砂尾なこの独りぼっち生活 (エフジェイ)
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砂尾なこの独りぼっち生活
後ろの席の一里さんが学校を休んだ。自己紹介の時に何故かゲロを吐いた子だ。
昨日の入学式、傘を持ってくるのを忘れてどうするか悩んでいた私に、彼女はなぜか傘を渡して去って行った。
厚意に甘え傘を借りて帰るか、それとも一里さんを追いかけ傘を返すか少し悩み、結局一里さんを追ったのだが時すでに遅し。彼女の姿はどこにもなかった。
一里さんは雨にうたれて帰って風邪でも引いてしまったのだろうか。悪いことをした。
次の日、一里さんは学校に来た。
私は一里さんに謝り、傘を返した。怒っているのだろうか一里さんはあまり言葉を発することは無かった。私が言うのもなんだが一里さんは何かよそよそしいというか話しかけづらい雰囲気な人だと思った。
一里さんは三年間ずっと私の後ろの席だったが話すことはほとんど無かった。
「ラキターさんなんか最近輝いてないよね」
こんなことを最近喋っている子が多い。
ソトカ・ラキター、私の斜め右後ろの子で外国人。金髪碧眼で容姿端麗、スタイルも良いと評判の子でどうやらクラス内外からも注目されているらしい。
しかしそれが高嶺の花として捉えられてしまっているのか、どうやら逆にクラスに馴染めないようだ。時折誰かと話しているのは見るが、大抵一人でいるといったイメージだ。
今はどんな顔をしているのだろうか。そっと横目で後ろにいるラキターさんの顔を伺ってみる。少し曇った顔をしている、そんな感じがした。
「残念と言うな!」
大きな声が聞こえた。副委員長の本庄さんだ。
本庄さんは入学してしばらくはしっかり者な優等生キャラとして通っていたのだが、彼女は実は結構ドジな所がありそれが明るみになるにつれ、皆の中でしっかりした子というより面白い子として認識されだしたようだ。
真面目で通っていた時は正直笑顔がうさんくさい子だと思い裏があるのではないかと少し警戒していたが、実際はちょっと抜けた所があるものの良い子でムードメーカーとしてクラスを湧かせている。
…でも考えすぎだろうか、私には未だに本庄さんの笑顔が少しおかしいような気がしている。うさんくさいというよりはどこかこう、寂しげとでも言うんだろうか。考えすぎか。
夏が来た。夏休みになった。
とはいってもあまりやることはない。別の中学に行ってしまった友達と連絡を取ってカラオケに行ったくらいだ。楽しかったが会話をしてみるとやっぱり別の学校に通っているというのは大きな隔たりを感じた。話題が出てこないと言うわけではないが、知っていることを選んで話すというのはこう…なんだ、ぎくしゃくするような気がする。
私は学校に親しい友人はいない。昔から結構言われるのだけど私は少し口調が荒かったり見た目が怖いんだそうだ。加えて愛想笑いが得意ではないというのもあるかもしれない。まあ別に孤立しているとかそういうレベルでは無いだろうが。
でも最近それでも良いんじゃないか、なんて思い始めてきた。人付き合いが億劫と言うわけではないが、これはこれで楽でいい。
結局夏休みはその他はろくな外出がないままだらだらするだけで終わってしまった。課題に手を付けるのはかなり遅くなったが他にやることがなかったので終わらせることができた。
休み明けには調理実習がありホットケーキを作った。班分けで本庄さんと一緒になったのだが、やはり彼女は楽しくていい人だった。なぜか鉢巻に法被という出で立ちで調理に参加していたが、他のメンバーと協力してテキパキと作業をこなし、なんと片手間でホイップクリームを作っていたのだった。私は同年代の子と比べれば料理はする方だろうが、そういう発想は出てこなかった。
おかげで私の班だけホイップクリームがたっぷり乗ったホットケーキを食べることができた。私と同じくらい甘いものが好きらしい尾中さんが終始もの羨ましそうにこちらを眺めていたが向こうは向こう、こっちはこっち。ちょっと悪い気もしたが完食した。おいしかった。
調理実習の件もあってか、私は本庄さんと時折喋るようになった。本庄さんはやっぱり抜けた所が多いのだが、世話焼きというか他のクラスメートのことをよく見ている子だと思った。結構口数が少ない子とも交流をしている、そんなイメージがある。
そしてそれがきっかけで校外学習で本庄さんと同じ班になりカレーを一緒に作ることになった。彼女は私が卒なく料理をしているのを以外だなあと言うような顔で関心していた。
そんな折に教えてもらったのが彼女は本当は自分が残念と認識されるのにコンプレックスを持っていること、中学校に入学したらそんな自分を変えようと頑張ってみたが結局上手く行かず諦めたこと、でも残念と言われてもやっぱり皆自分と仲良くしてくれるし頼ってくれるのでこれはこれで悪くないと思い始めたこと。
そう言って彼女は笑ってみせた。今でこそ屈託のない良い笑顔だったが、私はあの日彼女の笑顔に感じた違和感が何なのか分かったような気がした。
カレーは…言ってしまうとそこまでいい出来にはならなかった。
私は数学のテストで赤点を取ってしまった。
私の学校は中間試験で赤点を取ると補修と追試を受けるハメになる。さらに追試は70点以上が合格なので合格しなければ延々と補修と追試の繰り返しだ。
私は数度追試を受けてやっと70点以上取ることができた。いつも思うのだけど数学なんて何の役に立つのだろう。面積の勉強なんて別に趣味がガーデニングの人だけすればいい、そう思う。
冬休み。結局何もすることなく年が開けてしまった。
そういえば近所の神社は正月に屋台が出ていたことを三が日過ぎたあとに思い出した。
少し惜しい気もしたが過ぎ去ったことは仕方ない。あきらめよう。
そういえば小学生の時の友達とは夏以来会っていない。部活があるし、勉強も忙しそうだし…仕方ない。
「なにかお困りになってなくて?」
小篠咲さんがクラスメートに声を掛けていた。最近彼女がクラスメイトのお願いを聞きまわっている所をよく見る。
聞いたところによると小篠咲さんは社長令嬢とのことで家がお金持ちらしいのだが、お金持ちの人は結構寄付をしたりボランティアをしたりと献身的なイメージがあるので彼女もまたそうなのだろう。
でも小篠咲さん、最近授業をよく休んでいるような気がする。体調でも悪いのだろうか?しかし保健室に行っている感じは見られない。じゃあどこに?無いとは思うがまさかサボり…じゃないだろうな。
双子がケンカをしていた。
だいたい数日おきに何か言い争っているような気もするが、仲直りするのも早い。そういえばどっちがどっちなんだろう。いつだっけか見分け方がどうだこうだと話していたような気がするが、正直見分け方を教えてもらった所で分かりっこないと思う。しかし先生が間違えていることもあるし、仮に私が間違えても別に怒られないだろう。
同じ人間がいるというのは不思議なものだ。もし私が二人いたら…ケーキの取り合いになるかもしれないな。
二年生になった。そうは言ってもこの学校、クラス替えがなく3年間同じメンバーらしい。今知ったが。
先生が少し悲しいお知らせがあると言った。一体何が起こったのかと思ったのだが、どうやらラキターさんが家庭の事情で帰国してしまったとのことだった。私は特にどうも思わなかったがクラスメートの中には残念だと思う子もいたようで学級が上がって早々クラスの雰囲気は少し沈んでしまった。
しかしクラスが暗い雰囲気だったのはほんの数日だった。まあ、薄情とも言えるし切り替えが早いとも言える。
そう言えば後ろの席の一里さんがまた自己紹介の時に吐いていた。何なんだ一体。
「みーなみーな」「はいはーい」
美奈川さんが呼ばれている。クラス1の人気者、明るい彼女の周りにはいつも笑顔が溢れている。
正直羨ましい。やっぱり私は笑うのも苦手だしなんか怖がられているというのもあってああいう輪に入って喋ったことは中学になってからはない。最近はこれも楽で良いかもしれないと思うこともあるのだが、やっぱり寂しい。
努力もあるだろうけど人に好かれる、友だちになるというのは最後はやはり才能なんだろうと思う。美奈川さんは昔からああやって来たのだろうし、これからもきっとそうだろう。
これまでもこれからも良い出会いがあるし、良い友人もできるのだろう。
私はあまりクラスメートとは喋らないが、同じようにあまり喋っているのを見ない子もいる。
おとなしいとような、人見知りのようなそんな子たちだ。以前そういう子数人と喋ってみようとしたのだが、避けられてしまったというか余所余所しかったというか…。まあやっぱり色々と誤解されやすい風貌だからなのだろう。
こういう時に隣に誰か親しい人がいてくれたらそういう誤解も…いや、無理か。
ちなみに私を最も怖がってるのは多分押江先生だと思う。…大丈夫なのか?
晩夏。夏休みを終わりに差し掛かった頃、課題を片付けていた私は涼を求めてコンビニへと向かった。
しばらく店内をうろうろしてプリンを買う。そして何故かふと考えた。
私は何の為に学校に行っているのだろう。勉強のため?違う。部活のため?入っていない。何かを成し遂げるため?違う。友達と交流するため?友達はいない。
義務教育だからだろう。じゃあ他の人は?
今日の私はなんでこんなことを考えているのだろうか。課題のやりすぎで参っているのだろうか。
帰りに前から気になっていたケーキ屋の前を通りかかった。いつもの私なら追加でケーキにも手を出していただろうが今日は食べる気にならなかった。
「あなた!何をしてるの!」
風紀委員の倉井さんが声を張り上げていた。誰かを注意しているようだ。
風紀委員の職務を遂行しているとは言え、何でもかんでも他人を怒りすぎだ。最近は周りから煙たがられているようにも思える。
しかし、以前の彼女はあそこまでじゃなかったような気もする。風紀というよりは優しさが先に立った忠告を掛けている、そんな子だったような…。
何だろう、こんなことを言ったら怒られるだろうが、何かを隠すために必死に声を上げている、そんな感じがする。
余裕を無くしてそれに戸惑っている、そんな感じもする。
いや、いくらなんでもそれは違うよな。
文化祭が終わった。
クラスの出し物は劇。自分達がロボットだと気づいていない未来の人類の話というなんとも変わった脚本になった。
個人的には木とか影とか楽な役をやりたかったのだが、そうはいかなかった。
劇は滞りなく演じられ、文化祭は特に問題もなく終わった。
あと文化祭が終わってすぐ球技大会があった。種目は野球。
私のクラスは全員出場という目標を掲げて参加したが、結果は二回戦負け。試合数も足りなかったからか目標を達成することはできなかった。
私は運動が苦手なのでこの体のイベントに参加できなかったことは本来嬉しいはずなのだが…なんだろう攻撃力が足りないというか起用が悪かったというかクラスが全くまとまってなかったような気がする。
まあ出場しなかった私が言うのも野暮か。
あー勉強したくない。
進路調査なんてものがあったが、進路のためだけにこれから勉強しなきゃいけないなんて憂鬱だ。
勉強じゃなくてもっと他に生きていくのに必要な能力あるだろ。それこそ料理とか。
ちなみに本庄さんにどこに行くか聞いてみたのだが、テニスの強い学校に推薦で進学したいそうだ。2年にして結構優秀な成績をおさめているらしいので容易いことだろう。
私の進学先は…まあどっかの私立高校でいいよな。
卒業式が終わった。あっという間の三年間だった。
今考えると何かに打ち込むもでなくただ惰性で中学生してしまったような気がする。
結局高校には受かった。私立の少し遠いところだ。
大抵の子は公立高校に合格したが、まあ私には関係ないことだろう。新生活に向けて新しい準備をしなくてはならない。
私の中学生活はこれで終わりだ。
…本当ならこれで終わりだったんだ。
卒業式の後、私が彼女を見つけてしまったのは偶然だったのだろうか。
卒業式が終わってた後なんとなくその足で町中をうろうろしていた私はうずくまって泣いている人を見つけた。うちの制服を着ている女生徒。なんでこんな所で泣いているのだろう。こんな日に。
見てていたたまれない、私は無視をすることもできず、声をかけることにした。
顔を上げたのは泣き目を腫らしたサイドテールの女の子、私の後ろの席だった一里さんだった。
私はカラオケボックスで彼女の話を聞いていた。
あのまま一里さんを放って帰る気になれなかった私はどこか彼女を介抱できる場所がないか考え、最寄りのカラオケボックスで彼女が落ち着くまで一緒にいることにした。
卒業式が終わった後なので無理かと思ったが意外と空いているものだ。
まあ本来なら一里さんが落ち着いたら別れてそれで終わりだったのだろうが、彼女が泣いていたことが私は気になった。卒業式で泣いている子は何人もいたが、このタイミングでひとりうずくまって泣いていたのはおかしい。一里さんは最初こそ歯切れが悪かったものの、私が真剣に聞いているのが分かったのか少しずつ、少しずつ話し始めた。
曰く一里さんは小学生時代の友人と「中学校のクラス全員と友達になれなかったら絶交」という約束を交わしていたということ。
曰く一里さんはその約束を達成できなかったということ。
曰く一里さんは結局小学生時代の友人と絶交する羽目になってしまったということ。
「はあ!?」私は声を荒げてしまった。驚きパニックになる一里さん。
「あ、ごめん…」謝って一里さんが再び落ち着いたのを見て私は続けた。
「でも馬鹿げてるだろ!クラスの全員と友達になれなかったら絶交だなんて」
だが一里さんは小学生時代の友人を悪く言うことは無かった。
なんでもそれは自分の人見知りを治すための荒療治であり、今考えれば本当に自分のことを考えてくれたからだということ。むしろ絶交を宣言し自分の前から去っていった小学生時代の友人の方が自分よりも辛そうな顔をしていたこと。
私は一里さんが人見知りということを今初めて知った。
約束を課した友達との詳しい関係はわからないが、そんな約束を交わすほどのレベルだったのか。
でも結局一里さんは何もできなかったのだろう。惜しいことだ。もし私が一里さんのことをもっと知れていたら、知れて…いたら…。
『パ、パシリは友達にカウントされますか?』
『私…友達になりたくて 砂尾さんとでもなり方わからなくて』
知っていたじゃないか。
私は知っていた。この子が必死に友達を作ろうと頑張っていたこと。
傘を渡して逃げたのだって必死だったんだ。あの時私は追わなかった。
彼女の頑張りを無下にしたんだ。踏みにじったんだ。
そしてその後も知るチャンスを作ること、いくらでもできた。でも私はしなかった。
「話しかけ辛そうだから」、自分がされていたようなことを無意識に私もしていたんだ。
呆然としている私に一里さんはおそるおそる「大丈夫ですか?」と声をかけた。
その時、私は彼女の泣き腫らした目を初めて見た。疲れ切った目、影のかかったような暗い瞳。
ああ分かった。この子は本当に、今日まで必死になんとかしようとして、どうしようもなかったんだ。
私は一里さんにどう言葉をかけるべきなのか…もう分からなかった。
結局、一里さんとはその時別れてそれっきりだ。
でも、今でも時々思う。もしも、私があの時一里さんをすぐに追いかけていたら。
もしも、私が一里さんの最初の友達になっていたら。
もしも、一里さんがクラス全員と友だちになり、約束を果たせていたら。
私も三年間楽しく過ごせただろうか。
ざ ん ね ん
砂尾なこの独りぼっち生活
BAD END
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