

 

 鏑丸に向かって呟く小芭内だが、それは鏑丸を安心させるためというよりは自分に言い聞かせているようで。

 しかし、そうは言うものの一向に口にすることができない小芭内。

 大事な思春期を鬼狩りというものに費やしてしまった彼は、なんというか、こう、ある意味ピュアなのであった。

 


 

2.産屋敷四姉妹と翻訳係

 和結一郎は婚約者の産屋敷(うぶやしき)ひなきと定期的に手紙のやり取りをしている。

 鬼殺隊の任務で結一郎本人も多忙であり、ひなきも当主の一族として厚い警護のもとにいるためなかなか会うことができないこともあってこまめなやり取りを心掛けていた。

 

「これは……どうしたものか」

 

 そのひなきからの手紙を読んで悩まし気にため息を吐く結一郎。

 彼を悩ませているのは手紙にのせられていたひなきからの要望だ。

 

“結一郎様が手配された蛇柱様と恋柱様の逢引のお話は大変面白かったです。”

“ひなきもいつか結一郎様とそんな風にお出かけしてみたいと思います。”

 

 以前、蛇恋の両師匠のデートの手配をした時の様子を手紙の話題にしたのだが、その返事にこのようなことが述べられていたのだ。

 手紙の端々に二人が行ったデートへの憧れや羨望のような感情が見受けられる内容で、その意を要約するならば、

『私もデートをしてみたい!』

 という結一郎へのおねだりということだ。

 まぁ、婚約者を放っておいて他人の男女のデートプランを立てているのだから面白くはないと感じてもしょうがない気はする。

 特に一度もデートの経験がない女の子に他人のデートの様子を聞かせて興味を持つなという方が無理というもの。

 

「うーむ、かといってひなきお嬢様を連れての外出は難しいですよねぇ」

 

 ひなきからの要望は理解したものの、それが可能かどうかを考えると悩ましいところなのだ。

 千年に及ぶ殺し合いを繰り広げている鬼と鬼殺隊。

 その歴史を考えれば鬼たちからすれば産屋敷の血筋が残る可能性を一つでも潰しておきたいわけで、そのため産屋敷一族は鬼たちの優先目標にされている。

 昼間に外出すれば鬼の脅威はほぼないと思われるが、それでも何が起こるか分からないことを考慮すれば不要不急の外出、特に遊びに行くなど考えられないのだ。

 いや、それ以前に、だ。

 

「というか、お嬢様ってまだ十歳ですよね? 逢引に誘うのはどうなんでしょう?」

 

 産屋敷家の長女・ひなき。御年十歳のいまだ幼い女の子である。

 そんな十歳の女子を十八歳の青年が連れて二人だけで外出?

 少し想像してみた。

 

・・・

 

 街中を手を繋いで歩く結一郎とひなき。

 あらかじめ目星を付けておいたお洒落なカフェに入ろうとした――ところで結一郎の肩を掴んで何者かが呼び止めた。

 

 「すみませン。警察ですがァ、少しお話よろしいですかァ?」

 

 顔が傷だらけのどこかで見たことのあるような顔の警官が厳しい目で結一郎を見ていた。

 

・・・

 

「うん! 外に出かけるのはやめておきましょう!」

 

 どう考えても事案であった。

 いくら婚約者とはいえ、十歳の女の子を連れまわすのは大正時代でもアウトだろう。

 いろいろな理由もあって外出は難しいことがよく分かった。しかし、かといって何もしないというのもひなきのことを思えば忍びない。

 となれば、とれる手段など限られている。

 

「よし、こちらから出向きましょう!」

 

 出かけられないのなら家でのんびり(おうちデート)するしかなかろう。

 産屋敷家を訪れるため、その日にちについて手紙をしたためるために筆をとる結一郎であった。

 

☆★☆

 

 ――産屋敷家にて

 

「お義兄(にい)様、次はお花がいいです!」

「くいな(ねえ)様ばかりずるいです。私も作ってもらいたいのに……」

義兄(にい)様を困らせてはだめ。二人とも」

「あはは、順番に作りますから待っていてくださいね」

 

 結一郎の周りに集まってはしゃぐ三女・くいな、四女・かなた、次女にちかの産屋敷姉妹たち。

 彼女らに囲まれながら結一郎は今、飴細工の作成をしているところだ。

 いざ、屋敷の中で楽しめるものは何かと考えた時に、ふと目についたのが某師匠から貰った材料含む飴細工の機材一式。

 これなら楽しんでもらえるだろうと思って持ち込んでみたのだが、一緒にいた他の姉妹たちにも披露することになってしまい、気が付けば思いっきり懐かれてしまっていたのだった。

 すでに『お義兄様』呼びをされてしまっていたりするあたり、もう家族の一員扱いされているのではないだろうか?

 なぜここまで姉妹からの好感度が高いのかと言えば、ひとえに彼女たちの過ごす環境が原因と言わざるを得ない。

 なにせ、遊興のための外出が難しいのは長女のひなきだけに限らず他の姉妹たちにも言えること。そんなところにわざわざ屋敷に娯楽を提供しに来てくれる人物なのだから好感度が上がらないわけがない。

 しかも今まで親しい男性といえば父の耀哉(かがや)と年のほぼ変わらない長男の輝利哉(きりや)くらいのものだったのに、そこに突然現れた一回り年上の将来の義理の兄という存在。

 少女たちの好奇心を刺激しないわけがなかった。

 

「かなた様、何か希望はありますか?」

「えっと、可愛い動物が良いです」

「では、猫にいたしましょうか」

「わぁ!」

 

 内向的なかなたを気遣ってこちらからリクエストを聞く結一郎。

 かなたは自分の要望が聞き届けられて目を輝かせている。

 

「いいな。次は私は犬がいいです!」

「くいな、順番だって言っているでしょう」

 

 妹に続いてすぐさまリクエストをするくいなはなかなか活発な女の子のようだ。

 そんな妹に注意をする姉のにちかはしっかり者の性格らしい。

 そっくりな顔をしながらも個性的な姉妹たちのことを把握しながらも、結一郎は横目で婚約者のひなきの様子を伺う。

 一番最初に彼女に作ってあげた鶏の飴の棒を握りしめるその表情は、頬を膨らませて不満そうな顔をしていた。

 

 どうやらお冠といったご様子。

 長女なんだから妹たちに少しぐらいは譲ってあげようと我慢していたのだが、想像以上に妹たちが結一郎に懐いてベッタリになってしまっていることに辛抱できなくなったらしい。

 

「むぅ~」

「おっと……?」

(ねえ)様?」

 

 不機嫌さを隠しもせずに無言で結一郎に近づいたと思ったら、その身体にギュッとしがみつくひなき。

 思わぬ姉の様子に驚いて声をかけたにちかに、ひなきはハッキリと告げる。

 

「……結一郎様は私のです。取っちゃダメです」

「お姉さまったら……」

 

 姉の普段見れない可愛らしく拗ねた態度に、申し訳ないがホワホワした妹たち。

 顔を見合わせた三人は目だけで意思疎通をして頷くとさっと立ち上がった。

 

「私たちはお邪魔みたいなので別の部屋で遊んでいましょう。かなた、くいな」

「そうですね。にちか姉さま。では、お二人とも、ごゆっくり」

「うん。ごめんね、ひなき姉さま」

 

 それぞれ一言告げて退出していくにちか、かなた、くいなの三人。

 見事な空気の読み方である。

 結一郎と二人だけになり妹たちから気を遣われたことに気が付いたひなきは、改めて自分の行動を思い返して赤面してしまう。

 でも、これは自分が望んだ状況だ。

 

「結一郎様……」

「なんですか?」

 

 二人だけになったところで、最初に口を開いたのはひなきだ。

 その言葉を結一郎は優しく受け止めて次の言葉を待った。

 

「私は、別に妹たちと仲良くして欲しくないわけではないのです」

「ええ、わかってます」

「でも、放っておかれるとひなきは寂しいです」

「ごめんなさい。気遣いが足りませんでしたね」

 

 幼いながらも独占欲を見せて甘えてくるひなきに、結一郎は素直に謝る。

 恋する乙女は何歳であろうとぞんざいに扱ってはいけないのだから。

 

「ひなきが一番じゃないと嫌です」

「もちろんですよ」

 


 

3.狭霧山の狐と翻訳係

 

 昼食後の昼下がりの頃。水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)とその継子・竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)ならびに結一郎は縁側で茶を飲みながら一休みしていた。

 訓練を行った後にはよくこうしているのだが、もっぱら炭治郎が話題を振り、義勇が言葉少なに返事をして、結一郎がその言葉を補うのがこの三人でおしゃべりをするときの流れになっている。

 今日もさっそく炭治郎が義勇へ話しかけていた。

 

「この間鱗滝さんから手紙が来て、義勇さんが元気にしているか心配してたんですけど、義勇さんは鱗滝さんにお手紙は出してないんですか?」

「ああ、俺は手紙を出していない」

 

 恩師に連絡はしていないと情けないことをきっぱりと告げる義勇。

 それだけでは何が何だか分からないので、すかさず結一郎が補足を入れた。

 

「冨岡師匠は柱としての任務で多忙なため手紙を書く暇がなかなかない……というのを言い訳に何を書いていいのか分からないので手紙を出してないのです!」

 

 さらっと手紙によるコミュニケーション能力すら低いことを弟子に暴露される義勇。

 心外だという顔をしているが、そんな理由で手紙を出していないことは事実に違いなく反論もしにくい。

 一応、擁護しておくと義勇は文章を綴るのが下手というわけではないのだ。

 日々の鬼殺の任務における報告書は問題なく書けているし、過去には師である鱗滝に炭治郎のことを弟子にするように事情説明と紹介を手紙でしっかりと伝えたこともある。

 要は仕事上の手紙は書けるのだ。私的な手紙が壊滅的なだけで。

 

「俺は言い訳をしていない」

「大丈夫ですよ、義勇さん。難しく考えずに最近起きたことやそれの感想なんかを書いたりすればいいんです」

 

 言い訳かどうかは俺が決めることにするよ。と、言わんばかりの義勇の言葉など気にも留めず手紙を書く際のアドバイスをする炭治郎。

 話を聞いてくれない弟弟子に困った顔をする義勇だったが、実際に筆まめで多くの文通相手がいる炭治郎の助言は参考になるもので次第に興味深そうに話を聞き始めた。

 伝えたい内容に応じた文章の書き方だったり、自分の気持ちを伝えるための話題のもっていきかた、相手を気遣う工夫など様々なコツを炭治郎から聞くことでやる気を出したらしい義勇。

 

「今度、鱗滝さんに手紙を出してみる。助かった、炭治郎。ありがとう」

「いえいえ、そんな大したことは言ってませんし……でも、鱗滝さんも喜ぶと思います!」

「ああ。しかし狭霧山(さぎりやま)か。久しく行ってないな」

 

 思い返せば長いこと師の顔を見ていないことに気が付く義勇。

 日々の多忙を理由に顔を出していなかったが、炭治郎を任せるなど面倒を見てもらっているのだから訪問をすべきだろう。

 そう思ったところで、今までもう一つの故郷ともいえる場所へ戻らなかった理由が頭をよぎる。

 決して忘れられない大切な親友の事。大切過ぎて失ってしまった際に大きな傷として残ってしまった戦友の事だ。

 

「義勇さん? どうかしたんですか?」

 

 炭治郎が義勇から寂しそうな匂いを感じ取り、心配そうに顔を覗き込む。

 

「いや、少し昔のことを思い出しただけだ。狭霧山で共に修業した親友のことをな」

「義勇さんの親友……ですか?」

「ああ、俺と同じ年に最終選別を受けたんだが――」

 

 義勇の親友と聞いて興味を持った炭治郎に、彼の兄弟子に当たる人物なのだから無関係ではないと語り始めた。

 

 狭霧山で共に修業に日々を過ごしたこと。

 最終選別で彼に助けられて命拾いをしたこと。

 その選別で彼に命を助けられた者は他にも多くいて……哀しいことに彼だけが命を落としたこと。

 生きていれば自分の代わりに水柱を務めていただろう。そう義勇に思わせるほどの人物だった親友・錆兎(さびと)のことを語ったのだった。

 

「錆兎は本当にすごい奴で……どうした炭治郎!?」

 

 話を聞いていた炭治郎が突然涙を流し始めたのを見て驚く義勇。

 何かあったのか尋ねれば、炭治郎は涙を拭って話し始めた。

 

「義勇さん、俺、信じてもらえないかもしれないですけど、錆兎に指導を受けたことがあるんです。狭霧山で」

「そんなこと……」

 

 炭治郎の言葉にありえないと否定しようとした義勇であったが、炭治郎の表情には嘘をついているように見えなかった。

 しかし、死んでしまったはずの錆兎がどうして?

 そんな疑問に炭治郎が答えた。

 

「錆兎たちは、鱗滝さんのことが大好きだから、必ず帰るという約束を果たすために故郷の狭霧山に戻ってきたんだと思います。……魂だけになっても」

「そう、か。錆兎は、あそこに帰ってきているのか……」

 

 死んで魂だけになってでも敬愛する師匠のいる故郷へ帰る。

 それは同じ弟子であった義勇にも理解できるものであった。ならば、親友の錆兎がそこにいるのは当然の事のように思える。

 

『錆兎にもう一度会えるのだろうか』

 

 いままでは親友の死を思い出して知らず知らずのうちに足を向けることを忌避していたのかもしれない。

 しかし、その錆兎と直接話をすることができるのならば前向きな気持ちで狭霧山に帰ることができるかもしれないと義勇は思ったのだった。

 

「……今度、時間を見つけて狭霧山に帰るか」

「それはいいですね! 俺も久しぶりに鱗滝さんに会いたいし、ついて行ってもいいですか?」

「かまわない」

 

 狭霧山を訪問することを決め、そのことを話題に盛り上がる二人。

 義勇との会話を楽しんでいた炭治郎だったが、ふと結一郎の様子がおかしいことに気が付く。

 彼のたぐいまれなる嗅覚は結一郎の感情を嗅ぎ取った。

 

『これは……“恐怖”の匂い?』

 

 よく見れば結一郎の顔は青ざめていて、怯えているのがよく分かった。

 だが、義勇との会話の中で結一郎を怯えさせるようなことがあったとは思えない。

 疑問に思った炭治郎は、直接尋ねてみることにした。

 

「結一郎さん、俺たちが話してた内容に何か変なところでもあったんですか?」

「ん? 結一郎がどうかしたのか?」

「えっと、結一郎さんから怯えた匂いがしてきたので、どうしたのか聞いてみたんです」

 

 義勇へ結一郎への脈絡のない質問をした理由を炭治郎が説明すれば、自然と結一郎に視線が向けられた。

 二人からの視線を受けて結一郎は口を開く。

 

「あの、笑わないで聞いてほしいんですが……」

「もちろんですよ!」

「ああ、なんだ?」

 

 おずおずと言いにくそうな結一郎だったが、意を決して言葉を放った。

 

「お化け、苦手なんです……」

 

 唖然となる義勇と炭治郎。

 それはもしかして錆兎のことだろうか。

 たしかに死んだ人間が目の前に現れたのならお化けと言われてもしょうがないのだけれど、二人の心境としては複雑だ。

 片や命の恩人の親友で、片や修業時代に世話になった兄弟子である。

 お化け、幽霊……たしかにそうなんだけど! いや、でもちょっと納得がいかない!

 親友をお化け扱いされて少しムッとした顔になる義勇。

 

「錆兎はお化けじゃない」

「お化けじゃなかったら何なんですかぁ!? 師匠ォ!!」

 

 幽霊でも亡霊でも死霊でもいくらでも言い換えてやりますよ!

 と、ブチ切れる結一郎に炭治郎がなだめようと声をかける。

 

「まぁまぁ、落ち着いてください。錆兎は悪い奴じゃないので大丈夫ですから!」

「良いとか悪いとか関係ないんですよ! お化けそのものが苦手なんですって!」

 

 ズレたフォローをしてくる炭治郎に結一郎は声を上げて反論する。

 しかし、錆兎のイメージを良くしたい炭治郎は諦めない。

 良くも悪くも頑固な彼の性格が今は裏目に出てしまっていた。

 

「そうだ! 結一郎さんも狭霧山に一緒に来ればいいんじゃないですか。錆兎と直接話せば誤解も解けますよ!」

「誤解ってなんのことです!? なんで自分から恐怖体験しに行かなきゃいけないんです!?」

「大丈夫です! 俺もちゃんとついていきますから」

「結構です! 遠慮します! おかまいなく!」

 

 迫る炭治郎に拒否する結一郎。

 激しく言い争う二人の横で義勇は小さくつぶやいていた。

 

「錆兎は幽霊じゃない」

「いや、俺は死んでるから幽霊で間違いないと思うぞ?」

 

 義勇の言葉に結一郎も炭治郎も返事はしなかった。

 

・・・

 

 狭霧山への同行を迫る炭治郎から逃げ出して一息つく結一郎。

 

「もう、勘弁してほしいです。狭霧山になんか()()()()()()()()()んですから」

 

 そう、実は結一郎、狭霧山にはもう訪れたことがあったのだ。

 時期としては、お館様から命令を受けて炭治郎の内偵調査をしていたころだ。

 調査の一環として鱗滝に事情聴取のために狭霧山を訪れた際に、結一郎は錆兎をはじめとした弟子たちの魂と遭遇している。

 もともとお化けや怪談が苦手な結一郎だが、特に狭霧山での出来事はトラウマものだった。

 それはなぜか?

 

『炭治郎くんは稽古をつけてもらったと言ってましたが、自分と同じものが見えていたのならあんな風に話せないでしょう』

 

 結一郎は炭治郎からの話を聞いて、自分と見たものが違うのだと察していた。

 彼らにとって身内である炭治郎と、部外者である結一郎では違って当然なのかもしれない。

 特にその時の任務は場合によっては鱗滝に責任を追及する立場にあったのだから、むしろ敵意を持たれていたとしても不思議ではない。

 だから、炭治郎に見せたのとは違う姿を結一郎に見せたのだろう。

 

『あの時見た彼らの姿は……誰一人として()()()()()姿()()()()()()んですから』

 

 結一郎が見た姿。

 

 それは……潰れた頭から血を流す狐の面をした少年。

 それは……引きちぎられた手足で体じゅうを血で染め上げてこちらを睨む少女。

 それは……それは…………鬼に殺されたその時の姿で現れた少年少女たちの魂だった。

 

 慕う鱗滝に何かしたら許さない。

 そんな敵意をこの世ならざる者から向けられたことは、結一郎にとっては思い出したくない出来事だったのだ。

 

「そんなことあの二人には言えませんし……はぁ、憂鬱です」

「うん、そうしてくれると助かるな。炭治郎には私のあんな姿みせたくないもん」

 

 義勇と炭治郎の気持ちを思えば黙るしかない結一郎。

 狭霧山での出来事を思い出していたら、なんだか背筋が寒くなった。

 つかれてるのかもしれない。

 そう思った結一郎は急いで帰路につくのだった。




1.蛇柱と食べられる恋柱
イメージは好きな女の子のリコーダーを口にするか迷う男子の図ですね。
思春期かよ! 21歳ェ……
でもまぁ、小芭内さんに十代の青春時代とかあったと思えないしある意味こうなるのも当然なんですかね?

2.産屋敷四姉妹と翻訳係
可愛いひなきお嬢様とイチャイチャさせたかっただけです。
お相手は十歳だけど問題ないですよね? ね?
産屋敷姉妹の性格は本編に僅かな描写しかないので捏造オンパレードです。
広い目で見てくだされば助かります。

3.狭霧山の狐と翻訳係
夏なのでちょっとホラー感を出してみました。
ついでにいままで割と弱点を見せたところがなかったので、ようやく弱点を出せて満足です。
お化けが怖いのに鬼は何で大丈夫なのか? そりゃあ、鬼は物理的に倒せますからね!

今回はちょっとハーメルンの特殊タグをちょこちょこと試してみました。
お遊びみたいなものなので楽しんでもらえればと思います。


次回ミニ予告
~緊急柱合会議~
結一郎「働きたくない! 働きたくないでござる!」


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その29(緊急柱合会議)

2020/10/18 投稿。

大変お待たせ致しました。


 刀鍛冶の里の襲撃以降、鬼の出没が途絶えている。

 唐突に訪れたこの平穏は嵐の前の静けさであると鬼殺隊に所属する者は皆認識しており、迫りくる大きな戦いを予感していた。

 この事態を受けて、緊急の柱合会議が開催されることとなる。

 

「柱合会議ですか……」

 

 その知らせを自分の鎹鴉(かすがいがらす)から伝えられた結一郎は固い表情でそれを受け取っている。

 柱合会議への参加は彼の重要な職務のはずだが、今回ばかりはやる気が感じられない。

 何故かと言えば、会議に参加するとある人物に関係があった。

 

「はぁ……正直しのぶさんと顔を合わせるのがつらいです」

 

 そう、蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶから怒りを買っていることである。

 上弦の弐がしのぶの仇であることを直接本人から語られておきながら、なんの連絡もせず、あまつさえその仇の鬼を一方的に罠に嵌めてあっさりと倒してしまっているのだ。

 特に上弦の弐討伐作戦の直前に『自分も他人に家族の仇を討つ機会を奪われた』と語っているのだから言い訳のしようもないわけで。

 確実に怒っているだろうしのぶとの対面をなんとか避け続けてきたのだが、職務上で顔を合わせなければならないとなればそうもいかない。

 まるで見えている地雷を踏みに行くような気分といったところだろうか。

 

「柱合会議、行きたくない……本当に行きたくない!」

 

 真面目な彼らしくもなく仕事を嫌がる様子を見せる。

 しかし、どうしようとも時間は止まらない。

 憂鬱そうな顔をしながらも、結一郎は緊急柱合会議にむけて行動を開始するのであった。

 


 

 ――産屋敷邸

 

 鬼殺隊当主・産屋敷家の一室にて九人の男女が集まっていた。

 

「よもやまたも二体同時に上弦の鬼が倒せるとは! めでたいことだ!」

 

 この度の刀鍛冶の里襲撃事件で上弦の鬼二体を討ち取れたことに喜びの声を上げるのは炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)だ。

 数百年間、歴代の柱たちが討ち取ることができなかった上弦の鬼が次々と討ち果たされ、残るは上弦の壱のみ。

 鬼殺隊の歴史と共にあり続けた煉獄家の長男として感慨深いものがあるのだろう。

 

「上弦を二体同時ってのもまた派手でいいが、その上で里の被害も少なかったそうじゃねえか。なんとも上出来な結果でなによりだぜ」

 

 嬉しそうな杏寿郎に音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)も同意を示す。

 これで味方の被害が甚大であったのならば素直に喜べないところであったが、人命に被害はなく終わったというのだ。彼の言う通り結果として最上といえるだろう。

 

「柱が三人も参加していたとはいえ剣士の死者も無し。さすがだな、悲鳴嶼、甘露寺、時透」

 

 その結果を出した功労者の三人を労わる蛇柱・伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)

 特にその視線は彼の想い人である恋柱・甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)に向けられている。

 

「そんなことないわ。私ひとりじゃどうしようもなかったもの」

「僕ももう少しでやられるところでしたし……みんなに助けてもらいました」

 

 小芭内の称賛を謙虚に受け止める蜜璃と霞柱・時透(ときとう)無一郎(むいちろう)

 実際に戦った彼らからすればかなりギリギリの戦いであったと感じているため、とてもではないが天狗にはなれそうになかった。

 それは鬼殺隊最強の男、岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)であっても同じのようだ。

 

「仲間同士が協力しあいより大きな力を出すことができる……鬼にはない人間だけの尊い力だ。それを今回発揮できたことは喜ばしい」

 

 感涙しながら告げる行冥の言葉に頷く一同。

 思い返せばここ最近の上弦討伐は上手く鬼殺隊の戦力が集中されて場が整っていたり、対策を講じて罠にかけたりしてなされている。

 実際に上弦の鬼と戦ったものたちには実感のある事柄であった。

 

「今回も結一郎のやつが裏から手をまわしてやがったんだろォ? 聞いたところによると上弦の伍をハメ殺したんだってなァ」

 

 その上弦討伐すべてに少なからず関係があるのが結一郎であったりするわけで。

 弟子のいささか以上の活躍を思って風柱・不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)は呆れた声を洩らした。

 元から手回しが得意だったのは知っているが、ここまで見事に結果を出されると空恐ろしさも感じてしまうような気がする。

 

「さすがは結一郎だな」

 

 実弥とは逆に素直に喜んでいるのは水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)だ。

 一番結一郎のお世話になっているだけあって、義勇は彼への信頼が最も厚いといえる。

 

『結一郎のしたことなら問題はない』

 

 そう無条件で信じることのできる信頼関係がそこにはあった。

 まぁ、ある意味全部丸投げしている関係ともいえるのだけれど。

 比較的和やかに進む会話。

 しかし、一人だけ穏やかならざる雰囲気の人物がいた。

 

「で、その立役者の結一郎さんは何故まだ来ていないのでしょう?」

 

 口調は静かながらも、目が笑っていない蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶ。

 怒りをぶつけたい相手から逃げられ続けているせいでしのぶの鬱憤は限界まで溜まっていた。

 

「まさか来ないなんてことはありませんよね?」

「それはいくらなんでも派手にねえだろ」

 

 会議にも来ないのではないかと疑うしのぶに天元が首を横に振る。

 いくら怒られるのが嫌だからといって仕事を投げ出すような男ではない。

 

『派手にそんなことは無いはずだ……ないよな?』

 

 弟子の事は信じているが、ちょっと自信がなくなる天元。

 なにせ、結一郎がしのぶから逃げ出す場面に遭遇してしまっているので一抹の不安が拭えないのだ。

 いや、まさかね……

 

「大変お待たせ致しました」

 

 天元が内心思い悩んでいるところに、当主・産屋敷(うぶやしき)耀哉(かがや)の妻である産屋敷あまねが息子の輝利哉(きりや)とくいなを伴って現れた。

 遅れて結一郎も入室し、柱たち側の末席に着座する。

 

『へぇ~、私に会いたくないからってお館様のことまで利用しますか……この男、どうしてくれましょう』

 

 まさかの産屋敷家の半親族枠で登場か? と、思いがけない登場の仕方に怒りをさらに募らせるしのぶ。

 しかし、これはさすがに彼女の勘違いだ。ちゃんと理由がある。

 

「申し訳ありません。自分が会議の前にご報告がありましたので、それであまね様のお時間を頂戴してしまいました」

 

 遅れた理由とあまねたちと一緒に現れた理由を、お詫びの言葉と共に説明する結一郎。

 

「なるほど。それでは仕方ありませんね」

 

 にっこり笑って頷くしのぶ。

 その笑顔を見て結一郎は顔が引きつるのを感じた。

 

『あ、これは全く信じてもらってませんね』

 

 しかし残念なことにしのぶは結一郎の説明を言い訳ととらえたようで。

 言葉では納得したようなことを言いながらも目はまったくもって疑心でいっぱいといった様子。

 いままでの行動の結果と言えるので、是非もない。結一郎、反省するべし。

 結一郎の事情はさておいて、今は柱合会議という公の場だ。会議は進行していく。

 

「本日の柱合会議、産屋敷耀哉の代理を産屋敷あまねが務めさせていただきます」

 

 あまねの代理の挨拶から始まり、当主の耀哉の病状悪化による会議不参加のお詫びが述べられる。

 産屋敷家を蝕む短命の呪いは現当主の耀哉の命を手にかけようとしている。

 そのことに心を痛めないものはこの場にはいない。

 

「承知……お館様が一日でも長くその命の灯火を燃やしてくださることを祈り申し上げる……」

 

 場の全員が平伏し、行冥が代表して心遣いの言葉を投げかけた。

 あまねはその気遣いの一度目を伏せて感謝の言葉を告げると本題を切り出し始めた。

 

「柱の皆様には心より感謝申し上げます。……すでにお聞き及びとは思いますが、日の光を克服した鬼が現れた以上、鬼舞辻無惨は目の色を変えてそれを狙ってくるでしょう」

 

 太陽の克服を悲願とする無惨と、その鍵となる存在を手中に納めた鬼殺隊。

 それは決戦の時が、大規模な総力戦が近いうちに必ず起こることを意味している。

 

「決戦に向けて鬼殺隊の戦力の底上げ・強化は急務となります」

「戦力の強化、ですか?」

 

 あまねの言う戦力強化という言葉にしのぶが戸惑った声を上げる。

 簡単に戦力の強化と言われても一朝一夕に叶うものではないのだから。

 

「む、それはもしや紋様のような“痣”のことでしょうか?」

 

 その答えは、意外にも杏寿郎からもたらされた。

 

「ええ、煉獄様。その“痣”で間違いございません」

「痣、ですか?」

 

 杏寿郎の言葉に頷くあまねは、思わず聞き返してしまった蜜璃に答えるように説明を始める。

 

「戦国の時代、鬼舞辻無惨をあと一歩まで追いつめた始まりの呼吸の剣士たちは全員に鬼の紋様に似た“痣”が発現していたそうです」

「俺は初耳です。何故伏せられていたのです?」

「それについては俺が答えよう!」

 

 伝え聞くなどして一部には知られているという始まりの剣士たちの“痣”の話。

 それが広まっていない理由を実弥が尋ねたところ、詳しく知っているらしい杏寿郎が説明を始めた。

 

「“痣”については伝承があいまいな点が多くてな! そのよく分かっていない痣とやらが発現しないせいで思い詰めてしまう者が多くいたらしい!」

「ああ、なるほどな。曖昧なもんのせいで全体の士気を下げるくらいなら何も伝えないほうがいいわなぁ。思ったよりも地味な理由だったぜ」

 

 歴史ある煉獄家だけあって伝承は多く伝わっており、その知識を披露する杏寿郎。

 天元にその知識を感心するような声を上げられて照れ臭かったのか、少しおちゃらけたことを言いだした。

 

「うむ! まぁその思い詰めた者の一人が俺の先祖でその日記の記録が残っていただけの話なのだがな!」

「おいおい……」

 

 わざわざそれは言わなくていいだろう。と、オチが付いたところであまねがさらに説明を重ねる。

 

「その少ない記述の中にはっきりと記されていた言葉があります」

 

“痣の者が一人現れると共鳴するように周りの者たちにも痣が現れる”

 

「始まりの呼吸の剣士の一人の手記にそのような文言がありました」

 

 輝利哉がその言葉を裏付けるような証拠として古い文献を手に補足する。

 この文献が正しければ、一人でも痣を発現できれば連なるように戦力が強化できるという可能性を示唆していた。

 

「今、この世代で最初に痣が現れた者がいます」

 

 そして、その痣者はすでに存在しているのだ。

 

「その者の名は?」

 

 小芭内が前のめりに質問をする。

 彼だけでなく柱たち全員の視線が集まる中、あまねはその者の名を告げた。

 

「彼の名前は闘勝丸といいます」

「……闘勝丸?」

 

 告げられた人間らしからぬ名前に思わずおうむ返しをしてしまう小芭内。

 人間らしからぬつーか、人間じゃねえし。

 該当する名前の関連人物に視線が自然と向けられる。

 注目を集めている結一郎はとても申し訳なさそうだった。

 

「おい、おまえんとこの猿は地味に何なんだよ」

「うちのお供がすみません……」

 

 また猿なのか、と呆れた様子の天元に結一郎は平謝りするしかなかった。

 鬼殺隊初めての痣者は人ではない! あの猿だーッ! ズキュウウウン

 猿に先を越されたという事実は柱たちのプライドに少なからず衝撃を与えたわけだが、無一郎がいち早く立ち直って結一郎に質問を投げかける。

 

「それでそのお猿さんからは何か聞き出せたんですか? 結一郎さん。たとえば痣を出す条件とか」

 

 飼い主であり、使役する動物たちとのコミュニケーション方法を確立させた結一郎ならば何か聞き出せたのではないか?

 そんな質問が来ることは予測済みだったようで、結一郎はすぐさま返事をした。

 

「はい。闘勝丸に痣の出し方を聞いてみたのですが……申し訳ないことに役に立つことは聞き出せませんでした」

「ええっ! 結一郎くんでも聞き出せなかったの!?」

 

 あの結一郎が聞き出せなかったと聞いて驚く蜜璃。

 結一郎は申し訳なさげに理由を説明した。

 

「いえ、教えてはくれたんですが、『頑張ればできる』『気合いを入れればなんとか』みたいなフワッとした答えしか返してくれなかったんです」

「はぁ……もういい。そもそも猿からまともに答えを聞き出そうとすることが間違いだ」

 

 結一郎の返事に小芭内が頭痛を堪えるように額に手を当てて言う。

 猿と会話できること前提で話をしていたが、冷静に考えればとんでもなく変なことを言っていたりするわけで。

 どうすんだよ、これ。

 そんな空気が漂う中、空気を読まない男がその重い口を開いた。

 

「……闘勝丸の言う通りにするしかないだろう」

「そんな簡単に言えるてめえが羨ましいぜ、冨岡ァ……」

 

 猿に弟子入りしろってことか? と、ジト目をする実弥に相変わらず感情の読めない義勇。

 そんな二人の間に入るのは翻訳係の仕事だ。

 

「あ、不死川師匠。今の冨岡師匠の言葉は『闘勝丸の言う通りに気合を入れて、頑張って鍛錬するしかないだろう』という意味です」

「俺はそう言った」

「言ってねェ! 断じて言ってねェ! どうしてそうお前は言葉が足りねェんだァ!?」

 

 ツッコミを入れて荒ぶる実弥に、すぐ後ろに座っていた小芭内は同情的な目で彼を見ていたのだった。

 

「でも、冨岡さんの言う通りだと思うわ! 悩んでいても仕方ないもの。痣を出せるように頑張って鍛えるしかないと思うの!」

「うむ! その通りだ! 努力を重ね、鍛錬を積む。力をつけるのにそれ以外の方法などないだろう!」

 

 思わぬ形になったが雰囲気ががらりと変わったことで炎恋の情熱師弟コンビが前向き思考の発言をして場を盛り上げる。

 その流れを後押しするように行冥が締めるように発言をした。

 

「痣については我々柱が何とか致します故、お館様には御安心召されるようお伝えくださいませ」

 

 行冥の言葉に力強く頷く柱たち。

 鬼殺隊を支える柱の存在は当主代行を務めるあまねの心を軽くすると同時に心苦しさを生じさせた。

 

「ありがとうございます。ただ一つ、痣の訓練につきましては皆様にお伝えしなければならないことがあります」

 

 あまねがこれから伝えるのは、一つの厳しい事実だ。

 

「痣が発現した方はどなたも例外なく、二十五歳を迎える前に亡くなってしまうのです」

 

 それはある意味当然の残酷な事実だった。

 劇的な強化をもたらすものが何の代償もなしに得られるはずがなかった。

 勝利のために寿命という取り返しのつかない犠牲を柱たちに願うことにあまねが何も思わないはずもなく。

 しかし、そのことに悲痛な表情をする柱はこの場には誰もいなかった。

 

「あまね様、ご案じなされませぬよう。この場の全員、生半な覚悟で柱になったものはおりませぬ」

 

 明日の命の保証がない鬼殺隊の頂点に立つ柱たちが、どうして今更自分の命を惜しむことがあるだろう。

 行冥が告げる柱たちの覚悟に、あまねは静かに頭を下げたのだった。

 

 

「痣についてはひと段落したようですので、自分から皆様にご報告があります」

 

 痣の話がひと段落したところで、結一郎が口を開いた。

 その場の全員の注目を集めながら結一郎が告げるのは、確実に鬼殺隊の戦力を上げる方法であった。

 

 




結一郎が提案した鬼殺隊強化プランですが、次回明らかにはなりません。
明かすのはもうちょっと先になります。

次回ミニ予告

天元「結一郎。お前、あのときわざと胡蝶を怒らせたのはなんでだ?」

結一郎「まさか、あんな形でしのぶさんが柱を辞めるなんて……」


次回、柱合会議の翻訳係 その30『しのぶさん、柱辞めるってよ』

10/19 0:00投稿予約済みです。


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その30(しのぶさん柱辞めるってよ)

2020/10/19 投稿。

連日更新です。


 緊急の柱合会議が終わったその日の夕方。

 

「よう、結一郎。大丈夫か?」

「忙しくしているところすまないな。余計な心配だとは思うのだが一応様子を見に来た」

 

 いろいろと積み上がっている書類を片付けていた結一郎の元に天元と行冥の二人が訪れた。

 師匠二人の訪問を受けた結一郎は一旦手を止めて二人に向き直る。

 

「お気遣い頂きありがとうございます。仕事は問題なく始めてます!」

「ああ、そっちじゃなくてな」

 

 仕事の進捗について述べる結一郎に対して天元は首を横に振り、「こっちは大丈夫か?」と頬を指しながら尋ねた。

 結一郎の浮かべる笑みは、しかし左頬が腫れ上がっていてなんとも痛々しい姿になっていた。

 

「さほど問題はありません」

「そうか。だが無理はしないように気を付けるべきだ」

「ま、それだけ胡蝶の怒りが派手にデカかったってことだろ?」

 

 大丈夫だと告げる結一郎に、それを気遣う行冥。

 一方で天元はその負傷の原因となった出来事を思い出して呟く。

 柱合会議のあとに結一郎がしのぶを怒らせて殴られた場面を脳裏に思い起こした天元は思わず苦笑した。

 ほとんど弟子の自業自得なのだが、さすがにああも派手にぶっ飛ばされれば同情心も湧くというもの。

 しかし同情はしながらも用件は用件として聞いておかねばならない。

 

「結一郎。お前、あのときわざと胡蝶を怒らせたのはなんでだ?」

 

 相手の心理など文字を読むかのように把握できる結一郎があそこまでしのぶを怒らせるなどわざと以外にあり得ないのだ。

 そう考えるのは行冥も同じのようで、結一郎の答えに意識を集中させているのが見て取れた。

 二人の訪問の目的はこの答えを聞くためだろう。

 結一郎はしのぶの怒りを煽ったことを認め、その理由について語り出した。

 

「自分も以前は復讐のために生きていました。だから仇が急にいなくなった時の気持ちはなんとなく分かるのです」

 

 その気持ちは、生きる目的が無くなってしまったような喪失感だったと語る結一郎。

 彼は復讐相手を不意に失ったときの自身の経験を踏まえて言う。

 

「もしかしたらしのぶさんは生きる気力を失ってしまうのではないか。そんな心配をしました。だから……」

「自分に怒りを向けることで、気力を湧かせようってか?」

「はい……」

 

 天元の言葉に首肯する。

 彼自身も仇を奪った義勇に怒りを向けていたことである意味救われていた時期があったのだから。

 今回の件では怒りを向けられるその立場を自分がやろうと画策した結果だった。

 

「なるほどな。理由は派手に分かったぜ。やり方はあまり褒められたものじゃねえが」

「ああ。もっと自分のことは大切にしなさい」

 

 行動の理由に納得はしながらも、やり方については苦言を呈する師匠二人。

 結一郎としては素直に頷くしかなかった。

 

「はい。そこは反省してます。結果を見れば自分のしたことはほとんど意味がありませんでしたし」

「まあな! 結果だけ見ればお前、地味に殴られ損だからな!」

「楽しそうに言わないでくださいよ、天元師匠……」

 

 がっくりと肩を落とす結一郎。

 実際、天元の言葉を否定できないのだ。しのぶの怒りを自分に向けるという目的は未達成だったりするので。

 そのもたらされた結果を思い出して結一郎は呟く。

 

「まさか、あんな形でしのぶさんが柱を辞めるなんて……」

 

 


 ――緊急柱合会議終了直後

 

 あまねたち産屋敷一族が退室し、緊急柱合会議は終わりを迎えた。

 結一郎の提案に加えて、隊士全体の実力の底上げを図って柱たちが直接指導を行う訓練――柱稽古が行われることが決定したのだった。

 柱とは立場上同格である結一郎も指導側にまわることが決まっており、自身が発案者である強化計画の責任者になることもこの会議で決まっている。

 つまり、簡単に言えば結一郎はこのあと滅茶苦茶忙しくなるということが決まったわけである。

 わー、たいへんだなー。

 

「それでは自分は色々と準備がありますので、お先に失礼します!」

「待ってください。勝手に失礼しないで頂けます?」

 

 多忙を理由に席を立とうとした結一郎だったが、しのぶに行く手を遮られてしまった。

 逃亡が失敗したことを内心で焦りながらも、努めて冷静を装う結一郎。

 

「何かご用でしょうか?」

「ご用? ええ、ええ! 結一郎さん、私にお話しないといけないことがあるんじゃありませんか?」

 

 笑みを浮かべて告げるしのぶだが、その笑みはひどく威圧的なものだった。

 絶対に逃がさないという強い意志を感じる……

 

「さ、さて、自分には心当たりがありませんが?」

 

 往生際悪くあくまでしらばっくれる結一郎。

 その様子を見てしのぶは追及の手を強めた。

 

「あらあら、そうですか。では、私の方からオハナシがありますので、お時間を頂きますね」

 

 お時間を“頂けますか?”ではなく“頂きますね”と言うあたり有無を言わせぬものを感じる。

 

「これから自分はやらなければならないことがあるので、ご遠慮いただきたいです!」

「いえいえ、それほどお時間は取りませんよ」

 

 多忙なのはご存知でしょう? と、抵抗を試みる結一郎だったが、しのぶがその程度で諦めるはずもなく。

 さらに残念なことに流れは結一郎に味方していなかった。

 

「あの、結一郎君。少しだけでいいからしのぶちゃんの話を聞いてあげたらどうかしら」

「甘露寺師匠?」

 

 しのぶに助け船を出してきた蜜璃。

 同じ女性で仲が良いというのもあるだろうが、心情的に結一郎に非があることを直感で感じ取ったのかもしれない。

 

「そうだぜ。少しくらいなら派手に時間は作れるだろ?」

「宇髄師匠まで……」

 

 蜜璃に続いて天元までもがしのぶの味方をし始めた。

 もっとも、彼の場合は感情的な理由というよりは、一部事情を知っているので合理的な理由での発言だ。

 

『いい加減、胡蝶の怒りを発散させておかねえと地味にめんどくせえからな!』

 

 しのぶの放つギスギスした感情は周囲に悪影響をもたらすと考えての行動だった。

 全体の利益のため、ある程度の個の犠牲を許容するという何とも元忍らしい考え方である。

 けっして、彼自身がしのぶの怒りが怖かったからなどではない。いいね?

 

「はぁ……分かりました」

 

 感情と合理で説得されて観念したようにため息を吐く結一郎。

 ここまで来てはもはや覚悟を固めるしかなかった。

 

「では、オハナシをするためにあちらの部屋に――」

「いえ、時間もありませんのでこの場で済ませましょう!」

 

 場所を変えようとするしのぶだったが、結一郎はそれを拒否した。

 驚くしのぶに結一郎はさらに言葉を投げかける。

 

「ここで、ですか?」

「ええ。すぐ終わる話でしたら大した話ではないでしょう?」

「なっ!?」

 

 それはしのぶの怒りを煽るような言葉であった。

 その後も手短に話すように告げるなど、まるでどうでもよいというような態度を見せつけているようだった。

 当然、そのような態度をとられれば怒りを覚えないはずもない。

 

『結一郎のやつ、どういうつもりだ?』

 

 彼のその態度に天元は不信感を覚えて口を開こうとしたが、結一郎が視線でこちらに語り掛けてきた。

 曰く、『黙っていろ』と……

 

「……そうですか! では話というのは上弦の弐の討伐作戦についてです」

 

 必死に怒りを抑え、話題を切り出すしのぶ。

 

「そのような重要な作戦、私、いえ、柱たちに連絡もなかったのは何故ですか?」

 

 上弦の弐の討伐が事前に何の知らせもなく行われたことについて問う。

 同時期に行われた上弦の弐と陸の討伐。

 確証があったわけではない不意の戦といなった上弦の陸と違い、あらかじめ調査を進め確証を得て行われた上弦の弐の討伐は用意周到なものであったと聞いている。

 そこまで準備が進められていたのならば、実行段階になるまでにいくらでも伝えるタイミングがあったはずなのだ。

 それがなかったことを責める言葉に、結一郎の返事は非常に事務的なもので――

 

「お館様から許可はもらっています。作戦の実行に無関係の柱に作戦の伝達義務はありません!」

「……ッ! 無関係!?」

 

 姉の仇を討つ作戦に無関係だと断言され、怒りが喉元までこみあげるのを必死で抑えるしのぶ。

 彼女の気持ちとは裏腹に彼の言葉には一定の支持があった。

 

「ああ、お館様がお認めになられたのならば何を我らが言うことがあろうか」

「うむ! お館様の許可を得て作戦は無事成功したのだ! むしろ、胡蝶は何が不満なのだ?」

 

 『作戦遂行上、通達義務はない』という結一郎の意見に賛意を示すのは行冥と杏寿郎だ。

 年長者と鬼殺隊の名家当主の二人からその不満を問われたしのぶは、とうとう自身の思いを口にし始めてしまう。

 

「たしかに上弦の弐を討つと知らせる義務はなかったでしょう! でも、結一郎さんには私にそれを伝える義理はあったはずです! 私の、姉の仇が、上弦の弐だと知っていた結一郎さんには!」

「え、しのぶちゃん、それってどういうこと?」

 

 困惑した蜜璃に聞き返され、しのぶは事情を語り出した。

 

 姉を殺した上弦の弐との因縁。

 その因縁を結一郎に語ったこと。

 家族を鬼に殺され、復讐を誓った心境に結一郎も理解を示していたこと。

 

 それらを語った上でしのぶは改めて結一郎を責め立てる。

 

「私と仇の因縁を知っていたのに! 家族の仇を討つことに理解を示してくれたくせに! それでも私に伝える義理はなかったというんですか!」

「義理……ですか。それが何の役に立つんですか?」

「なっ!」

 

 思わず息を呑む。

 

「作戦に参加しないあなたへ通達するのは無意味でしかありません。仇を前にして冷静でいられるかを考えればむしろ邪魔になる可能性もありました」

「無意味……邪魔……」

 

 あくまでも作戦遂行上の要不要のみで語る結一郎。

 その冷静を通り越して冷徹な物言いに反発を覚えてしまう。

 

「結一郎さん、それは酷いよ。家族の仇なんだよ?」

「そうだわ、そんな言い方はないと思うわ! もうちょっとしのぶちゃんの気持ちを考えてあげたらどうなの!」

「ああ。お前はいつからそんな人の気持ちが分からない人間になった」

 

 しのぶの肩を持ったのは無一郎、蜜璃、小芭内の三人。

 かつての記憶を取り戻し、同じく家族を、兄を鬼に殺された過去を思い出した無一郎はしのぶの気持ちに共感を覚え、慈愛の塊のような心を持つ蜜璃はしのぶの悲痛な訴えに同情を覚えたのだ。

 小芭内? 彼はいつだって蜜璃の味方であるからして。

 

「気持ちは分かるがそれは私情だろう! 私情でもって結果を出した結一郎を責めるのは酷というものだ!」

「その通りだぜェ。鬼を殺す。それ以上に優先することなんざねェだろうが」

「……胡蝶。姉の仇を討ちたいというお前の気持ちはよく知っている。だが、優先すべきことを間違えてはいけない」

 

 逆に結一郎の側に立ったのは杏寿郎、実弥、行冥だった。

 情熱家でありながらも名家として義務を果たすことに対する責任を熟知する杏寿郎に、鬼を狩ることを何よりも優先する実弥。そして、年長者として冷静な判断をくだそうとする行冥。

 彼ら三人もしのぶの気持ちに理解は示しながらも、すべき義務を果たしている結一郎を責めるべきではないと庇う姿勢を見せていた。

 ちなみに、天元は状況を見極めるため中立。義勇は……無表情だが状況についていけなくて内心オロオロしている。

 

「作戦を成功させるためだったのは仕方ないけど、そのあと逃げ回っていたのは誠意を感じないわ!」

「うむ! それは同意するが、それはした方が良いことであってやらなければならない義務ではないからな! 大変な功績を成した後にそうした配慮まで求めるのはいかがなものか!」

「義理人情は大切だと思います!」

 

 珍しく言い争う炎恋の元師弟コンビ。

 お互い情が厚いところもだが、自分の考えを貫き通すところまで似ていたりする。

 

「兄弟を……家族を殺されることはとても辛いことなんだ。きっとその仇を討つ時は僕は知らせて欲しいと思う。たとえ何もできなかったとしても」

「ああ、その通りだ。しかしな、無一郎。物事は感情だけで決まるわけではないのだ」

 

 少年らしい率直な自分の気持ちを述べる無一郎と世の中の柵を語る最年長の行冥。

 対照的な二人は静かに意見を交わし合っていた。

 

「で? お前、甘露寺がそう言ったから同意しただけだよなァ?」

「フッ、愚問だ」

 

 コソっと小声で聞いた実弥に小芭内は胸を張って言う。

 ブレないな、この蛇柱……。

 

 お互いの立場で意見を言い合う柱たち。

 その隣で、当事者であるしのぶと結一郎が言葉を交わしていた。

 

「あくまで必要はなかったとおっしゃるんですね?」

「ええ。その通りです」

「なら! 私は復讐心を抱えたままどうしたらいいというのよ!」

 

 胸に残り燻る復讐心のやり場が分からないと言うしのぶ。

 

「もう復讐する相手は死んだのですから、それで充分ではないですか?」

 

 しのぶの訴える言葉に対する結一郎の返事は彼女を一瞬で激怒させる、決定的な一言だった。

 

「お、前ぇぇぇぇ! ふざけるな!!」

「グハ……ッ!!」

 

 しのぶの激情を乗せた右拳が結一郎の頬にめり込んだ。

 男女の体格差をものともせず、一瞬体を宙に浮かすほどの威力の殴打に地に倒れる結一郎。

 

「きゃあああ!? だ、駄目よ。しのぶちゃん!」

「落ち着け、胡蝶!」

「離してください! 許せない!」

 

 蜜璃と杏寿郎に体を抑え込まれながらも怒りを向けるしのぶ。

 物理的に怒りをぶつけることができないならば、言葉にするしかなかった。

 

「私は、姉さんの仇を討つために生きてきたんだ!

 姉さんを殺した鬼の顔も見ていない! どんな奴なのかすらも知らないままで!

 私がこの手で殺したかったのに! 私が姉さんの仇を討ちたかったのに!

 それを、私から生きる目的を奪っておいて“満足しろ”? ふざけないで!」

 

 普段の様子をかなぐり捨てて絶叫する。

 鬼気迫る様子に周囲も何も言えず、しかし怒りをぶつけられているはずの結一郎は大の字で倒れた状態で静かなままだった。

 なおも無言の結一郎にしのぶは憤怒を抑えきれなくなる。

 

「何とか言ったらどうなんです!」

「もうやめろ、胡蝶」

 

 叫ぶしのぶを制止したのは中立を保っていた天元であった。

 

「邪魔をしないでください、宇髄さん」

「これ以上無駄なことはすんな」

 

 お前も結一郎の味方をするのかと睨むしのぶに、天元は首を横に振って答えた。

 

「無駄ですって! 私の気持ちは――」

「いや、結一郎もう意識ねえから!?」

「どうでもいいんですか……え?」

 

 しばし呆然となるしのぶ。

 やけに静かだと思っていたら、とうの昔に意識はなかった結一郎。

 彼も殴られる覚悟はしてただろうが、想像以上に威力があったようだ。

 まぁ、鬼殺隊随一の突き技が得意な胡蝶しのぶの全力パンチである。この結果はさもありなんといったところ。

 

「は、ははは。まったく、最後までムカつく人ですね」

 

 言葉とは裏腹に怒りのぶつけ先を失って一気に気が沈んだしのぶは、力なく座り込んでしまった。

 

「私には姉さんの復讐しかなかったのに……」

「しのぶちゃん……」

 

 燃え上がっていた怒りの感情がなくなってみれば、しのぶのその姿は何とも力なく弱々しく見えた。

 今にも消えてしまいそうなその様子に、誰もかける言葉が見つからない。

 いつもなら元気づけようとする蜜璃も隣に寄り添うことしかできない。

 そんなしのぶに今声をかけようとするのはよっぽど勇気があるか空気の読めない人間だけだろう。

 

「胡蝶……」

「なんですか……冨岡さん」

 

 そう、この場で真っ先に口を開いたのは義勇だった。もちろん、持ち前の空気の読めなさであるがゆえに。

 ついでに言うと、何とも言えない雰囲気になってしまったこの場を何とかしようというやる気に満ち溢れていたりする。

 その気持ちは立派なのだが、どうしてこう、会話能力がない人に限って難しい場面にしゃしゃり出てくるんだろうか……

 翻訳係に意識があったのならば絶対に止めているのだが、彼は残念なことにおねんねしている。

 その結果、義勇はトンデモない爆弾を放り込むこととなった。

 

「復讐だけの人生なんて寂しいものだ。だからそんなことは言うものじゃない

 いつまでも復讐にこだわっていないで自分が幸せになれる道を探した方が良いだろう。」お前の姉もそう望むはずだ」

「冨岡さん、あなた、何を言ってるのよ!」

 

 義勇の言葉にキレるしのぶ。

 彼が頑張って考えたしのぶを励ます言葉はいつもの言葉足らずによって怒りを再燃させる燃料となってしまっている。

 生きる目的が復讐しかなかった相手に『復讐なんてもうどうでもよくない?』ととれるような発言をするのは完全に先ほどまでの結一郎と同じだ。

 それもそのはず、実は結一郎の先ほどまでの発言は過去に家族の仇を義勇に奪われて文句を言いに行った際に言われた言葉をマネしていただけなのだから。

 つまり、義勇は過去に同じような失言で相手を怒らせていたわけである。

 何やってるんだよ、錆兎が草葉の陰で泣いているぞ!「ハァ……義勇、お前ってやつは」

 

「幸せですって? 鬼を殺すことだけを考えて生きてきた私みたいな女が、いまさら普通の女性として幸せになれるわけないじゃない!」

「しのぶちゃん、そんなこと言わないで……」

 

 普通の幸せを諦めるような言葉に蜜璃は思わず反論をする。

 素敵な恋をするために鬼殺隊に入った彼女にとってしのぶの言葉は認めがたいもので。しかしながら、彼女としのぶとの間には差があることも自覚していた。

 

「甘露寺さん、私はあなたのようにはなれませんよ。憎しみと悲しみで前には進めない私には……」

 

 その言葉を聞いて、蜜璃が感じたのはストンと腑に落ちるようなある種の納得感だった。

 過去に彼女はしのぶから『甘露寺さんの明るさや笑顔に救われている』と告げられたことがある。

 それは裏を返せば自分が求めている“女性としての幸せ”をしのぶが諦めていたという証拠だったのではないかと蜜璃は思った。

 

「そんなはずないわ! 鬼を殺すだけがしのぶちゃんの人生なんて絶対おかしいもの!」

「……甘露寺さんはやっぱり優しいですね。でも、もう遅いんです」

 

 なおも言い募る蜜璃にしのぶは酷い事実を告げる。

 

「私は仇の鬼を殺すために、藤の花の毒を体中に巡らせているんです」

「胡蝶! お前、よもや!」

 

 しのぶの言葉に杏寿郎が思わずといった様子で声を上げた。

 彼だけではない。その場の全員がしのぶの意図を察して息を呑んでいた。

 死を覚悟するなどという生易しいものではない。

 自身の死を前提とした一種の狂気じみた執念だった。

 

「藤の花の毒を体にため込んだ人間にどんな副作用があるのか誰もわかりません。子供を産めないどころかまともに生きていけるかも……そんな私が“普通の幸せ”なんて得られると思いますか?」

 

 しのぶの視線を受けた蜜璃は何も言えなかった。

 深い菫色の瞳は今は深い闇を思わせるようで、気圧されるのを感じる。

 

「胡蝶、お前は幸せになるつもりはないのか?」

 

 そんなしのぶに問いを投げかけたのは義勇だった。

 いつになく真剣な様子の彼とは対照的にしのぶは弱々しげに言葉を口にする。

 

「私には無理ですよ……」

 

 諦観を滲ませたような呟き。それを義勇は黙って聞き逃すことができなかった。

 

「自らの幸せを自らで見限るようなことをするな!!」

 

 普段の無感動な彼からは想像もできないような激情を露わに一喝する。

 周囲が驚く中、自らの思いを口にするべく義勇は口を開く。

 いまこそ貯められていた会話力(コミュ力)を開放する時がきたのだ! 冨岡's コミュパワー、ウェイクアップ!

 

「鬼を殺すこと以外、自分には何もないと惨めに嘆くのはもうやめろ! そんなお前の姿を見て誰が得をする! お前の姉か? お前の継子(いもうと)か? 誰も不幸になるだけだ!」

 

 笑止千万! とでも言うように怒りすら感じさせるような口調で告げる義勇。

 しのぶもまた感情的になって言葉を返す。

 

「勝手なことを言わないで! あなたに私の何がわかるのよ!」

「俺の姉も鬼に殺されている。祝言をあげる前日に、俺を守って!」

 

 姉を殺された気持ちが分かるはずがないと言い返せば、義勇からこともなげに彼も姉を失っているという事実を告げられて思わず言葉に詰まるしのぶ。

 そんな彼女に義勇は己の心情を吐露していく。

 

「俺は自分のことがずっと認められなかった。幸せになるはずだった姉を身代わりにして生き残った自分が……姉だけじゃない。最終選別では親友が命を落としてまで俺を助けてくれた」

 

 親しい者を身代わりに生き残ってしまった事実、そしてそんな自分への嫌悪を語る。

 

「誰かの犠牲なしでは生き残れなかった自分が惨めで、俺が代わりに死ぬべきだったと何度も思った」

 

 親しい者の代わりに自分が死んでいればという言葉に、何人かの柱は思い当たる節があるのか表情を曇らせる。

 彼らもまた誰かの犠牲のもとに命を長らえた経験があるのだろう。

 そんな自己嫌悪の気持ちを義勇は否定する。

 

「だがな、どんなに恥と思っても、惨めでも、生きていく限りは幸せになろうとする義務があるはずだ!」

「幸せになろうとする……義務?」

 

 思わずといった様子で問い返すしのぶに義勇は頷く。

 

「俺は、いや、俺たちは死んだ者たちから何かを託されてここにいる。託されたからには次の誰かに繋げるまで、命尽きる瞬間まで精一杯生き足掻くべきだと思う」

 

 少なくとも、最初から生きるのを諦めてはいけないのだと義勇は語った。

 生き残ってしまったことに思い悩んで苦しみながらも、自分を師と慕うものや兄弟子として接する者、共に戦う同僚・仲間たちとの交流を通じて思い至った彼の信条だった。

 託された死者の想い。

 そう聞いてしのぶが思い出したのは姉の最期の言葉だ。

 

『普通の女の子の幸せを手に入れて、お婆さんになるまで生きてほしいのよ』

 

 鬼殺隊を辞めて普通の幸せを妹が手に入れることを願った姉の最期の言葉。

 しのぶはその願いを鬼への激情にかられて否定したが、その仇がいなくなった今になって強く心に突き刺さるのを感じた。

 もう十分だと告げた姉の言う通り、仇を討てなくなったのだから姉の願いに従うのも悪くないのではないか。もう十分なのではないかという気持ちが頭をもたげる。

 しかし、元から諦めていた希望が急に目前に差し出されて不安は消えない。

 

「……私みたいな女が本当に幸せになれると思いますか?」

 

 なかば縋るような目で、ここまで自分を叱咤してくれた義勇を見つめて聞く。

 問われた義勇はしのぶを励ますように手を取って力強く答えた。

 

「幸せにしてみせる」んだ。なれるかどうかじゃなく自分の力で」

「えっ……?」

 

 その答えに周囲は色めきだった。

 普段めったに口を開かない男が熱く語り出したと思ったら、手を握りしめて「幸せにしてみせる」宣言だ。

 これはもう柱たち立ち合いの公開求婚(プロポーズ)と捉えても仕方がないわけで。

 そんな熱い想いを秘めていたとは……と、その場の誰もが感心し、興奮していた。

 だからだろう。義勇の変化を誰もが見逃していたのは。

 そう、誰も気が付いていないのだ。もう既に義勇のコミュ力ブーストが切れてしまっていることを!

 普段の言葉足らずな義勇に戻っていることを知らず、しのぶは言葉を交わしていく。

 

「この先、子供も産めるか分からない体ですよ?」

「俺は気にしない」男はいくらでもいると思う」

「そもそもまともに生きていけるか……迷惑をかけることになります」

「遠慮なく頼ればいい」皆お前を助けてくれるはずだ」

 

 口にする不安を、真っ直ぐに見つめながら毅然と応えてくれる義勇の姿に心が揺れる。

 本人の美貌ゆえに今まで街で声をかけられることはあったものの、熱く口説かれる経験など皆無のしのぶにはとても刺激的で。

 未経験の出来事にあって少し混乱したのか、しのぶは義勇に変なことを聞いてしまう。

 

「と、冨岡さんは私にどうしてほしいんですか!?」

 

 口にしておいて我ながら何を聞いているのかと思うしのぶだったが、義勇は真剣な表情を変えないままはっきりと告げた。

 

「俺が安心して帰ってこれる大事な場所を守ってほしい」

 

 告げられた言葉に顔が熱くなるしのぶ。

 帰る場所。それも大事な。つまりそれは家庭を守ってくれという意味だろうとしのぶは受け取った。

 家族を失った自分たちが新しく家族になる。それも悪くないと思ってしまったしのぶは気が付けば三つ指をついていた。

 

「ふ、不束者ですがよろしくお願いします……」

 

 しのぶの結婚を了承する言葉を聞いて何より喜んだのは本人たちよりも周りの柱たちだ。

 

「キャー! おめでとう、しのぶちゃん!」

「うむ! めでたいな! 実にめでたい!」

「あぁ、今日はなんと良き日だ」

 

 しのぶに祝福を述べる蜜璃と杏寿郎に感涙する行冥。

 結婚相手を探すために鬼殺隊に入った蜜璃からすれば、しのぶは自分の夢が実現できると証明してみせたわけで、それはもう自らの事のように喜んでいる。

 そして、真っ直ぐな性格の杏寿郎は素直にしのぶを祝福していた。

 また、何よりしのぶを幼いころから知っている行冥からしてみれば、ある種娘の結婚が決まったような気持になっていて感動が止まらない状態である。

 一方、求婚した側の義勇はというと、これまた周りを囲まれて声をかけられていた。が、それは祝福というよりは脅しのようなものだった。

 

「冨岡さん、絶対幸せにしてあげなきゃだめだよ」

「そうだぜェ。あれだけ大口叩いたんだ。結婚して幸せになるまで死ぬことは許さねェからな!」

「俺たちの前でああ言ったのだから覚悟の上だろう? それとも先ほどまでの言葉はそんなつもりじゃなかったとでも言うまいな?」

「しのぶのことをよろしくね。冨岡君。不幸にしたら許さないわよ?」

 

 無一郎、実弥、小芭内から『泣かせるようなことしたらただじゃおかねえ』と詰められる義勇。

 

『なんで!?』

 

 滅茶苦茶圧が強くて三人以上からのプレッシャーを与えられているように感じる義勇は混乱していた。

 何故こうも言われなければならないのか、ではなく、気が付けばしのぶと結婚することになっているこの状況にである。

 義勇としては、

 

「俺が怪我をしても安心して帰ってこれる蝶屋敷という大事な場所を守ってくれ」

 

 と、言ったつもりだったのだ。

 しのぶの言葉を『何を支えに生きていけばいいのか』という問いだと捉えてそう返事したつもりだったのだ。

 まったくもって言葉が足りていないし頓珍漢な答えになっているのだけれど、そこは冨岡クオリティである。

 そういうわけで気が付けば結婚することになっていて、しかしここで『そういうつもりじゃなかった』などとは言い出せない雰囲気になって困惑しているのだった。

 

『どうすれば……こんなときどうすればいい? 教えてくれ、錆兎』

 

 心の中で親友に助けを求める義勇。

 親友の錆兎ならばどう考えるかと想像したとき、義勇は答えを導き出した。

 

『錆兎なら“男なら女の一人くらい幸せにする覚悟を持て”と叱ってきそうだな』

「いや、流れで求婚するとか意味不明だぞ、義勇!?」

 

 心の中の親友の言葉に従い覚悟を決める。

 義勇もまた、しのぶとの結婚を心に誓ったのだった。

 

「胡蝶。俺からもよろしく頼む」

「……はい」

 

 

「何が、あったんです?」

 

 慶事に場が盛り上がる中、すべてが終わった後にようやく気絶から目を覚ました結一郎。

 状況が分からず首を傾げる彼に、さりげなくずっと気絶していた彼を介抱していた天元が端的に状況を告げた。

 

「結一郎、お前が派手に気絶してたせいで冨岡と胡蝶が結婚することになったぞ」

「……なんですって?」

 

 自分が気絶してたら師匠が結婚決めてたとか意味不明である。

 翻訳係がいなくなったタイミングで師匠がやらかすとか予想できるわけないじゃないか!

 まぁ、なんだかよい方向に転がっていったので結果的に問題ないのではなかろうか。うん。

 

 

 

 その後、藤の花の毒の副作用の可能性からしのぶが戦闘を行うことを懸念する声が上がり、しのぶは柱を引退することになったのだった。

 柱が寿退社は前代未聞であるが、満場一致で反対意見はなかったという。

 しのぶは蝶屋敷で医療と薬の研究に専念することが決まったのであった。




ぎゆしの派ですが、なにか?
いや、ごめんなさい。ギャグでくっつけて本当すみません!
でも、大正時代の女性の幸せが結婚だったんで、しのぶさんを幸せにするにはそうするしかなかったんです!

次回から柱稽古編です。
結一郎によって育成ノウハウを得た柱たち。
つまり彼らは地獄を見ることになります。はい。

以下、投稿が遅くなった言い訳。読み飛ばして大丈夫です。
投稿がかなり遅くなりましたがいくつか理由があります。

一つが『登場人物が多い場面で話を作るのに時間がかかった』という点です。
今回は結一郎側につく柱としのぶ側につく柱で意見が分かれたわけなんですが、誰が何をどの立場で言わせるかかなり悩みました。
話を作っていて、『この人、こんなこと言うかな?』と書き直したこと数回。
キャラのイメージから離れないようにしつつセリフを考えるのが大変でした。
ついでに、キャラの発言が増えるせいで文字数も増えていくことになってしまったり……元はその29とその30は一つの話でまとめる予定だったのが長くなって二つに分けることに。

二つ目に『冨岡さんのセリフに苦戦した』です。
言葉足らずが理由で求婚したことになるというオチは結構最初から決めていたのですが、その過程となる彼のセリフが全然思いつかなくて悩みました。
原作第一話のセリフをベースに考えてみたり、炭治郎との会話を読み返してみたりしてそれっぽい感じになるようにできたつもりです。
途中までは冨岡さん喋らないから楽だったんですが、いざ喋らせるとなると難しくて困ったキャラですよ(笑)

三つ目に個人的な事情です。
7月の中旬に急病で入院したり、8月から転職活動を始めて執筆の余裕がなくなったりしてました。
最近になって転職先も決まって私生活も落ち着いたのでこうして投稿できた次第です。
今後はまた投稿ペースを上げていけると思います。

長くなりましたが、今後ともよろしくお願いいたします


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その31(柱稽古と指南書)

2020/10/27 投稿


 ――柱稽古。

 それは八人の柱と一人の棟梁による指導の下、鬼殺隊全体の能力向上を目的として行われる訓練である。

 訓練の内容は七つに分かれており、それぞれ担当の柱ないし棟梁より指導を受ける形だ。

 

 まず最初に隊士たちが行うのが基礎体力向上訓練。

 ひたすら走り込みを行い体力の向上を目指す単純な訓練なのだが、一般隊士たちはその時点で地獄を見ることとなった。

 

「遅い遅い! やる気あんのかてめえら!!」

 

 音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)の両手にある竹刀が風を切って隊士たちに振るわれ、怒声が浴びせられる。

 しごきと言っていい天元の指導に反吐と涙が止まらない状態なのだが、そこにもう一人の担当の柱の指導が加わって追い打ちをかけてくるのだ。

 

「諦めるな! 限界だと思うその一歩先を目指せ! 大丈夫だ、君たちならできる! 自分を信じろ!!」

 

 炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)の激励が響き渡る。

 隊士たちが限界だと心が折れそうになったタイミングを見計らって「心を燃やせ!」「もっと熱くなれ!」と檄が飛び奮起をさせられる。

 天元のしごきは死ぬほど厳しいのに杏寿郎の熱血指導が諦めることを許してくれないのだ。

 結果的に参加した者たち全員残らず体力限界まで絞り尽くされてしまうこととなっている。

 まさにアメとムチ……いや、実質ムチしかないのだけれど。

 この二人の組み合わせは勘弁してほしいと誰もが思ったという。

 大丈夫、もっと酷い組み合わせがあるから……

 

 

 一定以上の体力がついたと判断された者は続いて霞柱・時透(ときとう)無一郎(むいちろう)による高速移動訓練に参加することになる。

 訓練の目的は体の動かし方、体捌きの最適化だ。

 いくら体力を向上させようとも人と鬼の間には絶対的な体力差が存在する。

 その差を少しでも埋めるためには効率的な体の動かし方を学び高速で動作を行えるようにしておく必要があるのだ。

 筋肉の緊張・弛緩の切り替えや足腰の動きの連動などを無一郎から指導してもらうのだが、さすがは二か月で柱にまで登りつめた天才。

 指導にも容赦がなかった。

 

「まだできるようになってないね。じゃあ、できるまでやろうか」

 

 隊士たちの訓練を見ながらこともなげに言う。

 

『できないならできるようになるまでひたすら練習する』

 

 しごきがあるわけではないが、妥協や甘えを許さない厳しさがあった。

 何せ本人は天才ではあるが、努力も並外れてやってきた人間なので……凡人の諦めとか怠惰とかへの配慮などあるはずもなし。

 

 

 高速移動訓練の次は恋柱・甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)が担当する地獄の柔軟訓練だ。

 関節の柔軟性を高めることで怪我をしにくい体になり、身体の可動域を広げることで技のキレが上がるなどの効果を期待した訓練なのだが、何が地獄って訓練内容そのものが辛いという一言に尽きる。

 蜜璃の指導自体は優しいのだが、柔軟の方法が力技なのだ。

 膝が持ち上がらないように押さえつけながら強引に股割りされて股関節の可動域を広げられていくのだ。

 正直、痛い。悲鳴を上げるほどには普通に痛い。

 そして隊士たちの心を折ったのはその訓練が無慈悲な絡繰によって行われたことだ。

 本来ならばその地獄の柔軟は蜜璃の手で一人一人行われるはずだった。しかし、それに待ったをかけた男がいたのだ。

 

「なぁ、結一郎。どこの馬の骨のために甘露寺がわざわざ手ずから手助けしてやる必要があると思うか? ありえないありえない。そんなことを俺は認めない。だから、分かるはずだ結一郎。俺が何を言いたいか……」

「お気持ちは十分理解してますが、多忙だと分かっている自分のところに何故わざわざ来るんです!?」

 

 不特定多数の男が彼女に触れるなど許せんと、憤慨した某柱の「何とかしろ」という無茶ぶりをされた結一郎。

 自分は便利屋じゃないんですけどと、愚痴を言いつつも知り合いの絡繰職人に急遽頼み込んで訓練器具を作ってもらったりとなんだかんだ仕事しちゃうのが問題ではなかろうか。

 そんな一人の柱の我儘によって作り出された柔軟補助用絡繰器具・通称“股割り君壱号”の使い方は、長座の形で足首・膝・胴を固定して体を前に倒すのと連動して両足が開いていくという仕組みで、使用者の背を補助する人が押す形で使うのだ。

 

「ギャアアア! やめて! これ以上は無理だ! もう押さないでくれ!」

「ご、ごめん。でも、やらないと終わらないんだ! 耐えてくれ!!」

「ギャアアア! JERONIMOOOOOOOO!?

 

 使用者が泣こうがわめこうが意味不明な言葉を叫び出そうが、他人の助けがなければ外れることのないソレの見た目はもはや拷問器具……目の前で悲鳴を上げる仲間の姿に後に控えた者たちは恐怖に震えたという。

 

 

 地獄の拷も……訓練を終えた者が次に参加するのは蛇柱・伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)が担当する太刀筋矯正訓練だ。

 鬼を倒すには頸を斬る必要があり、頸以外をいくら斬ったところで決着はつかない。

 つまり鬼狩りの剣士にはどのような状況でも正確に鬼の頸を狙う技量が求められているわけだ。

 この訓練では障害物を避けながら正確に刀を振る訓練を行うのだが、小芭内の指導は容赦がなかった。

 すぐに諦めるような心の弱い者や覚えが悪く何度も同じ指摘をされて手間をかける者など、彼をイラつかせた者は障害物に括り付けられるという憂き目にあっている。

 彼らの間を木刀が空を切り、小芭内と挑戦者の攻撃が体をかすめていく恐怖に涙を流す者多数。

 なんとも可哀相な彼らだが、それでも救いはあった。

 それは挑戦者へ正しい助言を行うことができれば解放される時間が早くなるのだ。

 最初は叫び声が煩いからと口枷をされて縛られていたのだが、様子を見に来た結一郎が一つ提案をしたことで今の形になった。

 曰く、

 

「ただ見てるだけ、恐がっているだけでは時間がもったいなくないですか?」

 

 とのこと。

 ようは仲間の動きを真剣に観察させることで見取り稽古をさせようというのだ。

 これによって括り付けられた者たちにも目を鍛えることができ、恐怖の時間を減らす機会を得たわけである。

 まぁ、気絶して恐怖から逃げる道がなくなったという意味でもある。ついでに言えば間違った助言をした者にはお仕置きが待っている。

 

 

 次に隊士たちを待ち受ける地獄は純粋な暴力だ。

 無限打ち込み稽古と名のついたそれは水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)と風柱・不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)の二人を相手に失神するまで打ち込みを行うという過酷な訓練である。

 何がヤバいって柱二人とそれぞれ戦うのではなく連携している柱二人と同時に戦うのだ。

 つまり、参加する隊士たちは苛烈にして無慈悲の実弥の猛攻をしのぎながら義勇の変幻自在の鉄壁の防御を潜り抜けなければならないわけだ。

 こんなの多少の数の有利があったところで雀の涙にしかならない。

 柱二人に対抗するため、隊士たちは今まで培ってきた実力を出し切るだけではなく、その場にいる者たちと連携を必然的に求められるのだった。

 

「いくぞォ、冨岡ァ!」

「ああ、やるぞ不死川!」

 

 声を掛け合い、息の合った連携を見せる実弥と義勇。

 やめて、こないで! という一般隊士たちの願いも虚しく二人の技が炸裂した。

 

“風の呼吸 伍ノ型・木枯らし颪(こがらしおろし)

“水の呼吸 拾壱ノ型・(なぎ)

 

「「「うわあああ!?」」」

 

 哀れ、木端のように吹き飛ぶ一般隊士達。

 こんなの無理だって? 何を言うんだ。前例があるからやってるんだぞ?

 

 

 柱二人を相手にするという異常事態から生還した者たちが次に受ける訓練は岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)の担当する筋力強化訓練だ。

 強靭な足腰を得ることで体が安定し、攻撃・防御共に安定したものとなるため大事な訓練だ。

 その強靭な足腰を得るための修業はどれも厳しいものであったが、いままでの地獄を突破してきた者たちからすれば耐えられないものではない。

 だって滝修業も丸太担ぎも岩押しも辛くて苦しいけれど、少なくとも怖い思いはしなくて良いわけだし。

 なによりも、だ。

 

「私の修業は……強制ではない。……辞めたい者はいつでも辞めてよい」

 

 というのだ。参加者たちには行冥が仏に見えたとかなんとか。

 これまでが酷すぎるだけともいう。

 

 

 最後の訓練は棟梁・(にぎ)結一郎が担当する呼吸法習熟訓練だ。

 複数の呼吸を身に着け使いこなしている結一郎は鬼殺隊でも随一の呼吸法のエキスパートと言える。

 そんな彼から呼吸の型をより強力に出せるように訓練したり、止血や脈拍の操作といった応用を教えてもらったりといった内容だ。

 最終的には全員が全集中・常中を使えるようになれればよいのだが、さすがにそれは求めすぎだろうか。

 呼吸法という鬼殺の基本を担当しているからか、いろいろと相談を受けることが多い結一郎だったりもする。

 

「強みを持ちたい、ですか?」

「ああ、俺っていまいち影も薄くてパッとしないというか……何か一つでも強みとして武器になるものが欲しいと思ってるんです」

「なるほど。ではどの型が一番適性があるか判断した上でその型を重点的に鍛えてみましょう!」

 

 結一郎に相談していたのはサラサラの髪が自慢の隊士・村田だった。

 これと言った特徴がなく自信を持てないという彼の相談に、結一郎は一つの技を極めて必殺技とする案を出した。

 一つの技に頼り切って自分から選択肢を減らしてしまう危険はあるが、戦いにおいて決め手とする得意技があれば頼もしいのも事実だからだ。

 村田の繰り出す水の呼吸を一通り見て判断した結果――

 

「村田さん、あなたに一番適性のある型は伍ノ型です!」

「伍ノ型か。よし、それを極めて……って、干天の慈雨じゃねーか!」

 

 使えねえ、と頭を抱える村田。

 “水の呼吸 伍ノ型・干天の慈雨(かんてんのじう)

 鬼が自ら頸を差し出した時にのみ使う、相手に痛みを感じさせずに切る慈悲の剣技だ。

 ぶっちゃけると使う機会はほとんどない。何せ鬼に慈悲をかけることなどほぼないのだから。

 村田が落ち込むのも当然。しかし結一郎には考えがるようだ。

 

「いえ、使いようはありますよ。たとえば――――」

 

 村田に合わせた伍ノ型の運用方法とそのための訓練方法を即座に考えて伝えていく結一郎。

 何せ彼は今回の柱稽古の元になった地獄をやりぬいた第一人者なのだ。

 どういう修業があるのかは熟知しているので、人に合わせた修業方法を考えるのも得意なわけだ。

 柱七人の継子だった過去はダテではないのである。

 

 


――蝶屋敷

 

「先日は誠に申し訳ありませんでした!」

 

 深々と頭を下げ謝罪する結一郎。

 彼は今、この間引退した元蟲柱・胡蝶しのぶのもとを訪れ、数々の無礼を詫びていた。

 

「いえ、顔を上げてください結一郎さん。あなたの考えはもう知ってますし、私も思いっきり殴ってしまいましたから」

 

 こちらこそすみませんでした。と、謝罪の言葉を口にするしのぶ。

 その穏やかな様子を見るに、もう本当に結一郎への怒りは無いようだ。

 結一郎は一度顔を上げ、しかしいたたまれないのかもう一度頭を下げた。

 

「しのぶさんの仇については聞いていたのに何も伝えずに不義理をしました……」

「いいんです。今思えば当時その話を聞いていたらきっと私は冷静ではいられなかったでしょう。だからもういいんです」

 

 もう気にしていないと告げるしのぶ。

 事実、本当に気にしていないのだ。

 今でも姉の死に様を思えば鬼への恨み・憎しみ・怒りが湧き上がってくる。あの日の事を忘れたわけではない。忘れられるわけがない。

 でも、それがすべてではないのだ。復讐だけに生きるのはもうやめた。

 未来を思って微笑むしのぶに結一郎もようやく顔を上げる。

 

「本当に、大丈夫のようですね」

「はい。ご心配をおかけしましたがもう大丈夫です」

 

 自分には支えてくれる人がいるのだと分かったから。と言うしのぶに結一郎も頬を緩める。

 大丈夫。もう復讐に身を焦がしてはいない。

 

「それはよかった。でも、普段は支えるよりも支えられることの方が多そうですね。冨岡師匠は」

「あらあら。まぁ、冨岡さんですものね」

 

 冗談めかして義勇の不器用さを笑えば、しのぶも可笑しそうに笑った。

 なんとなくだが、普段の日常だと義勇の面倒をしのぶが見ていることが多いのではないだろうか。そんな風景が容易に想像できた。

 だって冨岡さんですし……

 

「しのぶさん。冨岡師匠のことよろしくお願いします!」

「結一郎さんは本当に、心配性ですね」

 

 弟子が師匠をよろしくお願いしますと頼むというのもなかなか変わっていると思うのだが。

 苦笑いするしのぶに結一郎は言う。

 

「仕方ありません。ご存知の通り冨岡師匠は口下手ですから!」

「そうですね。柱合会議も結一郎さんがいなかったら誤解されていたでしょうね」

 

 言葉選びのセンスが悪い上に言葉数が少ないのが義勇だ。

 ……ちょっと夫婦のコミュニケーションに不安を覚えるしのぶ。

 しかし、そこは義勇の面倒を見てきた経験がある結一郎。何も用意していないわけがない。

 

「そんなしのぶさんのためにこちらをご用意しました。どうぞお受け取り下さい!」

「何です、これ?」

 

 一通の封筒を取り出し、しのぶに差し出す結一郎。

 その封筒の表には“冨岡義勇対応指南書”と題がされていた。

 これは一体?

 疑問に思いながら中身を開くとそこには箇条書きで次のようなことが述べられていた。

 

(ひとつ)、相手の発言には一拍置いてから反応すること。たいてい言葉が足りてません。

一、発言の意図を確認するよう心掛けること。こちらの予期しない言葉の使い方をしていることがあります。

一、質問をするときはなるべく「はい」か「いいえ」の二択で答えられるものにすること。複雑な返答を要求するとかえって混乱を招く可能性が高いです。

一、失礼なことを言われても一旦落ち着いて対処すること。本人に悪気があるわけではないのです。言葉選びが下手なだけなんです。おそらく。

一、諦めず、根気よく付き合うようお願い申し上げます。見捨てないであげてください!

 

 ・

 ・

 ・

 

「いや、本当に何です? これ……」

「冨岡師匠とは長い付き合いになるしのぶさんには必要だと思い、老婆心ながらご用意させてもらいました」

「え、そうではなくて、ええっと、あの、えぇっ!?」

 

 困惑を隠せないしのぶ。

 なんで夫になる人と会話するのに対応マニュアルが必要なんだ!?

 こんなものを用意しないといけないくらい心配なコミュニケーション能力だと思われているのが自分の夫になる人かぁ……

 

「結婚、早まったかしら?」

「そんなこと言わないでください! 冨岡師匠にはしのぶさんしかいないのです!」

 

 必死の様子で頼み込む結一郎にしのぶは呟く。

 

「それは冨岡さんを受け入れられるような奇特な女は私だけとでも?」

「何卒、冨岡師匠をよろしくお願いします!」

「質問の答えになってませんけど!?」

「何卒、何卒、よろしくお願いします!!」

 

 なんかもう悲壮さすら感じるくらいに頼み込む結一郎の姿に、不安を通り越して決心がついたような気がするしのぶ。

 その気持ちをなんと言えばいいのか……

 

『いざという時は頼りになりますけど、普段は私がしっかりしていないと駄目みたいですね。本当にしょうがないですね、冨岡さんは』

 

 私がいないと駄目なんですから。と、何だかやる気を燃やしだしたしのぶ。

 それは庇護欲とか母性本能とかとよく似て非なるものというか……もしかして:ダメンズ好き

 しのぶと義勇の未来は果たしてどうなるのだろうか……?

 

 

「ところでこの指南書。もっと早く作っておけば結一郎さんも苦労が減ったのでは?」

「あ……ッ!?」




柱稽古はじまりました。誰かのせいで原作よりも少しばかり地獄と化しております。
感想で冨岡語録をしのぶさんのためにというご意見をいただいたので、語録は無理でしたが対応マニュアルを作成しました。
なお、このマニュアルは翻訳係の代用を約束できるものではありません。悪しからず……
夫婦喧嘩のたびに呼び出される結一郎が見える見える。


翻訳係コソコソ話 その1
 地獄と化した無限打ち込み稽古ですが、元柱の育手が呼び出されているので風・水以外の柱たちも後から順次参加していくことになります。
 つまり、後になればなるほどさらに地獄と化していくのです。早く突破できなかった己の未熟さを呪うがいい!

翻訳係コソコソ話 その2
 『義勇と実弥が仲がいいだと!?』
 前回の話で義勇が男を見せた(と思い込んだ)ことで感心した実弥の態度が軟化したのが原因です。
 で、前祝だとその後翻訳係を巻き込みながら飲みに出かけ、なんやかんやで意気投合したりしてます。義勇さんの対応が壊滅的だっただけで根っこの部分では相性悪くないのではなかろうか、あの二人は。


ミニ次回予告
カナヲ「しのぶ姉さんが結婚……なんだろう、モヤモヤする」
炭治郎「義勇さんは悪い人じゃないよ!」

善逸「爺ちゃん、俺は、兄貴の仇を討つよ!」
慈悟郎「善逸、お前は儂の誇りじゃ」

伊之助「俺は、最強になる!」
水・風・炎・音・蛇・岩「いい度胸だ、相手をしてやろう!」
恋「やる気があってキュンときたわ! 張り切っちゃう!」
霞「ズンビッパ!」

玄弥「俺、何やってんだろう……」

原作五感組の様子をお見せします。
お楽しみに!


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その32(五感組のあれこれ)

2020/10/28 投稿

筆が乗ったので連日投稿です。


 鬼殺隊全隊士が参加する柱稽古。

 例外なく地獄に叩き落されているわけだが、当然のことながらそれぞれ実力に差がある。

 特に選抜隊である“旭”に所属する隊士は一般隊士よりも頭一つとびぬけた実力者たちだ。

 そのため、彼らには己の実力を高めると同時に訓練が上手くいっていない隊士への助言や補助をする責務が課せられていた。

 もともと旭の設立経緯からして教導隊としての目的もあったのだから、彼ら本来の仕事をこなしているだけとも言えるのだけれど……過酷な修業の中、お疲れ様です。

 

 最初は試行錯誤をしながら柱稽古のサポートをしていた彼らだったが、その形は自然と数名の班単位で動く形になっていった。

 細かく助言をしながら面倒を見れるのはその形が効率が良かったのだ。気が付けば旭の隊士たちは小隊長のような役割を担っていくことになっている。

 その役割が一番目立ったのが無限打ち込み稽古の場面であった。

 

「オラァ! その程度かァ! もっとやる気を見せやがれェ!!」

 

 風柱・不死川実弥の猛攻に翻弄される隊士達。

 旭の隊士たちはその先頭に立って指揮をとりながら連携して立ち向かっていく。

 

「まだだ! ここで諦めるほどヤワじゃないはずだ!」

「佐藤班長……」

 

 旭の初期メンバーの一人である佐藤が皆を奮い立たせるよう檄を飛ばす。

 自らもボロボロになりながらも折れることのない不屈の態度は周囲を勇気づけた。

 

「この稽古は俺たちだけのためじゃない! 柱の方々の訓練でもあるんだ! 生ぬるい覚悟じゃ柱の方々のためにならないぞ!」

「良く言ったァ!! 簡単に倒れるんじゃねえぞおォ!!」

「引くな! 守ったら負ける! 攻めろ!」

「班長だけにやらせるな! うおおおお!」

 

 格上の攻撃を仲間同士が補い合い何とかしのいでいく。

 こうして鬼殺隊の仲間たちの絆は深まっていくのであった。

 人間同じ脅威に立ち向かう時が一番絆が深まるものですから……

 

 


 

 来るべき総力戦に向けて現在、鬼殺隊は持ちうる手段を総動員していると言っていい。

 そのため、柱稽古の指導役として各地の元柱級の育手が招集されいた。

 例えば先代炎柱にして現炎柱の父親である煉獄槇寿郎(しんじゅろう)や水柱・冨岡義勇の師であり、元水柱である鱗滝(うろこだき)左近次(さこんじ)などの実力者が集められて随時柱たちの指導の補助に入っている。

 元鳴柱・桑島(くわしま)慈悟郎(じごろう)もまたその一人である。

 彼は今、柱稽古を終えた後に自らの弟子の我妻(あがつま)善逸(ぜんいつ)の修業を見ていた。

 

 雷鳴のような踏み込み音と紫電のような一閃。

 慈悟郎の前で善逸が見せた剣技はまさしく見事なものであった。

 

「……どうかな、爺ちゃん」

「善逸。よくぞここまで鍛え上げた。よくやったぞ、自分だけの新しい型を作り上げたな」

 

 素直に賛辞を贈る慈悟郎。

 新たに七番目の雷の呼吸を作りだした弟子の成長に感激が止まらない。

 厳しい師匠から褒められて善逸は嬉しそうにしたが、すぐ後に寂しそうな顔をする。

 

「ありがとう、爺ちゃん。……できれば獪岳、あいつにも見てもらいたかったな」

「善逸……」

 

 鬼に殺されてしまった兄弟子を思って悔しさを噛み締める。

 

「あいつはさ、ほんっとうに嫌な奴だったよ。いつもいつも嫌味ばっかり言ってきてさ。でも、ひたむきに修行を頑張る姿は尊敬してたんだ」

「そうだな。あやつは傲慢なところはあったが努力家じゃった……」

「いつか一緒に肩を並べて戦えたらなんて思ってたんだ」

 

 それももはや叶わない夢になってしまった。

 そう語る愛弟子に慈悟郎は何も言うことができなかった。

 だが、善逸は師からの慰めなど必要とはしていない。なぜならもう覚悟は決まっているのだから。

 

「爺ちゃん、俺、兄貴の仇をとるよ。絶対!」

「善逸、お前は儂の誇りじゃ」

 

 兄の仇をとると誓う善逸を誇りに思う慈悟郎。

 弟子の成長がただただ嬉しかった。

 

「だが、死ぬなよ善逸。生きて帰ってこい。絶対に、死ぬな」

「……うん」

 

 願わくば、弟子の人生を末永く見守りたいもの。そう思った。

 

 


 

「俺と勝負しろ! おまえらを倒して、俺が最強になる!」

 

 柱たちを前に、嘴平(はしびら)伊之助(いのすけ)が啖呵を切る。

 啖呵を切るっていうか喧嘩を売ってる?

 彼が突拍子もないことをするのはいつもの事なのだが、なぜこんな無謀なことをしているのかと言われればこれまた彼らしい考えが理由であった。

 

 柱稽古によって強くなりたいという気持ちが刺激された伊之助。

 目指すなら最強だと思い、どうすればいいのかと考えた結果が「強い奴を倒せばさらに強くなれる」というものであった。

 うむ、まさに野生である。

 そして鬼殺隊で最強と言えば柱である。なので、柱に挑戦するのは当然ということだ。

 なにも間違っちゃいないな。うん!

 

 さてさて、そんな突拍子もない挑戦を吹っ掛けられた柱たち。その反応はというと、意外にも悪くはなかった。

 

「ああん? いい度胸してるじゃねェか」

「やる気があって結構! 俺が面倒を見てやろう!!」

「南無阿弥陀仏……その向上心は素晴らしいな」

「ハハッ! なかなか派手なやつだ」

「馬鹿だな。たぐいまれなる馬鹿だ。その愚かさに免じて一手指南してやらんこともない」

「……かかってこい」

「やる気があってキュンときたわ! 張り切っちゃうわよ!」

「たぶん、ボコボコにするけど恨まないでね?」

 

 まさかの八人全員から相手をすることを承諾された伊之助。

 地獄の柱試合・八連戦である。

 まずは最年少である霞柱・時透無一郎が相手だ!

 

「いくぞ、オラアアア!」

「うん。隙あり!」

「ぬわあああ!」

 

 ズンビッパ! といきなり倒される伊之助。

 ズンと重い一撃を受け止めたかと思えばビッと鋭い剣閃が襲い掛かり、反撃しようと思ったらパ! っと視界から消えて一撃加えられていたのだった。

 初戦敗北。

 しかしこの程度で伊之助はめげない! しょげない! 泣いたりしない!

 いけいけ伊之助~!

 

 ・

 ・

 ・

 

 結果。

 

「ゴメンネ。弱クッテ……」

 

 めっちゃ落ち込んでた。

 柱にそうそう勝てるはずもなく。これ以上ないくらい連戦連敗ボッコボコ。

 あまりにひどい負けが重なりもう心がバッキバキだった。

 

「やりすぎです! 誰がここまでやれといったんです!?」

 

 興が乗ったからって加減を知らないのかとキレる結一郎。

 伊之助が自分で挑んだとはいえ、結一郎でも柱八人相手にしたことなんざねえのである。

 急遽、メンタルケアをする羽目になった結一郎であった。

 忙しいのに仕事増やすんじゃねえよ、柱ども。

 


 

 一日の稽古が終わったその日の晩。

 月明かりの下で栗花落(つゆり)カナヲは一人静かに縁側に腰掛けて空を見上げていた。

 今、彼女には心を悩ませている一つの出来事があった。

 

『しのぶ姉さんが、結婚……』

 

 師匠であり姉でもある胡蝶しのぶが結婚する。

 そのことが彼女の心を悩ませている原因であった。

 

『しのぶ姉さんが結婚して幸せになるのは喜ばしいこと。嬉しいこと。そのはずなのに……』

 

 喜ぶべきことで祝福すべきことだと頭ではわかっているのに心のどこかでモヤモヤしたものを感じてしまっている。

 カナヲにはその理由が分からず、さらに気分が落ち込む理由となっていた。

 

「あっ、カナヲじゃないか。こんな遅くにどうしたんだ?」

 

 そんな彼女の前に炭治郎が現れた。

 思わぬ人物登場に驚くも、しっかりと返事をするカナヲ。

 

「炭治郎……。ちょっと眠れないだけ。炭治郎こそどうしたの?」

「伊之助が怪我をして帰ってきたから薬を貰いに来たんだ。アオイさんには迷惑をかけちゃったな」

「そうなんだ。頑張ってるんだね」

「ああ! 俺も負けてられないな!」

 

 カナヲの隣に座り会話を始める二人。

 炭治郎と一緒にいるこの空間はカナヲは嫌いではなかった。

 少し話をしていると、炭治郎が何気ない顔をして尋ねてくる。

 

「なぁ、カナヲ。何か悩んでることでもあるのか? 俺でよければ話を聞くよ?」

「なんで分かるの?」

「そんな匂いがしてたからさ。あっ、カナヲが嫌だったら無理に話さなくても大丈夫だぞ」

「うん。せっかくだから……炭治郎に聞いて欲しい」

 

 炭治郎の言葉に甘えて相談を持ち掛けるカナヲ。

 心の悩みを順番に打ち明けていく。

 

 しのぶの結婚を聞いて祝福すべきなのに、モヤモヤしたものを感じて素直に喜べないこと。

 その理由が分からず悩んでいること。

 もしかしたら、姉の幸せも喜べない自分は人間として大事なものが欠けている酷い人間なのではないかと思っていること。

 

 カナヲが口にする不安を一つ一つ黙って聞いていた炭治郎は、彼女が話し終えたところで安心させるように笑顔で答えを告げた。

 

「大丈夫だよ、カナヲ。その気持ちは変なことじゃないから」

「そう、かな? 炭治郎は私がモヤモヤしてる理由が分かるの?」

 

 その気持ちは間違っていないと肯定されて驚くカナヲに炭治郎はその理由を告げる。

 

「カナヲはお姉さんのしのぶさんが取られたみたいに感じて寂しいんだ。きっと」

「寂しい? 姉さんが結婚して、私、寂しいの? ……そっか、そうなんだ」

 

 弟や妹が多かった炭治郎は母親の愛情が下の兄妹に向けられて拗ねる上の弟の姿を見ていてすぐに分かったのだ。

 少し違うかもしれないが、自分に向いていた愛情が他の人に向けられるのではないかと思う不安な気持ちがそれではないのかと。

 炭治郎に指摘されて、カナヲは自分のその気持ちが何なのか納得したようだった。

 

「しのぶ姉さんが私のところからいなくなると思って寂しくなったんだ。私」

「大丈夫だよ、カナヲ。しのぶさんとカナヲの絆が無くなるわけじゃないんだ」

 

 人間関係は今まで通りではないけれど、今までの絆が無くなるわけではないと告げる炭治郎の言葉にカナヲは安心感を覚えた。

 

『そうだね。しのぶ姉さんとの絆はこんな程度じゃ無くならないもの』

 

 不安が解消され、ホッとしたカナヲ。

 心の余裕ができたことでふと自分の将来について頭をよぎった。

 

『私も、将来は結婚するのかな? ……正直、自信がない』

 

 自分も結婚するのだろうかと考えた時に、その未来が想像できないカナヲ。

 自分では思いつかないので、隣にいる炭治郎に聞いてみることにした。

 

「炭治郎も、いつか結婚したいと思うの?」

「俺かぁ……そうだな。俺は長男だから家を継がなきゃいけないし。だからいつかは結婚すると思う」

 

 炭治郎も結婚したいのかと妙な高揚感を覚えるカナヲ。

 つい踏み込んだ質問をしてしまったり。

 

「そっか。炭治郎はどんな女の人がいいの?」

「うーん……家庭的で家族のことを大事にしてくれるひとかなぁ」

 

 炭治郎の好みを聞いて、カナヲの脳裏に当てはまった人物は同じ屋敷に住む神崎アオイだった。

 炊事洗濯と蝶屋敷の家事を取り仕切る彼女は家庭的でしっかり者。また思いやりのある人物できっと家族のことも大切にするだろう。

 炭治郎の理想にピッタリじゃないだろうか。そう思ったカナヲはなぜか胸がズキリとした。

 密かに落ち込むカナヲに炭治郎が無邪気に声をかけてくる。

 

「あっ、逆に聞くけどカナヲはどんな人がいいんだ?」

「……私は、結婚は無理だと思う」

「どうしてそんなこと言うんだ? 理由を教えてくれ」

 

 真剣に自分のことを心配する炭治郎にカナヲはポツリポツリと胸の内を明かし始めた。

 

「私ね、親に捨てられたの。両親に売られて、姉さんたちに拾われて……」

 

 だから両親の愛というものを知らない。分からないと語る。

 

「そんな私が、ちゃんと親になれるか分からない。幸せな家庭を築いていける想像ができないの」

「大丈夫。そんなことないよ、カナヲ」

 

 両親の、家族の愛を知らない自分では無理だと言うカナヲの言葉を炭治郎は優しく否定する。

 どうしてと尋ねるカナヲに炭治郎はまた答えを教えてあげるのだった。

 

「カナヲは家族の愛を知らないって言ったけど、しのぶさんやアオイさん、蝶屋敷のみんなからそれをちゃんと教えてもらっているから大丈夫だ! それに家庭はカナヲ一人が頑張って築いていくものじゃないよ。家族みんなで築いていくものなんだから」

 

 一人じゃないよ。周りを頼っていいんだよ。という炭治郎の優しい言葉にカナヲの心が温かくなる。

 いつも優しくて暖かくて、自分に心を教えてくれる炭治郎のことがカナヲは好きだ。

 

「私でも、大丈夫かな?」

「ああ、大丈夫だ! きっとカナヲはいいお嫁さんになれるよ!」

「~~ッ! うん! が、頑張るね、炭治郎! 私、頑張るから!」

「頑張れカナヲ! こんないい男の子逃がしちゃダメよ。カナエ姉さんも応援してるわ!」

 

 人は心が原動力!

 乙女のカナヲは頑張ります!

 

 


 

 歯車に軸を通し部品を組み合わせる。

 絡繰細工を組み立てるその表情は真剣そのものであった。

 一つの工程を成し終えて一息ついた不死川玄弥はふと思った。

 

「俺、何やってんだろう……」

 

 最終選抜の試験を乗り越えて鬼狩りの剣士として鬼殺隊に入ったはずなのに、気が付けば絡繰職人の道を進んでいる。

 どうしてこうなったんだろう?

 疑問に思いながらも現状に不満はなかったりする。

 なにせ鬼殺隊に入る理由だった兄との和解はもうできちゃってるからね。

 

 兄の意向もあって剣士を続ける理由があんまりなくなった玄弥である。




月明かりの下で語らう炭治郎とカナヲ。
月が綺麗ですねとでも言ってみる。
炭治郎は無自覚たらしだからなぁ……

翻訳係コソコソ話
 月夜に語らう炭治郎とカナヲ。二人を密かに見守っていたり……?
ヒエッ、成仏してください!


次回ミニ予告
無惨 「お前が産屋敷か……」
結一郎「これ以上近づくと後悔しますよ?」

鬼舞辻無惨、襲撃! 決戦の幕が開く!


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その33(鬼舞辻、無惨!)

2020/11/8 投稿



「また一人見つけました」

 

 長い髪を血管のように壁に張り巡らせた鳴女が琵琶をかき鳴らして言う。

 顔の中央にある異形の証の大きな一つ目に刻まれている“伍”の数字が彼女の新たな立場を示していた。

 決戦に備えているのは鬼殺隊だけではない。鬼側の勢力もまた戦いの準備を進めているのだ。

 鬼側の準備。それはすなわち目障りな鬼殺隊を殲滅し、太陽を克服した鬼である禰豆子を奪うための攻勢の準備にほかならない。

 鳴女の役割はその攻勢のための敵地偵察と戦力の確認である。

 特に今まで秘匿されてきた産屋敷の居場所と禰豆子の発見は重要な任務となっている。

 

 そしてその任務は順調そのものであった。既に鬼殺隊の戦力の六割を特定しているのだから。

 優秀な結果を叩き出す部下を前に無惨も満足気に笑みを浮かべている。

 

『鳴女に血を与えて正解だった。以前に情報収集を担当させていた玉壺よりも能力が優れている』

 

 前任の玉壺に比べれば戦闘能力は落ちるが、それ以上に血鬼術の有用性が高いのが鳴女だ。

 今回のように敵の居場所を探り当てるということにおいては、これほど有用な能力はない。

 また、むやみやたらと自己主張せず従順に命令をこなす鳴女の性格も無惨の好みに合致しているところだ。

 

『今思えば玉壺は忠誠心が高いのは認めるが変た……少しばかり個性が強すぎたところが玉に瑕だったな』

 

 配下の鬼の思考を読める無惨は玉壺の 変態性 強力な個性を対面するたびにダイレクトに感じていたわけである。

 能力は有用だし、作り出す壺も資金源にもなるとお気に入りだったが、よくよく後になってみればかなりストレス原因だったのではなかろうか。

 無駄におしゃべりでこちらの情報を相手に取られたりしたのもいただけない。

 その点、鳴女は無口で必要以上のことはしゃべらず、一つ目であることを除けば見た目も悪くない。

 

『今思えば、気色の悪いやつだったな、玉壺』

 

 やっぱり鳴女の方がいいや。と、玉壺に対してかなり無体なことを思う無惨であった。

 「そんな、無惨様ァ!?」

 

 

 

 上機嫌な無惨(鬼上司)が自分の仕事をずっと眺めているという嫌な職場環境で文句ひとつ言わず黙々と仕事をする鳴女。

 彼女は今、血鬼術で生み出した目玉型の分体を派遣して情報収集に努めていた。

 その分体は小さく隠密性に優れており、誰にも気づかれることなく鬼殺隊の全貌を一つずつ明らかにしていく。

 彼女の邪魔をする者は何も存在しなかった。――ただ一つの例外を除いて。

 

『またやられました……いい加減腹が立ちます』

 

 分体と共有していた視界が消失し、分体が破壊されたことを認知する。

 これで何度目だろうか。もはや数えてすらいない。

 人知れず鳴女を妨害するその存在の正体は鳴女をして信じられないものであった。

 破壊される分体を通して最後に見た光景はいつも同じだ。

 

 迫る鉤爪、鮮やかな緑色の身体、鋭い嘴……

 

『何なんでしょうか。あの(キジ)

 

 それは一羽の雉だった。

 そう、結一郎のお供が一匹。雉の碧彦(へきひこ)である。

 鬼殺隊の陣地を走り回り鳴女の分体を見つけては(ついば)んでいく。

 

「ケン、ケン!(うま、うま!)」

 

 その行動理由はひとえに食欲だったりする。

 見た目は目玉を啄む雉とか、ホラーシーン間違いなしなのだけれど。

 鬼をおやつ代わりにするこいつが一番ヤバいお供なのではなかろうか……

 


 

 縁側に座り精神統一を行う結一郎。

 静かな三日月の夜にそれは姿を現した。

 

「……必ず来ると思っていました。直接話をするのは初めてですね、鬼舞辻無惨」

「玉壺を通して話しかけてくるなど小賢しいマネをしてくれた以来だな、産屋敷」

 

 目の前にたたずむ洋装のこの男が鬼舞辻無惨!

 長年鬼殺隊が追い続けてきた鬼の首魁がついに姿を現したことに気が高ぶるのを抑えて冷静に努める結一郎。

 

「自分が誘いをかけておいて何ですが本当に自ら来るとは……なかなか感慨深いものですね」

「私は心底拍子抜けしたよ。産屋敷」

 

 冷静を心掛け言葉を口にする結一郎に対し、無惨は見下すように口を開いた。

 

「身の程も弁えず千年にも渡り私の邪魔ばかりをしてきた一族の長がどんなものかと思っていたが、いざ目の前にしても何の感慨も湧かんな」

「フッ、それはそれは」

 

 貴様など私には取るに足らない存在だと見下す無惨に、結一郎は肩をすくめる動作で逆に小ばかにしたような態度を見せた。

 だって、正確には産屋敷の一族には属することになるけど血族じゃないしなぁ。

 むしろ自分に何か感じられたら困るというか。

 無惨のズレた煽りなど何の痛痒も感じないわけで。むしろこちらから煽ってやるくらいに余裕がある。

 

「自分としてはあなたの学習能力のなさに驚いてますよ。敵地に自ら乗り込んでくるとは」

 

 上弦の伍(玉壺)の失敗から何も学ばなかったのか? と、嗤う結一郎。

 長年追い続けてきた存在が自分から姿を晒しにきてくれるというのだから笑うほかない。

 しかしそこは鬼の首魁。傲岸不遜な態度を崩すことはなかった。

 

「だからどうしたというのだ。貴様ら鬼狩りを殺しつくし、禰豆子を手に入れれば私は永遠不滅の存在となる……今宵私の夢が叶うのだ」

「だから甘いというのですよ」

 

 今宵こそ満願成就の日だと(うそぶ)く無惨に結一郎は嘲笑をもって応えた。

 お前の願いが叶うことなどない、と。

 

「禰豆子の隠し場所にずいぶんと自信があるようだな。しかし、私にはたっぷりと時間がある。いずれ禰豆子を探り当てることができる」

「単純単純。いけませんねえ。あなたが狙ってくると分かっているのに、我々がそれをそのままにしておくとでも?」

「まさか……ッ! 貴様、殺したのか! 禰豆子を!」

「犠牲のない勝利はありませんから。意味は分かりますよね?」

 

 意味深に嗤う結一郎に無惨は表情を険しくした。

 そうだ。自分ならば相手が求めるものを手中にしてそのままにしておくはずがない。必要とあらば消すに決まっている。

 自らの思考に照らし合わせて導き出した答えは、鬼殺隊が既に禰豆子を葬り去っているというものであった。

 仲間の大切な妹の命を奪う非道をこうも行うとは、鬼殺隊を甘く見ていたッ! と、驚く無惨。

 

 もちろん勘違いである。

 そんなことしないよ。お前と一緒にすんなよ。

 

『禰豆子さんを人間に戻しているという意味だったのですが……勝手に勘違いしてくれてますし、事実を教える必要もありません。このままやってしまいましょう!』

 

 人間化の薬があると知られるよりも都合がいいのでそのまま押し通す結一郎。

 一応、嘘は言ってない。相手が勘違いしただけですので。……詐欺師かな?

 悲願を邪魔されたと思い込んだ無惨はその原因となった結一郎へ殺意を露わにする。

 

「産屋敷……ィ! 貴様、どこまでも私の邪魔をする! 今宵こそ、貴様らを全滅させて憂いをなくしてくれる!」

「おっと。それ以上近づくと後悔しますよ?」

 

 背筋が凍りつくような殺気を受けながらも小バカにした態度をとる結一郎。

 しかしそれは全く平気であるという証明にはならない。体に染みついた反応が自然と刀に手を掛けさせていた。

 恐怖と相対した際の反応を示す結一郎に無惨は嗜虐的な表情になり、さらに恐怖を刻むように一歩一歩ゆっくりと歩み始めた。

 

「フッ。なんだそれは? 命乞いか? そんなものが私に通用するとでも思っているのか…………ああああああぁぁぁぁ!? 」

 

 無惨の姿が叫び声を残して掻き消えた。

 彼の居た場所には深い穴が空いている。

 

「いやぁ。落とし穴なんていうこんな古典的な手に引っかかってくれるとは……」

 

 そう、落とし穴である。

 これ以上近づくと後悔するというのはそういうことであった。

 哀れにも落とし穴に落とされた無惨。彼は地の底で屈辱を味わっていた。

 

「おのれ、産屋敷! このような姑息な手を……」

 

 敷き詰められたトリモチでネチョネチョにされせっかくの一張羅が残念なことになっている。

 まさに例えるならば無惨ホイホイ……

 

「殺す! あいつは絶対に殺す! ……む、あれは?」

 

 こんな屈辱を与えた結一郎だけは許さん、と、怒りに顔を歪めていた無惨。

 彼の夜目が効く鬼の瞳は穴の奥底である物が目に映った。

 

 穴の隅に生える一輪の花。

 暗闇の中に花開くその徒花はまさしく無惨が探し続けてきた“青い彼岸花”

 

「こんなところにあったのか!」

 

 千年も探し続けていた物を前にして怒りも忘れ手を伸ばす。

 張り付いてくるトリモチで土まみれになりながらもついにソレに手が届く。

 細い茎を握り引き抜く。

 

 

 瞬間! 無惨 大・爆・発!

 

 無惨が手にして青い彼岸花は仕掛けられた大量の火薬の着火装置につながっており、それを引き抜いたことで火薬に火がついてこのザマである。

 怒りと一緒に警戒心まで忘れなければよかったのにね。

 ついでに言うと彼が手にしたのは造花。前回、勝手に無惨が目的の品の名前を言ってくれたので用意したものだったりする。

 青い彼岸花? 鬼殺隊(うち)には置いてませんね。他を当たってください。

 

「ぐっ、産ッ、屋敷ィイッ!」

 

 縦に掘られた穴は爆風を広げることなく上方向に威力を発揮し、周囲に被害を及ぼすことなく無惨だけにダメージを与えて彼を上空に持ち上げた。

 体をズタズタにされゴミのように宙を舞うも、持ち前の再生能力で肉体の原型を取り戻すことで地面に無事に着地する無惨。

 

『今の爆発で異常事態だと誰もに伝わったはずだ。じきに柱たちがやってくる! いや、それ以前に目の前の男が何もしてこないはずがない!!』

 

 完全に体の再生が終わっていない今、目の前の結一郎を警戒し睨みつける。

 しかし、その警戒は遅きに失した。

 

『肉の種子!? 血鬼術!!』

 

 鋭い棘の生えた枝のような血鬼術で体を固定される無惨。

 肉体の中でも棘が枝分かれして引き抜くことができないソレを吸収しようとした瞬間、腹部に衝撃が走る。

 何者かが腹に拳ごと突き立てていた。

 

「珠世!! なぜお前がここに……」

 

 鬼の逃れ者。裏切者。珠世。

 鬼殺隊と相容れぬはずの彼女が現れたことに驚愕する。

 目くらましの血鬼術で近づいてきたことは理解できたものの、その目的が見えない。

 

「フフッ、きゅ、吸収しましたね、無惨。私の……プッ、拳を、中には、ウフフ、駄目です、ちょっと無理! フフッ!」

「何を笑っている、珠世ォ!!」

 

 頑張って説明しようとする珠世だが、なんかツボにハマってしまったようで体を震わせてまともに話すことができないようだ。

 そんなに面白かっただろうか? 無惨が落とし穴に落ちる瞬間は。

 

  ・

  ・

  ・

 ドヤ顔で歩く無惨。

 一歩踏み出した瞬間、ズボッと足が沈み前のめりに両手を上げて顔から落ちていく。

 「あああぁぁぁ……」と哀れな叫び声が響き渡り姿が消えた。

 そして一拍遅れてベチョっという音が。

  ・

  ・

  ・

 

 うん。これは笑うわ。

 若手芸人並みの体を張った笑いが届けられては珠世がこうなっても仕方ない。

 長年恨んできた相手の無様だぞ? 笑うに決まってるじゃないか!

 

「この女、殺すぞ!」

「そうはさせませんよ!」

 

 ムカつく珠世を殺そうと手を上げる無惨だったが、そこに結一郎が割り込み刀を振るう。

 狙ったのは無惨、ではなく珠世の腕。

 無惨と彼女を切り離し、救出に成功した結一郎は追撃を行うよう声を上げた。

 

「好機です! 悲鳴嶼師匠、お願いします!」

「南無阿弥陀仏!」

 

 駆けつけてきた岩柱・悲鳴嶼行冥が鉄球を投げつけ無惨の頭部を破壊する。

 砕け散ったはずの頭は、しかしものの数秒で再生され元の姿を取り戻している。

 

 間違いない。鬼舞辻無惨(この男)は頸を斬っても死なない!

 

 この化け物を滅ぼすには夜明けまで拘束して日光に晒すしか方法がないのだ。

 その事実を確認した悲鳴嶼は無惨の反撃を躱しながらさらに駆けつけた柱たちにそのことを伝える。

 

「無惨だ! 鬼舞辻無惨だ!! ヤツは頸を斬っても死なない!!」

 

 敵の首領を認識し、殺し方を認識した。

 柱たちは即座に鬼を滅ぼすための行動を開始する。

 

霞の呼吸 肆ノ型・移流斬り(いりゅうぎり)

音の呼吸 壱ノ型・(とどろき)

炎の呼吸 伍ノ型・炎虎(えんこ)

蛇の呼吸 壱の型・委蛇斬り(いだぎり)

恋の呼吸 伍ノ型・揺らめく恋情・乱れ爪(ゆらめくれんじょう・みだれづめ)

水の呼吸 参ノ型・流流舞い(りゅうりゅうまい)

風の呼吸 漆ノ型・勁風・天狗風(けいふう・てんぐかぜ)

ヒノカミ神楽 陽華突(ようかとつ)

 

 七人の柱と継子の剣技が無惨に突き刺さるその直前、彼らの足元の地面が消失した。

 襖が広がり落下する彼ら。

 

「これで私を追い詰めたつもりか? 貴様らがこれから行くのは地獄だ!! 目障りな鬼狩り共! 今宵皆殺しにしてやろう!!」

 

 自らの城である無限城に鬼殺隊を落とし入れることに成功した無惨。

 一転して鬼殺隊を危機に陥れたわけだが、やっていることは鳴女(部下)の能力でイキっている上司ではなかろうか。

 

 

 


 

 ――無限城

 

 陽の指すことのない鬼の根城。

 新上弦の伍である鳴女によって思いのままに動く邪悪の城は鬼殺隊を殺すための鬼たちが手ぐすねを引いて待っていた。

 雑魚鬼ですら無惨の血を注ぎ込まれ、下弦の鬼並の力を持たされており、敵の望むままに地形が変わるという凶悪な環境で戦わざるを得ない鬼殺隊。

 

 しかしそんなものはまだ悪夢の序の口でしかない。

 真の脅威が鬼殺隊を脅かそうとしていた。

 

 

「斬れない!? しなって斬れない!?」

「毒……だ。き、気を付け、ろ」

 

 しなやかで斬られず、それでいて相手を切断する帯。

 毒血の鎌の斬撃。

 兄妹の鬼が隊士たちを次々と餌食にしていく。

 

上弦の陸 妓夫太郎・堕姫 復活!

 

 

「クソ! 近づけない!」

「気を抜くな! 押しつぶされるぞ!!」

 

 瞬く間に足場を失い宙に投げ出される剣士たち。

 迫りくる壁が彼らを染みに変えていく。

 ここは彼女の体内のようなもの。誰一人として彼女から逃れうることはできない。

 

新・上弦の伍 鳴女 登場!

 

 

「こいつら、それぞれ能力が違う!?」

「ばらけるな! こちらも連携して戦うんだ!」

 

 空を飛ぶ“空喜”の超音波攻撃。

 “積怒”の放つ雷撃。

 肉を貫く“哀絶”の槍。

 人を容易く吹き飛ばす“可楽”の扇。

 四体で一つの鬼。喜怒哀楽を司る鬼。

 

上弦の肆 半天狗 再生!

 

 

「強すぎる……どうすればいいんだ」

 

 打ち乱れる暴力の花火。

 それは火花の代わりに剣士たちの肉体をまき散らしていく。

 純粋な暴力の脅威がそこにはあった。

 

上弦の参 猗窩座 帰還!

 

 

「ああっ! 脚が、う、腕が!」

 

 氷漬けにされた手足が砕け落ちる。

 生きながらに氷の彫像にされる恐怖に泣き叫ぶ隊士を慈悲だとでもいうのか鉄扇の一閃で切り落とす鬼。

 額から血を浴びたような姿に二対の扇を武器とする鬼。

 その顔にはどこか不自然な笑みが浮かんでいる。

 

上弦の弐 童磨 再臨!

 

 

「生きていたとは……不覚であった……」

「そうですか。自分の相手はあなたですか」

 

 無限城に落とされた結一郎が対峙するのは、六目であることを除けばまるで侍のようないでたちをした鬼。

 腰の刀に手も掛けることなく、しかしそれでいて恐ろしい威圧感を放つこの男こそ、かつて結一郎の左腕を奪った存在に他ならない。

 

上弦の壱 黒死牟 見参!

 

「今日、ここで鬼狩りは滅ぶ……我々、上弦の鬼によって……」

 

 

 鬼月、上弦は欠けず……!




鬼舞辻が無惨なお話でした。
ほいほい誘い出されて罠に引っかかるとかまるで成長していない!
とりあえず、ナイスインと言っておきましょう!

復刻! 上弦の鬼、再び。
あの恐ろしかった上弦の鬼が勢ぞろいです。
鬼側の戦力が足りないのではと心配していた皆さまにこれで安心頂けますね!


ミニ次回予告

結一郎「あなたに僕は殺せませんよ」
黒死牟「大口を……叩くものだな……」

 結一郎vs黒死牟 因縁の対決!


再生童磨「俺が救ってあげよう」
カナヲ「こいつが……カナエ姉さんの仇ッ!」

 上弦の弐vsカナヲ

杏寿郎「よもやよもや、だ」
再生猗窩座「術式、展開」

 再戦、猗窩座!


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その34(無限城決戦)

2020/11/24 投稿。


「上弦の鬼に近い場所にいる柱へ現場に向かうように伝えてあげなさい」

 

 妻のあまねに体を支えてもらいながら額に張り付けた愈史郎の血鬼術の札を使って戦いの指揮を執る耀哉。

 鬼との決戦に、産屋敷家の当主である耀哉もまた戦いに臨んでいた。

 柱合会議に参加することもできなくなった病の身体を押して戦いの指揮を行うことは彼の命を削ることに等しい。

 時折咳き込む彼の口元には血が滲んでおり、吐血を拭う手ぬぐいは真っ赤に染まっている。

 

「お館様、やはり無理です! これ以上は医師として見過ごせません!」

 

 血を吐きながら指示を飛ばす耀哉を止めるしのぶ。

 この度の決戦において前線を退きもしもの時の備えとして耀哉の側に控えていたしのぶは医師の立場としてその無茶を止めずにはいられなかったのだ。

 自分の身を案じるしのぶに、耀哉は頸を横に振って答えた。

 

「ようやく訪れた千載一遇の好機なんだ……無惨を倒すためならば私の命はどうなってもかまわない」

 

 無惨を倒せるのならば自らの命など考慮に値しないと告げる耀哉。

 その気持ちはしのぶには痛いほど理解できる。しかし、だからこそ反対の意見を言わねばならないのだ。

 自らを幸せにする覚悟を決めた彼女には。

 

「しかし、お館様――」

「しのぶ。悪いけれどこれはもう決めたことなんだ」

 

 言い募ろうとするしのぶの言葉を遮り告げる耀哉。

 穏やかな声音だが、その裏では狂気じみた執念が沸々と音を立てているのが聞こえた気がした。

 

「しのぶ、千年だ。産屋敷家が千年にわたって追い続けてきた存在にようやく手が届くんだ。その宿願が、執念が、私を突き動かして止まらないんだよ」

 

 千年間もの間、脈々と受け継がれてきた産屋敷一族の怨念がもはや死に体となった耀哉を動かしている。

 それはまるで呪いのようだ。

 一族から鬼を出したことによって受けた短命の呪いとはまた別の……産屋敷一族が自ら生み出し自らを蝕む呪い。

 その呪いが現世(うつしよ)に人の形をして存在しているのが今の耀哉だ。

 幾代にも積み重ねられてきた業がこの姿だとでもいうのだろうか。

 

 だが、だからこそ耀哉は今、命を懸ける価値があるのだ。

 

「無惨は今宵、私の代で、私の手で倒さなくてはならないんだよ。しのぶ」

 

 彼の盲いた目は子供たちに向けられている。

 

『子供たちにこの呪い(想い)は引き継がせない』

 

 それは産屋敷家当主としての執念だけではない別の理由……親の愛があった。

 永遠とは人の想いに他ならない。不滅のもの。

 ゆえに今日、ここで、無惨を倒さねば呪い(想い)は永遠に続いてしまう。

 人から人へ受け継いでいくべき尊い想いがあるのならば、またその人で断ち切らねばならない想いもある。

 この忌むべき呪い(想い)をここで終わらせるために、この呪い(想い)を自分だけのものにするために耀哉は命を懸けるのだ。

 

「お館様……」

 

 その覚悟を前にしてしのぶに何が言えるというのだろう。

 もはや反対はしなかった。ただ最後まで全力で支えると心に決めるしかないではないか。

 視線を少し横にずらせば、耀哉の子供たちが少しでも父親の役に立とうと懸命に筆をとり、紙を広げて敵の根城を少しでも明らかにしようと手を動かす姿があった。

 

 愈史郎の血鬼術によって疑似的に視力を取り戻したことで久しぶりに目にした息子・娘たちの姿を見た耀哉の気持ちはいかほどだっただろう。

 最後に光を映していたころの瞳で見た時よりも成長していた子供たち。

 彼らに鬼の居ない未来を歩ませるためならば、とうの昔に尽きているはずの己の命など今更どうして惜しむことがあろうか!

 

「……ッ! お義兄さまが、結一郎様が上弦の壱と遭遇しました」

 

 娘の一人、くいなの報告に息を呑む声が聞こえた。

 彼の婚約者であるひなきは目に見えて動揺を浮かべている。

 不安だろう。怖いだろう。恐ろしいだろう。

 娘の気持ちを思いやりながらも、それをおくびにも出さず耀哉は冷静に指示を出す。

 

「上弦の壱は彼が抑えてくれる。今のうちに無惨の位置を探り当てるんだ」

「お父様、結一郎様が……」

「大丈夫。彼を信じなさい」

 

 不安を洩らすひなきに安心させるように声をかける耀哉。

 当然、何一つ結一郎が無事で戻るという保証などない。まったくもって根拠のない慰め。

 だが、無惨を倒すまでは冷徹な判断を下し続けねばならないのだ。

 使える手段は何でも使う非情さが存在していた。

 

 しかし、一方で結一郎の無事を願っていないわけでもない。

 なかば強引に年の離れた娘の婚約者にした結一郎は、自分にはもったいなくらい尽くしてくれていると耀哉は感謝していた。

 本当ならば自分がするはずだった無惨をおびき寄せるための囮を、策を立てて身代わりとなってくれた結一郎。

 

『願わくば、この戦いが終わったあとに直接感謝を伝えたいものだ』

 

 今まさに戦いの場にいる結一郎のことを思う。

 彼に神仏の加護があらんことを。

 


 

 鬼の根城、無限城。

 湧き出てくる雑魚鬼を鎧袖一触しながら誘われるように進んだ先で、一体の鬼が結一郎を待ち受けていた。

 

「またお会いしましたね。上弦の壱」

「お前を逃した不覚……今こそ雪がせてもらう……」

 

 柱と仕切りが乱立する広い空間で再び相まみえた上弦の壱・黒死牟。

 表面上は何事もなく言葉を交わしながらも互いに敵意を隠さぬ緊迫した空気が流れていた。

 

「あの夜のことが屈辱ですか? 奇遇ですね、僕もあの夜のことは一時も忘れたことはなかった……部下を目の前で殺され、片腕を奪われたこの借りを返させてもらう!」

 

 以前の自分と同じだと思うなと、気炎を吐く結一郎。

 対して黒死牟は威厳すら感じさせるほど泰然とした態度で応じてみせる。

 

「無駄だ……今宵、鬼狩りは滅びる……お前も含めて、な……」

 

 鬼殺隊の全滅は既に決められた事実だとでも言うように黒死牟は異形ゆえの傲慢を垣間見せた。

 人間が鬼に勝てる道理などないのだと。

 

「あの方を滅ぼすなど不可能……ましてや……あの方は上弦の鬼をも復活させた……鬼狩りに勝ち目などない……諦めろ、人間」

 

 鬼の首魁・鬼舞辻無惨の桁外れの不死性。鬼側の最高戦力である上弦の鬼の復活。

 絶望を突きつけてくる黒死牟。しかし、結一郎はその程度で折れることなどない。

 

「諦めろ? ハッ! 死ぬのが怖くて鬼になった恥知らずらしい言い草ですね!」

「貴様……ッ!」

 

 人外の傲慢に嘲笑をもって応じた結一郎。

 この鬼は何もわかっていないのだ。人間の意地ってやつを!

 

「我々の中に鬼を滅ぼすことを諦める者など一人もいない!

 鬼舞辻無惨(お前の主)は僕の()が!

 上弦の鬼(お前の同胞)は僕の仲間が!

 そして、お前は僕が、ここで! 滅ぼす!」

 

 滅ぶのはお前たち鬼の方だと声たかだかに宣言する。

 鬼を倒すことを、人々を守ることにすべてを費やしてきた鬼狩りの剣士が、上弦の鬼が今更復活したところで何を恐れるというのか!

 

鬼殺隊(にんげん)を舐めるな、化物!」

 

 


 

 氷塊、氷棘、冷気……

 上弦の弐・童磨を相手に栗花落カナヲと嘴平伊之助は苦戦を余儀なくされていた。

 広範囲を面制圧してくる血鬼術の攻撃を前にしては相手に近づくことさえ困難を極める。

 

『強い……でも、絶対に諦めない! あいつの頸を斬る!』

『ふざけやがって! 絶対ェブッ殺す!!』

 

 不屈の意思で攻撃をかわし続けるカナヲと伊之助。

 冷静さを保ちながらも二人の心は怒りで沸き立っていた。

 復活する以前から人の心に対して無理解なところがあった童磨。

 彼は見事に二人の逆鱗に触れていた。