西住みほのすぐ側に (うみうどん)
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一話

 なんなのだろうか。

 冷たい水の中を泳ぐ記憶が脳をよぎっている。

 

 ──ーいや、これは今、経験している事だ。

 

 俺は水の中で必死にもがき、沈みゆく仲間達を助けに行こうとしている。

 俺は戦車のハッチを開け、一気に水が流れ込んでくる前に、乗員を引っ張り上げる。

 どうやら、水は戦車の中にまで侵食していたらしく、俺がハッチを開けなければそのまま脱出不可能になっていただろう。

 

 そして、川から顔を出し、乗員を救った。

 その代償として、戦車道全国大会で準優勝と言う結果で、黒森峰の10連覇は夢となった。

 

 ────

 

 ここ最近、私はおかしいような気がします。

 私の中にもう1人、男の子みたいな人がいるのです。

 その人の名前は貴明さんと言っていました。

 

 どこからきたのか、どうして私の中にいるのかと聞いてもさっぱり分からないみたいで、だいぶ困っているようです。

 

「ったく、好き勝手言いやがって。俺たちが助けなかったらアイツら今頃死んでたんだぞ」

 

(……でも私があの時)

 

「バカ言ってんじゃねぇ、みほ。結果よりも人命が一番だ。命より尊いものなんてありゃしねぇよ」

 

 今は、私の体を貴明さんに貸して、新聞を読ませています。

 私の精神はどうやら入れ替わることが出来るようで、何か嫌なことがあったら貴明さんがこうして守ってくれています。

 

「まあ、これからどんな事になるかは分からないけど、みほが辛い思いをしたら俺がすぐに出てきてやる」

 

(…………ありがとうございます)

 

「……敬語はいらねぇって言ってんだろ? 俺は堅苦しいのは苦手なんだ」

 

 貴明さんは私に優しいです。

 あの時以来、私の周りには味方が居なくなりました。

 いえ、エリカさんだけは前と変わらず接してくれていますが、こうしてちゃんと味方で居てくれる人は貴明さんだけです。

 

「さて、学校行くか」

 

(え?)

 

「みほは辛いと思うけど、一応、今の状況把握をしときたくてな」

 

(でも……)

 

「……まあそうだよな……。今日も辞めとくか」

 

 このままじゃダメだって私にも分かっています。

 このまま貴明さんに迷惑をかけ続けるのも。

 

(いえ、行きましょう)

 

「……大丈夫か?」

 

(はい、それになんだか貴明さんと一緒なら大丈夫なような気がします)

 

「よっしゃ、じゃあ行くか!」

 

 こうして、私と貴明さんは学校へ行くことにしました。

 なんだか怖いですけど、やっぱり今の状況をちゃんと確かめなくちゃ。

 

 ────

 

 俺はいつのまにかみほの体の中にいた。

 いや、精神の中と言った方が正しいのだろうか。

 自分でも自分の事は分かってはいないが、それでもみほを守らなくてはならないという使命感だけは、俺の心の中にあった。

 

 俺が持っているものは自分の名前とみほの記憶のみ。

 

 そんな状況でも何故だか俺は焦りは感じなかった。

 まあ、なるようになるだろうとしか思わなかったのだ。

 

 そして、黒森峰が10連覇を逃した時の事件。

 あの事件はみほの心に大きな傷を負った。

 

 あの時俺たちが助けなければ、あの乗員は全員死んでいた。

 戦車は特殊カーボンで守られているのだが、その時だけカーボンの整備が行き届いてなかったのかは知らないが、かなり水が戦車の中に入り込んで、窒息寸前だったのだ。

 

 しかし、そんな事もわからない大人たちがみほの事を批判している。

 俺はここ最近みほの中に生まれたばっかりの精神だが、それでもみほのことは妹のように可愛がっている。

 そんな可愛い妹を傷つけるやつは絶対に許さねぇ。

 

 俺はそんな思いを秘めて、黒森峰女学園の校舎の足を踏み入れた。

 あの事件以来、みほは塞ぎこんでしまい来れなかったが、それでも俺は今の現状を把握する事が大切だと思っている。

 

 みほには少し辛い思いをさせてしまうがな。

 

「?」

 

 俺はみほの上履きを取ろうとして、少し違和感を感じた。

 違和感の正体は上履きの中に画鋲が入っていたのだ。

 

「ちっ、くだらねぇ事しやがる」

 

 俺は辺りを見渡すと、コソコソとその場を立ち去っている女生徒の姿を見た。

 おそらく犯人はアイツらだろう。

 

 今すぐにでも取っ捕まえて、なんでこんな事をするのか泣くまで問い詰めてやりたいところだが、みほの体で問題を起こすのは得策じゃない。

 

 みほに迷惑がかかるしな。

 

(……やっぱり)

 

「大丈夫だ、俺が付いている」

 

 心の中でみほが悲しそうな声を上げた。

 そんな声を聞いて俺も心が苦しくなる。

 まるで、心と心が繋がっているようだ。

 

「……この調子じゃあ、教室に行ってもめんどくさい事になるだけだな」

 

(……)

 

「裏庭に行くか」

 

 みほの記憶で、黒森峰の裏庭を思い浮かべる。

 あそこなら誰も来ないだろうし、心を落ち着かせるにはもってこいだろうと思ったのだった。




はじめまして。
こうやってガルパンの二次創作を書くのは初めてなので、至らない点があると思いますがよろしくお願いします。
貴明のモデルは流星のロックマンのウォーロックです。


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二話

 裏庭で時間を潰した俺たちは、次に戦車道の練習場に向かう。

 なかなか事情が事情で来れなかったが、今日はみほが珍しく気合いが入っている。

 なので、俺はその意思をできる限り尊重したいと考え、今日は練習に参加するつもりだ。

 

 しかし、みほはまだ心に傷が残っている。

 なので代理として俺が戦車道の練習に参加する予定なんだが。

 

(……なんだこりゃ)

 

 数人の冷たい目線が俺に、みほに突き刺さる。

 おそらく、大人たちが言ったことを鵜呑みにして、10連覇を逃した戦犯であるみほを恨んでいるのかもしれない。

 

 しかしそれも数人だけであり、ほかの隊員たちは気持ちを切り替えているようだ。

 これも隣に立っている姉であるまほのお陰だろう。

 

 しかし、感情は燻っている筈だ。

 なぜ、あそこで助けたのか。

 なぜ、黒森峰は10連覇を逃したのか。

 

 それは全てみほに集中する。

 

「これでミーティングは以上とする」

 

「はい」

 

 静寂の中に手を挙げた女子生徒がいた。

 先程俺たちに冷たい目線をさしていた人物だ。

 どうやら質問があるらしく、まほに問いたいそうだ。

 しかし、その問いはみほにとってはかなりキツイものとなってしまう事になる。

 

「どうして、西住みほさんが未だに副隊長なのでしょうか」

 

(!)

 

 精神の中でみほが涙目になったのが分かった。

 俺の心もそれに合わせ、動悸が速くなっているのが分かった。

 

 まあ、それもそうだろう、敗北の原因となった者を副隊長として置いとく理由はない。

 通常の選手なら降格ものだろう。

 

 みほが精神の中で震え始めたのが分かった。

 やはり来るべきでは無かったのでないかとも考えている。

 試合の後、実の母親である西住しほに糾弾され、世間からもバッシングを受けている。

 こんなもの、ただの女子高生が受ける仕打ちではない。

 

(…………もう……やだ)

 

 みほが泣きながらこう呟いた。

 ……この問題ばかりはどうしようもない。

 誰が悪かったとか、そういうのは仕方ないことだ。

 

 ──ーしかし、それは別として。

 

 みほを泣かす奴は気に入らねぇ。

 

 俺の頭に血管が浮き出たのがわかる。

 俺はその女子生徒やみんなに向かってこう言った。

 

「ああ、たしかにその通りですね」

 

「!?」

 

「! ……みほ」

 

 口を開くはずがないと思っていた人物から声が出る。

 それにみんなはびっくりしていた。いい景色だ、どいつもこいつも口を開けてぽかーんとしてやがる。

 

「なら、私が転校すればいいだけですよね?」

 

「な!?」

 

「みほ!」

 

(……た、貴明さん?)

 

 そんな声出すなって。

 俺はただ助けるだけで、本当に転校を決めるのはみほだ。

 だけど、やっぱり我慢ならなくてな。

 

「それと……誰だったかな」

 

「っ!」

 

 俺は先程意見を上げていた、女子生徒に近づく。

 おや、よく見れば今朝、靴箱の前でコソコソしていた一味の1人じゃあないか。

 こいつは結構。

 

「朝はよく舐め腐った真似してくれたなぁ、おい」

 

 さっきまでみほの雰囲気になるべく近づけていたが、この女子生徒の耳元で囁いたのは紛れもなく俺の性格からくるものだ。

 

「ひぃ!」

 

「次、同じ事やったらどうなるか分かるよな?」

 

「え?」

 

「喰っちまうぞ」

 

「はっはい!」

 

「ま、次あるかどうか分かんないけどな」

 

 女子生徒は怯えて、その場で顔を真っ赤にして固まってやがる。

 へっ、根性無しめ。

 

「じゃあ、練習頑張ってください! お疲れ様でした」

 

 そして、俺はみほの声、雰囲気でこいつらに別れを告げた。

 

 ────

 

「み、みほ?」

 

 私は何が起こったのかさっぱり分からなかった。

 みほが急に豹変して、女子生徒を何か脅すような事を言っていたのは分かる。

 しかし、それは妹には考えられない行動だった。

 

 何故ならみほは昔こそやんちゃだったが、今は大人しく、普通の女子高生だった。

 それが、何故あんな事に……。

 

 みほが居なくなった後は大変だった。

 顔を真っ赤にして、その場にヘタリ込む隊員を保健室に連れて行き、その場を収めたりしていたのだ。

 今日だけで、隊長の仕事を数日分したような感覚に陥る。

 

「今日はお疲れ様でした、隊長」

 

「ああ、エリカか」

 

「コーヒーです」

 

「ありがとう」

 

この子は逸見エリカで、みほが居ない間、みほの代わりを務めてくれた。

 エリカの入れてくれたコーヒーを一杯飲んで落ち着く。

 ふむ、うまい。

 

「それにしても、今日の副隊長……何かおかしく無かったですか?」

 

「……エリカも感じたか」

 

「それに……転校だなんて」

 

 私もその転校が気になった。

 やはり、あんな事があった後だ、やはり色々とナーバスになっているに違いないと思い、そっとしておいたのだが。

 ──ー間違いだったのだろうか。

 

 あの後、みほから転校に必要な書類を全部受け取った。

 後はお母様にみほが直接言いに行くだけなのだが、その時のみほの様子は、やはり顔に曇りが見えた。

 あの啖呵を切ったみほとは大違いの顔つきだった。

 

 みほ……妹は一体どうなってしまったんだ? 

 



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三話

 俺とみほは西住家の玄関の前にいた。本来ならば帰ってくるべき暖かい家のはずではあるが、今は重い空気が流れており今は冷たくも感じてしまう。

 

「うう……」

 

『大丈夫か? みほ』

 

「はい……これは……私自身でやらなくちゃ……」

 

『……! いい心がけだ。でも辛くなったらいつでも俺に言え』

 

 今回はみほと俺が決めた転校の話を親である西住しほに説明しにやってきた。

 必要書類は学校に提出をという事でまほに書類自体は押し付けてやってきた。渡した時すごい顔をしていたが、そんなことはこっちの知ったこっちゃねぇ。みほ自身は罪悪感ありまくりだったようだが。

 

 というわけで、今回ではラスボスとも言える母親にケリをつけに来たわけではあるが。

 

「そうですか」

 

 冷たい目線で目の前で正座するみほを睨みつける母親の姿がそこにあった。

 しほは目の前の書類に判子を押し、書類をみほへ投げつける。

 

「ひっ……」

 

「貴方が決めたのなら私は何も言いません。早くお行きなさい」

 

 ……いや……もう少し態度っていうものがあるのではないのではないだろうか? 確かのこちらとしては西住流の顔を汚した戦犯かもしれねぇが、あの行動のお陰で人の命が救われたことを分かってないのか? 

 あれでもし、試合続行の判断なんか下して死人を出したらそれこそ西住流の評判は地に落ちるだろう。戦車道が二度とできないぐらいに。

 

 みほは下を俯いてふるふると震えている。

 反論なんかいくらでもできるが、今のみほにはそれは難しいことだろう。どこまでも優しい少女。それがみほという人間だ。

 

 だが俺は生憎みほよりかは優しくはねぇ。

 ムカついたらムカついたとハッキリと言える性格をしている。

 

 俺は無理やり、みほと精神を入れ替える。

 入れ替える際にみほが涙目でキョトンとしていたが、どうも俺の怒りが収まらない。

 

「ええ……あんたの言われた通り出て行きますよ、さっさとね」

 

「……?」

 

「……カカ、いきなり豹変したから驚いた顔してやがる」

 

「……みほ……貴方いったい!」

 

 俺は立ち上がって、目の前にあったテーブルに片足をドンと大きな音を立てて乗っけてやる。

 俺は真っ直ぐにしほを睨みつける。……恐らく、しほは母親であるがためにあのような危険な行為に及んだ娘を叱りたかったのだろう。しかし、西住流としてのメンツ、上からの圧力などで、西住流の事でしか叱れなかった。

 大方そんな所ではあるだろうが、それがみほに伝わってなきゃ意味がない。

 

「……あんたも不器用だねぇ」

 

「……!? みほ……ではありませんね? 貴方は一体何者ですか」

 

「そんな事はどうでもいいだろ、どうせさっさと出て行くんだ」

 

 俺は踵を返し、その場から立ち去ろうとする。

 すると反射的にだろうか、しほが俺……みほの手を掴んできた。

 その顔は何が起こっているのか分からないような顔をしているが、母親として心配しているかのような顔だった。

 

 しかし、しほは何も言えない。ただ困惑した表情を浮かべ今、目の前でみほに起こっている異常に向き合えないのだ。

 

「……ッ!」

 

「何も用がないのなら離してくれませんか? ()()()()()?」

 

 しほは恐る恐る、手を離す。

 俺はその手を振り払い、居間から出て行ったのであった。

 

 ────

 

(貴明さん……その……なんて言ったら)

 

「悪いみほ。もしかしたらお前の地位を悪化させてしまったかもしれん」

 

(いえ……ありがとうございました)

 

 ああ……俺はなんて事をしてしまったんだ。後先考えないのは悪い癖だな。反省しなければならない。

 俺のせいで、みほがまた糾弾される立場になってしまったらと思うと……やらかした……。

 せめて転校先では平穏な生活が送れるといいのだが……。

 

(あの……その……)

 

「なんだ?」

 

 みほが何か言いたそうな顔をしている。

 なんなのだろうか? 

 

(もし、貴明さんが嫌じゃなかったらお兄ちゃんって呼んでもいいですか?)

 

「なんで?」

 

 むしろ兄貴って呼ばれる権利などないと思うのだが。あんな事をしでかしてしまったので逆にみほに申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが? 

 

(いえ……なんだか私を守ってくれてる姿を見て、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなぁって思っただけで……他意はないんですけど……ダメですか?)

 

「……こんな喧嘩っ早い奴でいいのならいいけどさ」

 

 正直言って、兄貴の役目を務めれる気がしない。みほの事は可愛い妹のように思っているが、俺と言ったら急にみほの精神の中に入り込んでいる謎の生命体だ。

 こんな奴が兄貴と呼ばれていいのだろうか……? いや、良いんだろうな、みほがそう呼びたいって言うのなら、好きにさせてやろう。

 

(ありがとうございます……! お兄ちゃん!)

 

 なんか小っ恥ずかしいな……。俺は頰を人差し指でかく。顔がかなり熱いので赤くなっているかもしれない。

 しかし……お兄ちゃんか……いい響きだな……。

 

 というわけで、いつのまにか精神の中に入り込んでいた兄と、気弱な妹の奇妙な共存生活が、ここ転校先の土地である大洗で始まったのだった。

 



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四話

 朝、目覚ましが鳴り俺とみほは飛び起きた。いや正確に言えばみほが飛び起きたのだが。

 目覚まし時計を手早く止め、布団を綺麗にたたみ、朝のトレーニングに向かうための服に着替えようとした所でみほの動きがピタリと止まる。

 

「そっか! もう家じゃないんだ!」

 

(おう、おはようみほ)

 

「おはようございます! お兄ちゃん!」

 

 そう、今のみほは一人暮らしであり、今日、大洗女子学園に転校する予定なのだ。

 つい、いつもの癖で早起きしてしまったが、今から学校へ向かってもおかしくない時間帯だ。

 

 みほは身支度を済ませ、大洗の新しい制服に身を包む。

 ふむ、前の黒森峰の制服よりこっちの大洗の制服の方が断然可愛いな。

 

(似合ってるぞ、みほ)

 

「えへへ」

 

 いや本当によく似合っている。流石俺の妹だ。頭を撫で繰り回してやりたいが、いかんせん俺には体が無い。生殺しである。

 

 こうして俺とみほは今日から自分たちの母校となる大洗女子学園に出発するのであった。

 途中、パンのいい匂いに釣られ電柱に頭をぶつけてしまったが、それもみほらしいと言えばそうだろう。

 でも、痛覚は共有しているのでめちゃくちゃ痛い。

 

 痛い事は全部俺が引き受けてやりたいんだがな。

 

 さて、学校で何が待ち受けているか、内心俺も楽しみである。それにあれだ、女子学園なのだから女子が一杯いるし、役得役得……。

 

「お兄ちゃん?」

 

 あっ、ごめんなさい。

 俺の可愛い妹から謎の黒いオーラが湧き出た気がしたが、気のせいだと思いたい。

 もう不埒な事は考えないので許してくれ。

 

 ──ー

 

 さて、教室でのみほだが……。

 

(うう……)

 

 いかんせん昼休みになっても友達ができないので精神の中で俺と入れ替わる形で引きこもってしまった。

 おいおい、初日でそんなんじゃ先が思いやられるぞ。

 

 しかし、みほの体はなぜがドジが起きやすく、昼休みになったため、立ち上がろうとしたら机にあたってしまい、上からペンを落としてしまう。

 まあ、今は俺なので、問題なく足で弾いて手でキャッチしたのだが。

 

「おお〜」

 

「すごいですね」

 

 後ろからパチパチと拍手の音が聞こえてきた。

 後ろを振り向くとそこには二人の女子生徒がいる。ええと確か名前は、武部沙織と五十鈴華だったか? 

 

(はい、武部さんと五十鈴さんですね)

 

 何を隠そう、この妹。友達ができるかどうか分からないのに、何故か気合いが入ってクラスメイトの名前と生年月日まで覚えている。

 それに付き合わされた俺も、クラスメイトなら名前だけ覚えてしまっている始末だ。

 

 因みにみほと俺は記憶の共有は出来ているが、どうも覚えたてだとタイムラグが出るらしく、みほが覚えた事は後から俺の頭に入ってくる感覚である。

 

 しかし、せっかく話しかけてくれたんだ、みほのために一肌脱いでやろう。

 

(え? お兄ちゃん、何を)

 

「武部さんに五十鈴さんだったかな? どう? 一緒にお昼食べない?」

 

(お兄ちゃん!?)

 

「わー! ナンパするつもりが逆にされちゃったよー! どうする華!?」

 

「喜んで一緒に食べましょう」

 

 こういうのは初日が大事だ。いつまでもウジウジ悩んでるからこうなっちまうんだぜ? 

 

(うう……ひどいです)

 

 んじゃ、後はみほ自身で頑張れよ。

 そう言って俺は精神の中に引っ込んで、みほの人格を引っ張り出す。

 急に表に出されたみほはあたふたしていたが、二人が食堂へ引っ張ってくれて行った。

 

 その後は概ねみほ自身も楽しい時間を過ごしたらしく、二人と友達になっていた。

 その表情は黒森峰にいた時よりも晴れやかで、今更ながらこの学校を選んで良かったと思う。

 それにこの学校には戦車道は無く、みほのストレスにもならない。

 このまま何事もなく時が過ぎ去ればと、俺は思ったのだが……。どうも西住流の名は俺たちを逃がしてくれるわけではないようだ。

 

 武部と五十鈴と楽しく談笑していたみほの教室に急に生徒会と名乗る三人組が現れた。

 そして、生徒会はみほを見るなり「やあ、西住ちゃーん」と手をフレンドリーに降ってきた。

 俺は瞬時にみほを後ろへ追いやり、俺が表へ出た。

 何か嫌な予感がする。

 

「西住、少し顔を貸してもらおうか」

 

 片眼鏡の女が外へ来るように促してくる。

 俺は睨みつけてくる女目を睨み返す。すると、少し怯えた表情をした後に少し前の顔つきに急いで戻った。

 

「西住さん、ガンを飛ばすのお上手ですね……」

 

「なんで華、ワクワクしてるの……」

 

 そして言われるがまま外に出ると生徒会長と言われた女子生徒に肩を組まれる。

 

「必修選択科目なんだけどさぁ……戦車道取ってねよろしく」

 

「なにっ!?」

 

 確か大洗女子学園は戦車道がない学校だったはず、それなのに何故戦車道を取れという話になってやがる!? 

 

(えっ……)

 

 大丈夫だ、みほ、一応話だけでも聞いてみよう。

 

「……この学校には戦車道の授業は無かった筈では?」

 

「今年から戦車道の授業を復活することになった」

 

「おれ……私はこの学校には戦車道がないと思い、わざわざ転校してきたのだが……」

 

「いやぁー運命だねぇ」

 

 なんだと? この奇妙な事を運命だと片付けやがった。絶対にこいつらは確信している。俺たちが西住流だという事を知っていてこんな事を話しているのだ。

 ふざけるなよ。俺はみほにはちゃんとした戦車道のない学校生活を送って欲しいんだ。こんな奴らのいいなりになるつもりなど毛頭ない。

 

「必修選択科目は自由に選べる筈だ、その生徒の権利を貴様たちの横暴で奪い取るのか」

 

「横暴……とはよく出たねぇ西住ちゃん」

 

「その通りでは?」

 

「西住貴様!」

 

「かーしま、やめろ。ま、そういう事だからよろしくねー!」

 

 バシンと俺の背中を叩いてくる生徒会長。

 何がそういう事なのだろうか。俺は何がなんでもみほには戦車道はやらせない。絶対に守ってみせる。

 



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五話

あ、赤い…


「ねぇ、生徒会長に何を言われたの?」

 

 武部がみほを心配して聞いてくるが今は俺だ。とにかく、心配かけさせないように適当に答えねば。

 

「戦車道を取れとかなんとか」

 

(……)

 

 あれ? みほさん? さっきから声も聞こえませんけど大丈夫ですか? なんだか精神の中で膝を抱えながら死んだ目をしている光景が目に浮かぶようだ。

 クソ! あの生徒会長が変な事を言わなきゃ、みほはこんな事にならなかったのに! 

 

(……)

 

 しかしこんな状態になっているみほを放っておくわけにはいかないな。仕方が無い、次の授業バックれるか。

 

「あーすま……ごめんなさい武部さん。ちょっと調子がすぐれないから、保健室行ってくるね」

 

 今は心の療養が最優先だ。保健室に行って一眠りすれば、少し冷静になるというものだろう。

 一応、武部にも伝えておいたし、まあ……うん……大丈夫だ。

 

「え!? ちょっとみほ!? あ! 私もお腹が!」

 

「私も持病の癪が……お供しますね」

 

 何故か二人もついてきちゃった。何かな? 君たちもしかして不良と属される分類の人間なのかな? まあいいか、それじゃあ仲良くバックれましょうとね。

 

 ────

 

「ねぇ、みほ……さっき戦車道とかなんとか言ってたけど……」

 

「ああ、今年度から戦車道が復活するって」

 

「戦車道とは、乙女が嗜む伝統的な武芸の?」

 

「それとみほになんの関係があるの?」

 

 ……そうだな、こいつらには話しておいてもいいかもしれない。時間が経った事でみほの方にもなんとか余裕ができたみたいで、ちょっと冷静になれている。

 おい? みほ、コイツらに西住の事教えてもいいか? 

 

(はい……。武部さんと五十鈴さんなら大丈夫です)

 

「まあ……その、戦車道を選択するようにって」

 

「ええ? なんで? ……何かの嫌がらせ? あ、分かった! 生徒会の誰かと三角関係? 恋愛のもつれ?」

 

 ちげーよ、なんで転校してきて1日目で生徒会の連中と恋愛のもつれにまで発展してんだよ。

 

「是非、戦車道を選択するようにと乞われるなんてもしかしてみほさん、数々の歴戦を潜り抜けてきた、戦の達人なんでしょうか? 例えば、タイマン張ったり、暴走したり、カツアゲしたり」

 

 ちげーよ、なんでみほの性格でタイマン張れたり出来るんだよ。ちょっと考えて無理があるだろ。いや、俺ならしそうってか? やかましいわ。

 この中の一つでも俺はしたことあったか? 無い無い、若干脅した奴はいたものの、あれはノーカン。

 

「みほさん、先程ガンを飛ばすのお上手でしたので」

 

 おう……先ほどの事を仰られているんですかね? い、いや……あれは睨んできたから睨み返しただけで、別に「おう、タイマン張ろうや……」みたいな思惑がほんのちょっとあっただけで、後は何もないですよ? 

 

「実はな……西住って名前は、代々戦車乗りの家系で名家とも言われる程の伝統的に戦車道と関わりが深い家なんだ」

 

「まあ」

 

「へー」

 

「まあ、俺たちはそこから逃げてきたわけだが……」

 

 みほも心の中で、しゅんと落ち込んだような顔になる。安心しろみほ。逃げるという選択肢も時には必要な事だ。俺たちは何も間違ったことはしていない。ただ世間と相性が悪かった、ただそれだけなんだ。

 

「えっ」

 

 武部がいきなり素っ頓狂な声を上げる。ん? いきなりどうした。そういえば、男が放って置かないと先程みほに語っていたが、恋愛脳の働きすぎでバグったのか? 

 

「俺たち?」

 

 …………しまった。

 つい、癖で俺って一人称を使ってしまった……。

 やばいやばい、みほの体には俺がいることは極力バレてはいけない。体の中に男の人格があるってだけで、本来なら精神科案件の事態だ。それが大洗で広まってしまえば、みほはまた学校に居られなくなる可能性がある。

 俺のせいでみほに迷惑がかかるのは絶対にあってはならないことだ。上手いこと誤魔化さなければ……。

 

 そう思考をぐるぐるさせてたら、いきなりみほが俺と入れ替わりで表に出てきた。

 みほ? 一体何を……。

 

「あ、あの……その……中学生の時……私、俺って言ってたから、その……癖で言っちゃいました……」

 

 みほおおおおおおおおお!?!?!???? 

 なんてこった! 俺のせいでみほが、中学生の時、俺っ娘だったと捏造してしまった! 今にもみほは顔が沸騰しそうなほどに赤くなっている。

 もしかしたら俺はとんでもない事をしでかしたのかもしれない。

 

「か……」

 

「うう……」

 

「かわいい──ー!!」

 

 武部がいきなりみほを抱きしめてきた。

 うおおおおおお!? コイツ! いきなり何しでかしてくれてんだ! 今、みほの中には男の俺がいるんだぞ! そんな事されちゃったらダイレクトに感触が伝わっちゃう! 

 

 どういうわけか、みほが感じたことはダイレクトに俺に伝わってくる。甘いものを食べたりしたら甘味が俺の脳内にダイレクトに伝わってくるわけだ。

 だから感触も伝わってくるわけで……! 

 

 た、たわわぁ……。

 

(お兄ちゃん?)

 

 ひえっ。

 

 



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六話

 拝啓、皆様へ。

 なんだかうちの妹が怖いです。これまでみほが明らかにドス黒いオーラを放ったのはいつ以来だろうか。あ、ここ最近でしたね、すいません。

 どうやら、みほは不埒な俺が許せないらしい。心の内は読めないが、不機嫌なのはそういうことなのだろう。

 

 どういう訳か、みほと俺は記憶自体は共有できるが、考えなどは共有できないらしく、別々の思考回路を持っている事になる。

 そのため、人格などもお互いにうまく掴めることが出来ないのだ。

 会話は念話? というのだろうか、まあ多分そういうスピリチュアルなもので会話できるし、声を出すことで鮮明に分かる。普通の会話と一緒だな。

 そのため、家の妹が何を考えているのか分からないので怖い。

 というより、なんでみほは俺の考えていることが分かったのだろうか? それも怖い。

 

 あの後は生徒会から全校生徒体育館へ集まるようにと校内放送があったので、行く事になった。

 このような突拍子もないことはもはや大洗女子学園では日常らしく、全員体育館へきちんと整列しており、その中の一人も疑問を持っていないように思えた。

 まあ、ここが大洗の良いところなのかもしれない。

 

 そして、必修科目のオリエンテーションが始まった。

 大きなスクリーンに映し出された『戦車道入門』という文字。

 そこから、戦車道について色々なことが語られていく。みほは見るのも少し辛いらしく、俯いてしまう。

 

(おい、みほ。大丈夫か? 俺が変わるが……)

 

(……はい、大丈夫です。ありがとうございます……)

 

 見るからに元気がなさそうなので少し可哀想だ。

 画面に注目すると、そこには多勢の男どもに手を振られている選手の映像が流れる。多くの男性に好意を持たれるだって? 嘘つけ。好意を持ってくれるのは同性か、ただの物好きな男だけだ。

 世間一般の男の戦車道女子の評価は『めちゃくちゃ怖い』らしい。それなら、なぎなたや華道をやった方が幾分かマシだろう。

 

 例えば将棋を思い浮かべてほしい。

 今の将棋で第一線で活躍しているプロ棋士は男しかいない。女は未だアマのままかプロの道を諦めて女流へ転身するのが殆どだ。

 戦車道はその逆と言っていい。女が第一線で活躍し、男は裏方を任される。理由は至極簡単。戦車道に置いて男は女にどう足掻いても勝てない。

 近頃は男の選手も非公式ながらいるらしいが、どれもパッとしない成績だ。

 

 みほが読んだ本の中で面白い実験があった記憶がある。

 戦車道選手とプロ棋士を戦わせてみたというものだ。基本は戦車道のルールに乗っ取ったものだが、棋士の方は自分の戦車を手駒のように動かせる。言わば司令塔のような役割で試合を開始した。その試合内容、『戦車道側一輌対プロ棋士側十輌』

 結果はプロ棋士の完敗。

 棋士の方に大きなハンデを与えた上での戦車道選手の圧勝だった。

 理由はまたもや簡単で、『脳の作りが違う』という今、戦車道をやっている男選手に最もダメージを与えた結果だったという。

 そんな感じで、戦車道は将棋や囲碁と全く正反対の世界なのだ。

 故に、そんな殺伐とした世界に身を置いている女性がモテる訳がない。

 おっと……考えに耽っていたらいつの間にか、映像が終わっていた。

『来たれ! 乙女達!』という文字が大きく映し出されたと同時に、派手に大きな音が鳴る。

 全く……なんでここまで戦車道を推す必要があるのかさっぱり分からん。

 どうも話を聞く限りでは、戦車道の世界大会が開かれる事になり、文科省から戦車道に力を入れろと全国の高校に達しがあったらしい。

 しかし……その力を入れろという部分、何も強制ではないはずだ。それなのに何故、戦車道経験者であるみほを半ば強引に勧誘する必要があったのか、それを俺は聞きたかった。

 両隣はさっきの映像でなんだかヤル気を出してしまっているみたいで、みほも戸惑っている。

 まあ、最終判断はみほに任せるが、俺はみほの嫌がることは極力させなくないので、基本否定に回るつもりではある。

 それになんだ、華道とかやってるみほの姿を想像すると、なんだかほっこりしてくるではないか。

 

 もう少し話を聞いてみると、特典として成績優秀者には『食堂の食券100枚』『遅刻見逃し200日』さらに『通常授業の三倍の単位を与える』といった破格の待遇だった。

 怪しすぎる。絶対にめんどくさい何かをさせる気満々だろう。美味しい話には裏がある、先人がそのような言葉を残してくれてるじゃないか。無理に罠にかかる必要性が全く持って見出せない。

 こんな、条件で戦車道を取る奴なんざ、戦車道に手を出すほど男に飢えてるやつか、マジで留年の危機に晒されている奴か、とんでもない変わり者か、ただのバカぐらいだろう。

 

 全く……そんな奴いる訳……。

 

「私、戦車道やる!」

 

 いたああああああああああああ!!!! 

 中庭を歩いて教室に戻っている途中、武部が急に真剣な表情でみほに向かって言っていた。

 マジか……あれでやろうとする奴マジでいるのか……。

 みほのかなり驚いた様子で、不安そうな表情を浮かべていた。うん、気持ちわかる。いや、同じ気持ちかどうかは知りませんけど。

 

「最近の男子は、強くて頼れる女の子が好きなんだって」

 

 オカンの事かな? 

 

「それに、戦車道をやればモテモテなんでしょ!?」

 

 ええ、モテモテですね。主に同性に。

 戦車道というのはおかしな競技で、モテるモテるとは言っているが、それはハッキリと男性にとか言ってるわけではない。

 基本的に戦車道をやってる選手がラブレターを貰うのは日常茶飯事らしいが、それも全て女性からのラブレターだ。ソースはまほ。

 異性からモテる? 逃げるの間違いでは? 

 

「みほもやろうよ! 家元でしょ!?」

 

 ……みほが一瞬困ったような表情を浮かべた。

 そうだよな……どこに行ったって、戦車道って名前がある限り、西住という名前はその縛りから抜け出すことができない。

 だから、みほは精神を病んでしまったし、それを助けるために俺が生まれた。

 いつかは向き合う事も必要ではあるが、ただいかんせん、時間が早すぎる。

 転校初日でこれとは……この先どうなることやら……。

 

「私はやっぱり……」

 

「そうですよね、私、西住さんの気持ちよく分かります。家も華道の家元なので」

 

「そうだったんだ……」

 

 五十鈴も家元なのか。不思議な縁があるな。

 

「でも、戦車道って素晴らしいじゃありませんか」

 

「え?」

 

「私、実は華道よりアクティブなことがやりたかったんです」

 

 お、おい……まさか……。

 もしかして五十鈴も……? 

 

「私も戦車道……やります!」

 

「ええ!?」

 

 これにはみほも大変驚いたようで、とんでもない顔を見せた。

 いや……正直俺も驚いている。しかし、何もおかしなことではない。五十鈴は華道にハッキリ言えば少し飽きてしまったから、せめて学校では体を動かしたいと言うことだろう。

 みほもその逆だ。

 戦車道に疲れてしまったから、今度はゆったりとした事をやりたいのと一緒なのだ。

 

「西住さんもやりましょうよ! 色々ご指導ください」

 

 そう言って、五十鈴はみほに頭を下げる。

 おおう、この人ら見かけによらずアクティブな人ばっかりだ。推しが強いというかなんというか……。大洗ってこんな人が大勢いるのだろうか? 

 

「ああ……えっと…………」

 

「みほがやれば、ぶっちぎりでトップの成績取れるよ!」

 

 武部が屈託なく笑い、みほに戦車道を進める。

 ……ハッキリ言って、俺は少しイラッとしてしまった。しかし、それはお門違いな怒りである。この子達にみほの学校に来る前に起きた惨事の事は話していない。だからこそ、未知の可能性である戦車道という競技に夢を見出しているのだろう。

 さらに、友達にその道に詳しい人がいたとする。俺だって、そんな人がいれば一緒にやってほしいと言ってしまうだろう。

 だから、俺は敢えて何も言わずに、この件はみほがじっくりと考えればいいと思った。

 

 大洗に来たときは時間が解決してくれると思ったのだが……その時間も、待ってはくれやしなかったのだった。

 

 ──────

 

 私は、自分の部屋で戦車道と大きく書かれた文字を見ながら膝を抱えていた。

 目を閉じれば、あの日水に沈んでいく仲間達が思い浮かぶ。必死になって、戦車から引っ張り上げた小梅さん達は息も出来ないくらいに苦しい思いをしたと思った。

 お兄ちゃん……私はどうしたらいいの? 

 お兄ちゃんは、一晩自分でゆっくり考えたらいいと私に言った。

 今も、お兄ちゃんは私を無言で見守ってくれている。まるで、抱き抱えてるボコの中に入って私が答えを出すまでジッと見つめているようだった。

 

 ────ハッキリと言ってしまって、私が戦車道をやる事で、またあんな事になってしまうと思うと怖い。

 怖くて、気づけば無意識のうちに涙が出ていた。

 

 やっぱり私には出来ないよ……。

 

 ──────ー

 

 机の上にみほが出した用紙に『香道』と書かれた文字の横に丸が付いていた。

 そうか……これがみほの出した答えか。ならば、俺はそれに答えなければならない。何がなんでも、みほから脅威を退き、守ってやろう。

 

 みほは二人に謝罪する。どうしても戦車道がしたくない。その一心でみほはこの学校にやってきた。

 逃げている。そう思われても仕方がないだろう。しかし、それでもこれが最善の選択だと言わざるおえない。

 

 すると二人も、戦車道に二重線を引き、香道に丸をつけた。

 この二人はどこまでも優しい。

 このまま戦車道をやっていると、みほには辛い思いをさせてしまうと思ったからだろう。本当は戦車道がしたかっただろうに。どこまでもお人好しだ……。

 みほは本当にいい友達を持てた。ここから先は、俺の出番だ! 

 

 昼食を食べていると、そこらかしらから戦車道の話題が湧いて出てくる。

 今は俺が入れ替わっている状態だ。どうも嫌な予感がして、みほには無理を言って引っ込んで貰った。

 普通に談笑しながら飯を食べていると、その時がやってきた。

 

『普通一課、二年A組西住みほ、至急生徒会室に来る事』

 

 来やがった。恐らく生徒会は戦車道を選んでない事に対し腹を立てているのだろう。だが、腹わたが煮え繰り返っているのは俺も同じ事。

 俺は席を立ち、生徒会室に向かおうとした。

 

「みほ! 一緒について行こうか!?」

 

「いや、大丈夫。武部さんと五十鈴さんはここで待ってて」

 

 ここから先のみほはこの二人に見せちゃいけない。

 だって、みほでは無く……、俺が入れ替わっているからな。

 



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七話

 生徒会室に着くと、片眼鏡をかけこちらを睨んでくる女から第一声が発せられた。

 

「これはどういう事だ?」

 

 目の前に出される、戦車道に丸をしなかった必修選択科目の紙。

 

「どういう事……とおっしゃられましても、その書面通りですが?」

 

 俺は睨み返しながら、口を開く。一応、先輩なので口には気を遣ってはいるが、いざとなれば徹底抗戦の準備はできている。

 俺がそんな事を考えていると、感慨深く生徒会長が椅子に深く腰をかけ、手で顎を支える。

 

「なんで選択しないかなぁ」

 

「我が校、ほかに戦車経験者は皆無です」

 

 やはりか、此処までの圧力を戦車道に対しかけてくる。何か裏があると踏んでいたが、どうやらそうらしい。

 じゃないと過去の経歴を見て、その上で西住流であるみほを強引に戦車道へ入らせようとするんだ。何か思惑がある。俺にはそう感じられた。

 その後の我が校はこれで終了という、言葉。……まさか、この戦車道で何かしら結果を残さなければ、この学校に何か不利益が被られる……という事か? 

 しかもあの破格の待遇。ますます、そうとしか思えない。この学校に対し、何かしら大きな圧力が動いているのかもしれない。

 しかし、それはそれであり、みほを強制的に戦車道に入れさせる理由があちらから提示されていない。それが無ければ、こちらは受ける必要のない事だ。

 俺はそれを考慮して、卒直に生徒会長に質問した。

 

「なぜ……こうやって、強制的ともいえる態度で、私を勧誘してくるのでしょう? どうもその理由が分かりません」

 

「理由なんてないよ、ただ戦車道を復活するにあたって、手頃な戦車道経験者が西住ちゃんであっただけでね」

 

「もっともらしいですが、それでは私を半ば強引に戦車道へ入らせる理由にはなりません。何か……思惑でも?」

 

「西住ちゃん……」

 

「私の経歴は既にお調べになってる筈です。その上で、この学校が……この学校のブランドが傷ついてもいい覚悟で私を勧誘しているのですか?」

 

「西住ちゃん、もう私たちはなりふり構って居られないんだよ、多分、察しのいい西住ちゃんなら分かってると思うけど……」

 

「私が戦車道を履修するとなると、西住流と事を構える可能性が高まりますよ、それでも良いのですか?」

 

「……それでも良いと私は思っている」

 

 沈痛な面持ちで、顔を伏せる生徒会長。

 まさかみほがここまで言ってくるとは予想できなかったのだろう。生徒会メンバーは全員顔を曇らせている。

 恐らく……恐らくではあるが、こうもなりふり構わず、学校の重鎮達が言ってくるとは、相当な事に違いなかった。

 戦車道を復活させ、良い成績を残さなければ、何かしらのデメリットを与えるとでもお偉方に言われたのかもしれない。

 それはそれで可哀想ではあるが、しかし、残念な事に俺たちの意思は変わらない。戦車道は履修しない。そう決めたのだ。

 

(お兄ちゃん……何か……おかしいよ……。もうちょっとお話を聞いてみよう?)

 

(……みほはそれで良いのか? もし、この先を聞いてしまったら戻れなくなるかもしれないんだぞ?)

 

(……でも、やっぱり……放って置けないよ)

 

(分かった、話を聞いてみよう)

 

 みほは、やはり優しい。そのせいで自分に不利益が被ろうとも、その優しさによって何もかもを包み込んでしまう。

 しかしそれは欠点でもあり、弱点である。

 だが、それでもみほがその道を歩むというのなら、俺はそれに従うだけだ。

 

「……理由を聞かせてください。表面的なものでは無く、内部的な物を」

 

「……それは……」

 

「会長……お話ししてもよろしいのでしょうか?」

 

「これから、戦車道をするにあたって、士気が落ちる可能性が……」

 

 生徒会が寄って集まり、何やら深刻そうな会話をし始める。

 数分話し合い、意志が固まったようで、真剣な表情を浮かべて会長はみほを見据えてきた。

 その目は先程まで見せていた目と違う。三者共に悲しげな目をしており、しかし、その表情にはしっかりとした決意が感じられた。

 

「西住ちゃん……これから先は他言無用でお願いするよ」

 

(みほ?)

 

(はい……大丈夫です)

 

「わかりました、話してください」

 

 生徒会長はまたもや深く椅子に腰をかけ、一回深呼吸をした。

 そして、心の準備ができたのか、恐る恐るではあるが、口を開き始めた。

 

「……この戦車道で……近々行われる全国大会で優勝しなければ……我が校は廃校になる」

 

 これでようやく合点が行った。

 生徒会としてはこの学校が廃校になるということは見過ごせない事案である。学校を愛している者からすれば尚更のことだ。

 それでなりふり構わずにみほを勧誘してきたというわけか。

 

「いや〜最初はね、西住ちゃんをうまく言いくるめて、それで廃校のことは知らせないつもりだったんだ。だって、廃校だっていう事を知っちゃうと……西住ちゃん……プレッシャーで押し潰されちゃうんじゃないかって思ってさ……」

 

 どうやらこの言葉に嘘はないようだ。生徒会メンバー全員は暗い顔をして、罪悪感からかみほから目を逸らしている。

 確かに、みほならば、生徒会にうまく言いくるめられて、この事実を知らずに戦車道をやっていたかもしれない。それが良い方向に行こうが、悪い方向に行こうが、今の俺では到底わからない事だ。

 そして、生徒会の最大の誤算は、まさかみほの中にイレギュラーが存在しているとは今現在も思っていないだろう。

 ただ、みほが西住流だったという事実だけが、生徒会に突きつけられただけだ。

 

(……お兄ちゃん)

 

 ──ードクンと心臓が脈を打った。

 それは何故だろうか、みほが一言発した瞬間に体の底から燃え滾るようなパワーを感じた。

 いや、これは俺が原因ではない。みほだ、みほの感情によってこの体はなぜか熱くなっているのだ。

 

「だから……さ、西住ちゃん……いや、西住さん。どうか……私達に協力してほしい」

 

 生徒会長が椅子から立ち上がり、頭を下げた。

 前までの飄々とした態度から一変して、この学校の為ならなんだってしても構わないという意志が感じられた。

 生徒会長という権限……いや上級生なのに、下級生にさんで呼び、頭を下げる。それがどれ程の事か……。

 

「虫がいい話ってのは分かってる、西住さんも前の学校で苦しい思いをしたっていうのも分かってる。でも……! それでも、私たちはこの学校を守りたいんだ……!」

 

 ゾワゾワとした感触が体を駆け巡った。知っている、これは俺が原因じゃない。みほが……みほ自身が心を滾らせているのだ。

 

(……お兄ちゃん……私……!)

 

(……みほがやりたいように……好きにすればいい。俺はその意思を尊重して、どこまでも付いていくよ)

 

 みほが感じた記憶が俺の頭に流れていく。

 苦しみ、悲しみ、それらを乗り越えた先にあったのは大洗女子学園にいた二人。

 武部や五十鈴。その二人の笑顔が脳裏に焼き付いて離さない。

 この学校はいい学校だ。それはあの優しい二人が証明してくれている。それはたった数日しか通ってない学校であったとしても、みほが感情移入をする程にもう、大洗という学校にのめり込んでしまっているのだ。

 そういう事なら、次に何がしたい? みほは何を選択する? 

 

(私……私! この学校を守りたい!)

 

 あの二人の笑顔を曇らせない為。そのために戦車道を選択する。

 しかし、それはとても困難な道。戦車道全国大会優勝などと、初心者が大それた事を言うもんじゃないと世間から批判されるような絵空事。

 しかし、俺は知っている。みほは守りたいものができた時、その秘めた力を存分に発揮できる事を! 

 

(戦車道……! やります!)

 

「よく言ったぁ!」

 

 急に大声を出したから、目の前にいた生徒会メンバーはビックリした表情でこちらを見ている。

 

「この学校を守りたい……理由はたったそれだけだが、いいじゃあねぇか! だったら俺も協力してやるよ! やろうぜ! 戦車道!」

 

(──ー! はい!)

 

「……西住ちゃん……!」

 

 会長は目を潤ませ、絞り出すような声で「ありがとう」と呟いた。

 両隣にいた二人も満足そうな顔で頷いている。

 これから先は修羅の道だ。西住流に喧嘩を売って、みほ自身がこの学校と共に優勝を目指す。それは即ち、黒森峰を倒すという事。

 世間からバッシングされるかもしれん、家を追い出されるかもしれない。だが、どんな理不尽が襲ってこようと俺はみほを全力で守る。これまでとやる事には変わりはない! 

 

 ────

 

 俺たちは教室に戻って一番に武部と五十鈴の元へ向かった。

 

「ちょっとみほ! 大丈夫だった!?」

 

「何か、言われたのではないでしょうか」

 

 みほの事をどこまでも気遣ってくれて優しい二人だからこそ、頼める事がある。

 しかし、これは俺の口から言うべきことではない。みほ自身が言わなきゃならん事だ。

 だから、俺はみほの背中を押してやって表に出させた。入れ替わる時にみほの顔をチラリとみたが、どうも覚悟が決まった顔をしている。

 

「武部さん! 五十鈴さん! 一緒に、戦車! 乗りましょう!」

 

 この後の二人の顔は面白かった。めちゃくちゃ驚いた顔をしていたが、数分経って状況が飲み込めたらしく、二人ともにっこりと笑い、みほの手を取った。

 それは了承のサイン。言葉には出さなくとも一緒に戦車道をやっていこうという意思の現れだった。

 

 そして、戦車道履修日。

 この大きなグラウンドに大洗の乙女たちが集結していた。事情は知らなくとも、一緒に戦ってくれる仲間がいる。それだけで、みほは充分だろう。

 そして、古びた倉庫の奥にあったIV号戦車にみほは手をかけ、会長に目線を送りうなづく。

 

「装甲も転輪も大丈夫そう……! これでイケるかも」

 

 こうして、みほは大洗で新たな戦車道を歩み始めたのである。

 




(IV号か…懐かしいな)

(…お兄ちゃん?)

(ん?……ああ、なんで懐かしいって思ったんだろ)


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独白

 戦車道で優勝して廃校を回避する。我ながら荒唐無稽すぎる事を言ったと覚えている。しかし、あの私たちを舐め切った目をする役人を度肝を抜かせてやりたい。そう私は子供ではあるが思った。

 昔からこの学校が大好きだった。友達と毎日楽しく通えて、それでいて私を成長させてくれた学校。生徒会長になってからそれは益々大きなものとなっていった。大洗女子学園無くして私無し。みんなからはいつも飄々とした態度だと思われているが、心の内では本当にこの学校を愛している。

 昔から背が小さい事をいいことに周りからバカにされてきたが、それも生徒会長になることで実績を示してそんな奴らを片っ端から黙らせた。

 そんな土台を作ってくれた大洗に感謝していた。

 だから、私は廃校になると言われた時本当は一番に目の前にいる大人に殴りかかりたかった。しかし、それを聞いて激昂した河嶋が私の怒りを鎮めてくれた。

 冷静だ、こんな時こそ冷静にどっしりと構えるべきだ。トップに立つ人間とはかくあるべきだ。そう、これまで勉強してきた中で学んだことだ。

 

 戦車道をやるにあたってまずはリサーチが必要だと思った。私は生徒会の仕事は二人に任せて、近くでやっていた戦車道の試合を見にきていた。仕事の方は河嶋が良くやってくれてるし、小山も副会長として私が居ない間の業務はなんとかするはずだ。

 私の今回の仕事は、戦車道とはどんなものかしっかりと見極める事だ。

 素人であんな大口を叩いたからにはどんな事があろうとも戦車道を勉強すると硬く誓った。

 

 結論から言おう。

 

 これ、無理じゃない? 

 初めて見る試合でどちらも無名校ではあるが、それでも高度な読み合い。戦車戦。それらを全て掌の上で操るかのような隊長の手腕。素人ながらも【とんでもないハイレベル】だと感じ取れた。

 これで、全国レベルではないというのだから恐ろしい。全国大会で……上位校というのはどれほどの物なのだろうか……。

 あんな事を言った、それと私は生徒会長という立場。役職上、隊長をやらないといけないと思っていたのだが……これは……戦車道経験者を学校内から探して隊長に就任させた方が絶対にうまくいく。

 

 しかし……学校内から戦車道経験者が見つかるだろうか? 

 

 そう思いながらも学校内で経験者を探す作業が始まったのだが、それが早く終わってしまった。

 西住みほ。なんとあの戦車道界でもトップの実力を誇る黒森峰女学院から転入してきた生徒だった。しかも、日本戦車道界のトップに君臨し続けるあの、【西住流】だと言うじゃないか。

 これはかなりの好都合。二人も手を合わせて喜んでいる。でも……なんか、うまくいきすぎじゃない? 廃校になりそう→戦車道やる→隊長無理……→西住ちゃん発見! 

 どう考えてもうまくいきすぎている……。

 この場合は裏を調べてみる必要がありそうだ。

 そう思って、心のうちは出さずに二人と一緒に西住ちゃんの事を調べ始めた。そして、なぜ戦車道界のトップである西住流である彼女がうちに来たのかが分かった。

 

 黒森峰は前回の全国大会で9連覇をしていたのだが、この試合で一両、抜かるんだ地面に履帯を取られて、そのまま川に転落してしまう事故が起きた。それを西住ちゃんは自分の危険を顧みずに助けてしまったのだ。

 しかし、その後黒森峰は敗退、西住ちゃんは責任を負わされる形になり、世間からバッシングを受けていた。しかしそれは一部の西住流信者だけであって、他からは概ね称賛されていたらしい。

 しかし、メディアは西住流には逆らえないらしく、世間とは裏腹に西住ちゃんを非難するような記事を書き始めてしまった。

 

 恐らくこれが転校してきた理由だろう。

 私は頭を密かに抱えた。こんな子に学校の未来を託してしまって良いのだろうか? 恐らく家からも追い出されて、戦車道のせの字も見たくないような状況の彼女が私たちに協力してくれるだろうか? 

 久しぶりに胃が痛くなるような感覚に陥った。

 ……こんな子に……戦車道をやれと直接言わないといけないのだろうか……。そんな鬼畜に、私はなれるのだろうか? 

 

 …………罪悪感で押しつぶされそうになる。勿論、西住ちゃんは誘わないと言う選択肢もある……でもそれじゃ……ダメなんだ。それじゃ、この学校はお終い……。

 

 なるしかない……鬼になるしかない。この学校を守るために鬼畜になるしか……ない……。

 

 私は必死に罪悪感を飄々とした態度で押しつぶした。

 こうする事で、私はなんとか耐えられる。

 

 そして西住ちゃんにこう言い放つのだ。

 

「選択必修科目、戦車道取ってね。よろしく」

 

 西住ちゃんは驚いた顔をした後に私に言い返してきた。

 

「必修選択科目は自由に選べる筈だ、その生徒の権利を横暴で奪い取るつもりか」

 

 西住ちゃんは鋭い目線を私に送ってきた。

 その瞳をみるとなんだか体が震えてきそうでそれをなんとか必死に抑えた。これが恐怖心という物なのだろうか? 全身の本能が目の前にいる少女から逃げろと危険信号を送っている。

 ……これが……西住流……。

 事前に調べた限りでは西住ちゃんは大人しい女の子だという話だったが、どうやらそれは間違いのようだった。私とも対等に渡り合えそうな胆力があると私は思った。

 

 その後、河嶋が文句を言いそうになったのを抑えて、私は逃げるように西住ちゃんの元から離れた。

 ……絶対怒らせたよね……。

 しかも、西住流を隊長に据えるとなると、大洗自体が西住流と事を構えることになるんじゃ……? 

 それになんだか鋭そうだったし、こちらの考えも全て読まれているように感じた。

 恐ろしいな、西住ちゃんは。

 

 それでも逃げてはいられない。なんとしても戦車道をやらせなくては。

 そして帰ってきた書面を見て、やはりかと思った。

 戦車道に丸をせずに提出しているのを見て一言呟く。

 

「いや〜そう、うまく行かないかぁ」

 

 ヘラヘラしながら、呟いた。そうでもしないと、これから西住ちゃんと話し合いをするにあたって精神が持たなそうだからだ。

 二人は私の態度を見て何か考えがあるのかと思っているだろう。残念ながら何も考えてない。

 この後の話し合いで西住ちゃんを戦車道に勧誘して、その後、どう丸く収めるか、それすらも考えられていない。

 つまり、このあとは運に頼るしかないのだ。

 

 日ごろの行いは……良い方ではない。徳は積んできた覚えもないが、それでもやるしかない。

 そう覚悟を決めて西住ちゃんを生徒会室に呼び出した。

 

 生徒会室に入ってきた西住ちゃんは大層お怒りだった。

 正直言って怖すぎる。今すぐにでも逃げ出したいと思っている。小山も感じ取ったらしく、芝居もどことなくぎこちない。

 河嶋は……うん、アイツは通常通りだ。すごく頼もしい。

 

 そして話を進めて行くが、西住ちゃんはかなり手強い。恐らくもうあちらはこの学校に何かあると感づいているだろう。

 

「私が戦車道を履修するとなると、西住流と事を構える可能性が高まりますよ、それでも良いのですか?」

 

「……それでも良いと私は思っている」

 

 良い訳がない。

 絶対に不利益しか被らないでしょそれ……。それに……娘を誑かしたとあちらの家元かなんかに知られたら……私は生きてるのかな? 

 どうかコンクリ詰で海には放られない事を祈ろう。

 

 そして、等々、内部的な話をする様に勧められた。

 これは……した方が良いのだろうか……。西住ちゃんは大丈夫だろうか? 益々、戦車道を履修してくれなくなる可能性が高い。

 

 ……だけど、腹を割って話すっていうのも必要だよね……。

 このまま西住ちゃんに黙ってばかりも申し訳ないし、最悪、履修してくれなくてもそれはそれで良い気もしてきた。

 だから、話そう。西住ちゃんに廃校の事。

 ちゃんと話して、対等な関係になろう。

 

 そして廃校の事を話し始めると、西住ちゃんは顔が見る見る暗くなっていった。

 やはりダメだろうか? 

 ……でも私は! 

 

「虫がいい話ってのは分かってる、西住さんも前の学校で苦しい思いをしたっていうのも分かってる。でも……! それでも、私たちはこの学校を守りたいんだ……!」

 

 頭を下げた。下級生に頭を下げた。河嶋も小山も西住ちゃんも驚いた表情でこちらを見ている。

 でも……これが私の……角谷杏の嘘偽りのない気持ちだ。

 これでダメなら諦めよう……そう思った時だった。

 

「よく言ったぁ!」

 

 西住ちゃんはいきなり大声を出して、握り拳を作っていた。

 ……もしや……これは……! 

 

「この学校を守りたい……理由はたったそれだけだが、いいじゃあねぇか! だったら俺も協力してやるよ! やろうぜ! 戦車道!」

 

 私は初めて、飄々とした仮面を外したのかもしれない。何か心の奥から熱いものが込み上げてきて、目から出そうになってきた。

 良かった……! 良かった……! 

 

「ありがとう……!」

 

 私は涙声でお礼を西住ちゃんに言った。

 

 こうして、西住ちゃんは戦車道をやってくれることになった。しかもメンバーを二人も連れてきてくれて。

 今の西住ちゃんにはあの時のような覇気は無いけど、彼女も仮面を被っているのかもしれない……いや、もしかしたらあっちが本心なのかもしれないな。

 

 西住ちゃんはボロボロになった戦車を見て、笑みを浮かべて私にうなづいた。

 うん、分かってるよ西住ちゃん。私は君の為ならなんでもしよう。

 それが私の精一杯の恩返しというものだ。西住流との抗争? やってやろうじゃないか。

 私は……大洗女子学園生徒会長、角谷杏だ! 

 



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八話

 んでまぁ、そんなわけでみほの戦車道をやるという発言は概ねうまくいったんだが……。

 生徒会長の奴ときたら戦車はVI号しかねぇから自分たちで探せって言ってきやがった。話を聞けば明後日に戦車道の教官が来るらしく、それまでに整備を整えておけとのお達しだ。

 生徒会は揃いも揃ってアホなのか? このど素人の集まりで無理があるだろ。

 それに手掛かりなんぞ全くねぇときやがった……いっぺん絞めるか? 

 

(お兄ちゃん……そこまで、ね?)

 

 イライラしていたところを俺の思考を読み取ってみほに制止される。

 おっといけねぇ。そうだ、俺の本来の目的を忘れるな、この学校の存続は二の次であり、みほの幸せが第一なのだ。

 深呼吸だ深呼吸……ダメだやっぱ怒りが収まらん。

 というより、俺の考えみほに筒抜けじゃね? 誰だ、考えてることが通じないとか言った奴。

 

 そんなわけであって、戦車を隠すとなったらうってつけの場所である駐車場に来たわけだが……。

 

「どこにあるって言うのよ──!!」

 

 隣で武部が大声で叫ぶ。ちなみに駐車場に探しに来ると言う訳のわからん事を言い出したのは武部の発案だ。

 常識的に考えて戦車が駐車場にあるわきゃねぇだろう……。

 一瞬俺もナイスアイデアとか思っちゃったけど。

 

「だって一応は車じゃない」

 

 うん、俺もぶっちゃけそう思ってた。

 だから案外意外なところに置いてあるのかと思ったけど、やっぱり真っ当な場所に隠してあるのか、放置してあるのか……。

 だとすると裏の山林辺りが怪しいか……。

 

(みほ、裏の山林にでも行ってみよう)

 

 みほに言うとすぐに武部に提案して、行くことになった。

 まあ、あるかないかはさておいて探す価値のある場所ではあると思う。

 ……しかし、さっきから後ろでコソコソと付け回してるのがいるな……。犯人はあのモジャ頭の女の子か……。みほも気付いているようでさっきから複雑な表情をしている。話しかけるかかけまいか悩んでいるようだった。

 焦ったいなぁ、よおし、こうなったら俺が直接なんの用か問いただしてやるよ……。

 

「あの! よかったら一緒に探さない?」

 

 なにぃ!? あのみほが俺が入れ替わる前に話しかけやがった! 

 

(だってお兄ちゃん、あの子に何するか分からないもん……)

 

 ああ……そう言う意味で焦って話しかけちゃったのね……。

 いやでも、これはすごい進歩だ! みほが自分から話しかけるなんて、少しは心の傷が治ってきた所か……。

 というより、みほさん? 俺は女の子には手は出さないぞ? 安心しろ? 

 

(信用が……)

 

 ……ごめんなさい。

 

 ────

 

 あのあと、俺たちの輪に加わった少女は秋山優花里と名乗った。

 どうやらみほの事を大変尊敬しているらしく、すごく感極まったような口調で話す。いやあ、みほの魅力が分かるか、そうかそうか、秋山とはいい酒が飲めそうだなぁ! 飲んだ事ないけど! 

 

 そして、山林にやってきた俺たちだが、目の前で急に五十鈴が止まり、鼻を動かす。

 

「あっちから匂いが……」

 

「匂いで分かるんですか!?」

 

 これには俺も驚いた。どうやら五十鈴は嗅覚が鋭いようで、遠くから漂ってくる少しの鉄と油の匂いを嗅ぎ分けたのだ。

 おいおい、そんなの第二次世界大戦中の軍人だってわかんねぇぞ。

 ちょくちょく、五十鈴は常人離れしたパフォーマンスを披露する。俺も、薄々感づいてはいたが、身のこなし方が一般人のそれとは違う。なんだ? 華道の他にも何か武術的なものやってたりすんのかな? 

 

「華道やってるとそんな事まで分かるの!?」

 

「私だけかもしれないですけど……」

 

 うん、歴とした才能だね。

 

 この後、秋山が「パンツァーフォー!」と言った後武部が「パンツのアホー!?」という秋山とみほが苦笑いしかできない聞き間違いを盛大に俺が笑った後、戦車を発見した。

 LT38か……渋いなぁ。

 みほと記憶を共有している俺も戦車のことにはそこそこと言った具合だが詳しい。

 そして、俺個人の感情としても戦車は大好きだ。だってかっこいいじゃん。男の子のロマンってこういう事なんだろうなぁ……。だからこそ、男の戦車道選手も非公式ながらもいるし、そういう奴らもこの魅力にドップリとハマっちまった被害者であり最高の野郎どもだ。

 それにしても、さっきのVI号といい……このLT38もなんだか懐かしいような感情に駆られる。俺の記憶と関係しているのだろうか。モヤモヤしてなんだか気持ち悪いが、まあ、いつか分かるだろう。細かいことは気にしない、それが俺のモットーである。

 

 秋山がめちゃくちゃイキイキとLT38のウンチクを語り、ナチの通称の38tのtとはチェコスロバキアの事であると説明したあたりで我に帰った。

 というより、俺の中では38tはLT38って呼びたいんだけどなぁ……。まあ、クソほどどうでもいいか。

 

 



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