FAL子の部屋 (佐賀茂)
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FAL子の部屋

怪電波を受信しただけなんだ、すまない。
※続きません


「はあ……」

 

 地域は民間軍事企業、G&Kが管轄するとある地区。場所はその地区を治める支部内のとある兵舎。簡素かつ遊びのない、横並びの風景が連なる廊下から足を運ぶことの出来るその一室。扉を開けた先、小ぢんまりとしたスペースでは所狭しと収納棚が並び、見目鮮やかな様々な洋服がハンガーラックから顔を覗かせる。その隣、自身の装いをすぐに確認出来るよう備え付けられた大きな立鏡に向かい、試行錯誤を繰り返している一人の少女が居た。

 

 彼女の名はFAL。金髪碧眼に抜群のプロポーションを持ち、I.O.P社によって製造された戦術人形の中でも最上位のスペックを誇る人形である。そして同時にこの支部における最古参の一人であり、戦闘部隊をまとめる部隊長の一人であり、指揮官や他の人形からの信頼も厚い一人であり、自称ファッションセンスに優れる一人であり、自称指揮官の女房役の一人であり、自称経験豊富な女の一人である。

 つまるところ、見た目と言動だけが華々しく先行してしまった挙句、精神と実績が追い付かないまま身の丈以上の振る舞いを自他ともから要求されるようになってしまった未通女であった。

 

 何故だ。どうしてこうなった。

 FALの胸中を渦巻くのは疑問と後悔ばかりであった。

 

「くそぅ……私だって知りたいわよチクショウ……!」

 

 彼女は今、これから程なくしてやってくるであろう来客を迎えるため、衣装を見繕っている最中である。業務時間外に他の戦術人形や指揮官が部屋にお邪魔してくること自体は別段特殊なことではない。プライベートによくあるイベントとして消化されていても何らおかしくはないだろう。

 だがしかし、今回の来訪は普段のおしゃべりやお茶会とは若干様相を異にしていた。

 

 

「どうしたの、随分と元気なさそうじゃない?」

 

 作戦終了後。恙無く鉄血の部隊を退け、大きな負傷もないまま快勝を持ち帰った戦術人形の部隊。それらを纏める隊長としてしっかりと作戦を遂行した後、生体パーツの返り血で汚れてしまった身体と戦闘で磨り減った精神をリフレッシュさせるため、支部備え付けのシャワー室で身も心も清めていた時分。一つ隣のシャワー室で静かに水を流す同僚が、今日一日やたらとテンションが低かったことを隊長であるFALは見逃さなかった。

 FALは基本的にデキる女である。その評価に疑問を投じる者はこの支部に居ないだろう。普段の衣装はさておいて、実務に於いては頭もいいし考え方も合理的だ。更にそこに確かな技術と経験が裏打ちされており、彼女の言動は冗談抜きにこの支部全体の方針に関わってくる。流石に指揮官を超えてその信頼や権力が備わっているとまでは言わないが、仲間内での信頼度という点では頭一つ抜けていた。

 それは決して他人が作り上げた虚像などではなく、FALも自覚を持っていた。自身がこの支部でも古参に分類されていること、錬度で言えば上から数えた方が遥かに早いことなどの事実もあるが、それ以上に彼女は努力しており、自身の見られ方を意識しており、そこに相応しい自分であるよう常に考え、行動している。そしてその努力は、行動をともにする同僚や部下に対して目を見張らせるという行動にしっかりと現れており、その意識は、そんな同僚に気遣いの声をかける結果に結びついたのである。

 

「……あはは、やっぱり分かっちゃいます? FALさんには敵わないですね……」

 

 聡いFALが投げ掛けた声に、一拍置いて反応が返る。FALから言わせれば、こんなに分かりやすい同僚の変化を見逃す部隊長が居てたまるかといったレベルだ。これが戦闘ばかりに気が向いているバトルジャンキーや何事にも我関せずを貫く者などであれば結果も違っていただろうが、そもそもそんな気配り一つ出来ないような人形は隊長格に据えられていない。その辺り、この支部を纏める指揮官殿はそこそこ以上に人を見る目、人形を見る目が肥えていた。

 

「そんな分かりやすく落ち込んでたら誰でも分かるわよ。何かあったの?」

 

 彼女は別に、見返りや賞賛を求めてこのような気配りをしているわけではない。もともと搭載されている擬似感情モジュールの指向性が合致していたのか、極自然にこのような振る舞いを見せている。FAL自身、感謝されたり頼りにされることを吝かでなく感じているとはいえ、それらを得るために話し掛けるような性格ではなかった。

 ただ自然な思考回路として、自分が解決出来るような悩みなら手助けしてあげたいし、同じ職場で働く同僚同士、出来ることなら穏やかに過ごしたいと考えているだけだ。

 

 

「えっと……その……最近、あまり指揮官に構ってもらえてなくて……いえ、報告時にないがしろにされているとか、そういう訳じゃないんですけど……やっぱり何かアピールが必要なのかなって……。あっ! ご、ごめんなさい、こんなことFALさんに言っても仕方ないですよね……」

 

 知らんがな。その言葉を喉元でどうにか殺した自分をFALは褒め称えたかった。

 

 指揮官によく見られたい、もっと構ってもらいたいという欲求は恐らくほとんどの戦術人形が持っている欲である。それはFALも例外ではなかった。無論、最古参であるが故に、また錬度が高い故に頼られる場面は多いが、それはあくまで一戦力としての勘定だと彼女は読んでいた。やはり戦術人形ではあるものの、それ以上に擬似とはいえ感情を持った者である以上、個人として、女として見られたいという欲求には抗えない。

 そして、その感情を多分に抱えていても尚、前に一歩踏み出せない。具体的な前への踏み出し方も分からない。だからこそ彼女は自称指揮官の女房役であり、自称経験豊富な女なのである。

 

「……ふふっ可愛いところもあるのね。よかったら、もっとお話聞かせてくれない? もしかしたら力になれるかもしれないわ」

 

 私のアホ。馬鹿。見栄っ張り。何を聞くのよ。何をアドバイスするのよ! 自分だって満足に動けてないのに!?

 FALの電脳内を駆け巡る自責の感情は、終ぞ彼女の口を止めるには至らなかった。

 

「えっ、いいんですか……? えへへっ、ありがとうございます! FALさんは指揮官とも距離が近いし、頼られているし、綺麗だし……。私なんかよりずっとずっと凄いから、ご迷惑でなければそういうお話してみたいなと思っていたんです。教えてください、どうすれば……もっと指揮官と、お近付きになれるのかを……」

 

 大迷惑だよ。私だって分かんないわよ。思わず息を大きく吐き出して天を仰ぎそうになった動きを鋼の精神で捻じ伏せたFAL。吐き出した言葉を取り消すことが出来なかったのは、彼女の意地か、自尊心か、はたまた同僚への気遣いか。

 

「そんな大したものじゃないわよ。それじゃ、そうね……一時間後くらいに来てくれる?」

 

 こないで。お願い。マジで大したものじゃないのよ私は。心と体が真逆の動きをとり続けている自分を止める術もなく、つらつらと口だけは達者に動く。

 

「はい! ではまた、後ほど!」

 

 先程までの意気消沈っぷりは何処へやら、すっかり機嫌を取り戻した同僚が一足先にシャワー室を後にする。残されたFALは相変わらず勢いよく身体を叩き付ける流水に身を任せ、しばらくの間膝を折り頭を抱えていた。

 

 

 

 

「あら、いらっしゃい。待ってたわ」

 

 現在。シャワー室でのやりとりから時計の短針を一目盛りほど進めた頃合に、FALの部屋の扉が叩かれる。来客を出迎えたFALの格好は、黒いレースの下着の上に薄い桃色がかかったキャミソールといった見目であった。無駄に色気ムンムンである。未通女らしい耳年増な妄想が暴れに暴れた結果、彼女の優れた電脳はそういう類の話をするのならまずは見た目から、という些かバグった答えを弾き出し、間違っても同じ戦術人形の同僚に向けるべきではない色香を醸し出していた。

 

「お、お邪魔します」

「どうぞ。適当に座ってね、飲み物出すから」

 

 先程シャワー室で幾ばくかの問答を行った同僚を招き入れ、手頃なソファに座らせる。自身も手早く飲み物を用意し、小さなテーブルを挟んだ反対側のソファに腰掛けた。

 普段通りの装いが出来ているだけでも奇跡である。今FALの電脳は大いにバグっており、脳裏には次の会話のかの字も思い描かれていない。自分を頼ってくれている同僚相手に無様は見せられないというただそれだけの感情で動いている。冷静に考えれば格好が既に大分おかしいのだが、幸か不幸かそれを指摘する者はこの場に存在していなかった。

 

 二人分の飲み物をFALが用意した後、しばらくの沈黙が訪れる。生憎FALは先手を打って会話を広げるだけの余裕も知識も持ち合わせていなかったし、同僚となる彼女もいざ憧れの隊長の部屋へお邪魔したとなれば、やはり緊張で口数も減るものだ。

 険悪とまでは言わないが、決して居心地は良くないであろう静寂が空間を包む。

 

 どうしよう。これは私から何か一声掛けるべきなのだろうか。しかし何を? どうやって? 最近どう? みたいな近所のママさんのようなありきたりな出だしもどうかと思う。彼女は私を頼ってきてくれている。ここは先輩として会話の糸口を広げていくべきだろう。だがその出発点が未だ定まっていない。

 

「そ、その……FALさんはやっぱり、指揮官とはそういう仲なんですか……?」

「ん゛ッ」

 

 危うく喉元を通過したアイスティーが逆流しようとするのを何とか防ぐ。彼女の言葉通り実際にそうなっていたのなら、どんなに良かったことか。

 だが、ここで素直に現状を吐露出来るほど彼女の意志と、彼女の周囲が作り上げた像は弱くなかった。ある意味話題の当人と言える指揮官からはまだしも、ほとんどの戦術人形から見るFALというのは「そういう女」なのである。それは彼女自身が取ってきた振舞いのせいもでもあるし、おかげでもある。別に彼女は見栄や意地だけでそんな行動を取っている訳では決してないが、かと言って自ら容易に崩せるほどそれらは小さいものではなかった。

 

「……あまり、そういうことは明言するものじゃないわよ?」

 

 彼女はデキる女である。一方で、それなり以上の自尊心というものも確かに抱えていた。故に出てきた言葉は肯定でも否定でもない、煙に巻く台詞であった。

 

「あっ! そ、そうですよね……すみません、藪から棒に……」

 

 件の同僚は、流石に一発目の話題としては些か重過ぎた自覚があるのかすぐさま発言を取り消す。が、一度吐いた言葉は喉元には戻せない。

 FALはFALで、「えっやっぱそういう系の話なのマジ?」と内面は焦りで荒れ狂っているし、同僚は同僚で「やっぱりFALさんは凄くて大人な女性だなあ」と、見当違いな印象を深めるばかりであった。同じ空間の同僚二人、すれ違う心を通わせる起死回生の一手は、哀しいかな生まれない。

 

「……まあ、ライバルは多いからねこの支部。そのあたりも考えるとやっぱり、直接的なアピール、ってのはもっと増やしてもいいんじゃないかしら」

 

 ごめん。適当こいてごめん。一度動き出した歯車を止める力をFALは持ち得ていなかった。彼女に出来るのは、歯車が描く流れに沿って動くことのみ。もうどうにでもなあれ、と半ば思考放棄したままFALは言葉を綴った。

 

「なるほど……直接的、というのは具体的に例えばどういう……?」

 

 そこを縦掘りしないで。思いの外食い付いて来た同僚の言葉に内心引きつつも、それを表には出さない。そういう辺り、やはりFALはデキる女であった。それが齎す結果は必ずしもいいものだとは限らないが。

 

「そうねぇ……多分だけど、外見的なアピールって効果が薄いと思うのよ。戦術人形って基本が見目整った女性型じゃない? 例えば執務中に手作りのお菓子を持っていくだとか、作戦終了後の指揮官への感謝と労いだとか、そういう他とは違った行動は結構印象的なんじゃないかしら」

 

 私が普段しようとしても中々できないことだけどな!

 今のFALは、言ってみれば敵に塩を送っているようなものだ。FALだって指揮官とお近付きになりたい一人なのである。だが、先程伝えたような手段は自身で何度も考え、シミュレーションまで行っているものの、実行したことは一度もない。その類の勇気を持てなかったというのも確かにあるし、現在の頼られる立ち位置を無下に崩したくないという守りの姿勢も関係していた。

 アピールして嫌われたらどうしよう。今までみたいに頼ってくれなくなったらどうしよう。顔も身体も実力も満点の彼女ではあるが、こと男女の関係のみにおいて、彼女はどうしようもなくへたれであった。その結果が、具体的な行動に出ることが出来ず、見た目の派手さで目を引くしか今のところ選択肢が取れていない現状にも表れている。

 だが、この支部内でFALのことをへたれだと認識している戦術人形はほとんど居ない。勿論、そういう振舞いを見せていない彼女の努力もあるにはあるが、そればかりは周囲が作り出したFALのイメージ像の中でも、数少ない虚像であると言えるだろう。

 

「……確かに……。見た目や言葉だけでなく、そういったアピールも人間の男性には有効かもしれません。ありがとうございます!」

 

 何とか用意できたありきたりな答えに、彼女はどうやら一定の納得はしてくれたらしい。

 よかった。至極短い時間ではあったが、FALにとっては地獄と言って差し支えない時間でもあった。今更外聞がどうこうをそこまで気にするような性格ではないが、それは程度による。頼れる部隊長が実は耳年増の未通女でした、なんて暴露話はそりゃ避けられるなら避けられた方がいいに決まっている。

 後はさり気なく話題を日常に挿げ替えて、楽しいティータイムを楽しめば今日のミッションは終わりだ。やっと一息つける。というか、冷静に考えれば同僚の戦術人形と話をするだけなのにこの格好は些か攻め過ぎではなかろうか。あまりにも遅い気付きを得たFALであるが、最早どうしようもない。彼女はその点に関しては全てを諦めて流れに身を任せることにした。

 

 

 

 

 

「ところで、FALさんは普段どうやって指揮官とスキンシップを図っていたりするんですか? 折角ですから参考にさせてください!」

「ん゛ッッ」

 

 FALの夜は、長い。

 

 

 

 

 

 

「お、FAL。ちょっといいか」

「……何かしら、指揮官」

「いやなんでそんなおっかなびっくりなんだよ。別にいいけど」

「気にしないで。それで? 何か用事?」

「ああ、悪い悪い。最近一部の戦術人形がこう……負傷もしてないのにやたらと際どい格好をすることが多くなっていてな……何か知らないか」

「ん゛ん゛ッッ」




○子の部屋をもじっただけ。
出てきた同僚はモブのつもりでした。特定の誰かで想像してもいいかもしれない。
※続きません


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