ローゼンメイデン:別の次元の物語 (肉羊)
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第一階:真紅の少女
ローゼンメイデン、という物語をご存じだろうか
大昔、天才人形師であるローゼンの手によって生み出された七体の生きた人形
通称:薔薇乙女(ローゼンメイデン)たちは究極の少女であるアリスとなるために最後の一人になるまで争った
積極的に戦うもの、巻き込まれた物、戦いを止めんとするもの、使命だから
彼女たちがアリスゲームという地獄に身を投じる理由は様々であった
ただ、彼女たちは全員が「父であるローゼンに愛されたい」それだけの為に戦っていたのは間違いない
やがて、運命の歯車は周り、脱落者を生むことになっていく
彼女たちは一人、また一人と倒れていった
しかし最後に残ることとなったローゼンメイデン第五ドールであった真紅の犠牲により、薔薇乙女は復活を遂げた、そして契約者であり、もう一人の主人公たる桜田ジュンはローゼンの力を受け継ぎ、薔薇乙女達の力を借り、真紅を蘇らせる旅へと出かける…
と、これが大体のざっくりとした顛末である。
ここで記録されていたローゼンメイデンの物語は終わった、しかしここから新たな物語が始まることになる。
2019年8月
今年は例年よりは涼しくなる、という天気予報を嘲笑うかのように猛暑が町を襲う
町の中の白を基調とした鉄筋コンクリートの家の中の一室
外が30度をゆうに超える猛暑が嘘であるかのように、クーラーで適温に冷やされた部屋の中、ベッドの中ですやすやと眠っている少年がいる。
少年は目を覚ましたのか、寝息がふっと途切れる、少年は寝ようか起きようか考えていたようだがのそのそと気だるそうにベッドから出た。
「あー、くっそダルい」
この少年は安倍川 始(あべかわ・はじめ)都内の高校に通う16歳である
容姿は丸ぶちのメガネを掛け、少し茶色がかかった髪を流行りのベリーショートにしている
顔は10人が見れば10人が並と答えるだろう、少し吊り気味の目は人に気難しそうな
印象を与えるが、本人は至って単純な部類だし、仲良くなった人間が彼を誉めるときは決まったように、裏表がないと言う。
大方、八月の夏季休暇という事もあり、クーラーが効いた部屋で惰眠を貪っていたが、目を覚ましたという所だろう
「はじめー起きなさいー」
「起きてるよ!」
母親に声をかけられて、大声で返す始、どこででも見られそうな平穏な光景である
しかし今日、ちょうど数十分後に平穏が崩れ去る事になるだろうとは誰も思わなかったろう。
起きてもやることは連日と変わらない、ただ飯を食い、歯を磨き
また自室に戻ってゲームやらネットやら、たまに友達呼んで遊びに出かけて、帰ってきてまた適当に遊ぶ。親の庇護下にある学生の特権をフルに行使していた
さて、食事と歯磨きを済ませ、自室に戻ってきた始は自室を見渡す
「しかし、我ながら汚ねえなぁ…面倒くさいけど片付けるか、母ちゃんに見つかったら怒られるし」
散らかった部屋を前に、片付けるのに掛かる手間と、小言を言わせたら右に出るものがいない母の説教の回避を天秤にかけ、面倒でも叱られるよりはマシだろうという結論に行きつき、そうして片付け始める、汚いといっても足の踏み場もないような汚部屋、というわけでもないので、みるみるうちに片付いていく
と、ここで質素な子供部屋には似つかわしくないアンティークな鞄に目が行く
「あれ?こんな鞄あったっけか、いや随分高そうだな」
プラスチックでできた収納スペース
ニトリで売ってたベッド
ブランドものとは程遠い洋服
たぶん制服と値段がどっこいどっこいだった勉強机…
と、きて明らかに見た目が浮いているアンティークな鞄
当然違和感を感じないはずがない。
「へえ、いや本当に高そうだな、親父のものかな?というかいつからあったよ」
まるで今さっきここに置かれました、と言わんばかりの鞄に、流石の始も困惑の色を隠せない
「お、重いな、というかすっげえ!掘り出し物かなぁ!」
持ってみるとずっしりと重みを感じる、顔を近づけてみると、薔薇の刺繍がしてある
中心には刺繍とは別に薔薇のオブジェが取り付けてあり、その精巧さは見たものに思わず息を呑ませる程である
この男、始も例外でなく、鞄の鮮麗さに圧倒された。
始には別に鑑定眼はないので、これがいかなる由縁のある物なのかはよくわからない
しかし、始の素人目でもこれが優れた職人が作り上げたものであり、確かな歴史を感じさせるものであるという事がありありと感じられた。
「でもそうすっと、これは誰が置いてったんだろ、親父…は会社だし、母ちゃん…はあるわけないか、サンタさん?いやもっとありえねえよ、ともかく開けてみよう」
この時点で片付けよりも鞄そのものに興味がいっている、と、くれば次は当然鞄の中身に興味の対象が行くだろう
始は鞄をぐるぐる回して、どうやら鍵である部分を見つける
「お、あったあった、どれどれ~あれ?さっきまで開いてたっけか」
パチリ
鞄のカギが外れて鞄が開く、鍵を差し込んでもないのに勝手に開いた鞄を少し訝しんだが、最初から開いていたのだろうと判断し、中身を慎重にのぞき込む。
ごとり
「ん?うわああああああ!あ…ああ、人形か」
一瞬、始は鞄の中に人が入っていたのかと思い飛び跳ねるが、ここで人形であることに気が付く
例にもよって素人目だが、人形の服は枯れ気味の赤と黒を基調にしたドレス
人形のような顔、という美人を表す形容詞はこの少女の為にあるのだろう、と思ってしまうほど整った顔立ち
髪は金髪の縦ロールで、人形の膝まで届こうかというほど長いが、どこを触ってもまったくゴワゴワせず、人の髪を植え付けたのかと錯覚するほど違和感がない。
これらの特徴は始に、この人形が鞄と同じように昔の貴族のような、やんごとなきお方の所有物であったのだろうと幻想させる。
(しっかし本当に生きた人間みたいな人形だな、この世の人形が夜な夜な動くとか、髪が伸びたりするっていうオカルトはこういう本物に近い人形が発祥だったりすんのかねぇ…というか弄るのが怖くなってきたんだが)
ふにふにとほっぺを突いたり、服の生地を指で擦ってみたり、髪を撫でてみたり
傍から見れば変態の所業である
おまけに、どう見ても高価な品物で、触るのが怖いと思いつつも弄るのをやめない所から言って完全に好奇心に負けている
こういうのを研究者肌というのだろうか
いや十中八~九はただ無鉄砲なだけだろう
「さてさて、あらかた調べたけど、人形とくればいよいよもって誰がこの部屋に置いたのか分からんねぇ…母ちゃんも親父も人形を大事に保管しておくような性分じゃないんだよなぁ…あ」
ここで、始は人形の背中に小さい穴が空いていることに気が付いた
「これは、いやどう見てもゼンマイの穴だよな、からくり人形か?どれどれ」
なんとなく、これがゼンマイの差込口であることが分かった始が鞄の中を手で探ると
手に小さい部品のようなものが当たる、そしてこの掌に収まっている物が探していたゼンマイであることは目で見なくても感じられた。
「おお、あったあった、別にちょっとくらいならいいよな?元々ある機能なんだし」
ゼンマイを回すとキリキリと小気味いい音と、程よい抵抗が始の手に響く
が、それだけで何も起きなかった
「壊れてるのか、それともただ巻けるだけで意味はないのか、まあ壊れたんだろうなぁ…
こんな精巧な人形、どっかの部品が逝くだけで簡単にお釈迦になりそうだし」
元々動かない作りになっているのか、それとも単に時代を過ごしていく過程で壊れたのか
それは彼には分かるはずもないし、いずれの予想も外れている
もっとも…この後、この人形がどうなるかを予想できる人間はこの世に数人といないだろうが
「ん?」
かたん と何かが作動する音がした
そして、それを皮切りにゼンマイが一人でに回りだす
「お、おお動くんだ…」
ここまではまだカラクリによるものであると思っている始は成り行きを見守る
しかし、余裕だった始の顔は人形が一人でに起き上がったことで、徐々に歪んでいく
それが未知に対する危機感による所であったか、想像を超える物事に対する恐怖による所であったか…あるいは目の前の少女への期待で顔が思わず笑っていたのかもしれない
そして少女が一人でに歩き出したことで、始からは一切の余裕が吹き飛んだ。
「お、おいおいおい!なんだって!ちょっタンマ!」
元々足りない語彙力とおつむが驚愕と緊張でシェイクされてもはや始本人にも何を言っているのか分かっていないだろう、実際、どの人間がこの状況を前にしても大なり小なり驚く筈である。
別の次元でこの人形の契約者であった桜田ジュンも、この状況を前に震えあがり、家を震わすほどの大絶叫をしたが、それは始には知る由もない話である。
「あ、あ、あ」
(呪いの人形的なあれなのか?人生終わったかもしれない)
目の前まで歩いてくると、人形はゆっくりと目を開ける
その目は人形としては明らかに異質である、始にはその違和感の正体が「視線」である、とまでは流石に思考が辿り着かなかったが、勘により明確な違和感として緊張を増幅させ、それらは始の心臓を強烈にノックした
「おい、あの…」
もはや始は人形の一挙一動から目を離せなくなっていた
そしてそれは、まるで死刑執行人の動きを待つ死刑囚のようでもあった
そんな怯え切っている始を知ってか知らずか、その人形はただ一度固まる始に対して
ぱちん
「え?」
軽くビンタをした
「起こすのが遅いのだわ、まあ、今回の仕事は及第点と言ったところかしら…ジュン?」
「いや、あのジュンって誰」
始の中では色々な思考が駆け巡っていた、この人形は何であるか
ジュンとはどういう存在なのか そもそも何故目の前の人形はさも当たり前のように動いているのか
「忘れたとは言わせないわ」
人形にとって始が既知の関係であるかのように振る舞う口ぶりも、始にとっては更なる疑問を与えていた
「私の名は真紅、誇り高い
「そうでしょう?」
そうでしょう?と後押しをしてくる人形、真紅だが、そもそも根本から間違えている
「いや、そうでしょうっていうけどそもそも俺桜田ジュンじゃ…あああ、あ」
グルグルと彼の頭の許容量を超える情報が入ってきたため、彼の脳は思考を意識ごと飛ばすことを選んだようだ
フッと意識が遠のいていく
(いや…真紅って誰だよ、ジュンって誰だよォォォォ)
始の疑問に答えるものは誰もいない
結局、始の意識が戻るまで真紅は盛大な勘違いを続ける事になるが
そんなものは現在自分が置かれた状況を知り、始と同様に頭を抱えることになることに比べれば、まだ小さな問題である。
書きたかった
安倍川 始(あべかわ=はじめ)高校生 16歳、部活はやってない
ローゼンメイデンの知識はない、名前はまあ知ってる
「ローゼンメイデン…あのアニメでしょ?」
顔は少し怖いが、心は優しい
ちょっとひねくれてたJUMと違って直球な性格をしている
たぶん、翠星石や蒼星石も心の木を見れば真っすぐだと言うと思う
普通に家族もいるし、関係は良好な模様
アリスゲーム?怖いしそんなの反対だね
眼鏡の形がJUMと似ているので間違えられた
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第二階:現状確認とこれから
その人形に初めて出会った者の反応は様々である
初めから受け入れるか、存在を知っていたがために目の前の伝説の人形に出会えた己の生まれついた幸運の星に
心の底から感謝するか、あるいは恐怖し拒絶するか。
始は別にオカルトにハマってもいないし、別段信心深くもない
父母が墓参りに行こうと言えば、寺へと赴き、自分へと命のバトンを授けてくださった先祖代々に手を合わせる事もあるし、一年に一回は神社へ行き、お賽銭箱に銭が落ちる音を聞くことを習慣づけているが
一般的に言えば信心深い内には入らないだろう。
しかし少なくともオカルトでもなければこの目の前の存在は説明がつかない。
_______
「もう一度聞くわ、貴方は桜田ジュンではないのね?」
「そうだって、というか誰だよそれ」
失神してから数分、目を覚ました始は目の前の現象をようやく飲み込めてきた
とはいえ飲み込むといっても、事態そのものは一切咀嚼して理解できず、ただただ(人形動いてる、すごい)
という大雑把な形で飲み込んでいるに過ぎない。
「でもそれはあり得ないわ」
「はぁ、あり得ないって、別に俺は多重人格者でもないし名前を騙った事もないぞ」
「そう、それは分かるの、だからこそおかしいのだわ」
「おかしいったって、俺は別に…」
「あなたがマイスタージュンでないのなら、私がこの場に立っている理由が分からないもの」
勿論状況をあまり理解できていないと言えば真紅もそうである、アリスになった後、自らを犠牲に他のローゼンメイデンの姉妹たちを復活させた所までは彼女自身意識はある。
そんな魂が何処かへ行ってしまった自分が、再び二つの足で現世に立つ事ができる理由は、思い当たる事と言えばかつて自分のマスターであり最も信頼していたパートナーである桜田ジュンに助けられたという事だと考えていた。
「ローザミスティカ…」
ぽつり、と真紅はモミジのような手を自分の胸に当てて呟いた
今現在の自分には無いはずの物がある実感、それは喜ばしい事であると同時に不安を紡いでいく。
もっとも、真紅らしくもないその悩みからくる独り言は始には聞こえなかったようである。
とはいえ
「そんなことよりも」
「ん?」
「紅茶を淹れてもらえるかしら」
ひとまず復活することにはできたので、細かいことは後から考えようという判断に至ったようだ。
「紅茶って…お前、俺がまだまだ聞きたいことがあるってのに紅茶って…!」
「大体お前なんなんだよ!そもそも人形がなんで喋って、動いて、紅茶を要求できるんだよ!」
「ああこれは夢だこれは夢なんだ、俺はまだ夢の中で」
「うるさいのだわ」
一瞬で緊張感が抜けたせいで、今まではなりを潜めていた緊張がまた噴き出してきたようで分かりやすく狼狽える始に
真紅は鞭のようにしなる髪の毛で制裁を加える
「痛ぇ!痛ぇ!ああクッソ夢じゃねえ!」
「これで分かったかしら?これは夢じゃないの」
「ああ分かったよ、痛いほどにな」
打たれた手の甲を擦りながら皮肉たっぷりに始が答える
「そもそも、非常事態において別の人間と仮契約をしたことはあるわ、でもそれは過程は違えど同じ人間であるからで」
「仮契約?」
「それと酷い味ね、茶葉が開ききっていないし、温度は98度「酷いのは俺の扱いだよ、燃やすぞ」」
言われた通りにお茶を汲んで案の定酷評されたのをぶった切りながら、聞きなれない単語が唐突に飛び出たので反射的に聞き返す
「ああもう、飲み込みの遅いしもべだわ」
「飲み込ませたいならかみ砕いてくれよ、ローゼンメイデンって?なんか単語は聞いたことはあるけど」
ローゼンメイデン、失神する前に名乗られたその単語が耳に引っかかったので質問をする始
「ローゼンメイデン、錬金術師であるお父様が究極の少女を目指して作った、私を含めて7人の人形」
「水銀燈 金糸雀 翠星石 蒼星石 雛苺 雪華綺晶 そしてこの私真紅」
「あんたみたいな生き人形があと六人もいるのか、というか錬金術ってこの世に本当にあったんだなぁ」
真紅からざっくりとした説明を受ける始、錬金術だとかあと六人居るだろうだとか、相も変わらず情報量が大きいが
なんとか食らいつけていけているようだ。
「いや待てよ?ローゼンメイデンって聞き覚えあるんだけどさぁ、アニメだか漫画だかで見たような気がするわ」
「アニメ?」
真紅はかつて桜田ジュン宅で、大人気アニメであった、くんくん探偵というアニメをよく見ていただけにアニメという物には意外と縁があったが、まさか自分たちローゼンメイデンがアニメ化されている等とは聞いたこともない。
かつての世界ではそもそもローゼンメイデンが存在していなかったとされる「まかなかった」世界はもとより、それなりにローゼンメイデンを知る人間もいた「まいた世界」でさえもオカルトに留まっており、アニメ化などとてもあり得ないことであった。
「まぁ、待ってなって、今調べるから」
「それは?」
「ああ、これはスマホ、便利な携帯電話だよ」
スマホを取り出して調べる始、スマホを見たことがない真紅は興味深そうに眺める
「また人間は進化したのね、テレビを見たときも中々に衝撃だったのだけれど」
「まぁ、かなり画期的な発明だったと思うよ、ちょっと待って…ん」
「あれぇ?検索してもヒットしねえわ」
ヒットしない、すわ検索間違いかと思ったが、間違えたにしては妙な違和感を始は覚えた
まるであったものが後から削ぎ取られているかのような…
「知らないなら知らないで最初からそう言えばいいのに、全くこの僕(しもべ)は」
「疑うな!…まてよ?水銀燈、そう水銀燈だよ…白髪だろその子」
一つ、記憶を紐づけて行って思い出せた記憶がある、ニコニコで見た水銀燈の動画
深入りすることはなかったがそこで本当に、一部、浅ーーーーーい知識を身に着けたことがあった
始は見た水銀燈の容姿を伝える
「…」
ビンゴだったようだ、真紅は明らかに動揺している、語ったことのない水銀燈の髪色を当てられたので無理もない
始は手ごたえを感じつつ続ける
「ゴスロリ…ああ、まぁ黒い服を着てて、羽が生えてる、あとはよくわからないけど、人を小馬鹿にしたような喋り方をする、そうだろ?いや間違ってたら凄い恥ずかしいけど」
「…間違ってはいないわ、特に人を小馬鹿にしたような喋り方をするという所が」
真紅は水銀燈の特徴をズバリ当てられたことで始の話を信じざるを得なくなる
しかし、ローゼンメイデンのアニメを見たという話に信ぴょう性がでた事によってまた疑問が生まれる
「なら、あなたが見たという私たちローゼンメイデンのアニメは何故調べても出ないの?水銀燈という名前は確かにあっているわ、それに説明された容姿も…それならば適当に調べてもタイトル名はともかくとして、水銀燈というキャラクターくらいは引っ掛かってもいい筈ではなくて?」
「それなんだよなぁ…」
最初から「なかった」世界に行くのとはまた違う、知識はあるのにどう調べても出てこない、これもまた不気味である
まして真紅は自分がこの世界に鞄と人工精霊という一式装備を持って立っている以上誰かしらの意図をもって送られたようにも思えるが、それが出来そうな人物には二人と一匹(人?ウサギ面だけど)ほど覚えがあるとはいえ、それらの仕業ならとっくに自分に接触してきている筈だ。
「ところで、何故水銀燈だけ知っていたの?」
「ああ、それは…」
とはいえ始に聞いても答えが出るはずもなく、思考を切り替えて素朴な疑問を投げかける真紅
「水銀燈って子の熱烈なファンが作った手書き動画を見たんだ、乳酸菌飲料をがぶ飲みしてる奴」
「乳酸菌飲料をがぶ飲み?乳酸菌…飲料を…?」
「え?いやファンメイドだしそんなに怒らなくても」
始の説明を聞いた瞬間に肩が震える真紅、それに対して知り合いを貶したと受け取られたのだろうかと不安になる始
「あはははははははははは!」
「!?」
堪えきれないというように、笑いだす真紅、予想外にも爆笑されたので始は面食らう
「うふ、くくく…あの子がぁ…乳酸菌飲料を…?可笑しくてお腹が痛いわ…ふふ」
「だから!ファンメイドだから本当じゃないだろうし」
「そうでしょうね知っているわ、でも可笑しいじゃない、あの高飛車な水銀燈がぁ…がぶ飲み…くく」
未だに笑いが抑えきれていないのか口に手を当てて笑いを噛み殺している真紅、会ったことはないが
何となくこの目の前の真紅と水銀燈という子の関係性が何となく察せてしまう
「その水銀燈の動画は見たことがないけれど、いつか見てみたいものね…乳酸菌」
「色々と察したよ、仲は良くなったんだなぁ」
「仲は良くなかったし、好きにはなれないわね、でも…」
「うん」
真紅は最後に水銀燈と話した時のことを思い出す、彼女は彼女なりに筋は通していた
めぐという女性の為に奔走していたのも見たし、口は悪くともお互いに認めている節があったのもまた事実である
「嫌いになれないといえば、そうね、嫌いじゃないわ」
「おー…」
妙な信頼感が伝わってきて、思わず唸る、ほろ苦いというか色々あったんだろうと想像できる
性質が合わないだけで相手をよく理解しているのだろう。
「ところで、水銀燈だけ知っていたという事は他の子は知らないのかしら?」
「いや?微妙に覚えてるよ」
「言ってご覧なさい」
「いや、えっとねぇ」
一応他にもうろ覚えであるが、記憶がないでもない、始はまたうろ覚えの記憶を茶碗に残った米粒を箸でかき集めるように
記憶を辿っていく、そして幾つか浮かんだ
「そうだ、ですます調で話してる緑の服着たオッドアイ(両目色違い)の子、そういう子いるでしょ」
始の記憶にあったのは、緑の民族衣装のようなドレスを着こんだ、ですます調で話す女の子だ
彼女を知っている人間なら、ここに毒舌やらツンデレやらの特徴も合わせて言い当てるだろう
「ああ、それは翠星石ね、第三ドールで口は悪いけれども良い子よ」
「ふーん、翠星石ねぇ…」
なんとなくでしか見た目も分からないので、この場では相槌を打つだけに留まる
なまじ前の反応がアレだっただけに、まぁ良い子だよという、ありきたりな返しが来ても衝撃はない
実の所、水銀燈に負けず劣らず翠星石のキャラも濃いのだが…今はまだ知らなくてもいいだろう
「ところでこの私、真紅の評判は?」
「ウッ…」
急に言葉に詰まる始、言うべきか言わないべきか迷うが、水銀燈の話をした限り
寛大に受け入れられたので、許されるだろうと思って語る
「そのぉ…二次創作での話だし、読者が勝手につけた、あだ名だよ?実際俺も原作を見たわけじゃない」
「ええ、そうね?」
「だからさ、実際の所どんな理由があって付けられたかも分からないし本音じゃないからね!?」
「分かっているのだわ、それでどう呼ばれているの?」
原作での彼女をしっている人物なら明らかに地雷だと分かるだろう、彼女は何だかんだプライドが高い
そしてファンからの愛称は…
「『不人気』だったかな…」
「…」
張り詰めていく空気、始は逆鱗に触れてしまった事を一瞬にして悟るが、時すでに遅し
自分の膝元ほどの小ささの少女がここまでの殺気というものを出せるのかと関心すら覚えるような圧力で始を睨みつける。
「水銀燈の乳酸菌で済めば、まだ笑えていたものを」
「いやぁ俺が言ったわけじゃ」
弁明をするも焼け石に水で、真紅はすでに制裁の構えをしていた
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
刹那、渾身の髪の毛ウィップが始を強かに打ち付けたのとほぼ同時に、始の絶叫が家中に響いた。
ローゼンメイデンは揃いも揃っていい子ばかりだけど
皆様はどの子がお好きですか
私は金糸雀と雪華綺晶
前者はアホっぽいけど健気で実は有能なところが好き
後者は怖いように見えて実は愛情に飢えてるっていうギャップがたまらない
ちなみに真紅不人気ネタあるけど5位になった投票は一回だけで
他は軒並み上位だったから本当は不人気じゃないよ!流石主人公!
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第三階:狂気の白薔薇(意外と優しい)
やたら気に入られてるんですよね、不思議!
安部川始と真紅が出会ったのと同刻、16歳になった鏡礼(かがみ れい)は目の前に立つ純白のドレスを身に纏った少女に対して土下座をしていた、打算も何もない土下座だ、純粋な恐怖心に負け、目の前の少女に対して許しを請いていた。
少女もまた同じく、まだ未熟さが残るとはいえ少しづつ大人へと変わっている青年が情けなくも土下座をして、泣きながら命乞いをしてくるのを見て、毒気が抜かれていった。
何故こんなカオスな状況に陥ったのか、時を戻そう
最近16歳の誕生日を迎え、一端の高校生らしくなった鏡礼は夏休みに友人と喫茶店で駄弁ろうかそれとも酷暑の外を尻目に家でダラダラしていようか悩んでいた。
この男、根はけして悪い奴ではないが、中学時代には格好つけておおよそ世間では悪いと思われているようなチンケな喧嘩ばかりを繰り返してた不良少年で、高校にもなれば流石に大人しくもなるもののイマイチ過去にやらかした悪行が尾を引いてまともそうな友達が中々できず、結局中学時代に一緒に馬鹿な事をやった悪友とつるんでいた方が楽しいと感じる有様だった。
最近美容院に行ってツーブロックに刈り上げた、黒髪のもみあげの辺りを指で触ってジョリジョリ感を楽しみつつ、今でも貰っている小遣いと、それで出来そうな遊びを勘定する。
「っしゃ今日はパチっか(パチンコ)」
中間策として、1000円を握りしめてパチンコをやりに行くことに決めたようだ
当然この齢では違法だが、その辺りの監視が緩い場所というのは案外そこら中にあるものである。
もっと言えば1000円じゃ1円台でもほとんど粘れず、どうせすぐ飲まれて仕舞だろう
そういう事だから彼自身パチンコは楽しいとも思っていない、惰性で続けている。
「ちっちゃい頃から悪ガキでーっと」
言いながら洗面台で髪を固めだす、ワックスの香りが鼻につく
「15で不良と~俺は13から不良だったか…ん?」
何か気配を感じて髪から視線を下げる、しかし写っているのは年齢の割に老けた自分の顔のみだ
結局気のせいかと思い、また視線を髪の方へと上げる
「なんだこれ?ツタ?」
そこには白い、植物のようなツタがあった
「ここは、どこでしょう?」
ローゼンメイデン第七ドールである雪華綺晶は、どこともつかぬ鏡の中で目を覚ました
鏡などの鏡面から入ることができる、Nのフィールドという世界の中で、彼女はたった一人で立っていた
「ああ、嘆かわしい…あれだけ居た苗床から力が送られて来ませんわ」
そして自らの身に起きた違和感に気が付く、今まで無尽蔵とも言える、エネルギーの供給源である
ローゼンメイデンと契約できる才を持った人たち(彼女はこれを精神空間に閉じ込め半ば強制的にエネルギーを抽出していた)
その苗床と呼称している人たちからのエネルギーの供給がプッツリと途切れている事に気が付いたのだ。
「良いですわ、また再び苗床を…今一度苗床を…」
手を握りしめて恨めし気に呟く雪華綺晶、その顔は原作最後のような憑き物の落ちた顔ではなく
まるで初めて登場した時のように、ボディと愛への妄執に憑りつかれているような、そんな妖艶で恐ろしい顔だった。
それもその筈、この雪華綺晶には真紅やまかなかったジュンの優しさに触れた記憶がない
真紅と違い、言わば原作の記憶がないと言っていいのだ。
そして、美しくも恐ろしい策略家は一手目に移った
場面は戻って鏡礼(以下『礼』)は鏡に映った白いツタを見て後ろを振り向く
「あれ?どこにあんだ?オイ」
しかし、そこにはあるべきツタがない、そうして何度か鏡と自分の背後に視線を往復させたのち
鏡のみにツタが出現しているという恐ろしい結論に行き着いた
「ヒィィィィィィィ!?」
もはや恥も外聞もなく叫ぶ、ここで腰を抜かして鏡から視線を外せば幾分かマシだったが
恐怖で体が直立体制で固まってしまった為に、直後現れた少女と目が合ってしまった。
「あっ」
「初めまして」
微笑みかけてくる純白の少女の顔を見てしまい、礼はその瞬間、あっさりと失神した。
礼が目を覚ますと、白い水晶に一面覆われた何とも形容のできない不思議な世界に自らが飛ばされている事に気づいた
これがNのフィールドと言われる世界にある、雪華綺晶の世界だが、礼には知る由もない
「どこだよここ」
怯える、礼、不良である事とオカルト耐性には何の因果もない
一般的な高校生よりも肝は据わっているが、この状況でもビビるなというのは酷だろう
「お目覚めでしょうか?残念ですわ、眠っていれば怖い思いをさせずに済んだのに」
「ヒィィィィ」
追い打ちと言わんばかりに例の少女に話しかけられる礼、完全に怯え切っている
雪華綺晶にとっては、苗床にしている人間の反応では想像できる部類なので、至って慣れたものだ
「どうかそのまま動かないでください、すぐに眠らせて差し上げますから」
「嫌だぁぁぁぁぁ!」
眠らせるというのをどう解釈したのか分からない、ただ腰が抜けて動けない状況
もはや抵抗する気力も礼には残っていなかった。
「ご容赦くださいまし、私が体を手に入れるまでの辛抱ですわ」
手足を四本すべて使って這いずる雪華綺晶、その赤ん坊のするハイハイのような動きは、図らずも腰を抜かした礼の視線の高さと同じくらいになり、合わさった視線の威力を倍増させていた。
「ど、どうするんですか…俺を…どうするんですかぁっ」
礼は、せめて悪いようにされないように祈りつつ、雪華綺晶の右目に文字通り生えている白バラの花を見つめていた
「先ほど申し上げた通り、しばらくの間眠ってもらいます、そして私にエネルギーを与える苗床として…」
「嫌じゃぁぁぁぁぁ!勘弁してぇぇぇ!そんなのは嫌だぁぁぁぁ!」
却ってきたのは無情な苗床宣告、当然納得できるわけがない
「許じでぇぇぇ!俺が何しだんだよぉぉぉ」
雪華綺晶は、ここまで拒否反応を示されると流石に気の毒になってきていた
それなりに年を重ねている青少年が情けなくも恥も外聞も放り投げて許しを乞われると
一方的に自分の都合で襲った手前罪悪感が強くなってくる。
元々苗床計画自体、マスターを眠らせてそのまま苗床にするというプロセスだったため、抵抗される事がなかったので、こういう状況に陥ったことも初めてだったという事でもある、ましてローゼンメイデンは全て本来善性の存在でもある、ひねくれているか真っ直ぐな性格をしているかの差こそあれ、どのドールも根は悪い奴ではないのだ。
「ああ、そんなに泣かないでくださいな」
「勘弁してください…勘弁してください…」
だから、らしくもなく雪華綺晶はフォローをすることにした
「そうですわ!幻覚空間で見たい夢の内容を教えてくださいな、その夢を見せ続けますので、どうかそれで」
「変わってないじゃないですかぁぁぁぁ!」
名案を思い付いたと言わんばかりに手を叩いて提案する雪華綺晶
全くフォローになっていない、なんかもう倫理観から言って捻じ曲がっているが
元々体が存在しない精神体であり、どこの空間に居るのか定まっていないので夢だろうが現実だろうが左程変わらない+生まれた時から価値観を共有してくれるような友人の不足の為、まず常識から壊れているのが雪華綺晶だ
「頼むぅ何でもする、何でもするから寝たきりは勘弁してくれぇぇ」
「困りましたわ…」
困るのは礼だろう、今日から寝たきりやってね、と言われて「しゃーないなぁ」と受け入れる人間がこの世に何人いるのだろうか、一人いたなぁ(めぐ)
「どうか!なにとぞ!何卒!!!」
とうとう時代劇で見れそうな口調で土下座まで始めた礼
「なぁ許してくれよぉ!苗床じゃなければ何でもするって!パチンコの当たり台とか教えられるから!」
「どうしましょう…」
雪華綺晶の裾に縋って顔をクシャクシャにして許しを請う礼
もはや雪華綺晶は罪悪感に負けて苗床にする気はなくなっていた
「ねぇ、貴方、名前は何と言うの?」
雪華綺晶には毒気は最早ない…が、代わりに別の感情が沸々と湧き出てきたのである
「か、鏡礼です」
「礼…良い名前ですね」
「ねぇ、礼様、どうか私のマスターになってくださらない?」
いわば独占欲とも言うべきか、元々この雪華綺晶というドールは寂しがりやで自分を受け入れてくれる人間を見つけるとその人間に偏愛する傾向がある、苗床をすべて失った雪華綺晶は目の前の苗床候補に自分を受け入れてくれそうな何かを見出した
雪華綺晶は自分に縋られているこの状況を、求められる、或いは頼られているのだと思ったのかもしれない
確かに縋るというのは頼るという意味も含んでいるが、微妙に異なっているのではないだろうか
とりあえず今それを言うのは野暮という物だろう。(というかマッチポンプだし)
「マス…タァ?すいません俺、師範代になれるような習い事はしてないです、すいません」
「まぁ面白い冗談、ですが私と契約してマスターになってくだされば、貴方を苗床にしなくてもすみますわ」
「じゃあやります…やらせてください!!」
冗談だと受け取ったのかクスクスと笑う雪華綺晶
そのまま深々と頭を下げる礼、苗床とやらが回避できるのならば最早何でもいいといった調子だ
「その、契約ってのはどうやるんですか?俺、悪筆だからマジで書類とかは無理っすよ」
「うれしい、それではマスター、契約の口づけを」
「えっ口づけ?チュー?っべぇ…焼きそば食べてきたから青のりが…」
契約を勧める雪華綺晶、礼にその整った顔が近づいてくる
そして礼の顔まで残り三寸ばかりといった所で雪華綺晶の口がゆっくりと開く
口内には人形の物なのに人間らしい妙な肉っぽい質感を持った舌と、その上に対照的に無機質な指輪が乗っかっていた
「ちょっなんかエロ」
「不束ものですがよろしくお願い致します、私の大事な大事なマスター」
強引な形でのキスが行われた、礼は寸前で口を開けたため、唇というよりは歯に当たったのと
歯肉に指輪の尖った装飾が刺さってちょっと痛い思いをしたが、ともかくとして指輪に口づけしたので契約はなされた。
「あっ」
「どうしたよ!?」
契約がされてから礼に指輪がいつの間にか嵌められていた事も驚くべきことだったが
何よりも契約した刹那、雪華綺晶の体にノイズのようなものが走った
「な…に…これ!?」
「おい!どうした!」
そうしてノイズは雪華綺晶に一通り走った後、何事もなかったかのように消え去った
一見すれば何も変わっていないようにも見える
しかし
「凄い、すごいわ!ねぇマスター!この私に身体が!」
雪華綺晶に何故かボディが発生したのである
「え?身体って?」
「身体よ、ああ、潤むわぁ!マスター!」
恍惚とした表情で礼へと手を差し伸べる雪華綺晶
この一瞬で契約者と身体、予てから喉から手が出るほど欲しかったものが二つとも手に入ったので
らしくもなく浮かれているが、その身体の出所も全くわかっていない
「まぁ、身体が手に入って良かったな、欲しかったんだろ?喜んでるってことは」
相手の態度が軟化したことで余裕が生まれる礼、余裕が出てきたことで慣れない敬語から砕けた言葉に変わる
キスまでしたので礼は礼で乱高下しているテンションがまた上がってきたというのもある
「ですが腑に落ちない点があるといえば…妙に馴染みすぎているのです、まるで最初から私のボディだったような」
「じゃあ最初から契約ってそういうモンだったんじゃねえの?良かったな!」
「そうですね、そういう事にしてしまおうかしら」
礼は最初からそうなのだろうと強引に納得しているが、雪華綺晶は唐突すぎる身体にやはり訝しみを覚える
何よりも本当に不気味なくらい馴染むのだから、警戒心がない筈がない
しかし付いてしまったものはどうしようもない、結局受け入れようが受け入れまいが
ボディが与えられたという事実は変わらないのだ
「とりあえずこれからよろしくね、ええと?」
「順序が逆になってしまいましたわね、私は雪華綺晶…よろしくお願いいたしますわマスター」
切り替えて改めて挨拶をする二人、この出会いと契約は歴史を決定的に変えることになるが
今はまだその切っ掛けといった所だろう。
一方そのころ
「ここは?どこですか?」
一般的な部屋に比べれば随分と散らかった部屋で目を覚ます新緑の少女
その翠と紅の目が捉えたのは、自分を何か幽霊でもみたかのような目で見てくる男だった
身体はまるで最初からあったかのように着いてきましたね
或いは本当に最初からあったのでは?例えば元の世界でラストに入ったボディとか…
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