金剛(壊) (拙作者)
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0 ぷろろーぐ

ついつい衝動のままに書いてしまいました…
しかもそれをハーメルン様に投稿するという暴挙。
皆様のお時間の僅かな足しにでもなれましたら、それだけで幸せです。
取扱説明書や規約は読んだ上で投稿したつもりですが、もし不手際がありましたら何らかの処理をとります。

H26.1.2 一部改訂しました。独自・捏造設定色が強いため、苦手な方はご注意ください。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

いつから、どこから奴等が現れたのかは解らない。

禍々しく軍艦に宿る恐るべき怪物--深海棲艦。

その力の前に今までの武器の一切が通じず、成す術もなく敗退していく人類。

 

だが、そんな彼らの前に救世主とでも言うべき存在が現れる。

人ならざるモノによって現代に甦った、かっての大戦の折に力を振るった軍艦と。

そこに宿る女性や少女達--艦娘たち。

 

彼女達の力を借り、心を通わせることのできる人物--提督を中心として。

人類は反撃に出た。

 

艦娘達と、深海棲艦との間で繰り広げられる、いつ終わるともしれない激しい戦い。

 

 

-これは。その最中に生み出された、ある艦娘の話である。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

人類が奴等--深海棲艦に牙を向けられて、どれくらい経ったのか。

救世主である彼女達--艦娘達と共に戦い始めてからいかほど経ったのか。

 

そんな中で、今日も世界中で絶えることなく両者の争いが続いている。

 

 

-この戦場も、その1つ。

 

激しく砲火が交わされ。

砲弾が入り乱れ、火花が舞い散る。

普段は平和な姿を見せている海原は、今、激戦の地と化していた。

 

2つに分かれた陣営。

少女達が宿る軍艦--艦娘達と。

化け物が宿る軍艦--深海棲艦。

 

互いに退く様子もなく、戦意の応酬を繰り広げる両者。

 

…しかし。よく見ると、明らかに両者に戦力に開きがある。

艦数は互いに5隻。

だが、その内訳は。

深海棲艦側は戦艦級が核に居座り、その周りを重巡級で固める。

大型艦艇を中枢に据え、その周りを中型艦艇で固めたその陣容は、押し潰されるかのような重圧感がある。

 

一方の艦娘側はと言えば。

5隻の内、4隻までが軍艦としては最軽量クラスである駆逐艦。

淀みのない動きから、かなりの戦歴を積んでいることが窺えるが。

それでも、深海棲艦艦隊と比べれば迫力不足は否めない。

 

一見して、圧倒的な戦力の差があることが一目瞭然な両者。

 

…が。

そんな状況でも、艦娘達に全く怯む様子は無い。

 

「艦列乱さず、そのままよ!」

 

縦一列に並んだ駆逐艦。

その先頭に位置する艦に宿る艦娘--暁が、甲板上で長い髪を風に乱れさせながら、小さな身体を震わせるようにして子供らしさを多分に含んだ声で叫ぶ。

 

 

 

「解ってる。やるさ」

 

2番目の艦に宿る艦娘--響が冷静さを失わず、静かな声で応じた。

声と同じく、沈着な瞳には何の揺らぎも無い。

 

 

 

「りょーかいっ!行っくわよー!」

 

続く3番目の艦に宿る艦娘--雷が、活力そのままに勢いよく答える。

声を聞くだけで伝わる活発さは、この局面でもまったく曇っていない。

 

 

 

「な、なのですっ!」

最後尾を務める4番目の艦に宿る艦娘--電が、どもりながら、けれど懸命に返答する。

内気で争いを好まず、心優しい眼差しを。今は怯むことなく戦いに向けている。

 

 

 

 

かっての大戦の折に第六駆逐隊として編成を組んだ暁型駆逐艦の4隻。

その艦娘として顕現しているのが彼女達だ。

顔立ち・体躯はいずれも幼さを色濃く残した少女のもの。

 

圧倒的な敵戦力を目の前にしている彼女達だが…その表情には絶望など一片も浮かんでいない。

 

なぜなら、あれくらいの敵など恐れる必要はないのだから。

 

 

 

『みんな、行けるな?』

 

彼女達に通信が入ったのはその時。

低く、けれど柔らかい青年の声。

それは、彼女達にとって最も身近な人間である、提督のもの。

兵器である自分達にも対等に、そして心を開いて接してくれる。

優しく、頼りになる人物。

 

その彼の声も、今、自信に満ち溢れている。

彼とて通信を介して、両軍の陣容を把握している。

が。

把握してなお、この落着き。

つまりは、彼も自陣営の勝利を微塵も疑っていない。

 

そして、それは彼女達も同様。

 

「当然よ!見てなさい!」

 

4人を代表して答えた暁の視線が前方に向けられる。

それを追うように他の3人の視線も。

そして提督の意識も、そちらに向けられる。

 

第六駆逐隊のさらに前。

単縦陣の先頭に-【彼女】は、いた。

 

 

山かと見間違えるような巨大な艦影。

動く要塞とでも言うべき分厚い装甲。

何者も近づかせないかのような大量の武装。

破壊の権化とでも言うべき、大きな砲口を広げる主砲。

 

-軍艦の中での最大カテゴリー、戦艦。

その中でも、旧式ながらも速力を兼ね備えた高速戦艦。

-金剛型1番艦、金剛。それが、この艦だ。

 

 

…だが。この艦の艦娘として顕現している【彼女】の姿は。

通常種の艦娘とは明らかに異なる、異質だった。

 

風にたなびく、透き通るよう繊糸のような艶やかな長い髪。

側頭部付近で編み込まれた髪塊。

美しさと凛々しさで形作られた可憐な容貌。

繊細さとしなやかさを合わせ持つ体躯。

その体躯を包むのは和と洋の融合衣装とも言うべき、清廉な巫女服と靡くスカート。

 

-ここまでは、通常の金剛の艦娘と同様だ。

だが、決定的に異なるのは-その瞳と、表情。

 

透き通った瞳。

…ただ、そこには熱がまるで無く。

無機質さをそのまま形にしたかのよう。

 

そして、それは表情についても同様。

真一文字に結ばれた口元。

彫像のように固まった頬。

 

冷静さでも冷徹でもなく、そもそも意志をまるで宿していない顔。

能面のようなその有り様は、顔立ちが整っているだけに。

より一層の近寄り難さを放っている。

 

 

 

 

 

かっての大戦時に活躍した数多の軍艦。

その情報を写し取って作り上げられた船体に、女性の管制人格が付随した存在。

それが、艦娘である。

 

いわば、大戦時の物言わぬ艦艇であった頃の情報こそが原本で。

それを元に、女性人格を伴って顕現した艦娘はコピーとでも言うべき存在だ。

 

原本は1つしかないが、コピーはいくらでも取れる。

故に艦娘については1艦娘1人というわけではない。

例を挙げれば、金剛という艦娘は他の鎮守府にも幾人か存在しているし。

艦隊の戦力として用いている提督も幾人か存在している。

 

そして、艦娘という女性人格についてであるが。

元の艦によって外見・性格が定まっている。

例えば金剛の艦娘は、巫女服とスカートという和洋折衷の衣装に身を包み、底抜けの明るさが特徴だ。

所属している鎮守府での待遇や、管理している提督の接し方によって多少の差異は出てくるが、根幹の部分は共通している。

 

 

…―けれど。【彼女】は、どうだろうか。

外面こそ金剛という艦娘のものだが。

その在り様は、まるで違う。

 

 

そこに、よく知られている金剛という艦娘の姿は無い。

快活で溌剌。

積極性と行動力に長け、周囲の雰囲気を高揚させる抜群のムードーメーカー。

そんな、金剛という種の艦娘の共通特徴が-

【彼女】にはまるで無い。

 

 

表情を変えず、言葉を喋らず。

底知れない不気味さ。

得体の知れない、計り難さ。

 

 

 

…けれど、そんなことは。

この第六駆逐隊と彼女達の提督にとっては何ら問題では無いのだ。

 

彼らは知っている。

【彼女】が、その機械のような瞳の下にどれだけの思いを秘めているのか。

無表情な顔の下にどれだけの温もりを持っているのか。

その強さに。その優しさに。

今まで、どれだけ救われてきたことだろうか。

 

…彼らにとって、【彼女】は。

出会ってからずっと共に戦ってきた、何よりも頼りになる「仲間」なのだ。

 

 

「(あの時からだった、な。俺達の流れが変わったのは-)」

 

通信を介して戦場と繋がっている鎮守府に身を置きながら。

青年提督は、過去に思いを馳せる。

少しずつ追い詰められていた自分達が新たな道に踏み出すことができた、そのきっかけとなった、あの日。

【彼女】と、出会った日のことを思い起こす-・・・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

…さてさて。

人の心を完全に知ることはできないとはよく言われるが。

 

…実は、この場面もその例外では無い。

青年提督と第六駆逐隊の面々が確かな思いを胸に、決意を固めている一方で。

その中心に据えられているはずの【彼女】は。

 

-いや、正確には。

金剛の姿を形取ったナニかに宿った「彼」は。

何を思っていたのか。

 

言えることは1つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の心は何時だって擦れ違いなのである。

 

 

 

 

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海は広いな、大きいなー…

っていう歌は、実に良くできた歌だと思う。

そう、海は広くて大きい。

人間のちっぽけな悩みなど、丸ごと呑み込み、洗い流してしまうほどに。

 

思うに、人間には海に対する憧れが根付いているのではないだろうか。

時として人の掛け替えのない命を、いとも簡単に奪ってしまう無慈悲な自然の体現者。

それでも。人はどこかで海への憧れと親しみを持ち続ける。

きっと、それは人間が海から生まれたから。

 

人間だけでなく。

全ての生命の素となった、海。

正しく、命の母。

 

ああ、母よ。

そんなアナタに包まれていれば。

今のこの状況だって、きっと、なんとかできる。

 

-平凡な男であったはずの自分が。

どういう訳か、戦艦の分身であり、そのものでもある女の子になってて。

化け物どもからの容赦のない敵意と砲弾を浴びせかけられてるような、こんな状況でも。

きっと。なんとかできる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…訳ないですよねー。

 

ああ、母よ。

あなたでも、こんな俺の状況を変えることはできないのですね…

 

 

-ああ、もう…

畜生ぉぉぉぉぉぉぉっ!!

 

…と叫びだしたくても、全く反応してくれない今の俺の(仮の)身体。

己の感情すら微塵も外に表すことのできない無表情金剛ボディー。

 

 

 

何の変哲も無い、平凡な人生を送っていたはずなのに。

目が覚めたら、艦娘の金剛の姿になってました。

はは、ワロスwww

…で済まされてないのが今の状況である。

 

 

 

ど う し て こ う な っ た 。

 

いや、確かに艦これには嵌ってたし。

金剛ちゃん来ないかな~とは思ってたけど。

 

だからと言ってこれはないだろ。

 

胸が湧き踊り、心が熱くなるような幻想。

それは、二次元の世界だからこそいいのであって。

現実は、平凡平穏が一番なのだ。

 

 

そんな俺にとっては、今、身を置いてる状況は非常によろしくない。

何が悲しくて、化け物-深海棲艦と命を懸けて張り合わねばならんのだ。

とっとと逃げ出すに限る…と行きたいが、残念ながらそれもできない。

 

 

後ろに視線を向ければ自分の船体の後ろ。

整然と列を形作って続いている駆逐艦と、その分身として顕現してる艦娘達。

第六駆逐隊の面々である。

懸命なその姿と、可愛さ全開な外見は正に至宝。

彼女達と出会えたことはこの世界に来て得た、数少ない幸福の1つだね。

もちろん、あくまで眺めるだけであり。彼女達の嫌がることはしない。

理由をつけて無理やり触るとか言語道断だ。

YESロリータ、NOタッチだ。

 

…それでも目がにやけちゃうのは止められない。

元の世界の元の外見で晒してたら通報ものだろうなってツラを晒すとこだけど。

今の、無表情金剛フェイスは微塵も動かないので、内心を悟られる心配は全く無い。

 

自分で見ても不気味な、機械みたいな目だけど。

こういう面でみれば感謝感謝だな。

いくら内心で鼻息荒くハァハァしててもバレないよ!やったね!

 

 

 

 

-え、提督?

…まあ、感謝はしてるのは間違いないな。

欠陥艦娘である俺を処分せずにいてくれてるし。

 

ただ、まあ。

奴に贈る言葉はこれ1つである。

 

 

 

-リア充は、敵だ!!

 

いや。

奴がこれまたよくできた人間なんだ。

すらりと伸びた身長と、凛々しさと力強さを合わせ持った顔立ち。

そんな紛れもないイケメンで、その上、性格も良いと来てる。

精神的な強さと他者への思い遣り。

自分に厳しく、他人に優しく-を体現してる男だ。

 

当然、モテる。

自らの艦娘である第六駆逐隊の面々は勿論。

他の数多くいる提督所属の艦娘の中にも好意を寄せる者が数多くいるらしいし。

同じ人間の女性からも熱い視線を送られてる。

奴にラブレターが届かなかった日は、ほぼないんじゃないだろうか。

 

 

…ここまでやられちゃ、悔しさすら湧かないよ、ははは・・・

 

 

 

――なんてことは無い。

 

他者の完璧さを許容できるほど、俺はできた人間(今は艦娘になっちゃってるけど)ではなく。

そんな俺にとっては。

外見性格共に超一級な奴は…妬ましくて、たまらないのである。

 

正直、感情が抑えきれず。

元の世界だったらもろに悪感情丸出しの表情だったろうが。

そこは安定の無表情金剛フェイス。

いくらマイナス感情を抱こうが、相手には全く伝わりません。

 

無表情な顔が、これほど便利だとは。

これで、いくら妬んでも大丈夫だね!

 

 

…まあ、正直な話。奴には心底感謝してるけどね。

奴がいなければ、とっくに俺はお陀仏だったろうし。

こちらを見下したりせず、対等な目線で接してくれるからな。

 

 

そんな提督とロリッ子達が頑張ってるし。

まあ、目立たない程度にお手伝いはしようか。

自分の命が危なくなったら直ぐにスタコラだぜー…なんて思ってたら。

 

変なフラグが立ち続けて、今に至る。

ここまで来たら、逃げたくても逃げれません。

 

 

 

 

いやもう。

どうしてこうなったのか。

どこで間違えたのか。

 

後悔で胸焼けを起こしそうになりながら、過去のことを思い起こす。

この世界に来た、あの日のことを。

 

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ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
金剛ちゃんファンの方、こんなの書いてすみませんorz
こんなの書いてるから私の所には金剛ちゃんが来てくれないんですね。

少しでも皆様の時間の足しになれましたでしょうか。
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました!


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1 はじまり

調子に乗って2話目投稿。一年の最後にこんなの投稿させていただいていいのでしょうか。

※今回、長めです。疲れたり、疲労が溜まったら無理せずにお休み下さい。

※H26.1.2及び1.3に一部改訂しました。
※H26.1.26に誤字修正しました。


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深海棲艦と呼ばれる、人類に牙を剥く怪物共。

そんな奴等に対抗すべき存在である、かっての軍艦の情報をコピーして再現し、そこに管制人格とでも呼ぶべき女性体が付随した存在-艦娘達と。

彼女達と心を通わせ、共に戦うことのできる能力者-提督達。

彼らの拠点であり。

人類全体にとっても重要な防衛施設が、鎮守府と呼ばれる場所である。

 

提督や艦娘達が数多く存在するのだから、その拠点である鎮守府の数も膨大な数に上る。

母港の大小から在籍している艦娘の違い、設備の充実性など、鎮守府ごとに規模・戦力は千差万別だ。

 

 

その中の1つが、ここである。

深海棲艦との戦線の最前線近くに設置された、小規模な鎮守府。

設備や母港等から宿舎の内装に至るまで、小さな傷や錆などが随所に見受けられるが。

そこには余計な汚れなどは無く、住人達によって丁寧に手入れされていることが窺える。

 

 

そんな鎮守府の中でも最も重要な場所である一室。

責任者である提督が腰を落ち着ける提督室。

 

「くそっ!」

 

普段は心地良い静寂によって満たされているこの空間に、怒鳴るような悪態と、物を殴打した鈍い音が響く。

室内のやや奥の執務机に身を置き、机上に振り下ろした拳を震わせる若き青年。

彼こそが、この鎮守府の提督である…が。

精悍さ・凛々しさに満ち溢れ、婦女子であるならば思わず見惚れてしまうであろうその容貌が。

今は全身を駆け巡る怒りによって強張り、朱に染まっている。

 

 

身体の血を沸騰させてしまうかのような憤りに身を震わせる彼に。

静かに、声が掛けられた。

 

「司令官。落ち着いてくれ」

 

声を掛けたのは、彼の前に立つ4人の少女達の中の1人。

いずれも幼さを色濃く残した容姿であり、彼女もその例外ではないのだが。

外見年齢には見合わぬ冷静さを秘めている。

 

「…響」

 

そんな彼女-艦娘「響」の声に、彼は顔を上げた。

 

「そんなに怒っていては、身体のリズムを崩してしまうよ」

 

抑揚のない口調だが。

向けられる言葉には労わりが強く込められていて。

 

 

 

「そうそう。もっと明るく、元気出して行きましょ」

 

次に掛けられたのは、明瞭で快活な声。

 

「…雷」

 

「私達、これからもっと頑張っちゃうから!だから、心配しなくても大丈夫よ」

 

持前の明るさと行動性を象徴するような大きな瞳と、八重歯の覗く口元。

活発性の塊ともいえる艦娘「雷」の笑顔は、いつだって思い遣りに溢れている。

 

 

 

「そうよ。もう一人前なんだから!」

 

 

続けられたのは、大人びた声…を気取った、幼さの色濃く残る声。

 

「…暁」

 

「だから。司令官が自分を傷付ける必要なんて、ないわ」

 

精一杯の思いで放たれた言葉。そこに込められているのは、配慮の色。

子ども扱いされることを嫌い、普段は何かと背伸びしがちな彼女だが。

内に秘めた周囲への慮りは、彼女-艦娘「暁」が確かに人を気遣うことのできる淑女である証。

 

 

 

「なの、です」

 

 

最後を締めるのは、気弱く、けれど暖かさに満ちた声。

 

「…電」

 

「電達は大丈夫なのです。それよりも司令官さんが自分を傷付けてることの方が、つらいのです」

 

悲痛を湛えた、大きく柔らかな瞳。

砲火を交える敵すら気に掛けるほど心優しき彼女は、常に周囲を心遣う。

そんな彼女-艦娘「電」の優しさは、こんな時でも。

いや、こんな時だからこそ心に染み渡っていく。

 

 

「…すまない」

 

第6駆逐隊の面々の思い遣りによって彼-青年提督の頭に血が上っていた頭は急速に冷まされ。

そのあとに来たのは、猛烈な自己嫌悪。

実際に戦場に出て戦うのは彼女達だ。

それを気遣い、ケアするのが自分の役割なのに。

そんな彼女達の前で感情を爆発させてしまうなど…

 

恥じ入るかのような青年提督の謝罪。

けれど彼女達は全く気にしていなくて。

4人を代表し、暁が胸を張って答えた。

 

「何も謝る必要なんか無いわ。司令官が私達のことを考えて怒ってくれたのは解ってるもの」

 

それは虚栄などでは無く、本心。

 

 

青年提督と彼女達が籍を置くこの鎮守府は、拠点として考えれば欠点ばかりだ。

城というより砦とでも形容すべきな小さな規模で、それに伴う設備も貧相としか言えない状態。

母港は小さく、艦を修理すべきドックは精々1隻が入る程度。

重機や修理機材も老朽化が進み、作業をこなすのに時間が掛かる。

 

それでも彼女達や提督自身、そして住み着いている妖精さん達によってこまめな手入れがされているために何とかなってはいるが。

 

何よりも大きな問題は-工廠が無いことだった。

 

これにより、建造によって新たな艦娘を増やすことができず。

新たな装備を開発することもできない。

着任の際に第6駆逐隊を拝領した青年提督は、ここに配属されると直ぐに工廠の建設を申請した。

 

 

 

-だが。

今日に至るまで、その許可は下りていない。

それでも青年提督は上層部に掛け合い続け、それでも反応が無いとなると直訴にも赴いた。

 

何度も、何度も。

 

 

しかし、その全ては徒労に終わっている。

上層部に出向いても、愚にも付かない下らない言い逃れを聞かされるだけ。

ひどい時には責任者が不在だの何だので追い返される始末。

これでストレスを溜めるなという方が無理である。

むしろ、今日までその爆発を抑えていた彼の精神力を褒めるべきであろう。

 

 

けれど、それでも彼は直訴を辞めない。

そうまでするのは-自分の艦娘である第六駆逐隊のため。

 

深海棲艦との戦いの最前線の1つであるこの鎮守府の周辺海域は、未だに制海権を握りきれていない。

頻繁に奴等が出没し、それを迎撃するために必然的に第六駆逐隊の出撃は多くなる。

絶え間なく繰り返される戦闘。

帰還し、入渠して修理した直後に息つく暇もなく再度出撃という事態も珍しくない。

こんな戦いばかり繰り返していては、彼女達に疲労が溜まってしまうばかり。

その蓄積が、やがては轟沈に繋がってしまいかねない。

 

それを防ぐには、より多くの艦娘を迎え入れて編成を組み。

戦闘行為や任務を分担させて、負担を分散させるしかない。

 

それには、艦を建造できる工廠は必要不可欠。

青年提督は、その為に幾度も直訴し続けているのだ。

第六駆逐隊の激務を、少しでも和らげるために。

 

 

それが解っているからこそ、彼女達はこの青年提督を心から慕い、信じている。

 

 

 

-そして、そんな彼女達を見る度に、青年提督は申し訳なく思う。

 

そもそも、こんな僻地に飛ばされてしまったのは自分に原因があるのだから。

 

提督としての才を授かり、着任した彼。

だが、2つの事態が不運を招いた。

1つは、彼が優秀であったこと(彼自身は己のことをそんな風に思ったりしたことは無いが)。

そしてもう1つが、彼が高貴な生まれでは無く、ごくありふれた庶民階級出身であったことだ。

 

旧くから続く組織というものには、ほぼ例外なく派閥や血筋が根付いており。

そしていつの時代も新参者を拒む。その者が優秀な場合は特に。

自分達の権益を邪魔されたくないために。

 

彼が身を置く「軍隊」はその代表的なもので。

結果、冷や飯を食わされている、という訳である。

 

しかも。

その冷や飯の食わせ方もより嫌らしいもので。

 

通常に疎むだけならば前線などに送らず、閑職にでも宛がっておけばいい。

その方が手柄も立てられないし、手間も掛からない。

 

なのにわざわざ戦地に送ったのは、いかに彼とて戦功は立てられまいという確信があったからこそ。

青年提督が赴任した鎮守府は、最初期の頃に試験的に建造された施設であり、当時から工廠は付随していなかった。当然、設備も古い。

深海棲艦との争いが激化する中で、いつしか最前線に放り出されるように放置されていた拠点―それが青年提督が赴任した鎮守府であり。

最前線基地と言えば聞こえはいいが、要は捨石だ。

制海権を確保できておらず、付き従う艦娘は4隻の駆逐艦のみ。

こんな状態では勢力維持すら覚束ない。

上層部の頭の中では、既にこの鎮守府は陥落予定地として計算されているのだろう。

そんな場所にわざわざ工廠を作るなど、彼らにとっては無駄でしか無い。

 

そして、この鎮守府が陥落したのなら。青年提督の責任が問われるのは間違いない。

事情はどうあれ、鎮守府の責任者として赴任しているのは彼なのだから。

当然、彼の経歴にはこのことが記載される。

 

組織・社会に身を置く者にとっては経歴というものは非常に重い意味を持つ。

それによって外部・上部からの評価が定まり、配属・昇進にも関わってくるからだ。

そんな経歴にマイナス評価が記されていたら…余程のことが無い限り、取り返しはつかない。

その上で閑職に回せば…青年提督は簡単には浮き上がってこれない。

 

 

ここまで手の込んだことをするのは、それだけ青年提督の能力が飛び抜けているからこそ。

放っておけば、あっという間に自分達の権益を脅かす存在になる。

そんなことになる前に、徹底的に潰しておくつもりだろうか。

 

その途中で彼に預けられた4人の駆逐艦娘が轟沈しようとも。

彼が命を落とすことになったとしても。

彼らは一向に構わないのだろう。

 

ただ、自分達の地位の安泰の為に。

これが、権力という魔物に憑りつかれた人間の姿である。

 

 

それで苦労するのが自分だけならいいのだが。

ついてきてくれている第六駆逐隊にまでとばっちりを食わせているのが、非常に申し訳なく。

 

だけど。

こんな中でも彼女達は懸命に頑張ろうと決意し、なおかつこちらを励ましてくれる。

そんな彼女達に比べて。自分はなんと子供なのか。

 

そして、自分は幸運だ。

こんなにも素敵な艦娘達が共に居てくれるのだから。

 

 

だからこそ、絶対に彼女達を沈めさせはしない。

艦娘達は兵器だ。

…だが、それ以上に。運命を託し、共に戦い、力を貸してくれる大切なパートナーだ。

甘いと嘲笑されようが自己陶酔と嘲笑われようが、彼はこの信念だけは捨てる気はなかった。

今までも、そしてこれからも、だ。

 

「さて、と」

 

決意を新たに、彼は立ち上がった。

 

「そろそろ出撃しようか。いつまでも【彼女】を待たせておくわけにはいかないからね」

 

そして歩き出す。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

母港へと足を進めながら、青年提督はここまでの流れを改めて思い起こす。

 

肝心の工廠の建造こそ今日も退けられたが。

その代わりに今日は直訴以来初めてと言える成果があったのだ。

 

-戦艦1隻の受給-

 

今まで拒絶一辺倒であった上層部から初めて得た成果。

これで戦力の増強という目的は、一部ではあるが達成できた。

それも強力な戦闘力を誇る海上の覇者-戦艦を編成に組み込めるのだ。

本来であれば喜ぶべきところなのだが…彼の心を占めるのは、不安。

 

 

受領した新たな艦娘である【彼女】を脳裏に思い浮かべる。

あの佇まいと在り様は、通常の艦娘とは余りに異質で-

 

【彼女】の姿を思い起こし、ゴクリと唾を呑み込んだ。

果たして、今回のことは成果と呼べるのであろうか。

あの時は、無我夢中で行動したが。

もしかしたら自分は、とんでもない貧乏籤を引かされたのでは…?

 

そして、それは恐らく間違ってはいないだろう。

自分達では測りかねる存在だからこそ、上層部は都合良くこちらに押し付けてきたのだ。

 

都合の良い駒と化してしまっている己自身への不甲斐なさと。

自分に付いてきてくれている第六駆逐隊の面々の負担を取り除ききれなかったという自責から、先程は感情を爆発させてしまったが。

 

 

…冷静になった今、胸中から不安が湧き上がってくる。

人は誰しも、未知のものを恐れる。

だからこそ、上層部も【彼女】を遠ざけた。

 

 

 

【彼女】は。

まるで、艦娘とは別の「何か」のようで。

底知れない闇のような-

 

 

 

 

「(っ!何を、考えている!?)」

 

慌てて頭を振り、彼は唇を噛み千切った。

自らへの戒めの為に。

口の中に滲んできた鉄のような血の味が、思考を冷やす。

 

【彼女】とて艦娘であり、これから新たな仲間となる存在だ。

それを、提督である自分が疑ってどうするのだ。

 

そう。

【彼女】だって、仲間なのだ。

改めて強く念じ直し、自らを戒めながら。

青年提督は、第六駆逐隊と共に母港に出た。

 

「すまない、待たせたね」

 

 

 

 

青い空と海。

そんな情景を背景とした母港。

 

そこで掛けられた彼からの声に、佇んでいた影が振り返り。

 

 

 

 

 

 

-宝石のような、温かみの全く感じられぬ瞳が向けられた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

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鼻を付く潮の香りと、寄せては返す静かな潮騒の音に包まれた海辺。

 

 

その海面に映っている、1人の美少女。

 

さて、この少女は誰でしょうか?

 

① 俺の彼女だよ、羨ましいだろ?

② 実は、女装癖が…あるんだ…

③ 遂に妄想(二次元)を具現化する能力を取得したぞぉぉぉ!

 

①は俺にとっては残念ながら外れ。未だに年齢=彼女いない歴に終止符を打てていませんし、その予兆も全くありません。

恋人なら二次元の向こうさ。フフ…

そもそも今、この場所には俺1人しかいないし。

 

じゃあ②なのかって?

いやいや、冗談言わんでくれ。他人に迷惑かけないんであれば、別に人の性癖にどうこう言うつもりはないが…俺には女装癖は無い。

…だが、まあ。完全な不正解とも言い難い、かもしれない。

 

それじゃあ、③なのかと言えば…それも違う。

そんな能力があるなら是非とも手にいれたいもんだが、残念ながら現実という壁を前にしては叶いっこありません。

…だが、これまたある意味でまるっきり大外れというわけでもない。

 

じゃあ正解はと言うと-

 

 

 

 

 

④ 目を覚ましたら、自分がゲームに登場する女の子キャラになってました♪

 

これが正解でっす!

正解された方、おめでとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

……

………

ふ ざ け る な !

 

 

…と、怒ったところで。我が身に起こったことは変えようが無いのである。

 

 

艦これ、というゲームがある。

ものすごく大ざっぱに言えば。

大戦時に活躍した軍艦達を少女として擬人化させた存在-艦娘を集めて、育て。

深海棲艦という化け物(敵艦?)を相手に戦っていくというゲームだ。

 

奥深いところもあり、夢中になってプレイする人も多い。

まあ、かくいう俺もその1人だった訳だが。

 

で、いつも通りの日常を送り。

寝る前に艦これをプレイして、布団に入り。

 

 

目を覚ましたら、艦娘になってました…

 

いやはや、全く意味が解らない。

ひょっとしてまだ夢の中にいるんじゃないか?

そう思ってしまうくらい現実感が無くて。

とりあえず、ここに来るまでのことをざっと思い出してみる。

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

『第13工廠から連絡が入りました。間もなく完成するとのことです』

 

『そうか。かかった建造時間からして戦艦級か?』

 

『おそらくは間違いないかと』

 

『ふむ。では仕上がりを見に行くとするか。種類によっては直ぐ実戦投入もあり得るぞ』

 

『解りました。ではこちらへ―』

 

 

どこかの工場のように大勢が寄り集まって何か固い物を加工している金属音と喧噪。

その中で拡張されて聞こえてくる、電子に乗せられた音声。

 

電車の中で居眠りをしていたら、駅に到着した車内放送で突然起こされたような。

そんな急速に引っ張り上げられるような感触と共に、目を開けると…

 

そこは元の部屋とは似ても似つかぬ場所だった。

 

鋼鉄で組まれた幾重もの足場と、何台も配置されている重機や設備の数々。

立ち込めている油や鉄の匂い。

 

まるで、工場のような光景で。

けれど、これは決して現実で在り得るものではない。

なぜなら、この広大な空間のあちこちを。

童女のような姿をした、2~3頭身の生物が無数に飛び回っている。

その姿は、まるで妖精のようで。

だけど、そんなものは現実には居るはずもないのに。

 

そんな俺の意識を引き戻したのは、眼下から聞こえてきた声。

 

「ほう、金剛か」

 

「旧式艦ではありますが、主力に成り得る型ですよね」

 

…はて、金剛?

なんのこっちゃと思いつつ声の方に目を向けてみる。

 

そこにいたのは、軍服に身を包んだ壮年の男性の集団。

たまたま、衣装を着けているだけでなく、普段から着慣れている感がする。

それは、この集団がある職業に就いていることを示唆しているもので。

 

-え?

なんでこんなとこに軍人さんが?

 

と、そんな疑問を抱く間も無く、彼らが、固まった。

いや、硬直したと言うべきか。

 

「な…何だ、こいつは…?」

 

 

 

-いや、「何だ」ってあんたら。

ただ視線を向けただけじゃないすか。

どこにでもいるようなこんな平凡な男に向かって何を…

 

 

 

 

-違和感に気付いたのは、その時だった。

どうにも、身体の感触がいつもと違う。

いやにしなやかで柔らかいような…?

 

おまけに、いやに高い位置にいるな。

何時の間にこんなとこまで登ったんだ?

 

そう思い、下に視線を向けると。

 

 

 

足元に広がる、流線型の鋼鉄のカタチ。

それは、水の上に浮かんでいて。

その水面に映っているのは、自分とは似ても似つかぬ美少女の姿。

 

流線型のカタチは、いわゆる船であり。

それも、軍事装備を大量に積んだ軍艦であり。

その甲板上に立って水面に映し出されている美少女は、俺がプレイしてるゲームで見覚えがあり。

 

 

-軍艦。そして、少女。

ここから、連想されるのは…

 

 

 

 

 

 

……

艦これの世界で、艦娘になっちゃってるぅぅぅ!?

 

 

いやいや、そんな馬鹿な…と思いたい一方で。

その動かぬ証拠が1つある。

この広大な空間を飛び回っている童女のような姿をした生物。

まるで妖精のようだとおもったが…よく見るまでもなく、こいつら艦これの妖精さんじゃん!

 

おまけに、今の俺の体になってるのは-艦これの、とあるキャラのもの。

数多い艦娘のなかでも代表的な1人である金剛。

それが、今、俺になってて…

 

そんな混乱する思考の中でまず思ったのが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-あ艦これ。

 

 

 

今の容姿への突っ込みだった。

 

 

いや、外見が金剛なんだから紛れもない美少女であるのは間違いない。

 

 

…ないのだが…

本来の金剛の魅力が全く宿ってない。

彼女の魅力は数多くあるが、その代表的なものが溌剌さと行動性だと思う。

見ているだけでこちらも元気にさせてくれるような活発性とエネルギッシュ。

 

-そんな彼女の特徴が、このボディには皆無なのだ。

 

まあ、ばっさり言ってしまえば。

 

 

 

 

――目が、死んでる。

 

いや、文字通り死人の目だよ、これ。

ハイライトが消えてるっていうか、瞳に光が宿ってない。

無表情無感情。

クールとか冷静とかそういう次元じゃない。

全身から漂わせる、まるでモノのような完全な無機質さ。

外見が超一級の美少女なだけに、余計にそれが際立ってる。

 

 

うん。

これじゃ、「何だ」ってドン引きされるわけだわ。

さっきから俺、色々不安とか感じてるのにまるで表情動かないし。

正直自分でもビビるね、この能面顔。

 

-で。いきなり軍人さん達が出て行かれて。

扉が閉められて。

船体が拘留されて。

変な機械やら妖精さんやらが拘留されている船体に取りついて。

 

それで、幾日かの後。

今、ぼんやりとしてる俺の目の前。

再び集まった軍人さん達は話を纏めてるようである。

 

 

「ど、どうしましょうか…?通常の金剛とは明らかに異なっていますが」

 

「今まで嫌というほどの艦娘に目を通してきたが…こんなモノは、見たことも聞いたことも無い」

 

「異常ですな、コイツは。-いや突然変異とも言うべきなのか」

 

「我々で御せるのかどうか…いや、そもそも本当に艦娘なのかどうかすら疑わしく思える」

 

「災いの元になりかねない。ここで廃棄・解体すべきでは?」

 

 

 

 

-ヲイ。

今、聞き捨てならん言葉が聞こえたんですけど。

 

廃棄って。解体って。

 

 

…ははは、またまた面白いご冗談を…と言いたいとこだが。

大真面目な顔で話してる軍人さん達の様子を見る限り、真剣と書いてマジである。

 

 

え。ちょ。マジすか。

目覚めたばかりでいきなり終了ってか。

コンティニューは?あ、無しですか、そうですか。

じゃあここでゲームオーバー、と。

 

 

はははは…

 

 

 

 

 

って冗談じゃねぇぇぇぇぇぇ!

いやいや、やめてください死んでしまいます。

土下座でも何でもやりますから!

廃棄は、解体は勘弁してぇぇぇぇぇぇ!

 

って内心では無様に泣き乱れてるとこなのに。

無表情金剛ちゃんの鋼鉄フェイスは全く微動だにしません。

それこそ眉1ミリすら。

 

ちょ、やめろって。

動け、動いてよ無表情金剛フェイス!

ここで、ここで動かなきゃ俺が死んじゃうんだ!

だから、動いてよ!

 

…と言っても、どこかの主人公少年でもない俺には何かの補正があるはずも無く。

相も変わらず、徹底した鉄面皮。

 

それを見て、ますます意見を固めていく軍人さん達。

 

…まあ当然である。

目の前で自分が処分されるって話をされてんのに、全くの無反応。

これで、警戒するなと言う方が無理な話だ。

 

 

 

-つまり。

THE・END?

 

 

「では、この艦娘については廃棄ということで-」

 

 

NOOOOOOOOOOOO!

 

 

-と、内心だけで(外見は相も変わらず微塵も動いてない)ムンクの叫びを上げた俺に、救いの手が差し伸べられたのはその時。

 

 

 

 

「お待ちください!」

 

入口の方から聞こえてきた叫び声と共に、1つの影が駆け込んできた。

今までの声と比べると随分若いな、と感じたけど。

その予想に違わず、入ってきた人物は俺のことを話してた集団と同じく軍服に身を包んではいるが随分と若い男性だった。

20代前半かそこらの、青年と言うべき年頃だ。

 

さて、奴の顔を見て。

こんな時だというのに、俺の思考に浮かんだのは。

 

 

 

 

-イケメンは、敵だ!

 

などというあまりにも場違いな感想だった。

 

いや、だってさ。マジでイケメンなんだもん。

外見だけじゃなくて、雰囲気とかそういうのも全部含めて。

主人公という概念をそのまま現実に持ってきたような。

 

そんな存在を目の当たりにしては。

平凡な俺としてはついつい湧き上がる嫉妬を抑えきれないというか…ねぇ?

 

 

 

 

などという俺のコンプレックス丸出しの勝手な主張など知る由も無く。

話は展開する。

 

入ってきた青年に対して、軍人さん達が顔を向ける

 

-けど、どれ1つとして青年に好意的なものは無い。

むしろ、その逆。

まるで邪魔者を見るかのような…

 

「少佐。君をここへ呼んだ覚えは無いが?」

 

集団の中でも中心に居る軍人さんから発せられた声は硬く、冷たい。

 

なるほど。年から考えてもそうだけど、このイケメン青年はまだ新米か。

少佐というのは提督の中では最低位の階級だ。

 

返答に詰まった青年に対し、軍人さん…めんどいから爺とでも呼ぶか。

爺が畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「大方、艦娘の解体の場を見てしまい、後先考えずに飛び込んできた…というところかね」

 

その言葉に青年は口を噤む。

 

…って図星っすか。

お偉方が居るところに、衝動のままに突っ込むとか…ある意味すげえ。

 

「情にあふれた性格は相変わらず変わらないようだねえ。我々としても、あやかりたいものだよ」

 

侮蔑を滲ませた嫌らしい笑いを浮かべてる時点で、嘘だって言ってるようなもんだぞ爺。

 

「しかしね、君は艦娘に感情移入し過ぎる。人の形を取ってはいても、彼女達は兵器なんだよ。

 ならば、より強くする為の手段を取ることは当然じゃないかと…」

 

「-お言葉ですが!」

 

傲然さと優位性を滲ませた爺の言葉を、青年が強い言葉で遮った。

おお、臆することなく自らの意見を言うとは…すごいぜイケメン君。

…だけど上官に反抗するって、軍という組織じゃヤバイんじゃね?

 

「自分とてそのことは承知しておりますし、その為に近代化改修の礎として解体される艦娘がいることも解っています」

 

近代化改修。

艦これの世界では重要な要素であり、ゲームの進行・攻略の為には不可欠な項目だ。

簡単に言えば-ある艦娘を強くするために、他の艦娘を…言い方は悪いが餌にするということである。

 

「しかし。その際にも彼女達を説得して納得してもらった上で眠りについてもらい。

 そのことに感謝しつつ残った船体を礎にするのが、力を貸して貰っている者としての最低限の

 礼儀だと、そう考えます」

 

なるほど、この世界じゃそういう方法も取れるのね。

で、爺共は無理やり解体しようとしてた訳ね。

 

しかし、まあ。

かっこいいじゃないかイケメンさん。

俺が女だったら惚れてるとこだぜ。

 

 

 

…ってあれ? 俺、今、女になってね?

 

 

 

 

「意見を聞くことなく解体に取り掛かるのは、余りにも無体が過ぎるのではないかと-」

 

「過ぎるというのならば君は言葉が過ぎるな、少佐」

 

なおも言い募ろうとした青年の言葉を、今まで話してた爺とは別の爺が遮り。

青年は再び口を閉ざす。

 

やっぱ、軍ってタテ社会だからね、階級にはそう逆らえないか。

 

「そもそも君は-」

 

「まあまあ、待ちたまえ」

 

なおも叱責を続けようとしていた爺を、先程までの爺…区別するのが疲れてきたからボス爺でいいや…ボス爺が宥める。

 

「我々としても、君のその姿勢には頭が下がるよ」

 

気味が悪いほど穏やかな声。

猫撫で声って、こういう声音のことを言うんだな。

 

「思えば君が再三申請してきている工廠の建設要請にも、我々は諸事情から応えられていなかったからね。丁度いい」

 

そして、その声のままボス爺は続ける。

その顔には冷たく、黒い笑み。

まるで格好の策略を思いついたか悪役のような…

 

 

 

 

 

 

「君に、この金剛を渡そうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

……

………

…………What?

 

 

 

 

 

 

「君ならば、この艦も上手く使えると思うのだが…引き受けてくれるかね?」

 

呆然としてる俺のことなど無視してボス爺は話を切り出した。

(相変わらず無表情顔は全く動かないんだけれども)

 

しかし、ボス爺め…言葉こそ好意的だが、その裏にはイケメンさんへの明らかな害意が透けて見えるぞ。

要は自分達じゃ手に余るから押し付けようってことじゃないか。

 

それでイケメンさんが上手く扱えれば深海棲艦への有効な戦力になるし。

上手く扱えなければ、イケメンさんに責任を取らせることができる。

むしろ、それを望んでるのだろうか。

どうにも爺共はイケメンさんが邪魔のようだからな。

 

なかなかエグイ手を考える。伊達に年食ってるわけじゃないってか。

 

 

 

 

……

なんて、冷静に分析してる場合じゃねぇぇぇ!

ここでイケメンさんに拾ってもらえなかったら、俺、解体処分じゃんか!

 

 

「…は…」

 

イケメンさんも流石にすぐには対応できないようで。

視線をこちらへ向けてきた。

 

見れば見るほど芸術品みたいな顔だぜ。

スター俳優や芸能人みたいな…

 

…普段なら反射的に反感を持って見返してしまうところだが。

 

この状況じゃそんなことできやしない。

ってか、何とかせんと解体行きだ。

ここで拾ってもらわないと…

拾ってもらっても戦場行きは避けられないし、下手したらもっとつらい状態になるかもしれないが…

少なくとも、この場は凌げるのだ。

 

お願いです、イケメン提督様!

どうか、どうかこの私を拾ってください!

この通りでございます!

どうか、どうか…!

 

内心ガクガクブルブルの鼻水・涙まみれ。

おそらく本来の心身でここにいて、同じ立場になってたとしたら。

恥も外見も無く、見苦しいまでに土下座し、懇願してただろう。

事実、俺は心底、そう行動するつもりだった。

だが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の俺の体である鋼鉄金剛ちゃんが、全く動いてくれないんだ♪

 

 

俺の内心など知らないとばかりに、最初の状態から微動だにせず。

不安そうな顔も、庇護欲を掻き立てるような笑顔も全く浮かべず。

徹底して無表情顔のまま。

 

 

 

 

…終わった。

こうまで感情の動きを見せない艦娘を拾おうなどと思うだろうか。

不気味さと胡散臭さに包まれた得体が知れないような存在など、戦力として計算し難く。

むしろ、艦隊に不和を齎しかねない。

真っ当な提督なら遠慮するところだろう。丁重にお断りするのが当然の流れである。

 

ふ、短い生だったぜ。

辞世の句でも詠むか。

 

 

俺、俳句なんてできないけど。

 

 

 

 

「-承りました。こちらの金剛、受領させて頂きます。元帥のご厚意に感謝致します」

 

 

 

 

 

 

 

ふぁ?

今、ありえない言葉が聞こえたような…?

 

「そうか、受け取ってくれるか」

 

厄介者を邪魔者のところに追い払えてご満悦のボス爺の様相も、今の俺の視線には入らない。

 

「君ほどの能力ならば、この艦も上手く運用できるだろう。期待しているよ」

 

「-は!」

 

嫌味と恫喝も入り混じったボス爺の言葉を正面から受け止めるイケメンさんを、見ていた。

 

…正気デスカ?

いや、俺としても嬉しいけどさ。

こんな存在を自艦隊に迎え入れるとは…

 

 

そんな俺の視線に気付いたのか。

イケメンさんはこちらに顔を向けると。

表情を緩めて、言った。

 

「これからよろしくな。色々と至らない所ばかりで君にも迷惑をかけてしまうと思うけど…

 頼りにしてるよ、金剛」

 

そう言って浮かべた笑顔は、どんなスターよりも輝いてみえて。

透き通った、優しげな笑み。

こんな顔を見せられては大抵の女性は一発で参ってしまうだろう。

 

普段なら、嫉妬渦巻くとこだけど。

さすがにこんな場面では湧き起こらない。

 

イケメンさん、アンタ、凄いよ…!

 

 

よ~し。

救ってもらったわけだし、ここは心を込めたお礼を言って。

ウインクの1つくらいはサービスしてあげちゃうぞ♪

 

 

 

 

 

 

 

……

まあ諦めざるを得ませんでしたが!

 

何しろ表情が全く変わらないのである。

こんな状況でウインクをしたとする。

無表情で目だけウインク…うん、逆に怖いわ。

 

ならせめて笑顔でも…と思ったが。

口元を綻ばせて笑顔を浮かべることもできません。

 

目を閉じたり、食物・飲料の摂取のために口を開けたり、等といった生理的動作については問題なくこなせるようなんだが…

感情・表情といった類の、コミュニケーションに関する能力が、全くのゼロ!

俺が心中で何を思っていようが、外面は相も変わらずの能面顔。

 

 

恩人に感謝の気持ちも伝えられないって、どうなのさ。

さすがにちょっと落ち込むぜい。

 

 

こうして暗鬱たる気持ちで、俺はイケメンさんについて行ったのであった。

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

……

それで、今、イケメンさんの赴任地であり。

これから俺が居を置く拠点でもある鎮守府に来てるわけだが。

 

 

最初に見た時の印象は…

 

 

小っさ!ボロい!

 

いや、仮にも提督に預ける拠点としてこれはどうなのよ。

設備や機械の老朽化が進んでるから、作業効率が低下して通常より余計に時間が掛かる。

その1つである艦の修理にしたってドックが狭いから1艦ずつしかできない。

極め付けに、工廠が無い。

だから新しい艦娘の建造も武器の開発もできない。

 

ゲームの初期状態よりさらに劣悪な環境。

 

普通なら詰んでるぞ、コレ。

それを保たせてるあたり、イケメンさんの優秀さが解るな。

 

救いなのが、資源だけは大量に備蓄されていることだ。

もちろん最初からあったものではなく。

戦闘の合間に、イケメンさんと彼の艦娘である第六駆逐隊で遠征に出かけ、少しずつ貯め込んだらしい。

 

全くもって頭が下がる。

 

 

そうそう、ここに来てイケメンさんの艦娘である第六駆逐隊と先程対面したが。

 

 

 

 

 

 

ヒャッハー!

ロリは正義だー!

 

 

…この鋼鉄ボディに感謝する時が来るとは思わなかった。

そうでなければ、通報モノのツラを晒してただろうからな。

 

いえね。だってこう、しょうがないんですよ。

可愛いんだから!

可愛いは正義!

ロリ万歳!

 

 

-ま、彼女達は明らかにこちらから距離を置いてましたけどね。

俺の内心が漏れてるはずは無いから、純粋にこちらの在り様を見て警戒したんだろう。

うん、俺でもそうする。

こんな得体の知れない相手に戦場で背中を預けるなんて、御免蒙りたいよな。

 

 

で、先程イケメンさんは第六駆逐隊と一緒に鎮守府内に入ってった。

ここで待ってるように言い残して。

 

 

俺は母港に1人残されたわけである。

さ、さびしくなんか、ないんだからねっ!

 

 

…はあ。

ツンデレごっこなんてやっても気は紛れんな。

 

とりあえず、当面の危機は乗り越えたけど。

これから、やっていけるのか?

一体どうなってしまうのか?

 

 

そんな不安に悶々としていたところに、聞き覚えのある声が掛けられる。

 

「すまない、待たせたね」

 

振り返れば、イケメンさんとその後ろに続く第六駆逐隊の面々。

 

 

時間か。そろそろ出撃のようだ。

内心の溜息を押し殺し、立ち上がる。

 

 

正直、不安だらけだが。

まあ、やれるところまではやってみようか。

 

 

とりあえず、今回の出撃だが…

 

まあ心配は無いだろう。

何しろゲームでいうのならまだ序盤海域。

それほど強い敵は出てこないはずだ。

大丈夫大丈夫♪

 

 

 

 

 

 

……

 

そんな、軽い気持ちで赴いた初出撃が。

まさか、あんなことになってしまうとは…

この時の俺は、思いもしなかった。

 

 

 

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ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。
少し長くなってしまいました。途中で切っておくべきだったかな…
さらに最後の方で燃え尽きて尻切れトンボのようになってしまいました。
おまけに、今回も戦闘に行けず。一体いつになったら行くんだよという感じですね。
テンポよく、削るところは削っていかないと…反省点ばかりです。
もっと凝縮して、面白く読み易くという目標に少しでも近づけるように頑張ります!

ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました!
皆様のお時間の足しに少しでもなりましたら幸いです。


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2 鎮守府海域迎撃戦・前

メッキが剥がれたな、の3話目投稿。
あとは、もう落ちていくだけです…

※前回よりもさらに長めです。疲れたり、気分を悪くされてしまいましたら無理せずお戻り下さい。

※今回は勘違い文は無しです。

※感想によるご指摘を受け、H26.1.25に一部改訂しました。
 及びH26.2.8に魚雷による攻撃を被弾→被雷に訂正しました。
 ご指導下さった皆様、ありがとうございます。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

海鳥達が飛び交い、白い雲が浮かんでいる青い空。

それを写し取ったかのように地平線の向こうまで続く大海原。

 

その一角を、縦一列に並び、白い波を立てながら進んでいく軍艦。

船体の甲板上には、艦の分身として顕現している少女達の姿。

 

艦娘の一団。その艦数、5隻。

 

 

 

 

ただ、陣容の艦影は些かアンバランスなもので。

原因は、最後尾に位置する艦にあった。

 

先頭から4番目の艦までは、型も大きさもほぼ一致している小型艦である駆逐艦。

が。その後に続く最後の艦のみが、飛び抜けて大きい。

 

それもそのはず。

この5番目の艦は、他の4艦とは分類が別物であるから。

 

軍艦の中でも花形とされ、海上の覇者とも称される巨大艦--戦艦。

中でも旧式ながらも、かっての大戦では縦横無尽の活躍を見せた艦である金剛型。

その1番艦「金剛」…それが、この列の殿についている艦の名である。

 

ただ。

その艦娘として顕現している【彼女】の佇まいは、明らかに通常という範囲からは外れていて。

 

 

 

 

 

その姿を、前4隻を進む駆逐艦隊--第六駆逐隊の最後尾としてついている電は、時折、振り返っては確認する。

ある意味、【彼女】こそが今回の航海の主役であるから。

 

 

多くの軍事行為が集団で行われるように。

軍艦も行動の際には複数で固まる「艦隊」という単位で動くのが基本だ。

各々が役割を分担し、協力することで性能以上の力を発揮できるように。

 

ただ、その為にはお互いの呼吸を合致させることが必要だ。

息が合わなければ擦れ違いを引き起こし、取り返しのつかないことにも成り得る。

行動がチグハグで、対峙した相手に隙を与えてしまったり。

それ以前に味方艦同士での誤射や衝突という事故も引き起こしかねない。

 

だからこそ、各艦の連携が重要になってくる。

僚艦が次にどのような行動を取るのか、そのために自分はどのような動作を行うのか…

 

これらの要素が十分に出揃って、初めて艦隊は形を成し、戦力として機能するのだ。

 

 

ただ、当然ながらそれは一朝一夕にできるものではない。

積み重ねた訓練と、潜り抜けた実戦によって磨かれていくのである。

 

 

 

その点、青年提督の艦娘である第六駆逐隊は文句なしであった。

原体であるかっての大戦時の時から姉妹艦として製造され。

艦娘として顕現してからも、提督の下で訓練と実戦を乗り越えてきた。

何を言わずとも互いの行動を理解し、助け合う。

 

そんな第六駆逐隊は、艦隊としての1つの理想の姿と言えるだろう。

 

 

 

 

ただ、金剛-【彼女】は違う。

今日ここに配属されたばかりであり、青年提督と第六駆逐隊が培ってきた呼吸や空気など解るはずもない。

こんな状態で軍事行動を行えば、ズレが出てくるのは必至。

 

故にそれを防ぐため、まずは近海の航海訓練という形で協同行動をとってもらい、空気に慣れてもらおう-それが青年提督の決定であり、今回の航海の主旨である。

 

そして、その為に重要な役割を負っているのが電だ。

普段の航海の時から、彼女は艦隊の殿を務めている。

ただ今回は初の航海ということで、【彼女】が第六駆逐隊の艦列の後ろに回され。

第六駆逐隊の最後尾であった電は、その前に位置することになる。

 

つまり、【彼女】の状況を最も近くで見ることができるのである。

 

その位置を活かし、電が行うべきことは【彼女】の観察。

艦隊の機動に付いてこれているかどうか。

船体に無理な負荷を掛け、燃料を余分に消費していないか。

そういった点を注視し。

場合によっては艦隊全体の動きを調整するよう、旗艦である暁や、通信を通してこちらと繋がっている提督に提言する。

 

いわば、艦隊のバランスを取る役割を担っており。

そのためにも電には、【彼女】に注意を払っておく必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

…ただ、それにしては。振り返る回数が些か多く感じられる。

そこにあるのは、役割への責務感だけでなくて。

チラチラと向けられているその視線に込められているのは-

 

 

 

「(やっぱり、怖いのです…)」

 

未知なるモノへの、恐れ。

 

 

 

電は内気さ故の臆病な面もあるが。

艦娘として顕現して以来、青年提督の下で幾多の戦闘を乗り越えてきた強者だ。

 

その電をして、不安が掻き立てられる存在-それが、【彼女】。

 

 

異常。

理由はその一言に尽きる。

 

 

 

【彼女】は、本当に金剛という艦娘なのだろうか。

 

 

電の知る金剛の艦娘とは余りに違い過ぎる。

以前、提督間で行われた演習の中で、他鎮守府に所属している金剛を見かける機会があったが。

 

…【彼女】が、その金剛と同じ艦の艦娘とは、とても思えない。

見かけこそ同様だが、他はまるで違う。

暖かみの無い瞳と、温もりの無い表情。

共通しているのは外見だけで、中身は全くの別物。

 

 

どこか別の場所から来た、常識では測れないナニか。

その無機質な在り方は、自分達とは決して相容れないのではないか…

 

 

 

 

「(-っ!駄目なのです!そんなこと考えちゃ…!)」

 

外見だけで他者を判断するなど、あってはならない。

ましてや、【彼女】はこれから共に戦う仲間なのだから。

 

 

 

 

けれど、脳裏に芽生えた疑惑と不信の芽は膨らむばかり。

 

 

 

 

…そもそも、【彼女】は本当に自分達の仲間になるつもりがあるのだろうか。

初対面の時から、一言も口を聞いていない。

挨拶も無く、笑顔も無い。

 

…そんな彼女が、こちらの空気を解ってくれるのだろうか。

よしんば解ったとして、合わせてくれるのだろうか。

 

もしかしたら。

【彼女】が加入したことによって艦隊の空気が悪くなり、そのまま集団としての体を成さなくなっていってしまうのでは…

 

 

 

 

 

 

「(しっかり、するのです!)」

 

こびり付く様にして離れないマイナス思考を、電は頭を振って払おうとする。

 

 

 

1つ、息をついて【彼女】から視線を外す。

 

「(…疲れちゃってる、のかな…)」

 

出撃が重なっていることで疲れが溜まっているのかもしれない。

こうも悪いことばかり考えてしまうとは…

 

もっとも、疲れているのは自分だけでは無い。

青年提督だって連日の指揮や報告書類などの事務仕事、上層部への嘆願等で心労が溜まっているだろうし。

姉達だって絶えることの無い出撃と、それによる疲労で身体が重くなっている。

今、こうして艦隊を後ろから見ていても。若干、姉達の機動がブレているのが解る。

 

ただ、それは自分も同様だろうけれど。

 

 

 

滅入った気を晴らすために、少し海から視線を外し、電は頭上を見る。

広がっている空と、流れている雲。

空の青さと降り注いでくる太陽の光が、目に染みるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

それは余りに迂闊な行動だった。

戦場である海から注意を離すなど…

 

普段の電なら、決して行わないであろう愚行。

彼女自身も自覚していた通り、度重なる出撃による疲労が蓄積され。

注意力が散漫になっていたのだ。

 

 

 

だが。戦場は、如何なる言い訳も通用しない。

隙を与える行動を取ってしまったのなら…容赦なく代償を徴収される。

それが。無慈悲な戦場という場所での、絶対の法則。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

海洋を航海している艦娘達から離れた鎮守府の提督室。

その執務机の椅子に座り、艦隊との通信を介して状況を確認している青年提督は…瞼の重さを、必死に堪えていた。

 

「いかん、いかん」

 

閉じてしまいそうな瞼を、青年提督は指で擦り上げた。

身体に圧し掛かってくるかの倦怠感に、ともすれば屈し、そのまま舟を漕いでしまいそうになる。

 

艦娘達が出撃している最中に眠気に身を任すなど言語道断だ。

 

 

…そう頭で強く念じていても、肉体は欲求に正直で。

意識を溶かすように覆い込んでくる睡魔に抗い続けることは、困難を極めそうである。

 

「まだまだ、だな」

 

肉体欲求に陥落しそうな己を、青年提督は叱責する。

 

 

確かに最近、連日の事務処理や戦闘指示、嘆願等で多忙ではある。

 

だが、それが何ほどのことだろうか。

自分の艦娘である第六駆逐隊は、日々、命を懸けて戦っているのだ。

そんな彼女達に比べれば自分の負担など、ぬるま湯にも劣る。

それにすら耐えられないなど…

 

とは言え、自分への卑下は後でいくらでもできる。

今やるべきなのは、艦隊の帰投までしっかりと見守ること。

 

 

 

…けれど、今の状態では本当に居眠りをしてしまいかねない。

 

幸い、今日は戦闘任務では無く、練習航海。

そのため、深海棲艦の出没する外海では無く、既に航路が確保されている内海を航行しているのだ。

危険性は非常に低い。

通信で断りを入れた上で、顔でも洗ってこようか…

 

 

 

そう思っていた彼の思考は、次の瞬間には跡形も無く吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

『ふあぁぁぁぁ!?』

 

通信機の向こうから聞こえてきた悲鳴によって。

 

眠気など、一瞬で消え去った。

通信機に掴み掛らんばかりになりながら、青年提督は対話を試みる。

 

「電っ!?」

 

悲鳴を挙げたのが誰かなど、確認せずとも解る。

 

-電。

普段から控え目な、姉妹の末っ子。

その彼女がこれほどの声を上げるなど、明らかに尋常ではない。

 

 

そして、通信の向こうからの返答は、それを裏付けるものだった。

 

『し、司令官っ!電がっ…電がっ!』

 

『雷っ!落ち着いて!』

 

 

取り乱した雷の声。

明るい性格でメンバー内のムードメーカーである彼女が。今はひどく取り乱していて。

それを窘めている暁にしても、声に動揺が露わになっている。

 

彼女達は強者であり。今まで数多くの戦場を生き抜いてきた。

何度も襲ってきた危機だって乗り切ってきており。

その精神性の強さは全艦娘の中でも最高峰のものであると、青年提督は確信しているし。

それは他者からも認められている事実である。

 

その彼女達が取り乱すとなると…事態は、どれほど深刻なのか。

 

 

 

 

『司令官。電が、被雷した』

 

それを知らせたのは、響の冷静な声。

…だが、青年提督には。その声の裏に隠しきれない衝撃が押し隠されていることが解った。

普段から冷静な彼女ではあるが、姉妹への思いは人一倍強い。

その彼女にとって、末妹が被害を蒙ったというのはどれほどのショックだろうか。

 

それでも何とか平静を装い、報告してきた。

これ以上、事態を悪化させたくないがために。

下手に手を誤れば、最悪の事態を招きかねないが故に。

 

 

 

「だが、レーダーに敵艦影は…」

 

なかった、と続けようとして青年提督は固まる。

確かにレーダーは海上の艦影を探ることができる。

 

 

…けれど、レーダーでも探知できない場所が、あるではないか。

 

 

 

 

『海上にも敵艦影は確認できず。―敵は…』

 

 

 

レーダーでも探知できない場所…それは、海の中。

 

『敵は、潜水艦と思われる』

 

「っ!」

 

なんで、そんな艦種がこの海域に。

そう毒突きそうになり、しかし、ふと思い出したことがあった。

 

 

そう言えば。

最近、近海洋で輸送船団が幾つも撃沈されているという報告があった。

そして最後に残された通信内容を解析した結果、恐らく敵潜水艦によるものであると思われるため、各鎮守府は要警戒せよ…との通知が出されていた。

 

 

「(恐らく、敵はその下手人か…!)」

 

だが、まさかこんな鎮守府の海域にまで出張ってくるとは…!

 

いや、そもそも。自分がもっと注意しておくべきだったのだ。

いくら敵の精鋭潜水艦隊でも。こんなところまで侵入するはずは無い、と。

高を括っていたのだ。

 

思わず自分を殴り飛ばしたくなる。

だが、そんなことは後回しだ。

今は、艦隊を何としても生還させなくては。

 

 

 

 

「(だが、どうする…!?)」

 

状況は極めて悪い。

 

第六駆逐隊の態勢が万全ならば、いくら精鋭潜水艦が相手であろうと五分以上に戦える。

 

 

 

 

潜水艦という艦種は海中に潜航している性質上、有効な兵器は余り無い。

が…ここ最近の潜水艦への警戒通知を受け。

青年提督は一応、対潜兵器である爆雷を第六駆逐隊に装備させていた。

 

三式爆雷投射機-新型の爆雷投射機であり、その対潜能力は折り紙付きだ。

工廠が無く、兵器の開発ができない青年提督の鎮守府では本来、手にすることのできない武装だが。

以前から親交のあった、とある提督に譲渡してもらったものだ。

これによって爆雷を命中させることができれば屠ることは可能だし。

彼女達ならば、それができる。

 

 

 

しかし。今、彼女達のコンディションは最悪だ。

絶えることの無い連戦による疲労。蓄積されたそれが、彼女達の本来の実力を奪っている。

攻撃可能領域まで接近されてしまったことがその証明だ。

十全な状態の彼女達ならば。位置は特定できずとも、気配ぐらいは感じ取れていたはず。

 

それができないほどに低下した戦闘力で、敵精鋭潜水艦に対抗できるはずもない。

 

「(一体、どうすればっ…!?)」

 

苦悶の表情を浮かべながら、思考を振り絞る青年提督だが…妙案は思いつかなくて。

 

 

 

 

『っ!電、危ないっ!?』

 

冷静さすら保てなくなった響の悲鳴が、通信機から聞こえて。

それは、敵の追撃が。それも恐らく致命傷に成り得るものが放たれた証。

 

「電っ!」

 

青年提督も叫ぶしかできなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-だけれど。

今、この艦隊に居る艦艇は。第六駆逐隊だけでは、無いのだ。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(ああ…終わっちゃうのかな…)」

 

ぼんやりとした視界の中。

電の思考に、そんな諦観めいた感情が浮かぶ。

 

周囲の情景が、スローモーションのようにゆっくりと流れていく。

前に居る姉達が、表情を悲痛と絶望に染めながら、懸命に手を伸ばそうとしている様子も。

大きく見開かれた瞳に浮かんでいる涙も。

見慣れていた筈の、海面の白い波の飛沫の一筋が跳ねる様子も。

 

-その中を、刃を突き立てるべく接近してくる魚雷の航跡も。

 

 

 

 

まるで、時間が止まってしまったかのような感覚。

ひょっとして。

このまま無事でいられるのではないかと、そう期待してしまうかのような。

 

 

 

 

 

けれど。世界はそんなに優しくは、無い。

 

 

あと僅かの後には。襲い掛かってきた魚雷は、狙いを違えずに電の船体に突き刺さる。

既に最初の雷撃で大損害を蒙っている電に、それを耐え得る術は無い。

 

ならば、待っているのは1つ。

 

「(ここまで、なのです…)」

 

瞳から、涙が一筋。

 

普段の自分の臆病さから言って、もし最期の時が来たりするようなことがあれば、ひどく取り乱すのではないかと想像していたが。

驚くほど、精神は落ち着いていて。

 

 

 

「(次に生まれてくる時は、平和な世界だと、いいな…)」

 

ささやかな願いを秘めて。

静かに目を閉じる。

 

 

これで、終わり。

あとは、最期の瞬間を迎えるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-なのに、どうしたことだろう。

 

「っう…」

 

一筋だけだと思っていた涙が、次々と溢れてくる。

 

 

諦めたはずなのに。

受け容れたはずなのに。

 

…でも-

 

「やっぱり、嫌、なのですっ…!」

 

嗚咽と共に漏れた、奥底の本音。

 

兵器としてこんな思考を持つことが失格だということは解っている。

命を持たぬ只のモノとして戦い続け、命令をこなし、壊れるまで使われる。

そこに感傷も感情も必要無い-それが兵器だ。

 

だから、こんな考えを持つべきでは無いと解っている。

 

 

 

 

 

-それでも。

 

 

 

艦娘として現世に甦り。

姉達とも再会し。

優しい提督にも恵まれた。

辛いことも、苦しいこともあったけれど。皆と共に、懸命に乗り越えてきた。

 

 

それを。こんなところで終わらせたくなんて、無い。

 

「こんなところで、終わりたくなんかっ…!」

 

しゃくり上げながら、零れてくる望み。

切実な。心底からの、願い。

 

 

 

 

 

 

 

-それを汲み取ってくれるほど、戦場という死神は優しくない。

ただ有るべき結果を、あるがままに。

 

海中を切り裂いてくる魚雷の軌道は、逸れも、遅れもせず。

電の船体に突き刺さり、その命脈を絶つだろう。

 

 

…轟沈。

己の身に起こるその瞬間を、せめて目の当たりにしたくなくて。

電は、目を改めて強く閉じる。

 

 

 

そうして。

 

 

 

 

耳に響く、魚雷の被雷音。

その衝撃の振動が伝わったことによって、揺れる水面の感触。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

………

 

「…あ、れ…?」

 

 

だけど。

いつまで経っても、痛みが襲ってこない。

もしかして、もう死後の世界に行ってしまったからなのだろうか。

だが、肉体の感触は確かにあって。

 

何が起こったのか。

恐る恐る、目を開けてみて。

 

 

「…え…?」

 

最初に感じたのは、視界全体に掛かる影。

山のように広がったそれは、電の船体全体を覆い隠している。

 

次に目に付いたのは、眼前を塞ぐ大きな壁。

城壁のように聳え立つそれは、盾のように電の前面に陣取っている。

 

 

 

まだ、現状を整理しきれない頭で。

それでも解ったのは-

 

 

 

 

-自分が助かった、という事実。

 

 

突き刺さるはずだった魚雷は、己の前面に屹立している影と壁によって食い止められていて。

 

だけど、電を覆い隠しているそれらは、壁や盾では無く。

巨大な、船体。

 

 

今現在、この海域でそれほどの巨体を持つのは、ただ1隻。

 

その甲板上。

白い衣に包まれた繊細でしなやかな背面。

吹きつける潮風に乗って絹のように流れる、長く真っ直ぐな髪。

 

電は、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

 

「―金剛、さん…?」

 

 

 

その声に、艦上に悠然と立っていた人影-【彼女】が、振り返った。

 

電の方に向けられた視線は、相も変わらず平坦なままで。

表情にも全く動きが無い。

 

 

 

 

 

-だけど。

電の健在な姿を見て。

【彼女】の視線に。顔に。

ほのかに、温もりが差したように見えたのは。

 

-【彼女】が、安心したように見えたのは。

 

 

 

…都合の良い自己解釈が見せた、幻なのだろうか?

 

 

 

 

電がそれを確かめる前に、【彼女】は再び海面へと視線を翻す。

 

ほんの僅かに船体をずらして、その先の情景を見た電は。

即座に、現実へと引き戻された。

 

 

「危ない、です!」

 

青く広がっている海原。

そこに浮かび上がってくる、白い気泡によって形作られた直線状の航跡。

今も伸び続けながら猛進してくるそれらの正体は-最初に電が被雷したものと同じ、魚雷。

しかも、今度は複数。

 

先程よりも遥かに勢いを増した雷撃攻撃。

より鋭く。より多く。

それでいて正確さは全く衰えないままに、新たな標的に襲い掛かる。

 

その標的が誰であるかなど、言うまでもない。

-先程の魚雷の前に立ちはだかった【彼女】だ。

 

海上の覇者とも称される戦艦だが。

雷撃能力は備えておらず、海中に攻撃する手段は有していない。

そんな戦艦にとっては、潜水艦という艦種は天敵とも言える。

 

加えて。

今の【彼女】は、電の防壁と化して鎮座している。

 

反撃する術を持たず。しかも大きく。おまけに動かない。

そんな【彼女】は-現在対峙している深海棲艦潜水艦隊からすれば、格好の的でしかなかった。

 

 

正確性と緻密さを併せ持った一連の攻撃。

寸分違わぬ命中精度の元で放たれた魚雷群、計3発。

その何れもが、ターゲットに正確に牙を突き立てて-

 

 

爆音と共に、海面を裂いて立ち昇る3つの水柱。

巨艦の側部。魚雷が艦前部・中部・後部に命中し、その船体を抉る。

黒煙を噴き上げ、襲いくる衝撃に船体が揺れて。

 

 

 

 

 

 

だが。

【彼女】は屹立したまま、微動だにしない。

船体のダメージを反映し、衣が破けて肌が傷付いた身体は満身創痍。

 

 

 

-それでも。

梃子でも動かぬ、と。

微塵も動じぬ瞳で、海面に視線を据えたまま。

 

 

「金剛さん、ダメ、なのです!もう…!」

 

そんな【彼女】の姿に、電は堪らず声を張り上げる。

 

自分を庇い、【彼女】は傷付き、しかも動けない。

そんな状況は、心優しい電にとっては耐え難いもので。

自らの状況も顧みず、悲鳴のように口を開いた。

 

「もう、電は大丈夫だからっ-!」

 

だから、せめて貴女だけは逃げて-

そう言おうとした電の言葉は、最後までは綴られない。

 

 

 

 

 

【彼女】が。電に向かって、振り返り。

ゆっくりと、首を横に振ったから。

 

 

 

ここを退いたら、貴女がやられてしまう、と。

そう電に言わんばかりで。

 

 

 

 

言葉も無い。表情も動かない。

だが、そこから伝わるのは断固たる意志。

決して退かぬという精神の顕れ。

 

彼女1人だけ助かろうとするのなら、直ぐにでも離脱すればいい話だ。

…なのに、そんな素振りを一向に見せず。

【彼女】は、電の前に陣取り、その身を敵の刃に晒している。

 

-それは、きっと。

【彼女】が、こちらを仲間として思ってくれているから。

 

 

 

 

 

-大丈夫だから。貴女は、自分が守るから-

 

動かない瞳、温かみのない表情の中で。

【彼女】に、そう言ってもらった気がして。

 

 

「金剛、さん…」

 

電は、視線を俯ける。

【彼女】の顔を、まともに見れない。

 

身を挺してまでも自分を守ってくれている【彼女】に対し。

自分は先程まで何を考えていた?

勝手な先入観を抱いて、怖がり、忌避していて-

恥ずかしくて、情けなくて。

 

-そして、悔しかった。

【彼女】の足枷になるばかりで、何もできない自分が。

 

先程の雷撃で重要機関を損傷したらしく。

反撃はおろか、まともに動くことすらままならない。

文字通りの、足手纏いだ。

 

何も、できない。

その無力感が、自らを苛んで。

 

 

「(っ!自分への叱責なんて、後でいくらでもできるのです…!)」

 

負の連鎖に入り込みそうになった思考を繋ぎ止め、電は再度顔を上げる。

せめて、何かできることをすべきために。

 

 

-自分では、何もできない。

 

だったら。仲間に頼れば良い。

 

自分には居るではないか。

顕現して当初から共に戦ってきた中で。常に優しく見守り続けてきてくれた-

-自慢の、姉達が。

 

「みんな…!」

 

泣き出さんばかりの表情で、電は視線を艦列前方へと向ける。

 

姉達が、この窮地をなんとかしてくれるのを信じて。

新しい「仲間」を、失いたくないがために。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「(解ってるさ、電)」

 

末妹からの、真摯で切実な、言葉無き願い。

声には成らぬ、心底からの懸命の懇願。

 

その叫びは、艦列前方に居る響にも痛いほどに伝わっていて。

 

 

正直、【彼女】と最初に対面した後は…不安で仕方なかった。

艦数が増えるのは喜ばしい。しかも戦艦ともなればなおさら。

 

…なのに喜べなかった。

【彼女】の、異質さによって。

 

感情の片鱗も見せず、人形のような佇まい。

そんな【彼女】と上手くやっていくのは、困難極まりないように思え。

この先、艦隊として纏まらなくなるのではないか…そんな恐れを抱き。

自然と、距離を置こうとしていた。

 

【彼女】に、こちらと距離を詰めようとする気はないのだから、と。

 

 

そんな判断をした自分達は、余りにも愚かだった。

目の前の状況が、それを証明している。

 

身を挺して電を庇い続け、自らの身をも顧みない。

それは、【彼女】が、自分達を仲間と認めていることに他ならず。

そして。

その仲間のためならば、自身を犠牲にすることも厭わない-そんな強さと優しさを持っている証。

 

-そんな【彼女】を。自分達はよく知ろうともせずに遠ざけていた。

それがどれほど傲慢であり、残酷なことだったのか…考えずとも解る。

 

だから。【彼女】に、謝りたい。

そして、その上で改めて仲間として迎え入れたい。

…【彼女】が許してくれるならば、だが。

 

 

その為にも、ここでこのまま座している訳にはいかない。

末妹を救ってくれた恩人が、今なお危機に陥っているのだ。

少しでも早く、なんとかしたい。

 

 

 

 

「響、いつでも行けるわ!」

 

「こっちも!早く動きましょ!」

 

そしてそれは、他の2人-暁と雷にしても同様。

電が轟沈しかけていた時点では我を失っていた彼女達も。

最悪の事態が防がれたことで、本来の覇気が戻っている。

 

だからこそ、直ぐにでも駆けつけんばかりの様子を見せている。

あくまで「最悪」が防げた…いや、一時的に棚上げにできているだけ。

未だ危機の渦中にあることは間違いなく。一刻も早く対応を取らねば、今以上に状態が悪化しかねない。

 

その事実を理解しているから。

 

 

 

 

何より。

末妹を守ってくれた恩人が嬲られる様を、大人しく見ていることなどできるはずもない。

戦意に満ち溢れた眼からは、そんな意志がありありと伝わってくる。

 

響にしても2人に全面的に同意だ。

 

 

 

 

しかし…

 

「(今の私達で、太刀打ちできるか?)」

 

日頃から沈着性を持ち合わせる響は、今の状況も正確に把握している。

 

 

敵は深海棲艦潜水艦隊。

魚雷の発射数と航跡から判断して、艦数は恐らく3隻。

こちらと同様、ほぼ同位置に固まって艦列を組んでいるのだろう。

襲撃のタイミング・魚雷の命中精度等から見て、相当な練度の部隊であることが窺える。

エリート級…いや、最初の雷撃からすると…下手をすれば、フラグシップ級。

 

対し、今の自分達は疲労が溜まり、能力を完全には発揮できない状態。

万全なコンディションなら、例えフラグシップ級であろうと撃破してみせる。

 

だが、今の状態では…

 

「(厳しい、な…)」

 

そう予測せざるをえない。

問題なのは、敵潜水艦が潜航している場所が絞り込めないこと。

見当は付いているが…正確に此処、と指し示せる訳ではない。

近付けば間違いなく先に相手に捕捉され。

爆雷で反撃しようにも、曖昧にしか場所が解らないのであれば無駄弾にしかならない上に。

発射位置からこちらの詳細位置情報を相手に割り出されかねない。

 

幸いなことに今は敵潜水艦は【彼女】の撃沈に全力を注いでおり、こちらへの注意力は然程でもない。

 

相手潜水艦からは、先に大きな相手-【彼女】を沈めた後で処理すればいい、と。

脅威としては低いと見積もられているのだろう。

 

悔しいが…それは、事実だった。

今の自分達では、深海棲艦の精鋭艦隊と真っ向からぶつかることは、できない。

 

 

 

 

しかし、だからと言ってここで座しているつもりなど毛頭無い。

仲間が傷付けられているのを黙って見ているなど、できない。

 

理屈では、ないのだ。

 

「-()るか」

 

決意の言葉と共に、2人に同意し、向きを反転させていた船体を前進させるべく、視線を前に向けた時-。

 

 

 

まるで、そのタイミングを見計らったかのように【彼女】が此方を向いて。

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと、首を横に振った。

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

-来るな-

 

まるで、そう言っているかのような。

馳せ参じようとしていた自分達を制する意図が込められた動作。

 

それを読み取ったのか、傍らの暁と雷も動きを止める。

 

「一体、どうして…?」

 

暁が口にした疑問は、場の意見を代弁したもの。

このまま動かないでいても、状況は悪くなるばかりだ。

【彼女】とて、それが解っていない筈は無い。

なのに、何故-?

 

 

その疑問に対する答えを、【彼女】は動作で示して見せた。

 

ゆっくりと腕を振り、海面を指し示す。

魚雷が放たれたであろう海域の辺りを。

 

 

そこには-

 

「っ潜望鏡!?」

 

小さく、けれど驚きを含んだ声で、押し殺すように雷が口にする。

 

青と白によって彩られた波間。

そこで跳ねる微小な飛沫に隠れるようにして覗いている光。

 

一見すると、波によって照り返された陽の光にしか見えないが。

目を凝らして見れば、明らかにそれが自然のモノではなく人工物であることが解るだろう。

やや細長い棒状の外装を纏ったソレは-潜水艦の、潜望鏡。

 

波間に精巧に紛らわせている為に、よく目を凝らさねば見逃してしまいそうな。

極めて高度な偽装技術。

事実、自分達は疲労のせいもあるだろうが気付けなかった。

 

それを、【彼女】の腕は正確に指し示していて。

その能力の高さが解る。

 

そして、その狙いも。

 

 

 

 

「(あの辺りに向けて爆雷で奴等を攻撃しろ、ということかな)」

 

響はそう判断し。

そして、小さく首を振った。

 

「(無理だ)」

 

臆したわけでは無い。

ただ、そう判断せざるを得なかった。

 

潜望鏡によって、大よその敵潜水艦の位置は掴めた。

 

だが-

 

「(あと、一押し…足りない)」

 

通常の爆雷攻撃で良いのなら、今の手持ちの情報だけでも十分。

 

しかし、今求められているのは通常攻撃ではなく。

相手を一撃で沈める、速攻攻撃。

一発で決めねば、反撃に出てきた相手によって自分達が沈められかねない。

 

ただ命中させるだけではなく、瞬時に撃沈させねばならない。

その為には、潜航深度や艦の向き等の、より詳細な位置の特定が必要だ。

 

ただし。こちらからそれを割り出す手段は-無い。

 

奴等が潜んでいる海中まではレーダーの探知は届かず。

海中の索敵が可能なソナー・探知器系統の装備は所持していない。

 

 

八方塞がりだ。

 

 

いっそのこと、奴等がもう一度魚雷を発射さえすれば。

その航跡からさらに詳細な発射位置・大まかな深度を探り当てることができるが-

そんなことなど…

 

 

 

 

 

 

「(-待て)」

 

響の脳裏に、閃めくものがあった。

 

 

 

「(…まさか、貴女は…)」

 

-その想像は。

当たっていてほしくないもので。

 

 

 

額から汗を一筋流しながら、響は【彼女】を見やる。

自分の考えが間違っていることを願って。

先程と同じように、首を横に振ってほしい、と。

 

 

そうして。

響の視線を受け止め。

【彼女】は、首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

…縦に。

 

 

「っ!」

 

その動作は。

響が、瞳に込めた疑問の肯定で。

 

思わず、唇を強く噛み締める。

 

「(確かに現状を打破するのに最適な手段には違いない…だけどっ!)」

 

【彼女】は、こう言いたいのだ。

 

 

 

-自分が囮になるから、その間に敵潜水艦に攻撃しろ、と。

 

無防備な艦の横っ腹を晒したまま動かない最大の理由は、電を守るためだが。

もう1つの理由が、これ。

敵潜水艦に、自分を攻撃させるためだ。

 

奴等が攻撃すれば、発射魚雷の航跡から位置を特定できるから。

 

 

…そのためには、【彼女】が甘んじて攻撃を受け止めねばならない。

奴等が間違いなく牙を向けてくるよう、獲物という立場でいなければならない。

既に4発もの魚雷を被弾している【彼女】が、果たして耐えられるのか。

 

だが、それでも-

 

 

「…ねぇ、まさか-」

 

響と同じく、汗を流しながら声を絞り出す雷。

2人も勘付いたのだろう。【彼女】の狙いに。

【彼女】が何故、無防備なままでいるのか。

何故、駆けつけようとした自分達を留めたのか。

その、理由を。

 

 

 

 

それを証明するかのように、【彼女】が、行動に出た。

その巨体に備え付けられた、巨大な主武装である主砲-35.6cm連装砲。

傾きかけた船体の上で、大口径を誇る砲塔が旋回し-

 

 

場を震わせるような大爆音。

咆哮のような発射音が響き渡る。

 

 

それは一度では終わらない。

続けて、2発目・3発目。

 

撃ち出された砲弾が、海面に着弾して夥しい量の海水を巻き上げる。

破壊というものを具現化した大火力砲撃-その姿は、海上の覇者と称されるのに相応しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが-それは、今の局面を直接打開するには役に立たない。

凄まじい火力も、海水という分厚い壁に阻まれ。

海中に潜む深海棲艦潜水艦隊には、届かない。

 

 

 

 

 

それでも、【彼女】は砲撃を止めない。

次々と放たれる砲弾が、海面を揺らし続ける。

 

けれど…届かない。

放たれた攻撃は、空しく水柱を立たせるだけで。

 

むしろ、自分の窮地をさらに晒してしまっているようなもの。

あれほど派手に攻撃を仕掛けていては、相手の耳目をさらに【彼女】自身に集中させ、

自らの状況を曝け出し、より苛烈で正確な反撃を喰らってしまう。

 

 

 

 

 

そんなことは、【彼女】とて承知している筈なのに。

無駄な足掻きとしか取れない艦砲射撃を続ける。

 

 

 

 

 

 

-何故なら、【彼女】は無駄などとは思っていないから。

 

砲弾の着弾点は、何れも潜望鏡からは離れた位置で。

放たれた砲撃は、暁・響・雷の3隻が佇んでいる場と敵潜水艦隊の視界とを分断するかのよう。

海面に幾つも噴き上がった水柱は、3人の姿を上手く潜望鏡から逸らさせ。

それでいて、3人が潜望鏡へと近付く進路を遮ってはいない。

 

 

【彼女】は、自らの行為を無駄だとは思っていない。

砲撃を放つことで、自身の姿を目立たせてしまうのも。

それによって、深海棲艦潜水艦隊に、より正確に狙われるのも承知の上。

 

 

 

全ては-暁・響・雷の道を切り開くために。

反撃の機会を齎すために。

 

 

3人ならばやってくれる、と。揺らがぬ信頼があるが故に。

 

 

 

 

 

 

雷にも、【彼女】の思いは伝わって。

 

でも、承服できない。

余りに、【彼女】が危険すぎる。

 

 

「そんなの-!」

 

「…待機よ」

 

否定の意を上げようとした雷の言葉を、暁の押し殺したような声が遮った。

 

「っ!」

 

長姉の言葉に、雷は吊り上げた眼差しを向ける。

原体の物言わぬ艦艇であった頃に敵兵を救助した逸話を持つ雷は。

電と同じく、暖かな優しさを持っている。

そんな彼女にとっては、味方艦を敵の餌にするような策は到底受け入れ難いに違いない。

感情のままに声を上げようとして-

 

「…ぁ」

 

だが、糾弾の声が雷の口から放たれることは無かった。

 

 

-制止をかけた暁が、視線を下に向け、肩を震わせているのを見てしまったから。

悔しいのは。納得できないのは。暁とて同じなのだ。

それでも。長姉として、艦隊旗艦として適切な対応を取らねばならない。

その無念さは如何ほどのものだろうか…

それを推し量ることができるから。雷は口を噤む。

 

「…暁」

 

震えている暁の背を、そっと押すように、響が静かに声を掛けた。

 

暁は、その呼び掛けに顔を上げる。

自己嫌悪に塗れた、怒っているかのような、泣いているかのような表情で。

それでも、しっかりと号令を発する。

 

「各艦、爆雷用意」

 

今にも泣きそうな声。

見ている側がつらくなりそうな-

 

その時だった。

 

 

 

『―暁』

 

通信機から、ずっと黙ったままであった青年提督の声が聞こえてきたのは。

 

「し、司令官?」

 

いざ戦闘行動に入った場合、青年提督は状況の把握には努めるが。

それ以外では、ほとんど口を開かない。

戦場においては現場の判断こそが絶対であるという考えと。

全て艦娘達に任せておけばいい、という絶対の信頼があるから。

だから今回も、電の轟沈が防がれたのを確認した後は何も言ってこなかった。

 

その彼が、声を発してくるとは…

戸惑う暁に向かって、青年提督はいつもと変わらぬ穏やかな声をかけた。

 

『-すまない。そして、ありがとう』

 

辛い決断をさせてしまってすまない、と。

そして。この重圧の中でそんな嫌な決断を下す役を果たしてくれて、ありがとう、と。

 

「司令官…」

 

その言葉に、暁は込み上げてくるもので胸が一杯になって。

けれど、今は責を果たすために堪える。

 

 

その様子を直接目で見ていないにも関わらず、暁の様子が解ったのか。

青年提督は、優しげな吐息を1つ吐いて。

 

声の調子が、変わった。

 

『みんな…』

 

切羽詰まったかのような、感情剥き出しの声。

いや、或いは。

彼も、精神を保つのが限界だったのか。

 

今にも泣き出しそうな、懇願。

 

『電と…金剛を、頼む…!』

 

兵器である艦娘が失われそうな時に動揺するのは、艦隊の司令官としては不適切かもしれない。

軍人としては失格かもしれない。

 

だが、それが何だと言うのか。

この青年提督だからこそ、自分達は付いてきたのであり。

彼が提督であるということが、誇らしい。

 

-だから。

そんな彼に応えるために。

 

そして。末妹と、新たな仲間を救うために。

 

【彼女】は、自分達に反撃の機会を与えるために自らを囮にした。

轟沈の危険の瀬戸際にいるにも関わらず、少しも躊躇わず。

自らの命運を、自分達に託して来たのだ。

曇り無き、絶対の信頼。

 

それに応えなくて、どうするのか。

 

 

 

言葉は、要らない。

3人は静かに海面を見据え、前を見据える。

全員で、無事に生還するために-

 

 

 

第六駆逐隊の3人による、反撃の狼煙が上がろうとしていた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 




ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。

また長くなってしまいました…
最初は分けるつもりは無く、1話で完結させて上げようと思っていたのですが…
作成中に20,000字を超えてしまい、前後で分けて投稿させていただくことにしました。
もっと短く、かつ面白くさせたいのですが…まるで精進が足りていません。

また、期間を空けてしまい、すみませんでした。
前回まではノリのままに書いていたのですが、そこから詰まりました。
身の程知らずの偉そうな言い方になってしまいますが…ものを書くということの重さを思い知らされました。
他の作者の皆様(特に定期的に作品を上げられている方や戦闘場面を取り扱われている方)の凄さが身に染みて解りましたね…

愚痴や弱音ばかり述べてしまい、申し訳ありません。
次回は後編と勘違い文を纏めて上げさせていただく予定です。
今回ほど間を空けないように励みます!



ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました!
皆様のお時間の足しに少しでもなりましたら幸いです。




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3 鎮守府海域迎撃戦・後

調子乗りすぎの大嘘吐きが!の4話目投稿。
低空飛行から中々脱け出せず、です。

※やや長めです。疲れたり、気分を悪くされてしまいましたら無理せずお戻り下さい。

※今回は勘違い文は無しです。

※H26.2.8に魚雷による攻撃を被弾→被雷に訂正しました。
 ご指導、ありがとうございます。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

見苦しくも当たるはずもない艦砲射撃を、こちらに向けて放ち続けている戦艦級。

 

 

既に死にぞこないの状態で悪足掻きを続けているその姿に、嘲笑が漏れる。

各所から黒煙を噴き上げ、バランスを崩している船体。

もはや満身創痍と言ってもいいその様は、艦の耐久力が大幅に低下していることを雄弁に物語っている。

恐らく、あと2、3回被雷すれば沈没する可能性が非常に高い。

 

 

 

 

つまり-

 

潜望鏡が捉えている画像を見ている深海棲艦のフラグシップ級潜水艦は、ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

-自分達がもう一度、一斉雷撃を放てば…あのデカブツを片付けられるということだ。

 

後方を見やり、随伴艦へと指令を送る。

 

青を背景とした海中。

そこに浮かび上がっている黒い流線型。

それが、3つ。

 

-深海棲艦の精鋭潜水艦隊。

フラグシップ級を旗艦とし、エリート級を2隻護衛に付けた、少数部隊である。

 

海中に潜航できる潜水艦ならではの隠密性を活かし、情報収集や輸送経路の破壊・艦娘艦隊への奇襲などの任務を行ってきた。

 

その途上で見つけたのが、この海域。

軽い調査を行い、その情報を本拠に送信したところ。

上手く確保できれば人類に攻勢を掛ける上での良い橋頭堡になるという判断の下で、この海域への侵攻の命令が下された。

 

 

…が、それは未だに果たせていない。

この海域を哨戒している、凄まじい練度を誇る駆逐艦隊。

奴等の厳重な警戒網の前に、付け入る隙を見出せなかったからだ。

 

収集した情報を元に、幾度も部隊が送られたが…その悉くが撃退・撃沈され。

幾回かは大型艦艇も投入されたが、それでさえも退けられた。

本腰を入れた攻略も検討されたが…

沖ノ島を始めとした予断の許さぬ激戦地を各地に抱えた状態で、これ以上の負担は掛けられないとされ。

さらなる大型艦艇の派遣は見送られ、参戦するのは中型艦艇までと制限された。

 

 

 

…相変わらず、それ以後も被害は増え続けているが。

 

それを嘲笑うことはできない。

他ならぬ自分達も、侵攻できていないのだから。

 

海中から接近しようとしても、攻撃可能範囲に近づこうものなら、すぐにでも勘付かれる。

詳細な位置こそ突き止められはしないものの。

極限まで張り詰めた緊張感を押し出された警戒態勢をとられては、手の打ちようが無い。

結局、ある程度の距離を離しての観察が関の山だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、ここ最近、変わってきていた。

駆逐艦隊の動きが、少しずつ精彩を欠く様になってきたのだ。

連日のように仕掛けている波状攻撃の疲労が蓄積されてきたのだろう。

 

これは近い内にチャンスがあるのではないか…そう思っていたところの、今日という機会の到来である。

 

奴等が、でかい「お荷物」を引き連れてやってきたのだ。

 

戦艦級。

そのぎこちない動きを見るだけで、配属されて間が無いと解る。

その上、奴等自身の機動も鈍く。艦列自体が隙だらけだった。

易々と接近し-

 

 

 

 

 

 

そうして、今に至る。

 

 

随伴艦の魚雷発射態勢が整ったのを確認し。

フラグシップ級潜水艦も潜望鏡で照準を合わせる。

 

まあ。あれほどの図体を持ち、おまけに動かない相手ともなれば。

わざわざ細かな狙いを定める必要も無いが。

 

 

おまけに、奴は無謀な砲撃を放ち続け。

ご丁寧にも、こちらに情報を垂れ流し続けてくれている。

 

当たるはずも無い艦砲射撃は、しかしながら海面上に着弾した水柱という痕跡を残し。

その発射主の、さらに詳細な位置と座標を教えてくれている。

 

 

これほどの好条件下で外すことは有り得ない。

 

 

あの木偶の坊-戦艦級を沈め。

間を置かずに、その後方に庇われている駆逐艦隊の1隻を撃沈して。

既に疲労困憊の体を成している残りの3隻については、その後で十分だ。

 

 

収集した情報を元に組み立てたこの後の行動シュミレーションを瞬時の内に再確認し。

フラグシップ級潜水艦は指令を下した。

 

 

 

 

-魚雷、発射。

 

振動と爆音を海中に響かせ、3隻の潜水艦から魚雷が発射される。

吐き出された気泡によって膨らんだ白い航跡の尾を引き、突き進む3発の魚雷。

 

船体から飛び出した魚雷は、海中を攪拌しながら突き進み。

吐き出された気泡によって膨らんだ白い航跡の尾が、標的-戦艦に向かって伸びて行き-

 

 

 

 

 

 

巨大な水柱が、咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

自身から遠く離れた対象に、モノを当てるということは簡単なことではない。

標的の大きさと性質。

それに、自らの技術と持ち弾の性能。

こういった点を把握していなければならないからだ。

 

標的が動いていたり。

距離が離れていたり。

足場が不安定になったりといった環境条件が加わると、その難易度は上昇し。

 

加えて。

ただ当てるだけでは無く。

標的の核を撃ち抜く場合は、さらに困難性が跳ね上がる。

 

 

 

 

それを考えると、第六駆逐隊の3艦-暁・響・雷の置かれた状況は、極めて厳しいものであった。

 

敵潜水艦への爆雷攻撃。

 

ただし、その姿は海中に隠れて見えず。

海上という不安定な足場。

 

そんな悪条件の中で、一手で核を撃ち抜かねばならない。

 

ズレを生じさせぬ、狙いを定める正確性。

僅かなタイミングも逃さぬ反射性。

それらを寸分の違いもなく成さねばならず。

 

失敗すれば、次は無く。

相手からの逆襲に遭い、こちらの命運が絶たれる。

 

 

 

 

 

 

-そんな、困難極まりない場面に身を置いていながら。

 

しかし、3人の精神に焦りは無い。

 

 

艦娘として顕現して以来、幾つの修羅場を潜り抜けてきたのか。

そのために、どれだけ懸命に訓練・修練を積み重ねてきたのか。

 

提督の下で、仲間達と共に築き上げてきた、成果と実績。

 

その経験を鑑みれば、こんなところで失敗する訳がない。

 

 

 

 

 

 

-いや、失敗する訳にはいかない。

 

新たな仲間-【彼女】が、その身を張ってまで作り上げてくれたチャンス。

ここで成功させねば、【彼女】に会わせる顔が無いというものだ。

 

 

 

-爆雷を装填。

 

 

心は熱く、けれど同時に冷静に。

極限まで研ぎ澄まされた精神の中。

 

暁が、迸る内面のままに呟いた。

 

「-もう、許さない…許さないんだから…!」

 

末妹と仲間を傷付けられた憤怒を迸らせ。

揺らがぬ自信と滾る高揚感のもとで、第六駆逐隊の反撃が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

-魚雷、命中。

 

先程と同じく、前部・中部・後部。

深海棲艦精鋭潜水艦隊の放った魚雷は、いずれも狙い通りの場所に着弾した。

 

それを受け、戦艦の船体がさらに傾き-

 

 

 

 

 

 

 

-だが、沈まない。

 

損害は甚大だが、轟沈までは僅かに至らなかったようだ。

 

思わず舌打ちする。

戦艦だけあって、予想以上の強度だ。

魚雷を7発も被雷しておきながら持ち堪えるとは…

 

 

 

 

だが、大した障害では無い。

あくまで沈没の一歩手前で辛うじて踏み止まっているような、半ば死に体の状態。

首の皮一枚で繋がっているだけ。

 

魚雷を幾らか余分に消費してしまうことだけが問題だ。

 

余計な手間を掛けさせてくれた戦艦に毒吐きながら、随伴艦に再度の魚雷発射を命じようとして-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その命令が発せられることは、無かった。

 

 

 

 

ふと、彼女の耳が異音を捉える。

 

 

水中に伝わる微かな振動。

 

今までは、戦艦級から放たれていた間断無い砲撃が海面を喧しく叩き続けていたせいで気付けなかった、ごく小さな音。

それを、フラグシップ級潜水艦は確かに捉えて。

 

 

 

が。その正体に至る前に。

視界の中。海面から何かが落ちてきた。

 

 

 

 

静かに、滑るように接近してきたソレは。

潜水艦隊の直上に降下し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発した。

 

フラグシップ級潜水艦が目を見開く前で。

断末魔のように泡沫を噴き上げ。

船体を折り曲げて、左後方艦-エリート潜水艦の一隻が、沈んでいく。

 

何が起こったのか、思考が理解しきれなくて。

その為の時間も与えられはしなかった。

 

瞬きする間も無く、ほぼ同時。

同じようにして落下してきた、ソレによって。

右後方艦が同様に爆散し、泡を漏らして四散した。

 

 

ここにきて漸く、フラグシップ級潜水艦は、ソレの正体に思い至る。

 

 

 

 

考えるまでも無かった。

これは、自分達の天敵とも言える兵器である-

 

 

 

 

 

その時、彼女は。

聞き取れる筈もない何者かの声を、聴いた。

 

 

 

 

 

 

「-遅いよ」

 

直後、意識が揺らされ。

急速に視界が暗くなってゆく。

 

自分もまた、他の2艦と同じように。

放たれたソレ…爆雷を急所に喰らってしまったのだと、数瞬遅れてやってきた痛覚と共に理解した。

 

 

確かめるまでも無く、致命傷だということが解って。

 

 

 

 

 

最期の力で、フラグシップ級潜水艦は潜望鏡を使用する。

 

 

爆雷を投下されたであろう地点へと視点を向けて、捉えた海上の映像。

そこに浮かんでいるのは-後で処理すれば良いと捨て置いていた、3隻の駆逐艦。

 

その視線は、何れも寸分違わずにこちらに向けられていて。

自分達をたった今、撃沈させた攻撃を放ったのが、他ならぬ彼女達であることを物語っている。

 

 

 

 

 

 

何故-?

 

消失しつつある意識の中で浮かんできたのは、疑問。

 

 

 

 

彼女達のコンディションは酷く低下していたはず。

そんな状態で、一撃でこちらを撃沈させる攻撃を命中させるには。

よほど詳細な位置を把握していないと不可能だ。

攻撃を喰らってしまう前に、こちらから戦艦へと放った雷撃。

アレで、ある程度の位置は教えてしまったかもしれないが。

それにしても。その一撃だけでこうまで詳しい位置を把握することはできないはずだ。

 

 

 

 

 

 

…それこそ、最初から魚雷が放たれることが解っていて。

その捕捉に全力を注いでいない限りは-

 

 

 

 

-!

 

そこまで考え、フラグシップ級潜水艦は愕然とする。

 

自分達が、あと少しで撃沈できるところであった戦艦級。

 

まさか、奴は最初から攻撃されることを承知の上だったのか?

無防備な姿を晒したまま動かなかったのは-奴自身を囮にし。

こちらに攻撃を放たせ、味方に潜航位置を特定させるため。

 

足掻きのようにしか取れなかった艦砲射撃も、同様。

あえて派手な攻撃を放ち、それによって注意を自身に引き付け。

海面を叩いて噴き上げた水柱で、3隻の存在をこちらの意識から逸らすため。

 

事実。自分達は奴の派手な攻撃ばかりに気を取られ。

3隻が、爆雷投下の為に接近してきていたことに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

味方が勝利を掴むために-

その為に、奴は。己自身を餌にしたというのか―?

 

 

 

 

自分達は、それにまんまと引っ掛かって-

 

 

 

 

 

 

 

-考えることができたのは、そこまでだった。

 

意識を消失し、船体を四散させて。

深海棲艦フラグシップ級潜水艦は沈没していく。

 

 

昏く、何者も居ない海底へと。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

深海棲艦潜水艦隊の撃沈を確認。

精鋭部隊3隻を。暁、響、雷がそれぞれ爆雷で沈めた-

そのことが、彼女達-第六駆逐隊の技量がどれだけ卓越したものなのかを証明している。

 

だが。

今、彼女達にとってはそんなことはどうでもよくて。

 

 

 

それよりも-

 

 

-周辺の海域の安全を確認すると、3人は弾かれたように船体を前進させる。

 

向かう先は1つ。

大切な末妹と、新たな仲間のところ。

 

 

海上で立ち往生している2隻の艦。

船体各所から黒煙を燻らせている様は、今にも沈んでしまいそうで。

早急に適切な処置を取らねば、沈没してしまってもおかしくない。

 

改めて確認するまでも無く、そのことを解っているからこそ。

3人は全速で行動した。

 

 

「電っ!」

 

まずは、雷が2隻の内の小さい艦-末妹の電に船体を寄せる。

 

 

 

 

魚雷の直撃を受けて外壁を突き破られた外観が、とても痛々しい。

 

 

が。

 

「ちょっと動けないけど…電は、平気なのです」

 

動力こそ潰されたものの、電は健在だった。

 

被雷の瞬間に。

今まで積み上げてきた戦闘の勘によって、咄嗟に致命傷だけは避けたのが功を奏したのだろう。

 

 

…それに。

 

 

 

 

 

 

「それより、金剛さんが…っ!」

 

…その後の追撃を、全て引き受けてくれた艦-【彼女】が、居たから。

 

 

 

 

 

 

 

2隻の内の、もう1艦-【彼女】。

その巨体は、今や目を背けたくなるような惨状の場と化していた。

 

大きく傾斜した船体。

既に幾らか海中への沈下が始まっているのか、海面に傾いている側の甲板上には、波が被さっている箇所も見受けられる。

 

加えて。

至る所から噴き上がっている黒煙と、力無く異音を響かせるだけの動力機関。

外装だけでなく内部機構にまで深刻なダメージを被った様子は、半死半生とも言うべき状態。

 

 

 

 

それは艦の本体であり、艦娘として顕現している【彼女】も同様。

身体を包んでいた衣は破け、肌は煤け、あちこちに傷が刻まれていて。

 

そんな有り様になりながらも、変わらぬ直立態勢で甲板上に立っていた【彼女】は。

電の言葉に、その顔を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

こんな時まで変わらない、固い瞳を。

この場の自分以外の4人-第六駆逐隊の面々に巡らせて。

 

全員が無事であることを、視界に収めて。

 

 

 

 

 

 

一瞬。その視線が、変化を帯びた気がした。

ただ周囲の情景を映すだけの機械的なものであった目が。

 

刹那の間、感情を灯したかのような。

 

 

 

 

視線を向けられた第六駆逐隊からすると。

 

 

 

 

自分達4人が無事であったことに対して、【彼女】が、まるで安堵しているように思えたのは…

都合よく考えすぎだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それをこの場で確認することは叶わない。

 

 

 

 

 

 

次の瞬間。

【彼女】は、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 

 

「-金剛さんっ!?」

 

 

電の悲鳴にも反応する余力は無いのか。

 

壁に背を持たせ掛け。

そのまま肉体を支えきれず、力無く腰を崩し落とす。

 

表情こそ変えていないものの。

その顔色は血の気が引き、青褪めているように思える。

 

-当然だ。

艦の損傷は、顕現体である艦娘にも反映される。

これだけの損害を船体が受けている以上、【彼女】にも拭い難いダメージが刻まれているのは疑いようが無い。

 

 

 

 

 

 

だったら。

今、自分達がやるべきことは決まっている。

 

 

 

「響、金剛さんの船体の曳航準備を!雷は電を頼むわね」

 

「了解」

 

「了解よ!」

 

艦隊旗艦であり長姉である暁が手早く下した指示に、響と雷は返事を返し。

すぐさま準備に取り掛かる。

 

 

 

 

それを確認しつつ、暁は鎮守府へと通信を繋いだ。

 

 

「提督。現時刻を以って艦隊行動を終了。鎮守府に帰還するわ」

 

『…そうか』

 

青年提督からの返事が返ってくるまでの間の沈黙にあったのは。

 

-感謝と、安堵。

 

どんな武功よりも、どんな勝利よりも。

彼にとっては、艦娘達が無事で居られたということが何よりの報酬なのだろう。

 

『よく、やってくれた』

 

暖かな言葉の後、改めて気を引き締め直した声で青年提督は続けた。

 

『直ぐにドックを使えるようにしておく。…疲労でしんどいところを申し訳ないが、警戒態勢を維持したまま帰還してくれ』

 

「-了解」

 

最期にすまなさそうに気遣いを見せてくれた青年提督の声に、暁は胸に温もりを浮かべ。

振り返った次の瞬間には、自らのやるべきことに全精力を注ぎ込む。

 

 

 

 

「雷。電を支えながら、前衛をお願い」

 

「まっかせて!」

 

暁からの指示に、雷は快活に返答した。

そこにあるのは断固とした決意の意。

傷付いた末妹と仲間と共に無事に帰還する-その遂行に意識を燃やす雷は、どんな小さな異変でも見逃すことはまずあるまい。

何の問題も無く、艦隊の前衛を務めてくれるだろう。

 

 

 

 

 

それを確認すると、暁は自分のすべきことを成すべく動く。

向かう先は、新たな仲間のところ。

 

 

そこでは、既に先程の指示によって響が曳航の準備を整えていた。

【彼女】の傾斜して沈みかけた巨大な船体を、上手く支えていて。

 

近付いてきた暁を認めると、【彼女】の船体の片側を支えていた響が小さく首を振って告げた。

 

 

 

「被雷による損傷と浸水量が予想以上だ。余裕は、無い」

 

飾り気の無い率直な言葉。

的確な状況を把握しているその言葉が、現事態が切迫していることを教えてくれる。

 

 

 

 

「急ごう」

 

だからこそ放たれた言葉は短く。

けれど、そこに込められた思いは深くて強い。

 

仲間を失うわけにはいかないと。

そんな意志を秘めた瞳に頷きを返し、暁は響とは逆側-【彼女】の船体の、もう片側に回る。

自分も妹と全く同じ気持ちだ。

だからこそ、急がねば。

 

 

 

 

慎重に自身の船体を【彼女】へと接舷させる。

その振動で艦が揺れ、甲板上で力無く態勢を崩したままの【彼女】が視線を向けてきた。

 

 

 

その顔からは、今やはっきりと解るほど色が失われている。

 

時間を置くことで、より深くダメージが浸透し。身体にさらなる負荷を掛けているのだろう。

今、【彼女】は。じっとしているだけでも辛い筈だ。

 

 

 

 

 

 

…そんな疲弊しきった【彼女】を、自分達は一息吐かせもせず引っ張っていこうとしている。

 

 

 

「…ごめんなさい」

 

向けられた【彼女】の視線を、暁は心苦しさに伏せてしまいそうな顔を上げて受け止めた。

本当ならば。僅かでも休みを取り、その疲労を少しでも和らげたい。

 

だが…その時間は無い。

一刻も早く処置を施さねば、取り返しのつかないことになるのだから。

 

 

「できるだけ、負担を少なくするようにするから」

 

だから、自分達を信じて任せてほしい、と。

誠意を込めた、懇願の視線。

 

そんな暁の眼差しを受けて、【彼女】は-

 

 

 

 

 

 

 

 

間を置かずに。

小さく、けれど、しっかりと頷いた。

 

 

そこには、躊躇や不安・不満などといった類の色は全く無くて。

こちらに全てを委ねているかのような。

 

 

あまりにもあっさりとした承諾に、暁は思わず拍子抜けしそうになるが。

思い直し、苦笑する。

 

 

 

 

「(確かめるまでも、なかったわね)」

 

先程の激戦の中で、死の瀬戸際にありながら。

微塵も躊躇いを見せずに、己の命運を自分達に委ねてくるような【彼女】だ。

 

そこには、寄せてくれている信頼の大きさと。

【彼女】の、「広さ」と「大きさ」が感じ取れて。

 

 

 

そんな【彼女】が、この程度のことで駄々を捏ねるはずもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、行きましょ」

 

軽く声を掛け、動力を稼働させる。

もう一度、軽く己の船体を揺らし、【彼女】との接舷ができているかどうかを確かめる。

 

「響、そっちは?」

 

「大丈夫だよ」

 

曳航作業の僚艦となる響にも確認を取り。

問題が無いことを確認して、出発前にもう一度呼び掛けようと【彼女】を見た暁は-

 

 

 

 

 

 

 

「(…?)」

 

 

 

目を、擦る。

今、視界に入れたものが何なのか解らなくて。

 

 

 

 

もう一度、視線を向けようとして-

 

 

 

 

 

「…暁?」

 

響から掛けられた訝しげな声に、暁の意識は現実へと向き直る。

 

 

 

「急いだ方が…」

 

「そ、そうね」

 

自分達の置かれている状況を再認識し、慌てて動力を再稼働させながら。

暁は再度、【彼女】へと視線を流す。

 

 

 

 

 

 

 

そこには、前方へと向けられている人形のような表情。

常と変らず、そこに感情という動きを感じることはできない。

 

 

「(…でも)」

 

先程、暁は見たのだ。

 

 

 

 

-【彼女】の瞳が。

ほんの僅かの時間。

陽炎のように朧げで不確かではあったが。

 

 

 

 

 

-少しだけ。揺れていた、ような…

 

 

 

 

暁と響に挟まれながら浮かべた、その揺らぎは一体何を意味するのか。

 

 

かって、物言わぬ艦船だった頃から多くの人間の目と、その動きを見てきた暁からすれば…

 

【彼女】の揺らぎは-

 

 

 

 

 

「(…戸惑ってる、のかな…?)」

 

負の感情が入り込んだものでは無く。

自身には不慣れなモノを目の当たりにし、感じ取り。

その感触に戸惑っているような…

 

 

 

 

 

 

【彼女】は。

暁と響に船体を支えられた瞬間に、一瞬、瞳を揺らした。

 

 

 

 

 

…ひょっとすると。

 

それは-仲間というものを、自分の身を通して実感できたからなのではないか。

 

 

 

 

 

艦娘として顕現して以来。

青年提督に連れ出されるまで、【彼女】は本部ドックに押し込められたままだったと聞いた。

 

そんな【彼女】に対し。

暁と響が行ってくれた、船体を支えるという心遣い。

 

-そのような、直に受ける気遣いというものは…【彼女】にとっては、未知のもので。

 

だからこそ、戸惑い。

 

 

そして。

 

-喜んで、くれているのでは…

 

 

 

その感情の動きが、微かな瞳の揺れとして現れたのでは…

 

 

 

 

 

 

 

「(…都合良く、考えすぎかしら)」

 

多分に願望が入り混じった己の推測に対して、思わず笑いそうになり。

 

でも、この推測が当たっていてほしいと。

 

そう願いながら、暁は号令を下した。

 

 

「前進全速。これより、鎮守府へ帰還するわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界の風景・光景というものは時間によって刻々とその姿を変えてゆく。

それは、この星の約7割を占める海にしても例外ではない。

 

昼間は陽の光を照り返し、青く煌めいた輝きを見せていた海原も。

太陽が西に傾き、地平線へと身を沈ませて行くに従って色彩の鮮やかさを落とし。

橙色に染まっていく大気の下で、色を失っていく。

 

 

夜という時間帯へと移り変わる狭間の、僅かな間にのみ現れる夕焼けという情景。

その朧げな斜光に照らされた岸壁に、5隻の艦艇が帰港した。

 

 

「-到着っと。電、大丈夫?」

 

「はい、なのです。何とか…」

 

まず最初に入港してきたのは、2隻の駆逐艦-雷と電。

船体を接岸させるべく、港へと少しずつ近寄っていく。

 

「-あ」

 

その途中。

岸壁へと目を向けていた雷が、顔を綻ばせた。

 

「どうしたのです…?-あ」

 

その視線を追った電も、同じく表情を緩める。

陽の光が落ちかけている岸壁に立っている人影が1つ。

 

それが誰であるかなど、第六駆逐隊の面々にとっては確認する必要も無い。

この鎮守府の最高責任者にして、自分達の主でもある-青年提督。

出撃して帰港した際には必ず出迎えてくれる、自分達の司令官。

 

その姿は、第六駆逐隊が帰投した時には必ず岸壁にある。

帰投時間がどれほど遅くなっても。

彼自身の仕事がどれだけ多忙であっても。

初陣以来、一度も欠かしたことは無い。

 

提督という立場の者としては、もう少し腰を落ち着けるべきなのかもしれない。

 

だが-自分達にとっては。

彼が出迎えてくれるということが、もはや掛け替えのない大事な時間となっているのだ。

 

戦場という過酷な場所から帰り、疲労困憊している自分達を。

青年提督は労い、気遣ってくれる。

例え、戦果が芳しくなかろうと…暖かく迎えてくれる。

疲れ切った身に、それがどれほどありがたいことか―

 

だからこそ、自分達は戦い続けることができる。

 

守るべき場所があり。

自分達を信じて待っていてくれる、大切な人がいる-

 

それを、実感できるから。

 

だから、頑張れる。

 

 

 

 

雷と電は、岸壁に接岸して甲板から地面へと降り立った。

同時に船体の実体化を解き、身に着けている艤装へと収容する。

 

艦娘は戦闘時には本体である艦艇を実体展開させ、そこに同化・顕現するが。

普段は身に纏った艤装にその情報を収納し、女性体としての姿のみで過ごす。

その状態での彼女達は、艤装が無ければ外見は人間の女性と何ら変わらない。

(最も、身体能力は人間など歯牙にもかけないものではあるが)

 

 

 

 

「-っあ」

 

そうして降り立った電が、小柄な身体をよろめかせた。

 

先の戦闘での、動力部への魚雷被雷。

無事を装ってはいても、そのダメージの深さは誤魔化せるものではない。

 

 

 

慌てて雷が支え直そうとして-

 

 

「-電っ!」

 

-それより早く。

既に駆け寄ってきていた青年提督が、崩れそうになっていた電の身体を抱き留めた。

 

 

 

 

「司令官、さん…」

 

青年提督が、自分のことを案じ、すぐ近くに居てくれる。

その事実に、電は目を細め-

 

 

 

 

-しかし、直ぐに現状に思い至る。

 

 

背中まで回されている、固くて力強い2本の腕の感触。

 

…つまり。

両腕で抱き締められているということで…

 

 

「っ!はわわわ…!」

 

電の顔が、赤く染まった。

思考が沸騰して、頬が火照る。

 

これほど直接的に接触があるだけでも恥ずかしいのに。

今の電の身体は、船体の損害を反映して服装がいくらか破れ、肌が所々露出している。

 

羞恥心の強い電にとって、この状態は判断処理能力を超えていて。

 

「(は、はずかしいよぅ…)」

 

口も震え、上手く動かない。

 

 

でも、ずっとこのままでいるわけにもいかない。

 

「し、司令官さん…」

 

懸命に言葉を紡いだその時。

すぐ近くにあった青年提督の顔が目に入った。

 

 

 

 

 

「-大丈夫か、電?」

 

そこに在るのは、電の安否を気遣う色。

 

 

 

 

「は、はい」

 

「そう、か」

 

何とか発した返事に、彼は力を抜き。

 

そうして。

 

 

 

 

 

「-よかった」

 

そう言って、頬を緩める。

 

そこには劣情などの生理的な色は一切無く。

ただひたすら、こちらを案じ、気遣ってくれている温もり。

 

 

頬の温度が、さらに上がるのを自覚しながら。

電は胸中で呟く。

 

 

 

「(ズルい、のです…)」

 

こんな顔をされては、こちらは何も言えないではないか。

ただ、ますます身体の奥から湧き上がってくる熱が高まるばかりで。

でも、それはどこか心地良くて-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(全く、もう)」

 

そんな光景にやや尖った視線を向ける、姉の雷。

彼女とて、妹の電が助かったのはこの上なく嬉しいし。

それを、主である青年提督と分かち合うことは喜ばしいことだと思う。

 

 

ただ、少しだけ。

そう、ちょびっとだけ不満があるだけなのだ。

 

 

「(私だって、いるじゃない)」

 

そう。

自分だって頑張ったのだ。

 

 

もちろん、自分だけで電を助けられた-などという甚だしい思い上がりなど微塵も持っていない。

姉2人と…それに、何より【彼女】。

仲間達が居てくれたからこそ、ここに帰ってこれた。

 

…ただ、少しだけ。

ほんのちょっとではあるが。

自分も、僅かなりともその力の一端を担ったと思うのだ。

 

だから、自分にも。

少しぐらいの労いがあってもいいのではないだろうか-

 

 

 

雷の抱いた、その小さな不安と不満は。

次の瞬間に霧散した。

 

 

 

 

「-へ?」

 

頭部に感じる、暖かな質感。

節くれ立って固く。けれど温もりを宿したこの感触が何であるか。

雷は…、いや、第六駆逐隊は触れただけで解る。

 

 

 

 

「雷も、よくやってくれたな」

 

電に浮かべていた笑顔を、今度は雷の方に向けてくれて。

髪の上に置いた掌で、優しく撫でてくれて。

 

 

 

 

 

 

…何を、焦っていたのだろうか。

 

常に自分達を気遣ってくれる彼が、労いを忘れるはずもなかった。

 

ただ、轟沈寸前の恐怖を味わわされた電を最初に労わったのであって。

だからといって雷への配慮も、疎かにするはずもなかったのに。

 

 

 

 

…限界まで疲れが溜まった中での激戦で、危うく妹を失うところだったせいだろうか。

今の自分は、ひどく過敏で不安定になっているのかもしれない。

 

 

 

 

「-ありがとう。雷」

 

-そんな雷の気持ちを汲み取ったかのように。

もう一度、青年提督は感謝の言葉を口にして。

柔らかく頭を撫でてくれる。

 

雷の、自分でも知らずに強張っていた精神を。

ゆっくりと、ほぐしてくれるかのように。

 

 

「-っ」

 

それが、気恥ずかしいような、くすぐったいような感じがして。

 

「そうそう。も~っと、私に頼っていいのよ!」

 

身に感じている嬉しさを、直ぐには感謝の言葉に繋げられなくて。

でも。

今の自分が抱いている喜びを、何とか伝えたいと、胸を張る。

 

 

青年提督へのお礼の気持ちが、少しでも伝わるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

-その一方で。

 

「(…ずるい)」

 

妹と同様の思考に至っていた。

 

 

「(私の魅力には気が付かないくせに…こういうとこは見逃さないのよね…)」

 

いつも改装が済んだ後、魅力はどうかと聞いても。

こちらの期待とはズレた答えしか返してくれないのに。

 

精神の動揺や乱れには必ず気付き。

配慮と労わりは欠かさない。

 

 

こちらの想いには気付かないのに。

優しく見守ってくれている-

 

これでは、率直に非難もできない。

ある意味、相当にタチが悪い。

 

 

「(なによ、もう…)」

 

溜息を吐きそうになりながら。

 

だけど。

そういうところも、彼らしいのかもしれない、と。

 

そう考える雷の口元は、柔らかく緩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

そんな青年提督が。

暁と響。

そして、今回の最大の功労者とも言える【彼女】を放っておけるはずもなく。

 

雷と電にしても、それは同様。

 

 

3人の眼が、同じ方向-後方に向けられる。

そこには。

今まさに入港してきた、3隻の艦影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「(とりあえず、間に合ったか…)」

 

帰投し。船体の実体化を解きながら。

 

響は、先程まで自分の船体で支えていた【彼女】を見上げた。

 

自分達より遥かに大きな、重厚感を醸し出す船体。

その巨体は-

敵の攻撃に晒され続けた結果。今や轟沈寸前の様相を呈している。

立ち込める噴煙。大きく傾いた船体。苦悶のような異音を響かせる動力機関。

 

 

 

そんな姿は、見ているだけで痛々しくて。

 

 

 

 

 

 

-でも。間に合った。

 

その事実を噛み締め、安堵の息を吐く。

 

 

-途端。

身体が、どっと重くなる。

 

 

沈没しても可笑しくなかった【彼女】を曳航するという作業を行う中で。

己がどれほどの重圧に覆われていたのか…改めて思い知った。

 

仲間が、いつ沈んでしまうか解らないという不安は。

戦闘にも劣らぬ緊張感があって-

 

 

 

 

 

でも、無事に着けたのだ。

 

やや気を緩めながら、自分と同じく船体の実体化を解いた【彼女】に視線を移す。

 

 

この後、早急にドックへと移動し、船体を再展開した上での修復作業に入る必要がある。

そのために移動しなければならないが…

 

ひどいダメージを被っている今の【彼女】にとっては、歩くことすら重労働だろう。

 

そんな【彼女】を支えようと、近付いた響は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-ふと、違和感を覚えた。

 

それは-【彼女】の浮かべている、瞳が原因。

 

 

 

 

 

 

 

船体の実体化を解いて降り立ちはしたものの。

金縛りにあったかのように足を止めている【彼女】。

 

その視線の先には…青年提督と雷、電の3人で形作っている輪。

見ているだけで互いの信頼感が伝わってくる、そんな仲。

 

 

-それを見る【彼女】の瞳は。

愁いを、色濃く映し出している。

 

 

 

 

 

 

まるで-

自分が、そこに入っていいのか、と。

自分には、相応しくない、と。

 

そう、言っているようで-

 

止まった足取りは。

【彼女】の躊躇と気後れを、雄弁に物語っているように思えて。

 

 

 

 

 

 

安心感で緩めたはずの唇を、響は無意識の内に噛み締める。

 

そんな風に、【彼女】に壁を感じさせてしまった原因は…自分達の対応の拙さに他ならない。

自分達が最初から距離を詰めなかったことが、【彼女】に躊躇いを生じさせてしまったのだ。

 

極めて不器用ではあるが確かな優しさを持つ【彼女】を、これだけ傷付けてしまった…

その結果を、まざまざと見せつけられる。

 

 

 

 

 

 

 

でも。

 

「…」

 

【彼女】を挟んで隣り合う暁。

前方でこちらを待ってくれている青年提督と雷、電。

その4人と視線で頷きを交わして、響は動いた。

 

 

暁とタイミングを合わせて【彼女】の両隣に立ち、左右から肩を貸すようにして身体を支える。

 

 

 

 

 

2人からの支えを受け。

 

 

-【彼女】は、表情を揺らした。

無表情の裏から覗いた、感情の機微。

 

 

 

 

 

…とは言っても。

目も、眉も、頬も。

目立って動いた訳では無く。

外面上は、相も変わらずの仏頂面。

 

 

 

 

-ただ。

その奥の奥には。

さざ波のように、ごく僅かな揺れ。

 

 

 

そこにあるのは、先程、暁が曳航の際に気付いたモノと同じ-戸惑い。

 

ただ、その時と異なっているのは。

支えている腕を通して伝わってくる、【彼女】の身体の強張り。

 

 

そこに感じ取れるのは-不安。

 

 

自分がこんな立場に居ていいのか。

近くに立っていていいのか。

 

そんな後ろめたさが、【彼女】の肉体を固くさせているのだろう。

 

 

 

 

 

そんなことは、余計な心配に過ぎないのに-

 

それを伝えるべく、暁は【彼女】を覗き込むようにして語りかけた。

 

「仲間を待たせるのは、レディとしては相応しくないと思うわよ」

 

感謝と歓迎の意を、言葉にして【彼女】に届けたくて。

 

 

 

【彼女】を挟んで隣に立つ響も、姉に続く。

 

「-貴女がいないと、始まらないよ」

 

2人とも、【彼女】の対して思うことは同じ。

 

 

-自分達の輪の中に加わってほしい、と。

 

それは、2人だけではなく。

この場に居る者達の総意を代弁した言葉。

 

 

青年提督と第六駆逐隊全員の思いを乗せた暁と響の言葉を受け。

 

【彼女】は-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表情を柔らかくすることも、頷きを返すこともなく。

ただ、視線を前方に据えたまま。

 

それだけで。

何の反応を返すこともない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…拒否されて、しまったのだろうか?

 

だが。

例え、そうだとしても。

【彼女】のことを「冷たい」などと言える資格は、自分達には無い。

最初、【彼女】を遠ざけていたのは自分達であり。

それを、これから仲良くしたいなど-

今更、虫が良すぎると言われても…返す言葉など無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-それこそ、余計な心配であったと証明されたのは、次の瞬間。

 

 

 

暁と響に預けられている【彼女】の両腕から力みが消え。

より確かな重みが2人の肩に圧し掛かってくる。

 

それは、【彼女】の身体が弛緩したということであり。

緊張を解いて。己の肉体を、完全に委ねたということであり。

 

 

 

つまり。

こちらを-自分達を、受け入れてくれた証。

 

 

-その事実が、たまらなく嬉しくて。

 

 

 

「さ。しっかり掴まって」

 

「無理しないで。ゆっくりで、いいさ」

 

【彼女】に付き添う暁と響の声も自然と弾み。

それをじっと待つ青年提督と雷、電の顔も綻ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

その一方で。

彼らは皆、一様に気を引き締め直していた。

 

 

自身が受けた仕打ちに何も拘らず。

何事も無くこちらを受け入れてくれた【彼女】。

 

 

 

だが、その優しさに甘えるだけでは、駄目だ。

 

 

自分達が、最初期の対応によって【彼女】を傷付けてしまったという事実は、消えないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

…起こしてしまった過ちは、無かったことにはできない。

 

 

-でも。

これからより良くしていこうと努力することはできる。

 

少しずつで、いい。

ゆっくりで、いい。

 

【彼女】に対して。

傷付けてしまった分以上に暖かく接して。

 

見せてくれた優しさを、返していこう。

護ってくれた強さに、応えられるようになろう。

 

 

 

 

今。

暁と響に支えられて歩く【彼女】の足取りのように。

それによって、全員の距離が縮まっているように。

ちょっとずつ。

でも、確実に。

 

 

 

 

新しい輪が作れる日は。

きっと、そう遠くはないから。

 

 

 

 

 

青年提督と、第六駆逐隊。

5人でずっと形作ってきた、「仲間」という輪の中に。

 

-今、【彼女】も加わって-

 

 

 

 

 

 

 

-茜色に染まった空が、そんな彼らを優しく照らしていた。

 




ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。

今回も反省点だらけになってしまいました。

まず最初にお詫びさせていただきます。
頂いた感想への返信でも述べさせていただきましたが、更新内容が告知した内容と異なるものになってしまいました。
前回の後書きで、後編と勘違い文を纏めて上げさせていただく予定だと述べたのですが…
私事都合により上手く纏まらなかったたため、先に後編だけを上げさせていただきました。
告知内容を私的都合で守らず、申し訳ありません。

また、今回も色々と至らない点が噴出してしまいましたが…
特に、戦闘描写が薄くなってしまいました。
迫力とスリルある戦闘を描きたかったのですが…上手くいきませんね。

まだまだ筆力不足ですが、精進を重ねて少しずつでも改善していけるように頑張りたいと思います。

次回は(というより次回こそ)勘違い文を上げさせていただきたいと思います。
おそらく、内容が色々と酷いものになるのは間違いないでしょうけれど…

ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました!
皆様のお時間の足しに少しでもなりましたら幸いです。



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4 ちんじゅふかいいきげいげきせん・まえ

こりゃヒデェ!の5話目投稿。
今回についてはもう…言い訳すらできません。

※端くれではありますが作品を投稿させて頂かせている責任上、こんなこと言うのは無責任ですが…
 今回、真面目に酷いです。唯でさえ中身が薄い拙作ですが…今回はその中でも濡れティッシュ以上に薄いです。勘違いという名を騙ったおバカ文(しかも長い)しかありません。
 疲れたり、気分を害されてしまいましたら早急にお戻り下さい。

※感想によるご指摘を受け、H27.1.8に誤字訂正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!


 こんにちは。

 ワタシ、金剛(の偽物)さん。

 今…沈みかけているの。

 

 簡単に言ってしまえば。

 潜水艦の魚雷喰らって沈みそうだよ、どうしよう♪ってことなのさ。

 …

 ……

 ………

 って…

 

 呑気にしてる場合じゃねぇぇぇぇ!!

 あばばばばばばばば。

 ヤバイヤバイ。

 痛い苦しい辛い泣きたい。

 

 ちくしょうめぇぇ…っ

 艦娘になった以上、戦いに身を投じなければならないことは解ってた…つもりだったさ。

 -けど。

 何も、初航海からこんな目にあわなくてもいいじゃないか!

 今回はあくまで練習航海って聞いてたし。

 今日のところは、幼女の後ろにくっ付いてハァハァしてればいいと思ってたのにっ…!

 

 ちくせうっ…!

 

 って…あかん。

 今、視界がちょっとぼやけましたよ?

 これが走馬灯ってやつの兆しなのか?

 

 -あ、やべ。

 喰らった魚雷によって、海水が船体に侵入してきやがった。

 水平だった視界が徐々に傾き始めてて…

 つまり、艦が傾いてるってことで。

 

 おふぅっ…!

 また視界がチラついたよ。

 これはもう、駄目かもしらんね。

 などど、ぼんやりした意識に。朧げな映像が浮かんでくる。

 これは…つい先ほどまでの、記憶…?

 

 

 ――って。

 おいコラ。

 ちょっと待てい、俺の脳みそよ。

 勝手に回想流すなっての!

 絶対絶命のピンチに、回想シーンって…

 これ、死亡フラグじゃないか!

 俺はまだ、こんなとこで死ぬ訳にはいかんのだ!

 まだ。

 まだ…っ、やり残したことが、あるのだ!

 

 

 もっともっと第六駆逐隊の皆と触れ合い。

 あの幼くも可憐な肉体から立ち昇る、香しい香りを胸一杯に吸い込みたいとか!

 あわよくば、合意の下での直接のお触りとか!

(あくまでも合意の下で、KENZENに、ね。無理矢理とかロリコンの風上にも置けぬ)

 そういう、壮大な目標があるのだっ!

 

 …あと、おまけにしか過ぎないが。

 提督の奴に。恩も返さないと、だし。

 

 

 …とまあ。

 そんなことを願ったとしても。

 主人公体質ではない俺に、「お約束」に逆らえるわけもなく。

 薄情な脳は、先刻までの映像を再生させて-

 

 

 

 

 

 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 海はいいねぇ。

 地球の造り出した芸術の極みだよ。

 青い空と白い雲。

 何処までも広がる大海原と、その動きによって時折描き出される波と飛沫。

 思い出したように頬を撫でていく、潮の匂いを含んだ凪風。

 きっとこの先人類が幾ら発展しようとも、こんな光景は造り出せないだろうな。

 絶景絶景♪

 

 …ただ、もう少し欲を言えば…

 

 潮風さん、もう少しお仕事してくれませんかね。

 あとちょっと風量を強くしてくれればいいんですよ。

 そう、それだけでいいんですよ。

 

 そうすれば…

 

 

 前を航行している電ちゃんの、スカートの下の桃源郷が見えるンデス…っ!

 

 くっそ!

 女学生のスカートには、どこぞの謎巨大生物もびっくりの絶対防壁があるっていうのは、どこの世界でも共通か!

 さっきから時々捲れ上がってはいるのに。

 奥が、奥だけが決して見えないっ!

 いやん、イタズラな風さん♪とか、そんなようにはならんのかっ…!

 見えそうで。けど、見えない。

 …このもどかしさにも似た、悶々とした気分をどうしてくれるだぁー!

 

 …ふう。

 とりあえず、精神を落ち着けるために現状の整理をしよう。

 先程、イケメン提督の艦娘である第六駆逐隊と面通しして。

 そこからちょっとだけ待たされて。

 で、今は海に出撃中。

 いきなり出撃とは…とも思ったけど。

 とりあえず艦娘としての動きに慣れておきたいというのもあったし、丁度良かったかもしれないな。

 それに、今回はあくまで練習航海が目的。

 航路についても、安全性が確保されている内海を使用するとのことなので一安心だった。

 

 そうして出発した練習航海。

 とりあえず、ここまで大きな問題は発生していない。

 艦娘としての身体と、本体である艦艇と。

 自分が2つの存在に分かれてるってことに対して最初は不安もあったが。

 案ずるより産むがやすし。

 今は艦娘になってるってこともあるんだろうけど、何の障害もなく適応できた。

 船体を自在に、意のままに操れる。

 まあ、自分の手足のようなものというか肉体そのものと言えるからね。当然と言えば当然か。

 

 …ただ、懸念材料もある。

 それは…

 

 …第六駆逐隊の皆から、距離を開けられちゃってるンデスっ…!

 距離的なものではなく、精神的な意味で。

 初対面時の挨拶からしてそうだった。

 表面上は何の変哲も無い挨拶だったが、その実、警戒心と不信感バリバリだったし。

 その後も、話し掛けられていない。

 何というか、こう…

「できればお近づきになりたくない」オーラが漂っている、ような…

 これがまた、きっつい。

 

 ただ、まあ。

 それで第六駆逐隊の皆を責めることなんて、できない。

 逆の立場なら、俺だって同様の対応を取ったのは間違いないから。

 

 挨拶にも一言も返さず。

 以後も口を開かず。

 極め付けに、表情を全く変えない。

 

 …うん、こんなのが来たら誰だって遠ざけようとするわ。

 むしろ、直接的な排他的行動に出てきても可笑しくない。

 そう考えると…拒否感を前面に押し出してこず、距離を置くだけに留めてくれている彼女達に対しては責めることなんて、できはしない。

 

 それは、解ってるんです。

 解ってるんですけど、ね…

 

 俺には、放置プレイ属性は無いんです!

 

 こんなに可愛らしい天使達が近くに居るのに。距離を詰めない選択肢があろうか?

 -いや、ない。

 可愛い女の子がいたら仲良くなりたいと思うのが男の性なのである。

 

 え?

 俺、今は肉体的には女性になってるじゃんって?

 

 答えは、1つ――精神は、時に肉体すら凌駕する。

 例え肉体が女性になってしまっていても、心の奥底で燃える男としての滾りまでは消すことはできないのさ。

 だから俺が彼女達とお近づきになりたいのも、何も間違ってないよね?

 

 -などという冗談は置いておいて。

 …ジョーダンデスヨ。ホントデスヨ?

 

 集団の中で生活していく上では、仲が悪いよりは良いほうがいいに決まってる。

 さすがに今のボッチ状態のままで、長期間耐えられる強さも自信も無い。

 やっぱり、意志ある者は他者との触れ合いにこそ安らぎを感じるものなんだ。

 

 -だから。

 第六駆逐隊の皆と仲良くなりたいと願うのも当然のことなんデス!

 何も疾しいことなんて、ないのデース!

 という訳で、レッツ、コミュニケーション!

 

 …

 ……

 ………

 …まあ、諦めましたがね。

 

 レッツ、コミュニケーションって…

 表情も変えなければ喋りもしないこのボディでどうしろと?

 むしろ、動いたら間違いなく状況を悪化させる気がする。

 無表情のまま、一言も話さず近付いてくる相手…

 うん、全力で遠慮したいよね。

 

 このまま静観してても距離を開けられたまま。

 かといって近付いたら、さらに拒否られる可能性大。

 

 …詰んだ。

 

 -いや、まだだ!

 まだ、諦めたら駄目だ!

 

 諦めたら、そこで終わってしまう。

 まだ、道はある筈だ。

 運命というものを選び取り、紡いでいくのは、その人自身なのだ。

 

 彼女達と仲良くなれないのが定めだというのなら。

 そんな運命、俺の情熱(決して劣情では無い。決して)で、こじ開けるっ!

 

 …

 ……

 -んなこと、できるわけねーべ。

 

 運命への干渉が成せるのは、主人公とか英雄だけだって。

 俺みたいな凡人に、そんな力なんて有るわけないっての。

 

 -という訳で、現状、打つ手なし。

 仕方が無いので、現状維持という名の現実逃避の手段として。

 彼女達の姿を見て、目の保養にしてるのです。

 練習航海中の現在では、艦列の最後尾に就いている俺の1つ前の艦-電ちゃんを位置関係上、視界に入れることが多い。

 

 …ふぅ。

 第六駆逐隊は皆、可愛いけど。

 電ちゃんもその例外では無い。

 庇護欲を掻き立てられるような優しげな面持ちと、控え目な立ち居振る舞い。

 その姿は、萌えという概念の1つの極致だね!

 電ちゃん、マジ天使!

 

 …あとは、その眼差しをこっちに向けてくれたらなあ…

 

 なんて思ってたんだが。

 何だろうか、さっきからやけにこっちを見てるような…

 

 え、何?

 …もしかして。俺の願いが通じた!?

 

 …などと、都合の良いことがあるわけないじゃない。

 

 これまでのことから考えるに、俺は第六駆逐隊の皆からは距離を開けられてる。

 …改めて現状を意識すると鬱になるな。

 人に距離を開けられるというのは、ただでさえつらいが。

 それが可愛い女の子達からのものとなると、ダメージでけぇ…!

 

 とにかく。

 俺は彼女達からは好かれてはいないわけで。

 そんな相手に向ける視線が好意的なわけは無い。

 たぶん、電ちゃんが言いたいのは。

 

「こっち見んな♪(意訳)」

 

 ってことだろ。

 

 視線というものは、余り1人の相手に留め過ぎていると。

 その相手にとっては、時として重圧やストレスに繋がりかねない。

 ましてや、得意ではない相手からのものだったら、なおさらだ。

 

 -電ちゃんから見た、俺のように。

 

 

 ………泣きたく、なってきた。

 

 ただ、まあ。

 さすがに自分の視線で、相手を嫌がらせて喜ぶほど悪趣味じゃない。

 何より、これ以上嫌われたくないし!

 

 …仕方ない。

 とりあえず、他の子を見るか…トホホ…

 

 

 そう思って外した視線を。

 -次の瞬間には、すぐに戻す羽目になる。

 

 

「ふあぁぁぁぁ!?」

 

 突如響いた、悲鳴と爆音。

 慌てて元の位置に戻した視界に飛び込んできたのは-

 側面で大きな水柱を噴き上げた船体を傾け。

 その甲板上でボロボロになって、態勢を崩している電ちゃんの姿。

 身に纏っているセーラー服が破け。

 その隙間から覗く肌は傷付き、焦げ付いていて。

 

 

 それは。

 航海という時間が、戦場という場所へと変化した瞬間だった。

 

 

 …電ちゃぁぁぁぁぁんっ!?

 

 ちょ、シャレにならん!?

 普段なら服が脱げている姿を見て。

 

 -うはwww幼女のナマ肌ハァハァっ…!

 

 となるとこだが。

 さすがにこの場面はそんな局面じゃない。

 艦娘の服が破けるのは、中破以上の損害を被った時。

 その設定から考えると、今、艦が相当なダメージを受けてるってことになる。

 

 やべえ、マジやべえ!

 

 さらにヤバイのが、今、対峙している相手。

 レーダーには何の反応も無いし。そもそも海上には怪しい影は無い。

 けど、電ちゃんは攻撃を受けた。なのに、海上には敵影は無し。

 なら、それの意味するところは1つ。

 

 攻撃を仕掛けてきた奴等がいるのは、目視できず、レーダーでも探れぬ場所-海中。

 つまり、敵は――潜水艦。

 

 …はぁ!?

 おま、いきなり潜水艦って…最初の海域で出会っていい相手じゃないでしょ!?

 

 潜水艦。

 ゲーム上では耐久力は低いものの。

 海中に潜航しているという性質上、攻撃手段が極めて限定される厄介な相手だ。

 夜戦での能力の高さは目を見張るものがあり、大型艦でも一気に耐久を削られてしまうことも珍しくない。

 …ただ。

 今の俺にとって一番恐ろしいのはそこではなく。

 基本的には、潜水艦には対潜能力のある艦でしか対抗できないということ。

 通常、艦隊の主力となる戦艦や正規空母も、潜水艦からは一方的に攻撃されるままになってしまう。

 

 さて。

 俺は今、戦艦になってるわけで。

 -つまり、潜水艦に対しては全くの無力。

 ぶっちゃけ、ただの的にしかならない。

 

 …逃げても、いいデスカ?

 

 や、だって!

 俺がいても、全く役に立たないし!

 それよか、戦いに慣れていて、潜水艦へも対抗できる第六駆逐隊の皆に任せた方が戦術的に正しいってものさ!

 というわけで、ここは戦略的撤退!

 皆、後は頼んだよ!

 

 …といきたいとこだが。

 そうもいかない。

 なぜなら、大損害を被った電ちゃんがいるからだ。

 

 戦いにおいては弱った相手から狙うのが鉄則だ。

 最初の一撃で深刻なダメージを受けた電ちゃんは格好の標的。

 おそらく、対抗できる力も残っておらず。

 耐久力も大幅に削り取られているだろう。

 そこに追撃を喰らえばどうなるか…考えるまでもない。

 

 

 -轟沈。

 

 それは冗談抜きでご勘弁願いたい。

 この世界に来て多少なりとも交流を持った子を、目の前で失っても平然としていられるほど、俺は図太くない。

 

 え?ほとんど交流なんてしてないじゃんって?

 し、視線を交わし、一言でも会話を交わしたら(っても俺喋れないので挨拶を聞いてるだけだったけど!)。

 次の瞬間から、その人とは仲間なのさ!

 

 とにかく。

 電ちゃんの轟沈なんていう事態は全力で遠慮願いたい。本気で。

 ただ、俺がいてもできることなんて殆ど無い。

 できるとしたら、ただ1つだけで。

 

 や、やるのか…!?

 可愛い子を救う為ならしょうがないが…!

 で、でも。やっぱり我が身も可愛いというか…!

 

 などと葛藤していた俺だが。

 戦場という無慈悲な場所は、迷っている時間なんて与えてはくれなかった。

 航行路からやや離れた地点。

 青一色の海原から一筋の白い航跡が浮き上がり、迫ってきて-

 

 ちょ、アレ魚雷!?

 くっそ!もう追撃弾撃ってきやがった!

 そのターゲットが誰かなど、言うまでもない。

 一直線に伸びる航跡の先に居るのは…

 黒煙を噴き上げている船体を傾かせ、力無く蹲っている電ちゃん。

 その大きな瞳からは。涙が、零れていて。

 

 -やるしか、ない。

 

 今、この瞬間に。できるとしたら、俺だけだ。

 暁ちゃん・響ちゃん・雷ちゃんは、電ちゃんの前方にいる位置関係上、一度、船体の向きを変えねばこちらには来れない。

 対し。電ちゃんの後ろにいた俺は、彼女の元に行くには、ただ直進すればいい。

 この場にいるメンバーの中では最短距離・時間で到達できるのである。

 だから、できるとしたら俺だけ。

 

 俺が、できること。

 それは――壁になることだ。

 

 電ちゃんの前に立ちはだかり、魚雷を我が身で喰い止める。

 …痛いんだろうなあ…

 …苦しいんだろうなあ…

 内心、ガクブルです。

 

 だけど…

 あんな泣いてるところを見せられちゃあ、ね。何もしないわけにはいかないでしょ。

 女の子の涙に勝てる男なんて、いやしないのである!

 …俺が今、女性(の肉体)になってるという突っ込みは無しで。

 

 正直、怖い。

 だが、可愛い女の子を守るためなら。

 きっと、できる…!…はず…?

 やるしか、ないのデス…っ!

 

 

 たかが魚雷1つ、金剛ボディで喰い止めてやる!

 俺の萌えという名の情熱は、伊達じゃない!

 

 

 …とまあ。

 某超有名パイロットのマネをしておけば補正つきませんかね。

 あ、つきませんか、そうですか…

 でも、止まるわけにゃあいかねぇぇぇ!

 全速前進!

 

 いつ行くの?

 -今しか、ないでしょ!(泣)

 

 

 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

「―金剛、さん…?」

 

 耳から入ってきた柔らかな声音。

 その暖かい声が、あらぬ方向へ彷徨っていた意識を引き戻してくれた。

 危ない危ない。

 今。電ちゃんを庇って、魚雷を受けて。

 そのまま、二度と帰ってこられない場所に行ってしまうかと思ったよ。

 振り返り、意識が飛んでいってしまうのを防いでくれた救い主の姿を目に入れる。

 

 -電ちゃんは無事か、よかった。

 

 安堵で、頬が綻びそうになる。

 

 …できないけどね!

 この鉄面皮金剛フェイスめ…

 仲間の無事なんだから、少しは安堵の表情くらいさせてくれよ。

 まあ、いい。

 今は電ちゃんの無事な姿が確認できただけで良しとしよう。

 

 ふっ。

 この可愛い姿を守れたのだと考えれば。

 魚雷を喰らった痛さなど…痛さなど…

 

 

 …

 ……

 …ごめんなさいやっぱ痛いです。

 

 …痛ぇええええ!

 

 声が出せてたら大泣き間違いなしだったわ!

 激痛なんてレベルじゃねえ!

 …でも。意外と、平気だった。

 いや、負け惜しみとかそういう類のものではなくて。

 

 命の奪い合いが行われる戦場で、明確な害意が形になった攻撃を受けた。

 こちらを害する意図で放たれた、殺意の塊。

 

 そんなモンを喰らったら。

 本来の俺なら失禁や混乱・錯乱を通り越し、正気を失っていても可笑しくない。

 なのに。

 こうして正気を保っており、思考能力にも妨げは無い。

 軍艦の現身である艦娘になっているおかげだろうか。

 それとも、この鋼鉄金剛さんの影響なのか…?

 だとしたら、感謝すべきなのかもしれない。

 意識が、別の意味でトんじゃってたかもしれないからな。

 

 …だからといって、徹底した無表情っぷりは何とかしてもらいたいが。

 

 ま、とにかく。

 

 ふははは!

 どうだ、見たか!

 正義は勝つ!

 悪に塗れた貴様らの攻撃など通じんのさ!

 

 …欲に塗れてる俺が正義なのかって?

 むしろ、俺の方が悪じゃねって?

 

 いやいや、俺はロリコンという名の紳士デスヨ。

 そんなジェントルマンである俺からすれば、幼女・少女という存在は世界の宝物であるわけで。

 …いや、俺だけじゃない。

 

 花開く前の蕾を思わせる、未成熟で華奢な身体。

 まだ穢れを知らない、あどけない顔立ち。

 未来という可能性を無限大に秘めた、宝石のように輝く瞳。

 

 彼女達こそ、万国万民・世界共通の宝だろ!

 

 そんな彼女達に危害を加えようとするなど…悪以外の何物でもない!

 話の都合上、悪というのは最後には敗れるもの!

 この俺の「萌え」という名の熱き思いの前には、貴様らの攻撃など効かぬわあ!

 

 …

 ……

 …むっちゃ効いちゃってますがね。

 でも、こうして強がり言ってないと、しんどいんですっ…!

 

 ぐほぅ…痛てぇ…

 改めて、第六駆逐隊の皆…いや、艦娘という存在を尊敬するわ。

 戦いに臨んで被弾するたびに、こんな激痛に襲われるのか。

 それでも戦い続ける…本当に、すごい。

 素の俺だったら、到底耐えられなかったよ。

 

 

 -鋼鉄金剛さんが居なかったら、即死だった。

 

 

 と、某赤い人の科白を真似したところで今後のことについて考えねば。

 即死を免れただけで、ヤバイ状況にいるのは変わらないからな。

 

 現状の被害は、被雷1発。

 これぐらいなら、まだ大丈夫…なんだけど。

 余り余裕は無い。

 朧げな知識だが…史実だと、金剛は2発の被雷で沈没している。

 様々な要素が重なった上でのことであるので、その2発だけが原因であるとは単純には言い切れないが…

 俺も複数発は喰らわないほうが無難だろう。

 なあ~に、魚雷1発ぐらいなら、何とかなるなる。

 …というより、1発でこれだけグロッキーになってるんだから、これ以上喰らいたくない。

 とりあえず、海原に視線を戻して、と…

 

「危ない、です!」

 

 などと考えていた俺の耳に飛び込んできた電ちゃんの声。

 どこか舌足らずな感じも残した鈴のような声音。

 いつもなら、その音色に浸っているところだが…今回は、そうはならなかった。

 その声が、切迫さに包まれていたからだ。

 一体、何なのかと意識を戻した俺の視界に飛び込んできたのは…

 

 青い海原を奔ってくる、3本の白い航跡。

 それらは、まっすぐにこちらに向かってきていて。

 つまり、3本の魚雷が俺に向かって放たれたわけで。

 

 …

 ……

 おぃいいいい!

 1発でも参ってるところに鞭打つように更なる追撃とか…

 貴様ら、それでも人間かあああっ!

 

 って。

 人間じゃありませんでしたね、そう言えば。

 ついでに言えば、俺も人間じゃなかったです、ハハハ…

 

 などと現実逃避している俺に構うことなく、魚雷はその牙を突き立ててきた。

 ご丁寧にも、前部・中部・後部の3ヶ所に。

 3つの水柱が立ち昇り、船体が大きく揺らされて-

 俺は、それをどこか遠い世界のようにしか感じられなくて-

 

 -うん。

 痛みに悶絶しててそれどころじゃないからです。

 

 -ほぎゃぁぁぁす!

 おま、これは、ちょっ…

 もう、痛いという言葉を使うことすらできない。

 痛覚を直接叩き割ったかのような、筆舌に尽くし難い衝撃。

 

 マジで。本気でマジで、鋼鉄金剛さんには感謝せねばなるまい。

 彼女(?)という憑代がなければ…彼女(?)に憑いていなければ。

 …俺は、激痛によって間違いなく狂ってた。

 

 …ただ。そんな鋼鉄金剛さんでも、防げないものは有って。

 

 今の自分の肉体を見下ろせば。

 身に纏っていた巫女服的服装が破けて焦げ付き、肌が露出していて。

 ここで、通常モードの俺なら。

 

 -ふぅ。我ながら、なんと美しい肌…

 

 と、恍惚状態に入るとこだが。

 こんな極限状態でそんな余裕あるわけねぇ!

 身に纏ってる服が破けたってことは。

 つまり、相応のダメージを受けたってことで。

 

 …轟沈フラグキタ?

 

 …マズイ。ひっじょ~にマズイ。

 被雷4発。中破損害か、大破損害か。

 どちらにせよ、もう艦の耐久力は相当に削られてるだろう。

 このままここにいればどうなるかは、火を見るより明らかだ。

 …でも、逃げるなんてできっこない。

 損害を受けた船体の様子から察するに、動力部にも被害を受けてるようだし。

 船速は大きく低下しているだろう。そんな状態で逃げ切れるとは思えない。

 そもそも、戦場で下手に敵に背を見せれば格好の的になるからなあ。

 

 …というか、何より。

 電ちゃん放っておいて逃げるなんて、できるわきゃあない。

 

 かと言って、潜水艦の奴等に抗する術があるわけでもない。

 戦艦である俺には、対潜能力は無く、攻撃手段もない。

 逃げることもできず、抵抗することもできず。

 

 …アレ?

 万策尽きたんじゃね、コレ?

 …逃げたい、この現実から。

 でも…

 

 -知らなかったのか?現実からは逃れられないっ…!

 

 

 -助けてください!神様、仏様、金剛様!

 

 …っていってもなあ。

 神も仏もこの世には居ない!…とは言わんが。

 少なくとも、俺の傍には居ないな。

 いたらこんな境遇にはなってない。

 で。金剛さんだが…

 これ以上を望むのは、ちょっと、なあ…もう十分以上に恩恵を受けてるし。

 ヘッポコな俺が、戦場という極限の場所で正常な思考を維持できているのも彼女(?)のおかげだし。

 精神の乱れや内心のテンパりを表情に微塵も表さず他者に悟らせず、外面上は泰然としていられるのも彼女(?)のおかげだ。

 

 …ちょっち、鉄面皮すぎるけど。

 

 今だって、傍目から見れば攻撃を受けても全く動揺せず、屹立し続けているように見えるはずだ。

 

 …でもね、皆には知ってほしい。

 人間、外面だけで全てを決めるのはよくないんだよって。

 顔で笑って、心で泣いて…というのもあるんだ。

 

 そう、今の俺のように。

 

 痛い、超痛い。

 こりゃ、あ艦ですわ。

 

 さっきから艦を動かしてないのも、最大の理由は電ちゃんが後ろにいるからなんですが…

 実は、内心で痛みに号泣悶絶してるからなんデス。

 

 とりあえず。

 ここから退いちゃいけないっていうのだけは絶対だ。

 退いたら、後ろの電ちゃんが敵潜水艦から丸見えになっちゃうからな。

 それだけは、絶対に駄目だ。

 

 だが…それ以外の行動策を思いつくなんて無理!

 無理無理!痛すぎて思考が回らん!

 ここで主人公や英雄・ヒーローの類なら、激痛に襲われながらも驚異的な精神力でそれを押さえつけ、何らかの行動を取れるんだろうが…

 残念!

 俺はそんな人たちとは比べるべくも無い、一般(以下)ピーポーですから。

 痛みに固まることしかできません。

 

「金剛さん、ダメ、なのです!もう…!」

 

 思考放棄に陥っていた俺の硬直を解いてくれたのは、後方からの電ちゃんの声。

 その声を聞いた途端、ふと思い出したことがあった。

 昔、まだ小学生だった頃のお話。

 学校の授業の中で、こんなことを言われた。

 

 -自分だけで無理なら、他のひとを頼りなさい-

 

 …今こそ、この教訓を活かす時だ!

 その後に続けられている電ちゃんの言葉を聞き終わる前に、俺は行動に移った。

 首を巡らせ電ちゃんへ振り返って、喋れない口に代わり、体の動作で意志を伝える。

 ゆっくりと、首を左右に振って。

 

 -もう無理。たしゅけて、電ちゃん。

 

 そんな意志が、通じるように。

 

 

「金剛、さん…」

 

 …けれど電ちゃんは顔を俯かせて。

 …って、アルェー?

 電ちゃん、なんで視線を俯かせるんデスカ?

 -え、何?

 顔も見たくないってこと?

 俺、そこまで嫌われてるの?

 

「アンタの顔なんて見たくもないよ♪(意訳)」

 

 ってこと?

 

 っていやいや、それはマイナス思考入り過ぎだ。

 こんなに心配げな声を上げてくれた電ちゃんがそんなこと思うわけないだろ!

 …ない…よね…?

 そもそも、落ち着いて考えろって。

 電ちゃんだって既に深手を負わされてるんだぞ。

 ケガ人に助けを求めるなんて、我ながら空気読めてないにもほどがある。

 それで困っちゃった電ちゃんは顔を俯けちゃったんだろう。

 ふう、びっくりしたよ。

 一瞬、嫌われてるのかと思っちゃったじゃないかあ。

 

 …避けられてはいるけど。…嫌われては、ない…ヨネ…?

 

 と、とにかく。

 ボロボロな電ちゃんに、これ以上負担を掛ける訳にもいかん。

 [電ちゃんに助けてもらおう作戦]はパス…というより取り掛かっちゃいけない選択肢だったな…反省。

 ならば次なる作戦!

 その名も-[暁ちゃん・響ちゃん・雷ちゃんに助けてもらおう作戦]!

 俺と電ちゃんは潜水艦の攻撃を受けてしまったが、前を言っていた彼女達は標的にはなってなかった。つまり、無傷の状態のままでいるってことだ。この局面を打開できるだけの力を持っているはず。

 

 そう思って前方に視線を向けると…折り良く3人が船首を回頭させてこちらに向き直っているところだった。

 

 お、こりゃナイスタイミング!

 これなら迅速にこちらへ来れるはずだ。…というか…

 

 は や く き て く だ さ い !

 

 もう色々ヤヴぁいんデス!

 被雷した箇所からの浸水量とか、それによる船体のダメージとか…

 意識も朦朧としてきたし…

 こんな状態でこれ以上追撃を受けたら、どうなってしまうか…!

 

 もう限界っす!これ以上は耐えられん!精神的にも、肉体的(…というより船体的?)にも!

 いつ沈められるか、ヒヤヒヤしっぱなしなんですよぉー!

 

 -と、そんな意識が伝わったのか。3人は今すぐにでも動き出してくれそうな気配で。

 さらに、俺の救いを求める気持ちを距離を離れてても読み取ってくれたのか、こちらへと視線を向けてくれた響ちゃんと目が合った。

(実際は結構な距離が離れていて、人間の視力じゃ相手の目なんて判別できないんだが…軍艦の分身である艦娘の能力からすれば造作も無い)

 

 おお…!感動した!

 心を通わせるのに必要なのは、言葉や表情だけじゃない!

 ハートさえあれば、気持ちは通じるんだよ!

 よし!

 ここはこちらのヤバイ状況を少しでも教えるためにSOSサインでも出しますか!

 気持ちが通じている今なら、正確に俺の言いたいことを読み取ってくれるはず。

 響ちゃんと視線を合わせたまま、俺はゆっくりと首を左右に振った。

 

 -もう無理っす。へるぷみー

 

 そんな懇願に対して、彼女達は-

 動きを、止めた。

 

 

 …W h y ?

 

 え、ちょ、なじぇ?

 なに、まさか…マジで放置プレイ?

 …って、それは無いと断言できる。

 何せ、今の俺の近くには電ちゃんも居る訳で。

 俺が危険=電ちゃんも危険。

 こんな状況で、3人が末妹である彼女を放っておくはずは無い。

 

 …となると。

 敵潜水艦がどこに居るか分からないから警戒しているってとこかな。

 

 なら、助けに来てもらうためにも手助けさせていただきましょう。

 俺は奴等の攻撃を受けた張本人だからね、発射された魚雷の出所くらいは目星がつく。

 まあ詳細な位置を割り出すことなんてできず、ほんと大まかな見当しかつけられんが…

 それでも何の情報も無いよりかはマシなはずだ。

 

 見当をつけた場所を3人に指し示すべく腕を回そうとして。

 その腕を、途中で止める。

 

 …

 ……

 ………

 ――痛てぇぇぇぇぇえっ!

 

 そうだった。

 さっきまでは電ちゃんという天使の声を聞いて癒され、そのまま思考に没頭していたおかげで忘れてたが…

 俺、今ボコボコにされてて重傷を負ってるじゃん!

 超人ならこういう時は痛みに耐えて肉体を動かすこともできるんだろうけど…

 凡人以下の俺にそんなことできるわけない。

 こんな激痛を抱えたまま、体を動かしたりなんて無理ッス。

 くやしいっ、でも(肉体の痛みに)従っちゃう!

 おかげで、腕の動きを止めちゃったよ。

 

 …まずい。

 腕を回転させて「だいたいこの辺りにいると思いますよ~」と伝えるつもりが…

 これじゃ、単に腕をちょっと振っただけじゃん。

 というか、この動作だと「ここにいる(ドヤァ)!」って感じのピンポイント指示になっちゃってない?

 

 …まずくね?

 内心で湧水のように冷や汗が湧き出してくる(言うまでもないが、外面は全く変化無し)。

 お解りいただけるだろうか。いや、誰しも一度は経験があるんじゃなかろうか。

 人に誤ったことを教えてしまった時の、あの何とも言い難い後ろめたさと罪悪感を。

 故意ではないだけに、精神に粘り付くようにして圧し掛かってくる例え難い圧迫感。

 …俺の心中は今、その後ろめたさ・罪悪感で圧迫されてヤバイです。

 

[潜水艦の位置を間違えて教えた]-結果的に見れば、俺が3人にしてしまったのはそういうことで…

 

 …やっちまったああああ!

 手を差し伸べようとしてくれているロリッ娘達を、さらなる窮地に誘っちゃうとか…

 何やっちゃってんの俺!?

 故意じゃないから、とかそういう問題じゃないぞコレは!

 

 くそう…

 肉体の痛みに屈して、腕を途中で止めてしまったばかりに…

 俺の第六駆逐隊への思いは、その程度のものだったのか…?

 

 

 -俺は…ロリコンにはなれない…

 

 

 と打ちひしがれて視線を落としそうになって、気が付いた。

 響ちゃんが海面を見て、小さく首を振ったのを。

 一体、その動作が何を意味するのか…その答えに辿り着く前に、彼女はこちらに視線を向けてきた。

 その透き通った瞳で、こちらを窺うように。

 

 うぐっ。

 もしかして、糾弾デスカ?

 俺のピンポイント指示が無茶苦茶であることを見抜いて…

 

「てめえ、出鱈目教えてんじゃねえぞ♪(意訳)」

 

 ってことすか?

 

 …とも思ったがそれは無いだろう。

 一分一秒を争う戦場の真っただ中、しかも今は絶賛ピンチ中。

 そんな場面でわざわざタイムのロスになるような行動を、歴戦の艦である響ちゃんが取るはずは無い。

 

 落ち着け、落ち着いて考えるのだ。

 一体、どういうことなのか…その行動の意味を考える。

 海の方を見てたってことは、当然、敵潜水艦に関することだろう。

 で、首を振ったってことは…

 

 -閃いた!

 きっと俺なんかが差し出がましい真似をするまでもなく、潜水艦の位置を掴みとったんだね!それで、問題ないって判断して首を振ったんだろう。

 その上で、改めてこちらの状況を確認するために視線を向けてくれたんだ。

 

 さすがはかっての大戦を生き延びた歴戦の軍艦。

 きゃー!響ちゃ~ん!

 そこに痺れる憧れるぅ!

 

 …と。浮かれすぎるばかりではイカン。

 響ちゃんの配慮に感謝しつつ、気合を入れる。

 

 ここだ。

 ここで、ちゃんとこちらの気持ちを伝えるのだ。

 響ちゃんのことだから、すでにこちらが危険な状態であるということはとっくに察してくれているはず。向けてくれている視線は、きっとその確認のためのもの。

 だから、それに対しての返答を。

 

 こちらを見据える響ちゃんの透明な瞳をしっかりと見つめ。

 俺は、ゆっくりと頷いた。

 

 -もうヤバイんです。はやく助けてください!

 

 身体が自由に動くなら土下座すらしていたであろう切実な願いを込めて。

 無表情・無口である金剛さんボディであっても、しっかりと気持ちを込めれば思いは伝わるはず…!

 事実、出鱈目な指示をした俺に対し、響ちゃんは配慮してくれているではないか!

 つまり、俺が彼女達のために何とか力に成りたいという思いが伝わり、それを彼女達は汲んでくれたのだ!

 今、彼女達と俺の心は繋がっている!

 今なら、きっとこちらの思いを解ってくれるはず。

 

 もう、何も怖くない――!

 

 …

 ……

 …コミュニケーションというのは、ある意味でキャッチボールにも似ていると思う。

 お互いが持つ意志という球を、丁寧に遣り取りする。

 グローブという相手の心に届くように、配慮や思い遣りといった技術も添えて。

 時に失敗したとしても、もう一度やり直したり互いに協力したり…

 そうやって信頼や友情、或いは愛情といった繋がりを作りあげていく。

 このような形こそがコミュニケーションというものではないか、と俺は愚考するわけです。

 

 さて、今言った通り、時に失敗することもあるとは思う。

 そういった場合にはもう一度やり直せば良いとも思う。

 だけど…質問です。

 

 キャッチボールをしていて、顔面直撃150㎞越え剛速球を投げ付けられたらどうすれば良いですか?

 

 いや、もちろん喩えですけどね?

 え?何をそんな大げさなって?

 いやいや、今俺が受けたショックはそれぐらいデカイってことデ~ス。

 だって…

 

 

 な ん で 皆 さ ん 、 助 け に 来 て く れ な い の ?

 

 なんか、3人とも動き止めたままなんですけど。

 俺、ちゃんと助けを求めたのに!

 言葉や表情が無くてもハートがあれば心は通じると思ってたのに!

 

 ――いつから気持ちが繋がっていたと錯覚していた?

 

 これキャッチボールちゃう!

 デッドボールや!顔面直撃150㎞越えの!

 

 などと内心で喚こうが状況が変わるはずもなく。

 結局、俺は潜水艦の前に取り残されることとなってしまったのであった。

 




ここまで来ていただいた方、誠に、誠にありがとうございます。
そして多大なるご負担をお掛けして本当に大変申し訳ありません。

言い訳にもならない懺悔は同時投稿の後編時に述べさせていただきます。
ここで(読むのを)やめても、いいのよ…?


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5 ちんじゅふかいいきげいげきせん・うしろ

貴様には死すら生温い!の6話目投稿。
前篇と同じく、もう…言い訳すらできません。

※端くれではありますが作品を投稿させて頂かせている責任上、こんなこと言うのは無責任ですが…
 今回、真面目に酷いです。唯でさえ中身が薄い拙作ですが…今回はその中でも濡れティッシュ以上に薄いです。勘違いという名を騙ったおバカ文(しかも長い)しかありません。
 疲れたり、気分を害されてしまいましたら早急にお戻り下さい。


 気分はドナドナの歌、金剛(の偽物)がお送りいたします。

 

 Q:大ピンチ中ですが、仲間が助けに来てくれません。

   でも先生、生き残りたいです!

 A:諦めたら?

 

 オワタ。

 潜水艦相手に、戦艦である俺がどうしろと?

 ただ嬲り殺しにされるがままじゃないすか!

 うう…初航海で沈没か…短い命だった…

 

 ――いや、待て。

 ここで俺が沈めば電ちゃんだって危ない。

 そして、あの3人が電ちゃんを見捨てるなんてことはありえない。

 恐らく、今だって救う手立てを考えているか、或いは既に胸中に秘めているだろう。

 …つまり、だ。

 今、動きを止めているのは3人の何かの作戦…?

 そして、その作戦が成功する…つまり、電ちゃんが助かるまで持ち堪えれば。

 一緒に居る俺も助かる…?

 

 これだ!これしかない!

 名付けて[電ちゃんと一緒に助けてもらおう作戦]!

 よっしゃー!

 生き残れる可能性が出てきた!

 

 …ってまたまた待てよ。

 その作戦が、俺を犠牲にして電ちゃんだけ助けよう系だったら…アウトじゃね?

 

 だ、大丈夫だよね?

 そんな作戦、採ったりしてないよね?

 …でも、ここまで彼女達とまともなコミュ取れてないし…

 

 …いかん、不安になってきた。

 ああ…当初の目標通り、第六駆逐隊の皆と仲良くなれてたらなあ。

 こんな時に「見捨てられるかも!?」なんて不安、抱かずに済むのに。

 この表情がもうちょっと動けば。或いは、せめて喋ることさえできれば。

 ちょっとは違ってたかもしれないのに…

 

「(ちくしょう…)」

 

 膨れ上がってきた不満。

 それに耐え切れずに思わず脳内で悪態を吐いてしまうが…思い直す。

 今の行為は、鋼鉄金剛さんに向けてしまったもの。

 俺はお世辞にもできた人間ではないが…さすがに彼女(?)に当たれるような立場では無いのは解る。

 今、ここでこうして思考できているのも鋼鉄金剛さんに憑いてるお蔭だからな。

 素の俺じゃ、この状況下でとっくに精神の均衡が崩れてただろうし。

 その彼女(?)に対して不平を言うのは…ねぇ…

 

 ただ、それで納得して精神を落ち着かせることができるほど俺は大人では無いのである。

 この状況で、周囲からは差し伸べられる手も無くて。

 こんな状態に陥ってしまったことが腹立たしいし。

 いつ潜水艦にトドメを刺されちゃうのか、怖いし。

 元より許容量の乏しい俺の精神は…もう限界です♪

 

 くそう…

 一体全体、何だってこんなことに?

 今日は練習航海で、実戦なんかあるはずなくて。

 存分に幼女ウォッチャーの活動に勤しもうと考えていたのにっ…!

(注・幼女の姿を目に収めるときはくれぐれも良識・常識の範囲で!

   彼女達に不安や恐怖を与えたりなんてする奴は、ロリコンの資格なぞ無い不逞の輩。

   ましてやストーカーとか誘拐とか、死すら生温い!)

 なのに気付いてみたらこの有り様。

 ああ、俺の至福は一体どこに。

 

 そもそも、だ。

 この状況を招いたのは一体誰か?

 この練習航海の計画を立てたイケメン提督か?…いや、奴のせいじゃ無い。

 全身から発している主人公オーラには、凡人としてつい反発してしまうが。

 奴が艦娘を兵器としてでは無く、自らと同立場の者として心から大切に思っていることに疑いの余地は無い。

 だからこそ(妬ましいが)第六駆逐隊の皆から心底慕われているのであろうし。

 そもそも、俺だってそれで救われたんだしな。

 そんな奴が、わざわざ危険な場所を練習航海路として指定するわけがない。

 恐らく、ここは本来は安全な海域であったはずで。奴の調査・計画に手落ちがあったとは思えない。

 つまり―今回のことは鎮守府側には原因が無い、完全なイレギュラーということ。

 

 …と、なるとだぁ…

 悪いのは誰かなんて、解り切ってるよなあぁぁ…

 

 深海棲艦潜水艦共!貴様らのせいじゃああああ!

 貴様らがこんなとこで攻撃仕掛けてこなけりゃ、もっと「第六駆逐隊の皆可愛いよぉprpr」できてたのだ!

 戦争だから攻撃するのは当たり前?

 んなもん知るか!人の平和と至福をブチ壊しにしやがって!

 この行き場のない憤り、貴様らで晴らしてくれるわぁぁぁ!

 

 船体に備え付けられた主砲――35.6cm連装砲を回頭させ、砲口を海面に据える。

 どこにいるかなんて解らんが、魚雷の射出位置を考えるとこの地点付近に潜伏してる筈。

 船体が浸水によって傾いてるせいか、やや撃ち難いが…

 狙いを大まかに定めて――…発射!

 

 ふぁいやー!

 

 轟音と火花を散らし、砲塔が身を震わせる。

 射出された砲弾が海面を叩き、大きな水柱を噴き上げた。

 

 ―これで終わりだとでも思ったか?

 まだだ、まだ終わらんよ!

 続けて第2、第3射!

 

 続けさまに放たれた砲弾が、次々と海水を噴き上げていく。

 それでも砲撃は止めない。

 この程度では終わらせん。

 くくく…追い詰められた凡人の八つ当たりのパワーを思い知れ!

 

 第4、第5射、そしてそれ以降も。

 その度ごとに付近一帯は泡立ち、波立つ。

 

 ふははは!圧倒的ではないか、我が主砲は!

 薙ぎ払え!

 海中にいれば安全だとでも思ったか?その幻想をブチ壊す!

 

 …

 ……

 …海中?

 

 確かに戦艦主砲の破壊力は凄いけど…潜航深度をとった潜水艦に届くもんなのだろうか?

 …いや、届かないよね。

 

 我に返り、滾っていた精神が急速に冷めていく。

 八つ当たりのテンションに任せて攻撃しまくっちゃたけど…冷静になって考えてみれば、海中深くにいる潜水艦に砲撃届くわけがないじゃん。

 あれ、もしかして今までの砲撃…意味、無し?

 それどころか、逆にマズイ?

 海面砲撃の痕跡のデータを取られてたら…もっと正確な位置を計測されてアボンじゃね?

 

 …人の予想とは、悪い時に限って当たったりしてしまうものなのである。

 

 砲撃によって噴き上がった幾つもの水柱。

 その間を擦り抜けるようにして、真っ直ぐにこちらへと突き進んでくる3本の白い航跡。

 今日、イヤというほど目にしたそれは、言うまでも無く魚雷。

 まるで嘲笑うように、こちらの放った砲撃が立てた水柱を置き去りにして迫ったソレらが船体に命中して――

 

 立ち上がる3本の水柱。

 艦の前部・中部・後部。

 ご丁寧にも先程と全く同じような場所に着弾した。

 

 …

 ……

 うん、何というか…

 筆舌に尽くし難い痛みって、本当に、あるんだね…

 

 ――っっっぅ!

 あかんです。

 さらに視界がぼやけてきました。

 あれ…なんか、視界が凄い斜めになって…海が近くなってるよ…?

 …ああ、そうか、もう沈みかけてるのか…

 当たり前と言えば当たり前だな。

 被雷7発。

 これだけ喰らえば致命傷にもなる、か。

 

 くそぅ…マジでここで終わり、か…

 まだ沈みたくは無い。…無いんだが…

 痛みやら何やらで思考が朦朧としてきて…もう、(内心で)喚く気力すら湧かん。

 

 しっかし。

 こんな時になっても金剛ボディは微動だにせず、仁王立ちのままだ。

 こんなになってまで動きを見せない鋼鉄金剛さん、もはやチートの域じゃね?

 マジで凄いわ。

 

 …けど。中身の俺が、もう駄目だ。

 

 こういう状況、ヒーロー属性さえあれば格好のシュチュエーションなんだがなあ。

 瀕死に陥るも、不屈の意志で復活!とか…格好良いよなあ。

 ―しかし、凡庸以下の俺に、そんな鋼の意志なんてありましぇん。

 

 ぐふっ!また意識が…

 …俺のロリコン道もここまでか。

 せめて、最後に麗しき第六駆逐隊の皆の麗しい姿を目に焼き付けておかねば―

 

 そんな思いで、彼女達の姿を脳髄に焼き付けようと意識を集中させた俺の視界に映ったのは――

 

 

 

 ――ぅゎょぅι゛ょっょぃ―

 

 

 …え?突然何言ってんのかって?

 いや、俺、ちゃんと正気デスヨ?

 死に瀕しておかしくなったとかじゃないデスヨ?

 

 

 …おほん。

 まあ、ものすごいざっくり言ってしまえば…

 潜水艦共が潜伏していたであろう海域に暁ちゃん・響ちゃん・雷ちゃんの3人がいて。

 先程まで奴等が猛威を振るっていたその場所が、今は嘘のように静まり返っている。

 

 ゑ?

 3人とも、そのエリア制圧したの?

 ってことは、潜水艦やっつけちゃったの?

 イヤイヤまさかぁ。

 あんなに手強そうな奴等を、こんなにあっさりとやれるはずが…

 

 と思ったけど。

 先程までの時間が嘘のように、海は元の静かな姿に戻っていて。

 もし奴等が健在だったら、こんなに沈黙してる筈がない。

 ということは…やはり、奴等はお陀仏になったということで-

 

 …ここで、先程の言葉をもう一度。

 

 ――ぅゎょぅι゛ょっょぃ―

 

 マジ半端ないっす。

 戦闘場面を直に見たせいか、その実力をまざまざと実感できる。

 今まで、この鎮守府の海域が維持できてたわけだわ。

 イケメン提督が優秀だからということは勿論だが。

 同時に、彼女達――第六駆逐隊の力があったからなんだ。

 これだけの戦闘力なら、大抵の奴では歯が立たないだろう。

 戦い方によっては、それこそ戦艦・空母級の大型艦艇とて容易く餌食にできる。

 そんな並外れた強さ。

 

 ―それにしても、だ。

 何だかんだありながらも、実力者である味方に助けられるって…何というお約束な展開。

 …こういうのって、実は今際の際に見ている夢想であった…とか、ありそうだよな。

 目を覚ましたら無慈悲な現実が待っていた、とか。

 実際はもう俺は沈没していて、最期に自分の理想の展開を再生しているだけだったとか。

 

 まさか、夢じゃないよね…?

 俺、助かったんだよね…?

 

 なんか意識が溶けそうで、今の目の前の出来事が幻なのか現実なのか、定かで無くなってきたその時。

 俺の耳が、福音を捉えた。

 

「それより、金剛さんが…っ!」

 

 甘く柔らかげに鼓膜に響く声。

 心配げに挙げられたその音色は、電ちゃんの発声によるもの。

 

 ―うん、これが夢であるワケが無い。

 これほどの福音を、夢想などという域で再生できるはずがあろうか?

 ―否!断じて否!

 天使のような…いや、それすら凌ぐ慈愛と可憐の権化である彼女達だからこそ発することのできる響きと余韻。

 神ですら再現し得ない、胸の奥底にまで届く聖音。

 その全てが、現実という世界に降臨している彼女達だからこそ紡ぐことのできる奇跡。

 ―それを、(ロリコン求道の中で)研磨されたこの耳が聞き違える筈も無い。

 それはつまり、音を聞くことのできた俺の身も未だ現実にあるということに他ならない。

 

 意識を整え直した俺の視界に映ったのは-周囲に集まった、第六駆逐隊の皆の姿。

 電ちゃんが重傷ではあるが、4人全員欠けることなく寄り添いあっていて―

 

 

 …

 ……

 ………まーべらぁぁぁぁぁぁぁす!

 世界の宝である彼女達が、誰1人欠けることなく此処に居る―

 その事実の、何とも素晴らしいことか!

 この今という時間に祝福を!

 

 さらにさらに、である。

 これだけでも幸福絶頂ものだが。

 素晴らしいのは、その眼差し。

 初対面の時以来、碌に合わせることのできなかった視線。

 それを、今は真っ直ぐに俺に向けてくれていて。

 

 ロリコンにとって、幼女から見つめられるというのは-

 どんな金銭でも代えられぬ価値を持つ宝物であるからして。

 

 おぅふ。

 そんなに見つめないでっ…!

 おかしくなっちゃうからっ…!

 幸せすぎて、おかしくなっちゃうからぁぁぁ♪

 

 ひょっとしたら金剛フェイスの外に出ちゃってるじゃないか?と思うほどの胸を駆け巡る至福感。

 ああ~もう、(内心で)ニマニマが止まらんぜよ。

 完・全・復・活!

 被雷による苦しみも痛みもあるけれど、そんなもんで意識を潰されてたまりますかい。

 

 -え?

 現金過ぎるって?

 お前、さっきまで瀕死状態だったじゃんって?

 

 ふっ…

 幼女の存在さえあれば如何なる状態からでも復活する-それが、ロリコンだ!

 

 

 

 …とまあ、テンションはMAXだが。

 さすがに、肉体の方がもう無理だったようだ。

 

 

 いきなり視界の高さが低下し、体に感じる固い感触と揺れ。

 …違和感を感じる暇も無く、気が付いたら背を壁に預けて座り込んでいた。

 

 おっと、尻餅をついてしまったか。

 こりゃまた、格好のつかない…

 早いとこ、立ち上がらないと-

 

 …そう思っても、体は言うことを聞かず。

 まるで地に結わえつけられたかように、腰は上がらなくて。

 肉体が、固まったかのように動かない。

 

 What?

 一体、何が…?

 

 一瞬混乱しかけたが、すぐにその原因に思い至る。

 …考えるまでもなかったな。

 今や、艦は沈没寸前の状態であり。

 それは、顕現体である艦娘であるこの肉体にも反映される。

 傷付ききった満身創痍の体が限界を迎えたんだろう。

 立っていられぬほどに、疲労困憊して―

 

 

 …

 ……

 というのが表向きの理由。

 もちろん、肉体へのダメージが甚大というのは偽りない事実。

 今もあちこちが激しく痛むし、フラフラするし。

 …だが。

 その他の理由が、ある。

 それこそが、今の事態の本当の原因。

 

 真の理由…それはっ――

 

 

 腰 が 抜 け ま し た 。

 

 だ、だってしょうがないじゃないデスカ!?

 命と命の奪い合いである戦場に臨んだんですよ!?

 ノミ並みの心臓しか持たぬヘタレ平凡人の俺に耐えられるわけないデショ!

 戦闘中は金剛バリアーがあったから全然平気だったが。

 戦闘という極限の緊張から解かれたせいか、または多大なダメージの影響か。

 現在は、肉体が俺の内心を直に投影してしまっているようだ。

 

 ちょ、何もこんな時に「金剛さん憑き」が解けなくてもいいじゃないっすか!?

 お蔭で第六駆逐隊の前でかっこ悪い姿を晒しちゃってるよ!?

 鋼鉄金剛さんに憑いたままだから、傷付きながらも毅然と立ち続ける格好良い姿を見せれると思ったのに…

 それが解けちゃったら、残されるのはビビリの俺の情けない姿だけじゃん!

 結果として、腰を抜かしてへたり込んでいる様を、彼女達に見られているわけで。

 うう…女の子の前では、かっこつけたい男の心理を汲んでくださいよぅ…

 

 しかも、俺の内心を投影しているのはあくまでも肉体だけで。

 表情は相も変わらず死んだまま。

 …せめて、表情を痛みに歪ませたりとかだけでもできたらなあ。

 

「あの金剛さんでも表情を変えるんだ」

 

 っていう、コミュニケーション上の取っ付きやすい隙をつくることができるのに。

 これほどの重傷ながらも眉1つ動かさないって…完全に近寄り難い存在と化しちゃってるよ…

 

 …どうあっても第六駆逐隊の皆とのフラグは立たないってか…!

 ――おーまいごっどっ…!

 

 

 と、内心の憤怒に身を焦がしていた俺は、ふと船体が揺れたことに気が付いた。

 

 何だ何だ、一体何だ?

 …って、おお?

 いつの間にか、船体が2隻の駆逐艦で支えられている?

 これは一体…

 …ちょっと待て。

 今、この海域にいるのは俺と第六駆逐隊だけで。

 その俺の船体を支えている駆逐艦っていうのは、えっと…

 

 今、自分の身に起こってる事態に理解が及ばずに思考が手間取る。

 だが、思考が解答に至る前に。

 ―答えが、向こうから降臨なされた。

 

「…ごめんなさい」

 

 

 って暁ちゃんじゃないですか。

 くりくりパッチリのお目目と、さらさらの長い髪の毛。

 背伸びした意地っ張りさと、優しさの同居した在り方。

 大人ぶりロリッ娘というprpr属性に満ち溢れた天使。

 ああ、頭ナデナデしたい。

 その控え目なお胸に飛び込みたいぃぃぃ!

 

 

 ―ってイカンイカン。

 煩悩に浸ってる場合じゃないや。

 

 暁ちゃんが居るのは、俺の船体の側面。

 彼女は、そこに自身の船体を横付けしていて。

 それは、つまり…こちらを支えてくれている…?

 

 さらに反対側には響ちゃんも同じように居てくれて。

 

 え?

 俺、今、もしかして…2人に支えられてるの?

 

 人間とは(って言っても今の俺は艦娘だが)、己の身に過ぎたことが降りかかると硬直してしまうこともあるという。

 思いもよらない報酬を手にした時とか。

 分不相応な幸を授かった時とか。

 

 今の俺が正にその状態。

 だって、今までずっと避けられてきたし。

 さっきの潜水艦襲撃時だって、てっきり見捨てられたものだと思ってたのに。

 なのに、この待遇。

 ちょ、どゆこと?

 …もしかして、まだ見捨てられたわけじゃ、なかった…?

 

 それが見当違いではないことを、次の瞬間に暁ちゃんが授けてくださった。

 俺の方に、その視線を向けてくれながら。

 

「できるだけ、負担を少なくするようにするから」

 

 …

 ……

 船体を支えてくれている上に、気遣いに満ち溢れたこのお言葉。

 こちらに据えられた視線にも、剣呑な色は一切無く。

 …つまり…?

 …

 き…嫌われては、いなかったぁぁぁぁ!

 キタァァァァ!

 テンションMAX!

 嫌われては、いなかったよぉぉぉ!

 

 

 俺には、支えてくれるロリッ娘達がいる。

 こんなに嬉しいことは無い。

 

 

 某超有名パイロットさんの仰られた至言の改変。

 今の俺なら、彼の言葉の意味と重みが少し解る気がするよ…!

 

 ああ、なんと素晴らしい!

 お、暁ちゃんがこっちを見たままだ。

 その可愛らしい眼をいつまでも見つめていたいが、今はとにかく彼女に応えねば。

 あ、俺の船体を曳航して下さるんですね?

 良いですとも!どうぞご存分に…

 

 と、暁ちゃんに向けて頷いたところで、今更ながら気付いた。

 

 …俺の今の状態って…

 船体の両側を暁ちゃんと響ちゃんに挟まれてる。

 ↓

 幼女に両方から(船体を)挟まれてる。

 ↓

 …つまり、(船体越しの)幼女による両手の華…?

 

 …うっしゃぁぁぁぁぁぁ!我が世の春じゃぁぁぁ!

 

 

 ――とはなりません。

 いや、そのですな…

 

 

 ドウスレバ、イイノデスカ?

 確かに俺は第六駆逐隊の皆とprprしたいとは願ったが。

 それがまさかこんなに早く、しかも向こうから来るとはっ…!

 船体越しではあるとは言え、女の子との接触とか…

 どう対処すればいいのか解らねぇぇぇぇぇぇ!

 あびゃびゃびゃ!

 アカン、頭の中が真っ白になって。

 ま、待ち望んでいたはずの時間なのにっ!

 う、嬉しい、とてつもなく嬉しいはずなのにっ!

 いざ、その時間を前にしながら…戸惑うことしかできないとはっ…!

 自分のヘタレさが、憎いっ…!

 学校の運動会の二人三脚とかフォークダンス以外に異性に触れたことの無い喪男である俺に、(船体越しとは言え)女の子との接触とか…敷居が、高すぎたんだっ…!

 

 

 とと、いかんいかん。

 今、暁ちゃんがこっち見てた気がする。

 とりあえず、挙動不審にはならないようにしないと。

 

 視線を前に据え、壁に背を持たせ掛けながら…けれど俺の心は暗澹たる思いに覆われていた。

 

 うう…

 あれだけのリビドーを内心で叫んでおきながら。

 望んだ時間がすぐ傍にあるのに、尻込みしかできないなんて…

 

 ――俺ってば、ほんとヘタレ。

 

 

 結局、俺は至高の時間をただ身を固くして過ごすことしかできず。

 己の肉体の痛みすら忘却するような、忸怩たる思いで座り込んでいることしかできなかったのであった。

 

 

 

 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 視界を染め上げる夕暮れ。

 優しく迎えてくれるのは、沈みかけた太陽だけなのか…?

 

 

 …なんてな。

 

 先刻の潜水艦との戦闘が終息してから。

 暁ちゃんと響ちゃんに引っ張られ、第六駆逐隊の皆と共に帰還し。

 日が傾き、青さを失った海を航行すること幾時間か。

 橙色に変色した陽光が染め上げる母港に近づいていきながら…俺はひとまず、息を吐いた。

 とりあえずは戻ってこれたか。

 危ない目にも遭ったし、痛い思いもしたが。

 ―まあ、よかった。

 何たって、全員で生還できたんだからな。

 

 

 …実は先程まで自己失望に浸ってましたけどね。

 

 ふふ~ふ…

 …俺の、口だけ野郎。

 あれだけ自分の胸にある情熱(劣情じゃないよ)を内心で叫んでおきながら。

 暁ちゃんと響ちゃんという2人の天使に(船体越しとは言え)挟まれるという絶好のシュチュエーションに遭遇しておきながら。

 何一つ建設的な行動を起こせず、結局、固まってただけかよ…

 至福である筈の時間を味わえなかった己のヘタレさを思い知らされることが、ここまでキツイとは…

 敗北感で一杯ダヨ…

 

 でもねえ…俺のそんな暗黒面(笑)なんぞ、どーでもいいんです。

 今、この場に全員で居られるということに比べれば。

 どれほど敵勢力を削り取れたかという戦果も大事だけど。

 全艦が無事に戻れた、ということに勝る成果は無いと思うのですよ。

 あくまで素人考えだけど。

 

 …正直、未だ暗黒面(笑)を取り払えてないところもあるし。

 おまけに、幾分か冷静になったせいか、体の痛みがぶり返してきてるし。

 明日以降への不安もある。

 けど、ま。今はこうして帰ってこれたことを素直に喜ぼうじゃないか。

 

 

 そうやって前向きになった俺の心を。

 ―奴は、どん底に叩き落としてくれたのですっ…!

 そう…あのイケメン提督は!

 

 先に雷ちゃんと電ちゃんが接岸した岸壁。

 そこには、イケメン提督が出迎えに来ていて。

 ―うん、ここまでは良い。

 むしろ、感心するよ。

 提督という最高位にありながら、艦娘の帰還をわざわざ自分で出迎える。

 それは心底、艦娘を大事に思っているからだろうし。

 そのことについてはホント、尊敬する。

 

 …だが、その後!

 艦の実体化を解いた雷ちゃんと電ちゃんを相手に、奴はイチャつき始めたのだ!

 

 あっ!てめ、電ちゃんを抱き締めるなんて、なんて羨まし…じゃなくて破廉恥な!

 おまけに雷ちゃんの頭まで撫で撫でしやがって!

 サラサラの髪の毛の感触はいかがですか?良ければ後で俺と握手でも…じゃなくて!

 もっと、節度というものをだね!

 

 ―ええい、もう我慢ならん!

 接岸を確認し、俺も艦の実体化を解くと同時に地面に降り立つ。

 

 不埒な行為をしおって!

 なんて羨ま…じゃない、成敗してくれるわ!

 しっとパンチが火を噴くぜぇぇ!

 

 …でも。

 その場から、足は一歩も動かない。

 すぐ近くなのに。ほんの少し、歩数にしてもそう遠く無い。

 そんな近距離なのに。

 …まるで、そこには断崖絶壁が聳え立っているよう。

 

 …本能が、察してしまっているのだ。

 この先は、己のような者が立ち入れる領域ではないことを。

 

 

 ―そう。そこにあるのは…

 

 ―リア充と非リア充という、絶対的かつ無慈悲な境界線!

 

 

 …解ってたさ。

 雷ちゃんも電ちゃんも全く嫌がってない…むしろ喜んでることぐらい。

 そんなイチャイチャ空間に、俺のような喪男(今は女性だけど)が入り込む隙間など、無いことぐらい。

 

 ふふ、ふ…

 さっきの暗黒面(笑)が、ぶり帰してくるようだよ…

 俺とイケメン提督の間にあるのは…エベレストよりも高く、マリアナよりも深い境界。

 …イカン、その事実を認識すればするほど哀しくなってきた。

 途方も無い差を見せつけられて、俺のガラスハートは、もうブロークンだよ…

 涙腺決壊しそうデス。

 泣いても、いいですか?…いいですよね?

 もう、泣いちゃうからねっ!

 

 …なんて言っておきながら何だが。

 この無表情金剛フェイスに「泣く」なんて機能は有るとは思えない、よなぁ…

 

 と変なとこで冷静さを取り戻した俺の知覚が、次の瞬間に躍動した。

 

 体の両側から感じるのは、こちらを包み込む仄かな温もり。

 成長しきっていないからこそ纏っている、柔らかで無垢なる感触。

 未成熟であるからこそ醸し出される、優しげで清廉な芳香。

 

 これは-

 まるで、俺の望みをそのまま具現化したかのような。

 至福なる瞬間で形作られた理想郷。

 

 ―それが幻では無いことを、両側から聞こえてくる声が証明してくれた。

 

「仲間を待たせるのは、レディとしては相応しくないと思うわよ」

 

「-貴女がいないと、始まらないよ」

 

 暁ちゃんと、響ちゃん。

 

 つまり―

 俺は今、2人に支えられているということ。

 それも…先程のような船体越しでは無く。

 直の身体で、だ。

 

 …

 ……

 そんな望外の幸福に身を置いた俺の脳髄がどうなっていたか…

 もう、お解りですね?

 

 

 

 …うん、テンパってました♪

 ほげげげげげげげげげげ。

 や、や~らけえ感触…

 あ、あまいかほり…

 

 ―ご覧の通りです…

 只でさえ乏しい俺の判断力は、もうオーバーヒート状態!

 身に余る幸福の中に身を置いてるが…

 ヘタレの俺には、どーすりゃいいかなんて、わかんねぇぇぇ!

 おかげで、せっかく支えてくれている2人の方に視線を向けることすらできん!

 精神がこんな火達磨状態なのに、この上、その可憐な御顔を見たら…俺という存在そのものが焼き切れてしまう!

 …そんな訳なので、肉体も当然動きません。

 緊張の度合いからして先刻の曳航の比じゃない。

 服越しではあるが、直に肌に触れ、その温もりが伝わってくるのだ。

 まるで、蠟に固められたかのように筋肉が凝固し、肉体が強張って。

 それこそ、指1つ動かせないかのように。

 

 …

 だが…

 

 まだだ!まだ終わらんよ!

 

 今回まで何もできなかった前回(曳航時)と同じ轍を踏む訳にはいかん!

 人間とは、失敗を糧にして成功を導いていく生き物なのだ!

 今度こそ…今度こそはっ…!

 少しでも、この至玉の感触と触れ合いの記録を、我が脳髄に刻み込んでみせる―!

 

 

 …

 け、けど…どこまでセーフなんだ!?

 あからさまに触ったら嫌がられるかもしれないし。

 ロリコンの矜持心としても、あくまでKENZENな範囲に留めておかねばならんし。

 幼女・少女とは汚すものでは無く、愛でるべき存在なのだ。

 そもそも。

 こちらの身体を支えてくれている献身性溢れる彼女達に、ふしだらな気持ちを持って接するなど言語道断。

 

 よ、よし。

 ここはとりあえず、力を抜いて少しだけ寄り掛かってみよう。

 …それぐらいなら、大丈夫だよね…?

 …大丈夫、かな?

 

 …え~いっ!

 迷っててもしょうがない!

 いざ!

 …

 ……そうして、乾坤一擲の覚悟の先には―

 

 

 

 ―天国が、あった。

 

「さ。しっかり掴まって」

 

「無理しないで。ゆっくりで、いいさ」

 

 …

 もう、ね…この瞬間を、何と言ったらいいのか…

 俺の体も心も包んだ、この感動は…表現できないわ…

 題名を付けるなら―[甘美なる温もり]―ってとこだろうか…

 

 はふぅ…

 奇跡も、幸せも、あるんだよ…

 ヴァルハラは、ここにあった…

 

 

 そんな理想郷に浸っている俺の視界に映る、夕日の光。

 ―今は、その茜色の光が。

 まるで、祝福してくれているかのように思えたのだった。

 

 




ここまで来ていただいた方、誠に、誠にありがとうございます。
そして多大なるご負担をお掛けして本当に大変申し訳ありません。

もう今回に関しては本当に言い訳のしようもありません。
ご気分を害された方には心よりお詫びさせていただきます。
中の人がうざくなるわ、文が作れないわ…ひとえに私の筆力不足です。
勘違い文を書こうとしたんですが…他の作品からとりあえずのセリフを着け貼りした、継ぎ接ぎだらけのものになってしまいました。
ギャグを書くのがここまで難しいとは…ギャク作品を執筆されている他作者の皆様の凄さが解りました。
今回はこのような出来のものを皆様にお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
この不始末は次回以降の作成で多少なりとも取り返すべく、より一層精進して参ります!
次こそ頑張ります!



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6 次なる舞台へ

皆様の優しさで大復活!
…だったらいいかげんに遅延低空飛行を何とかしろや、の7話目投稿。

※やや長めです。疲れたり、気分を悪くされてしまいましたら無理せずお戻り下さい。

※今回、TS主の恋愛とまではいきませんが、それに近い傾斜の表現がほんの少し出てきます。
 苦手な方はご注意下さい。

※H26.3.19に一部加筆しました。


 鼻孔から染み入ってくる潮の香り。

 かぐわしいとは到底言えない、むしろ捉えようによっては生臭さとして認識する匂い。

 けれど、それを嗅ぐと。どことなく懐古の念に駆られるのは何故だろう。

 それはきっと。匂いの持ち主が、全ての生命の母である海であるから。

 時として人に無慈悲なまでの残酷なる仕打ちを下してきながら、一方で常に人の傍に在り続けてきた、もはや欠かすことのできない存在。

 

 その母なる場所は今、人ならざる化物―深海棲艦によって侵されている。

 人と人との交流の場でもあり、海運等を通して経済の基点の1つでもあった海の姿は、今は無く。

 奴等に巣食われ、魔窟と変貌してしまっている。

 

 だから、それを取り戻さねば。

 自分達に力を貸してくれる存在―艦娘達と共に。

 例え幾年経とうとも、必ず―

 

 

「司令官?」

 

 傍らから掛けられた声に、物思いに耽っていた青年提督は意識を現実へと戻す。

 潮風が吹き抜ける艦の甲板上に、椅子を出して座っている彼の前。

 海を写し取ったかのような青い空を背景に、彼が今、搭乗している艦の艦娘―暁がこちらを覗き込んでいた。

 こちらの姿を映した瞳は、憂慮で揺れていて。

 

「…大丈夫なの?」

 

 大きな眼に浮かんでいる気遣い。

 その暖かな色に、独想によって凝り固まっていた神経が解されていく。

 

「(―全く、何時までもこの娘達に心配を掛け通しだな)」

 

 自らが戦いに身を置く意義について、改めて胸の内を再確認していたのだが。

 没頭し過ぎた余り、表情もそちらに引っ張られてしまったようだ。

 一体、自分はどんな顔をしていたのか。

 しかめっ面か、険しい顔か…

 少なくとも、暁に心配を掛けさせてしまうような表情を浮かべていたのだろう。

 …命懸けで戦ってくれている彼女達に、余計な負担まで掛けさせてどうするのか。

 自責と反省の念を込めた吐息を吐いて気分を整え直すと、青年提督は強張っていた表情を緩めて暁に向き直った。

 

「大丈夫だよ。―ありがとう、暁」

 

 何の詫びもできないが…

 せめて、こちらを気遣ってくれた暁に自分の抱く感謝と信頼を伝えたい―

 そう思うと、強張っていた顔にも、自然に笑顔を浮かべることができて。

 

「そ、そう。なら良かったわ。気遣いを忘れないレディーに感謝してよねっ」

 

 照れ隠しなのか、頬を染めて表情をそらした暁。

 そんな彼女の仕草を見て、青年提督も目を和ませる。

 時間がゆったりと流れるような、微笑ましい時間。

 

「―ずるい、です」

 

 そんな穏やかな時間を破ったのは、意外な人物だった。

 ―左手側。

 暁と距離を開け、ほぼ平行する形で航行している艦の甲板上。

 そこから此方を見つめる視線。

 柔らかに縁どられた一対の瞳―末妹の電の顔が向けられていた。

 幾分か距離が離れているため、人間の目では表情の子細までは読み取れないのだが…

 …何故だろうか。頬が膨らんでいるような気がする。

 どうしてそんな表情が想起されたのかと言えば…

 提督と艦娘達の間で繋がれている通信を介して聞こえてきた声が原因だ。

 別段、怒っている調子ではない。

 穏やかで、聞いているとこちらを和ませてくれる、いつもの声。

 ―ただ、何と言えばいいのか…若干、尖っているような…?

 

 そう感じた青年提督の想像が的外れでは無いことは、傍らの暁の様子を見れば分かる。

 

「…い、電」

 

 艦娘の視力であれば、この距離でも顔の細かなところまで掴み取れるはずだ。

 慌てている暁の様子から見るに、電は余りよろしくない表情を浮かべているのだろう。

 

「-暁お姉ちゃんばっかり司令官さんとお話しして、ずるいのです」

 

 続けて聞こえてきた電の声に、暁はますます焦りを加速させてゆく。

 

「いや、だから、その、ね…」

 

「そうよね~。まあ、今回の航海の旗艦だから司令官の近くにいるのは仕方ないけど」

 

 追撃をかけるようにして便乗してくる新たな声。

 ―右手側。

 左手側の電と対になり、暁を挟み込むようにして航行している艦の甲板上から聞こえてくる溌剌とした声は、姉妹の三女である雷の声だ。

 聞くだけでこちらにまで元気を与えてくれるその声が…今は、少し冷たさのようなものを宿しているような…?

 

「抜け駆けは、どうかと思うわ?」

 

 表情の輪郭など識別できない距離であるはずなのに。

 どうしてか、雷が笑顔を浮かべている様が、青年提督の頭の中で想像された。

 可愛らしい八重歯を覗かせた顔は、とても愛くるしいはずである…が。

  [笑顔とは、本来、攻撃的なものである]という言葉が連想される。

 青年提督の脳裏で映し出したそれは、決して大外れという訳では無かったようで。

 

「そ、そういうんじゃ、ないってばっ」

 

 顔を真っ赤にした暁が、焦りを誤魔化すためか腕を回しながら言い放つ。

 …とは言え。2人からの追及を躱すには至らず。

 

「そんなんじゃ誤魔化されないわよ?」

 

「嘘は、駄目なのです」

 

「うぐっ」

 

 逆にさらなる追及を受けて、答えに窮した。

 

「2人とも、落ち着こう」

 

 そこに、静かな声が加わった。

 ―前方。

 暁の前を航行し、艦隊の前衛を務めている艦の甲板から振り返っているのは、姉妹の次女である響。

 常に場を落ち着かせてくれる沈着な声。

 

「響…!」

 

 九死に一生を得たとばかりに瞳を光らせる暁。

 その視線を受けて、響は―

 

「申し開きには、それなりの場を用意しないと」

 

「…え」

 

 千尋の谷へ突き落す―言葉で表するなら、そんなところだろうか。

 救いどころか追撃を受けて固まる暁を余所に、響は続けた。

 

「それに、だ。後で存分に取り返せば済むことだろう?」

 

 これだけ離れているのだから、人の目では彼女の眼の様子など解るはずもないのに。

 その視線が、触れたら火傷しそうな何かを宿しているのが想像できてしまうのは何故だろう?

 そして、それは青年提督の妄想ではなかったようで。

 

「そうよね…今回の分くらい、私の魅力で直ぐに取り返してみせるわ!」

 

「―い、電の本気を、見せるのですっ…!」

 

「ち、ちょっとっ!」

 

 熱に当てられたかのように雷と電が意志を発露し。

 暁は先刻の硬直から一転して感情を噴出させるが、焦燥によって視線が定まらない。

 

 本気で仲違いをしているわけではなさそうだが…何か、彼女達の間で約束事でもあったのだろうか?

 原因として考えられるとすれば…先程、暁との間で交わした会話だ。

 その内容は、通信を通して第六駆逐隊全体に伝わっているから。

 だが…何が理由なのだろうか?

  [ずるい]―普通に会話をしていただけだった気がするのだが?

  [抜け駆け]―どこかに羨ましがる要素でもあるのだろうか?

  [取り返す]―何かを求めて、競っているのだろうか?

 ―青年提督は頭を捻るが、考えても答えは解らない。

 ただ。顔を茹蛸のようにして目を回して焦っている暁の様子を見ると流石に黙してはいられず。

 姉妹間の問題に首を突っ込むのも野暮だが…口を挟むことにした。

 

「まあ3人とも。暁は俺のことを心配してくれたんだ。余計な口出しだけど…余り追い詰めないであげてほしいな」

 

 軽い調子で柔らかく言った言葉。

 それを汲み取ってくれたのか、3人からの追及は止む。

 

「今は艦隊行動中だ。…少し気を緩め過ぎたかな」

 

「確かに。気持ちを持つのは大事だけど、時と場所を選ばなきゃいけなかったわね」

 

「そうですね。気を付けないと、なのです」

 

 元より本気で争っていたわけではないし、あくまでも戯れの範囲だったのだろう。

 青年提督からの懇願に素直に引き下がり、警戒態勢へ戻っていく。

 まあ、戯れというには些か迫真性があったようにも思えたが…

 そこに突っ込むと…なぜか、虎の尾を踏むようなイメージが湧いたので何も言わない方がいいだろう。

 

「あ、あの、司令官」

 

 と。傍らから聞こえた声に、青年提督は体を向ける。

 そこには、帽子のつばに両手を添える暁。

 目深に被ったひさしから覗く目元から頬にかけての線は、相変わらず赤く染まっていて。

 

「そのっ…助け舟出してくれて、ありがとっ。お礼はちゃんと言えるしっ」

 

 ぶっきらぼうに放たれた言葉。けれど、そこには懸命な気持ちが籠っていると解るから。

 頬が緩み、自然と身体が動いていた。

 

「なに、いつもお世話になってるからね」

 

 暁の頭部に腕を伸ばして掌を置き、帽子の上から軽く撫でる。

 布地を通して伝わってくる温もりに、心が暖かくなっていく。

 

「頭を撫で撫でしないでって、言ってるじゃない…」

 

「っとと、ごめんよ」

 

 けれど唇を尖らせた暁の言葉に慌てて手を引っ込めた。

 そう言えば常に一人前の淑女であろうとする彼女は、頭を撫でられるという行為を子供扱いされていると捉えている。

 自分としてはそんなつもりは無く、信頼と感謝を込めたスキンシップのつもりだったのだが…それを彼女にまで押し付けるわけにはいかない。

 それで迅速に腕を引っ込めたのだが…

 

「ぁ…」

 

 掌が頭上から離れた瞬間、暁が小さく声を上げる。

 その表情に、どこか名残惜しさが浮かんでいるようにも思えたが…きっと、自分が良い方向に無理やり解釈しようとしているだけだろう。

 

 これ以上、彼女に干渉してしまっては負担になってしまうかもしれない。

 そう判断し、青年提督は視線と姿勢を元の位置に戻した。

 

 

 白く大きな雲を浮かべた空の下、青く広がる大海原。

 現在は平穏な姿を見せている海の上を、4隻の駆逐艦―第六駆逐隊が進んでゆく。

 組まれた艦列は、やや特殊な形状。

 先陣を響が務め。その左後方に電、右後方に雷の2隻。

 3隻で形作られた三角形の底辺の中央に、今回の航海旗艦である暁が位置する。

 陣形としては変則的な形であるが、敢えて言うのであれば輪形陣に近いだろうか。

 動きに些かの乱れも無く、整然と航行するその姿は常と変わらないように見える…が。

 通常時とは異なる点が、2つ。

 

 まず1つが、旗艦である暁に青年提督が直接乗り込んでいること。

 提督は基本的には艦隊行動には同行せずに鎮守府にて待機し、海域に出撃した艦娘達から送られてきた映像や情報等を元に判断を下し、通信を介して彼女達に指示を出す。

 肉体を鍛錬しているとは言っても提督は脆弱な人間に過ぎず、戦場などに出れば流れ弾の1つで簡単に命を失いかねないからだ。

 故に、提督が艦娘の航海に同行するというのは重要時に限られる。

 今回の青年提督もその例に漏れず、重要な案件をこなすために第六駆逐隊に同行している。

 

 そして、もう1つが―万全とでも言うべきな彼女達の態勢だ。

 気力・耐力ともに盤石にして、一糸乱れぬ艦隊機動。

 一分の隙も見せないその様には、先日の潜水艦隊との遭遇戦時に見せた、疲労蓄積した姿は、どこにも無い。

 先刻の掛け合いを切り上げる際に、響が「気を緩め過ぎた」と言っていたが―あれはあくまでポーズであり、実際のところは警戒心は全く緩めていない。

 ―かと言って、過度に根を詰め過ぎているわけでもない。浮かべている表情にも強張りの色は無く、自然体な面持ち。

 …先程の掛け合いにしてもそうだが、彼女達がこれほどまでにリラックスして戯れ合っていたのは…いつ以来だろうか。

 無論、艦娘として顕現した当初から今に至るまで、姉妹間の固い相互信頼は微塵も揺らいでいない。

 ―が。

 補強されない戦力、際限無く湧いてくる敵。

 顕現して以来、そんな四面楚歌の中を進むうちに…いつしか、精神に疲労が蓄積され。

 互いを思い遣る心こそびくともしなかったものの、笑顔を浮かべるのにも気力を必要とするようになっていった。

 

 その4人が今、これほどまでに伸び伸びとしている。

 かと言って油断しているわけでは無く、集中力は研ぎ澄まされていて。

 実力と精神性に裏打ちされた、ほどよい緊張感と余裕。

 彼女達が、何故、このような理想的な状態になれたのかと言えば―

 

「―金剛さん、どうしてるかしら?」

 

 暁が親しみを込めて発した名前が答え。

 そう。金剛―【彼女】が、いてくれるからだ。

 

 先日の潜水艦隊との遭遇戦時。

【彼女】は、身を盾にして電を守り抜き、艦隊の勝利の為に躊躇無く己を囮にした。

 どちらの状況も自身の轟沈と隣り合わせの死地であり、事実、その一歩手前まで追い詰められ。

 それでも【彼女】は、一切の躊躇いも無く、一歩も退くこと無く。

 

 機械のような無機質な佇まいの奥に秘めた、限りない優しさと強さ。

 

 そんな【彼女】に対し、身を救われた第六駆逐隊の4人は絶大な信頼を寄せており。

 それが、安心感とゆとりを生み出している。

 そして、それは青年提督も同じ。

 潜水艦隊との遭遇戦時。もし【彼女】がいなかったら…第六駆逐隊の皆は、どうなってしまっていたか―想像するだけで身震いがしてくる。

 それだけに、4人を救ってくれた【彼女】には感謝してもし切れない。

 

 その【彼女】は、今、ここには居ない。

 今回の航海には帯同せず、鎮守府に待機しているからだ。

 その措置も、【彼女】への信頼があるからこそ。

【彼女】になら安心して後を任せられると判断したからこそ、青年提督は鎮守府を留守にできるのだし。

 帰るべき場所に【彼女】が控えてくれているからこそ、第六駆逐隊の4人は後顧の憂い無く出航できたのだ。

 

【彼女】が来てくれたことで、停滞していた状況に新しい活力が注がれたように思える。

 戦力の補充ができないことで行き詰まっていたこの先の展望にも、新たな活路が開けるのではないか―

 指揮官として、青年提督はそんな手応えを感じていた。

 

 そんな充足感に浸っていた彼は、ふと、脳裏に先程の光景を思い起こした。

 先刻、戯れ合っていた4人。その中で交わされていた、幾つかの言葉。

  [ずるい][抜け駆け][取り返す]―これらの言葉から察するに、彼女達は何かを競い合っているのだろうか?

 その解答については、結局、考えても自分は解らなかったわけだが…

 

「(聞いてみるか)」

 

 心中に芽吹いた小さな興味と共に、青年提督は表情を柔らか気に崩す。

 ただし。聞くと言っても、秘密を暴くのが目的では無い。

 この疑問については、あくまで会話のきっかけとして活用するだけであり、無理に解答を聞き出すつもりは毛頭無かった。

 新たな話題とするには丁度良いし。上手くすれば、4人をさらにリラックスさせることができるかもしれない。

 そんな気遣いを胸に、青年提督は口を開いた。

 

「大丈夫さ。金剛なら何の問題も無いよ。―ところで」

 

 暁の独り言に返し、続けて言葉を紡ぐ。

 

「4人とも、一体、何を競っているんだい?」

 

 軽い問いかけ。

 答えを強要するわけではなく。ただ、第六駆逐隊の皆の気を解したいという意で発せられた気配りの言葉。

 

「できれば俺も中に入れてほしいなあ…なんてね、ははは」

 

 場を改めて和ませるために、小さく笑いを交えて冗談を放つ。

 青年提督にあったのは、第六駆逐隊への混じり気の無い配慮だ。

 航海によって溜まった彼女達の疲労を、僅かなりとも繕うことができたら―と。

 

 ―配慮の心というものは、とても大切だ。

 ただし。状況や立場を認識していないと、狙った効果を発揮できないばかりか、逆に顰蹙を買いかねない。

 ―そう、この時の青年提督のように。

 

「(―まずい…!)」

 

 笑顔で冗談を放った直後。青年提督は、焦っていた。

 真綿で首を絞められるかのように、じわじわと思考が圧迫されていく。

 首筋ぶ伝う脂汗が、今感じている焦りの大きさを教えてくれる。

 提督に着任してからそれなりの修羅場を潜ってきたつもりでいたが…今のこの瞬間は、ある意味、そのどれよりも危機感を感じる。

 その要因となっているのが、第六駆逐隊の視線。

 4人は全員、体の向きを変えて青年提督の方を向いている。

 その眼差しを一言で言うのであれば…極寒。

 距離など関係なく、雰囲気だけで感じ取れるほどの冷たい雰囲気が、4人からは発されていて。

 

 …もしかして。自分は、とんでもない爆弾を踏み抜いてしまったのでは?

 

 首筋だけであったはずの脂汗が額からも噴き出すのを感じながら、青年提督は必死に思考を巡らす。

 自分が取った行動の、何が彼女達の不興を買ってしまったのかを。

 恐らくは、先程からの自分の一連の発言に問題があるのだと思うが―

 …ただ。いくら頭を捻っても、答えは先程の4人の戯れ合いを聞いていた時のものと同じ。

 

「(…解らない)」

 

 思わず首を傾げたくなってしまう。

 そんな彼に対し、第六駆逐隊が口を開いた。

 

「レディーの内心ぐらい、察してほしいわ」

 

「司令官は、もう少し女心を勉強すべきだね」

 

「相変わらず鈍いんだから。こんなんじゃ、駄目よ」

 

「―司令官さん…ひどいのです」

 

 機関銃のように次々と浴びせ掛けられる集中砲火の前に、青年提督は頭を下げることしかできない。

 

「…す、すまない」

 

 原因も解っていないのに謝罪するのも不実ではあるだろうが、他に対処の取りようが無かった。

 

「(まだまだ至らないところばかり、ということだな…)」

 

 頑張ってくれている第六駆逐隊の面々を労おうとして、逆に不快感を与えてしまった―

 それがひどく申し訳なくて、青年提督は肩を落としかけ…しかし、気を取り直す。

 

「(落ち込むのなんて、いつでもできるさ)」

 

 ここで立ち止まってしまってはダメだ。

 第六駆逐隊の皆の気持ちを損ねてしまった過失は取り消せない。

 ならば。その失敗を次に活かすことが、せめてもの誠意ではないだろうか。

 力を尽くしてくれている4人に相応しい提督となれるように、もっと成長しなければ―

 

 青年提督が、そう決意を新たにした時。

 

「司令官、到着だよ」

 

 通信から聞こえてきた響の声につられて顔を上げ、視線を前に向ける。

 今まで何の変哲も無かった水平線。

 その向こうに現れた陸地と、それに連なる湾岸施設。

 ―ただ。それは単なる港ではないことは一目瞭然だった。

 堅牢さと威容を以って様々な建築物が聳え立っている様は正しく要塞。

 害を成す者は決して立ち入らせぬという強固な意志を表した鉄壁の拵え。

 海の上に浮かぶ広大な構えには何隻もの船舶が停泊、あるいは出入りしている。

 深海棲艦という化け物に対する人類の拠り辺である軍港―鎮守府。

 その核の1つが、ここなのだ。

 

 外部からの通信が入ったのはその時。

 

「―ようこそ、我らが鎮守府へ」

 

 通信機から聞こえてきたのは、聞き手である此方が思わず身を正してしまうような、凛々しく力強い女性の声。

 その声の持ち主である彼女は―第六駆逐隊の前方の海上に、その巨大な船体を浮かべていた。

 堂々と佇む様は、まるでこの鎮守府の守護者のようで。

 …いや、「まるで」「ようで」といった表現は失礼だろう。

 正真正銘、彼女こそ此処の鎮守府の最高戦力なのだから。

 かって、この国の海軍の象徴でもあった戦艦長門の艦娘の1人であり。

 弛まぬ鍛錬と幾多の実戦で磨かれてきた実力は、同艦艦娘の中でも右に出る者は居ない。

 この世界に顕現している全ての艦娘の中でも、間違いなく五指に入る戦闘力を持つ実力者。

 それが、今、声を掛けてくれた彼女―この鎮守府に所属する長門だ。

 近くに寄ると、遠くからでも大きく見えていた船体の巨大さを身を以って実感できる。

 かって原体であった頃には連合艦隊の旗艦も務め、最期までこの国の誇りと共にあったその勇姿は、兵器でありながら例えようも無い荘厳さを纏っている。

 そしてそれは、艦の現身として顕現している彼女も同じ。

 引き締まった長身と、腰まで靡く長い黒髪。揺らがぬ矜持を内包する秀麗な容貌。

 清廉さと誇りを抱いたその姿は、かってこの国で戦いに身を置いていた[武士]を思わせる。

 

 けれど、今、船体を傍まで寄せてくれた彼女の顔は柔らかなもので。

 

「よく来てくれたな」

 

 小さいながらも鎮守府を預かっている青年提督に対して、艦娘である彼女は本来なら敬語を使うべきなのだろう。

 だが、掛けられたのは、何の飾り立ても装飾も無い彼女本来の言葉と口調。

 ―それは、こちらへの信頼と親情の証だ。

 自分達を信用してくれているからこそ、何のフィルターも交えずに素顔で接してくれている。

 誇り高く、気高い心の持ち主である長門が、こうまで認めてくれている―

 その事実は、青年提督に満足心と喜びを齎し、彼女への親しみを持たせてくれる。

 そしてそれは、彼の艦娘である第六駆逐隊の面々も同様。

 長門の言葉に、先程の青年提督の発言にむくれて固まっていた彼女達も顔を綻ばせる。

 

「長門さん。ごきげんよう、です」

 

 4人を代表しての暁の返礼。

 懸命な挨拶は、尊敬する相手だからこそそれに相応しい姿を見せたい、という意志の顕れ。

 

「いや、お前達も健在なようで良かったよ」

 

 長門の顔に浮かんでいるのは、微笑み。

 気取らずとも、とうに長門は彼女達-第六駆逐隊を認めている、

 それは、彼女達の主である青年提督に対しても同じ。

 

「道中、無事で何よりだ。まずは中に入って休んでくれ」

 

「すまないね。この鎮守府の旗艦である君に、わざわざ迎えに来てもらうなんて」

 

 掛けられた気遣いに返した青年提督の労い。

 それを受け、長門は表情を更に緩やかなものにする。

 

「いや、貴男が来るのだから当然のことさ。我らが主殿の言いつけでもあるしな」

 

 その言葉は。彼女からだけでは無く、彼女の主であり、この鎮守府の最高責任者でもある人物からも信頼を受けていることの証明。

 

 鎮守府の中でも要衝であるこの地を任されている提督。

 その人物から、青年提督は厚い信任を受けている。

 それ故に様々な便宜も図ってもらっており、先日、敵潜水艦を撃沈した三式爆雷投射機も、ここの提督から譲ってもらったものの1つなのだ。

 装備の譲渡等を中心として様々な便宜を図ってもらっており。

 それほどまでにお世話になっているからこそ、自ら足を運んで礼を述べたかったのだ。

 それが力不足であり、満足に謝礼もできない自分にできる最低限のことだと思ったから。援助を受ける度に、返礼の為、空いた時間を見つけては青年提督と第六駆逐隊はこの鎮守府を訪れていた。

 そうして何回も対面していく中で、ここの旗艦である長門からの信頼も確固たるものになっている。

 

 …そんな彼女だからこそ、だろうか。

 

「…ところで。彼女達は、どうしたのだ?」

 

 こちらに漂う違和感に気付いたのは。

 

 第六駆逐隊に向けられた、憂慮の視線。

 先程の青年提督との遣り取りの間に、4人が抱いた固さ。

 彼女達はそれを表に出さないようにしていたが、長門はそれを見逃さなかったらしい。

 

「え…えっと…」

 

 暁が目を伏せ、それは他の3人も同様。

 

「(俺の起こしてしまった不手際を、表に出さないようにしてくれているんだな…)」

 

 不始末をしてしまったのは自分なのに、それに対して配慮してくれる-

 そんな4人に改めて感謝の念を抱きながら、懺悔の気持ちも込めて、青年提督は口を開いた。

 

「いや…先程、ちょっと俺の配慮が足りなくてね…」

 

「―ああ。なるほど、またか」

 

 青年提督の言葉に、間髪入れずに長門は返した。

 …すぐにこちらの事情を察してくれたのはありがたいが…[また]とは何だろう?

 それに、第六駆逐隊へ向けられている同情と憐憫の視線は、一体…?

 青年提督が疑問を発する前に、長門は船体を翻して先導の態勢に移った。

 

「さあ、こっちに」

 

 そう言い、奥へ進んでいく。

 それに従って第六駆逐隊も動き出すのを感じながら、青年提督は長門の言葉に首を捻り続けていたが…一度、思考を切り替えた。

 とりあえず、今はこうして無事に目的地へ着けたことを喜ぼう。

 そうして、今回の目的である返礼が疎かにならないようにしなくては。

 …その後で、今回のことについて少し相談してみよう。

 あの人なら、きっと良いアドバイスをくれるはずだ。

 

 そうやって青年提督が計画を組み立てている一方で、第六駆逐隊は微かに視線を下げていた。

 脳裏に甦っているのは、先程の青年提督との会話。

 思い起こすと、じわじわと湧き上がってくる[後悔]という苦味が全身を巡って。

 

「(うぅ…レディーの内心くらい察してって言っちゃったけど…アレ、完全に八つ当たりよね…相手の状況も考えないで、何がレディーよ、暁のバカバカ!)」

 

「(女心を勉強すべきとは言ったが…私達の為に心身を削ってくれている司令官に対して、少しばかり我儘が過ぎたかな…Простите{ごめんなさい})」

 

「(直接伝えたわけじゃないから…鈍いも何も、気持ちが伝わらないのはしょうがないのに…こんなんじゃ駄目っていうのは、私よね…)」

 

「(相手に想いを伝えないで解ってもらおうなんて…それを押し付けようとするなんて…ひどいのは、司令官さんじゃなくて電なのです…)」

 

 互いに己を責める青年提督と第六駆逐隊。

 そんな彼らは、ふと、期せずして同じ人物に思いを馳せた。

 この場には居ないもう一人の仲間―【彼女】は、今頃どうしているだろうか、と。

 

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 鎮守府からコンニチハ。

 体は女、心は男の金剛(の偽物)でっす。

 この世界で艦娘として目覚めるというワケ解らん運命(笑)を背負わされ。

 肉体である金剛さんボディが、完全に表情・感情が死んでるコミュ能力欠如状態だったり。

 いきなり廃棄解体されそうになったり、初航海で敵潜水艦にボコボコにされたり。

 まるで誰かの差し金じゃね?と思うくらいの不運に遭ってきましたが。

 お優しくて格好良いリア充死ね!のイケメン提督サマと。

 ああ、貴女達は何でそんなに可愛いのハァハァ!の第六駆逐隊の皆のお蔭で、何とか過ごせております。

 さてさて、そんなワタクシが今おりますこの場所。

 人類の防衛線にして艦娘達が籍を置く[鎮守府]―その中の1つであり、イケメン提督が預かっている拠点であり、奴の艦娘となっているワタクシの身の置き場所でもあります。

 正直、鎮守府とは思えないほど貧弱極小且つボロボロではありますが…随所に細やかな手入れが成されていて清掃も行き届いている等、この場所に対する住人の愛着が窺えます。そこはかとない温もりのようなものが感じられる…まあ、狭いながらも楽しい我が家といったところでしょうか。

 

 そんな場所ではありますが…今は閑散としております。

 イケメン提督と第六駆逐隊の皆が出かけてしまったからです。

 元より小さな鎮守府でありますので、此処での労働力は妖精さん達が担っており。

 この鎮守府で働いている人間職員は居らず。

 5人が外出している今、ワタクシ以外の人影はありません。

 

 ―つまり、だ。

 今はこの鎮守府に俺1人で留守番だぜイヤッフゥー!…ということである。

(妖精さんは除く)

 思いっきり場所を専有できる快感というのは、中々オツなものなのです。

 よっしゃぁぁぁぁ!羽を伸ばすぜぇぇぇ!

 

 …

 ……

 …とはいかないんだな、コレが。

 何故かって?それは今、俺がいる場所を見てもらえば解ると思う。

 落ち着いた色のカーペットが敷かれた床。

 鎮守府湾内を一望できる大きな窓と、それを縁取るシックな色合いのカーテン。

 空間の中央奥に備え付けられた、質実剛健な執務机と椅子。

 入口であるドアに掛けられているプレートに記されている言葉-[提督室]。

 ―うん。イケメン君の仕事部屋なんだ、ここ。

 提督という責務の重さと、それに取り組む責任と覚悟が形を取ったような―そんな部屋。

 …もやしっ子の俺にとっては、居るのすら辛い空間ですな。

 なのに、何故ここに居るかって?

 それについて説明するには、俺が今、どんな状態なのかを話した方が良いな。

 

 イケメン君が使う提督机から見て斜め前方に、まるで秘書スペースのような位置取りで置かれている机と椅子。

 そこに今、腰を下ろしている状態です。

 

 まるで秘書みたいだって?

 …「みたい」じゃなくて、秘書なんです…

 正確に言うと秘書艦ですけどね。

 秘書艦―ゲームだと基本画面に常に立ち絵が表示される存在であり、提督諸氏にとっては所有する艦娘の中でも最も身近かつお気に入りの娘ではなかろうか。

 その存在は、ゲームでは無いこの世界にもあるわけで。

 ま、人間社会でいう秘書と同じです。

 …うう。

  「美人秘書を侍らせてデヘヘ」とか、男としての夢ではあったが…まさか、自分が侍る側になってしまうとか…OH MY GOD!

 ―え?お触り?

 んなもん許さないに決まってるじゃないすか。触・即・斬ですよ。

 …とは言っても、イケメン君は無体なことなんて一切やってこないけどね。

 ―それは良い。それについては非常にありがたいし、心底感謝してる。

 

 …だけど。

 この仕事量はどういうことですかねぇ!?

 

 目の前の机の上。そこは今、紙束の海によって占拠されていた。

 右を見ても左を見ても書類の山、山、山…。

 ちっくしょう、あのイケメンヤロー…

「君になら任せられる」みたいなこと言って、大量の書類を残していきやがって…!

 目の前に積み上がった諸々の書類を、思いっきり床にぶちまけてしまいたい衝動に駆られるが…小心者の俺には、そんな度胸ありゃしません。

 できるのは内心で溜息を吐くことぐらいであります。

 

 まったく、なんでこうなったのか。

 きっかけは少し前に遡る。

 

 この世界に降り立ち、潜水艦隊を撃退した日の翌日。

 俺は、イケメン提督から秘書艦に任命された。

 イケメン君がこっそりと話してくれたところによると、そこには第六駆逐隊の皆からの提言があったようだ。

 鎮守府という場所の仕組みや一連の流れを知るには、その統括者である提督の下で補助に就く秘書艦が最適。今まで4人でローテーションで回していたこの役割を、当分の間は俺1人に任せてはどうか―という趣旨が述べられたようで。

 きっとそれは、俺を仲間として認めてくれたからで。少しでも早く任地に溶け込んでほしい、という温情からきたものだろう。

 マイエンジェルである第六駆逐隊からの好意とか、本当なら狂喜乱舞するところだが…

 この時ばかりは痛かったな。せめて戦闘以外では、のんべんだらりと過ごそうとしていた俺の目論見が、崩れ散った瞬間であった。

 しかし、これで秘書艦としての能力が低ければ、そこでお役御免で済んだんだ。

 知識も頭もパーの俺じゃ、100%そうなる未来しか見えなかったんだが…

 

 金剛さんが、荒ぶりました♪

 

 正確に言うと、やったのは俺ですけどね。

 渡された書類に目を通したら、自然と式やら言語の組み立てやらが思考の中に浮かんできて。そのまま、流れるように腕が動いてました。

 赤点常習犯の俺の頭でそんなことができるはずないから、憑代である金剛さんの頭脳によるものだろうな。

 作業の様子を見てたイケメン君が目を丸くして驚いていたほどだから、艦娘という枠の中でも破格の処理能力なんだと思う。

 金剛さん、マジぱねぇ。

 …できれば、その能力をもう少しコミュ方面に振ってほしかったぜい。

 

 うん。

 この凄まじくハイスペックな事務能力、仕事方面に極振り縛り状態なのですよ。

 具体的に言うと…筆談が、できますぇん。

 数式・数字や業務文書については簡単に書ける腕。

 その腕が、自分のキモチを書こうとすると…嘘のように止まってしまうの。

 思いを文字にすることもできないとか…シャイなんだね、金剛さんってば♪

 …

 ……

 …じゃねーよ!

 

 表情も死んでて、声も出せず。

 その上、筆談も無理とか…何このコミュ障レベルMAXボッチ縛り仕様は!?

 …泣いても、いいデスカ…?

 

 ―秘書艦にされた時。

 

「仕事は嫌だけど、これで筆談で第六駆逐隊とキャッキャッウフフできるぞ!」

 

 ―と喜んでいた俺のトキメキを返してくれ…っ!

 

 …けど。

 憤ったところで、金剛さんに八つ当たりするわけにもいかず。

 さりとて、他にぶつける相手もおらず。

 ―結局、俺が疲れちゃうだけなのである。

 

 まあ、とにかく。

 書類処理に関しては何の問題もないことが解った。

 …そこで、ある程度のところで止めときゃよかったんだが。

 自分が行う作業で、こんなに筆が進むのなんて初めてだったから舞い上がってしまい。

 たまに仕事振りを見に来てくれる第六駆逐隊の面々に良いところを見せたい、という下心も手伝って。

 思いっきり全力でやった結果―

 

 仕事くる

 ↓

 片付ける

 ↓

 イケメン君喜ぶ

 ↓

 すまなさそうにしながら、質・量がやや上の仕事を回してくる

 ↓

 片付ける

 ↓

 またイケメン君喜ぶ

 ↓

 さらにもう少しランクが上の質・量の仕事が…

 

 ―というエンドレス。なあにコレ。

 ちょっとした優等生気分と、いくらかの下心があっただけなのに…

 いささか、調子に乗り過ぎたかなあ…

 自分のやったことは自分に返ってくるって、ほんとだったんだね…

 だったら、今からでも手抜きして程々にしときゃいいって?

 いえね、その…今更引っ込みがつかないと言いますか…

 見栄とか、幻滅されるのが怖いとかそういった思惑もあるけど…

 

 ―第六駆逐隊の純真な瞳を前にして、打算を働かせることなんてできねえ!

 利己的な計算など、少女の無垢さの前には意味を成さないのである。

 

 …まあ、それに、だ。

 イケメン君の嬉しそうな顔を思い浮かべると、手抜きすることに妙な後ろめたさを感じると言いますか…

 奴には、一方ならぬ世話になってる。

 廃棄寸前のところを拾ってもらっただけではなく、ここに来てからも、だ。

 思い起こすのは先日のこと。

 鎮守府に電話が掛かってきた時、つい反射的に出てしまったんだが…俺、喋れないのよね。

 気付いたところで既に遅く。

 一切の応答もしない(できない)俺に対して、電話口の向こうの人物はひどく気を悪くされたようで。

 イケメン君がそこで代わってくれたんだが。漏れてきた声や会話から察するに、相手は海軍のお偉いさんであり。俺の対応について、相当に嫌味やら文句・お小言を言われていたらしい。

 その時はさすがに居た堪れない気持ちになったが、口も利けないので謝ることもできない。

 そんなふうに所在なさげな状態でいたら、こちらに視線を向けたイケメン君と目が合って。

 …叱責されるのを覚悟したが…奴は、すまなさそうな顔をして、言った。

 

「ごめんな、君に嫌な思いをさせて」

 

 …俺の拙い応対のせいで、元より低かった上層部からの評価を下げてしまったというのに、この対応。

 自身に不利益を被らせる原因となった相手を気遣うとか…誰にでもできることではない。

 

 奴が向けてくれた、愁いのある、けど優しげな顔を見て。

 思わず、胸がキュンと…

 

 …

 …って。

 いや!

 いやいやいや!

 してないしてない!するはずが無い!

 俺、肉体は女性だけど心は男なんだって!

 だから奴に対してドキドキなんてしてない!うん!

 

 …ふう。

 書類に囲まれてるせいか、血迷ったことを考えてしまった。

 ここは気分転換にラジオでも点けてみるか。

 第六駆逐隊の皆とイケメン君は、もうそろそろ目的地についてる頃だろうが…ちょっと心配だからなあ。

 あ、この心配ってのは深海棲艦からの襲撃に対するものじゃないよ。

 百戦錬磨の第六駆逐隊の皆が不覚を取ることなんて、ほぼありえないから。

 潜水艦隊撃破以来、何回か練習航海や艦隊内演習を重ねてきたが。その中で、彼女達の桁外れの練度はこの目で見てるからね。

 この間の潜水艦隊に襲撃されたのは、本当に最低最悪のコンディションだったからであり。

 万全の状態である今なら、フラグシップ級大型艦によって構成された重量級部隊でも来ない限りは大丈夫だろう。

 心配してるのは、天候だ。

 低気圧の接近によるスコールにでも巻き込まれたら…降雨による視界不良の中で高波が蠢く海上を航海せねばならず、負担も倍増するだろうからな。

 事前に聞いた予報だと特に問題はなさそうな感じだったけど、一応ね。

 それ、スイッチぽちっとな。

 

 ―だけど。

 いつもラジオから聞こえてくる、電波に乗った音は響かず。

 聞こえてきたのは―耳障りな、ノイズによる雑音。

 

 …はて?故障でもしたかな?昨日までは何ともなかったんだが。

 直そうにも、俺、こういう機械の取り扱いについては秀でているわけじゃないし。

 天候を確認した後、他のチャンネルに回して幾分か気を紛わせるつもりだったけど…

 聞こうとしたときに調子悪くなるとか…これは早く仕事を片付けろという啓示ですかね、チクショウ。

 …しょうがない。とりあえず、目の前に積み上がった書類の山に戻るか。

 そう考え、椅子に腰を落ち着けて書類に目を通した始めた時。

 ―大きな音を立てて、ドアが開いた。

 驚いて顔を上げた俺の視界に飛び込んできたのは…この鎮守府の陰の功労者であり、縁の下の力持ちとして欠かすことのできない住人である妖精さんの1人。

 どこか抜けていて愛嬌のあるその顔が。けれど、今は焦りに彩られていて。

 

 …この時の俺は、忘れていたのである。

 今、身を置いているこの世界において。日常や平穏とは、容易く引っ繰り返されてしまうものであることを。

 

 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 




ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。

まず、御礼とお詫びを申し上げさせていただきます。
前回、私のしょーもない弱音にお言葉を下さった方々、本当にありがとうございました!
そしてここまで遅くなってしまい、申し訳ありません。
この遅筆癖、なんとかしないといけませんねえ。

今回についても反省点が多々ありますが…
まず、ほとんど話を動かせませんでした。
繋ぎの話ですから、ある程度はしょうがない部分もあるのかもしれませんが…それにしても説明が多くなり過ぎて平坦すぎたかな、と。
退屈さを感じられた方がいられましたら申し訳ありません。
あとは…天使である第六駆逐隊の表現に悔いが残ります。
恋する女の子ってどうやったら上手く書けるんでしょうか(泣)。
非リア充である私には無理なんですかね、とほほ…

他にも多々至らないところがありますが…
少しでも精進を重ねて、僅かなりとも拙作の質を改善していけるように励みます!

ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました!
皆様のお時間の足しに少しでもなりましたら幸いです。



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7 暗雲

申し訳ありませんの8話目投稿。
お前いい加減にしろよって感じですね…

※かなり長めです。疲れたり、気分を悪くされてしまいましたら無理せずお戻り下さい。

※今回、独自捏造設定色が強めです。苦手な方はご注意ください。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 部屋という空間は、使用する者の内面を写す鏡でもあると言える。

 置かれている物の数や質・配置、それらが織りなす雰囲気。

 そういった点から、部屋を使っている者の社会的地位から思考までをある程度は推測することができる。

 

 そんな観点から見れば、この部屋の主の立場が、一般という枠の埒外であることが解る。

 訪れた者を客として持て成す応接室に分類されるこの部屋。

 その空間は、通常のものとは一線を画していた。

 渋みと威厳が凝縮されたかのような、重厚な光沢を放つテーブル。

 その上に置かれた、白く滑らかな色に縁取られたティーカップ。

 そこに注がれた、瀟洒な香りを匂わせる紅茶。

 その他大小様々な家具に至るまで、全てが洗練された気品と格に彩られている。

 それでいて過剰な見栄は伝わってこない。

 金に飽かせて贅を凝らしたのでは無く、持ち主の持つ環境に合わせて付いてきた―そんな、富裕を基盤にして洗練された格調高さが、そこにはあった。

 今、自分達が腰を下ろしているソファー。

 反発を感じさせずに柔らかく体重を受け止めてくれるこの品にしても、本来ならば自分などには全く縁が無いのだろうな…などと思いながら、青年提督は対面に座っている人物―この鎮守府の提督に目を向ける。

 

「遠いところを、よく来てくれたね」

 

 丸い顔と丸い体。体躯は大きくは無く、むしろ小柄。

 肥満体と呼べる体型だが…不潔さや粘着性は全く感じさせず、対面した者にどこか親しみやすさを感じさせる。

 顔に掛けた眼鏡の奥にある柔和な目付きが、愛嬌さを醸し出すのに一役買っているのだろう。

 袴富士 誠次―

 彼がこの鎮守府の提督であり、最高責任者である。

 青年提督より4、5歳ほど年長であり、若年ながらも提督という地位を預かっているという点では共通しているが…立場はまるで正反対。

 階級は―少将。

 未だ若年でありながら、この地位に就いているのは破格と言っていい。

 それは、大本営・上層部からの覚えが目出度いということであり。

 全鎮守府の中でも有力拠点であるこの鎮守府の責任者を預けられ、100隻を超える艦娘を保持している、という点からも窺える。

 そこには、実家がこの国でも指折りの名家であり、資産も莫大であるという彼の出自にも要因が有るとされ…そのための陰口も絶えない。

 地位を金で買った、役職と血筋だけの役立たずの坊ちゃん等々。

 彼が指揮官として無能であり、戦闘になれば物言わぬ置物と化すことしかできないこともそれらの悪評に拍車を掛けているのだが…彼は一切気にすることもなく、悠然としている。

 

 そんな袴富士少将と青年提督は、正反対の立場ながらも非常に馬が合った。

 初対面の時から打ち解け、今に至るまでこうして交流が続いており。

 その副産物として、青年提督はこの鎮守府から定期的に装備を譲渡してもらっている。

 先日の潜水艦隊撃破の際に役に立った三式爆雷投射機もその1つ。

 今日の訪問の目的の1つは、そのお礼を言う為なのだが…

 

「さて、まずはお礼を言わなくてはね」

 

「…お礼、ですか?」

 

 袴富士少将に先に言われ、青年提督は首を傾げる。

 お礼をいうのはこちら側のはずなのに…

 

「例の、敵精鋭潜水艦隊のことですよ」

 

 青年提督の疑問に答えたのは。少将の傍らに付き添う美少女だった。

 桃色の長い髪と、くっきりと縁取られた瞳。

 この国の艦隊全体を見回しても極めて希少な艦船―工作船。

 その1隻である明石の艦娘が彼女だ。

 袴富士少将の最初の艦娘であり、最古参艦として現在に至るまで秘書艦を務めてきた、片腕と呼ぶべき存在。

 

「奴等によって海運航路が脅かされて、物流が滞りがちでしたからね。正直なところ、不安だったんですよ」

 

「その奴等が討たれたおかげで、それも解消される。―これで、皆に不自由させずに済むな」

 

 そう言った少将の顔は、綻んでいた。

 金と家柄だけの無能―外部からそう蔑まれている袴富士少将。

 けれど、彼の指揮下にあることに対し、この鎮守府の艦娘達からは不満が出たことはない。

 艦娘達を絶対に疎かにしない―軍事に関しては失格である少将だが、その1点については徹底しているから。

 莫大な私財を高性能な新装備の開発に投じ、入渠施設等の鎮守府の環境整備に惜し気も無く自らの金を注ぎ込む。

 戦いには何の役にも立てない。ならばせめて、戦場に立つ艦娘達が最大限の力を発揮できるように―

 そんな少将を、指揮下の艦娘達は深く信頼しているし。

 そんな少将だからこそ、青年提督と意気投合できたのだろう。

 

「これも君達のおかげだ。ありがとう」

 

 微笑と共に、少将は感謝の言葉を口にした。

 青年提督と、彼と一緒に付いている第六駆逐隊の4人に向けて。

 

「全くです。流石は皆さんですね」

 

「お前達の名は、海軍内でもさらに評判になっているようだぞ。私も盟友として鼻が高い」

 

 少将の隣に控えている明石と、この鎮守府に到着した時からここまで同席してくれた長門からも称賛が向けられる。

 

「全て彼女達のおかげですよ」

 

 そう言って、青年提督は誇らしげに傍らの4人を見やる。

 

「―当然よ」

 

 姉妹を代表して、暁が胸を張って答えた。

 そこに在るのは、自分達の所属する場所への誇り。

 自分達をここまで育んでくれた青年提督と、整備等の裏方で支えてくれた妖精さん達。

 彼らが居てくれたからこそ、彼らに支えられてきたからこそ。

 自分達は今まで戦い抜いてくることができ、今回も戦果を上げることができたのだ。

 思っていることは、響・雷・電の3人にしても同じ。

 彼女達の表情に浮かんでいるのは、嬉しさと喜び。

 …そして、一抹の寂寥感。

 自分達への賛辞が足りない、などとは断じて思っていない。

 …足りないのは、自分達の人数なのだ。

 

「…それに、あの人がいてくれたからだし」

 

 若干ながらもトーンが下がった暁の言葉。

 そう。

 本来ならば誰よりも称賛を受けるべき、もう1人の仲間―【彼女】が居ないことが、どこか寂しくて―

 そんな気持ちを汲み取り、青年提督は言葉を続ける。

 

「…一番の殊勲者がこの場に居ないことが、少し寂しいですね…」

 

「―ほう」

 

 彼の言葉に最初に反応したのは長門だった。

 続けて少将も応じる。

 

「そう言えば…君のところに新しい艦娘が1人、配属されたんだったね」

 

「ええ」

 

 青年提督は頷くと、ティーカップを口元へ運ぶ。

 ―ここからが、本題だ。

 今日、ここを訪れた理由は…三式爆雷投射機のお礼と、もう1つ。

 それは、【彼女】に関することで。

 紅茶で舌を湿らせ、青年提督は切り出した。

 

「―実は…」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 ほぼ同刻。

 2人の提督が話を交えている鎮守府から幾らか距離を隔てた海域を進む艦隊があった。

 

「…一雨、来そうだな」

 

 先程までの快晴から一変し、鈍い色に染まり始め、光と色彩が失われつつある海上。

 その一角を進む軍艦の甲板に立つ少女は呟いた。

 背中まで真っ直ぐに伸びる白銀の長髪。

 黒いセーラー服を身に纏った体躯は幼さを強く残しているが、冷静さを宿した瞳と表情がそれを感じさせない。

 この船は、軍艦の中では最軽量クラスの駆逐艦。

 その甲板上に立つ彼女は、その分身体として顕現した艦娘である。

 駆逐艦菊月の艦娘の1人―それが、彼女だ。

 その表情は…今、曇っていた。

 空模様を確認すると、菊月は後方へと視線を向ける。

 そこに続いているのは多数の艦影。

 それは見るも壮健な大艦隊…ではなく、積荷を満載した商船団である。

 

 艦娘の仕事は、戦闘だけでは無い。

 制海管理の為の治安維持・未知海域の情勢を探る偵察行動・味方勢力への物資の輸送等の、他方に赴いての支援活動も欠かせない業務だ。

 多数の艦艇を有する規模の大きな鎮守府では、そういった任務―遠征任務を専門に受け持つ支援艦隊も組織される。

 

 菊月もその任を任された支援艦隊の一員であり。

 こうして商船団に付き添う海上護衛任務に就いている。

 こういった支援任務は、口さの無い者からは「雑用」などと中傷されることもあるが…

 彼女にとっては雑音にもならない戯言に過ぎない。

 原体であった頃から幾度もこなしてきたこのような任務に対して矜持を持っているし。

 主である提督―袴富士少将が認めてくれ、信頼の下で任せてくれた任務なのだ。

 彼女にとって、そんな彼の元に来れたことは誇りだし。

 彼が任せてくれているこの任務についても、それは同様。

 

 だからこそ、今の状況に表情を曇らせている。

 このまま天候が悪化して海が荒れれば、航海への影響は避けられない。

 頭を軽く押さえた菊月に、無線を通して声が届く。

 

『予報では今日は問題ないはずだったのに、帰路にこんな天気の急変に見舞われるなんて…ついていないですね』

 

『まったくだよねぇ~。これじゃ、おちおち居眠りもできないよ』

 

「仕方あるまい、三日月。…そして望月、もう少し緊張感を持て」

 

 涼やかな声の前者には苦笑、眠たげな声の後者には溜息。

 全く声質の違う2人の妹艦に、菊月は返答を返す。

 睦月型駆逐艦の10番艦と11番艦。

 生真面目な三日月と、無精者の望月。

 姉妹ながら、よくもまあここまで対照的な性格になったものだ。

 そんな正反対の2人にも、大きな共通点がある。

 それは―いざという時には頼れる、ということ。

 編成を組んできて以来、この妹達によって助かった局面は幾回もあった。

 そのため、菊月は彼女達を信頼している。

 だから、特に2人の態度に文句を付ける気は無い。

 …無いのだが。

 武人たれ、と心掛けている菊月からすれば…戦場という場においては、相応の振る舞いをしてもらうのが望ましいのであって。

 望月に対して、さらに言葉を続けようとして―

 

『まあ、いいじゃないの』

 

 菊月が口を開くより前に、もう1人の声が流れる。

 通信を通して届く、緩やかな口調。

 

「…阿賀野殿」

 

 軽巡洋艦、阿賀野-この艦隊の唯一の軽巡洋艦である。

 彼女の柔らかな声で制されれば、それ以上言葉を続けることは憚られる。

 この艦隊の旗艦は彼女であるし。

 それ以前に、駆逐艦である自分達を下に見ることも無く、対等に接してくれるのだ。

 そんな彼女に言われたのなら、引き下がらざるを得ない。

 

『もう帰路も半ば過ぎてるし。目下の懸案事項だった敵潜水艦隊も、この間撃破されたしね』

 

『あ。それは私も聞きました。何でも、あの第六駆逐隊の皆さんによるものだとか』

 

『例のイケメンさんのとこの娘達でしょ?同じ駆逐艦ながら感心するわ~』

 

 阿賀野の言葉に、三日月と望月も続く。

 周辺海域を荒らし回り、航路を脅かしていた深海棲艦の精鋭潜水艦隊。

 輸送・物流にダメージを与えていた奴等が撃破されたのは、もう幾らか前。

 それを成し遂げたのは、3人が話す通り、第六駆逐隊の面々によるものである。

 そのことを聞いたときは驚いたが、すぐに納得できた。

 彼女達の実力ならば、と。

 その実力については十分以上に承知している。何せ、彼女達とは幾回か会っているから。

 彼女達の主である青年提督と、自分達の主である少将の交流を通じて。

 

「(-そう言えば今日だったか。第六駆逐隊が、提督殿と共に我らの鎮守府に来るのは)」

 

 護衛任務中の鎮守府との航海通信を通して掴んだ情報を思い起こす。

 予定では、5人はもう着いている時間だと思うが…

 …そう言えば。彼らの鎮守府の留守はどうしているのだろうか。

 話に聞くところによると…先日、金剛型戦艦が1隻加入したとのことだったが。

 留守番は、彼女1人に任せているのか。

 そうだとすれば、相当な信頼を受けているということになるが。

 

「(どんな艦娘なのだろうな?)」

 

 そんなことを考えて。菊月は、見えるはずも無い彼らの鎮守府の方角に何気なく目を向けて―

 

「―?」

 

 海上に厚く垂れ込めている曇天によって見通しづらくなっている水平線。

 そんな劣悪な視界の中で、けれど菊月の目は見逃さなかった。

 ―彼方に浮かび上がった、幾つかの小さな点を。

 ソレは、何なのか。

 人間の視力では豆粒ほどにしか見えないが、艦娘の眼ならば大よその形を捉えることができる。

 

『…どこの船団?アレ』

 

 望月が上げた言葉が、その答え。

 点々の集団の正体は―船だ。

 彼女もまた、菊月とほぼ同時に気付いたのだろう。

 その声は、先程までと変わらぬ気だるげな調子。

 …だが、聞く者が聞けば、そこに緊張感が籠っていることが解る。

 

『この時間帯に、この海域を通過予定の船舶は無かったはず…ですよね』

 

 三日月の方は、より顕著だ。

 声が、明らかに固くなっている。

 …そうなるのも当然だ。

 海の上には、陸上の道路のような標識や信号は無い。

 そのため、通航船舶の時間が詳細に管理されている。

 大容量の船体同士が接触事故でも起こせば、大惨事に成りかねないからだ。

 どこの船団が、どれくらいの規模で、いつごろ、どの海域を通過するのか―頻繁に情報が遣り取りされているのだ。

 そして。

 三日月の言う通り、この時間帯に此処を通過する船団は自分達以外には無いはず。

 

 …ならば、アレは…

 

『こっちには来ないみたいね…。気付いていないのか、或いは先を急いでいるのか…』

 

 旗艦として動じぬ振る舞いを見せる阿賀野に、普段の緩さは無く。

 今この時も、視線は目標物である水平線に浮かぶ点群―艦影に据えられていて。

 菊月も、再び視線を戻す。

 距離が離れ過ぎているせいか、形状の細部までは解らないが…視界に映っているのが、船尾部分であるのは確か。

 ようは、こちらへは背を向けている格好であるわけで。

 自分達に背を向けているということは、艦首は正反対を向いているということであり。

 その方向こそが、目的地であるということ。

 

「…あの方角は」

 

 その方向は菊月が先程視線を向けた方角であり、そのまま進んでいけば…

 ―青年提督と第六駆逐隊の鎮守府がある。

 つまり、あれらの艦影の目的地は…

 

『―鎮守府に緊急連絡を』

 

「了解」

 

 迅速に下された阿賀野の決断に、菊月は瞬時に反応した。

 

『航行速度を上げましょう。私が殿に就くから、2人は商船団の先導をお願い』

 

『了解。うたた寝してる場合じゃない、か』

 

『了解です。最短帰路を辿ります』

 

 袴富士少将に少しでも早く口頭で報告するため、一刻も早く帰港するために機敏に動き出す3人の声を背中に聞きながら、菊月は自分達の所属鎮守府に通信を繋いだ。

 ―青年提督と第六駆逐隊の拠点である最前線鎮守府に向かう、所属・識別不明の艦影群が確認されたことを伝えるために―

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 袴富士少将の旗下遠征艦隊が、正体不明の複数艦影を目撃したポイントから更に先。

 そこには、青年提督と第六駆逐隊が属する最前線鎮守府。

 その上空もまた、分厚い雲に覆われ、見通しが利かなくなっていた。

 …まるで、これから齎される出来事を予期しているかのようで。

 

 ―そんな空を、鎮守府の窓から注視する視線。

 こんな目を持つ者は、この鎮守府には1人しかいない。

 何を窺わせることもない眼は、果たして何を見据えているのか…?

 

 

 …ただ1つ言えるのは。

 外面だけでは、人の内心は推し量れないということである。

 

 

 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 はう あーゆー。

 外面は超絶美少女、中味はダメダメ喪男の金剛(の偽物)ちゃんダヨ。

 皆様、ご機嫌いかがでございましょう?

 俺?俺はねぇ…テンション最低値ですよう。

 心の中は、どんよりとした鉛色でございます。

 先程までの快晴が嘘のように雲が広がり、怪しくなり始めた鎮守府上空の空色のように。

 

 さて、窓からの景色を見て下手な感傷に浸るのはこれくらいにして。

 …いい加減に目の前の現実を受け止めようじゃないか。

 俺がこんなにナイーブ(笑)になってる原因を。

 その原因とは、目の前に広がる風景。

 先程、妖精さん達に呼ばれてやって来たこの部屋。

 鎮守府の防衛施設の稼働状況を確認できる、制御室と呼ぶべき場所。

 …その中の1つが、今、俺の頭を悩ませてる元凶なのです。

 室内に立つ俺の目の前に広がっているモニター。

 それは、レーダーと呼ばれる装置の一種であるわけだが…こいつを見てどう思う?

 

 ―すごく、異常です―

 …

 …って、何じゃい、この画面は!?

 思わず、心中で盛大に突っ込まずにはいられない。

 瞳は泳ぎ、比喩抜きで目が飛び出すかと思った。

 …鋼鉄金剛さんフェイスの影響で、そういった動作・動揺は全く表に表れないけど。

 で、この画面だ。

 憑代である金剛さんのおかげか、大抵の軍事系知識は自然と理解できるのだが…

 その手の知識が一切無い本来の俺が見ても、明らかにおかしいと解っただろう。

 画像が、形を成していないのだ。

 本来であれば、効果範囲内の様々な対象物の位置を映し出す筈の画面が、ぐにゃぐにゃに歪んだり、数え切れぬノイズが走ったり…

 明らかな[異常]だろ、これは。

 

 そもそも、妖精さん達が俺を呼びにきた時点で尋常じゃない事態だ。

 普段、この基地のこの設備の手入れと運用をしているのは妖精さん達であり。

 簡単なことであれば、自分達の手で解決できたはず。

 …なのに、わざわざ俺に声を掛けてきた。

 彼女達にとって、その行為はひどく負担だったのにも関わらず、だ。

 

 どういうことかって?

 …うん、まあ。バッサリ言っちゃうと…俺、妖精さん達から避けられてるんデス。

 どうして解るかと言うとですな。

 妖精さん達は非常に素直な性格であり。

 つまり、こちらへの感情も率直に現れてくるわけで。

 敵意を向けてきたり、というようなことは無いんだけど…あからさまに距離を取られてるわけですよ、うん。

 

 …ただ、これでもマシな方だな。

 間に第六駆逐隊の皆とイケメン君が入ってくれてるからこの程度で済んでいる。

 

 妖精さん達は言葉を喋らず、テレパシーのようなもので直接、自らの声を思考に伝えてくる…らしい。

 ただ、その声は誰にでも聞けるものでは無く。艦娘や、或いは提督としての適性が有る者など…妖精さん達と同じ回路を持つ者でないと聞くことができない…そうだ。

 何故、伝聞系になるのかといえば…俺、彼女達の声を聞くことができないからだ。

 ―まあ当然と言えるわな。

 外観こそ金剛の艦娘だけど、その中身の俺は、[選ばれた資質]とかには全く縁の無い生粋の一般人なのである。

 妖精さんと同調できる回路が有るわけもない。

 …というか、だ。

 そもそも俺は別の世界から来た身であって、回線自体が全く異なるんじゃないだろうか?

 それはつまり―

 妖精さん達からすれば、チャンネルが全く繋がらない―対話という行為自体が成立しない相手ということであり。

 加えて、表情等の感情表現についても言わずもがなの壊滅状態。

 ―対話が全く叶わず、意志表現も皆無-

 そんな俺は、妖精さん達から見れば宇宙人のようなものだろう。

 そんな相手と親しくしろってのは…ちょいと、無茶だな。

 だから、避けられるのも当然と言える。

 事情を説明できれば少しは違うんだろうけど…その手段が無いのよね。

 俺、喋れないし。自身に関することのためなのか、筆談にも書き起こせないし。

 そもそも、仮に事情を伝えられる手段があったとしても…

 

「実は私、違う世界から来た人間なんです。てへぺろ♪」

 

 …こんなの、どう考えても与太話にしか聞こえないし、正気を疑われるだろ!?

 下手をすれば欠陥艦として処分されてしまうかもしれん…!

 …だから、どうすることもできない。

 さ、寂しくなんか、ないんだからねっ!

 ははは・・・・ハア。

 と、今は沈んでる場合じゃないや。

 そんな俺を、わざわざ呼びに来たこの状況。

 …単なる故障とかじゃない。

 何かが、起きているのだ。

 何かが、[居る]のだ。

 未だ姿は見えないが、確実に忍び寄っているナニカ、が。

 

 …一言、言わせていただきたい。

 ―もうやめて!俺のハートのライフは、もうゼロよ!

 

 仲間が留守で、1人だけ残ってる状況でコレとか…

 明らかなバッドイベントじゃないですかヤダー!

 鎮守府への直接干渉とか…原作じゃ、こんなの無かったぞ!

 ―やばい。

 前回の潜水艦来襲時にも全く同じことを思ってたけど。

 今回は、輪を掛けてマズイ。

 何しろ、今は第六駆逐隊の皆とイケメン君がいない。

 …つまり、俺だけで事態に対処しなきゃいけないということで…

 …

 ……

 無 理 デ ~ ス ♪

 

 モヤシ薄弱っ子の俺に、こんな緊急事態に対処できる力があるわけないだろ!

 …かと言ってこのまま何もしないでいたら、禄でもないことになるのは目に見えてる。

 だったら、どうするか。

 

 …ふ。

 ここで、前回も役に立った、あの教訓を活かす時が来た。

 

 -自分だけで無理なら、他のひとを頼りなさい-

 

 これだよ!これですよ!

 ―え?

 第六駆逐隊の皆とイケメン君は外に出ちゃってるじゃんって?

 

 フっ。

 真の仲間が心を通わせるのに距離など関係無い!

 

 …ぶっちゃけ、鎮守府の通信機能を使うってことなんすけどね。

 イケメン君は通信装置は持って行ったし、艦娘にも通信機能が備わってるから、第六駆逐隊の皆に伝えることもできる。

 まあ、俺は喋れないから無線は使えんが…電文ぐらいなら打てる。

 …というわけで、早速、文章を書き起こすべし。

 こういった事務連絡については金剛さんフィルターに引っ掛かることは無く。

 それどころか、火急の用件ということなのか、その能力が遺憾無く発揮され。

 あっという間に、状況を簡潔かつ詳細に書式に纏められた。

 …よし。あとは、これを送るだけ。

 

 電文、行け!我が希望と共に!

 

 …て。

 あれ?何か、送れないんすけど。

 どして?Why?

 

 …いや、俺が馬鹿だった。

 レーダーに異常があるってことは、電波関係に異変が生じてるわけで。

 そんな状況で、通信網が使用できる筈がないわな、うん。

 と、そういや、さっきラジオが繋がらなかった原因もコレか。

 なるほど。疑問が1つ解けたよ、ハハハ…

 

 ―って。やばいぃぃぃ!

 これじゃ、この異常を外に知らせて助けてもらうなんて無理じゃん!

 一応、イケメン君が一定時間毎に定期連絡を取ってくることになってはいる。

 その時にも、此方と通信が繋がらないだろうから…それで、何らかの異変が起こってることには気付いてくれるはず。

 ―でも、それが何時になるのかなんて解らん!

 くそ…。今、連絡が取れれば…直ぐにでも指示を仰ぐこともできたのにぃ!

 

 アカン。どうすりゃいいのコレ!?

 内心で混乱するばかりで、何も思い浮かばなくて…

 テンパる余りに泣きそうですよ!泣いちゃいますよ!?

 

 …ま。安定の鋼鉄金剛フェイスで、外見上は泰然としているように見えるだろうけど。

 

 とにかく。落ち着け、落ち着け。

 まだ、手段は残されている。最後に取れる手段が、1つだけ。

 …昔の兵法に、こんな言葉がある。

 

 ―[三十六計逃げるに如かず]―!

 

 …ようは、「とっとと逃げようZE☆」ってことである。

 どこへ逃げるって?

 決まってるじゃん!第六駆逐隊の皆と、イケメン君の所さ!

 彼らの目的地と、そこに至るまでの航路については、事前の打ち合わせで既に頭に入ってるからね。

 高速戦艦である金剛さんボディの速力なら、それなりの時間で到着できるだろう。

 ―良し、善は急げ。直ぐに行動に移るとしよう。

 べ、別に怖いから逃げるんじゃ、ないんだからねっ!

 …

 ……

 …ツンデレ風に言っても空しいだけだな。

 うほん。

 正直、恐怖が最大の理由なのは否定しない。

 …というか、だ。

 怖がるのが当たり前だろ!

 明らかに此方に害意を持った存在が迫ってて。

 けれど未だに姿は見せず。どこに、どれくらい居るのか解らない。

 …ビビリの俺に、こんな状況に耐えられる訳がぬぇぇ!

 ―とまあ、ご覧の有り様であります。

 我ながら恥ずかしいが…「怖くて堪らないから逃げる」というのが、嘘偽り無い本音だ。

 

 …ただ。

 ここで逃げを打つのは、何もそんな本音のためだけじゃない。

 言い訳にもならんが、他にも理由があるのだ。

 

 ―今の俺は、戦艦だ。

 たとえ中味がダメダメ人間の俺ではあっても、それでも、軍艦としては最上級の艦種なのだ。

 その存在は、大きく、重い。…ことに、この場所においては。

 

 潜水艦隊を撃退した後、何回か鎮守府内で演習が行われたが…それらは軒並み、俺が来る以前と比べて結果が向上していたとのことで。

 その度ごとに、言われたものだ。

 

 ―「金剛さんがいてくれて、助かっている」-

 

 その理由についてであるが。

 俺は図体がでかいから、いざっていう時には壁になることができる。

 そんな[保険]があることが、第6駆逐隊の皆の精神的な余裕と結果向上に繋がっている、ということみたいだ。

 いや~、皆の役に立てるって嬉しいねえ!…敵のサンドバックになるのはご勘弁だが!

 

 …そんな俺が、沈没でもしたらどうなるか。

 その場合、恐らくだが…もう上層部から新たな大型艦の支給は成されない。

 イケメン君は爺共から疎まれてるからな。そんな奴等が、戦力の増強をしてくれるとは思えん。…俺が支給されたのは、あくまで厄介者払いのためだし。

 そうなると、状況は再び悪化してしまう。

 でかい壁が居なくなることで[保険]が失われ、皆に掛かる負担が大きくなり。

 やがては疲労の蓄積の末に轟沈・壊滅してしまうという最悪の結果になりかねない。

 そんな悪夢を防ぐためにも、俺は沈むわけにはいかないのである。

 

 …まあ、自分の命惜しさに逃げ出す身でこんなこと言っても、滑稽でしかないわけですが!

 

 さて。この逃走作戦を遂行するにあたって、問題が1つある。

 ―鎮守府の住人である妖精さん達のことだ。

 何が起こるか解らない鎮守府に、彼女達を置いていくわけにはいかない。

 単に、[労働力が減るから]という問題では無い。

 …彼女達は、妖精としての本能や義務ではなく、自らの意志を持って労働に就いている。

 そこにあるのは、第六駆逐隊とイケメン君に対する固い信頼。

 鎮守府内の妖精さん達は皆、その気持ちの下で1つになって、5人のために働いて。

 その働きがあったからこそ、このオンボロ鎮守府が稼働してこられた。

 ―そんな彼女達は、5人がこれから先も生き抜いていくためには必要不可欠な存在であり。

 ここで失うわけにはいかない。

 …そうなると、この場をどうしようか。

 俺の船体に乗ってもらって一緒に逃げるか、とも思ったんだが…予測不能な今の局面で、大勢の命という責任を担える保障は無い。

 …考えたくも無い事態だが。

 もし途中で俺がアボンでもしたら、彼女達は海の真ん中で放り出されることになる。

 そうなってしまったらどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。

 …まあ、そんな事態なんざ御免ですが!

 でも、その危険性がある以上、連れて行くのはどうしても躊躇われるし…

 かと言ってこのまま置いていくなんてできないし…

 はて、どうしたものか…

 …

 ……

 ―よし、これでいこう!

 無い頭を絞り出して思いついた対策を実行に移すべく、俺は動き出したのであった。

 

 

 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 正体不明の、不審者。

 それが、この地で働く妖精さん達の、新参艦娘である金剛-【彼女】に対する共通認識だった。

 

 妖精さん―簡素な、けれどどこか童女のような愛くるしい姿形をした存在。

 名前の通り、まるで妖精を思わせる彼女達だが…艦娘や深海棲艦と時を同じくして人類の前に姿を現したということ以外、詳しいことは殆ど判明していない。

 解っているのは、多彩で器用な能力を持つということ。

 艦娘の本体である艦の整備を行ったり。装備の開発を行ったり、新しい艦娘の建造も手がけたり。その他、補給作業等の様々な雑務をこなす。

 艦娘達が戦い続けることができるのも、後方業務を一手に引き受ける妖精さん達が居るからであり。人類にとっては、艦娘と同じく欠かすことのできない存在と言えるだろう。

 青年提督が預かるこの鎮守府でも、それは同じ。

 この地で働く妖精さん達もまた、日々、精力的に動き回っていた。

 …ただ。それは単なる義務感から来るものでは無く、彼女達自身の意志によるもの。

 この場所の主の青年提督は、彼女達のことを同じ立場の者として扱ってくれるから。

 使役させてそれで終わり、ではなく。仕事に取り組んでいる彼女達への労いを忘れず。

 共に道を歩む仲間として、細やかに気を配り、思い遣ってくれる。

 それは、彼の艦娘である第六駆逐隊にしても同じで。

 整備や補給をする度に、心を込めたお礼を言ってくれる。

 ―そんな彼らに、少しでも応えたい。

 それが、この鎮守府で働く妖精さん達の原動力となっているのだ。

 仕事に全力を尽くすしか、自分達が5人にして上げられることは無いから、と。

 ―戦力の補充も無く、工廠が無いために装備も開発できない。

 そんな困窮の中で、それでも懸命に踏ん張り続け。

 結果として、過度な負担に心身を蝕まれていた青年提督と第六駆逐隊。

 妖精さん達は、それを見ていることしかできなかった。

 もっと力になれないのが、悔しくて、もどかしくて。

 

 そんな彼女達にとって、新たな戦力が加わることは吉報に他ならなかった。

 これで、5人の負担も幾らかは軽減されるだろうと。そう喜んでいた。

 諸手を上げて、歓迎したいことだったのだ。

 

 ―その相手が、【彼女】でなかったなら。

 

 …なぜ、妖精さん達が、【彼女】を忌避するのか。

 それは―【彼女】に、心が感じられないからだ。

 

 妖精さん達は、提督や艦娘の言葉を解する能力はあるが…自らは喋らない。

 己の意志を、相手の思考に直接送信する。

 精神感応能力―いわば、テレパシーのような手段で意志の伝達を行うのだ。

 言葉を介さずに、直接、意識と繋がる―そんな彼女達は、口が利けずとも相手の精神状態を察することができるのである。

 

 その妖精さん達が―【彼女】の精神は、全く察することができない。

 いや…解することが、できない。

 無色透明―

 正も負も、熱さも冷たさも―何も見えなかったのだ、【彼女】の中は。

 …そんなことは在り得ないのだ。

 この世界で生きる者であれば、どんな存在でも、意志という色を持つはず。

 それが良きモノであれ、悪しきモノであれ。

 ―なのに。【彼女】には、それが全く無い。

 この世界とは全く異なる別の世界から来たのだ、ということになれば答えは簡単なのだが…そんな与太話は無いだろう。

 

 …ならば一体、【彼女】は何者なのか?

 意志という光を灯さぬ外面。

 感情という温もりを宿さぬ内面。

 ―その全てが、命有る者として異質に過ぎる。

 

 そんな得体の知れない存在を信用しろ、というのは酷な話だ。

 知性有る者は皆、理解の及ばぬ存在へ恐れを抱くものなのだから。

 ましてや、感情に敏感な妖精さんなら当然のこと。

 だからこそ、【彼女】の歪さを、より鮮明に感じ取れて―

 妖精さん達の間で蔓延する、不信と恐怖。

 膨れ上がっている恐れと疑念は、今にも割れそうなほどに膨れ上がっている。

 

 …それらがまだ何とか爆発しないですんでいるのは、ひとえに青年提督と第六駆逐隊の存在があるからだ。

 尋常では無い佇まいの【彼女】と接する妖精さん達の負担を慮ってくれたのだろう。

 青年提督と第六駆逐隊の面々は、懇切丁寧に妖精さん達に語ってくれた。

 ―【彼女】は、信頼することができる、と。

 …妖精さん達は、5人を信じている。

 その5人が【彼女】を信じているのなら、そこに間違いはないのだろう。

 

 けれど。

 理屈では解ってはいても、感情が受け付けない。

 思いを、気持ちを、全く窺わせない―そんな機械のような存在に、どうして信を置くことができようか。

 5人の言葉を疑いたくは無い。だが、納得はできない。

 …そんな板挟み状態に立った妖精さん達がとった対応策は―現状維持。

 即ち、【彼女】に無駄に近付かないことであった。

 こうすれば、双方共に余計な接触はせずに済む。

 5人の手前、【彼女】を拒絶する訳にはいかず、けれど到底受け入れることはできない―

 そんな妖精さん達にとって、距離を保てるこの方策は、最適なものであった。

 ―結果として。【彼女】は、妖精さん達からは遠巻きにされる形となっている。

 自分達の輪から排斥したような状態であり。そのことが、心苦しくない訳ではないが…

 これ以上の譲歩はできない。

 妖精さん達から見れば、【彼女】は形容し難いほどの不気味な存在なのだから。

 

 そんな【彼女】が1人きりで鎮守府に残っているこの時間は、妖精さん達にとって、お世辞にも良いものでは無かった。

 5人が出かけてしまい、【彼女】だけが留守番で残っている―つまりは、当分の間は自分達だけで【彼女】と同じ空間で過ごさねばならない、ということで。

 それは、これ以上ないほどに居心地が悪かった。

 

 …だが。湧き起こった事態に、そんな憂鬱は吹き飛ぶ。

 鎮守府近域を把握しているレーダー画面。

 ―それが、突如として乱れた。

 ノイズが入り乱れ、画像が画像として映し出されない。

 そんな、全く用を成さないモニター表示を見て妖精さんは目を剥いた。

 今までこんな表示になったことは無い。

 誤作動の類かと思ったが…普段から整備は万全にしているし。

 何より、単なる故障でこのような現象が起こるはずもない。

 

 そこまで考えるやいなや、妖精さん達は走った。

 ―【彼女】へ、この事態を知らせるために。

 この事態は、自分達の手に負えるものではないと判断したから。

 そして、この世界に携わってきた身としての勘が告げていた。

 

 尋常では無い事態が―[異変]が、この鎮守府に迫りつつある、と。

 

 提督室で仕事をこなしていた【彼女】と対面して。

【彼女】には、妖精さんの言葉―精神感応能力は通じず、意志の疎通はできない。

 だが、只ならぬ様子を感じたのか、直ぐに席を立って制御室まで付いてきて。

 そして、そこでレーダー画面に目をやって。

 

 …それだけ、だった。

 

 眉を吊り上げることも、頬を強張らせることも無く。

 能面のような貌は、まるで変わらない。

 狼狽も、動揺も…微塵も無い。

 電文が送信できないかどうかを試していたが…それとて、あくまで事務的な確認作業の1つに過ぎないのだろう。

 ―そこには、何の精神の動きも窺えなくて。

 緊急事態に際し、外面でも内面でも全く動揺しない―

 それはもう、機械そのものではないか。

 

 やはり。

 ―【彼女】は、[異常]だ―

 

 そう結論づけようとして―突如として鎮守府内に響き渡った大音量に思考が遮られる。

 切迫感を伴い、重苦しく響くサイレン音。

 平時であれば流れる筈も無い、けれど深海棲艦が現れた今の時世においては珍しく無くなってしまった音―緊急警報だ。

 焦燥感を煽るその音に室内の空気が瞬く間に張り詰め、部屋に詰めていた妖精さん達の顔が皆強張る。

 この警報が鳴らされることがどういうことか、解っているから。

 それを鳴らしたのは、【彼女】。

 腕を伸ばし、スイッチを入れていて。

 その意味するところは1つ。【彼女】も、ここに近づく異変を感じ取ったのだ。

 無表情なままスイッチを押している様は、妖精さん達には例え難い不気味さを以て映るが…今は、目の前に迫った事態に対処しなくては。

 ―そのためには、現在の鎮守府を預かっている立場である【彼女】の存在が不可欠だ。

 例え正体不明な存在ではあっても、【彼女】がこの鎮守府を一時的に任せられているのは確かなのだから―

 普段からの心構えか、或いは訓練の賜物か。警報が鳴ってからそう時間を掛けずに各部署からこの部屋へと集ってきた鎮守府内の全妖精さん達は、そんな思考のもとに彼女へと耳目を注ぐ。

 …そんな彼女達の様子をどう思ったか。或いは、何とも思っていないのか。

【彼女】はゆっくりとした動作で近くの紙に文字を書くと、それを掲げた。

 達筆な文字が書かれた紙面を見た妖精さん達は…目を剥く。

 そこには、こう書かれていた。

 

 ―総員退去、と。

 




ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。

まずは前回から大変な間が空いてしまったことを謝罪させていただきます。
おまえ、前回の後書きで言ってたこと思い出せや!…という感じですね(汗)
本当に申し訳ありませんでした。
連載という形をとっておきながらコレとは…自らの至らなさをまた思い知らされました。

おまけに、期間を空けすぎるという怠慢のせいで唯でさえ乏しい筆力が鈍ってこの体たらく。
話は進んでいないわ、解りにくいわ…反省材料ばかりです。
読み辛く感じられた方には負担をかけて申し訳ありません。
改善点については…貴方は食べたパンの枚数を覚えているの?って感じですね。
数えきれません(汗)

こんな有様ですが、創作意欲は衰えていません。
少しずつでも精進を重ね、何とか拙作の質を高めていけるように頑張ります!

長々と失礼致しました。
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました!
皆様のお時間の足しに少しでもなりましたら幸いです。



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8 鎮守府防衛戦・序

もう、お詫びの言葉も御座いませんの9話目投稿。
本当に申し訳ないです。そろそろハラキリですかね……

※かなり長めです。疲れたり、気分を悪くされてしまいましたら無理せずお戻り下さい。
 特に後半部はほぼ会話無しになってしまうため、かなりの負担になってしまうおそれがあります。
 くれぐれもご注意ください。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「――ん?」

 

 袴富士少将の鎮守府内の応接室。

 到着した時からそこに腰を据えて話を進めていた青年提督は、我知らずに訝しげな声を発していた。

 

「――どうしたの、司令官?」

 

 その声を耳聡く聞きつけたのか、ソファーの隣席に腰掛ける暁が顔を向けてくる。

 そして、それは暁だけではなかった。

 同じ場の響・雷・電もこちらを向いていて。

 対席に居る袴富士少将・明石・長門にしても同様。

 どうやら、思いのほか大きな声を出してしまっていたらしい。

 

「(大事な話の最中だというのに……!)」

 

 そんな自分に対し、青年提督は舌打ちする。

 

「何か、気がかりなことでも?」

 

 話の腰を折られたのに、嫌な顔1つ浮かべずに此方へと気を配れる。

 それは、袴富士少将の人の好さを証明していると言えるだろう。

 そんな彼に対して申し訳なさを感じながら、青年提督は返答を返した。

 

「いえ、何でもありませんよ。話の腰を折ってしまい、申し訳ありません」

 

 にこやかな表情を浮かべて謝意を述べる。

 ……それが少将に対する心配りによって形作られたものであるということを、青年提督の艦娘である第六駆逐隊の面々は即座に見抜いた。

 

「……大丈夫なの?」

 

 気遣いで彩った大きな眼を向けてくる雷。

 他の3人にしても思いは同じなのか、配慮を込めた視線を向けてきた。

 

「(……全く、敵わないな)」

 

 こちらの機微を即座に汲み、気遣ってくれる――

 本当に、自分には勿体ないほどよくできた娘達だ。

 自身への不甲斐なさと、彼女達への感謝が合わさった苦笑を内心で浮かべながら。

 しかし青年提督は、その場凌ぎのような返答しか返せなかった。

 

「心配を掛けてすまないね。なに、問題無いさ」

 

 今、自分の身に起こったことについて、自分でも説明できないのだから。

 

「(……さっきのは、なんだ?)」

 

 先刻の感覚。

 思考の隙間に、チクリと針が突き刺さったかのような……そんな形容し難い違和感。

 理屈ではどうにも説明できない奇妙な感触。

 敢えてソレに名を付けるのであれば――

 

「([虫の知らせ]だとでも言うべきか)」

 

 今まで読んできた文献の中で、そんな語が出てきたことがあった。

 曰く――良くないことが起きそうな時に、五感を超える感覚でその予兆を感じ取る、だとか。

 

「(……まさか、ね)」

 

 そんなことを思いついた己を、青年提督は心中で笑い飛ばした。

 提督としての適性は持つものの、それ以外は至って平凡な人間。

 そんな自分が、そのような超感覚を持っているわけがないではないか。

 きっと、今、袴富士少将と進めている話の重さに緊張が空回って。

 そうして、いかにも何かを感じ取ってしまったかのような錯覚に陥ったのだろう。

 ――そう。今は大事な話の最中なのだ。

 

「(集中しろ)」

 

 自身にそう言い聞かせ、身を置いている今の場へと青年提督は意識を注ぎ込む、

 

 ――だが。

 粘り付くような不安は胸中に纏わりつき、より一層絡み付いてくる。

 言葉にできない焦燥感が、じわじわと膨れ上がってきて。

 

「さて。じゃあ、話を続けようか」

 

 故に、袴富士少将のその発言には救われた。

 実際に言葉が発されたことによって、強制的にでも意識をそちらに向けることができたから。

 ……或いは。こちらの状態を察してくれた少将が、タイミングを見計らって声を掛けてくれたのかもしれない。

 第六駆逐隊の4人にこれ以上心配をかけぬように――彼女達には気取られぬように目礼だけで感謝を返しつつ、青年提督は言葉を発した。

 

「ええ。先程お伝えした通りですが……」

 

 小さく唾を飲みながら会話を続ける。

 ……この後に続ける言葉は、とても厚かましいものであるから。

 

「――46cm三連装砲を一式、お譲り頂きたいのです」

 

 その発言に、袴富士少将と明石はやや目を丸くし、長門は僅かながら表情を硬くさせる。

 青年提督の発言は、室内に小さくない波を立てた。

 だが、それも無理なからぬことだ。

 今、言葉にしたモノは、それだけの重みを持つ存在だから。

 

 ――46cm三連装砲。

 かっての大戦の折から今に至るまで、この国の軍艦というカテゴリーの中で頂点に立つ2隻――戦艦「大和」と「武蔵」。

 その両巨頭の主砲として搭載されていた、最大最強の砲。

 他の砲とは一線を画したその存在感は、艦娘が顕現するようになった現代に至っても全く揺らいでいない。

 直撃させれば大型艦ですら一息で屠る破壊力。

 使いようによっては海戦の趨勢を一撃の下に制圧できる、超大火力兵装――

 

「……なるほど、ね」

 

 青年提督の言葉を受けた袴富士少将は――けれど、相槌を打ったものの、即座に返答をしない。

 それも当然だ。

 ――大きな力を手にするには、それだけの代償を支払わねばならない――

 それは、この砲とて変わらない。

 

 艦娘と同じく、彼女達の装備も、かっての大戦時の情報を写し取り、資材を投じてそれを具現化することによって製造される。

 ただし、どのような兵装を産み出したのかは完成したその時になるまで解らない。

 資材の量や分配によって、ある程度の種別までは絞り込むことはできるが……その先は完全に運任せになり。基本的に、強力な武装ほど出現し難い傾向にある。

 ――そんな中でも、46cm三連装砲の出現率は極めて低い。

 膨大な資材を投じても、結局、一式もできなかったということが当たり前のように起こる。

 大量の資材を有するこの鎮守府もそれは例外では無く。

 製造できている46cm三連装砲は微少で、主力艦隊ですら持てる艦が限られている。

 

 それだけの貴重品だ。いくら袴富士少将とはいえ、逡巡するだろう。

 1つ息をつくと、問い掛けてきた。

 

「聞くまでも無いと思うけど……やはりそれは――」

 

「……ええ。――【彼女】に任せる予定です」

 

 46cm三連装砲という桁外れの決戦兵器を預ける――

 それは、自分達の命運の大部分を託すということと同義。

 だが、青年提督には何ら迷いは無かった。

【彼女】――金剛ならば、それだけの技量も度量も十分すぎるほどに備えているから。

 これは、青年提督だけではなく、第六駆逐隊の4人も含めた総意だ。

 

 ――だって。【彼女】は、信じることができるから。

 

 ……そんな迷いの無い瞳を受けて、袴富士少将はどう思ったか……

 己の片腕である秘書艦の明石に問い掛ける。

 

「46cm三連装砲の在庫は、どうなっていたかな?」

 

「ええと……配備未定のものが、一式ありましたね」

 

 その問答は、こちらの要望を却下する方向のものではなくて。

 つまり、それは――

 

「――少し、待ってくれ」

 

 そうやって抱きかけた希望は、硬いその声に遮られた。

 その発言は少将を挟んで明石の反対側に控えている長門からのもので。

 冷静さを纏ったその声音と表情が示しているのは――

 

「この鎮守府の戦力を束ねている身からすると、この話は承服しかねる」

 

 ――拒絶、だった。

 凛々しげな鼻梁に浮かべている泰然さ。

 そこには、取りつく島も無くて。

 

「長門……」

 

 答え方が余りにも冷たいものに聞こえたのか、幾らか抗議の意を込めた袴富士少将の呼びかけに、長門は僅かに視線を落とす。

 彼女自身、このような返答をなすことに心苦しさを覚えているのだろう。

 

「……すまない。私とて、お前達の頼みにはできるだけ応えたい。……だが」

 

 再び上げた目に宿っているのは、確固たる信念。

 

「46cm三連装砲は、この鎮守府の主力艦隊にすら行き届いているとは言い難い。……戦場を共にする彼女達の武装の充実分を、まず確保したいんだ」

 

「……」

 

 その言葉に、少将は口を閉じる。

 長門の反対意見の根底にあるのは、同じ鎮守府内の仲間への思い遣り。

 そこに、口を挟めるはずもない。

 長門は続けた。

 

「それに、未配備分の一式にしても多くの対価を払っている。資材を集めるために遠征艦隊の皆が奔走し、彼女達の整備に旗艦である明石は身を粉にし、提督は身を切って費用を投じてくれている。その他にも多くの者が力を添えてくれて――そうやって、やっと、できたものなんだ。――それを簡単に譲渡するのは、この鎮守府の第1艦隊旗艦としては、頷けない」

 

 提督や仲間への配慮と、戦力の長としての誇りと責任感。

 長門の言葉は、硬く、そして重くて――

 

「……そう、ですか……」

 

 青年提督は、そう返すのがやっとだった。

 私利私欲など微塵も無い気高さと矜持。

 それを前にして、思考の中で組み立てていた説得話術が崩壊していく。

 ……しかし、こちらもそう簡単に退くわけにはいかないのだ。

 どうしたらいいのか解らないが、まずは口を開いて――

 

「それなら――」

 

「……のです」

 

 けれど、発言は別の言葉によって遮られた。

 

「……え?」

 

 青年提督は弾かれたように視線を転じる。

 発言を遮られたことによる不愉快さなどでは無い。

 あるのは――驚愕。

 今の声を発したのが誰かなど、間違えるはずもない。

 ……けれど、俄かには信じられなかったのだ。

 このような場面で、彼女が発言するなど。

 それは他の者も同様だったようで。

 青年提督と同じく、驚きと共に目を向ける。

 

 今の言葉を発した者――電へと。

 

「……なの、です……」

 

 電は、下を向いていて。言葉もよく聞き取れない。

 内気で、引っ込み思案で――そんな彼女だけに、このような場で発言するのは大きな負担になっている。

 今までの電ならば、その負担に耐え切れなかったかもしれない。

 ……けれど。今は、退けない理由がある。

 ――だから。

 

「……お願いします、なのです……」

 

 電は、顔を上げる。

 大きく柔らかな瞳は、真っ直ぐに前に向いていて。

 重圧で挫けそうになる。きっと、身体も震えているだろう。

 ――それでも、退けないのだ。

 

「お願い、しますっ……!46cm三連装砲をっ、金剛さんにっ……!」

 

 ――身を挺してこの命を救ってくれた【彼女】のために。

 上手く口が回らない。言葉が紡ぎだせない。

 ……でも、止めない。

 

「この先、電達は……金剛さんに、いっぱい、背負わせてしまうのです……」

 

 弛まぬ鍛錬を積み、幾多の実戦を乗り越えてきた第六駆逐隊。

 その実力については疑いの余地は無い。

 ……それでも、駆逐艦という艦種故の弱点――低火力・低耐久力については克服しきれない。

 そんな彼女達が、この先増々激しくなっていくであろう戦いを乗り越えていくには、戦艦である【彼女】――金剛の力が不可欠だ。

 艦隊唯一の大型艦。

 それは、つまり。深海棲艦との通常の会敵海戦の際には、【彼女】1人に頼り切りになるということで。

 艦隊の、鎮守府の命運を、ただ1人で背負う――それは一体、どれほどの重圧と負担になるのか。

 

「……金剛さんは……」

 

 そんな【彼女】を、自分達は否が応でも矢面に立たせることになる。

 敵への攻撃の要になる――それは同時に、敵からの攻撃の最優先標的になることを意味している。

 計り知れない責任を負い、敵の刃に身を晒して――

 ……けれど。【彼女】は、何一つ不満を見せずに受け入れるのだろう。

 何故なら――

 

「金剛さんは……あのヒトは、優しいからっ……!」

 

 ――そう。

 柔らかな眼差しも、暖かな言葉も持たない【彼女】。

 だけど――【彼女】は、誰よりも何よりも優しいから。

 

 そんな【彼女】に対して、自分ができることは殆ど無い。

 だから、せめて少しでも楽になるように。

 

「お願いします、なのですっ……!金剛さんに、46cm三連装砲を……!」

 

 感情の制御が効かず、いつしか電の大きな瞳からは涙が伝いだす。

 理を以て語り合うべき場に情を持ち込むことがどれだけ妨げになってしまうのか、電とて解っている。

 ……それでも、言いたかった。言わずにはいられなかったのだ。

 

「……む……」

 

 決死の電の嘆願に、今度は長門が押し黙る。

 強者であることは認めていたが、消極的な電がここまで正面から相対してくるとは……

 そこに込められた気迫は、とても真摯なもので――

 

「とりあえず、一息入れよう」

 

 空気を解すように、袴富士少将が口を挟んだ。

 

「君達の気持ちは十分に解った。こちらとしても検討したい。そのために、少しだけ席を外しても構わないかい?」

 

「ええ。ご厚意、感謝致します」

 

 彼らが席を外すことで、この応接室には青年提督と第六駆逐隊のみが残されることになる。

 そうやって、5人だけの場を提供してくれたのだ。

 その配慮に青年提督は頭を下げる。

 それに小さく頷くと、袴富士少将は明石と長門を伴って席を立ち、扉を開いて出て行った。

 足音が小さくなってゆき、やがて聞こえなくなる。

 そうして、部屋に訪れる静寂。

 

「……あ、あの……」

 

 それを破ったのは、電だった。

 先程の威勢が嘘のように身体を縮こまらせて。

 

「……ごめんなさい、なのです。口を挟んじゃって……お話を滅茶苦茶にしちゃって……」

 

 本来の内向的な性格故に責任を感じているのか、視線を下に向け、目を不安で揺らして。

 

 青年提督は腰を屈め、そんな電と向かい合う。

 

「……電」

 

 呼び掛けに、電は体を震わせた。叱責への恐れと、申し訳なさで。

 ――そんな彼女の頭に、そっと硬い感触が乗せられた。

 

「……え?」

 

 電が顔を上げれば、青年提督の手が頭に乗せられていて。

 彼が今浮かべている表情と同じように、労わるように撫でてくれる。

 優しげな視線を電の目線に合わせ、青年提督は口を開く。

 

「――ありがとう。よく言ってくれたね」

 

 そこに込められたのは、温もりに包まれた誇らしさと嬉しさ。

 仲間のために懸命になった電を、青年提督は心底、誇りに思っている。

 己自身に負けず、この場にいない仲間への情を胸に、思いを出す――そんな勇気を持つ電のことを。

 

 そして、それは3人の姉も同様。

 

「何を謝ることがあるんだい?」

 

「……響お姉ちゃん……」

 

 静かな次姉の言葉には、末妹への誇らしさが宿っていて。

 

「電も一人前のレディーとして成長してるのね。まあ、まだ暁には及ばないけど!」

 

「いっつもさっきぐらい元気だと良いんだけどね~」

 

「暁お姉ちゃん……雷お姉ちゃん……」

 

 茶化すような長姉と三姉にしても、それは同じ。

 

「司令官さん……お姉ちゃん……っ」

 

 周りからの温情に、電の涙腺は再び緩んで。

 

「さてと。ここいらで金剛に連絡をとってみようか」

 

 電が決壊する前に、青年提督は話を進めた。

 懐から通信端末を取り出し、鎮守府へと繋げる。

 ある程度の時間毎に、確認通信を入れることになっているからだ。

 ……とはいっても【彼女】は喋れないので、もっぱら電文か、または【彼女】の息遣いを感じつつ此方が一方的に話す形になるが。

 それでも、精神的に疲労した電のケアにはなるだろう。

 簡単な確認が取れたら、電に通信を代わってもらおうか。

 そう思い、回線を開こうとして。

 

「……え?」

 

 青年提督は、表情を凍らせる。

 端末から聞こえてくるべき電子音は発されず、耳に入ってくるのは歪で耳障りな音ばかり。

 

「(……繋がらない?)」

 

 交信の設定を間違えたのかと思い確認するも、そんなことはあろうはずもなく。

 理解の範疇外の出来事に、思考が固まり、首筋が焦りで汗ばんでいく。

 

「(どういうことだ……!?)」

 

「――司令官」

 

 その様子から、予想外の事態が発生したことを悟ったのだろう。

 第六駆逐隊の4人が、憂慮の色を表情に浮かべていて。

 その中でも沈着な響が問い掛けてくる。

 

「どうか、したのかい?」

 

 とは言え、響の声音にも憂患が滲み出ている。

 

「――いや……」

 

 事実を伝えれば、著しい不安を4人に植え付けることになる。

 かといって、誤魔化すなどということは断じてできない。

 なら、どう伝えるべきなのか?

 

 ……青年提督がその答えを出す前に、事態が動いた。

 

 応接室の向こうから、ドタバタという慌ただしい音が聞こえてくる。

 床版を踏み抜くような音に、青年提督は訝しげに視線を向けた。

 その目線の先――応接室の瀟洒なドアが、勢いよく押し開かれる。

 

 そこには、つい先程出て行ったはずの袴富士少将の姿があって。

 しかし、その姿は明らかに普通ではない。

 大粒の汗を額に浮かべ、荒い息を吐き、肩を大きく上下させている。

 きっと、全力で走ってきたのだろう。……何かを、自分達に伝えるために。

 それが緊急性に満ちたものであろうことは、少将の様子をみれば一目瞭然だ。

 

「(一体、何が……)」

 

 問い掛けようとした矢先、ふと、青年提督の脳裏に先程のことが甦る。

 46cm三連装砲のことについての要望を述べる前。

 気のせいであるとして切り捨てた、あの感覚。

 

「(……まさ、か……?)」

 

 青年提督の体に、悪寒が奔った。

 

「……今。こちらへ帰還中の遠征艦隊から連絡があった……」

 

 そして。袴富士少将から放たれた言葉は、その悪寒を決定付けるもので。

 

「――君達の鎮守府へと向かう所属不明の艦影が、複数見受けられたということだ」

 

 そう。

 青年提督の感じた[虫の知らせ]は、的中してしまったのだ――

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 降り始めた雨は瞬く間に本降りになり、吹き荒れる風が高波を巻き上げる。

 そんな悪天候のせいで暗くなっている海上に浮かぶ、1隻の艦影。

 いくらか老朽化が目立つ小型の艦船。それは、鎮守府内に備え付けられた避難艇だった。

 今、その船内には、鎮守府内の全妖精達が乗り込んでいる。

 その全員が揃っているかどうか確認するのは、リーダーである妖精の役割だった。

 

 ……それにしても。

 作業のかたわら、リーダー妖精は、思わず憂いの溜息を吐いた。

 もしもの時のために鎮守府に設置されていた避難艇だが、まさか実際に使う日が来てしまうとは……

 改めて直面している事態の深刻さを痛感しつつ、人数確認のための点呼を取る。

 ――欠員は、無し。

 通信の結果、その事実を確かめると僅かながら安堵の息を吐きかけて……それを呑み込む。

 こんなところで安心している場合では無い。

 無事に現状況を乗り切れるのか、重要なのはここからなのだ。

 その為に不可欠となってくる存在が、【彼女】。

 ……なのだが。

 リーダー妖精は、視界を転じた。

 海には豪雨と強風が荒れ狂い、空には一面を覆う黒雲から雷鳴が轟く。

 ――そんな中に、【彼女】は居た。

 身を竦めてしまずにはいられない自然の暴威の真っ只中に身を置き。

 鎮守府に得体の知れない異変が迫りつつあるという現状況に際しながらも。

 それでもなお、微塵の動揺も見せない。

 展開した艦上に何も語らぬままに立ち続けるその姿に……自分達とは全く違う存在であるということが改めて浮き彫りになった。

【彼女】は、異質なのだ。

 

 その【彼女】が先程から顔を向けているのは――先刻まで自分達が居た場所である鎮守府。

 一体何を思っているのか、何を考えているのか……微動だにしないその姿からは何も読み取れない。

 その様子に、苛立ちが募ってゆく。

 こんな時だというのに全く動かないとは、どういうつもりなのだろうか。

 自分達に指示を出したのは他ならぬ【彼女】であるのに、だ。

 

 ――[各員、避難艇に搭乗]――

[総員退避]という指示が記された後に、別の紙に続けて書かれたその文字に従い、こうして避難艇に乗り込んで海上に出たというのに……肝心の【彼女】自身が、動かない。

 

 そんな状況に、精神が膨れ上がって暴発してしまいそうで。

 けれど、それをリーダー妖精はすんでのところで抑えた。

 とりあえず、落ち着こう。

 このような不透明かつ危機的な局面では、少しでも冷静な判断力が必要になる。

 気を取り直すべく大きく深呼吸して――

 

 ――次の瞬間。

 大気が、引き千切られた。吐き出した吐息が溶ける間もなく。

 前触れも無く突如として轟いた轟音によって。

 

 鼓膜を震わせる衝撃。掻き乱された空間。

 響き渡る爆音に身を竦ませながらも、リーダー妖精は弾かれたように顔を動かす。

 この事態を引き起こした発生源へと。

 身体の内部まで攪拌されるかのような大音響と、波打つ空気。

 ……これほどのエネルギーを発することのできる存在など――この場には1人しかいない。

 

 顔を移動させた、その先。

 ――果たして、リーダー妖精の推察を裏付けるような光景が飛び込んできた。

 

 豪雨と雷鳴が轟く海上に浮かぶ、【彼女】の巨大な艦影。

 その前部に備えられた大口径の主砲の1門が、今は上方を向いていて。

 黒々と広がる砲口からは、焦げた熱気を漂わせる硝煙が立ち昇っている。

 ――それは砲撃が実行されたということであり。そして、放たれたのは只の砲弾ではない。

 上空に向けられた砲口の先には、雲に包まれた暗雲を背にして鮮やかに花開く彩色光。

 荒れ狂う暴風雨の中であっても鮮明に煌めくその光の明滅は、自らの存在を一際に誇示している。

 それは破壊を目的とした通常弾ではなく、自らの位置を外部に知らせるための特殊弾――信号弾だ。

 目に映ったその一連の光景を、リーダー妖精は呆然とした面持ちで眺める。

 ――【彼女】が、宙に向かって信号弾を撃ち上げたという、その事実を。

 

(なんてことを……!)

【彼女】の信じられない行動に、リーダー妖精は愕然とする。

 信号弾は、己の存在を第三者に遠くからでも把握してもらうための手段だ。

 そのため、目に付きやすいような配色が成されたりというような工夫が用いられている。

 ましてや戦艦の主砲弾を用いたものなら規模も効果も桁違いであり、【彼女】の放った信号弾は、水平線の向こうからでも見た者に余すところなく此方の存在と場所を教えるだろう。

 

 ……そう。今この瞬間にも、この場所に迫っているであろう[異変]に対して。

 

 付近に友軍もおらず、近海域に警邏中の艦隊もいないこの状況下。

 先程の信号弾を観測できる位置に居るのは、そいつらだけだろう。

 加えて、【彼女】が撃ち上げた方角にも問題がある。

【彼女】の主砲砲口が向いているのは、自分達が避難すべき方向である後方の味方勢力圏とは全くの真逆――つまり、[異変]が来襲するであろう方角に向けられている。

 わざわざ、相手が近付いてくる方に向かって信号弾を撃ち上げる……これでは、発見してくれと言っているようなものだ。

 それが味方に対してのものならば良い。

 だが、間違いなく味方ではないであろう相手に対してのこの行為は――自ら危険を引き寄せる自殺行為にしか思えない。

 

 息を1つ大きく吸い込むと、リーダー妖精は操舵手に指示して避難艇を動かした。

 ……海上に実体化している【彼女】の船体へと近付けさせるように。

【彼女】に対しては極力、近寄らないようにしているが……今は、そんなことを言っている場合では無い。

 ――問いたださなくては。

 自分達をこのような状況に置いておいて、一方で自身は沈黙したままで。

 その上、無謀ですらない信号弾の発射。

 ……どんな目的があってこんな行動をとっているのか、その意図を。

 

【彼女】の船体の横に、避難艇が寄せられた。

 それを確認するとリーダー妖精は艇外に出て、そちらへと移り、歩を進める。

 目指すのは甲板上に居る【彼女】のところだ。

 その意図を、確かめるために。

 ……もっとも。

 異次元の存在である【彼女】を相手にしたところで、何も得られるものはないだろう。

【彼女】には、自分達の言葉は届かないのだから。

 自嘲ともつかない力無い表情を浮かべたリーダー妖精は、甲板へと足を踏み入れ、背を向けている【彼女】の後ろから回り込んで――

 

 ――【彼女】は直立して腕を組み。その眼は、閉じられていた。

 瞑想しているかのような、静謐なる様。

 

 こんな悪天候・悪条件の中でも聳え続けるその姿に、思わず言葉を失う。

 ――そんなリーダー妖精の気配にとうに気付いていたのか、【彼女】は、ゆっくりと開けた目を向ける。

 こちらへと据えられた、がらんどうの両目。

 何の輝きも宿していないその瞳孔が……次の瞬間、一気に接近してきた。

【彼女】が身を屈めて近付いてきたことにより、距離が縮まったのだ。

 視界の中に大きく迫る、黒曜石のような【彼女】の瞳。

 

 その生気をまるで感じさせない眼差しに、リーダー妖精の背筋は凍りつく。

 やはり、今まで【彼女】と距離を取っていたのは正しかったのだ。

 近付こうなんて、思うのではなかった。

 ――だって。【彼女】は、こんなにも怖い。

 今まで[距離]という壁を隔てて緩和することのできていた恐怖が、間近で接することによって実感を伴って突き付けられる。

 何も灯していない、その瞳が。

 自分達の持つ感応能力でも全く機微を感知できない、その思考が。

 まるで、底無し沼のように此方を呑み込んでしまいそうで……

 

 心底から湧き上がってくる慄きに耐え切れず、リーダー妖精は顔を背けようとして――

 ――その時、【彼女】が動いた。

【彼女】の首が、左右に振られる。

 小さく、ゆっくりと。

 

(……?)

 

 予想だにしない【彼女】の動きに、リーダー妖精は、逸らそうとした目を止める。

 人形よりもなお作り物めいた眼球と、微塵も読み取れない思念。

【彼女】の所作は、先刻と何一つ変わらない。

 ……だが、一連の動きの中には、見落としてはいけない何かが有るような気がして。

 

 そう思考するリーダー妖精さんを余所に、【彼女】は行動を起こした。

 纏っている巫女服の懐に手を差し入れ、そのまま腕を突き出してくる。

 突然の動作に思わず身を固くさせながら、リーダー妖精は、その腕の先に目をやった。

 白く滑らかな指先に挟まれている、折り畳まれた紙。

 ……どういうことなのか。

 問いかける視線を向けても、【彼女】は黙したまま。

 受け取れ、ということか。

 戸惑うままに【彼女】の指先から紙を受け取り、リーダー妖精は折り目を開いて――

 

(……!)

 

 その眼が、見開かれた。

 そこに書かれていたのは――地図。

 いや、ただの地図では無い。

 達筆な筆跡で書き込まれているのは、この周辺海域の細やかな情報。

 水深・水質・海流等の諸要素が漏れなく記された、航海用の地図――海図とも言うべきものだった。

 手書きでありながら最新機器にも劣らぬ精度で描かれたそれは、【彼女】の非凡さを証明している。

 

 ……だが、リーダー妖精を驚かせたのはそこでは無い。

 この図は、ある地点へと向かう道程が書かれている。

 どれくらいの時間で潮の流れが変わり、どの海流がどんな動きをしているのか――

 それらは全て、目標地点へ如何にして安全・確実に辿り着くかという観点で描き出されたもの。

 その目標地点がどこかについては、言うまでもない。

 青年提督と第六駆逐隊が向かった先であり、自分達がこれから避難しようとしていた場所。

 袴富士少将の治める鎮守府だ。

 そこへ向かうための命綱とも言える、この1枚の海図。

 ……ここで、それを自分に託すということは……

 リーダー妖精は、【彼女】へと目を向ける。

 呆然とした視線に返されたのは……僅かな、けれどしっかりとした頷き。

 何も浮かべぬ眼。何も語らぬ口。

 ――けれど今、それらは言語よりも雄弁に語っていた。

 

 ――【彼女】は、ここに残るつもりなのだ。自分達を先に行かせて、1人だけで――

 

 そんなことをする必要は無い。それより、一刻も早く退避行動に移れば良い。

 それこそが最も合理的であり、理に適った行動だ。

 ……だが、リーダー妖精は考えを止める。

 早急な退避。それは本当に可能なのか?

 自分達が異変を捕捉したのはつい先程。

 つまり、それまでの間に相手には十分すぎるほど時間があったわけで。

 その間に、想像以上に此方との距離を詰めている恐れが高い。

 もし相手に高速艦や航空戦力が存在したら、途中で追い付かれてしまう可能性もある。

 ――それでも【彼女】なら何とかなるだろう。

 平均以上の防御力と高い速力を兼ね備えた船体は、生半可なことでは沈まない。

 捕捉されて攻撃を受けたとしても、振り切れる公算が大きい。

 

 だから、【彼女】は早急に撤退行動に入るべきだ。

 ……なのに、【彼女】はそうしない。

 その理由を示しているのは、2つの疑問点。

 

 何故、自分達を自らの船体ではなく、避難艇に乗せたのか。

 どうして、信号弾を撃ち上げたりなどしたのか。

 

 自分達を乗せなかったのは、足手纏いになるから?

 それなら、最初から何の指示も出さずに自分達を置いて逃げれば良い。

 囮にしたいから?

 そうなら、1枚きりの避難場所への詳細な海図を渡す必要など無い。

 ……だったら、別行動を取ろうとした目的は……

 

 そして、愚行としか思えない、先程の信号弾の発射。

 その軌跡は、【彼女】の位置を相手に知らしめてしまっただろう。

 それを元にして、相手は殺到してくる。

 目的地――この鎮守府の防衛戦力である【彼女】を無力化するために。

 その間、相手の耳目は【彼女】に集中し、他の事項への注意力は低下する。

 ……仮に。小型艦艇である避難艇が先に離脱していたとしても、気が付くかどうか。

 例え気が付いたとしても、直ぐに索敵の手を回す余裕は無いだろう。

 

 これらのことから導き出される答えに思い至り、リーダー妖精は愕然とする。

 少し前までの自分なら、そんなことは在り得ないと一笑に付していただろう答え。

 だが、そう考えれば色々と辻褄が合うのだ。

 

 自らの船体では無く、避難艇に乗るように指示したのは、自分達――妖精全員が戦火に巻き込まれないように安全を確保し、無事に逃がすため。

 自らの船体に乗せないのも、そのため。

 もし自分達が搭乗していた場合、敵に追撃された際の銃砲撃で犠牲者がでるのは確実。

 それを、避けたかったから。

 信号弾を撃ち上げたのは、迫りくる相手を自らに引き付けるため。

 

 ――【彼女】は……自らが囮となり、自分達を落ち延びさせようとしているのだ――

 

 ……都合の良すぎる考えだろうか?

 微動だにしない【彼女】の表情からは何も窺えず、喋らぬ口は何も語ってはくれない。

 こうして相対している今でも、感応能力を使っても何も感じ取れない。

 

 …けれど。こちらに一直線に向けられた目線は、偽りの無い真摯さが籠っている。

 それこそが、何よりの証明。

 表情も作れず、言葉にもできず、表にも出せない……けれど懸命な一途さ。

【彼女】は、機械ではなかったのだ。

「異質」ではあるかもしれないが、「異常」ではない。

 自分達が感じ取れないだけで、【彼女】には心があったのだ。

 

 自分達は、お世辞にも【彼女】には優しくなかった。

 露骨に距離を取り、コミュニティから遠ざけて。

 ……そんな自分達のことを、【彼女】は考えてくれていたのか。

 

 ……やっと、繋がった。

 そして。やっと、解った。

 

『【彼女】は、信頼することができる』

 

 ――青年提督と第六駆逐隊が言ってくれていた、その言葉の意味が。

 

 その【彼女】に対してのこれまでの仕打ちを思い返し、リーダー妖精は身体を震わせる。

 自分達は、今まで何という対応をしてきてしまったのか……

 限りない自責の念で、押し潰されてしまいそうで――

 

 そんなリーダー妖精に対して……

【彼女】は何も言わず。ただ、視線と身体を元の位置に戻し、背を向けた。

 それは一見すると、何の気遣いもない冷たい動作に見えるかもしれない。

 ……だが。リーダー妖精は気付いていた。

 それはきっと、無言の配慮。

 こちらが傷付いている時、言葉を掛けたり行動を起こしたりはせず、敢えて何も触れない。

 そういう優しさもあるのだ。

【彼女】が今見せたのは、まさにそれ――形の無い暖かさ。

 鉄面皮の奥に秘めた温もりが、痛いほどに身に染みて――

 こちらへと向けられた物言わぬ背中に、通じぬと解っていながらも思わず声を掛けたくなる。

 謝罪か、或いは感謝か。

 けれど、それをリーダー妖精はぐっと堪えた。

【彼女】は、背を向けたまま一向に振り向く素振りを見せない。

 ……それはきっと、[早く行ってくれ]ということ。

 そこにあるのは、口にせずとも伝わってくる【彼女】からの確かな信頼。

 きっと無事に落ち延びてくれる、と。皆を頼む、と。

 

 留まりたい気持ちはある。

 戦略的に見れば、生き残るべきなのは【彼女】の方なのだ。

 ……けれど。そうやって残っていては、【彼女】の思いを無駄にしてしまう。

 すぐに退避し、目的地である袴富士少将の鎮守府へ行き。

 そこに赴いている青年提督と第六駆逐隊に状況を伝え。

 そして、彼らと共に一刻も早く戻ってくる――それが、自分達にできることだ。

 

 だから、ここで止まっている時間は無い。

 なおも胸中に燻る未練を振り払い、リーダー妖精は身を翻した。

 振り返らずに一直線に避難艇へ向かう。

 ……後ろを見たら、足が止まってしまいそうだから。

 

 転がり込むようにしてリーダー妖精さんは避難艇に戻る。

 ――その船上には、乗員である妖精さん達が顔を揃えていた。

 彼女達の視線は、【彼女】の船体甲板に向けられている。

 恐らくリーダー妖精が【彼女】の元に向かってから、固唾を呑んで今までの遣り取りを見守っていたのだろう彼女達の顔には、今、感情の乱れが浮かび上がっている。

 避難艇から【彼女】の船体甲板まで、ある程度離れているが……これくらいの距離であれば、妖精さんの視力ならそこに立つ人物の一挙手一投足まで見ることができたろう。

 つまり、リーダー妖精とほぼ同様の立場に立つことができたということを意味する。

 だから、彼女には、全員の気持ちが手に取るように解った。

 ――悔恨と、無力感。

 どうして、【彼女】にあんな対応をしてしまったのか。

 なぜ、無機質さの奥深くに隠された温もりに気付かなかったのか。

 そんな後悔と自責で一杯で――

 

 だからこそ、こんなところで止まっている暇は無い。

 自分達はこれまで、【彼女】に対して見るに堪えないような対応をしてきた。

 ……だから、これから先、その愚行を【彼女】に償っていかねばならない。

 ――その為にできるのは、こんなところで自虐に浸ることでは無い。

 自分達が、やるべきことは――

 ……態々言うまでもない。

 妖精さん達は全員が避難艇船体の各場所へと散らばる。己の、成すべきことを成すために。

 

 ――それから、時間を置かずして避難艇が動き始めた。

 船体の向きを変え、舳先を【彼女】とは逆方向に向ける。

 妖精さん達の乱れの無い連携の元で、出航準備は瞬く間に整った。

 そのことを確認すると、リーダー妖精は再び避難艇の船上に出る。

 ……せめて、出発の前に【彼女】の姿を目にしておきたくて。

 そんな彼女に続き、他の妖精さん達も後に続く。

 誰が何を言う訳でもなく。けれど、思うことは共通している。

 ――これから【彼女】が迎えるであろう事態に対して、自分達は何もできない。

 ならば、せめて。出立の前に、姿を納めておくのが最低限の礼儀だと思ったから。

 

 そうして甲板に出た彼女達は、視界に映る情景に目を丸くした。

 本体である巨艦の甲板上で先程まで背を向けていた【彼女】が、今はこちらを向いていて。

 驚いたのは、その動作。

 腕を伸ばし、肘から曲げた先を額の方向に伸ばしていって。

 ――【彼女】は、こちらに敬礼を向けた。

 その敬礼は、ひどく不器用で。

 形だけ真似ただけで細かな所作がまるでなっていない、不格好な動作。

 かっての軍艦を原体とする艦娘ならば誰もが当然のようにできる行為が、【彼女】はできない。

 それは、【彼女】がまっとうな艦娘ではないことを、これ以上ないほどに証明している。

 

 ――それが、どうした。

 そこに、どんな問題があるのか。

 例え動きが拙くとも、籠められた気持ちは痛いほどに伝わってくる。

 ぎこちないながらも、ひたむきに向けてくれた思い遣りが。

 自らが最悪の状況に置かれながらも、こちらに手向けてくれた懇切さ。

 一体、どれだけの強さと優しさがあれば、それだけのことができるのか。

 

 妖精さん達は、全員が敬礼を返す。

 示し合わせたわけでもなく、ただ、気持ちが1つになっていた。

【彼女】の限りない懐の深さを、改めて実感し。

 そうして、思いを新たにする。

 

 ――絶対に、【彼女】を沈めさせたりなどさせない、と。

 

 そのためにも、できることは1つ。一刻も早く此処から離れること。

 残りたいという気持ちを拳を握って堪えると、妖精さん達は機敏な身のこなしで避難艇の各担当場へと就いた。

 彼女達から入力された各操作に従い、機関動力を作動させて身を震わせた避難艇は、一拍の間を置いて勢いよく海上を滑り出す。

 

 船内の妖精さん達は、誰も後ろを振り向かない。

 振り向けかずとも、【彼女】はこちらを見守ってくれているだろうことが解る。

 ……それだけで、十分。

 今は、ただ自分達の成すべきことを――

 

 大切な仲間を救いたい――その思いを乗せて、避難艇はひた走る。

 間に合うことを、必死に祈りながら――

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 




ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。
後書きという名の懺悔につきましては、同時投稿のもう一話の後に述べさせて頂きます。

……ただ、この先は……地獄デスヨ……覚悟はデキテマスカ?
ワタシは……デキテナイデス!


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9 ちんじゅふぼうえいせん・じょ

イインデスカ……?
コノサキノ、地獄ノフタヲアケテモ……?
モドルナラ、イマノウチデスヨ……?

何やっちゃってんの?な10話目投稿。
ハラキリどころかウチクビじゃね?ですね。
※かなり長めです。疲れたり、気分を悪くされてしまいましたら無理せずお戻り下さい
 また、今回は全文おバカ文ですので、特にご注意ください。

※H26.9.28に誤字修正しました。ご指摘、ありがとうございました。


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 ないすとぅーみーちゅー。

 世界で生きていくことができているのは、他者との繋がりがあるからなのさ!と思っている金剛(の偽物)デ~ス。

 

 ……その繋がりが変な方に向かっちゃうと、今の俺みたいになっちゃいますけどね……

 今の状態ですか?

 えー、物凄く簡単に言ってしまえば……

 

 一緒に避難しようと思ってたら置いてかれました、なう。

 危険地帯にひとりぼっちです、なう。

 …

 ……

 ………わけがわからないよ(泣)

 

 鎮守府でお留守番。ひとりでできるもん!

 ↓

 バッドイベントへようこそ!孤立無援の撤退戦だぁ!

 

 ――という急転直下の事態に突き落された時点でも、いっぱいいっぱいなのに。

 その上、さらにこの仕打ち……俺のガラスのハートは砕けそうです。

 こういう時、まっとうな主人公なら最後まで諦めないものなんだろう。

 ――抗え、最後まで――……ってね。

 まあ、俺は主人公とは程遠い凡人ですが、それでも非才なりに足掻いてみましたよ。

 ……でもね、それでこんな結末を迎えるとか……

 ――抗った結果がコレだよ!――であります。

 現実なんて非情です。

 主人公補正を持ってる人には、それが判らんのです!

 ……とりあえず、落ち着くために今までの経緯を思い返してみるとしよう。

 

 

 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 突如として降り掛かってきた、鎮守府に何者かが迫っているやもしれないという緊急事態。

 対応策として[とっとと逃げようZE☆]作戦を発動したはいいが、妖精さん達にはどうしてもらうべきか?

 俺の船体に乗ってもらうのが一番手っ取り早いんだろうけど、それだと被害を受けた時に巻き添え確定。

 ぶっちゃけ、現状況から考えて追い付かれる恐れは十分すぎる以上にあると思う。

 こっちが異常に気付くまでに、相手には相当な時間があっただろうしな。

 想像以上に距離を詰めてるかもしらん。

 金剛さんボディは確かに高速だけど、それはあくまで戦艦という枠の中での話。

 相手に快速艦がいたら振り切るのは厳しいし。

 ましてや飛行機でもいようもんなら、どう足掻いても逃げ切れないだろう。

 こんな悪天候の中で飛行機を飛ばすなんて、普通だと在り得ないんだけど……相手が相手だからなあ……

 相手――まあ間違いなく深海棲艦だろうけど。

 ゲーム上だと、ヲ級フラグシップとかは夜戦で航空戦仕掛けてくるからなあ……

 そんな奴等のことだ、こんな暴風雨の中でも艦上機を飛ばしてくると見ておいた方が良い。

 そうなると、追い付かれて攻撃を喰らう。

 その時、妖精さんが乗ってたら……残念だが、犠牲が出ちゃうだろうな。

 そんな事態は避けたい。という訳で俺に乗ってもらうのは却下。

 だったらどうすんのさってことで、無い頭を振り絞って考えたのがコチラ!

 

 ――俺の船体に乗ってもらうのが危ないなら、別の船に乗ってもらえば良いじゃない?―

 

 という訳で、鎮守府に設置してた妖精さん用の避難艇に搭乗してもらったのです。

 喋れないし意志疎通もできないので、紙に書いて見てもらいまして。

 こういう時に僅かでも自分の気持ちを書き添えることができたなら、妖精さん達からの疎外感も多少は薄れると思うのだけど……

 無理です。事務的なことしか書けないというステキ仕様は外せません。

 ……しょうがないよね。

 自分の気持ちを表せない――そんなシャイシャイなのが鉄面皮金剛さんだもの。

 ……でも、そのせいで妖精さん達からは距離を置かれる一方です。

 用件を機械的に伝えられるだけとか…そんな相手と近付きたいとは思わないよね……

 

 この金剛さんボディが気に入らないとか、そういうんじゃないんだ。

 ヘタレの俺が戦場という地獄を生き延びたのは、憑代である金剛さんのおかげ。

 潜水艦との戦いの後に鎮守府内で行われた簡単な練習航海と模擬演習では、申し分ない結果を残した。

 数々の書類を苦も無く片付けてしまうのだから、秘書艦としても優秀。

 つまり彼女は、ほぼ万能であるわけで。

 その能力は、この緊急事態にも遺憾なく発揮されてるのデス。

 

 例えば、今、懐にある地図……海図と言ったほうがいいかな。

 つい先程、妖精さん達が避難艇に乗ってる最中に、「避難場所まで楽に行ければな~」って思って書いたんですが……

 我ながら鳥肌の立つ出来。まるで機械が書いたみたいだわ。

 当然のごとく、俺の力じゃありません。

 ここまでのモノを作るには、正確なデータと確かな技術が必要だけど……俺に、んなことできるわきゃあない。

 データ?

 近くの海域についての資料が鎮守府資料室にあったので、時間のある時に暇潰しとして目を通したけど……チンプンカンプンで飛ばし読みしましたよ。

 技術?

 海図のことなんて、何一つワカリマセ~ン。

 

 なのに、できました。こう、腕が自然と動いてですね。

 ざっくり言ってしまえば――神様仏様金剛様!

 俺の意志を読み取って、体を動かしてくれたってことなんだろう。

 こちらの希望を、こうもあっさりと叶えてくれるとか……超有名な、某・青いネコタイプのロボットを彷彿とさせるな。

 とっても大好き 金剛さん♪

 こんな素敵ボディに憑いてるのが、へなちょこな俺なんて……

 ……よく考えるまでもなく、「豚に真珠ってレベルじゃねーぞ!」てことで。

 我が肉体ながら、頭が上がりません。

 文武両道のスーパーフェクトボディに文句を付けることなんて、できません。

 ……ただね。その能力のホンの僅かでいいからコミュ方面に振ってほしかったかな~、とね。

 

 まあ、とにかく。

 その海図を懐に入れた状態で、鎮守府の外に本体を実体化させて居るわけですが。

 しっかし、凄い嵐だわ。内心ブルブル。

 これからこの荒天の中を突っ切らねばならないという不安感と、そんな中で見えざる敵が忍び寄っているという恐怖感。

 そんなダブルパンチで、ノックアウト寸前です。

 こんなとこに長居は無用。

 あとはとっととスタコラサッサだぜー……というところなんだが。

 

 ――ここで俺の(しょうもない)特殊能力、《優柔不断》が発動!

 

 いや、あのですね。

 逃げたいのはヤマヤマなんすけど……

 ここで逃げたら、イケメン君の立場が悪くならね?

 

 ――べ、別にアイツのことなんて心配してないんだからねっ!

 …

 ……コホン。冗談はここまでにして。

 マジメな話、奴の立場が悪くなると困る。

 戦略的に見れば、ここで撤退するのは妥当な手段だろうと思う。

 何しろ、ここは辺境最前線の貧乏鎮守府だ。防備など整っておらず、できることと言えば威嚇が精々。

 そんな状態で未知の存在を相手にするのは、余りにも分が悪い。

 軍事行動においては、余計な損害を避けることも肝要なこと。

 故に、ここで退くのは間違っていない!

 ……お前はビビッて逃げようとしてるだけだって?それは言わないお約束デス。

 

 で、だ。

 理由はともあれ、ここでの退却は悪手ではないと思うんだけれども……問題がある。

 組織というのは体裁を重視するものであり、軍という存在においては特にそれは顕著だ。

 そんな彼らにとって、今回の俺の決断によって齎される結果――人類防衛の象徴でもある鎮守府の失陥――を、受け入れられるだろうか。

 大局的面で見れば間違っていない、とか。

 或いは、こんなちっぽけな鎮守府が陥落したくらいで、とか。

 その他諸々、合理的に見れば妥当性のある選択であり、軍事に縁のある者なら誰でも察することができるはずだ。

 ……だけど。

「鎮守府を守れなかった」という結果が残ってしまうのは避けられず。

 そして、イケメン君を煙たがってる爺共はそのことに噛み付いてくるかもしれない。

 鎮守府撤退⇒落城という結果を生み出すのは、俺の決断によるものであり。

 艦娘である俺の決断の責任は、その主の提督であるイケメン君に帰結する。

 元帥――あの爺共を始めとした首脳部から睨まれているウチのイケメン君の立場は誠に弱いわけで。

 責任を糾弾され、排斥されてしまうかもしれない。

 そんなことが起きてしまったら……そんなことになってしまったら……

 

 ――俺がヤヴァイじゃないですかぁぁぁ!

 まず何と言ってもヤバイのが、第六駆逐隊の皆と引き裂かれて離ればなれになってしまう可能性があることだ。

 この地上に降臨した天使であり、宝でもある彼女達と別れ別れになるとか……そんなの、ロリコンとして耐えられないっ!

 …

 ……オホン。

 で、もう1つが俺の将来である。

 イケメン君排除⇒さあ、所属先を失った俺の未来は?

 ①大本営に連れ戻される

 ②別の提督の元に配置される

 ……うぼあ。どっちでも嫌な予感しかしない。

 ①⇒即刻抑留されてお縄付き。または、なんらかの非道な実験台として捧げられる。

 ②⇒こんな俺をまっとうに運用しようとする酔狂な提督なんて、イケメン君ぐらいだろ。

  他の提督だったら、最初から撃沈されることを目的とした捨て艦として弾除けとして使われちゃったりとか……

 …

 ……うわあ……どう転んでも碌なことになりゃしない予感がひしひしと。

 退くも地獄。残るも地獄。一体、どうすれば……。

 とまあ、そんなこんなで鎮守府を見ながら悶々とすること幾刻か。

 下した結論は……っ!

 

 ――うん、やっぱ逃げよ。

 

 人間(今は艦娘だけど)、命あっての物種だよね!

 ひょっとしたら、艦隊という単位で括られた第六駆逐隊の皆とは離されないかもしれないし。

 大本営でもいきなり処分はされないだろうし、イケメン君以外に酔狂な提督だっているかもしれない。

 ……全部、何の根拠も無い現実逃避ですけどね。

 ま、生きてりゃ何とかなるもんさ。

 …

 ……まあ、その。

 イケメン君がどうなるかは……少しだけ、ほんの少しだけ気になるけど……

 

 ――そんな雑念に囚われていたのがいけなかったのか、俺は次の瞬間にとんでもないポカをやらかした。

 

 ――嵐の中に突然響いた轟音。

 最初に聞いた時、それが何処から発されたものか解らなかった。

 え、何?この馬鹿でかい音は?

 もしかして、もう奴等が攻め寄せてきたのか?

 それとも、避難艇か鎮守府内での事故か?

 ……ん?この焦げ臭い匂いは……砲撃残滓による匂い?

 はて、いやに近くから漂ってくるような?

 具体的に言うと、俺の船体前部の主砲辺りから。

 さてさて、そこから匂ってくるということは……

 …

 ……

 ………犯人、俺だったァ!?

 

 結論:しょうもないことで悩んで集中力を欠いてたら、何か砲撃しちゃってました、まる。

 

 あることで悩む余り、他の事象への注意力が疎かになってしまうというのは誰でもあることだと思う。

 考え込んでいたせいで目の前に迫っている物に気付かなかったとか、人に呼ばれているのに気づかなかったりといったような、動作の掛け違い。

 今の俺の場合だと……集中してなかったせいで砲塔制御を怠り、無意識下で砲撃しちゃった、と。そういうことか。

 簡単に言えば――悩んでいるうちに、弾みで主砲発砲してました、ごめんちゃい♪

 …

 ……

 おいぃぃ!?何やっちゃってんの俺!?

 ごめんちゃい♪で済む問題じゃねーし!

 戦力不明の敵がどこからか迫ってる時に、意味も無く一発かますとか……馬鹿なの死ぬの!?

 しかも、である。これ、ただの砲撃じゃないんだよなあ……

 上を見上げれば、分厚い黒雲で覆われた上空に瞬いている鮮やかな光。

 …

 ……

[わあ~、きれい!あんなに光ってるんだったら、水平線の向こうからでも存在が判るね!]

[ええ、そうよ。これこそが特製砲弾[信号弾(戦艦主砲弾型)]よ。戦艦の主砲弾で作り上げた信号弾だから、規模も効果も桁違いなの]

[すごいんだねえ。でもおねえさん、ここに向かってる誰かにも判っちゃうんじゃない?]

[完全にバレるでしょうね。避難中に味方に早く見つけてもらうために撃とうと1発だけ装填しておいたみたいだけれど……それをこのタイミングで、しかも敵が来る方に向かって撃ってしまうなんて……]

[いみがまったくないっていうことだね!]

[そうね、簡単に言うなら――『きみはじつにばかだな』というところね]

[ふ~ん、すっごいおバカさんなんだね!]

 ……

 …

 思わず1人脳内寸劇を繰り広げてしまいましたよ、うふふのふ。

 特別製の信号弾をこのタイミングで撃っちゃうとか……アホここに極まれり。

 ――って他人事みたいに暢気に考えてる場合じゃねぇぇ!

 どうしよどうしよ!?

 と、とりあえず気を静めよう。目を閉じて~、気持ちを楽にして~……

 …

 ……無理っす。

 こんな状況下で精神を静めるなんて、ビビリの俺にできるわきゃあない。

 むしろ、不安やら何やらがどんどん積み上がってきてテンパりそうである。

 少しはリラックスできたらな~と思ったから、目を閉じて瞑想の真似事をしてみたんだが……俺に、そんな精神的成熟性は無かった。

 むしろ視界を閉ざしたせいで、心許なさが増大しているような……

 ええい、ヤメヤメ!とにかく、もう一度考えを整理しよう。

 そう思って目を開け、状況を確認しようと視線を動かしたら。

 

 そこには、小さな身体とつぶら(?)な瞳を持った、小さな童女が居た。

 

 ちょっ!?妖精さん、いつからそこに居たんですか!?

 ビビった、マジでビビった。気配なんて全く感じられなかったからね。

 腰が抜けるかと思ったい。

 金剛さんボディだから、そういった動揺は毛ほども表れなかったけど。

 まったく。せめて声くらい掛けてくれれば……って、妖精さんは喋らないんだった。

 というか、俺が彼女達と交信することができないんだから、意志疎通は無理か。

 そう、妖精さん達との感応能力が無い俺は、彼女達の言葉は解らない。

 ……うん。

 解らない、はず、なんだけど……目は口ほどにものを言うとは、よく言ったもんだ。

 こちらに向けられた妖精さんの目が何を言っているのか、言わずとも解る……

 それ即ち――

 

「てめえ、なんてことしてくれてんじゃ(意訳)」

 

 ってことですよね解ります。

 ワーイ、コトバナンテナクテモ、ココロヲカヨワセルコトハデキルンダー。

 ……い~や~!

 よ、妖精さん怒ってらっしゃるぅぅ!?

 って怒って当然ですよねえ!

 避難指示を出した当人である俺がノロノロとしてた挙句、信号弾発射しちゃったんですもんね!

 と、とりあえず謝らないと…!

 え~っと、小学校の頃に習った教訓その2!

 

 ――謝るときは、キチンと相手の目を見て謝りなさい――

 

 これを守らないと!

 っても、妖精さんは小さいから、今はこちらが見下ろす形になっちゃってる。

 これを少しでも解消するためにも、できるだけ近づくべし。

 腰を屈め、妖精さんに目を合わせる。

 口が利けないのだから、せめて動作で誠意を示さないと……って、あれ?

 ……妖精さん、表情が少し硬くなってません?……もしかして……

 ちょ、「お前なんて絶対に許さない」ってことすか!?

 やばい、ここで妖精さんに臍を曲げられたら非常に不味い。

 妖精さん達は、艦娘の武器弾薬の補給から船体の修理・整備までを一手にこなしている。

 今は艦娘である俺にとっては、生命線そのものと言っていい。

 そんな彼女達と不仲になって、手抜き整備とかされたら……!

 か、勘弁してください!わざとじゃないんです!

 ええい、こんなときに謝罪の言葉1つ出すことすら叶わないとはっ……!

 今だけは恨みますよ、金剛さん!

 ど、どうするどうする?なにか、他の手は……!

 

 …

 ……

 後から冷静に考えれば、単純に頭を下げりゃよかったんじゃないかと思う。

 けど、この時の俺は混乱するばかりで。そんな当たり前の手が思いつかなかったんだ。

 ……

 …

 と、とにかくわざとじゃないってことだけは、解ってもらわないと!

 故意にやったんじゃないんです!こんなつもり無かったんです!

 そんな必死な思いを、何とか体の動きだけで伝えようとして。

 

 ――結果:鉄仮面金剛さんには、勝てなかったよ……

 

 元の身体であったら、口から泡を飛ばして喚き立てていたであろう弁明。

 ……けれど、この金剛さんボディでできたのは、小さく首を振ることだけだった。

 金剛さん。ああ、金剛さん。

 何でも出来る貴女様を、俺は尊敬しているし、心から感謝もしております。

 ……けれど何故、感情に類することだけは、こんなにポンコツになってしまうのですか?

「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす」という言葉がありますが、貴女様は俺を〈ボッチ〉という名の孤独地獄へと突き落とすつもりですか?

 

[ボディーランゲージで解ってもらおう作戦]は失敗!

 とりあえず、このままではアカンな。……ならば次なる手を打つまでよ!

 名付けて――[他のことでごまかしちゃおう作戦]!

 巫女服の懐に仕舞っておいた手作り海図を取り出し、妖精さんの前に突き出す。

 

 妖精さん、あなたが怒るのは良く解る。でも……よく考えて、今の状況を。

 そう、今は時間を無駄にしてる場合じゃないよ!早く逃げることが先だ!

 手を取り合って、この場を乗り切ろうじゃないか。

 そのための証として、一時的にこの海図を預けるから。支度を存分に整えてくれ。

 さあ、一緒にこの局面を乗り越えよう!

 

 ――このように、別の問題提起をすることで、相手の思考をそちらに向けるという高等技術――それが[他のことでごまかしちゃおう作戦]なのです!

 ……え?時間を無駄にさせる要因を作ったのは他ならぬお前じゃないかって?

 フ。それを言っちゃあ、おしめえよ。

 ……うん、まじでオシマイです。その突っ込みされたら撃沈不可避です。

 でも、こうでもして誤魔化さないと……!

 や、やましいところなんて、なんもありませんよ~。誤魔化そうなんてしてませんよ~。

 早く逃げなきゃと思ってるだけですよ~。

 そんな内心の動揺を悟られないように、一心に妖精さんに視線を注ぎ。

 威厳を保つために、小さく頷いたりもしてみる。

 こういう時には、金剛さんの能面フェイスが役に立つなあ。

 これだけの無表情なら、内心を悟られることはまずあるまい!

 ……ってアレ?妖精さん、身体震わせてどうしたんですか?

 どこかお具合でも……って、まさか!?

 ――(俺の内心が)バレタ?

 

 ……肉体の反応というのは正直なものだ。

 抱いた思考や精神状態を、時として言葉以上に明確に伝えることもある。

 まさに、今の妖精さんの姿のように。

 今の姿を見れば、会話を交わさずとも考えていることを察することができる。

 彼女は、何を言いたいのか――それは、ズバリ!

 

「何ふざけたこと言ってんだゴラァ!(意訳)」

 

 ……Deathヨネ~

 Hahaha……って笑ってる場合かい!

 や、やべえ……!身体を震わせるほど、怒ってらっしゃる!?

 妖精さん、感情噴火寸前。激おこぷんぷん丸待ったなし!

 こ、こういう時はどうしたら……!

 えっと、小学校で習った教訓その3!

 

 ――怒られてしまったのなら、しっかりと正面から受け止めなさい――

 …

 ……――ゴメン、ムリ!

 ここまでの直接的な怒りを直視できるほど、俺は人間できてないんです!

 ……自分で言っといてなんだけど、情けないったらありゃしないな。

 恥ずかしいやら、後ろめたいやら……そんな自己嫌悪と居た堪れなさで妖精さんから目を背け、背を向ける。

 はあ……穴があったら入りたいよ。……ここ海だけど。

 とほほ……

 ……って、んん?

 しばらく物思い(笑)に浸ってたら、何やら後ろでエンジン音のような物音が。

 一体何なんだろうか?そう思って振り向いてみたら、妖精さんが……いねえ!?

 あれ、いついなくなったの!?

 ……ただ、本当に驚くところはそこではなかった。

 

 視線の先、海上に浮かんでいる避難艇。

 さっきまでは沈黙していたその船体が、今は動力の唸りを上げつつ身を震わせている。

 その舳先は、俺とは逆の方向――つまり、これから目指す目的地である避難場所の方に向けられていて。

 

 いつ脱出するの?――今でしょ!

 

 い、何時の間にここまでの準備を……

 と、びっくらこいてたら、避難艇の甲板上にわらわらと妖精さん達が上がってきた。

 ちょ、皆さんお揃いとは何事?

 え、何その反応?なんでこっち向いて驚いてるんすか?

 むしろ驚くのは俺の方じゃね?

 一体、何が……?

 

 ……そうか、解ったぞ!

 すっかり整った出発の準備と、甲板に揃った妖精さん。

 つまり――Here We Go! ってことですね!

 ということは、俺のしでかした失態については今は目を瞑ってくれるってことですね、

 ヤター!

 ありがとうございます、ありがとうございます!

 全員で姿を見せたのは「こっちの準備は整ってるんだから早くしろよオラァ(意訳)」ってことですね。

 はい、勿論ですとも!お供させていただきやす!

 

 の前に、不始末を見逃してもらえるんだから、お礼と謝罪を示しておかないと。

 本当なら口に出して言うべきなんだが、それは叶うべくも無い。

 だったら、仕草で代用すべきだな。

 とりあえず敬礼をしておけば、最低限のことは伝わるんじゃないだろうか。

 そう思って動作に移ったが……金剛さんが作動せず。

 た、たのんますよ金剛さん。こういう時ぐらい……と思っても動かないものは仕方が無い。

 うろ覚えで何とかやってみたが……礼儀作法のなってない俺にゃ無理です。

 妖精さん達も敬礼を返してくれたけど、きっと内心「プゲラwww」なんだろうね~

 ほら、みんな踵を返して船の中に戻っていく。

 見るに堪えないほど無様だったんだろうな~……って。

 …

 ……

 え、避難艇のエンジンがもう全開?

 いやいや、こっち準備全然できてないんですが?

 というか、何で誰もこっちの様子を見てくれないんですかね?

 一緒に避難するんだったら歩調を合わせないとダメなんじゃないですかね?

 これじゃあまるで、妖精さん達だけが避難するみたいじゃないすか?

 ――あ、わかった!さっきの俺の失態への意趣返しを込めたジョークですね?

 あははは!もう、妖精さんったらお茶目さん♪本当にびっくりしちゃいましたよ♪

 ははは……

 …

 ……うん、びっくりしたからさ。そろそろ止めてくれないカナ。

 ここまでになると、ちょおっと冗談としては行き過ぎているような……

 反省してます、心から反省してますから。そろそろ勘弁してくれませんか?

 あれ、エンジン音大きくなりましたよ?もしかして動力全開モードに入ってないすか?

 ――って。ありゃりゃ。発進しちゃいましたよ、勢いよく。

 そんなにスピード出しちゃって。どんどん遠ざかっていっちゃうよぉ。

 …

 ……

 ちょっと待ってちょんまげ。これじゃ、本当に俺だけが置き去りに……

 というか……このシチュエーション、戦記物とかの創作物で結構な頻度で見かけるぞ。

 

 ――これって、いわゆる[SU☆TE☆GO☆MA]ってやつじゃね?

 ……もしかして、冗談じゃ、ない?

 さっき全員で返してくれた敬礼は――

 

「せいぜい良い壁になってね♪アバヨ♪(意訳)」

 

 ――ってこと、だったの……?

 …

 ……ちょ、マジすかぁぁぁぁぁぁ!?

 

 などと(内心で)叫ぼうが、動き出してしまった事態が巻き戻せるはずもなく。

 俺はどうすることもできずに、水平線の向こうへ遠ざかる避難艇を呆然と見ているしかなかったのであった。

 

 

 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 ――こうして今に至る。

 ふう……(絶望で)燃え尽きたぜ、真っ白によぅ……

 すぐに避難艇を追いかければ追い付けただろうって?

 ……こんな言葉を聞いたことがあります。

 人の本当の器が試されるのは、窮地に陥った時か、不測の事態に直面した時だと。

 ……何が言いたいか、もうお解りですね?

 そう。パンクした自転車のタイヤの如くスッカスカな俺に、この事態に対処できる臨機応変さなどありゃしません。

 予想の埒外の出来事に、ただ動転し、硬直しているだけで。

 結局、1人こうして取り残されるまで何もできなかったのであります。

 笑っちゃうよね、あっはっはっはっ……はぁ。

 ……これから、どうすんべ。

 今からでも急いで追いかけるべきだろうか?

 でも、海図を妖精さん達に持ってかれちゃったからなあ。

 金剛さんの明晰な頭脳なら、正確なデータを記憶してるとは思うけど……現物が手元に無いと、やっぱり不安だ。

 何より、中身へっぽこぷーの俺が金剛さんの能力を扱いきれる保証が全く無い。

 何の目印も無い大海原。迷子にでもなったら一巻の終わりである。

 ……かと言って、危険地帯である此処に残り続けるなんざ御免だし……

 

 ――などと思考の迷路に入っていた俺は、何気なく顔を反転させた。

 避難方向へと向けていた視線を、真逆である敵が来襲するであろう方角へ。

 理由があったわけじゃなく、ただ本当に何気なくである。

 

 ――ソレは、[虫の知らせ]とでも呼ぶべきだったのかもしれない。

 あるいは、金剛さんボディが何らかの超越的感覚で何かを感じ取ったのか。

 

 視界に広がるのは、分厚く重く垂れ込めた黒雲を背景にして荒れ狂う嵐。

 先程から何ら変わっていない光景。

 ……だけど。そこに紛れ込んだ異物を、この金剛さんボディは見逃さなかった。

 黒い雲の下に浮かぶ、先刻までは無かった1つの黒点。

 艦娘である金剛さんの超人的な視力は、その輪郭をはっきりと捉えている。

 

 その正体は、大気中を滑るかのように飛翔する機械――飛行機だ。

 

 …

 ……って、ちょぉぉぉ!冷静に分析してる場合じゃねぇぇぇ!

 いや、何すかコレ!?何すかコレ!?

 この局面でさらに飛行機とか……馬鹿なの死ぬの!?

 というか、俺に沈めと!?そういうことですか!?

 あの飛行機、飛んできた方向とか諸々の点を考えると、どう考えても敵機な訳で。

 さらにアレ、戦艦や巡洋艦等が載せる水上偵察機や観測機の類じゃない。

 空中を制することを目的とした、空母搭載機だ。

 なんで解ったかって?金剛さんブレインのおかげです。冴え渡る金剛さんの頭脳は、何でも御見通しなのですよ。

 ……そのおかげで、状況が俺にも解りました。

 近付いてきている相手が、航空戦力を有していることが、ね。

 

 空母搭載機が有る

 ↓

 敵には空母戦力が居る=航空戦力が存在する

 ……このことから、厳然たる1つの事実が判明致します。

 それは――

 

 ――金剛(の偽物)は逃げ出した!⇒しかし、まわりこまれてしまった!

 

 ……逃げられないじゃないですか、コレ。

 金剛さんは速いけど、飛行機相手じゃどうやったって追い付かれる。

 むしろ下手に背を向けて逃げ出そうもんなら、後ろから雷爆ズドン!です。

 つまり、逃亡という選択肢が潰されたワケで。

 そうなると残された道は1つしか無い。

 

 ⇒たたかう

 

 …

 ……――ハイ詰んだ!詰みましたよ今!

 諦めが早いって?

 いや、俺だってこんな早々と白旗を掲げたくなんてない。

 大言壮語にしか聞こえないだろうが、今の俺なら大概の事態は乗り越えられると思う。

 何故なら――

 

 今の俺は阿修羅すら凌駕する存在だからさ!

 

 …と言っても全部金剛さんのおかげなんで、俺が威張れることじゃありませんがね。

 うん、ちょっと言ってみたかったんス。あいむそーりー。

 ま、大抵のことは金剛さんのお蔭で何とかなるわけです。

 

 ――でも、今の状況はお手上げ侍だろ。

 未だに姿を見せない敵戦力の規模・隊形は不明。

 ただ、侵攻作戦を行う以上は艦隊編成で仕掛けてくると考えるべき。

 そうなると、恐らく艦数は6隻。

 さらに、さっき述べたように、その中に空母も含まれているのは確実。

 今見えてるのは、先行偵察の役割を負っているのであろう1機だけだけど…

 果たして、その後ろに何機の航空機を有しているのか。

 何十機…いや、下手をすれば100機超えてるかもしらん。

 

 対して、こちらは戦艦1隻。

 …

 ……オ ワ タ 。

 

 んな大軍相手に、たった1人でどうしろっちゅーんじゃあぁぁ!

 かってどこぞの将軍様が仰られたように、戦いとは数なのである。

 物語上だと、個が数を打ち破ることは珍しくないし。

 歴史上でも、少数ながら多数相手に勝利を得た逸話というのは幾つもある。

 ……しかし、である。

 そんなことができるのは主人公補正や英雄属性のようなチートスキル持ちか、運命をも味方につけられるような望外の幸運持ちぐらいなんだよおぉぉぉ!

 俺がそんな立派なモン持ってるわけねぇぇ!

 

 くっそ、何だってこんなことにっ……

 今頃は(金剛さんブレインで)とっとと書類を片付けて、「ちょっぴりドキドキ、だけどワクワク!ひとりきりのお留守番♪」を満喫している予定だったのにっ……!

 それが何時の間にやらこの修羅場。いったいどうしろと?

 え?白旗?……んなことできないです。

 深海棲艦に、降伏を受け入れるなどという概念が有るとは思えないし。

 何よりも、戦火を交えもせずに早々と降参するなんて……

 こんな俺を受け入れてくれている第六駆逐隊の皆やイケメン提督君に対して、余りにも不義理ってもんだろ。

 いくらヘタレの俺とはいえ、弁えるところは弁えているのですよ、ふふん。

 

 ……そうなると、やっぱできるのは1つだけだよなあ……

 

 ⇒たたかう

 

 ……コレ、明らかにプンプン匂ってるよね。地雷臭という名の芳しい香りが。

 後方の味方の為に、1人だけ残るという状況。

 こう、「俺にまかせて先に行け!」的な。

 で。そういう場合には、残った者の末路って大抵決まってるよね。

 …

 ……デッドエンドキタ?

 い、いや、まだだ!

 世の中には「絶対」というものはないのだ!

 どこぞの偉い先生のお言葉にもあるじゃないか!

「ギブアップしたらそこで終了DE☆SU☆YO」と!

 そう、俺はこんなところで諦めるわけにはいかないんだ!

 第六駆逐隊の皆と、至福の時間を過ごすためにも!

 ……イケメン君への恩も返してないしな。

 

 正直なところ逃げ出したくて堪りませんがね。

 でも駄目なのです。

 幾ら愚図で無能でも、退いてしまっては駄目な場面というのがあるのです。

 それが今なのDeath!

 

 という訳で(やけっぱちで)戦闘態勢へ移行!

 主砲の35.6cm連装砲を回頭させ、敵機へと向ける。

 ……といっても、脅しにしかならんだろうなあ。

 三式弾みたいな対空装備無しに飛行機を狙うというのは、バットで羽虫を落とそうとしているようなもんじゃないだろうか?

 ハッキリ言えば、撃っても無駄弾になる可能性が大。

 ……でも撃ちますけどね!

 何故って?

 ――そうしないと、(怖さで)昂る精神を抑えきれないからさ!

 この気持ち、まさしく恐怖だ!

 ……平たく言いますと。

 

 怖くて堪らんですたい。

 ちびってもよかとですか?

 

 ……その、ですね。

 何か行動起こしていないと、怖さで今にも意識が涅槃に飛んじゃいそうなんですよぉ!

 一体どれほどの数が居るのか解らん化け物共を相手に、1人で立ち向かうという状況。

 ヘタレな俺が、そんな地獄逝きに耐えられるような強靭な精神を持つワケが無い。

 こ、このままじゃ、マジで恐怖心で魂が昇天しかねん。

 そうなる前に行動を起こして、体を無理にでも動かさないと……!

 

 という訳で。

 喰らえ!35.6cm連装砲砲撃(という名のやけっぱちアタック)!

 どうせ当たらんだろうけど……――墜ちろ、蚊トンボ!

 

 爆音という鋼の咆哮を轟かせた35.6cm連装砲が、火花と硝煙と共に砲弾を吐き出す。

 砲身から解き放たれた砲弾は、大気を瞬時に翔け抜け――

 数瞬後。宙に、1つの爆炎が咲いた。

 

 …

 ……あ、あれ……?

 ひょっとして……当たった?

 見間違いではないのかと思い、目を擦り、もう一度視線を沖合に向ける。

 視界の中に映るのは、嵐によって荒れ狂う空と雲。

 ……そう、それだけだ。

 先程まで飛翔していた敵機は、影も形もない。

 どこへ行ったのか……そんなことは考えるまでもない。

 先程空に咲いた爆炎と、消失した敵機。

 ――撃墜されたのだ、35.6cm連装砲から放たれた砲撃によって。

 

 ……マジすか。

 空中を自在に機動する飛行機に対して、この距離から戦艦主砲を直撃させるとか……

 なんちゅうスナイパー能力。

 言うまでも無く、俺にこんなことできるわきゃありません。

 俺がやったのは砲撃の実行のみで、照準や調整などについては全く意識していなかった。

 正確に言うと――撃とうと思った時には、もう当然であるかのように標的を照準に捉えていたのだ。

 ……もはや言う必要はありませんよね。そう、金剛さんの御力の賜物でございます。

 細かな調整は金剛さんが行い、俺はそのお膳立てで引き金を引いただけ。

 ……おんぶに抱っこってレベルじゃねーぞ!

 ほんとに、我が肉体ながら頭が上がらん。足向けて寝れんわ。

 

 だが、だがである。

 こ、これは行けるんじゃあるまいか?

 俺は確かに平凡以下のぽんこつだけど、金剛さんは間違いなくチートキャラだ。

 彼女の御力があれば、この絶対絶命の場面も切り抜けられるんじゃないか?

 ひょっとして、行けるのでは…・・?

 ――いや、行ける!

 金剛さんが居てくれれば、死亡フラグの1つや2つ、簡単に圧し折ってくれるわぁ!

 

 

 …

 ……

 ………

 …そう思っていた時期が、私にもありました。

 

 え~、先程、敵機を墜としてから幾時か。

 今ワタクシは、そいつが飛来した方向を見ております。

 何も浮かんでいなかったその水平線上に、先程、遂に幾隻かの艦影が出現致しました。

 これほどの距離を隔てていても伝わってくる禍々しさから、奴等が間違いなく敵――軍艦に負の化生が宿った存在である深海棲艦――だと断定できます。

 数は6隻。予想が的中してしまった展開です。

 しかも。こちらへと迫ってくるその敵艦隊、その全てが大型艦艇。

 甲板上に顕現している化生は、何れもが美しいが故に悍ましい女性体。

 おまけに。そのお目々には、漏れなく黄色い光を灯しております。

 それは、数多の深海棲艦の中でも特に能力に秀でている個体であることの証明。

 並の艦種とは一線を画す能力を持つ高戦闘力艦――フラグシップ級。

 ……それが、5隻。

 戦艦ル級フラグシップが2隻。

 戦艦タ級フラグシップが1隻。

 空母ヲ級フラグシップが2隻。

 

 戦艦群は、こちらの装甲すら撃ち抜く大口径主砲を向けてきており。

 空母群は、雲霞の如く上空へと艦載機を飛び立たせております。

 

 しかし、ワタクシの絶望は終わらない。

 残りのもう1隻。敵艦隊のど真ん中に居座っている超大型艦。

 コイツの外観が、戦艦でもあり、空母でもあり、さらには魚雷発射管まで備え付けられている。

 そして艦上に顕現しているのは、レインコート状の衣で身を包み、こちらへと獰猛な笑みを浮かべる少女の姿で……。

 こいつだけ、目が赤い――つまりエリート級。

 でも、そんなの何の慰めにもなりません。だってコイツは……

 ゲーム上でも数多くの猛者提督達をも恐れさせた超越艦――戦艦レ級エリート。

 

 …

 ……神様、1つだけ言わせてほしいです。

 

 ――勘弁してください!

 

 いや、何だよコレ!?

 化物じみた戦闘力を有する敵艦隊。

 それに対し、こちらの武装は――

 

 35.6cm連装砲

 15.2cm単装砲

 7.7mm機銃

 

 ……工廠機能が無いこの鎮守府では装備開発はできない。要は初期装備のままということ。

 近代化改装に関しては、ゲームとは異なり資材でもできるため(効率は落ちるが)、イケメン君が限界まで行ってくれたが……

 それにしても、この手持ち武装であの大艦隊に挑むのは……余りにも、厳しい。

 

 ――いかん、これは……今度こそジ・エンドだべ。

 ……みんな、俺はお星さまになっても、みんなのことを見守っているからね……

 などとおセンチに入っている俺の内心など誰に顧みてもらえるワケも無く。

 

 ――絶望的な戦闘の幕が、切って落とされたのだった。

 

 

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ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。

まず、お詫び申し上げます。
前話からこれほどまでに期間を空けてしまい、大変申し訳ありませんでした。
間隔の空いていた前回更新のさらに2倍とか……遅筆ってレベルじゃありませんね……
また、それにも関わらず感想を下さった方、見てく下さった方には感謝の言葉もございません。
本当にありがとうございます!

さて、今回についてですが……今回も反省点しかありませんね……orz
ノリだけで書いた上、最後が突貫工事になってしまったため、読み苦しい点が多々見受けられたと思います。
反省点・改善点についても相変わらず改善できずです。
話は進まず、亀の歩み以下。乏しい筆力についても向上の兆しが実感できません。
書けない→期間空ける→さらに筆が鈍る という悪循環を何とかしないといけませんね…
意欲(だけ)は全く衰えておりませんので、僅かずつでも拙作を良いものにしていきたいです!

毎回愚痴ばかりで申し訳ありません。
長々と失礼致しました。
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました!
皆様のお時間の足しに少しでもなりましたら幸いです。

P・S
やっと金剛ちゃんとケッコンできました。



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10 鎮守府防衛戦・上

何とか投稿できましたの11話目。
今回の投稿に合わせて、作品タグに「チート」を追加しました。
苦手な方はご注意下さい。
また、ある感想への返信の際に、今回は表文と裏文の混在文にして投稿すると言っていましたが……
結局、2文に別れています。嘘を吐く形になってしまい、申し訳ありませんでした。

※感想によるご指摘を受け、H26.12.23に一部改訂しました。
 ご指摘、ありがとうございました。

※感想によるご指摘を受け、H27.1.18に誤字訂正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!

※感想によるご指摘を受け、H27.5.17に誤字訂正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!


 ――青天の霹靂とは、正しく今の状態のようなことを言うのだろう。

 

「我々の鎮守府に、正体不明の艦隊が向かっている……?」

 

 袴富士少将から伝えられた言葉を、青年提督はオウムのように繰り返すことしかできなかった。

 予想外の事態に、思考が凍って。

 正体・所属不明などと呼称しても、それが何者なのかなど考えるまでも無く解る。

 人類に仇なす異形が宿りし魔艦――深海棲艦。

 奴等が姿を現したということは、その目的は1つ。

 ――鎮守府への襲撃だ。

 

 青年提督と第六駆逐隊が預かる鎮守府が深海棲艦から攻撃を受けるのは、これが初めてでは無い。

 何しろ、人類勢力圏の最前線の1つだ。赴任当初から激戦続きだった。

 周辺海域は奴等の巣窟と化し。

 哨戒行動に出れば、ほぼ必ず会敵する羽目になったし。

 艦隊による来襲も頻繁に受け、その中に戦艦級や空母級等の大型艦艇が含まれていることも珍しく無かった。

 ――その悉くを退け続けてきた5人にとっては、深海棲艦からの攻撃自体は驚くことではない。

 

 それなのに驚いた理由は2つ。

 1つは、奴等の予想以上の強攻性だ。

 

 青年提督の指揮の下で、第六駆逐隊は獅子奮迅の働きを見せ。

 それにより、周辺に出没していた深海棲艦は片端から掃討され。

 その艦隊来襲は、鳴りを潜めた。

 ……代償として、第六駆逐隊は疲労困憊し。

 結果として、先日の精鋭潜水艦隊の襲撃を許してしまったが。

 それも、【彼女】――金剛の存在によって、乗り越えることができた。

 これだけの損害を与え、有力戦力を叩いたのだ。

 この区域の奴等の被害は、軽くは無いだろう。

 ある程度、動きは鈍るはず。

 だから、その隙に戦力の補充を済ませよう――

 そう考えて、今日こうして袴富士少将の鎮守府まで出向いてきたのだが……

 その間隙を縫うように、深海棲艦は侵攻してきた。

 完全に、予想の上を行かれた形だ。

 

「(甘かったか……!)」

 

 青年提督は、己の見通しの甘さに歯噛みするが…

 彼の考えが、間違っていた訳では無い。

 ……ただ。深海棲艦の攻勢力が、底無しであったというだけで。

 

 そして、もう1つ――

 

「(このタイミングで仕掛けてくるとは――!)」

 

 青年提督と第六駆逐隊の面々が袴富士少将の元を訪れている今、鎮守府に居る防衛戦力は【彼女】だけ。

 そんな時に、襲撃を仕掛けてきた。

 ……偶然ではない。明らかに、この時を狙ってきたのだ。

 攻撃という行為の、基本にして奥義の1つ――相手の備えが薄くなった隙を突く。

 奴等は、正にそれに則って仕掛けてきた。

 それは、奴等が戦略という概念を理解しているということであり、一筋縄ではいかないことを意味している。

 ――だが、青年提督と第六駆逐隊にとって、問題なのはそこでは無い。

 彼らにとって、今のこの局面で重要なのは――

 

「司令官さん……」

 

 青年提督の袖を掴む、震える指先。

 ……それが誰のものなのかなど、わざわざ確認するまでもない。

 振り返ると、やはりそこに居たのは――姉妹の末妹である、電。

 丸く優しげな瞳からは、不安と恐れが形になった涙が溢れ出しそうになっていて。

 泣き出しそうな声で、彼女は仲間全員の思いを代弁した。

 

「妖精さんの、皆が……!それに――あ、あのヒトが……金剛さんがっ……!」

 

 ――そう。

 5人にとって、今、どんなことよりも大事なのは。

 鎮守府の仲間である妖精さん達と。金剛――【彼女】のことだ。

 

 大抵のことならば、【彼女】なら対応してくれる――

 その安心感があったからこそ、鎮守府の留守を任せてきた。

 ……だが。

 想定外のこの事態は、対処できる範疇を遥かに超えている。

 

 あの最前線鎮守府に攻め寄せるのに、生半可な戦力では通じない――

 それを、他ならぬ青年提督と第六駆逐隊によって、連中は身を以て思い知らされている。

 その教訓がある以上、強力な部隊を送り込んできていることは間違いない。

 強襲・制圧を念頭に置いた、指折りの精強艦隊が乗り込んでくることが考えられる。

 ――その矛先を向けられるのは、【彼女】だ。

 鎮守府に唯一の防衛戦力として残っているが故に、奴等からの照準を一身に受けることになる。

 ――絶体絶命。

【彼女】は今、極めて危険な状況の中に居るのだ。

 

「――司令官、早く!」

 

 いち早く行動を起こしたのは、雷だった。

 身を翻し、その足は既に出口に向けられている。

 姉妹の中で最も行動的であるために、考える前に体が動いたのだろう。

 だが、思いは他の3人とて同じ。

 直ぐにでも駆け出そうとして――

 

「――待って」

 

 それを止めたのは、凛とした声。

 部屋のドアの向こう側から袴富士少将に続き、秘書艦である明石が姿を見せる。

 ……彼女は、出口を塞ぐようにして立っていて――

 

「……明石さん」

 

 その彼女に向ける第六駆逐隊の声は、硬い。

 そして、それは声だけでなく表情も同様。

 いつも向けている親しみに満ちた柔らかさは、今は影も形も無い。

 あるのは、険しい眼差し。

 その奥に燻っているのは、苛立ちと煩わしさ。

 敵意とまではいかないが、お世辞にも褒められた態度ではない。

 まして、信頼関係のある相手に対してはなおさらだ。

 ……普段の4人であれば、こんな態度など取ったりしない。

 それが今、こんな状態になってしまっているのは……彼女達の、情の深さがあるからだ。

 窮地に陥っているであろう仲間の身を、案じているがために。

 それこそ、周囲が見えなくなってしまうくらいに。

 一刻も早く駆けつけたい――

 その思いに凝り固まり、冷静な判断ができなくなっているのだ。

 

 ――それは、沈着な振る舞いで姉妹の支柱となっている響も例外ではなかった。

 落ち着いた物腰と思考力を持つ彼女は、普段から一歩引いた位置でバックアップ役を務めることが多い。

 この時も、立ち位置は4人の中の最後尾。

 ……だが、気持ちが急いているのは他の3人と変わらない。

 

「(早く、行かないと……!)」

 

 ……否。むしろ、この場の誰よりも焦っているのは彼女かもしれなかった。

 甦るのは、艦娘として生まれ変わる前の、原体の記憶。

 かっての大戦の折、未だ物言わぬ軍艦であった頃。

[不死鳥]の通り名と共に、彼女は激烈な戦争を最後まで生き抜いた。

 ……だがそれは、ある意味で死よりも酷い拷問であったかもしれない。

 仲間が、姉妹が、激闘の中で次々と沈んでいく中。取り残されるように迎えた終戦。

 抱いたのは、胸が張り裂けそうな悲しみと、言いようの無い孤独。

 ……響にとって、[不死鳥]の通り名は、決して消えない傷痕でもあるのだ。

 

 そんな経緯から、彼女は仲間の危険には一際敏感だ。

 そして、今がまさにその時。

 ――【彼女】の優しさと強さに、少しずつでもいいから応えていこう――

 潜水艦隊を撃退した日に、全員で胸に誓った決意。

 ……だけど、自分達はまだ何も【彼女】に返せていない。

 ――まだ、これからなのだ。

 輪に加わってくれた【彼女】と、仲間として共に歩み、進んでいきたい――

 そのためには、ここを乗り越えねば。

 あの時。自分達の為に、【彼女】は己自身の命を賭けてくれた。

 ……ならば。次は、自分達の番だ。

 

「(だから、早くっ……!)」

 

 もどかしい思いに膨れ上がっていく、破裂するかのように思えた感情。

 ……だが、それは次の瞬間には静められる。

 

 頭に、大きな掌が乗せられた。

 髪を通して伝わってくる、慣れ親しんだ感触。

 硬くて無骨で、でも、とても暖かい。

 

「……司令、官……」

 

 見上げた視線の、その先。

 腕を響の頭に伸ばしている青年提督が、眼差しをこちらに向けていて。

 まるで、穏やかな凪のように静かな瞳。

 ――その存在が、ささくれ立った精神に沁み込んでいく。

 そうして沈着さを取り戻した響の明晰な思考は、彼の思いを正確に読み取った。

 

 もう二度と仲間を失ったりしたくない――その思いは、何も間違っていない。

 ――だからこそ、ここで冷静にならねば。

 焦りは判断力を鈍らせ、そしてそれは本来の力を激減させる。

 そんなことになれば、さらに大きな事態を引き起こしかねない。

 ……青年提督はそれを案じ、湧き上がる感情を抑えている。

 この状況、彼とて気持ちは同じはずだ。

 気持ちが乱れ、今すぐにでも鎮守府に戻りたいはず。

 ……だが、ここで対応を誤れば甚大な被害に繋がってしまう。

 鎮守府にいる【彼女】や妖精さん達、そして自分達も、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない――その思いで、懸命に己を律しているのだろう。

 大切な、鎮守府の面々のために。

 そして、それを第六駆逐隊の面々にも諭したくて。

 その橋渡しの役割を、響に任せてきたのだ。

 

「(……ありがとう、司令官)」

 

 向けてくれた信頼と思いに礼を述べつつ、響は1つ深呼吸をする。

 昂った精神を何とか静め、そうして前に出た。

 出口を塞ぐようにして立っている明石の意志を、確認するために。

 

「明石さん。私達は、早く戻りたいのだけれど――」

 

 常と同じとはいかないかもしれないが、落ち着いた声音。

 そんな響の声を受けて、明石は彼女の意見を述べた。

 

「貴方達、まだ補給と整備が済んでいないでしょう?」

 

「っ!」

 

 この火急の場面には余りにも相応しいと思えない言葉に、響は一瞬、思考が逆流しそうになるが…それを寸前で押さえつける。

 ――袴富士少将の最初期艦にして秘書艦でもある明石。

 工作艦であるがために戦闘力は低いが、彼女はとても有能だ。

 少将から全幅の信頼を寄せられ、彼の右腕としてこの広大な鎮守府の運営を担ってきた。

 その過程で、様々な状況を乗り越えて来ている。

 当然、その判断力も一級品。

 ……その彼女が、この局面で補給・整備のことを口にするのは、何か理由があるはずだ。

 

 ……そう判断できたのは、響が冷静さを取り戻しているからこそであり。

 他の面々は、堪えることなどできない。

 

「こんな時にっ――!」

 

「――落ち着いて、雷」

 

 真っ先に動いていた雷が、声を荒らげる。

 それを響は制止するが、ここで治まる雷では無い。

 

「こうしている今だって、金剛さんや皆は危ないのよ!?」

 

 雷は活動的ではあるが、粗雑などではない。

 他者への配慮を持ち、まるで母親を思わせる包容力を持ち合わせている。

 ……その彼女がこうまで乱れた態度を見せるのは、それだけ余裕が無いということ。

 心優しい雷にとって、この状況は耐えられるものではないだろう。

 そしてそれは、無言のままでいる暁と電にしても同様。

 早く、そこを通してくれ、と。

 言葉こそ発しないが、向けられた目が叫んでいる。

 その鋭い眼光は、修羅場を潜った者達ですら退かせるほど鋭利で――

 

「――私はね、貴方達のことを尊敬しています」

 

 だが、明石はそれを真正面から受け止めた。

 穏やかな笑みすら浮かべて。

 

「仲間のためなら自分の身も厭わない優しさと強さは、本当に凄いし、尊いものだと思う。

 ……だけど」

 

 静かに、けれど断固として明石は続けた。

 

「――補給と整備を受けていない今の貴方達は、万全じゃない。そんな貴方達を、このまま帰すわけにはいきません」

 

 袴富士少将の鎮守府までは、そう近い距離ではない。

 相応の燃料を消費するし、それに伴って船体には負担や疲労も溜まる。

 無論、戦闘時に比べれば消耗は微々たるものだが……艦娘として十全な状態を保つためには無視できる要素ではない。

 そのため、ここを訪問した際、帰路に就く前には常に整備・補給を受けさせてもらっており。今日も、これから行う予定だったが――その前に、このような異常事態が起こってしまった。

 故に、第六駆逐隊は未だに疲労が抜けきっていないし、燃料の補給もしていない。

 明石は、そのことを指摘しているのだろう。

 

 だが、今は……!

 逸る気持ちのまま、さらに前に出ようとする暁・雷・電の3人。

 ……その動きを止めたのは、明石が次に続けた言葉。

 

「――もし、貴方達が沈んだりしたら。【彼女】は、どう思うでしょうか?」

 

 その言葉に、3人は動きを止めた。

 その問いへの答えが、容易に想像できたから。

 

「部外者なのに、知ったようなことを言ってごめんなさい。……でも」

 

 一瞬、明石は頬を緩める。柔らかなその表情は、眩しいものを見ているかのようで。

 

「【彼女】――金剛さんは、きっと凄いヒトなんだと思う。貴方達の話し振りを聞いているだけで、どれだけ信頼を寄せられているのかが伝わってきますから」

 

 それは、次の瞬間には再度、引き締められた表情に変わる。

 

「だから、ね」

 

 そこにあるのは、第六駆逐隊の面々への懇切な真摯な語りかけ。

 

「そんなヒトが、もし今回の事態で貴方達に万が一のことがあったりしたら、どう思うか……私が言うまでも無く、貴方達なら解るでしょう?」

 

 ――ああ。そうだ。

【彼女】を間近で見てきたからこそ、言われるまでもなく解る。

 他者の為に、躊躇なく己の身を投げ出せる――

 そんな器の大きさと、深い優しさを持つ【彼女】のことだ。

 第六駆逐隊の面々が、轟沈などという憂き目に遭おうものなら……間違いなく、深く悲しむ。

 不器用な【彼女】は、涙を流すことも、泣き声を上げることもできまい。

 だが、内心では狂わんばかりに慟哭するだろう。

 それこそ、己を責め苛むぐらいに。

 己のために、第六駆逐隊を窮地に追いやってしまった……と。

 そうやって、己を傷付け続ける。いつまでも、どこまでも――

 消えず、癒えない傷を。その身に刻んで、背負って――

 

 ……ここで焦って不十分な態勢のままで事態に介入することは。

 そんな救いの無い末路への切符を、【彼女】に渡すようなものだったのだ。

 明石はそれを案じ、第六駆逐隊の面々へ補給と整備を提言してくれていた。

 ……その懇切な気遣いを、焦るあまりに自分達は……

 

「……ごめん、なさい」

 

 先刻までの勢いが嘘のように、雷が震える声で言った。

 顔を俯け、絞り出すようにしてか細い声を発する様は、いつもの快活さとは正反対。

 その小さな掌で拳を握り、震えている。

 自分の至らなさへの申し訳なさと。

 それでも胸中に残る、【彼女】を直ぐに助けに行きたい思いで、一杯で――

 

「――私、戦闘は苦手ですけど。整備や補給面については相応のものだと自負してます」

 

 対して、明石は責めるような様子は微塵も見せず、静かな笑みで応じる。

 

「できる限り手早く仕上げますから、何も心配しないで」

 

 自身の領分への誇りと自負が籠ったその言葉には、暖かな温もりが含まれている。

 第六駆逐隊の4人の、優しさと思いの深さを知っているから。

 そして、それに応えようと思うから。

 

「――じゃあ、その間に我々の方も準備をしなくてはね」

 

 明石の気持ち。

 それはパートナーである袴富士少将も感じ取っており。

 そして、その思いは完全に一致している。

 だからこそ、放たれた言葉には力が籠っていて。

 

「……少将、準備とは……?」

 

「援軍の準備だよ」

 

 青年提督の疑問への返答は、短くも力強い。

 ……だが、青年提督としてはすぐに頷くわけにはいかない。

 

「お気持ちはとても嬉しいのですが……現状でこれ以上戦力を割いたら、ここの鎮守府の防衛が――」

 

 そう。

 現在、この鎮守府の艦娘の殆どが出払っている。

 ――大本営の戦略に従って、だ。

 

 ――《来たるべき沖ノ島決戦に備え、物資・資材の確保、及び周辺海域の勢力維持に努めよ》――

 

 増々激しさを増していく、人類・艦娘と深海棲艦の果てしない戦い。

 その中で、最大の激戦地にして分水嶺が、沖ノ島周辺海域だ。

 

 南西諸島沖の最奥に位置する諸島群――沖ノ島周辺海域。

 海運の上でも防衛拠点としても重要なこの場所は、開戦当初から現在に至るまで激しい勢力争いが繰り広げられてきた。

 奪取したりされたりを繰り返し、夥しい犠牲が積み上がって――

 結果として、半ば泥沼の戦場に成り果てている、ある意味で呪いの海域とも呼べる場所。

 現状でこの地点は深海棲艦側の手に陥ちており、奴等の強固な防衛網の一角となっている。

 ……その近海で、最近、奴等の動きが活発化してきているという。

 大型艦艇の集団が目撃されたり、今までは出没していなかった地点で艦隊が発見されたり――

 これは、本格的な反攻作戦に取り掛かっているのでは……?

 そんな予想が囁かれるようになった。

 ――無論、このままにしておけるはずもなく。大本営は近々、本格的な攻略作戦に取り掛かる決定を下した。

 

 ……その為の下準備として各提督に命じられたのが、先の指令だ。

 資源回収のための大規模遠征。

 近海の勢力をより強固に固めておくための強攻偵察。

 全鎮守府は所属艦娘を総動員して、これらの指示に当たっており。

 そして、それは袴富士少将の鎮守府とて例外ではない。

 恐らく、最低限の警備艦隊しか残っていないのではないか。

 

「心配することは無い。ウチの鎮守府は、そうヤワではないよ……それに」

 

 ――青年提督の懸念を、袴富士少将は一蹴し。

 そして、断固とした調子で続けた。

 

「――味方を助けるために動かずに、いつ動くんだい?」

 

 ――それは、こちらのことを仲間と思ってくれている何よりの証。

 爪弾き者にされるばかりの軍内で、これほど明確に力になってくれる人がいる。

 それが、青年提督には心強くて、嬉しくて――

 

「――っ!ありがとう、ございますっ……!」

 

 目から溢れ出しそうなものを隠すように、深く頭を下げる。

 その様を微笑みと共に見やりながら、袴富士少将は口を開く。

 

「偉そうな口を利いておいて申し訳ないが、ウチが現在人手不足なのは確かでね。応援に出せるのは一隻だけだ。さすがに、低速艦である長門は出せないが……あの娘を出そう」

 

 出せるのは一隻だけと言っておきながらも、そこに不安の色は全く無い。

 それは、その艦娘――「あの娘」への、袴富士少将の絶対的な信頼が現れている。

 

「我が鎮守府の、切り札の一角でね。目的地までは、第六駆逐隊と一緒に船体に搭乗すると良い。あの娘なら迅速に君達を運んで、あちらに着いてからも力になってくれる」

 

「はっ!……ところで、あの娘、とは……?」

 

「さっき、呼んでおいたからね。そろそろ来るはずだ」

 

 そう言って少将がドアに目を向けると同時。

 まるで通じ合っているかのようなタイミングで、ドアの向こうから声が掛けられ。

 そして、その艦娘が姿を見せる。

 

 ……その姿と佇まいを見て、青年提督は納得した。

 これなら、袴富士少将が深い信頼を寄せるのも当然だ。

 そして、間違いなく自分達の力になってくれる。

 そのことに心を強くする一方で、窓に向けられた目には、祈るような光が浮かんでいた。

 

「(――頼む、無事でいてくれよ……!)」

 

 妖精さん達と、そして、【彼女】と。

 この嵐の向こうで、今、彼らがどうなっているのか知る術など無い。

 ただ、今は。無事でいてくれることを、願うことしかできなかった――

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 人の顔が、感情や精神等の諸要素によって変化するように。

 地球も、天候や環境によって大きくその姿を変える。

 それは、その中の1つである海も同様。

 穏やかに佇んでこちらを見守ってくれている生命の故郷――そんな平時の姿は、今のこの海域には、どこにも無い。

 黒雲が立ち込め、突風が吹き荒れ、波立った海面が白い飛沫を撒き散らしている。

 嵐によって身を滾らせて荒々しさを剥き出しにしたその姿は、まるで般若のようで。

 ――だが、その猛威も彼らには関係なかった。

 吹き荒れる暴風の真っ只中。

 巻き上がる大波に身を晒しながら。

 なおも、互いの命運を賭けて相争う彼ら――7隻の軍艦にとっては。

 

 彼らの間で展開されているのは、砲弾の応酬。

 豪雨の中でも鋭く宙に爆ぜる砲火の勢いが、繰り広げられている戦闘の激しさを物語っていて。

 その戦場の陣容は、海面を照らし出す雷鳴によってくっきりと映し出される。

 集った7隻の軍艦は、明確に分かたれていて。

 対峙しているのは、1隻と6隻。

 背後に、拠点と思われる孤島を背負う1隻と。

 それを押し潰さんと、外洋より来襲したのであろう6隻。

 1対6――彼我の戦力差は圧倒的だ。

 

 ……だが。

 彼らの様相は、戦局とは全くの対極。

 6隻――甲板に女性型の化生が顕現した艦――深海棲艦の艦隊の面々には、焦燥感が滲み出ていて。

 1隻――甲板に巫女服を纏った乙女が佇んでいる艦――艦娘の側は、眉一筋動かさぬ悠然とした様。

 ……どちらが有利かなど、解り切っているはずなのに。

 彼らは、何故それとは全く逆の表情を浮かべているのか。

 この極限状況の中。互いに、いかなる心境で戦いに臨んでいるのか……?

 その心中で、何を思っているのか……?

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 降り頻る豪雨の中、大気を裂くように雷鳴が響く。

 だが、その中に身を置いた集団――深海棲艦艦隊は、身を退く素振りすらみせない。

 人類に仇なす化生が宿りし魔艦の群れ。

 怨念の結晶体とでもいうべき奴等が、その牙を露わにして襲い掛かる。

 並み居る重艦群が次々と砲撃を仕掛け。

 暴風雨にも構わず、空を覆わんばかりに舞い上がっている航空機群が身を躍らせて。

 圧倒的な物量と、一片の躊躇もない敵意。

 それらの下で叩き込まれる飽和攻撃は、絨毯爆撃の如く苛烈なものだった。

 間断なく撃ち込まれる砲弾の嵐。

 標的を喰らい尽くさんとばらまかれる、夥しい数の爆弾と魚雷。

 荒天によってただでさえ荒れていた海が、それらによってさらに攪拌される。

 叩き割られる海面。幾本も立ち昇る水柱。

 対峙する者を完膚なきまでに殲滅する無慈悲なる攻撃。

 その様は、正しく蹂躙と呼ぶに相応しいものだった。

 

 ……だが、艦隊の旗艦である戦艦レ級エリートの表情は固い。

 この艦隊を預かる身として、戦艦レ級エリートは自分達の実力に強固な自負を持っており。

 そして、それは自惚れでは無く、紛れも無い事実だ。

 

 絶大な戦力を誇る最精鋭艦隊――それが、この艦隊。

 編成に組み込まれた艦は、皆、全て戦局を左右するだけの力を持つ精鋭。

 莫大な数の全深海棲艦の中でも屈指の実力者達であり。

 膨大な部隊の中でも、強さは間違いなく五指に入る。

 深海棲艦勢力の核であり、切り札にも成り得る、精強無比な存在。

 

 ……そんな彼らの攻撃が、何時までも止まない。

 もう何度、艦載機は母艦に戻って補給を済ませただろうか?

 戦艦の砲塔は、あと何回発砲動作を繰り返せば良いのか?

 そして。何故、旗艦であるレ級エリートを始めとした艦隊の面々の顔色が優れないのか?

 

 ――それらの答えは、目の前の情景にあった。

 

 幾発も叩き込まれた砲雷爆撃によって掻き乱された海原。

 灼き尽くされた水面には熱気と硝煙が充満し、噎せ返るような害意が宙を炙っている。

 そこに在るのは、濃密な[死]の匂い。

 その中に身を置いたのなら、何者であろうとも無事では居られまい――

 

「(――そのはず、なのに……っ!)」

 

 レ級エリートは、奥歯を砕かんばかりに噛み締める。

 今、目の前に映るのは、予想を全く裏切った結果で。

 ……硝煙と水柱の向こう。

 命ある者など居ないと思えるような、そんな空間。

 

 ――そこには。1隻の艦娘が、居た。

 吹き荒れる豪風雨を物ともせず。

 焦がされ、火の粉が無数に舞い散る空間の中で、小揺るぎもせず。

 相対している6隻の深海棲艦から刃のように向けられている敵意を、意にも介さず。

 その巨大な船体の甲板上に屹立している、巫女服を身に纏った乙女――

 

 泰然としたその姿に、深海棲艦艦隊の面々は憎悪を滾らせた目を向けて。

 ……その理由は、双方の様子を見れば自ずと察せられる。

 6隻に対している、この1隻の艦は――至って健在。

 目立った損傷など見受けられない。

 あの苛烈な攻撃を浴びせ掛けられている中で、だ。

 その意味するところは、1つ。

 ――攻撃が、通用していない。

 

 空母群が、高い空戦力を持つ数多の航空部隊によって制空権を奪い。

 相手の機先を制しつつ、雷爆攻撃によって打撃を与える。

 戦艦群は、抜きん出た火力と装甲を以て襲い掛かり、戦場を掌握する。

 そして、全ての面で破格の能力を持つレ級エリートは、局面によってその両翼の補助を行い。

 強力な雷撃で、相手の息の根を止める。

 重艦隊ですら壊滅させ得る、この深海棲艦艦隊の猛攻撃。

 

 ――それを。

 目の前の、この相手は――単艦で凌いでいるのだ。

 

 ……いや、それどころか。

 レ級エリートは、状況の再確認のために視線を巡らせる。

 視界の中に映るのは、幾筋か立ち昇っている黒煙。

 ……その発生源になっているのは、自分達だ。

 艦隊前衛を務めていた戦艦群――2隻のル級フラグシップと1隻のタ級フラグシップ。

 その3隻が、随所から煙を噴き上げていた。

 何れも、被弾による損傷……その下手人が誰かなど、言うまでもない。

 目の前に居る、【彼女】だ。

 こちらの攻撃の隙を狙い、的確に主砲を撃ち込んできた。

 その結果――小破損害が2隻、中破損害が1隻。

 ……致命傷ではない……が、決して看過できるダメージでも無い。

 一方で、艦隊中核に居るレ級エリートや後衛の空母群は無傷だが……そんな彼らにしても、万全とは言えない。

 開戦してから、既に幾時間か――

 休むことなく攻撃を続けた精神的疲労は、確実に蓄積されていて。

 満身創痍には程遠いが、到底、万全とは言えない状態。

 ――それが、今のこの艦隊の現状だった。

 その現状に、艦隊の面々は焦りと焦燥を浮かべている。

 

 ――こんな筈では、無かった――

 

 激しい勢力争いの渦中である沖ノ島海域で活動を活発化し、人類側の耳目をそちらに集中させ。

 その隙を突いて、精鋭部隊で奴等の最前線拠点を奪取。

 そこを守る駆逐艦隊は精強であり、今まで幾度となく送られた攻略艦隊は何れも撃退されている。

 ……だが、諜報網により掴んだ情報によれば、その駆逐艦隊は不在になるということが判明。

 そうなると、残っているのは新参者の旧式戦艦1隻のみ。

 ――それならば、なにほどのことも無い。

 ……仮に、件の駆逐艦隊が戻ってきたとしても、所詮は最軽量艦。

 真正面からの火力で押し潰せば、ひとたまりもないだろう――

 

 そうして、満を持して最精鋭艦隊が派遣され、侵攻行動を実行。

 その途中、目標地点の方角から信号弾が撃ち上げられた時には、正直肝を冷やした。

 何かの合図か、或いは策略かと思って警戒したが……

 いざ到着してみれば、待ち受けていたのは旧式戦艦が1隻のみ。

 これならば、大した障害にはなるまい――

 ……そのように思っていたら、このザマである。

 ――その、たった1隻の旧式戦艦を相手にして。

 

「(こいつは、一体……っ?)」

 

 常に浮かべている侮蔑と嘲笑を込めた薄嗤いは、今のレ級エリートには無い。

 あるのは、今、立ち塞がっている相手――【彼女】への、困惑と苛立ち。

 ……そして、隠しようも無い畏怖。

 

「(――っ!)」

 

 胸に湧き上がりかけたその思考を、レ級エリートは即座に打ち消した。

 

「(たかが旧式戦艦1隻、何とでもなる)」

 

 そう。

 大したことは、無いのだ。

 恐怖心をかき消すかのように、レ級エリートは再度、攻撃の指示を下す。

 その思いは他の面々も同じだったようで。

 すぐさま、猛攻撃が再開された。

 

 飛び立った艦載機群が宙を裂き、鋭い音と共に機首を下げながら降下する。

 獲物に群がるように、次々と。

 編隊間で各々の間隔を取り、タイミングを取り。

 中核に居る隊長機の号令によって、一斉攻撃に入ろうとして。

 

 ――次の瞬間。

 指示を下すべき隊長機が、爆散した。

 ……撃墜。

 海上に居る標的――【彼女】からの射撃により、機体を撃ち抜かれたのだ。

 

 隊長機の墜落により、一斉攻撃態勢は崩れる。

 しかしながら、ここに居るのは深海棲艦戦力の中でも選りすぐりの航空部隊だ。

 指示を下すべきリーダーを失っても、行動は止めない。

 浴びせ掛けられる対空砲撃の中を潜り抜け、各々の判断により攻撃を敢行。

 落下音と共に爆弾が投下され、放たれた魚雷が海中を切り裂いて直進する。

 

 ――けれど。その中の一発として、標的の【彼女】を捉えられない。

 

【彼女】の巨大な船体が、滑るように回航する。

 巨体でありながら鈍重さを全く感じさせない軌道で、激しい爆雷撃の中を潜り抜けていく。

 投下される弾道を予め読み切っているとしか思えない、淀みなくこなされる動作。

 無駄も隙も無いその回避運動を前に、目的を達せられる弾丸は無く。

 爆弾は何もない海上を叩くだけに終わり、魚雷は空しく明後日の方向に進んでいく――

 

 ――開戦当初からの光景が、もう一度繰り返されただけ。

 三式弾のような有効な対空装備を有している訳でもない【彼女】に、何故、こうも歯が立たないのか。

 副砲である15.2cm単装砲は、対空砲撃は不可。

 主砲である35.6cm連装砲は、そこまでの対空能力は備えていない。

 補助武装である7.7mm機銃の性能は低い。

 そう。【彼女】は有力な対空装備は所持していない。

 ……だが。【彼女】は、桁外れの技量を有している。

 多数の艦載機の中から、即座に隊長機を見抜く鑑識眼が。

 7.7mm機銃で航空機の急所を撃ち抜くという射撃力が。

 

 基本的に、行動というものは集団で行うと成果が大きくなる傾向がある。

 それに加えて、その集団内で意志の統一が成されていると効果はさらに倍増する。

 そして、「個」を「集団」へと纏めるためのリーダー役の存在も不可欠だ。

 ――それは戦闘行為も同様。

 1人よりも2人、2人よりも3人――そうやって部隊や艦隊といった単位が形作られて。

 同時に、その中での意志を纏めるための統率役も据えられるのだ。

 ……ならば、その統率者が突然、排されたらどうなるか。

 意思の疎通が乱され、行動の足並みは乱れ。

 結果として、その成果は一斉行動時に比べて散発的になる。

 それを、【彼女】は対空行動に活かしたのだ。

 隊長機の撃墜によって艦載機群の足並みを乱れさせ、その編隊攻撃の出鼻を挫く。

 それでも各機ごとの判断で攻撃は敢行されるが……あくまでそれは単発攻撃に過ぎず。

 そのような攻撃に対処することなど容易だ。

 

 そして、7.7mm機銃。

 対空用の機銃として開発されたものの、性能は低く。

 かっての大戦の折でも、運良く敵機の急所にでも当たらなければ威嚇用にしかならなかった……などと評される。

 ――ならば。常に急所を狙って撃ち抜けるだけの腕があれば良いではないか――

 そんな暴論とも呼べる理論を成立させてしまっているのが、【彼女】なのだ。

 

 押し寄せてくる多数の艦載機編隊から、即座に隊長機群を見抜き。

 35.6cm連装砲による牽制を加えながら、攻撃前にその急所を7.7mm機銃で撃ち抜く。

 それでも続行される随伴機の攻撃は、一斉攻撃時と比べれば精度は低下しており。

 そんな攻撃を避けるなど【彼女】にとっては造作も無い。

 

 針の穴を通すようなこの難行を事もなげにこなし、【彼女】は深海棲艦の艦載機攻撃を凌いでいる。

 

 それとほぼ同様のことが、海上においても起こっていた。

 主砲を唸らせながら艦隊前衛の戦艦群が侵攻を再開。

 1隻が牽制の砲撃を放って相手の航路を狭めつつ、その間に残りの2隻で接近して有効打を与える。

 互いに最適な距離を置いて組んだ陣形による、強攻態勢。

 攻撃力と防御力を兼ね備えた、攻防一体の突撃。

 

 ――それも。【彼女】には通じない。

 

 幾門もの砲塔が轟きと共に砲撃を放ち、大気を震わせ、砲弾が降り注ぐ。

 例え大型艦であろうと多大な損害は免れえないであろう、猛烈な弾幕。

 ――その渦中を、【彼女】は恐れも見せずに突っ切っていく。

 着弾した砲弾群が海面を割って多数の水柱を立てる中を、滑らかな機動で掻い潜る。

 数多放たれた砲弾の中には、【彼女】の至近に着弾するものも少なくなく。

 その度ごとに、巻き上げられた海水がその船体を濡らす。

 誰であれ、被弾・撃沈を意識せざるを得ない極限の状況。

 幾発も至近弾が炸裂し、巻き上げられた海水で船体を濡らしながら。

 

 ――けれど、【彼女】は一片の動揺も見せない。

 

 砲弾の嵐を紙一重の差で躱していく、優雅さすら感じさせる動き。

 そこには。躊躇も、恐怖も微塵も読み取れなくて。

 航空攻撃と同じく、挙動を全て見透かされているようで――

 

 そして、それは艦隊の最強戦力であるレ級エリートに対しても同じ。

 

 空と海の両面からの間断無い砲火に晒される【彼女】。

 そこにさらに引導を渡すべく、艦隊内最強戦力――レ級エリートが動き出す。

 鋭い目線がさらに眇められ、息の根を止めるべく放たれたその追撃は……端的に言うのならば、常識外だった。

 そもそも、レ級という艦種自体が常識の埒外にある艦なのだ。

 戦艦を超える砲撃力と、空母を超える制空力。そして、飛び抜けた雷撃力。

 戦闘に関する能力全てを破格水準で備えた、巨大なる異形艦。

 その攻撃は――圧巻の一言。

 飛び立った艦載機部隊は、空母群を超える空戦力を発揮し。

 放たれた砲撃の威力は、戦艦級をも上回り。

 止めとばかりに放たれる雷撃は、例え相手が大戦艦クラスであろうと容易く粉砕する――

 規格外という言葉を具現化したかのような一連攻撃。

 

 ……ならば。

 その規格外の攻撃を、顔色一つ変えずに捌いている【彼女】は……何者?

 

 標的を藻屑へと変えるべく迫るレ級エリートからの追撃。

 正確無比かつ、強大な火力で撃ち込まれるその攻撃を前に、取りうる手段は無い。

 ましてや、周囲の随伴艦や艦隊航空機からも同時攻撃を受けているのならなおさらのこと。

 隙間無く降らされる火線の豪雨から逃れる術など、ありはしない。

 できることなど無く、ただ撃沈を待つのみ。

 万事休す、だ。

 …

 ……――その[詰み]の状況を、何でもないことのように超えていく【彼女】は、何なのか?

 

 無事で居られる者などいない砲爆雷撃の嵐の中を、【彼女】は突貫する。

 自身の船体を掠めていく幾発もの弾丸にも、真一文字に結ばれた口元は一切の崩れを見せることもない。

 

 ――被弾することは、絶対に無い――

 

 そんな【彼女】の自信と確信の表れ。

 そして、それが正しいということは、繰り広げられている情景が証明している。

 

 照準は正確なはず。

 射程範囲内には間違いなく捉えているはず。

 今も、直ぐ近くに砲弾が着弾した。

 次だ、次こそは命中するはず。

 

 ……その流れを繰り返して、既に幾度目か。

 未だに、まともな命中弾は無い。

 ……【彼女】の運が良いだけ?

 ――違う。

 自分達の繰り出し続けている攻撃は、そんなもので乗り切れるほど甘い物では無い。

 未だに【彼女】への命中弾が無いのは、偶然では、無い。

 ……だったら。それは、必然。

【彼女】が、己の力で招いたことで。

 

「(こいつ、は……っ)」

 

 もはや、動揺は誤魔化せない。

 レ級エリートは、もう嗤いを浮かべることなどできぬ口を噛み締め、【彼女】に視線をやる。

 

 ――【彼女】は、余りにも異質だ。

 必中のはずの圧殺弾幕を乗り切るなど……もはや、それは技量という枠で捉えきれるものでは無い。

 己の全てを込めることによって初めて創り上げられる、[業]。

 ……それは、まともな神経でできることではない。

 自身が負と怨念の塊だからこそ、レ級エリートには解る。

 ――【彼女】の立ち位置は、正常な思考で辿り着ける境地では無い。

 全身全霊を、ただただ、何らかの目的のために高め続け。

 そのために掛かる自身への酷使も負担も省みず。

 狂気にも似た執念に身を焦がし続けた――

 己の存在全てを、賭けたのだ。

 一心に。ただただ、一心不乱に。

 ……そんな真似、負のエネルギーの塊である深海棲艦にだって、できはしない。

 

 誰の為なのか、何のためなのか。

【彼女】の中で、何が渦巻いていたのか。何が【彼女】を、そうさせたのか。

【彼女】は……誰と、何を想っていたのか――

 

 1つだけ言えるとすれば、【彼女】の呼び方。

【彼女】を言い表すならば――

 

「っ!?」

 

 そこで、レ級エリートは我に返る。

 思考に埋没しすぎていたせいか、周囲への警戒が疎かになっていたようだ。

 慌てて気を取り直そうとして……

 

 ――次の瞬間。肌が、ざわりと粟立った。

 反射的に視線を上げると――そこには、目前に迫った砲弾が――

 

 揺れる船体。噴き上がる噴煙と、飛び散る炎粉。

 衝撃と高熱が、レ級エリートを襲う。

 

 ――被弾、したのだ。

 被害は……軽微。小破損害にもなっていない。

 相手の火力が高くないことが幸いした形だ。

 ……その相手が誰かなど、確認するまでも無い。

 レ級エリートは、再度、視線を上げる。

 そこで捉えたのは、距離を隔てて此方へと見据えられた【彼女】の瞳。

 

 ――深淵。

 どこまでも、深く、昏く。

 なにも映していない瞳が、そこにはあって。

 

 思わず怖気に全身を震わせながら、レ級エリートは、先程の思考の結びを思い出す。

 

「(こいつは……――[化け物]、だ……!)」

 

 いつしか、戦局は傾きつつあった。

 数に勝る深海棲艦側ではなく、単艦のはずの艦娘側――【彼女】に。

 異次元とも思える技量が、数の有利性という法則を覆す――

 そんな戦場がどうなっていくのか……今は未だ、誰にも解らなかった。

 

 




ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。
懺悔については、同時投稿した12話目にて致します。


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11 ちんじゅふぼうえいせん・うえ

12話目投稿します。
恒例のウザ文ですが……今回は、それなりに削ってみました。
そのため、短めです。


 

 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 大嵐の中からhelloえぶりわ~ん。

 内心で号泣している金剛(の偽物)デ~ス。

 え?何に泣いているかって?

 

 ――今、俺の身に起こってる不条理にだよ!

 

 1人置き去りにされた鎮守府で。

 暴風雨が吹き荒れるという極度の悪天候の中。

 迎え撃つのは、フラグシップ級大型艦×5 + レ級エリート×1

 ……理不尽にも程があるでしょ!?無理ゲーってレベルじゃねーぞ!

 

 ちょっとばかし運命(笑)に当たり散らしたくなりましたよ。

 ……でも、諸々の理由で逃げられないし。

 そもそも、ここまで来ちゃったら逃げられる距離じゃない。

 だったら、いっちょ腹を括って――っと頑張ったんですよ、臆病者なりに。

 ……でもね。

 

 ――あかんです。苦しい苦しい。

 

 ガタガタ震える内心を何とか奮い立たせながら敵艦隊を再度確認。

 まずは先手を取って、少しでも戦いの主導権を――

 と思った矢先。なにか違和感を感じて、下に視線を向ける。

 そこにあるのは、嵐によって色を失い、波立っている海原。

 その灰色の色彩の中に浮かび上がる、一筋の白い航跡。

 それは、真っ直ぐにこちらに向かって伸びて来ていて。

 

 ……どこかで見た覚えがあるぞ、この光景。

 というか、元より忘れられる筈も無い。

 脳裏に甦るのは、あの初航海の時の記憶。

 計7発も叩き込まれた、あの痛み。

 沈没寸前まで追い詰められた、あの恐怖。

 忌まわしいその存在は、今でも拭い難い恐れとして身体に刻み込まれている。

 

 そう。それは……魚雷DEATH!

 

 ……って!ちょ、いきなりかよ!?

 砲撃戦開始前の、一方的な雷撃。

 これは……アレか!?ゲームでいう開幕雷撃か!

 

 開幕雷撃――接敵後、戦闘開始前に一方的に相手に雷撃を見舞うという凶悪な能力だ。

 実行する艦の能力によって、攻撃力に幾らかの差こそあるが……

 うまくすれば撃沈、そこまではいかずとも有効なダメージを与えられる可能性が非常に高いという、半ば反則気味の強力な攻撃。

 これを実行できる艦娘は、ごく僅かなんだけど……

 深海棲艦側でこの能力を備えちゃってる、「お前空気読めよ!」な奴がいるのだ。

 

 それが、今、俺が相対してる艦隊のど真ん中に居座ってる超越艦――戦艦レ級エリートである。

 ゲームプレイ中でも幾度となく悲鳴を上げさせられた、その開幕雷撃攻撃。

 その脅威は、一目見ただけで感じ取れた。

 ……いかん!こんなのまともに喰らったら、腹に大穴開けられてしまう……!

 ってな訳で慌てて回避。

 駆動機関を勢いよく稼働させ、航路を懸命にずらす。

 そうやって捻った船体の真横。

 そう遠く離れていない所を、魚雷は海中を切り裂きながら突き抜けていく。

 ……と、とりあえず、回避成功、か。

 いや~(顔には全く現れていないだろうけど)凄く焦ったわ~

 金剛さんボディのおかげで、なんとか喰らわずに済んだけど。

 ……でも、おかしいな?

 ゲームだと、開幕雷撃よりも先に航空機による攻撃が入る筈なんだが……

 ――なんて考える間もなく、敵戦艦群から雨あられとばかりに砲撃が浴びせられて来た。

 その精度は非常に高く、次々と付近に着弾して海面を割り、幾本もの水柱を立てる。

 やっば!完全に相手に主導権を握られたか!?

 慌てて相手側に反撃しようとしたら、今度は遥か頭上から聞こえてくる駆動音。

 ――見るまでもない。敵艦載機による航空攻撃だ。

 上空からこちらに迫ってくる幾多もの機影。

 整然と陣形を敷き、一糸乱れずに隊列を組んで突っ込んでくる。

 雲霞の如く群がってくるその様は、言いようの無い薄ら寒さを感じさせて――

 アレに取り付かれたらマズイ!

 そう思って対空攻撃の準備をしたら――

 ……あれ?なんか一斉に離脱していく?

 一体、何がしたいの?

 

 と、そこで再び脳に電気のような感触が奔った。

 さきほどの開幕雷撃のときと同じ感覚。

 無意識のままに視線を海上へ向けると、こちらへと牙を剥いて海中を迫ってくる航跡。

 

 航空機は、この攻撃から目を逸らさせるための陽動か!

 その上、また雷撃かよ!とりあえず、回避行動を……!

 そう思って回頭した舳先の直ぐ傍の海面が、割れた。

 あ、あぶねっ!マジ危ない!

 一体、どこから……って考えるまでもなかった。

 此方に砲口を向けている敵戦艦群からの砲撃だ。

 

 ……その瞬間、悟った。

 こいつら――脳筋じゃない。

 

 破壊しか頭に無いなら、一斉に突撃してくるはず。

 だが、奴等は各々でタイミングをずらして攻撃してきた。

 雷撃→砲撃→空撃→雷撃→砲撃→……

 しかも、それら全てが見計らったかのような絶妙なタイミングで、だ。

 航空攻撃を最初に仕掛けなかったのも、他の攻撃との兼ね合いのために敢えて放棄したんだな、多分。

 ゲームのシステムと違うことすんなし!……などと、突っ込む余裕も無い。

 圧倒的な戦力差の上に、計算された戦い方。

 ……こんなの相手に、どうやって光明を見つけろと?

 力だけで押してこられたのなら何とかなったかもしれないけど、こうも徹底して来られては……

 こりゃ早くもチェックメイトですかい。とほほほ……

 

 

 ……

 ………

 などと思っていたのは、どれくらい前のことだったでしょうか。

 開戦してから、既に結構な時間が経過したように感じられるけれど……

 

 今も、こうして無事に立っております。

 夥しい数の砲弾やら爆弾やら魚雷やらが休む間もなく降ってくる中で。

 ――まともなのは、一発も貰っておりません。

 相手は間違いなく最高レベルだ。

 各艦の息の合った苛烈な攻撃。

 先程までは牽制に回っていた奴が、何時の間にか攻撃役を担っていたり。

 前に出て来ていた奴が、気が付いたら後方に下がっていたり。

 速攻性と連携性を組み合わせた、変幻自在の波状攻撃。

 

 ……そんな中で、未だに五体満足でいられる訳は1つ。

 ――見える!――

 ……これであります。

 え?ふざけてないでちゃんと説明しろ?

 いや、これがマジなんデス。

 今、接近してきている航空隊は囮だな~、とか。

 この砲撃は牽制で、この後に本命の一撃が来るな~、とか。

 そういうふうに、あらかじめ解ってしまうのだ。

 で、それに従って体(というべき船体)が動く。

 これら一連の動作が、意識するまでもなくできるのです。

 呼吸するかのように、ごく自然に。

 そうやって、相手の怒涛の攻撃を全て紙一重で躱していく。

 ……図体のでかい戦艦でここまで避け続けるって……相当凄いんじゃね?

 ここまでできているのは、もちろん俺によるものなんかでは無い。

 装備の問題でも無く、ましてや運なんていう次元じゃない。

 奇跡とも思えるような難行を成しているのは、金剛さんの技量によるものだ。

 

 ひたすらに積み上げてきたであろう、戦歴・経験。

 身体に染み付くまでに昇華された、結晶化した極限のカタチ。

 

 金剛さんが創り上げた、ソレ――気取った言い方をするなら[心眼]とでも呼ぶべきだろうか。

 それが、未来予知のような対応を可能にしているのだ。

 金剛さん、マジぱねぇ……!

 よっしゃああ!これならいける!

 

 …

 ……とはならないんですな、これが。

 まず、余りにも酷い戦力差。

 相手の攻撃の手数が多すぎて、それを防ぐだけで精一杯なのだ。

 いくら金剛さんでも、有効打となる砲撃を放つには幾らかの集中力と時間が必要になる。

 目標を定め、距離を測り、照準を合わせる――この動作は省けない。

 無論、チートキャラの金剛さんである。この機動に要する時間は限りなく短い。

 ……けれど、その微かな時間ですらも要することは許されないのだ。深海棲艦艦隊の一斉攻撃の前では。

 今は、全精力を防御に注ぐことで何とか持ち堪えている状態。

 そんな状況下で、奴等の攻撃に対する回避や牽制に費やしている時間を少しでも他の所へ回したりなどすれば……次の瞬間には蜂の巣になってしまう。

 故に、反撃を繰り出す暇すらなく。できることと言えば、威嚇と牽制が精々。

 ……それでも、ごく稀に訪れる空白の時間を縫って、相手に砲撃を繰り出して被害を与えているんですけどね……ホントにスゴイわ、金剛さん。

 彼女なら、相手が最上級の深海棲艦であろうが。

 1対1なら確実に撃沈できる。

 1対2でも負けは無い。

 1対3でも戦ってみせる。

 ……でも、1対6は些かキツい。数の暴力という奴である。

 

 ……そして、もう1つ。

 その、ですね……

 …

 ……

 ――中身の俺の精神が、もういっぱいいっぱいなんですゥ!

 戦闘開始当初から、相手の砲撃が至近に着弾しまくるわけですよ。

 喰らったら一発KOなのが、何発も何発も船体の直ぐ傍に着弾して、特大の水柱を立てていまして……

 

 ――絶叫系マシンに安全装置無しで乗ってるかのようなこの究極状況に、俺のガラスハートが耐えられるわけないデス!

 

 って、ひぃぃっ!?

 今、またすぐ傍に、多分レ級のものである砲弾が着弾したし!

 だ、だいじょぶダイジョブ!

 あ、当たらなければ、どうということは無い!

 …

 ……でもね。

 ――当たったら、お終いなんですよぉぉぉ!

 ムリぽ!もうムリぽ!

 胸中大泣きです!誰か、誰か助けて下さいっ!

 

 ……なんて悲鳴を上げようとも、鋼鉄金剛さんは眉1つ動かさず。

 俺の悲痛な叫びは、誰にも届くことはないのであった……

 

 

 …

 ……

 え~、ごほん。

 とまあ、そんな風に魂が体から離れかけ、幽体離脱体験をしていたワタクシですが……

 今再び、意識を取り戻しております。

 へ?

 その理由っすか?

 まあ、簡単に言ってしまいますと……

 

 金 剛 さ ん 、 壊 れ す ぎ 。

 

 開いた口が塞がりませんよ。

 金剛さんボディじゃない、本来の俺だったら馬鹿みたいに大口開けたままだったろうな。

 ……うん。でも、大抵の人ならこうなっちゃうと思うんです。

 目の前の、この情景を見れば。

 

 圧倒的な数と戦闘力を以て展開していた深海棲艦勢力。

 ゲームなら間違いなくリセット一択であったろう、理不尽艦隊。

 ――それが、次々と傷を負わされていく。

 群れを成して襲い掛かってくる航空機部隊も。

 大火力とともに迫ってくる戦艦部隊も。

 そして、ゲーム上で理不尽なまでの強さを発揮するレ級エリートですら。

 

 おっと、今、遂にレ級エリートに砲撃が当たりましたよ。

 かなりいい位置にヒットしたんだけど……流石に35.6cm連装砲じゃ、装甲を簡単には貫き切れないか。

 ――と、甲板上からこちらを見ていたレ級エリートと目が合う。

 負の感情のみを灯した、人ならぬ化生の瞳。

 何の温もりも感じさせない目は、例え難いほど悍ましいように見えて……

 ――ハイ、ぶっちゃけ怖いです!

 おま、そんな目をこっち向けんなし!

 ち、ちびっちゃうだろ!?

 な、なにか。

「てめえ、よくもやりやがって」ってことか?

 じ、上等さあ!文句があるなら掛かって来いやあ!

 たっぷり相手をしてくれるわ!

 ……金剛さんが、ね。

 

 なんて、言い返せるだけの気力を持てているのも、金剛さんの凄まじい御力があるからなんですが。

 

 正直、色々と甘く見ていました。

 1対6が些かキツイ……?

 うん、そりゃあきつかったですよ――最初の頃は。

 でも、今は何というか……標的が増えたなあ、くらい?

 ざっくり言ってしまえば――金剛さんが慣れちゃったのだ。

 相手の攻撃のパターンや、艦隊行動の動きに。

 読み切るまでは対応する相手が多いから大変だったし、危険性も高かった。

 ……だけど、分析が済んでしまえば些か手間が増えてしまうだけ。

 おかげで、徐々にではあるが、防御に回していた力を攻撃に転ずることもできるようになり。

 少しずつではあるが、砲撃に割ける時間も多くなってきた。

 もちろん、それだけで直ぐに終局まで持って行けるほど甘くは無い。

 相手側――深海棲艦だって意志を以て動いているのだ。

 全てがこちらの思惑通りには行かない。

 ――ただ、徐々にこちらが有利になりつつあるのは、紛れも無い事実だ。

 

 ……これだけの時間で、深海棲艦の精鋭部隊の行動を読み切り、おまけにそれに対応しちゃうとか……

 これ、もはやチートって域じゃないな。

 バグレベルだ、この凄まじさは。

 

 …

 ――金剛さん。貴女は、何者ですか……?

 

 ……なんて。そんなことはどうでも良いよな。

 ここでシリアス系の主人公ならば、様々な思考や悩みに懊悩するところなんだろうけど……

 俺にとって、そんなことはどうでも良いのだ!

 この場面で大切なのは、ただ1つ――

 

 ――これで、生き残れる――

 

 この1点のみ!

 かっこ悪いのは百も承知。

 情けない、醜いなどと言われても何も返せない。

 でも、凡人の俺にとっては、生き残るということが最優先課題なのデス!

 ……物事を楽しめたり。また、悩んだり。

 そういった「生」の醍醐味は、生きているからこそ味わえるもので。

 もし、命が絶たれてしまえば……もう二度と味わうことはできない。

 命というものは、無くしてしまえば二度と取り返しのつかない重いモノなのだ。

 それがあるからこそ、人の様々な幸福があるのだ。

 

 ……そう。

 第六駆逐隊の皆の姿を愛でたい、ハァハァしたいという俺の幸福だって!

 生きていればこそ、なのだ!

 

 ……まあ、それに。

 ワケ解らん運命(笑)で降り立ったこの世界だけど、ここでの日々は悪いもんだけじゃない。

 いつかは夢から覚めてしまうように突然終わってしまうかもしれないけど。

 それまでの間だったら、出来る限り無事で過ごしたいな、とも思う訳です。

 第六駆逐隊の面々と一緒に過ごしたり。

 鎮守府での仕事をこなして、彼女達の力になったり。

 あと、イケメン君の笑顔だって…

 …

 ……いや。最後のは、ちゃいますがな。

 イケメン君に恩も返さないといけないし、だな、うん。

 

 ま、そんなことで。

 此処を、なんとか生き残らにゃならんわけです。

 

 という訳で……

 

 ――覚悟するがよい、深海棲艦共!今、引導を渡してくれるわぁ!

 …

 ……金剛さんが、ね♪

 

 

 ――

 …

 ……

 ………

 この時の俺は、勝利を疑っていなかった。

 それは決して自惚れでは無かったと思うし、事実、このままいけばそうなっていたはずだ。

 ……そう。何も、なければ。

 

 こんなことを、誰かから聞いたことがある。

 

「偉人の築いた道を壊すのは、いつだって凡人だ――」

 

 

 




ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。

まず最初にお詫びさせて頂きます。
引っ越しに伴うPCネット環境の移行不備の関係を活動報告にて、報告させて頂いていましたが……
その際、最初は12月6日か7日に次話投稿と述べていましたが……結果的に遅れる形となってしまいました。
以後、同じようなことを繰り返さないように致します。
大変申し訳ありませんでした。

さて、中身についてですが……
何時もの通り、反省の嵐ですね。
特に前半(11話目)は量が多過ぎて纏めきれず、対してこちらは量も中身もスッカスカ。
これだけ更新期間空けといてこれとか……ダメダメですね。もっと精進します。
もっと上手く書けるようになりたい

でも書けない上に遅い

結果として更新も遅くなる

という悪循環エンドレス。
これをなんとかしたいです。
正直、道は遥か彼方ですが……少しでも拙作を面白くすべく、なんとか頑張ります!
唯でさえ乏しい筆力は衰えても、意欲だけは衰えませんので!

恐らく、年内の投稿はこれで最後になると思います。
最近は一段と寒くなってきていますので、お気を付けください。
皆様が良い年を越せますように。

P・S 秋イベント、参加したかったなあ……秋月ちゃんを、お迎えしたかった…(涙)


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12 鎮守府防衛戦・中

大変申し訳ありませんでした。
13話目、投稿させて頂きます。

※レ級ちゃんファンの方には不愉快な描写が出てきます。
 つらい方は無理せずにお戻り下さい。
 ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。

※感想によるご指摘を受け、H27.9.2、9.4に誤字訂正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!

※感想によるご指摘を受け、H27.10.28に一部改訂しました。
 ご指摘、ありがとうございます!



 嵐という、荒々しい星の息吹。

 それは、今のこの場所――海においては、さらにその牙を露わにする。

 遮るものの無い海上。

 真っ向から吹き付けてくる暴風雨によって視界は遮られ、足元には荒れ狂う波が口を開けて広がる。

 黒雲と雷鳴、豪雨によって暗くなった世界の中で、圧倒的な力が剥き出しの身に襲い掛かってくる。

 ――剛の者であっても思わず身を固くしてしまうような、無慈悲なる暴虐。

 

 しかし。彼女達に対しては、そんな猛威も意味を成さない。

 彼女達が立っているのは、その嵐の真っ只中の海原を進んでいる船の上。

 眼下の荒波によって大きく揺らされる甲板上は、大の大人でも立つことすらままならない。

 硬さを持たないはずの雨粒が、まるで針のように顔面に突き刺さり。

 形をとらないはずの風が、風圧という暴力として体に叩き付けられる。

 けれども、その中に身を置いている彼女達――第六駆逐隊の4人は小揺るぎもせず。

 しっかりと開けた目を、逸らすことなく前方へ向けている。

 そこに広がっているのは、猛烈な雨と風によって猛っている海面。

 ……だが、そんな大自然の猛威も、彼女達の眼中には無い。

 意識が向けられているのは、この風と波を幾つも超えた先の彼方に在る場所。

 自分達が身を置いている拠点であり、返るべき所――鎮守府だ。

 艦娘として生まれて来てから身を置いてきた其処は、彼女達にとっては単なる防衛拠点では無い。

 今までの苦労や喜びが詰まった、大事な場所だ。

 

 ――だが。今、その方角に向けられている視線は険しい。

 常であれば柔らかな輝きを浮かべている瞳が、今は固く硬直しており。

 力強さと優しさを宿している小さくも大きな背中は、この瞬間には、他者を寄せ付けぬ近寄り難さを醸し出している。

 

「(――無理もないな)」

 

 艦の艦橋の中に身を置いている青年提督は嘆息した。

 窓越しに一望できる、広大な甲板上。

 そこに見える4人の雰囲気は、いつものものとは程遠い。

 いつも纏っている温もりは影を潜め、余裕や配慮は抜け落ちて。

 代わりに燻っているのは――不安と焦燥。

 普段であれば広く周りに向けられている視点が、今はひどく狭まっていて。

 ――思考にあるのは、自分達の鎮守府のことのみ。

 ……しかし、それは彼女達に限ったことではない。

 かくいう自分も、冷静さを何とか保つので精一杯なのだ。

 

 ……だが、そうなってしまうのも当然だと思う。

 それだけの事態が発生してしまったのだから。

 

 自分達の拠り所である鎮守府。

 そこを不在中に襲撃され、しかも、そこには大事な仲間達が居るのだ。

 自分達を影から支えてきてくれた妖精さん達が。

 そして、とても不器用で、とても暖かな【彼女】が。

 

 こんな状況で落ち着けというのが無理な話だ。

 今、直ぐにでも飛び出していきたい――それが4人の心境だろうし。

 それは青年提督とて同じだ。

 

 目の前に広がっている光景を見れば、それは一目瞭然。

 艦橋内の、広い室内。

 そこの中央付近の椅子に腰かけている彼の前に置かれている巨大な机。

 その広大な机上には、鎮守府近海の海域図や様々な書面資料が溢れていた。

 幾枚も広げられたそれらには、マーカーでラインが引かれていたり、細かな書き込みが加えられていて。

 それが、彼がどれだけ状況の把握と打破に思考を振り絞っているかを無言のうちに語っている。

 

 ――だが。

 

「くそっ……」

 

 小さく吐き捨て、青年提督は手にしていたペンを机上に放り投げると、顔を両手で覆った。

 ……打開策が、思いつかないのだ。

 どうシミュレートしても、ここを乗り越える状況が見えてこない。

 そして、同時に1つの光景が脳裏に浮かんできてしまう。

 

 ――妖精さん達は誰も脱してくることができず。

 そうして、【彼女】は沈んで――

 

「(何を考えているんだ……!)」

 

 慌てて頭を振り、その思考を振り払おうとするが、一度思い浮かべてしまった情景は、頭にこびり付いたまま離れてくれない。

 

 ……そもそも、こんな状況を招いてしまったのは他ならぬ自分だ。

 

 先日、精鋭潜水艦隊を撃沈した以上、当分の間は深海棲艦勢力の動きはあるまい。

 その間ならば、鎮守府の守備は【彼女】1人でも大丈夫だろう。

 

 ――その思い込みで、今のこの状況を招いてしまったのだ。

 顔を握りつぶさんばかりに、覆った両手に力を入れて――

 

 

「あまり思い詰められては、御体を壊しますよ」

 

 穏やかな声が、それを止めた。

 静かに包み込みような声音が、袋小路に入っていた思考に染み渡っていく。

 声が発せられたのは、青年提督の斜め後方。

 この距離になるまで気配に気付かぬほどに、己の中に埋没してしまっていたらしい。

 

「(いかんな……)」

 

 凝り固まってしまっていた自身に嘆息しつつ、気遣うようにかけられた言葉に礼を返すべく、顔を回した。

 

 そこには、一人の乙女が居た。

 透き通るように腰まで伸びている銀の長髪。

 巫女のような和装で包んだ、柔らかさとしなやかさを併せ持った身体。

 穏やかで理知的な瞳を持つ端正な鼻梁は、美貌と表現するのに相応しい。

 大和撫子――そう称するべき乙女。

 そこから発しているのは、人知を超えた者が持つ圧倒的な存在感。

 それは、彼女もまた、軍艦の化身たる艦娘であることの証。

 

 今、青年提督と第六駆逐隊の4人を載せて鎮守府へと急いでいる巨大な艦船。

 独特なフォルムを持つ、航空戦の要となる軍艦。

 船体上面一杯に巨大な飛行甲板を備え、航空戦力を有する艦種――正規空母。

 そのうちの1隻である正規空母、翔鶴。

 その艦娘の1人が彼女であり、袴富士少将が送り出してくれた援軍だ。

 

「心配をかけて、すまない」

 

「いえ、お気になさらず。少しでも英気を養っておいて下さい」

 

 青年提督の言葉に微笑を返すと、彼女は窓の外に広がる嵐に目を向ける。

 ただ、それは単に外を見ているだけでは無い。

 

「今のところ、偵察機も未だ何も発見していませんし」

 

 ここではない何処かを見据えているような視線。

 そう。見ているのは此処では無く、偵察機を通した彼方の光景だ。

 

 艦載機を搭載した艦娘は、その機体と己の視界を同化させることができる。

 これにより、遠く離れた場所の光景でも、目の前に広がるものをして認識できるのだ。

 正規空母である翔鶴も当然、この能力を有しており。

 袴富士少将の鎮守府を出港した当初から四方八方に偵察機を発し、周辺の状況を逐次把握することに努めている。

 

 ……それだけの負担を掛けていることが申し訳ない。

 

 正規空母である翔鶴にとっては航空機の運用などお手の物。

 偵察機を複数機飛ばすことなど、片手間にこなせるだろう。

 ……こんな状況でなければ、だが。

 窓の外を見れば、豪雨と強風が吹き荒れている嵐。

 そんな状況で航空機を飛ばすのは、相当な負担が掛かるはずだ。

 ……さらに、彼女に掛かる負担はこれだけでは無い。

 青年提督は、窓の外に目を向けた。

 そこに広がっているのは、一面の海で、どこまでも景観は変わらない。

 ……その為に解り難いが、よく注意を凝らせば解るはずだ。

 景色が、猛烈な速さで後方に流れていくことに。

 それはつまり、それだけの速さを出しているということ。

 

 妹艦の瑞鶴が並外れた幸運を宿していたことから、それと対比されて〔被害担当艦〕などという陰口を叩かれる翔鶴だが、その性能の高さは折り紙付きだ。

 16万馬力を誇る出力は、あの大和型戦艦すら上回る。

 その全力を発揮すれば、高速艦と呼べるだけの速力を出せる。

 事実、かって原体であった頃は、護衛の駆逐艦を置き去りにしてしまったという逸話すら持つ。

 それは今この時でも変わらず、翔鶴の現在速度は第六駆逐隊と五分か、或は凌駕しているのではないかと思わせるだけの速度を叩き出している。

 

 だが、全力航行は船体に大きな負荷を掛ける。

 

 荒天の中の偵察機派遣と全力航行という二重コスト。

 これだけの高速度を出しつつ、周辺に隈なく偵察機を出すというのは、かなりの苦行。

 翔鶴の穏やかな表情は出港当初から変わっていないが、その実、彼女には相当な負担が掛かっているはずだ。

 

 ……そこまでの負担を背負ってくれている彼女に対し、自分達はきちんと報いているのだろうか。

 搭乗させてもらうときに礼は述べた。

 だが、その後は自分達の思考に埋没するばかりで。

 労いや気遣いの言葉の一つも掛けていない。

 身を賭して自分達を運んでくれている彼女に、それは余りにも失礼ではないだろうか。

 

 そう思い、青年提督は口を開こうとして――

 

「前方に艦影を発見!」

 

 翔鶴の報告に、出そうとした言葉は奥に引っ込み、椅子から勢いよく立ち上がる。

 その反動で、椅子が微かに軋んだが、今の青年提督にはその様子は目に入っていなかった。

 一刻も早く、情報の詳細を知りたくて。

 艦橋のドアが勢いよく開かれたのは、その時。

 そこから、第六駆逐隊が転がり込むように入ってくる。

 

「司令官……!」

 

 先頭に立つ暁が思い詰めたような顔を浮かべている。

 それは後ろの3人も同様。

 

 彼女達に何か知らせたわけではない。

 だから、彼女達が翔鶴の報告を知り得ることなどできなかったはずだ。

 なのに、まるで何か起こったことを即座に悟ったかのようなタイミング。

 ……今、彼女たちの感覚は鋭敏になっている。

 仲間達がどうなっているのか、一刻も早く知りたいという欲求で。

 それにより、何も言わずとも状況の変化があったことを感じ取ったのだろう。

 そうしてこうやって駆け込んできたのだ。

 

 そんな気持ちを汲み取り、青年提督は翔鶴に目線を向ける。

 それを受けて、翔鶴は言った。

 

「今、画像を出します」

 

 そう言うと、艦橋の中央付近にある大きなモニターに電源が点った。

 人類の技術の進歩は目覚ましいが、艦娘にもその恩恵は行き渡りつつある。

 その1つが、このモニターだ。

 航空機との視界同化能力を持つ艦娘は、回線を繋ぐことで、捉えた視界をモニターにと投影することができる。

 これにより、よりリアルタイムに情報を収集・分析することが可能になった。

 とは言え、極めて高価な上に艦娘にも負担が掛かるため、まだまだ流通には乗っていない。

 潤沢な資金と複数処理を熟せる高い技量を持つ艦娘が揃って、初めて有効に使える装備なのだ。

 

 

「それにしても、驚きました」

 

 モニターに映像を投影しながら言った翔鶴の言葉に、青年提督は顔を向ける。

 驚いた、とは…?

 

「いえ、これだけ短時間で艦艇と接触できるとは考えていませんでしたから」

 

 制圧部隊による強襲と、妨害電波によって封鎖された連絡・情報網。

 その上、周囲には大嵐が渦巻いている。

 そんな悪条件下の中では、まともに撤退路を選択することなどできないだろう。

 だからこそ、翔鶴は東西南北に偵察機を飛ばしていたのだ。

 まともな航路からは外れているに違いないと思っていたから。

 

 だが、今発見した艦影は、こちらの進行方向と合致するようにして現れた。

 つまり、正しい航路を選択してきたということだ。

 

 こんな最悪の状況下の中でそれを可能にするには、最先端の設備機材か、それすらも上回るような熟練の判断能力が無ければ不可能だ。

 だが、青年提督の鎮守府にそんな最新鋭の設備があるわけも無い。

 となると、考えられるのは1つ――

 

「金剛さんなら、それぐらいできるわ」

 

 弾むようにして放たれた雷の言葉が、その答え。

 

 そうだ、【彼女】ならば、それくらいのことはやってのける。

 そして、そんな【彼女】のことだ。

 きっと、妖精さん達と共に無事に逃れてきてくれているはず。

 

 だから、発見された艦影というのは、【彼女】のことに違いない。

 

 そんな期待を持って視線を向けられたモニターに映るのは……

 

 

 

「……避難、艇?」

 

 そこに映ったのは、【彼女】の巨大艦影では無かった。

 5人も見覚えのある小さな船影は、鎮守府に万が一のことがあった時のために、と備え付けていた避難艇。

 その避難艇が此処にあるということは、妖精さん達が無事に脱してきてくれたということ。

 それは、非常に喜ばしい。

 それこそ、跳び上がってしまうほどに。

 

 ……なのに、それができないのは……

 

「こ、金剛さんは……?」

 

 電が、今にも泣き出しそうな声で言った。

 

 ――そう。

 もう一人の大事な仲間――【彼女】の姿が無いからだ。

 てっきり妖精さん達と共に逃れてきてくれたと思っていたのだが……何故?

 

 …

 ……

 ……そんなの、考えるまでも無い。

 

「(金剛っ……!)」

 

 青年提督は、込み上げてくるものを耐えるのに必死だった。

 

 表情を見せず、口を開かず。けれど、誰よりも優しい【彼女】がどうするかなど、火を見るより明らかだ。

 

 ――【彼女】は、1人、残ったのだ。

 妖精さん達が、確実に逃れることができるように。

 その為に、己の身を囮にすべく、あの大艦隊に単身で立ち向かって――

 

「――全速前進します!」

 

 そんな青年提督と第六駆逐隊の様子に何かを感じ取ってくれたのか、翔鶴は即座に行動を起こした。

 凛とした声と共に、巨大な船体が海原を滑っていく。

 揺れる波も吹き抜ける暴風も物ともせずに進んでいく様は、流石と言うよりない。

 その操艦の前に、そう時を置かずして、今まで何も見えなかった前方に避難艇の小さな船影が見えてきた。

 

「――あれ……!」

 

 それを目敏く確認した雷が声を上げる。

 こんな時ではあるが、大切な仲間である妖精さん達を確認した声には安堵感が滲み出ていて。

 

「目標確認。接舷及び回収に移ります」

 

 その声を最終確認とし、翔鶴は作業を加速させる。

 そこからの動きも圧巻の一言。

 忽ちのうちに距離を詰めると、自らの巨体が引き起こす波に避難艇を巻き込まないように、慎重かつ迅速に回り込み。

 そして、乱れることなく止まった。

 

「(凄い……)」

 

 こんな悪条件の中で、これほど自在に船体を動かす。

 卓越した技量と、たゆまぬ鍛錬がなければできない芸当だ。

 改めて翔鶴の凄さを認識させられる。

 

 だが、それを口に出して伝えるのはもう少し後にしよう。

 今はとにかく、妖精さん達が健在であることをこの目で確かめたい。

 

「回収作業を開始しましたから。早く、会ってきてあげて下さい」

 

 微笑とともに向けられた翔鶴の言葉。

 ……もはや、感謝の言葉も無い。

 彼女の気遣いに青年提督は無言のまま深く頭を下げると、椅子から腰を上げて艦橋から飛び出した。

 すぐさま後に続いた足音は、第六駆逐隊の面々のものだろう。

 解りきったことをわざわざ確認する必要も無い。

 青年提督は振り返らず、足を止めない。

 

 早く、仲間の無事を確かめたい――

 

 その一心で、接舷場へと飛び込んだ面々。

 

 風と雨が吹き付けるそこには、次々と乗り移ってくる妖精さん達。

 顔には張りは無く、いつものあどけなさは欠片も窺えない。

 疲労困憊――まるで、敗残兵のような面持ちだ。

 ……けれど、その中で顔の見えない者は1人もいない。

 鎮守府で自分達を支えてくれた妖精さん達が、誰一人欠けることなく来てくれた。

 

 ――そのことが、堪らなく嬉しくて。

 

 が、その喜びに浸る間は無かった。

 青年提督が声を掛ける前にあちらから気付いたのか、妖精さん達が体をこちらに向ける。

 その中から、妖精さん達全員の仕切り役であるリーダー妖精さんが歩いてきた。

 

 ……窮地から無事に生還したというのに、その顔は晴れず。

 今にも泣き出してしまいそうで。

 他の全員も、一様に同じ表情。

 

 彼女たちからの精神感応を受けるまでもなく、抱いている感情を察することができた。

 

 ――動揺と、憔悴。

 それを生じさせている原因が何か、など問うまでも無く解る。

 

「(金剛……!)」

 

 そう。

 此処には居らず、今もなお危地に身を置いているであろう【彼女】のことだろう。

 

【彼女】は、今どうなっているのか。

 ……聞くのは、怖い。

 だが、問わない訳にはいかない。

 どんな結果が待っていたとしても、だ。

 

 唾を呑み込み、青年提督は問い掛けようとして――

 

『目的地の映像を確認!』

 

 艦橋からの翔鶴の緊急報告に、言葉にできずに終わった。

 

 どうしても知りたかった、あともう一人の仲間が身を置いているであろう場所の情報。

 先程まで全く乱れた様子のなかった翔鶴の声に切迫した響きが混じっていることも、青年提督の集中力がそちらに向けられる要因になった。

 

 ふと視線を感じると、そこには妖精さん達が此方に目を向けていて。

 

 ――自分達のことはいいから、早く状況を確かめてほしい。

 

 こちらへと据えられた視線は、そう言っていた。

 憔悴した我が身も顧みず、それよりも【彼女】の状況を知りたいと。

 

 

「君達が無事で、良かった」

 

 安堵に満ち溢れた声で柔らかく言い、青年提督は再度、身を翻す。

 急な動きに肉体が悲鳴を上げているが、顧みる余裕は無い。

 息を乱れさせたまま艦橋へと駆け戻った青年提督と、その後に続く第六駆逐隊の4人。

 その面々の目に入ってきたのは、モニターに映る映像。

 

 自分達が身を置き、守り抜いてきた防衛地――鎮守府。

 馴染み深く見慣れた地。

 ――その景観が、今、全く別のものに変貌していた。

 青年提督と第六駆逐隊、妖精さん達の尽力によって秩序を保たれていた平和な海。

 ……そんな平時の姿はどこにも無く。

 そこに在ったのは、大気を灼く熱気と剥き出しの悪意によって彩られた戦場。

 

「(……やはり、襲撃されていたか)」

 

 事前予測から、既に間違いない事態と覚悟はしていたが……

 こうして実際に目にすると、心中穏やかではいられない。

 とにかく、状況を確認する必要がある。

 戦場を俯瞰しようとした青年提督は――

 

「――!?」

 

 そこで、目を剥いた。

 

 戦艦ル級フラグシップ2隻。

 戦艦タ級フラグシップ1隻。

 空母ヲ級フラグシップ2隻。

 そして、戦艦レ級エリート1隻。

 

 

 凄まじいとしか形容しようがない、超攻撃的重量艦隊。

 それこそ、艦隊決戦でもなければお目に掛かれないような編成だ。

 

 ……だが、青年提督が驚いたのは艦隊編成のためではない。

 ――その大艦隊が、少なからぬ被害を受けていたからだ。

 

 レ級エリートは、損害こそ軽微ではあるが被弾しており。

 2隻の空母ヲ級フラグシップは被弾こそないものの、その艦載機を大きく減じさせている。

 そして、前衛を務めていたであろう3隻の戦艦群については――

 中破損害が1隻、小破損害が2隻。

 艦隊として戦闘不能ではないが、無視はできないダメージだ。

 何より、前衛の3隻の戦艦がここまで被弾しているということは、対峙した相手に押し込まれていることを意味する。

 

 そして、この状況で対峙している相手など、決まっている――

 

「単艦で、これを……!?」

 

 翔鶴が、震える言葉を絞り出した。

 そこに込められているのは――紛れもない、畏怖。

 深海棲艦と戦い抜いてきた歴戦の強者である翔鶴だからこそ、感じた慄き。

 これだけの艦隊と対するには、こちらも最精鋭の戦艦や正規空母を揃えねばならない。

 そして、それでもなお戦況としては五分か、やや不利に陥るだろう。

 それだけの戦力なのだ、ここに映っている深海棲艦艦隊は。

 

 ――それを、単独で押し返すなど……

 

 だが、青年提督と第六駆逐隊が浮かべたのは、喜び。

 只者では無いとは思っていたが……まさか【彼女】が、ここまでの実力者とは。

 でも、それだけの戦闘力を有しているのなら、きっとこの局面も……!

 

 そうして期待を込めて向けられた視線が、映像の一点で、凍り付く。

 

 

 一面が火の海と化した甲板。

 圧し折れ、ひしゃげた艦上構築群。

 黒煙と火花が、至る所から噴き出している船体。

 

 ――もはや、軍艦としての能力を喪失したその艦影が誰のものかなんて、解りきっている。

 自分達を暖かく見守ってくれたヒトの姿を、見間違うことなんて……ない。

 

 

 全身余すところなく砲雷撃を浴び、気息奄奄となっているのは。

 間違いなく、【彼女】で――

 

 誰が上げたのかも解らない悲鳴が、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「(勝った、か……)」

 

 勝利を確信した瞬間、戦艦レ級エリートに湧き起ったのは、高揚や昂り等ではなく。

 

 ――限りない安堵、ただそれだけだった。

 

 常日頃から浮かべている不敵な嗤いなど、浮かべる余裕もなく。

 憔悴しきった貌を浮かべるその姿は、普段の姿からは想像もつかない。

 

 けれど、随伴艦の中の1隻として、そんなレ級に侮蔑や軽蔑を向けたりなどしない。

 何故ならば自分達もまた、レ級と同じような様相を晒しているからだ。

 

 戦艦3隻の小中破と、自らが受けた被弾。

 空母は艦載機の大半を喪失。

 

 そんな自軍の被害を確認し、レ級エリートは視線を前に戻す。

 前面に広がっている景色。

 黒煙を上げている鎮守府。

 そして、炎に焼かれて死にぞこないとして漂い。

 それでいてなお、自分達の前に立ち塞がっている一隻の旧式戦艦。

 

 それが、今回自分達が上げた戦果だ。

 これだけの大型艦隊が出撃して上げた戦果としては、余りにも寂しい――

 あくまで結果だけをみれば、そうとしか思えないだろう。

 

 だが、レ級エリートはそうは思わない。

 

 ――あんな怪物を、たった6隻で何とかできたのは僥倖だった――

 

 冗談でも何でもなく、心底からそう思う。

 

 戦闘力を失い、海上を力なく漂うばかりの敵戦艦。

 ……一歩間違えば、ああなっていたのは自分達だったのだ。

 冷や汗と共に、レ級エリートは先程までの状況を思い出す。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「(――こちらの、負け)」

 

 体を震わせながら、レ級エリートは判断を下した。

 対峙したのは、たった1隻の旧式戦艦。

 それならば直ぐにに片が付くだろう。

 ……そう思っていたのだ、開戦前は。

 

 ……それなのに、蓋を開けてみればこれだ。

 大型艦隊すら葬れる怒涛の砲雷撃は通じず。

 戦艦群は痛打を喰らい。

 空母群は艦載機を大量に失い。

 あまつさえ、この自分までもが被弾した。

 

 その結果を受けて、レ級エリートは悟った。

 自分達の敗北だ、と。

 すでに形勢は逆転しつつあり、そう時間を置かずして【奴】は此方を全滅させるだろう。

 これだけの艦隊で攻めながら、たった1隻に弾き返される。

 それは確かに恥辱であり、屈辱だ。

 

 だが、厳然たる事実なのだ。

 自分達では、【奴】には勝てない。

 怒りに身を震わせ。それでもレ級エリートは旗艦として命令を下す。

 

 空母ヲ級フラグシップから、艦載機が飛び立つ。

 大幅に減じた機数で、それでも編隊を組んで飛び立っていく。

 目標は……【奴】では無い。

 その防空網を高高度で躱し、ターゲットへと接近。

 各機が、一斉攻撃を開始する。

 放たれた攻撃は、どれも正確な弾道を描いて着弾し――

 爆炎と、それに伴う多量の噴煙を吹き上げた。

 

 全弾、命中。

 回避された弾は無い。

 

 ……それは当然。

 なぜなら、標的は動かないのだから。

 航空機隊の標的は、【奴】では無く。

 ――【奴】の後方に在った、鎮守府。

 

 直接の戦闘で敵わない以上、ここで取り得る手段は撤退しか無い。

 ……が、その前に打てるべき手は打っておく必要がある。

 それが、【奴】の拠点である鎮守府に被害を与えておくことだ。

 いくら化け物であろうとも、物資・資材なしでは戦えまい。

 ここでそれらを焼き払っておけば、再度、調達する必要があり。

 そして、それには相応の時間が掛かるだろう。

 戦艦が戦闘を行うには多量の物資が必要であり、十分な量が確保されなければ満足に戦うことができない。

 奴が十全の力を発揮するための量を確保するには、それなりの時間が掛かるはず。

 十分な量を確保するまでは、攻勢には出てこない。

 それによって、進軍速度を鈍らせることができる。

 

 ……とは言っても、結局のところは最後っ屁のようなものでしかない。

【奴】の侵攻をいくらか抑えるだけの、時間稼ぎでしかないのだから。

 

 だがそれでも、何もしないよりかはマシだろう。

 そう思い、第二次攻撃を命じようとして……

 

 レ級エリートは、目を見開いた。

 そこにあるのは、驚愕。

【奴】が、信じられない行動を取ったことへの。

 

 ――【奴】は、対峙している此方に背を向け。

 そうして、全速航行で後方――鎮守府の方向へと向かう。

 

 何のつもりなのか。

 唖然とする間に、奴は更に信じ難い行動を取る。

 全砲門、全火器を進行方向――鎮守府方面へと向けたのだ。

 こちらへの牽制や防戦の為に使っていたモノも、全て。

 そうしてまで、何をするつもりなのか。

 

【奴】は、鎮守府上空に群がる航空機群に、その砲火を向けた。

 猛烈な対空砲撃。

 対空専用兵装を用いていないにも関わらず、苛烈な火線は狙いが正確で。

 幾機もの艦載機が叩き落とされていく。

 ……恐ろしいまでの技量の冴え。

 

 だが、その向ける先を完全に間違えている。

 物資など、もう一度集めれば済むことだし。

 鎮守府も、再建すれば良い。

 言わば、いくらでも取り返しのつく存在なのだ。

 

 ……そんな存在の為に、全火力を振り絞って。

 それ故に、己自身がガラ空きで。

 防備に用いていた火器も回してしまった以上、【奴】は丸裸だ。

 直ぐに取り返すことのできるモノの為に、取り返しの付かない己の身を晒す。

 ……これでは、本末転倒ではないか。

 

 ――だが、こちらにとっては、これ以上ないほどに好都合。

 巡ってきた千載一遇の好機を逃す手は無い。

 

 レ級エリートは、全艦隊に一斉砲撃を命じ。

 そして、その直後、【奴】にこちらの艦隊の一斉攻撃が襲い掛かって――

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 そうして、今に至る。

 それまで完璧で微塵の隙も見せなかった【奴】が見せた、余りにも愚かな一手。

 まるで急に別人にでもなったような違和感を覚えるが……まあ、良い。

 そのお蔭で、自分達はこうして勝利を掴むことができた訳だがら。

 

 

 安心した視線を向けかけたレ級エリートは――次の瞬間、背筋を凍らせる。

 息が、詰まった。

 身を竦ませた。

 

「(見られている……?)」

 

 喉元に鋭い刃を押し付けられたかのような、死すら感じさせる視線。

 ……そんなモノを持つのは、この場においては1人しか居ない。

 上手く回らない体を必死に捩じり、レ級エリートは視線を感じた方角に顔を向ける。

 

 ――そこに居たのは、斃したはずの【化け物】。

 

 何故?どうして?

 確かに、【奴】は斃したはずなのに。

 これだけの重艦隊の一斉攻撃を受けて、動けるはずなど無いのに――!

 

 だが、現実として【奴】は動いている。

 艦上物の殆どを潰され、武装の多くが沈黙し、軍艦としての能力の過半を喪失した船体。

 装いは崩れ、髪は解け、全身至る所に傷を負った艦娘体。

 もはや戦闘行動など取ることのできぬ身で、それでもなお動き続けている。

 

 そんな光景に、混乱の余り叫び出しそうになる衝動を何とか抑え、レ級エリートは思考する。

 

 落ち着け。

 

 そう。例え動き出したにしても、【奴】は既に死に体。

 もう砲撃戦を実行できる状態ではない。

 その上、こちらの一斉砲撃によって、装甲を撃ち抜かれている。

 火力と防御力を失った戦艦など、木偶の坊でしかない。

 圧倒的に有利なのは、此方側。

 後は、もう一度攻撃を浴びせ掛けて撃沈すれば良いだけの話。

 何も慌てる必要など無い。

 

 ――もう、【奴】は死に損ないに過ぎないのだから――

 

 そう言い聞かせ、レ級エリートは攻撃の命令を出そうとする。

 ――その瞬間。

 まるで、見計らっていたかのように【奴】が動き出した。

 

 満足に動かないはずの船体が、艦首を回頭させた。

 当に限界を超えているであろう動力機関をフル回転させ、艦上を焼いている火災もそのまま。

 限界を超えて回転させられた動力が悲鳴のような歪な音を上げ、甲板を焼いている炎は随所に飛び火する。

 

 ――そんな満身創痍の状態で。

【奴】は、こちらへと舵を切った。

 

 自棄にでもなったか。

 それとも、敗北を受け入れた上で、せめて一矢報いるつもりなのか。

 

 通常であれば、そう考えるところだろう。

 だが、そうでないことは直ぐに解った。

 

 此方へと向けられた【奴】の視線。

 何の感情も宿していない瞳。

 ……だが。その奥には燃え盛るものがあって。

 

 ――これで終わりだとでも、思っているのか……?

 

 目が、そう物語っていて。

 動力機関が悲鳴を上げて軋み、船体が激しく揺れる。

 だが、速度を落とすこと無く、一直線に突き進んでくる―

 その様相は、些かも衰えていない戦意の雄叫びそのもの。

 

「――!」

 

 レ級エリートは、改めて艦隊に一斉攻撃を命じた。

 これ以上、【奴】と相対するのは御免だ。

 一刻も早く、沈める。

 それで、とっとと片を付けるのだ――!

 

 旗艦のその感情は、随伴艦の面々にとっても同じだったのだろう。

 引導を渡すべく、猛烈な火線が張られる。

 ……損傷によって機動力を失った【奴】に、この砲雨を躱す術は無い。

 

 魚雷が突き刺さり、巨大な水柱を噴き上げる。

 砲弾が命中し、船上火災を拡大させる。

 間を置かずに繰り出される攻撃は着実に命中し、その度ごとに船体は揺れ、傾いていく。

 ……だが。艦隊の面々の貌は、青褪めていた。

 震え、怯えて。

 

 通常の艦娘であれば、とうに沈むだけのダメージを与えた。

 

 ……それでも、【奴】は止まらない――!

 

 火達磨のようになりながらも、猛ったように突き進んでくる。

 

 何故、何故沈まない!?

 どうして、そこまでして突き進んでくることができる!?

 

 己のみを顧みず、ただひたすらに猛進してくる。

 その狙いは――

 

「――!」

 

 艦隊の旗艦である、レ級エリートだった。

 照準を合わせたかのように艦首を向け、突っ込んでくる。

 それにより、狙いが自分であることを察したレ級エリートは、反撃を見舞うべく砲門を開いて。

 

 ――が、遅い。

 砲撃が放たれるのを読み切ったかのように、【奴】は一際速度を上げて――

 

 衝撃と、爆音。

 船体が揺らされ、レ級エリートは体勢を崩す。

 

「(――っ)」

 

 肉体に走る激しい痛みに、貌を思わず顰める。

 確認するまでもなく、船体に深刻な損傷を負っていることが解った。

 激痛に明滅する視界の中、状況を確かめる。

 レ級エリートの船体は、生半可な攻撃は通さない重装甲。

 今まで、幾多の攻撃を弾き返してきた自慢の盾。

 

 ……それが今、突き破られていた。

 

 ……だが、それも当然だ。

 レ級エリートの視界に映るのは、己の船体に突き刺さるようにして静止している【奴】の船体。

 

 まさか、直接船体をぶつけてくるとは……!

 

 砲弾を弾き返すレ級エリートの装甲と言えども、多量の排水量を誇る戦艦級艦艇の重量に耐えられるほど頑丈では無い。

 さすがに一撃で沈没するのは免れたが、大ダメージであることには違いない。

 

 ……だが、それは【奴】とて同じはず。

 体当たりは、仕掛けた側も反動を受ける。

 いかに【奴】でも、即時には動けないだろう。

 その間に、対応策を考えて……

 

 ――そこで、レ級エリートの思考は中断される。

 

 すぐ前面で、大きな音が響いた。

 それは、何かが降り立った音。

 軋む甲板と、足元から伝わってくる振動。

 まるでレ級エリートの巨大な船体が揺さぶられたかのように錯覚してしまうほどの、豪快な着地。

 それを成した者は、何者なのか……

 

 ――あり得ない。

 まさか、そんな筈は無い。

 重傷を負った身で、その上、これだけの距離を一息に詰めるなど……

 

 懇願にも似たその推測は、最悪の形で裏切られる。

 

 レ級エリートの眼前に屹立しているのは、1人の乙女。

 焼け焦げた巫女状の衣装と、ほどけて流れる長髪。

 煤けた貌は、けれど泰然としたままの面持で。

 どこまでも昏く、そして比類ない硬さを以て固められた黒曜のような瞳。

 

 ――満身創痍ながらも、微塵も揺らがぬ圧倒的な存在感を持って。

【化け物】が、【奴】が其処に居た――

 

 

 …

 ……――その後のことは、細かくは思い出せない。

 驚く間も無く、【奴】が左拳を振るってきて。

 追い詰められたとは言え、そう簡単に諦めるつもりなどさらさら無く、レ級エリートも反撃した。

 その大蛇のような尾部を撓らせ、【奴】を左拳ごと噛み千切ろうとした。

【奴】の左腕の傷は深く、質量でも此方の方が圧倒的に上。

 まともに力も入らぬ左腕一本で、何ができるものか――!

 

 ……そうして、今に至る。

 数メートルは吹き飛ばされ、体中を潰され、ボロ雑巾のようになった今の状態に。

 

 もう逃げる力も残っていない此方に対し。

【奴】は、すぐさま追撃を掛けるわけでもなく、視線を据えている。

 そこには、何の感慨も浮かんでいない。

 まるで、此方を〔敵〕ではなく、モノとしてしか見なしていないような眼。

 

 ――ああ。

 こいつが【化け物】だということは、解ってはいた。

 ……だが。

 相対した相手を、それこそレ級エリートですらモノとして見ているその様は……

 遥か高みから、どこまでも理不尽なまでの強さを持って見下ろしているかのような、その様は……

 

 ――まるで。

 

「……ア、……悪、魔……!」

 

 そうして、レ級エリートの意識はそこで昏倒した。

 決して拭えない恐怖を刻み付けられて――

 

 

 

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
懺悔と反省は同時投稿の14話目にてさせて頂きます。


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13 ちんじゅふぼうえいせん・なか

大変申し訳ありませんでした。
14話目、投稿させて頂きます。

※感想によるご指摘を受け、H27.9.2に誤字訂正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!



 ――へへっ……俺って、ほんとバカ。

 

 全身に奔る激痛の中で思わず笑ってしまいそうになる。

 纏った巫女服はボロボロになり、至る所から出血し、皮膚は焼け爛れている。

 艦娘の体がそうなっているのだから、本体である船体の方も惨憺たる有り様だった。

 異音を立てて黒煙を立ち昇らせている機関部。

 燃え盛る炎によって炙られている甲板と艦橋。

 そこに鎮座しているのは、ひしゃげ、折れ曲がった砲。

 

 一言で言って……戦闘不能です。

 全身ボロボロで、火力の大半を喪失した状態。

 全身が痛くて、意識が途切れそうです。

 金剛さんガードのおかげで泰然とした様を保ててるけど、内心、痛みで超絶悶絶中。

 

 ……ったく。哂っちゃうよ。

 勝利寸前だった状態から、こうも見事に逆転されるなんて。

 勝てる筈だった。勝利を掴みかけていた。

 ……それなのに、それを手放してしまった。

 

 ――偉人の築いた道を壊すのは、いつだって凡人――

 そう……金剛さんパワーのお蔭で手にしかけていた勝利を、俺は手放してしまったのである。

 自らの打った、とんでもない悪手のせいで――

 

 

 

 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

 

 

 さあて、覚悟は良いかなあ?

 

 目の前にいるのは、軽微ではない損害を受けて勢いを減じた深海棲艦艦隊。

 それを見ながら、俺は内心、怒り心頭であります。

 

 よりにもよって、「1人でお留守番」してる時に、そんな大艦隊で押し掛けてくるとか……許されざるよ。

 おかげで、イケメン君から回された書類の山は片付けられないわ、妖精さん達には置いてけぼりにされるわ……散々だす。

 その報い、ここで受けてもらうぜい!

 え?八つ当たり?……知らんなあ?

 貴様等は良い友人……などでは断じて無いが、俺の平穏を乱した貴様等の行いが悪いのだよ!

 というわけで、ここから本格的に攻勢に出るぜ!

 

 そうして砲口を向け直したその時。

 ……目についたのは、艦隊後方に位置していた空母ヲ級フラグシップ級2隻。

 その甲板から、編隊を組んだ航空機群が飛び立ってくる。

 

 ……はて?

 こんな状況になっても整然とした隊列を組める練度には感心するけど。

 そんなもの、この金剛さんボディには通用する訳なかろう(ドヤァ)!

 今までの攻防で、それは奴等も十二分に思い知らされている筈なんだが……

 

 ……まあ、いいさ。向かってくるのなら撃ち落とすまで。

 35.6cm連装砲をそちらに向けて――

 

 ――だが、奴等の標的は俺(in金剛さんボディ)では無かった。

 此方の射程距離に入る寸前で、敵機編隊は一気に高度を上げる。

 

 ……なんのつもりなんだ?

 いくら何でもあんなに高度を上げたら、此方を攻撃なんてできっこない。

 まるで此方を無視するかのような機動。

 一体、何がしたい?

 奴等の標的なんて、この海域では俺ぐらいしか…

 …

 ……!

 いや、俺の他にもう1つあるじゃないか、奴等の標的に成り得る対象物が。

 こちらの上空を通過した敵機群は、35.6cm連装砲の射程から外れるやいなや、高度を急激に下げて急降下していく。

 

 ――まさか、奴等の狙いは――

 

 甲高い音を立てて、敵機が次々と爆弾を投下していく。

 精密射撃の如く正確な爆撃は、狙いを外すことなく牙を突き立てる。

 爆音と、衝撃。

 そこから一拍置いて、夥しい量の炎と黒煙が吹き上がった。

 数多の爆弾が投下された標的地点が、火炎を吹き散らしながら随所で崩れてゆく。

 まるで、苦しみもがくように。

 

 ――そう。皆の拠り処である、鎮守府が――

 

 俺は決して良い性格では無い。

 自分の身のことしか考えられないし、それはこの世界にきてからも変わらない。

 ……けれど、だ。

 そんな俺でも、此処の鎮守府がどれだけの思いで紡ぎ上げられてきたのか、くらいは察せられる。

 赴任してきた時には、その小ささと古さに驚いたけど。

 随所に手入れがされ、資材は潤沢に蓄えられていた。

 

 それはきっと、大切な思いで築き上げられてきたんだろう。

 イケメン君は、激務をこなしつつ、資材のメンテナンスや資材の調達のための遠征計画を練り。

 第六駆逐隊が激戦の合間を縫って、遠征に赴き。

 妖精さん達が、丁寧な手入れを欠かさずに。

 

 そうやって作り上げられてきたのが、此処の鎮守府。

 

 そんな場所が、燃えている。

 懸命に貯め込んできたであろう資材も。

 丹念に手入れがされてきた機材群も。

 炎に包まれ、崩れ落ちていく。

 

 …

 ……

 ………――叩き落としてやる!

 

 Q 仲間達の作り上げてきたモノが壊されています。どうしますか?

 

 A やろう、ぶっころしてやる

(非常にガラの悪い言葉ですので、使ってはいけません)

 

 艦首を返し、鎮守府方角へ全速航行。

 俺は、自分の身の安全が第一だ。

 …でも、仲間が積み上げてきたものを蹂躙されて黙っていることができるほど気が長くはないのだよ。

 まあ、一言でいえば……プッツンしちゃいました。てへぺろ。

 皆はこんな風に簡単に切れる人になっちゃダメだよ♪

 

 ――コホン。とにかく。

 

 全速で航行しつつ、砲口と機銃の位置を調整。

 その標的――鎮守府上空に群がっていた深海棲艦航空機群――は狙われていることを察し、回避行動に移る。

 ……だが、遅い。

 この金剛さんボディから、そんなもんで逃れられる筈が無かろうが!

 35.6cm連装砲が咆哮し、7.7mm機銃があらん限りの銃弾を吐き出した。

 次の瞬間には空にいくつもの火花を咲かせ、海上に敵機が次々と落下していく。

 ひゃあ~……三式弾のような対空兵装でもないのに、この撃墜数。

 さすがは金剛さん!

 

 だが。さすがに全弾命中とはいかなかったか、未だに上空には敵機がたむろしていて。

 その機影が、再度編隊を組み立て直そうとでもしているのか、1ヶ所に集結していく。

 

 くそっ、しぶといな!

 だったら、もう一発お見舞いしてやるまで!

 

 そう思って、砲口を構え直す。

 

 ――その次の瞬間。視界が、揺さぶられた。

 

 ……え?

 

 ――気が付いたら、目の前に自らの船体の甲板がある。

 立っていたのだから、こんな近くに甲板があるはずはない。

 なのに今そうなっているということは、体勢が崩れているということで。

 

 急激に迫ってくる、自らの船体の甲板。

 力が抜けた片膝が、そこに付いていて。

 

 自らの身に何が起こったのか、その疑問を持つ前に

 もう答えは解りきっていたけれど、それでも顔を反転させる。

 そこに映ったのは、整然とした艦列を取り戻した深海棲艦艦隊。

 奴等が一糸乱れずにこちらへと向けている砲口からは、発砲後の硝煙が漂っている。

 ――そう。

 深海棲艦艦隊の一斉砲撃。

 それを、モロに喰らってしまったのだ。

 

 ……考えてみれば、当然だな。

 頭に血が上った俺は、敵機群へと攻撃の矛先を向けた。

 それこそ、全力で。

 今まで防御や敵艦隊への牽制に使っていた主砲や副砲の全てを、そちらに向けてしまったのだ。

 その上、敵機群を射程に捉えるために船体を反転させた上で航行した。

 

 ……対峙していた敵艦隊を前にして、何の備えもせずに別の目標に標的を変更して。

 おまけに、無防備に背中を晒してしまった。

 

 これで攻撃されない方がおかしい。

 自業自得という言葉そのもの。

 そんな愚行を、俺は犯してしまったのだ。

 

 

 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

 …

 ……へへへ。

 どうだい?馬鹿でしょ、俺?

 

 ――あ。視界が、明滅してる。

 こりゃアカン。

 前の敵潜水艦からの攻撃の時と似たような感じだけど、さらに重症っぽい。

 何が不味いって、痛みをはっきりと感じられないのがヤヴァイ。

 痛みを認識できない――それは、本来であれば痛みを瞬時に感じ取ってくれる痛覚が、働いていないということ。

 限界を超える損傷が感覚の許容量を超えたか、或は痛覚自体が潰されたか。

 それはつまり、相当なダメージを負っているということで。

 

 ほんと、俺ってば馬鹿。

 耐えればよかったのだ。

 鎮守府への爆撃は、金剛さんを相手に手も足も出ていなかった深海棲艦の奴等の足掻きに過ぎない。

 

 戦っても勝てない――

 ならばせめて、相手の拠点に少しでも損害を与えておこう――

 

 いわば、奴等の最後っ屁でしかなかった。

 余計な動きをせずに防戦に徹していれば、ほどなく奴等は撤退していたはず。

 鎮守府や資材の被害にしても、あくまで一時的なもの。

 奴らが撤退した後、日々の遠征等で時間をかけて回復することができる。

 

 ……あそこで我慢していれば、そのまま勝利を手にすることができたのに。

 ――それを、血気に逸った行動で台無しにしてしまった。

 

 全く、やっちまったぜい。

 これじゃ、金剛さんにも顔を向けられんな。

 っと、それももうできない、か。

 ――もう、限界っす。

 何か眠くなってきたし、視界の明滅が激しくなってきた。

 ……今度こそ、終わり、か。

 

 前回の潜水艦からの攻撃は何とかなったけど……

 その時に助けてくれた第六駆逐隊の皆も、指揮を執ってくれるイケメン君も、ここには居ない。

 おまけに、戦闘不能状態で敵の真ん前に孤立無援。

 

 ――詰み、だ。

 

 本来の俺ならば、ここで思いっきり泣き喚いているところだが、不思議とそんな気持ちは湧いてこない。

 多分、憑いている金剛さんボディのおかげだろうな。

 どんな時でも動じず、怖気付かず。

 こんな今際の際にも変わらない泰然さは、正しく鋼のごとし。

 日常の中だと、不自由に感じることばかりだけど……この時ばかりはありがたい。

 これで、見苦しい姿を晒さなくて済む。

 最期に、皆の幸せと武運長久を祈りつつ、眠りにつこうじゃないか。

 

 …

 ……

 ………とでも言うと思ったか!?

 

 これで(俺の命が)FINISH?

 んな訳ないでショ!

 

 どんな時でも己の生にしがみ付く。それが俺なのだよ!

 ――って……ゴボッ!

 喉元から噴き上がってきた圧迫感に、思わず口元を手で押さえる。

 ……そこには、真っ赤な血が付着していた。

 

 粋がって見せても、大ダメージは誤魔化せなかったでござるの巻。

 いくら金剛さんとはいえ、重量艦隊の一斉砲撃をモロに受けてしまったのだ。

 甚大な損傷は避けられなかった。

 しかし、それだけの攻撃を喰らいながら轟沈されないという時点で人外染みてる。

 着弾の寸前に金剛さんボディが咄嗟に反応し、何とか最小限のダメージに留めてくれたのだろう。

 

 ただ、長くは持たない。

 船体と兵装はボコボコで、動力はボロボロ。

 満身創痍のヘロヘロ。

 今は辛うじて体勢を維持しているけど、そう時間が経たないうちに沈み始めるだろう。

 人間でいえば、溺れる寸前といったところ。

 しかも、周囲に広がっているのは一面の海で、掴まれるようなモノは何も無い。

 …

 ……やっぱ、詰んデレラ!

 

 と言って、ここで諦める訳にゃあいかない。

 ――諦めたら、そこで(生命的な意味で)試合終了だよ――なのでね! 

 じゃあ、どうするか?

 まずひとつ――急いで鎮守府港内に引き返す。

 鎮守府までは目と鼻の先だ。

 ここから直ぐに動き出せば、船体が沈下し始めるまでには十分入港できる。

 港内は水深が浅いため、例え沈んだとしても海中に完全に没することは無い。

 船体部分は水を被ってしまうことは避けれないが、船上部分まで水没することは無いはず。

 いわゆる〔大破着底〕という状態だ。

 史実では、この状態に陥りながらも浮き砲台として奮戦した艦も在る。

 金剛さんの妹艦である榛名も、そのうちの1隻だ。

 

 ……ただし、この策は採れない。

 何故かって?

 

 ――俺のハートが保つわけないDEATH!

 

 考えてみて頂きたい。

 大破着底してるってことは、機動力を完全に失った状態だ。

 敵の攻撃に対して、回避行動は一切取れない。

 ……つまり、です。

 降り注ぐ激しい攻撃を己の身で甘んじて受け、かつ、それに屈さずに戦闘を続ける、と。

 

 …

 ……ム リ で す ♪

 

 俺にそんな勇壮なことができるだろうか、いや、できない!

 キング・オブ・ヘタレの俺じゃあ、すぐに精神が昇天するのは目に見えてる。

 まあ、金剛さんバリアーがあるから、多分何とかなるとは思うけど……

 そんな修羅場に突っ込む度胸なんてありゃしません。

 

 という訳で、この案は見送り。

 ……じゃあ、どうするのか?

 大破着底はハートブロークン一直線。

 かと言って、このままじゃあ轟沈間違いなし。

 後、他に取れる手段は…

 …

 ……やべえ、何も思いつけないっす……

 だ、大丈夫だ、何とかなる。

 こういう時には、何か起死回生の策が思いついたりとか…

 ……って、そんな上等な頭脳を俺が持ってる訳ないでしょ!

 我が能力のポンコツっぷりは、金剛さんボディの足を思いっきり引っ張っちゃってる時点でお察しである。

 ハイスペックならぬ廃スペック(笑)。

 ……って、下手なこと言ってる場合じゃねえ!

 ど、どうする、どうする!?

 

 と、とりあえず、もちつけ。

 難しく考えたって、俺の廃スペックじゃあパンクしてしまうだけだ。

 

 ――ここは……そう、逆に考えるんだ。

 単純な思考で良いや、と考えちゃえば良いんだ。

 

 詰まるところ……

 

 沈みたくない

 ⇓

 何かに掴まって、沈まないように浮いていればいい

 

 よし!

 これでおK!ふぁいなるあんさー!

 

 え?金剛さんの巨大な船体重量を支えられるモノが無い?

 ふふふ……あるのですよ、ソレが!

 

 視線を向けた前方に在るのは――深海棲艦艦隊。

 全て大型艦で構成された、超攻撃的布陣の艦隊。

 ―そんな奴等の船体は、どれも金剛さんボディを大きさで凌いでいる。

 

 金剛さんより大きい=金剛さんの巨体を支えられる

 

 ――そう。

 掴まるモノが無いのなら、相対してる深海棲艦の奴等を浮き輪にしちゃえば良いじゃない♪

 

 

 

 

 …

 ……ハイ、解っております。

 これ、もはや悪手とすら言えない愚行でゴザル。

 少しでもマトモな思考があれば、考えずとも解る。

 ただ、この時の俺は恐怖に突き動かされるばかりで、冷静な判断力など無かったのです……

 

 

 

 よし、策が決まれば後は実行するのみ!

 全速前進!

 目標、前方の深海棲艦艦隊!

 

 歪な音を立てている機関部をフル回転させ、船体を全速航行。

 目指すは……一際でかい図体を晒しているレ級エリート、貴様だ!

 この重艦隊の中でも図抜けて大きく、そして目立った損害を受けていない。

 つまり、それだけ浮き輪として耐久力が高いってことだよ!

 

 

 ……こんな滅茶苦茶なことを考えてる時点で、俺の思考は蒸発しちゃってたんだろう。

 後から考えると、呆れることすらできないけど、ただただ必死で……

 

 

 

 そんな俺の行動を深海棲艦の奴等が黙って見ているはずもなく、砲撃や雷撃を加えてくる。

 相変わらずの正確な波状攻撃。

 損傷によって運動性が落ちた状態では、いくら金剛さんボディといえども躱しきれるものでは無い。

 砲弾や魚雷が幾発か着弾し、その度ごとに船体が揺らされる。

 

 ……だけど、そんなモンで止まれるか!

 着弾のたびに船体にダメージを受けるが、それを認識する暇は無い。

 今にも沈みそうな状況で、多少の被害などに構っていられるかっての!

 

 それに…損傷によって速度こそ衰えているものの、金剛さんの技量には微塵の曇りもない。

 まるで新人類のお方々のような「――見える!」状態は未だに健在であり。

 貴様等(深海棲艦)の攻撃など、全てお見通しよ!――という状態なのであります。

 ……ただ、船体の動きがダメージのせいで鈍くなってるせいで、降り注ぐ攻撃を全て避けることは叶わない。

 ただ、無数の砲雷撃の中から〔これを喰らえば即時昇天〕というような一撃を読み取ることは造作もない。

 そうやって致命傷のみは何とか回避しつつ、着実に距離を詰めていって――

 

 遂に、レ級エリートの目前まで迫った。

 少女の姿でありながら、不遜で傲岸な化生の貌。

 その貌が、今は歪んでいる。

 逆上か。或は、恐怖か――

 それに突き動かされるかのように、奴は此方に攻撃の手を向けようとして。

 

 ――だが、遅い!

 貴様がどう行動するかなど、(金剛さんには)手に取るように解るわぁ!

 青息吐息な機関を焼き切れる如くにして動力を捻り出し、奴が攻撃を放つ隙を与えずに一気に突っ込んで――

 

 衝撃と、爆音。

 船体を振動が襲い、響き渡る破砕音。

 臓腑にまで浸透するそれは、瞬く間に激痛へと変化する。

 それに耐え、何とか状態を確認する。

 火花の入り混じった、焦げ臭さを纏った鉄の匂い。

 

 ――そこでは、大質量の2隻の船体が交錯している。

 正確に言えば、金剛さんボディがレ級エリートに突っ込んでいる。

 

 ――計画通り!

 思わず、内心で某死のノートの持ち主のような笑みを浮かべる。

 原作ゲームでもレ級エリートの装甲は厚く、それを打ち破るのは容易ではない。

 ……だが、そんな重装甲もこの行動の前では意味を成さない。

 

 レ級エリート……いくら貴様が重装甲だろうと、基準排水量30,000tを超える金剛さんの全重量を掛けた体当たりには耐えられまい!

 その予想は違ってはいなかったようで、レ級エリートの船体には甚大な被害があったことが見て取れる。

 ……ただし。体当たりとは、敢行した側も反動を受ける訳で。

 っ!やべ、視界にノイズが奔った。

 唯でさえ撃沈寸前な状態での突進攻撃のダメージは、相当な重傷に他ならなくて。

 もう、一刻の猶予も無い!

 早く、このデカ図体船体を浮き輪にしないと……!

 そのためには金剛さんボディをここに結び付けるか、または別の手段を考えるか……

 絶対にやっちゃあ駄目なのが、この距離からの零距離砲撃である。

 そんなことやってしまえば、船体を沈めてしまう恐れがあるからな。

 今はあくまでこのデカブツ船を浮き輪として使いたいだけで、撃沈させるのが目的という訳では無い。

 

 可能な限り敵船体を傷つけず、それでいてその主導権を奪い取れ、と。

 

 …

 ……無理げーに近いな。

 けれど、取れる手段が無いわけではないのです!

 船体を壊すのではなく、中枢を叩けば……!

 そう。深海棲艦の本体でもある、少女の姿を模した化生――顕現体。

 レ級の場合はレインコートのような衣に身を包んだ少女。

 それを叩ければ、あるいはコントロールを奪えるのでは……!

 

 だが、奴が此方の行動を容認するはずも無い。

 対立は不可避だ。

 だったら、どうするか。

 ……古来より、ヒトには諍いを解決するために用いられてきた手段がある。

 

 ――それが、説得(物理)だ!

 え?YABANだって?

 んなこたないデス。

 

 小さな子供達の英雄であるパンの頭を持つヒーローだって、毎話の最後には説教(拳)を使ってるし。

 大きなお友達に大人気だった白い魔法少女は、相手と解り合うためにOHANASHI(戦闘)をしたんです。

 

 だから、俺が用いるのも何の問題もないのです!

 ……ただ、それとは別の問題があります。

 それは…

 …

 ……肉体の感触が、無いんすけど……

 痛いとか、重いとか、そういった負の感触の有難さがマジで解る。

 つい敬遠しがちなそれらは、体の不調を教えてくれる大事な信号なのですよね。

 それが解らないって……いわば、信号機に何も点っていない状態。

 肉体の根幹に問題が発生している証拠だ。

 

 ……でも、それも当然か。

 最初に俺の不注意で受けてしまった一斉砲撃は元より、ここに特攻してくるまでにも結構な数の砲雷撃を喰らってるからな。

 一撃で沈むようなモノは何とか避けてきたとは言え、船体に蓄積されたダメージは相当なものになってることは間違いない。

 で。それが顕現体でもある艦娘にも反映されている結果、現在のような状態に至る、と。

 

 とりあえず、右腕は使用不能。

 両脚は移動用としては動いてくれるが、それ以上の用途には耐えられない。

 ……何とか動くのは左腕だけ。

 

 ここで一つ、お知らせです。

 俺は右利きです。

 でも、その右が使えそうにありません。

 

 Q.つまり、どういうことだってばYO?

 

 A.利き腕とは逆の腕一本(しかも満身創痍の)で、化け物を黙らせろ!

 

 ――縛りゲーにも程があると思いまっす!

 ……でも、殺るしかないの。

 悲しいけどこれ、現実なのよね……!

 

 くっそ……こうして躊躇している間にも、沈没のタイムリミットが迫ってきてる。

 ええい、こうなりゃ殺ってやるまでよ!

 

 ――南無三!

 

 半ばヤケクソ気味で自らの船体の甲板を蹴る。

 軍艦の現身である艦娘は身体能力も凄まじい。

 その能力があれば、相手の船体に飛び移り、その甲板上にいるレ級顕現体のところにまでは上手くすれば10足くらいでいけるんじゃなかろうか?

 

 …

 ……そう予想していた俺の予想は、外れた。

 

 足裏に感じたのは、硬い鉄の感触と、骨にまで伝わってくる衝撃。

 何物をも踏み砕かんばかりの豪快な両足着地によって生み出された反動が、体の芯にまで響いてきて。

 ……けれど悲鳴を上げたのは此方の肉体ではなく、足元に広がる鋼の面――甲板の方。

 悲鳴のような軋みを上げる甲板とは対照的に、此方のボディはバランスを微塵も乱さず。

 ただ、視線を向ける。

 

 ――すぐ目の前で、茫然として立ち尽くすレ級エリートに。

 

 …

 ……びっくりしてるのはコッチも同じなんですがね!

 相手の所に到達するのに10足ぐらいかな ⇒ まさかの1足跳びだと……!?

 助走も殆ど無しの一回の跳躍で、これだけの距離を埋めるとか……超人ってレベルじゃねーぞ!

 

 と、驚いてる場合じゃない!

 これだけの至近距離に接近できた以上、やることは1つ。

 

 ――金剛さんボディによる渾身の左ストレートをプレゼントふぉーyou!

 捻るようにして繰り出した左拳。

 着地体勢からの、一連の無駄のない流れるような連続動作。

 武道の心得など皆無の俺から見ても完璧としか思えない動き。

 

 ――っしゃあ、貰ったぁぁ!

 

 思わず内心で勝利を確信した雄叫びを上げたその時、視界の隅で何かが蠢いた。

 それが何かは、次の瞬間に思い知らされる。

 眼前のレ級との間に捩じり込んできたのは、悍ましい怪物の姿。

 まるで大蛇のようなの分厚く長い胴体を持ち、その先端には軍艦を模した意匠と、醜く覗いている幾本もの牙。

 無機物でありながらも生物臭さも内包した、醜悪な化け物。

 ――そう、レ級の尾部だ。

 こちらの攻撃の意図を読み取り、咄嗟に繰り出してきたのだろう。

 獰猛に口元を開き、こちらが放った拳を丸ごと呑み込まんばかりにして迫ってくる。

 

 …

 ……やっちまったぁぁぁ!?

 動きがバカ正直過ぎたわ!

 こんなあからさまな動作取ったら、これから攻撃しますって言ってるようなもの。

 で、そんな動きを見せられたら防御・反撃動作を取ってくるのは当然。

 そんなことにも思い至らずに、ただ攻撃するとか……

 俺って、なんという廃スペック。我ながら呆れるわ……

 せめて攻撃に移る前に相手の状態を確認しておくぐらいしろよ!

 

 と後悔しても、時すでに遅し。

 もはや動きは止められず、レ級エリートの尾部がその咢を剥き出しにして迫って――

 

 ……

 アカン、オワタ。

 物体の衝突・交錯においては、体積と重量が大きな要素を占める。

 改めて言うまでもないことだが、大きくて重い方がぶつかり合いでは有利なのだ。

 で、今の局面はと言いますと……

 

 金剛さんの左腕 VS レ級エリートの尾部

 

 ……質量が違いすぎる。

 くそ、せっかく一手取れる好機だったのに……

 左腕が逝ってしまうぐらいで済むのなら、まだチャンスはあるかもしれない。

 けれど、果たして中身の俺の軟弱な精神が、その痛みに耐えられるかどうか……

 せめて、少しでも襲いくる痛みが軽減できればと歯を食い縛る。

 

 ――けれど、やってきたのは痛みでは無く。

 

 大気が、揺れた。

 硬いものを打ち据えたかのような重音と、何かを轢き潰したかのような粘着音が響いて――

 

 ……こちらの被害は、無し。

 突き出した左腕は、どこか欠けているところも無く健在。

 

 ならば、それと対した相手はどうなったか。

 振り抜いた左拳のその先。

 距離にして数メートル以上先には、力無く蹲っている異形。

 ――それは、先ほどまで相対していた深海棲艦レ級エリート。

 その姿は、今、見るに堪えない有様となっていた。

 

 重装な体躯を以て此方を呑み込まんばかりに迫ってきていた尾部は、完膚なきまでに粉砕されていた。

 装甲は砕かれ、剥がされ。

 凶暴性の権化であった牙は、胴体ごと押し潰されて。

 弱々しく痙攣するばかりの姿は、哀れさすら感じさせる。

 

 そして、それは本体である顕現体にしても同じこと。

 全身の至る所を潰され、立ち上がろうと藻掻くこともできない。

 フードで覆ったその肉体は、もう用を成すことは無い。

 暴虐性の化身たる姿は、完膚無きまでに打ち砕かれていた。

 不敵かつ傲岸な色が宿っていた眼にも、もはや力は無く。

 

「……ア、……悪、魔……!」

 

 ――そこにあるのは、絶望と恐怖だった。

 

 

 悪魔、だと!?

 この、外見だけは超絶美少女(中身は俺が入っちゃってるので)の金剛さんに向かって何ということを!

 …

 ……と言い返したいところなんだけど……いや、否定できないっすわ。

 

 今起こったことを、ありのままに話すと…

 巨大な尾部をもって繰り出されてきたレ級エリートの反撃を、左腕一本で殴り飛ばした、と。

 

 …

 ……ヤックデカルチャー!

 質量に遥かに勝る相手を軽々と吹っ飛ばすとか……物理法則が息してないよ!

 

 というかですね。

 左拳を振り抜いたら、思いっきり風が唸ったんですが。

 大気を撹拌するほどの拳圧って……

 貴女は東方の不敗の人なの?アジアのマスターなの?

 

 しかも、です。

 その拳撃は、利き腕では無い左腕によるもので。

 おまけに重症状態で、力は本来のものからは程遠いものでしか無かったはず。

 つまり、彼女からすれば最低ランクの出力でしかなかった、ということになる。

 ……それで、ここまでの破壊力を出せるとか。

 仮に、右腕の100%で攻撃を繰り出していたら……今頃、レ級エリートはグロスプラッターなことになっていただろう。

 

 艦隊戦では、単艦で重量艦隊を圧するほどの戦闘力を持ち。

 白兵戦でも、こんな狂気染みた強さを発揮する。

 

 ――うん。

 こりゃあ、相対した相手にとっては悪魔以外の何者でもないわ。

 

 

 と、とにかく、これで浮き輪はGETできた!

 レ級エリートも完全に昏倒してるし、当面は邪魔されることもないだろう。

 後はこのまま体勢を維持して、周りの奴等さえ何とかできれば……!

 

 ――そこで、視界が明滅した。

 急激に力が抜け、立っていることすらできずに両膝を付く。

 同時に、意識が泥に搦めとられたかのように重く沈下していく。

 

 ぐお!このタイミングでか!

 もうちょっと、もうちょっと保ってくれ……!

 

 そんなことを思っても肉体はいうことを聞かず。

 思考は、睡魔にも似た感覚に引きずり込まれていく。

 

 ――限界、だった。

 一気に体が脱力し、そのまま甲板に倒れ伏す。

 いくら金剛さんとて、不死身では無い。

 1人で大艦隊を相手に長時間に渡って戦火を交え、その果てに撃沈寸前の大砲火を喰らい。

 なおも被弾を顧みずに特攻して、自らを上回る大きさの相手に体当たりを敢行した。

 

 ……もう、船体のダメージは当に許容量を超えていたのだ。

 倒れた体を起こす力はもう無く、指を動かすことすらできない。

 

 ――今度こそ、ここまで、か……

 

 仰向けになった視界に映ったのは、静かな夜空とそこに輝く星々だった。

 

 ――ああ、もう嵐は終わってたのか。

 

 そんな場違いなことを考えてしまい、思わず苦笑していた。

 

 ――時間間隔が麻痺していたけど、もう夜になってたのか。

 深海棲艦の奴等がやってきたのは、嵐真っ只中の昼間だったはずだから……

 相当時間、粘ったということになる。

 改めて、金剛さんボディの凄さを思い知らされるな。

 ……俺が、もっとそれを上手く使えていれば。いや、余計なことをしなければ……

 勝てたのに、なあ。

 

 視界が、滲んでいく。

 それが、意識が遠のいているからなのか、それとも感情の乱れによるものなのかは解らないけれど。

 そんな中で思ったのは、鎮守府の皆のこと。

 

 第六駆逐隊の皆とイケメン君、それに妖精さん達。

 ――彼らの未来が、どうか、明るいものでありますように。

 

 そんな俺らしくないことを考えていたせいか、空耳が聞こえた。

 

 

 

「――電の本気を、見るのです!」

 

 

 …電ちゃんのロリボイスか。

 はは、今際の際にも幼女の声を聞けるとは。

 神様も中々粋なことをしてくれる。

 

 …

 ……!?

 違う!俺のロリセンサーが、空耳でここまで鮮明な声を聴くはずが無い!

 

 力の入らない体を、懸命に起こす。

 そこで見えたものは――

 

 月と星々によって齎された薄明りに照らされた、月夜の水平線。

 ――そこに。

 見覚えのある艦影が4隻、浮かんでいた――

 

 

 




ここまで読んでいただいた方、誠にありがとうございます!

さて、前書きでも書きました通り、まずはお詫びをさせて頂きます。

更新予告で4月の25日か26日に次話を投稿すると告知しておきながら、私の私的都合でそれを破ってしまいました。
その上、その後も更新を行わないという体たらく。
いかに事情があったとしても、拙作を投稿させて頂いている身としては言語道断でした。
改めてお詫びさせて頂きます。
大変申し訳ありませんでした。

また、こんな醜態を晒しているにも関わらず、暖かなお言葉を下さった方々には感謝の言葉もございません!
本当にありがとうございます!

さて、中身についてですが……今回はパス致します。
……お恥ずかしながら、全部悪いように思えて仕方がありませんので(汗)
長く作品から離れていたせいか、唯でさえ拙い腕が錆びついて感覚が解らないのです。
もっと丁寧に描写した方が良いのか、それともしつこ過ぎないか、など……
我ながら情けないですが、五里霧中の状態です。
ですので、存分に扱き下ろしてくださって構いません。
それを糧にさせて頂き、頑張ろうと思います!

以上、長々と失礼致しました。
活動報告の方でも書かせて頂きましたが、最近は一気に気温が下がりましたね。
皆様も体調を崩さぬよう、お気をつけ下さい。

これから訪れる秋が、皆様にとって良い季節となりますように。


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14 鎮守府防衛戦・下

遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
また、今回の更新の不手際についてはお詫びの申し上げようもありません。

また、甘えに塗れて稚拙乱文な前書きを書いてしまい、大変失礼致しました。

※H28.4.7に前書きと後書きを訂正しました。
 また、感想によるご指摘を受け、話数№と、内容を一部改訂致しました。
 ご指摘、ありがとうございます!




 眼前に広がっているのは、悪意と戦火に染め上げられた海。

 どこか落ち着く潮の香り。

 見ていると不思議と安らぎを覚える青色。

 ……そんな平時の姿は、微塵も感じ取ることはできない。

 

 今、ここに広がっているのは……

 強さ、そして運の強弱によって命が振るいにかけられ。

 残れない者は無慈悲に淘汰されていく地獄――戦場だ。

 

 剥き出しの殺意が飛び交う、情け容赦の無い処刑場。

 

「(――良かった)」

 

 そんな空気に接して、電の胸に去来したのは――安堵だった。

 

「(やっと、戻って来れたのです……!)」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「――っ!」

 

 言葉が、出ない。

 自分達が目前としている状況に、電は体の震えを抑えることができなかった。

 

 引っ込み思案である電は、喋ることが得手では無い。

 口下手故に、自らの意思を上手く言葉にできないことは始終だし。

 気弱さ故に、相手と面と向かって話せないことなど日常茶飯事だ。

 ……だけど。

 それ以外の理由で、言葉が出てこないなんて……

 

 その原因となっているのは、彼女達が今居る場所――翔鶴の艦橋室内――に備え付けられたモニターに映し出されている映像。

 

 そこに映っているのは――

 船体を猛火に焼かれながらも、なおも深海棲艦艦隊の前に立ち塞がる【彼女】。

 装甲を撃ち抜かれ、砲塔も潰され。満身創痍のその姿は、虫の息としか形容できなくて。

 ……もう、戦えない――

 一目でそう断じてしまえるほどの、目を背けたくなるような惨状。

 

 それなのに、誰一人として其の情景から視線を逸らすことはなかった。

 そんなことなど、できるはずがなかった。

 

 ……目を、奪われていたからだ。

 ――瀕死になりながらも、なおも踏み止まり続ける【彼女】の姿に――

 

 敵艦隊からの集中砲火によって軍艦としての機能の大半を奪われた、半死半生の状態。

 ただ海面に漂うだけで精一杯。

 ……それにも関わらず、【彼女】は動き続ける。

 我が身の惨状など顧みず、己に鞭打つかのように。

 動力機関を軋ませながら舵を切り、艦上を炙られながら船首を回頭させる。

 そうして回された舳先が向けられたのは……今なお健在な深海棲艦艦隊。

 照準を定めるかのようなその体勢から伝わってくるのは、【彼女】の覚悟。

 

 ――退くつもりなど、毛頭無い。

 そんな不退転の決意を物語るかのように、【彼女】は動き出した。

 船体が迷いも躊躇も見せない一直線の軌道を描き、海面を蹴立てて突き進む。

 その先で、万全な体勢を敷いて待ち構えている敵艦隊が見えないはずが無い。

 そこから数多の砲門が自身に向け据えられていることに気付かぬはずが無い。

 ……そして、自身が瀕死であることを理解できていない訳が、無い。

 

 そんな状況で、この場に踏み止まり続ける危険性が、解らないわけもない。

 

 ――それなのに。

 戦うつもりなのだ、【彼女】は。

 

 追い詰められた時にこそ、その者の本当の姿が見えると言うが……

 ――こんな絶体絶命の危地にあって、なおも戦闘態勢を崩さない――

 その事実は、【彼女】が比類無い強靭な強さの持ち主であることを紛れもなく証明している。

 

 ……いや、解っていた筈だ。

【彼女】が、どれほど強くて優しい心を持っているのか。

 仲間の為ならば、己の身を敵の刃に晒すことすら厭わない。

 ……そして、そんな【彼女】だからこそ。

 今、この局面で退くはずもない。

 止めとばかりに深海棲艦群から放たれる猛烈な砲弾の嵐に、真向から突っ込んでいく。

 降り注ぐ砲弾の嵐。

 その中を、【彼女】の巨体は掻い潜っていく。

 重量艦とは思えぬ運動性を見せ、巧みな操舵技術で砲弾の嵐を受け流して。

 

 ――だが。

 甚大な被害を受けた今の状態では、その動きに陰りがでるのは避けられない。

 

 1発、そしてさらにもう1発。

 そして、さらに――

 次々と降り注ぐ着弾による火柱が次々と立ち昇り、船体が軋み揺れる。

 致命打こそ免れているものの、船体には甚大なダメージが蓄積されて行って。

 

 それでも【彼女】は、進むのを止めない。

 

 痛みが、ないのか?

 恐れが、無いのか?

 己が身に重傷を負いながらも、それを全く顧みることなく、微塵も動揺を見せない――

 思考にあるのは、戦いのことのみ。

 その脳裏にあるのは、対峙した相手を屠ることのみ。

 ――その様は、‘鬼,そのもの。

 感情など不要。

 何の光も宿していない瞳に映すのは、ただ敵の姿のみ。

 戦意のみで動く、殺戮兵器――

 

 ……そう思うだろう。余人ならば。

 だけど、自分達は知っている。

【彼女】が、どれほどの優しさを持っているのか。

 他者を守るために躊躇なく己の身を投げ出す――

 そんなヒトなのだ、【彼女】は。

 

 だからこそ、解る。

 今の【彼女】の目的が――

 

 離脱の気配すら見せず、あくまでも敵艦隊の前に立ち塞がり続けている――

 そんな目の前の光景が、その答え。

 

 ――【彼女】は、鎮守府をあくまでも守り続けるつもりなのだ。

 

 来襲した圧倒的な敵戦力を前にして、前線基地の1つでしかないこの鎮守府の防衛のために留まり続ける――

 

 戦略的に見れば、悪手であると言えるだろう。

 けれど、それこそが【彼女】が意思なき殺戮兵器ではないことの何よりの証明。

【彼女】の聡明な頭脳ならば、撤退が最善手であることぐらい、とうに見抜いているはずだ。

 それなのにここまで踏み止まり、鎮守府を守り抜いている――

 

 ――それは、きっと。

 5人にとって、この鎮守府がどれだけ大事なのか、汲み取ってくれていたから――

 だからこそ、今も――

 

 電は奥歯を噛み締める。

 

「(金剛さん……!)」

 

 込み上がってくる涙で滲む視界。

 

 ―その中で。

 遂に【彼女】が敵艦隊の砲撃を潜り抜け、自身の船体ごと敵旗艦に突撃した姿が映る。

 

「――っ!」

 

 声にならない悲鳴が、口から漏れる。

 

 

 ――もう、耐えられなかった。

 

「(――司令官さん!)」

 勢い良く首を傍らの青年提督の方へ向け、電は突撃を直訴しようとして――

 

「――第六駆逐隊、出撃」

 

 その前に、青年提督が言葉を発した。

 電が……いや、他の3人の誰もが待ち望んでいた号令を。

 

「単縦陣で戦闘海域に突入後、散開。速やかに戦場を制圧してくれ」

 

 もはや視認できるほどまで接近した戦場へ、硬く鋭い眼光を向けている青年提督から下された指令。

 

「既に沈黙している旗艦――レ級エリートを除く敵艦艇を、撃破するんだ」

 

 ――それは、常識的に考えれば無謀としか言えない命令。

 戦艦級が3隻に、空母2隻――大型艦艇5隻に対し、駆逐艦4隻で挑む――

 いくら戦艦級が損傷を負っているとは言っても、余りにも戦力が違いすぎる。

 

 …

 ……が。青年提督はそうは思わない。

 彼女達4人の技量ならば、十分以上に可能であるし。

 ……何より、今は彼女達の戦意はこれ以上ないほどに高まっているのだから。

 

「了解」

 

 一切の躊躇なく発せられた暁の返答が、その証。

 そこには躊躇など一切ない。

 長女であるがために代表として暁が受諾の返事を返したが、他の3人とて気持ちは同じ。

 こちらに向けられた4人の瞳は、一切の淀みなく澄み渡っていて――

 その奥にあるのは、揺るぎない決意と覚悟。

 小柄な体躯からは目に見えるのではないかとすら思わせる、激しく燃え滾るような戦意が立ち昇る。

 その源になっているのは……【彼女】への思いだ。

 身をもって自分達を救ってくれた大切な「仲間」を、今度は自分達の手で救わねば――

 

 そして、その中でも最もそれが顕著なのが――

 

「先陣は――電、君だ」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 …

 ……

 そうして、4人は船体を展開し、今に至る。

 電は、小さな拳を握り締める。

 戦うのは好きな訳では無い。

 むしろ、その逆。

 

 ――できれば、戦いたくは無い――

 

 顕現してから抱いているその思いは変わらない。

 相手を傷付けるのが、怖い。

 できれば、敵対している相手も助けたいと思ってしまうほどに。

 

 ……でも。

 脳裏に思い浮かぶのは、あの時自らの身を盾にしてまで自分を守ってくれた、あのヒト――【彼女】の背中。

 

 戦うことは、怖い。

 けれど。

 ――大切な仲間である【彼女】を失うことの方が、比べ物にならないくらい恐ろしい。

 

 だから。

 今は、戦おう。

 大事な仲間と、これからも先に進んでいくために――

 

「――電の本気を、見るのです――!」

 

 小さくも勇ましい船体が、波を蹴立てて海面を疾駆する。

 

 その時になってようやく此方に気付いたのか、深海棲艦艦隊の戦艦群が砲塔を回転させる。

 小破損害2隻と、中破損害1隻。

 被害こそ受けているものの、未だに戦闘継続が可能な状態だ。

 向けられた大きな砲口から放たれる砲弾は、電の船体など一撃で粉砕するだろう。

 

 ――けれど。

 そんな大火力も、覚悟を決めた電の前には意味を成さない。

 

「――っ」

 

 砲口を据えられた電は――けれど、退かない。

 それどころか、より一層速度を上げて。

 

「魚雷、装填です!」

 

 発射管に魚雷を搭載。

 同時に、動力機関を最大稼働しつつ、船の向きを整えて――

 

「――命中、させちゃいます!」

 

 猛スピードのままに海上を滑りつつ、船体を傾けながら魚雷を投射した。

 巧みな技量によって成される、洗練された動作。

 そこから放たれた魚雷が、白い航跡を残しながら一直線に突き進み。

 狙いを違うことなく、戦艦群の1隻――タ級フラグシップの船腹に吸い込まれて――

 

 ――それが、最期。

 鳴り響いた轟音と立ち昇った水柱を残し、その巨大な船体が沈んでいく。

 

 艦隊の中核を担う戦艦は、その防御力も高い。

 巨大な船体を分厚い装甲で包み、生半可な攻撃は弾き返す。

 ……だが。その防御も、海中に沈んでいる部分――艦底までは十分では無い。

 故に、海中からそこを抉ってくる魚雷は天敵と言うに近い。

 加えて、今は夜。

 その闇の中では視界は大幅に制限され、相手の動きも非常に掴み難くなる。

 気が付いたら目の前にまで接近されていた……そんな事態も頻発する。

 そんな状況下の戦闘――夜戦において猛威を振るうのが駆逐艦だ。

 闇の中にその小型の船体を潜ませ、相手の懐にまで入り込む。

 そこから放たれる攻撃は、分厚い装甲の狭間を突き抜けて甚大な損害になることも少なくない。

 駆逐艦の練度によっては、大型艦を真っ二つにするほどの破壊力を叩き出すこともある。

 ――そして、電の技量は駆逐艦としては最高峰だ。

 条件さえ揃えば、一手で敵戦艦を撃沈させることも難しくない。

 

 まさしく、今のように。

 

 ――直接戦闘能力は低い筈の駆逐艦に、姫級・鬼級などの規格外を除けば最重量艦種であるはずの戦艦が、一方的に圧殺された。

 それも、唯の戦艦では無い。

 高い戦闘力を有する中でも特に選び抜かれた最精鋭――フラグシップ級が……

 

 その事実に、深海棲艦群に隠し切れない動揺が走る。

 

「それじゃあ、続きましょうか」

 

 ――その隙を見逃す第六駆逐隊では無い。

 電の後に続くのは、三女である雷。

 自信に満ち溢れた表情を浮かべながら、目線を自分の前――単縦陣形の先頭を切って戦闘海域へと突入した電へと向ける。

 

「(――あの子が、こんな風になれるなんてね……)」

 

 敵戦艦を一撃の下に葬ったことについては、特に驚きは無い。

 ずっと共に過ごしてきた妹なのだ。

 電が築き上げてきた強さは、誰に言われるまでもなく解っている。

 ……それと同時に。

 その優しさ故の、戦闘への忌避感と。

 そこから来る引っ込み思案な性格についても、誰よりも解っている。

 

 ――そんな彼女が、戦闘の先陣を務めるとは……

 常に後ろに控え、いつも自分達の後ろを歩いていた電が。

 自らの意思を胸に、先頭に立つ――

 

 それは、紛れも無い成長の証であり。

 そして。

 それを形作ったのは、仲間である【彼女】の存在。

 

「(……寂しくないと言えば、嘘になるわね……)」

 

 手元に居た雛が、羽ばたき、巣立っていくような。

 そんな、形容し難い寂寥感。

 

 ――だけど。

 とても嬉しく、誇らしい。

 妹の成長を喜ばない姉など、いないのだから。

 

 ――その祝福のためにも、ここは勝利を掴む以外の選択肢は無い。

 

 雷は、前方に視線を向ける。

 凄まじい戦闘力を誇るであろう、深海棲艦大艦隊。

 ――それも、恐るるに足らず。

 

「――逃げるなら、今のうちだよ」

 

 笑顔というのは、本来は攻撃的なモノ。

 その言葉を彷彿とさせる、雷の笑い。

 口元から覗く八重歯が、今は悪魔の牙となって深海棲艦へと襲い掛かる。

 

「……もっとも――逃がすつもりなんて、ないけどね?」

 

 そうして。

 目にも止まらぬ速さで疾走する船体が、1番艦の電に続いて魚雷を投射する。

 その標的にされたのは、戦艦ル級フラグシップ。

 海面へと浮かび上がった魚雷の航跡に気付くも……もう、遅い。

 つい先ほどの光景を繰り返すかのように、その巨大な船体が腹を抉られ、沈没していく。

 

 ――だが。

 まだ終わりではない。

 

「――さて、殺りますか」

 

 3番艦として、響が体勢を整える。

 冷静さを宿した静かな瞳が、自分の前を走る妹達の船体に向けられて。

 

「――ハラショーだよ、2人とも」

 

 浮かべているのは、妹達への誇らしさ。

 自らの足を、成長という道へ踏み出した電も。

 それを姉として助けようとする雷も。

 

「(……ここに居れて、本当に良かった)」

 

 かって、原体であった頃から夢見ていた光景。

 その喜びを噛み締めるかのように、静かに瞼を閉じて。

 ――再び開かれた時には、そこに在るのは敵へ向ける冷徹な視線。

 

 開戦直後に戦艦級2隻を続けて撃沈されたことが、却って正気を呼び戻したのか。

 残るもう1隻の戦艦――ル級フラグシップが、応戦の体勢を取る。

 砲塔を向け、目標を定めて――

 轟音と火花を散らし、砲弾が迸る。

 精密性と破壊力を併せ持った砲撃。

 ――けれど。

 

「無駄だね」

 

 響は船体を捻らせ、それを難なく回避。

 その後、さらなる追撃の隙を与えぬために即座に攻撃に移る。

 

「――Урааааа!」

 

 普段は物静かな彼女の上げた、裂帛の雄叫び。

 そこに在るのは、妹達への誇りと。

 大切な仲間――【彼女】を傷付けられた、怒り。

 その激情を載せて放たれた魚雷は、容赦なく戦艦ル級フラグシップを穿ち抜いた。

 

 

 …

 ……戦艦群の、全滅。

 戦力の過半を、一方的に葬り去られた――

 戦闘の趨勢は、この時点で決したと言えるだろう。

 

 ……それが、尋常な相手であれば、だが。

 

 ――夜空を切り裂く飛翔音。

 見上げれば、そこに在るのは月を隠すかのように浮かんだ、多数の航空機影。

 それは、2隻の空母ヲ級フラグシップから飛び立った深海棲艦群精鋭航空部隊。

 深海棲艦勢力の中でも最高水準の技量を持つ飛行部隊。

 

 ……ここまで追い詰められてなお、深海棲艦艦隊は矛を収めない。

 

 軍艦の中でも最軽量船体である駆逐艦。

 戦艦を屠るほどの水雷装備を搭載しているのなら、対空能力にまでは手が回っていない筈。

 そこを突いて、一気に形勢を逆転させる――

 

「――全機、突撃!」

 

 ……そんな目論見は、援軍として派遣されてきた艦娘――翔鶴の手によって防がれる。

 甲板から翼を広げて飛んでゆく、翔鶴航空隊。

 袴富士少将の下で激戦を潜り抜けてきた翔鶴。

 その中で鍛え上げられた航空隊は、全鎮守府の中でも有数の練度を誇る。

 

 月夜の下で甲板から飛び立った艦載機隊が、深海棲艦群の航空部隊と接近して――

 忽ちのうちに、激しい乱戦へと突入した。

 

「直掩隊も、攻撃隊の援護に回って!」

 

 急遽の出動のため、数は十分ではないが。

 それを補うべく、翔鶴は的確な指示を下す。

 

「……すまない。貴方まで危険に晒してしまって」

 

 謝罪と沈痛の表情を浮かべる青年提督に、翔鶴は穏やかな表情で応えた。

 

「いえ、何も気にされることはありませんよ。私は、このために来たのですから」

 

 そう言って、再度、顔を前へ向ける。

 そこに浮かんでいるには、憂慮の色。

 

 前方空域で繰り広げられている、深海棲艦飛行部隊との空戦。

 その戦況は――互角。

 

「(……七面鳥撃ちのような惨状も、覚悟していたのだけれど……)」

 

 空母戦力比は、1対2。

 単純に計算すれば2倍差だ。

 搭載している艦載機の数の違いを考慮すれば、その差はさらに開くかもしれない。

 その上、本来であれば御法度である夜間航空行動の強行。

 

 ……これだけの不利な条件で、けれど戦況は五分。

 ……その理由を、翔鶴は正確に見抜いていた。

 

「(数が少ない上に、動きが鈍い……)」

 

 空母2隻の有する航空戦力にしては、相手の数が少なすぎる。

 その上、動きに全くと言っていいほどキレが無い。

 

 ――まるで、既に激闘を経た後のように。

 

 その原因は、1つしかない。

 青年提督に悟られぬように、翔鶴は視線を移す。

 

 そこには――敵旗艦に突撃し、共に沈黙している【彼女】。

 

「(最高練度の航空機隊を、単艦でここまで減らすなんて……!)」

 

 最初に映像で【彼女】の戦果を確認したときの、慄然とした感覚が蘇ってきて――

 翔鶴は、思わず身を震わせた。

 

 

 …

 ……航空機隊が足止め。

 深海棲艦群の逆転の目を掛けた一手が封じられて――

 

 そうして。空母2隻への道を遮るものは、何も無い。

 その開かれた道を、最後尾に付けていた艦が駆け抜ける。

 

「暁の出番ね。見てなさい!」

 

 第六駆逐隊の長女である暁。

 

「――突撃するんだから!」

 

 自身を遥かに上回る大きさを持つ空母に向かい、躊躇を見せずに距離を一気に詰める。

 瞬く間に制圧された戦場。

 それを成したのは、敵の戦艦群を撃沈させた妹達。

 いくらこちらに有利な夜戦という状況下であっても、深海棲艦最精鋭艦隊を相手に勝利を手にするということは容易では無い。

 

 ――それを、3人はやってくれた。

 召喚されたばかりの頃の自分達では考えられなかった戦果。

 それが可能となるまで自分達を育て上げてくれた青年提督。

 優しく、こちらを信頼してくれる指揮官と、強い絆で結ばれた妹達と。

 皆で作り上げてきた強さ。

 

 そこに更なる成長を齎してくれたのが、【彼女】だ。

 もし、【彼女】がこの鎮守府に来なかったら……自分達は早晩、行き詰っていただろう。

 それを、身を以て救ってくれた――

 

 その特異な雰囲気から、当初は拒否感を示してしまった自分達を……何の咎めもせずに受け入れてくれた。

 

【彼女】のくれた優しさを、返していこう。

 守ってくれた強さに、応えられるようになろう。

 

 そんな誓いを立てて。

 それを守るべく、5人は更に上を目指すことができたのだ。

 

 その【彼女】を、傷付けられた憤怒が、暁の思考から「恐れ」という概念を消し去っていた。

 あるのは――ただ、煉獄の如くに燃え上がる戦意。

 

「――もう、許さない……許さないんだからっ――!」

 

 放たれた魚雷は、彼女の怒りを示すかのように海中を切り裂いて――

 

 所有戦力を逆転の一手に掛けて放出していた空母ヲ級フラグシップには打つ手は無く。

 そもそも、直接火力に乏しい空母が懐に入り込まれた時点で、打開策などほとんど無い。

 

 僅かの後。

 艦艇を魚雷に抉られ、ヲ級フラグシップはその身を没していった。

 

 そうして、残ったのはもう一隻の空母ヲ級フラグシップ。

 ……だが、今更何ができるだろうか?

 

 …

 ……

 それから程なくして、戦闘は終結を迎えた。

 第六駆逐隊による、深海棲艦群の全滅という形で。

 

 駆逐艦4隻による、深海棲艦重量艦隊の殲滅――

 それは、誇るべき戦果だろう。

 けれど、その喜びに浸るのは、もう少し後で良い。

 

 ――この喜びを共に分かち合うべき大事な存在が。

 身を張って、この勝利の立役者となってくれた大切な仲間が。

【彼女】の身が、危険に晒されているのだから。

 

 第六駆逐隊の4人は、目を見合わせた上で小さく頷き合うと、船体を疾走させる。

 ……言葉は、要らない。

 誰の思いも、一緒だから。

 

 その進路の先にあるのは、絡み合うようにして沈黙している2隻の巨艦。

 既に沈黙している敵旗艦であるレ級エリートと。

 その並外れた巨体を相手に、己の船体を刃として突き立てている【彼女】。

 

 共に、船体は大破。

 戦闘艦どころか、通常の艦船としての役割すら果たし得ないだろう。

 

 外郭は凹み。

 随所から黒煙を噴き上げ、巻き上げられた炎粉が吹き乱れる――

 その壮絶な光景に思わず4人は息を呑むが、それも一瞬。

 こんなところで、一秒たりとも時間を取られている訳にはいかないのだ。

 

 このままでは、遠からず船体は海中に没してしまう。

 

 ――その、前に――!

 

「私と響が此処に残るわ。雷と電は上に登って」

 

 そこで、一度言葉を切って。

 

「――金剛さんを、お願い」

 

 そこに込められた、切実な願い。

 その重さは。その熱は、姉妹に共通したモノで――

 

 だからこそ、2人は小さく頷きを返しただけで、その指示に従った。

 

 事は、一刻を争う――

 

 雷と電は、即座に動いた。

 己の船体を艤装に収納すると、すぐに【彼女】の船体を駆け上ってゆく。

 

 ――それを確認した上で暁は己の船体を動かし、魚雷発射管を、既に沈黙しているレ級エリートに向ける。

 既に物言わぬ屍と化してはいても、深海棲艦の中でも破格の戦闘力を持つレ級エリートだ。

 万が一にでも、再起動することもあるかもしれない。

 

「(……そんなことは、絶対にさせないけどね)」

 

 ――その思いは、響も同様。

 主砲の砲口を、ピタリとレ級エリートに向ける。

 

「(……少しでも、動いてみろ……その時には――)」

 

 その目に宿るのは、冷徹な光。

 

 ――万が一にでも、大事な仲間を救う邪魔をされる訳にはいかない――

 

 その役割を託した2人の妹達と、【彼女】が無事で居てくれることを願い。

 暁と響は視線を上に向けた。

 

 

 …

 ……

 その視線の先。

 雷と電は、大切な仲間を救うべく躍動する。

 

 艦娘のとしての、人知を超えた跳躍力と身の熟しで瞬く間に巨艦の外壁を踏破し、甲板上へと降り立って――

 

「――っ!これって……!」

 

 雷が息を呑み、電が顔面を蒼白にさせる。

 

 外から見るだけでも、被害の甚大さには言葉を失ってしまっていたが……

 こうして実際に状態を目の当たりにすると、さらにその惨状が露わになる。

 

 艦上構造物はそれも倒壊し。

 ひしゃげた砲は原形を留めておらず。

 幾多もの大小の傷跡と、抉られた無数の風穴。

 至る所に巻き起こっている火災が、噴き上げる風に乗って漂わせるのは、油と焦げ臭さ。

 

 目を覆いたくなるような惨状。

 そして、2人の目的――【彼女】の姿は、そこには無くて。

 

「――まさか、もう……」

 

 もう顕現化が解け、艦娘としての形が保てずに還ってしまったのか――

 最悪の想像が思考をよぎるが――

 

「――雷お姉ちゃん、あっちなのです!」

 

 電の眼が、【彼女】を見つけ出す。

 それは、【彼女】の船体ではなく、相対しているレ級エリートの艦上で。

 

「――ここから、あんなところまで……!?」

 

 船体がぶつかり合っているとは言え、レ級エリートの甲板上まではかなりの距離がある。

 いくら艦娘の肉体能力を以てしても、一足では無理だ。

 

「っ!」

 

 思考している暇は無く、2人は直ぐに動いた。

 目にも止まらぬ速さで跳躍し、駆け抜けて――

 そうして乗り移ったレ級エリートの甲板上。

 

「――っ!」

 

 2人の目に入ってきたのは、力なく横たわるレ級エリートの顕現体。

 巨大な尾部は木っ端微塵に砕かれ、壁面に叩き付けられた体は、ピクリとも動かない。

 

 …

 ……そして。

 

「――金剛さんっ!」

 

 電が駆け出した、その先。

 ――そこに。【彼女】が、いた。

 

 ――瀕死。

 そうとしか形容しようのない重体。

 

 ……そんな状態なのにも関わらず。

【彼女】は、顔を動かした。

 それは、電の声を確かに捉えた証。

 朦朧としているであろう意識の中で、それでも応えてくれた――

 それが、【彼女】が自分達のことをどれだけ大事に思ってくれているかの証明。

 

「――金剛、さんっ……!」

 

 堪らず、電は横たわる【彼女】に縋り付く。

 ……涙が、次々と零れて。

 

「――ごめんなさい、なのですっ……!

 ごめんな、さいっ……!」

 

 ――1人で危険な目に遭わせて、ごめんなさい。

 ――間に合わなくて、ごめんなさい。

 

 思いが溢れてくるばかりで、まともに言葉にできない。

 もっと、伝えたいことがあるのに。

 もっと、上手く言いたいのに。

 しゃくりあげながら、途切れ途切れに伝えることしかできなくて。

 

「……あ」

 

 ――そんな電の頭に置かれたのは、包み込むような暖かな感触。

 

 ――どこか冷たく、それでいて滑らかな手触りは――【彼女】の掌。

 

 伝わってくるのは、震え。

 伸ばされた【彼女】の腕は、細かく震えていて――

 それは、きっと、堪え切れない激痛。

 

【彼女】は今、瀕死の状態だ。

 指を動かすことすら辛いはず。

 

 ……それなのに、その激痛を堪え、手を伸ばしてくれて。

 

 そして、こちらへと向けられている瞳。

 己の命が風前の灯だというにも関わらず、一切の揺れも乱れも見せない鋼の瞳。

 

 ――だけれど。

 その奥には光があって。

 口角が、ほんの少しだけど、緩んでいるように思えて。

 

 ―――無事で、よかった―――

 

 例え声は出せずとも。

 例え笑顔を浮かべることはできずとも。

 

 ――【彼女】は、誰よりも優しくて――

 

「――っっ」

 

 それが堪らなくて。

 電は再び【彼女】にしがみ付いた。

 溢れだす涙は止まらなくて。

 次々と零れ、弾けていく。

 

 その滴を、降り注ぐ月光が優しく映し出していた――

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 …

 ……

 

「(切り抜けられた……)」

 

 ――戦闘終結後、上陸させてもらった鎮守府で翔鶴は息を吐く。

 爆撃を仕掛けられたのか、周囲の建造物は焼け焦げ、崩れているものも少なくない。

 おそらく、復旧には相応の時間を要するだろう。

 

 ……だが。確かに鎮守府は此処にある。

 被害は大きい。付けられた爪痕は深い。

 ……しかし、鎮守府は健在なのだ。陥落、しなかったのだ。

 

 ……そんな目の前の光景を目にしながら、翔鶴は息を吐く。

 体に感じるのは、鉛を詰め込んだかのような重さ。

 主である袴富士少将の命を受けての強行進軍。

 そこで目にした敵艦隊の想像以上の陣容。

 そして、夜間にも関わらずに航空行動を実行するという自殺染みた真似をしたことによる疲労。

 

 ――だが。何よりもその疲れとなったのは……

 

 翔鶴は視線を向ける。

 その先には、雷と電に両脇から支えられてゆっくりと歩を進める1人の艦娘。

 青年提督と、暁と響。

 そして総出の妖精さん達に迎えられる、金剛――【彼女】。

 

 常識という枠を遥かに超える規格外。

 ――その存在への警戒心……いや、恐れが翔鶴の肉体を蝕んでいた。

 

 

 火力・耐久・装甲・回避――そういった軍艦としての性能で【彼女】を上回る艦娘はいくらでもいるだろう。

 

 ――だが。

【彼女】を、〔強さ〕で上回る者は、居ない。

 達人という域を超越した、怖気すら感じさせるほどの技量。

 

 

 どのような境地の果てに、こんな境地にまで至れるのか――

 想像すらつかない。

 

「(――長門さんでも、太刀打ちできないでしょうね……)」

 

 自らの所属する鎮守府の第一艦隊旗艦の強さは良く知っているが……彼女でも、歯が立たないだろう。

 ……それどころか、現在顕現している艦娘全員の中でも、相手になる者が果たして居るのか……?

 少なくとも、翔鶴の知る中では居ない。

 この国の最後の切り札と謳われる〔近衛艦隊〕でも同様だろう。

 

「(いえ……)」

 

 ――1人だけ、例外が居た。

 規格外には、規格外。

 艦娘という存在が確認されて以来、屠った深海棲艦の数では右に出る者は居ないとされる古強者。

 遥か昔から戦って、戦って、戦い続けて。

 ――そして、誰をも置き去りにして、誰も立ち入れぬ極致にまで至ってしまった……

 

「(……あの〔艦娘提督〕なら、恐らくは五分か、やや優勢か……)」

 

 ……そんな埒外の相手に匹敵できるだけの【彼女】は、やはり異常なのだ――

 

 ……その異常点は、艦隊戦での強さに限った話では無い。

 状況を確認した雷と電の話からすると、【彼女】は白兵戦闘でレ級エリートの顕現体を斃したと思われると言う。

 

「……」

 

 信じられない事態に、逆に笑い出しそうになってしまう。

 軍艦の現身である艦娘は、人類では及びもつかない肉体能力を持つことは紛れも無い事実。

 ……しかし、それとて限度はある。

 少なくとも。

 距離を隔てた敵艦へ一足跳びで乗り移ったり、自らを遥かに上回る質量を持つ怪物を一振りで殴殺するなんて、できようはずが無い。

 満身創痍の状態でなら、なおさらのこと。

 

 ……だが、状況を伝え聞く限りでは【彼女】がそれを成したのはほぼ疑いようが無い。

 ……そんなことができるのは、これまた〔艦娘提督〕ぐらいで。

 他に、生身の戦闘で【彼女】に歯が立つ者はいないだろう。

 艦娘体のスペックとして、余りに逸脱している。

 

 艦艇戦も、肉体戦も、共に異次元。

 …

 ……これを、異常と呼ばずして何と言うのか。

 

 

「……翔鶴さん?」

 

 近くから聞こえた青年提督の声に、慌てて翔鶴は意識を戻す。

 ふと気付くと、6人が直ぐ近くに来ていて。

 どうにも、思考に埋没してしまい過ぎたようだ。

 恐らく、援軍に対する礼を言いに来てくれたのだろう。

 

「(集中力を乱し過ぎね……)」

 

 せっかく相手が礼を尽くしてくれようとしているのに、これでは申し訳ない。

 気を取り直して、翔鶴は視線を彼らへと向けて。

 

 ――そうして、【彼女】と視線が交わった瞬間。

 

「――っ!?」

 

 ――怖気が、迸った。

 

 そこにはあったのは、透き通った眼。

 まるで磨き抜かれた鏡の様に、曇り1つ無く翔鶴の姿を映し出している。

 

 ――そのことに、怖気を覚えたのだ。

 

 曇り1つ無い――

 ……つまり。何も浮かんでいないのだ、其処には。

 

 激戦を潜り抜け、先ほどまで己の身を死地に置いていたことに対する昂りや乱れも。

 ようやく味方に邂逅したという安堵も。

 何も、読み取れない。

 

 自身の感情を示すことが苦手な者も居る。

 或は、表情を仮面で押し隠す者も居る。

 ……だが、【彼女】は根本的に違う。

 〔目が笑っていない〕などという表現はよく使われるが……

 

 ――目が無いのだ、【彼女】には。

 眼球は在っても、そこに宿っているモノが無い。

 

 ――まるで、屍が動いているかのようで。

 

「(どうやったら、こんな目になるの……!?)」

 

 ……いや。

 人形のような目を浮かべている相手に、そういった考察をするだけ無駄かもしれない。

 常識の通じぬ、人知を超えた場所に居る相手。

 

「(……まるで、バケモ……)」

 

 ――その時。【彼女】が、僅かに動いた。

 視線を逸らすようにして、首を微かに前後に傾げる。

 

「(……?)」

 

 こちらの視線を避けたようにも思える動作だが、小さく会釈したかのようにも見える。

 ……ひどく解り辛いが、援軍に来たことへの返礼のつもりだろうか。

 ただ。何一つ言葉も無く、淡々と行われたその動作は外から見ると、無礼とも取られかねない。

 

「……あ、あの、翔鶴さん……」

 

 言葉を発したのは、【彼女】を片側から支える電。

 翔鶴の様子を伺うその表情は、どこか切迫としていて。

 

「えっ……と、お気に障られたのなら、ごめんなさいなのです……」

 

 顔を真っ赤にしているのは、何とか的確な言語を紡ごうとする必死さの表れ。

 

「金剛さん、喋るのが得意じゃなくて……あの、だから、翔鶴さんを蔑ろにしてるわけじゃなくてっ……!」

 

 会話としては不十分な言葉の羅列。

 だけど、その根底にあるものはしっかりと伝わってくる。

 

 ――【彼女】を、庇おうとしているのだ。

 翔鶴に悪感情を持たれないように、と。

 

 ……その電の言葉を、青年提督が引き継ぐ。

 

「すまない。【彼女】は少し不器用なところがあってね」

 

 読み取れるのは、揺るがぬ信頼。

 

「【彼女】は本当に君に感謝しているんだ、私達と同じくね……どうか、気を悪くしないでほしい」

 

 懇願するようにして掛けられる青年提督の言葉。

 そこに込められているのは、一途さ。

 そして、それは【彼女】と寄り添っている第六駆逐隊の面々の顔にも浮かんでいて。

 

 …彼らとて、【彼女】の異様な在り様には気付いているはず。

 なのに、そこには疑義も嫌悪もありはしない。

 あるのは。

【彼女】と共に居ることへの感謝と、誇り。

 

「(……ふぅ)」

 

 揺らがぬその有様に、翔鶴は僅かに息を吐いた。

【彼女】への猜疑を捨てた訳では無い。

 畏れも恐怖も、未だに胸の中に巣食っている。

 

 ――だけど。

 

「いえ、解っていますよ。……素晴らしいものを見させて頂きました」

 

 ――彼らの間には、確固とした絆がある。

 ならば、外部の自分がどうこう言うべきではないのだろう。

 信頼と絆で結ばれた6人の姿を見て、口元も綻んで。

 

「(……けれど……)」

 

 翔鶴は沈痛な思いを抱かずにはいられない。

 この先の、彼らのことを考えると。

 

 今回、深海棲艦の襲撃を退けることはできた。

 ……だが。

 それは同時に、規格外の艦娘――【彼女】の存在を、知らしめることにもなってしまった。

 

 深海棲艦共は今後、血眼になって【彼女】を狙ってくるはずだ。

 今回の襲撃艦隊は沈没する前に、恐らく戦闘の一部始終の模様を伝達している。

 つまるところ、【彼女】の立ち回りは余すところなく奴等の根城に伝わっているだろう。

 

 決戦用戦力を単艦で押し戻す【彼女】の出鱈目な戦闘力を、奴等はしっかりと認識した。

 ……今後、最優先目標として狙いを定められることも在り得る。

 

 そして、人類側も。

 深海棲艦の一大攻勢を凌いだことで、一致団結!……とはなるまい。

 これだけの攻撃を防いだことは殊勲ものだ。

 ……だが、上層部が着目するところは其処では無い。

 

 厄介払いを兼ね、足枷にと押し付けた存在が。

 実は、単独で戦局を変え得るほどのとんでもないジョーカーだった。

 

 ……果たして、その事実がどう解釈されるか。

 まして、今は沖ノ島での決戦に備えている準備期間。

 その中で起きたこの事態に、果たして大本営がどのような判断を下すのか……予測が立てられない。

 

 ――どちらにしても、険しい前途が待ち受けていることに違いは無い。

 

 ……余計な気遣いだとは解っていても、それでも翔鶴は憂いずにはいられない。

 

 ふと頭上を見上げれば、そこには夜空に青白く浮かぶ月――

 ――月夜の水平線が、ただ静かに此方を見下ろしていた。

 




ここまで読んでいただいた方、誠にありがとうございます!

まず最初にお詫びをさせて頂きます。
今回の更新に際しての一連の不手際については、誠に申し訳ありませんでした。

更新予告で3月27日に次話を投稿すると告知しておきながら、それを守れずに延長。
さらに活動報告で公言した3月中の更新も結局できずに再延長。
そこで最後通告として通知させて頂いた4月3日にも私の私的都合でそれを破ってしまいました。
その上、その後も更新を行わないという体たらく。
いかに事情があったとしても、拙作を投稿させて頂いている身としては言語道断でした。
改めてお詫びさせて頂きます。
大変申し訳ありませんでした。

また、こんな醜態を晒しているにも関わらず、暖かなお言葉を下さった方々には感謝の言葉もございません!
本当にありがとうございます!

4月ということで心機一転、周囲の環境が変わられる方も多くいらっしゃるでしょうが、
どうか無理をせず、体を壊さないようにしてください。

今回は本当に申し訳ありませんでした。
次も頑張ります!


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15 ちんじゅふぼうえいせん・おわり(副題:誰かさんの目覚め)

更新が遅れに遅れ、お詫びの言葉もございません。
15話目、投稿させて頂きます。

※独自設定が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※今回、会話文はありません。
 そのため読み難くなってしまっていますので、無理をなさらないでください。


 人間には、反省という行為はとても大事なものだと思う。

 

 生きていく上で、失敗という存在は避けては通れない。

 事の大小の違いこそあれ、人は誰しもミスをする。

 どれほど優秀で偉大な人物であっても、一度も間違わないというのは不可能だ。

 英雄であろうと一般人であろうと、生きていく中で常に向き合わなければならない存在。

 それが、〔失敗〕。

 

 ――だが、それを上手く活用することができれば道を開くこともできる。

 〔失敗は成功の母〕という言葉がある通り、その経験を活かすことができれば新たな糧を得ることも可能なのだ。

 

 そのために欠かせないのが、反省。

 なぜ失敗したのか。そして、それを繰り返さないためにはどうすれば良いのか。

 過程を振り返り、原因を探って。

 そして、自らに非があるのなら素直にそれを認めて戒めとする。

 そうやって、また進んでいく――それが、反省という行為であり、生きていく上でとても大事なことだと思う。

 

 だが、この反省という行為。簡単なようでいて、実はとても難しいもの。

 己の過ちを認める、というのは誰しも気持ちの良いものではない。

 自分が起こした失敗という重さを受け止めきれず、見苦しい言い訳を並べ立てたり、責任を他の所に押し付けたり、他者に八つ当たりしたり……そういった考えが内心で生まれてしまう。

 それを自分の中だけに仕舞っておけるなら何ら問題はないんだけども。

 それを前面に出して周囲に当たり散らすような輩は、年齢や社会的立場を問わず、相当数居る。

 ――だからこそ、己のしたことを受け止めて反省できる人というのは、老若男女問わず立派だし、それを誇っていいと思う。

 

 前述したけしからん輩どもは、そういった人達の爪の垢を煎じて飲んでほしいね。

 ……そう。

 暖かいお言葉を頂くという望外の幸運に恵まれているにも関わらず。

 口先だけいい返事をしておいて、更新速度を上げる気配すら無く。

 それどころかそれに甘えてさらに速度を低下させている、どっかのモノを書いている拙い作者とかにね!

 

 …

 ……などと盛大に無駄話をしてしまいました、「お前が言うな!」の金剛(偽)デース。

 いや、散々偉そうに語ってしまいましたが、俺も人のことをどうこう言えないっす。

 間違いを犯して反省するどころか、開き直るわ不貞腐れるわ。

 挙句の果てが指摘されたことに逆ギレして周囲に当たり散らすわ。

 ……振り返ってみると、我ながら終わっとる。

 最低という言葉をそのまま形にしたような、ダメ人間ですな……

 

 

 

 さて、そんな俺は今、とある部屋に居ります。

 既に時刻は深夜。

 昼間はイケメン提督君や第六駆逐隊、妖精さん達が行き交かっている鎮守府も、この時間帯には静寂に包まれている。

 その奥まった位置にある一室――そこにワタクシは腰を下ろしております。

 一目では視界には収めきれない空間、この鎮守府の部屋の中では最大の面積を持つ場所。

 

 ……だけど、この室内に身を置いていても思ったほどの広さは感じられない。

 その原因となっているのは、眼前に所狭しと配置されている機械群。

 大小様々なモニターと、絡みつくように張り巡らされたケーブルやキーボード。

 それらの間に中継所のようにして配置されている数々の箱型筐体。

 まるでミニチュアの街のように立ち並んでいるこの機械達が、部屋の過半を占領している。

 

 ……多分、機械のことが好きな人達がこの部屋を見たら、涎を垂らすかもしれない。

 俺はコンピュータとかの精密機器に関してはチンプンカンプンだけど、でも、見ただけで何となく解る。

 目の前のこの数々の機械は、市井のものとは一線を画した技術の塊なのだということが。

 こう、雰囲気的に感じ取れるというか……

 ここの小さなモニター1つとっても、諭吉さんが何人飛んでっちゃうんだろう?

 多分、一束じゃきかないんだろうなあ。

 

 とまあ、ある意味でとんでもないこのお部屋の名前は――シミュレーションルーム。

 またの名を、仮想演習室という。

 

 

 艦これの原作ゲームでは、他プレイヤーの艦隊と疑似的に対戦できる〔演習〕というモードがある。

 もちろん疑似的なものであるから正確に相手の強さを反映したものではない。

 それでも、他の提督の艦隊構成や戦術を確認してそれを参考にしたり、自艦隊の仕上がり具合をみたりすることができる、かなり有用性の高いモードだ。

 

 それを再現したのが、この部屋とそこに置かれた機械達というわけである。

 

 艦娘が現実に存在するこの世界では、艦娘達が各々の船体を用いて実戦に近い形で砲火を交える実弾演習を行うことは可能だ。

 ……けど、実際にそのような演習が行われることは多くない。

 その原因は……ぶっちゃけ、金と手間が掛かり過ぎるからです!

 

 まず場所を確保しなければならないけれど、そこからして楽ではない。

 訓練ができるだけの十分な広さがあること。

 それに訓練中に襲撃など受けては堪らないので、安全性が確保されていることが条件になるわけだけど……

 深海棲艦達の出現により、そういった海域は限られてしまっている。

 そして、その安全海域についても海軍だけで独占できるものではない。

 深海棲艦の出現以来、規模を縮小させながらも何とか食い繋いでいる漁業・海運業にとって、そういった安全な航路は数少ない労働場所であり、生活を支える命綱なのだ。

 軍がなければ国を守れない。けれど、軍だけでは国を営めない。

 海は、艦娘・海軍だけのものではないのだ。

 

 で、そういった諸々の条件をクリアしたとしてもそれで終わりではない。

 この世界の防衛機関である鎮守府の数は膨大であり、そこに所属する艦娘も莫大な数に上る。

 そんな彼女達全員が一度に訓練することができるだけの広さを持つ場所など、あるはずが無い。

 そのため、海域の使用は順繰りであり、演習の申請を行ってから実際に訓練が行えるまでには相応の時間を要する。

 いつでも好きな時に演習を行えるわけではない。

 

 さらに最大の問題となるのが、多大なコスト。

 本番の戦闘を想定した演習訓練では実際に船体を動かすことが必要不可欠であり、そのためには大量の砲弾や燃料が必要になってくる。

 ……それらについても、タダで生み出されるわけではない。

 砲撃訓練でも実際に砲弾を撃ち出さないことにはデータが取れないし、艦隊同士の模擬戦闘ともなれば演習用の砲弾を用意する必要がある。

 演習の際に用いられる演習弾は実弾に比べていくらかコスト削減が試みられているが、それでも相応の費用が掛かることに違いはない。

 そもそも、艦娘の本体である船体の運転には多量の燃料を必要とする。

 まして戦闘用の動きをするとなると、その消費量はさらに跳ね上がってしまう。

 

 こういった砲弾・燃料の費用は手軽に捻出できる額ではなく、大規模攻略戦の前の合同訓練などの重要な演習を除いては、実際に演習が行われることは少ないのが実情である。

 

 ――その代わりに艦娘達の鍛錬の場となっているのが、この仮想演習だ。

 仮想空間の中に疑似的に海域を作り上げ、そこに艦娘達の船体を投影する。

 目を開けば、そこにあるのは現実のものと何ら変わらない海と空。

 無論、虚構なんだけれども……そこに映し出される映像は現実のものと全く差異が無い。

 青い海も白い雲も、元のものそのままだ。

 いってしまえば、バーチャルゲームの究極版といったところか。

 

 ここまで忠実かつ正確に海域環境を再現したこの装置。

 聞くところによると、昔、とある艦娘の集めたデータが元になっているそうな。

 ……けど、これだけ忠実に環境を再現するには大量かつ緻密なデータが要求されるはず。

 それこそ、潮の流れから雲の動きまで見逃さないような観察眼が不可欠。

 再現度データを正確に集めるなんて、並大抵のことじゃできないぞ。

 それこそ、どこかネジが外れていないと…。

 

 

 ――と、なんでそこに俺が居るかというと、最初に話は戻るのだが。

 まあ、反省のためである。

 

 今回の鎮守府防衛線。

 もう終わりだと思っていたところで、第六駆逐隊の皆に救ってもらったわけだが……。

 情景を見た俺の感想を一言。

 …

 ……うわようじょつよい(2回目)。

 軍艦としては最軽量に分類される駆逐艦の身でありながら、軍艦の中でも最重量級の戦艦・正規空母を一方的に撃破するとか…

 

 小型艦がイニシアチブを握りやすい夜戦であったこと。

 奇襲に近い形で先手が取れたこと。

 そして、既に金剛さんボディーによって深海棲艦側が痛めつけられていたこと、といった好条件が重なったということもあるとは思うけれど。

 それでも、あれだけ一方的に撃破するというのは、並外れた技量がなければ不可能だ。

 

 はっきり言ってしまえば。

 例え深海棲艦側が万全な状態であったとしても、この夜戦においては、第六駆逐隊の勝利という結果は変わらなかったと思う。

 

 ――圧倒的ではないか、わが軍は!

 

 

 とまあ、今回の海戦は勝利という形で終わらせることができたんだけれど……

 

 

 ――「――ごめんなさい、なのですっ……!ごめんな、さいっ……!」

 

 ……その時に、泣かれちゃいました。

 

 うひょぉぉぉ!

 電ちゃんが、電ちゃんの体がこんな近くに!

 やわらけえぇぇ!

 仄かに漂ってくる、幼さを含んだ甘やかな香りが、香りがっ……!

 よ、よ~し。

 泣いている電ちゃんを慰めるためにも、ここは1つ肌を脱がねば!

 ヒトの気持ちを癒すのに最適な手段の1つが、スキンシップ。

 ……だから、ちょっとぐらい……手を伸ばしてもイイヨネ?

 これはお触りじゃないから!KENZENだから!

 喋れない金剛さんボディーで、言葉の代わりに人肌の温もりで電ちゃんに御礼を伝えるための手段だから!

 き、緊張で腕が震えちゃうけど……そ~っと手を伸ばしで……

 

 …

 ……

 ………ふう。

 ここが、この感触が、天国か……。

 

 ――という冗談はともかくとして。

 

 ええとですな……きっついです。

 自分の為に泣かれるというのは、怒られるより堪える。

 雀の涙ほどしかない俺の良心にグサグサ来るんですよ……ええ。

 

 今回の鎮守府防衛。

 戦果という面では成功かもしれないけれど、俺的に言えば失敗だ。

 第六駆逐隊や、妖精さん達。

 ……それにまあ、あのイケメン提督も不本意ながら含めて。

 皆を――仲間を、悲しませてしまったのだから。

 

 ヘタレでダメダメな俺だけど、仲間を泣かせたいという腐った性根など持っていない。

 こんな事態の発生は今後ともご勘弁願いたい。

 じゃあ、それを防ぐには…

 というところでない頭を必死に振り絞って考えたのが、この疑似演習だ。

 

 今の俺の肉体の金剛さんボディーならば、大抵のことは切り抜けられると思う。

 ……ただ、その中身の俺がダメすぎる。

 今回の件にしても、俺が変に意地を張ってなければ、また違った形で終わらせることができたと思う。

 ボディーがよくても、ソフトがへっぽこではな……

 例えるなら、最高性能のレーシングカーにオンボロエンジンを載せているようなものだ。

 いくら能力が高くても、それを発揮しきれない。

 

 ならば。

 俺が少しでも金剛さんボディーに慣れておけば、多少はマシになるかもしれない。

 ……まあ、気休め程度だけど。

 それでも、何もやらないよりかはいいかな、と。

 しかし、生きるか死ぬかの実戦でそんなことを試みているような余裕は無い。

 だから、とりあえずは疑似演習で試してみようかな、と。

 

 

 ただ、それをみんなの前でやるわけにはいかなかった。

 あの戦闘終結後、病室に押し込まれてしまってますから

 重傷者ということで厳重な保護下に置かれてますからね。

 こんな状況で訓練したいとか言っても……

 却下されるだけだし、さらに心配を掛けるだけだ。

 さすがにそれは避けたい。

 だったら、バレないようにやれば良いじゃない!

 というわけで、夜中に皆が寝静まった後にこっそりと、ね。

 第六駆逐隊の皆は練度が凄いから、例え眠っていても、少しでも気配の動きを感知するとそれを読み取って起きてしまう。

 …

 ……そんなスーパーロリっ子達のセンサーも、金剛さんボディーならば擦り抜けることが可能。

 動作を最小限に抑えて、空気の揺れも押し殺して。

 抜き足差し足、忍び足!スニーキングミッションもお手の物!

 まさにジャパニーズニンジャー!

 ……いや、ここまで気配殺せるとか……冗談抜きに、その気になれば暗殺者にもなれちゃうぜ、コレ。

 

 というわけでこの仮想演習室に居るわけです。

 さて、時間も限られてますし、手早く始めちゃいますかね。

 端末をポンポンとな~。

 この仮想演習装置には全鎮守府全艦娘のデータが収録されている。

 大まかな性能や装備情報から、今までの戦闘記録まで。

 いわば、機密情報の宝庫。

 当然そのセキュリティは厳しく、起動の際にはいくつものパスワードや複雑な手順を要求されるんだけど……

 ……この金剛さんボディーにかかればお茶の子さいさいさぁ!

 そ~れ、キーボードをカチャカチャタンタン、とな。

 はいはい、起動確認。

 

 ふっ!

 ジャパニーズニンジャーから、凄腕ハッカーまで!

 この体にできないことなどほとんど無い!

 ふふふ、敗北を知りたいぜ♪

 …

 ……いや、煽りとかは抜きにマジメな話、このボディーでできないことなんて、あるのかなあ?

 無論、物凄い心強い。

 ……けど、ここまで万能無欠だと…逆に、なんか怖いのよね……

 

 と、いかんいかん。

 せっかく装置を起動したんだからぼんやりして時間を潰すわけにはイカン。

 画面に意識を戻す。

 再現された仮想区間のなかで、該当する艦娘のデータから構成されたプログラムデータを相手に演習を行うのが、この演習装置。

 全艦娘のデータが収録されているので、相手に誰を選ぶかは選り取り見取りだし。

 互いの艦数や、遭遇状況などの設定も自由自在。

 

 さて、この中からどんなデータをシミュレータ相手に選ぶか。

 ……ぶっちゃけ、金剛さんモードになれば最高難度でも相手にならない(確信)。

 でも、今は俺自身を鍛えなきゃならんからな……

 どんな相手がいいのかな?

 

 …

 ……解らん!

 え~い、もうこうなったら。

 両目瞑りブラインドタッチ!

 これで適当に相手とか方式を決めてしまえ!

 で。ポチっとな。

 

 接続を行って装置を起動した瞬間、目の前の視界が切り替わって……

 ……

 目に入る一面の青い海。

 おお……これがシミュレーションとかまじ信じられん。

 潮の香りも、湿気を含んだ風も本物そのままじゃん。

 

 っと。今は演習中だった。

 意識を戻した視界の中。霧がかった向こうに、艦影が映る。

 その数、1隻。

 ほほう、方式はタイマン勝負か。

 まあ、俺が金剛さんボディに慣れるためならば一番良いかもしれないな。

 さて、相手は…

 …

 ……あれ?

 なんか、こっちとほとんど同じじゃね?

 艦影がほとんど同じで差異がほぼ無い。

 ……ってことは……同型艦――金剛型か?

 となると……他の鎮守府の金剛か、あるいは他の妹艦のどれか?

 

 

 

 ――って…あれ?

 ……なんだか、視界が、曇ってくぞ……?

 いったい、これは……?

 そんな疑問を抱いたのも束の間。

 ……突然、火花が散って、あっという間に目の前が真っ白になっていく。

 まるで、夢から覚めるような形容し難い覚醒感が意識を塗りつぶしていって――

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ここではない、何処か。

 今では無い、何時か。

 

 戦うことのできない艦娘が居ました。

 勇壮な砲塔から砲弾を放つことも。

 厚い装甲で敵の前に立ち塞がることも。

 それどころか、その巨体で海に漕ぎ出すことすらできず。

 ただ震え、泣くことしかできない――

 そんな艦娘が居ました。

 

 怖い――

 彼女の胸の内にあるのは、恐怖でした。

 化け物との殺し合いに臨むことが、堪らなく恐ろしくて。

 けれど、彼女が何よりも恐ろしかったのは対峙する相手――深海棲艦ではなく。

 己の中に眠る、昔の記録。

 まだ、己が言葉も意思も持たぬ軍艦であったときの記憶。

 

 ――かっての己の、最期の瞬間。

 

 被雷した時の損傷を思い起こしてしまうから。

 冷たい海へと沈みゆく瞬間を思い出してしまうから。

 だから、自身の過去を恐れたのでしょうか?

 

 それも、原因の一因です。

 しかし、彼女が過去を怖がる本当の理由はそうではありません。

 

 彼女の恐怖の根本にあるのは――乗組員達の、最期。

 

 この時、彼女は作戦行動を終えて内地への帰途の途中でした。

 その際に敵艦からの魚雷を浴びてしまったのです。

 当初は大した損害では無いように思われたのですが……様々な悪条件が、その予測を覆してしまいました。

 損傷は拡大し、機関が停止。

 内地を前にしながら、遂に帰還することは叶わず、沈没。

 船体を海中に没することとなるのですが……ここで、悲劇が起きてしまいます。

 

 彼女に搭乗していた乗組員の多くが、その命を落としたのです。

 退艦命令の遅れと、艦内で発生する爆発。

 さらに、周辺海域は荒天によって牙を剥いて――

 ……この悲惨な状況下、1,000名を超える乗組員が犠牲となってしまいました。

 

 ……彼らの嘆きは、如何ほどだったでしょうか。

 国のため、大切な人のために必死で戦って……けれど、そこにはもう、帰れない。

 

 あともう少しで、帰り着けた。

 あともう少しで、故郷の土を踏めた。

 あともう少しで、大事な人達の元へ帰ることができた。

 

 そんな状況から一転して絶望に叩き落とされた彼らの、無念。

 余りに痛ましく、計り知れない悲痛な叫び。

 

 ――そんな彼らの姿を、忘れることなどできようはずもありません。

 

 艦娘であれば誰であれ、そういった記憶を持っています。

 それと向き合い、同じような悲劇を繰り返さないために艦娘達は海へと降り立つのです。

 

 ……その、艦娘として当たり前のことが、彼女にはできませんでした。

 船体を顕現する度に、乗組員達の最期が脳裏に蘇ってきて……

 眩暈と息苦しさに襲われ、嘔吐し、泣いて……そうして、立つこともできずに蹲る。

 

 ……当然、こんな状況で艦娘としての務めを果たせるはずもありません。

 なにせ、己の本体とも言える船体を操ることすらできないのです。

 戦闘はおろか、演習や輸送任務さえ行えない。

 

 それならば、解体処分として艦娘でなくなればよかったのかもしれません。

 しかし、彼女はそれもできませんでした。

 艤装解体されたのなら、軍属ではなくなります。

 当然、この鎮守府からも出なければならない。

 そうなると、今度は己1人で、「かっての記憶」という恐怖を抱えたまま過ごさねばならないのです。

 そんなことに耐えられるとは思えなくて。

 

 艦娘でなくなれば軍艦としての記憶もなくなるのではないかとの話もありましたが、それとて確証はありません。

 軍隊に関する情報というのは最高峰の機密情報であるということは古今東西同じであり、

 艦娘でなくなった娘のその後の情報など、入ってくるはずもありません。

 

 だからこそ彼女は艦娘のままでいましたが、そんな彼女に外部の者達は辛辣でした。

 冷たい視線を向けられるのは、まだ優しい反応で。

 穀潰し・役立たずと罵られることが当たり前。

 いっそのこと廃棄処分すべきではないか、と言われたことも一度や二度ではありませんでした。

 

 ――そんな意見や糾弾から彼女を守ってくれたのが、内部の人達です。

 3人の妹達を始めとした艦娘の仲間達。そして、主である提督。

 彼らは彼女を邪険に扱うことなく、仲間として扱ってくれました。

 

 彼女が所属する鎮守府は、数ある防衛拠点の中でも有数の強度を誇っていました。

 指揮官である提督は未だに若年ながらも指揮官として極めて優秀であり、既に大器の片鱗を見せていました。

 また、常に他者への配慮や気遣いを忘れない心優しい青年でもありました。

 その上、容姿は申し分ないほど整っており。

 更には、出身はこの国有数の名門とも言える家系。

 容姿端麗、頭脳明晰。その上、家柄も人柄も申し分ない。

 そんな彼は、軍部の新星として期待を掛けられていました。

 

 それほどの人物の下にいる艦娘が無能なはずもありません。

 勇将の下に弱卒なし――この提督が率いる艦娘は、猛者揃いでした。

 どれほどの強敵を前にしても怯まず、どれほどの危地であっても乗り越える。

 そんな確固たる強さを持っていました。

 

 ……そして、こんな言葉があります。

 健全な精神は健全な肉体に宿る、と。

 彼女達は、ただ戦闘が強いだけではなかった。

 提督も、彼に率いられた艦娘達も。

 心も強く、そして優しかったのです。

 

 彼らは、知っていました。

 彼女が、どれだけ自身のことで苦しんでいるのか。

 そんな苦悩に身を置きながらも、どれだけの努力を重ねているのか。

 

 何度も船体を顕現できないか試行し。

 皆の平時の負担を少しでも少なくしようと、事務仕事を懸命にこなし。

 皆の安全性を少しでも高めるために、戦場となる各海域の天候や潮流などの膨大な情報をコンパクトかつ詳細なデータに分析・解析して。

 

 ――そんな彼女の努力は、鎮守府に大きく寄与することとなります。

 彼女が事務仕事をこなしてくれるおかげで、他の艦娘は輸送や演習、そして戦闘などの軍事実務に集中することができ。

 彼女が生み出したデータは、作戦立案や各地の攻防戦において大きな助けになりました。

 

 そして、一番大きな力になったのは――彼女の、笑顔でした。

 深海棲艦との戦闘は、多大な負担が掛かります。

 命を懸けて直接刃を交える艦娘は勿論のこと、その指揮を執る提督にも。

 彼らの根幹である鎮守府という組織に対しても。

 幸い、此処の鎮守府においては青年提督が優れた人物であったこともあり、彼を中心として強固な体制が構築されていましたが……それでも、疲労は溜まります。

 

 ……そんな彼らの疲れを少しでも癒すことができるように、と。

 そして、また勇気を持って戦場に向かい、帰ってくることができるように、と。

 彼女は、常に明るく、暖かな笑顔を浮かべていました。

 雑事は率先して引き受け、愚痴や悩みを聞き、相談に乗り。

 他者の身を、いつも気遣って、思い遣って。

 

 自身に向けられる、外部からの心無い態度や言葉が解らないはずはありません。

 侮蔑の眼差しを向けられ、罵られ……平気な筈は、ありません。

 ――けれど。

 彼女は、そんなことなどおくびにも出さずに、いつも笑っていました。

 皆に心配を掛けないように。

 皆の力になれるように。

 

 ……そんな彼女の姿を、鎮守府の皆は見ていました。

 直接戦力にはなれなくても、懸命に鎮守府に尽力してくれる――

 彼女のその姿に、どれだけ力付けられたことでしょう。

 

 ――彼女は、極めて厚い信望を集めていたのです。

 

 特に、総指揮官である青年提督。

 そして鎮守府内での艦娘達のリーダーにして、青年提督の生涯の伴侶ともなっていた、彼女の妹艦。

 この2人からの信頼は、絶大なものでした。

 

 彼女の献身性は、この鎮守府にとっての誇りであり、支柱でもあったのです。

 

 ただ、そんな彼女の功績も外部からは認められることはありません。

 艦娘は、兵器。

 それなのに、戦うことができない欠陥品。

 そう嘲笑われ、白い眼で見られ。

 

 けれど、彼女はそれでも耐えれたのです。

 鎮守府の皆の役に、少しでも立てれば。

 そして、これから先も、皆と一緒に進んでいければ――

 

 

 …

 ……

 ――その願いは、叶えられることはありませんでした。

 

 

 怨念と害意を持って襲い来る深海棲艦。

 それに対抗する人類と艦娘。

 止め処なく続く争いは――ある時、1つの転換点を迎えます。

 

 ――鉄底海峡攻略戦。

 通称「アイアンボトムサウンド」。

 深海棲艦との長い闘いの中でも、最大の激戦であり。

 ……他に類を見ない、悲惨な戦闘。

 

 当時、南方海域には深海棲艦が数多く蠢いていました。

 有力な機動部隊を中心とした多くの艦隊を揃え、飛行場を中心とした軍事施設を築き上げたそこは、堅牢な要塞と化した一大勢力圏。

 このまま手をこまねいていれば、多数の航空機によって制空権で劣勢に立たされ、更なる物量に押されてしまう恐れが強い――

 それを防ぐべく、大本営はその攻略と壊滅に着手します。

 全ての鎮守府に動員令が下され、顕現していた艦娘のほぼ全てが参加した総力戦。

 

 ……ですが、この時の深海棲艦陣営の耐久力は、予想を遥かに上回るものでした。

 各局面での戦闘に勝利して損害を与えても、その膨大な物量を活かし、そう時間を掛けずに防衛網を構築し直してしまうのです。

 常識を外れた、恐るべき再生力。

 

 それを打ち破るために採られたのが、犠牲を顧みない力攻めでした。

 大損害を被ってしまう恐れのある夜戦の連続戦闘や、本来なら帰投すべき損傷を受けた艦娘をそのまま続けて戦闘に投入する強攻策。

 

 ……無慈悲な消耗戦の前に、多くの艦娘が力尽き、海の藻屑と消えていきました。

 

 ですが、これでもなお南方海域の深海棲艦勢力の駆逐には至らず。

 そこで更なる手段が考案・実行されます。

 

 ――捨て艦戦法。

 練度の低い艦を主力艦に随伴させる戦術。

 大打撃を与え易い夜戦に乗じ、僅かなりともダメージを敵に与えること。

 主力艦の被弾を抑えるための的となり、盾となること。

 それが出撃させられる彼女達の役割であり、その生存性は一切配慮されませんでした。

 文字通り艦娘を使い捨てにする、非道の戦法。

 

 戦術的に見れば、確かに有効な手段でしょう。

 ですが、艦娘との絆を大事にする者達にとっては到底受け入れられるものではありませんでした。

 

 青年提督も、その1人です。

 人一倍艦娘への信愛を持っていた彼には、受け入れることなどできぬもので。

 

 ……ですが。戦局の流れが、選択の可否を許してはくれませんでした。

 

 このまま南方海域を陥とせなければ、深海棲艦の反攻を許してしまうのは明らかで。

 そうなってしまえば、圧倒的な数量で押し潰され、蹂躙され、後には何も残らない。

 ……それを防ぐには、手を休めることなく攻め続けるしかありません。

 例え今、どれほどの屍を生み出そうとも、です。

 

 ――それしか、なかったのです。

 未来を、残すために。

 ……今生きている艦娘達を犠牲にするしか、ありませんでした。

 

 結局。

 他の者達と同じく、青年提督は最終的に大本営からの作戦を全て受け容れざるを得ませんでした。

 夜戦の連続戦闘も、艦娘に継戦を強いる強攻策も。

 ……そして、捨て艦戦法も。

 

 攻略作戦が進行するに従って、加速度的に犠牲者は増えていきます。

 捨て艦要員である低練度艦は勿論、熟練艦にも未帰還者が続出。

 攻略戦前まで賑わっていた鎮守府には、急速に空席が目立ち始めていました。

 その現実が、青年提督の心身を蝕みます。

 中でも辛かったのが、艦娘の誰一人として文句を言わなかったことです。

 死出への切符を押し付けるも同然の所業を犯している彼を責める艦娘は、1人も居ませんでした。

 

 何故なら、彼女達は彼の優しさを解っていたから。

 

 兵器である自分達に対し、惜しむことなく暖かさを以て接してくれた。

 そんな青年提督が、このような作戦を採って平気であるはずが無いことなど解りきっていたから。

 自分達へこんな扱いをしていることに対して、彼が誰よりも苦しみ、悲しんでいることを知っていたから。

 だから彼女達は恨み言ひとつ言わず、笑顔さえ浮かべて戦いに赴いていきました。

 

 そのことが、青年提督をさらに苛みます。

 こんな己に対して変わらぬ信頼を寄せてくれている艦娘への感謝と。

 そんな彼女達のために何もできず、ただ死地に送ることしかできない自分への憤怒と。

 様々な感情が、綯い交ぜになって。

 精神的な苦痛によって、彼は蝕まれていきます。

 

 ――そんな姿を、彼女は見ていました。

 前線に出ずに鎮守府内での業務に徹していた彼女は、青年提督の姿を直に見ることができる立場にあり。

 その憔悴具合については、手に取るように解ったのです。

 

 この鎮守府の他の艦娘同様、彼女にとっても青年提督は大事な存在でした。

 艦娘としての務めを果たすことのできない自分を見捨てず、思い遣りを以て接してくれた大恩人。

 その苦境を、ただ黙って見ていることなどできませんでした。

 彼の生涯の伴侶となっている妹艦が居てくれたのなら、すべて任せることができたのですが……

 この激戦下です。

 全鎮守府全艦娘の中でも指折りの力量を持つ妹艦は常に攻略最前線に出ずっぱりであり、鎮守府に身を置ける時間は殆どありませんでした。

 

 ――ならば、その間は自分が代役を務めよう。

 妹艦の代わりを務められるとは思わないけれど……追い詰められている彼を、少しでも助けたい。

 

 そんな思いから、彼女は出来得る限り青年提督の近くに身を置くようになりました。

 とは言っても、特別なことなどできません。

 ただ事務仕事を一緒に熟し、雑用を引き受け。

 共に報告を受け取り、その結果に一喜一憂し、時には涙を流す。

 

 

 恩人である青年提督を思い遣るが故の行動。

 その心は、確かに青年提督に伝わり、疲弊した彼を癒します。

 …

 ……その行いが悲劇に繋がってしまうことなど、知る由も無く。

 

 誰であっても、窮地に立たされた時には他者の温もりを求めます。

 意識的であれ、無意識的にであれ。

 そして、そんな時に手を差し伸べてくれる相手が居たとしたら――

 

 ……その相手に己の欲求を叶えてほしいと願うことを、誰が責められるでしょうか?

 溺れる者は藁をも掴むという言葉があります。

 ……青年提督は、もう限界だったのです。

 かけがえのない仲間である艦娘を無為に死に追いやっている己への憎悪は高まるばかりで。

 溜め込まれた自己嫌悪が、心身を蝕んで。

 そんな自分の苦悩を受け止めてくれる伴侶は近くには居らず。

 正気と狂気の狭間で、溺死しそうで。

 

 ――そうして。

 極限まで追い詰められていた彼は、身も心も1つになってくれる存在を欲していました。

 ……それを、近くに居てくれた彼女に求めたのです。

 

 

 青年提督の伴侶である艦娘=彼女の妹艦が不在でなかったのなら。

 妹艦が居れば、青年提督の懊悩や苦しみの全てを、その身と心で受け止めることができたでしょう。

 ……そうしたら、何事も起きなかったでしょう。

 

 そして、彼女が臆病でなかったのなら。

 そうしたら、また違った道があったかもしれません。

 ……青年提督の欲求を、彼女は拒絶したのです。

 自らの過去の記憶――いわば、己自身にも打ち克てなかった彼女。

 そんな彼女にとって、自分の身も心も曝け出して全てを相手に委ねるという行為は、恐怖でしかありません。

 ……青年提督が相手でも、それは変えられませんでした。

 優しさに満ち溢れた青年提督が、そこまで追い詰められていたことに思い至らず。

 そんな彼に、自分がどのように想われているかに至らなかった浅慮。

 ……そして。

 そんな彼を受け入れることができない、臆病さ。

 

 だから、拒みました。

 切迫さを以て、縋る様に伸ばされてきた彼の腕を、振り払いました。

 

 けれど、もう思考が焼き切れる寸前であった青年提督は、己の欲求を止めることができず。

 彼女は、そんな彼を拒み続けて――

 

 

 ――あくる日の、夜半。

 

 昼間には、出撃していく戦闘艦隊と、一時的に戦線から引き揚げてきた帰還艦。

 そして運び込まれてくる犠牲艦が入り混じる喧噪に包まれていた鎮守府も、夜には静寂に包まれます。

 戦争という地獄の中で訪れる、ほんの束の間の休息。

 その夜は月も星も分厚い雲に遮られ、それによって齎される闇の中で、警備係を除く艦娘達は皆、泥の様な眠りに落ちていました。

 

 ――そんな静寂の中、突如として鳴り響いた砲声――

 

 いくら深い眠りに就いているとは言っても、軍艦の化身である艦娘がそんな音を聞き逃すはずもありません。

 …

 ……ましてや、それが自分達の主である青年提督の執務室から聞こえてきたのなら尚更のことです。

 

 ――提督の身に、何かが起こった――

 

 彼を案じる艦娘達は、皆飛び起きて行動を起こします。

 艤装を装着して廊下を駆け抜け、合流するのももどかしく、我先にと現場へと向かって――

 ……そうして。

 取る物もとりあえず、駆けつけ。

 執務室の扉を、吹き飛ばすかのように押し開けます。

 

 夜空に広がる雲によって星々の明かりも差さない執務室内は、闇に沈んでいました。

 ……その中で浮かんでいる影が、1つ。

 そこに居たのは――腰を抜かし、力無くへたり込んでいる彼女。

 ……そして。

 部屋の中から漂ってくる、鼻孔を突き刺すような生臭い異臭――血の臭い。

 

 一体、何が起こったのか……その答えは、次の瞬間に明かされました。

 

 分厚い雲が一瞬途切れて微かに差し込んだ月光が、今まで闇が覆い隠していた室内の情景を浮かび上がらせます。

 

 そこに、映し出されたのは…

 

 …

 ……

 ――装束がはだけられ、半裸の姿で震える彼女と。

 家具や床面に夥しく撒き散らされた血と。

 ……そして。元は青年提督であったろう肉片――

 

 

 ……誰も、状況を認識できませんでした。

 これは、現実に起こっていることなのか?

 どうして、こんなことになってしまっているのか?

 余りに思考の埒外の出来事に、頭はただ混乱するばかりで。

 誰も、何も考えられませんでした。

 

 ただ1つ、確かなのは――

 

 ――青年提督は、既にこの世界に亡く。

 そして、その凶行を成したのが、彼女であるということ。

 

 血の気が全く感じられないほどに青褪めた貌。

 凍えているかのように震え続けている体。

 そして、身に纏った艤装から漂っている硝煙。

 尋常ではないその様相が、どんな言葉よりも雄弁に現状況を物語っています。

 

 ――彼女が、青年提督を殺めたということを――

 

 

 …

 ……そこから後のことについては……不思議なことに、誰一人としてはっきりとは思い出せません。

 大本営に今回の事態を通報し、説明したのが誰であったのかも。

 それを受け、直ちに派遣されてきた治安艦隊と憲兵隊が到着した時のことも。

 彼らによって、もはや人としての形を保っていない青年提督の亡骸が運び出されてゆく様も。

 彼女が罪人として捕縛され、連行されてゆく様子も。

 まるで、白昼夢のように現実感がなくて。

 ……誰も、覚えていたくなどなかったのか。

 あるいは、この事態に絶望した思考が、無意識のうちに記憶に蓋をしたのか。

 

 

 ――それは、事件の張本人である彼女も同じでした。

 自らの両手に枷が嵌められた時のことも。

 そのまま大本営へと連行され、独房へと拘禁されたことも。

 自分の身に起こっている出来事が、まるで他人事のようにしか思えなくて。

 

 そして。

 ――青年提督を、己の手で殺めた時のことも。

 青年提督に縋られて、肉体を求められて。

 けれど、そんなことは怖くて、できる訳がなくて。

 それでも彼は止まってくれなくて。

 そして――……

 

 ……あの出来事全てが夢であったのではないかと。

 そうとしか思えなくて。

 

 ――そんな都合の良い逃避を粉々にしたのは。

 罪人として完全に世間から隔離されていた彼女に、面会に来た妹艦。

 

 投獄されてから今まで、独房の中の彼女に会いに来る者は居ませんでした。

 元々、彼女を白い眼で見ていた外部の者は勿論のことですが……

 仲間として彼女を扱ってくれた鎮守府の艦娘達も、誰一人。

 

 ……けれど、それは彼女が見捨てられたということではありません。

 

 彼女達は、知っていました。

 今まで、彼女がどれだけ皆のために力を尽くしてきてくれたのかを。

 そんな彼女が、好き好んで今回のような凶行に及ぶ筈もないことも。

 その凶行にしても、彼女にばかり非があるわけではないことも、解っていました。

 

 ――だからこそ。彼女達は、彼女に会いに行かなかったのです。

 彼女に非の全てがあるわけではないにしても。

 むしろ、彼女も被害者であるとしても。

 

 ――彼女が、青年提督を殺めた――

 この点に関してだけは、どうしても許すことはできなくて。

 

 ……そんな状態で、彼女と顔を合わせてしまったら……

 どんな罵詈雑言を吐いてしまうか。

 或は、それだけでは収まらず、直接的な暴力行為に及んでしまうか……

 

 青年提督を殺めたことについては絶対に許すことはできないけれど。

 ……彼女を、これ以上傷付けたくはなかったから。

 

 それは、未だに彼女を仲間と思っていることの証明で。

 ――だからこそ、彼女達は誰一人として、彼女に会いに行かなかったのです。

 

 …

 ……

 ――ただ1人。

 青年提督の生涯の伴侶であった、彼女の妹艦を除いては。

 

 面会しに来た妹艦は――悪魔と化していました。

 彼女へと向けられた視線は――底無しの、瞳。

 光を一片も灯していない、深淵の眼球。

『目は口程に物を言う』とは言いますが、この時に向けられた眼は、その言葉を具現化したような存在でした。

 渦巻いているのは、狂気と暴虐。

 そこにかっての面影など見る由もなく。

 妹として姉に向けられていた敬慕の念など、毛の先ほどもありません。

 向けられているのは、煮え滾る負の感情のみ。

 言葉にせずとも、業火の様に燃え盛る殺意と、憎悪と、憤怒を宿した眼窩が。

 その心意を、語っていました。

 

 ……今の妹艦にとって、彼女はもう姉ではなく。

 自らの半身とも言うべき愛しい人を奪った、八つ裂きにしても足りない仇でしかないのだと。

 

 その瞳を前にして彼女ができたのは、声にも成らない悲鳴を、掠れた息のようにして吐き出すことだけ。

 極寒の中にいるかのような怖気に、鳥肌が立った皮膚は硬直しきって。

 嚙み合わぬ歯はカチカチと音を鳴らし続ける。

 臀部に冷たい床の感触を感じたことで、初めて自分が腰を抜かしていることに気付き。

 そして。

 下半身の股間部から、生暖かい湿り気が広がっていく――

 

 …

 ……罪人として檻に囚われていたことが、彼女にとっては最大の幸運でした。

 自身の身を捕えている牢獄。

 その柵で、外界と隔絶されていなければ……

 

 ――妹艦によって、文字通り身も心も引き千切られていたでしょう。

 

 とは言っても、妹艦にとってみれば柵を引き千切ることなど容易かったでしょう。

 なのに、何故それをしなかったのか。

 

 ここで、彼女を葬るのは容易い。

 ……ですが、今の彼女は軍法によって捕らえられ、その下での裁きを待っている状態。

 そんな状態で彼女を殺めたら、今度は妹艦自身が咎人として捕らえられてしまう。

 ……そして、そんなことになってしまっては。

 自らの主であった提督の面目に泥を塗ることになってしまう。

 

 ――今なお衰えない、愛しい人への想い。

 それが、妹艦の激情が爆発するのを紙一重で押さえていたのです。

 

 そして、そのことが彼女にも解りました。

 ――そして。

 そこで初めて、自分がどれだけのことをしでかしてしまったのかを実感したのです。

 

 けれど、それが何になるというのでしょう?

 謝罪の言葉を向ける相手は既に亡く。

 また、その手を下した張本人である彼女に、そんな資格はありません。

 ……もし、少しでもその言葉を口にしたならば。

 目の前の妹艦は、今度こそ殺意の枷を外すでしょう。

 

 ……だから、彼女にできたのは、ただ泣き震えるだけ。

 柵を隔てて殺意の一瞥を向け続ける妹艦への恐怖と。

 自分がしでかしてしまった、取り返しのつかない罪と。

 その重さと恐怖に耐えきれずに、彼女は、ただ泣き震えるだけ。

 

 そんな彼女を、妹艦はただ見据えていました。

 憎悪で凝り固まった底冷えのする眼で。

 彼女の目を射殺すかのように睨みつけながら。

 

 そうして、口を開きます。

 呟くように囁かれたのは、あらん限りの憎悪と嫌悪を凝縮した一言。

 

【――提督殺し】

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ――っ!

 弾かれたような感触と共に、視界が開けた。

 そこに広がっているのは、さきほど仮想演習装置で起動した疑似空間。

 紛い物の、青い空と白い雲。

 

 

 ……ここは?

 そうだ、さっきまで装置で起動してた疑似演習空間。

 ここで、演習を行おうとして……それで、それで意識がいきなり飛んじゃって。

 一体、何が起こったんだ?

 

 疑問に思って記憶を辿ろうとしても、意識を失ってからのことが何も思い出せない。

 まだ肉体に先日の鎮守府防衛戦のときの消耗が残っていて、それが原因で気絶しちゃった……

 

 …

 ……などという訳がない。

 過呼吸を起こしたかのように間断なく吐き出される荒い息。

 身に纏った巫女服にまで染み込むほどの、べっとりとした脂汗。

 

 ――これがただの疲労であるはずが無い。

 ……何より。目を覚ますときに感じた、肌が粟立つかのような感覚。

 まるで、飛び切りの殺意と憎悪で塗り固められた刃で刺し貫かれたのような……

 

 

 頭が、痛い。

 寒気が、止まらない。

 

 ……やめよう。考えても何かが解るわけじゃない。

 ただ、これは尋常じゃない。

 とりあえず、演習モードを中止して…?

 

 

 ……そこで、やっと違和感に気付いた。

 

 ――誰も、いない。

 目の前に広がっている、装置によって再現された海域にいるのは――俺だけ、だ。

 …

 ……え?

 意識を失う前に居た、演習相手の艦影はどこに行った?

 このボディーと同型の、おそらくは金剛型の艦娘データは?

 見間違い?

 いや、そんな筈は無い。

 確かにこの目で見た。

 霧の向こうに居た、あの艦影は……っ!?

 

 

 思考をしている最中、突如として左手に感じた鋭い感触。

 穿つような痛みに、思わず目を向けると……

 今までは何一つ汚れの無かった左手の薬指に浮き上がった、赤黒い痣のような傷。

 薬指全体を囲むかのような円状のそれは、まるで指輪を思わせて――

 

 

 …

 ……この世界で目を覚まして以来、様々な局面に身を投じてきた。

 精神ごと肉体を削り取るかのような剥き出しの殺意に晒されて。

 命を失いかねないような絶体絶命の危機にも遭遇した。

 

 なのに、不思議と正気は保っていられた。

 俺の軟弱な精神では耐えられるはずも無い極限の状況の中でも、不思議と発狂することは無かった。

 

 現実感に乏しく、自分の置かれた状況から無意識に逃避していたからということも原因だとは思う。

 ――けれど、最大の要因となっていたのは依り代となっているこの肉体のお蔭だ。

 

 単艦無双、完全無欠、破格の戦闘能力。

 どんな状況になっても、この肉体であれば何とかなるはず。

 そんな思いが、精神の安定に繋がっていたから。

 

 

 ――その絶対的な安心感が、この時、初めて揺らいだ。

 盤石であったはずの足場が、足元から崩れ去るような感触。

 ナニカが知らぬうちに忍び寄っているかのような、例えようも無い〔恐怖〕。

 

 この感覚に、どう対処すれば良いのか。

 これから先、本当に安全なのか。

 

 ――何も、解らなかった。

 突如として暗闇の中に放り込まれたように。

 何も、解らなかった。

 




ここまで読んでいただいた方、誠にありがとうございます!

さて、まずは一言。

――申し訳ありませんでした!
更新が滞っているにも関わらず目を通してくださる皆様の御厚意に甘え。
更新します更新しますと言っておきながらいつまでも更新せず。
挙句の果てに投下予定すら守れない…

もうセップクとかハラキリとかいう次元ではないですね……
本当にお詫びのお言葉もございません。
しつこいですが、改めてお詫びさせていただきます。

本当に申し訳ありませんでした。

さて、今回の出来については……
正直、読んで下さる方への配慮が欠如してしまいました。
会話文等が全くありませんし……
ここについても反省し、次回以降に改善していけるように励みます!

また、前回の投稿以降から見苦しい醜態を晒しているにも関わらず、
暖かなお言葉を下さった方々には感謝の言葉もございません!
本当にありがとうございます!

4月という季節の中で新しい環境に身を置かれる方も多いと思いますが、
御自分の御体を大事に、無理せずにお過ごし下さい。

今回も本当に申し訳ありませんでした。
次も頑張ります!


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