第159代アリス (おべん・チャラー)
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金時計

 それは、せっかくの三連休も部活に追われ、全然休んだ気がしていないある秋の日の事だった。

 

 学生にとってオアシスとも言える三連休が部活に消えそうだとの危機感を抱いた俺は、休日二日目である祝日に祖父の家に呼ばれていると嘘をついて、休暇二日目の部活を半日でフケた。

 

 気持ちも軽く家に帰った所で、専業主婦の母が部活に行かないなら勉強しろとうるさいので、この際本当に電車に乗って祖父母宅に行ってしまおうと考えた。

 

 

 電車に数時間揺られて、ようやくインターホンを押す。迎えてくれた祖母はやはり初孫には甘く、冷えたジュースやお茶請けを次々に出してくれた。

 

 明日も休みだから泊まっていくよと言うと、晩飯には手巻き寿司が来た。しめしめ、と甘い汁を吸いつつ、高校生にもなってこんな事をしている自分に多少の罪悪感を覚えた。

 

 

 風呂も借りて、風呂上がりのアイスも頂きそれはそれは有意義な休日だった。布団に入るまでは。

 

 

 まったく、信じられないと思う。

 自分の祖父がほんの少しばかり常識外れで、時たま思い付きで行動する突拍子もない人物であるのは知っていたが、まさか真夜中に叩き起こされるなんて。

 

 こっちは久しぶりに祖父母宅に訪れて、道中疲れ果てて倒れる様に眠った孫だぞ?

 敬老の日だからと言って調子に乗らず、もう少し気を使え、と俺は本日の自分の行動を全て棚に上げた。

 

 俺は渋々、大きな欠伸を噛み殺す事もなく、爺さんの元に案内する婆さんについていった。

 

 くの字に曲がっている婆さんの背中を見ながら、同情した。爺さんの暇潰しに付き合わされて、婆さんも大変だな。

 

 

 爺さんは、居間の暖炉の前に座って俺を待っていた。何だ、いい歳こいてその大物演出は。俺の眠気は苛つきに進化しつつあった。

 

「爺ちゃん、何?」

 

 俺が眠気を隠さないヘロヘロとした声で尋ねると、爺ちゃんは「よっ」と片手を上げて挨拶した。

 

 夜――しかもこんな時間の挨拶には、いささか無礼すぎやしないか。

 

「何なの、眠いから早くして」

「じゃあ、ホレ」

 俺に応えて用事を早く済ませてくれる気ならしい爺さんは、言いながら俺に何かを放った。

 眠気に負けずナイスキャッチ。さすが俺。

 

 俺の手の中で暖炉からの炎の光を怪しく撥ね返しているのは、新品同様の金色の懐中時計だった。

 

  首にかけるのだろうか、チェーンはあるがとても短く、その長さは子供用さながらで、俺の首からぶらさげると、時計は心臓の辺りで時を刻んだ。

 

 今時そこら辺の店で売ってる様な蓋が付いたシャレたデザインではなく、蓋が無くシンプルで、使い易い代物だ。

 

「お前にやる。俺もこんな歳だし、走るのは疲れたんでな」

 

 爺さんが言った。走るのは疲れたって、タイムを計るのに使っていたのか?爺さんは昔プロのマラソン選手だった事は、俺も知っていた。

 

「サンキュー。練習の時に使うよ」

 

 俺は口角を上げて礼を言い、部屋に戻るため踵を返した。

 

 爺さんの血をしっかり受け継いで俺も、高校で陸上をしている。成績の方は泣かず飛ばずいった感じで、最近では入部した頃の情熱は鳴りを潜め、すっかり惰性で続けている様なものだが。

 

 部屋に戻ろうとする俺の背中に向かって、爺さんの言葉が聞こえた。

 

「しっかり生きろよ」

 



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双子

 ―あ、ねぇねぇ。ウサギがいるよ。

 ―本当だ。よかったね。

 ―よかったね。死んでるのかな?

 

「もしもし?」

 

 何だ。人が気持ちよく寝てるのに、つつくなよ。「…ぅさい…」

 

 

「わ。僕の手を払ったよ。まだ生きてるね」

 

 俺の頭上で嬉しそうな二人分の声が笑う。何だよ、生きてるって何の事?

 

「ね、ウサギさん。起きてよ、ウサギさん」

 

 今度は耳元で声が聞こえて、肩のあたりを思いきり掴まれて揺さぶられる。何だよ煩いなぁ。

 

 俺が目を開くと、眠気覚めやらぬ脳味噌が、目の前の光景を一瞬認識した。

 また目を閉じる。どうやら仰向けに寝っ転がる俺、覗き込む何者かの顔、天空に広がる快晴。

 

 うっわ、天気いいなぁ…。

 

 

 ……。

 

 

 えっ!? 青空!?

 

 脳内でゆっくり吟味した結果に俺は驚き、衝撃ではっきりと目を覚ました。再び目を、今度はバッチリ開く。

 そこに映ったのは、やたら可愛い女の子の顔だった。

 

「あ、ウサギさん起きたぁ」

 

 俺の肩を揺さぶりながらその顔を覗き込んでいた女の子は、パッと顔を明るくして言った。

 

「おはよう、ウサギさん」

 

 続いて反対側から声が聞こえて、その方向を見ると四つん這いの体制からゆっくりと身を起こす、肩を揺さぶっていたのと同じ顔がいた。

 

 え?何コレ。

 

「お、おはようございます」

 

 とりあえず挨拶だけは返しておくが。

 

 

 あれ? 俺ってば何でこんな所にいるの?

 

 上半身を起こして辺りを見渡す。

 

 さほど離れていない場所に、鬱蒼と生い茂った森があった。

 

 尻の下にあるのは、一面広がる刈りこまれた芝生。

 

 頭上に広がるのは白い雲が点々と浮かぶ青空。

 

 爺さん家の近くの景色と似てるけど、何か違う。

 俺はこの景色に、子供がクレヨンで描いた様な幼稚さを感じた。

 

 俺が景色を見渡していると、横に正座した女の子が訊いた。

 

「ねぇねぇ、新しいウサギさんなの?」

 

「は?」

 

 訳の分からない女の子の問いに、思わず強気の姿勢で訊き返してしまう。

 

 泣かれるかと一瞬思ったが、女の子は相合を崩す事なく、座っていた。

 

 俺が答えに困っていると、反対側の同じ顔が言った。

 

「新しいウサギさんだよね。でも金ぴかだね」

 

 またコイツも訳分からん。

 

「ちょ、ちょっと待て。待ってくれ」

 

 俺が両手を上げてお手上げポーズを取っても、両脇の二人はやはり笑顔を崩さなかった。

 

「ウサギさんって何だよ。俺は健全な男子高校生だっての」

 

 俺が女の子に言うと、その子は笑って首を傾げた。

 

「だから、ウサギさんでしょ?時計 持ってるもんね」

 

 彼女は俺の胸元を指差した。

 昨日爺さんから貰った金の懐中時計が、そこにはあった。

 

「……時計持ってるから、ウサギさん?」

 

 

「時計を持ってるのは、ウサギさんだよ」

 

 俺の問いに女の子は満面の笑みで答えた。勘弁してくれよ……。

 

 これはおままごとか?

 俺はあれから、あまりに寝惚けすぎて爺さん家から出た見知らぬお家の双子と、おままごとでも始めてしまったのだろうか。

 

 抜けている部分の記憶を一生懸命探していると、女の子とは反対側の子がさっきと同じ事を口にした。

 

「でも、金ぴかだね」

 

 金ぴか? 時計の色の事か?

 

 俺の身に付けている物で金ぴかと言えば、この懐中時計しかない。

 

「そうだね。ウサギさん、女王様のウサギさん?」

 

 女王様!? いやいや、そんな趣味はありませんけど!?

 

「ウサギさん、シロウサギさん?」

 

 だから、何だよ。ウサギがシロウサギって。

 

「ああ、もう! ワケわかんねぇよ!! ああ、そうだよ。俺はシロウサギだ!」

 

 俺はもう訳が分からなさすぎて、適当に、投げやりな相槌を打った。

 

 適当だった…のだが。

 

「フフフ…シロウサギだって」

 

「フフフ…どうりで美味しそうだと思った」

 

 二人の奇妙な反応に、俺は不安を覚え始めた。

 

「…へ?」

 

 双子は俺の胸にそれぞれ片手を置き、力任せに押し倒した。お陰で頭に軽い衝撃が。

 

「は? 何だよ、お前ら! おい、邪魔だ、どけろ!」

 

 言うが、双子は俺を離さない。

 

 それどころか、俺を押さえ付けたまま話し込んでしまった。

 

「どこから食べようか?」

 

「多分、どこからでも美味しいよ」

 

 目の錯覚でなかったら、双子の口の端から滴り落ちるのは、ヨダレではないだろうか。

 

「女王様のウサギだから、きっと骨まで美味しいよ」

 

 食べんの!?

 

 本日一番のショックに、俺は声を上げた。しかし、そんな事も双子は気にしない。

 

 さっきまでは少し訳が分からない事を言っても、可愛い子供達だと思ってたのに、気付けば百獣の王にも劣らぬ肉食っぷり。

 

 一体、今日はどうなってんの!?

 

「…うん。じゃあ、そうしよ!」

 

 ただただ焦っていた間に、俺の上の双子は話をつけ終わった様だ。

 

 もう待ちきれないと言わんばかりのヨダレが、俺のTシャツに滴り落ちる。

 

 双子は俺の顔を向いて、口を大きく開いた。頭から食う気かよ!? っていうか口デカイ、恐っ!

 

 双子の口内には、肉食獣と同じ鋭い牙が植わっていた。

 

「いっただっきまーす!」

 

 声を揃えて俺の頭に噛みつこうとする双子。

 

 俺はもはや諦めて、目をギュッと閉じた。

 

 その瞬間。

 

「ぎゃっ!」

 

 目の前の双子が吹っ飛んだのと、俺の毛先に何か爆風の様な物を感じたのは、ほぼ同時だった。

 

 呆気にとられて、吹っ飛んだ双子を見る。

 

 二つの小さな体は、数メートル先で黒焦げになって折り重なって倒れていた。

 俺は小さく息を飲んだ。

 

「おいおい。せっかく助けてやったのに礼も無しか?」

 

 背後からの声に、俺は振り返った。

 

 俺の直ぐ近くに岩があり、声の主はそこに立っていた。

 

 その人は青いエプロンドレスを着た女性だった。

 それは膝上丈の短いもので、露になっている脚を白いオーバーニーソックスが保護している。

 

 腰まである、艶やかな黒髪はしかし、女性の口調のせいで清楚な印象は与えてくれなかった。

 

 そんな姿に似合わなさすぎる獲物を肩に担いだ彼女に、俺は月並みな質問をした。

 

「お…お前は…?」

 

「あー? アタシの事、知らねぇのか? ……まぁいいや、そんな日もあるさな」

 

 彼女は野生的に歯を剥き出して笑いながら、こう言った。

 

「第159代目、アリス!」

 



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第159代アリス

 「あ…アリス? アリスって、あのアリス?」

 

 いくら俺だって、世界的に有名な童話の類くらい知っている。アリスといえば、不思議な世界に迷い込んだ少女の名前だ。

 

 しかし俺の目の前にいる女性は、アリスなんていう可憐さとは程遠く、女というのも疑わしい程荒々しい感じがした。

 

 しかも彼女が肩に担いでるのは――。

 

 「それ……バ、バズーカ砲?」

 

 マンガくらいでしか見たことない、物騒な凶器にしか見えない。

 

 俺の問いに答える事もせず、彼女は肩に担いでいる獲物をドスンと地に下ろして、それに手をかけながら俺の顔を覗き込んだ。

 

 「んん? テメェ、シロウサギか?」

 

 コイツもかよ。何なんだ、シロウサギって。そもそも何で俺がウサギって呼ばれるんだ。

 

 段々苛つきが蘇って来て、俺は思わず怒鳴ってしまった。

 

 「俺は、ウサギじゃ、ねぇ!」

 

 途端、女の手が俺の胸元に伸びてきた。何かされるのかと思って、俺はとっさに身を退こうとする。

 

 しかし彼女が掴んだのは、俺の胸元で揺れている金時計だった。掴まれ、グイと引き寄せられる。

 

 「くだんねぇ嘘言うな。金時計を持ってるのは、女王んトコのシロウサギだけだろ」

 

 チェーンが短いから、引っ張られる と少し苦しい。俺は女性の体を突き放して、距離を取った。

 

 女性が少し体制を崩したので焦ったが、すぐに立て直して仁王立ちしたのを見て、安心した。

 

 しかしそれは、この人には無用な事だろうとすぐに思い知らされる。

 

 「あぁ? テメェ、シロウサギの癖に何だその態度は、あぁ!?」

 

 随分タチの悪い不良みたいなアリスだな。俺は少し、むっとする。

 

 しかし俺の思考は、次の自称アリスの一言で一気に疑問に満たされた。

 

 「大体、シロウサギがこんなトコで何してやがる。シロウサギっつったら、普通は走ってるモンじゃねぇのか?」

 

 こっちが訊きたい。さっきから怒涛の展開すぎて、頭がついていかない。俺はぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。もう、訳が分からない。どうすればいいんだよ……。

 

 「そんなん、知らねぇよ……」

 

 女性は一瞬驚いて、品定めする様な目つきで俺を見て訊いた。

 

 「もしかして……新しい、2代目のウサギか?」

 

 何だよ、みんな俺の事ウサギウサギって。まだ三人にしか呼ばれてないけど。

 

 多分俺はまた、むっとした顔でもしていたのだろう。自称アリスは、優しく諭す様な口調だった。哀れまれたのかもしれない。

 

 「テメェ、記憶喪失にでもなったのか? テメェみたいに時計を持ってる動物は、ウサギって言うだろ」

 

 「なっ…何ソレ。タチの悪い冗談――」

 

 俺が笑って言いかけた時、全て分かった。

 

 俺は、自分でも知らない土地に、今いるのだと。

 

 「はぁ? テメェ…寝惚けんのもいいかげんにしろよ」

 

 そう女性が言うのも、俺はろくに聞いていなかった。

 

 さっきは混乱してあまり見れなかった周囲の景色を再び確認する。

 

 程遠くない所から広がるのは、鬱蒼とした森。

 

 地面には一面、丁寧に刈りこまれた青々とした芝生。

 

 森と反対側には、小さな可愛らしい家があった。

 

 頭上には、現実離れした蒼が広がっていた。

 

 「ウサギは走って王国に行くもんだ」

 

 俺が呆然と周囲を見ていると、自称アリスが言った。

 

 俺はもちろん、信じられない言葉を聞き返す。

 

 「どこにだって?」

 「おいおい。ちゃんと聞いてろよ」

 

 自称アリスは、呆れ顔で言った。

 

 俺の耳が間違ってなかったら、まるでその言葉は時代錯誤だ。

 

 「ハートの王国。」

 

* * *

 

 

 とりあえず、ここまでの俺の状況を整理してみよう。

 

 まず、俺は気付けばこの見知らぬ土地で寝っ転がっていた。

 

 そして食べられそうになっていた所を、このアリスとかいう女に助けられた。

 

 次に、俺はどうやら二代目のシロウサギらしい。

 

 昔、読書感想文で読んだアリスの話では、確かシロウサギはハートの女王の所に行く為に走るキャラクターだった気がする。

 

 シロウサギは走る。

 

 それに気付いた時、俺は昨日の爺さんの一言を思い出した。

 

 『俺はもうこんな歳だし、走るの疲れたんでな』

 

 つまりこういう事か。

 

 シロウサギは、ハートの女王の城に行く為に、走らなければならなくて、初代のシロウサギはうちの爺さんだったが、爺さんは走るのに疲れたから、突然孫に何も言わず代替わりをした。と。

 

 ……………。

 

 

 あのジジイ!

 

 あまりに一方的すぎる代替わりに憤りを覚えつつ、俺はその推理をアリスに提言した。

 

 するとアリスは、野生的なあの笑い方で、声を上げて快活に笑った。

 

 「先代のシロウサギはそんな事言ってたのか、そーかそーか!」

 

 何処がそんなに笑えるものか。犠牲にされた方はたまったもんじゃない。

 

 俺がふてくされてると、アリスは 企みのある顔でニヤリと笑った。

 

 「解放されたいか?」

 「そんな方法、あるのか」

 

 俺がそれに食い付くと、アリスは少し残念そうだった。

 

 「シロウサギは面白いと思うんだけどねぇ。ま、辞めたいんだったら仕方ねぇ。チェシャ猫のトコまで行こうじゃないか」

 

 その面白いとか辞めたいとか、妙に役職っぽい。

 

 アリスの言葉は妙に気になる事ばかりだが、とりあえず今気になった新しい単語の事を訊いてみる事にした。

 

 「チェシャ猫?」

 

 「ああ、森のどっかに住んでる。長生きな奴だから、代替わりする方法を知ってるだろ」

 

 そうなのか? まぁ、そういうからそうなのだろう。

 

 とりあえず俺はこの理不尽な世代交代から抜け出す為に、アリスと一緒にチェシャ猫なる者に会いに行く事にした。

 

* * *

 

 

 森の道無き道を行く。

 

 鬱蒼と茂った森は薄暗くて不気味だったが、俺の前を進むアリスの背中のバズーカ砲を見ると、だいぶ心強くなった。

 

 そういえば、シロウサギやアリスについてる『〇〇代目』ってのは何だろう。

 

 俺がそう訊くと、アリスが歩きながら説明してくれた。

 

 「決まってるだろう。アリスだって、使えなくなる時は来るんだから」

 

 ……やっぱり全然分からん。

 

 それにしても、俺は2代目でアリスは159代目って、何か数字が開きすぎてないか?

 

 「あぁ、アリスはここ50年で次々替わってるらしいからな。アリスが長続きしてるのはアタシくらいなもんだ。平均したら、みんな半年もしない内に辞めちまう」

 

 そ……そんなハードな職業なんだ、アリスって。……バズーカ砲持ってるくらいだしな。このアリスさん、軽々と背中に背負ったり、担いだりしてるし。

 

 「……なんでバズーカ砲持ってんの?」

 

 

 俺が恐る恐る訊くと、アリスはケロッとした声で言った。

 多分今、世界の常識を語る人の顔をしているだろう。

 

 「アリスは双子を狩るもんだろ」

 

 双子撲滅運動!?

 

 俺は先刻の双子を思い出す。

 

 可哀想に、この銀色に光る凶器に吹っ飛ばされて、黒こげだったっけ。

 

 もっとも、吹っ飛ばされた理由が俺を食べようとしていたからだから、自業自得というやつだが。

 

 もしかして双子という種族は、この世界では獰猛な肉食獣なのだろうか。

 

 そもそも、双子が俺を食べようとした理由が分からないが。

 

 俺が疑問を声に出してもいないのに、その答えは頭の上から降って来た。

 

 「それは、ウサギが双子の大好物だからだよ。シロウサギちゃん」

 

 声のした方向を見ると、空気の様に軽い声の持ち主は、同じ位に軽い身のこなしで木の上から飛び下りて俺とアリスの間に優雅に着地した。

 

 「ど~も~、チェシャ猫で~す」

 



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帽子屋とお茶会

 木の上から登場した変な奴は、俺を向いて仰々しく礼をした。

 

 左腕を背中に回し、右足を軽く曲げて左足に重心を置き、右腕は大きく輪を描きながら頭と一緒に地面へ向かう。

 

 下げた頭と手の甲は、ほとんど地面についていた。恐ろしく体が柔らかい奴だ。

 

 俺はこいつが名乗った名前をたどたどしく口にした。

 

 「チェ……チェシャ、猫?」

 

 体の線はとても細いが、そいつはどうも猫というより普通の男性に見えた。

 

 というか、おもいっきり人間の男だ。

 しかも美男子だ、美青年だ!

 

 長生きだとアリスから聞いていた俺は、思いきり面食らってしまった。てっきりヨボヨボのおじいちゃんかと思っていたのだ。

 

 

 男は頭を垂れた体制から素早く顔だけを上げると、調子の良い声で答えた。

 

「ハイ、その通り! 世に聞くチェシャ猫とは、俺の事だよ!」

 

 自己紹介をされては、こちらもそれに答えないと俺のスポーツマンシップが廃る。

 

 俺が自己紹介をしようとすると、ゆっくりと上体を起こしながらチェシャ猫が言った。

 

「あぁ、君の事は知ってるから大丈夫。君が俺に訊きたい事も。ね、シロウサギ君?」

 

 もうここまで来て、シロウサギと呼ばれる事に大した抵抗は無くなってきた。慣れって恐ろしい。

 

 起立したチェシャ猫の身長は、俺の頭三つ分は高い。その脚は恐ろしく長い。それでいて全体的に細いのだから、一発蹴ればポキンと折れそうだと思った。

 

「さて、君は元の世界に戻りたい、と。この世界に来て早々、代替わりをしたいという事だね?」

 

 チェシャ猫が俺に訊くと、今は彼の影に隠れて見えないアリスの茶化す様な声が聞こえてきた。

 

「さっすがチェシャ猫様。もはや全てお見通しという訳だ」

 

 チェシャ猫はアリスを肩で振り向くと、慢心している様な声で否定した。

 

「何を言うんだい、アリス。俺にだって分からない事はあるさ。例えば、女王様の考えている事とかね」

 

 チェシャ猫は肩をすくめたが、「さぁ、どうだか」とアリスが呟いたのが聞こえた。何となく仲の悪そうな二人だ。

 

 ちょっと気まずくなりながらも、何とか現状から脱出したい俺は、意気込んで訊いた。

 

 「教えてくれ、チェシャ猫。どうやったら、シロウサギを辞められる!?」

 

 チェシャ猫は右手で左腕の肘を支えて、頬杖をついて「う~ん」と唸った。かといって困った風でもなく、むしろ面白がっている感じだ。

 

 やがて何かを思い付いたのか、猫は人指し指を立てて提案をした。

 

「君達、ちょっと俺の代わりに帽子屋の所へ行ってくれないかな?」

 

 提案の意味が分からない俺をさし置いて、「ハァ!?」と声を荒げたのはアリスだった。

 

「ざっけんなよ、それとこれと、何の関係があるってんだ!」

 

「無条件という訳じゃない。もし君達が俺の代わりに帽子屋の所へ行ってお使いをしてきてくれたら、シロウサギ君が引退する方法を教えようじゃないか」

 

 チェシャ猫は立てたままの人指し指を唇に軽く当ててアリスに言うと、今度は俺を向いて、最初と同じ形のお辞儀で俺の顔を覗き込んだ。

 

「どうだい? シロウサギ君」

 

 まあ、人にモノを教えてもらうんだから、もちろんタダという訳にはいくまい。世の中ギブ&テイクだ。それはこの世界でも同じだと思う。

 

「分かった」

 

 俺がチェシャ猫の条件を飲み込んでコックリと頷くと、アリスは突然俺とチェシャ猫の間に割って入った。

 

「おい、ウサギ! そう、物事を後先考えずに進めるのは良くない! 止めろ、止めた方が良い! 絶対止めるべきだ!」

 

「何だい、アリス。俺はシロウサギ君に言ってるんだよ」

 

「黙れ! アタシはあの帽子屋は大っ嫌いだ!」

 

「落ち着けよ、アリス。俺が帽子屋の所に行くんだ。別にお前が 行く訳じゃないんだから、いいだろ」

 

 俺が口を挟むと、アリスは「よくない!」と半場取り乱して言った。

 

 チェシャ猫が、冷静に説明してくれる。

「アリスはシロウサギを見付けたら、行き先が何処だろうと、後を追うかついていかなきゃいけない。まぁこれは、この世界の掟みたいな物なんだよ」

 

「へぇ」

 

 俺は妙に感心してしまった。アリスがシロウサギを追いかけるなんて、妙にアリスっぽい所もあるじゃないか。

 

 チェシャ猫は両手を頭の後ろで組んで、アリスを面白そうに見ながら言った。

 

「まぁ、今回帽子屋に行くのはあくまでシロウサギ君だから。シロウサギ君は他の誰でもない自分の為に行くんだから、君に反論の余地は無いよ。ねぇ、アリス?」

 

 アリスは反論する言葉が見付からず、ただチェシャ猫を睨んでいた。

 

 

* * *

 

 

 

 チェシャ猫に言われ、アリスと一緒に帽子屋のいる森の泉の畔まで来た俺を出迎えたのは、俺と同じ歳頃の男の子だった。

 

「ようこそ、アリスにシロウサギさん。待ってたよ」

 

 男の子は俺達が来るのをまるで知っていたかの様に言った。

 

 いや、それも気になるが、今はもっと気になる事が……。

 案内をされている間、俺は我慢出来ずに、自分の心の引っ掛かりを口にした。

 

「君……それ、着てるのって…」

 

「あ、これですか? お茶会の時には僕達三人共、これを着てますよ」

 

 エへ、と男の子は首を傾いではにかんだ。いや、似合ってるけど、そうじゃなくて。

 だってそれ、着物でしょう?

 

 男の子が着用していたのは、見事な日本の伝統民族衣装だった。それはそれは見事な着こなしで、いち日本人としては恥ずかしくなってくる。

 

 ん? 待てよ。着物で野外でお茶会っていう事は……。

 

 俺達が着物の男の子について畔の方に歩いていくと、夜の歌舞伎町で聞く様な、野太さの中に微かな色気が混じる声と遭遇した。

 

「ちょっと、ネムイズミ! 早くこっち来て新しいお茶たてなさい!」

 

「あ、はい!」

 

 声に呼ばれて男の子――おそらくネムイズミ君は声のした方に駆けていった。俺達もそこを通る。

 

 森の緑の中に唯一赤の空間がそこにはあった。

 

 そう。野点。

 

 赤い毛氈の上で爪の手入れをするお姉さんと、その向かいに座るいかにもガラの悪いお兄さん。

 

 お兄さんの方には、ちょっとだけアリスを彷彿とさせるものがある。

 

 お姉さんが爪の手入れをする手を休める事なく、ネムイズミ君に言った。

 

 口を開くと、信じられない事に、さっき聞いた歌舞伎町にいそうな声が。

 

「で、アンタは誰を連れてきた訳?」

 

 よく見ると体格も女性にしては逞しい。俺は男として、酷くがっかりする。

 

「あ、はい。こちらはアリスとシロウサギさんです」

 

 ネムイズミ君がお姉さん改めお兄さんに紹介した。

 

 俺も自分から進んで自己紹介をしようとして、口を開くが、お姉さんお兄さんに遮られてしまった。

 

「誰がいつそんな当たり前な事訊いたのよ! 私が言ってるのは、何でアリスがここにいるかっていう事!」

 

「あ、あの……今回は、俺が帽子屋さんに会いにですね……」

 

 このお兄さんを落ち着かせようと言って、自分でも改めて思った。帽子屋さんはどこだろう。

 

 帽子屋というからには、帽子を被っていたり、売っていたりするのだろう。

 

 しかしながら、ここにいるのは人の良さそうな男の子と、おネェ口調のお兄さんと、着物を格好良く着崩して腰帯からいくつも時計をぶら下げているアンちゃんだけだった。

 

 俺がキョロキョロしていると、俺の後ろであぐらをかいて座っていたアリスが、いきなり自身の膝を叩いて一同の視線を引いた。

 

 ゆっくりと顔を上げたアリスの口から出てきた言葉は。

 

「よう、言ってくれるな。帽子屋」

 

 ええ!? このおネェさんが、帽子屋!?

 だって帽子屋っていうからには、帽子被ったり売ったりしてるんじゃないの!?

 

 アリスの言葉に、帽子屋が反撃した。静かな言葉にトゲを交えて。

 

「他にどう言えばいいのかしら、可愛い可愛いアリスちゃん?」

 

 俺は帽子屋の手元に今気付いた。ただ爪の手入れしてるんじゃなくて、マニキュアを塗っている。しかも、あの細かな絵柄は、

 

「ネイルアート……帽子屋が?」

 

 俺が思わず口に出すと、帽子屋は思いきり膨れ面をした。気持悪……じゃない、気味が悪い。……どっちも同じ意味か。

 

「何よ、帽子屋が帽子を売るって何百年前の話? 帽子なんてダッサイ物、いつまでもちまちま売ってられないわよ。それより、時代はネイルアート。アタシはこれで生計を立てるの」

 

 後半の言葉をうっとりと言って、帽子屋は完成した芸術作品を周りの木々に映えさせる様にして鑑賞した。

 

「いきなり帽子売りをやめて先代を引退に追いやったの、テメェじゃねぇか」

 

 アリスがボソリと呟く。しかし帽子屋はしれっと反論した。

 

「アタシのせいじゃないわ。アノ人は長年の心労で倒れたの。人聞きの悪い事言わないでくれない?」

 

「その心労の原因は誰だよ…」

 

 ケッと唾を吐きながらアリスが言った一言は、今度は帽子屋には聞こえなかった様だった。

 

 その前に、ガラの悪いアンちゃんの方が、完全にキレちゃってる喋り方で俺に話しかけたのだ。

 

「で? え、エ? お前ってばシロウサギ? なぁなぁ、一緒に呑もうや。俺ってば、三月ウサギだからさぁ」

 

これでこのお兄さんが腰帯に無数の時計を付けている理由が分かった。時計を身に付けているのは、確かウサギさんだったよな。

 

「あ…そ、そうなんだ。よろしく…」

 

 圧倒されながら挨拶すると、三月ウサギは舌を出して「ヒャハハハ!」と笑った。怖い! 怖いよ、お兄さん!

 

 俺が引いたのを感じたのか、帽子屋はまだ爪を鑑賞しながら三月ウサギに言った。

 

「ちょっと、ウサギぃ。あんまりシロちゃん怖がらせるんじゃないわよぉ。アンタの笑顔は無駄に怖いんだからぁ」

 

 そのシロちゃんってのは、もしや俺の事?

 三月ウサギはまた舌を出して笑った。

 

「え~ん、マジでぇ?俺ってば泣いちゃう~」と言いつつもその顔には悲しみなぞ一切感じられない。

 

 初めて見た時から、そういえばこの男の顔には狂気的な笑い顔しか張り付いてない気がする。

 

「で、アンタ達、わざわざ何しに来たのよ?」

 

「え?」

 

 帽子屋に訊かれて、俺とアリスは顔を見合わせた。

 

 そういえば、チェシャ猫のお使いの内容を聞いていない。というより、言われなかったと言った方が正しいだろう。

 

 俺達がお使いの内容を訊こうとすると、チェシャ猫は「行けば分かるよ~」と言って、俺達を自分の縄張りから追い出したのだった。

 

 というか、ネムイズミ君のおもてなしからして、俺達が来た理由などとっくに知れていると思ってた。

 

 ネムイズミ君は、俺達が来る事を知っていた様な口ぶりだったのに……変なの。

 俺とアリスが戸惑っていると、帽子屋は不満げに口を尖らせた。

 

「なぁにぃ? 用向きは無い訳? 冗談じゃないわよ、こっちは暇じゃないんだからねぇ」

 

 いやいや結構暇そうに見えますが。

 

「用が無いなら帰ってくれなぁい? いつまでもそこにいられると、爪が割れちゃうわぁ」

 

 意味が分からないし、そんな事百パーセント有り得ないし。

 

 アリスの方を見る。もう怒り浸透、という顔をしていた。

 

 そしておもむろに、背中のバズーカ砲を外して空中でくるりと延髄を描くと、砲口を帽子屋に向ける。

 

「ふっざけんな! こちとらテメェのトコなんざ来たくなかったのにこんなトコに来させられて、もうムカムカしてんだよ! チェシャ猫の言う事に素直に従うアタシが馬鹿だった! もうテメェをぶっ殺して帰る!」

 

 アリスさーーーん!?

 

 これは大変だ!何がそんなに気に入らないのか知らないが、アリスをここに長居させておく訳にはいかない。

 

 双子殺しは知らないが、帽子屋殺しは罪になるだろう。そんな事をさせる訳にはいかなかった。

 

 ていうか、アナタが帽子屋を殺したい理由は多分、ムカムカしてるからだけじゃないでしょう!?

 

 俺はアリスの構える砲口に飛びかかり、全体重をかけて下に向けさせると、無我夢中で用件を捲し立てた。

 

「すいません、俺達チェシャ猫に言われて来たんですけど、とにかく行けとしか言われなくて目的とか何も聞いてないんで、とりあえず今日はアリスの機嫌も悪いようなんで帰りますごめんなさい!」

 

 ああ、もう滅茶苦茶じゃないか俺……。

 

 アリスは俺を振り払おうとしてバズーカを右へ左へ振り回すが、俺としても頑として離れる訳にはいかない。

 

 と、そこへ誰かの影が差した。それと同時にアリスの動きが止まり、俺が顔を上げるとそこにネムイズミ君がいた。

 

 彼の右手はアリスの額に伸びている。アリスが冷や汗をかいて悪態をついた。

 

「クソッ…ネズミが…っ」

 

 ネムイズミ君はちょっと腕にバネの力を加えて、アリスを吹っ飛ばした。彼女が木の幹に強かに背中を打つと、その樹皮が割れた。

 

 えぇ!? 本当に何者だよ、ネムイズミ君!

 

 アリスを吹っ飛ばすと、ネムイズミ君は俺を向いた。しかし、何だか眠そうに、目がトロンとしている。

 

「チェシャ猫に言われて来たんですか?」

 

 俺はアリスを心配するやら、ネムイズミ君の意外な強さに度肝を抜かれるやらで、震えながら数度首を縦に降った。

 

 ネムイズミ君が、眠そうな顔を満足げにほころばせた。

 

 ネムイズミ君は顔を帽子屋に向けて言った。

 

「だ、そうですよ。チェシャ猫さんから預かっていた品の件じゃないでしょうかね?」

 

 帽子屋は「そうならそうと、早くいいなさいよ。んも~」とか言いながら着物の懐に逞しい腕を入れる。

 

 腕が出てきた時、その手に握られていたのは鍵だった。帽子屋はそれをちらつかせながら、俺に言った。

 

「これの事?」

 



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猫と鍵とイモ=ムシ

 チェシャ猫からの預かり物らしいどこぞの鍵を持ち、俺とアリスは帽子屋のアジト(?)を後にした。

 

 俺が帰ろうとすると、何故かとても残念そうに俺の足にしがみついて離れなかった三月ウサギに、アリスが一発蹴りを見舞ってノックアウトさせた。三月ウサギ、可哀想。

 

 アリスを吹っ飛ばした後、ネムイズミ君は俺達が帽子屋から鍵を預かるのを見届けると、三月ウサギに背中を預けて眠ってしまった。

 

 「どうしたの?」と聞く俺に、帽子屋は、「力仕事の後には寝ちゃうのよねぇ、そいつ」と答えた。

 

 力仕事で疲れるのは分かるけど、それにしても急激な睡魔が彼の体内に潜んでいるんだなと俺は思った。

 

 

 チェシャ猫の縄張りに帰る道すがら、俺はアリスに尋ねた。

 

「何で鍵なんて、帽子屋がチェシャ猫から預かってたんだろうな?」

 

 前を歩くアリスの肩がピクッと動いた。

 

 まずい話題を選んでしまった。話を変えなくては。帽子屋達から離れてからというもの、帰り道で俺が「帽子屋」と口にすると、アリスは激怒するのだった。

 

 そんな訳で、アリスと帽子屋の仲が何故こんなに悪いのかは、分からず仕舞いだ。

 俺は急いで代わりの話題を探すと、アリスの鉄拳が飛んでこない内にすかさず口にした。

 

「そ……そういえば、ネムイズミ君って意外に強いよなぁ。俺、びっくりしちゃ――」

 ――ゴッ!

 

 俺が言い終わらない内に、アリスの鉄拳が彼女の左側の木にめり込んでいた。俺は悟った。これも選んではいけない話題だったんだという事を。

 

 アリスは自分の肩越しに振り返って、異様にぎらつかせた目で俺を睨んだ。

 

「…………ネズミが、どうした?」

 

 自ら死を選択する俺ではない。

 アリスの問いに首がもげそうな程左右に何度も振って答え、何も聞かなかった事にして下さいとアピールした。

 

 アリスは狂気に満ちた一瞥でそんな俺を見ると、何事も無かったかの様に歩きだした。どうやら、見逃して貰えたようだ。

 

 俺は後について歩きだしたが、さっきよりアリスとの間に距離を開けて歩くように努めた。

 

 

 チェシャ猫の縄張りに着くと、俺やアリスが呼んでもいないのに猫はまたもや俺の前にヒラリと舞い降りた。

 

「ご苦労様。じゃあ早速、預かり物を出してもらおうか」

 

 俺がポケットから出した鍵を渡すと、チェシャ猫はそれを色々な角度から眺めてウットリした。その鍵には、マタタビでも練り込んであるのか?

 

「ったく……お前が使いの内容言わないから、こっちは大変だったんだぞ」

 

 アリスが頭を掻きながら文句を言うと、チェシャ猫は首を傾げた。「大変だった?」

 

 何気無い会話から、俺は思わず普段友達と会話する時の様に、帽子屋のお茶会であった事を説明しようとした。

 

 「そうなんだよ~。帽子屋が物凄くつっかかる言い方してきてさぁ、アリスがそれにキレて帽子屋をぶっ飛ばそうとしたら、ネムイズミ君に…」

 

 その後の言葉は、陥没したかと思う様な頭蓋骨の痛みと共に飲み込んでしまった。アリスに叩かれた頭が、バズン! と肩の辺りまで沈んだ。

 

 痛みで声を上げる事もできない俺に、憤然とアリスが言う。

 

「ウサギぃ、余計な事は言わない方が身の為だって、さっき学んだばかりじゃなかったか!?」

 

 俺は叩かれた部分を手でさすりながら「はい、そうですね……」と言ったが、痛みに負けて、声にはならなかった。

 

 するとチェシャ猫がおかしそうに身をよじって笑った。

 

「またかい、アリス? またネズミちゃんにやられたの? 懲りないねぇ」

 

 ど……どうして分かんの!?

 

 アリスは肩をがっくりと落とした。

 

「ハァ………」

 

「そしてシロウサギ君は、あんなに強いアリスが何でネズミちゃんに吹っ飛ばされたか、とっても気になっている。違うかい?」

 

 またまた大当たり! 一体何で!?

 

 俺の疑問などよそに、チェシャ猫が何故俺達の考えている事が分かるかより先に、チェシャ猫はネムイズミ君の強さについて話し出した。

 

「簡単な事だよ。ネズミちゃん――君はネムイズミ君って呼んでるのかな? 彼はこの世界で一番強いから」

 

「え……い、一番!?」

 

「そ。ネズミっていう種族は一番強いから、アリスよりもずっと強い。驚いただろう? 彼は実はネズミなんだよ」

 

 いや、彼がネズミだって事は薄々気付いてたよ。だって君達、モロにネズミって呼んでんじゃん。

 

 俺はそれより、ネズミがこの世界で一番強いって事実に驚きだ。

 

 ネズミってのは、猫に弱いもんなんじゃないだろうか。

 

 あ、猫……。

 俺はふと思った疑問をチェシャ猫にぶつけた。

 

「お前ら猫はネズミより強いのか?」

 

 チェシャ猫は一瞬キョトンとしたが、次の瞬間声を上げて笑いだした。

 

「アハハハハ、まさか! 俺達猫はネズミとはとっても仲が良いんだよ! それ以前に、猫は皆とっても温厚だからね。喧嘩なんてした事無いさ!」

 

 それは知らなかった。まるで有名アメリカアニメの主人公達の関係を覆すような発言。人知れず度肝を抜かれた心地だ。

 

 その時突然背中に衝撃が走った。アリスが俺の背中をバシンと平手で打ったのだ。息が止まるかと思った。

 

「何だよ、アリス!」

 

 俺が怒りを露にして言うと、アリスの方は牙でもむき出さんばかりの気迫で俺を怒鳴りつけた。

 

「馬鹿ウサギが! アタシ等が何の為にクソ帽子屋のトコに行ったのか、忘れたわけじゃねぇだろうな!」

 

 あ、そうだった。それにしても、馬か鹿か兎のどれかにして頂きたい。

 

 俺は当初の目的を思い出して、チェシャ猫に掴みかかった。

 

「鍵は持ってきただろ! 俺がシロウサギを辞める方法、教えろよ!」

 

「あれ、思い出しちゃった?」

 

 猫は俺を見てキョトンとして言う。危うく、タダ働きとなる所だった。油断できない奴だ。思い出させてくれて、ありがとうアリス。

 

 俺の顔を見て、チェシャ猫は「アハハ、冗談だよ」と言って笑ったが、その人なつっこい笑顔にも騙されてはいけない。

 

「この猫……」

 

 アリスが頬を引き攣らせて呟く。

 

 そんなアリスにも動揺する事無く、チェシャ猫は「冗談だって言ってるじゃないか」と尚も笑った。更にアリスの頬が引き攣る。

 

「テメェの冗談なんざどうでもいい!さっさと教えやがれ!」

 

 アリスの怒鳴り声に、森の枝で羽根を休めていた小鳥が何羽か空に羽ばたいた。

 

「うん、それはね……」

 

 柔和な笑顔を崩す事も無く、腕組をして脚を交差させるチェシャ猫。

 

 そのもったいぶった様な仕草が、焦っている俺としてはすごく癇に障る。

 

 アリスがいつでも怒鳴っている気持ちが、今分かった。俺も、今すごく怒鳴りたい気分。

 

 更にもったいぶったチェシャ猫が、森の静けさを楽しむ様に辺りが静寂に包まれた。

 

 俺は何となく嫌な予感がして、動悸がドキドキ言いっぱなしだ(こんなくだらないオヤジギャグを思ってみても、誰も突っ込んでくれるわけでもなし)。

 

 一回交差した脚をゆっくりと戻して、同じ速度で反対に交差させてチェシャ猫は再び口を開く。

 

「それはね……」

 

 ごくり。俺は息を飲んだ。

 

「俺は知らないんだぁ」

 

 ……………は?

 

 アハッ、と笑って、チェシャ猫は悪びれも無く言った。

 

 俺が目を点にしていると、アリスが顔を赤くして怒鳴った。

 

「じょ、冗談じゃねぇぞ! 思っクソ詐欺じゃねぇか、この詐欺ネコ!」

 

 チェシャ猫はそんなアリスを抑える仕草で「落ち着いてよ、アリス」と言った。

 ふざけるな、これが落ち着いていられるか。

 

「確かに君達の方に、些か誤解が生じてしまう言い方をした俺のミスだ。謝ろう」

 

 チェシャ猫が腰を曲げてお辞儀をしたので、彼の額が彼を見上げたアリスの額に迫る。

 しかし、そこはさすがのアリス。タイミングを見計らって背中を思いきり反らせたかと思うと、反動を使っての見事な頭突きを猫に見舞った。

 

「い、痛っ、痛ぁっ!!」

 

 猫は衝撃で尻餅をついて、そのまま地面でのたうちまわった。

 

 アリスの方はというと、大の猫(?)が痛がって苦しんでいる衝撃を生み出したにも関わらず、屁でもないとピンピンして怒りを剥き出しにしている。どうやら強烈な石頭らしい。

 

「ふっざけんな、クソ猫……! このまま塵にしてやっから覚悟しろ!!」

 

 背中のバズーカに手をかけたアリスを見て、俺が止める間もなく、チェシャ猫は弁解を始める。やはりバズーカは恐いらしい。

 

「た、頼むっ、頼むから止めてくれ、アリス! 俺がシロウサギ君の引退に関する情報で知っているのは、『イモ=ムシが知っている』。それだけなんだ!」

 

「何だと?」

 

 バズーカから手を放して、アリスは訊いた。

 

 チェシャ猫の目を覗き込む。その目がうるんでいる。

 

 信じて下さいと懇願しているのか、額の痛みがまだ引いていないのか。

 

「……本当なんだろうな」

 

 俺は警戒して訊く。やっぱり油断ならない猫だ。

 

 アリスがちょっとだけ俺を振り向いた時だった。チェシャ猫は素晴らしい瞬発と跳躍力を見せると、一言だけ残して森の中へ逃げて行った。

 

「本当だよ!」

 

「あっ、待て!」と俺は言ってみるが当然遅い。大体、待てと言われて待つ筋合いは無いのに、人ってどうして逃げようとする奴に向かって『待て』なんて言っちゃうんだろう。

 

 俺は仕方なく溜め息を吐いて、チェシャ猫の縄張りを後にしてアリスと共にイモムシの所へ向かう事にした。

 

 縄張りを去り際、アリスが森の木々に背を向けて呟いた。

 

「もしこれも嘘だったら………この森ごとお前を丸焼きにしてやっからな」

 

 チェシャ猫の心情を表したかの様に、森全体がざわりと揺れた。

 

 



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再びの双子

 チェシャ猫の縄張りを後にした俺達は、イモムシが居るというきのこの里に向かって歩いていた。

 

 何だかその名前は超有名菓子をかけ合わせた懐かしさを感じたが、この際気にしない。

 

 いつも通り道案内をしてくれているアリスに俺が『イモムシ』について訊いてばかりいると、急にアリスはお説教口調になった。

 

「あのな。勘違いしてる様だから言っとくが、奴の名前は『イモムシ』じゃなくて『イモ=ムシ』だからな。お前は発音が全然違う」

 

 発音とか気にするタイプなんだ……すごく意外。

 

 というか、イモムシという名前に発音もヘッタクレもあったものだろうか。

 

 まぁ、そう言うなら従っておこう。要は外国人をフルネームで呼ぶ感じでいいんだろ?

 

 俺は実際に会ってからの失礼が無い様に、(だって元の世界に戻れるかどうかがかかってるんだから)歩きながら何度か発音を練習した。

 

 しばらく歩きながら練習していると、前を歩くアリスが、「よしよし」と頷いた。どうやら合格値に達したらしい。

 

 その後も暫く歩いて、俺たちはようやく広い場所に出た。

 

 俺はきのこの里かと思って飛び出したが、「言っておくが、きのこの里はまだ遠いぞ」とアリスに言われてその場にへたり込んだ。

 

 自分の目でも確認してみるが、鬱蒼とした森の中でぽかりと明いているこの場所には、丸太一本が横たわっているだけだった。

 

 しかも世界的アニメ映画で、小動物が中から出てきたり森に住む小人が腰かけていそうな、中が大きな空洞になったやつ。

 

「アリス~、ここでちょっと休もうぜ。俺、疲れた」

 

 俺がヨタヨタと丸太に近付き腰かけると、アリスは「あぁ!?」と不機嫌を露にした。

 

「ざっけんな! 誰のためにわざわざアタシがイモ=ムシの所まで案内してるか、分かってるんだろうな!? もうちょっときばりやがれ!」

 

 そうは言っても、もう無理だ。チェシャ猫の縄張りからここまでは信じられない程歩いた。

 

 息をついて空を見上げながら、随分広い森なんだなぁ、なんて思った。猫の縄張りから帽子屋のお茶会場所までは、こんなに歩かなかったと思うのだが。

 

「喉、渇いたしさぁ」

 

 

 動こうとしない俺を見て諦めたのか、それとも自分も疲れていたのか。アリスは少しして俺の近くに腰を下ろした。

 

 俺が休憩を楽しんでいる間、アリスは暇そうにバズーカ砲を自前のエプロンで磨いていた。

 

 ゆっくり腰を落ち着けた事で疲れが心地よく四肢に広がり、俺の意識はふわふわと漂う様な眠気に支配されつつあった。

 

 その時。

 

「誰だ」

 

 唐突にアリスがよく切れるナイフのような声で周囲の森に向けて言い、冷静な手つきで素早くバズーカ砲を構えた。

 

 砲口は彼女の目の前の草むらしか捉えていないが、彼女の警戒は広場全体に向けられていた。

 

 俺は非日常的な緊迫感に、何が起こっているのかも解らない。

 

「ど……どうしたんだよ、アリス」

 

 すると、俺が発した最後の音に重なって、背後の草むらから二人分のよく似た声が聞こえてきた。

 

 「『アリス』だってさ」

 

 「本物の『アリス』かな」

 

 「本物さ。そうでなかったら、エプロンを着けている筈が無いもの」

 

 「あぁ、確かに。」

 

 本当によく似た声だ。うっかり、一人二役で喋っているのかと勘違いしそうになった。

 

 それにしても、「本物のアリスじゃなかったらエプロンを着けていない」って言い方はどうだろう。

 

 家庭的な子はエプロン着用で家事の手伝いをするだろうし、何より俺の高校の学食のおばちゃんはどうなる。毎日割烹着だ。

 

 俺が後ろを振り向くと、草むらが動いた。

 アリスもそちらを向いて、いつでも発砲できる様に狙いを定める。

 

「おい、ウサギ。今のうちに逃げとけ。捕まると面倒くせぇぞ」

 

 揺れた草むらから目を離さずにアリスが言った。

 

 もちろんそうさせてもらいますとも。俺はゴクリと生唾を飲む。草むらの向こうからは既視感ってやつがプンプン臭ってくる。

 

 ――双子。

 

 よく似た声のテンポの良いやり取りは、そう昔の事じゃない。俺を頭から食い殺そうとした、鋭い牙の並んだ口が脳裏を過る。

 

 立ち上がった俺が神妙な面持ちでざりざりと後ずさるのを見て、アリスは口の端を上げた。「……よし、それでいい。……走れっ」

 

 アリスが言い放つと同時に、俺は180度向きを変えて走り出す。後ろの方で、二匹の獰猛な肉食獣が獲物に飛び掛かり草むらを激しく揺らした音がした。

 

 で、でも……アリスとは言え女の子を危険に晒しておめおめと逃げていていいのか、俺!?

 

 そうだよ、こんなの卑怯者のすることだよ。そう言う良心と、でも俺がいた所で、アリスの『狩り』の邪魔になるだけだ、と言う理性が、徐々に俺の足を鈍くする。

 

 このまま逃げる? 卑怯者になるのか? そう迷っていた俺の耳にアリスと双子の『会話』が聞こえてきた。 

 

「…あぁ、面倒くせぇなぁ! 双子は双子らしく、そこら辺のウサギ追っかけてりゃいいだろうが!」

 

「何度も言うけど、僕たちをそこら辺の野蛮な双子共と一緒にしないでよね」

 

「そうだとも。僕らはウサギなんて食べやしないさ。僕らの大好物はカキだからね」

 

 そこで俺の足が完全に止まる。

 

 ……俺、逃げる必要無くない?

 

 だって彼等の大好物はカキなんでしょ?

 

 俺は逃げ道を戻って広場に顔をヒョッコリ出すと、アリスに声をかけた。

 

「あのぉ~……アリスさん?」

 

 アリスはぎょっとして叫ぶ。

 

「バカ、戻ってくるな! さっさと逃げ――」

 

 アリスが言い終わらない内に、俺は勢い良く地面に押し倒されていた。

 

 誰にって? もちろん、突進してきた双子にだ。

 

 あぁ、やっぱりアリスの言う通り、戻ってくるんじゃなかった。俺の人生、ここで終わりなんだなぁ。と思ったその時。

 

「ねぇねぇ、君、シロウサギ? うわぁ、ラッキー! 女王様に誉められるぞ、ダム!」

 

 …………はい?

 

「そうだね、ディー? 僕らの暇潰しにもなりそうで、ラッキーだね! 万々歳だね! 世界平和だね!」

 

 いや、世界平和はどうでしょうか。

 

 え? っていうか……。

 

「た、食べないの…?」

 

 ビクビクして発した俺の言葉に双子――どうやらディーとダムという名前の――は何か近所のおばちゃんがよくする『あら、いやだ』的な仕草をして大爆笑した。

 

「「アハハ、そんなに食べられたいのぉ? もしかして、自殺志願者?」」

 

 いやいや、滅相もない!

 

 っていうか、いくらなんでもハモりすぎだろ。

 

 一頻り笑った後、ディーが話しかけた(これがディーだと判別できるのは彼等がさっきお互いの名前を呼んでいたお陰で、もし彼等が立ち位置を何度も入れ換えたら、たちまちどっちがどっちか分からなくなるだろう)。

 

「ねぇねぇ、僕らと一緒に遊ぼうよ!」

 

 ……は?

 

「そうだね! アリスは僕らと遊ぶのに飽きちゃったみたいだから、君が新しい遊び相手になってよ!」

 

「え? ……アハ、何それ。いやいや、何、訳が………」

 

 分かんねぇぇぇぇぇぇ!!

 

 

『遊ぼうよ』なんてフレンドリーな言葉をかけられ、なんとなく嬉しいやら殺されないと分かって安心したやらで正直拍子抜けした気分で油断していた俺は、叫びも言葉にならなかった。

 

 だって、なんで双子の彼らは、俺を両側からお姫様だっこしてんの!?

 

「え、何、ちょっと待って! マジ意味分かんないんだけど、ねぇ!? ってか、 何でこんな前後に揺らすの!?」

 

 俺の感覚で言えば、言葉通り俺は前後に揺れていた。

 

 双子達の腕の中という見事な揺り篭に大きく揺さぶられ、俺の視界は地面、木、空が順番に映るのを繰り返した。いや、揺り籠っつーよりこれはあれだ。振り子。

 

 同時に、何か別の振動に気が付いて、彼らを見ると、揺り籠の二人は俺を抱えて前後に揺さぶりながら、何故か一歩ずつ後ろに下がっていく。

 

 とても嫌な予感がして、俺はちょっと離れた所にいるアリスに助けを求めた。

 

「アリス! たっ、助けて! 何か意味分かんねぇけど、マジで嫌な予感が……」

 

 すると俺の訴えが終わらない内に、アリスは威風堂々と俺に言った。

 

「私の仕事内容には『シロウサギを助ける』ってのは入ってない!」

 

 えぇーーーーーーー!? 

 

「だだだ……だって、初対面では助けてくれたじゃん!」

 

「あ? あれは、テメェを助けたんじゃなくて、双子を狩ったんだよ。双子を」

 

「だ、だって、これも双子じゃん!」

 

 俺は、俺の両サイドから俺を恐怖の揺り篭に乗せる双子を交互に指差した。

 

 アリスの反論はこうだ。

 

「それ、女王付きの双子だもんよ。そんなもん狩ったら私が女王に刈られる」

 

 えぇ、何それ!?

 

 今まで一緒にいたから逆に気付かなかったのか、アリスってば結構薄情だ。

 

 そんなんでちょっと泣きそうになっていると、不意に双子達の後退が終わったのが振動の減りで分かった。

 

 相変わらず前後に揺さぶられてはいるが、それでも上下の微震が減ったのは随分楽だ。

 

 とか思ってたら、何だか両側から不吉な言葉。

 

「助走はこれくらいでいいかな?」

「段々勢いもついてきたし、腕も疲れてきたし、これくらいでいいよね。方角は?」

「北にまっすぐ! お城までまっしぐら! 角度は?」

「仰角四十五度、オッケイ!」

 

 え? 北にまっしぐらって、え? 仰角って…!?

 

 俺が戸惑っていると、双子は「「それっ!」」と言って、確認した方向へ俺を抱えて前後に揺すったまま走り始めた。

 

 いや、これはすごい! 天晴れ、見事だ。すごいよ! すごいけどさ!?

 

 多分この先の運命は、俺が今頭に描いているのと一致している筈だ。

 

「「せーのっ!」」

 

 双子が大きく踏み出したのと同時に、一際大きく俺を後方へ振りながら声を揃えた。

 

 ええっ!?ちょ、ちょっと待っ――。

 

「「飛んでけーーー!!」」

 ええー!?マジっすか!!

 

 何でその、大して力もついてない様な細腕でこんな事するかな!?

 

 ってゆーか、何でその腕でできるかな!?

 

 俺の体は双子が「飛んでけ」と言ったのに従って、めちゃくちゃ重力に逆らって上へ上っていき、あっという間に森の木々より上の青空の中に飛び込んだ。

 

「ぎゃー! 待って待ってちょっとタンマー!!」

 

 とは言ってみるものの、ロケットって急に止まれないものだ。

 どうでもいい事だけど、タンマって死語?

 

 そんな感じで双子から――ましてやアリスからまでも離れてしまった俺は、しばらく飛行を楽しんだ後、やがて放物線を描いて墜ちていった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ベタな叫びと共に墜落すると、頭に衝撃を覚えると同時に世界が暗転した。

 

 ――は?何これ!?え、ちょっと待って!

 

 ていうか、とりあえず首がとても痛い。折れる。もげる。

 

 どうやら俺は漫画的な事に、頭から土に埋もれてしまったらしい。

 今は逆になった体を、完全に首で支えているみたい。なるほど、苦しい。

 

「助けてー!」

 言おうとして口を開くと、鼻孔と口内に容赦無く土が入ってきた。

 

 今更気付くが、息も苦しい。

 

 うわ、これって何気にピンチじゃない?

 

 こんな訳の分からない世界あっても、周囲から見れば、有り得ない位俺の姿は滑稽だった筈だ(実際有り得ない姿ではあると思うし、今の俺の周りには人がいるのかどうかも分からないけど)。

 

 

 どうしようかと思案し、助けがこないかという希望的観測にまで行き着いた俺だったが、救いの手は意外にも直ぐに、そしてあっさりと俺にそれを差し延べた。

 

 突然片足首を掴まれた俺はとても驚いて、口と鼻に一気に土を詰まらせた。

苦しんでいると、ズボッという音と共に視界が一転し、青空と新緑の草原が広がった。

 

 天地が逆になっているのは、俺が逆さであるからに他ならない。

 

 ゲホゲホとむせながら首を巡らせて俺の足首を未だ掴んでいる人を見ようとする。

 

 どんな形であれ、命の恩人である事に変わりはない。その顔一度拝ませて下さい。

 すぐ横を見ると、恩人と目が合う俺。

 

 その巨躯は、この世界に来てから初めて出会ったものだった。

 

 その人はやたら目つきが悪く、

 

 やたら顔の色も濃くて健康的で、

 

 顔の方まで筋肉がすごくて、

 

 右頬に十字傷がある、

 

 女だった。

 



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コショウの香りと公爵夫人

「……え~と……」

 

 俺は言葉を失っていた。

 

 目の前の彼女が女性だと分かったのは、俺の頭の上(彼女から言うと下ね。)にはっきりと分かる両の胸の膨らみがあったからだ。

男の大胸筋にしては、育ちすぎている。

 

 彼女は俺の足首を持ったまま、軽々と俺を高く持ち上げて、もう一方の手で頭(彼女の手のでかさと言ったら、俺の頭を軽々包み込んでしまう位だ。)を支えてその場で楽な姿勢にしてくれた。

 

 つまり、お姫様だっこ。

 

「またかよ!」

 

 俺がそんなつもりも無いのに一人ツッコミすると、彼女は俺をじっと睨んだ。

 

 あ、いや、ごめんね? すいません。

 君に喧嘩売ってるとか、そういう事じゃないから。だから殺さないで?

 

 彼女の睨みの威力と言ったら、自然とそんな言葉を俺の脳内から招き出すのだ。

 

 彼女は口を開いて声に出した。

 

 そんりゃもう、思いもしない言葉を。

 

「かぁわいい~~!!」

 

 ――あれぇぇぇぇぇ!?

 

 思いもよらない彼女の叫び(というより表現的には雄叫びに近い)に、俺の頭の中は疑問府でいっぱいだ。

 

 え? ちょっと、何これ、痛っ、痛いんでちょっと待って下さい!

 

 俺の頭が痛いとか、いかつい体格の彼女が「かわいい」なんて言葉を口にするのはイタイ程似合わないとかそんな差別的な事を言ってるんじゃなくって。

 

彼女は俺に強烈な羽交い締めを見舞いながら、心なしか少し凹凸のある顔を俺のそれに押し付ける様にして頬擦りしてきた。

 

 ちょっと待って、圧死する圧死。

 

 っていうか、その前に背骨ポッキリと折れるから。

 

「い……いや、あの………お姉さ…奥さん?」

 

 俺がカタコトで話しかける。まずはこの苦しみからの脱却をしなければ。こんな状態で言葉を発するのも、かなり辛いが。

 

 とりあえず目の前の彼女を「お姉さん」と呼ぶのも何となく気が引けて、「奥さん」と呼んでみる。

 

 これは何気に正解だった。彼女の腕の力が緩む。

 

「あら、悪いわね。こんなに可愛いとは思ってなかったから、抱き締めちゃった。あたくし、4代目公爵夫人のもとへようこそ。シロウサギちゃん?」

 

 公爵、夫人…………?

 

 …………。

 

 ……………はあ。

 

 いや、歓迎される覚えも無いけど。

 

 とりあえず、地面を自分で踏みしめさせて頂けるとありがたい。

 

「た、助けてくれてありがとう。とりあえず、降ろしてくれない?」

 

 歓迎なんてされちゃったり羽交い締めまがいの抱擁なんてされても、陸上競技に使用するための薄い筋肉しかついてない俺には、女だというのに(偏見まるだしの言い方だけど、だってそうだろ?)逞しすぎるこの女性は軽く驚異だ。そんなつもりも無いのに、声がちょっと引き気味になる。

 

 そんな態度の俺にでさえ、彼女は目を輝かせた。

 

「しおらしい~、可愛い~!」

 

 ええっ!? しおらしいか、今の!?

 

 彼女は俺を地に降ろしてくれるどころか、さっきよりきつく(抱き)締めた。

 

 痛い痛い。愛が(多分)痛い。

 

 公爵夫人と聞くからには清楚でか弱い感じなのに、この人ってば超怪力。

 

 しかも喜び方が完全に夫人ぽくない。

 

 この数々の彼女の反応にはかなり覚えがあるぞ。

 

 俺が空を飛ぶ前はおろか、この世界に来る前は、はすごく身近にこういう喋り方をする人種がうようよいたっけ。「女子高生」という。

 

 この夫人もその内、「ウケるんですけど~」とか「マジウザイんだけど」とか言い出さないか、ちょっと心配なんですけど。

 

 やがて俺が苦しそうな事に気付いてくれた公爵夫人は、「あら、ごめんねぇ」と言いつつ俺を放してくれた。

 

 ようやく自分の足で地面を踏みしめる事ができて、安堵する 俺。

 

「それにしてもアナタ、何でこんなところに埋まってたわけ?」

 

「いや~、何だか訳分からん内に気付いたら空を飛んでた次第で」

 

 公爵夫人の問いに頭を掻き掻き、俺は答えた。

 

 切迫感の欠片も無い返答だったが、夫人ったら

 

「まぁ~、それは大変だったわねぇ」

 

 とか言っちゃう。今更だがやっぱりこの世界の住人って、何か変だ。

 

「シロウサギがまさか空を飛ぶなんて、思ってなかったでしょ~? シロウサギって言ったら、地を走るものだものねぇ」

 

 いやいやシロウサギじゃなくとも、誰だってこんな展開は予想してなかったと思いますよ?

 まぁ、あの、今思うと、人って空飛べるんだな、と思いました、ハイ。

 

 何はともあれ、掘り出してくれてありがとう。

 

 礼を述べると公爵夫人は「まぁまぁ、もうそろそろお茶の時間だし、私のお家でゆっくりしていって。積もる話はそれからという事で」と言ってくれた。

 

 出会ったばかりで積もる話なんて別に無いが、イモ=ムシの居場所を目指そうにもアリスという道案内を無くした俺は、とりあえず夫人の厚意に甘えることにした。

 

 

*  *  *

 

 

 通された家は、俺みたいな庶民には一生縁の無かった様な豪邸だった。

 

 屋主のちょっとした親切心でシャンデリアが眩いホール付きの豪邸にあがれちゃうんだから、案外 豪邸って庶民の夢物語でもないかもしれない。

 

 それにしてもこのホールに充満している香りのすごいこと。

 

 鼻につんと来るこの香りの正体は、多分俺がラーメンやなんかを食べる時に愛用するアレだと思う。

 

 夫人に訊いてみると予想は見事にあたった。

 

「ああ、この香り? ウフフ、その通りコショーよ。よく分かったわね。この高級品の香りが分かるなんて、アナタもしかして上流階級の生まれ?」

 

 コショーって上流階級御用達なんですか! そりゃ知らんかった!

 

 じゃあ一般的な家庭の台所は、全て上流階級の仲間入りって事か。

 

 コショーの匂いにくしゃみを耐えながらホールを歩くと、テラスに着いた。よかった、空気が新鮮。

 

 俺と夫人は向かい合って席に座り、給仕がお茶を運んでくると俺の身の上話をさんざんさせられた。

 

 こんな世界に来る前は、ごく普通の高校生だったこと。部活をサボって爺ちゃんの家に行ったこと。

 

 目が覚めると可愛らしい化けの皮を被った双子に食われそうになったこと。アリスに助けられたこと。他にも、他にも。

 

 チェシャ猫に鍵を渡した件になると、夫人は突然俺の語りを遮った。

 

「ちょっと待って。鍵を渡した? 何の鍵?」

 

「さぁ、知らね」

 

 それから凄腕の殺し屋みたいな顔をして何かを考え込んでしまった公爵夫人と俺の耳に、豪華な玄関のノッカーの音が聞こえてきた。続いて男の精悍な声。

 

「第4代目公爵夫人、窃盗の容疑で出頭命令が出ている! 大人しく出てくるケロ!」

 

 ケロ!?

 

 俺は聞こえてきた内容よりむしろ、唐突なその語尾の方が気になって、思わず腰を浮かせた。

 

「え!? い、今、ケロって……ケロって!」

 

「どうしたのよ? 蛙がそんなに珍しいの?」

 

 ああ、やっぱり蛙なんだ……。

 

 

「か、蛙が呼びに来るなんて変わったパーティでもあるんですか……?」

 

 訊いた俺に返ってきたのは、果てしなく面倒臭そうな答えだ。

 

「アンタ今の聞いてなかったの~? 出頭命令よ。裁判の。蛙が来たら裁判の合図。これ常識でしょー?」

 

 そりゃあ知らなかった。ごめんなさい。

 

「でも窃盗容疑っておかしいわね。そんな短絡的犯行で行う事のできる事で容疑かけられる覚え無いわよ?」

 

 じゃ、じゃあ綿密に計画の練られた伝説級の犯罪とかだったら容疑かけられる覚えあるのね?

 

 ……何か突然この夫人が恐ろしく見えてきた。

 

「じゃ、じゃあ冤罪って奴っすかね?」

 

「そうかしらね~? 変な話だわ~」

 

 夫人は頬杖をついて首を傾げた。

 

 そんな話をしているうちにも、ノッカーの音は続く。

 

 夫人は全く取り合う気など無いらしい。「うるさいわねぇ」とお茶をすすっている。

 

 その内ノッカーの音が止んだかと思うと、すすり泣きが聞こえてきた。

 

 俺はなんだか可哀想になってきて、公爵夫人に進言した。

 

「あ、あの……そろそろドア開けてやっても、いいんじゃないっすか……?」

 

「ん~、シロウサギちゃんてば優しいわねぇ~。そんなシロウサギちゃんに免じて、開けてやろうかしら」

 

 公爵夫人は頬に手を置き、俺をうっとりと眺めて言った。

 

 いやぁ、優しいってわけじゃないんですが。ただ、何となく人として………。

 

 夫人は両手をパンパンと叩いた。

 乾いた音に導かれて従者が出てきて礼をした。あ、良かった。ちゃんとした人間の従者だ………。

 

「シロウサギちゃんがこう言ってるから、開けてやんなさい」

 

 夫人が玄関の方を指差して従者に命じた。従者は返礼して玄関へ歩いていく。

 

 少し待つと、従者に連れられて、目を拭いつつしゃくり上げながら今まで玄関の外で待っていたのであろう「人」がやって来た。

 

 

 …………。

 

 ななな…何で肌だけ緑色な訳!?

 

 すぐそこまで近づいてきたその人は、人間の完璧な緑色の肌の人間の姿をしていた。

 

 まるっきり蛙なケロケロ声で、その人は役目を果たそうと一生懸命喋り出す。

 

「うぅ……公爵夫人に、しゅっ…出頭命令だケロ。このっ、女王様からのっ、書状にっ、目を通すケロ」

 

 あーあー、可哀想に。バッチリ泣いちゃってるよ。ケロってまた言ってるし。

 

 書状を差し出した両手には、よく見るとしっかり水掻きが。やっぱり蛙なのね。

 

「はいはい。ったく、面倒臭いわねぇ」

 

 渋々といった感じで、夫人は蛙から書状を受けとった。

 

 俺は人のプライベートな物を覗くのはいけない事だと分かっていたが、夫人が突然大声を上げたので、気になって思わず覗いてしまった。

 

 その書状の書き出しはこうだ。

 

 

『第4代目公爵夫人殿。当方においては窃盗の犯行疑わし。よって神聖なる法廷へ出頭されたし』

 

 ……なんか変な詩みたいな公文書だな。

 

 後ろから夫人の顔を覗き見ると、彼女の顔は再び凄腕の殺し屋へと変わっていった。半分くらい世紀末覇者も入ってる気がする。

 

 恐いから、恐いから!!

 

 「これ、どういう事?」

 

 恐い顔で書状を睨みながら夫人は蛙に訊いた。

 

 その声には静かな怒りが……もっと言うと憤怒というか……もういいや。相手が女性だからって、表現をオブラートに包むのはよそう。

 

 ぶっちゃけ言うと、かなりドスが効いている。

 

 そんな夫人に臆する事無く、蛙は胸を張って答えた。

 

「当方の飼い猫が働いた窃盗の罪で、夫人には法廷に立ってもらうケロ!」

 

 

 ふぅん、夫人、猫なんて飼ってたんだぁ……猫が窃盗働くなんて、世も末だなぁ……とか思いつつ俺は書状の方へ目を戻した。

 

 夫人が凝視している、下の一行に目を通す。

 

 最後の文は、こうだ。

 

『なお、窃盗犯チェシャ猫が未だ行方不明のため、当方の出頭を要するものである』

 



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突然の裁判

「な……に、それ……」

 

 チェシャ猫が窃盗?

 

 ――そんな。いくらなんでも、チェシャ猫はそんな事する奴には見えなかっ、

 

「チェシャ猫は女王様の大事な『鍵』を盗んだケロ!」

 

 ……………………あれ?

 

「鍵?」

 

 蛙の発言に目をパチクリさせている俺を余所に、夫人がそこに食い付いた。

 

 蛙が頷いたのを確認してから、いぶかしげにこちらを見る。

 

 ああっ、止めて! 疑いの眼差しを向けないで、夫人! 恐いから、恐いから!

 

「? ……どうしたケロ?」

 

 俺の方を見ている夫人に、蛙がきょとんとして訊いた。夫人が蛙を振り返り、口を開いた。

 

「蛙ぅ、犯人が違うわよ。犯人はここにいるシロウ……」

 

「わーーーーーーーー!!」

 

 コショウの匂いが口から思いきり入るのも構わず、俺は絶叫して夫人の言葉を遮った。

 

 こんな訳の分からない世界でただでさえ困っているってのに、更に訳の分からない疑いなぞかけられてたまるかっ!

 

 そ、そうだよ! 俺のはやとちりかもしれないじゃん!

 

 いくら盗まれたのが鍵だからといって、俺達がチェシャ猫に持っていった鍵と同じ物とは限らないじゃん!

 

「へ、へぇ。鍵なんて、大変な物が盗まれたんだねぇ。と、ところでさぁ、それって、どんな鍵だったのかなぁ? いやぁ、俺、鍵にすごく興味があってさぁ」

 

 我ながら、すんげぇ胡散臭い嘘だ。自分で言ってて哀しくなってくる。予想通りの表情を見せる蛙に、俺は少しでも信ぴょう性を上乗せするために口から出まかせを続けた。

 

「お、俺の夢はぁ、……世界一かっこいい鍵を造る事でさぁ!」

 

 胡散臭さ、ここに極まる。

 

 自分でも「あっちゃぁ~」とか思ってたら、蛙は驚くほど目を輝かせていた。

 

「それは素晴らしい夢だケロ! 我輩、その夢応援するケロ! 分かった、特別にあの鍵の素晴らしいデザインを教えてあげるケロ!」

 

 ……やっぱりこの世界の住人って、何か変だ。

 

 しかしこれは俺の無罪を夫人にアピールするチャンス! 

 

 俺は蛙が語りだした鍵の特徴を一言一句逃すまいと、耳に神経を集中させた。

 

 

 が……

 

 

 何で聞けば聞くほど、特徴がピッタリ合ってるんだよぉぉ~~~~!!

 

 蛙の言葉を聞いていく内に青ざめていく俺の顔を見て更にいぶかしむ夫人の視線が痛い!

 

 あぁ、見ないで、見ないでぇぇ!

 

 俺は思わず夫人から顔をそらし、後ろを向いた。

 

 どうしよう。お、俺はどうしたらいい……?

 

「……シロウサギちゃん?」

 

 低い声と共にそっと触れられ、びくんっ、と俺の肩が跳ねる。

 

 こっ、恐い恐い! 下手なお化け屋敷より恐い!

「どうしたの? こっちを向いてその可愛い顔を見せて?」

 

 て、低音の猫なで声出して、何が「可愛い顔見せて」だよぉ! 恐い! 絶対向かねぇ!

 

 なんか何気に俺、ピンチじゃない?

 

 心なしか俺の肩にかかる手に、力が込められてきた様な気がするし。

 

 あぁ~、恐い、恐いよ! 助けて誰か!

 

 恐怖に両目を固く瞑ると、今まで忘れていた金時計の存在を急に思い出した。胸の辺りで、熱を放っている。

 

 ん? 熱?

 

 ぎゅっと握ると、確かに熱い。なんか、風呂に例えると、丁度いいお湯位。

 

 だからそれが突然けたたましい音で鳴り出した時なんか、びっくりしたってもんじゃなかった。 

 

 ――ジリリリリリリリリリリリリリリリリ………!!

 

「うわ!?」

 

 俺の胸にある時計から発せられる音が、隣のホールにまで反響する。

 

 当然、音源のすぐ上に位置する俺の耳をつんざいて、頭をガインガイン言わせている。

 

 時計を外して遠くに放り投げれば早い話なのに、今の俺に何故かその考えは浮かばなかった。

 

 ただ、耳を堅く塞いだ。

 

 それなのに何故か蛙と夫人の言葉が、やけにはっきりと聞こえた。

 

「金時計が鳴ったケロ!」

 

「裁判だわ!」

 

 ――裁判?

 

 ……そうだ。俺は……シロウサギは裁判へ行かなくちゃ。

 

 俺はけたたましい音を煩わしく思いながらも、突然、ポカンと、そう思った。

 

 今まで思った事もない事を、どうして突然そう思ったのか分からない。

 

 ただ、時計が「裁判に行け」と言っている様な感覚があった。

 

 すると、突然周りの風景がガラガラと音を立てて崩れ出した。

 

 豪華な部屋の壁、シャンデリアなんかが崩れていく。

 

 崩れた場所は、真っ白な空間となって眩しい白を俺達の目に焼き付けた。

 

 そういえばコショウの匂いもしなくなってきた。風景と一緒に空気から剥がれ落ちていっている様だ。

 

 ……って、こんな通常で考えたら絶叫もののシチュエーションなのに、何で俺は大して驚きもせずに受け止めちゃってんだろう。

 

 俺は白くなっていく空間にただ浮かんで、ただ静かな目でその空間を見つめている。

 

 胸元の金時計はもうすっかり静かになって、何事も無かったかの用に再び時を刻み始めた。

 

 そして白い空間にもまた変化が訪れる。

 

 崩れていく空間から一拍遅れて、空間がゆっくりと再構築され始めた。

 

 空白に新しいピースをがはまっていく……って、ベタベタな表現使うなぁ、俺も。

 

 再構築されていく空間は、夫人の邸宅と全く違う風景だった。

 夫人の邸宅は白を基調とした涼やかで優雅な感じのする空間だったが、ここは全然違う。

 

 邸宅のホールが3つは入るであろう大広間にいつの間にか変化している。

 

 両側の白い壁に沿って垂れる縦長の幕は、赤と黒の市松模様で、上と下の部分にそれぞれ白い帯が入っており、その中にトランプの4つのマークが入っている。

 

 ハート、クローバー、ダイヤ、スペード。

 

 その両壁の前には階段状の席が建っており、左右合わせて100人近い人が座っている。

 

 その全員が、小さな黒板を手にスタンバっていた。

 

 俺は前を向いた。

 

 俺の前にあったティーテーブルは無くなり、俺の座る位置が床から急上昇していく。

 

 途端に目の前に机が現れる。

 

 左右に広く延びている机で、俺の60㎝くらい隣にもう一つ席が用意してあり、そのまた60㎝隣にもう一つ席が用意してあった。どうやら、かなり大きな机だ。

 

 遠くなった床には、俺の座る机まで延びる赤い細長い絨毯が敷いてあって、俺の机と入り口の間の丁度真ん中に、背の低い木造の格子柵があった。

 

 このシチュエーション、もしや……。

 

 次の瞬間「静粛に」という声が聞こえてきた。

 

 俺の隣――中央の席を見ると、やたら美人なお姉さんがこの広間に集まる一同を見下ろしている。

 

「静粛に」なんて言う必要、今は無いのに。

 

 何故なら、この会場の全員が貴方の美貌の虜になってしまっているからです。

 

 これは俺の心の口説き文句でもなんでもなくて、事実、本当の話だ。

 

 いつの間にか揃っていた会場の人間(経験上そうかどうかも怪しいが、とりあえずパッと見そう見えるので、人間としておこう。)は全員、壇上の女性に首ったけな様子で、目をうっとりさせて女性を見ていた。

 

 息をする以外、ウンともスンとも口から音は出ていない。

 

 女性はゆったりと笑って、黒い長髪をなびかせた。

 

 なんとも穏和な感じのお姉さんだ。

 

 これが大人の魅力という奴か。ずっと見ていたら、魂を抜かれてしまいそうな美しさ。

 

 そしてお姉さんはスッと優美な仕草で手を上げ、

 

 華奢な手で拳を握ると、

 

 それを目の前の机に振り下ろした。

 

 ――ゴッ!!

 

 

 …………え?

 会場の、バケツをひっくり返した様な静けさを確認して、お姉さんは先程と変わらぬ穏和な顔で振り下ろした拳を、やはり同じ顔をして引っ込めた。

 

 彼女が拳を振り下ろしたそこには、煙を吹いたクレーターが出来ている。

 

 そしてやはり同じ顔のまま、女性は口を開いた。

 

 声は、コロコロと鳴る鈴の様。

 

「静粛にと言ってるでしょう。私を見る視線が煩いわ。首を斬りますよ。」

 

 あれぇ~~~!?

 

 会場中がぞっとした。俺はあまりのギャップに泡を吹きそうになる。

 

 そんな会衆の事など気にかけず女性は柔らかに宣言した。

 

「では、これより裁判を始めます」

 

 …………裁判…………。

 

 

 …………裁判?

 



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女王、アリス、そして再会

「ぇ…ぅええっ!?」

 

 俺が出した大声が広間に反響して、会衆が一斉に俺の方へ顔を向ける。

 

 同じ様に、女性も俺を向いた。

 

「ウサギ、煩いですよ、静粛に。首を斬ってあげましょうか」

 

 彼女は穏和な笑顔を向けて言う。

 

 いや、恐い。そんな可愛い顔してても、言ってる事がホラーじゃあさぁ。

 

「でも……だって裁判って…………」

 

 当然だが、俺は今まで生きてきて誰かを裁いた経験なんて無い。

 

 小学校での学級裁判だって裁いた経験は無いぞ。裁かれた経験はあるけど。因みに罪状は、「給食で余ったプリンを秘密裏に隠匿した罪」だ。

 

 そんな俺に、いきなり本番は荷が重すぎる。

 

 人生前代未聞の展開に戸惑っていると、女性の、俺とは反対隣に座っていた老人が咎める様な声を出した。

 

「ウサギ! 女王陛下に向かって何たる口の利き方じゃ! わきまえぃ!」

 

 女王!?

 

 こ、この人が噂の女王なの!? 全然そんな感じしないんだけど!

 

 

 ……。

 

 

 いや、言動からして疑いの余地も無いか……。

 

 老人を手で制して、女王は仕切り直した。

 

「よいのですよ、大臣。静粛に。ウサギ、被告人を無視してはいけません」

 

 コロコロとした声にたしなめられて、自分に悪い所は無かったと思うのに、何故かバツが悪い。

 

 俺はしゅんとして前を向いた。

 

 木造の格子柵が建っている場所に、いつの間にか公爵夫人が立っていた。隣に立っている時はあんなに大きく見えたのに、ここから見るとちっちゃく見える。それでも、俺の知る一般女性から比べると結構大きいけれども。

 

 

「被告人・第4代目公爵夫人」

 

 

 静かに女王に呼ばれ、夫人は「はい」と答えて女王を見上げた。

 

 一瞬だけ視線が俺を捉えた様な気もしたが、気にしないでおこう。

 

 黙って事の成り行きを見守っていようとしたら、女王がチラチラとこちらを見ているのに気付いた。

 

 あれあれ? どったの? 女王ってば、俺のことが気になっちゃう感じ?

 

 美人にそう何度も見られるのって、悪い気はしない。 これは応えないと、男が廃るというものだ。

 

 俺もできるだけかっこいい目線で応えようと、女王を見つめる。

 

 すると、大臣がそんな俺を一喝した。

 

 「こりゃ、ウサギ! 女王様のご尊顔をそんなにじろじろと見るでない! さっさと裁判を進めんか!」

 

 ……え? 俺が進めるの?

 

 大臣から女王に視線を戻すと、女王は柔和な笑顔を見せた。

 

 心なしか、黒いオーラを纏っていらっしゃる様な……。

 

 そ、その視線の意味は「進行するのはお前でしょう? 何を考えているのですか。首を斬りますよ」だったのですか。

 

 そうは言っても、俺に裁判を進める事なんてできないよ。

 

「あ、あの……俺……」

 

 どもりながらそう言っていると、女王は「もういいわ」と言って公爵夫人に向き直った。

 

「さて、公爵夫人。今日、貴方は何の為にこの場所へ呼ばれているのか、分かっていますね?」

 

 女王の問いに、夫人は強気に答えた。

 

「恐れ入りますが女王様、全く訳が分かりませんわ」

 

 大臣が口を挟む。

 

「出廷命令を届けさせた筈だ! よもやお主、読まなかった訳ではあるまいな」

 

 夫人は「何を仰います」と笑って答える。

 

「ちゃんと読んだからここに来たのですよ、大臣様」

 

 な、何か大臣相手に喧嘩腰だ。大丈夫だろうか、公爵夫人。

 

 夫人の態度に「なっ……!」と絶句する大臣。夫人はその後も、その態度を貫いた。

 

「猫が起こした犯罪の為に、何故この私が出廷しなければならないのでしょう。確かにあれは私の家の猫であったけれど、家を出ていってしまったのはだいぶ昔の話ですわ」

 

 チェシャ猫って……家出猫だったんだ。

 

 へー、とか思ってると、いきなり法廷にカリカリと何かを書く音が重奏して聞こえ始めた。

 

 驚いて周囲を見回すと、壁に沿って建てられた高い会衆席にいた人達が、持っていた小さい黒板に何かを書きつけていた。今の夫人の発言を書き留めているのだろうか。

 

 と、女王が柔和な笑顔を崩さないまま、また拳を握り、今度はクレーターができない程度に机に叩き付けた。

 

 

 ――ダンッッ!!

 

 

「陪審員、静粛に。チョークの音が煩いですよ。首を斬りましょうか」

 

 めちゃめちゃ理不尽じゃないですか!!

 

 俺が呆気にとられていると、女王は張り付けた笑顔でまた仕切り直した。

 

「では、証人尋問を行います」

 

 女王がそこでパチンと指を鳴らした。

 

 すると女王の前の机の上にポンと音を立てて現れたのは……。

 

「アリス!!」

 

 俺の呼び掛けに答えて、いきなり現れたアリスは俺を振り返って「あっ!」と声を荒げた。

 

「テメェ、ウサギ! 私に何も言わずにどこに行ってやがった!」

 

 あ、この遠慮の無い罵倒……正真正銘本物のアリスだ。

 

 正直本物かどうか疑っていた俺は、ほっと安堵したい所だったが、そういうわけにも行かなかった。

 

 

 だって、だってさ……。

 

 

 

 ちっちゃ!!

 

 

 アンタ、何があったのって位ちっちゃいよ!? 相変わらず態度はデカイけど。

 

 だって、手の平サイズじゃん!?

 

 

「え……な、何でアリス、こんなにちっちゃいンスか……?」

 

 戸惑いをバリバリ表に出して訊くと、女王はやはり柔和な笑顔と鈴の様な声で笑った。

 

「証人は小さい方が都合がよろしいでしょう?」

 

 女王様、さっぱり意味が分かりません。常識を語っている様なお顔でらっしゃいますけれど、それは何処の常識ですか?

 

 ちっちゃいアリスは女王の手元から俺の所まで走ってきて、キーキーと声を立てて俺の腕目掛けて飛び蹴りを放った。

 

「無視するんじゃねぇよ!」

 

「痛ぇっ!」

 

 ミニマムサイズでもさすがはアリス。ちっちゃくてもきちんと痛い。

 

 っていうか、照準が絞られた分、むしろ激痛。

 

 痛がってる俺をいじめるアリスを見て、女王が俺に助け舟を出した。

 

「アリス。無駄な言動は 謹むように。首を斬りますよ」

 

 いや、全然助け舟と違った。

 

 アンタ、誰でもいいから首斬りたいだけじゃないの?

 

 俺がそう思ってると、アリスはもはや女王に喧嘩腰だ。

 

「はいはい。ただ首斬るだけが脳味噌の女王様が、天下のアリス様に向かってご大層な口を利きなさる」

 

 

 ちょっと、アリスさん!?

 

 

「ちょっと、アリス、止めろって」

 

 俺は止めさせようと口を開いたが、アリスは聞く耳を持たなかった。

 

「ウサギはすっこんでろ!」

 

「ハイっ。」

 

 心なしかパワーアップしている気迫に気圧され、俺は言われるまま速やかに口を閉ざした。

 

 こんなスケール差があっても、俺はアリスに一生勝てないと思った。

 

 アリスはなんか、炎を身に纏っていないのが不自然な位の憤りっぷりだ。

 

「せっかく裁判に来たから言わせてもらうけどな。女王、お前、私にまとわりついてくる双子! アレなんとかしろよ! テメェん所でしっかり躾ておきやがれ!」

 

 アリスの暴れっぷりに大臣がぎょっとして、彼女を両手で捕えようと手を伸ばした。

 

 もちろんそれだけではリーチが全然足りない。老人は最終的に、見事なスライディングを披露する。

 

「えぇい、アリス! 女王様に向かって無礼な!」

 

 しかし、アリスの方が一拍早く飛び上がって、俺の方の上に見事に着地した。小さいながら、すごい跳躍力。

 

 アリスが大臣の顔を見下ろしてあっかんべをする。

 

「知らねぇよ。テメェこそアリス様に向かって失礼じゃねぇか」

 

「おのれぇぇ~…」

 

 と大臣が歯ぎしりしたのと、女王が三度拳を上げたのが、ほぼ同時だった。

 

「あ」

 

 と俺が声に出した時にはすでに遅し。

 

 文字通り見えない速さで振り下ろされた女王の拳は、俺たち三人の机の上にうつ伏せて寝転がっている大臣の腰の辺りに、クリティカルヒットした。

 

 

 

 ――ドゴォン……!!

 

「うがぁっ……!」

 

 腰の辺りから「ゴキゴキペキパキ…」といった色々な音を立てて、大臣は腰からVの字に折れ曲がった。腰から沈んだ……という表現が正しいだろうか。

 

 うわぁ、残酷……とか思っていると、女王が動かなくなった大臣の首ねっこを捕まえて、法廷にぶん投げた。

 

 

 うわ…………。

 

 

 そして、女王は、何事も無かったかの様な調子で一言。

 

「アリス。あまりおいたが過ぎるのは良くなくてよ? 貴方はただ、知っている事について証言すればいいの」

 

 リアルな サスペンスホラーだった。

 

 俺の肩に乗ったまま、アリスは鼻で笑う。

 

「証言? 聞くが女王、私がこの法廷に来てまともに証言をした事があったか?」

 

 女王はやはり笑顔で答えた。

 

「今までした事が無いからこそ、今回ばかりは口を割ってもらいますよ、アリス」

 

 それ、証人に言うセリフじゃないんじゃ……。

 

 すんげぇ恐い二人に挟まれて、俺としてはえらいストレスだ。胃に穴が開きそう。

 

 何かこの二人、帽子屋の時より仲が悪そうだ。女王は声を出して笑った。

 

「フフフ…。こんなに『アリス』に困らせられたのは、久しぶりね」

 

 

『アリス』に困らせられた?

 

 

 意味深な言葉だ。しかし俺が言葉の意味を問う暇を与えず、女王は場を仕切り直した。

 

「さて。遊んでいる場合ではないわね、裁判を進めましょう」

 

 おいおい、その遊びの犠牲が、もしかして大臣? そんなぁ、大臣浮かばれねぇよ~。

 

「アリスの証言は後回しにしましょう。次の証人を呼んで頂戴」

 

 女王が俺の方に顔を向けた。

 

 えっ、えっ! もしかして俺!?

 

 俺は自分の顔を指差して、声に出さずに女王に訊く。――俺?

 

 女王の答えは、さっきから机や大臣に叩き付けてる華奢な手をゴキゴキ言わせて、声に出さずに「早くしろ」。

 

 命の危険を察知した俺は、証人の呼び方なんて分からなかったがとりあえず早く呼ばないと殺されると思ったので、精一杯、病院の待合室風に読んだ。

 

「次の方、どうぞーーー!!」

 

 すると公爵夫人の立っている位置より後ろにある大きな入り口が、ギイッと音を立てて開いた。

 

 控え目に開いた隙間から法廷に入ってきたのは、中学生位の男の子だった。



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手刀とウミガメモドキ

 呼ばれて入ってきた男の子の目は、絶世の美少女みたいにデカかった。

 

 背も、むしろ男子としては低い部類に入ると思うので、男の子としてはとても可愛い。

 

 うん、可愛い。

 

 ネムイズミ君と並べてみたら、それはそれは可愛いツーショットだと思う。

 

 ただ、ちょっと気になるのが、背中に背負ってる大きな亀の甲羅なんだけどね。

 

 俺が「何、あの甲羅…」とボソリと言うと、まだ肩に乗っていたアリスが眉をしかめた。

 

「ウサギ。差別的な事は言うもんじゃないぞ。ウミガメモドキに甲羅があるのは当然だろ?」

 

 

 ウ……ウミガメモド……何ですって?

 

 

 そんな一般的にも聞き覚えの無い生物に耳を疑っていると、女王がそいつに言った。

 

「ウミガメモドキ。そこにいる公爵夫人の隣に立って、証言なさい」

 

 いや、だからウミガメモドキって何?

 

 いや、海亀ってんなら知ってるよ? 学校の理科の授業で、胡散臭いCGで制作されたビデオ「海亀の産卵」なら見たことある。

 

 でもそれに「モドキ」が付くとどうなるんだろう。

 

 女王が証人尋問を始める。

 

「ウミガメモドキ、貴方は私の鍵が盗まれた現場を目撃したのでしょう?」

 

 えぇっ、そうなの!? ウミガメモドキ(もうこの際名前についてはどうでもいいや)!

 

 女王の尋問についての、気になる彼の答えは……

 

「いえ、見ていません」

 

 

 

 ……アレ。

 

 

 

 女王は席から机に飛び乗り、それから颯爽と法廷に飛び降りた(意外とアクティブだ)。

 

 そして足音一つ立てずに、証人の前に見事に着地すると、なんと光のごとき速さのチョップを見舞った!

 

 チョップ!? いや、違う! 綺麗に横なぎされたあれは………手刀だ!

 

 とか言って少年マンガ並の解説とかしてる場合かよ、俺!

 

 何が起こっているのか、理解が追い付かないけれど、とりあえず止めなきゃ!

 

 と思った次の瞬間、ウミガメモドキの首が、その肩の上から消えていた。

 

「あわわわわ……。首本当に斬ったよ、手刀で斬っちゃったよ、あの人! 何、このスプラッタ……おぇ……」

 

 あまりに凄惨な光景に、俺が吐きそうになって顔をそらすと、アリスが俺の肩の上で足を組んで、冷静に解説した。

 

 

「あの女王は、気に入らなかった奴の首を手刀で斬るのを生き甲斐としてる様な奴だからな。しかしウサギ、みっともなく慌てるのはもうちょっと良く見てからにしろ」

 

 女王、手刀で首斬れちゃうの!?

 

 あの手は何製だよ! 刃物でできちゃってたりでもするのか!?

 

 そしてお前は何を冷静に解説したりしちゃってるんだよ。

 

 ていうか何をだよ、よく見ろって。

 

 俺はアリスの指差した、女王と証人の二人を見た。

 

 証人の首が斬れてるスプラッタ映像なんて、そう何度も見たくない。

 

 何で見なきゃいけないんだよ。首が無くなった瞬間を見たんだから、見ても大した収穫は無いのに。

 

 とはいえ、無視したらまたアリスからの仕打ちが怖い。俺はアリスの気休めになる位の申し訳程度に、二人をチラ見した。

 

 ほらほら、別に改めて見る必要なんて無いじゃん。ウミガメモドキの首は肩の上に付いてるんだし……。

 

 俺は戻した首をまたそらし、スプラッタな事になっているウミガメモドキの体から目をそらした。

 

 顔をそらして目を閉じると、脳裏に一瞬だけ見た証人の光景が蘇る。

 

 ああ、やめろやめろ。思い出すな、俺。わざわざ思い出さなくても目で見た事が事実だよ。認めろ、俺。

 

 俺は俺に言い聞かせる。

 

 ウミガメモドキの首は肩の上に付いてるんだから。ウミガメモドキの首は肩の上に付いてるんだから。ウミガメモドキの首……は…………

 

 

 …………アレ?

 

 

 俺、今「付いてる」って言った?

 

 アレ?

 

 

 俺が一人で首を傾げてると、証人席からさっき聞いた声が聞こえてきた。

 

「相変わらず女王様は乱暴な事ですね。それだから婿殿が逃げちゃうんですよ」

 

 俺は思いきって机に身を乗りだし、証人を見た。首を肩の上に付けて、ちゃんと喋っている証人を。

 

 な……何で生きてんの?

 

「だって、さっき首斬られたのに! なぁ、アリス!」

 

 何が「だって」なのか意味が分からなかっただろうが、アリスはきちんと俺を見下しながら質問に答えた。

 

「だぁから、きちんと良く見ろって言っただろうがっ。ウミガメモドキの奴は、女王の手刀が来るタイミングに合わせて、自分の首を引っ込めたんだ」

 

 ええぇー!? 何それぇ!

 

「奴は人をおちょくるのが大好きだからな。相変わらず、いい趣味してやがるぜ」

 

 アリスはウミガメモドキを見下ろして、呆れたという様な顔で言った。

 

 あんな高速な手刀を繰り出す女王も凄いが、それに合わせて動けるウミガメモドキの首の瞬発力も半端ない。

 

 しかし、彼の体は背中の甲羅以外人間と全く同じ作りをしている様なのに、首なんて何処にどうやってひっこめられるんだろうか。

 

 ちょっと気になったが、詳しく知ったら何だか眠れなさそうなので止めておく。

 

 ウミガメモドキは「もう退場していいですか?」と訊くやいなや、女王に背中を向けて通ってきた扉に向かって歩き出した。

 

 しかし、その背中の甲羅を女王は容赦無く蹴り飛ばす。ウミガメモドキは衝撃で膝を着いた。

 

 女王はかなりご立腹だ。でも口調は穏やか、笑顔は崩さない。しかしどこぞの独裁者も顔負けであろう怒気が、体中から溢れている。

 

「貴方は侵入者を見ていないのですか? それでは職務怠慢ですね。首を斬るしかありません」

 

 女王の素振りが、シュッシュッ、と音を立てて風を切る。

 

 ウミガメモドキは臆する事無く、膝を着いたまま女王を振り返った。

 

 可愛い顔を膨れさせて、「心外だ」と言わんばかりの態度。

 

 でもその顔と裏腹に、彼の紡ぐ言葉って、なんと言うか……冷淡、とまでは行かないけど、何だか淡薄。

 

「女王様こそ、何を仰います。私は確かに侵入者は見ていませんが、 私の役目はお城の門を守る事です。門以外からの侵入者や、城内での鍵に近付く不審人物は、私の管轄外。そちらについては、鍵番であるビルに聞かれるのがよろしいかと」

 

 可愛らしい顔でそう言ったウミガメモドキは、落ち着いた動作で立ち上がって一礼した。そして今度は振り返る事なく、法廷から出て行った。

 

 女王の顔に張り付いた笑顔が、一瞬だけぽかんとした様に見えた。

 



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トカゲのビルと三月ウサギの告白

 ウミガメモドキが去った法廷は、ざわざわとさざめいていた。

 

 陪審員達が小声で話し合っているのが聞こえる。

 

「相変わらずウミガメモドキは、肝が据わってるよな」

「女王様に面と向かってあんな口が利けるのは、あいつとアリス位なもんだ」

 

 ウミガメモドキ、アリスと同等かよ。ちょっと可哀想、なんて思ったのは、アリスには絶対秘密だ。

 

 ちょっとぽかんとしていた女王は、そんなさざめきに自分を取り戻したらしく、いつもの様にほっそりした拳を振り上げ、直後に振り下ろした。

 

 しかし自身の前に机が無い為、本来なら拳が音を立てるはずの位置でその拳は虚しく空振りした。

 

 ……何かいけない瞬間を見てしまった。

 

 女王が無言でこちらを振り向く。

 

 俺と周りの陪審員達は一斉に首を捻り、超スピードで「見てないフリ」をした。

 

 ……アリスはむしろ笑ってたけど。

 

 女王は裁判官席の脇に付いている階段を優雅に上がり、本来の自分の席に着くと「コホン!」と咳払いで仕切り直した。

 

 さすがにもう一度アクションを起こすのは、気恥ずかしかったらしい。

 

「……ウサギ、次の証人を」

 

 女王が俺に言った。俺はさっきみたいに、病院の待合室風に呼んだ。

 

 ガチャッ……! 出入口のドアノブが音を立てて回り、蝶番を軋ませてゆっくりと開いた。

 

 そこから入ってきたのは、燕尾服を着た執事風の男だった。

 

 フワリとした金髪の男は、半円を描いた腕に続いて綺麗なお辞儀で俺達に挨拶して見せた。

 

 何だ、その演出は!? どこぞの舞台か!

 

 男の美しさと、一般的な日常生活を送っていればそうそうお目にかかれない光景に、おれは鳥肌を覚える。

 

 姿勢を正した男が、口を開いた。

 

「トカゲのビル参上つかまつりました。女王様、ご機嫌麗しゅう」

 

 え……コイツがビル?

 

 女王の執事じゃなかったんだ。……ちょっと残念。執事とメイドは庶民の夢だ。一部の濃い方にはもっと夢らしいけど。

 

 女王が早速、質問を始める。

 

「鍵の番人・ビルよ。貴方はわたくしの鍵が盗まれた時、現場にいましたね?」

 

 そしてビルからの答えは、

 

「よく分かりかねます」

 

 

 ……あれ?

 

 

 やたら曖昧だ。女王様へのお返事がそれでいいのか。

 

 女王は当然怒った。

 

「きちんと答えなさい。首を斬りますよ」

 

しかしビルは「ですからきちんとお答えしている様に、よく分かりかねます」と繰り返した。

 

 女王の苛々が募る。

 

「分かるのですか? 分からないのですか?」

 

しかし、

 

「分かりかねます」

 

 ――ブチンッ。

 女王の堪忍袋の緒が切れた音が、聞こえた様な気がした。

 

 彼女はその場でゆっくり立ち上がると、ニッコリ笑った。

 

「分かりました。反逆の罪で貴方の首を斬りましょう」

 

 

 

 大変だぁぁ~~!?

 

 

 

 また首斬り事件に発展しちゃった!

 

 またスプラッタな事に(前回は際どい所でなってなかったけど)なる!

 

 俺は今まで面識0の、見知らぬトカゲ(外見は完全に人間)に向かって叫んだ。

 

「おい、ビルさん! ちゃんと思い出して証言しろって! じゃないと殺されちゃうぞ!」

 

 見ず知らずのトカゲの生死にすんげぇ焦ってる俺とは正反対に、本人は冷静に答えた。

 

「だって、本当に知らないんですよ? 私はずっと全ての鍵を見ていましたけれど、いつ無くなったのか分かりませんでした」

 

「少なくとも、不審者の類は見ていませんよ」と付け足して、ビルはニコリと笑った。

 

 う……男とはいえ、金髪美人に微笑まれると何だか照れる。

 

 不審者の類を見ていない、という一言を聞いて、女王の怒りが多少引っ込んだ様だった。

 

 女王は何事も無かったかの様に着席すると、

 

「しかし鍵が無くなったのは事実です。ずっと管理していたのにいつの間にかなくなるなんて、有り得ない事でしょう?」

 

 と冷静を保つ様にしてビルに訊いた。

 

 そりゃ確かに。

 

 ずっと目を離していなかった物が、その視線をかいくぐって盗まれるなんて、有り得ない。

 

 もちろん、一人手に逃げ出したなんて事も有り得ない。

 

 ビルのその証言は、自分の立場をますます不利にするだけだ。

 

 女王はビルに向かって更に訊いた。

 

「チェシャ猫を見ましたか?」

 

 うわ。めちゃくちゃ個人の名前出しちゃったよ。

 

 大丈夫? 名誉棄損罪とかにならない?

 

 しかしビルはその質問にさえも笑顔で答えた。

 

「いいえ、女王様」

 

 女王が拳をギュッと握る。あらら、怒ってる怒ってる。

 

 アリスが俺の肩の上で、おもいっきりあくびをした。

 

 まぁ、気持ちは分からないでもない。

 

 消えた鍵の行方は何の進展も見せない。俺の脳裏に『迷宮入り』の四文字が浮かんでは消える。

 

 すると、しばらく女王と同じ問答を続けていたビルが、突然「あ」と思い出した様に言った。

 

「見張りを交代した時かもしれませんね。鍵が盗まれたのは」

 

 ああ、なるほど。交代の時なら、盗まれたのに気付かなかった事にも納得がいく。

 

 俺が手をポンと打たんばかりに納得した時、突然女王がガタンと荒々しく音を立てて席を立った。

 

「只今聞き捨てならない言葉を聞きました。陪審員、記録をしましたか?」

 

 突然女王に話を振られて、陪審員達は完全に不意を衝かれた様だった。

 

 皆さんハッとして、慌てて手にしている黒板に書き始める。

 

『只今聞き捨てならない言葉を聞きました。』

 

 俺には書いている内容バッチリ見えるけど、中央に座ってる女王には書いてる内容が絶対見えないのが幸いだ。

 

 委員会の書記にだって、そんな記録は許されないぞ。大丈夫か、この陪審員たち。

 

 俺がそう思ったその時、女王の雷が落ちた。

 

 机の上に墜ちた女王の拳は語っていた。この馬鹿どもが、と。

 

「誰がそんなくだらない事を書けと言いましたか? 『鍵が盗まれた時見張りを交代していた』という彼の言葉を聞きましたか? 貴方がたの耳は一体何の為についているのですか。耳も削ぎ落としてあげましょうか」

 

 おっと、もはや決まり文句を飛び越えて『耳をそぎ落とす』ときた。

 

 それすなわち、「わたくしを怒らせた者は暗黙の了解で首を斬ります」と言っている様な物だ。

 

 そして今、彼女は「首を斬った後に耳も削ぎ落としてあげましょうか」と言ったのだろう。

 

 さっきまで女王との意思疎通なんて全然出来ていなかったのに、段々分かってきたらしい俺。……できれば分かりたくなかったなぁ。

 

 陪審員達は自分の書き付けた言葉を消し、女王の言った通りの言葉を書いた。

 

 女王はそれで満足したらしい。

 

 ビルに再び話しかけた 女王の物腰は、苛立ちの欠片も感じさせなかった。

 

「見張りを一体誰と交代していたのですか? そもそも、鍵番というのは貴方以外誰もいないでしょう。貴方は鍵番という仕事を……」

 

 ビルは女王の言葉を遮って、彼女の質問に答えた。

 

「お言葉ですが女王様。以前から私はこの仕事に不満を感じておりましたもので、勝手ではありますが、自費で代わりの者を雇っておりました」

 

 それって、この仕事割に合わないって意味だろうか。

 

 王族の従者も案外大変なんだな。

 

 ご無礼を。と言ってビルはペコリと頭を下げた。

 

 女王に次の詮索をされる前に、ビルは雇った人物の名前を言った。

 

「その時雇った三月ウサギを、只今お連れします」

 

 さ、三月ウサギだって!?

 

 俺の戸惑いをよそに、ビルはそそくさと一時退場した。

 

 俺は肩に座っているアリスに囁く。

 

「さ、三月ウサギって……あの三月ウサギ?」

 

 アリスは頬をポリポリしながら答えた。

 

「そうさなぁ。最近バイト始めたって聞いたし」

 

 あら、意外と仲がよろしいのね?

 

 ウサギも生活が苦しいって聞くからなぁ、とアリスは言った。

 

 え? そうなの?

 

「お、俺は特にそう思わないけど……」

 

 俺は言いながら首を傾げた。

 

 まぁ、そう感じるのは今まで家を持って生活した事無いからかもしれないけど……ってゆーか俺、この世界に来てまだ間もないじゃん!

 

 いけないいけない。もう5年はこの世界に住んでいる気がする。

 

 アリスは肩をすくめた。

 

「そりゃあそうだろ。シロウサギの収入っつったら庶民の羨む所だ。テメェ、嫌味か」

 

 あ、ごめんなさい。嫌味じゃないです、ごめんなさい。

 

 アリスが俺に足の裏を向ける。

 

 止めてくださいよ。貴方そこからだったら、確実に俺の目ぇ蹴る気がする。

 

 という事は、もしかしてアリスって安月給?

 

 そんな会話をしている間に、ビルが三月ウサギを連れてまた入ってきた。

 

 

 

 ななな、何でまたお姫様だっこよ!?

 

 

 ビルは完璧に、三月ウサギをお姫様の様に抱えている。

 

 二人とも美形なだけに、男同士といえど絵になっていた。

 

 しかもビルはパッと見は執事だから、一部の方には更に天国の様な光景だろう。

 

 いつの間にかしつらえられていた証言台の横の椅子に、ビルはゆっくりと三月ウサギを座らせた。

 

 俺が心配して「ど、どうしたの?」と訊くとビルはちょっと困った顔で答えた。

 

「ええ、それが…… 三月ウサギは本日午前に負傷した傷が癒えていなく、女王様には誠にご無礼ながら、椅子に座ったままの証言という形を取らせて頂きたく思います」

 

 女王が「何故負傷したのですか?」と訊いた。

 

 三月ウサギが答える。

 

 今日アジトで見た彼の姿よりも元気が無く見えるのは、怪我のせいか。だから調子悪いんだな。

 

「……朝、アリスに蹴られたんです、女王様」

 

 あれま。そういえばそんな事もあったっけ。

 

 女王はニッコリして、「ああ、アリスの仕業ですか。なら仕方ありませんね」と座ったままの証言を許した。

 

 アリスは俺の肩の上で「はぁ!? アタシはそんな事した覚えねぇぞ! ふざけんな、クソウサギ!」と叫んだ。

 

 いや、蹴ってた。俺、バッチリ見てたから。

 

 女王と俺達に美しい笑みを向けて一礼すると、ビルは踵を返して法廷から去って行った。 

 

 三月ウサギの尋問が始まる。

 

「では、三月ウサギ。貴方はあのビルに代わって鍵番をしていましたね?」

 

 女王が訊くと、三月ウサギは機嫌良く答えた。傷が痛いのか、お茶会の時の元気はない。

 

 確かに、あのいつも興奮している様なあのテンションでは、傷に響くだろう。

 

「ああ。ビルちゃんに代わってちょっとだけやってたっスよ。ビルちゃんにお小遣い貰っちゃった」

 

 また陪審員達がカリカリしだした。

 

 女王は、そんな陪審員達に記録させる猶予も与えず尋問を続ける。

 

「では、鍵が盗まれた時、その場にいましたね?」

 

 三月ウサギは「ヒャハハ!」と笑った。

 

 しかし俺の記憶にある彼の笑い方より、だいぶ控え目だったので気味が悪い。

 

 三月ウサギが再び口を開いた。

 

「鍵が盗まれた時その場にいたも何も、俺が鍵盗んだんだもん」

 

 

 

 ……………………は?

 



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再会のチェシャ猫

 

 は?

 

 ……え、ちょっと待って…………

 

 証人として呼ばれた三月ウサギが「鍵を盗んだのは自分」と宣言したって事はこれすなわち………

 

 

 

「自白じゃん!」

 

 俺は思わず、三月ウサギの突然の自白に音を立てて立ち上がる。

 

 俺の肩の上でバランスを崩したアリスが、机の上に転げ落ちた。

 

 陪審員達が急いで俺のツッコミを記録する。『自白じゃん!』

 

「てんめぇぇ~……! このバカウサギ~!」と声がして、ふと下を見ると俺の肩の上から転がり落ちたアリスが、机の上で激昂していた。

 

 どうやら不意打ちで振り落とされてしまったのが、怒りに触れたらしい。

 

「あ……アリス、ごめ」

 

 ん、と俺が続けようとすると、あろう事かアリスは机の上からピンポイントの、男の急所に飛び蹴りを食らわせた。

 

 俺の目から火花がほとばしる。

 

「…………!!!」

 

 俺は絶句して、そこを押さえて内またに崩れ落ちた。

 

 もう、あれだ。アリスには「女の子なんだからそんなはしたない真似しちゃいけません!」なんて注意は効かない。

 

「ウサギ、煩いですよ」

 

 ニッコリと女王が俺に言った。

 

 女王様、そんな殺生な……。

 

 三月ウサギの自白に驚いたのは、俺だけではない。

 

 さっきまでずっと黙りっぱなしだった被告人席の公爵夫人は、開いた口が塞がらない様だった。

 

 女王が陪審員達に訊いた。

 

「陪審員、記録はとりましたか?」

 

 陪審員達が今度は誇らしげに胸を張った。

 

 女王はしかし、陪審員達に疑わしげな視線を向ける。

 

 それからふいっと前を見ると、証人(もはや罪人?)として立つ三月ウサギを睨みつけた。

 

「ウサギ、では貴方の首を窃盗の罪で斬って差し上げます。首を斬る前に言い残した事はありますか?」

 

 三月ウサギは素直に首を横に振った。

 

 女王が颯爽と彼の前に降り立ち、「そうですか。それでは……」と構える。

 

 俺はそこについつい、割って入ってしまった。

 

 

「まままま…っ、待てよ! 女王……様!」

 

 

 思いきり命令口調で飛び込んだ俺は、女王にギロリと睨まれて震えながら、何とかギリギリ「様」を付け足す。

 

 しかしながら俺の制止に応じた女王は、早くしろ、といった面持ちで「…で?」と俺に訊いた。

 

 

「…で?」って?

 

 俺がキョトンとすると、女王が突然俺の脳天にゲンコツを落とした。

 

「痛っ! なっ、何…!?」

 

 俺がちょっと泣きべそをかきながら訴えると、女王はいつものニコリ顔で、いつもの涼やかな声で、カミナリを落とした。

 

「何をアホ面をしているのです? 私を止めるからには、それ相応の理由が無いと許されませんよ。どうやら今回のウサギの頭は、かつて無いほど弱い様ですね」

 

 

 頭が弱いなんてのは、言われなくても知ってるよ。

 

 俺が唇を尖らせると、またしても女王の鉄拳が頭に直撃した。

 

 止めてぇぇ! 割れる、割れる、頭割れるから!

 

「…で?」

 

 俺を見つめる眼差しに暗い陰を落として、女王は再度訊いた。

 

「え~…と……」

 

 俺はその気迫に後ずさる。

 

 ヤバイ! 女王の満足する答えを、俺は出せるか!?

 

 自分の思いの丈を正直にぶつけて、「いくらなんでも人の首を斬るなんて残虐行為、見逃せません!」と当たって砕けるのも悪くないとは思う。

 

 だがそれだと、俺の命は砕ける手応えを感じる前に、光のごとき速さで散っちゃってる様な気がする。

 

 う~ん、どうしよう……。

 

 俺が悩んでいると、三月ウサギはあろうことか俺にタックルをかましてきた。

 

「ぶぅっふぇ!!」

 

 思ってなかった所からの攻撃に、息が詰まる俺。

 

「シロウサギちゃんってば、自分を顧みず俺の窮地を救おうとしちゃったりしてくれてるのねー!?」

 

 その語尾、何だかお前のトコのネイリストさんに似てきちゃってる様な気が……。

 

 そんな事は置いといて、女王を無視して俺に抱きつく三月ウサギは、感動の涙とか流しちゃってる。

 

 外見に似合わず、熱い奴だなぁ。

 

 俺は何かおかしくって、とりあえず安堵の意味を込めて彼の頭を撫でようとした。

 

 一瞬前に俺が止めに入らなかったら、コイツは確実に死んでいた。

 

 迫ってくる女王が恐かっただろうに……。

 

 今コイツが流してる涙には、少なからず安堵の気持ちもあるだろう。

 

「もう大丈夫」そういう気持ちで俺が頭を撫でようとすると……

 

 

「でも俺さぁ、別に殺される筋合い無いよ。だってシロウサギちゃんに鍵あげちゃったもん」

 

 

 あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 

 

 

 予期せぬ唐突な裏切り!

 

 まさかここに来て、その話を持ち出されるとは思わなんだ!!

 

 俺のいろんな穴から色んな汁が、怒濤の勢いで吹き出した。

 

 三月ウサギは俺に抱きついたまま、「ねー?」と言って首を傾げる。

 

 あ……いや、その……あれは、ほら、あの、あれだろ!? 確かに預かったけどさ。

 

 あれからすぐチェシャ猫に渡したし、こんな最悪なタイミングで真実を明かさなくても……。

 

 一応鍵に関わった当事者としてはそれを素直に肯定するべきだと思うが、俺の心の端っこの理不尽な部分が、「ふざけんな!」と叫んでいた。

 

 ダラダラと流れる汗を抑えられないままの俺に、女王は静かに問いかけた。

 

「……どういう事ですか? ウサギ…………?」

 

 

 

 ヒ……ヒェェ!!

 

 

 女王の目の辺りに暗い陰が落ち、ニコリと笑って俺に迫ってくる。

 

 間違いなく疑いの眼差しだ。

 

 いや、獲物を狩るハンターの目だ!

 

「では貴方の首、斬って差し上げましょう」

 

尋問も無し!? 容赦ねぇ!

 

「ちょ…ちょっと待って下さいよ女王様! ぉぉぉ、俺は大体、この世界に来たばっかりでそんな……。だ、大体、あれがどこの鍵かなんてのも知らないし…………」

 

 俺の必死の弁解も、女王にとっては雑音だ。

 

 細い繊細な指を持った手が、振り上げられる。

 

 こんな所で……こんな訳の分からない世界で死ぬのか、俺? 鍵を帽子屋から預かってきたのだって、チェシャ猫に頼まれたからだぞ?

 

 そもそも俺は、元の世界に帰る方法が知りたかっただけだ。

 

 なのに、こんな所で、訳が分からないまま……。

 

 いや、そもそもの元凶は爺さんじゃねぇか!

 

 自分が走るの疲れたからとか言って、こんな金時計夜中に渡しやがって、あのクソジジイ!!

 

 ここまで至った色々な行程が、俺の脳内で蘇る。

 

 殺される直前となっては、どの出来事から恨めばいいものか分からない。

 

 でもたった一つだけ、この世界で信じられるものがあるとすれば。

 

 アリス……。

 

 

「女王っ、やめ――!」

 

 

 覚悟を決めて目を瞑った時、小さなアリスのそんな声を聞いた。

 

 

 

 

「あれあれ、随分ご乱心じゃないか。女王様は」

 

 

 

 法廷に声が響いた。

 

 いつか聞いた、空気の様に軽いこの感じに、俺はパチリと目を開く。女王の手がピタリと止まった。

 

「…………チェシャ猫……?」

 

 信じがたかったが、あの猫がこの場にいるらしい。

 

 ……どこからいつの間に入ってきたのか全く分からないけど。

 

 女王は自分の左右や、俺の背後に目的の人物の姿をキョロキョロと探した。

 

「あははははは! そっちじゃないよ、こっちこっち!」

 

 声が笑う。女王が振り返ると、女王の席より更に上の壁に彫られているハートの紋章の前方に、浮遊しているチェシャ猫がいた。

 

 わぁ……あんな所に……。ってか、いつ入ってきたんだよ、コイツ~。

 

 ……………………。

 

 

 ってか、何で浮いてんの!?

 

 

 いつかに見たのと同じにんまり笑顔で、チェシャ猫は俺達を見下ろした。

 

「猫! どのツラを下げてここに戻ってきたのです!」

 

 俺の前で、女王が初めて声を荒げた。

 

 鈴の様な声が、一瞬にして凛と研ぎ澄まされて法廷に響く。

 

 猫は「あはは、相変わらず女王様は恐ろしい」と笑った。

 

 女王は猫の声も聞きたくない様だ。

 

「黙りなさい! その舌噛み切って、今すぐこの神聖なる法廷から出てゆくのです!」

 

 定番の「首を斬ってあげましょうか?」と言わなかった女王の顔は憎しみに歪んでいた。

 

 もしかして女王の「首を斬ってあげましょうか?」は一種の愛情表現なのかもしれない。

 

 愛着があるから故の体罰。……体罰で首斬られちゃたまんないけど。

 

 

 本当に憎い相手だからこそ、姿も見たくないという事だろう。

 

 しかし女王の命令に、猫は首を傾げてニコリと笑う。

 

「あはは。何を生温い事を言っているの、女王様ったら」

 

 そして空中に――どういう原理か知らないが浮遊している足で、数歩、ブラブラと歩いた。

 

「俺なら本当に憎い相手には、もっとびっくりする様な事言ってやるね。例えば……」

 

 そこで猫は立ち止まり、右手人指し指を唇に当てて軽く悩むフリ。

 

 それから数秒して見せたのは、

 

 

 三日月の様に口を歪ませた、残虐な笑み。

 

 

「『こんな国、亡くしてやる』、とかね」

 

 

 

 

 俺はその笑みにゾクッとする。

 

 何、その笑顔……。俺の知っているチェシャ猫じゃない……。

 

 あれは、本当に俺の知っている猫か……?

 

「なっ……!? 何を……!」

 

 女王が叫んだ所を遮って、猫は彼女を睨みつけて呼んだ。

 

「女王様」

 

 その声も、見下す様に女王を睨む視線も、この世の物とは思えないほど冷たく。

 

「言葉には気を付けた方がいい。さもないと、貴方が大好きな首斬りは自分が最後になってしまう」

 

 続きを言った猫の手には、いつの間にか握られていた。

 

 

 鍵が。

 

 

 空中にいる猫の手の中でキラリと光った鍵を見て、女王はまず俺を見た。

 

 何故、俺の手に渡った筈の鍵が、猫の手の中にあるのか、と。

 

 その疑問に、猫は笑顔で答えを与えた。

 

「シロウサギくん、鍵を取ってきてくれてありがとうね」

 

 

 えぇ!? ここにきて俺の責任が問われる様な真似を、何故する!?

 

 

「君のお陰で蘇るんだ。……初代アリスがね」

 

 

 初代アリス!? 蘇るって何!?

 

 

 女王が俺の隣で声を張る。

 

「お前は何故、初代アリスを蘇らせようとするのです!?」

 

 チェシャ猫は楽しそうに腹を抱えた。

 

「そんなの決まってるじゃないかぁ」

 

 やっぱりあれは、俺の知っているチェシャ猫なんかじゃ、決してない。

 

 愉快の中に、こんなに戦慄が籠められた笑顔を、俺は知らない。

 

 

 猫は三日月型の口で、その理由を語った。

 

「俺とアリスを追放した事を、アンタに後悔させてやるためさ」

 




奇しくも3939文字!


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チェシャ猫の真実

「つ、追放……? 追放されたって……」

 

 空中で笑う猫に向かって、俺は呟く。

 

 何で? 何で? 追放って、追い出されたって意味だろ?

 

 お前はちゃんと、この城から(多分)ほど近い森に住んでいるじゃないか。

 

「森に……住んでいるんじゃなかったのか…?」

 

 俺が呟くと、猫は「う~ん」と悩んだ仕草で首を捻った。

 

「『棲みついている』ってゆーのが正しいかな」

 

「俺、届出してないからさぁ」。あはっ、と笑うチェシャ猫。

 

こんなデタラメファンタジーっぽい世界でも、届出は必要なんだ…………。

 

 女王は、落ち着きを取り戻して、腕組みをして空中の猫を睨みあげた。

 

「……届出をしなくとも、お前が私の国の空気を吸う事さえ不快です。さっさと舌を噛み切って、五臓六腑を巻き散らしてから出て行きなさい」

 

 もしもぉーし!? 女王、残虐度上がってますけどー!?

 

 チェシャ猫は、狂喜を宿した目を輝かせて言った。

 

「ほざくがいいさ! 今に俺がアリスを目覚めさせる! この世界から消えて無くなるのはお前らだ!」

 

 猫が高らかに笑いながら、その場でクルリと回転する。

 

 すると魔法の如く、彼の体は消えた。余韻も残さず、まるで最初からいなかったかの様に。

 

 後に残ったのは、怒りに顔を歪ませた女王と呆然とした俺、公爵夫人に三月ウサギや小さいアリスに陪審員の方々、それに法廷に反響した猫の笑い声だった。

 

「何て事…………」

 

 口を開いたのは夫人だった。彼女は涙を浮かべて、その場に崩れてしまう。

 

「我が家族に代々伝わる……飼い猫がまさかあんな…………」

 

 公爵夫人……気持ちは分かるけど、気をしっかりと……いや、待て。今何て言った?

 

「家族に代々伝わる猫? そんなに長生きだったのかよ、あいつ」

 

 泣き崩れている公爵夫人に訊くと、不意に頭の上に降ってきた微かな衝撃と何かが乗った様な重みと同時に、質問の答えが返ってきた。

 

 どうやら、未だミニマムサイズのアリスだ。 

 

「アイツはこの国で、女王と並んで唯一『初代アリス』の頃に生きていた存在だ」

 

 へぇ…………それって意外とレアじゃね?

 

 ……ん? ちょっと待て。今のアリスが159代目でその前のアリス達は確か50年で結構入れ替わってて、今のアリスが結構長続きしてるんだから…………

 

 …………

 

 アイツ、いくつ!?

 

 50年前は一体何代目のアリスだったか知らないけど、とりあえず今の159代目という数字から推測するに、初代アリスの頃に生きていた女王とチェシャ猫ってもう100歳はとっくに行ってると思う。

 

 あ、だから女王、「こんなに『アリス』に困らせられるのは久しぶり」だって言ってたの?

 

 という事は、初代アリスもこの法廷に来たって事?

 

 俺が考えていると、頭皮が酷く痛んだ。

 

 どうやら俺の頭の上に乗っているアリスが、俺の髪を引っ張っているらしい。

 

「痛っ! 痛ィタタタタ痛いよ、アリス! 抜ける、抜ける!ごっそり抜けるから!」

 

 すると今度は、罵倒の嵐。

 

「うるせぇ、テメェの毛根事情なんか知るか! そんな事より、何をボサッとしてるんだ! 猫追い掛けて、絞め上げるぞ!!」

 

 なななな、何ですって!?

 

「は、はいっ!?」

 

 俺の脳味噌では、残念ながら今の言葉の意味を処理できなかった。

 

 意味が分かりません、アリスさん。

 

「物分かりの悪ぃウサギだな。あの猫を追い掛けるんだよ! じゃないと本当に初代アリスが蘇っちまうぞ!」

 

 今までにも増して理不尽な展開に、俺は自分でもびっくりする程腹を立てて怒鳴った。

 

「悪ぃな、物分かり悪くて! でも俺は、この世界について知らないも同然だし、事の重大さなんて全然分からないの! 『初代アリスが蘇る』って事から意味が分からねぇんだ! いっつも意見を押し付けるだけじゃなくて、ちゃんと理由を説明してくれたっていいだろ!?」

 

 アリスは俺が反論してくると思っていなかったらしい。彼女は口をつぐんだ。

 

 黙りきってしまったアリスに代わって、女王が俺に答える。

 

「……そうですね。この国の事情も知らぬ者にシロウサギは務まりません。良いでしょう。貴方の質問に私が答えます」

 

 俺の頭の中は今、処理出来ていない情報が山積みだ。このままだと、その内パンクしてしまう。

 

 処理の方法を教えてくれるコンピュータを、俺の頭は必要としていた。

 

「まず、何を知りたいのですか?」

 

 女王が尋ねる。

 

 俺の口から、質問が波の様に溢れ出ようとするが、俺は落ち着いて確実に問題を消化して行こうと思った。

 

「……まず、初代アリスと、そいつが蘇る事がどういう事なのか知りたい」

 

「初代アリスは、とても凶悪なアリスでした。今のアリスにとても良く似ていました」

 

 アリスに似てる…………んだ。

 

 何だ、ちょっと緊張しちゃったじゃん。アリスに似ているんなら、そんなに恐くも……………。

 

 いや、ちょっと待て、落ち着け俺。よく考えろ。

 

 ずっと俺の隣にいたアリスは確かに「凶暴」だが、今女王言ったキーワードは「凶悪」だぞ、「凶悪」。

 

「凶々しく悪いもの」、だ。

 

 でも凶悪って言われたって、どうも具体的なイメージが持てない。

 

 現代日本でだって、「凶悪犯罪」よりは突発的な「凶暴な犯罪」の方が遥かに多いと、俺は思う。

 

 てか俺の中で一番凶悪なイメージが、アリスだ。

 

「凶悪って、どの様な……」

 

「初代アリスは、我が国が誇るトランプ軍隊を全滅させ、この世界を支配しようとしていました」

 

 ぐ……軍隊全滅!? こっ、恐ぇぇ!!

 

「長い戦いの末に我が国が辛くも勝利し、アリスとその仲間をこの国から追放する事に成功しました」

 

 全然アリス(159人目)に似てないじゃん! いくらなんでもそこまでしないよ、アリス(159人目)はっ!

 

 そんなとんでもない人物が、この世界にいたなんて!

 

「……ということは、『蘇る』って……」

 

 スッ、と目を閉じて、自身にもその事実を言い聞かせる様に女王は言った。

 

「そして私は、初代アリスを固く封印しました。……まぁ、眠りながらにアリスが見た夢のせいで、双子がこの世界に蔓延る様になってしまったのは事実ですが……。チェシャ猫が持っていたのはその封印を解くための唯一の鍵なのです」

 

 双子って……俺達ウサギの事が大好物な?

 

「そもそも、この国に双子はディーとダムの二人しか存在しなかったのです。ウサギを食べる狂暴な双子は、初代アリスが今現在も見ている夢によって新しく生まれたものなのです」

 

 こ、恐……。恐ろしいな、初代アリスの夢の力。

 

 そもそも、夢に見た物が現実世界に現れるってどうよ……? しかもあんな怪物が。

 

 俺は、以前俺を頭から食おうとしたあの双子の大きな口を思い出して、ゾッとした。

 

 身震いした俺を睨みつけて、女王は言い放つ。

 

「もし本当に初代アリスが蘇ったら……そんなものでは済まされませんよ」

 

 その言葉に俺はごくりと唾を飲んだが、俺は体感した恐怖以上の恐怖は想像できない不器用な人間なんです。女王様、許して下さい。

 

「2代目以降のアリスは、双子に食い殺されたり、ディーとダムに遊び回された末におかしくなったり、この世界に馴染めなかったり……誰も長くは続きませんでしたね」

 

 ちょっと待て。あんたは軽くスルーしようとしてるが、俺は聞き捨てならないぞ。

 

 お前んとこの双子は、アリスの気がふれる程遊んでも気が済まないのか?

 

 ちょっと突っ込もうかとも思ったが、そんなアリス達の末路なんて知ったら俺も戻れない気がするのでやめておく。

 

「158代目……先代のアリスは違いました。彼女は気高く、私に引けをとらない凛々しさと美しさを持っていました」

 

 …………この女王がこんなにベタ褒めするなんて…かなりすげぇんだ、先代のアリスって……。

 

 っていうか、すがすがしいくらいナチュラルに今自画自賛したね、しましたね?

 

「先代のアリスは、世の中に蔓延っている双子の排除を自らの使命としました。その意思は、今のアリスに継がれています」

 

 へぇ……こうやって聞くと、アリスって正義の味方っぽいかも。ちょっとかっこいいと思ってしまう。

 

 すると、頭の上のアリスが言った。

 

「今、初代アリスに蘇られると、アタシと先代がやってきた事なんて、意味が無くなっちまう」

 

 俺はそんなアリスに手を差し出す。

 

「そうだよな。双子でさえ狂暴なのに、その上凶悪なアリスに蘇られたら、状況は振りだしに戻るんだもんな」

 

 俺の手に逆らうことなく、アリスはそれにピョンと飛び乗った。

 

 肩に座らせると、今までに見たことの無い真剣な眼差しで、アリスは言った。

 

「振りだしどころか、最悪だ」

 

「アリス、分かっていますか? 貴方にしかできない事ですよ」

 

 真剣な顔で見つめあい、女王はアリスに言った。

 

 俺が何が何だか分からない間に、アリスは「あたりめぇだ」と挑戦的に言ってちょっと固く笑った。

 

「……気を付けなさい」

 

 パチン。

 

 女王が指を一つ鳴らすと、俺の肩が急に沈みこんだ。

 

 よろめいて転倒しそうになるが、なんとか体制を立て直して肩にいるアリスを支える。

 

 アリスのサイズは、急に元に戻っていた。

 

 俺がアリスの顔を見上げると、彼女も俺を見下ろしていた。

 

 いつもの野生的な笑い方が、そこにあった。

 

 アリスは俺の頭をがしっと掴むと、俺を突き放す勢いで軽く跳んで、女王の隣に着地する。

 

 突き飛ばされた俺の体は、今度ばかりは耐えきれずに後ろへとよろめいた。

 

 「ゎわっ……」

 

 ドン、と誰かの逞しい胸板に突っ込んだ俺。

 

 っていうか『誰か』とか言うまでもないよ。この中で逞しい胸板とか言ったら、100%公爵夫人じゃん。

 

「ご…ごめんなさ……」

 

 ぶつけた顔を摩りつつ夫人の顔を見上げる。

 

 彼女の顔は真っ青で、両目は丸く見開いていた。

 

 こんな夫人は、見たことがない。

 

 てゆーか、ぶっちゃけ怖い。

 

 自らの胸に飛込んできた俺を、以前の様に抱き締めるどころか、額のあたりを鷲掴みにされて、俺はぞんざいに横の方へ放られた。

 

 何か、皆の冷たいあしらいに少々ショックの俺。

 

 秘かに落ち込んでいる俺の事などアウト・オブ・眼中な公爵夫人は、女王に向かって敬意も忘れていた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って!? 初代アリスがいたのなんて、何百年も前の話でしょう? そんな先人を、何でウチの猫が蘇らせるのよ!」

 

 それもそうだ。

 

 夫人の言う通り、何百年も前に生きていた人物に、チェシャ猫は何の義理も無いはず。

 

 俺も不思議そうな顔をして女王に向き直ると、女王の答えが返ってきた。

 

「チェシャ猫はこの数百年の間、ずっと偽りの名を使っていました。彼がアリスと共にいるころに使っていた名は…………」

 

女王がたっぷりととった間によって、全員に緊張が走った。

 

「イモ=ムシ。それが、以前の彼の名です」

 



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現れたイモ=ムシ

 

 

 イモムシが猫に進化を遂げる。なんて、

 

「まさか、んな事有り得ないって~」

 

 笑って言った俺は女王にキッと睨まれた。

 

「貴方の常識で物事を言うのではありません」

 

 そうだ。この世界では俺の常識は通用しない。

 

 これはこの世界に来てから、俺自身が嫌というほど体感してきたことじゃないか。でも、だとしても、訳が分からないぞ。

 

「……でも、俺とアリスはチェシャ猫に教えてもらって……イモ=ムシに会いに、きのこの里に……」

 

 行くはずだった。

 

 まさか、それも全部嘘だったっていうのか?

 

 そうだ。アリス……アリスはきのこの里の場所を――イモ=ムシの居場所まで案内しようとしてくれたじゃないか。

 

 そうだよな? チェシャ猫自身がイモ=ムシだったなんて、そんな事有り得ないんだよな?

 

 そう尋ねようと、アリスを向く。

 

 彼女は女王を向いたまま、ポカンと口を開けて固まっていた。

 

 まずいぞ、何かシリアスな雰囲気になってきた。息が詰まる。

 

 すると、アリスがいきなり叫んだ。

 

「畜生、あのクソ猫! この私を騙しやがったのか、あのヤロウ~!」

 

 ……あぁ、いつものアリスにホッとしている自分がいる。

 

 ちょっと前まで、コイツのやることなすことすべてに、あんなにハラハラしてたのに。

 

 人間って不思議だ。

 

 人間って本当に不思議で、残酷だ。

 

 ちょっと前まで腫れ物扱いだったのに、今や俺はすっかりアリスを頼りにしている。

 

 ごめんな、アリス。

 

 最初はあんなにお前の言動にビクビクしてたけど、今はお前の言葉が一番落ち着くよ。

 

 人間って本当不思議で残酷で、単純だなぁ。

 

 俺がしみじみ思っていると、女王が口を開いた。

 

「私もあの者の正体に気付いたのは、つい最近の事です。あの者は一切届出というものを提出していなかったのですから」

 

 ……やっぱり届出必要なんだ。届出が無かったから、完全に管理できていなかった、と。

 

 こんな危険人物が野放しになっているなんて、知らなかった。

 

 じゃあ、それなら。

 

「なんで最近になって分かったんだよ、チェシャ猫の正体がイモ=ムシだって?」

 

 俺の質問対する女王の答えは、またしてもすっ頓狂なものだった。

 

「私は猫が歌うのを一度聞きました」

 

 う、歌……? そんなもので本人確認していいの?

 

「イモ=ムシが初代アリスと共にいた頃に、歌っていた歌と同じものを、あの猫は歌っていました」

 

 そんな。歌なんてすぐ人の間に広まるものだし、本人確認には使えないんじゃ……。

 

「アリスもご存じのはずです。『きらきら蜜蜂』」

 

 そのタイトルは、この緊迫した空気の中で異様に浮いていた。

 

 女王に視線を向けられたアリスが、ハッとする。

 

「『きらきら蜜蜂』……。初代アリスが伝えた歌だよな」

 

 え? 何か可愛いな、初代アリス。

 

『きらきら蜜蜂』が果たしてどんな歌なのかも気になるが、今はそんな事気にしてる場合じゃない。

 

 なんか隣りで、アリスが燃えてる。そんりゃもう、闘志がみなぎってるって感じ。

 

「おっし、ウサギ!聞く事はもう無いだろ、行くぞ!」

 

 アリスは突然俺の首根っこ掴んで走り出した。え、嘘!

 

「行くって何処へ!?」

 

 俺の頭の中の疑問と口から飛び出した質問が、この上ない程シンクロした。

 

「決まってんだろ! あのバカ猫張り倒しに行くんだよ!」

 

 と、止めに行くんじゃないの!?

 

 あくまでも暴力的なアリスに喉元を締め付けられて、俺は早くも酸欠気味。苦しい苦しい。

 

 高校生男子を一人引っ掴んで走っているのに、アリスの脚は駿足だった。

 

 静かに手を振っている女王や、純白の小さなハンカチを振る公爵夫人達がどんどん小さくなっていく。

 

「初代アリスを蘇らせたりなんて、誰がするかよ!」

 

 法廷を出て、廊下を突っ切って、城を出て……それでもまだアリスは止まらない。

 

「ちょっ、アリス! アリスさーん! 何か勢いよく出てきたけど……っ、チェシャ猫の居場所知ってんのかよ!?」

 

「知らねぇっ!」

 

 一刀両断。

 

 女王様、俺達の旅路はかなり厳しそうであります。

 

 アリスは俺の首根っこ掴んだまま止まらなかった。

 

 野を超え山を越え、足元が水浸しになるのも構わずに小川を横断し、時たま出くわした俺を食おうと襲いかかって来る双子を踏みつぶして……。

 

 ……その中にさっき、明らかに違う双子もいた気がするが…………。

 

 そうして到着したゴールは…………。

 

 

山菜の匂いがした。

 

 

「もしかして……きのこの里?」

 

 こんな訳の分からない世界に来て、これ程分かりやすい場所はなかった。

 

 森の鬱蒼とした木々はここに来て姿を消し、代わりに生えているのは無数のきのこ。

 

 ……中毒になりそう。

 

 大きさ、形。色までが様々なきのこが、そこには生えていた。

 

 茶色く、笠がパンケーキの様にフワフワしたきのこ。

 

 俺の腰くらいに笠のある、虹色のきのこ。

 

 何か見るからに怪しいブツブツがある、紫色のきのこ。

 

 何があっても、後者二つは絶対に食べたくない。

 

 そんなきのこの大群の中央に、ポツリと墓があった。

 

 公爵夫人の家にいた時と同じ様に、胸の時計が熱くなる。

 

 俺は自分の胸にある時計を、無意識に握り締めた。

 

 熱い。

 

 呼ばれている。

 

 呼ばれているんだ。こっちの世界に来いよ、って。

 

 

 

 誰に?

 

 

 

 俺の意識を引き戻したのは、突然叫んだアリスだった。

 

「ああっ! 居やがったな、猫!!」

 

 チェシャ猫は墓の傍らに、気持ち良さそうに横になっていた。

 

 物陰に隠れてお昼寝なんて、本当に猫みたい。

 

 ……銜え煙草だけど。

 

 猫は俺達が見た事無い程リラックスしていて、気持ち良さそうに目を瞑る彼の口から、時折輪っかがプカリと浮かんで散っていく。

 

 その煙は鮮やかに青い。

 

 ……体に悪そう。

 

 俺がその場に呆然と立っている内に、アリスはのっしのっしと彼に近付き、無防備な彼を……。

 

 

 蹴った。

 

 頭を、一回。

 

 チェシャ猫の頭はもげそうな勢いで、後方にのけ反った。

 

 

 うわぁ~! やっちゃった、噂の危険人物に蹴り一発食らわしたよ、この女!!

 

 一瞬、俺の頭の中で黄色信号と青信号が戦った。

 

 「ヤバい、逃げろ!」ってのと「アリス、頼むからそのままやっつけちゃって下さい!」って言っている俺がいる。

 アリスの足元で顔を上げたチェシャ猫の頭から、流血。

 

 その目が、ギョロリ、と睨んだのは、俺。

 

 あれ!? 何で俺の方が睨まれてんの!?

 

 けけけけっ、蹴ったのはアリスでしょう!?

 

「何で彼なの? アリス、何でなんだよ……君には僕がいるのに……」

 

 ブツブツ呟きながらゆらりと立ち上がるチェシャ猫は、ほとんど病気だ。

 

 俺が恐れおののいていると、流血の猫は叫んだ。

 

「何でっ……ウサギじゃなきゃ駄目なんだよぉー!!」

 

 ウ……ウサギじゃなくっちゃって……? ウサギって……。

 

 動けない俺の首を、突然見えない力が掴んだ。たちまち何も考えられなくなる。

 

「うぅっ……!」

 

 白くなりかける俺の頭の中に、チェシャ猫の声が響いた。

 

「君の為にっ……俺は君が大好きな猫になったのに……っ! 君の為に、俺は猫になったのにっ……!」

 

 チェシャ猫の言葉は、俺に向けられているものじゃない。

 

 チェシャ猫は初代アリスの為に、イモ=ムシという名を捨てて「猫」になったんだ。

 



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目覚め

「何でっ……何で猫じゃ駄目だったんだよ……。何でウサギじゃなきゃ駄目なんだ!」

 

 チェシャ猫が俺の首を締め付ける力を強くする。

 

「ぁ……は……っ」

 

 俺は、口の端から生暖かい液体が漏れ出るのを感じた。

 

 途切れそうになる意識の中で、アリスの様子を伺う。

 

 こんな時、アリスがいつも助けてくれた。アリス、アリス……!

 

 アリスに助けを乞う。俺の目が必死にアリスを探すと、アリスはすぐ側にいた。

 

 ただ、動こうとしない。

 

 何やってんだよ、アリス!

 

 俺もう死にそうだよ! こんな時はいつも助けてくれただろ!?

 

 我ながら他力本願だと思う。

 

 でもそんな事さえ、すぐそこまで見えてる死の前ではどうでもよくなった。

 

 アリスは俺達二人の気配なんて感じてないと思わせるくらい、すぐ側で立ち尽くしていた。

 

 彼女が見つめているのは、きのこの中に紛れたただ一つの墓石だ。

 

「初代アリス…」

 

 彼女の口からポツリと、そんな言葉が出たのが聞こえた。

 

 チェシャ猫の手は俺の首を締め付ける力を緩めない。 

 

「ウサギはアリスを夢に誘う事しかできないウサギはアリスから逃げる事しか知らない、でも! 猫は君をもっと深くの夢まで墜としてあげられるんだ……!」

 

 そう言うチェシャ猫の顔は、怒りの中にどこか恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 しっかりしろよ、俺……。

 

 いつまでもアリスに助けて貰ってるばかりじゃ駄目だって、知ってるだろ!?

 

 命なら、自分の手でしっかり持てよ!!

 

 俺は、首を締め付ける猫の手を無我夢中で引き剥がした。

 

 もっとも、そこにあるのは見えない手だが。

 

 ガリッ……! 俺の爪が肉を微かに引き裂いた音がした。

 

 少し離れた場所に立つチェシャ猫の手に、血が滲む。

 

「あっ……!? ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 そんなつもりはないのに、チェシャ猫を傷つけてしまった。

 

 息が上がっているのは、興奮だけのせいではない。

 

 チェシャ猫は手の甲の血をペロリと舐めると、俺を静かに睨んだ。

 

 法廷で見た時の、あの目をしている。

 

 全てを見下した、残忍な瞳。

 

 今まで蚊帳の外にいたアリスが、俺達二人を振り向いた。

 

 「猫……。これが初代アリスを封印した封印塚か」

 

 チェシャ猫はその問いに嬉しそうに振り返ると、両手を広げてつかつかとアリスに――墓に歩み寄った。

 

「可哀相なアリス! この腐った国のバカ共にこの国を追われて、こんな処に閉じ込められて!」

 

 猫は墓の前でしゃがみ込むと、がばっと墓石を抱いた。

 

「でも眠りの時間はこれで終わり! 俺が今、君を救ってあげる! 俺の手で、もっと深い夢の中へ誘ってあげる!」

 

 チェシャ猫が鍵を取り出した。瞬間、アリスがそれを蹴り上げる。

 

「! 何をするんだ!」

 

 小さな鍵は、きのこの群の中に音もなく落ちていった。

 

 アリスが怒鳴る。

 

「初代アリスなんて物騒なモン、蘇らせてたまるか!」

 

 物騒な人に物騒って言われたい人もいないと思うんだけどね。

 

 猫は鍵の消えた辺りに体を沈めた。鍵を探している様だ。

 

 俺が見ていると、アリスがまた怒鳴った。

 

「くぉらっ、馬鹿ウサギ! 猫に鍵見つけられちゃ意味ねぇんだよ! テメェ早く探せ!」

 

 ビシ! とアリスはチェシャ猫が消えた辺りを指差した。

 

 あ、そうだね。っていうか、そういうチームワークを期待してたの。

 

 俺もきのこの群に潜る。

 

 思わず息を目一杯吸って潜ってしまったが、別に水の中じゃないから呼吸に心配はいらない。

 

 すぐに側でキラリと光った物を見つけて、手を伸ばす。

 

 だけど猫の方が一瞬速かった。そればかりか鍵に手を伸ばした時、猫の鋭い爪がさっきのお返しと言わんばかりに俺の手の甲をガリッと引っ掻いた。

 

猫の手の甲のやつより長い、赤い線が俺の手の甲に引かれる。

 

「痛ぇ!!」

 

 俺が声を上げると、猫は立ち上がって笑い、そして怒り狂った。

 

「痛い? 痛い? ふふ、あはは……痛い? 痛いか?痛いね、ごめん痛いだろうごめんなさいね……ふざけるなっ!! アリスはもっと痛かったさ! 夢の中でも痛かったその痛みが! 双子を作り出した分かるか! あの狂った子ども達はアリスの痛みだ!」

 チェシャ猫の怒りに引き寄せられたかの様に、彼の背後に無数の双子達が現われた。

 

 ……嘘。

 

 俺があとずさった瞬間、双子達は一斉に俺に牙を剥く。

 

「うわ……!」

 

 一瞬で距離を詰められ、胸の時計に手を伸ばされた刹那。

 

 ――ゴォン……っ!

 

 横から轟音と共に火の玉が双子目掛けて襲いかかり、吹っ飛ばされた双子がきのこの群に倒れた。

 

「馬鹿ウサギがっ! もうちょっと自分の身は自分で守りやがれ!」

 

 駆け付けて俺の盾になる様にバズーカを構えるアリスに言われた言葉が、ちょっと胸に刺さった。

 

 次々と双子が襲いかかって来る。

 

 雪崩の様に押し寄せるそいつらを、アリスはバズーカで吹き飛ばしあるいは殴り、右ストレートや左ハイキックで確実に再起不能にしていった。

 

 俺はといえば、やっぱり自分では何もできずにアリスの後ろに隠れている。

 

 逃げないのは、アリスから離れた方が危険だと知っているからだ。

 

 アリスはそんな俺もお見通しなのか、もしくは考えている暇がないのか、俺が何もしない事を咎めない。

 

 そればかりか、双子の手が俺まで絶対伸びて来ないようにしっかり盾の役割を果たしている。

 

 俺はいつでも、アリスに守られているんだ。

 

 ふと、戦うアリスの肩口からチェシャ猫が見えた。

 

 墓の前で彼が掲げているのは、

 

 

「鍵?」

 

 

 俺が言ったのがアリスにも聞こえたのか、アリスは叫んだ。

 

 

「……っ、やめろ!」

 アリスがその場で何もできずに叫んでいる。

 

 彼女の性分から考えると、彼女は今、チェシャ猫を止めに駆け出したい筈だ。

 

 それができないのは、俺がいるからに他ならない。

 

 双子から俺を守ってくれているからに、他ならない。

 

「……アリス……俺……!!」

 

 俺は駆け出そうと脚にぐっ、と力を入れた。

 

 それを悟った様にアリスが双子を吹き飛ばして怒鳴った。

 

「馬鹿ウサギ! 無茶すんな!」

 

「!!」

 

 俺は言われた一言にビクリとする。その瞬間思い出した。

 

 彼女が俺を守るのに、この数の双子相手にどれだけ必死かを。

 

 次の瞬間、チェシャ猫の高揚した声が響き渡った。

 

「さぁ、俺のアリス! また君の歌声を聞かせておくれ!」

 

 鍵が発光を始めた。

 

「共に歌おう、滅びの歌を!」

 

 

 鍵が爆発的に輝いて、俺とアリスの目を眩ませた。

 

 それと同時に、周りを取り囲んでいた無数の双子が、溶ける様に何処かに消えた。

 

 俺にしては珍しく、事態が瞬時に理解できた。

 

 消えてしまったのだ。双子は。この世界から。

 

 いや、彼女の夢の産物であるそれらは、最初から存在できないものだったに違いない。

 

それらが存在できたのは、彼女が眠りについていたからだ。

 

夢は、目覚めて終わる。

 

 

目覚めたんだ。初代アリスが。

 



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アリスの理由。俺の理由。

 墓から目覚めた女性は、欠伸と大きな伸びをしてからチェシャ猫に向き直った。

 

「私を目覚めさせたのは……イモ=ムシじゃな。ちょいと見ぬ間に、随分変わったのう」

 

 この人が、初代アリス。

 

 彼女は大きな青い目に小さな唇、金の巻き毛を持った人だった。

 

 少女と呼ぶには幼くないが、女性と呼ぶまでの雰囲気は無い。何とも不思議な人だ。

 

 チェシャ猫はその場に跪いて彼女の手をとると、可愛らしいその手に軽く口付けした。

 

「ああ、アリス……。俺のアリス……! 目覚めた心地はどうだい?」

 

「ふむ、なかなか良い。つい先刻まで悪夢ばかりじゃった」

 

 チェシャ猫はその言葉を愛おしんで聞くと、立ち上がって彼女の額にキスした。

 

 

 きゃっ、破廉恥!

 

 

 見ちゃいけない光景の様な気がして、俺は両目をふさいだ。

 

 俺の隣りに立っているアリスが、腕を組んで訊いてきた。

 

「おい、何してんだお前」

 

 アリスは何をそんなに、冷静に二人を見つめちゃってんだよ!

 

「こ、こらっ! アリス! そんなにジロジロ見るんじゃない! こ、恋人達のひと時は見せ物じゃないぞ!」

 

 途端に赤くなる純情な俺。

 

 アリスはそんな俺に衝撃的な一言を言い放った。

 

「恋人? 伝えられてる話では、初代アリスは男だ」

 

 …………へ?

 

 お……男?

 

 おいおい、冗談よせよ。

 

 俺の脳はアリスの告白を笑い飛ばした。

 

 が、次の瞬間女王に言われた事が頭をよぎる。

 

『貴方の常識で物事を言うのではありません』

 

 そして、こんなに訳が分からない世界でも一つだけ、いつでも確かなのは、この世界の人は嘘をつかないという事だ。

 

 あのチェシャ猫だって、俺とアリスに鍵を取りに行かせるのに、嘘なんて吐いていない。

 

 という事は、そういう事だ。

 

 ……え、嘘。

 

 ……あんなに可愛いのに?

 

 あんなにキスしちゃってるのにぃ~!?

 

 目まいがする。

 

 チェシャ猫は、初代アリスの顔中にキスしまくっている。

 

 その場にへたりこむと、アリスのちょっと安心する一言が。

 

「動物ってああやって戯れるモンだろ」

 

 あ、なるほどね。

 

 決して怪しい関係なんかではなくて、動物が戯れてるだけだと。

 

 しかし気になるのは、あいつは猫なのに完全に犬の戯れ方だということだ。

 

 キスされ放題のあっちのアリスが、口を開いた。

 

「止めぬか、イモ=ムシよ。私にはその気など毛程も無い」

 

 動物性…………なのか……?

 

「それにしても、お主は随分変わったな」

 

 キスの嵐から開放されたアリスに、チェシャ猫がうっとりと言った。

 

「俺は猫になったんだ。君の為に……君を深い夢の中に誘える様に……」

 

 初代アリスは、すぐ側にあるチェシャ猫の顔を押し退けた。

 

「それは結構な事じゃ」

 

 初代アリスがこちらへ――159代目のアリスに向き直る。

 

「お主が今の『アリス』か。どうやら……」

 

 初代アリスがチラリと俺を見た。目が合う。

 

「王国のシロウサギなぞを連れおって。……随分『アリス』の名を汚してくれている様じゃな」

 

「え……お、俺?」

 

「左様。何故お主の様なあの愚かな女のモノが、私の後継者の隣りに居るのかは知らぬが……」

 

 ヒュッ、と風を切る音で、初代アリスは墓の前から俺の前に瞬間移動した。

 

 

 何だ、これ。

 

 恐い――。

 

 

 

「お主は……消しても良さそうじゃな……!」

 

彼は腰から何かを抜き取る動作で、俺に斬りかかる。

 

やられる……! 俺は目の前の恐怖に脚が竦んで動けなかった。

 

 その刹那。

 

 

 ――ゴゥン……っ!

 

 

 爆発音がして、火球が俺の前の彼を襲った。

 

 彼はそれを横目で認識すると、俺を斬りつける予定だった刃物でそれを受け流した。

 

 火球が彼の後ろへ逸れる。

 

 炎の煙を斬り分けて目の前に現われたのは、チェーンソー。

 

 日本刀程に長いそれは、彼の細い腕で軽々振り回せるのが不思議な程の重量が視認できる。

 

「…………ほう……?」

 

 彼は火球を放った本人――159代目のアリスを見る。

 

 その目が語っていた。面白い。

 

「アリス……!」

 

 心から心配を声に出して、チェシャ猫が初代アリスに駆け寄った。

 

 彼の細い肩を支えようと手を伸ばしたが、その彼に後ろ手で制される。

 

 初代アリスが159代目のアリスに向き直る。

 

 

 ――ギュイィィン…!

 

 

 細い腕で支えられたチェーンソーが、主人の胸の高揚を体現する様に唸り声を上げる。

 

 それに応えて、159代アリスが言い放つ。

 

「アリスの相手はアリスってーのが、筋ではないかい?」

 

 今までに幾度となく見た、あの野性的な笑い方で。

 

「つけようじゃないか。落とし前」

 

 

 

 あ。俺、安心してる。

 

 頼もしいアリスに、目眩がした。

 

 目眩がしすぎて、涙が溢れた。

 

 何でアリスは、あんなに頼れて……こんなに、俺を守ってくれるんだ。

 

 

 答えは俺の中で出ていた。

 

 

 

 俺がシロウサギだからだ。

 

 何度も守ってくれたのに……何度も助けて貰ったのに。

 

 俺はアリスに、ろくなお礼一つしていない。

 

 

 俺は何でシロウサギなんだ。

 

 

 

 何で、シロウサギは俺なんだよ。

 

 

 俺がアリスの強さに打ちのめされていると、俺の背後から手が伸びてきた。

 

 両手に鋭く伸ばされた十本の爪は、俺の首をかっ切ろうとしているかの様だった。

 

「君もつけようか、落とし前」

 

 気付くと、残虐に鋭く光るチェシャ猫の爪が俺の首を挟む様に回されていた。

 

「ひっ……!?」

 

 ぷつ、と皮膚が裂けて、チェシャ猫の爪を追いかけて細く赤い線が俺の首に走った。

 

 ――下手に動いたら……俺、確実に死ぬな…。

 

 頭の何処かの冷静な部分が、そんな答えを弾き出す。

 

 動かない様にしようと思う一方でしかし、別の何かが「違うだろ!」と叫んだ。

 

 ――ここでまたアリスの足手纏いになるつもりか!? しっかりしろ、俺!

 

 

 違うだろ。

 

 

 ――アリスはアリスと落とし前をつけるって言ってるなら……。

 

 

 チェシャ猫は俺の首から手を放そうとはせず、背後で笑った。

 

 生温い吐息が首筋にかかる。

 

 気持ち悪い。

 

「アハハ、君はどうしようか? アリスが消していいって言ってたからね。どうしよう」

 

 生温い吐息と、鋭い殺気。

 

 しっかりしろ、俺。奮い立て。

 

 二人のアリスを見て、俺は決意を固めた。

 

 首に纏わりつく、チェシャ猫の両手首をガシッと掴んだ俺は、後ろのそいつを睨み上げた。

 

 アリスの相手がアリスなら、俺の相手は……。

 

「どうするつもりだよ、お前は」

 

 

 こいつだ。

 

 

「……へぇ」

 

 チェシャ猫は俺を見下して、残虐に笑った。

 

 どうすんだよ……。

 

 俺、こんな事してどうすんだよ!!

 

 ついさっき固めたばかりの決意とは裏腹に、俺の両足はガクガクだった。

 

 しかし、ここまで言ったらやるしかない。

 

 昔から駆けっこと陸上一直線だった俺には、人と喧嘩なんてする暇はなかった。

 

 口喧嘩ならまだしも、殴り合いなんて言語道断だ。

 

 

 

 だけど、今。

 

 

 

 俺は今、久しく喧嘩をしようとしている。

 

 しかも殴り合いなんて生易しいものじゃなくて、もしかすると命懸けだ。

 

 

 でも。

 

 

 命が惜しくない訳じゃない。

 

 それでも。

 

 

 この猫が、何の為にアリスを蘇らせたのかなんて、今さら詳しく知りたくもない。

 

 でも、コイツがコイツとアリスの為に戦うのなら、

 

 

 

 俺が闘う理由は、俺とアリスの為だ。

 



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笑うアリスと、猫の爪

 二人のアリスの衝突が始まる。

 

 あっちのアリスがチェーンソーを振り回せば、こっちのアリスがバズーカを盾にして防ぐ。

 

 こっちのアリスのバズーカが火を吹けば、あっちのアリスも盾を引っ張り出す。

 

 

 イモ=ムシだ。

 

 

「ちょっ、えっ、アリスまじ……タンマ止めて放してお願い」

 

 

 どーーん。

 

 

 いきなり砲丸の前に突き出されたイモ=ムシの懇願は空しく、爆破音と共に消えた。

 

 俺としては初代アリス様様である。

 

 だって、ほんの数瞬前まで俺は彼の鋭い爪の猛襲を躱すのに必死だったからだ。

 

 固い決意を固めたからって、どんなヒーローもいきなり戦場に出れるもんじゃない。

 

 ありがとうアリス。

 

 そしてさようならイモ=ムシ。

 

 もしも生まれ変われた時は、もっといい飼い主を見つけるんだよ。

 

 しかし、俺の祈りは天国に届かなかった様だった。

 

「もー、びっくりするじゃないかアリス。突然俺を身代わりに立てるなんて」

 

 もうもうと立つ灰色の煙の中から、イモ=ムシが言った。

 

「ま、そんな君も好きだけどね」

 

 何か気持ち悪い事言ってる。

 

「もうちょっと煙幕が間に合わなかったら、確実に死んでたよ」

 

 煙から出て来たイモ=ムシの体は、紫の煙に包まれていた。

 

 彼がいつの間にか咥えていた、煙管から発せられる煙だ。

 

 それ、煙幕なんだ!?

 

 っていうか煙幕で砲弾防げるんだ!?

 

 すると突然、開いた口が塞がらないでいる俺の頭と、得意げにスカしているイモ=ムシの頭を、二人のアリスが同時に殴った。

 

「テメェ、バカウサギ、イモ=ムシの足止め位ちゃんとしてろ!」

 

 と、これはこっちのアリス。

 

「無駄口を叩くでない。お主は私の為に働けばそれで良い」

 

 と言うのは、あっちのアリスだ。

 

 アリス同士に共通点は無いと思ってたけど、どうやら思い違いの様だ。

 

 アリスの共通点は「目茶苦茶理不尽」って事らしい。

 

 そんな事言われても、イモ=ムシは嬉しそうにしてるけど。

 

「だってアリス、足止めなんてむちゃくちゃだ! 俺は喧嘩にも縁のない一介の男子高校生で、相手は生まれながらにして凶器持ってる様なヤツだぜ!?」

 

 俺の反論に、アリスはしれっと

 

「凶器って何」

 

 なんて言っちゃう。

 

 俺がイモ=ムシの指先を指差して、

 

「爪! あの鋭い爪!」

 

 って抗議すると、アリスは、

 

「はっ」

 

 と鼻で笑った。

 

「それだからバカウサギだっていうんだ。いいか、イモ=ムシとはいえ、所詮は猫だ」

 

 どういう理屈だ。

 

「お前は猫についてど素人か?」

 

 そう言いながらアリスがどこからともなく出したそれは、不気味に笑っているかのように刃を合わせた。

 

 研ぎ澄まされた音。

 

 ――シャコン、シャコン。

 

「何だよそれ。俺だって小さい頃は猫飼ってたし、ど素人ってわけじゃ……っ、猫用爪切りって……ま、まさか……」

 

 それはあまりにも酷だ。

 

 見てる側にも、酷すぎる。

 

 

「オラァッ、猫、大人しくしやがれ!!」

 

 そう言って、アリスが猫に飛び掛かる。

 

 猫が組み伏せられながら、

 

「きゃああ、ケダモノー!」

 

 と叫んだ。

 

 どっちがだ。

 

 猫の爪も、神経が通っている。

 

 これはどこの世界でも同じ事らしい。

 

 よって、明らかに動物虐待なこの光景を、俺は言葉で伝える事ができない。

 

 何故って、イモ=ムシの断末魔の叫びを聞かないようにするのに必死だからだ。

アリスが満足げに立ち上がった時には、チェシャ猫の10本の指先全てから血がダラダラと出ていた。

 

 一体どこまで切ったんだろう。

 

 いや、でも怖くて絶対近くで見れない。

 

 ていうか、そんな状態になるまでアリスを止めなかった、あちら側のアリス。

 

 やんわり笑ってるよ。 

 

 聖母の如き笑みで笑ってる。

 

 あれ。でもこっちのアリスも愉快そうに笑ってるぞ。

 

 なんかアリス達が、急に同一人物みたいに見えてきた。

 

 理不尽さが一緒だと思ってたら、笑うポイントまで一緒か。アリス。

 

「まっこと愉快な事よ。……猫、少し控えておれ」

 

 聖母の様な笑みで、あっちのアリスは猫に微笑みかけた。

 

「うぅ~、アリス……ごめん。俺の敵を……」

 

 どうやら、爪を切られただけでもう瀕死の様だ。

 

 泣きながら言ったイモ=ムシの表情は、次のアリスの一言で一気に凍り付いた。

 

「ああも易々と獲物を取られ、挙げ句の果てにはそれだけで戦意を喪失して泣き言を吐くような貧弱な輩は、我が理想とする世界にはいらぬ。とっとと控えるがいい、この猫にもムシにもなれない半端者が!」

 

 イモ=ムシのショックが、あまりにも分かりやすい擬音で聞こえてきた。

 

 可哀相に。

 

 しかも言う通り横に控えると、アリスったら、

 

「私の通り道におるでない! 木偶の坊が!」

 

 とか言って、イモ=ムシのみぞおちをピンポイントで蹴っちゃうから恐ろしい。

 

 いや、とんでもなく理不尽。

 

「さぁ、159番目の私の名を名乗る者よ。遊びはこれまでにしよう」

 

 うっすらと笑みを称える初代アリスは、禍々しい気迫を背負って言い放った。

 

 遊びは終わりって言ったって、俺は遊びなつもりは微塵も無かったけど。むしろ命懸けでいっぱいいっぱい。

 

 あっちのアリスは、イモ=ムシと良く似た残酷な笑顔を浮かべた。

 

「そう。ウサギよ、そろそろお主を楽にしてやる事としよう」

 

 その笑顔の美しさときたら、背筋にイモムシを何匹も這わせた様な気持ち悪さを感じさせる。

 

 それでいても、その美しさだけには心を奪われそうになる……こいつに心酔するイモ=ムシの気持ちが、少しだけ分かりそうになる。……恐い。

 

「そうじゃ、どうせ目覚めたのであればこの国ごと消してしまえばいい。そうすれば一撃百人というところじゃの」

 

 一撃百人って……もしかしてこの国で言うところの、一石二鳥か!?

 

 ジョーダンじゃねぇ!

 

 青ざめる俺の隣で、こちらのアリスが「一撃百人…何言ってんだ、あいつ」と怪訝な顔をしていた。

 

 どうやら一撃百人というのは、あちらさんの造語らしいな。

 

 そんな事はどうでもいい。まさにそれを止めるために俺達は来たんだ。

 

「あのクソ生意気な女が、未だあの上座に座しているのだろう? ……ああ、思い出すだけでも忌々しい!」

 

 急に空が暗くなりはじめた。見上げると、星々をちりばめた美しい黒ではない、赤と黒が混じりあう禍々しい闇。

 彼の激昂……呪いの言葉で招かれた闇は、初代アリスの力なのか……。

 

「あぁ……空を見よ。これが私の世界の正しい空。長らく見続けたあの悪夢の空の色じゃ!」

 

「今からあの空を……この国に落とそう。あの黒に包まれ、この国は悪夢に包まれる。ふふふ……アハハハハハ!!」

 

 アリスの碧眼が禍々しく、あの空と同じ色に光った……気がした。

 

「……させるかよっ!」

 

 声と同時にバズーカが唸る。標的はチェーンソーも使わず、片手で火球を払い除けた。その繊細な指の何処に、そんな力があるというのか。

 

 どうにも……出来ないのかよ……。

 

 愕然としている俺の頭が、不意に叩かれた。というか、沈んだ。

 

 ――ボグンっ!

 

 バズーカ砲で殴られた俺の後頭部は、今ので軽くヘコんだに違いない。いや、ヘコんだ。絶対。

 

「何すんだよ!」

 

 俺が前のめりにしゃがみ込んだため、159代アリスは俺を仁王立ちで見下ろす恰好になった。

 

「馬鹿ウサギが、シケたツラぁすんじゃねぇ!」

 

「だって……仕方ねぇじゃん! あんなのむちゃくちゃだ! ……あの空!」

 

 俺は相棒を向いて、あの斑色の天空を鋭く指差した。

 

「落とすとか言ってさ! そんなん……どーにもなんねぇよ!!」

 

 もう、どうにもならない。

 

 もう止められない。

 

「……辛いか?」

 

 

 え……

 

 

 今訊いたの……誰…………。

 

 泣いてる俺にかけられたアリスの――俺の相棒の声は、今までに聞いた事の無い優しさで……一瞬俺は、誰に声をかけられたのか分からなかった。

 

「夢なら……覚めてもいいんだぞ……」

 

 その言葉でアリスは自分と同じ名の男に向き直った。

 

 その表情は、横顔でしか見る事が出来なかったが……どこか切なげな顔だった。

 

「アリス、それ、どういう」

 

 俺が言葉の真意を訊こうとした時、遮る様に彼女は声を張る。

 

「初代アリス! お前は私が狩ってやる、ありがたく思え!」

 

「フン! 今更何を言うかうつけ者が! お前の力は私には及ばぬ! 未だ分からぬというのなら、死してそれを知るがいい」

 

 初代アリスの目の輝きが強くなる。空は禍々しさを増してゆく。

 

 どうにもならない……。

 

 そんな思いで、俺はがむしゃらに叫んだ。

 

「どうして! こんな事するんだよぉっ!」

 

 叫んだところで、流れる涙は止まらない。

 

 それでもそんな言葉が、初代アリスの動きを止めた。

 

 俺をその両の目でピタリと見据えながら、彼はポツリと呟いた。

 

「ほんに…今回のウサギはやかましいのぉ」

 

 それは、嫌悪も呆れも含んでいない、ただただ無表情の言葉。

 

「何でかの? この国への深い憎悪など、長い眠りでとうに忘れてしもうたわ」

 

 もう、本当に……。

 

 どうにも……ならない……?

 

 ふと蘇るここ数日間の記憶。あの凶暴な双子に喰われかけてから、数日も経ってないに違いない。

 

 最初から変な……おかしな世界だと、早く元の世界に戻れれば、と思ってた。

 

 でも、ネイルアートばかりしているオカマな帽子屋、

 

 ちょっとキレちゃってるけど陽気な三月ウサギ、

 

 実はアリスよりも強いネムイズミ君と出会った。

 

 手荒な双子に会ったのも外見がアレだけど親切な公爵夫人にも会ったのも理不尽な女王に会ったのも、

 

 全部全部、

 

 アリスがいたから。

 

 最初に、アリスと出会えたから。

 

 ふと、

 

 最初に見たアリスの野性的なあの笑顔が瞼の裏に過ぎった。

 

 ああ、いつの間にか……。

 

 この世界が楽しいなんて、面白いって、

 

 壊したくないって、

 

 思ってたんだ、俺。

 

 ならこの世界がなくなるなんてあんまりだろ……!

 

 「アリスゥゥーー!!」

 

 自分を奮い立たせる様に叫んで、俺は初代アリスの懐へ突込んで行った。

 

「やめっ、……このバカウサギ!」

 

「フンっ! 愚か者が!」

 

 二人のアリスの声が重なった。

 

 ケンカ慣れはしてないが、俺にだって他人より僅かに誇れるものはあるんだっ!

 

 初代アリスが俺に向かってチェーンソーを振うのよりも早く、俺は彼を飛び越した。そう、飛び越したのだ。

 

 俺が陸上で専攻するのは長距離だが、高跳びの方もなかなか高成績だったりするんだぜ?

 

 今日は俺的に、今世紀最高の背面飛びをキメてみせた。

 

「何っ!?」

 

 初代アリスがそうこぼした。

 

 ……正直ダメもとでやってみたので、ここまで見事にキメる事ができて自分が一番驚いている。

 

 ほんの数瞬、呆気にとられてくれた初代アリスの隙を逃さず、彼の背後に回り込んだ俺は彼の体を羽がい締めにした。

 

 相手の持ってる力から考えて、ほんの何秒かしか保たないと思うが、やらない位なら何か行動を起こそうと思った。

 

「アリス!」

 

 俺は相棒に呼び掛けた。

 

「無理してんじゃねぇ! バカウサギ!」

 

 そう呟くが早いか、バズーカを持ったアリスはその砲口を初代アリスに向けた。照準を合わせる。

 

「っ……! やめろ!」

 

 初代アリスの声色が初めて、少しだけ自分の危機に震えた。

 

 初代アリスは、まさか俺ごと撃つ様な事はしないと思っていたに違いない。

 

 でも、そんな綺麗ごとあいつにはきかないさ! それが最善の選択ならば、それを選ぶのがあいつだから!

 

 ――ボゥゥゥンッ……!!

 

 あまりの轟音に、いつ弾が発射されたのかも分からなかった。

 



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159代アリス

 熱い……! 皮膚が焦げる……!

 

 ……と思ってたら何故かあまり外傷が無い。何故だ?

 

「ぉ゛お゛ぉ……!」

 

 初代アリスは俺の腕の中で醜い叫び声を上げて、黒焦げになっている。

 

 なのに何だ!? 俺の体は!

 

 ここに来て、まさかの超人アビリティを発揮したのか!?

 

 そう思ってちょっと嬉しくなっていると、涼やかな鈴の音の様な声が頭の中に直接響いた。

 

「貴方の行動に敬意を評したまでです。少しは焼け焦げたかもしれませんが、何とか間に合った様ですね」

 

 耳を通さずに脳に直接入ってくる声は、しかし俺の過去の記憶では無く、この声の主が何処かから語りかけて来てる様だ。

 

 口振りからすると、女王は何処かから俺を助けてくれたらしい。すげぇな、女王って……。

 

 っていうか、なんだ……やっと俺の才能が開花したのかと思った……ちょっと残念。

 

「……余計なお世話だった様ですね」

 

 声が「首斬りますよ」って言ってる……!

 

 ごめんなさい、女王様。俺が悪かったからお怒りをお静め下さい。そして俺の考えてる事を覗き見るのはお止めください。

 

 「ふざけてる場合ではありません! 一緒に封印されたくなければ、さっさとその男から離れなさい!」

 

 封印?

 

 もう一度こいつを封印するのか!

 

 俺は素直に初代アリスから離れようとした。

 

 後ろに倒れるそいつの背中から逃げる様にして走り出そうとした俺の服の裾を、ボロボロの指が掴んだ。

 

 俺は掴まれた裾を見る。

 

 真っ黒い指が、信じられない力で俺の服を掴んで離さない。

 

 しかも、

 

 「させるか……! 私を封印するというのなら……」

 

 ボロボロに枯れた声が言い、それから必死に両腕を伸ばし、俺の腰にしがみついた。

 

 焼けただれた顔に、くっきり浮かぶ両目が俺を睨んだ。

 

「貴様も道連れじゃ!!」

 

 ヒィ………ッ!!

 

「何をぼうっとしているのです! 早く離れなさい、ウサギ!」

 

「違……女王……!」

 

 俺が声に出して女王に呼び掛けた。

 

 あの理不尽な女王には、この状況が伝わらないのだろうか。

 

 いや、伝わるはずだ。さっき俺を助けてくれた女王なら。

 

「ここまでの傷を負おうとも……貴様の心臓を握りつぶす位の力は残っておるわ……!」

 

 初代アリスはもうチェーンソーを持つ事ができないのか、それを操っていた手が俺の心臓の真上に置かれる。

 

 徐々にその手に力が入って、俺の服を切り裂いて胸の肉に初代アリスの爪が食い込んで来た。

 

 くっ……! チェシャ猫より丈夫な爪なんじゃないか……!?

 

 もう……ダメか……!?

 

 「おりゃ!!」

 

 突然バズーカが飛んで来た。

 

 砲弾ではない。銀色のバズーカ、まさにそれが。

 

 「へぶしっ!!」

 

 それは初代アリスの顔面に見事にヒットし、マヌケな声を上げさせて一緒に後ろまで吹き飛ばして俺から初代アリスを引き剥がす事に成功した。よっしゃ、アリス。ありがとう!

 

 俺は短距離選手並の瞬発力を発揮して、相棒の隣に戻った。

 

 それと同時に、響く鈴の声。「初代アリス。貴方を今一度、永遠の眠りに就かせましょう。覚悟なさい!」

 

 女王が言うと初代アリスの倒れたあたりからどす黒い、煙とも空気ともつかないものが溢れ出した。

 

 初代アリスが必死に起き上がる。

 

「やめろ! くっ……! 女王めっ!」

 

 纏わりつく黒い霧を必死に腕で振り払おうとするが、無駄な足掻きだった。霧は払われても、また空中で形を変えて、彼の周りを離れない。

 

「観念しろ。初代アリス」

 

 言ったのは俺の隣のアリスだった。

 

「っ……そなた私の……アリスの末裔であろうがっ、……なぜ、何故私の邪魔を……!」

 

 黒い霧がどんどん広がる。その中に飲まれながら、初代アリスが159代アリスに向けた怨念が聞こえて来た。

 

 俺の隣で、アリスは実に彼女らしい言葉を手向けた。

 

「私はお前の末裔なんかじゃない。私は、159人目のアリスだ!」

 

 黒い霧が濃くなる。「くっ……!」

 

 起き上がっていた初代アリスが力無く倒れる様が、黒い霧越しに辛うじて見えた。

 

 何処からか聞こえて来る女王の声が、初代アリスの終わりを告げる様に言った。

 

 まぁ、実際に終わるのも時間の問題に思えるが……。

 

「諦めなさい、初代アリス! 最後の慈悲として、チェシャ猫と仲良く一緒に眠らせてあげます」

 

「まだ……まだだ! まだ……」

 

 と初代アリスはヨロヨロと立ち上がった。

 

「言ったであろう……! 私を封印するなら……貴様も道連れだと!」

 

 と、霧の中から何かがシュルシュルと伸びて来た! ――髪だ!

 

 今はもう黒炭みになりかけている元はキレイな金髪が、俺の方に伸びて来た。

 

 ぇ……!?

 

 俺は恐怖で足が竦んで動けなかった。

 

 屍の髪が俺の腕に絡み付く直前に、アリスが俺を突き飛ばした。

 

 普通の人が突き飛ばしたならまだしも、アリスに突き飛ばされたんだから一溜まりも無い。

 

 俺は向こうに一本、生えていた木に顔から激突した。

 

 ……鼻がメシャって言った気がする。

 

「――っ、くそ……! アリス、お前……!」

 

 鼻の痛みも気にならない位、その状況は……

 

 

 だって、その状況は……!

 

 

「何だよ、バカウサギ……。お前がボサッとしてるから悪いんだろ……」

 

 そんな時でも、あいつはいつもの野性的な笑いでニヤリとするから……俺は泣き笑いの顔で返した気がする。

 

 もう一瞬後には状況をどうにかしたいにも関わらず、俺はどうしていいか分からずパニックに陥ってしまっていた。

 

 アリスが俺を突き飛ばしたであろう腕には……その腕だけじゃない。

 

 もう片方の腕にも、首にも、屍の髪が絡み付いていた。

 

 そんな……俺の身代わりになって!?

 

 初代アリスが、159人目のアリスを闇の中に引き込もうとしているのが分かる。

 

 アリスが、髪に引きずられまいと懸命にその場に止どまっていた。

 

 髪は、アリスを引きずり込もうと彼女の足元を狙っている。

 

 アリスも捕まるまいと抵抗するが、両手を塞がれた状態ではどうしようも無い様だった。

 

 抵抗も空しく、すぐに片足が捕まってしまう。

 

 アリスが態勢を崩し、その場に倒れ込んだ。

 

「アリスっ……!!」

 

 もう俺はどうしていいか……!

 

 俺は何ができるか分からずに、ただ引きずられようとする彼女の両手を掴む為に、彼女の元にただ走った。

 

 寸での所でアリスの両手を掴んだ所で、ふと気がついた。

 

 アリスのバズーカが無い。

 

 あれがあればこんな髪なんて、一発で吹き飛ばせるのに…

 

 俺はキョロキョロと辺りを見回した。

 

 ……あった。

 

 初代アリスの後ろ、濃い黒の中に、一つだけ鋼色があった。

 

「あ……」

 

 見つけて腰を浮かしかけた俺に、アリスが言う。

 

「変な気起こすんじゃねぇぞ、バカウサギ。あんな武器なんてどうでもいい……! アレを取りに行ったら、ソレこそあいつの思う壺だろ……!」

 

「でも……!」

 

 俺は言いよどんだが、アリスの言う通りだ。

 

 あそこまで入って行けば、それはつまり敵の手中におめおめ入って行く様なものだろう。

 

 俺があそこに入って行けば、初代アリスの標的は瞬時に俺に切り替わるに違いなかった。

 

「バカウサギ……!泣くな……!」

 

 アリスも笑っちゃう位、泣きそうな顔をしていたのが自分でも分かる。

 

 頬の筋肉が、よくわからない感じになってる。

 

「言ったろ、夢なら覚めてもいいんだって……」

 

「アリス…それ、どういう……」

 

 それはきっと、俺が見た最後の彼女の笑みだった。

 

「女王!!」

 

 自由にならない首を限界まで空へ向け、姿の見えない女王にアリスは声を張り上げた。

 

「このまま初代アリスと一緒に、私も封印しろ!!」

 

「え!?」

 

「アリス!? 何を言うのですか! 貴女がいなければ、双子を狩る者がいなくなります! この国がどうなってもいいというのですか!?」

 

 さすがの女王様。

 

 心配なのはあくまでも国。アリス個人はどうなってもいいというのか。

 

 アリスは言い返す。

 

「双子は……初代アリスの『夢』から出て来るもんだろ! 私がその夢……ぶち壊してやるさ!!」

 

「……わかりました」

 

 そんな! 女王!?

 

「っざけんな! てめぇ、女王! ここまでやってきてくれたアリスを見殺しにする気かよ!」

 

 俺は何処にいるかも分からない女王の声に向かって、空に向かって叫んだ。

 

「おま……バカかよ!? アリス……アリスはここまで来て、あんなんなりながら初代アリスと戦ってんだぞ! あんな化物と!! 女王、お前がどんだけ偉くてもなぁ……お前がどんだけ人の首斬ろうがどんだけその拳で机を叩こうが人を葬ろうが!! やるべき事とそうじゃない事の分別くらいつけなきゃなんないんだよ!!」

 

 叫んだ。

 

 喉の奥で血の味がした。

 

 でも、どれだけ俺が血を吐こうが。

 

 

 

「お前に何が分かるというのです。シロウサギ」

 

 

 

 分かるよ! 分かる!!

 

 それは、……

 

 だって…………

 

 

 ………………

 

 

 分かって、いるのに……

 

 分かると、

 

 分かっていると、思っていたのに…………

 

 

 言葉が出てこなかった俺が、

 

 代わりに空に向けたのは泣き顔だった。

 

 轟、と旋風が巻き起こった。

 

 二人のアリスを巻き込んで、黒い霧が一瞬で濃度を増す。

 

「……終わりです! 初代アリス!!」

 

 女王が叫んだ。

 

 途端、

 

 醜い断末魔の叫びに混じって、

 

 女王と彼女の会話が聞こえた気がした。

 

「すみません、リデル。頼みました」

 

「フン……ああ」

 

 そうして彼女が最期に遺した言葉に添うその表情は、

 

 多分、あの笑い方だったんだろうと思いながら、

 

 俺は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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シロウサギの対談

 ――リリリリリリ……。

 

 ん……?

 

 やべぇ、また……金時計が鳴ってやがる。

 

 裁判……裁判に行かなきゃ……。

 

 ――リリリリリ……。

 

 鳴り続ける金時計を手にしようと、俺は自分の胸のあたりをまさぐった。……あれ?

 

 「おい! さっさと起きろバカ孫!!」

 

 ……だから、アリス。ウマかシカかマゴのどれかにしてくれって……。

 

 …………マゴ?

 

 脳内でよく咀嚼された言葉に、俺は勢いよく起き上がった。

 

「……へ? あれ?」

 

 伸ばした足の先にある壁に貼ってあるのは、じいさんとばあさんが初デートで見に行ったという名作映画のポスターだった。

 

 俺はちゃんと、布団で寝ていた。

 

 ていうか、あの日じいちゃん家で借りた部屋に、俺はいた。

 

 少し、ムッとした空気。部屋のカーテンの隙間から、陽光が布団に僅かに光を投げ掛けている。

 

「……あ、アリス、アリスは!?」

 

 アリスは一体どうしたんだ!

 

 ていうか、一体俺がどうしたんだ、このタイミングで!? 女王は俺まで封印したのか!?

 

 いや、落ち着け俺、ここは俺の本来の世界だろ!

 

 「けど……アリス……は…」

 

 ポツリと呟いた言葉に、懐かしい声が答えた。

 

「どーしたー、バカ孫ー! もう昼だぞ!」

 

 部屋の敷居の所に、足を組んで壁に背中を預けてじいちゃんが立っていた。

 

 若々しい。若々しすぎる。暑苦しい程に。

 

 って、ウチのじいさんはどうでもいいんだよ!

 

 今はアリスだろ!?

 

 完全に起き上がった今、改めて俺の首には何もかかってないか確認するが、そこには何もなかった。

 

 さっきからけたたましい音で鳴っているのは、昔懐かしい目覚時計だ。

 

 俺、いっつも携帯のアラーム使ってなかったっけ?

 

 何がなんやら呆然としてる俺に向かって、じいちゃんは声をかけてきた。

 

 「お前が探してるやつって……これかな?」

 

 ニヤリとアリスにも似た笑い方で、顔の高さに掲げた指にはあの夜貰った金時計のチェーンがかかっていた。

 

 ただ、あの夜のとは全然違う。黒く焼け焦げ、ガラス面は粉々にヒビが入っている。

 

 そしてそんな金時計の有様が、俺の身に起こった事は全て現実だと物語っている証拠だった。

 

「この様子だと、アリスには会ったみたいだな」

 

「! ……あ、あぁ!!」

 

 俺をあの世界に放り込んだクソジジイ。

 

 あの世界を知っている人物。

 

 不思議と、アリスの事が頭から吹き飛んだ。久々に見る顔に、怒りが込み上げてきたからだ。

 

「このクソジジイ! お前のせいで俺は大変な目に遭ったんだぞ! 何回も殺されかけたり殴られたりで……」

 

「でも、いい経験も、出会いもしてきただろ?」

 

 ……。

 

 言葉に詰まった俺を見て、じいちゃんは満足そうだった。

 

 確かにあの世界に行かなきゃ、知らない気持ちが沢山あったかもしれない。

 

 あの人達に出会わなければ、こんなに悲しい気持ちにもならないのかもしれない。

 

 でも、こんな終わり方って……。

 

 俺は……。

 

 「おい、孫よ」

 

 俯いた俺に、じいちゃんが呼び掛けた。俺は顔を上げる。

 

 「全部夢なんだよ。そうだろ?」

 

 『夢なら覚めても……』

 

 アリスも言ってたその言葉を、

 

 だけど。

 

「俺……俺は、まだあの世界で見つけてない答えが、山程あるんだよ……」

 

「……そうか」

 

 じいちゃんは微笑んだ。

 

 そうして、「大人になったな」と、

 

 ちょっとだけ頭を撫でてくれた。

 

 

 

 翌日、もうあの夢は見なかった。

 

 けどもう一度、行く事になるだろう。

 

 あの世界に。

 

 この家に泊まっていくのは連休中だったので、俺は予定通りにじいちゃんの家を後にした。

 

 駅のホームでボロボロの金時計を俺に渡して、先代のシロウサギはニヤリと笑った。

 

 じいちゃんが初めて、かっこよく見えた。



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