新米冒険者 (Merkabah)
しおりを挟む

第一話

その日、新たに冒険者が一人誕生した。 名前は『ティア』年齢は二十歳を迎えたばかりでまだ幼い少女さを残しつつ国から冒険者としての振る舞いを認められ、材質はプラスチック製の厚み一センチ程の真っ黒カードを渡されようやく本人の夢であった冒険が出来ると浮かれたまま、市民、国をまとめる人々から依頼が入り込む酒場であり、依頼所へ足を運んだ。

 

「すいません、今日からよろしくお願いします」

 

肩までかからないほどの淡い青混じりの黒のサラサラした髪の少女ティアは深々と頭を下げ受付に立つ正装であるスーツを着た大人びた女性の微かに笑う声が聞こえ顔を上げ、深紅の瞳をぱちくりさせた。

 

「珍しい新人が来ましたね。 最近の子はそんな丁寧な態度見せたりしないのに」

 

「そうなんですか? 相手の方を敬うのは当然だと思ってましたが……私の故郷皆さん歳上で、同い年の子いなかったからあまり詳しくないんですよね…あはは」

 

私の故郷『ファレスト』は人口五十人程で、今いる城下町『ニルスルフ』の五倍以上小さいが、皆顔見知りで困った時はすぐに助け合える関係である。 あくまで生活範囲内の手助けであり、外にいる外敵の駆除は困難を極める。

 

そこで町を守ってもらう為王国の騎士が月替わりで、三名ほど護衛をしてくれている。

 

騎士の方々は規律正しく、私達市民の願いも真剣に聞いてくれ解決策を考案し、一緒に解決してくれる。 同じ目線で物事を判断してくれて信頼もとても厚い。

 

そんな憧れな騎士の道では無く、もっと身近な存在である『冒険者』の道を選んだ。

 

……言い訳をすると単純に騎士になる試験でお金と知識が大いに必要で……。

 

もっと経験を積んでから受けるつもりではあるよ?

 

 

「あっ、まずは冒険者証明のカードが必要でしたね」

 

袖の付いてない白のワンピースから出ている腕は色白というよりも少し小麦色に近く右の二の腕付近には冒険者登録を済ませた者なら、手にしている命の次に大切な『タンマツ』をベルトで固定していた。

 

固定したまま画面の明かりをつけると見ずに左手の人差し指でスライドさせ、画面をタッチすると右の手のひらに受け取ったばかりのカードを渡し、受付の女性はタブレットタンマツと呼ばれる、ティアよりも約二倍ほど大きな液晶で情報を確認していた。

 

ティアは不安と緊張で胸いっぱいだったが話をしている内に解れたのと、依頼所から隔たりもなく十歩ほど歩けばある酒場に集まる他の冒険者の雑談の空気ですぐに場馴れした。

 

酒場へ入り目を配ると、やはり故郷では指で数えられる人数しかいなかった、人間と魔物のハーフや魔物の血のみの人型が、チラホラ見受けられ昔本で読んだ内容を思い出していた。

 

この世界には女性しかいない。 正確には魔獣や獣にはオス、メスが存在はしているが人間、魔物はメスしか存在していないらしい。 もしオスが存在しているなら世界中大騒ぎになる事間違いなしと言っていいほどの存在である。

 

「はい完了しました。 ティアさんに合った依頼を確認しましたが…少し遅かったみたいですね」

 

「え? どういう意味ですか」

 

言葉の意味が分からず首を傾げる。

 

「正確には旅の経験があれば五件ほど紹介できるのですが、未経験という内容なので二人以上から受託出来る依頼を検索したのですが……全部埋まってまして」

 

「えぇー! 今から合流とかって出来ませんか?」

 

「………ちょっと厳しいですね」

 

「そうですか……どうしよう。 折角人助けが出来ると思ったのに…」

 

初日の旅が許可を貰って終わりにはしたくないのと、今すぐに困ってる人の依頼を一目散に解決したい思いが重なり顎に手を当て悩んでいると。

 

「あれ『アモル』さん今日も一人ですか?」と受付の女性がティアの横に視線を送っているのに気づき顔を向けると鼻と鼻が密着する距離まで近づけてきていた顔がすぐ目の前にあった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ふわああっ!?」

 

慌ててパーソナルスペースをとり慌てているティアに対し白銀の長髪の女性は表情一つ変える事無くじっとバイオレットカラーの眼を向けてきている。

 

「あ、あの私に御用ですか……? あっもしかして時間かかりすぎてお邪魔だったとか…」

 

「…………受付嬢」

 

膝までかかるロングコートのポケットから銀色のカードを出しまた目を合わせ無言で受付へ合図を送った。

 

「え、アモルさんが…珍しいですね」

 

「…………」

 

状況が理解できないままどうやら話が進んでいるようで恐る恐る横に並び受付のタンマツを見ると『ティア アモル 依頼開始』の文字が表示されていたと同時に、ティアのタンマツにも表示されたが本人は気づいていなかった。

 

「?え?」

 

「ティアって言ったわね……私が同行するわ。 旅の支度は出来てる?」

 

ようやく会話が開始されたのはいいがやはり脳が追いついてない。 このアモルと呼ばれる大人びた女性は何処かで会った記憶もない。

 

「人助け…したいんでしょ?」

 

ポツポツと喋る声は冷たいとも感じ取れるが冷静さも備えてるとも取れる。

 

今の言葉で背中を押された様な気がしティアはブンブンと縦に首を振り合意を示す。

 

「はい!!」

 

「…………」

 

表情を変えぬまま背を向け出入りする扉へ脚を運ぶ背中に置いてかれぬよう足早にティアはついて行った……。

 

──────────

 

城壁と人混みを抜け街の外に出ると時刻は昼過ぎを迎えていた。 日差しはさほど強くはなく風が心地よく身体を抜ける。

 

二の腕にあるタブレットを指で操作しながら歩いていると前を歩いていた足音が止まり振り返ってきた。

 

「………ごめんなさい」

 

意外な言葉にキョトンとしてるといきなり頭を撫でられた。

 

「私…あまり人と話すの慣れてなくて…極度の人見知りなの」

 

タブレットの操作をやめたと同時にティアの両手には至ってシンプルな短剣が二本握られていた。

 

「謝らなきゃいけないのはこちらですよ。 それとお礼もですね、誘って頂きありがとうございます」

 

腕を前に持っていき丁寧に頭を下げると先程まで見せなかった困った表情を浮かべていた。

 

「顔を上げて……一つだけ質問させて…ティアはどうして冒険者になろうとしたの?」

 

「? 困ってる人がいるから依頼がある。 場所も人も関係なく手を差し出せるなら私は助けたいと思っていたので…」

 

「それが悪に手を貸しているとしたら?」

 

「私が善に変えます!」

 

ガッツポーズをする姿に「………ぷっ」っと吹き出すような動作を見せすぐ様真顔に戻る。

 

「ティアほど…気楽に冒険してる人いないわ…」

 

「そうなんですか?」

 

「みんな自分の名誉の為とか…金の為とか…人間らしい妄想でいっぱいよ」

 

「アモルさんはそういう考えの人が嫌いなんですか? 私はそれは目標があって素晴らしいと思うのですが…」

 

「アナタは純粋なのね……羨ましいわ」

 

そう切り捨てるように吐き、会話は途切れまた歩き始めた。

 

ティア自身思った事を口に出すと村にいた人達から天然やら言われていたので今の発言に対してさほど気に止めてなかった。

 

アモルと呼ばれるこの女性はどうして同行してくれているのか、年齢は、好きな食べ物は? と彼女の事を知りたくて堪らない。

 

しかし、素性を聞くには自分を知ってもらはなくてはと、横に並び口角を上げ声をかける。

 

「あの、私……」

 

──────────

 

「着いたわ…ここが(シャドウ)のうろつく森林の前よ…」

 

結局喋っているのを無言で聞いてくれただけで終わったが嫌な顔せず、ずっと耳を傾けてくれただけで嬉しくなる。

 

気持ちを切り替え、目の前に広がる薄暗い森を見てこれまでの村での暮らしを思い出す。

 

(シャドウ)はどうして人に危害を与えるんですかね…」

 

ボソリと呟いた言葉にアモルは表情を曇らせた。

 

原理は詳しくない。 知っているとすれば、魔獣の影に入り薄暗い目の前にある森林や洞窟に逃げ込み目的もなく暴れ人に危害を加えたりしている。

 

「今私達のいるこのエリアは人間が築き上げた大陸。 ……人間、魔物、魔女で三つでエリアが区分されてるのは知ってるわね?あっ……」

 

鞘に納めた太刀を握っていた左手から指を立て「長くなるわ…」と言う言葉に頷く。

 

「……私やティアが生まれるよりも…はるか昔…影にも感情があると謳って魔女達が実験をしていたのよ…」

 

「? 影って今太陽に照らされて地面にある影ですか?」

 

指をさした先にある固まった土や岩が転がる地面に映る影を指す。

 

「えぇそれよ…。 影を実体化させようと実験を行ったが失敗に終わり装置や大陸の三分の一が崩壊…今でもその実験から溢れ出た残りカスが…空に舞って……」

 

「人間や魔獣の影に入り込み好きに暴れてるんですね…」

 

「そう……」

 

「魔女の方々はどうしてそのような考えに至ったんですかね? 人間や魔物と戦争をしていたわけじゃないですし…」

 

「言わば見栄を張りたかったのよ。 一番寿命の短い人間にね…」

 

「本来画期的な発想を起こすのは魔女の取り柄なのに……人間は次々と取り柄を奪う存在になった……そのタンマツも元は人間が作ったものだけど…今では魔女が取り締まってるわね…あくまで管理してるだけで内部は魔女でも踏み込めないけど」

 

「一説によれば生き物の小さな憎悪嫉妬で影は動いてるんじゃないかと…最近は聞くわね…」

 

争いの火種は私達自身の感情から生まれたと言わんばかりに説明を終えたアモルは、胸に下げていた太陽光で蒼く光り輝くペンダント『ペンデュラム』から金属で出来たボトルを取り出し喋り疲れた口に運ぶ。

 

(高等戦闘技術と高い知能が必要で今では使う人がいないペンデュラムを扱ってる…)

 

「………珍しい…わよね。 今ではティアが使ってるタンマツが基本なのに」

 

「アモルさんは何年くらい冒険者なんですか」

 

「五年かしら…私は…ティアみたいに勇気がない人間だから…よわ──」

 

言い終わる前に首を横に振りティアはボトルを戻してすぐの右手をとり目をキラキラさせていた。

 

「物知りで扱える人が数少ないペンデュラムも使うアモルさんはとっっても強いひとですよ! そしてとっっっても優しいっ!!」

 

「…誰も見てないとはいえ……恥ずかしいわ」

 

頬赤らめたアモルの顔を見て慌てて離す。

 

「ごめんなさいっ!」

 

口角を少し上げたアモルはまた頭を優しく撫でた。

 

「…………さぁ行きましょ」

 

「は、はい!」

 

──────────

 

狼の(シャドウ)を四匹倒し終えた頃、アモルはティアの短剣二本の切れ味に疑問を抱いた。

 

「……ちょっと見せて」

 

「あうっ」

 

強めに左手首を掴まれマジマジと両手に握る短剣を数秒見られ手が離れる。

 

「親指側に刃を向けるのも珍しいけど、瞬時に剣を交換したのね…道理で……」

 

「タンマツがコンマ五秒で武器の交換出来ますから…常に備えないと何があるか分かりませんし」

 

「手入れは自分でしてるの?」

 

「職人の方に比べたら下手ですが、やっぱり自分の武器ですから」

 

「………愛を感じるわね。 それと……魂が」

 

「へ?───うわっ!?」

 

突然の横殴りの突風に身体がふらつき前に倒れそうになったがアモルが胸で支えてくれた。

 

「ありがとうございます」と自分で立てるのを教え埃がついてないかスカートを叩いているとアモルが険しい顔で口を開いた。

 

「ティア…今のはスリよ」

 

「すり? …泥棒ですか?」

 

「私には風はきてない…そして木々にもよ…」

 

剣は持っているから盗まれていない。 となると…タンマツが忽然となくなっていた。

 

「………あはは。 困ってる人がいたんですね」

 

「どうしてアナタは……私が先に追うから見失わないように着いてきなさい!」

 

太刀を強く握った手と連動して険しい顔が怒りに変わったアモルは目の前から一瞬で消え去り森の中から微かに聞こえる足音を元に遅れまいとついて行く。

 

「今アモルさん消えたよね…? 忍者とか?

まってくださーい!」

 

アモルは魔法の『空間跳躍(ワープ)』を使いながら『索敵(サーチ)』を同時に発動し犯人の居場所を木々が並ぶ森から瞬時に見つけペンデュラムから縄を出す。

 

空間跳躍(ワープ)は本来着地後に発動するのが限界であり、口唱するのは不可能と言われているが彼女はコンマ二秒おきに口唱し残りコンマ八秒で索敵(サーチ)を行い、計一秒おきに百メートル移動し三百メートルの範囲で犯人を探っていた。

 

「見つけた…! 薄汚いネズミがっ!!」

 

背中を捉え踏み出した右脚に縄を投げ絡める。

 

「うぐっ!! な、なんだ!?」

 

頭部に左右犬の耳を生やしたボブショートでブルーベージュ髪の人物がうつ伏せ転んだと同じタイミングで左腕を振り上げ得物自らが意志を持つかの如く回転し──

 

「ひっ!!」

 

犯人の横を掠め、鞘に入れたままの太刀が地面に刺さりそのすぐ前で犯人は悲鳴を上げた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

魔法を止め背後から気配を消して近づき背中を踏みつけるアモルに下で呻き声と共に骨が軋む音が聞こえる。

 

「返せ…」

 

「っ…!がぁぁ!!」

 

「その汚い手で握ってる物を離せっ!」

 

「わ、わがった……! ほらごれで……」

 

爪の長い手からティアのタンマツが遠ざかったのを目で追う。

 

「………」

 

しかし足の力は尚更強さをマシ呼吸が難しくなり地面には爪跡が何度も残る。

 

「も、もういいだろっ!!」

 

「ドブネズミが許してもらえる訳ないでしょ…まずはその爪を全部剥がして貰おうかしら…」

 

「ふざけ…!」

 

目の前にあったはずの太刀がアモルの手に握られていたのに気づかず鞘に納めたまま振り下ろされた。

 

森に響き渡る悲鳴と共に右手が無残にも砕かれた。

 

「残念だけどその声は私の魔法でかき消しておいたわ…そのタンマツの持ち主は優しいから…きっとネズミのお前を……許すだろうけど……まだ姿を見てない今消せば………」

 

「ゆ、ゆるして……くだ」

 

顔は蹲って見えないが痛みの涙でもあり怯えの涙を流しながら地面を濡らす。 恐怖で歯が何度もぶつかりあうせいでまともに喋れなくなっていた。

 

「許しをこえば見逃す……アナタそれでも魔物のハーフなの? その耳は犬じゃなくて猫だったのかしら?」

 

「ごめん………ごめん……なざ」

 

声を聞くだけで不快なのかアモルは瞳の奥で憎悪を滾らせたまま後頭部へ太刀を振り下ろそうとした────

 

「アモルさんアモルさん! はぁはぁ…やっと見つけましたよ〜」

 

額に汗をかき息を切らしたティアが笑顔で木々を分けて姿を現した。

 

偶然にもティアは尻もちをついて目をつぶり空を見上げていた。

 

「っち…ティアに感謝しなさい…」

 

魔法『完全修復(オールリペア)』で先程まで大量に出血していた右手も肋骨の痛みも全て消えたが恐怖と心の傷は癒えず大樹へ向かって地面を這うように走り顔が見える正面を向いたまま震えていた。

 

状況が分からないティアは息を整えタンマツを拾い上げ状態を確認せず怯える彼女の元へ近づいた。

 

「あのどうしたんですか?」

 

「あ、悪魔っ!! 悪魔を仲間にしてるのかお前はっ!!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「落ち着いて下さい…襲ったりしませんから」

 

頬にティアの手が触れ乱れていた呼吸と心拍数を落ち着かせようと唾を何度も飲み込む。

 

後ろでアモルが証拠隠滅の為か飛び散った血が地面に残ってないか探している最中でも鋭い目つきが彼女の胸に刺さる。

 

ティアの手首を強く握り爪は食い込み、出血させていたのも気づかないまま時間は経ち三十分経った頃には血の気が戻り手を離し顔と頭の左右に生えた耳を伏せていた。

 

「タンマツとその傷…ごめん…どうしてもお前のタンマツが欲しくて…」

 

「困ってたんですよね? 気にしないで下さい。 でもこれ本人じゃないと操作は出来ないんですよ」

 

「そうだったんだ……ごめん」

 

「もう謝らなくていいので元気出してください」

 

「あ、あぁ…」

 

腰が上がらないのに同じ目線で合わせて膝を地に着いたティアをゆっくりと見ると眉を顰めるどころか、上げ明るい笑顔が迎えてくれた。

 

「アンタ優しいんだな…迷惑な事したのに笑顔なんて」

 

「理由なく盗みをする人なんていませんから、困っていたって理由が分かったならそれで十分です」

 

「………相手を間違えたなアタシ」

 

土を踏む音と影が入り込み顔を上げる。

 

「………」

 

(こいつ何者なんだ……?)

 

冷酷無情の顔を貫くアモルと目が合うだけで身体を切られた感覚に陥りまた震えそうになるが堪える。

 

「名前教えてくれませんか?」

 

「……ウルフ()と人のハーフ…『アミ』だ」

 

「アミさんですか、見た目の可愛さとマッチしたいい名前ですね!」

 

「はっはぁ!?」

 

「私はティアって言います。 こちらのコートを着た方が」

 

「アモルよ……ねぇティア…そろそろ依頼を終わらせて帰りましょう」

 

「依頼はここに到着する前に終わらせたましたよ」

 

タンマツの画面を明るくし『依頼達成』の文字を見せる。

 

「…………その腕以外、怪我とかしてないの?」

 

「大丈夫ブイです!」

 

ティアと話している時の目は普通だがやはりアミには冷たい。

 

「アミさん私と仲間になりませんか?」

 

「! 何言ってるティア……! コイツは……!」

 

「悪い人じゃないですよアモルさん。 ちゃんと謝罪してくれて名前まで教えてくれましたから。 それとアミさんの身体能力に惚れ惚れして追いかけてる時から仲間になってくれないかなってずっと考えてました」

 

「どうしてそんな甘いのティアは…!」

 

「また悪事に手を染めようとしたら、私が解決します」

 

言いくるめられアモルは口を閉ざす。

 

外見と思考両方が幼いティアに手を焼くアモル達の姿を見て力んでいた身体の筋肉が緩んでいた。

 

「ティアって言ったな…よろしくな。 アタシには固い口調しなくていいからさ」

 

手を差し出すとティアの顔が見る見るうちに満面の笑みに変わり握手を交わす。

 

「よろしくねアミちゃん!」

 

「……………その"ちゃん"は止めてくれると助かる」

 

──────────

 

三人で森を抜け街に帰り依頼を報告した時には夕日も落ちて夜を迎えていた。

 

「ありがとうございましたアモルさん」

 

「別にいいわよ…それで…何だけど」

 

視線が落ち着かない素振りを見せるアモルを後目にティアはアミにもお礼言いこの後泊まる宿の話を始めた。

 

「いや、待てよティア。 アモル…さんが」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あ、ごめんなさい。 まだ用がありましたか?」

 

振り返ると目のハイライトが消えたアモルが肩を掴みティアを揺らしていた。

 

「………ちょっと待って。 ティアの仲間ってその猫女だけなの? 私は?」

 

「アアアモルさんは、私に合わせて付き合ってくれた人では?」

 

「……先輩冒険者が同伴して終わりって事?」

 

ピタッと揺らすのを止め微笑むティアを見て愕然とした。

 

(今日一日仲間と思われてなかった…? あんなにもティアを教えてくれたのに…??? どうしてティア…!!)

 

「どうすんだよ」

 

「まさかアモルさんみたいな憧れの冒険者が仲間になってくれるとは思ってなかったから…」

 

「な……仲間になるわっ!!」

 

「うわぁ!」 「ひっ!」

 

今日一番の大きな声に驚きと怯えの声が重なったが気にせずティアを抱きしめる。

 

「私の勘違いで一日終わるのは…流石つらいからティアの仲間になる!」

 

「く、苦しいでしゅ…それとよ、これからもよろしくお願いしましゅアモルさん」

 

アモルの体つきがいい為、あまり筋肉のついていないティアは圧迫され昇天しそうになっていた。

 

「盛り上がってるけど宿どうする?」

 

「……私には一人で暮らす家があるから今日からそこに…住んでいいわよ」

 

アミに声をかけられいつもの口調に戻ったアモルは離れ「案内するわ」と背を向けた。

 

────────

 

四人家族が住んでもまだ余裕がありそうな外観レンガ造りの家の扉を通ると物はあまりなく質素だがアモルらしいとも取れる雰囲気があった。

 

「寝室は四つ二階にあるから…お風呂は一階の真っ直ぐ行って突き当たりを右よ」

 

「本当に暫くの間お部屋お借りしていいんですか?」

 

「気にしないで、一人で暮らすにも余っていたから」

 

見つめ合う後ろで腰から生えた狼の尻尾を上げ左右に振り目をキラキラさせているアミは羽織っていたコートを脱いでいた。

 

「久々の風呂に入れるのかー! 屋根がある布団で寝るのは何ヶ月ぶりか覚えてないなー」

 

更には頭を左右に振り浮かれていた。

 

「犬は最後に入りなさい…」

 

「狼だって言ってるだろっ! 」

 

「アモルさん先にアミちゃんを入れてあげてください…流石に辛いでしょうから」

 

「分かったわ…でも」

 

突然魔法の空間跳躍(ワープ)を使いアミの背後に回ったと思えば首元にペット用の首輪を巻いた。

 

「な、なんだよこれ!? おい!!」

 

「ペット用の首輪…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ふざけんなっ…よ…?」

 

歯に力を入れようとしたが逆に抜けていきその場で膝をおってしまった。

 

「住んでいる間は…それをつけてなさい…はいお手」

 

「わん。……って何させんだよ!」

 

変な力が働いてるとは分かり外そうとするがどう引っ掻いても取れない。 今よりも恥ずかしい思いをさせられまいと抵抗していると首輪ごと身体を引き寄せられアモルが耳元で囁く。

 

「ティアは…許したけど……私はお前を認めない…変な行動したらティアの記憶からお前を消す…いい?」

 

「あ、あ、あ…」

 

「仲良しですね二人とも」

 

「ティア…明日は目の状態を見てあげるわ…」

 

押し出されたアミは冷や汗を手の甲で拭い首輪に触れるのはやめようと決心した。

 

 

ーつづくー




主人公 ティアイメージ

【挿絵表示】


ヒロイン アモルイメージ

【挿絵表示】


ヒロイン-2 アミイメージ

【挿絵表示】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話(裏)

カーテンの隙間から差す日差しにアミは目が覚めもう一度寝ようと寝がりを打つが寝つけずベットから上体を起こしながら今日一日の予定に思いふけていた。

 

「今日はティアが別件でいないから自由行動言ってたな…ふわぁぁ…」

 

長く尖った爪で器用に顔をかきながらアモルから貰った、文字入り(読めないがいい言葉ではないのは分かる)Tシャツ一枚と普段から着用しているショートパンツの格好で部屋を出て、左手の爪をカチカチ鳴らしながら十三段ある木の階段を降りているとリビングから視線を感じ残り四段で足を止めた。

 

「アモルさん…お、おはよ────」

 

「……随分と遅い起床ね…さぞベッドは昼間まで眠れる位寝心地がいいのかしら?」

 

アミが少し笑みを浮かべたが返ってきた言葉は冷たく言い方までも冷めていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

部屋の時計を見ずに体感時間でまだ朝を迎えて三時間程度と気に止めていなかったがリビングの壁に貼られた丸い時計の針を見て昼を過ぎていた。

 

「あー…うん」

 

「………馬鹿と間抜けの違い分かる?」

 

結局その答えの返事はしないまま残りの段も降りアモルと同じ床に立つ。

 

ティアとアモルに出会ってから一週間経ったが相変わらずの苛立ちを見せるアモルに頭を抱えていた。

 

悪い印象は直ぐに解消されないのは当然なのだが露骨に嫌われている。

 

ティアは場をまとめる仲介人であり、その人物が不在となれば必然的に二人きりになる。 アミがまた上に行けば文句を言われるのは承知だがこの場にいる方がいこごちが、悪く胃が痛む。

 

腕を頭の後ろに当て「もう一眠り」と言いかけたがアモルが先に口を開いた。

 

「これから…資材の調達に行ってくるから……大人しく番犬してなさい…」

 

「外に行くのか?」

 

「家の裏にあるもう一つの小さい…家ね」

 

「随分と儲かる依頼を達成してるんだな、流石あく………なんでもないです」

 

ろくな事を言わない口と知られているせいで後に言う言葉は、アモルを不快にさせる引き金とバレてしまい鞘に納めた太刀の先を鼻の先に向けられ身を縮める。

 

「ドブネズミから番犬に昇格したんだから…ワンワン吠えてるだけでいいの……」

 

太刀を降ろし羽織っていたコートの下の服装がいつもと違く首元まで隠されたセーターに変わっていたが聞く前に目の前からアモルは消えた。

 

「また空間跳躍(ワープ)か…おっかないおっかない」

 

捨て台詞の様で情けなく思うが実際手も足も出ない相手でありこの家の主である以上反抗も出来ない。

 

そして…仲間でもあるから危害を加えるなんて…もってのほかだ。

 

洗面所で川を流れる冷たい水を洗浄したのが出る蛇口を捻り、顔を洗いティアが用意してくれたと思われるベーコンと青野菜のレタスがパン二枚に挟まれたのが二個皿に載せられているのを、食材保管庫から見つけ上機嫌に歌いながらリビングへ振り返る。

 

「きゃんきゃーんふーんふーんうおっ!?」

 

木材で出来たテーブルに赤い布と毛糸と他に金属部品を並べたまま腕を組み立つアモルの姿に驚いたが、その主はピクリともせず横顔のままであった。

 

「は、早かったな。 目当ての物は見つかったのか? もぐもぐ」

 

「……一つ足りなかったわ」

 

後ろを通りながら手に持ったパンを一個頬張っていると素早く太刀が目の前を塞ぐ。

 

「バカ犬の躾」

 

「腹が減って我慢できなくてさ…! ごっくん…わ、悪かったよ…だからこの太刀しまってくれると助かるなーなー」

 

「………後で掃除しなさい」

 

胸を撫で下ろしていると、また腕を組み設計図を頭で描いているのだろう苦悶の表情は見せないが何か複雑な物を作ろうとしてるのは分かる。 料理は下手で不味いんだから努力はそちらに振って欲しい。

 

「おっと今の口に出てないよな」

 

「は? ……五月蝿い上にジロジロ見られてると気が散るから武器でも手入れしてたらアナタの為になるんじゃない?」

 

「ごもっともー」

 

材料が並べられたテーブルの近くの椅子に座り背中を見せる状態になり、皿を持ったままパンを食べ終えた。

 

立ち上がり皿を洗い保管庫からボトルで保存していた珈琲に水を低温で冷やした丸い氷を手のひらから三個同時に入れ、食器棚から金属性の取手の付いたグラスを持ちまた同じ椅子に腰掛ける。

 

「アモルさんも飲むと思って持ってきたけどどう?」

 

「………自分で入れるわ」

 

「あいよ」

 

グラスに注ぎ終わるとボトルを渡されると思ったがテーブルに置いていた私のカップにまで注いでくれた。が。

 

「あのさなにもグラスの淵ギリギリまで注ぐことないだろう」

 

「表面張力が…見たくなったの。 零さず飲みなさい…」

 

「私の手の爪長くて取手掴まないで飲んでるの知ってるよな? 嫌がらせだよな? な?」

 

それ以降目も合わせず布を中に浮かせ弄り始めたのでこれは無視されたと分かった。

 

やっとのことで零れないラインまで珈琲を口に入れ一息つくとアモルの目が合う。

 

「番犬……文字読めるの?」

 

「いやさっぱりだ。 言ってるのは理解出来ても読み取りは出来ない」

 

「その今着てるTシャツの文字が分からないなら幸せ者よ。 ティアが用意した可愛い…ぷっ…服なのだから…」

 

「笑ってんじゃねえか! どうせろくなもんじゃねえのは知ってるさ!」

 

「ティアの服を着てる時点で……羨ましいのに文句を言う口…ふざいであげようかしら。 丁度ここに針に糸もある」

 

「……あぁそうか……アンタもしかして嫉妬してるのか。 アタシとティアは胸が同じくらいだから問題ないがアモルさんが着たらさぞ別な意味でお似合いだもんなーなー」

 

アミは自分では邪魔と思っていた胸を両手で掴み揺らす。 アモルはそれすらも出来ないほどの薄さ。

 

ブチッと何かキレる音がし、アミはバックステップを踏み距離を取り両腕を前に構え中腰になる。

 

「……二つチャンスをあげる。 這いつくばってあの時のように泣いて謝るか…反抗の発言をした直後首を捧げる」

 

「へっチャンスなら自分で見つけてアンタの首を掻っ切るさ!」と言い放ったが地面を蹴る前に動きが止まり顔を伏せる。

 

「………やっぱりやめた。言いすぎた…アタシも大人気なく苛立ってた」

 

ティアに会う前のアタシなら負けようが怒りに任せて特攻していたが脳裏にティアがチラつき腕を上げ降参する意志を示す。

 

「………」

 

「ちょっと部屋で頭冷やしてくる……別に後ろから刺してくれたって構わない…アタシは所詮仲間という肩書きで同伴してるクズだからさ…」

 

しかしアモルはその背中を黙って見つめるだけで終わり作業を再開した。

 

──────────

 

日も落ち夕方になり武器の手入れを借りてる部屋で済ませ身体を伸ばしながら階段を降りリビングを見るとあれだけ並べていた物がコンパクトに二個にまとまっていた。

 

声をかけるのも気まづかったが自然な流れで…自然な流れでと心の中で言い続け、

 

「お…おつかれまだ飲む?」

 

空になったボトルとカップを持ち台所に行こうとした。

 

「いらない。 これアナタが持ちなさい」

 

赤い布を顔に投げられ手の物を戻し手に取り表裏と眺めてみる。

 

「……これフードが付いたコートだけど胸辺りまでしか隠れないタイプだな。腕も通さないし」

 

「動きやすさを重視にした上に心臓を保護できれば十分でしょ。 小型の魔獣の(シャドウ)の牙や爪にも対策しておいたわ…」

 

「おお…色も赤でカッコイイな! すげえー!!」

 

「単細胞の喜びかたね」

 

「いや……本当に……嬉しくてさ。 あれ…なんか目から……ぐすん」

 

散々な目に合って嫌われていた人からの突然のプレゼントに涙腺が緩んで涙が出てきた。

 

「なにいきなり泣いてるのよ……や、やめなさいよ……ほら……」

 

ハンカチを差し出され受け取り、見えないように顔を覆い隠していると「そのままでいいから聞きなさい」と聞こえ頭を一回縦に振る。

 

「冷たい態度を取ってたけど…あ、あ、アミは一応仲間だから…死なれたら困るのよ………ティアから…作って欲しいってお願いされて…べ、別に私は仲間と思ってないから」

 

「アイツちゃっかりしてるな……でも作ってくれたのはアモルさんだ。 嬉しいよアモルさん」

 

ハンカチを避け顔を向けると耳まで赤くしたアモルが見え…。

 

「見るなっ」

 

「〜〜〜〜!」

 

鉛のような重量のあるデコピンをおデコされ悶絶した。

 

「その痛みは…さっきの暴言の分よ…後は気をつけなさい」

 

「わ、分かった…いてて…」

 

痛みがズキズキと残る箇所を手で抑えているとため息を吐き腕を組み熱が冷めたアモルがボヤく。

 

「全く……ティアが来てからずっとあの子の雰囲気に飲まれがちだわ…」

 

「………魔物の血が少なく人間の血が多く流れるアタシが言うのも変だけどさ…ティアは魔物のエリアに連れて行けないよな」

 

人間と魔物のハーフと言いながらもアミとは逆の者も存在しているのは当然だ。 そんな地にティアがいけば対話で解決しようとして隙をつくりやられるのが見えてしまう。

 

「あの子を……いいえ…皆を護るのが私とアナタとティアの使命よ。 後ろ向きな考えは捨てなさい」

 

「そうだな。 ははっアモルさんに好かれるようにアタシ頑張るよ」

 

アモルが目を大きく開きまた怒られそうになったが玄関の扉のドアノブが回る音が聞こえ入ってきたのは土だらけの服を着たティアだった。

 

「ただいま帰りました…あれアモルさんにアミちゃん……なんだか優しい顔して何か楽しい会話してたんですか?」

 

「うん」と答えたアミの横から割り込み「違うわよ」と耳まで赤くして大きめな声で返事するアモル。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やっぱり二人は仲良しですね〜」

 

「それよりティア肩に擦り傷あるけど痛くないの? あぁ…顔にも…」

 

さっきまでとは違う勢いでティアに迫るアモルの姿に根はいい人なんだと胸の中にしまいアミはコートを着てた。 そしてテーブルに置かれたもうひとつに目が止まる。

 

(これタンマツか? ティアと同じ形状だが…)

 

ティアの傷を癒して振り返ってきたアモルが答える。

 

「それもアナタにあげるわ…文字は浮かぶけどアナタの脳に直接語りかけてくる…タイプだから他の者に聞かれずに済むわ」

 

「………ありがたいけど探りを入れさせてもらう。 本当にただのベテラン冒険者か?」

 

高等技術の持ち主でもこのタンマツを制作するには半月はかかる。 しかし、それは魔女の話であってアモルはただの冒険者だ。

 

「聞いてどうするの? それにアナタは今…得をしているのに今から損したい?」

 

睨み合いが続き重い空気が流れる状況にティアは気にせず自分のタンマツから買い出しした沢山の食材をテーブルに出す。

 

「お腹すいたのでご飯作りますね。 今日はお魚でーす。 アミちゃんの骨まで好きなお魚だよ!」

 

「だ・か・ら…私は狼だよ!!」

 

一瞬で亀裂が入り和やかな空気になった事によりこの話題は一時中断となった。

 

(この犬に優しいすぎたかしら…考えなくてはね……)

 

アモルは胸元のペンデュラムを強く握り天井を見上げていた。

 

ーつづくー



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話(表)

街が活気で充ちる前の早朝に起きたティアは仲間の分と自分の朝食を調理していると後ろから誰かが身体を預けてもたれ掛かってきた。

 

顔を向けるとそこにはいつものコートを着たバイオレットカラーの瞳と部屋の明かりで白髪がいつもより煌めいてた。 見とれていたせいで時間差でビクッと肩を浮かせるとアモルは微笑み頭を撫でた。

 

「火を使って危ないんですからびっくりさせないでくださいよ〜」

 

「魔力を秘めた特殊な鉱石…『魔石』。 今では街の市場でも安値で入手できて便利よね……」

 

「朝から哲学ありがとうございます。 温かい珈琲用意しますね」

 

こくっと頷き「珈琲だけでいいと」答えたがすかさず首を横に振る。

 

「一緒に朝食も食べてください。 アモルさんの一日一食スタイル変えますので!」

 

念を押して言ったのだがアモルからすれば妹みたいな年頃の女の子の小言として受け取られ頭をまた撫で「はいはい」と流されリビングにある椅子に腰掛けた。

 

作り終え珈琲も用意しテーブルで向かい合って食事をしていると珈琲を注いで間もないカップを口に運ぶアモルが興味なさげに問いかける。

 

「今日は……友人と酒場で会う約束だったのよね…」

 

「突然でごめんなさい…明日からはしっかり依頼をやりますので」

 

「そんなに張り詰めなくていいわよ。 他にも冒険者は…数え切れないほどいるのだから…一人で背負い込む必要ないわ。 それより…どんな友人なの」

 

パンを口に運び噛みながら視線を上に向け顔、性格、と思い浮かべ飲み込む。

 

「名前は『モリス』で私より、えっと年齢は……失礼なので伏せておきますが年上のおっとりした人ですね。 魔物…猫と魔女のハーフで銃を得物として扱ってます」

 

「…故郷にいた頃からの友人かしら」

 

「はい」と返事をしながら過去の記憶を思い出す。

 

母は(シャドウ)によって傷つき瀕死の状態でまだ五歳だったティアを守りながら彷徨っていたらしく偶然辿り着いたのが故郷の小さな町。 店も人も今いる街よりも少ないが皆優しく出迎えてくれた。

 

母はその後すぐに亡くなり遺体は忽然と消えたらしい。 その現場に立ち会ってなかった為詳しくは無いが、形見と言って渡してくれたのが最初の友達『モリス』だった。 『短剣』は僅かに魔力を帯びていてまるでいつも母が私の中から見守っている気持ちになる。

 

そして顔を虚ろだが覚えていると言うよりも冒険者になる前はひとつきに一回夢で応援してくれている朧げな姿だったが、今は黒い靄が薄れハッキリと顔、姿、衣装まで理解出来る夢を三日に一度見るようになった。 何かを伝えたいのか心の奥での想いが強いのかは定かではない。

 

それもあり(シャドウ)を討伐する時はまず最初に形見の『短剣』を使い、なるべく似せて造った短剣を使うようにしている。

 

と、思い出に浸っていたが「どんな子?」と低い声で聞かれ彼女との触れ合いを思い返し口に出す。

 

「小顔でピンク色ほっぺをプニプニしたい時には不在でこちらが忙しい時に構ってアピールしてくる気まぐれな性格ですね」

 

「………四足歩行の猫が友達なのね」

 

珈琲を飲み終えたカップを置きすぐに新しいのを注ぐと手で感謝の意味を伝えた。

 

「アモルさん時々私の事変な子扱いしますよね」

 

「天然な妹として扱ってるつもりよ」

 

「むー! お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しいですけど私はしっかりしてます!」

 

「はいはいしっかりさんですね」

 

哀れみの目を向けられ頬膨らませる。 ふっといつもの無表情に戻り上に指を立て「あの子…」と言葉を発する。

 

「上でまだ寝てる犬…部屋を荒らしたりしてないわよね…私は一階に自室があるから…状況が……」

 

「アミちゃんですか? 特に変わった様子はないですよ。 あっ寝る時は一緒のベッドでよく眠るんですが、尻尾がふわふわできもち……きゃっ!」

 

テーブル越しに両頬を親指と人差し指で引っ張られ怪訝な表情に一変した。

 

「だだだ誰とななっっの!!?」

 

「あふぃちゃんとでふぅ」

 

「今日から枕を持って私の部屋に来なさい…あの犬…」

 

パッと離されたが痛みがジンジンと残り摩りなぜ熱が入ったのか考えてみる。

 

「アミちゃんの尻尾触りたいですか?」

 

「天と地がひっくり返っても有り得ない」

 

「え〜ふわふわもふもふで気持ちいいのに」

 

「ティア……あなたの胸も………ごほん。 失礼聞かなかったことにして」

 

口元をハンカチで拭いつつ口角の上がったのをティアには見えないように隠していた。

 

 

──────────

 

依頼所に入ると受付の人とカウンターを挟んで会話する毛艶が整った尻尾を左右に振る後ろ姿を見つけ背後から声をかける。

 

大きいスカートを靡かせ、胸元を出したドレスの様な衣装を着こなしカールのかかった金髪でおさげヘアーの少女。

 

「あ、ティアっち久しぶり〜。 一年ぶりかにゃ〜?」

 

両手を上げ緑色の瞳をキラキラさせ笑顔で抱きついてきた少女こそティアのタンマツに手紙を送って会う約束をした幼なじみ『モリス』だ。

 

両耳もピーンと張り尻尾が先程よりも動きが激しくなっていた。

 

やたらと頬ずりされティアは戸惑いながら尻尾を掴むと「んにゃ!」と声を上げた。

 

「ごめんごめん、暫く会ってなかったから興奮してたにゃ」

 

「ううん。 尻尾を触りたかったから気にしてない」

 

「んにゃーセクハラはダメだよ〜」

 

「モリスちゃんだから遠慮なくやったんだよ」

 

「にゃんだふる〜大胆な発言っ」

 

まだ離れない二人に周りの視線が集まり受付の女性が咳払いする。

 

「あのおふた方…もしそれ以上の行為を行うのでしたら近くの宿で……」

 

「あ…はい…騒がしくしてすみません…」

 

「にゃーん…」

 

ポリポリと右手で頬をかき頭を横に振り頭をリセットしティアから離れた。

 

「とりあえず積もる話も依頼を受けてからしようかにゃ」

 

「そうだね。 優先すべきは困ってる人を助ける事だから!」

 

森林から現われるクマの(シャドウ)の討伐依頼を受託し二人は街の外に出た。

 

モリスから少し離れた斜め後ろをついて行くティアの視線は、右太ももにベルトで固定していた革製のホルスターに装着した装弾数七発の、回転式小銃(リボルバー)の手入れの行き届いた輝きに、目を奪われ問いかける。

 

「銃の調子はどう?」

 

「最近はこっちでやってるにゃ」と親指と人差し指だけ立てた右手を見せてニヤリと笑みを浮かべた。

 

モリスは魔女の血を継いでいる為、人間にとって解読困難の魔法が書き示された魔導書を読み習得できる素質がある。

 

「あたちは純魔女じゃないからちょびっと悩んだけどやっと習得したにゃ。 でも周りからは実物でやった方が命中率飛距離精神面でも〜ってネチネチうるさいにゃ」

 

「弾数は精神力が切れるまで撃てて実弾と同じ威力の無属性、炎、氷…他にもある様々な属性混じりの弾を使えるなら私はいいと思うけど」

 

「うんうんそうだよね〜にゃっ!」

 

突然脚が止まり心臓の上の胸元に指を突きつけられ慌てると「じょーだんじょーだん」と、はにかんでいた。

 

「今使えるのは(シャドウ)の急所に素早く打ち込める魔力タップリの無属性弾だけだにゃ、貫通型であたちの愛用リボルバーより二倍の衝撃にゃ」

 

「解読出来ないから使える人は皆凄いって尊敬してたけど、話を聞いて奥が深いんだね魔法って…仲間の人も使ってるけど…気になってる点があってね」

 

「んにゃ?」

 

躊躇いはしたが今は冒険者同士の争いは無い、それなら打ち明けてもいいかとティアは手入れされていた雑草へと目を配り俯き顔を合わせる。

 

「あくまで冒険経験が五年って聞いただけなんだけどその年数でこの世界の全ての魔法を習得するのは可能…?」

 

冗談を言ってる顔じゃないとすぐ分かって貰えたのはやはり幼なじみこその取り柄でこめかみをトントンと指で叩き手を広げた。

 

「魔女でも全てを詰め込んだら処理できず脳みそぶちまけて死んでしまうにゃ。 その人は…というか人なにゃの?」

 

「うん…証明できるかって言われたら私の目と耳で体験した内容だけしか伝えられないけどアモルさんは人だよ。 とってもいい人」

 

「ティアっちはやっぱり人を引きつける魅力があるにゃ〜あたちなんて思ったら口から吐き出すから困ってるにゃ〜」

 

「吐き出すって…それもモリスちゃんの個性であり特徴だと受け止めて私は接するけどなぁ…」

 

「じゃあ今夜ベッドで抱いてくれる?」

 

「うーん…優しく(尻尾を抱くの)は出来ないよ」

 

「にゃあうん」と甘い声を出しモリスは自然な流れで場の空気を変えてくれた。 それから他愛もない話をしながら歩いていると森林に到着し中部まで歩を進める。

 

森林内部は木々の隙間からの日差しが無かったら灯りが無ければ洞窟や洞穴と同じ暗闇だ。 足元に目をやれば雑草が伸びこの場所だけ雨が降った痕跡として地面の土がブーツをつける度ぐちゃと音を立てる。

 

原因は不明であるが月に二度森林のに雨が降る。 それは(シャドウ)を活性化させる不純物を含んでいると魔女の研究で明らかになったそうだ。

 

形見の『短剣』を両手に握りなるべく気配を察知し消しを意識しながらゆっくりと進むとぐちゃ、ぐちゃと二メートル程後ろを歩くモリスが眉を落とし落胆する。

 

「雨で濡れて足元悪いにゃ、この音でシャドウクマが気づいていきなり出くわすかもしれないから要注意にゃ」

 

「いつ他の(シャドウ)が出てもおかしくない所まで踏み入れたからね……そうだ、ちょっと試したい技能(スキル)があるんだけどいいかなモリスちゃん。 手を借りないと出来ない攻撃で後方支援頼めるかな」

 

「んにゃ、クマシャドウ相手にかにゃ?」

 

「モリスちゃんにしかお願いできない連携攻撃をおみまいしてみようって作戦」

 

「あたちはまず、膝を崩して歩く自由を奪う、そこからティアっちは──」

 

「いつものパターンAか、新たなパターンで、ダウンしてる隙にこの短剣を腹、食道辺りを突き刺しそれを足場に登り……ん!」

 

素早く姿勢を低くし物陰から前方へ続く足跡を見つけタンマツをかざすと依頼対象の(シャドウ)であると判明し周囲の警戒を強めながら進む。

 

(昔はあたちの後ろに隠れていたのに随分成長したんだねティアっち…元々強い心を持っている親の血を引いてるから似たのかにゃ)

 

先頭を歩くティアに過去の面影を重ねてしまいつい気が散漫していると正面に腕が伸びたのにも気づかず胸がぶつかり停止する。

 

「発見したよ」

 

同じ姿勢で技能(スキル)捕捉(ロックオン)』を目で対象を捉え背中を見せ木々を二メートルある巨体で木々を揺らし生きているリスや果実を餌にして油断している。『神速(トップギア)』を右手に込める。

 

ティアも両足に技能(スキル)鋼鉄炎(スティールフレイム)』を発動すると見た目では分からないが踏み出す一歩の速度が低下している。

 

「お互いの実力を見せるまたとない機会にゃ! それじゃーレッチュゴーにゃ!」

 

「いくよッ! 」

 

左へ回るべく地面を蹴り出した音に気づいたのかクマシャドウは食事中にも関わらずビリビリと身体の頭からつま先まで痺れる咆哮を放ちティアへ四足歩行で向かう。

 

「我ニ従イシ古ノ隠サレシ銃ヨ……今こそ現れよ! 『インビジブル・エターナル』ッ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

足元に魔法陣が描かれ身に纏った白き輝きは伸ばした右腕の先にある右手へ流れ幻術の様に指と銃の形が重なり合い対象へと二発発砲する。

 

膝を音もなく撃ち抜かれたクマのシャドウはティアと中距離の所で膝をつき事態の混乱し思考が乱れた。

 

(喉よりも視界を潰して更に……)

 

「まずはこの短剣で左目をっ!」

 

左手から直進で放たれた『短剣』は発言通り刃が隠れるほどまでめり込み続けて片手からも放つ。

 

「ここからが全力!!」

 

ティアの瞳から光は消え深紅で染まった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

手から放った短剣は二秒後喉に刺さると想定し横へ回り込み死角から飛び、身体を三百六十度回転させながら、魔獣と同じ感触のする眼球から短剣を取り、鋼鉄をイメージした脚と炎を纏った横蹴りで、頭を吹き飛ばし大樹に叩きつけ頭は黒い砂を散らし消滅した。

 

突き刺した短剣を引き抜き地に力強く着地し後退し距離を置きながら状況を見る。

 

「再生までの時間はおおよそ一分その前に核の心臓を………」

 

『グアアッ!!!』

 

「まさ……!?」

 

脳が無くてはパニックになり動きが止まる。 そう誤認していたせいで防御に遅れ巨体で突進され、今まさに自分が行った行為と同じ状況に陥った。

 

(ま、まさかいや私の判断ミス……あくまでシャドウは影で戦闘本能が強く視覚や聴覚が無くても攻撃者へ考え無しに攻撃をする…!)

 

大型は初めてだからという言い訳はこの戦場では無意味に等しい。 己の無能さに浸る暇もなく大樹に叩きつけられた身体は地にうつ伏せで倒れる前に膝をつき酸素を入れようと活発になる。

 

肋骨、肺が破れたのか血を吐き呼吸がままならない。 地面の血溜まりが出来ていると絶望した直後、また迫ってきたシャドウを横へ寸での所で回避する。

 

立ち上がれず横に転がる形で回避出来たものの爪が振り下ろされたらどうなるだろうか。

 

(右…左…あるいは両腕振り下ろし逃げ場を作らせないつもりなのか…さっきみたいに短剣を投げて心臓へ……いや狙いが定まらず無駄になりそう)

 

視線を後ろへ配ったが回避出来ても衝撃で身体が飛ばされ二の舞の恐れがある。

 

「はっ! それ…よりもモリス…ちゃんが!」

 

先程蹴りをする直前視界に入った姿を見た時オオカミの(シャドウ)二匹に襲われているのを思い出した。

 

「うにゃあああ!! 当たれ当たれー!!!」

 

「っ! モリスぢゃ…その傷ぐっ」

 

身を乗り出したモリスの頬には他の(シャドウ)の爪でやられた傷から血が流れていたが無我夢中で銃を乱発するモリスへ対象を変え、また突進したが身軽に回避し駆け足でティアの前へ立つ。

 

額には汗が零れて作り笑顔を見せる。

 

「先輩のあたちの心配よりまず自分! まだまだ甘ちゃんに言っておくにゃ! 戦場で敵のお勉強なんて命が何千個あっても足りないにゃー!! 次からはしっかり予習しておくにゃ」

 

己の未熟さに唇を噛み締め血で濡れた指でタンマツを操作し短剣を握りしめ今にも倒れてしまいそうな膝へ全神経を込める。

 

「ごふっ! そうだねモリスちゃん……すっごく正しい。 冒険者の記録を熟知したって相手も知能を持ち未発見だらけで……この痛みと危機感は戦場じゃなきゃ分からないよ!!」

 

「そして困ってる人を助けるのに無傷で熟練者になろうなんてこれぽっちもない!! 私は皆を護る冒険者になる!!」

 

《よく言ったわ我が愛しの娘…ティア》

 

「えっ声が…うっ」

 

口から零れる血を拭い突如聞こえた大人びた声で魂が抜けた感覚に襲われ眩暈で視界がぐるりと一転したが持ちこたえ頭を押さえる。

 

《ここからは私の出番よ》

 

「この温もりを感じる声………夢で何度も聞いた…………母さんと同じ……」

 

「ティアっち頭が復活して向かってくるにゃ! 早く短剣を構えるにゃー!!」

 

《今こそ深淵を照らす光とならん》

 

「母さん……ずっと…ずっと…(ここ)にいたんだね」

 

「はにゃ? うわあああああ!!!!」

 

ティアを中心に閃光が辺り一面を照らし(シャドウ)は跡形もなく消滅したがまだ途絶える事は無くモリスは耐えられず瞼を閉じ、叫びながら名前を呼ぶが返ってこない。

 

「一体なんなのにゃ!!」

 

風を巻き起こしこの森林全体がざわめき魔獣も異変に気づき鳥は枝から大群で空へ飛びといっぺんに嵐が迫ってきた状況を飲み込めない。

 

五分経過し静けさと枝から落ちた葉が地についた所にモリスは膝を折り大きくため息を吐きティアへ顔を向ける。

 

「ティアっちー…生きてるかにゃー? こっちはクタクタにゃーこのまま横になりたいにゃ〜」

 

傍に駆け寄ってきたティアはまず包帯を取り出し左腕の負傷箇所へ薬草を擦り絞り出した液を瓶詰めしていたのをかけ巻きながら笑みを浮かべる。

 

「かすり傷は残ってるけど治癒してもらったから平気、染みるけど手当てだから我慢してね」

 

「んー!? しみるにゃにゃにゃ! あの光はなんだったのにゃ? それに深い傷どころか血痕まで消えて誰に手当てしてもらったにゃ…」

 

「───私から説明するわぁ可愛い子猫ちゃん」

 

「誰にゃ! っ……(魔力がそこを尽きてる…けどフェイク戦術にゃ)」

 

巻かれている途中で右手で形を造り声の方向へ構えた途端異変に気づき唖然とする。

 

「そ、空に浮いてるにゃ……あれは古代の魔法の一つの…」

 

「解読どころか書物の居場所すら解き明かせない砂糖菓子の様に刺激が無ければ甘い人生を歩いてる者には何万光年かかっても見つかりはしないわ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

真っ黒いローブで身体を隠し地に脚をつけローブを肩から外し埃を払う仕草をする。

 

「そのままとどまるにゃ!」

 

隙をみてホルスターから慣れた手つきで得物を構え照準を前髪の中心をまとめ口元まで伸びる女性の眉間に狙いを定めた。

 

それに対し気にも止めず首にかけていた漆黒のペンデュラムを触り、空中にいた時に身にまとっていたタロットカードの様な物を数十枚まとめて取り出した。

 

「さっきの回答をしてあげるわ、あの光は魂の共鳴でティアと私が生んだ閃光。 傷は私が不完全だけど治してあげた。 ……それにしても相変わらずこの世界の空気は不味いわねぇ」

 

「…………」

 

怪訝な表情でピクリとも動かない姿を見かねティアが銃を下ろすよう腕に触れる。

 

「あの人は………私のお母さんだよ…昔と面影が違うけど紛れもなく」

 

「どうしてそう言いきれるにゃ! あたちはティアよりも長く生きていてティアのお母さんが故郷に来た時の顔をハッキリと覚えているにゃ!! こんな人相悪くて薄気味悪い笑いなんて………」

 

「質問ばかり五月蝿い子猫ちゃんねぇ。 いっそここでしていた事を無にしてあげてもいいのよ?」

 

「やめてください! 二人が喧嘩する理由なんてないですから!!」

 

険悪な状況に堪らず抑えようとするティアに二人は顔を合わせもせず下がる。

 

「子猫ちゃんが否定してるのは構わないけどあのままティアが私を感じなかったらこんな風に逝ってたのよぉ」

 

薄い紙のタロットを無造作に選び二人の胸に投げ捨てるとティアの喉にシャドウの爪が深く刺さり血と涙を流している光景がセピア色で数秒目に焼き付いた。

 

「最悪の道から最善の道へ歩ませたんだから感謝しなさい」

 

 

【挿絵表示】

 

 

タロットは真っ黒に焦げ消滅しモリスは眼光を向ける。

 

「……今の光景があんたの作った幻影だとしたら?」

 

「好きに受け取るといいわ…今はこうして話してるから教えられた。 もし最悪の道を辿っていたなら愉しくお話なんて出来ないんだから」

 

「いちいち腹立つにゃ……兎に角あたちはティアのお母さんなんて認めない」

 

「勝手になさい。 それじゃあ私は愛しの娘の胸の中にいるから」

 

ローブを再度纏いティアに近づき肩に触れ目の前から消えた。

 

「謎が多いにゃ…ティアっちは、アイツの存在に気づいてたにゃ?」

 

「微かに温もりというよりかは、傍で見守ってる存在はあったけど…まさか実体化するとは思ってもなかったね」

 

「……あたちはティアっちが好きだし嘘を言うとは絶対に思ってない……けどアイツには油断しちゃ駄目だにゃ…約束にゃ」

 

小指を立て昔からお互いに約束事をする時の決まりで指切りを済ませ森の出口へ向かった。

 

その間日に日に、(シャドウ)の戦闘能力が本物の生物よりも力を増していると実感させられ戦闘パターンを改善しなくてはと、二人は思い伏せた。

 

結局、町に戻るまでピリピリした空気が続き折角の再会がよくない終わりになったがモリスは別れ際に気にしてない振りを最後に見せ街の宿へ向かい、ティアは買い出しを済ませアモルとアミが待つ家へ帰ることにした…。

 

 

―つづく―




ヒロイン-3 モリスイメージ

【挿絵表示】

ヒロイン-4 ティアの母イメージ


【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話(前編)

アモルの自宅にて四角いテーブルを囲み一人は脚と腕を組み一人の様子を眺め、一人は胸にかけていたペンデュラムを外し置く。

 

視線が集まっていたのはティアの横でタロットカードを裏面に並べ決して心の底からの笑顔ではない表情を浮かべた髪色瞳の色だけが全く一緒で腰まで伸びる真っ直ぐなヘアーの人こそ、ティアの母『リエル』。

 

アミへ捲るように指でテーブルを叩き促す。

 

「やだよ。 捲ったらいきなり炎吹いたら自慢の耳が焦げちまいそうだし」

 

「察しがいいのねアメちゃん」

 

「アミだ間違えるな。 というか……本当にティアの母親なのか? 似てないが」

 

「そうやってすぐに外観で判断する人間の癖は刻が進んでも変わらないのねぇ。 中身を透かして観察する力を身につけなさい」

 

「中身の前に下着が見えちまうだろ」

 

「あら〜小さい脳みそなのね〜」

 

「アモルッ! ………さんこいつどう思う」

 

「正論。 ド正論としか言えなくて笑いが込み上げてきた。 母だけにハハ」

 

興味が無いから話を振るなと言う投げやりな口調で眼を閉じた。

 

それに対して、多くの疑問を抱くティアは心が落ち着かず緊張の面持ちを隠しきれず顔に出ているのが周りにもハッキリと気づかれており、アミとアモルは暫く口を閉ざした。

 

酒杯に注がれた赤紫で葡萄から発酵し熟成期間が長い上等品のワインを口にしたリエルは満足気な表情で酔いしれていた。

 

「アモル、この自家製ワインの熟成期間は?」

 

「…………答える意味があるかしら」

 

「アモルの年齢が大体二千百歳だとして…まぁ二百年物かしらねぇきっと」

 

「アモルさんの年齢が…? リエルさん何言ってるんですか」

 

「人の子じゃないって聞いてるでしょ? この子は」

 

テーブルの下から足で蹴飛ばす騒音にティアとアモルは驚きその主へ恐る恐る向ける。

 

興味が無いのでは無くフリをしていたアモルの目はこの場にいる一人を除いて見た事がない怒りで今にもいつも肩身離さず握っている太刀を振りかざしそうだ。

 

「他人のフリをしていれば…人の情報をベラベラと。 昔から気に入らないのよリエル」

 

「別に年齢位いいじゃない。 それともサバ読みしていたの?」

 

「これ以上余計な話をするのだったら首を撥ねるわよ」

 

「おいおい物騒な発言するなよ…別にアモルさんが人間だなんて一度も思ってなかったぜむしろ悪魔以上の化け物じゃないかぁ? あははは………にゃっ!!?」

 

壁際まで椅子ごと蹴飛ばされたアミは背中を打ちつけ「くぅ〜ん」と言いながら目を回しガクッと気を失った。

 

「アナちゃんって天然で怖いもの知らずなのね〜可愛いじゃない。 でも事実なのに攻撃するなんて素直じゃないのね〜」

 

「調教してやらないと治らない頭だから衝撃を与えたまでよ」

 

(魔女や魔物の血を引く人でも長齢の記録が千歳までしか残っていないって聴いたけど…さらに上回ってる……アミちゃんが今言った悪魔の類いの可能性も……ううんそれは失礼だ)

 

いつもなら真っ先に心配や気を配るティアも尊敬していた人が自分の知識よりも遥か上を往く人だとは思ってもおらず唖然と口元に指を当てた。

 

「人間でも魔女でも魔物でもないわよ。 アモルもティアも私も」

 

「どういうことですか」

 

「簡潔に答えを言うとティアは天使の魂が入った私の子供なのよ。 アモルと私は天使悪魔の間に立つ中立者として選ばれたの。 運命のイタズラでね」

 

馬鹿げてると口を尖らせて言いかけたが二人の顔とこれまでの実力をまじかに見てきたのを思い出し並の人生では不可能だと頷ける。

 

「でも私はリエルさん…お母さんの娘ですよね。 魂はお母さんのお腹で生まれたなら同じ中立者では」

 

「本当の娘わね…七歳の時に(シャドウ)に殺されたのよ。 一緒に旅をさせていた自己責任なのだけど…後悔と護れなかった情けなさが残って魔女のエリアに存在する(シャドウ)が最も蔓延る『過去の産物』で私も死のうと思ってたのよ」

 

「何年前……いえすみません私の年齢が今二十歳なので十三年前ですね。 でも今はリエルさん存在してますが魔法で……」

 

「落ち着きなさぁい。 ほら」

 

ワインが少し残った酒杯を勧められたが断り自分で注いだ温くなった水を喉に通し「続けてください」と告げる。

 

「察しの通り肉体が滅びても魂をアナタの中に残す古代の禁じられた魔法の一つ『残留思念』。 あと影を倒す度、お気に入りの『短剣』に魔力が蓄積されていく魔法で肉体を再構成し現れた」

 

「見た目が違うってモリスちゃんが言ってたのは?」

 

「イメージチェンジよぉ。 どうせ創れるなら理想の肉体がいいじゃない?」

 

「は、はぁ……」

 

母の死に立ち会った町の人達は肉体が光の粒となって消えたと言っていたのは、魂がティアに宿りという訳だった。

 

一つ納得出来る答えを得られまた水を飲んでいるといきなり脇腹を指でこそばゆい触り方をされ吹き出しアモルにかかる。

 

「ご、ごめんなさい! すぐに拭きますので……」

 

「気にしないでいいわ。 話を続けなさいリエル」

 

舌打ちをしながら顔を拭いているがその目はリエルから離さない。

 

「娘の身体は空っぽですごく軽かったわ。 血が通ってない人間を抱えながら……終わりのない(シャドウ)の群れを三日三晩倒し続けて瀕死になりかけた時魔法で場所も指定しないで逃げた」

 

リエルの瀕死という言葉にティアは今となっては育った故郷となっている小さな町を思い出し顔を上げ喉を鳴らす。

 

「…………まさか私が育った町の近くに」

 

「ご名答、ティアを育ててくれたあの町よ。 死ぬなら誰かに娘の身体を埋めてもらいたくてね……心が澱んでない綺麗な人に」

 

「でも今はこうして生きてますが、息を吹き返したんですか?」

 

「ふふっ、『過去の産物』って場所はねぇ天使と悪魔と中立者が争った場所なの。 そして天使の悪魔の魂が放浪している場所でもあるの」

 

この世界で古くから伝えられているこの世界を形成した神、悪魔「ルシファー」と天使「ルシフェル」はティアも知っていたが実在しない架空の神として聞かされていた。

 

神に祈る人は教会にいるがどちらの神へ願いをこうのかは人それぞれで揉め事はあまりない。

 

「神様は元々同一人物。 ある時分裂し二人になったのよぉ。 天使だったルシフェルが影に飲まれ、虐殺非道如く人類を滅している姿から悪魔と呼びルシファーと呼ばれたの」

 

「本にも書かれてない中立神は……何と呼ばれているんですか。 二千年前の戦争ではお二人が勝利し今のこの世界が成り立っている救世主(メシア)なのに神の名前も記録も知りませんが…」

 

「口に出してはいけないし記載しては駄目なのよ中立神は」

 

「えっ?」

 

アモルとリエルが中立者なのだから名乗ってもいいのではと首を傾げたが深く追求しなかった。

 

「話を戻すと、過去の産物で死んでいた娘は突然息を吹き返して体にも血が流れ喋るくらいまでになったわ僅か五分でね」

指を五本立て親指からゆっくり一本一本折り最後の小指で止まりそのまま指を向けた。

 

「どうしてか、天使が入り込む前に自分で名乗ったのよ『依代』 があり器としても十分だからってアナタがね。 有無を言わさず勝手な "ティア"が」

 

死を迎えた人間に自分勝手な意思で入り込む者を天使と呼ぶべきなのか。 またこの星で争いを起こしたいのか、それともただの人間として生きたいのか今のティアにその答えを聞いたところで無意味と分かってか

、両口角を不敵に上げた笑みを見せているが背筋が凍る程の殺意が込められた言葉に死を悟り目を閉じた。

 

「ごめんなさい。 記憶が無いから知りませんでは済まない話ですよね」

 

「あら〜その通りよ〜」

 

「どのような結果であれ…死を迎えた体に何を考えてるか分からない魂が……血が繋がってる体が使われるなんて」

 

「始末するなら遠の昔にやってるわよ。 でもアナタは今を生きている。 この意味……理解出来なきゃダメよ」

 

胸に指を押し当て殺意が消えた言葉と笑みを見せ空になった酒杯をアモルの方へ押し付けた。

 

「…………いつまでも過去の呪縛から逃れない愚か者の甘さを忘れず生きていればきっと幸せな死を迎えられるわぁ。 それじゃ床に就くわ」

 

二階への階段へ向かった所でティアは慌てて立ち上がり声を上げ止める。

 

「自己中心的で偽りの…私を娘として……愛を持ってずっと傍にいてくれてありがとうございます」

 

母が居ないと認識し始めた年頃、表向きでは強気な面を周りに見せていたが、心の内では寂しい気持ちがあったが夢の中で抱きしめてくれた温もりを思い出し、下唇を噛み堪えた。

 

「冷酷な人間にお礼だなんて天使様も随分と丸くなりましたねぇ…それとも…本当に血を引く魂に染まったのか。 どっちにせよ愛してるわよティア」

 

感情が籠った最後の言葉に微笑んだが振り返ること無く階段を上がり見えなくなっても一点を見つめ続けていると気を失っていたアミが目覚め後頭部をさすっていた。

 

「んー…水飲むかぁ……」

 

台所へ向かう姿を横目で見つめアモルと目が合う。

 

「もう知られたから補足しておくけど、リエルは悪魔の欲に負け偽りの救世主(メシア)になったのよ」

 

天使と悪魔の羽を広げた悪魔は人類を選び殺した。 対象は悪魔を信仰する者を生かし闘いの駒に利用者反逆者には死。 そうして悪魔が選んだ駒で生存した者は殺さずこの世界で生かす。

 

 

【挿絵表示】

 

 

天使は人類の傲慢な生き方に冷酷な処罰を下すと宣言し言葉通り全生物を、自らが従える七大天使を行使し葬り新たな世界を創ろうと目論んだ。

 

「真の救世主(メシア)はアモルさん一人だけって事ですか…」

 

「中立神の魂を持つ私を散々罵ったと思えば戦争になり、無理矢理舞台へ立たせ闘え、殺せ、世界を護れって欲にまみれた薄汚い人間を見て天使の新たな世界を望みかけたわ。 …でも人間はどう足掻いても心が汚い生き物って自分が一番わかってるのよ」

 

「目論みのある誘いと分かっていても自分が弱っている時に手を差し伸べられたら甘えたくなると思います…私が初めてアモルさんと出会った時の様に」

 

胸に手を当て瞼の裏に焼き付く酒場での出会いがなければきっとこの会話は無く別な道を辿っていたはず。

 

「偶然で巡り会えた事が素敵ですよね」

 

「…………そう、ね」

 

歯切れ悪そうに返事する姿を他所に酒杯を持ち先程までリエルが座っていた席にドンと座り足を組みアミは頬を膨らませた。

 

「羨ましいなー二人だけの世界を作ってさぁー」

 

「もちろんアミちゃんとの出会いがなかったらこうして楽しく話せなかったよ」

 

「そ、そうか? いざ面と向かって言われると恥ずかしいな冗談だったのに」

 

「ってそれよりもアタシが気を失ってた時の話聞かせてくれよ。 三人の事気になるし」

 

「知るのは構わない。 でも口外したら……」

 

「わ、わかってるよ! 黙っておけばいいんだろ…一々太刀向けるなよ! いつか手違いでぶった斬られそうで怖いから…」

 

鞘に納めた太刀はテーブルの下に隠れたのを眺めアミへ一通りハッキリとした部分だけを説明した。

 

「────ようするにティアが『天使』の魂と死んだ『人間』の魂が融合して存在してる」

 

「アモルさんとリエルさんは『中立』の魂そのものと……だから底知れない強さを持ってるのか」

 

眉の間に皺を寄せながら理解したのか無くなったが組んでいた腕はまだ解けない。

 

「ティア自身はどう思ってんだ? 天使といえば悪行を働く言わば悪魔みたいな存在だが嫌じゃないのか?」

 

「いつも守らなくちゃいけない人達を滅ぼそうとしていたから嫌いだけど………まず自分が誰なのか分からない」

 

「迷走だってするよな…いままで生まれた魂で生活してきたと思えば、急に天使だの死んだ人間だの言われたら」

 

真っ黒でグチャグチャになる頭を抑えようとしたがアミの手で遮られ顔を上げる。

 

「あまり思い詰めるなよ、自分を見失って暴走されても困るからな。 とち狂ってる仲間を傷つける行為だけはしたくないんだ」

 

「アミちゃん…」

 

「ま、ティアは根は強いから大丈夫だろ! 戦闘は怪しいがっ」

 

場を和ませてくれたアミの腰から生える尻尾は左右に揺れていた。

 

「強くなればきっと……この世界で困ってる人達を多く救える……!」

 

「じゃその為にも明日からまた依頼をドンドンやっていかないとな。 アタシも手伝ってやるよ」

 

「ありがとうアミちゃん!」

 

「ティ………っ」

 

「?」

 

思い詰めたアモルは一瞬口を開いたが強く閉じ言い留まる。 その様子を見逃さなかったアミは不審に感じたはしたがその場で口には出さずティアへ視線を戻した。

「もう今日は休みましょう。 ティアもこの番犬の言う通り一人で悩まずすぐに教えなさい。 力になるわ」

 

そう言うとティアは頭を深く下げ二階への階段を登っていった。

 

「………さてティアがいなくなったからさっき言いかけた内容教えてくれよアモルさん」

 

二人きりになりすぐにアミが先程の件に口を出した……………。

 

 

 

-つづく―

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話(中編)

街が混雑する日中にティアとアミは肩を並べいつも依頼を受託する酒場へと向かう途中ティアが大きな声を上げあたふたする。

 

「どうしたよ。 トイレか? そういや珈琲よく飲んでたもんな」

 

「ち、違うよ! タンマツを忘れてきたみたいで…すぐ戻ってくるから先に酒場で待ってて!」

 

「おー前見て走れよー………ふぅ」

 

目と鼻の先に酒場に入ろうとしたが中に入れば料理と酒の香り漂う誘惑に負けるに違いないと判断し外で待っておこうと決め柱に持たれ歩く人の波を数秒眺めた後空を見上げる。

 

春と呼ばれる季節の空は雲が漂うが風が程よく日差しが体を温め脳の信号を緩める。

 

足元に何か当たっている感触に視線を送れば魔獣の中で一番危害を加えず人に飼われる事もあるネコが全身黒い毛並みでアミのブーツに身体を擦り付けていた。

 

動きやすさを重視した革製のショートパンツに入れていた手を出ししゃがみ頭を撫でそのまま流れるようにぽっちゃりとした腹もめちゃくちゃにし笑っていた。

 

「いいよな人間に愛される魔獣は。 さぞかし美味い物毎日食ってんだろこのこのっ」

 

「ンニャ~」

 

長らく足を止めてネコに触れる行為をしていなかった為触れていると物心ついた時からずっと旅をしていた小柄な青髪の魔女少女をぼんやりと思い出す。

 

「そういえば『ファンス』のやつネコが大好きで三角帽子にネコの魂を宿してたな…魔法使えるやつは変な所に知識を使うって言うが…」

 

いつも影の討伐、飯を調達する時は後ろに隠れ、得意の魔法を発揮するタイミングはいつも家事の時ばかりで戦闘不向きだったが、憎めず今となっては可愛い妹的存在だ。 無愛想で口数が少ない。 目を離しちゃいけない雰囲気があった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

冒険者の資格を得られる、二百歳(人間年齢で二十歳。 魔物魔女は一年間で十歳分の年を重ねる)になりお互い偶然出会うまで、違う道を歩もうと希望したが、 ファンスは一週間駄々こねた…。

 

「ん? このネコそういえば首輪着けてるな」

 

思い出に浸り手が止まりネコは自分の首に巻かれた首輪をよく思ってないのか爪でガリガリ引っ掻く。

 

「アタシも最近までつけられてたから分かるがいい気分はしないよな」

 

「ニャ?」

 

「アイツも…アモルさんもこの位柔らかければ絡みやすいんだがな…」

 

ふとっ昨日ティアが就寝した後アモルと約束した会話が脳裏に思い浮かぶ。

 

──────

 

家から外へ出て裏にある外観に破損が一切見られない木材の小屋の前に立たされアモルだけが壁へ持たれかかりながらアミは大きな声を出し目を丸くしていた。

 

「悪魔も蘇ってるだって!? ティアの魂は亡くなった人の身体で生きている。 悪魔も同様な方法で同じ時間を過ごしてるのかよ」

 

「一部が正解で不正解。 ……必然的に生まれるのよ。 悪魔ルシフェルは天使の負の感情が増大し分裂し実態化した存在。 優しいあの子が幾ら怒ったり憎んだりせずとも魂が彷徨うあの場所できっと肉体を生成しているでしょうね」

 

「生まれる運命は繰り返されるって訳かよ。 しかしそいつもティアみたいに善人に変わっていたら無害じゃないか?」

 

「馬鹿ね。 ティアは人間の魂と融合したから今の状態であって悪魔は一つの魂……つまりは」

 

「皆まで言うなよ、要はそいつに警戒しなきゃならないんだな」

 

「殺しなさい………と言ってやりたいけどアナタの未熟な力じゃ足止めも不可能ね。 せいぜい囮で十秒持つか持たないか程度ね」

 

「んだと…!」

 

服の上から胸ぐらを掴みにじみ寄る。

 

「煽られてこの状態になったら真っ先に死ぬわよアナタ。 この手退けなさい」

 

「アタシだってプライドがあるさ! 馬鹿にされて黙って頷く訳じゃないんだよ」

 

握りしめていた太刀を右指で器用にも回転させ腹を鳩尾(みぞおち)へ押し当てられ身動きが取れなくなる。

 

「…いい加減アタシの実力を見せてやる。 奥の手ってヤツを」

 

「へぇ…さぞかしあっと驚く特技なのね」

 

「見た後すぐに目ん玉がくり抜かれてるかもしれないが問題はないよなぁ!」

 

「いいわ。 泣きべそかいて後悔した時既に終わってるわよ? いいのかしら」

 

声、風の音全てを聞き流し集中力を高め、頭に浮かべるのは怒りの記憶だけ。 するとアミは雄叫びを上げ、アモルの前髪が靡く。

 

「……ウルフは威嚇で雄叫びを上げ敵を翻弄し襲いかかるけど……まさか自分を鼓舞し士気を上げている?」

 

太い尻尾の毛が逆立ち頭から見える耳までも尖らせ目が鋭くなる。 張り付けた緊迫感に答えるべく三歩下がり、鞘を抑えていた人差し指が浮く。

 

「待ってられないわ喰らいなさい」

 

右肩目掛け太刀が手から離れ、ブーメランの様に回転し手元に戻った得物に付着した赤黒い血を拭おうとした所で、身体を突き抜けるドス黒い風を感じ取り後ろへ後転する。

 

「グア………肉……を喰らい……アタシは勝つ。 勝ってやル」

 

「何千年ぶりに回避する程の相手に出会ったかしら……半分自我を失ってまで憎まれているのね……」

 

「シャッ!!」

 

上から振り下ろされた爪の鋭さは変わらずとも速度が付けば殺傷能力は格段に上がり太刀を軽く握る右手の甲の皮より深く白い骨が微かに見える切れ味までなっていた。

 

(わざと傷を作ろうと思って手を出したけどまさか肉まで持っていかれるとはね……人間とウルフのハーフと言えど所詮は魔物に変わりない…けど狂犬混じりのこの力を持つ存在はこの世界にいないはず………)

 

三秒で五メートル距離を取り血が滴る地面を見つめたと思えば口角を上げ、屈みながら風を切り突進仕掛けてきたが接触する数ミリ前で左右に身体を動かし爪撃(そうげき)を躱し、六撃目で右足だけを地に着けたまま転ばせる。

 

「無鉄砲な行動は馬鹿丸出しの無意味だと知りなさい」

 

「ウ……る……ころす!」

 

「ほら私の血よ」

 

「!? メが…ジャマくせぇ…!」

 

「中々取れないわよそれ。 皮膚から離れた時、ペンデュラムから蜘蛛の糸を呼び出して目の前で調合したのだから」

 

顔がこちらへ向いたと同時に溜まりが出来るほどまで出血した方の腕を横へ振り顔へ付着させたのが、効いたのか、目潰しを受け裾で血を拭っている隙だらけのアミの顔を踵で真っ直ぐに蹴り飛ばす。

 

小屋を背中にしていたが突き破る威力に今度は仰向けになった身体を、砂埃まう中状態だけ起こした表情は怒りと痛みが混じり歯を食いしばりながらアモルを睨みつけていた。

 

「獲物を前に視界を自ら塞ぐなんて逃げて下さいって言ってるのよ?」

 

「まダ……まだ……っ!!」

 

「敗者という立場が確定していても立ち向かえる勇気……どこから湧いてくるの(自我が戻りかけてる。 ある程度制限されてる力のようね)」

 

「喰らい尽くしアタシは…つよく……ナッテ」

 

アモルは憐れみを向けながらもティアとアミの関係性が産んだ目には見えないある物の存在をよぎる。

 

「………ナって………ち、がう。」

 

アミの髪の毛尻尾全ての毛の逆立ちが消え正気に戻ったのか立ち上がるも覚束無い足取りで手を伸ばせば簡単に届く距離まで近づき、痛みが残る腕を抑えながら牙を見せ答える。

 

「昔だったら何も考えず強くなり…たかった。 けど今は友達を……守りたいじゃ……不足か?」

 

「! ………そう。 ティアの事ね」

 

「アイツだけじゃないさ……アモルさんだって友達だか……ら」

 

小さく開いていた口が大きく開き大量の血を吐きアモルに寄りかかるように倒れ支えられる事なく地面に倒れた。

 

「…………冗談じゃない…仲間の関係だけで十分よ………孤独を好む存在の狼風情が…つまらない言葉を吐くの」

 

心を覗かれた気持ちで煮たりきったまま、コトが切れたアミを見下しアモルは太刀を握りしめたままで腕を振り上げ蒼髪の隙間から見える首筋へ振り下ろす。

 

 

 

──────暗闇で僅かに鳴り響いた音は固く舞うのは血では無く砂粒であった。

 

「くっ………友達なんて……私には……場違いの立場だわっ! 私はただ、昔のティアへの感情が捨てきれない汚れた中立神の面汚しなのよ…!」

 

吐き捨てた言葉にピクリとウルフの耳を動かしたのを見逃さず再度太刀を振り上げたが、気を配っていなかった死角かつ暗闇から青く揺らめく炎が、傷を負った手へ直進し衝突すると瞬時に消えたが僅かな痛みで太刀を手放す。

 

雲に隠れていた月が顔を見せ明かりに照らされる白い肌を露出し、左腕を後ろへ回したリエルが不気味な笑みを浮かべ歩を進めアモルの横で立ち止まる。

 

黒一色のローブを肩に掛けたまま人差し指を立てクイッと曲げるとアミの身体を起こし丸まっていたアモルの背中に乗せる。

 

「新米冒険者いびりがすぎるわよ~実が育つ前にちぎっちゃアミちゃんとティアが塞ぎ込むじゃない」

 

「…………擁護するというならアナタも相手になると捉えていいのかしら?」

 

頭上からバケツ一杯分の冷水が降り注ぎアモルは黙り込む。

 

肩にかけていたローブを背中に手を回し取り呆れきった表情でため息を吐く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「人間同士の戦争を禁じたのは誰? 最後まで立ったアナタでしょ。 ルールを歪めてしまっては概念が崩れあの子が蘇るわよ」

 

「やっぱり知っていたのねリエル。 だからティアの魂に欠片を残してまた現れ、また悪魔に媚びるのかしら」

 

また水が降り注いだが一粒も当たることなく物体をも跳び抜ける魔法空間跳躍(ワープ)でリエルの背後に移動するも振り返り顔を合わせる。

 

「ものすごく頭を冷やしなさい。 私にはもうそんな感情ないのよ。 我が子の成長を見守る母として生きていくだけよ。 アナタもティアを片時も離れず遠くから守っていたじゃない」

 

「はっ! …罪人の私達は一生当たり前の生き方は不可能って言ったくせにふざけた口ね……それにあの子はアンタの子じゃない! この世界でそういう役割を与えられた駒に過ぎない!!」

 

「いい加減自分の創り変えた世界に従順になりなさい!」

 

「貴様は悪魔に信仰し、私はティアの姿をした天使に愛を覚えた時点で創造主は既に中立神を捨てたも同然なのよっ!!」

 

(やかましいから見てみれば二人が喧嘩してるが…殺し合いに発展しなればいいが黙って寝たフリしておこう。 にしてもリエルさんの子供じゃないって本当か? それをティアが知ったら…)

 

数秒だけ見た景色だが、普段声を荒らげる姿など到底考えられない二人が口論していた。 月にまた雲がかかり暗闇が包むと我を忘れかけた二人は息を切らし、肩を落とす。

 

「………フフフ……アハハ!!」

 

突然腹を抱えて大笑いするリエルに対し、アモルは息を整え、地に落ちていた太刀を広げた掌に呼び寄せ掴み取る。 まだ高笑いする姿を傍観する。

 

「若い子のケンカみたいに張り切りすぎて思わず吹き出しちゃったわぁごめんなさいね~」

 

「珈琲を沸かす時間より無駄な時間を過ごして最低の気分よ」

 

アミに近づき腕を引っ張り上げ、背中に担ぎこの場に響く舌打ちをする。

 

「思い出に花を咲かせるほどの余裕もないのぉ?」

 

「はぁ……この背中に乗ったケモノ持ち変わってくれる? 重い、汚れる、の連鎖で辛いわ」

 

「『お願いしますぅ~リエルちゃん』って可愛く媚びてくれたら考えるわぁ」

 

「死んでも無いわ」 とバッサリ答え背筋を伸ばし狸寝入りしていたアミは床に落とされ、新たな痛みで動けなかったが目覚めていたのが、バレる。

 

「ところでリエル。 重大なやり取りを見られた、聞かれた、告げ口されそうな時はどう対処してたか記憶ある?」

 

「そうねぇ~何者で在ろうと生命の線を切るだったわね~例え対象が負傷してい・て・も」

 

「く、くぅーん。 ネテルゾー……チラッ」

 

意識がハッキリしていたアミ狸寝入りで流そうとしたが悪魔の笑みを浮かべるリエルといつもの無表情に影がかかったアモルが見下し手を伸ばし………。

 

 

 

──────────

 

「うあっ!! ぼっーとして思い出してたら鳥肌が止まらねぇ!!!」

 

「ニャーン?」

 

「あ、あーうるさかったよな? そうだかじり骨舐めるか? 気が紛れて落ち着けるからアタシはよく口に入れてるぜ」

 

腰のポーチから液晶以外青の光沢で目立つタンマツを出し人差し指で不慣れな操作をしていると日差しが人の影によって遮られたのに顔を上げる。

 

まず目に入ったのは真紅の瞳ではあるが黒いまつ毛が長く伸び色気を更に引き立てる。 見入ってしまう容姿にアミは反応が遅れぼーっとしていると、黒猫は四足歩行で歩きその人物の高価そうな白銀のブーツに身体を擦り付け待っていたとばかりに鳴く。

 

「………お主、我が下僕が世話になったな。 名はなんという」

 

「え、あ、アタシか? おっととと!」

 

イメージ通りの低くめの声が耳に入りようやく行動しようとしたが足が痺れ立ち上がれず尻尾の上に尻もちをつく。

 

「その耳、尾……ほう初めて見るがウルフの子か。 ふむ…」

 

自力で立ち上がりつつ腕を組み悩む様子を見ていると目を開き指を刺される。

 

「お主も我の下僕…家来にしてやろう!」

 

「ヤダよ」

 

「なっ…節穴か! 三食付きだぞ!」

 

「正常だし耳もバッチリな上で回答したんだが……お前どこかの騎士…にしてはポンコツそうだな」

 

「騎士などという忠誠心で動く駒と一緒にするでない。 我が名は───」

 

「アミちゃーん! 待たせちゃってごめんねー!」

 

コンクリートを蹴りながら駆け寄って来たティアの声に振り返ろうとした。

 

「………ほぅ」

 

背中を見せる形でいるアミよりも先に凛々しい女は肩を押し前に出た。

 

「あれ? アミちゃんの友達…ですか?」

 

「この者の名は何という? ウルフの子よ」

 

「ティアって言うが? ん……そういえばお前ら目元の形違うけど色はそっくりだな。 偶然か」

 

「なるほど確かに似ておるな…………」

 

そっくりで済ませたアミだったが二人は第三者には伝わらない不思議な気を感じ取ったのか片方は表面上自然な笑み。 そしてティアは頬伝わる汗が冷や汗だとは気づくことなく地面に零した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ーつづくー

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話(後編)

「──ふむ"ティア"か覚えたぞ。 お主の気を感じ取ったが、地に立ったばかりで世を知らぬ雛鳥といったところか」

 

腕を組み仁王立ちをするその姿はあたかもこの国の頂点に君臨する王女の風格以上の圧迫感に、私は喉を鳴らし自分の足元を見つめグチャグチャになりそうな頭を抑える。

 

私はこの人を知らないが私の中にいる"わたし"が、理解し直感的に私の手が震え目も合わせられない。

 

街の人々の声がある空間にいるはずなのに静寂と威圧感だけの場所に取り残された気分になる。

 

「誰ですか……?」

 

口を開けたが弱気が勝り口が籠もる。

 

「真名を名乗れというなら聞かせよう。 だが我に得は無いだろ? そしてお主にも」

 

「何者かと質問してその答えはどうかと思いますが」

 

「ククッ、結果に急ぐとは薄々は感じているのだろ。 お主であり我である。 言わば我の片割れだ」

 

今にも接触する距離まで近づき顔を寄せる。 ブラウンカラーの髪が私の髪と重なるも目を離さず、今にも命が吸われそうになったところで引き剥がす。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「さっぱりわからんが騎士さんはこの黒猫のクロスケを回収しに来たんだろ? ならさっさと連れて帰ったらどうだ?」

 

すると鼻で笑い擦り傷が残る手で髪を靡かせ企みも裏もない笑みで猫を持つアミに反応する。

 

「仲間の危機を感じて場の空気を和ませようとするとは…愛しいなお主は。 ますます気に入った」

 

「? 仲間つぅか…友でもあってだな…否定しないが……あー小難しい話はやめにしてくれ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ウルフの子に免じて立ち去るとしたいが、雛鳥はそうもいかぬと言った面だが?」

 

動くだけで短いスカートの陰から下着が見えそうな赤い模様の入った白いドレスに、アミが抱えていた黒猫を抱き寄せると首輪に取り付けていた金の鈴が、人混みの声をかき分け耳元で鳴り響いたと脳が勘違いし、耳を塞ぐ。

 

(頭の中で何度も鳴って耳障り……頭が可笑しくなりそうだ……)

 

それが引き金になったのか、鼓動の心拍数と重なり合う共鳴音に、強ばっていた顔が痛覚を我慢する様に胸を抑え心の奥深くにいる"人"の後ろ姿がぼんやりと見え、立ったまま意識が途絶えた。

 

「ほぉ腐ってもあの下種の生まれ変わりか」

 

アミが顔の前で手を振るも目の光が失った上、無気力状態にどうしたらいいかと素振りを見せる、その後ろでボソリと呟いた言葉は誰にも反応は無かったがニヤリと笑う。

 

──────────

 

意識だけが宙に舞う状態のままあらゆる情報が目に入るが知らない景色では無かった。

 

それは現代とは変わり過ぎている、鉄の瓦礫の山ばかりので街とは到底呼べない程、硝煙があちこちで立ち込め、地は乾き水分がないのか植物、雑草までもが枯れ果てている。

 

太陽も紅く染まった空に隠れ更に不気味さを増す。その空の近くで宙が地のごとく歩き、小さく映る街を手に収める仕草をしては微笑み眺める人。

 

白く美しく鳥よりも大きく束ねた翼が背中の左右から生えている、どこか温もりが宿る蒼と深紅のオッドアイを薄く開くその者。

 

(この人が天使のルシフェル。 そして私の中にある魂)

 

 

【挿絵表示】

 

 

白銀のローブで身を隠し、ウェーブのかかった髪が腰まで伸び、蒼、深紅と、瞳と同じ二色がふわりと舞う一枚の鳥の羽の如く、舞い上がる。

 

(あれ、耳元の近くに二つ髪飾りがあるけどもしかして私のと同じじゃ…でも私が身につけてるのは一つだけ)

 

左に付けている羽飾りに触れ今では当たり前のように身につけていた。 もう一枚の行方も気になるが、今は重要では無いと思い彼女の行動から目を離さず目視し突然髪がふわりと風で舞い上がる。

 

「久しいな片割れよ………この世界も終焉の時が近い。 "あやつ"の来る前に互いの望む結末を創ろうではないか」

 

 

【挿絵表示】

 

 

南方から天使と悪魔の翼計二の四翼を広げた深紅の瞳の女性だった。

 

天使の前に現れては地上から、上空目掛けて真っ直ぐに飛び込んできた血色に染まる剣。 片手で扱える代物だが想像していたより軽々と掴み取り、縦横無尽に振り、剣先を顔へ向ける。

 

その人物は先程まで威圧を放っていた女性だ。 この記憶が恐怖の根源。

 

(身なりからあの凛々しい顔まで全てが今と同じだ。 じゃあこの悪魔は誰の体も使わず魂だけで蘇ったんだ。 どんな執念があって現代に現れたのか……聞かなくちゃいけない)

 

呆気に取られてるかと思いきや、ただの強風が来たという扱いで乱れた髪を細い指で整えた。

 

「死に恐れ人の言葉も話せぬか。 だが地にいる者達は天使の悲鳴を欲して止まない。 意識が切れようが鳴き続けよ」

 

声が聞けると耳をすませたが、口を小さく開いたが固く閉ざし顔色変えぬまま遥か上空へと一直線に飛び立った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「貴様の血をこの地上へ降り注いで、我が下僕の屍の祝杯にしてやろうぞっ!!!」

 

不吉な台詞を吐き捨て追いかけていき姿は見えずとも剣と同等の武器がぶつかり合い斬撃の残像が飛び火するまでに争いが始まった。

 

空を覆うものを裂き轟音と、背中に生えた翼に必要な羽が数え切れないほど風に流され、地に降り注ぐ。

 

(これが天使と悪魔の闘い……ここまでになった経緯……)

 

この場所、刻にいるが手を伸ばしても全ては過去への干渉でしか無く存在価値が無い自分。

 

目の前の景色がぐにゃりと歪み、即座に黒一色の世界が身体を包む。

 

──────────

 

明かりが一つも無い真っ暗闇で立ち尽くす、白髪の女性。 顔に血が付着し、出会ってから毎日観てきた白髪にもその色が付くアモルが太刀を握ったまま膝をついていた。

 

髪の間から覗かせる横顔しか見えないが、口から吐血、床を流れる出血量から瀕死に近い状態にティアの意識が混乱し始める。

 

(アモルさんはまさか一人で二人を……)

 

「地球上に存在し散っていった人類……天使にも悪魔にも魂を売らなかった者達の力で、全てを無に、返してやったわよ……中立神-ハ-ェ」

 

耳を介して聞き取れる筈の中立神の名が潰れた文字を読み上げたのかと耳を疑う。 呼吸が更に乱れ、うつ伏せで倒れる。

 

アモルの周りに光の粒子が降り注ぎ傷は癒え赤で染められたコートが暗黒に変わる。

 

一分ほどで完全に立ち上がれるようになり天を見上げても見えないが、腕を高く上げ、太刀を暗闇へ放り投げる。 落下した音は帰ってこなかった。

 

そのまま掌を上げ続ける姿は誰かに助けを求める姿にも思え、哀しさが立ちこめる。

 

振り切ったのか腕をゆっくり降ろし虚空へ声を上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やはり神様なんて神話、空想の存在で良かったわ。 外からの存在が火種を持ち込み拡散するなんて、二度とごめんだわ」

 

「───人間同士の醜い争いの無い世界。 それがあの子が一番望んだ世界。 でも人は火種を自ら生み、下らぬ競争を始める。 どう足掻いても不可能だって分かってる」

 

─────ならいっそ二人の世界を創るか?

 

天からの言葉が声もなく頭に浮かび上がる。

 

「見守ってあげられる世界も悪くないわ。 でも、それじゃあの子は喜ばない」

 

─────ならこれまで通りの世界でいいのか?

 

「私に力を分けてもう完璧な世界を築く力も無いくせによく言うわ。 ……新たな世界での不祥事は私が対応する。 だからアンタが出し切れる最大最高の世界を創れ。 私なりの気遣いよ」

 

──────人間風情の情けなどいらぬ。 応えようその願い。 ……いずれまた我とお主で会える日が来ると、いいな。 違う形でな。

 

「どっちが人間風情よ…バカ」

 

会話が終わりを迎え、最後に囁いた言葉が震えていたアモルは頬を伝わる雫を拭い真っ直ぐと暗闇を歩み始めた。

 

これが三代神の戦いの結末……。 残された一人が手に入れた、救世主(メシア)の称号は本人にとっては、永遠に縛り付ける証でしかないはずだ。

 

想い人の"あの子"もこの場にいないという事は……。

 

次々と連想してしまい、あまりにも悲しい結末に涙を流していたティアは遠くなる背中を追いかける。

 

 

(アモルさん………きゃっ!?)

 

目も開けられない眩い閃光と風圧に流され私の意識は途絶えた………。

 

──────────

 

「!……………ここは?」

 

顔を触りながらキョトンとするアミがいてあの悪魔がいる状況に戻ってきたと感じ取る。

 

「記憶旅行は有意義だったか?」

 

「二千年前の記憶を閲覧し、ほんのひとカケラでも"ルシファー"と認識出来ただけ一つの悩みが消えました」

 

「はぁ!? こいつが力ある人間だけを引き連れてた悪魔のルシ……ほぶっ!!」

 

慌てて口を自分で塞ぎ大声だったことに焦りながら街の人々に聞かれていないか大きく見渡す。

 

前髪をかきあげ雑に戻すとルシファーの瞳が深紅に瞳孔の黒の二色だけに染まりティアは自分と全く同じ現象になったと息を飲んだ。

 

「罪を知らぬまま我が手で滅びていればよかったものを。 お主生粋の阿呆か?」

 

「本音は私の命を断ちたい。 それがこの現世に蘇った訳か」

 

ティアの瞳にも光が消え深紅に染まり戦場に立たされていると解釈した。

 

「同じ者は二人も不要だ。 どちらが(まこと)で偽りか、証明しようではないか」

 

「あぁそうか。 てっきりアモルさんに斬られ、敗北したと勝手に思ってたけど、その口ぶりからして天使にやられ、仕返しなんだ。 ……"現代の私"はアナタじゃない」

 

「それに争う時代はアモルさんが終わらせ、二度と私とアナタが起こした悲劇は繰り返さない為に、世界を創り変えた。 その中でアナタだけがその輪を乱そうとしている……」

 

「さっき様子が変だったが、天使の頃の記憶でも思い出したのか?」

 

アミが問いかけ相槌を打つ。

 

「一人だけ道を外れ、我だけが特別という扱い…。 素晴らしいな! ワッハッハハ!!」

 

「このわからず屋がっ………!!」

 

歓喜の笑いに初めて見る怒りで顔を歪め更に深紅の浸食が進行し結膜までもが変化したティアにアミが気づき、今にでも目の前にいる悪魔を殺すかもしれない気に肩を掴む。

 

アタシにも我を忘れ怒りに任せる力があるだからこそ、今のティアが危害を加えるとは思わないが止めなくてはならないと手が勝手に動く。

 

「街の中で騒ぎを起こすのはやめろ!」

 

アミが割り込みお互いの胸に腕を伸ばし触れる。

 

「──場所を外に変えて二人だけで話をするから安心してアミちゃ…………ぐっ」

 

強烈な頭痛に襲われ頭を抑える。 心臓の心拍音がやけに五月蝿い。 音と音が重なり始める。

 

また変な様子になったとアミが肩を揺らすと、気が和らいだのか微笑みながら瞳が完全にいつもの光がある状態へとなる。

 

肩に手を重ね、「ありがとう。 でも話だけはさせて」と肩から降ろし先行して門へと向かった。

 

腕を伸ばすが今の自分の立場を考え躊躇う。 もし、揉めること無く笑顔でティアが帰ってきても表向きではそう振りまいて一人で抱え込む。 まだ数週間だがそんな奴だ。

 

「甘ちゃんだからなアイツ。 だけど、前に助けられた恩もある。 止める理由には足りてるだろ」

 

今すぐに追いかけようと身を乗り出しつつ、腕を組んだままのいつの間にか頭上に黒猫を乗せた悪魔を睨み大きく息を吸い込む。

 

「余計な口出ししないって約束しろ!」

 

「ウルフの子よ有意義な刻というのは短く速いものだ」

 

「今が楽しいって言いたいのか? 悪趣味な奴だな…」

 

足踏みしながらため息をつき悪魔の頬を指でつつくと思っていたより柔らかく沈んていく。

 

「ふが…にゃんのつもりだ?」

 

「馬鹿な行動を起こす前に頭を冷やしたんだよ。 本当はチョップしてやりたいが……頭の上の猫に罪は無いからな」

 

「ふっつくづく……むっ。 ネコ公よ人が語ろうとするのを手で邪魔するでない」

 

行動の意味が理解出来なかったらしく、考え込む姿を見せられ、アタシは戸惑ってしまうがペースを乱す前に強く釘を刺す。

 

「また戦争をやろうって言うんなら今の百倍の力でやるから覚悟しておけよ」

 

「どうやら勘違いしているようだな。 我はあやつの偽りで無いと証が欲しいのだぞ」

 

追い越され、更には手招きをされたアミは距離を置きつつ着いていく。

 

───────

 

街の外に出て三百メートル離れたところからまた会話が再開された。

 

「証は我が好む戦いでしか得られないと、思っておるが案があるなら聞くだけはしてやろう。 それと、"盗み聞き"していた者もしっかりつけておるな」

 

身体ごと後方へ向けると気配も音も全てをかき消していた者が太刀を握り締めたままアミより先にいる悪魔を見据えていた。

 

「今登場な訳ない…か。 最初からいたならそう言ってくれよ。 アモルさんも人が悪いぜ」

 

「あの子の様子がおかしくなった時から話は聴いていたわ。 その……悪いことをしたわね」

 

「謝るなんてらしくない。 槍の雨は勘弁してくれよ」

 

無表情で謝るもののまとまった前髪で隠れている眉間には皺が寄っていた。

 

開いていたコートの内側に手を入れタンマツを取り出した。 真新しい白い背面と正面の液晶は小豆色。 見覚えのないタンマツを指で挟む。

 

「タンマツを置き忘れたのは好都合だったわ…あの子のタンマツのロックを強引に解除し"外では必要な物"を抜いて"ここ"に収納した」

 

芝居にも見える薄ら笑みのアモルにアミはティアにとって使用する物を考え、ハッと驚く。

 

「それって武器………じゃティアは今!!」

 

後ろにいた悪魔がゴンゴンと腕を組んだ状態で背中に当たり始めアモルの視界に入る様、避ける。

 

「あやつの所有物なぞどうでも良いが、随分と無粋な真似をしてくれるではないか中立の者よ。 再会を期してやりあ……」

 

「────」

 

左脚が土の上を滑ったと思えば抜刀を終え左手には鞘を、右手には透き通り穢れを知らぬ刃が、戦を望む者に差し向けられていた。

 

「ティアに危害を加えたい欲求を今発散させてあげるわ。 不足しないはずよ」

 

「ふっ、二ミリ程眉間には届いて居らぬが、慈悲なら要らぬぞ。 ここは(いくさ)の場、お主が一番知っておろう」

 

「一分三十秒」

 

囁いた言葉に目を開き腕の組みをやめる悪魔に鞘を握る空きのある人差し指を伸ばし中指を半分曲げる。

 

「一分三十秒で満足させてあげるわ」

 

「戦場で二言は無礼行為、しかと聞いたぞ中立の者よ。 ウルフの子よネコ公と共に視界から消えよ」

 

「あ? …うあっ!?」

 

言葉が伝わるのか知らないが黒い毛が顔にのしかかり、アタシは尻尾を掴まれた感触を味わった時には宙に浮き、首から着地しかけ、両方の腕を伸ばし後方転回を済ませ、頭上に柔らかい毛の感触が伝わる。

 

「無事だったかクロスケ!? 今は余裕が無いからここを離れ……」

 

頭から下ろし抱こうとしたが、腹部まで隠れている紅色コートの中にすっぽり入り込み顔だけ出し上機嫌に鳴く。

 

顎下がムズムズするが我慢してやるか。

 

二人を囲み地の砂、花が舞い上がり埃を起こしその中で紅蓮一色で染まった(つるぎ)が目でも捉えられない速度の回転を繰り広げる最中、右脚を伸ばした悪魔に太刀で胸を庇い退ける。

 

一分程自我で暴れていた剣は悪魔の手中に納まり今度は納めた者が振りかざす。

 

鍔と握りが一体化したレイピアにも似たロングソードを、間髪入れず互いに片手のみで、一閃、二閃と蒼炎が紅蓮とぶつかり合う。

 

離れていても肌を切り裂かれる風と砂粒が目に入り二人の動きが見えないアミは脚の力を抜けば街の防壁に激突しかねないとかがみフードを被る。

 

(片方は荒々しく力任せに扱っているが確実に首を狙って、アモルさんは全部受け流して一歩も動いてねぇ…)

 

(シャドウ)を一掃し誰からも恐れられる一番の存在になりたいと夢見ていたが、そこに到達するまでの幻想にも近い目標だから、気長に力をつけてきたつもりだったが、目の前で繰り広げられている光景に手が震える。

 

次第に勢いが増し地響きが胸に響き身の危険から叫ぶ。

 

「もうやめろーー! これ以上は街にまで被害が…………!」

 

喉の奥がつまり叫ぶのもやっとで、割込めば五体満足で抜け出せず無惨にも刻まれた自分を悟り、恐怖に震える脚を真っ直ぐ立てるもまた折れる。

 

叫びも届かず地面を剣先で抉りあげ歓喜の舞と言うべきか血が付着したのかも識別出来ぬ得物が突きに変わる。 リーチの長さで勝る太刀も防御となれば動作に遅れが生じる。

 

アモルも重々承知で左腕は臨戦態勢を常に保ち、鞘の(こじり)で右目狙いは逸れ、(なび)く白髪を掠める。

 

「人の子は年々腕が落ちるなぁ!! 我が領域に足を踏み──」

 

「鬱陶しい」

 

鍔迫り合いとなり二人の距離がゼロになり鐺で顎下に命中させ後ろへ引かせはしたが、口元から血が垂れても尚、挑発的な態度をやめない。

 

「その程度では無いだろ中立の者。 昂りが感じられぬぞ! 我を満たせッ」

 

「……ちっ」

 

怒りだけが込められた舌打ちを鳴らし、ステップを踏み後退し、大きく距離を離し蒼炎が纏われた太刀を顔の前まで運び瞼を重ねる。

 

「心ノ臓を滅却し全てを零から無へと運ばんとするその太刀の名───っ!?」

 

「ぬっ!?」

 

二人の顔が強張り同時に同じ方向へ顔が向けられた。

 

「ほぉ、つい先程まで雛鳥だった者が…くっくっそうか愉快だなぁ中立の者」

 

何かを感じ取った二人から離れて見ていたアミは前方を目を凝らしてよく見るとティアが短剣を両手に持ち向かってきた。

 

二人の間にゆっくり歩を進め腕を伸ばせば指先が届く距離で悪魔の正面に立ち、タンマツに短剣をかざし収納する。

 

「私から生まれたもう一つの心ルシファー。 正しく理解したよ」

 

「では受け入れるか? 貴様が偽りであると」

 

「真偽なんて関係ない。二人の人間が存在している。 私では無いアナタ自身が。 それでは駄目なの?」

 

ギラリと真紅の瞳が見開き剣先を小麦色の肌に突き刺す。

 

が、左手で剣身を握り込み抑え込む。

 

肉が食い込み血が滴るも痛みを堪え、左目を閉じたティアは眉を上げ悪魔から視線を外さない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

アモルの傍へ駆け寄り事が起きて止めに入ろうとしたが、毛が逆立つ尻尾を握られ動きが停止する。

 

「この後はどうする? 手を引かれ指を失うか? 天使の魂を持つ悲鳴なら歓迎するぞ」

 

「『絶臉(ゼツレン)』は所有者の戦いの信念を見抜き剣自身が決める。 そう創造した」

 

「お主より劣る事は有り得ぬ。 安心して逝くがいい!」

 

「それは……どうかなっ!!」

 

更に右手でも握り込みそのまま体重をかけ腰をひねり、右脚へ神経を集中させ技能(スキル)で鋼鉄化させ真横から悪魔の顔へ叩き込むと、呻き声と共にグリップから手が離れ、着地前に掴み取る。

 

「鋼鉄が真横から当たれば脳が揺れて当然だよな…悪魔といっても人の姿相手にティアも容赦ないぜ…まるで別人だ」

 

「お灸を据えてあげないといけない奴なのよ…"フェルム"は(というか何で胸元にネコをしまってるの)」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ふぇろもん?」

 

「四つ耳は飾り(けん)。 その胸の所でくつろいでるネコの方が利口そうね。 どう人格交換してみたらどうかしら」

 

完全にイラッとした声と罵声で尻尾を握っていた手の力が増す。

 

「いででで! …ふぇ、"ふぇるむ"!…フェルムってあの悪魔の名前か?」

 

「……この世界になってから一度は遭遇してその時にルシファーって名前じゃまた騒ぎになるから名付けたのよ。 深く考えてないわよ」

 

尻尾が自由になり四歩横に離れ痛みが残り摩りながら半笑いで無表情のアモルへ指を指す。

 

「気にはかけてるんだな、しかも無愛想で適当な名前つけそうなのに」

 

「……。 前を見て脚に力入れておきなさい」

 

口を滑らせいつもの癖で茶化してしまい後退りし頭を腕で隠したが何もしてこないアモルさんを隙間から覗き、(ウルフ)の耳が風の変化をキャッチする。

 

「? ……うおっっ!!!? 」

 

背中からフェルムが胸に吹っ飛んできたが咄嗟の判断で後ろに倒れ、退けようと短いスカートの上から大きめの尻を手探りで触り軽く手のひらで叩く。

 

乱れた髪から顔を除くと、頭から大量に出血し素肌が露出した腕も擦り傷で痛々しい状態でまだ口元は緩んでいた。

 

「交えれば交えるほど力が増幅しているな……!」

 

「お前ボロボロじゃねえか! ティアも攻撃をやめ……って目どうしたんだよ……!」

 

胸元のボタンが解れ、僅かに露出し片手で剣を握るティアの左目が蒼に染まり困り果てた表情のまま歩み寄りフェルムと視線を合わせる為腰を下ろす。

 

「…アミちゃん。 一撃目は私が剣を奪還する為に蹴りはしたけど……」

 

「三大神との戦いで敗北した我は(ペナルティ)の鎖で繋がれているようだな……」

 

「悪い。 見てなかったんだが…攻撃以外でここまでボロボロになるもんか?」

 

「石に(つまず)いて三回転。 立ち上がったら足をひねり尻もち。 バックステップと技能(スキル)の『高速化(ラピドゥス)』を組み合わせたら、加減を間違えて今の状態に…」

 

「………ドジっ子なのかアンタ」

 

「ふっ我の因果が発現しただけだ」

 

何故誇らしげなのか。 重いので降りて欲しいが重症のフェルムをまだ乗せておこう。

 

「魔法は使えないのでタンマツにある傷薬を使いますから…それとこの剣を返します」

 

「無様な姿を目の前に情をかけているつもりか? 余計に昂らせるだけだぞ」

 

「違う。 私もルシファーの立場になり考えたんです。 大切な短剣がもし奪われ、その人に使われたらどう思うか」

 

タンマツに触れる前に乾いた血が付着した手で止められ顔に血を吐き捨てられる。

 

「つまらぬ。 人の子を見下すお主はどこに行った?」

 

「…………もう過去はここにいる三人しか知らない。 だからこの世界で罪を償いやり直そうルシファー」

 

「ティア、やはり馬が合わぬな。 この程度目をつぶっていれば治る。 過去がそうだったようにな」

 

ようやくアタシから離れたルシファーは覚束無い足取りで地面に足をつけ前髪をかきあげ、初めて純粋で人間くさい笑顔をみせる。

 

「お主をここまで変えた世界。 人間の情がこびり付いたお主に興味が湧いたぞ。 暫し観察させよ」

 

「ルシファー……!」

 

胸の前に手を置き満面の笑みでティアは顔を上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ごふっ!」

 

「うわぁ!?」

 

ティアが喜んだ矢先、口から多量の血を吐きティアに倒れ込み意識を失った。

 

──────────

 

夕日が沈む時間になり、気を失うフェルムを背中に抱えるアミと何度も気にかけ代わろうと持ちかけるティアの正面を不機嫌そうに先行するアモルは家の前に到着すると、ペンデュラムに収納していたロングソード絶臉を取り出す。

 

「起きてるんでしょフェルム。 これ捨てておくわね」

 

「う…言い方があるであろうが阿呆。 地に返しておけ…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

弱りきったフェルムが背中越しに怒りの声を上げるが聴こえてないフリのままアモルはコンクリート床に狙いを定め剣先を突き刺す。

 

弾かれるかと思われた剣は忽然と四人の前から消えた。

 

横目で疲労しながらも微笑むティアの目は元に戻っていないが本人が気にしないでと言っていた限り深くは追求しないと、頭では考えているがやはり気になる。

 

気を逸らす話題をとゼツレンの話を家の中に入るアモルの後ろに慌てて着いていき振る。

 

「なぁゼツレンは誰が創ったんだ?」

 

「天使の中から悪魔ルシファーが現れ真っ先に消そうとした天使が自分の血を犠牲にし創造した物よ。 今では悪魔の血を多く吸収してるけど」

 

「やべぇ代物じゃねぇか!」

 

「器が小さい者が握れば剣に斬られ、気に入られれば血をじわじわ奪われる…"魔剣"と呼んでいたわ」

 

「あ、フェルムが四六時中『負っけーん』って騒いでたから魔剣って呼んでた訳じゃないわよ」

 

「は?」

 

「アモルさん」

 

「ぶっ! ごぶっ!! 傷が開いたではないか!!」

 

和ませるはずが場の温度を劇的に下げ、アミとフェルムが騒ぐ羽目になった………。

 

 

──────────

 

その日の夜、アミが一人で聞いた話ではタンマツに隠したのは糸が解れたティアの下着だった。

 

 

 

―つづく―




ヒロイン-5 フェルム(ルシファー) イメージ

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

「よっ、朝から鍛錬とは精が出るな」

 

雲が空を覆い隠し、街の声が賑わう時刻に人っ子一人も通らないアモルの家の裏庭で短剣を握り身体を動かす左目は深紅、右目は蒼黒の少しお人好し度が高い、耳を隠したショートカットの少女ティアにタオルを投げ渡す。

 

一休みかと思ったがやり始めて一時間で今日は止めるそうだ。 これから自分の分の、朝食を作るからと短剣をそのままタンマツに収める。

 

──ティアの瞳の色が変わってから一日経ったある時、夜同じベットで寝ているティアが静かに目覚め窓から月明かりを見つめている姿を、薄目で見たことがある。

 

あの時…………まるで別人がティアの中にいるのではと、疑心暗鬼が晴れぬまま今日こうして後ろを付けていた。

 

「なぁ、……あっと…」

 

「? もしかして……」

 

ギクリと今までの行動が気づかれていたかと冷や汗をかきそうだったが、見慣れた笑顔で「用意した朝食が足りなかったの?」と斜め上の質問でガクッと膝が折れる。

 

「そうだなーやっぱり朝は細かくてもいいから肉を使ってくれよ。牛でも猪でもいいからよ!」

 

ガシッと肩に腕をかけ空いた手で(こめかみ)に握りこぶしをグリグリと押し当て、「なんでなんで!」と困った顔でジタバタ暴れる。

 

「さっさと飯食っちまって、今日も依頼をサクッとこなしちまおうぜ」

 

身体から離れさっきまでの悩みが嘘のように消え釣られて笑ってみせる。

 

「軽く考えたら大怪我するからダメだよ。 …あ、何か聞きたいことあったんじゃない? 見当違いの事聞いたからグリグリしてきたんでしょ?」

 

「大したことじゃねぇからいいさ。 いつものティアで一安心したかっただけさ」

 

「?? あ、そうだ。 皆と一緒に朝ごはん食べた?」

 

「んや、鍛錬に励む可愛い新米さんを眺めていた。 飯の気分よりも鍛錬中にドジ踏んで、怪我してないかの方が気になってな」

 

「もう…折角の料理が冷めちゃうから食べて欲しかったのに。 それと私はドジじゃないよ」

 

頬っぺたぷくっと膨らませてはいるが照れているようにも見え笑う。

 

額から頬にかけて流れる汗が結果となり今後に行かせればいいな。 と声を掛けると満面の笑みで肯定した。

 

「最近アミちゃんの動きも取り入れたいと思って自分の身体能力補助技能(スキル)を身体に叩き込もうとしてたんだけど、中々直ぐには無理だね…」

 

「牙はまず無理だし、そうなれば爪……」

 

縦横無尽に木々を蹴り飛び移り、獲物の背後から振り下ろした腕、指先にある伸縮自在(ファング)で首を切り落とす。 接近だけでは、すぐに弱点が見破られる為、空気をも裂く、遠距離型斬撃に似た技能(スキル)も併せ持つ。 一撃で仕留めるよりも、怯ませるのによく応用している。

 

「うーん脚だね。 完全に再現は地面を蹴る力が、この筋力じゃ耐えられず、脚を駄目にする。 せめてもの案は三分の一の力を意識して、木だったらアミちゃんの真似になるけど、(シャドウ)の背中に乗るかな」

 

「いいじゃねえか! 後退する時にも脚はものを言うからな。 手助けが必要なら手を貸すぜ! 」

 

腕を広げ胸を張りドンと来いと言った顔。

 

「出来れば脚を……」

 

「知ってるわ! ……そういやちょっと前に右脚だけ炎を纏って固くしてたが、あれを利用出来ないのか? 『鋼鉄炎(スティールフレイム)』だっけ? 飛び乗る時に、首をはねるとかなら、一撃で済むだろ」

 

「あれは皮膚や筋肉を一時的に鉄にする技能(スキル)で、骨までは効果は無く、落とす前に頑丈さに負けて、落とされるかも。 だから短剣が一番無難かな」

 

「じゃあ改善すればいいじゃねぇか。 スキルてのは、要は本人のイメージで成り立ってんだ。 後は点と点が繋がる感触を掴んで習得。 だろ?」

 

本人は頭ごなしに考えないと言う性格なはずだが、ティアに対しては、期待も兼ねて熱心に強引な解決案を提出する。

 

「簡単に言うね……でもそういう考え好きだよ。 常に使う力は最大限まで引き出してこそ自分のモノになり、攻めにも守りにも繋がる」

 

拳を作り(まぶた)を重ね、炎を纏うイメージを脚じゃなく肩から腕、掌に込める。

 

短剣にも流れる力はまだ持ち合わせておらず、ロウソクの火に近い弱々しい炎は、そよ風で消えてしまった。

 

「誰かを救う力が私にはある。 失われない限り戦い続けるよ。 冒険者として」

 

「なぁ、フェルムと会って一人で先行して街の外に出た後、魂は天使のって前に言ったろ。 そいつに(そそのか)されたのか?」

 

視線を落とし握り拳を作った手の力を抜き頬指で(さす)る。

 

──あの時は頭に血が上り周りが見えず、一人になる前にアミが掛けた言葉も真と受け止めなかった。 フェルムと接触したのが原因か不明だが、普段は出せない『怒』の感情が目覚めた。

 

そして、重なっていた魂も目覚めさせてしまった。 天使『ルシフェル』に身体を使われると頭を抑え、宿る意識に集中した。

 

不思議と彼女はただ私の魂を包むだけでフェルムの横暴さもなく力で抑え込むことも無かった。……ただ暖かく安らぐ魂だった。

 

気が昂っていたのが、スッと消え目覚めたルシフェルの力の一部が右眼に宿った。 これから先も侵食されるかもしれない。 その事に恐怖は無かった。 時の流れにルシフェルも人と同じで変化しているのかもしれないと、信じてみると誓った。

 

「これまで全く感じなかった天使が……私の中で長い眠りから目覚めて、力を分けてくれたんだ。 今はこの右眼に彼女の力が宿っているだけで、眠っているよ」

 

頬かき尻尾を下に向け喉を鳴らし始め、目を丸くする。 自分でも気味の悪い話をしていると分かっている。

 

それに対してアミには一つ極僅かに似たケースがあり、視線を逸らす。

 

魂が増える類の話では無いが、アミの持つ身体能力を一定時間倍増させるあの力。 身体の速度についていけず意識だけが、置いてけぼりにされタイムリミットを過ぎれば自我を失い、目に入る生物全ての息の根を止めるまで暴走し続ける。

 

一度だけ経験し、余程強敵の(シャドウ)に手こずらない限りは時間を超えないが、あの時の恐怖心がまだ縛りつける。

 

以前やり合った相手が、強者でありながら加減を知るアモルでなく、暴君フェルムであるなら、嬉々として、腹を突かれるか首を斬られるかもしれない。

 

段々と俯くアミにティアは視線を合わせる為顔を覗き込み手を振る。

 

「大丈夫? 気味悪い話で嫌になった…かな」

 

ティアは知らないというより、話せば熱心に相談に乗り手合わせしてくれるかもしれない。 だがまだ華奢で他のエリアにも行ったことも無い半分世間知らずの少女には、刺激が強く、余計な心配をかけるに違いない。 それこそ、また天使の力を増幅させ負担を掛けるとなれば、本人よりも周りにいる者達に痛めつけられる。 はず。

 

「アタシはいいーんだよ! 昨日一瞬だけ眼球全部が深紅に染まった時は焦ったが、今こうして目の前にいるのが、アタシの知ってるティアなら気兼ねなく弄れるって訳だ!」

 

「いたいよー! 汗かいてるから汚れちゃうよー!」

 

「でもなティア。 一人でそうやって抱えず、天使だってまだ白と決まってねぇから、相談しろよ。 困った時の支えになるからよ」

 

「ありがとうアミちゃん……」

 

「じゃ、一人で突っ走った分今から弄り倒してやる!」

 

またじゃれつき、頭を軽くグリグリといじっていると裏口のドアが開き、日中に姿を見せるのが珍しい、ティアの母、リエルが目の下のクマを気にせず、ローブを肩にかけながら、声をかけてきた。

 

「すっかり仲良しね。 ティア、お友達が尋ねてきたわよぉ。 私の顔見ただけで、プンプンに怒ってる子よ」

 

首を傾げているとアミが嫌味混じりに「あー分かった」と詰め寄る。

 

「いきなり変な魔法使ったんだろ。 足の匂い嗅いだ時の猫の顔になれとかよ」

 

「そういうのも良いわねぇ~。 今度寝ている所にビビ~とかけてみようかしらね~」

 

「へぇーアモルさんにか? 笑いこらえられるか不安だぜ」

 

「アモルは感情表現が下手っぴだから見てもつまらないわよ。 やるならやっぱりアミちゃんね~。 今夜一緒の部屋で過ごしましょうね~」

 

「勘弁してくれよ……。 宿で寝るか…」

 

「ふふっ…待たせてるの申し訳ないので行くね」

 

二人からそっと離れ家に入り玄関で待つ人物の元へ駆け足で向かった。

 

遠くなる後ろ姿を口をへの字にしているアミをからかい始めた。

 

「………なぁにアミちゃん。 ティアの外見が変わってからじっと見るようになったけど好きになったの?」

 

「は、はぁ? な、内面まで変わったんじゃないかと疑ってただけで、豹変して寝首掻かれたら嫌だからな! は、腹減ったからアタシも中に戻るぞ」

 

僅かに照れ隠しの表現なのか尻尾を横に振っているのにも、本人は気付かぬまま横切

りリエルの細い指でなぞられ、ゾワゾワと毛を逆立たせた。

 

「素直じゃないわね。 アモルに似て。 それよりも、アミちゃんの朝食フェルムが食べちゃって無いわよ」

 

「……。その現場を見てたのか?」

 

「珈琲飲んでる横でサンドイッチを一口でペロリと平らげて満足気だったわよ」

 

「イッチだけに一口ってか!」

 

「お日様隠れてただでさえ寒いのにこれ以上冷やすなワンコ」

 

突然のアモル似の声と口調で罵倒され「似てた?」と言われたがそっくり過ぎて、真顔でぎこちなく首を上下させ、腹の虫が静かに鳴り、リエルのニヤケた面を拝める羽目になった。

 

────────

 

一度洗面所に入り軽く汗を拭き、リビングに向かうと、いつも食事するテーブルの少し離れた所にある三人まで座れるソファーに、私が夕食後よく読む、『お菓子造り』のレシピ本が三冊散らかっていた。

 

「アミちゃんなら一声掛けるし、アモルさんとかじゃないからフェルムかな…。 今日はクッキー作ろうと思ってたから食べてもらうおう」

 

片付けながら、夜はよく食べ朝も残さず綺麗に食べてくれるフェルムの顔を浮かべる。 少し人間らしさが出始め、環境になれたと思っているけど、よくアモルさんに叱られては反省せずを繰り返す。

 

でも食に夢中になってくれてるなら、まだ未経験のお菓子を食べさせてびっくりさせたいな。

 

「あっ! お客さんが待ってたんだ」

 

ソファーの向かいにあるガラステーブルに三冊重ね、外に通じる表の出入口扉が開いたままになっており、扉の影から黒い猫耳と尻尾をゆっくりと左右に振る後ろ姿で、すぐさま客人が誰か理解する。

 

耳の下でまとめるおさげの毛先にカールが掛かっている幼なじみの『モリス』に気さくに朝の挨拶をする。

 

「にゃにゃ! ティアっちおはようにゃ~!」

 

高い声で振り返りすぐさま抱きつかれ頬ずりされる。 以前冒険した時にこの場所は教えていたから訪れたのは不思議じゃない。

 

「わわっ、今日も元気そうだね! ごめん汗くさいまま出迎えて…」

 

「くんくん…全然気にならないにゃ! 体調崩したりしてない? ご飯は毎日食べてるか……にゃ。 ん?」

 

「にゃえ…どうして胸元のボタン外して谷間見せてるにゃ?」

 

「動く時に胸元苦しくて……」

 

落ち着きを取り戻し、ゆっくり四歩後退し更なる変化に着目する。

 

まじまじと蒼の右目ばかり見られ視線を逸らしたが両頬を手で押さえつけられ首の動きを止められる。

 

似たケースを幾度か経験しているので、予想がつく。 前にも一緒に住んでいた時に、畑を荒らす猪の捕獲を一人で行い、傷を負いながらも成功し、そのままモリスちゃんに会うと、最初は不安な顔で、みるみる内に……。

 

「遅めの反抗期が来たにゃ…にゃわわ……」

 

「い、いやこれはね…」

 

手が離れたが今度は両手の人差し指だけを立て左右から頬を続き始め、怒り混じりの混乱の癖の症状が出る。

 

「次はどこをイメチェンするにゃ!! 髪か! あたちとお揃いの金髪……はっ! それはそれで悪くない。 んにゃ。 やっぱりティアっちはそのままが良いにゃ! 早く戻すにゃ!!」

 

「んぐぅ…、今は私よりも用があって来たんじゃない? 何時もなら事前に連絡してくれるのに、急って事は重要な話で」

 

押さえ込まれ、タコみたいな口になりつつも、話題を逸らすべくモリスちゃんの両肩に手を乗せ荒ぶる感情を何とか宥めると、ジワジワと涙目になりまた身体が密着し胸に顔を押し当てる。

 

「うにゃーん! 聞いてよティアっち! あたち見ず知らずの人にベタベタ触られたにゃーー!!」

 

「怪我とか武器を向けられたとかしてない!?」

 

黒く毛並みのいい長細い尻尾から触り露出している肩や顔に傷が無いか触れながら確かめる。 どうやら古傷はあるが大丈夫そうで、本人からも無事と告げられる。

 

「その人の特徴は覚えてる? 目立つ物を身につけてたとか?」

 

「頭の左側に…そうティアっちと同じ位置にドラゴンの横顔みたいな、紅くギザギザした髪飾りつけてたにゃ。 無地の白リボン付きにゃ」

 

「…………。 ほ、他には心当たりは」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

先程まで個人的に考えてた人が思い当たったがまだ確信出来ないので取り消す。 でもいつかは巡り合う時が訪れるとは考えていたが、説明するまでは至らず困った。

 

幼馴染だから互いの行動と発想は読み、読まれてしまう。 なら、心苦しいが誤魔化すしか無い……。 なるべく自然な素振りを意識して…意識して…。

 

「髪色は茶色で、後頭部の髪がバサバサしてて、ティアっちに、ににに!」

 

似てると言いたい気持ちと、気を遣って言えなくて困るが入り交じり腕をバタバタ振る。

 

「モリスちゃん。 そこにソファーあるから休んでいって。 ごめんね、すぐに気づいてあげられなくて」

 

上目遣いで口を濁し眉を落とす。 気まずそうな鳴き声しか返ってこない。

 

不安な気持ちのまま帰るのはきっと心苦しいだろうと、右二の腕に巻く革のベルトで固定したタンマツに指を置く。

 

タンマツを通して手紙を送る機能があったがまだアモルのタンマツナンバーを聞いていなかったティアは腕を下ろし、まず目の前で塞ぎ込んでいる親友を慰める。

 

すると、鼻の頭に当たっていたモリスの猫耳がピーンと真っ直ぐ伸び何事かと思う前に、後ろから二人分の足音と話し声が耳に入る。

 

「リエルさんはもう食ったから後は、ぐーたら夜までおねんねするだろ? いい身分だぜ」

 

「随分辛辣な言葉を投げるじゃない。 私はアモルより手厳しいわよぉ」

 

裏口から外にいたリエルとアミが雑談しながらこちらに向かってきたが、まだモリスには気付かず会話を続けていた。

 

「なら今日は夜まで起きてるのか」

 

「朝の一杯呑んだから寝るわよ~」

 

「そうか。 アタシは痛い目に遭わなくて済んで、事実が証明されてダブルオッケーって訳だ」

 

「寝る前の軽いお仕置を………あら朝から抱き合ってるわ。 まだ怖い顔してるのね。 私は安全よ~」

 

ティアの横に並び、ニコニコしながら手を伸ばしたリエルは、猫耳の先端に触れたが手首を掴まれ、尖った牙で噛まれ、振り払われた。

 

いきなりの行動に唖然と見守るティアとその後ろでモリスの外見を眺め、派手な髪色と露出の高い衣装に、イメージしていた友人像を超え、呆気に取られるアミ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「熱い歓迎ね~興奮して出血大サービスってところかしら」

 

「アルコール含んでるから出血量多いんだろ…耳がピンッと張ってんだから怒ってるって分かるだろうよ。 ふつう」

 

「茶目っ気よ」

 

「その台詞言える歳はもう終わってるぜ(なるほどね)」

 

しかし、目を細め横目でモリスに、視線が移り、怒られるなら自分がと、ティアは前に身を乗り出しリエルの傷を観察しながら、傷薬、絆創膏をタンマツから選び取り出す。

 

(深い傷じゃないみたいだけど、このまま不仲は良くない。 二人を仲良くさせる方法は無いのかな)

 

「本音と建前逆だよアミちゃん」

 

怒りと不安で情緒不安定になる彼女に注意するよりもまずは気を鎮めてもらわないといけない。

 

道具を手から取り処置は自分でやるからと、軽傷だからか平気そうに塗り始めたので、沈んでいるモリスちゃんの肩にそっと手を乗せ近くのソファーまで一緒に歩き、座らせた。

 

床に視線を向け続ける。 同じ目線位の位置で片方の膝を床につけ、正面から笑ってみせる。

 

「少し座って落ち着こ? ね?」

 

「………にゃ」

 

「話せる状態になったらまた話を聞かせて。 それまでずっと休んでていいから。 紅茶淹れてくるね」

 

台所まで音を立てない動作で静かに歩くも、木板のギシギシが響き後ろから着いてくるアミは気にせず普通に歩き、結局いつも通り台所へ着く。

 

なるべく聞かれない奥で真っ先に耳打ちし、どうしたのかとアミちゃんが問い掛けてきた。

 

「さっき、街を歩いてる所いきなりフェルムに撫で回され怖くなって、私に相談を……。 モリスちゃんはフェルムを知らないのと、私が知ってる事はまだ話してない…」

 

「アイツ犬猫には目が無いとは思ってたがまさか魔物…人型にも手を出すとはなぁ。 アモルさんも見当たらないが二人で出掛けてるのか」

 

「そういえばそうだね。 部屋からも物音しないから……わぁと!」

 

ポンっと絆創膏と傷薬を投げ渡したリエルは、上の階の階段へ上がり、手すりから顔を覗かせ手を振り口角を上げ、「おめめが覚めたわ~って伝えておいて~」の言葉を最後に、姿を消した。

 

素早い行動にポカーンとしていたがアミの大きなため息で元に戻る。

 

「全く年長者はどうも自由だな」

 

こちらは呆れた顔で腕を組み右手の親指、中指の爪をカチカチと鳴らす。

 

「でも目的に真っ直ぐなのは羨ましいよ」

 

「この家にいるふんぞり返る奴とか見て、そうは思わんが」

 

ワインを毎日呑み絡み酒してくるリエル。 猫に独り言を話、飽きれば唐突に決闘申し込んでくるフェルム。 どちらも素直だがあぁなりたくない。 とボヤきながらマグカップを用意する。

 

「ほら紅茶用意するだろ。 ついでにアタシは珈琲な」

 

「うんありが……」

 

ぐー ぐー

 

顔を見合せ腹の虫が二匹鳴りティアは恥ずかしく頬赤く染め、アミは笑って誤魔化す。

 

「せ、折角だから三人分のサンドイッチ作るよ」

 

「腹が減っては何たらかんたらだしな……。 それくらいならアタシがやるから、飲み物運んで二人でお茶しとけ」

 

「アミちゃんの手料理食べた事ないから楽しみにしてるね。 材料は昨日買った物床下の冷凍室にあるから」

 

尻尾を振り返事代わりだと確認し、紅茶と珈琲を二人分用意し猫背になっているモリスの後ろを覗くと、ガラステーブルに置いていた雑誌を読んでいた様で、傍にマグカップを並べる。

 

「昔一緒にお菓子いっぱい作ったね。 どれも美味しくて楽しかったね」

 

「ティアっちも覚えが早くて、アレンジもすぐに加えるから逆に教えられる側になったにゃ」

 

「昔から作り方を知ってる感覚で材料は違えど複数のパターンが思いついただけだよ。 それにモリスちゃんだから出せる、愛情が一番の調味料だよ」

 

「にゃー恥ずかしい台詞を簡単に言ってこの~! たまには帰ってきて料理を振舞って欲しいにゃ。 勿論あたちもその調味料を、これでもかと盛り付けるにゃあ」

 

肯定しながら隣に腰掛けるとカップに手をかける寸前で右肩に体重がかかる。

 

どうやらモリスちゃんが頭を預けたからだ

 

黒い猫耳を綿あめに触れる感覚で撫で、そのまま金色の髪に手を置く。

 

「ねぇ…何か隠してない?」

 

耳元で喋る声量で予想していた質問が飛んできた。

 

「無いよ」

 

「嘘にゃ。 質問されるの予測して即答するって決めてたにゃあ?」

 

やはり読まれていた。

 

「ごめんなさい…」

 

「やっぱり。 畏まって謝るなら尚更大事な内容にゃ。 怪我とか大事な物を無くしたとかにゃ?」

 

「……あのね」

 

神話に記されている天使の魂が宿る私。 そして天使から生まれた堕天…悪魔の人がモリスちゃんにイタズラした人。

 

言えない。 彼女はこれまでティアとして長年付き合ってくれた大切な友人。 真実を伝え彼女が失望したら、きっと積み重ねた関係は一瞬で崩れ、また積み上げるのも不可能になるかもしれない。

 

「なーんてにゃ。 無理に言うのが辛いなら良いにゃ。 でもいつかは教えて欲しいにゃあ。 万が一の時じゃ遅いからにゃ」

 

肩が軽くなり湯気の立つ紅茶をグイッと飲み「あちちっ」と舌をぴょこと出す。

 

横目で動きを眺め、隣に並べた珈琲入りのマグカップに手をかけ唇に触れさせる。

 

「昔話にゃんだけど。 ティアっちが故郷の町『ファレスト』に来て次の日に二人で裏山に行ったの覚えてる?」

 

熱が喉を抜けテーブルに戻し首を横に振る。

 

亡くなった『ティア』と一つになった翌日と、言うよりかは物心付くまでの記憶が曖昧だ。 それは他の人も同じかも知らない。

 

「怖い記憶あるのは、あたちだけか…」

 

ユラユラ揺れる紅茶に反射する顔をじっと見つめ口角が下がる。

 

「太陽が照りつけてたから裏山は大丈夫って思って、落ち込んで黙りだったティアっちを連れ出したんだけど、獣も狩れない子どもが行くのは無謀だったにゃ」

 

「襲われたの?」

 

「……狼がじゃれつくつもりでも、子どものあたち達なら大怪我にゃ。 それを、ティアっちに背中を押されて助けられ、その拍子に右肩を負傷してるのを見ても、怖さが勝って腰が抜けてたにゃ」

 

脳裏に焼き付く景色が今でも夢に出るといい耳が垂れていく。

 

今まで聞かされていなかった過去。 後遺症があるのも知らず、私はモリスちゃんを連れて狩りをしていた記憶に、申し訳なさが込み上げてくる。

 

もしかしたら彼女はこれまで狼と対峙が怖かったかもしれない。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

その後は偶然通りかかった冒険者に助けられ傷も直して貰い町に帰ると大人に怒られたそうだ。

 

その助けた者は町の入口まで送り届けると姿を消した。

 

特徴は無口で長髪、若いのに珍しい白髪、太刀を納める鞘は黒。 着込んでいたコートも同色だった。

 

「今日もまたその人に助けられたにゃ! 髪ぐちゃぐちゃにされてる所を、変質者の後ろからチョップして、引きずって何処かに消えたにゃ」

 

「あの時と今回の分のお礼したかったけど、この町にいるって分かったし、生きてる間に会えそうにゃ!」

 

背中を反らせ紅茶を一気に飲み干し落ち込んでいたとは思えないくらい元気になり立ち上がり肩を回し、はにかむ顔で人差し指中指だけを伸ばした形を見せる。 完全に吹っ切れた様子にひと安心する。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

アモルさんと思い込んでいたが、よくよく考えれば歳を取らないのも不自然だ。

 

今日のお礼を兼ねてさりげなく聞いてみるのもいいかも知れないと、一人で頷いていると、暖かい手が頬に触れる。

 

「あたち、あのお姉さんに助けて貰って、実はそんなに気にしてなかったにゃ。 ただ…失礼な女が、ティアっちに似てて……」

 

「何処か遠くに行った気がして、心配と不安で胸が苦しくなって…会いに来たにゃ」

 

「ありがとう。 ()を見てくれて。 大丈夫。 一人で消えたりはしないから。 安心して」

 

握られていた手を包むように指先から触れ不安に縛られていた、二人に心の底から笑みがこぼれる。

 

「……あのねモリスちゃん。 大事な話があるの。 聞いてくれる?」

 

親友以上のモリスちゃんが軽蔑すると思っていた、数分前の自分を叱りたい程、私は馬鹿な想像をしてしまっていた。 今知りうる全てを彼女に打ち明けて、隠し事を無くして、素顔を見せよう……。

 

───────

 

ソファーの後ろで調理を終えたアミが椅子に腰掛け、テーブルに肘を付けてサンドイッチを口に運びながら、聴こえないフリをし続けていた。

 

(さっきまで天使の話が出てたが、終わった途端黙っちまった)

 

二人の分を残し皿を持ちながら近寄り難い空気を出す、間から腕を割り込ませる。

 

「飯が冷めちまうだろ。 早く食えよ」

 

「はみ出してる尾びれ見えて、焼いた魚の匂いするけどこれ…」

 

「でかいパン合ったからそのまま挟んだ、魚パン。 いや…秋刀魚パンだ! 脂がパンに染みて最高だぜ!」

 

盛り上がるのを冷めた目で尾びれを指で何度も弾き、「骨ごと食べる勇気は無いにゃ」と顔を背けた。

 

「ならしゃぶれよ! それなら口でも出来るだろ!」

 

ガタッ!

 

「おふっ!」

 

猫耳を張りソファーから飛び上がった拍子に、横にいたティアはビックリし、口元に当てていたカップの手元がズレ、珈琲を顔に浴びる。

 

「はぁ!? いきなり大声で何言ってるにゃ! 不埒! 変態!」

 

「は? 骨を舐めるのも味が染みてて美味いぞって意味でだが……ひどくねぇか?」

 

よく飴の代わりに骨をかじったりすると自分の愛用の猪の骨を取り出す。

 

「モリスちゃんどう受けとったの?」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ん…んにゃーん? んにゃ!? 珈琲まみれになってどうしたにゃ!?」

 

一人だけ茹でたこ状態になり慌てふためいていたが、衣服に珈琲が付着しているのに平然としているティアに驚く。

 

「これくらいシャワー浴びればすぐだから、気にしないで。 ちょっと離れるね」

 

手を振りモリスの傍を離れ洗面所に姿を消した。

 

持っていた皿をひとまずテーブルに置き腰を捻らせ音を鳴らす。

 

「あーいう所昔からあるのか?」

 

「自分より他を優先って意味?」

 

「アタシも初めて会った時悪さしてな。 自業自得で怪我したってのにずっと心配されたよ。 今じゃどっちがお節介か分かんねぇ」

 

金髪のおさげが揺れ、アミの前を塞ぎそのまま頭を下げる。

 

「ティアっちをどうか宜しくお願いしますにゃ。 田舎暮しで世間を知らない、箱入り娘な子だけど…ずっとサポートしてあげて欲しいにゃ!」

 

かしこまった対応に腰を引くが、一緒に成長した家族同然の関係であるから、モリスも気が気で無いのだろう。 しかし、本人が決めた道を閉ざすのは無礼でもあり、成長を止める事になる。

 

「言われずともそうするさ。 モリスちゃん」

 

「その呼び方はティアっち限定にゃ。 アミちゃん」

 

普通にツッコミを入れられ拍子抜けしたが、咳払いしさっきの話を入れながら会話を続ける。

 

「前の世界を破壊した力を持ってるティアが"怖い"じゃなく、力に飲まれないか"怖い"ってのは分かる」

 

「だがな、アイツはそれを抱えて自分の道を歩んでるぜ。 聞いただろ? 天使とも上手くやっていくって」

 

「分かってるにゃあ…。そうは言っても、最後は一人で背負い込む性格にゃ…」

 

ポツポツと昔話を始め、耳を立てる。

 

冒険者になる前日の夜、人間年齢一歳年上で、先に様々な場所を見て回ったモリスは共に旅をしないかと誘い出した。

 

お互い冒険者になる前は未開の地に行くなど語り合い、了承されるのは間違いないと手を差し伸べたが、握り返され無かった。 ほぼ毎日会っていながら、隠していた気持ちを喋り出す。

 

足でまといになる等を伝えられたが納得出来ず、言葉は全て耳から通り抜け、いつも人前で弱音を吐かない口へ視線が移り、頭より先に身体が…………。

 

話が止まり指で唇をなぞり始め、アミはどうなったのか頭に思い浮かべる。

 

「! ガムテープで口を塞いで、勢いではがしたんだな! たらこ唇になるわな!」

 

「ウマシカにゃ?」

 

「ウルフだよ」

 

「まだ知識が無いなら言わないでおくけど、…最低な行為だったにゃ」

 

(寸前で手で遮られ、未然で済んだ。 脳裏に焼き付くその後の顔。 照れくさく笑い、「心配かけてごめんね」の一言で済ませ、翌日には一夜のやり取りを空白にして、怒りもせず笑顔。 笑顔。 笑顔)

 

血が滲みまで唇を噛み、過ちを責めて欲しいと何度願ったか……。

 

あの日のやり取りはお互い忘れたフリをして過ごしている。……鉄の味を舌で感じると思い出される記憶と罪悪感。 独り占めしようとした罰だろう。

 

「んー昔話は置いといて。 内緒で一人重荷を背負ってんなら、怒鳴ってやればいいんだよ」

 

「不運な道を歩んでるアイツに同情したくなるさ。だが、大事な局面でも甘さが出ちゃ自己犠牲を許しちまう。 なら目覚めの拳を当てるしかねぇだろ」

 

「火に油を注ぐにならないと良いけどにゃ」

 

「殴った後に目一杯謝って、最後には褒めてやればいいんだよ」

 

固くなっていた身体が和らぎ口元を緩ませるモリス。 アミも普段口にしない言葉を連続で発した恥ずかしさに頭をかく。

 

「アミっち。 これからは力合わせて苦労しようにゃ」

 

「おぉっ……あ? 力合わせるのはそこか?」

 

握手してから首を傾げ、はてなマークを頭の上に無数浮べる。

 

「友達も増えたしティアっちも気苦労してくれればいいにゃーにゃはは」

 

すっかり吹っ切れたモリスは片足を軸にその場でクルクル回り出す。

 

「そうだな」と共感し好奇心から肩を押し更に回転数を増やしていくと顔が青くなり止まった。

 

「おえ~アミっちのいじわる~」

 

また座らせてしまう状況を作ってしまい、気まずく頭をかいた。

 

 

―つづく―

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 20~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。