喩え、この身が業火に焼かれても (行方不明者X)
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Prologue

何の変哲もないその日、両親から与えられたお気に入りの積み木で遊んでいたとある少女は、ふと、知らない記憶を思い出した。

 

 

何か大きなショックを受けた訳でもなく、例えるなら長い夢から醒めるように突然やってきたそれは、短い間とはいえ今まで生きてきた自分の人生とは全く関連性のないものばかりで、少女は混乱した。

突然の事に混乱する自分を深呼吸して落ち着かせ、少しした後に、少女は記憶の中の知識を用い、『これは自分の前世の記憶というものなのではないか』、という結論を出した。そうして当然行き着いた『自分は転生したのだ』という事実を受け入れられず、現実逃避も兼ねて子供特有のつるりとした頬を抓る。紛れもない鈍い痛みがある事で夢などではないと漸く気付き、頭を抱えた。

幸いなことは、彼女の前世は少ない知識ではあるが『転生』という概念を知っていた為、混乱の勢い余ってこの事を両親や周りに話せばどんな目に遭うか察知出来たことだろう。家庭崩壊の原因に成りかねないそれを防ぐことが出来た事に気付き、ほっと息を吐いた。

 

 

手に握っていた積み木を弄くりながら、少女は記憶の影響で大分成長した思考回路を回す。到底齢一桁の少女がする事ではないそれに、子供らしかった今世の自分の性格が大分変わってしまっている、もしくは人格そのものが潰れてしまったかもしれない事に気付いて自嘲する。

考えた末に、彼女は積み木を玩具箱に片付けて立ち上がった。そうして短い足で部屋から出ると、迷いなく隣の両親の部屋の前に移動した。

 

コンコンコン

 

 

「ママー!」

 

 

記憶を思い出す以前に言われていた通り、ドアをノックして中に居る人物に呼び掛ける。少しするとドアが開いて、今世の母親が顔を出した。

 

 

「あらLily、どうしたの? 積み木遊びは飽きちゃったのかしら?」

 

 

「うん、次お絵かきするー! 紙とペンちょうだい!」

 

 

優しい笑顔の母親に少し罪悪感を感じつつ、子供らしい笑顔と厚かましさを装って両手を広げて前に突き出す。

 

 

「いいけど、自由帳はどうしたの?」

 

 

「描くところなくなっちゃった……」

 

 

「あら、そうだったのね。あぁ、そうだ、ちゃんと積み木は片付けた?」

 

 

「もちろん! もう一人でできるよ! あのね、紙なんだけどね、いっぱいお絵かきしたいからいっぱい描ける絵本みたいなやつがいいな。あとママがいつも使ってるペン使ってみたい!」

 

 

「ふふ、そう。分かったわ、少し待っていて頂戴ね」

 

 

自慢気に胸を張ってみたり、然り気無く(?)お願いしつつ会話し、部屋の中に消えた母親を待つ。子供らしく振る舞うのってこんなに大変なのか、と内心記憶の片隅に居る某名探偵に同情した。ボロ出すぎやろとか思ってごめんな、とこの世界には居ない彼に謝罪していると、またドアが開き、ノートとボールペン片手に母親が出てくる。

 

 

「はい、ペンってボールペンで良かったかしら?」

 

 

「うん! ありがとうママ!」

 

 

「いえいえ。もう少ししたらお昼ご飯にするから、もうちょっと遊んでてくれる?」

 

 

「はーい!」

 

 

物理的に体が小さいからか、少し大きく感じられるノートとボールペンを受け取り、部屋に駆け足で戻る。そうして部屋に戻るなり彼女――――Lilyは部屋の隅に行き、壁を背にして座り込んだ。そうしてノートを開き、ボールペンを手慣れた動きでノックを押してペン先を出して、何かを書き始める。

 

先ずは現状を整理しよう。

 

先程積み木を弄りながら考えた結果、Lilyはそう考え、今知っている限りの事を書き付ける事にした。この部屋に紙は有れども自由帳代わりにしているそれらは何時両親に見られるか分からない為、咄嗟にもう無いと嘘を吐いてしまった。

ノートの最初の方にカモフラージュを兼ねて子供らしい絵を描き、数ページ間を開けて母親と父親の事、そうして自分の年齢、家の住所などを記憶の中から引っ張り出し、書き込んでいく。

 

 

今世と前世の『自分』の情報を書き出し終わった所で、前世の情報を丸で囲い、今世の情報を書き出した部分も囲う。そして前世から今世まで矢印を引き、『今の私はこっち』と書き加えた。

 

 

そこまで書き出した所で、今度は今後の方針を考え、書き連ねていく。

 

とにかく、主人公になりたいわけでもないし、前の人生みたいに平凡に生きよう。どうも見た感じファンタジー系の世界に転生した訳でもないし、どちらかと言えば前世とほぼ同じような世界のようだ。そんな世界で両親に気味悪がられれば、捨てられることは間違いない。今は愛してくれているけれど、愛想を尽かされる可能性は否定できない。嫌われないようにする事が大事だ。捨てられでもしたら絶対心が折れる。年相応に振る舞いながら、少しずつ自分を出していこう。そうすれば気味悪がられることなく成長できるはず。前の自分がどうやって生きてきたのかを思い出せ。

 

そこまでをノートに書いて、ふと考える。日記でもつけようか、と。

 

 

そうすれば記憶の整理も出来るだろうし、朝見返すようにすれば前日の事を振り返ることが出来る。子供らしくいるためにも必要なことなんじゃないだろうか。

 

 

そう考えた彼女は、早速ページを何枚か捲り、今日の出来事―――主に今後に関することなど―――を書いていく。

 

 

『○月▲日

 

より子供らしくあるために今日から日記をつけることにした。まさか自分が二次元でよくある転生に巻き込まれたなんて信じられない。具体的には今でも夢だと思いたいぐらいには信じられない。何故こんな事が起きたんだろう。いやそもそも前世の私は死んでしまったのか?

 

まぁとにかく、まずこれから生きていくのに家を追い出されるのはまずい。まだ未熟な子供の体のままでは絶対に死ぬ。それはやだ。騙すみたいでちょっと心苦しいけれど、母さんや父さんが本当にこの子は子供なのかという疑問を持たないように振る舞わなければ。

 

1、前世の癖などを出さずにすること

2、自分は子供ということを弁えて行動すること

3、出来る限り子供らしく、今までの私らしく行動すること

 

取り敢えずはこの三つは必須だろう。

 

そう言えば、この世界はアニメの世界だったりするのだろうか? 今のところ前世とは特に何も変わらないみたいだ。ただの平行世界ならいいけど、私が知らないだけでなにかのアニメの世界なのかもしれない。日常系ならまぁ兎も角も、バトル系だったら絶対に関わらないようにしよう。ただのクラスメートAぐらいでいよう。主人公には絶対に関わりたくない……。絶対に死ぬ気がする。それに私に何が出来るっていうんだ。

 

その自衛のためにも、情報収集するべきだ。前世でアニメやゲームにはあって現実に無かった都市伝説や神話、機械や知らない国などがあれば、この世界を把握する手がかりになるはず。早速情報収集する方法を考えなければ。』

 

 

そこまでを書き、ノートを閉じる。そうして自身の知られたらまずいことを綴ったそれを隠す場所を探し始めた。



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前日譚
少女の日記 No.1


『○月◎日

 

取り敢えず、今日の日記は今後どう情報収集するかを書いておこうと思う。

先ず始めに一番早いインターネットは基本的に使えないと考えておくこと。理由としては、私の年の子供がネットを使っているかまだ判断できないからだ。そもそもPCのパスワードを知らないし、仮にもし使えたとして、何処でそんな話を聞いてきたのか誤魔化せる自信がない。無断で使うのは論外だ。履歴を消し忘れることはないだろうけど、もし万が一復元されたりしてバレたら元も子もない。

今のところ思い付いたのは、地道に聞き込みをしてみること。この年の子供はお喋りなはずだし、色んな話を聞きたがる筈。子供が知りたがるであろうことを聞きつつ、本当に聞きたいことを混ぜるようにすれば違和感はない……はず。

あとは、友達に何か面白い話がないか聞いてみることだった。この年の頃の子供は神話や都市伝説に興味津々な筈だし、友達とも仲良くなれるし、割りと良い手段だと思う。幸いなことに、私はこれから小学生だ。入学式なんかで友達も作れるだろうし。

ただ、少し心配なのは純粋な子供の中に大人の記憶がある私が溶け込めるか、ということ。仮にも前世では20過ぎのいい大人だったし、つい年下への対応をしてしまわないだろうか。いっそのこと、クラスの一人はいる大人っぽい子のポジションを狙ってみるか?』

 

 

 

『○月◇日

 

早速周りの大人への聞き込みを開始した。今のところ目立った情報はない。大体が大人が子供に聞かせるような話ばかりだった。

今日は母さんに連れられて公園に行ってきた。いつも遊んでいる友達が子供に見えてしまって仕方がない……同い年なのに……なんなら自分も子供なのに……。それとやはりこの年頃の子供は元気だった。鬼ごっこやかくれんぼなんて久しぶりにやったから凄い楽しかった。結局三時くらいまで遊んだけど、まだ体力が有り余っている。子供ってすげえ。』

 

 

 

『○月■日

 

特に目立った情報なし。

そういえば、もしこの世界がバトル系の世界だったとするならば、逃げ足だけでも鍛えておいた方がいいんじゃないだろうか。そうすれば、例え何かの拍子に巻き込まれても生き残れる確率が高くなる気がする。』

 

 

 

『○月★日

 

目立った情報なし。

取り敢えず足の脚力は伸ばすことにした。今世の足の速さは普通ぐらいだし、まだ伸び代があると思う。

鍛える方法だが、友達と公園で遊ぶときに、鬼ごっこなんかには積極的に参加していくようにする。そうすれば、大人からすればただ遊んでいるように見えるだろうし、走るのが好きな子なんだなで済む。それに公園の山になっている部分とか色んな所を走るから、下手な筋トレより体力が付くと思う。

あとは腕の筋肉増加に向けて鉄棒とかうんていとかで遊ぶようにしておいた方がいいのか? 前世ではいつの間にかぶら下がれなくなってたし……』

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

『◇月◯日

 

情報なし。

前世を思い出して一ヶ月が過ぎた。子供のフリをするのにも大分慣れてきたと思う。それにしても情報が集まらない。そろそろ行動範囲を広げてみるべきだろうか。』

 

 

 

『◇月☆日

 

ちょっとそれらしいものを聞いたので昼だけど記録。近所で仲の良くなったお婆ちゃんにお茶に呼ばれて行ってきたら、こんな話を聞いた。

昔、地上には二つの種族が暮らしていた、という話を。

お婆ちゃんもお母さんから随分昔に聞いた話らしいので確かではないけど……。そんな話は何処にだってある、と切り捨てるのは良くないので記録しておく。』

 

 

 

『◇月◎日

 

情報無し。

今年から小学生だ。情報収集の為にも友達作りは頑張らなくては。まず最低でもクラスの子で10人くらいは声をかけてみよう。そこから少しづつ友好の輪を広げていけば、中心とは言えずともそこそこの所には立てるはず。』

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

『◎月○日

 

今日から晴れて小学生だ。それどころか滅茶苦茶懐かしかった。何回こんなことしたっけなと思ったことか。入学式が無かったのは驚いたけど。

懸念してた友達作りだけど、拍子抜けしてしまうほど上手くいった。隣近所の子に明るく話しかけまくってみたら直ぐに仲良くなれた。思ってたより単純なものだったみたいだ。この調子なら直ぐにクラスにも馴染めるだろう。今世は外国だけど、前世の日本の小学校とは何が違うのだろう。これからが楽しみだ。』

 

 

 

『◎月★日

 

取り敢えずクラスメート全員とは自己紹介しあった。先生も良い人そうだし、当たりを引いたかもしれない。』

 

 

 

『◎月☆日

 

仲良くなってすぐに急に情報収集し出すのも不自然なので、仕方ないけど学校では一年様子を見ようと思う。自己紹介したときに、「皆の色んなお話が聞きたいから一杯お喋りしようね(意訳)」みたいなこと言っておいたから多少はいいだろうけど、突っ込んだ事を聞いて嫌われるのは避けたいし。』

 

 

 

『◎月▲日

 

今日から授業が始まったけど、びっくりする程授業が面白い。まだ読み書きとかの段階だけど、日本の教育とは違うからかもしれない。なんか新鮮。もしくは夢小説でよく見かけた体に精神が引っ張られてるということなんだろうか。授業に飽きることはないかも。

これなら学力の差とかの壁は殆んどないかもしれない。一度日本で教育を受けたとはいえ、国語や社会は内容が丸っきり違うし。理科とかは頑張ってリアクションしなきゃなんないかもしんないけど……。問題は算数だけど、これは寝る前に教科書読んだことにしちゃえばいいかな? となると、寝る前に教科書を読む癖をつけなければいけないな。』

 

 

 

『◎月◇日

 

友達が出来たし授業も面白くて学校が楽しいという事を両親に話すと、嬉しそうに笑ってくれた。二人の笑顔を見ると騙してるという罪悪感がやばい。父さんに頭を撫でられた。力が強くてちょっと首が痛くなった。』

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

『★月◇日

 

一年が過ぎた。やっと二年生になった。友達との仲も整ったし、そろそろ情報収集を再開しようと思う。』

 

 

 

『★月○日

 

読み書きを習って本も大分読めるようになってきたので、母さんに近場の図書館に行きたいと打診した。図書館の神話やお伽噺のコーナーなら、何か良い情報の乗った本があるかもしれないと考えたからだ。去年までは流石に読み書きも出来ない年の筈なのに何故読めるのかと不審がられないか不安だったので、今年まで先延ばしにしてきた。この年ならちょっとした本なら読めるはず。』

 

 

 

『★月◎日

 

今日は図書館に行ってきた。どうやら一度に借りれる冊数は10冊までらしい。少し残念。取り敢えず最初は神話方面から調べていこうと思う。』

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

『★月★日

 

返却期限だった今日まで隅々読んでみたけど、目ぼしい情報は手に入らなかった。次に期待しよう。』

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

『■月◎日

 

今日で神話関連の本を漁り始めて三ヶ月になる。一向にそれらしい情報が見当たらない。古文書みたいな本にも手を出してみたいけど、この年の子供がそんなものを読むとは思えない。この世界は本当にただの自分がいた世界とは異なる平行世界なのかもしれない。望みが見えてきた。

でも油断して死ぬのは怖い。次からは方針を変えて、都市伝説方面から攻めてみることにする。』

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

『■月○日

 

この世界が何の世界か判明した。ただの平行世界なんかじゃなかった。

今まで数人の子供が迷い込んで、そのまま帰らぬ人となった山がある、という都市伝説を見つけた。山の名前は、Ebot山。現実にはなく、とある有名なゲームで出てくる山の名前があった。

そのゲームの名前は、『Undertale』。世界中の人に愛され、派生ゲームも幾つかある、インディーズゲーム。

つまりは、この世界は、Undertaleの世界だ。』



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少女の日記 No.2

『■月◎日

 

何とか今日も一日を無事に終えられた。正直この先の未来に絶望しかないが……。このまま私は人として生きていけるだろうか。

現実逃避かもしれないが、記憶を整理しよう。それなら少しは落ち着けるはず。まず、Undertaleというゲームについて。

世界中に愛されたインディーズゲームというのは前述した。その人気の理由は、それまでのゲームには無かった要素や、魅力的なキャラクター達によるものだ。ストーリーも勿論だが。

ストーリーとしては、昔、モンスターと人間の二つの種族の戦争があり、その戦争に負けたモンスター達は人間の力によってEbot山の地下空洞(でいいのだろうか)に閉じ込められた。その後登ってはいけない禁じられた山になったEbot山に、子供が登り、地下世界へと落ちる……というのがオープニング。

落ちる子供の人数は主人公を含めた八人。それぞれ『ソウル』と呼ばれるものを持つ子供達だ。多分、これは世間一般的に言う所の魂と定義していいと思う。このソウルを動かすことによって、主人公……というよりプレイヤーは攻撃を避けたり、攻撃したり、行動したりする。ちなみにゲームでは四つの選択肢があり、それぞれ『FIGHT』『ACT』『ITEM』『MERCY』が存在する。

ゲームでは敵としてモンスター達は襲ってくる。理由は、主人公のソウルだ。地下世界にはモンスター達を閉じ込めている結界が存在し、それを打ち破るには七つの人間のソウルが必要になる。主人公が落ちた時点で、モンスター側には既にソウルが六つ確保されていた筈。あと一つ、主人公のソウルさえあれば、モンスター達は待ち焦がれた地上へと出られる。そういう理由で彼らは主人公のソウルを狙ってくる。

それまで七人落ちているのにソウルが足りない理由は、一番最初の人間(確か名前はChara)がモンスターの王族の子供(名前はAsriel)と企てた計画が失敗し、最終的にはAsrielもCharaのソウルも失うという結果に終わったから、という理由だったはず。

次に主人公によって行われるセーブやロード、そしてリセットについて。この世界に置けるそれらは、主人公が持つ「決意」というものによって行われているらしい。大分意味合いが違ってくる。この世界は、リセットを同じ時間のループとして捉えている。なので、セーブデータをリセットした後にもう一度ゲームを始めると、キャラクター達の会話に『会ったことがある気がする』という台詞が追加される。

問題なのは、ゲームだった時のUndertaleには大まかにまとめてしまえば三つの分岐ルートが存在するということ。Neutral、True Pacifist、Genocideの三つ。主人公がNeutralから地下世界の全てを救うTrue Pacifistに真っ直ぐ進んでくれる優しい人間ならいい。だがもし、主人公が「好奇心」でGenocideを選んだりしたら、どうなる? 「決意」を使ってリセットやロードが出来る主人公が、好奇心で、Genocideを選んだとしたら?

Genocideの果てに待つのは、この世界の終わりだ。犠牲になったモンスターのソウルと引き換えに甦ったCharaによる完全な世界の破壊、破滅が待っている。私を含めた生き物全てが、存在丸ごと死ぬ。』

 

 

 

『■月▽日

 

昨日の続きを書こうと思う。昨日は書いていて気分が悪くなって思わず筆を投げてしまった。

そもそもの話、この世界にもプレイヤーがいないとも限らない。あのゲームは、あくまでも主人公はプレイヤーの手によって動かされているというスタンスで進んでいた気がする。Genocideの最後にはCharaがプレイヤー側に語りかけてくるなんてことがあった。

結局、私という命は、誰か知らない上位の存在の掌ということだ。

正直、恐怖で頭がおかしくなりそうだ。元々私もそちら側にいたのに、立場が変わるだけでこんなに恐ろしいものなのか。いつ私の存在が消されるのか分からなくて怖い。皆が殺されるのが怖い。それを平然と無かったことにされるのも、怖い。何時死ぬのか分からない恐怖で思考が動かなくなる。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『■月▲日

 

明日を生きる気力が湧かない。周りの子供達の話についていこうとする意味が分からなくなってきた。周りの何も知らない人達が羨ましい。この先生きたって、何の意味もないのに。何でそんな風に笑っていられるのかが分からない。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

『●月●日

 

この世界の正体に気がついて一ヶ月が経った。成る程、Sansはこんな気持ちだったのか。漸く理解できた。

Sansとは、Undertaleの主要キャラクターの一人だ。種族はスケルトンで、弟が一人いる。怠け者な性格で、寒い親父ギャグやケチャップを好む。ただの盛り上げ役かと思いきや、ゲームに置ける重要な立ち位置にいる。ただの陽気な主人公の監視役であり、主人公が地下世界で行った事に対して審判を行う。そして、主人公の集めたLOVE……Level Of ViolencEとEXP……Execution Pointsによって、審判を下す。このLOVEは他のゲームでいうところのレベルと経験値であり、モンスターを殺すことによって得られるものだ。SansはどういうわけかこのLOVEのEXPを計測出来る。そして、GenocideではLOVEが極限にまで溜まっている主人公の前にラスボスとして立ち塞がる。

更に驚くことに、彼は主人のリセットによって生じた時間の流れの乱れを知っている。計測機があるらしいが……。

彼が怠け者なのは、これが理由だ。何をしても、どう足掻いても巻き戻されて、無かったことにされる。それならば、もう何をしても意味がない。そう彼は考えてしまったらしい。

確かに、そうだ。それに怖い。怖くて堪らない。Sansは一人でこんな恐怖に耐えていたのか。少し同情してしまう。直接会ったこともないのに。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

『●月◎日

 

公園のベンチに座って周りの景色を眺めてみた。この景色がいつか全て無かったことにされてしまうのか。』

 

 

 

 

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『▲月○日

 

そう言えば、主人公はいつ産まれるのだろう? それとももう産まれているのだろうか? せめてそれぐらい分かれば、死ぬ覚悟も出来るのだが。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『☆月★日

 

やっぱり死にたくない。母さん達を見ているとそう思う。だって、まだしたいことが沢山あるのに。どうして一人の身勝手で死ななくてはならないのか。そんな八つ当たりにも程がある事を考えてしまう。自分だって、ゲームで世界中の人を殺した癖に。』

 

 

 

『☆月▲日

 

これはもしかすると、私への罰なのかもしれないと考え始めている。プレイヤーだった私は、Genocideの果てに世界を消して、世界中の人を殺した。それに対する罰なのかもしれない。それならどうして私以外のプレイヤーには罰を与えてくれないのだろう。不公平だ。いや、もしかしたら同じ様な目に遭っているプレイヤーもいるかもしれないが。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『▽月◇日

 

今日も辛うじて生きていられた。こんな生殺しみたいな状況に頭が可笑しくなりそうだ。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『▽月■日

 

授業中、ふと恐ろしいことを考えてしまった。主人公を殺せばこんな心配をしなくてすむんじゃないか、と。それがベストなんじゃないか、と。

先生に指名されて名前を呼ばれて我に返って、何て事を考えているのか自分でも理解できなかった。私は恐怖で壊れてきているのかもしれない。少なくともこんな人には言えない暗い思考をするような人間ではなかったはず。それが、何故、こんな考えを?』

 

 

 

『▽月○日

 

そもそも、主人公を殺すにしても私は主人公の出身も何も知らない。確かに、現実的に考えてもしかしたらEbot山に近い町とかに住んでいるかもしれないが、私がこうして日記を書けていることから考えてまだ産まれていない可能性だってある。

いや、待て、何故私は『主人公を殺せない理由』を書いているんだ。これじゃまるで『殺せないから殺さない』みたいじゃないか。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『▽月▲日

 

本当に私は精神的に可笑しくなっているのかもしれない。日に日に主人公への憎悪が強くなっている。こんなのはただの八つ当たりだって、分かっているのに止められない。自己中心的な思考に腹が立つ。』

 

 

 

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『▼月◇日

 

 

いっそのこと、死にたい。このまま、自分が狂うぐらいなら、誰かに殺されるなら、死んでしまいたい。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

『◇月■日

 

漸く一年が巡った。私も今年で九歳になる。新聞記事を探してみたけれど、Ebot山からモンスターがやってきた、というような記事はない。

色々な事をこの日記に書いてきたけれど、もうグダグダ悩んでいても仕方がない、どうせ私が生きていくのはこの世界なんだし、折角の第二の人生なんだから楽しまなきゃ、と開き直る事にした。こうでもしないと正常に生きていけない。明日からは自分がしたかった事をしてみようと思う。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『◇月▽日

 

ビッグニュースだ。私が沈んでいる間に母さんが妊娠してた。妊娠一ヶ月と診断されたと夕食時に何でもないようにカミングアウトされた。私に下の弟妹が出来るらしい。どうしよう、前世では一人っ子だったから何だか気持ちが落ち着かない。ちなみに父さんはお茶噴いてた。知らなかったらしい。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『*月▲日

 

母さんの妊娠が発覚して一ヶ月過ぎた。まだ自分が姉になるという実感がない。未来の行き先を知っている私としては、いつか滅びるかもしれないこの世界に産まれてくるなんて、と思うところは有るけれど、母さんの胎に居る子が元気に産まれてきてくれる事を祈るばかりだ。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『#月◇日

 

母さんが妊娠して三ヶ月になる。お腹も少し大きくなっているような気がする。そういえば、脂っこいものがあまり食卓に並ばなくなってきた気がする。多分お腹の子の影響を考えてるんだろう。あとは妊娠すると味覚が変わるらしいし。私ももっと手伝いを増やしてみよう。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『*●月◯日

 

母さん妊娠四ヶ月目。お腹が出っ張ってきた。検診から帰って来た母さんに育ち具合を聞いてみたところ、順調に育っているらしい。性別は女の子らしいから、妹が産まれてくることになる。妊娠期間は十月十日、と聞くから、産まれるまであと六ヶ月。この調子だと、誕生日は冬になりそうだ。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『▲☆月▼日

 

母さん妊娠五ヶ月。お腹がどんどん大きくなってきた。安定期に入ったらしいが、妹はもう人の形になっているんだろうか。今度エコーの写真を見せてもらえないか訊ねてみよう。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『●*月※日

 

母さん妊娠六ヶ月。妹はすくすくと育ってきているみたいだ。随分お腹が大きくなった。それに伴って母さんもだんだん動き辛そうになってきた。父さんが母さんが動く度にはらはらと心配そうにしている。何となく気持ちは分かる気がするけど。もし階段で転んだりしたら二人とも命が危ないもんね。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『★◇月×日

 

母さん妊娠七ヶ月。父さんが少し早めに帰ってくるようになった。今日は一緒に料理もした。夕飯の後、ソファーに座る母さんのお腹を優しく撫でていた。「二人目を妊娠してくれてありがとう」って母さんにキスしてたのはバッチリ見た。思わず「ラブラブですなー」ってにやにやしながら冷やかしたら母さんが真っ赤になってた。父さんは何でもないように笑ってた。強い。母さんも妹も愛されてるな、と感じた。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

『▽?月◎日

 

母さん妊娠八ヶ月。風が冷たくなってきた。母さんの身体に悪影響があるといけないから、今日は私が買い物に行ってきた。要はお使い。自転車で行くにはちょっと寒かった。昼食は父さん特製のカルボナーラだった。これ、滅茶苦茶美味しいから今度作り方教えてもらおう。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『☆!月>日

 

母さん妊娠九ヶ月。お腹を触っていたら中から衝撃が返ってきた。何事だと吃驚していたら、母さんが笑いながら胎動だと教えてくれた。本当は五ヶ月目ぐらいからしていたらしいんだけど、丁度私が触っていなかった時ばっかり動いていたらしく、今まで体験することが無かったらしい。「早くお姉ちゃんに会いたいよ、って言ってるんだよ」って優しく言われてしまった。妹が産まれるまであともう少し。早く会いたい。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『×※月#日

 

母さん妊娠十ヶ月。今月中には産まれるそうだ。父さんと母さんの三人で妹に「早く産まれておいで」とお腹を擦っておいた。

正直、少し不安だ。幾ら前世の記憶の影響で周りより少し大人だからといって、私は妹にとって良い姉になれるだろうか。いや、そもそも、何時この世界が破滅するかも分からないのに、充分に愛してあげられるだろうか。私としては愛したい。大好きだと伝えて、幸せにしてあげたい。

だからどうか、何処かに居るかもしれない主人公よ、妹の生きる未来を邪魔しないでくれ。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『×※月◎日

 

そんな うそだ』

 

 

 

『×※月▼日

 

私は妹を愛せないかもしれない。最悪の事態が起こった。混乱して昨日一日はあれこれ考えてしまって筆が進まなかった。

昨日は心待ちにしていた出産日だった。大人達の話を聞いていたところ、ちょうど日付が変わるぐらいに陣痛が始まったらしい。いざ病院に連れていこうとした時に、子供一人を家に置いていくことは出来なかったのか、深夜に叩き起こされた。叩き起こされた時は何事だと思った。そのまま父さんが運転する車で病院へ行き、母さんは分娩室へと連れていかれた。父さんと二人で部屋の前で出産を待っていた。空が白んできて、父さんが焦り始めてきた頃に、漸く産声が聞こえた。産科医さんが中から出てきて、父さんに何か話した後、父さんに連れられて中に入った。中ではぐったりしている母さんと、白い布にくるまれて、ナースさんに抱かれた妹が居た。父さんがナースさんから妹を受け取ると、みるみるうちに泣き出してしまった。妹に「生まれてくれてありがとう」とか、母さんに「産んでくれてありがとう」とか、色々言っていた気がする(泣きすぎてあんまり聞き取れなかった)。私が生まれた時もこんなだったんだとか。ちょっと恥ずかしくなった。

問題はその後。父さんが妹の名前を言ったときだった。

 

 

父さんが口にした名前は、『Frisk』だった。

 

 

ぎょっ、とした。母さんや周りが喜んでいる声が、聞こえなかった。妹が生まれて嬉しい気持ちが一気に吹き飛んで、絶望だけが残った。だって、私は、その名前に聞き覚えがあったから。

「Frisk」という名前は、UndertaleのTPルートで明かされる、主人公の名前だ。

だから、つまり、私の妹は、Undertaleの主人公かもしれない。

 

 

いつか、世界を滅ぼしうる存在かもしれない。』



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少女の日記 No.3

『×※月■日

 

何故、何でこのタイミングで生まれてきてしまったのか。やっと前を向こうとした所だったのに。漸く死ぬ覚悟が決まった所だったのに。漸く、Friskも世界も憎まずに生きていこうとした所だったのに。

これからずっと一つの屋根の下で生活していくのに、このままではFriskに手を上げて殺してしまいそうだ。本当に、弱い自分が嫌になる。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『×※月〒日

 

母さんが帰って来た。Friskを、連れて。

この一週間、何とかFriskを嫌いにならないように、憎まないように、殺さないようにと自分の気持ちとFriskへの想いを割り切ろうとしてきた。でも、まだ駄目だ。ベビーベッドの上で何も知らずに無邪気に笑うFriskを可愛いと思う半面、今ここであの柔かい首を絞め殺してしまえば私の未来は、という考えが頭を過ってしまう。本当に私は弱い人間だ。どうしたらいいのだろう。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『∀月○日

 

今日はFriskが生まれて、一ヶ月程になる。父さんや母さんはFriskに掛かりきりだ。生活もFrisk中心になってきた。まぁ、別にそこに不満はない。Friskはまだ首も座っていないし、仕方ない。それより私が怖いのは、これから先有り得るかもしれないシチュエーションだ。父さんも母さんも出掛けてしまって、Friskと二人きりにされることだ。母さんの手伝いでおむつの替え方やミルクの作り方なんかは覚えたけど(お風呂は除く)、その時にFriskに手を上げたりしてしまいそうだからだ。

今までは母さんと父さんの目があったから何とか手を出さずにいられたようなものだ。だから、二人きりになりでもしたら……私は、人として最低な事をしてしまうかもしれない。

どうしたらいいのだろう。いっそFriskが主人公とは同名の別人であると考えれば少しは楽になるだろうか。』

 

 

 

『∀月☆日

 

Friskに人差し指を握られた。私の指よりも小さい手に、驚いた。髪の毛も少し増えてきた気がする。少しずつ、着実に大きくなってきている。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『∀月#日

 

Friskが私に良く笑いかけてくれるような気がする。赤子のこの時期の笑顔は意図的に出るものじゃないはず。きっと、私の気の所為だろう。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

『@月≦日

 

今日でFriskが生まれて二ヶ月程になるだろうか。学校から帰って来てFriskを構っていてふと思った。いつかは、今は言葉ですらない音を吐く口で、私の名前を呼ぶのだろうかと。何だか想像ができない。今目の前に居る赤子が、いつか同じ言葉を話すようになるなんて。

そしていつか、世界を滅ぼす選択をするかもしれないなんて。

何て事を考えてるんだ。駄目だ、考えるな。

 

 

Friskを、恨むな。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『α月♪日

 

Friskが生まれて三ヶ月半ぐらいだろう。標準より遅かったから不安だったがちゃんと首も座り、安定してきた。

最近は時間があればFriskの傍にいるようにしている。今のうちに二人きりになっても大丈夫なように慣れておこうと考えた結果だ。今は絵本の読み聞かせをしてみたりしている。たまに笑ってくれるのが、反応を返してくれているみたいでつい嬉しくなる。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『&月∀日

 

Friskが生まれて四ヶ月は経っただろうか。未だにFriskはベッドでの生活をしている。

最近気付いたが、いつの間にか思考の中心にFriskが居ることが多い。その殆どがマイナス方面の考えだったりするのだが。でも、二割ぐらいの割合で、「お腹空いてたりしないかな」などの心配したりする感情があるのも確かみたいだ。

もしかしたら、私はFriskに愛情が湧き始めているのかもしれない。だとしたら、傍にいるようにした甲斐があったというものだ。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『∞月$日

 

今日、帰ったらFriskがベッドの上で俯せになってた。ぎょっとして走って近寄ったら、直ぐに寝返りを打ってこっち向いた。滅茶苦茶吃驚した。そう言えば、今日は生まれて五ヶ月ぐらいになるのか。前に、母さんが五ヶ月ぐらいから寝返りし出すと言っていた気がする。そう考えると、Friskが着実に成長しているようで安心した。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『∧月∨日

 

宿題を終わらせてFriskに構ってたら、Friskが突然起き上がって、その場に座った。即母さんに報告しに行ったのは言うまでもない。母さん曰く、この頃になるとお座りすることが出来るようになるんだとか。つまりは、Friskの体の成長の証らしい。着実に大きくなっているようだ。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『≧月○日

 

Friskが生まれて、今日で七ヶ月ぐらいだ。離乳食にも大分慣れてきたみたい。そう言えば、前にFriskの口の中で歯らしきものを発見したのは書いたと思うが、本当に歯だったらしい。段々増えて生え揃ってきた。卒乳の日も近いかもしれない。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『=月>日

 

Friskが気が付いたら匍匐前進みたいな動きをしていた。ずりばい、というらしい。母さん曰く、此処まで来たらハイハイし出すのは秒読みなんだとか。行動範囲が広がってくるから注意しないと。

早く大きくならないかな。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『Щ月∞日

 

Friskがハイハイしている所に遭遇した。まだ一、二歩ぐらいしか進めて無かったけど、これならもう直ぐハイハイし出すだろう。

そろそろ秋が近いし、肌寒くなってくる。Friskも私も風邪引かないように気を付けなきゃな。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『Щ月○日

 

Friskは段々ハイハイも上手になってきて、思ってた通り行動範囲が広がってきた。最近じゃ良くティッシュをばら蒔いてたりする事が多くなった。もしかしたらFriskはいたずらっ子になるんじゃないかな……。

そう言えば、最近Friskの傍を離れようとすると追いかけられるようになった。懐かれている証拠だろうか。だとしたら嬉しいのだが。』

 

 

―――――――――――――

 

 

『Щ月¶日

 

Friskが立った。つかまり立ちだったけど。母さんがちょっと台所におやつを取りに行った時に、母さんを追いかけようとしたのか、テーブルに掴まって立った。吃驚した。思わず写真撮った。』

 

 

―――――――――――――

 

 

『≒月≠日

 

今日でFriskが産まれて十ヶ月程になる。つかまり立ちも上手くなって、テーブルなんかに掴まりながらだけど歩くようになった。骨盤が安定したんだろうか。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

『≒月Ρ日

 

最近Friskが言葉らしい言葉を話そうとしている所を見かける。練習してるって言った方がいいんだろうか。まだ喃語とか音みたいな言葉しか話せないけど、いつか私の名前を呼んでくれる日が来るんだろうか。

……いや、私の名前より、お姉ちゃんと呼んでくれる方が嬉しい。

Friskと本当に家族になれたみたいで、そっちの方がいいな。』

 

 

―――――――――――――

 

 

『≒月Ε日

 

ふとここ最近の日記を読み返してみたら、Friskの事ばかり書いている事に気がついた。恐れる対象ではなく、純粋に家族としてFriskの成長を喜んでいた。

何時からか、私はFriskに情が湧いていたらしい。

 

もしかしたら、私はFriskを、妹として愛しているのだろうか。そうだとしたら……とても、嬉しい。』

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

『≒月>日

 

今日、Friskと遊んでいたら、突然Friskに、ママ、と呼ばれた。私が驚いている内にも何回も私に向かってそう言っているから、どうやら私を呼んでいるらしい。

本当は違うし、出来ればお姉ちゃんと呼ばれたかったけど………私は案外単純なのかもしれない。これだけで少し救われたような気がした。』



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少女の日記 No.4

γ月¶日

 

 

今日はFriskの誕生日だった。Friskも今日で一歳になる。これからどんどん遊んで、学んで、大きくなるんだろう。

…………そろそろ私も現実を見ようと思う。もう、逃げるのは止めだ。逃げていても時間が無駄になるだけなんだから。

もし、もし本当に私の妹が主人公だったとして、まだFriskは一歳だし、少なくとも五歳までは地下に行く事は無いと思う。幾らPlayerが居るからと言って、状況を彼処まで冷静に判断できるのは、普通の齢一桁の子供にはきっと難しい筈。でも、もしかしたらこの先何か事件や事故に巻き込まれて、精神が著しく成長してしまうこともあるかもしれない。小さな子供の純粋無垢な言葉だからこそ、彼らの心に届いたのかもしれない。それを含めて見積もっても五歳までは、ゲームが始まるまでの時間はある……と思いたい。ただの希望論であるのは分かってるけど……

残り最低でも四年。その間に、どうにかする手段を見つけなくては。そうしなきゃ、私の家族も、友達も全部消える。紛れもないFriskの手によって。それだけは嫌だ。妹を殺人犯にしてたまるものか。

 

 

私の宝物は誰にも奪わせない。絶対に。

 

 

 

私がFriskを救わなくては。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

κ月%日

 

 

 

今日でFriskは二歳になる。沢山言葉を話すようになったし、私にも良く懐いてくれている。遊びには必ず誘ってくれるし、手を繋いでくれる。たまに母さんや父さんの所に行ってしまい、両親にちょっと嫉妬してしまう。我ながら随分とシスコンになったものだ。あんなにもFriskの事を恐れていたのに。

………Friskの成長が喜ばしい反面、どうしても時間が残り少なくなってきてるのを感じて、どうしても素直に喜べない私がいる。

あと、残りは少なくとも三年。まだどうするべきなのか、具体的な考えがまとまっていない。取り敢えずは情報収集ともしもの備えとして身体能力向上に力を入れてみたが……。

身体能力向上についての報告としては、最近は走り込みの距離を増やしてみたり、公園の遊具で筋トレらしきものをしてみたりしている。上手くいくだろうか。

情報収集の方は、あまり上手く進んでいない。どうしてもEbot山に関する情報が少なすぎる。未だに噂話程度の情報しか集まっていない。どうも子供が行方不明になるのは六十年から七十年の単位なようで、流石にそこまで古い新聞記事などが見当たらない。唯一救いなのは、Ebot山で子供が行方不明になったというニュースがないことか。

 

どうすればいいのだろう。未だに根本からどうにかする術は見つかりそうにない。

 

………希望論なのは分かっているが、もし、Playerなど存在せず、あくまでFriskが自分の意思で選択を行うのだとしたら、間違ってもFriskがGenocideに走らないように教育していこうとは思っている。

圧迫や強制はせず、そっと矯正していくように、誰にも気付かれないように。Friskに偽善ではない優しさを教えて、見知らぬ誰かを周りと同調して凝り固まった偏見の目で見ないようにしなくては。正しい道を進めるようにしなくては。

そうしなくちゃ、きっとハッピーエンドへはいけないから。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

λ月=日

 

 

今日で、Friskは三歳だ。覚束なかった言葉も大分はっきりしてきたし、人格も定まってきたように思う。出来る限り働きかけた結果かもしれないが、誰かを偏見の目で見ない優しい良い子になってきた。でもこれは危険だと判断する力が少し弱い気がする。そこの辺りももう少し教えよう。

筋トレや走り込みの成果が出てきた。鍛えているんじゃないかと疑われないぐらいの程好い筋肉が付いてきたし、体力も随分上がった。少し走るぐらいなら息切れはしない。身体能力も上がったと思う。素早く動けるようになってきた。これからは体力や俊敏さを増やすトレーニングをした方が良さそうだ。

あと、残り最低でも二年。どうにかする術は、まだ見つからない。どうしたらいいのだろう。皆が助かる道は、一体何処にある?

 

 

どうしたら、Friskを救えるのだろう?

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

ω月※日

 

 

学校でふと思い付いたのだが、私が今覚えている限りの『Undertale』のキャラクター設定などをなるべく事細かに綴ってみよう。何か手掛かりが見つかるかもしれない。早速書いてみようと思う。

 

 

(此処から先は日毎にUndertaleのキャラクター達や世界観に関する設定の記述が続いている)

 

 

――――――――――――――

 

 

 

х月Ρ日

 

 

 

今日でFriskも四歳になる。友達も沢山できたようだし、毎日が楽しそうだ。たまにしょうもない悪戯をして怒られたりもしている辺り、やっぱりいたずらっ子かもしれない。可愛いけれどね。

残り、最低でも一年。今のところ、Friskの心を大きく成長させるような出来事はない。両親は健在だし、誰かが亡くなったというような話は一切ない。Friskは子供らしく、伸び伸びと大きくなっていっている。だが、油断は出来ない。なんなら此処からが正念場だ。気を引き締めなくては。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

Ο月λ日

 

 

Friskが私にシロツメクサを摘んできてくれた。母さんと一緒に公園に遊びに行って、両手一杯に抱えて帰って来た時は何事かと思ったけど、話を聞く限り、私の誕生日プレゼントなんだと………。花束と一緒に、似顔絵を渡された。子供らしい、クレヨンで描かれた人が二人、手を繋いでにっこりと笑っている絵だった。私とFriskらしい。『いつもありがとう、大好き』って言われて泣きそうになった。思わず抱き締めたのは言うまでもない。

明日、学校帰りに絵を入れられる額縁を買ってこよう。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

∑月ε日

 

 

今日で、Friskも五歳になった。今のところ、Ebot山に行くことになるような出来事はない。ただ、穏やかな時間が過ぎていっている。未だに気は抜けないが、Friskや母さん達の隣にいるとホッとする。この穏やか時間がずっと続けばいいのに。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

∇月Α日

 

 

 

ここ最近の日記を見返してみて、どうしてもFriskが動く事が前提に考えていることに気が付いた。馬鹿か私は。何故自分が動かない前提で考えていたんだ。私が動けばいいじゃないか。

だが、もし私が動いて、原作を変えたとして、結果この世界がどうなるのか、その影響が計り知れない。その所為で私が動くのが躊躇われる。

 

もし、その動きの所為で『バグだ』と断じられて、リセットされてしまったらと考えると、足が竦む。あと一歩が踏み出せない。

 

とにかく、どんな選択を選んでもいいように、鍛えておかなくては。後悔しないようにしなければ。

 

 

そうじゃなきゃ、Friskを救えない。



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千切れた糸

ガリガリと、ペンを走らせる音が真夜中の部屋に響いている。学校に通い出した辺りに両親から与えられた勉強机に向かい、備え付けられたライトの寒々しい光に手元を照らされながら一心不乱にノートに何かを書き付けていくのは、Lilyだった。

 

ふと、Lilyは手を止めて、壁に掛けられた時計を見た。時計の針は十二を過ぎた所を指しており、随分と長い間机に向かっていた事をLilyは漸く気付いた。ずっと同じ体勢していたからか、体が少し怠い。Lilyが一つ伸びをすると、バキリと体の軋む音がした。

伸びをしたLilyは、ぼんやりと先程まで書いていたノートを見る。日記と思わしきそれのページには、びっしりと文字が書き込まれていた。

 

 

『妹を救うには、どうしたらいい』

 

 

ここ最近彼女が考えている其れに関する記述だらけだった。

 

 

「……………くそう」

 

 

だが、膨大な文字の中にも、彼女が求める具体的な答えは見つからない。それは、どれだけ熟慮しても、これと言う案が見つからないのだという事に他ならなかった。彼女は悔しそうに一言呟き、机を苛立ちに任せて叩いた。そのままLilyは机に突っ伏し、どうしようもない、誰にもぶつけようのない苛立ちを抱えたまま目を閉じる。

 

これじゃ堂々巡りじゃないか、と彼女は思う。具体的な案も見つからず、時間と紙だけが無駄になっていく。そうして今日もベッドで眠って朝を迎えて、何時来るか分からない脅威に怯えながら日々を過ごすのだろうと考えると、また苛立ちが募った。

 

………いや、本当は彼女は分かっている。さっさと自分が行動を起こせばいいことなどは。電車を乗り継いでEbot山の麓に行って、穴に落ちて、自分が主人公を演じればいいなどという最適解は、とっくのとうに出ている。だが、その一歩が踏み出せずにいた。

 

仮に彼女が妹であるFriskの、『Undertaleの主人公』という立場を奪ったとして、物語の通りに話が進むのかというのは保証されている訳ではない。何故なら、彼女に物語を決める権利はないのだから。この世界は、あくまでも誰かの手に操られるものなのだから。

 

脇役が主役の座を奪って本物を気取ったところで、台本が知らぬ間に変わってしまったらどうする。この世に数多に存在する創作物のように、全てが救われるような、そんなありふれたハッピーエンドへと向かうならばいい。だが、もし、その台本の先が破滅に向かう(リセットされる)未来へと決められてしまったら……?

 

そう考えてしまうと、どうしても足を踏み出せないのだ。

 

 

「………………くそう………っ」

 

 

『妹を救いたい』と考えておきながら、結局は自分の臆病な部分がどうしても足を踏み出すのを拒む。その事に、Lilyは悔しくて、腹立たしくて、恨めしくて、情けなくて仕方がなかった。思わず、涙が出てくるほどには。こうして悔し涙を流すのも、一体何度目なのか。結局また繰り返しているのか、と、彼女は自嘲する。

 

 

「…………寝よう」

 

 

今の暗くドロドロとした思考では何も考え付かない。だから気持ちをリセットをするためにも、寝よう。寝なくては。明日こそ、きっと何か思い浮かぶはずだから。

 

そう自分に言い訳して、彼女はライトを消し、ベッドに潜り込む。そうして目を閉じて、眠りについた。

 

彼女自身、これ現実逃避だということは、無駄な事だとは分かっている。だが、今は早く、こんな世界から切り離されたかった。そうでもしないと、自分が壊れてしまいそうだったから。

早く朝になれと念じながら、彼女は眠りに落ちていく。

 

 

……………そんな現実逃避の代償は、重かった。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

時は流れて、彼女が十五歳、Friskが六歳になった年。

 

 

突然、両親の訃報が彼女達に届いた。

 

 

死因は、交通事故だったという。居眠り運転の対向車に轢かれ、押し潰され、病院に運ばれた時にはもう息は失くなっていたとのことだった。

夕食もシャワーも済ませ、あまりにも帰りの遅い両親の帰りを二人で待っていた所に、泣きながらやってきた親戚の伯母の口から告げられたあまりにも突然訪れた両親の死に、Lilyは茫然とした。両親ともう二度と話すことも会うことも出来なくなってしまったのだと理解して泣き叫ぶFriskを抱き締めて宥めている間も、何処かぼんやりとしていた。

 

何とか自分を奮い起たせ、彼女は何とかFriskの姉として振る舞い続けた。やがて、両親の葬式が終わり、もしもの時の為にと備えていた両親から遺された遺産を狙って擦り寄ってくる親戚達の甘い言葉をはね除け、欲望を丸出しにして罵詈雑言をぶつけてくる大人達からFriskの心を守り、漸く家に帰って来た。未だに泣きじゃくるFriskをどうにか寝かし付け、水を飲もうと一階に降りてリビングにまで来た所で、Lilyは月明かりが窓から差し込むがらんとした部屋を虚ろな目で見つめた。

 

 

 

―――――………ついこの間まで、ソファーの端に父さんが良く座っていた。

 

 

 

ついこの間まで、そこのキッチンで母さんが料理を作っていた。

 

 

 

ついこの間まで、四人でテレビを見ていた。

 

 

 

ついこの間まで、他愛のない話をしていた。

 

 

 

ついこの間まで…………此処で、生きていた。

 

 

 

そう考え出したら止まらなかった。家族の思い出が止めどなく溢れ、笑顔の家族の顔が浮かんでは消えていく。そんな日常はもう二度と訪れる事はない、と改めてLilyが認識した途端、足に力が入らず、上手く立っていられなくなってしまい、その場に崩れ落ちてしまう。

 

 

「…………わたしの、せいだ」

 

 

冷たいフローリングの床に座り込み、ぼんやりと部屋を眺めたままLilyはそう呟く。その何も見ていない虚ろな目から、涙が零れた。

 

 

「わたしのせいだ」

 

 

譫言のように、またその一言がLilyの口から滑り出る。ぼたぼたと、彼女の瞳から流れる水滴が頬を流れ落ちて、床に落ちていく。

 

 

――――――私が、行動さえしていれば。

 

 

そんな重い後悔が、彼女の頭を占めていた。

 

 

――――――分かっていた筈だ。もしかしたら、こうなるかもしれないことぐらい。可能性として、日記の何処かに書いていた筈だ。私が事前に行動していれば、母さんと父さんが死ぬことは、『Friskが主人公として成長するために死ぬ』なんてことは、防げた筈だ。なのに、自分は臆病風に吹かれて行動しなかった。Friskを救いたいなんて言ってた癖に、結局、どうしようともしなかったんだ。だから、母さん達は死んだ。

これは、私の所為だ。分かっていたのにずるずると言い訳して行動しなかった私が、二人を殺したんだ。Friskから両親を奪ったんだ。

 

 

言葉に言い表せない後悔と自分自身に対する激しい憎悪が、彼女の心に重くのし掛かっていく。

 

 

―――――――どうして両親を殺して、私を殺してくれなかったんだ、カミサマ。

 

 

そうして彼女は、何時しか居るかも分からない神へと問い掛ける。

 

 

―――――――私が死ねば、この世界の秘密を知る人間は消えるし、Friskにダメージも与えられるはずだ。効率が良かったはずだ。なのに、どうして両親を殺したんだ。まだあの子には、素直に甘えられる存在が必要なのに。どうして両親を殺したんだ。私が、私が死ねば良かったのに、どうして………

 

 

その場に座り込んだまま、『どうして』と、ただ自問を繰り返す。答えてくれる相手も誰もいないまま。

 

 

………そうしているうちに、ふと、彼女はある答えに辿り着く。

 

 

―――――――いや、まさか。まさか、そんな筈はない。そんな筈は………

 

 

心の中では、その考えを拒みたかった。認めたくなかった。信じたくなかった。だが、彼女の頭では、それしか考えられなかった。

 

 

「………私が『転生者』だから、私は死ななかった……?」

 

 

ぽつりと、浮かんだ考えを彼女は口に出す。言葉にした事で、彼女の中では尚更そうとしか考えられなくなっていく。

 

 

そもそも、『転生者』とは、彼女の知識の中では一般的には仏教に存在する概念であるものの、良く創作の小説などで使われる設定でもあった。前世の彼女が存在していたような現代から、ゲームの中などの世界に生まれ変わる事を意味していた。その転生者という設定は、よく物語の主人公に設定される。そうして、神様からもらった特典と呼ばれる異能力や知識を駆使し、無双していく事が多かった、と彼女は記憶している。

 

 

ここで彼女が注目したのは、この『転生者』という肩書きは、あくまでも()()()()()()()()()という前置きがつくこと。つまりは、その物語を進める誰かがそのキャラクターを造り出し、その設定を付与した事になる。

 

 

…………じゃあ、今、現在『転生者』としてこの世界に存在している自分は。

 

 

―――――――…………誰かの、操り人形なんじゃないのか。

 

 

 

「………………………あは」

 

 

そこまで想像が出来た。出来てしまった。

 

 

「ははは、はははっ」

 

 

自分はただの人形で、昔の記憶も、今この瞬間でさえも造られたものなのだと、感付いてしまった。納得してしまった。

 

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」

 

 

もう、彼女には嗤うことしか出来なかった。

全て自分の意思で選んできた道だと信じていた筈だったのに、全て誰かに選ばされていただなんて、もう嗤うしかない。

 

 

「私の苦しみも、家族で過ごしたあの時間も、両親の死も、Friskの涙も、全て用意された演出にしかすぎないってことかよ………はははは、ははっ」

 

 

泣きながら、彼女は笑っていた。

 

自分の後悔も、憎悪も、怒りも、恨みも、無力感も、願いも、愛も………感じていた何もかもが造られたもので、偽物。今嗤っているのも、きっとそうだ。誰かに造られたものなんだろう。

 

結局自分を含めた誰も彼も、誰かの掌の上で踊る道化なのだ。

 

そんな考えが、彼女の頭に刷り込まれていく。変わらない絶対のものとして刻み込まれていく。口に出せば妄言と取られるであろうその考えを、否定できるような人間は周りに居なかった。誰も、彼女の考えを狂言だと証明出来なかった。止められなかった。

 

 

「あぁ、そうか。私が行動に移せなかったのも、原作を変えるのが怖いんじゃなくて、動かれちゃ困るからか。そうだよなぁ、物語が始まる前に動かれちゃ堪ったもんじゃないよな、物語が狂っちゃうもんなぁ」

 

 

クスクスと笑いながら、彼女はそう言った。その言葉は、自身を操る何者か(カミサマ)の思惑をぴたりと言い当てていた。

 

 

「ははははははは、はははは………はー、可笑しい」

 

 

狂ったように、いや、この瞬間を以て狂ってしまった彼女は嗤い続ける。

 

唯でさえもしかしたら死ぬかもしれない未来に絶望しながらも、何とか正気を失わずに、失わないようにと狂気の淵でギリギリ踏み留まっているような精神状態で生きていた。

それなのに、彼女の知らぬ間にも生きるために抱いていた希望そのものになっていた両親の死に、心に大きな亀裂が入り、今まで恐れながらも前を向こうとしてきた全てを否定され、今まで恐れてきたFriskを主人公としてではなく人として愛し、『妹を救いたい』という願いを成そうとしたこと、その為に成してきたことの意味を打ち砕かれ、両親の死すらも仕組まれたものである事に気づいてしまった。

 

 

そこで、彼女の張り詰めていた糸がブツリと千切れた。

 

 

 

壊れないようにと守ってきた心が、バキリという音を立てて壊れてしまった。

 

 

 

彼女は立ち上がり、鼻唄を歌いながら窓辺に立つ。

 

 

「憎らしい程綺麗な満月だなあ」

 

 

彼女が窓越しに見上げた夜空には、ぽっかりと空に孔を穿ったかのように丸い満月が昇っていた。その満月に背を向け、Lilyは父譲りの黒く長い髪を揺らして二階へと上がる。Friskを起こさないように静かに部屋に入ると、勉強机の中にあった鋏を取り出した。そうしてそのまま嗤いながらハサミを後頭部へ持っていくと、

 

 

ジャキリ。

 

 

ジャキリ、ジャキリ。

 

 

ずっと伸ばしていた黒い髪を、ばっさりと切り落としてしまった。

母親に『お父さんそっくりの綺麗な髪ね』と言われて、それが嬉しくて手入れしていた艶のある髪がばさりと床に落ちる。すっかり短くなったショートカットの頭を振り、細かい切り屑を払い落とすと、Lilyは満足そうにそれを見つめ、また嗤い始める。

 

 

「あっははははははッ!!!!」

 

 

そして鋏をナイフを持つように持ち替え、机へと振り下ろした。刃先の鋭いその鋏は机に突き刺さり、ガタン、という大きい音を立てる。その音を最後に、部屋は水を打ったように静かになった。

 

 

「―――………壊してやる、こんな世界」

 

 

少し間が空いてから、彼女はぽつりと呟いた。

 

 

「この世界を壊してやる」

 

 

顔を俯かせたまま、Lilyは月明かりに照らされながらそう言った。

今の彼女の頭の中には、最悪と呼んでいいであろう選択肢が一つだけ浮かんでいた。

 

 

 

「これなら、この世界を壊せる」

 

 

 

この世界を壊し、在りし日の自分の願いを叶え、より良い世界に出来る選択肢が。

 

 

 

「これなら、Friskを、皆を救える」

 

 

 

何時かの自分が『これだけは選んではならない』と禁じた、最悪の選択肢を、彼女は選び取った。

 

 

 

それが誰かの意思によるものだとしても、彼女はその道を選んでしまった。

 

 

 

 

「今度こそ、全てを救おうじゃないか」

 

 

 

 

そう言いながら顔を上げた彼女の顔には、背筋がゾッと粟立つほど美しく、どんな怪物よりも恐ろしい笑みが浮かんでいた。




2019/9/16 誤筆修正


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家族

※お待たせしました


Friskには、九つ年上の姉がいる。

 

思い返せば、物心ついた頃にはもう傍に居てくれた。それからずっと、姉は気が付けば自分の傍にそっと寄り添ってくれていた。

 

Friskは、いつだって優しい笑顔で『Frisk』と呼んでくれる彼女が好きだった。

 

自分が悪いことをすればちゃんと叱り、何が悪かったのか分かるまで教えてくれる彼女が好きだった。

 

いつも傍に居てくれる姉の存在が大切で、大好きだった。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

ある休日の昼頃、家族と一緒の昼食を食べ終えた幼いFriskは、部屋で絵を描いていた。母親から買い与えられた落書き帳に、クレヨンで絵を描いていく。ここはこうかな、と幼い頭で考えながら、一生懸命クレヨンで何かを描く。やがて、出来上がりに満足したのか、クレヨンを置き、満足そうに笑みを浮かべて頷いた。そしてその絵を落書き帳から丁寧に剥がすと、両手で抱え、慌ただしく一階へと降りていく。

 

 

「おねえちゃんおねえちゃん! みてみてー!」

 

 

階段を駆け降り、バタン、と思いっきりリビングの扉を開け、父親と並んでソファーに座る姉に向かっていく。

 

 

「どうしたのFrisk。なんかあった?」

 

 

「あのね、あのねー」

 

 

見ていたテレビから目線をずらし、Friskを見た姉に、Friskは絵を差し出した。

 

 

「はい、これ! だれとだれでしょう!?」

 

 

いきなり突き出された絵に姉は一瞬目を丸くしたものの、姉はにこにこと笑うFriskから紙を受け取ると、紙の絵を眺めた。子供らしい拙さの目立つ絵は、手を繋いでいるのだろう人らしきものが大小二つ描かれていた。

 

 

「んん? ………うーん、もしかして、私とFrisk?」

 

 

絵の中に描かれている服の模様に見覚えがあった姉は、自分の考えを口にしてみる。そうすると、Friskの顔がぱぁっと輝いた。

 

 

「せいかーい! こっちがおねえちゃんだよ!」

 

 

姉が自分の絵を分かってくれたことに嬉しくなりながら、Friskは大きい方の人らしきものを指差した。

 

 

「そっか、じゃあこっちがFriskなのか。良く描けてるね」

 

 

「ほんとー!?」

 

 

「うん、本当。ね、父さん」

 

 

Friskの頭を撫でながら絵の出来を褒め、姉は微笑ましそうにやり取りを見ていた父親に絵を見せた。

 

 

「どれどれ………あぁ、そうだな。良く描けてるよ、Frisk」

 

 

「! やったー!」

 

 

「えー、そんなに上手く描けたの? Frisk、ママにも見せてー」

 

 

「いいよー!」

 

 

姉に続いて父親にも褒められ、ますます喜ぶFriskを見て、洗い物をしていた母親が手を止めてやってくる。

 

 

「あら、本当に上手ね! いいなぁ、ママも描いてほしいなぁ」

 

 

「かこっかー?」

 

 

「お、それならパパも描いてほしいな」

 

 

「いいよ! みんなかくね! でもそのまえにおままごとしたい!」

 

 

優しい母親。

 

 

格好いい父親。

 

 

大好きな姉。

 

 

まるで絵に描いたような幸せが続いていたのが、Friskの生まれ育った家庭だった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

話は変わって。

 

 

Friskがまだ六歳の頃の冬のある日、飛び起きてしまったことがあった。どくどくと心臓が跳ねて、冬なのに、夏の暑い日に外に出たように汗をかいていた。どんな夢だったのかは忘れてしまった。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだけは良く覚えていた。

その夢がどうしても恐ろしくて、また一人で眠ったらその夢を見てしまいそうで、眠れなかった。

それどころか、部屋の中の暗闇さえ先程の悪夢が染み出してきているように幼心に感じられて、怖かった。

 

そんな漠然とした恐怖に駈られたFriskは、この不安を取り除いてほしかったのか、母親と父親を求めてベッドを抜け出し、廊下へと出た。そこで、隣の姉の部屋から光が漏れ出ているのに気がついた。

 

――――――もしかして、まだおきてるのかな

 

そう考えたFriskは、姉の部屋の扉のノブに手をかけた。

 

 

「おねえちゃん、おきてる?」

 

 

「………ん? Frisk?」

 

 

扉を開けて中に居る姉に呼び掛けると、ノックもせずに部屋に入ってしまったのにも関わらず、机に向かって何かを書いていた姉は、Friskの声に驚いたように振り向いて、いつもの優しい笑顔で笑ってくれた。

 

 

「こんな時間にどうかしたの? まだ夜中だよ」

 

 

持っていた鉛筆を置き、座っていた椅子から立ち上がった姉は、此方にやってきて半開きの扉を開けて中に迎えてくれた。

 

 

「………」

 

 

「おっ、と………本当にどうしたの」

 

 

開けてくれた所で、Friskは部屋の中に入るのを待てずに姉に抱き着いてしまった。暖かい体温が服越しに伝わってくる。急に黙って抱き付いてしまったからか、困惑した姉の声が上から降ってきた。

 

 

「………怖い夢でも見たの?」

 

 

「……………うん。ままとぱぱのところにいくところで、おねえちゃんのへやにあかりがついてたから、きちゃった」

 

 

暫く黙ったままぎゅうと姉を抱き締めていると、姉は優しくそう訊ねてきた。その言葉に頷けば、姉は膝を着いて目線を合わせてくれる。

 

 

「そっかぁ。私の部屋に来ちゃうほど怖かったんだね」

 

 

「うん」

 

 

姉は笑いながら、Friskの頭を優しく撫でる。空いている片方の手でFriskの手をそっと握り、冷えていた手を暖めてやる。

 

 

「じゃあ今日は、私と一緒に寝る?」

 

 

「うん」

 

 

「よし、おいで」

 

 

姉からの提案にFriskが間髪入れずに頷くと、姉は手を繋いだままベッドへと連れていった。先にFriskをベッドの毛布の中に潜らせた所で、ふと、姉はFriskに訊ねた。

 

 

「そういえば、母さんと父さんじゃなくて大丈夫なの?」

 

 

「…………いまはおねえちゃんがいい」

 

 

「……随分、可愛いこと言ってくれるね」

 

 

Friskが素直に姉がいいと言えば、姉は一瞬目を丸くし、少しはにかんだ。ベッドのサイドテーブルにあったライトを着け、テーブルにあったノートや鉛筆を片付けてから部屋の明かりを消すと、姉も同じベッドに入ってきた。Friskが姉に擦り寄ると、姉は背中に手を回し、一定のリズムを取って、優しくぽんぽんと叩き始める。

二人分の体温で、冷えていたベッドの中は直ぐに温かくなってくる。その暖かさに安心したのか、はたまた心地よい振動が眠気を誘ったのか、Friskを眠気が襲い、瞼が少しずつ落ちてきた。

 

 

「おねえちゃん……」

 

 

「なぁに」

 

 

でも、このまま眠ったら、もしかしたらまた、あの夢を見るかもしれない。

そんな不安がふと浮かび、Friskは寝惚けながら姉に手を伸ばす。

 

 

「て………つないで……? おねがい……」

 

 

「ん、分かったよ」

 

 

Friskの懇願に頷き、姉はFriskの小さな手を包むように握った。姉の手は、先程まで何かを書いていた所為か冷えてしまっていたが、Friskにはそこに姉がいると安心できた。

 

 

「………おやすみなさい……」

 

 

「うん、おやすみ」

 

 

眠気の限界で目を閉じきる前に、Friskは何とかそう絞りだし、瞼を閉じた。意識が無くなるその瞬間、そっと頭を撫でる感触がした。

 

次の日、姉と抱き合って眠っている所を起こしに来た母親に見られ、少し恥ずかしかったのを良く覚えている。

 

―――――――――――――――――――――

 

不意に、Friskは目が覚めた。姉に抱き付いて泣いているうちに、いつの間にか眠っていたらしい。

 

 

「………ん……」

 

 

「起きた?」

 

 

「うん………」

 

 

自分が起きたことに気付いて声をかけてくれた姉に頷き、いつの間にしてくれていたのだろうか、姉の膝枕に頭を乗せたままぼんやりと天井を見上げる。そうして、ここが現実で、話し合いを続ける大人達に言われて二階に来たのを思い出した。

横たえていた体をゆっくり起こすと、寝ているうちに姉がかけてくれていたらしい毛布がずり落ちる。

 

―――両親の葬儀の間中、Friskはずっと泣いていた。棺の中で眠る二人に縋り付き、離れたくないと泣き叫んだ。ある日突然、愛する親にもう二度と会えないとなれば、小さな子供が泣くのは当然の事だった。

Friskが泣いている間、姉はずっと寄り添っていた。そうして大人達が話し合いしている間、Friskの手を握り続けてくれていた。

 

無理をしようとした自分を諌め、『二人でがんばろう』と言ってくれた。

 

 

「………トイレ……」

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

尿意を覚えたFriskは立ち上がり、自分の部屋を出てトイレに向かう。階段を通りすぎて用を足し、部屋に戻ろうとしたその最中、ふと階段の方を見ると、階下の明かりが見えた。まだ大人達は話し合っているんだろうか。

 

一体何の話をしているのだろう。

 

それが気になってしまったFriskは、そっと音を立てないように階段を降り、一階に行ってしまった。

 

リビングのドアはぴたりと閉じられていて、中に居る大人達はFriskの存在に気がついていないようだった。

 

だからだろう、子供には聞かせてはいけない話をFriskに聞かせてしまった。

 

 

「だから、あたしに寄越しなさいって言ってんのよ!!!」

 

 

リビングを覗こうとしたその矢先、Friskの耳はそんな怒鳴り声を捉えた。その声量に思わずFriskの身体はびくりと跳ねる。

 

 

「おい、声を抑えろ! 上の二人に聞こえたらどうするんだ!」

 

 

「煩いわね、さっさと親権を譲らないコイツらが悪いんでしょ!」

 

 

先程の大きな声を上げたらしい女性を男性が諌める会話が壁を隔てて聞こえる。

この二人の声にFriskは聞き覚えがあった。葬儀の間、優しくしてくれた夫婦の声だった。

 

 

「何を言われても貴方達にあの二人は渡しませんよ」

 

 

比較的落ち着いた声が先程の女性に言う。この声も聞き覚えがある。『可哀想に』と言って、そっと頭を撫でてくれた人だったはずだ。

Friskのまだ幼い思考では壁越しの大人達が何を話しているのか今一理解できなかったが、これからの自分たちの話をしているのだという事だけは理解できた。

 

 

「だったら、あの小さい方だけでも寄越しなさいよ!!」

 

 

―――――『小さい方』って、ぼく?

 

 

声を荒げる女性が言った言葉を少しだけ汲み取り、まさかあの夫婦は姉と自分を引き離すつもりなのかと思い至ってぎょっとした。

 

 

「いいえ、渡しません。絶対に。あの二人は私達のものです」

 

 

「ハッ、『私達のもの』? これから家族になるってのに、物扱い? ねぇ聞いた? コイツら、二人を物としか見てないわよ!」

 

 

「遺産目当ての貴方よりマシですよ」

 

 

「アンタだってそうでしょうが!!」

 

 

バン、と何かを叩く音が聞こえる。女性がテーブルを叩いたんだろうか。あの優しそうだったあの人が、こんなにも怒鳴っているだなんて、Friskには信じられなかった。

 

 

「そもそも話が違うじゃない!! どっちかを引き取って遺産を分配する話だったじゃない!!」

 

 

「さて、そんな話は一切していませんが?」

 

 

「………ふ、ざけんなぁッ!!」

 

 

ガタンと、大きな音が響く。

 

 

「あんたら、さっきから遺産、遺産と………親を亡くしたばかりの子供の事をなんだと思ってやがるんだ!!」

 

 

また一つ、聞き覚えのある声が話し合い……いや、言い争いに加わる。確か今のは、姉に頻りに話し掛けていた男の人だろうか。

 

 

「うるっさいわよ偽善者!!! あたしさっきアンタが『いい金になる』ってソイツと話してたの聞いたんだからね!!?」

 

 

「なっ、聞いてたのか……!?」

 

 

甲高い声をあげながら、男性に女性がそう言った。男性は動揺したような声を出す。

Friskの頭では完全には分からないが、中の大人達はどうやら、自分達を巡って言い争っているようだと悟る。先程から会話の中に飛び交う『いさん』という物が自分達にはあり、それを欲しがっているのだと、幼い頭でも理解できてしまった。

 

Friskが大人達の会話に呆然と立ち竦んでいる間も口論は続き、益々ヒートアップしていく。

 

 

「あたしが引き取るって言ってんでしょ!!!」

 

 

「いえ、私達のものだ!」

 

 

「俺たちに寄越せ!!」

 

 

Friskでも分かるような罵詈雑言を交え、大人達は言い争い続ける。

不意に、Friskは中の大人達が酷く恐ろしくなってしまった。

 

 

この大人達は自分と姉の事など気にも止めていない。愛してなどいない。

 

最初から気にかけてくれてなどいなかったのだ。

 

 

――――――――………こわい。おばけみたい

 

 

耳を塞ぎたくなるような罵り合いを聞いて、Friskの大人達に対する見方は変わったしまった。

 

 

もう中に居る大人達をヒトだと思えない。

 

 

昔母に読み聞かせてもらった本に出てきた恐ろしい怪物のように思えてきてしまった。

 

 

「――――………!!!! ………!!?」

 

 

「!………!? ………!!」

 

 

聞こえる声すら、怪物の唸り声に聞こえてきてしまって、耳を塞ぎたかった。

そんな恐怖からか足が震え、急に力が抜けてしまった。その場にへたりこんでしまいそうになる。

 

 

ボスッ

 

 

そんなFriskを、誰かが後ろから支えた。

Friskが酷く驚いて後ろを見ると、そこには二階に居た筈の姉が居た。

 

 

――――――おねえちゃんがたすけにきてくれた。

 

 

「おねえちゃ……」

 

 

思わず姉に縋り付き、姉に助けを求めようとすると、唇にそっと人差し指が当てられて、静かに、と口の動きで伝えられる。そのジェスチャーに頷き、姉にぎゅうっと抱き着く。姉は険しい顔をしてリビングの方を見つめ、Friskの耳に届くように屈んで耳打ちした。

 

 

「出来るだけ静かに上に行って、毛布を被って耳を塞いでて。あとは私が何とかする」

 

 

「…………うん」

 

 

今この場で唯一信頼できる姉の指示に従い、Friskは姉から離れ、二階へと上がる。

 

 

「何の騒ぎですか。二階までぎゃあぎゃあ煩い声が聞こえましたけど? Friskが起きるんで止めてもらえませんか」

 

 

姉がリビングに入ったのだろうその途端、リビングから音が消え失せた。その瞬間を見計らってFriskは部屋に駆け戻り、姉に言われた通りに毛布に潜り込み、両耳を塞ぐ。固く目を瞑り、入ってくる全てを閉め出した。それでも大声は嫌でもFriskの耳に入るものだが。

 

 

――――………しばらくして。

 

 

コンコンコン、と聞き覚えのあるノックがされる。その後、「入るよ」、という声が聞こえ、ガチャリという音を伴ってドアが開いた。ドアは直ぐに閉じられ、部屋に入ってきた誰かがベッドに座り、その重みで軋んだ。

 

 

「………Frisk、もう大丈夫だよ」

 

 

その声を聞いてFriskが毛布から顔を出すと、姉がそこにいた。

 

 

「おねえちゃんっ」

 

 

姉の姿を見て、漸く安心したFriskは姉に縋り付いた。縋り付いてきた妹を姉は抱き締め、両腕で包み込む。

 

 

「………怖かったよね、指切りしたのにごめんね」

 

 

そうして背中を擦りながら、震えた声でFriskに謝罪の言葉を口にした。

 

 

「ちが、おねえちゃんのせいじゃないよ……! ぼくがかってに、下に行っちゃったから……」

 

 

「ううん、私の所為だよ。早くあんな親戚ども、追い返しておけば良かった………」

 

 

頭を下げる姉に、Friskは驚き、それは違うと首を横に振った。好奇心から一階に降りた自分が悪いのは良く分かっている。姉が悪いわけではない。そう伝えようとしても、姉は申し訳なさそうな顔をしたままだった。

 

 

「………おねえちゃんのせいじゃ、ないもん。ほんとうに、ちがうもん」

 

 

「……ありがとう」

 

 

自分の所為だと責め続ける姉に、Friskは違うと言って抱きつく。姉に少しでも伝わると信じて。その心が通じたのか、姉の声は先程より少し柔らかくなっていた。

その会話を最後にどちらも黙り込んでしまい、しん、と空気が静まり返った。親戚達はもう帰ったのか、家中に響いていた怒鳴り声は聞こえなかった。

暫くの間、姉妹はそのまま抱き合っていた。抱き合っている間に、厚くかかっていた雲が割れ、満月が顔を出す。カーテンが開けっ放しの窓から、月明かりが差し込んだ。

 

 

「………Frisk」

 

 

長い沈黙を破ったのは、姉だった。抱いていたFriskの体を離し、姉はFriskの目を見つめ、笑う。

 

 

「これからは、もう君が絶対に傷付かないように、私が守るよ」

 

 

「……え」

 

 

姉の突然の宣言に、Friskは思わず目を見開く。

 

 

「どんな事になっても、どんな所に行っても、私がFriskを守る。ううん、守ってみせるよ」

 

 

「それ、は………」

 

 

それは、Friskにとって、とても頼もしい言葉だった。姉が自分を守ってくれるというのは、とても安心できる言葉だった。

 

………だが、Friskは聡い子供だった。聡くあるようにと姉に育てられていた。

 

姉が自分を守る、ということは、即ち姉が自分の分まで傷付くんじゃないか、と、直ぐに気が付いた。

 

 

「だ、ダメだよ!」

 

 

だから、Friskは姉の宣言を否定しようとした。

 

 

「だって、そんなことしたら、ぼくの分までおねえちゃんがきずつくことになっちゃう……!! やくそくと、ちがうじゃん!!」

 

 

「………分かっちゃうんだね、それ。でも……」

 

 

止めてほしいと、Friskは首を振って姉に懇願する。奇しくもこの会話は、立場こそ逆ではあるが葬儀の間に二人がした会話と酷似していた。だからこそFriskは約束を話に出し、話と違うと訴える。

 

 

―――二人でがんばるんじゃなかったの。

 

 

辛いことは半分こするはずじゃなかったの。

 

 

何でやくそくをやぶるようなことをするの。

 

 

そんな思いを含めて言えば、きっと止めてくれると、Friskはきっと信じていたのだろう。

 

 

だが、姉はFriskの言葉を受け入れてはくれなかった。

 

 

 

「せめて君が一人で歩けるように、なるまでだから。お姉ちゃんの、一生のお願い。……聞いてくれないかなぁ」

 

 

 

それどころか、Friskの手をそっと包み込み、どうか受け入れてくれと頼み込む。

 

 

その時にFriskが見た、窓から差す月光に照らされた姉の顔は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

 

今まで生きてきた中で、Friskが一度も見たことのない顔だった。

 

 

「………おねえ、ちゃん………でも………」

 

 

「お願いだよ、Frisk……私に、守らせて」

 

 

今まで見たことのない姉の表情に動揺しながらも、Friskは食い下がろうとした。動揺で言葉の勢いが弱まった所に漬け込み、姉はFriskをぎゅうと抱き締め、Friskを丸め込もうとする。

 

 

「例え誰かを殺してでも、君を守るから。守ってみせるから………お願い……」

 

 

いつも明るく、頼りになる姉とは全く思えないほど弱々しい声がFriskの耳に貼り付く。

 

 

「………わかったよ」

 

 

Friskは何とか断る言葉を探し、姉の思いを拒もうとした。だが結局、Friskは姉の頼みを断りきれなかった。幼いFriskには姉の言葉を否定できるだけの語彙がなかったのに加え、先程の大人達のやり取りを聞いてしまったことによるショックもあり、姉の甘い言葉を拒みきれなかった。

 

 

姉が守ってくれるなら、あんな怖い思いをもうすることはない。

 

 

そんな考えが、拒むのを止めさせた。

 

 

「でも、だれかをきずつけるのはだめ。ぜったいにだめ。ぼくもだれもきずつけないから。やくそくして」

 

 

それでも最後の抵抗として、Friskは姉にそう言った。姉は一瞬目を見開いたものの、その言葉に確かに頷いた。

 

 

「………分かった、約束する」

 

 

「じゃあ、ゆびきりしよ?」

 

 

「うん」

 

 

抱き合っていた体をお互いに離し、二人はお互いの小指を絡ませて、歌う。

 

 

「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたらはーりせんぼんのーます、ゆびきった」

 

 

歌い終わると、するりと絡めていた指が離れ、沈黙が流れる。ふと、姉は時計を見て、いつもならFriskが眠る時間をとっくのとうに過ぎていた事に気が付いた。

 

 

「………さぁ、Frisk。もう夜も遅いから寝ちゃいなさい。寝るまで傍に居てあげるから」

 

 

「あ………うん。おやすみなさい」

 

 

姉に言われるまま、Friskはベッドに潜り込んだ。隣に居る姉の体温を感じながら目を閉じ、眠りにつく。

 

 

 

 

 

――――――…………その直後に、姉が狂ってしまうことなど、露程も知らずに。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

両親の死後から二年。

 

 

結局姉妹はあの後、三つ隣の街のとある山の麓にある孤児院に預けられ、そのままそこで過ごしていた。

 

 

Friskは孤児院の子供達と仲良くなり、両親の死で出来た心の穴も、少しずつ友人との楽しい思い出で埋められていった。

 

 

「おーいFriskー、居るー?」

 

 

「あ、お姉ちゃん」

 

 

ガチャリと扉が開き、姉がひょっこりと顔を出す。姉の声に反応して振り返ったのは、Friskだけではなかった。

 

 

「あ、××××ちゃんだ」

 

 

「こんちはー!」

 

 

「はい、こんにちは。皆元気?」

 

 

割りと頻繁にFriskの居るクラスまでやってくる姉は、クラスの友人達とも仲良くなっていた。基本的に優しい姉は、友人達からも懐かれていた。そんな姉にFriskは、お姉ちゃんは自分のお姉ちゃんなのに、という幼い子供特有の嫉妬を抱いていた。

 

 

「どうしたの、お姉ちゃん」

 

 

姉の足元に集まる友人の中には入らず、二、三歩離れた所から姉に声をかける。姉は子供達に謝って退いてもらい、()()()()()()()()()()()()()()を揺らしながらFriskの傍まで行くと、背中に隠していた箱を手渡した。

 

 

「はい、これ。プレゼント」

 

 

「えっ」

 

 

にこにこと笑いながらそう言った姉に、Friskは目を丸くする。

 

 

「あれ、ぼく、今日誕生日じゃないよね……?」

 

 

「うん、違うよ。私がFriskにあげたいだけ。もらってくれない?」

 

 

「………うん」

 

 

――――――やっぱりぼくはあいされてるんだな

リボンのかけられた箱を受け取りながら、Friskはそう思い、嬉しくなった。

 

 

「あー、××××ったらまたFriをあまやかしてるー」

 

 

「いいなー」

 

 

「あはは、今度遊んであげるから許して」

 

 

羨ましそうな声を上げる友人達に笑顔で姉はそう言った。

 

 

「お姉ちゃん、開けてもいい?」

 

 

「もちろんいいよ」

 

 

姉に一度問いかけてから、Friskはかけられたリボンを解く。箱を開け、中に収まっていた物を引っ張り出した。

 

 

「………ブレスレット?」

 

 

「うん、そう」

 

 

プレゼントの中身は、水色、橙色、紫色、赤色、青色、緑色、黄色の順に並べられた七色のハートが並んだブレスレットだった。

 

 

「私とお揃いなんだけど………嫌じゃなければ、受け取ってくれる?」

 

 

そう言う姉の左手首には全く同じ作りのブレスレットがあった。Friskはブレスレットを胸に抱き、勢いよく頷いた。

 

 

「嫌なんかじゃないよ、喜んで受けとるよ! お揃いなんてすっごく嬉しい! ありがとう、お姉ちゃん!」

 

 

「はは、そこまで喜ばれると嬉しいな」

 

 

喜びのあまり姉に抱き付くと、姉は何ともないようにFriskを受け止めてくれた。

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん。着けてくれない?」

 

 

「いいよ」

 

 

Friskが姉にそう頼むと、姉は快諾し、Friskの右手首にブレスレットを着けてくれた。右手を陽光に翳すと、七色のハートが窓から差し込む光に反射して煌めき、特別感が増して見えた。

 

 

「Friちゃん、わたしにも見せてー」

 

 

「いいよー!」

 

 

傍にやってきた友人の一人にブレスレットを見せる。続々と集まってきた友人達が口にする『綺麗』、『かわいい』、『凄い』という言葉が、Friskは嬉しかった。

 

 

「………()()()、受け取ってくれて良かった」

 

 

「へ?」

 

 

「んーん、何でもないよ」

 

 

ふと、姉が何かを言ったような気がして、Friskは振り返る。姉は普段通りの笑顔で首を横に振り、何でもないと言った。

 

 

「……ありがとう、お姉ちゃん。大事にするね」

 

 

「ううん、喜んでくれてよかった」

 

 

改めてFriskが姉にお礼を言った所で、先程姉が入ってきた扉が再度開いた。

 

 

「おーい、××××。ちょっと来てくれ。分かんないところがあるんだ」

 

 

顔を出したのは姉の友人だった。その手には教科書らしきものが握られている。どうやら勉強で躓いたらしく、姉に相談に来たようだった。

 

 

「了解、直ぐ行くよ。………それじゃあね、Frisk」

 

 

「うん、またね、お姉ちゃん」

 

 

友人に笑って返し、姉はFriskに向き直ると、Friskの頭を撫でた。別れ際に姉が良く行う仕草だった。

 

 

「…………」

 

 

「………お姉ちゃん?」

 

 

不意に、姉の顔から笑顔が消える。そして、頭にあった手が、Friskの頬を撫でた。何時もならしない仕草に、Friskが困惑しながら姉に呼び掛けると、姉ははっとし、頬にあった手を離した。

 

 

「あぁ、ごめん。何でもないよ」

 

 

「……? そう」

 

 

先程の姉の行動は一体何だったのだろうと思いつつも、直ぐにまた笑顔になったのだし、姉の言うとおり何でもないのだろうと考えて、Friskは気にしないことにした。

 

 

「………それじゃあ、バイバイ、Frisk」

 

 

「うん、またね、お姉ちゃん」

 

 

姉はFriskに笑いかけ、手を振りながら出ていった。

 

 

その日の夜、Friskはベッドの中にまで姉から貰ったブレスレットを持ち込んでいた。姉とお揃いのそれを胸に抱き、睡魔の誘いのままに目を閉じる。

 

夢に落ちようとしたFriskの目蓋の裏に、ふと、昼間に姉と別れた際の姉の顔が浮かぶ。

 

 

 

 

 

どうして姉は最後に、あんな、寂しそうな顔をしたのだろう。

 

 

 

 

その事に後ろ髪を引かれながら、Friskは夢の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の日、姉は居なくなった。








とある日記より抜粋



『×月Ρ日


準備は整った。潮時だ。


これ以上計画を引き伸ばせない。きっとゲームが始まってしまう。


全ては、あの子を救うため。



だから。



その罪は、私がやらなくちゃね?』


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Genocide route
1.Return/Beginning


※大変長らくお待たせいたしました


Ebot山の地下、天井に空いた穴から降り注ぐ光を受け、周りに咲く金色の花と似たような体のモンスター―――Floweyは、愕然として、目を見開いていた。

 

 

先程、地上から人間が落ちてきた。どさり、という何か重いものが落ちてきた音が遺跡の奥からしたのを聞いて、Floweyはただただ無感情に、『人間が落ちてきたんだな』と考えていた。

 

 

好都合だ、とも。

 

 

七つ。人間のソウルが集まれば、この地下世界にかけられた結界は解かれる。モンスターは地上に戻れる。

その為に、人間が落ちてくれば、モンスター達は血眼になって人間を捕らえ、王に差し出し、殺していた。

 

 

Floweyは、そんな彼等を馬鹿らしいと考えていた。

 

 

彼にとって、他のモンスターが憧れ焦がれる地上には、特に魅力がある訳ではなかった。いや、無くなってしまった、ということの方が正しいだろう。彼も昔は地上に行きたい、と願っていた。

 

 

――――……親友が死ぬ、その日までは。

 

 

彼は、昔は『Asriel』という、地上の山羊と良く似たモンスターだった。モンスター達を治める王家に産まれ、王と女王の両親に愛されて育った、心優しいモンスターだった。そんな彼には、親友がいた。

 

 

『Chara』という名の、人間の親友が。

 

 

地上から突然やってきた人間の存在に驚いたものの、彼と両親は優しく受け入れ、彼女を保護した。それから両親は彼女を我が子のように愛し、彼も親友として、兄弟のように思っていた。

 

毎日が幸せだった。もし地上に出たら、いや出れないとしても、こんな日々が続けばいいと願っていた。

だが、その幸せは、掻き消えてしまった。他でもない、Asriel自身と親友の手によって。二人で立てた計画は最後の最期にAsrielの迷いで頓挫し、その代償にAsrielは塵になり、親友は二度と会えなくなってしまった。

 

 

地獄の始まりはそこからだった。

 

 

何の因果か、Asrielの意識は地下世界で目を覚ました。

 

『Asriel』の姿ではなく、『Flowey』として。『決意』と呼ばれる力と共に。

最初は驚き、そして歓喜した。また皆と一緒に居られる、と。『決意』の力の使い方を知ってからは、もし悪戯して怒られたりしたって何回だってやり直せると、これまた喜んだものだった。

 

そして、その頃から彼は夢を見ていた。

 

………まるで現実の続きのような、本当に現実に居るように感じる夢を。

それまで生きてきた記憶、感覚全てがある。明晰夢、と割り切るには妙に現実的過ぎるそれは、最初は明るく、幸せな日常が続いていた。だが、最後には、口に出すのも、思い出すことすら嫌悪するような最悪の悪夢になって幕を閉じる。

 

何故か地下世界にやってきた人間が大切な物を壊し、やがて―――……

 

 

涙を流す赤い瞳とかち合った。

 

 

そこで、はっとして目が醒める。辺りを見渡して漸く、あれが夢だと気付いた。

そうして、夢に出てくる涙を流す人物に、彼は覚えがあった。

 

 

何せ、昔自分が失った親友その人だったのだから。

 

 

驚いて、夢中で手を伸ばしていた。だが、届かずに空回った。そこで、夢はいつも醒める。

夢の中の親友は、泣いていた。涙を流し、ごめんなさいと泣き叫んでいた。

どうして泣いているのかは分からない。けれど、絶対に泣かなかった親友が泣いているのは、見ていられなかった。

 

 

親友を助けなければ。

 

 

あの暗闇から連れ出さなければ。

 

 

そんな思いが、彼の中に浮かびあがっていた。親友があんな場所にいるのに、黙って見ていられなかった。

 

それから彼は、足掻いた。親友を連れだそう、助け出そうと、夢の中でもがいた。だが、何度変えようとしても、何も変わらない。最後は全てを壊れ、そして、赤い瞳を見る。

 

 

自分はああはなってはいけない。

 

 

次こそは連れ出さなくては。

 

 

そう自分に言い聞かせ、彼は毎夜と続くその夢を乗り切って、毎日を過ごしていた。あまりにも現実的過ぎるその悪夢を、現実と混同するのと何とか防ぎながら。

 

だが、その内彼は、現実でも違和感に気付く。変わったのは姿だけではなかったのだと。

 

 

Asriel―――いや、Floweyは、一度死んでしまった所為なのか『心』を失くし、何の感情も感じない『ソウルレス』へと変わってしまっていた。

 

 

 

その事に気が付いた彼は絶望し、『決意』の力を使って足掻きに足掻いた。だが、何度やっても変わらなかった。夢の結末さえも変えられなかった。

その内、彼は自身の心を取り戻すこと諦めてしまった。

 

何回も繰り返し、自分自身の好奇心だけはあるのだと理解した彼は、『決意』を使い、周りのモンスター達で遊び始めた。

 

 

ある時にはとあるモンスターの親友に。

 

 

ある時にはとあるモンスターの子供に。

 

 

ある時には誰にでも優しいモンスターに。

 

 

沸き上がる好奇心のままに様々な自分を演じ、周りの反応を見て楽しんでいた。

 

 

そうして、その内…………彼の中に、危険な好奇心が芽生えてしまう。

 

 

――――彼らを殺せば、どうなるだろう。どんな顔をするだろう?

 

 

その危険な好奇心に従って、彼は殺戮の道を選んだ。

 

 

殺してもいいのだろうか、と戸惑ったものの、彼は結局好奇心に従ってモンスターを手にかけた。そして、自分の攻撃で塵になっていくモンスターを見ながら、彼は自分が強くなっている感覚を覚えた。『EXecution Point(E X P)』と『Level Of ViolencE(L O V E)』が上がっていくのを感じた。

 

 

モンスターを殺す度、そのぞくぞくと背筋が泡立つような感覚はやってくる。

 

 

Floweyはその感覚に、『楽しみ』を見出だした。

そしてその感覚を求めて、次々とモンスター達を殺していった。

 

 

あるタイムラインでは親友だったモンスターを殺し。

 

 

あるタイムラインではライバルだったモンスターを殺し。

 

 

そして、遂に………昔、親だったモンスターも手にかけた。

 

 

それを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返し、Floweyは欲求を満たしていく。

 

 

こうやって殺せばどんな顔をするだろう。

 

 

ああやって苦しめればどんな顔をするだろう。

 

 

知りたい、知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい!!!!

 

 

そうしてFloweyは罪を重ね、モンスターを殺し続けた。

 

 

未だに続く夢の中でも、殺し続けた。

 

 

――――あれ、本当の現実はどっちだろう。

 

 

ふと、モンスターを殺している最中、Floweyはそう考える。ああはなるまいと考えていたのに、いつの間にか自分は夢と同じ道を進んでいる。それどころか、全く同じ事を繰り返している。

 

 

――――まぁ、どうでもいいや。どうせどっちも変わらないし。

 

 

そんな事を考えても仕方がない。

直ぐにそうやって答えを出すことを諦めたFloweyは、殺戮に溺れていく。涙を流す親友に背を向けて。

 

 

だが、LOVEが溜まりに溜まって今にも溢れそうになるぐらいに繰り返した後は、彼は殺戮にも飽きてしまってすることを失くしてしまった。それから彼はこうしてずっと地下世界の行く末を見てきたのだった。

 

 

彼に、もう地上への憧れはなかった。

 

 

その代わりに、彼にはある好奇心が沸いていた。

 

 

――――――――もし結界を壊す直前にソウルを奪われたら、皆どんな顔をするだろう?

 

 

そこまで必死になって集めてきたソウルを奪われたら、どうなるだろう?

 

 

心のない彼の思考に久々に浮かんだ、恐ろしい好奇心だった。その好奇心に従って、Floweyは緻密に計画を立てていた。

 

 

………実を謂えば、彼の思惑はこの狂っていると断言出来る理由だけではない。

 

 

モンスターは人間のソウルを取り込めば神のような力を手に入れられる。その事をFloweyは知っている。身を持って知っている。心を失くした今でも苦くて飲み込めない程の感情と共に。

そして今現在、地下世界にはソウルは六つある。六人分の人間のソウルが。

 

 

一つだけでそんな力があるのに、七つも取り込めば、どうなるのか。

 

 

昔の一つだけ……親友のソウルを取り込んだ時よりもずっと強大な力が手に入るのは間違いない。それはFloweyにも直ぐに予想できた。だが、そこから先は未知の世界だ。二つ以上取り込むことなど、Floweyもやったことがない。

 

 

 

…………もしかしたら、この世界を、作り直せるんじゃないか。

 

 

 

可能性を考えに考えた末、Floweyの思考に、ふとそんな考えが浮かんだ。

 

 

 

七つのソウルの力と、本当に神様になれるんじゃないか。

 

 

 

また、親友と笑いあえるんじゃないか。

 

 

 

―――――あの暗闇の中で苦しむ親友を、今度こそ助け出せるんじゃないか。

 

 

 

そんな一縷の望みが、彼の計画を後押ししていた。

 

 

その計画の為に、彼は誰にも悟られないように、水面下で準備を進めてきた。

 

 

だが、その計画は、今この瞬間に瓦解した。

 

 

ぼすん、と。ある日突然、遺跡の奥から重いものが落ちてくる音がした。今まで(ユメ)の中でその重いものの正体を知っているFloweyは、漸くやってきたのか、とほくそ笑む。これで計画が進む、と。

 

どんな人間であろうと利用してやる。

 

 

Howdy(やぁ)! ぼくはフラ、ウィ………」

 

 

自身がいるこの場所に誰かが近付いてくるのを察知したFloweyは、そんな打算に濡れた奥底を隠し、やってきた人物に笑みを貼り付けた顔で振り向いた所で、びしりとFloweyは凍りついた。

 

 

「………やぁ、お花君。いい天気だね」

 

 

そういって、にっこりと笑う目の前の人物を見て、あまりの驚愕に、無い筈の心が動き、動揺するのを彼は感じていた。

目の前の人間は、Asrielだった頃の自身が気に入っていたお揃いの柄のパーカーを着ていた。

 

 

「は、え、嘘、でしょ……?」

 

 

何度も目を瞬き、自分の目の前に居るのがどんな人物なのか、夢では無いのかを確かめる。

挨拶をしてきたと思えば突然挙動不審となったFloweyの行動に疑問を持ったのか、目の前の人物は首を傾げる。さらりと、動きに合わせてボブカットに切り揃えられた髪が揺れる。

 

 

「…………どうかしたのかい? 私の顔に何か付いてるのかな?」

 

 

何度目を擦ろうと、そこに居る人物は消えない。それどころか、自分の反応を見て首を傾げている。夢ではない。幻ではないのことの証明だった。

混乱する頭の中、唯一出された考えに、そんな筈はない、と自分自身で否定しながら、Floweyは声に出す。

 

 

「もしかして………Chara、なの………?」

 

 

震える声で、Floweyは、まるで親友と同じような出で立ちと、親友の生き写しのような顔立ちの人間に訊ねた。

すると、その人物は、目を丸くして。

 

 

「……何でその名前を知ってるんだ、お前」

 

 

自分の記憶の中にある、まるで隠し事が見つかった時の親友の様な顔をしたものだから、思ってしまった。

 

 

親友が帰ってきたんじゃないか、と。

 

 

「……!!! Chara!! 僕だよ、僕!!! 君の、親友の………!!」

 

 

そう考えたらたまらずに、Floweyは目の前の親友らしき人間に、自分の事を思い出してもらおうと、気が付いてもらおうと必死になって自分の事をアピールする。本当に親友ならきっと、気が付いてくれる筈だと信じて。目の前の人間が親友じゃないかもしれない可能性は、頭から抜け落ちていた。

その期待に答えるように、人間は、

 

 

「…………もしかして、As……?」

 

 

戸惑いながらも、今は呼ばれなくなってしまった本当の自分の愛称を呼んでくれた。

 

 

「!!! Chara!!!」

 

 

この人は親友だ。

人間は知らない筈の愛称を呼んだ目の前の人間―――Charaの足元に、Floweyは縋り付く。

 

 

「あんな所から抜け出せたんだね!! 良かった、本当に良かったよぉ………」

 

 

そう言ってFloweyが足に抱きついていると、CharaはFloweyに視線を合わせて座り込み、抱き締め返した。

 

 

「………ただいま、As。ずっと、会いたかった」

 

 

「! 僕もだよ、Chara! おかえりなさい!」

 

 

あの頃よりずっと大きくなっている体に包み込まれ、Floweyは破顔する。服越しに伝わる温い体温が、彼女が生きて此処に居ることの証明に思えた。

 

 

「………ねぇ、As。お願いがあるんだけど」

 

 

「なぁに、Chara?」

 

 

暫くお互いに抱き合った後、彼女の方から沈黙が破られた。彼女はそっと体を離して、Floweyとしっかり目線を合わせる。土の色をした彼女の目を、Floweyも見つめ返す。一呼吸置いて、彼女は口を開いた。

 

 

「僕が此処に戻ってきたのはね、As。今度こそ皆を救いたいからなんだ。それで、その計画にはAsの力が必要なんだ。………まさか、そんな体になってるとは思ってもなかったけど。でも、頼むから力を貸してほしい。頼む」

 

 

「いいよ」

 

 

「……え」

 

 

彼女の申し出にFloweyが即答すると、彼女はまさか直ぐ様返事が返ってくるとは思っていなかったのか、目を丸くした。

 

 

「勿論いいに決まってるじゃないか、Chara。だって、ぼくたち親友でしょ?」

 

 

にっこりと笑って、Floweyは言う。

自分が建てた計画が潰れるのは惜しいが、他でもない親友がまた戻ってきてくれたのだから、そんな事はどうでも良かった。

 

 

「………それに、ぼくはあの時、自分の迷いの所為で計画を破綻させて、Charaを死なせてしまった。あんな暗くて怖い所に放り込んでしまった。許さなくてもいいから、その償いをさせてよ、Chara」

 

 

そう言えば、目の前の彼女はふっと笑った。その笑みは、在りし日に見た笑顔そのものだった。

 

 

「ありがとう、As。流石僕の親友だ」

 

 

「! 当然でしょ!」

 

 

人間の口から出た『僕の親友』という言葉に少しだけ心が動いたような気がしたFloweyは、胸を張った。

 

 

「………それで? 僕は何をすればいいの?」

 

 

Floweyがそう問うと、彼女はFloweyにそっと顔を近付け、内緒話をするように、小声で彼の役目を告げる。

 

 

「―――――――――――――」

 

 

Floweyはその内容に目を見開いたものの、

 

 

「………うん、分かった。それが君の望むことなら、ぼくは必ず役目を果たすよ」

 

 

彼女に向かって、蕩けるような笑みで笑い返してみせたのだった。

 

 

「それじゃあ、早速動かないとね! Chara、また後でね!」

 

 

そう言ってFloweyはその場を後にする。自らの役目を果たすために、色々な事を考えながら。

 

 

―――――――…………人間がニヤリと、歪な笑顔を浮かべた事など露知らず。

 

 

人間は立ち上がると、膝についた土を払い、前を見た。目を凝らすと、奥から何かがやってくるのが見えた。だんだんと近付いてくるその影をぼうっと見つめたまま立ち尽くしていると、差し込む日の光に照らされて、その影の正体が顕になった。

 

 

「………Chara……?」

 

 

真っ白な毛で覆われた山羊のようなモンスター―――Torielが、人間を見て目を見開く。先程も呼ばれたその名を聞いて、人間は首を傾げた。

 

 

「えーっと、どちら様ですかね。()はCharaさん?ではないんですが」

 

 

そう、にっこりと微笑んでみせたのだった。





とある日記より抜粋


『まず、計画の始めに、Floweyに取り入っておかなければ。計画を邪魔される可能性が二番目に高い。一番は勿論Sansだが。

こいつはGではFriskをChara(一番始めに落ちた人間。故人)だと勘違いしていた。多分だけど、顔が似ているんじゃないだろうか。グラフィックが割りと似ていたし。
……なら、その親友のフリをすれば、邪魔をさせないどころか、利用できるんじゃないだろうか?

コイツを味方に出来れば計画が容易に進むし、一石二鳥だ。

「もしかしてCharaじゃないんじゃないか?」と疑われないようにしなければ。Charaを演じるのは大変だが、やるしかない。』



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2.Daughter/Other

※大変長らくお待たせいたしました(土下座)


※明けましておめでとうございます(大遅刻)、今年も宜しくお願い致します


Torielは目の前で首を傾げる人間を見て、そして、はっとして頭を振った。そうして改めて人間を見ると、その人間に重なって見えていた幻影は消えていた。

 

 

「……ごめんなさい、何でもないわ。初めまして、私の名前はToriel。このRuinsの管理人をしているの。毎日こうして人間が落ちてこないか確認に来ているの。人間が落ちてきたのはとても久しぶりだわ」

 

 

昔、娘として育てていた子供にそっくりな顔の人間に、笑いかける。

 

 

「あぁ、もしかしたら私が貴方を襲おうとしているんじゃないかと思っているかもしれないけど、食べたりなんてしないから、安心してちょうだいね」

 

 

「…………そう、ですか」

 

 

もしかしたら今までの子供達のように警戒しているかもしれない、と考えたTorielは、言葉の最後に自分に害する気はないという意思を言い添える。その言葉を聞いて警戒を下げてくれたのか、人間の肩が少し下がったような気がした。

 

 

「さて、さっそくだけれど、これから貴女を保護させてもらうわね」

 

 

Torielはそれ以上人間が警戒をさせないように笑みを浮かべて、人間の近くに寄る。そして、自分の身体を屈め、人間と視線を合わせた。土の色をした瞳が、驚いたように瞬いた。

 

 

「さっきも言ったけれど、私が貴女を襲うことは絶対にしないと約束するわ。それで、Ruinsを案内するから、付いて来てほしいのだけれど………何処か怪我してたりするところはない? 自分で歩けるかしら?」

 

 

そっと人間の手を握り、Torielは優しく微笑んでそう言った。そして、人間の体を隈無く見る。見たところ怪我はなさそうだが、もし服の下などに怪我をしていて、我慢なんてしていたりしたらと考え、本人と目線を合わせ、訊ねてみる。

 

 

その問いに、人間は目を見開いた。

 

 

「………え、あ」

 

 

「………? 何処か、痛いところがあるの?」

 

 

「……いえ、何処にもないですよ。一人で歩けます」

 

 

人間の妙な反応に、Torielは思わず首を傾げる。何処か痛むのだろうか、そう思って再度訊ねると、人間はにっこりと笑って、首を横に振った。そして、Torielの手を離した。傷が付かないようにだろうか、そっと、本当にそっと離された手に、Torielは少し悲しい気持ちになる。

 

まるで、昔、娘と一番最初に手を繋いだときのようだった。確か、あの時も手を握ろうとして、離されたのだったか。

 

そう思い出して、少し悲しくなる。

 

 

「えっと、案内よろしくお願いします、Torielさん」

 

 

「えぇ、任せて、我が子よ。さぁ、こっちよ」

 

 

――――大丈夫、きっとこの後、仲良くなれるわ。だって、あの子もそうだったんですもの。

 

そう気を取り直して、Torielは先頭に立って歩き出した。

 

―――――――――――――――――――

 

「新しい家へようこそ、我が子よ。Ruinsの歩き方を教えてあげるわね」

 

 

赤い落ち葉が溜まった道を抜け、道中、Torielは一つ目のパズルがある部屋で立ち止まり、人間にパズルの解き方を教えた。その次の部屋では実演してもらい、パズルを終えて戻ってきた人間に微笑みかける。

 

 

「よくできました! お利口さんね、我が子よ」

 

 

「………あはは、有難うございます」

 

 

一瞬、また人間は目を見開いたものの、すぐに笑みを浮かべた。

 

 

「さぁ、次の部屋に行きましょうか」

 

 

「はい」

 

 

先を行くTorielに人間も続いて行く。人間とボスモンスターが連れ立って歩いている、という奇妙な絵面は、Ruins内のモンスター達の興味を誘っていた。今は物陰に隠れて姿を見せないが、此方を興味津々に窺っているのはTorielには分かっていた。

 

 

「次は、これでお勉強をしましょうか」

 

 

「勉強……ですか」

 

 

「えぇ」

 

 

そんなモンスター達の対処法を覚えてもらうため、Torielは次の部屋に用意しておいたDummy人形の前にまで人間を立たせると、Torielは説明を始めた。

 

 

「このRuinsに居るのは私だけじゃない。沢山のモンスターが居るの」

 

 

「そうなんですね」

 

 

「モンスターたちは人間を見つけると、襲ってくることもあるわ。その時のために準備しておかなくちゃね。でも心配しないで! やり方は簡単よ」

 

 

他のモンスターが居ることを知った人間が少し身体を強張らせる。その緊張を解く為、Torielは明るい声で続きを説明した。

 

 

「モンスターに遭遇すると戦闘が始まるの。戦闘が始まったら仲良くお話すればいいのよ」

 

 

「えっ、お話……? それだけでいいんですか?」

 

 

「えぇ。時間を時間を稼いでくれたら、私が仲裁するわ。このダミーで練習してみましょうか」

 

 

Torielの話す『対処法』に目を丸くした人間に頷き、まずは試しとDummyに向き合わせる。Dummyに向き合った人間は、困惑したような素振りを見せたが、すぐに人好きする笑顔になった。

 

 

「こんにちは、初めまして。これからよろしくね。仲良くしてくれると嬉しいな」

 

 

「わぁ、いいわね! よくできました」

 

 

にっこりと笑ったまま、人間はDummyに話し掛けた。Torielはちゃんと挨拶をし、自分の言った通りにお話することが出来た人間を褒める。

 

 

「………あはは。これぐらいなら、何て事ないですよ」

 

 

振り返った人間は、照れ臭いのか笑いながらそう首を横に振る。

 

 

(謙虚な子なのね、この子は)

 

 

その反応を見て、Torielはそう感じた。

 

 

(………まるで、あの子との出会いをやり直しているみたい)

 

 

そう考えた所で、Torielははっとして、また目の前の人間と娘を重ねている事に気付いた。そして、内心苦笑した。顔が似ている所為か、どうしても娘をこの人間に投影してしまうらしい。

 

 

「さて、次の部屋に行きましょうか」

 

 

「はい」

 

 

Torielは人間に背を向けて先頭に立ち、次の部屋へと歩き出す。後ろから聞こえる歩幅の違う足音を聞きながら、Torielは次は危険なパズルだった事を思い出す。そこで、部屋に出た所で振り返って、人間に訊ねてみる。

 

 

「パズルはもう一つあるの。解けるかしら……?」

 

 

「あー、どうですかね………。見てみないと分からないです」

 

 

「それもそうね」

 

 

至極全うな返答をした人間に頷き返し、Torielはまた歩を進める。

 

 

(いつも落ちてくる人間と比べたら大きいし、一人でも大丈夫かしら……。でも、針山で怪我したら怖いわね。やっぱり、手を繋いで行くべきかしら………)

 

 

道を歩いているうちに、Torielはそう考えていた。

 

 

 

 

―――――その時だった。

 

 

 

 

「ギャッ」

 

 

 

 

小さな悲鳴が、Torielの思考を遮った。

 

 

平和なRuinsでは聞き慣れないその声にぎょっとしてTorielが振り向くと、人間が床に座っていた。座りかたからして、尻餅をついたのだろう。先程の悲鳴は彼女のものかとTorielは判断して、人間に駆け寄った。

 

 

「ど、どうしたの!?」

 

 

「あ、えっと………急に虫が目の前に飛んできたので、吃驚しちゃって。転んじゃいました」

 

 

はは、と笑ってから、虫が大の苦手なんです、と顔色を悪くし、引き吊った笑顔で続ける人間に、大したことではなかったことに安心したTorielは胸を撫で下ろし、ほっと息を吐いた。

 

 

「そうだったのね……。でも、虫には慣れておいた方がいいわ。ここには虫の形をしたモンスターが多いから」

 

 

「そうなんですか、分かりました。……出来る限り、頑張ります」

 

 

Torielの言葉に人間は青い顔のまま頷いた。そして何事もなく立ち上がると、パンパンと砂埃を払い落とし、手をパーカーのポケットに突っ込んで笑ってみせた。

 

 

「さぁ、行きましょうか。私は何ともないので、気になさらないで下さい」

 

 

「そう……? なら、いいのだけれど」

 

 

手を差し伸べようとした所で人間が立ち上がってしまったので、Torielは中途半端に手を伸ばすようなおかしな格好になってしまった。行き場の無くなった手を下ろし、人間の顔を覗き込む為に少し屈んでいた体を起こすと、もう一度前を向いて歩きだす。今度はちらちらと人間が何ともないか気にしつつ、パズルの前まで歩いていく。

 

 

(やっぱり危険だわ)

 

 

改めて鋭い針山が立ち並ぶパズルを見て、人間がもし道を踏み間違えてしまったら大変だ、と考えたTorielは、後ろを付いてきた人間に向き直って、笑いかける。

 

 

「これもパズルね、だけど………見ての通り、少し危ないものなの。だから、少しの間私の手を握っていてね」

 

 

「えっ。……は、い。分かりました」

 

 

Torielが手を出した途端、人間は一瞬肩を強張らせた。だが、流石に針山は怖かったのか、おずおずと手をTorielの手に重ねた。毛皮のないつるりとした手をそっと握ると、人間もその手を握り返す。手を繋いだまま、Torielは針山の橋を少しずつ進んでいった。

ちらり、と後ろを見ると、人間は顔を俯かせていた為、顔は見えなかった。だが、人間のその様子に、Torielは既視感を覚える。

 

いつかの日、娘と初めて手を繋いだ時のようだ、と。

 

 

(………確かあの子も、こうやって顔を俯かせていたっけ)

 

 

Torielがそう考えているうちに、向こう岸へと辿り着いた。橋を渡りきったその直後、またそっと手が離される。

 

 

「……案内して下さり、有難うございました」

 

 

「いいのよ、我が子よ。今のあなたに、これは危険すぎるわ」

 

 

「そうですかね」

 

 

ぺこりと頭を下げた人間に、何て事はないと笑って首を横に振るToriel。顔を上げた人間は首を傾げて針山を見た。その様子にくすりと笑い、Torielはまた前に向き直り、次の部屋へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なんだ、こんなものか

 

 

――――――そう呟いた声を聞き逃したのに、気付かずに。

 

 

彼女のパーカーのポケットに入っていたものが、どんなもの(塵のついたカッターナイフ)であるかも知らずに。

 

 

 

そして、Ruinsから命が一つ消えてしまったのにも気付かないまま。

 

 

 

Torielの背後を、人間は遅れて着いていく。

 

 

 

人間がが立ち去った後、人間に殺されたF()r()o()g()g()i()t()()()()()()の残骸が、風に乗って消えていった。






とある日記より抜粋


『次はTorielというモンスターについて、作戦を立てておこう。


TorielはRuinsのボスモンスター。かつてモンスターの王Asgoreの元妻であり、AsrielとCharaの母親であったモンスターでもある。つまりは元王妃。Asgoreとは人間を守るか殺すかで意志が食い違い、離婚している。
今はRuinsで落ちてくる人間の子供を死なせないために動いている筈。


母性愛の溢れる、とても素敵なモンスターだ。


このモンスターが第一関門だ。Floweyは偽者だと気付かれたら直ぐに殺せるけど、このモンスターは元王族、そしてボスモンスターということもあって強い。


ゲーム通りにLOVEを上げて、油断させた所を切るしかない。




■■る■と■■、■■■■■■■(この部分は塗りつぶされている)』


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3.Good Girl/NOT Good Girl

※大変長らくお待たせいたしました

※胸糞表現注意


「ここまで本当によくやってきたわ、我が子よ」

 

 

少し遅れて廊下へやってきた人間に向き直って、Torielはそう話を切り出した。

 

 

「けれど……ちょっと辛いことをしないといけないの」

 

 

「辛いこと……? 何でしょうか?」

 

 

Torielの話に人間は少し首を傾げ、そう訊き返す。Torielは先に続く廊下を指し、話を続ける。

 

 

「この部屋は一人で進んでほしいの。……許してね」

 

 

「分かりました。それぐらいならなんて事はないですよ」

 

 

誰も頼りになる人がいないこの場所で突き放すような事を言っているにも関わらず、そんな不安なんてないように言って、人間はにっこりと笑う。今まで見てきた子供とは違う、大きなこの人間はどんな反応をするだろうと思っていたTorielは、その頼もしい言葉に少しほっとする。

 

 

(泣くことはないみたい。強い子ね)

 

 

今までの子供達の中には泣いてしまったりした子供も居たので、少し不安だったのだ。

この廊下を一人で移動させる理由は、もし一人になってしまった時………そして、万が一、彼女が此処(Ruins)を出たときに、一人で進む事が出来るのか。それを見るため。

 

 

まぁ、此処からはもう出さないと、Torielは心に決めているのだが。

 

 

「それじゃあ、私は先に行くわね。貴女は少し待ってから来て頂戴ね」

 

 

「はい」

 

 

Torielの言葉に人間が頷いたのを見てから、Torielは早足で歩きだす。そうして廊下の先にある柱の陰に身を隠した。

三十秒程経った後、人間は歩き出した。その歩みに別段とおかしな所は無かった。それ所か何の躊躇いもなく進んでいく。

 

 

(…………一人でも、大丈夫そうね。良かった)

 

 

人間は泣くこともせず、歩いていく。その姿をみて、Torielは胸を撫で下ろした。それと同時に、奇妙な感覚を覚える。

 

 

(……あの子も、生きてさえいれば……)

 

 

こうして歩いて生きていく事が出来たのかもしれない、とまで考えて、はっとする。また自分が嘗ての娘の影を重ねていることに気付いて、そんな自分が嫌になった。

人間は真っ直ぐ道を歩き、Torielの隠れている柱の前までやってくると、Torielの姿を探すようにキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 

「あれ、Torielさーん……?」

 

 

Torielの姿が見えないからか、不思議そうに呼び掛ける様子を見て、Torielは柱の陰から出ていった。

 

 

「心配しないで、我が子よ。大丈夫、傍に居たわ」

 

 

「あ、何だ、そこにいらっしゃったんですね」

 

 

Torielの姿を見た人間は、安心したように笑った。

 

 

「えぇ、私はただこの柱の後ろに居ただけよ。私を信じてくれてありがとう」

 

 

「いえいえ。着いたら姿が見えなくてどうしたのかと思いましたよ」

 

 

冗談めかして笑う人間に、Torielは微笑み返す。

 

 

「ところでこれって、何の意味があったんでしょうか」

 

 

突然行われたこの行動を疑問に思ったのだろう、人間がそうTorielに訊ねてくる。きっと訊かれるだろうな、と考えていたTorielは、考えてあった説明を口にする。

 

 

「あなたが一人で居られるかどうか、テストするためよ。私は今から用事があるの。それで、あなたは此処にいてほしいの」

 

 

「えっ……一緒に行っちゃダメな用事なんですか?」

 

 

「えぇ。ごめんなさいね……」

 

 

「………分かりました。じゃあ、待ってます」

 

 

一瞬目を見開いた後、他の子供達と同じような質問をしてきた人間に、Torielは謝罪を返した。何の用事か深入りせずにあっさりと引き下がった人間に、ほっとするToriel。

 

この用事とは、目の前の人間の歓迎会の準備だから、目の前の人間に知られる訳には行かない。

 

そんなサプライズを用意する為に、一度彼女から離れる必要があった。

 

 

「……あの、一応お尋ねしますが、先に進んだりとかは、しちゃダメですかね」

 

 

「ダメよ。一人で探索するのは危険すぎるわ」

 

 

おずおずとそう訊ねてくる人間の問いにぴしゃりと切り返すと、人間はそう言われることは大体予想できていたのか、ですよね、と言ってその場に座り込む。

 

 

「じゃあ、此処で待ってます。早めに迎えに来て下さいね」

 

 

「分かったわ。……あぁ、そうだ。携帯電話を渡してあげましょう。何かあったら、直ぐに連絡してね」

 

 

「はーい」

 

 

服のポケットに持っていた携帯を一つ出し、人間に渡しておく。これでもしもの時は連絡してきてくれるだろう、と思い、Torielは最後に念を押しておく。

 

 

「いい子にしてるのよ、分かった?」

 

 

「分かりました、Torielさん。いってらっしゃい」

 

 

「いってくるわ」

 

 

いい返事をした彼女のその笑顔を見て、Torielは背を向けて歩き出した。どんなものを作ろうか、どんなものなら喜んでくれるだろうか、と、そんな事を歩きながら考え、去っていく。

 

 

だからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――後ろでその人間が、()()()()いることに気付けなかった。

 

 

およそ、十五分ほど経った頃だろうか。

 

徐に人間は立ち上がり、砂埃を払うと、Torielが出ていった出口の前に立った。

 

 

プルルル………プルルル………

 

 

「はい。………え? してませんよ! 大人しくしてます。……そうなんですね。……はーい、分かりましたー。それじゃあ、失礼します」

 

 

人間は突如かかってきた電話を手慣れた手付きで取ると、にっこりと笑いながら電話越しにTorielと話す。そして会話が終わると、その笑顔がすっと抜け落ちた。

 

 

「………いい子にしてて、ねぇ……はは」

 

 

そうして、少し笑うと、

 

 

ザシュッ

 

 

「ギャッ」

 

 

人間を驚かそうとしていたのか、はたまたただ通りがかっただけなのか、近付いてきていた蟲のモンスター――Whimsunを、ポケットにあったナイフで一閃した。

 

ナイフの鋭い刃がWhimsunの柔らかい身体を切り裂いた瞬間、その身体は塵へと変わり、冷たい床に散らばっていく。その様子を何の感情も無い目で、人間はぼんやりと見ていた。

 

 

「どんな皮肉だよ」

 

 

そうして、ぼそりとそう呟くと、塵に汚れたナイフを握った手をぶらんと不気味に下ろし、直ぐ傍らにあった部屋に入り込む。部屋に置いてあった籠の中にあった飴を鷲掴み、ポケットに詰め込んだ。その衝撃で籠が台から落ち、がしゃん、という音がして籠が引っくり返り、飴がばらばらと散らばった。地面に落ちた飴も数個拾い、ぼんやりと一つだけ手に取って眺める。そして何を思ったのか、可愛らしい包装を解き、口に含んだ。

 

 

飴を手に入れると、人間は部屋を出て、進むべき道の方を見た。そしてふらふらとした足取りで廊下の先の曲がり角に近付き、ひょいと覗き込むと、隠れて此方を伺っていたつもりだったのだろう蛙のようなモンスター――先程も殺したFroggitと目線が合った。

 

 

「ゲ、ゲロ………」

 

 

Whimsunを殺害する所を見ていたのか、Froggitはガタガタと震えながら人間を見上げている。少しずつ少しずつ逃げようと後退りする哀れなそのモンスターを見て、人間は口に含んだ飴を、ガリッ、と噛み砕き、ニッコリと嗤った。

 

 

 

みぃつけた

 

 

 

そうして、逃げ出そうと背を向けたモンスターの背中を足で踏みつけて動けなくし、ナイフを振りかぶった。

 

 

 

ザシュッ

 

 

「ギャァッ」

 

 

ザシュッ

 

 

 

何度かナイフを刺すと、Froggitの身体は動かなくなり、Whimsunと同じく塵となった。

 

 

「………あと、18匹

 

 

目の前に出来上がった塵の山を、何の躊躇いもなく彼女は踏みつけ、足跡を残していく。

 

 

――――――――殺戮が、始まった。

 

 

Ruinsに住まうモンスターの命が、徐々に減っていっていることも知らず、Torielはせっせと材料を運び、料理に手をつける。

 

 

その人間は、歓迎してはいけない存在だということに気付かずに。

 




とある日記より抜粋


『Ruinsについて

そもそも、言葉としてのRuinsは廃墟とか遺跡とかの意味。Homeとも呼ばれていた。元々は戦争直後のモンスター達が築いた居住区だと思われる。増えたモンスター達は狭くなったRuinsを出て、地下を開拓しながら居住範囲を広げていった……というような内容が書かれた古文書のようなものがSnowdinの図書館にあった筈。


……そんな歴史ある所を、塵で汚すのか。


■り■く■■


いや、そんなことは言っていられない。私がやらなくては』



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4.Care/Pain

※原作にない描写があります


「ああ、思ったより時間がかかったわ」

 

 

待たせている人間に時折好みを訊いたりして連絡を入れつつ、Torielは家事を進める。人間がこれから住むことになるだろう部屋の掃除を済ませ、デザートのバタースコッチパイをオーブンに放り込んだ所で時計を見ると、予定していた時間を大幅に過ぎていた。慌ててばたばたと支度をして居住地―――Homeを出て、今から迎えに行く、と伝えようと枯れ木の傍で電話を掛けた所で、

 

 

プルルル………プルルル………

 

 

此処では聞こえない筈のコール音が鳴り響き、Torielはぎょっとして音のした方を見た。すると、枯れ木の向こうにある筈のない人影を見つける。

 

 

「………あ、Torielさん」

 

 

「! まぁ、何て事!」

 

 

壁に寄り掛かる様にして、先程待っているように言った筈の人間が其処に居た。その出で立ちを見て、Torielは自分の血の気が引くのを感じた。人間は先程の優しく笑う姿からかけ離れ、ボロボロだった。耳元に宛がっていた電話を切り、慌てて駆け寄ってその身体を抱き寄せる。

 

 

「どうやって此処まで来たの、我が子よ!? ボロボロじゃない……!」

 

 

「あははは、ごめんなさい、待てませんでした」

 

 

「そうじゃなくて……!!」

 

 

へらへらと笑う人間の身体には、泥のような汚れと、傷が幾つも走っていた。傷一つ一つならそこまで深くは無さそうだが、如何せん数が多い。

 

 

(一体、誰がこんな事を……!!)

 

 

………分かっていた。

モンスター達が人間をどう思っているかは。何処までも憎んで、その命を狙っていることは。だから、この人間が傷付かないようにと、あそこで待っているようにTorielは言っておいた。だが、この人間は此処まで来てしまった。あそこから、出てしまった。

 

 

(私がもっと、早く迎えに行っていれば……!!)

 

 

「あの、Torielさん……?」

 

 

そんな自分への怒りに駈られ、Torielの顔が強張る。人間は、その顔をきょとんと見つめていた。

 

 

――――……その顔が、嘗て娘が怪我をして帰って来た時と重なる。

 

 

「……手当てを、しましょうか。歩けるかしら……?」

 

 

「え……はい」

 

 

胸の中にある怒りを抑え、ボロボロの人間に笑いかける。そして、傷に障らないように、支えながらゆっくりと歩く。そうして家に入ると、真っ先にリビングへと案内し、部屋のライトを点け、四人がけの椅子の一つを引いて座らせる。

 

 

「ちょっと待っててね」

 

 

「はい」

 

 

家の中をきょろきょろと見渡す人間から離れ、Torielは暖炉の炎を魔法で灯した。パイが焼ける甘い匂いも相俟って、こんな状況じゃなければほっと肩の力が抜けるような空気が部屋に広がった。少し心が落ち着いた所で、救急箱を取り出す。テーブルの上に箱を置き、蓋を開き、消毒薬、脱脂綿とピンセット、ガーゼ、絆創膏、包帯………人間の手当てに必要な物を取り出していく。

 

 

「あ、あの、Torielさん……? 包帯なんて大袈裟じゃ……そんなきちんと手当てされなくても……」

 

 

どんどん取り出されるそれらを見て、人間が遠慮がちにそうTorielに申し出る。

 

 

「駄目よ、しっかり手当てしなきゃ。……貴女は人間なのよ?」

 

 

「それはそうですけど……もしかして、知りませんか?」

 

 

「……何を?」

 

 

Torielが訝しげに訪ね返すと、人間は、ええと、と言って、ポケットから飴を取り出した。

 

 

「これ、廊下を出て直ぐの所で見つけたんですけど……これを食べると、魔法みたいに直ぐに傷が消えるんです。多分、人間の食べ物とは違うからだと思いますけど……なので、何か食べ物を下されば大丈夫ですよ……?」

 

 

だからそんな手当てされなくても、と遠慮する人間に、Torielはそんなことかと一つ息を吐いて、言う。

 

 

「………それは、私も知っているわ」

 

 

「えっ? ……なら、どうして……」

 

 

Torielの答えに目を見開く人間。意味が理解できなかったのか、質問を重ねてくる人間に、準備する手を止めて、Torielは答えた。

 

 

「それはね………心の傷の手当てになればいいかな、って、意味も込めてるの」

 

 

その言葉を聞いて、人間は更に目を見開く。

 

 

「……『心の傷』……ですか?」

 

 

そして、大きな手でピンセットを持ち、脱脂綿を取って消毒液を染み込ませていくTorielに対して尋ね返した。

 

 

「えぇ。確かに、食べ物を食べれば人間は回復するわ。それは私も分かっているし、この後お菓子を食べてもらうつもりよ。でもね、どんな魔法でも、その時心に受けた傷までは癒せない。

 

……一番最初に、仲良くお話するように私は言ったわ。それは、守ってくれたわよね?」

 

 

「え、………はい」

 

 

人間の前に膝をつき、手当てを始めながら話し始めたTorielから不意に投げられた問いに、人間は間を開けてから頷いた。

 

 

「なら、仲良くなろうと話しかけたのに攻撃されて、貴女は悲しかったでしょう? 自分はただ話しかけただけなのに、どうして、って。怖いと、思ったでしょう。その時背負った心の傷を、手当てをして、触れ合うことで、少しでも癒やせればいいな、って私は思うの。ほら、怖い夢を見たときとかに誰かの体温を分けてもらうと安心するでしょう? それを、私はやりたいの」

 

 

そこで、Torielは人間の腕を取ってパーカーの袖を捲る。パーカーの下にあった打撲傷と出来て間もないと分かる色をした痣を見て、顔を顰めてしまう。ただ話しかけただけなのに、こうして攻撃されて、どれだけ痛かったことか。その悲しみは、想像できない。

 

 

「あなたを傷付けたモンスター達には、必ず謝らせるわ。まだ怖いなら、会わなくてもいい。でもいつか私達はこわくない、仲良くなれるってことを分かってほしいの」

 

 

傷がない部分の肌を撫でながら、Torielはそう心の内を語った。その話を、人間はそれをただ黙って聞いていた。

 

 

「……都合のいいことを言っているのは分かっているわ。だって、傷付けたのは私の同族だもの。今だって、私が攻撃してくるかもしれないって、内心怖いのかもしれない。

でも、そう願うことだけは、許してほしいの」

 

 

Torielの言葉に、人間は俯いて沈黙を守ったままだった。突然こんな事を言われたってどうにも出来ないわよね、と思ったTorielは、汚れを拭ったりしながら腕や身体の傷をじっと観察する。

打撲傷と痣はVegetoid達の攻撃だろう、とTorielは当たりをつける。確か彼らの攻撃は野菜の形をしていた筈だから、それが当たったと考えられる。取り敢えずこれは湿布をしよう。次に目に着いたのは、何ヵ所かある火傷のような傷。これは確か火傷に効く軟膏を塗ろう。最も多いのは切り傷だ。()()()()()()()()()()()()()()()傷が多い。そこまで深くはなさそうだが、これは誰につけられたのだろう。とにかく、これは消毒して、包帯を巻かなければ。

 

―――この傷達を負った時、どれだけ痛かっただろう。

 

あれこれ考えている内に、ふと、Torielはそう考えた。その瞬間、Torielの心にどっと後悔が押し寄せる。

 

もっと早く迎えに行っていれば。

 

もっとキツく言っておけば。

 

いや、そもそもサプライズなんて考えずに、一緒に連れてくるべきだったのかもしれない。そうすればこうならずに済んだ筈なのに。その後、二人で一緒に料理を作ったりすれば良かったのに。

そんな思考が、Torielの心を満たしていく。

 

 

(………私の行動は()()()、こうして後手に回ってしまうわね)

 

 

そう心の中で自嘲し、Torielは人間に言う。

 

 

「………痛かったでしょう? 守れなくてごめんなさい……もっと早く、迎えに行くべきだったわね」

 

 

「! 違いますよ、これは私の所為です! 私が勝手に彼処から動いたから……自業自得、ですよ。Torielさんの所為じゃないです……」

 

 

Torielの後悔を滲ませた言葉に、固く沈黙を守っていた人間が弾かれたようにバッと顔を上げ、慌てたようにそう否定する。その言葉と表情を見て、Torielの心が少し軽くなった。その心の表れだろうか、ふっと悲しそうに笑ったTorielの顔を見て、人間は決まりが悪そうに、また俯いて黙ってしまった。気まずい沈黙が流れ、しんと空気が静まり返った。パチパチと薪の爆ぜる音だけが部屋に響く。

 

 

「……じゃあ、手当てしていくわね。少し染みるかもしれないけど、ちょっと我慢してね」

 

 

「は、はい……いっ、つつ……」

 

 

その空気を変えるように、Torielは一声かけてから傷の消毒を始めた。消毒液を染み込ませた脱脂綿を軽く当てると、やはり傷に染みるのか、少し人間が呻いた。

ある程度消毒を済ませると、傷口にガーゼをそっと当て、包帯をキツすぎないように、しかし緩すぎないように器用に巻いていく。きちんと包帯を巻いた後は、湿布を貼ったり、軟膏を塗ったりして、傷に然るべき処置を施していく。

 

 

「……これでよし、と。もうこれで大丈夫よ」

 

 

「……はい、ありがとうございました」

 

 

最後の包帯を巻いて全ての処置を終え、Torielは人間に笑いかける。人間はTorielに頭を下げ、処置するために脱いで隣の椅子に掛けてあったパーカーに腕を通そうとした。それを、Torielは止めようした。

 

 

「あ、それはまだ着ないでちょうだい。後で傷のところを縫ってあげますからね」

 

 

その言葉と共に、Torielはパーカーに手を伸ばそうとする。その手を、

 

 

!!! 触るなッ!!!

 

 

―――バチン、と。

 

 

怒号のような大声と共に、人間は叩き落とした。

突然のその行動に、Torielは大きく目を見開いた。

 

 

「………あ、ご、ごめんなさい……!!」

 

 

咄嗟の事だったのだろう、はっと我に返ったように目を見開いた人間は、Torielに頭を下げ、パーカーを抱き寄せる。

 

 

「…………これ、母の形見なんです……なので、あまり誰かに修理とかされるのが、好きじゃなくて………ごめんなさい……」

 

 

申し訳なさそうに告げられたその言葉に、そうだったのか、とTorielは思った。

母親の形見……ということは、母親は、死んでしまっているのだろう。そんなに大切な物なら、確かにまだ会って間もない存在、しかもモンスターに預けるのはしたくないだろう。しかもこの子は、先程モンスターに襲われたばかりだ。モンスターに対する警戒心だってあるだろう。拒絶されたのは少し悲しいが、拒絶するのも、無理はない。

そう納得して、Torielは笑みを浮かべた。

 

 

「そうだったの………確かに、それは触られたくないわよね。ごめんなさいね。じゃあ、今から針と糸を用意するから、自分でお直ししてくれるかしら。その間に紅茶とか、お菓子を用意してくるわ」

 

 

「………ごめんなさい、ありがとうございます。お願いします……」

 

 

まだ申し訳ないのか、Torielの提案に小さな声で頼み込む人間。本心は優しい子なのだろう、と思いながら、Torielは頷き、裁縫箱が置いてある自分の部屋へと移動する。部屋に入って棚から裁縫箱を持ち出し、リビングに戻ってそれを開き、針山、糸切り鋏、黄緑と黄色の糸、そして、未開封の袋に入った針を取り出す。

 

 

「これを使ってちょうだい。これが一番小さいのだけれど、どうかしら? 使える? 小さすぎるようだったら、もう一回り大きいものがあるけれど」

 

 

「いえ、これで大丈夫です。ありがとうございます」

 

 

袋に入れたまま針を渡し、針山達も傍に移動させる。取り出した針に手慣れた動きで糸を通す姿を見て、Torielはその針を渡した事を後悔した。

 

 

―――何故ならその針は、昔、娘がもう少し大きくなった時に裁縫を教えようと考えて用意していた針だったから。

 

 

どうしても、過去の娘を重ねてしまっていた。

 

 

「………あらやだ、こんな時間! パイが焦げちゃうわ! じゃあ、少し待っていてね。お菓子と紅茶を用意してくるわ」

 

 

その幻影から逃げるように、Torielは台所へと向かう。タイミング良く、丁度いい具合に焼けたバタースコッチシナモンパイをオーブンから手早く取り出し、ケーキクーラーの上に乗せた。次にやかんに水を入れ、火にかけて沸かしている間に、パイをホールから二切れ切り取り、皿の入っている戸棚から二つ用意した皿の上に一切れずつ乗せる。その上にホイップしておいたクリームを乗せると、パイの熱でクリームがとろりと溶け始め、パイを完成させていく。それが終わると、次は別の戸棚から紅茶のティーバッグを取り出し、用意しておく。他にもシュガーポットやティーカップとソーサーを用意し、一気に持ち運べるようにトレイに乗せた。

少し待って熱湯が沸いた所で熱湯を空のティーポットに入れ、蓋を閉じてゆっくりと回して温め、一度中身を捨てる。そうして先程用意したティーバッグを入れ、熱湯を注いだ。その瞬間、ふんわりと、花のいい香りが鼻を擽った。その香りで少しだけ心が軽くなる。

ティーポットの蓋を閉め、トレイに乗せて運ぶ。戻ってきた時には人間は裁縫を続けていて、パーカーの穴を器用にすいすいと縫い、塞いでいく。

 

 

「お茶の用意が出来たわ。ちょっと休憩にしない?」

 

 

「あ……はい。じゃあ、片付けますね」

 

 

Torielの提案に頷いた人間は、今縫っていた穴をささっと塞ぎ、糸の始末をしてピンクッションに針を刺す。Torielはトレイをテーブルに置き、ティーカップやシュガーポットを下ろしながら、人間が空いていた隣の椅子にパーカーを置いたりして片付けるのを横目で見ていた。

コトリ、と、焼きたてのパイの乗った皿を目の前に置くと、人間は一旦片付けていた手を止めて、目を真ん丸にしてそれを見た。そして自然に漏れでたのだろう、わぁ、というはしゃいだような声が小さく聞こえる。心做しか、暗く沈んでいた目が、きらりと輝いたような気がした。その子供らしい反応に、思わず笑みが溢れた。

全てトレイから下ろし、人間のティーカップに紅茶を注ぐ。そして自分のティーカップにもそれを注ぎ、向かい側の椅子に腰かけた。

 

 

「さぁ、クリームが溶けきらないうちに召し上がれ」

 

 

「……いただきます」

 

 

背筋を正してじっとパイを見つめている人間に、Torielが食べるように促すと、人間は見慣れない手を合わせる動作をした後、皿に添えてあったフォークを取って、パイを一口分切り取って口に運んだ。

 

 

「……どうかしら? 美味しい……?」

 

 

無言で咀嚼を繰り返す人間に、Torielはおずおずと訊ねる。咀嚼を終え、口にあったパイを飲み込んだ人間は、Torielの目を見て、

 

 

「すっっっっごい美味しいです!」

 

 

そう、弾けるような笑顔で笑ってみせたのだった。

その笑顔を見て、Torielはほっとして胸を撫で下ろす。

 

 

「なら良かったわ」

 

 

ぱくぱくと食べ進めていく人間の様子を見ながら、Torielも一口パイを頬張った。ふんわりとした優しい甘さが口の中に広がり、バターの匂いが鼻を抜けていく。

確かに、今日のパイは渾身の出来かもしれない。いつもより分量に気を配った甲斐があったものだ、とTorielは思う。

 

 

「! この紅茶も美味しいですね。いい匂い……」

 

 

「ふふ、でしょう? この紅茶とパイは相性抜群なのよ」

 

 

人間がシュガーポットから角砂糖を二つ程取り出し、紅茶に放り込んでかき混ぜ、一口紅茶を飲み、そう言った。その言葉に、Torielは微笑みながら頷き返す。

 

先程までの何処か気まずい空気が嘘だったような、ゆったりとした和やかなお茶の時間が過ぎていく。

 

人間がパイを食べ終わった時、ふと、人間が徐に腕の包帯を一つ外した。

 

 

「あ、治ってる……」

 

 

見ると、先程まで口を開いていた傷が無くなっていた。やはりモンスターの食べ物は人間には薬になるらしい、と再確認し、一口紅茶を飲んでからTorielは口を開く。

 

 

「治ったならもう外してしまいましょうか。自分で取れる?」

 

 

「あ、はい」

 

 

Torielの言葉に頷いた人間は、包帯やガーゼ、湿布などを自分で剥がしていく。その間にTorielは席を立ち、包帯達を処理するための袋を持ってきた。全て取り終わると、最後に取った包帯を見つめていた人間が、不意に口を開いた。

 

 

「……さっき、Torielさんが『心の手当て』をしたいって話をして下さったじゃないですか。その話を聞いて、まだ出会って間もない私にもそんな事をしてくれるのかと思ったら、凄く嬉しかったです。

ガーゼとかが無駄になってしまうのに、手厚く手当てしてくださってありがとうございました」

 

 

「! ふふ、どういたしまして!」

 

 

最後はTorielに深々と頭を下げてそう言った人間の言葉に、Torielは嬉しくなる。

あの話を聞いて、そう言ってくれた人間は居なかったからだろうか。自分のやった事が相手の心に響いてくれたようで、嬉しかった。

 

 

(……少しだけ心を開いてくれたかしら?)

 

 

そう考えながら、二人で包帯の山を袋に詰め、またお茶会を再開する。ティーポットに残っていたお茶を注いで飲むと、少しだけ冷めてしまっていた。

 

 

――――………お茶も全て飲みきり、手伝うと言っていた人間の申し出を断り、皿洗いを引き受けたTorielが戻ってきた頃、人間の針仕事も終わり、パーカーの穴が全て塞がる。人間が修復し終えたそれをまた着たのを見ると、Torielは微笑みながら話しかける。

 

 

「終わったみたいね? それじゃあ、順番が逆になってしまったけれど、あなたのお部屋に案内するわね」

 

 

「………私の、部屋?」

 

 

「ええ、そうよ」

 

 

Torielの『あなたのお部屋』という言葉にきょとんとした顔をし、思わず首を傾げて聞き返す人間。そんな人間の手をそっと引き、Torielはリビングに繋がる廊下とは反対の廊下へと連れていく。人間はされるがままについていった。

 

 

「ここがあなたのお部屋よ。気に入ってくれるかしら!」

 

 

更に地下に続く階段のある広間を通り抜け、Homeの反対側へやってくると、一番手前のドアの前でTorielは足を止めた。

 

 

「ここでゆっくり寛いでちょうだい。私はリビングに居るから、一休みしたらいらっしゃい」

 

 

「分かりました。……何から何まで、ありがとうございました」

 

 

「いいのよ! それじゃあ、寛いでちょうだいね」

 

 

何度も頭を下げる人間に笑い返し、Torielは人間が部屋に入るのを見送ると、リビングへと戻る。そして壁に埋め込んである本棚から数冊本を取り出し、安楽椅子に座ると、老眼鏡をかけ、ぱらりとページを開く。

長い地下生活で何度も読み直し、内容を覚えてすらいる本ではあるが、今回はちゃんとページを捲って読みたかった。何故なら、これからは二人で読むことになるものなのだから。

 

 

(………こんな所に閉じ込めてしまうのは心苦しいけれど、きっと、彼女なら分かってくれる筈よね。だって、あんなにも優しい子なのだもの)

 

 

―――……そう、Torielは人間を、このRuinsから出す気は一切無い。

 

嘗て、娘と息子を喪った際、彼女の夫との話し合いで食い違いが起きた。

 

彼女の夫―――現在はモンスター達の王であるAsgoreは、『人間を殺すこと』を選んだ。それに対し、Torielは『人間を保護すること』を選んだ。

 

その食い違いが理由で離婚し、このRuinsに移り住んで以来、六人の子供達が訪れている。

 

その子供達を保護し、手厚くもてなし、その命を守ろうとTorielは働きかけてきた。

 

 

 

だが、その子供達は、全員Torielの手をすり抜け、Asgoreの元へといってしまった。

 

 

 

そうして。

 

 

 

その命を、そのソウルを、奪われてしまった。

 

 

 

Torielはその事をずっと後悔していた。自分があの子達を止められていれば、あの子達の未来は奪われずに済んだのではないかと。

 

だから今度こそ、絶対に守るために。

 

 

彼女は、もう誰もRuinsから出さないと決めたのだ。

 

 

『それでいいのか』とつきりと痛む心を見ないフリをして、『これが最善だ』と信じて。

 

 

自分の子供として育て、いつか老いて死が訪れるその日まで、この優しい箱庭に繋ぎ止め、閉じ込める選択肢を選んだ。

 

 

「……許してちょうだい、我が子よ……」

 

 

ぽつりと、口から溢れた言葉は、誰に、そして何に対する謝罪なのかは、Torielには分からなかった。

 

 

―――――……一方その頃、人間は、というと。

 

 

部屋に入った人間は、清潔に整えられたその部屋をぐるりと見渡した後、クローゼットを開けたりして、部屋の探索をしていた。クローゼットに納められているほぼ全ての服や、靴箱の中にあった靴のサイズは此処に居る人間には窮屈なものであり、極め付きにのベッドの下に置かれていた小さな箱の中に子供らしいヒーローものの玩具などが入っていたことから、この部屋を使っていたであろう()()が自分より小さい子供である事が容易に見て取れた。

 

 

人間はクローゼットを閉じると、隣の棚の上に置かれていた埃まみれの写真立てを手に取る。随分と古い、年季の入ったそれの中には、何の写真も入っていなかった。

写真立てを伏せて置き、手に付いた埃を払うと、人間はベッドに腰掛ける。そのベッドも、人間には少し小さいものだった。

ベッドの感触を確かめるようにシーツを撫で、人間はポケットから()()()()がついたハンカチが巻かれた何かを取り出した。それのハンカチを取ると、塵のようなもので少し汚れたナイフが姿を現した。

 

 

 

このRuinsに存在して()()命を、摘み取り、刈り取ってきたナイフだ。

 

 

 

………

 

 

ランプの明かりで鈍く輝く刃を、人間は何を考えているのか分からない冷たい瞳でぼんやりとそれを眺める。暫くそうした後、またナイフをハンカチで包み込み、立ち上がる。そして、見つかないように玩具箱の中に隠すと、ベッドに戻って中に潜り込んだ。体を横たえ、足を曲げる。最後にシーツと毛布を頭まで被り、

 

そして、

 

 

……あと、ひとり

 

 

たった一言、ベッドの中でそう呟くと、彼女は目を閉じ、眠りについた。






とある日記より抜粋


『Torielを攻略する作戦としては、何より私が怪我をすることが一番早いと思う。

もしこの顔がFloweyを騙せる程Charaに似ているのだとしたら、一度Charaを喪い、それから訪れている子供達も喪っている彼女の心理を考えれば、自分が守るべき子供が傷だらけでやってくるのは充分な打撃になるだろう。
となると、全てのモンスターから殺す前に一、二回程攻撃をもらうようにしておく必要がある。それでも傷が足りないようなら、自傷する他ない。ナイフの切っ先で少し傷付ければいいだろう。自傷なんてしたことがないから分からないが、きっと痛いんだろうな。

……いや、その程度の痛みぐらい、我慢しなければ。

…………あぁ、■■■■■■■。■■■■■■…………』


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5.Last Human/First Checkpoint

※二ヶ月もお待たせして申し訳ありませんでした

※残酷な描写がございます


――――暫くして。

 

 

ふと、人間は目を覚ます。窮屈に屈めていた体を伸ばし、ゆっくりと起き上がると、ベッドから出た。靴を履き直し、薄暗い部屋の中を見渡す。枕元の灯り以外にももう一つ灯りがついていた筈だが、消えていた。どうやらTorielが訪れたらしい。何もないを見た後、人間はベッドから立ち上がり、玩具箱の前へと移動する。ガサガサと音を立てて中の玩具を退け、先程隠したナイフをまたパーカーのポケットへとしまった。ゆらり、と、立ち上がる姿は、酷く不気味だった。

ドアノブに手をかけ、廊下に出ると、人間は右に曲がる。廊下にある植物達などには目もくれず、リビングに足を踏み入れた。

 

 

「……あら、おはよう。よく眠れたかしら?」

 

 

暖炉の前で安楽椅子に座って本を読んでいたTorielが、人間がリビングにやってきたのに気付いて顔を上げる。にっこりと微笑んで声をかけると、人間も俯き気味だった顔を上げ、わらう。

 

 

「おはようございます。あの、灯りつけっぱなしで寝ちゃってすみません……。お腹いっぱいになったら眠くなっちゃって、つい横に……」

 

 

「いいのよ! きっと、此処まで来るのに疲れちゃったのよ。仕方ないわ」

 

 

Torielの前にまでやってきた人間が申し訳なさそうに頭を下げたのを見て、Torielは笑って首をゆるく横に振る。

 

 

(そんなこと気にしなくてもいいのに。本当に良い子ね)

 

 

改めて人間に感心し、ふと、人間の様子を見た時に体を小さく丸めて眠っていたことを思い出した。そして、人間の体の大きさに比べて少し小さく感じたことも思い出す。

 

 

「そういえば、ベッドが少し小さかったように見えたのだけれど……狭くなかったかしら。ごめんなさいね」

 

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

Torielが逆に謝ると、人間も頭を緩く横に振った。そして、何を言うわけでもなく俯き、黙り込む。何かを言おうとしているのか、口を開いては閉じる。

 

 

Torielはその仕草を見て、嫌な予感がした。

 

 

「そうだ、おすすめの本があるのだけれど、読んでみない? あ、それとも、外で体を動かす方が好きかしら。なら虫取りスポットがあるから、案内するわよ?」

 

 

人間に口を出させないように、Torielは会話を投げ掛ける。

 

 

「あなたの為にお勉強のカリキュラムも考えてあるの。びっくりするかもしれないけれど、私、先生になるのが夢だったの。って、何言ってるのかしらね」

 

 

「へぇ、そうだったんですか」

 

 

「えぇ」

 

 

矢継ぎ早に、人間に相槌以外の言葉を言わせないように。

 

 

「とにかく、一緒に暮らしてくれて嬉しいのよ。あ、そうだ、何かほしいものはある?」

 

 

最後に人間に対して問いかけをしてから、Torielは墓穴を掘ったことに気が付いた。話を逸らすつもりなら、この話をするべきではなかった。

 

 

「………はい。一つだけ、ほしいものがあるんです」

 

 

「そう、なの。何かしら?」

 

 

暫く間を開けて、人間が小さく声を上げた。声はTorielの耳にも届き、Torielは本から目線を上げずに聞き返す。

 

 

「………出口って何処ですか」

 

 

―――ぴしり、と。

その言葉を人間が発した瞬間、暖かかった筈の空気が凍り付いた。

 

 

「え? ………な、何を言っているの? 此処があなたのお家よ」

 

 

あまりにも早すぎるその言葉に、全く心の準備が出来ていなかったTorielは、思わず目を見開いた。冷えた空気を誤魔化すように咄嗟に口にした言葉は、動揺しているのが自分でも分かるほど震えていた。

 

 

「ねぇ……私が読んでいるこの本、気にならない?」

 

 

顔を上げない人間に、Torielは別の話題を振る。

 

 

「『72のカタツムリ活用法』っていうの。どうかしら?」

 

 

Torielの口から苦し紛れに出た言葉は、静まり返った空間によく響く。

 

 

「………Torielさん、どうやって此処を出るんですか」

 

 

問い掛けには答えず、人間はTorielに話を続ける。その言葉に、Torielは耳を塞いでしまいたくなる。

 

 

「えっ、と………カタツムリの面白い話をしましょうか! カタツムリはね、成長すると消化の仕方が変わるのよ! どう? 面白いでしょう?」

 

 

引き吊った笑みで、Torielは人間にカタツムリの話を続ける。聞きたくない、言いたくない、というTorielの気持ちを、この聡い人間は察してくれると思ったから。

………だが。

 

 

「Torielさん。……誤魔化さないで下さい。Ruinsの出口は、どこですか」

 

 

Torielの期待を裏切って、顔を上げた人間は、Torielをきちんと見て、そう訊ねた。その顔に浮かぶ苦しそうな表情を見て、Torielは人間が本当にここから出ていきたいと考えていることを嫌でも理解する。

 

 

(………そう、もう、あなたは此処から出たいと言うのね)

 

 

いつか、そう言われることはTorielも分かっていた。だって、此処に来た誰もがそう言って此処を去っていったのだから。

 

 

そうして、この手からすり抜けて、取り零してしまったのだから。

 

 

(………でも、私ももう……嫌なのよ………)

 

 

じっと此方を見つめるその瞳から目を逸らし、Torielは一つ息を長く吐き、眼鏡を外した。

 

 

「……用事を思い出したわ。ここに居てちょうだいね」

 

 

それだけを人間に言うと、Torielは安楽椅子から立ち上がる。そうして眼鏡と本をそっと机の上に置くと、人間に背を向けて歩き出す。地下へと続く階段を降りるその足取りは、随分と重かった。

 

 

(………あの子が来る前に、壊しておくべきだった)

 

 

そう考えながら階段を降り、薄暗い廊下に降り立つ。そうして歩き出したところで、後ろの階段から誰かが降りてくる音がする。振り向かなくても分かる、人間だ。

 

 

「Torielさん」

 

 

名前を呼ばれて、思わず立ち止まる。その間に人間はTorielへと追い付いた。

 

 

(………あぁ、やっぱり来てしまったのね。でも……待っていて、ほしかったわ)

 

 

言ってもどうせ聞いてもらえないだろうというのは分かっていた。だが、Torielは身勝手だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。

 

 

「お家に帰る方法が知りたいのね、我が子よ」

 

 

「……はい」

 

 

振り向かずに尋ねたTorielに、人間は頷く。それを聞いて、Torielは人間に尚更振り返れなくなった。

 

 

「……この先に出口があるわ。外の世界に繋がる一方通行の出口が。……私はそれを、取り壊そうと思うの」

 

 

そう告げると、後ろから、ヒュッ、という空気が押し出される音がする。

 

 

「ここからまた誰かがいなくなってしまう事がないように……だから、いい子にして上で待っていてちょうだい」

 

 

自分が今から人間にとって一番残酷なことをしようとしているのは分かっている。だが、Torielの足は止められなかった。

 

彼女はもう、誰も死なせたくない。誰も失いたくないから、だから、壊すと決めた。二度とここから出られないように。それが、人間が一番望まないことだとしても。

 

せめて気持ちだけでも分かってほしいと微かな希望を込めて思いを告げ、Torielはまた歩みを進める。泥に絡み付かれた時のように重い足を急かして、無理矢理早足で歩く。その後を、人間は黙って着いてきた。どんな表情をしているのかは、Torielには分からなかった。

 

 

「ここに落ちた人間はみんな同じ運命を辿っていくわ。私はそれを何度も何度も見てきたの。

 

やってきて。去っていって。……死ぬ」

 

 

黙って着いてくる人間にどうか上に戻ってほしいと願いながら足を進めているうちに、Torielは心の内にしまい込んでいた感情を口にしていた。

 

 

「あなたはこの世界のことを何も知らないわよね。……なら、教えてあげましょう。もし、Ruinsから出たりしたら……あいつが……ASGOREが……あなたを殺すわ」

 

 

脅す目的もあったが、名前を口にするのも嫌な、元夫の名前を出した所為だろうか。自分が考えていたより随分と冷たく、低い声がTorielの口から出る。その声を聞いたからか、後ろから着いてくる足音が途切れた。

 

 

「私はあなたを守っているだけなの、わかってちょうだい?

 

 

………部屋に戻りなさい」

 

 

(お願いだから、部屋に戻ってちょうだい……分かってちょうだい………)

 

 

どうか止まってほしいと切に願うTorielの祈りは、直ぐに届かないと知る。止まっていた足音がまた聞こえたからだ。

 

 

「私を止めないで。これが最後の警告よ」

 

 

角を曲がったところで視界に映った人間に、最後の、本当に最後の警告をする。これ以上来てしまったら、彼女は傷付けることになる。それは、Torielとしても本意ではないのだから。

 

だが、後ろから聞こえてくる足音は鳴り止まらない。

 

 

(…………やはり、あなたも……ここで諦めてくれはしないのね)

 

 

扉の前までやってきたTorielの後から、足音も追いかけてくる。そして、Torielの直ぐ後ろまでやってきて、漸く鳴り止んだ。

 

 

(あぁ……私の言葉は、届かないのね)

 

 

ぎり、とTorielは強く唇を噛んでから、口を開く。

 

 

「そんなにここから出たいの?」

 

 

「……はい」

 

 

Torielの問い掛けに、人間は頷いた。その声を聞いて、Torielは一つ息を吐いた。

 

 

そして、覚悟を決めた。

 

 

「……はぁ、まったく。あなたも、他の人間と変わらないのね」

 

 

ここでどれだけ言葉を重ねても、きっと人間は止まってくれないだろうとTorielは分かってしまった。

 

なら、力ずくでも、縛り付けてでも止めなければならない。

 

 

それが、『母』として出来る精一杯なのだから。

 

 

 

「一つだけ方法があるわ」

 

 

ぽつりと、Torielは言う。そして振り返って、緩慢な動作で右手を肩の高さまで持ち上げた。そのまま人間の前で、開いた掌の上で魔法で炎を灯して見せる。魔力で作られたその炎の玉は、空気を焦がし、ぼうぼうと燃え上がる。

 

それはさながら、Torielの決意のようだった。

 

 

「私に証明してみなさい。……生き残れるだけの強さがあると」

 

 

勝たせる気は毛頭無いが、Torielはそう言って人間を睨み付けた。

 

 

そして、相対した人間は、というと。

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=)

 

 

 

 

わらっていた。

 

 

(え?)

 

 

あまりにもこの場に似つかわしくないその表情にTorielが目を見開いた、次の瞬間だった。

 

 

とんっ、と、軽い衝撃がTorielの体に伝わり、

 

 

 

ザシュッ

 

 

 

そして、何かが布を切り裂く音を聞いた。

 

 

「えっ?」

 

 

――――一瞬、何が起きたのか、Torielは理解が出来なかった。

 

 

衝撃が走った腹部を恐る恐る見ると、大きな傷が一閃、深く走っていた。

 

 

「………あ、うッ………あ、ああああああ!!!!!」

 

 

その傷を認識した途端、そこが熱したように一気に熱くなり、鋭い痛みがやってきた。一生の中で経験した事のない激しいその痛みに、Torielは思わず傷を押さえて踞り、絶叫を上げた。

 

 

そんなTorielを、人間は見下ろす。

 

 

そして、その背中にナイフを振りかざし、突き立てた。

 

 

ドシュッ

 

 

「あッ、が、は……」

 

 

ザシュッ

 

 

「アァッ」

 

 

ドシュッ

 

 

「あ、あ、ああああああ!!!」

 

 

ざくり、ざくり。

 

 

痛みで動けないTorielの背中に、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もナイフを突き刺しては引き抜き、その度に壁や床に赤い染みを作っていく。

 

 

漸くそのナイフの攻撃が止んだ時には、Torielの背中はどす黒い赤で染まり、その身体は床に崩れ落ちていた。

 

 

あまりの痛みに冷や汗が浮かび、息が荒くなる。

 

 

「あ、かは、ぐ………」

 

 

息をする度に体が悲鳴を上げる。

 

 

「ひゅ、う、ぅ……」

 

 

 

浅く繰り返される呼吸では酸素が巧く取り入れられず、視界が霞む。

 

 

「げほっ、はっ、はっ………」

 

 

痛い。

 

 

痛い。

 

 

痛い。

 

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…………

 

 

全身の感覚が痛覚で支配され、それしか考えられなくなる。

 

 

「……くく、ははははっ」

 

 

痛みに悶えるTorielを見て、人間はたまらず吹き出し、わらいごえを上げた。

 

 

「はははははははははははははははははははっ!!! やっと、やぁーっと殺せた!!!」

 

 

人間のわらいごえがRuinsに響く。そのわらいごえに、傷の痛みすら忘れてTorielは呆然としてしまう。

 

この攻撃は、明確にTorielを殺すための一撃だったということを理解しても、心が受け入れられなかった。

 

 

「……ど、どう、して………」

 

 

何故。

 

 

思わず、その真意を訊ねてしまう。

 

 

「………」

 

 

カッターナイフを握ってTorielの前に立つ人間は、わらってはいたものの、答えなかった。

 

 

「あ……あなた……そんなに私のことが嫌いだったの……?」

 

 

あまりの痛みに息も絶え絶えになりながら、Torielは訊ねる。だが、人間はまたも答えない。ただTorielの荒い息遣いだけが静かなRuinsに響く。

 

 

(何故? どうして? そんなに私が嫌いだったの? 私が何か嫌いになるようなことをしたの? ねぇ、どうして、どうして……?)

 

 

混乱する思考に浮かんだまま言葉を発しようとしても、痛みが邪魔をし、空気しか吐き出せなかった。

 

 

そして、それと同時に、自分の体から、急速に何かが抜け落ちていく感覚がする。

 

 

―――――死が、近付いてきている。

 

 

Torielがそれを理解するのに、時間はいらなかった。

 

 

「あ、塵になってきてる……やっぱりこうなるんだ」

 

 

痛みで顔を上げられないが、上からたのしそうな声が降ってきた。Torielの体が攻撃に耐えられずに塵になっていくのを、心の底からたのしんでいる声だった。それを聞いて、ぞっとする。

 

 

この人間の本性は、こんなに残虐なものであったのかと。

 

 

「あー……ふふ、ふふふふ……ここに来るまでに皆を殺してきた甲斐があって良かったぁ!」

 

 

顔を覆った人間は、くすくすとわらって、肩を震わせながら信じられない言葉をその口から吐いた。

 

 

「あ、言ってませんでしたっけ? 私、Ruinsに住むモンスター全員、殺してからここに来たんですよ」

 

 

(……え?)

 

 

 

わらって口にされたその言葉を聞いて、今度こそTorielの思考は停止した。その言葉を信じられなかったから、その言葉を理解したくなかったから。

 

 

「う、そ………うそよ……!!」

 

 

「あっはは、残念ながら本当でーす。だって、貴女を殺すために必要だったんですもの。だって、レベルが上がらなきゃあなた(ボス)は殺せないでしょ?」

 

 

くすくす、くすくす。

 

 

目を見開くTorielを見て、何が面白いのか、人間は顔を覆ったままわらっている。そのたのしそうな声が、本当に心の底からたのしそうにしているように聞こえた。

 

 

(嘘、嘘よ、嘘嘘嘘嘘…………)

 

 

信じられない現実を突き付けられ、Torielの思考が混濁する。

 

 

(だってこの子は、いい子だった! Dummyともちゃんとお話しして、私の言うことに従ってくれた!! そんな子が、誰かを、殺した? そんな、そんな訳……)

 

 

「あは、信じられないみたいですね」

 

 

人間の言った言葉を信じられないTorielの心を見透かしたように、人間はそう言った。

 

 

「じゃあ、皆がどんな風に死んだか教えて差し上げましょうか」

 

 

そして、唐突にそんな事を言い出した。Torielが何を言っているのか理解できないうちに、人間は追い討ちをかけるように言葉を続ける。

 

 

「えーっと、まず蛙みたいなモンスターは、逃げようしたんで体を足で押さえつけて首を掻っ切って殺しました。蛙が潰れた時って本当に『グエッ』って言うんですね! 驚きました」

 

 

「………え」

 

 

わらいながら、まるで自慢でもするように、たのしそうに、人間は言う。

『蛙のモンスター』とは、Froggitのことだろう。たくさんの家族と一緒に、このRuinsで暮らしていた。たまに合唱を聞かせてくれたこともあった。

 

足で踏まれて押さえつけられ、逃げたいのに逃げ出せずに恐怖の表情を浮かべて死んでいく彼らが浮かぶ。

 

 

「次に滅茶苦茶泣き虫なモンスターは羽根をもいでから殺しました。ビービー泣いて五月蝿かったので直ぐに殺しちゃいましたけど、今思うとちょっともったいなかったですね。地上の虫と同じ構造だったのか良く見とけば良かったなぁ。あと、あの羽根綺麗だったんで欲しかったんですけど、消えちゃって残念です」

 

 

「なにを、いって、」

 

 

『泣き虫なモンスター』とは、まさか、Whimsunの事だろうか。泣き虫ではあったけど、羽ばたく度にきらきらと綺麗に透ける羽根を褒めると、花が咲いたように笑うあの子を、あの子の一番の自慢だった羽根を奪ったというのか。

 

 

「その次は、何かゼリーみたいなやつが纏わり付いてきて気持ち悪かったんで踏み潰しました。えぇ、それは完膚なきまでに。最初は気持ち悪かったんですけど、割りと楽しかったです」

 

 

それは、Moldsmalのことだろうか。ただ端で大人しくしているだけのあの子達も、ただ足に纏わり付いただけで殺したのか。

 

 

「あぁ、何か人参みたいな子も殺しましたね。固かったんですけど、ちょっとずつ皮を剥いて色んな切り方をしてみたら、一番乱切りが切りやすかったですかね。五月蝿かったんでみじん切りにしましたけど」

 

 

「………や、めて」

 

 

思い出したように言った『人参みたいな子』、とは、Vegetoidのことだろうか。会う度に料理で嫌いな野菜をどうやって食べさせるか、どう野菜を取ったらいいか、なんていう自分の悩みを最後まで聞いてくれた優しい子を、みじん切りに?

思わず、Torielの口から拒絶の言葉が出る。だが、人間は尚も口を開く。

 

 

「そうそう、命乞いしてきた虫モンスターもいたっけなぁ。『子分になるから見逃してくれ』だなんて言うから、『じゃあその隣の気味悪いギョロ目殺してよ』って言ったら『友達だから無理だ』なんて言うんですもん。面倒くさかったんでどっちも殺しました。あぁ、ギョロ目の方は目玉が気持ち悪かったんで思いっきり潰しました」

 

 

「やめて!!!!!!!」

 

 

ギョロ目、とはLooxのことだと直ぐに分かった。そして、もう一匹はMigospだろう。彼等は、よく一緒に遊びに出掛けていたから。そんな彼等の友情も否定するのか。

気付けば、Torielは傷が痛むのも気にせずに絶叫していた。つらつらと語られる彼等の死に様が、ありありと目に浮かんだからだ。

 

 

「あーぁ、そんなに叫んだら傷に響きますよ? って言ってもまぁ、その体じゃもう助からないでしょうけど」

 

 

そうして、嫌でも理解させられた。

 

 

今目の前でわらっているこの人間は、紛れもなく皆を殺してきたのだ、と。

 

 

それを頭が理解した瞬間、目の前にいる人間が『守るべき子供』から『憎むべき敵』へと変わる。

 

 

だが、それに気付くのが、彼女は遅すぎた。

 

 

(あぁ、ああ、何てこと……!! 私は、また間違えてしまった……!)

 

 

自分がとんでもない思い違いをしていたことに気付き、Torielは最後まで気付けなかった自分の愚かさを呪った。

 

 

思えば、確かに、傷を手当てした時から違和感はあった。このRuinsに住むモンスターでは付けられない()()()()()()()()()()()()()()()()。あれはきっと、Torielの同情を誘うために今人間が持つカッターナイフで意図的につけられた傷だったのだろう。その他につけられていた傷は、目の前の敵を前にしたモンスター達が『死にたくない』と足掻いてつけた傷だったのだ。

それを、『いじめられたのだ』なんて考えて、手当てをしてしまった。

 

 

皆が足掻いた証を、見逃してしまった。

 

 

(ごめんなさい、ごめんなさい………!!)

 

 

それに気付いた途端、深い後悔がTorielを襲う。

 

 

その傷の意味に気付けなかったことに。

 

 

皆がこの憎ましい敵に殺されていく間、その敵を歓迎するためにパイなんて焼いていたことに。

 

 

甲斐甲斐しくも世話を焼いていたことに。

 

 

『娘として育てよう』となんて、考えていたことに。

 

 

 

その容姿に『娘』を重ねて見て、残虐で恐ろしい、狂った本性を見逃したことに。

 

 

 

こんな人間は、娘などではない。娘と重ねて見ていた事すら憎い。

 

 

 

そして、Ruinsにいた全てのモンスター達の事を思い浮かべ、涙する。

 

 

止められなくてごめんなさい、守れなくてごめんなさい、と。

 

 

痛かっただろうに、苦しかっただろうに、その痛みに気付けなくてごめんなさい、と。

 

 

彼等を思って流す悔し涙も、もう出てこない。少しずつ塵になっていく体では、涙も流せなかった。

 

 

「………私が、あなたを匿って、誰を守っていたか……ようやく分かったわ………」

 

 

最後に、顔を上げたTorielは、残った力を振り絞って、口を開く。そして、涙に濡れた両目を吊り上げ、ギッと敵を睨み付ける。

 

 

「みんなよ!!!!!」

 

 

「………」

 

 

Torielは死の直前に叫び、人間を憎悪に染まった瞳で見た。

 

 

守るべき仲間達を殺し、そしてこれから先も殺そうとしているのであろうその憎ましい敵を、『絶対に許さない』という怒りと、憎悪を籠めて。

 

 

……だが。

 

 

(………どうして)

 

 

だが、死の間際にようやくちゃんと見えた、掌を退けた先にあった人間のその顔を見て、Torielは目を見開いた。

 

 

(なぜ、あなたが………そんな顔をしているの………)

 

 

わらっていたはずの人間のその顔は、ひどく歪つだった。

 

 

それを最後に、Torielの意識は闇に沈んだ。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

Torielの身体が完全に崩れ落ち、その場に残されたのは、Torielだった塵の山と、Torielが着ていた紫色の服だけだった。不意に、その塵の山から、ふわりと何かが浮かび上がる。

 

 

それは、真っ白なハートだった。

 

 

人間が知っているそれとは違い、逆さになっているその純白のハートは、その場で浮遊し、そして。

 

 

 

ぴき。

 

 

 

ぱき。

 

 

 

少しずつ少しずつ罅割れ、ついには、

 

 

 

――――ぱりん。

 

 

 

粉々に砕け散り、消散した。

 

 

そして、その場に残ったのはTorielを殺した張本人である、人間だけだった。

 

 

人間は何も言わずに、だらりと腕を下ろした。そのまま塵の山の前に座り込むと、人間はTorielの服を拾い上げた。

 

 

「……」

 

手で服に付いた塵を払うと、人間は服を抱き締め、顔を埋めた。暫くそうした後、顔を上げた人間は、何を思ったのか、その服の腹部に走る傷の下にナイフを突き立て、もう一度切り裂いた。ビリビリ、ビリビリと、無理矢理切り裂かれる音を立てて紫色の布を切り取ると、人間はその布を、ポケットにしまった。

そして、人間は塵の山の横を通ると、目の前にあった扉を押し開ける。その先にあった暗い廊下を進んでいくと、広い空間に抜けた。

 

 

「あっ、Chara! 待ってたよ!」

 

 

その空間のちょうど真ん中辺りに、少しだけ草が育っている部分があった。そこだけ天井から太陽の光が降り注ぎ、燦々と草花を照らしている。その小さな明かりの下で、Floweyが佇んでいた。

Floweyは人間が姿を現したのに気が付くと、ぱっと顔を明るく綻ばせた。

 

 

「見てたよ、ちゃんとママを殺せたね! まさかあそこまでやるとは思ってなかったなぁ。ちなみにね、僕も一回やったんだよ!」

 

 

「……へぇ、そうなんだ。その時も、あんな感じだったのか?」

 

 

「うん!」

 

 

にこにこと笑いながらぺらぺらと捲し立てるFloweyに、人間は言葉を返す。その言葉が何処か冷たかったのは、Floweyは気付かなかった。

 

 

「で、そっちは? ちゃんとやったんだろうな?」

 

 

「当たり前じゃないか! もうばっちりさ!」

 

 

人間がFloweyに尋ねると、Floweyは笑いながらそう答えた。

 

 

「………そう。じゃあ、お願いした通りに頼んだよ、親友」

 

 

「! うん、任せて、Chara!」

 

 

人間が最後に付け加えた『親友』という言葉に、Floweyはより一層笑顔になると、大きく頷いた。そして、うっとりと人間を見つめる。

 

 

「ふふふ。あと、もうちょっとだね……」

 

 

「早く行け」

 

 

「はーい。じゃあ、またね、Chara」

 

 

恍惚とした表情のFloweyを急かすと、Floweyはくすくすと笑い、地中へと消えていった。そうして、その場には沈黙が下りる。

 

 

「……」

 

 

ふと、人間は先程までFloweyが居た地面に立ち、天井を仰ぎ見た。そして、遥か上の地上から降り注ぐその光に、手を伸ばした。

 

 

「………」

 

 

そして、ゆらゆらと何も掴めないまま彷徨うと、力無く手を下ろした。

そのまま暫くぼんやり天井を見上げ、人間は顔を下げ、足を動かした。ふらふらと動くその足は、人間の体を進むべき道へと運んでいく。

 

 

暗い廊下を抜けた先には、重厚な扉が佇んでいた。

 

 

 

その重たい扉を全身を使って押し開け、人間はRuinsを出ていった。




とある日記より抜粋


『Torielを殺すに当たって、注意しておく事が一つ。それは、「Torielに私に対しての憎悪を持たせる」ということ。これは、私がGenocideルートを完遂する上での第一関門だ。

一周目では、Neutralルートにしか行けない。でも、私にやり直す為の力はない。この世界を巻き戻せない。なら、一周目でGenocideに行くためにはどうしたらいいか。そう考えた結果、「Torielに憎悪を抱かせる」ことを思い付いた。
一周目では、どんなにLOVEを高めて殺しても、Torielは主人公に憎悪を抱かずに死んでいった。だが、二周目以降の彼女は、主人公に憎悪を抱き、死んでいる。なら、私もTorielに完全に恨まれてしまえばいい。


そうすればきっと、私の心も、完全に狂ってしまえるだろうから。』


※2020/7/19 加筆修正


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6.Shake Your Hands/DON'T Shake My Hands

※大変長らくお待たせいたしました


※短いです


ヒュオ、と肌を刺す冷たい風が吹く。扉を開けた先には、白銀の世界が広がっていた。それをぼんやりと見つめ、人間は一歩足を踏み出した。ザク、と踏み締められた雪を踏んだ時特有の感触が足裏から伝わってくる。どうやら目の前に広がっている白は、本物の雪らしい。

そのままRuinsから出ると、人間は背後にあった扉を閉めた。取っ手のない重い扉が完全に閉じられ、Ruinsへ立ち入ることは二度と出来なくなる。それをぼんやりと少しの間眺めてから、人間は徐に進みだした。

 

 

ザク、ザク、ザク。

 

 

ただひたすらに、人間は無言で歩いていく。他には誰もいない静寂に包まれた森に、歩く音が響く。

 

その人間を、後ろから見る影が一つ。

 

 

ザク、ザク、ザク、ぱきり。

 

 

突然、何かが折れる乾いた音が響く。道の上に有った太い木の枝が、人間が通り過ぎた後に突然折れたのだ。そう簡単に折れるような太さではない筈だったのに、と、普通の人間なら、驚いて振り向くぐらいのことはするだろうに、人間はそれに振り向くこともせず、ただ前に足を、進んでいく。決してその音が聞こえていない訳ではない。だが、人間は振り向かなかった。

 

 

ザク、ザク、ザク。

 

 

雪の上を、人間はただ無言で進む。そうして、人間はふと、門のような物の前で立ち止まった。

 

 

………ザクザクザク

 

 

それはきっと、誰も居ないはずの後ろから、足音が聞こえたからだろう。

 

 

ザクザク、ザク、ザク。

 

 

その足音は、着実に、後ろから人間に迫ってきている。だが、人間は逃げることなく、ただその場に立ち尽くしていた。

 

 

ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 

 

ザクリ。

 

 

足音は、人間の直ぐ後ろまでやってきて、止まった。緊張感を孕んだ空気が流れる。

 

 

「――――人間」

 

 

沈黙を破り、後ろからやって来たそれが、人間に対して声をかける。

 

 

「ここでの挨拶の仕方を知ってるか?」

 

 

低く、静かな声で、それは人間に訊ねる。人間は、その問いに対して、ただ黙って首を横に振った。

 

 

「……そうかい。なら、こっちを向いて、俺と握手しろ」

 

 

人間の答えを見て、その声は、そう指示を出した。その指示に従って、人間はゆっくりと振り返る。そして、自分の目線より下から差し出される、白骨の手に手を伸ばす。

 

 

「………っ」

 

 

伸ばされた手はそっと、本当にそっと、白骨の手を握った。そして軽く握られたその手を白骨の手がしっかりと握り返すと、

 

 

ブォォォォ……プーウ

 

 

と、何とも間抜けな音がそこを起点に響いた。

 

 

「へっへっへ……ちょっと古い手だが、ブーブークッションさ。いつやっても面白いもんだ」

 

 

静かな森に響くその音に驚いたのだろうか、繋がれた手を見つめている人間に、後ろからやって来たスケルトンのモンスター―――Sansは、ニヤッと笑い、種明かしをしてやる。繋いだ手を離し、手の中にあるブーブークッションをひらひらと振った。そして、上げられた人間の顔を見て、眼孔を見開いた。

 

 

「………。あー……今のは笑うところだったんだが……」

 

 

「え、あ……ごめん。笑うよりも音に吃驚しちゃって呆けちゃった」

 

 

「いや、マジで謝られると余計に辛いんだが」

 

 

「えっ、ごめん……」

 

 

頬を掻きながらSansがそう言うと、人間ははたと目を瞬き、少し遅れて申し訳なさそうな顔をする。その反応に微妙な気持ちになったSansに、更に人間が謝罪を重ねた為、辺りに何とも言えない空気が数秒流れた。

 

 

(あー……どうしたもんかな)

 

 

Sansは人間を見て、少し考える。本来なら彼は割りと口と頭が回る切れ者なのだが、同時に人間に対して少しだけ複雑な感情を抱えている彼は、この状況と、人間の表情を見て、言葉を紡げなくなってしまった。

 

 

「………まぁ、いいさ。ユーモアのセンスは皆それぞれだからな」

 

 

どうにも変な空気になってしまった場を仕切り直すように、Sansは少し考えてから話し出す。

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はsans。スケルトンのsansさ」

 

 

「……Sans」

 

 

「おう」

 

 

じっと此方を見つめる人間に、Sansは名乗った。すると、人間はSansの名前を鸚鵡のように繰り返した。それにSansは頷いてやる。人間は、そう、と呟くと、Sansを見て、口を開いた。

 

 

「Sansは、どうしてここに?」

 

 

「ん? あぁ、俺はここで人間を見張る事になってるんだ。でも……まぁ……捕まえようとまでは本気で思っちゃいないさ」

 

 

当たり前の疑問を訊ねてきた人間に、Sansは答えてやった。そして最後に笑みを浮かべ、自分には今のところ敵意がないことを付け加える。

 

 

「だが、俺にはpapyrusっていう兄弟がいてな……あいつは熱狂的な人間ハンターなのさ。多分今も向こうにいると思うんだ」

 

 

その代わり弟はそうでは無いことを伝えると、人間は、ただ頷いた。

 

 

「あぁ、そうなんだ」

 

 

「……」

 

 

(―――……こいつ……)

 

 

その反応に、Sansは内心顔を顰めた。Ruinsでもきっと危険な目に遭ってきただろうに、あまりにも関心の薄い返事だった。

 

 

「あぁ、だから、いい考えがある。取り敢えず、その門みたいなのを通り抜けるんだ。これはpapyrusが作ったんだが、足止めにはどうも大きすぎてな。お前さんも普通に通れると思うぜ」

 

 

「うん、分かった」

 

 

その心は顔には出さず、Sansは人間を誘導してやる。Sansの指示に頷いた人間は、するりとその門のような物の間を通り抜け、向こう側へと渡った。その後をSansも付いていき、少し開けた場所まで歩く。

 

 

「急げ、あの都合のいい形のランプの裏……には隠れられそうにないから、あそこの俺の見張り小屋のカウンターの裏に隠れるんだ」

 

 

Sansのその指示に従って歩き出そうと一歩踏み出した人間は、ふと、前から聞こえてくる、ザクザクザク、という雪を踏み締める足音に前を見て立ち止まる。

 

 

「………あぁ、いや、その必要はなさそうだ」

 

 

人間が聞いている音と同じ音を聞き取ったSansは、直ぐ様指示を撤回した。

 

 

「じっとしてろ。大丈夫だから」

 

 

「うん」

 

 

そして、じっとしているように言っておく。その指示に人間が頷くと、直ぐにその足音の主が森の向こうからやってきた。随分と背の高いそのモンスターは、同じく長い足を忙しなく動かし、急ぎ足でその場にやって来た。

 

 

「よぉ、papyrus」

 

 

「SANS!!! もう人間を見つけたのか!??!」

 

 

そして、Sansの言葉も聞かず、目の前にいる人間を見て、森に良く通る声を響かせた。無視されたSansはやれやれと言わんばかりに首を軽く振ると、人間の隣に立って、背の高い赤いスカーフが特徴の自身の弟―――Papyrusと話す。

 

 

「あぁ。ついさっきな」

 

 

「本当か!?!? やったぁ!!!!」

 

 

Sansの返事に、どうやっているのかは分からないがまるで幼い子供のように眼孔をキラキラと煌めかせ、Papyrusはその場で大きく飛び跳ねた。そして着地すると、にっこりと笑った。

 

 

「これで解決だな!!!」

 

 

「おう、そうだな。じゃ、こいつは俺が責任を持って後から連れていくから、先に行っててくれ」

 

 

「分かった!!!!! サボるなよ!!!!」

 

 

「へいへい」

 

 

Sansの言葉に頷いたPapyrusは、最後に釘を刺し、鼻唄を歌ってご機嫌な様子で去っていく。揺れる赤いスカーフを巻いた背中が遠ざかっていき、完全に見えなくなるまで見送って、ふと、Sansは人間を見る。同じくその背を見送っていた人間の表情を見て、Sansの目がスッと細くなる。

 

 

「………。な、大丈夫だったろ?」

 

 

「……うん、そうだね」

 

 

いつまでもPapyrusが去っていった方向を見ている人間に、Sansは声をかけた。すると、人間はSansを見て、頷いた。人間の挙動をじっと見つめていたSansは、はぁ、と白い息を一つ吐くと、また笑った。

 

 

「じゃ、ここは見逃してやるから、papyrusが戻らない内に行けよ。多分今度は逃げられないぜ」

 

 

「………いいの?」

 

 

そうして人間に背を向け、そう言った。あからさまに見ないフリをしたSansの言葉に、人間は目を少し丸くし、 Sansに訊ねる。

 

 

「いーんだよ。ほら、さっきも言ったろ? 俺はpapyrusとは違ってな、お前さんを捕まえようとは考えてないんだ。そら、さっさと行った行った」

 

 

「……分かった。じゃあ、行くね」

 

 

「おう」

 

 

両目を閉じ、背中越しに人間にさっさと行くようにと追い払うハンドサインも付け加え、Sansは人間に先を急がせる。後ろにいる人間の表情は分からないが、素直にSansの言うことに従ったらしい。了承の返事の後、雪を踏んでいく足音が遠退いていく。

 

 

 

「……なぁ、これはここだけの話だがな」

 

 

人間が見張り小屋の前を通り過ぎ、森の中へと入っていこうとしたその時、Sansは徐に口を開いた。その言葉を聞いて、人間は立ち止まる。お互い振り返ることはせず、Sansはそのまま、人間に向かって、言葉を投げた。

 

 

 

 

 

 

「それ以上はやめとけ」

 

 

 

 

 

 

――――……しん、と森が水を打ったように静まり返る。

 

 

空気がピリピリとした緊張感を孕んだものへと変わる。

 

 

「自覚してないのかもしれないが、お前、随分と酷い顔してるぜ」

 

 

後ろから投げ掛けられる視線を感じながら、Sansは人間に教えてやる。思いもよらない言葉に思わず振り向いてSansを見た人間の表情は、驚愕に染まっていた。

 

 

「………今ならまだ引き返せる。ここでやめとけ。お前には、無理だ」

 

 

Sansは振り返らず、ただそれだけを告げると、そのまま歩き出した。ザク、ザク、と雪を踏み締める音を立てて、Sansはゆっくりと歩いていく。そして、人間が瞬きした一瞬の間に、その後ろ姿は消えた。あのゆっくりとした足取りでそんな事は本来なら有り得ない。Sansが所持する魔法が発動したのだろう。

暫く誰も居なくなったそこを見つめていた人間は、何かを言おうとして口を少し開き、結局何も言わずに口を引き結ぶ。周りの空気に冷やされて白くなった空気だけが吐き出された。人間は前を向き、また歩き出す。

 

 

人間のその手は、血の気が失せるほどきつく握られ、震えていた。

 

 

「…………無理に、決まってるでしょ……」

 

 

誰に言うでもなく呟かれた言葉は、誰に聞かれる事もなく森の静かな空気の中に紛れていった。




とある日記より抜粋


『Torielの次は、Papyrusだ。

PapyrusはSnowdinのボスモンスター。Sansとは対照的な高い身長と、赤いスカーフが特徴のスケルトン。英語での彼の台詞が全て大文字だったことから、かなり大きな声で話すキャラクターだと思われる。そんな彼の夢はUndyneが纏める騎士団、ロイヤルガードに入ること。彼の部屋の家具とかを知っているからかもしれないが、ヒーローや戦隊ものに憧れる小さい少年のようだと思う。性格はお人好し、という言葉がよく似合うだろう。

何せ、皆殺しをしてきた主人公にさえ慈悲をかけるのだから。

彼については、特に対策は考えなくてもいいだろう。彼を殺すチャンスは必ずやってくる。……ゲーム通りに進むならの話だが。もし、イレギュラーでSansが彼の殺害を邪魔をしてきた場合……それについては、別途作戦を練っておくべきだろう。

………ゲーム通りに進むなら、彼は、私にも慈悲をかけてくれるのだろうか。

………■■■■■■……』


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7.Catch You!/Stay Away From Me

※大変長らくお待たせ致しました

※どうかこれからも本作をどうぞよろしくお願いいたします

※戦闘に関してオリジナルの描写を含んでおります。ご了承ください。


ザク、ザクとゆっくりと近付いてくる足音を聞いて、Papyrusはそちらに振り返る。すると、自身の兄であるSansがそこにいた。兄の登場にPapyrusはぱっと眼孔を輝かせ、そして、Sansの周りに誰も居ないのに気付いて、目元を吊り上げた。

 

 

「SANS!! 人間は何処に行ったんだ!!?」

 

 

「あー……悪い。それが逃げられちまってな」

 

 

「なんだと!!? なんてことをしてくれたんだ!!!」

 

 

思わずPapyrusが怒鳴ると、Sansはへらりと笑い、頭蓋をカリカリと掻いた。

Papyrusが怒っているのは、先程Sansが『捕まえた』と言っていた人間も一緒にやってくると思っていたからだった。だが、どうやらSansはその人間を逃がしてしまったらしい。ずっと待ち焦がれていた人間を捕らえられるとわくわくしていた自分の気持ちが地に落ちた瞬間だった。

ボフボフ、と雪を踏み締め、地団駄を踏むPapyrusを、Sansは笑って宥めた。

 

 

「そんなにカッカしなくても大丈夫だぜ、兄弟」

 

 

「何が大丈夫なんだ!? 人間が逃げてしまったというのに!!!」

 

 

「いやだって、ここは一本道だろ? この先に進むにはここを通るのが一番早い。だからここで待ってればもうすぐ来ると思うぜ」

 

 

まぁ、人間が本当に隠れていくつもりなら森の中を無理矢理突っ切る可能性もあるが。

頭に思い浮かんだもう一つの可能性は伏せ、PapyrusにSansはそう話す。それを聞いたPapyrusは、

 

 

「……それもそうだな!!」

 

 

と、素直に納得して頷いた。

 

 

「なーSANS! いつ人間は現れるんだよー???」

 

 

そんな今にも待ちきれない様子で心から待ち望む弟の横に立ち、Sansは横目で道の先に視線をやる。すると、真っ直ぐ此方までやってくる陰を見つけた。

 

 

嗚呼、来てしまった。

 

 

ざくり、と雪を踏み締める音がする。

 

 

「俺様は最高の日曜日を迎えたいのだ……」

 

 

ざくり。

 

 

ざくり。

 

 

「それかかなりいい感じの火曜日でもいいぞ」

 

 

ざくり。

 

 

ざくり。

 

 

少しずつ此方に近付いてくる足音がPapyrusには聞こえていないのか、近付く影には気づかず、Sansの方を向いて話し続ける。

 

 

「……その服装の他はないのか?」

 

 

「ああ、でも髪型は変えられるからな!」

 

 

どうやら自分の声の大きさに掻き消されて聞こえていないらしい。そんな彼に苦笑しつつ、会話に応じる。Papyrusは訊ねたSansに頷き、髪の毛の無い頭をまるでそこに髪があるかのように撫で付け、胸を張る。

 

 

「おお、そうか。そりゃ良いな」

 

 

その様子を見て、Sansは思わずくすりと笑った。そして、直ぐそこにまでやってきた気配がある方に、指を差す。

 

 

「………ところで、なぁ、あっちを見てみろよ?」

 

 

突然の兄弟が道の方を指差したことにきょとんとPapyrusは眼孔を瞬き、言われた通り顔をそちらに向ける。

 

 

するとそこには、自分の知らない何かが立っていた。

 

 

「……? ……!! !!」

 

 

先程まで居なかったのに。どうしてそこに。なんで。いつから。

 

 

そんな思いに思わず何度も何度もSansと顔を見合わせたり、眼孔を擦ったり、交互に見たりと、わたわたと忙しなくしてしまう。

 

 

(ハッ!! これではいけない!!! 俺様はどんな時でもクールなのだから!!!)

 

 

 

慌てていた自分を押し止め、Papyrusはキリッとした面持ちを作ってそれに向き直る。そして上から下までじっくり見た後、後ろを向いてからSansの肩を引き寄せ、顔を寄せる。

 

 

「SANS!!! 何てこった!!!! めまいがするぞ。俺様はなにを見てるんだ?」

 

 

「よーく見な」

 

 

興奮した様子でいつもよりは小声でそう言うPapyrusに、Sansは笑ってまた指を差す。その指に釣られて、Papyrusはそれ………ではなく、その後ろにある岩を見た。

 

 

「なんてこったー!!!」

 

 

そして驚いたように叫び、すっと表情を消してSansを見つめる。

 

 

「なんでお前は岩を見ろだなんて言うんだ」

 

 

「冗談だって。おい、あの岩の前にあるのは何だろうな?」

 

 

半目になってじとーっとした眼差しを向けてきた弟に笑いつつ、今度はちゃんと人間の方を指差し、Papyrusに訊ねる。Papyrusはそれを見て、はっとする。

 

 

「そんな!!!」

 

 

そして、そのまま首を傾げ、

 

 

「あれがなんなのか見当もつかないぞ」

 

 

と言った。

Sansはその返答に思わず真顔になったものの、そう言えば人間がどんなカタチをしているのかや、どんな背格好をしているのかなどを昔からずっと教えていなかったことに気が付き、あれが何なのか考え出している弟に惚けて言う。

 

 

「おや。ありゃ岩じゃないな」

 

 

「岩じゃない……?」

 

 

そう言えば、Papyrusは更に首を傾げたものの、はっとして眼孔を目一杯に広げた。

 

 

「まさか!!! それなら消去法で!!! あれは人間ってことだな!!!」

 

 

それの正体に気が付いたPapyrusは、改めて人間を見る。生涯で初めて出会った人間は、黄緑と黄色の服を着て、そこに立っていた。

 

 

色々な思いが込み上げてくるのを抑え、Papyrusはクールに振る舞おうと咳払いをした。

 

 

「ゴホン!! やい人間!! これからの事、覚悟しておけ!!!」

 

 

びしり、と指を差したPapyrusの声がけに、人間は顔を伏せたまま、びくりと肩を跳ねさせた。

 

 

「災難! パズル! 巧妙な罠! お祭り! あらゆる手を使い、必ずお前を捕まえてみせるぞ!! 一度は逃げられたが、今度は絶対に逃がさないからな!!」

 

 

そんな様子には気付かず、Papyrusはカッコつけながらそう言う。

 

 

「さぁついて来い……勇気があるならな! ニェッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ!!!」

 

 

キリッとした顔でそう言い捨て、Papyrusは独特な高笑いをあげて走り去る。

 

 

(やった! やった!! やった!!! やっと人間が来た!!!)

 

 

寒いSnowdinの中を駆けながら、Papyrusはソウルが跳ねるのを感じる。

 

 

(人間を捕まえれば、俺様は王国騎士団に、人気者になれる!!! そうすれば、薔薇色の生活が待っているのだ!!!)

 

 

長年の夢が叶うことの期待と、そして。

 

 

(あぁ、あの人間はどんなやつなんだろう……!! 考えただけでワクワクするぞ! ………ハッ!! いやいや、違うだろう! 俺様はアイツを捕まえるのだ!! アイツがどんなヤツでも関係ない!!! ………いや、でも、ちょっと話すくらいなら、Undyneも許してくれるよな……?)

 

 

『人間』への憧れによる高揚感をソウルに秘めて、Papyrusは走っていく。

そんな弟の背中を見えなくなるまで見送って、Sansは改めて人間へと向き直った。

 

 

人間は、微動だにせずそこにいる。雪の中でじっと佇む人間に、Sansは静かに問いかける。

 

 

「……お前、このまま本気で進む気か?」

 

 

「……」

 

 

問いには答えず、人間はじっと黙り込む。沈黙の中、人間が吐き出す白い息だけが空気に溶けた。

 

 

「heh、だんまりかよ。はぁ………今ならまだ、間に合うと思うぜ」

 

 

独り言を呟くように、Sansは人間にそう告げる。そして、Snowdinの奥へと消えていった。

 

 

「………」

 

 

去っていく彼の背をじっと見つめ、人間はまた息を吐き出した。Snowdinの寒さに冷やされた息は白く染まり、そして消えていく。その様をずっと見つめていた彼女は、漸く歩きだした。

 

 

「ハッ、ハッ………」

 

 

少し歪な見張り小屋に見向きもせず、人間が森の中を歩いている。そして、その向こうからも息を切らして何かが走ってきていた。近付いてくるにつれ、がしゃりがしゃりと金属が擦れる音も混じり始めた。余程の健脚なのだろう、それは雪の積もる道だというのに、軽快な足取りで雪道を駆けていた。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ……ワンッ」

 

 

道の向こう側からやって来ていたのは、Lesser Dogだった。

彼は王国騎士団に属するモンスターではあるが、元々がこの辺りの出身である事から警備兵として配属され、こうして巡回――という名の散歩だが――に日々精を出していた。今日も今日とて巡回しにこの近くにまでやってきたのだが、自分の鼻に全く知らない臭いが風に乗って届いたので、興味深々でここまでやってきたのである。

四足歩行から立ち上がってすんすんと空気を嗅ぎ、そして、キョロキョロと辺りを見渡し、遠くに佇む人間を見つけて、ぱっと嬉しそうに顔を輝かせた。ああ、あれだ、と。そして、空気に混ざる臭いを嗅いで、おや?と首を傾げた。

 

 

どうして、街の子ども達の匂いがあれからするのだろう?

 

 

彼は普段はひとりでいることが多い。一つ何かをし始めると、ついそれに熱中してしまうからだ。しかし犬のモンスターであるということも相俟ってか、本来は懐っこい性格をしていた。騎士団の皆はもちろん、街の皆が好きだった。そんな彼にとって、時折一緒に遊んでくれる街の子ども達は大切な友達だった。だからこそ、彼は子ども達の匂いを覚えていたのだ。

 

 

彼らの匂いがするということは、彼らの友達だろうか。

 

 

そう考えた彼は此方に向かってくる人間を、わくわくしながら待つ。もしかしたら、遊んでくれるかもしれないと期待して。

一歩ずつ、少しずつ近付いてくるそれに期待を膨らませ、尻尾を振る彼に、ひゅお、と、前方から風が吹き付ける。

その風に乗っていた臭いを嗅ぎ、彼の尻尾がぱたりと止まる。

 

 

どうして、彼らの匂いに混ざって、あの嫌な臭いがするのだろう?

 

 

例えるならば、いきているモノを無理矢理燃やしたような臭い。その臭いを、彼は一度嗅いだことがあった。それはまだ子どもの頃、

 

 

 

祖父母が死んだとき嗅いだ、モンスターの死の臭いだ。

 

 

 

それに気付いた途端、ぶわ、と彼の全身の毛が逆立つ。嫌な予感がする。どうしてあれからあの臭いがするのか。彼らに何かがあったのか。そう考えているうちに、足音がどんどん近付いてくる。

 

 

ザク、ザク、ザク、ザク、ザク

 

 

死の臭いも、彼らの匂いも、何もかもが綯い交ぜになったニオイを纏ったそれが近付いてくる。

 

 

ザク、ザク、ザク、ザク、……ザク。

 

 

「……みーっけ」

 

 

足を止めたそれが、そう呟いたのを彼は聞き逃しはしなかった。

 

 

ザクザクザクザクザクザク。

 

 

足音が早まる。

 

完全に此方を狙って近付いてきている。

 

嫌な臭いが濃くなってくる。

 

知らない臭いに当てられ、混乱しながらも本能で危険を察知した彼は、剣と盾を構えた。それに対して、人間は恐れる事なく駆けていく。

 

 

ザクザクザクザクザクザクザクザク、

 

 

ザクリ。

 

 

そして、彼の射程距離の中へと飛び込んで、カッターを振るってきた。

 

 

ヒュンッ

 

 

「ワンワンッ!!」

 

 

人間の攻撃は彼に寸での所で当たらなかった。それを見逃さなかった彼は、可愛らしく吠えながら剣を縦一閃に振り下ろす。

 

 

ブォンッ

 

 

そんな音を立てながら振り下ろされた剣を難なく人間は一歩下がって避け、ならばと一歩踏み出すと同時に勢い良く突き出された盾も避け、続けて繰り出された突き攻撃も横に避ける。目の前に突き出されたその腕を両手で棒を横に持つように掴むと、自身の太腿へと勢い良く叩き付けた。

 

 

バキィッ

 

 

「ギャンッ!!?」

 

 

Lesser Dogが今まで経験したことがないような痛みが左腕に走る。関節の無い筈の所が、左に折れていた。骨を折られた衝撃と痛みで剣を取り落とし、彼が怯んで体を少し屈めた所で、人間は足払いをかける。彼がバランスを取れず崩れ落ちた所で、Lesser Dogの後ろに回り込み、

 

 

ドスッ

 

 

その防御の薄い首へとカッターナイフを深く突き刺し、

 

 

ザシュッ

 

 

横に、切り裂いた。

 

 

「ガ、」

 

 

ビシャ、と。体液が地面に飛び散る。彼の白の毛並みが体液に染まっていく。人間はその様子を気にした素振りも見せず、その背中を軽く蹴った。ぼすっ、とLesser Dogの体が雪に倒れ、そして、ざらり、と、灰へと変わった。

 

 

「………」

 

 

装備を遺して消えていく様をじっと見ていた人間は、完全に灰になるまで見届けると、踵を返し、道を進み始めた。

暫くすると、また見張り小屋の前に差し掛かった。それも無視して通ろうとしたのか、足を踏み出した彼女の目の前に、にゅっと、犬の顔が出てくる。

 

 

「………今、何か動いたか? 気のせいかな?」

 

 

見張り小屋から顔を出したのは、Doggo(ワンボー)だった。暇潰しに噛んでいたジャーキーを咥えながら、彼は目を擦り、ぎゅっと細めて睨むようにして辺りを見渡す。そんな事をせずとも、人間は目の前にいるというのに。しかし、彼の視界には人間は映らなかった。

 

 

「おれは動く物しか見えないからなぁ……」

 

 

自分の欠点に少し苛立ちを覚えつつガリガリと頭を掻き、視界で探すことは諦め、Doggoは咥えていたジャーキーを指の間に挟んで鼻から遠ざけると、すんすん、と鼻を鳴らす。嗅覚で何か異常が無いか探ることにしたのだ。

彼は先程から誰かが近付いてきていることは音で分かっていたが、聞いたことのない足音に眉を顰めていた。

 

 

(知らねぇ足音……さっき走ってったPapyrusを除けば、今日ここを通ったのは街のガキ共とLesser Dogぐらいだった筈だが……)

 

 

王国騎士団に入団し、Snowdinに配属されてから長いこと此処で番をしている彼は、Snowdinの住民の足音を覚えてしまっていた。それなのに、どうして知らない足音がするのだろうか。疑念を抱いた彼は警戒していたのだった。

そして、目の前にいるであろうそれの臭いを吸い込んだ瞬間、ぶわ、とDoggoの全身の毛が逆立ち、思わずジャーキーを落としてしまった。

 

 

「ま……待て! 何だこれは、おれは震えちまってる!」

 

 

その臭いは、街の子ども達の匂いと、いつかの日、死んだ親戚が研究所へと運ばれていく時に嗅いだ死の臭いと、そして、

 

 

つい先程此処を通っていった、Lesser Dogの匂い。

 

 

瞬時に見張り小屋を飛び出し、彼は腰に提げていた双剣を引き抜き、身構える。

 

 

「だ、誰がいるんだ!?」

 

 

恐怖でガタガタと震え、荒く息を吐き出しているDoggoに吠えるように尋ねられた人間は、そちらにふいと目を向けて、

 

 

 

ただ、わらったまま、カッターナイフを振り上げた。





とある日記より抜粋


『Snowdinでは、Papyrusに辿り着くまでに中ボスラッシュ(私が勝手にそう呼んでいるだけだが)がある。覚えている限りだと、Doggo、Greater Dog、犬夫妻の順だったはず。Lesser Dogは……イベントが無いから中ボスではない、と思う。確か彼は彼の持ち場までの道のりの中でランダムで出てくるはずだから、その場に据え置きのボスモンスターというより、遊撃部隊とかなのかもしれない。
この犬モンスター達は、中々人気だった記憶がある。確か友人の一人がLesser Dogのフィギュアとマフラーを持ってたような……。
ACTで撫でることで可愛い反応が返ってくるからかもしれない。

……私も、撫でてみたかったな』


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8.Play With Me!/Sense of guilt

※大変お待たせいたしました

※残酷な描写があります

※長いです


「おっれさまPapyrusてーんさーいさー♪」

 

 

そんな鼻唄混じりに人間を捕らえるための罠を準備するのは、上機嫌なPapyrusだった。

パズルに仕掛けた罠を念入りにチェックし、ちゃんと起動するかもチェックし、人間に渡す宝玉をピカピカに磨き上げる。

 

 

「ふんふんふーん♪」

 

 

宝玉を覗き込んで曇り一つ無いことを確認すると、Papyrusは大事に宝玉を仕舞った。

 

 

「よぉ、兄弟。随分とご機嫌だな」

 

 

「! SANS!」

 

 

そこへ、また後ろからSansがやってきた。Papyrusに歩み寄った彼は、人間が道の向こうからやって来るのを今か今かと待ち続ける弟をじっと見て、口を開いた。

 

 

「………そんなにアイツが来るのが楽しみか?」

 

 

「ニェ?」

 

 

Sansの突然の問いかけに、Papyrusはきょとんと眼孔を瞬く。

 

 

「なんだ、突然? 当たり前だろう!! 人間を捕まえれば、俺様は晴れて人気者になれるんだからな!」

 

 

「あー、そうだったな」

 

 

一瞬胡乱げな視線をSansに向け、そして堂々と胸を張って夢を語るPapyrusに、Sansはかりかりと頬を掻いた。やはり自分の弟は変わらないな、と。

 

 

「………それに」

 

 

「? それに、なんだ?」

 

 

そんな事を考えていると、ぽつり、と、小さな声が降ってくる。Papyrusのその言葉をSansは聞き逃さなかった。咄嗟に聞き返すと、Papyrusは俯き、小さな声で、

 

 

「……人間が、パズル好きな良い人間だったら、いいなぁ、なんて……」

 

 

「!」

 

 

そんな事を言うものだから、Sansは眼孔を見開いてしまった。

 

 

「あ! いや、えっと、そ、そのだな! 友達になってみたいとか、そんなんじゃないぞ! 俺様に捕まる前の最後の楽しみとして用意しているだけだからな!!!」

 

 

「……heh heh。あぁ、分かってるぜ、兄弟」

 

 

Sansのその反応を見て、まずいことを口にしたと思ったのだろう。慌ててPapyrusは先程の言葉を誤魔化そうとする。そんな彼の言い訳を、特に追求することなくSansは受け止めた。その言葉に誤魔化せたと思ったPapyrusは目に見えて安堵した様子を見せた。

 

 

(………残念ながら、それは叶いそうにないぜ)

 

 

Papyrusのその様子を横目で見ながら、Sansは心中でそう返した。

 

 

「……ところでSANS。俺様な、さっき一通りパズルを点検してきたんだ。それで、SANSに任せたパズルが何処にも見当たらなかったんだが……何処にあるんだ?」

 

 

「あ。あー、それは……」

 

 

徐に話が切り替わり、PapyrusはSansにそう訊ねる。ぎくりと肩を揺らし、返答に詰まるSansに、Papyrusの眼孔が次第にキツく細くなっていく。

 

 

「用意してはあるんだが、まだ組み立ててないんだ。組み立てようとするとどうにも骨のないパズルになっちまってな。骨だけに」

 

 

「SANS!!!」

 

 

そう言っておどけて誤魔化してみようとすると、Papyrusの眼孔がキッと吊り上がった。Sansの返答に怒り出したPapyrusの怒鳴り声に混ざって、ざくり、と、小さく雪を踏む音がする。

 

 

「それ、前にも言ってただろ! つまり、作業が進んでないってことだよな!!??」

 

 

「まぁ、そうとも言うな。ボーンヤリしてたぜ。骨だけに」

 

 

「SAAAAANS!!!!」

 

 

その音を聞かなかった事にして、SansはPapyrusを茶化す。自分は真面目に怒っているのに、ギャグまで混ぜて茶化してくる兄の態度に、更にPapyrusは声を張り上げ、ぼすぼすと地団駄を踏んだ。

 

 

「お前は本当に怠け者だな!! 一晩中昼寝してただろ!!」

 

 

「それは普通さ、睡眠って言わないか?」

 

 

「言い訳、無用だ!」

 

 

怒りを顕にするPapyrusの揚げ足を取るSansの言葉をぴしゃりと切り捨て、Papyrusは腕組みをしてぷいっとそっぽを向く。彼が怒っているときにする癖だった。そうして向けた視線の先で、Papyrusはいつの間にか人間がパズルの入り口に佇んでいる事に気が付いた。

 

 

「オーホー! 人間が来たぞ!」

 

 

人間の姿を見つけたPapyrusは、先程までの怒りは何処へやら、ぱっと顔を輝かせ、人間へと向き直った。

 

 

「お前を止めるべく、俺様達はパズルをいくつか作ったのだ! このパズルを見ればお前は、ショックを受けることだろう!!!」

 

 

そして胸を張って、大きく身振りをしながら、Papyrusは人間に語りかける。そんなPapyrusの声が森に響く中、人間は俯いたまま小さく口を動かした。そして、ゆっくりと足を動かす。

 

 

「なぜならな、このパズルは……」

 

 

踏み出された足は、まだ起動していないパズルの上へと置かれる。Papyrusはまだ話の途中だと言うのに動き出した人間に動揺し、思わず眼孔を見開く。

 

 

「なんと、見えない……」

 

 

そのままゆっくりと此方に進んでくる人間に、それでも説明を続けようとするPapyrusの声がどんどん小さく萎んでいく。そして、人間がパズルの半分程の所まで進んできた所で、言葉が止まってしまった。

 

 

「えええええええ………?」

 

 

人間のあんまりな行動に、いくら寛容な彼でも二の句が告げないようだった。困惑した彼は、思わずSansに助けを求めるように視線を寄越したり、そこに立って動かない人間を見たり、彼方此方に視線を彷徨わせる。

 

 

「うーむ……」

 

 

そして、腕を組み、考え出す。人間の行動を理解しようと、うんうん唸って思考を回す。

 

 

(人間はどうしてこんなことをしたんだろう……? パズルぐらいは知ってるんじゃないかと思ってたんだが、違うのか?)

 

 

Papyrusが知っている『人間』という種族は、色々とあるものの総合して表すなら『自分たちモンスターと同じくらいの高い知能を持つ種族』というものだった。図書館にある辞典や本に書いてある事をよく読み込んだ結果、Papyrusの中ではそういう結論に落ち着いた。

 

 

(そう言えば、本には人間の文化については全然書かれていなかったような……)

 

 

ふと本の内容を思い返し、Papyrusはそう気付く。そして、ピン、と思い付いた。

 

 

(もしかして、人間の文化には『危険なパズルを解く』ってことが無いのか? そうだ、そうに違いない! よし、なら俺様が教えてやらなければ!)

 

 

モンスター同士でもたまに種族間で文化の違いがある事を思い出し、きっと人間とモンスターとの間でもそういう違いがあるのだろう、だから分からないのだろう。

そう考えたPapyrusはゴホンと一つ咳払いをして、人間に語りかける。

 

 

「人間! お前はこの先、カルチャーショックを受けることだろう」

 

 

そう前置きをして、彼はまるで子供に教えるように優しく語る。

 

 

「いいか、俺様がいた場所ではな、これが良き伝統なんだ。特に理由もなくおっかないパズルを切り抜けるのがな」

 

 

本当に人間を捕らえたいだけなら、別に語る必要もない筈の説明を、Papyrusはつらつらと言葉にする。これは彼が誰にでも優しい性格であることと、常日頃から彼の上司であるとある紅い髪の魚人のモンスターから教えられている『例えどんな敵だろうと正々堂々と戦う』という教えを素直に守っているという事もあるが、彼が『人間と友達になりたい』という願いを持っていることも起因していた。

しかし、その言葉を聞いているのか否か、人間は微動だにせず、ただそこに立ち尽くしていた。

 

 

「だから、えー、ちょっとそっちに戻ってだな……」

 

 

「…………」

 

 

人間がそんな様子では、流石のPapyrusも為す術もない。何度か言葉を続けようと口を開閉したものの、人間が態度を変える様子が無いのを察し、完全に口を閉ざしてしまった。

 

 

「ハァ………なんでパズルが好きな人間に会えなかったんだろ???」

 

 

結局は、Papyrusは大きな溜め息を吐いて、明らかに落胆した様子で人間に背を向けた。

 

 

(あーあ、せっかく頑張って作ったのになぁ……)

 

 

期待していた分、人間が想像していたような『人間(やさしいひと)』ではなかったことのショックが大きいのだろう。そう考えながら、彼はしょんぼりと肩を落とし、とぼとぼと雪道の先へと去っていった。

そんな彼を追い掛けるように、人間もゆっくりと歩き出す。

 

 

「………アンタ、これで本当にいいのか?」

 

 

進もうとする彼女に声をかけて足を止めさせたのは、またしてもSansだった。

 

 

「なぁ、俺の声が聞こえてないわけじゃないんだろ。このまま本当に進み続けるつもりなのか?」

 

 

ただ黙したままの人間に、Sansは言葉を投げ掛ける。しかし、その言葉にも、人間は何の反応も返しはしなかった。Sansを無視して、人間は進んでいってしまった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

人間が静まった森を一度抜け、見晴らしの良くなった崖の上を歩いているうちに、次のパズルの場所に辿り着いたPapyrusは、既に先に来ていたSansと合流する。

 

 

「よう、遅かったな、兄弟」

 

 

そう言ったSansに対し、自分の方が先に歩き出した筈なのにどうしてもうここにいるのだろう、とはもう感じなくなっていた。

 

 

「Sans、また近道を使ったんだな? いい加減俺様にも使い方を教えてくれ」

 

 

「heh、あぁ、また今度な」

 

 

「またそれか………」

 

 

確か前にもSansが使う近道について訊ねた時もこんな返答をされたことを思い出したPapyrusは、思わずじとりと兄を睨む。そんな事も気にせず、Sansは隣に立ったPapyrusにふと訊ねる。

 

 

「なぁ、Papyrus。人間の相手、キツくないか?」

 

 

「ニェッ?」

 

 

「あー……兄弟が思うような人間じゃなかっただろ?」

 

 

意図が読めないSansの問いに首を傾げたPapyrusは、何を言ってるんだ、と言わんばかりの顔をする。

 

 

「いや、別に……? 確かにパズルが好きじゃなかったのは残念だけど、俺様、アイツを捕まえないといけないし?

 

それにパズルが好きじゃないからって、悪いヤツだとは限らないだろ?」

 

 

「………そうか」

 

 

ただ、あっけらかん、と。

明らかに嫌な態度を取った人間に対して、そう言ってのけた弟に、Sansはぽかんとしてしまう。あぁ、眩しいな、と、改めてSansは感じた。

 

 

(あんな態度を取った人間を、まだ悪いヤツじゃないって、信じてるのか)

 

 

俺だったら無理だ、とSansは思う。自分の努力を無駄にした相手を、そんなに真っ直ぐに見つめる事なんて。

そんな事を話していると、直ぐに人間が追い付いてきた。今度は直ぐに人間に気が付き、声を張り上げる。

 

 

「人間!!! 心の準備はいいか……」

 

 

呼び掛けようと声をあげようとして、目の前にパズルらしきものが無いことに漸く気付いた。話に気取られて忘れてしまっていた。

 

 

「SANS!! パズルはどこだ!!!」

 

 

「そこにあるだろ。地面の上に」

 

 

怒鳴るPapyrusに、Sansは地面の上を指差す。その先の地面を見ると、紙が一枚、ぺらりと置いてあった。それだけじゃないか、と言おうとしたPapyrusを手で制し、Sansは笑う。

 

 

「まぁ見てな。これを知らん顔するなんて不可能だぜ」

 

 

Sansにそんな訳ないだろう、と言いたげな顔をするPapyrusは、人間の方を見て驚愕する。地面に置いてある紙切れをじっと見ている姿に、思わず口をあんぐりと開いてしまった。

興味を無くしたのか、暫くしてからまた此方に向かってきた人間を見て、Papyrusは叫ぶ。

 

 

「どうなってんだ!!! ちょっと止まったぞ!?!!?」

 

 

愕然とするPapyrusに、Sansは少し笑った。

 

 

「言ったろ。ワードサーチが嫌いな奴はいないからな」

 

 

「なんてこった!!! こんなんでやってられるかっつーの!!!」

 

 

Sansの返答に憤慨したPapyrusはぼすぼすと早足で去っていってしまった。その場にはまたSansと人間が取り残される。

その場に、長い沈黙が流れる。

 

 

「……やっぱり、アンタは、」

 

 

その沈黙を破り、Sansが人間に話しかけようとしたが、人間は何も答えずに足早にその横を通り抜ける。その姿を見送って、Sansは溜め息を吐いた。言葉も虚しく進む人間の手をちらりと見て、Sansは歯噛みする。そして人間とは真反対の方向へと歩き出す。そして、パチン、と一つ指を鳴らした。その音が響くと同時に、Sansの姿は森から掻き消えた。

 

 

ざく、ざく、ざく

 

 

人間は、進む。深くて寒い森の中を、ただ黙々と。Papyrusが罠として置いたパスタも、自身の冷えていく体温も、何もかも気付いていないかのように無視して進んでいく。

 

 

「ん? なんだおまえ、どこの」

 

 

その歩みの先にいたニ体のモンスター達は、ただ楽しく談笑をしている自分達に近付いてくる人間に気付いて、その見慣れない姿に訝しげに首を傾げる。そして、警戒はしているものの、だが何処か油断したまま近付いて、

 

 

ザシュッ

 

 

「ギャッ」

 

 

抵抗すら出来ないまま、横一文字に切りつけられた。切られたモンスター――――Ice Capの大きな頭に乗っていた、自慢の大きな氷で出来た氷柱のような帽子が切られた衝撃で地面に転がった。少し遅れてIce Capの体も雪の上に崩れ落ちる。そして、ざらり、とその体が塵へと変わり始めた。同時に嫌な臭いがそこから立ち上ぼり始めた。

 

 

「………は?」

 

 

絡みにいったIce Capを面倒くさそうな顔で見ていた宇宙人の典型例のようなモンスター―――Jerryは、たった一瞬にして、目の前で友が物言わぬ塵へと変わった光景に、目を見開くことしか出来なかった。

 

 

「は、いやいや、え……?」

 

 

突然の事に思考が追い付いていないのか、Jerryは呆然として、その場を動けなかった。その隙を突かれて、

 

 

ザシュッ

 

 

「ぷぎゃッ」

 

 

そのゼリー状の柔らかい体を、縦に切り裂かれてしまっていた。二つに別れた体が雪の上に落ちる。塵へと変わり始めるそれを、人間は踏み潰して進んでいく。ぶちゅりという粘着質な音を立て、辛うじて形を保っていたゼリーが無惨に潰れた。

そのまま人間は道を進む。その先々には人間を通さないための罠が仕掛けられていて、そう易々とは進めないようになっている……筈だった。

この先に待つ突き出る針山の罠を解除しようとスイッチを押しに行くと、既にもうその罠は解除してあったのだ。

 

 

罠のスイッチは、植物の蔦で押し下げられていた。

 

 

「………Floweyか」

 

 

深い雪の中で本来見る筈の無いその蔦を見て、人間は誰が先回りして罠を解除しているのかを理解する。そして舌打ちを一つして先を進んだ。

何度かモンスターに出会い、そして殺して回りながらも、Floweyが先に罠を解除しているお陰で随分と楽に先に進めた人間は、崖の小さな桟橋に差し掛かる。すると、反対側から足音が二つ聞こえてきた。その音に顔を上げて見ると、黒いフードを深々と被り、大きな斧を背負った犬のモンスターが二匹、此方へと歩いてきていた。Snowdin一の熱々カップルであるDogi夫妻である。

二匹は足並みを揃えて人間の前までやって来ると、ピタリと足を止める。そして、スンスンと鼻を動かした。

 

 

「何のにおいだ?」

「どこのにおいかしら?」

 

 

不明瞭な景色の中で自身の鼻が捉えた臭いの元を探そうと、二匹はじっくり辺りを見渡す。しかし、本来犬の視力は良い訳ではなく、彼等もまた、生まれつき視力が悪かった。

 

 

「においの元がいるなら……」

「……私たちの元においで!」

 

 

視界では見付けられないことを直ぐに悟った彼等は、自慢の嗅覚で見付けようと辺りを嗅ぎ回る。地面に鼻を付け、雪の上に散らばる様々な臭いを嗅ぎ分け、ふと、知っている臭いを見つけた。

 

 

(なんだ、この臭い……?)

(どうしてこんな臭いが……?)

 

 

しかしその臭いは、何かが燃えた時のような嫌な臭いに、街の子供達の臭いと自分達と同じくSnowdinに配属されているDoggoとLesser Dogの臭いが混ざった、異様な臭いだった。その臭いの中に、昔に嗅いだ臭いを察知する。

 

 

人間の臭いだ。

 

 

「ふうむ……ここから怪しいにおいがするな……なんだか、とても排除したくなるにおいだ」

 

 

その人間の臭いを辿り、彼等は人間の前へと戻ってきた。そして、目の前にいる存在を警戒しながら、背中の斧に手を掛ける。

 

 

「……排除するわ!」

 

 

そう妻のDoggeresaが叫ぶと同時に、二匹は斧を掴み、振り下ろした。振り下ろした勢いでフードが脱げ去り、二匹の顔が露になった。人間は真上から迫る二つの刃を、前に大きく一歩踏み出して避ける。そしてくるりとその場でターンし、振り向き様にDoggeresaの腕を大きく切り付けた。

 

 

ザシュッ

 

 

「うッ、ぐ」

「貴様、よくも妻を!! 逃がさないぞ!」

 

 

しかし踏み込みが浅かったのか、切っ先は皮膚を深く切り裂けず、Doggeresaは少しよろめいただけだった。だがそれを見て、夫のDogamyが大切なパートナーを傷つけられた怒りを込めて咆哮する。そしてその怒りのまま斧を振り回す。夫の攻撃の隙を埋めるようにDoggeresaは追撃を加えていく。夫婦の絆で繋がった息の合った攻撃の合間を、人間は紙一重で避けていく。一歩一歩避ける度に足場が狭くなっても、避け続けた。

 

 

ズバッ

 

 

それでもニ対一という差は大きかったのか、Dogamyの斧が人間の右腕を掠める。腕を切断するまでには行かないものの、人間は深い傷を負った。びちゃりと赤が雪の白の上に散らばる。

 

 

「ぐッ」

 

 

苦悶に満ちた声をあげながら、人間は後退する。そして、攻撃が当たって出来た一瞬の隙を突いて、反撃に転じた。

 

 

ドスッ、ズパッ

 

 

「ああ゛ッ」

「Dogamy! おのれ!!」

 

 

腕の関節部に深々とカッターナイフが刺され、そのまま切り上げられる。Dogamyの腕に一条の傷が刻み付けられた。先程のお返しと言わんばかりのその攻撃に、Dogamyは腕を押さえてふらふらと後退する。

夫が傷付いた事を察知して更に怒りを募らせたDoggeresaは、斧を大きく振り上げ、地面に叩き付けるように振り下ろした。大振りなその攻撃を人間は意図も容易くひらりと避けてしまうと、自分の傷を左手でぐちゅりと握り、ベッタリと自身の血を付着させ、Doggeresaの鼻に勢い良く押し付けた。

 

 

「ギャンッ」

 

 

勢いで鼻の中にまで入り込んだ血の、生臭くて鉄臭いあの臭いが鼻の中に多量に入り込み、Doggeresaの嗅覚を奪う。一番重用していた感覚を奪われ、Doggeresaは咄嗟に鼻を押さえ、よろめき、四歩ほど後退する。

 

 

「Doggeresa!」

「あぁ、あなた! あなたはどこ? そして人間はどこにいるの!? 嫌な臭いが鼻の中でいっぱいで、分からないのよ!」

 

 

Dogamyが妻を呼んでも、妻は更に混乱して辺りを見渡しただけだった。

 

 

(まさか嗅覚を………! まずい!)

 

 

妻の言葉から嗅覚を潰された事を察したDogamyは冷や汗をかく。彼等は普段から嗅覚と聴覚を使って仕事をこなしている。目がほぼ見えていないのにも関わらず、人間を攻撃する事が出来たのも臭いを辿り、雪を踏む足音を聞いていたからだ。しかし、どうやらその戦法は人間にバレてしまったらしい。人間から流れ出す血の臭いを利用され、その重用している感覚の片方を潰され、Doggeresaは人間の臭いを嗅ぎ取れず混乱し、人間の位置を見失ってしまった。

 

 

(だが、まだ聴覚は残ってる! なら、声を掛け続ければ……!)

 

 

直ぐ様混乱する妻に人間の正しい位置を教えようと、Dogamyは口を開いた。

 

 

その隙が、命取りだった。

 

 

ドッ、ズバッ

 

 

三度目の攻撃が、Doggeresaの体に―――人間であるなら心臓があるであろう場所に、深くカッターナイフを突き刺し、斜め上にDoggeresaの体を切り裂いた。

 

 

「Doggeresa!!」

 

 

Dogamyの動き掛けていた口から、悲鳴のような叫び声が響く。攻撃の衝撃を受けて姿勢を崩したDoggeresaは、一歩後ろに足を出して踏み留まろうとする。しかし、足を置いた場所は運悪く崖の淵だった。いつものDoggeresaであったなら、崖に追いやられるような事は無い。だが、今のDoggeresaは強敵と戦っており、尚且つ瀕死の重症を負っていて、足場を気にかけている余裕が無かった。故に、

 

 

「えっ?」

 

 

足を置こうとして、そのまま踏み外してしまった。

ぐらりと体が傾き、宙に放り出される。

 

 

「Doggeresa!!!」

 

 

まさか踏み外すとは思っていなかったのだろう。目を見開いて落ちていこうとする妻の手を、Dogamyは人間を押し退け、寸での所で掴んだ。

 

 

「しっかり掴まっててくれ、Doggeresa! 今、引き上げるから……!」

 

 

ぶらりとぶら下がったDoggeresaを、Dogamyは引き上げようと両腕に力を込める。だがそんな彼を阻むように、右腕に付けられた深い傷がズキリと痛んだ。

 

 

「う、ぐっ………なんの、これしき……!!」

 

 

力を込める度に体に走る痛みに耐えながら、Dogamyは妻を崖から引き上げようとする。この手を離せば、妻は崖下に鎮座する大岩に体を打ち付けられる。そんな事になれば、妻は塵になってしまう。それだけは有ってはならないと、呻きながらも力を込め続ける。しかし力が入りきらないのか、Doggeresaを引き上げることが出来なかった。

 

 

「あなた! 私の事はいいから、手を離して……!!」

「何言ってるんだ、出来るわけないだろう!?」

 

 

自分を助けようとして痛みに呻く夫に、Doggeresaは我慢ならなかった。ぎょっと目を見開いてDoggeresaの提案に首を横に振った夫に、妻は微笑みかける。

 

 

「……もう、体に力が入らないのよ」

 

 

そう言ったDoggeresaの反対の手から、握られていた斧が滑り落ちる。傷口から、嫌な臭いが立ち上ぼり始めた。Dogamyはその嫌な臭いを知っている。

 

 

モンスターの死の臭いだ。

 

 

「引き上げられたところで、助からないわ。だから……」

「嫌だ!!!」

 

 

手を離して、とDoggeresaが続けようとした言葉を、Dogamyは大声で遮った。

 

 

「嫌だ、この手は離さない! 絶対に!! 例えもう助からなくても、愛する君の手を離すものか!!」

「あなた………」

 

 

どんなに傷が痛んでも、彼は手を離さなかった。離す訳にはいかなかった。例え彼女が手を離してほしいと懇願しても、絶対に。だって彼は、彼女を愛しているのだから。

そんな真摯な愛が籠った言葉が森に木霊する。命の瀬戸際になってもそう言い切った夫の言葉に、Doggeresaは呆然とする。あぁ、本当に自分は愛されているのだと、こんな状況になっていても感じてしまった。

そんなDoggeresaの耳に、ある音が聞こえた。

 

 

ざくり、と、雪を踏み締める、足音が。

 

 

ヒュッと、Doggeresaは息を飲む。夫の後ろに何が居るのかを思い出した彼女は、今夫が無防備に敵に背中を見せている事に気付いて、声を張り上げた。

 

 

ざくり、

 

 

「あなた!! 手を離して!!!」

「嫌だ!!!」

 

 

噛みつくような咆哮がDoggeresaの言葉を拒絶する。声量で忍び寄る足音が掻き消えてしまっているのか、Dogamyは背後に注意を向けず、Doggeresaを引き上げようとする。

 

 

ざくり、

 

 

「あなたが危ないのよ!!」

「知ったことじゃない!!」

 

 

またDoggeresaが手を離すように言っているのは自分まで落ちてしまうことを危惧しているのだと勘違いしたDogamyはDoggeresaの言葉を切り捨てる。その間にも妻の聴覚には、雪を踏み締める音が聞こえていた。

 

 

ざくり、

 

 

「あなた、お願いよ! 離して!! 自分を守って!!!」

「手を離すものか、だって、約束したじゃないか、」

 

 

嗅覚を潰された事で、その分まで補おうと過敏になっている聴覚に、一歩一歩大きくなる足音が聞こえる。夫に近付く死の音に、Doggeresaは半狂乱になって、手を振り払おうと力を込める。しかし、夫はその手を離してくれなかった。

 

 

だって。

 

 

「『死ぬときはお互いの腕の中で死のう』って―――」

 

 

彼は、彼女を愛しているのだから。

 

 

「逃げ―――」

 

 

逃げて、と言おうとしたDoggeresaの不明瞭な視界の中で、微笑んでいるDogamyの輪郭の背後で、何かが煌めいたのが見えた。そして次の瞬間、

 

 

ドッ

 

 

Dogamyの首から、カッターナイフが生えて。

 

 

ザシュッ

 

 

そして、横に切り裂いた。

 

 

「あ、」

 

 

攻撃の勢いで、ぐらりとDogamyの体が揺らぐ。重力に従って倒れる体は、そのまま崖へと身を投げた。浮遊感は一瞬で、後は重力に引っ張られるまま、急速に二つの身体が落ちていく。そして、

 

 

ぐしゃり。

 

 

崖下の岩に叩き付けられて、ただ呆気なく、彼等はその生を閉じたのだった。先程Dogamyが言った『死ぬときはお互いの腕の中で死のう』という約束は果たされないまま、二人の身体は塵へと変わっていった。しかし、その手は、固く結んだまま。

 

 

「……」

 

 

その様子を崖の上から見ていた人間は、二つの身体が完全に塵に変わったのを確認し、くるりと踵を返して歩き出す。

 

 

「つっ、う」

 

 

しかし、歩く衝撃で腕に痛みが走る。一瞬よろけた人間は、血で濡れた手でポケットを漁る。そして、飴を一つ取り出すと、包み紙を乱暴に取り払い、飴玉を噛み砕いた。口に散らばった甘い欠片を無理矢理飲み下すと、だんだんと体の痛みが引いてくる。それでも足りないのか、もう一つ取り出してまたしても噛み砕いて飲み込んだ。暫くすると、体の痛みは完全に引いて、動けるぐらいに回復する。先程斧で切られ、ばっくりと開いて血を流していた傷が綺麗に塞がっているのを、人間はじっと見つめる。そして、興味を無くしたのか、顔をあげた人間は、左手に付いた血を地面の雪で拭うと、また雪道の中を進み始めた。




とある日記より抜粋


『そう言えば、犬夫婦はどちらかを先に倒す事によって少し変化があった筈。確か、妻を倒すと夫のステータスが著しく下がり、夫を倒すと妻のステータスが上がって倒し辛くなるんだっけ。これも、彼等が心の底から愛し合っている証拠なのか。
愛し合っているが故に、命に換えてでも守りたい妻を殺されて絶望するのだろうか。
愛し合っているが故に、命に換えてでも守りたい夫を殺されて怒り狂うのだろうか。


………あぁ、なんて、素敵な愛なんだろう。羨ましいな。』


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9.Talk With Me!/DON'T Say Anymore

※大変長らくお待たせしました

※動物に対する残酷描写があります


Sansは近道を使ってPapyrusがいるであろう所の近くにまで移動する。きょろきょろと辺りを見渡してPapyrusの姿を探していると、道の先で見知った赤色が翻ったのが見えた。あそこか、とSansはその赤色を目指して歩き出した。

赤色を追うと、地面にぎっしりと灰色のパネルが敷き詰められている大規模なパズルが仕掛けられている場所に出た。探していたPapyrusはそのパズルの起動装置の前にしゃがみ込んでいた。どうやらチェックをしているらしい。

 

 

「待たせたな、兄弟」

 

 

その背中に近付いていって声をかけると、PapyrusはちらりとSansを見て、また装置を見た。いつもなら一言小言が飛んでくる筈なのに、そんな一言を言う暇すら惜しんで作業をしているのかと思いきや、何をするでもなく、ただじっと、何かを考え込んでいる。弟のその様子におや、と思ったSansは、少し間を開けてから口を開いた。

 

 

「……そんなにしゅんとして、どうかしたのか?」

 

 

「別に、何でもないぞ」

 

 

Sansの言葉に装置を見つめたままPapyrusは言い返す。しかし、いつもよりずっと覇気がない。明らかに落ち込んでいるのが丸分かりだった。

 

 

「んー……どう考えてもそうは見えないんだが」

 

 

「……」

 

 

頬を掻きながら言ったSansの言葉に、Papyrusはきゅ、と口を引き結んだ。そして、観念したように口を動かす。

 

 

「人間が………これも、やってくれないのかなぁと思ったら、なんか、悲しくて……」

 

 

「……あぁ、成る程な」

 

 

Papyrusがぽつりと溢した本音に、Sansから表情が消え失せた。

 

 

「なぁ、Sans。何で人間はパズルをしてくれないんだと思う? 何で何にも反応してくれないんだ?」

 

 

そんなSansの様子は露知らず、Papyrusは装置を見つめたままそう続ける。今のPapyrusの頭を占めるのはその事だけだった。

Papyrusの知る『人間』は、ちゃんと会話が成り立つ存在、という認識だった。なのに、目の前に現れた人間は、ただ黙ったまま、俯いたまま、此方が用意にした全てを踏みにじって台無しにしていくような、自分が考えていたよりもずっと怖い存在だった。モンスターだって黙ったまま迫ってくるようなモンスターはいない。彼の中で人間は、訳の分からない行動を繰り返す恐ろしい存在として定義されようとしていた。

 

 

「ずぅっと黙ったままだし、俺様、人間が一体何をしたいのか分かんないぞ………」

 

 

不安そうにそう溢す弟に、Sansは何か言わなければ、と口を開こうとする。しかし、こんな時に限って、Sansの口からは何の言葉も出てこなかった。沈黙の中でSansが言葉を探していると、Papyrusはすっくと立ち上がる。

 

 

「でもまぁ、これはALPHYS博士の自信作のパズルだしな! きっと気に入ってくれるだろう! なんせ、あのパズル嫌いなUNDYNEだってこのパズルは大好きだしな!!」

 

 

「あー、おう、そうだな」

 

 

弱気な自分を振り払うように、自信満々ないつもの笑顔を浮かべるPapyrusに対し、その情報はあまり宛にならないと思うぞ、という言葉を言うのは止めておいた。その情報の真相は、UndyneがAlphysに良いところを見せたかっただけである―――というのは、彼女の名誉の為にも黙っておく事にした。

 

 

「……なぁ、兄弟」

 

 

「ん? なんだ、SANS」

 

 

張り切って最後の微調整をし始めたPapyrusに、Sansは後ろから声をかける。そして、一呼吸置いて口を開いた。

 

 

「……俺に任せてくれてもいいんだぜ」

 

 

Papyrusは兄の言葉にピタリと動きを止める。

 

 

「幾ら仕事とは言え、無理に相手する必要はないと俺は思うぜ。だから、」

 

 

「いいや」

 

 

Papyrusは話を遮り振り返って、真っ直ぐにSansを見て、首を横に振った。

 

 

「俺様がやる。これは俺様に任せられた仕事だからな」

 

 

「………そうか」

 

 

その答えを聞き、Sansは俯く。

 

 

(まだ、話そうとしているのか。………まだ、解り合おうとしてるのか)

 

 

きっとそれは、無意識なのだろう。無意識にまだPapyrusは、人間と解り合えると信じている。その事に気付いて、Sansは閉口してしまった。

そんなSansに、Papyrusは一歩踏み出し、ずいと近付いた。

 

 

「そ・れ・に! SANSに任せたら、どうせまたサボるだろう!!?」

 

 

「おっと、そりゃ心外だな。流石にそんな重要な仕事はサボらないぜ? それどころか粉骨砕身するつもりなんだが」

 

 

「一回逃がしたクセに、何言ってるんだ!!」

 

 

「おぉ、正論過ぎてジョークも出てこないな」

 

 

そんな風にいつも通りに話しているうちに、いつの間にか重たくなっていた空気は消散し、Papyrusもいつもの調子を取り戻したようだった。弟のその様子に、Sansはほっと胸を撫で下ろす。そして、少し間を空けて、また口を開いた。

 

 

「なぁ、兄弟。さっきの続きなんだが……これは、提案なんだけどな」

 

 

「ニェッ?」

 

 

「次もまた何も答えないようだったら、いっそ思い切って、人間に訊いてみたらどうだ? 『何で何も答えないのか』、って」

 

 

Sansからの思いがけない提案に、Papyrusはきょとんと眼孔を開く。

 

 

「分からないなら訊いてみるしかないだろ。もしかしたらまた答えてくれないかもしれないが、訊かないよりはマシだと思うぜ」

 

 

ぽかん、としたままPapyrusはSansの言葉を聞く。言われてみれば確かにそうだ。相手の考えている事は相手にしか分からないのだから、聞いてみるのが一番早い。どうして思い付かなかったのだろう、と思いながら、Papyrusはきらきらと顔を輝かせながら頷く。

 

 

「それは名案だな!!」

 

 

「だろ?」

 

 

「あぁ、すっごく名案だ!! そうする!!」

 

 

そうしよう、そうしようと小声で繰り返すPapyrusを見ながら、Sansは考える。

 

 

(………そう。こんなことしても無駄かもしれない。だが、アイツは()()()とは全く違う。なら、もしかしたら、)

 

 

Papyrusの声なら、届くかもしれない。

Sansは、ただ祈るように眼孔を閉じる。そんな二人が待つ森の中で、ざく、という音が響いた。Papyrusはその音がした方にばっと顔を向ける。そして、パズルの向こう側に人間がいるのを見て、そちらに向き直り、ビシリと指を指す。

 

 

「おい! 人間よ! このパズルはきっと気に入るはずだぞ!」

 

 

反対側にいる人間にも届くようにと声を張るPapyrusのの言葉を聞いているのか居ないのか、人間は俯いたまま、少しずつ足を前に進める。

 

 

「何せ、これを作ったのはあの偉大な……」

 

 

Alphysが作ったパズルの事を、自分の事のように自慢気に話し出そうするPapyrusを無視し、人間はパネルの上を歩いていく。そして、またパズルの半分ぐらいの所で立ち止まった。

 

 

「……ウソだろ?」

 

 

その様子を唖然として見ていたPapyrusは、俯いて手をぶるぶると震えるぐらい強く握り締め、地団駄を踏む。

 

 

「もーー!!!! SANS!!! なんとかしてくれ!!! 俺様のパズルのド真ん中を歩いてくるぞ!」

 

 

「あー、すまん。あれは俺も手に負えないな」

 

 

先程の言葉を忘れたように、まるで幼子のような憤りを見せて放り出したPapyrusに、Sansは諦めたように首を横に振った。Sansでも何とか出来ないのかとPapyrusは肩を落とし、悲しそうにぽつりと呟いた。

 

 

「………パズルの説明をするつもりだったんだけどなぁ」

 

 

Alphysの作ったこのパズルならきっと気に入ってくれると思っていたのに、と期待を裏切られたPapyrusは、悲しい気持ちになる。しょんぼりと落ち込む様子を見せるPapyrusにも、人間は何の反応も見せず、顔を上げることすらしなかった。

 

 

(うーん……もう、どうしたらいいのか分かんないな……)

 

 

何に対しても一つも反応も見せない人間に、Papyrusはとうとう困り果ててしまう。このパズルもダメとなると、もうPapyrusにはどうする事も出来なかった。

考えに考えて、Papyrusはふと思い付く。

 

 

「そうだ。この後イタズラして困らせてやろうかな」

 

 

「ん、アイツはイタズラが嫌いかもしれないぞ」

 

 

「そんなヤツいるもんか!!!」

 

 

Papyrusが思い付いた事をそのまま口にすれば、横のSansがやんわりとそれを制す。しかし、Papyrusはそれを直ぐ様否定した。

 

 

「そうか? undyneはどうだ? あいつはパズルが嫌いじゃないか?」

 

 

「パズルは嫌いだ。でもイタズラは大好きだぞ」

 

 

「なるほどな」

 

 

先程も話題に出たUndyneを引き合いに出せば、Papyrusは首を横に振った。その言葉を聞いて、Sansは前に、PapyrusがUndyneに不意打ちで雪玉をぶつけていた事を思い出す。本来上司にそんな事をしようものなら怒られそうなものだが、彼女は『私に対する挑戦だな!?』とノリノリで雪玉を投げ返し、最終的に街の皆を捲き込んだ雪合戦になった事があった。それに、確かAsgore王の背中に『わたしはもふうさおうです』と書かれた紙を貼り付けたりなんかもしていた、と誰かから聞いた気がする。確かに彼女は悪戯が好きだったな、と考え直した。

Sansが懐かしい出来事を思い出している内に、Papyrusはまた人間に話しかけていた。

 

 

「人間!!! お前はどう思う!!?」

 

 

くるりと向き直って、Papyrusは人間に問い掛ける。

 

 

「パズルとかイタズラは?」

 

 

「………」

 

 

「…………はぁ。わかった、こんなの聞かなくて構わん」

 

 

しかし、森に響くのはPapyrusの声だけだった。人間は何も答えず、俯いている。案の定何も答えない人間に溜め息を吐き、Papyrusは額に手を当て、首を緩く横に振った。

 

 

「どこにも、なんにも反応すらしないのだからな」

 

 

失望を滲ませた声で、Papyrusはそう言う。それきり誰もが黙り込んでしまったその場に、刺すような沈黙が暫し流れる。その間も、人間はずっと俯いていた。Papyrusはそんな人間をじっと見る。その眼孔は、ちゃんと人間を捉えていた。けれど、人間がずっと俯いている所為で、Papyrusは一度も人間の顔を見ることが出来ずにいた。

 

 

「……なぁ、どうして何にも反応してくれないんだ?」

 

 

そこでPapyrusは、訊ねた。先程のSansの提案通りに、人間にただ疑問をぶつける。

 

 

「パズルが嫌いなら嫌いって一言言ってくれれば、俺様も一緒に解くぞ? イタズラが嫌いなら、首を横に振ってくれれば、絶対にイタズラしないって約束するぞ? でも、何も言ってくれないと、幾ら俺様でもどうしたらいいか分からないんだ」

 

 

もしかしたらまた何も答えてくれないかもしれない。それでも何もしないよりはきっといい筈だ、と言葉を重ねる。人間は顔を上げず、沈黙を保ったままだった。答える気は、無いのかもしれない。

 

 

「もしかして、俺様に遠慮してるのか? そんな遠慮はいらないぞ! 俺様、おしゃべり大好きだからな!」

 

 

そう言って、Papyrusはにかっと笑う。まだ沈黙は続いたままだった。人間の態度に、笑顔から一転してPapyrusは悲し気な顔をする。

 

 

「………答えてくれさえすれば、」

 

 

そこで一度言葉を切り、Papyrusは続けてこう言った。

 

 

「お前のどんな解答にだって、俺様たちは最大限応えるというのに」

 

 

――――その言葉を聞いた途端、突如人間が弾かれたように顔を上げた。

その時に漸く、Papyrusは人間の顔を見た。人間の母なる大地のような茶色の瞳に、初めてPapyrusがちゃんと映り込んだ。

 

 

(………あ、)

 

 

初めて見た人間のその顔を見て、Papyrusは眼孔を見開き、やがてにっこりと笑った。

 

 

「やっと俺様を見てくれたな、人間!」

 

 

「……!」

 

 

人間はその言葉にはっと目を見開き、また俯いてしまう。

 

 

「あぁ、また俯いてしまったぞ……」

 

 

人間のその挙動に、Papyrusは悲しげに眉を下げた。

 

 

「でも、俺様の声が聞こえてないわけじゃないんだな!! うんうん、それが分かっただけでもいい収穫だ!!」

 

 

けれどぱっと顔に笑顔を浮かべ、明るくそう言い放った。

 

 

(悔しいが、SANSの言うとおりだったな。訊いてみて良かった!! 答えてはくれなかったけど、俺様の声が聞こえてないんじゃないって分かった!!)

 

 

Papyrusの問いに対して、人間が返したのは挙動一つだけだった。だが、そのたった一つで、先程まで沈みかけていたPapyrusの心は希望で満ち溢れる。

 

 

この声が届いているのなら、きっと、話しあうこともできるはず。そう信じているからだ。

 

 

「人間!! お前が何故話そうとしないのかは、正直、俺様には分からない!! けど、もし、ただ話したくないだけなら、別に話さなくてもいい!! パズルだって、やらなくてもいい!! そもそも、見知らぬ所に来て、混乱してるかもしれないしな!! もし俺様がお前と同じ状況だったら、俺様だってそうなる!!」

 

 

人間に言葉を投げ掛けながら、Papyrusは腕を組み、合点がいった、というように頷く。

混乱しているのなら、今までの行動にも納得がいく。それならパズルをする心の余裕もないだろうし、仕方がない。そう考える事が出来たからだ。

 

 

「だから、お前はここで、一回深呼吸して、頭の中を整理した方がいいと思うぞ!! その間は、捕まえるのもちょっとだけ待ってやろう!!! このPAPYRUS様にかかれば、お前を捕まえるのは一瞬だからな!! それぐらいの心の準備タイムがあったっていい!!」

 

 

そう言って、Papyrusは横にあった機械を少し操作すると、その横に紙を置いた。

 

 

「というわけで、俺様は先にいくが、もしパズルをやりたくなった時の為に、ここに説明書を置いておくからな!! それじゃあな、人間!!」

 

 

そう言い残して、Papyrusは走り出した。微かに見えた希望に、胸を躍らせて。

 

 

(ああ、大丈夫だ……!! アイツはきっと、悪い奴じゃない!!)

 

 

そう思い込んでしまったまま、肉の無い身の軽さで、彼は走りづらい雪を物ともせず、飛ぶように走り去っていった。

 

 

「……だってよ。どうすんだ?」

 

 

そして、残された二人の間には、Snowdinの空気よりも冷たくて重い空気が流れる。

 

 

「俺としては、兄弟の言う通り、少し頭を整理した方がいいと思うぜ。それこそ、パズルみたいに、ピースをきちんと嵌めていけば、少しは整理がつくんじゃないのか」

 

 

言葉を投げ掛けると、人間は此処に来て、初めて少し、身動ぎしてみせる。その挙動が、ただ寒くて震えているのか、それともSansの言葉に心が動いたからなのか、Sansには判断がつかなかった。何せ、また直ぐに、人間は去っていってしまったから。

 

 

 

「下手なこと、言わなきゃ良かったか」

 

 

Sansはぽつりと後悔を溢す。最初に出会った森の入り口で、親切心からの助言のつもりで『やめとけ』と言ったのは、悪手だったかもしれない。Sansもまさかここまで、(だんま)りを決め込むようになるとは思っていなかったのだ。

 

しかし、先程、Papyrusの言葉に反応した、その様子を見て、その顔を見て、Sansは。

 

 

「……頼むから、止まってくれよ」

 

 

そう、小さくなる背中に向けて、呟くしかなかった。

 

 

一方の人間は、というと。

道すがら見つけたモンスターを殺し、塵に成り逝く骸を眺めていた。

 

 

「……これで、あと二人」

 

 

何かを指折り数えて、そう呟く。そして、骸が全て塵になるのを見届け、また歩きだした。

本来ならきちんと足止めとして機能する筈のパズルは、またFloweyが解いたのか、それとも今度は電源を落としでもしたのか、恐ろしい人間の行く手を阻む針山は全て、地面へと姿を隠していた。靴に染み込む雪の刺すような冷たさも、人間の足を止められはしなかった。

 

 

ざく、ざく。

 

 

落ちてくる雪を払いのけながらも氷の小路を通り抜けると、急に視界が開けた。Snowdinの長い森を抜けたのだ。

そのまま先に進むと、饅頭のように丸められた雪の塊がぽつぽつと並ぶ広場に着いた。その端には、騎士団の詰所が見えた。

 

 

_______________________________________________

 

 

Greater dog(グレータードッグ)は、身を隠した雪まんじゅうの中で、わくわくしていた。

 

先程、敬愛する団長から、Snowdinに住むモンスター達の避難誘導の指示が緊急で入った時に聞いた、恐ろしい敵が迫っているという知らせ。

避難誘導を終えた後、団長は自分に、その敵と戦え(あそべ)と命じられた。普段は、『街のモンスター達と遊ぶには、お前の力は強すぎる。長く一緒に遊びたいなら手加減しろ』と言われていたのに、酷く険しい顔で『全力でやっていい』とまで仰っていた。

どうやらそいつは、同僚のLesser dogや、犬夫婦まで退けてきているらしい。つまりは、我ら騎士団すら壊滅させる程の実力者(遊び相手)がやってきたというワケだ。

そんな話を聞いて、期待にソウルを跳ねさせない方が難しかった。

それを聞いたGreater dogは、お気に入りの槍を引っ掴み、鎧を磨きあげ、そして、雪の下に鎧を埋めた。ちょっとした不意打ち(サプライズ)として、喜んでもらえるだろうかと思ったからだ。小さな弱そうな相手かと思ったら、身体の大きい、強い相手が出てきたなんて、自分だったらとても興奮する。

ただ、一つ残念に思うことがあった。それは、全力でやったらきっと、二度と遊んでくれなくなるだろうということ。全力を出すと、いつも相手が動けなくなるまで傷付けて(あそんで)しまうから、また怖がられてしまうだろうな、と寂しく思いながらも、それを上回る高揚感がソウルを満たしていく。

 

 

ざく。

 

 

前方で、足音が聞こえた。奴が来たのだと察して、ソウルが跳ねる。鎧の下の尾が震える。

足音は真っ直ぐ、此方にやって来る。

 

 

ざく、ざく、ざく。

 

 

そして、自分の隠れる、雪まんじゅうの前で足を止めた。

 

 

 

来た! そう思って、雪まんじゅうを突き破り、顔を出す。

 

 

 

―――――その瞬間に、ガツンと強く響く衝撃が顔に走った。

 

 

「ギャンッ」

 

 

思いもよらない衝撃に、頭が揺られ、視界が定まらず、反応が遅れる。それが命取りだった。首が思い切り掴まれ、締め上げられる。

 

 

「がッ」

 

 

そして、ぐん、と本体である自分の本当の身体が雪の下に隠していた鎧から引き抜かれ、雪の上に引き倒された。

まずい、と鎧の方に逃げようと体勢を立て直そうとするも、そのまま上にのし掛かられ、逃げ場が無くなる。そして、大きく振り上げられた、きらりと光る得物。

 

しまった。そう思った時にはもう遅かった。

 

 

ドスッ

 

 

「ァガッ」

 

 

ドスドスドスドスドスドスドス

 

 

抵抗する間も与えず、身体中に、何回も刃が突き立てられる。痛みが止めどなく襲い、悲鳴すらろくに上げられない。逃げようと体を捩るも、人間は腹の上に跨がっている。鎧を着ていない小さな体では、その体を上から退かす程の力は無かった。

こんなの戦い(あそび)じゃない、一方的な暴力だ、という非難すら出来なかった。

 

 

ドスドスドスドスドスドスドス

 

 

「ア………」

 

 

ドスドスドスドスドスドスドス

 

 

「………」

 

 

そしてふと、痛みでぼんやりする思考の中、思う。もしかして、自分と戦った皆は、こんな風にされて、ただの暴力だと思っていたのかな、と。現実逃避を兼ねた、走馬灯だった。

………そうして、何十回も、執拗にカッターを突き刺された彼の身体は、ざらりと塵へと変わる。

 

 

それを見て、人間はカッターを引き抜き、塵になるのを最後まで見つめ続け、そうして、また指折る。

 

 

「これで、あとひとり」

 

 

そのひとりは、言うまでもなく。

 

 

 

この先で待つ、このSnowdinのボスモンスター、たったひとり。

 

 

 

その赤いスカーフの首もとのすぐそこまで、人間の狂気の刃は迫っていた。




とある日記より抜粋



『Greater dogは、大きな鎧と、槍を携えたモンスターだ。けれど、それは見せかけで、本当は小さな犬が鎧を操作している。どうやら、魔法で鎧を動かしているらしい。

鎧を着ている状態は、私よりずっと体格がいい。正直出来ることなら、相手取りたくない。ゲームのGルートでは、二、三撃で倒せていたような気がするけれど、現実で相対して、そんな瞬殺できるわけがない。

ならば、先手を打とう。

彼は最初、雪まんじゅうの中に体を埋めている。そこから尻尾と顔が出てきて、それから鎧が出てくるのだ。その際に顔を、顎を蹴って、隙を作ろう。そして、その隙に引き摺り出してしまえば………


そういえば、彼は、遊んでやって見逃すと、自ら鎧を脱いで、顔を舐めてくれたはず。

その様子が、ゲームではとてもかわいらしくて、きゅんとしてしまった。



■■■■■■■』


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10.Believe In You!/Second Checkpoint

※明けましておめでとうございます


※残酷描写が多く含まれております


ひゅう、と、街に冷たい風が吹く。Papyrusがぶるりと身震いすると、コツコツ、カラカラと、自身の骨が乾いた音を上げた。

 

 

「うう、今日はこんなに寒かったか……?」

 

 

本当の意味で骨身に沁みる寒さに、己の肩を抱きながらPapyrusはそう呟く。確か天気予報では、今日も昨日と殆ど変わらない気温になる、という話だったはずだが、何故こんなに寒いのだろう。

そう考えて、あぁ、と、気付く。

 

Snowdinの町が、こんなにも静かだからだ。

 

見渡した町には、誰も見当たらない。いつもならモンスター達の話し声で賑わい、笑い声が響いていたこの町は、今は重く冷たい静寂に支配されていた。

いつもなら、Papyrusが見回りから戻ると、色んな住民が声を掛けてくれる。それは、『お疲れ様』という労いだったり、子ども達の『遊ぼう』というおねだりだったり。そんなソウルが暖かくなる、いつもの日常が無いからこそ、一段と寒く感じてしまうのだろう。

 

 

「………寒いなぁ」

 

 

ひゅうと、また風が吹く中、Papyrusは雪を踏み締め、町を見回る。まだ避難していないモンスターが居ないか、隅々まで確認すること。それが今彼が王国騎士団長―――Undyneからの命令だったからだ。

 

 

「終わったら、俺様も避難しないと……」

 

 

そして、次に伝えられていたのは、彼自身への避難命令だった。

 

 

 

―――――今から少し前。

 

 

 

ヴィーーーーッ ヴィーーーーッ

 

 

この街は、今までにないほどに騒がしかった。

 

 

 

 

「皆、逃げるぞ!!!」

 

 

 

ヴィーーーーッ ヴィーーーーッ

 

 

 

「お母さん待ってぇ!!」

 

 

「大丈夫よ、置いてなんていかないわ」

 

 

ヴィーーーーッ ヴィーーーーッ

 

 

 

「Cinnamonちゃん、行くわよ!!!」

 

 

 

 

それは、警報が鳴り響き、悲鳴が飛び交う、未曾有の混乱、という意味で。

 

 

「な、なんだ??? 凄く騒がしいぞ????」

 

 

最後の橋の仕掛けのスイッチをうっかり家に置き忘れ、取りに戻ってきたPapyrusは、これこそ楽しんでもらえるかもしれない、とわくわくしていた気持ちが吹き飛ぶような、そんなただ事ならない町の様子を見て、ぎょっと眼孔を見開いた。

慌ただしくバタバタと家を飛び出していく皆の様子では、何かあったかも聞けそうにない。誰か話を聞けそうなモンスターはいないかとキョロキョロ辺りを見渡して、Papyrusは雪の中でも目立つ緋色を見つけ、その髪を持つモンスターに駆け寄った。

 

 

「皆、落ち着いて避難しろ!! 大丈夫だ、あたしがついてる!!!」

 

 

「UNDYNE!!!」

 

 

「! Papyrus! 無事だったのか!」

 

 

未だ響くサイレンに掻き消されないように、大きな声で緋色の髪を持つ王国騎士団の団長―――Undyneに声を掛ければ、彼女は目を見開き、そして、安堵したような笑みを見せる。

 

 

「すまないUNDYNE、これは何事だ??? 何かあったのか???」

 

 

「それは………」

 

 

ヴィーーーーッ ヴィーーーーッ

 

 

話を遮るように大きく響くサイレンにUndyneは一つ舌打ちをし、険しい顔でPapyrusを見る。

 

 

「話は後だ!! 今はとにかく、皆をWaterfallに誘導しろ!!」

 

 

「わ、わかった!!!」

 

 

何がなんだか分からないが、団長の命令は従わねば。

そう判断し、命じられるままPapyrusも避難誘導に加わる。ただ、団長であるUndyne自らが指揮を執る。それほどの緊急事態なのであるということぐらいは、何も分からないPapyrusにも感じ取れた。

 

 

「皆!!!! WATERFALLはこっちだ!!!」

 

 

「わんわんっ!」

 

 

張り詰めた空気の中、Papyrusと、Undyneと、そしてまだこの街に残っていた王国騎士団の一人、Greater dogがサイレンに負けぬ声量で叫び続ける。

住民は怯え、戸惑いながらも、その指示に従った。それぞれWaterfallを通り抜け、Hotlandへ避難していく。Undyneは今視界に見える全員が退避した事をぐるりと見渡して確認すると、携帯を取り出し、何処かへと電話を掛け始めた。すると、鳴り響いていたサイレンが鳴り止んだ。電話先は、警報を出してくれていたAlphys博士だったらしい。

一言二言話してから電話を切り、UndyneはGreater dogに何やら話しかける。そして、険しい顔で、街の入り口の方を指差した。

 

 

「わんっ!」

 

 

何事かの命令を受けたのだろう、Greater dogは敬礼を見せた。ガシャガシャと音を立てて走っていく。敬礼を返しながら、その背を見送るUndyneに、Papyrusはおずおずと近寄る。

 

 

「あ、Undyne!! その、ええと……避難誘導は終わったぞ!!! 俺様、他に何したらいいんだ???」

 

 

「Papyrus」

 

 

振り返ったUndyneのその顔は、未だ険しい。Papyrusの友であるUndyneではなく、王国騎士団団長としての顔だった。いつもならカッコいいと思うその表情も、この緊迫感に気圧されてしまっているのか、少し話しかけづらかった。

 

 

「………そうだな」

 

 

思案する間、少しそわそわとしながらUndyneの言葉を待っていると、彼女は顔を上げ、一つ、命令を告げる。

 

 

「後はあたしに任せて、お前は住民の護衛をしろ」

 

 

「……ニェ?」

 

 

思いもよらなかった命令に、思わず聞き返してしまう。

 

 

「聞こえなかったのか。皆の護衛をしろと言ったんだ」

 

 

固まってしまったPapyrusに、Undyneはもう一度、はっきりと命令を下した。

けれど、彼女は長い付き合いのPapyrusは分かってしまう。命令という形に整えられた、その言葉の本当の意味を。

 

 

「なぁ……それって、つまりは、『皆と避難しろ』ってことか……?」

 

 

Undyneから返答はない。無言の肯定だった。

 

 

「そ、そんな……!! それは無理だ! だって俺様、まだ人間だって捕まえてないのに!!!」

 

 

あんまりな命令に、思わずPapyrusは異を唱える。

一番最初に人間を見つけたのは、Papyrusだ。だからてっきり、『捕まえてこい』と言われると思っていたのだ。

だって、自分だって、正式なメンバーじゃなくても、王国騎士団の一員なのだから。

 

 

「だから、捕まえに、」

 

 

「駄目だ!!!!」

 

 

びくり、と、体が強張る。Undyneの血気迫る怒鳴り声が、頭蓋を揺らした。

 

 

「それは、一番駄目だ」

 

 

「……な、何でだ……? だって、さっきは捕まえてこいって……」

 

 

「あれは無しだ」

 

 

そうぴしゃりと切り捨てたUndyneに、Papyrusは眼孔を見開く。そして、頑なに首を横に振った。

 

 

「い、嫌だ!!! だって、そしたら人間がまだ……!!」

 

 

そこまで言いかけて、はっと、人間を気に掛けている言葉を言おうとしている事に気付き、慌てて誤魔化す。

 

 

「つ、捕まえてくれば、騎士団の!! 正式なメンバーになれるんだろ!!??」

 

 

「……そんな話もしたな」

 

 

Undyneは顔を顰め、そして、仕方ない、と一つ、溜め息を吐く。

 

 

(コイツの人間への憧れは、まだ消えていないんだな)

 

 

先程Papyrusが言いかけた言葉の先を察せない程、Undyneは愚鈍では無い。やはりまだ、Papyrusは人間に憧れているのだと、察してしまった。

 

Papyrusが自分の下に通うようになってから、ある日、珍しく付き添いでやってきたSansが話していた。Papyrusは、学校で人間とモンスターの歴史について学んだ後も、人間という存在に夢を見ていると。優しく、純粋すぎるあまり、人間ともきっと分かりあえると考えていると。

それを聞いた時は『なんて甘い考えだ』と憤慨したものだが、だからこそ、人間を捕まえることを入団の条件として課した。

 

人間は敵であることを解らせ、そのソウルを成長させる為に。

 

最初は、ただの断り文句のつもりだった。六人目の人間がやってきてから、何十年という時が経っている。いつやってくるか分からない人間を待つなど、時間の無駄にも程がある。待っているうちに、いつか諦めるだろうと、そう考えて。

しかし、自分の下で料理やバトルの鍛練の面倒を見ているうちに、Papyrusの強さやモンスター柄*1に触れ、『コイツなら騎士団に入れてもいいかもしれない』と思うようになった。そう考え、入団条件の変更を考えていた矢先にその話を聞き、それならば尚のこと人間への憧れを捨てさせなければと、Undyneはそう決めた。

 

何故ならば、我等王国騎士団は、Asgore王に従い、尽くす者。その王が、人間のソウルを欲しているなら、人間をその手で殺し、ソウルを献上せねばならない。

 

その現場を、Papyrusもきっと見ることになる。

 

ならば、そんな甘い考えは、捨てさせなければならない。そう考えてのことだった。

 

 

――――……けれど、実際はどうだ。

 

 

目の前のPapyrusは、実際に人間を目にしても、まだ憧れを捨てきれていない。それどころか、情を移しかけている。

 

こんな最悪の事態を引き起こした、張本人だというのに。

 

 

(………普段だったら、憧れるだけなら許してやれたんだがな)

 

 

憧れを口に出さず、胸に抱く分には、まだ許してやれた。何かに憧れる気持ちは、分からなくもない。現にそうして自分も、王国騎士団に憧れ、入団を志したのだから。

 

だが、それは『いつもの日常』の中での話。

 

 

(……憧れを壊すには、こうするしかないか)

 

 

案外強情なこのスケルトンの憧れを捨てさせ、諦めさせるには、こうするしか。

 

 

「……ちょっと待ってろ」

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

そう覚悟を決め、Papyrusに背を向け、Undyneは携帯を取り出す。そして、もう一度Alphysへと電話を掛けた。幸いにも、直ぐに電話は繋がった。

 

 

『も、もしもし? どうしたの?』

 

 

「……すまない、Alphys。さっき見せてもらった監視カメラに写った人間の映像は、まだ録画してあるか?」

 

 

『え? え、えぇ、勿論あるわ!』

 

 

突然の要望に困惑が聞き取れるAlphysに、Undyneは続ける。

 

 

「……それを、送ってくれないか。必要なんだ」

 

 

『わ、分かったわ。ちょっと待ってて』

 

 

プツリと電話が切れる。と、同時に、ピロン、と、メッセージが届いた軽快な通知音が響いた。送られてきたそれに添付されていた動画を開く。

 

 

「これを見ろ、Papyrus」

 

 

「あぁ……?」

 

 

ずいと、携帯を差し出され、Papyrusは戸惑いながらもそれを受け取って、画面を覗き込んだ。

 

再生された動画の中は、Snowdinの森が映されていた。これは、自分の見張り小屋の辺りだろうか。その森の中を、覚束無い足取りで歩く人間が居た。

 

 

「! にんげっ」

 

 

その人間の後ろで、木々の中から血気盛んなモンスターが飛び出した。あれは、Chilldrake(いきがりバード)だろうか。彼は何故かとてもいきり立った様子で、人間に襲いかかる。人間は背後からの奇襲に対応しきれず、雪の中に倒れるものの、上にのし掛かり、氷の魔法で攻撃するChilldrakeを強く突き飛ばし、赤い体液()を流しながらもよろよろと立ち上がった。

そうして、ポケットの中から、銀に光を反射する何かを取り出した。

 

 

「え」

 

 

それをしかと握り締め、突き飛ばされた衝撃で、雪の中に深く突っ込んだChilldrakeに人間は近付いていく。その胸元を掴み上げ、きらりと光るモノが振り上げられる。それに気付いたChilldrakeは、バタバタともがいて抵抗する。

 

カメラに写ったその顔は、恐怖で引き攣っていた。

 

 

「あ、まて、人間……!!」

 

 

その顔に、嫌な事がこれから起ころうとしていると感じ取ったPapyrusは、思わず静止の声を上げる。だが、しかし。

 

 

それは、無慈悲に振り下ろされた。

 

 

「あ………」

 

 

ざあっと、Chilldrakeの体が塵と変わり始める。スケルトンには無い筈の血の気が引いていく。

 

銀のあれは、ナイフの類いだったのだ。

 

そう今更理解したPapyrusを置いて、画面は次々に移り変わる。

そのどれもこれもが、人間に因って仲間たちが殺されていく光景を写していた。

 

 

町の子ども達も、Lesser dogも、Doggoも、DogamyとDoggeresaも。みんなが皆、塵へと変えられ、雪に混ざって消えていった。

 

 

カタカタ、ガラガラと、骨身が震えて音を立てる。止まらぬ震えで携帯を雪の中に取り落としそうになるのを堪えるだけで精一杯だった。その震えの源にあるのは、やっと抱いた人間への恐怖なのか、それとも。

 

Papyrusは、信じられない気持ちでいっぱいだった。

こんな、こんなことが現実なのか。雪の上にお互いの体液を撒き散らし、塵となるまで殺し合う、こんな光景が。

 

 

(まるで、学校で習った、人間とモンスターの戦争そのものじゃないか………)

 

 

まるで、歴史を目の当たりにしているかのようだった。

そして、それでもきっと、人間と仲良くなれるのではないかと、友達になれるのではないかと信じていた理想が、裏切られてしまった瞬間だった。

何の躊躇いもなく行われる殺戮を顕然(まざまざ)と見せつけられたPapyrusは、あまりのショックに言葉も出ず、ただただ茫然と、立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

「これでわかっただろう、Papyrus」

 

 

その様子をじっと見ていたUndyneは、携帯をその手から取り上げ、静かに告げる。

 

 

「人間は、我々の敵だ」

 

 

静かに、だがはっきりと、Undyneはそう断言した。

 

 

「お前は優しすぎる。お前じゃきっと、人間(てき)を殺せない。だから、命令だ。皆についていてやれ」

 

 

そう言うと、UndyneはPapyrusが来た橋の方へと去っていこうとする。恐らくは、人間と戦うために。

 

 

「待ってくれ!!!!!」

 

 

その背中を、呼び止めた。

 

 

「え、ええと……お、俺様、避難する前に、逃げ遅れたモンスターが居ないか、町を見て回って、最終確認した方がいいんじゃないかと思うんだが!!」

 

 

話を聞く気はあるらしく、足を止めたUndyneに、Papyrusはつっかえながらも何とかそう提案する。

 

 

「もしかしたら、避難警報が聞こえてなかったモンスターもいるかもしれないし……」

 

 

しどろもどろになっているのはPapyrus自身も分かっている。だが、それでも。

 

 

「そ、それに!! もしかしたらWATERFALLにも逃げ遅れたモンスターがいるかもしれない!!」

 

 

そう続けると、Undyneの肩がピクリと跳ねる。

 

 

「UNDYNEは水の中も自由に素早く動けるんだし、ぱぱっと全部、見て回れるだろ!? だから、その、WATERFALLの見回りは、UNDYNEがしてきた方がいいんじゃないかと思う!!!」

 

 

それでもまだ、Undyneは向こうを見据えたままだった。これ以上言葉が見つからないPapyrusは、何かを言おうとして、結局、何も見つからず、項垂れながら言った。

 

 

「頼む。俺様にも、これくらいはさせてくれ」

 

 

長い沈黙が流れる。

 

 

はぁ、と、Undyneはため息を一つ吐いた。一理あるな、と思ってしまったためだ。

Waterfallは入り組んだ洞窟の為、迷子になっているモンスターがいないとは言い切れなかった。Temmie(テミー)というモンスター達の村なんかも奥まった方にあるため、避難命令が届いていない可能性もある。

Undyneはくるりと振り返り、Papyrusに向き直る。

 

 

「…………分かった。だが終わったら直ぐに避難しろ。そしてもし、万が一人間と出会ったら、直ぐに逃げて、私に連絡しろ。いいな」

 

 

「!!! わ、分かった!!!」

 

 

そう言うと、UndyneはWaterfallの方へと歩きだした。

 

 

「……あ、SANSにも伝えないと……」

 

 

はっと兄にこれを伝えなくてはと思い至ったPapyrusは、自身の携帯を取り出す。そこでふと、もし電話に出なかったらどうしようと、一抹の不安を抱いた。震える指でSansに電話をかけた。Papyrusの不安に反し、ぐうたらな兄にしては珍しく、三回程の呼び出し音が鳴った後、電話口から兄の声が聞こえた。

 

 

『……papyrus? どうしたんだ?』

 

 

「……Sans……」

 

 

『……どうしたんだ。言ってみろ』

 

 

思わず、声が聞こえて安堵してしまったからか、小さく消えそうな声音になってしまう。Sansはそれに深く突っ込むことなく、優しい声音でPapyrusに問いかけた。

 

 

Undyneに避難しろと言われたこと。

 

けど、避難する前に見回りの仕事をもらったこと。

 

そして、人間の恐ろしさを、知ってしまったこと。

 

 

それを何とか口に出すと、Sansは静かに、そうか、と言った。

 

 

『取り敢えず、だ。橋の所は俺が見張っといてやるから、見回り終わらせちまえ。俺なら人間が来ても近道で直ぐ逃げれるしな』

 

 

「……そう、だな。そうする。………気を付けるんだぞ、SANS」

 

 

『おう』

 

 

そうしてSansのアドバイスに従い、今に至る、というわけだった。

 

 

「おーーーい、誰もいないかーーー?」

 

 

その呼び掛けに答えるのは、町に吹く風だけだった。恐らくは皆、先程ちゃんと避難したのだろう。

それがわかって安堵すると、またPapyrusは雪の道を歩き出した。

静かな町を一人で歩いていると、どうしても考えてしまう。

 

 

(……あの時も、あの時も。パズルをしなかったのは、ちょっとでもはやく、俺様を、こ、殺したかったから………そういう、ことなのか?)

 

 

そして、あの映像を見れば、嫌でも今までの人間の行動の意味が分かってしまう。人間が、何故、パズルを解いてくれなかったのか。何故、真っ直ぐ此方にやってこようとしたのか。

 

 

それは、Papyrusを、Sansを、一刻も早く殺すため。そう、分かってしまった。

 

 

(でも、それなら、どうして………)

 

 

けれど一つ、Papyrusには引っ掛かることがあった。

 

 

(どうしてあの時、あんな顔をしたんだろう?)

 

 

顔を上げた時に見えた、あの表情。あれの意味は、一体なんだったというのだろう。

それが気になって、Papyrusはあの時、咄嗟にUndyneを止めてしまった。

Undyneに任せたら、そのまま話すことなく連れていかれてしまうだろう。そして、何をされるかは分からないが、恐らく二度と会うことはないだろう。

 

ここで話せなかったら、きっと後悔する。

 

あんな恐ろしい惨劇を起こしている人間だともう知っているというのに、そんな思いが何故か消えず、庇うような真似をしてしまった。

 

 

(……でもやっぱり、ちょっと、こわいな……)

 

 

ぎゅうと、また音を立て出した己の身を掻き抱き、この震えは寒さの所為だと誤魔化すように骨身を擦った。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

プツン、と、電話の切れた携帯を眺めながら、Sansはカリカリと頭を掻いた。

 

 

(………『夢』と、随分違うな)

 

 

忘れ物を取りに行った弟。

 

入れ違いで走っていったGreater dog。

 

かかってきた電話。

 

そして、弟が弱っていたからとはいえ、ひとりで此処に残ることになった自分。

 

ここまで聞こえるぐらいの音量で、町に警報が響いていた所までは一緒だ。ただ、その後に自分の知らない未来がやって来たことに少し動揺しながら、携帯をポケットに突っ込んだ。吹きつけた冷たい風が、ひとりであることを尚更実感させた。

 

 

(『夢』だったら、警報が鳴り止んだくらいに町に着いて、undyneには会わずにgreater dogと一緒に帰ってきて、橋で別れる、って手筈のはずなんだが)

 

 

何が違ったのだろう、と、少し考える。やはり先程、人間がPapyrusに対して一瞬反応を示したからだろうか。いや、そもそも人間が違うのが影響しているのだろうか。

 

 

(………heh、どうせ、答えなんてないか)

 

 

思考を放棄し、そのまま突っ立って、橋の向こうを見つめる。

寒風に骨身を晒すこと暫く。雪道の向こうからふらふらと人間がやってくる。

 

その片手には、地下世界では見慣れない、ナイフらしきものがしかと握られていた。

 

人間は橋の手前でじっと此方を見、此方へとやってくる。

 

 

「よぉ。papyrusが居なくて驚いたか?」

 

 

橋を渡りきった人間に声をかければ、人間はぴたりと足を止めた。

 

 

「心配しなくても、papyrusはこの先に居るぜ。ちゃあんと筋書き通りに、な」

 

 

吐き捨てるようにそう言っても、人間はただ俯いたままで。話を聞いてはいても、聞く耳は持っていないらしい。

 

 

「heh. どうせお前は、もうすぐ俺の兄弟と戦うんだろう。ここでフレンドリーな……最後のアドバイスをしてやろう」

 

 

そんなことだろうと思っていたSansは、皮肉げに笑いを溢す。

こんな状況になっているのだ。きっとこいつにもう止まる気はないのだろうと、Sansも分かっている。だから、最後の警告を告げる。

 

 

「もしお前が今のまま進むつもりなら」

 

 

いつも笑っているように見える目から、光が消える。

 

 

「きっと、酷い目に遭うだろう」

 

 

まるで地を這うような低い声でそう、明確な殺意を込めた警告をし、SansはShortcutを使った。

Sansの姿が瞬く間に掻き消え、その場に残されたのは人間だけだった。

人間はカッターナイフを握った手を見つめる。小さく震える手を暫く見つめ、何を思ったのか、ポケットから細く、長く切られた紫色の布きれを取り出し、それを巻き付け始めた。それを固く硬く結び付けると、一言ぽつりと呟いた。

 

 

「そんな風に言うぐらいなら、ここで殺してよ」

 

 

そう呟かれた言葉を聞いたのは、誰もいなかった。

 

 

 

 

――――消えたSansの方はというと。

 

 

Shortcutを使い、SansはPapyrusがいるであろう町の反対側までやってくる。案の定、ちょうど見回りを終えたPapyrusがやってきたところだった。

 

 

「papyrus」

 

 

「!! SANS!!!」

 

 

林の間から出て、後ろから声をかければ、バッとPapyrusはSansに振り返った。

 

 

「見回りは終わったのか?」

 

 

「あ、あぁ!! ちゃんときっちり、一軒一軒見て回ったとも!!」

 

 

「そうか。なら俺達も行こうぜ」

 

 

SansはPapyrusを連れ、Waterfallの方に歩いていこうとする。ざくざく、ざくざくと、ふたり並んで道の中程まで進んで……ふと、Papyrusが足を止めた。

 

 

「………なぁ、SANS」

 

 

「……ん?」

 

 

「お前がここに居るってことは、もう人間がそこまで来てるんだな?」

 

 

「あぁ」

 

 

今度は、SansがPapyrusに向かって振り返る番だった。

Papyrusは雪を見つめ、深く深く、息を吐き出す。何事かを言おうとしている弟を見て、嗚呼緊張しているんだな、と、兄は直ぐに分かっていた。

 

 

「Sans」

 

 

数度深呼吸した後、Papyrusは顔を上げ、真っ直ぐSansを見た。

 

 

(……あぁ、やめてくれ)

 

 

そんな祈りもつかの間に手折られ、

 

 

「俺様、ここに残ろうと思う」

 

 

今この状況で、Sansが一番聞きたくなかった言葉が、愛しい弟のその口から紡がれる。

 

 

「見回り中に考えたんだけどな! やっぱり俺様、アイツを放っとけない!!」

 

 

言葉を返せないでいるSansに、畳み掛けるようにPapyrusは言う。

 

 

「確かに今のアイツは……UNDYNEの言う通り、それはもう、もの凄ーく悪いヤツだ。けど、俺様は、アイツも良いヤツになれると思うんだ!! だから、ちょっと話をしてこようと思う!!」

 

 

そうPapyrusは、いつもの声量ではっきりと言い切った。自分自身の行動、言動に、自信がある証だった。

 

 

「だから、先に行っててくれ」

 

 

びゅうと、一際強い風が、ふたりに吹き付ける。身体を通り抜ける冷たい感覚は、きっと風だけの所為ではないだろう。

 

 

「……そうじゃ、なかったら?」

 

 

沈黙の後、Sansは、一言尋ねた。

 

 

「どうしようもない程悪い奴だったら、どうする?」

 

 

すると、Papyrusは眼孔を見開いた。そして、うーん、と、大袈裟に考え込む仕草をする。その身が、小さくカタカタと音を立てているのに、Sansは気付いていた。

でも結局は、彼はいつものように笑って。

 

 

「例えそうじゃなくても、そうなれるよう、俺様が導いてやりたいんだ」

 

 

恐怖に震えながらも、人間を信じ、にこりと笑うその姿が、あまりにも眩しくて。

Sansは思わず、目を逸らしてしまいそうになる。

 

 

「心配なら無用だ!! この偉大なるPAPYRUS様のお言葉なら、きっとアイツのソウルにドドーーンと、いやズドーーンと届くはずだからな!!」

 

 

そう、自信満々に、この状況に相応しくない、いつもの不敵な笑みを浮かべる弟。Sansはとうとう、俯いてしまった。

 

 

「……そんな、わけ……」

 

 

そんな訳がないだろう。

今ここでそう激昂できたら、どれだけ良かっただろうか。いや、それが言える口があるのだから、言ってしまえばいいだけなのだ。弟がひとり死地に残ろうとしているというのに、何とも思っていない訳がないのだから。

 

けれど、そんなSansの邪魔をするのは、

 

 

『人間が来たら、守ってあげて』

 

 

そんな、いつかの日の扉越しに結ばれた優しい約束と、

 

 

(―――ここで止めて、何になる?)

 

 

Snowdinの雪のように長く永く降り積もった、未来への絶望だった。

 

 

もし此処を変えた所で、何になるというのだろう。だって、彼は知っている。時間軸は閉ざされ、ここから先の未来には進めないことを。

 

その絶望を更に助長しているのが、とある『夢』だった。否、ただの夢ではない。正しく言うならば、()()()()()()()()()()()を、彼は何度も追体験している。

 

 

皆で地上へ出た世界も、皆殺される世界も、結局はリセットされるのだと、彼は知ってしまっていた。

 

 

どうせ、世界はまた、繰り返されるのに。

 

 

どうせ、何を言っても、何度やっても、無駄なのに。

 

 

どうせ、言葉も行動も意思も、何もかも無に還されるのに。

 

 

何度も。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 

そう知っている。知ってしまった。だから、彼は。

 

 

弟を止めようと伸ばしかけた手を、身体じゅうにべったりと絡み付く絶望の重みが邪魔をして、充分に伸ばすことができないのだ。

Papyrusは、何か言いたげな兄の反応を見て、やっぱり反対されるよな、と、もう一押しする為に口を開く。

 

 

「SANS。俺様は、人間を信じたい。アイツはまだ、良いヤツになれるって」

 

 

Papyrusはそう、彼の胸の奥に秘めた決意を口にする。『絶対に人間を信じぬく』という、固い決意を。

 

 

「どんな奴だって、努力すれば何でも成れる。俺様が諦めずに努力した結果、UNDYNEに認められたようにな!! ニェーッヘッヘッヘ!!!」

 

 

だから、と、PapyrusはSansを見て、言う。

 

 

「俺様を信じてくれ、SANS」

 

 

その言葉に、Sansは眼孔を大きく見開く。

なんて、酷い言い方だろう。『信じてくれ』だなんて、全てを諦めてしまった彼には、余りにも眩しすぎる言葉だった。

 

 

(いかせたくない)

 

 

そう言えば、諦めてくれるだろうか。いや、きっと弟は諦めないだろうと、過った疑問が即刻で打ち消される。だって、Papyrusは、やると決めたことは絶対に諦めない。それをSansは知っている。料理をマスターすると決めた時も、王国騎士団に入りたいと言い出した時も、ずっとそうだった。

 

だからきっと、今回も、何を言ったって、諦めないんだろう。自分とは違って。

そんな時、いつも自分は、どうしていたんだっけ?

 

深く深く、溜めた息を吐き出す。

 

 

「………分かった。お前を信じるよ、papyrus」

 

 

「! あぁ、そうしろ!!」

 

 

Sansは、いつものように笑って、そう言った。

 

 

(やらせてやろう、出来る限り)

 

 

それが、弟の決意に対するいつもの答えだった。

ふたりで笑って過ごしたいつもの日々のように、弟に全て任せて、それを自分はただ茶化す、そんな雰囲気で、笑う。本当は行ってほしくないのを、どうにかひた隠して。

その笑みを受けて、Papyrusもまた、いつものように笑ってみせた。

 

 

それが、最後の分岐点だった。

 

 

「じゃあ、また後でな。兄弟」

 

 

「あぁ!! 後でな!! 俺様が人間を止めたという吉報をボーンやり待っていろ!!!」

 

 

Sansがひらひらと手を振ると、Papyrusはそう明るく骨ギャグを吐き捨て、くるりと踵を返し、来た道を戻っていく。

Sansはその背を追わずに暫く見送ると、雪道を進み始めた。

 

 

「……………クソ、がァ………!!!」

 

 

そのソウルに、絶望を乗り越えられず、『弟を信じる』だなんて綺麗事で包んだ楽な道を選び、弟を見捨てる自分への失望と、かといってこの時間の檻から出られる手段もない更なる絶望を、ぐるぐると渦巻かせながら。

 

 

 

 

そうして、定められた運命は滞りなく訪れる。

 

 

 

 

「止まれ、人間!」

 

 

深い深い、魔法で作り出した霧の中。雪を踏み締める音ともに、ゆらりと前方に浮かんだ黒い影―――人間に向かって、Papyrusは声を張り上げた。

しかし、そんな声が聞こえていないかのように、ざくりと音がし、また影少し、濃くなった。

 

 

「おい、俺様が話をしている間に動かないでくれ!」

 

 

そこまで言って、漸く人間は足を止めた。ひやりとしたものを覚える中、Papyrusは、話し続ける。

 

 

「このグレートなPAPYRUS様は、お前に言いたいことがある」

 

 

言おうと考えていた言葉を一文字づつ、しっかりと声に出す。自分の想いが、少しでも届くように。

 

 

「まず第一に、お前、なんか変だぞ! パズルが好きじゃないみたいだし……あちこちふらふら彷徨って……いつも手を塵まみれにしてる。まるで……」

 

 

瞬間、見せられた映像がフラッシュバックする。

 

 

「よくない道へ、進もうとしているみたいだ」

 

 

声が震えてしまったことは、気付かれなかっただろうか。

 

 

「しかし! このPAPYRUS様は! お前が秘めている大きな可能性を見出だしているぞ!」

 

 

ドクドクと身の内で暴れるソウルを落ち着かせようと、一つ深呼吸し、そして、意を決して、いつものように、ハキハキと喋り始めた。

 

 

「誰だってその気になれば良いヤツになれるのだ! 俺様は、努力するまでもないけどな!!! ニェッヘッヘッヘ!!!」

 

 

自分を奮い起たせるつもりで、大きな声で笑ってみせた。しかしそれは、やはり虚勢であるからか、人間が一歩踏み出した音に、Papyrusは大きく肩を跳ねさせてしまう。

 

 

「ひっ、っ、………こらっ!! 動くんじゃない! 俺様の話をちゃんと聞け!」

 

 

一瞬、怯えた悲鳴が喉骨から飛び出しかける。けれど、それを寸での所で押さえつけ、兄の怠惰を叱る時のように叱咤した。

 

 

「人間! お前に必要なのは導いてくれる誰かだ! 誰かがお前に正しい生き方を教えてやらなきゃいけない! でも心配するな、このPAPYRUS様が……お前の友達、そして先生になってやろう!」

 

 

ここで、己が寄り添ってやらなければ、きっとこの人間は止まれない。きっと、何処までも悪い奴になってしまう。だから、ここで止めてやらなければ。

その想いが、Papyrusをこの場に踏み留まらせていた。

 

 

「そうすればお前も、真っ当な人生に戻れる!!!」

 

 

最後にそう、断言してやる。Papyrusが言おうと考えていたことは、これで全てだ。そう信じていると、伝わってほしいと、言葉は尽くしたつもりだ。

人間の表情は、霧の中で見えない。己の想いは、人間のソウルに届いただろうか。

 

しんと、痛い程の長い沈黙の後、また、歩を進める音がする。今度は、Papyrusはそれを静止しなかった。

 

 

ざくり、ざくり、ざくり。

 

 

人間はそのまま、この濃霧の中でも、お互いの顔がちゃんと認識できるぐらいの距離まで、近付いてきた。

 

 

「よし、こっちに来たな。ヤッホー!! さっそく俺様の指導が効いてるな!!!」

 

 

それを歓迎するように、Papyrusはにこりと笑い、震えの残る腕を、大きく大きく広げた。

 

 

「仲直りのハグをしよう、人間」

 

 

それは、数々のモンスターを殺してきた異常者に対するには、あまりにも無防備で、無抵抗な姿だった。

 

 

(………大丈夫。きっと、大丈夫だ)

 

 

けど、Papyrusは信じていた。きっと必ず、人間は武器を置いてくれると。

 

この腕に、飛び込んできてくれると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――そう、信じていたのに。

 

 

 

 

 

=)

 

 

 

 

………ざく。

 

 

ザクザクザクザクザクッ!!!

 

 

人間がわらって、走り出す。そして、その広げられた懐に、真っ直ぐ飛び込んで。

 

 

 

ズパンッ

 

 

 

 

突然、繋がっていた筈の身体が全て消え失せた。何が起きたのか理解出来ずにいると、視界がぽおんとはね上がり、そして、急激に地面へと低下していく。それを落ちていたのだと気が付いたのは、ぼすりと、雪の上に落ちて動けなくなってからだった。

目の前に、お気に入りだった赤いスカーフが雪に落ちた。拾わなくては、と思わず身体を動かそうとしたところで、気付く。

ざらりと、目の前で塵と変わっていくのが、自分の身体だったことに。

 

 

(あぁ……そうか……)

 

 

先程、一瞬きらめいた、銀の一閃。

あの一閃で、Papyrusの首は、身体と別たれてしまったのだと漸く気が付いた。

 

 

「あ、ああ、こんな筈じゃ、なかったのに……」

 

 

思わず口を衝いた絶望が、彼の心境を何よりも現していた。

首一つとなってもまだ動くPapyrusに止めを刺すためか、人間が動き、Papyrusの頭蓋の前に立った。逃げられないPapyrusに、人間の影がかかる。

 

 

「……だが、そ……それでも! 俺様はお前を信じるぞ!

お前が良いヤツになれるって、絶対に信じてる!!」

 

 

人間が高く足を振り上げる間も、Papyrusは人間を見据え、尚も言葉を続ける。殺すのを止める命乞いなどではなく、ただ、本当に、信じていると伝える為に。

 

 

「だって、そんな顔をしてるお前が、悪いヤツなワケない――――」

 

 

そう続けられた言葉は、自身の頭蓋骨と共に踏み砕かれた。

 

 

Papyrusの声が止み、辺りは酷く静まり返った。さぁっと、静かに霧が晴れていく。霧を作り出していたモンスターが死んだからだろう。

踏みつけた姿勢から、漸く人間が足を退ける。そこに残っているのは、小さな塵の山だけだった。

人間は、その傍らにある、雪に埋もれた赤いスカーフに目をやった。

膝をつき、それを拾い上げる。そのまま暫く、冷たい風に靡く様をずっと見つめていた。

その後、それを雪の上で左手で撫で付け、長く広げる。そして、端を細く、Torielを殺した時のように切り取った。その切れ端を右手にまた巻き付けて、固く結んだ。

 

 

「いかなきゃ」

 

 

そう呟き、人間は独り、立ち上がって、また、誰かを殺すために歩き始めた。

捧げられた真心を、雪と共に踏みにじって。

 

 

 

 

――――――……それから、少しして。

 

 

 

 

 

ざく、ざく、と。静まり返ったSnowdinに、足音が一つ。

その音の主のモンスターは、地面に広げられた赤い塵まみれのスカーフの前で、どさりと膝を着いた。

 

 

「Papyrus」

 

 

そのスカーフの持ち主の名を、愛していた弟の名を小さく呟くも、返答は無い。ぱたぱたと、スカーフに水滴が落ちて、じわりと染み込んで、消えていく。

スカーフを拾い上げ、掻き抱き、そして―――Sansは、人間が去っていった方を睨み付ける。

 

 

その眼孔には、強い怒りがギラギラと光り輝いていた。

*1
人間でいう『人柄』




とある日記より抜粋


『Papyrus。彼は、Genocideルートに置いての第二関門にして、一番の難関だ。

彼は、あまりにも善いやつだ。前述した通り、NやTPの時はもちろん、友を、町の住民を殺したPlayerすら、お前は良いヤツになれると心底信じてくれる。

自分が殺されるという、命の危機の際ですら。

その言葉に決意を折られたPlayerは数知れないだろう。私も、一度それで武器を置いてしまったことがある。

だって、眩しかったのだ。良いヤツになれると断言してくれる、その心の美しさが。怖くて仕方ないのに、友達になってやると言えるその強さが。兄がリアルスターと例えるのもよく分かる。

だけど今度は、その光を、確実に消さなければならない。
Playerだったあの時とは違う。もう、武器は置けない。


だから、武器を置けないよう、武器をしっかり握り込んで、固定しなければ。モンスターは基本、身体も衣服も全て塵に変わってしまう……はず。ゲームだった時は、そういう演出だった。もしそうなら、Snowdinの店にバンダナがあるはず。それを盗って、武器を握った手にほどけないように固く結びつけてしまおう。


私の敵意が、消えないように。』





※2/14 加筆修正


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