隻脚少女のやりなおし (@飼い猫)
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設定とか マドレーヌノート〜マジノ女学院の所有戦車

・ルノーB1bis重戦車(全一輌)。

 マジノ女学院戦車道の防衛戦術の中核を担う戦車であり、我が女学院の顔と言っても良い戦車だ。

 ナチスドイツの西方電撃戦で実戦に投入され、当時のドイツ戦車の砲撃を幾度と受けても稼働し続ける重装甲に加えて、車体部の重砲と旋回砲塔の対戦車砲という二段構えの構成は、正に動く要塞と呼ぶに相応しい性能である。

 第62回の全国大会までは決まって、フラッグ車に選ばれ続けてきた。そのためマジノ女学院の旧戦術ではB1bisを守り切るかどうか、という戦い方であり、敵フラッグ車を撃破することは端から考えにはない。

 マジノ女学院の戦術革命は、まずB1bisの運用方法を変えることから始まるものと考える。

 戦車長はガレット。常識的な思考と根性を持っている。まだ一年生だがB1bisの運用都合上、彼女が適任だと私は考える。

 特にB1bisはその性質上、難しい運用を強制されることはない。

 

・ルノーFT-17軽戦車(全二輌)。

 悪く云えば、数合わせの戦車。低速度、低火力、低装甲と三拍子が揃っている。

 第二次世界大戦で主力となる戦車の雛形となった戦車ではあるが、戦車道においては時代遅れと言わざる得ない。利点があるとすれば、小さいこと、それに軽いことが上げられる。

 正直なところ、偵察用と割り切って使う他の運用方法が見つからない。

 

・ルノーR35軽戦車(全六輌)。

 マジノ女学院戦車道の主力戦車、FT-17の後継機。

 最高速度は、およそ時速二◯キロメートル。これはFT-17と同じ速度であり、開発当初から機動戦としての運用を想定していなかったことが窺える。そもそもプトー37m (これもF T - 1)mSA18(7と同じ武装)である辺り、対戦車すらも想定していたのか怪しい。とはいえ装甲そのものはFT-17の倍近くはある。実のところ軽戦車という枠組みだけで見れば、優れた防御性能を持っていたりする。とはいえ火力不足は否めないので、早めの37mmSA38戦車砲*1への換装が期待される。あとでネットオークションで安売りされてないか確認しよう。

 戦車長はマドレーヌ。砲身をSA38に換装した車輌とフラッグ車にする予定。

 

・ソミュアS35騎兵戦車(全二輌)。

 最高速度が時速四◯キロメートルとなるフランスが誇る快速戦車*2、この速度はなんと従来の主力戦車の倍以上だ*3。実際のところ、ソミュアS35をカタログスペックだけで語れば、同世代で最高の戦車の一角であると云えた。機動戦が行えないのは数が足りないことの他、四十年代に開発された戦車には火力と装甲で劣るという点だ。

 正直なところ、問題なのは三十年代の戦車がマジノ女学院最高峰の戦車という事実な気がする。

 戦車長はエクレールとフォンデュ。エクレールは相手の裏を掻こうと試みる気質を持っており、頭の回転も早い。遊撃する適性を持っていると考える。フォンデュの実力は平均的、エクレールとの相性が良さそうなので相方にするのが丁度良い気がする。他の生徒は機動戦をさせるには、少々防御戦術に慣れすぎている。

 

・ARL44重戦車(全一輌※レストア中)

 終戦時にギリギリ設計だけは間に合ったとされる重戦車。

 第二次世界大戦勃発以後に設計された車輌なだけあり、その性能は同じ重戦車のB1bisを容易に上回る。また最高速は時速三五.七五キロメートルとマジノ女学院の戦車にしては実に速い。

 無事にレストアが成功した暁にはマジノ女学院にとって大きな戦力となるはずだ。

*1SA18は戦車を撃ち抜けないけども、SA38はなんと戦車の装甲も撃ち抜ける!※B1bisは近距離ではないと撃ち抜けない。

*2フランス戦車に限る

*3当社比です




私的に設定資料をまとめているだけ、知識間違っているところがあったら教えてくれると嬉しいです。


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GI6調査レポート

時系列的には大会前日までの情報、追記予定あり。


■目次

1.プラウダ高校

2.ワッフル学院

 


■プラウダ高校(総合評価B+)

・戦車B+(質B、量A)

・練度B+(統制A、技量B)

・戦術B (スチームローラー作戦、縦深攻撃戦術)

 

▼概要

 前年度戦車道全国大会覇者。

 チーム内の統制は取れており、戦車の質と相まって、生半可なことでは崩れない頑強さを売りとしている。

 その売りの通り、装甲の厚い戦車を前面に出して敵戦線を力押しで崩すスチームローラー作戦に定評があるが、決して力押し一辺倒の戦い方ではない。自慢の重戦車部隊で敵前面を押しながらTー34の別働隊で敵後方を脅かすなどの搦め手を使うこともある。

 総じて自身の持つ戦車の強みをよく理解し、強みを生かした戦術で戦うことを得意としている。

 

▼所属選手

・カチューシャ(三年、注意度A)搭乗戦車、T-34/85中戦車。

 プラウダ高校戦車道チームの隊長。言わずと知れた、小さな暴君。地吹雪のカチューシャ。

 優れた状況掌握能力を持っており、敵味方の現状を把握して、適時、的確な判断を下すことに長ける。特に味方戦線の綻びを発見して立て直すまでが早い。また、敵戦線の綻びを見つけて躊躇なく突撃する大胆さ、状況に合わせて罠を仕掛ける強かさも兼ね備えている。その為、彼女が部隊を率いている時は通常の三割増しの頑丈さを持つと考えた方がよく、常に突撃と罠を警戒する必要がある。

 また彼女が率いる戦車チーム全体の練度も高く、素早い状況掌握から常に失敗の起こりづらい行動を取り続ける。それは決して目立つものではないが、地に足を付けた確かな強さである。

 

・ノンナ(三年、注意度A)搭乗戦車、IS-2重戦車。

 プラウダ高校戦車道チームの副隊長。通称、ブリザードのノンナ。

 縁の下の力持ちといった立ち回りで隊長のカチューシャを支え、主にカチューシャ一人では手が届かない場所を担当する。元よりプラウダ高校はカチューシャのワンマンによって成り立っている為、参謀というよりもカチューシャの考えた戦略や戦術を補佐する副官と捉える方が正しい。

 彼女が真の恐ろしさは副官としてではなく、砲手としての腕前にある。

 その狙撃能力の高さは高校ナンバーワン砲手として名高いサンダース大学付属高校のナオミに匹敵し、行進間射撃においても高い命中率を誇る。なによりも彼女の特長は照準を定めてから撃つまでの早さにあり、早撃ち勝負で彼女に勝てる高校生はいないと考えて良い。

 プラウダ高校の撃破数トップ、前年度全国大会では一試合平均撃破数トップ。

 

・クラーラ(二年、注意度B)搭乗戦車、T-34/85中戦車。

 プラウダ高校に留学中のロシア人、日本語が達者。

 突出した能力は持たないが全体的に能力が高く、欠点がない選手。またプラウダ高校の選手には珍しくカチューシャを恐れておらず、作戦行動に反しない範囲で大胆な行動を取ることが多々ある。

 一枚岩のプラウダ高校に入った変わり種。それ故に行動が読めないところがあり、対処が厄介。

 

・ニーナ(一年、注意度C)搭乗戦車、KV-2重戦車。

 カチューシャお気に入りの戦車、KV-2の戦車長兼装填手を務める。

 その戦術思考はカチューシャの流儀を色濃く受け継いでおり、根性と肝っ玉の強さからプラウダ高校の重戦車部隊の中核を担っている。

 カチューシャの頼れる同志。クラーラと違って、分かりやすくて素直な選手。

 

・アリーナ(一年、注意度E)搭乗戦車、KV-2重戦車。

 ニーナと同じ戦車に搭乗する装填手。ニーナと違って少し疑り深い。

 

▼主力戦車(計二◯輌)

・T-34中戦車:七輌

・T-34/85中戦車:六輌

・KV-1重戦車:一輌

・KV-2重戦車:一輌

・IS-2重戦車:一輌

・SU-152自走砲:二輌

 

 

 


■ワッフル学院(総合評価E+)

・戦車E(質E、量E)

・練度C(統制C、技量C)

・戦術E(強襲戦術、撹乱戦術)

 

▼概要

 今年度から戦車道に参戦した部活動の戦車道チーム。元は強襲戦車競技(タンカスロン)に参加していた二チーム、“同盟者”と“協力者”が合併して生まれた。

 後援会を持っていないので資金力に乏しいが政治力は高いものを持っており、サンダース大学付属高校からは105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン)、我ら聖グロリアーナ女学院からは巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)を破格の値段で入手している。とはいえ上記した二輌以外の戦車は強襲戦車競技(タンカスロン)で扱っていたものを流用しているので、戦車の質という面から見ても脅威たり得ることはない。また彼女達が得意とする戦術は強襲戦車競技(タンカスロン)仕込みのものであり、戦車の数を揃えた戦車道での試合には適しておらず、今は試行錯誤の段階にある。

 だが戦車戦における経験は豊富であり、個々人の力量だけで云えば平均を超えている。

 その点にだけ注意しておけば窮鼠猫を噛まれることもないだろう。

 

▼所属選手

福井(ふくい)奏絵(かなえ)(二年、注意度D)搭乗戦車、巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)

 ワッフル学院戦車道部チームの隊長。元は強襲戦車競技(タンカスロン)チーム“同盟者”のリーダー。

 能力は平均的に高くて欠点を持たないが、突出した能力は持たず、基本的に真っ当な作戦を立てるので奇抜な策に打って出ることもしない。どちらかといえば、役割を与えることで力を発揮するタイプであり、その役割に準じた働きを果たす。

 今回、戦車道部チームの隊長ということもあり、よく纏めており、経理やスケジュール管理に精を出している。

 

張尾(はりお)(二年、注意度E)搭乗戦車、巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)

 福井と同じ車輌に乗る操縦手。元は強襲戦車競技(タンカスロン)チーム“同盟者”の副リーダー。

 ソツのない操縦技術を持っているが、それ以上に特筆すべき点のない人物。福井に対する忠誠心は強く、戦車道での試合の他、事務面での補佐を行なっているようだ。

 ワッフル学院戦車道部は福井と張尾の二人に支えられて、成り立っている。

 

王堂(おうどう)狐子(ここ) (三年、注意度C)搭乗戦車、巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)

 福井と同じ車輌に乗る砲手。元は強襲戦車競技(タンカスロン)チーム“協力者”のリーダー。

 強襲戦車競技(タンカスロン)界隈では高いカリスマ性の持ち主であり、三つ巴以上での戦いの場合は、その場で即席の共闘関係を作ることを得意としていた。その為か彼女には強いシンパが多く、強襲戦車競技(タンカスロン)界隈から戦車道へと先陣切った時には多くの者が彼女に続き、強襲戦車競技から戦車道に転向する。

 また彼女は戦車戦以外でも計略を好む性格であり、時には単身無防備で敵対勢力に乗り込むこともある。聖グロリアーナ女学院にも単身で乗り込んだこともあり、その時はルクリリとローズヒップが彼女に取り込まれ、巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)の売り渡しを大きく推し進めることになった。

 戦車道における試合よりも、盤外での動きに注意した方が良いかもしれない人物。

 戦車の指揮に関しては剛毅かつ豪胆、砲撃を受けても微動だにせず、必要とあらば戦車一輌、見渡す限りの砲撃の戦火に身を投じることができる人物。何時如何なる時でも紅茶を零さない、という聖グロリアーナ女学院戦車道の教えを体現できる人物でもある。

 また中学三年生の誘苑ジナコという人物と接触を続けており、ロリコン疑惑が掛けられている。

 

鷹見(たかみ)奈美(なみ)(一年、注意度B)搭乗戦車、105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン)

 王堂狐子の秘蔵っ子。ワッフル学院に入るまでは戦車道に興味すら持っていなかった人物。

 中学時代はサバゲーで大人チームと混じる程の実力者であり、あまりの被弾率の低さから敵チームから文句を言われることが多くなり、ワッフル学院に入学すると同時にサバゲーをきっぱりと止める。そして時間を持て余していた時に出会ったのが戦車道であり、王堂狐子の下で鍛えられた彼女はめきめきと力を付けた。そのセンスの高さは島田愛里寿を彷彿させるほどであり、予知能力染みた動きで戦場を駆け回る。

 実戦の経験不足と知識不足から失敗することが多く、未熟な面が目立っている。

 

琳瑚(りんご)(一年、注意度E)搭乗戦車、ルノーAMC35(ACG1)

 鷹見奈美の同期、イレギュラーやドミナント染みた彼女と比べられながらも腐らずに自分にできることを地道に増やし続ける人物。今はまだ脅威足り得ないが来年、再来年にはワッフル学院戦車道部の中心にいるだろう存在。王堂よりも福井に気に入られている。

 

風見鶏(かざみどり)ライカ(二年、注意度E)搭乗戦車、ヴィッカーズT-15軽戦車

 突撃バカ、とにかく接近戦を仕掛けようとする。王堂に惚れ込んでいる。

 

▼保有戦車(計八輌)

巡航戦車Mk.V(カヴェナンター):一輌

・105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン):一輌

・ルノーAMC35(ACG1):三輌

・ヴィッカーズT-15軽戦車:三輌




更新履歴。
8/19 ワッフル高校の情報追記。


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本編 プロローグ

 幼い頃、私は西住流に憧れた。

 完全に統制された戦車の行軍には胸が高鳴り、目標を一斉砲火で撃ち抜く姿には心が踊る。

 群が個となり、フラッグ車を頭に戦車が手足のように動く光景は芸術と呼ぶに相応しかった。友達の多くは島田流のニンジャ戦法に憧れを抱き、西住流の統制を乱す為に果敢に攻め入る姿に見惚れたが――如何に島田流が動き回ろうとも一糸乱れぬ、まるで要塞か戦艦のように悠然と対応し続ける西住流に、私は王者の貫禄を感じ取った。そして島田流の戦車が全て討ち果たされた時、私は胸の奥底から込み上げてくる熱い何かを抑えきることができなかった。ブルリと全身を身震いさせる。畏れか、感動の為か、いずれにせよ、武者震いであることは疑いようもない。きっと、これこそが私が求めていたものだった。

 これしかないと思った、この時に私は戦車道を極めることを心に決めた。自分で決めたから、これはもう誰にも覆させない決定事項だ。

 翌日から私は勢いのまま、憧れに向かって全力で駆け出すことになる。

 

 

 戦車道全国高校生大会、決勝戦。対プラウダ高校。

 黒森峰女学園に入学した私は一年生でレギュラーを勝ち取り、III号戦車J型の操縦手を担当している。本当は車長が良かったが、高校一年生でまともに戦車を動かせるのが私くらいしか居なかったので、操縦手として一年生主体のチームに編入された。そして車長を務めるのは二年生の先輩になる。

 そんな私達の今の役割はフラッグ車の護衛だった。

 黒森峰学園のフラッグ車は隊長の西住まほ――ではなくて、同じ一年生チームの片割れである西住みほ。まほとみほは姉妹であり、二人は西住流戦車道の後継者でもある。そんな二人と共に戦えることは光栄であり、西住流に憧れを持つ一人として試合に貢献しようと奮戦し続けてきた。そして今日も西住流の体現とも呼べる二人を中心に当たり前のように勝利を積み重ねるのだ。十連覇という栄光は二人が揃った今だからこそ相応しい、きっと今こそが黒森峰の黄金時代だ。

 この日は天候が悪かった。超重量の戦車が煽られるほどの強風、豪雨で視界不良の中で私は目を凝らし続ける。

 隊長はフラッグ車を隔離する戦術を取り、今、戦車の大半を率いて敵陣に向かっている。真正面からの砲撃であれば、黒森峰が他校に負けるはずがない。みほにフラッグ車を預けたのは、比較的、彼女が機動戦に優れていた為だと思っている。まあ主戦場から遠く離れた場所、こんな場所に敵が来るとは思えないが――いや、しかし、なんの偶然が起きるかわからない。気を引き締めて、周囲の警戒に当たる。その瞬間、ぐらりと戦車が揺れた。

 不幸はあった。しかし、そうなるべき要素は幾つかあった。

 先ず第一に周囲を警戒しやすいように開けた場所を選んだこと、そして背後を襲われないように崖を背後に取ったことだ。この場所に布陣したのは偶然ではない。隊長とみほが話し合って決めた場所であり、ある種の予定調和だった。不幸だったのは予想以上の豪雨だったことだ。そして、地図からではこの崖の下が河に抉られて突き出すような形になっているとは読み取れなかった。水を吸い込んだ地面は脆くなっており、戦車の重量に耐えきれずに崩れ落ちた。

 私は咄嗟にアクセルを押し込んだ。こなくそ、とエンジンが焼き切れるのも構わずに戦車が崖から落ちるまでの時間を稼いだ。

 ガリガリと地面を削る、泥濘んでいるせいでキャラピラが地面を噛んでくれなかった。

 

「行って、早くッ!」

 

 怒鳴るように叫んだ。それに促されるように二年生の先輩が指示を出す、搭乗員が続々と戦車の外へと飛び出していった。そして同学年の二人が私のことを見つめる。エリカと小梅、私と同じく一年生でレギュラーを勝ち取った二人だ。私は笑顔を浮かべて、行け、と顎で指示を出す。外から車長の先輩が二人を急かした。名残を惜しむように二人は私に背を向けると車外へと飛び出す。戦車が滑る、落ちていくのが分かった。川に着水する、車内に水が入り込んできた。

 

《……丈夫! 大丈夫ですか、茨城(いばらぎ)さん!?》

 

 通信手が投げ捨てたイヤホンから声がした。戦車が流されていくのを感じながら、私はマイクを手に取って告げる。

 

「みほ、私は大丈夫よ。この程度のことを私が乗り越えられないとでも?」

《だって、戦車が流されて……っ!!》

《車長! 敵に気付かれました、早く逃げないと!》

《あ、待って! 水の音!? 浸水しているのですか!? 待ってください! 助けにいかなきゃ!》

「……みほ」

 

 私は息を小さく吸い込んだ、そして意思を込めて告げる。

 

《前に大岩が、当た……当たるっ!》

「勝ってね」

 

 通信を切る。直後、強い衝撃が身を襲った。

 戦車道の戦車は特殊カーボンを使っているから安全というが、果たして何処まで持ち堪えてくれるだろうか。

 ぐるんぐるんと回る車内で、私は強く頭を打ち付けて、気を失った。

 

 

 目覚めた時、私は白い部屋の中にいた。

 病衣を着込んでおり、腕からは細い透明の管に繋がれている。全身を包帯で巻かれていた、何ヶ所か骨が折れているようで身動ぎするだけでも全身が痛んだ。思わず、呻き声が口から溢すとガタッという音が聞こえた。

 見れば、同学年の三人組。小梅とエリカ、それにみほが居た。

 三人は私の姿を見ると安堵するように息を零したが、「試合は?」と訊くと三人が同時に目を逸らした。「そっか」と私は目を伏せる、どうやら負けてしまったようだ。それはもう仕方ない、私達は幾度となく敵を打倒してきた。勝利とは当たり前ではない、優勝した高校以外は負けるのだ。負けることは当たり前で、ほとんどの高校は悔しさを噛み締める。だから、仕方ない、と割り切った。私達の失敗で戦車を一両駄目にしてしまったことも、敗因の一つにあるだろう。

 だから彼女達を責めようとは思わない。

 

「そうね、また次のために練習をしないとね」

 

 励ますつもりで告げると、三人は先程よりも色濃く表情を曇らせた。

 みほは気不味さから目を逸らし、エリカは血が滲むほど下唇を噛み締める。そして小梅は大きく目を見開いて、狼狽えている。ただ一人、直視する彼女の瞳は私の足に向けられていた。小梅につられるように私も自らの足を見る、しかし、それは叶わなかった。何故なら右足の膝下から先がなくなっていたのだ。

 ごめんなさい、と小梅が呟いた。ごめんなさい、と壊れたレコーダーのように繰り返す。ごめんなさい、と震えた声を霞ませて、彼女は何度も謝罪する。

 私は大きく深呼吸をした、まだ状況を掴めてはいない。しかしポロポロと涙を流す仲間の姿を放って置けなくて、抱き寄せる。小梅の顔を胸に押し付けて、その頭を優しく撫でてやる。貴方のせいじゃない、と言い聞かせる。貴方が無事でよかった、と囁き、そして声を押し殺すように泣き出した小梅を抱き締め続ける。噛み切ったのか、口の端から血を流すエリカを手招きして、親指で拭い取った。無言で目を潤ませるみほには笑顔を向ける。

 取り乱す仲間達に囲まれながら私は決意を固める、まだ私の戦車道は終わっていない。片脚を失った程度で私の戦車道への愛は揺るがない。なによりも私の為に涙を流してくれる彼女達の為にも、私は戦車道を続けなくてはならない。

 私は大丈夫だから、と心優しい仲間達の為にも私は頑張ろうと誓った。

 

 退院するまでに一ヶ月もかかった。

 入院中も周りから遅れを取らないように勉学は怠らず、良い機会だと思って、戦車道に関わる座学にも励んだ。リハビリには積極的に参加し、御飯は毎度のようにおかわりした。医者が云うには驚異の回復力、しかし黒森峰において、一ヶ月のブランクは余りにも大きい。ましてや隻脚のハンデもある。次の大会までには間に合うだろうか、いや、絶対に間に合わせてやる。

 心機一転、零から始めるつもりで松葉杖を両脇に戦車道部の戸を叩いた。

 

兵衛(ひょうえ)ちゃん、戻ったんだね!」

「貴方がいない間は退屈だったわ」

 

 まず出迎えてくれたのは小梅とエリカ、二人の明るい声に引きずられるように仲間達が集まってきた。

 そのほとんどが同学年で、なんだか少し有名人になった気分だ。義足になった脚のことを気遣う声も多かったが、この程度のことで躓いたりしない、力強く答える。それに小梅が気を引き締めるように表情を固めて、「無理はしないでね」とエリカは気遣うように声をかけてくれた。軽く騒動になっているところに顧問の先生が現れて、パンパンと手を叩いて生徒達を解散させる。そして顧問の先生は私を見つめると「付いてきなさい」と告げた。そのまま連れ去られるように案内されたのは生徒相談室、そこに待ち構えていたのは西住流の師範である西住しほ。正面の椅子に座るように促された後、熱々の茶を出される。

 猫舌の私が悪戦苦闘しながら茶を啜った。

 

「これからどうするおつもりですか?」

 

 睨みつけるような、なにかを見定めるような目に息を飲んだ。しかし、しっかりと見つめ返す。ここで引く気はない。

 

「とりあえずは次の大会でレギュラーを。この脚では操縦手は難しいと思うので砲手か通信手、本命は車長ですね。脚一本如きで私の戦車道を曲げる理由にはなりません」

 

 その言葉に、しほさんは無言で目を閉じる。

 無表情の口元が僅かに動いた気がした、重い空気を噛み締めるように時間が過ぎた。

 僅か数秒、感覚では数十秒、師範が私を見つめる。

 

「戦車道で扱われる戦車は安全性が考慮されているとはいえ、いつ事故が起きるとも限りません。なによりも戦車道は兵器を扱う以上、過酷で過激な競技という側面があります。脚を失う程の怪我を負った者に担えるものではありません」

 

 その口から出された言葉は、私が病院でも思っていたことだった。隻脚の身で戦車道を全うするのは難しい、だが私は仲間の為に挫けないと誓った。そして、その根本にあるのは戦車道に対する愛からだ、愛があったから脚を失っても戦車道に対する情熱を失うことはなかった。

 

「……つまり、何が言いたいのですか?」

 

 結局のところ、私がそうしたいから戦車道に復帰すると決めている。

 

「マネージャーという道もあります。戦車道に関われる道は他にも……」

「それでは戦車道を続ける意味がありません」

 

 これはもう覆すことがない決定事項だ。

 しほさんは重苦しい息を吐き捨て、意を決するように口を開いた。

 

茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)さん、もう貴方を戦車に載せるつもりはありません」

 

 見つめられる、懇願するように。気遣いは感じられるが、その意志を曲げることは絶対にない。それがわかる、何故なら私も同じく頑固だからだ。

 お互いに見つめ合った後、私は観念して、大きく息を吐いた。

 

「分かりました、仕方ありませんね」

 

 ありがとうございます、と頭を下げるしほさんに私は返事をせずに席を立つ。

 廊下に出る、後ろ手に扉を閉める。そして天井を見上げて、大きく息を零した。

 寂しい、と思った。もう仲間達と同じ戦場に立てないことが、同じ戦車に乗れないことが純粋に悲しかった。涙は見せず、食い縛る。もう同じ立場で同じ目標を目指すことは叶わない。黒森峰を敵に回さなければならない事実が、胸を締め付けた。小梅、エリカ、みほ、三人には申し訳なく思うが、私は私の戦車道を目指す。だから貴方達も自分の信じる戦車道を歩んで欲しい。そして何時か戦場で相見えることを願ってる。いや、必ず、会えるはずだ。なんせ黒森峰は最強だ、私が勝ち抜いて行けば、必ず出会うことになる。

 義足と松葉杖で廊下を歩く、その足で正面玄関の窓口に向う。そこで受け取った紙は転学に関する書類、三日後には全ての手続きを終えて学園艦を出た。

 戦車道に復帰する、それはもう決定事項だ。

 それが黒森峰で叶わないのであれば、他の高校に転入すれば良いだけの話だった。

 

 そういえば、と学園艦から離れる最中にみほの姿を見ていないことを思い出した。

 まあいずれ大会で会うことになると思って、この時は気にすることはしなかった。




女の子が主人公の話が読んでみたかったけど、少なかったからもう自分で書けば良いんじゃないかなって思ったんだ。でも今日、投稿前に調べてみると結構あったんだ。
投稿頻度は気分次第、遅くなると思います。

あと、名前が男っぽいですが女です。
名前に意味はあるけど、作品としてはあんまり意味ないです。
書き手のキャラに対する思い入れの問題。

戦車に対する知識はほとんどないです。
WoTを今から履修するべきかな。


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戦車道、再開します!①

 戦車道を続けると決めた私が選べる高校は少なかった。

 有名な高校は特待生が枠を埋めてしまっているし、隻脚の身で戦車道を続ける意志を伝えると顔を顰める相手も多い。もういっそのことで最初から部を発ち上げてやろうかと思って、高校の沿革を調べていた時だ。丁度、二十年前まで戦車道があったという大洗女子学園のパンフレットを机に広げていると、スマートフォンに連絡が入った。

 連絡先は事務課、電話を取ると私の転入先が決まったという報告だった。

 

 

 継続高校。規模は小さくて貧しい高校ではあるが、戦車道は盛んに行われている。

 ――という話なのだが、此処は何処の大正か。トタン屋根の物置とか生まれて初めて見た気がする。というよりも学園艦は最先端の技術が内包されているはずなのに街並みが寂れすぎている。此処は何処だ、県庁所在地を省いた東北か、それとも北海道か。流石に秋田南部とまでは云うつもりはない。しかし、まさか学園艦で時代錯誤を感じることになるとは思わなかった。

 まあ戦車道が続けられるのであれば、贅沢を言うつもりはない。先ずは校舎、ではなくてパンフレットの地図に書いてあった戦車道の敷地内に足を運んだ。

 継続高校は戦車道が盛んに行われているが決して実力が高い訳ではない。最近の十年間での戦績は初戦敗退を繰り返しており、去年は黒森峰が初戦で叩き潰している。統率や戦術が未熟だったこともあるが、連敗を重ねる最大の要因は他校に比べると戦車の質が圧倒的に劣っていることだ。

 まあ、その程度のことは覚悟してきている。

 黒森峰のような恵まれた環境は望まない。戦車の整備すらも儘ならないかもしれない、それでも戦えないことはない。戦車道の枠を特待生で埋めず、隻脚でも戦車に載せてくれる程度には人手が足りていない高校という条件に当てはまったのが継続高校しかなかった以上、後は与えられた環境で最善を尽くすだけだ。

 新しい戦車を巡り会えることは気分が高揚する、それが愛車になることを思えば尚のことだ。

 松葉杖を両脇に車庫に足を踏み入れた。

 腐っても戦車道、黒森峰と比べると決して多くはないが、十両の戦車が車庫に並んでいる。よく見ても、きちんと整備されているようで胸が踊った。此処から新しく私の戦車道は始まるのだ、悪くないではないか。そんな風に満足げに頷いていると、ヒラリと私の眼前に紙が落ちてきた。なんだろう、と思って目を向ける。

 今にして思えば、そこで気付くべきだった。此処には戦車道に関わっていそうな者が一人もいなかったことに、そして暫く大会がないにも関わらず、綺麗に塗装し直されていることに。

 その理由は全て、床に落ちている紙が雄弁に物語っていた。

 

 ――差し押さえ。

 

 ブロロロロン、という重厚なエンジン音が車庫の外から聞こえてきた。

 その数は一、二、三、四、合計十台。リーゼントやモヒカンをした女生徒達が「ヒャッハー、借金には現物徴収だァーッ!」という掛け声と共に十台の大型トラックが入り込み、そして、「それじゃあ確かに頂いたぁッ! ヒャッハーッ!! 完済証明書はこちらになりまぁーすッ!!」と完済証明書を置き去りに、戦車を全て持ち去ってしまった。

 後に残ったのは伽藍堂……と思えば、またしてもブロロロロンという重厚なエンジン音が響いてきた。

 その数は一、二、三、四、とにかく沢山の自動車が車庫に乗り込んできた。スタントマン顔負けの技術でズギャギャッとドリフトを決めながら次々と車が車庫入れされる。そして最後にはデコトラが乱入してきて、歌謡曲と共に荷台部分が左右に開かれる。中に詰め込まれたのは戦車道でもよく使う様々な整備道具や部品の数々であった。

 そして、デコトラでこぶしを効かせながら熱唱する和服の極道女が堂々と宣言する。

 

「ここを自動車部とするッ!!」

 

 イヤッフゥーッという歓声と共に車庫内は熱狂の渦に巻き込まれる。

 何が起きているのか理解できず、付いて行けず、ほんの数十分で戦車道部から自動車部に模様替えしてしまった車庫から、私は泣く泣く逃げ出すことしかできなかった。

 

 

 戦車道、私の戦車道は何処?

 もう夜更け近く、私は義足を引き摺り、松葉杖を突きながら学園艦を彷徨い歩いていた。

 戦車道を続ける為に遠路遥々継続高校まで転入してきたというのに、いざ来てみれば戦車は全て差し押さえられ、車庫は自動車部に占拠されてしまった。何がどうなっているのかわからない。戦車道部は確かにあると聞いて転入したのは、この仕打ちはあまりにもあんまりすぎる。片脚を失っても折れなかった心が挫けてしまいそうだ。こんなことになるならば、大洗女子学園に転入すれば良かった。

 ふらり、ゆらり、と路頭に迷い続けて、そしてバス停に腰を下ろした。なんとなしに時刻表を見ると朝と夕方の二本だけだった、ファッキン田舎め。黒森峰の学園艦だと三十分毎にバスが通ってたのに! そうして大きく溜息を吐いて項垂れる、そのままどれだけの時間が過ぎただろうか、地響きのような振動、聞き慣れた音に顔を上げる。

 その目に飛び込んできたのは、BT-42。

 嘗てフィンランド軍が新設される突撃砲部隊の為、ソ連軍のBT-7快速戦車を改修して完成させた機体だ。BT-7の持ち味だった快速はほとんど維持されており、履帯を装着時の最高速度は53km/h、履帯を外した時はなんと73km/hになる夢と浪漫の快速突撃砲だ。鹵獲した機体の改修品ということもあって、生産されたのは僅か18輌、内8輌が破壊されているので現存するのは10輌だけという幻の車輌でもある。

 まさか、こんな珍しい車体にこんなところでお目にかかれるとは――BT-42の中から誰かが顔を出したがそんなのを気にしている余裕はなかった。

 

「やあ、こんなところで――」

「クリスティぃぃぃぃんぅげほッごほッ!! まだ、まだ残ってたぁッ! うぁぁああんッ!!」

 

 泣いた、泣き喚いた。

 BT-42に搭乗していた三人組から引かれているが、それでも咽び泣くことを止められなかった。だってもう戦車道が続けられないかもしれないと思ったから、継続高校に転入したばかりで他の高校に行くことができる可能性は低かったから、私の心は戦車道と共にある。それを奪われることは片脚を失うことよりも辛かった。ふと空を見上げると満月が浮かんでいた。告白する時に、こんな言葉を選んだ人の気持ちがなんとなくわかった。

 BT-42を手で触れながら、うっとりと告げる。

 

「月が綺麗ですね」

 

 月が美しくて、それに照らされるBT-42があまりにも綺麗だったから、そう云うしかない。

 

「……ねえ、大丈夫かな、この子?」

「うーん、始めて見るタイプの子だね」

「うわっ、ミカが困ってるなんて珍しい」

 

 ひそひそと話し合う三人の事なんて気にせずにBT-42に頬擦りする。

 この冷んやりとした感触が最高だった。この感動的な出会いに死にそうになる。

 死んでもいいわ、と云う人の気持ちがなんとなくわかった気がした。




勢いで書けてしまったので、次回から真面目になるんじゃないかな。
全部、デコトラが悪い。
全国大会の時系列を大体、二十話程度を目処にしています。


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戦車道、再開します!②

Q.真面目な物語になりましたか?
A.書き始めは真面目だったから(震え声


 こちら継続高校生徒会室。

 生徒会長と書かれる卓上名札が置かれた机にて、私は大きく溜息を零した。

 目の前にあるのは学園艦統廃合政策の計画書であり、その候補には私達が住んでいる継続高校の学園艦も含まれている。理由は至って単純なものであり、近年に目立った実績がなく、年々生徒数が減ってきていることが上げられる。そして本来の予定では来年度、大洗女子学院の学園艦が廃艦される予定だったのだが――なぜか、ここに来て、継続高校が槍玉に挙げられることになった。

 なんでも大洗女子学院が来年度の戦車道全国大会で実績を作ることができれば、廃艦を取り消すという話が出てきてしまったようだ。もし仮に大洗女子学院が廃艦を免れた時、次点の候補であった継続高校を廃艦するというお達しが文科省より届けられる。

 それが一週間前の話、責任者の辻廉太に問い合わせたのが三日前のことだった。

 

『なあに簡単なことですよ、大洗女子学院よりも高い成績を残せば良いのです。そうすれば必然、継続高校が廃艦されることはありません。まあ発足一年目の学園に負けてしまうようなことなんて有り得ないとは思いますが?』

 

 ということであり、その翌日に学園艦まで来た辻廉太に廃艦を認める誓約書を書かされることになった。生徒会長である私の名義と拇印をしっかりと取られている。

 

「どうしてこうなる……」

 

 私、田篭(たごもり)茶子(ちゃこ)は頭を抱える。

 廃艦を免れる為、戦車道の予算を集め始めたのが昨日のことだ。そして改めて財政を確認している時に気付いたのだが――我が校の戦車道は慢性的な赤字であり、廃車となった戦車を修理し、戦車道関連の組織に売り出すことでなんとか活動を維持し続けてきた。そして今年は特に予算が足りなかったようであり、公式大会に出られる最低数の五輌だけを残して、他全ての車両を売り飛ばされることになっていた。

 このことを知った私はすぐ売り出される予定だった戦車十輌を守る為に動いたが、資金を集めきる前に持ち去られてしまった。後で聞けば、あの引き取り業者は辻廉太と繋がりがあるのだとか。ついでに暴走族集団である自動車部が、何処から嗅ぎつけたのか、もしくはリークされてしまったのか、戦車道の車庫を占拠してしまっている。普段であれば、戦車の砲をぶっ放して追い払っているところだが、その肝心の戦車の数が足りていなかった。

 頭が痛い、胃が痛い、なんでこうも不幸が重なるのかよく分からない。

 

「まあ不幸ばかりじゃない」

 

 三日前、黒森峰で一年生レギュラーだった者が転入届を出して来たのだ。

 全国大会の事故で片脚を失ってしまっているようだが、戦車道に対する強い情熱から戦車に載ることを強く要望している。その話を聞いた私は二つ返事で承諾、是非、戦車道を立て直す為に役に立って貰おうと考えた。今でも我が校にはエース級の人材がいるが、彼女達はちと協調性に欠ける。個で一騎当千の活躍を見せても、群を統率する意思が見受けられなかった。

 パソコンを見る、改めてプロフィール欄を開いた。

 名前は茨城(いばらぎ)白兵衞(しろべえ)、男っぽい名前だが正真正銘の女だ。小学生の頃は弓道部に所属しており、中学生になると同時に戦車道への道に入る。その時、母方の家を勘当されており、今名乗っているのは父方の姓になる。中学では車長と兼任して砲手を担うことが多く、黒森峰女子学院に進学してからは操縦手としての腕が見込まれる。その後、一年生の身でありながら彼女はIII号戦車J型の搭乗員に抜粋された。そして全国大会の決勝、対プラウダ戦において事故に遭遇、片脚を失うことになる。

 濃い人生を歩んできている。ふんふんと流し見て、ふと彼女の経歴に違和感を覚えた。

 

「なんで高校からは操縦手をやってんだろ?」

 

 弓道部、砲手と続けてきているのだから、高校でも砲手となるのが普通だろう。

 なにかやむ終えない事情でもあったのか、それとも彼女には操縦手として類稀な才能を持っていのか。

 それは実際に話を聞いてみないことには分からないか。

 

「とりあえず、今は戦車道の為に予算を捻出しないと……でも新しく戦車を買うだけの資金はないんだよねえ」

 

 近頃は廃車を仕入れることすらままならないという話だ。これって絶対に妨害入ってるよなあ、と天を仰いだ。今日は満月が綺麗だ。ん、満月? 咄嗟に体を起こし、背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら同じ生徒会仲間に問いかける。

 

「えっと作業中、申し訳ないんだけどさ。ちょっと質問するんだけど……」

 

 皆の様子を窺いつつ、恐る恐る口を開いた。

 

「茨城さん……そう、今日来る転入生なんだけど……誰か、彼女が学校まで来たって報告を聞いてる?」

「いえ、そんな話は、なにも……」

 

 室内にいる全員が首を傾げる光景に、サアッと血の気が引くのを感じる。

 もう外は真っ暗闇、暴走族が暴れまわる外を松葉杖を突いた人間が彷徨い歩いているだなんて考えたくもなかった。

 

 

 こちらBT-42、BT-42。別名クリスティ突撃砲の車内にて。

 戦車道を探し歩くこと数時間、ようやく出会うことができた戦車に感極まって涙した。それが落ち着くまで更に数十分、私の事情を聞いたBT-42に搭乗する三人組が、親切にも学園寮まで送り届けてくれることになった。

「この辺りは夜になると珍走団が多くなるからね」と操縦レバーを両手にBT-42を乗り回すミッコ、「あんまり暗いところは一人で歩き回らないほうがいいよ」と気遣うように答えてくれるのはアキ。「人生には幾つもの出会いがあって、別れがある。今回もその一つということかな」とカンテレを奏でるのがミカ。話を聞けば、彼女達は継続高校の戦車道科に所属しているようであり、他にも二十人近くの生徒が戦車道科に所属しているという話だ。黒森峰では学年毎に四、五十人、全学年で百二十人以上も所属していることを考えると規模は大きくない。とはいえ、戦車一台に三人と換算すると八台は動かすことはできる。

 全国大会を勝ち抜くために最低でも十輌は欲しいな、と漠然と考えた。

 

「まあそれも昨日までの話なんだけど」

 

 舗装路を結構な速度で飛ばすミッコがこともなげに告げる。

「どういうこと?」と比較的常識人っぽいアキを見ると「うちってほら貧乏だからね」と気不味そうに答えた。

 

「戦車道の車庫が取られたのは必要がなくなったからなんだよね」

「必要がない?」

「車庫に停めておく戦車がないから」

 

 ん、それはどういう意味なのだろうか。ポロンとミカがカンテレを響かせる。

 

「車庫、それって戦車道にとって大切なことかな?」

「大切でしょ」

 

 思わず、即答するとミカはやれやれといった様子で首を横に振る。

 

「まあ置いておく戦車なんて、これ一輌しかないしな」

 

 ケッケッケッとミッコが肩を揺らしてみせる。

「どういうこと?」と改めてアキを見ると「うちってほら貧乏だからね」と先程と同じ答えが返ってきた。

 

「継続高校で動かせる戦車はこの一輌だけ、あとは売り物にもならないような廃車がガレージに転がってるだけだしねー」

「ガレージっていうか廃工場、元々自動車を作ってたみたいだけど……」

「いつまで全力で漕ぎ続けられるわけじゃない、自転車操業にはいつか無理が来るものだよ」

「乗る物なくなったおかげで搭乗員はみーんな、自動車部の方に行っちゃったしね」

 

 アキが溜息を零した。いやちょっと待って、と私が待ったをかける。

 

「えっ、それだと戦車道科ってどうなってるの?」

「搭乗員は私達三人だけ、いや、兵衛(ひょうえ)も含めて四人になるんだっけ?」

「機械弄りが好きな奴らは残ってるはずだよ。あいつら新品よりも廃品を弄ってる方が好きな変態達だしね」

 

 そう言いながらミッコが前時代的なトランシーバーを投げてよこした。

 

「これを作ったのは私らに協力してくれてるアマチュア無線部の奴らだよ。電子機器は大体、あいつらが作ってんな」

「炊飯器とか冷蔵庫とか、電子レンジ、トースター、冷房機に暖房機!」

「そうそう、私達の生活環境はあいつらのおかげで支えられているな」

 

 アマチュア無線部って、いつからジャンク屋集団になったのだろうか。

 

「ついでだから私達の秘密基地まで寄ってく? どうせ寮までの通り道近くだしさ」

 

 ミッコの言葉に私は強く頷き返した。

 色々と不安に思うことはあるが、それでも戦車道だ。

 その関わりを持つ場所に向かうことに胸がときめかないはずがなかった。

 

「……時に風は素敵なものを運んでくれるようだ」

 

 ふと呟かれたミカの言葉に私が首を傾げると「あー、いつもの事だから気にしないで」とアキが言う。ミカの不思議ちゃん属性については、ここまでのやり取りでなんとなく分かっていた私は素直に頷き返した。

 それからミッコの何気ない戦車捌きに、まるで自分の体のように扱うなあ、と感心して見つめていた時のことだ。

 どかん、と廃工場が爆発した。

 

 

 悲鳴が上がる、生徒会室で。

 暴走族の頻出は学園艦の住民からクレームが届けられる程で、そんな暴走族が我が物顔で走り回る夜に隻脚の転入生の行方が知れず――入艦履歴から学園艦にいることは確か――、転入生を見つけ出す為に風紀委員を呼び出して、生徒会と合わせた特別捜索チームを編成している最中に廃工場が爆発したのである。

 生徒会員は全員、頭を抱えた。膝が折れた。もうやだ、と弱音を吐いた。お家帰りたい、と泣き言を言った

 それでも世の為、人の為、学業の為に、生徒会は立ち向かわなくてはならない。胸に刻んだ使命感と学園艦に対する愛着から「致命傷で済んだ」と強気に笑って陣頭に立つのだ。何故なら、生徒会は学園艦の全てを司る頭脳である為だ。此処の機能を止めてしまえば、誰が学園艦の統率を取れば良いのだ。そんな中、ピロリン♪ とメールが届けられる。暴走族が活動を開始したという報告だった。事件は現場で起こっているという、確かにその通りだ。でも忘れないで欲しい、君達が現場で形振り構わずに目の前の仕事に集中できるのは、裏で支えている誰かがいるからだってことを。再び折れてしまった膝で立ち上がる、子鹿のように。そして「半分死んでたな」と引き攣った笑顔で言ってやるのだ。

 その頃、風紀委員は住民の安全を確保する為に盗んだバイク――生徒会に所属する誰かの私物――で走り出していた。

 十五の夜である。

 

 

 誰かは言った、研究は爆発である。

 割れた眼鏡に煤だらけの白衣、幼女と見紛う体躯で私はレンチを片手に引きずり歩いた。

 名を告げる、私こそが学園非公式クラブであるアマチュア無線部の部長、蛇草(へびくさ)宇宙(そら)だ。よく道端に不法投棄されている家電を持ち帰って、修理して誰かに売り飛ばすことを趣味にしている。近頃の悩みは通信機器よりも電子機器と電気機器を扱うことの方が増えていることだ。近頃の許せないことは、通信と電子と電気を一緒にして考える連中が増えていることである。

 非公式のせいで学園から予算が降りないから、小遣い稼ぎで機械修理とか請け負ってるけどさー! 何処のアマチュア無線部が戦車修理とかするんだよ! ふっざけんなー、ばかやろ、このやろー! トランシーバーを一から作れるなら戦車修理もできるとか、どういう理屈だよ! できるけどさ、資金があれば絶対やってねーよ! 資金難が嫌なら学園に申請して、アマチュア無線部を正式な部活動として承認して貰えば良いんじゃないかって? 電波ジャックしなくて何がアマチュア無線部だ! 公式ならアマチュアじゃないよ、アマチュアじゃあさッ! 学園チャンネルとか、ただの部活動じゃないか! ただの無線部じゃないか! 学園艦が発信するチャンネルを放送時間外にジャックして、雨の日の深夜零時にマヨナカテレビを放送するのが私の趣味なんだよッ!!

 それはまあ良いんだけど、先日、半球体の珍妙な形をした模型を発見したんですよ。半球体の被り物にドライバーを差し込んで弄るやつ、それを適当に弄って遊んでたら何故か爆発した。すごく爆発した、よく分からないけど爆発した。たぶん被曝はしてない。廃工場に用意した私の研究室は半壊、よく分からない化学薬品に引火して、よく分からない臭いと色をした煙がもくもくを上がってる。

 あ、やっべーな、これ、やっべーな、って思ったんです。

 念の為に研究室に置いてある薬品のラベルには全て黒マジックで『これは人体に害のない薬品です』と書いているので倫理的には大丈夫だと思うけど、この惨状は冗談じゃ済みそうにないなって、許してもらえそうにないかなって。だから悪の秘密結社らしく「あーばよ、とっつあーん!」って逃げようとしたけど、一足遅かったようで燃える工場内に戦車が乗り込んできた。

 

「ソラったら、またやっちゃったなあ」

 

 知り合いのミッコの声が響き渡った。

 数多のバイク音がブォンブォンと響き渡り、そして廃工場を完全に包囲した。ああ、もうこれダメだって、観念して私は悪役らしく――こんなこともあろうかと用意していた自爆スイッチを作動させる、ポチッとな。

 廃工場は半壊した、これは人体に害のない爆発だから大丈夫です。倫理的に。




爆発オチってさいてー

※この物語と某宇宙航空開発機構とは一切関係はありません。
※この物語と現実のアマチュア無線部は一切関係ありません。


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戦車道、再開します!③

 兵衛(ひょうえ)ちゃんが黒森峰女学園を去ってから三日が過ぎた。

 全国大会決勝以来、みほは部屋で引き篭もるようになっており、顔を合わせることもできなくなっている。エリカはエリカで苛立ちを隠せないようで、鬱憤を晴らすように練習にのめり込んだ。そして、その原因である兵衛が居なくなってから戦車道部では気まずい空気が流れている。今は隊長のまほが纏めているが、それでも練習に身が入らない者が多い。正直、今、本気で戦車道に取り組んでいるのはエリカだけだ、鬼気迫ると言っても良い。「赤星小梅ですが、仲間内の空気が最悪です」とでも呟きたくなる気分だった。

 これも全て兵衛が勝手にいなくなったせいだ。

 復帰する前から彼女が隻脚のせいで戦車に乗れなくなるという話は講師から聞かされている、そのことは仕方ないと思った。幾ら彼女であっても片脚を失ってしまえば、受け入れざるを得ない。何故ならば、戦車道は兵器を取り扱っている以上、常に危険と隣り合わせである為だ。そのことは片脚を失った彼女自身が最もよくわかっている。だから彼女が戦車道を諦めてしまうことは仕方ないことだと思った。

 私のせいだ、と思った。兵衛は私のせいじゃないと云うけども、彼女は誰よりも早く異変に気付き、私達を助ける為に戦車を操縦した。そして、そのせいで最後まで戦車に残ると云う選択をさせてしまった。彼女が戦車を動かさなければ、皆、川の中に落ちていたのかもしれない。どうしようもなかったことだったかもしれない。でも彼女が稼いだ時間が私達を助けた。そして彼女だけを戦車に残して脱出したのは私自身だった。

 責任を感じるのは筋違いかもしれない、彼女の意思を踏み躙ることかもしれない。それでも今は整理を付けられない、彼女を犠牲にしたという罪悪感を拭いきれなかった。

 よく失敗するようになった、細かい失敗が多い。集中できず、先輩に戦車から追い出されたこともある。

 嫌な空気が漂っていた。歯車が噛み合わない。よく思い出されるのは汗だくになった兵衛、何時も彼女は頑張っていた。黒森峰の一年生は兵衛が中心で、どんな窮地に追い込まれても諦めることを知らない彼女にみんな引っ張られた。二年後の未来、みほが全体の指揮を執り、陣頭ではエリカが戦車を率いる。その中心には兵衛が居て、全員を盛り立て繫ぎ止める。そんな理想を思い描いていた。

 だけど私は分かっていなかった、兵衛はどんな窮地に追い込まれても諦めることを知らない。その本質を理解していなかった。

 あの日、兵衛が復帰すると決まった日、戦車に載れなくなった彼女がマネージャーとして戦車道を続けると聞いた時、私は頑張らなきゃって思ったのだ。気を引き締める、気合いを入れる。戦車に乗れずとも戦車道に戻ってくる、そのことが嬉しかった。そして彼女の代わりになれるように、彼女の目指した戦車道を私が代わりに実現するんだと心に決めた。だから、このままではいけないって思った。心機一転、不甲斐ないままではいられない、と両頬を叩いてみせる。

「……バカね」と隣のエリカが呟いた。その視線は戦車道講師に向けられており、唇を噛み締めている。

 

 その日、彼女は戦車道部に顔を出さなかった。

 

 その一週間後、彼女には黒森峰女学園を去っていた。

 家具はそのままで生活に必要な荷物だけを持っていったようだ。合鍵を受け取っていた私は兵衛の部屋に入る、まだ匂いは残っている。しかし戦車道関連の小物がない彼女の部屋は、なんだか凄く、寂しい気がした。なんとなく私は彼女のベッドの上に転がって、大きく息を吐いた。同じだけ息を吸い込んで、また吐き出した。どうして彼女は何も言わずに出て行ったのだろうか、戦車道が嫌になってしまったのだろうか。本人はまだ戦車に載れる気でいたとか? どうせ去るなら、その前に相談の一つでもしてくれれば良かったのに、と愚痴を零す。そんなことを思いながら目を閉じると、気付けば意識は遠のいていった。

 ピロリン♪ とメールの着信音が鳴り響いた。開くと「兵衛ちゃん」という文字が目に入った。

 

 ――継続高校なう。

 

 という少し時代遅れな一文と共に、両脇に松葉杖を挟んだ兵衛がBT-42の前で満面の笑顔を浮かべている写真が送られてきた。添付された写真の意味を理解する前に今度は電話の着信音が鳴り響く、相手は同じく兵衛だ。彼女が出ていってから音信不通だったのに、今更になって連絡を入れてくるなんて、

 

「兵衛ちゃん!」

 

 そんな不満は第一声を口にする時には消えていた。

 話したかった、声を聞きたかった。そして謝りたい、きちんとお礼が言いたい。そして文句を言ってやりたい。理由が聞きたい、今は何をしているのか聞きたい。様々な思いがごちゃまぜになっている、もうなんでも良いから話がしたかった。

 その想いとは裏腹に、あっけらかんとした声がスピーカー越しに聞こえてくる。

 

『やっほー、小梅ちゃん。元気にしてた?』

「元気にしてたじゃないよ! 急に居なくなって、相談もしないで! 思い詰めていたなら相談の一つくらいしてくれたって……!」

『そうだね、私も驚いてる。急に継続高校行きが決まったからね』

 

 まるで他人事のように告げる。私の気持ちなんて御構いなしに、そうなることが当然の流れだと云うように彼女は、そんなことよりも、と無責任に話を続けるのだ。

 

『ちょっと話を聞いてよ、継続高校に行って早々さー』

 

 そんな緩い語り口調と共に、とても信じられないような話を聞かされることになる。

 戦車道の戦車が差し押さえられてたりとか、車庫を自動車部に占拠されたりとか、廃工場が爆発した話とか、そしてまた廃工場が爆発した話とか、楽しく話し続ける彼女の言葉を遮り、今、彼女は戦車道を続けているのか否かを問うた。

 すると彼女は電話越しでもわかる程の満面の笑顔で告げる。

 

『もちろん続けてるよ!』

 

 その後すぐに『そもそも私が戦車道を諦めるとか考えられる?』と煽るような言葉に思わず笑ってしまった。

 心を奥にあった靄のようなものが晴れた気がした。ありえない、と心の内で同意する。彼女は度し難い程の戦車バカ、そのことを誰よりも知っているのは私だったじゃないか。

『泣いてる?』という声が聞こえてきて、「泣いてないよ」と人差し指で目元を拭い取る。

 

『そうなの? それでさあ……』

 

 まだ続く彼女の話を私は、うん、うん、と頷きながら耳を傾ける。

 彼女の私室のベッドで横になりながら。

 

 

 風紀委員の手によって生徒会室まで連行された私達は生徒会長を前で正座している。

 私の横に並んでいるのは、ミカ、ミッコ、アキのクリスティ三人娘とソラと云う白衣の眼鏡幼女。そして目の前にいる生徒会長は茶子(ちゃこ)と名乗っていた。その会長は嘆くように机に突っ伏しており、もうやだ、お家帰る、とうわ言のように繰り返している。カンテラを取り上げられたミカが時折、「人は失敗する生き物だからね。大切なのはそこから何かを学ぶってことさ」とか厚顔無恥なことを口遊めば、会長がジロッとミカのことを睨みつける。その度にミカは、やれやれ、と口を閉ざした。彼女は余裕ぶっているが、額に汗が滲み出している辺り、長時間の正座がこたえているようだ。ミッコとアキはもう限界近いようで共に姿勢が前のめりになっている。ソラは無表情で延々と素数を数えている、それで顔色が徐々に悪くなってきていた。ちなみに私は片脚で正座だとバランスが取れないので、足を崩すことは許されていたりする。

 コンコンと扉が叩かれた。失礼します、と生徒会役員らしき女性が会長に声をかける。

 

「会長、戦車道の現状を纏めることができました」

 

 そう言いながら資料を手渡し、「あーうん、ありがと」と会長が頭を抱えながら受け取る。そして目を通し、大きく溜息を零す。

 

「戦車道部の戦車はBT-42を除いて、全て大破らしいな。アマチュア無線部の連中が云うには修復不可能と云うことだ。特殊カーボン仕様の戦車をどうすればここまで破壊できるんだ」

「せ、戦車が敵の手に渡った時のことを考えて、こんなこともあろうかと…………」

「こんなことに使うべき代物じゃないだろ、明らかに」

 

 ジロリと睨みつける会長に、ひうっと涙目で萎縮する白衣の幼女。長時間の正座を震えながら堪える姿が小動物のようで可愛らしかった。

 

「技術の発展には必要な犠牲でぇ……」

「ほうっ?」

「な、なんでもありません」

 

 ちなみに会長は二年生だ。二年生で生徒会長なんて凄いなって思ったけど、ミッコが云うには、そもそも継続高校には生徒会長になりたがる人間がいないようだ。

 

「戦車道が戦車を五輌、用意できなければどうなると思う?」

「……公式大会に出られない?」

 

 少し考えた後にアキが答えると「その通りだ」と会長が答える。

 

「では公式大会に出られない戦車道はどうなると思う?」

「戦車道が履修科目から消える……っ!?」

「正確には国からの補助金が貰えなくなる、だな」

 

 顔を青くするアキをよそに、会長が言葉を続ける。

 

「戦車に使う燃料とか弾薬は全て、国からの補助金で賄っているんだ。それが貰えないとなると戦車一つ動かすこともままならなくなる。つまり継続高校で戦車道を続けることは難しくなるということだな」

 

 会長の言葉にミッコが「私も自動車部に行く方が良かったかな」と何気なく零した。

 ミカがカンテラを弾く素振りを見せる。そして、顔を顰めてから会長に向き直った。

 

「リュティ、隠していることがあるだろう?」

「その呼び名は好きじゃないな」

 

 会長は不機嫌そうに言い返し、「まあミカには敵わないか」と半ば諦めるように溜息を零す。

 

「来年度、戦車道の公式戦で大洗女子学園よりも良い成績を残さないとこの学園艦を廃艦にする、というお達しが文科省から届けられた」

 

 えっ、と声が溢れる。ミカ以外の三人も似た反応をしていた。

 

「ちょっと待って、まず大洗に戦車道はないはずでは?」

 

 まず大洗ってどこ? という反応の三人を他所に私が問いかけると「来年度から戦車道が復活するそうだ」と会長が答える。

 

「大洗女子学園も学園艦の廃艦が予定されている。本命はあちらのようだが、私達はもしもの時の保険なんだろうな」

 

 文科省はどうしても学園艦を廃艦にしたいようだ、と会長は肩を竦めてみせる。

 ミカは目を閉じたまま沈黙する。ミッコとアキは唖然としており、白衣幼女は眉間に皺を寄せた。私はどんな表情をしているのだろうか。驚愕しているのか、それとも己の不幸を嘆いているのか。よく分からない、ただ五人に共通していることは正座の苦しみで身を震わせていることだった。戦車は残り一輌。新たに戦車を購入はできない、と会長は告げた。

 ここから来年までに、どうやって立て直せば良いのだろうか。分からない、片脚を失った時と同じ感覚がある。

 

兵衛(ひょうえ)……うん、呼びにくいね。ヘイヘ、君は随分と楽しそうだ」

 

 ミカに告げられた言葉に、私は自分が笑っていることを知った。

 

 

 翌日、半壊した廃工場の前に私はいる。

 爆発の影響で天井は吹き飛んでおり、青空教室ならぬ青空ガレージと成り果てていた。戦車道の整備員――もといアマチュア無線部の連中が大破した戦車を意気揚々と点検しており、「これならニコイチで直せるな!」という威勢の良い声と共に嬉々として修理に取り掛かった。あと戦車道科の人間のほとんどが講義をサボって自動車部で自動車とバイクを乗り回しているという話を聞いた。

 今、この場にいる搭乗員は私の他にミカとミッコ、それにアキの四人だけになる。

 まさしく絶体絶命、崖っぷちの逆境だ。

 だが、まだ終わった訳ではない。黒森峰では可能性は零だった、でも今は可能性がわずかにでも残っている。零と一では大きな違いだ、可能性が一つでもあるのなら追わない理由はない。また戦車道ができる、戦車道を目指すことができる。それだけで私は前に進むことができた。

 BT-42の上でミカがカンテレを奏でる、その音に惹かれるように振り返った。

 

「私は戦車に乗ることしかできない人間だからね」

 

 心地よい旋律が辺りを包み込んだ。なにを言うつもりなのだろうか、ミカは私を見つめて続く言葉を口にする。

 

「私の戦車道はただ一輪だけでも成る」

 

 少し寂しげに語られる、私を見つめる目が細められる。

 

「だから此処で君は君の戦車道を形にすると良い」

 

 そういって彼女が微笑んだ。

 風が吹いた、強い風が野ざらしになった廃工場に吹き込んでくる。

 ミカはチューリップ帽を手で抑えながら続ける。

 

「強い風が必要だ、新しい風が私達を未来へと紡いでくれる」

 

 彼女の話し方は理解が難しい、でも言いたいことはなんとなく分かった。

 

「副隊長ならやったげる。隊長はミカだよ、面倒だからって責任を押し付けないで」

 

 やれやれ、とミカが肩を竦める

 ガレージにある戦車三輌、BT-42の他に、ニコイチで復活する予定のT-26とT-34の二輌だ。

 なんとなくソ連戦車が多いなあ、と思いながら空を見上げた。

 燕が空を舞っている。

 

「私の戦車道はここからだ」

 

 決意を固めるように告げる。

 満月の月を目指して跳ばない兎がいないように、私もここから跳んでやると決めた。

 

 

『――ということで私は継続高校で戦車乗りになった』

 

 電話越しでも今、兵衛が浮かべている顔が分かった。

 話を聞く限りでは、とても戦車道を続けられるような状況ではないにも関わらず、彼女はとても楽しそうに笑っている。らしいな、と思った。如何なる逆境であっても彼女は諦めることを知らない、それが零になるまで彼女は抗い続けるのだ。

 どんな絶望的な状況であっても、彼女は変わらず最後まで戦い続ける。

 

『だから、この電話は宣戦布告になる』

 

 兵衛の声色が少しだけ真面目になった、まだ楽しさが大半だ。

 

『継続高校戦車道所属、茨城兵衛は黒森峰女学園を負かす。覚悟しておけ』

 

 その言葉に対して、私が返す言葉は決まっている。

 

「かかってこい、相手になってやる」

 

 晴れ晴れとした笑顔で、そう返してやった。

 彼女の私室のベッドで横になり、枕を抱き締めながら。




第一話完!
根掘葉掘先生の次回作にご期待ください!

茨木(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)(自称:兵衛(ひょうえ)、愛称:ヘイヘ)
 継続高校一年生、隻脚。

田篭(たごもり)茶子(ちゃこ)(愛称:会長、リュティ)
 継続高校二年生農業科。生徒会長。

蛇草(へびくさ)宇宙(そら)(愛称:ソラ)
 継続高校二年生。アマチュア無線部(同好会)所属。


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戦車、鹵獲します!①

 茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)、もとい兵衛(ひょうえ)は戦車道を諦めない。

 そこに一切の妥協はなく、片脚をなくした程度で戦車に乗ることを諦めるはずはない。と私、逸見エリカは戦車仲間である彼女のことを信じていた。そうであれば、私は彼女が戻ってきた時のために戦車道を続ける必要がある。そして、私のことを助けてくれた兵衛と共に来年の全国大会で優勝すると決意を固めた。

 西住流の後継者であるまほが隊長を務めて、みほと兵衛が両脇を固める。その上で地味ながら堅実な活躍を見せる小梅がいるのだから来年は負けるはずがない。才能に恵まれた三人に置いていかれないように、そして同年代で似た境遇の小梅に負けないようにより一層に戦車道に励むことを心に誓った。

 それが、どうして、こうなった!

 ベッドの枕を壁に投げつける。まるで振り上げた拳を何処に向ければ良いのかわからなくなったような――どうしようもない感情の発露を求めて、掛け布団を思い切り殴りつける。はあっはあっと荒い息が溢れた。どいつも馬鹿だ、馬鹿ばっかりだ。みほも、小梅も、しほさんだって、みんながみんな、馬鹿ばっかりだ! 今までどこに目を付けていた、兵衛が諦めないことは見ればわかる。戦車に乗せないと言われれば、彼女はあっさりと黒森峰を見捨てる。あいつはそういう奴だ、そういう奴だからこそ、みほやまほといった生粋の天才に肩を並べることができるのだ。勝つ為に、全ては自身の掲げた目的の為に、あいつは何処までも妥協なく突っ走る奴なのだ。

 兵衛のことを見誤って、みすみす何処とも知れない高校に手放して――こうなったら敵として叩き潰すしかない。あいつはそういう奴だ、手心を加えずに一切合切の躊躇なく油断も隙も見せずに叩き伏せる。それをあいつは望むに決まっている、そして、それこそがあいつに勝つ為の手段だと私は知っている。

 隙を見せたら倒される、確実に。たった一輌だけになっても虎視眈々とフラッグ車に狙いを定める。

 

 〜♪

 

 スマフォの着信音が流れる。

 苛立つ心を抑えて、スマフォの画面を見ると「茨城白兵衛」という文字が表示されていた。

 慌てて電話に出ると友人の聞き慣れた声が聞こえた。

 

『はいはーい、こんにちはー。今、大丈夫?』

 

 片脚を失ったにも関わらず、まったく気落ちしていない様子の兵衛に小さく息を零す。

 

「ええ、大丈夫よ。もうちょっと連絡を寄越しなさいよ」

『ちょっと色々とあって忙しかったからねー。エリカはどう? 元気なの?』

「ええ、元気よ。そっちは……元気そうね」

『まあねー。一時はどうなることかと思ったけど、無事に戦車道を再開することができそうだよ』

 

 うんうん、と頷くような声に私は胸を撫で下ろした。

 先程までの苛立ちは薄れている、自分が自然と笑みを浮かべていることがわかった。

 ただ、彼女が他の高校で戦車道をすることに少し寂しさを感じる。

 

「それでなんの用なの?」

 

 と、なかなか自分から連絡を入れてくれない友人に問いかける。

 彼女はあまり連絡を入れようとしなかった。それは何時でも戦車道のことばかりを考えており、暇な時間がないほどに充実した日々を送っているせいだ。そして、もう一つ、彼女を揶揄う時に使われる呼び名が音信不通に拍車をかけていた。

 そのため、彼女が連絡を入れる時は決まって、なにか用事がある時だと相場が決まっている。

 

『用がないと連絡しちゃ駄目なの?』

 

 そんな問いかけも何度目になるか、「用がないと連絡しないのはそっちでしょ」と少し語気を強めて返す。

 

『心が痛むなあ、まあ用事はあるけど』

 

 ほらね、やっぱり、と苦笑する。

 それが彼女らしかった、予想が当たったことが少し嬉しかったりする。

 兵衛のことは、たぶん私が最もよく知っている。

 そのことが今回の件でわかった。

 

『全国大会で私達が乗ってた戦車あるじゃない、あれってまだ残ってる?』

 

 不意の言葉に顔を顰める。あの時、兵衛を置いていった時の記憶が呼び起こされる。静かに息を吐き出して、小さく吸い込んだ。そして笑みを作って答える。

 

「ええ、残っているわよ。尤も廃車同然で修理するのも難しいらしいわ」

『ああ良かった、残っているんだね』

 

 電話越しに安堵する吐息が聞こえた。

 

『それ、いらないなら送ってよ。うちって今、戦車がなくて困っているんだよね』

 

 またあの戦車に乗るつもりなのだろうか。……怖くはないのだろうか。

 私は暫く、あの戦車に乗りたいとは思わない。あの時のことを思い出してしまうから同じ型番の戦車は避けるようにしている。

 当事者の兵衛はもっと怖いはず――いや、兵衛に限って、それはあり得ないことか。

 

「……敵に塩を送れってことかしら?」

 

 気遣う言葉は声に出ず、つい挑発的な言葉を口から出してしまった。

 

『王者の貫禄ってやつを見せて欲しいだけかな』

 

 そう言うと笑い声がスピーカー越しに聞こえてきた、それにつられて私も吹き出すように笑った。

 居心地が良いと思う、彼女との会話は気を使わなくて済んだ。

 

「まあいいわ、どうせ廃品業者に送る予定だったし。隊長に伝えれば、たぶん大丈夫なはずよ」

『よっ、エリちゃん大統領! 太っ腹!』

「感謝しなさいよ」

『うん、する。すっごくするよ! 大好きだよ、エリカ! 愛してる!』

「調子の良いことね」

 

 分かりやすいお世辞なのに、そう言われて気分は悪くない。

 あのIII号戦車J型も再び兵衛が乗るのであれば、嫌いにならないで済むような気がした。それにあの戦車も脚を奪った子の力になれるのであれば、報われると思った。だから必ず送り届けようと決心する。

 

「……来年、戦えるかしら?」

 

 なんとなく問いかける。こういう時、彼女がどう答えるかなんて知っている。

 

『私達が勝つよ』

 

 どんな戦力差であっても決して怯まない、ただひたすらに自身の勝利の為に邁進する。その胆力をいつも羨ましく思っていた。

 

「黒森峰は負けないわ」

『精々足掻くと良いよ』

「ええ、そうね。みっともなく足掻くところを私の前で見せて頂戴」

 

 売り言葉に、買い言葉。いつもそれで失敗しているのに、彼女相手だと全然気にならない。

 

『うん、全国大会で戦おう。約束だ』

「約束ね、わかったわ」

『それじゃ、戦車の方はよろしくね』

 

 プツッと電話が切れる。

 あれだけの啖呵を切ったにも関わらず、頼るところは頼ってくる。なんて恥知らずな奴なんだ、と思いつつも悪い気分ではない。あの子はどこに行っても変わらないままだ。それが嬉しかった。気付いた時には苛立ちなんて綺麗さっぱり消えていた、むしろ清々しい気分だった。

 さてと王者の貫禄を見せに行きましょう、と、まほ隊長を説得する為に私は部屋を出る。

 

 

 よし、これで戦車を一輌、確保することができた。

 これで四輌、あと一輌あれば最低限、全国大会に出られるだけの数を揃えることはできる。このことをミッコに伝えると「良い友達を持ってるね」と笑顔を向けられたので「とびっきりの友達だよ、私の自慢だね」と彼女以上の満面の笑顔で返した。会長はあと一輌の戦車を確保する為に、形振り構わず、他の学園艦に廃車やいらない備品がないか電話を掛け続けている。

 ここは継続高校生徒会室、ミッコとアキと私でお菓子を摘んでおり、半ば戦車道の溜まり場になり始めていた。

 

「そういえば、ミカは何処に行ったの?」

 

 ポテチを口にしながら二人に問いかけると「アキ、知ってる?」「知らないよ?」という言葉が返ってきた。

 これから本格的に戦車道を再開するのに何処に行っているのか、そういえば搭乗員が足りていないんだったか。もしかするとスカウトをしに行ってくれているのかもしれない。

 不意にガチャッと黒電話の受話器が乱暴に落とされる。驚き振り返ると会長が苦渋に満ちた表情を浮かべながら首を横に振った。

 

「何処の学園艦に当たっても戦車は余っていないってさ」

 

 はあ〜と大きく溜息を吐きながら項垂れる。このままなら戦車道が終わるかもしれない。

 

「簡単に諦めるなんて君らしくないよ、リュティ」

 

 ノックもせずに扉を開けて部屋に上がり込んできたのは、カンテレを抱えたミカだった。

 彼女は私の横に座ると机に広げた菓子類に手をつける。そしてクッキーを口に咥えながらカンテレを奏で始めた。

 いつでもカンテレ弾いてんな、こいつ。

 

「あー、ミカ。何処に行ってたんだよ!」

「戦車を譲って貰えそうなところに連絡を入れていたのさ」

「えっ、それじゃあ譲って貰えるの?」

 

 怒った表情から直ぐに嬉しそうに顔を綻ばせるアキの変わり身を見ながら耳を傾ける。

 

「なにかを手に入れようとするなら対価とリスクが必要だよ」

 

 そう言うと彼女はカンテレを奏でる手を止めて、次はポッキーに手を伸ばした。

 

「それでミカ、何処なんだ?」

「君が想像していることと一緒のはずだよ、リュティ」

「それしかないかな、やっぱり」

 

 会長がまた溜息を吐いた。

 アキは苦笑し、ミッコは楽しそうに笑っている。

 どうやら三人には話が伝わっているようだ。

 

「ミカ、どういうこと?」

 

 唯一、分からない私が彼女に問いかける。

 

「はっきりと言ってくれないと分からないかな」

 

 そんな彼女に面倒くさいなあ、と思いながら改めて質問する。

 

「対価ってなに?」

「勝利だよ」

「それじゃリスクって?」

「戦車一輌かな」

「……それで得られるのが戦車ね」

 

 もうここまで来ると話は大体わかる、なら後は――

 

「――どこから戦車を奪う気なの?」

「奪うなんてとんでもない、鹵獲するんだよ」

「同じじゃん」

 

 それで何処なの? と再度、ミカに問いかけると彼女は緩やかに口を開いた。

 

「プラウダ高校」

 

 その名は四強の一角、そして今年度戦車道覇者のものだった。

 

 

 継続高校とプラウダ高校の間には因縁がある。

 年に数度、両校の間では戦車道に基づく強化試合が行われており、その戯れの一つに鹵獲ルールと呼ばれる――ざっくりと云えば、戦車を対象とした賭け試合が行われているらしい。最大三輌の戦車で戦う小規模の試合である為か、なんと継続高校はプラウダ高校に鹵獲ルールで勝ち越しているという話だ。今年も既に二度行われており、二度とも継続高校が勝っているとのことである。そのためプラウダ高校の隊長は二度の敗北に恨みを持っているらしく、ちょっと挑発をしただけですぐ賭け試合に乗ってくれたということだ。

「彼女達も太っ腹だね」と戦う前から余裕たっぷりなミカは二度行われた試合での功労者である。

 

 さて、試合が決まったは良いが、そうなると搭乗員不足の問題が出てくる。

 戦車はBT-42の他に、T-26とT-34。III号戦車J型は間に合わない、T-26の方にはアマチュア無線部の連中が乗る予定であり、ソ連の傑作戦車と名高いT-34の方に私が乗ることになっている。しかし、今決まっている搭乗員は自分以外にいなかった。生徒会は仕事が忙しい為に――主に暴走族関連――戦車に乗ることは難しく、新たなチームメイトを探し奔走することになった。

 ちなみに試合は一ヶ月後であり、対戦相手は「クリスマスまでに終わらせる」と息巻いているようだ。

 

 それはさておきだ、

 いくら学園艦の危機とはいえ学生の本分は果たさなくてはならない。

 ということで私は今、校舎で講義を受けている――のだが、学校の机に座るといつも眠くなって仕方なかった。戦車道に関わることならば何時までも起きていられるのだが、それ以外の場所では眠気に負けて、いつもすぐ眠ってしまう悪い癖が私にはあった。おかげで前いた黒森峰ではエリカに万年寝る子と呆れ果て、小梅からはいばら姫、もしくはねむり姫と揶揄われ、みほからはぐ〜子と屈辱的なあだ名で呼ばれることが多々あった。

 今回も睡魔に逆らうことができず、あっさりと眠りについた。ここ最近は色々とあったこともあり、それはもうぐっすりと、起きた時にはもう空が赤くなっていた。

 あれ? と首を傾げる。何時もならエリカか小梅が起こしてくれているはずだが――見慣れぬ教室、自身の制服を見て、ああ、そうだった。と今の自分が継続高校の生徒であることを思い出す。

 眠く重たい体を起こし、戦車を見に行かなくちゃと大きく体を伸ばした。

 

「おはよっ」

「……ん? あ、うん、おはよう」

 

 目の前でにんまりとした笑みを浮かべる金髪の少女に、暫し目を奪われた。

 垢抜けないとも呼べる素朴な笑顔、水色の透き通った瞳が私を映す。綺麗だな、と思った。

 ぽけっとしていると少女は「貴方は何処から来たの?」と問いかけてきた。

 

「えっと、黒森峰から……」

「ああ、通りで将軍っぽいと思った」

「将軍?」

 

 私が首を傾げると「ええ、将軍よ。居眠り将軍」と笑みを深める。

 なんとなく不思議な雰囲気を持つ彼女に「貴方は誰なの?」と問いかけた。

 

「私? 私はスオミ。貴方は?」

「……茨城(いばらぎ)兵衛(ひょうえ)

 

 問われるまま答えると、彼女は首を横に振る。

 

「嘘はいけないわ。貴方は茨城白兵衛(しろべえ)よ」

「……その名前は好きじゃない。男っぽいし、芋くさいし、ましてや……」

「白、大事なのは白。きっと貴方には白色がよく似合うわ」

 

 ふふっ、と彼女が笑い声を零してみせる。

 

「白い将軍、白は好きよ。それとも居眠り将軍の方が好き?」

「兵衛って呼んでよ。将軍はいらない」

「貴方にヘイヘなんて似合わないわ。どうしてもって言うなら……そうね、シロエって呼んであげる」

 

 むうっ、と私は眉間に皺を寄せる。しかし彼女は嫌がらせが好きなのか、大人しそうな雰囲気とは裏腹にサディストなのか、ただ楽しそうに微笑むだけである。なんとなしに掴みどころがなかった、何処か胡散臭い気がする。ミカとは違って彼女はミステリアスな感じがした。

 

「戦車道、困っているのでしょう? 良いわ、入ったげる。貴方と一緒の戦車に乗せてくれるなら、だけど」

 

 スオミと名乗る彼女が告げる。願ったり叶ったりの提案を、私はすぐ呑むことができなかった。

 

「どうして?」

「どうして、っていうのは?」

「目的が分からない」

 

 注意深く彼女を見据えると、スオミは嬉しそうに目を細めて答えた。

 

「きっと一目惚れね」

 

 私は目を伏せる、告白にも似た言葉を告げる彼女のうっとりとした顔を直視できなかったから。スオミが口角を歪に上げた時、背筋にゾゾッと怖気が走った。

 視界を閉ざしたまま深呼吸をする。そして意を決して、目を開けると彼女の顔が目と鼻の先にあった。吐息がかかる距離、あら残念、と彼女は艶やかに笑ってみせる。思わず、椅子ごと身を引いた。生唾を飲み込んだ、こいつはヤバイやつだと確信した。でも、背に腹を変えられる状況でもない。だからといって彼女を受け入れるのはヤバすぎる。

 葛藤する、逡巡する。巡り廻る思考の末に私が出した結論は――

 

「戦車道で私を惚れさせてみせてよ。そうしたら私の方から貴方を……」

 

 問題の棚上げ。それも、とりあえず彼女を戦車道に繋ぎ止めて、後のことは後で考えようという類のだ。しかし、それがいけなかった。

 

「貴方の方から私を求めてくれる、愛してくれるのね」

 

 こいつはまじでヤバいやつだった。

 

「ええ、分かったわ。早速、戦車に乗りましょう。私、頑張るわ」

 

 彼女は陶酔するように頬を赤らめさせ、その蕩けきった顔を抑えるように両頰に手を添える。

 私は今、選択を間違えた気がして仕方ない。



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戦車、鹵獲します!②

 私、鹵獲されました。

 どちらかと云えば小柄な方に分類される体躯。その私を大きく開いた両足の隙間に置き、後ろから抱き締める女性の名はスオミ。私の後頭部に顔を埋めながら深呼吸を繰り返している。助けを求めるようにミッコとアキを見つめるも、ミッコは無言でBT-42に乗り込み、アキは苦笑を浮かべるばかりで言葉一つかけてくれない。そんな中でカンテラの音が鳴り響いている。雰囲気を盛り上げる為なのか、ミカはイエヴァンポルカをひたすら弾き続けていた。嫌がらせかな?

 イエヴァ、私のイエヴァ。と後ろから囁かれるのは怖すぎる、後ろを振り向けない。

 

「とりあえず戦車に乗らないの? そのために来たんだし?」

「女同士、密室、訓練、何も起きないはずがなく……」

「起こしたら二度と同じ戦車に乗せないよ?」

 

 不貞腐れるように私を抱きしめる腕に力が込められる。

 助けて、と改めてアキに視線を投げると、頑張って、と視線だけで励まされる。どうしたものか、と悩んでいるとスオミに後ろから抱えられたまま、T-34の方へと連れて行かれた。「松葉杖がないと私、歩けないよ?」と問えば「大丈夫、私が貴方の脚になるわ」と言われた。さいですか。ミカの奏でる旋律が何時の間にか、ドナドナに変わっている。

 せめてフィンランド民謡にしようよ、と思いながらドナドナされる子牛の気分を噛み締めた。

 

 とりあえず戦車道を始めるには戦車を動かすことが第一だと考えて、私は自分をキューポラに、スオミに操縦席へと乗り込むように指示を出した。

 決して距離を取ろうとした訳ではない。また片脚では弾を込めることも難しいので、自動装填装置を取り付ける必要も出てくるかもしれないなあ――などと考えながらハッチを開ける。すると、まだ何も触っていないのにエンジンがかかった。慌てながら中を覗くと見知らぬ二人の姿、共に継続高校のジャージを着ていることから継続生であることがわかる。

 

「これがアクセルで、これがブレーキか? クラッチはこれかな? このレバーで操縦すんのかな」

「姉さん、勝手に動かしちゃ不味いよ……それで退学になりかけているんじゃない……」

「ばっかだな〜、マリ。先ずは動かさないとなにも分からないだろッ!」

 

 ちょっと待って、という前にスオミが私を抱き寄せる。お姫様抱っこの素晴らしい身のこなしでキューポラから戦車内に乗り込むと同時に戦車が走り出す。

 

「と、止ま……止まりな、あぐっ!」

「うおっ、とぉっ! 意外と戦車って速いんだな、このまま道路に出て、どれくらい速度が出るのか試してやろうぜッ!」

「姉さん! 誰か車内に入ってきた、たぶん戦車道部の人だよッ!」

「なら好都合じゃないか! これで戦車道部生の監督下で思う存分に乗り回すことができるってもんだな!」

「許可してないからぁっ! 戦車舐めんな、道路に出るなァーッ!!

 

 私が守ります、とスオミが後ろから抱き締める中でT-34は一般道を爆走する。

 その後、案の定と云うべきか。無茶な操縦に履帯が外れて擱座。会長に呼び出される結果になった。

 周りに被害が出なかったことだけは良かった、本当に良かった。

 

 

 継続高校において、エトナとマリの姉妹と云えば有名だった。

 とはいえ有名なのは専ら(エトナ)の方であり、彼女は入学一年目の時点で暴力沙汰――本人曰く、ちょっとした規則違反――を起こして一ヶ月の停学処分を受けた経歴を持っている。二年目になった時には多くの同性を相手に不純交友を持った――本人曰く、人生を楽しんだ――ことで三度の謹慎処分を言い渡された。それでも反省する様子もなく、より一層にスクールライフをエンジョイする彼女を放置し続けることはできず、遂に生徒会は彼女を退学処分にすることを決定する。

 それに慌てたのが妹のマリだ、姉であるエトナの危機を知った彼女は生徒会室に乗り込んできた。

 

「退学だけは許してくださいっ!!」

 

 蹴とばすように扉を開け放たれたかと思えば、マリは飛び込むように綺麗な土下座を決める。そんな彼女の様子に呆然とする生徒会役員、その中で私、田篭(たごもり)茶子(ちゃこ)は大きく溜息を零した。

 

「チャンスは何度も与えてきたはずだ。それを不意にしてきたのは君のお姉さんではないか」

「そ、それはそうですが……」

「あと話に聞く限りでは、まるで反省する様子がないと聞いているぞ。この前、うちの役員が口説かれた」

「私からも、ちゃんと言い聞かせて……」

「それで言い聞かせられたことが一度でもあるのか?」

 

 マリは押し黙り、涙ぐんだ目で下唇を噛み締めた。

 身を震わせる彼女の姿に心が痛まないでもないが、しかし彼女の姉であるエトナの悪行は生徒会が許容できる範囲を明らかに超えている。元から風紀の乱れている我が校だからこそ――あまり校則を徹底しすぎると登校する生徒が半数を割るので――今まで大目に見てきた部分もあるが、流石に限度はある。

 残念だがエトナには――と、そこまで考えたところで一つ、妙案を思いついた。

 

「よし、最後のチャンスをやる」

「本当ですか!?」

「ああ本当だとも、ただし、これが最後のチャンスだ」

 

 私は爽やかに微笑みんでみせる。

 場合によっては許してやる、と言っているのに何故かマリは顔を青褪めさせた。

 ただし、と私は口角を上げて、条件を突きつけてやる。

 

「戦車道に入り、更生することが条件だ」

 

 彼女の思っていたよりも軽い条件だったのか、ぽかんとした顔を浮かべてみせる。もちろん、と私は付け加えた。

 

「妹のお前にも協力してもらうからな」

 

 その言葉にマリは意を決したように頷いた。

 

 

「という話だったのだが……」

 

 生徒会室、会長の茶子が呆れたように溜息を零す。

 風紀委員に捕縛されたエトナは憮然とした態度で首から「私は愚か者です」と書かれた看板を下げており、荒縄で四肢を縛られた状態で正座させられている。その隣で土下座しているのはマリであり、「このバカ姉が申し訳ありません」と繰り返し続けていた。

 どう思う? とでも言いたげに会長が私を見る。助けてください、と私は会長を見つめ返した。そっと目を逸らされる。

 

「暑いんだけど?」

「私の心は寒いわ、すきま風が酷いの……もっと手を絡めて、腕を絡めて、肌を密着させなきゃ……」

「スオミ、怖いんだけど?」

「あゝ、私の名前を呼んでくれたのね。嬉しいわ、もっと呼んで、そうすれば寒くなくなるわ」

「気持ち悪いんだけど?」

 

 長身の金髪少女が私の隣に座り、体を密着させていた。先ほどから荒い鼻息が頰に吹きかけられている。

 

「さて、二人の処遇について……」

「その前に助けてくれない?」

「ただちに影響はないと判断した」

 

 ばっさりと会長が答える。その言葉で「あ、はい。そうですか」と私の目から光がスゥッと消えた気がした。顎下に手を添えられる、スオミが自分の方に顔を向けさせようとするが断固拒否する。グギギと水面下で力比べをしていると会長が改めて口を開いた。

 

「二人の処遇についてだが、茨城ちゃん。君の判断に任せようと思っている」

 

 バッと救いを求めるように妹が顔を上げる。その顔はまるで飼い主に捨てられそうな子犬のようであり、彼女一人であれば救ってやりたいと思う。その前に救われたいと思う、今にも私に食ってかからんとする隣の猛獣から私を救ってくれないだろうか。

 

「大丈夫、私が守ってあげるわ」

「……それじゃあ自分に首輪でも付けといてくれる?」

「リードの先を持つのが貴方なら喜んで」

 

 むしろお願いしたいくらいだわ、と薄っすら笑うスオミにゾゾゾと背筋に寒気を感じた。

 

「えっと、マリさんだっけ? 今の私を助けてくれたら姉さんのことを許してあげてもいいよ」

 

 私がにっこりと笑顔を浮かべると「……へえ?」とスオミの意識が私から外れた。彼女が今、どのような顔をしているのか分からない。ただマリの顔色が面白いように青褪めていくことだけはわかった。絶望に抗うのは難しい癖に、希望が潰えるのは一瞬だ。

 

「姉さん、僕には無理だ。ごめんね」

「マリ!? おい、マリ! 私を裏切るな! お前だけが私の味方だったじゃないか!!」

「今から高認の対策を始めた方がいいよ。大丈夫、僕も手伝ってあげるから、ね?」

 

 つい先程まで豪胆な態度を取っていたエトナであったが、妹に見捨てられた今、その顔は絶望に染まりきっていた。

 きっと自分と同じ顔をしているに違いない。ふふん♪ とスオミは上機嫌に鼻息を立てると再び私に意識を向ける。

 

「とりあえず二人は戦車道所属ってことにしておくから後は任せた」

 

 会長が投げやりに告げると手元の資料を読み漁り始めた。

 

「……そういうのは隊長のミカに押し付けるものでは?」

「バカか? ミカに更生なんてできるわけないだろ。むしろ不良児が増えるわ」

 

 ごもっとも、と私は現実逃避気味に生徒会室のソファーの背凭れに身をゆだねる。

 それから姉妹に向かって「また同じことをされても困るからね」と前置きした上で「同じチームとして頑張ろう」と健やかな笑顔を向けた。なにはともあれ、これでプラウダ高校との試合ができる。

 私が満足げに頷く横で、じっと二人を見つめるスオミ。何故かマリは再び顔を青褪めさせていた。

 

 

 私の体は戦車道を拒絶するようになっていた。

 それは戦車や戦車道が嫌いになったからとかではなくて、ただ吐き気を催すのだ。戦車に乗ろうとすると吐き気を感じ、キューポラから頭を出して見る光景に目眩を覚える。どうしてこうなってしまったのか、原因は分かっている。思い返されるのは全国大会決勝、川に落ちたIII号戦車J型が激流に呑まれる光景が脳裏に焼き付いて離れない。そして病院で見た、幾つもの管に繋がれたままベッドで眠る兵衛(ひょうえ)ちゃんの姿が忘れられなかった。

 夢で何度も見る。あの時の光景が、あの時の選択が、繰り返し、繰り返し、何度も私に彼女を見捨てさせる。

 もう耐えきれなかった。黒森峰では何処に行っても戦車道の話題が出る、何処に行っても戦車道に関わるものが目に入る。だから外に出ることができなかった。部屋の中にあるボコのぬいぐるみを抱きしめる。ボコは凄いと思う、尊敬する。何度、倒されても何度でも立ち上がる。勝てなくても、負けると分かっていても何度でも立ち向かうことができる。何度でも挑戦する。それが今の私にはできなかった。ご飯は小梅とお姉ちゃんが持ってきてくれた。それを食べて生き繋いでいる自分が情けなかった、立ち向かわなきゃって思っている。でも、どうしようもなかった。体が戦車を、戦車道を受け付けてくれなかった。

 ここにいると駄目になる、今では呼吸をしているだけでも自分に嫌気が差す。

 だから立たなきゃって思っている。ボコのように立ち向かわなきゃって思っている。そうじゃないと周りに迷惑をかけ続けることになる。だから私はこれ以上、みんなの迷惑にならない為に黒森峰を出る決意を固めた。

 そして、そのまま、お姉ちゃんにだけ相談して、戦車道のない高校。大洗女子学園へ転入することになった。

 何度かかかってきた電話は、未だに怖くて出られていない。




最近、新しく出たガルパンの二次創作が面白いので筆が止まるんじゃあ!
でも日刊ランキングに乗ったの嬉しいから頑張る!


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戦車、鹵獲します!③

 プラウダ高校、戦車道においては四強の一角として数えられる強豪と呼ばれている。

 とはいえ、実際には黒森峰女学園の一強だった。プラウダ高校、サンダース大学付属高校、聖グロリアーナ女学院の三校は黒森峰に続く立場で、その栄華を打破せんとあらがっていた。しかし今年度、遂に我がプラウダ高校は黒森峰を降し、悲願の全国大会優勝を成し遂げたのだ。まだ世間的には偶然だとか、運が良かっただなどと言う者も多いが、戦車道にまぐれはない。勝つべくして勝ったのだ、と私、カチューシャは確信していた。少なくとも、あの時、あの場で黒森峰のフラッグ車の居場所を探り当てたのは私の実力だ。本来ならばそこで勝負が決まっていたところ、運悪く黒森峰が事故を起こしたせいで同志の完全な勝利にケチを付けられてしまったのである。

 まあ、それはもう良い。釈然とはしないが、また勝てば良いだけの話なのだから。

 許せないのは、我が校の優勝にケチを付ける高校が他にもいることだ。プラウダ高校には年に数度、強化試合という名目で戦車道の試合をする因縁の相手がいる。その相手は全国大会ではいつも一回戦で敗退しており、よくても二回戦までで消えていくような高校だ。全国大会で当たっても、負けたことは過去十年間になかった。しかし、過去の強化試合でプラウダ高校が勝ち越したことは一度もなかった。

 その相手は継続高校、鹵獲ルールと呼ばれる特殊な試合形式で我が高校は継続学園に負け続けている。

 

 

 朝起きた、布団に潜り込んだスオミを見た。そして素足で蹴飛ばした。

 寝ぼけていたからこそできる綺麗な流れ。ベッドの上から転がり落ちたスオミは蹴落とされたことを意にも介さず、むしろ少し嬉しそうに頰を綻ばせながら「おはようございます」と床に手を着いて深々とお辞儀した。あらやだ、この子怖い。貞操の危機を感じる、私は今、たぶん人生で一番、自分がただのか弱い女だっていうことを意識している。

 どうして私の私室に入ってきているのか、ちょっと怖かったけど聞いてみた。

 

「安全ピンで鍵を開けました」

「ふうん、安全ピンで?」

「はい、安全ピンで」

 

 私は無言で首を横に振り、今度から扉にはチェーンを掛けようと思った。

 とりあえずトイレに行って、顔でも洗って来ようか。まだ寝惚けた頭、意識を起こす為、少し身嗜みに時間をかける。そして冷静になった頭で思った――めっちゃ怖い、なんなのあの子、めっちゃ怖いんですけど。黒森峰の寮はもっとセキュリティが万全だった、でも此処は鍵とチェーンしかない。それでも十分だと思ってたけども、全然そんなことなかった。学園艦の風紀はどうなっているんですか? 乱れてますね、とことんまでに!

 とりあえずスオミを部屋から追い出そうと思って、洗面所から出るとエプロンを付けたスオミが何か料理をしていた。少し甘い香りがする、流されるまま椅子に誘導され、大皿に乗せられたふんわりホットケーキが目の前に置かれる。溶けたバターが表面に薄く塗られており、とろっとろな蜂蜜が垂らされる。

 召し上がれ、と言われて私は一口大に切り分けたホットケーキを口にする。

 外側はかりっとした歯応えで、中はふんわり柔らかで、仄かな甘み、蕩ける甘み、ついでに私の頰まで蕩けてしまいそうだった。口の端から零れ落ちる蜂蜜を指先で拭い取られて、ペロッと口に含まれる。じとっとした目で隣に控える彼女を見る、何を勘違いしたのかスオミは頰を赤らめた。今はなにも考えず、目の前のホットケーキを頂くことにする、食べ物に罪はないのだから。

 改めて貞操の危機を感じる早朝、スオミに髪を梳かして貰いながら今日のことを考える。

 今日は待ちに待ったプラウダ高校との強化試合の日だ。

 スオミにパジャマを脱ぐのを手伝われ、ブラジャーのホックに指先がかかった瞬間、私は力任せに彼女の腹を義足で蹴飛ばした。

 

 さて、少し余談を挟む。

 

 戦車道を始める時期で最も多いのは、高校生になってからだ。

 中学生から戦車に乗る者も少なからず存在しているのは事実ではある――しかし戦車というものは購入するにも、維持するにも莫大な費用がかかるものだ。中学校の規模で戦車を抱えることは難しく、仮に戦車を持つことができたとしても数を揃えることができない。中学部の大会も多くて三輌が関の山、試合形式の多くがタイマンであった。その為、高校生から戦車道を始める、というのは意外とデメリットにならない。むしろ四強以外の高校では、高校生から始めるものが大半を占めている。

 だからこそ、新生の急造チームであっても意外と勝ち目があったりするものなのだ。

 

 とりあえず練習は積み重ねた。

 戦車を動かすのに必要最低限の操縦を覚えて貰って、ある程度は指示通りに動かせるようになった。

 クリスティ三人娘が乗るBT-42に不安要素はない、むしろ今から大学リーグに参加しても通用しそうな実力がある。アマチュア無線部が操るT-26もまだ不安要素が残っているが、試合に出すには十分な仕上がりにはなっている。そして私が車長兼砲手を務めるT-34、装填手はスオミ。操縦席には問題児姉妹の妹、マリがレバーを握る。姉のエトナは通信手という事で助手席に座らせた。

 正直に告げる。たった三輌だが、うちは強い。

 

「隊長のカチューシャよ」

「私がミカだよ。いい試合になることを期待している」

「精々、今のうちに余裕をかましていると良いわ。前回と前々回は情けない先輩だけで私が参加していなかったんだから」

「胸を借りるつもりで戦わせてもらうよ」

 

 ミカとちんまい隊長が握手を交わして、それぞれ使用する戦車と搭乗員を書き記した紙を交換する。

 それをミカは一目見ると、副隊長として隣に控えていた私に手渡してくれた。試合形式は殲滅戦なのでフラッグ車はなし、カチューシャはKV-1、ノンナがT-28、そしてBT-7が参加するようだ。見事なまでにソ連戦車しかいない、いや、まあ、BT-42は一応、フィンランドだけど、元はソ連だし。小さな暴君と名高いカチューシャがミカを指で差して、「今日こそ、その希少なBT-42を頂くわ! ついでに奪われたほかの戦車もね!」と息巻いた。継続高校の戦車が差し押さえられたことや、今ある戦車の内二つがニコイチされてるとは言わない方が良さそうだ。さておき、お互いに使用戦車と搭乗員を確認した後、所定の位置に分かれる。

 ノンナがずっと私のことを見つめていたのが少しだけ気になった。

 

 

「あの松葉杖を突いていたのは黒森峰の選手ですね」

 

 ノンナが告げる。

 

「黒森峰の選手がどうして継続高校にいるのよ」

「さあ? 登録票にも見覚えのある名前が記載されていたので彼女本人であることは間違いないようです」

 

 松葉杖を突いていたので、てっきり裏方かと思っていたが違うようだ。

 片脚を失っても戦車道を続けるなんて余程の戦車バカに違いない。しかし、あれだけ目立つ特徴を持ちながら記憶にないのはおかしい。それに戦車道を続けるならば黒森峰から離れる必要はないはずだ。思考する、そして一つの可能性を導き出した。

 ああ、そうか、と。あの子が私達の優勝にケチを付けた奴なのか。

 

「ノンナ、あの子はあまり虐めずに倒してあげなさい」

「あら、お優しいのですね?」

 

 ノンナが不思議そうな顔をしてみせたので、私は王者の貫録を見せつけるように腕を組んで椅子に踏ん反り返った。

 

「片脚を失っても戦車道を続けるような奴なのよ。ちょっとくらい温情をかけてやっても良いじゃない」

 

 勝利は譲らないけどね、とにんまりと笑ってみせる。

 

「……ええ、そうですね。では優しく倒しましょう」

 

 ノンナは頷き、T-28に乗り込んだ。

 そのまま所定の位置に移動するのを見送り、私もKV-1の中に入る。

 

 今回の賭け試合は三対三になる。

 場所は森の中で視界は悪い、真っ直ぐに戦車を走らせることは不可能に近かった。そして森の中だから戦車間で連携を取ることも難しく、戦車の数も少ないことから個々の力が重要になってくる。プラウダ高校が今まで負けてきたのは敵大将が乗るBT-42の練度が高過ぎる為だ、過去二回の賭け試合は彼女一人にやられてしまったと言っても過言ではない。事実、三対三の試合を二回して、継続高校の撃墜スコアの全てをBT-42が掻っ攫っている。故にまず警戒するのはBT-42、兎にも角にもBT-42を抑え込めば勝つことができる。

 そう思っていた。その認識が間違っていると分かったのは試合開始数分後、BT-7が白旗を上げることで覆される。

 

 

 鬱蒼と生い茂る森の中、三対三という少数では作戦なんてあってないようなものだった。

 とりあえず互いに援護できる距離を保ったまま戦車を前進させるのが常道か。ここは隊長であるミカの指示に従おうと思って、話を聞きに向かった。すると既にBT-42に乗り込もうとしていたミカは私の姿を確認すると、彼女にしては珍しく挑発的な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「鹵獲ルールは勝者が残り戦車の数だけ、相手が使っていた戦車を貰うことができるんだ」

「なるほど、それは確かに太っ腹ですね」

 

 彼女の言葉に私は笑顔を浮かべ返す。

 その態度が気になったのかミカはじっと私のことを見つめてきた。

 そして決心するように一度だけ頷いてみせる。

 

「この試合、君の判断に委ねよう」

 

 そう彼女は言った。一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 肝心のミカは言うだけ言ってBT-42の中に乗り込んでしまっている。

 操縦席のハッチが開き、ミッコが顔だけを出して大声で上げる。

 

「早く指示をくれ、私達はあんたの指揮に従うからさ!」

 

 そこまで言われると流石に分かる。

 しかし、この試合、負ける訳にはいかない。負ければ戦車道を続けるどころか、学園艦すらもなくなる危険性を孕んでいる。急に任された大役、戸惑わない訳がない。体が震える、生唾を飲んだ。不安に口元を抑える。不思議だな、可笑しいな。私は今、笑っている。この試合、どうやって勝つのか、考えるのが楽しくて仕方なかった。

 松葉杖を突きながら意気揚々と仲間が待つT-34へと戻る。

 

「なにか、楽しいことでもありましたでしょうか?」

 

 砲手席に腰を下ろすとスオミが不思議そうな顔で問いかけてきたので、私は首を横に振る。

 

「これから楽しくなるんだよ」

 

 自然と生まれた笑顔を向けると、スオミは頰を赤らめてぽけっとした。

 

「そっちこそどうしたの? 熱でもある?」

「緊張、でしょうか? 胸の高鳴りを感じます、息が荒い、顔が上気しているのが分かります。ああ、どうしましょう、体の震えが……うぷっ?」

 

 私はスオミの唇にキスをくれてやった。

 ヒューっと助手席に座るエトナが口笛を吹いてみせる。

 

「……今、なにを?」

「どう? 緊張は解れた?」

「えっと……えっと?」

「さあ、気張ってよ。もう試合が始まるんだからね」

「あの、できれば、もう一度、してくれると……」

「頑張ったら、もっと凄いことをしてあげる」

「……もっと? すごい?」

 

 呆然と首を傾げるスオミが可笑しくって、つい笑ってしまった。

 そして彼女の耳元に息を吹きかけるように囁きかける。

 

 ――そうだね、次は舌でも入れてあげよっか?

 

 彼女の時間が止められること数秒、

 スオミの表情が引き締まり、その瞳に気合いが灯る。

 よし、と私は満足げに頷いてからトランシーバーを片手に各自へ指示を飛ばした。

 とはいえ内容は単純なものだ、特別なことはなにもない。

 作戦を伝え終えた私は小さく息を零す。

 そして朝食の後に温かい珈琲を啜るように一言付け加える。

 

「さあ勝ちに行こうか」

 

 トランシーバーを切る、後は各自で最善を尽くすだけだ。




ひっそりと試合までの期間を二ヶ月から一ヶ月に変更しました。


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戦車、鹵獲します!④

 西住みほと茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)

 次代の中核を担う存在として期待されていた二人の離脱は想像していた以上の衝撃を黒森峰に与えた。

 十連覇を成し遂げられなかったことで黒森峰のOBから執拗に詰め寄られたし、隊長を降板すべきという話も上がった。実際、優勝できる実力がありながら優勝に導けなかった隊長に価値なんてないと思って隊長を辞退しようとも考えた。しかし、それは戦車道の仲間達からの「貴方にまで見捨てられたら私達はこれから先、どうすれば良いんですか?」という訴えによって阻まれる結果となり、今も惰性のように隊長を続けている。

 あれから明らかに練習に対する意識が落ち込んだ、十連覇を成し遂げようと奮起していた時の姿は見る影もない。

 ずっと考えている、あの時にどうすれば良かったのか。ずっと考え続けている。思い返すのは今、此処にはいない二人の姿だった。みほは戦車に乗れなくなったから黒森峰を出た、白兵衛は此処では戦車に乗れないから黒森峰を出た。私も戦車に乗らなくなれば、黒森峰を出て行くのだろうか、近頃、少し、ほんの少しだけ、戦車に乗るのが億劫になっている。こんなことではいけない、と思うが、どうしてもモチベーションを高めることができない。

 ぼんやりと眺めるように戦車の練習に励んでいる皆を見た。やっぱり、みんなの動きは緩慢で、反応が鈍い。

 その中で二輌、十連覇を目指していた時以上に気合いの入った動きを見せる戦車があった。あれは、確か、逸見エリカと赤星小梅が車長を務める戦車だったか。あの二人はみほと白兵衛と仲が良かったはずだ。二人が辞めた時、その衝撃は私達以上に大きかったはず――なのにどうして、そこまでモチベーションを維持し続けることができるのだろうか。

 休憩時間、二人に何気なく問いかける。

 

「次の大会、兵衛(ひょうえ)は必ず上がってくるわ。その時に不甲斐ない姿は見せられないのよ」

 

 とはエリカ談。

 

「兵衛は今も頑張っているのに、私だけなにもしないままでは情けないから」

 

 とは小梅談。

 

 二人の言葉を聞いて、白兵衛は良い友人を持ったんだな、と思った。

 エリカにとっても、小梅にとっても、白兵衛は良い友人だったはずだ。

 対して、みほの名前が出て来なかったことが少し寂しく思った。

 

「二人に相談がある」

 

 私は意を決して、口を開いた。

 後輩二人が表情を引き締めるのを見て、苦笑する。どうも私は相手を身構えさせるきらいがあるらしい。楽にして欲しい、という言葉をかけても緊張が解けない二人に心の内で溜息を零す。こんなことだから妹に頼られるのも最後の最後、どうしようもなくなってからになるんだろうと思った。

 それでも、私はみほのことを想っている。

 みほが再び戦車道を始めた時、なにかしらの形で戦車に関わることがあった時に情けないと思われたくないから頑張ろう、と私は思った。たぶん、ここからが始まりだ。黒森峰も、私も、またここから始めよう。きっと始めなくてはならない。

 逸見エリカ、赤星小梅、過去よりも未来を見据える二人がいるからまた始められると思った。

 

 

「ミカ、どうしてヘイヘ(兵衛)に指揮を任せたの?」

 

 アキの言葉に私はカンテレを弾いた。

 特に意味はない、手持ち無沙汰になると手遊びするようにカンテレを奏でるのが癖だった。

 考え事をする時なんか、間を繋ぐ為に弦を弾いていることが多い。

 

「私達は弱いからね」

 

 と告げる。言葉選びに意味はなく、考えながら思いついた言葉を口にしていることが多かった。

 

「弱い? 私達が? 三輌同時に相手取れるのに?」

「うん、そうだね。弱くはないかもね。ところでアキは島田流と西住流の違いって分かるかな?」

「違い?」

 

 アキは物思いに耽るように悩む仕草をとる。

 

「島田流は個を重視して、西住流は群を重視するって聞いたことはあるよ」

「間違いではないかな」

 

 島田流は戦車一輌の練度と統率を重視する傾向にある。逆に西住流は部隊規模で統制を取り、練度を向上させようとする。

 その為、まだ技術的に未熟な高校生の内は西住流が優位に働くことが多く、ある程度技術が成熟してくる大学生からは島田流が本領を発揮し始める。故に高校生の段階で芽が出る島田流の人間は非常に少なかった。そもそもだ、島田流の理念を正しく理解して、自分の戦車道に取り入れることができる人物は大学選抜でもごく限られた人間しかいない。例えば愛里寿、あとはバミューダ三姉妹ぐらいなものだった。

 だが勘違いしてはならないのは、島田流も西住流も大元は一緒と云うことだ。

 目指す先は部隊の調和、つまるところは高度な連携と作戦遂行能力。島田流では戦車一輌に与えられる裁量が大きく、高度な柔軟性を維持したまま臨機応変な対応が期待される。逆に西住流では隊長一人に与えられる権限が強く、広い視野を維持したまま、状況に適した柔軟な作戦立案能力が求められる。

 オーケストラで例えるならば、島田流はコンサートマスターを量産する流派であり、西住流は指揮者を鍛え上げる流派である。

 どちらが正しいという話ではない。どちらも正しくて、どちらにも理がある。むしろ日本の戦車道には島田流と西住流の両方が必要なのだ。何故ならば、究極的な所で西住流と島田流は相反しない。何故ならば、二つは役割が違っているのだから。

 私は一輌では何もできないことを知っている。今まで私が勝ててきたのは、まぐれだと分かっている。

 今時、一騎当千だとか、孤軍奮闘だとか、時代錯誤も甚だしい。戦車道はそういうものではないだろう。技術を誇るだけならば強襲戦車競技(タンカスロン)でもやってれば良い。私はあまりにも変則的過ぎたから誰もついて来れず、理解されず、後継者に選ばれることはなかった。そのことは理解している、納得している。

 それでも私が目指すのは戦車道だった。

 

「今の私達は強いよ、アキ。きっとね」

 

 カンテレを弾き始める、サッキヤルヴェン・ポルッカを奏でる。

 少し早いが気分を盛り上げるには丁度いい。アキが笑顔を見せる。話が理解できたとは思えないが、嬉しそうにリズムを刻み始めた。ミッコがアクセルを吹かして、加速する。一輌だけが突出する。しかし、それは狙い通り、何故なら私達が与えられた役目は囮だったからだ。

 

 ――寒気を、感じた。

 

 ぶるりと震える体にカンテレを奏でる手が止まる、直後、砲弾が発射された。弾道はすぐ横を通り、そして遥か遠く、視認できるかどうかという位置にある戦車に着弾する。衝撃音、あの当たり方はたぶん白旗が上がった。

 目を伏せる。そうじゃない、そうじゃないだろう? 心の内で語りかける。それは西住流(君の戦車道)ではない。でも、それも君か。それが岡下流弓道家元の元後継としての君の姿か。戦車道ではない弓道の在り方、ならフォローするのは先輩の役目だ。

 カンテレを奏でる音に力が入る、部隊に生じる不協和音を振り切るように戦車を走らせた。

 

 

 T-34の車内は凍えていた。

 ヘイヘが砲身の照準を定めた時、張り詰めた空気に全員の息が詰まった。呼吸音を立てることすら憚られる緊張感の中で砲弾が発射される。そこには何も見えない、何も感じない。唯一、姉のエトナが気配を感じたという方角に照準を定めて、発砲した。砲弾は針の穴を通すように木々の隙間を潜り抜け、吸い込まれるように敵戦車を撃ち抜いた。

 本人曰く、射線が通ったなら当たるよ。と、さも当たり前のように。

 心の内に湧いた感情は、凄い、でも、素晴らしい、でもなくて、ありえない、だった。他者を圧倒する技量、見る者を魅せつけ屈服させる。手が震える、もう彼女だけで良いんじゃないかって心が折れる。あのスオミですら言葉を失っていた。

 だって、ここまでの腕があれば、もう私達なんて――

 

「マリ、戦車は一人では動かせねぇぜ?」

 

 姉さんが僕の肩を叩いた。そしてヘイヘに向けて「ビューティフォー!」と拍手を送る。

 

「最高な超絶技巧を魅せてくれた。いやはや心強いね、これで負けたら嘘ってもんだ。さあ蹂躙してやろう、この森が誰のものか教えてやろう! さあ、車長! いや、隊長! 前進だ、号令をかけてくれッ!!」

 

 ヘイヘは少し困ったように笑って、そして車内の全員に告げる。

 

「パンツァー……いや、ここは継続流で行こうか。パッサリ・エテェン」

 

 その言葉に僕はアクセルを踏み込んだ、そして隣に座る姉さんに告げる。

 

「姉さんは居なくても戦車は動くけどね」

 

 そんな軽口に「ばっかだなー!」と姉さんは呆れたように答える。

 

「私がいなかったら誰が暴走したスオミを止めるんだ?」

「ああ、それは確かに重要だね」

 

 くすりと笑って、運転に集中する。

 自分のできることを精一杯やって行こうと思った、少なくとも今はそれで良いはずだ。

 T-34が森の中を駆け抜ける。

 

 

 私、ノンナは唾を飲み込んだ。

 ありえないものを見た気がする、横で前進していたBT-7が撃ち抜かれたのだ。

 すぐ様、射線の元をたどるように森の奥を見据えるが、遥か遠くで僅かに砲塔が見えただけだった。いくら回避行動をしていなかったとはいえ、森の中、この距離で動く戦車を撃ち抜くことができるのか。開けた視界、動かない的であれば、自分もできないことはない。しかし、これはできない。というよりも、ありえない。息が凍える。心が凍えていくのがわかった。世界が遠く、音が聞こえず、足元が崩れる。だって、こんなことをされてしまったら私達の努力なんて、なんの価値も――

 

『ノンナ、前に出るわよ』

 

 通信機越しにカチューシャの声が聞こえた。

 

『この距離を狙撃できる相手を敵にして、悠長に走ってなんていられないわ』

「……えっと、いえ、その」

『ノンナ? そう……』

 

 スピーカー越しに溜息が聞こえる、そして優しく語りかけるように『ノンナ』と再び名前を呼ばれた。

 

『私は貴方を信じている。だから、まだ私は負けるとは思っていないわ』

 

 カチューシャの言葉が心に響いた、凍えた体に熱が灯る気がした。

 

『ノンナ、勝つわよ』

「……ッ! はい!」

 

 小さく息を吐く、そしてレバーを握る手に力を込める。

 もう体の震えは止まっていた。

 

 

 BT-7が撃ち抜かれた時、私の心に押し寄せてきたのは焦りだった。

 あの距離を狙撃できる人間がいることにも驚いたが、目の前の事実に疑問を持つよりも、今のままでは負けるという確信の方が私にとって重要だった。認識を変える必要がある、私は今、逆境の中にある。決して優位な立場にはいないことを強く自覚する必要がある。今年度における戦車道全国大会の王者としての自尊心はある、誇りはある。しかし今、負けることに比べれば、そんなものはどうでもよかった。重要なのは、今勝つことだ。認識を変えろ、情報を更新しろ。そして勝算を弾き出せ、貪欲に、貪欲に、何処までも貪欲に、勝利を渇望しろ。そうやって生きてきた、そうやって勝ってきた。常に逆境の中で勝ち続けてきた。

 絶望なんて糞喰らえだ、私が今まで感じてきた絶望はこんなものじゃない。私は車長を目指してきた訳ではない、最初から隊長を目指して戦車道を始めてきた訳ではない。それしか道がなかったからだ。私は小柄な体をしているから皆から馬鹿にされ続けていた、小さいからという理由だけで戦車に乗せても貰えなかった時期もある。私は周りに合わせるのが苦手だ、だから誰かと仲良くなることでチームに入れてもらうことができなかった。だから自分でチームを作るしかなかった、でも誰も私のチームに入ろうとしてくれなかった。

 それでもだ。たった一人、たった一人でも私は我儘を押し通してきたのだ。そして今がある、私はノンナを手に入れた、チームを手に入れた。プラウダ高校の戦車道を手に入れた。我儘を押し通して、全てを手に入れてきた。勝利すらも、我儘で手に入れた。そして優勝した。なら、これからも我儘で勝利を掴めば良い。

 全ては私の我儘だ、我儘こそが私の活力だ。そして、それこそが勝利への活路だ。

 

「勝利を寄越しなさいッ! 私を誰だと思っている、カチューシャよッ!」

 

 だからこそ継続高校相手に勝利できていないことは許し難いのだ。

 

 

 えー、えーと、こちらT-26。T-26。アマチュア無線部所属、蛇草(へびくさ)車長でございます。

 履帯、外れました。なんでみなさん、こんな悪路を平然と走れているのでしょうか、私には理解できません。

 とりあえず修理、頑張ってます。健闘をお祈りします、では。




次回で二話目も終わりです、視点変更しまくるのが楽しすぎる。
でも今回は少数の試合なので、まだやりたいことはし切れない感じですね。


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戦車、鹵獲します!⑤

 継続高校では、よく食糧難に陥る。

 その時には最寄りの無人島に足を運んで適当に狩猟するのが私達の日常。それはアマチュア無線部とて例外ではない、むしろ主力として期待されていた。携帯コンロとか、釣竿とか、主にそっち方面で! 例え火の中、水の中、土の中、草の中、森の中であっても完全に完璧に余暇を楽しむだけの準備が我らにはある。そうだ、鬱蒼と生い茂る森の中であっても美味しい珈琲を淹れて、読書を嗜むだけの余裕がこの蛇草(へびくさ)宇宙(そら)にはあるのだ。

 う〜〜ん、エレガントッ! 素晴らしい、さすが私だ! 珈琲を飲む時はなんというか優雅でなくてはならない。それが心にゆとりを作り、余裕を生み、新たな発想を生み出すのだー!

 

「部長〜、そんなとこで珈琲飲んでないで手伝ってくださいよ〜」

「一応、仕事はしてるよ。一応ね」

 

 自分と同じく眼鏡をかけた部員に向けて、携帯端末を見せる。画面には周辺地図とGPS発信機を取り付けた戦車の動きが映っていた。

 

「それって規則的に良いんですか?」

「知らない。でも公式試合じゃないから良いんじゃない? それに自分んとこの戦車だけだし、盗聴も自重してるしさ」

「ん〜、やったら連盟が新しいルールの制定で忙しくなりそうですね〜」

 

 アマチュア無線部はみんな眼鏡を着用している、中指でくいーっと上げるのがトレンド。

 ちなみに部員の半分が伊達眼鏡、私は瓶底眼鏡。お手製だよ!

 

 

 KV-1を駆らせて、森の中を爆進させる。

 T-34に砲弾を撃たせてはならない。それがBT-7を撃ち抜かれた瞬間、寒気を感じた車内全員の共通認識であった。とはいえ最短距離で進むわけにもいかない。相手が装填を終えるまでに相手を自分達の有効射程に収めることは難しい。それだけ相手の狙撃能力は異次元であり、私達との有効射程に差があった。

 それに私達の相手は、T-34だけではない。森の中、草叢の陰から戦車が飛び出した。

 BT-42、因縁の相手が私に砲塔を向ける。

 

「分かってるのよ、そんなことォッ!」

 

 予め指示は出してある。

 砲塔を旋回させながらBT-42を軸にして回り込むようにKV-1を走らせた。BT-42の砲身から砲撃音が鳴り響く、振動する車内、発射された砲弾が間一髪でKV-1のすぐ後ろを掠める。そのままBT-42の横を取ろうと試みたが――流石は快速突撃砲といったところか、機動性では敵わない。そんなことは分かっている、相手の操縦技術は全国でも一、二を争うほどだ。鈍重なKV-1では振り切れない、後ろに付かれることは分かっていた。機動戦では勝てないことは最初から分かっていたことだ。

 砲塔は旋回させ続けている、真後ろに。さすれば必然、BT-42が照準の中に入り込んでくる。

 

「今よッ!!」

 

 砲撃、車体が揺れる。BT-42が機動を横にズラして回避した。

 くそッ、超能力でも持っているっていうのッ! タイミングは完璧だった、見てからでは間に合わない。それでもBT-42は避けてみせた、悔しい。ここで決められれば良かった、悔しい。悔しいが、そこまでは読んでいる。それぐらいはやってのける、と想定していた。私が叫んだのは、砲撃を促す為だが――それだけではない。ジクザグに動くKV-1の後ろにBT-42が張り付いた、射線を合わせられる。もう数秒もせず、KV-1にBT-42の砲撃が叩き込まれる。しかし私はジッとBT-42を睨みつけた、臆さない。手は打ってある、なら後は自分を信じるだけだ。そして自分が信じた仲間を信じるだけだ。

 次の瞬間、BT-42の車体が僅かに傾き、その後ろを砲弾が捉える。

 

「ノンナッ!」

『お待たせしました、大丈夫でしょうか?』

「まだよッ!」

 

 後部を撃ち抜かれたBT-42は地面を削るように横回転し、しかし寸でのところで横転せず、再び走り出した。撃ち抜かれる直前、BT-42は車体を横に傾けることで斜面に受け止めた。しかしガタはきているようで動きは鈍い。だが、今はBT-42に構っている場合ではない。ノンナが乗るT-28が木々の隙間から姿を現して、BT-42を追いかけるそぶりを見せる。

 

「違うわ、避け――いえ、止まりなさいッ!」

『――ッ! 停止をッ!!』

 

 ガクンとT-28が動きを止める、その直前を砲弾が掠めていった。

 BT-42だけなら倒せていた、今までアレにどれだけの辛酸を舐めさせられてきたかわからない。そのBT-42に一矢報いて、追い詰めることができた。しかし喜べない、倒しきれなかったことに歯噛みする。

 くそッ、と鉄板に拳を叩きつけた。

 

てぇぇぇぇええ・(T)とぅりぃぃぃぃぃ(-) つぁぁああちい・(3) ちぃとぅぃいりい(4)ッ!!」

 

 殺意の照準を芋スナに定める。

 

 

「くっそ、やるなあっ!」

 

 ミッコが楽しそうに悪態を吐き捨てた。

 車内が横に大回転してもカンテレを奏でる手を止めず、意識は常に自分の領域へと張り巡らせる。T-28に後部を撃ち抜かれたBT-42は少しガタが来ており、まともな走行ができていなかった。速度は25km/h近くまで落ち込んでしまっているが、ガタを抑えながらよく走っている。そもそも森の中で40km/h近くの速度で走行できるのはミッコくらいなものだ。

 ノンナの駆るT-28は22km/hが限度であることを考えれば、まだ機動の優位性はこちらにある。

 

「それにしても、ちんまい隊長ってあんなに強かったっけ?」

 

 アキが砲弾を装填しながら質問する。

 横目にKV-1が戦線から外れるのを確認しながら「彼女もやればできる子ということだよ」と告げて、カンテラで砲弾を避けるタイミングを伝える。「あらよっと」とミッコがレバーを操作して車体を横にズラした――直後、ピッタリと後ろに付けるT-28から発射された砲弾が装甲を掠める。少し不満顔になったミッコが「やっぱり反応が悪くなってるね」と強気に笑みを浮かべ直した。

 カチューシャの本質は、統制と統率にある。その利点を生かした戦術教義(ドクトリン)がスチームローラー作戦になるのだが――それを可能としているのは彼女が持つ戦線維持能力の高さだと云える。そして、その戦線維持能力を支えているのが戦場全域を見渡す視野の広さにあった。カチューシャには、西住まほやダージリンのような作戦立案能力も作戦看破能力もない。しかし、作戦遂行能力に限っていえば、二人と比べても遜色はない。カチューシャは綻びを見つけるのが上手かった、それは敵であっても、味方であってもだ。故にスチームローラー作戦という戦術を得意とする。戦線に生まれた綻びに対して、すぐフォローを入れることができる為――そしてスチームローラー作戦が通用しない黒森峰が相手であっても彼女は、西住まほの作戦の綻びを脅威の嗅覚で嗅ぎ取り、フラッグ車への奇襲を成功させた。あれを私はまぐれだとは思っていない、確かに博打だった。しかし彼女が持つ勝利への渇望が、優勝をもぎ取ったのだ。

 そんな彼女の利点は少数での戦場では発揮しきれない、戦車の数が多ければ多いほどに彼女の能力は発揮されるのだ。継続高校がプラウダ高校に対して優位に立てる条件は、鹵獲ルールという特殊なルール上でしか成り立たない。

 故に、この場では私達が勝たせて貰おう。

 後ろから追いかけてくるT-28が徐々に引き離される。あんまり距離を取り過ぎるのは不味いかな、とミッコにカンテレで逃げきれない感じを演出するように指示を出した。

 瞬間、急にT-28が方向転換し、木々に身を隠して静止する。

 

「何を……しまッ!」

 

 T-28がKV-1(カチューシャ)の方角、つまりT-34(ヘイヘ達)に向けて砲撃した。

 

 

 ――相手が静止状態ならッ!

 

 レバーを握る手から確かな手応えを感じる。

 今年度の全国大会では自分と肩を並べる狙撃能力を持ち主はサンダース大学付属高校のナオミだけだった。偏差射撃に限っていえばナオミに軍配が上がるかもしれない、だが静止状態に入ってから砲撃するまでの早さなら誰にも負けるつもりはなかった。砲弾は低い弾道を画いて、T-34に向かって飛んでいった。この弾道なら確実に当たる。心の中でガッツポーズを決めた時、T-34が動き出す。前ではなく、後ろへと。その結果、急所を外して装甲を削るだけに留まる。

 呆気に取られる。あの動き、偶然か、それとも狙ってのものか。ただ分かるのは、ありえない、というものだった。

 

「ノンナさんッ!」

 

 同志に呼びかけられて、周囲を警戒する。

 瞬間、盾にしていた木が吹き飛んだ。木の幹が枝葉ごと覆い被さってくる中、戦車を緊急発進させた。木が倒れる、車窓からBT-42の姿を確認する。これ以上は撃たせてくれないか、と変態軌道を取り続けるBT-42と対峙する選択を取った。

 

「あの壊れかけにとどめを刺しましょう」

 

 新たに砲弾が装填されるのを確認し、私は再びレバーを握り締める。

 ここは撃ち勝つ以外の選択はない。何故ならば鈍重なKV-1では、あのBT-42を捉えることは難しい。

 

 

 KV-1が突っ込んでくる、愚直なまでの最短距離で。

 幾ら相手が第二次世界大戦初期の時点で一世を風靡した重戦車であったとしても、砲塔はT-36と同じだ。申し訳程度にジグザク走行をしているが、その装甲を撃ち抜くのは難しいことではない。ステンバーイ、ステンバーイ……と予測込みの照準を定めていると、ガクンと急に戦車が後退した。まだ敵は遠い、とても走行しながら狙える距離ではない。

 思わず、悪態を吐きそうになったところで、ガッと砲弾が装甲を掠める。車内が大きく揺れた。

 

「ごめんなさい、視線を感じたのでッ!」

 

 操縦手のマリが告げる。確認した限りでKV-1は砲撃していない。

 ということは私達を狙ったのは奥にいる、T-28ということになる。まじかよ、マリ。まじかよ、ノンナ。BT-42(ミカ達)を相手にしながら私達を狙撃してくるノンナもありえないし、それを察知して回避行動するマリもありえなかった。こいつら全員、寒気がするな。高校戦車道って、こんな化け物ばかりだったっけな?

 困惑している間にもKV-1が突っ込んでくる、とりあえず迎撃しなければと改めて照準を定める。その時、KV-1の砲塔が私達の方を向いていないことに気付いた。KV-1が私達の左側を砲撃する、マリの反応はなく、少し遅れて私も砲撃した――その瞬間、視界に覆い被さるように枝葉が倒れ込んで、砲弾が防がれる。マリに指示を出して、後退させる。右か、左か。意識を張り巡らせる、見つけてからでは間に合わない、と先の砲塔の向きから右側から攻めてくると予想を立てて、照準を合わせた。

 パキ……パキ……と何かを砕く音がする。

 ゾクゾクっと背筋が凍る感覚、ヤバい、なんかヤバい。なんかヤバいことが起きてるッ!

 バキィッ! と一際目立つ音が鳴り響いた。

 

てぇぇぇぇええ・(T)とぅりぃぃぃぃぃ(-) つぁぁああちい・(3) ちぃとぅぃいりい(4)……ッ!!」

 

 倒した幹を踏み越え、砕き、愚直にも、KV-1が真正面から最短経路で姿を現した。

 キューポラから小さな暴君が身を乗り出して、地獄の底から這い上がるように私達を睨みつける。その存在感、殺意に飲み込まれそうになる。ビキビキと立てる青筋が今まで溜め込んだ鬱憤を現している、それを今晴らさんと私達を獲物と見立てて睨みつけてくる。

 カチューシャが獰猛な笑顔を浮かべた。その姿に、ぐるると猛獣が唸る声を幻聴する。そして彼女は腹の底から振り絞るように声を発した。

 歓喜に身を震わせながら、言葉に殺意を乗せる。

 

「やああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っとぉ! 追い詰めたぁぁぁぁああッ!!」

 

 直後のKV-1による砲撃。マリがその場で旋回するようにT-34を動かし、それを避弾経始で受け流す。

 チッ、と舌打ちをするのが聞こえた気がした。視線は未だ、私達を捉え続けている。まるで鷹のように捉えて逃さない。

 ヤバい、ヤバい、こいつはヤバい。全国大会決勝でみほは最後、こんな奴を相手にしていたのか。これは確かに喉元を食い破られても仕方ない、これは撃ち負けてもおかしくない。納得した、黒森峰が決勝で何故負けたのか、よく分かった。

 だから、どうした。私が負ける理由には足りないなッ!!

 

「マリ、行けるッ!?」

「行くのか、行くのかよッ!? こんな奴を相手に……ああ、わかった、やってやるッ!!」

「ここで決着を付けてやるッ!!」

 

 KV-1とT-34が弾けるように動き出した。




終わらなかった(白目


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戦車、鹵獲します!⑥

 森の中、砲撃音が轟いている。

 発信機の動き方からしてBT-42とT-34が別々の位置で交戦中。BT-42の変態的な軌道が鳴りを潜めていることから、故障した可能性が高そうだ。エンジンじゃなければ良いのだけど――と、そんなことを考えながら履帯を修理する私達(アマチュア無線部)。正直なことをいえば、端末に映る限りでも気持ち悪い動きをしている場面が多々あるので戦闘に参加したくなかった。

 たぶん今、出て行ったら速攻で倒されるんだろうな、と確信しながらゆるゆると修理に励んでいる。

 我々は賢いので、空気が読めるのです。

 

 

 森の中を疾走する。

 木々を避けてのジグザグ走行であり、砲塔は旋回させて背後に向けている。

 後ろからは、キューポラから身を乗り出した小さな暴君がしきりに何かを叫びながら砲撃を繰り返している。それを第六感なのか、はたまた未来予知なのか、T-34を駆るマリはフェイントを駆使しながら撃破されるような被害は避けている。悪路から激しく上下に揺れる車内、スオミの巨体が大きく跳ねるほどだから小柄な(兵衛)への影響は更に大きい。そんな行進の中での射撃では、まともに当てることは叶わない。しかし後ろから追いかけられている今、下手に止まる訳にはいかず、かといって撃たないわけにもいかない。牽制の為に、もしくは相手の進路を制限する為に、当たる見込みのない砲撃を繰り返した。事ここに至っては最早、根気の勝負、気を抜いた方が負ける。

 神経を研ぎ澄ませる中、マリの助手席に座るエトナがトランシーバーに向けて、しきりになにかを話している。

 そのことを今は咎めることも、問い詰めることもできなかった。

 

 ――おい、もっと詳しい情報を送りやがれ。

 

 私、いや、(エトナ)はトランシーバーを片手に握り締めて語りかける。

 この膠着状態を打破する為には何かしらの外的要素が必要だった。今はマリが神経を擦り減らしながら戦車を操縦し、ヘイヘが牽制の砲撃をしているおかげで現状を維持できている。だが二人のいずれかが集中力を切らしてしまった時点で、あのちんまいクソガキ(カチューシャ)に勝利を持っていかれる危険性がある。いや、確実に勝利をもぎ取られる、それだけの執念と意志を感じる。

 だからこそ、次の一手が必要だ。策士というものは常に二手、三手先を考えて行動する。故に次の一手はノリと勢いで決めるものだ。行き当たりばったり? 人生そんなもんだろ、むしろ計画通りに事が進む方が少ない。そうだ、計画というのは乱されるものであり、乱すものなのだ。相手の計画通りに事を進ませない、それだけの為に策は弄するだけの価値がある。

 これは奇手、嫌がらせのようなものだった。

 

『このまま行けば、あと数分後で合流できます。どうぞ!』

 

 トランシーバーから聞こえてくるのはアマチュア無線部の部長であるソラのものだ。

 

「あと数分じゃねえ、もっと詳しい時間を教えろ」

『んなの計算できるかッ! あと二分四十秒程度、誤差十秒前後! あんたら不規則に動きまくってるから計算狂うんだよ!』

「なるほどな、あと二分四十秒な」

『二分三十秒だよ! あと二分二十八、二十七……今も時間が進んでるってこと忘れんなッ! 二十四秒ッ!!』

「あーもう、わかった、わーったよ! どうせ近くに行きゃあ感覚で分かる!」

 

 隣に座る(マリ)の肩を一度、トンと叩いて策を伝える。

 

「その場でスピンってできるか? あのモーターレースのウイニングランでたまに見る、走りながらその場でギュンッと回るやつだ」

「ミッコ先輩のBT-42ならできるんじゃないかな!? この戦車だと難しいね! 姉さん、今は……」

「よし、わかった。なら、やれるな?」

「……なにかやるつもりなら、早くみんなに伝えてッ!!」

「ああ、わかった」

 

 俺はトランシーバーを握り、そして仲間全員に向けて策を伝えた。

 

『この作戦に意味があるとは思えない』

『なら従わないの?』

『……しかし君の判断を信じよう』

 

 隊長からの許可も貰った。

 なら後は好き勝手にやらせて貰うだけだ。揺れる車内をするするっと移動して、キューポラから身を乗り出す。そこから見る光景は良いものだった。風を感じる、景色が駆け抜ける。そして真正面にいるカチューシャの殺意が心地よかった。

 奴が私を睨みつけてくるから、俺は舌を出して、中指を立て返してやった。

 

「来いよ、糞ガキィッ! 身長制限に足りてねえ奴が戦車(大人の玩具)で遊んでんじゃねえッ!!」

 

 

 新しくキューポラから出てきた奴がなにかを口走った。

 それはよく聞こえなかったが、しかしなにを言っているのかはよく理解できた。その口の動きだけで何を言っているのか分かる程に(カチューシャ)が意識してきた言葉だった。それはガキ、それは身長、相手の表情からして、明らかに悪口として活用されている言葉を理解した時、私の心から感情は消え失せた。言葉はなかった、言葉はいらなかった。人が蚊や蝿に語りかける言葉がないようにアレには何も返す必要がない。ただ潰す、その意思だけで良かった。

 無言で目の前で逃げるT-34を見据えて、追い立てる。

 T-34と比べると速度で劣る。しかし中戦車のT-34と比べると重戦車であるKV-1の車重は重たい。故に、悪路であってもT-34よりKV-1の方が比較的車体を安定させながら進むことができる。その為、進行間射撃の精度は私達の方が高い。当てるまでは行かずとも、真っ直ぐには走れないように砲弾を撃ち続けさせた。

 鬼ごっこを始めてから、どれだけ過ぎたか。

 最早、どの辺りを走っているのかわからない。ただ方角だけは理解していた、もしかするとT-28(ノンナ)が近くにいるのかも知れない。それよりも先にBT-42と遭遇する可能性もある。その時に、どう行動すれば良いのか――余計なことは考えるな、今すぐに目の前のT-34を潰せれば問題ない。

 だが、今、KV-1(私達)とT-34の状況は半ば膠着状態にある。追いかけ追われる関係にあるとはいえ、共に決定打に欠ける状態が続いていた。そのことが歯痒い。しかし焦りは厳禁だ。ただ潰す、その意志だけを強く保てば良い。そうするだけで勝てることは分かっている。これは予定調和だ、私達の勝利は確定している。

 それは、あくまでも、このまま何事も起こらなかった場合だ。

 意識を集中させる、ほんの少しの綻びも逃さない。目の前を走るT-34に目を凝らした、耳を澄ませる。少しの綻びも逃さない、少しの隙も逃さない。その瞬間に相手の喉元を噛みちぎってやる。このまま重圧を与え続けることが肝心だ、そうやって相手の失敗を誘発させる。それが最善、それが今私が取れる最高の選択、そのことには違いない。

 しかし、それは今の状況に限る。状況は常に目まぐるしく変化することを私は知っていた。

 不協和音を耳にする。咄嗟に意識を周囲に張り巡らせる。違和感はない、何故なら私がカチューチャだからだ。違和感はあり得ない、もし仮にそう感じたのだとすれば、それは確信だ。この場には他に戦車がいる、敵か味方か、エンジン音は重なる。敵と味方だッ! 前方から迫ってきているッ!!

 次の瞬間、前を走るT-34が急に方向転換した。地面を滑るように、ドリフトしながら履帯を削って、留め具を弾き飛ばした。あれは逆方向に砲身を向けようとしているのか――そのT-34の突然の奇行を前に、僅かに思考が乱される。そして、T-34と擦れ違うように、そしてT-34と同じように地面を削りながら姿を現した戦車の影、BT-42――咄嗟に私は首元を手で押さえた。半回転したBT-42の砲身がKV-1《私達》に向けられる。私が乗る砲塔が動いた、砲手が咄嗟に照準をBT-42に合わせたようだ。

 私は叫んだ、撃て、と。

 直後、ほぼ同時に四つの砲撃音が戦場に鳴り響いた。

 

 

 白煙が上がる、白旗が上がる音がした。

 (ミッコ)は片目を閉じて、車窓から外を覗き見る。真正面にはKV-1の巨体があった、その砲塔からは白旗が上げられている、対して私達には砲撃を当てられた衝撃はなかった。息を吐いた、どうやら撃ち勝ったようだ――カンテレの旋律が耳に入る。もう勝負が終わったはずでは、いや、まさか!

「ミッコ!」とミカが語気を強めて名を呼んだ。アクセルを踏んだ、その場で旋回させる。砲身をまだ白い煙が上がる方角へと向けた、次の瞬間――白煙を蹴散らすように放たれた砲弾がBT-42の履帯に刺さる。やられた、と車体を叩いた。吹き飛ばされた白煙から姿を現したのは二輌の戦車。白旗を上げるT-34、そして、私達に砲身を向けるT-28(ノンナ)だった。

 ミカがカンテレを床に落とした。それを意にも介さずに砲手席に座り、照準器に顔を付ける。

 

「アキ、早くッ!」

 

 珍しくミカの焦る声、砲弾を装填する音がする。

 しっかりと蓋を閉めた音を確認してからミカが引き金を引いた。

 強い衝撃と音が車内を揺らす、白旗が上がった。

 

 

 突如、目の前に現れた時、聞こえたのは愛しい暴君の声だった。

「撃てッ!」と云う言葉を聞いた時、引き金を引いていた。照準は無意識のうちにT-34の急所に定めていた。

 回りきらずに車体側面を見せて停止するT-34の横っ腹に私の撃った砲弾が直撃する――とほぼ同時に砲塔だけをこちらに向けていた砲身から発射されたT-34の砲弾はT-28の履帯に当たった。感覚からして走行は不可能、少なくとも履帯は破壊されてしまっていた。パシュッと白旗が上がる音が聞こえた、それを確認する前に砲身をKV-1(カチューシャ)の方向へと向ける。薄く晴れる視界の中で白旗を上げるKV-1の姿、そしてBT-42がまだ生存していることを確認した。T-28はもう動けない、BT-42がその場で旋回を始める。あのBT-42の出鱈目さはもう嫌という程に思い知らされている。まともに撃っても受け流される可能性が高い、だからまずBT-42の機動性を奪うために履帯を目掛けて撃った。機動力は奪った。車体はしっかりと昼飯の角度を取っているのが、本当に憎たらしい。本当なら砲身がこちらに向く前に止めたかったが仕方ない、装填手が次弾を装填する様を肌と耳で感じ取り、尾栓を閉める音がする直前に引き金を握る。

 そして、尾栓を閉めると同時に砲弾は発射された。

 砲撃音が重なる、その直後に被弾の強い衝撃が車内を揺らした。白旗が上がり、戦車内の機能が全て強制的にロックされる。

 息を吐き、もう動かない照準器から外を見るとBT-42からも白旗が上がっているのを確認した。

 

 

 (兵衛)はプラウダ高校が入れてくれた暖かい珈琲を啜っている。

 試合後、生徒同士で和気藹々としている中でミカとカチューシャは言い争っていた。

 

「絶対にノンナの方が早かったわ、僅差でプラウダ高校の勝利よ!」

「それはどうだろう? 私の目にはT-28から先に白旗が上がったように見えたけど」

「車内にいる貴方から見えるはずがないじゃないッ!」

「いやいや、当事者だから分かることもあるよ」

 

 どちらも一歩も退かない様子であり、この言い争いはもう暫く続きそうだった。

 隣にいるミッコがいうには、本当に珍しいことが続くなあ、ということだが、此処で勝利ということにしとかないと学園艦の存続に関わってくるので仕方ない気がする。そこにスマフォを持ったプラウダ高校の一人が慌てた様子でカチューシャになにかを伝えに向かった。するとカチューシャは急に不機嫌になって、周りに怒鳴り散らした。そういえば、なにか忘れている気がするな、と思っていると不機嫌な顔をしたカチューシャがずんずんと私の前まで歩み寄ってくる。

 逃げるようにミッコが私の側から離れる。ミカがトランシーバーを手に取り、何処かへと連絡を入れていた。

 

「ねえ、そこのあなた。継続高校の戦車道がなくなるっていうのは本当なの?」

 

 なんでそんなことを私に確認するのだろうか。

 

「ええ、まあ。今、私達には戦車が四輌しかないんで……戦車道の全国大会に出場できないんですよ」

「どうしてそんなことになってるのよ! 私達から勝っ……、〜〜ッ! 私達が貸してやった車両があるじゃない!」

「いや、本当に、どうしてこうなっているのでしょうか……ただ一つ言えることは、世の中、貧乏が悪いんですよ……」

 

 暖かい珈琲を啜る。美味しいなあ、心まで染み渡るようだ。

 

「……本当のことのようね」

 

 ふん、とカチューシャが鼻を鳴らすとプラウダ高校の生徒になにか指示を出した。少しすると修理を終えたばかりのBT-7が走ってきて、私達の前に停まった。ぞろぞろと中から搭乗員が出てくる横でカチューシャがドヤ顔で腕を組んでみせる。

 

「貴方、試合開始直後にBT-7を撃ち抜いた砲手って聞いたわ」

「はい、そうですね。それがどうかしました?」

「あの腕前を見込んで、このBT-7を貸してあげてもいいわよ」

 

 言いながらBT-7を手で叩いた。

 

「本当?」

「ええ、カチューシャに二言はないわ。その代わり条件があるわよ」

 

 そう云うとカチューシャは私の前まで寄ってきて、指先で私の胸元をつついた。

 

「継続高校の戦車道がなくなったらプラウダ高校に来ること、嫌とは言わせないわ」

 

 不思議と珈琲の入ったカップを持つ手に力が入った。

 獲物を見定めるような目で、私のことを見るカチューシャを前にして――私の胸は高まった、単純に嬉しかったのだ。

 必要がある、と言ってくれることが嬉しかった。

 

「BT-7は継続高校ではなくて貴方に貸すのよ、それが嫌なら貸さないわ」

 

 貴方が欲しい、と率直に言ってくれるカチューシャに私は笑みを浮かべる。

 

「うん、わかった。戦車道を潰させるつもりはないけども、もし駄目だった時はプラウダ高校に行きますね」

「ええ、待ってるわよ。全国大会では初戦で当たることを期待しているわ。えっと……」

兵衛(ひょうえ)と呼んでください」

「ひょーへ? ひょう……ヘイヘ、私はカチューシャよ」

 

 カチューシャが片手を差し出してきたので、それを私は握り返した。

 二人で微笑み合うと、バキバキッと戦車が森の中から姿を表す。あれは確か、アマチュア無線部が乗っていたT-26だったはずだ。みんなの視線がT-26に集中する端で、そそくさとBT-7に乗り込んでいったエトナ。そして私はスオミに背負われて、T-34に搭乗する。無言でエンジンが掛けられた。あれ、なんだろ、あれ、おかしいな。あれ、あれれ?

 キューポラから瓶底眼鏡の幼女先輩が身を乗り出した。

 

「我らアマチュア無線部、もとい継続高校T-26チームは開始早々に履帯を外してしまって、今の今までずっと修理活動をしていましたァーッ! もう試合終わってるとか……終わったなら終わったで早く教えてくださいよバカーッ!!」

 

 まず最初にKV-1が動き出した、それを追いかけるように継続高校の戦車が動き出す。もちろんBT-7もだ。トランシーバーから声がする、応答するとミカの声が聞こえてきた。

 

『私達は勝利した。戦車一輌を貰える上に、BT-7まで貸してくれるなんて太っ腹な高校だよ』

『え、何これ!? なんなの? 勝ったの!? 勝ったのね、そうだよね、私達倒されてないもん! 勝ったんだやったー!!』

『ソラ、早く逃げた方がいいかな。その場にいると冗談抜きでシベリア送りになりそうだからね』

 

 その言葉を聞いた時、私は思考をやめた。

 

「こらあッ!! 待てぇッ、KV-1を置いていきなさいッ!! こんなの不正よ、不正ッ!! 負けた時も、先ずはBT-7という取り決めだったじゃない!! ああもう! ノンナ、T-28で追いかけるわよッ!!」

「それがまだ修理を終えてなく……」

「ああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 そっと目を伏せる。

 もう何も聞こえない、何も聞きたくない。

 勝ったのに、何故か肩身狭く、私達は追われるように自らの学園艦へと帰っていった。

 

 

「それで結局、あれってどっちが早かったの?」

 

 BT-42の車内、ミッコの代わりに戦車を操縦するアキが問い掛けてくる。(ミカ)はいつものようにカンテレを奏でながら、どう答えようかなと悩み、答えが定まらないまま気ままに口を開いた。

 

「どちらにしても私達の勝利には違いないよ」

 

 その答えにアキが不貞腐れるように頰を膨らませるのを見て、でも、と付け加える。

 

「……練習は嘘を付かないさ」

 

 アキが首を傾げる。

 継続高校に戻った後、少しくらいは砲手か装填手の練習をしようと思った。

 思うだけで、きっとしないんだろうな、とも思った。




次からは第三話になります。


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黒森峰、再始動です!

間幕的なもの


 三年生の先輩方は全国大会を終えてからすぐに引退した。

 その理由の大半が大学進学に備えてということであったが、たぶん全国大会十連覇を成し遂げられなかったことがいつもより一足早い引退の要因だと思っている。何故なら引退する先輩達の顔が暗かったから。

 三年生の先輩が居なくなったこともあるのだろうが、黒森峰の戦車道は随分と風通しが良くなった気がする。それは良い意味ではなくて、きっと悪い意味だ。層が薄くなった、質が極端に悪くなった。みほと兵衛が居なくなって、残ったのはまほとエリカの二人だけだった。黒森峰の黄金時代が訪れると思ったのに、同学年の中核を担うべき二人の存在が居なくなったのはあまりにも大きすぎる。戦車の質は高い、数もある。練度も他の高校と比べるとまだ高いままだと思う。

 それでも来年、優勝できる気がしなかった。あまりにも士気が低過ぎる。

 

「小梅、浮かない顔をしているわね」

 

 汗を流したエリカが話しかけてきた。今の黒森峰で唯一、士気を高いまま維持できている人物。そして、まほから直々に副隊長に選ばれた存在でもある。

 

「ええ、分かっているわ、小梅。みんながやる気を失くしてるってことくらい……でも、()()()()()にまで暗い顔をされたら堪らないわ」

「うん、ごめんなさい。エリカ」

「謝るくらいなら気合を入れなさい。次は絶対に優勝するわよ」

 

 エリカは変わった。みほが学園艦を去り、鬼気迫るように練習をしている。

 兵衛の時はまだ違った。なんというか必死だったのだ、ただ優勝を目指して必死に練習を続けていた。

 でも、今はなんというか違っている。怖さの質が違っている。

 

「赤星副隊長、どうなさいました?」

 

 仲間に問われて、なんでもないよ、と首を横に振る。

 不穏な空気が漂っている。なんだか嫌だな、というような雰囲気だ。気が滅入る、梅雨入りの時のように気分が重たかった。どうして私が副隊長に選ばれたのだろうか、よくわからない。わからないけども、わからないなりに頑張らなきゃって思う。戦車の整備は皆だけに任せない、やらなきゃいけないことが他にもあることはわかっている。でも、自分の戦車は自分で整備しなくちゃって思うから、副隊長になっても変わらずに続けている。

 みんな私のことを見ている。見るようになった、だから手を抜くような真似もできない。エリカのように必死にはなれないかもしれないけど、目の前のことを一生懸命やろうと思った。手を抜かず、丁寧に仕事をこなす。まほもエリカも凄いから、凡人の自分は地道に頑張るしかない。顔を油まみれにして、それでも私は凄いんだと自信たっぷりに胸を張る。虚勢でも良い、副隊長は弱気ではいられない。支えられる側から、支える側に回ったのだ。まだ力不足だけど、少しでも、そうあろうと思った。

 すぐに変えられるとは思っていない、少しずつ、一歩ずつ、されども決して踏み外さないように。

 それが凡人の自分にできる最良の道だと信じている。

 

「副隊長、私も手伝いますよ」

「自分の戦車くらいは自分で整備しとかないといけないし」

「あとで私の戦車も少し見てください! 手伝いますんで!」

 

 そう言って隣で戦車の整備を手伝ってくれる。

 少しずつ変わってきている。エリカは物足りないと思うかもしれないけども、少しずつ変わっている。

 みんなで油に塗れながら車庫にある戦車の点検を終えていった。

 

 

 西住みほが黒森峰を出る、それは自分にとっては許せないことだった。

 兵衛(ひょうえ)は良い、彼女は戦車道を続ける為に黒森峰を出たのだ。むしろ黒森峰が彼女を追い出したのだと思っている。

 でも、副隊長……いえ、みほは違う、彼女は逃げたのだ。全国大会直後、早々に引退してしまった三年生と同じように彼女もまた敗北を背負い切れずに逃げ出した。いや、それも違うか。みほは兵衛を見捨てたことに罪悪感を感じて、それで戦車に乗れなくなった。そのことが私は許せなかった。まるで侮辱された気がした、私達の黒森峰十連覇に賭けた想いを侮辱された気がした。負けたことは仕方ない、それはもう誰が悪いとかいう話ではないのだ。それに戦犯という話であれば、あの時、戦車一輌を川に落としてしまった私達の責任が最も重い。

 兵衛は誰よりも勝利に貪欲だった、それは片脚を失っても変わらない。彼女は彼女の想いに従って行動した、片脚を失ったことは彼女が選んだ結果だった。だから兵衛が片脚を失ったことに対して、勝手に責任感を感じて、それで戦車に乗れなくなるという結末は彼女を侮辱しているとか思えなかった。

 そうではない、ということはわかっている。そんなつもりじゃない、ということもわかっている。

 ただ単に拗ねているだけなのかもしれない。

 それでも、どうしても、私はみほのことを許すことができなかった。戦車道を愛した彼女を想って、戦車道を捨てる選択を取った彼女を許せなかった。だから私は黒森峰に残る、そして次こそは勝利する、優勝する。何処までも貪欲に勝利を目指して、それで兵衛と全力で競い合いたかった。

 みほのことはもう良い、もうどうでも良い。

 忘れてしまおう、そう思った。忘れるべきだと思った。思い出すとイライラするから、許せないから、忘れようと思った。

 

「……あ、あの!」

 

 そんな風に声をかけられたので振り返ると、同学年の子が少し怯えるように立ち尽くしていた。それも一人ではなく、四人ほど。

 

「……なに?」

「ひぅっ……」

 

 言葉を返すと怯えられる。

 別に怖がらせるつもりはないんだけど――なんか、そういう反応をされると悪いことをした気になる。

 決まりが悪く、後頭部を掻いてから再度、こちらから話しかける。

 

「それで私に何の用かしら?」

「あ、あの……戦車のことについて……」

 

 戦車に関する質問? 珍しいわね。そういう質問をする時は大抵、小梅の方に流れることが多かった。

 実際、彼女は優しくて面倒見が良い。愛想の悪い私に話を聞きに来るなんて物好きな奴らね、と思いながら私に話を聞きに来た四人の顔を眺める。そして、少し顔を顰めた。彼女達の表情には既視感がある、全国大会の前に私達が西住姉妹に向けていたものと似ていた為だ。特に小梅がみほに向けていた目とよく似ている。

 私は溜息を吐き捨てる、それを見た四人がビクリと肩を竦める。気弱なところが気に入らない、何処ぞの誰かを思い出すから。

 

「ついて来なさい、実物があった方が理解しやすいでしょ?」

 

 そう言って、背を向ける。

 後ろから、やった、とか、よかったね、とか黄色い声が聞こえてくるのが随分とむず痒かった。まほ隊長も似たような感じだったのだろうか、あの無表情な顔の裏で照れてたりするのだろうか。想像してみたら、なんだかおかしくって、クスッと吹き出してしまった。「あ、笑った」という声が後ろから聞こえた。すると途端に恥ずかしくなって「早く来なさい!」と怒鳴りつけた。ごめんなさい、と謝る彼女達を無視して、ずんずんと先を歩いていく。これは確かに無表情になる、と下唇を噛み締めながら、そう思った。

 隊長のことが少しわかった気になって、少しの嬉しさも噛み締める。

 

 

 私、西住まほは戦車道の個室で雑務をしていた。

 机の上には溜まりに溜まった書類の束、その多くはマネージャーとかに回しているが彼女達では判断できないことが私の下に送られる。そして、その送られてきた書類の処理に追われているところだった。日中は隊長として戦車道の指導を行なって、空いた時間は座学に励み、そして練習を終えた後には書類整理に追われる。本来ならば副隊長に仕事を分けるところだが、今、彼女達には戦車道のみんなを見ていて欲しいということもあって、このような雑務は全て私が処理している。それでもマネージャーの働きのおかげで私の仕事は多くても一日一時間程度、中身を確認して承諾の判子を押すだけになることが多かった。

 ふと溜息を零す、近頃、溜息が増えた気がする。それは雑務のせいで戦車道だけに集中できなくなったこともあるが、それ以上に黒森峰の現状と今後を憂いてのことだった。

 私もそうだが、未だに私達は全国大会決勝から立ち直れていない。

 

 事実上、黒森峰女学園戦車道は瓦解した。

 その明確な時期は分からない。十連覇を逃した時か、白兵衛が黒森峰を去った時か、みほが学園艦を降りた時か。ともあれ、黒森峰に与えた衝撃は再起不能とも呼べるほどのものであり、私達は一からの再編を余儀なくされたのだ。

 その再編を成す為に抜擢したのが二人の副隊長、逸見エリカと赤星小梅になる。

 まだ一年生の二人ではあるが、順調に力を付けてきており、周囲にも悪くない影響を与えている。少なくとも一年生を中心に士気が少しずつ回復していっている。優勝を経験したことがない分だけ、まだ彼女達の衝撃も少なかったのかもしれない。

 無論、良いことばかりではない。二年生と一年生の間で確執が生まれつつあることが問題の一つ。他にも、これは予期していた事だが、小梅とエリカとで別々に派閥が形成されつつあることも問題だった。今はまだ派閥と呼ぶには大袈裟かもしれない。しかし二人を中心に影響力が肥大化しつつあることは確かで、軋轢が生じるのも時間の問題のように思える。どうするべきだろうか、いっそのこと競わせてみるべきか。今の士気の低い状態を続けるよりもましな気がする。

 十連覇を逃した後では一年生一人に副隊長を任せるのは荷が重いと思って二人を選んでみたが、選択を誤ったかもしれない。

 

 再び溜息を零した、そこでふと練習試合の申し出の一覧を見つける。

 なんとなしに目に通すと、結構な数の高校が一覧に上げられていた。中には合同練習もあり、戦車道とは関係のない強襲戦車競技(タンカスロン)の申し出もある。普段なら黒森峰の欠点を考慮しながら練習相手の取捨選択をするのだが――今は再編している最中、良いところを探す方が難しい状態だ。今の黒森峰は四強と肩を並べる実力はない。仮に拮抗できる力があったとしても、それは戦車の性能頼りによるものである。

 少し思考して、決断する。私は申し出の用紙、全てに承諾の判子を押した。

 決断することが隊長の役割だと思っている、そして決断したならば迷ってはならない。上が迷えば、下が路頭に迷うことになる。だから不安があっても感情を表に出してはいけない。

 申し出の用紙に、必ずしもレギュラーで試合に臨むわけではないことを注釈し――尤も今の黒森峰にレギュラーなんて、あってないようなものだ――、これから先の一年間、いや、残り八ヶ月程か。試合漬けの日々を送る覚悟を決めた。何人が残るだろうか、分からない。でもエリカと小梅が居るから全国大会に出られない、ということはないはずだ。不安はある、でも、もう決めたことだから、あとは突き進んでいくだけだった。

 黒森峰戦車道を今ここから改めて始めよう。




この黒森峰では、III号戦車の面子は転校をしていないし、みほも周りから陰口叩かれたりしてないです。
みほの話は来年三月で大洗に入学するまで待つのです。アンチが書きたい訳じゃないんです、彼女には彼女の物語があるんです。
この物語の悪役は辻廉太だけで良いのです。

追記、
ひっそりと「戦車、鹵獲します!⑥」の最後、書き足してます。


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試合、できます!①

この作品のタグに継続高校がない理由(わけ)
※閲覧注意。


 本日、遂にIII号戦車J型の修理を終えた。

 想像以上に壊れていたようであり、使えない部品も多かったようだ。その辺りはなけなしの予算を削り、新しく部品を買うことで改修したとの話である。ともあれ、これで六輌の戦車を揃えることができた。全国大会に出るだけであれば、充分な数を揃えられたことになる。勿論、優勝するには全然、数が足りないんだけどね。全国大会では二回戦まで戦車十輌、次の準決勝で戦車十五輌、決勝戦ではなんと二十輌まで参加が認められているのである。つまり今のままでは決勝では三倍の戦力を相手にしなくてはならない、と言うことだ。戦力差三倍とか、砲兵が登場する以前の時代の攻城戦でも負けますなっ!

 まあ、嘆いたところで仕方ない。久しぶりにIII号戦車J型の操縦席に座りながら継続高校の現有戦力を整理する。

 先ずは、なんと言っても隊長達が駆るBT-42快速突撃砲、別名クリスティー突撃砲。ソ連の傑作戦車であるT-34中戦車、T-34と共にソ連の中核を為したKV-1重戦車。そしてT-34とKV-1が登場するまでのソ連軍の戦線を支え続けたT-26軽戦車。T-26と同時期に配備され、BT-42として鹵獲改修される前の車輌であるBT-7快速戦車。最後に私が黒森峰から持ち込んだドイツ戦車、III号戦車J型の計六輌となる。

 私は黒森峰からの相棒であるIII号戦車J型に乗り換える予定であり、アマチュア無線部も違う機体に変えたいという訴えがあった。とりあえず戦車も揃ったことだし、この辺りで再編するのも良いかも知れない。

 各々乗りたい戦車に乗った方が成長も早いのは自明の理だ。

 

 

「という訳で第一回継続高校戦車道会議を始めたいと思います、二回目があるかは知りません」

 

 いえーい、どんどこぱふぱふ。

 半ば強引にテンションを上げながら始めた本会議の参加者はクリスティ三人娘(ミカ、アキ、ミッコ)にアマチュア無線部の面々、エトナとマリの姉妹にスオミ。つまりはまあ、いつもの継続戦車道の面子である。全員が出席していることを確認した私は副隊長として議長席に座り――隊長のミカが会議を仕切る気がない為――、補佐を頼んでいたスオミに予め用意していたホワイトボードをバンと叩いて貰って、クルリと回転させる。でかでかとした文字で書き殴られた「今日の議題」、その下には「みんなの搭乗戦車を決めよう☆ミ」とデコレーションを決めた文字を添えている。

 むふん、と私が腕を組んでドヤ顔を決める。補佐のスオミが私のすぐ横に椅子を移動させてるけど、もう慣れたので気にしない。

 

「とりあえず今決まっているのは、ミカ隊長達のBT-42だけだからね。他五輌の中から乗りたい戦車を各自で言って、その度に話し合いで決めようよ」

 

 そう言うと「はいはいはーい!」と瓶底眼鏡の白衣幼女先輩もといソラ先輩が真っ先に手を挙げた。

 

「もうT-26は嫌なんですよ! ちっこいし、すぐ故障するし、ちっこいし! のろまだし! もうやだ!」

 

 鬱憤が溜まっていたのかソラが言い募り、そして私に向けて指を差した。

 

「ヘイヘはIII号戦車に乗り換えるんだよね!? ならT-34を私達に頂戴! 大事にするからさ、魔改造するからさ! 具体的には85 mm砲を載せられるようにするからさッ!!」

 

 余程苦労していたんだなぁ、と思いながら話を聞き流しながら少し考える。アマチュア無線部も戦車に乗り慣れてきたからT-34を任せることに問題はない。むしろ、これだけ熱望しているのだから彼女達のモチベーションのことを考えても乗せてあげたい気もした。しかし此処には空気の読めない女がいた。

 

「ちょっと待って欲しい、T-34に乗るのは私――いや、俺だ」

 

 そう言いながら手を挙げるのはエトナ、彼女は私の方を向くと素敵な笑顔を浮かべて告げる。

 

「一番良い戦車(装備)を頼む」

「譲れるかッ! ここで退いてなるものか、そもそもアンタはヘイヘと一緒のチームだよね!?」

「いいや? 他に戦車がなかったから一緒に乗っていただけだが? 俺はマリと二人で一チームだからな」

 

 エトナがうざったらしい顔で幼女先輩を見下す横で「ところでマリは希望あるの?」と私が問いかけてみると「ん〜、僕はBT-7かな。速い方が操縦するのが楽しそうだし」とものの数秒で妹に見捨てられる姉ができあがった。

 

「あ〜っはっはっはっはっ! えぇーっとぉ、今なんて言いました〜ッ!? 俺はマリと二人で一チームぅぅぅぅっ!? キャハハハハハハハッ!! ウ〜ケ〜る〜、ちょ〜ウケる〜ッ!! ギャーハッハッハッハッハッ!!」

 

 バンバンバンと机を叩くソラ先輩に、顔を真っ赤にしてフルフルとエトナが拳を握り締める。

 

「おい、マリ! お前は俺と一緒に決まってるだろうがッ! ふっざけんな!!」

「何度も僕に土下座させる姉さんと一緒なんて嫌に決まってるじゃん」

「はあっ!? 別に土下座しろだなんて頼んでねぇし!!」

「ねえ今どんな気分? 妹に見捨てられて、ねえ今どんな気分?」

 

 憤慨するエトナ、素知らぬ顔をするマリ。エトナを茶化すソラ先輩。最後に某国民的RPGのバトルBGM『戦火を交えて』をカンテレアレンジして奏でるミカの四竦みで本会議は混沌とした様相を見せ始めた。そこは止めてよ、ミカ隊長。

 

「ちなみにスオミはどうなの?」

シロエ(白兵衛)と一緒です」

「いや、乗りたい戦車のことだけど?」

「シロエと同じ戦車(空間)が良いです」

「あ、はい」

 

 あんまり深く聞いてはいけないと察した。

 ともあれ、このすぐ後でエトナに言い(95>=67)包め((1d100))られたソラ先輩達(アマチュア無線部)はKV-1に乗ることが決定し、第一回継続高校戦車道会議は恙無く終わりを迎える。決まったのはIII号戦車J型には兵衛()とスオミ、BT-7にはマリ、T-34にはエトナ、KV-1にはアマチュア無線部と言うことになった。誰かT-26に乗ってもらえませんか、私は乗らないけど。これでもベストセラー戦車の内の一輌なんですよ、私は乗らないけど。可哀想な戦車のことはさておき、足りない搭乗員は各自で集めることになった。ミッションの基本は現地調達である、どっかにプルトンでも落ちてないかなぁ。

 会議が終わった後、会議室代わりに使わせてもらった生徒会室で考え込んでいると、バンと扉が勢いよく開け放たれた。

 

「話は聞かせてもらった!」

 

 そう大声で叫んだのは風紀と書かれた腕章を付けた継続生だった。

 

 

 継続高校は常日頃から暴徒の脅威に晒されている。

 ある時は暴走族の騒音であり、またある時は不良生徒の抗争であったり、そしてある時は学生による学園艦施設の不法占拠である。

 兎にも角にもヒャッハーで世紀末な継続高校の学園艦、善良な一般市民は部屋の奥でガタガタと震えて怯える毎日を送る他になかった。しかし彼ら彼女達には希望がある、ヒーローがいる。退かぬ、媚びぬ、省みず、の精神で校則違反を繰り返す生徒に鉄拳制裁、ステゴロで物理的に黙らせる英雄機関。この俺が規則だ、この俺が風紀の体現者。執行されない刑罰に意味はないと声高らかに叫ぶ粛清組織。彼らは誰だ、彼女らは誰だ、その名は継続高校風紀委員会ッ! 私達が来たからにはもう安全だ、と戦隊モノのヒーローのように不良達を千切っては投げて、叩き伏せ、その心に恐怖を刻むことで更正を促していた。

 しかし、そんな彼らも最大のピンチを迎えていた。

 継続暴走族界で四天王と呼ばれていた四大暴走グループが風紀委員会に対抗するために結託したのだ。その名も快速暴走同盟、四天童子! その大勢力を前に「言論統制に談合禁止、密告万歳ッ!」と乗り込んだ風紀委員会はなんとナントの難破船! 返り討ちにあってしまったのだ! これにより継続高校のパワーバランスは崩壊、そのことを知った木っ端珍走団が次々と四天童子に合流し、大々的に交通ルールを無視するようになり、しかしお婆ちゃんやお爺ちゃんが多いところでは心持ち静かに……交通網は機能しなくなり、学園艦は更なる混沌の渦中へと引き込まれていった!

 コンニャローのバーロー岬ッ!!

 世間様に迷惑をかけんじゃねえと継続番長がたった独りの漢立ち! しかし四天童子は容赦なく、四方八方からタコ殴り、哀れ番長一行も保たずに倒れて、学園の秩序を守れなかったことに涙する! 漢泣きである。ああ、最後の砦が砕け散った、もう四天童子を止められるものは居ないのか――そんな時だ、キュラキュラキュラと不穏な音が鳴り響いた。

 戦車である、T-26である。キューポラから風紀委員長が顔を出し、そして告げる。

 

 ――撃て。

 

 嗚呼、無情なり。人体に優しい実弾(倫理的には大丈夫)によって、四天童子は爆発四散ッ! 結成一夜にして崩壊した。

 畜生、許されるのかよ……こんなことが、こんなことが許されるのかよ! こんなの人間がすることじゃねえッ!! てめえらの血の色はなに色だーっ!! 服はボロボロ、継続番長はアフロヘアー、バイクや廃車確定、車は――痛えなぁ……また板金7万円コースか。でも肌は煤汚れただけで五体満足な女が背中に四天童子を背負って嘆き叫んだ。

 その言葉を耳にした風紀委員長が有情に告げる。

 

「未成年だからな、犯罪歴には残らないぞ☆」

 

 そして続ける。

 

「その分、魂に恐怖を刻み込んでやるよッ!! てめぇらの罪の分だけなぁーッ! 今までの鬱憤を晴らしてやらァッ!!」

 

 その日、暴走族は壊滅した。

 ここに継続の正義は執行されたのだ。

 しかし明日にでも第二、第三の暴走族が生まれるに違いない。

 何故ならば、それが継続高校なのだ。




生徒会日報、会長の胃に穴が空きました。


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試合、できます!②

退屈な物語を目分量で


《ミカ・アキ・ミッコの場合》

 

 第一回継続学園戦車道会議を終えたことで、全国大会に向けた正式なチーム分けが行われることになった。

 ということで、メンバーが足りないチームが各自でメンバー集めを行う中、既にメンバーが揃っていて暇な私達はチーム名を考えるよう言いつけられることになった。なんでもAチーム、Bチームでは味気がないということだ。別にそれでも良いじゃないかなって私は思うんだけど、案外乗り気になったミカが「それじゃあアキ、良いのをお願いするよ」と丸投げしてきたのだ。そんな訳で目の前の机には今、適当に思いついた名前を書き込まれたカードが並べられている。

 オープンカフェで珈琲を啜りながら、ペン回しをしながら悩む素振りをする。

 

「えっと? ヒグマさんチーム、ハクチョウさんチーム、スズランさんチーム、長ぐつさんチーム、雪だるまさんチーム……なんだか随分と可愛いのが多いじゃないか」

 

 そんなことをしながら時間を潰しているとミッコが同じ席に座ってきた。手に持っているのは珈琲だろうか、ミルク増し増しのせいで薄茶色になっている。むしろ牛乳に珈琲を混ぜたと云えてしまえそうな代物をズズッと啜りながら、ケイタイさんチームや乳搾り椅子投げチームと書かれたカードを手に取る。

 

「迷走してそうなのが幾つかあるなあ、サウナさんチームとかよくわかんないし」

「命名なんてそんなもんだよ。最初にいくつか良いのが思い浮かんで残りはもうぐっちゃぐちゃ、それで偶に良いのが思い浮かぶの」

「まあ、そういうものかな」

 

 エアギターさんチームと書かれたカードを机の上に置いて、ミッコはにんまりとした笑みで私のことを見つめてきた。

 

「それで私達のチーム名はもう決まってるわけ?」

 

 わくわく、と言った感じに目を輝かせる。こういうのが意外と好きなんだねって思いながら私は手元に置いていたカードを一枚、彼女に手渡した。

 

「……えっと、妖精さんチーム?」

「そうだよ、次点でトロールさんチームかなって」

「ん〜、なんというか……」

 

 ミッコは少し言い澱むようにして「アキは可愛いやつだなあ」と零した。

 その言葉に私は首を傾げながら、余ったカードに小人さんチームと書き記す。

 のんびり日和の昼休み、私は大きく欠伸をしてペンを置いた。

 

 

 (ミッコ)がミカとアキの事をどう思っているのか、と問われると答えに困る。

 ただの友人と云うには素っ気ないと思うし、かといって親友と呼ぶほど知った仲でもない。趣味が違うから話が合う訳でもなくて、ただなんとなしに一緒に居ることが多い仲間と云うだけの話だ。私と彼女達を繋いでいるのは戦車道だ、もっとよく云えばBT-42の仲間と云うだけのことになる。たぶん今からでもBT-42の乗員から外されることがあれば、彼女達との関係はあっさりと崩れることになると思っている。それぐらいに彼女達との関係は希薄なものであり、そもそも私は二人が継続高校で戦車道を履修するまで何をしていたのかも知らなかった。

 BT-42が私達の仲を繋いでいる、だから私達は何時もBT-42の傍に居るのかも知れない。

 

 少し昔の話をする。

 私がBT-42の操縦手として選ばれた日から「好きな時間に自由に乗り回して貰っても構わないよ」と隊長のミカに言われていたので、気晴らしのつもりで毎日のようにBT-42の操縦桿を握っていた。それは戦車道を極めると云うよりも遊び倒すといった方が正しくて、ある時はドリフトしてみたりとか、ウィリー走行をしてみたりとか、おおよそ戦車と呼ぶには相応しくない走り方をしていたように思える。あの時は戦車道にはまだ興味がなかったし、今もだけど戦車についての知識もなかった。だから普通の乗り方ってのが分からなくて、こんなこともできるだろって感じで色んな技に挑戦しながら遊んでいた感じだ。

 おかげで仲間からは奇異な目で見られることも多かったし、そのせいで周りから浮いていたこともわかっていた。でも、できるのに周りとは違うからっていう理由でやってはいけない、と云うのはおかしいと思うし、面白くないことを平然と続けられる周りの方がおかしいとも感じていた。

 だから、浮いてしまっている。周りから浮くことは苦痛じゃなかった。それはきっと私は独りじゃなかったからだ。

 私には仲間がいた。ミカとアキ、二人が常に一緒に居たから私は周りから浮くことに苦痛を感じなかった。正直なことを言ってしまえば、試合の勝敗に関してもあんまり興味がなくて、戦車道に対しても強い情熱を持っている訳でもない。二人が居るから私はBT-42の操縦手をしている。もし二人がいなければ、今頃私は何をしていただろうか。よく分からない、想像もできない。今ある環境があまりにも当たり前過ぎて、今の私以外の私があんまり想像できなかった。

 二人と共にあることはとびきりに楽しい訳でもない、なにか刺激的と云う訳でもない。ただ当たり前だった、私とミカとアキが居て、そこにBT-42がある。それが私の当たり前だった、だから私は今も操縦桿を握りしめているのだと思っている。

 誰かに認められたい訳でもなく、なにかを為したいわけでもないのに。

 今ある日常を享受する為に私は操縦手を続けている。

 

 とある日のことだ。

 外が新雪で積もっていたから私はBT-42に乗り込んで走り出した。

 この時、朝が早かったのでミカはまだ寮の私室で寝ており、私と同じく早起きしたアキを乗せている。ミカを置いて、戦車を走らせるのは珍しいことではない。独りで走り出すことはよくあることだし、アキと二人になることも、ミカと二人になることも、決して多い訳じゃないが少なからずある。アキと二人でも、ミカと二人でも、あまり長い時間を走り続けていると遅れてきた側は不機嫌そうな態度を取るので程々に、一度、アキとミカの二人にBT-42を走らせる訳でもないのに立て篭もられたことがある。

 そんな訳で学園艦をぐるりと回ってからミカを迎えに行こうと考えていたのだが、思っていた以上に雪が降り積もり、それから更に吹雪いてしまったのでBT-42が雪に埋もれて動き出せなくなった。学園艦を一周するだけのつもりだったので、寒波に対する準備はなにもしていなくって、この時はBT-42の中でアキと二人で凍えていたのを覚えている。

 何も考えずに連れ出してしまって申し訳ないな、って思っていたけどもアキは特に私のことを責めることはせずに「誰か助けに来てくれるかな」と、そんなことをのんびりと呟いていた。吹雪が止む気配はなくて数十分が過ぎた頃合い、流石に寒くなってきたので仮眠する時なんかに使っている寝袋を取り出した。これでぬくぬくとしようと思ったが唇を青くして全身を震わせるアキの姿が目に入ったので「入る?」と聞くと無言で頷かれて、二人で同じ寝袋に入り込んだ。もちろん、一人用なので二人で寝袋に入るのは窮屈で横で並んで寝ることはできない。更には戦車内は窮屈なので二人で横になるスペースもなくて、互いに互いを抱き締め合うような体勢になる。私が下でアキが上だ、操縦席の後ろにあるコンテナ上でアキは震えながら私の胸元を抱き締めていた。

 私は幾分か余裕がある、こんな時に思い出されるのは寒いところでは肌と肌を重ねるのが良いという話だ。しかし、多少は意識しても、そんな気分にはならないし、今はただ身を震わせるアキのことが心配だった。窮屈な戦車の中では寝返りを打つこともできない、こんな時はさっさと寝てしまうのが良いのだろうが、遭難した時にドラマなんかでよくある「寝たら死ぬぞ」という台詞が思い返されていまいち寝付けなかった。熱を欲しているのか、アキが身を擦り付けるように身動ぎしながら足を絡めてくるのがやっぱり心配だった。

 こうして身を寄せ合ってみるとアキの体は思っていたよりも柔らかいということがわかった。華奢な割には、という程度であるが少し抱き心地が良い。手入れが良いのか髪も触り心地が良くて、匂いも悪くない。あとで使っているシャンプーとかリンスとか聞いてみようかな、とか、そこまで考えてみて私はアキのことについて何も知らないんだなと思った。ただ一緒に居るだけで心地良くて、ぬるま湯に浸かっているようで、だから今までなにも知らなくても問題なくって、でも今は少しアキのことが知りたく思っている。アキの腰に手を回す、落とさないように。それからゆっくりと瞼を閉じて、後は流れのままに身を委ねた。このまま死んじゃうのかな、とか、ちょっと思ったりする。でもまあアキの体は心地よかったので寝てしまうのは仕方ないと思った。今は冷たいけども温かかったらもっと気持ちいいのかな、とかそんなことを少し思ったり、もしも無事に寮に戻ることができたなら添い寝をお願いしようかな、とか思ってみたり、流石にそこまでいうと変なことを勘繰られてしまいそうか。

 まあ、後のことは後で考えてみよう。生きていられたならその時に、死んでしまったらこのままで。心持ち強く抱き寄せて、静かに意識を夢の世界へと落としていった。

 意識を閉ざす前、んっ、というなにかを堪えるような声が今も妙に耳にこびりついている。

 

「……アキ、ミッコ、生きてるかい?」

 

 目覚めると目の前にはミカの顔があった。

 私は体を起こそうとしたが、上からなにかが乗っかっているようで満足に身動ぎすることもできなかった。ふと視線を下に向けるとアキの顔があり、少し頰を赤くしながら、すやすやと可愛らしい寝息を立てている。「もうちょっと眠っているかな」とミカに問われたから、そうする、と返した。BT-42のエンジンが掛けられる。ある程度、雪は収まったのか、それとも除雪してくれたのか、なんだかとても眠たくて、抱き枕兼掛け布団なアキを抱き締め直して、もう一眠りする。肌寒さに目を覚ますと寮の前まで辿り着いていた。人肌の温もりと抱き心地の良さを少し名残惜しく思いながら寝袋から這い出る。それから食事を取り、水分を補給して、簡単にシャワーを浴びてからもう一眠り、やはり体力は消耗してしまっていたようで翌日は夕方過ぎまで眠りこけてしまった。

 それから数日間、あんなことがあった後だからか、アキは口を聞いてくれなかったけども一週間が過ぎた頃には元通りになった。

 やっぱり、ここは居心地が良い。アキがいて、ミカがいて、私がいる。それが当たり前で、それが私の日常で、たぶん一緒にいることには意味がない。だから私達を縛り付けるものはなく、ただ繋がりだけがあった。此処から誰か一人が欠けることは考えられなかったけど、きっといつの日かみんな別れ離れになるんだろうな、という漠然とした予感もあった。だから私はこんな日が少しでも続くように祈りながら、そして、こんな毎日を少しでも享受しようと身を委ねる。

 とりあえず今は通販で抱き枕を購入して、それを毎日抱き締めながら眠っている。

 

 これまたとある寒い日のこと、またアキと二人きりでBT-42の中にいた。

 少し雪が降り始めていたので「今日は止めておこうか」って言うとアキは無言のまま外を見つめている。話を聞いているのか、ただ外を眺め続けている。なんとなしに「二度寝する?」と聞いてみると頷かれて「あ、いや」と顔を赤くされて否定された。「部屋に行こうか」と言うと、俯くように頷かれて、彼女を部屋に連れ込んだ。それからお互いに上着を脱いで、私のベッドで横になる。あの時と同じように私が下で、アキが上で抱き締め合って、そのまま瞼を閉じる。翌朝はいつもよりも熟睡できたのか気分が良かった。

 なので今では寒い夜、偶にだけどアキに添い寝を頼んでいる。週一くらいで。

 

 

 正直、ミッコには迷惑している。

 ただの女友達としては度し難いことを平然と頼んでくることがあるのだ。ちょっとコンビニに行こうかって感じで添い寝をお願いしてきたり、時折、後ろから抱き締めてきたりと驚かされることは多い。胸を揉まれたこともあるし、太腿を撫でられた事だってある。妙にスキンシップが多い気がするのは気のせいだろうか、おかげでなにか気があるんじゃないかって勘繰っちゃうけどもミッコはなにも考えずに自然体でそうだった。そして、その事に慣れ始めている自分に少し呆れてもいる。

 私、アキにとってミッコは友達だ、それも親しい仲だから親友と呼べるかもしれない。心を許しているのは認めるし、彼女と一緒にいるのは居心地が良くて好きだった。いや胸を揉まれたりとかはどうなんだって思うけども、それを込みにしても彼女と近くにあることは嫌いじゃない。なんだか変なことを言っているような気がするが、つまりそういうことである。それでもやっぱり、スキンシップが過剰なことは少し気になる。そして、なによりミッコのことで理解ができないのは、あれで彼女はなんの意識もしていないことだった。背に腹を変えられないこともあって一緒の寝袋で寝た時もミッコは平然としていたし、その後でミカが迎えに来てくれた時も当たり前のことのように二度寝してくれやがった。おかげで狸寝入りを決め込むしかなくって、覚悟を決めるまで、ずっと運転するミカの後ろでミッコと抱き締め合いながら横になるという羞恥を受けることになったのだ。

 ミッコに部屋に連れ込まれた時は、遂に来たかと覚悟を決めたりしたが、こいつは何もせずに当たり前のように寝てくれやがった。それから味をしめたのか知らないが、週に一度くらいのペースで添い寝を頼みに来るのだ。

 こいつ調子に乗ってんな、と思って一度断ろうとしたことがある。するとミッコは「それじゃあミカに頼んでみようかな」と友達を遊びに誘うようなノリで言い出したのだ。それが嫌で、というかミッコとミカが二人で添い寝しているのを想像できなくて、それならまだ私が抱かれている方がましだと思って添い寝を続けている。

 なんでこうなっているのかわからない。いや本当に、なんでこうなったんだろう。

 大体、私のせいなんだろうけど。

 

「ねえミカ、これってどうにかなんないの?」

 

 ということで命名カードを持って、公園の机付きの椅子に座るミカに相談してみた。彼女はカードを見つめながら「いつも思うんだけどね、惚気を聞かされる方の気持ちにもなって欲しいかな」と言われる。

 

「付き合ってない!」

「惚れる相手を選ぶことはできないものだからね」

「だから、そっちの気はないってッ!」

 

 力任せにバンと机を叩くと広げたカードが小さく跳ねた。その中からミカは、妖精さんチームと書かれたカードを手に取って、「これが良いかな」と話をはぐらかされる。

 

「アキのおすすめみたいだしね」

「もうッ!」

 

 もう一度、机をバンと叩くとミカが苦笑しながらカンテレを奏でる。宥めているつもりだろうか?

 

「ミッコは友達がいなかったみたいだよ」

「友達がいない?」

 

 と私が問い返すとミカは頷くこともせずに目を伏せる。そして私ではなくて風に囁きかけるように口を開いた。

 

「彼女は周りとの付き合い方が下手なんだよ」

「そうなの?」

「自分の好きなことばかりやってるからね」

 

 私は首を傾げる、それが普通なんじゃないかって。

 

「……私達は巡り合うべくして巡り合ったのかな」

 

 風に導かれるままに、とミカがなにかを慈しむように目を細める。しなやかに奏でられるカンテレの音色が吹く風の中に染み込んでいくようだった。そして短い曲を一つ奏で終えるとミカは私に向かって微笑んだ。

 

「もし嫌だったら断ればいい」

「……嫌ではないんだけど?」

「好きなようにすると良いよ」

 

 そういう集まりだからね、私達は。

 そう言って、またミカはカンテレを奏で始める。身勝手で、気ままに、誰からも束縛されず、ただ弾きたいからと弦を弾いた。

 その隣で私は耳を傾ける、きっとミカの曲が好きなんだと思う。

 

 こんな自分勝手な私達だけど、いや、だからこそなのだろう。

 きっと私達は好きで同じ戦車に乗っている。

 だから、ここはとっても居心地が良いんだと、そう思った。




・妖精さんチーム
使用戦車:BT-42快速突撃砲。
戦車長:ミカ(二年生)
砲手兼装填手:アキ(二年生)
操縦手:ミッコ(二年生)


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試合、できます!③

どうにも世の中には毎話作風を変えることで固定層を作らず、毎話のように読者を振り落としにかかる作品があるようだ
しかもこれから暫くはオリキャラをメインで書くつもりらしいぞ
読者の選別が捗るなあ(震え声

今回は短いです。


《アマチュア無線部の場合》

 

 此処は太陽が照明代わりの ガレージ(廃工場)にある特設の研究室、もしくは開発室。半ば修理工房。

 実際にはアマチュア無線部の溜まり場と称するのが正しい。今も半球体の被り物にドライバーを挟むという遊びをみんなでやっており、お菓子を片手に頬張りながら何度も被爆している。まあ人体に優しい放射能だし、そもそも玩具なので倫理的には大丈夫だ。いろんな意味で道徳的問題を抱えている気がしなくともないけども、臭いものには目を逸らす精神でどうにかしようと思う。

 さてクリスティ三人娘と違って、私達には暇な時間はない。戦車の整備は大まかに搭乗するチームで行なっているが、それでも細かな点検は私達の役目であるし、修理が必要な箇所は外注に出さずに私達だけでやってのける。そんな訳で練習の後はいつもてんやわんやで、それが試合の後ともなればドタバタ劇だ。

 朝早くから頑張って、今やっと、ひと段落したところだった。

 

「ソラ部長、やっぱりこれを黒ひげ危機一発やワニワニパックンの代わりにするのは不味いのでは?」

 

 そんなことを黒煤に汚れた伊達眼鏡少女に言われたが、その辺りはもう本当に今更な話だと思う。でもまあ彼女の言うことにも一理あるので、私はポッキーを齧り、だらけきったアマチュア無線部のみんなに大声で告げる。

 

「これからアマチュア無線部、無線秘密基地に向かうわよッ!!」

 

 その声にガタッと反応を見せた四人の部員達が「あらほらさっさ!!」と眼鏡を輝かせる。

 今やアマチュア無線部の学園艦での移動手段は専ら戦車となっていた。練習する意味も勿論があるが、暴走族が雑草のように生える継続高校だ。T-26の時は一度、人体に優しい(倫理的には大丈夫)火炎瓶を投げ込まれる事件も発生したが、KV-1ではその心配も不要だ。初めて、KV-1の勇姿を見た時は思わず、「大きいことは良いことだ!」と初めてヘラクレスオオカブトを見た少年のように目を輝かせてしまったものである。問題のトランスミッションとクラッチは勝手に改造させて貰ったので、幾分かマシな取り回しになっている。よっこらせっとお気に入りのボコクッションをお尻に敷いて、いざ行かん、と無線秘密基地に出発した。

 無線秘密基地と云うのは現在、アマチュア無線部が活用している通信基地のことだ。不法占拠した納屋の外には数多のお手製のアンテナが設置されており、全世界のテレビとラジオの番組を受信できるようにしてある。英語以外の言語はよくわからないけども自己満足で受信できるようにしてやった。最近は全世界の戦車道の試合配信なんかを録画したりしている。発信の方は学園艦が範囲内に収まる程度に調整してあった。

 まあ、これらは練習用の戯れに過ぎない。私達、アマチュア無線部の目的は宇宙に向けた通信にあった。

 予め断っておくが、私達は無根拠に宇宙人やUFOの存在を信じるオカルト集団ではない。元は天体観測が好きなだけの集まりであり、その好きを拗れに拗らせたのが今のアマチュア無線部になる。二年生は皆、資格持ち。今は色んな許可申請を取っているところであり、準備ができ次第、流星散乱通信と月面反射通信を実行するつもりだ。アマチュア衛星にも通信を送ってみたい。

 私は先天的な障害で身長が伸びないから地球から月を見ていることしかできないけど、それでも手を伸ばすことそのものは止められなかった。宇宙には浪漫があった、宇宙に夢と希望を見た。伸ばした手は電波に形を変えて、今は月にまで手が届くほどになった。例え、宇宙飛行士として宇宙に行けずとも、何かしらの形で宇宙に関わって生きていきたいと思っている。それもできることなら末端ではなくて最前線で宇宙開発に携わっていきたい。できないものは仕方ない、だからできることをする。夢を見たなら追いかけなきゃ、夢は追いかけなければ夢じゃないって思うんだ。

 だから私はここで月を見る、私はここで手を伸ばすのだ。

 

「本格的に戦車道をやるつもりなかったんだけどねぇ」

 

 戦車道の手助けをしているのは効率的にジャンク品が集まるからだ、何故かは口を閉ざしておく。しみじみと言うと部員の一人が「チームで何かをするって楽しいじゃないですか」と告げる。

 

「私は結構好きですよ。ちょっとした宇宙飛行士みたいな気分が味わえて、同じ機体に乗って皆で力を合わせるのって、こんな感じなのかなって」

「ったく、物騒な宇宙船もあったもんだよ」

「元々宇宙開発史は物騒ですしね」

 

 その通りだ、と笑ってみせる。

 

「ところで部長の分野って何になるんですか? 多芸過ぎて専門が分からないんですけど」

「うん、それね。私もちょっと悩んでる。正直、戦車修理とかって機械修理みたいなノリで始めてるしね」

「いや、あれは、ストーブを修理できるなら戦車も修理できるだろって、前年度の戦車道科の連中がですね……」

 

 はあっ、と部員全員で大きく溜息を零した。

 まあ、それなりに楽しくやってるから良いんですけどね。ちょっと時間が足りないかなって思ってるだけで。あと一応、私はまだ通信関係が最も得意だと思ってます。

 近頃、機械修理と戦車整備が追い付きつつある気がしてる。

 

 

 時間の合間にお遊びで作ったドローンを飛ばしている時だ。

 パソコンのSNSにメッセージが届けられた。送信主は副隊長(ヘイヘ)殿からで、読んでみるとアキが戦車チームの名前案を作ってくれたとのことだ。添付されたテキストファイルを開いて、時折、奇想天外な単語の混じったチーム名案を仲間と一緒に眺める。

 

「あんまり良いのがないね」

「ミールとかどうかな、ミールさんチーム。今思いついたけど」

「他のチーム名と整合性取れないっぽい」

「命名規則の統一は大事、分かりやすいことは良いことだ」

「あんまり統一されてないっぽいけど?」

 

 ぐぬぬと悩みに悩んだ結果、なんか宇宙っぽいという理由でスズランさんチームで決定した。

 頑張れば星っぽく見えるかもしれない、とか、そんなあやふやな感じで。

 決して、小さな癖して毒が強いという理由ではない、決してだ。




・スズランさんチーム
使用戦車:KV-1重戦車(1940年型)

戦車長:蛇草(へびくさ)宇宙(そら)(二年生)瓶底眼鏡で白衣の幼女先輩。
装填手:コウノトリ(一年生)本名は鳥海(ちょうかい)高菜(たかな)
砲手:サキガケ(二年生)本名は大先(おおさき)飛翔(かける)
操縦手:ハヤブサ(一年生)井戸川(いとかわ)千隼(ちはや)
通信手兼:ヒマワリ(二年生)本名は日向(ひむかい)(あおい)

たぶん、瓶底眼鏡で白衣の幼女先輩以外は覚えなくても良いです。
設定があるっていうだけの話なので。
たぶん部員たちは二度と作中で名前は出ない気がします。

学園艦は治外法権。


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試合、できます!④

《マリの場合》

 

 十月も終わりが近付き、冬に差し掛かる頃合い。

 第一回継続高校戦車道会議を終えて学生寮の私室に戻った僕は、どうしたものか、と考えながら二つあるベッドの内一つに身を放り投げた。

 自分の乗る戦車のメンバーを集めなくてはならないが、この中途半端な時期だ。今更、戦車道に入ってくれる生徒がいるとは思えなかった。かといって、このままでは(エトナ)のメンバーとして強制的に組み込まれかねない。いや、別に姉のことは嫌いではないのだけども、ずっと一緒で居るのは面倒が多そうで嫌だった。それに僕にとってBT-7に乗ることには意味がある、それは姉が相手であっても譲れないものだ。

 そんなことを考えていると部屋に備え付けのシャワー室の扉が開けられる。僕が顔だけを横に向けると、パンツだけを履いてわしゃわしゃっとタオルで長い髪の水分を吸い取っている。

 

(フーコったら相変わらず、恥じらいのないやつだなぁ……)

 

 そんなことを思いながら、じぃっと同居人であるフーコの肢体を眺めていると、彼女は僕の視線に気付いても気にすることなく口を開いた。

 

「ま〜た、マリは悩み事でも抱えているの?」

 

 呆れるように溜息を零すフーコ、「まあね」と僕は隠すことなく告げる。

 

「ふぅん? いつもの姉さん関連じゃないのね?」

「少し関わってるかな、でも姉さんが原因ではないね」

 

 珍しいわ、とフーコが素っ気なく言ったので、まったくだね、と私は苦笑する。

 

「それで悩みっていうのはなんなの?」

「ああ、それはね……」

 

 まだブラジャーを付けていない胸が揺れる様を見ながら、だめ元で聞いてみようか、と思って同居人を誘うことに決めた。

 

「戦車道に転科して僕の乗る戦車のメンバーになってよ」

「良いわよ」

「うん、まあすぐには……えっ?」

 

 思わず、彼女のことを見返すとフーコは平然とした顔で「ええ、だから、良いわよ」と繰り返す。

 

「えっ、ちょっと待って、そんなにあっさり?」

「少しくらい悩んだ方が良かったの?」

「そういう訳じゃないけども……う〜ん……」

 

 拍子抜けした、と云うのが正しい気がする。

 メンバー集めには苦労すると思っていた矢先に一人目が決まったのだ、そう思うのも無理はない。

 そしてBT-7の大きさを考えると残り一人ということになる。

 

「他に何人集めれば良いの?」

 

 フーコがスマフォを取り出しながら聞いてきたので「あと一人だよ」と返すと「なら問題ないわね」と誰かにメッセージを打ち込んだ。それから数分もしない内に、ピロリン♪ と電子音が響き渡る。

 

「確保したわよ。良かったわね、貴方、同性から人気があるから」

「えっ、どういう意味?」

「そのまんまの意味、女の子に人気なのよ。あなたって」

「えぇ〜? そんなまさか〜?」

 

 へらへらと笑っているとフーコが少し可哀想な子を見るような顔をして、そのまま何も言わずに箪笥の方へと向かった。

 

「えっ、嘘? 嘘だよね?」

「いつも私の裸をジロジロと見つめてるから興味あるのかと思ってたわ」

「わかってるなら見せつけないで!?」

「私は同性に見られて興奮する趣味はないわ」

「恥じらい持って!?」

 

 フーコは黒いブラジャーを付けると、歩くだけで揺れる豊満な胸の谷間を見せつけながら私の両肩を叩いた。

 

「貴方の姉さん、貴方の写真を裏で売り捌いてるわよ」

「それは……うん、驚かない自分にびっくりしてるよ」

「そんで今誘った子は貴方の姉さんの常連客なの」

「今、それを知りたくなかった。いや、今じゃなくても知りたくなかった」

 

 もうやだ、と僕は枕に顔を埋める。

 シクシクと泣き真似をしているとフーコは少しぼんやりとして、それから「珈琲いる?」と何食わぬ顔で聞いてきた。

 とりあえず「ミルク増し増し、砂糖増し増し」と返しておいた。

 

 

 戦車道は性に合っていた、というよりも車輌の運転が私には合っていたように思える。

 特に戦車対戦車で繰り広げられるガチンコでの駆け引きは楽しくって、つい操縦桿を握る手に力が入った。身内でBT-42を相手にしていた時は翻弄されっ放しだったけども、この前のプラウダ戦で戦車道の楽しさっていうものに気付けたような気がする。相手の裏を突いてやろうと仕掛ける時はワクワクする、相手の動きを先読みして動く時はドキドキする。そうなると相手も居ないのに戦車を乗り回すのが退屈になって、早く次の戦車道戦が決まらないかなって待ちわびている自分がいて少し驚いている。

 来たるべき時の為にBT-7を走らせているけどもいい加減、まともに走るのも飽きている。おかげで戦車で何処までできるのか遊び倒すことが増えた。そして履帯を壊したり、横転したりすることが増えて、いつもアマチュア無線部の部長であるソラ先輩に叱られることが多くなってしまった。でも退屈で仕方ないからペン回しをするように、BT-7を意図的に履帯を滑らせてスピンさせる。

 そしてまたすぐに履帯を駄目にしてしまって怒られる毎日だ。

 

 正直なところ、ミッコ先輩の操縦技術は異次元の領域に達している。

 ただ単に技量という点では大学選抜チームの島田愛里寿のA41センチュリオンの方が上かも知れないが、ミッコ先輩が操縦するBT-42の動きは予測を付けられることがない。姉さんとT-34に乗っていた時、練習で何度もBT-42と対決したことがあるけども、その時にミッコ先輩は地面から突き出した石を活用した片輪走行で敵砲撃を避けたことがある。その二次元を三次元に変えかねない縦横無尽の機動は大学選抜チームのエース、愛里寿すらも超えかねない。

 どうして、そこまで戦車を上手に操れるようになったのだろうか。

 そのことを一度、本人に聞いてみたことがある。

 

「ん、好きだからじゃない?」

 

 特に信念がある訳でもなく、心得を持っている訳でもなく、かといって特別な経歴もなく、とても単純な言葉で彼女は片付ける。

 好きだから、たったそれだけで自分の戦車道を語れる彼女は、どうしようもない程に格好良く感じられた。好きだから、それだけで何処までも強くなれる。好きだから、その一言だけで強くなれるのだとすればきっと、そんな貴方を超えたいと思う私もそれだけで強くなれるのだと思った。僕は貴方が好きだから、憧れたから、だから貴方の動きをもっと見ようと、貴方の知らない動きを研究しようと、恋い焦がれる乙女のように貴方の背中を追いかける。いずれ、肩を並べられる日が来れば、きっとそれは楽しいから、僕は貴方と同じ舞台に立とうと思う。そして貴方と恋人同士が囁き合うような戦車道をしてみたい。時に激しく、時に穏やかに、その想いはきっと恋心とそう違いはないのだろう。

 いつか僕だけを見て貰えるように、僕は力を研ぎ続ける。求める想いは愛ではなく、恋だった。

 どうせなら燃えるような恋をしようと思うんだ。

 

 

 継続高校が練習場に活用しているのは未開発区の荒地だった。

 本来は自然公園なんかを作る予定があったらしいけども、なんか色々とあった結果、土を敷き詰めた地面と雑草だけが残ったのだと云う。練習として使う時は各自で勝手に、周りの家屋に迷惑をかけなようにしましょう、といった緩いもので暇な時に訪れると誰かしらが戦車を走らせている。

 そして今日もまた砲撃音と履帯が稼動して軋む音を響かせていた。

 先輩達が操るBT-42を前にして、僕は操縦桿を握りしめる。相手の一挙手一投足を見逃すまいと見開いた目で観察し、僕達と相手の射線が重なると同時に大きくBT-7の軌道を大きく変える。それでも砲弾が車体を掠める、砲塔を回せる僕達の方が有利なはずなのに砲撃はBT-42を掠めもしない。滑りやすい履帯を活用して、地面を削りながら側面を取ろうとしてもミッコ先輩が操縦するBT-42は車体全体を旋回させることでピッタリと僕達に砲口を向けてくる。もしくは前進させることで側面を取ろうとする僕達の更に側面を、ある時は背後を取ろうと狙ってくる。そして数秒だけでも動きを止めれば、アキ先輩の的確な砲撃が飛んできた。だから、相手の射線から逃れるようにアクセルを踏み込んで距離を取る他になかった。戦車を止める暇を与えてくれない。おかげで停止射撃ができず、行進間射撃を強要される。ドッグファイトのように互いの車体が目まぐるしく入れ替わる最中であってもミッコ先輩は一秒以下の停止時間を随所で作ってくる。徐々に削られ、追い詰められて、最終的に白旗を上げる篏めになるのはいつも僕達だった。

 これはもう単純に操縦手の腕前の差なのだろう、今日もまた僕達は至近距離でBT-42の114mm榴弾砲を側面に受けて白旗を上げる。

 

「もうちょっと、車体を止めてくれないと話にならないわ」

 

 横転したBT-7の中でフーコが小さく息を吐いた。

「ごめんね」と短く返す。実際、フーコの射撃の腕は悪くないのだ。ミッコ先輩以外の身内が相手であれば、戦車に当てることはできている。硬いだけが取り柄のKV-1は撃ち放題だし、ヘイヘ副隊長のIII号戦車にだって勝ったこともあった。でも、BT-42だけは別格だった。身内のタイマンでBT-42を傷付けられた者はまだいない。

 誰が一番最初にBT-42を撃ち崩せるのか、これは継続高校戦車道における一つの命題だった。

 その最初の一人は自分でありたいと思っている。

 

「あ〜、世界が回っているのです〜。ぐるんぐるんなんです〜」

 

 ぐるぐるに目を回しながら情けない声をあげるのは、装填手のメイだ。

 小柄な体躯で力強く、無尽蔵の体力があった。いつも拳で殴りつけるように砲弾を装填してくれている。

 今、BT-7はフーコとメイ、そして僕の三人で操っている。

 

「そういえばマリ、私達のチーム名ってもう決まったの?」

 

 ふと思い出したようにフーコが聞いてきたので「うん、もう大体決まってるよ」と返した。

 

「オオハクチョウ、これかなって思っている」

「うん、良いんじゃないの。悪くないわ」

「フィンランドでは春の訪れを告げる鳥として、知られていますね!」

 

 つまり私達が継続戦車道の春を告げる鳥になるのですね! とメイが目を輝かせた。

 そうなれたらいいなあ、と僕は苦笑交じりに返す。まずは僕達が越冬しなくちゃいけないな、とBT-7から這い出て、そしてBT-42から顔を出して談笑する三人の先輩を見つめた。

 ふと鼻先に冷たいものを感じた、空を見上げる。雪が降り始めた、これから継続高校の長い冬が始まろうとしていた。




・オオハクチョウチーム
使用戦車:BT-7快速戦車
戦車長兼操縦手:牛尾マリ(一年生)
砲手:長谷部フーコ(一年生)
装填手:猿渡メイ(一年生)


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試合、できます!⑤

《エトナの場合》

 

 (エトナ)には戦車道に賭ける想いと云うものがない。

 戦車道そのものが嫌いという訳ではないが、だからといって熱中できる程でもない。そもそも戦車道を始めたのは退学を取り消してもらう為であり、そこから逃げ出さないのは自分の為に土下座までしてくれた(マリ)の顔を立てる為であった。だから意外と乗り気な妹も含めて、徐々に疎外感を感じるようになっていた。

 だからよく独りで居ることが多い。独りでは戦車を動かすこともできないから、適当な場所で時間を潰していたりする。

 それは例えば、放課後の学校の屋上とか。フェンスの向こう側に降りて、そこに腰を下ろす。風が吹いている、冷たい風だった。もう秋の半ば、これからは寒くなる一方だ。はぁっと両手に息を吹きかける、両手を擦り合わせながら学園艦の街並みを眺める。高さのない建造物、所々に廃屋が点在しており、半分以上がシャッターで閉ざされている商店街に品揃えの悪いスーパーがあった。

 この学園艦にある娯楽施設はゲームセンターとカラオケくらいなものであり、不良生徒がよくたむろしている。

 継続高校に暴走族が増えるのは力を持て余している為だ。特に高校生くらいの年頃は最もパワーが漲っている時であり、発散し切れなければ鬱憤が溜まる一方になる。その鬱憤は恋愛や部活動といった――クサい言い方をすれば、青春することで発散されるのだ。そして青春を上手くできなかった者達が馬鹿を始める。友達同士で発作的に駆け出したり、カラオケで熱唱してみたり、それで笑い合えるのであれば良い。しかし継続高校の学園艦は、満足と呼べるほどの娯楽がなかった。

 とりあえず退屈だった、不良が煙草を吸うのは物足りなさを埋める為だと思っている。刺激を求めるのも退屈だからだ。世の中で青春できている人間は良い出会いと巡り会えたのだろうと思っている。俺が同性を部屋に連れ込んで遊んでいた時期があったのも、体を重ねている時はなにもかもを忘れられるからだと思った。

 人肌が恋しい、となんとなしに思う。

 

「人生には大切の時が何度か訪れる。でも今はその時じゃないよ」

 

 カンテレを奏でる音が聞こえてきた。

 聞き慣れた旋律に後ろを振り向けば、屋内に続く出入り口の上にミカがいた。なんでそんなところに居るのかわからない、けど、まあ馬鹿と煙は高いところが好きという言葉があるようにミカも高いところが好きなんだと思った。俺はミカから視線を外して前を見る、そして改めて学園艦の閑散とした光景を見つめる。

 BC自由学園にいた時のことを思い出した。受験からBC自由学園の中等部に入学し、受験生組として派閥間の抗争に参加した。それもまた退屈凌ぎの為に、結果的に戦果を上げ続けた俺はエスカレーター組から「外部生の恐怖」と呼ばれるようになった。受験生組の地位確立に貢献するも、その後にエスカレーター組の陰謀で俺の鞄から大量の煙草と酒が発見される。そのまま停学処分を受けて、高等部への進学を許されなくなった。

 なんだかそれで色々と面倒になってしまった。少し前から退屈だったものが面倒になった。

 継続高校に来てから好き勝手したのも破滅願望があったからかもしれない。退学になったらなったらで構わないとまで思っていた。惜しむらくは幼い頃に生き別れた妹と再び別れ離れになることだけ。今は妹を守ることだけが唯一、俺が自分から動ける行動原理だった。その為だけに暴走族のチームを一つ潰している、それで退学になっても仕方ないと思っている。

 とりあえず、退屈だった。毎日を退屈している。

 

「エトナ、君には理由が必要かな」

 

 もうそろそろだ、とミカが付け加える。太陽が水平線の向こうに落ちる、空は赤みがかかっていた。そして学園艦を薄い朱色に染める。海が黄金色に輝いて、打ち上げる波に日光が反射する。それは散りばめた宝石のように眩く煌いた。綺麗な景色だと思う、この世界を見るだけでも学園艦に来た価値がある。

 

「ミカ、お前には戦車道を続けることに理由はあるのか?」

 

 さあね、とミカは目を閉じながら弦を指先で弾いた。

 

「好きだから、っていうのが一番の理由かな」

「ふぅん、まあ、だろうな」

「でも、ここで戦車道を続けたいと思うのはアキとミッコが居るからだよ」

 

 カンテレの旋律が冷たい風に乗って、夕日に溶ける。凍えるような寒さが今の自分には丁度良かった。

 BC自由学園にいた時、味方は居たけども仲間は居なかった。押されている戦線に飛び込んで、ただ一人で押し切り好き勝手に蹂躙する。その時、使う手段は選ばない。ただ勝つ為に、勝つことが目的ではなかった。それが楽しかった、面白かった。でも何故だろうか、ほとんど記憶に残っていなかった。想像以上の薄っぺらい過去に苦笑して、今も昔も退屈だな、と思い耽る。

 よっこらせ、と立ち上がった。屋上の縁に立って、両手を広げる。そして、くるりと半回転した。

 

「危ないかな」

「大丈夫だ、こういうことには慣れている」

 

 それに、と繋げる。

 

「生き方がよくわからない」

 

 世界に息苦しさを感じるようになったのは何時頃だろうか。思いっきり深呼吸をしても心に酸素が足りていないように思える。どうしたいのかわからない、どうすればいいのかわからない。気分が乗れば目の前のことには熱中できる、でもそれは一時の衝動に過ぎなかった。ゲーム筐体のベストスコアを前にしながら、退屈だな、つまらない、と呟く日々を送っている。別に刺激が欲しい訳ではない、ただこの色褪せた世界に彩りが欲しかった。建物が四角と三角でしか認識できない、人が全て同じような顔に見える。この世の全てが記号の集合体のように思えた。ああ、でも、きちんと見えるものもある。例えば、妹とか、例えば、敵とか。あとソラとか? あとは抱いた女、案外見えているのかもしれない。

 

「危ないよ」

「大丈夫、死に方もよくわからない」

 

 言いながら、トンとフェンス脇に小さく跳んだ。

 それからスルスルっとフェンスを登る。てっぺんで外側から内側に飛び降りて、タンッと踵を揃えた両足でアスファルトの床を叩いた。広げた両手、軽く曲げた両膝をゆっくりと伸ばして、ドヤ顔でミカを見上げる。

 ミカはただ微笑んでいる、心の機微はよくわからない。

 

「この世界は残酷だな。フェンスの向こう側に行くのには理由が必要な癖して、内側に戻ることには理由は必要ないんだからな」

 

 ミカは再び目を閉じる、カンテレが唄うような旋律を奏でる。薄っすらと瞼を開いたミカが、ここだけの秘密だよ、夕日に照らされながら悪戯っぽく笑った。

 

「ほとんどの人は気付かないんだけどね、戦車道には人生の大切な全てのことが詰まっているんだよ」

 

 こいつは本当に戦車道が好きなんだなって、そう思った。

 

「……俺はな、ここから夕日が好きなんだよ」

「うん」

「でも夕日そのものよりも夕日に照らされた海が好きなんだ」

 

 そう言って笑い返すと、彼女は困ったように口元を綻ばせる。

 

「もう少し、真面目に戦車道を続けてみようか」

 

 そうするのが自然だと思う。釣りを愛したなら川や海を理解しようとするように、戦車道を愛したなら戦車を理解しようとするように、愛する者が愛するものを理解しようとするのは自然なことだ。

 

「……君、ちょろ過ぎないかな?」

「ちょろいくらいが丁度良いんだよ。それぐらいの方が人生は楽しめる」

「君に惚れた相手は、さぞかし泣いて来たんだろうね」

 

 退屈なんだ、と俺が云うと、退屈しないよ、とミカが返す。新しいことは軽率に始めるくらいが丁度良い。二人で笑い合って、その場から立ち去ろうとした。

 

「ああ、待って欲しい」

 

 とミカが呼び止められて、足を止める。

 

「なんだ?」

 

 問い返すとミカは少し気まずそうに目を逸らし、暫し沈黙する。

 

「……梯子を掛け直してくれないかな?」

 

 よく見れば、入り口の横に梯子が倒れていた。

 どうやら馬鹿と煙の他に間抜けも高いところが好きなようだ。




次で退屈な話はおしまい

・ヒグマさんチーム
使用戦車:T-34中戦車
戦車長兼砲手:川内エトナ(二年生)
他未定


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試合、できます!⑥

兵衛(ヘイヘ)の場合》

 

 朝、目覚めるとスオミの顔があった。

 はて、昨日は一人で寝たはずなのにな――と思っていたのが遠い過去のように思える。

 見慣れた光景に驚きもせず、とりあえずスオミの体を揺すって起こした。下着姿の彼女、毎日が勝負とでも言わんばかりの大胆な姿も見慣れたものであり、重く瞼を開けるスオミの額に唇をつける。きちんと目覚めるまで、じっくりと、ぷるぷると小刻みに震え始めたら頃合いで「今日も頼んだよ」と笑顔で云えば、「わかりました」とスオミは僅かに頰を朱に染める。少し逆上せた様子の彼女がふらふらと台所に向かって行くのを見送って、私は瞼を閉じる。昨日はホットケーキ、一昨日はハムエッグ、今日はなんだろうと思いながら二度寝した。

 次に起こされる時、大抵の場合、すぐに起きることができない。昔から朝には弱いが継続高校に来てからは寒気のおかげで更に弱くなった。もぞもぞと布団の中に潜るとスオミに布団を引き剥がされて、まだ寝惚けた私を後ろから脇下に手を入れて抱きかかえる。その時、スオミの手が意図的に私の胸を掴むことがあるけども、眠たくて反抗するのも面倒だったので最近は無視してる。母猫が子猫を持ち運ぶように椅子の上に座らせられた私の前には作り立ての朝食が用意されている。厚めのトーストが食べやすいように二つに切られており、表面にはたっぷりとバターが塗られていた。その横には一つの皿に、スクランブルエッグとソーセージ、それに千切ったレタスが綺麗に盛り付けられている。軽めにケチャップをかけて、いただきます、と両手を合わせてからトーストを齧る。モギュモギュと。薄く油を敷いたフライパンで焼いたトーストは美味しくて、太りそうだった。それから御飯を食べている間、じいっとスオミが私のことを熱心に見つめてくるのだけども、慣れると案外平気なので今では無視している。人間の順応力って凄いと思った。「あ、ちょっと動かないでください」とスオミが嬉しそうに私の頰に着いた食べかすを摘み取り、そのまま自分の口に含んだ。すぐには飲み込まず、口の中をもごもごさせる。んふふ、と嬉しそうに目元を蕩けさせる彼女を前に「ん、ありがと」と私はソーセージを口にした。この行為にも慣れてしまっているんだから人間の順応力って凄いなあ、と他人事のように思った。ちなみにスオミは先に朝食を摂っているようで、私のことを起こしに来る時にはもう、流し台に使用済みの食器が水に浸けられて置いてあることが多い。

 朝食を食べ終える頃には目も覚めているので、食後に与えられるコラーゲンやビタミン剤を飲み、自分で松葉杖を突きながら洗面台に向かって顔を洗う。いつも私が取りやすい位置に置かれている新しいタオルを手にとって、濡れた顔を雑に拭い取った。それからコップに立てかけられた二つの歯ブラシの内一つ、新しい方を手に取った。綺麗に歯を磨き上げてから部屋に戻るとスオミは私の布団に上半身を埋めているか、それとも私がさっきまで使っているコップに口を付けているかしている。布団はまあ今更だし、食器の方であれば「ちゃんと綺麗に洗っておいてね」と言い付けておけば良かった。一週間に一度くらいの頻度で歯みがきが変わるのも逆に安心できるというものだ。

 それから着替えをする時はスオミが手伝ってくれる。まずはパジャマを脱ぎ脱ぎされて、それから胸を寄せて上げるようにブラジャーを付けて貰う。どうにも私自身でやるよりもスオミにやって貰った方がスタイルが良く見えるようだ。具体的に云うと半カップ程度、大きく見えるとのことである。用意された制服に袖を通して貰って、スカートもスオミに付けて貰って、髪の毛も綺麗に手入れして貰って、顔全体に化粧水を付けて貰って、それから最後に軽めの化粧を施して貰っている。化粧をするのは綺麗に見せる為ってよりも、肌を保護するって意味合いの方が強いようだ。

 そして漸く朝の支度を終えて、部屋を出る――と、その前に、ご褒美を期待する子犬のような瞳をするスオミを手招きした。嬉しそうに顔を近づけてから瞼を閉じる彼女の頰に片手を添えて「今日もありがと、これからもよろしくね」と、口の端近くの頰にキスをする。あ、少し唇が触れちゃったかも、まあいっか、と舌舐めずりしながら改めて玄関扉を開いた。

 後ろで顔を赤らめさせているスオミは無視する。

 

「あ、おはよ。ヘイヘ」

 

 扉を開けるとゴミ袋を片手に持ったアキ先輩とばったり出食わした。

 

「おはようございます」と私が頭を下げると「あら、おはようございます」と後ろからスオミが姿を現して挨拶する。

 

「あ、うん? えっと、おはよ。スオミ」

 

 アキ先輩は少し戸惑いながら挨拶を返した。

 それから私はゆっくりと時間をかけながら階段を降りる。スオミは二段ほど私の先を後ろ向きで降りており、何時でも受け止められるようにと両手を広げていた。無事に一階まで降りて、溜息を吐いた。片脚がないと階段を降りるだけでも一仕事だ。

 先に降りていたアキ先輩が「ん〜……」と眉間に皺を寄せながら私達のことを見つめた後、私だけに問いかけてくる。

 

「ねえ、ヘイヘ。以前はもっとスオミのことを避けてなかったっけ?」

 

 その問いに私は「慣れてみたら凄く楽なんですよね」と苦笑交じりに返した。

 

「彼女、身の回りのことをなんでもしてくれるんですよ」

 

 身支度もそうだけど、中でも最も助かっているのは風呂だった。

 普段は義足と松葉杖があるので、ある程度は自由に動き回るので想像以上の不便はない。しかし浴室に義足をつけて入る訳にはいかないし、義足がなければ松葉杖を突いている意味もなかった。浴槽に入るだけでも大仕事、継続高校に来た当初はシャワーだけで済ませていた。全裸で水浸しで這いずるように浴場を出て、床に敷いたタオルケットの上でごろんごろんしながら体を拭く惨めさといったら――そしてなによりも困ったのが、私一人では浴槽の掃除もできないということだ。御飯を作る時も前準備が必要であり、弁当を買って帰ってから冷めた御飯を食べる毎日を過ごしていた。服の洗濯も一苦労、干すのも一苦労、学業に戦車道と並列して行うことは難しくって、私生活は廃れていくばかり――そんな時に現れたのがスオミという存在である。

 数度のキスと添い寝だけで身の回りを世話してくれる、それも嬉々としてだ。変態的ではあるけども布団の匂いとか、私が使用した食器なんかでやる気が出るなら構わないかなって思っている。最初は嫌だったけども慣れた。少し嫌に思ったところで、もう彼女のことを手放せないところまで来ている。なんかもうね、ここまで献身的に尽くされると仕方ないかなって思えてくる。行き過ぎてはいるけども純粋な好意だってことは分かるから、下手な相手を部屋に入れるよりも安心できた。スオミは私に好かれたいから嫌なことをして来ないし、本当に嫌なことは見極めているので度が過ぎることもない。なんかもう逆に信用してるし、信頼している。同性同士というところに抵抗がない訳ではないけども、こんな脚ではもうまともな恋愛なんてできないと思うし、結婚したところで家事もできない。それに少しずつ慣らされているところもあるので、今では生理的な嫌悪感もほとんど感じなくなっていた。

 むしろ今となっては私の方がスオミに見放されないようにしなくてはいけない程だ。

 

「私、スオミと出会えてよかったと思います」

 

 これは本心、おかげで戦車道にも集中できる。今はまだ無理だけど、いずれはスオミのことを受け入れてあげても良いかなって思った。

 

「ねえスオミは良いの? こいつ、戦車道の事しか考えてないけども」

「ええ、私が尽くしたいだけなので見返りは――いえ、尽くさせて貰えることが私にとっての見返りなんです。もちろん、あんなことがしたい、こんなことがしたい、と思うこともありますが、それを無理に求めることはしません。少なくとも私の献身は、献身だけで完結すべきなんですよ、きっと……」

「……やばっ、なんかスオミのことが良い女に見えてきた」

 

 実際、変態性を差し引いても良い女だと思うよ。本当に見返りを求めて来ないし、キスをするのも私が自発的にやってることだし、添い寝するのも私から言い出したことだった。本当に嫌がることはしない。抑圧し過ぎると時折、暴走することがあるけどもそこまで危険ではない。実際、私を害することは一度もして来なかったのだ。だから見返りという訳ではないんだけども、少しくらいは彼女の気持ちに応えてあげたいと思うことがある。クリスマスプレゼントに私の体が候補に上がってしまう程度には、だってほら今の私にできるのはそれくらいだしさ。体を求められた時の覚悟は決めている、自分から求めることはなさそうだけど。私は大切に扱われているってわかるから、大事にされているって伝わるから、軽い気持ちで簡単に覚悟を決めることができた。

 

「ねえスオミ、もしもヘイヘに好きな人ができたらどうするの?」

 

 とんでもない質問がスオミに投げられた。アキ先輩って見かけによらず怖いもの知らずだよねって思う時がある。スオミは少し悩む素振りを見せてから寂しそうに笑って告げる。

 

「その時は愛人になります。それが許されないなら使用人として働かせてもらいます」

「誰かを好きになる程度でスオミを捨てたりしないけどね。たぶん、それだけだとスオミを選ぶと思うし……正直に言って、スオミ以上に私を愛してくれる人がいるとは思えないしさ」

「シロエ様……っ!」

 

 感動に瞳を潤ませるスオミに、私は小さく溜息を吐いた。

 

「えっと、ご馳走さま? それとも、お幸せに?」

「……どちらでも、正直もう諦めてます」

 

 他の人に同じことをされても乗り換えたいって思わないんで、と溜息混じり、てれ混じりに伝える。

 今となってはもう隣にスオミがいないのは考えられない。

 

 

 最も私が落ち着くのは私室ではなくて、戦車の中だった。

 特に慣れ親しんだIII号戦車J型に居ると考えがよくまとまる気がする。そして後ろからスオミが抱き締めてくるのはいつものことで、こちらはもう慣れきってしまったから逆に居ないと落ち着かなかった。後頭部に顔を埋められながら深呼吸をされるのが当たり前に感じる自分がおかしくなっているのは分かるけども、そのことを拒絶するつもりもなかった。

 さておき、スオミの呼吸音を耳にしながらメンバーについて思考する。

 今、私達の戦車に必要なのは操縦手だ。砲手は私が兼任できるとして、スオミは装填手の適性が高い。意外と身体能力が高いのだ、少なくとも私一人の体を軽々と持ち運べるのだから砲弾の一つや二つも軽々と持ち上げる。そして体幹も強いので行進中の振動の中にあっても装填を進めることができた。

 あとスオミは隣に置いておかないと後が面倒になる気がしている。

 

「んー、どこかに居ないのかな?」

「何がです?」

「操縦手」

 

 ふむ、とスオミが私の後頭部に唇を当てながら考え込み、そして少し名残惜しむように告げる。

 

「一人、心当たりがあります」

「誰なの?」

 

 と後ろを振り返ると、困ったような、それでいて慈しむような複雑な表情を浮かべた彼女が微笑んだ。

 

片瀬(かたせ)綾子(あやこ)、継続高校一年生で元自転車部で元暴走族です」

 

 スオミは私の体を少し強めに抱き締める。私の肩に顎を乗せて、囁くように続く言葉を口にする。

 

「確か、周りからはこう呼ばれていますね。ついてない片瀬綾子、凶兆の綾子。不幸を呼ぶ片瀬綾子。とてもついている片瀬綾子、吉兆の綾子、不死鳥、何度でも蘇る片瀬綾子etc.etc.」

「けったいな呼ばれ方をしているね」

「彼女はよく事故とかトラブルに巻き込まれるようですね。話を聞く限りでは呪われているんじゃないかって云うくらいに――」

 

 例えば、と延々と語り続けられるエピソード。

 まず試験日には試験会場の敷地内で受験生の自転車に撥ねられて保健室に運ばれて、後日に一人で再試験を受ける。入学式の当日には暴走族の車に撥ねられたが、そのまま入学式に登校して、その場で救急車を呼ばれて病院まで搬送される。またある時は日直の登校日に

二階から落ちた花瓶を頭にぶつけて気絶、その午後には頭に包帯を巻いた姿で授業に参加する。自転車部に参加した当日、走行中に前輪が外れて転倒する。陸地で峠を走っていた時、下り坂の途中で落ちていた螺子を踏んでパンク、そのままガードレールの外に吹っ飛んだ。あまりに不運が続いて、面倒が見切れないと自転車部を強制退部。その後、暴走族に入団した当日、バイクがエンストを起こした。車に乗った時、深夜の道路に撒き散らされていたガソリンに乗ってスリップ、そのまま学園艦の外へと車と一緒に飛んでいた。復帰直後、今度はブレーキオイルの不良でブレーキが利かず、もう一度、学園艦の外へと飛んで行った。その後、彼女の不運を見ていられないからと暴走族のリーダーが土下座して彼女に脱退を懇願する始末、その後、チームを抜ける。そして、この前、風紀委員が乗ったT-26の砲撃に巻き込まれているのを発見されている。

 以上の不運に巻き込まれても跡に残るような怪我はなく、入院しても大抵は一週間程度で退院している。

 

「……この子、なんで生きてるの? っていうか、なんで頑なに乗り物に乗ろうとしてんの? どういう神経してんの? ――なんで、手鏡を用意してんの?」

「さあ、それは話を聞いてみないことにはわかりません」

 

 さりげなく用意した手鏡を片付けながらスオミが首を横に振り、でも、と繋げる。

 

「彼女に関わる全員が同じことを口にしているんですよね」

 

 ――あの不運さえなければ、と。

 

 

 私、片瀬綾子はアルバイトをしている。

 自転車部を退部して、暴走族を退団して、それでも諦められないのが運転手になることだった。

 幼い頃からモーターレースが大好きで、よくテレビで観戦していたのを覚えている。ただ私の何がいけなかったのか、自転車に乗れば脱輪するし、自動車に乗れば何処かしらが壊れる。仮に私が乗る自動車が壊れなかったとしても、周りが事故を起こして、私を巻き込んでくるのだ。結果、全て私が悪いことになっている。モーターレースはチームで動くのが基本なので、チームメイトに見放されてしまえばもうモーターレースを続けることはできない。実際、壊した自転車と自動車、あとバイクの数は両手で数えきれないくらいになっている。

 私が乗り物に乗ると周りに迷惑をかけてしまうみたいだから、それなら周りに迷惑をかけないようにと自分で車を購入しようと思って喫茶店でアルバイトを始めた。私が機械を扱うと何故か駄目になってしまうのでウェイトレス専になっている。フリフリの付いたゴスロリ衣装、黒い猫耳に猫尻尾、あざとく腰を振って語尾ににゃんと付ける。これまでアルバイトでも不幸が続き続いて、何処でも二週間と持たずに辞める嵌めとなり、今ではもう雇ってくれるところの方が少ない。だから恥ずかしくっても、形振り構ってはいられない。とにかく辞めさせられないようにと私は自尊心を削り、涙目になりながらも全力でお客様に媚びを売っていくのだ。今や可愛い子猫ちゃんのウェイトレスとして有名になっている。継続高校でも知れ渡っているようであり、写真が出回っているのは正直死にたいと思う。

 でも、そこまでしてでも私はもう一度、ハンドルを握りたかった。

 

「お客様、一人入りましたー」

「いらっしゃいませ、ご主人様っ! ……にゃん!!」

 

 満面の笑顔、心を殺して尽くすのだ。お金を稼ぐということは、大変なこと。ここまでやっても一時間で千円、割に合わないと思うけども他にないのだから仕方ない。私の価値は、その程度しかないんだと心の内で涙を流しながら笑顔を振り撒いた。いつか血涙を流せるようになりそうだ。

 

「えっと、ここに片瀬綾子ってのが居るんだよね?」

「ええ、話を聞く限りでは……ラブ注入は私がしてさしあげますよ?」

「これ以上、なにを注入するつもりなの?」

 

 死にたい、継続生が来た。

 しかも顔知ってる、同学年の女の子。片脚失くしても戦車道を続ける変わり者の転校生。名前も知ってる、確か茨城白兵衛。確かヘイヘって、よく呼ばれている子だ。隣にいるのは水森スオミで、普段は無口でクールなお姉さん系。最近、戦車道を始めたっていう話を聞いた。茨城さんが松葉杖を突きながら席を選び、そして水森さんが椅子を引いて、茨城さんを座らせる。二人って仲が良いんだなって思いながら、店長が用意してくれた水とおしぼりを盆に乗せる。私が電子レンジでおしぼりを温めると電子レンジが爆発し、水を入れようとすると給水機が止まらなくなるか、逆に水が出てこなくなる。店長はもう、その辺りの私の扱いを理解してくれている。辛い、死にたい。つらたん。

 注文はお決まりになったかにゃん♪ と死んだ心で猫手を作って問い掛ける。片脚も上げる豪華仕様だ。

 

「片瀬綾子を一人」

 

 茨城さんが真顔で告げる、隣に座る水森さんが私に殺意を飛ばしてくる。

 困惑する、戸惑いに頭の中が真っ白になった。こいつは何を言っているんだ、と。とりあえず何かを返事をしなくてはならないか。

 まとまらない思考の中で辛うじて口から出た言葉は――

 

「うち、そういうことやってないんで」

 

 それは自分でも驚くほどに冷たい声だった。

 

 

 数日後、「ヒヤッホォォォウ! 最高だぜぇぇぇぇ!!」と元気に戦車を乗り回す片瀬綾子の姿が発見される。

 なお、この少し後に車輪が外れた模様。




・長ぐつさんチーム
使用戦車:III号戦車J型
戦車長兼砲手:茨城白兵衛(一年生)
装填手兼砲手:水森スオミ(一年生)
操縦手:片瀬綾子(一年生)
通信手:未定

片瀬綾子のモチーフの一つは黒猫。
吉兆と凶兆を内包する存在、つまり捉え方次第。

次回から物語を動かします
具体的には新入生が入る時期まで


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試合、できます!⑦

 継続高校戦車道、降り積もり雪に苦戦しながら練習を続けている。

 それは私達、Ⅲ号戦車J型を駆る長ぐつさんチームも同じだ。ちょっと降雪の目測を見誤ってしまって、戦車が雪に埋もれてしまうことが一度や二度、起きてしまうことも致し方ない。黒森峰では決してありえなかった遭難という危機、しかし私のメンバーは慣れているのかあんまり危機感を抱いていない様子だった。なんでも明日になれば捜索隊が派遣される、だとか。どうにも継続高校ではよくあることのようだ。

 そんな訳で私、茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)は現在、凍えるような戦車内でぬくぬくになっている。

 私は装填手の席に座るスオミの膝上に座らせられており、後ろから彼女の大きな体に包み込まれるように抱き締められている。そして前からは小柄な私よりも更に小さな体、子供と見間違えるような体躯の片瀬(かたせ)綾子(あやこ)が向き合う形で抱き締める。つまり前と後ろから抱き締められて、挟まれている。なんだこれ、なんだろこれ、助けを求めるように砲手席に座る子に目を向ける。ツインテイルの少女は、呆れるような目でジトッと見つめてくるだけで助けてくれる気はなさそうだった。

 新米の癖に生意気な。

 

(かおる)、助けて?」

「やだ、後が怖いもの」

 

 そういうと彼女は携帯ゲーム機を取り出して、FPSゲームをピコピコと遊び始めた。

 砲手席に座る彼女の名は、鬼瓦(おにがわら)(かおる)。新たに長ぐつさんチームのメンバーに加わった一人であり、砲手と通信手を兼任している。私も砲手を担うことはできるが片脚が義足で踏ん張りが効かない欠点があった。少なくとも行進間の射撃はできないし、戦車を停止した直後はどうしても態勢を崩してしまうのだ。それに、これでも私は西住流の流れを汲む者だ。キューポラから身を乗り出して、視野を広く取りながら指揮することは憧れに近い気持ちがあった。その為にキューポラには手摺りを付けて、片脚が動かなくても比較的簡単に身を乗り出せるようにして貰っている。

 ちなみに薫は綾子の友達であり、付き合いで仕方なく、といった感じでメンバーへの加入が決まった。

 

「温かい珈琲に紅茶を水筒に入れてきているわ、よろしければどうぞ」

 

 スオミの好意を私は遠慮しておいた。今、飲むと催してしまいそうだったから、そういえばトイレはどうすれば良いんだろ。

 

「携帯トイレも完備しています」

 

 スオミが微笑ましい笑顔で透明のペットボトル付きの携帯トイレを取り出す。

 私は心を無にして、じっと目を閉じる。そして、救助されるまでは頑張ろうと思った。

 結果、全員が一度ずつ携帯トイレを使用することになる。

 

 

 私、田篭(たごもり)茶子(ちゃこ)は頭を悩ませている。

 学園艦の廃艦を賭けた来年度戦車道全国大会、そこでは最低でも初戦は突破しなくてはならない。

 しかし掻き集めた戦車は全六輌、公式戦では初戦から最大十輌編成で行われる。二十輌を揃えている高校は少ないが、大半の高校は十輌の戦車を揃えている。数合わせでも良いなら戦車を増やすことはできる、現に今、オークションで売り出されていたヴィッカース6トン戦車を落札したところだ。ガレージにはニコイチした時に余ったT-26の砲塔が残っていたはずなので最低限の火力は確保できるはず。問題なのは搭乗員が不足していることであり、新しく購入した戦車もT-32も不足していた。

 来年度の新入生で戦車道の履修生がいなかったら終わりだな、とか苦笑する。まあ前年度までは初戦突破はする実績を持っているのだ、誰も入らないということはない。かといって楽観視するつもりもない。先ずはオリエンテーション、そこで戦車道に興味を持ってもらえるような方策を練る。できれば実力者を、と思いはするが、そうそう都合よく話が進むことはないはずだ。

 まあ考えていても仕方ない。こういうことはあんまりしたくはないが、今年の生徒会は戦車道を贔屓する。

 国家総動員体制を取る訳ではないので許して欲しい――権力とは罪深いものだと思った。

 

 

 それから時は流れること数ヶ月、

 降り積もる雪に苦戦しながら戦車道の練習を続けて、漸く雪解けの季節が訪れた。

 それは継続高校にとって、卒業式と入学式の季節を意味する。桜が咲き乱れないことに少し違和感を持ちながら新しく入学する生徒達を見守り、そしてクラスが変わることで今日から私達が二年生になったことを自覚する。

 まあ二年生になったと言っても、劇的になにかが変わるということはない。スオミは私を膝上に乗せて後ろから抱き締めてくるし、綾子(あやこ)は私の状況を気にも留めずに平然と話しかけてくる。その脇で(かおる)が気紛れに話に参加しながら携帯ゲームで遊んでいる。

 周囲の生徒達が若干、距離を置いていることも含めて、いつも通りだった。

 

「新しいメンバーが入ると良いにゃぁ〜」

 

 綾子が大きな溜息を零した。

 コスプレ喫茶のアルバイトで猫娘のコスプレを心を殺して続けていた後遺症で、気を抜くと彼女は語尾に猫の鳴き声を出てしまうようになっている。最近では開き直ったのか黒い猫耳のフードを被っていることが多く、安っぽい尻尾を振りながら歩いている姿がよく見られた。校舎内では基本的に私、兵衛(ひょうえ)とスオミ、綾子、薫の四人で居ることが多く、偶にエトナ先輩がちょっかいをかけてくる。

 ふと窓から外を見れば、新入生が通学してくるところだった。

 この中から、誰が戦車道に入るのだろうか。どれだけの者が戦車道に興味を持ってくれるだろうか。そう思って、ふと私が迎え入れる側になっていることに気付いた。もう継続高校の校舎は馴染んでしまったし、ここの田舎のような暮らしに物足りなく思うことはあっても苦痛に感じることはなくなった。当たり前だった、この学園艦の暮らしは私の日常になっていた。

 思えば継続高校に来てから半年以上が過ぎている、此処の一員になれたのかなって思うと少しだけ嬉しくなった。

 

「あら、どうか致しましたか?」

 

 背中越しに話しかけられたから「なんでもないよ」って答えた。

 にやける頰を隠しながら窓越しに空を見上げる。今から雪でも降りそうな灰色の雲空を見つめながら想う、私はここにいる、ここで頑張っている。黒森峰で別れてからまだ一度も顔を合わせていない戦友達を胸に思い浮かべる。皆も頑張っているのかな、頑張っているに決まっている。

 なぜって、みんな戦車道が大好きだからだ。

 

「おい、ヘイヘ!」

 

 ガラッと教室の扉が開け放たれる。そこには三年生の先輩であるエトナが立っており、ズカズカと下級生のクラスに上がり込んできた。

 

「スオミを貸せ! ……あと綾子もいるな、よし!」

「新学期、早々に騒がしいですね。どうしたんですか?」

「新入生を勧誘するんだよ! お前たちにとっても重要なことだろ? だから手伝え」

 

 そう言いながらエトナは手持ちの鞄からバサッと衣服を取り出した。

 そそくさと薫が距離を取る。身を強張らせるのは綾子、そしてスオミは口元を微笑ませたまま、笑っていない目でエトナを見つめている。エトナはにんまりとした顔で私達のことを見つめ返した。そして机の上に広げられたのは四着のメイド服だ。

 ふと何かに気付いたエトナは教室を見渡した。そして教室から出て行く薫の背中を見て、チッと舌打ちを零す。

 

「エトナ先輩、残念ながら私はそういうのは……」

「スオミ、実はあともう一着用意してある」と言いながら、もう一着のメイド服を取り出して「これはヘイヘ用に作らせたものだ、報酬としてくれてやる」

「わかりました、仕方ありませんね」

 

 はあっ、とエトナは大きく溜息を吐き捨てると膝上から私を名残惜しむように持ち上げる。

 

「先輩、スオミの扱い方が上手くなったね?」

 

 ジトッとした目でエトナを睨み付けると「むしろ扱いやすいくらいだよ」と笑い返してきた。

 

「えっとぉ、私は遠慮させて欲しいかな〜?」

「いや、お前はどれだけチームに迷惑かけているんだよ。一日一回はトラブル起こすとかおかしいだろ」

「それ、私のせいじゃないしーっ! それ以上の成果を挙げられるからトントンだしーっ!」

 

 綾子がフシャーッと猫のように威嚇するがエトナには通用しない。

 はいはい、と言いながら首ねっこを掴まれながら親猫に連れ去られる子猫のように綾子は連行されてしまった。そして、私は松葉杖を両脇に挟んで歩き出し、その一歩後ろをスオミが続いた。

 最強の黒森峰と全力で戦ってみたいな、とか、そんなことを思いながら歩みを進める。




兵衛「やっとメインだぁっ! 冬は乗り越えたんですね!」

 次話から違う高校の話を書きたいんだけど、どうしよ?

兵衛「ふえぇ……」

 読者のことを考えると、書くべきではない。でも書きたいから書きますかぁっ!

兵衛「ふえーん!」


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秋山優花里、始まるであります!

続きが難産したので少し順番を変えて投稿。


 ここは大洗女子学園、茨城県大洗港を母港に持つ学園艦だ。

 全長は七六◯◯メートルにも及び、甲板では三万人もの人々が住んでいる。私はその艦上都市にある床屋、秋山理髪店を営む夫婦の下に生まれた一人娘だ。名前は秋山優花里、今日も二階にある私室の窓から外をぼんやりと眺めている。そして憂鬱に溜息を零した。部屋を見れば、戦車に関わるグッズばかりが並べて置いてある。たぶん普通の人が見れば、少し引いちゃうような……プラモデルとか、パンツァージャケットは基本として、信管と火薬を抜いた実弾とか、実際に陸軍で使われていたレーションとかまで買い集めている。自分の部屋なんだから好きなものを集めれば良いとは思うが、ちょっと他の人は家には入れられないな、とかそんな感じだ。あとは戦車に関わる教本とかも持っているし、戦車道雑誌もバックナンバーも含めて棚に並べてある。あとは戦車道の世界大会のDVDは何度見返したのか分からない。去年の戦車道全国高校生大会では、黒森峰をずっと追いかけていた。元から西住流が好きで好きで堪らなくて、それで西住姉妹が揃った黒森峰は快進撃を続けていた。決勝戦では少し残念だったけども、あれで西住流の価値が下がるとは思っていない。西住まほもみほも私にとっては憧れだった。

 おっといけない、少し語り過ぎた。戦車のことになるとつい語り過ぎる、悪い癖だと思うがなかなか直せなかった。おかげで友達なんてほとんどできず、小中と独り部屋で戦車の模型を手に取りながら遊ぶ毎日を送っていた。

 あゝ大洗女子学園にも戦車道があれば良かったのに、と独りごちる。

 

 でも人生、悪いことばかりではない。

 高等部に進学して、なんと私には友達ができたのだ。学園艦の生まれではなくて、茨城県の出身でもない。彼女は外部からの受験生だった。子供見紛うような小さな体でありながらパワフルで元気な女の子だった。いつも私の家の前まで駆け足でやって来ては、「ゆっかりーん!」と元気に腕を振る。それを見て「今、行くであります!」と鞄を持って、駆け足で階段を降りる。

 行ってきます、と満面の笑顔で告げてから玄関から飛び出した。

 

天江(あまえ)殿、お待たせしました!」

「相変わらず、堅苦しいなあ。まあ、いっか、おはよ!」

「おはようございます!」

 

 天江殿はにっこりと微笑むと先に歩み出し、そして私が後ろを追いかける。

 同じ制服で同じ学年、彼女の名前は天江(あまえ)美理佳(みりか)。高校生になって初めてできた私の友達だ。私が戦車のことを話しても、うんうん、と相槌を打ちながら話を楽しそうに聞いてくれる。それで私もつい調子に乗って語り過ぎることが多かった。それで時折、申し訳なることがあるのだけども「楽しそうに話してくれるからね、なんだか話を聞いてるだけでも楽しくなるんだよ」と天江殿が言ってくれるので、ついつい甘えてしまう。登下校はいつも一緒、こんなに毎日が楽しいのだったら戦車道ができなくても良いかなって思い始めていた。これ程までに毎日が充実しているなら、これ以上を望んでしまうのはなんとなく不謹慎な気もする。

 あ、そうだ。と天江殿がくるんとスカートを翻しながら回転して、少し前屈みになりながら笑顔を見せた。

 

「今日は放課後、特別な場所に連れて行ってあげるよ」

 

 そう云うと彼女はまた前を向いて、上機嫌に学校まで駆け足で向かって行った。

 本当に楽しいなって、楽しみだなって、私は彼女の後を追いかける。

 

 

 天江殿との出逢いは学校の屋上だった。

 教室では何時も独りで、もそもそと弁当を食べる毎日を小、中と繰り返していた。高校生になっても独りで教室に居るのは辛かったから逃げるように屋上へと足を運んだ。実際には何処でも良かった、もう独りになれれば何処でも良い。最終的にはトイレの中に引き籠ることすらも考えていた。しかし屋上には先客がいて、その子はコンビニのパンを齧りながらフェンス越しに艦上の都市を眺めていた。

 最初は引き返そうと思った。でも、なんとなしにやめる。その子はとても寂しそうで、悲しそうな目をしていたから、なんだか放って置けなかった。話しかけようとした、でも話しかけ方がわからない。自分にできるのは戦車の話だけで、でも、そんなものに興味を持つ子は大洗の学園艦に来ることはない。

 何故なら、此処には戦車道がないから、だから誰とも話が通じなかった。

 

「なんか、違うんだよね」

 

 少女は語る。小さくて子供のような体、でも制服は同じだからたぶん高校生。少女は私の方を振り向いて、力なく微笑んだ。

 

「ここにはあったはずなんだ、でも、ないんだよ」

「……なにが、ですか?」

 

 要領の掴めない言い回しに首を傾げながら問い返した。

 正直、冷静に考えるとやばい奴だったなと思う。でも、その時は気にならなかった。

 むしろ話を聞いてあげないといけないって、そう思った。

 

「戦車、もしくは、戦車道?」

 

 彼女自身もよく分かってなかったようで、少し曖昧に告げられる。でも、その言葉が自分以外の誰かから聞けたことが嬉しかった。

 

「昔はあったみたいですよ、大洗戦車道。あんまり強くはなかったようですけど」

 

 今はなくなってしまっています、と私は自虐気味に笑い返す。しかし少女は首を横に振る。

 

「強いはずなんだ、とっても強かった。まだなのか、もう終わったのか、わからないけども、倍以上の兵力差にも勝てるほどに強かった気がするかな? うん、とっても強いんだ。まだ、戦車道を始めたばかりの子ばっかりなのにね」

 

 彼女の言っていることは要領が掴めない、でも夢のある話だった。

 もしそんなことがあるとすれば、それはきっと漫画よりも漫画らしくって、アニメよりもアニメらしい。その中で主役になりたいとは思わない、脇役で良い。ちょい役でも良い、少しでも良いから私もその中に入りたいって思った。

 だから私は願望を口にする、ありえない未来を夢想するように告げる。

 

「……まだ、だったら嬉しいです。できれば、一年後か、二年後に……そうすれば戦車道を始めることができます」

「だったら始めよう、ここには戦車道がないと可笑しいんだ。そうあるべきなんだよ」

 

 うん、と彼女は一人、納得するように頷いてみせる。その顔は先ほどの切なさや悲しさが吹き飛んでいて、楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「……残念ながら無理ですよ」

 

 そんな彼女に冷や水を浴びせるように、私って嫌な奴だな、と思いながら口にする。

 

「ん、どうして?」

「まず戦車がありません、それに二人では戦車を動かせませんよ」

「なんだ、そんなことか」

 

 少女はあっけらかんと答えると「大した問題ではないね」と挑発的に口角を上げる。

 

「メンバーを集められないなら強襲戦車競技(タンカスロン)でも良い。それに戦車道とは別に大会に出ることだけが全てではないよ、なんせ道だからね――誰かは言った、戦車道は人生の大切な全てのことが詰まってるんだ。ってね」

 

 そう言って肩を竦めてみせる。確かに、その通りかも知れない。私は試合に拘り過ぎていたのかも知れない。

 

「……誰ですか、それ?」

 

 と問い返す私は笑っていて、「さあ、わかんない」と彼女は楽しそうに笑った。

 試合をしなくとも戦車道を始めることはできる、例え戦車がなくとも戦車道を歩むこともできるかも知れない。そもそも戦車道である必要もないのかも知れない。なんだか、そう思うと急に気が楽になって、ちょっと戦車同好会でも作れたら良いなって思った。できることなら目の前の彼女と一緒に――そうすれば、きっと毎日が楽しいんだろうなって思った。

「さて、そうと決まれば戦車を手に入れないといけないね」と少女は意気揚々に手に持っていたパンを口に詰め込んだ。

 

「えっ、戦車ですか?」

「だって、そうじゃないか。戦車なくして戦車道を語ることはできないよ」

 

 さも当たり前のように告げる。

 戦車がないなら戦車を入手する、という発想がすぐに出る彼女は逞しい。そして格好良いと感じた。ああ、彼女と一緒に居たいなって、戦車に対する打算抜きで本心から思った。「あの……」と今にも屋上から飛び出して行きそうな彼女を気付けば呼び止めていた。ん、と振り返る彼女に私は臆して、でも、ここは逃げられないと思った。たぶん、ここで逃げたら私は一生後悔することになる。この機会を逃したら私は生涯、独りのままだと感じた。

 だから生唾を飲み込んで、勇気を振り絞るように問いかける。

 

「私も、一緒に良いですか?」

「むしろ来ない気でいたの?」

 

 少女は首を傾げる、さも来ることが当たり前のことのように。そんな様子に呆気に取られていると、彼女はにんまりと笑って私の手を取った。

 

「此処から私達の戦車道を始めよう」

「私達の?」

「私と貴方とで、だよ」

 

 その言葉を聞いた時、なんだか、よく分からないけども胸が熱くなった。

 ずっと、ずっと、得られなかったものが今、漸く手に入れられた気がする。私が欲しかったのは戦車道ではなくて、戦車そのものでもなくて、たぶん彼女なんだと思った。私は話ができる友達が欲しかった、私のことを理解して欲しいとは言わない。でも、少しでも話を共有できそうな友達が欲しかった。

 だから、それを得られた時、目頭が熱くなって、ポロポロと涙が溢れてきた。

 

「あ、あれ? おかしいですね、おかしいよね、ごめん、なさい………こんなつもりじゃ……」

 

 可笑しい子って思われちゃう、変な子だって思われる。それが嫌なのに、なぜか、どうしてか、涙が止まらなかった。

 

「大丈夫、嫌いになんてならないよ」

 

 そう言いながら少女は背伸びして、私の頭をポンポンと優しく叩いた。

 

「いつだって全力の貴方が好きなんだ」

「……なんですか、それ。私達、会ったばかりでありますよ?」

 

 あれ、と少女がコテンと首を傾げる。

 

「私、口説かれてます?」

「口説いてない、口説いてないって、いや、ほんと、これほんと、なんか爪を剥がなきゃいけない気になってくるからやめて」

「なんで爪を剥ぐんですか、怖いことを言わないでくださいよ」

 

 なんだか可笑しな子だった。

 くすりと笑うと彼女は不機嫌そうに顔を顰めて、すぐに笑みを浮かべ直した。

 そ自己紹介がまだだったね、とお互いの名前を交換する。

 

 それからずっと彼女と一緒にいた。

 

 

 放課後、天江殿に連れられて森深くに足を踏み入れた。

 草木を掻き分けた先、そこには老朽化した戦車がIV号戦車の……恐らくD型が野晒しにされていた。何時から此処にあったのだろうか、たぶん昔に戦車道が廃された時からずっとなので二十年近くも放置され続けていたのかもしれない。修理は必要だろう、でも、修理しても動いてくれるのかわからない。それにちょっと気になることがある。もしかすると彼女のように諦めずに戦車を探していれば見つけることができたのだろうか、小学校に中学校と家に引き籠らずに学園艦を探し歩いていれば、もっと早くに出会えていたのかも知れない。そう思うと、なんだか少し胸が疼いた。

 そんな私の悪感情なんて意にも介してくれず、天江殿がスルスルっとキューポラまで登ると両手を腰に手を当てながらドヤ顔で告げる。

 

「これが私達の戦車だ! ここから私達の戦車道が始まるんだ!」

 

 その言葉を聞いた時、私は少しでも彼女を妬んでしまったことを後悔した。

 

「秋山優花里、天江殿について行きます!」

「ついて来るんじゃ嫌だよ。肩を並べて一緒に歩くんだ、その方が絶対に楽しいよ!」

「……はい! 分かりましたッ!」

 

 ビシッと敬礼すると、それで許してあげるよ、と天江殿が苦笑しながら溜息を零す。

 私は今ここで天江殿と共に戦車道を続けていく決意を固める。幸せな時も、困難な時も、病める時も、健やかな時も、共に戦車道を続けていく限り、貴方の相方で在り続けることを今ここに誓った。

 秋山優花里の戦車道は、今ここから始まるであります!




これは西住みほの再出発の物語であると同時に秋山殿が自分の足で歩き始める物語。

天江美理佳は現状、戦力外になってるみほの穴を埋める要員です。
モチーフは当作を読むほどのハメのガルパン二次好きならわかる気がする。かといって三次というほど性格が似通っているわけでもない完全な別人なので同名を使うのは憚られるとかそんな感じ。
ピロシキ案件だったら大人しくシベリアに行きます。


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黒森峰、再編します!

書きたい話から書いていくスタイル。


 マジノ女学院との練習試合。

 毎年のように一回戦で敗退している弱小校であり、本来であれば黒森峰が練習相手に選ぶ相手ではない。

 しかし今年に限っては事情が違っている。黒森峰は根本からの再編を実施している最中にあり、その立て直しに忙殺されるまほが試合の指揮を執る機会が減った。いや、四強を相手にする時には指揮を執っているので回数自体は減っていないのかもしれない。増えたのは練習試合の回数だ、東奔西走しながら全国各地にある戦車道から送りつけられてきた練習試合の申し出(挑戦状)受け(買い)続けた結果、週に一度は試合をしており、同じ高校を相手に何度か試合を繰り返すこともあった。

 元より黒森峰の生徒は個々の能力が高いので、再編に当たって、まほは練習よりも試合の数を熟すことを優先した。まあ尤も、気の入らないまま練習を繰り返したところで意味がない、という意味合いも込められているが――さておき黒森峰の全国行脚の旅は意外にも生徒には好評であり、そして戦車道の普及に繋がると日本戦車道連盟からのウケもよかったりする。悲鳴を挙げているのは学園艦を運用している船舶科の生徒達であったが、彼女達の苦悩はここで語られることはない。

 さて、話が逸れた。

 此処はマジノ女学院のホームである丘陵地帯。小高い丘と小さな森が点在し、後は広々とした草原が広がる立地だった。

 今回、戦車十輌によるフラッグ戦。指揮は私、逸見エリカと赤星小梅の二人で執っている。試合に出すのはお互いの中隊から五輌ずつ、今は小梅が率いるパンター部隊で偵察させているところだ。私が搭乗するⅥ号戦車Ⅱ型(ティーガーⅡ)と小梅が搭乗するⅤ号戦車(パンター)G後期型を中心に、その周囲をヤークトティーガーとⅣ号戦車/70(V)(ラング)で固めさせながら相手の出方を窺った。

 ボソボソと隣の小梅が通信機で誰かと話し始める、どうやら偵察の報告が届いたようだ。

 

「エリカ、マジノ女学院は情報と同じように小高い丘に防御陣地を構築しているようです」

「……そう、勝ちに拘るなら今すぐに速攻を仕掛けるべきね」

「それを言うと私の部隊で先制攻撃を仕掛けてますよ」

 

 動かずに敵の動きを監視していてください、と小梅が通信機に告げる。

 

「さて、どうやって攻略しようかしら」

 

 速攻を仕掛ければ、簡単に試合が決まることはわかっていた。それはもう練習にならない程度に――なので最初から、相手が盤石の体勢を敷いてから攻略することを小梅と二人で決めていた。そして、そのことはチーム全員にも伝えてある。なので此処までは予定通り、大事なのは此処からだった。

 

「あれで良いんじゃないでしょうか」

 

 と小梅が少し退屈そうに告げる。

 

「腐った納屋の入り口は蹴破ればいいってやつ、露払いの方は私達でなんとかしますよ」

「あら、随分と大胆な作戦を立てるようになったじゃない」

 

 揶揄うように告げると小梅は気丈に笑い返してきた。

 

「動かない戦車には意味がないってことを身を以て教えてあげましょう」

「ええ、そうね。土竜に丘の上は贅沢よ」

 

 二人で小さく笑いあって、そして気負わずに自然体で告げる。

 

「パンツァー・フォー」

 

 隊列を綺麗に保ちながら敵陣地への進軍を開始する。

 私の指揮下にあるのは、私が搭乗しているⅥ号戦車Ⅱ型(ティーガーⅡ)が一輌、フラッグ車でもある。他にヤークトティーガーが一輌でⅣ号戦車/70(V)(ラング)が三輌だ。小梅の指揮下には四輌のⅤ号戦車(パンター)G後期型にヤークトパンターが一輌という編成である。対して相手は丘の上にフラッグ車のB1bisが一輌、そして二輌のソミュアS35が地面を掘って布陣している。周囲には二輌のソミュアS35、三輌のルノーR35、二輌のルノーFT-17が哨戒しているとのことだ。

 行進中に偵察として放っていた小梅のパンター部隊と合流し、私の部隊を守らせる。

 小細工はなし、真正面から敵が防御陣地を敷く、丘へと戦車を進める。すると丘周辺を守っていた敵の戦車が攻撃を仕掛けてきた。小梅が指示を送る、パンター部隊が散開する。敵一輌に対して二輌で迎撃し、次から次へと集結してくる敵戦車群を各個撃破していった。私が指揮する部隊に統率の乱れはなく、ただ丘に布陣する敵陣地を目指して戦車を走らせた。丘の上から砲撃を仕掛けられる、その時になって、初めて陣形を崩してジグザグに走行する。この程度のことなら指示も必要ない、みんな分かっていることだ。このまま砲撃をせずに私達の有効射程に入るまで前進をする。小梅は私の隣でパンター部隊の指揮を執り続けていた。

 そして真正面に集中していると背後から戦車の稼働する音が聞こえて来た、この音は私達の戦車ではない。

 

「一輌、それなりにやるのが居るじゃない」

 

 丘の上から放たれる砲撃の中で、私は涼しい顔で告げる。

 行進を止めるつもりはなかった。何故なら、もう動いてくれている戦車がいる。仮に動かなくても心配をすることはない。きっと彼女自身が動かない時は動く必要がない時だからだ。小梅が駆るⅣ号戦車/70(V)(ラング)が反転して、背後のソミュアS35に照準を合わせる。見てはいないが、そうしていることはわかる。「手助けはいりそう?」と念の為に咽喉マイクで問いかけてみると『いりませんね』と涼しい声が聞こえて来た。そう、と私は喉から手を離して、前を見据える。後ろから砲撃音、そして着弾音が聞こえた。気付いた時はもう、丘にある戦車以外は殲滅されていた。

 パンター部隊を広く展開させて半包囲を構築する、逃げ出した時にいつでも追いかけられるようにって意味合いが強い。

 

「そろそろ砲撃を開始するわよ。そうよ、砲撃は相手が撃った後にね。落ち着いて狙って頂戴」

 

 五つの砲口が丘上に向けられる。そして相手の砲撃を終えた後、一斉に砲撃した。

 そのまま前進を再開し、相手の砲撃を待ってから僅かに静止して砲撃する。

 距離を詰めながら砲撃を繰り返すこと数回、遂に白い旗が上がった。

 

「あら、運が良かったわね」

 

 望遠鏡で丘の様子をみながら告げる。

 最初に上がった白旗の横にはフラッグ車であることを示す三角旗、つまり勝利が確定した瞬間だった。

 責務を終えたことに溜息を一つ、小梅のⅤ号戦車(パンター)G後期型が横まで走って来くると手を振ってくる。

 とりあえず、小さく手を振り返しておいた。

 

 勝って当たり前の戦い、後はどれだけ自軍の被害を抑えられるかだった。

 そういう意味では良い試合ができたんじゃないだろうか。相手にとっては堪ったもんじゃないのだろうけど、少しやりすぎたと思ったけども相手はみんなケロッとした顔を浮かべている。ああ、これは弱小な訳だな、と溜息を零した。見込みがあるのは二年生よりも一年生の方だ。その中でも特に期待できそうなのは今、ソミュアS35から出てきた女性だった。胃のあたりを押さえており、顔は悔しさで苦渋に満ちている。

 強くなりそうだと思った、でも、此処では生かされることもなさそうだ。

 

「気になることでも?」

 

 試合後の段取りを話し合っていた時、ついソミュアS35の戦車長を見つめていたのでマジノ女学院の隊長に声をかけられた。

 

「彼女の名前は?」

 

 確かマドレーヌだったか、マーマレードだったか、そんな名前の隊長に問いかける。

 それは本当に気紛れだった。でも、隣の小梅も気になっていたのか耳を傾けている。

 

「彼女はエクレール。戦車を指揮する腕前だけは私達の間で一番ですよ」

 

 黒森峰では二軍止まりだ。

 私の後ろを追いかけてばかりの楼レイラとなら良い勝負するかもしれない。

 その程度の相手、しかし、なんとなしに消化不良だとは思っていた。

 まだ試合を終えたっていう感じがしていない。

 

「……そうね。もう一戦、お願いしようかしら」

「えっ?」

 

 マジノ女学院の隊長が笑顔を引き攣らせる。

 それを無視してエクレールの方を向いて、この程度じゃ練習にもならないのよ、と告げた。

 エクレールが胃を抑えながら下唇を噛んで睨みつけてくる。

 やっぱり、この子は強くなると思った。

 

「次の黒森峰の為に一年生にも試合の経験を積ませておきたいのよ。受けてくれるかしら?」

 

 マジノ女学院の隊長が慌てふためいている。たぶん止めようとしているが無視する、このまま止められることを良しとするなら帰るだけだ。それならそれでも構わない、失望もしなければ期待もしていない。

 

「……やりましょう」

「エクレール!」

「隊長、今の私達は少しでも強い相手と戦って経験をつけるべきです。ここは黒森峰の好意に甘えましょう」

 

 エクレールが瞳に強い戦意を秘めながら睨みつけてくる。

 舐められるのは仕方ない、好意ということもわかっている。でもただでは負けない、舐めたことを後悔させてやる。

 そんな言葉が聞こえてくるようだった。

 

「さて私達もマジノ女学院の戦車修理を手伝うわよ、どうせ暇なんでしょ?」

 

 そう言うと私の部隊が全員、一斉に腰を上げる。

 どうやら私の意図が伝わっているようで、その表情はエクレールを見守るような笑顔を浮かべていた。

 そして今回、試合に出られなかった一年生が無言で戦意を高めている。

 

「私んとこも戦わせてあげたいんだけど?」

 

 隣で小梅が話しかけてくる。

 

「だったら二戦ね。あちらが了承してくれれば、だけど」

「私達は何度でも構いません、むしろお願いしたいくらいですわ。……ですよね、隊長?」

「え、ええ、そうね」

 

 修理を終えてから二戦目を始める。じゃんけんをした結果、先に戦うのは小梅の部隊になった。

 小梅の編成はⅤ号戦車(パンター)G後期型が四輌、ヤークトパンターが一輌、Ⅳ号突撃砲が二輌、Ⅲ号戦車J型が三輌。機動力重視の編成であり、脚が遅い《req》マジノ女学院が所有する最速の戦車と同等《/req》Ⅳ号突撃砲とⅢ号戦車J型は敵の進行を食い止める役割を持っている。

 とはいえだ、マジノ女学院の主力戦車であるソミュアS35で漸く、黒森峰の二線級であるⅢ号戦車、Ⅳ号戦車と同等といった戦力である。部隊を二つに分けてなおも戦力は大きく開いている。そして相手が防御陣地を構築する受け身の姿勢を貫き続ける限り、負ける気がしなかった。

 それはエクレールも同じだったに違いない。

 ソミュアS35一輌、背後からの砲撃で囮になろうとしたが、小梅はヤークトパンターとⅣ号戦車J型のコンビでエクレールを釘付けにした後に悠々と敵外周戦力を殲滅しながら防御陣地を包囲して締め上げるように殲滅する。

 結果、今回もまた戦車一輌も撃破されずに勝利した。

 続く私の編成はⅥ号戦車Ⅱ型(ティーガーⅡ)が一輌、ヤークトティーガーが一輌、Ⅳ号戦車/70(V)(ラング)が四輌、Ⅳ号戦車J型が二輌、Ⅲ号戦車J型が二輌となる。基本的にはⅣ号戦車/70(V)(ラング)を並べることで前方に火力を集中させて、敵戦車を粉砕することを目的にした編成となっている。その為に真正面からの戦闘には強いが側面と背後には弱い為、当然、マジノ女学院も左右背後からの攻撃を仕掛けてくる。しかし私が登場するⅥ号戦車Ⅱ型(ティーガーⅡ)とⅣ号戦車J型、Ⅲ号戦車J型でしっかりと防御は固めている。罠に嵌めるなり、小さな戦車を生かすような地形に誘い込まれるなり、されないと練度の差だけで蹴散らせてしまうな、と少し退屈に思いながら敵戦車が撃沈されていく様を眺める。

 そうしてまた一輌の撃破もないままに、全滅させてしまった。

 

 三度目の完全試合は流石に堪えたのか茫然自失する者が多数、特に二年生に多い。

 マドなんとかと云った隊長も、もう言葉一つ発することができていない。その中でもエクレールは目に涙を溜めながら歯を食い縛っており、悔しさに下唇を噛み締める者がちらほらと存在している。

 いつもと違う相手との試合は、それだけでも練習になる。特に戦術教義(ドクトリン)が違う相手であれば尚更だ。今回の試合で収穫があったのは、奇襲を受けても狼狽える者がいなかったことだ。いくら相手が格下とはいえ、統率を乱さずに対処できたことは誇っても良いことだと思う。黒森峰は、その半分以上が特待生だ。だから一年生であったとしても個々の実力は高い、少なくとも平均以上はあるはずで操縦技術や射撃精度、装填速度は高水準を維持し続けている。高校戦車道では何処よりも練度が高くて、マジノ女学院と比べれば天と地ほどの差があった。完全試合ができたのは戦車の性能差もあるが、選手個人の実力に大きな開きがあった為だと思っている。

 少なくとも、火力で劣りながら命中率でも劣れば、勝てるものも勝てないだろう。

 

「……本日はありがとうございました、次は公式戦で会いましょう」

 

 そんなエクレールの言葉に、私は顔を背けて告げる。

 

「ええ、期待しないで待ってるわ」

 

 たぶん彼女達の実力では無理だろうな、という思いを胸に秘める。

 勝つ為に努力しているのは彼女達だけではない、何処も彼処も明日の勝利を目指して日々精進を繰り返している。

 だから覚悟だけでは勝てない、そこはスタートラインなのだ。

 

 でもまあ死に物狂いで頑張れば、一回戦くらいなら勝てるかも知れない。

 二回戦を突破すれば、快挙だろう。戦車道は日進月歩、一朝一夕では、どうにもならない。

 だからこそ私達は停滞している時間はなかった。

 

「……良い刺激を受けてくれたかな?」

「さあね、慢心しているかもしれないわ」

 

 反省会で気を引き締め直しておかないとね、と私が言えば、小梅は肩を竦めてから笑い返してきた。

 それから自分達の戦車に戻り、学園艦に帰って戦車の点検、それで、そして……

 

 

 下手を打てば分裂する可能性はあった。

 しかしエリカと小梅の相性が良かったおかげもあってか、彼女達は好敵手には成り得ても、身内を敵対視するような真似はしなかった。普段はお互いを高め合う為に切磋琢磨し、練習試合では協力することで連戦連勝、前日はマジノ女学院を相手に完全試合を達成する程の成果を上げている。勝利を重ねる度に陰鬱な空気が緩和されていった。まだちらほらと十連覇を成し遂げられなかったことをOB会から言われることもあるが、それは私が耐えれば良いだけの話だ。

 最悪の状態から脱しつつある今、もうそろそろ次の段階に進んでも良いかも知れない、と机の中から二つの封筒を取り出した。同じ封筒に同じ校章、そして同じ所属から送られてきた練習試合の申し込みである。誰彼構わずに練習試合を取り組むようになってから、こういった申し出は増え続けている。例えば、前回のマジノ女学院がそうであるし、青師団高校やコアラの森学園からの申し込みがある。その中で同じ高校から同じ申し込みが二つあるのは稀有だった。

 違うのは差出人の名前であり、共にBC自由学園戦車道の代表者を名乗っている。

 

 元はベスト4まで勝ち進むほどの実力校。

 不仲なおかげで成績を残せていないが、その実力は今でも継続高校やアンツィオ高校と並び称される。

 むしろ個々の実力だけを語れば、他二校を上回って四強にすら匹敵する程だ。

 エリカと小梅で勝てるだろうか、苦戦するだろうか。

 ちょっと楽しみにしていたりする。




設定に興味ある人向けの私的資料。
大体、この編成に分かれて練習して、紅白戦して、合同練習したりしている。
まほは二年生レギュラー中心で固めてある。エリカと小梅は一年生中心の編成でラングとパンター乗ってるのはレギュラー候補、ラング以外のⅣ号とⅢ号に乗ってるのは補欠組。
補欠組だけど他の高校だと普通にレギュラー取れたりする実力。

・西住隊
隊長:西住まほ(Ⅵ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ)
編成:
Ⅵ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ):一輌
Ⅵ号戦車Ⅱ型(ティーガーⅡ)(ヘンシェル砲塔型):一輌
Ⅴ号戦車(パンター)G後期型:二輌
エレファント重駆逐戦車:一輌
Ⅳ号戦車/70(V)(ラング):四輌
Ⅲ号戦車J型:一輌

・赤星隊
副隊長:赤星小梅(Ⅴ号戦車(パンター)G後期型)
所属:小島エミ(ヤークトパンター)
編成:
Ⅴ号戦車(パンター)G後期型:四輌
ヤークトパンター:一輌
Ⅳ号突撃砲:二輌
Ⅲ号戦車J型:三輌

・逸見隊
副隊長:逸見エリカ(Ⅵ号戦車Ⅱ型(ティーガーⅡ)(ヘンシェル砲塔型))
所属:ツェスカ(Ⅳ号戦車/70(V)(ラング))、楼レイラ(Ⅲ号戦車J型)
編成:
Ⅵ号戦車Ⅱ型(ティーガーⅡ)(ヘンシェル砲塔型):一輌
ヤークトティーガー:一輌
Ⅳ号戦車/70(V)(ラング):四輌
Ⅳ号戦車J型:二輌
Ⅲ号戦車J型:二輌


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秋山優花里、砲撃するであります!

 朝起きると潮風が肌身に沁みる。

 生れながら海の上で暮らしてきて、友達もいなかったから身嗜みを気にしたことがなかった。

 そんな横着が祟ってか、いつも朝起きると髪はボサボサで櫛を通した程度では直ってくれない。バシャバシャと水を流して寝癖を直しても、髪が乾く頃にはくるんと跳ね上がる。遺伝か呪いか、ああもう、と中途半端に身嗜みを整えてから家を出た。朝は早い、部活動に熱心な生徒くらいしか道を歩くものはおらず、なにかしら眠たそうだったり、面倒臭そうだったりしている。

 そんな朝の日差しに晒されても私、秋山優花里は気分爽快で前を進んだ。途中、通学路から道を外れて、森の中に足を踏み入れる。

 そこにあるのは野晒しにされていたⅣ号戦車D型。既に錆び取りは終えており、剥げた塗装も塗り直しているので見てくれだけは新車同然だ。ただ素人の修理では細かい箇所を修理するのは難しくて、勉強しながら、そしてお小遣いで工具や部品を少しずつ買っていたから随分と時間がかかってしまった。

 修理完了の目処が立ったのは数日前、そして今日は卒業式だった。

 

「天江殿、もう準備はできてます?」

 

 車体を叩くとガバッとハッチを開け放った。

 

「準備万端も万端、待っていたところだよ!」

 

 子供と見間違えてしまうような小さな体の同級生、私の友達。名は天江(あまえ)美理佳(みりか)、女の子なのに……という言い方は私がしては駄目か。ともかく機械弄りが性に合っていたようで、この数ヶ月もの間をずっと戦車の整備に時間を費やしていた。おかげで今では戦車オタクを自認する私よりも戦車について詳しくなっているような気がする。

 

「さあ、乗り込んで、乗り込んでよ!」

「わかりました!」

 

 もう何度も乗り込んだ戦車、ハッチを開けて素早く潜り込んだ。

 この金属質で妙に圧迫感のある空間にも慣れたものだ。最初こそ興奮したものだが、今では乗り慣れて落ち着いている。それでも戦車の中に入る時の高揚感は今でも薄れることはない。なんとなしに中を見渡す。私も整備は手伝っているので彼女程ではないが詳しくなっている。少なくともメンテナンスをする程度であれば、何処を見て、何処をどう弄ればいいのか分かる程度には知識が付いていた。座り慣れた砲手席に腰を下ろす。先程まで操縦席に座っていた天江は狭い戦車内をするするっと猫のように動くと私の膝の上にちょこんと座る。そして背中越しに身を寄せて、後ろ向きに私のことを見上げてくる姿は猫のようだと思った。

「もう弾は込めてあるよ」と天江が悪戯っぽく笑ってみせる。

 

 今回、私達は有り体に言えば、馬鹿なことを計画している。

 高校一年目の学園生活のほとんどを天江と一緒に過ごしてきた私に見送りたい先輩はいなかった。だから卒業式にも参加するのは面倒になって、でも参加しないというのはなんとなくいけない気がする。生涯で何度も体験できないことだから、と意味もなく、文化祭や体育祭、卒業式と出席する。別に誰かと仲良くするわけでもなく、クラスに愛着を持っているわけでもない。でも、参加するのが当たり前だからという理由だけで参加していた。天江と過ごす高校生活は楽しくて、文化祭や体育祭に参加することは苦痛ではなかった。でも、これが自分と関わりのない先輩を見送る卒業式となれば、途端に面倒に思えてきたのだ。

 そんな私のことを気遣ってくれたのか、天江が馬鹿なことを計画した。そして私は戸惑いつつも承諾する。

 私は独りぼっちでいることが多かった。それは単純に人付き合いが苦手だったから――でも、それは独りが好きという意味ではない。独りの方が楽だから、という意味では決してなかった。ずっと友達を求めていた、そして色んなことを話したり、遊んだり、時には馬鹿やってみたりしたかった。言ってしまえば、私は青春に飢えていた。

 だから、こんな馬鹿なことにも乗り気になってしまったのだ。

 

「先輩達の門出だ、祝砲を上げようッ!」

 

 卒業式が終わる頃合いで「行きますよ!」と意気揚々と引き金を引いた。

 砲口は海に向けた。海兵がラッパを吹き鳴らすように、顔も覚えていない先輩方の門出を祝って砲撃する。強い衝撃、大きな砲撃音、車体が大きく揺れる。確かに砲弾が発射された感触、初めて感じた未知の感覚に私は惚けて、そして実感として残っている両手を握りしめて、歯を食い縛るように余韻に浸る。

 私達は今、確かに戦車に乗っている。これは祝砲だった、これは門出を祝う砲撃だった。でも先輩方に向けてではない。きっと私達の戦車道が本格的に始まる。

 これは私達の門出を祝うものだったのだ。

 

「良いね、うん、凄く良いよ」

 

 天江が目を閉じて、私の体に背を預ける。

 なんとなしに、その小さな体を後ろから優しく抱きしめる様に彼女のお腹に両手を置いた。少しの休息、静寂の中で穏やかな時間を堪能する。なにかを話すわけでもなく、誰かに邪魔される訳でもない。鋼鉄の装甲に守られながら、ウトウトと瞼の重みに目を閉じる。寝息に似た二人の呼吸音だけが入り混じる、安堵しきった空気に気を緩める。

 このまま少し眠ろうか、そんな時――ガンガンと戦車の装甲を叩く音がした。

 

「こらーっ! 風紀委員よ、中に入っているならさっさと出てきなさい!」

 

 若干、寝惚けている頭で慌ててハッチを開けるとおかっぱ頭の女生徒が私のことを睨みつけてきた。

 

「貴方達、名前は?」

「はい、秋山優花里です!」

「……潔いわね、そっちの子は?」

「ん〜、天江だけど?」

 

 私の懐から天江が目を擦りながら答える。

 

「下も!」

「美理佳だけど?」

「秋山優花里と天江美理佳ね、貴方達を今から……ん、ちょっと待ってなさい」

 

 おかっぱ頭の女生徒がスマホを片手に誰かと連絡を取り始める。

 

「ええ、はい。今、目の前にいます。秋山優花里と天江美理佳の二人です。……えっ、本当に? はいはい、分かりました」

 

 電話を終えたのか彼女はスマホの画面を指先で弾き、そして私達の方に改めて向き直って口を開いた。

 

「生徒会長が貴方達を呼んでるわ、今から行くわよ」

「え?」

 

 抵抗は許されなかった。

 

 

 生徒会役員室、陸にある高校では考えられないほどに広くて豪華な部屋だ。

 それもそのはずで、此処には学園艦を運用するのに必要な情報が纏められており、艦上都市に関わる資料も置かれている。一生徒が活用するというよりも、企業の社長室のような印象に近かった。そして目の前の豪華な執務机に座るのは茶髪でツインテイルの女生徒、彼女のことは私でも知っている。

 県立大洗女子学園生徒会長、角谷杏。あまり良い噂を聞かない人物ではあった。とはいえ今まで壇上でしか見たことのない人物であり、彼女の為人についてはほとんどわからない。とりあえず連行された私達は、生徒会役員に――主に片眼鏡を掛けた役員から―質問攻めを受けることになった。隣でぽけっとしている天江の代わりに言われるがまま、洗いざらいの全てを吐いた。そして接客用の机で作業をする一見、大人しめのポニーテイルの役員からは咎めるように睨みつけられて、片眼鏡からはガミガミと説教を受ける。

 生徒会長の角谷は「流石に実弾を飛ばしちゃうのはね〜」と苦笑を浮かべていた。

 

「とりあえず戦車は没収させて貰うよ〜、あんなことをした後だから仕方ないよね? あと自宅謹慎一週間、しっかりと守んなよ」

「そ、そんな……一応、海に向けて発砲しましたし……」

「海に船があったらどうするつもりだったんだ。今回は何事もなかったから良いが、もし被害を出していたら学園艦に居られていなかったところだぞ」

 

 片眼鏡の正論に、むぐっと口を噤むしかなかった。

 折角、修理して手に入れた戦車を手放さなければならないことに胸が締め付けられるようだった。調子に乗り過ぎた、やめておけばよかった。と今更になって後悔する。もう手遅れなのに、と目元が熱くなって視界が歪んでくる。

 天江は大丈夫だろうか。隣にいる友達を見ると、彼女は意外とあっさりした様子だった。

 

「そういえば、あれ、修理したのはどっちなのかな〜?」

「二人で、かな。優花里と私で一緒に勉強して、お小遣い貯めて、数ヶ月かけて修理したんだよ」

「そうなの?」

 

 会長が私の方を視線を投げる。

 

「て、手伝ったのは本当です。でも戦車の構造に関する知識は天江殿の方があります」

「違うよ、優花里と二人三脚で頑張ったんだ。そこを履き違えないでよ」

「う、嬉しいですが、実際、知識量は天江殿の方が……」

「関係ないって、どっちが上とか偉いとか私達にはないんだからさ」

 

 ふん、天江が不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「まあどっちでも良いんだけどね〜、そんなに戦車が好きなんだ?」

「優花里と一緒だから戦車が好きになったんだよ。私一人だと、たぶん、ここまでじゃなかったね」

「はわ、ひゃっ? あ、天江殿?」

 

 片眼鏡がわずかに表情を引き攣らせる。

 ポニーテイルの役員が口元を上品に手で隠して、あらあらと目元を細める。

 会長の表情は変わらず、天江は居直るように胸を張っていた。

 

「それで何時まで待てば良いの? 入学式の後には返してくれるのかな?」

 

 不意に天江は頓珍漢なことを口にする。

 

「なにを言っているんだ、お前は! ちっとも反省してないじゃないか! 会長の慈悲というものがだな……」

「……桃ちゃん、ちょっと黙って」

 

 角谷は片眼鏡の役員を止めると、前のめりになって、じっと天江のことを見つめる。

 

「どうしてそう思ったの?」

「なんとなく? 状況からそう思っただけ。だって私達に興味がなかったら呼び出さないはずだし、今の質問も私達の価値を確かめる為でしょ? まあ私は戦車道ができるなら、どうだって良いんだけどね」

「その話はまだ公表していないはずだぞ!」

 

 片眼鏡の役員が声を荒げた。

 会長は僅かに目を細めて、ポニーテイルの役員は溜息を零す。

 そして天江は肩を竦めてみせた。

 

「戦車道、復活するんだね」

「そだよ〜、でも随分と確信を持っているみたいじゃない?」

 

 会長の探るような質問に、天江は素知らぬ顔で答える。

 

「だって大洗に戦車道があるのは当たり前じゃんか」

「どういうこと?」

「ない方が不自然だし……ああでも、急だよね。なにかあったの? 普通、準備くらいはしてるはずだよね?」

 

 さあ、どうだろうね。と会長が前のめりになった体を背凭れに戻す。

 天江は少し考えた後に、ふと思いついたように口を開いた。

 

「無理にでも、そうせざる得なかった理由って考えると……ああ、なるほど。学園艦を守る為か、そうなると廃か……」

「なぜ、お前が……っ!」

「桃ちゃんっ!!」

 

 ガタッとポニーテイルの役員が席を立った。それを会長が手で静止する。

 片眼鏡の役員が、なにかをやらかしてしまったような顔を浮かべていた。

 

「ごめん、秋山ちゃん。ちょっと退室してくれないかな? 少し天江ちゃんと二人で話をしたいんだ」

 

 声色は先ほどまでと同じだった。その目付きは先程までの何処か緩い雰囲気とは違って、萎縮してしまいそうなほどだった。

 いつの間にか後ろまで歩み寄ってきていたポニーテイルの役員に手を引かれる。

 その身を案じて、友達を見つめる。天江は私の視線に気付くと優しく微笑み返してくれた。

 

「大丈夫、この人達は悪い人じゃないよ。不器用だけどね」

 

 特に気負う様子も見せない友達に、手を差し伸べることが憚られた。

 ポニーテイルの役員に手を引かれるまま部屋を出る、閉められる戸の隙間から天江は軽い調子で手を振り返す。

 

 

 待機場所として案内されたのは、廊下に置かれた自販機横のベンチ。

 私は缶コーヒーを啜りながら天井の染みを数えていた。あれからどれだけの時間が過ぎたことか。

 時計を見れば、まだ一時間程度だ。こんな風に時間が長く感じるのは久しぶりだった。昔は当たり前だったのに、今はもう当たり前ではなくなっている。あれだけ長く感じていた一時間、今はもう五分か十分程度にしか感じなくなっていた。でも思い返すと時間以上のことが思い出せて、でも昔のことは数ヶ月以上の時間が数分程度の出来事としてしか思い出せない。この天江と過ごした一年間の密度は、中等部まで生きていた十五年分の人生に匹敵する気がする。

 天江と出会ってから人生が変わった、居なくなると寂しかった。家なら仕方ないって思えるけども、外にいるときはいつも天江が一緒にいたから、とても物足りない感じがする。

 早く戻ってこないかな、と思いながら待つこと更に三十分後、天江が駆け足で私の胸に飛び込んできた。

 

「あ、天江殿!?」

「喜んで、優花里! 喜んでよ! 戦車は入学式の後に返してもらえることになった。そして、この大洗で思う存分に戦車道ができるんだよ!」

「えっ、どういう意味でしょうか?」

「来年から戦車道が選択科目に追加される。その時に連盟に加入もするから全国大会に出られるんだ!」

「そ、それは……嬉しいことですが……」

 

 天江のテンションが不自然に高い、そのことを問い質す前に彼女は続く言葉を口にした。

 

「狙うよ、優勝! やるからには優勝だッ!」

「え、優勝ですか!?」

「出場するからには優勝を狙わなきゃ嘘ってもんでしょ!」

 

 そう言うと抱きしめる私の胸から体を離して、くるくるっと両手を広げて回りながら笑顔を振りまいた。

 

「さあ思いっきり楽しもう、私達の戦車はここからだ! 来年度の大洗戦車道にご期待くださいっ!!」

「その打ち切りそうな感じはなんですか!?」

 

 やけくそ気味に廊下を駆け出した天江の後を、慌てて追いかけた。

 天江は道標のような存在だった。なにか物事に躓いた時、迷った時、臆した時、彼女は必ず道を示してくれる。私のことを引っ張り上げてくれるのだ。だから彼女を追いかける足に迷いはない。彼女が進むと決めたなら、その後ろをついていこうと思った。私は走る、どこに向かっているのかわからない。でも迷う必要はない、彼女の進んだ先が私の目的地だ。

 彼女を失わないように必死に追いかける、彼女と共に進む道こそが私にとって光そのものだった。




あれ、こいつら、もしかして主人公組よりも、ちゃんとした二次をやってる?

兵衛「おかしいのは私じゃなくって継続高校の学園艦だから(震え声」


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番外編 番外:マジノ戦線、再出発ですわ!①

書く覚悟を決めたので前回、思う存分にフルボッコしたという話。


 黒森峰女学園の練習試合を終えてから数日、

 完膚なきまでに叩きのめされたせいか、二年生の士気が軒並み低かった。中でも隊長のマドレーヌは意気消沈したままであり、戦車道の戦術教本を見つめながらぶつくさと呟き続けている。そんな中で私はまだ戦意を残している一年生を纏めて、毎日のように練習に繰り出していた。休み時間は図書館に引きこもることが多くなり、事細かに戦車や戦術について読み込んだ。

 やっぱり私、エクレールは、防御主体の戦術には限界があると思っている。

 今年の全国大会でも感じていたことだが、戦力で負けている状況にあっては防御に徹してもじりじりと削られるだけだ。理想は機動戦で敵戦力を掻き乱して分散し、孤立した敵を順番に撃破していくことだ。どの指南書でも言われているとおり、大事なことは火力の集中と敵戦力の分散、全体の戦力で負けているとしても局地的に戦力優位な状況へと持ち込めば勝つことができる、それを繰り返すことで勝利を手繰り寄せることが可能だ。その為には打って出る必要がある、その為には機動戦が必要だ。要塞は敵戦力を集中させる効果があり、戦力分散とは真逆の方針にあった。

 そう、機動戦に方針を切り替える時が来たのですわ!

 何時、機動戦を始めるの? 今でしょう!

 

 

 マジノ女学院に機動戦はできない。

 それは私、マドレーヌが一年前に出した結論だった。戦術教義(ドクトリン)だけの問題であれば良い、しかしマジノ女学院の実情が機動戦を許さない。というよりも単純に機動戦に適した戦車がマジノ女学院にはないのだ。辛うじて機動戦に耐えられる戦車はソミュアS35のみであり、これも最高速が時速四◯キロメートルと決して速い訳ではない。

 だから結論、マジノ女学院には機動戦ができない。

 その上で勝つとなれば、それはもう要塞を構築して敵を迎え撃つしかない。もしくは相手の考えを読みきった上で罠にかけるか――後者は現実的とは言い難かった。せめて火力が強い戦車が一輌でもあれば話は変わってくるのだろうが、ないもの強請りをしても仕方ない。では、あるものと言えば、何があると云えるのだろうか。

 小さいこと、それに軽いことくらいなものか。

 もうソミュアS35だけを揃えたら良いんじゃないかな……地味に希少で数を揃えきれなかったりする。分校であるBC自由学園を含めて、六輌も用意できたことはもっと褒められるべきだ。内四輌、BC自由学園に取られてるけど。それと高校戦車道連盟は公式戦にtier制度を設けるべきだと思う、重量と年代の二段階でtierを付与することで使用できる戦車に制限を設けるのだ。そうすれば近年問題視されている高性能の戦車を揃えて並べれば勝てるんじゃね? 問題を解決することができるはずである。仮にも戦車()と道を名乗るからには、もっと積極的に戦力の均一化を図って公正さを追求すべきじゃなかろうか。高校生の頃から金にモノを言わせる教育は行ってはいけないと思います。くそっ、ブルジョアジーめ。こんなんじゃ私、革命を起こしたくなってしまいますよ……爆弾片手に持って連盟に突撃すれば、いずれ皇帝になれますでしょうか?

 さておき、ナポレオンといえば、アレクサンドロスとハンニバルに並び称される軍事の天才である。ナポレオン戦争について学べば、少しは手掛かりを得られるかもしれない。調べた結果、ナポレオンは戦術レベルにおいては意外とポカをすることが多い人物だということがわかった。もうミラー将軍だけで良いんじゃないかな……はてさて、このまま考え込んでいても埒が明かないと思って、資料群から目を離した。

 嗚呼、何処かに小さくて短い砲身が優位に働き、敵戦力を分散できて、敵機動力を削ぎ落とせて、大きな車体と砲身が却って邪魔になってしまうような地形が何処かにないだろうか――ここで戦術ではなくって地形と言ってしまう辺りが、なんともマジノ女学院らしくって自嘲する。いくら考えても結論は出てしまっているのだ。これ以上考えても得るものはないと思って立ち上がる。集めた資料を本棚に戻してる途中、DVDコーナーの前を通った。そこの過去の名作コーナーに「パリは燃えているか」という不朽の名作が置いてあった。

 その瞬間、私は脳裏に電流が迸るような閃きを得た。

 

「パリ、燃やさなきゃ……」

 

 ポツリと呟いた一言に、周囲が騒めき立つ瞬間だった。

 

 

 黒森峰戦の一週間後、私達は教習場を模した特別コースを戦車で走らされている。

 兎に角、狭くて細かい道を走らされていた。マドレーヌが云うには繊細な操縦技術を身に付ける為、という話ではあるが、これが何の役に立つのか今はまだ分からない。でも新しい何かを試みようとしていることだけはわかったので高速で移動しながら狭い横道に飛び込む訓練に大人しく従った。

 それから更に一週間が過ぎる。

 射撃訓練は遠距離の的当てから、精度よりも早さを重視するものに変わった。もしかすると機動戦の重要さに気付いてくれたのかもしれないと思って、今日も狭くて細い道を駆け抜ける。こう狭くて曲がりくねった道では操縦手だけの視界では足りず、メンバーのチームワークが重要になってきた。その上で何処のコースを通るのか、逐一無線でマドレーヌが言ってくるので頭の回転が追いつかない。まだ、戦車の操縦技術は未熟なようだ。

 更に一週間、今日もまた教習場に通っている。

 そして合計で一ヶ月が過ぎて――「総出で運転免許でも取りに行くつもりですかッ!」と怒鳴ってしまった。

 いやだって、おかしいですわ! こんなネチネチと嫌らしい道を毎日飽きずに、毎日飽きても走らされている。速度なんて時速三◯キロメートルも出ていない。これではソミュアS35の機動力を殺しているようなものだ。機動戦を仕掛けるならば、こんなこじんまりとした環境ではなくて、もっと広々とした舞台で戦車を活用すべきである。

 不満が溜まりに溜まって我慢できなくなった私は、フォンデュと一緒に遠回しにそれとな〜く広い場所で練習がしたいとマドレーヌ隊長に申し入れた。すると「たまには場所を変えるのも気晴らしになって良いですわね」と隊長が言ってくれたのでソミュアS35の面々は嬉しさのあまりにガッツポーズを決める。

 それで今、私達の目の前にあるのは鬱蒼と生い茂った森である。

 

「今日はここで練習をしますわよ」

 

 マドレーヌが澄まし顔で言うと、いつの間にか乗り換えていたルノーR35でキュラキュラと森の中へと進んでいった。時速一◯キロメートルの通常速度で――もうマウンテンバイクで走った方が騎兵戦術を使えるんじゃないですかね? 教習場コースであれば、通常速度で走破できるようになった彼女達は、苦にもせずに木々の間をスイスイっと抜けていった。ガタガタするけれどいつもより広くて走りやすいですわ、とか言ってる子もいる。そりゃそうだろう、あの教習場はソミュアS35でギリギリ通れるくらいに設定されている。嫌味ったらしいくらいに――そうではなくて、だ!

 

「もう我慢の限界ですわッ!!」

 

 私が怒鳴り声を上げると隣にいたフォンデュが気まずそうに私のことを窘めてくる。

 だが、もう我慢の限界だ。もっと試してみたい騎兵戦術とかたくさんあるのに、その機会すら得られないのでは鬱憤は溜まるばかりだ。

 マドレーヌは涼しい顔で私のことを見つめると挑発するように薄っすらと笑みを浮かべた。

 

「そんなに草原で走りたいなら条件があるわ」

「……なんでしょう?」

 

 じとっとした目で見つめると隊長は愉悦を感じるように目を細める。そして艶やかな仕草で出した条件は、なんとも幼稚なものだった。

 

「おにごっこをしましょう」

「……おにごっこ?」

「ええ、これから、そうね……一時間、これが制限時間ですわ。私達は逃げ回るから、エクレール、貴方は私達を追いかけて来なさい。この間に一度でも私達を捉えることができれば、貴方は自由に草原ではしゃぎ回っても良いわよ」

 

 癪に触る言い方だった、それにルノーR3(貴方達)5とソミュアS3(私達)5では速度が倍違っている。一時間と云わず、その半分の三十分間で捕まえてやる。

 

「わかりましたわ。そういうことなら、その勝負を受けましょう」

「ええ、手加減しないわよ。ああ、それと皆も二人組を作って、おにごっこを楽しんでてね」

 

 絶対に機動戦の素晴らしさを認めさせる。

 

 

 戦車は敵陣地を破壊するのは得意だが、歩兵相手にはめっぽう弱い。

 懐に潜り込まれると手も足も出ないまま、火炎瓶一つで破壊されてしまうこともあるほどだ。

 故に歩兵が隠れやすい市街戦に戦車を持ち込むのはあまり得策ではない。その為に慎重な運用が求められるし、やはり市街戦の主役は歩兵であり、機甲戦を想定した市街戦の戦術があるはずもなかった。そりゃまあ幾ら調べても出て来ない訳である。特に伝統の強いマジノ女学院ともなれば尚更だ。

 そんな訳で私、マドレーヌは皆に特別コースの走行を義務付けた。

 具体的には自動車教習場を参考にしたものを、どれだけ速く、ミスもなく、走れるかというものだ。そこまでして初めて私達は他校と対等に戦えるものと信じている。だが、この事に不満を持ったのはソミュアS35に乗る面子、エクレールであった。まだ彼女は機動戦を捨て切れていないせいか、いまいち練習に身が入っている感じではない。

 ならば、此処で鼻っ柱を折ってやるのも良いか――エクレールには、ずっと前からイジメがいのある子として目を付けていた経緯もある。

 つい舌舐めずりをしてしまった。

 

「砲撃を当てるか、もしくは後ろから衝突するだけでも構いませんわ。ああ、でも無駄弾は少なく、折角見つけた練習場を荒らされては溜まりませんから」

 

 そう言って、新しい愛機のルノーR35に搭乗する。

 操縦手と砲手兼装填手、本来ならば二人のところを砲塔後方にある開いたハッチに腰掛けることで無理やり三人で搭乗する。危ない時は中に滑り込むことになり、どうしても砲手と密着する形になってしまうが仕方ない。多少の不便で得られる利点がある以上、我慢すべきだ。少なくとも戦車長と通信手の役割を別に用意することで砲手には自分の仕事にだけ集中させることができる。戦車道に歩兵の流れ弾や狙撃手はないのだ、西住流がキューポラからよく顔を出しているのと同じだと思えば良い。

 森の中を進む、適度な間隔から生えた木々は戦車をまともに走らせてくれない。常に蛇行を強制されるが――この一ヶ月の練習が為になってくれたおかげか、特に苦にする様子はない。着実に市街戦を行えるだけの準備は進んでいる。木々の隙間をスルスルっと減速なしで進んでいけるのが快適だった。クッションも最高級のものを用意しているので、お尻も痛くならない。

 さて背後からソミュアS35のエンジン音が聞こえてくる、そろそろか。

 

「市街地ではないですが狭所ではある。速度は倍、されども図体は一メートル以上も大きなS35に機動力で勝てれば、私の理論は正しかったと証明できますわ」

 

 マジノ女学院に必要なものは、やはり防御戦術。とはいえ戦車を要塞に見立てるのは無理がある。

 必要なのは要塞だ、地形だ。マジノの戦車は防御主眼の思想の基に作られている、つまり我が校の戦車のほとんどが機動戦を想定していない。それに気づいたときはショックでしたが……だからこそ伝統の防御戦術を変えるわけにはいかない。マジノ女学院の戦車道が要塞を欲するのであれば、要塞がある場所に行けば良い。どちらにしても戦車の性能差で負けているのだ、せめて地の利を得なくてはならない。それに機動戦を想定していないとはいえ、やはり戦車である以上は移動する必要は出てくる。まあ、そういうかたっ苦しい話の前に、私達が持つ戦車では火力不足なので真正面からの撃ち合いにも向かないのだ。だから動く、動いて守る。これは機動防御の概念ではない、これは新しい陣地防衛戦術だ。

 マジノ女学院の戦車道を今ここで更に昇華させる。

 

「私達には私達の戦い方……マジノのやり方というものがあります。しっかりと守り、そして勝つ。それこそが伝統を継ぐ戦い方です」

 

 さあエクレール、私が守る伝統を貴方は超えられますでしょうか。




この物語で強い影響を受けることになる高校。


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番外:マジノ戦線、再出発ですわ!②

やっぱ戦車戦書いてるの楽しいですね


 練習試合とはいえ黒森峰に三回も完全試合を達成された時、思うところがなかった訳ではない。

 しかし、戦車道と云うのは戦車の性能の違いが戦力の決定的差――とまで言うつもりはないが、大きなウェイトを占めるのは間違いない。だからこそ、あんまり悔しいとは思わなかった。戦車の性能で圧倒的な差がある黒森峰が相手なんだから仕方ない、という気持ちが一番強かった。

 そんなわけで、言ってしまえば、(わたくし)がやる気を出したのも気紛(きまぐ)れのようなものだったのだ。

 可愛い後輩が本気で悔しがって強くなろうとしていたから――私が高等部になってから彼女が高等部に上がるまでの一年間、繰り返し戦車道の資料を読み漁っていた毎日を思い出した。そして彼女と同じように私も前隊長のことを伝統主義の老害だと思っていた過去を振り返り、自嘲する。たぶん前隊長も、前々隊長も、分かっていたのだ。マジノ女学院には防衛戦しか許されていない事を、誰もが同じ苦悩を抱えた末に同じ結論に辿り着いた。結局のところ、私達が最も勝率を高く保てる戦術が防衛戦だったというだけの話である。伝統と云うのは都合の良い言い訳だ、伝統だから仕方ないと逃げ道を残すことができる。それはきっと優しさに満ちた欺瞞だった。

 エクレール、貴方にはまだわからないのでしょうけど、今に貴方も同じ壁にぶつかるはずだ。その壁は決して壊すことはできない、穴を掘るか、乗り越えるしかない。抜本的に戦車を揃え直さなくては防衛戦に立ち戻る。

 だから私は全てを背負う覚悟を決めた。

 マジノ女学院戦車道の歴代隊長が抱えた苦悩の歴史、それが過去から現代に続く伝統の正体だ。それが決して無駄な足掻きではなかった事を――このマドレーヌが証明してみせる、この私が全てを抱えて乗り越える。

 さあエクレール、私に可愛い泣き顔を見せて頂戴。

 

 

 練習試合で三度も続けて完全試合で負けたにも関わらず、戦術を変えようともしない先輩方に苛立った。

 同じ事を繰り返していても意味がないのだ。マジノ女学院は根本から変わらなくてはならない、それは今この時を置いて他にはない。勝利にだけ拘るな、とマドレーヌは言うけども、私は勝利してこそ他にも気が回せると思っている。先ずは勝利、全てはそこから始まる。だから今ここで、ここから全てを変えるのだ。

 森の中、ルノーR35の小さな影を追いかける。

 悔しいけども森の中の行進は明らかに速くなっていた。僅かな隙間、この幅ならば、この速度で通り抜けられるということが、頭だけではなく感覚でもわかった。体に染み付いていた。無駄ではなかった、マドレーヌはまだ勝利を諦めていないのか。そのことに少し嬉しさを感じるけども、でも、だったら何故、機動戦を選ばないのか分からない。彼女ほどの人物であれば同じ結論に行き着いたはずだ。それともなにか穴があるのだろうか、そうできないなにかが――そして、今になって新しいことを始めたのには意味があるのかもしれない。

 分からない、私ではまだ辿り着けない。だから今は全力で捕まえよう。

 もしも何か目的があるならば、全力でぶつかってこそ見えてくるものがあるはずだ。もしも考えがなかった時は今この時、マジノ女学院の伝統を終わらせる。その意気込みで挑もうと思った。

 勝っても負けても私の中で何かが変わる、そんな気がした。いやきっと、変えなくてはならないのだ。

 速度を上げる、車体が揺れる。視界に映るルノーR35の後を追いかける、しかし追いつけない。距離が縮まらない、速度はこちらの方が速いはずなのに、実際、直線では距離が詰まっているので速いことには違いない。だが、このまま行けば追いつけそうって時にルノーR35は狭くてギリギリの抜け道を通り、私達は迂回して遠回りを強いられた。追いつけない、機動力では優っているはずなのに……いや、機動力で優っているのであれば、追いつけるはずだ。いや、これは、もしかして、機動力で劣っている?

 ソミュアS35は限定状況下でルノーR35に機動力で劣ると云うのだろうか。

 

 

 ルノーR35はソミュアS35に機動戦では勝てない、引き離せないのがその証左だ。

 機動力の定義を、作戦行動において戦力を適切な時期に適切な場所へと移動する部隊運動、と定めるならばルノーR35がソミュアS35に勝てる道理はない。それに包囲、迂回、突破の作戦行動を達成できない以上、それは機動戦と呼ぶに値しない。耐えて、耐えて、耐え凌ぎ、如何に味方の消耗を抑えつつ、如何に相手を削るかが重要だった。せめて敵戦車を一撃で粉砕できる打撃力を持つ戦車があれば、もっとやりようはあるのだが……それもできない、それができれば従来の要塞戦であっても勝率を高めることはできた。

 先ずは耐えること、次に堪えること、最後に忍ぶこと。この三つを胸に刻んで、精神的な消耗を極力まで抑える。自分よりも速い相手に後ろから追い回されることには、思っていた以上に神経が擦り減らされる。少しでも相手に余裕を持たせれば、砲撃が飛んでくるから尚のことだ。

 これは辛い戦いになるな、と私は溜息を零す。

 防衛戦とは基本的に自制心との戦いだ。そう思えばこそ格式と伝統に煩いマジノ女学院と相性が良かったのかもしれないな、となんとなしに思った。小さな車体を草木に隠しながら逃げ回ること三十分。相手は目の前の敵を追いかけるだけだから良いかも知れないが……くそっ、思っていたよりも疲弊する。それでもあと半分だ、漸くとは言わない。まだ頭は働いている、なら、まだ行ける。じわりじわりと詰め寄られるような感覚、ああ、だからホラー映画の主人公はあれだけ疲弊するのか、と余計なことを考えた。

 ガリガリとルノーR35が木々に車体を擦り付ける頻度が増えてきた。操縦手は後ろを見ることができないので、より一層に疲弊しているに違いない。今にして思うと一時間は長過ぎたかもしれない。しかし、今更条件を変えるわけにもいかない。あとはもう精神力の勝負だと自分に言い聞かせる、今の状態を維持し続ければ勝てる。できることならこのまま、しかし、そうならないだろうな、と何処かで確信していた。何故なら、このままではエクレールも勝てないことが分かっているだろうし、あの子は私を過大評価している節がある。

 実際のところ、このまま続けられると制限時間が来る前に操縦手の集中力が切れてしまいそうだった。

 

 

 あえて私達が車体を見失わない距離を保っているのか、追いつけそうで追いつけない絶妙な距離に焦らされる。

 残り時間も半分を切った。少しでも意識を逸らすと直ぐに見失ってしまいそうで、集中力を切らすことができなかった。気を張り詰めたまま三十分間も続ければ疲弊する、それが狙いなのだろうか。どちらにしても現状は耐久戦の域を抜けない、そして、それではマドレーヌには恐らく勝てない。根比べで負けるつもりはないが、それでは先に制限時間の方が来る。だから、それまでに勝負を仕掛けなくてはならなかった。

 目線だけで指示を出す、砲手が持ち手を握りしめる。

 どうせ仕掛けるならば早い方が良い、待てば待つだけ相手の思う壺だ。

 

 早く来い、頼むから来い。自分から仕掛けておいて、根比べで負けるとか格好悪すぎる。

 まだだ、第一射こそ大事に、願わくば、そこで勝負を決める為に。

 砲身が動いた――だが動かしただけか。

 撃つのか、撃たないのか?

 ただのフェイントか、 焦らしやがって……

 慎重に狙わなくては見切られる。今も砲口を動かしただけで勘付かれたかもしれない。

 良いから撃てよ、撃ってよ。

 ミス待ちなの? 細かいミスが多くなっていることに気付かれている?

 だとすれば不味い、やばい。何か、何か、手は……

 挑発するような笑み、あれはもう気付かれている。

 やはり、止めるか。まだ仕掛けるのは――いや、どうせ撃つなら一緒だ。

 ああああああああっ! ハッタリをかますしかないですわあああああっ!!

 まだだ、まだ、もっと冷静に機を窺って……今、撃っても絶対に成功しない。

 こんな時こそ冷静さを失ってはならない、集中力を途切らせるな。

 常に思考を働かせて、最善の選択を追求し続けるのだ。そうしなくては彼女には勝てない。

 もうどうでも良いから撃ってよおおおお! うちの操縦手が限界なんですううううッ!!

 

 ガタンとルノーR35の車体が跳ねた。

 どうやら岩に乗り上げてしまったようだ。その瞬間に見たマドレーヌの顔が驚いていたから砲手に「撃てッ!」と指示を出した。直後、ガクンとソミュアS35が急停止する。静止時間は僅か一秒未満、照準を定めた砲弾はルノーR35の低い車体の頭上を越えて、奥の木の幹を貫いた。ベキベキと木が倒れる、これでルノーR35の前方を塞いだ。小さな車体ではアレを乗り越えることはできない。

 これで追い詰めた――そう思ったのも束の間、マドレーヌが喜びを噛み締めるように笑みを浮かべていた。

 

 

 やばかったですわ! 完全に反応できていなかった!

 あの砲撃がルノーR35(私達)を狙っていたものであれば勝負は決まっていた。操縦手の集中力が切れていた瞬間だった。前方が塞がれたが、まだ最悪な状況に過ぎない。絶体絶命の状況で終わりにならなかったのだ、相手は必殺の機会を逃した。

 ならばまだツキは私達にあるッ!

 

「やらせはしない、やらせはしませんですわ!」

 

 追い詰められた、まだそれだけだ!

 進路を塞がれたことで急停止していたルノーR35、「右に七十度ッ!」と私は操縦手に怒鳴りつけた。先ずは右に旋回しながら前進をさせる。四十五度に到達した地点で前進を停止させて、左に旋回させながら後進を開始――と同時に砲撃音、ルノーR35の車体前方を掠めていった。焦りましたね、エクレールッ! いや、私が読み勝ったのですわッ!

 そのまま右に七十度しっかりと旋回させた車体から全速前進でソミュアS35のすぐ隣を駆け抜けた。

 

「――ッ!」

「〜♪」

 

 すれ違い様にエクレールと視線を交わす。

 表情に苦渋を滲ませる彼女に愉悦を覚えながら距離を稼ぐ為に森の中を駆け抜けさせる。さあて、何処に戦車を隠しましょうか。相手の視界から逃れた時点で勝ったも同然、後は相手が死に物狂いで私達を探している様を愉悦を感じながら観察するとしよう。追いかけっこを続けていたせいで正確な現在地は分からないが、まあ何か目印でもあれば近場で良い隠れ場所を――ガサッと草叢を抜けると森で遮られていた視界が急に開けた、目の前には見渡す限りの大草原だ。

 あそこに葡萄畑があるから大体の位置はわかったわ、と笑みを浮かべる。

 

「なああああああっ!? 早く森の中へ戻りなさいッ!!」

ア、アブゾード(か、かしこまりー)っ!」

 

 慌てて車体を反転させた時――ガササッ、と森の中からソミュアS35の丸っこくて可愛らしい車体が姿を現した。ゆっくりと私達に向けられる砲口を見つめながら、私は真顔で笑顔を浮かべ直した。そして大きく息を吐き、吸い込んで覚悟を決める。

 

「謀りましたね、エクレールッ!!」

「は、謀ってなんていませんわ、マドレーヌ様ッ!」

 

 あゝ無情にもソミュアS35から放たれた砲弾はルノーR35の車体を見事に捉えた。




マドレーヌ様の体を張った渾身のギャグ。これもあと一話分。


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番外:マジノ戦線、再出発ですわ!③

こいつら主人公の高校よりも戦車道やってんな。


 特殊なカーボンの発明者はノーベル賞を受賞すべきだと思っている。

 少なくともルノーR35の軽い車体が横転しても煤汚れるだけで、誰も痣や傷は負うことはないのだから。

 なお眼鏡は保証対象外です。

 

 澄まし顔で服の汚れをパンパンと手で払った。

 咄嗟に砲塔の中に身を隠したので怪我はない、ちょっと砲手の子と組んず解れつになるという小さな事件があっただけだ。じとっとした目で頰を赤らめるメンバーを無視して、ゆっくりと走り寄ってくるソミュアS35が近付いてくるのを迎え入れる。砲塔後部のハッチから姿を出したエクレールは、私を一瞥すると、そのまま見下すこともせずに地面に降り立った。少し複雑そうな表情をしている、辛酸を舐めたような――そんな顔付きだ。

 このマドレーヌに落ち度があった、そうである以上は認めなくてはならない。

 

「この勝負、(わたくし)の負けですわね」

「この勝負は(わたくし)達の負けですね」

 

 ……あれ? なにかおかしくなかったかしら?

 可愛い後輩の姿を見直せば、スカートの裾を両手で握り締めながら下唇を噛み締めていた。

 やばい、とっても愉悦心を擽られる。

 

「狭所にあっては大きな車体よりも小さな車体の方が有利、幾ら速度があっても出し切れなくては意味がありませんのね」

 

 彼女の振り絞るように出される声に上がりそうになる口の端をしっかりと抑える。

 まあ言いたいことが伝わってくれたようで何よりだ。こんなことは当たり前のことだと思われるかもしれないが、体験してみないと分からないことは多い。知識と理解は別物、どんなスポーツやゲームでもそうだが、防衛や耐久を重視するのは爽快感がない分、実際にやられてみないと効果が実感しにくい。

 それに、相手の嫌がることを徹底してできる人間の感性は常人とは少しズレている。

 本来、スポーツやゲームで強い勝ち方と言われるのは、自分の長所を相手に押し付けることにある。如何に自分の長所を生かすのかっていうのが勝負ごとの基本的な勝ち方だった。そして相手の長所や利点を積極的に潰す行為が戦術や謀略と呼ばれるものである。だから防衛や耐久に主観を置くやり方は基本的に邪道で、泥仕合になりやすい。だが上手くやれば相手を封殺することも可能だ。

 ただ勝つ為に、そこに爽快感や見栄えはない。

 

 でも、とエクレールが続ける。

 

「守るだけでは、勝てません……」

 

 今、私が負けたように――実際、市街戦は戦車の性能差を潰す為の方策で優位に立つ為のものではない。

 相手の機動力を奪ったとしても火力の差が埋まる訳ではなかった。長い砲身は狭所において旋回の邪魔になる、そのことを考慮に入れて、漸く同程度か。むしろ市街戦は戦場が道だけに限定される分、突撃砲の脅威が跳ね上がることになる。

 結局のところ、市街戦という選択は、私達が相手と対等に戦う為の舞台に過ぎないのだ。

 

「私達に機動戦はできませんわ」

 

 それでも、と付け足した。

 

「機動力が必要になる場面は必ず来るはずよ」

 

 結局のところ、マジノ女学院の伝統の欠点は分かっている。

 要塞戦によって敵を撃退できても、追撃ができない。負けは防げても勝ち目がない。戦車道に後方からの支援はないので、結果的にジリ貧となる。だから防衛戦術を基本に据えるとしても、周囲に戦車を散開させるやり方はできない。それこそ戦力分散の愚と云うものだ。必要なのは遊撃部隊、大事なのは敵後方を脅かすことにある。

 それができる人間は今のマジノ女学院にはいない、そうだ、今はまだ居ないのだ。

 

「エクレール……遊撃でもやってみます?」

「へっ?」

 

 過程をぶっ飛ばした結論に、エクレールは可愛く首を傾げてみせた。

 

 

 私、マドレーヌは戦車道に関することは全て大学ノートに書き込んでいる。

 清書する時はシャープペンシルと蛍光ペンを使って、後で読み直しても分かりやすくしていた。古いノートの表紙には「機動戦」と書かれており、中には機動戦術に関する情報が詰め込まれていた。そして最後のページには「マジノ女学院の戦車では、このノートにまとめた情報を活かすことはできない」と書き込まれてある。

 今、私が書き込んでいるノートには「戦車道」と記載されており、これは戦車道に関することをまとめた日誌のようなものだ。よく考え事をまとめる時に活用している。

 そして開いたページには今、今後の編成について書き込んでいるところだった。

 

 マジノ騎兵隊。

 部隊長はエクレール、補佐にはフォンデュ。二輌のソミュアS35を以て遊撃を行う部隊だ。

 戦術理論上、戦力分散は愚の骨頂と云うべきかもしれない。しかしS35はマジノ女学院が所有する戦車の中で唯一、展開の早さに主観を置いた戦車である。本来は敵戦線を突破した後の浸透拡大を目的とした戦車だが、敵戦車を打破し得る火力を持たない現状、その機動力は追撃として活かすよりも遊撃として外に置いた方が良いという判断だ。

 本当のことを云えば、エクレールを中心とする機動戦論者への配慮による折衷案。つまるところ政治的判断というものだ。

 これが上手く機能すれば続行すればよく、失敗すれば、それはそれで中断すれば良いだけの話だ。それに使い勝手の良い部隊を防衛陣地の外に置いておくことは、私個人としても悪くないと思っている。

 主力部隊の指揮は私が執り、補佐にはガレット。基本はルノーR35が主力で、B1bisに中核を担わせる。

 R35には全て、ハッチを開いたまま出入り口に腰を掛ける形で強引に三人乗りを実現させる。危ない時は砲塔の中に滑り込んで、素早くハッチを閉める練習もしてある。なお生徒達からは不評な模様――そもそも三人乗りを想定した戦車がない、と一蹴すれば何故かエクレール派が増えた。S35のような騎兵戦車の増強を求む声に新しく安価な戦車を導入予定になっている。

 まあ、さておきだ。

 市街戦においてはB1bisが大通りを固めて、裏通りをR35とルノーFT-17を走り抜ける。というのが私の考える基本戦術となった。市街地がなければ廃村や森を活用し、廃村と森がなければ仕方ないので山でも登ろうと思っている。山頂に布陣するのは素晴らしい戦術だと三国志でも言われている。

 あとはまあ火力不足の問題が挙げられる。

 戦間期に開発された戦車が大多数を占めるので、敵戦車を打倒できるだけの火力がないのだ。とりあえずR35の砲身をSA18(短身砲)からSA38(長身砲)に換装する計画を立てており、これは最優先事項としている。騎兵戦車は二の次、とりあえず砲身は長くて太くて大きいのに限る。あんまり火力を追求すると車体が大きくなりすぎるのが難点だけど。

 そんな訳でマジノ女学院は今、防衛隊と騎兵隊で完全に役割を分ける方針で再編している。

 

 勿論、密な連携を忘れずに――適当にノートパソコンを弄ってみると安価な戦車がオークションで売り出されていた。

 廃車予定の丁度いいオチキスH35があるじゃん、と私は躊躇せずにポチった。フランス戦車ならOG会も支援してくれるし、騎兵隊も戦車が四輌もあれば小隊を名乗れるだろうと、もう一回ボタンを押した。SA38はOG会の伝手で安価で譲って貰おうとスマフォを手に取って連絡を入れれば、余っているものがある、と快く受け入れてくれた。

 さてはて今のところは順風満帆、二週間後に届けられるレストア予定のオチキスH35を見たエクレール派に寝返った生徒諸君は翌日、何食わぬ顔で半分以上が戻ってきた。なんでだろうな〜、とにんまりとした笑みを浮かべる今日この頃である。

 実はR35の搭乗員が足りなくなってて危ない状況にあった。

 

 

 騎兵隊の配属になった二輌の戦車、オチキスH35。

 高性能だが高価でもあったソミュアS35の代わりとして期待された安価な量産用軽戦車だ。

 ルノーR35よりも時速八キロメートルも速い最高速が売りの戦車で、フランス騎兵隊に広く配備されることになる。とはいえ、その設計思想はR35と同じだ、つまり歩兵戦車である。その為、当然といえば当然の話ではあるが、騎兵戦車として設計されたS35のような快速性を得ることはできなかった。それでもR35よりも幾らかましだし……という経緯で騎兵隊が採用した戦車でもある。

 後の改良により、最終的には時速三六.五キロメートルと辛うじて、騎兵(隊が採用する)戦車を名乗れる程度にはなった。

 だが今目の前にあるのはオチキスH35(改良前)、オチキスH39(改良後)ではない。なんでソミュアS35(戦時生産数430輌)よりも希少なオチキスH35(戦時生産数400輌)が配備されるのか、これがよく分からない。私、エクレールは胃を抑える。フォンデュが云うには「好きに使いなさい」とマドレーヌからの御達しがあったようだ。いや、確かにないよりもあった方が良い。でもS35と比べても時速十二キロメートルも違うのだ、足手纏いになる気しかしなかった。

 とはいえ使わないという選択はないので、とりあえずレストアを命じた。

 

 

 現在、マジノ女学院の戦車は十三輌。

 内訳はB1bisが一輌、ルノーFT-17が二輌、ルノーR35が六輌、ソミュアS35が二輌、オチキスH35が二輌だ。

 四強と比べると見劣りするが、決して初戦敗退するような布陣ではない。SA38が手に入れば、火力という点でも改善される。充分とはいえないが戦える布陣にはなる。この前のように黒森峰に完全試合を達成されるような真似はしない、最悪でも一矢は報いることができるはずだと決意を改めた。

 そんな時だ、バタンと扉が開け放たれた。

 赤いショートカットの可愛い後輩、ガレットだ。封筒を片手に慌てた様子で部屋に駆け込んできた。大変です、と慌てた様子で告げる彼女に、落ち着きなさい、と紅茶を啜りながら嗜める。戦車道とは関係のないところで聖グロリアーナ女学院と関係を持つ本校、あそこの紅茶はとても美味しい。「落ち着いている場合ではありません!」とガレットが封筒を差し出してきた。

 あまり優雅ではない彼女に顔を顰めながら封筒を受け取る、校章はBC自由学園のものだ。既に封を切られた封筒から手紙を取り出すと、そこに書かれている文字に目を通す。

「ふざけないで!」と思わず手紙を握りしめてしまった。

 

 ――黒森峰に三回も完全試合を達成される貴方達に高価な装備は必要ありません、SA38はBC自由学園戦車道で受領させて頂きます。既にOG会にも話を通してありますので、あしからず。

 

 分校の分際で反旗を翻したというのか。

 確かに万年初戦敗退のマジノ女学院と比べて、BC自由学園は何度か準決勝まで駒を進めている。実績という点で云えば、確かにBC自由学園の方が上かも知れない。しかしだ、既に決まった話を捻じ曲げて、横から装備をぶんどるのは許しておけない。これはもう戦争か、この手紙こそが宣戦布告か。

 そうではない、と私は首を横に振る。

 私達は舐められているのだ、BC自由学園の戦車道に舐められている。だから、こんな横暴な手段にあっさりと出ることができた。そして、これを許してしまえば、奴らは今後もずっと同じことを繰り返してくる。

 私は歯を食い縛り、そして息を大きく吐き捨てた。

 怒るな、冷静に。判断を下すのだ。

 

「……叩き潰してやるわ、どちらが上か教えてあげる」

 

 冷静になった結果、泣かしてやる、と心に決めた。

 ガレットが少し涙目になっていた。




ソミュアS35の所有車両数、マジノ女学院とBC自由学園と合わせて、
八輌→六輌
に変更。


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番外:マジノ戦線、再出発ですわ!④

 BC自由学園は、なんと黒森峰女学園に勝利した。

 練習試合ではあるし相手も本気の編成ではなかったが、それでも黒森峰女学園に勝利したのだ。

 このことはBC自由学園を大いに盛り立てることになる。号外が紙吹雪のようにばら撒かれ、学園艦が発行する新聞の一面を飾る。そこには現隊長が満面の笑顔で写真に写っており、如何にも調子に乗ってますよ的なコメントが記載されている。他の戦車道履修生も狂喜乱舞、このまま全国大会も優勝だ、とはしゃいでいる。

 それを退屈に眺めるのは私、安藤だ。

 確かに練習試合では勝つには勝った。しかし相手はⅢ号戦車、Ⅲ号突撃砲、Ⅳ号戦車のみといった編成であり、とても本気とは呼べない編成でのことだ。それにマジノ女学院を相手に三度も完全試合を達成したと言われているが――実際に戦ってみた限りでは、どうにもそれが本当のようには思えない。というのもマジノ女学院は勝ち方を知らないだけで弱くはなかったりする。いや、まあ黒森峰と比べると弱いのだけど、マジノ女学院の伝統は伊達ではないのだ。マジノ女学院は負けない戦い方が得意であり、どんな相手であっても健闘する。少なくとも何年も初戦敗退するようなところではない、ただ勝ち方を知らないので負け続けているだけの話だった。

 これは憶測になるが、マジノ女学院の時は本気の編成で挑んだんだろうな、と私は予想している。あの貧弱な火力では黒森峰の強力な装甲を撃ち抜くことはできない。完全試合を達成されたとしても不思議な話ではなかった。

 そういう意味もあって、SA38(長身砲)の入手を急いでいたんだと思う。

 

 ただ上級生は同じようには思っていなかったようだ。

 マジノ女学院のことを「弱い癖に大きな顔をし続ける」と常日頃から愚痴り続けていたウチの隊長が増長して、マジノ女学院に譲渡される予定だったSA38を横から掻っ攫ったのだ。曰く、黒森峰に完全試合を達成される女学院に戦車道を語る資格はない。曰く、BC自由学園がOG会が築き上げた戦車道の伝統を背負っていく。曰く、勝てばよかろうなのだ。そんな感じで我らが隊長殿はマジノ女学院に宣戦布告を叩き付けてきたのだ。

 それにしても隊長は気付いているのだろうか。OG会の皆様方は面白がって承諾したと云う事実に、どっちが勝っても構わないと思っている事に、賭けの対象にすらされている可能性がある。

 まあ私としては、戦車に乗れるならそれで良い。それで与えられた仕事を熟すだけだ。

 

 帽子を被り直して、ガレージに向かった。

 扉を潜るとエスカレーター組の嘲笑混じりの罵詈雑言を浴びせられる。芋臭いとか、田舎者だとか、世間知らずとか、そんな言葉を無視して、愛機のソミュアS35の車内に潜り込んだ。BC自由学園はエスカレーター組と受験組との間に確執がある。そのおかげでよく対立し、二つの派閥間で協調を取ることはしない。できるできない以前の問題として、しないのだ。もし仮に連携を取ることができれば、と思わなくもないが――私自身も奴らのことは気に喰わないと思っているので、自分の方から歩み寄りたいとは思わない。というよりも私の方から差し出した手を払ったのはエスカレーター組の方だ。それ以後、私から歩み寄る努力をすることは止めた。

 まあ試合となれば、それなりの仕事はする。

 車内でメンバーから編成表を受け取り、自分の名前があることを確認した。幸か不幸か、BC自由学園は戦車が多いわけではない。エスカレーター組だけで編成しても枠が余るので、その余った枠に受験組が編入される形になっている。今はエスカレーター組が六輌、受験組が四輌という形だ。そして、エスカレーター組の編成には――ふぅん、押田が居るのか。彼女とは同じ学年なので少しだけ意識している、少しだけだが、彼女は他よりもほんの少しだけ戦車の指揮が上手かった。

 あと気になるのはマリーという人物か。格式(笑)を重んじるエスカレーター組にしては珍しく、一年生チームが二輌も入っている。乗っている戦車がルノーFT-17なので大した活躍はできなさそうだが、なんとなく気になった。

 あれこれ気にしたところで意味はない、と頭を切り替えて戦車を走らせる。

 ガレージ内から出て、何時もと同じようにエスカレーター組との紅白戦。また格の違いを見せつけてやろうと思った。機動戦とはこのようにやるものだ、と御教授してやるように丁寧に丹念に、だ。 

 いつも最後まで追い縋る押田は、今日も面倒だった。

 

 

 マジノ女学院の戦車道が活用する隊長室。

 普段は雑務をする時に使っている部屋であり、今回のように話し合いを行う時にも使用する。

 私、マドレーヌの他、部屋に招き入れたのはエクレールとフォンデュ、そしてガレットの三人だ。机の上には一枚の手紙を置いており、それを見たエクレールは胃薬を飲み、フォンデュはBC自由学園の横暴に目元を険しくした。よく戦車道に対する姿勢や思想で衝突することの多い私達だが、その根源的な想いは一枚岩だ。つまり「強くなりたい」そして「勝ちたい」という想いである。

 だから敵を目の前にしてまで衝突を繰り返すほど愚かではない。

 

「戦車道による決着を申し出たところ、奴らが提案してきたのは全十輌の殲滅戦ですわ」

 

 そう告げると三人が頷き返す。

「これが今回の編成予定ですわ」と私が考えている編成表を手渡すとエクレールが顔を顰めた。

 言いたいことはわかっている、だから先を制するように口を開いた。

 

「H35じゃ大した戦力にはならないですわ」

 

 編成表にあるのは、B1bisが一輌、ルノーR35が六輌、ルノーFT-17が一輌、ソミュアS35が二輌、となっている。オチキスH35ではなくてFT-17を選んだのは、S35の機動力を落としたくない為である。

 

「それに機動力では相手に敵わない」

 

 予想されるBC自由学園の編成は、ルノーFT-17が一輌、ARL44が五輌、ソミュアS35が四輌といった感じだ。

 ARL44というのは、まあ平たく言ってしまえばB1bisの発展系だ。生産と配備は終戦に間に合わなかったが、終戦までにギリギリ設計を終えていたことから戦車道の基準を満たしているフランス戦車で使用できる最新の戦車である。しかもこれ重戦車の癖に時速三五.七五キロメートルも出る!

 とても羨ましい、なんで分校の方が優遇されているのだろうか。というか、この編成でなんでSA38が必要なのか分からない。

 

「R35かH35の導入予定でもあるのでは? 準決勝で戦うには戦車の数が足りていないので」

 

 そう云うのはフォンデュだ。それなら先に戦車を揃えてから導入するべきだわって愚痴を零した。

 

「あちらの方が戦車の質が良いのは――言い難いけど、アズミさんがベスト4になってから優遇されているせいもあると思いますね」

 

 ガレットが付け加える。まあ低迷し続ける私達よりもBC自由学園を優先するのは当然と言えば当然の話、気に食わないけども。

 

「装甲の厚くて火力の高い重戦車に、機動力の高い騎兵戦車。偶然とは云え、予行演習としては悪くない相手ですわ」

 

 私は笑みを浮かべてみせる。

 勝ち目があるかどうかは微妙なところ、しかし勝ってやると決意を固める。

 

 

 試合当日、

 私、ダージリンは観客席で優雅に紅茶を嗜みながら巨大なスクリーンに目を向ける。

 隣に座るのはルクリリ、素直が取り柄の良い子だが、素直すぎるのが欠点な子。少なくとも聖グロリアーナ女学院では食い物にされる側の人間である。紅茶の淹れ方は最近、漸く様になってきた。少なくとも飲める程度には、だ。

 それはさておき今回、聖グロリアーナ女学院に直接関係しない試合の会場に足を運んだことには意味がある。

 巨大スクリーンに表示されるのは二つの校章、マジノ女学院とBC自由学園。本校と分校の関係にある両者、これを素直に捉えるならば「身内同士の練習試合を見に来るなんてダージリン様も物好きですよね」とまあ隣のルクリリが言う通り、しかし二校には軋轢があり、今回の件も穏やかではないことを、私は情報処理学部第六課(GI6)から受け取った情報により知っている。つまるところ内部抗争である。

 そして今回、私は見定めに来た。

 どちらが聖グロリアーナ女学院のお友達に相応しいのか、飲める程度の紅茶を啜りながらスクリーンを見つめる。

 

「こんな格言を知ってる? 気骨のある人は困難に対して特別な魅力を感じる者だ。なぜなら困難に立ち向かってこそ、自分の潜在能力に気づくのだから」

「え、なんですか、それ?」

 

 ルクリリが首を傾げることに私は溜息を零す、もう少し教養のある子をお供に欲しい。

 

 

 観客席にある見覚えのある制服の学生を見て私、マドレーヌは舌打ちする。

 聖グロリアーナ女学院が観戦に来ている。マジノ女学院と聖グロリアーナ女学院は所謂、蜜月の関係にあり、生徒会同士でよく情報を交換し合っていると云う話だ。こと戦車道においても同じだが、低迷するマジノ女学院と躍進する聖グロリアーナ女学院の戦車道は対等な関係にはなかった。この事は生徒会も熟知しているのだが――あまり強くは言い返せないようで私達、マジノ女学院戦車道は生徒会から半ば見放されている。聖グロリアーナ女学院が私達と関係を続けてくれているのは、惰性に依るところが大きかった。

 そして今回観戦に来た目的は、躍進しつつあるBC自由学園に乗り換えるべきかどうかを判断しに来たといったところだ。分校であるBC自由学園であれば、本校との軋轢も大きく生じることはない。マジノ女学院生徒会が私達を守る事はない。

 嗚呼、あゝ、嗚呼、あゝ、どいつもこいつも私のことを、いえ、私達のことを舐めている。

 さて、此処で諸君に聞きたい。こと勝負事になれば、勝利の為の手段を選ぶことは相手に対する礼儀とマナーに反しているとは思わないでしょうか? 私は勝利の為に全力を尽くすことが勝負事における礼儀とマナーだと考える。つまり手段は選ばない。

 勝利よりも伝統を重んじる? なんですか、それ? ……忘れましたね。

 

「あの、どうなさいました?」

 

 騎兵隊を率いるエクレールが心配そうに話しかけてくる。なんでもない、と私は告げて、いえ、とエクレールの瞳を見つめた。

 

「絶対に勝ちますわ、この勝負に負けはありません」

 

 静かに振り絞るように決意を固める。

 Compiri(コンプリ).とエクレールは力強く頷き返してくれた。

 

 

 私、マリーはほんわかとしている。

 今回、試合に呼ばれたのは数合わせで、好き好んでルノーFT-17に乗っている私が連れ出された。最初から期待していないから勝手にしろ、と言われたので適当な場所に戦車を停めて、用意したケーキと紅茶で優雅なお茶会を始めさせてもらっている。

 同じメンバーの祖父江と砂部は戸惑っているが「勝手にしろと言ったのはあっちの方よ」と言って、半ば強引にビニールシートの上に座らせた。

 まだ仕事のできない二人に変わって、ケーキと紅茶を用意したのは私だ。

 

「次からは貴方達がするのよ」

 

 そう言いつけると二人はぽかんとした顔を浮かべる、まだ教育には時間がかかりそうで溜息を零す。

 

「こんなことをしていても良いのでしょうか?」

「さあ?」

「私が良いって言ったから良いのよ、それにケーキを食べるは大切なことよ」

 

 まだ落ち着きのない二人に少し苛立ちを感じながらケーキを口に入れる。

 砂糖の控えめな甘みが口の中に広がる。しつこいわけでもなく、かといって、あっさりしている訳でもない。口当たりのよい上品な味わい、スポンジも柔らかくてふわっふわで口の中で唾液に溶ける。するとまた別の甘い味わいが口の中を満たした。こんな時、どんな言葉を使えば良いのか私は知っている。ただ一言、美味しい。それ以上の言葉は必要なかった、これだけで多幸感に満たされる。

 ただまあ紅茶はいまいち、甘くなった口の中を洗い流すくらいの役割しかない。

 やっぱり淹れたてが一番良いわ、と愚痴を零した。

 

「戦車道は頭を使う競技なんだから摂れる内にしっかりと糖分を補給しておかなくっちゃ」

 

 そう言って、フォークで二人を差すと、彼女達はおずおずとケーキに手を伸ばした。

 それで満足した私は「最初から従えば良いのよ」と上機嫌に笑みを浮かべる。

 

 ああ、そういえば、と私は観客席の方に視線を向けた。

 上段付近に紺色の制服を着た学生が居たことを隊長は知っているのかしら。軽い気持ちで下克上を始めたようだけども、意外と大事になっているかもしれないわ。負けたら政治(選手)生命が尽きちゃうかも、まあ私はどうなろうと知ったことではないのだけど。

 ケーキをまた一口、パクリと頰を片手に添える。

 今回、私は適当に参加して、適当に逃げ回るだけのつもりでいる。いや、でも、そういえば殲滅戦とか言っていた記憶がある、そうなると埃塗れになったりしそうで嫌だわと思った。勝敗にはあんまり興味がない。だって、あまり面白そうではないから、敵も、味方も、今のところは興味を唆られる相手がいなかった。

 最後の一輌まで残ることがあったら適当に降参しようとか、そんなことを考える。




あと二回程度で、マジノ女学院の話も終わりです。
継続高校タグ、勇気振り絞りました


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番外:マジノ戦線、再出発ですわ!⑤

 戦場はBC自由学園が所有する敷地内での戦い*1となった。

 見渡しの良い景色、平坦とは云えないがなだらかな勾配。その光景を前に、不味いですわ、と私、マドレーヌは感じ取る。此処には市街地がない。次点で森の中に陣取るのが良いとは思うが、戦車十輌で引き篭もるには狭すぎる。試合前に手渡された地図を睨みつけるが、空から見た大雑把なものでは細かい部分までは読み取れなかった。

 せめて、何処かに建造物、もしくは戦車の動きを制限できるような場所はないか、必死に探し当てる。

 

「市街戦をするのですね?」

 

 私の隣で地図を見ていたガレットが、ある場所を指で差し示す。

 

「ボカージュ……」

「ここなら適度な狭さを確保できるかと思いますわ、ただ車体を隠せるだけの高さがあるのかは分かりません」

「いいえ、そこから考えるのは私の役目ですわ。ガレット」

 

 確かに此処ならば、擬似的な市街戦ができる。ガレットも良い所に目を付けるようになってきた。

 

「第一目標はボカージュに、ただ機動力に不安がありますわ」

 

 互いの初期地点からボカージュまでの距離は同じだった。

「それなら騎兵隊で先行して確保するのは如何ですか?」とフォンデュがポニーテイルを揺らして提案する。

 それに私は首を横に振った。

 

「確保ができても維持ができませんわ」

「なら後方を撹乱すればよろしいのですね?」

 

 エクレールの問いに私は頷き返す。

 

「騎兵隊の利点は今も昔も機動力、そして歩兵隊の役割は制圧と維持と相場が決まっていますわ」

 

 次に陣形を組み立てる。

 

「FT-17を先行させて、本隊はB1bisを先頭にR35による二列陣形。S35はエクレール、貴方に任せますわ。騎兵隊の価値を、この一戦で見せなさい」

 

 私はエクレールの肩を叩いて、それからパンパンと両手を叩きながら皆に解散を命じる。

 外に出ていた皆が「Compiri(コンプリ).」と答えて次々と戦車に乗り込んでいった。

 とりあえず今やれることはやった。後はもう月並みな言葉だが、皆の奮闘に期待するだけだ。

 

 

 試合開始直後、BC自由学園の戦車がのろのろと動き出した。

 我らが隊長殿は「馬鹿と煙はなんとやら……どうせ何処かの小高い丘に布陣するだろうから早期の奇襲はない」と自信満々に答えていた。実際、マジノ女学院の過去の戦い方を見るに奇襲される可能性は少ないとは思う。しかし、試合を開始してからも気が引き締まらない彼女達を見て、浮き足立ってるな、と小さく溜息を零した。黒森峰相手に勝利したことで気持ちが浮ついている。

 まあ与えられた役目を熟すだけ、と私、安藤は自分に言い聞かせるように帽子を目深に被った。

 

「おい、安藤。命令だ、先行して敵が何処に布陣しているのか探って来い」

 

 そんな横暴な物言いを耳にして「了解」と短く告げる。

 エスカレーター組の上から押さえつけるような物言いに僅かな苛立ちを覚えたが、隊列から離れた方が居心地が良いか、と思って気を取り直した。エスカレーター組で頻繁に行われる通信を耳にしながら、頭で図面を引く。そのほとんどは意味のない単語の羅列だが、時折、真面目な進言や考察が混じることがあった。

 その半分以上が押田であることに僅かに苦笑を零して、とりあえず見晴らしの良い丘を目指すことにした。

 

 

 私、エクレールは先行する。

 できる限り丘と森で車体を隠しながら、相手の裏を突くように大きく回り込んだ。

 ある程度、進んだところで丘を目指した。そして車体を隠すように丘の上から双眼鏡で辺りを見渡す。そして思っていたよりも近い距離にあった砂塵、どうやら敵本隊だ。ARL44とS35が左右に分かれており、数の差からか少し歪な陣形で進んでいる。

 BC自由学園の仲の悪さは知っている。

 先ずエスカレーター組と受験組という二つの派閥に分かれて敵視し合っており、その中でエスカレーター組は旧BC学園と旧自由学園の生徒派閥に分かれている。今は受験組という共通の敵がいるので、エスカレーター組同士は大人しく手を組んでいるという話だ。

 さて、あの戦車の分け方と戦車の数から考えて、ARL44はエスカレーター組、S35は受験組と考えても良さそうだ。

 とりあえず咽喉マイクに手を添えて、得られた情報を伝える。

 

「マドレーヌ様、こちら騎兵隊。敵本隊発見、予想地点Cを通過。ARL五輌、S35三輌――S35一輌とFT-17は何処にも見当たりません、警戒を。思っていたよりも速いですわ」

『了解、そのまま撹乱をお願いしますわ』

 

 Compiri(コンプリ).と告げて、通信を切る。

 この位置で仕掛けると正面からの衝突になる。攻撃は背後から……いや、側面からの方が敵も対応し易いか。ARL44(敵の右翼)S35(敵の左翼)のどちらを狙うべきか、どうせS35が追いかけてくることになりそうだから私達から見て左側に回り込んで、敵右翼のARL44から攻撃を仕掛けてみよう。

 結論だけをフォンデュに伝えると『Compiri(コンプリ)!』と彼女の威勢の良い声が帰ってきた。

 

 

『マドレーヌ様、こちらルノーFT-17先行部隊。ボガージュへの突入を果たしましたわ』

 

 通信機からボカージュに先行させていたFT-17から通信が入る。

 脳内の戦術図を更新しながら、了解、と短く返した。とりあえずボガージュは確保できそうで、ほっと一息。

『しかし問題が起きました』という言葉に安堵を飲み込んだ。

 

「どうしました?」

『えっと、その……ボカージュでお茶会を始めている生徒を発見しました。制服を見るにBC自由学園の生徒だと思うのですが……』

「どうしてそんなところに……関係者以外は立ち入り禁止にしているはずですわ」

『どう致しましょうか?』

「はあっ……遠くに離れるように警告しなさい。怪我をしたくなければ退くように、と」

 

 Compiri(コンプリ).という言葉と共に通信を中断する。

 戦車道にアクシデントは付き物だけど、生徒の安全くらいは確保して欲しいものだ。

 そう思いながら改めて、小さく溜息を零した。

 

『マドレーヌ様、問題が発生しました!』

 

 通信機から聞こえてきたのは先程と同じ声だ。

 

「今度はなんですの?」

 

 呆れ混じりに問いかけすと『敵戦車発見!』という言葉が飛び込んできた。

 

「先程は居ないって言いましたわよね!?」

『いえ、それが、そのですね。先程、お茶会をしていた生徒が敵のFT-17の搭乗員だったようでして……』

「それで、どうしたの!? 急いで向かうから持ちこたえなさい!」

『あ、いえ、それが……』

 

 なんとも歯切りの悪い物言いに苛立ちが募る。

 

「落ち着きなさい、まずは状況を的確に教えるのですわ」

『は、はい! 敵FT-17は、お別れを告げるように手を振りながらボカージュを去りました!』

「はあっ!?」

 

 え、なにそれ、全然意味がわからない。

 ボカージュに来る私達を待ち受けていたわけでもなくて、呑気にお茶会をしていたから偵察をしていた訳でもない。そもそも、どうして試合開始直後の戦場でお茶会なんて始めているのだろうか。

 やばい、理解ができない。敵の行動が意味不明過ぎる。

 

『追いかけます?』

 

 恐る恐る窺うような問いかけに「放っておきなさい」と少し考えてから答える。

 FT-17程度なら大きな脅威にはならない。

 今はボカージュの確保が最優先、そう自分に言い聞かせながら気を落ち着かせる。

 

 まだ試合開始直後なのに、敵の動きが不可解過ぎてよく分からなくなってきた。

 

 

「何をやっているんだ?」

 

 S35の車体を草叢に隠した私、安藤は一人で丘の上から双眼鏡で事の一部始終を見守っていた。

 マジノ女学院の校章を車体に刻んだFT-17がガボージュに入ったかと思えば、BC自由学園の校章を車体に刻んだFT-17がボカージュから飛び出していった。明らかに接触しただろうに砲撃一つもないまま――確か、マリーだったか。彼女はボカージュから逃げ出したのだ。双眼鏡の倍率を高めて見たマリーの表情は不服そうで、走行中であるにも関わらずケーキを食べている。

 本当によく分からない、分からないものは仕方ない。

 とりあえず彼女のことは見なかったことにして、敵本隊の様子を見る。遠くの方で砂煙が舞い上がっている、先の敵FT-17がボカージュに入っていることからも考えて、目的地はボカージュであることは間違いないようだ。

 咽喉マイクで、我らが隊長殿にさっさと状況を伝えておいた。

 

『あら、この回線でよろしいかしら? もしもーし?』

 

 すると、すぐ直後に試合中にも関わらず、のんびりとした声が通信機越しに聞こえてきた。

 

「……誰だ?」

『名乗るのであれば、自分からではなくって? まあ今回は私の方から話しかけたから特別に名乗ってあげるわ』

 

 傲慢な言葉遣い、しかしエスカレーター組のような不愉快な臭いは感じなかった。

 

『私はマリー、FT-17の戦車長をしているわ。それで貴方は安藤、今、斥候をしてくれているのよね?』

 

 エスカレーター組は傲慢を笠に着る態度を取るが、彼女はなんというか少し違うように感じられた。

 

「ああ、そうだ」

『よかったわ。それで私達、お茶会するのにいい場所を見つけたのに追い出されちゃったのよ。無粋な輩だわ、だから代わりに良さそうな場所をそこから見つけられないかしら?』

「お前は試合中に何をしているんだ?」

『お前って呼ばないで、マリーよ。名乗ったでしょう? それで何をしてるかですって? 勝手をしているのよ、勝手にしろって言われたから』

「なんだそれ?」

 

 ぷふっ、と思わず吹き出した。

 たぶん私があんまり苛立ちを感じないのは、彼女が傲慢な態度を取るのはきっと(受験組)だからではなくて、彼女は誰にでも傲慢な態度を撮り続けるからだと思った。

 まあ勝手をしているのは私も同じ、言われた仕事以上のことはするつもりがない。

 

「ちょっと待ってろ……日当たりは良い方が良いか? 景色は?」

『身を隠せる方が良いわ。だって見つかると面倒そうだもの』

「そりゃそうだ。じゃあ秘密の花園とまでは行かないが、秘密基地になりそうな場所でも紹介してやるよ」

『あらやだ、庶民的で楽しそうじゃない。期待しているわ』

「仰せのままに、マリーお姫様(プリンセス・マリー)

 

 若干の嫌味を混ぜた言葉には「良くってよ」と上機嫌に返事をされて、通信が切られる。

 転がり込んできた我儘なお姫様の依頼をこなす為に周辺を見渡した。その片手間に本隊の動向を確認する。

 どうせ同じ好き勝手なら、こっちの方がずっと良いな。と思った。

 

 

 私、押田は――癪ではあるが――安藤から受け取った情報を吟味していた。

 敵は丘の上ではなくて、ボカージュの確保に向かっている。迎え討つつもりだろうか、いや、ボカージュの防御力で敵がARL44と真正面から撃ち合うことは得策ではない。それならば丘の上に陣取って、撃ち下ろした方が遥かに脅威となる。そのことが分からないマジノ女学院ではないはずだ。嫌な予感がする、なにか別の狙いがあるのかもしれない。

 しかし私はまだ一年生であり、先輩に対する発言権を持っていなかった。ARL44に乗せられているのも戦車の扱いが上手いからというだけの理由であり、一兵卒以上の活躍は期待されていない。この懸念が当たったとしても妬みを買うだけということは分かっている。ならば、押し黙るしかないのか。それとも余計だと分かっていても口に出すべきか。

 いや、と首を横に振る。まだ確証がない、確証がないことは話さない方が良い、と自らに言い聞かせた。

 

 その時、音が聞こえた。

 聞き慣れた砲撃音が二発、そして風を切り裂く音がして、地面を抉る衝撃に車体が揺れる。

 何処からだ、とキューポラの覗き窓から外の様子を窺った。

 敵S35が二輌、森の中から姿を現しているのが見えた。砲身はこちらに向いている。

 そして咄嗟に咽喉マイクで全部隊に呼びかける。

 

「味方右翼の方向から砲撃です! 敵S35が二輌、森の中!」

 

 仲間を守ろうと右側に戦車を寄せて、昼飯の角度で静止させる。この距離のS35の砲撃なら怖くもない。そのまま応射して、敵戦車を牽制しようとした。

 

『S35が二輌だな。よし、こちらはS35三輌で足止めしろ。我らはボガージュを目指し、敵本隊を穿つ。押田、そんなところで立ち止まるな』

「……わかりました」

 

 ARL44なら無理せずに足止めできるからと思って前に出たつもりだったが、出しゃばり過ぎてしまったようだ。

 味方のS35に後は任せて、私はボカージュを目指す。

 

 

「マドレーヌ様。敵S35、三輌釣れました。一度、退きます」

『了解、無理はしてはいけませんわよ、エクレール。遊撃の真髄は生き延びることにあるのですわ』

Compiri(コンプリ).」

 

 早めに森の中へと身を隠して、そのまま反対側へと駆け抜ける。

 予め付けておいた履帯跡をなぞるように進み、そして分かれ道になるところで反対側に向かう。この時に、雑ながら履帯跡を隠しておいた。これで少しは時間を稼げれば良いのだが……失敗したらと思うと胃が痛んだ。今、私達は敵戦車を撃破することを目的としていない。敵の足止めと嫌がらせ、それが私に与えられた目的だ。

 だから此処は一旦、反対側から森を出た。

 

「こちらエクレール。フォンデュ、私は本隊に攻撃を仕掛ける為に先回りするわよ。貴方は敵S35を惹き付けて、逃げ回ってください」

Compiri(コンプリ).機動戦力って、もっと派手なものだと思っていましたわ』

「こんなものよ。機動力を持ってる戦車なんて、基本的に他の戦車の使いっ走りよ」

 

 やれることが多いということは、なんでもやらされるということだ。

 それに騎兵も基本的には戦場の雑用係みたいなものであり、斥候したり、相手を撹乱したり、包囲を蓋したり、逆に包囲が閉じきる前に突破する為にも使われる。戦車道とは関係ないが物資運搬にも馬は使われており、あれはあれで騎兵の一種と呼べるはずだ。兎にも角にもやることは多い。戦場の主力は何時の時代も歩兵であり、歩兵が居るからこそ騎兵と砲兵が強い輝きを放つものだ。

 速さを生かすという点では、これもまた機動戦に違いない。

 

「さあ行くわよ、フォンデュ! マドレーヌ様に騎兵隊の価値を認めさせるのですわ!」

Compiri(コンプリ)!』

 

 そうして胃薬を片手に次の待ち伏せポイントへと戦車を走らせた。

 

 

『おい、安藤。敵S35が二輌、奇襲を仕掛けてきたぞ』

「了解、わかりました」

『きちんと話を聞いているのか!』

「敵本隊はボカージュに布陣、確認する限りではFT-17が一輌、B1bisが一輌、R35が六輌。つまり敵戦力の配置が全て、割れたことになりますね」

 

 淡々と必要なことだけを告げる。

 それにしても今日のマジノ女学院は厄介そうだな、と感じた。いつものように防御戦術に固執して丘の上に布陣してくれれば、周辺を巡回する戦車を一輌ずつ倒してから丘を包囲するだけで勝てるのだが、今回は様子が違っている。今までの彼女達であれば、ボカージュに布陣することはありえず、S35を二輌、本隊から切り離して運用して来ようともしなかったはずだ。いつもよりも攻撃的、いや、挑戦的な気がする。

 なにか新しい戦術でも試しているのだろうか、そう思いながらボカージュを観察する。

 

『……ぐおっ! ああもう、また撃ってきやがったか!』

「どうかいたしました?」

 

 本隊の襲撃に、つい問い返す。

 

『敵S35がまた来やがったんだよ! 確認できるだけで一輌、いや、二輌? やっぱり一輌だ!』

「どうします?」

『このままボカージュを目指す、視認できる距離まで来たらお前も合流しろ! ああもう蝿のように鬱陶しいやつだな!』

 

 まあ陽動か撹乱だろうな、とか思いながら「はい、命令とあらば」と応じる。

 とりあえず準備だけはしておいた方が良いか、とメンバーに指示を飛ばした。自身も戦車の中で待機、と、その前にとある場所に視線を向ける。それはボカージュ周辺を見渡すことができる小さな森、知っていれば気付くが知らなければ気付かれ難い。戦術的にはあまり意味のない場所に身を潜めながら、お茶を嗜む三人娘。ここからFT-17の姿が見えない辺り、上手く隠しているようだ。

 相変わらずマイペースなお姫様なこった、と呆れ混じりに笑みを浮かべて、ハッチからS35に乗り込んだ。

 

 

「どうにか敵よりも先にボカージュへ乗り込むことができましたわ」

 

 私、マドレーヌはすぐさま展開を指示して、防御陣形を組ませる。

 最も装甲の厚いB1bisを中心に据える。一輌のFT-17はB1bisの後ろに置き、隘路にはルノーR35を二輌三組の編成で固めた。互いに掩護もできるが、適度に分散もしている絶妙な配置。こういう防御重視の陣形であれば、お手の物である。

 あとは敵が来るのを静かに待ち続けるだけ、これで勝てる。と祈るように覚悟を決める。

 

『こちら、エクレール。マドレーヌ様、ARL五輌だけ――いえ、今、合流した敵S35一輌を加えて、敵本隊がボカージュへと向かっていますわ』

「他の車輌はどうしてるかしら?」

『残りの敵S35三輌が少し離れた場所からボカージュに向かっていますわ。私達はどういたしましょう?』

「ボカージュには入らずに外から牽制を、嫉妬に狂った乙女がするような執拗で徹底的な嫌がらせをお願いするわ」

Compiri(コンプリ).』

 

 力強い返事を聞いて、通信を切る。

 これが今まで通りの防御戦術であれば、ボカージュを包囲されて四方八方からの砲撃に晒されていたはずだ。それが外に遊撃部隊を配置するだけで相手は内と外の敵に怯えることになる。エクレール達はあくまでも牽制、しかし無視することはできない。それは相手の集中力を欠くことになり、間接的にボカージュはより強固な要塞となる。

 戦力分散は愚の骨頂、しかし、それ以上の成果が望めるのであれば悪くなかった。

 

「マジノ女学院の真骨頂を見せて差し上げますわ」

 

 砂煙が視界に入る、さあボカージュ攻防戦の開始だ。

*1最終章、対BC自由学園戦での舞台




長くなってきたので一度、区切る。

私の密やかな楽しみは、お気に入りの数が一つ増える度ににんまりすることです。
もしくは、高評価が入るとガッツポすることです。あるいは感想を貰って、うへへってなることです。
しおりが最新話に移動してると、ほんのり嬉しくなったりします。
そして最後に誤字報告で、なるほど、と神妙な顔で頷くことだったりします。

ある程度、毎日書けているのは、形になるものを残してくれる皆様のおかげ。
書きたい物語が絶えないのは、原作アニメ、映画のおかげ。

私一人じゃ、たぶん今頃エタってる。ありがとう。

ps.同日16:45
書き直した分の状況の修正、すべて終えてなかった(白目
ピ、ピロシキ? ピロシキ案件ですか?(震え声
ピロシキらなきゃ…


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番外:マジノ戦線、再出発ですわ!⑥

戦車について調べれば調べる程に、どうやってもまともにやっては勝てないことがわかってくる。


 ボカージュに防御陣を築いたのはマジノ女学院の隊長、マドレーヌ。

 マジノ女学院が重んじる伝統の陣地防御戦術は、たった一度の攻勢では打ち崩せない頑強さがある。相手からすれば攻め返されることはないため、玉葱の皮を剥くように少しずつ削っていけばいずれ勝つことはできるが――これが後方支援を受けられる状態であれば、相手が補充する数以上の損害を与えることは難しい。まあ残念ながら、これは戦車道。投入できる戦車の数は決まっている。

 そして戦車道は敵戦車を打破せずには勝てない、耐えるだけでは決して勝つことはない。

 

 このことをマドレーヌは理解していた。

 マドレーヌは味方の戦術教義の弱点を熟知している。ソミュアS35を導入する時、本来、用意できた六輌は全てBC自由学園に配備される予定だったのだ。それにマドレーヌが横から茶々を入れたことで、S35のBC自由学園への導入は四輌に減らされた。S35の導入に腐心していた前隊長はマドレーヌのことを敵視しており、それがそのまま現隊長に受け継がれている。

 そのS35を外部生に使わせている辺り、当時の経緯を知っているかは怪しいところなのだけど。

 さておき、マドレーヌは歩兵隊気質の強いマジノ女学院にあって、機動力を重要視していたのは確かだ。諸々の事情から結局、機動戦は諦めてしまったようだが、彼女が目指した理想は、その意志は決して途絶えた訳ではない。

 ボガージュの外に置かれた二輌、敵S35。率いるのは確か、エクレール。

 彼女こそがマドレーヌの理想の形、もしくは意思を受け継いだ人物に違いない。戦力分散の愚を冒してまで行う価値があると感じたからこそ、あそこに今、遊撃としてS35が存在している。それは「戦車を二輌減らした程度で私の防御陣は揺るがない」という自信、もしくは慢心があるからできることでもある。去年までのマジノ女学院を相手にするのは、マジノ線を前にしたドイツ軍のようなものだったが……今回は簡単に迂回をさせてくれなさそうね? どうするつもりなのかしら、とケーキを口に付ける。

 今、五輌のARL44と一輌のソミュアS35がボカージュに向かっている。それを私、マリーは森の中でお茶会を楽しみながら観察する。

 ケーキは作る人や材料によって美味しさは変わる。

 でも美味しいケーキはどんな時でも美味しい、それは当たり前のことだった。

 

 

 ARL44の装甲は硬い。

 短身砲のSA18*1では正面装甲が120mmもあるARL44を撃ち抜くことはできない。かといって車体の側面や背後を狙っても弾かれる。砲塔の正面も110mmと容赦がない。そんなARL44にも弱点はある、戦後の50t級戦車としては最も遅い速度だ。その速度はなんと時速35.75km、つまりルノーR35の約1.75倍である。突けない弱点は、弱点たり得ませんわ! ちなみに砲の威力は大雑把にルノーR35の四倍以上、凄いね、ARL44を撃ち抜けるね。ルノーR35の装甲なんて紙屑同然、B1bisの装甲だって簡単に撃ち抜ける。

 試合前、このカタログスペックの差を知ったマジノ女学院戦車道履修生には激震が走り、「もう駄目です、おしまいですわ!」と恐慌状態に陥る者もいた。

 しかし今の私達には魔法の言葉がある。

 

「皆様、覚えていますわね?」

 

 襲い来る五輌の重戦車、

 動く要塞を目の前に緊張で生唾を飲み込む者も多い中で、

 私は首を手で抑えながら告げる。

 

「砲塔側部と背面はR35よりも柔らかい!*2

『砲塔側部と背面はR35よりも柔らかい!』

 

 通信機越しに皆が一斉に応えてくれる、それに私は満足げに頷き返した。

 

「よろしい、では迎え撃ちますわよ!」

Compiri(コンプリ)!』

 

 正直な話、勝てる見込みは薄い。

 性能的にARL44の下位互換であるB1bisを前面に出す訳にも行かず、どうしても消極的にならざる得ない。一輌や二輌が相手ならまだしも、五輌もあるとなれば、その戦力差は絶望的だった。だけどまだ可能性が潰えた訳ではない。

 私が伊達に何度も包囲されてきた訳ではないことを教えてやる。

 

 

「ねえ、こんな格言を知ってる? 危機に直面すると、気骨のある人物は自分自身を頼りにする。彼の者は作戦命令を自分で発し、自ら指揮を執る」

 

 

 敵の火力で警戒すべきはB1bisのみ。

 ルノーR35なんて骨董品は恐るるに足らず、真正面から踏み潰して蹴散らせば良い。

 そんな理屈の下に立てられた作戦が、先ずARL44一輌でボカージュ入り口に配置し、その反対側から顔を出すB1bisを足止めする。その隙に左右の隘路から二輌ずつのARL44でボカージュ深くまで突き進むと云うものだ。こういう狭い道は正面装甲に優れたARL44の得意とするところ。左右からの攻撃がない分、より勢いよく突き進むことができた。隘路の奥からルノーR35が顔を出しても気にも止めずに前進する。砲撃する時だけ足を止めて、R35の豆鉄砲を自慢の装甲で弾き返した。ああ、なるほど、これがドアノッカーと、ARL44の搭乗員は笑みを浮かべていたに違いない。

 この時、私、押田はB1bisと対峙している。味方S35が援護するように私のARL44の後ろに着いた。

 先程の状況は通信機越しに聞いた情報から推測したものであり、これから起こることについては詳しい情報は得られなかった。だから、私は細かい状況については何も知らない。ただ、とんでもないことが起きたということだけは分かる。

 それはARL44一輌の撃破から始まった。

 

 

 BC自由学園、ARL44の操縦手は苛立っていた。

 全長が10m以上にもなるARL44でボカージュ内は走り難い、隘路だと尚更だ。直角の曲がり角は一度で曲がり切ることはできず、丁寧に切り返しながら進まなくてはならなかった。これをまたボカージュの外に出る時も同じことを繰り返す必要があると考えると今から憂鬱になる。曲がり切った先にはまた直角の曲がり角があり、思わず溜息を零す。

 しかし、その角から敵のルノーR35が顔を出したのだ。

 曲がり切った後、後ろから付いて来ていたARL44が曲がり角に迫っていた。戦車長が『敵戦車発見、戻れ!』と指示を出すが、上手く動けてない様子、敵から撃たれた砲弾が装甲に当たって車体が揺れる。こちらから砲撃をし返すも当てられなかった。

 焦れる。とその時、背後から砲撃音が聞こえる。

 どうやら角で詰まっているARL44に対して、横を砲撃でぶち抜いて、横から隘路に飛び込んできたようだ。これで完全に後ろへと戻ることはできない。「前進してください」と戦車長から指示が飛んで、操縦手がアクセルを踏んだ。

 走りながら砲撃する。その全てが敵戦車を捉えることはなかったが、その内の一撃が曲がり角の奥の壁をぶち抜いた。止める為か、R35が角から飛び出してくる。が、そのままARL44の巨体を生かして轢き飛ばしてやった。それだけでR35は大きく回転し、そのまま隘路からの脱出を図る。

 ARL44の一輌から撃破された、と通信が入る。代わりにR35を一輌だけ道連れにしたようだ。

 幾度も砲撃音が鳴り響く、履帯が地面を削る音がする。ボカージュ内を敵戦車が目まぐるしく移動した。この狭いボカージュ内ではARL44は動かし難い。壁も破れるとなれば、此処に留まるのは不利か……いや、孤立してしまっていることがいけない。先ずはボカージュから出ることだ。

 丁度、横からボカージュを出られる道があったので、一旦、ボカージュを出てから入り口のARL44と合流しようと考える。

 そして出口に向かおうとした時、外から二輌のソミュアS35が向かってくるのが見えた。

 

 

 右手から攻め込んでいたARL44が二輌共に撃破された。

 代わりにルノーR35を一輌撃破したようだが、割に合わない。逆に隊長機を含めた左手から攻め込んだ分隊はR35を二輌撃破、その後、二輌のR35と追いかけっこを始めたとのことだ。私、押田はまだ目の前にいるB1bisとルノーFT-17と対峙している。

 少し無理攻めすべきか、いや、ARL44が二輌も破壊されている今、それは軽率過ぎるか。

 敵S35もボカージュ内に入ったという情報も聞いている。そして『あの蚊トンボがっ!』と隊長の怒声が通信に混じり、敵S35と交戦中ということがわかった。救援に向かうべきか、どうするべきか、判断に迷う。指示を出してくれる人間はいない。

 そんな時だ、敵の誘導で引き離されていた味方S35がボカージュ内に入ろうと速度を上げているのが見えた。

 

『こちらS35三輌、ボカージュに到着』

 

 受験生らしい淡々とした言葉遣い、これで形成は逆転すると安堵の息を零す。

 

『これから合流……きゃあっ!!』

 

 悲鳴が上がった、突入直後を狙われたのだろうか。

 

『S35一輌、撃破されました! 相手は……ARL44!?』

『急に目の前に現れる方が悪いのだっ!!』

『ぐっ……このまま敵S35と交せ……うわっ! いい加減にしろぉッ!!』

『校章も見えないのに砲塔だけで見分けが付けられるかぁッ! どちらでも良い、撃破しろ! S35を全て撃破すれば、こちらの優位だッ!!』

『エスカレーター組ィィィィッ!! 外部生はボカージュ内にいる全員を撃破しろッ!! 全員、叩きのめしてやるッ!!』

『いいだろう、敵はボカージュ内にいる全員だ。外部生諸共、叩きのめしてやれッ!!』

 

 直後、先程よりも激しい砲撃戦が繰り広げられた。

 思わず砲塔後部のハッチを開けて、外からボカージュ内を見渡すと、至るところで土が舞い上がっている。まさか身内で仲間割れをしているのだろうか。まさか、いやいや……本当に? 当事者ではない分、置いてかれてしまった気になる。

 そこで背筋にヒヤリとした感触を感じた――今、私の後ろに居るのは誰だったか。

 恐る恐る後ろを振り返れば、ソミュアS35の砲口が私達に向けられている。そして砲塔後部のハッチから身を乗り出した安藤がじっとりとした目で私のことを見つめていた。此処で味方に倒されるのか、いや、安藤は最初から敵だったのか。分からない、分からないが、ここで倒されることを無意識の内に覚悟し、そして苦汁を飲み込むように目を閉じる。

 砲撃音、そして砲弾が当たる衝撃音が遠くから聞こえた。

 覚悟していた衝撃は来なかった、ゆっくりと目を開けると、口の端を歪めた安藤が鼻で笑った。

 

「私が受けた命令はボカージュ内にいる奴等を全員、叩きのめすこと。残念だが、お前は含まれてないな」

 

 そうしてS35がボカージュ内に向けて、砲撃を開始する。

 前に向き直るとB1bisの後ろに隠れていたFT-17が破壊されており、B1bisがS35(安藤)の砲弾を正面から受けて弾いているところだった。

 改めて安藤を見つめる、すると呆れたように溜息を零す。

 

「なんだ、エスカレーター組は敵よりも身内に銃口を向ける方が得意なのか?」

「そんなわけあるかッ! B1bisを砲撃しろ、外部生に遅れを取るなッ!!」

 

 そう言って、B1bisへの砲撃を再開させる。

 S35と交互に放つ砲撃にB1bisは壁から出て来られなくなっていった。

 

 

『あっはっはっはっはっはっ!』

 

 通信機越しにマドレーヌの軽快な笑い声が響き渡る。尚、味方全体に伝わる回線のことであり、マドレーヌ様が楽しそうでなによりです、と私、エクレールは痛む胃を手で抑えるしかなかった。

 

『奴等は勝手に仲間割れを始めましたわ、エクレール。ぷふふ、訳がわからない相手だと思っていたけども、ここまで愉快な相手だったなんて! 賭けをしましょう、私はARLが勝つ方に賭けますわ』

「マドレーヌ様……とりあえず、私達は仲間割れに巻き込まれないように距離を取りますわ」

 

 遂に悪ふざけまで始める隊長を無視して、フォンデュに敵戦車から距離を取るように指示を送った。

 敵S35とARL44の実力は拮抗しており、片や一輌やられると、もう一方も一輌やられるという激戦を繰り広げる。あまりに苛烈な戦いにマジノ女学院の方が手を出せない有様だ。これ、どうするの? とメンバーに問いかけるとみんな、苦笑を浮かべるばかりで何も答えてはくれなかった。

 嗚呼、胃が痛む。なんで敵の不合理な行動でまで胃を痛めなくてはならないのか。

 

『あら、残ったARL44が一輌でボカージュ内から逃げ出しますわ。さあ、近くのR35で追いかけますわ!』

『駄目です! 速度が違いすぎて、追いつけません!』

『くぅ〜〜〜〜っ! なら砲撃ですわっ!!』

『駄目です! 砲弾が装甲に弾かれますっ!』

『なんですって!? 魔法の言葉、砲塔側部と背面はR35よりも柔らかい!』

『そもそもSA18だとR35の装甲も至近距離じゃないと撃ち抜けないよね?』

『むきゃーっ!!』

 

 どうやらARL44を一輌、逃してしまったようだ。

 貫通力って大事です、ええ、とっても。

 

 

 ボカージュ入り口、私、安藤は少し困惑している。

 のろのろと散歩でもするかのように呑気に姿を見せたのはFT-17、校章はBC自由学園のものだった。そして砲塔のハッチに腰を下ろすのは如何にもお嬢様然とした女性であり、少し不機嫌そうな顔色でファー付きの扇子を優雅に扇いでいる。隣の押田も姫の突然の登場に驚いているご様子、誰も口を開かない微妙な空気に包まれる。

 このまま待っていても埒が明かないと思って、とりあえず声をかけて見ることにした。

 

「……お姫様(プリンセス)、お茶会は如何なされました?」

 

 問いかけるとマリーは私を半目で睨みつけてきた。

 

「ケーキがなくなってもまだ試合を続けているようだから終わらせに来たのよ」

「左様ですか」

「安藤、状況を教えなさい。そして、そっちは……」

「……押田です」

「押田ね、安藤よりも礼儀がなってるわ」

 

 そう言って彼女は口元を綻ばせる。

 

「私はマリー、今から貴方達は私の命令に従うのよ」

 

 急な来訪に続き、急な傲慢な指示。

 これには押田も呆気に取られており、言葉を返せない様子だ。

 まあ私は命令に従うだけだ、と淡々と答える。

 

「ボカージュに入ったARL44が三輌、S35が三輌が沈黙。内半数以上が仲間割れで撃破されたようです」

「また仲間割れなのね」

 

 これでは嵌められて失脚したアスパラガス達も浮かばれないわ、とマリーは退屈そうに呟いてから私を見つめる。

 

「それで、相手の被害は?」

「通信ではFT-17を一輌、R35を三輌、撃破しているようです。残りはB1bisが一輌、R35が三輌、S35が二輌」

「まだ四輌しか倒してないじゃない、貴方達は何をしていたのよ」

 

 マリーが肩を落として呆れ果てる。

 仲間割れをしていました。以外に答えられず、二人して押し黙った。

 そんな私達に、まあいいわ、とマリーが溜息混じりに告げる。

 

「押田は前に、安藤は後ろよ。お姫様を守る騎士のように私をエスコートしなさい」

 

 まるで服従することが当たり前かのように命令する。

 そのことに苛立ちを覚えないのは、やはり彼女はある意味で公正だったからに違いない。何故なら、同じエスカレーター組の押田にも同じように傲慢な態度を取り続けているのだ。

 ここまでされるといっそ清々しかった。

 

「仰せのままに、マリーお姫様(プリンセス・マリー)

 

 大袈裟に頭を垂れると姫は上機嫌に目を細める。

 

「良くってよ」

 

 この二度目のやり取りに困惑しているのは押田だった。

 何故、どうしてお前が従うんだ、という疑問が聞こえてくるかのような狼狽えっぷりだ。

 特に理由はない。強いてあげるとすれば、相手がマリーだから、この一点に尽きる。

 

「おい、お前ら! そんなところで何をしている!」

 

 外周を回ってきたのか、遠くから大きな声が張り上げられた。どうやら一輌残っていたARL44は隊長殿だったようだ。

 

「お前は、押田か! どうして、そこにいる外部生を撃たない!?」

「えっと……」

 

 突然の言葉に押田が押し黙る。

 

「それにマリーだな、今まで何をしていた!?」

 

 続いて矛先を向けられたマリーは澄まし顔で「勝手を」と相手に聞こえない程度の小さな声で答える。

 

「……まあいい、押田、マリー! そこの外部生を片付けてから中の連中を片付けるぞッ!!」

 

 私は大きく息を吐いて、横目でマリーと押田を見つめる。

 押田は相変わらず困惑したままで判断に困っているようだ。マリーは冷めた目で隊長を見据えている。

 貴方達、と不意にマリーが口を開いた。

 

「パンの中にも不味くて食べられないものはあるわ、ドイツの黒いパンのように*3

 

 そう云うと開いた扇子で口元を隠して、静かに目を細める。そして続く言葉を口にした。

 

「そして偉い人は言ったわ。パンがなければ、ケーキを食べれば良いじゃない」

 

 私は無言で砲口を隊長殿に向ける、それに続くように押田も照準を隊長に合わせる。

 横目で押田を見ると、押田は無言で頷き返してきた。

 マリーは開いたままの扇子を隊長に向けて、にっこりとした笑顔を浮かべてみせる。

 

「やっぱりケーキよね♪」

 

 直後、三つの砲撃音が鳴り響いた。

*1第一次世界大戦後から第二次世界大戦までの戦闘車両に多く使われていた火砲。信頼性の高い装備ではあったが、装甲目標への効果は薄い。後に全軽戦車に長身砲であるSA38への換装が計画される。

*2ARL44の砲塔側部と背面の装甲は30mmであり、ルノーR35の装甲は32〜40mmである。つまりARL44はルノーR35よりも柔らかいと同義なのだ。尚、短身砲のSA18では至近距離まで近付くことで漸く、30mmの装甲を貫くことができるかどうかという話になる。※WoT調べ

*3諸説あり、中には健康的な味がするとの感想もある



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番外:マジノ戦線、再出発ですわ!⑦

「すまない、安藤君。今まで君のことを誤解していたようだ」

「いやいや、押田君。分かってくれれば良いんだ」

 

 プスプスと白旗を上げる隊長機を背景に、安藤と押田が帽子を取って爽やかな笑顔を向けあっている。

 男子校では同性愛の話が絶えないのと同じように、女子校においても一定数、そういうことに理解を示す生徒は少なくない。そして、そういう子達が今、微笑み合っている二人を見ると黄色い歓声を上げるのだろうな、と思いながらフォークでケーキを掬う動作をする。ただまあ実際にはケーキはなく、手に持っているのはフォークではなくて扇子だ。まるで落語のような手動作を無意識に行ってしまったことに加えて、口の中が満たされない感覚。私、マリーはなんとなしに苛立ちを覚えて「片付けるわよ」と見つめ合う二人に告げる。

 私には、二人が見つめ合っている姿を見て、喜ぶ趣味はない。

 

「作戦は如何しましょう?」

 

 押田が問い掛ける。

 

「短期決戦が御所望ならボカージュ内で戦うしかないだろう」

 

 それに安藤が答えたので、私は同意するように頷き返す。

 

「安藤君、それは些か博打の要素が強過ぎるのではないか?」

「押田君、相手の戦車が遅いと云うことを忘れてはならないな。機動力を生かせる大草原に出るのは良いが、相手が追撃に出せるのはS35の二輌のみだ。それでまだARLが一輌残る私達を深追いしてくるとは思えないな。精々、遠巻きに攻撃しながら私達が疲弊するまで待つか、それとも徐々に追い詰めていくか……いずれにせよ、相手が時間をかけてくるのは逃れられない」

「ええ、そうね。それにボカージュを確保したのも最初から持久戦狙い、今までずっと防御戦を続けてきたマジノ女学院は我慢強いわよ。自身に優位なボカージュから出て来ないことも考えられるわ」

 

 そういうものか、と押田が感心するように頷いてみせる。

 遅かれ早かれボカージュを攻め込むことになるのならば、早い方が良い。なぜならば、こんな試合さっさと終わらせたい。

 それに勝ち負けなんて、拘るほどの興味はない。

 

「さあ歌いましょう、行進は歌いながらするものよッ!」

「えっ?」

 

 という二人の反応を捨て置いて、私は扇子を指揮棒代わりに振るって歌い始める。

 

J'aime(まるでピクニック)l'oignon(に赴くような軽い)frît à(調子でFT-)l'huile,(17を走らせる)

J'aime(続けて安藤が歌う)l'oignon(、気障っぽい声色)quand il(と調子の良い笑)est bon, (顔を私に向けてくる)

J'aime(次に押田が歌い出)l'oignon(す、耳障りの良い)frît à(華やかな声を)l'huile,(戦場に響かせる)

J'aime(そして私が歌う、)l'oignon(小鳥が囀るような), j'aime(勝手気ままな)l'oignon.(旋律で軽やかに歌った)

 

Au pas camarade,(三人で声を揃えて調子を合わせ、) au pas camarade,(揚げ玉葱が好きだと笑って、) Au pas, au pas, au pas.(手を取り合うように歌いながら戦場を駆ける)

Au pas camarade,(進もう戦友よ、) au pas camarade,(進もう戦友よ。) Au pas,(進もう、) au pas,(進もう、) au pas.(進もう。)

 

 

 ボカージュ入り口の守りを固めているのは私、ガレット。

 残る敵は四輌、いや、今、目の前でまた仲間割れを起こしたので残り三輌か。味方の残りは六輌で、数では単純に倍の差がある。しかし未だ敵にはARL44が健在、終戦間際に設計されただけあって、あの戦車には現状を丸っとひっくり返すだけの性能があった。

 警戒を怠ることはできない、と思った時に相手が動き出した。

 

 先ずはARL44が先行して飛び出してくる。

 砲身を向けられたことで咄嗟に角の影に隠れると一撃だけ、砲撃で牽制してきた。入れ替わるように敵S35が入ってきて、私達の方へ向けて砲撃を開始する。最後に現れたFTー17は隘路に続く横の壁を砲撃で破壊し、新たにできた道をARL44が先行して進んだ。止めたいが、敵S35の砲撃が邪魔で止められない。FTー17がARL44の後に続き、そして最後に敵S35が隘路へと進んでいった。

 易々と逃してしまった、と舌打ちする。

 遅れて入り口から姿を現したのは二輌のS35、校章はマジノ女学院のものになる

 

『ガレット、敵戦車は?』

「ごめんなさい、エクレール。逃してしまいましたわ。今、貴方から見て左手の隘路を入ったところですわ」

『追いかけますわ。マドレーヌ隊長、宜しいですね?』

『R35三輌で足止めするわ。後ろから挟撃を仕掛けてくださいませ』

Compiri(コンプリ)!』

「私も追いかけますわ」

 

 B1bisのエンジンを蒸して、隘路の外側から敵戦車を追いかける。

 先程までとは、まるで違った三輌の動きに嫌なものを感じ取った。

 

 

 私、押田は隘路の中を猛進する。

 後ろに二輌の戦車を引き連れて、歌いながら速度を緩めずに直進した。目の前にある直角の曲がり角をARL44ご自慢の90mmDCA45で吹き飛ばし、関係ないと言わんばかりに広場へと突き抜けた。瞬間、三つの砲身からARL44を目掛けて、砲撃される。その全てが砲塔狙いであったが、幸いにも直撃弾はなし。敵が貧弱な火砲を装備するR35だけだったことも助かった要因か。背後にいる二人に敵戦車と接触したことをハンドシグナルで伝えながら私は右の二輌に向けて、更に速度を上げさせる。

 後ろ二輌は左側、マリーのFTー17が牽制するように敵R35を砲撃し、その後ろからS35が至近距離から砲撃を放った。

 あの手応えは白旗が上がったな、と思いながら右手にいたR35の内、一輌を体当たりで吹き飛ばして、その反動でARL44を静止させる。ハッチから外に体を出している茶髪のツインテイルの女性――確か、マジノ女学院の隊長だった人物が顔を引き攣らせているのが分かった。ARL44の砲塔をゆっくりと動かして照準を定める、先程、体当たりしたR35は横転し、パシュッと白旗を上げる。

 敵隊長が砲塔の中に潜り込んで、突撃をしてきた。懐に潜り込むつもりか、しかし判断が遅過ぎた。

 装填は既に終わっている。至近距離からの放った90mmの砲弾は、見事、R35のど真ん中に直撃して派手に吹っ飛んでいった。10tを超える戦車が浮くところなんて初めて見たな、とか思いながら隊長機が白旗を上げるのを確認した。

 さて、あとは残り三輌、と思った時、横から砲弾が飛んできた。

 見れば、入り口でずっと対峙していた相手、B1bis。そして、背後から無限軌道の音がする。

 先ほど壊した隘路の壁から敵S35二輌が飛び込んできた。

 

 

「こんな格言はどうかしら? 真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者のことである」

 

 

 嗚呼、胃が痛む。

 戦場に辿り着いた時にはもうR35が全機やられてしまっていた。

 数的優位を失い、戦車の性能でも負けている。いやでも、今、この場に限り、機動力で優っているのはマジノ女学院(私達)の方だ。思考を切り替える、先ず優先すべきはARL44だ。あれを倒しさえすれば、後は味方に任せることができる。

 ハンドシグナルでフォンデュに左手の二輌、FTー17と敵S35の相手を任せる。

 今、ARL44は後ろを見せている。至近距離からの一発なら、と思った時、ARL44が加速を始めてB1bisに向けて突撃を始めた。B1bis(ガレット)が咄嗟に迎撃しようとするも真正面から(正面装甲120mm)では撃ち抜けない、そのまま衝突したがB1bisは吹き飛ばされず、持ち堪える。履帯の軋む音、バチンッ、バキンッと嫌な音が響いた。B1bisのエンジンが限界を超えて唸りを上げる。

 動きを止めたARL44の後ろを取り、そのまま至近距離から砲撃した。手応えがあった、白旗が上がる。

 やった、とガッツポーズを決めた瞬間、横からの砲撃で車体が吹き飛ばされた。

 

 

 エクレールのS35が白旗を上げる。

 私、フォンデュが逃してしまった敵S35がエクレールの側面を撃ち抜いたのだ。

 残りはお互いに二輌、私、フォンデュは先ず、FTー17を撃墜しようと動き出した。私が搭乗する戦車はS35、フランス戦車で最も速い戦車である。それが第一次世界大戦の骨董品に機動力で負けるはずがない、と履帯を軋ませた。その瞬間、横からの砲撃に車体が揺れる。先ほど、エクレールを倒した敵S35が私に向けた砲口が白い煙を吐き出していた。

 気付けば、足が止まっている。止められてしまった、「 Avance(行けっ)!!」と声を荒げて、アクセルを踏ませる。

 直後、真正面からの砲撃が装甲を掠めた。

 

「抜け目ないですわ……!」

 

 歯を食い縛って、笑顔を見せる。

 先ほどの砲撃はFTー17によるものだ。既に移動を開始しており、私の側面を取るように動いている。

 同時に敵S35も動き出して、FTー17とは逆方面に取ろうとした。

 

「ガレット! 早く援護をッ!」

『履帯がイカれましたわ! ……動けないッ!』

「なんですって……ッ!」

 

 頭の中が真っ白になる、突きつけられる敗北の二文字。

 そして視界の端に映ったのはエクレール、彼女が真剣な顔付きで私の戦いを見守っていた。

 情けないところは見せられない。瞬時に心を立ち直らせて、思考を再開させる。

 勝つ為に、全身全霊を費やした。

 

 

 上手く避ける、マリーのFTー17と挟みながら砲撃を仕掛けるも当たらない。

 まあ行進間射撃が当たるものだとは思わない。いずれ逃げきれなくなることを見越して、追い立てる。

 幸いにもB1bisはARL44の裏から姿を現さないから撃破されたか――少なくとも行動不能にはなっているはずだ。このまま、じわりじわりと首を絞めつけてやろうと考えていた頃合いで、突如、私達の包囲を突き破るように白旗を上げたARL44の方へと突っ走っていった。ARL44のハッチに座る押田がハンドシグナルでB1bisがまだ生きていることを伝えてくれる。

 正直に追いかけたところを、身を隠していたB1bisの砲撃でドカン! と言ったところか。こちらから見て、ARL44の左手に逃げる敵S35とは反対側、右手から突き進もうとした。その時、押田が顔を蒼褪めさせて、両手をクロスさせる。

 もう戦車を止めることはできず、ARL44の脇を抜けた瞬間、B1bisの砲撃がS35(私達)の側面を捉えた。

 

 

 押田の反応を見た私はARL44の左側を抜けて、砲身を反対方向に向けているB1bisを至近距離からエンジン部を狙って撃ち抜いた。もう半ば壊れているようなものだったので、少しの衝撃であっさりとエンジンが火を吹いて白旗を上げる。

 残るは一輌、FTー17()S35()が広場に残った。

 対峙する、互いに静止している。砲身を相手に合わせる。チリチリとした緊張感を感じ取る。誰もが固唾を飲んで見守る中、ゆったりと時間が引き伸ばされていくのを感じる。一秒が十秒に、十秒が一分に、全ての神経を張り巡らせる。キリキリと、ギチギチと、空間が圧縮される。時間が締め付けられる。僅かな動きも許されない、呼吸すらも気取られてはならない。

 口元を扇子で隠して、じっと相手を見据える、観察する。僅かな揺らぎすら逃すことなく……

 

 行きなさい、呟くような小さな声で告げる。

 

 直後、砲撃音が鳴り響いた。

 それよりも一手、早く動いていたおかげで装甲を掠めるだけで被害を抑える。

 直進する、この一撃に全てを賭すつもりで……しかし、肉薄するよりも早くにS35が動き出した。まだ有効射程ではないことに舌打ちをしながら砲撃、装甲で弾かれる。SA18は本当に貧弱で困る。可愛くて、機能美に満ちた素敵な戦車だけど、戦車道には向かない。そもそも私が出しゃばらなくてはならない状況という時点で、半ば詰んでいるようなものだ。

 最初から自分で戦うつもりがないからFTー17を乗り回している。

 

 まあ今更、降参をするような真似をするつもりはない。

 今回の試合、予想外に多くの面白いものを見せて貰った。安藤と押田という人材を発掘できたのは良いことだし、マジノ女学院も意外と面白い奴が多そうだ。いつも丘の上に引き籠もるような退屈で面倒が嵩むだけの戦い方をする訳でもない。決して良い試合だったとはいえないけども、収穫は多かった。それに今回の件で二年生の暴君達を失脚させることも難しくなくなった。失脚して不貞腐れているアスパラガス達に恩を着せるのも良い。なんだか、これから楽しくなりそうね――と、機動力の差からS35に背後を取られる。

 その動きは読めていたので砲塔は後ろに向けていたが、撃った砲弾は装甲に弾かれる。

 そして、仕返しの一撃がFTー17の装甲を貫いた。




【悲報】マジノ女学院、メインの座を奪われる。

来るべき全国大会に向けた著者の執筆練習、
そういう意味でも練習試合を書かせて貰いましたが、
正直、ここまで長くなるとは……っ!

次でマジノは最後になる予定、その後に大洗を挟んで、時代は来年度に入ります。
つまり一年生が二年生に、二年生が三年生に。そしてオレンジペコが入学します。


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番外:マジノ戦線、再出発ですわ!⑧

 本拠地、マジノ女学院で迎えた公式戦。

 三年生が指揮する防衛戦術、終始、試合中で勢いを見せずに惨敗だった。通信機越しに響く仲間の溜息、どこからか聞こえる「今年も初戦敗退だな」の声。無言で帰り支度を始める仲間達の中、今年の新入生である私は独り車内で泣いていた。BC自由学園が手にした栄光、喜び、感動、そして何より信頼できるチームメイト……はさておき、それを今のマジノ女学院で得ることは殆ど不可能と言ってよかった。

「どうすれば良いのよ……」と私は悔し涙を流し続けた。

 どれくらいの月日が立ったろうか、私ははっと目覚めた。どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たい戦車の感覚が現実に引き戻した。「やれやれ、帰って練習をしないといけないわ」と私は苦笑しながら呟いた。

 立ち上がって伸びをした時、私はふと気付いた。

 

「あれ……? 仲間がいる……?」

 

 車内から飛び出した私が目にしたのは、戦場を埋め尽くさんばかりの歓声だった。

 千切れそうなほどに腕を振る後輩、幾度となく私の名前が呼ばれる。

 どういうことか分からず、呆然とする私の背中に、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「マドレーヌ様、整列です。早く行きましょう」

 

 この方を振り返った私は目を疑った。

 

「エ……エクレール?」

「マドレーヌ様、気絶でもしていましたか?」

「ガ……ガレット?」

「マドレーヌ様、私、最後に決めましたですわっ!」

「フォンデュ……」

 

 私は半分パニックになりながら巨大スクリーンを見上げた。

 

 ――マジノ女学院、勝利。

 

 暫時、唖然としていた私だったが、全てを理解した時、もはや私の心には雲ひとつなかった。

 

「勝ってる……勝ったのね!」

 

 エクレールの肩を借りて、皆が整列する場所へと足を運ぶ私、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった。

 翌日、整列を終えた後、戦車内で泣き続けていたことをメンバーにチクられた私は恥ずかしさで部屋から出られなかった。

 

 

 BC自由学園との練習試合を終えてから、その後の話を少しだけ日記帳に書き記そうと思います。

 試合に勝利したことで受領予定だった長身砲のSA38は無事に入手することができた。とはいえ、BC自由学園としてもSA38はどうして欲しいという話があり、受領した幾つかをBC自由学園に回すことを約束する。その代わりにBC自由学園ではオチキスH39に搭載されていたエンジンを二基も送られることになった。この件で既にあるオチキスH35を二輌共に近代化改修を施すことが決定し、オチキスH39として改めて騎兵隊へと組み込まれることになった。その速度は時速三六.五km、なんとあのARL44*1と同程度、いや僅かに上回る速度が出るのだ!

 余談になるがBC自由学園は今、マリーが隊長を務めている。押田と安藤が両脇を固めて、益々の活躍が期待できるようになったとのことだ。

 では肝心のマジノ女学院では何があったのかというと、一悶着があった。

 

「私のような古い人間はもうマジノ女学院にはいりませんわ」

 

 マドレーヌが急にそんなことを言い出した。

 この時はまだ大事ではないと考えて「そんなことありませんわ」と適当な言葉を返す。事実、マジノ女学院におけるマドレーヌの功績は大きい。急進的な改革こそなかったが、マジノ女学院の持つ古くからの伝統を残しながら機動戦の概念を取り入れた結果、古き良きをそのままに全く別の新しい戦術を生み出し、根付かせたのだ。それが先のBC自由学園との練習試合での勝利であり、全国大会までにはより一層に強くなっているに違いない。私ではここまで上手くできなかった、マジノ女学院のことを深く理解できている彼女だからこそ上手く調整することができたのだと思っている。

 マドレーヌには、これからも付いて行きたい。中等部から世話になり続けている先輩でもある。

 全国大会ではもっと良い思いをして欲しかった。

 

 そんな私の思いを知ってか知らずか、マドレーヌは嬉しそうに微笑んで「だから」と口を開いた。

 

「エクレール、これからは貴方が新しい時代を築くのですわ」

 

 あ、これ、私の思いが伝わってないな。って思った瞬間だった。

 爽やかな笑顔を浮かべる彼女に「そんなことを急に言われても困りますわッ!」と、つい声を荒げてしまった。現二年生、来年度の三年生はマドレーヌを慕っているし、一年生も半分以上がマドレーヌの派閥に組み込まれている。少なくとも次の全国大会までは踏み留まって貰わなくては困る、というよりも私の恩返しの機会がなくなるではありませんか。

 ああ、もう胃が痛くなるから本当に止めて欲しい。数ヶ月前ならともかく、今更、隊長になりたいとも思わない。

 

「いやだってぇ、私の部隊の全滅しましたし……ほとんどエクレールのおかげだし、あとガレットが私の部隊を引き継げば……」

 

 マドレーヌが不貞腐れるように告げる。

 この人ってこんなんでしたっけ、と思いつつも、そういえば中等部の頃から一度も弱味を見せて来なかった、とも思った。やっと一勝して、肩の荷が降りて、少し余裕ができたから出てきた素の姿なのかもしれない。もしそうだったとしたら少し嬉しい、でも、それはそれとして今、隊長を辞められるのは困る。燃え尽き症候群とか望んでいない。

 今からやっと良い目を見れるというのに苦労だけを背負わせてなるものか。

 

「その話、絶対に私以外にはしないでくださいませッ!」

 

 そう言うとバタンと部屋を出る。

 さて準備をしなくてはならない、スマホを弄りながら戦車道履修生全てに連絡を送りつける。

 マドレーヌ様を労おう、というそんな些細な内容を。

 

 

 私、ダージリンは試合後すぐ前隊長にスマホでメールを送っていた。

 マジノ女学院とはこれからも良い友人関係を、そしてBC自由学園には面白い人物がいる。そのように連絡を入れると、三日後にはBC自由学園戦車道の隊長が失脚しており、一週間後にはマリーが次の隊長に選ばれていた。またBC自由学園は古くから派閥争いを繰り返す校風を持っているが――エスカレーター組を押田、受験組を安藤が抑えることで今のところ対立は鳴りを潜めているようだ。ただ現二年生、来年度の三年生の掌握には苦労している様子、マリー隊長の政治手腕が問われるところだ。

 マジノ女学院の方は突出した人物がいないが、数だけは揃いつつある。来年度もまた初戦敗退を繰り返すような真似を見せることはないはずだ。従来の伝統的な防衛戦術に加えて、まったく新しい機動戦術を専門とする部隊を編成する。結果的に部隊を分けて運用することになるが、この二つの部隊は常に連動しながら動いている為に戦力分散の愚を犯しているとは言い難かった。

 無事に聖グロリアーナ女学院が所有する学園艦にて、紅茶を嗜みながら黒森峰の情報に目を通す。

 

 そういえば彼女達(マジノ女学院)は気付いているのだろうか? ――彼女達が目指す先が西住流であることに。

 

 西住流が掲げる戦術教義とは、簡潔に言ってしまうと鉄床戦術である。

 ルノーR35を中心とした防御戦術で敵本隊を受け止めつつ、ソミュアS35を中核とする機動部隊で敵の背後を突き崩す。まあ今回の場合は機動部隊の方に打撃力がなかった為に牽制だけで終えてしまったが、本来は挟み打ちにしたかったのだと推測する。結局、R35の火力不足が露呈してしまったことで充分に鉄床を役目を果たせず、S35の数が足りなくて最後以外は陽動しかできなかったが、やろうとしていることは鉄床(歩兵)で受け止めて、(騎兵)で叩き潰すというものだ。

 尤も鉄床戦術は西住流の教本的な戦術の一つに過ぎず、時と場合に合わせることで片翼包囲に移行することもあれば、正面火力を生かした電撃戦を展開することもある。西住流の真髄は、本隊から切り離した機動戦力の使い方にあった。

 そのために必要なのは密な連携と部隊の掌握。つまり、統制と統率こそが西住流の基礎となる。

 

 まあ、さておき、とテーブルの上に置かれた紙束に目を通した。

 これらは情報処理学部第六課(GI6)から齎された情報で、公式戦に出る全ての高校の情報が纏められている。例えば継続高校では茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)なる人物が戦車道の再建に尽力し、特殊ルールの練習試合とはいえ今年度の覇者であるプラウダ高校を下したことが書かれている。他には黒森峰女学園では逸見エリカと赤星小梅が中心となって再編中、全国大会の後に大きく揺らいだそうだが、今は苦境を乗り越えて更なる強豪へと成り上がったようだ。

 私達も負けてはいられないわ、と空になったティーカップをソーサーに音も立てずに置いた。

 

 来年度、私の高校戦車道はどんな時代になるのだろうか。

 たぶん面白くなるだろう。

 その時は外から見るのではなく、内側からの景色を見てみたい。

 

 

 マジノ女学院の戦車道は行き詰まっていた。

 防御戦術に凝り固まった思想、実際、マジノ女学院が保有する戦車は十年前の時点では頑強であった。それをプラウダ高校が装甲で上回るようになり、黒森峰女学園も火力と装甲に偏重し始める。聖グロリアーナ学園は十年前の当時は最先端の戦車を保有する高校であり、黒森峰、聖グロ、プラウダの三強の中に資金に物を言わせることで割って入ってきたのがサンダース大学付属高校。この搭乗員の技量よりも、戦車の性能を重視する時代にマジノ女学院は取り残される。今の時代、戦車の性能に依存せずに戦っている高校は、継続高校を置いて他には存在していなかった。

 この全てがデータ化される現代社会において、英雄の出現を望むことは難しい。

 

 そして、私、マドレーヌには英雄たり得る素質はなかった。

 だが格下が格上を倒す姿には胸が踊る、弱者が王者に挑み足掻く姿を見るのは高揚する。その姿は全ての人類を魅了する。だから西住しほと島田千代の戦いは今も伝説になっている。高校時代の西住しほは奇手奇策を用いることが多かった。特に部隊を二つに分けて、連携させる戦術を得意とした。当時はまだ貧弱な戦車しかない黒森峰を率いて、三年目の全国大会、その決勝戦で島田千代が率いる聖グロを破り、遂に優勝を勝ち取ったのだ。その時の光景は今でも忘れていない。

 その後、黒森峰は聖グロの所有する優れた戦車性能に辛酸を舐め続けてきた経験からか、西住しほの優勝を契機に戦車の拡充を図るようになる。逆に黒森峰に負けた聖グロは戦車性能に頼る戦い方をやめて、搭乗員の練度を高める方向に走ることになるのだ。

 今は逆、黒森峰の戦車性能に聖グロが辛酸を舐め続けている。

 これがよくできた物語であれば、黒森峰を倒すのは聖グロだったに違いない。しかし、その快挙を成し遂げたのはプラウダ高校のカチューシャであった。その執念と勝利への貪欲さが優勝を勝ち取ったのだ。

 そして、こう思う。

 私も同じ立場に立ってみたい、全国大会優勝は中等部の時からの夢だ。

 しかし私では難しい。西住まほ、カチューシャ、ダージリンと錚々たる顔ぶれを前に、どうしても私は見劣りする。私だけでは不可能に近い。だが、可能性がない訳ではない。私には仲間がいる。エクレール、ガレット、フォンデュ、他にも私を慕ってくれる仲間が多くいる。今からでも遅くはないだろうか、私はやっぱり全国大会で優勝してみたかった。

 無理かもしれない、無理という者の方が多いに違いない。誰も期待していないに違いない。

 でも初戦突破は快挙ではない、優勝してこそ快挙だ。

 

 私は覚悟を決めた。

 やり直そうと思って、一度は諦めた。私が腐っている間も戦車道を本気でやってきた者達に今更、追いつけるなんて思わない。それでもだ、もう一度、やり直したいと思ったのだ。

 だから、覚悟を決める。

 これからの高校生活、その青春の全てを戦車道に注ぎ込もうと思った。エクレールのように、ガレットのように、そしてフォンデュのように、当たり前のことを始めよう。

 覚悟を固める。そして、ハサミを手に取った。

 

 暫くすると、トントンと戸を叩かれる。この控えめな感じは、たぶんエクレールだ。

 

「入っていいですわ」

「失礼します。マドレーヌ様、これからマジノ女学院戦車道の五年ぶりの勝利を祝って……マドレーヌ様っ!?」

「どうかしたかしら?」

 

 驚きに目を見開くエクレールを前に私は、クスクスと笑ってみせる。

 片手には切り離したばかりの茶色の髪、随分と頭が軽くなったなって思う。

 たぶん、この時から私の高校生における戦車道は始まったのだ。

 

 あと、なぜか私の知らないところで戦車道を引退するとかいう話になっていた。

 こんな面白いことを、やめろと言われてもやめられないですわ!

*1他意はないが、ARL44は戦後50t級戦車としては最遅の性能を持っている。




兵衛「久しぶりに出たぁっ!(名前だけ)」

これでマジノ編はとりあえず終わりです。マドレーヌ生存√、その為の物語。
物語の着想は、劇場版でBC自由学園が抗争中で連合に参加できず、それにマジノ女学院が巻き込まれた、というところから来ています。大洗と関わりの薄いマジノ女学院と関わりを持たないBC自由学園に協力を要請している辺り、ダージリンとマジノ女学院、BC自由学園のつながりがあるんだろうな、とかそんな感じで妄想したものを形にしました。
なんか物語一本、書き終えたような充実感がありますねえっ!

ps.
ひっそりと前話で変更されている点。
マドレーヌが気絶してるので前回、練習試合の最後を見届けていないことになってる。


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番外:リトルアーミー、再起①

 嘗て、こんなことを言ったことがある。

 日本(この国)は嫌い、だってここ戦車がないもの。こんなにつまらないとはね。

 しかしドイツに帰国した私を待ち受けていたのは陰湿な虐めであり、まるで敵は身内にあるとでも言いたげに足を引っ張ってくるチームメイトであった。負けん気な性格がそうさせたのか、私を認めない奴らは全て実力で叩き伏せた結果、孤立する羽目となり、有力とされたメンバーは一人、また一人とチームから離れていった。それでも勝つ為の努力をした、実際、勝てる機会は何度もあった。しかし勝つことよりも、負けて私に屈辱を与えることを優先する連中に嫌気が差してしまった。

 最近、よく思い出すのは小学生の頃、日本で戦車を乗り回していた毎日だ。

 あの頃の私は子供っぽいところがあって、斜に構えることも多かったけども――なんだかんだで充実していたような気がする。あの頃には掴みかけていた何かが、ドイツに来てからは指の隙間からポロリポロリと零れ落ちるような錯覚がした。それでも勝てばわかる、実力を示せばわかる。そう自分に言い聞かせた末に、辿り着いた先には手元に何も残されていなかった。

 私はなんの為にドイツに戻ってきたのだろうか。自分だけの戦車道を見つけるはずが、なにもかも分からなくなってしまった。右も左も分からず、初心者が走らせる戦車のように、その場をグルグルと回転して何処にも行くことができない。標識でもあれば良いが、大きく道から外れた荒野では、ここが何処なのかもわからなかった。

 そんな時だ、私室でノートパソコンのキーボードを叩いているとピロリン♪ メールボックスにメッセージが届く。件名は、留学先について。記載されたURLを開くと世界各地選り取り見取りの高校がリストに並んだ。特に戦車道途上国からのオファーが多く、次に戦車道先進国からの申し出があった。中には世界的にも有名な戦車道チームからのオファーもあるほどだ。過分な評価を受けている、と私は自嘲しながら画面をスクロールして、百件近くあるリストを上へ上へと流していった。その中で日本からのオファーは、たった三件だけだった。

 まず一件目はサンダース大学付属高校。日本では最も大きな学園艦を抱える高校であり、戦車道では四強の一角に数えられるほどの強豪だ。戦車保有数は五十輌を超えるほどの資金力を誇っており、学園艦の中にも海があるという話まである正にマンモス校。しかし強豪という言葉に忌避感を感じていた私は候補からサンダース大学付属高校を除外する。

 二件目は大洗女子学園。老朽化した学園艦、規模は日本でも小さい。現在、大洗女子学園には戦車道はなく、来年から復活するという情報が記載されている。戦車道経験者歓迎、という触れ込みであるが――まあ流石に一から戦車道チームを作り上げる気にはなれないと候補から除外した。それになんだかキナ臭いし、胡散臭い。

 では三件目、ベルウォール学園。全国大会の実績はないが、地方の公式大会ではある程度の実績を残している。現在、戦車保有数も八輌であり、強すぎず、弱すぎずといった手頃な印象を受けた。

 

(ここなら自分の戦車道を見つめ直すのに丁度良いかも……)

 

 私は数ある優良なオファーの中から、あまり魅力的とは呼べない高校のオファーを受諾する。

 そして椅子の背凭れに体重をかけながら大きく息を吐き捨てた。これでもう引き返すことはできない、いや、ようやく此処から離れることができる。道が分からないまま、がむしゃらに突き進んで、気付けば道から外れて、何処にも行けなくなっていた。そんな時、来た道を戻ることは決して悪いことではないはずだ。自分だけの戦車道、確かに手の中にあったなにかを、もう一度、掴む為に日本に戻る。

 私、中須賀エミは道を見失っていた。

 

 

 桜咲く季節、入学と卒業を彩る桃色の花弁が振り落ちる。

 それを手の中に収めて、ああ、戻ってきたんだ、と感慨深く笑みを浮かべた。

 さて、私は戦車道チームを強くする為という名目で、ベルウォール学園への入学が決まっている。だから私がまず足を運ぶべきは教室でも職員室でもなくて戦車倉庫だ。そう思って、足を運んでいるのだが――ここは少し、いや明らかに荒れている。まず後者の正面には鐘壁と書かれた落書きがされており、廊下もゴミが散乱している。肩をぶつけた相手には絡まれるし、戦車倉庫の場所を尋ねれば怯えられた。

 いや、なんで怯えられるの? と不安に思いながら戦車倉庫へと足を運べば、なんか不良が二手に分かれて抗争を始めるところだった。いや、なんだこれ、どういうことだこれ。やっちまえ! という掛け声と共に暴力沙汰に発展する。戦車道経験者を求めているっていうから遥々海を超えて来たっていうのに……なんでこんなことになってんのよ。こんなことでは、あの日の約束を果たすどころか戦車道すらできない。

 いや、待て待て、戦車が一輌もないのにここが戦車倉庫のはずがない。

 

「ちょっと通りまーす」

 

 半ば現実逃避をしていると、ふらふらと段ボール箱を四箱も抱えた女生徒が歩いてきた。

 なんだか聞き覚えのある声に振り返れば、あっ、と女生徒は躓いて段ボールの箱が私の上へと落ちてくる。どんがらがっしゃん、と下敷きになって、なんだかもう生きる気力が急激に失われていくのを感じた。たぶん、これはもう夢なんじゃないかなって、このまま目を閉じればきっと綺麗な校舎と整備された戦車に出会えるんじゃないかなって、そんなことを考え始める。

 そして、暫く俯せで寝転がっていると「あれ?」と女生徒は謝罪よりも先に驚きの声を上げる。

 

「もしかして、エミちゃん?」

 

 振り返ると、そこには懐かしい顔があった。それは正しく夢のような出会いだった。

 

「……瞳?」

「小学校以来だね、五年ぶりかな?」

 

 じゃじゃん、と二本指を立てる幼い頃の友人に私は半目で笑いながら告げる。

 

「とりあえず、段ボールをどかしてくれない?」

「あっ、わわっ! ごめんね!」

 

 中身の詰まった段ボール箱を除けて貰いながら、日本に来て漸く――いや、なんだか久しぶりに人心地つけた気がした。

 適当な箱の上に座らせられ、如何にもインスタントっぽい珈琲を差し出される。それでも他人から飲み物を手渡されるのは久し振りで、息を吹きかけながら、安物の珈琲を味わうように飲んだ。不味い、不味いが、何故か美味しいように思えた。

 小学生の頃、私は三人の友達と一緒に戦車を乗り回していた。その中で柚本(ゆずもと)(ひとみ)は装填手を務めて、私は操縦手として操縦桿を握りしめていた。流れで西住流家元の後継者である西住まほとも一騎打ちで戦ったこともあり、あの頃は小学生ながら無茶をしたものだと思っている――まあ今も昔も西住まほに負けているつもりはないのだけどね。そういえば友達の一人、西住みほは何をしているのだろうか。今の不甲斐ない私を見たら、どう思うのかな、と少し考える。

 別れ際の約束は今でも覚えている。

 

『お互いに自分の戦車道を見つけたそのときに……また会お!』

 

 今はまだ会えないなあ、と自嘲する。

 

「ドイツから遊びにくるなら言ってよ〜、というかエミちゃんなんでうちの制服を着ているの?」

 

 物思いに耽っていると瞳が自分の分の珈琲を注ぎながら問いかけてくる。

 

「……なんでって、今日からここに通うのよ?」

「えっ!?」

 

 ほんと!? 嬉しい! と瞳が驚き喜んでくれる。

 相変わらずの緩い笑顔に照れ隠しの苦笑いを浮かべながら「それより瞳は戦車倉庫がどこか知らない?」と誤魔化すように質問する。戦車一輌もない、この場所を戦車倉庫とは認めたくなかった気持ちもある。しかし現実は無情なのか「戦車倉庫はここだけど」と瞳は無邪気な笑顔で答えた。

 え? という思わず漏れた声を聞き取れなかったのか、瞳は「えへへ、今日はねー」と自慢げに語り始める。

 

「他校へのチーム勧誘オファーを受けてくれた子が海外から来てく……あれ?」

 

 と、どうやらそこで瞳も気付いたようで、私の顔を見つめてくる。

 

「……それじゃあオファー出したのって、瞳だったの?」

「エミちゃんだったんだ!」

 

 やったー! すごい! 跳んではしゃぐ瞳に反して、私は不安を感じ始めていた。まあ瞳に会えたことは嬉しいけど、本当にここが私の留学先なのかと思うと気が重くなる。

 

「さっきから気になっていたんだけども……あの人たち、なんなの?」

「戦車道チームのメンバーだよ。怖そうに見えるけど、みんな良い人ばっかりなんだ」

 

 緩い笑顔で告げられる。瞳の感性は少しズレてるところがあったからな、と思って、今聞きたいのはそういうことじゃないと首を振って問い直す。

 

「いや、ここ戦車道チームの倉庫なんでしょ?」

「えっと?」

「……つまり戦車はやらないの?」

「あの人達は全然! 私とあと一人だけかな」

 

 パアッといい笑顔で告げられる。今から留学し直そうかなって本気で思った。

 

「あっそうだ!」

 

 何かを思い付いたように瞳が声を上げて、私の手を引いた。

 

「エミちゃんも手伝ってよ!」

「えっ?」

 

 そのまま手を引かれるままに外へと連れ出された。

 

 

 寄港していた学園艦から連れて来られたのは海岸沿いの草原であり、目の前にはⅡ号戦車F型が置かれている。

 そして、その横に立っているのが背中を覆い隠すほどに長くて薄い栗色の髪をした女性、制服を見ると同じベルウォール学園の生徒のようだ。生まれつきなのか険のある目で私を見つめて、興味なさそうに視線を逸らした。

 そして瞳の方を振り向くと、漸く口を開くのだった。

 

「遅いわ、瞳」

「ごめんね、親友と会ってたんだよ〜」

「親友?」

 

 改めて私を振り返り、今度はじっくりと観察するように見つめられた。

 

「……貴方が瞳の言ってた、戦車をやっている人?」

「まあ間違っていないかしら? ところで貴方は?」

「私は中須賀エミ。瞳の友達で、新しくベルウォール学園に留学してきたのよ」

 

 ふぅん、とそれだけ云うと彼女はⅡ号戦車F型のハッチを開けて乗り込もうとした。

 

「ちょっと待ちなさいよ! 私が名乗ったんだから、今度は貴方が名乗る番でしょう!?」

「私は戌井(いぬい)鏡子(きょうこ)よ。それで貴方、ここが何をする場所なのか知っているのかしら?」

「えっと、何をする場所って?」

 

 周りを見渡すと遠くから砂煙が立っているのが見えた。

 僅かに感じる空気の振動、慣れた感覚に心が湧き立つのが分かった。

 もしかして、ここって、いや、今だからこそか。

 遠くから砲撃音が聞こえてきた。

 

「……私は操縦手、瞳は装填手よ。だから貴方は砲手をやって頂戴、いつも手が足りないって困ってたから手伝ってあげて」

 

 そう云うと戌井と名乗った女性は操縦手席に潜り込んだ。私は瞳を見つめる、瞳は緩い笑顔で「今日、ここで試合が行われているんだよ」と告げる。

 

「優勝したら壊れた戦車が貰えるから頑張ろうね!」

「はあっ!?」

 

 両手をギュッと握り締める瞳に流されるまま、私はⅡ号戦車F型に乗り込んだ。

 そして戦車道とはまるで違った戦車戦を経験させられることになる。




ベルウォール学園。がっつりと書きたかった最後の一校です。
原作よりも早い時期の留学になってます。具体的には原作開始時前後。

私は基本的にお祭り騒ぎが大好きなので、こういう風に多方面から視点を書くのが好きだったりします。
そして、色々と目処が立った気がするので今から全国大会書くのが楽しみですね。
その前にベルウォール学園編を早めに切り上げられるようにしなくては……

今回のオリキャラ、戌井鏡子にも天江と似たような経緯のモチーフはいますが、たぶんわからない気がします。
ちなみに最初は何処ぞのボーイッシュな子が案にあったりしましたが、流石に今、バリバリに活動している方のは不味いやろ……ってことで自重しました。
私個人としては凄く印象に残っている子です、まあ例によって中身別人ですが。

原作とは違う流れになる時、異分子を突っ込むのが私のやり口。


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番外:リトルアーミー、再起②

 戌井(いぬい)鏡子(きょうこ)は、自分を偽ることができない。

 それはある種の精神疾患。自制心がない言われると、それまでの話でもある。

 戦車に乗ると血液が沸騰する、魂が雄叫びを上げる。敵を前にすると噛み付かずにはいられない、フラッグ車を見ると脇目も振らず襲いかかった。その性格が祟って、何度も負けた。負けて、また負けて、そして勝った。気付けば、好き好んで敵陣に突っ込んで自ら死地へと追い込んだ。見える敵全てを食い散らかして、敵陣を壊滅状態に追い込んだ。そこに作戦はない、ただ相手を掻き乱して崩し、混戦の中で敵将を仕留めるだけだ。衝動と感性に任せた動きは、大凡、味方からも理解されず、お前がやっていることは戦車道ではないと非難された。

 中等部三年生になる頃にはチームに居場所はなくなり、全国大会で二回戦敗退したことを契機に戦車道から距離を置くことになる。

 その後でチームがどうなったのか知らない、メンバーがどうしたのかも知らない。前々年度はベスト4、前年度は準優勝、そして今年度は優勝を期待されており、何人かは高校への推薦も決まっていた。しかし私が知る顔は一度も戦車道のニュースにも、話題にも上がらなかったから、あんまり活躍できなかったんだなと思っている。

 中等部で最後の全国大会を終えてからは、強襲戦車競技(タンカスロン)に身を投じる。

 試合への乱入、助っ人参戦、即席の同盟や裏切りが許容されるルール無用のバトルロワイヤルが基本の強襲戦車競技であれば自分勝手が許されると喜び勇んでの参戦であったが――残念ながら強襲戦車競技は、私の特性には向いていなかった。周りと協調なんてできるはずもなくて、見つけた敵は誰彼構わず噛みついて戦場を掻き乱すものだから、気付いた時には自分以外の全員が敵に回っている。それで大体、四、五輌程度を倒したところで撃破されてしまうのだ。

 試合後に残るのは適度な疲弊感、満足感も敗北感もない。ああ疲れたな、とそれだけだ。

 強襲戦車競技で心の乾きが潤うことはなかった。

 

 こんなところで、という言い方をすれば、強襲戦車競技に情熱を燃やす者達に怒られるかもしれない。

 しかし漠然とわかってはいるのだ。私はここで骨を埋めるつもりがない、つまるところ死ぬ気にはなれない。私がやっていることは鬱憤晴らしや八つ当たりのようなものだ。たった一度だけ、強襲戦車競技で最後の一輌まで残ったことがある。襲いかかる戦車を全て返り討ちにする大立ち回りで、途中から私対他全てといった構図となった。そして周り全てが白旗を上げる孤高の丘にて、私が得たものは何もなかった。なんとなく虚しかった、寂しかった。そこに達成感や満足感は何もなく、強襲戦車競技で私が得られるものは何もないと見切りをつける。

 それが中学時代の最後の戦いで、戦車道のある高校を受験することを決めたきっかけでもあった。

 私は誰にも染まらない、染まれない。そんなことは自覚しているはずなのに、それでも追い求めるのは戦車道だった。自分でも何がしたいのかよく分からなくて、受験勉強も気乗りしないまま試験を受けていたからどの高校も軒並み落ちた。

 そして、唯一受かった高校がベルウォール学園だった。

 

 

 ベルウォール学園に入学してからたった一人の友達、柚本(ゆずもと)(ひとみ)

 再び私が強襲戦車競技を始めるようになったのは、彼女からの提案だった。元隊長の義永(よしなが)仁子(じんこ)がギルバート高校に格安で我が校の戦車を売り飛ばした後に彼女自身も転校した結果、残された戦車道部のメンバーは荒れに荒れた。その戦車道部を再建する為にまず彼女が考えたことは、戦車を手に入れることだった。やることがないから遊び呆けていると考えた彼女は、唯一残されたⅡ号戦車F型を使って戦車を入手する方法を考えて、そして、その結果として辿り着いたのが強襲戦車競技である。

 瞳と話しをするようになったのは、いつも私が Ⅱ号戦車F型の操縦席に座っていたことがきっかけだ。この時はまだ老朽化の影響でⅡ号戦車F型はまともに動かなかった。それでも居座っていたのはⅡ号戦車F型が好きだからではない。ただ戦車道がしたくて仕方なかったから、女々しくも戦車倉庫の端で唯一残された戦車の操縦席に座り続けていただけの話だった。初めて声を掛けられたのは瞳が急にハッチを開けた時、彼女は驚きに目を丸くしながら「えっと、戌井さんだったよね?」と話しかけてきた。私が頷き返すと「戦車を動かしたいの?」と続けて問われたので、また頷き返す。すると彼女は目を輝かせて「私が直すよ!」と言うと腕を捲って、意気揚々と戦車の修理を始めた。それから一週間、見違えるように綺麗になったⅡ号戦車F型を前に瞳はどや顔を浮かべる。

 そして、彼女は私に手を差し伸べると「一緒に戦車をやろうよ!」と誘ってくれた。

 それからはまあ流されるまま、引っ張られるまま、彼女の気分次第であちこちで開催される強襲戦車競技の大会に出ては少しずつ賞金を貯めていった。強襲戦車競技にはもう興味が失せていたが、彼女と一緒に乗る戦車は少しだけ、ほんの少しだけ楽しかった。

 今回の大会は大一番、景品はⅥ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ)で誰もが鼻息を荒くして挑んでいる。

 負けるわけにはいかない、と意気込む瞳を隣に、私は静かに気合を入れる。

 動悸が早まり、呼吸が荒くなる。瞳孔が開いて、低く唸り声を上げる。全身の毛が逆立つような錯覚、砲撃が飛び交う中に入ると頭の中が真っ白になる。世界の全てが遠くなり、自身の存在が薄くなる。自身の知覚できる全てを認識する、感覚だけがより鋭敏さを増した。激情が体を支配する、逸る想いをそのままに頭は恐ろしいくらいに冷え込んでいった。とても冷静とは言い難い、極度の興奮状態の最中にあって、それでも脳の一部が全てを俯瞰する。想像する、創造する。明確に、鮮明に、詳細に、想定した動作をなぞれば、想像は現実に成り変わる。戦車の全てが私の思い通りに動く万能感、自分自身が戦車となって戦場を駆け抜ける錯覚にふつふつと細胞が燃え盛る。私は戦車道に対する情熱だけで、世界の全てを燃やし尽くすことができた。敵の喉元に食らいつくように飛び込んで、そして食い散らかす。

 たぶん私は寂しがり屋なのだ、だから友達一人の為だけでも情熱を燃やすことができる。

 

 

 運転が荒っぽいっていうレベルじゃない、振り落とされないようにするだけでも精一杯だった。

 右へ左へと大きく揺れる車内で両足を踏ん張り、半ば意地だけで照準器を覗き込んだ。そして吸い込まれるように射線上に入った敵戦車に向けて引き金を引き絞る。Ⅱ号戦車F型の主砲は機関砲。通常の戦車道では戦力として数えられるかも怪しいが、戦車の重量が10t以下という制限のある強襲戦車競技(タンカスロン)であれば敵戦車の装甲も薄いので、充分に通用する。

 私、中須賀エミはダッダッダッと振動する砲身を必至に抑え込みながら砲弾を叩き込んでいった。

 正直なところ自分の仕事をこなすだけで精一杯だ。しかし、それでも無意識に機能する戦車脳が、戌井(いぬい)鏡子(きょうこ)の操縦手としての腕前、激しく揺れる車内でも的確に弾を込める瞳の装填手としての適正――そしてなによりも「右に三◯、三五、四◯度……っ!」と砲塔を旋回させる瞳と、その動きを考慮しながら戦車の立ち回りを修正する戌井の連携は舌を巻くほどだ。勝手に敵の方が照準器の中心に飛び込んでくるから自分は微調整するだけで良かった。

 そして戌井鏡子は思い切りが良い、ガツンッと車内が大きく揺れる。

 またか、と強い衝撃に驚きながらも照準器から目を離さない。砲口を向ける先には大きく横滑りする敵戦車があり、その先端の角には傷が付いていたことから衝突したことがわかった。戌井(こいつ)は狙って体当たりしている、きちんと相手に隙が生まれるように狙って敵戦車を弾き飛ばしていた。そして、あとは引き金を引くだけで敵戦車の隙だらけな横っ腹に砲弾を叩き込める状況もおそらく狙ってのことだ。

 戌井鏡子という女が、操縦手として凄い技術を持っていることが嫌でもわかる。

 その上で気に食わないとも思った。

 

「砲身を動かせる範囲にまで持ってきてくれたら後は自分で調整するわ」

 

 こいつは私のことを数合わせにしか見ていない。

 操縦技術だけで照準を合わせようとするのだ。そして、その誤差は車体に当てるだけなら充分という程に精度が高い。つまり馬鹿でも当てられる。しかし、それを可能とするには規格外の技量が必要となる。

 つまるところ戌井鏡子は規格外の選手の一人だった。

 

「……そうなの?」

 

 相変わらず、搭乗者に遠慮もない荒い運転をしながら挑発的に問いかけてくる。

 

「私は貴方の足枷にはならないわ」

「なら、そうね。それなら少しだけ取り繕うのをやめるわ」

 

 そう言うと世界の動きが変わった。

 正確に云うと速くなった、全ての動きがワンテンポ早い。わわっと瞳が慌てるが大きく体勢は崩れない、そこまで計算して戦車を動かしているのだろうか。ならばもっと早く動かすことができたりするのだろうか。早くなった視界の中でも照準器の中に戦車を収められる。先程と違うのは、少し修正してやらないと弾を当てられない場合があることだった。砲手は本業ではない、しかし、この程度のことはできる。

 それにしても何故、此処まで彼女は丁寧な運転を――いや、運転そのものは荒っぽいが、照準越しに見ると彼女は神経質な程に丁寧に砲口を敵に合わせているのだ。その疑問を考える為に少し照準器から目を離す。すると、瞳と目が合った。答えは思いの外近くに転がっていたことに気付いた私は、再び照準器を覗き込んだ。

 私が来る以前は二人で戦車に乗っていたと云う。つまるところ鏡子は友達想いというだけの話だ。

 

 

 結果を語れば、私達が最後まで生き残ることはできなかった。

 合計十二輌を撃破した時点で結託した敵に四方から囲まれ、最終的にスコアを十四輌に増やしたところでゲームオーバーだ。もっと立ち回り考えれば最後まで生き残ることもできた。しかし、ここまで撃墜スコアを伸ばすことはできなかったに違いない。撃墜スコアは二位の二倍以上、三倍近い戦果にMVPを貰えたが――折角だからⅥ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ)が欲しかったな、とか考えていると隣にいた瞳が「やったあ! これで戦車一輌確保だよ!」と両手を上げて喜んだ。

 どうやら用意されたⅥ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ)(破損中)はMVP賞だったらしい。

 

「優勝すれば貰えるって言ってなかったっけ?」

強襲戦車競技(タンカスロン)だと大体、優勝者がMVPに選ばれるんだよ」

 

 戦術が認められたり、結託や裏切りと水面下の活躍が評価されたり。でも今回は十四輌も撃破した規格外のスコアが評価されたらしい。まあ私達の戦い方だと目に付いた戦車を片っ端から倒していた(サーチアンドデストロイ)だけなので戦術や謀略は欠片ほどもなかった。

 

「そういえば戦車道を復活させるとは聞いてるけど、どこまで行くつもりなの?」

 

 優勝者が表彰台に立って讃えられるのを見つめながら、何気なく瞳に問いかける。

「どこまでって?」と首を傾げる友達に「目標よ、地方の大会で優勝でもするつもりなの?」と聞き直した。

 すると瞳はにんまりと笑みを浮かべて、両手をぎゅっと握りしめる。

 

「来年は全国大会に出場するって決めたの!」

「なら目標は優勝ね」

 

 やるならば全力で、そう思っての発言だ。しかし瞳は目を瞬かせて驚くような気がした。

 

「うん、そうだよ! やるからには全国大会初参加初優勝!」

 

 しかし予想と反して、力強く頷いてみせる。

 

「きょーちゃんと約束したの! 絶対に全国大会に行こうって、どうせ目指すなら優勝だって!」

 

 ふぅん、と戌井の方を横目に見る。

 今は優勝チームが表彰されるのを興味なさげに見つめている。その立ち姿は、なんというか存在が希薄なように感じられた。MVPで表彰された時も喜びを表に出さず、何を考えているのかわからない目で遠くを見つめている。その淡白な姿からは人間味を感じられない。情熱とは無縁の人物のようにも見える。先程、あれだけ荒々しい操縦をしていた人物と同じだと思えなかった。

 そんな人物なのに――私の隣にいる瞳が全国大会優勝という夢に向けて目を輝かせているのは少し面白くなかった。

 

「まあいいわ」と雑念を振り切った。

 

 彼女が周りに合わせなくとも良い、どうせ私も周りの環境に合わせる気はないのだ。

 まだ私は私の戦車道が何なのかわからないけども、ドイツで一年生の時からエースと呼ばれた実力には自信を持っている。そして自分の実力が日本の戦車道に遅れを取っていると思ったことは小学生の時も含めて一度もない。だから合わせるのは私ではなくて、日本の戦車道が私に合わせるべきだと今も思っている。

 良いじゃない、優勝。やってやろうじゃない。本場の戦車道を見せてやる。

 私がベルウォール学園を優勝に導いてやる、と決意を固めた。




次回から新章。アニメ本編開始と同じ時系列。


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番外:リトルアーミー、再起③

思うところがあったので、ちょっと補足です。


 私、柚本(ゆずもと)(ひとみ)は全力になれる何かを探していた。

 私は幼い頃から飽きっぽい性格をしており、何をしていても目移りしてしまうことが多くってすぐに飽きがきて、また別のなにかに興味を惹かれては手をつけるということを繰り返していた。そのせいで幼馴染を困らせてしまったことがあるし、親友の一人を心配させてしまったこともある。だから末永く続けられるような趣味を探し求めるようになって、でも楽しいとか、面白いとかってだけじゃ続かなくって、だから心の底から本気になれることはただの一度もなかった。

 戦車道に出会うまでは、だ。

 長く続けたいということは好きだという気持ちが大事だけども、それはただ楽しいだけや面白いだけでは続かない。長く続ける為に必要なことは、きっと全力を出し切ることだと思っている。全力を出したから楽しくって、面白くって、だからまた全力でやりたいと思うようになるのだ。そして、あとはその繰り返し、昨日の私よりも今日の私、今日の私よりも明日の私、毎日変わって変化し続けるから飽きなんて来るはずがない。きっと私が戦車道をやめる時は変化をやめた時であり、それが来ない内は戦車道をやめることはないと思った。

 ベルウォール学園で新しくできた友達に向上心が強いと言われたけど、そんなことはないと思っている。私は未だに飽きやすい、思い付きで行動するし、適当な場所で満足してしまう悪癖は今も変わっていない。だから私はただ戦車道が好きなだけなんだと思っている。好きだから色んなことが知りたくなるし、好きだから色んなことがしてみたくなる。ただそれだけなのだ。毎日、見える景色が変わって、新鮮だった。

 そして今日もまた新しい眼鏡に付け替えるように世界が変わる。

 巡り巡る季節ように、変化が絶えない。

 

 

 私が全国大会への挑戦を決めたのは、戌井(いぬい)鏡子(きょうこ)との出逢いがあったからだ。

 私自身はそこまで大会に興味はない。私にとって戦車道はあくまでも趣味であり、誰かと競い合って、勝利だけを目指して頑張ることは難しかった。そもそも、誰かと戦って勝つという意義がよく理解できない。勝つ方が嬉しいとは思うけども、何故勝ちじゃなきゃいけないのかは分からなかった。だから負けた時もヘラヘラしてしまって、たびたび怒られたこともある。

 それでも、負けて悔しいという気持ちは分からなかった。

 初めて鏡子を見た時、捨てられた子犬のようだと思った。何故、そう思ったのか分からない。ただ放ってはおけない雰囲気を彼女は纏っていた。戦車倉庫で戦車を見上げる無表情の仮面の下に、とても熱い何かを感じた。

 鏡子は戦車に乗ると人が変わる。普段の儚げな印象とは裏腹に、過激で荒っぽい操縦をするようになる。周りは彼女のことをパンツァー・ハイと称するけども、それもなんだか違う気がする。なんとなしに彼女が乗った試合の録画を見直すと、確かに彼女の運転は無鉄砲で荒っぽい。前年度の西呉王子グローナ学園との恒例試合では、鏡子は敵陣に飛び込んで二、三輌を道連れに掻き乱すだけ掻き乱し、敵の陣形が見る影もなくなったところに残りの味方が雪崩れ込むという惨劇になっていた。試合の翌日、彼女が乗る戦車には「猛犬注意」のステッカーが貼られていた。敵の喉元に噛み付いて食い散らかす姿は上品とは呼べず、狂犬と称する者も少なくない。私も戦車そのものよりも戦うこと自体が好きな人なんだと思っていた。

 でも、その考えは間違いだったと気づかされる。戦車倉庫にある戦車が知らぬ間に売り飛ばされて戦車道ができなくなっても、彼女は戦車と共に在り続けていた。Ⅱ号戦車F型の操縦席に腰を下ろしている彼女はまるで番犬のようであり、戦車は彼女の領域。つまり犬小屋なのかもしれないと失礼なことを想像したこともある。

 少なくとも彼女は狂った犬ではない、それは同じ戦車に乗るとすぐにわかった。

 彼女の運転は荒っぽいが、何処までも純粋だったように思える。裏切りや搦め手が当たり前の強襲戦車競技(タンカスロン)においても彼女の本質は何一つ変わらず、純粋に己の技量だけで戦車の性能を最大限に生かした。騎士道のように整ったものではない、彼女の在り方は武士であり、もしくは侍であった。荒々しく、猛々しく、しかし振るう刀は理詰めの塊、何時でも何処でも真正面の真っ向勝負。迂回せず、寄り道もなく、ただひたすら前に道を敷く彼女のやり方に華やかさはないのかもしれない。でも逃げも隠れもせず、来る者は拒まず、全員を返り討ちにする姿勢は確かに私達の心を揺るがした。彼女は果てしなく戦車が好きで、とても純粋な人なんだと感じた。

 こんな人だったから私は彼女が望む場所に連れていきたい、と思ったのだ。

 

「全国大会に出場しよ?」

 

 彼女が辺境に埋もれてしまうのは勿体ないと思った。

 こんなにも戦車が好きな人が誰にも知られず、埋もれたまま消えてしまっても良いとは思わない。それに、彼女からは幼なじみと似た匂いを感じる。自分とは違う、もっと大きな舞台で活躍するような人達と隣にいるような――例えば、みほ、例えばエミ。そして、ちーちゃん。みんなはどんどん先に行く。きっと彼女も同じだった。いつまでも友達だけど、いつまでも同じ立場にはいられない。私はみんなを見送る役、だから私は彼女をみほやエミのような高い場所に連れて行かなきゃって勝手に思った。

 それがきっと彼女の居場所なのだから。

 

 そうね、と彼女は興味なさげに呟き、そして仄かに笑みを浮かべながら私を見つめる。

 

「どうせ目指すなら優勝ね」

 

 その言葉に私は、みほやエミ、ちーちゃんに感じていたものと同じ感覚を感じた。

 

「うん!」

 

 元気よく頷き返す。

 きっと私はずっとこういう役回りなんだと思う。

 それはもう誇りに近かった。

 

 

「そういえば全国大会に参加するのは良いのだけども、参加条件はあるの?」

 

 強襲戦車競技(タンカスロン)の景品であるⅥ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ)を戦車倉庫に収めるのを見届けてから幼い頃の私の親友、中須賀エミが問いかけてくる。

 

「大体、何時も一枠か二枠空くんだよね。戦車が壊れて足りないとか、維持ができなかったとかで――ほら、戦車って基本的に金食い虫じゃない。それで私達みたいな連盟に参加して、地方大会に出るような高校が枠に滑り込むんだよ」

 

 そう返すとエミは「何処の国も一緒なのね」と呟き返した。

 高校戦車道全国大会の参加規定は二つ。戦車道連盟に加盟している高校であること、そして最低でも五輌の戦車を保持していることだ。優遇処置は前回の大会に参加していることであり、他は特にない。また全国大会には予選がないことにエミは「相変わらず戦車道の人気は低迷しているわね」と呟いてみせる。「実績があれば、全国大会への出場も優先されるよ」と私が云えば、「気の長い話ね」と遠くを眺める。

 とりあえず、まずは戦車を五輌揃えるところから始めなければならない。

 

「そういえば、みほはどうしてるの?」

 

 その言葉に私は「お姉さんと同じ黒森峰に行ったって聞いているよ」と答えた。

 

「そう、なら一度、会ってみたいわね」

 

 エミは懐かしむように目を細めて、呟いた。

 その顔は嬉しそうだった。私が戦車道を続けていることを知った時と同じ顔をしている。

 

 

 此処は大洗女子学園、茨城県にある母港に寄港しているところだった。

 そこで、トランクケースを一つ引き摺る少女が、学園艦に乗船する。おどおどとした様子で何度も周囲を確認する姿は、まるで臆病な小動物のようであった。そして汽笛の音と共に離れる港を見つめながらほっと、安堵の息を零す。これから漸く、私の人生が始まるんだ、と胸に想いながら小さく拳を握り締めた。ふと幼い頃、小学生の時にした約束を思い出して、ぶんぶんと首を横に振った。

 もう良いんだ、と自分に言い聞かせる。もう充分に頑張った、と自分を慰める。

 私の戦車道は見つからなかった。見つける、その前に私の道は途絶えた。後悔はない、といえば嘘になる。でも、もう戦車とは関わらないと決めた。この道の行く先が何処なのかわからない、でも、それでもしっかりと前を見て歩こうと決めたんだ。逸見エリカ、赤星小梅、そして茨城白兵衛とまた出会える時の為に、下を向かずに済むように、自分が納得できる道を歩もうと思う。

 風が吹いた、強い風が吹いた。風に運ばれて、小さな桜の花弁が頰を撫でる。そして本土に向けて吹き抜けた。

 戦車道をやめたことを私は後ろめたいとは思わない。

 でも、やっぱり心残りがあるとすれば、それは古い友人との約束である。

 

「私の戦車道は見つからなかったなあ……」

 

 呟き、合わせる顔がなくて、苦笑した。

 そして学生寮を目指して、ゆっくりと歩を進める。

 私の人生は、まだまだこれからだ。

 

 世界は回る、刻は加速する。

 誰かの意思に阻まれることなく、戦車道に想いを寄せる数多の少女の運命を束ねて、たった一つの舞台へと収束する。

 この日、西住みほが大洗女子学園の学園艦に乗船した。




やだ、この子……なんか原作よりもメンタルが強くなってる。


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本編 副隊長、頑張ってます!①

久しぶりにメインです。メインです(念押し)


 継続高校の冬は長い。

 雪解けの季節は春先のことで、入学式の季節を迎える頃に漸く気温がプラスになる。

 ここって本当に日本の領海なのかな、なんだかシベリアの風を感じるな、とかそんなことを感じながら餡饅を咥える。Ⅲ号戦車J型の車内、その戦車長席でハフハフッとしているとコンビニまで買い出しに行ってくれたスオミが、装填手席で熱っぽい視線を私に向けながらコーンポタージュを口にする。砲手席では(かおる)が白けた顔でタピオカミルクティーを啜っており、操縦手席ではおしるこの缶ジュースで両手を温める綾子の姿があった。

 近頃は、よく四人で行動することが多い。黒森峰では、あまりこういうことはなかった。

 あそこでは実力に合わせた配置転換を頻繁に行う為、戦車チームが固定されるレギュラーなら兎も角、二軍ではチームが長続きする事は少ない。その為、家族ぐるみならぬ戦車ぐるみでの付き合いが少ない。だから、こういうアットホームな感じは、なんとなく新鮮で心地よかった。

 それに黒森峰では、戦車内での間食は御法度だ。謹慎三日間くらいは言い渡される。

 

 家族ぐるみと云えば、新入生が入ってきたことで余っていた戦車の乗員も決まった。

 例えば今、目の前を拙い動きで走っているのはエトナ率いるT-34中戦車。入学式から一週間後のこと、何処からか新入生を三人も連行してきた彼女は、そのままT-34の車内に詰め込んで戦車メンバーに加えた。それとは別にヴィッカース6トン戦車、もといT-26Eにも一年生のみで構成されたチームが入っている。

 全国大会に向けて、今日も今日とて訓練を続けており――

 

『もしもし、えっとヘイヘ先輩! パッパがもうすぐ始めるぞって』

 

 今は休憩中。通信機越しに伝えられる言葉を聞いて、車内の皆を見渡した。彼女達が頷き返すのを見てから答える。

 

「あと三分待って、急いで準備するから」

 

 そう告げて、残った飲料物を飲み干し、車内のゴミ箱に放り投げた。

 

 

 入学式当日、暴走族に絡まれている新入生を助けたら懐かれた。

 とても可愛い子だったので、ここでの遊び方を教えてあげると都合の良いことを云って、部屋に連れ込んで堪能した。そのついでに戦車道に誘ってみると二つ返事で快諾してくれたので俺って勧誘の素質があるかもしれないって思った。その翌日、路地裏で暴走族にカツアゲされている新入生が居たので、この前と同じように助けたら懐かれた。この前の子とは違って、胸が大きくておっとりとした感じの子だったので、つい部屋に連れ込んで遊んだ。事のついでに戦車道に誘ってみると二つ返事で快諾してくれたので、やっぱり私は勧誘の才能があるんだなと思って良い気になった。更に翌日、体育館裏で虐められている子が居たので颯爽と助けてあげた。勝ち気が強い子だったのが新鮮だったので言い包めて、部屋に連れ込んでたっぷりと泣かせてあげた。それから流れ作業のように戦車道に誘ってみると二つ返事で快諾してくれたので、私の勧誘の腕前は神がかっていると思った。

 そして本日、初めて戦車に乗ったのだが――私、エトナですが戦車内の空気が最悪です。

 戦車内で凄いギスギスしている。よくわからないけども、凄い睨み合ったり、足を踏んづけて牽制しあったりしていた。流石に仲間内で仲が悪いのは不味いだろうと声をかければ、「なんでしょう、パッパ!」と凄い笑顔を向けてくれるのだ。それはもう凄い、爽やかすぎて逆に怖いくらいだ。「みんな、仲良くしないといけないぞ☆」と茶目っ気たっぷりに告げると「はーい!」と後輩達は良い返事を返してくれる。三人が肩を組む後ろで背中を抓りあったりしていることを除けば、素敵な光景だなあと思います、はい。おかげですっごい肩身の狭い思いをしている。

 なんでこうなったのかわからない、気持ちよかった記憶しかない。

 三者三様、皆違って皆良い。

 

 今日の朝に三人娘と一緒に通学している時、偶然、出会わせたミカがとても冷めた目で俺のことを見つめてきた。

 

 さて新しく戦車仲間になってくれた三人娘を軽く観察する。

 まず砲手を務める俺の隣で装填手を担ってくれているのはまひるだ。なんとなしに臆病な雰囲気を持つ彼女ではあるが、これでいて働き者であり、砲弾を担ぎ上げては砲身に叩き込むことを一生懸命繰り返してくれる。その健気なところが可愛らしくて愛くるしく、ついつい彼女のショートカットの髪に手を伸びて頭を撫でてしまうのだ。嬉しそうな顔で頭を手に押し付けてくる様は、なんだか犬っぽいと思った。ちょっと汗っかきなところもあり、練習後は下着までぐっしょりと濡らしていることが多い。そういう時に恥じらう彼女と一緒に寝ると、とっても興奮する。恥ずかしいことは何度繰り返しても慣れず、ずっと飽きずに虐めることができた。

 次は通信手の遥香(はるか)、小柄な体に不釣り合いの大きな胸、それでいておっとりとした雰囲気を持つ少女。ウェーブかかった長い髪が特徴的な子で、それを柔らかく揺らしながら歩く姿は見る度に美人だと思い知らされる。全体的にもっちりとした肌触りで抱き心地がよく、何時までも抱き締め続けることができた。彼女の柔らかで豊満な胸に顔を埋めると濃厚な甘い香りがする。

 最後に操縦手の未来(みき)について語る。ツインテイルで勝ち気の強そうな目付き、口を開けば棘の強い言葉ばかりが吐き出される。しかし決して彼女は気が強い訳ではなく、むしろ押しに弱い臆病者だ。気の弱い犬ほどキャンキャン吠えるものだが、彼女がそれに当て嵌まると言っても良い。部屋に連れ込んだ後もなし崩し、俺に流されるままで気が強いとはとても言えない。それでいて口先だけは罵声と罵倒を浴びせ続けるものだから、黙らせてやろうと張り切り外が明るくなるまで虐めに虐めて、息絶え絶えで口の端から泡を吹き出し、顔を涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしても、まだ掠れた声で悪口を言っていたから根性はあるのかも知れない。拷問染みた調教をしても心を折ることがないから思う存分に可愛がれる、たぶん三人の中で最も取り返しが付かないことになっている。

 ちなみに皆、戦車を操縦する腕前はそれほどでもない。妹のマリや綾子を知っている分、どうしても見劣りする。しかし手を出してしまった手前、下手に捨てるとまた退学沙汰に発展しそうだな、と思えば下手に縁を切ることもできない。幸いなのは三人共、まだ飽きが来ないということだ。

 正直な話、仲が悪いのは勘弁して欲しいが、個人的には今暫く楽しみたいと思っている。

 

「パッパ、今日は私と一緒だよね!」

「えー、駄目だよ。まひるちゃん、今日は私がたっぷりと甘やかせてあげるんだよ?」

「残念だったわね! パッパは今日、私と約束してるのよ!」

「私もだけど?」

「私もー」

「パッパ、どういうことなの! 説明しなさい!」

 

 もう三人一緒で良いんじゃないかなあ、そんなことを思いながら休憩時間中はずっと肩身の狭い思いをし続けることになる。

 練習時間が恋しくなるのは、この三人による尋問から逃れる為だった。なんだかもう段々と面倒になってきたので、俺のことを好きにしても良いから三人で一緒に寝てみようか、と三人が仲良くなるきっかけとして駄目元で誘ってみると「好きにしても良い!?」と三人は目を輝かせて問い返してきた。あっ、まずったかな。と思った時にはもう手遅れ。

 その日の夜は色々と取り返しが付かないことになった。

 

 

 ピロリン♪ とスマホの着信音がなる。

 私、マリは姉エトナから送られてきた画像を開いた。そして、ソッと閉じる。まあ何時かこんな目に合うんじゃないかなとは思っていたので驚きはない。とりあえず三人の新入生には、姉を社会的に殺せる画像を他の人には送らないように返信し、もうちょっと懲らしめても良いよと付け加えておいた。

 それから必死に助けを請う姉の着信を既読スルーし、これで少しは懲りるといいな、とか考えながら布団に潜り込んだ。

 

 

 ヴィッカース6トン戦車の車体にT-26の砲塔を乗っけるとフィンランドの独自戦車であるT-26Eに様変わりする。

 その戦車に乗せて貰っているのが私達、新入生によるトナカイさんチームだ。戦車道を始めたのは、なんとなしに格好良く感じたからだ。今は人数が少ないからすぐに戦車に乗れると聞いたのも決め手の一つで、私、茉莉亜は、中学生からの親友である愛乃とソフィアを誘って戦車道を履修することになった。

 戦車が前進して振動する音だけでもドキドキで、体の奥まで響く砲撃音にはワクワクだった。

 そうやって稼働する戦車に目を奪われていると、親友二人が私のことを見つめていた。愛乃は少し困ったように笑って、ソフィアは私に優しい笑みを浮かべている。私はもう居ても立ってもいられなくって、私達の相棒になるT-26Eの戦車に駆け寄ろうと二人の手を引いた。

 後ろ向きに走り出したせいで、ドンと背中に誰かとぶつかってしまった。

 慌てて振り返ると先輩の姿、確かエトナ先輩だ。ごめんなさい、って慌てて謝るとエトナ先輩は構わないって疲れたように笑顔を浮かべながら答える。なんだか妙にやつれており、目の下には隈が浮かんでいた。心配になって声をかけようとして、ゾッと背筋に冷たいものを感じる。

 顔を上げると妙に肌がテカテカした三人組が私のことを満面の笑顔を浮かべながら無言で見つめていた。

 あまりの怖さに「ピャッ!」と私が悲鳴を上げると笑みを深めてみせる。

 

「姉さんのことは心配しなくても良いよ、自業自得だからね」

 

 私の手を引いてくれたのはマリ先輩だ、確か名字が違うけどもエトナ先輩の妹さん。そうして連れられて行ったのはT-26Eの前であり、お礼を言おうとした私の口元にマリ先輩の人差し指を当てられた。

 

「自分の体が大切なら姉さんに近づかない方が良いよ。綺麗なままでいたいならね」

 

 その言葉に私は首を傾げる。するとマリ先輩は呆れた顔で私の後ろ、親友二人に視線を向けた。愛乃とソフィアは力強く頷き返してみせる。意味がよくわからない。それからマリ先輩と別れた後、「どうしてエトナ先輩に近付いたら駄目なんだろ、ねー?」と後ろの親友に話しかけると何故だか二人とも少し頰を赤くして困ったような曖昧な笑顔を浮かべてみせるだけだった。

 

「エトナ先輩って格好良いのに、私もあんな風になりたいな!」

「あんな風に!?」

 

 二人が盛大に咳き込んだ。

 愛乃は鼻まで覆い隠すように口元を抑えながら身を屈めて、ソフィアは鼻を摘みながら空を仰ぎ見て、首の後ろをトントンと叩いている。共に耳まで顔を真っ赤にしており、なんだか二人の変な反応に首を傾げる。

 まあ二人のこういった反応は珍しいことではない。いつものことだと考えて、一人、先に戦車に乗り込もうと足を上げる。

 

「パンツ、見えてる! パンツ!」

「恥じらいヲお願いシマス!」

「別に女の子同士だから恥ずかしくないじゃん」

 

 減るものでもあるまいし、そう思いながら車内に潜り込んだ。




更新された面々、名前は全員覚えなくても構わない気がします。
適当に折り合いを付けてください。

・長ぐつさんチーム
使用戦車:Ⅲ号戦車J型
戦車長兼通信手:茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)(二年生)
砲手:鬼瓦(おにがわら)(かおる)(二年生)
装填手:水森(みずもり)スオミ(二年生)
操縦手:片瀬(かたせ)綾子(あやこ)(二年生)

・ヒグマさんチーム
使用戦車:T-34中戦車
戦車長兼砲手:川内エトナ(三年生)
装填手:まひる(一年生)
操縦手:未来(みき)(一年生)
通信手:遥香(はるか)(一年生)

・トナカイさんチーム
使用戦車:T-26E軽戦車
戦車長兼通信手:茉莉亜(まりあ)(一年生)
砲手兼装填手:ソフィア(一年生)
操縦手:愛乃(あいの)(一年生)


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副隊長、頑張ってます!②

 ここは戦車道に関する書類が保管されている部屋。

 多種多様な書類の束が棚にしまわれている。執務室とでも呼ぶべき空間で、私は戦車道の練習で消費した砲弾と燃料を計算し、来週に発注をかける資材を計算する。これは私、茨城(いばらぎ)兵衛(ひょうえ)の仕事になっており、隊長のミカは今日もBT-42と共に学園艦の何処かを彷徨っていた。ミッコ先輩にGPS機能付きのスマホを持ち歩いて貰っているので大体、どの辺にいるのかわかる。それでも稀に――月に一度くらいの頻度で通信が途切れることもあるけども、三日もすれば学園艦に反応が戻っている。

 そんな訳で戦車道の細々とした資料作成は私の仕事となっており、手伝ってくれるのは――空になったコップを引き上げて、代わりに温かい茶の入った新しいコップを机の脇に置かれた。見上げるとスオミが横に立っており、そっと添えるように資料の束を机に乗せる。ありがとう、と笑顔で告げるとスオミはにっこりと微笑んで先程、回収したコップに新しい茶を注ぎ入れる。

 こんな時にもソツのない仕事を熟す敏腕秘書、もとい私の同居人兼世話役のスオミだった。

 

「あと練習試合の申し込みが来ていますよ」

 

 全国大会が近づきつつある今、入学式を終えて新生したチームを試行する為に練習試合を組むチームは多くなる。

 練習試合を組むには正に今が旬と言える。地方大会や練習試合を熟しながら全国大会に向けて調整し、緊張感をヒリヒリと高めていくのだ。私達もまた新生チーム、それも継続高校として前年度全国大会の経験した者はミカアキミッコの三人のみである。なんでこのような状況に追い込まれているのか、色々とおかしい気がする*1

 まあさておき私達、継続高校も公式戦に必要な数の戦車と乗員を確保することができている。

 この辺りで練習試合の一つも組んでおくべきだ。

 

「申し出が届けられているのは二件……いえ、一件だね」

 

 プラウダ高校から届けられた手紙を机にしまって、もう一枚の封筒を手に取る。そして見覚えのない校章に首を傾げる。形からしてワッフルのようだが――前年度、全国大会に参加した面子の中では見覚えがない。戦車道に関することの記憶力には自信があるので、まず間違いないはずだ。スオミは口に含んだ茶を少し堪能してから飲み込むと、ペロリと唇を舐めてから私の疑念に答えてくれた。

 

「ワッフル学院、前年度の全国大会には不参加です。元々は戦車強襲競技(タンカスロン)で活躍されていた方々のようで、何処の勢力にも所属せず、助っ人という形で大会を渡り歩いていたようですね」

「まるで傭兵のような奴らだね」

 

 私は封筒を流し読んだ後で、受諾するよ、と私はスオミに封筒を返した。

 

「なんだか最近、戦車強襲競技(タンカスロン)界隈が盛り上がっているなあ」

 

 そんなことを口にしながら頭はもう次の練習試合のことでいっぱいだった。

 それが分かっているのかスオミもワッフル学院に関する資料を机の上に並べてくれる。

 円卓、と呼ばれる戦車強襲競技(タンカスロン)大会のチラシが挟まれていたのも、さりげない気遣いだと思う。

 

 

 これは茨城白兵衛に封筒が届く、一週間前の話だ。

 

 此処はワッフル学院、ベルギーをモチーフにした街並みで、道や広場はレンガ仕立ての背が高い建物に囲まれている。また景観を気にしてか学園艦の上であるにも関わらず、街中を川が流れていることも特徴的だった。石畳の道を歩く通行人を見ながら、私、福井(ふくい)奏絵(かなえ)はワッフルを片手にオープンテラスの席に腰を下ろす。机には淹れたての珈琲が置いてあり、その脇には書類の束が広げられてあった。

 そうやってモーニングコーヒーを堪能していると「この時間、君はいつもここにいるな」と胡散臭い笑顔の女が私の対面に座る。

 慣れた動作で手を挙げると「紅茶を一杯」と店員に告げた。

 

「それで私に何のようだ、王堂(おうどう)

「私が君に逢う理由なんて戦車以外にありえない、そうだろう?」

 

 目の前の彼女、王堂(おうどう)狐子(ここ)が浮かべていた笑みを深めてみせる。

 私達、ワッフル学院には戦車道の科目がない。故に部活動という形で活動しており、去年から戦車道連盟に加入する運びとなった。しかし集められた戦車では公式試合に出場できず、選考段階で除外されてしまうことが多かったのだ。そこで私達が活路を見出したのが戦車強襲競技(タンカスロン)になる。戦車の経験も疎い私達は他チームの数合わせとして出場し、もしくは地方大会で助っ人参加。時には草戦車道チームの試合にまで駆り出され、少しずつ資金を貯めること半年間、漸く他校と戦車購入の相談をできる程度に資金を貯めることができた。

 それで戦車が届いたのが入学式の数日後、今までの実績から戦車道連盟に全国大会出場の機会を与えてくれること約束される。

 

「君がサンダースから購入したM4中戦車(シャーマン)についての話なんだが……」

「あれは苦労したな。主砲が榴弾砲なのは勘弁してくれよ、戦車道では使う機会が少ないって理由で安くして貰っているんだからな」

「ああ、君のお手柄だ。素直に賞賛しよう、それでM4中戦車(シャーマン)の搭乗者について相談があるのだ」

 

 ふぅん? と向かいに座る王堂を片目で見つめる。

 

「安心しろ、あれには私とお前で乗る。そういう取り決めだっただろ?」

「ああ、そういう取決めをしていた。でも、その取決めを取り止めたい」

「……なんだ、また戦争でも起こすのか?」

 

 ピシリと空気に静電気が迸る。私が殺意を込めて睨みつけると王堂は両手を上げて害意がないことを示した。

 

「違う、私が乗るのではない。だが君に乗って欲しい訳ではない」

「……つまり何が言いたいんだ。結論を言え」

 

 珈琲を啜り、一度、敵意を収める。すると王堂はわざとらしく息を零して、運ばれてきた紅茶に口を付ける。

 

「優秀な一年生がいる。彼女は特別だ、だから良い戦車に乗せてやりたい」

「それは、なんだ。私達よりもか? 言わせて貰うが私は特別だし、お前もそれなりに腕が良いと思っている。今更、私達に敵う奴が我が高校に居るとは思えないがな」

「私達が特別、な」

 

 まあいい、と王堂は嘲笑するように小さく息を吐き捨てる。

 

「彼女は特別だ。君も一度、戦ってみると良い」

「面白い、それでは私が相手をしよう」

 

 私はワッフルを頬張り、珈琲の苦味と共に飲み込んだ。

 王堂は鞄から棒付きの飴を取り出し、糖分摂取と言いながら、あむっと美味しそうに咥えてみせる。

 彼女は駄菓子が好きなようで、よく持ち歩いている。

 

「それに私達が乗るための戦車は別に用意させて貰ったよ」

「……そんな資金なんて、もう残っていないはずだが?」

「警戒してくれるな。格安で譲ってくれたものだ、カタログスペックを見ると定価の半額以下と言っても良い」

「何処も戦車が余っているわけではない。何処から仕入れた? 曰く付きはごめんだぞ」

「私も表と裏では立ち回りを考えるさ」

 

 かといって変に疑われても困る、と彼女は云うと人差し指を立てる。

 

「取引相手は聖グロリアーナ女学院だ」

「聖グロだって? あそこはOG会がうるさい、戦車が余っていても譲ってくれるはずがないだろう」

「そこは政治手腕の見せ所だな。なに、悪どいことはしてないさ。むしろ、あそこの生徒達を救ってやったとも言える」

「また胡散臭いことを言ってるな。その回りくどい言い方はやめた方がいい、面倒くさいからな」

「私は普通にしているつもりなんだがな」

 

 王堂が肩を竦めて、苦笑を浮かべてみせる。

 何処までが本当で、何処までが嘘なのか、未だによく分からない。戦車道部を結成する前までは犬猿の仲とまで呼ばれるほどだったのに、急に戦車道部を結成すると言い出しては私達を巻き込んで来やがったのだ。その発起人であるにも関わらず――私の顔を立てる為なのか、隊長の座は私に譲っている。基本的に私が方針を打ち立てながら戦車道部を運営している。そして王堂は頼みごとをすると基本的に、雑用だろうがなんだろうと手伝ってくれることが多い。そして要所要所で一言、添えるように口出してくるのだ。

 ……なんだか良いように使われているような気もするが、案外、隊長と呼ばれる立ち位置は悪くない。

 

「とりあえず、お前のお気に入りとやらを紹介して貰うとしよう」

 

 

 今日は良い天気だ。

 気持ちの良い風が吹いているときは、空はいつも澄みきるように晴れている。鼻孔を擽る鉄と火薬の匂い、大きく息を吸い込んで、たっぷりに胸の中へと閉まってから吐き出した。こういう日は体全身で世界を感じるのが良いと思う、さあ瞼を閉じよう。呼吸は自然体、意識だけを深淵奥深く、闇の中に置き去りにして、体全身を手放して自然の中に溶け込ませる。感覚だけを肉体に置き去りにして、意識は深淵奥深く、闇の中に漂わせる。闇には意識だけが辿り着くことができる。切り離せない肉体の感覚が闇の中にある私を繫ぎ止める。太陽の温もりが心地よく、肌を撫でる風は気持ちよく、耳に囁く草木の擦れる音は涼やかだった。風流というか、侘び寂びというか、たぶん、そんな感じだ。湿気が強い日本だからこそ持ち得る感性、この涼やかな感覚こそがきっと風流で、侘び寂びだと思っている。だから、わらび餅はきっと侘び寂びを体現した甘味だと思ってる。

 ああ、そういえば、わらび餅が食べたいな。スーパーにある安っぽいやつではなくて、涼やかな透明感とは裏腹にトロッと液体のように蕩ける濃厚な舌触り、夏を熱気をそのまま詰め込んだような濃厚の味わいを堪能してみたいと思った。だから目を覚ます、欲を持ったから私は透明な私ではいられない。

 闇の中から肉体に回帰した私は、ウンと大きく腕を伸ばして辺りを見渡した。

 黒煙をあげる戦車が五輌、私は一輌。まだ無傷だったから、このまま甘味を食べに行こうと操縦手にお願いする。困ったように笑って、戦車を走らせてくれる。いやはや、今日の相手は歯応えあったな、とキューポラの上に座りながら、にんまりと八重歯を見せる。かぼちゃさんに戦車道に誘われてから退屈することが減った気がする。

 ルノーAMC35に揺られながら私は目を伏せる。戦車道は心地良く楽しめる、程よい緊張感が眠りがちな私の意識を肉体に引き戻させる。

 だから私が生きられる場所は、戦車のあるこの場所だった。

 

 

「結果は見えていたが……なるほど。急がねばならんな」

 

 撃破判定を受けたルノーAMC35のキューポラから体を出した王堂(おうどう)が煤汚れた顔でジャックオランタンのストラップが付いたスマートホンを取り出した。口には棒付きの飴を咥えており、時折、チュパッと口から取り出して、また口に含んでみせる。そんなどうでもいいことを眺めてしまうほどに私は呆然としていた。今も信じられない。戦車強襲競技(タンカスロン)で鍛えた傭兵隊が、王堂率いるAMC35部隊が、私、福井(ふくい)奏絵(かなえ)が率いるヴィッカースT-15軽戦車が倒されるなんて思わなかった。

 

「これは本物か? お前の言う通り……」

「納得したのならM4中戦車(シャーマン)を彼女に譲ることを認めてくれても良いな」

「ああ、それは構わない。しかし、いや、だがしかし……」

 

 まだ目の前の惨劇に頭の整理が追い付かず、困惑している。その間にも王堂はスマートホンを操作しており、「この辺りが手頃だな」と何かを決めたようにスマホをハロウィン柄のポーチにしまった。

 

「隊長、練習試合を組むぞ。もう私達では手に負えん、今の奴に必要なのは格上の相手だ」

「わかったが……しかし何処と組むんだ?」

「継続高校。あそこには島田流の娘がいる、あれなら持て余すこともあるまい」

 

 ああ、と私はまだ困惑する頷き返すことしかできなかった。

 そして悪態を吐き捨てるように、もしくは敬意を表するように、あるいは畏怖するように――私は告げる。

 

「イレギュラーめ……」

「いいや、違うさ」

 

 王堂が首を振り、国語の先生が言葉を正すように口を開いた。

 

「ああいうのはドミナントと言うんだ」

「ドミナント……あれが、な」

 

 遠ざかるルノーAMC35を見つめながら噛み締める。

 しかし見せつけられた格の違いは、認めざる得なかった。

*1ヒント:書き始めた時に書き手はフェイズエリカを一巻までしか持っていなかった。




このシーンは原作で出てきた高校にしようかな、とか考えましたが、
今後の展開上、他に試合ができる枠がないので今、この場で出しておきます。
ふふっ、相変わらず、この高校は二次やってねぇなあ。

ワッフル学院は設定だけ最初からありました。
正直、最初は王堂狐子にどうしても乗せたい戦車があるだけっていう一発ネタ学院でした。


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副隊長、頑張ってます!③

 継続高校とワッフル学院の練習試合当日、

 私はワッフル片手に一人、観客席に腰を下ろしながら巨大スクリーンを見つめる。

 その画面下の帯には所狭しと企業の名前が並んでおり、まだ試合前の現状、スポンサー企業による商品のコマーシャルが流される。世界大会やプロリーグの設立に向けて、戦車道には国から多額の補償金が認められており、その力の入れ具合は国家事業の一環になる程だ。また黒森峰女学園が全国行脚の練習試合を行い続けていたこともあり、戦車を駆る戦乙女の姿は人々の目には広く認知されるようになり、その人気と熱狂は膨れ上がりつつある。

 本物の戦車戦を自負する戦車強襲競技(タンカスロン)界隈にも一陣の風が吹き抜けた。

 前年度、年始に行われた戦車強襲競技大会“円卓”では一人のカリスマを生み出した。そして今年度、戦車強襲競技のカリスマは戦車道への挑戦を証明した。それをきっかけに今までガラパゴス化が進行しつつあった界隈の人間が、外の世界に目を向け始めるようになったのだ。例えば堅琴高校のアウンさんが今年度の全国大会への出場を証明している。そして、そのカリスマに憧れて戦車強襲競技に参戦した鶴姫しずかと松風鈴のコンビも公式戦に出る為の策を講じているのとの話だった。

 この流れをいち早く読んで、戦車道の世界に乗り込んだのが“傭兵”という通称で知られる二人の存在だ。

 王堂(おうどう)狐子(ここ)福井(ふくい)奏絵(かなえ)、二人が傭兵と呼ばれる所以は彼女達が常に他人の旗の下で戦う為だ。二人は犬猿の仲だと言われ続けており、戦車強襲競技(タンカスロン)では二人は別々に活動してきた。あるチームが王堂狐子を雇えば、それに対抗する為に相手も福井奏絵を雇うということも多かった。そして戦場で顔を合わせれば互いに容赦ない攻撃を仕掛けるので仲が悪いと言われ続けてきたのだ。その二人が手を組んでワッフル学院の戦車道チームとして参戦することは、ほとんど者にとって予想外だったに違いない。

 そして今、巨大スクリーンに映るワッフル学園側で最も性能のいい戦車であるM4中戦車(シャーマン)に搭乗する人物が、王堂でも福井でもない見知らぬ女生徒であることに私は首を傾げる。

 彼女は戦車強襲競技でも見たことがない。

 

「アスパラガス、BC自由学園の戦車道を追放された貴方とこんなところで再会するとは思いませんでしたわ」

 

 いつか聞いた懐かしい声に、咄嗟にノートを閉じて振り返った。

 

「……今の隊長は情けないようでロートルの私も引っ張り出される始末ざます、ダージリン」

「貴方が戦車道に復帰するのは本当のことようですね」

 

 ダージリンは私の隣に腰を降ろすと、ペコと短く告げて、後輩に紅茶の準備をさせる。

 

「お前が直接、訪れるほどの試合ではないざますよ」

 

 横目に探りを入れる為に問いかけると、ダージリンは後輩からティーカップを受け取りながら答える。

 

「今回の全国大会には貴方も含めて、戦車強襲競技(タンカスロン)界隈からの参戦者が増えています。ですので、そちらの戦い方を少し学んでおこうと思って来ましたわ」

 

 でも、と彼女が続ける。

 

「貴方が警戒するほどの相手、見に来て良かったと思いますわ」

「戦車強襲競技の戦い方は戦車道では通用しない、完全に別物ざます」

「それならそれで取るに足らない相手ということ」

 

 ダージリンは紅茶を一口啜り、舌の上で転がすように楽しんだ後で言葉を続ける。

 

「私、戦車強襲競技に関しては勉強不足ですの。是非、ご教授願えないかしら?」

「ご自慢の情報処理学部第6課(GI6)はどうしたざます?」

「あの子達は多忙なのよ。今年は特に参戦する高校が多いので」

 

 私も現場に駆り出される始末ですわ、と涼しい顔で告げる。

 それでも私が渋っていると「ではこうしましょう」と彼女は指先で宙に丸を描いた。

 

「私は継続高校の解説を致しますわ。だから貴方はワッフル学院の解説をお願いするわ」

「……政治的には妥当なところざます」

 

 私は何処まで話そうか迷い、そして全てを打ち明けることを決めた。

 

 ワッフル学院在学、王堂(おうどう)狐子(ここ)。三年生。

 戦車強襲競技では“協力者”を名乗り、三輌のルノーAMC35を以て、戦場を荒らし回っていた人物である。いつも駄菓子の詰まったハロウィン柄のポーチを手に持っており、口にはよく棒付きキャンディを咥えていた。彼女は実力があるというよりも戦略眼に優れた人物であり、その能力は戦場よりも政治の場によって発揮される。

 戦車強襲競技では協力者が個人で参加することは少ないが、他チームの依頼によって参戦し、時には試合途中で乱入してくることもあった。戦場では、常に彼女達の存在を意識しなくてはならず、戦況が優勢であっても油断できないので非常に戦い難かったことを覚えている。

 目的達成の為ならば、手段を選ばないことも彼女達の特徴でもある。

 

 ワッフル学院在学、福井(ふくい)奏絵(かなえ)。二年生。

 彼女達は“同盟者”を名乗り、三輌のヴィッカースT-15軽戦車を以て、戦場を駆け抜ける存在だった。福井本人は爽やかな顔付きをしており、綺麗で格好いい優等生のような印象が見受けられた。王堂に比べると戦車を指揮する能力は高く、彼女が率いる部隊は常に統制を維持し、高度な連携で相手を打倒し続けた。戦車強襲競技としては綺麗すぎる戦い方をする人物として、印象に残っている。

 とはいえ彼女達も協力者と同じく、個人で参加せずに依頼を受けることで他チームに助力する。その戦いぶりは仕事人といった感じで、与えられた役割を忠実に守るというものだ。王堂に比べると勝利に対する執着が薄い分、扱いやすい。

 ただ勝利を求める者は協力者を頼り、ただ戦力を求める者は同盟者を頼る。

 

 この事細かな情報にダージリンは面を食った顔を浮かべ、そして静かに紅茶を口に含んだ。

 

「……浅はかだったかしら?」

「政治的に旨味のある判断をしただけざます」

 

 これだけの情報を与えれば、相手も相応の情報を渡さざる得ない。

 少なくとも私の力では手に入れられない情報を得られるはずだ。

 それも私にとって価値の高い情報を、だ。

 

「ですが、私が貴方に与えることができる情報は一つ」

 

 彼女は微笑み、そしてⅢ号戦車J型に乗り込む隻脚の少女を見つめる。

 

茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)、彼女について少し語りましょう」

 

 

 継続高校の保有戦車は七輌、対してワッフル高校の保有戦車は八輌。

 数を合わせるべきか話し合いが行われたが、戦車の性能差を考慮して数は減らさないことに決定した。ルールは殲滅戦、戦車の数の少ない継続高校が二箇所ある初期位置を選ぶ権利を与えらる。まあパッと見て優位っぽい方を選んで、お互いに礼をしてから解散する。

 戦車を初期位置に移動させながら互いの編成を再確認する。

 

 先ずは隊長のミカが率いるBT-42突撃砲。妖精さんチームは継続高校戦車道チームのエースだ。

 次に私、兵衛が率いる長ぐつさんチームのⅢ号戦車J型。通常時、継続高校で最も機動力の高い戦車である。火力は少し心許ないが、今回の相手は装甲の硬い戦車が少ないので弱点にはなり得ない。アマチュア無線部の面々が乗るKV-1重戦車は前線の盾として申し分ない能力を持っており、女遊びのエトナが率いるT-34中戦車と合わせると生半可では崩せない前衛となる。風紀委員が率いるオオカミさんチームのT-26軽戦車と一年生チームであるトナカイさんチームのT-26E軽戦車も忘れてはならない。そして機動力は類稀な操縦技術を持つマリが率いるオオハクチョウチーム、BT-7快速戦車。

 以上、計七輌。四強と戦うには少し火力不足が目立つが、今回の相手なら問題はない。

 

 対するワッフル学院の編成は、

 先ずM4中戦車(シャーマン)が一輌、第二次世界大戦におけるアメリカ軍の主力戦車だ。生産された数は五万弱であり、世界各地の同盟国に広くレンドリースされた。突出した性能はないが、走攻守と全てが揃った欠点のない戦車と云える。特に整備性という面においては、この戦車を上回る戦車はないと云える。ただワッフル学院のM4中戦車(シャーマン)は少し独自の改造が施されており、本来、戦車には効果の薄い榴弾砲が搭載されている。

 他にはルノーAMC35が三輌、元はフランスで開発された戦車であるが製造数は僅か62輌と少ない。またフランスが騎兵部隊の機械化を推し進める為に開発された経緯のあるおかげか、その速度は時速42kmとフランス戦車にしては速い。装甲は最大25mmとなっており、前衛として活用するには些か不安がある程度、機動戦に向いているといえるが些か火力が心許ない。

 そしてヴィッカースT-15軽戦車が三輌、重量が3.8tという戦車道ではなかなかお目にかかることができない豆戦車だ。装甲は10mm未満と薄いが、兎に角速い。その最高速度は時速64kmと破格の速度を持っている。しかし、速度と火力の両立は難しかったようであり、搭載された機関銃は軽戦車を相手にするのが精々だった。KV-1重戦車やT-34中戦車の装甲を抜くことはまずありえない。

 そして最後の……

 

「これはまたけったいなものを持ち込んだね」

 

 編成表の最後の一行に書かれた文字に私は苦笑せずにいられなかった。

 

 

 皆さんは兵器開発の分野において、英国面と揶揄される兵器があることをご存知だろうか。

 どこの民族であっても、お国柄でなにかしらおかしな部分を抱えているものであり、例えば日本では九州という名の鬼ヶ島に薩摩人と呼ばれる鬼が住んでいたり*1、フィンランドでは長靴や椅子、スマホを投げてみたり、といった感じだ。それはイギリスであっても例外ではない。古くは大航海時代、フランシス・ドレイクが成し遂げた世界一周という冒険心は現代においても如何なく発揮されており、とりあえず手を付けてみようという心意気から生まれた前衛的な兵器の数々は現代でも我々の間で語り草となっている。わかりやすいところでパンジャンドラム、あとはスターゲイジーパイやマーマイトなどは戦略兵器としては申し分ない破壊力を持っているといえるだろう。レシピ通り作るのは面白くないからイワシを刺してみようといった無謀と勇敢を履き違えた冒険心を持つ英国紳士が生み出す尖りに尖った当時最新鋭の技術を使った最先端の戦車、それが今、私の目の前にある。

 その異様な存在感を放つ兵器を前に私は言葉を失い、ただ呆然とした。

 

巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)……最悪だ、何故、これがここにある……」

 

 巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)。カタログスペックだけを見れば、生産当時としては高性能な戦車だ。

 しかし、この戦車は紛うことなき欠陥兵器だ。そう呼ばれることには理由がある。それは排熱性の悪さ、いや、冷却装置(ラジエター)に問題がある訳ではない。これは設計上の問題、発熱したエンジンの熱が車外に放散される前に乗員がいる車内を暖める構造になっていた。その為、エンジンよりも先に乗員の方が熱暴走(オーバーヒート)する仕様となっており――つまり、まともに走らせることができない戦車。いや、まともに走らせることのできる者がいない戦車であった。わかりやすく例えるとサウナ大会を開きながら試合を続けなくてはいけないというものだ。

 その為、聖グロリアーナ女学院では乗員の意識が消失することから“バニシングトルーパー”の異名を持っている。

 

「隊長、何をしている。さっさと乗り込むぞ」

 

 額に冷えピタを貼りながら告げるのは王堂(おうどう)狐子(ここ)

 塩飴の入った袋を片手に持ち、笑みを浮かべる彼女の顔を見て私は確信した。

 こいつはイカれてやがる、と。

 

「王堂……後悔することになるぞっ!」

 

 覚悟を決めて私、福井(ふくい)奏恵(かなえ)は灼熱地獄に足を踏み入れた。

*1鬼ヶ島のモチーフとされる島は四国と九州の間にある瀬戸内海に存在している。




この話で書きたかったことの七割が終わりました。


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副隊長、頑張ってます!④

▼継続高校
◯KV-1重戦車(スズランさん(アマチュア無線部)チーム)
◯Ⅲ号戦車J型(長ぐつさん(茨城白兵衛)チーム)
◯T-34中戦車(ヒグマさ(川内エトナ)んチーム)
◯T-26軽戦車(オオカミさ(風紀委員会)んチーム)
◯T-26E軽戦車(トナカイさ(一年生)んチーム)
◯BT-42突撃砲(妖精さ(ミカ)んチーム)
◯BT-7快速戦車(オオハクチ(牛尾マリ)ョウチーム)

▼ワッフル学院
巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)福井(ふくい)奏恵(かなえ)王堂(おうどう)狐子(ここ)搭乗)
◯105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン)(????搭乗)
◯ルノーAMC35(AGC1)
◯ルノーAMC35(AGC1)
◯ルノーAMC35(AGC1)(琳瑚搭乗)
◯ヴィッカースT-15軽戦車
◯ヴィッカースT-15軽戦車
◯ヴィッカースT-15軽戦車


 巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)

 生産数千七百輌を記録しておきながら、実戦で使われたのは僅か数輌のみに留まる。そのほとんどが英国本土で訓練用として扱われてた、英国面の名に相応しくも不名誉な伝説を築いた戦車だ。つまり巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)を戦場で見かけることは四つ葉のクローバーを見つけるよりも困難ということだ。

 その伝説が今、戦場を駆け抜ける。文字通り、今、伝説を築き上げているのだ。

 まだ初期位置に向かっているだけだけど。

 

 なお戦車内部は地獄の有様、(福井)以外の搭乗員は全員、暑さに耐えかねて服を脱ぎ捨てている。

 王堂(おうどう)狐子(ここ)に至っては下着まで脱ぎ捨てており、脱ぐと凄い筋肉質な体を見せつけるように大股を開いて砲手席に座っている。冷えピタを陰部とボインなおっぱいの乳首に貼っているので、年齢制限的には大丈夫、というか今はもうどうでもいい。暑すぎてどうでもよかった。ちなみに私が頑なに服を脱がないのは戦車長席に座っている為である、キューポラから顔を出す時に下着姿を晒すわけにはいかない。この時の為に毛を剃ってきた、とか王堂がドヤ顔で言ってくる。クッソうざい。尻穴も対策してるとか、性器じゃないので修正はいらないんだよなあ……え、年齢制限には引っかかる? さいですか。ちなみに何処とは言わんが突っ込む時は性器扱いだから修正が必要らしいぞ、みんな注意しような。あと、これはとある伝手から聞いた話なのでちゃんと調べた方がいいぞ。嗚呼、暑さで頭がおかしくなってきた。えっともう試合は始まっているんだっけ、よくわからなくなってきた。

 武器腕兄貴が救援に来て「手こずっているようだな、尻を貸そう」とか貫禄のある声で囁いてくる幻覚が見える。クソザコナメクジな敵しか出てこないミッションだから助けはいらないんだよなあ、新手のナンパかな? やけに良い声でバラライカを熱唱するお兄さんが、やらないか、って連呼しながら歌い始めた。

 どうでもいいけども阿部さんは誘い受け、異論は認めない。

 

「隊長、どうした。しっかりしろ、だから服を脱げと言っただろう……っ!」

 

 わかってない人が多いけども阿部さんの魅力は全てを包み込む包容力にある訳で攻めに回るのは違うんだよな。

 別にネタとして扱う分には構わないのだけども、阿部さんは自分の尻で全てを受け入れるだけで突っ込もうとしたことは一度もない。むしろ相手を気遣いながら慎重に手引きをしている、かといって誘うところは大胆に男らしくだ。やっぱ付き合うなら包容力のある人間が良いよねって、私ってほらちょっと神経質なところとかあるからさ。そういう時に優しく包み込んでくれる相手がいてくれたらなって思ったりするのよ。ああでも阿部さんは男にしか興味がないから残念だなあ。

 うふふ、あはは、なんだかもう自分が何を考えているのかよくわからなくなってきたZOY!

 

「とりあえず、これを飲むと良い。ビタミンの錠剤とか、プロテインとか……を、凌駕する画期的なエネルギーをとにかく混ぜまくった私特製の栄養剤だ」

 

 そう言いながら王堂は青白く発光する液体の入った瓶を取り出して、その蓋を開けた。

 

「ちょっと待ってください。うちの隊長に何を飲ませるつもりなんですか!?」

 

 下着姿の操縦手、針尾(はりお)が声を荒げてみせた。しかし王堂は「事は一刻を争う」と言い放ち、私の口に瓶を突っ込んで生温い液体を流し込まれる。なんだろう、これは。コーラに似ているような、違うような……スカッと、いや、ヌメッと、違う、この形容し難い口当たりは……

 

「それ、ヌカッと爽やかしそうなコーラじゃないですよね! それも排泄物が発光しそうな感じの!」

「馬鹿を言うな、もっと画期的で革新的な新エネルギーを用いた栄養剤に決まっているだろう」

「クアンタムしそうなジュースじゃなければ良いんですけども……」

 

 私の体がガクガクと痙攣し始める、なんだか見覚えるのある人型の何かが見えてくる。まだ靄がかっているが、あれは、確か……

 

「やっぱりおかしいですよ! その成分なんなのですか!?」

「ん、これはこの前、とある科学者が発見したものなのだが確か……小島とかなんとか……その粒子を存分に詰め込んだ、だな」

「コジマはまずいですよ……っ!」

 

 徐々に頭の中が鮮明になってくる。あの靄がかった巨体は、青色を基調とした……あの汎用型二脚の機体は……っ!

 

「お……お……オラクル兄さん!!」

「へ……変な夢見てるーっ!!」

 

 その日、私はロボ娘とドッキングして、取り込まれる夢を見た。

 うん、あれだね。ロボ娘って良いよねって。

 

 

 観客席ではダージリン様とアスパラガスが隣同士で座っており、

 彼女達は手持ちの戦場図と見比べながら、巨大スクリーンに展開する両陣営の動きを観察していた。

 それを後ろから覗き込みながら私、オレンジペコは二人の会話に耳を傾ける。

 

「ここは漁師の港と呼ばれる場所*1。地図の上から見ると戦場の八割方が畑で埋め尽くされた面白みのない場所ね」

 

 私もパンフレット代わりに配られていた戦場図に目を通す。

 ダージリン様が言っていたように中央部に住宅地、東側には港町があるだけの平凡な戦場図だ。

 これだけを見ると住宅街か港町で正面衝突するだけの戦場にしか見えない。

 

「だが見た目ほど生易しい戦場ではないざます」

 

 パンと手の甲で開いたパンフレットを叩きながらアスパラガスが告げる。

 

「先ず、南北を切り離すような横一線の道路が、中央の住宅街を横切る形で敷かれているが――この道路は少し隆起しているざます。北から南、南から北の様子を窺うことは難しく、車体の低い戦車であれば敵の攻撃から身を隠すことも可能。また中央の住宅街を占拠することができれば、遮蔽物のない畑を見下しながら東西南北の四方全てに睨みを効かせることができるざます」

 

 中央部は視界確保の上では重要な拠点に成り得る、しかし防御力という面では建造物が脆そうなので期待できそうにない。では何処に布陣すべきか。

 

「東の港町は遮蔽物が多く、この戦場では最も強固な防御拠点に成り得るわ。確保することができれば、優位に戦局を進めることもできそうね。ただ少し迂回路が多そうなのが気になるかしら。市街地だから仕方ないとはいえ、背後や側面を取られないように注意が必要ね」

「あと気になるのは港町には南北を縦に繋ぐ、見通しの良い道路が敷かれていることざます。ぼけっと道を走っていると遠距離からの狙撃を受けてしまうのではないざます?」

「それでも中央の市街地から身を隠せるのであれば――その優先順位は高い」

 

 巨大スクリーンを見れば、両陣営共に初期位置に着いたところだ。

 今は最後の作戦会議が行われているに違いない。

 

「最後に西側、ここにも南北を繋ぐ見通しの良い道路が敷かれているわね」

「だが道路脇には街路樹や繁みが多く、西側の南北には小さな住宅街が存在しているので侵攻するには待ち伏せを受けやすい場所ざます」

「でも南北を繋ぐ道路は隆起した場所に敷かれている。道路の更に西側の窪地を東側から確認する事は難しいのでは?」

「突破されると背後から奇襲を受けそうざます」

 

 そう言って、二人は巨大スクリーンを見つめる。

 総評すると中央住宅街は四方に睨みを効かせることができるが防御拠点としては心許ない、東側港町は防御拠点としては優秀ではあるが南北からの攻撃を受けやすく、市街戦の乱戦に持ち込まれる可能性が高い。西側は侵攻ルートとしては優秀だが、拠点としての強みはなかった。

 要は拠点を抑えながら、如何に挟撃や包囲を受けないようにするかが大切ということだろう。

 

「どちらも機動力には自信があるはず……」

「北は継続高校、南はワッフル学院。これからの展開が楽しみざます」

 

 私は自分の分の紅茶を淹れると、二人の解説を耳にしながら事の行く末を見守ることにした。

 

 

「それでどうするのかな、副隊長(ヘイヘ)?」

 

 全員参加の作戦会議中、隊長のミカが私に作戦を投げてきた。

 まあ最初から作戦面で彼女を頼りにしようとは思っていない、私は広げた地図を睨みつける。港町への被害を抑える為なのか私達は北西*2、ワッフル学院は南西*3が初期位置となっており、どちらが先に港町を確保するべきかが勝負の鍵となる。

 とはいえ、東端中央にある港町まで単純な競争になるかと言われれば、そうではなかった。

 

「西側端、つまり互いの初期位置を繋いでいる道路が厄介だね」

 

 全車輌で東にある港町を目指せば、西端の道路を駆け上ってきた戦車に背後を突かれる可能性が高い。

 ついでに言えば、西側道路の真ん中付近から戦場中心にある住宅街への道が繋がっているので、西側道路を放置するということはそのまま中央住宅街を放棄することと同義になる。また遮蔽物は多いが中央住宅地から港町に攻撃を仕掛けることは可能であり、港町を確保できたとしても西と南から十字砲火を受けることに成りかねなかった。

 理想は中央住宅街を確保しながら港町での防備を固めることだ。

 

「どちらにせよ、西側の道路には戦力を割かざる得ないだろ。仮に相手が西側の道路に戦力を割かず、一直線に中央住宅街と港町を確保に向かったとしても――その時は西側と北側から中央住宅地を攻めれば良いだけだ」

 

 ヒグマさん(T-34中戦車)チームのリーダーであるエトナが告げる。

 

「えっとつまり?」とトナカイさんチームの茉莉亜(まりあ)が首を傾げる。

「要は西住流(別動隊による機動戦)だ。俺達(T-34)スズランさん(KV-1重戦車)チームを前面に押し出して、快速戦車チーム(BT-42とBT-7)を別働隊として動かせば良い。それであわよくば、敵よりも先に中央住宅地を奪っちまえ」

「うん、そうだね」

 

 エトナの意見に私も同意し、「そこまでは相手も読んでくるはずだ」と付け加えた。

 

 

「順当に考えれば、敵は西側の道路にKV-1と――Ⅲ号戦車かT-34のどちらかを配置してくるはずだ」

 

 私、王堂(おうどう)狐子(ここ)が場を仕切る。

 隊長である福井(ふくい)奏絵(かなえ)青白く発光する液体を飲んだ(ふしぎなくすり のまされて▽)中毒症状に魘されている為、致し方なく今は私が作戦会議の進行役を務めている。無論、全裸で。性的描写の規制が入りそうな(運営に怒られそうな)場所には冷えピタを貼ってあるので、倫理的には問題ない。

 ちなみに体を冷やしたい時は首の後ろ、脇の下、鼠蹊部を冷やすと良いぞ! でもやりすぎると体全身が急速に冷えるから注意しろよな☆彡

 

「全裸冷えピタ先輩、どうしてその二輌が配置されると分かるのですか?」

 

 ワッフル学院戦車道部を創立してから入部した彼女、琳瑚(りんご)が問いかけてくる。

 

「私達はM4中戦車(シャーマン)巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)しか正面戦力を持っていないからだ。もし両方を西側道路に出したとしても戦力の上では対等だ。あとは軽戦車を一輌か二輌、まあ一輌だろうな。それで西側道路の攻防は大方優位に進めることができる」

「残った軽戦車は中央の住宅地に向かいますでしょうか?」

「残る三輌の軽戦車は九割方、中央住宅地を狙うだろう。残る一割は東側にある港町だが――西側道路に配置した戦車と連携が取れなくなるから考え難い」

「相手が初手で港町を狙う可能性については?」

 

 その問いに私は首を横に振る。

 

「その時は足止めしてくる戦車を削れば良いだけだ、殿になるのは必然的にKV-1になるだろうからな」

 

 そうなってくれれば、御の字だ。共に三輌あるルノーAMC35軽戦車とヴィッカースT-15軽戦車では重戦車の装甲を抜くことはできない、T-15に至っては機関銃である為に中戦車の装甲すら抜くことが難しかった。

 ともあれ十中八九、相手が中央住宅地を狙うと分かっている以上、それを前提に策を立てるのが良い。戦力では劣るのだ、何処かしらで無理をしなければ勝ち目はない。

 

「主戦場は中央の住宅地になるだろうな」

「では、どのように動きましょうか?」

 

 林檎少女の質問に「前進だ」と地面に敷いたマットの上に寝かされていた福井が体を起こして告げる。

 

同盟者(ヴィッカースT-15)部隊、全速力で西側道路を駆け抜けて戦場を横断する道路から中央住宅地に向かうんだ。敵の最高速度はT-34の時速55km、快速戦車と謳われるBTシリーズでも時速53km。対して私達のT-15は破格の時速64kmだ。速度負けすることはない」

 

 戦場中心を横断する道路は、西側と東側で縦断する道路と中心で繋がっている。速度が同じならば、敵と接触する可能性が強いが、T-15の速度であれば接敵する前に駆け抜けることができるかもしれない。だが、T-15は中央住宅地を占拠するには問題がある。

 

T-15(豆戦車)では、間に合ったとしても維持ができませんよ!」

 

 そうだ、林檎少女の云う通り、T-15では敵戦力から中央住宅地を守り切ることはできない。

 

「大丈夫だ、私に良い考えがある」

 

 そう福井が口走った瞬間、彼女の背後に青い顔のロボットが守護霊のように佇んでいる姿が見えた気がした。

 あれ、こいつまだコジマの副作用が残ってるのかな。

*1World of Tanksにある同名のマップ、ただし初期位置は違っている。

*2座標A1。

*3座標K1。




ようやく両高校の戦術がまとまったので書き出せました。

あとひっそりとタンカスロンで福井と王堂が率いていたチームの名前を変えました。
福井は同盟者。王堂は協力者です。


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副隊長、頑張ってます!⑤

▼継続高校
◯KV-1重戦車(スズランさん(アマチュア無線部)チーム)
◯Ⅲ号戦車J型(長ぐつさん(茨城白兵衛)チーム)
◯T-34中戦車(ヒグマさ(川内エトナ)んチーム)
◯T-26軽戦車(オオカミさ(風紀委員会)んチーム)
◯T-26E軽戦車(トナカイさ(一年生)んチーム)
◯BT-42突撃砲(妖精さ(ミカ)んチーム)
◯BT-7快速戦車(オオハクチ(牛尾マリ)ョウチーム)

▼ワッフル学院
巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)福井(ふくい)奏恵(かなえ)王堂(おうどう)狐子(ここ)搭乗)
◯105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン)(????搭乗)
◯ルノーAMC35(ACG1)
◯ルノーAMC35(ACG1)
◯ルノーAMC35(ACG1)(琳瑚搭乗)
◯ヴィッカースT-15軽戦車
◯ヴィッカースT-15軽戦車
◯ヴィッカースT-15軽戦車


◆継続高校:長ぐつさん(Ⅲ号戦車J型)チーム:座標A1

 

 継続高校、初期位置。

 私、茨城(いばらぎ)兵衛(ひょうえ)は事前に取り決めた作戦に沿って指示を送る。

 先ず、西側道路の中央付近までスズランさん(KV-1重戦車)チームとヒグマさん(T-34中戦車)チーム、それに加えてオオカミさん(T-26軽戦車)チームを前進させる。快速戦車を率いる妖精さん(BT-42突撃砲)チームとオオハクチョウ(BT-7快速戦車)チームは畑を横切るように中央住宅地に向かわせて、その後ろを一年生のみで構成されたトナカイさん(T-26E軽戦車)チームに追従させる。

 思い付く作戦は幾つかあったが、それをなす為の練度が足りない。

 作戦行動は今回が初めてになる面子が多い中、作戦はできるだけ単純なものを選んだ。それ故に相手からは作戦を読まれやすい。むしろ、読まれていることを前提に動いた方が良いはずだ。西側道路の現場指揮はヒグマさんチームのエトナが執り、中央住宅地に向かう部隊の現場指揮はミカに任せている。

 そして私は両部隊の真ん中、少し下がった場所にある繁みに車体を隠して、両方を援護できるように努める。

 今回、初参戦となる一年生の操縦手、緊張もあるのだろうか――T-34中戦車とT-26E軽戦車が、ふらふらとしながら前進する姿を内心ひやひやしながら見守った。意外なところで操縦が安定しているのは、風紀委員会が搭乗するT-26軽戦車である。日夜、戦車道の経費で暴走族を追いかけ、溜まり場を破壊して回っているだけのことはある。

 さてと西側道路と中央住宅地で接敵するのは予定調和だ、嵐の前の静けさに息を飲んだ。

 

『こちら、ヒグマさんチーム。ヘイヘ、相手の動きが想定以上に速い』

 

 通信機越しにエトナの焦る声が聞こえてきた。私は喉元に手を添えて、返事をする。

 

「エトナ、どうしました?」

『すげえ速い動きで西側道路を駆け抜ける戦車が三輌。今、西側道路中心付近から右折し、中央住宅地を横切る道路へと入っていった』

『エトナ、戦車だけじゃ伝わらないって。あれはヴィッカーズT-15って言うんだ、確か時速60kmを超えるんだっけ?』

『あーはいはい、分かったよ。瓶底眼鏡ロリの言う通りだ。とにかく私達よりも先に中央住宅地に入られるぞ、どうする?』

「……とりあえずヒグマさんチームとスズランさんチームは予定通り進んでください」

 

 私はチャンネルを切り替えて、快速戦車部隊(BT-42とBT-7)に通信を繋げる。

 

「こちら、兵衛。ヴィッカーズT-15が三輌、私達よりも先に中央住宅地に入るそうです」

『T-15……なるほど、確かにあれなら私達よりも速い。それでいて厄介だね』

「ええ、隊長。機関銃とはいえ軽戦車の貴方達は撃破される心配があります*1。注意してください」

 

 わかったよ、というミカの言葉を最後に通信を切る。

 息を吐いた、そして思考する。戦車の能力だけで語れば、ミカ達が遅れを取ることはない。しかし相手は機関銃だ、優れた操縦技術を持つ二人が居るとはいえ損害を被る可能性がある。特に一年生チームのT-26E軽戦車にとっては少し酷な戦いになるかもしれない。ここはサポートに入るべきか……いや、彼女達を信じる一手だ。

 豆戦車(T-15)では中央住宅地を守り切れない、と言うことはだ。軽戦車、あわよくば中戦車が後続として、中央住宅地に入り込む可能性が高い。

 そこを狙おうか、と私はキューポラから顔を出し、繁みに隠した車体から双眼鏡で敵の陣形を注意深く観察する。

 

「……北側から南側がよく見えない」

 

 どうにも、ここからでは駄目なようだ。

 

◆ワッフル高校:巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)チーム:座標H1

 

『西側道路にKV-1とT-34、更にT-26の三輌が走っています。このまま無視して、私達は予定通りに中央住宅地へと向かいますね』

「了解、全ては作戦通りに進めてくれ」

 

 ヴィッカーズT-15からの報告を聞き入れて、私、福井(ふくい)奏絵(かなえ)は考え込んでみせる。

 

「……結局、三輌も西側道路に投入してきたか。奴ら、島田流の娘を相当信頼していると見える」

「これでは私達は西側道路で釘付けになるな」

「AMC35の主砲では、KV-1とT-34の脅威にはならないから仕方ない」

 

 中央住宅地に入るヴィッカーズT-15を確認した敵は、警戒して動きを鈍らせるはずだ。

 その間に、早めに西側道路を右折したAMC35軽戦車を相手に見えない位置から中央住宅地に入れる。代わりにヴィッカーズT-15は相手に見られないよう南側から中央住宅地を離脱。そして、いつでも西側通路に突撃できる位置に車体を隠すよう指示を出してあった*2

 作戦の第一段階は、中央住宅地における乱戦での軽戦車の殲滅だ。その為ならば、ヴィッカーズT-15とAMC35軽戦車は全て犠牲にしても構わない。あわよくば、この段階でⅢ号戦車J型、もしくはKV-1重戦車かT-34中戦車の内一輌を撃破しておきたい。

 しかしまあ、それでもだ。隣を走るM4中戦車(シャーマン)を見やり、静かに笑みを浮かべてみせる。

 二対三で恐らく同等、二対二であれば確実に勝てる自信が私達にはあった。

 

◆継続高校:妖精さん(BT-42突撃砲)チーム:座標B4

 

 BT-42突撃砲を走らせながらカンテレを鳴らしている。

 手慰み程度の演奏であったが、ふと風の流れが変わったのを感じ取り、手を止めて中央住宅地を見つめる。

 これは……作戦を誤ってしまっただろうか。どうしたの? とアキが不思議そうな顔を浮かべたので、なんでもないよ、と笑い返した。今の私は継続高校の隊長ではあるけど、私の存在はチームにとって必ずしも必要ではない。年功序列で私は隊長という立場にいるが、チームの纏め役という立ち位置は性に合っていない。周りが納得しないから、それだけの理由で私は似合わない隊長の椅子に腰掛けている。

 ただ他に全体指揮を執ってくれる人物がいることは、幾分か気を楽にした。それだけで私は自分の感覚に集中することができる、風に乗る。そして戦場に羽ばたくことができた。

 私達が破れることは大きな打撃となるが、致命的ではないのだ。

 カンテレの弦を弾く、情熱的に音色を奏でる。それだけでアキとミッコの顔付きが代わり、二人は楽しそうにリズムを刻み始めた。弦を弾く指先に興が乗る。神経を研ぎ澄ませた。風を肌で感じるように、乗るべき流れを探るように、五感を以て周囲を探る――言語というものは意外と不便だ。ある程度、習熟した能力を持つようになると感覚を言語化できない領域に辿り着くことがある。頭の中では理解できているのに言語化できない、そんなもどかしさ。私はきっと人よりも多くものを感じ取ることができる。そして人よりも多くのものを考えることができる。それを処理するだけでも結構な集中力を必要として、それを周りに理解できるように言語化するには多大な労力が必要だった。それでは遅すぎる、理解は足りず、時間も足りなかった。だから私はカンテレを奏でる。音楽であれば、言葉よりも理解しやすいと思って弾き始めた。言語化しきれない多くの想い、それを表現する為に私はカンテレを手に取った。

 今は戦車道が楽しくて仕方ない。

 

「……行くよ」

 

 嫌な風を感じる、中央住宅地から吹き抜ける風に不穏なものを感じ取った。

 自然と警戒心が高まってくる。曲は同じ、しかし戦車内の空気が徐々に張り詰めていく。自分が全体指揮を執る隊長なら飛び込まない。しかし、今の私は隊長という席に居座っているだけの一兵士だ。

 だから私は首元に手を添える、そして伝える。

 

「ヘイヘ、これから妖精さんチームは中央住宅地に突っ込むよ」

 

 それだけを告げて、そして加速させる。

 罠はある、確実に。どのような罠が待ち受けているのかまでは分からない。

 だから、私は風を見る。乗りたい風を読みきった。

 

「少しアグレッシブに行ってみようか」

「えっとつまり……ミッコ、わかる?」

「たぶんこういうこと!」

 

 とミッコがアクセルを踏み切り、中央住宅地に飛び込んでいった。

 

◆ワッフル学院:ルノーAMC35(AGC1)琳瑚(りんご)搭乗:座標E4

 

 ワッフル学院の作戦はこうだ。

 ヴィッカーズT-15軽戦車を先行させることで中央住宅地を確保するところを相手に見せる。そして敵軽戦車部隊を警戒させることによって進軍に遅れを生じさせて、その隙にルノーAMC35部隊を中央住宅地に潜り込ませるというものだ。ヴィッカーズT-15は敵から見えないように中央住宅地を離脱しており、現在は西側道路と中央住宅地の真ん中辺り*3の繁みに身を潜めさせている。

 敵が火力の乏しいヴィッカーズT-15が居ると思ったまま、悠々と中央住宅地に侵攻してくれれば万々歳だ。装甲を削って撃破する重機関銃*4と、対戦車砲による一撃必殺の砲撃*5とでは話が違ってくる。被弾覚悟での進軍が、たった一撃で退場させられるのだ。ここで軽戦車を一輌でも多く、撃破しておきたい。

 さて、中央住宅地に仕掛けてくるのはBT-42突撃砲とBT-7快速戦車、その後ろにT-26E軽戦車が追従しているとの通信が入っている。車体を隠しながら待ち伏せしているので当然といえば当然の話になるが、壁の向こう側を確認することはできない。

 敵は三輌、味方もルノーAMC35が三輌。軽量級が三輌同士、ここはしくじれないな。と私、琳瑚は舌舐めずりする。

 

 戦車が進む音が聞こえてきた、徐々に振動が強くなる。

 そのエンジン音からして、BT-42突撃砲かBT-7快速戦車のどちらかだ。違和感はあった。しかし考えるよりも早くにBT-42突撃砲が待ち伏せ場所に飛び込んできた。敵の車輌を確認次第、という指示通りに砲手が砲撃する――が、しかし相手の速度は私達が想定していた以上。砲撃が遅れて、BT-42突撃砲が通り過ぎた後を撃ち抜いてしまった。

 BT-42突撃砲が向きを変える。勢いを乗せたまま、履帯が地面を削ってドリフトして、強引に私達の方へと砲口を合わせる。

 

「ふっ……ざけんな!?」

 

 戦車の乗り方じゃねえ、と敵の射線から逃れる為に戦車を前進させる――と次の瞬間、強い衝撃が車体を揺らしてパシュッと白い旗が上がった。何が起きたのか、キューポラの覗き窓から周りを見渡せば、私達のすぐ横をBT-7快速戦車が通り抜ける。

 ああ、そうか、咄嗟に前進してしまったから身を隠していた民家から車体がはみ出したのか。そこを後追いのBT-7快速戦車に撃ち抜かれた、と。理解して、思いっきり壁に拳を打ち付ける。

 

◆ 継続高校:トナカイさん(T-26E軽戦車)チーム:座標E4

 

「ほえ〜、ミカ隊長とマリ先輩の戦車ってすっごいなあ」

 

 市街地の狭い道にも関わらず、まるで映画のスタントマンのように戦車を乗り回す先輩達に感嘆する。

 

茉莉亜(まりあ)、私達はどうする? 正直、あの人達に付いていける気がしないんだけど」

 

 操縦手の愛乃(あいの)に言われて、「逆に邪魔になりそうだよねえ」と私は情けなく笑い返した。

 

「では、回り込むというのは如何デスカ?」

 

 砲手兼装填手のソフィアの言葉に「そうだね」と頷き返した。

 中央住宅地の西側辺りで身を潜めながら待ち受ければ、西側道路にいる中戦車達と合流しようとする敵車輌を撃破できるかもしれない。目指せ、初撃破。そうと決まれば、と進行方向を中央住宅地から西側に方向を変えて、進軍する。

 漁夫の利作戦開始だ、と意気揚々と進軍するとダダダッと戦車が撃ち抜かれた。

 

「えっ、なにこれ! どこどこ!?」

「前進、後進!? どっか身を隠す場所ってない!?」

「う、撃たれてマス! 撃たれてマス!!」

 

 てんやわんやとしている内に、パシュッと練習中に散々聞き慣れた音がした。

 あっ、と三人全員が声を揃える。そして、よく見れば、目の前の繁みには敵が潜んでいるのがわかった。なにもできずに終わったなあ、と半ば呆然としながら被撃破判定が上がったことを味方に告げる。撃破判定を受けたものは戦闘に参加できない、通信も緊急時を除いて被撃破後の三分間だけしか許されていなかった。

 つまるところ、ここでおしまい。残念、私達の練習試合はここで終わってしまったようだ。

 

◆ワッフル高校:105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン):座標F1

 

 戦況は好ましくない。

 中央住宅地でのヴィッカーズT-15とルノーAMC35を入れ替える作戦は打ち破られた。BT-42突撃砲とBT-7快速戦車が縦横無尽に駆け回り、ルノーAMC35三輌を全滅させてしまった。住宅地の外にいるヴィッカーズT-15も位置が割れてしまったので撃破されるのは時間の問題。撃破できた敵軽戦車は一輌だけ。ここで敵の軽戦車三輌を倒しておかないと勝つのは難しいと隊長が言っていた。

 西側道路で睨み合いが続く中、ふとキューポラから身を乗り出して戦場を見渡すと、繁みに隠れていた敵のⅢ号戦車J型とT-26軽戦車が前進してくるのが見えた。進行方向を見るとヴィッカーズT-15を打ち破り、そのまま西側通路で睨み合いを続ける私達に十字砲火を仕掛けるつもりのようだ。

 このままでは負けが確定する、というよりも今の時点で絶体絶命の大ピンチだ。

 私は首につけた咽喉マイクに手を翳して、口を開いた。

 

「あー、テステス。こちらM4中戦車(シャーマン)のリーダー、鷹見(たかみ)奈美(なみ)。隊長、意見具申します」

 

 数秒した後に『言ってみろ』と短い返事が返される。

 

「これから私は東側の敵を排除して来ます。その間、KV-1とT-34の足止めをお願いします」

『できるのか?』

「わかりません。しかし、やってやれないことはないでしょう」

 

 考え込むような吐息が通信機越しに聞こえて、そして指示を伝えられる。

 

『東側の敵を殲滅してくれ、ここは任せろ。お前ならやり遂げるかもしれん』

「ここからの展開、最もドラマチックな結末は絶体絶命からの大逆転。運命の女神が脚本家であることを祈りましょう」

『あとは頼んだぞ、鷹見』

 

 その言葉を聞き、私達は中央住宅地に向けて方向転換する。

 勝てるかな? とメンバーに問いかけられた。分からないよ、と私は告げる。でも、と話を続けた。運命の女神が惚れるとすれば、それは最後まで戦いきった者だ。そういった者に勝利を捧げる、と告げるとみんなは、それじゃあ頑張ってみましょうか、と軽い調子で笑顔を浮かべてくれた。

 やれることをやる、最善を尽くす。その先に最良の結果はある、と私は信じている。

 

◆継続高校:妖精さん(BT-42突撃砲)チーム:座標F3

 

 中央住宅地に潜んでいたルノーAMC35三輌をBT-7快速戦車との連携で撃破した後、

 その足で中央住宅地西側に潜んでいるというヴィッカーズT-15の撃破に向かった。ミッコの惚れ惚れするような操縦技術は市街地であっても色褪せることはなく、どのような環境であったとしても戦車が持つ最大限の能力を発揮させる。

 そして家屋の裏と繁みに隠れているヴィッカーズT-15を確認し、すれ違い様にアキが撃ち抜いて一輌撃破した。そのまま敵の砲手を翻弄するように回り込んで、そのまま装填時間を稼ぎ、もう一輌撃破しようとし――強い衝撃が車体を揺らし、そのままBT-42突撃砲を横転させた。パシュッと白旗が上がる音がする。何が起きたのか、仰向けになりながら呆然としているとミッコが「あーあいつ! 横槍を入れやがって!」と怒鳴った。

 ああ、そうか。目の前の敵に集中しすぎたね、と私は床に転がるカンテレが無事か確認する。

 

「ミッコ、私達を倒した戦車の車種わかるかな?」

M4中戦車(シャーマン)! 砲塔にハゲ鷹と南十字星のエンブレムをつけて気障っぽい! ミカ知ってる!?」

「知らないなあ」

 

 なんとなしに手癖でカンテレを奏でる。

 上手くしてやられたかな、と思いながら隣で横になるアキを見つめる。すると、とても悔しそうに歯を食い縛っており、言葉を発しようとはしていなかった。なんだかんだで私達は負けず嫌い、だから、ここまで頑固に生きてきた。

 やはり一輌では限界がある、そのことを噛み締めながら私は目を伏せる。

*1ヴィッカーズT-15の主砲は13.2mm重機関銃。機関銃搭載の豆戦車に勝る火力を持っているが、装甲を撃ち抜けるのは軽戦車が精々である。

*2WoTwikiの地図上ではF4付近。

*3座標ではF3

*4ヴィッカーズT-15軽戦車の主砲は13.2mmオチキス重機関銃。

*5ルノーAMC35(AGC1)の主砲は34口径47mm砲FRC、M1931。




作戦が決まり、それを丁寧に進めようとすると物語性が失われる不具合。
とりあえず序盤戦を流す感じで、ここから佳境。
気合いが入りますなあ(震え声

座標はWoTの同名マップ「漁師の港」に対応しています。

ps.
ルノーAMC35(ACG1)の注釈の説明文が間違っていました。
情報提供多謝、そして間違った情報を流して本当に申し訳ない。


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副隊長、頑張ってます!⑥

▼継続高校
◯KV-1重戦車(スズランさん(アマチュア無線部)チーム)
◯Ⅲ号戦車J型(長ぐつさん(茨城白兵衛)チーム)
◯T-34中戦車(ヒグマさ(川内エトナ)んチーム)
◯T-26軽戦車(オオカミさ(風紀委員会)んチーム)
×T-26E軽戦車(トナカイさ(一年生)んチーム)
×BT-42突撃砲(妖精さ(ミカ)んチーム)
◯BT-7快速戦車(オオハクチ(牛尾マリ)ョウチーム)

▼ワッフル学院
巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)福井(ふくい)奏恵(かなえ)王堂(おうどう)狐子(ここ)搭乗)
◯105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン)鷹見(たかみ)奈美(なみ)搭乗)
×ルノーAMC35(AGC1)
×ルノーAMC35(AGC1)
×ルノーAMC35(AGC1)(琳瑚搭乗)
◯ヴィッカーズT-15軽戦車
×ヴィッカーズT-15軽戦車
◯ヴィッカーズT-15軽戦車


◆観客席

 

 私、ダージリンは後輩のオレンジペコに紅茶のおかわりを頼み、状況を整理する。

 西側道路では中央住宅地に続く横道を挟んで、継続高校のKV-1重戦車とT-34中戦車、ワッフル学院の巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)が対峙している。中央住宅地での戦いは終わった様子、また中央住宅地で待機しているのは継続高校のBT-7快速戦車のみ。西側道路と中央住宅地を繋ぐ道を挟む形で対峙するのは北側、継続高校のⅢ号戦車J型とT-26軽戦車、対して南側はワッフル学院のM4中戦車(シャーマン)とヴィッカーズT-15軽戦車二輌といった様子だ。

 継続高校の隊長、ミカが乗るBT-42突撃砲は中央住宅地での戦闘後、ヴィッカーズT-15部隊を撃破しようとしたところを横から接近していたM4中戦車(シャーマン)の砲撃を受けて撃破されている。

 

「思っていたよりも早く脱落しましたわね」

 

 と私は零し、新しく注がれた紅茶を口にする。

 継続高校の要は良くも悪くもミカであり、このような序盤で無理をして良いような立場にない。しかしミカが撃破されても継続高校の動きには乱れがなかった。ミカ以外に誰か指揮を執れる者がいる――違和感を吹っ飛ばして、結論に至る。そして、そいつは恐らくⅢ号戦車J型に乗る人物、茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)だ。もし継続高校がミカのワンマンチームではないというならば、今日は来て良かったかもしれない。

 お手並み拝見といきましょう、と私は静かにティーカップをソーサーに戻す。

 

「それにしても継続の隊長は規格外ざます」

 

 アスパラガスが紅茶を嗜みながら巨大スクリーンを見つめている。

 

「ええ、あのBT-42は単騎で小隊級の戦闘力を持っていますわ」

「並大抵の作戦では、あれ一輌で引っくり返されるざます」

 

 参謀泣かせも良いところざます、と彼女は溜息を零す。

 実際、高校戦車道では彼女以上の実力を持つ戦車チームはない。射撃という分野であれば、ナオミとノンナの双璧が存在しているが、こと格闘戦という分野においてはミカの戦車チームが圧勝だ。まず彼女達の動きについていける者が少なく、唯一、遅れを取らないといえる存在は西住まほが率いる戦車チーム。それでもミカと比べると実力が数段落ちる。

 彼女達一輌だけで、作戦一つ分と同じ価値があると云えた。

 

「お目当が消えたが――ここからどうなると思うざます?」

 

 アスパラガスの問いかけに、私は涼しい顔で告げる。

 

「面白いことになるわ。ええ、きっと」

 

◆継続高校:長ぐつさん(Ⅲ号戦車J型)チーム:座標D3

 

 ミカ隊長が倒された、そのことを(兵衛)はキューポラから身を乗り出して確認する。

 勝手に中央住宅地に飛び込んで、勝手にヴィッカーズT-15の排除に向かって、味方の援護も待たずに突撃するから簡単に撃破されるのだ。――とはいえBT-42突撃砲(妖精さんチーム)T-26E軽戦車(トナカイさんチーム)の犠牲で敵四輌と作戦一つを潰せたと考えれば悪くない。

 そんなことは後で反省会を開いた時に言及すれば良い。今、気にすべきは105mm榴弾砲を搭載した特殊仕様のM4中戦車(シャーマン)。見た感じでは動きが良い。そして不意打ちとはいえ、ミカを倒すということは勘も良いはずだ。油断してかかると痛い目を見てしまいそうだ、と気を引き締める。

 そして首元の咽喉マイクに手を添える。

 

「こちら長ぐつさんチーム、兵衛(ひょうえ)。今からM4中戦車(シャーマン)を狩りに向かうよ」

 

 あれは野放しにはできない。この状況で西側道路から一輌、放たれた猟犬が切り札でないはずがなかった。

 

「西側道路の指揮はエトナ先輩に移譲するね。私は今からM4中戦車(シャーマン)にかかりきりになるからさ」

『こちらエトナ、了解した。……して、注文はどうする?』

「こっちの邪魔をしないように巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)を牽制しといて、撃破まではしなくても良い」

 

 了解、と軽い調子で返される。続く指示を私は全車輌に伝える。

 

スズランさん(KV-1重戦車)チームはエトナの指揮下に入って、そしてオオカミさん(T-26軽戦車)チーム、オオハクチョウ(BT-7快速戦車)チームは私と一緒にM4中戦車(シャーマン)と残るヴィッカーズT-15二輌を退治しに行くよ」

 

 みんな準備は良い? と問いかけると『Selvä!!(セルヴァ)』という威勢の良い声が通信機越しに返ってきた。

 

◆ワッフル学院:105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン):座標F3

 

 空気が変わった気がした。

 試合前に整列した時、初めて顔を合わせる相手なのに、ヤバイ感じがしていた存在がいた。それは、先程倒したBT-42突撃砲の戦車長。確か敵チームの隊長でもあった気がする。少なくともエース、相手側の中心人物であることには違いない。しかし、その割には相手側の動揺が少なかった。他に参謀が居たのかもしれない、それならば指揮に乱れが生じないこともわかる。

 だがしかし、それでも、やっぱり相手側に動揺が見られないのは不気味だった。

 

「ま、いっか」

 

 どちらにせよ、相手を殲滅しなくてはいけないのだ。ここはさっぱり、ばっさりと思考を切り替える。

 とりあえず現状把握。私達の戦力はM4中戦車(シャーマン)とヴィッカーズT-15二輌。対する相手は、道路を挟んで北側から迫る中戦車と軽戦車。遮蔽物も少ないのに、よくもまあ前進することができる――と思った瞬間、側面から砲撃音が聞こえてきた。あれは西側道路で巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)と対峙している中戦車、牽制のつもりで当てる気はないのだろうが、厄介だな。動きを止めていると当たる可能性もある為、真正面から迫る相手に砲口を向けながら――いや、そういえば、中央住宅地にはまだ一輌残っていたんだっけ? とりあえず砲手に指示を出す。

 その数秒後に中央住宅地から軽戦車が一輌、飛び出してきた。そいつは一輌、ヴィッカーズT-15を撃ち抜き、そのまま私達の方を目掛けて突っ込んできた――が、咄嗟に方向転換する。相手に照準を合わせた瞬間、引き金を引こうとした砲手に「まだまだ」と引き付けさせて、そしてドリフト走行で大きく側面を晒した瞬間に「撃て」と命じた。相手車輌は砲塔に被弾し、榴弾が炸裂した衝撃で大きな車体がゴロンと一回転、それから横に倒れて白旗を上げる。

 これで二対二。かと思いきや、ヴィッカーズT-15が西側道路からの砲撃に被弾した。

 

「……隊長、きちんと足止めしてくださいよ」

『すまない、見誤った。あのT-34の動きが悪かったので素人集団かと思っていたが……砲手だけは良い腕をしているようだ』

「対峙している時も中戦車の方はしっかり狙っていました。重戦車は牽制を優先してましたよ」

『……重ね重ね、すまないな』

 

 構いませんよ、と近くまで迫ってきた戦車二輌に狙いを定める。

 そして正面に見据えたまま、戦車を走らせて敵二輌相手にヘッドオンを仕掛ける。

 

◆継続高校:長ぐつさん(Ⅲ号戦車J型)チーム:座標E3

 

「……隊長に続き、マリもやられたか。勝てるかな、これ?」

 

 マリの動きに翻弄されず、冷静に撃破した手腕にただ者ではないという気配を察する。

 とりあえず、まとめて敵に倒されないようにオオカミさん(T-26軽戦車)チームと別れて、左右から挟み込む形を狙った――が、そのまま敵車輌は私達二輌の真ん中を駆け抜ける。敵車輌に後ろを取られないようにオオカミさん(T-26軽戦車)チームと左右を入れ替えるように大きく旋回して、後ろにいるはずのM4中戦車(シャーマン)は――地面を削るように車体を滑らせているところで砲口を私達、Ⅲ号戦車J型に向けていた。砲撃、を受ける前に操縦手の綾子(あやこ)が「ふにゃあああっ!」と車体をわざと滑らせることで避けた。そのまま静止して、お返しの砲撃をお見舞いしたが、それはM4中戦車(シャーマン)が急発進することで避けられる。こちらも戦車を前進させる。

 オオカミさん(T-26軽戦車)チームからの砲撃はない、どうやら照準を付けることにも難儀しているようだ。

 

「どうするにゃ、どうするにゃ! 相手やばいにゃ、指示キボンヌっ!」

綾子(あやこ)、君もなかなかにやばいからね? それはさておき、あれだけ相手の動きがめちゃくちゃだと当てられる気がしない……」

「当てられない? いいえ、当てるのです、(かおる)。ほら、装填しますよ」

「スオミ、メンバーを威圧するのは禁止だよ」

 

 わかりました、とスオミが告げながら次弾を装填する。

 M4中戦車(シャーマン)は……どうやら、私達の方に照準を定めたようだ。ようやく余裕ができたのかオオカミさん(T-26軽戦車)チームが少し離れた場所から砲撃するが、当然のように当たらない。でも、相手の進路上には撃てているので風紀委員会も随分と経験を積んでいることがわかった。まあ毎夜のように実践を積んでるしね。

 さて、正面からの真っ向勝負。意識を集中させる、まだ私の心には余裕がある。

 もっと研ぎ澄まさないといけない。

 

「次の一撃に全てを込めよう」

 

 そう静かに告げて、キューポラから身を乗り出した。

 

◆ワッフル学院:105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン):座標E3

 

 今度こそ、ヘッドオンを仕掛ける。

 道路の上ではない柔らかい畑の中、舗装されていない地面では行進間射撃の命中率は著しく下がる。そのことは相手も理解しているはずだ。つまり砲撃時には必ず止まる、その素振りを見せた瞬間に車体の進行方向を斜めにズラせば、次の数秒間、落ち着いて相手に照準を定めることができる。仮にもし互いに止まらなければ、至近距離からの行進間射撃の撃ち合いになる。遠ければ当たらず、引き寄せると相手に先に撃たれる。お互いに自身の限界ぎりぎりを見極める擬似的なチキンラン――と、なるのが普通の流れだ。

 私はキューポラから顔を出す、相手もまたキューポラから身を乗り出しており、互いに互いの顔を見ることができた。

 腕を組んだ、そして余裕の笑みを浮かべてみせる。かかってこい、と胸を張って挑発すれば、後悔するなよ、と敵の意思が感じ取れるようだった。ヒリヒリとした緊張感が肌を刺す、小さかった相手戦車が徐々に大きくなっていった。振動する、口を開けると舌を噛んでしまいそうだ。相手を見据える。お互いの表情を確認できる距離で、こいつはできる、と直感する。だから指示を出した。こいつはできる奴だから、この策が通用する。

 速度を緩める――戦車でのヘッドオンには、こういう戦い方もある。

 相手戦車が車体を私達から見て右に大きく動かした。砲撃はしていない。このまま静止して、擦れ違い様の横っ腹を狙うつもりで砲身を旋回させる――が、すぐ直後に相手戦車が反対側、右から左に車体を切り替えして、地面を削る。まずい、と思った私は操縦手にアクセルを全開まで踏み切るように指示を出した。その場で回転させるように動かした相手車輌は左九十度の角度で止まり、つまり私達の横っ腹に砲身が向けられる。その瞬間、横Gの負荷がかけられた。直後、放たれた砲撃は車体後方を抜ける。そしてドリフトしたM4中戦車(シャーマン)は右九十度、更に砲塔も右九十度の角度で構えており、計百八十度の角度となる。つまり、相手車輌の更に横っ腹を取った形になった。

 砲撃。しかし、一歩遅く、相手車輌の急発進で避けられる。

 

「面白いのがいる」

 

 私は舌舐めずりをし、そして相手車輌を追いかけるように操縦手に指示を出した。

 

◆継続高校:長ぐつさん(Ⅲ号戦車J型)チーム:座標E3

 

 くっそ、完全に騙された! この土壇場でフェイントを決める強メンタルの持ち主めっ!

 二度も真っ向勝負を挑んできたから、もっと小細工なしの勝負を好むと思ったよ!

 

 ここで決める勝負を決めるつもりが決まらなかった。

 それに背後まで取られるのでは状況が悪い、今は後ろから追い回される形だ。身を乗り出したキューポラから背後を見ると、M4中戦車(シャーマン)が獲物を見定めた鷹のように獰猛な笑みを浮かべている。こちとら長靴だぞ、どうせ狙うなら――ああそうだ、オオハクチョウとトナカイはもう食べられていました。今はお腹いっぱいだから玩具タイムってか、ふざけんな。長ぐつで遊ぶのは犬だぞ、鷹はお呼びじゃない。

 私は大きく息を吸い込んで、吐き出した。そして、しっかりと相手を見据える。

 今回の相手は獰猛な鷹。古来、燕を斬るほどの腕前を持つ剣豪の秘剣を燕返しと呼び、今なおも語り継がれるほどの達人芸とされているが――果たして、今回の鷹退治にはどれだけの難易度があるだろうか。まあ相手を鷹と例えるのであれば、真っ当に倒すことは難しく、かといって逃げ切ることも不可能に近い。

 ならば、策を講じるのが常道だ。

 

「あの民家の裏に飛び込んで、そのすぐ角に車体を寄せて待ち伏せよう」

 

 首元に手を添えて、指示を送る。

 砲身はゆっくりと旋回させて今、真後ろに向けて、さあここで勝負を決めると意気込んだ。

 最も手前にある民家の裏へと車体を飛び込ませ、すぐに停車、速やかに後進しながら民家の角に車体を寄せる。耳を澄ませる、近付いてくるエンジン音に意識を集中させる。このまま相手も飛び込んでくるのでタイミングが勝負、耳を頼りに相手との距離を測る必要があった。しかし途中で履帯の軋む音が聞こえて、エンジン音が少し遠ざかった。民家の裏をぐるりと回る軌道、サアッと血の気が引くのを感じる。「綾子、後退! 砲身、前!」と咄嗟に指示を出した数秒後、待ち構えていた方と反対側からM4中戦車(シャーマン)が姿を現した。後進する、民家の角に身を隠すように――間一髪、榴弾は車体を掠めて、奥まで飛んで行った。

 爆発音に紛れるように相手の後ろを取るべく、同じ経路を辿るように民家をぐるりと一周させる。

 ゾクリと嫌な予感がした、この動きを相手が予測していないとかあり得るのか?

 

「止まってッ!」

 

 角から飛び出す前に急停止、ガクンと前屈みになる車体。振り落とされないようにキューポラにしがみつき、その直後に目の前を榴弾が横切った。車体前部が少しだけ、角から飛び出してしまった形だ。それに反応して撃ち込まれたということはつまり、待ち構えられていた。動きを読まれていたということだ。

 

「綾子、マリみたいな超感覚でどうにかできないッ!?」

「無茶言うなーッ!!」

 

 そのまま後退、これはもう真っ当なタイマンで勝てる相手ではない。

 まるでミカ隊長やマリを相手にしているような気分だ。

 かといって、逃げる事もできない。残ったチームでアレを相手にする事は無理だ。

 ここで私達がM4中戦車(シャーマン)倒すしか勝ち筋はない。

 

◆ワッフル学院:105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン):座標E4

 

 相手が住宅地の中で最も近い民家の裏に飛び込んだ時、待ち構えていると読めたのはキューポラから顔を出した相手の戦車長が首に手を添えていたからだ。後ろを取る為に回り込んでくると読めたのは、咄嗟の判断で罠に嵌めようとしてくる相手が素直に真正面から攻め込んでくるとは思えなかった為だ。

 だが、どちらも看破したにも関わらず――相手の勘の良さなのか、まだ仕留めきることができずにいた。

 

「強いなあ」

 

 不思議と笑みが溢れる。

 ここまで自分と戦って、倒し切れない相手と戦った経験がまだ自分にはなかった。

 そして強敵との戦いは自分が思っていた以上に高揚する。

 ああもう、このままずっと戦っていたい。

 そう思えるほどに。

 

「だから邪魔はしないでほしい」

 

 北から軽戦車が突撃してきたので、丁寧に照準を合わせて吹き飛ばした。

 その隙に再び裏から回り込んできた中戦車に砲身を向ける。そして砲身を向ければ、相手が回り込んでくることは読めた。相手は基本的に、勘よりも策を頼る。ここで正面突破という博打に出られるだけの度胸はない。だから砲身を相手の車体に向けた後、回り込まれてもいいように砲身を傾ける。

 そのまま相手の動きに合わせて、砲撃をすれば良いだけだ。これで東側の敵を全て排除できる。

 

「今だ」

 

 と告げた次の瞬間、ガクンと急に相手戦車が動きを止めた。

 砲撃を止める間もなく、発射される。相手が動くことを前提とした砲撃は、もちろん掠りもしない。

 キューポラから顔を出す相手を見据える。何故だか、とても気まずそうな顔をしていた。

 

◆継続高校:長ぐつさん(Ⅲ号戦車J型)チーム:座標E4

 

 向けられた砲身、相手の砲撃を避ける為の合図を出した直後のことだ。

 ガクンと急にⅢ号戦車J型が動きを止める。その直後に放たれた砲撃は私達の進行方向に向けられており、車体を掠めることもなく遥か後方で破裂する。そして通信機から綾子のとても、それはもうとても気不味そうな声で『……エンスト、かな?』という言葉が聞こえてきた。ゆっくりと顔を上げるとM4中戦車(シャーマン)のキューポラから身を乗り出した相手の戦車長――まだ若い、年下っぽい顔付き――が観念したような、割とあっさりした顔で私のことを見つめている。

 なんというか、とても気まずい。

 

「……その動きは作戦であってる?」

「…………いいえ、事故(エンスト)です」

 

 そんなやりとりの後、薫の容赦のない砲撃によってM4中戦車(シャーマン)が白旗を上げた。




ひっそりとGI6調査レポートを更新。


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副隊長、頑張ってます!⑦

▼継続高校
◯KV-1重戦車(スズランさん(アマチュア無線部)チーム)
◯Ⅲ号戦車J型(長ぐつさん(茨城白兵衛)チーム)
◯T-34中戦車(ヒグマさ(川内エトナ)んチーム)
×T-26軽戦車(オオカミさ(風紀委員会)んチーム)
×T-26E軽戦車(トナカイさ(一年生)んチーム)
×BT-42突撃砲(妖精さ(ミカ)んチーム)
×BT-7快速戦車(オオハクチ(牛尾マリ)ョウチーム)

▼ワッフル学院
巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)福井(ふくい)奏恵(かなえ)王堂(おうどう)狐子(ここ)搭乗)
×105mm榴弾砲搭載型M4中戦車(シャーマン)鷹見(たかみ)奈美(なみ)搭乗)
×ルノーAMC35(AGC1)
×ルノーAMC35(AGC1)
×ルノーAMC35(AGC1)(琳瑚搭乗)
×ヴィッカーズT-15軽戦車
×ヴィッカーズT-15軽戦車
×ヴィッカーズT-15軽戦車


◆ワッフル学院:巡航戦車Mk.V(カヴェナンター):座標F1

 

 鷹見(たかみ)奈美(なみ)が搭乗するM4中戦車(シャーマン)が撃破された。

 討ち取られるまでに敵四輌を撃破、十分過ぎる戦果を上げてくれている。対して、私達は西側道路で釘付けにされているだけであり、立てた作戦も全て打ち破られていた。相手のBT-42突撃砲が規格外の存在であったことは言い訳にならない。受け止めるべき事実は二つ、新入りが多大な戦果を上げており、先達が彼女達の足を引っ張っている。つまるところ、今の私達はただの老害。このまま負ける訳にはいくまい――と意気込んでみせたところで、今や私達の戦力は巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)が一輌だけだ。対して相手はまだKV-1重戦車とT-34中戦車が残っており、遠方には動きを止めているがⅢ号戦車J型も居る。履帯でも切れたのか? ――さておき一対三の現状、今、私達が絶体絶命と呼ぶに等しい状況に置かれていることは間違いない。先程までを崖際に追い詰められていた、と表現するならば、今は足を滑らせて崖際に手をかけている状態だ。生殺与奪の権利は相手の手中にあり、私達は煮るなり焼くなり好きにしろと鍋に放り込まれた海産物と同じ状況にある。

 それでも意気込まなくてはなるまい。万に一つの勝利もありえないのであれば、億に一つの勝利を。億に一つの勝利もありえないのであれば、兆に一つの勝利を。まあ今回はダイスを振ってクリティカル(1d100=(0))を二度も出せば、事足りる程度の奇跡だ。やってやれないことはない。勝利の女神が脚本家であることを祈り、精々劇的な幕切れを期待しようと思った。

 私、王堂(おうどう)狐子(ここ)は目一杯にエンジンを吹かせるように指示を出す。

 

「や、やめろ! やめるんだ! また車内を砂漠化させて干上がらせるつもりか!?」

 

 福井(ふくい)が焦りに声を荒げた。

 練習試合を開始した時から巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)は常に最小限の動きで扱われており、車内の温度もそれほど上がっていなかった。だからこそ福井(ふくい)も涼しい顔で全体指揮を執り続けることができたのだ。試合前に福井が発した「私にいい考えがある」という言葉を覚えているだろうか。あれの真意は巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)を極力、動かさなくてもいい配置に据えることにあった。

 まあ作戦自体は理に適っていたので追求することはやめていたが――今となっては配慮するに値しない。

 

「隊長、君は少し疲れているんだな。この薬を飲むと良い……きっと君を更なる境地へと至らせてくれる」

 

 そう言いながら股間部に貼った冷えピタを少し捲り、そこから粉薬の入った包みを取り出した。

 

「お、お前……その薬はいったい……いや、今どこから出した!?」

「これは漢方狐目ダイナミックだ。それっぽいのを色々と入れたから最悪でも気付けの役には立つはずだ」

「おい、やめろ! 死にたくなーい、死にたくなーい! むぐっ……うぇっ、これ湿ってるし、むわってるし、ちょっと粘ってるし……やめ、やめっ! やめろおおおおおおおおおっ!!」

 

 叫んで大きな口を開けている中に漢方薬を突っ込んで、コジマジュースと一緒に流し込んだ。

 漢方狐目ダイナミックの効能は一時的な気分の高揚に加え、強制的な覚醒状態に至らせる。しばらくすると記憶を喪失したり、強い禁断症状により、漢方狐目ダイナミックを求めて街中を徘徊するようになる副作用があったりする。

 ちなみに福井は既に何度か服薬しているが、すべからく記憶を失っていた。

 

「ま……ま…………マ……」

 

 福井が恍惚の表情を浮かべながらガクガクと身を震わせ始める。

 泡を吐いて、気絶するまでが何時もの流れ。

 残念だが、ここから先に勝利を目指さない者は必要ない。

 

「マ……マイネーム イズ パルヴァライザー」

「ロボになってるーっ!!」

 

 急に動きが硬くなった福井に「な、何を言っているんですか。隊長がロボのはずないじゃないですか」と操縦手の針尾が困惑気味に答える。ガガガ……ガピ……ガピピ……、と白目を剥いた福井の口から不協和音が零れて、そして機械音声のような声が発せられた。

 

「ロボチガウロボチガウロボチガウロボチガウロボチガウ……」

「ロボだこれーっ!!」

 

 針尾が声を荒げた、それでも操縦桿から手を離さないのは流石だった。だらだらと涎を垂らして白目を剥いた福井は、カタカタ震えながらキューポラより周囲を見渡した。

 

「レイヴン……オマエハ……カテナイ……」

 

 相手は傭兵ではないのだが――ジッと福井に睨まれて、ゾクリを身を震わせた。

 なんだか、大変よろしくないものを目覚めさせてしまった気がする。

 ……コジマジュースがいけなかったのだろうか?

 

◆継続高校:ヒグマさん(T-34中戦車)チーム:座標D1

 

 あとは消化試合のようなものだ。

 俺、川内(せんだい)エトナは確信する。敵は一輌、味方は三輌。その内の一輌はエンストで動けなくなっているが、最早、指揮を執る必要がない状況だ。アレは固定砲台でも問題はない、むしろ、その方が戦力になる。

 さて、俺達はどのように動こうか。このまま真正面はスズランさん(KV-1重戦車)チームに任せて、俺達は横から回り込むように移動してみようか。それともKV-1重戦車を前面に押し出しながら、じわりじわりと詰め寄ってみようか。最早、敵は俎板の上の鯛、刺身にしようが、煮込みにしようが、焼いてしまおうが、こちらの思うがままである。

 と考えた時だ。敵車輌……巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)とか言われる戦車が道路西側の窪地に飛び込んだ。ここは傾斜が強い為、道路から下側を狙うのは難しい。とはいえだ、上と下、であれば上の方が優位なことは明らかだ。古事記でもそう言ってた、気がする。道路上から姿を消した巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)に狙いを定める為、スズランさんチームと合わせて車体を乗り出した。

 その瞬間、真正面からの砲撃を受ける。傾斜装甲に優れたT-34中戦車、装甲を削られながらも砲弾を弾き逸らした。

 照準器を覗き込んで敵戦車に反撃しようとするも砲身が下がり切らない。

 

「俯角が足りないか……ウチの戦車の弱点を突いてくるな」

 

 坂を下り切らない中腹辺りを巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)が駆ける。

 道路の上から狙うには俯角が足りず、かといって下り坂に身を乗り出せば、車体を傾ける瞬間の隙ができた。さて、どうするべきか。上で待ち受けるのも良いが、それだと相手を視認できなくなる。前進からの急停止で車体を前屈みにすることができれば、相手を狙い撃つこともできそうだが……そんな芸当を頼めるのはミッコの他に妹のマリ、そして綾子くらいなものだ。まだ一年生で初の実戦を経験する操縦手に頼めることではない。

 では、どうしようか。勝つ為に必要なことは――と、考えたところで「チェックメイトしてるじゃないか」と思い至る。

 相手が西側に降った時、ほとんど勝負は付いていた。

 

「パッパ、どうするの!?」

 

 と問いかけてきたのは操縦手の未来(みき)、勝ち気な顔付きを見て俺は頷き答える。

 

「どうしたい?」

「撃破したいに決まってるじゃない!」

 

 俺の問いかけにいの一番で答えたのは未来(みき)だ。

 

「ずっとあいつには苛々させられ続けてきたんだよ! 倒してスカっとしたい!」

「そうだねー、私もみんなと一緒の意見かなー?」

 

 次いで装填手のまひる、そして通信手の遥香(はるか)が続いた。

 なら少し無茶をしてみるのも良いかと考えて、「どうしたら良いと思う?」と答えが分かりきった質問を重ねる。

 三人は見合わせて、そして私を見つめて威勢良く声を上げる。

 

「「「真正面からぶちのめす!」」」

 

 それじゃ撃破スコアを稼ぎに行こうか、と俺は前進を指示した。

 

◆継続高校:スズランさん(KV-1重戦車)チーム:座標D1

 

 こんにちは、こんばんは、おはようございます。

 そして、お待たせしました。皆のネットアイドル、瓶底眼鏡をかけた白衣の天才幼女先輩こと蛇草(へびくさ)宇宙(そら)さんだよ! 最近、ユー◯ューバーなるものを始めたけども視聴者から年齢詐欺だと言われた上に、良識のある大人達から私の身を心配するメールが多数届けられて――それから運営からの小学生による生放送の自粛を促すメールに反論し続けたら垢バン受けたよ! 悲しいね! きちんと身分証明も含めて抗議のメールを送ったらアカウントを元に戻してもらえたよ!

 誰彼、其れ此れ、いまそがり、試合開始から西側通路で敵戦車と対峙し続けること幾十分、砲撃、砲撃また砲撃と牽制しながら敵を封じ込めることに注力し、なんだかんだで最終局面まで生き残ることができた。もしかしてだけども、私達って運命の女神に愛されているのかもしれない*1

 ここは最後の一輌を撃破して、バシッと決めちゃいましょう! やっちゃいましょう、そうしましょ! と、フンスフンスと鼻息荒くして意気込みながら繁みに車体を隠しながらチマチマと砲撃を繰り返す。前進? あ、駄目だよ。ちゃんとお昼ごはん(昼飯の角度)を維持しないと、ご飯《避弾経始》は大事だよ! やけにテンション高いなあ、というメンバーの声を聞きながら「撃っちゃいましょう、撃ち尽くすまで!」とノリノリで指示を出した。

 生放送でプレイしていたW◯Tなんて全然関係ないよ。昨日、初めてスコア一位になれたことなんて関係ないよ!

 

「いっつも芋撃ちばっかりしてるからスコア伸びないんですよね」

「堅実なのは良いことだ! 馬鹿みたいに前に出るよりも、よっぽどチームの為になってるって!」

「動画映えはしませんがね」

「この前、視聴者千人超えてたじゃん! 大丈夫、大丈夫! みんな私のプレイングに惚れ惚れしてるよ!」

「それ、プレイじゃなくて、部長を見に来てるんですよ」

「……えっ?」

 

 私がみんなを見つめるも、みんなは無言で自分の仕事を黙々と熟し続けるだけだった。

 

「私が投稿したTAS動画とか結構、人気あったよね?*2

「生放送第一回では“やっぱりTASさんは幼女だったじゃないか(光悦)”っていうコメントに溢れてましたね」

「“凄腕の海外プレイヤーではなかったのか(困惑)”とか“金髪じゃないんだな(疑惑)”とかも流れてましたよ」

「設定盛りすぎっていう意見も多かったですねー」

「ぐぬぬ……DDRのコントローラーでマ◯オをプレイしてみたとかめっちゃ人気あったじゃん!」

「あれって部長が小刻みにぴょんぴょん跳ねてる姿が可愛いだけの動画ですよね?*3

 

 むぎゃおー! と、私が戦車長席で手足をバタつかせると、この人って狙ってやってたわけじゃなかったのか、という冷たい視線を浴びせられた。いや頑張ったんですよ、とっても頑張ったんだよ。ちゃんとク◯パまで倒したんだよ、それを可愛いだけとか酷すぎないかな!?

 

「あ、部長。敵の巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)が道路を外れて、西側に降りましたよ」

「エトナはどうしてる?」

「前進しました、道路の上から砲撃するつもりですね」

「よし、合わせるよ!」

 

 エトナのT-34中戦車と合わせなが道路から西側に車体を乗り出させる。するとT-34中戦車が前部に砲撃を受けた。

 

「よし、下がろう」

「もうちょっと頑張りましょうよ。KV-1が前に出なくてどうするんですか。W◯Tをプレイしてる時に、重戦車はもっと前に出ろよーって、いっつも部長が言ってるじゃないですか」

「ゲームと現実を一緒にするのはいけないかなあ!?」

「ゲームよりも気持ち悪い動きをしている人が三名ほど味方にいますけどね」

 

 やいのやいのと仲間達と言い争っているとT-34中戦車が前進する。どうやら真正面から巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)を迎え撃つつもりのようだ。

 

「ほらー、部長(ぶちょー)。エトナさんが先に行っちゃったじゃないですかー。これ、KV-1がやることですよ?」

「うるさいなあ。ほら、エトナが真正面から行くなら私達は側面を取るよ。とりあえず道路上をちょっと南進して、上から見下す感じでお願い」

「はいさっさ。部長って保身を取る時の決断は早いですよね。狙ったわけじゃないのにキルスコア0でのドン勝経験者は伊達じゃないわ*4

「部長のFPSの生放送って、基本的に芋るか逃げ回るだけなのになんであんなに人気あるんですかね?*5

「そりゃ部屋の隅っこで足音にビクビクしてるクッソ情けない姿や、半泣きになりながら地面を這いずって激戦区から逃げる惨めな姿を見に来てるんでしょ*6

「P◯BGは五位圏内常連さんなんだぞー! 一度の配信で一回はドン勝してるし、一対三もヘッドショット三連発で切り抜けたことあるわ!*7

「この人、エイム強いのになんで逃げ回ってるんだろ?*8

 

 怖いからに決まってるじゃん! と怒鳴りながら敵の側面を取るように南進する。

 もう既に何度か砲撃音が聞こえているので決着が着いているかもしれない。

 

◆継続高校:ヒグマさん(T-34中戦車)チーム:座標E1

 

 不安定な足場、車体が斜めに傾いている。

 それを必死に押さえ込みながら前進を続けさせるのは未来(みき)、まひるは祈り、遥香(はるか)は食い入るように前を見据えている。お互いに直撃すれば、装甲を抜かれる。しかし整地されていない足場での行進間射撃は先ず当たらない。もし仮に直撃を受けるようなことがあれば、それはもう運が悪かったと諦めるしかない。

 俺はただ砲身のグリップを握り締めて、静かに時を待ち続ける。タイミングは未来(みき)に任せた、失敗しても良いと言っている。事のついでに「上手くいった時はなんでもしてやる」と言ってやると急に目の色を変えて前を見据える。手は操縦桿を力強く握り締めており、その気迫には圧倒されて生唾を飲み込みそうになった。

 その獲物を見定る双眸は、敵を通して俺に向けている気がするのは気のせいか。

 嫉しげな顔でじっとりと俺を見つめる二人の視線には「ほら、ちゃんと前を見ないと」と指で相手を差せば、渋々と二人は前を見つめる。もし仮に未来が上手くいけば、二人にもなにかご褒美を考えないといけないな。もちろん、未来とは差を付けないといけないので、その辺りも考えておく必要がある。

 この戦車チームを結成してから肩身が狭くなることが増えた気がする、そしてミカと妹からの反応が冷たくなった。

 溜息を一つ、照準器を覗き込んだ。

 

◆ワッフル学院:巡航戦車Mk.V(カヴェナンター):座標E1

 

 豹変した福井(ふくい)の指示は迅速かつ大胆で的確だ。

 炎天下の真夏よりも暑くなりつつある車内にて、福井は顔色ひとつ変えずに指示を送り続けている。坂道を下り切らないのは、俯角の足りない敵二輌の照準を付け難くする為に違いない。T-34中戦車が下り坂を降りてきた時も彼女は冷静さを失うことなく、「相手の足元を狙え」と指示を出し、その命令に従ってT-34中戦車の履帯付近、相手から見て右側、車体の傾いている方を砲撃すれば――削られた地面と一緒にズルズルと滑り落ちるようにT-34中戦車は下り坂の一番下まで落ちていった。

 その真上を取った私達は、一度車体を停止させ、敵戦車の頭上から砲弾を叩き込んだ。

 白旗が上がる。今度はKV-1重戦車を倒すべく、坂を駆け上がりながら敵戦車に接近する。硬い装甲を持っているにも関わらず、KV-1重戦車が後退したところを見るに相手は臆病なようだ。煽るように行進間での砲撃を一度、放って、そのまま道路の上まで登る――その瞬間、強い衝撃が車体を揺らした。砲撃、だと? 登りきった直後、まだ斜めに向いていた車体を押すように横から砲弾を撃ち込まれた結果、履帯の片側が浮いてしまった。だが、まだ横転するほどじゃない。すぐに反撃に移れるように照準器を覗き込む――するとKV-1重戦車の砲口は私達に向けられているのを私は見た。まずい、と思った時にはもう遅い。狙い澄まされた一撃は、浮いた履帯の下を更に押し込むように当てられる。

 そのまま巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)は横転し、仰向けになって坂を滑り落ちる。

 パシュッと白旗が上がる音がした。

 

*1運命の女神「気のせい、ただの偶然」

*2ネタプレイが中心、タグにはTASさんの休日と付けられることが多い。

*3配信中、なぜか部長は兎耳のカチューシャを渡された。アマチュア無線部では今度、兎の着ぐるみパジャマを着せることを計画中。

*4ドン勝が画面に映った時、困惑する部長を前に“ええ……”とか“うせやん”という引き気味のコメントが流れて、気まずくなった。

*5動画配信を見ていたプレイヤーに居場所を特定されて、芋ってるところを突撃されたことがあるが、その際にサブマシンガンで返り討ちにしたのは語り草。

*6TAS動画や一人プレイとは打って変わって、対人戦ではヘタれた姿を見せる為、KAS部長という愛称でネットユーザーには知られている。プレイをミスしたりすると“これはKASですわ”というコメントが流れ、スーパープレイを見せると“これはTASですね”というコメントが流れたりする。ホラー系はNG、アマチュア無線部では全国大会後の夏休みに肝試し企画を計画している。なお同名のスーパーマリオワールドの凄腕プレイヤーは関係ない。

*7まぐれ、クリティカル一回分程度。これはTASですね。

*8ネット上で部長が最も得意と言われているゲームは“Aim Hero”と“Counter Strike:Global Offensive”の二作品。




この話も次で最後になります、たぶん。
話の都合上、飛ばされてますがオオハクチョウチームはひっそりと一輌、撃破してたりします。


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副隊長、頑張ってます!⑧

『ワッフル学院、全車輌の戦闘不能を確認。継続高校の勝利です、おめでとうございます』

 

 審判を勤めてくれた自衛官の女性より、通信機で継続高校の勝利を告げられる。

 砲手席に腰を下ろしていた私は、大きく息を吐いた。思っていたよりも苦戦した。油断をしていたつもりはないが、ミカアキミッコの先輩三人組を始めとして、エトマリ姉妹。そこに綾子といった四強相手にも通用し得る面子が揃っている私達が、去年から戦車道を始めたチームに負けるはずがないと何処かで考えていた。

 しかし実際に蓋を開けてみれば、相手は精鋭揃い。戦い方は少しぎこちなかったが、それは私達も同じことだ。新造チーム特有の現象、先述した人物は個々の能力が高いので即席でも連携を取れるが、チーム全体の連携はなっちゃいなかった。結局、個人による力量頼みのごり押し。今回のMVPを決めるなら、相手の作戦を潰したミカ隊長が率いる妖精さんチームに与えられるべきだ。

 とはいえ戦車道の試合経験の少ない者ばかり、難しい作戦を立てられなかったという事情もある。

 これに関しては今後の課題、と割り切った。

 

 とりあえず勝ったことには違いない。

 みんなの健闘を讃えよう、みんなで掴んだ勝利を祝おう。

 ああそうだ、勝った。勝ったんだ。プラウダ高校の時は、半ば負けたような気持ちがあった。それに鹵獲ルールでの試合は戦車強襲競技(タンカスロン)に近い。それ以前で勝利した記憶は黒森峰女学園での事になるが、当時、一年生だった私は勝ちに貢献したというよりも、元から勝てるチームのレギュラーに入っただけという意識を少なからず持っていた。だから自分の力が、きちんと勝利に貢献できたという実感を得られたことは少ない。小梅やエリカ、みほと比べると戦車道の経験が少ない私は周りを頼り、支えられてきた。それでも良かった、それでも楽しかったし、幸せな毎日を送れていたと思っている。

 それでも、それでもだ。自分の力で掴み取る勝利は格別な味がした。

 誰にも文句は言わせない、少なくとも私が来た当初では試合すら儘ならない状況だった。それが相手校に勝てるまでになったのだ。運によるところもあった、ミカが居なければ勝てなかった。それでもミカだけで勝つこともできなかった、運があれば勝てるほどに力を付けてきた。

 歓喜に打ち震える体、私は勝利を噛みしめるように強く、強く両手を握りしめる。

 

「……やった」

 

 嬉しくって、つい声が零れる。

 数分後、通信機から『ヘイヘ、戦車は回収に向かった方が良いかな?』というミカ隊長の声が聞こえた時のことだ。私が慌てて顔を上げるとスオミと綾子がなにかを堪えるような笑みを浮かべて、生暖かい目で私のことを見守っていたことに気づいた。戦車長席に座る(かおる)は携帯ゲーム機を取り出しており、艦これ改*1をピコピコと遊んでいる。

 とりあえずミカ隊長には迎えに来て貰うようにお願いすることにした。

 

 

 戦車道は、道と名が付くからには礼儀を重んじる。

 試合は礼に始まり、礼に終わる。故に試合開始時と終了時には必ず、整列をする決まりとなっている。

 戦車強襲競技(タンカスロン)では、敵味方で礼を尽くすなどほとんどありえない。勝ちは勝ち、負けは負け、騙して悪いが仕事なんでな、といった裏切りは日常茶飯事に行われる。故に結果だけを受け止めて、過程は軽く流すのが戦車強襲競技(タンカスロン)流の在り方だ。通じ合うべきは心であり、心が通じ合えば言葉は必要ない。そして心を通じあわせることができなければ、それもまた言葉を交わす必要がない。

 しかし今は戦車道だ。将棋や囲碁で負けた側が、参りました、と敗北を自ら認めるように、それが決まりというのであれば従う他にない。とはいえ我らが隊長殿は体調不良でトラックに寝かしたままであり、今は代理として私、王堂(おうどう)狐子(ここ)が代表者として、この場に立っている。そして目の前にいる継続高校の面々を観て、やはり自分達とは違うという意識があった。なんというか画風が違うというか、極北染みていないというか、鬼気迫った雰囲気を纏っていない。彼女達は緩いのだ、これは何が悪いという訳でもなく、生きてきた環境が違っている。

 そして、その雰囲気は高校に入ってから戦車道を初めた鷹見(たかみ)美奈(みな)にも通じるものがある。

 

「どうだった?」

 

 問いかけると鷹見は微笑んだまま答える。

 

「楽しかった」

 

 短くも本心から言葉に「そうか」と頷き返す。

 それならこの戦いにも価値はあったな、と思ったところで自分も緩くなっていることに気付き、苦笑する。

 

「……なにを良い感じに終わらせようとしているんだ?」

 

 聞き慣れた声に、ゆっくりと振り返る。

 後ろには福井(ふくい)奏絵(かなえ)針尾(はりお)に肩を貸して貰いながら息絶え絶えで立っていた。大人しく寝ておけば良いものを、と思って見ていたが「隊長が整列に参加しなくては締まりが悪い」と言って、ふらつく足取りで整列に加わり、そして胸を張って悠然と立ってみせる。

「遅れてすまない、私が隊長の福井だ」と相手の隊長に握手を求める姿を見て、つい口角を上げる。

 

「……偉くなったものだ」

 

 それは皮肉ではなく、本心からの言葉だ。

 福井は率先して面倒ごとを引き受けてくれる奴だったから隊長業を押し付けていたが、いや、しかし、想定していた以上に隊長が様になっているではないか。戦車強襲競技(タンカスロン)に挑み始めた頃の、私の後ろを追いかけていた彼女の姿は霞んでいて、そこに一抹の寂しさがある。

 成長するのは周りばかり、そのことが嬉しくも、やはり羨ましかった。

 

「ロートルを気取る年齢でもないだろう」

 

 列に戻ってきた福井が告げる。ああ、そうだな。と私は頷き返す。

 私達はまだ高校生である、人生はまだ先が長い。

 

 

 空のティーカップをオレンジペコに手渡した。

 ハンカチで唇の水気を取り、「帰りましょう」と静かに立ち上がる。

 継続高校とワッフル学院の練習試合は、見所は多々あったが戦車道の試合としては粗末なものだった。弱小同士の試合と見れば、個々の力量を当てにするのも仕方ない。むしろ両校のエースの活躍には、見るべき点があった。しかしチームとしては未熟も良いところであり、連携の拙さから作戦を崩され、統制を乱され、結局は個人の力量がものを言う戦場に成り果ててしまった。

 言ってしまえば、戦車道らしくない戦いぶりだ。個人の活躍が戦局を左右する場面はある、戦車一輌の性能が戦局を支配することもある。しかし、それを当てにしてしまうのは、優雅ではない。戦車道とはチーム全体の統制を重んじるべきものだ――だからこそ、西住まほは斯くも美しい。

 ただワッフル学院も、継続高校も、まだ途上のチームだ。全国大会までに何処まで仕上げられるか、少なくとも今はまだ私の目には適わない。私達、聖グロリアーナ女学院の敵ではない。

 最後にアスパラガスと一言、二言、交わしてから観客席を後にした。

 

 

 戦車道から戦車強襲競技(タンカスロン)に戦場を変えた身だからこそ言える。

 ワッフル学院は戦車道の戦い方に適応しつつある。戦車強襲競技(タンカスロン)での彼女達はもっと過激だった。元々少数精鋭による奇襲と強襲を得意とするチームであり、そのまま格闘戦に縺れ込んでしまうことが多かった。これは戦車強襲競技によくあることだが、戦車道のような戦車の性能差が生じ難い環境だからこそ、個人の力量に自信がある者ほど格闘戦を好む傾向にある。

 ボンプル高校のヤイカ然り、楯無高校の鶴姫しずか然り、戦車の性能差を言い訳にできないからこそ、彼女達は身一つ剥き出しの心で闘争を追い求める。これは戦車道に身を置いている私には受け入れられない理念ではあったが、しかし理解はしている。だからこそだ。戦車道に適合しようとする福井(ふくい)奏絵(かなえ)王堂(おうどう)狐子(ここ)の二人が、如何に本気で戦車道に打ち込んでいるのかよくわかる。

 信念や気迫、情熱。そういった面で明らかに私は彼女達と比べて劣っていた。

 

(政治的に――とか言っている内は届かないざます)

 

 私、アスパラガスの個人としての資質は高い方ではない。

 私が隊長としてBC自由学園を率いていたとすれば、全国大会の時には彼女達に抜かれていたかも知れない。少なくとも戦車道だけには打ち込めない。常に政治的な立ち回りを意識してしまう私は、きっと何処かで戦車道を疎かにする。

 だからこそ私は補佐に回るのが良い。

 現隊長がマリーだからこそ、BC自由学園は彼女達には負けない。そして私の役割は、今いる戦車道の面々が思う存分に戦車道に打ち込めるように立ち回ることにある。

 さて、ダージリンも帰ったことだし私も帰ろうか。と席を立った。

 

「なにあれ、だっさーい! 私だったらあんなことになる前に勝負を決めてるわ!」

 

 帰り際、中学生くらいの子か。帽子を被った少女がやけに不機嫌そうに声を上げているのが見えた。

 

「なーにが試合を観に来いだ! 負け試合を見せたかったわけ? ばっかじゃないの!?」

 

 ふん、だ。と彼女が友達を引き連れて帰ろうとした時、彼女の顔に見覚えがあって「貴方は……」と声をかけてしまった。

 

「……なに、おばさん?」

「おば……っ!」

 

 周りよりも多少、大人びてる自覚はあるが中学生の無慈悲な言葉にショックを受けた。

 いや、今は良い。聞き流しておくことにする、それよりも確認したいことがある。

 

誘苑(ゆうえん)ジナコざます?」

「そうだよ。それでなんなの? 勧誘はお断りだよ、あいつだけでウンザリしてるんだから!」

 

 苛立ちを隠そうともしない彼女の名は誘苑ジナコ。

 前年度の全国中学校戦車道大会におけるMVP受賞者であり、今は中学校三年生。去年の初め辺りから戦車強襲競技(タンカスロン)界隈にも顔を出すことが増えており、乱入しては戦場を蹂躙し、ただ一輌で勝利を掻っ攫っていく姿を多々目撃されている。特定のグループに所属しない戦車チームの中では最高レベルの戦力と言われている。

 中学校では敵なし。同年代の島田愛里寿と比較されることが多いが、愛里寿は飛び級で大学に入ってしまったので直接、対決したことはない。そんな彼女がどうして戦車強襲競技の世界に入ったのか――“円卓”と呼ばれる戦車強襲競技の大会で出会った時に聞いたことがあるが「中学校の戦車道には弱っちい奴しかいないから」と彼女が言っていたことを覚えている。

 

「というよりも私に見覚えはないざます?」

「……誰? ナンパはお断りだからね!」

 

 どうやら完全に忘れられているようだ。そのことに少しやるせない気持ちになりながらも、気持ちを切り替えて話を続ける。

 

「ジナコは……」

「呼び捨て? 初対面で図々しくない?」

「……誘苑ちゃんは、あそこにいる誰かの知り合いざます?」

「じゃなかったら、誰が足を運んでやるものか! こんなクソ試合にっ! ああもう、苛々してきた!」

 

 激おこぷんぷん丸と頰を膨らませた後、ジナコは礼を終えて解散する選手達――おそらくワッフル学院側を指で差した。

 

「あいつだよ、あいつ! あのガチムチ女ッ! 狐野郎に呼ばれてきたのよ!」

 

 この試合で狐と名前の付く選手は王堂の他に居なかったはずだ。

 上着などで上手く隠しているが、筋肉質な肉体といえば戦車強襲競技界隈における彼女の代名詞なので間違いないはずだ。それにしても王堂狐子か、彼女は私と同じく政治に生きる者であり、戦車強襲競技では彼女の動向を注意深く観察する機会が多かったことを覚えている。

 彼女の関係者であれば、色々と情報を仕入れることができるかもしれない。

 

「それであのM4中戦車(シャーマン)に乗ってた奴、鷹見(たかみ)奈美(なみ)ってんだけどね! あいつ、私の弟子だから!」

「……弟子?」

「そうよ、私が師匠。あいつって、なかなか見込みあるのよ。流石、私の弟子ってね。でも最近は忙しくって相手をしてやれてないんだけど……それにしても私の弟子でありながら不甲斐ないったらないわっ! ああもう苛々してきたッ!!」

 

 ムカ着火ファイヤー! とジナコが怒鳴り声を上げる。

 感情の起伏が常に高い方向に突き抜けている彼女に、私は少し疲れを覚えながら今少し話を続けた。

 

 

 私、赤星小梅は練習試合前にスマートホンを鞄に片付けようと電源を落としていた時だ。

 着信が一つ届いた。その送信者の名前を見て、私は電源を落とす手を止めて、メッセージの中身を見る。そして、思わず笑みを浮かべる。まだ時間は三十分近く余裕がある。私はスマートホンを片手にトラックを飛び出して、そして別部隊の指揮を執っているエリカの下まで駆け出した。

 ペースも考えずに全力で走ったから息も絶え絶え、「どうしたのよ?」と呆れ混じりのエリカにスマートホンの画面を押し付ける。

 

「エリカ、兵衛(ひょうえ)が勝ったんだって!」

「……えっと、なによ。練習試合じゃない。しかも相手って今年から戦車道を始めたような弱小校だし勝って当然よ」

 

 澄ました言葉遣いでそう言うが、しかし口元の笑みを隠し切れていなかった。そんな彼女に私はつい頰を緩ませてしまって、「副隊長、ひいては部隊長なんだから、もっと表情を引き締めなさい」とエリカが幾分か穏やかな声色で苦言を零す。

 

「……それで今日の相手は分かっているのでしょうね?」

「ヨーグルト学園、ケルベロスと呼ばれる三人組が厄介な高校ですね」

「ええ、そうよ。でも黒森峰の敵ではないわ」

 

 エリカは踵を返して、部隊全体に指示を出した。

 

「今日も相手を徹底的に打ちのめすわよ!」

 

 エリカの気合いの入った声に、私も気を引き締めなおす。

 その日、ヨーグルト学園との練習試合は、とても可哀想な結果に終わる。

 端的に言ってしまえば、少しやりすぎた。

*1よくクソゲーと呼ばれるけども、実際にプレイすると割と面白い。というよりも複数の艦隊に分けて、作戦領域に送り込んで攻略をしながら艦娘を育てるというシステムが割と楽しい。




ここまで長かった。
漸く全国大会まで一直線にいける段階――の前に大洗関係を少し書き込むついでに書き直しますね。
少々気合いを入れようと思っていますので、また継続高校は空気になります。

ちなみにネタバレしますが全国大会に登録した高校は、本作では24校になっています。
原作キャラ全員、活躍させたいなあって試行錯誤してたら、こうなりました。
伯爵高校はまだちょっとキャラ掴めておらず、生かせる気がしないので出ないです。

ではアニメ本編二次を書いていきます。
たぶん、きっと、予定は風のように気まぐれに。


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番外編 番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!①

 とある日の朝、目を覚ますと様変わりした部屋に驚いた。

 体を起こした時、柔らかく軋む寝台の感覚に困惑し、優しく包みこむ布団の感触に極楽浄土を見た。名残惜しくも寝台から抜け出して、部屋に立て掛けられる――驚愕するほどに綺麗に磨かれた鏡を前に立ち、そして、その写し身に動揺する。若い身体、可愛らしい顔付き、ぺったんこな胸元、自分の見知った肉体ではないことに暫し呆然し、ペタペタと体を触りながら再確認する。

 間違いなく私の意思で動き、私の感覚を共有している。これは私の身体ではないけども、私の身体だ。

 何が起きたのか、まったく分からないけども、どうにも私は新しい生を得たようだった。

 

 私の名前は結月ゆかり、転生者である。

 前世では長尾景虎と申す者也。

 

 私の左手首には刃物で切った跡が残っている。

 両親共に不倫が発覚し、離婚をしてからは両親と顔を合わせたことは一度もない。いや、実際に私が両親と出会ったことはない。ただ肉体に記憶として残っている。手持ちに現金はなく、クレジットカードを手渡されているだけだ。月の限度額は五十万円。私からすれば少ないが、この時代の常識的な家庭から見れば、裕福な暮らしを営んでいたらしい。この少女が自殺した理由は両親から捨てられたことにあり、そこから更に学校の生徒達から虐められたことが後押しすることになったようだ。

 ただまあ今の私には関係がない。少女が捨てた肉体を運良く拾ったものと解釈し、この現代を生きる覚悟を決める。

 

 一年後、

 現代社会の利便性の虜となった私は自堕落的な生活を送るようになった。

 宅配サービスなるものを見つけてからは部屋からはゴミ出し以外で出ることはなくなり、部屋では下着姿がジャージ以外を身に付けることはなく、日がな一日、ベッドの上で本を読み耽るか、勉強机に座ることでネットサーフィンに興じる毎日を送っていた。この時代の娯楽は膨大だ、どれだけ消費しようとも尽きることがない。小学校、中学校の教科書は三日で読破し、専門書であれば一冊を三日、名作と呼ばれる書籍の数々は日に三冊のペースで消費していった。千年近くが過ぎる今の時代でも、紫式部の源氏物語が名作として語り継がれているのはちょっと嬉しかったりする。映画も見れば、アニメも見る。ゲームに触れることもあり、葉鍵を中心に恋愛ゲームを読み漁る毎日を送っていた。

 そうして有名な作品を粗方読み尽くした頃合いで――漸く、自分の社会的地位を省みることになった。

 あれ、私って今、何歳だっけ? 私は首を傾げると、ゆったりとベッドから体を起こした。最初に教科書を取り出して以来、部屋の隅に置いていた学生鞄を手に取る。少し被っていた埃を払って、中身を漁れば学生証が見つかり、去年の時点で二年生という事を知った。あれ、これって不味いのでは? 今の御時世は学歴社会、学歴で人権が保証される時代である。頑張れば中卒でも一定の地位が保証されるだろうが、それには多大な労力が必要だ。なによりも手持ちのクレジットカードが何時まで使えるのかわかったものではない。

 私が勉強机に腰を下ろして、ネットで奨学金制度や特待生制度について調べ上げる。そして受験で良い成績を取るだけでも学費の免除や減額を貰える高校を探している最中に、私は学園艦という存在を知ることになった。前世で船と云えば木製だった。重い鉄の塊が海に浮かんでいるだけでも驚きなのに、その艦上には都市が形成されているのだと云うから驚愕する。今の時代に転生してから驚いてばかりだ、私が知っている常識が何一つ通用しない。その時代の進歩が末恐ろしく思うと同時に、望めば望むだけ未知を知ることができる今の世が楽しくて仕方なかった。

 是非とも学園艦のある高校に入学したいと考えた私は、数多ある高校の内からアンツィオ高校を選んだ。

 歴史が長く、由緒ある都市ローマ。その文化をモチーフとした艦上都市に強く興味が惹かれたことが一つの理由、そして受験だけでも学費を半分免除され、残る半分も奨学金だけで充分に賄うことができると計算してのことだった。あとはまあ“中学生が入学したい高校No.1”という字面に惹かれたことも挙げておくことにする。この一年間で知らぬ内に大学生の範囲までの学習を終えていた私は、大して受験勉強もせずに首席合格を果たした。

 少し後ろめたい気持ちになりながら、アンツィオ高校の学園艦に足を踏み入れることになる。

 

 アンツィオ高校、

 19世紀にイタリアから来日した商人が母国の文化を日本に広く伝える為に設立した歴史の長い学校と言われている。その為、学園艦の施設にはイタリア文化を踏襲した建造物が揃っており、街並みはローマのそれとほぼ変わらない。学園長がいうには「ローマよりもローマ」とのことだ。

 レプリカであるとはいえ、異国の文化に触れることは純粋に楽しかった。

 何処を見上げても芸術がある。細部に至るまで彫刻を掘られた建造物の数々は街全体が芸術と呼ぶよりも、街にある全てのものが芸術と呼ぶ方が正しい気がする。街中に敷かれた石畳の道を歩いてるだけでも楽しくって、思わず、あちこちへと目移りしてしまう程だった。学生証を持っていれば、艦上にある美術館や神殿の数々に無料で入れたりするので、つい入り浸ってしまいそうになる。

 授業が始まるよりも一ヶ月も早く乗船した私は、家に置いてあった兎耳の付いた黒いパーカーを羽織り、両手にはリストカットした跡を隠す為に日焼け避け用の裾の長い手袋を付けて、街へと繰り出した。大はしゃぎで擦れ違う生徒達の姿を見つめながら、ついほっこりと口元を緩めてしまう。

 アンツィオ高校の学園艦で最も気に入っているのは、生徒達の笑顔だ。

 

 さて、学園艦では制服を来ていない生徒というのは意外と目立つものだ。

 二週間も街中を歩き回っていれば、また兎さんがいる、とか、兎さん可愛い、とか、道を行き交う生徒が私を見つめながら口を開いた。料理店では、一度通えば、姿を覚えられる。二度通えば、顔を覚えられる。三度通えば、常連として扱われる。可愛い後輩の為にジュースを奢ってやるとノリの良い先輩方に押し付けられることも少なくない。オススメだからってピザの切れ端やパスタを押し付けてくる先輩も多くて、何時もお腹はパンパンだった。

 このままだと太りそうだな、とか考えながらトレヴィーノの泉の近くにある椅子に腰を掛ける。

 前述した通り、学園艦では私服の生徒は目立つことが多い。それは私だけに限ったことではない。例えば今、私の近くで組み立てたキャンバスを前に絵を描き続けている少女とかがそうだ。美術館で何度か擦れ違ったことがあり、図書館でも見かけた覚えがある。何時も眼鏡を掛けており、髪は長く、大人しそうな少女だった。金髪というか、銀髪と呼ぶべきか、薄い緑色の髪をしており、そこでも他と比べてよく目立った。私はジェラートを舐めながら彼女の描く絵を後ろから覗き込む、繊細な色使いをした油絵だ。少女の鼻歌交じりに色を塗り重ねている姿が可愛らしくって、ジェラートを舐めている間、ずっと彼女のことを眺め続けていた。

 更に一週間、眼鏡の少女とは擦れ違う度に会釈をするようになった。それから私服の生徒が増えていく中でも私と彼女は言葉を交わさず、挨拶だけは続けるようになり、気付いた時にはお互いに笑顔を向け合うようにもなった。まだ名前も知らない者同士、こんな関係が合っても良いんじゃないかな、と思いながら擦れ違い様に小さく手を振ったりもした。

 そして入学式当日、あの子とまた会えるだろうか。そんなことを思いながら意気揚々と部屋を出た。

 

 

 中学三年生の秋、

 私、安斎千代美の前で大人の女性が頭を下げている。そのことに少なからず困惑している私の手元には彼女の名刺が置いてあり、そこにはアンツィオ高校学園長と書かれていた。女性は多くを語らず、まだ中学生の私に対して真摯に頼み込んでいる。

 どうしてこうなったのか、心を落ち着ける意味も含めて簡単に整理する。

 

 事の発端は、数年後に開催される戦車道世界大会の開催地が日本に選ばれたことにある。

 政府は戦車道世界大会の開催に合わせて、来年度には戦車道プロリーグの設立を宣言する。そして戦車道全体の実力向上の為に、戦車道に取り組んでいる高校と大学に多額の補助金を交付する政策を打ち出したのだ。この流れに乗ったのがアンツィオ高校であり、戦車道に力を注ぐことが学校方針として決定される。

 そして、中学校戦車道で名を上げていた私に白羽の矢が立ったということだ。

 学費は全額免除、学生寮の家賃も免除、光熱費その他諸々も免除、戦車道に関する全権を私に委ねても良いとまで言われた。そこまでの好待遇、裏があるのではないかと勘繰ったが、その事情もまた学校側は包み隠さずに明かしてくれた。アンツィオ高校の戦車道チームは現在、公式試合を行える最低限の人数しか集まっていないということや、今残っている戦車はCV33豆戦車が五輌だけであるということも含めてだ。その上で学校側は協力を惜しまないと云い、学園長を名乗る女性は中学生の私に頭を下げる。

 少し考えた後、私はアンツィオ高校が提示した条件を受け入れた。

 

 まあ少しぶっちゃけたことをいえば、私にはあまり良い高校の誘いがなかったことも理由にあったりする。

 

 アンツィオ高校の街並みに興味を持っていた私は入学式の三週間も前に学園艦へと乗船した。

 卒業生が学園艦を出るタイミングで女子寮は空くので住むところに問題はない。部屋に入ると備え付けのベッドに荷物を放り投げて、バンッと窓を開け放った。風が吹き込んだ、潮の匂いがする。薄暗い部屋、外から差し込む光に誘われるように身を乗り出して見た光景は、一言で云ってしまえば壮観だった。アンツィオ高校の学園艦が誇る歴史遺産のレプリカ群、三神変形合体教会が見える。トレヴィーノの泉が見える。中央広場にパンテオンやコロッセオ――木造建築の家屋と効率化された四角い建物が建ち並ぶ日本では決して拝むことができない重厚感、街全体が芸術、建物一つ、街頭や石畳の道路に至るまで意匠を凝らす妥協なき芸術性。ローマよりもローマ、その言葉に偽りなし、陸とは違う空気と雰囲気を目一杯に吸い込んだ。この部屋は絶景のポジションだった。

 学生寮が隣接する通りを見下ろせば、アンツィオ高校の制服を着た生徒がワイワイと楽しそうに話しながら歩き回っており、お店の前ではイタリア版ウェイトレス、カメリエーラの衣服に身を包んだ女性が料理を片手に笑顔を振りまいている。活気がある、同じ人混みでも地元とは中身が違っている。背中を丸くしたサラリーマンが冴えない顔で歩き回り、学生達がスマホを片手に見つめている。その中で観光客が自撮り棒を片手に写真を撮って回る。そんな感じではない、此処に根ざした住民達の活気が此処にはあった。ここでは誰もが楽しそうで、愉快に笑って生きている。気分が高揚し、ウキウキになった私は居ても立っても居られなくて、部屋の中まで届けられていた段ボールに手も付けず、学生寮から飛び出した。

 これからの高校生活はきっと楽しいことになると思った。

 

 制服はまだ届けられていなかったので、私服での外出になる。

 長袖の白いシャツにチョッキを羽織る。下はチェック柄の赤いロングスカート、イタリア風の学園艦と聞いていたから少し意識して買ったものだ。頭にはハンチング帽を乗せて、眼鏡を掛けた私はテンションアゲアゲで大通りを歩き出した。さてはて何処に行こうか。右か左か真っ直ぐか、パンフレットと見つめながら場所に目星を付ける。そこでふと周りの景色に意識を向けた。石造の白い建造物も見上げて、これなら何処を歩いても楽しめるか、と考え直した私はパンフレットをしまって適当に散策することに決める。今日はご機嫌鼻歌交じり、人差し指を指揮棒代わりにリズムを刻みながら蹴り上げるように足を動かした。

 可愛いとか、お持ち帰りしたいとか、周りから生暖かい目で見られていることに気付いたのは数十分後のことだ。

 顔を真っ赤にして逃げるように飛び込んだ教会。屋内にいる人は少なく、話し声はほとんどせず、ただ乾いた足音だけが響き渡る。外の喧騒が遠く、中は少し肌寒くて薄暗い。まるで外とは隔離されているかのように世界が違っていた。ほとんど照明がない屋内を照らすのは色鮮やかなステンドグラスだった。私は特別に何かの宗教を信仰している訳ではないけども、暗い教会の中に差し込む光に神秘を感じ、この空間が神聖なものように思える。細かい説明はいらなかった。ただ肌の感覚と目の前の光景が全てだった。

 制服姿の生徒達がちらほらいる中で、兎耳の着いた真っ黒のパーカーを着ている女性を発見する。年齢は同じくらいか、自分と同じ新入生かもしれない。黒パーカーの彼女も私に気付いたようで、私を見つめながら小さく笑みを浮かべた気がした。そして、そのまま擦れ違う、これはちょっとした同族意識で言葉を交えるほどではなかった。

 それから私は入学式までの間、毎日のように街に足を運んだ。そして毎日のように黒パーカーの兎娘と擦れ違った。最初は目を合わせるだけだったのが会釈に代わり、今では互いに微笑み合うほどになる。

 同族意識が仲間意識へと変化していくのを感じた。

 街中を一通り見て回った私は、画材屋で道具とキャンバスを買い込み、それを脇に抱えながらトレヴィーノの泉まで歩いた。道の脇にキャンバスと立てる。この機会を逃すと次に時間を取れるのが何時になるかわからない。だから一度、油絵に挑戦してみたかったことも含めて、入学式までの残る時間を油絵に費やそうと思ったのだ。鉛筆を片手に、食パンを脇に置いて、ざっくりと下書きを始める。今日一日で下書きを終えるつもりだ。どうせ素人絵、趣味の一環、時間も限られている。アタリを付けられたら、それでいっかな、と雑に型を取り始める。

 この日は、珍しく兎の彼女には会わなかった。

 翌日、どうやって油絵を塗るのか参考にする為に美術館に足を運んだ。あの兎の彼女とは前に美術館で会っていたので今日もまた会うことはないと思っていた。が、しかし、美術館の――しかも私が目当てとしていた絵画の前に兎耳付きの黒パーカーを羽織る少女の姿があった。なんだか嬉しくなって、ちょっと気恥ずかしい。たぶん相手は私の存在に気付いていると思うけども、もしかすると私の勝手な思い込みかも知れない。私だけが彼女のことを意識しているかも知れない、ということが恥ずかしくて仕方ない。あわわ、はわわ、と妙に不自然な行動を取っていると兎の彼女は、私の方を振り返って、クスッと含み笑いをする。

 ――笑われた!? その日、そのことがショックで仕方なくって、絵は雑な下塗りだけで終わった。

 

 翌日、兎の彼女が私の後ろでジェラートを舐めながら椅子に座り続けている。

 彼女も粗方、観光を終えてしまったのだろう。椅子に座りながら、のんびりとトレヴィーノの泉を眺めている。なんとなしに私の方に視線が向いている気もしないけど、きっと気のせいのはずだ。私がチラッチラッと後ろを振り返れば、ひらひらと穏やかに手を振り返された。なんだこれ、なんなんだこれは。あーもう、と私は開き直り、芸術は爆発だと言わんばかりに絵を描き殴った。

 後になって、とても後悔した。

 

 入学式まで残り一週間ともなると私服の少女が多くなった。

 兎の彼女は気付けば私の後ろを陣取っており、気付いた時には姿を消していた。振り回されているなあ、と自覚した時には心が穏やかになり、兎の彼女はどんな性格をしているのか、何が好きなのか、やっぱり人参とか好きだったりするのかな、とか、そんなことを想いながらキャンバスに絵を塗りたくった。そうしている内に時間はあっという間に過ぎ去って、入学式の前日に絵はほとんど仕上がった。後は細部の仕上げだけ、という段階でなんとなしに物足りなさを感じる。後ろで座る兎の彼女をチラリと見やり、そして絵の隅っこにベンチを書き足して、そこに黒兎を描き込んだ。一歩、二歩と引いて、それから絵全体を眺めるように見て、よし、と満足げに頷いた。

 後ろを振り返ると兎の彼女は居なくなっていた。彼女はアンツィオ高校の生徒なのだろうか、もしそうだったら嬉しいな。その時は、うん、名前を訊こう。そして私の名前を教えよう。

 無事に完成した絵を脇に抱えてながら、鼻歌交じりのご機嫌さんで学生寮に戻った。

 

 入学式当日、私は寝坊した。

 あの兎の彼女と出会えるかも知れないと思って、夜は眠れず、朝近くになってから気絶するように寝てしまったのが原因だ。とはいえ急げば間に合わない時間ではない。

 私は食パンを咥えると、慌てたまま扉を開け放った。

 

「あっ――」

 

 同じ制服に兎耳の付いた黒パーカーを羽織った彼女が目の前にいた。

 ポロッと口から落ちる食パンを「おっと」と彼女は空中で受け止めて「どうぞ」と口に押し付けられる。されるがままパクッと咥えると彼女は満足げに微笑んで「遅刻しますよ」と、ひらひらと手を振って早足で階段を降りて行った。同じ寮? それも同じ階? 呆然とする中で先ほどの出来事を反芻し、彼女が最後に告げた言葉を思い出した私は慌てて階段を駆け下りる。

 特待生が初日遅刻では格好が付かない! 息は絶え絶え、始業ベルが鳴っている最中、ギリギリで教室まで辿り着くことができた。

 その教室の端で、兎の彼女が私のことを楽しそうに見つめて、ひらひらと手を振ってきた。

 

 

 

 




がっつりと書く気はなかった勢力。
ロケットマン面白かったです。そのテンションで書いたら、なんかがっつりと書きたくなってつい!
ゆかりさんは出す予定はなかった子ですね。やるとしても別作品かなって思いましたが、ガルパンでやりたいことは今回で全部やるつもりなのでノリと勢いで出しました。
あとアンツィオでがっつりと書きたくなったのは、ガルパン4コマのアバンティが全て悪いです。

いろんな勢力にいろんなキャラを突っ込みまくるのは、
ニコニコ架空戦記の三国志9系列が大好きだった悪影響ですね。
あと主人公勢力だけ強化ってのはフェアじゃないと思うんですよ。

無双するよりも、無双されて主人公達が阿鼻叫喚してるのを書く方が楽しい……。
りょ、呂布だーっ! 遼来々! されるのだいしゅき。


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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!②

遅くなって申し訳ない。
軽く鬱な時期に入っていて、なにを書いても面白く感じない状態に陥っていました。
今回は短め、また頑張っていきたい。


 雪、その日は雪が降っていた。

 なんとなしに、ゆらゆらと落ちる雪に手を伸ばすと、雪は肌に触れた側から水滴に変わった。

 足跡一つない新雪に二本の太い線、軋む無限軌道、回る履帯が雪原を踏み締める。振動する車体に揺らされるのは私の体、砲手席のハッチから身を乗り出した。周りには誰もいない、戦車なんて影もない。ぶるり、と寒気に身を震わせてから席に座り、ハッチを閉める。隣を見れば、操縦席には相方が座っている。

 世間では今頃、優勝記念杯が行われている頃合いか。彼女が戦車を操縦する傍らで溜息を零す。

 アンツィオ高校の戦車道チームは、今や二名だけだ。

 

「ごめん、付き合わせてしまったな」

 

 心の錆が剥がれるように、ポツリと零してしまった。

 全国大会を終えてから三年生は授業に顔を出していない。残る二年生も戦車に乗らなくなって久しく、いつも戦車倉庫で駄弁ったりして遊んでいる。そして一年生は私、安斎千代美と結月ゆかりの二人きりだ。

 揺れる車内、エンジン音だけが鳴り響いている。申し訳なさで押し潰れそうになる。

 

「……構いませんよ」と彼女は告げる。「ゆかりさん、そういうことはあまり気にしませんしね」

 

 彼女は、前を向いたまま微笑んでみせる。

 胸元を握り締める。そして前を向いた、きっとそうしなくてはならないと思った。

 前を見据える。彼女が傍にいる限り、私は前を向き続ける。

 

 

 ぶっちゃけた話、私はあんまり戦車道には興味を持っていなかった。

 ただ、前世で武家の嗜みとして書道や茶道を、女人の嗜みとして華道や香道を学んだ身であり、その辺りは今更、改めて習う気になれず、武術全般も修めているので弓道や長刀道を学び直す気にもなれない。あまり宗教関連には良い思い出がないので仙術は忌避し、忍者は前世で飽きる程に見たので忍道にも興味が湧かない。かといって、散々戦ばかりをしていたので戦車道を履修するつもりもなかった。最も興味がわいたのは料理道で、その中でも菓子作りに魅力を感じた。今世では前世で出来なかったことを楽しみたいと考えていた。

 それが今、戦車道を履修しているのは――そういう縁だった、という他にない。

 

 雪解けの季節が過ぎて、春。

 卒業式を終えて、漸く気候が暖かくなってきた頃合い。冬場にひもじい思いをした後の春の訪れ、その恵みには毎年のように感謝していたなあ、と懐かしく思い耽りながらチーズとハムを挟んだサンドイッチを頬張る。汚れた指先をペロリと舐めながら横を向いてみれば、千代美が膝上に置いた自前の弁当を前に溜息を零している。先程から重苦しい表情をするばかりで弁当には手一つ付けていない。

 なんとなしに今居る戦車倉庫の中を見渡せば、私、結月ゆかりの他には千代美しかいなかった。

 全国大会を終えた後、三年生は他の科目に転科してしまっており、二年生も出席日数を満たした途端に顔を出さなくなってしまった。残されたのは私と千代美の二人だけだ。そのことを気に病んでいるのか、近頃の千代美は元気がなく、溜息ばかりを吐いている。

 私としては――遅かれ早かれ、といった感じだ。

 中学校時代では全国区の実力を持っていた千代美と、なんとなしに楽しければ良いっていう二、三年生では相容れるはずがなかった。また、千代美は戦車道を復活させる為に学園からスカウトされた特待生でもあった為に妥協することもできず、戦車道の予算を使って遊びたかった上級生との確執は深まるばかりであった。全国大会を終えたことを機に三年生は他の科目に転科し、二年生は出席日数を達成してからは顔を見せないようになった。

 それでまあ、今は私と千代美だけが戦車倉庫に残っている。

 

 私が戦車道に残り続けているのは――千代美が諦めずに戦車道を続けているから、という他に理由はない。

 先述したように私は、あまり戦車道に興味を持っていない。前世では軍事の専門家ではあったので、そういう意味では戦車に興味を持っていないわけではない。しかし自分で乗り回したいとは思わなかった。前世では散々軍勢を率いていた身の上、今の平和な御時世でも兵器を乗り回したいとは感じない。だから私が戦車道を始めた理由も、今も続けている理由も、千代美に依存する。私がいなくなった後も戦車倉庫で独り、黙々と戦車道の復活を目指す千代美を思うと抜けられるはずがなかった。

 そう考える程度には、私は千代美との仲を大事に思っている。

 

「新入生から最低でも八人、集めないと……」

 

 思い詰めるように千代美が呟いた。

 昨年、新入生から戦車道を履修した者は私と千代美の二人だけだったりする。そのことに負い目を感じたのか、学園側は今年の新規履修生の獲得に協力してくれることを約束してくれていた。実際、どの程度まで協力してくれるのか分からないが――流石に公式戦に参加できる人数を割ることはないと思いたい。同県内の戦車道経験者にオファーを出しているとも聞いているし、酷いことにはならないのではないだろうか。というよりも千代美が責任を感じる問題でもない気がする。

 そうは言ったところで千代美が今の立場を捨てるとは思えず、私は虚空に向けて息を零す。

 

「……えっと、今日は休みでしょうか?」

 

 不意に声をかけられる。

 出入り口の方を見れば、私服を着た少女が一人、戸惑いがちに私達を見つめている。

 

 

 小学生の頃から戦車に乗り続けてきた。

 それは親に言われた訳でもなくて、誰かの付き合いで続けてきたわけでもない。ただ純粋に戦車に乗ることが好きで続けてきたことであり、中学生に上がってからも戦車道を嗜み続けてきた。とはいえ実力がある訳でもなくって、名が知られている訳でもなかった。小学生の時から装填手を続けてきているけども、全国区の猛者達には遠く手が届かないと思っている。私が所属していたチームはお世辞も強いとは言えなかったし、私自身も勝利に拘って生きてきた訳ではない。地方大会で二回戦も突破できれば、快挙と言えた。そんな程度。だから県内ではちょっと話題になることはあっても、全国区ではまるで名前が上がらない程度の存在。

 それが私、カルパッチョと呼ばれる存在だった。

 

 自分の部屋でカチカチとパソコンのメールを確認する。

 高校生でも戦車道を続けたいと思っていた私は駄目元で進学サイトに登録し、戦車道希望という条件でオファーを探しているが――私を欲しいと言ってくれる高校は今のところ、一つもなかった。これはもう大人しく受験するしかないかな、とか考えながら椅子の背凭れに身を委ねる。

 その時、ピロリンという電子音が鳴った。

 催眠音声の新作でも入ったのかな、とか思いながらメールを確認すると、件名には“オファーの申請”と書かれていた。驚きに頭が真っ白になりながらメールの中身を確認すると、悪戯でもなくて、アンツィオ高校からの正式なオファーの申し出であった。私はすぐに行動せず、ネットでアンツィオ高校について調べてみるも――最初から答えなんて決まっているようなもので、返答期限ぎりぎりになってからアンツィオ高校からのオファーを受諾する。

 戦車道ができるのならば、どこでもよかった。強いてあげるとすれば、少し楽がしたかった。

 それだけの話だった。

 

 入学式の数日前、私は学生寮に荷物を置いたその足で戦車倉庫へと足を運んだ。

 前年度の全国大会では初戦敗退という結果ではあったが、戦車と人数が揃っているのなら気にすることはない。黒森峰女学園やプラウダ高校のような厳しい練習は御免だし、緩い感じで戦車道を続けられたら良いなって考えてる。パンフレットにあった戦車倉庫、その人気のなさに不安を覚えながらも人一人分、開かれていた鉄扉に身を潜らせる。

 中に入れば、CV33豆戦車が五輌。そして、その内の一輌には先輩らしき二人組が戦車に腰を下ろしながら食事を摂っていた。

 

「……えっと、今日は休みでしょうか?」

 

 話しかける。二人は同時に顔を上げると先輩同士で見合わせて、それから気まずく顔を逸らした。

 あ、なんか色々と駄目な気がする。

 

 

「中学生の頃はカルパッチョと呼ばれていました」

 

 なんとなしにおっとりと穏やかな雰囲気を持つ彼女。背中まで覆い被さるほどの長い金髪、綺麗な緑色の瞳をしているから外国人とのハーフかな、と思ったり思わなかったり――カルパッチョと名乗る彼女は千代美と同じ特待生であるようで、小学校から中学校までは装填手を務めていた話をしてくれた。隣に座る千代美に視線を向ければ、少し複雑そうに笑みを浮かべている。

 

「彼女がカルパッチョなら千代美はアンチョビですかね?」

「そんな安直な」

「アンチョビだけに?」

 

 千代美はジトッとした半目を私に向けてくる。カルパッチョの方を見れば、苦笑いを浮かべて誤魔化そうとしていた。

 ちょっとした冗談のつもりだったが、どうにもウケが悪いようだ。

 ふむ、と私が手で顎を撫でる。すると千代美は小さく吹き出すように笑みを浮かべてみせる。

 

「なにはともあれ、やる気のある新入生が来るのは幸先が良い」

 

 ゆるふわな薄緑色の髪を手で払いながら千代美が告げる。

 今は眼鏡をかけていない。どうにも彼女は美術館に行く時や読書する時にだけ眼鏡を掛けるようで普段使いはしていないらしい。

 ちょっと元気を取り戻したかな、とサンドイッチの最後の一欠片をパクリ。

 カルパッチョが少し申し訳なさそうにしているのは今は気にしない。

 

「それでどうやって新入生を引き入れましょうか?」

 

 頃合い見計らって、今なら大丈夫かな、と思う話題を口にする。

 

「今年は戦車道を履修する生徒には特典を付けるみたいだよ」

 

「例えば?」と私が問い返すと「確か食券一ヶ月分とか言ってたかな」と千代美が思い返すように答える。

 

「地味に嬉しいけどもしょっぱいですね」

 

 カルパッチョの言葉に私も頷き返す。

 どうせなら食券一年分、それが難しくても食券百枚とかなら見栄えも良さそうなのに――あとは単位が二倍とか、遅刻の多い生徒の救済処置とか、そんな感じだろうか。これで十九人くらい集まりそうな気がする、根拠はないけど。たぶん戦車倉庫を前に集まった新規履修生を前に、私達を含めて二十二人とか言ってそうだ。

 尤も、そんなやり方をうちの生徒会が許すとは思えないので、空論以上のものにはならない。

 

「もういっそ千代美が料理を振舞って客引きするっていうのはどうです?」

「そんなことで戦車道を履修してくれるやつはいないんじゃない?」

 

 ですね、と私は思いつきを取り下げる。やっぱり戦車道の魅力といえば、戦車だ。CV33を表に出しておく程度のことはしておこうか。

 

「……えっと、安斎さんの料理の腕前ってどれほどなのでしょう?」

「アンツィオ高校一のシェフ?」

「それ、いいすぎ」

 

 下手ではないと思うけど、と千代美はふわとろな卵焼きを箸で摘んでみせる。

 

「いけるかもしれませんよ?」

 

 ふとしたカルパッチョの言葉に、私は新しい後輩の顔を見つめる。

 千代美はといえば、話半分に聞いているようで反応が薄い。

 

「アンツィオ高校が中学生が進学したい高校No.1になっている理由を知っています?」

 

 私達が首を傾げるとカルパッチョはあざとく人差し指を立て、「美味しいご飯です」と告げてみせた。

 

 

 



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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!③

 変わらなければならない、とは思っていた。少なくとも今のままではいけない、と感じていた。

 アンツィオ高校で過ごした一年間で得られた成果はなにもなく、むしろ状況は入学時よりも悪化している。

 気にしなくても良い、と学園側からは言われているが、戦車道の復興を条件に様々な特典を与えられている身の上としては気にしない訳にはいかなかった。今年が勝負――というよりも、今年で失敗すれば取り返しが付かないことになる。だから私は不退転の覚悟を決める為にイメージチェンジを図ることにしたのだ。

 鏡の前に立つ、背中まで届くほどに長い薄緑色の髪が左右にふわっと広がっている。普段、目付きは柔らかい。少し視界に意識を集中させるとツリ目気味になりやすく、そうでない時は全体的に大人しい雰囲気になっていた。黙っていれば美人、時折、そう言われることが分かる気がする。眼鏡をかけると如何にも文学少女といった有様であり、何気なく手に取ったブックカバー付きの文庫本がよく似合った。とてもじゃないが戦車道を履修している生徒とは思えない。

 アンツィオ高校の学園艦で過ごした一年間、それでわかったことは大衆は分かりやすさを求めているという事だ。特にアンツィオ高校の生徒は学園艦に置かれている芸術品の数々には目もくれず、美術館に飾られた絵画や教会の芸術性と神秘性を理解しようともしなかった。説明したところで興味を持たない。先ずは興味を惹くこと、そして知ってもらう事だ。

 だから私も分かりやすく在ろうと思って、鏡の前で長い髪をツインテイルのように両手で持ち上げてみる。

 

 

 朝起きて、身支度を整えた後に、

 千代美の部屋のチャイムを鳴らすのは私、結月ゆかりの日課になっていた。

 昨日はなんだか思い悩んでいたみたいだったから、今日は気遣ってあげなきゃいけないかな、とか欠伸混じり考えていた時、バンッと開けられた扉の先から見知らぬ姿の女性が現れた。二つ結いに纏められた薄緑色の髪、その先っぽは何故かドリルのように捻っている奇抜スタイル。肩にはマントを羽織っており、片手には鞭を握られていた。顔つきは心なしか凛々しくなっている、気がする。ツリ目がちな目を見るに、たぶん意識してのことだろう。

 ふん、と鼻息を立てる千代美のどや顔っぷりに、私はいくつかの言葉を思い出していた。

 中二病、もしくは高校生デビュー。思春期の若者によくある、なんか周りとは違うことをしてみたいという発作的な病気のことだ。前世で持った私の子供達にも同様のことが起きた記憶があった。こういう時は下手に刺激せずに、それとなく誘導し、後々心に大きな傷を残さないように被害を最小限に抑えてあげるのが良い。

 だから私は乱された心を立て直し、できるだけ優しい声を心掛けながら話しかける。

 

「……キングズ・クロス駅の9と4分の3番線にでも行くつもりで? それとも使い魔でも召喚する予定でしょうか?」

「魔法学校のコスプレのつもりじゃない! ちょっとした……ほら、イメージチェンジだ!」

「では、高校生デビュー……やはり、思い詰めて……」

 

 あの生真面目な千代美が非行に走るなんて、いや、しかし、こういう時こそ寄り添ってあげなくてはならない。下手に否定すると意固地になり、逆に非行を続ける時期が長引く可能性もある。ここは彼女の行為そのものを否定するのではなく、どうして彼女が非行に走ってしまったのかを考えるべきだ。きっと私の知らない苦悩と葛藤があったのだろう、非行に走らざる得なかった彼女の心を私は許容し、彼女の心の支えになろうと強く誓った。

 

「いえ、大丈夫です。ゆかりさん、不良の子供を持ったことありますんで」

「高校二年目で不良デビューをするかーっ! って、子供!?」

「千代美、私だけはなにがあっても貴方の味方ですよ」

 

「だから違う!」と叫ぶ千代美に「うんうん、そうですね」と私は頷き返す。それから十数分に及ぶ必死の説得の末に、弱そうに見えるから舐められる、と千代美は鞭を片手に得意顔を浮かべてみせた。戦国時代の武将達が威厳を見せつける為に派手な鎧を着込んだりするようなものだろうか、赤備えとか。白髪の鎧兜とか。

 

「これから私は総帥(ドゥーチェ)になる! そうだ、ゆかりも戦車道の時だけは私のことを総帥(ドゥーチェ)と呼べ!」

 

 少しばかり男勝りな声で告げる千代美を見て、やっぱり中二病なんじゃないかなって生暖かい目で見守ることにした。

 今日は入学式。新規履修生を獲得するための大事な日ですが、

 なんだか幸先が不安です。

 

 

 最初は、戦車道には欠片ほどの興味も持っていなかった。

 中等部からの友達である仲間達を引き連れながら高校の敷地内を歩いている時のことだ。方々で部活動の勧誘を受ける中、それらを適当にあしらいながら歩いていると――一際目立つ、人集りを発見した。なんだろうと意識を向けると鼻先を擽る美食の香り、ふらりふらりと足が自然と人集りの方へと吸い寄せられた。油を敷いたフライパンの上でジューッと炒められる小気味良い音が耳の奥から脳を刺激する。それは抗うことの許されない料理の波動、人集りの奥でフリル付きのエプロンを羽織ったツインテイルの女性を見た時、その料理の手際の良さにトクンと胸が高鳴ったのだ。

 これは……恋。フライパンの上で踊る食材は黄金色に輝いて見えた。食べたい、と手が伸びる。味わいたい、と人混みを掻き分ける。一目惚れだった、どうしても食べてみたい。それは何度も食べてきた料理、特筆すべき点はないはずなのに、でもわかるのだ。好きだからわかる。口の端から涎が垂れる、あれは美味しいと魂で感じている。これは淡い恋心、求めて止まないその味に逢いたくて、必死になって手を伸ばし続けた。それはナポリタン、恋はトマトソースを絡めた赤いパスタで繋がれている。

 しかし彼女の作るナポリタンまでは遠く隔たれている。人は城、人は石垣、人は堀、人混みは私とナポリタンを果てなく遠く隔たさせ、そしてナポリタンを求める心は届かず誰かの胃の中へと収まっていった。嗚呼、なんて無情なんだろう。世の中は限られた資源を分配することで成り立っている。上級階級が私たち庶民の持つなけなしの資材を搾取することで成り立っているのだ。なんて酷い世の中なのだろうか、こんな世の中では夢も希望もないじゃないか。

 私はただナポリタンが食べたかっただけなのに……

 

「この後、戦車道から催し物があるので是非とも見ていってください」

 

 新入生、なのだろうか。金髪の女生徒がチラシを手渡してきた。

 戦車道、その説明が簡単に書かれている。戦車といえば、ゴツくて無骨な外見に大きな砲塔。そして地面を揺らすキャタピラの駆動音。それが私が持つ戦車に対する認識だった。そんなことは関係ない、くしゃりとチラシを握り締める。私は選択必修科目には料理道を選ぶつもりだった、しかし今はもう興味がない。私が食べたいナポリタンは戦車道にある。ならば迷うことはない、私は選択必修科目の履修届をポケットから取り出すと、その場でサラサラと戦車道に丸を付けて、人差し指と中指で挟みながら金髪に差し出した。

 彼女の返事を聞かず、釣りはいらない、と背中で語るようにクールに立ち去る。もう今日の彼女達は料理を振る舞うつもりがないようだ、何故なら調理器具を片付け始めている。もうここには用がない、と私は心なしか凛とした心持ちで足を運んだ。

 私はペパロニ、今もまだ戦車道には欠片ほどの興味もない。

 

 そう、この時までだ。

 帰ろうとする私の前を車輌が横切る。戦車といえば、ゴツくて無骨な外見に大きな砲塔。そして地面を揺らすキャタピラの駆動音。それが私が持つ戦車に対する認識だった。しかし私の目の前に現れた戦車は小さくて、砲身はなく、ブリキ細工の装甲車のような見た目をしていた。そしてキャラピラは横幅が狭くって、すぐ外れてしまいそうで頼りなさそうに感じられた。まあ言ってしまえば弱そうだった、熱が急激に冷めていくのを感じる。今からでも戦車道を履修するのを取りやめてしまおうか。

 そう考えたのも束の間、数分後、初めて私は戦車に興味を持つことになる。

 

 

 カルパッチョが考えて、千代美が応えた。

 集まった新入生の数は百人程度、思っていたよりも多い人数だ。

 この好機を逃す訳にはいかないかな――と私、結月ゆかりはCV33豆戦車のエンジンを吹かした。私は千代美の側で一年間、過ごしてきた。友達として、同級生として、仲間として、私は戦車に強い思い入れはないけども、でもまあ千代美には少なからずの情は持っている、絆を感じている。だからこそ彼女が戦車道を復活させる為に努力をしていたことも知っているし、同じ部屋で公式戦のネット放送を観ている時も本当に楽しそうにしていた。使命感や義務感に心を削られながらも、決して見失うことのなかった戦車道が好きだという想い。それはきっと尊いものだと思うから、彼女の行く末を見届けたいと思ったのだ。一年間も耐えたのだ、だったら少しくらいは報われても良いはずだ。

 操縦桿を握る手に力が込められる。アンツィオ高校にはノリと勢いを尊重する校風がある、それ故にわかりやすさが重要視される。CV33の――戦車というよりも装甲車といった形の小柄な車体では戦車特有のわかりやすい迫力は出せない。だから、少しばかり派手なことをする必要がある、と考えた私はアクセルを目一杯まで踏み込んだ。うん、車窓から千代美の焦る姿がよくわかる。顔を見ることはできずとも、仕草だけでその表情が視える気がした。時速40kmは超えている。どよめく新入生、誰か飛び出さないか注視しながら人集りのすぐ横を駆け抜けた。操縦桿を忙しなく動かし、車体を横に傾ける。軽い車体、硬い地面だからこそできる芸当だ。砂煙を巻き上げながら履帯を滑らせる――車窓から見える景色が横へ横へと流れ過ぎる中で、引きつった笑みを浮かべる千代美と視線が合った気がした。大丈夫なんだろうな? 大丈夫ですよ。そんな一瞬のやりとりの後、人集りをスレスレで回りきったこのを感覚で確認し、地面に履帯を噛ませる。そのまま直進を再開、人集りから少し離れた距離で前進したまま車体を百八十度回転させた。秘技、ナポリターン。流石に後方確認もできないままの後進は危ないので、その場で停止させる。巻き上げられた砂煙、それが薄まったのを確認してから、ふうっとハッチから乗り出して息を吐き捨てた。

 唖然とした顔で私のことを見つめる新入生達、その全員が――とは言わないが、幾つかの生徒の心はしっかりと掴めたようでキラキラと輝く瞳で私とCV33を見つめていた。

 さて、あとひと押ししておこうか。

 

「私は去年まで戦車のせの字も知らない素人でした」

 

 演説は、あまり得意ではない。戦国時代の世にあってもわかりやすさは重要だった。だから小柄な私は戦場に出ることはあっても、兵達の前で演説する時は大柄な男を影武者に立て、私は侍女という名目で影武者の横に控えていた。そして今の私も陽気というよりも陰気、性根はわかりやすいオタク趣味を持つ引きこもりだ。だからまあ、そういうのはわかりやすい人物に任せるのが一番だ。

 

「でも一年間、千代美――いえ、総帥(ドゥーチェ)の指導を受けることでここまでになりました」

 

 話を振られた千代美はビクリと身を強張らせて、私を見返した。だから私はにっこりを微笑み返す、新入生全員の視線が千代美に向けられ、その注目の的になった親友は恨みがましく私のことを睨みつけてくる。ほら、早く話を始めないとみんな帰ってしまいますよ? わかっている! そんなやりとりが交わした気がした。

 

「……えー、こほん。私が戦車道チームの安斎千代美だ」

 

 軽い自己紹介に、しぃん、というような重い沈黙が返される。千代美はグッと息を飲み込むと、鞭を片手に取り出して大口開いて声高々に宣言する。

 

「いいか、お前たち、よく聞け。私に付いてくれば、一年間――いいや、半年であれだけのことができるようにしてやるぞ!」

総帥(ドゥーチェ)! 戦車で峠を降りることは可能ですか!」

「不可能ではない。あ、でも公道は走るなよ? 絶対だからな? 公道を走っても良いのは二十歳になって戦車免許をとってからだぞ? あと人様に迷惑をかけないようにな?」

総帥(ドゥーチェ)! あのナポリタン、私も作れるようになりたいです!」

「戦車とは関係……いや、良いだろう。この私の秘伝の味も伝授……いや、アンツィオ高校の食文化に革命を起こすのは私たちだ!」

総帥(ドゥーチェ)! 日に三度のおやつは付きますか!」

「付くか馬鹿者ー!」

「えー……」

「あ、いや……こほん。ま、まあ、お前たちの頑張り次第では考えてやらないこともない」

総帥(ドゥーチェ)!」「総帥(ドゥーチェ)!」「総帥(ドゥーチェ)!」

「ええい、一度に喋られるとわからないだろう!」

 

 聖徳太子じゃないんだぞ、と憤慨する千代美に新入生達が殺到する。

 これでまあ必要最低限の人数は確保できるだろう、と私が安堵に胸を撫で下ろしながら戦車の車内に身を隠した。ああいう風に注目を浴びるのは気疲れするので好きじゃない。落ち着くまで隠れていようと椅子の背もたれに身を預けると「お疲れ様でした」とカルパッチョが私にペットボトルを差し出してきた。どうやら彼女も逃げてきたようだ。

「ありがとうございます」と私はペットボトルを受け取り、口を付ける。

 

「姐さん、名前はなんていうんすか?」

 

 ハッチを開けて、覗き込んでくる知らない誰か。癖っ毛の強い黒髪に片側だけ三つ編みで纏めている、なんとなしに男勝りの印象が見受けられた。彼女は勝手に車内へと入り込んで人懐っこい笑顔で「あ、私が先に名乗らないとっすね」と一方的に自己紹介を始める。

 

「――なので私のことはペパロニって呼んでください。中学生の時からあだ名なんすよ」

 

 なんだか変なやつに懐かれたな、と思いながら適当に名乗り返す。

 幸いにも彼女は喋りたがりな性格をしているようで、適当に話を合わせるだけで済んだのは幸いだった。

 少なくとも百名近くの新入生を相手にする千代美よりも楽なことには違いない。

 

 

 




OVAであることも含めても、アンツィオ高校の練度の高さは作中でも随一な気がする。
ナポリターン、頭おかしい。五輌で連携しながら敵戦車を包囲し、爆走するシーンとか、ほんと頭おかしい。
でも戦車道はオツムの使い方だからね、仕方ないね。


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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!④

 私、安斎千代美は今、友達の部屋にあるベッドで戦車カタログを眺めている。

 去年は全国大会を終えてから戦車一輌分の燃料と弾薬しか使っていなかったので、予算は有り余っている。

 またアンツィオ高校戦車道のOG会とも連絡を取っており――かつての戦車道の姿を取り戻す為ならば、と古い戦車を格安で譲ってくれることになった。今決まっているのはCV33豆戦車が二輌、セモベンテM41型自走砲が三輌。尤も戦車は老朽化が激しく、破損状態も酷い。運用するためにはレストアが必須の状態だという話を聞いている。

 人生、都合の良いことばかりではない。とはいえ戦車が増えることは素直に嬉しい、中でも中戦車であるM40中戦車(セモベンテ)が三輌も手に入ることは体全身で喜びを表現してしまうほどだ。いよし、いよし、と戦車倉庫の端で小さくガッツポーズを決めているところをゆかりに見つけられた時は恥ずかしさで死んでしまいそうだった。

 閑話休題、

 OG会の他にもイタリア本国に拠点を持つアンツィオ高校後援会にも連絡を取り、支援を取り付けた。内容は、次に購入するイタリア戦車一輌に限って購入費の半額を負担してくれる、といったものだ。イタリア戦車のみという制限はあるが、それでもありがたいことには変わりない。何故なら、自前の予算だけだと去年と今年の二年分を足してようやく、軽戦車一輌をどうにか買うことができる額しかなかったのだ。それが今でも中戦車を一輌、今年いっぱい貯金に努めて来年度の予算を待てば、重戦車にも手が届くようになる。

 つまり、第二次世界大戦期におけるイタリア軍の最強戦車、カルロ・アルマートP40重戦車を手に入れることができるということだ。

 夢が広がる。クスクスと肩を揺らしながら枕に顔を埋める。ゆかりの匂いがするなあ、と瞼を閉じる。

 そうそう、戦車道の新規履修生は十四人となった。つまり私達も含めると十六人、二人乗りのCV33豆戦車が五輌だけだと数が溢れてしまうので急遽、OG会と後援会に協力を求めたのが今回の話になる。とはいえ、あまり焦りはない。今から新入生を鍛え上げても全国大会には間に合わない。戦車道の全国大会は他のスポーツに比べて開催が早く、晩春から初夏、甲子園の地方大会が始まる頃には大会は終わっている計算だ。

 全国大会には参加するが、私達が目指すべきは冬に行われる優勝記念杯の方になるだろう。それまで地方で細々と行われている公式戦に参加しながら力を付けて……

 うつらうつらと意識が闇の中に堕ちていくのを感じながら私は眠りに落ちる。

 

 

 思春期の男性が所謂、そういうモノに興味を持つというのであれば、女性もまた同じだと私は考える。

 というよりも戦国時代から常々考えていたことだが、お淑やかだとか、家庭的だとか、そういう理想像を押し付けるのは本当に辞めて欲しいと思うのだ。そりゃまあ仕事をする上で女性は男性に比べると障壁が多い。妊娠すると身動きが取れなくなって満足に戦場へと出られなくなるし、子供を産んだ後も授乳する必要がある以上、どうしても子育てに費やされる時間を取っておかなくてはならない。まあ、だからこそ、私は前世で生涯独身を貫いていた。というよりも越後と御家を守る為には妊娠している暇なんてなかったんですよね。あと男は基本的に面倒臭い。特に当時の武家や豪族に生まれ育った男は野心を抱えていることが多いので、なおのこと面倒臭い。とある日のことだ。身内ぐるみで夜這いを計画された時、相手の睾丸を一つ、素手で潰した経験を持っていたりする。妊娠させれば大人しくなるとか、抱けば勢いで持っていけるとか、そんなわけないじゃん、と。すると豪族が謀反を起こしたので、叩き潰した。

 閑話休題、

 私は男性と女性とでは肉体の構造が違うのだから、精神の構造にも差異が生じるものだと考えている。とはいえだ、同じ性別であっても体格が違っていたり、得意とする分野が違っていたりするのと同じように、男性だから、女性だから、と決めつけるのは良いことではないと考えている。少なくとも炊事場を女性の戦場と例えるのであれば、料理人はみな女性であるべきだと私は考える。

 だから、まあ、私が言いたいのは、女性であっても、そういうモノに興味を持ってもおかしくないということだ。

 

 私の部屋の寝台で俯せになる千代美の姿、枕に顔を埋めたまま規則正しい寝息を立てている。

 その枕の下には、慌てて隠した艶本が置いてある。女性同士の同性愛、しかも学園ものだ。ついでにいうと寝台の裏にはアダルトな書籍や道具が隠してあったりする。その寝台の上で千代美が気持ちよさそうに眠っている。穢れを知らない無垢な顔を見ていると、罪悪感とか背徳感とかが半端ない。たぶん千代美のことだから友情は壊れたりしないだろうが、とても大切なものが失われる気がする。ついでにいうと朝起きてすぐ、なんとなく、ムラムラしたから? それでそのまま学校に行っているから、シーツとか、そのままで、今は乾いているだろうけど――とりあえず気を落ち着ける為にゲームでもしよう。この部屋はゲームは勿論、漫画やアニメのDVDといったサブカルチャー関連のもので埋め尽くされている。壁にはアニメやゲームのポスター、棚にはフィギュアやプラモデル、ベッドの上にはアニメキャラをモチーフにしたぬいぐるみや抱き枕があった。この辺りは初めて千代美を招き入れた時にバレてしまっているので、今はもう気にしていないし、千代美も気にしていなかった。むしろ少女漫画を読む為に私の部屋に来ることも多い、合鍵も渡している。見られて困るものはベッドの下にあるものと、押入れの奥に隠したゲームの箱くらいなものだ。勉強机にはデスクトップパソコンが置いてあり、小物としてはマイクとかヘッドホンとか、後はペンタブとゲームのコントローラーとかが置いてある。

 デスクトップからゲームのフォルダを開き、幾つかあるアイコンの中から“フリーゲーム”と書かれたアイコンをクリックし、その中にある洞窟物語をクリックする。洞窟物語は神ゲー、異論は認めない。ノーダメクリアはお手の物だ。カーリーからマシンガンを受け取り、大農園でブースターを返してもらわないままラストダンジョンに挑んだ。ミミガーマスクのままクリアしたらどうなるのかな、って思ってラストダンジョン挑んだら普通に対応していて驚き、なんか嬉しかったんだよね。

 ラスボスに挑む前に用を足しにトイレに向かった。

 そして部屋に戻ると顔を真っ赤にした千代美が、今朝見た覚えのある表紙の書籍の中を食い入るように見つめていた。そっとトイレの扉を閉じる。私、思うんですよ。源氏物語は一体、どれだけの人物の性癖を歪めて開発し続けてきたのだろうか。今のオタク文化は紫式部先生から始まったと私は信じているし、子供の頃から英才教育を施す大切さは光源氏計画でも語られている。全ては紫式部大先生が悪かったんですよ。その教育の大切さを知り、思春期の子供達に多大な影響を及ぼし、現代日本のオタク文化の基礎を築き上げたのが、帯ひ◯志のがんばれゴエモンシリーズ*1であり、ポケモンSPECIAL*2であり、カードキャプターさくら*3であり、ロボットポンコッツであり、海腹川背*4やメダロット*5や魔導物語*6である。レイエは良いものです、でも私はレッドよりもグリーンの方が好み。守られるよりも共に戦いたい派なので。ゴールドやシルバーになると可愛いが先に来る、養子にして可愛がりたい。

 外から聞こえる千代美の声を無視すること一時間、ずっとトイレに立て籠もってました。

 私、籠城するよりも攻城の方が得意なんですけど。

 

 心の傷は時間だけが解決する。

 羞恥心が開き直りに変わる頃合いだ。着実に千代美オタク化計画を進める中、私は二人分の冬コミ用コスプレ衣装を作っていた。

 私、前世で針仕事とか大嫌いだったのだけども、千代美を巻き込めると思ったら凄い楽しくなった。ハロウィン衣装も作ってあげたら大喜びで着てくれたので、次は艦隊これくしょんの鹿島の衣装をチクチクしている。むしろ、ガタガタ? 前世でもミシンが欲しかった。自分用には弥生の衣装を準備しており、二人で冬コミに乗り込むつもりだ。今から楽しみで仕方ない。肩が凝ってきた頃合いで休息を入れる。気晴らしにと勉強机のパソコンを立ち上げるとSteamにギフトのお知らせが届いていた。開いてみれば、どうやらカルパッチョのアカウントからのようだ。“私もやったんだからさ”というメッセージが添えられており、ゲームを起動してみると、いつものクソゲーだったので十五分程度でそっと閉じる。プレイが困難なゲームはバグゲー、中身がないゲームは虚無ゲー、カルパッチョが送りつけてくるゲームは一見すると遊べるけどもプレイを続けると苦痛になるタイプのものを厳選してくるので辛い。そのくせ数ヶ月に一度くらいの頻度でクソゲーに見せかけた良ゲーを送りつけてくるのが本当に厭らしい。

 さておき、信長の野望を起動して、上杉家で武田信玄斬首RTA*7をしていると半年ぶりに記録を更新したので、その流れで生放送しながら動画編集作業を始める。

 そんな時、ガチャリ、と扉が開かれた。

 

「おゆはん持ってきたぞーっ!」

 

 こういう時に限って、大きな声で呼び出される。

 ビクリと身を強張らせた後、あたふたして、とりあえずマイクの電源を切った。画面上には、困惑のコメントが流れ続けている。やってしまった、と項垂れる。冷やかすコメントが徐々に増え始めている、くっそ恥ずかしい。キマシタワーとかいらない、神の化身(鼠)とかうるさいです。同棲とかしてないから。

 とりあえず生放送の中断を告げる為にマイクの電源を入れ直した。

 

「どうした?」

「あああああああああああああっ!!?」

 

 千代美が後ろから話しかけてきた。イメチェンしてからも千代美は戦車道以外の時は髪を下ろしている。最近になって分かったことなんだけども普段は髪を下ろしている人が上げてみたり、逆に下ろしたりすると凄く可愛く見えるよね、って。そんなことよりも画面のコメント数が凄いことになってる。広告とか入れなくていいから、もう生放送を中断するので。

 

「ああ、これが生放送というやつか。……これ、今も聞こえているのか?」

「聞こえてます、聞こえてますから! あ、絶対に名前とか言わないでくださいよ! 絶対ですからね!」

「あ、ああ、分かったよ、ゆ……」

総帥(ドゥーチェ)、私のことは虎千代と呼んでください!」

 

 放送事故すぎる。この前世では軍神と謳われた結月ゆかりの目を以てしても見抜けぬとは……っ!

 はあはあ、と荒い息を零し、余計なことを言わせないようにじぃっと睨みつける。

 しかし千代美はなにか悪戯を思いついたように、にんまりとした笑みを浮かべてみせた。

 

「あー、そうだな。みんなには悪いが……虎千代、だったか? 今から二人だけの秘密の話があるから借りていくぞ」

「ちょおおおおおおおおおおっ!!?」

 

 千代美は少し大きめの物音を立ててからマイクの電源を切った。なんてことはない、ただ物を落としただけだ。しかし画面の向こう側には効果覿面だったようで、とても盛り上がっている。これが他人事であれば、とても面白いんだろうなって思う。とりあえず生放送を中断し、大きく深呼吸をしてからジトッと千代美のことを睨みつけた。

 

「……ゆかりさん、挫けても良いですか?」

「元気になるまで慰めようか?」

 

 暫し、にまにまする千代美を見つめた後、もう一度だけ大きく息を吐き出した。

 この程度の裏切り、駒帰の戦いの時よりもましだ。晴信との婚姻を結ぶ同盟案を強行する身内に嫌気が差して、「もう勝手にしろ!」と全てを投げ出して高野山に向かったことがある。婚姻するのも嫌だったけども、相手が晴信というのが耐えきれなかった。晴信まじ嫌い、何度も越後に仕掛けてくるんじゃない。調略してくるんじゃない。塩が欲しいなら交易してやるって塩を渡したじゃないか、塩を撒く意味も込めて、その塩を使って侵攻してくるとか頭おかしい。あと侵略目標に私を娶ることを含めるな、気持ち悪い。死ねばいいのに、死んでるけど。前世で私が最も喜んだ出来事は晴信が死んだ時だった、でも勝頼は可愛い。晴信はいらないけど、勝頼は養子に来て欲しかった。

 嫌なことを思い出してしまった。

 折角、千代美が慰めてくれると言ってくれたので、彼女のお腹に顔を埋めるように抱き締めて大きく深呼吸をする。とても落ち着く、それに程よく柔らかいので気持ちよかった。軍神とか呼ばれたりすることもあるけども、若い時からずっと戦を続けていただけで、特別なことをしていたつもりはない。ただ兵隊も含めて何処の国よりも戦慣れはしていた。主に晴信のせいで、主に晴信のせいで、あと一向一揆。心が乱された、千代美成分をたっぷりと堪能する。頭を撫でられるのが心地良い、若いって素晴らしい。こういうことをしていても白けた目で見られることがない。

 たんまりと甘えた後に「それで話とは?」とホクホク顔で問いかける。

 

「優勝記念杯の相手が決まった」

「ああ、そういえば、もうそんな時期でしたか」

 

 冬場に戦なんて自殺行為以外の何物でもなかったなあ、としみじみ思い返す。

 

「それで何処が相手でしょうか?」

「ボンプル高校、戦車強襲競技(タンカスロン)では優秀な高校だな」

 

 あの練度だけは一級品の高校か、と思い返す。

 基本的には敵との戦力比を考慮しない猪武者的な戦い方を好む高校であり、時折、思い出したようにゲリラ戦を仕掛けることがある。私個人の意見としては「用兵は得意ではあるが、戦術は苦手」といったものだ。揃えている車輌も豆戦車か軽戦車、中戦車以上を揃える高校が多い公式戦では、相手校に成す術なく蹂躙されている姿がよく見られる。とはいえ彼女達の戦術は格上相手を想定していない、という話であり、戦力比に大きな隔たりがない場合は脅威的だ。彷彿とさせるのは三河武士、同格以下が相手ならまず負けることはない。密集陣形を組んで突撃する姿は、なんとなしに勝頼を思い出すなあ。

 まあつまり、豆戦車が戦力の半分以上になるアンツィオ高校の天敵とも呼べる相手だ。

 

「まあ全国大会のように四強と当たらないだけましかな」

 

 笑って告げる彼女に問いかける。

 

「勝てそうです?」

「勝算はある。いいや、勝てる!」

「じゃあ一つ、ゆかりさんが助言をしてあげましょう」

 

 ぐっと拳を握り締める千代美に私が人差し指を立てる。

 

「弱兵が強兵に勝つ為の正しい努力とは?」

 

 私は知っている、戦国時代最弱の兵を率いておきながら天下に手が届く位置まで駆け上った男を私は知っている。

 

「ヒントは天地人、その中で意図して用意できるものが一つありますよ」

 

 たぶん彼女は素直すぎるから、きっと素直に勝負を挑むことになる。

 首を傾げる千代美を、私は楽しげに見つめる。何時の時代であっても、子供というのは良いものだ。

 

 

 

*1ヤエちゃんは確実に思春期の子供達の性癖を歪めた。

*2もしくは電撃ピカチュウ。

*3おジャ魔女どれみ、も良いぞ。

*4ロリなのに巨乳で巨大なアホ毛を描いてしまった自分への照れ隠しで嘘をつきました。は個人的に至言、勝手に救われた気になった。

*5マゼンダキャットは良いものです、あとイッキ。

*6ドラコ派が少ない、少なくない? ぷよぷよの最かわキャラはサタン様、異論は認めたくないけど認める。

*7現在、走者は四名(内一名はレギュレーション違反者)。動画数は二十程度。ゆかりは上杉家で武田信玄を斬首する人、としてネット上で知られている。生放送時、やることなくなると武田信玄を斬首しに行くことで有名。勝頼は許される。勝頼斬首はレギュレーション違反。アカウント名は虎千代、アイコンは寅丸星。祭壇に捧げ物してるのに神の化身(鼠)が貰えない、と愚痴ることが多い。




新ジャンル「現代堕ち」。


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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑤

 現在、日本戦車道連盟が主催する全国規模の大会は二つ存在している。

 内一つは晩春から初夏にかけて開催される戦車道全国高校大会であり、もう一つは冬季に行われる全国大会優勝記念杯だ。公式戦、最後の大規模大会ということもあり、戦車道を履修する高校生の多くが記念杯を機に引退することになる。また全国大会は開催時期が早いこともあり、チームがまだ発展途上の時期に行われる為か、最も熟成の早いチームが優勝すると言われていた。対して、記念杯は一年間の集大成という意味が込められているので、最も実力のあるチームが優勝すると言われる。

 実際、黒森峰女学園は昨年までの全国大会で九連覇という偉業を成し遂げていたが、優勝記念杯では聖グロリアーナ女学院とサンダース大学付属高校に遅れを取ることが多々ある。ちなみにプラウダ高校は常に準決勝まで進出しているが、優勝した経験は過去九年間で一度もなかったりする。

 そして優勝記念杯における最大の特徴は、今年の全国大会優勝校の所在地が試合会場となる点にある。つまり今年はプラウダ高校が優勝しているので青森県で開催されるということだ。

 寒いの嫌ですね、とか、そんなことを考えてみる。

 

 アンツィオ高校に来てからもう半年が過ぎるのか――副隊長を拝命した私、カルパッチョは白い吐息を両手に当てる。

 ここは東北地方青森県大湊市。記念杯の開会式は青森市で行われる予定だが、今日は多くの学園艦が一箇所に集まることになるので、学園艦は幾つかある港に分かれて停泊することになる。そして青森市の港から溢れた私達アンツィオ高校は大湊にある港を借り、そこから陸路での移動と相成った。まあ尤も今回、開会式に参加するのは三人だけだ。アンツィオ高校戦車道チームの隊長である総帥(ドゥーチェ)とその懐刀である結月ゆかり。そして副隊長の私である。ペパロニはお留守番、今頃、大湊市の観光でも楽しんでいる頃合いだろうか。

 私達は電車に乗り、揺られながら青森市を目指す。

 その最中、先輩二人に囲まれながら微睡む意識の中で過去を振り返る。

 もう記念杯ですか……早かったような、思い返すとそうでもないような。総帥とゆかり先輩との付き合いも半年以上になっている。隊長は総帥。でも副隊長にゆかり先輩は選ばれず、私とペパロニの二人体制になった。何故、ゆかり先輩が副隊長に選ばれなかったのか、よく分からない。今年の履修生をよく纏めているのはペパロニで、私の役割は参謀に近い。総帥の言葉を理解し、補佐することが主な役目だ。それよりも、もっと近しい立場で総帥を支えているのが、ゆかり先輩だった。彼女は高校に入ってから戦車道に入ったという話を聞いている。だからなのか、総帥がゆかり先輩に戦車道の相談をすることは少ない。実際、戦車に関する知識は私の方が豊富なのだろう、少なくとも入学時点では私の方が上だった。今はよくわかっていない。

 うつらうつらとしていると隣に座っていたゆかり先輩が私の肩を掴み、私の体を支えながら、ゆっくりと彼女の膝上に寝かされる。下から先輩の顔を見上げようとすると、そっと手で目元を隠された。

 本格的な眠気が意識を蝕み始める。

 

「……先輩って、手ぇ抜いてますよね?」

 

 返事は聞かず、夢の世界へと意識を旅立たせる。

 

 私が確信を抱いたのは全国大会の時だ。

 元から戦車道にはあまり興味を持っておらず、総帥の付き合いで始めて、今日まで続けてきたという話は聞いている。

 だから本気で戦車道に打ち込んでいる訳でないことは薄々と気付いていた。練習試合で負けても、あんまり気にしている様子はなくって、練習試合で勝っても周りを見つめながら嬉しそうに微笑むだけで自分の感情を表に出すようなことはしない。最初の頃は、自分の感情を表に出すような人ではないと思っていたけども、あーあ負けちゃった、で済ませられてしまう人だということが最近になってわかった。なんというか、周りから一歩退いた立場にいるような人で、同じ輪の中には入ってくれないのだ。でも見守ってくれる。ペパロニが危ないことをした時は本気で心配するし、叱りつけたこともあった。私が塞ぎ込んでいる時は、何も言わず、ただ隣に居てくれる。一緒にいると居心地が良い、そんな人だった。

 本気で戦車道をやっている訳ではないけども、不真面目という程でもない。どちらかといえば、真面目な方に分類されるのだと思う。でも違和感はあった、それは漠然とした違和感だった。彼女は余りにも戦場が視え過ぎている。

 

 これは今年の全国大会一回戦、サンダース大学付属高校との試合の話だ。

 

 あの時の総帥は細かな作戦は立てずに試合に臨んだ。

 それは私達の練度不足の為に、作戦を実行できるだけの実力が足りていなかったことが原因だ。

 対するサンダースの練度は高く、その連携に翻弄されて、私達は狩人に追いかけられる獣のように逃げ惑うことしかできなかった。そんな状況でも必死に味方を立て直そうと指揮を飛ばす総帥(ドゥーチェ)、そこには何時も側に控えているはずの先輩の姿がなく、殿を務めるように最後尾を走っていた。混乱し、陣形が乱れる中でもハッチから身を乗り出した先輩は悠々と後方を眺めている。背後から追いかけてくる敵車輌、至近弾を受けても先輩は顔色一つ変えずに後方を観察し続ける。

 そして、不意に先輩は子供が悪戯を仕掛ける時のように、にやりと口角を上げて、銃の形に構えた手の銃口を何処ぞ後方へと突きつける。こんな時に何をしているのか、だが敵の動きに変化があった。整然と追いかけてくる敵陣が僅かに崩れたのだ。先輩が構える手の銃口の射線を遮るように敵車輌が動いてみせた。

 相手のミスだろうか、先輩は咽喉マイクに手を添えて告げる。それから数秒もしない内に総帥から全車輌へと通信が入った。

 

『ゆかりが敵フラッグ車を視認した。後方だ、これから私達が追い詰める……いや、一発逆転だ! 密集陣形で敵フラッグ車を仕留めるぞ! 全員、私に付いて来るんだ!!』

 

 見えているはずがない。だって私もずっと注視していたけども見えるようなタイミングは無かった。

 先輩は私の方を一瞥すると、手を振って、そのまま先陣を切って後方の敵に突っ込んでいった。次いで総帥が追いかけていったものだから、私も続かざるを得ず、全速力で敵陣目掛けて突っ込んだ。半数以上を犠牲に敵追撃部隊を突破した直後、総帥、つまりフラッグ車に狙い定めた一撃――を先輩の車輌が横から割って入り、身を呈して食い止める。砲撃の勢いを殺せず、そのまま横回転しながら吹き飛ばされる。白旗が上がる、それを見た総帥が怒声を張り上げた。狙撃した敵車輌に目掛けての一騎駆け――あっちゃー、とでも言うように先輩が額を手で叩くと喉元に手を添える。『カルパッチョ、あの繁みです』と通信機越しに語りかけながら前方を指で差した。それは総帥が向かった先から少し外れた位置だった。もしかして、と思った時にはもう遅い。総帥の戦車を横から撃ち抜かれる、先輩が指定した繁みから砲煙が上がった。横転する戦車、悠々と姿を現す敵車輌、そして白旗が上がった。通信機越しにサンダース大学付属高校の勝利が宣言される。

 どうやら負けてしまったようだ。意外と、あっさり。呆然とするメンバーが多い中、先輩は苦笑いを浮かべていた。

 あ〜あ、とか、そんな感じの声が聞こえてくるような軽い感じで。

 

 それから私は先輩をゲームに誘うことが増えた。

 暇になると先輩をオンラインゲームに誘って、その動きを観察する。ゲームでの先輩は基本的に思い付きで動くことが多い。なんとなく今日は上手くいきそうだから、とか、そんな理由で奇策に走ったりすることが多々ある。まるで負けることを恐れておらず、かといって勝つことを諦めているわけでもない。でも勝利に対する執着がない。ただ試行を重ねることを楽しんでいるように感じられた。

 でも、一週間に一度、あるかないかの頻度で、遊びをやめることがある。

 徹底的に相手の動きを読み尽くし、先手先手で相手の動きを潰してゆく。それは直感なのか、読みなのか、分からない。相手の行動に綻びを感じると、そこを徹底的に突き続けることもあった。相手の心を力尽くで叩き潰す、気紛れにそんな戦い方をすることがある。チーム戦であれば、敵は勿論、味方の動きすらも掌握する。彼女の目には何が見えているのだろうか、どこまで見えているのだろうか。その姿は軍神と呼ぶのに相応しい姿であった。

 それから半年近くも付き纏ってきたから分かることがある。

 

 ――結月ゆかりはゲームも戦車道も同じ感覚で挑んでいる。

 

 いや、もちろん、ただ遊んでいる訳ではない。

 真面目は真面目だが本気という程ではないという話なのだ。だから遊んでいるように感じられるのだ。

 だが本気で遊びに興じる、という訳でもなかった。

 

 ああ、だから総帥は先輩を副隊長に任命しなかったのかもしれない。

 アンツィオ高校も全員が全員、本気という訳ではないが、少なくとも私は先輩よりも本気だと思っている。ゲームでも戦車道でもそうだが、先輩に本気で挑もうとすれば彼女はとても楽しそうな笑顔を見せるのだ。

 それが癪に触って仕方なく、だからこそ私はいつかその余裕面を剥がしてみたいと思った。

 

「……いつになったら、本気を出してくれるのですか?」

 

 ぶつくさと愚痴を零して、彼女の膝上で眠りに就いた。

 心地良くて、気持ち良い。私はきっと先輩のことが嫌いじゃない、気に入らないところはあるけども嫌いじゃない。

 むしろ好きだから、本気を出して欲しかった。

 

 

 手を抜いているつもりはない。しかし本気で戦車道に打ち込んでいないこともまた事実だった。

 カルパッチョに膝枕をしながら視線を漂わせる。私のすぐ前には千代美が座っている。なんとなしに気まずい、ガタンゴトンと揺れる電車、ちらりと様子を窺うと千代美は特に気にした様子はなかった。いつも通りな気がする。でもカルパッチョの呟きを聞かれていないとは思えない。その内容が図星であったから、なおのこと気まずかった。

 いやだって、私は前世では享年四十九歳だった訳です。六歳の頃から寺に入門させられて、十三歳になる頃には軍を率いていた。それから三十六年間で七十回以上も戦に参加させられて来たのだ。つまるところ戦の専門家、本物の戦経験者である。それがまだ二十歳にも届かない子供相手に本気を出すのは大人気がないようで気が引けた。プロ野球選手が甲子園に出場するとか、そんな感じ。

 戦車道を始めた時はもっと軽い気持ちだった。千代美に誘われたから、なんとなく。その程度の気持ちしかなかった。覚悟がなかったと言われれば、その通りだという他にない。でも覚悟がないから戦車道を辞めるというのも違う気がする。

 どうしたものか、とカルパッチョの頭を撫でていると不意に千代美が口を開いた。

 

「ゆかりは戦車道を楽しんでいるのか?」

「ええ、まあ、それは……」

 

 楽しいか楽しくないか、で問われれば楽しかった。

 千代美と二人だけの時も悪くない時間を過ごせたと思っているし、カルパッチョとペパロニを中心とした一年生が入り、少しずつチームが形になっていく姿を見ているのは楽しかった。彼女達はこれからもっと強くなる。その未来を想像していると、つい笑みを深めてしまうのだ。

 戦車道は嫌いではない、むしろ好きだ。だから私は今も此処にいる。

 

「ゆかりには感謝している。去年、一緒に居てくれただけでも充分なくらいに。私に付き合ってくれて、ありがとう」

「気にしないでください。私が居たいから残っただけですので」

「……私は良い友達を持ったな。それだけでアンツィオ高校に来てよかった」

 

 嬉しそうに微笑む千代美の顔を見ながら、それでも私は思い悩み続ける。

 そして結論の出ない問題に、青春とは取り戻せないものですね、と少しズレたことを考えた。

 

 

 



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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑥

 先述する。私、マイコは人生の敗北者である。

 ボンプル高校は、あまり戦車道に力を入れている高校ではない。その為か全国大会を終えた後、三年生の半分以上が受験戦争に備えて、戦車道を引退することになった。その時に隊長が残る時もあれば、残らない時もある。今年は偶々、隊長が引退する年だったようで、まだ全国大会が行われている最中、ボンプル高校では初戦敗退した翌日から凌ぎを削る隊長選挙戦が執り行われることになった。

 この時のボンプル高校には二人の中心人物が居た。

 片や革新派を自称する派閥。旧来の戦術教義(ドクトリン)からの脱却を図る為に、聖グロリアーナ女学院と連携することを提案する。豆戦車と軽戦車しか存在しない戦車道チームでは勝利することは難しい。その為には四強の中でも戦車の性能を頼らず、高い練度と高度な戦術によって他の三者と対等の立場に在り続ける聖グロリアーナ女学院の協力が必要なのだ。と、私は主張した。

 それに対するは伝統派を自称する派閥。聖グロリアーナ女学院が何する者か、強者に媚び諂うことが我らの生き様か。否ッ! 強者の庇護下に落ちることの危険を知れ! 彼の者が我らの窮地に駆け付けてくれるのか、否ッ! 道具として使い潰されるのが関の山、そもそも同盟というものは対等の力関係でなくては成り立たない。その者の提案は、切り捨てられてなおも惨めに泣いて縋る道を選ぶも同義だ。そもそも手練手管ばかりに長けた連中を頼りにできるはずもない。百歩譲って仮に同盟を結ぶというならば、同じ弱点を持つ知波単学園辺りが妥当だろう。と、主張してのける。

 まだ全国大会が開催されているにも関わらず、二分したボンプル高校同士で火花を散らし、そして紅白戦で雌雄を決した後に投票が始められる。負けたのは革新派、つまり私であり、勝ったのは伝統派、その代表者であるヤイカだ。紅白戦で負けた時から投票結果は分かっていた、だから驚きはない。しかし全身から力が抜け落ちるのを感じた。

 敗北者である私は戦車倉庫の片隅で肩身の狭い思いをしながら残りの高校生活を歩むことになるに違いない。

 

「では先ず新政権の組閣から――」

 

 彼女の懐刀であるウシュカだろうか、別働隊を指揮させるという意味ではピエロギかも知れない。

 

「――先ずは副隊長にマイコを」

 

 そんなことを考えていると信じられない名前が彼女の口から発せられた。

 騒めく履修生達、ウシュカとピエロギすらも動揺している。私は驚きに声を上げられず、ヤイカを見返し、そして緩やかに睨みつける。どういうつもり? と。ヤイカは一笑し、だから選んだ、と言葉なく告げられた気がした。それからヤイカは今後の予定を簡単に語り、詳しいことは後日改めて説明する、とその場を後にした。ウシュカが彼女の後を慌てて追いかける。

 どうやら私を遊ばせるつもりはないようだ。気に食わない、と思いながら今後の動き方を考える。

 このマイコに権力欲はない、あるのは愛校心のみだ。

 

 

 ボンプル高校が得意とするのは密集突撃戦術だ。

 かつてポーランドに存在したという有翼重騎兵(フサリア)に敬意を抱き、その信念を胸に宿す。重騎兵を模した突撃力、突破力は目に見張るものがある――が、しかし、それは戦車に性能差がない場合での話だ。豆戦車と軽戦車で重騎兵の再現は無理がある。どうせ参考するのであれば、安価で、工夫次第では多大な戦果を挙げられる槍騎兵(ウーラン)の方にして欲しいと思うのは贅沢だろうか。

 閑話休題、

 人間が成長する過程において、拘りを持つことは大切だ。本当になんでもありと定義してしまえば、人間は結果を重視するようになり、結果に辿り着くまでの過程を無視するようになる。人生とは道を敷くようなものだ。始まりから終わりに向けて、道を敷くように生き続ける。時折ある駅に身を寄せながら、また次の駅に向けて歩き出すのだ。道は舗装しなくてはならない、拘りがなくては道を軽視するようになる。道とは、駅と同じぐらいに――あるいは、それ以上に大切なものである。拘りというのは道を敷く為の道具のようなものだ。それ故に過剰な拘りは重荷となる。次の駅に向かう為に必要な経路、その道中には適切な拘り(道具)心に宿す(手に取る)必要がある。渡河する為に、必ずしも登山道具は必要ない。山を登るのに、船は必要ない。つまるところ、拘りとはその程度のものである。拘りを捨てられない者は、きっと、そうだ。道具に対する愛着が強い者だと私は思っている。

 私には強い拘りはない、しかしヤイカの拘りは強過ぎる。

 ヤイカの執着心は美徳だ。勝利そのものに拘りはなく、あくまでも勝ち方に拘りを持っている。故に本来、彼女は奇策や謀略を好まない。それで勝てるのであれば、真正面から正々堂々と叩き潰せばいい。そういう人間だ。だからこそ騎士団長、その性根は騎士道精神にある。しかし正々堂々の勝負は望めない、そしてヤイカが拘るのは勝ち方だ。即ち、勝つ為の手段を模索する。それは前提だ、その為に彼女は奇策や謀略にも手を伸ばす。その彼女の心の支えとなっているのが拘り、有翼重騎兵の精神だ。

 故にヤイカは揺れない、心の置き所を決めている。その拘りこそが彼女の飛躍を束縛する、それは即ちボンプル高校の飛躍そのものに影響を与えている。やはり密集突撃戦術はボンプル高校の現状と噛み合っていない。そもそもだ、騎兵突撃は必殺の一手だ。そこに至るまでの過程こそが大事であり――ん、と首を傾げる。

 それこそがボンプル高校の生き残る道筋なのかも知れない。

 

 

 私、ウシュカには理解ができなかった。

 副隊長は私になると思っていたし、仮に私が参謀役に集中するにしてもピエロギが副隊長に配されると思っていた。

 しかしヤイカが下した決断は、マイコである。革新派筆頭、我らが対抗馬、我らが敵対者、あのマイコである。ヤイカに理由を聞いても「私が最も信に置いているのはあなたよ」と答えられるだけではぐらかされた気にしかならなかった。今も革新派の連中は水面下で動き続けており、何時、何処で裏切るものかわかったものではない。これでは獅子身中の虫を自ら育んでいるようなものだ。

 何度か直訴して、ヤイカは重く溜息を零して告げる。

 

「あれは、裏切るような玉じゃないわ」

 

 裏切るだけの度胸があったら戦車強襲競技(タンカスロン)にも誘っていたのだけど、と彼女は続ける。

 

「マイコの本質は生粋の愛校者であり、公僕。真っ当よ、愛いしい程に。私を引きずり落とす時も真っ当に事を成すはずよ」

 

 側に置いて、それがよくわかった。とヤイカは少し困ったように笑ってみせた。

 

「私は古臭い理想を掲げている。浪漫に拘れば戦車道では勝てない、だから私達は戦車強襲競技(タンカスロン)――自由な戦場、私達はそこに本当の戦車道の可能性を見出した」

 

 だが、と彼女は繋げる。

 

「マイコは骨の髄まで戦車道に拘りを抱いている。正当性を第一に考える、浪漫にすら正当性を求める。私とは違う目線を持ち、勝ちを模索する――あれは我らに必要な人間よ」

 

 なにより、と目を細めて、何処か遠くを眺める。

 

「あれは絶対に土壇場では裏切らない。あれは私情よりも愛校心を優先する」

 

 後ろから刺してくれる奴を選んだつもりだったのだけど、と最後にそう零した。

 やはり私には理解ができない。しかしヤイカが必要というのであれば、そうなのだろうと思うことにした。

 

 

 優勝記念杯、第一回戦。ボンプル高校対アンツィオ高校。

 私、ヤイカは敵を見据える。戦車道では、どいつもこいつも緩みきったあまい顔付きをしている。

 今から互いの存在意義を賭けた戦闘が始まるというのに何処か腑抜けた顔付きをしている者が多かった。これから始まるは一年間の集大成、一発勝負。これまでの自分を生かすも殺すも自分次第ということに気付けているのか。試合前の打ち合わせ時、隊長のアンチョビを始め、副隊長のカルパッチョもペパロニも緩過ぎる。そしてなによりも緩いのは、結月ゆかりと名乗る女だ。彼女は戦場に立つというのに気負い一つ見せていなかった。気負いのないただのバカならそれでも構わない。しかし、それでも気合を入れるくらいのことはするはずなのだ。ペパロニのように、ふんすと鼻を鳴らして自らの手のひらに拳を叩きつける。だが、結月ゆかりにはそれすらもない。日常的な空気を纏ったまま、ただ一人だけ浮いている。気に入らない、完膚なきまで叩き潰してやろうと思った。常在戦場の覚悟を以て、蹂躙してやろうと思った。戦車道というぬるま湯において、なおぬるい。戦う意思のない者は、この場に必要ない。

 見てるだけで苛立たしい、腹が立つ。目一杯の殺意を込めて、睨みつけた。

 

「……獣が居ますね。試合という場において、あまりに場違いな……」

 

 結月は私を見つめると緩やかに微笑み返す。

 

「これほどの殺意は中々のもの――どうやら貴方は私達とは住んでいる世界が違うようですね」

 

 緩やかに、何処までも緩やかに、言葉を重ねながら歩み寄る。自然体なまま、気味が悪い。気負いなく、緊張なく、あくまでも自然体のまま。気持ちが悪い。どうして、そこまで日常のままでいられるのか。

 

「生まれてくる時代を間違えていますよ、ヤイカさん」

 

 そう言いながら、にっこりを笑いながら手を差し出してきた。

 

「今日はお互いに悔いなく、恨みなく、良い試合をしましょう。ね?」

「え、ええ……」

 

 気付けば、手を握り返していた。

 得体の知れない圧力に押されて、思わず。それが屈辱的で、私は舌打ち交じりに背を向ける。

 絶対に勝ってみせる、と決意を改める。

 

 

 世の中には、常在戦場という言葉がある。

 それは常に気を張り詰めている心構えのことを言うらしいが、字面だけで意味を捉えると違う言葉のように聞こえる。私にとっての日常が戦場であり、穏やかな日常の方が特別だったからだろう。常に身を置き続けていた戦場とは程遠いが、しかし本番特有の空気を肌に感じる。

 それが不思議と心地よい。私は今、不思議な安心感に包まれている。

 

「珍しいな、ゆかりの方から声をかけるなんてな」

 

 ツインテイルのドリルを揺らしながら千代美が話しかけてくる。

 

「気になる相手だったのか?」

「ええ、まあ……狼のような人ですね。喉元を喰いちぎる気満々ですよ」

「ああ、あいつは戦車強襲競技(タンカスロン)では有名だからな」

 

 戦車強襲競技(タンカスロン)? と聞き返すと千代美は簡潔に教えてくれた。

 

「ああ、だから洗練されていないわけですね。本当の戦場には規則があり、敵味方で条件が違って、公平性の欠片もないのに――」

 

 誰かに伝える訳でもない呟きに、千代美は首を傾げる。

 気にしないでください、と私は笑って、それからヤイカの方を振り返った。

 本当の戦なんていうものは、始まる前に九割方が終わっている。

 

 規則のない戦場は、犬畜生の殺し合いにも劣るものだ。

 

 

 



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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑦

この私の目を持っていても、M41とM40を間違えていただと……っ!?
ア、ハイ。ごめんなさい、修正します。


 優勝記念杯、その会場の観客席には多くの人が集まっている。

 黒森峰女学園の全国行脚は、民衆に戦車道という存在を広く認知させることになった。そこに国家主導の広報活動も加わり、メディア全般が喧伝したことで、今や民衆は戦車道に強い関心を示すまでになった。今は昔、私達の時代で、ここまでの注目を浴びることはなかった。これが戦車道にとって良い流れということはわかるのだけど――なんだか私達の知っていたものが寂れていくようで、少し寂しい気持ちにもなる。

 こんなことは思ってもいけない、と私は両頬を叩いて気合いを入れる。

 今日は戦車道の歴史において、初めてテレビでの生放送が実現する日だ。有料とはいえ全国区での放送であり、今日の成否が今後の戦車道人気の行く末を占うといっても過言ではない。ただ少しの気がかりは優勝記念杯、その初戦が弱小と呼ばれるボンプル高校とアンツィオ高校の試合ということだ。豆戦車と軽戦車が多い二校では、戦車道の醍醐味を知らせるのは難しいか――いいや、そんなことを私が気にしてはならない。この試合を取り仕切る名誉を胸に抱き、公正な判定に努めることこそが我が使命!

 私、蝶野一尉は審判役を全うします!

 

 

 試合開始前、初期配置に移動中のM41型セモヴェンテ自走砲。

 その車内では私、結月ゆかりが操縦桿を握り、後ろでアンチョビとカルパッチョ、ペパロニの三人で情報を整理する。

 先ず私達、アンツィオ高校の戦力は、CV33型快速戦車が五輌とM41型セモヴェンテ自走砲二輌。CV33型の一輌にはペパロニが搭乗し、M41型(セモヴェンテ)の一輌にはアンチョビと私。もう一輌にはカルパッチョが搭乗する。フラッグ車はアンチョビと私が乗るM41型(セモヴェンテ)になる。

 対してボンプル高校の戦力は、7TP単砲塔型が六輌、7TP双砲塔型が二輌、TKS豆戦車が二輌という全十輌の内訳だ。ヤイカとウシュカは、それぞれ別の7TP単砲塔型に搭乗しており、ヤイカの乗る7TP単砲塔型がフラッグ車となる。

 こうやって戦力だけを見ると劣勢だが――火力不足が目立つ私達の戦車を思えば、CV33型の機関銃でも装甲を破れる戦車が多いだけでも嬉しいくらいだ。勝機は充分にある。

 アンチョビとカルパッチョ、ペパロニの三人で意見を出し合っているのを耳に入れる。

 

「突撃で乱戦に持ち込むっていうのはどうっすか?」

「突撃はボンプル高校の十八番、逆に踏み潰されるのは私達だ」

「それじゃあ最初にぶち当たって、その隙に側面攻撃を仕掛けるっていうのはどうすか?」

「さっきよりも悪くはないが……それだと正面戦力が持ち堪えられないな」

「では突撃を誘引してからの側面攻撃というのは如何でしょう?」

「島津の釣り野伏せか……囮はどうする?」

「私とペパロニ、でしょうか?」

 

 戦術の基本とは、如何にして自分達にとって優位な戦場を作るかにかかっている。

 どうやって敵を分断して、どうやって敵の戦力を削るのか。全体の戦力で負けていようとも局地的に優位な状況を作り続けていれば、いつか敵を削りきることができる。それに加えて、フラッグ戦というのは実に古風だと私は思った。あのうつけの桶狭間の戦いを思い出す、戦力差で劣っていようとも敵の首元に一撃を加えるだけで致命傷を与えることができる。

 総大将が戦場に立たなくてはならなかった時代、つまるところフラッグ戦というのは私の思考とマッチしていた。

 

「先輩ならどうしますか?」

 

 不意にカルパッチョに話を投げられる。

 私ならどうするか――敵の中で強い発言力を持つ者は二人、ヤイカとマイコだ。ヤイカ一人が相手であれば、勝ち負けまで持っていける自信はあるが、そこにマイコが加わると少し厄介なことになる。というのもヤイカ一人、マイコ一人の場合だと思考を読みやすいが、ヤイカとマイコが協力している場合だと思考を読むのが難しい。ヤイカがどこまでマイコのことを信用しているのか、どこまで戦術に寄与しているのか、その辺りが知りたい。これが戦国の世であれば、とりあえず文を送って、反応を窺っているところだ。

 ならしますか? とカルパッチョは通信機を弄り、オープン回線にチャンネルを合わせる。

 

「はい、どうぞ。今ならたぶん、あちらと繋がりますよ?」

「なんと開放的な調略工作――ただの挑発行為になりませんか?」

「反応を見るだけ、ですよね?」

「……しませんよ。するのであれば、もっと前の段階からしています」

 

 横目にオープン回線のチャンネルを記憶して、カルパッチョに元の回線に戻させる。この時代に、そこまで容赦ない作戦を使う奴はいないはずだ。

 

「私なら、そうですね。隘路に誘き寄せて、正面から迎え撃つ――できれば隘路の両側に戦車を伏せておきたいですね。それで全員が隘路に突入したところで最後尾の戦車を仕留めれば、あとは鴨撃ち……とはならないでしょうねえ、あれが敵大将だと。寝る虎を起こしますよ、きっと」

 

 千代美が地図を動かす音が聞こえる、丁度いい場所があることは確認済みだ。

 ですが、とカルパッチョが口を開いた。

 

「両側に戦車を配置しては――ヤイカなら、正面戦力の少なさで必ず見破ってきますね」

「なら私が用意してきたデコイが役に立ちそうだな」

「デコイ? ああ、あの私の戦車に乗っけている荷物っすか?」

 

 そういえば最近、千代美は夜な夜な何か作業をしていたな、と思い出す。

 

「それでも弾幕の薄さで見破られそうですね。恐らく正面突破、少ない戦車でボンプル高校の突撃を止められる気は……」

「なら逆に、こう考えちゃえば良いんですよ――」

 

 ――破られちゃっても良い、とね。

 フラッグ戦は戦力の削り合いではない、ただ一輌の敵を打倒するために如何に戦力を用いるかの戦いだ。極論を言ってしまえば、二十輌同士の試合で十九輌を討ち取られたとしても、敵を一輌撃破するだけで勝てるのがフラッグ戦なのだ。その一輌を倒す為に凌ぎを削る、その一輌を倒す為に知略を尽くす。

 それにしても実際に命を捨てさせるわけではないのは気楽だ。死兵を気楽に戦略に組み込めるのは、作戦を立てる者としてもありがたい。むしろ実際の戦の方が不自由で仕方ないくらいだ。街一つを焼く、なんていう策も有りなのだろうか。そんな民衆を敵に回す真似、実際の戦争では絶対にできない。焦土作戦でもする気であれば別だが、自分の領土を焼くとか正気ではできない。勝利だけに拘れないのが戦争だ。

 なにはともあれ私達の作戦は定まり、初期配置で試合開始を待ち続けることになった。

 

 

 ボンプル高校の初期配置地点には四人の人間が集まっていた。

 隊長のヤイカ、その懐刀のウシュカ、無口なピエロギ――そして名目だけは副隊長の私、マイコだ。

 アンツィオ高校の情報は少ない。全国大会一回戦の時は素人同然の行進を見せていたし、サンダース大学付属高校には手も足も出ないままに蹂躙されてしまっていた。流石に練習試合の情報までは確認できていないが、練度という点においては我らボンプル高校には遠く及ばない。全国大会の時と比べると、多少は改善されているが、それでも私達とは比べるまでもない。

 とはいえ隊長のアンチョビについての情報は知っている。中学生時代の彼女は西住まほ、ダージリン、ケイと並び称される程の人物であり、他三人とは少し変わった経歴を持つ人物でもあった。西住まほ、ダージリン、ケイの三人には源流と呼べるものがある。西住まほは言うまでもなく西住流、ダージリンは聖グロリアーナ女学院の伝統、そしてケイはサンダース大学付属高校が誇る最先端の戦術。しかしアンチョビには源流と呼べるものが一つもない。独学で学び、発案し、試行錯誤を繰り返すことで西住まほ、ダージリン、ケイの三人と肩を並べ続けてきたのだ。その戦車道に対する才覚は、三人に勝ることも有り得る――かも知れない。

 つまり油断してはならない相手、ということだ。

 

「警戒すべきは結月ゆかりよ」

 

 ヤイカは断言する。

 

「あいつは何者なんですか?」

「……分からない」

 

 私が問いかけると、彼女は魚の骨が喉に引っかかったような苦渋を顔に浮かべながら告げる。

 

「藪を突けば蛇が出るのは確実、もしかすると龍が出てくることもありえるかも知れないわ」

「……ならいっそ眠らせたまま勝つ方針で良いのでは?」

 

 再度問いかけると少し悩んだ後、そうね、とヤイカは口を開いた。

 

「勝負は勝たなくては意味がない……戦車の性能に差がなければ、ボンプル高校こそが最強ッ!」

 

 ゾクリと背筋が震えた。ヤイカから発せられる気迫に気圧された。

 木々から鳥の群れが羽ばたいていった。

 

「淡々と、粛々と、フラッグ車を撃破する! それでいい、それが全てよ!」

 

 そう言いながら親の仇のようにアンツィオ高校が布陣する先を睨みつけた。

 

「もうヤイカ、冷静になって!」

「冷静よ、冷静に対処すれば勝てる試合よ」

「……それに気にするのであれば、その結月って奴じゃなくってアンチョビじゃない?」

「アンチョビ……ええ、そうね、アンチョビ。彼女は厄介よ――たぶん公式戦車道を主戦場とする者達の中で、最も戦いというものがわかっている、はず……」

 

 結月という人物に会ってから、ずっとこの調子だ。

 こんな調子で勝てるのだろうか。ウシュカはヤイカを盲信しているし、ピエロギは喋らないし、あれ? 私が居なかったらヤイカのワンマンチームになっているのでは? そうなるとボンプル高校って戦車強襲競技(タンカスロン)専用チームみたいに? うわっ、考えたくない。勝てない戦車道を勝てる戦車道に、先ずはそこからだ。私の改革は、そこから始めなくてはならない。

 とりあえず今は目の前の試合、フラッグ戦は油断をすれば負ける。ヤイカは突破力はあるし、思い切りも良いが、少々自分本位で作戦を立てるところがある。えっと、ヤイカの作戦を主軸におき、私は脇を固めるように動けば良いのよね? ああでもヤイカの周りはイエスマンばっかりだし、勝手に飛び出さないように私はすぐ近くにいるべきだろうか。戦車の指揮は私やヤイカでなくともピエロギに任せても良いし、ああでもウシュカがいると多数決で負けるのよね。あらやだ、これ、実質権限ないじゃない。わかってたけど、わかっていて見えないふりしてたけど。小さい声にもっと耳を傾けてください、民主主義は大衆による少数派の弾圧ではないんですよ!?

 ある程度は勝手に動くしかない。どうせあいつは私が勝手に動くことを知って、この立場に置いているのだ。

 溜め息一つ、苦労人というのは何時だって、最も常識的な奴が収まるポジションなのだ。

 

 

 




今回はあっさりと終わらせる予定です。


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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑧

 ――私の始まりの話をしよう。

 

 テレビで観ると有料だが、ネットで観ると無料なのが今の御時世。

 その代わり、著名人の解説とかを聞くことができないのが難点だし、サーバーを圧迫すれば生放送から追い出されることもある。幸いにも、この時はまだ戦車道に人気はなく、公式チャンネルに入っている者は少ない。

 私、松風鈴は数世代前のデスクトップパソコンに流れる映像をぼんやりと見つめていた。

 ボンプル高校対アンツィオ高校、初戦にして名勝負。浪漫の塊。日本全国の戦車道ファンを魅了し、後に幾度となくテレビに取り上げられることになる戦いが今、始まろうとしていた。テレビ越しとはいえ、この試合の立会人になれたことは今でも誇りだ。この試合があったから私は一番の友達にも出会うことができた。これから始まる試合は、私の人生に今も大きな影響を与えている。

 しかし、その時はまだ胸の高鳴りもなく、なんとなしに見つめているだけだった。

 

 

 試合は序盤から大きく動いていた。

 別働隊として動いていたアンツィオ高校のフラッグ車(M41型自走砲)を偶然、斥候が発見する。隊長のヤイカは即断即決で追撃を指示し、全十輌が固まりとなって、M41型自走砲とCV33型快速戦車を追い立てた。最初、遭遇した時は森の中だったが、次第に周りの風景に岩肌が目立ち始める。だから私、マイコは咽喉マイクに手を添えて、意見具申する。

 ――きな臭い。ここは一度、様子を見る一手よ。

 しかしヤイカは止まらない。罠があるのなら踏み潰して壊せば良い。ボンプル高校の戦車十輌は指示なく密集し、全速力で敵フラッグ車を目掛けて突っ込んだ。徐々に道が狭まってきたことに気付いた時には、もう遅い。隘路に誘い込まれた、隘路の奥には計五輌の戦車が待ち構えている。再び、ヤイカに意見具申する。止まれ、と叫ぶように訴えた。

 ヤイカは止まらない、逆に加速しろと全車輌に通達した。

 

『墨俣一夜城でも気取るつもり?』

 

 猛進中、左右から弾幕が撃ち込まれる。

 左右の壁のように聳り立つ急斜面の坂上から四輌の戦車が姿を現した。どうやら最後尾の戦車を狙っているようで、内一輌が撃破される。おかしい、という疑念を抱いた。四輌の内二輌からは発砲した時の煙が発生していない。よく見ると、左右の坂上に布陣した二輌は絵のように平面であり――ああ、しまった! と敵の作戦の全貌が透けて見えた。

 真正面に見える戦車の半分以上が絵で、だけど左右に布陣した戦車も半分が絵だ。なら残りの戦車は何処に布陣している、目の前だ。ヤイカは今、誘い込まれている。

 ヤイカに再度、通達する。目の前に敵がいるッ!

 

『もう遅い、我らには突撃する他に活路はない。血路を開けッ!!』

 

 更に加速する、ただ真っ直ぐに奥に潜むM41型自走砲からの砲撃で二輌が撃破された。

 残り七輌、CV33型も良い仕事をしており、一輌が撃破される。残り六輌、ヤイカは止まらない。勢いをそのままに7TP単砲塔型が敵M41型自走砲にぐしゃりと激突する。奥に潜んでいたCV33型が二輌も飛び出したが、残った戦車が次々と飛び込んでCV33型と7TP単砲塔型、TKS豆戦車が宙を舞って、横転する。

 私は――突撃することができなかった。なんだあれ、頭がおかしすぎる。目の前にあるのは地獄絵図、残ったのは私が乗る7TP単砲塔型と革新派の派閥が搭乗する7TP双砲塔型が一輌ずつ、白旗立てた鉄屑を乗り越えることは叶わず、後ろからはCV33型が二輌、坂上から機関銃で攻撃を仕掛けてくる。

 まだ試合終了の宣言はされていない、ということはヤイカは生き残っている。

 

「あの二輌、ここで足止めするわよッ!!」

 

 指示を飛ばす、敵フラッグ車が無事なことは確かだ。

 どれだけ敵が残っているのかわからない、恐らくは一輌か、二輌。私達の生き残りも一輌か、二輌。なら、これ以上ヤイカの敵を増やさないことが私達の使命だ。体を張って食い止めてやる。だから、さっさと勝負を決めなさい。

 それだけが貴方の取り柄なのだからッ!

 

 

 隘路に誘い込むまでが大事だった。

 隘路に誘い込んでからは、そのまま突撃をして来ても良いし、突撃を止めても構わない。防衛線は突破されなければ上々だが、突破されたとしても構わない。今回は質も数も劣る戦い、寡兵で敵に勝つには何処かで博打を打つ必要がある。真正面から戦えば敗北必至な状況から勝ち負けまで持っていくことができれば、策としては上等と言うことはできないだろうか。

 まあ、それでも選択を一つでも間違えれば――いや、一度でも臆してしまえば、敗北が決定付けられる状況で最も勝算の高い道を選び続けて来たのは流石だ。

 嫌いじゃない。あの気性、嫌いじゃない。

 ここは小さな広間で一輌が走り回るには充分だが、二輌で走り回るには少し手狭だ。隘路の他に、ここから抜ける道もあるが――まあ、そこから逃げ出すような玉ではあるまい。7TP単砲塔型のハッチから私達のことを睨みつけてくるのはヤイカ。んもう、そんな熱烈に見つめないでください、気分が昂ぶるじゃないですか。

 高鳴る鼓動、私はオープン回線にチャンネルを合わせて告げる。

 

「やあやあ我こそはアンツィオ高校が総帥、その懐刀を務める結月ゆかりと申す者也。今、改めて、何某と話をしたく通信を繋がせて貰った。して、其方は何する者ぞ?」

 

 そのまま操縦桿を握り締めて返答を待った。

 気分のまま、周りに許可を取らずに敵と通信してしまったせいか、車内は変な空気が流れている。

 良いじゃないですか。これぐらいの茶番がなければ、戦なんてつまらないですよ?

 

『我はヤイカ、貴方を倒す者よ』

「なるほどなるほど……貴方に私と総帥(ドゥーチェ)が倒せると?」

『私は戦車強襲競技(タンカスロン)の覇者よ。どちらが格上と思って?』

「格に頼るとは愚かしい。もはや策はない、戦術もない。今はもう剥き出しの魂が戦場に残るのみだ」

『良いから黙ってかかって来なさい。格の違いも、力の違いも、今から思い知らせてあげるわ』

 

 では、遠慮なく、と私はアクセルを踏み込んだ。

 

「千代美、あの若造に分からせてやりますよ!」

「同じ歳だがなッ!」

 

 初撃、敵からの砲撃を避弾経始で受け流した。

 揺れる車内に臆せず戦車の角度を細かく調整して、相手に砲口を合わせるが――それよりも早くに敵7TP単砲塔型が射線から逃げていった。戦車の性能では勝っても小回りで負ける。そもそも自走砲の固定砲塔では、敵車輌の回転砲塔を相手にすることは難しい。

 ならば、とM41型自走砲の13.5tある車体を敵にぶつけてやろうと敵の軌道に先回りして動いた。並走する、砲口が私に向けられる。気にするものか、と岩壁に押しつけるように横から体当たりをぶちかました。9.9tの車体で13.5tの車体を押し返すことはできまいて、ガリガリと岩壁を削る音、その中でも砲口を的確に私達へと向けてくる。短い砲身も役に立つことがある、と敵が砲撃するタイミングに合わせて、距離を離した。ドリフト気味に履帯を滑らせる、少し距離を取ったところで正面に敵車輌を捉えて砲撃する。しかし砲撃する為に静止する僅かな時間を読んで、敵7TP単砲塔型は加速して砲撃から逃れた。そのまま敵車輌は大きく回り込むように外周を周り、それに合わせるように同じ方向へと外周を回らせる。速度はほぼ同じ、何度かの敵からの砲撃を挟み、徐々に円を狭める。そして充分に距離が詰まったところで、私は相手の虚を突くように車体を急旋回させる。しかし、それも読まれたのか、見てから動いたのか、真正面から体当たりをぶちかまして来た。車重で勝るのはM41型自走砲。跳ねるような衝撃、特殊なカーボンコーティングに罅が入る。パラパラと落ちる欠片に気を取られず、当たり負けはしない、と力尽くで弾き飛ばした。僅かに空いた距離、砲口を敵車輌に合わせる。しかし、それよりも早くに敵車輌が再び接近してきた。慌てて放たれた砲撃は惜しくも装甲を掠めていった。再び衝撃、勢いが付けられていなかったせいか先ほどよりも弱い。ギギギッと無限軌道が軋む、ガリガリと互いの装甲を擦り合わせる。ズザザッと履帯が地面が削る。このまま押し切れば、戦車の性能差で敵のエンジンを壊すことができる。だが、そこまでは待てない。ゆっくりと敵の砲身がこちらに向くのを察知して、トランスミッションを素早く操作し、前進から後進、斜め後ろに逃れるように受け流した。そのまま前進する敵7TP単砲塔型の背面に砲口を合わせる。しかし敵車輌は百八十度のUターンを決めると砲口を私達に合わせた。二つの発射音が被る、装甲が宙を待った。互いの砲塔側面に黒い疵が刻まれる。

 楽しいなあ、楽しいなあ、楽しいなあ。ヤイカ、私は貴方を認める。というよりも、あの突撃を敢行できた時点で認めている。あの肉弾とも呼べる見事な突撃は天晴れという他にない。思えばそうだ、私の時代では十五歳になると、そのほとんどが大人と認められて元服する。侮っていたのは私の方か、なるほど、それは申し訳ないことをした。貴方達の覚悟に泥を塗った。これは償わなくてはならない、どう償うべきか。そんなことは決まっている。全身全霊を以て、全力でお相手する。

 この長尾景虎が、この上杉謙信が、この越後の龍が、この結月ゆかりが、貴方一人と一輌を屠る為に人事を尽くす。

 

「……千代美、戦車道は面白いですね」

「今頃、気づいたのか? 面白いに決まっているじゃないか」

「ゆかりさん、もっと色んな方と戦いたくなりましたよ」

 

 千代美は嬉しそうに笑うと「なら勝たないといけないな」と前を見据える。

 

「ええ、勝ちましょう。ヤイカは強い……っ!」

 

 全霊の殺意を以て、敵7TP単砲塔型を睨み付けた。

 

 

 ゾクリと身の毛がよだった。ゾゾリと背筋に冷たいものが走った。

 生唾を飲み込んだ。引き攣る頰で無理矢理に笑みを作った。あのM41型自走砲に居るのは何者か、威圧感が虎や熊、狼の比ではない。西住しほ、島田千代にも匹敵、いや、それよりも? ……遥かに!? その存在感が今まで見てきた全ての者を凌駕する。震えが止まらない、寒い。凍えるようだと思った。怯えている? この私が? このヤイカが? ふざけるな、私はヤイカ! ボンプル高校の隊長、有翼重騎兵(フサリア)の信念を受け継ぐ者! 戦車強襲競技(タンカスロン)の覇者! 戦車の性能差がなければ、ボンプルこそが最強! 突撃こそが本懐、この身が砕けることに恐れを抱かない。誇りを胸に前進せよ、突撃せよ、突貫せよ! 玉砕してでも殺しきるッ!

 潰せ、潰せ、潰してやるッ! 青褪める車内のメンバーを見渡して一喝する。

 

「怯えるなッ! 私の名前を言ってみなさいッ!」

「……ッ! 隊長、ヤイカ殿、騎士団長ッ!」

「では、貴方達は何ッ!?」

「我らはボンプルが誇る騎士、我らはボンプルが誇る槍である!」

「では、行くわ!」

 

 ハッチから身を乗り出し、M41型自走砲を見据えて叫んだ。

 

「蹂躙せよ、突撃を! 一心不乱の突撃をッ! 一矢報いて殺しきれッ!! 四肢が捥がれようとも、この身が砕かれようとも、この心臓が貫かれようとも! 我らが死ぬより先に殺しきれッ!!」

 

 振り上げた手を、敵に向けて勢い任せに振り落とした。

 

Sharujā(シャルジャー)!!」

Tak jest(タック イエス)!!」

 

 振り払え、恐怖を。誇りを胸に抱いて死んで行け、死ぬ気で挑まなくては届かない。

 屈辱。歯を食い縛り、目の前のM41型自走砲に剥き出しの殺意を叩きつける。

 

 

 




ヤイカさんってやっぱりすげぇや。


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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑨

 ペパロニは歓喜した。必ず、かの突撃馬鹿の敵を除かなければならぬと決意した。ペパロニには戦術がわからぬ。ペパロニは、補講の常連である。戦車を駆り、パスタを炒めて暮して来た。けれども喧嘩に対しては、人一倍に敏感であった。きょう試合中ペパロニは命令に従い、野を越え森越え、伏して待つべき此の坂の上にやって来た。ペパロニには父も、母もいる。恋人は無い。兄と姉、弟二人は実家暮らしだ。この弟はさておき、隘路に来た哀れな敵チームを、今から、獲物として迎える事になっていた。喧嘩も間近かなのである。ペパロニは、それゆえ、事前の作戦やら細かな戦術やらを忘れ、敵を蹴散らしに駆け下りたのだ。

 

 『走れ、ペパロニ』ペパロニの日記帳より抜粋。

 

 

 パラリラと心のホーンを吹き鳴らす。

 オラオラ系でノリノリ爆走行進曲。砂煙を上げながら坂を下る、エンジンはフルスロットルだ。勢いにノリを追加するツインターボ式、最早、私は誰にも止められない。止められたって止まらない。瞬間速度は、なんと驚け、時速80kmは超えている。その速度を維持し、()()()()()()()から敵に向けて突撃を開始する。

 作戦? 忘れた! 戦術? なんだっけ!? CV33型快速戦車が二輌、砂煙を舞い上げながら有効射程外だけど機関銃を撃ち鳴らした。これは行ける! って、なんとなく思っちゃったから行くしかない! 戦車二輌、 左右に交差させながら敵車輌に向かって突っ込んだ。砲撃なんて当たるものか、当たる気しないからたぶんきっと当たらない。アッハッハッハッと笑いながら全速前進、掠める砲撃、撃ち鳴らせ機関銃。ハッチから身を乗り出してからの仁王立ち、「当てられるものなら当ててみろ!」と腕を組みながら高笑いを上げている。その時、装甲が砲弾を弾く音と共にCV33型の軽い車体が大きく傾いた。あんれ〜、当たらないんじゃなかったっけ? 傾く車体に後ろからガンッと体当たりを受けて、乱暴に体勢を戻される。そのまま何食わぬ顔で高笑いを上げ直し、砲室の中へと戻る。

 さあ歌おう、こんな時こそ歌おう。声高らかに鬼のパンツは良いパンツ!

 距離を詰めて、敵二輌を回り込む形でドリフトしながら機関銃を撃ち続ける。逃げる奴は敵だ、逃げない奴はよく訓練された敵だ! ズガガガガガッと引き金を絞り続ける。当たったのは一、二発、撃ち切ると同時に前進開始だ。敵戦車の車体が転回、ついでに砲塔も回して、私達を捕捉しようとするが遅い遅い。隘路にある左右の傾斜も利用しながら至近距離に纏わり付いた。特に意味なく前進しながらの最速百八十度ターン。つまり、アンツィオ高校の秘技、ナポリターン。はい、見せたかっただけ! 戦車後部を撃ち抜かれて、またも転倒しそうになるけども――咄嗟に戦車から飛び降り、横に倒れる前に体当たりをぶちかましてから戦車に飛び乗った。その間、相方のCV33型が敵の注意を引いていたのは良い仕事。後で鉄板ナポリタンを奢ってやる、フゥーハッハァーッ!

 最高にハイッ! これって恋? パンツァーラブ! フォーリンラブ、ラブフォーユー! アイLikeラブ! HOTにKOOLに踊っちゃおうッ! 全身全霊マッハGoゴーッ!!

 車内でゲラゲラ笑いながら敵車輌を撃破する為に機関銃の引き金を絞る。 

 

 

 頭おかしい(辟易)。

 私、マイコは頭を抱えたくて仕方なかった。

 私達を撃破しておきたいのであれば坂上に布陣し続けるのが優位なはずなのに、何故か急斜面の坂を下りてきた。貧弱なCV33型の火力では至近距離でしか仕留められないので、まあ戦術的には悪手であっても近付いてくることは理解できる。それならどうして、わざわざ距離を空けた場所から駆け下りたのか。隘路の遠中距離ならば、機関銃を載せているCV33型よりも、戦車砲を載せているTP7単砲塔型の方が優位に決まっている。坂の上から降りてくるのであれば、せめて逆落としを仕掛けてくるべきだ。

 何故、相手は自ら苦境に立っているのか。何故、相手はあんなに楽しそうに笑っているのか。

 こんなの戦術云々以前の問題だ。

 そして、なによりも腹立たしいのは、戦術の「せ」の字、戦車の「せ」の字も知らないような奴の操縦技術だけは我らボンプル高校にも匹敵するということだ。いや、むしろ至近距離の白兵戦に限っていえば、私達よりも優れているかも知れない。

 認めたくない、認めたくないが――認めなくては翻弄され続けるだけだ。

 

「このど素人めぇ……ッ! 今だけは認めてあげるわ、貴方達の方が優れていることをッ!!」

 

 こんな馬鹿丸出しの相手に劣っていることを認めなくてはならない屈辱。

 だが、相手を同格以上と認めることで取れる手は増える。順当に行けば勝利、という条件が失われた以上、受け身になることに意味はない。攻勢に出る、勝負を仕掛ける。こんな奴らを認めることよりも、こんな奴らに負けることの方が屈辱的だ。

 過度の負荷によってズキリと痛む頭を抱えてCV33型を睨みつける。

 

「ぶちかませッ! こんな奴に負けるなんて人生の汚点よッ!!」

 

 蚊蜻蛉よりもうざったらしく動き回るCV33型の一輌に向けて体当たりする為に前進を指示する。

 じっくりと軌道を読んでからの行動であったが、しかしCV33型はぶちかますよりも早くに半回転(ナポリターン)し、反対方向に前進した――かと思えば、そこから更にUターンの要領でTP7単砲塔型の体当たりを完璧に躱して抜き去った。まるでアメフトのスピンのような躱し方だ。

 しかし策士マイコの策は二段構えだ、避けられることは読めている!

 私達を抜き去ったCV33型の横っ腹に目掛けて、TP7双砲塔型の体当たりが綺麗に決まった。側から聞いても強い衝撃音に私は僅かに身を縮こまらせて、一転、二転と横転するCV33型をハッチから身を乗り出すことで確認した。よし、これで一輌――と思ったのも束の間、もう一輌のCV33型が横から突っ込んでTP7双砲塔型の背面を取った。そのまま零距離からの機関銃連射にTP7双砲塔型の装甲は弾け飛び、パシュッと白旗が上がる。横転したCV33型も白旗が上がっているのを確認する。

 これで残るは互いに一輌ずつ、敵CV33型のハッチが開き、跳ね散らかした髪をした女性が顔を出した。

 

 こいつは確かアンツィオ高校の副隊長の一人、なぜか彼女は儚げな表情、悲しげな瞳で何処か遠くを眺めている。

 そんな彼女を静かに睨みつけていると、彼女はゆっくりと独り言を呟くように口を開いた。

 

「私、この戦いが終わったら総帥(ドゥーチェ)に鉄板ナポリタンの秘伝を教えて貰おうと思っているんすよ」

 

 ……何言ってんだ、こいつ。

 怖っ、ちょっと距離を取っとこ。

 悟られないように、そおっと。

 

 

 鉄板ナポリタンの秘伝をまだ教えて貰っていなかった。

 そのことに気づいた私は今、無性に悲しくって仕方なかった。それに試合が終わった後に食べようと思って冷蔵庫に残しておいたプリンがルームメイトに食べられていないか心配だ。そういえば妹とは今日の試合で勝って帰る約束をしていたっけな。相方のCV33型、そんなに不安そうに見つめるなよ。私なら大丈夫だぜ、さっさと総帥(ドゥーチェ)の応援に行くんだな。私はこいつを倒してからゆっくりと行くからな。へへっ、お前なんてウチの総帥(ドゥーチェ)が相手にするまでもないんすよ。こんな奴、真正面から戦っても怖くなんてない。

 勝てる計画はもう頭の中で出来ている、と私は指先で自らの頭を何度か小突いてみせる。

 

「あー、あれはッ!!」

 

 彼女の後ろ、鉄屑となった大量の戦車が積み重なる先を指で差した。

 しかしTP7単砲塔型は相手にせず、私は大きく溜息を吐いた後、オープン回線を使って呼びかける。

 

『なんですか、その幼稚な発想は。真面目にやらないんでしたらもう帰ってくれません?』

 

 反応した、その瞬間に私はアカデミー賞ものの演技力*1で驚愕の表情を浮かべてみせた。

 

「……ヤイカ、だと?」

『なんだってッ!?』

「かかったな、バカめッ!!」

 

 砲室の中に滑り込んでありったけの弾丸を敵戦車に浴びせた。

 

「見たか、これが策士っすよ! 戦車道はオツムでするもんっすからねえッ!? 騙して悪いが試合なんすよね、そのまま空っぽの頭と同じように蜂の巣になれっ! 折角の戦車もこの様では残念さんすねえッ!? 戦車の性能も活かせぬままやられていくんだよおッ!!」

 

 高笑いを上げながらDADADAと機関銃のトリガーを絞る。

 目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ。これだけの弾幕、流石にこんなに撃ち込めば敵もひと溜まりもないはずだ。やったか? と満点ドヤ顔、笑顔は花マルで敵戦車を見据えると――そこには、ほとんど無傷な戦車の姿があった。

 あれ〜? と首を傾げる。なんだか少し間合いが遠くなってる気がするな。

 

『ああ、良かった。本当に良かった……お前に負けるのは本当に人生の汚点だよッ!!』

 

 ズドン、と撃ち込まれた一撃は見事にCV33型を爆発四散させて、バシュッと白旗を上げさせる。

 ここに隘路の戦いの決着が付いた。

 横転した車体から、這う這うの体で抜け出した私は笑う膝に喝を入れて立ち上がる。

 最後に一言、どうしても奴には言っておきたい言葉があった。

 

「おぼえてろーッ!!」

『うっさい、満面の笑顔で言ってくんなッ!!』

「あーはっはっはっはっはっ!!」

 

 腹を抱えながら笑い声を上げて、そのまま仰向けに寝転がった。

 まあ充分な時間は稼げた。

 あとは姐さんズの勝利を信じるだけだ。私はなけなしの力を振り絞り空高くに拳を突き出した。

 

 

 

*1個人の見解。




この子が一番楽しんでると思います(フラグ)。
今からローズヒップを書くのがめっちゃ楽しみです。


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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑩

 極度の緊張は幻覚や幻聴を誘発することがある。

 肌がひりつくほどの威圧感。今、私の目の前に居るのは本当に人間なのだろうか、あれは人間の皮を被った化け物か何かではないか。体が芯から震えている、心が根本から怯えている。今にも凍えてしまいそうな魂、胸に抱いた誇りはしかし、熱く燃えている。

 今、眼前の戦車に顕れるは軍神、もしくは龍。この偶像の意味するところは分からない。

 だが、相手が軍神とあらば騎士の誉れと高笑いして打ち倒そう、相手が龍とあらば騎士の浪漫と笑みを浮かべて龍退治に勤しもう。我が名はヤイカ、仮にも最強の名を掲げる者である。仮にも仲間に夢を抱かせ率いる者である。故に退くことは許されない、気圧されることがあってはならない。自尊心故に、誇り故に、責務故に、私は騎士槍の切っ先を敵の喉元に突きつける。

 繰り返そう、我が名はヤイカ。ボンプル高校戦車道チームの隊長、騎士団長である。

 

 思えば試合前、負ける要素はどこにもない、と確信していた。

 数は優勢、質に差はなし。我らには練成されたチームワークがある。戦車強襲競技(タンカスロン)のようなちゃぶ台返しも使えない。負ける要素はどこにもない。我らが目指すは次の試合、こんな弱小校を相手に手間取っている場合ではない。

 しかし目の当たりにした現実は、試合前の慢心を改めさせるに十分だった。

 

 だから、謙虚な気持ちになろう、と思った。

 心持ち一つで色んなものが見えてくる、周りにある景色が手に取るようにわかった。戦場に漂う臭いを嗅ぎ分けることができる、肌を撫でる風の動きを感じることができる。世界は巡る、私達なんて関係なく回る。この戦場には二つの存在があった。TP7単砲塔型とCV33型快速戦車、戦車二輌が睨み合うようにして、動かない。緊張感が高まっていくのが分かる、しかしなにか物足りないと思った。高揚感が足りていないと気付くのに時間は必要なかった、心の昂りが致命的に足りていなかった。それはヤイカを構成する存在要素に重大な抜けが生じていることを意味する。

 だから、謙虚な気持ちはまた今度に取っておこうと思った。傲慢に慢心する、敵は見下して生きる。私は永遠の覇者であると同時に、永遠の挑戦者でもある。

 しかし今日、挑むのは私ではない。挑むのは結月ゆかり。そして、アンチョビの二人だ。

 二人が私、ヤイカに挑むのである。

 

「来なさい、このヤイカが受けて立つわ」

 

 

『来なさい、このヤイカが受けて立つわ』

 

 開いたままのオープン回線から通信が入る。

 その言葉を耳にした時、否が応にも口の端が歪に歪んだ。挑んで来いと相手は言っている、この私に胸を貸してやると奴は言っている。あまりの愉快さにくつくつと肩を揺らす。前世も含めて、私が挑戦者であることは何時振りのことだろうか。高鳴る鼓動、川中島の戦いで、初めて晴信と対峙した時以来か。挑む気持ちで戦場に立つことになるのは、心地よい、気分が良い。慢心を捨て、傲慢さを捨てる。謙虚な気持ちで挑もうと思った。

 適度な緊張は健康にも良いと思っている。

 緩んだ感覚が引き締まる、錆びついた感性が研ぎ澄まされるようだ。嘗てより思っていたことだが――やはり何時の時代も“今”が最も素晴らしい。過去に想いを馳せるのは良い、だが何時の時代であっても今この瞬間が最高であって然るべきなのだ。技術は進歩し続けている、文明は発展し続けている。私の思想や知識など最早、骨董品だ。常に知識を貪欲に追い求めて、常に情報を最先端に更新し続ける。そうしなければ、あっという間に時代から取り残されることになりかねない。人が老化し始めるのは何時か、新しいことに挑戦しなくなった瞬間だ。

 青春は取り戻せない、それは真理だ。なら私は今ここから新しく青春を始めよう、青春に賞味期限はあっても消費期限はないのだ。

 感謝する。この新しい人生に、そして新たな出会いに感謝する。千代美と一緒に、この場に居られたことに感謝する。嘗て、私達が駆け抜けた時代、胸に抱いた信念や誇り、責務を今日まで受け継いでくれた者が居ることに感謝する。胸に抱いた数多の感謝、そう想うこと自体が老いている、と云われるかも知れないが、それ以上に今の私は清々しかった。一切のしがらみが消え去った。不思議と心が踊った、不思議な高揚感に包まれている。

 浮き足立った心は、良きに働くか、悪しきに働くか、ともかく、進む決断に揺らぎなし。

 

「胸を借りますよ、ヤイカさん」

 

 今の私は長尾古志郡司景虎、初陣の心持ちである。

 

 

 好きこそ物の上手なれ、という言葉がある。

 実際、その通りで、上達への近道はそのことを好きになることである。

 好きである。それは確かな才能であり、上達すればする程に好きは当たり前になってくる。

 私は戦車道が好きだ。フラッグ戦が好きだ、殲滅戦が好きだ、陣取り戦が好きだ。豆戦車が好きだ、軽戦車が好きだ、中戦車が好きだ、重戦車が好きだ、快速戦車が好きだ、突撃砲が好きだ、自走砲が好きだ。戦車長が好きだ、砲手が好きだ、装填手が好きだ、操縦手が好きだ、通信手が好きだ。兎にも角にも幼い頃から戦車道が好きで好きで大好きで仕方なかった。

 幼い頃、私は戦車を持っていなかったし、戦車好きの友達にも恵まれなかった。小学生の時は欠員が出た戦車チームに混ぜて貰っていたし、中学生の時も学校でやる戦車道だけでは飽き足らず、草戦車チームに助っ人として参加させて貰っていた。私は戦車に乗れるのであれば、どの役割であっても拘りがなかった。戦車に乗せてもらう為に独学で勉強した。また戦車に乗せて貰えるように、気分良く楽しんで貰えるように、全てのポジションから戦車全体を掌握する能力を身に付けた。

 戦車道を楽しむというのは勝つ事ではない、勝ちを目指すことにあると思っている。私はいつでも勝利を目指せるように、今ある戦力で作戦を考えるようになっていった。時には劣勢、時には均衡、時には優勢、包囲戦、突破戦、退却戦、掃討戦、撤退戦、時には入念な準備を施して、時には即興で策を組み立てて、時にはみんなが考えた策を寄せ合わせて、晴れの日も、雨の日も、風の日も、雪の日も、平原でも、街道でも、市街でも、農地でも、草原でも、丘稜でも、山岳でも、沼地でも、森林でも、いつ如何なる時、どんな状況であっても、私は勝利を目指すことを諦めなかった。私は戦車道を楽しむことを諦めなかった。私はみんなに戦車道を楽しんで貰うことを諦めなかった。敵も味方も観客も、この地上の戦車道に関わる全ての人間に楽しんで貰うことを諦めたことはただの一度もない。

 私は戦車道が好きだ。ただそれだけで私は安斎千代美だ。ただそれだけがアンチョビを名乗る私の全てだ。

 みんなは戦車道が好きか? 私は大好きだ。

 同じ好きを持つ者同士が出会うこと、それは奇跡と呼んでも良い、それは運命と呼んでも良い。陳腐な言葉で特別にしたくなるほど、私は戦車道が好きで、同じ好きを持つ者同士が出会うことは尊いものだと思っている。好き者同士が当たり前に出会える今の場所に居られることが私にとって、たぶん最大の幸福であり、その幸福の最大をもっと大きくする為に私は好きをいっぱい増やしたいとも思っている。

 私は戦車道が好きで、好きで、堪らなく好きで仕方ないから、だから勝ちたいと思う、勝ちたいと願う。だから勝とうと決意する。

 だって、好きなもので負けるのは悔しいじゃないか。

 

 

 はらり、と頬を涙が伝った。

 何故かは分からない。でもこの試合を見ていると胸が苦しくなった。

 屋敷で、居間にあるテレビを食い入るように見つめていた。時間を忘れて、稽古も忘れて、呼吸すらも忘れて、ただ熱中していた。魅了されていた。テレビ越しに伝わる熱気が、熱狂が、熱量が、私の心の奥底で燻る想いに火を点ける。思わず、手が伸びた。私もあの場所に在りたい、と液晶画面に手が触れる。羨ましい、妬ましい、狂おしい。どうして私は今まで、こんな生き方をしてきたのだろうか。こんな人形のような在り方に満足してきたのだろうか。心を表に出さず、想いを言葉にせず、型にはめるように息を潜めて、想いを殺して生きてきた。なんて勿体無いことをしてきたのだろうか。悔しい、口惜しい、羨ましい、妬ましい。その場所に私も行きたい、その場所で私も生きてみたい。涙が溢れる、嗚咽が止まらない。どうして、私は、今、ここに居るのだろうか。届かぬ手で拳を握り締める、項垂れる。項垂れながら画面を睨むように見つめ続ける。先ずはこの試合の行く末を見届けよう、きっとそこから私の全てが始まるから。

 楯無高校一年生、鶴姫しずか。今日、初めて、戦車道の熱に触れる。

 

 

 この時、テレビ、ネット環境も含めて、

 戦車道優勝記念杯を視聴した者は日本に住む全人口の20%を超えていた。三十代未満に限れば、その比率は驚異の40%を超えていた、という調査結果が残っている。最初はボンプル高校の肉弾特攻がネット上で話題に上がり、視聴率は急激に上昇、ヤイカとアンチョビの一騎打ち、マイコとペパロニのタッグ戦、この二つは確実に視聴者の心を捉えた。他とは気合いの入れ方が違う、気迫の籠もり方が違う。ハリウッド映画よりも派手な戦車のぶつけ合いに誰もが魂を揺さぶられた。戦車道を志す者が高揚する。気付けば、何時までも、この試合を見続けたいと願っており、しかし試合は着実に進行し続ける。

 そして試合が最終局面に入るその時を、会場の観客は肌で感じ取り、茶の間では誰もが息を呑んで事の推移を見守る。画面に食い入る。喋ることを生業としている解説者すらも言葉を失っていた。日本中の人間が二輌の戦車の行く末を見届けようとしていた。

 想いは届く、確実に。真摯な想いは澄み切った声のように、魂の叫びは情熱となって周囲に伝播する。

 その中で感受性の高い者が、涙を零す。

 

 ――始まる、終局が始まろうとしている。

 

 この瞬間、日本中の人間が心を通わせた。

 誰もが心の内で唱えて、誰かが知らずの内に口から零した。

 それは誰もが知っている決闘の合図。

 

 薄暗い部屋の中、少女はデスクトップパソコンを前に一筋の涙を零し、掠れる声で告げる。

 

 ――いざ、

 

 屋敷の箱入り娘は今、取り戻した心で嗚咽を零しながら上擦った声で告げる。

 

 ――尋常に、

 

 試合会場の判定役を務める蝶野一尉が、せめてもと健闘を祈って口にする。

 

 ――勝負。

 

 弾けるように二輌の戦車が動き出した。

 試合が終わる。惜しくも、惜しかろうとも、決着を付ける為に魂を震わせて駆け出した。

 両者引き分けは有り得ない。何故なら、両者共に勝利を望んでいるからだ。

 もう、どちらかが斃れるまで止まることはない。

 

 

 互いに機を読み合った結果、動き出したのは同時だった。

 私、ヤイカは両目を見開き、敵車輌を睨みつける。一挙手一投足を観察する、僅かな仕草すら見逃すつもりはない。殺意の気配すらも感じ取るように全神経を集中させる。目で、耳で、肌で、鼻で、口で、五感の全てを活用し、第六感にすらも手を伸ばすつもりで相手の出方を窺った。頭痛がする程に脳を酷使する、時間が凝縮される。一秒から十秒、一分へと引き延ばす。それでもまだ相手の動きを見切るまでには至らない。歯を食い縛り、僅かな情報でも引き出そうと試みた。極度の集中に口の端から涎が垂れる。形振り構わず、ただ勝利を掴む為に、脳髄を、五感をフル活用する。勝利は拾うものではない、もぎ取るものだ! と心の底からの叫びに同調するように発砲を開始する。

 行進間射撃は当たらない――しかし、今この時においては、その常識を覆す。それは今一時に限り、覆し得る。

 全速力で動く最中に砲撃し、同じく全速で動くM41型自走砲の車体に当てる。避弾経始で受け流された、その射撃で揺さぶられているはずの車体から敵の反撃が繰り出される。発砲される前に当たる、と確信した私はドリフトを指示、装甲を削られながらも奇跡的な角度で受け流した。止まる訳にはいかない、止まれば死ぬ。その確信があった、此処から先は全て、行進間射撃となる。その覚悟を今、決めた。砲撃する、開かれたままのハッチが吹き飛んだ。返す刀で砲撃される、履帯を守る上部装甲が削り取られた。砲撃し、砲撃される。その全てが装甲を削る至近弾、されど、その全てが致命傷には届かない。まるで薄皮一枚の回避、そうしなくてはならない程に私は洗練されていた。相手は洗練されていた。負ける気がしない全能感、しかし勝てる気もまた同時に得られない。決定打が欠けている。地面に転がる岩を砲撃で弾いて、無限軌道の損傷を狙ったが、最も頑丈な誘導輪の側面で弾かれた。これが狙った行動かは分からない、しかし何故だか防がれても不思議じゃない気がする。広場には数多の走行跡、履帯が地面を削る、砂利が弾けて、砂煙が舞い上がる。転輪が外れる、履帯が千切れる、その限界ぎりぎりを攻めるように無茶な軌道を繰り返した。

 常に心臓を握り締められているような重厚な威圧感、目の前にいる相手は過去最強の敵だと再確認する。

 

 

 何度、敗北を覚悟したことか。

 ここまで生き永らえてきたのは運が良かったという他にない。そして、ここから先も大方は天運に任さざるを得ないことだろう。

 理屈じゃない、常識は疾うの昔に超えている。目まぐるしく変わる状況の変化に頭が付いていけているはずもない。直感と経験則から、その都度、その瞬間に応じて、最適手を導き出しているに過ぎない。たった一手、間違えただけでも殺される。たった一瞬、呼吸を違えただけでも殺される。車内にいる誰もが限界を超えている、能力を超えた働きを見せている。喉元に迫る騎士槍の切っ先、その圧力を身に受けながら嫌な汗を垂らし、それでも懸命に追い縋った。

 行進間射撃は当たらない。その常識を覆すように、的確な砲撃を受け続けている。何も手を講じなければ、急所を撃ち抜かれる。それが十秒に一度、早い時は五秒に一度、最善では意味がない、最高の一手を繰り返し要求され続けた。車内に言葉はない、しかし今、私達は言葉以上のもので繋がっていた。声は必要ない、視線も必要ない、見る必要すらもない。気配と呼ぶ他にないものを感じ取りながら私達は今、崖っぷちの連携を続けている。

 勝機が見えない、活路が分からない。死線は常に超えている。絶体絶命、不可避の絶望の中で身を削りながら勝利に手を伸ばした。装甲が削れる、歪んだ。その度に戦車の挙動が変化する、その度に順応することを強いられる。

 戦車同士をぶつけ合った。その直後の隙を互いに狙い、そして砲撃しながら回避を試みる。撃たなければ、当てられる。しかし相手が撃たなければ、当てることができる。車体は限界を超えている。通常ではあり得ない、変に軋む音が聞こえ始めてきた。それでも手を緩めることはできない。車体の限界、精神の限界、体力の限界、能力の限界、数多の限界に怯えながら相手を倒す為の最適解を模索する。牽制はない、全てが必殺だ。ここまでくればもう陽動なんてしようがなかった、できるはずもなかった。何故なら無駄な行動一つで殺される、小細工を挟む余地などない。

 疲労は分からない、しかし体の動きが鈍ってきていることがわかる。

 限界が近付き始めている。大鎌を持った死神が、背後から刃を私の首筋に添える。冷たい、冷たい感覚がする。朦朧とし始める意識の中、研ぎ澄まされていたはずの感覚が、更に研ぎ澄まされていくのがわかる。少し横から力を加えるだけでも折れてしまいそうな程に、鋭く、細く、より鋭く神経を研ぎ澄ませていった。僅かな隙、隙とも呼べないほどの小さな隙、そこに意識を滑り込ませるために、より一層に細く鋭く研ぎ澄ませる。

 鼻血が垂れる、口に鉄の味が広がる。それでも果てなく意識を研ぎ澄ませ続けた。

 

 

 勝負が決まるのは一瞬だ。

 広場に散らばった装甲を履帯が踏んだ、ほんの僅か、ゼロコンマ数秒の反応の遅れが致命的な隙を生んだ。

 敵の砲口が向けられた、次の瞬間、ギュルンと車体が勢いよく回転した。車体に砲弾が当たった、が、白旗が上がる程ではない。車体の回転が止まる、敵はドンピシャ真正面、引き金を引き絞ろうとして――引き金に掛けた指を止める、直感で砲身が壊れてしまったことを悟る。次の瞬間、戦車が全力で前進を開始した。轢き潰すつもりか、敵のTP7単砲塔型が直撃を避けるためか、急激な角度で進行方向を変える。無茶な動きに、TP7単砲塔型の内側の履帯が浮いた。その下を潜り抜けるように私達、M41型自走砲の外側の履帯が通り抜けた。

 まさか、そのような動きが――背後から強い衝撃が響いた。パシュッという音と共に戦車全体の機能が落とされる。まじか、そんなことが、本当に……。ガチャガチャと操縦席に座るゆかりが、前を見据えたまま、まだ操縦桿を操っている。ポタポタと血を垂らしながら、まだ操縦を続けている。

 声が出なかった、出せなかった。ここまで悔しいと感じたのは初めてだったから、声が震えて、言葉にできなかった。

 

『勝者、ボンプル高校!』

 

 通信機越しに告げられる声に、ゆかりは手を止める。

 

「……ああ、負けたんですね」

 

 ゆかりは大きく息を吐くと、背凭れに身を預ける。

 

「少し、後悔しています。もっと真面目に戦車道をやっていれば、もっと体は言うことを聞いてくれたはずなんですよ」

 

 少し震えた声で告げて、数秒後、小さな寝息が立てられた。

 目元を擦る。何度も、何度も、涙は流さない。今日、ここからだ。私達はここから始められる。顔を上げよう、前を見よう。今日の試合で誇ることはあれども、恥じることはないはずだ。だから、私が胸を張るのだ。みんなが誇らしく思えるように私が顔を上げて、胸を張り、堂々とした姿を仲間達に見せるのだ。

 私はアンチョビ、みんなの総帥(ドゥーチェ)だ。よくやった、と褒めてやるまでが私の役目だ。

 

 

 




この話も次で終わりです。


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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑪

 翌年春頃。桜が咲き誇り、舞い散る時期。

 現代においては出逢いと別れの季節とよく言われるが、アンツィオ高校戦車道チームには三年生が居なかったので卒業式では特筆すべき話はない。いつものように私は勉強机のデスクトップパソコンに齧り付いており、この日もまた上杉家で武田信玄斬首RTAに勤しんでいた。そんな時だ、ピロリンと充電中のスマートフォンから電子音が鳴り、中身を確認するとSNSにメッセージが入っていた。

 その中身を確認した私は、プレイ中のゲームをセーブしてから席を離れて、手短に出掛ける準備を始める。昔は文通一つに一ヶ月以上も時間が空くこともあったのに、今ではボタン一つで一瞬だ。今の時代は本当に便利になったなあ、としみじみしながら部屋を出た。

 目指す先は学園艦の乗降口、初めて会うネット上の友人に胸を高鳴らせながら歩を進めた。

 

 少し、あれからの話について触れよう。

 優勝記念杯、私達を打ち負かしたボンプル高校は二回戦でヨーグル学園を相手に敗退した。まあこれは初戦、私達との激戦で破損したTP7単砲塔型の内、半数の修理が間に合わずに使用できなかったという事情があり、敗退するのも仕方ないといえる。そしてウィナーズ準決勝に駒を進めたヨーグルト学園は、聖グロリアーナ女学院と対戦して敗北する。ウィナーズ決勝では聖グロリアーナ女学院はプラウダ高校を相手に敗退し、そして優勝決定戦では敗者復活戦を制した黒森峰女学園が全国大会の雪辱を果たし、プラウダ高校を見事に降して優勝する。

 なんというか、とてもやるせない気持ちになるのはどうしてだろうか。それだけ戦車道の頂点は険しいという意味かもしれない。

 さておき、過ぎた事に今更あれこれと言ったところで仕方ない。

 

「ゆかり姐さ〜ん!」

 

 歩道を歩いていると車道を走る戦車から声を掛けられる。

 CV33型快速戦車、M41型自走砲三輌全てのレストアが終わった今もなお、アンツィオ高校の主力を務めている戦車だ。とにかく軽くて小回りが利く車輌なので相手を撹乱するのには適している。

 ハッチからはパペロニが身を乗り出しており、私の横に寄せた後に操縦席側のハッチからカルパッチョが顔を出した。

 

「こんなところで奇遇っすね〜、何処に行く予定なんですか?」

「私達、特に予定はないのですが……良かったら一緒に乗っていきます?」

「あ〜、昇降口に行くつもりですね。えっと、お願いしてもよろしいですか?」

「お安い御用っすよ!」

 

 乗った乗った、とペパロニに急かされた私は慌てながら車内に滑り込んだ。

 本来二人乗り用の車内は、当然だが三人だと少し手狭だ。ペパロニは満足そうな顔で砲手席に乗っており、カルパッチョはしっかりと掴まっていてくださいね、と穏やかに告げる。優勝記念杯の後、二人とは前以上に仲が良くなっており、私の部屋に訪れることも少なくない。カルパッチョとは密やかに艶本を交換する仲でもあったりする。

 学園艦の道路は公道ではないので、学園側が許せば、学生が車輌を運転することも許可される。

 

 現在、私は毎日のように戦車を乗り回している。

 操縦する感覚を体に染み付かせる為に反復練習を繰り返すのは勿論、体力を付ける為にペパロニと一緒に早朝ランニングもするようにもなった。他にもペパロニとは戦車に乗って様々な勝負に興じることが多く、ペイント弾による一騎打ち、どちらが先に目的地に辿り着けるのか競争してみたり、戦車で畑を耕してみたりといった感じである。私がペパロニの傍にいると彼女がなにかをしでかす機会が極端に減るので、千代美とカルパッチョからはペパロニと共に行動することを推奨されるようになった。

 カルパッチョとは戦車談義に興じることが多く、週に何度か、千代美も交えて戦車道の勉強会を開いている。ペパロニは参加したところで寝てしまうので勉強会には呼ばず、後で私が彼女の理解しやすい言葉を選んで教える事になる。私、子供の相手をするのって好きなんですよね。やんちゃで面倒臭いと思うこともあるけども、思い通りに行かないところが楽しくって、簡単に私の予想を外れてしまうところが愛おしく思ったりする。正直、ペパロニが可愛くて仕方ない。養子にしたい。この時代、養子の年齢制限とか規定とか、どうなってるんだっけ。後で調べておくとしよう、カルパッチョも可愛いけども養子にしたいと思う可愛さではない。どちらかというと千代美の方が養子にしたい。ぎゅうっと抱き締めながら頭を撫でてあげたりとかしてあげたい。

 閑話休題、千代美とペパロニを養子にした時の妄想をしていると目的地が近付いてきた。

 

 予め受けていた情報によると、今日は黒を基調したワンピースドレスに黒のジャンパーを羽織っているとの事だ。

 ちなみに私の養子にも女性は一人いた。山浦景国とかいう奴に取られた。その時に私は、貴様に娘はやらん、と定番の言葉を言ったのだが、義母上様は私の幸せを奪うつもりですか? と養女に据わった目で微笑まれた。今でも心的外傷(トラウマ)です、その後で仙桃院*1にめっちゃ慰めてもらいました。ちなみに現代では、私には八重垣姫という大層可愛らしい娘が居たということになっている。なにそれ私、聞いてないんですけど、今から歴史逆行して孕みに行かなきゃ……*2。いやでも私、歴史逆行してもしたいことがない。御家は現代まで無事に続いているようだし、天下統一にも興味がない。やり直すにしても兄の補佐は面倒だし、嫁がされそうだし、やっぱり家督は相続しなきゃだし、でも晴信の顔すら見たくないし、やり残したことがあるとすれば、勝頼を養子にできなかったことくらいなものだ。ああそうそう勝頼、めっちゃ良い子なんですよ。素直で可愛くて武勇にも優れていて、晴信には勿体ないほどだ! 尾張のうつけに勝頼のことを聞かれた時は、めっちゃ長文で勝頼の良いところを挙げ連ねた文を送りました。なお文は燃やされたそうで現代には残っていません。政宗のは残されてるのにね、不思議だね。

 閑話休題(二度目)、どんな子が待っているのかなと思いながら昇降口、その近辺にある広場を見渡した。

 

 すると居た、めっちゃ可愛い子が居た。

 ふんふん♪ と鼻歌交じりに歩み寄り、困惑している彼女の体を両手でポンポンと叩きながら採寸する。ふむ、なるほど、大体のスリーサイズは分かった。彼女の手を取って、そのまま戦車まで連れ込んだ。

 よし行こう、このままうちの子にする。

 

「待って、ゆかり姐さん! 待って! 誘拐はまずいっすよ!?」

「誘拐じゃありません、うちの子です。私がいつの日か、知らずのうちに腹を痛めて産んだ子のはずですね」

「先輩、拾ったところに戻しに行こ? ね? 事案はめっ ですよ?」

「失礼ですね。この子が待ち合わせをしていた子で間違いありませんよ」

 

 銀の長髪を二股の緩い三つ編みに編んだ子に問いかける。

 

「貴方が紲星(きずな)(あかり)さんですね?」

「……本当に結月ゆかりさん、ですか?」

 

 私がにっこり微笑んで頷くと、彼女は「えぇ……」とか「うわぁ……」とか言いながら頭を抱えた。

 

「どうしたんですか? 船酔いでもしたのでしょうか?」

「……いえ、ちょっと昔の知人を思い出しただけです。過剰なスキンシップがちょっと苦手でして……」

「ええ、そうですか? 可愛いですね」

 

 私は狭い車内、後ろからギュウッと愛情たっぷりに彼女を抱き締め続ける。あかりは心底うんざりした顔をしているが、そこもまた可愛い。嫌そうな顔をしながら無抵抗、こんな反応を見せていた子が昔にも存在していた。

 

「……えっと、付かぬ事を申しますけど、いえ、本当に、ちょっと頭が可笑しいな? みたいなことを聞きますけど……」

「ああ、そうですね。ゆかりさんもちょっと気になっていたんですよ」

「……いえ、やっぱり、訊くのはやめておきます。そしてなにも訊かないでください」

 

 雑念を振り切るように首を横に振るあかりに、私は意にも介さずに問いかける。

 

「昔、武田騎馬隊とか率いてませんでした?」

「……。あはは、やだなあ。私、信玄とかよくわからないです」

「戦国時代に詳しくない人が、どうして晴信のことだと分かるのでしょうか?」

 

 沈黙、その間も私は彼女を強く抱きしめて、はすはすと匂いを嗅いだ。

 ペパロニは無視を決め込んでおり、カルパッチョは軽く引いていた。

 

「……今からオファーを取り消してもらえたりとか? なんて〜」

「何を言っているのでしょう? そんなの全力で握り潰しますよ、政治で私に勝てるとでも?」

「軍神に勝てるはずがないじゃないですか! やだー!」

「よしよし、ゆかりさんが慰めてあげますね〜」

 

 う〜、と半泣きで唸るあかりを私は逃さないように抱き締めながら頭を撫でてあげる。

 死んでから知ったことだけど、この子って私とは同盟を結ばなかった癖に息子の景勝とは同盟を結んでいるんですよね。

 これは後で問い詰める必要がありますね?

 

「私はペパロニ、よろしくっすね」

「カルパッチョって呼んでくれると嬉しいわ」

「はい、ペパロニさん、カルパッチョさん。私は紲星灯、あかりって呼んでください」

 

 肌がもっちりしているなあ、とか思いながら頰を指先でぷにぷにする。

 

「出会って早々に申し訳ありませんが……この人をどうにかしてください」

「無理」

「ちょっと難しい、かな?」

 

 鼻歌交じりにあかりを抱き締める。もう過去に未練が一つもなくなった。今の私が幽霊だったのであれば、今すぐにでも成仏してしまいそうだ。

 

「ところで二人は知り合いなのでしょうか?」

「……ええ、はい。まあ、うん。憧れの人ではあります、今も憧れてはいます。実の親と同じくらいに尊敬しているんですけども……」

 

 カルパッチョの問いにあかりは歯切れ悪く答える。

 ああ、そういえば同性なので合法的に一緒の風呂に入れますね。楽しみだなあ、このくらいの年齢になると景虎も景勝も恥ずかしがって入ってくれなくなったし――ああそういえば髪も綺麗に手入れしているなあ、下手をすれば私よりも力を入れているかも知れない。触り心地も良いなあ、ずっと触っていたくなってくる。歌でも一つ歌いたいようなイイ気分だ。

 私は終始ご機嫌なまま戦車は次の目的地へと向かっていった。

 

 アンツィオ高校学園艦、コロッセオ。二輌のCV33型がペイント弾による一騎討ちをする。

 片や私とカルパッチョであり、片やあかりとペパロニ。脳内お花畑も、こと戦車道の練習となれば話は変わってくる。中学生時代に戦車道で良い成績を収めているという話であったが、あくまでも中学生の中で扱かれてきた程度の実力であり、戦車の操縦技術だけを云えばペパロニに劣る。とはいえ判断力や決断力は流石といったところ、そして何よりも鬼気迫るほどのやる気が素晴らしい。ちなみに私が勝ったら、この後で一緒に銭湯へと行くことになっている。「尊厳は、守ります……!」と涙目で意気込む姿は可愛くて、やばかった。それはもう、やばかった。もっと、やばいことにする為に負けるわけにはいかないのだ。

 タイマン一回目は私が勝った。約束関係なしに二回目も私が勝った。三度目、四度目も私が勝ち、流石に疲れてきたので切り上げようとしたら「添い寝します!」とか顔真っ赤にされて言われた、勝った。次は「添い寝の時に下着姿でどうですか!?」とか泣きながら言われた、容赦なく勝った。「あ、あと……あとは……!」とかガチ泣き寸前で言われたので「寝る前の姿で写真撮らせてください」と言ったら承諾されたので、まあうん可哀想と思いながら勝った。「もうやめてください! あかりさんのライフはゼロですよ!」といたたまれなくなったカルパッチョが庇い始めたので、もうちょっと搾り取れそうだったんだけどな、と惜しく思いながら大人しく身を引いておいた。

 それで割とがっつりと泣かれてしまったので、今は頭を撫でながら優しく慰めてるところだ。

 

「この体になってからちょっとしたことで涙が出る……」

「ちょっと驚くことがあるだけで泣く気ないのに泣いてしまう子も居ますからね、偶々その体がそうだったというだけの話でしょう」

「ホルモンバランスとか、肉体と精神の齟齬とか、そんな話は聞いてる」

 

 眼福眼福と思いながら胸に抱き寄せる。

 

「……でも、ちょっとおかしくないです? 弱小校っていう実力じゃないですけど」

 

 まだ少しぐずりながら掠れる声で問われた私は苦笑を浮かべてみせる。

 

「私はもう一騎討ちで負けるつもりはないんですよ」

「……あれって結局、本当に負けてたんですか? あなたが?」

 

 泣き止んで真剣な顔付きで問いかける。

 

「負けましたよ」

 

 素直に答える。

 前世では負けらしい負けは一度もなかった。小競り合いで負けることはあっても、それは計算に入れていた敗北であり、要となる戦では一度も負けたことがない。だから負けるという感覚は新鮮で悔しかった。

 そのせいか今は戦車道が楽しくて仕方ない。

 だから次は絶対に負けない、特に同じ敵には絶対にだ。

 

「相変わらず、戦になると格好良いですね……」

 

 あかりは頰を赤く染めながら、ジトッと私のことを睨みつけてきた。

 戦車を倉庫に戻しましょうか、と伝えると今度こそ彼女は素直に頷き返してくれたる。

 

 

 私、安斎千代美は学園長室に呼び出されていた。

 今日はまだ戦車道の時間ではないので、髪を下ろした日常モード。少し緊張しながら扉をノックし、それから静かに部屋の中へと入った。赤い絨毯の敷かれた豪華な部屋、金メッキの施された調度品を見るとイタリアというよりもローマの印象が近いかも知れない。壮年の女性である学園長に招かれて、ソファーに腰を下ろし、それから良い茶葉が入ったからと紅茶を淹れてもらった。数杯の砂糖を紅茶に溶かしながら、今日の話は長くなりそうかな、と思いながら軽い世間話を交える。

 基本的には戦車道に関わることが多い。私が来年度の予算でP40型重戦車を購入する予定だと告げると少しだけ渋い顔をされた。

 

「……安斎さん。貴方には一つ、伝えておかなくてはならないことがあります」

 

 学園長は姿勢を正し、学生に過ぎない私に真剣な顔を向ける。「なんでしょう?」と私は手に取っていたティーカップをソーサーに置き直し、彼女に向き直る。学園長は僅かに視線を逸らし、そして意を決したように私を見つめなおして告げる。

 

「来年度、公式戦で結果を出せなかった場合、アンツィオ高校は戦車道を廃止することが会議で決定しました」

「えっ?」

 

 思わず、聞き返すと「本来であれば去年、廃止することになっていたのです」と学園長は申し訳なさそうに告げる。

 

「い、いや、待ってください。折角、形になってきたんですよ?」

「ごめんなさい、私の力不足で。これはもう決定したことです」

 

 真摯に頭を下げる学園長に、もう決定を覆すことができないと悟る。

 ここで彼女に言い募っても意味はないか。いや、二年も時間を貰ったのに結果を出せなかった私が悪いのかも知れない。紅茶の揺れる水面を見つめながら、戦車道の仲間達のことを考える。この報告を聞いた時、みんなはどう想うのだろうか。悲しむだろうか、憤るだろうか、なんとなく諦めることはしない気がした。

 だから私は顔を上げて、学園長に問いかける。

 

「どれだけの結果を出せば、戦車道を存続させることができますか?」

 

 私が今すべきことは狼狽えることではない、少しでも正確な情報を引き出すことだ。学園長は僅かに目を開き、そして私のことを静かに見据える。

 

「全国規模の大会でベスト4。そこまでの結果が出せれば、私の力で戦車道を存続させます」

 

 ベスト4、組み合わせ次第ではいけなくともない。しかし四強と衝突することを念頭に置いておいた方が良い。

 

「……わかりました、ありがとうございます。P40型重戦車の購入だけは通してください」

 

 私は深々と頭を下げてから立ち上がる。

 やるべきことが増えた。来年度以降も戦車道を存続させる為に動き出さなくてはならない。ペパロニ、カルパッチョ、私のことを総帥(ドゥーチェ)と慕ってくれるみんなに居場所を残してやらなくてはならない。この事はみんなに伝えるべきだろう、隠しておいても良いことはない。

 学園長室を後にし、校舎を出る。

 私はきっと覚悟を固めなくてはならないのだろう。

 校門、桜の花弁が散り落ちる。何気なく手を伸ばすも指の隙間からすり抜けた。今、戦車道チームは何処も強くなっている。例年よりも遥かに、一昨年よりも去年、去年よりも今、と年々戦車道のレベルは向上していた。私達が進んだ分だけ、周りも成長する。勝てるのだろうか、私は頭を振り、疼く不安を振り払うように歩み出した。みんなの居場所を守るために、そして私とゆかりが歩んだ歴史をここで止めないために。

 来年はベスト4、いや優勝するつもりで臨むことを決意する。

 

 

 

*1謙信の実姉。

*2義春と景虎と景勝は私がお腹を痛めて産みました。景国は私の大切なものを盗んでいきました。(結月ゆかり談)




終わりです、次回からはまた大洗、頑張るぞー。


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アニメ本編 冒頭

 大洗町郊外。起伏の多い荒地にて、露出した岩陰に身を顰める。

 鳥が囀るような長閑な土地、風が吹き抜ける。緊張からか自身の布擦れ音が気になった。相手からは聞こえるはずもないのに動きを止めて、生唾を飲み込んで私達が隠れる岩の向こう側を観察する。無意識に呼吸を抑えていると――不意に視界が真っ暗闇になった。目元に当たる柔らかい感触、その小さな手の持ち主には心当たりがある。それから「だ〜れだ?」とおちゃらけた調子の聞き慣れた声で確信した。いつの間に後ろに回ったのだろうか、そんなことを考えながら「も〜止めてくださいよ、天江殿」と呆れ混じりに手をどかせば、「あったり〜」と屈託ない笑顔を浮かべてみせた。その天使のような、小悪魔のような姿に少なからず見惚れると「ゆかりん、あんまり硬くなるもんじゃないよ。練習は試合と同じように、試合は練習と同じように――どうせ、練習以上のことは出せないんだからね。気楽に行こうよ」とか言いながら私の隣にぴょこんと座り直す。小さな体、初見だと小学生と見間違えられる事が多い体型だった。それから双眼鏡を構えて、天江は目の前にある開けた場所、その出入り口の観察を始めた。

 私も目視にて、周囲の警戒を再開する。

 

「優花里は隊長になったかも知れないけどね。私にとっては優花里はいつまでも優花里だよ」

 

 呟かれるように囁かれた言葉に私は胸がいっぱいになって、「はい!」と元気よく答えた。すると天江は心底嬉しそうに笑みを浮かべてみせるのだ。笑顔は外見相応で年齢不相応、気遣いは外見不相応で年齢不相応だ。でも、それが天江らしくって、そこが好きで心強かった。叱咤激励なんのその、パンと両頰を叩いて気合い充分、しっかりと前を見据える。すると天江が観察する先に砂煙が上がっているのが確認できた。

 

「来ましたね」

 

 うん、と天江が小さく頷いてみせる。

 

「大丈夫、みほさんから貰った作戦もあるしね」

「はい。えっと、コソコソ作戦でしたでしょうか?」

「ユニークな名前だよね」

 

 西住流ってもっとお堅いと思ってた、と天江が笑ったので、私もそうですね、と釣られるように笑い返した。

 向かい合ってクスクスと笑い合っている内に敵車輌が近付いてくる。戦車は兵器。スポーツ用に改修しても、その独特の威圧感が薄れることはない。履帯を回転させながら走る姿は地面を揺らすようであり、砂煙を上げる様は空気を震わせるかのようだ。拳を握り締める、興奮から歯を噛み締めた。大丈夫? と聞いてきた天江はすぐ呆れた顔をして、大丈夫そうだ、と苦笑いを浮かべてみせる。

 戦車五輌、あれだけ綺麗に隊列を組みながら行進する光景は、それだけで芸術だった。素晴らしい、素敵だ。うっとりする、魅了される。湖を泳ぐ白鳥のような優雅さを感じられる、水上からは見えない水面下での乗員達の汗と努力の結晶であることも含めて憧れる。いつの日か、私達も彼女達と同じように綺麗な隊列で行進をしてみたい。それを指揮する機会があれば、それはどんなに素晴らしいことだろうか。

 体の奥がウズウズする。はふぅ、とねっとりとした吐息が零れた。

 

歩兵戦車Mk. Ⅱ(マチルダⅡ)四輌、Mk. Ⅳ歩兵戦車(チャーチル)一輌、前進中』

 

 通信機越しに天江の声が聞こえた。思わず隣にいる彼女を見ると、天江は咽喉マイクに手を当てながら半目の笑顔で口を開いた。

 

「戻ってきた?」

「え、あっ……はい、申し訳ありません」

「いいよ、いいよ。あんだけきちっとした隊列を組んだ戦車、生では初めて見るもんね。仕方ないよ」

 

 そう言って、天江は肩を竦めてみせる。

 

「それにしても流石、綺麗な隊列を組んでいるね」

「はい、あれだけ速度を合わせて隊列を乱さずに動けるのは凄いですよ」

 

 思わず声が上擦った。くすりと笑って、天江が言葉を続ける。

 

「確か、こっちの砲弾だと敵の正面装甲は抜けないんだっけ?」

「ええ、でも……そこは戦術と腕です、と西住殿が言っていました!」

「うん、その意気で行こう」

 

 ふへへと私が少し気持ち悪く笑うと、天江は気にせず楽しそうな笑顔で返してくれた。

 それじゃ行く? と天江が目で訴えてきたので、はい! と頷き、二人で一緒に後ろの坂を駆け上る。そこには赤色や黄色、ピンクといった鮮やかな色で塗装された戦車が並んでおり――それを見た私は少し気落ちする。隠蔽性をかなぐり捨てたキャピキャピ感満載な戦車ってどうなんだろう? 戦車は兵器。兵器としての機能美があると思うのだ。しかし、この戦車達を初めて見た天江が「まるでお祭りみたいだね」と笑っていたことを思い出し、気持ちを切り替える。これが戦車を好きになってもらえるきっかけになれば良いのだ。最初からあれこれと効率に口出しをすれば、みんな嫌気が差して、その界隈から離れて行ってしまうものである。他人に無理強いしないのはオタクの鉄則だ。

 自分達の戦車、Ⅳ号戦車D型に飛び乗る前に天江は「麻子、起きて」と装甲を何度か叩いていた。

 

「エンジン音は抑えて、転回してくれないかな?」

「う〜……」

 

 寝起きでまだ眠たそうにしている冷泉だが、それも彼女なら問題ない。

 私は上半身を乗り出すようにキューポラに入り込み、天江は装填手席に続くハッチから戦車に潜り込んだ。戦車が振動する、心地よい感覚、前方には同じく行進を始める四輌の戦車。黄色や桃色、赤色そしてバレー部復活! まあ決して景観が良いとは言えないが、今はとやかく言う段階ではない。気を取り直すように深呼吸をして、咽喉マイクに手を添える。

 表出する岩肌に両側を覆われた荒地の道を進みながら、私はできるだけはっきりとした声で告げる。

 

「敵五輌、前進中です。試合前に行った打ち合わせ通り、私達が囮になりますので皆さんは例の峠で待機していてください」

 

 ここで一度、区切り、大きく息を吸い込んでから続けた。

 

「これよりコソコソ作戦を決行します!」

 

 はーい! という下級生達の声に後押しされて、私達の戦車はみんなから道を外れる。

 無精、秋山優花里。新設された大洗女子学園戦車道チームの隊長として、全身全霊を賭して、粉骨砕身の心意気で頑張っていきます!




半月以上経っても心残りだったので、気合いを入れて書き直します。

天江とかいう子。
ふとした拍子に記憶を取り戻したら、その瞬間に吐血して死にそうだな。
ところで話が変わりますが、私は創作上の人物に限り日記書いてる奴はもれなく全員揃って狂人という認識を持っています。
なので、この天江っていう子はまだ日記を書いていないので常人ですね。
たぶん日記を書き始めたらヤバイでしょうね。


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戦車道、始めます!①

 入学式を経た翌日、目覚まし時計が鳴るよりも早くに私は目覚めた。

 何時も学校が始まる二時間前に起きていることもあり、窓の外はまだ暗い。冷静に考えると此処は二度寝の一手だ、しかし、もう私の頭は綺麗さっぱりに目覚めてしまっていた。肉体が起きろと命じている、本能が急げと急かしてくる。そして理性が肉体と本能の訴えを是としていた。妙なテンションに突き動かさされながら体を起こし、用を足してから洗面台で身嗜みを整える。歯磨きをコップに突き立て、鞄を片手にいざ出陣。心の戦車に搭乗して、パンツァーフォー! と日の出と共に家から飛び出した。

 一ヶ月前までは毎日のように訪れていた場所がある。いつも朝一番に訪れて、周りが暗くなり始める頃に帰る。飽きず、懲りず、毎日のように友達と二人で遊んでいた。そんな彼女と二人だけの秘密基地、その森の脇を私は歩いている。少し遠回りにはなるけども――これから先、ここのお世話になることはきっとない。だから見納め、小学生や中学生が卒業式に思い入れのある場所を見回るのと同じように、最後にもう一度だけと足を運んだだけに過ぎない。来ようと思えば来られるけども、でもきっと、ここに理由もなく訪れることは二度とない。今までありがとうございます、と心の中だけでお辞儀して歩き去る。最後に森の騒めく音が少し切なく感じられたのは気のせいだろうか、なんだか見送られているような気分だった。

 それから暫く歩いて、辿り着いたのは大洗女子学園――の敷地内にある古びた倉庫だった。

 二十年以上も前、此処にはいくつか戦車が保管されていたと云う。広さは余裕を持たせて戦車十輌が入る程度、詰めても十五輌が良いところだ。だから、たぶん大洗女子学園の戦車道チームは盛んではあっても、そこまで強くなかったのだと思う。でもまあ、それは今の時代を生きる私達が気にすることではない。先人達に感謝すべきは戦車を整備する場所を残してくれていたことだ。昔はどうとかこうとか、そういうことは隅に置いておけばいい。埃の臭い、微かに混じる鉄と油の香り、その倉庫に今は、二輌のみが置かれている。

 先ずは38(t)戦車B/C型。チェコスロバキアで開発生産されていた車輌であり、第二次世界大戦の初期ではドイツ軍の主力戦車の一角を担うほどの存在感を持っていた。軽戦車の中でも信頼性が高く、中戦車や重戦車が戦場の主力なった時期においても、多種多様な改修と改造を経て、大戦末期まで重宝され続けた経緯を持っている。リベットの多い装甲は子供の頃に思い描いていたブリキ戦車のようであり、格好良くも可愛らしい見た目をしている。今は埃まみれで錆まみれの黴まみれ、されど使い古された車体は歴戦の勇士を彷彿とさせる。嘗て走っていた姿が見てみたくって、この目でも早く見たかった。当時の資料映像は残ってないかな、なんて――もちろん綺麗に磨き上げて、きちんと整備してあげるつもりでいる。

 嗚呼、早く可愛がってあげたいな、なんて。

 

「こらこら、優花里。浮気はいけないよ、先ずは私達の戦車を気にかけてあげないとね」

 

 振り返ると私達の相棒であるⅣ号戦車D型が停めてあった。

 その操縦席のハッチから顔を覗かせるのは友達の天江だ。私自身は彼女のことを親友だって思っているけども、ちょっと図々しいかな、とか思ったり思わなかったり、でも相手からも友達だと思っていて欲しいな、そんな願い、祈りに近い感情で彼女のことを友達だと思っている。

 天江殿! と私は満面の笑顔で駆け寄り、身を乗り出すように戦車に手を付いて天江に顔を近付ける。

 

「…………」

 

 ただ何を話そうか考えていなかった、思い浮かびもしなかった。

 

「……あー、んー、そうやって黙ったまま見つめられると、その、少し照れるかな?」

 

 ちょっと頰を赤らめて顔を逸らした天江に「とりあえず乗りなよ」と言われたので、彼女の隣になる通信手席に腰を下ろす。

 ハッチを閉める、二人だけの閉鎖された空間。そのまま二人で黙り込んだ。特に話題が見つからない時は無理に会話を続けない。こんな時、天江は物思いに耽るように目を閉じていることが多く、時折、そのまま寝息を立てることもある。それを横から見つめているのが好きだった。楽しいわけではない、何かが面白いわけでもない。でも飽きないのだ。自分で組み立てたプラモデルの戦車をジロジロと見つめるのとは違って、もっと和やかで落ち着いたものだ。特に用事もないのに、天江の名前を呼びたくなる。できることなら、美理佳と囁きたくなる。その衝動をぐっと押し殺して、ただ見つめる。それだけでも充分に心は満たされた。

 ありがとう、と天江が不意に口を開いた。何故、その言葉が出てくるのか分からなくって首を傾げる。

 感謝の言葉を告げるべきは私の方なのに。

 

「体感として残るのは、風が吹き抜けるように短い時間だと云うのに――思い返せば、随分と長い時間を過ごしたような気がする。ここまで充実した毎日は初めてだ。だから、ありがとう。それ以外の言葉が見つからないな、親友」

 

 不意を打たれた言葉は、実感よりも困惑の方が強かった。

 

「あ、いえ、そんな……私の方が、むしろ感謝しているくらいでして……!」

「……私にはね、生き甲斐っていうものがなかったんだよ」

 

 彼女は平静を装うように小さく笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「なにをやっても物足りない。なにをしていても虚しいばかり、まるで最初から胸にぽっかりと穴が空いたまま生きているような――まあ、そんな感じがしていたんだ」

 

 だから、と彼女は片目を開くと茶色の瞳で私を見つめる。

 

「今、生きてるって感じがしている。だから、ありがとう。今の内に……いや、今だから一度、言っておきたかったんだ」

 

 そんな真っ直ぐな目で言われると嬉しい、いや、照れる? 胸の奥が疼く、何か言わなきゃって思うけども言葉が纏まらない。それに今、何かを喋ろうとすれば、声が上擦ってしまいそうだった。

 

「……天江、殿…………」

 

 どうにか名前だけを振り絞ると天江は少し寂しそうな顔をして、まあ何時の日か、と目を閉ざした。

 それから数分もすると寝息が立てられる。

 私も授業が始まるまで彼女の隣で少し眠ることにした、流石に今日は早く起きすぎた。

 

 

 今から一ヶ月前、卒業式での話になる。

 卒業生達への祝砲として撃った砲弾は生徒会の耳に入り、すぐさま風紀委員の手で拘束されて私達は生徒会室に連行された。冷静に考えると試合用とはいえ実弾を撃った訳だ、お咎めなしにという訳にはいくはずもない。生徒会役員の広報を名乗る片眼鏡の女生徒にはこっ酷く叱られることになったが――しかしパソコン付きの執務机に座る生徒会長、角谷杏の様子は想像していたものとは少し違っていた。彼女の質問は私達に探りを入れるものが多かった。修理をしたのはどっちだとか、戦車は好きなのかとか、まるで事件そのものには興味を持っていない感じがしたのだ。罰則の与え方だって適当なものだ、私達の動機を聞く前に戦車の没収と自宅謹慎一週間と定められる。会長の言動に違和感を感じた私は、じいっと会長のことを観察して、彼女の目が私達の行為を咎めるものではないことに気付いた。壊れた戦車を一から勉強して修理したといえば、表情をほんの少し曇らせたのを見て確信する。この人は戦車道の経験者を探しているのだ、と。であればこそ、本気で私達から戦車を取り上げるつもりもないように思った。

 そうなると次に浮かび上がる疑問は、どうして戦車道経験者を探しているのか? という話になってくる。

 何故、どうして、と会長と話しながら考えている内に一つの結論に辿り着いた。大洗女子学園の廃校、それを免れる為に戦車道を復活させる。それは突拍子のない発想だったが――なんとなくだけど、この考えがとてもしっくりと来たのだ。会長みたいに探りを入れるのは面倒だったので、「それで何時まで待てば良いの? 入学式の後には返してくれるのかな?」と私は率直に質問することにした。

 しかし全てを言い切る前に止められる。会長は優花里の退出を促して、私一人だけが生徒会室に残される。

 

「それで何処まで知っているのかな?」

 

 少し戯けた言葉遣い、でも会長の目は笑っていなかった。生徒会役員三名に囲まれる形になっているが、今この場においては気にならない。ただ目の前にある二つの瞳が真っ直ぐと私のことを見据えていることに意識が奪われた。嘘は吐けないな、と思った。嘘を吐く気はなかった。ただ本当のことを話したところで信じてくれるかが問題だった。

 

「なにも知りません」

 

 その言葉に片眼鏡の広報が憤ったが、「河嶋」とただ一言、会長が告げて制する。

 

「本当に?」

「ただの憶測と推測ですよ」

「じゃあ、その考えを教えてよ」

 

 そう言われて、溜息一つ。思い付くことを適当に並べ連ねた。

 学園艦の廃艦を宣告できるのは文科省の人間、文科省の人間に認めさせるには何かしらの実績が必要になり、その為に選んだのが戦車道の復活。廃車同然でも戦車を見つけることはできたのだから、他にも戦車が残っているはず、少なくとも、公式戦に出られるだけの数は揃うのではないか。他に戦車道を選んだ理由は、戦車は金食い虫で競争率が低いという点がある。事実、全国大会でも十六校しか参加していない。それでいて戦車道の世界大会が二年後、日本で開催されることから注目度は高まっている。それはもう国家プロジェクトの域に達しており、来年からはプロリーグの設立も予定に組み込まれている程だ。こうなればもう口約束も関係ない、戦車道優勝校を文科省が廃校にできるはずがないのだ。

 ああ、なるほど、こうやって考えてみると案外、理にかなっている訳だ。

 答案の答えを見てから逆算しているようなものだが、上げようと思えば次から次に理由が思い浮かんできた。野球やサッカー、バレーボール等と比べて、丁度良いくらいにマイナーなのが特に良かった。日本には小学生から戦車を乗り回せる環境はほとんどない。中学生になっても乗れる環境は限られている為に、気軽にできる他のスポーツと比べて競技人口が少なかった。

 だから他のスポーツと比べると――高校生の段階ではまだ、実力に差が付きにくいのだ。

 

「よく頭が回るねー、もしかして親は探偵だったり?」

「まさか、答えあっての物種ですよ」

「……えっと、天江ちゃんだっけ? 君には打ち明けておいた方が良さそうかな」

「ああ、ちょっと待って」

 

 口を開こうとする会長を止める。

 

「一生徒として協力しても構わないけど、一つ条件があります」

 

 言ってみなよ、と会長が問い返したので私は言葉を続けた。

 

「優花里には、この話をしないで欲しいんだ」

「どうしてかな?」

「知ったら優花里が心の底から戦車道を楽しめなくなるじゃん」

 

 その時、優花里が戦車を動かしてはしゃいでいる姿を想像して思わず笑みを浮かべてしまった。一瞬、キョトンとした顔を見せる会長、すぐに笑みを浮かべ直して私を見つめ直す。

 

「約束するよ」

「うん、ありがとう」

 

 彼女の笑顔に答えるように私は頷き返した。

 

 

 私、天江(あまえ)美理佳(みりか)の部屋は空っぽだった。

 親元を離れて大洗女子学園の学園艦に来て、女子寮に入って、それから必要最低限の家具だけを入れたのが私の部屋だった。

 女らしさとかよく分からなくって、でも男らしさっていうのもよく分からない。興味を惹かれるような事柄も特にはなくって、趣味らしい趣味を持つこともなく中学校を卒業した。ただなんとなく学園艦には憧れていた、学園艦っていうよりも大きな海と空に憧れていた気がする。その中でも大洗女子学園を選んだのは――その字面がなんとなく目を引いたっていうこともあるけども、それ以上に受験勉強をしなくてもなんとなくで入れそうだったからっていうのが強い。あんまり他人と関わるのも面倒で、人目を避けるように屋上へと足を運ぶことが多かった。なんとなく生き続ける、特に死ぬ理由もないから生きている。それが私という人間だった。

 入学式の翌日。朝、目覚めると数ヶ月前とは様変わりした部屋が目に入る。

 それは主に戦車に関する物が多くって、最近、新しく買った本棚には戦車に関する専門書と月刊誌が並べられている。部屋の隅には重厚な工具箱が置いてあり、机の隅には戦車道という簡潔なタイトルにナンバリングされたノートが積み重ねてある。パラパラっと捲れば、優花里と話を合わせる為に書き写した第一次世界大戦から第二次世界大戦終結までに設計生産された戦車の詳細情報を手書きのイラスト付きで確認することができる。優花里と友達になったばかりのことだ、