一般高校生の不思議な病と怪しい医者 (カピバラ@番長)
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一般高校生の不思議な病と怪しい医者
今回のヒロインは我らが武見 妙先生!好き!
組み直すだけで惹きつけられる脚…。反則でしょうよ。
さて、今回の物語。オリ主は一応男設定なのですが、一人称を「私」に変えてしまえば女としても読めるのです。(一箇所を除いて)
ストレートがいいか、百合がいいかでお選び下さい。
では、どうぞ。
向かった先は路地裏の個人病院だった。
個人病院…というよりは、診療所といった方が正しいのかな。よくわからない。
でも、そんなことはもうどうでもいいんだ。
『またね、モルモット君。
…今晩、行くから。よろしくね』
待合室の先、診察室を隔てる扉の向こうから微かに聞こえた女性の綺麗な声。
僕の心は、ただそれだけで囚われた。
「…盗み聞き?」
「あ、いや、その…」
不思議な雰囲気を持った高校生の少年が診療所を去った後、いつの間にか立ち上がっていた僕を見て、女医のーー武見 妙先生に、そう問われた。
まるで試すかのような鋭い視線。
その瞬間から少しずつ呼吸が苦しくなっていった。
周期が浅く浅くなる。
息をしようとしているのに出来ない。
おかしい。
何か変だ。
確かに僕は『風邪を引いた』と言って高校をサボった。けど、身体は健康そのもの。
僕はただ、病院に行った証拠が欲しくてここに寄っただけだ。
なのにどうして急にこんなに体調が悪くなるんだ…?
後もう少しで傍目からもわかるくらいに呼吸が乱れるって頃に、ナイフと変わらない鋭さを持った眼差しが伏せられた。
「…まぁ、いいわ。入って。診察するから」
「あ、は、はい」
その途端、呼吸が正常に戻る。
さっきまでの浅い呼吸が嘘のように、肺に酸素が送られていく。
言い表せない謎を抱え、僕は先生の後に続いてドアをくぐった。
「そこに掛けて」
促されるままに丸椅子に腰を下ろす。
辺りに見えるのは、ドラマとかでよく見る診察室に置かれているものばかり。
レントゲンを貼り付ける光る壁やノートパソコン。何本かの試験管や、首の骨の一部を模したグロテスクな模型。
部屋の奥は見えないようにカーテンがひかれているけど、向こうにはきっと風邪薬や痛み止めなんかがあるんだろう。
どこからどう見ても非日常な景色に、だけどどこか親近感を感じるのは、保健室にあるようなベッドも一緒に置かれてるからだろうか。
「で、具合はどんな感じなの?」
「え?」
「具合よ、具合」
組んだ脚を向けたまま、机の上に置かれた紙にボールペンの上をトントンとつつきながら訪ねられ、僕はハッと我に帰った。
「えっと、風邪っぽいんです。熱はないんですけど、軽く咳が出ます。…時折、どうしてか呼吸が苦しくなったり」
あんまりにも予想通りの部屋過ぎて見入ってしまっていたけど、ここは診療所。目の前の女性は先生で僕は患者。なら、されることは一つしかない。
…の、はずなんだけど。
さっきの高校生を診ていた時の先生の声は、今よりも少しだけ女性っぽかった気がする。
「症状はいつから?」
「昨日は何ともなかったから、今日からです」
「…ふぅん。
まぁいいか。じゃあ胸の音聞くから上着脱いで」
「は、はい」
言われるままに上着を捲り上げて正面に向き直る。そこには、どこからか取り出した聴診器を付けた先生。
先端の丸いところを手に、ゆっくり近づいてくる。
…医療行為なのは分かっているけど、先生が綺麗な人だと、何かそういうプレイに思えてしまってひどく恥ずかしく思えた。
僕の視線は知らず知らずのうちに丸いところへ向けられる。
あと少しで丸いのが胸にあたる…。そんな時になって、ピタリと先生の動きが止まった。
「…言うまでもないけど、大きな声は出さないでね。
この前、小さな子がチェストピース…えっと、この丸いやつに話しかけようとしてたから、念のため」
「だ、大丈夫ですよ」
「そう」と、先生は薄く微笑んで口にした。
その瞬間にヒヤリとした感触が胸を襲う。
思わず、変な声が出そうになった。
それから少しして、喉元や背中なんかに聴診器を当てた先生は小さなため息をついて、机の上にある紙に流れるようにして何かを書いていた。
「…喘鳴もないし、喘息とかじゃなさそう。
他に何か気になることはあった?何でもいいよ」
「…特には、無いかな…」
真剣な眼差しで診察を続けてくれる先生に、少しずつ胸が痛くなっていく。
路地裏の小さな場所だからテキトーに診てほいほい証明証を書いてくれそうだと思ったから入ったのに、以前、普通の病院で診てもらった時よりも真面目に話を聞いてくれてる。
そんな優しさが、ただの仮病でしか無い僕に向けられて良いのだろうか…。
「なら、風邪の引き始めかもね。呼吸が苦しくなるっていうのは少し気になるけど、他の事…例えば、無意識にしていた呼吸を意識的にしたせいで苦しくなったと感じてしまった、だとか、そういうのかも知れないから、今はまだ何とも言えないかな。
取り敢えず風邪薬を出しておくから、それでも治りそうにないならまた来て」
「は、はい。分かりました」
「じゃ、診察は終了。
外で座って待ってて。すぐ用意するから」
「分かりました。
ありがとうございました」
軽い会釈をして僕は診察室を後にした。
十分後、申し訳なさそうな顔をした先生がカウンターに現れる。
「ごめんごめん。いつものとこに置いてあったやつは丁度切らしてたみたいでね。急いで予備のを持ってきたんだ。
はいこれ。多いかも知れないけど一週間分。効果は間違いないから安心して。
で、こっちが診察費と薬代の合計ね。他のとこに比べたら高めだけど、個人だとこんなもんだから。
……はい、丁度。
それじゃ、お大事にー」
矢継ぎ早にされた説明に頷くしかなかった僕は、提示された金額分を支払い、追い出されるようにして診療所を出されてしまった。
どこか急いでいる風だったけど、何かあるのかな。
…もしかして、あの高校生とこの後出かけるとか?
「…いや、無いか」
すっかり夕暮れになってしまった景色を眺めて、家路へと向かう。
ここ四軒茶屋までは僕の家の最寄駅から電車で二十分はかかる。そんなとこまで来たのもサボりだとバレたくないからで、今この手の中にはサボりでは無いと証明できるアイテムがある。
多分もう、ここにはこないだろう。だから、この後あの先生がどこで誰と何をしようとも関係のない話。
そう、思考にケリをつけて電車に乗り込んだ。
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「…で、治らなかった、と」
「…みたいです」
ヒンヤリとした丸椅子の上に縮こまって座るのは、こないだろうと考えていた僕。
目の前には、そっちの趣味はない僕ですらドキリとするくらいに美しい脚線美を誇る脚を組み、どこか睨みつけるような目をする武見先生。
「…アレが効かない程の症状とは思えなかったんだけど…。
…個人差、かな」
「多分…」
ため息を吐いて頬杖をつく武見先生。動作の一々が不必要に綺麗だ。
…僕は、何をしているんだ。
この前、あれほど良心の呵責に苛まれたというのに、今回もまた同じことをするなんて、どういう了見だ…。
おかしい。
何か変だ。
確かに僕は仮病だった。風邪のかの字も引いてない。
なのに、あの日以来、ふと気がつくと胸が妙に苦しくなる。
「咳と、呼吸がしにくくなるっていうのは無くなった?」
「はい。ただ、胸が苦しくなったりするんです」
「症状の程度は?普通に生活するのが厳しいとか、ただ座ってるだけなのにいきなりなる、とかある?」
「えぇと、そこまで酷くはないです。
呼吸はできるけど、なんとなく苦しいな、って感じで、日常生活には問題ないです。苦しくなる時は…ランダムと言うか、まとまりがないと言うか…」
「…ストレスかな…。
通ってる高校にカウンセラーはいたりする?」
「以前はいましたけど、今は新しい人を探してるとかで暫くはいないと思います」
「…うーん、専門外だけど仕方ないか。
君、ここに毎日じゃなくてもいいから通えたりする?一応資格は取ってるからカウンセラーの真似事はできるけど」
「…!
だ、大丈夫です!毎日通えます!」
「いい返事。
じゃあ、今日と同じ時間、来れる日ならいつ来てもいいから」
「わ、わかりました!
ありがとうございます!」
武見先生の提案を僕は二つ返事で受けた。
なんでかはわからない。だって、本来なら仮病だと…嘘だとバレる前に逃げるべきなのに、そう出来なかった。
「今日の診察費は…っと。…まぁいいか。別に大したことしたわけじゃないし。
うん、今日はもう帰っていいよ。お代はまけといてあげる」
脚を組み直し、カルテを書き上げる武見先生。
それが終わるまで、僕はぼうっとその姿を見ていた。
「お大事に」
微笑む武見先生に頷いて診察室の扉を開ける。
出た時にすれ違ったのは、以前に見たことがある高校生。
カバンに入れられていた黒猫に探られるような目を向けられた気がして、急いで診療所を後にした。
途端に、静かだった診療所の雰囲気が騒がしくなったように感じた。
…多分、気のせい。
武見先生と同じ年代の人ならまだしも、十は違いそうな高校生の男の子が診察室に入っただけで武見先生の感情が揺らぐはずない。
うん、きっとただの気のせい。
僕がもう少し武見先生と話をしたかったからそう思ってしまっているだけ。
「明日から、毎日会えるのか」
今もある胸の苦しさも忘れて、頬が緩んだ。
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それから、一週間経った。
診療所には毎日通って財布は薄くなっていったけど、後悔はない。
それは、武見さんは真似事なんて言ってたけど、カウンセリングの腕がピカイチだったから。
…他の人にかかったことがないから断言はできないけど。でも、それでも分かるくらい腕がいい。
僕の持つ悩み…高校生なら誰でも持つようなものを、まるで別の人が口を使ってるのかって錯覚するくらい、抵抗なく聞き出してくれた。自分でも気がついていなかった悩みさえも。
だから、お手上げだった。
「…はぁ。
一向におさまる気配がない、か。本当に心当たりないの?…って、なかったとしても、聞き出そうとしてるんだけど」
机に突っ伏すくらいの勢いで額を押さえる武見さん。
友人関係、家族関係、将来に対する不安、端的な金銭面の問題…などなど、ストレスに直結しそうな事柄をこの一週間で全部絞り出したにも関わらず、僕の胸の苦しさは治ることはなかった。
ここまでくると、もう考えられるのは一つしかない。
「新しい病気…とか」
「…否定は出来ない。
けど、一週間経っても悪化も改善もしなくて、他の症状も出てない。それに、私が毎日見てるんだから、何か異変があればすぐに気がつく。
…はずなんだけどね」
「…手詰まり?」
「そうなる。…認めたくないけど。
もっと大きな病院でちゃんと検査してもらったほうがいいかもね」
くるりと、回転椅子を使って一回転した武見さんは、ゆっくり止めると脚を組んだ。
「でも、そんなお金ないんだっけ。
ご両親は海外出張でいないらしくて、仕事の関係上連絡が取り辛い。振り込んでもらうにも海外の銀行からだからすぐ手元に来るってわけじゃないし、いつ帰ってくるかも分からない」
武見さんの言葉に頷く。でも、反応がない。
…独り言か。
「適当なバイトを探すにも、いつ悪化するのか分からないんじゃ怖くて仕事が上の空になるだろうし、そもそも給料が入るのが来月か…下手したら再来月だもんね。
困ったな…」
武見さんの話しかけてるのかどうか分からない独り言の中に、解決の糸口があった。
それは、僕にとってはこの上ないくらいに完璧な解決方法。
「…なら、ここでバイトとかをすればいいんじゃ?」
「…ここで、バイト?」
僕の提案に武見さんは眉をひそめる。
僅かな沈黙。
その後に、武見さんは大きくため息をついた。
「他のところでやらせるよりはマシ…かな。
けど、お金なんて払えないからね?精々が診察費を無料にしてあげられるだけで、交通費は出せない。
あと、今更かもしれないけど私、ちょっと前まではそこそこヤバイ人認定されてたから、必要以上に関わるとロクな目みないかも知れないけど、それでもいいなら雇ってあげる。
…どうする?」
「是非!」
少しの間も開けず頷くと、武見さんはちょっとだけ笑って「ただし」と付け加えた。
「今日から毎日、一度は電話が繋がるまで親御さんに連絡すること。そして、お金の工面が出来たらすぐに大きな病院に行くこと。
行く当てないなら私が紹介してあげるから、必ず検査してもらってきて。勿論、結果も報告すること。
わかった?」
「はい!」
「それじゃ、毎週土日と祝日は朝から来て。
時間は…十一時からでいいか。時給は0円の代わりに面接・履歴書、診察代は無し。
それでいいね?」
「はい!」
武見さんの提案に何度も頷く。
そんな僕を見て、武見さんは、やっぱり少し笑ってた。
「…今日はこんなところね。
明日は…土曜か。早速だけど、来れる?」
「勿論いけます!」
「なら明日は少し早い十時半頃に来て。ザッと仕事の説明とかするから。格好は…黒系の無地ならなんでもいいか。どうせ上に白衣羽織ってもらうし。下はダメージのないジーパン。
あとは…。まぁ、今つけてないから大丈夫だろうけど、整髪剤とか香水とかそういうのは絶対ダメね。勿論タバコを吸ってくるのも。
ここ、結構小さい子も来るからその辺厳しくしてるの」
「わ、わかりました」
手にしたカルテの角で胸の真ん中を突くような動きをされて、一瞬呼吸が止まったような気になる。
…肝に命じておけ、ってことだよね…?
「よろしい。
じゃあ今日はもう帰っていいよ。また明日。
こき使ってあげるから、覚悟するように」
「は、はい」
いつだったかのような鋭い視線に、でも今回は思わず笑ってしまった。
なんだか、鋭いのに優しい感じがしたから。
…相変わらず胸の苦しさはあるけれど。
「うん、お大事に」
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「仕事、慣れた?」
「えぇ!触っていいものと悪いものの区別がつくくらいには!」
「そ。二週目でそれなら充分」
バイトということで通い始めて二度目の日曜日。
医者と患者の時の関係に比べればずっと厳しい気がするけれど、それでも武見さんは優しく仕事を教えてくれた。
触っていいもの、悪いもの、見るだけでマズいものから、見慣れたもの。いろんな薬を教えてもらった。
仕事内容はそんな薬を棚に補充したり、予備がなかったら武見さんに仕入れてもらうよう伝えたり。
ただ、薬を扱うには相応の資格が必要だとかで補充をしたりしたら必ず武見さんに伝えてチェックしてもらうことになってる。
おかげで、武見さんとの会話の機会が増えた。
「そうそう、今日はあの子が来るから。またよろしくね」
「あー、ミユちゃんか。
あの子、良い子ですよね。小さいのにちゃんと自分のこと説明できるし」
「うん。
…子供がみんなあのくらいおとなしかったら楽なんだけど」
「ははは、同感」
今日も任された仕事をこなしつつ、椅子に座ってカルテ並べてる武見さんと開院前の雑談を楽しむ。
ここでバイトするようになってから気がついたことがある。武見さんを最初は、クールでカッコよくて綺麗な人だな、と思っていたけれど、そんな中に実は反則級の可愛さを秘めてたりする。
作った薬に、語呂もあんまりよくないのに自分の名字を付けたり、ロックな格好で喫茶店に通うというギャップがあったり。
さっき話題に出たミユちゃんの時もそうだけど小さな子がぐずったりした時に、安心してもらえるように童謡を歌ったりする。しかもすごい上手い。
武見さんは否定しているけど、訪れてくる子供達には「お歌のお医者さん」とまで言われるほど絶大な人気を誇ってる。
「あ、そうだ。
今日はいつもより早く上がって良いよ。その時間に閉めちゃうから」
「あれ、珍しいですね。どこか行くんですか?」
「それもあるけど、最近は閉院時間より長く開けておくことがあったからたまには休みたいと思ってね。
外の張り紙見てない?」
「あー、言われてみればあったような…」
「…貼ってあっても目に止まらないんじゃ一緒か。
貼り直してくるから、続きやってて」
「はーい」
組んだ脚を解いて立ち上がり、あくび混じりにドアを開ける武見さん。
…武見さんは朝がかなり弱い。そのせいで開院時間が他のとこより遅かったりする。
時たま寝惚けながら診察することもあるけど、その姿がまた可愛いくて、お父さんたちにも人気だ。
「…見てないで早くやる」
「あ、は、はい!」
睨まれて我に帰る。
…気づいてるのかわからないけど、武見さんは何をしても絵になるからついつい観てしまう。
その度に叱られるわけだけど、実は嫌じゃなかったり。
「…バカなこと考えてないでさっさとやるか…」
気持ちを切り替えるためにため息を吐いて、止まってた手を動かした。
カーテン越しから聞こえるのは、今日最後の患者・ミユちゃんの元気な返事と、それをたしなめるお父さんの声。
それと、武見さんの綺麗で優しい、小さな子向けの声。
「はーい、お大事にねミユちゃん。
ちゃんとお薬飲めるかな?」
「うん!
いつもありがとう!妙先生!」
「コラ、武見先生だろ。
いつもすいません」
ミユちゃんとお父さんのやりとりで思わず笑いそうになる。
何度もお世話になってる子供やお年寄りからは下の名前の「妙」に先生をつけられた呼ばれ方や、普通に「妙さん」と呼ばれていることからも、武見さんがいかに好かれているのかが伺える。
「構いませんよ。
またねミユちゃん。お外でお薬渡すから少しだけ待っててね」
「はーい!」
ちなみに、役目の終えた僕は、邪魔にならないよう裏に下がってごちゃごちゃになってしまった陳列を直してる。
…ホント、何で朝はあんなに綺麗に並んでたのに、一日経つ頃には酷いことになってるんだろう。
取ったところに戻せば良いだけなのに…。
「今日もありがとうございました。
ほら、行くぞ美優」
「はーい…。
あ!お手伝いのおにーちゃんもありがとー!またねー!」
ため息をつきつつ薬を並べ直していると、一際大きな声が耳に届いた。
一緒に体温計を使っで熱を測っただけなのに…なんて良い子なんだ…。
「またね!ミユちゃん!」
カーテンを少しだけ開けて、笑顔のミユちゃんにバイバイと手を振る。
僕に気がついたミユちゃんも、同じようにして手を振り返してくれた。
…可愛い。
「あんまり二人を困らせちゃダメだろ。
それじゃまた」
「はい。お大事に」
お父さんに手を引かれるまま診察室を後にするミユちゃん。
ドアを閉め始める時まで、ずっと僕と武見さんに手を振ってくれた。
「ふー。
後は会計を出しておしまい。今日もありがと」
背伸びをして机に寄りかかった武見先生は、カーテンから顔を覗かせたままの僕にお礼を口にした。
お礼を言われるほど何もしてないけど、凄く嬉しい。
「…予定より時間過ぎちゃったな。
ま、いいか。たまには待たせても」
「…デートですか?」
ぼうっと天井を眺めたまま何かを呟く武見さんに、ミユちゃん用に用意した薬を渡す。
「…プライベート」
「答えですよ、それ」
受け取った薬袋を開けて中身を確認しつつ、どこか嬉しそうに答える武見さん。
患者の…小さな子の時に向ける声とは違う…、恥ずかしさも感じられる返答に、僕は言い様のない虚しさを感じた。
「選べるくらいは服、用意しとけばよかったかな」
椅子を半回転させて机に頬杖をついてボヤく。
そんな姿さえ、絵になる。
それが、その姿が僕の心にどうしようもなく大きな虚無感を与えた。
「…ミユちゃんたち、待ってますよ」
「そうだった。
薬、完璧だったよ。ありがと。君はもう上がっていいから、忘れ物ないようにね。
じゃ、また明日」
「…はい。また、明日」
ますます苦しくなっていく胸。
それをここに忘れて行けたら、なんて頭の悪いことを考えながら、財布とスマフォをポケットに入れて診察室から待合室へと出る。
俯いたままドアを閉め、きっとミユちゃんたちもいるのに大きくため息を吐いてしまう。
…僕は、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。
走ってもないし、騒いでもない。毎日診てもらっても一向に進展がない。
きっと、それがストレスになってたりするんだろうな…
「…君、結構通ってるけどどこが悪いの?」
「え!?
あ、君は…」
顔を上げようとした瞬間、大人びて聞こえる男性の声がした。
黒い…秀尽学園の制服と特徴的なメガネ。黒猫入りのスクールバッグを小脇に抱える変わった雰囲気の少年。
武見さんの所に通うようになってから分かったけど、この人もかなりの常連だ。
「雨宮 蓮。
良ければ、妙…武見先生に、いつも俺が使ってる薬を渡してもらえるよう言うけど」
淡々と、ただただ淡々と言葉を繋ぐ『雨宮』と名乗った少年。
僕は、何故だか本気で頭に来そうになった。
「…いえ、今お金ないんで。大丈夫です」
「…そう。
なら、お大事に」
胸の奥で湧き上がる黒々とした感情。
もしも、近くでミユちゃんが見ていなかったとしたら…。
きっと僕はこの男に掴みかかってた。
「…さようなら」
乱暴な会釈をして診療所から外に繋がる扉に手をかける。
そうだ、今は早くここから出て行こう。明日になればまた武見さんと会話ができる。その時に[怒りやすくなった]と伝えよう。もしかしたらこの病気の名前が分かるかもしれない。
だから。
だから、早くこの扉を開けよう。
もうここに留まる必要は無いんだから。
なのに、僕は一体なにを待っているんだ。
「あれ。
れ…雨宮君。来てたんだ」
その言葉は、今まで聞いてきたどの人の言葉よりも深く僕の心臓を突き刺した。
「ん、まだ帰ってなかったの?
あー、電車か。もし待つなら、時間まで開けておくけど」
「いえ、大丈夫です。
…もう、間に合いますから」
「…そう。
なら、お大事に…って、もう行っちゃったか。
あ、ごめんねミユちゃん。お待たせ。お薬よ」
扉に隔たれて聞こえるのは、声にならない音だけの声。
ただそれだけで、僕の心を押し潰すには充分だった。
「…あぁ、そうか。そうだったんだ」
情けなく吐き出されるのは、今まで僕を苦しめ続けていた病気。
思い返せば、答えはそこらじゅうに転がっていたんだ。
ただ、出だしだけが間違えていた。
仮病なのに、病気だと言ってしまった。その一点だけで、それ以外は全部事実だった。
嘘を本当で塗り固めていっているとすら気がつかず、言葉にしていくうちに次第に本当に病にかかっている気になってしまった。
ただ、それだけ。
「…絶対言わないから、クソぉ…」
本当に風邪を引いたように鼻が詰まっていく。さっきまでとは別の苦しさが胸を襲う。
…なんでか、目頭まで熱くなってきた。
「………花粉症だよ。こんなの」
独り呟いて、決意を固める。
通うのは、明日までにしよう。
そこでもうなにも苦しくなくなったと言おう。
それで、いつ再発してもいいように医者になるって伝えるんだ。
…そうしたら、いつかきっと、また先生のお手伝いとして雇ってもらうんだ。
側に立てないなら、せめて…
「アイツが見れない世界を一緒に見てやる」
溢れそうになる何かを落とさないようにして見上げた夕焼けは僅かに滲んでいて、苦しかったはずの胸は不思議なくらい軽くなってた。
END.
まぁ、れんれんに勝てるわけないですよ。なにせ、武見先生の不治の病を直してしまったんですから。そりゃあ無理です。
故に、これは失恋の物語。
…我々はぺご君(P5主)なので失恋することはありませんのでご心配なく。
なお、この世界でのぺご君は全股してます。例のイベントで死ぬ直前まで殴られて、タケミナトビオキール使って復活します。
はい。一部女性からモナもとばっちり食らってたりします。
「モナ、あんたなんで止めなかったのよ!」「後でたっくさんうりうりするから覚悟しておけよ」「ちゃんと見張ってって言わなかったっけ?あれ、言ってなかったっけ…」「モナちゃん。止めなかったら同罪なんだからね」
それらはさて置き。
武見先生ってめっちゃめちゃ小さい子に好かれてそうですよね。本人は「面倒だからあんまり…」とか言っちゃうのに、凄い面倒見良さそうな雰囲気ある。
[森のクマさん]とかちっちゃい子の手を握りながら歌ってほしい。絶対かわいい。好き。
部屋とか、なんか散らかっててほしい。ソファの上に白衣脱ぎっぱなしとか。「私はどこにあるかわかるから困らない」とか、ちょっと不機嫌そうにぺご君に言ってほしい。そして渋々一緒に片付け始めて黒のノースリーブとかの下に隠れてた下着を見つけられて「み、見ない!」とか焦ってほしい。かわいい。
という感じで短編はおしまいです。
武見先生はいつもの服装でルブランまで行くだけで、たくさんの人のことを狂わせてそうですよね。
ではまた。機会があれば連載の方でお会いしましょう。
お大事に。
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