統帥絹代さん (B・R)
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大統帥絹代、邁進ス。
ヨセ倒打ヲ峰森黒者王


リハビリも兼ねて、久しぶりの二次創作を。場合によっては続く。というより、なんというものを書いてしまったんだ⋯⋯これは非礼を詫びて玉砕した方が⋯⋯。


「戦車、前進ッ!!」

 

 

戦友の決死の突撃により、こちらの接近を許す程に彼我の距離は近い。この距離ならば、如何な屈強なるドイツ戦車集団といえど撃破は可能!

この牙が、その肌に突き立つ!それは全て、我らが同胞の勇気によるもの!心の中でだけで申し訳ないが、敬礼を送らずにはいられない!

 

 

「各員、取り巻きに集中砲火! 意地を見せろよ、知波単のッ!!」

 

 

獅子たちの驚く顔が目に浮かぶ。また、勇者である同胞達の一気呵成の雄叫びが聞こえる。

突撃しか能の無いとすら言われる我々に押されている現状こそ、貴様ら黒森峰の最も恐怖するところであろう。

何故、我ら鉄血の猛者が斯様な能無しと名高い学園に一矢報いられ、あまつさえここまで押されてしまっているのか。戦車の性能は断然上、隊員の練度も圧倒的であるはずなのに。

ああ、そうとも。昔の我々(先輩方)では一輌撃破することすら叶わなかったに違いない。

 

 

 

だがしかしッ!!

 

 

戦車とは砲や体当たりで打ち勝つのではなく、気迫で撃破するものなのだということも忘れてはいないか!?

 

 

「総員、突撃! 先輩方の無念が、我ら後進の回天へと誘う起爆剤となったのだ!! 故に、今この瞬間に、命を懸けて突き進めッ!!」

「「突撃ッ!!」」

 

 

煩わしく長い髪を振り払い、後に続く仲間達の為、戦車は往く。その無限軌道は、荒々しくも実直に歩みを進め往く!

目指すは王者の喉元。道を開くための犠牲となり、積み重なった仲間たちの屍を超えて。

 

 

 

―――いざ、常敗無勝の名を返上せんと、知波単学園!参るッ!!

 

 

 

我が名は、知波単学園戦車師団統帥、西絹代(・・・)也ッ!!

 

 

 

 

 

『知波単学園大本営発表

回天、知波単栄華の極みここに至れり。

本日執行の第六十三回戦車道全国大会初戦に於いて、我らが知波単学園戦車道科は黒森峰女学院機甲科と戦い、最少の損害で圧倒的勝利を収めた。本日の夕餉には全生徒、鯖の味噌煮と選択甘味一品を付ける為、英気を養うこと。』

 

 

 

 

 

学園長直々の呼び出しで学園長室にて泣きながら感謝を告げられた帰り道。

未だにあの黒森峰に勝利出来たことが信じられない。だが、こうして我々は勝利を収め、後には継続高校との二回戦が待っている。

 

 

「西隊長!」

 

 

こうして万年初戦敗退の我が校を二回戦へと導けた栄誉の高揚感に打ち震えながら、こちらへ走り寄ってくる眼鏡を掛けた少女福田へと軽く手を振った。

校長と話があるからと先に帰らせたはずだが、彼女は私のことを待ち続けてくれていたらしい。

 

 

「ご、ご一緒しても良いでありますか!?」

「ああ、勿論いいとも。待っていてくれたのか?」

「はい、であります! 最大の功労者たる西隊長を置いて帰るなど私には出来ません!」

「ははは、そうか。と言っても、別にそんな功労なんてしてないんだけどな」

 

 

彼女は素直で聞き分けが良い方なんだが、どうにも尊敬の念が強過ぎるように感じる。私なぞ、少々特殊なだけの小娘なのだが⋯⋯。しかし、今はその眼差しがやけに心地良いのも事実。

しばし無言で歩いていると、もじもじとしていた彼女が意を決したように声を上げた。

 

 

「西隊長!此度の勝利、流石でありました!」

「ありがとう。しかし、これは、私一人が齎した勝利ではない。この栄光こそ、我ら知波単学園戦車道科全員で賜るべき栄誉だろうと私は思う。だから、私からも福田達の健闘を讃えさせてもらおう」

「はぁあ⋯⋯! わ、我ら、西隊長と共に進むことが出来て、光栄であります!」

 

 

それだけ言うと、彼女は満足したような顔でまた黙ってしまった。

⋯⋯話すことがない。元々私は私生活では口下手な方だし、彼女に黙られてしまうと本当に話が続かなくなる。

 

 

「なあ、福田」

「なんでありましょうか?」

「今回の私の作戦、あれで良かったと思うか?」

 

 

福田はポカンとした顔で固まってしまった。何か変なことを言っただろうか。

今回の作戦、細見率いる三輌の参番隊が黒森峰主力を陽動、玉田達弐番隊を黒森峰のフラッグ付きの戦車に突撃させ足止めしている間に、後続の私率いる壱番隊が取り巻きを各個撃破。その後、西住まほの乗るフラッグ車ティーガーIを壱番隊を中心に残存戦力の総力を上げて撃破するという流れであった。

はっきり言って、玉田達が足止めを成功させてくれるとは思っていなかったが、彼女達は鬼気迫る様子で黒森峰フラッグ車の取り巻きを見事に足止めし、あまつさえ玉田は一輌を撃破するという大戦果を上げてくれた。参番隊も黒森峰の誇る戦車軍団五輌を相手によくぞ健闘してくれた。

彼女達の功労こそ、今回の戦い最大の決め手であったことは疑いようもない。それを彼女達に伝えた時は、どういうわけか泣き出すわ玉田に至っては感極まったような様相で気絶してしまっていたが⋯⋯具合でも悪かったのだろうか。

 

 

「どうしてそのようなことを聞くのでありますか?」

「ん? ⋯⋯いや、今回の作戦は犠牲を厭わないどころか、率先して犠牲を出す作戦だった。そんな作戦しか立てられないのでは、この先不味いんじゃないかって思ってな」

 

 

そう。だからこそ、疑問に思うのだ。

勝てば良いのではない。これは戦争じゃなくて戦車道なんだ。さもなくば、それこそ小耳に挟んだ強襲戦車競技とやらでもやっていれば良い。

先輩方の築き上げた知波単学園の伝統を崩してしまったのではないかと、不安で仕方がないのである。

 

 

「私のような若輩な未熟者如きが隊長になっ「そんなわけありません!」!?」

 

 

見れば福田の眼には涙が浮かんでいた。

どういうわけだか、私は彼女を泣かせてしまったようだ。どうしよう。

 

 

「西隊長は、我々知波単学園戦車道科の力そのもの! 私達は、西隊長だからこそあの作戦に従ったのであります!」

「⋯⋯福田」

「我々の隊長は、西隊長しかいないのであります!」

 

 

そこまで言うと、福田は途端にあわあわと慌て始めた。

ふふふ。いや、良い。そこまで言われたのならば、応えるしかあるまい。

 

 

哈哈々々(はははは)っ! よし、分かった! 次の継続との戦いも私がお前達を勝利に導いてやる! この道を往くぞ、勝利に向かってな!」

「はいであります、西隊長!」

 

 

そうと決まれば、二回戦の為の準備だ。モッティ戦術とやらを得意とする継続高校との戦いが、苦戦しないはずもなし!

だからこそ滾る!強敵だからこそ、打ち破るために突撃する。突撃するために活路を開く。活路を開くために策を練り、修練を積むのだ!

さあ、待っていろ継続高校!我ら、知波単学園がいざ往かん!

 

 

 

 

カンテレの風情ある音色が響く。

戦場に迸るは厳かでありながら、その時を今か今かと待ちわびる闘志の波動。

気合十分、戦意昂揚の極み。

 

 

「あの黒森峰と闘わずに済んだこと、安堵していたのだけれどね、大統帥(・・・)西絹代」

「その安堵、いつまで続きますかな?」

「いやいや。もう、安心はここにはないさ。君達は、

 

 

 

 

 

―――私達が打ち破るべき最大の障壁だ」

 

 

 

 

 

ああ、なるほど。これは、強敵だ。

だが、それでも勝つのは我々だ(・・・・・・・)

 

 

「各員、戦闘準備ッ!! 敵は、継続高校也ッ!!」

 

 

我が校の進展の為、いざ、突撃。

 

 

 

目指すは二回戦突破。

 

 

 

 

―――否、遥かなる栄華への道であるッ!!




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アナザーサイド・黒森峰女学院と大洗女子学園

早い、易い、圧倒的更新速度の三文芝居!


西住まほにとって、いや、西住流と黒森峰女学院にとって、知波単学園は有り体に言えば取るに足らない高校であった。

過去にはベスト4に入る程の戦績を残してはいるが、それも過去の栄光でしかなく。現状は初戦敗退が関の山。黒森峰が誇る最優の鉄血戦車師団は、今回も蹂躙するはず⋯⋯であったのだ。

 

だが、翻弄されて地に這いつくばったのは、猛者。鉄血の獅子達であり、立っていたのは心のどこかで見下していた者達にほかならなかった。

 

 

「大統帥⋯⋯西絹代⋯⋯」

 

 

その名は聞いたことがあった。

曰く、平々凡々とした少女である表の顔と、天ですら平然と地に墜す大統帥(アドミラル)と呼ばれる裏の顔を持つ、大日本帝国栄華の再来とすら呼ばれる存在。

心の中では、だとしても西住流には劣るであろうと侮っていたのやもしれない。

だが、実際に相見えてみて、その形容し難いカリスマ(・・・・)とでも呼ぶべき力強さに気圧された。

 

なるほど、負けて道理だ。

試合開始の時点で、私は初戦で負けるのではないかと恐怖を覚えた。しかして、私は黒森峰女学院機甲科の隊長で、西住流家元の正当後継者なのだと己を叱咤して、戦いに臨んだ。

 

 

「⋯⋯はっ、結果はこのザマか⋯⋯」

「隊長⋯⋯」

 

 

副隊長の少女、今まで私の補佐を担当してくれた逸見エリカの声に、私はゆっくりと顔を向けた。

酷い顔だろう。虚無感と、焦燥感、そして後悔だけが映っている。虚無感は、今年がこの黒森峰での最後の戦いであったこと。焦燥感は、西住流の名を背負うものとして不甲斐ない戦いをしたこと。後悔は、あの時、彼女の策を見破れていれば、というたらればの話だ。だが、私の心に侮りがなければ、私は彼女の策を見破ることが出来ていたに違いない。確信してはいるが、後の祭りであるのも事実だった。

 

何か、言葉をかけてやるべきか。そうしてしばらくの間俯いて逡巡していると、よく通る覇気に満ちた声が響いた。

 

 

「我が名は、知波単学園戦車道科隊長の西絹代である! 此度の健闘を讃えに参じた。西住まほさんはいらっしゃいますか?」

「⋯⋯ッ!!」

 

 

先程までの、正しく通夜のような雰囲気から一転。空気が張りつめるのを感じる。周りの隊員達も、今すぐにでも飛びかかりそうな勢いだ。

⋯⋯隊員達を抑えるのも隊長の私の役目、か。

西絹代、大統帥と名高い彼女の顔は、どこまでも清々しく人が好みそうであった。汚さ、というものを知っている。だが、それでも清濁併せ飲む器量の良さと、自らの行いを悔いない自信に満ち溢れた勇気を持っている。きっと、彼女が率いる知波単学園は私たちとの一戦を皮切りにして快進撃を繰り広げていくのだろう。

 

 

「あんた、何しに来たのよ」

「ああ、貴方は副隊長の逸見エリカさんですね。此度の戦い、学ぶことも多く、とても素晴らしい戦いでした。隊員達にも良い刺激となったことでしょう。我々と戦っていただき、ありがとうございました!」

 

 

そして、何より、自分達が弱者であると自覚しながら、蹂躙した敵兵を省みることの出来る人の良さがある。だが、その裏には、その敵兵を弱者と定め取るに足らないと断ずる、上に立つ者の傲慢さすらも持ち合わせている。

 

 

嗚呼、なんだ。なんだというのだ、この傑物は⋯⋯!

 

 

まるで、西住流の率いる黒森峰女学院など玩具で遊ぶ児童だとでも言うかのように、彼女はただそこにいるだけで我々の芯を侵食する。

我が妹とは、また違った意味での鬼才(・・)

自らの才が低い次元にあるものとは、謙遜にしても思わないが、だとしても自分では絶対に届かないものを彼女は持っているのだと、否が応でも分からせられる。それは、あの日勝利よりも人間性を優先したみほと向き合った時よりも、まざまざと。

 

 

「⋯⋯ああ、我々も、良い経験となった」

「西住流次期家元の御息女にそう言っていただけるとは、私としても感激であります。またいつか、我々と戦ってくだされば幸いです」

 

 

結局絞り出せた言葉に、彼女は屈託のない笑みを零して敬礼。我々の前から、立ち去っていった。

 

残された私の、なんと矮小なことか。

⋯⋯自嘲の笑みを浮かべようとして、そこでふと気付く。

 

私を見つめる、悔しさと自責の念に満ちた後輩達の眼差し。

私なんかよりも、彼女達の方が悔しいのだろう。私が自惚れているだけかもしれないが、差し詰め、私たち上級生にとっては最後の大会である今回の第63回戦車道全国大会を初戦敗退で終わりにしてしまったことを悔いている、といったところか。

⋯⋯悔やむことはない。いや、違うな。

 

 

「大いに悔やむんだ。私達は弱かった。見下していた知波単学園に敗北したのだから。それも、初戦で」

「⋯⋯隊、長⋯⋯!」

 

 

エリカは私の後を継いで隊長となる。エリカは、こう見えて面倒見も良いし、何よりも最も今回の敗北を悔いている。きっと、良い隊長になる。

 

 

「この負けを噛み締め、私達最上級生の無念を勝利の為の糧にしろ。私からは以上だ。次の隊長はエリカに任せる」

 

 

隊員達を見渡せば、異論を持つものは誰一人としていなかった。

ここに来て、我々はついに最強たる為の要因を得た、ということか。

 

 

 

 

「見ていてください、隊長⋯⋯来年は、私達が優勝します」

「ああ、期待している。頑張れよ、エリカ」

 

 

 

 

気が付けば、私は涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「西住殿! 西住殿の姉上率いる黒森峰が⋯⋯!」

「⋯⋯ッ⋯⋯どうかしたの、秋山さん?」

 

 

黒森峰、その名前に身体が強ばるのを感じる。

あの時の記憶がフラッシュバックしそうだった。

やっとの思いで平静を取り戻すと、私は秋山さんの言葉について頭の中で考える。

恐らく、お姉ちゃんの率いる黒森峰が第一回戦に勝って、二回戦に順調に歩を進めた、とかそういう話だろう。私たちも、強敵サンダース大学付属高校に勝利を収め、次はアンツィオ高校との戦いが控えている。無駄にできる時間はほとんどないのだけど⋯⋯。

しかし、次いで彼女の口から飛び出してきた、予想の斜め上を行く情報に、私は言葉を失うこととなる。

 

 

 

「黒森峰が、大統帥西絹代の率いる知波単学園に一回戦で敗退しました!」

「⋯⋯へ⋯⋯?」

 

 

 

お姉ちゃんが、負けた?あの、お姉ちゃんが?

秋山さんが、こういう時にふざけた嘘をつくような人じゃないことは、まだ関わってそんなに長くないけど理解してる。だけれども、秋山さんのその言葉は到底信じられるものではない。

 

 

「彼の大日本帝国栄華の再来、西絹代が何もせずに負けるとは思っていませんでしたが⋯⋯まさか、あの黒森峰を打ち破るとは⋯⋯」

「⋯⋯西、絹代⋯⋯」

 

 

その名前を反芻する。どこかで聞いた名前だと記憶を辿ってみれば、その答えは去年、私が黒森峰に居た頃にあった。

西絹代⋯⋯母が珍しく気にかけていた人の名前だ。

なんでも、お姉ちゃんが引退した次の年は彼女率いる知波単学園がその年の一強となるだろうって言っていた。私とは学年が一緒であること以外に共通点はなかったはずだ。どうせ関わることにはならないだろうと思っていたが、まさか、ここでその名前を聞くことになるとは思わなかった。

 

 

「どうにも、今回の戦車道全国大会は波乱となりそうですね」

「⋯⋯そう、だね」

 

 

未だに信じられないという思いを抱えながら、私はまだ知らぬ強敵に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

―――軍神と、大統帥の邂逅は近い。




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上・続継ヨテ討テキ砕ヲ骨

いきなり苦戦するのが、知波単学園のポテンシャル。

大統帥的読方
戦場=いくさば
同胞=はらから
顔=かんばせ


「退くな! 楔を打ち込め!!」

「「御意ッ!!」」

 

 

九七式中戦車(チハ)の履帯が砂漠を突き進む。事ここに至り、知波単学園は継続高校との戦いに、苦戦を強いられていた。遮蔽物が少ない砂漠地帯において、継続高校は地形を利用した得意の強襲戦法モッティ戦術の使用ができないにも関わらず、である。

 

 

「西隊長! 敵フラッグ車BT-42の猛攻が止められませんッ!」

「⋯⋯ッ! 総員、突撃準備!」

 

 

キューポラから上半身を出し、砂塵舞う戦場を見渡す。

そこには、継続高校エンブレムのBT-42に引っ掻き回され、混乱そのものといった様相の我が隊の姿があった。

継続高校のIII号突撃砲やBT-7も、奇跡的な噛み合いによる射撃で、翻弄される我々に攻撃を当てている。もう既に旧チハ一輌、新チハ一輌が戦闘不能となっているのだ。何としてでも挽回せねばなるまい。

 

 

「あわわわ⋯⋯!」

「落ち着け、福田ッ!」

 

 

玉田の喝で落ち着きを取り戻した福田を見遣りながら、私は未だ暴れるフラッグ車と、そのキューポラから顔を出すチューリップハットの少女を睨み付ける。

その不敵な笑みに、自らも口角が吊り上がるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか砂漠とはなぁ⋯⋯」

「西隊長は暑いのは苦手でありますか?」

 

 

いや、別にそういうわけじゃないんだけど。

ただ、砂漠は戦いにくいという意味であれば、確かに苦手かなぁ。

九七式中戦車旧チハに揺られ、照り付ける太陽の光に煌めく汗を垂らしながら、私は周囲を見回した。

敵はいない。だが、なんだろうかこの違和感と漠然とした不安は。

いつもならこんなことにはならない。これでは、まるでどこから出てくるとも分からない虎に、首を付け狙われているようだ。嫌な雰囲気だ。

 

そうして継続高校を警戒しながら熱砂の中を突き進むこと数分。隣に追従する細見が声を張り上げた。

 

 

「西隊長! 失礼ながら、進言させて頂きます!」

「よし、細見。言ってみろ!」

「私と名倉とで、先行、偵察に行って参りたく思います。何卒、ご指示を⋯⋯!」

 

 

ちらりと名倉と目を合わせれば、彼女もそのつもりであると目で訴えかけてくる。

このまま闇雲に突き進んで敵の策にはまるなどという愚を犯すよりかは、細見達に任せた方がここは確実か。

 

私が頷いたのを見て、細見の旧チハと名倉の新チハが隊列から離れていくのを見届ける。

今回の編成である旧チハ五輌、新チハ四輌、九五式軽戦車(ハ号)一輌の編成である我が隊から、旧チハと新チハが一輌ずつ抜けた。その穴を埋めることはなかなか厳しい。今奇襲を仕掛けられでもすれば、我々が苦境に立たされることは自明の理。

どうにか、新しい戦車の一輌二輌でも欲しいものだが⋯⋯まあ、チハは知波単学園の顔だからな。外すわけにもいかないだろう。この隊を預かるものとして、勝てば良いという精神ではいられない。時には潔く散る覚悟だって必要だ。

 

閑話休題。さて、この判断が吉と出るか凶と出るか⋯⋯。

 

 

 

「隊長! 敵戦車部隊、視認しました!」

「⋯⋯やはり、ここを狙ってくるか」

「細見達を呼び戻しますか?」

「⋯⋯いや、良い。細見達には敵の伏兵を索敵してもらう。私達だけでここを凌ぐぞ」

 

 

連中の狙いも、こちらの戦力が少しでも分散した瞬間であったのだろう。

視認できる戦車の数は七輌。三輌は伏兵だろう。フラッグ車が出てきたことには驚きだが⋯⋯。

いや、良い。相手は一騎打ちがお望みなのであろう。ならば、私がフラッグ車の相手をしようではないか。

 

 

「聞いたな! 西隊長の下、我々は奴らを迎え撃つ! 奇を衒って、突撃だ! ⋯⋯そうですよね、西隊長?」

「ああ。我々を語るには、まず突撃は外せない。だが、その瞬間までは焦るな。無駄死には好かぬ」

「「了解!」」

 

 

行くぞ同胞。奴らを蹂躙せんと、戦車前進也。

 

 

 

 

 

 

 

『申し訳ございません、西隊長! 浜田車、戦闘不能です!』

「いや、大丈夫だ。怪我はないか?」

『はい! お気遣い、感激の極みです! 健闘を祈ります!』

 

 

浜田車の被撃破報告に、内心歯噛みする。

状況は芳しくない。こちらの損害は増える一方だ。それに対して、継続高校の車輌はIII号突撃砲を失っただけ。

敵にはこの後に続く何かがある、そんな状態において私自身の実力は三分の一程まで低減する。思い切りの良い策を封じられてしまえば、結局、私は突撃しか能の無い一知波単学園戦車道科の選手に過ぎないのだ。

 

 

「⋯⋯福田ッ!!」

「はいであります!」

「久保田を連れて、細見達と合流! 協力し敵別働隊を討ち取れ!」

「⋯⋯でも!」

「でもではない!! お前と久保田は直ちに細見達と合流しろ!」

 

 

これは賭けだ。ここからそう離れていない位置で待機する継続高校の三輌を細見達が見つけてくれている。伏兵さえ潰せれば、心置き無く行動出来る!

この分散は、勝利への布石なのだ。

 

 

「我々がもし天に抗する気力がなければ、天は必ず我々を滅ぼすだろう。 諸君、必ず天に勝て」

「⋯⋯西隊長」

「偉大なる先人の言葉だが、今ほど我々に似合う言葉もそうはないだろう」

 

 

我らには祖霊が付いている。我らには誇るべき王道がある。我らにはそれを成し遂げる意思がある。

ならば、やれるはずだ。やれないわけが無い。やるのだ。やる以外に、道は無い。

 

 

「玉田、池田。相当に厳しい戦いとなるが、お前達を信じるぞ」

「西隊長、お任せ下さい!!」

「この命、貴女の下で果てましょう!」

 

 

ああ、本当に。厳しい戦いだ。だが、我々はいつだって厳しい戦いを乗り越えてきた。いつだって、下から這い上がってきた。

今回も、今まで通りに私達はやれば良い。私が指示を出し、彼女達が私の手足となって戦場を駆け抜ける。そうして、いつか列強の首に手が届くまで、私達は戦い続ける。

 

 

「全員、覚悟を決めろ! 行くぞ、吶喊!!」

「突撃ィ!!」

「突撃ッ!!」

 

 

散るな乙女よ。我ら、戦場にて花実を咲かす花の戦車道乙女!

さあ、奴らの鼻を明かしてやれ!我々には、それが出来るはずなのだから!

 

 

 

 

 

 

我らが西隊長の気合の咆哮と、続き殿を務める戦友達の応の叫びが響き渡る。

私は、今回も役に立つことが出来ずにいる。

それが悔しくて悔しくて仕方が無い。噛み締めた唇から、血の味がした。

 

 

「西隊長⋯⋯」

「落ち着け、福田。西隊長は、我々を信じて送り出してくださった。何としても、我々は任務を遂行し、その期待に応えてみせる。」

「⋯⋯久保田」

「やるぞ、知波単の為、西隊長の為。私達はやらなければならない」

 

 

久保田からの激励に、気持ちが軽くなるのを感じた。

⋯⋯そうだ。私達は、あの人のお陰でここまで来れた。あの人だからこそ、私達は従っても良いと、この忠誠を捧げたく思う己の信ずるところに従ったのだ。

だとすれば、そろそろ潮時なのだろう。これまでの西隊長に全て背負ってもらってきた情けない自分達から進歩する為に、我々は歩み出さなければならない。

役に立ちたいのだ、私は。

臆病で、弱っちくて、自分の芯すら通せないような福田何某から、胸を張って大統帥西絹代の臣下であると誇れる福田に、私は成りたい。

 

 

「やるであります! 私は、母校の為、西隊長の為、この身を捧げるべく戦うであります!」

「その意気だ、福田! 全速前進!」

 

 

キューポラから乗り出す我が身にかかる向かい風が、私の往く道の困難さを暗示しているようだ。

だが、私にはそれが堪らなく嬉しかった。

 




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下・続継ヨテ討テキ砕ヲ骨

日に日に失われていく文才。そしてちょっとずつ増える文章量。


「⋯⋯そうか、分かった」

「西隊長ッ、どうかなさいましたか!?」

 

 

無線を終えた私に疑問を呈する玉田。それに微笑むことで応えると、彼女もそれを理解してか獰猛な笑みを浮かべた。

残る敵の数はBT-42を含めた四輌。気迫というのは、飛ぶ鳥を落とす勢いで優勢軍の戦車を撃滅できるものだと実証せしめた。

両側を砂丘に固められた砂の道を疾走する我々と、それを追う形で継続高校の四輌が後ろについている。距離を詰められるのも時間の問題だろう。

 

 

「こちら玉田、残弾二発! 今ので残弾一発!」

「こちら池田、同じく残弾一発です!」

 

 

やはり、この物量(五輌)を相手に新旧含む三輌のチハでは厳しいものがある。

こちらの残弾は一発だけだ。外すことは出来ない。そして、これを撃ち込む相手もまた、相応の相手でなくてはならない。ならば、彼女達にはやってもらうしかない。

 

 

「玉田、池田、やれるな?」

「やらいでか!」

「心得ました!」

 

 

息を吸い込む。

意識を集中させる。

言の葉に祖霊の言霊を宿す。

我が身を祖霊と深い次元で合一にする。

 

 

 

「総員、傾聴!」

「「⋯⋯!」」

「我々は、今、この時危機に瀕している。敵は未だ未知数、我々の残弾は底を尽きかけている。だが、この危機は我々にとって最高の状態だ。

 

 

 

―――諸君、反撃を開始する!」

 

 

玉田と池田の眼に熱が灯るのが分かる。

玉田の新チハと池田の旧チハが緩旋回により砂の上を緩やかに反転、砲弾の雨の中、我々を追っていたBT-7とT-28中戦車へ向かい突撃を敢行する。

 

 

「西隊長! ご武運を!」

「勝利を!」

 

 

キューポラから身を出し、こちらへ敬礼する二人に向けてこちらも敬礼を送る。上官と戦友のため潔く、尚且つただでは死なぬと、乙女達は吠えた。

 

 

 

「「―――突撃ッ!!」」

 

 

鉄と鉄が激突。

双方の主砲が同時に放たれる。結果は言わずもがなである。乙女達は花実を咲かし、そして散ったのだ。

 

なんとも、素晴らしい心意気。この西絹代、その勇姿に敬服致す。

 

BT-42の車長、継続高校の隊長である少女がニヤリと笑いながら、口を開く。彼我の距離はあまりない。

 

 

「⋯⋯やるね」

「⋯⋯ああ、自慢の部下達だ」

「そうか。あれが、噂に名高い知波単魂⋯⋯というやつなのかな?」

「いいや、違うな。あれは、熱意だよ。後進の為、未来の為に己を擲つ覚悟だ」

「⋯⋯ふふ、やっぱりキミ達は良い。戦車道に詰まった人生の大切さを、己なりに理解している」

「褒め言葉と受け取っておこう」

 

 

もう、交わす言葉は無かった。後は、決着を着けるだけだ。

向こうも闇雲に撃ってこないということは、残弾が残り少ないのだろう。それはこちらとて同じこと。

追う形で戦況が拮抗する。無限軌道により大地を踏みしめる音だけが響く。

 

 

「⋯⋯」

 

 

だが、その拮抗も長くは続かなかった。

BT-42に追従していたBT-7が動き出した。それはつまり、こちらが動き出すことも意味する。

 

 

「傾聴!」

 

 

無線をONにして、声を張る。

それは、信頼を裏切らなかった同胞達に聞かせる、この試合最後の指令。

 

 

「親鳥ハ雛ヘ飛ビ方ヲ教授セヨ!」

『こちら細見(・・)、了解!』

『こちら福田(・・)、了解であります!』

 

 

突如砂丘を超えて現れた煙を上げる旧チハと、ハ号。二輌が共に砂丘を降る。そのまま旧チハがBT-7に衝突、その動きを止めるのはほんの一瞬の出来事であった。

今頃、継続高校隊長の無線には、二輌の敵車輌を逃してしまった旨の連絡が入っているだろう。久保田と名倉には、その身を呈して指令を遂行してもらった。

 

 

「やれ! 福田ァ!!」

「突撃であります!」

 

 

福田のハ号が、旧チハの激突により足を止めたBT-7に同じく激突しながら砲撃する。黒煙を上げたBT-7と、激突により限界を迎えた旧チハ、BT-7の死に際の致命弾を受けたハ号が白旗を上げるのは同時であった。

 

 

 

「やってくれるね、大統帥⋯⋯!」

「呵呵! さあ、我々も決着を着けましょうぞ!」

 

 

 

なんとも、素晴らしいな!これぞ、戦車道か!

 

履帯が擦り切れるような乱暴な信地旋回で、砂埃を巻き上げながら反転。大きく揺さぶられる身体を気合いで抑え、BT-42を迎え撃たんと全速前進。

 

勝利は目前、敗北も目前!ならば、勝利に喰らい付いてみせる!!

 

 

 

 

 

「―――突撃ッ!!」

 

「―――Hakkaa päälle(叩き潰せ)!!」

 

 

 

 

鉄の塊同士の激突。戦車の砲声と、爆発。

 

 

砂塵の晴れた後に、勝者は決まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『知波単学園大本営発表

快進撃、強豪継続高校撃破。

本日執行の第六十三回戦車道全国大会第二回戦に於いて、我らが知波単学園戦車道科は継続高校戦車道科と戦い、激戦と突撃の末に栄えある勝利を収めた。本日の夕餉には全生徒、豚の角煮と引き続き選択甘味一品を付ける為、英気を養うこと。』

 

 

 

 

 

 

 

 

「大統帥閣下、昨日の戦いも、まことに見事でございました!」

「こ、学園長先生⋯⋯大統帥閣下などと、おやめください。私は知波単学園の一生徒です」

「いえいえいえ、黒森峰を破り第一回戦を突破したというだけでも快挙であるというのに、まさか、継続高校すら破って第二回戦を突破してしまうとは⋯⋯大統帥閣下のお力に、感激しております!」

 

 

うーん、やだなぁ⋯⋯どうして学園長からこんなに敬われなければならないのだろうか。こんな、歳も四十近く離れた男性から涙気味に大統帥閣下なんて呼ばれるのは、はっきり言って気持ち悪い。

しかも、態々学園艦から出向いて礼を言いに来るなんて⋯⋯いったい、何を間違えてしまったのだろうか。

 

 

「大統帥閣下、例のものは準備出来ておりますゆえ、第三回戦では持ち込まれるとよろしいかと」

「そうですか⋯⋯ありがとうございます」

 

 

頼んでおいたあれ(・・)が完成したのか。

良い。模造品とはいえ、祖霊の帯びていたそれと同じものを腰に下げられるなど、素晴らしい!こんなにも素晴らしいことがあるだろうか!

 

⋯⋯ううんっ!

 

どうにも、興奮すると試合中の私みたいになっていかん。私は、いつにも増して生気にあふれた学園長の顔を見ながら、礼をした。

 

 

「⋯⋯それでは、学園長先生。私は部下達が待っておりますので、ここら辺でお暇させていただきます」

「ええ、ええ。お引き留めして申し訳ございませんでした、大統帥閣下! 次の準決勝でも、そのお力を存分に振るい我々を勝利に導いてくださいますよう、心よりお願い申し上げます!」

 

 

夕陽に照らされて光るその薄い頭部装甲を下げて、学園長はうやうやしく一礼して去っていった。

全く、どうして学園長の姿勢があんなに低いんだ。入学当初なんて、頭から下まで知波単学園そのものみたいな誇りある人間だったのに⋯⋯。

 

停泊する連絡船から出て、銚子の港に下りる。

すると、そこには早々に帰らせたはずの面々の姿があった。皆一様に整列して、敬礼している。

どうしたというのだろうか?

 

 

 

 

「西隊長、此度も我々を勝利に導いて下さり、ありがとうございました!」

 

「「ありがとうございました!」」

 

「お前達⋯⋯」

 

 

ああ、全く。お前達ってやつは⋯⋯!

あんなに陰鬱であった気持ちが、嘘のように晴れる。同胞達が、我が帰還を祝ってくれる。これ程までに隊長冥利なことがあるだろうか。

 

 

「よし、お前達! 今日は私の奢りだ! 銚子の美味いものをたべるぞ!」

「「いえ! 自分の分は、自分がお支払いします!」」

「⋯⋯お前らなぁ」

 

 

せっかく人が奢ってやるって言っているのに⋯⋯。というより、学食以外で使う機会がないから、今回学園長に頼んで発注していた物の代金を差し引いても、私の懐には余裕があるのだ。だから、使いたい。皆のために。

いや、だけど、まあ⋯⋯そうだな、うん。

 

 

「ふふ、あははは!」

「?」

「いや、悪い悪い。お前達らしくて良いよ」

 

 

うん。学園長とは違って、全く変わらない。いや、学園長は本当におかしいけど、だとしても、彼女達の良いところが何一つ変わっていなくて良かった。

 

 

 

「じゃあ、気を取り直して! 知波単学園戦車道科、私に続き、吶喊!!」

「「突撃ぃぃ!!」」

 

 

 

ああ、是非ともこの皆で優勝したいものだ。

いや、する。優勝しよう、私達で。

 

不肖西絹代、皆と共に歩む英華への道に邁進する!




感想、誤字脱字報告お待ちしてます。


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アナザーサイド・継続高校

アンケートします、ご参加くださると幸いです。
ところで、ガルパンの二次創作で一番難しいのってスナフキンロールじゃ⋯⋯。


段々と日が傾いてきた空を、大破したBT-42の上から眺める。

何気なしに鳴らしたカンテレの音色が、吹いた風にさらわれていった。

 

 

「負けちゃったねー、ミカー」

「そうだね」

 

 

今回の私達は、全力を尽くした。善戦もした、それなりには。

だけど負けた。

これは、当然の敗北だったのかもしれない。そんなものはないって断言したいけど、そう思えてならなかった。いや、負ける気はしなかったし負けるつもりもなかった。だけど、私達は物の見事に彼女⋯⋯大統帥西絹代に負けたのだ。

彼女率いる知波単学園との勝負を終えた私達は、次の旅に出るまでこの会場付近の空き地で少し休憩している最中であった。

 

 

「腹減ったなー」

「じゃあ、そろそろご飯にするかい?」

「またじゃがいもとベリー? やだなぁー」

「食べ物が人生の全てじゃない、要はそのひと時にどれだけ幸せになれるかが重要なんじゃないのかな」

 

 

私、アキ、ミッコの三人は母校である継続高校の学園艦を離れて旅をしている。時には無人島に漂流したりなんだりと大変ではあるが、それなりには満足のいく生き方をしているつもりだ。

まあ、高校自体にお金が無いため、そんな高校からすら離れている私達は万年金欠で食べ物すら満足に美味しいと思えるものを食べられていない。

そんな生活も慣れてくるもの。私に付いてきてくれているアキやミッコには感謝の念もある。

 

 

「そう言えば、知波単学園の隊長さん⋯⋯西さんだったっけ?」

「⋯⋯うん」

「西さんが少し待っていてくれって言ってたけど、何なんだろうね?」

 

 

大統帥西絹代、今回私達が戦った相手その人。西絹代なくして、今の知波単学園は語れぬと、少なくとも彼女と戦った者達はそう確信するはずだ。私もその一人である。

 

 

「どーしたのー? さっきから呆っとしてるけど」

「⋯⋯いや、なんでもないんだ」

 

 

今回の試合、こちらが隊を分けたのは単なるブラフであった。

本来はこちらの隊が二つに分かれていることを相手に確認させ、何か策があると誤認させるという小手先のもの。もう少し遮蔽物が多い地帯でやるものだが、今回は砂漠であったために簡略化せざるを得なかったが、往々にして人の心というのは惑わされやすいもので。

対黒森峰用に用意していた策であったそれを、今回完全なダークホースであった知波単学園用に急遽改変したもの、というのが真相である。

得てして、それは成功した。だが、それと同時にあの大統帥にとっては利用出来るものとしても認識されていた。

 

⋯⋯本当に、底が知れない。何をしてくるか分からない。

 

 

 

「⋯⋯西絹代⋯⋯か」

「お呼びですか、ミカさん。あ、こんにちは、フラッグ車の皆さん」

「あ、西さんこんにちは」

 

 

 

⋯⋯いつの間に。

噂をすればと言うやつで、私の後ろにいたのは件の大統帥西絹代であった。

知波単学園の制服に身を包み、その手には何かが入った紙袋があった。

 

 

「⋯⋯で、用事というのは何かな?」

「ああ、そうでした。継続高校様、此度の第二回戦、素晴らしき戦いをありがとうございました。知波単学園戦車道科所属生徒全員を代表して、この西絹代が感謝の旨を伝えに参りました」

 

 

ああ、なんだ。そういうことか。真面目な人、という印象は正しくそのものだったらしい。

彼女は頭を下げて礼をすると、人が好きそうな爽やかで凛々しい顔で手を差し出してきた。

⋯⋯うん、好ましい。とても珍しい人種だ。私としても、仲良くするのは吝かじゃない。

その差し出された手を握り返すと、彼女はささやかに力を込めて振る。

しかし、彼女は私の後ろに置いてあった籠いっぱいのじゃがいもとベリーを見て固まってしまった。

 

 

「⋯⋯それはなんでしょうか?」

「私たちの晩御飯」

「⋯⋯はい?」

 

 

心底理解が出来ないといった風の彼女は、試合中の大統帥と言われる勇姿とは真反対の少女のようであった。抜山蓋世の大統帥であったり、明朗快活な指導者の顔や、今のようないたいけな少女の顔⋯⋯彼女は色々な顔を持っている。

だからこそ、好かれ、尊敬されるのだろう。

力だけで支配した存在が永劫に栄えた試しが無いように、彼女が力だけであったのならばそれは長くは続かない栄光に過ぎない。しかし、彼女はとても人間らしい指導者のようだ。故に、西絹代という隊長は慕われているのだろう。

 

 

「晩御飯、というのはこのじゃがいもと果物のことでしょうか?」

「うん? まあ、驚くかもしれないけど、私達は長い間これで生活してきたし今更苦でも⋯⋯うん、ないよ」

「⋯⋯苦しいよね」

「じゃがいもとベリーは嫌だ」

 

 

⋯⋯だから、そんな憐れむような目で見るのはやめてくれ。

そんな思いが伝わったからなのか、彼女は私の顔と籠とで行ったり来たりしていた眼を私に向けると、徐ろに口を開いた。

 

 

「よろしければ、これをお受け取り下さい」

「これは?」

 

 

そう言って彼女が差し出してきたのはその手に持っていた紙袋。どういう風の吹き回し⋯⋯いや、ただ単に優しいだけか。しかし、一体何が入っているのだろうか。

 

 

「お土産と思い買っておいた、この地特産の美味らしいレーションなのですが、貴女達にお贈りします」

「ええ!? 本当!?」

「レーションだ! じゃがいもとおさらば出来る!」

「⋯⋯良いのかい?」

 

 

じっと彼女の顔を見つめる。

全くもって迷う素振りすらない。彼女は真剣な表情でその手袋をもう一度差し出す。他人の無償の好意を無下にするほど、腐った人間性であるつもりはない。受け取ると、彼女は嬉しそうに笑った。

 

 

「でも、どうして?」

「知波単は情けには厚いのです。昨日の敵⋯⋯まあ、先程の敵は今の友、というものです。何より、困っている人を見過ごすのは強くお淑やかで清い戦車道乙女らしくありませんから」

「⋯⋯ふふ、あははは! なるほどね。それが君の考え方か」

 

 

 

ああ、どこまでも逞しくて潔い。好い。とても好い。

 

 

⋯⋯だけど、その言葉は本当であって嘘だな。

 

 

キミの優しく高潔な少女の面はただの施しであるのだろうけれど、無意識的なキミの大統帥の面はそれを私達への挑戦状(・・・)代わりの当て付けとしているのだろう。

ああ⋯⋯どこまでも面白い。

 

西絹代、キミを何としてでも負かしてみたい。人生の大切なもの、それが詰まっている戦車道で、キミを打ち破ってみせたい。

 

 

 

「それでは、私は皆が待っていますので、ここら辺で」

「うん。ありがとう」

「レーション、ありがとうございました!」

 

 

 

かなり大量のレーションのセットを見ながら、アキとミッコが喜ばしげに一つ一つを物色していく。

その間、私の頭の中を埋め尽くすのは、次の知波単学園との戦いの機会。

そんな私の様子を怪訝に感じたのか、アキが物色を中断して後ろから声をかけてくる。

 

 

「どーしたの? さっきから様子が変だけど」

「いや⋯⋯うん。そうだね。確かに、今の私はおかしい」

 

 

そういう私の様子になにか思い当たったのか、彼女は顔を赤らめて驚きの声を上げる。

 

 

「もしかして、好きな人でもできたの!? あのひねくれ者のミカに!?」

「うん、好き⋯⋯ではあるね。好ましい。だけどね、アキ。今の私にとって、この想いは何物にも変え難い熱意なんだ」

 

 

そこまで言うと、先程まで顔を赤らめながらくねくねしていたアキの顔も真剣そのものになっていた。

私達のことが気になって話を聞いていたミッコも同様だ。

 

 

 

 

「だから、アキ、ミッコ。

 

 

 

―――キミ達の力を、私に貸してくれないか?」

 

 

「⋯⋯うん!」

「おうとも!」

 

 

うん、やっぱりキミ達には感謝してもしたりないな。キミ達がいるからこそ、今の私がいる、のかもしれない。それが真実かどうかは、その時になるまでわからないけど、ね。

 

 

さあ、首を洗って待っていろ、大統帥。次は私達が勝ってみせる。

 

 

 

―――これは、私達北の子供(・・・・)からの宣戦布告だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

⋯⋯それはそうと、早速ご飯にしよう。

 

 




感想、誤字脱字報告お待ちしております。
アンケートの締切は、明日投稿の『アナザーサイド・大洗女子学園』に続き明後日に投稿する『アナザーサイド・先輩』までとします。

⋯⋯ちなみに、二番になると福田が旧チハを受け継いで覚醒します。


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アナザーサイド・大洗女子学園

あんこうチーム、覚醒目前。

でも、やっぱり作者の文章は日に日に酷くなっていく。


アンツィオ戦にて勝利を収めた私達大洗女子学園は、寄港先の大洗にてひと時の休息を取っていた。

私はと言えば、角谷会長と連絡船にある一室で今後の方針を詰めている最中である。

 

 

「西住ちゃん、取り敢えず次のプラウダ戦までに策を練らないといけないからね。頼んでばかりで申し訳ないんだけど、今回も頼んだ」

「⋯⋯はい」

 

 

後ろ背に手を振りながら部屋を後にする角谷会長を見遣りながら、私は小さくため息を吐いた。

サンダース大学付属高校を破り、アンツィオ高校を破ってどうにかこうにかここまで辿り着いたけど、去年、私達を破ったプラウダとの戦いともなれば今までのようなまぐれも含めた戦い方で勝ちを拾いに行くようなことは出来ない。

今の戦力で勝つための策を見つけださなくてはならないが、難しいを通り越して不可能にすら思えてきてしまう。

 

 

「⋯⋯どうしよう⋯⋯うーん」

「みぽりん、みぽりーん!」

「!? わわ⋯⋯落ち着いて。⋯⋯どうしたの、沙織さん?」

 

 

通路を駆け抜けて慌ただしく部屋に飛び込んできた沙織さんの背中をさすって落ち着かせながら、私は話を促す。

彼女がここまで忙しないのは珍しい。いったい何があったというのだろうか?

 

 

「知波単の、知波単学園の隊長っていう人が、みぽりんに用があるって!」

「⋯⋯知波単学園の⋯⋯西絹代、さん⋯⋯」

「知ってるの?」

 

 

 

西絹代、破竹の勢いで勝ち進む知波単学園の隊長。目下最大の壁であるプラウダ高校との戦いの後に待ち構えているであろうどちらかのうちひとつ。

聖グロリアーナ女学院が、ダージリンさん達が負けるようには思えないが、だとしても噂に違わぬ力を持っているのであれば私達の前に立ち塞がっても当然の存在。

不思議そうにする沙織さんに、実際に会ったことはない、という旨の言葉を伝える。

 

 

「今はカフェに案内して皆が相手してるけど、決勝で戦う前に一目お会いしたいって聞かないの」

「⋯⋯」

 

 

決勝で戦う前に一度会いたい。

なんという自信の表れだろうか。まるで、次に戦う聖グロリアーナ女学院戦での勝利は揺るがないとでも言いたげな言葉。

いや、もしかすればそれくらいの力を持ち得、ダージリンさん達を負かす算段が着いた上でのその言葉なのかもしれない。

 

⋯⋯これは、どうにも厳しくなりそうだ。

 

大統帥西絹代、ただ現れただけで、こうも私の心を揺るがすものなのか。

 

 

「⋯⋯分かった、会いに行くよ」

「うん、そうしてくれると助かる! じゃあ、早速行こう!」

 

 

沙織さんの後について、私は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

件のカフェについた私の目に飛び込んできたのは、気品すら漂うような優雅さでお茶を啜る、綺麗な黒髪の女性。

夕日に照らされたカフェの外の席なのに、どうして縁側が見えるんだろうか。いや、きっと彼女の雰囲気に呑まれてしまっているだけだ。

彼女とは別の席で座っている華さん達に目配せして、その女性の前へと出る。

彼女は、私の気配に気がついてゆっくりと顔を上げた。その凛とした黒い眼と視線が交差する。

 

 

 

「⋯⋯っ!!」

 

 

その瞬間、彼女の姿に、何か別の存在(・・・・)を幻視した。

まるで、彼女そのものと形容しても良いであろうその存在は、軍服に身を包み厳かに座っている。威厳というもの全てを集約したような、そんな存在感。私ではきっと太刀打ちできないであろうと気圧され、魅せられ、呑まれるような圧迫感。

 

しかして、私が呑まれるのは、他ならぬ彼女の声によって防がれた。

 

 

 

「貴女が、西住さんですね?」

「⋯⋯はい、私が大洗女子学園戦車道科隊長を務める西住みほです。貴女は⋯⋯」

 

 

西絹代は立ち上がると、綺麗に背筋を伸ばして一礼する。その所作は、正しく大和撫子⋯⋯いや、どちらかと言えばかつて映画で観た日本男児というものを彷彿とさせた。凛とした全体の雰囲気が、さらにそれを助長している。

 

 

「私は、知波単学園戦車道科西絹代です。此度は多忙の中、突然の来訪にも関わらずこうして機会を設けてくださり、感謝至極」

「い、いえいえ。私の方こそ、いつかお会いしたいと思ってました。今日は、遠くから遥々ありがとうございます」

 

 

礼儀正しい人で良かった。噂では、鬼神の如き強さと、豪胆無比な精神を併せ持った女傑であるとしか聞いていないから、一体どのような人物なのかと戦々恐々としていたのだ。

それで、西絹代さん。私が会話を促そうとして名前を呼びかけると、彼女は待ったをかける。

 

 

「私のことは西か絹代とお呼びください。西絹代は少しばかり妙な気分ですので」

「⋯⋯分かりました。それでは、西さんで」

「はい。ありがとうございます、西住さん」

 

 

満足気に頷いた彼女を見て、やはり、噂だけでは判断出来ないな、とつくづく思う。お姉ちゃんが敗北したというものだから、どのような人間なのか気になりはしたが、彼女ならば確かに私のお姉ちゃんに、お姉ちゃんの率いる黒森峰に勝てたのだろうな、と納得した。

 

 

 

それと同時に、勝ちたい(・・・・)と、どうしてか無性に私を駆り立てる熱があった。

 

 

理由は分からない。

いや、分かっている。お姉ちゃんを負かした相手に、私は勝ちたいのだ。敵討ちなんて弁えてないことを言うつもりはない。だけれども、私はお姉ちゃんを破った西さんに勝ちたい。純粋に、そう思った。

 

 

「⋯⋯西住さんは、私と同類のようですね」

「⋯⋯はい、私もそう思います」

 

 

そういう彼女の口元は、不敵な笑みを浮かべている。恐らくは、私も。

私と西さんとの間に、特にこれといった会話は必要無い。そう実感する。そう断言する。

 

 

「答えは得ました。決勝戦、楽しみにしておりますので。プラウダ戦、見に行かせていただきます」

「⋯⋯はい。そちらも、聖グロリアーナ女学院との戦い、頑張ってください」

「それでは、私はこれで。⋯⋯ああ、それと。代金は私が持ちますのでご心配なく」

 

 

そう言ってテーブルにお金を置くと、彼女は徐ろに立ち上がり、併設された駐車場に停めてあったバイクへと向かう。

すると、こちらに振り返り私達全員を見回すと一礼をして、跨ったバイクにかけてあったフルフェイスのヘルメットを被った。

そうして、彼女は過ぎ行く風のように去っていったのであった。

 

 

 

「⋯⋯西住殿、彼の御仁⋯⋯やはり一筋縄ではいかなそうですね」

「うん」

「やはり、噂に違わぬ高潔な方でしたね」

「かっこいい⋯⋯」

「確かにあれは強そうだ」

 

 

皆がそれぞれに彼女への印象を語る中、私は振り向いて皆の顔を見渡した。

確かに、印象なんかは大切だ。だけどそれよりも、私はもっと皆に伝えたいことがある。もっと直接的に、伝えたいことがあるんだ。

 

 

「沙織さん、華さん、優花里さん、麻子さん。私、あの人と戦いたい。そして、勝ちたい」

「そう言うと思ってたよ、みぽりん。うん、絶対に勝とう」

「沙織さんの言う通りです。元より勝つことだけを目指して進んできたようなもの。今更ですよ」

「⋯⋯そうですね。私も知波単学園(チハ)とは戦ってみたいです。潜入も行ってきましょうか」

「私も、知波単学園の連中とは競ってみたい」

 

 

皆、口々に言葉は違えども、心はひとつ。これならば俄然、負ける気がしない。

あんこうチーム、まずはプラウダ高校との戦いに向けて。

パンツァー、フォー。

 




感想、誤字脱字報告お待ちしてます。


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アナザーサイド・先輩

誰だこれ。


家の縁側で、日に当たりながらお茶を飲む。

まるで老人のような生活だなと、苦笑せざるを得ない。しかし、私にはこれが丁度良かったのやもしれない。

本でも出そうか、などと馬鹿なことすら考え浮かぶ程には、今の私は緩く弱くなってしまったようだ。

箪笥の上に飾ってある写真立てには、まだ私が現役だった頃の皆と撮った写真が。なんとなしに見てみれば、この頃の私は誰にも誇れるような人間であったのだと誇らしげな気持ちになる。

そして、如何に弱くなったとしても、今も私は誰にも誇れる人間であると自負している。彼女のおかげで。

そんなことを考えていると、玄関の方が慌ただしくなっているのを感じた。

 

⋯⋯そう言えば、今日は彼女を家に呼んでいたのであったか。今更になって思い出し、私はゆっくりと腰を上げて玄関の方へと向かう。

 

 

「⋯⋯西か」

「はい、辻隊長(・・・)

 

 

玄関で直立して待機していた少女、西絹代を見て私は眼鏡を直す。

その佇まいはと言えば、正しく私の腹心であった頃からのより一層の成長を感じさせるもの。誇らしい気持ちと、一抹の寂しさを覚えた。

 

 

「今、知波単学園を率いているのはお前だ。私など、もはや隊長でもなんでもない」

「では、辻先輩と」

「ああ、そうしてくれ」

 

 

立ち話もなんであるので、中に入るように促すと恐る恐るといった風に彼女は我が家の敷居を跨いだ。

 

大統帥と呼ばれるようになったのに、こういうところは全く変わらないな。

 

苦言混じりに零すと、彼女は苦笑いした。

 

 

「まあ、座れ。茶でも出そう」

「いえいえ! お気になさらず!」

「いや、お前は客人だ。なんなら、今は私よりも階級も上だろう? 簡素ではあるが饗させてくれ」

「⋯⋯では、お願い致します」

 

 

戦前から続く名家であるからか無駄に広い我が家ではあるが、幸いなことに客間と台所はそれほど離れていない。

冷蔵庫から冷えたお茶を、台所の棚から茶請けとして適当な菓子類を見繕う。彼女がこういうものを食べるような類の人間ではないと知ってはいるが、それでも形だけでも整えるのが礼儀だ。知波単学園の生徒として、礼儀を弁えることは最低限の礼節である。

盆に載せて客間へ戻れば、彼女は客間から見える庭、その池を眺めていた。そんな姿すら絵になるのだから、彼女はやはり器なのだろう。

雰囲気に一瞬呑まれかけた己を律して、机を挟んだ彼女の対面に座る。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

私自身あまり口が上手くはないこと、そして、彼女は私との関わりに線引きをしているからこそ、私と彼女の間にごくごく普通の日常的な会話が成り立つことは稀だった。

とはいえ、彼女を呼んだのは私なのだ。切り出すのも私だろう。

 

 

「活躍、聞いているぞ西。なんでも黒森峰を破り、継続をも破って燎原の火の如きであるそうではないか」

「いえいえ、これも辻先輩のご指導の賜物です」

「⋯⋯私としても、隊長の座を君に譲ったこと、英断であったと確信している」

 

 

そう、今年の三月。私が三年に、彼女が二年にあがる間際に、私は隊長の座を彼女に譲った。

我が校の隊長交代は基本的に引退時だ。このことは異例ではあったが、当時から既に頭角を現して隊内で認められていた彼女に席を譲ることに関して、異議を唱える者は誰一人としていなかった。

私が隊長としては三流の器であったことも関係しているのは、今も認めたくはないが間違ってはいなかった。

 

 

「昔、お前に反目して決闘を申し付けたな」

「はい。その節は勉強になりました」

「世辞は良い。お前、あの時だって態と負けただろう?」

「⋯⋯」

 

 

嘘を吐けない彼女だからこそ、その反応がありありと肯定している。

私自身、認めたくなかった。だけれども、幼く弱い私とは違い、この西絹代は一流すらも超える大器。正しく大統帥と呼ばれるに相応しい存在なのだ。

そう理解した瞬間、私の頭は冴え渡った。

この境地に立って初めて部隊を見回してみれば、如何に自分が愚かであったのかが分かってしまった。

そして、こんな自分よりも彼女の方が隊長になるべきだったのだということも。

 

 

「お前は、隊長の座を断固辞退していたな。時には命令無視の突撃を敢行してまで、己の無力を晒そうとしていた」

「まこと、申し訳ございません」

「別にいい。私の判断が性急に過ぎたというのも問題だ。それに、現にお前は黒森峰、そして継続を破ってここまで辿り着いた。誇らしいよ、西」

「⋯⋯ありがとうございます、辻先輩」

 

 

なんとも誇らしいことだ。私の後進が、ここまでの活躍振りを見せてくれている。それだけで、私は満足だ。

 

だからこそ、押し付けて満足するだけの私でいたくはない。

 

客間に用意しておいた包みを取り上げて、机の上に。そっと彼女へと突き出す。

 

 

「西、これを受け取れ」

「⋯⋯これは⋯⋯良いのですか?」

 

 

頷く。

私にできることなど、これくらいだ。だから、受け取って欲しい。

 

 

「分かりました。謹んでお受け取り致します」

「ああ。迷惑をかけてすまなかったな、西」

「いえ。そのようなことはございません。私はこれから先も辻先輩のことをお慕い申し上げます」

「ありがとう。私もお前のような後輩に恵まれて、幸せだよ」

 

 

会話が途切れる。見れば時刻は夕暮れに差し掛かっていた。

⋯⋯もうひとつ、彼女に託したいものがある。

 

 

「もうひとつ、お前に託すものがある。付いてこい、西」

「⋯⋯はい」

 

 

正確に言えば、託すという表現は間違いだ。私は彼女にこれを貸し出す。それが正しい。まだ私が知波単学園戦車道科の生徒である限り、有効なはずだ。

彼女を連れて私が向かったのは、我が家に併設してある車庫。

そこには一輌の車輌が鎮座していた。

 

 

「⋯⋯拒否してくれても良い。だが、私は君にこれを使って勝ってほしい」

「⋯⋯辻先輩」

「これは私のわがままだ。知波単学園の伝統を貶していると捉えられても致し方のない行いだ。非生徒として、私を軽蔑してくれても構わない」

 

 

知波単学園のましてや隊長が、九七式中戦車を使わないというのは我が校の伝統に泥を塗ることにも等しい。

私のわがままを受け入れる必要はない。だが、知波単学園の元隊長としてではなく、私といういち個人はこの輝かしい女傑の栄光のひとつとなりたかった。

浅ましい、穢らしい、不誠実だ。私の芯と、私の欲がせめぎあい、結局は彼女に委ねることにした。

しばらく瞑目して逡巡していた彼女は、意を決したように目を開き私を見据えた。

 

 

 

「⋯⋯この西絹代。辻先代隊長の命、謹んでお受け致します」

「西⋯⋯」

「辻先輩、私は勝ちたいのです。この知波単学園の生徒として、貴女の後輩として。そして、大統帥西絹代として私は是が非でも正々堂々勝ちたい」

 

 

その眼は潔かった。

その言葉は潔かった。

西絹代のその本質は、どこまでも潔く、どこまでも勝利に貪欲であった。

 

 

 

―――そして、その全てはとうの昔に覚醒(・・)していた。

 

 

 

 

「故、私は勝つ可能性が少しでも上がるのであれば何であろうと拾い、使い潰す所存。所謂、常総力戦こそが我が本懐」

 

 

 

何も言えない。何かを言ってはならない。

私の後輩は、ここまでの器であったのかと、己の認識を疑う。そして、歓喜に打ち震える。

 

 

 

「大統帥西絹代として、貴女の好意、貴女の愛校心、有難く受け取らせていただきます」

 

 

 

ああ、そうか。これだ。

これが、私達を惹きつけてやまない西絹代という存在。

そのような存在から、こうして感謝の念を伝えられるという事実に、心が歓びに躍る。喜びに咽び泣く。

 

知らず知らずのうちに、私は敬礼をしていた。それも、知波単学園で培った礼儀ではなく、心からの敬礼だ。

 

 

 

「西隊長、ご健闘をお祈り致します!」

「はっ!」

 

 

やはり、この人に託して善かった。私の決断の中で、否、私の人生の中で最も正しい行いは、あの時に。

 

戦車に乗り込んだ彼女が夕焼けの向こうに去ってからも、私は敬礼をし続けた。

日が暮れて夜になって、だがいつまでもそうしたかった。

 

 




感想、誤字脱字報告お待ちしてます。

明日は多忙なのであまり書く暇がないため、次話は、もしかすると来週になるかもしれません。ケロッといつも通り投稿するかもしれませんが。


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上・ヨセ砕撃ヲナーアリログ聖

突貫工事で何とか書き終わりました。もしかしたら書き直すかも。
上、中上、中下、下の四話構成です。


「⋯⋯」

「西隊長、時間です」

 

 

 

外套(・・)を翻し、軍帽(・・)を深く被り直す。

腰に下げた統帥の証(・・・・)、その柄に手を当てて前を見遣れば、そこには直立して私の言葉を待つ知波単学園戦車道科の面々、同胞達の姿があった。

 

 

 

「傾聴!」

「「はっ!」」

「これより、我々は強敵聖グロリアーナ女学院を相手に、戦闘を開始する! 何よりも相手は強い! 硬い! 厳かだ! 故に、我々も負けられない戦いだと意地を張るしかない!」

 

 

強さは戦ってみなければわからない。だが、硬いのは我々にとって致命的だ。しかし、厳かという面においては我々も負けるつもりは無い。勝負は五分。

 

 

 

「結局は根性論だ。意地と熱意と突撃と、そして、我々の心がひとつになった時、この戦いの結果は自ずと知れよう。

 

 

 

―――私に、皆の青春をくれ」

 

 

 

「「御意っ!!」」

 

 

 

気合十二分。聖グロリアーナと戦うのだ。十分程度では足りない。我々は、聖グロリアーナと戦って全員生き残るくらいの気概でいかなければ勝てない。

 

 

 

「福田、ここは任せる」

「は、はいであります!」

 

 

隊員達の様子に、これならば問題無いだろうと判断。この場を福田に任せて、私は聖グロリアーナ女学院の面々の待機場所へと向かうことにした。

 

待機場所には、戦車道の試合、それも全国大会の準決勝直前とは思えないような優雅な光景が広がっていた。

流石は聖グロリアーナ女学院。どこまでも気品を纏い、高貴を尊ぶ。

 

 

「あら、貴女は⋯⋯」

「お初にお目にかかります、知波単学園戦車道科隊長の西絹代です」

「西さん、お噂はかねがね伺っておりますわ。(わたくし)、聖グロリアーナ女学院の隊長を務めるダージリンと申します、此度の準決勝、お互いに良い試合ができることを願いますわ」

「はい、こちらこそ」

 

 

自らこそが聖グロリアーナ女学院の隊長であると名乗った金髪の女生徒、ダージリン。不躾ではあると理解してはいるが、それでも彼女の姿に感嘆せざるを得ない。

 

なんと、高貴で雅な器。なるほど、彼女こそが聖グロリアーナ女学院を率いる大器。

戦車道の実力だけが隊長たる者の全てではないと、その身をして豪語するような存在。指導者とは斯くあるべきと、彼女の姿勢は雄弁に語る。

 

どうしようもなく惹かれる。このような生き方があるのかと、それすらも理解していなかった惰弱で下らぬ我が頭が恨めしい。

 

 

「こんな言葉を知っていて? Fear always springs from ignorance.」

「⋯⋯恐れは常に無知から生まれ出でる。ラルフ・ワルド・エマーソンの言葉、ですか?」

「ご名答。それでは、Knowing is not enough, we must apply. Willing is not enough, we must do.という言葉は?」

「知ることだけでは十分ではない。それを使わなくてはいけない。やる気だけでは十分ではない。実行しなくてはいけない。⋯⋯ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテの言葉ですね」

 

 

彼女はこうした格言が好きだと聞いたことがある。私自身も好きだ。だから、彼女の格言が誰のものであるかなど、そしてその意味など簡単に分かる。だが、その尽くは大した意味の無い言葉遊びだろうとタカをくくっていた。

しかし、これではまるで⋯⋯。

 

 

「ダージリンさん⋯⋯貴女は」

「西さん、私など眼中になかったのではなくて? なればこそ、私は今の貴女の全力を、私達聖グロリアーナ女学院の全力をもってして打ち破るまでのこと。覚悟なさい」

 

 

ああ、そうか。そういうことか。

 

彼女は怒っている。

そのようなつもりでなかったとはいえ、私が彼女達に勝ち決勝戦へ進むことを、何ら疑問にも思わず、自然の摂理の如く考えていたことに。彼女は憤っている。

 

高貴なる血が、勝利だけを求め続ける暗愚な我らを潰せと沸き立っているのだ。

 

 

「⋯⋯くく。呵呵々々!! 良い! それでこそ、我が準決勝の相手に相応しい! 聖グロリアーナ、なんと愛い強者共か!!」

 

 

ああ、馬鹿か私は。

彼女がこれほどまでに、私達との戦いを望んでいるというのに、眼中に無いだと?

 

 

 

―――否!断じて否!

 

 

 

そんなはずはない。彼女は、明確なる私達の敵だ。

この準決勝こそが、我々知波単学園の正念場(・・・)だろうとも!

 

 

 

「この非礼の詫びは、準決勝にて。我々は此度の戦いを最大の戦いとして認識し、全力で撃砕させていただきましょうぞ」

「⋯⋯よろしい。ならば、私と貴女、聖グロリアーナと知波単の全てを懸けて、今日この日を歴史に残る戦いにしてみせましょう。私達には、その義務がある」

「ノブレス・オブリージュ⋯⋯異国の言葉は好みませぬが、これ程言い得て妙な言葉もございませんな」

「ええ、そうね。その通り。出会う瞬間が違ったなら、きっと私達は良い友となれたでしょうに」

 

 

 

心踊り、血肉沸き立つ。

西住さん、貴女との誓い、果たせぬやもしれません。ですが、よもや貴女が私を止めるとは思えぬのも事実。

 

 

この、大統帥西絹代、この戦場にて華々しく散る覚悟で挑む所存!

 

 

―――我が身は既に、祖霊と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始まで、あと十分もない。目を瞑り瞑想すればすぐにでも試合は始まるだろう。

隣で待機する九七式中戦車旧砲塔(旧チハ)の車長となった福田が、そわそわとした様子で私の顔を窺っている。

何用か、問えば彼女はおずおずと手を挙げて口をひらいた。

 

 

「西隊長、なにやら僥倖なことでもあったのでありますか?」

「⋯⋯ああ、そんなところだ」

 

 

そのようなことか。

ああ、確かに私は幸せな人間だ。こうも、万事に恵まれている。幸福も災難も、遍くだ。

これを幸せと言わずしてなんと言う。きっと、全てにおいて、私は万全であらねばならない。矮小で愚かな我が身では、常在戦場の気概で挑まねば、すぐにでも死に伏せるだろう。これに気が付けた、否、これをもう一度理解出来たことこそが私にとって最も尊ぶべき出来事。

私は、幸せな人間だ。人生は幸福そのもので、世界は人生に満ちている。

この熱意、この情熱、この激情を歌いたい気分ですらある!

 

 

 

⋯⋯さあ、時間だ。

 

戦いの火蓋はたった今切られた。ここから先は、我々の熱意も矜持も全力すらも擲つ総力戦也。

 

 

 

「総員、戦闘準備!」

 

 

 

抜き放たれるその時を、今か今かと待ちわびていたかのような、そんな煌めきを放つ刀身(・・)を振り払う。そして、征く先を切っ先で指し示した。

 

この刃の先こそが、我らが屠るべき敵の在る所であり、この刃の先こそが、我々が進み征く理想なのだから!

 

 

 

 

「戦車、前進!!」

 

 

 

空冷ディーゼルエンジンの音が響く。チハに交じって、一輌だけ、明らかに異質な存在。

長大な砲身を有した砲塔、重々しく重厚感に溢れた車体。栄えある知波単学園の校章を貼り付けたソレは、九七式中戦車の群れを率いながら、戦場へと踏み出した。

 

 

 

「―――四式中戦車チト(・・・・・・・)、西絹代! いざ、参る!!」

 

 

 

辻先輩より受け継いだこの車輌、私が知波単学園の勝利に貢献させてみせる。

 

戦いが、始まる。

私達の、戦いが。

 

 

聖グロリアーナ女学院を破り、知波単学園の栄光を確固たる物にせんと、私達は歩み続ける。

 

 




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中上・ヨセ砕撃ヲナーアリログ聖

満を持して。投稿30分遅れについては、申し開きもございません。


がたがたという揺れに、確りと砲塔の出っ張りを掴むことで耐える。振り落とされてしまえば一巻の終わり。冷や汗はなくとも、緊張は高まる。

はね上げた砂利が鉄の車体に当たりからからと音を立て、()に落ちた中程度の木の枝が水音を立てて川に突き立った。

 

 

「下に落ちれば脱落は必至。それどころか当たりどころが悪ければ、最悪の事態も考えられる! 早急に越えて、開けた地を目指すぞ!」

「これは、なかなか⋯⋯」

「あわわわ!」

「下を見るな! 後ろに下がるな! 前に進め!」

 

 

十五輌による山岳地帯の進軍。それは、混迷を極め思うようには進まぬ至難の道であった。

山の周り、その粗く舗装された道を一列になって進む。下は木々が斜面に生い茂り、川の流れは緩やかでありながらも衝撃を軽減出来るほどの深さはない谷。

戦車乗りと言えど、結局は年頃の乙女。怪我をするのは怖い。混乱するのも無理はないことだろう。

 

こういう時、辻先輩の喝程、我々を勇気付けてくれるものもない。その、我々のことを思った叱責が痛快なのだ。

これがあるから辛く苦しく黒星を重ねようと、我々は辻先輩の下で一年間やってこれたのだろう。

 

 

「全体、止まれ!」

 

 

しばらくして山道を抜けて十五輌が入っても余裕のある砂利の広場に辿り着いた我々は、三本に分かれたトンネルの前で止まった。

この先に主戦場となるであろう村落がある。この三つのトンネルの内、真ん中だ。しかし、その隣の二本を行った先には中央の村落を一望できる地点及び奇襲を仕掛けられる地点がある。このどちらもが、重要な位置。それは、逆に敵に取られてしまえば相応に厳しい展開になるという事だ。

開始地点で言えば我々よりも聖グロリアーナ女学院の方が近い。どれだけあちらの戦車が鈍足であっても、我々も山道に慎重になって時間を取られている。故に、猶予はない。

 

 

「辻小隊、細見小隊は二手に分かれて両箇所の占領を。玉田小隊、福田小隊は私の隊に続いてこのまま前進!」

「辻小隊、了解!」

「細見小隊、了解です!」

「玉田小隊、了解しました!」

「ふ、福田小隊、了解であります!」

 

 

辻小隊、細見小隊を見送り、視線を残った八輌に戻す。各小隊三輌の今回の編成は、十五輌となったことで戦術に幅が出来たゆえの判断。

 

⋯⋯福田は力が入り過ぎている。良くないな。

 

そっと玉田に目配せすれば、やはり彼女もそのように思っていたらしい。頷くと、口を開く。

 

 

「どうした、福田! 副隊長だからと、要らん緊張をしているのではあるまいな!?」

「玉田⋯⋯」

「西隊長のチハを受け継ぎ、辻先輩の座を先輩本人から任されたのだ! そのような体たらくでは困るぞ!」

 

 

流石に、それでは激励出来ていないのではないか?

少し短絡的で直情的に過ぎる嫌いがある玉田に任せたのは失策だったか。

 

そう思い、玉田に代わって福田を激励しようとした。しかし、その心配は杞憂のものであった。

 

 

「玉田、ありがとうであります! 私は、西隊長に戦車を託され、辻先輩の意志を受け継いだのであります! もう、情けない姿は見せないであります!」

「それでこそ、知波単学園戦車道科、西隊長の補佐を務める副隊長だ!」

 

 

そうか、私が思っていたよりも、彼女達は成長を続けていたのだな。私が心配し過ぎる意味は無かった。まさに僥倖。

 

 

「往くぞ、知波単学園戦車道科本隊、速度を上げ前進!」

「「はっ!」」

 

 

先の山道とは違い、比較的綺麗に舗装されたトンネルを往くこと数分。

光の漏れる出口、そして徐々に視認可能になる村落の姿を視界に収め、後続の全車に停止を呼びかける。

 

 

「ここから先は、慎重に行く。くれぐれも無理な突撃はしないように。勝利してこその突撃であることを努努忘れるなよ」

「了解しました!」

 

 

鞘に納めていた軍刀をゆっくりと抜き放ち、その輝きに想う。

 

この切っ先には、我が知波単学園戦車道科の全てが懸けられている。ならば、私はこの(戦車)と共に殉じ、仲間達の為に戦場で華々しく潔く屍を晒す覚悟が必要だ。そして、仲間達の命を然るべき時に果てさせる覚悟も。

 

 

「総員、戦闘準備! まだ、辻小隊、細見小隊による援護は期待できない状況故、マチルダ及びチャーチルを相手に、我々は現在の戦力で挑まねばならない。過酷を通り越して不可能に近い戦いではあるが、諸君らの奮闘に期待する!」

「「はっ!!」」

 

 

 

そうして、気合い良しとトンネルを抜けた瞬間。

 

 

目に入ったその光景に、視覚化した危機に。

 

 

私は咄嗟に声を張り上げていた。

 

 

 

「―――撃ち方、始め!!」

 

「総員! 前進!! 直ちにトンネルを抜け、建物の陰へ移動!!」

 

 

 

トンネルを抜けたそこに居たのは、九輌を超えるマチルダと一輌のフラッグ付きチャーチル。全車輌がトンネルの出口を囲む様に大きく配置され、その砲口を全て私達に向けて、砲弾を吐き出す。

いくつかの弾が車体を掠り、塗装を剥がして装甲に凹凸を生む。砲弾の雨の中を、一目散に民家の陰へと突き進めば、四式中戦車の車体は至る所に小さな損傷を受けていた。

しかし、あの場での後退は明らかなる愚。前に進むしかないのだ。

チャーチルのキューポラから出た可憐なその隊長は、紅茶を手に歪んだ笑みをたたえていた。

 

 

「もうここまでの布陣を敷いたのか⋯⋯流石は聖グロリアーナ、やりおる!」

「西隊長! 我が小隊が突撃を敢行し活路を開くことを進言致します」

「駄目だ。我々はこの窮地において出来ることがまだあるはず。それをみすみす見て見ぬふりなど出来ぬ!! 突撃は最大の好機に行え!」

 

 

確かに、砲撃の雨を民家を盾にして凌ぐ今の我々に出来ることは少ないかもしれないが、時が経って出来るようになることもいくつか存在する。

 

なにより、我々には、志を共にする同胞がいる。

 

ちらりと両斜面の上を見れば、そこには陣取った辻小隊と細見小隊の姿が見えた。

 

 

『こちら辻小隊。予定位置についた。指示を』

『こちら細見小隊、準備万端です。いつでも指示を』

「斜面を下り、敵を背後から奇襲。我々もそれに乗じて挟撃を行う。後、反転して敵を引き付けて村の奥まで進め」

『『了解!』』

 

 

いつまでも撃たれ続けるだけの私達ではないということを、思い知らせる。

機会については両小隊に一任している故、我々はただただ止まぬ砲撃の中を待つだけのこと。忍耐強く、我慢を知る人間こそが強い。

 

 

『今! 辻小隊、突撃ィ!!』

『続け! 細見小隊、突―――』

 

 

 

 

―――瞬間、爆音が響き白旗の上がる音が鳴った。

 

煙を上げる左方、細見小隊の方を見て嫌な予感に駆られる。

 

 

 

「どうした! 応答しろ、細見ッ! 辻先輩、状況報告を!」

『⋯⋯あ、ああ! 我々奇襲部隊、敵伏兵と交戦中。細見車及び名倉車が撃破された。敵車輌はマチルダが四輌、そして⋯⋯』

「⋯⋯ああ、こちらも、見えている」

 

 

斜面の上、木の陰にこちらからでもはっきりと分かるような異様な姿の存在。

私自身、アレ(・・)は初めて見た。何より、アレがここにあるとは、微塵も思っていなかった。

 

 

その戦車は、長大(・・)であった。

 

 

その戦車は、鈍足(・・)であった。

 

 

その戦車は、強力(・・)であった。

 

 

そしてその戦車は、何よりも長大(・・)であった。

 

そのようなイギリス製戦車、私は一輌しか知らない。

 

 

その戦車の名前は―――

 

 

 

 

 

 

 

「―――TOG II(・・・・)⋯⋯!!」

 

 

 

 

 

 

第二次世界大戦期におけるイギリス製の試作型超重戦車、The Old Gang(古いろくでなし)が、我々の前に立ち塞がった。




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中下・ヨセ砕撃ヲナーアリログ聖

ううん⋯⋯尺と文章力()


砲弾が飛び交い、着弾した一撃が己の真横の地を抉り飛ばす。

そうそう当たるものではないとしても、はね上げた小石が頬に掠って血が垂れた。

だが、そんな些事を気にしている暇はない。

 

 

「辻小隊は細見小隊と合流、再編成し、出来うる限りTOGとマチルダ四輌を戦場から引き離せ!」

『了解!』

 

 

⋯⋯この展開は、拙い。

まさかTOG IIが出張ってくるとは思わなかった上、こちらは開幕早々に二輌を失ってしまった。

この期に及んであのような戦車を持ち出してくるとは⋯⋯心理戦においても、我々は一歩劣っていたか。

高所で戦いが始まったのを確認し、総員を見回す。

 

 

「⋯⋯傾聴! 細見と名倉の仇を討つ! 動じるな、急いては同胞の決意を無駄にする! 絶対に、奴らの鼻を明かすぞ!」

 

 

緊急時ではあるが、我々の練度は統率という面においても高い。どうにか混乱を収めることはできた。

しかし、相手の主砲に対してこちらの装甲はあまりにも無力。速度を活かして突破し、戦線を立て直そうにも、その為には誰かが犠牲にならねばなるまい。それは、潔い覚悟のある彼女らにとっては何ら苦ではないだろうし、彼女らの練度はそれを必ずやり遂げられる程に高いのも、私は知っている。

 

 

「⋯⋯西隊長、進言を!」

「どうした、玉田」

「今度こそ、私の隊にやらせてください。私にしかできないことを、私に!」

 

 

はっと息を呑む。

悔いはないのか、そう聞こうとして愚かな己の口を閉じた。

彼女の眼は、そんな言葉を望んではいない。もっと、別な私からの何かを求めている。

 

 

「⋯⋯玉田、その意思、確かにお前の胸の中に在ると見た。愚かな私の尻拭いをさせること心苦しさの極みではあるが、ここは、お前に任せる」

「ありがとうございます! 西隊長のお役に立てることこそが、我らの本望! ここまで連れてきて下さり、ありがとうございました!!」

 

 

眩しいな。

私は、事ここに至って、慎重になりすぎていたらしい。大統帥だなんだと言われてはいても、所詮私は対戦校の隊長の言葉に心を乱される程度の小娘でしかない。

 

⋯⋯いいや、隊長である私がそれだけで終わっていいはずもなし。

 

ここまでついてきてくれた皆の為に、私が一層の努力を見せずしてなんとする。

 

 

 

「福田、玉田、辻先輩⋯⋯同胞達よ、この戦いに勝つ」

『⋯⋯応』

「勿論です」

「御助力するであります!」

 

 

 

私は、隊長という立場でありながら知波単学園の名誉あるチハを降りて、辻先輩から譲り受けたこのチトに乗っている。

 

 

何ら恐れることは無いのではないか(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

私は、数多の先輩後輩同輩達から信を受けてこの座に着いた。そして、同胞達はどこまでも本気で私に命を捧げてくれている。

 

 

これ以上の無様を晒すわけにはいかないの(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ではないか(・・・・・)

 

 

私は、黒森峰と継続を打ち破り、西住さんとの対戦の誓いを立ててこの戦いに望んでいる。試合前には、ダージリンさんと素晴らしい戦いにすると約束した。

 

 

何よりも(・・・・)私を裏切ることはできないのではないか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

「⋯⋯!!」

 

 

全身が沸騰するように熱い。

だが、頭はどこまでも冷たく冷ややかで冷静だ。これが、我が最高の状態。これ以上は望むべくもない。

これからやることを、無線で全体に告げる。勝つ為であると知っているからか、異論も反論も無かった。

 

 

 

「玉田小隊、後進の為、突撃を敢行する!!」

「「応!!」」

 

 

 

右舷、九輌のマチルダがじりじりと躙り寄る中、建物によって包囲網に隙が出来たその瞬間。

玉田は、その好機を見逃す程に鈍感ではない。

しかし、聖グロリアーナもそれを待っていたとばかりに火力を集中。何発かを掠らせながら、玉田小隊は戦場を走り抜けた。

 

 

三輌のチハと三輌のマチルダが相打たんと衝突する。

 

 

 

 

「―――我・身・無・用ッ!!」

 

 

「総員、突撃ィ!!」

 

 

 

通り抜け様に、攻撃を受けながらも生き残っていたマチルダを撃破。我々は、六輌を残して包囲網を突破することに成功した。

 

六つの白旗が上がる音を耳に、私は単身(・・)高所を目指した。

福田小隊と我が隊の二輌には、村の奥へと敵主力を引き付けるのを任せてある。あわよくば、建物を使って主力を各個撃破することも。

 

後は、私がどれだけの覚悟を見せられるか、だ。

 

 

「⋯⋯辻先輩、状況は?」

『⋯⋯マチルダを三輌撃破したが、こちらは二輌を持っていかれている。幸い、マチルダもTOG IIもこちらを見失っているため、マチルダは撃破可能だろうが⋯⋯』

 

 

やはり、チハの砲ではTOG IIの装甲を抜くことは出来ないか。

だがしかし、私ならば、チトならば撃破出来る。

 

辻小隊と合流した私は、木々の中を我々を探して進むマチルダとTOG IIを視認していた。

間近で見れば分かる。あれは、どれだけ時代遅れだのゲテモノだのと言われていても、我々にとっては脅威そのもの。よくもまあ、あのようなものを引っ張り出してきたものだ。

 

 

「辻小隊、マチルダをお願いします。TOG IIは私が責任を持って討ち取りますので」

「やれるのか?」

「やります」

 

 

不敵に微笑んだ辻先輩は、敵の様子を窺っていた久保田へと目配せすると、再度私に視線を戻す。

 

 

「少し、いつもの調子に戻ったな、西」

「はい。浮き足立っていただけ、子供が装いを一新して喜んでいただけですので。もう、迷えません」

「そうか」

 

 

彼女は、それだけ言うと戦車に前進を指示する。もう、私に言うことはないと、彼女は背で語った。

 

 

 

「⋯⋯西! いや、西隊長!! 我々の意思を、任せた!!」

 

 

勢いよく木々の間を抜けた久保田車は、マチルダに横合いから突撃すると砲撃。マチルダの撃破と共に、そのままTOG IIの直撃を受けて白旗を上げる。

砲塔を回転し、こちらへと砲口を向けた長物。だが、その砲、恐るるに足らず!

 

砲口が火を噴くよりも前に木々から飛び出したチハが、TOG IIの砲塔に砲撃。接射を受けたチハは吹き飛ばされ、TOG IIの砲塔は明後日の方向を向く。

 

 

 

「⋯⋯その意思、受け取った。チト、吶喊! 必ず、TOG IIを討つ!!」

 

 

 

その砲口が再度こちらを向くよりも早く。速く。エンジンが焼けついてでも、あの長物を討ち取るのだ。

 

全速力でその長大な車体へ横合いからぶつかる衝撃。放り出されそうになるのを気合いで耐える。

 

辻小隊の作り出してくれたこの好機を、逃すわけにはいかんのだ!

 

 

 

「撃てぇいッ!!」

 

 

 

四式の主砲が装甲に直撃。TOG IIは爆音を立て、白旗を上げた。そうなるのが定めであったかのように。

TOG IIを撃破したことで、汗がどっと吹き出す。閉じていた頬の傷口が開いて血が垂れたのを手で拭う。

 

周辺に敵影が無いことを確認し、待機を指示。無線を福田に繋げた。

 

 

「⋯⋯福田小隊、状況報告」

『マチルダ二輌撃破、こちらの損害は軽微であります!』

 

 

流れは、今や我らに有り。

その身を賭した勇士達の覚悟を無駄にしないためにも、私は采配しこの流れを掴まねばならない。

まだ、戦いは終わっていないのだ。

 

私にとっても、聖グロリアーナにとっても。

 

砲戦の音を遠くに聞きながら、私は前進を指示した。

 




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下・ヨセ砕撃ヲナーアリログ聖

本性を現したな、低文才作者!
今日ここでこれ以上の無様を晒す前にエタってしまえ!(土下座)
今回、駆け足かつ低文章力のお目汚しです。日に日に文章力が落ちるってまじだったんだ()


戦いは終盤に突入している。

一進一退の攻防以外に、勝利への道は無い。

互いに互いの同胞を討ち、奮起してまた砲撃を開始する。

 

これこそが、戦車道。

 

 

「福田、指揮ご苦労。西原もよく頑張ってくれた」

「西隊長! 敵車輌、残りはフラッグ車のチャーチルとマチルダ二輌であります!」

「マチルダは我々だけでも撃破出来ますが、チャーチルの装甲は抜きにくく⋯⋯申し訳ございません」

「いや、ここまでやってくれたんだ。何ひとつとして恥じることはないさ」

 

 

私が合流した時には、残存戦力は福田車と西原車だけであった。しかし、私が合流したことで、戦況は五分。否、我々の圧倒的優勢であると言えよう。

西原は、いつもの特二式内火艇(カミ)からチハへの唐突な移動だというのによくここまで頑張ってくれた。

福田も、いきなり九五式軽戦車から私のチハに乗り換えてもらった挙句、副隊長の責務すら負わせてしまった。しかし結果として、予想以上の戦果を挙げてくれたのだ。誇らしい。

 

だが、彼女達だけじゃない。

 

ここまで、我々の勝利の為に貢献してくれた同胞達が、今、猛烈に愛おしく誇らしいのだ。

 

 

 

「西さん、分かってはいたけれど、貴女、やはりお強いですのね」

「ええ。我が同胞(知波単の血肉)は精強ですから」

「少し、羨ましいですわ。⋯⋯でも、私にだって背負うものがありますの」

 

 

 

声が聞こえる距離。声は大きくなくとも、エンジン音に掻き消されずに、私の耳にすんなりと入ってくる。

あの聖グロリアーナ女学院戦車道部隊を率いる隊長、ダージリンにそう言ってもらえるとは、こちらとしても光栄だ。

 

 

 

「先輩からこの座を受け継ぎ、私なりの方法で聖グロリアーナ女学院に貢献してきたつもり。でも、私は、私ひとりでは到底ここまで辿り着けなかったと理解している」

「⋯⋯」

「犠牲なくして勝利なし。でも、犠牲にするのはいつだって大切な仲間達。なら、どうして私達隊長が彼女達を犠牲に出来るのか知っていて?」

 

 

 

ああ、分かっている。

それは、私自身、理解しなくてはならないと断言する。隊長であるのなら、尚更に。

 

 

 

「⋯⋯愚問ね。さあ、決着を付けましょう」

「はい、そうですね。私達の戦いに美辞麗句も哲学的言葉の類も必要無いでしょう」

 

 

そう、要はこれだけに集約する。

 

 

「「―――私達は、負けない(・・・・)。今はただ、これだけの想いを胸に戦うのみ」」

 

 

獰猛な笑みが交錯する。

戦車が動き出す。

更地と化しつつある村落を、決戦の地にせんと駆け出す。

 

 

「福田、西原、マチルダを任せる! 旗車は私が討つ!」

「了解であります!」

「了解致しました!」

 

 

この戦いに勝つ。今はただそれだけだ。

 

 

 

「⋯⋯! 砲撃!」

「⋯⋯回避ッ!! 当たれば終わるぞ! だが、当てれば終わる! 倒すまで気を緩めるな!」

 

 

チトを操縦する同胞達を鼓舞する。

確かに、当たり所が良くなければチハでは撃破は出来なかった。しかし、チトなら当てれば勝てる。しかし、それは至近距離であるが故に相手も同じ。直撃を食らえば、チトとて一溜りもない。

 

 

「⋯⋯ッ」

「ぐっ!」

 

 

砲弾が砲塔に掠り、振動が伝わる。今にも振り出されそうだ。

だが、車内に戻るつもりはない。

この切迫した状況下で、私が目となり耳とならなければ雌雄は容易く決する。

 

ちらりともうひとつの戦いを見れば、西原が撃破され、福田がマチルダを一輌撃破したようだ。

なかなかどうして、ここまで福田がやってくれるとは思っていなかった。先も、あの戦力差でありながら、ダージリンの戦術の尽くを潰していたようである。

⋯⋯彼女は、強くなった。彼女ならばあるいは。そう思う。

 

だが、今は目の前の強敵。

砲弾が残り少ない。そろそろ、決めるしかない。

 

 

 

「⋯⋯!」

「⋯⋯チト、抜刀!!」

 

 

軍刀を抜き放ち、狙いを指示する。

抜刀。それは、一撃で決める合図。然るべき時まで狙いを定め続けること。

その間もチャーチルからの砲撃は続く。時には真横に着弾して土煙を上げ、時には側面を掠って車体を大きく揺さぶる。

 

 

「まだ、まだまだ」

 

 

勝負は一撃で決まる。

一撃で決める。それが、この戦いの真髄。

チャーチルの履帯が民家の跡地に乗り上げる。

 

⋯⋯今だ。この瞬間しか、有り得ない。

 

 

 

「⋯⋯―――突撃ッ!!」

 

 

 

急速前進した四式中戦車の質量が、チャーチルへと突撃する。

至近距離であっても、チハでなく、チトの質量ならばチャーチルの堅牢さをも揺るがす武器となる。

 

チャーチルの車体がチトの進行方向に傾く。

 

 

 

「これで、終わりだッ!!」

 

 

五式七糎半戦車砲が、チャーチルの砲塔へ火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『知波単学園大本営発表

大戦果、抜山蓋世の如く、聖グロリアーナ女学院撃破。

本日執行の第六十三回戦車道全国大会第三回戦に於いて、我らが知波単学園戦車道科は聖グロリアーナ女学院戦車道科と戦い、その全てを打ち破り勝利した。本日の夕餉には全生徒、肉じゃがと選択甘味二品を付ける為、英気を養うこと。

また、第六十三回戦車道全国大会決勝戦には、全校で応援に出向く旨を告知す。』

 

 

 

 

 

 

 

列車に揺られ、手に持った仕立ての良い箱を眺める。

中には一目で上級と分かるティーセットが入っている。

 

 

「⋯⋯ティーセットなんて、もらってもうちじゃ使わないよなぁ」

「そうでありますか?」

「私は飲まないことはないけど⋯⋯うちの校風、質素倹約だからな。紅茶って、なんか違くないか?」

「⋯⋯西隊長は、もっとおめかしをしたら良いと思うのでありますが⋯⋯」

 

 

おめかし、なぁ。そういう話とは無縁に生きてきたし、これから先、嫁ぐとしてもまだまだ先の話になりそうだ。

それに⋯⋯。

 

 

「彼女達が一人前の大和撫子になるまでは、私もまだまだ現役で戦車道選手だよ」

「⋯⋯そうでありますなぁ」

「もう少し、女性らしいお淑やかさを持ってほしいものだなぁ」

 

 

ひしめき合うようにして眠る同胞達の姿に苦笑を零し合う。

まあ、今日はみんなよく頑張ってくれたんだ。これくらい、大目に見てやるべきだろう。

そうして、車窓から夕暮れの自然を眺めていると、向こうの車両からこちらへ向かってくる辻先輩の姿が見えた。

 

 

「ここ、座っても良いか?」

「ええ、どうぞ」

 

 

辻先輩は、福田の隣に座ると、眼鏡の位置を正して私を見据える。凛とした眼が、私を射抜くようだった。

 

 

「⋯⋯今回の戦い、流石の采配だった」

「⋯⋯はい」

「そして、これはただの苦言だ。聞き流してくれて構わない」

「⋯⋯」

「今日、お前は熱くなりすぎていた。あの、ダージリンとの熱戦に白熱したのは分かる。だが、勝利を確実のものにする方法はあったはずだ」

 

 

彼女の言いたいことは分かる。

今回の私の戦い方には、欠片も戦略性が見られなかったと、そう言いたいのだろう。

実際、TOG IIが出てきてからは、戦術などかなぐり捨てた勝ちを拾いに行く戦いだった。

 

 

「⋯⋯熱い隊長は良い。如何なる時でも、その背に縋りたくなる。その背に意志を託したくなる」

「⋯⋯」

「だが、今一度考えて欲しい。お前は、それで良いのか?」

 

 

⋯⋯それで良いのか、なぁ。

辻先輩は、私自身の戦車道について語っているらしい。こんな雰囲気だが、彼女は彼女なりに私の行く末を案じてくれているのだろう。

 

だから、答えはひとつしかない。

 

 

「この同胞達との戦いこそが、自分の戦車道です。こればかりは考え直しませんし、正しさのひとつであると断言します」

「⋯⋯たとえ、それが破滅の可能性を孕んでいるとしても?」

「はい。覚悟は、隊長になった時から出来ています」

 

 

たとえ、次の試合、西住さんと戦い、この身が果てても。そうして知波単学園敗北の責を私がすべて負うことになったとしても。

私は、それ以外の未来はなかったと笑って受け入れるだろう。

 

私は、嘘は吐けない。それがたとえ、自分に対してであったとしても、だ。

 

 

「⋯⋯ふっ、そうか。なら、良い。私がお節介を焼くまでもなく、お前は良い隊長みたいだ」

「辻先輩⋯⋯」

西隊長(・・・)、次も頼んだ」

「⋯⋯はい⋯⋯!」

 

 

辻先輩を見送って、また車窓の外、遠くにそびえる山々に目を移す。

 

 

次で最後だ。

そして次に待つのは、プラウダを破り我々の前に立ち塞がった大洗女子学園。西住みほ。

 

負ける負けないじゃない。負けられない、いやこれも違う。そうだ。

 

 

 

 

―――私は、負けたくない(・・・・・・)

この同胞達と共に、西住さん率いる大洗女子学園に、勝ちたいんだ。絶対に。

 

 

 

宵の空、浮かび上がる星々が、やけにぎらついて見えた。

きっと、私は彼女達を前にしたら今まで以上に己を抑えられない。だが、彼女達と戦うならば、私もどこまでもこの血に身を委ねる必要がある。

その決意は、今出来た。

 

 

「待っていろ、西住さん。私達の戦車道で、貴女の戦車道を超克する⋯⋯!」

 

 

ああ、待ち遠しい。貴女達との戦いに、焦がれる。

 

 

この西絹代の血が、大統帥の血が騒いで仕方がない!

 




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アナザーサイド・聖グロリアーナ女学院

ううむ、次に大洗女子学園のアナザーサイドを挟むか、どこか別のサイドにしてみるか⋯⋯もう、このまま大洗戦に突入しても良いかもしれない。

更新する以外に創作者の僕にやれることはなし。


生温い風に当たりながら、日が傾く空を見上げる。紅茶の注がれたカップを一瞥して、ため息を吐く。今日は、紅茶を飲む気分にはなれなかった。

 

 

「⋯⋯私達の負け、ね」

「ダージリン様⋯⋯」

 

 

OG会との舌戦や、アールグレイ様の御助力もあって、TOG IIを配備するに至ったのに⋯⋯無様を晒してしまった。こんなことなら、クロムウェルを持ってきた方が良かったかしらね。

 

 

「アッサム、データは確りと取っているわね?」

「はい、ダージリン。始終、データは採取済みです」

 

 

どうして負けたのか、それは、我々にとって知波単学園が未知の学園であったから、というのもあるのでしょう。

だけれども、それ以上に私達が至らなかった。これに尽きる。

 

今回のTOG IIだって、OG会がその見た目や動きを気に入ってくれたから何とか配備にこぎつけられたようなもの。

トータスやコメットなんかを配備出来ればもっと良かった。しかし、やっと手に入れた念願の17ポンド砲を上手く活用出来なかったのは私。

 

 

「⋯⋯ままならないものね」

「ダージリン⋯⋯貴女が悔やむことではありません。OG会の面々にここまでの譲歩を引き出せたのは、貴女の手腕あってこそです」

 

 

だけれども、勝つことはできなかった。

勝つことが大切ではない。しかし、勝つことは当たり前でなくてはならない。

それこそが、私達背負う者の宿命、ノブレス・オブリージュ。

 

 

「⋯⋯でも、なんでなのかしらね」

「⋯⋯?」

 

 

不思議そうな顔をするアッサムと、どこか悔しげに顔を歪めるオレンジペコの顔を順番に見て、微笑む。

 

なんて、清々しいのでしょう。

こんなに晴れやかで、こんなに悔しいのは、久しぶり。

 

 

「不思議と、今日の戦いを良かったって思える私がいる」

「⋯⋯ダージリン」

「アッサム、私、悔しいわ」

 

 

悔しい。負けたことが、悔しい。清々しく、潔く散る覚悟で最後は挑んだというのに、あの戦いに負けたことが悔しくて仕方が無い。

OG会との舌戦や、その他諸々を相手にした外交戦。交渉、手回し、騙し合い、ここのところはそういうのにかまけていて、漠然と何かを失っていく気分に苛まれていた。

 

でも、今日の戦いにそんなものは無かった。

私も、アッサムも、オレンジペコも。他の隊員達だって、その時に全てを懸けていたと私には分かる。

だからこそ、負けたのが悔しい。目頭が熱くなる。

 

 

「⋯⋯ダージリン様⋯⋯私だって悔しくてたまりません⋯⋯私の実力は皆様に届いていなかった」

「ダージリン、私も、悔しいです。貴女と駆け抜けて、負けたことが悔しい」

「貴女達⋯⋯」

 

 

きっと、そうだと思っていた。私に付いてくる人間なのだから、そういう類の人間であると、分かっていた。

どうしてか、久しぶりの経験であるから、感覚があまり分からない。

 

 

「でも⋯⋯そうね。言葉にするなら⋯⋯」

 

 

久しぶりに熱くなった。熱くなるのは良いって、そんな言葉は私には似合わないかしら。

 

言葉を飲み込んで、辺りを見回すと、そこには好敵手が居た。

 

 

「⋯⋯お邪魔だったようですね、私は失礼致します。水を差したこと、申し訳ございません」

「いえ。西さん、こちらにいらして」

 

 

羽織った外套を靡かせ、制帽を深く被り、腰から軍刀を差したその姿は、話に聞く帝国軍人そのもの。

私達を破った、知波単学園の隊長大統帥西絹代。

一礼しその場から去ろうとする彼女を呼び止める。

 

 

「⋯⋯オレンジペコ、あれを」

「はい」

 

 

オレンジペコから受け取ったそれ、ティーセットを西さんに手渡しする。

これは、我が校の校風であり、そして、私からもプライベートな好敵手認定の証。

 

There are some defeats more triumphant than victories.

 

勝つことよりも、勝ち誇るに足る敗北が世の中にはある。

モンテーニュの言葉だが、今日この日の敗北こそが正しくそれであったのでしょう。

 

 

「貴女は、未来永劫、私の好敵手ですわ。絶対に、貴女に打ち勝ってみせます」

「⋯⋯望むところです。私も、負けるつもりは毛頭ありません」

 

 

不敵に微笑んでみせた彼女の姿が、強く大きく見えた。試合開始直前の、浮ついた姿からは想像も出来ない程に、今の彼女は完成していた。

 

ああ。これが、噂に名高い大統帥西絹代の完成形。その完成の最後のひと押しを出来たこと、光栄に思いますわ。

 

でも、それと同時に絶対に打ち勝ちたいという思いも強くなっていく。

 

 

「それでは、本日は良い試合をありがとうございました。いつか、再戦を」

「ええ。またいつか、戦いましょう」

 

 

凛とした姿勢で敬礼すると、彼女はもう何も残すことはないと振り返って去っていった。どこまでも潔く、後腐れのない姿勢にも好感が持てる。好敵手として、こんなにも素晴らしい人物はいないでしょう。

 

 

「アッサム、帰ったらすぐさま今日の試合の反省会をするわよ」

「はい、ダージリン」

 

 

アッサムは、もう大丈夫だろう。彼女は強い。

それと、もう一人、声をかけておくべき子がいる。

 

 

「オレンジペコ」

「⋯⋯はい」

 

 

戦いというのは、常に私達の予想外を往く。やれると思っていたことがやれなかったなんて、日常茶飯事のこと。それを悔やむのは仕方の無いことだ。

そして、悔しさは苦しみだ。どうして悔しいのか苦悩し、いつかその苦しみを乗り越えて、悔しさを越える。

 

 

「The world breaks everyone, and afterward, some are strong at the broken places.」

「⋯⋯この世では誰もが苦しみを味わう。そして、その苦しみの場所から強くなれる者もいる。⋯⋯ヘミングウェイの言葉です」

「そう。今の私達は、正しく苦しみを味わっている」

 

 

だけれども、この言葉のようにこの場から強く進み出せる者達だっている。強く踏み出さなければならない者達が、いる。

 

 

「ペコ、私達は強くなれる者達。いえ、強くなることこそが私達の使命(ノブレス・オブリージュ)

「ダージリン様⋯⋯」

「今は、苦しみなさい。でも、その苦しみを乗り越えてみせなさい。きっと、それが貴女の誇りになる。貴女の強さになる」

「⋯⋯は、い⋯⋯ダージリン、様⋯⋯」

 

 

その涙を私が受け止める。でも、いつか貴女が誰かの涙を受け止める番になる。だから、今は、泣きなさい。それが、正しいことだから。

⋯⋯私も、強くなる、から。

 

せり上がってきた熱いものを堪えて、意識を切り替える。

 

 

「⋯⋯オレンジペコ、撤収するわよ」

「はい⋯⋯!」

 

 

自分が自分でなくなったような、本質は自分のままでも、何かが決定的に変わったようなそんな感覚。

 

これが、世に言う一皮剥けた、という経験なのかしら、ね。

 

 

 

「⋯⋯西さん、みほさん、貴女達の戦い、貴女達の戦車道、楽しみにしているわ」

 

 

 

ティーセットを贈った二人の好敵手の顔を思い浮かべて、私はふっと笑みを零す。きっと、お二人の戦いは壮絶なものとなる。戦力は今までで一番拮抗しているだろう。そして、今までで一番、隊長同士が近くて異質な才を持っている。

そんなお二人の戦いが見られること、とても嬉しく思う。

 

そろそろ空が完全に暗くなってきたのを認め、私達は帰路についた。胸に、新たな種を宿して。




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アナザーサイド・西住しほ

次話は少しばかり遅れる見込みです。早くて明後日くらいでしょうか。次か、次の次から、対大洗女子学園戦に入る予定です。


体の芯から凍えるような寒さ。観客席には客はまばら。それに対して、あちら(プラウダ)の観客席には大勢が詰めている。

見るからに圧倒的な光景。去年の王者とダークホースの戦い。如何なダークホースと言えども、絶対的な力の差には敵うわけもない。

 

まほがどうしてもと言うから、私はもう一人の娘、みほの試合を観に来ていた。普段からあまり願い出ない彼女の頼みとはいえ、このような弱小校の試合を観に来るのは時間の無駄としか思えなかったが。

 

 

「⋯⋯あの娘、変わったわね」

「⋯⋯そうですね」

 

 

久しぶりに見たみほの面構えは、半年前までの頼りない末っ子とは思えない程に逞しくなっていた。

何が彼女を変えたのか。薄々、気付いている。

 

 

「ねえ、大統帥さん? 貴女は、この試合、どう見るのかしら?」

「⋯⋯西住しほ殿、大統帥などと呼ぶのはお止め下さい。私は一介の戦車道科隊長でしかない小娘です」

 

 

謙遜を。

ただの小娘だったら、うちの娘が率いる黒森峰を破るなんて出来やしないわ。

 

 

「⋯⋯まほさんも、私が隣でよろしかったのですか?」

「ああ、私は別に構わない」

 

 

彼女によって下された黒森峰は、当初、私が予想していたような騒動は起こらなかった。王者の失墜と、指導者の衰退という致命的な終わり。

あの娘が抜けた後、副隊長となった逸見エリカが、まほの補佐をするだけの忠犬であった彼女が、台頭し始めたのだ。それも、まほが隊長の座を譲ると公表して。

好い変革だ。黒森峰には相応に思い入れもある。黒森峰西住流は、今は延命をする必要がある。まほは大学へ。みほは別の高校を率いてここまで来た。二人とも、物は違えど才覚は本物。だが、今黒森峰を生かすのはあの二人じゃない。逸見エリカという少女だ。

 

 

「⋯⋯西絹代さん、貴女は不思議な人ですね」

「恐縮です」

 

 

様々な方面においてここまでの変化を齎した少女は、凛々しく整った双眸を真っ直ぐに画面に向けていた。

試合がもうすぐ始まる。

 

 

「⋯⋯」

「⋯⋯みほさんは、お強い。私なんかより、よっぽど」

 

 

そう言う彼女の顔は、どこか晴れ晴れとしていた。あの大統帥西絹代にそうまで言わせるあの娘の戦いが、どれ程の物なのか。確かに気になった。

 

 

 

「⋯⋯仲間に振り回されるなんて、まだまだね」

「そうでしょうか。良い仲間達だと思います」

 

 

良い仲間、確かに人は好いのだろうなとは思う。話したことは無いが、その顔からは曇りとは真逆の何かを感じられた。戦車道を、楽しんでいる人間の顔だ。

 

 

「私達知波単学園とも、貴女達黒森峰女学院とも違う、彼女なりの戦い方というものがある。それが、彼女なりの必勝法」

「型に囚われない型。⋯⋯鬼才、ね」

 

 

ちらりと見かけたサンダース戦やアンツィオ戦でのみほの戦い方は、黒森峰に居た頃とは思えない程に生き生きとしていた。勝つこと自体に固執していないながらも、全力で勝つ気概が感じられる。

それは、戦車道という物を純粋に楽しんでいるからこそなのかも知れない。今のみほからは、幼い頃のような快活さすら感じられる。

あの子達が、みほを変えたのか。

 

戦況が悪くなる。建物に籠る形となった大洗女子学園へと、降伏勧告が出され、試合が中断される。

 

勝利は絶望的。地吹雪のカチューシャは、甘くない。必ず、みほ達を倒す。だが、みほならば、この状況を覆せるのではないかと、そう思う自分も居る。

 

家元を就任するために、家族への甘やかしは捨て去ったはずだった。それでも、こうして娘に期待してしまうのは、親故なのか。

 

 

「⋯⋯」

「みほさんは、常に前へ進み続ける。それは、戦車道という競技において正しい形なのではないでしょうか」

「⋯⋯私も、そう思います。みほは、止まることを知らない。いつだって斜め上を行く」

 

 

それは、才覚という言葉では片付けられない個性。

西住まほの実力に裏打ちされた圧倒的な戦い方。

西絹代の類を見ないカリスマ的な戦い方。

西住みほの他者とは一線を画す予想できない戦い方。

 

それぞれに戦い方があり、それは一種の個性とも呼べる特異性。戦車道は、そんな特異性がぶつかり合い鎬を削るからこそ、人を惹きつけるのだろう。

 

 

「⋯⋯そうね、みほは強い。西住流としては褒められた戦い方ではないけれども、戦車乗りとしてはそれもまた強者の一角足り得る素質となる」

 

 

言葉にして、理解した。

やはり、私も親であることは捨てることが出来ないのだと。我が娘が、こうして才覚を現していくことに喜びを覚え、己の道を見つけ出そうとする様を応援したくなる。

どれだけ、あの時のみほの行いが西住流からして責められることであったとしても、責められるべきなのは人道に沿った行いをした少女を排除しようとした今の戦車道の仕組みなのだ。

分かってはいた。だけれども、私はみほに取り返しのつかないことをしてしまった。一人の親として許されないことを、してしまった。恨まれても当然だ。

 

 

「みほは、きっと誰も恨んでいないでしょう。あの戦車道すら、今のみほは楽しんでいる。もう、何も恨むものなんて存在していない」

「まほ⋯⋯」

 

 

私よりもあの娘と深く関わってきた姉であるこの娘がそう言うのなら、そうなのでしょうね。

私は、親だというのに娘のことを何も理解してあげられていない。それが、堪らなく情けなくなった。

 

 

「⋯⋯!」

 

 

いえ、情けなく思うことはいくらでも出来る。けれども、親として罪を贖う機会は限られている。ならば、私は私に出来ることを。みほの為に、私に出来ることをするしかない。

そして、それは今彼女の試合を応援してあげることでもある。

 

 

「⋯⋯西絹代さん、こんな話に付き合わせてごめんなさいね」

「いえ、私は何も。各ご家庭に、それぞれ事情はあるものです。私は、みほさんの試合を見に来ただけですから」

 

 

彼女の視線につられてモニターに視線を移す。戦いは、最終局面にて大きく動き出していた。

 

 

「⋯⋯みほさんは、強い。この西絹代、あの強さに感服します」

「ええ、そうですね。私の娘は、強い」

 

 

あのような寄せ集めじみた部隊構成で、去年の王者の意表を突いて戦況を覆し始めるなんて、並大抵の戦車乗りには難しいことだ。

だが、みほは並大抵の戦車乗りではない。

 

 

「あの地吹雪のカチューシャを相手に、一歩も退いていない。勝つ為に戦っている」

 

 

去年、黒森峰を破り優勝を果たした高校が相手であるというにも関わらず、今年から戦車道を復活させた無名も無名の学校を率いて互角以上に戦うその姿は、軍神(・・)という名が相応しいだろう。

 

そうして、多少の運すらも味方につけたみほとその仲間達は、プラウダ高校のフラッグ車を撃破し、見事準決勝を勝ち上がったのであった。

 

 

「本日は、私のような不束者と席を共にして下さり、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとう。見えたのは、貴女のお陰でもあるわ」

「そうだ。ありがとう、絹代」

「いえいえ! そんな、お二人から感謝されることなど!」

 

 

慌てる彼女の姿は、大統帥と呼ばれるあの様からは想像も出来ないくらいただの少女だった。

それは、みほもまほも一緒なのだと今更になって理解した。

 

 

「⋯⋯それでは」

「ああ、待って」

「⋯⋯?」

 

 

咄嗟に呼び止めてしまった。

みほの最後の対戦相手は、この目の前にいる底知れない少女だ。だけれども、みほだって負けてはいない。

 

 

「みほは、強いわ。きっと、貴女に勝ってみせる」

「⋯⋯はは、そうですか。なら、私も負けるわけにはいかないですね」

「絹代、お前は⋯⋯」

「まほさん、西住しほさん。今日は楽しかったです。それでは」

 

 

そう言って去っていくその後ろ姿は、少女のものではない。

大統帥西絹代と呼ばれるそれだった。

 

 

「まほ、帰りますよ」

「はい、お母様」

 

 

それでも、私の自慢の娘が、みほが負けるとは思わなかった。

 

ふふ、少し、親馬鹿に過ぎるかしら。




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アナザーサイド・決戦直前

もはや詐欺と化しつつある更新遅れる告知。ただ、日に日に書く時間が減っているのは事実なので、その内、二、三日ぱたりと更新が止むかもしれませんが、エタるつもりはないのでご安心を。


戦場は、晴れ渡り。これからここで砲火が交わされるだろうとは、誰も思わないような景観が広がっている。

 

しかし、戦いを告知する飛行機が隊列をなして空を飛び交えば、否が応でも人々の緊張と興奮は高まっていくのであった。

 

 

ある者は、往年の栄光のみの弱小校がここまで快進撃を繰り広げてきたことに昂揚し、ある者は、無名も無名、今年から参戦したはずが並いる強豪を下してここまで辿り着いたダークホースの戦いに心を踊らせる。

 

そんな中、大柄な黒髪の女性、ノンナの肩の上に乗った金髪の小柄な少女、カチューシャは、見知った後姿を見つけると声をかける。

 

 

「マホーシャ、お互いに決勝戦を観戦することになるなんて思ってもみなかったわね」

「そうだな、カチューシャ。だが、私達を超えてこの場で戦おうとしている彼女達は、紛れもなく強者だ」

「分かってるわよ。ミホーシャも、知波単の隊長⋯⋯えーっと「西絹代です、カチューシャ」そう、キヌヨも貴女達を倒して決勝戦に臨んでいる。疑うわけないわ」

 

 

お互いが、有象無象とは一線を画す強者を率いる者。そして、そんな彼女達を破った存在が、弱者であるはずもなし。

 

 

「ハーイ、まほ、カチューシャ、ノンナ!」

「久しいな、ケイ」

「貴女も観に来たのね」

「当たり前でしょ。みほと、あの西絹代の試合よ! たとえ決勝戦でなかったとしても、こんな面白い試合、観に来ないわけないわ!」

 

 

それもそうか。納得したところで、まほは遠目に珍しい三人組を見つける。

その中の一人、チューリップハットを被った少女が、まほの視線に気が付くとゆっくりと歩み寄る。

 

 

「おやおや、錚々たる顔ぶれとは正にこのことだね」

「あ、アンタは継続の⋯⋯! さっさと戦車を返しなさいよ!」

「ハーイ、継続高校の隊長サン!」

「ミカ、お前達も来ていたのか」

「ああ、西絹代の戦いだからね。是非とも目にしておきたい」

「無視すんじゃないわよ!」

 

 

カチューシャが突っかかっていくと、ミカと呼ばれた少女はカンテレを鳴らし、そそくさと退散していった。

あまりの対応に怒りを露わにするカチューシャと、それを諌めるノンナといういつもの構図を視界の端に追いやり、まほはさらに辺りを見回す。

 

 

「ごきげんよう、まほさん、ケイ、カチューシャ」

「ダージリン、貴女もやっぱり来ると思っていたわ!」

「ええ、勿論よ。西さんの戦いですもの。それにみほさんも。良い機会ですわ」

「抜け目が無いな」

「恋と戦いに手段は選びませんの。それに、負けたままではいられないのが淑女というものですわ」

「ダージリンも、変わらず元気なようで安心したわ。さ、こんな所で立ち話もなんだし、席を取っているから、そっちに行かない?」

 

 

ケイの案内に任せ、強豪校を率いる隊長達の集団は歩き出した。

 

 

「それにしても、本当に錚々たる面子が揃ったな」

「そうね。それだけ、彼女達の与えた影響は大きいってことでしょ」

「ミホーシャは勿論、キヌヨも動画を見た限りじゃ、その強さは疑いようもないわ。チハばっかなのに、よくもまあここまで来たものよね」

「みほさんが、少数であること活かす鬼才だとするなら、西さんは、本来の力を超えた領分を総合的に引き出す鬼才。所謂、カリスマの戦い方、というものね」

「だが、みほだって負けてはいないさ。誰からも認められ、誰からも好かれるみほだからこそここまで辿り着いたんだ」

「どちらにも、どちらの強さがある。そして、それは拮抗している。ふふ、この戦い、ますます読めない物になりそうね」

 

 

どれだけ、勝負の行く末を考えようとも、こと軍神と大統帥の戦いにおいては、そんな予測は予測にもならず消え行く。

だが、ひとつはっきりと言えることがあるとすれば。

 

 

「みほと絹代の戦いは、戦車道の歴史を塗り替えてしまうだろうな」

「同感ね。彼女達の戦い、言葉だけでは語れるわけもないわ。実際に、両者がぶつかり合って初めて、その衝撃は世に知れ渡る。きっと、世の中の権力者達は焦っていることでしょうね」

「そうかもな」

 

 

微かに笑みを零して、まほはモニターに目を向けた。

 

 

 

 

パーマの少女が、IV号戦車の点検をしていた茶髪の少女へと話し掛ける。その内容は、最後の対戦校の様子という至って普通の内容。

そして、いつも以上に真剣な顔をしていた彼女が気になったから、というのが本音だ。

 

 

「西住殿、知波単学園、気合いの入り方が違っていたでありますね」

「そうですね、優花里さん。でも、それは私達だって一緒」

「それは勿論! 負ける訳にはいかない戦いである上、あの知波単学園と戦えるのですから、気合いも入るってものですよ!」

 

 

そう、私達には後が残されていない。

この戦いに負けたら、こんなにも楽しかった皆との戦車道は永遠に終わってしまう。

 

そんなのは、嫌だ。まだまだ、皆と戦車道を続けたい。

初めて、戦車道を続けたいって思えたんだ。戦車道をやりたいって、心の底から思った。そんな皆と離れ離れになるなんて、絶対に駄目だ。

 

 

「勝つのは、私達だよ。絶対なんて絶対にないけど、でも、私達が勝つ」

「そうですね、西住殿」

 

 

沈黙の時間。だが、それを苦には思わなかった。

良い緊張だ。最高のコンディションと言える。

 

 

「みぽりーん! そろそろ説明するから集まってって!」

「分かった、沙織さん! 優花里さん、私、行くね!」

「はい! 点検は私が代わりにやっておきますので!」

 

 

きっと、この戦いは今までで一番、厳しい物になる。今までだって辛く険しい障害ばかりであったが、今回ばかりは様々な意味でこれまでとは違う。

 

戦いに臨む動機だって、皆との戦車道を守るというただそれだけではない。

 

 

西住みほは、勝ちたい(・・・・)のだ。全てを投げ打ってでも、西絹代という存在を超克したい。負けたくない。

 

 

いつかの約束を果たし、こうしてこの戦いに辿り着いている。だが、それで終わりじゃない。

これから、始まるんだ。

 

そんな想いを胸に、みほは足を早めた。

 

 

 

 

 

 

気合十分といった面持ちで歩みを進める少女、西絹代。

試合会場を少しでも、遠目からでも実際に把握せんと、己の目で見て回っているのだ。

何せ、この決勝戦の地で戦うのは初めてのこと。資料すら無いのだから当然とも言える。

そうして歩いていると、彼女を呼び止める存在が。

 

 

「大統帥閣下、此度が最後の戦いとなります。どうか、何卒我らに栄光を!」

「⋯⋯学園長先生」

 

 

例の絹代の通う知波単学園の学園長であった。

その顔は、物乞いにも似て、プライドという文字は端から存在しないか忘れ去っているか、知らないか、といったような無様な様相を表している。

必死さだけは伝わってくる。それほどまでに、優勝したいのだろう。

 

 

「我ら、知波単学園! 総員を以って、貴女方のご活躍に期待させていただきますので!」

「はい。きっと、我らが知波単学園にとって名誉ある試合をすることを誓いましょう」

「はい! その言葉が聞ければ、私は大満足です。大統帥西絹代の本気が見られる機会などこれ以外にはありませんでしょう。期待しております!」

 

 

ひきつった笑みを何とか飲み込み、西絹代は自らの同胞達の下へと歩みを再開した。

 

それについてくるつもりはないらしく、学園長は恭しく一礼して見送ると、反対の方向へと歩き出すのであった。一安心し、ため息を吐くと、絹代は青空を見上げて頬を叩く。

 

試合こそが、今日の全て。学園長などは関係無い。それを持ち込むのは、みほさんに失礼だと確信していた。

 

 

「絶対に勝てるなんて、言えない。だけど、勝ちたい。みほさんに、勝ってみたい」

 

 

図らずして、両者の思いは今この時この瞬間、完全に一致していた。そして、この試合中、二人の思いは違えることはないだろう。

 

望むは純粋な勝利。似て非なる存在だからこその、単純な勝利への渇望。

 

 

―――戦いが、始まろうとしていた。




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上・テ勝ニ洗大デ力全

遅れました。後終わりが微妙なので、書き直すかも⋯⋯。


「今日この日を待ち望んでおりました」

「はい、西さん。私こそ、西さんと戦うこの日を、今日を待っていました」

 

 

握手を交わす。勝っても負けても、などというわけではないが、お互いがお互いを認め合い好敵手として今日の戦いに臨むのだ。後腐れなど興醒めなことは抜きにしたい。

 

試合の詳細について最終確認をしてもらっていた福田達が戻っていくのを見て、みほさんに小さく礼をして列に戻る。

 

 

「それでは、これより第六十三回戦車道全国大会、決勝戦を開始します! 双方、礼!」

「「よろしくお願いします!」」

 

 

士気は上々。コンディションは良い。

大洗女子学園の車輌は、旗車のIV号戦車、ヘッツァー、八九式中戦車甲型、III号突撃砲、M3中戦車リー、ルノーB1bis、ポルシェティーガー、三式中戦車の八輌。それに対して、こちらは九七式中戦車チハが旧砲塔十一輌、新砲塔八輌の計十九輌に旗車の四式中戦車チトだ。

二十対八だが、これを過剰戦力だとは思わない。むしろ、これだけ揃えても揃え足りないとすら思っている。

 

 

「傾聴」

 

 

もう、私から言うようなことはほとんどないが、何も言わずに試合を始めるというのも味気ないだろう。

何より、私自身が皆に感謝を伝えたい。

 

 

「最後の戦いに臨む同胞諸君に、私からかける言葉はほとんどない。だが、ひとつ言わせてもらうならば。

 

 

―――我々の戦いが歴史を作る。我々の生き様が歴史を作り、我々の散り様が歴史を作るのだ。なればこそ、我々は歴史を刻むものとして、恥じない振る舞いを求められている」

 

 

結局、私達がどれだけ命を懸けようとも、戦車道は武道の域を出ない。戦争ではないのだから当然だ。

なら、ただの武道として戦車道に臨むのか?

否。断じて否である。

 

 

「我々は、知波単学園戦車道科は、今日この日、戦車道という歴史に我らの名を残す。名誉なことだ、栄誉なことだ。そんな諸君らを先導し戦えること、この西絹代、身に余る誉れとして、生涯胸に刻み続けるだろう」

 

 

この戦車道という道に命をも懸けてやろう。この道が、英霊達に顔向けできるものであるならば、この西絹代はどこまでも戦車道に邁進する。

戦車道に持てる熱意の全てを懸けようではないか。我々は、そうしてここまで来たのだから。

 

 

「総員にとって悔いのない戦いを要望する! 以上!」

 

 

チトに乗り込み、総員を見渡す。

⋯⋯結構。私が心配するまでもなく、良い顔だ。戦士の顔である。

 

 

 

 

「戦車、前進! 大洗女子学園を、叩き潰す!!」

「「応ッ!!」」

 

 

 

目指すは打倒大洗女子学園。優勝などは二の次だ。大洗女子学園に、西住みほに勝てれば私はそれで良い。

知波単学園戦車道科の戦いを、その覚悟の程を、この戦いで見せてやる。

 

 

「まず、我々は迅速にポルシェティーガーを抑える。辻小隊、福田小隊は偵察を頼む。指示は福田に委任する」

「応!」

「了解であります!」

 

 

旧砲塔三輌の三輌編成である辻小隊、旧砲塔三輌に新砲塔二輌の五輌編成である福田小隊の計八輌が隊列から離れていくのを見送り、我々は森へと向かう。

ポルシェティーガーは硬い。その上、あの一撃は我々の主力であるチハを容易く抜ける。八輌でポルシェティーガーを潰し、本隊十二輌でゆっくりと敵を削っていく。

 

 

「玉田小隊、細見小隊は全周警戒しつつ山へ行け。我が小隊は市街地へと向かう!」

「「了解!」」

 

 

我々は小回りが利き、機動性においては利がある。しかし、火力と装甲は四式以外心許ない。相手が旧式戦車の集団であろうとも抜けない時は抜けない。その上、大抵の砲撃は通してしまうのがチハだ。一撃も油断ならない。故、遮蔽物の多い市街地を取る。

玉田、細見の六輌には高所を取って、大洗が市街地から退却した場合に挟んでもらう。

 

 

『こちら辻、福田混成小隊! 敵車輌、八輌全てを視認! 山地へ向けて直行している!』

「⋯⋯何を考えている⋯⋯? 昔ならばいざ知らず、今の我々相手に高所を取りにかかるなど⋯⋯」

『今、旗車を含む六輌が森へと入って行きました! M3中戦車リー、III号突撃砲は依然進行中! 旗車を追いかけますか?』

 

 

そうか。恐らくは六輌で森の中での奇襲戦術、誘いに乗らずに二輌を追い掛けた場合は後ろから挟む、と。手数の多いM3中戦車リーと、III号突撃砲で山地から狙われたなら無視は出来ないからな。どちらに転んでも、それなりに手傷は負う、か。

 

 

「⋯⋯旗車を追いかけろ。誘いに乗ろうではないか」

『了解であります!』

「玉田、細見。絶対に高所を取らせるな。二輌とも倒す気概で行け」

『了解!』

 

 

後は練度の高さと意地がものを言う。

練度の高さでは負けるわけもない。大洗の気合いの入り方は目を見張るものがあったが、我々とて気合いと覚悟で負けるつもりはない。

後のことは同胞に任せ、我々は市街地を⋯⋯とも思ったが、敵に背を見せるのは面白くない。

 

 

「総員、停止! 有事に備え、ここで待機する」

 

 

これは、私と西住みほとの戦いだ。誰の命令であれ、私達の戦いは邪魔させなどしない。それがたとえ、学園長の期待であったとしても、だ。知波単魂は、戦車道に戦争など望んではいない。

 

むしろ、敗北してでも気高い戦いをこそ求めるはずだ!

 

 

『西隊長、こちら福田! 大洗、森の中で煙幕を用いた奇襲戦を展開する模様であります!』

『西隊長、こちら細見! M3中戦車リー及びIII号突撃砲も高所にて煙幕を張っています! 指示を!』

 

 

そう来るか。ただの奇襲戦でなく、こうも煙幕を用いてくる辺り、従来の戦車道戦では見られぬ戦い方。それでこそ、我が好敵手!

 

 

「両小隊、そのまま戦闘を開始せよ!」

 

 

この様子では、我々が戦うことになるのはまだ先になりそうだな。

次はどのような手を打ってくるのか、予想が出来ない。面白い。これぞ、新西住流⋯⋯!

 

 

 

 

 

 

 

「カバさんチーム、ウサギさんチームは出来る限り敵を倒し、時間を稼いでください。カモさんチーム、アリクイさんチーム、レオポンさんチームは共にここで敵車輌を奇襲、アヒルさんチームとカメさんチームはアンコウと共にこの森を抜け、敵フラッグ車とその取り巻きを奇襲します」

「西住殿、大統帥はこの誘いに乗ってくるのでしょうか?」

「はい。きっと、西さんは高所を取ろうとしてくるでしょう。同時にポルシェティーガーを撃破しようと躍起になるはずです」

 

 

確信はない。でも、確証はある。

高所を取ってしまえば、私達は市街地へと向かわなければならなくなる。そうなれば、市街地は機動力の高い彼女達にとって最高の戦場だ。私達は各個撃破され、市街地からも敗走する羽目になるだろう。そこで私たちを挟撃する。そんな事態を打破出来るポルシェティーガーを真っ先に撃破しようとするのは当然だろう。ならば、私達は意表を突かなければならない。

きっとこの作戦で問題ないはずだ。問題ない、はずなんだけど。

 

 

「⋯⋯もくもく&バタバタ作戦、開始します!」

 

 

なんだろう、この違和感は。

西さんが、必ずこういう風に出るって納得してるのに、何かを見落としてる⋯⋯そんな感じ。

いったい、何が⋯⋯。

 

言い知れぬ不安に思考を巡らせていたその時、森の方から一つの大きな砲声の後、連続した砲声が七つ聞こえてきた。

 

 

『隊長! こちらレオポン、履帯破損! 動けません!』

「⋯⋯え⋯⋯?」

 

 

その報告は、あまりにもいきなりで、予想だにしていないもの。

こんなにも早くこちらが損害を被るなんて思ってもみなかった。

 

 

『こちらカモ、煙幕を張っているのにしっかり狙われてます!』

「落ち着いて! 状況を報告してください!」

 

 

まさか、西さんが直々に?

でも、そんなはず⋯⋯。西さんは、緊急時と終盤以外ではあまり自らの隊を出さない。だからこその戦術予想だったけど⋯⋯。

 

 

『敵、森の中を二列で走行中! 全方位に対応してて撃ったら撃ち返してくるので、迂闊に砲撃出来ません! フラッグ車はいない模様!』

『あれじゃ、まるで装甲列車だにゃ!』

「⋯⋯そうか、二列を崩さず両側面を窺い続けて煙幕の中を虱潰しに⋯⋯!」

 

 

場所が平地でなければこんなことは出来ない。でも、知波単学園の練度の高さと機動力なら⋯⋯。

 

 

「カモさんチーム、アリクイさんチーム、煙幕を焚きながら、敵を誘導してください! レオポンさんチームは、危なくない範囲で履帯修復を急いでください!」

『『了解!』』

 

 

まだ、試合は始まったばかりだ。いくらでも立て直すことはできる。何より、こんなので終わりだなんて、笑い話にもならない。

 

私は、私達は勝つためにここまで戦ってきたんだ。廃校を阻止するため、みんなと戦車道を続けるため。そして、西さんに勝つため。なら、勝つためにはいくらでも策を練る。それが、私にできること。私にしか、出来ないことなんだから。

 

私達の戦車道は、こんなものじゃない。

 

絶対に、負けたくない。

 




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中上・テ勝ニ洗大デ力全

遅れました。後、考え過ぎて逆に変になるってこのことですね。取り敢えず、完結まで走り抜けることにします。


「隊列での踏破⋯⋯福田、良い考えだ」

『恐縮であります! 知波単学園戦車道科だからこそ出来たやり方であります!』

 

 

我々の誇れる点である練度の高さと結束力を活かした最良の方法だ。一輌を失いはしたが、ポルシェティーガーの履帯を破壊出来たのは大きい。もしもポルシェティーガーが履帯修復を出来たとしても、戦線に復帰するまでとなると相当の時間を要するだろう。ポルシェティーガーが戦場までその鈍い足でやってきたところで、勝敗は決している可能性だってある。

 

 

「呵呵! 我々も急ぐぞ、戦車前し―――」

 

 

指示を飛ばそうとしたその時である。

唐突に爆音が響き、護衛に付いていた一輌のチハから白旗があがった。

 

 

「⋯⋯! そう来たか。全車、全周警戒! 見つけ次第、戦闘開始!」

 

 

視界には戦車の姿はない。あるのは、森と丘陵地のみ。視界外からチハを撃破出来るとなると、現状フリーであろう大洗車輌では、ヘッツァーか旗車のIV号戦車辺り。なるほど、やはり森での戦闘は囮であったか。

大胆な戦い方、これが新西住流⋯⋯いや、これこそが西住みほと大洗の戦車道、ということだな。

 

 

「打てば響くような一心同体の戦い方。我々とて、負けているつもりはない。名倉、西原、任せるぞ。お前達が我々の目となる」

「「了解!」」

 

 

名倉の新チハと西原の旧チハが隊列を離れ、それぞれが両側の遠方を並走する形となる。

市街地に着くまでしばらくの間は平地だ。見晴らしが良いという利点はあるが、その右側は森、左側は丘に囲まれている。大洗の伏兵はそれらを使って私達を奇襲している。

 

考えを張り巡らせ、向こうの策を潰さんと手を打った。

だが、それは無駄になってしまったらしい。

 

 

「⋯⋯そうか。私との一騎打ちが望みのようだな、西住みほ!!」

 

 

私達三輌の前に立ち塞がった八九式中戦車と旗の付いたIV号戦車。その砲口は静かにかつ獰猛にこちらを狙っている。

キューポラから顔を出す少女、西住みほと目が合うが、それも束の間、私達は互いを打ち倒さんと駆け出していた。

軍刀を抜き放ち、横薙ぎに振るい、前方を指し示す。

狙うは大将。あれを討てば、我々の勝ちだ。機会を逃してやれる程、謙虚であるつもりはなし!

 

 

「愚策もいいところだな! 私は、私達は強いぞ、軍神!」

「⋯⋯私達だって⋯⋯!!」

 

 

声が聞こえる程に近い距離。

四式中戦車とIV号戦車の75mm砲が火を噴く。こちらは装甲を掠り、あちらはシュルツェンを一枚削られた。強いが、我々と比べれば砲手はまだ荒削りの域を出ない!我々の練度は黒森峰すら凌駕する!

反転し、再度砲撃。今度はどちらも当たらず、地面を抉るだけに留まった。

それにしても、あちらの操縦手は天才的だな。そして、装填手も。撤回しよう、砲撃手の成長速度もなかなかのものだ。操縦手の不意の回避に対応し始めている。タイミングによっては、先の一撃は履帯に直撃していたかもしれない。

 

 

「操縦手、次の一撃は致命になりかねないものに昇華しているだろう。回避に専念しろ。多少、大回りになったとしても砲手を、同胞の腕を信じるんだ。良いな?」

「はい、西隊長!」

 

 

天井知らずで底知れず。ああ、良い相手だ。

だが、我々だって成長を止めたわけではない。戦いの中で、人間は進化する。

闘争が、人々の歩みの証。穏やかなる停滞に未来は、無い!

 

 

「来るぞ⋯⋯!」

 

 

再度の履帯を削るような大回りの急速旋回。身体を揺さぶられながら、IV号戦車の横に躍り出る。外套がはためく。

 

 

「砲撃!」

 

 

爆音。そして、金属音と車体が傾く揺れ。履帯をやられたらしい。それに対して、こっちは装甲板を一枚剥がしただけか。

動かんな。履帯修復をするとなると、市街地

 

 

「西隊長! 敵フラッグ車、また来ます!」

「狼狽えるな。我々には、同胞がいる」

 

 

そちらが一騎打ちがお望みであっても、そちらが如何に伏兵によって同胞を足止めしようとも、そちらがどれだけ本気であっても。

私には、同胞がいる。この戦いに全力を尽くす同胞が、いる。

IV号戦車の砲口がこちらへ向く。この距離であれば、どこを撃たれても致命傷になり得るだろう。しかし、危機だとは思わぬ。

 

 

 

「西隊長、助太刀致します!」

「久保田、感謝する!」

 

 

IV号戦車の砲塔が、横合いからの衝撃によって明後日の方を向く。

久保田の旧チハがIV号戦車の側面へと突撃したのだ。そのまま久保田が戦闘を開始したのを後目に、戦況を確認する。

 

 

『こちら、玉田。III号突撃砲、M3リーと交戦継続中! こちらの損害軽微。あちらの損害は不明です』

「こちら、西。そのまま戦闘を継続せよ」

 

 

六対二ともなれば、多勢に無勢であろう。しかし、あちらの戦力はこちらのチハを凌駕する。

しかし、我々はいつだって苦境で戦ってきた。勝ってきた。今更この程度の戦力差はどうということは無い。

 

 

『こちら福田、依然戦闘継続中でありますが、三式中戦車を撃破したのであります!』

「そうか、良くやった。B1bisは倒さなくても構わん。こちらと合流しろ」

『了解であります!』

 

 

戦いはまだまだこれからだ。

撤退していくIV号戦車を見つめながら、履帯修復を指示。隊列へと戻ってきた名倉、西原、久保田に労いの言葉をかける。

そうして、私は次の動きを考え始めた。

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯これほどとはな」

「はい。隊長の西さんや福田さんたち小隊長格の車輌であればともかく、部隊の一輌一輌がこれほどの練度を保持しているとは⋯⋯誤算でしたね」

 

 

まさか、いち取り巻きだと思っていた旧チハにここまで妨害を受けるとは思わなかった。バタバタとしているところに奇襲をしかけ、電撃的にフラッグ車を討つという一つ目の決戦は失敗に終わった。

アリクイさんチームが撃破されてしまったこともあり、現状は不利と言って良いだろう。

 

 

「とはいえ、まだ終わったわけではありません。決戦はあと二回あります」

「そうですよね、まだ負けたわけではありませんよね」

「西住殿の言う通り、あと二回我々にとって勝利を狙える機会があります。それも失敗に終わってしまっては、後は根性論になりますけど⋯⋯」

「みぽりんについて行くって決めたんだもん! 私達、どこまでだってやれるよ!」

 

 

次に狙うのは橋。

カバさんチーム、ウサギさんチーム、レオポンさんチーム、カモさんチームには合流に向けて移動を開始するように指示してある。先にある川付近で落ち合えるだろう。

しばらく平地を走行していると、カメさんチームから無線が入った。

 

 

『西住ちゃん、こっち、さっきので履帯にガタが来てたみたい。取り敢えず、なんとか修理してみるから、先に行っててよ』

「分かりました。待ちます」

『⋯⋯へ? いやいやいや、だって小山も川嶋も直し方わかんないんだよ? 絶対に時間かかるって』

 

 

困惑した様子ではあるが、そんなことを気にしている暇はない。時間が無いのだ。知波単学園の強みは何も練度だけじゃない。機動力においても、こちらを上回る。モタモタしていてはすぐに追いつかれてしまう。

でも、ここでカメさんチームを置いて行ってしまったら、私は必ず後悔する。後悔だけはしたくない。

だから待つ。

 

 

「私の戦車道は、皆で戦う戦車道です。誰一人だって見捨てちゃいけないんです」

「それでこそ、西住殿です!」

「うんうん! やっぱり、みぽりんはそうじゃなきゃね! みぽりんだからこそ、私達をここまで引っ張ってこれたんだよ!」

『⋯⋯そっか。西住ちゃん、ありがと。おーい、かーしま! さっさと履帯修理するぞー! てことでさ、頑張ってみるから少し待っててね』

「はい」

 

 

そうだ。勝つことだけが戦車道の大切じゃない。私は、私の道を貫く。私の戦車道を往く。

 

次に目指すのは橋だ。橋で決着を付けられなくても、出来る限りの戦力を倒す。そうしないと市街地に入った時、私達は圧倒的に不利になる。

 

油断は出来ない戦いだけど、負けられない想いがある。背負うものがあって、背負う覚悟はしてきたつもりだ。

だから、と言うわけじゃないけど、私だけでも余裕を持ち続けるのは間違っていないだろう。気付くこと、学ぶことばかり。それでも、日々勝利のためだけに戦ってきたあの時とは違って、今が一番楽しい。

 

この皆との戦車道を、失いたくない。




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中下・テ勝ニ洗大デ力全

今試合最後の演説。
次回、決着。


「呵呵!! 好い! 流石は我が好敵手でありますなぁ!!」

 

 

仲間の履帯修理を待つその心意気。賞賛に値する。攻撃などさせん。それは、我が好敵手への不義。

何より、我が熱意に嘘をつくことに他ならぬこと也!

福田のチハがこちらに向かってくるのを視界に収め、私は西住みほ達から目を離す。

 

 

「西隊長、残存十八輌揃いました!」

「良し、待機だ」

「了解であります!」

 

 

あちらは残り七輌。こちらは残り十八輌。

数の利は依然としてこちらにある。あちらの方が市街地には近いが、遭遇戦はこちらとて十八番のひとつ。今、祖霊達の加護を受けている我々からすれば、俄然、負ける気がしないな。

しかし、ここは今一度士気を上げておこうか。

 

 

「諸君傾聴!」

 

 

外套をばさりと翻しながら振り返る。帽子を被り直し、全体を見据える。

これ以上ないほどに我々の士気は高い。

 

 

「私は諸君らの勇み戦う姿をこの上なく好ましく思う。高潔な知波単魂を持った諸君らの進撃する姿、正しく英霊にすら匹敵し得るだろう!」

 

 

英霊、祖霊の皆様方の勇姿に、伝え聞くその生き様に私は憧れて焦がれた。その結果、今、大統帥とすら呼ばれるようになった私が居ると言っても過言ではない。しかし、今を生きるのは我々だ。彼女達も例には漏れない。

だからこそ、私は彼女達の事情を話そうと思う。

 

 

「彼女達は、たった今廃校の危機に瀕している!」

 

 

学園長から聞いた話だ。大洗女子学園は今年度末で廃校となる。我々もここで戦果を挙げなければ廃校となるやもしれぬと、学園長は嘆いておられた。あの焦り様はそれ故にかも知れない。しかし、そんな些事はどうだって良い。至極興味の無い話だ。

 

 

「だが、彼女達は、今我々と戦っている最中もその戦車道への熱意を失っていない! ただ、己らの学園を守るための尖兵へと成り下がってなどいない!」

 

 

普通なら、大洗女子学園の境遇であるならば諦観に支配され投げ出しこそすれ、ここまで戦い抜くことなど出来はしないだろう。私自身、西住みほと同じ立場であったなら、ここまで辿り着くことは不可能だと断言する。

 

だが、彼女たちはここまで勝ち進んできた。

そしてそれは今もだ。

 

 

「諸君、私は勝ちたい。彼女達の熱意を、彼女達の想いを踏み躙るとしても、私は勝ちたい。私の我儘を貫きたい」

 

 

なんて醜くて、卑しい勝利欲求か。

我ながら反吐が出る、唾棄すべき願望。有り得ない、でも、曲げられない。曲げたくはない。

 

 

「こんな低俗な私ではあるが、諸君らと並び立つことが出来て身が引き締まる想いだ。故、私は今日この日に全てを使い果たし、祖霊と、そして今日この日戦っている皆に顔向けできる西絹代にならんと、戦い抜く所存である」

 

 

これは一種のけじめ。彼女達の戦車道を魅せられ、ならばと意地を張った私の声明。

これに応える者がいなくとも大いに結構。上の命令として従わせるまでのことだからだ。だが、私は彼女達の応えが聞きたい。

 

 

「西隊長。不肖福田、以下知波単学園戦車道履修生全員は、貴女の悲願のため、総力戦、玉砕すら辞さない覚悟であります!」

「然り!」

「やらいでか!」

「この日、大統帥の為に散りましょうぞ!」

「⋯⋯お前達⋯⋯」

 

 

思いは遥か昔に同じであったらしい。

私は、幸せ者だ。

 

 

「ここに我々の意思は一つとなった。進軍を開始する」

「「御意ッ!」」

 

 

エンジンを動力する。

目指すは市街地。道中のありとあらゆる障害は捩じ伏せる。

 

戦車は火砕流の中であろうと進むことが出来るのだ。ならば、道理に適っている。

大洗女子学園は、正しく火砕流すら凌駕する我が道最大の妨げ。障害には、この大統帥の名において相応しい天誅を与えてやろう。

 

 

 

 

 

森の中で息を潜める。

道を挟んだ向こう側のカメさんチームとカモさんチームにアイコンタクトを送り、カモフラージュ用の木々を車体に被せる。

 

 

「みぽりん、皆配置に就いたって」

「分かりました。これより、バッサリ作戦を開始します。全車両は、レオポンさんチームの発砲まで待機してください」

 

 

橋を越えた向こう側にはカバさんチーム、アヒルさんチーム、ウサギさんチームがスタンバイしている。

 

 

「この作戦の肝心な部分は、決して深追いしてはいけないことです。相手車輌の数を減らすことに尽力してください」

『了解しました!』

『了解です!』

『りょうかーい』

『心得たぜよ』

『分かったよー』

『分かりました』

 

 

それから少しもせずに、その時は訪れた。

何輌分ものエンジン音。地響きの音。迂回路よりも、迅速に橋を越えて来るだろうことは予想していた。

だから、こんな策を取れた。

 

 

「⋯⋯二、三、四⋯⋯」

 

 

五輌目のチハが橋を渡ろうとしたその時、轟音が響く。橋の崩れる音、重たいものが地面に落下する音。

そして、いくつもの砲声。白旗の上がる軽快な音が四つ響いた。

 

 

「二輌撃破。攻撃の手を緩めないでください」

『こっちも二輌落としたよー』

 

 

アナウンスによる撃破報告が立て続けに響き渡る。今の一瞬で四輌、落ちて撃破扱いとなった車輌も含めれば五輌か。目視出来る残存車輌は向こう側に二輌、こちら側にも二輌。ここで殲滅出来れば大きく差を付けられる。

バッサリ作戦の内容は、橋の手前と越えた所の二箇所に三輌ずつ配置。遠方からのレオポンさんチームの砲撃で橋を落として、戦列を分断され乱れた上、後退出来ない知波単学園を包囲殲滅するというもの。

 

 

「了解です。そちら側の車輌はなるべく全車撃破してください」

『根性で殲滅します!!』

『御意!』

 

 

ここに大統帥西絹代は居ないと思う。いや、居ないって断言出来る。あの人は市街地へと一足先に赴いているに違いない。そして、ここにこちらの戦力を削ることが出来る精鋭も置いている。必ず。

 

 

『きゃぁあ!』

 

 

一輌、動きの違う車輌があった。チハ旧砲塔。そして、そのキューポラから顔を出している女性に見覚えもあった。

 

 

『こちらカモ、やられちゃいました』

「大丈夫です、それより怪我はありませんか?」

『大丈夫です! 皆様の健闘を祈ります! 冷泉さん、約束は守るから! 後はお願い!』

 

 

アナウンスによるB1bis、カモさんチームの撃破報告を聴きながらカモさんチームに怪我はないか確認するが、幸い、誰も怪我はしていないらしい。それに、激励で麻子さんもやる気が漲っているようだ。

ならば、今は目の前の強敵に注力するのが最優先だろう。

 

 

「辻つつじ先代隊長⋯⋯」

「彼の軍神にこの名を覚えてもらえていたとは光栄だな!」

 

 

練度という面において、単体戦力としては申し分ない選択だろう。

ここで、全員でかかることこそ、今においては相手の思う壷。一輌を当てて、全車でこの場を離れることが最善にして必須の動き。

 

問題は、誰にその役を全うしてもらうか、だよね。

 

逡巡する時間は無い。一瞬で決めるしか、ない。そして、この場において、この役を任せられるのは⋯⋯。

 

 

『西住ちゃん、ここは私達に任せてもらって良いかな?』

『あの女とは何やら似た何かを感じるのでな。私達が倒しておく』

『だから、皆は先に行っててちょうだい。私達なら、大丈夫だから』

「⋯⋯分かりました。お願いします」

 

 

振り返らない。

去り際に、こちらを追撃せんとする一輌を撃破し、私達は市街地へと向かう。カバさんチーム達の方も二輌を撃破してくれた。

作戦は、成功した。

 

 

「⋯⋯絶対に、大洗を。会長達の想い出を、私達の戦車道を⋯⋯!」

「潰させたりなんてしない。勝つんだ、知波単学園に」

 

 

神妙な面持ちの沙織さんの言葉に続く。

大洗の軌跡を、途切れさせたりなんてしない。会長達の想い出を蔑ろになんてさせない。私達の戦車道を、私達の熱意を、死に際の輝きだと誰かの語り草になんてさせない。

 

私は、仲間の為に濁流に飛び込んだあの日、単なる西住流の予備から(西住みほ)になったんだ。

 

サンダースは草原に伏した。アンツィオは丘陵に散った。プラウダは白雪に埋もれた。継続は砂漠で討たれた。聖グロリアーナは村落で砕かれた。黒森峰は山岳で倒れた。

そして、今残っているのは知波単学園と大洗女子学園。西絹代と西住みほ。

 

今となってはお姉ちゃんの率いる黒森峰に勝つことは不可能となってしまったけど。

私が私であることを、私の戦車道が本物であることを証明するには、知波単学園に、大統帥に勝つしかないんだ。

 

 

チハ旧砲塔及びヘッツァーの撃破アナウンスを耳に。私達は市街地への道を急いだ。




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下・テ勝ニ洗大デ力全

ふう、何とか収まった(普段の約二倍)


「大洗全軍、反対側に集結した模様です」

「III号突撃砲と八九式中戦車の二輌小隊と、IV号戦車、M3中戦車、ポルシェティーガーの三輌小隊に分かれ、市街地を走行中です。恐らく、偵察も兼ねた拠点占領かと」

「そうか。名倉、池田、偵察ご苦労」

 

 

市街地にはほぼ同時に到着したらしい。

まさか、ポルシェティーガーがこの市街地戦に間に合うとは思わなかったが、小さな誤算だ。

あの軍神が定石通りの拠点占領による戦闘の有利性の確保を目指しているとは思えない。考え過ぎは有り得ない。薄々読めてはいたが、橋を落として包囲殲滅するなどという奇策を用いてくる程だ。まだ何かあると思った方が良い。

 

 

「総軍計九輌、集結しました!」

「ご苦労。次の作戦に移る。玉田、細見、お前達は五輌を率いて敵車両を旗車一輌だけにしろ。お前達の生還の是非は問わない。⋯⋯ただし、悔いのないようにな」

「⋯⋯承知」

「分かりました」

 

 

玉田も細見も、よくぞここまでついてきてくれた。既に散った辻先輩や後輩同輩達も、こんな私に付き従い、ここまで来てくれた。

そんな彼女達を捨て駒も同然の扱いにすることを、今更どうこう言うつもりも言わせるつもりもない。勝つ為に善く進み、善く戦い、善く勝つのだ。

決意の内に出立した彼女達を敬礼で見送り、福田を見据える。

この最終局面に緊張した面持ち⋯⋯というわけではなさそうだ。これなら、彼女でもやり遂げてくれるだろう。否、元より心配も憂いもしていないが、な。

 

 

「⋯⋯我々は、二輌で旗車を、軍神を狙う」

「⋯⋯了解であります。私が軍神の車輌に先駆けて突撃を敢行し、後に西隊長が確実に仕留めると」

「ああ、その通りだ。定石ならば、その通りだが⋯⋯」

 

 

疑問符をうかべる彼女のヘルメットを小突き、笑みを零す。

定石なんかで勝てる程、容易い存在だとは思っていない。

 

 

「福田、お前が仕留めろ。私が囮を務める」

「⋯⋯了解したのであります。僭越ながらこの福田が旗車を打ち倒してみせるのであります」

「ああ、頼んだ」

 

 

予想外のことはいくらだってある。それでも、私は全力で倒す気概で囮をするのだと腹を括っている。無論、倒すことが出来るのであれば倒すつもりだ。それが、互いの最善なのだから。

だけれども、私は後輩の可能性に託してみるつもりだった。この小さな戦士に、己の命運を賭けても良いと、そう考えている。私は、勝てればそれで良いのだ。

何せ、私は戦士でも勇士でもなく、統率者、大統帥(・・・)なのだから。

 

戦闘の音を遠くに聴きながら、私達は移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「彼女達はこの市街地という有利な地形で、私達を確実に殲滅しようとしてくるでしょう。だから、私達も迎え撃ちます」

「西住殿、第三の決戦はどうするんですか?」

「それについては、お話しした策が現時点で使用不可であるため行いません」

 

 

元々、あの作戦は大統帥を誘き出して二対一で叩くというもの。こちらと知波単学園がほぼ同時にここに到着してしまった時点で、あの作戦は実現不可能となってしまっている。

 

 

「これが、本当に最後。正念場です。皆さん、よろしくお願いします」

 

 

返答はなかった。それでも、皆が頑張ってくれるって私は知ってる。私には皆を信じる理由があって、理由なんかじゃ表せない友情が私達にはあるんだから。

 

 

「俄然、負ける気なんてしないよね」

 

 

全くもって、この言葉の通りだった。

俄然、負ける気はしない。

 

 

「⋯⋯来ます」

 

 

戦車に乗っていても分かるほどの地響きが、こちらへと近付いてくるのが分かる。

緊張感が高まって、それでもこの体の震えは緊張感から来るのじゃない。武者震いだ。

彼女が次に何をしてくるのか、それを私はどう打ち破れば良いのか、そしたら次はどんな策で、どんな手法でその策を倒せば良いのか。皆と勝ちたい、そんな思いを否定するような独善的な闘争への渇望が湧き出てくる。私自身が、満足するまで、終わるまで彼女と戦っていたいという破滅的な願望。これは、私の本質のひとつなのかもしれない。自らの持てる全てで以て強敵と鎬を削りたいという純粋な想い。この想いは、どれだけ傷付いても、止まるまで走り続けるだろう。

 

 

 

―――だから、私はそれを抑えた(・・・・・・・・)

 

 

 

建物の角から現れた影。それを視認して、私は口を開く。

もう既に、この戦いは私だけの戦いじゃない。アリクイさんチームの戦車道があって、カモさんチームの戦車道があって、レオポンさんチームの戦車道があって、アヒルさんチームの戦車道があって、カバさんチームの戦車道があって、ウサギさんチームの戦車道があって、カメさんチームの戦車道があって、私達の戦車道がある。

 

 

「バッタリ作戦、開始します!」

 

 

砲声が鳴り響き、車体が揺れる。初撃は陰から顔を出した旧砲塔チハを見事に撃破。しかし、別の角度からの一撃を被弾する。

シュルツェンの一枚が削れ飛んだのを確認して、後退を指示。

 

 

「⋯⋯くっ!」

 

 

後ろを見遣れば、新砲塔のチハが照準を合わせてきていた。私の戦い方は西住流ではなく、単体でも強い島田流でもない。私には、私なりの戦い方がある。

 

横合いからの砲撃でチハが吹き飛び白旗をあげる。砲撃元のポルシェティーガーの主砲からは煙が上がっていた。

 

 

『ふー、危なかったねー。じゃ、後は任せたよ』

「援護ありがとうございます。任されました」

 

 

チハ二輌からの砲撃をエンジンルームに受けて、ポルシェティーガーが撃破される。アナウンスは、新砲塔チハ一輌と旧砲塔チハ一輌、ポルシェティーガーの撃破を告げていた。

 

 

『こちらアヒル、チハ二輌に追尾されてます!』

「分かりました⋯⋯あの角で止まってください」

「分かった」

「アヒルさんチームは、出来る限り引き付けてこちらまで来てください」

『分かりました! 少しきついけど、根性でやり遂げます!』

 

 

磯野さんのいつも通りの根性節に自然と笑みが零れてしまった。

ああ、好いなぁ。みんながみんな、それぞれの戦車道に興じている。私だけの独り善がりじゃない。大洗の戦車道。

 

 

「⋯⋯3、2、1⋯⋯撃て!!」

 

 

IV号の主砲がアヒルさんチームの後ろに付いていた旧砲塔チハを撃破し、八九式の砲と残るもう一輌の旧砲塔チハの砲が同時に火を噴き、二輌から白旗が上がる。

 

 

『西住隊長、根性ですよ! バレー部魂、託しました!』

「⋯⋯根性も、バレー部魂も託されました。ありがとう」

 

 

速やかに移動を開始する。この作戦の要は遭遇戦と一撃離脱戦法。だから、止まることだけは避けなくちゃいけない。

するとその時、アナウンスが鳴り響く。撃破報告は、チハが一輌。そして⋯⋯。

 

 

『こちらカバチーム。たった一輌撃破で申し訳ないが、ここまでみたいだ。二輌、動きが違うチハがいる。気を付けてな』

「いえ、大丈夫です。情報、ありがとうございます」

 

 

III号突撃砲の撃破報告と、カバさんチームからの通信を耳に情報を整理する。

動きの違う二輌のチハ、というのは知波単学園の双龍(・・)、玉田さんと細見さんのことだろう。彼女達は大統帥の信頼が最も厚い腹心として知られている。だとすれば、大統帥はこの局面で全戦力を投入してきたのか。

 

 

『こちらウサギチーム、ごめんなさい! 履帯をやられました! カバさんチームの言っていた二輌がそちらへ向かってます!』

「分かりました。沙織さん、華さん、優花里さん、麻子さん、強敵が来ます。何とか撃破して、この戦いに勝ちましょう」

「「はい!」」

 

 

住宅地を疾駆していれば、さほど時間はかからずに例の二輌が現れた。大通りだ。動きはあまり阻害されないけど、遮蔽物がない。私達には不利な地形。

 

 

「玉田、細見が御相手致す! ここで散れ、大洗!!」

「撃滅突撃!!」

「私達は、こんなところで負けられない!」

 

 

私達の言葉の応酬を皮切りに、砲撃が始まった。

相手は二輌、こちらは一輌。練度だって、あちらの方が上だろうけど。

 

 

「⋯⋯皆、舌を噛むなよ」

「華殿、装填は任せて、確実な撃破をお願いします」

「お任せ下さい。絶対に倒します」

「あー! 通信手にも他にやれることってないのー!?」

 

 

皆、負けるなんて微塵も考えていない。それどころか、倒せるものだって確信してる。なら、負ける道理がないんだ。

 

 

「大洗、覚悟ッ!!」

「その首、もらい受ける!」

 

 

チハが両脇に付く。その砲口は寸分たがわずこちらを狙っている。マズルが太陽の光を受けて煌めく。

 

⋯⋯来る。

 

 

「⋯⋯ッ!」

 

 

身体が激しく揺さぶられる。車体が急停止し、履帯がアスファルトを削って煙を立てる。

チハの砲撃はあらぬ方向へと飛んでゆき、こちらを射線上から見失った二輌の砲塔はこちらへ向けて回る最中。もらった。

 

 

「撃てッ!」

 

 

砲撃が旧砲塔チハの装甲を抜いて撃破する。残る一輌の新砲塔チハが少し先で大回りに旋回したのを見て、その意図を悟った。

急発進。距離が急速に近づく。すれ違った時が最大のタイミング。

 

 

「覚悟ォ!!」

 

 

車体がすれ違う。二つの砲声が響く。至近距離で放たれた砲弾が砲塔に掠って衝撃が全身に伝わった。

そして、チハから白旗が上がる。アナウンスは二輌、チハが撃破されたことを教えてくれた。

 

 

「急ぎましょう」

 

 

安堵する暇はない。

きっと、決戦はこの先で待っているのだから。

 

 

 

 

 

 

「待っておりましたぞ、軍神殿」

「大統帥⋯⋯」

 

 

死地。出口は一つのみ、退路はないこの地はお誂え向けだろうさ。

決戦の地に現れた我が春最大の好敵手を、大手を振って出迎える。奇襲なんて、つまらないことはしない。まだ。

 

 

「さあ、私達の最後の戦いに、興じようではありませんか」

「そうですね。だけど、私は私だけじゃない。皆との戦車道で、貴女とぶつかります」

 

 

そうか。彼女に、強者特有の気迫が見えなかったのは、そういうことか。

⋯⋯実に、軍神らしい。いや、西住みほらしい、な。

ならば、もう言葉は要らぬ。雌雄を決するは千の言葉に非ず、一度限りの戦いだけなのだからな。

 

 

「⋯⋯戦車前進」

「パンツァー、フォー!」

 

 

戦車が動き出す。私達の想いをぶつけ合うために、地を往く。

鋼鉄の獣よ、汝の存在理由を証明せよ。それは、きっと私の求めることだ。

 

 

「⋯⋯!」

 

 

外套が翻り、砲弾が真横を通り過ぎる。回避した拍子に帽子が風に飛ばされていった。どうだって良い。

 

 

「やはり、我が好敵手。やりおる」

 

 

どちらの砲撃も当たらない。全て、地面やマンションを削るだけに終わる。双方にとって、その一撃は必ず倒す必殺の一撃に成り得る。だから、回避行動は最大限に行うように指示した。

それでも足りないだろう。大洗女子学園の何よりの恐ろしさは、戦いの中で進化すること。流動する進化と、それを導く軍神の手腕が数多居る強豪達を打ち破ってきた。

 

 

「⋯⋯お前達、被弾さえしなければ良い。同胞を信じ、鋭意全力で努力せよ」

「「御意!」」

 

 

この限界の戦いの中で、彼女達は進化し続けている。その証拠に、先までは危うげなく回避出来ていた一撃一撃が確実に近くなっている。我々にはそんな才能はない。しかし、我々には朝から晩まで高めた練度がある。

 

 

「呵呵!! 流石ですなぁ、軍神! なればこそ、我々も気兼ねなく潰しに往ける!」

 

 

そう、どんな手を使ってでも倒したいと思えてしまう。こんな極限の戦いはいつも名残惜しいが、終わりは尊い。

故に、それでは終幕と行きましょうか。

 

 

「福田、やるぞ」

『いつでもいけるであります』

 

 

操縦手に入り口で控える福田の下へ旗車を誘き出すよう支持する。

この戦い、勝たせてもらう。真剣勝負は全てを使い潰す。

 

 

 

「虎ヨ、陰ヨリ喰イ破レ」

『突撃!!』

 

 

 

福田のチハが、私を追うIV号戦車へと突撃する。見事なまでの厳かで潔い突撃。結構なことだ。

終わりだ、軍神。これが貴様らの終幕である。

 

 

 

 

「―――さ、せるかぁ!!!!」

 

 

 

 

二つの砲声が鳴り響く。

一つ限りの通路から飛び出してきた中戦車が、福田のチハを真後ろから撃った。その一撃が決定打ではない。しかし、IV号戦車目掛けて放たれたチハの砲弾は壁に向かって逸らされた。履帯が外れ、地に転がりながらも放たれた乱入者の第二撃がチハの装甲を破る。限界を迎えた兎印のM3中戦車と、福田のチハが白旗を上げたのはほぼ同時であった。

 

 

「楔を打ち込んだな。決死の玉砕、見事の一言。動け、我々で旗車を討つ!」

 

 

動き出したIV号戦車を一瞥。あちらも決着をお望みらしい。

⋯⋯いやはや、何たる無能。数と隊員の練度はこちらが上だったというのに、質を打ち破ることは出来なんだ。

自嘲の笑みを零し、それもすぐに止める。

 

古の英霊達が私を形作った。数多の同胞達の熱意が私を突き動かした。だからこそ、私は大統帥なのだ。

 

そして、それは彼女も同じ。

全てが彼女を形作り、その戦車道への熱意が彼女を突き動かしている。強いのは道理だ。

 

 

ああ、しかし。しかして。

 

 

 

 

「それでも!!」

「だとしても!!」

 

 

 

「「―――勝つのは私達だ!!」」

 

 

 

建物同士の隙間から放たれた互いの一撃が、その校章を抉る。

くく、これで後にも先にも私と貴様だけ。しがらみなんてものもとうの昔に消え失せている。

 

ああ、おかしくて堪らない!世には、斯くも素晴らしい魂のぶつかり合いがあるのか!

くくく、くはははは!!これが、笑わずにいられるか!この一瞬に比べてしまっては、世の全てが陳腐なものに見えて仕方がない!

 

 

 

「次の広場で勝負を決めに来るだろう。我々もこの戦いに終止符を打つべく突撃する。覚悟を決めろ」

「「御意」」

 

 

鼓動が否が応でも早くなっていく。

この素晴らしい戦いも、もう終わりか。

ならば、私が軍神に引導を渡してやるとしよう。

 

 

「履帯など擦り切れても構わん! 全てを出し切れ! 過去最高の巧みさで操縦し、過去最高の早さで装填しろ、過去最高の精度で撃ち抜くのだ!」

 

 

放り出されそうになるもキューポラを掴み堪える。無理な動きに履帯が捻じ曲がり、無限軌道が弾け飛ぶ。照準は常に捉え続けている。

軍神と視線が交差し、私は小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

「⋯⋯見事。嗚呼、誠見事也、大洗」

 

 

 

体感にして一秒も経たず。放たれた一撃が互いの動力部を貫通。我が耳は音を捉え、煙る視界の中、我が車から旗が上がっていることを確りと目に焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 

『知波単学園大本営発表

奮戦及ばず、知波単学園準優勝確定。

本日執行の第六十三回戦車道全国大会決勝戦に於いて、我らが知波単学園戦車道科は大洗女子学園戦車道科と戦い、持てる全てを出し切り二倍の戦力差を覆してみせるも、履帯の故障により後一歩のところで敗北を喫した。しかし、我が校の進展と戦車道隊員の健闘を讃え、本日の食堂品目は全て百円とする。

戦車道隊員の熱意と愛校心を見習い、他の生徒も努努研鑽を怠らないことを求む。』

 

 

 

 

 

 

「うっ⋯⋯ぐすっ⋯⋯うぇ゛」

「泣くな、福田。我々はひとつの出し惜しみもなく、清々しく負けたのだ」

「ううっ⋯⋯西、だいぢょぉ⋯⋯! 私は、己の無力がぁ、なざげないでず!」

「玉田、お前もか⋯⋯お前達、少しはしゃんとしてくれ」

 

 

夕日に照らされながら待機場所に戻ってきてみれば、そこには皆一様に涙を流す同胞達がいた。皆、女子高生であると言うのに、その顔は人様に見せられるものではない。

⋯⋯いかん、目頭が。もらってしまっては、隊長として示しがつかぬ。

 

 

「⋯⋯くっ⋯⋯いや、良い戦いだった。我々は大洗さんの優勝を心から喜ぼう」

「はぃ゛!!」

「ざもあ゛りなん!」

 

 

本当に、素晴らしい戦いだった。

そして、同時に私の無力さを痛感させられる戦いでもあった。だから、涙は勝った時まで流さない。

 

 

「皆、もっと強くなろう。次は私達が勝つんだ」

「勝たいでか!!」

「さもありなん!!」

 

 

はは、その意気だ。

さあ、大洗さんを讃えに行こう。それが、私達の義務で、私達の汚れなき純粋な気持ちなんだ。

 

 

「知波単学園、讚称突撃!」

「「讚称突撃ィ!!」」

 

 

本当にお見事です、軍神。いえ、西住みほさん。

 

ですが、次は私達が勝ちます。私達だって常に強くなり続けるのですから。

首を洗って待っていてくださいね、軍神殿。

 




感想、誤字脱字報告お待ちしてます。


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大統帥絹代、修羅ノ道程。
プロローグ


プロローグ。劇場版、開幕です。
新しいタグが全てを物語る。


カーテンが閉じられ光が遮られた暗い部屋、目の前の画面には足を組んで腰掛け、外套を肩掛けにした少女が映し出されていた。

画面越しにも、その洗練された佇まいから滲み出る指導者の風格が伝わってくる。

 

 

Buon giorno(こんにちは、) o(もしくは、) Buona sera(こんばんは)。知波単学園戦車道科の諸卿ら、初見となる。こちら、ドゥーチェ・アンチョビだ。まずは、諸卿らと共に戦えること、心より嬉しく思うことを伝えさせて欲しい』

「ドゥーチェ⋯⋯総統か」

『まず身の上から話そう。私はアンツィオ高校にて、戦車道チームを指揮している身ではあるが、それと同時に一人の戦車道を嗜む女生徒でもある』

 

 

彼女の言葉一つ一つには、魔性の魅力があった。まるで、心から崇敬したくなるような情熱的な言の葉。

思い上がるつもりは無いが、彼女、アンチョビ総統は私と似た類の人間であるらしい。

 

 

『私は、大洗女子学園にも、黒森峰女学院にも勝ちたい。これは、私だけでなくアンツィオ高校の総意と受け取ってもらって構わない』

「ほう⋯⋯」

『このメッセージを聴いている、ということは少なからず私の熱意も伝わってくれていることと考える。カルパッチョ』

『はい。知波単学園の皆様、ドゥーチェ・アンチョビの補佐を務めさせて頂いておりますカルパッチョと申します、以後お見知り置きを。早速ですが、こちらをご覧ください』

 

 

後ろで控えていた落ち着いた雰囲気の金髪の少女が、手元の旧式機材を操作する。スクリーンに映し出されたのは、戦場の見取り図。

 

 

『大洗の地形は大洗女子学園に有利であると同時に、我々にとっても有利です。強豪黒森峰女学院に対しては大きなアドバンテージとなることでしょう』

『優れた知慧を秘める彼の大統帥絹代なら既に理解しているやもしれないが、ここで提案がある。心して聞いてくれ』

 

 

彼女とは、何やら縁がありそうだ。

そう、例えば明日に控えたエキシビションマッチ(・・・・・・・・・・)のように。

事務局まで届けられていたビデオメッセージを見ながら、私は薄く微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『劇場版GIRLS und PANZER』大統帥絹代、修羅ノ道程。―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よもや、ここまで早く再戦の機会が巡ってくるとは思いませんでした」

「はい、私もです。エキシビションマッチがあること自体知りませんでしたから⋯⋯」

「ですが、私共としては僥倖。大洗さん、此度は我々が勝たせていただきますのでそのおつもりで」

「⋯⋯いえ、私達も負けません」

 

 

今回のエキシビションマッチ、本来ならば聖グロリアーナ女学院とプラウダ高校というベスト4の二校が大洗女子学園と黒森峰女学院の混成チームと戦うという催しであった。しかし、我々の決勝戦敗退を嘆いた知波単学園学園長先生がどうにかリベンジ出来ないかと戦車道連盟にまで掛け合い、結果的に順位だけで見た戦力調整もあって、知波単学園とアンツィオ高校の混成チーム対大洗女子学園と黒森峰女学院の混成チームという戦いになったのである。

 

 

「え、あのみぽりんと話してる人誰⋯⋯!?」

「容姿は先日戦ったあの方とそっくりですのに⋯⋯雰囲気が全く違います」

「二回しか会ったことは無いが⋯⋯流石に雰囲気が違いすぎるんじゃないか。姉妹か何かなのか?」

「いえ、どちらも西絹代の素ですね。アンツィオ高校のドゥーチェ・アンチョビもその類の方でしたし」

「あー、確かに。戦った後、この人誰!?ってなったもん」

 

 

遠くで西住さんのチームメイトの方が何やら話しているのが見えた。試合前の挨拶のため、そちらの方へと足を運ぶ。

 

 

「IV号戦車の搭乗員の皆さん、お久しぶりです⋯⋯と言っても決勝戦以来なのでそこまで日は空いておりませんが」

「あら、どうもご丁寧に。今日はよろしくお願いしますね」

「西絹代殿、よろしくお願いします!」

「未だに信じられない衝撃だけど⋯⋯よろしくお願いします」

「よろしく」

 

 

ああ、戦時の私とそれ以外の私との違和感か。得心の行った私は、彼女達に説明するために口を開く。

 

 

「大統帥の絹代も、いち知波単学園生徒の今の私も、同じく西絹代であることに変わりありません。違和感もあるとは思いますが、御容赦を」

「あ、いえいえいえ! 戦ってる時の絹代さんは凛々しくて格好良いと思いますし、今の絹代さんも気品と余裕があって、大和撫子って感じで良いと思います!」

「私も憧れます⋯⋯もっと余裕が欲しいです」

「華殿は今でも十分大和撫子だと思うのですが⋯⋯」

「むしろ、沙織の方が大和撫子らしさを得るべきだと思う」

「あー! 麻子酷い!」

「ふふ、あはははは!」

 

 

なるほど。前に大洗に単身訪れた時には掴みかねたが、簡単なことではないか。

彼女たちは素晴らしい人達だ。そんな彼女達がいるから、西住さんも強いのだろう。

 

 

「ふふ⋯⋯失敬。それにしても、西住さんは素晴らしいご友人をお持ちのようだ」

「はい。私の大好きな皆です」

「そうですね。そんな貴女達だからこそ、私達に勝ち得たのでしょう」

 

 

ですが、今回はそうはいきません。

私達は常に前に進み続けている。

そして、何よりも此度の戦いには盟友がいる。

 

 

「おー、皆もう揃ってるみたいだな!」

「アンチョビさん」

「ドゥーチェ・アンチョビ⋯⋯」

「西絹代、初めまして、だな。私がドゥーチェ・アンチョビだ! 今回は、よろしく頼む!」

「はい、よろしくお願いします」

 

 

差し出された手を握る。

なるほど確かに、どこまでも私と近しい。西住さんの軍神のような本能的な近さではない、もっと本質的な部分だ。

彼女は私と酷似している。この非戦時下でも。

 

 

「エキシビションマッチの前に宴会⋯⋯とも思ったんだけどそんな時間はなさそうだし、終わったら宴会するからそのつもりでな!」

「はい、楽しみにしてます」

「ああ、アンツィオの全力を振舞ってやる。勝っても負けても恨みっこなし。最後は美味いものを食べて楽しもう。⋯⋯ただし」

 

 

 

彼女の雰囲気が変わる。指導者特有の覇気を身に纏い、その声音には熱が灯る。正しく、ビデオメッセージでの彼女そのもの。

そう、酷似しているのは非戦時下だけではない。

戦時下でも、だ。

 

 

 

 

「―――勝つのはもちろんアンツィオだが、な」

「その通り。勝つのは知波単学園です」

「いえ、大洗です」

 

「―――いいえ、私達黒森峰よ

 

 

不意に聞こえた声。聞き覚えがあって、知らない声だ。

以前のような心酔しただけの駒の声じゃない。一人の統率者にして勇士の声。

 

 

エリカさん(・・・・・)

「みほ、こんなヤツらに負けるわけにはいかないわ。何より、黒森峰の隊長として(・・・・・)、大統帥には負けられないの。西住さんの想いを託された者としても、ね」

 

 

そうか。彼女も隊長となったのか。あの頃のまま、なんて有り得ないだろう。

それに、西住みほと彼女が並んで立つ様は、我が腹心の玉田、細見に通ずるものがある。

いったいいつ、西住みほと逸見エリカがそんな関係となったのか。興味が無いと言えば嘘にはなるが、それもまた些事だ。

 

 

 

「ならば、我々と貴方達は白黒つけねばならぬ、宿命的な間柄、ということですな」

「そうよ。だから、首を洗って待っていなさい」

「ああ、実に楽しみだ。それではな、軍神と虎よ」

「はい、また後で」

 

 

 

好敵手達との戦いに胸を躍らせながら、待機場所へと向かう。

この機会、逃してなるものか。何としてでも物にする。

 

 




感想、誤字脱字報告お待ちしております
哀れアンチョビは大統帥西絹代に次ぐ二重人格族のドゥーチェ・アンチョビへと変質してしまった。
ここから、不定期更新になります。ここのところ不定期でしたが、単純に書くのが遅くなります。ご了承ください。


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