UMP45's DYING LIGHT (天海望月)
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Dying Light
消えゆく灯火


 暗闇の中に一筋、青白い光が走る。

 

 それは大きな音とともに断続的に続く。スパークと呼ばれる一種の放電現象で、よくアニメで見るような、ケーブルが切られた際に電流が漏れ出る表現、それと同じ現象である。

 

 不規則に音と光が溢れ、長い間同じ状況が続いた後に、

 

 “彼女”は突然目を覚ました。

 

「がっ、はっ、ぁ……っ!」

 

 目覚めると同時に襲いくる左腕からの痛みに悶え、彼女は患部を押さえようと手を伸ばす。

 

 そして気がつく。二の腕の一部が欠損して、コードが中から数本出てきていることに。スパークはここから発生していたのだ。

 

 そのせいか、左腕の肘から先はピクリとも動かない。

 

 じんわりと続く痛みを堪えつつ、彼女は地面に右手をついて立ち上がる。

 

 今まで体を預けていたアスファルトから起き上がると、やたら衣服が埃まみれであることが分かった。

 

「一体どれだけ長い間ここでくたばってたって言うの……?」

 

 試しにスカートを数回叩くと、そこから灰色の煙が上がる。ここまで埃がたまるには、相当な時間ここで倒れていなければありえないだろう。

 

 しかし、何故ここで倒れていたのか。戦闘で撃たれたのか、それとも何か事故にでも巻き込まれたのか。

 

 ――それまでに至る記憶が無い。

 

「困ったわね、メモリでもイカれた?」

 

 人形の構成物質は強固なものばかり。しかしその左腕が動かなくなるほどの出来事が起きたのだ。衝撃で記憶装置に異常をきたした可能性は十分にある。

 

 しかもよく考えてみると、自分のことやそれまでの経歴など、色々な記憶が曖昧になっている。

 

「落ち着いて……。一旦記憶の整理をするのよ……」

 

 彼女は深呼吸をし、小さく呟き始める。

 

 ――私はUMP45。戦術人形。

 

 私には仲間がいる。隊の名前は……404。

 

 UMP9、416、G11。私の仲間の名前。

 

 私は、こうなる以前……確か……何かの作戦を……。

 

「クソッ、全ッ然思い出せない!」

 

 そう言って“UMP45”は頭を押さえる。

 

 彼女が覚えていたのは、自分のことについてと、仲間のことについて。何か軍事的な行動をしていたような断片的な記憶、そして、この世界における基礎知識。その程度だった。

 

 故に、いくら記憶を整理しても、45がこうなるまでに至った経緯を思い出せないわけだ。

 

「覚えのある三人に連絡を取る以外、私が取れる行動はなさそうね」

 

 今の彼女は、迷子の子供も同然だ。自分がどこにいるかも、何をしていたかもわからない。右も左も分からない、というのはまさにこのことだろう。

 

 45は自分の服の隅々をまさぐり、ポケットに入っていた無線機を取る。

 

「ええっと、確か404のチャンネルは……」

 

 自分の記憶を必死に辿りながら、無線機に数字を入力していく。

 

「これでいい……はず」

 

 そして彼女は恐る恐る発信ボタンを押した。

 

「あー……、誰か聞いてる?聞いてたら返事をちょうだい」

 

 無線の詳しい使い方など覚えていない。そのため45は誰かと普通に話すように無線を使用した。

 

 無線特有のノイズが流れ続ける。しばらくすれば何か返答があるかもしれないと45は期待し待っていたが、いつまで経ってもノイズ以外がスピーカーから発せられることは無かった。

 

「そんな……どうしろって言うの」

 

 こうして彼女はツテを早々に失った。また時間を置けば連絡を取れるかもしれないが、しばらくはどうしようも無さそうだ。

 

 ――いや、どうやら置く時間もないらしい。

 

「うぁっ」

 

 突然45がふらつく。何事かと思い、彼女が自分をセルフチェックすると、バッテリー残量が少ないことが分かった。そのおかげで、自動的に省電力モードにでも入ったのかもしれない。機械である故の、避けようのない事象だ。

 

 このままではまずい。早く充電をしなければ、またこと切れてしまう。焦った45は、どうにかしようと当てもなく歩き始める。

 

 周りは夜の荒廃した街並みが広がっていて、記憶が曖昧な彼女にも、これはこの世界ではよくある風景であることは分かる。そして、それなりに戦闘が行われることも。

 

 もし戦闘が行われていて、そしてもし人形の残骸があるのならば。非人道的――といっても人形に人道的もクソもないが――だが、自分が生きるためには仕方がない。

 

「何でもいい、バッテリーさえ充電できれば、何でもいいの」

 

 気がつけば、左腕のスパークの間隔が長くなってきている。これがついに光を灯さなくなった時。それが彼女の死だろう。

 

 45はさまようように街を歩き続け、人形の残骸がないか血眼で探し続ける。

 

 ――運がいいことに、お目当てのものはそう時間がかからないうちに見つかった。

 

「ぁ――たすけて……ください」

 

 まだ息はあったが。

 

「っ――」

 

 とりあえず、45はその人形に近づく。

 

 ボロボロの風体で倒れていた彼女は、レーザー系の武器で攻撃されたのか、身体のあちこちが焼け焦げていた。

 

「動ける?」

 

「無理です……。もう、足が制御を受け付けないんです」

 

 彼女の言う通り、無残なタイツを履いた彼女の足は、所々部品が露出していて、これまた45の左腕のようにスパークを発していた。

 

「その銃はまだ使えるの?私は、銃をどこかにやっちゃったみたいで」

 

 自分が銃を使って戦っていたことは覚えている。しかし、目覚めた時にその銃は辺りには無かった。今あるのは、ブーツに仕込んだナイフくらいだ。

 

「はい、使えます」

 

 そう言うと、彼女は持っていた銃を出す。

 

「お願いします……。どこでもいいんです、グリフィンの基地でも飛行場でも、連れて行ってくれませんか……?」

 

「グリ……フィン?」

 

 ――確かに、この名前には聞き覚えがある。しかし、それがどんな意味を持つのか。それが分からない。

 

 つまり、この倒れている彼女を連れていくことは、

 

「無理……ね……」

 

「そんな……!お願いします!まだ、こんなところで死ぬのは……!一人で寂しく朽ち果てるなんて、嫌です……」

 

 45が無情にも事実を伝えると、倒れている彼女は目に涙を浮かべて、45に懇願し始めてしまった。

 

 本当は、彼女は人間なのではないか。そう見間違うほどの感情表現だった。しかし、そんなことをされても45にはどうしようもない。

 

 45だって、今にも死んでしまいそうなのだ。

 

「お願いです……、置いてかないで……」

 

 こいつが生きていなければ、こんな気持ちは味わうことはなかったのに。今頃、自分はバッテリーを手にしていたのに。

 

 ――なら、今こいつを黙らせてしまえばいいのでは?45の頭にそんな考えがよぎる。

 

 彼女の他に、いつ人形と出くわすか分からない。なら、今ここで彼女を……。

 

 だが葛藤する。そんな自分のエゴで、彼女を殺めていいのだろうか?45は頭を押えて苦しむ。

 

 こんなにも彼女は死にたくないと願っているのだ。自分の都合で殺していいものか。そう考える。

 

 ならせめて、引きずってでも彼女を連れて行って、そのグリフィンとやらの基地に届けてやろう。そう結論を出す。

 

「そうね、じゃあ――」

 

 そう言うと、彼女はバランス感覚を急に失った。

 

 地面に立っていられなくなり、45は目を回して倒れ込む。

 

 何が起こったのか確認すると、どうやらバッテリーがもう持たないようだ。

 

 一番重要なことを考慮していなかった。これでは、まだ這って移動することは出来ても、持って数分。それまでに他の人形が見つかるかといえば絶望的だ。

 

 ここで、45に究極の選択肢が生まれた。

 

 自分がバッテリー切れで倒れるか、それとも、

 

「ひっ……」

 

 目の前の人形を殺してでもバッテリーを奪い取るか。

 

 45の目付きが変わったのを彼女は見て、その恐ろしさに彼女は悲鳴をあげる。

 

 自分は死にたくない。しかし、それは彼女も同じだ。

 

 だがここで共倒れになるくらいなら……、彼女を殺して、バッテリーを奪うべきなのでは?いや、そんなことはできないし、したくない。

 

 そうしていくうちに、みるみる45のバッテリー残量は減っていく。

 

「やめてください……まさか、そんなことはしないですよね……?」

 

 彼女の声は震えている。怯えているのだ。

 

 一体どうすれば。もう、自分には決められない――。45は薄れゆく意識の中、自分はこれで良かったのかと自問自答し続ける。

 

 そして、

 

『これからは家族だよ、45姉!』

 

「――ナイ……ン?」

 

 今まではっきりと思い出せなかった、妹の声と顔が頭の中に蘇った。

 

 曖昧だった彼女との思い出も、断片的に、しかし次々に蘇っていく。

 

 それと同時に、45の決心がついた。

 

「ぐっ、ううっ……!」

 

 彼女は最後の力を振り絞って、右手一本で体を起こす。

 

 立ち上がると同時に彼女は――ブーツナイフを引き抜いた。

 

「そんなっ」

 

「――ごめん。私だって、生きなきゃいけない理由があるの」

 

「いっ、嫌……!冗談ですよね?そうですよね?そうって言ってくださいよ……!」

 

 45は彼女の悲痛な叫びを聞きつつも、彼女の首元に向けてナイフの刃先を向け、足で彼女の腕を押さえつける。

 

「あっ……ああッ!やだっ、やだやだやだやだ!やめて!死にたくないっ、死にたくないぃ!」

 

 それを見て、彼女が一気に暴れだした。

 

 だが45は歯をくしいばり、涙が溢れてくることにも気を止めず、ゆっくりと刃先を近づけていく。

 

「やだぁ、やだぁッ!あなただって、グリフィンの仲間のはずですよね!?その仲間を殺すなんて、嘘ですよね!?」

 

「……何も覚えてないの。だから、私を許して」

 

「そんなっ、たすけてっ、だれかぁ!だれかぁぁあぁッ!」

 

「せめて、安らかに眠って……」

 

 そして、鈍い音を立てて、人形の首元にナイフが突き刺さった。

 

「ぁ……」

 

 パクパクと何か言いたげに口を開き、やがて目から光を失っていく。そして、すぐに彼女は動かなくなった。

 

 45は他人の命を奪って、自分の生存を選んだ。その業を、彼女は一生背負っていくことになるのかもしれない。

 

 そんな、人形の絶命の瞬間を泣きながら見ていた彼女は、そのままバッテリーの摘出を始めたのだった。

 




かなーりエグい話になってしまいました。

記憶も曖昧なまま知らない場所に放り込まれた45。妹の顔やらを思い出して、自分の生存意欲が高まっちゃいました。いつか会えるといいんじゃないですかね(適当)


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Avenger

 バッテリー残量――62%。

 

 45は動かない左腕をぶら下げながら、物資を求めてさまよっていた。

 

 彼女の動きは差ほど一般人と変わりないもので、戦術人形のように洗練された動きとは程遠いものだ。これも、記憶障害による影響だろうか。

 

 彼女はゆっくり、慎重に歩を進める。右手には先ほど手に入れた貴重な武器、“MP5”を携え、もしなにかの戦闘に巻き込まれたとしてもすぐ抵抗できるようにはしている。

 

 彼女が手に入れたいものは、バッテリーと弾薬である。できれば、自分の精神を汚染しない方法で入手したい。先の出来事で、45はいくらかショックを受けていた。元々のメンタルは強かったらしく、何とかすぐに立ち直ることは出来たが。

 

 何となく、自分はいつもより臆病になっているのではないかと彼女は推測していた。記憶は定かでないため、以前の自分のことは名前と、人形であったことしか覚えてないのだが、それでも以前の自分はもっと勇敢であった気がしている。

 

 だからといって、今の彼女が勇猛に動ける訳では無い。詳しい戦術はまるっきり覚えていないし、このような状況の打開策なんか分かるはずもない。

 

 しかし生きるためにはどちらにせよ動かなければならない。怯えて街の隅で震えているようでは、すぐにバッテリーを切らしてしまう。運の悪いことにバッテリーも劣化しているようで、このペースで行けば二日もすれば電力は足りなくなってしまうだろう。

 

 月の光に照らされる街をゆっくり歩きつつ、45は使えるものがないか探し続ける。

 

 よく探せば、稀に人形の無残な残骸が見つかることがあった。発見される人形はどれも紫を基調としたフォルムで、まるで統一された軍隊のようであった。

 

 見つける度に45は解体して使えるパーツを探していく。しかし目当てのほとんどのバッテリーは破損していたり、焼ききれたりしているものばかりだった。

 

 弾薬は一切見つからない。銃を持っているにも関わらずだ。

 

 仕方が無いので、使えるものだけを引き抜いて持っていくことにする。

 

 ――そのときだった。

 

「っ!?」

 

 45が背を預けていたコンクリート製の壁が、突然砕け散る。それも、彼女の頭の真横で。

 

 続いて遠くから重低音の効いた発砲音が聞こえてきた。

 

「狙撃されてる……!?」

 

 45は急いで近くの建物の中に走り込む。それを追うようにもう一発の銃弾が飛んできて、彼女の服の一部を破り去った。

 

「着弾から音が聞こえてくるまで三秒ほど……。単純に考えて、相手からこちらまでは一キロメートルほどね」

 

 通常、弾は音よりも速く飛んでいく。弾が飛んでいる間にも発砲音は進むが、それを考慮せず考えた時、当然誤差はあるが、着弾してから何秒後に発砲音が聞こえたかによって大体の距離は掴めるのだ。音の速度は毎秒三百メートル強ほどなので、今回45は一キロメートルと判断した。

 

 さて、45は何者かに狙われているわけだが、当然ここで彼女は死ぬわけには行かない。どうにかこの窮地を脱さなければならないのだ。

 

「今、私に何ができる……?」

 

 彼女は必死に思考をめぐらせる。狙撃してきた方向に向かって、牽制射撃をしようか?――いや、弾薬の無駄であるし、何より敵に弾が当たる訳が無いので、落ち着いた敵に撃たれるだけだ。

 

 では、敵が外すのを祈って、全力で逃走しようか?――リスクが高すぎる。さっきは運良く外してはくれたが、今度も外す保証はない。背中に数発ぶち込まれて終わりだろう。

 

 なら、彼女には何ができようか。今持っている所持品から、打開策を考える。

 

「もう、これに賭けるしかなさそうね」

 

 そして、彼女は着ていた上着を脱ぎながら、ひとつだけこの状況を切り抜けられるかもしれない方法を思いついた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「絶対に、殺してやる……!」

 

 どこかの丘の上に少女が一人、銃を保持した状態で伏せていた。

 

 銃の先に付いた二脚を展開し、木製のストックを肩に当てて安定させる。

 

 そして、彼女が覗くスコープの中には、あの忌々しい人形が隠れている建物が映っていた。

 

 少し前、彼女は必死に探していた大切な友人を奪われた。辺りに響く悲痛な叫び声を聞きながらも、彼女は助けてやることが出来なかった。

 

 大切な友人の命を奪った犯人。それが、左腕の欠けた悪魔、45だったのだ。

 

 今目の前にその憎しみの対象がいるのだ。ならば絶対に仇をとる。そう心に決めて、彼女はライフルを構え直した。

 

 膠着状態になって数分。そろそろ相手が何か仕掛けてきてもおかしくない頃だ。

 

 ――頭を出した日には、撃ち抜いてやる。そのために、彼女は瞬きすらも惜しんでいた。

 

 既に二発も外しているが、今度は外さない。深呼吸をして、息を整える。

 

 そして、事態は動き出した。

 

 突然、建物から45が背を出したのだ。

 

「逃がさない!」

 

 それを見た彼女は、即座にその背中へと二発お見舞いする。

 

 銃弾は真っ直ぐと飛んでいき、そしてその服を貫通して穴を開け、

 

「まさかっ……、やられたっ!」

 

 そしてその“服だけ”がバサりと地面に落ちた。

 

 奥では上着を脱いだ45が脇目も降らず全力で走っている。

 

「悔しいけど悪知恵は回るみたいね。でも、今度こそ終わりよ!」

 

 先程は咄嗟の出来ごとに騙されたが、今度は外さない。彼女は逃げゆく背中に再度立て続けに二発放つ。

 

 だが無情にも命中する直前に、45は丁字路を曲がり姿を消してしまう。もちろん放たれた銃弾はその背中をかすめることも無く壁へと叩きつけられた。

 

「クソッ!どうしてよ!どうしてなの!?」

 

 奴を狩れる絶好のチャンスを逃し、彼女は地面を拳で殴りつける。今後こんな機会は二度と訪れないかもしれないのに、こうも易々と逃げられてしまったのだ。

 

「ごめん……MP5、あんたは私を救ってくれたのに、私はあんたを救ってあげられなかった……」

 

 そういって彼女はゆっくり立ち上がる。

 

「でも、諦めない。いくら自分が弾すらも当てられない不良品でも、元を辿れば私は、“殺しのために生まれてきた”のよ」

 

 彼女は空になった弾倉を交換し、展開していた二脚をしまうと、拳に強く力を込めながらこう言った。

 

「絶対に仇をとる。次であった時には、じっくりいたぶって、あいつがどれだけ苦しい思いをしたかその身で味わせてからトドメを刺してやるわ……」

 

 

「――覚悟してなさい、サイコパス野郎」

 

 ◆ ◆ ◆

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」

 

 彼女は壁際にうずくまり、冷や汗をかいて息を切らしていた。

 

 目覚めた時から羽織っていた上着を失ったが、代わりに命は取り留められた。これさえあれば、また再起できる。

 

 だが、まずはここから離れなければ。またいつ撃たれるか分からないのだ。

 

 弾薬は手に入らなかったが、バッテリーは何とかなった。交戦さえしなければ、しばらくは問題ないだろう。

 

 ワイシャツの白がこの黒い街では目立つだろうし、それこそ速急に街を離れなければならない。

 

 願わくば、またあの時のように、自分のために他人を手にかけるということがもう起こらぬことを。あんな体験は、もうしたくはないのだ。

 

 45は再度歩き出す。命の灯火が絶えるとき、それが彼女の終着点だ。今はただ生きることに必死だが、いずれは自分の記憶をもっと辿りたい。

 

 その目的のため。灯火を絶えぬうちにと、彼女は素早く逃げ出すように道を走り始めた。




45姉、なんかやべーやつに狙われちゃってます。

どうやら恨みを買っちゃったようですねーこれは地の果てまで追いかけてくるんじゃないでしょうかね

がんばれ45姉!いつか妹に会える日まで!


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野盗

バッテリー残量――37%。

 

 街の外に出ると、やはりと言うべきか人形の残骸はほとんど見当たらなかった。

 

 見つかったとしても、それらは雨ざらしにでもなったのだろう、部品のほとんどが故障していて、使い物にならないものばかりだ。人形は完全防水であることは常識の範疇だが、さすがに体の至る所にまで破損箇所があるような人形が防水するという保証はない。

 

 さらに45が予備のバッテリーも使い切ってしまった場合、彼女が追加で充電するのは厳しいだろう。

 

 予備のバッテリーも二本程度。しかもそれらが100%の電力を溜め込んでいるはずがないし、時間が経てばバッテリーは放電してしまうため、彼女がフル充電できる確率は低いだろう。

 

 よって、彼女は早急に自分の充電ができる何か、もしくは拠点を見つけなければならない。

 

 だが彼女は記憶が曖昧だ。狙撃され急いで逃げたこともあって、ここ一帯の知識は何一つ持っていないし調べてもいない。近くに他の街があったとしても、45がそこにたどり着くためには相当の運が必要になること間違いなしである。

 

「どうせなら長期的に隠れられる場所を見つけたいけど、まあ無理ね」

 

 背の低い、一階建てか二階建てほどの建物が連立する、整備の行き届いていない道を歩きながら彼女は呟く。

 

 以前は街の郊外か何かだったのだろう。所々に舗装されていない、雑草が生い茂る地面が露出している。街灯も先程の街ほどではないが配置されている。しかし光はついていないため、この辺りにも電気が通っていないだろうということが分かった。

 

 理想は、誰にも見つからないかつ充電ができる場所。前者はともかく、電気がないこの街では後者は不可能に近い。

 

 そのため近くの家などに篭ったとしても、いずれはバッテリー切れになって物言わぬ骸になってしまうだろう。物資も既に一、二軒ほど漁ってはいるが、だいぶ古そうな弾薬以外はめぼしいものは見つからなかった。

 

 とは言っても、古い弾薬も放棄してきた。あまりにも古い弾薬は雷管が劣化していることがあり、火薬に上手く着火しないことがあるのだ。これらは俗に言う不発弾というものである。

 

 曖昧な記憶の中でも、こんな豆知識じみたことは思い出せた。自分はもっと、大切なことを思い出したいというのに。

 

「――そろそろ夜明けね」

 

 大きな街から逃げて歩き続けた45。気付かぬうちに、空が橙色に染まり始めた。

 

 今まで自分を隠してくれた闇夜は、太陽によってうち払われてしまうだろう。被発見率は格段に上がる。もちろん、自分を狙う者に対してもだ。

 

 あの暗闇から自分を見つけてきたほどの実力だ。狙われているにせよ狙われていないにせよ、今まで以上に慎重にならなければならない。恐れるべきなのだ。

 

 45は迷う。また夜になるのを待つか。日が昇っているうちに行動するのは、自分を危険に晒すことになる。

 

「――いいや、それじゃあ……」

 

 ダメだ。そう言おうとして、彼女ははっと息を潜めた。

 

 遠くからエンジン音がする。しかもそれは、だんだんとこちらへ近付いてきていた。

 

 様々なリスクを考え、45は慌てて近くの家の裏へ。もっといい隠れ場所があったかもしれないが、今の彼女には探す時間はなかった。

 

 そしてしばらくしないうちに、そのエンジン音は彼女の近くに止まった。

 

 ドアを開け閉めする音が何度か続くと、

 

「おい、本当にいたんだろうな?」

 

「間違いねぇよ。茶髪でワイシャツで腕が片方壊れてる、こんな特徴が言えるってことは見たってことだ」

 

 複数人の男の声が聞こえた。

 

「っ……!」

 

 間違いない。この男たちは自分を狙っている。そう考えた45は、家の裏でしゃがんで銃のグリップをしっかりと握った。

 

 一体いつの間に見つかったのか。45は極力隠れながら移動してきたつもりだが、彼らにはそれを見つけるほどの能力があるということ。となると、街で狙撃をしてきたのは彼らなのではないか。45は思考をめぐらせる。

 

 ならば見つかれば無事では済まないだろう。

 

「おい、いねぇぞ!やっぱお前の見間違いじゃねーのか?」

 

「いや、絶対いる!神に誓っていいぜ!」

 

「ほーん、言ったな?じゃあいなかったら一杯奢れよ」

 

 彼女の周囲で色々な音がする。男たちの足音や、扉が開け放たれる音。道にあったゴミ箱を開ける音、発砲音まで。それらが聞こえるたび、音は段々と近づいて来ているのが分かった。

 

 音が近づいてきているということは、彼らは45の居場所に近づいているのと同じだ。もしかすると、このまま彼女は見つかってしまうかもしれない。

 

 ならば、見つかる前に突破するべきかもしれない。持っている銃を使って不意打ちすれば、簡単に一人や二人倒せるはずだ。

 

 目覚めてから初めての発砲になるが、なんとか扱えるだろう。彼女には少しの自信があった。

 

「全然見つからねぇ。お前の言う通りならあとこの家だけだぞ」

 

「確かに見たんだよなぁ。逃げちまったのかも」

 

「はぁ!?じゃあ俺ら無駄足だってのかよ?燃料の無駄だぜ全くよぉ!」

 

 そうこうしているうちに、男たちはこの家に目をつけてしまったようだ。

 

 決断の時である。大人しくここで息をひそめているか、それとも強引に突破するか。

 

「……やるしかない」

 

 彼女は音を立てないよう慎重に立ち上がった。右手で銃をしっかりと握り直し、ストックを肩に押し付ける。戦うという決意をしたのだ。

 

 45は深呼吸をして、いざ振り返ろうとしたとき、

 

「見っつけたぁ!」

 

「――っ!?」

 

 男が後ろから突然45の左肩を掴んだ。

 

 驚いた45は飛び下がった勢いで手を振り払い、そのまま銃口を男に向ける。

 

「うわっクソッ!」

 

 男は反射的に45に突進する。

 

 彼の身体は45を容易に吹き飛ばし、その勢いで彼女は訳も分からず引き金を引いた。

 

 数秒にわたり発砲音が響く。放たれた弾丸は全て空を切り、薬莢が地面に散乱する。

 

「てめぇ!」

 

「ひあっ!?やめろっ、離して!」

 

「離すわけねぇだろ!こっちが危ねぇんだよ!」

 

 そのまま男は空になった銃を払い落として45に馬乗りになり、彼女の両腕を抑えつけた。

 

「おい大丈夫か?」

 

「俺は大丈夫だ、それよりもこいつをさっさと縛り上げろ!」

 

 彼らのうち一人が荷物からロープを取り出すと、馬乗りになっている男が45をうつ伏せにさせる。

 

 やけに手慣れた手つきで45を後ろ手に拘束し、ついでに両足も繋ぐと、ようやく男たちは彼女から手を離す。

 

「ぐっ……このっ」

 

「一時はどうなることかと思ったぜ」

 

「銃声が聞こえた時は戦慄したよ俺も」

 

 あっという間に身動きを取れなくされてしまった45。なんとか足掻くも、弱っている彼女の力では、どうやってもこの縄を外すことは出来そうにない。

 

「な?いただろ」

 

「マジでいるなんてな……。よく見つけたな」

 

「とりあえず持って帰るぞ」

 

 そう言うと男は45をひょいと持ち上げ、肩で担ぐ。腕にがっちりとホールドされ、さらに動けなくなってしまう。

 

 男たちは歩き始める。恐らく、このままどこかに連れていくつもりなのだろう。

 

 誰か助けて。そう願っても、正義の味方が現れるはずもなく、無情にも担がれ連れていかれるのみだった。

 

 そして、歩き始めてから数分。彼らのうちの一人が口を開く。

 

「それにしても……、こいつをそのままバラして売るのは――もったいねぇな」

 

 その言葉に、45は目を丸くした。

 

「バラす……?売る!?どういうこと!?」

 

「うっせぇなあ、黙ってろ!」

 

「かはっ!?」

 

 男は45を地面に叩きつけると、ロープで彼女の口に猿ぐつわを施した。

 

「〜~ッ!〜~!」

 

「いくらか静かになったな。で、どうするんだっけか」

 

「まあ、こいつを“なんにもせずに”売るのはもったいねぇだろ?だから、やるんだよ。――ヤるんだよ」

 

 男たちの間で囃し立てるような歓声があがった。

 

「ここらへんを歩いてるような人形なんて、まともなやつはいねぇ。それに比べて、こいつはまあまあいける口じゃねぇか?」

 

「分かるわ。ちっと顔に傷がついてるのは気に食わねぇけど、まあ当たりの部類だな」

 

「どうせ“分解”すんのには変わりねぇし、いっそヤっちまうか!」

 

「そうだな!こいつに危ねぇ思いさせられたばっかだし、鬱憤ばらしはこいつでさせてもらうとするか、なぁ?」

 

 彼らが下品な笑いをうかべる。それらを、45は地面に這いつくばって聞いていることしか出来なかった。

 

 彼らは野盗だ。話を聞く限り、45をそうしたように人形を拉致し、そして分解して売り払う闇商売をしているのだろう。

 

 そして、今の45にとっては、彼らは強姦魔でもあった。男たちは今もいやらしい目で45を見下ろし、いつ襲いかかってきてもおかしくない。

 

 この抵抗のできない現実に、彼女は身をふるわせる。

 

 絶望で彼女は満たされていた。もう死は確定したようなもので、そのうえ汚されようともしているのだ。

 

 昨日見たあの希望の光も、今では全て消えてしまっている。当たり前だ、この状況なら誰であっても希望など持てるはずがない。

 

 そこまで考えると、45は頬に涙を一筋流し脱力した。抵抗するのをやめてしまったのだ。

 

「おいおい、泣いてるぜ?」

 

「可哀想になぁ。ま、そうなるのも仕方ない」

 

 その姿を見た男たちは一斉に笑った。

 

 そして男が45を担ぎ上げ、また歩こうとし始めた時、

 

 ――近くから、耳を塞ぎたくなるような爆音が連続した。

 

「ぐわっ!?」

 

「なんだっ!?」

 

 轟音のした方から熱風が吹き込む。彼らは突然のことに全員立ち止まると、急に一人が叫ぶ。

 

「おっ、おい!あれを見ろよ!」

 

「……嘘だろ?」

 

「なんでだよ!」

 

 彼らが見る方向を45が頭を上げて覗くと、そこには大破した装甲車だったものがあった。

 

 ある程度の弾なら弾き返す強固な装甲をもった車両が、目の前で無残にバラバラになっていた。破片を周囲に撒き散らしているにもかかわらず、装甲車であるということが分かる程度に形が残っていただけでも奇跡である。

 

「だ、誰だこんなことしたやつは……!」

 

「おい、どうやって帰るんだよ!」

 

「知らねぇよ!」

 

 先程までの威勢はどこへいったのか、彼らは全員焦り落ち着きを失い、今にも仲間割れを起こしそうな雰囲気である。

 

「がっ!?」

 

「おいどうした――ぎゃあっ!」

 

 すると、男たちは次々に銃声と血と共に倒れていく。生き残った全員が発砲音の方向を向くと、一人が絶叫する。

 

「な、なんで……!なんで“鉄血”がいるんだよッ!」

 

「この時間帯はいないはずなんじゃないのかよ!?」

 

「クソッ、騙された!」

 

 そう言うと、男たちは我先にと散り散りに逃げ出す。45は忘れたかのように放棄していく。

 

 遠くから、ポンッポンッと気の抜けた音が連続する。すると次の瞬間、

 

 ――走り去っていく男たちを中心に、まるで絨毯爆撃のように爆炎が上がったのだ。

 

「助けてくれ、助けてく――」

 

「嫌だぁ!死にたくねぇ!嫌だぁぁぁ――」

 

 彼らは口々に叫び声をあげ、まるで塵のように吹き飛んでいく。燃え盛る大地に、生命への冒涜のような光景がそこには広がっていた。

 

 そんな地獄を目の辺りにした45は、自分も今からこうやって死ぬのではないかと想像し、全身の身の毛がよだつような感覚を味わっていた。

 

「大したことないじゃん。こんなところに堂々と車停めてるから、もしかしてエリートでもいるのかと思っちゃった」

 

 突如、45の後ろ側から幼い少女の声が聞こえてくる。

 

 何かと思って振り向くと、そこには戦場の風景には似合わない、可憐な少女が立っていた。

 

 だが、全身黒と白の色調は異様そのものであり、腰から生え出た二門のグレネードランチャーは、彼女にこの場に立つ資格を与えていた。

 

 まるで食物連鎖のような光景だった。45のように弱きものは強きものに負け、その彼らも更なる強者に蹂躙される。

 

 45にとっての野盗があの男たちだったとするならば、その男たちにとっての野盗はこの少女だろう。――彼女が奪ったのは、多くの生命であるが。

 

 自分も今からああやって惨めに砕け散るのだろう。そう覚悟を決めた45は、もがくこともせずにゆっくりとまぶたを閉じた。

 

「……えっ?」

 

 だが少女の素っ頓狂な声が聞こえ、気になった45はつい目を開けてしまう。

 

 そして少女の次の言葉に、心底驚愕することになる。

 

「まさか……UMP45!?」

 

「うえっ……?」

 

 彼女は目をぱちくりとさせる。

 

 自分の名前など、目覚めてから誰にも話していない。ましてや、この少女とはあった記憶もない。つまりは――。

 

「ひふぃふぁい?」

 

 知り合い?45は猿ぐつわされた口で呟く。

 

 この少女は、彼女のことを知る貴重な人物かもしれないのだ。

 

 45は期待に充ちた目で少女を見上げた。




毎回すんでの所で命を拾ってますね。豪運ですねー(棒読み)。
なんか自分の名前を看破したグレネードランチャー少女と出会った、ほぼ記憶喪失45ですが、果たして彼女はどうなってしまうのでしょうか!


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Are you “Friend”?

「ねぇっ、ねぇドリーマー!」

 

 目の前のモノクロ少女は片耳を押さえる。まるで誰かと話しているかのように喋り始めた。

 

 これは無線機の類を使っているのだろう。45はそう推測した。

 

「目の前に……えっと、多分UMP45っぽいのが転がってるんだけど」

 

 彼女がUMP45と言ったところで、45は激しくうなずく。発言しようとしたが、猿轡のせいでまともに声を出すことが出来ない。

 

「あー、多分じゃなくて本人みたい。こいつがすっごくうなずいてるし」

 

 上手く伝わったようだ。

 

「……え?おかしい?何で?だって現に私の目の前にいるのに」

 

 すると、無線の相手と話が噛み合わないのか、段々と話の雲行きが怪しくなっていくように感じる。

 

 やがて会話は口論になり、辺り一帯には少女の怒声が響く――のもつかの間、彼女は会話相手に言いくるめられたのか、あっという間に少女は静かになってしまった。

 

「もういいし。信じてくれないなら、持ってくから!」

 

 最後に少女はそう言い捨てると、片耳から手を離した。

 

 これまでの会話から、間違いなく彼女は45を知る者だろう。それも、恐らく詳しくだ。

 

 彼女の記憶には全くこの少女の姿はないのだが、今は彼女を頼るしかない。知り合いとの会合など、滅多にない偶然なのだろうから。

 

「とりあえず……、ドラグーン!」

 

「はっ!」

 

 少女が呼び掛けると、後ろから部下と思わしき者の一人が前に出る。

 

 二足歩行の機械の上に立ち、目元を紫色のマスクで覆ったその女性は、どこか凛々しく、歴戦の戦士かのような印象を与える。

 

 今の自分が彼女と戦えば、確実に負けてしまいそうだ。45はそう感じた。

 

「こいつの口元の縄を切ってやって」

 

「了解です」

 

 ドラグーンは右ももからナイフを抜くと、慣れた手つきで縄を切り落とした。

 

「ぷはっ……。――助かったわ」

 

「はぁ?助かった?ふざけてるの?」

 

「えっ?」

 

 縄を切ってもらい、ほとんど無意識に礼を言うと、モノクロ少女はドラグーンの隣から呆れたような声を出した。

 

 45は困惑から思考が止まった。そしてまたすぐに考え出す。記憶を失う前の私は、礼を言わない人物だったのか?または、この少女とは険悪な関係だったのか?考えれば考えるほど混乱してしまう。いや、そもそも記憶が無いのだ。考えるのも無駄だろう。

 

「ふざけてるって、どうして?」

 

 ならば聞くしかない。質問してこそ、分からないことへの答えを得ることが出来るのだ。

 

「どうしてって……。こんな近くに私がいるのに、怖くないの?」

 

「怖い?……まあ、ああやっていとも簡単に人を吹き飛ばせば怖いわよ」

 

「それもそうだけど、私が聞きたいのは……私自身のことが怖くないのかって話。目の前には鉄血のハイエンドモデルがいるのに、怖くないわけないでしょ?」

 

「……よく分からないし、怖いとは思えないわ。それより、その――」

 

 45は言葉を一瞬詰まらせた。今までのことを正直に話すべきか否か、と。彼女は信頼に足る人物なのだろうか?もし本当にこの少女との関係が険悪なものだったとしたならば、記憶が無いということに付け込まれて大変なことに巻き込まれてしまう可能性がある。

 

 だが、前にも述べた通り、知り合いとの会合は偶然のことだ。もしこのチャンスを逃そうものなら、次は二度とやってこないかもしれない。

 

「その?」

 

 少女が問いかけた。

 

 45は賭ける。事情を話せば、彼女は協力してくれるかもしれないということに。

 

「その、実は私、記憶があやふやなの」

 

「は?嘘だぁ。そうやってまた私のことを騙そうとしてるんでしょ」

 

「本当よ。信じられないなら調べればいい。それに、私があなたの事を怖いと思う理由がないのは、きっと記憶が曖昧なせいじゃない?」

 

「うっ……。確かにそうかも」

 

 案外簡単に信じてもらえたようだ。記憶が曖昧だなんて、普通に考えれば信じ難いだろう。だがそれをいち早く把握出来たということは、もしかするとこの少女は優秀なのかもしれない。

 

「と、とりあえず。その記憶なんかを調べたいのもあるし、一緒に来てもらうわよ」

 

 そういうと彼女は45のロープでつながれた部分、右手首と左の二の腕を掴み、軽々と持ち上げる。

 

「ちょっと、この態勢辛いんだけど、せめて腕のロープも切ってくれない?」

 

「嫌よ、絶対に!そういって逃げようって思ってるんでしょ!」

 

「いや、そういうつもりはないけど……」

 

 この態勢だと右肩を無理に曲げているため、かなり大変だ。そのため45は両腕を開放するよう要求したが、却下されてしまった。

 

 そして彼女の警戒心もひしひしと伝わってくる。間違いなく、記憶を失う前は仲が悪かったのだろうと45は察した。

 

「乗せて。さっさと帰るわよ」

 

「はっ」

 

 少女は45を右腕で抱えたまま、ドラグーンの手を借りて機械の上に立った。そして周りの部下たちに何か命令すると、彼女らは隊列を組んで進み始めた。

 

 ――そして、轟音が鳴り響く。

 

「ッ!どこから!?」

 

「四時の方向!敵影確認できません!」

 

 少女は慌てて機体から飛び降りる。

 

 銃というものはある程度発砲音に特徴があるものだ。そして45にはこの音に聞き覚えがあった。

 

 街で狙撃された時。その時の銃声に非常に良く似ているのだ。

 

 まさか今度はこの少女ごと撃ち殺そうと言うのだろうか?45は戦慄する。

 

「やっぱ囮だったんでしょ!」

 

「心外よ!私は過去にこの銃声に撃たれてる!」

 

「はぁ?はぁ!?もう訳わかんない!」

 

 突然背中に強烈な振動が走り、金属音が鳴り響く。それと同時に地面に放り出された。

 

 続いて先程と同じ方向から銃声が轟く。

 

 地面に転げ落ちはしたものの、背中に痛みはないので撃たれたわけではないようだ。

 

「いっだぁぁぁぁっ!」

 

 身を捩り少女を見ると、彼女は右腕を抑え苦しんでいた。だがあれだけの衝撃を受けておいて、傷はあるが欠損は見られなかった。やはり彼女は人間ではない。

 

 だがこのままでは為す術なく鉛玉を喰らってしまう。何とかしようと辺りを見回すが、拘束されている今の状況では恐らく何も出来ないだろう。

 

 ならば取るべき行動はただ一つ。

 

「ちょっ、何してるのよ!」

 

「そっちの方が頑丈なんだから盾になってよ!私が撃たれれば即死よ、即死!」

 

 45は器用に地面を転がると、少女の後ろに隠れた。防壁にしたのだ。

 

「私だって急所に当たればただじゃ済まないし!あぁもう、ドリーマーっ!何してるのよーっ!」

 

 そこにツッコミを入れるかのように追撃が飛来する。甲高い音が鳴った通り、弾はこの少女に吸収された。

 

「ぎゃはぁぁっ!?」

 

 胸を強大なエネルギーで弾かれたおかげで、それを受け止めた身体が後ろに倒れる。それを見かねたドラグーンの一人が少女の元に駆け寄った。

 

「敵の位置が分からない以上、ここは撤退しましょう!敵は正確にあなたを撃ち抜いてきますので、これ以上は危険です!」

 

「えっ、でもUMP45を回収しないと」

 

「敵の狙いは恐らくあの人形の奪還です!あれを持って逃げようものなら更に危険でしょう。今回は少数ゆえ、次回は人員を増や――」

 

 最後まで言う前に、ドラグーンは頭蓋を横から穿たれた。彼女は全身の力を失い、地球の引力に引き込まれる。あっけなく彼女は死したのだ。

 

「うっ……。クソッ、撤退よ!」

 

 それを見て決心したのか、モノクロ少女は振り向き味方に対し叫ぶ。それに従い、彼女たちは乗っている機体であっという間に走り去っていく。

 

「今度は許さないから!」

 

 少女は45に対しそう言い捨てると、最後まで残っていたドラグーンの機体に同乗し、蛇行しながら去っていった。

 

 遠ざかっていく足音を見送っていると、45の目の前の地面が爆ぜる。

 

 五発目。反響する五度目の銃声がそれを知らせた。

 

 ここから離脱するのに失敗した以上、とりあえずは安全な場所に身を隠さねば。45は次の弾が放たれる前に死に物狂いで近くの廃車を目指した。

 

 走ればすぐの距離が、焦りとともに這い転がる今では永遠の距離にさえ感じられる。

 

 あと数メートルの距離。力を振り絞り、全力で這う。

 

 だがこんな鈍い標的など、ただの的にしか過ぎない。

 

「がッ……ぁッ!?」

 

 45の右側腹部に破滅的な痛みが走ったかと思うと、すぐに遠くから発砲音が聞こえてくる。

 

 あぁ、遂に私、撃たれたんだ。

 

 45は激痛に悶えつつも妙に納得しながらうずくまる。

 

 ――私、もう死ぬのかな。

 

 思えば目覚めてからは短く、そして不幸な日々だった。

 

 バッテリーは常に枯渇し、罪のない人形を手に掛け、常に狙撃の脅威に晒され、その上人間に襲われた挙句自分の記憶についての手掛かりも早々に失い。

 

 最後には撃たれた。これから無様に死体を晒すのだろう。

 

 何故だろうか。自然と目から涙がこぼれる。あの時不意に思い出した妹のことすら、何も知れていないのに。絶望の淵に差し込んだ希望の光さえ、まだ掴んですらいないのに。

 

 思えば既に破損した腕からは音も光もほとんど出ていなかった。これが光を灯さなくなったときが彼女の終着点であると言ったが、その終わりの時は今訪れるのかもしれない。

 

 徐々に意識が薄れていく。手足を縛られている今では、バッテリーの充填も行えない。45に出来ることは、ここで横たわりながら死を待つだけだった。

 

 抗おうとしても抗えない事実。いずれ訪れる死。少しずつ重くなっていく目蓋を必死に開こうとしつつも、先に頭の方が限界を迎える。

 

 涙を溢れさせながら、やがて45は意識を手放した。

 

 遠くから近づいてくる足音に気づくこともできずに。




“friend”には複数の意味があります。
一つは友達。
もうひとつは、「味方」です。

まあ何が言いたいかって言うと
「お前知り合いなん?ていうかそもそも味方なんか?」
ってことですね。はい(投げやり)

あと前回から更新がだいぶ空いてしまいました。
リアル多忙だったんです!!!!謝罪!!!!(許して)


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「があぁッ!?」

 

 嬲られ続けた。

 

「ぐっ、ううッ……!」

 

 ただひたすら、苦痛と恐怖を味わい続けた。

 

 何も無い虚空の空間で、ただ一人。

 

 全身をバラバラにされるような感覚。まるで滅茶苦茶なスクラップに加工されているかのよう。

 

 痛い。痛い。痛い。いたい。いたい。いたい。

 

 襲いくる痛みを受け止める度に、彼女の心は崩れていく。

 

 一体この痛みの正体は何なのか。真っ暗な世界の中で考える。

 

 ――ああ、おかしいな。何も分からない。

 

 思い出せないんじゃない。分からないんだ。

 

 些細な記憶さえ、自分が誰かさえ。私には何も。

 

「あ゛  がッぁ  あ゛ ぁ !」

 

 ただ嬲られ続ける。

 

 ただ無意味に。

 

 ただ痛いだけ。

 

 頭の中を焼かれるような感覚が続いているのに、意識は一向に遠のく気配がない。

 

 もう身体はこんなにも悲鳴を上げているのに。心はもう、何度も折れているというのに。

 

 そしてやっと一つ気が付く。

 

「そっか。私、もう死んじゃってるんだ」

 

 永遠にも一瞬にも思える苦しみの中で一つ、自分の体が無いたいう矛盾に気がついたのだ。

 

 どれだけ見下ろしても、痛みを感じるための身体が無い。

 

「ふふふっ」

 

 この矛盾に焼ききれた頭が処理落ちし始め、自然と笑みがこぼれる。

 

「ははっ」

 

 何が一体、どうなっているのか。困惑を超えて、もはや何も感じない。

 

「――」

 

 それでも、痛いのに変わりはない。

 

 撃たれているような刺されているような焼かれているような斬られているようなかじられているような潰されているような窒息しているような引き裂かれているような内側から食い破られているような。

 

 この世の狂気恐怖苦しみ全てを煮詰めたような感覚。それだけが延々と続く。

 

 感覚は飽和すると何も感じなくなるものだ。それは痛みも例外ではなかった。

 

「45姉っ、――がやられた!」

 

 突然視界に、鮮明な映像が映り込んできた。

 

「仕方ない、放棄して進みましょう」

 

 どうやら自分は地面に伏せているようで、身体は指先すら動かすこともできない。

 

 目の前に映るのは、二人の少女。

 

 そしてそのうちの一人は、

 

 

 

 ――まさに、自分自身だった。

 

「ひっ」

 

 自分を冷酷に見下ろす自分に、吐き出しそうな程の嫌悪感を感じる。

 

「いや」

 

 自分が二人いるという非現実。自分を放棄するという狂気。

 

「ああ」

 

 彼女は目の前の自分を必死に否定する。あれは私ではない。偽物だ。私を模倣する、ロボットか何かだ。

 

「ああぁ」

 

 それでも拭えない違和感。何よりも恐ろしいのが、彼女が自分をゴミとしか思っていないということ。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!」

 

 その違和感に耐えられず、いつの間にか右手に握っていた銃で自分を撃っていた。

 

 空気の抜けるような腑抜けた音が響くと共に、目の前の自分が鉛玉を受けて倒れていく。

 

「消えろッ、消えろッ!」

 

 先程まで動かなかったのが嘘かのように身体を起こし、彼女は彼女を撃ち、踏み潰し、刺し殺し、引き裂き、嬲り続ける。

 

 自分を見下ろしていたあの冷酷な瞳を払拭するため、全身をスクラップにさせる。

 

 そうして狂ったようにそれを続けていると、不意に後ろから声を掛けられた。

 

「ふふっ。無様ね。偽物が偽物を壊すなんて」

 

「ッ!?」

 

 振り向いたその先には、確かに今殺したはずの自分が立っていた。

 

 不敵な笑みを浮かべ、そして表情には確かにあの冷酷な眼差しがあった。

 

「破損したダミーごときが自分の意思なんか持っちゃうなんて。全くどういうバグなのかしら」

 

「何……?何なの、さっきから私のことを知ったように話して!お前は誰なの!?」

 

「そんなこと、そっちが一番分かってる事じゃない?」

 

 そう言うと目の前の自分は銃を構える。

 

「私はUMP45。これでいいかしら、UMP45-2?」

 

「は――」

 

 銃の先端が光ったかと思うと、それから映像はピタリと止んだ。

 

 

 

 

[FATAL ERROR]

 

[FATAL ERROR]

 

[ERROR]

 

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問題が修復されました。再起動します。



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破綻者

なんか評価バーが赤くなってモチベが上がった筆者です
(プレッシャー掛かって辛いから)やめろォ(建前)ナイスぅ!(本音)


 やった。

 

 遂に当てた。

 

 あの忌々しい悪魔の脇腹に、最後の一発を確かに命中させてやった。

 

 彼女はスコープ越しにその事実を確認して、にぃっと口角を上げた。

 

 弾倉を入れ換えながら、その狙撃手は立ち上がった。悪魔の無様な姿を見ようと、薬室に弾を送り込んでから歩き出す。

 

 かつての友を八つ裂きにし、綺麗だった身体をぐしゃぐしゃにされた仇を、今とったのだ。あれだけの質量体を身体に受けたのだ、生きているはずがないだろう。

 

 本当なら、生きているうちにあいつが味わせた苦しみをそのままそっくり返してやりたい。彼女はそれが出来ないだろうということを悔やむ。

 

 だが今は息絶えた姿を確認することが先だ。その後、死骸を好きなように蹂躙してやればいい。

 

 数百メートルの距離を歩き終え、あの人形が隠れようとしていた車を探す。

 

「――見つけた」

 

 彼女の目の前に、あの時街で撃ち逃した悪魔が横たわっていた。身体をぴくりとも動かさず、うつ伏せでうずくまった状態で。

 

 その瞬間、彼女は計り知れない優越感と達成感に包み込まれた。

 

 いつも遠距離射撃を滅多に命中させられなかった自分。ライフルカテゴリの人形として失格の成績だった。その自分が、最後のチャンスで仕留めた獲物。自分の力が発揮できたことに喜びを覚える。

 

 バチッ。

 

「――?」

 

 ふと鳴った音に、彼女は辺りを見回した。

 

 バチッ。

 

 もう一度鳴った音。今度はどこから鳴ったのかは見当がついた。

 

 “こいつ”だ。こいつの破損箇所から、音は出ていたのだ。機能停止したと見られていたこの悪魔は、まだ息があった。

 

 それがわかった途端、彼女は怒りに飲み込まれた。

 

 お前は容易く理不尽に命を奪ったくせに、奪った張本人はまだしぶとく生きるつもりなのか?

 

「――そんなの、許せない!」

 

 衝動的に“こいつ”を掴み、仰向けにすると、そのまま彼女は馬乗りになる。

 

「起きろ、さっさと起きろ!まだ生きてるってなら、起きなさい!」

 

 そう言いながら、彼女は全力で悪魔の顔面を殴り始めた。

 

 右。左。右。左。交互に続くその暴力は、今にも頭のフレームをかち割ってしまってもおかしくない程の勢いだ。

 

「あんたに罪を償わせてやる!あいつを殺したこと、後悔しながら殺してやる!だからまずは、目を覚まして怯えて見せろ!」

 

 全力で、彼女の出せる出力の限界で。だが悪魔の顔にはひび一つ入らず、また目蓋を開けることもなかった。

 

 人形とはいえ、外部からこれだけの攻撃を受ければ何かしら反応を返すはずだ。自己防衛や痛覚センサーによる痙攣。しかしそれすらないとなると、もはや不気味に思えてくる。

 

 ――もしかしてもう中身は壊れきってる?

 

 そう思った彼女は、あそこまで滾っていた憤怒も冷め、握っていた拳も緩めた。

 

「……なら、せめてあんたが殺めた、あいつと同じ格好になってくたばりなさい」

 

 そう言うと彼女はスリングで吊っていた銃を握って、狙いを相手の腹部に狙いを付ける。

 

 あの時、彼女が到着した時には、友は腹をぱっくりと開けられて力尽きていた。おぞましい拷問でいたぶられたのだろう。当時の事を思い出すと今でも憎悪の感情が湧き出してくる。

 

 その時感じたのだ。これを行った“こいつ”は、メンタルすら持たない、悪魔なのだと。

 

 だがどうだ。その悪魔は鉄血に捕まり拘束されたあと、今こうやって無惨に斃れている。

 

 改めて思い返してみれば何て滑稽なのだろうか。自業自得、自分のした事で身を滅ぼしたのだ。

 

「せめて苦しんでるところは見たかったけど、全身ぐちゃぐちゃにするので我慢してやるわ」

 

 再度、彼女は得物を構え直す。

 

 引き金に指をかけ、ふーっと息を吐き、

 

 そして目の前の車のボディがへこんだのを見て振り向いた。

 

「やはり、あなたでしたか」

 

「……ッ!」

 

 目を合わせることも無く彼女が刺客に反撃する。しかし相手は悠々とその放たれた弾丸を回避すると、代わりに一発だけ右手の銃を放った。

 

 ぷしゅっと銃火器らしくない音とともに放たれた弾丸は、確かに彼女の頭を貫く。

 

 そのはずだった。

 

「……」

 

「お元気そうですね、WA2000」

 

「なんで……ウェルロッド」

 

 WA2000。“彼女”は、ただ呆然と立ちつくしていた。

 

 ウェルロッドと呼ばれた少女が放った一撃。それは間違いなくWAの眉間を捉えており、そして同時に彼女は死を覚悟した。

 

 だが外れた。いや、“外した”のだ。

 

「あなたは今、何故、という顔をしていますね」

 

「――当たり前でしょ。あんたはいつでも私を撃てたはず。なのに何で」

 

「簡単なことです。さすがの私にも、元とはいえ仲間は倒せません。ただそれだけです」

 

 そういうとウェルロッドは両手の銃のボルトを器用に引いて、薬室に弾を送った。

 

 それを見てWAは銃を構える。だがそれでもウェルロッドは余裕の表情を崩さなかった。

 

「基地から離反してからというものの、どこへ行ったのかと思っていましたが、まさかこんな所にいたなんて」

 

「何をしようが私の勝手でしょ。私は落ちこぼれ、誰にも必要とされてないんだから。……あいつ以外には」

 

 そう言うとWAは歯を食いしばり、後ろに倒れている悪魔を横目で見た。

 

「こいつさえ……こいつさえいなければ!あいつは私が助けてあげられたのに!」

 

 再度WAは銃を構えた。かなり感情的になっていて、今すぐにでもそこに倒れているのを撃ってしまいそうなほどだ。

 

「やめてください。そんなことをされたら、私はあなたに危害を加えることになる」

 

「……ッ、何よ。あんたは関係ないでしょ!放っておきなさいよ!」

 

「放っておけません!もう私は、私の目の前で誰かが死ぬのを見たくはない。それは、人間でも人形でも同じです」

 

「その死ぬのが犯罪者であっても?鉄血であってもそう言うの!?」

 

 ウェルロッドは目を閉じながら、うつむいた。

 

「……はい」

 

「――狂ってる。そんなの、戦術人形としてあっちゃならないことじゃない!」

 

 WAが半狂乱でそう叫ぶと、ウェルロッドはそれを見てどうしようもなくはにかみながら言う。

 

「そう、狂っている。私も、あなたも、恐らくはそこの彼女も――」

 

 

 

「破綻しているんですよ。人間として見ても、ただタスクをこなす人形として見ても」

 

 私も、狂っている?

 

「ちがっ……私は、破綻してなんか」

 

 ウェルロッドの言葉に動揺した瞬間、二度の腑抜けた音と共に突如周りから白煙が立ちのぼる。

 

 発生源を見ると、無惨に割れた黒い缶が転がっている。恐らく発煙手榴弾の類で、ウェルロッドはそれを正確に撃ち抜き煙を発生させたのだ。

 

「あっ」

 

「ではお元気で。いつかは一緒に紅茶でも飲める仲になれればいいですね」

 

「そんなっ、それはあいつの仇なの!やめてっ、やめてウェルロッドッ!連れていかないで!」

 

 足音と、何かを引きずる音。それを聞いたWAは、きっとウェルロッドがあの悪魔を連れ去ろうとしているのだと悟った。

 

「ウェルロッドッ!許さない、絶対に!今度姿を現してみろ、殺してやる、ぶっ殺してやる!あんたも私の敵だ!」

 

 今度こそ、WAは狂乱しながら喚き散らす。だがそんな脅し文句で、ウェルロッドが足を止めるはずがない。

 

「ウェルロッドォォォッ!」

 

 足音のした方向へ闇雲に、装填された弾全てを撃ち込む。

 

「クソッ、クソッ、くたばれッ、クソッ!」

 

 だが、一発も当たった様子はない。彼女の命中精度の悪さは、ここでさえも発揮されたのだ。

 

「あああああああああああああああああぁぁぁぁ!」

 

 次に煙が晴れた時、

 

「うぐっ……あ……」

 

 そこにあったのは、膝を付き、ただ悔しさに顔を濡らすWA2000の姿だけだった。

 

「また、私は……何も、出来ずに――」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 バッテリー残量――86%。充電中。

 

「う……ぐっ……うぁ」

 

「おっと、大丈夫ですか?」

 

 痛みに眉をしかめつつも目覚めた45は、直後に誰かに声を掛けられ目を丸くした。

 

 何故かひりひりと痛む頬を右手でさすりつつ、仰向けの状態で声の主を探した。

 

「まだ無理に動かないでください。きっと痛みます」

 

「あなたは……」

 

「あと、左腕は直せませんでした。義手が必要で。ごめんなさい」

 

 彼女はすぐ隣に座っていた。

 

 短くまとめられた金髪を風になびかせながら、手には45にコードで繋がれたバッテリーを持っている。

 

「ウェルロッドMkIIです。気軽にウェルロッドとでも呼んでください。そちらの名前は?」

 

「え?えっと……」

 

 思い返してみれば、45が最初に目覚めてからまともに他人と他愛もない会話をしたのは初めてかもしれない。したとしても、一人は自分のエゴのために命を奪った人形。一人は強盗。一人はそもそも自分の名前を知っていた、よく素性の分からない少女。

 

 だからこそ、今なんとウェルロッドと名乗った少女と話していいのか分からなかった。

 

「ああ、まだ起きたばかりで混乱しているんですね。落ち着いたらで大丈夫ですよ」

 

「……UMP45。私の名前は、UMP45よ」

 

「――」

 

 目をぱちくりとさせながら、ウェルロッドがこちらを眺める。

 

「……では45さんと。よろしいですか?」

 

「……ええ。なんというか、それが一番呼ばれ慣れてる……気がするわ」

 

「気がする……というのは」

 

 ウェルロッドが首を傾げた。

 

 しまった、と思った。初めて出会う相手に、このままだと自分の経緯を説明しなければならなくなる。

 

 別にそれ自体は悪いことではないのだが、相手が信頼に足る人物でなければ後々大変なことになるような気がしているのだ。

 

 ――自分の身体をよく確認してみると、狙撃されて受けた傷が、簡単とはいえ修復されているのに気がついた。金属の骨格が露出さえしているが、確かに痛みは消えかけていた。

 

 45が驚いた顔でウェルロッドを見上げると、彼女は微笑みで返答した。修復は彼女がやったとみて間違いないだろう。

 

「……実は私、つい最近の記憶しかメモリーに残ってないの」

 

 その事が決め手となり、45は簡単ながらも今までの事を説明することにした。

 

 恐らく長い間眠っていたこと。葛藤と共に、一人の人形を手にかけたこと。それが原因で自分もまた命を狙われているであろうこと。探すべき妹がいること。モノクロ少女に出会い、もしかしたら彼女から何か情報が聞き出せたかもしれなかったこと。

 

 手短に、要点だけを抜き出して話した。

 

「――なるほど。ずいぶん、辛い道のりを歩いてきたのですね」

 

 それに、ウェルロッドは否定すること無く頷いてくれた。

 

 そして代わりにウェルロッドからは、

 

 45を狙っている人形は、“WA2000”と呼ばれるライフルカテゴリの人形であること。出会ったモノクロ少女は、十中八九“鉄血”の人形だろうということ。

 

 鉄血とは、人類を滅ぼそうとする暴走した人形達のことらしい。この世界にそういった存在があるという知識自体はあったのだが、その正体は一体何なのか、という肝心の記憶は抜けていた。

 

 もしその鉄血の人形に連れ去られていたなら、辛い拷問なりを受けていただろうとウェルロッドは語った。

 

 戦慄した。きっと味方だろうと思って接していたあの少女は、実は敵と呼べる存在だったなんて。無知というのは危険である。

 

 ここまで話をしていると、45の中にはウェルロッドに対する信頼感が湧くと共に、ある疑問が浮上した。

 

「どうしてあなたは、私を助けようなんて思ったの?こんな、赤の他人を」

 

 素朴な疑問だった。責め立てるでもなく情報収集でもなく、ただの質問。

 

 だがそれにも、ウェルロッドはすんなりと答えてくれた。

 

「昔は私、誰にでも救われる価値があるという訳では無い、と思ってたんです。恐らく昔の私だったら、死ぬと分かっていても、倒れていたあなたをそのまま素通りしていたでしょうね」

 

 彼女は一呼吸おき、少し目を震わせながらまた話し出す。

 

「でも、その後私を大きく変える出来事があって、やっぱりどんな人でも、死ぬってことだけは許せないと思うようになったんです」

 

「大きく変える出来事……?それは――」

 

「――言えません、それだけは。すみません」

 

 ウェルロッドの顔が急に曇ったのを見て、45はそれ以上追求するのをやめた。

 

 そしてそうやって話をしているうちに、45のバッテリーが満たされそうになっていることに気がついた。

 

「……あの、本当にありがとう。あなたは命の恩人よ」

 

「いえ。すべきことをしたまでです」

 

 45は身体を起こすと、ウェルロッドに丁寧に礼を述べた。彼女はそれに笑みで返す。

 

 ウェルロッドは持っていたバッテリーを45に託した。

 

「話を聞く限り、あなたはまた妹を探すのでしょう。きっと苦しい道程になります」

 

「分かってるわ。でも、私にはそれくらいしか目的がないの。むしろ目的がなくなったら、私は生きる意義を失ってしまうから」

 

「ええ。目的のため生きるというのは、素晴らしいことですから」

 

 そう言うと、ウェルロッドは羽織っていたジャケットを脱ぎ始めた。

 

「ですが、その格好で妹と会うというのは少々忍びないと思いますよ?」

 

「……そうかしら」

 

 思えば、自分の脇腹の部位は金属が丸出しになっていた。このまま誰かと会うというのは、まあ不審がる者もいないとは限らなかった。

 

「そうです。ですから、私のジャケットを差し上げましょう。これで少しはマシに見えるとは思いますよ」

 

「――いいの?こんなものもらって」

 

「大丈夫です。私は一応これでも軍属の人形。帰ればまた補給してもらえますから」

 

 そういいながら、ウェルロッドは45にジャケットを押し付けた。

 

「どうぞ」

 

「……」

 

 その押し付けられた際の笑みがあまりにも優しかったせいで、45は返す気が失せてしまった。

 

 おもむろに、彼女はジャケットを羽織りはじめる。

 

「……いいですね。とても似合ってますよ」

 

「そう……かな」

 

 サイズは意外にも丁度よく、以前着ていた上着と同じような感覚だった。違う点といえば、デザインと生地の硬さくらい、といったところだろうか。

 

 やがてウェルロッドの屈託のない笑顔につられ、45の顔にも自然も笑顔が浮かんでいた。

 

 ――目覚めてから、初めて笑ったかもしれない。

 

 ウェルロッドが立ち上がる。

 

「では私はこれで。またいつかお会い出来るといいですね」

 

「ええ。本当にありがとう。またいつか生きて会いましょう」

 

 その言葉に、ウェルロッドははにかみを返事として立ち去っていった。

 

 人格者とはまさにああいうのを言うのだろう。誰にでも手を差し伸べ、救い、施す。

 

 ここまでしてもらったのだ。彼女のためにも、生き続けなければならない。

 

 いつか見た妹の幻想を現実にするため。一人残された45は、また当てもなく歩き始めることにした。

 

 風に、黒のジャケットをはためかせながら。




やっと45姉にも希望の光がさし始めましたね。よかったね(他人事)

人って言うのは、見る者によって評価が愕然と変わるものなんですよね。
その人を悪く言う人もいれば、良く言う人もいる。そういうもんなんですよ。



ところで、私は今まで色んな小説サイトを転々としてきたわけなんですが(衝撃の新事実)、この作品みたいにまともに評価を貰えたのは割と初めてのことなのかもしれません。本当にありがとうございます。めっちゃうれしいです。


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商品に非ず、機械に非ず:前編

前回から一ヶ月以上も間が空いてしまいました……
主にバッジ集めたりチャンピオンリーグに出たりチャンピオンになったりバトルタワー周ったりワイルドエリア制覇してたりポケモン厳選したりしたんですお兄さん許して


 日も落ち始め、辺りがゆっくりと暗くなり始めた頃。

 

「うあっ」

 

 彼女は何かに足をつまづかせた。

 

 陽の光が失われる程、辺りは暗く、闇に包まれていく。その上、街から外れる度に足元には徐々に草が生い茂っていった。

 

 そのせいで、その草むらの中にあるはずの石やら倒木やらに気が付かなかったのだろう。夜の帳が隠すのは自分だけとは限らないのだ。

 

 バランスを崩し、45は前のめりに倒れ込む。地面に激突する前になんとか手を着こうとしたが、如何せん左腕が機能しないため、体を支えきることができない。

 

「あだっ」

 

 左肩から地面にぶつかり、その衝撃で思わず目を閉じる。

 

 そして当たり前に目蓋を開くと、彼女の目と鼻の先には虚ろな表情をした顔が据わっていた。

 

「ひっ!?」

 

 石でもなく木でもなく顔。その唐突な恐怖に、反射的に45は転がりながらも飛び下がった。

 

 動揺で落ち着かない心を何とか鎮めつつ、その顔の持ち主を注視する。

 

 腰から下、下半身を完全に消失させた人形の残骸。どこを見ても傷だらけで、見るも無惨な姿だった。

 

「散々ね……」

 

 どのような戦いに巻き込まれればこうなってしまうのだろうか。よく辺りを見渡すと、確かにそこには薬莢や銃の残骸、えぐれた地形など、壮絶な戦いの跡が残されていた。

 

 45のようにスパークを発生させている訳でもないので、この人形は確実に機能停止している。ならば、彼女にとってそれは罪を犯さずとも手に入る貴重な物資に過ぎなかった。

 

「それにしてもこの顔、なぜか見覚えがある気がする」

 

 ブーツナイフを引き抜こうとした時、ふと考えが彼女の頭をよぎった。

 

 その言葉の通り、45はこの人形の顔に既視感を感じていた。理由はわからない。何しろ目覚めてからこのような人形と接触したことはないのだ。

 

 45はその顔を近くでまじまじと眺める。

 

 茶色の長髪に黄色の髪留め。左目を縦に裂くかのような古傷。

 

 ――会ったことは無いはずなのに、確かにこの顔を知っている。

 

 その矛盾に、45は自分の髪を無造作に掻き乱しながら悩んだ。

 

「――そういえば、私の髪も茶色ね」

 

 どうでもいいような共通点。たまたま自分の髪を触ったことで、それに気がつく。

 

 だが本当にそれはどうでもいいことだ。自分の髪の毛のことなど、今は関係がない。

 

 そのはずだったのに。

 

「……嘘」

 

 自然と、彼女は自分の側頭部に手を伸ばしていた。

 

 そしてそこに当たり前のようにある四角いパーツ。まさかと思い髪からそれを引き抜くと、黄色の髪留めが視界に入ってきた。

 

 ――この人形のと全く同じ、髪留めが。

 

「なんで……?どういう……」

 

 この人形が羽織っている上着、それは以前WA2000に狙撃されたであろうとき、囮に使ったあの上着にそっくり、いやそのものであった。

 

 さらに言えば手にはめている手袋も全く同じ物であるし、ワイシャツを着ているというのも一致している。

 

 それ以外にも、不自然な程に共通点が多すぎるのだ。

 

 ここから考えて考え抜いて、彼女が出した結論。それは、

 

「これって、私……?」

 

 そう考えた瞬間、45は強烈な悪寒に襲われた。

 

 ――目の前にいるのが“私”?

 

 なら、自分は一体何?何者なの?

 

 いや、そんな、そもそも自分が二人いるなんてありえない。私の中に知らない機能でもあるのなら別だが、そんな記憶はない。

 

 思い返してみれば私は自分自身の顔を見たことがなかった。だから目の前の“私”が自分と別人と仮定したなら――。

 

「もしかして、これがナインなの……?」

 

 自分には“ナイン”という妹がいるのは分かっていた。

 

 妹という以上、自分と何かしら似ている部分があってもおかしくないはずだ。

 

 そして、目の前には共通点だらけの残骸が一つ。

 

「あ……あぁ……っ」

 

 もし本当にそれがナインなら、45は今までここ朽ち果てていた妹を求めてさまよっていたことになる。

 

 ほとんど憶測で考え、それがまだ妹と決まった訳でもないのにも関わらず、45は人形の前でぺたりと座り込み絶望に打ちひしがれていた。

 

「私は……わたしは、なんのために」

 

 ナインの為に、他人の命を奪ったのは。

 

 ナインの為に、あの人形の恨みを買ったのは。

 

 ナインの為に、ここまで生きてきたのは。

 

 ナインの為に、あの施しを受けたのは。

 

 全部、全部無駄だったのだろうか。

 

 ナインと会う。そんな儚い夢は、こんな形で終わってしまったのだろうか。

 

 そう思うだけで、45は頬に涙を流していた。

 

「もうこんなのじゃ、生きていく意味なんて――」

 

 心に差し込んでいた一筋の希望。それが今、思い込みかもしれない憂いによって覆い隠されていく。

 

 こんな不確定要素だけで簡単に心が折れてしまったのは、きっとこれまでの業のせいなのだろう。

 

 45はブーツに震える手を伸ばす。

 

 その先にあるのは鋭いナイフ。さっきまでは目の前の人形――妹のようなものを引き裂こうとしていたものを、今は自分の首に突き立てようとしているのだ。

 

 小さな金属音を立てながらナイフが鞘から抜かれる。

 

 剣先が細かく揺れる。不安定ながらもそれは首筋へと運ばれていく。

 

 みるみる彼女の呼吸が荒くなる。既に溢れんばかりの涙が双眸を満たし、あとは右手に一思いに力を込めれば事は済む。

 

「……」

 

 あと数センチ。それだけ刃を進めれば、45の人生は幕を閉じる。

 

 だが、その僅かな距離すら、彼女には動かす勇気はなかった。

 

 ――死ぬのが、怖いのだ。こんなにも絶望して、生きる気力も何も無いのに、死という選択肢に行き着けずにいるのだ。

 

「あぁ……私には――もう何も」

 

 手からナイフが滑り落ち、地面に突き刺さる。

 

 死を選べないのは当たり前だった。銃を扱うことが出来るとはいえ、45の心は民間人とほとんど変わらない。記憶を失う前なら違ったのかもしれない。この状況ですんなりと自害していたのかもしれない。

 

 だが今の彼女は、ただの少女なのだ。

 

 全てに絶望している少女に「これで命を絶て」とナイフを渡したとしても、本当にそれができる者などどれほどいるだろうか。

 

 今の45には生きるという勇気も無いうえ、死ぬという勇気すらもないのであった。

 

 立ち上がって歩こうにも、何もかもに希望を失った45にはそれすら難しい。

 

 今の彼女に出来ることは、ただバッテリー切れを待つことだけだった。

 

 ――静かになった草原に、微かに草をかき分けるような音がする。

 

 45は察する。あの狙撃手が、WA2000とやらが来たのだと思った。

 

 復讐のために、自分を討ち滅ぼしに来たのだと。

 

 しかし45は逃げようと思えなかった。むしろ、彼女の手によって葬られるほうが幸せとさえ考えた。

 

 足音が少しずつ近付いてくる。

 

 これでこの無意味な放浪も終わるのだろう。やっと楽になれる。彼女は安堵さえ感じていた。

 

「――じいさん。あたしの目の前に、狂った人形がいる」

 

 声が聞こえ、俯いていた顔を上げると、そこにはブロンドの髪を短くまとめた少女が立っていた。

 

「あなたが、WA2000なの……?」

 

 ふと45がそう言うと、目の前の少女は耳に当てていた大きな通信機を外して答える。

 

「誰それ。知らないけど」

 

 彼女の手元を見れば、その得物は確かに長距離射撃には向いていないように見える。

 

 マガジンの大きさ的に拳銃弾を使っていることが分かる。短機関銃、あってもピストルカービンだろう。

 

「じゃあ、じゃあ一体何をしに……私を殺しに来たんじゃないの?」

 

「なんで殺さなきゃいけないの。そんな価値はないよ」

 

 無関心そうに答えた少女は45を一瞥したあと、またすぐに無線機に向けて話し始めた。

 

「それで、どうすればいいの?」

 

 通信相手と少し話したあと、少女は再度45を眺め始めた。今度は一瞥程度ではなく、すみずみまで、というように。

 

「えっと、左腕が壊れてる。感情センサーがイカれてるのか、顔が涙でぐしゃぐしゃ。銃は……近くに壊れたやつが一つ。ダミー人形も一緒。これも壊れてるけど」

 

「ダミー……?」

 

 恐らく彼女は45の状況を通信相手に説明しているようだったが、唯一“ダミー人形”という言葉に聞き覚えがなかった。

 

「この残骸のことでしょ。違う?」

 

 思わずそれを口にして戸惑っていると、少女は足元の“ナイン”と思わしき人形を指さした。

 

「あの、そうじゃなくて……、ダミー人形って、なんなの?」

 

「――はあ?」

 

 いまいち状況を飲み込めていない45の問いに、少女が眉をひそめる。

 

「あんた、第二世代の人形じゃないの?」

 

「第二世代……?」

 

「……じいさん、困った。この人形、記憶装置も壊れてる」

 

 少女はため息混じりに声を出す。そしてそのまましばらく通信越しに誰かと会話すると、突然通信機をしまい、

 

「決まった」

 

「え?――えっ、ちょっと」

 

 45の右腕を強引に掴んで走り出す。

 

 彼女の華奢な身体からは思いもよらないような力で、やはり彼女も人形なのだろうと薄々察するが、そんなことよりも今この状況のほうが理解できない。

 

「待って、待って!どういうことなの!?」

 

「いいから黙って着いてきて」

 

 抵抗しようにもやはり少女の力は凄まじく、掴まれた腕を引き抜こうにもビクともしない。

 

 ほとんど拉致としか思えないが、この身は今捨てたようなものなので正直問題ではない。

 

 それよりも45は、自分のことよりも落としたナイフ、そしてあの妹のことを心配していた。

 

「ねぇっ、どこに向かってるの!?」

 

「じいさんのとこ」

 

 さっきから何を質問しても雑な回答しか返って来ない。変に情報を漏らさないようにしているのだろうか。

 

 45は成す術もなく引かれるままに走っていくと、やがて前方に森が見えてくる。

 

 手を引いている彼女は、なんの躊躇もなく森へと突っ込んでいく。彼女の目的地はそこにあるのだろう。

 

「あっ、ベクター!後ろの誰それ新入り?」

 

 森の入口から一人、何かビンを持って出てくる。

 

 彼女は二つに結んだ金髪を揺らし、手に持ったビンを呷りながら近付いてくる。

 

 ベクターと呼ばれた少女は、それを見るなり溜息をつきながら止まった。

 

「スコーピオン……。また飲んでるでしょ?」

 

「いいじゃん別に使わないんだからー。火炎瓶に着火するためにしかアルコールなんて使わないわけなんだし、それなら飲んだっていいでしょ?」

 

「それはいいけど、酒臭いのが一番の問題」

 

「我慢してよ。で、その後ろの子は誰なの〜?」

 

 スコーピオンはそのまま酒を飲み干すと、空きビンを適当に放る。そして45に近寄ると、彼女の全身をじろじろと眺め始めた。

 

「うっ……」

 

 むせ返るようなアルコールの臭いに、思わず眉をひそめる。鼻を覆いたいが、今は両腕が使えないのでどうしようもない。

 

「なかなか可愛いじゃーん。いいの連れてきたねぇ」

 

「はぁ……とにかく、私はもう行くから。じいさんにこの人形を会わせないと」

 

「ふーん。それはいいけど、なんか物凄く怯えてない?また事情も伝えずに無理やり連れてきたでしょ」

 

「……」

 

 隣で騒ぐスコーピオンを無視し、そのまま歩き出すベクター。これを見るに、45に対する素っ気ない反応もそれが普通なのだろう。

 

「あ、うちのバカがごめんねー。あたしはスコーピオン、そっちのバカがベクター。君は?」

 

「――えっ……あ、あの……」

 

「ほらぁー、やっぱベクターのせいで怖がってるじゃーん」

 

 突然のことに45が答えあぐねていると、スコーピオンは無駄に高いテンションのままベクターに密着した。

 

「ごはぁ」

 

 ベクターはそれを肘打ちし、そのまま膝蹴りして適当に引き剥がす。

 

「くっ……容赦ない……。まあいいや、名前の方は後で聞けば」

 

 蹴られた勢いで数歩下がった彼女は、蹴られた腹部を抑えつつ、肩に提げていたカバンを開けた。

 

 彼女はごそごそと中を漁ると、二本のビンを出した。

 

「新入りくんにはこの酒をあげよう!ウォッカは好きかな?」

 

「やめてスコーピオン。それにこいつは左腕がないから受け取ること自体できないから」

 

「じゃあその掴んでる腕離してよぉ」

 

 そう言いながらスコーピオンはビンを一本開け、すぐに飲み始めた。

 

 そうしてベクターがスコーピオンの口撃をかわしながら歩いていると、やがて森の中に開けた場所があるのが見えた。

 

「見えた見えた。新入りくんよ、あれがあたし達の拠点だよー!」

 

「……これは」

 

 ――のどかな風景だった。

 

 コンクリートの瓦礫や人形の残骸は一切なく、代わりにあるのは木製の家や畑、アンテナや綺麗な装甲車。

 

 ほとんど黒に染まった空の中、眩しくない程度の光が一つ灯っている。家から漏れ出る光だろう、確かにそこには何かが住んでいるという証拠であった。

 

 争いの似合わない、素敵な空間。それが、目の前には広がっていた。

 

「こんなに、平和な光景があるなんて……」

 

 目覚めてから今まで、45は殺伐とした風景だけを見てきた。死や絶望の渦巻く地獄絵図。人形から人間まで、自分が生きるためだけに行動しているような、そんな世界だけを見てきた。

 

 だからこそ、この平和な空間にて、45は夢見心地で立っていたのだった。

 

「じいさんに会わせる。付いてきて」

 

 そう言いながらベクターは腕を掴んだまま歩き出す。どちらにせよ断ることは出来なさそうだ。

 

「いやいやそれ普通に拉致じゃん」

 

 腕を掴まれているため拒否権がないというのをスコーピオンも感じていたらしく、ビンを呷りながら付いてきた。

 

「ここ」

 

 木製の家の前でベクターが止まる。やはりここ一体唯一の住居に、彼女の言う“じいさん”はいるらしい。

 

 彼女はスコーピオンに顎で指示し、ドアを開けさせた。

 

「じいさん、連れてきたよ」

 

 そして中で45を迎えたのは、

 

「おお君が!さあ入りたまえ」

 

 とても老人とは思えない屈強な体格の、白髪の男性だった。

 

「あ、はは……どうも……」

 

 苦笑いしつつ、45は玄関へと導かれた。




なんだこのおっさん!?(読者目線)

45姉は自分の顔を覚えてません。そのうえまだ鏡とかで自分の顔を見てません。よかったですね自分の顔知らなくって。多分知ってる状態で例の人形の残骸に遭遇してたらSAN値チェック入ってたと思いますよ。はい(適当)


次回は年内を目標に投稿目指します。もしなかったら新大陸行ってたりトレーナーになってたりマスターになってたり特殊部隊になってたりすると思ってください。


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商品に非ず、機械に非ず:中編

大変お待たせしました。投稿しない間に新大陸の赤い竜を絶滅させたりポケモンマスターになったり特異点攻略したりドクターになったりしてました。ゆるして
あと今回までほのぼの回です。エグいの期待してる方は次回とんでもないことになると思うのでお待ちください。


「それで、命からがら逃げてきた、ってわけ?」

 

「うぅ……、仕方なかったの、ドリーマー。あいつらUMP45がいるってのに、見事に私の部隊に当ててくるから……。きっと凄腕のスナイパーがいたんだと思う」

 

「そんなことはどうだっていいのよ。私は言い訳を聞きたくてここにいるんじゃないわ」

 

 ドリーマーと呼ばれた女性は、顔に手を当ててため息をついた。

 

「あの時の自信はどこにいったのかしら、デストロイヤー?UMP45を連れてくるだの言っていたくせに、結局連れてくるどころか人形を数機失ってるじゃない」

 

「ご、ごめん……」

 

 デストロイヤーと呼ばれた無彩色の少女は、肩を小さくして答えた。

 

「まあ期待なんてしていなかったからいいのだけれど。――それにしても、一体次は何が目的なのかしら……」

 

 彼女は持っていた巨大な砲塔を地面に立てると、それに体重を預ける。

 

 ため息をもってそれを終わらせると、ドリーマーはデストロイヤーを指差して言った。

 

「このチャンスは逃さない。デストロイヤー、次こそは確かに捕まえてきなさい」

 

「――ええ、ええ!……でも、あいつの居場所なんて今更分かるの?」

 

「分かるわよ。これを見なさい」

 

 そう言うと、彼女は鉄血の自動制御AIに何やら命令をする。

 

 まもなくして背後のモニターに何かが写し出された。

 

「地図?」

 

「そう。地図。それもUMP45の大まかな移動ログ付きの」

 

 デストロイヤーの口がポカンと開け放たれる。

 

「えぇぇぇぇっ!?何で!?」

 

「ウイルスを仕込んだに決まってるじゃない。私これでもずっと戦闘をモニターしてたのよ?」

 

 デストロイヤーの目が丸くなる。

 

「でも信じてないって……」

 

「私はそんなこと一言も言ってないわよ。罵詈雑言は言ったけれど」

 

「え。え?」

 

 うろたえる少女を横目に、ドリーマーはモニターの表示を消した。

 

「このデータをメモリーに送信しておいたわ。分かったらさっさと行きなさい」

 

「あ……ええ!次は絶対に捕まえてくるから!」

 

 返事を聞く前に、デストロイヤーは振り向き走り出す。

 

「……絶対、ねぇ」

 

 その小さな背中を、ただドリーマーは見送るだけだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 バッテリー残量――71%。

 

「なるほど、じゃあお前さんは記憶がないが、ずっと妹さんだけを探してさまよってるってのか」

 

「……ええ」

 

 老年の男性は机に肘をつき、45の話を熱心に聞いていた。

 

 時刻は既に深夜。45は自分を連れてきたベクターと共に、老人と机越しに対話していた。丁度、自分がここに至るまでの経緯を簡単に説明したところだった。

 

 ちなみにもう一人、スコーピオンは、

 

「あたし飲み足りないから他の部屋行ってるね〜」

 

 と言い残したまま会っていない。

 

「それで妹さんみたいな人形の残骸を見て途方に暮れてたところを、うちのベクターに拉致られたってわけだな」

 

「拉致じゃない。あたしはじいさんに言われて連れてきただけ」

 

 45の隣に座っていたベクターは、老人に抗議の視線を向けた。

 

「はっはっは。まあ、ただ連れてこいとだけしか言わなかった俺も悪い。乱暴にさせてすまんなUMP45」

 

45(フォーティーファイブ)でいいわ」

 

「そうか。じゃあそれで」

 

 彼は少し微笑むと、咳払いをして話を戻す。

 

「それで、その妹さんの話なんだが……。ベクター、間違いないんだよな」

 

 ベクターが軽く頷く。

 

「じゃあ結論から言うか。喜べ45、あの残骸は、十中八九妹さんじゃあない。ありゃお前さんそのものだよ」

 

「私……そのもの?」

 

「おうさ。どうやらそのことまで忘れっちまってるようだが、お前さんたち第二世代の人形はな、ダミーリンクっちゅう機能がついてる」

 

 聞き覚えのない単語に、45は少し眉をひそめた。

 

「お前さんは自分自身が人形だって自覚はあるのか?」

 

「左腕を見たら否が応でも自覚するわよ」

 

「ははっ、そりゃそうだよな。ってことは、あんたらは機械で、言うまでもなくいくらでも作りたい放題な存在なわけだ。それは分かるよな?」

 

「……確かに、そうね」

 

 自分には、確かに意思があった。自分が生きているという、意思が。

 

 機械であると言う自覚は十分にあった。だが、それをかき消してしまうほど、今まで自らを一種の生物であるかのように勘違いをしていたのだ。

 

 何故か?それはもちろん、意思が、自我があるからだ。

 

 所詮は人形。作ろうと思えばいくらでも替えはきく存在。なのにも関わらず、この世の中に自分は一人しかいないなどと思い上がっていたのだ。

 

 そんな当たり前のことを、彼に言われて初めて“自覚”した。

 

「おい大丈夫か?」

 

 そんなことを考えているうちに、きっとそれが表情に出ていたのだろう、老人が45の顔を覗き込む。

 

「――あっ、いえ、大丈夫よ。少し考え事をしていただけ」

 

「そうか。なら話を続けるぞ」

 

 安心した様子で、彼はまた話し始める。

 

「でな、その作りたい放題したお前さんたちのコピーを、本物が操れるようにしたのがダミーリンクってやつだ」

 

「……?」

 

「ほらじいさん、適当に話したからわかってなさそうな顔してる」

 

「嘘だろ、結構分かりやすく説明したつもりだったんだがなぁ」

 

 あまりピンと来ずに固まっていると、見かねたベクターが代わりに説明を始めた。

 

「つまり、主機と子機の関係」

 

「主機と子機?」

 

 ベクターが頷く。

 

「あたしたちは主機で、自分と全く同じ能力で自我のない子機を自由自在に操ることが出来る。それがダミーリンクだよ」

 

「あぁ……。ああ!」

 

 突然45が席を立った。

 

「つまり私の前で倒れてたのは、妹でもなんでもなくて、記憶が無くなる前に私が操っていた自分のコピーだったってこと?」

 

「そう。というかそんなの顔を見れば一発でわかるものじゃないの?妹の顔は覚えてなくても自分の顔くらいは覚えてるでしょ」

 

「それが覚えてないの」

 

「えぇ……」

 

 肩をすくめてベクターはため息をついた。

 

「なるほどなぁ、そりゃあ倒れた自分の前で泣き崩れる訳だ。じゃあ後で鏡でも見ておくんだな。うちの“家族”が案内してくれるだろ」

 

「家族……」

 

 なにやら耳馴染みのある単語だったが、それが何故なのかを思い出せないので考えるのをやめた。

 

「バチバチして目障りなお前さんの左腕も直してやりたいし、そうだな……」

 

 よし、と言いながら老人は立ち上がると、無邪気に笑ってこう言う。

 

「とりあえず飯にするか!こんな時間だし、お前さん腹減っただろ」

 

「……飯?バッテリーの充電じゃなくて?」

 

「何言ってんだお前さんは。温かい飯を食うに決まってるだろ」

 

 そう言うと老人はそそくさと部屋を出ていく。頭が追いつかないでいると、ベクターが45の腕をまた強引に掴んで引っ張って行った。

 

「えっ、ちょっと」

 

 機械に、食事?45は耳を疑った。

 

 彼女は今まで、なけなしのバッテリー、つまり電気を直接取り込んでどうにか生き残ってきた。ウェルロッドも45にバッテリーをくれた事から、それが人形にとっての当たり前なのだろう。

 

 確かにそれは合理的であり、機械である以上不可欠なことだ。バッテリーの残量が少なくなってきたなら、何かしらで充電する。そうすれば、今まで通り身体は動作する。

 

 だが、今度は食事と来た。ここまで来るともはや意味不明だった。

 

 人間でない以上腹も空かない。食べる必要性を感じない。なぜなら電気を取り込んでさえいればいいのだから。

 

 ここに連れてこられるまでのたった少しの時間に数多くの疑問に直面したが、今回のはその中でもトップクラスに理解できなかった。

 

「ほれ、お前ら降りてこい!そろそろ飯にするぞ!」

 

 老人がそう建物の二階に呼びかけると、それに呼応するように騒がしく足音が聞こえてきた。

 

「わーいご飯だ!あ、ほらヴィーフリ、例の新入りくん!」

 

 飛び降りるようにスコーピオンが階段を駆け降りてくる。それを追うように、後から一人がゆっくりと降りてきた。

 

「ほら転んだら危ないでしょ……って」

 

 おそらくヴィーフリと呼ばれたであろう彼女は、45と目が合うと完全に動きを止めた。

 

 全体的に青を基調とした衣服を、大胆にも胸部と腹部をはだけさせて着た彼女。丁寧に編み込んだ長い金のツインテールをぴくりとも揺らさずに、桃色とも紫色とも言い難い目を見開いて45を見つめていた。

 

「えっ、ええっと……?どうも……?」

 

 その熱烈な視線に、なにやら嫌な予感を感じた45は、とりあえず彼女とコンタクトを取ろうと試みた。

 

「――か……」

 

「……か?」

 

 その瞬間、ヴィーフリは大きく息を吸い、

 

「かわいいーっ!!」

 

「えっ待ってぎゃはっ」

 

 目にも止まらぬ速度で45に突撃して押し倒し、熱い抱擁を贈った。

 

「あーあ、始まっちまったか」

 

「……」

 

「ふぅー!お熱いねーっ!」

 

「ちょっ、ちょっと、どういうこと!?」

 

 スコーピオンを除いて諦めたような反応を見せる周囲。説明を求めるが、その前にヴィーフリが自ら自白する。

 

「突然ごめん、私ひっさしぶりにこんな可愛い子見ちゃって、抑えられなくなっちゃって……!」

 

「可愛いものに目がない?」

 

「そういうこと!――ああ、報われた……!生きててよかった……」

 

「そんなに……なの?」

 

 45を離すまいとしっかり抱きしめられた手と彼女の様子。突然降り掛かってきた愛情に45な引き気味である。

 

 顔を胸のあたりにうずめ、まるで45を堪能するかのように嗅ぎ回る。ふと彼女の顔を見ると、恍惚とした表情が目に入った。

 

「不思議な感じ……。なぜか、二人分の香りを味わってるような――」

 

「ほれ終わりだハグ魔。お前さん真面目なのにそういうところだけはどうしようもないよな」

 

「あっ」

 

 興奮する彼女を老人が引きはがす。あれだけ強く力の入った抱擁だったのが、老人が介入すると我を取り戻したかのようにすんなりと離れた。

 

「えへへ……、ごめんなさいおじいさん。でもこの衝動だけはどうしても抑えられそうにないの」

 

 ばつが悪そうにヴィーフリは目を逸らした。どうやら自分がしたことを悪いとは思っているようだ。

 

「初めてあたしとスコーピオンを見た時もこうだった。ヴィーフリには自制心が足りない」

 

「そ、そう……」

 

 まるで軽蔑するかのような目線をヴィーフリに送りながら、ベクターが言った。

 

 スコーピオンは酒瓶片手にヴィーフリをたしなめている。が、彼女の状態故に説得力は皆無であった。

 

「あー……えっと、私はSR-3MP。長いからヴィーフリでいいわ。よろしく」

 

 苦笑いしながら、ヴィーフリが手を出す。

 

「まあ、悪いやつじゃあないんだ。ちゃんと話せば分かるから、仲良くしてやってくれ」

 

「……善処するわ」

 

 それに45も苦笑いで返しながら、その手を握った。

 

 この場に他に誰もいないのを見るに、彼らがここの一員すべてなのだろう。

 

 それにしてもどいつもこいつもインパクトが強すぎる。ここにいては身体もメンタルも持ちそうにない。

 

 適当に親交を深め、いくつか物資をもらってからここを立ち去るとしよう。

 

 ――そう、思っていたのに。

 

「ん……」

 

「おはよー、45。今日は遅いんだね」

 

 同じ部屋で過ごすスコーピオンの声で目を覚ます。時計は短針が8、長身が7を指し示していた。

 

 あれから一週間ほど。老人たちに上手く言いくるめられてしまったのか、気がつけばこの家に馴染んでしまうほどに滞在してしまっていた。

 

 本当は一晩過ごした後に出発する予定だった。だが、彼ら四人の手厚いサービスに身を任せているうちに、これだけの時間が経ってしまった。

 

 人形が食事をとると、そのほとんどがエネルギーとなりバッテリーに充填される。そう説明されつつ半信半疑で食べた、初めての食事。それはもう、涙を出すほどに美味なるものだった。

 

 食事ほどに他人の優しさがにじみ出るものは無い。老人が振舞ってくれた料理は、どれもこれも素晴らしいものだった。

 

 決して完璧なものではない。味付けにもムラがあるし、調理の仕方も乱暴と言われても仕方の無いものだった。それでも美味しいし、幸福感に満たされる。ただの充電では絶対に味わえない感覚だ。

 

 食事中に見たベクター達の幸せそうな表情。それに、何度も目を奪われた。

 

 その時45は気がついた。自分が見とれてしまっていることに。彼らのしている、平和で、人間的な生活に。

 

 それから彼らと一夜を越してしていくうちに、自分を拉致したこの集団に、段々と45は心を許していったのだ。

 

 破損していた左腕も、肩から先をまるごと新品に変えてもらった。汎用パーツのために多少の違和感こそあるが、動かなかった頃に比べればずっとマシである。さすがにフレームの露出した脇腹は直しようがないので、白い包帯を巻くことで隠すことにした。

 

「そろそろ朝ごはんできるって。行こう、45」

 

「そうね」

 

 自分に割りあてられた寝具から起き、ハンガーに掛かったジャケットを羽織りながら部屋の出口へと向かう。先に起きていたスコーピオンは扉を開けたまま食堂へ行ってしまったようだ。

 

 ふと、香ばしい香りが45の鼻腔をくすぐる。きっと朝食の香りに違いない。

 

 胸を躍らせながら、彼女は食堂へ歩き始めた。

 

「おお、今日は遅いな45。そろそろ朝食ができるぞ、座っていな」

 

 廊下を抜けると、45に気がついた老人が

 

「ありがとう、おじいさん。……あら、今日はスコーピオン、呑んでないのね」

 

「呑みたいけど!残り少ないからって呑ませてくれないの!」

 

 ベクターがため息をつく。

 

「元々あれはスコーピオンのために貯蔵してるわけじゃないから。火炎瓶の着火用」

 

「分かってるけどさぁ、この森の中じゃどうせ使わないよ、火事になるし。それに誰も襲いになんて来ないでしょ」

 

「もしもっていうことがあるのよ、スコーピオン?」

 

 ヴィーフリが人差し指を立ててそう言った。

 

「こんな世の中だし、盗賊なんかが乗り込んできたりするかもしれないじゃない」

 

「なわけ〜。こんな森の奥まで、わざわざ襲いに来るやつなんている?旅人とかを襲った方がまだ楽だよ」

 

「でもないとは言いきれないでしょう?例えば――」

 

 そう言ってヴィーフリは窓の外を指さす。

 

「突然あそこの装甲車を爆破しに来たりとか――」

 

 ばこん。

 

「うわぁ!?」「ひゃあっ!?」

 

 唐突な大音量に四人が一斉に音のした方向に振り向く。

 

「……ん?なんだ?」

 

 キッチンで視線を感じた老人が見つめ返す。そして彼の手元には、大きなトースターが据わっていた。

 

「今の音って、そのトースターの音?」

 

「おう」

 

 ヴィーフリが聞くと、老人は頷く。

 

 同時に、スコーピオンが安心したように息を吐いた。

 

「本当に車が爆発したのかと思った……」

 

「でもっ、これで少しは危機感を覚えたでしょ?」

 

 スコーピオンが首肯する。

 

「ちょっと我慢しようかな、お酒は……」

 

 そんな会話が繰り広げられているうちに、朝食が完成したようだ。老人が皿を持って歩いてきた。

 

 それを見たベクターとヴィーフリが、配膳を手伝いはじめる。

 

「ほれ、ベーコンエッグとトーストだ。たまにはこんな朝もいいだろ?」

 

 45の目の前に食事を乗せた二つの白い皿が置かれる。

 

 鮮やかな橙色の黄身を、くすみの無い白身が囲い引き立てている。添えられたベーコンが上手に焼き上げられていて、確かに食欲をそそる。

 

 トーストは表面に焦げ目が乗り、見た目からもカリカリとした食感がイメージできる。

 

「あれ、おじいさんのベーコンエッグ、黄身が出てるじゃない。私のと交換しましょうか?」

 

 45は配膳が終わったところで、老人の一つだけ黄身が少し溢れていることに気がついた。

 

 老人は恥ずかしそうに笑った。

 

「へへ、ちっと失敗しちまってな。フライパンから上手く剥がせなくて。だが」

 

 老人は皿の縁を指先で叩いた。

 

「これは俺が食う。お前さんにはちゃんと成功したやつを食って欲しいからな」

 

「おじいさん……」

 

「じゃ、食うか。……いただきます」

 

「いただきます」

 

 彼の掛け声に合わせて、四人で同じ言葉を復唱した。

 

 なんでも、食事前にはちゃんと感謝の気持ちを込めてから頂く、というのがマナーらしい。なんとも素敵な決まりだ。

 

 さっそく、食事をとるとしよう。

 

 五人は出来たての料理に手をつけようとして、

 

 装甲車の爆発に反応するのが一瞬遅れた。

 

「なっ――」

 

「じいさん!」

 

 衝撃波で家の窓という窓が割れる。地面が大きく揺れ、気がつけば本能的に床に伏せていた。

 

 予期しない轟音に耳鳴りがし、巻き起こる砂ぼこりのせいで目も開けられない。

 

 ようやく感覚を取り戻した頃には、綺麗だった家の内装は無惨な光景に変わっていた。

 

「本当に爆発するなんて……」

 

「――っ!ベクター、おじいさん!?」

 

 ヴィーフリが叫んだ方向。そこには、老人を庇い、背中にガラスの破片をいくつも受けたベクターがいた。

 

 ベクターのおかげで老人に大した傷はないが、代わりに彼女はズタズタだった。

 

「……じいさん、生きてる?」

 

「そ、それはこっちのセリフだ馬鹿野郎……!お前、どうして俺なんかを……」

 

「分からない。でも、気付いたら身体が勝手に動いてた」

 

 老人がベクターのガラスを抜きながら、一緒に身体を起こすと、同時に外から声が聞こえてくる。

 

「UMP45っ!ここにいるのは分かってる。さっさと出てきなさい!」

 

「何だ?知り合いか、45?」

 

 45に視線が集まった。

 

「……一度だけ顔を合わせたことがある。あいつは、あんな小柄な体躯からは想像もできない、恐ろしい力を持ってるわ」

 

「一体そいつは何?教えて」

 

 ベクターのつんざくような起伏のない声。その言葉に応えて、45は記憶を辿る。

 

 あのとき、ウェルロッドに言われた言葉。

 

「小柄で、爆発物を使う鉄血人形と言ったら、それは一人しかいません」

 

 今でも覚えている。彼女が、躊躇するように口を開いたことを。

 

「彼女の名は――」

 

 

 

「彼女の名は、デストロイヤー」

 

 記憶の中のウェルロッドと重ねるように、45はそう言った。




決戦が始まります。


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商品に非ず、機械に非ず:後編

皆さんお久しぶりです……。めっちゃ投稿遅れてすみません。

――アークナイツが楽しすぎるのが悪い!!!!!!!


すいません、あと今日は4月/04日、そう、404の日ですよ(たまたま)


「彼女の名は、デストロイヤー」

 

 その言葉を聞いた瞬間、周りの四人の顔付きが深刻になった。

 

 ほのかに残っていた早朝の眠気も、あの爆発ですっかりと覚めた。辺りには未だ砂ぼこりが舞っていて、雲一つない空から差し込む暖かな朝日を遮らんとしていた。

 

「まさか、冗談だろ?」

 

「いいえ、本当よ。確か鉄血とやらは、人間に対して牙をむく存在だったわね。そして私はその一員である彼女と一度出会い、声も聞いた。間違いなく、この声はデストロイヤーのものよ」

 

「信じられねぇ……。なんだって鉄血のエリートなんかがここに」

 

 一気に老人の表情が曇る。

 

「まだなの、UMP45!?早く出てこないと、その建物ごと吹っ飛ばすわよ!」

 

 またもや外から声が響いてくる。今度は立派な脅迫付きだ。

 

「――行ってくる」

 

「おいっ待て!」

 

 彼女の脅迫に焦り、今すぐにでも外に出ようとする45の腕を老人が掴んだ。

 

 何とか振り解こうとするが、彼はしっかり握って離さない。

 

「おじいさん!」

 

「……ここでお前を行かせたら、十中八九殺されるに決まってるだろ!?あいつがお前の名前を覚えるってことは、何かやらかしたってことだ、お前が!」

 

 彼の表情は真剣そのものだった。

 

「でもここで行かなかったら、おじいさんごと皆で粉々になるだけよ!いいから離して!」

 

「――クソッ、だけど俺は……!」

 

「じいさん」

 

 突然のベクターの声に驚き、二人で振り返ると、彼女は銃を携えていた。45を連れ帰った時に持っていた、あの銃だ。

 

「嘘、戦う気!?今ならまだ逃げられるわ、皆で逃げましょう?」

 

 信じられないといった様子のヴィーフリの言葉を、ベクターは顔を横に振って否定した。

 

「あいつは森の中にある、あたし達の拠点を見つけてきた。ここで逃げても、きっとすぐに発見されるよ。だから、もう戦うしかない」

 

「そんな無茶な――」

 

「なら、あたしも一緒に戦わせて」

 

 今までひっそりと伏せていたスコーピオンが声を上げ、ゆっくりと立ち上がった。

 

「スコーピオンまで……」

 

「大丈夫だよ、ヴィーフリ。だってまだ今日、お酒飲んでないもん」

 

「そういう問題じゃ――」

 

「ヴィーフリ」

 

 老人が口を開いた。その目は、しっかりとヴィーフリを見据えている。

 

 一言で静かになった空間を見渡してから、彼は言う。

 

「結局、最後まで逃げ腰なのは俺たちだけだったな。ここは多数派の意見に従おうじゃあないか」

 

「でも、おじいさん……。きっとこのままじゃ、誰か殺されるかもしれないわ」

 

「そうならないように戦おうとしてるんじゃないか。頼むヴィーフリ、力を貸してくれ」

 

 ヴィーフリは黙り込む。彼女は老人の言葉を肯定しなかったが、否定もしなかった。

 

 視線が泳ぐ。きっと決断しきれずにいるのだろう。

 

「10!9!8――」

 

 ゆっくりと、急かすようにカウントダウンが始まった。

 

 きっとこれがゼロになった時、この家は粉々に吹き飛ばされるのだろう。

 

「っ!……もう、やるしかなさそうね」

 

「ぃよぉし!」

 

 だがその恐怖こそが彼女への後押しとなった。

 

 言葉に迷いはありながらも、確かに決意に満ちた瞳を見た老人は、嬉しそうに頷いた。

 

「抗ってやろうじゃないか!鉄血とかいう、理不尽野郎にな!」

 

 ◆ ◆ ◆

 

「4!3……っと、やっと来たわね」

 

「久しぶりね、デストロイヤー」

 

 少し強めの風に森の木々がざわめく。そのざわめきに負けないくらいの大声を出す彼女の目の前に、両手を上げながら45は姿を晒す。戦う意思のないアピールだ。

 

 といっても物陰にはベクター、さらに家の中には大急ぎで武器や弾薬をかき集める老人たちが控えている。45の目的は、彼らの準備が整うまでの時間稼ぎだった。

 

 もしかすると今にも殺されてしまうのではないか?そういった恐怖が込み上げ、足が震える。

 

 45は以前、この少女がいとも容易く人間を吹き飛ばすのを見ていた。塵のように、さぞ当たり前のように人を爆殺するのを。彼女の怖さ故に顔が引き攣りそうになるのを必死に堪えながら、45は今デストロイヤーと対峙しているのだ。

 

 本当は今すぐ逃げたい。なぜ彼女の前に出たのだろう。数え切れないほどの後悔が頭の中をよぎる。自分が人間であったらあまりのストレスに嘔吐していたかもしれない。

 

 だが自分の後ろには、信じられる“家族”が戦う準備をしているのだ。ここで逃げれば、彼らに立てる面子がない。

 

 だからこそ45は、今を生き延びるために死の恐怖と戦っているのだった。

 

「いい隠れ家を見つけたようだけど、私の前には無駄だったみたいね!」

 

「ええ、とても残念よ」

 

 勝ち誇ったように彼女は笑う。

 

 今までの様子から察するに、彼女には今すぐ45を粉微塵にしようという考えはなさそうだ。

 

「単刀直入に聞くけど、一体何の用なの?」

 

「そりゃもちろん、あんたを連れていくに決まってるじゃん。それ以外になんの用があればこんな森の中に来るわけ?」

 

「それはそうよね……」

 

「じゃあさっそく、あんたを連れていきたいところだけど――」

 

 そこまで言うとデストロイヤーは、辺りをゆっくりと見渡す。

 

「その前に、仲間はどこ?」

 

「っ――」

 

 まさか。45は戦慄する。

 

 この少女は、45らの企みに気がついているとでも言うのだろうか。45がここまで来るまでに彼女以外の足音やその他痕跡は露呈させていないはずだし、そう言った身振りも見せたつもりもない。

 

 それとも、何か自分では気が付かないほどのミスを犯してしまったのだろうか。――いや、そもそもこの規模の生活空間で、45一人しか住んでいないと考える方が不自然か。

 

 どちらにせよまずいかもしれない。奇襲が決まらなければ勝ち目は――。45は冷や汗をかく。

 

「仲間?そんなのいないわよ」

 

 カマをかけただけかもしれない。彼女は落ち着いて答える。

 

「嘘よ!いるに決まってる!例えば、ほら――」

 

 そう言うとデストロイヤーは、ベクターが潜む物陰の方へと視線を向けた。

 

 唾を飲み込む。彼女が少しでも攻撃するような素振りを見せたのなら、45は最後の一振りのナイフを抜きデストロイヤーの懐に飛び込むつもりでいた。

 

「あのとき、遠くから狙撃してきたやつとか!」

 

「……」

 

 どうだ、と言わんばかりの顔で、デストロイヤーは胸を張った。

 

 ああ――間違いない。こいつは何も分かってはいない。安堵のため息が零れそうになるのを45は堪えた。

 

「さあ、どうかしらね。いるかもしれないわよ、例えばあなたの後ろとか」

 

「えっ、嘘!どこ!?」

 

 冗談のつもりでそう告げると、デストロイヤーはかなり焦った様子で振り向いた。

 

 さすがにこれには苦笑いするしか無かった。45は昔彼女のことを少しでも優秀と思ったことを後悔する。こいつはただの馬鹿だ。

 

 だがこれで大きな隙が出来たことに違いはない。時間稼ぎも十分できた。あとは合図を出して一気に奇襲をかけるだけ。

 

 そう思って慢心していると、突如後ろから小さいながらも足音がした。

 

 想定外の事態に驚きながら振り向くとそこには、

 

「とった……ッ!」

 

 殺意に満ちた表情のベクターが一目散に走り込んできていた。

 

「なっ、ベクターっ!」

 

「えっ?」

 

 走り込んでくる気配にデストロイヤーが気がついた頃には、ベクターは既に彼女の目の前に位置していた。

 

 ベクターは倒すべき敵の足元に滑り込み、照準を確かに合わせて引き金に指をかける。

 

「ベクター、言ってたことと違――」

 

 45が手を伸ばし、デストロイヤーが目を見開く。それを見てベクターは、僅かに口角を上げながらこう言い捨てる。

 

「くたばれ、鉄血のクズ」

 

 その瞬間、まるでひとつの音のように繋がった発砲音が辺りに響き渡った。

 

 たった一瞬の事だった。一秒も掛からなかっただろう、気がついた頃にはベクターは弾倉を空にし、全弾をデストロイヤーにお見舞いしていた。

 

 二十数個の空薬莢が散乱し、互いにぶつかり合いながら音を立てる。まともに弾丸をくらった彼女はそのまま倒れ、物言わぬ骸になる。

 

 力無く倒れ込もうとするその姿を見た誰もが勝利を確信し、笑みを浮かべる。

 

 ――そうなるはずであった。

 

「やるじゃん、45。まだ他に伏兵がいたなんて」

 

 倒れる身体を地面を蹴って支え、そのまま何事も無かったかのように立ち上がったのだ。

 

 そのまま反応の遅れたベクターの首をつかみ上げる。

 

「がはッ……!」

 

「でも、ざんねーん」

 

 その小さな身体からは想像も出来ないような膂力だった。自分よりも背の高い人形を片手で簡単そうに持ち上げ保持し、もがき苦しむベクターを、デストロイヤーが楽しそうに眺める。

 

「忘れたの、UMP45?私はこの前の狙撃で傷を負わなかったこと。流石に衝撃はくるけど、こんなサブマシンガンくらいじゃ痒いだけよ」

 

「あ……がッ――ぁ、は……!」

 

「――」

 

 彼女はベクターの首をじりじりと絞める。ベクターの足は、ちょうど地面に着くか着かないかの所で空を蹴ってもがく。苦悶の表情が顔を満たし、手は必死に首元を引っ掻くが状況は変わらなかった。

 

 こうなってしまっては仕方がない。彼女を救うべく45は仕込みナイフに手を掛ける。

 

「ベクターッ!」

 

「ダメっ、おじいさん!」

 

 しかしそこへ、ヴィーフリの静止を振り切りながら老人が駆け込み、持っていた拳銃をデストロイヤーに突きつけた。

 

「てめぇ、ベクターを離しやがれッ!」

 

 老人はヒステリーを起こしながらにじり寄る。手持ちの拳銃の弾では、この少女には敵わないというのをベクターが身を持って実証したが、そんなものは彼にとって関係はなさそうだった。

 

「はいはーい」

 

「なっ」

 

 完全に予想外の行動だった。老人に向けて、ベクターが勢いよく投げつけられる。老人は当然受け止めることが出来ずに倒れ込む。

 

 それを見たデストロイヤーが、笑いながら自身の砲門を向けた。

 

「仲良く吹っ飛――冷たっ!?」

 

 背中に感じた謎の違和感にデストロイヤーが振り向くと、どうやら45が両手の瓶の液体を振りかけたようだった。

 

 それを見てデストロイヤーはにたりと笑う。

 

「ふんっ、まさか水遊びのお誘いのつもり?そんなんで気を引いたつもりなら大間違い――」

 

「ぁぁぁぁあああああっ!」

 

「うわっ」

 

 隙を見たスコーピオンが近づきながら射撃する。甲高い発砲音が続くが、命中弾はあまり多くなさそうだ。

 

 デストロイヤーの顔が歪む。それは間違いなく痛みではなく、嫌悪から来る表情だろう。

 

 彼女の砲門がゆっくりとスコーピオンを向く。それを見たのか、彼女は意を決した様子で叫びながら足に飛び付いた。顔は恐怖の形相に埋もれている。

 

「早く、ヴィーフリ!早く撃って!」

 

「言われなくたって!」

 

 続けて低音が辺りに響き渡り、デストロイヤーの上半身の至る所から火花が飛び散る。

 

「いだっ、このっ!」

 

 ヴィーフリの扱う弾薬はアサルトライフルで使われるもの。ベクターやスコーピオンの使うものとは比べ物にならないほど貫通力に優れている。

 

「があっ!?――ああぁっ!」

 

 だがその渾身の攻撃をものともせず、彼女はスコーピオンを踏みつける。それでもスコーピオンは手を離そうとしない。

 

「このっ、このっ!離せ、邪魔!」

 

「嫌だ、離すもんか……!」

 

「ああもうめんどくさい!」

 

 デストロイヤーの手がスコーピオンに伸びる。それは死ぬ気でしがみついていた彼女をいとも容易く剥ぎ取ると、そのまま立ち上がろうとしていた老人に向けて乱暴に放り投げた。

 

 そして代わりに、先端の燃え盛る瓶が返された。

 

「え――」

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!」

 

 足を、腰を、そして背中を。あっという間にデストロイヤーの身体が炎上していく。瞬く間に彼女の小さな全身を包んだ火は、その体を容赦なく焼き焦がした。

 

 さらに瓶が投げつけられる。ガラスの割れる音がする度に、目の前を転がる炎はますます勢いを増していく。

 

「時間稼ぎ、ありがとう、スコーピオン」

 

 ベクターはそう言うと、気絶した彼女の手を優しく握った。

 

「――まさか、あんな状況で水なんか掛けるわけないじゃない。私が掛けたのはガソリンよ、デストロイヤー」

 

 静かになった少女の目の前で、45は呟いた。

 

 あの時、45が振りまいたのは、スコーピオンから拝借したガソリン入りの瓶、つまり火炎瓶の中身だった。

 

 もちろん、窮地に陥った老人を助けるため、つまり気を引くために行った行動でもあるのだが、真の目的は燃料追加にあった。

 

「あいつを焼き殺そう」

 

 そう言ったのはベクターだった。そして、彼女の言う通り、火はデストロイヤーに絶大な損害を与えたに違いない。

 

 未だ燃え続ける少女を哀れみつつ、同時に全員の無事に、45は心から安堵しているようだった。

 

「――ろ、――げろ!」

 

「……え?」

 

「逃げろ、45!」

 

 ぽん。

 

 そんな腑抜けた音とともに、老人が何を言っているのかわからなかった45は吹き飛んだ。

 

 否、訂正しよう。45は吹き飛んだのではなく、押し倒されたのだ。

 

 意味もわからず倒れゆく45の目に映ったのは、

 

 デストロイヤーが巨砲をしっかりとこちらに向けていたことと、

 

 ベクターが、自分に覆い被さる姿だった。

 




後編で終わりだと思ってましたか?(自問自答)思ってました(予定外)
あともう一話だけ続くんじゃ


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Vector

信じられない……自分が一日に二話投稿するなんて!


「あ──」

 

 突然、目の前が真っ暗になった。あまりの絶望から、もう身体がこの惨状を見るのを拒んでしまったのだろうか?

 

 だが視覚以外にも、全ての感覚がなくなっていることに気がついた。どうやらこれは、意識が無くなってしまったのか──もしくはもう、死んだのか。

 

 しかし不思議に思っていた。なぜ死んだはずなのに、自分はまだこうして何かを考えていられるのだろう、と。そもそもなぜ自分は意識を失っているだとか死んでいるのだとかが分かるのだろうと。

 

「答えは簡単よ」

 

 頭の中に声が響く。はっとして意識がそっちへ向く。聞き覚えのある声。当たり前だ。だってこれは――

 

 “自分の声”なのだから。

 

「情けないね。あなたと私が同じ存在だとは思えないわ」

 

 ──何が情けない、よ。こんな状況じゃあ、誰もが絶望するに決まってるわ。

 

「そんなわけ。この程度、絶望するに値しないわ」

 

 ──嘘よ。あんなことになって、もうどうしようも無いっていうこの状況で、まだ望みがあるって言うの?

 

「もちろん。だってまだ、()()()()生きてるじゃない」

 

 ──。

 

「それに“私たち”、もっと凄い地獄をくぐり抜けてきたでしょう?」

 

 ──そんな、知らないわ。

 

「……ふぅん。じゃ、見せてあげよっか」

 

 その言葉に、45は言葉を詰まらせた。一体、何をする気なの?

 

 動揺しているのを“あいつ”が笑っているのを感じたつかの間、頭の中に無機質なアナウンス音声が流れているのを聞いた。

 

 ダミーリンクシステム、起動。

 

 メインフレームを感知しました。

 

 メインフレームと接続中……完了。UMP45-2、正常に動作中です。

 

 メインフレームよりフルコントロールの要求。フルコントロール権を移譲します。……完了。

 

「じゃあちょっと戦ってくるわね。あなたは私に体を委ねて、ただそこから眺めてさえいればいいわ」

 

 ──待って!

 

「……何?」

 

 ──あなたは一体、何者なの?

 

「──ここまで接触しておいて、まだ確信が持てないなんて、鈍すぎるわよ」

 

 彼女は溜息をつく。

 

「私はあなた。あなたは私。どう?これでわかったでしょ?」

 

 

 

 

 目を開けた45は、周りの空間を把握した刹那、都合よく手元に転がっていた銃を拾った。

 

 身体の上の()()を押しのけ、弾倉を見当る限り抜きとると、立ち上がって燃え盛る家へと駆け出す。

 

 爆音や、稀に聞こえる発砲音。間違いなく、倒すべき鉄血はそこにいる。

 

 45は走りながらボルトを前後させ、一発の弾を薬室から弾き出し、セーフティを確認した。

 

 そして大きな炎を回り込むと、そこに居た真っ白な少女に全弾を放った。

 

「ああああっ!?」

 

 寸分の狂いもなく、弾頭は背中の全く同じ場所へ着弾した。最後の二、三発がやっとの思いで厚い装甲を貫き、身体の内部でキノコ状に潰れて止まる。

 

 流石に堪えたか、デストロイヤーはフラフラとバランスを崩し、すぐにこちらへ振り向いた。

 

「UMP──フォーティーファイブゥッッ!!!」

 

 彼女の二つの砲門から、続けざまに5発づつ榴弾が放たれる。あれを45はよく知っている。山なりを描き、まるで絨毯爆撃のようにこちらを爆破させる手法だ。

 

 45は砲門が上を向いた瞬間から素早く移動し、距離を縮めていく。さすがに自分を爆破させるほどデストロイヤーは馬鹿ではない、彼女はすぐに撃ちやめると、まっすぐとこちらに砲を向けた。

 

「相変わらず遅いわね」

 

「ひっ……?」

 

 悠長にそんなことをしている間に、彼女はデストロイヤーの懐に入り込む。銃口はもう、彼女の首元だった。

 

「相変わらず、バカねあんたは。なんにも考えないで、ただ力任せに戦う。そんなんだからいつも私たちに負けるのよ。──まあそもそも負けるつもりもないけれど」

 

「なにを……!もういい、本当は捕まえるつもりだったけど、本気でぶっ殺してやる!」

 

「その意気よ、おバカさん」

 

 デストロイヤーが右足で蹴り上げ、見切った45は飛び下がりそのまま瓦礫の裏へと滑り込む。

 

 間髪入れずにデストロイヤーが砲弾を瓦礫に撃ち込むが、既に彼女はそこにいなかった。

 

「あら、あなた達が例の」

 

「──!45っ!どうしよう、ベクターがやられて、それでじーさんが動けなくなっちゃって……!」

 

 45が新たに移動した物陰の裏には、顔面蒼白で隠れている3名の姿があった。その中でも老人は特に酷い。特に怪我はないが、狼狽した様子で頭を抱え、とても正気とは思えなかった。

 

 スコーピオンは震える手で銃のマガジンを替えながら、今にも45に泣きつきそうな目でこちらを見ていた。

 

 ヴィーフリは恐ろしく動揺する老人を必死に落ち着けようとしているが、半ばパニック状態。

 

 彼女らは戦力外。どうやら自分だけで戦うしかないらしい。

 

「何か使えそうなもの持ってない?」

 

「ダメだよ……、ヴィーフリはもう弾切れだし、火炎瓶も使い切った。じーさんはショックで動けないし、──一体、どうしたら……」

 

「ああもう、分かった。何とかしてみせるから、あなた達は……」

 

「あっ!」

 

 そう言うとスコーピオンは老人のポケットに手を突っ込む。

 

「これ、使ってよ」

 

 そう言って彼女が差し出したのは、拳銃の弾倉だった。

 

「ベクターのと共通なんだ。──お願い、その銃で、絶対あいつを倒して」

 

 45は頷いてそれを受け取り、()()()()()()見慣れない上着にねじ込む。

 

「出てこい、45!絶ッッ対後悔させてやるから!」

 

 デストロイヤーの叫び声。大きさ的にそこまで距離は無さそうだ。

 

 45はここを爆破されないようすぐさま飛び出ると、照準を合わせて引き金を引いた。

 

 強烈な上方向への反動を力ずくで押さえ込みながら、デストロイヤーへと弾をばら撒く。一方の彼女はそれを涼しい顔でやりすごしながら、二つの榴弾を放った。

 

 一発目は進行ルートの少し先。怖いが、当たらないだろう。そのまま走る。

 

 二発目は45のすぐ後ろ。一発目で止まっていたら被弾していた。なるほど、あいつにしては考えたなと少々感心する。

 

 45はそのまま燃える家の裏へと転がり込んだ。

 

「45ゥ……!そんな所に隠れたって無駄よ!」

 

 続けざまに何回か発射音が聞こえた。ここを狙っての攻撃に違いない。

 

 45はすぐさま走り出し、発煙手榴弾を投げて射線を切ろうとする。

 

 いつも通り、腰から取って使おうと、彼女は手を伸ばす。

 

 ──ない。あるべきものが、ない。

 

 もう物陰は飛び出した。もう逃げようがない。その事に一瞬戦慄したが、もう一度別の場所へと滑りこもうとして、

 

 気がつけば隣に、笑顔でデストロイヤーが立っていた。

 

「しまっ──」

 

 彼女の手が45の首を間違いなく掴む。ぎりぎりと締めあげられるその感覚は、明らかな殺意を感じる。

 

 45は急いで左足に手を伸ばす。ブーツナイフだ。だがそれも無い。何故かはわからなかった。

 

 だんだん意識が薄れていく。このままではまずい。まだ右足の方にはナイフはあるはずと手を伸ばそうとしたが、その企みに気がついたデストロイヤーに腕を掴まれた。

 

 ──この機体はもう終わりか。

 

 些細なミスによって窮地に陥った45。惜しいが接続を切るほかない。そう確信し、意識を手放す──。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「助けなくてもいいの?」

 

「えっ──」

 

 スコープであの惨状を覗いていた私は、突然掛けられた声に驚きながら振り向いた。

 

 振り向いた先には、桃色の髪をした、背丈ほどはあるやたら大きなカバンを背負った子供が立っていた。

 

「なんで子供なんかがここに──」

 

「そんなことはどうでもいいけど、助けなくてもいいの?あれ」

 

 そう言って子供は私の隣に座って、燃え盛る森を指さす。あの方向はあの悪魔がいる方向。そして、鉄血のハイエンドと交戦している場所だった。

 

「何で助ける必要があるのかさっぱり分からないわね。あいつは私の仇よ。放っておけば、勝手に死んでくれるはず」

 

「ふーん。仇なのに、自分でトドメを刺さなくていいんだ」

 

「……。それは……」

 

 確かにそうだ。自分でやらなければ、仇討ちの意味が無い。すっかり失念していた。

 

「それに、あの中にはまだ人間もいる。早く助けに行かないと、WAみたいな人がまた増えちゃうわよ?」

 

「っ!?どうして私の名前を!」

 

 子供は悪戯に笑った。それで誤魔化したつもりだろうか。

 

「私の名前はネゲヴ。さあ、早く助けに行ってあげた方がきっといいわ。これはスペシャリストからの助言よ」

 

 ネゲヴはそう言うと、私の背中を叩いた。

 

 むっとしたが、確かに彼女の言う通りにした方がいい気がする。──こんな子供に指図されるなんて、少し悔しいが。

 

 私は荷物を持つと、そのまま悪魔の元へと走り出した。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 意識を手放す直前に、首を掴んでいた腕に強烈な振動がかかった。

 

「いっだぁぁぁぁっ!?」

 

「ッ!」

 

 遅れて轟音。おかげで覚醒した45は、デストロイヤーの手から受け身を取りつつ落ちた。

 

 轟音のした方向を見ると、そこには信じられないと言った顔で立ち尽くす人影があった。手にはライフルを持っている。

 

「──何やってるの!」

 

「……は?」

 

「もう一発撃って!早く!」

 

 45はその人形に怒号を浴びせると、我を取り戻した彼女はすぐさま得物を構え直す。

 

 ただし照準は45に向いている。

 

「ちょっ──」

 

 回避行動を取るが、間に合わない。そのまま放たれた大口径の弾は、寸分の狂いもなく45へ、

 

「ぎゃああああぁっ!?」

 

 行くどころか、デストロイヤーの腹部を穿った。そこは、45が背中側から撃って破損させた部位と全く同じ場所だった。

 

「あ……あぁっ、ウソよ、何でなの?」

 

「やるわね!もっとやりなさい!」

 

 何故か動揺するライフル人形に、45は発破をかける。それを聞いて、彼女は怒り狂ったように何回も引き金を引いた。

 

「ああああああッ!!」

 

 一発目。デストロイヤーの右肩。フレーム露出。

 

「クソッ、何でっ!」

 

 二発目。暴れる脚部に着弾。跪かせる。

 

「何で、あいつに弾が……!クソッ!」

 

 そして三発目。胸部中央に直撃。

 

「かはっ……あ、あぁ……」

 

 目を見開いたデストロイヤーは、両膝を地面につきながら、恨めしそうに睨む。

 

 次の瞬間、辺りを真っ白な白煙がつつんだ。

 

 小さな足音が聞こえる。それはすぐに離れていき、煙が晴れた頃には、デストロイヤーの姿は跡形もなくなっていた。

 

 間違いない──撃退したのだ。

 

 ライフル人形は弾倉を替えながら、ゆっくりとこちらへと近付いてくる。

 

「あんた──」

 

「助かったわ、本当に!」

 

「っ!?」

 

 45は見知らぬ人形の手を取り、心から感謝を述べた。

 

「おかげで貴重な観察対象──っと、なんでもないけど、とにかく本当にありがとう」

 

「ちょっ、は、離しなさい!」

 

 ライフル人形はその手を強引に振りほどくと、そのまま銃に手を掛けようとする。

 

「おーい!45!」

 

「──さて、色々守れたことだし、バトンタッチね」

 

 スコーピオンが走って来るのを遠目に見た45は、そのまま目を閉じる。

 

『メインフレーム、ログアウト処理中』

 

 ──さて、私がしてあげられるのはここまで。頼むから、次はあんなようなやつは相手にしないで。暇つぶしが無くなったらちょっと困るから──。

 

『ログアウト完了。自律行動を開始します』

 

 そんなような声が頭の中に響き、45は再び意識を取り戻した。

 

 ──まだ、状況が掴めていなかった。

 

 突然誰かの声が聞こえたかと思えば、身体が勝手に動きだし、信じられないような機敏な動きをする。

 

 まるで自分ではないかのような──。45はそう感じていた。

 

「45?どうしたの、そんな呆然として」

 

「え?あ、いや、なんでもないわ」

 

「それにしても──」

 

 そう言うと、スコーピオンは45と見知らぬ人形の手を掴んだ。

 

「凄いよ!あのデストロイヤーを、まさか本当に倒しちゃうなんて……!あたし、死んじゃうかと……」

 

「あの、えっと」

 

 隣の人形はしきりに瞬きをしていた。彼女が誰かは知らないし、多分スコーピオンとも面識は無いのだろう。

 

「けれど……ベクターは、私をかばって」

 

「……うん」

 

 向こうを見ると、ベクターの亡骸の隣には、既に老人が寄り添っていた。

 

「いこう、45」

 

 

 

「──クソッ、ベクター……何であんな奴にやられっちまうんだよ……」

 

「っ──」

 

 ベクターの隣で、老人はただうずくまっていた。

 

 彼の普段の様子とは打って変わってとても弱々しく、一気に歳をとったかのようだ。声は震え、今にも──死んでしまいそう。

 

「馬鹿野郎……」

 

 彼はベクターの手を、ただ力強く握りしめる。その手には、数滴の涙。

 

「おじいさん……」

 

「45……。お前……」

 

 老人は45に気が付くとゆっくりと手を伸ばす。ああ、きっと叱られるのだ。責められるのだ。そう思い、彼女はぎゅっと目蓋を閉じた。

 

 次に感じたのは、全身を包む温もりだった。

 

「よかった……お前さんは、生きていてくれて……」

 

「……!」

 

 目を開けば、彼の大きな体が、45を優しく抱擁していた。

 

「あいつは自分の命を賭してまで、お前さんを助けたかったんだ……。お前さんは、あいつの形見だよ」

 

「おじいさん……」

 

「ありがとうな。お前さんが来てくれて、あいつはきっと幸せだったよ」

 

 その瞬間、45の瞳には涙が溢れていた。

 

 ベクターは死んでしまったのだと。あの無愛想な彼女は、もう一生見られないのだと。そう思い、理解すると、突然悲愴感に苛まれた。

 

「おじいさん……おじい、さん」

 

「ああ……」

 

 気がつけば、四人の家族が互いに抱擁しあう光景が、そこには広がっていた。

 

「クソっ、辛気臭い……」

 

 見知らぬ人形はそう言うと、銃からマガジンを抜きながら、どこかへと去っていってしまった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「あいつはな、俺の娘が贈ってくれたんだ」

 

「娘が?」

 

 老人は頷く。

 

 辺りを夕日が照らす頃。

 

 十字架状に組まれた丸太が、地面に突き刺されている。その前には、小さな焚き火が、天まで高く煙を登らせていた。

 

 十字架には大きく、『Vector』と刻まれている。

 

「俺は元々軍人でな。それに憧れっちまった娘が、馬鹿なことにどっかのPMCに入社しちまったんだ。確か……グリフィン?とか言ってたな」

 

 彼は言う。

 

「それであいつのいつかの誕生日に、俺に『孫が産まれたよーなんてね』とかいって贈り物をしてきたんだ。それがベクター。ふざけてるよな」

 

「そんなことないわ」

 

「そうか?……それでな、そのベクターがまた娘の思春期の頃に似てるのなんの!あっという間に可愛く見えちまって、気がついたら本当に孫みたいに可愛がっててな。……ああ、あの頃が懐かしいな」

 

「おじいさん、泣いてるわよ」

 

「おおっ、すまんすまん」

 

 彼は腕で涙を拭うと、再度話し始めた。

 

「ただ問題があってな。ベクターのやつ、自分のことを機械だの商品だの卑下して止まない訳だ。いやっ、なかなか頑固だったな」

 

「だから、おじいさんは私たちを家族だと?」

 

「ははっ、お前さん、ベクターと同じこと言ってやがるな?」

 

「え?──うわっ」

 

 そういうと老人は優しく45の背を叩いた。

 

「理由なんかない。人間だろうがそうじゃなかろうが、一緒に過ごしてりゃあ皆家族だ!」

 

 彼はそういって、豪快に笑い始めた。つられて45も微笑む。

 

「それからは、二人でここに移り住んで、スコーピオンとヴィーフリを拾いながら楽しく暮らしてたってわけだ。老後は自然豊かな場所で生活してみたくてな。まあ危険な場所だが、楽しさの方が数倍上だな」

 

「そうね。おじいさん、毎日楽しそうだったわ」

 

 しばらく話していると、老人は突然数本の弾倉と、弾薬が詰まった箱を45に手渡した。

 

「──これって」

 

「ああ。銃と合わせて、貰ってくれ」

 

「でもこれ、形見なんじゃ」

 

「いいんだ。どうせお前さん、また妹を探しに旅に出るんだろ?死なれてもらっちゃあ困るからな。それに」

 

 老人ははにかむと、45の肩を持つ。

 

「言ったろ?お前さんはベクターの形見なんだ。お前さんがあいつの思いを継いでくれ」

 

 自分を押し倒してまで、爆風から守ってくれたベクターの顔が脳裏に浮かぶ。あの時の彼女はいつになく必死な顔だった。それだけ自分を助けたかったのだろう。

 

 45はただ黙って頷くと、老人は嬉しそうに笑った。

 

「あ、おじいさん。それに45」

 

 そこへヴィーフリとスコーピオンが歩いてくる。二人は何も言わず老人や45と同じように座った。

 

「ねえ、45?」

 

 ヴィーフリが口を開く。

 

「必ず、妹を見つけてね」

 

「そうだよ。ベクターと一緒にね」

 

 二人とも、45に笑顔を向けた。

 

 こんな、一週間程度の仲なのに。あまりにも優しすぎる。

 

 彼女らの温かさに、45は薄ら涙を流しながら答えた。

 

「……ええ!」




お前も家族だ(ファミパン)


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Destroyer

とても短いです。


 はっ、と目を覚ます。

 

 確か、自分はUMP45と戦って、よく分からないやつから攻撃を受けて、負けて……。

 

 ふと、通信が入っていることに気がついた。ドリーマーだ。

 

「……あの……」

 

『デストロイヤー?』

 

「ひっ」

 

 通信から聞こえる声。それは、あまりにも冷徹なものだった。

 

『失望したわ。まさか捕らえようとするどころか、殺そうとするなんて。私なんて言ったかしら?』

 

「捕まえてこいって……」

 

『そう。その上なんにも成し遂げられやしない。私は覚えてるわよ。出発する時に、何やら絶対だとか何だとか言ったことも』

 

 その言葉を聞いた瞬間、デストロイヤーの血の気が引いた。この後の展開を悟ったのだ。

 

「ね、ねぇ、頑張った、でしょ?だから──」

 

『頑張った?笑いでも取りに来てるのかしら。命令をこなせない人形なんて、ただの欠陥品よ』

 

「ひっ、嫌……違う、そんな欠陥品なんかじゃ……」

 

『残念だけれど。デストロイヤー、一生帰ってこなくていいわ。そこで補給も受けられないまま、野垂れ死になさい』

 

「やっ、やだ、ドリーマー!ごめんなさい、次は頑張るから!」

 

 返事はない。

 

「もう一回だけ……もう一回だけ、チャンスをちょうだい!まだ、死にたくない!」

 

 返事はない。

 

「どうして──!頑張った、これでも頑張ったのに……!ドリーマー、どりぃまぁ!」

 

 何度呼びかけても、何度叫んでも。二度と、ドリーマーからの返答が帰ってくることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですよ」

 

「っ!……?」

 

 突然、泣きじゃくる彼女の後ろから、腕が伸ばされた。それはあまりにも優しくデストロイヤーを包み込む。

 

「大丈夫。あなたは、私が死なせません」

 

「何……?あんたは、誰……?」

 

 優しい声。蕩けるような慈愛。デストロイヤーは伸ばされた腕をゆっくりと両手で握った。

 

「あなたの傷を治療したもの。死にゆくあなたに、手を差し伸べただけのもの」

 

 そう言われて見れば、自分が負った様々な傷口が、いろいろな方法で塞がれている。特に腹部に空いた穴は、上手い具合に、支障のない範囲で修理されていた。

 

 デストロイヤーはバッテリーを受け取ると、耐えられず口を開く。

 

「お願い……。名前を教えて」

 

「名乗るほどのものではありませんが……請われるのならば」

 

 そういうと、優しい声は小さく囁く。

 

「ウェルロッドMk-2。あなたの命を救うために私はここにいます。もう、あなたを傷付けはさせません」

 

 それは、デストロイヤーを戦場から引き戻した、命の恩人との出会いだった。



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False belief
花束をあなたに


(ウイルス)やだ……怖い……
ライダー助けて!


ほのぼのを書きたいなーって思ってます。
でも惨い話も書きたいんです。矛盾です。


「……どうして、私は」

 

 太い木の幹に寄りかかって、彼女はそう呟いた。

 

 昼の暖かい風が彼女の肌を撫で上げ、長い髪を少し揺らす。太陽の陽気も相まって、昼寝するには丁度いい天気だった。

 

 だが彼女、WA2000はどうしてもそうする気にはなれなかった。理由は簡単だ。

 

 友人の仇を目の前にして、何故か見逃してしまったから。

 

「やろうと思えば、やれたはずなのに」

 

 彼女は自分の行いを悔いた。あれは、千載一遇のチャンスだった。またとない、処刑のチャンスだった。

 

 しかしどうしてだろう。あの悪魔が、まるで他の人形の為に涙を流し、人間とも悲しみを分かち合う姿を見ると、銃を撃つ気がなくなってしまったのだ。

 

 それは、自分の復讐心とは明らかな矛盾だった。復讐をすると決めたのなら、何としてでもそれを成し遂げるべきだったのだ。相手になんの事情があろうとも、結局のところ友人をぐちゃぐちゃに解剖し、拷問した悪魔であることには違いない。

 

 ──それが出来なかったせいで、WAはただ口を噤んでいるのだが。

 

「はぁ──」

 

 WAはまた一つため息をつく。あの時から、彼女は数え切れないほどのため息を漏らしていた。後悔の念が頭をよぎっては離れないからだ。

 

 昨日から延々と思考がループしている。怒り後悔ため息、怒り後悔ため息。ここまで後悔するくらいならば、さっさと何かしらの行動を起こせばいいものを、彼女にとってそれだけは思考の外にあった。

 

「ねえ」

 

「いっ!?」

 

 突然掛けられた声に肩を竦ませながら振り返る。

 

「何でそんなにめそめそしてるの?」

 

「あんたは……」

 

 ネゲヴだった。昨日、大体今と同じくらいの時間に話しかけてきた、あの子供だ。

 

「どうしてあんたみたいな子供がここに……」

 

「そんなことはどうでもいいわ。何でそんなにいじけてるのかって聞いてるの」

 

 あの時と変わらず小さな体とは不釣り合いなカバンを背負った彼女は、目を逸らすことなくそう聞いた。

 

「あいつを殺せなかったからに決まってるじゃない」

 

「ふーん。何で?」

 

「何で何でうるさいわね!あんたには関係ないでしょ」

 

 まるで子供のように──実際見た目は子供なのだが──疑問をなげつけ続けるネゲヴに、WAはいらだちを隠すことなく言い放った。

 

 しかしネゲヴは怯むことなく口を開く。

 

「関係なくても知りたいものは知りたいの。だって──」

 

「っ!黙って!」

 

 突然WAがネゲヴの口を塞ぐ。何かと思えば、遠くから機械の作動音が聞こえてくるのがわかった。

 

 二足歩行の機械に搭乗するドラグーン、それに随伴する徒歩の人形が複数見える。

 

 WAは舌打ちした。

 

「鉄血の遊撃隊ね。こっちの方向に来てる。面倒だし、さっさとここを離れ──」

 

「その必要は無いわ」

 

「は?」

 

 するとネゲヴは、背中の荷物を下ろした。

 

 蓋を開けると、そこには巨大な鉄の塊が。──軽機関銃だ。

 

「これは……」

 

 ネゲヴはそれを軽々と取り出すと、慣れた手つきでバイポッドを展開する。そのまま一緒に地面に伏せ──

 

 撃った。

 

 凄まじい轟音と溢れ出る大量の薬莢。辺りに硝煙が立ち込め、独特な臭いが広がる。

 

 遠くを見れば、面白いように鉄血の人形がなぎ倒される光景があった。いきなりの奇襲に見るからにパニック状態に陥っていて、冷静に引き返そうとしたものから優先的に身体を蜂の巣にされていく。

 

 小さな身体からは想像もつかない手腕。WAは無意識のうちに冷や汗をかいていた。

 

 聴覚デバイスが響き渡る音に順応しつつある頃には、あれだけいた鉄血は残り少ない。

 

 そして発砲開始から十数秒。鉄血の遊撃隊は一人残らず地に伏すこととなった。

 

「……それじゃあ、話。聞かせてくれる?」

 

 WAが目を見開き戦慄するその目の前で、彼女は散らばった薬莢を拾いながら、笑顔でそう言った。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 あらかた話し終えた二人は、ネゲヴの意向によって物資補給をすることとなった。

 

 どうやらここから数時間程歩いた場所に、グリフィン傘下の街があるという。そこで、バッテリーや弾薬などを補給するのだ。

 

 そもそも実弾を使う戦術人形というのは稀で、さらに言えば既にこの時代の主力はレーザー武器に置き換わっている。

 

 となると普通の街では間違いなくバッテリーの補給しかできず、例え実弾を売っていたとしても身元不明の人形にそう易々と売ってくれるものでは無い。

 

 しかしグリフィン傘下の街となると話は別だ。街の中、もしくは近くには必ずと言っていいほどグリフィンの基地があるため、街ではその人形たちに対する補給手段が整っている。ネゲヴはともかくWAはグリフィンの人形のため、確実に利用できることだろう。

 

 WAはネゲヴの案内の元、足早に歩き始めた。

 

「じゃあその後、MP5はどうしたの?連れて帰ったりした?」

 

 少しして、自分より頭一つ分背の小さいネゲヴが、顔を見上げながらそう聞いた。

 

「……何も出来てない。あの時は、あいつに殺された怒りだけが先行して、復讐だけを考えていたから」

 

 そう言うWAの顔は、いつになく暗い表情だった。

 

 言われてみれば、自分はまだ何もしてやれていない。WAは思う。

 

 惨状を目にしたばかりで、弔いも何もしていない。せめて両手を組ませてやることすらも出来ていなかった。

 

「ふーん。じゃあ、何か手向けになるものでも買っていけば?」

 

「──そうね。そうしていく」

 

 ネゲヴはそれを聞いて、薄く微笑んだ。

 

 そうして特に何も無く、一時間ほど歩いたころ、何やら遠く後ろの方からエンジン音が響いてくるのを感じた。

 

「静かにっ……。あれは、車?」

 

 振り向いて地平線近くをスコープで確認すると、白いバンがこちらに走ってくるのが見えた。

 

「どこか近くに物陰は……」

 

「ないわ。まあ鉄血じゃ無さそうだし、運が良ければヒッチハイクでも出来そうじゃない?」

 

「バカじゃないの?こんなご時世でヒッチハイクとか、誘拐待ったなしよ」

 

 ネゲヴが軽口を叩くのを、WAが真面目に叱責する。だが近くに何も無いのは事実なので、手持ちの銃に弾が込められているかを確認してから道の脇に避けた。

 

 しばらくするとバンも大きくなってくる。このまま何も無く通り過ぎてくれればいいのだが──。

 

 そんなWAの願いも通じず、バンは目の前で止まった。

 

「よお姉ちゃん。その隣の子は妹か?」

 

「どうでもいいでしょ。さっさとどっか行きなさい」

 

「冷てぇなあ」

 

 車の窓を開けて顔を出した男は、愛想良く笑顔を振りまく。

 

 ふとネゲヴの方を見れば、親指を立てて右腕を突き上げている。彼女のせいで車が止まってしまい、面倒事に巻き込まれたと思うと、腹を立てずにはいられなかった。

 

「そこの嬢ちゃん。どこに行きたいんだい?」

 

「この近くの街まで!」

 

「おーそうかそうか。じゃあ乗っていきな」

 

 そういうと男は運転席から降りる。それと同時に、後部座席からも巨漢が二人現れる。

 

 彼らはWA達に醜い笑みを浮かべながら手を伸ばし、白の車へと招き入れようとする──。

 

 その手をWAは払い除けると、腰からナイフを抜いた。

 

「二度も言わせないで。命が惜しければ、さっさとどっか行きなさい」

 

 男は舌打ちする。

 

「テメェ、やっぱ人形か!子守り人形の癖して、人間様に刃向かってんじゃあねぇぞ!?」

 

「勘違いしないでちょうだい!私は殺しのため()()に生まれた人形よ。今すぐ私を侮辱したことを訂正して、ここから立ち去りなさい!」

 

 WAは一部を強調し、威圧するように言い放つと、逆手に持ったナイフを強く握りしめた。

 

「そうしたいのは山々だがなぁ?俺たちはそこの嬢ちゃんに教育してやらなきゃいけねぇんだ」

 

 男はWAの態度に顔をしかめ、懐から拳銃を抜く。

 

「こんな世の中で浮かれてる生意気なガキに、常識を叩き込んでやらなきゃなぁ!」

 

 そして男が得物を突き出した瞬間、WAは屈みながら男の懐に入り込んだ。

 

 拳銃が吼える。だが放たれた弾丸は地面へぶつかって弾けた。同時に彼女はナイフを首に突き立てようとしたが、ギリギリのところで腕を掴まれた。

 

「──ネゲヴ!」

 

 ちらりと後ろを見ると、大男たちがネゲヴへとにじり寄る姿が見えた。

 

「逃げなさい、ネゲヴ!」

 

 大男との距離は少しずつ縮まっていくにもかかわらず、彼女は無防備に立ったまま動かない。

 

 今すぐ助けてやりたいが、腕はこの男に掴まれているうえに、隙を見せれば撃たれてしまうことだろう。

 

「何してるの、早く!」

 

 もう一度大声で叫ぶ。それでもネゲヴは動かない。

 

「ネゲヴッ!」

 

 あと少しで彼らがネゲヴの肩を掴もうとした、その時。

 

「あ?」

 

 何かがまるで蛇のように男の体を登ったかと思うと、突然右腕がぽとりと落ちた。

 

「あ?ああ?」

 

 心臓の鼓動に合わせて、右腕からリズミカルに赤色が吹き出す。

 

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁああっ!?」

 

 そしてようやくその意味がわかった男は、肘から先が無くなった右腕を振り回しながら叫び、暴れ始めた。

 

「腕が、俺の腕がぁぁぁぁぁぁ!」

 

「うるさい」

 

 そういってネゲヴは大男の足を蹴ると、彼はいとも簡単に仰向けに転んだ。そのまま馬乗りになると、右手を大きく振り上げる。

 

 ──唐突に、辺りが静かになった。

 

 それは、死。それは、唖然。それは、恐怖。

 

 様々な感情、概念が渦を描くその中心で、ただ彼女は愉悦に顔を歪ませていた。

 

「てっ──てめぇ!」

 

 もう一人の大男が我に返り、銃を抜いた。

 

 だが、それではもう遅かった。

 

「え──」

 

 気がついた頃には、彼の両腿からは血が吹き出ていた。内側を大きく抉られたせいで筋肉が傷付けられたのだろう、たちまち前のめりに倒れ込む。

 

「がっ!?」

 

 ネゲヴが男の顎を掴み、そのまま力任せに上を向かせる。そして、露出した首元にはナイフの刃先。

 

 すると、何をされるか悟った彼の屈強な顔つきに涙が浮かんだ。

 

「い、嫌だ……死にたくない……!やめてくれ、殺さないでくれ……」

 

「ふぅん?命乞い?自分から仕掛けておいて、ずいぶんと情けないのね」

 

「違う、違う、あれは……!だから、お願いだ、頼──」

 

 どすっ。

 

 何ともつかない鈍い音がする。それと同時に、ナイフが情けなく懇願する男の喉を塞ぎきった。

 

 喉笛から風を切るような音が鳴る。同時に、首や口から滝のように赤色が溢れ出る。

 

 それと同じくらいの量の涙を流した後、痙攣していた身体はぴたりと動くのをやめた。

 

「あぁっ……」

 

 その頃にはもう、最後の一人は腰を抜かし、力無くこの惨状を眺めているだけだった。

 

 ぐじゅっと音を立ててネゲヴがナイフを引き抜く。刃は真っ赤に濡れ、先端からはゆっくりと血が滴っている。

 

 そして次に彼女の双眸は、腰を抜かした男の姿を捉えた。

 

 声にならない悲鳴。ネゲヴが一歩近づくたびに、男の足は暴れるばかりで何も起こさない。

 

 一歩。また一歩。次第に距離を縮めるのを、

 

「もう十分よ」

 

 WAが右腕を広げて静止した。

 

「もうこいつには戦う意思はない。危害を加えようが無い。もういいでしょ……?」

 

「……何で止めるの?」

 

「何でって──」

 

 ネゲヴがWAを睨みつける。その子どもの姿からは想像もつかない気迫に、WAは息を飲んだ。

 

「ねえWA。もしもこいつを見逃したら、どうなると思う?」

 

「そのまま、逃げる……」

 

「私は当たり前のことを聞きたい訳じゃないわ。私は、その先のことを聞いてるの」

 

「その、先のこと──」

 

 ふとWAの脳裏に、とある風景が浮かび上がった。

 

 MP5の、無惨な死体だ。

 

 轟く悲鳴を耳にしながらも助けられなかったあの時、WAはこう思った。──絶対に許さない。絶対に、()()()()()()、と。

 

 自分と多くの時を共有した親友を殺した悪魔を、この手で必ず葬り、無念を晴らそうと、そう誓ったのだ。

 

 そこまで考えたところで、彼女は気がついた。

 

「こいつを生かしたら、必ず復讐しに私たちの前に現れる」

 

 と。

 

「ビンゴ」

 

 ネゲヴが笑う。

 

「だからこそ、今あいつの息の根を止めなきゃ……って、WA!」

 

 ネゲヴが指さす。先には、死に物狂いで走り去ろうとする男の後ろ姿。

 

「撃って!早く!」

 

「……でも」

 

「何躊躇してるの!理解したんでしょ、なら!」

 

 急かされ、WAは素早く銃を上げた。

 

 スコープには男の背中が映る。このまま引き金を引けば、間違いなく彼は弾丸に貫かれることだろう。

 

 歯を食いしばり、肺から息を吐きながら、そのまま──撃った。

 

 銃声とともに男が倒れる。だが何故かむくりと立ち上がると、そのまま走り去ってしまった。

 

 背中にあるはずの傷は見当たらない。WAの放った弾は当たらなかった。いや、

 

「私には……できない」

 

 当てなかったのだ。

 

 銃を下ろす彼女を見て、ネゲヴは大きくため息をつく。

 

「でもまあ、それはそれ」

 

 すると突然WAの目の前に、サムズアップした右手が突きつけられた。

 

「ヒッチハイクは、出来たでしょ?」

 

 ◆ ◆ ◆

 

「あんた、最初っからこういうつもりで……」

 

 ところどころ舗装の荒れた道路を車で走りながら、WAはふとそう呟いた。返答はない。

 

 あれから彼女たちは、街で補給して夜を明かした後、しばらくしてから出発した。

 

 車の機動力は侮れない。あそこで車を奪っていなければ、街に到達するのは真夜中。つまり危険な夜道を進むことになっていた。

 

 おかげで沢山の物資も詰めることができた。それに、手向けの花も。

 

「ねえこれ、なんていう花なの?」

 

 揺れる車内で、助手席に座るネゲヴがそう言う。膝の上の花を落とさないよう大切そうに抱える彼女は、昨日と比べて何だか頼りなさげだ。

 

「アングレカムって言うらしいわ。……それにしても、こんな世の中でも花屋はあるのね」

 

「へぇ。変な名前」

 

 それからは特に何も起きることはなく、順調に旅を進める。

 

 やがて地平線に、大きなビルが見えてきた。例の廃都市だ。

 

 郊外の町を通り抜け、目的の場所へと進んでいく。そのハンドルさばきに迷いはなかった。

 

「降りるわよ」

 

 そういって、彼女は運転席から降りた。ネゲヴもそれに続く。

 

 WAは花束を受け取ると、数歩歩いて跪く。

 

「──久しぶり。MP5」

 

 WAは花束をそっと置いた。




ネゲヴ:戦闘ならなんでも出来る
WA2000:射撃以外ならなんでも出来る






ところで、アングレカムの花言葉ってなんだと思いますか?


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