袴紋太郎の中編・短編集 (袴紋太郎)
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幼馴染が百合ップルだった件について外伝/彼女らに嫌われてしまったようです
もし彼が嫌われたら


注意:残虐表現、グロ表現、肉体欠損などがあるので苦手な方はご注意ください


510よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

あの騒動からもう半年か

 

511よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

まさか俺らの願いに天が応えるとは

 

512よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

応えて欲しくなかったと今なら懺悔できる

 

513よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

俺も

 

514よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

俺も

 

515よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

ミーも

 

516よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

おいどんも

 

517よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

あれ、俺いつの間に書き込んだっけ

 

518よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

我新参、どゆことかkwsk

 

519よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

滅茶苦茶でかいニュースだったんだけどな

 

520よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

クラナガンで大量傷害事件発生

 

521よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

しかも被害者はほぼ全員男

 

522よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

カップル、もしくはそれに準ずる関係の男女がさぁ

突然女が豹変して殴りかかってのよ

 

523よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

俺氏、すぐうしろの席でそれを目撃

怖かった(´;ω;`)

 

524よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

たしか局員が一人、何人も囲まれて死にかけたとか

 

525よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

病院に搬送されたらしいがその後の目撃例なし

 

526よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

黙祷

 

527よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

((-ι-З)ナームー

 

528よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

(-∧-;) ナムナム

 

529よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

成仏しろよ

 

530よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

原因はまだ発表してないのよな

 

531よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

ウイルスだとか、特殊な電磁波だとか噂はいくらでもあるけどな

 

532よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

なぁ知ってるか、一度だけ騒動が静まった後にさ

何十人もの女にフルボッコにされている奴がいたらしい

 

533よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

もしや、大規模マインドコントロール

 

534よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

怖いわぁ

 

535よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

正気に戻ったら人も発狂してたもんなぁ

 

536よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

ある意味でミッド最大の危機だったやもしれん

 

537よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

局員どうなったんやろなぁ

 

538よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

カップル、夫婦はこれもう完全破局やろ

 

539よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

タテマセン…

 

540よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

うん、座ってろ

 

541よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

おれらの爆発しろがこうなってしまうとは

 

542よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

反省しています

 

543よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

|柱|ヽ(・_・`)反省…

 

544よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

|柱|ヽ(・_・`)反省…

 

545よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

|柱|ヽ(・_・`)反省…

 

546よ爆発しろといったな、あれは嘘だ

ウッキー

 

その後もネットは暫く暗いニュースが続くのでした

 

◆◆◆

 

そこは、廃墟になった古い図書館だった。

 

元々は土地の古い文献などを管理していたらしいが、郊外であること、利用客の激減から十数年前に封鎖。

 

管理者は名義のみ残し、壊す必要性もないことから放置されていた。

 

故に誰も知らない。

 

およそ数ヶ月前から、そこに住み着いている人間がいることを。

 

人の気配などないはずの内部には、淡い光と静かな音色が流れていた。

 

電池式ランタン、年季の入った蓄音機が奏でるのは馴染みのない音楽。

 

安楽椅子を揺らし、残された書物を気だるげに捲る男がいた。

 

だが、その男は普通ではなかったのだ。

 

まず、「右足」がなかった。

 

膝から先の部分が、まるで「切断」されたかのようにスッパリと。

 

彼は、「左腕」もなかった。

 

着込んでいるジャケットの、左肩がある筈の場所は膨らみがなく、袖は萎んで垂れている。

 

彼は、「左目」辺りに包帯を巻いていた。

 

包帯で隠しきれていない肌には「火傷」と思われる痕が見える。

 

素肌を見せていないが、服の下には無数の傷跡が残っているのだ。

 

切創、銃創、打痕、火傷、凍傷、動物の鉤爪、ネジのように物を打ち込んだ傷すらある。

 

パラパラと、実際に読んでいるのかすら怪しいが。

 

男は所々が歪んでいる「右の義手」で、ページを捲る。

 

「―――半年か、よく持ったほうか」

 

何気なし呟いた言葉、それは廃墟に似合わない白いスーツの男へと向けられたものだった。

 

「いらっしゃい、アコース捜査官…少し、痩せたか?」

 

見る影もない元武装隊のエースは、久しく顔を見ていなかった知り合いにコーヒーを勧めるのだった

 

◆◆◆

 

「ここを見つけられたのは、運が良かった」

 

彼がまだ少年だった頃、面倒を見てもらっていた先輩が何人もいた。

 

そのウチの一人は「隠れ家はロマンだ」の持論の下、誰にも知られることなくミッド中に秘密のセーフハウスを作っていた。

 

前線を退く際に、先輩局員から何箇所か教えてもらった。

 

生気のない表情で、お腹を大きくした恋人である女性に引きずられていた光景を思い出す。

 

「逮捕状はあるのか?」

 

白スーツの男、ヴェロッサ・アコースは首を横に振る。

 

「まず、君に対して罪を問うことはない。罪を犯していないからだ」

 

「おかしいな、半年前に実際「指名手配犯」として顔が載った筈だが?」

 

「あれは事故として片付いている」

 

青年の眉間に皺が寄る。

 

「半年前、首都で発生した大規模傷害事件…その犯人は、ロストロギアを使用して無差別テロを引き起こしたんだ」

 

苦虫を噛み潰すが如く、彼の表情は苦悶に満ちていた。

 

「被害者の数は、加害者となってしまった人も含めて数十万…首都限定だったのが、唯一の幸いだった」

 

「…酷いことになってるだろうな」

 

「いくらテロが原因とはいえ、被害を受けた男女の関係は崩壊している」

 

ただ別れるだけなら、まだいい。

 

賠償を求める裁判を始め、離婚、被害男性の肉体・精神的損害。

 

さらに加害者となってしまった「女性」の心理状態は、文字通り破滅的といえた。

 

「自殺未遂なんて珍しくない、時には相手側の男性へ痛みつけてくれと願う人もいる…愛とは、苦しいものだ」

 

「テロリストはどうなった」

 

「「可愛がって」もらえたそうだ、使用したロストロギアは女性の「愛情」を「嫌悪」に変える効果があるとか」

 

「深い愛情が嫌悪となり、殺意に切り替わっていったわけさ」

 

さらに言うなら、効果が切れた際に誰がそれを使用したのか本能的に察知できたとかなんとか。

 

結果、テロリストは怒れる女から「死にかける」寸前まで可愛がったもらえた。

 

「脳味噌から直接情報を引き出して、後はまぁ一生刑務所の中さ。転生者?だのハーレムだの、異常者の考えることは理解できない」

 

お互いに苦いコーヒーを一口。

 

「まぁ、そんなゴミの話は置いておいてだ…本題に入ろう」

 

「そうさな、あんたが動いてるってことは俺の指名手配は、カリムが?」

 

「―――そうだ」

 

なるほど、義弟であるヴェロッサが動くわけだ。

 

「事情はだいたい飲み込めた、つまり俺は知り合いに会っても攻撃されることはないと」

 

神妙に頷くヴェロッサ、ほっと一息。

 

「君が受けた肉体、精神、経済的損害、その全てを聖王教会側が補填する。生活に困るような事は絶対にさせない」

 

「言わんでも一々真実やらを喚き散らす気はねぇが…ま、受けたほうがそっちも気楽か」

 

「―――これは、個人的な頼みだが、義姉さんに会ってもらえるかな」

 

あくまで、可能ならの範囲でと。

 

「恨んでいない、となると嘘になるし以前のように接しろってのは、無理だぞ?」

 

「勿論だ…どうだい」

 

考える素振りを見せ。

 

「とりあえず、動くのに問題ない程度の格好にしてもらえるかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで俺は転生してオリ主でハーレムを築いて今度こそ幸せになるんだほかの男なんて要らないし不幸になればいいお前らは引き立て役で俺だけがヒーローで愛されてなくちゃおかしいだろどうしてそんな目で見るんだひどいこと言うんだ君たちを開放してあげたのにどうしてなんでそうかこの世界はミスなんだそうだそうだもっと文明レベルの低いところで最強になればいいんだそうだよああそうだそうだだからこれを外してよ

新しい世界でやり直すんだ何をするんだこれを外せやめろやめろやめろ取るな奪うな持っていくなこれは僕のだぞお前らに渡してやるものなんてないんだ神様に選ばれた特別な存在なんだぞやめろやめろやめろやめろヤメ

 

.




幻想は壊れた
お前の願いは届かない
自業自得だ、間抜け


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預言者は己の瞳を押潰す

注意:残虐表現、グロ表現などがあるので苦手な方はご注意ください


 

・ビフォー

 

この者を至急指名手配しなさい。

 

ええ、預言書にこの者の記述がありました。

 

放っておけば許されざる大罪人となり、大勢の命が失われる。

 

さぁ早く、時間がありません。

 

罪には罰を。

 

大罪人に粛清を。

 

裁きなさい。

 

裁きなさい。

 

裁きなさい。

 

全ては次元世界の平和のために

 

・アフター

 

違う、違うの、こんなの違う!

 

はやく取り下げて、このままでは彼が…ああ、聖王よ私はなんてことを。

 

シャッハ、信頼できるシスターを連れて警護に当たってちょうだい。

 

全ての責任は私にあります。

 

だからどうか…ロッサにも連絡を、クロノにも。

 

え、エイミィが…!?

 

何が、何が起きているの…?

 

――――病室から、消えた?

 

◆◆◆

 

カツン、カツンと無機質な音だけが教会の廊下で響き渡る。

 

本来ならば忙しなくシスターや教会関係者が歩き回る筈だが、今はまるで無人のようだ。

 

新調した右の義手で杖をつき、簡易式の義足を引きずりながら廊下を進んでいく。

 

先導するヴェロッサからは車椅子を勧められたが、誰かに背中を預けるのは無理だった。

 

「それで、特に表沙汰になったわけじゃないんだな」

 

「ああ、状況が状況だったからね。テロリストに全て被ってもらったよ」

 

そいつはいいと、苦笑気味に自嘲した。

 

未だに他人を心配する自分が、間抜けに思えたから。

 

案内されたのは礼拝堂。

 

ただ一人、厳かに祈りを捧げる女がいた。

 

カリム・グラシア、彼女の一手が無ければ逃げるのももう少しは楽に…なったかなぁ?

 

声をかけるべきか、それとも去るべきか。

 

脳裏に浮かぶ二択の行動。

 

どうしたもんかと天井を見上げると、ふと視界に奇妙な物が映りこんだ事に気づく。

 

白い何か、はて何処で見たのかと視線を彷徨わせ。

 

それがカリムの両目を塞ぐようにして巻かれた包帯であることが、ようやく理解できた。

 

「私は罪を犯しました」

 

そして彼女の懺悔が始まる。

 

「彼へ謂れ無い虚偽の罪を被せ、大衆に晒したのです」

 

罪の告白が、始まる。

 

「罪深きこの身は、それが揺らぎのない正義であると信じました」

 

「全てを知った時には既に遅く、彼は生きているかどうかすら分かりません」

 

「私は罪を犯しました」

 

「私は罰を受けねばなりません」

 

「私を裁いてください」

 

「私を裁いてください」

 

「私を裁いてください」

 

「どうか彼の手で、私を裁いてください」

 

懺悔は誰へと捧ぐのか、罪を誰に伝えるのか。

 

「どうか、この潰れた両の眼のように罰をお与えください」

 

包帯から滲む涙は赤かった

 

喉が引きつる、出かけた悲鳴を必死に堪え礼拝堂から逃げ出した。

 

顔を背けたヴェロッサが見えた。

 

こちらに縋るようなシャッハが見えた。

 

何もかも振り切って、教会の外へと逃げ出した。

 

階段を転げ落ちながら。

 

恐ろしい何かから、一歩でも離れるために。

 

彼は逃げ出した。

 

 




逃げろ
逃げろ
逃げろ
何もかも夢であることを祈って


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その運命は避けられない

注意:残虐表現、グロ表現などがあるので苦手な方はご注意ください

ひらがなだけのぶぶんがありますが、よみにくければもうしわけない


 

・ビフォー

 

あははははははははははは!

 

なにそれ、イモムシみたい!

 

うじうじうじうじ藻掻くだけ!

 

でもまだ三つ…あ、二つだっけ、右手はもう無いんだっけ。

 

じゃあすぐに残りも切り捨ててあげる!

 

無様にのたうちまわって死んじゃえ!

 

あは♪

 

どうして今まで我慢してたんだろ

 

こんなに―――いい気味なのに。

 

 

・あふたー

 

なんでここにいるんだろう?

 

かあさんは?

 

りにすは?

 

おいしゃさんは、こころがつかれてるんだって。

 

わたし、つかれてるの?

 

あ、おじさん。

 

えっとね、あいたいひとがいるの

 

おとこのこで、なまえはわかんなくて。

 

みぎてが…

 

右手が…

 

あ。

 

ああ。

 

あああああああっぁああぁぁぁぁっぁぁっぁぁ!!!!

 

ダメェ!

 

赤いの、赤いの出ちゃだめぇ!

 

 

 

 

なんでここにいるんだろう?

 

◆◆◆

 

聖王教会へと続く道を逆走し、気が付けば近場の街へとたどり着いていた。

 

義足で無理をしたツケか、滝のような汗をそのままに地面へと座り込む。

 

いや、疲労だけではない。

 

あんな事になっているとは思わなかった。

 

最初から、以前のような関係であることは不可能だと分かっていた。

 

きっと壁が出来るし、溝を埋めるのに長い時間が必要だろうと。

 

だが、だがそれでも。

 

いつか、以前のようにいられると淡い期待をしていた。

 

馬鹿だった。

 

そんな事、もう夢ですらないのだ。

 

「きゅっくる~」

 

不意に日差しが遮られる。

 

銀色の、小さなドラゴンが頭の上に乗っていたのだ。

 

「ふ、、フリード!? わ、ばか、やめろって!」

 

「きゅっくー!」

 

「―――あ、見つけた!」

 

喜色を感じさせる声音で近づいてくるのは二人の男女。

 

左足を切り落とした彼女が引き取った、幼かった二人組。

 

「エリオ、キャロ…」

 

どうやら、何もかも投げ出して寝るには早いようだ。

 

エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエの二人から貰った缶ジュースを片手に、なんとか一息を吐いた。

 

「二人は、無事だったんだな」

 

「はい、僕らは管理内世界の自然保護でミッドにいませんでしたから」

 

「アコース捜査官から見つかったと聞いて、急いでこっちへ戻ってきたんです」

 

「そうか…よかった」

 

本当に、無事で良かった。

 

もしこの二人がああなったら、想像するだけで怖気が走る。

 

「二人共、見つけたか」

 

顔に絆創膏を貼り付けた友人、クロノは安堵するかのように片手を上げた。

 

なるほど、次はアイツか。

 

義足の付け根が、疼いた。

 

◆◆◆

 

クロノが運転する車に乗り込み、ミッド南部にあるという目的地へと向かう。

 

流れていく景色に緑が多い、相当田舎のようだ。

 

陽気な鳥の囀りと裏腹に、車内の空気は重い。

 

なんとか明るいムードを作ろうとエリキャロが努力してくれたが、運転席と助手席に座る野郎二人は何も語らない。

 

結局、目的地の病院にたどり着くまでこの重苦しい空気は続いていくのだ。

 

大きすぎず、かと言って広すぎず。

 

そんな印象を受ける建物には、「精神科」の文字があった。

 

「エリオとキャロはここで待っていてくれ」

 

ロビーに二人を残し、クロノと共に奥の病室へと歩いていく。

 

聖王教会とは別のタイプの静寂、というべきか。

 

人の気配はあるが、それでもなお異様なまでに静かすぎる。

 

「―――本音を言うと、見つかるとは思わなかった」

 

長い付き合いとなるが、ここまで感情を押し殺した所を見たのは初めてだ。

 

「…子供たちは、無事なんだな」

 

あえて、彼の妻の名は出さなかった…出せなかったというのが、正しい。

 

「事件当時、母さんと一緒に海鳴へ行っていた」

 

「―――エイミィに一発やられた後、自宅で彼女が二人の夕食に劇物を仕込んでいたんだ」

 

「僕が戻った頃には半狂乱になりながら処分していたよ、両手を真っ赤にしてね」

 

「今は落ち着いたけど、いつ自殺するか分からない程だった」

 

ぽつり、ぽつりと、搾り出すように紡ぐ事実。

 

能面の如く固められた表情を憤怒に歪ませ、握り締めた拳から血が滴る。

 

「時間が要るな」

 

時間があれば癒えるのだと、言い切れぬ己が腹立たしい。

 

「俺は、やった奴を殺してやりたいよ」

 

「…僕もだ」

 

やり切れない思いを抱えながら、オクにある病室へと行き着く。

 

看護師の許可と、注意事項を聞き流しながら病室へと踏み込んだ。

 

内装はシンプルだ、ベッドと椅子、離れたところに花瓶が一つ。

 

それ以外は何もない、【患者が何もできないようにするため】の処置だ。

 

身を起こし、外の景色を見続ける彼女は、青年に気づかない。

 

「―――――フェイト」

 

名を呼ばれて初めて患者…フェイトはこちらへと向き直った。

 

「おじさん、だれ?」

 

フェイトの記憶は、プレシア・テスタロッサと過ごしていた時期にまで逆行している。

 

エリオとキャロ、クロノの事も忘れているのだ。

 

使い魔たるアルフの事も、あやふやらしい。

 

「ねぇ、おじさん。わたし、あいたいひとがいるんだ」

 

「…誰だい?」

 

「なまえ、しらないの。おとこのこで、かあさんみたいにかみがくろいの」

 

「あ、おじさんもくろなんだ」

 

「その子は、今はちょっと会えないかな」

 

「なんで?」

 

「恥ずかしがりやなんだ、君が元気になったら会いに行ってほしいな」

 

椅子を引き寄せ、腰を下ろすとフェイトの頬に触れる。

 

もう何も感じる物はないけれど。

 

もう、熱を与える手はないけれど。

 

「おじさんのて、つめたいね」

 

「ひえしょう、なんだ」

 

「でも、かあさんがいってた。つめたいてのひとは、こころがあったかいんだって」

 

どうすればいいんだろうな。

 

どうしていれば、よかったんだろうな。

 

「おじさん、どこかいたいの? ないてるよ」

 

「ああ、ちょっとだけ…ちょっとだけ、怪我しちゃったから」

 

流れ落ちるものが、後悔を忘れさせたくれればいいのに




誰かが悪いといえばいい
だれかの罪を問えばいい
問たところで時間は戻らない
砂時計を戻す手は無いのだから


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一話完結もの
そして世はこともなし/ありふれた職業で異世界最強


これは「ありふれた職業で異世界最強」の短編です
主人公、別作品へのアンチ、グロ表現、別作品キャラへの登場・転生?などが存在します
そういった表現が嫌いな方はご注意ください


 

「元の世界に帰るのなら、こんな力は置いていかないか?」

 

異世界に召喚された少年少女たち。

 

元凶は倒れ、ようやく家に帰れると安堵した子供たち。

 

無能と蔑まれ、魔王と恐れられ、神殺しを果たした少年は。

 

「知ったことか」

 

いつものように切り捨て、同時に意識を失った。

 

◆◆◆

 

色素の抜け切った白髪頭の少年が意識を取り戻したのは、ベッド以外に何もない簡素過ぎるテントの中だった。

 

南雲ハジメ、異世界に召喚された挙句いじめられていたクラスメイト達に見捨てられた少年。

 

全ての元凶たるエヒト神を打倒し、元の世界への帰還を果たそうとしていた。

 

だというのに、此処は何処なのだろうか…?

 

「ッ、武器が…」

 

自らが作り出したアーティファクトは何処にもなく、左腕に装着していた義手すら外されていた。

 

この時ハジメの脳裏に浮かんだのは、いったい誰が…ではなく、どうやってこんな真似を許してしまったのか。

 

いくら格下しかいないとはいえ、警戒を解いてなどいなかった。

 

不穏な動きを見せればすかさず銃口を向けていたし、なにより相棒たる彼女が見逃すはずなどない。

 

「やぁ、起きたようだね」

 

思考の海に漂うハジメを現実に戻したのは、あの時聞いた声と同じもの。

 

眼鏡をかけた、一見して地味な印象を受ける男。

 

クラス内で目立つこともなく、かといって足でまといになることもなく。

 

その他大勢に埋没していたクラスメイト。

 

「藍染惣右介…!」

 

藍染と呼ばれた男は、見るものを落ち着かせる微笑を浮かべながら気さくに話しかけてきた。

 

反射的に首をへし折ろうと(・・・・・・・・・・)、飛びかかるハジメであったが…

 

「落ち着いたほうがいい、今の君は本調子ではないだろう」

 

宥めるような声音で、ハジメの右腕を手に取り勢いを殺さず地面へと放り投げる藍染。

 

頭を打たないよう、掴んだ手とは反対の手を首元に添えることも忘れない。

 

一瞬の空白、そして衝撃がハジメの全身を駆け巡った。

 

藍染の実力にではない、自分の中に流れる力をまるで感じないのだ。

 

魔物を喰らい続け、強敵を滅ぼしてきたはずの肉体が。

 

この世界(トータス)へと連れてこられたばかりの、ひ弱ないじめられっ子だった頃と同程度しか動かない。

 

「縛道の六十、六杖光牢」

 

こちらへと向けられた指が輝いたかと思えば6つの光の柱がハジメに突き刺さる。

 

痛みはない、だが身じろぎ一つ出来ない。

 

「こちらも強引な手段であったが、こうも抵抗されては話もできないからね」

 

まずは落ち着いてくれと、地面に横たわるハジメを見下ろす目は。

 

身が凍りつくほど、冷たいものであった。

 

「何の真似だ…」

 

「説明と、要求の確認だね」

 

腰を下ろし、地べたに座る「敵」に対して今にも噛み付きそうだ。

 

生殺与奪の権利は、既にこの男の手中にあるにも関わらずに。

 

これでは何も聞かないだろうなと、微笑を消し――――

 

 

 

空間が死んだ

 

 

 

「――――――――――――ッ」

 

息ができない、呼吸することすら命懸けに思える重圧。

 

神と呼ばれた怨敵を相手にしても、ここまで追い込まれてなどいなかった。

 

肺が酸素を取り込もうとするも、まるで空気が毒にように体が冷たくなっていく。

 

汗が滝のように流れる、震えが止まらない、死の気配が明確なイメージとなって叩きつけられた。

 

怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!

 

何だ。

 

何だこれは。

 

こいつは何なんだ!!!

 

「おめでとう、ようやく君は恐怖を取り戻した」

 

一声で重圧は霧散され、脂汗を垂れ流すハジメ。

 

対する藍染は、再び微笑を浮かべると持参した魔法瓶の中身をカップに注いだ。

 

「まずはこれでも飲んではどうかな、時間は少ないがその程度は許されるだろう」

 

ほうじ茶の香りが、自分が生きているのだと確かめさせてくれた。

 

「お前、ハァ…なんだ…?」

 

「ただの公務員だよ、非公式のね」

 

体を縛る光の柱が消え、改めて向き直る両者。

 

今度は襲いかかることはしない、眼前の存在が規格外だというのが嫌でも理解させられた。

 

同時に、今すぐにはこちらを殺さないということも。

 

最初に流れで一度、体を縛られた時に二度、そして先ほどの重圧で三度。

 

ハジメは、既に3回死んでいる。

 

それが歯がゆく、腹の奥が煮えたぎるように熱くなっていた。

 

「肌で感じてくれた通り、私と君では戦力的に大きな差が存在する」

 

武器もないのだからねと、言外に何もするなという忠告か。

 

恐らく、次はない。

 

先の重圧は、文字通り最後通牒なのだ。

 

「私は君のクラスメイトであり日本国政府直属霊的災害対策課に所属する藍染惣右介というものだ」

 

「霊的…」

 

「元の世界にこちらと同じく摩訶不思議な存在がいないとでも思うのかい?」

 

「高々数千年程度の、単一の宗教概念しか持ち合わせない異世界(トータス)と一緒にしてはいけない」

 

背中に刃物を添えられたような錯覚。

 

まさか今まで生きていた世界が、異世界よりも恐ろしいものだというのか。

 

「異世界からの拉致、というのは最近増えていてね」

 

「以前は神隠しと称されていた現象が、異世界の神格によって引き起こされるとはたまったものじゃない」

 

「お前は、コレを予測していたのか」

 

「いいや、この通り未成年だからね。真面目に学業に勤しんでいたら巻き込まれたというわけさ」

 

なにがこの通りだ、老け顔め。

 

お前は中二病全開だけどなと返されそうな本音を嚥下し、続きを促す。

 

「単刀直入に、こちらの要求を伝えよう。君がこの異世界で得た能力、知識、技術、道具一切を破棄し、記憶改竄を受け元の世界に戻ってもらう」

 

「ふざけるなぁ!!!」

 

腹の底から拒絶の怒声をぶちまける。

 

何の権利があって、再び俺から奪うというのか。

 

目がチカチカするような、泥の如くこびりつく怒気。

 

「君が受けた仕打ちと、そこまで至った努力からしても受け入れがたい案件だろうということは百も承知だとも」

 

「そもそも元の世界に戻るには俺の力がなければ…」

 

「可能だ、既に我々は世界移動の技術を保有している」

 

その一言で切り捨てられた。

 

「南雲くん、ハッキリ言って君は危険だ。君のような人間が法治国家たる現代日本に適応できるとでも?」

 

「やられたらやり返す、敵対者に容赦はなし、この世界ならばともかく元の世界では即刻刑務所行きだ」

 

力があれば何をしてもいいと、君は言い切れるのかね?

 

そうだと開き直ることは出来なかった、何故なら…

 

「暴力は、暴力によって駆逐される。君程度の戦力は幾らでも転がっているのだよ」

 

ありふれた、という程でもないだろうが。

 

こちらを押しつぶせる程度の数はあると、想像するのは難しくなかった。

 

「君は弱い」

 

否定される。

 

「君自身の戦力は脅威とはいえない、この程度の世界を滅ぼすなど片手間でやってのける存在があちらには山ほどいる」

 

自分を繋ぎ止めていくための鎖が。

 

「しかし君の能力は有益だ、それを狙うもの達の手に渡るのは非常に危険なのだよ」

 

一つ一つ。

 

「君には弱点が多い、君を慕う彼女たち、ご両親を人質に取られればどうする?」

 

言葉の刃で。

 

「敵を殲滅するのか、だが正体は容易く掴ませてはくれまい。例えば都市部にいたとして住民全員を殺害するかね?そんなことは許されない」

 

切り捨てられる。

 

「後ろ盾も、抑止力たりえる力もない、ポッと出での君はあまりに脆い」

 

何もかもが。

 

「だから捨てていくといい、君のこれからには不要なものだ」

 

滴る汗が、カップに注がれたほうじ茶の水面に波紋を作る。

 

いつもならば知ったことかと切り捨てるだろう。

 

だが実際それを成せるだけの存在が、今目の前にいるのだから。

 

この男の言った言葉が、真実ではないとどうして否定できる。

 

「これは一例なのだが、神格の戯れによって死亡した少年が異世界にて再び生を得たケースが存在する」

 

「雷に打たれて黒焦げになった少年は、神格から得た力を己のものだとして扱い随分と「勝手」をやったそうだよ」

 

「そして何をトチ狂ったのか、見目麗しいご婦人達と共に「地球」に帰還した後も「同様」の振る舞いを行った…どうなると思う?」

 

聞くまでもない、この口ぶりからして結果は最悪だ。

 

「神格より与えられたアーティファクト、そして異世界の人間を狙い幾つもの犯罪組織が少年を狙った」

 

当然、少年はそれらに対して反撃する。

 

関係ない周囲の人間を巻き込み、「奇跡的」にも被害者は数百人程度で済んだ。

 

ご婦人たちは脳髄に至るまで腑分けされ、当人は嬲られてから死んだという。

 

「元々倫理観や道徳心の欠如した人物だったそうだが、重要なのはそこではない」

 

多少の差異はあれど、ハジメにも当てはまる要素が存在する。

 

下手をすれば、自分と彼女らも同じ末路を辿るかもしれない。

 

「―――何故、そこまでの力があって何もしなかった」

 

苦し紛れの糾弾、だが藍染はハジメに対して頭を下げた。

 

床に額を押し付け、すまないと。

 

「私が積極的に動くわけにはいかなかった、エヒト神に私の存在を感知されれば何らかの行動を起こすことは明白」

 

最悪、対抗策として地球から別の人材を拉致されるかもしれない。

 

それだけは避けねばならなかった。

 

たとえ召喚されたクラスの人間が、全員死亡したとしても。

 

犠牲者は、30人にも満たないのだから。

 

「トータスの情勢、黒幕の正体を掴むまで動くわけにはいかなかった。だがそこで想定外が発生したのだ」

 

南雲ハジメ、教会から異端を受けた神の敵。

 

「私は計画を変更した、表の動きは君に任せ裏から帰還とエヒト神の動きを制限させるように」

 

「制限? 何をした」

 

「人から神に至るというのは、けしてありえないことではない」

 

例えば徳川家康は死後に東照大権現という神号を与えられた。

 

三国志で有名な関羽も関帝聖君として讃えられもした。

 

「だが神格には違いない、神はそう簡単に「死ぬ」ことはありえない」

 

「エヒトは生きてるのか!?」

 

「いいや、君が殺した」

 

藍染がやったことは難しいことではない、復活に要する条件を虱潰しに処理したのだ。

 

ハジメが盛大にドンパチをかましてくれたお陰で、エヒトは再臨することもなく消滅。

 

同時に、もう一つの問題が浮上した。

 

「先も言った通り、君の人間性は酷く攻撃的だ。こちらからアクションを起こさねば無害かもしれないが、そんなもの何の保証にもなりはしない」

 

異世界で何十、何百、何千と死体が出来上がったとしても知ったことではない。

 

しかし、地球でそれを成されるわけにはいかないのだ。

 

首輪のない肉食動物がそこらを好き勝手歩かれては、おちおち眠れもしないのだから。

 

「君の精神性は変質したとも言えるが、実際はPTSD(心的外傷後ストレス障害)の兆候が見られる」

 

「君は病気だ、本来なら長期間の入院と医師のケアが必要なほどに」

 

だからこそ―――

 

「力を放棄して欲しい、どうか平和な世界で辛い記憶を忘れ日常に戻ってくれないだろうか」

 

断れば殺す。

 

口調こそ優しいが、目は恐ろしく冷たいもので真実を語っていた。

 

「…ユエは、みんなは何処に」

 

「ふむ…よし、付いてきてくれ」

 

テントの外へと向かう藍染の背を追うように、ハジメもそれに続いた。

 

◆◆◆

 

テントの外では幾つもの機材が並び、同じ制服を着込んだ人間が忙しく作業を続けていた。

 

人気のない森の中、無機質な駆動音が余計に不気味だ。

 

「本当に異世界に来れるんだな」

 

「地球から向かうには、正確な座標が必要だがね」

 

促されるまま一際大きなテントへと入ると、SFで見られるような人間がすっぽり入れるほど巨大なケースが並んでいる。

 

中には下着姿のクラスメイトたち、白崎香織や八重樫雫、姿を消した天之河光輝もいた。

 

「今彼らは強化、変異した肉体と魂魄を正常に戻す処置を受けている」

 

日常を生きる上で、過度な力など必要ない。

 

力は暴力となり、そして周囲から拒絶を受けるのだ。

 

「ユエは…」

 

こっちだと手招きされた先には、愛する吸血鬼がケースに入れられ眠っていた。

 

ユエだけではない、獣人のシア、竜族のティオ、皆が同じく眠りについていた。

 

気になった点はひとつ、シアの特徴とも言える兎の耳がない。

 

「今のまま地球へ移住させるわけにはいかないのでね、「義骸」と呼ばれる人間としての肉体に魂魄を移し替え記憶改竄を受けている」

 

勿論、同意を取ったうえでねと。

 

ガラスケースに阻まれた、愛しい彼女。

 

今のハジメでは、この程度の障害すら超えられなかった。

 

「記憶改竄といっても、君への恋慕を消すわけではない。あくまでそこに至った流れを地球への出来事としてすり替えるだけだ」

 

人外である彼女らを連れて行くことはできない。

 

彼と共にいたいなら全てを捨てろ。

 

故郷も、家族も、力も、記憶すらも。

 

全てを失ったとしても、彼女らは願ったのだ。

 

南雲ハジメと共に生きたいと。

 

「これから彼女たちは偽の記憶、経歴を与えられ日常を過ごす事になる」

 

ひとクラス分の消失、関係者への記憶操作、マスコミへの対応、異世界人の国籍取得。

 

幾つもの問題はあるが、全て処理する責任が我々にはあるのだ。

 

改めて藍染とハジメは向き合い、ハジメの右手に慣れしたんだ感触が戻る。

 

一丁の銃が、藍染から手渡された。

 

ドンナー・シュラーク、ハジメが生み出した困難を打ち破る牙。

 

「選べ、南雲ハジメ」

 

恐怖のまま、全てを失うか。

 

勇気を出して、捨て去るのか。

 

ドンナーを、藍染へ向け―――放り投げた。

 

「さっさとしろ、俺の体も戻すんだろ」

 

「無論だ、協力に感謝する」

 

ありふれた最強の物語は、ここで終わる。

 

ありふれた日常が、ここから始まる。

 

「さようなら南雲ハジメ―――おかえり、南雲ハジメくん」

 

“砕けろ、鏡花水月”

 

◆◆◆

 

校庭で仲良く帰路に就こうとする少年たち。

 

イジメを受けていた彼はいつしか認められ、こうして多くの出会いを生むことになった。

 

それを教室から見下ろす、眼鏡をかけた男子生徒。

 

「ありふれた幸福など、努力すれば簡単に手に入るものだ」

 

あの少年はそれをしなかった。

 

だから得られなかった、ただそれだけ。

 

記憶を書き換えられ、力を失ってこれからどうなるのか。

 

そこから先は、彼にとって関わるべき事ではない。

 

「私も偉くなったものだ、いつかこのしっぺ返しを受けて地獄行きかもしれん」

 

そう言って男子生徒は校舎から姿を消した。

 

ありふれた日常が、これからも続くことを信じて。

 

そして世はこともなし。

 




お前頭やべーし、すぐ攻撃すっから地球に戻ってくんな!
帰りたければ全部捨てて忘れろ!
じゃなきゃ○ね!

三行で済む話が長くなってしまいました。
何で藍染様?便利だからだよ。
たぶんこの世界は転生者はチート共が転がってて、ハジメくんじゃ無理かなぁと。

私は最強ってあまり使いたくないんですよね。
だって言葉が強すぎて、ハードル高くなりすぎてしまいますから


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竜虎相搏つ・前編/fate

景虎ちゃんがあんまりにも可愛かったので書いてみました

転生、拙い歴史知識などありますがそこらへんは温かい目でお願いします


 

時は戦国、日本においては幕府の影響力は既になく。

 

有力者たちは領土獲得、あるいは防衛がため日夜戦い続けていた。

 

群雄割拠、下克上、弱者は滅び、あるいは強者を引きずり落とす諸行無常。

 

そして今、関東にて覇を唱えんと一人の男が立ち上がった。

 

男の名は武田晴信、信玄の法号の方が有名であろう。

 

信玄は眼前にて広がる戦を眺め、軍配の持ち手を固く握り締める。

 

川中島の戦い、宿敵とされる戦国大名との間に5度も行われた激戦。

 

四度目となる川中島の戦いに、信玄は瞑目したまま心中にて怒鳴り散らしていた。

 

あのバケモン、何で死なねぇんだよォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

 

宿敵の名は、長尾景虎。

 

後の上杉謙信である。

 

◆◆◆

 

「何でこうなったんかなぁ……」

 

武田信玄、甲斐の守護大名武田信虎の次男として誕生。

 

幼き頃より長禅寺にて勉学に励み、軍術が収められた中国の七部とされる孫子・呉子・司馬法・尉繚子・三略・六韜・李衛公問対を日夜読みふけたという。

 

元服し父である信虎に従軍するようになってからは、信濃の海口城攻めにて初陣にも関わらず城を陥落、武将の首を信虎へと献上した。

 

しかし誰も知らなかった、この男の中身が何百年も先の平和な時代で生きていた日本人だという真実には。

 

「何でよりにもよって信玄なんだよ、ハードモードってレベルじゃねぇぞ…」

 

領土拡大のため周辺諸国へと攻め込み、条約を無視、あるいは一方的に破棄し利用する。

 

戦国時代における鬼畜大名ランキングトップ10に絶対に入るほど、信玄は派手にやっていた。

 

何故そこまでやっていたのか。

 

天下統一?

 

否、単純に彼の治める甲斐という国がとんでもなく貧乏であったからだ。

 

領土の大半が山岳地帯であり、米を作るための平野がほとんどない。

 

土地がないから米が作れず、作れないから米は売れず、年貢としてとれる最低限しかないため大名も貧乏。

 

生存権獲得のためには外へ土地を刈り取るしかなかったのだ。

 

史実知識? 技術チート? 生き残るのに精一杯でそんな上等な事出来るはずもなし。

 

故に、信玄の人生は平穏とは程遠かったのも無理はなかっただろう。

 

信濃制圧を果さんとする侵略者(甲斐の虎)

 

野望を阻む守護者(越後の龍)

 

両雄が激突する川中島の戦い、記念すべき四回目の決戦が始まろうとしていた。

 

「兄上、なにとぞ別働隊の大将を私に!」

 

熱心に軍師と組んでプリーズと連呼するのは、実弟である武田信繁。

 

傍らには隻眼の軍師、山本勘助。

 

どうしたもんかなと、信玄は再び心中にて溜息を吐いた。

 

四度目の川中島決戦、その背景は同盟相手である北条からの救援要請であった。

 

この時代、時の征夷大将軍足利氏の威光は既になく。

 

各々が自分の領地を維持、獲得するため日夜ホットなバトルステージ。

 

関東10ヶ国を纏める役目を持つ鎌倉公方も、名ばかりの残骸でしかなかった。

 

鎌倉公方補佐たる関東管領を世襲する上杉は、将軍の名のもとに関東統一に乗り出すも尽く失敗。

 

当代関東管領・上杉憲政は北条との戦いに敗れ、越後へと逃げ込み養子に上杉の家督・関東管領の譲渡。

 

誰なのかは言うまでもない、のちの上杉謙信である長尾景虎だ。

 

景虎は関東管領職就任の許しを得るため、京へと上洛。

 

将軍・足利義輝に謁見することで、幕府のトップから「お前関東統一しちゃってYO」と大義名分を入手。

 

関東の諸大名たちは景虎に味方し、軍勢は10万を超える大勢力となった。

 

流石の北条もこれはあかんと同盟相手である武田にヘルプ。

 

北条が倒れれば次は武田が狙われるのは明白、上杉軍の背後を抑えるために川中島にて海津城を築城。

 

前門の北条、後門の武田、いかに10万の軍勢を持つ上杉といえど関東三傑のうち二人を同時攻略できるはずもなし。

 

仕切り直しのため、越後へと帰還するためには後ろを抑える武田を攻略せなばならない。

 

逃げる上杉の背には北条、急がねば再び挟み撃ちにされてしまう。

 

上杉にはとにかく時間がなかった、逆に武田からすれば北条の追撃が来るまで時間稼ぎに徹すればいい。

 

「信繁よ、我らは打って出る必要はない。ゆるりと構え真綿を締めるが如く、上杉めを抑えれば良いのだ」

 

「総大将たる景虎を討つ役目を、北条に譲ると仰るか!」

 

※景虎は当時、上杉政虎と改名していますが本作では景虎で通します。

 

海津城にて開かれた軍議は、既に茶番と化していた。

 

他の家臣たちも同様に頷いているのを見て、弟は根回しを終わらせていたと悟る。

 

彼らの言い分も分からんでもない、散々煮え湯を飲まされ続けてきた宿敵を屠る好機。

 

これを逃がす道理もなければ、譲るなど以ての外。

 

でもなぁ、勘助の作戦見破られてそのままお前らやられるんだよなぁ。

 

啄木鳥戦法、機動力のある精鋭部隊を敵陣の中核や留守城などに迂回進軍させ、敵がそれに気を取られている隙に本軍で一気に攻略するというもの。

 

10万あった大軍勢は、およそ1万と3千までに縮小。

 

時間的猶予のない上杉軍を強襲し、一気にカタをつける。

 

だが戦争の申し子、毘沙門天の化身を名乗る景虎はそれを看破。

 

結果、信繁含め有力な家臣が討ち死にするという損害を受けるのだ。

 

「兄上、ご決断を!」

 

「お館様!」

 

「下知を!」

 

どうしたもんかねと、未だに沈黙を貫く軍師へと視線を向ける。

 

いつも通りの仏頂面、片足を引きずる様はなんとも不格好。

 

足軽大将として仕えてきた軍師は、己の策謀をひけらかす素振りすら見せない。

 

そうか。

 

そうか。

 

わかった(・・・・・・)

 

「そこまで申すのであれば、別働隊を任せよう」

 

してやったりと笑を深める弟から、信玄は目を背けた。

 

◆◆◆

 

武田信繁は絶頂ともいうべき高揚感に身を任せていた。

 

別働隊を率いて上杉本陣へと強襲をかける、その数約1万2千。

 

上杉本陣が敷かれた妻女山へ向かう前の小休止、信繁は頬を赤らめ夢想に浸る。

 

大任を受けた信繁の胸中に宿るは景虎への憎悪ではなかった。

 

「やっと、やっと貴女に会える」

 

最初に見たのは、3度目の川中島。

 

雪の如く白い肌と髪、欲の見えぬ透き通った眼差し。

 

美しいと、そう思った。

 

人は醜い、父も兄も人の俗に触れすぎている。

 

寵愛を受けていたはずの信繁にとって、父である武田信虎は嫌悪の対象でしかなかった。

 

欲望、野心、狂気、戦国大名として今の武田を、甲斐を作り上げた父が悍ましくて仕方がない。

 

その父を恐れさせた兄もまた、信繁は嫌悪した。

 

いや、恐れていた。

 

健全な家督相続、領地運営のため実の父を追放。

 

敵対する者には容赦をせず、無機質に始末していく兄。

 

気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 

この世は気持ち悪いもので満ちすぎている。

 

だから、美しいものに触れていたかった。

 

綺麗なものを、見続けていたかった。

 

ああ、今から参ります。

 

綺麗で、真っ白な貴女に―――

 

そこで信繁の意識は途切れる。

 

山本勘助の振るう十文字槍の穂先が、信繁の首を引き裂いたからだ。

 

「…御免」

 

周囲に人影はなし、勘助が人払いを済ませていたからだ。

 

そこに疑問も警戒も持たぬ男では、奇襲が失敗するのも当然。

 

「もしこの邪念さえなければ、このような策を立てずとも済んだものを」

 

勘助は信繁の企みを見抜いていた。

 

兄たる信玄へ向けた嫌悪と恐怖、影虎に抱いた理想。

 

逆であれば、まだ救いがあったというのに。

 

武田信繁は、上杉の将兵によって討たれる。

 

馬蹄が大地を踏み抜く音、直感は確信となって勘助の命を奪うのだ。

 

それでいい。

 

それでいいのだ。

 

それでいいのです(・・・・・・・・)、お館様。

 

別働隊の役目は奇襲、されど本質はそこではない。

 

貴様ならば我が策に気づくだろうよ、長尾景虎。

 

眼前に迫るは、白馬にまたがる上杉の総大将。

 

そうでなくては困る。

 

我らは餌だ、毘沙門天。

 

我らを餌に、貴様を釣るための。

 

ここで死ね、長尾景虎。

 

武田が殺す、信玄が殺す、貴様を殺す。

 

断ち切られた首が空を舞う。

 

「敵将討ち取ったりーーーーーー!」

 

「笑み」だけが貼り付けられた歪な乙女は、高らかに刀を掲げた。

 

 




調べれば調べるほどわかる信玄の鬼畜っぷり、北条親子といい今川パッパといい化物しかいないんだよなぁ


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逆行とかいかんよって話/回復術士のやり直し

このSSは「回復術士のやり直し」のアンチ向け作品となっております

ホラー要素、グロ表現、キャラアンチがあるため読まれる際はご注意ください

登場人物は基本的に救われません、というか原作主人公以外が空気です

以上の条件で問題なければ、読んでやってください



全てが順調だった。

 

一回目の世界で復讐を果たし、二回目の世界では自分の思うがままに世界が動く。

 

力も、女も、金も、権力も。

 

だが、全てが一瞬で覆った。

 

【癒】の勇者ケヤル、ケヤルガと改名した男はとある家屋の一室に閉じこもっている。

 

窓はなく、部屋の四隅は石膏によって曲線となるように埋められ、家具の類は一切置かれていない。

 

部屋の中央でケヤルガは怯えていた。

 

体を震わせ、視線は絶え間なく動き、震える体を自分の腕で抱きしめている。

 

順調だった、全てが順調だった。

 

なのに、なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのになのに!!!

 

前触れなどなかった。

 

いつも通りの日常の中、視界の端に【青黒い煙】が登っているのが見えたのだ。

 

煙は固まり、青い膿汁にまみれた「ナニカ」。

 

外観はおぼろげながら狼めいており、牙を鳴らす顎と燃え上がる眼を備えていた。

 

誰かが悲鳴をあげた。

 

いやその場にいた全員があまりにも冒涜的な、生命として逸脱した怪物に恐怖したのだ。

 

最初に犠牲になったのは、氷狼族のセツナ。

 

それに最も近かったが故に、すぐさま外敵を排除しようと飛びかかり―――「それ」の注射針のような奇怪な「舌」を胸元へ打ち込まれたのだ。

 

跳ね除けようと藻掻くも怪物の力は凄まじく、彼女は全身の体液を吸い尽くされてしまう。

 

絶望に見開いた瞳がケヤルガを写すまもなく、セツナは絶命した。

 

激高したケヤルガが怪物に挑むも、ソレは出現したときと同じく煙となって何処かへと消えてしまった。

 

干からびたセツナの遺体は悪臭を放ちながら、ボロボロと砂になって崩れて風と遠に消えていく。

 

生き残ったケヤルガ達は、夢遊病を患ったかのような錯覚に沈んでいたのだ。

 

なにもかもが悪い夢なのだと、だが終わったなのだと、割り切ることが出来ないまま―――怪物の襲撃は続いていた。

 

昼夜関係なく、結界も神器すらも意味を成さず、怪物はケヤルガ達に牙をむく。

 

次に犠牲となったのは【剣】の勇者クレハ、寝室でケヤルガを「慰め」ている場面に怪物に襲われミイラとなる。

 

その次は魔王候補のイヴ、セツナとクレハの死に様に怯えふとした事でパニックに陥りケヤルガ達から離れてしまう。

 

人気のない廃屋で身を縮めて震ているところを、背中から襲われ頭蓋を噛み砕かれた。

 

再びケヤルガの前に現れたとき、膿まみれたとなった「頭」が無残に地に転がっていた。

 

神獣グレンの炎で撃退に成功したこともあった、しかし怪物は炎に焼かれても死ぬことはなく、何度も何度も何度も何度も責め立てる。

 

一瞬の隙を突かれた神獣の少女は、怪物が現れた部屋の隅に”引きずり込まれた”

 

炎を放ち抵抗するも、怪物によって隅の奥にある「何処か」へと沈んでいく。

 

指先程度の抜け道に無理やり引きずり込まれたグレンは、四肢がひしゃげ、ただの肉塊となりながら――消えた。

 

ようやく怪物が鋭角、90度以下の「角」から出現することを理解し、対応しようとしたが失敗する。

 

すべてを曲線で構成することは極めて難しい、それまでに幾度も怪物から襲撃を受けるのだ。

 

作業が完了する頃には、生き残った二人の仲間…従者のフレアとその妹ノルンは正気を失っていた。

 

無理矢理に体を重ねようとする姉妹を拒絶し、ケヤルガは一人部屋の中に閉じこもった。

 

部屋の扉を叩いていた音はない、生きるものの息遣いを感じられない。

 

食料は尽きた、水もない、狂気と恐怖によって歪んだ男の顔は老人のようだ。

 

「なんでだよ」

 

「なんで俺がこんな目に遭うんだよ」

 

「おかしいだろ」

 

「こんなの、おかしいだろ」

 

「俺はあんなに苦しかったのに」

 

「俺はあんなに辛かったのに」

 

「なんで、なんで、ようやく俺が報われたのに!」

 

「なんで俺がこんな目に遭うんだよぉ!!!」

 

血の混じった赤い涙を流し、ひび割れた爪で床を引っ掻いた。

 

”掻いて”しまった。

 

「ひぃっ!」

 

床の傷から青黒い煙が噴出し、固まり、青みがかった特異な有毒の濃汁を垂れ流す怪物が出現する。

 

「く、くるな、来るなぁ!」

 

腕を振り回し、涙と唾を飛ばしながら、尻餅をついたまま壁へと後ずさるしか出来ない。

 

主人公補正(ヒール)』は使えない、男の心は折れていた。

 

都合のいい展開(ヒール)』は使えない、そんなもの最初からない。

 

ヒタリと、一歩一歩ケヤルガとの隙間を潰す怪物。

 

喉から声が出ない、引き攣りすぎた故に息が漏れるだけ。

 

ピチャリ、何かが頬を触れる感触。

 

異臭によって効かぬ鼻が、より強まることだけは感じられた。

 

さらに一匹、もう一匹と怪物が”増えている”ではないか。

 

五匹にまで増えた怪物たちが、鋭い牙を突きたて、部屋の中央でケヤルガを広げるように”引き伸ばした”

 

「―――ぎぃっ!」

 

皮が裂ける。

 

肉が千切れる。

 

骨が割れる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛!!」

 

「ゆ゛る゛じでぇ゛ごべばざい゛!ゆ゛る゛じでぇ゛ごべばざい゛ゆ゛る゛じでぇ゛ごべばざい゛ゆ゛る゛じでぇ゛ごべばざい゛」

 

「ごべばざい゛ぼぐがわぶらっがら゛ぁ!」

 

「だずげでぇおどう゛ざん゛!おがばぁざん゛!」

 

ぶつり。

 

五つに分けられた人間だったモノは、肉となって血がぶちまけられる。

 

舐め取り、啜り、獲物を食い尽くした怪物―――「ティンダロスの猟犬」は、煙となって消えた。

 

◆◆◆

 

「いやぁ、怖いねぇ」

 

遠く離れた地で猛獣に襲われたニュースを見た、その程度のニュアンスで呟かれる。

 

「別に、彼らが特別邪悪だったわけではない」

 

「別に、彼らが特別愚鈍だったわけではない」

 

「別に、彼らが特別不幸だったわけではない」

 

ただ”時を遡った”、そして猟犬に”見つかった”。

 

この二つだけだ、これだけでそうなった。

 

「まぁ、しかし、一回目で満足していればこんな事にはならなかっただろうさ」

 

”黒い肌の男”は、ご愁傷様と哂う。

 

その程度のおはなし。

 

貴方もお気をつけて、猟犬に目をつけられたら…ニゲラレマセン。

 

ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ

 

 




▼・ェ・▼ワンワンオ「時間逆行とか異世界でも見逃しませんよ」

お盆を前にブラックなネタを書いておこうと思ったが、あんまり怖くもグロくもなかっただろうか


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