天羽律火の事件簿 (景名院こけし)
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第一話 天羽律火の初登校

XV放送前とあって我慢できずに書き始めました。よろしくお願いします。


鏡の前に立って、服装に妙なところがないか確認する。異常はない。寝癖は既に直した。

一端(いっぱし)の高校生然とした赤毛の女が鏡の中からこちらを覗いている。

 

「うん、大丈夫! ……な、はず……!」

律火(りつか)、その確認何回目だ?」

 

かけられた声に振り返ると、()()()()()の女の子が苦笑しながらこちらを見ていた。私よりも髪が長い。身長差も少しあるので見下ろされる形だ。髪型や身長といった違いが無ければ、鏡がここにもあるのかと思うほど私たちは似ている。その女の子、(かなで)ちゃんは苦笑したまま続ける。

 

「そんなに緊張しっぱなしだと、余計ギクシャクするぞ?」

「それは分かってるんだけど、二課の人以外と一人で会うのって初めてで……」

「大丈夫だって。リディアンも二課の一部みたいなもんだろ? 学年は違うけど(つばさ)も一緒だし、二課の人たちが()()()()見守ってくれてるしな」

「それはそれで緊張するよ!? ていうか物陰って! ニンジャ!?」

「少なくとも緒川(おがわ)さんはそうだな」

 

緒川さんというのは奏ちゃんと、今話にあった翼ちゃんの二人が歌手として活動しているときのマネージャーさん。ただ者じゃないのは分かってたけど……

 

「流石に物陰からってのは冗談だよ。でも、あたしも含めてみんなが律火の事を見守ってるのと、緒川さんがニンジャなのは本当だ」

「そっか……え、ニンジャは本当なの」

「やっといつもの感じに戻ったな? そうやって自然体で居れば何も心配ないって」

 

にっと笑いながら私の肩をポンとたたく奏ちゃん。ここまでのやり取りは私の緊張を解くためにやってくれたみたいだ。そしてニンジャは本当。

 

「ありがとう。じゃあ、いってきます!」

「ああ、いってらっしゃい!」

 

笑顔の奏ちゃんに見送られながら鞄を持って部屋のドアから出て行く。

 

「律火、おはよう」

「あ、おはよう、翼ちゃん」

 

外へ出るとすぐに見知った顔と出会う。奏ちゃんと一緒に歌手活動をしている翼ちゃんだ。私は今日から、翼ちゃんが通ってる私立リディアン音楽院高等科に編入することになった。私がお世話になっている”二課”というところの責任者、弦十郎(げんじゅうろう)さんが手を回してくれたおかげで、身元のはっきりしない私でも普通の子たちと並んで学校に通えるようになったとのこと。私の年齢が不明、かつ学力は問題なかったので高校一年生からのスタートとなる。

 

しばらく歩いていると、翼ちゃんが穏やかな笑顔で話しかけてくる。

 

「もっと緊張してるかと思ったけど、大丈夫そうね」

「うん、奏ちゃんのおかげ」

「ああ……奏はそういうの、上手いものね。私もライブの前、よく励まされた。あなたと出会った、二年前のあの日も……」

 

懐かしそうな表情で翼ちゃんは語る。

 

「――それでね、真面目が過ぎるって奏に言われて……」

「あはは、言いそう」

「そうして、ライブが始まって、それで……」

 

そこまで言って、翼ちゃんは口を閉じる。往来でするような明るい話では無いからだ。その場にいたはずの私に記憶は無いけれど、二年前のライブで起こった惨劇は世間でも大きな事件として騒がれていた。人を炭素の塊に変えて殺す特異災害”ノイズ”が会場に出現し、集まった大勢の人々が命を落としたのだという。しかも犠牲者はノイズによる炭化よりも、むしろ人々の混乱による外傷や圧死の方が多かったというのだから、そうした被害者の遺族はやりきれない。一時期は惨劇を生き残った人々を人殺しと呼んで激しく非難、果ては物理的な攻撃を加えた、なんて話もある。

 

「あんなことがあったけど、あなたのおかげで私たちは奏を失わずに済んだ」

「私は覚えてないんだけどね……」

「それでも、してくれたことが消えるわけじゃない。改めて、ありがとう」

 

私の年齢や身元が不明である理由。それは私が二年前、記憶を失った状態で二課に保護されたことにある。覚えていたのは律火という名前だけ。他は何も覚えていなかったから、目が覚めたとき急に翼ちゃん達に感謝され、全く身に覚えがなくてただ戸惑うことしかできなかった。なんでも、ライブの惨劇の際に無茶をして死にかけた奏ちゃんの命を私が救ったらしい。しかも倒れて記憶まで失っていることから、相当なリスクを負っての行動だったのだろう、ということで、奏ちゃんと同じ顔でしかも記憶喪失だなんて怪しさ満点だったはずの私を、二課の人たちは快く受け入れてくれたのだった。多分そんないきさつなど無くても同じように接してくれただろうな。と、この二年間彼らの優しさを見ていて思うのだけれど。

 

その後気を取り直して別の話をしているとリディアンの入り口が見えてきた。

 

「それじゃあ律火、私は自分の教室に行くから。あとでクラスの話、聞かせてね?」

「うん、また後でね」

 

職員室前で翼ちゃんと別れると、職員室からすぐに先生が現れて挨拶を交わす。ある程度解けていた緊張が少しだけ戻ってくるが、何とか普通に会話できていると思う。

職員室に通され、しばらく学校でのことについて説明を受けていると、授業時間が近づいてきたため先生が立ち上がる。

 

「では教室に案内しますから、ついてきてください」

「は、はい! よろしくお願いします」

 

先生の後ろについて廊下を歩く。周りの様子を軽く見渡すと、自分の教室に行くと言っていたはずの翼ちゃんが物陰からこっちを見ているのを見つけた。まさか奏ちゃんの冗談が本当になるとは。緒川さんから修行でもつけてもらったのだろうか? ほかの生徒や先生は翼ちゃんに気づく様子は全くない。

そんな翼ちゃんと目が合った瞬間、思わずびくんと反応してしまって、先生が怪訝な顔で振り返る。

 

「……? どうかしましたか?」

「い、いえ! その、緊張しちゃって……」

「ふふっ ちょっと個性的な子も多いけど、皆いい子ばかりですよ、きっとすぐに仲良くなれます」

 

先生、個性の塊みたいな子(歌姫ニンジャ)がそこの物陰にいます。とは言えず、楽しみですと当たり障りのない答えを返しておく。あとで奏ちゃんにこのことを話せば喜々としてからかいにかかるだろうなぁ、などと思っている間に教室にたどり着いた。

 

 

天羽律火(あもうりつか)です。よろしくお願いします」

 

先生に紹介されて教室のクラスメイト達にお辞儀する。私の顔と苗字を見てざわつく子たちが数グループ。奏ちゃん達(ツヴァイウィング)の人気がうかがえる。

 

「お静かに! 天羽さんはあちらの席についてください」

 

先生が手をパンパンと鳴らしてクラスのざわつきを沈め、教室内の一席を指し示す。それに従い着席すると早速授業が始まった。

最初の授業が終わり、休憩に入ると何人かのクラスメイトが話しかけてきたがその応対もなんとか問題なくこなすことができた。

高校生活一日目、何とか問題なく乗り越えられそうでほっと胸をなでおろす。でもこの時の私は知らなかった。むしろ、この後が本番だという事を。

 

授業の合間の短い休み時間ではあまり長話もできないため周りも自重していたし、昼休みは各々の用事があるので他の休み時間と大差はない。しかしそんな事を気にしなくても良い時間がやってくる。そう、放課後である。

 

「奏さんと一緒に暮らしてるんだ!? お姉さんとしての奏さんってどんな感じなの?」

 

姉妹という訳ではないのだけれど書類上はそうなっているので何も言えない。どういう感じかと言われると、優しくて頼れるけどたまにちょっと意地悪? な感じ。

 

「今朝翼さんと一緒に歩いてるの見たよ! やっぱり仲いいの?」

 

仲はとてもいい。心配して物陰から見守ってくれるくらいには。ふと廊下の方を見ると天井に貼りついてこっちを見ていた。やはりニンジャか……よく気づかれないなぁ、あれ。

 

「ずばり、趣味は? アニメとか興味ある!?」

 

ツヴァイウィングについての事も質問されるけど、私自身の事もたくさん訊かれる。割合としてはこちらの方が多いかもしれない。主観的な記憶がたった二年の私としてはこちらの質問の方が難儀する。ちなみにアニメはよくわからない。記憶がなくなる前は見ていたかもしれないけれど。記憶云々は伏せてそのことを話すとおすすめのアニメをいくつか紹介された。次二課に行ったら弦十郎さんに聞いてみよう。彼は映像作品に詳しかったはず。メインは確かモンスターパニック映画と言っていたけれど。

 

その他にもあれやこれやと質問の嵐が吹きすさぶ。二課は機密情報の塊。うっかりそれ関係の情報を喋ってしまわないように気を張って応対することになるのでものすごく疲れる。すっかり疲弊してしまった私が最後の手段とばかりに視線で天井の翼ちゃんに助けを求めると、小さく頷いたあと誰にも見られないように素早く飛び降りて何事もなかったかのようにドアから入ってきてくれる。

 

「律火、今からちょっといい?」

「あ、はーい! みんなごめんね? これから用事があって。また明日!」

 

「先輩の呼び出しならしょうがないね。また明日」

「おっけー、行ってらっしゃい」

「おー、学園のアイドルと仲良しとは羨ましい……」

「学園のっていうか世間のアイドル?」

「たしかに」

 

みんなは特に気にした様子もなくワイワイと盛り上がりながら送り出してくれる。色々用意してあったであろう質問をかわすのは申し訳ないけど、これ以上はこっちの身が持たないので今日のところは許してもらおう。

翼ちゃんと廊下を歩きながらようやく一息つく。

 

「ありがとう、翼ちゃん」

「お疲れみたいね」

「あはは……女子高生のテンションなめてました」

「あなたも女子高生のはずなんだけどね。ああ、あとあなたへの用事は本当にあるの。丁度いま、櫻井(さくらい)女史から呼び出しがあったわ」

了子(りょうこ)さんから? ってことは……」

 

了子さん。二課において技術関係をほとんど一人で担当し、さらには医療にも精通しているとんでもない人だ。そして二課が保有するある技術に関しては世界一詳しいと言っても過言ではない。そんな人がわざわざ私を呼び出す理由は何となく察しがついた。翼ちゃんが耳元によって来る。他の誰かに聞かれたらいけないから。

 

「――ついさっき、あなたの”ギア”の調整が完了したそうよ」

「ッ! ……そっか。じゃあ、私も」

「ええ、近いうちに戦場(いくさば)に立ってもらうことになる」

 

――ギア。二課においてこの言葉が指すものは一つ。二年前のライブで大惨事を引き起こした特異災害・ノイズに対抗できる、人類を守る力……今は欠片となり果てた”遺物”を歌によって古代の伝説から呼び起こし、人の身で振るうことを可能とする力”シンフォギア”だ。

 

ただしその力を手にできる者は多くない。いや、あまりにも少なすぎる。何せ現時点で確認されているのが奏ちゃん、翼ちゃん、そして私のたった三人だけなのだから。確定ではない”候補”に限れば他にもいるらしいけれど。

このリディアンはそうした”候補”を探す目的もあるのだと弦十郎さんから聞いている。だから国家機関のはずの二課が”私立学校の地下”などと言う場所に本拠地を構えているのだ。

私は翼ちゃんと一緒に二課本部への隠しエレベーターに足を踏み入れ、了子さんの待つ研究所へ向かう。

 

この日が”天羽律火”としての私の戦いの日々の始まりであり、今までのただ穏やかで幸せな日常が”奇跡”だったんだと思い知らされる日となる。




この世界の司令はモンスターパニックをメインに観賞しているのでゾンビを撃ったり魚人を蹴ったり空飛ぶサメをチェーンソーで両断したりするのが得意。人外じみて強いのは一緒だけど本編世界とは方向性が違う感じですね。


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第二話 風鳴翼の記憶

サブタイトルに名前が書いてある人が視点主となります。という訳で今回は翼さん視点です。


二課本部へと続くエレベーターが落下と言って差し支えない速度で下降していく。少しこわばった顔で手すりにしがみつく律火(りつか)の方を見ると、まるで奏がそうしているみたいで少し違和感がある。いや、”まるで”ではない。櫻井女史は、この子を”天羽奏”だという。

 

二年前のあの日の事を思い出す。

私たちツヴァイウィングのライブ、それと並行して行われた、とある完全聖遺物の起動実験。そこへ現れた無数のノイズ。私たちは剣を持つ者の務めを果たすべくノイズと戦い、そして……

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal--」

「いけない、奏! 歌っては駄目えぇ!」

 

奏の歌声が会場に鳴り渡る。奏は、人々を救うべく自分の命を燃やす選択をしてしまった。ライブのため、シンフォギアに適合するための薬を断った状態で無理にギアを展開して、多数のノイズとの長時間戦闘。とっくに限界を超えてボロボロになっていたところに、負担の大きい”絶唱”を放てばどうなるか、奏に分からないはずはない。でも奏はそれをしてしまった。止めに入ろうにもノイズの数があまりにも多く、近づく事すらできない。

 

「――Emustolronzen fine el zizzl」

 

絶唱の最後の一節が歌い上げられる。次の瞬間、会場が光に包まれた。

 

 

 

思わず閉じた目を開くと、無数にいたノイズは消え去っており、あとには()()()()()()()()()()()()()()が残っていた。

 

「……え?」

 

あれほど間の抜けた声が出たのは人生で初めてだった。それだけ目の前の光景は予想外で、私は思わずその場に立ち尽くしてしまった。

 

「……あなたが死んだら、なにもかも、全部終わりだ。わからない。死ぬと分かっていてこんなことをしたの?」

 

立っている方の奏が、倒れている奏を見下ろしながら独り言のように呟く。

 

「ははっ……”お迎え”ってやつか? 私が目の前にいる……」

「違う。あなたは()()死んでない……そう、まだ生きてる。今なら間に合うか?」

「……間に合う? 何を」

「Ia dr eas ilv mlan erkey――」

「……歌?」

 

倒れている奏の問いを無視して、立っている奏が聞いたこともない旋律を口にする。おおよそ人が発音することを考えていないような、でたらめな音の羅列のような、不気味な歌。その歌に合わせるように、歌う奏の胸のところから光を放つ何かが飛び出してくる。

 

「……銀色の、鍵?」

 

その鍵を見た瞬間、不気味な歌の旋律も相まって異様な悪寒を感じた私はその場に駆け寄ろうとする。

 

「ッ!? 動けない……!?」

 

しかしまるで足が地面に縫い付けられたように、その場から1ミリたりとも前に進むことができない。

 

「くっ 奏! かなでええええええ!」

 

必死でその場から手を伸ばす。届かないと分かっていても、あの時私にできるのはそれだけだった。

そして奏が絶唱を使った時のように、その場が光で包まれる。

今度は目を閉じなかった。必死で奏に手を伸ばし続ける。

そうして、私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

次に目を覚ましたのは二課のメディカルルームの中だった。

 

「あら、起きたわね?」

「櫻井女史……ッ! 奏は!?」

「大丈夫……と言っていいのかしら? とりあえず、()()()()無事よ」

 

困ったような顔でそういう櫻井女史に連れられ、別の部屋を訪ねるとそこには――

 

「おらっ! 吐け! お前は何者だ!? なんであたしと同じ顔してやがるッ!?」

「な、何度も言った通り、名前は律火って言います! その他の事は全然わかりません!」

「まだとぼける気か、こいつ!」

「おちついて! はなちて! だれかたしゅけて!」

 

奏にヘッドロックをかけられて涙目になっている奏がいた――自分でも何を言っているのかよくわからない。困惑で軽く頭痛がするが何とか抑えて声をかける。

 

「えっと……奏?」

「翼! 目が覚めたんだな!」

「おふっ 急に離されるとそれはそれで危ない……」

 

私に気づいた奏が手を放して駆け寄って来た。絶唱の負荷で死にかけていたのが嘘のようだ。

 

「奏、怪我は? 動いて大丈夫なの?」

「それが見ての通り。気味が悪いくらい、全然どこも悪くなくてさ。間違いなくあいつが何かしたからだと思うんだけど、聞いても名前以外何も覚えてないとかぬかして何も答えないんだよ」

「名前……律火と、今も言っていたわね。それにしても何も覚えてないなんて、記憶喪失だとでも言うの?」

「怪しいだろ? 顔の事も含めてな。さて、OHANASHI再開といこうか……?」

「ヒエッ」

 

確かに、律火と名乗る目の前の少女は、ありえないくらい奏に似ている。似ているどころか、顔だけを見たら全く同じだ。奏より少し小柄なので二人が並んでいれば見分けはつくだろうけれど。

 

「はーい、そこまで。その辺の事も含めて話をするからいったん移動しましょ? 弦十郎君がお呼びよ」

 

律火の正体について、奏は私以上に気になるのだろう、再びにじり寄ろうとしたところを櫻井女史に止められる。そのまま私と一緒に引っ張られて二課の司令室に向かうことになった。律火の方はこれから医療スタッフを始めとした職員が数名ついて監視も兼ねた問診や思い出せる範囲での事情聴取が始まるらしい。

 

「来たか」

 

司令室には当然、叔父様……風鳴弦十郎司令が待ち構えていた。

 

「まずは、よく無事に帰ってきてくれた……目が覚めて早々すまないが、会場にあったカメラ等の機材はほとんどダメになってしまってな。あの時あの場にいたのはお前たち二人だけだ。詳しい話を聞かせてほしい」

「分かりました」

 

私達はライブでのことを語る。絶唱を使って倒れたことを話すと奏はひどく叱られていた。結果的に助かったからいいもの、私としても本気で心配したのでこちらからも小言を言っておく。全方位からの説教を受けた奏がぐったりしてきた辺りで、話は律火の事に移る。そこで櫻井女史から語られたことは二年経った今でもその驚きを鮮明に思い出せる。

 

「あの子については検査のついでにちょっと調べさせてもらったわ。結論としては、奏ちゃんに似てるとかそういう次元じゃない……あの子は、奏ちゃんの()()()()よ」

「なっ!?」

「クローン……だとぉ!?」

 

流石にこれにはその場の全員が驚愕した。特に奏は完全に言葉を失っていた。

 

「クローン技術自体は昔から存在していたし、元となる奏ちゃんの体細胞のサンプルも入手しようと思えば、難しいけど不可能じゃない。二課に潜り込むとか……そうでなくても、二課だって外出時に抜け落ちる髪の毛一本まですべて処分して回れるわけじゃないし、実際そんなことはしていない。問題は誰が何の目的で()()()()()()()()()()()()()()()か、ってことね」

「”天羽奏”という人間をもう一人作る目的……秘密を知る何者かが、シンフォギア装者を人工的に増やそうとした? ならば翼のクローンも作られている可能性があるか?」

「それは目の前に現れてくれないと、何とも言えないわね。ただ、装者を増やそうとした、というのは可能性がありそうね。これを見て」

 

そう言って櫻井女史が一枚の書類を取り出す。見ればどうやら律火に関する現時点での検査結果のようだ。それを見た叔父様が何かに気づいてその表情を険しくさせる。

 

「”心臓に未知の物質が融合している”か……翼の報告にあった、銀色の鍵のような物が関係しているのか?」

「そうでしょうね。おそらくこれは何らかの聖遺物。流石にこの状態では欠片なのか、それとも完全聖遺物なのかまでは分からないけど」

「クローンを使った、人間と聖遺物の融合実験……だとでも言うのか」

「本人が何も覚えてないと主張している以上、それも分からないわね。それで、あの子は今後どうするの?」

「むぅ……二課(ウチ)で保護するしかないだろう。ひとまずはな」

 

こうして律火は二課で保護されることとなった。

名前を”天羽律火”とし、監視されながら書類上は奏の妹として過ごし、その中で聖遺物の一つに適合できることが判明し現在に至る。

奏の命を助けてくれたことや、この二年間一緒に過ごしたことでこの子自身への信頼というか、仲間意識のような物はある。だが……否、だからこそあの時見た、今は律火の心臓に融合しているという銀の鍵の事が……あの禍々しい、怖気すら覚える歌と共に現れたあの聖遺物の事が頭をよぎる。シンフォギアを纏わせて戦場(いくさば)に放り出すことで、あの鍵の力が律火に何か良くない影響を与えるのではないか……今度は記憶以上の何かを奪い去ってしまうのではないかと不安に駆られる。

今日も、新しい環境に放り込まれた律火に何か異変が起きやしないだろうかと気が気ではなくなり、いったん別れた後も結局隠れてついて行ってしまった。そして律火本人に気づかれて変な顔をされた。自分でも変だった自覚はあるけれど。

 

「ふぅ、止まった……何回乗っても慣れないなぁ、これ」

 

声に顔を上げれば律火が手すりを放して一息ついている。

思わず苦笑すると、少し顔を赤くして歩き出す律火をそのまま櫻井女史の待つシミュレータールームまで連れていく。

 

「いらっしゃい律火ちゃん。初めての学生生活はどうだったかしら? はい、私からの入学祝よ」

「へ? あ、ありがとうございます?」

 

現れた櫻井女史はそう言って律火に調整が済んだというギアのペンダントを渡す。律火が見るからに緊張しているので、リラックスさせるために冗談めかしているのは分かるが、入学祝に聖遺物の破片は物騒すぎる。

そこから律火が櫻井女史に訊かれ、リディアンでのことを話しはじめる。そしてしばらくたったところで十分に律火がリラックスしたと判断したのか、聖遺物”ブリーシンガメン”のシンフォギアとしての起動実験が始まった。

 

結果として、シンフォギアの展開は無事成功し、律火は正式に二課の装者となった。だが起動実験そのものは想定外の結果に終わったと言える。しかし――

 

「っ! ノイズ警報!?」

 

突如として街に出現したノイズ。そしてそれと同時にシミュレータールーム内にも異変が起こる。

中にいたはずの律火の姿が、どこにもなくなっていた。




現在水着イベント中なシンフォギアXDのタイトル画面でキャロル居なくて遠い目をしている私です。まあ奏さん居たからいいんですけどね?

それはそうと筆が全く進まない時ってどうすればいいんでしょうね? 永遠の課題よ


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第三話 天羽律火の初陣

ようやっとまとも(?)な戦闘回だ!


「……あれ? ここどこ?」

 

私は二課のシミュレータールームで調整の済んだ聖遺物”ブリーシンガメン”のシンフォギア起動実験を行っていたはず。その証拠に自分の体を見下ろせば、星空のように銀の粒子がちりばめられた紫色の鎧と炎をそのまま羽織ったようなマント……見間違えることは無い。調整前の起動実験でも纏ったことのあるブリーシンガメンのシンフォギアを身にまとっている。調整前と少しデザインが違うような気がするけど。

しかし周りを見ればその景色は明らかに街中。おまけに警報が鳴り響いている。ノイズが出現したことを知らせるものだ。

 

「了子さんがサプラーイズとか何とか言って戦闘シミュレーターを起動した? いやいや、いくらあの人でも流石にそんなことは……」

 

絶対にないとは言い切れないけど……

そんなことを考えていると近くで悲鳴が聞こえる。

 

「っ! いや、シミュレーターの訓練でもなんでも、警報が鳴ってるってことはノイズが居るんだ! だったら全力で戦う!」

 

私は悲鳴の聞こえた方へ駆け出す。たとえシミュレーターでも、ノイズが人を襲おうとしているなら止める。それがシンフォギア装者の役目だから。

 

「居た! あれだ!」

 

ノイズはなんというか、目に眩しいカラフルな見た目をしているので視界の端にでも映ればすぐにわかる。オレンジ色の人型ノイズ数体に追いかけられている人達を発見した。

 

「やらせない!」

 

―DWARF=FURNACE―

 

私はその場で跳躍して手の中に炎の球を発生させ、ノイズに向かって投げつけた。炎の球はノイズ達の中心に着弾したとともに膨れ上がり、灼熱の炉を形成する。炉の中のノイズ達は跡形もなく燃え尽きて消滅した。

これがブリーシンガメン……北欧神話の女神フレイヤが身に着けていたとされる首飾りの力。”炎の(ブリーシンガ・)装飾品(メン)”の名が表す通り、このシンフォギアは歌と共に炎を身にまとって自在に操ることができる……()()()操れるかどうかは私次第だけど。

 

迫っていたノイズが居なくなったことで、もしくは私が放った火球の衝撃のせいか。走っていた三人組は力尽きたように倒れ込む。火球のせいだったらごめんなさい。

ノイズに気を取られていてよく見ていなかったけど、三人ともリディアンの制服を着ていた。というか顔にも見覚えがある。今日知り合った子たちだ。確か安藤さん、寺島さん、板場さん……だったっけ?

いよいよシミュレーター説は苦しくなってきた。ということは起動実験中に何らかの原因で私が外に放りだされたのだろう。おかげで現場に即駆けつけられたので良かったかもしれない。もしこうなっていなかったらこの三人は……いや、間に合ったんだし、今は余計なことは考えないようにしよう。

 

さてこの三人、話しかけようものなら確実に正体がバレることになるけど……まだノイズは居るし、放っておくわけにもいかない。せめてもの抵抗とばかりに三人を庇うように背を向けながらちょっと声の調子を変えて話しかける。顔が見えないように角度を工夫することも忘れない。

 

「大丈夫ですか? 近くにシェルターがありますのでそこまで……」

「あら? 天羽さん?」

 

一瞬でバレた。まあそれはそうだ。一、二時間くらい前に会話してたんだし。

 

「ヨク分カリマセン 誰デスカソレハ?」

「ほんとだ! モーリーじゃん!」

「も、毛利? それは本当に誰?」

「あ、顔が見えた! やっぱ天羽さんだ! 何そのアニメみたいな恰好!」

「しまった!」

 

よくわからない呼び方をされて思わず振り返ってしまった。もう言い訳は効かない。

 

「えっと……一応、国家機密なので今見たことは誰にも……っと、そんなこと言ってる場合じゃなさそう。この話は後でゆっくり!」

 

気づけばノイズが大量にここまで集まってきており、私達四人を取り囲むように迫ってきている。ノイズは積極的に人を狙う習性があるのだしそれは当然か。逆に言えばほかの人はもう避難できたという事か、そうでなければ……ふと、風に吹かれて黒い粒子が舞っていることに気づく。ただの塵か何かだと信じたい。こんな物がかつて人だったモノだなんて思いたくない。しかし今舞っているのが何であれ、私が何とかしなければ、この三人は今度こそ()()()()。そう思うと途端に締め付けられるような寒気が胸から広がっていき、意思と無関係に手が震える。

 

「来るなら、来いッ! 炭になるのはお前らだけだッ!」

 

自分を奮い立たせようと声を上げたら予想より言葉が荒くなった。奏ちゃんに似てきたのだろうか?

私の意思に反応してシンフォギアは両手に火球を作り出し、それを私が頭上に掲げると同時に無数に分裂し、迫ってくるノイズに向かって飛んでいき、次々に貫いていく。

 

―ELF=FIREARROW―

 

「ほ、本当にアニメみたい……」

 

板場さんがポツリとつぶやく。確かアニメを勧めてきた子だったか。確かに、今日までの日々と今この瞬間はまるで違う。まるで急に現実からフィクションに飛び込んだくらいのギャップだ。今まで何度かあった訓練とはまるで違う。一体でも討ち漏らせばその時点でこちらの負け。せっかく仲良くなれそうだったこの三人とは二度と話せなくなる。そう思うと焦りから集中力が削がれていく。それで撃ち漏らしが出そうになってさらに焦るという悪循環に陥っているのが自分でもわかる。でも一旦落ち着く暇すらない。ノイズは次々と突撃してくる。

シンフォギアは確かに規格外の兵装ではある。けれど初めての実戦で、一人で誰かを守っていつまでも戦い続けられるような、そんな都合のいい力ではない。私にはそれを使いこなす経験が圧倒的に足りていなかった。だから、限界はすぐに来た。

 

「あっ―――――」

 

思わず、そんな声が口から洩れた。炎の矢をかいくぐって一体のノイズが接近してきたのが見えたから。一瞬後には後ろの三人のところへ突っ込んでいってしまうほどの速度で。炎の攻撃をもう一度撃つのも、手を伸ばして止めるのも、駆け寄って盾になるのも、逃げてと叫ぶことすらも、もう間に合わない。ノイズが迫っていることに気づいた三人がきつく目を閉じる。

 

 

 

 

そしてそのノイズが、上から飛来した刀に貫かれて消滅した。

 

「っ!?」

「よく、持ちこたえた!」

「翼ちゃん!」

「あたしも居るぞッ! とぉりゃあああああ!」

「参るッ! はあああああッ!」

 

―STARDUST∞FOTON―

 

―千ノ落涙―

 

二人の叫びを合図に剣と槍の豪雨が降り注ぐ。その一つ一つが正確にノイズを撃ち貫いていく。わずか数秒で雨は降りやんだが、それだけでその場にいたノイズは一体残らず消え去っていた。戦いが始まってからこれまでで私が倒した数よりも遥かに多いノイズが、数秒で。これが経験の差。私もいつかこんな風に戦える日が来るのだろうか? 今の私に、そんなビジョンは浮かばない。

 

「ふぅー、間に合った。大丈夫だったか? 律火」

「奏ちゃん……うん。大丈夫」

 

奏ちゃんの顔を見ると、一気に緊張が解けて私はその場に座り込んでしまった。それと一緒にギアの展開も解除される。

 

「おいおい、本当に大丈夫か? どこか怪我したのか?」

「原因は調査中だけれど、大した慣らしもせずいきなり放り出されて実戦だもの。無理もない」

 

二人が駆け寄ってきて支えてくれる。それにクラスメイトの三人も。

 

「三人とも、ごめんなさい。私じゃ守り切れなかった。二人が来てくれなかったら、今頃……」

 

本当に怖い思いをさせてしまった。私がもう少しうまくできていればあんなギリギリの体験をさせずに済んだのに……今はただ、二人の登場に安堵するとともに、この日の力及ばない自分が口惜しかった。

だけど、私の言葉を聞いた三人は一瞬キョトンとしたような顔になって、そのあと笑いかけてきて……

 

「えっと、なんでノイズと戦えるの? とか、あの格好なに? とか、いろいろ分からないことだらけだけどさ、これだけは分かるよ。モーリーはちゃんと私たちを守り切ってくれた」

「そうですよ。天羽さんが戦ってくれたからこのお二人が間に合ったんです」

「うん! だから私たちがお礼を言うことはあっても、律火ちゃんが謝ることなんて何もないよ! それにアニメみたいですっごくかっこよかった!」

 

そんなことを、私の眼をまっすぐ見て言ってくれる。三人の言葉を聞いているうちに、なんだか目元が熱くなってくる。

 

「律火、この子達クラスメイトだろ? いい友達が出来たじゃないか」

「そうね。こんな子たちがいるなら、今後の学生生活も心配なさそう」

 

奏ちゃんと翼ちゃんが優しく笑ってくれる。私も気づいたら笑顔になってて……

 

「……そうだね。すごく嬉しくて、とても安心できる。翼ちゃん、もう天井に張りついてまで見守らなくていいからね」

「ちょ、ちょっと! 律火!」

「ぶはっ! 翼、そんなことしてたのか!? あっははははは! 緒川さんかよ!」

 

思わず言ってしまった私の言葉に、案の定お腹を抱えて大笑いする奏ちゃん。まるで緒川さんがそんなことしたような口ぶりはどうかと思う……流石にしてないよね?

……まあ、それはさておき。私は三人の方に向き直る。

 

「その、今日の事で、守秘義務とか、いろいろ面倒かけちゃうことになると思うけど……いやそれもあるけど、言いたいのはそういうことじゃなくて、えっと……」

 

こういう時の良い言葉が見つからない。なにせ友達なんて出来たことがないんだから。翼ちゃんは奏ちゃんと同じく姉妹みたいな感じだし。

 

「律火、こういう時は変に考えず、想ったままを伝えればいいんだぞ」

 

あたふたしていると、奏ちゃんが苦笑しながら助言をくれる。

 

「あ、うん……そ、その! これからも仲良くしてください!」

 

立ち上がって思いっきりお辞儀する。三人からの回答は

 

「「「もちろん」」です」

 

だった。

 

この日から、私は正式に二課のシンフォギア装者として戦うことになった。たくさんの苦難、忘れられない思い出、恐ろしい敵、心から守りたいと思える人々、そして信頼できる仲間。いろんなものに出会っていく。

でもそれはこの時の私にはまだわからないことで、この時はただ、ノイズに触れられれば一瞬で崩れ去ってしまうと思い知ったかけがえのない日常を、仲間と共に絶対に守り通そうと心に誓うのだった。




今回はやけに早く書けました。
律火の使う技の名前は武器や道具の名前が=の後、それに関係ある種族とかの名前が=の前に来ます。今回の
ドワーフ=炉
エルフ=火矢
みたいな。

そして今回は例の三人組登場。板場ちゃんは一話にも出てましたが。この三人好きです。電光刑事バンの歌のところとか。特にカマキリの格好させられた安藤ちゃん。


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第四話 天羽律火の未知との遭遇

先の展開は決まってるのに何故か一文字も書けない症候群に掛かってましたが何故かシンフォギアだけ書けるようになったので初投稿です。(原因はほぼ間違いなくメックヴァラヌス)


あのノイズ事件から数日。奏ちゃんが突然奇妙なことを聞いてきた。

 

「……空飛ぶザリガニ? なにそれ」

「この間のノイズ出現の時に目撃情報がいくつも上がってるんだってさ。律火は見なかったか?」

「うーん、ノイズと弓美(ゆみ)ちゃん達以外ちょっと見てる余裕なかったかなぁ」

「まあ、ヘリで爆音まき散らしながら近づいてたあたしたちに気づかなかったくらいだからな」

 

ちょっと苦笑しながら言う奏ちゃんに何とも言えない表情しか返せない。あの時は本当に余裕がなかった。

 

「うん、自分でも流石に焦りすぎてたと思う……ところで、私に訊いたってことはヘリからも見えなかったの?」

「ああ、全然。それに()()()()()()()()()()()()()()()()。だから(タチ)の悪いイタズラかと思ったんだけどさ、通報してきた人たちは皆お互いの顔も知らないくらいに全然つながりが無いらしくて」

「初対面同士で結託してまでイタズラ通報なんてしないか……という事は、何かしらそれっぽいのが居たんだろうけど、変な形のノイズを見間違えたとか?」

 

なんて言ってみるけれど、多分違う。変な形をしていようがノイズならあの独特の色彩や、位相差障壁による透過でわかるはずだし。

じゃあ何なんだろうという事になるけど……

 

「まっ、見てないものはどうしようもないか」

「それはそうなんだけど……なんか不安になるなぁ……」

 

 

 

 

 

そんな会話があったのが昨日の事。そして今日、あれからお互いに名前で呼び合う仲になった弓美ちゃんが、おすすめのアニメを教えてくれるというので、一緒にレンタル屋を目指して街を歩いていると……

 

「えっ、なにアレ!? 気持ち悪い!」

「わぁ、ホントに居た。想像よりかなり大きいなぁー」

 

目線の先には人間より一回り大きい、虫の羽のようなものが生えた謎の生物が浮かんでいる。見れば腕と思しきところにはハサミのようなものがついているし、全体的に赤っぽい甲殻のようなものに覆われている。なるほど、確かに遠目には空飛ぶザリガニに見えないこともない。頭だけはイソギンチャクか何かがくっついてるような形で、とてもザリガニには見えないけど。

なんというか、ただひたすらに気持ち悪い。あと大きさのせいでかなり怖い。思わずアホみたいな声で呆けたリアクションを取ってしまうのは仕方がないと思う。通報した人たちもこんな気持ちだったのだろうか。

ところで、このザリガニさん、蜂のようにホバリングしながらゆっくりと近づいて来る。

 

あれ? 私達襲われかけてる?

どうしよう。逃げる? いや、もし追いかけてきたらそこら辺の皆さんが巻き込まれるのは確実。 じゃあ迎撃? ノイズ以外にシンフォギアって使っていいのだろうか。いやそもそも、まずは二課に連絡を……なんてことを考えているうちにザリガニさんはどんどん距離を詰めてくる。

 

「えぇい、とりあえず! ()()()()()()()逃げるッ! そして二課に連絡ッ!」

 

気合を入れて駆け出した直後、ザリガニさんがいつの間にか手(?)に持っていた何かから白いガスを噴射する。ガスは見るからにものすごい低温で、現に数秒前まで私達が立っていた場所の地面や建物の壁が冷凍庫の中のように霜で白く覆われていく。

 

「ヒエッ」

 

これは浴びたらシャレにならない! 

 

「もー! なんでレンタル屋に行くだけでこんなことになる訳!? 最近の私どうなってるのよ!」

 

数日前のノイズに続いてこの災難。弓美ちゃんだって文句の一つも言いたくなる。というかキレていいと思う。

私は弓美ちゃんの手を引きながら反対の手で通信機を取り出して二課につなぐ。

 

「もしもし藤尭さん! もしくはあおいさん! 律火です! この間の板場弓美ちゃんも一緒です! 通報のあった”空飛ぶザリガニ”に街で襲われました! 冷凍ガスを噴射してきます! そして追いかけてきます! 戦っていいですか!?」

 

通信機に向かって吼えるように現状を報告すると、ちょうど司令室に居たようで、すぐに弦十郎さんの声が帰ってくる。

 

『実在し、なおかつ害意のある存在だったという事か……民間人の安全確保が最優先だ! シンフォギアでの交戦を許可する! 至急、応援を出すからそれまで持ちこたえろッ!』

「了解!」

 

私は通信機をしまうと、代わりにブリーシンガメンのギアペンダントを取り出す。

 

「弓美ちゃん。私が食い止めるから逃げて!」

「えっ でも……」

「大丈夫。炎のギアならあのガスも多分耐えられる」

 

試してないので、ひょっとしたら凍らされるかもしれないけど。

 

「耐えられるとか、そういう事じゃなくてッ! ……ううん。気をつけてね? 絶対、明日もリディアンで会おうね!」

 

弓美ちゃんは凄く心配そうな顔で何度も振り返りながら走り去っていく。心配してくれてありがとう。でも最後の台詞はアニメだと二度と会えない”ふらぐ”って言ってなかったっけ?

 

「いや、”ふらぐ”は折ればいい……とも言ってたよね!」

 

ギアのペンダントを構えて胸の内に意識を向ける。するとすぐに歌が返ってくる。私はそれを謳い上げた。

 

「Sa vior brisingamen zizzl……」

 

瞬間、ペンダントから光が迸り私を中心にした光球を形成する。服が分解され収容されてからギアが展開されるまでの一瞬は全裸になってしまうけど、この光のおかげで外からは何も見えない。きっと見えない。

ともあれ、無事現れた星空の鎧と炎のマントを身にまとった私はザリガニさんに向き直る。

それと同時に再びあのガスが噴射された。

 

「危ないな、このッ!」

 

―DWARF=FURNACE―

 

飛び上がって低温空間から飛び出し、炎の球を発射する。着弾して形成された炉がザリガニさんを焼き尽くした。

……ん? 焼き尽くした?

 

「え? 想像より弱い……えぇ~?」

 

目を凝らしてみるがやはり結果は変わらず、黒こげになった元ザリガニさんが一体転がっているのみ。冷凍ガス噴射装置は一応燃え残っているようだけど、甲殻の中身は燃え尽きてスカスカになっている。

 

「……弓美ちゃん、ふらぐは折れたよ。多分」

 

思わずそんな台詞が口をついて出てきたが、それ自体が何かのふらぐだったのだろう。すぐに別の羽音が聞こえてきた。それも複数。

見れば結構な数のザリガニさんたちが四方八方から飛んできていた。

その瞬間、マズイことに気づいた時特有の、首筋から頭の中に寒気が這い上がってくるような感覚を覚える。

 

「……ミスった! 弓美ちゃんッ!」

 

さっき焼いた一匹だけならともかく、こんなに居るなら”逃げて”ではなく”離れないで”と言っておくべきだった。少し考えればわかることだっただろうに。

焦っていたせいか、それとも数日前の件で守る自信が無かったのか……

 

「どけぇ!」

 

進路をふさぐ敵を炎で攻撃して散らしながら、弓美ちゃんが逃げていった方向へ走り出す。まだそれほど時間は経っていないのですぐ近くにいるハズ。それはそのまま、その辺でこいつらに襲われている可能性が高いということになる。背後から吹き付けられる冷凍ガスを炎で相殺しながら(できて安心した)加速していく。

 

「居たッ! 弓美ちゃ――」

 

その光景を見た瞬間、心臓が止まったような錯覚が襲ってきた。目線の先には立ち尽くす弓美ちゃん。そしてその少し上に、冷凍ガスの装置を構えた空飛ぶザリガニ。

私が止める間もなく、冷凍ガスが弓美ちゃんに向けて噴射された。

 

「危ないッ!」

 

その瞬間、誰かが弓美ちゃんに体当たりするように飛びついて、一緒にガスの範囲外へ転がり出た。

ザリガニはすぐに装置の方向をそちらへ向けてガスを浴びせようとする。けど、それは私がやらせない。

 

「弓美ちゃん!」

 

最初の一体と同じように、あっさりと燃え尽きたザリガニを横目に二人に駆け寄ると、私たちと同じくらいの年の子が弓美ちゃんを助け起こすところだった。

 

「って、うえぇ!? 奏さん!?」

 

横に跳ねた茶色いショートヘアのその子は私の顔を見るなり素っ頓狂な声を上げる。こういう反応を見るとやっぱり奏ちゃんって有名人なんだな、と思う。

 

「えっと、妹の天羽律火です……まずは、友達を助けてくれてありがとう」

「へ? あ、いやぁ、こういうの、体が勝手に動いちゃうタチで……私、立花響(たちばなひびき)です。へぇ、奏さんって妹居たんだ~」

 

響ちゃんというその子は、照れたように頭の後ろを掻く仕草をしながらはにかんだあと、キッと表情を引き締めて、集まってきたザリガニの方へ拳を構える。

 

「っと、そんな場合じゃなかった。こいつらどうにかしなきゃ」

「んん!? まさか戦う気!? 素手で!? 危ないって!」

「そうだよ! 律火はアニメみたいな力があるけど、普通はあんなのに敵うわけないって!」

 

やる気満々でこのままザリガニ達の方に突っ込んでいきそうな雰囲気を出し始めた響ちゃんを慌てて二人で止めに掛かる。冷凍ガスで離れたところから攻撃できる上に空を飛べるザリガニ達に素手で挑むのは流石に無謀すぎる……二課の人たちなら勝ちそうだけど。

 

「大丈夫。私には……あの時守ってもらった思いが! この胸の歌があるッ!」

「胸の歌……?」

 

今日は何回心臓が止まりかければいいのか……謎の生物との遭遇、友達の危機、そして……

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron……」

 

聖詠。私たちがシンフォギアを纏うときに胸の内から沸いてくるその歌を。それも……

 

 

 

『ガングニールだと!?』

「うおおおおおおおおおおおおおおおりゃあッ!!!」

 

数秒遅れて通信機から聞こえてきた弦十郎さんの叫びと、細部は違うものの、確かに奏ちゃんの纏うものとそっくりなシンフォギアを纏った響ちゃんが飛び上がり、ザリガニを殴りつける音が重なった。




律火の聖詠のタイトル(響の”喪失までのカウントダウン”みたいなやつ)は”炎は照らす、見たくなくても”とかですかね

響はグレてる訳じゃないですがリディアンにも入っていません。


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