戸山香澄は勇者である (悠@ゆー)
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第1章〜戸山香澄の章〜
勇者達の邂逅


"BanG Dream!"と"結城友奈は勇者である"のクロスオーバー作品です。



拙い小説ですが、どうぞよろしくお願い致します。




時代は新世紀300年の4月、桜満開の並木道を一人の少女が車椅子を押しながら歩いていた。

 

車椅子を押している少女の名は戸山香澄。猫の様な特徴的な髪型をしている。

 

その車椅子に座っている少女の名は山吹沙綾。艶やかなブロンドのポニーテールで青いリボンが結ばれている。彼女達はこの春から花咲川中学の2年生になる。

 

香澄「春だねー、今日はどんな事をしようかなー。」

 

沙綾「香澄はいっつも元気で羨ましい。あっそうだ今日からうちの部活に後輩が入ってくるみたいだよ。」

 

香澄「ホントに⁉︎放課後が楽しみだね。」

 

そんな他愛もない会話をしつつ二人は学校へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

放課後--

 

香澄「戸山香澄、さーやと共に勇者部にとーちゃくしました!!」

 

香澄が元気よく勇者部部室のドアを開けるとそこには二人の生徒が話していた。

一人は牛込ゆり--この花咲川中学勇者部の部長であり香澄と沙綾を勇者部へ誘った張本人である。

 

ゆり「あっ香澄ちゃんに沙綾ちゃん。ちょうど良かった、この子が今日から新しく勇者部の一員になりまーす。」

 

そう言ってゆりはもう一人の生徒をずいずいっと前へ出し、その子はもじもじとしながら自己紹介を始める。

 

りみ「あっ、あの、どうも初めまして。わ、私1年の牛込りみって言います。ど、どうぞ宜しくお願いします。」

 

香澄「わー初めまして、私、戸山香澄って言います。よろしくねーりみりん。」

 

りみ「り、りみりん⁉︎」

 

香澄「あー、りみりん変だったかなー。何となくりみりんって感じだったからそう呼んでみたんだけど嫌だった?」

 

りみ「ちゃ、ちゃう!あっ違う…嫌じゃないですよ。」

 

香澄「可愛いーー。確か関西弁って言うんだよね、さーや。」

 

沙綾「そうだね。西暦の時代にあった関西地方の言葉だったよね。あっ紹介が遅れたね、私は山吹沙綾。これから宜しくね。」

 

りみ「よ、宜しくお願いします。」

 

軽くお互いが自己紹介を済ませたところで香澄が呟く。

 

香澄「ん⁉︎りみりん確か苗字牛込って・・・。」

 

ゆり「そう、りみは私の妹だよ。成績優秀・容姿端麗・完全無欠、私の自慢の妹よ。」

 

りみ「そっ、それは言い過ぎだよお姉ちゃんーー!」

 

 

 

 

 

 

ゆり「さて、本日の活動も終わった事だしりみの入部祝いで何か食べに行きましょうか。」

 

ゆりが言い出すとすぐさま香澄が食いつく様に、

 

香澄「さんせーです!」

 

と言い、沙綾も続けて賛成する。

 

ゆり「じゃあ早速かめやへレッツゴー!」

 

 

 

 

 

 

 

かめや--

 

沙綾「ゆり先輩そのうどんで3杯目ですよ⁉︎」

 

沙綾が驚きながらゆりに尋ねると、

 

ゆり「何言ってるの、うどんは女子力を上げる食べ物だよ。」

 

と笑いながら答える。

 

ゆり「そうだ、時期が早いんだけど今年の文化祭についての相談なんだけど…。」

 

ゆりが3人に向けて話し出す。

 

りみ「お姉ちゃん、今から文化祭の事決めるの?」

 

沙綾「去年は準備が間に合わなくて何も出来なかったんだよ。」

 

りみが尋ね沙綾が答える。

 

暫く4人が考える中香澄が口を開く。

 

香澄「今年はバンドなんかやってみたいです。何かキラキラドキドキしそう。」

 

ゆり「キラキラドキドキって抽象的だなぁ…まぁでも斬新でもあるね。それで計画進めて行きましょうか。沙綾ちゃんとりみもそれで大丈夫?」

 

沙綾「頑張ってみます。」

 

りみ「大丈夫だよ、お姉ちゃん。」

 

ゆり「よーし、じゃあ今日はこれで解散。」

 

香澄は沙綾と、ゆりはりみとそれぞれ帰路に着く。

 

 

 

 

 

 

 

帰り道--

 

夕日が射す川沿いの道を牛込姉妹は歩いていた。

 

ゆり「りみ、夕飯は何を食べようか。」

 

りみ「お姉ちゃん、まだ食べるの⁉︎」

 

ゆり「うどんは別腹だよ(笑)。」

 

そんな他愛もない会話が続く中で、ふとゆりがりみに尋ねる。

 

ゆり「りみ、もしお姉ちゃんに隠し事があったらどうする?」

 

りみ「どうしたの?急に。そうだなー、付いて行くよ何があっても。だってお姉ちゃんは私の唯一の家族だもん。」

 

ゆり「そっか。ありがとう。やっぱりみは私の最高の妹だよ。」

 

りみ「何か今日のお姉ちゃん変だよー。」

 

2人は笑いながら家路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

牛込りみが勇者部に入ってから1ヶ月が経った頃、授業が始まる前山吹沙綾は昔を思い出していた。

 

沙綾(私は2年前からの記憶が無い。そんな中引っ越した先で香澄に出会えた事は本当に奇跡の様な事だった。)

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

1年前--

 

香澄「もしかして隣に引っ越して来た人?私の名前は戸山香澄。お隣さん同士これから宜しくね!」

 

沙綾「私は山吹沙綾。戸山さんこれから宜しくお願いします。」

 

香澄「香澄で良いよー。あと敬語も無しね!そうだ、この街を案内してあげるよ。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

香澄「……ーや。さーや。」

 

沙綾「あっ、何⁉︎香澄。」

 

香澄「さっきから上の空だったよ。何かあった?」

 

沙綾「ううん、何でも無いよ。ちょっと香澄と初めて会った時の事を思い出したの。」

 

香澄「そっかぁー。大体1年前だったよねー。」

 

沙綾「そうだね。あの時香澄が友達になってくれたのは本当に嬉しかったよ。」

 

香澄「それは私もだよ。だからこそさーやと一緒に勇者部で何か出来る事がとっても楽しい。誘ってくれたゆり先輩には感謝だね。」

 

沙綾「本当だね。あっそろそろ授業が始まるよ。」

 

クラスメイト「起立!礼!お祈り!」

 

ここに限った事ではないが四国の学校では授業の前に必ずお祈りをする。この四国以外の地域は未知のウイルスで壊滅してしまい。日本の八百万の神々が樹となり四国を囲む様に結界を張って四国の人々を守っていると教えられている。

 

その教えを説いているのが"大赦"と呼ばれている所だ。四国のありとあらゆる機関を運営している。この花咲川中学もその1つだ。

 

 

 

 

 

 

授業中、戸山香澄は考えていた。

 

香澄「うーん、バンドをやりたいとは言ったものの何から始めれば良いかなー。楽器は学校にあるから曲を作らなきゃなー。作詞とかどうやるんだろう。」

 

そんな事を考えている中当然スマホからけたたましくアラームが鳴り響いた。

 

香澄「わぁ⁉︎何なのこの音。こんな音設定してなかっ……」

 

ふと周りを見渡すとまるで時が止まったかの様--

 

いや、比喩では無く本当に時が止まっているのだ。他のクラスメイトは動かず、落ちる木の葉は空中で静止し音も聞こえない。

 

香澄「何なのこれ……。」

 

香澄が呆気に取られながら周りを見回すと香澄以外にも動いている人が。

 

沙綾「香澄、これって一体⁉︎」

 

沙綾だ。2人が驚きながらスマホをする見るとスマホには

 

 

 

--樹海化警報--

 

 

 

と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、牛込りみもこのアラームや時が止まった事に驚きゆりの教室へと足を走らせた。

 

りみ「お姉ちゃん!何このアラーム。それに樹海化警報って。」

 

驚くりみを余所にゆりは落ち着きながら答えた。

 

ゆり「りみ、よく聞いて。私たちが"当たり"だった。」

 

突然周りの景色が変貌していく--

 

その景色はまるで木の根の様な、しかし根の色はカラフル。異質とも呼べる景色が広がっていた。

 

 

 

新世紀300年5月--

 

 

 

勇者部の日常は終わりを告げたのだった。

 

 

 



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桜色の勇者

他のサイトでも同タイトルの小説を掲載しています。

良ければご覧ください。





 

新世紀300年5月、突如けたたましく鳴ったアラームと共に周りの時が止まり、日常の世界は突然異質なものへと変わった。

 

香澄と沙綾は驚きながら周りを見回す。

 

香澄「教室にいたのに…何これ……。」

 

呆気に取られた香澄とは対照的に、沙綾は落ち着いている様にも見える。まるで初めて見る世界では無い様に。

 

香澄「さーや?大丈夫?」

 

沙綾「あっ、うん、何だか怖くて…。」

 

香澄「大丈夫!私がついてるからね!」

 

香澄が答えると沙綾も笑顔を取り戻す。

 

 

 

 

 

 

少し経ち、そこに牛込姉妹がやってきた。

 

香澄「ゆり先輩!りみりん!良かったー!」

 

香澄は2人を見つけると安堵の息を漏らし抱きついた。

 

ゆり「不幸中の幸いだわ。2人がスマホを手放していたら見つけられなかった。」

 

ゆりがそう言うと、香澄と沙綾はスマホを見る。

 

確かにスマホにはピンク青黄色緑の4つの点があり、それぞれピンクが香澄、青が沙綾、黄色がゆり、緑がりみを示している。

 

ゆり「この事態に陥った時、自動的に機能する様になってるの。」

 

ゆりが淡々と説明し驚きの事を口にする。

 

ゆり「私は大赦から派遣された人間なの。ここは神樹様が作った結界の中。私達はここで敵と戦わなければならない。」

 

その時スマホの画面に4人とは違う点が現れる。そこには"乙女型"と書かれていて、4人が点の示す方向を見ると、まるでこの世の物とは思えない巨大で異質な物体がゆっくりとこちらへ向かってきていた。

 

ゆり「あれはバーテックス。世界を殺す為に攻めてくる人類の敵。バーテックスが神樹様に辿り着いた時、この世界は死ぬ……。」

 

沙綾は感じていた。アレを見ているだけで"恐怖"という感情が溢れてくる。

 

 

 

根源的な恐怖---

 

 

 

まるで恐怖という概念が形を持っているかの様。

 

沙綾「あんなのと戦えるわけない…。」

 

震えが止まらない沙綾を香澄が抱きしめる。だがそれでも沙綾の震えは止まらない。

 

沙綾「ダメ……戦うなんて…出来るわけがない……。」

 

ゆり「香澄ちゃん、沙綾ちゃんを連れて逃げて。」

 

ゆりが香澄に言う。

 

ゆり「りみも香澄ちゃんと一緒に逃げて。」

 

りみにも逃げる様促すが、

 

りみ「ううん、お姉ちゃんを残しては行けない。ついて行くよ、何があっても。」

 

りみのこの言葉を聞きゆりは思い出す。

 

 

ーーー

ーー

 

 

ゆり「りみ、もしお姉ちゃんに隠し事があったらどうする?」

 

りみ「どうしたの?急に。そうだなー、付いて行くよ何があっても。だってお姉ちゃんは私の唯一の家族だもん。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

ゆり「ごめんね、ありがとう。」

 

ゆりがそうりみに言うと、2人はスマホのアプリ"NARUKO"に現れたボタンをタップする。その瞬間、2人は勇者システムを起動し勇者へと変身する。

 

牛込ゆりは、髪が金色へと変化し黄色の勇者服を身に纏う。そして左の太腿にはオオキザリスの花の刻印がある。そしてその横には、青っぽい犬の様な生き物が宙に浮いていた。

 

牛込りみは、緑を基調とした勇者服を纏い、背中には鳴子百合をモチーフとした刻印がある。同じように横には、黄緑色で頭に葉が生えた生き物が。

 

ゆりの横にいる生き物は"犬神"。りみの隣にいるのは"木霊"と呼ばれる精霊である。

 

次の瞬間、ゆりは"乙女型"と呼ばれるバーテックスに向かって突っ込んでいった。刹那、ゆりの手から大剣が現れた。

 

ゆり「戦う意思を示せば武器が出てくるわ。」

 

そうりみに言い放ち、ゆりはバーテックスへと斬りかかる。

 

ゆり「黙っててごめんね。」

 

ゆりがスマホで香澄達に謝る。

 

香澄「ゆり先輩は私達の為に黙ってたんですよね。だったら先輩は全然悪くないです。」

 

その最中バーテックスはゆり達に向かい光球を飛ばし、2人は躱すも光球は突如爆発、2人は吹っ飛ばされてしまう。

 

香澄「ゆり先輩!りみりん!」

 

香澄がバーテックスの方を見ると、バーテックスは香澄と沙綾を狙っているかの様にゆっくりだが少しづつ近づいてきていた。

 

沙綾「逃げて!香澄死んじゃうよ!」

 

香澄「友達を置いてそんな事絶対にしない!ここでみんなを見捨てたら勇者じゃない!」

 

香澄はそう言いながらバーテックスへと向かっていった。

 

沙綾「ダメ!香澄!」

 

香澄「嫌なんだ…誰かが傷つく事や辛い思いをする事は……。」

 

 

 

その時、香澄の体が光り出し--

 

 

 

桜色の勇者へと姿を変えたのだった。

 

 



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星の鼓動

対"乙女型"戦終了です。



多少なりと独自解釈がありますが、本筋は正史通り進んでいく予定です。





 

 

沙綾「逃げて!香澄死んじゃうよ!」

 

香澄「友達を置いてそんな事絶対にしない!ここでみんなを見捨てたら勇者じゃない!」

 

香澄「嫌なんだ…誰かが傷つく事や辛い思いをする事は…。」

 

 

 

そんな時香澄のスマホが光り--

 

 

 

桜色の勇者へと姿を変えたのだった。

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

 

香澄の隣には、ゆりやりみと同じ様に精霊が浮いていた。牛の様な精霊で名前は"牛鬼"である。

 

香澄「これならいけるかも!」

 

香澄はそう言いながら"乙女型"バーテックスへパンチを繰り出す。

 

香澄「効いてる!」

 

確かに香澄のパンチはバーテックスに効いていた。しかし、すぐさまバーテックスの傷は癒えていく。

 

香澄「そんな……治っていく…。」

 

そこへ意識を取り戻した牛込姉妹が香澄の元へ合流する。

 

香澄「ゆり先輩!どうやってあの怪物をやっつけたらいいんですか⁉︎」

 

ゆり「バーテックスはダメージを与えても直ぐに復活するの。"封印の儀式"っていう特別な手順を踏まないと絶対に倒せない。」

 

りみ「お姉ちゃん、封印の手順ってなに?」

 

りみが尋ねるも、バーテックスは3人に向かって攻撃を始めようとしていた。

 

ゆり「攻撃を避けながら説明するから、2人共避けながら聴いて!」

 

直後バーテックスから光球が発射される。

 

りみ「わっ⁉︎避けながらなんてまた無茶苦茶やー!」

 

攻撃を避けている様子を沙綾は離れた所で見ている。

 

沙綾「みんな…香澄……。」

 

しかし、バーテックスは3人を攻撃しながらも沙綾を捉えていた。

 

沙綾「っ⁉︎ダメだよ…戦う事なんて…私には出来ない……。」

 

恐怖が沙綾を硬らせる。

 

 

 

 

 

 

ゆり「封印をする手順その1。まずは敵を囲む。」

 

ゆりがそう伝えると香澄はバーテックスに向かって行く。直後バーテックスから触手が飛んでくるも、これを何とか躱す。

 

香澄「位置に着きましたー!」

 

りみ「こっちも着いたよ、お姉ちゃん。」

 

香澄とりみがゆりに伝える。

 

ゆり「よし!それじゃあ封印の儀式行くよ!教えた通りにね!」

 

3人は右手を空に掲げた。

 

香澄「えーと確か、手順その2は敵を抑え込む為の祝詞を唱えるんだったっけ。」

 

スマホには祝詞が書かれている

 

 

 

 

 

 

幽世大神(かくりよのおおかみ)

憐給(あわれみたまい)

恵給(めぐみたまい)

幸魂(さきみたま)

奇魂(くしみたま)

守給(まもりたまい)

幸給(さきはえたまえ)

 

 

 

 

 

 

香澄「えぇーーこれ全部唱えるのー!」

 

香澄「えっと幽世大神…。」

 

りみ「憐給…。」

 

すると目の前に精霊が現れる。

 

香澄「恵給、幸魂…。」

 

ゆり「大人しくしろーーー!」

 

そう気合いでゆりが叫び大剣を振るうと、なんとゆりの前にも精霊が現れたのだった。

 

香澄・りみ「「えぇーーそんなので良いのーー⁉︎」」

 

香澄とりみは思わず叫んでしまう。

 

ゆり「要は魂を込めれば言葉は何だって構わないんだよ!」

 

りみ「じゃあ先言ってよーお姉ちゃん…。」

 

その瞬間、バーテックスの周りに花びらが舞い、動きを止めた。そして、頭部の様なところから、逆さまの四角錐が飛び出してきたのだった。

 

香澄「わっ!何か吐き出した!」

 

香澄が驚くと、

 

ゆり「封印すれば"御霊"が剥き出しになる!アレはいわゆる心臓よ!破壊しちゃえば私達の勝ち!」

 

香澄「なら私が行きます!」

 

香澄が御霊に向かって飛び出そうとしたその時だった--

 

 

 

?「コワス…ハ…スル…。シン…ヲハカ…スル…。」

 

 

 

香澄(何…今の声……。)

 

 

 

ゆり「香澄ちゃん!ボーッとしてないで早く壊すわよ!」

 

香澄「え⁉︎りみりん、今何か声が聞こえなかった⁉︎」

 

りみ「香澄ちゃん、何も聞こえなかったよ。」

 

香澄(私にしか聞こえなかった…何で?……まぁ今は気にしない!)

 

気を引き締め直し、再び香澄は御霊へとパンチを繰り出す。

 

香澄「てやーー!!」

 

しかし、御霊はビクともせず、

 

香澄「かたーーーい!!全然ビクともしないよ!」

 

そんな最中りみが何かに気付いた。

 

りみ「ねえお姉ちゃん、何かさっきから数字が少しづつ減ってきてるんだけど…。」

 

ゆり「あぁ、これは私達のパワーの残量だよ。これがゼロになると、アレを抑えきれなくなって倒す事が出来なくなる。」

 

淡々と答えるゆりに対してりみは狼狽えた。

 

りみ「えぇーー!それじゃあ…。」

 

ゆり「そう、バーテックスが神樹様に辿り着くのを黙って見てるしか無くなる。」

 

そう言うとゆりは御霊に向かって大剣を振り上げる。

 

ゆり「香澄ちゃん!代わって!」

 

ゆりの一振りが入るも、相も変わらず御霊には傷一つ付かない。

 

ゆり「くっ⁉︎なら、私の女子力を込めた渾身の一撃を…受けなさい!!」

 

そう言うとゆりは高く飛び上がり、落下の勢いをプラスした一撃を御霊にお見舞いした。だが少し御霊に罅が入っただけでまだダメージは足りていない。

 

その時、ゆりのオキザリスの刻印が一瞬だけ光った事には誰も気付かなかった。次の瞬間、バーテックスが異様な雰囲気を放つと神樹の周囲が枯れ始めたのだ。

 

りみ「何あれ…。」

 

香澄「枯れてる…⁉︎」

 

ゆり「まずい!始まった!」

 

香澄「ゆり先輩!あれは一体⁉︎」

 

香澄がゆりに尋ねる。

 

ゆり「長い時間封印していると樹海が枯れてしまって現実の世界に悪い影響が出てしまうの。早いところ御霊を壊さなくちゃ。」

 

 

 

 

 

 

その頃離れたところで見守っていた沙綾。

 

沙綾「神樹様…どうかみんなを…香澄を守ってください……。」

 

戦う力の無い沙綾は只々祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

香澄「時間が無い…。」

 

香澄は再び御霊にパンチを繰り出そうと飛び上がる。

 

香澄「はぁぁぁぁっ!!」

 

香澄の脳裏に勇者部のメンバーが思い浮かんでくる。

 

香澄(怖い…痛い……でも…。)

 

そして浮かんでくる勇者部での思い出--

 

香澄(大切な、あの日常を守る為に…。)

 

香澄「大丈夫!出来る!」

 

香澄の右手に精霊が宿り、山桜の刻印が光りだす--

 

香澄「とりゃあぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 

御霊にパンチが当たった瞬間、粉々に砕け散りそのまま光となり空に昇っていった。

 

香澄「どうだぁぁぁーー!!」

 

刹那、バーテックスの体が砂になって崩れていった。

 

ゆり・りみ「「香澄ちゃん!!」」

 

2人が香澄へと駆け寄った。

 

ゆり「よく頑張ったね香澄ちゃん。」

 

ゆりが香澄の右手を取り賛辞を送ると、

 

香澄「痛たたたぁぁ!!やっぱ硬かったよーーー。」

 

痛がりながらも終わった安堵からか笑顔が溢れていた。

 

沙綾「良かった…みんな無事だった……。」

 

沙綾もホッとした様子で胸を撫で下ろしたのだった。

 

樹海が揺れ始める--

 

御役目が終わった事により樹海化が解け、元の世界へと戻っていく--

 

 

 

 

 

 

 

花咲川中学、屋上--

 

気がつくと4人は花咲川中学の屋上に立っていた。

 

香澄「あっ、さーや大丈夫?怪我は無かった?」

 

香澄が沙綾に聞くと、

 

沙綾「私は大丈夫だよ。香澄の方こそ大丈夫だった?」

 

香澄「うん、もう安全だよ。ですよね、ゆり先輩。」

 

ゆり「うん、もう大丈夫。見て。」

 

屋上からは元の世界が広がっていた。

 

りみ「みんな今日の出来事には気付いてないんだよね、お姉ちゃん。」

 

ゆり「そうだね。他人からすれば今日は普通の平日。私達で守ったんだよ、この日常を。」

 

3人が思い思いに耽っている中で続けてゆりが言う。

 

ゆり「あっ、因みに世界の時は止まったまんまだったから、今の時間は授業の真っ最中だよ(笑)」

 

香澄・沙綾・りみ「「「えっ……⁉︎」」」

 

 

 

香澄・沙綾・りみ「「「えぇぇぇーーーー!!」」」

 

ゆり「まぁ、大赦に連絡して何とかしてもらいましょう。りみ、怪我は無かった?」

 

りみ「うん!お姉ちゃんは何とも無い?」

 

ゆり「もちろん!」

 

りみ「うぅ…めっちゃ怖かったよぉお姉ちゃん……もう訳分かんないよ…。」

 

無事に帰れた安堵からかゆりに抱きつき泣くりみ。

 

ゆり「よしよし、良くやったね。冷蔵庫にあるチョココロネ食べていいから。」

 

ゆり「あれ元々私のだよぉお姉ちゃんーー!」

 

姉妹で抱き合っている中、香澄と沙綾は別々に考えている事があった。

 

 

ーーー

ーー

 

 

?「コワス…ハ…スル…。シン…ヲハカ…スル…。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

香澄(あの声は一体何だったんだろう…?)

 

 

 

 

沙綾(香澄と樹海へ行った時のあの感じは…私の記憶が無い事と何か……?)

 

 

 



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守る為のチカラ


設定上香澄達は中学生であり、りみは香澄と沙綾の1学年下になります。



言葉使い、性格異なるかもしれませんが生暖かい目で見守ってください。




 

"乙女型"を倒した次の日の放課後--

 

クラスメイトA「知ってる?隣町で交通事故があった事。」

 

クラスメイトB「えっ?あの2、3人怪我したって奴?」

 

クラスメイトA「そうそう、私その時近くに居たからびっくりしちゃった。」

 

そんな会話を気にとめながら、香澄は沙綾と部室へと脚を運んだ。

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

りみ「その子香澄ちゃんに懐いてるよね。」

 

香澄「でしょー牛鬼って言うんだー。」

 

りみ「可愛いねー。」

 

香澄「ビーフジャーキーが好物なんだよ。」

 

りみ「えっ⁉︎牛なのに?」

 

そんな他愛もない会話していると、ゆりが話を切り出した。

 

ゆり「さてと、みんな無事で何よりだったよ。早速だけど昨日の事を色々説明していくね。」

 

香澄・沙綾「「宜しくお願いします。」」

 

ゆり「戦い方はアプリに説明ソフトがあるから、今回はなぜ戦うかって言う事を説明するね。」

 

そう言うとゆりは黒板に絵を描きだしていった。

 

ゆり「これがバーテックス。人類の敵が壁を越えて12体攻めてくる事が神樹様のお告げで分かったの。目的は神樹様の破壊。以前にも襲ってきた事があったみたいなんだけど、その時は追い返すのが精一杯だったみたい。」

 

淡々とゆりが説明していく中で沙綾は違う点を考えていた。

 

沙綾(以前にも……。)

 

ゆりの説明は続く。

 

ゆり「そこで大赦が作ったのが神樹様の力を借りて勇者と呼ばれる姿に変身するシステム。人智を超えた力には同じ力で対抗したって事だね。注意事項として、樹海が何かしらダメージを受けると、その分日常に戻った際に何らかの災いとなって現れると言われているんだよ。」

 

その説明を聞いた時、香澄は放課後の話を思い出した。

 

 

ーーー

ーー

 

 

クラスメイトA「知ってる?隣町で交通事故があった事。」

 

クラスメイトB「えっ?あの2、3人怪我したって奴?」

 

クラスメイトA「そうそう、私その時近くに居たからびっくりしちゃった。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

ゆり「派手に破壊されて大惨事なんて事にならないように、私達勇者部が頑張らないといけないの。」

 

一頻りの説明が終わったところで沙綾が口を開く。

 

沙綾「その勇者部もゆり先輩が意図的に集めたって事で良いんですよね?」

 

ゆり「そう…。適正値が高い人は分かってたから……。私は神樹様をお奉りしてる大赦から使命を受けているの。この地域の担当として。」

 

りみ「知らなかった……お姉ちゃんがそんな事をしてたなんて…。」

 

ゆり「黙っててごめんね、りみ。」

 

香澄「敵は次いつ来るんですか?」

 

ゆり「明日かもしれないし、1週間後かもしれない。そう遠くないはずだよ。」

 

沙綾「どうして……。何でもっと早く勇者部の本当の意味を教えてくれなかったんですか?香澄もりみりんも死ぬかも知れなかったんですよ!?」

 

沙綾がゆりに声を荒げて言った。

 

ゆり「ごめんなさい……。でも勇者の適性が高くてもどのチームが神樹様に選ばれるのか、敵が来るまで分からないんだ。むしろ変身しなくて済む確率の方がよっぽど高くて……。」

 

香澄「そっか。各地で同じ様な勇者候補生が沢山いるんですね。」

 

ゆり「そう、人類存亡の一大事だから。」

 

沙綾「こんな事、ずっと黙ってたんですか…。」

 

そう言うと、沙綾は部室から出てってしまった。

 

香澄「あっ、私追いかけてきます。」

 

すぐ後に香澄が追いかけて出て行った。

 

 

 

 

 

 

渡り廊下--

 

沙綾を探す事数分、香澄は渡り廊下で沙綾を見つける。香澄が差し出した手には缶ジュースが握られていた。

 

香澄「はい、私の奢りだよ。」

 

沙綾「でも、そんな奢ってもらう理由なんて…。」

 

香澄「あるよ。だってさっき、さーや私の分まで怒ってくれたから。」

 

沙綾「ありがとね、香澄。何だか香澄が眩しく見えるよ。」

 

香澄「えっ、どうして?」

 

沙綾「私、昨日ずっとモヤモヤしてたんだ…。このまま変身出来なかったら私は勇者部の足手まといになるんじゃないかって…。」

 

香澄「そんな事ないよ、さーや。」

 

沙綾「だからさっき怒った事も、そのモヤモヤを先輩にぶつけてた事もあって…。私悪い事言っちゃった……。ねぇ、香澄は大事な事を隠されて怒ってないの?」

 

香澄「それは、驚きはしたけど…。でも嬉しかったよ。だってその適性のお陰でゆり先輩やりみりんに会えたんだから。」

 

沙綾は少し考え再び話し始めた。

 

沙綾「私は中学に入る前に事故で足が全く動かなくなって…。記憶も少し飛んじゃってて学校生活を送るのが怖かったけど、香澄がいたから不安が消えて、勇者部に誘われてから学校生活がもっと楽しくなって……。そう考えると適性に感謝しないとかもね。」

 

香澄「うん!これからも楽しくなるよ。ちょっと大変なミッションが増えるだけで。」

 

そう笑いながら2人は謝る為に部室に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

一方その頃部室に残っていた2人は。

 

ゆり「えっとー、説明が足りなくてごめんね。……流石に軽すぎて怒っちゃうかなぁ…。」

 

ゆりは自分の精霊の犬神を相手に謝る練習をしていた。

 

りみ「大丈夫だよ、お姉ちゃん。心を込めて謝ればきっと大丈夫だよ。」

 

その時、スマホから再びアラームが鳴り響いた--

 

 

 

再度世界の端から空が割れ--

 

 

 

虹色の光が世界を侵食していく--

 

 

 

 

闇の向こうから現れたバーテックスは3体--

 

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

ゆり「3体同時に来るなんて……。」

 

りみ「どうしよう、お姉ちゃん。」

 

姉妹が話している中、香澄はスマホの中アプリを起動して勇者の衣装を身に纏う。右手の甲には山桜の刻印。香澄は武器は持たずに拳でバーテックスと戦っていくスタイルだ。

 

香澄「さーや、待っててね。倒してくるから。」

 

沙綾「待って!私も…。」

 

しかしその瞬間、沙綾の頭に先日のバーテックスとの戦いがフラッシュバックしスマホを持つ手が震え出す。

 

香澄「大丈夫だよ、さーや。」

 

沙綾「香澄……。」

 

香澄「行ってくるね。」

 

香澄はスマホを確認する。手前の2体が"蟹型"と"蠍型"で奥が"射手型"と表示されている。

 

ゆり「遠くの奴は放っておいて、手前の2体をまとめて封印の儀に行きましょう。」

 

ゆりが2人に指示を出した時、奥の"射手型"の上口から長い針を作り出しゆりとりみの2人に向かって発射してきた。

 

ゆり「わっ⁉︎」

 

りみ「大丈夫⁉︎お姉ちゃん!」

 

2人は躱すも、すぐさま今度は下口から無数の小さな針を発射してきたのだ。

 

りみ「い、いっぱい来たーーーー!!」

 

香澄(射ってくる奴を何とかしないと…。)

 

香澄が"射手型"に向かったのを見た"蟹型"は、方向転換しながら自身の周りに板状の物を生み出した。そして"射手型"が射った針をその板で反射させ香澄を狙ってきたのである。

 

ゆり「まずい!」

 

りみ「香澄ちゃん!危ない!!」

 

香澄「っ⁉︎わわわわわーーーー!!!!」

 

何とか躱し、着地するもすぐさま今度は"蠍型"が尻尾の針で香澄に襲い掛かってきた。針に押され空中に上がった香澄だが、牛鬼が攻撃を防いでくれていた。しかし、そこから落とされ、空中で振り回された尻尾に吹き飛ばされてしまう。

 

香澄「きゃあっ⁉︎」

 

ゆり「早く助けに!うっ⁉︎」

 

助けに行こうとするも、"蟹型"と"射手型"の反射攻撃によって中々香澄を助ける事が出来ないでいた。

 

ゆり(何てコンビネーション…。まるでバーテックスが意思を持っているかの様な……。)

 

沙綾「あっ、香澄!!」

 

そんな最中、沙綾の5m程手前に香澄が吹っ飛ばされてきた。"蠍型"がトドメを刺そうと針を刺してくるが牛鬼が香澄を守ってくれている。

 

沙綾「っ……!」

 

沙綾は再び思い出す。香澄と初めて会った日の事を--

 

 

ーーー

ーー

 

 

香澄「新しいお隣さんだ!年が同じなら同じ中学になるよね!私は戸山香澄。宜しくね。あっそうだ!この辺まだよく分からないでしょ。何だったら案内するよ!任せてー!」

 

 

ーー

---

 

 

沙綾「やめて…。やめて……!」

 

 

 

 

沙綾「香澄を虐めないでえぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 

叫び声に気付いた"蠍型"が沙綾に向かって攻撃してくる--

 

 

 

 

しかし--

 

 

 

 

バチバチと青い閃光を放ちながら沙綾のスマホから現れた精霊が守っていた。

 

沙綾「私、いつも香澄に守られてばっかりだった…。」

 

香澄「さー…や……。」

 

沙綾「だから今度は私が勇者になって……。」

 

沙綾「香澄を守る!!」

 

 

 

沙綾のスマホから光が溢れる--

 

 

 

青い勇者の衣装を身に纏い、左胸には朝顔の刻印、そして動かない足の為に補助パーツが付いている。

 

香澄「さーや、綺麗……。」

 

その姿は戦闘の痛みを一瞬でも忘れてしまう程の美しさを放っていた。

 

 



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上臈の沙綾


初期段階では沙綾のポジションは有咲でした。


タイトルの上臈(じょうろう)は"ろうたける"と同じ意味です。





 

 

沙綾「私、いつも香澄に守られてばっかりだった…。」

 

香澄「さー…や……。」

 

沙綾「だから今度は私が勇者になって…。」

 

沙綾「香澄を守る!!」

 

 

 

 

 

樹海--

 

変身と同時に沙綾に銃が握られる。

 

沙綾(どうしてかな……。変身したら落ち着いた…。銃を持っているから……?)

 

沙綾「っ……!」

 

 

直後脳裏にイメージが浮かぶ--

 

 

ーーー

ーー

 

 

?「私は---。あなたは山吹沙綾。あの子は---。」

 

?「3人は--だよ。---なんだから。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(今の記憶は……。)

 

そんな中"蠍型"が攻撃態勢を整えようと尻尾の針を振り上げる。

 

沙綾「はっ!そんな事より今はアレの破壊を優先させないと。」

 

沙綾が銃を撃ち"蠍型"の針を破壊する。

 

香澄「っ…!さーや凄い……。」

 

沙綾「香澄にはもう手出しさせないから!」

 

精霊と銃が消え、別の精霊と2丁の銃が現れる。最初の狸の様な精霊が"刑部狸"。次に現れた青い炎の精霊が"不知火"である。沙綾は2丁拳銃を撃ち"蠍型"にダメージを与えていく。

 

香澄「さーや凄いよ。これならいけるかも。」

 

 

 

 

 

一方その頃牛込姉妹は"蟹型"と"射手型"のコンビネーション攻撃に苦戦を強いられていた。

 

ゆり「あぁーーしつこ過ぎる人は嫌われるよ!!」

 

ゆり「お姉ちゃん、モテる人っぽく言ってないで何とかしよう。」

 

その直後、轟音と共に"蠍型"が反射板の上に落ちてきた。2人が上に上がると香澄がやって来くる。

 

香澄「よいしょっと、ゆり先輩、りみりんそのエビ運んできましたー!」

 

ゆり「蠍じゃない?」

 

りみ「どっちでも良いよ、お姉ちゃん。」

 

そこへ沙綾が合流する。

 

ゆり・りみ「「沙綾ちゃん!」」

 

ゆり「一緒に戦ってくれるの…?」

 

沙綾「はい、援護は任せてください。」

 

そう言うと、今度はスナイパーライフルを呼び出し、その場で横になって狙撃スタイルを取る。この時現れた卵の様な精霊は"青坊主"である。

 

沙綾「残り2体、まとめてやりましょう!散開!」

 

香澄・りみ「「OK!」」

 

沙綾「2人とも、不意の攻撃には気を付けて!!」

 

香澄・りみ「「ハイ!」」

 

ゆり「何だか私の時よりも2人の返事が良い…。」

 

沙綾「っ……!」

 

"射手型"を狙う沙綾に対して長い針を生成しだす"射手型"。

 

沙綾「っ!」

 

沙綾は狙撃で針を撃ち落としていく。

 

沙綾(アイツがみんなを苦しめた……。)

 

再度引き金を引き"射手型"にダメージを与えていく。

 

沙綾「大人しくしてなさい!」

 

沙綾は的確に針を撃ち落とし、"射手型"に攻撃を加えながら、3人の封印のサポートをしていた。その3人は今まさに封印の儀の最中である。

 

ゆり「出たーー!」

 

りみ「こっちも出たよ、お姉ちゃん。」

 

香澄「よし、私が行きます!」

 

香澄が"蟹型"から飛び出た御霊にパンチをするも、御霊はそれを躱してしまった。

 

香澄「あれ?」

 

続けてパンチをするも御霊は躱し続ける。

 

香澄「このー!」

 

速度を上げるもその度に御霊は香澄のパンチを避けていく。

 

香澄「くーーどうしよう、この御霊絶妙に避けてくるよーー。」

 

ゆり「香澄ちゃん、代わって!」

 

そうゆりが言うと、香澄と交代し大剣を振り下ろすが、これも御霊は躱してしまう。

 

ゆり「点の攻撃をヒラリと躱すなら!」

 

次の瞬間、ゆりは大剣に精霊の力を溜め込む。

 

ゆり「面の攻撃でーー!!」

 

巨大になった大剣に御霊は吹っ飛ばされ、

 

ゆり「躱せないはず!!!」

 

そのままゆりは大剣の腹の部分で御霊を押し潰し破壊に成功する。

 

ゆり「よし、先ずは1つめ!」

 

その時ゆりの太腿の刻印が光りを放つ。これで3枚の花びらが黄色く光った。

 

ゆり「さぁもう一体も倒しましょう。」

 

次の瞬間"蠍型"から出た御霊がいくつも分身したのだ。

 

香澄「えぇーー!な、何か増えたーー!」

 

香澄は驚くも、りみは冷静な判断で、

 

りみ「数が多いなら、まとめて!」

 

精霊の力を使い腕輪から出たワイヤーで次々と御霊を切断していき、本体の御霊も破壊する。

 

りみの背中の花びらのが2枚目が光り出した--

 

りみ「ふぅ。」

 

ゆり「ナイスりみ!これで後1つ!」

 

沙綾はスマホを手に取り、ゆりへ連絡する。

 

沙綾「ゆり先輩。部室では言い過ぎました、ごめんなさい。」

 

ゆり「沙綾ちゃん……。」

 

沙綾「精一杯援護します!」

 

ゆり「心強いよ、沙綾ちゃん。私の方こそ…。」

 

ゆりが沙綾へ謝ろうとした最中、沙綾の狙撃が"射手型"へ命中する。

 

ゆり「えっと…本当にごめんなさい……。はい…。」

 

呆気に取られたゆりなのであった。

 

ゆり「よし、封印開始!」

 

りみが封印の儀を始め、"射手型"の下口から御霊が出現する。しかし、御霊は物凄い速さで"射手型"の周りをグルグルと回り始めたのだ。

 

香澄・ゆり・りみ「「「この御霊速い!」」」

 

三人が口を揃えて言う中、沙綾の銃弾が御霊を貫いた。

 

香澄「さーや凄い……。」

 

全てのバーテックスを倒し、4人は学校の屋上へ戻される。

 

 

 

 

 

花咲川中学、屋上--

 

香澄「さーやかっこよかったよーー!ドキッとしちゃったーー!!」

 

香澄が沙綾へ抱き着く。

 

ゆり「でも本当に助かった。沙綾ちゃん、それで…。」

 

沙綾「覚悟は出来ましたゆり先輩。私も勇者として頑張ります。」

 

ゆりと沙綾は無事仲直りし、こうして勇者部に4人の勇者が揃ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

少し離れた場所で4人を見ている人影があった--

 

 

 

?「ふーん、アレが今回の勇者か。あんまり大した事なさそうだな。この完成型勇者の私さえいればそれで十分。」

 

そう言い残し、ツインテールの少女は赤い勇者装束を身に纏い夕焼けに消えていった。

 

 



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5人目の部員?


ツインテールのあの子が登場。

消去法で残りの1人は……。




 

 

香澄達が勇者になってから1ヶ月程が経った頃--

 

香澄(神樹様が作った防衛結界、樹海の中で人類の敵であるバーテックスを倒すのが勇者の御役目。全部を倒したら御役目は終わるって事だから頑張らないと!!)

 

香澄「あっ!!」

 

樹海の中で香澄達4人は今回の敵である"山羊型"のバーテックスを見つける。

 

沙綾「アレが5体目…。」

 

少し離れた所で沙綾はスナイパーライフルを構えて迎撃態勢を取っている。

 

ゆり「よし!ここで迎え撃ちましょう。」

 

ゆりがみんなに喝を入れる。

 

香澄「1ヶ月ぶりだからちゃんと封印の儀出来るかなー。」

 

りみ「大丈夫だよ香澄ちゃん。ここをこうすれば…。」

 

香澄「ふむふむ。」

 

ゆり「えーい!成せば大抵何とかなる!気を引き締めてビシッとやるよ!」

 

"成せば大抵何とかなる"。勇者部5箇条の1つである。

 

ゆり「勇者部ファイトー!!」

 

香澄・りみ「「おーー!!」」

 

 

3人が"山羊型"へ向かおうとしたその時だった--

 

 

何処からともなく3本の刀が飛んできて"山羊型"の頭に突き刺さり、爆発する。

 

ゆり「えぇっ⁉︎」

 

香澄「今の、さーや⁉︎」

 

沙綾「私じゃない……。」

 

?「ちょろい!!」

 

突如現れた謎の少女が再び剣を投げ、"山羊型"に当たり爆発。すぐさま精霊と共に武器を呼び出す少女。

 

?「封印開始!」

 

剣が"山羊型"の額に刺さり、封印状態になる。

 

?「思い知れ!私の力!」

 

ゆり「あの子、1人でやる気⁉︎」

 

ゆりが驚いた様子で謎の少女を見つめる。そして"山羊型"から御霊が出現した。が、出現したと同時に御霊は紫色の煙を吐き出し、辺りを煙で埋め尽くした。

 

沙綾「ガス!みんな、吸い込まない様に気を付けて!!」

 

沙綾が3人に知らせる。

 

香澄「な、何これーー⁉︎」

 

りみ「全然見えない〜。」

 

香澄とりみは狼狽えていた。

 

?「ふん!そんな目眩し!気合いで見えてるっつーの!!!」

 

謎の少女はそんな事意に介さずに御霊に突っ込んで行き、真っ二つに切り裂いた。

 

?「よし!殲滅!」

 

御霊が破壊され"山羊型"は崩れ去っていった。

 

?「ふぅ。」

 

香澄「えっと…誰?」

 

香澄達がそう思うのも無理はない。

 

?「揃いも揃ってぼーっとした顔してんだな。こんな奴らが神樹様に選ばれた勇者だったとはなー。」

 

香澄「あのー。」

 

?「なんだよ、チンチクリン。」

 

香澄が尋ねるも一蹴されてしまった。

 

香澄「チン?」

 

有咲「私の名前は市ヶ谷有咲。大赦から派遣された正真正銘正式な勇者。お前らはこれで用済み。はい、お疲れさん。」

 

香澄・沙綾・ゆり・りみ「「「「えぇーーー!!」」」」

 

 

 

 

 

 

次の日、花咲川中学--

 

先生「はい、良いですか。今日から皆さんとクラスメイトになる市ヶ谷有咲さんです。」

 

香澄「はぇー…。」

 

先生からの紹介に香澄は驚いた。

 

先生「市ヶ谷さんは両親の都合でこちらに引っ越して来たのよね。」

 

有咲「はい。」

 

先生「編入試験も満点だったんですよ。」

 

有咲「いえ。」

 

有咲は先生からの紹介に淡々と答えていく。

 

先生「では、市ヶ谷さんから皆さんに挨拶を。」

 

有咲「市ヶ谷有咲です。よろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

香澄・りみ「「はぇー…。」」

 

沙綾「なるほど…。」

 

ゆり「そうきたのね…。」

 

4人は勇者部部室で有咲から説明を受けていた。

 

有咲「ったくー転入生のフリなんて面倒くせーー。でも、まぁ私が来たからには安心してくれ。完全勝利ってやつだ!」

 

沙綾「どうしてこのタイミングで?なんで最初から来てくれなかったの?」

 

沙綾が最もらしい質問を有咲に投げ掛ける。

 

有咲「私だって直ぐに出撃したかったさ。でも大赦は二重三重に万全を期してるんだよ。最強の勇者を完成させる為にね!」

 

香澄・沙綾・ゆり・りみ「「「最強の勇者?」」」

 

有咲「そう、あんたら先遣隊の戦闘データを得て、完璧に調整された完成型勇者。それが私。私の勇者システムは対バーテックス用に最新の改良を施されてる。その上、あんたら素人とは違って…。」

 

有咲がホウキを手に取り構えると、

 

有咲「戦闘の為の訓練を長年受けてきている!」ガンッ

 

ホウキの柄が黒板に当たる。

 

沙綾「黒板に当たってるよ。」

 

ゆり「中々に矯正し甲斐がありそう。」

 

沙綾とゆりは口にすると、

 

有咲「ちょまっ!なんだとー⁉︎」

 

りみ「あぁっ!喧嘩はダメだよー!」

 

有咲をりみが宥める。

 

有咲「フン、まぁ取り敢えず大船に乗ったつもりでいろよな。」

 

香澄「そっかぁー。宜しくね、有咲。勇者部にようこそーー!」

 

有咲「ちょ、おま、抱き付いてくんなーー!ったくー、つーか部員になるなんて話、一言もしてねーし。」

 

香澄「えっ⁉︎違うの?」

 

有咲「ちげーよ。私はあんたらを監視する為にここに来ただけだ。」

 

香澄「えっ⁉︎じゃあもう来ないの?」

 

有咲「また来るけど。御役目だからな。」

 

そこに沙綾が提案してきた。

 

沙綾「なら部員になっちゃった方が話し早くない?有咲。」

 

香澄「確かにー!さーや頭良いー!」

 

有咲「うっ、まぁ仕方ねー。その方が監視しやすいか。」

 

ゆり「監視監視って、見張ってなくても私達はちゃんとやりますよー。」

 

ゆりが答えると、

 

有咲「偶然で適当に選ばれた素人が大きな顔しない方が良いぜ。」

 

有咲は噛み付いてきた。

 

有咲「大赦の御役目はおままごとじゃねー……。」

 

その時有咲が何かに気付く。

 

有咲「ちょまっ!!何"義輝"に噛み付いてんだーー!この牛ーー!」

 

香澄「牛じゃないよ有咲、牛鬼だよ。ちょっと食いしん坊なんだよねー。」

 

有咲「ふんっ、自分の精霊の躾も出来ないようじゃ、やっぱ素人だな。ともかく!これからのバーテックス討伐は私の監視のもと励む事!」

 

ゆり「取り敢えず事情は分かったけど、学校にいる限りは上級生の言葉を聞くものだよ。事情を隠すのも任務の中にあるんじゃない?」

 

有咲「フン、まぁいいけど。残りのバーテックスを殲滅したら御役目は終わりなんだし。それまでの我慢だな。」

 

香澄「一緒に頑張ろうね、あーりさ。」

 

有咲「頑張るのは当然。私の足を引っ張るんじゃねーぞ。っだぁぁぁーーーーだーかーら抱きついてくんじゃねーーー!!!」

 

こうして5人目の勇者である市ヶ谷有咲が勇者部に入ったのであった。

 

 



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ツンの心、デレの心



ツンデレなところは有咲も夏凛も一緒ですよね。

ちょこっと端折ったりしてる部分があったりしますが、ご了承お願い致します。



 

 

かめや--

 

香澄「結局有咲、誘っても来なかったね。」

 

沙綾「結構頑固なところあるかも、有咲って。」

 

香澄と沙綾がうどんをすすりながら会話している。

 

ゆり「ふふふ…。」

 

りみ「どうしたの?お姉ちゃん。」

 

ゆり「ああいう、お堅いタイプは中々に張り合いがあるなぁ。」

 

りみ「張り合わなくても良いんじゃないかな…。」

 

香澄「うーーーん…。」

 

沙綾「香澄、どうしたの?」

 

香澄「どうやったら有咲と仲良くなれるかな…。」

 

 

 

 

 

 

一方その頃、有咲は1人自転車を走らせ砂浜へと来ていた。

 

有咲(くだらねぇ…。学校なんて別に期待してなかったけど想像以下だな…。)

 

1人砂浜で木刀を振り回しそんな事を考えていたのだった。そして、2時間程続け、日が落ちたので自宅へと帰宅。有咲の家は大きな日本家屋で祖母と暮らしている。自宅に戻りスマホを取り出すと、大赦へ定時連絡を行った。

 

 

 

 

 

差出人:市ヶ谷有咲

---

宛先:大赦

---

件名:定時連絡

---

花咲川中学に着任

滞りなし

 

現勇者達は危機感の足らない者ばかりの印象

危惧される

 

 

 

 

 

 

そして有咲は庭に行き素振りを再開する--

 

 

 

と思いきや、

 

有咲「やっぱトネガワは可愛いなー。よしよし、今水やるぞー。」

 

盆栽を可愛がっていた。

 

 

 

 

 

 

次の日、勇者部部室--

 

有咲「仕方ないから情報交換と共有だ。分かってんのか?お前らがあんまりにも呑気だから、今日も来てやったんだぞ。」

 

沙綾「有咲、パン食べる?」

 

有咲「なんだそれ。」

 

香澄「さーやはパン作るのすっごく上手なんだ。」

 

沙綾は有咲にお手製のパンを差し出してきた。

 

有咲「い、いらねーよ。」

 

沙綾「そっかぁ…。」

 

沙綾がしょんぼりした顔を見せると、

 

有咲「べ、別に沙綾がどうしても食べて欲しいっつーなら、食べてやっても構わないぞ。」

 

沙綾「ふふっ、食べて欲しい。」

 

有咲「しょ、しょーがねーなー。なら食べてやるよ。ハムッ。あっ、うめぇ。」

 

香澄「でしょー。さーやのパンは本当に美味しいんだ―。ねーりみりん。」

 

りみ「そうだね。特に沙綾ちゃんのチョココロネは特別に美味しいんだー。」

 

4人が話していると、

 

ゆり「はい、話が横道に逸れてるよ。有咲ちゃん説明してくれる?」

 

ゆりが手を叩き話の軌道修正を行った。

 

有咲「いいか?バーテックスの襲来は周期的なものと考えられていたけど、相当乱れている。はっきり言ってこれは異常事態だ。帳尻を合わせる為、今後は相当な混戦が予想される。」

 

有咲が黒板に情報をまとめながら話しを進めると、

 

沙綾「確かに1ヶ月前も複数体出現したりしてたね。」

 

沙綾が答える。

 

有咲「私ならどんな事態にも対処出来るだろーが、お前らは気を付けろよな。下手したら命を落としかねないぞ。他に、戦闘経験値を貯める事で勇者はレベルが上がり、強くなる。これを"満開"って呼んでいる。"満開"を繰り返す事でより強力になる。これが大赦の勇者システム。」

 

香澄「なるほどーー。有咲は"満開"したことあるの?」

 

有咲「えっ、ね、ねーけど。」

 

香澄「なーんだ。じゃあ、有咲も私達とあんまり変わんないじゃーん(笑)。」

 

有咲「う、うるせー!基礎戦闘力が桁違いに違うんだよ!一緒にするなー!はぁー…何でこんな連中が神樹様の勇者に…?」

 

その時香澄が口に出す。

 

香澄「成せば大抵なんとかなる!」

 

有咲「は?なんだそれ?」

 

香澄が指差した場所には、

 

 

 

 

 

 

勇者部5箇条

 

1.挨拶はきちんと

 

1.なるべく諦めない

 

1.よく寝てよく食べる

 

1.悩んだら相談!

 

1.成せば大抵なんとかなる

 

 

 

 

 

 

有咲「なるべくとか、なんとかとか、お前ららしいふわっとしたスローガンだな。全くもう…私の中で諦めがついたわ。」

 

有咲は若干観念した様子であった。

 

ゆり「さて、ここからは次の議題ね。」

 

ゆりが話し出すと1枚の紙を4人に手渡す。そこには文化祭ライブの説明が書かれていた。続けてゆりが話し出す。

 

ゆり「勇者部の活動も少し落ち着いてきたから、改めて文化祭ライブについてみんなと話し合っておきたくて。とりあえず今日はみんながやる楽器を今のうちに決めておきましょう。」

 

香澄「はいはーい。私歌いたいでーす!あっでもギターもやりたいなー。」

 

香澄が率先して提案していく。

 

りみ「わ、私はベースなら出来るよ。お姉ちゃん。」

 

沙綾「私はドラムかな。簡単なところしか出来ないし、足は動かせないけど座ってやる楽器だし打ち込みも使えば出来るかも。」

 

ゆり「ふむふむ。それじゃあ…。」

 

ゆりがみんなの意見をまとめ発表していく。

 

ゆり「では、香澄ちゃんはギターボーカル。りみはベース。沙綾ちゃんはドラムで、私はリードギター。それから…有咲ちゃんはキーボードね。」

 

有咲「はいはい私はキーボードね…って、何で私も入ってんだ!!!」

 

ゆり「だって……。」

 

ゆりは1枚の紙を有咲に見せつける。

 

ゆり「前に有咲ちゃん入部届け書いたじゃない。監視しやすいからって。」

 

有咲「け、形式上…。」

 

ゆり「ここに居る以上は部の方針に従ってもらいます。」

 

有咲「そ、それも形式上でしょ!」

 

必死で抵抗する有咲だったが、

 

香澄「有咲一緒にバンドやってくれないの?」

 

香澄が涙目になりながら有咲に訴えかけてきたのだ。

 

有咲「い、いや…そんな事は言ってねーけど……。」

 

香澄「じゃ、バンドやろう!!」

 

満開の笑顔で有咲を見つめる香澄。

 

有咲「うっ……。だあぁぁぁぁーーーーもう分かった、分かったあぁぁぁ!!!」

 

こうして有咲のバンド加入が決定したのである。

 

 

 

 

 

 

その夜、有咲宅--

 

有咲「なんだ?」

 

スマホにゆりからNARUKOへの招待のメールが届く。

 

 

 

 

 

 

チャット--

 

ゆり「有咲ちゃんも登録しておいてね。」

 

りみ「これから宜しくね、有咲ちゃん。」

 

沙綾「私のパン気に入った?」

 

香澄「学校や部活の事で分からない事があったら何でも聞いて。」

 

有咲「了解。」

 

香澄「わー、返事が返ってきた。」

 

ゆり「ふふふ、レスポンス良いじゃない。」

 

香澄「わーーーい。」

 

りみ「わーーーい。」

 

沙綾「パン。」

 

有咲「う、うるせー。」

 

ゆり「ふふふ。」

 

沙綾「パン。」

 

香澄「これから全部が楽しくなるよ!」

 

 

 

 

 

 

有咲「全部が楽しくなる、か……。」

 

有咲「世界を救う勇者だって言ってんのに……バカだな。」

 

チャットを見ながら有咲には笑顔がこぼれていたのだった。

 

 



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心の痛みが分かる人

第1章が1番バンドリ要素強いかもしれません。

バンドを絡めるとやっぱ書くのが大変です。




 

 

7月、ある日の放課後--

 

牛込りみは教室でベースの練習に励んでいた。

 

りみ「うーん。中々上手に出来ない…私が一番下手だから頑張って練習しないと。」

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

香澄「うーん……。」

 

掲示板とにらめっこをしている香澄。

 

香澄「この写真は…ここ!……うんうん、バッチリだー。」

 

春の勇者部活動の記事を貼っていた。沙綾はパソコンで作業中で、勇者部のホームページは本日も沢山閲覧されていた。

 

沙綾「あとはここに子猫の写真と学校の連絡先を載せれば…完成!」

 

香澄「さーや完璧!」

 

一方でゆりは、

 

ゆり「うーん…もう……。歌詞が中々思いつかない…。」

 

文化祭でやる曲の歌詞作りに苦戦していた。

 

香澄「そういえば有咲ー。」

 

有咲「何だ―。」

 

香澄「飼い主探しのポスターは出来たー?」

 

有咲「ん、そんなのもう作ってあるぞ。」バーン

 

香澄「さすが有咲!……あっ。」

 

ポスターの下に書いてある絵に香澄と沙綾が気付く。

 

香澄・沙綾「「えっと、妖怪?」」

 

有咲「猫だあぁぁぁーーー!!」

 

そこへ、

 

りみ「はぁーーーーー。」

 

大きなため息を付きながら、りみが部室に戻ってきた。

 

ゆり「どうしたの?りみ。ため息なんかついて。」

 

りみ「あ、えっと…。ベースの練習をしてるんだけど中々上手く出来ないんだ…。このままじゃ、みんなの足引っ張っちゃう……。」

 

ゆり「大丈夫だよりみ。まだ文化祭まで時間あるんだから。お姉ちゃんと一緒に練習しよう。」

 

香澄「そうだよ、りみりん。勇者部5箇条"成せば大抵なんとかなる"だよ!」

 

有咲「そんなもんかぁ?」

 

香澄に有咲がツッコミを入れる。

 

ゆり「実際りみはそんなにベース下手な訳ではないんだ。多分大勢の前で演奏する事を考えて緊張しちゃってるだけだと思うの。」

 

香澄「じゃあ、今からみんなで練習しに行こうよ。」

 

香澄がみんなに提案する。

 

 

 

 

 

 

勇者部5人がやって来た所はライブハウス「CIRCLE」

 

ゆり「よし、じゃあ取り合えず簡単な曲からみんなで演奏してみましょうか。」

 

ゆりが4人に言い演奏を始める。

 

 

 

〜〜〜♪

 

 

 

一曲目が終わり、

 

りみ「はぁ……間違えちゃった。」

 

ゆり「やっぱりちょっと硬いかなー。」

 

ゆりがりみに伝える。

 

有咲「重症だなこりゃ。」

 

香澄「大丈夫だよ、りみりん。今はただの練習なんだし楽しんで演奏すればいいんだよ!私だって間違えちゃったところあったもん。気にしない気にしない。」

 

りみ「香澄ちゃん…。」

 

香澄「さぁもう一回やろう!」

 

その時だった。

 

ゆり「っ!?ちょっとお手洗いへ行ってくるね。」

 

ゆりがいきなり出て行ってしまう。

 

有咲「……。」

 

その様子を怪しみ有咲も出て行った。

 

 

 

 

 

 

化粧室--

 

ゆりがスマホを確認していると、そこに有咲が入ってきた。

 

有咲「大赦から連絡?」

 

ゆり「ええ。」

 

有咲「ったく、私には何も言ってこないのに…。」

 

ゆり「……。」

 

有咲「内容は想像つくさ。バーテックスの出現には周期がある。今の奴らの現れ方は当初の予想と全く違ってる。」

 

ゆり「最悪の事態を想定しろだって。」

 

有咲「怖いのか?」

 

ゆり「っ……!」

 

有咲「あんたは統率役には向いてない。私ならもっと上手くやれる。」

 

ゆり「これは私の役目で、私の理由なの。後輩は黙って先輩の背中を見てなさい。」

 

そう言ってゆりは化粧室から出て行った。

 

有咲「…ふんっ。」

 

 

 

 

 

 

5人は練習を終え帰宅していた。

 

香澄「あー今日は楽しかったね、さーや。」

 

沙綾「本当だね。歩いて帰るの何だか久しぶり。」

 

ゆり「……。」

 

ゆりは大赦からの連絡を気にしていた。

 

りみ「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

ゆり「ん?何?」

 

香澄「ゆり先輩何かありましたか?」

 

香澄が心配そうに尋ねてきた。

 

ゆり「ううん、何でもないよ。りみはもう少し練習と対策が必要かな。」

 

りみ「………。」

 

そう言って誤魔化すゆりをりみは見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

牛込宅--

 

部屋でベースの練習をしているりみ。

 

りみ「はぁ……。」

 

そこにりみの精霊である"木霊"が現れる。心なしかりみを気に掛けているようだった。

 

りみ「大丈夫だよ、木霊。」

 

再びベースを弾き始めるりみ。その音は弾むような音色を奏でていた。すると、

 

ゆり「やっぱ上手いじゃん、りみ。」

 

突然ゆりが部屋に入ってきた。

 

りみ「お、お姉ちゃん聞いてたの!?」

 

ゆり「全く。りみはもっと自信持っていいのに。ちゃんと出来る子なんだから。」

 

 

 

 

 

 

その夜、りみは考えていた。

 

りみ(小学生の頃、知らない大人達が家にやって来た事があった…。私はお姉ちゃんの背中に隠れているだけで、後でお姉ちゃんがお父さんとお母さんが大橋での事故で死んじゃったって教えてくれた…。)

 

りみ(あの日から、お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんで…。お母さんでもあって…ずっとお姉ちゃんの背中が一番安心できる場所で…。お姉ちゃんがいれば、私、何だって出来るよ。でも、私1人じゃ…。)

 

 

ーーー

ーー

 

 

沙綾「ずっと黙ってたんですか……。」

 

ゆり「やっぱり、怒るよね…。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

りみ(お姉ちゃんは勇者部の事をずっと1人で抱え込んでいた…。もし…もし私がお姉ちゃんの後ろに隠れてる私じゃなくて、隣を一緒に歩いて行ける私だったら……。)

 

 

 

 

 

 

ゆり「…み。り…。りみ、起きなさ―い。」

 

りみ「……。」

 

ゆり「よっと。」

 

りみ「うーーーん…。」

 

ゆり「りみ。朝ご飯出来たから着替えて顔洗ってきてね。」

 

りみ「うーん…。」

 

ゆりはリビングに戻りスープの味見をする。

 

ゆり「うん。今日も上出来。」

 

そこへまだ寝ぼけ眼のりみがやって来た。

 

りみ「おはよう、お姉ちゃん。」

 

ゆり「おはよう。もうスープも出来てるから、先にトースト食べてて。」

 

りみ「うん……。」

 

りみはトーストにマーガリンを塗り、ゆりはスープをよそう。

 

ゆり「ん……?」

 

りみの寝癖を見てゆりは微笑み、ポケットからブラシを取り出し、

 

ゆり「ちょっと動かないでね。……よし、今日もりみは可愛いぞ。」

 

りみの髪を梳かしてあげたのだった。

 

ゆり「元気ないね。どうかした?」

 

りみ「あのね、お姉ちゃん…。」

 

ゆり「うん。」

 

りみ「ありがとう。」

 

ゆり「どうしたの?急に。」

 

りみ「なんとなく言いたくなったの。この家の事とか勇者部の事とか、お姉ちゃんばっかりに大変な事させて…。」

 

ゆり「そんな事無いよ…。私なりに理由があるからね。」

 

りみ「理由って?」

 

ゆり「っ!ま、まぁ簡単に言えば、世界の平和を守る為、かな。だって勇者だしね。」

 

りみ「でも…。」

 

ゆり「何だって良いよ。どんな理由でもそれを頑張れるならさ。」

 

りみ「どんな理由でも……。」

 

ゆり「はいはい!シリアスな雰囲気はここまで!冷めないうちに食べて、学校へ行きましょう。」

 

りみ「っ……。」

 

こうしてりみはゆりが言っていた事を気にしつつ学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 

花咲川中学校--

 

りみ(どんな理由でも頑張れるのなら…。だったら…私は…?勇者になったのも部に入ったのも、お姉ちゃんの後ろについて行っただけ…。私、理由なんて何もない……。)

 

先生「はい、今日の授業はここまで。」

 

クラスメイト「起立。礼。神樹様に拝。」

 

りみ「はぁ…。」

 

そんな時NARUKOに連絡が入る。

 

 

 

 

 

 

ゆり「こちら部長、本日のミッションは2手に分かれて行動します。」

 

ゆり「飼い主探しの依頼が来てた仔猫のうち、2匹の貰い手がつきました。」

 

ゆり「各依頼主の家へ行き、仔猫を引き取ってください。」

 

沙綾「分かりました。」

 

香澄「りょーかいです。」

 

 

 

 

 

 

香澄、沙綾、有咲組--

 

有咲「えーっと…。沙綾ここ、どこだ?」

 

沙綾「この住所なら、あっちだよ。」

 

有咲「わ、分かってたよ。ちょっとまだこの辺りの地理に慣れないだけだし!」

 

香澄・沙綾「「ふふ…。」」

 

 

 

 

 

 

牛込姉妹組--

 

ゆり「うーーーん、確か…ここだね。…すいません。花咲川中勇者部です。仔猫を引き取りに来ました。」

 

すると家の中では--

 

女の子「絶対ヤダ!この子をあげるなんて…。」

 

ゆり・りみ「「っ!?」」

 

女の子「私が飼うから…。」

 

母親「でもね、うちでは飼えないのよ…。」

 

女の子とその母親が仔猫をめぐって口論をしている最中であった。

 

りみ「もしかして仔猫連れて行くの嫌だったのかな?」

 

ゆり「あちゃー…。もっと確認しておけばよかった。」

 

りみ「どうしよう?この家の子、泣いてるみたい…。」

 

ゆり「……大丈夫。お姉ちゃんが何とかする。」

 

りみ「え?何とかって?」

 

ゆり「失礼します。花咲川中勇者部の者ですけどー。」

 

 

 

 

 

 

帰り道--

 

りみ「あの家のお母さん、仔猫の事考え直してくれて良かったね、お姉ちゃん。」

 

ゆり「うん。」

 

りみ「喧嘩にもならなかったし、お姉ちゃんのお陰だね。」

 

ゆり「ごめんね、りみ。」

 

ゆりは悲しげな顔をしてりみに謝り始めた。

 

りみ「え?」

 

ゆり「ごめんね。」

 

りみ「何で謝るの、お姉ちゃん。」

 

ゆり「りみを勇者なんて大変なことに巻き込んじゃったから…。」

 

りみ「え…。」

 

ゆり「さっきの家の子、お母さんに泣いて反対してたでしょ?それで思ったの。りみを勇者部に入れろって大赦に命令された時、私、やめてって言えばよかった。さっきの子みたいに、泣いてでも…。」

 

りみ「……。」

 

ゆり「そしたら、もしかしたらりみは勇者にならなくて、普通に…。」

 

そこでりみの口から出た言葉は、ゆりの予想に反する言葉だった。

 

りみ「何言ってるの、お姉ちゃん!」

 

ゆり「っ!りみ…。」

 

りみ「お姉ちゃんは間違ってないよ。」

 

ゆり「でも……。」

 

りみ「それに私、嬉しいの。守られるだけじゃなくてお姉ちゃんと、みんなと一緒に戦えることが。」

 

ゆり「っ……。ありがとね、りみ。」

 

りみ「どういたしまして。」

 

ゆり「りみったらなんか偉くなったね(笑)。」

 

ゆり・りみ「「あははは!」」

 

ゆり「さてと、家に着いたらりみは楽器の練習ね。」

 

りみ「あっ。うぅぅ、そうだった……。が、頑張る!」

 

 

 

 

 

 

次の日の放課後。りみはまた1人教室でベースの練習をしていた。

 

りみ「うーーん。もう少しこうした方が良いのかなー?」

 

そこへ--

 

?「ねぇ、りみちゃん。」

 

 

 

 

 

 

その日の帰り--

 

りみ「あのね、お姉ちゃん。私やりたい事が出来たんだ。」

 

ゆり「ん?やりたい事?」

 

りみ「うん。」

 

 

ーーー

ーー

 

 

クラスメイトC「ねぇ、りみちゃん。」

 

話しかけてきたのはりみのクラスメイト達だった。

 

クラスメイトD「りみちゃん、楽器上手いね。」

 

りみ「そ、そうかな…?」

 

クラスメイトC「文化祭で演奏するんだよね?私絶対聞きに行くね。」

 

クラスメイトD「将来はバンドマン目指したら?」

 

クラスメイトC「あっ、そうしたら私ファン1号ー!」

 

りみ「バンドマンなんて大げさだよ…。でも楽器弾くのは嫌いじゃないかも……。」

 

クラスメイトC・D「「でしょー!りみちゃんならいけるって!」」

 

心なしかりみの顔には笑顔がこぼれていた。

 

 

ーー

ーーー

 

 

ゆり「何々?将来の夢でも出来たって事?だったらお姉ちゃんに教えてよ。」

 

りみ「うーーん……秘密。」

 

ゆり「あーー、酷い。誰にも言わないから。」

 

りみ「だーめ、恥ずかしいもん。」

 

ゆり「残念だなー。」

 

りみ「でも、いつか教えるね。」

 

ゆり「じゃあ、そのいつかが来るまで気長に待つよ。」

 

りみ「うん。」

 

 

 

 

 

 

カラオケ屋--

 

1人でベースを弾くりみ。テーブルの上にはノートパソコンが置いてあり。ベースの音源を録音しているのだった。

 

りみ(まだこれは、なんて言えない。やってみたい事が出来た。ただそれだけ。だけど、どんな理由でも良いんだ。頑張る理由があれば。)

 

画面にはバンドメンバーのオーディションサイト。

 

りみ(私はお姉ちゃんの後ろじゃなくて、一緒に並んで歩いて行ける。)

 

マウスを動かした時、手にカバンが当たってしまいカバンの中の荷物が散らばってしまう。

 

りみ「あっ……。先にこっちやんなきゃ…。」

 

 

 

 

 

 

一方その頃ゆりは家でスマホをいじっていた。

 

ゆり「私の理由は…。バーテックスのせいで死んだ親の仇…すごく個人的な事だしね……。」

 

その時、樹海化警報のアラームが鳴り響く--

 

 

 

遠くの空が割れて闇が広がっていく--

 

 

 

 

ゆり「っ!始まったの……?最悪の事態が…。」

 

 

 

 

七色の光が世界を埋め尽くしていった--

 

 

 

世界が樹海化する--

 

 

 

遠くに見える光の点は7つ--

 

 

 



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生物の頂点


タイトルは文字通りバーテックスの事です。


星の鼓動が聞こえた香澄。

星屑の集合体であるバーテックス。

なので香澄にはバーテックスの声が聞こえるっていう設定が出来ました。





 

 

闇の彼方から7体のバーテックスが出現する--

 

有咲「残り7体…。全部来てんじゃねーかこれ…。敵の総攻撃…最悪のパターンだな。」

 

有咲が神妙な面持ちで呟く。

 

香澄「あれ?何ですぐに攻めて来ないんだろう?」

 

香澄が怪訝に思う。

 

有咲「さぁ?どの道、神樹様の加護の届かない壁の外に出てはいけないって教えがある以上は、私達からは攻め込めないけどな。」

 

ゆり「敵は、壁ギリギリの位置から仕掛けてくるみたい。決戦ね、みんなもそろそろ準備して。」

 

ゆりが4人に発破をかけると、

 

りみ「……。あははは!何するん、香澄ちゃん!」

 

香澄がりみにくすぐりを仕掛けていた。

 

香澄「フフフ…。緊張しなくても大丈夫だよ。みんないるんだから。」

 

りみ「そうだね。香澄ちゃん。」

 

ゆり「よし!勇者部一同変身!」

 

ゆりが号令をかけると、勇者達は変身する。

 

 

香澄は山桜の勇者に--

 

 

沙綾は紫陽花の勇者に--

 

 

りみは鳴子百合の勇者に--

 

 

ゆりはオキザリスの勇者に--

 

 

そして有咲はサツキの勇者に変身した。有咲の刻印は左肩にある。

 

遥か遠くからゆっくりと攻めてくるバーテックス達。

 

それぞれ"水瓶型""牡牛型""双子型""天秤型""牡羊型""魚型""獅子型"である。

 

沙綾「敵ながら圧巻だね。」

 

有咲「でも逆に言えば、こいつら殲滅させたらもう戦いは終わったもんでしょ。」

 

沙綾と有咲が話し出す。ここでゆりが、

 

ゆり「みんな、ここはアレやっときましょう。」

 

有咲「アレ?アレって何だ?」

 

有咲以外が円陣を組み出す。

 

有咲「な、円陣?それって必要なのか?」

 

ゆり「決戦には気合が必要でしょ。」

 

有咲「はぁ?ったくーしゃーねーなー。」

 

5人が円陣を組み、ゆりが話し出す。

 

ゆり「みんな、買ったら好きなもの奢ってあげる。だから、絶対に死んだりしないでね。」

 

香澄「よぉーし、美味しいものいっぱい食べよっと。肉ぶっかけうどんとか。」

 

有咲「ったりめーだ。言われなくても殲滅してやる。」

 

りみ「わ、私も叶えたい夢があるから…。」

 

沙綾「絶対にみんなで守り抜こう。」

 

ゆり「っ…。よーし!」

 

全員「「「勇者部、ファイトー!」」」

 

 

 

 

 

 

沙綾以外の4人が飛び出し、沙綾は横になってスナイパーライフルを構え、スマホで敵の情報を確認する。

 

有咲「バーテックスの進行速度にばらつきがある。あの巨大なやつ…明らかに別格なやつだ。でも、まずは……。」

 

敵の先頭を進んでいるのは"牡羊型"である。そこに有咲が攻め込む。

 

有咲「おら、一番槍だ!」

 

有咲が斬撃を入れると、すかさず沙綾は頭部を撃ち抜く。

 

有咲「まずは1匹、封印するぞ!」

 

有咲が封印の儀に入り、"牡羊型"から御霊が飛び出す。

 

香澄「他の敵が来る前に、こいつ倒しちゃおう。」

 

有咲「そらっ!」

 

有咲が御霊に向かって剣を投げるが、御霊は回転し剣を弾いてしまった。

 

有咲「な、何回ってんだこいつ。」

 

香澄「それなら、さーやー!!」

 

香澄が沙綾に合図し御霊にパンチする。

 

香澄「はあぁぁぁ!」

 

間髪入れずに沙綾が御霊を打ち抜き、破壊する。

 

香澄「ありがとー、さーや。」

 

沙綾の胸の花びらが5枚全て色付く。しかし、沙綾の顔には不安が残っていた。

 

沙綾「今の敵の動き…。まるで叩いてくれと言わんばかりの突出だった……はっ!まさか罠⁉︎」

 

 

 

その時だった。"牡牛型"が大きく鐘の音を鳴らしてきたのだ。

 

有咲「な、何だこの音!気持ち悪すぎる!」

 

沙綾を除く4人は鐘の音のせいで全く身動きが取れなくなってしまった。

 

沙綾「香澄、みんな!くっ…あのベルか!」

 

沙綾がスナイパーライフルの鉤爪に指を掛けた瞬間--

 

 

 

沙綾の目の前に"魚型"が出現し、頭上を飛び越えると、再び地面に潜っていった。その揺れは、沙綾の狙いを狂わせる。

 

沙綾「揺れで、狙撃が!このままじゃまずい!!」

 

その時だった。

 

りみ「音は…音はみんなを幸せにするもの……。こんな音なんかに…。」

 

りみの背中の花びらが3枚色付いた。

 

りみ「こんな音おぉぉぉーーーっ!!」

 

りみのワイヤーが"牡牛型"の鐘に絡みついて音を封じ込めたのだ。

 

ゆり「よしっ、まずは…!」

 

ゆりは"天秤型"と"水瓶型"を真っ二つに切り裂いた。

 

りみ「お姉ちゃん!」

 

ゆり「よし、3体まとめて……。」

 

ゆり達が封印の儀を施そうとした瞬間、

 

りみ「あわわわ…!」

 

りみが"牡牛型"に引っ張られていく。

 

香澄「このぉ!」

 

香澄が追い掛けようとした時、有咲が香澄を止めた。

 

有咲「待てっ!何だか様子がおかしいぞ。」

 

バーテックス達が、後方に控えていた"獅子型"に集まってきたのだ。

 

 

 

"天秤型"と、"水瓶型"も傷が再生し、"獅子型"へと向かっていき--

 

 

そのまま4体を吸収して合体したのだ--

 

 

--

 

 

一方その頃沙綾は、"魚型"と対峙していた。

 

沙綾は連続してダメージを与えていくが、またも地中へと潜ってしまう。香澄達を援護しようとスコープを除くと--

 

"牡牛型""水瓶型""天秤型""獅子型"の4体は合体し、1つの大きなバーテックスへと姿を変えていた--

 

 

 

 

 

 

有咲「何だぁ⁉︎こんなん聞いてねぇぞ!!」

 

香澄「でも、これなら…4体まとめて倒せるよ!」

 

有咲が慌てるが、香澄はこの時がチャンスと見ていた。そして、ゆりが4人に指示を出す。

 

ゆり「まとめて封印開始!」

 

沙綾「はっ!みんな危ない!!」

 

少し遠くに離れていた沙綾はバーテックスの動きに気付き叫び出す。それと同時に"融合型"が炎の玉を作り出し、そこから無数の火の玉を4人に向けて飛ばしてきたのである。4人は避ける為行動に移すが、何とその炎は4人を追尾してくる。

 

ゆり「くっ、この炎、私達の動きに合わせて……、うわっ!」

 

ゆりに炎が命中する--

 

りみ「きゃあぁぁぁ!!」

 

りみも逃げていたが、追い付かれいくつか当たってしまった。香澄も逃げていたが、

 

香澄「くっ、追ってくるなら、このまま返す!」

 

炎を跳ね返そうとした時--

 

香澄「これは……!」

 

 

 

?「コワス…ナニモカモ…ハカイスル。シンジュヲ…セカイヲ…ハカイスル!」

 

 

 

香澄(またあの時の声…。一体何処から……?)

 

香澄「まさか、バーテックスから⁉︎」

 

その瞬間、判断に遅れ後方から来た炎に吹き飛ばされてしまう--

 

有咲は剣を振りかぶって攻撃するも、

 

有咲「くそっ…!」

 

剣が折れてしまい、有咲にも炎が命中する。少し離れていた沙綾はライフルで攻撃するも、"融合型"は全くダメージを負っていない。

 

沙綾「これも、効かないの⁉︎」

 

そして"融合型"は巨大な炎を生み出し、

 

沙綾「はっ……!」

 

沙綾に向かって発射した--

 

爆音が樹海に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

ゆり「うっ……。」

 

有咲「くっ……。」

 

りみ「そんな……。」

 

沙綾「こんな事って……。」

 

香澄「神樹様が……。」

 

吹き飛ばされた、香澄達勇者5人--

 

 

 

"融合型"は樹海を蹂躙し続ける--

 

 

 

 

勇者達に動く力は残されていなかった--

 

 



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"満開"の力


ひとまずこれで半分、折り返しです。

戦闘シーンは書いていて本当に難しいと感じますね。他の方の小説を見てると悲しくなってきます。









 

 

香澄達は4体ものバーテックスが合体した”融合型”の前になす術なく倒されてしまう--

 

”融合型”がゆっくりと神樹様に向かって進んでいく。

 

ゆり「こんな…事で…負ける訳にはいかない……!」

 

ゆりは満身創痍ながらも立ち上がろうとするが、後方から水の球が飛んできて、ゆりに命中してしまう。水球の中に閉じ込められ、必死で剣を振るが脱出出来ない。

 

りみ「お、お姉ちゃん…。」

 

ゆり(ダメ…ダメよ!りみを置いて…。みんなを巻き込んで…こんなところで倒れるなんて……。そんな事…。)

 

 

 

ゆり「出来る訳がないでしょーーーーーーーっ!!」

 

 

 

その瞬間、ゆりの太腿のオキザリスの刻印が光り輝き--

 

 

 

樹海から光がゆりに集まっていく--

 

 

 

 

ゆり「満開!」

 

 

 

 

ゆりの服装が白を基調とした荘厳な変わる--

 

りみ「お姉ちゃん…まさか!?」

 

香澄「溜め込んだ力を解放する…。勇者の切り札……。」

 

有咲「あれが…"満開"。」

 

”融合型”がゆりに気付き、火の玉を放ってくるが、ゆりは躱し、そのまま体当たりして"融合型”を突き飛ばした。

 

ゆり「これなら…いける!」

 

 

さらに--

 

 

樹海から紫色の光が沙綾に集まっていく--

 

 

 

沙綾「満開!」

 

沙綾「もう、許さない!」

 

香澄「さーや…あれって……。」

 

香澄が沙綾を見つめている。沙綾の姿を見た”魚型”はその姿目掛け突進してきた。

 

満開した沙綾の砲台にエネルギーが充填され、発射--

 

命中し、砕け散り御霊のみの姿になってしまう。

 

沙綾「この程度なら封印の必要もないみたいだね。」

 

全砲門から放たれたエネルギーが、一つに集まり御霊を貫く--

 

沙綾「よし、これで…な、何!?」

 

沙綾が神樹に迫るバーテックスに気が付く。

 

沙綾「これは…神樹様に近い!何で気が付かなかったの…。」

 

神樹に向かって”双子型”が疾走していたのだ。

 

沙綾「アイツ、小さくて速い!」

 

沙綾が砲撃するも、"双子型"は軽やかに攻撃を躱していく。

 

沙綾「躱した!?このままじゃ…。」

 

直後、樹海から光が集まり--

 

 

 

集まった光が緑色に輝いた--

 

 

 

りみ「満開!」

 

りみが満開したのだ。

 

りみ「これ以上私達の日常を、壊させない!」

 

沙綾「りみりん!」

 

ゆり「りみ!」

 

沙綾とゆりが叫ぶ。

 

りみ「そっちに行くなぁーーーーーっ!!!」

 

無数のワイヤーを伸ばし、そのワイヤーは"双子型"に向かって伸びていき"双子型"を捕らえる。そしてりみは、自分の目の前まで"双子型"を引き戻し、ぐっと手を握った。

 

りみ「お仕置きや!」

 

その瞬間、"双子型"がバラバラに切り刻まれ御霊が出現し、その御霊も切り刻まれてしまった。

 

香澄「りみりん!やったぁ。」

 

香澄が歩き出し喜ぶが、

 

有咲「くそ……、いつまで倒れてんだ、私!」

 

有咲はまだ立てないでいた。ゆり、りみ、沙綾達が喜んでいたのも束の間、"融合型"が出した火の玉が集まって炎の塊になっていき、どんどん大きくなっていく。

 

ゆり「なに…これ……。」

 

沙綾「あっ、ゆり先輩危ない!」

 

りみ「お姉ちゃん!」

 

ゆり「勇者部一同!封印開始!」

 

ゆりが剣を巨大化させ、盾にして火球を防ぐ。

 

ゆり「みんな!私がこいつの相手をしているうちに!早く!!」

 

りみ「う、うん。」

 

沙綾「分かりました!」

 

香澄「了解です!」

 

有咲「ったく…私にもいいとこ……残しとけよな!」

 

4人が封印を開始する。

 

その最中、"融合型"の一部が赤く光りだし、炎の塊がさらに大きくなる。

 

ゆり「きゃあっ!?お姉ちゃん!!」

 

香澄・沙綾「「ゆり先輩!」」

 

ゆり「そいつを……、そいつを倒せえぇぇぇぇ!!!!!」

 

そう言い残しゆりの体が光り出し、満開が解除される。4人はあたりを見回すも、そこには御霊らしきものはなかった。

 

沙綾「っ!香澄、みんな!上!」

 

香澄・りみ・有咲「「「はっ………!」」」

 

4人は空を見上げる--

 

 

4体ものバーテックスが融合した御霊は--

 

 

 

宇宙に届くほど巨大だった--

 

 

 

沙綾「何から何まで規格外すぎる……。」

 

有咲「しかもあの御霊、出てる場所は宇宙だと!?」

 

りみ「大きすぎるよ…。あんなもの、どうやって……?」

 

ゆりは倒れていて動くことが出来ない。

 

有咲「最後の最後でこんな…。ちくしょう!!」

 

香澄「大丈夫!」

 

くじけそうな3人に香澄が声をかける。

 

香澄「御霊なんだから今までと同じようにすればいいんだよ。どんなに敵が大きくたって、私は絶対に諦めない!勇者ってそういうものだよね、みんな!」

 

沙綾・有咲「「香澄…。」」

 

りみ「香澄ちゃん…。」

 

沙綾「香澄、行こう。今の私なら香澄を運べると思う。」

 

香澄「うん!有咲とりみりんは封印をお願い!」

 

有咲「とっとと帰って来いよな!」

 

りみ「香澄ちゃん!沙綾ちゃん!気を付けてね。」

 

沙綾の元へ向かい微笑み合い、しっかりと手を繋いだ。そして、方向転換し、御霊へ向かって上昇していく。

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

地上では封印状態が長引いた為、”融合型”が倒れている部分から樹海が枯れ始める。

 

有咲「くそっ、侵食が早い!」

 

りみ「まずいよ、拘束力が無くなっちゃう…。」

 

 

 

 

 

 

成層圏--

 

ようやく御霊に近づいた2人だが、突然何かが近づいてきた。

 

香澄・沙綾「「っ!?」」

 

御霊がブロックのような物を降らせ攻撃してきたのだ。

 

香澄「御霊が攻撃してきた!」

 

沙綾「香澄、迎撃するよ!地上には落とさせない!」

 

沙綾の砲撃で吹き飛ばし、御霊にもダメージを与えるが、それでも攻撃は止まらない。

 

香澄「さーや!」

 

沙綾「大丈夫。見てて、香澄。」

 

香澄「うん。」

 

2人はぎゅっと手を握る。

 

沙綾「1個たりとも通さない!」

 

沙綾は次々と迎撃していき、地上に落ちていった物も破壊する。そして全てを撃墜し、御霊のすぐ傍までやって来た。

 

沙綾「ぅ!!」

 

香澄「凄い…凄いよさーや!ここまで来たよ!」

 

沙綾「はぁ…はぁ…ごめん香澄……。ちょっと張り切り過ぎちゃった。」

 

香澄「ありがとう、さーや。見ててね、やっつけて来る。」

 

 

 

香澄「満開!」

 

 

 

樹海から桜色の光が集まってくる--

 

 

 

自身の腕とは別に、左右に巨大な腕が追加された。

 

香澄「みんなを守って…。私は…!」

 

その時、沙綾は香澄を避けて、御霊に援護射撃し少しだけ傷をつけた。

 

香澄「勇者になあぁぁぁぁぁぁぁるっ!!!」

 

沙綾が狙撃した箇所にに渾身のパンチを食らわせた--

 

沙綾「香澄…。」

 

沙綾の体が光を放ち、満開が解除される--

 

 

 

その時沙綾の脳裏に再びあの光景が--

 

 

ーーー

ーー

 

 

?「私は花園--。あなたは山吹沙綾。あの子は海--夏--。」

 

?「3人は友--。ズッ--だよ。」

 

?「私は--。後でまた--。ちょっと、行ってくるね。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(あの子は誰…?何でそんな悲しい顔をしてるの…?)

 

 

 

 

 

 

一方香澄は巨大なアームで御霊を掘り進んでいた。

 

香澄「くっ、硬い!」

 

さらに御霊が再生を始め、埋まっていく香澄。

 

香澄「勇者部5箇条ひとぉーーつ!」

 

香澄「なるべく…諦めない!」

 

パンチを続け、御霊にひびが入る。

 

香澄「さらに5箇条!もうひとぉーーつ!」

 

香澄「成せば大抵………!」

 

御霊のひびが全体に広がっていく。

 

香澄「何とかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁる!!!!!!」

 

御霊の奥にある核を渾身の力で殴る--

 

御霊が破壊され、満開が解除される。

 

香澄「やった…!」

 

ゆっくりと落ちていく香澄の後ろには朝顔の花が。

 

香澄「さーや…。」

 

沙綾「香澄、お疲れ様。」

 

香澄「おいしいとこだけ、取っちゃった。」

 

沙綾「ごめん、最後の力でこれだけ残したけど、保つかどうか分からない。」

 

香澄「大丈夫。神樹様が守ってくださるよ…。」

 

沙綾「そうだね…。」

 

朝顔が閉じて、2人を包み込んで守り、大気圏に突入する。

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

地上では、りみが満開の力で増えたワイヤーを使い網を作って2人を受け止めようとしていた。しかし、受け止めようとしても、貫かれてしまう。

 

有咲「ものすげー衝撃だな…。」

 

りみ「絶対に香澄ちゃんと沙綾ちゃんを助けてみせる!」

 

何重ものネットを作っては貫かれ--

 

地面すれすれでようやく止まった。

 

りみ「うぅっ……よかったぁ…。」

 

有咲「すげーよりみ!ナイス根性だったぞ!」

 

ふらつくりみを受け止める有咲。

 

りみ「行ってあげて、有咲ちゃん…。」

 

有咲「うん。」

 

りみ「お姉ちゃん、私、頑張ったよ……。」

 

満開が解除され倒れるりみ。

 

有咲「香澄!沙綾!……香澄?沙綾?おい!2人ともしっかりしろよ!」

 

 

倒れて動かないりみ。

 

 

 

同じく動かないゆり。

 

 

 

香澄と沙綾も動かない。

 

 

 

有咲「っ……!?」

 

泣きそうになる有咲。

 

香澄「ケホッ、ケホッ。」

 

有咲「っ!香澄!」

 

香澄「えへへ…大丈夫。」

 

沙綾「ぁ……。」

 

沙綾も意識を取り戻す。

 

沙綾「なんとか生きてるよ……。」

 

りみ「ケホッ、ケホッ……。」

 

ゆりとりみも目を覚ました。

 

有咲「なんだよ、お前ら……。ぐすっ…早く返事しろよなぁ!」

 

こうして香澄達勇者部は満身創痍になりながらも、バーテックス7体の殲滅に成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

花咲川中学屋上--

 

香澄達5人は元の世界へ戻ってきた。すぐさま有咲が大赦へ連絡を入れる。

 

有咲「市ヶ谷有咲です。バーテックスと交戦、負傷者4名至急霊的医療班の手配を願います。なお、今回の戦闘で12体のバーテックスは全て殲滅しました!」

 

 

 

有咲「私達、花咲川中学勇者部一同が!」

 

 

 



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チカラの対価


これで正式に有咲が5人目として勇者部に加入となります。


そして最後に出てくる少女は……?





 

 

花咲川病院--

 

香澄はただ今検査中である。

 

看護師「はーい、少しチクっとしますよー。」

 

香澄「うっ。」

 

香澄(バーテックス7体との戦いの後、私達は検査のため入院する事になりました。)

 

テレビ「次のニュースです。昨日起こった、工事中の高架道路が落下した事故に関する続報です--」

 

ニュースを見ているゆりと有咲。そこに香澄がやってくる。

 

ゆり「香澄ちゃんも検診終わったんだね。」

 

香澄「はい。きっちりばっちり血を抜かれ…って、ゆり先輩、その目は!?」

 

ゆり「左目の視力が落ちてるの。」

 

香澄「視力が落ちてる?」

 

ゆり「そう。」

 

香澄「もしかしてバーテックスから何か……。」

 

ゆり「違う違う。戦いの疲労によるものだろうって。勇者になるとすごく体力を消耗するらしいから。この目も療養したら治るってさ。」

 

香澄「そうなんですか。」

 

ゆり「なんたって、私達、一気に7体もバーテックス倒したんだから。体も疲れちゃうんだよ。」

 

香澄「あっ!さーや、りみりん。」

 

沙綾「私達も検査終わったよ。」

 

香澄「りみりん、注射されて泣かなかった?」

 

りみ「な、泣いてないよ…。」

 

りみは心なしか元気がなさそうであった。

 

ゆり「りみ、何かあった?」

 

りみ「お姉ちゃん…。指がね…動かしにくいんだ……。」

 

沙綾「りみりん、指の動きが悪いみたいなんです。勇者システムの長時間使用による疲労が原因で、すぐに治るだろうと言っていたんですけど…。」

 

ゆり「私の眼と同じだね…。」

 

香澄「えっと、すぐ治るんなら大丈夫だよね!お医者さんもそう言ってるんだし。」

 

ゆり「えぇ、そうだね。」

 

香澄とゆりはそう納得せざるを得なかった。

 

香澄「そうだ!私達バーテックスを全部やっつけたんだよ、お祝いしないと。ジャジャーン!売店で買ってきました。」

 

有咲「随分沢山買ってきたな。」

 

香澄「お祝いは豪勢にやらないと。はい、みんなー、飲み物を持ってくださーい。」

 

みんながジュースを手に取る。

 

香澄「では、勇者部部長から乾杯の一言を。」

 

ゆり「えっと…本日はお日柄もよく…。」

 

有咲「真面目かよ。」

 

沙綾「堅苦しいのは抜きですよ。ゆり先輩。」

 

ゆり「それじゃ、みんな、お疲れ様。勇者部大勝利を祝って、乾杯!」

 

みんなジュースを飲むが、

 

香澄「?」

 

香澄は一度口を離した後、もう一度飲み始めた。

 

香澄「やっぱ目的を達成した後のジュースはおいしいなー。」

 

沙綾「?」

 

その一瞬の違和感を沙綾は見逃さなかった。

 

ゆり「そうだ、みんなに渡したいものがあった。はいこれ。」

 

そう言うと、ゆりは4人に新しいスマホを渡す。

 

ゆり「新しい携帯ね。前に使ってた物は回収されたでしょ?」

 

沙綾「そうですね。この病院に来た時に。」

 

沙綾が答える。

 

ゆり「あっちの携帯はメンテナンスとかで戻ってくるのに時間がかかるから、しばらくはその携帯を使って。」

 

香澄「わー新品だー。」

 

沙綾「あれ?NARUKOがダウンロード出来ないですね。」

 

香澄は嬉しがり、沙綾は気になった点をゆりに質問した。

 

ゆり「あぁ、あのSNSアプリは使えなくなってるの。あれは勇者専用のだから。私達の戦いは終わったんだしね。」

 

香澄「そっかぁ。勇者になる必要は無くなりましたもんね。」

 

香澄が答える。

 

ゆり「でも、SNSなら他にもあるから、そっちに登録すればちゃんと連絡も出来るし。」

 

香澄「あの、ゆり先輩。牛鬼は…。」

 

ゆり「ごめんね。アプリが使えないから、もう精霊は呼び出せないんだ。」

 

香澄「そうですか…。ちゃんとお別れしたかったな…。」

 

 

 

 

 

 

場所は少し変わり、病院の廊下--

 

香澄「退院は明後日だって。早く学校に戻りたいね。病院に居るのって何だか退屈だよー。」

 

沙綾「そうだね。でも、私は検査にもう少し長い時間が掛かるみたい。」

 

香澄「そっかぁ。一緒に退院出来たら良かったのに…。」

 

そんな事を話しながら、香澄は沙綾の車椅子を押しながら歩いていた。

 

沙綾「香澄。」

 

香澄「ん?」

 

沙綾「身体、どこかおかしいところ、あるよね。」

 

香澄「え?何で?」

 

沙綾「さっきみんなでジュース飲んでた時、香澄の様子変だったから。」

 

香澄「……さーやは鋭いなー。でも、大した事じゃないから。」

 

沙綾「話して。」

 

香澄「……味、感じなかったんだ。ジュース飲んでも、お菓子食べても…。」

 

沙綾「っ……。」

 

香澄「でも、多分大丈夫だよ。ほら、ゆり先輩の眼と同じじゃないかな?すぐに治るって。でも、お菓子の味が分からないなんて、人生の半分は損した気分だよー。」

 

香澄は沙綾に心配させないように明るく振舞っていた。

 

 

 

 

 

 

その夜--

 

沙綾はパソコンで音楽を聴いていた。

 

 

 

両耳のイヤホンを外し--

 

 

 

まずは右耳だけにあて--

 

 

 

次は左耳にだけあてる--

 

 

 

沙綾「っ!」

 

 

 

イヤホンからは、どちらからも音が出ていた--

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

ゆりが扇風機に当たりながら涼んでいる。

 

香澄「戸山香澄、来ましたー。」

 

ゆり「お疲れ様。」

 

香澄「あれ?ゆり先輩、眼帯が…。」

 

ゆり「どう?似合ってる?」

 

香澄「おー…!超かっこいいですー!あれ?有咲はまだ来てないんですか?」

 

りみ「有咲ちゃん、何か用事でもあるのかなぁ。」

 

りみも有咲が来ない事を心配していた。

 

香澄「りみりん、指大丈夫?」

 

りみ「うん。まだ動かしずらいけど…でも色々と大変だよ。」

 

ゆり「さて、今日の活動だけど…。3人しかいないんだよね。衣装の事話したかったんだけど。」

 

香澄「あっ、文化祭ライブで着る衣装の事ですね。」

 

りみ「でも、3人だと話し合いもあんまり意味ないよ、お姉ちゃん。」

 

ゆり「そうだね、他には…。そうだ!ホームページの更新は?」

 

香澄「私達が入院している間、更新が止まってましたからね。あ、でも…。」

 

ゆり「どうしたの香澄ちゃん。」

 

香澄「さーやがいないと更新のやり方が分からないです…。」

 

りみ「出来る仕事ないね…。」

 

ゆり「よし、こうなったら…。」

 

りみ「なにか、あるのお姉ちゃん。」

 

ゆり「ダラダラしようか!」

 

香澄・りみ「「あはは…」」

 

ゆりの発言に思わずずっこけてしまう香澄とりみ。

 

 

 

 

 

 

夕方、花咲川病院、沙綾の病室--

 

香澄「さーや、お見舞いに来たよー。あれ?何してるの?」

 

沙綾は病室のベッドで何やらパソコンで作業していた。

 

沙綾「ちょっと調べものしてたんだ。」

 

香澄「なになにー?何を調べてたの?」

 

沙綾「大した事じゃないよ。もう少ししたら教えるね。それより、来てくれてありがとね、香澄。」

 

香澄「私もさーやと話したかったし。というか、さーやがいないと学校の楽しさが当社比3割減だよ……。」

 

沙綾「ふふ…そんなに減っちゃうんだね。」

 

外はもう日が沈みそうな時間である。

 

香澄「そっかぁ、さーやは左耳が聞こえなくなってるんだ。」

 

沙綾「うん。」

 

香澄「大丈夫!すぐ治るよ。」

 

沙綾「そうだね。」

 

香澄「目一杯戦ったから、身体がちょっと悲鳴上げてるんだよ。」

 

沙綾「そうかもしれないね。」

 

香澄「さてと、そろそろ帰らないと。また明日も来るね。」

 

沙綾「うん、待ってるね。」

 

そう言うと香澄は病室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

香澄が帰ると、沙綾はすぐにパソコンを開く。

 

 

 

 

 

 

氏名      異常箇所

 

香澄      舌(味覚)

 

ゆり先輩    左目(視覚)

 

りみりん    両指(触覚)

 

有咲      不明(異常無し)

 

私       左耳(聴覚)

 

 

 

 

 

 

画面には勇者達の身体の異常箇所が書かれていた。沙綾は携帯を手に取って、ゆりへ連絡する。

 

ゆり「どうしたの、沙綾ちゃん。」

 

沙綾「満開の後遺症とか、そういう事についてゆり先輩は何か聞いていますか?」

 

ゆり「満開の後遺症?何それ?」

 

沙綾「実は……。」

 

ゆり「あっ、ちょっと待って。」

 

ゆりは家から出て外から通話した。

 

 

 

 

 

 

ゆり「成る程…。香澄ちゃんは味覚が無くなって、沙綾ちゃんは左耳が聞こえない……。満開を起こした人は全員?」

 

沙綾「はい…。」

 

ゆり「香澄ちゃん、言ってくれれば良かったのに…。」

 

沙綾「香澄の性格です。みんなに心配かけないよう言い出せなかったんですよ。」

 

ゆり「香澄ちゃんらしいね。」

 

沙綾「ゆり先輩は大赦から何か聞いていないんですか?」

 

ゆり「うん、何も…。」

 

沙綾「大赦の人も知らなかったんでしょうか?」

 

ゆり「そうかもしれない。ごめんね、こんな事になって…。」

 

沙綾「ゆり先輩が悪いんじゃありません。それに身体の調子だって、きっとすぐに治りますよ。」

 

ゆり「そうだね。病院の先生もそう言ってたし。」

 

沙綾「とにかく大赦からの返答待ちですね。」

 

ゆり「そうだね。」

 

沙綾「ありがとうございました。それじゃあまた。」

 

ゆり「うん。またね。」

 

通話を切ったゆり。

 

ゆり「満開の後遺症って…?何なのそれ……。」

 

 

 

 

 

 

浜辺--

 

夕日が照らす砂浜で有咲は今日も訓練していた。

 

有咲「ふぅ。」

 

木刀を放り出して砂浜に倒れる有咲。

 

有咲「戦い、終わっちゃった…。私、これからどうすれば…。」

 

その時、SNSにゆりから連絡が入る。

 

 

 

 

 

 

ゆり「バーテックスの戦いの後、体におかしなところない?」

 

有咲「ないけど、何かあったの?」

 

ゆり「満開を起こした人は、体のどこかがおかしくなっているの。」

 

 

 

 

 

 

有咲「それって、私以外の全員?じゃあ、香澄や沙綾も?」

 

手で目元を押さえる有咲。

 

有咲「私だけ…私だけ傷を負ってない……。これじゃあ私が一番役に立ってねーみたいじゃんか。私は、戦う為にここに来たのに…。」

 

 

 

 

 

 

花咲川病院、沙綾の病室--

 

沙綾は病室で一人、満開について考えていた。

 

沙綾(満開をした4人の異常箇所は治る兆しが見えない…。もしかしたら、ずっとこのままの可能性も…。それに、前の戦いの最後に浮かんできたあのビジョン…。)

 

沙綾(動かない私の足と、無くなった私の記憶…。もしかしたら以前に私は……。)

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

部室では、相変わらず有咲が部室に来ず、3人の活動が続いていた。

 

りみ「やっぱり、3人だと調子出ないね。」

 

香澄「SNSにも返信がなくて、有咲、授業が終わったらすぐ帰っちゃうし…。……私、有咲を探してきます。」

 

そう言って香澄は部室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

市ヶ谷宅--

 

 

有咲の自宅へ行くが、呼び鈴を押しても返事がない。すると有咲の祖母が出てきた。

 

香澄「すみません。有咲に会いに来たんですけど、どこにいるか分かりますか?」

 

祖母「わざわざ、来てくれてありがとうね。有咲なら大体海岸で修業でもしてるんじゃないかしら。」

 

香澄「そうですか、行ってみます。」

 

香澄は有咲の祖母にお礼を言うと海岸へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

浜辺--

 

その頃、有咲は祖母の言う通り砂浜で特訓していた。

 

有咲「ふぅ。」

 

そこへ香澄がやってくる。

 

香澄「あーりーさー!」

 

有咲「香澄?」

 

有咲の元へ走る香澄だが、砂浜に足がもつれ転んでしまう。

 

香澄「つおっ!?」

 

有咲「ちょ、何やってんだ、香澄。」

 

香澄「痛い…。ありさー、そこは駆けつけて受け止めてよー。」

 

有咲「無茶言うな。…何しに来たんだ?」

 

香澄「部活へ誘いに来たんだ。」

 

有咲「っ!?」

 

香澄「最近有咲部活をサボりまくってるから。」

 

有咲「っ!」

 

香澄「このままじゃ、サボりの罰として、腕立て1000回とスクワット3000回と腹筋10000回させられる事になるんだけどなー。」

 

有咲「ちょまっ!け、桁おかしくねーか!?」

 

香澄「でも今日部活に来たら全部チャラになりまーす。さぁ、部活来たくなったよね?」

 

有咲「ならねー。」

 

香澄「即答!?」

 

有咲「元々私、部員じゃねーし。」

 

香澄「そんな事…。」

 

有咲「それに、もう行く理由がねーんだ。」

 

香澄「理由って?」

 

有咲「私は勇者として戦う為にこの学校に来た。あの部にいたのは戦う為に。他の勇者達と連携を取ったほうが良いからだ。それ以上の理由なんて無い。大体、ゆりも何考えてんだ!勇者部はバーテックスを殲滅する為の部なんだろ!バーテックスがいなくなったら、そんな部、もう意味ない!」

 

香澄「違うよ!」

 

有咲「っ!?」

 

香澄は有咲に諭す。

 

香澄「勇者部は、ゆり先輩がいて、りみりんがいて、沙綾がいて。有咲もいて。みんなで楽しみながら人に喜んでもらう事をしていく部だよ。バーテックスなんかいなくっても、勇者部は勇者部。」

 

有咲「でも…。」

 

香澄「戦う為とか関係ない。」

 

有咲「でも…、私…。戦う為に来たから……。もう戦いが終わったから。だからもう私には価値がなくて、あの部にも居場所が無いって思って……。」

 

香澄「勇者部5箇条ひとーつ!」

 

有咲「えっ?」

 

香澄「悩んだら相談。」

 

有咲「え……。」

 

香澄「戦いが終わったら居場所が無くなるなんて、そんな事無いんだよ。有咲がいないと部室が寂しいし、私は有咲と一緒にいるの楽しいし。それに私、有咲の事好きだから!」

 

有咲「ちょまっ!」

 

香澄の突然の発言に有咲は顔を赤らめる。

 

有咲「っ…!ったく!しょーがねーなー、そこまで言うなら行ってやるよ、勇者部。」

 

香澄「やったぁー!じゃあ早速行こ。」

 

有咲「え?今から!?」

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

香澄「戸山香澄、帰還しましたー。」

 

ゆり「おかえり香澄ちゃん。ご苦労様。」

 

ゆりが出迎える。

 

有咲「か、香澄がどうしてもって言うから来てやった。」

 

有咲が恥ずかしがる。

 

香澄「あ、あとここに来る途中買って来たんだー。」

 

香澄がみんなにシュークリームを差し入れる。

 

ゆり「あっ、でも香澄ちゃん、味が分からないんじゃ…。」

 

香澄「あれ?ゆり先輩気付いてたんですか?」

 

ゆり「ごめん、香澄ちゃん。りみも。私が勇者部の活動に巻き込んだせいで…。」

 

香澄「こんなのすぐに治りますよ、ゆり先輩、気にしすぎです。」

 

りみ「そうだよ、お姉ちゃん。」

 

香澄「それに、私は自分から望んで勇者になったんです。って事で、戸山香澄は今後、ゆり先輩からのごめんは聞きません!」

 

りみ「私も!」

 

ゆり「香澄ちゃん…りみ…。ありがとう。」

 

香澄「それより早くシュークリーム食べましょうよー。お腹すいちゃいました。」

 

こうして4人はシュークリームに手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

夜、有咲の自室--

 

有咲(私は戦う為だけに自分が存在するんだと思ってた。)

 

有咲は大赦にメールをしていた。

 

 

 

―――

差出人:市ヶ谷有咲

―――

宛先:大赦

―――

件名:申請

―――

バーテックスは殲滅され任務は終了しました。

今後の私の処遇なのですが、花咲川中学に残る事を

許可してもらえないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

有咲(戦う為に勇者になって、戦う為にこの学校に来て…。でも、戦いに関係なく私がここにいていいなら…。)

 

送信すると、SNSに沙綾から連絡が入る。

 

 

 

 

 

 

沙綾「私の退院日が決まりました。」

 

香澄「やった!」

 

りみ「退院おめでとう。」

 

ゆり「お疲れ様。」

 

沙綾「退院は、急ですが、明日になりました。」

 

 

 

 

 

 

有咲「くすっ。」

 

そんなやり取りを見ながら、有咲は微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

翌日、花咲川病院--

 

香澄「あっ!。」

 

香澄が声を上げて立ち上がると、みんな一斉に奥を見た。

 

香澄「さーや、お帰りなさい。」

 

沙綾「ただいま、香澄。」

 

香澄は看護婦と車椅子の運転を交代する。

 

香澄「ここは、やっぱり私の定位置だね。」

 

りみ「おかえり、沙綾ちゃん。」

 

ゆり「おかえりなさい、沙綾ちゃん。」

 

ゆりもとりみも挨拶する。

 

香澄「これで勇者部メンバー、全員復帰だね。」

 

 

 

 

 

 

5人は病院の屋上へ移動する--

 

香澄「わぁ…風が気持ちいね、さーや。」

 

沙綾「そうだね。」

 

香澄「この街を私達が守ったんだね…。」

 

ゆり「そうね。」

 

有咲「とは言っても、普通の人達は私らの戦いなんて何にも知らないんだけどな。」

 

ゆり「でも、みんながいなかったらこの世界は無くなってた。ここに住む人たちは死んでた。」

 

有咲の言葉にゆりが返す。

 

沙綾「私、初めての戦いの時、すごく怖かった。怖くて、逃げたくて…。でも逃げなくて良かった。香澄、私、ちゃんと勇者出来たかな?」

 

香澄「出来てたよ!さーやは凄くカッコいい勇者だったよ。」

 

メールの着信音が鳴り、ゆりと有咲は携帯を見る。

 

 

 

 

―――

差出人:大赦

―――

宛先:市ヶ谷有咲

―――

件名:申請受理

―――

申請は受理されました。

市ヶ谷有咲、あなたは卒業まで花咲川中学で

勉学に励みなさい。

 

 

 

 

 

 

有咲は微笑んでいた。

 

沙綾「有咲、嬉しそうだね。」

 

有咲「え?べ、別に喜んでねーし!」

 

香澄「何のメールだったの、有咲。」

 

有咲「なんだっていいだろ!」

 

香澄「えー気になる!」

 

有咲「イヤだ!ぜってー見せねー。」

 

一方ゆりにきたメールは、

 

 

 

―――

差出人:大赦

―――

宛先:牛込ゆり

―――

件名:満開の後遺症に関して

---

勇者の身体変調と満開の関連性については

現在調査中です。

しかし、貴方達の肉体に異常は見つかっておらず、

変調は一時的なものだと思われます。

 

 

 

 

 

 

ゆり「っ…!」

 

携帯をしまうゆり。

 

りみ「何かあった、お姉ちゃん。」

 

ゆり「ん?気にしないで、大丈夫だよ。」

 

香澄「そういえばさ、もうすぐ夏休みだよ。何しよっか?」

 

香澄がみんなに質問する。

 

りみ「う、海に行く…とか?」

 

香澄「だよね!夏といえば海!」

 

ゆり「山でキャンプも。」

 

香澄「夏祭りも楽しみだね。」

 

沙綾「花火もいいね。」

 

4人はそれぞれ提案する。

 

香澄「全部やれば良いよ!全部やろう!」

 

香澄(夢みたいな戦いが終わったら、私たちは日常に戻る。)

 

5人が夕日の中で笑っている。

 

香澄(勇者にならなくても勇者部は続いていく……。時間はいくらでもあるんだ!)

 

 

 

 

 

 

 

とある場所--

 

仮面をつけた者とベッドに横たわっている者が話をしていた。ベッドに横になっている者は姿が右目以外が包帯でぐるぐる巻きになっており、右手の指だけを使ってパソコンを動かしている。声からして少女という事は分かる。

 

?「そっかぁ…沙綾は気付き始めてるか……。」

 

仮面の者「はい。勇者様全員が気付くもの時間の問題かと。」

 

?「やっぱ、沙綾は凄いな。でも、このままで良いよ。沙綾は絶対に満開の後に何が起こるか突き止めるって絶対分かってたし。みんなには手は出さないでね。」

 

仮面の者「仰せのままに……。」

 

そう言うと仮面をつけた者は部屋から出て行った。一人になった少女は呟いた。

 

?「満開に咲いた花はその後どうなると思う、沙綾?」

 

 

 



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束の間の休息



第1章も終盤になりました。


そろそろあの子の登場です。





 

 

夏休み、花咲川中学勇者部5人は人類の敵バーテックスを12体全部倒したご褒美として、大赦が用意してくれた合宿先に来ていた。

 

 

 

 

 

 

砂浜--

 

砂浜では香澄が沙綾の車椅子を押して散歩していた。ちなみに沙綾の車椅子は水陸両用の特別製である。

 

香澄「天気が良くて気持ちいいね、さーや。」

 

沙綾「本当にそうだね。」

 

香澄「食事も大赦が手配してくれるんだって。良いのかな、こんなに至れりつくせりで。」

 

沙綾「病院で寝てた分くらいは遊んでも良いんじゃないかな。」

 

香澄「そうだね。よーし、進行方向に人影なし。スピード上げるよー。」

 

そんな香澄と沙綾の姿をパラソルの下で牛込姉妹が見ていた。

 

りみ「熱中症には気を付けてねー。」

 

ゆり「若いって良いよねー。」

 

りみ「お姉ちゃんも歳そんな変わんないでしょ。」

 

ゆり「そりゃそうだ。楽しんでる?りみ。」

 

りみ「うん、楽しいよ。」

 

ゆり「それなら良かった。はい、りみ、あーん。」

 

りみは指が動かせないので、ゆりにかき氷を食べさせてもらっている。

 

有咲「ゆり。」

 

ゆり「なぁに、有咲ちゃん。」

 

有咲「こっちの体は出来上がってるぜ。何時でも良いよ。さぁ、競泳だ、競泳。」

 

ゆり「ふっふーん。花咲川の人魚と呼ばれた私が格の違いを見せてあげましょう。」

 

有咲「呼ばれてたのか、りみ?」

 

りみ「自称だよ。」

 

ゆり「でも、水泳は得意だよ。小学校の頃は水泳クラブ通ってたし。」

 

りみも着いて行き、波打ち際で火照った体を冷ましていた。

 

ゆり「んー。やっぱりみは家でも砂浜でも可愛い。」

 

そこへ香澄と沙綾が戻って来た。

 

香澄「おっ、有咲遂にゆり先輩と勝負するの?」

 

有咲「優れた勇者は水の中も行けるって事を、またまた見せてやる。」

 

香澄「うん、頑張って、有咲!」

 

有咲「っ……。頑張るのなんて当たり前だ。」

 

突然ゆりは周囲を気にし出した。

 

ゆり「あんまり女子力を振り撒くと、ナンパされそうだから注意しないと……。」

 

有咲「何言ってんだか……。」

 

ゆり「隙あり!」

 

次の瞬間、ゆりは海に向かって猛ダッシュした。

 

有咲「ちょまっ…卑怯だぞーー!」

 

有咲も慌てて駆け出していった。

 

香澄「よーし、私達も行こう。」

 

沙綾の車椅子は介護士に押してもらい、香澄はりみの手を優しく掴んで海へ入って行った。

 

香澄「あー気持ちいい〜。りみりん何かあったら遠慮なく言ってね。」

 

りみ「うん、ありがとう香澄ちゃん。」

 

遠くの方でゆりと有咲が泳いでいるのが見えた。

 

香澄「うひゃーゆり先輩も有咲も早いねー。」

 

りみ「さすが、お姉ちゃん。」

 

沙綾「あっ、見て香澄。あっちに魚がいっぱいいるよ。」

 

香澄「えっ何処ー、見えないよー。」

 

りみ「沙綾ちゃんの目線は高いから遠くの景色も良く見えるんだよ。」

 

香澄「えー、ズルイよー。私も座りたーい。」

 

沙綾「ダーメ。だってここは私の特等席だからね。」

 

香澄・沙綾・りみ「「「あははは!」」」

 

 

 

 

 

 

香澄「むむむ……。」

 

有咲「っ……。」

 

香澄と有咲は何時になく真剣な表情をしていた。

 

香澄「とりゃ!」

 

砂をごっそり持っていく香澄。2人は今棒倒しの勝負の真っ最中。

 

有咲「ぬあっ!そんなに沢山⁉︎」

 

香澄「どうだー!」

 

沙綾「香澄の棒倒しの才能は子供達の砂遊びで鍛えられてるんだろうね。」

 

沙綾がそんな事を呟く。

 

香澄「砂がね、どれくらいまで取って大丈夫か教えてくれるんだよ。」

 

有咲「嘘こけー!ちょっと待ってろー今集中するから。……ああっ!?」

 

その時、棒が倒れてしまう。

 

香澄「勝ったーー!」

 

ゆり「ふふふ。香澄ちゃん、あんまり有咲ちゃんをいじめちゃダメだよ。」

 

りみ「お姉ちゃんは泳ぎで負けたけどね…。」

 

有咲「ちくしょーもう一回だ、香澄!」

 

香澄「かかって来なさい!」

 

2人の勝負を3人は眺めている。

 

りみ「有咲ちゃん、凄く楽しそうだね。」

 

ゆり「そうね、りみ。初めて部活に来た時とは大違いだよ。」

 

 

 

 

 

 

香澄「どう?りみりん?」

 

りみ「わっ、全然動かないよ香澄ちゃん!」

 

ゆり「一度でいいから砂浜に埋まってみたいって言ってたもんね、りみは。」

 

りみ「めっちゃ面白いー。」

 

香澄「いいなぁ、有咲!私も埋めて!」

 

その時有咲の目が光る。

 

有咲「よし、かなーり深く埋めてやるー。」

 

香澄「うわあぁぁお手柔らかにーー。」

 

負けた腹いせかの様に香澄を砂浜に埋めたのだった。

 

 

 

 

 

 

夜、旅館--

 

テーブルの前にはカニや刺身やら大層見事なご馳走が並んでいた。

 

りみ「蟹だよ!蟹がいるよ、お姉ちゃん!」

 

りみは蟹に興奮していた。ゆりが女将に尋ねる。

 

ゆり「あのー、部屋間違ってませんか?ちょっと私達には豪華過ぎるような…。」

 

女将「とんでもございません。どうぞ、ごゆっくり。」

 

沙綾「私達高待遇みたいですね。」

 

有咲「ここは大赦絡みの旅館だし、御役目を果たした私達へのご褒美って事じゃねーか?」

 

ゆり「つまり、食べちゃっても良いと…。」

 

りみ「だけど、お姉ちゃん。香澄ちゃんが…。」

 

香澄の味覚の事を心配するが、そんな心配を他所に香澄は食べ始めていた。

 

香澄「あーん…。もぐもぐ。んー。このお刺身のコリコリした歯ごたえ、堪らないーーー!はむっ。んー!このツルツルとした喉越しもサイコーだよ!」

 

沙綾「……。」

 

香澄がみんなに気を使っている事に気付く沙綾。

 

沙綾「もう、香澄…。いただきますが先でしょ(笑)。」

 

香澄「あぁ、そうだった。ごめんね、さーや。」

 

有咲「ありとあらゆる手段で味わおうとしてるな、香澄のヤツ。」

 

ゆり「色々敵わないな、香澄ちゃんには。」

 

りみ「尊敬しちゃうな。」

 

ゆり、りみ、有咲はそんな事を感じていた。

 

ゆり「それじゃあ、改めて…。」

 

全員「「「いただきます!」」」

 

 

 

 

 

 

温泉に入り終わり、布団に入る5人。

 

りみ「それじゃあ電気消すね。」

 

りみが部屋の電気を消した。その瞬間、沙綾の目がキラリと光る。

 

香澄・沙綾・ゆり・有咲「「「おやすみー。」」」

 

沙綾「あの日も、こんな感じのジットリとした夜でした…。」

 

香澄・ゆり・りみ・有咲「「「!」」」

 

香澄「さ、さーや?」

 

沙綾「その男は帰りを急いでいました。でも家への近道をしたのが間違いだったのです…。」

 

香澄・ゆり・りみ・有咲「「「っ…!」」」

 

沙綾「お墓の所を通った辺りから自分をつけてくるような足音が聞こえてきて…。」

 

香澄「わわわっ!さーや、何でこのタイミングで怪談話を⁉︎」

 

沙綾「男は思い切って後ろを振り返る事にしたのです。すると…。」

 

香澄・ゆり・りみ・有咲「「「ギャアァァァァ!!!」」」

 

4人の叫びが暗い部屋にこだました--

 

 

 

 

 

 

夜中--

 

香澄「あれ…?」

 

香澄が目を覚ますと布団に沙綾はおらず、座って窓の外を眺めていた。

 

香澄「さーや、起きてたんだ。」

 

沙綾「なんか寝付けなくてね。」

 

香澄「そういえば、さーやのその青いリボン。いつも髪に付けてたよね。」

 

沙綾「これは私が事故で記憶を失った時に握りしめてた物だって…。誰の物かは分からないけど、とても大切な物。そんな気がしてならないんだ…。」

 

香澄「そっか…。海を見てたの?」

 

沙綾「考え事してたんだ。ねぇ、香澄。」

 

香澄「何?」

 

沙綾「バーテックスって12星座がモチーフなんだよね。」

 

香澄「あぁ、確かそうだったね。」

 

沙綾「ねぇ、香澄…。」

 

香澄「何?」

 

沙綾「本当に戦いは終わったと思う?」

 

香澄「考えてもしょうがないよ。」

 

沙綾「香澄…。」

 

香澄「何かあったら、その時はその時。」

 

香澄はそう言ってポーチを手に取り、沙綾の髪をとかす。

 

香澄「何より…人類を死のウイルスから守ってくれた神樹様がついてるんだし。」

 

沙綾「神樹様…。」

 

香澄「そういえば、バーテックスって何でいつも私達のところに出てきたのかな?太平洋側から来たら危なかったよね。」

 

沙綾「それは、神樹様が結界にわざと弱い部分を使って敵を通してるから。」

 

香澄「さーや物知りー。」

 

沙綾「神樹様は恵みの源でもあるから、防御に全て使うと私達が生活出来なくなるの。」

 

香澄「あれ?それって何処かで習ったような…?」

 

沙綾「アプリに書いてあったよ。香澄ってば忘れっぽいんだから。」

 

香澄「えへへ。でも安心だよ。」

 

沙綾「どうして?」

 

香澄「神樹様にははっきり意思があるって事だもん。私達の事だって何とかしてくださるよ。さーやが昨日言ってた通り、病院で寝てた分は遊ばないと。」

 

沙綾「そうだよね。1人になると、つい悪い方に色々考えちゃって…。みんなといるとそんな事も忘れられるんだけど。」

 

香澄「勇者部5箇条、悩んだら相談だよ。」

 

沙綾「でも、こんな事相談されても困るでしょ?」

 

香澄「そうでもないよ。1人になるとつい暗い事考えちゃうなら…。今日はもーっとさーやにくっ付いてよーっと。」

 

沙綾「ありがとう。香澄。」

 

 

 

 

 

 

翌日、手配された車に乗る前--

 

ゆり「こほん、帰る前に私達やる事あるでしょう?」

 

有咲「なんかあったっけ?花火?」

 

ゆり「今は一応勇者部の合宿中なんだよ。少しは内容のある話をしないと。文化祭とか文化祭とか文化祭とかね。」

 

りみ「3回も言ったよ。でも、お姉ちゃんの言う通りだね。」

 

香澄「バンドをやるって決めたけど、りみりんの事もあるし…。」

 

りみ「気にしないで香澄ちゃん。お医者さんは治るって言ってたんだし、治った時の事を考えて内容は考えておこう。」

 

香澄「んーー、りみりーん!」

 

香澄がりみりんに抱き着く。

 

ゆり「いい?バーテックスを倒しても、私達の日常が被害を受けてたら世話ないよ。しっかりと日常のスケジュールを守って完全勝利と行きましょう。」

 

香澄・沙綾・りみ「「「おー!」」」

 

有咲「まぁ、賛成してあげてもいいか。」

 

ゆり「よーし、文化祭必ず成功させよう!」

 

 

 

 

 

 

牛込宅--

 

2人は家でうどんを食べていた。

 

ゆり「ご馳走も良いけど、それが続くと、」

 

りみ「うどんが恋しくなるね。」

 

ゆり「そうそう。家に帰るまでが旅じゃないね。うどんを食べて初めて締めに……。」

 

その時、ゆりの携帯に着信が。

 

ゆり「ん?」

 

突然ゆりの笑顔が消える。

 

ゆり「あらら、ごめんね。ちょっと行ってこなくちゃ。りみ、食べちゃってて。」

 

りみ「行ってらっしゃい、お姉ちゃん。」

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

ゆり「あっ⁉︎」

 

ゆりは部室にケースが置いてあるのを見つける。ケースには大赦の紋章が入っていた。

 

ゆり「………。」

 

ケースを開けると--

 

ゆり「わっ!」

 

ゆりの精霊である犬神がゆりの顔に飛び込んできた。

 

ゆり「犬神⁉︎戻ってきた……?」

 

ケースの中には5つのスマホが入っている。ゆりがスマホを見ると--

 

 

 

---

差出人:大赦

---

宛先:牛込ゆり

---

件名:神託

---

 

敵の生き残りを確認。

次の新月より40日の間で襲来。

部室に端末を戻す。

 

 

 

 

 

 

ゆり「……。」

 

その時、ケースから風が巻き起こる。

 

ゆり「わっ!今度は何⁉︎……っ⁉︎私の新しい精霊?」

 

犬神が頷いた。

 

 

 

ゆり「戦いは…終わってない……。」

 

 

 



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神の祝福



遂に最後の1人の登場です。

あの子の先祖は……あの人です。



 

 

翌日、勇者部部室--

 

ゆりはケースに入ったスマホを4人に見せ、話し始める。

 

ゆり「バーテックスに生き残りがいて…戦いは延長戦に突入した。まとめるとそう言う事。だからみんなにそれが返ってきたの。」

 

沙綾(戦いは、まだ続く…。)

 

ゆり「ホント、いつもいきなりでごめんね。」

 

沙綾「先輩もさっき知った事じゃないですか。仕方ないですよ。」

 

香澄「さーやの言う通りですよ。」

 

有咲「まっ、ソイツ倒せば済む話だろ。私達は敵の一斉攻撃だって殲滅したんだから、生き残りの1・2体なんでもねーよ。」

 

りみ「勇者部5箇条、成せば大抵なんとかなる、お姉ちゃん。」

 

ゆり「ありがとう、みんな。」

 

 

 

 

 

 

夏休みが終わった頃--

 

香澄「なーんて言ってたのに、全然バーテックス来ないね。もう二学期始まっちゃったよ。」

 

沙綾「敵を気にしないのもダメだけど、気にし過ぎなのも良くないよ、香澄。」

 

香澄「さーやは落ち着いてるなー。」

 

その時、香澄のスマホが光りだす。

 

香澄「ありゃ⁉︎火車、急に出てきちゃダメだってー。この子も牛鬼みたいに悪戯っ子なんだよねー。」

 

"火車"をスマホに戻す。"火車"は尻尾の先に火の輪が付いたピンクの姿で、スマホが戻ってきた時に居た精霊である。

 

沙綾「香澄が優しいからわんぱくなんだよ。」

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

香澄「戸山香澄、入りまーす。」

 

沙綾「こんにちは。」

 

香澄と沙綾が部室に到着する。

 

沙綾「………。」

 

沙綾は未だに治らない左耳を気にしていた。すると、沙綾の前にゆりの新しい精霊である"鎌鼬"が現れた。"鎌鼬"はその名の通り、尻尾が鎌になったイタチの事である。"鎌鼬"が、沙綾にじゃれつく。

 

ゆり「ああ、ごめんね。この子好奇心旺盛で…。"犬神"と違って中々言う事聞かなくてね。」

 

沙綾「ゆり先輩の新しい精霊…。」

 

すると、沙綾のスマホからも精霊が次々飛び出してきた。"青坊主""刑部狸""不知火"そして新しく加わった"川蛍"である。沢山出てきた事に"鎌鼬"は驚き、ゆりの後ろに隠れる。その時、りみのスマホも光りだす。"木霊"とりみの新しい精霊"雲外鏡"が飛び出してきた。それに呼応して香澄の"火車"と"牛鬼"も出てきた。

 

香澄「ああぁぁっ!私のも飛び出てきた!牛鬼!他の精霊食べちゃダメだからね!」

 

ゆり「大赦が新しい精霊を使えるように端末をアップデートしてくれたのは良いけど…。これはちょっとした百鬼夜行だよ…。」

 

香澄「ホーント賑やか!いっその事文化祭これで良いじゃないんですか?」

 

香澄が提案するが、

 

沙綾・ゆり・りみ・有咲「「「良くない。」」」

 

香澄「ですよねー。」

 

満場一致で否決された。

 

有咲「はぁ…ようやく端末に戻ったかー。」

 

有咲(それにしても、どうして私だけ新しい精霊がいないんだ?)

 

有咲は自分にだけ新しい精霊がいないことを気にしていた。そんな時、樹海化警報のアラームが鳴り響き--

 

 

 

世界が無数の色に侵食されていく--

 

 

 

 

ゆり「よし、勇者部出動!」

 

香澄・沙綾・りみ「「「はい!」」」

 

有咲「おう。」

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

沙綾がスマホで情報を確認する。

 

沙綾「敵は1体。あと数分で森を抜けます。」

 

香澄「1体だけなら!」

 

ゆり「今回の敵で延長戦も終わり!ゲームセットにしましょう。」

 

りみ「頑張ろう、お姉ちゃん。」

 

有咲「そうだな、ぜってー逃さない!」

 

5人は勇者の姿に変身する。香澄は右手の刻印を見るが、光は放っていなかった。

 

ゆり「よーし、じゃあまたアレやろうか。」

 

ゆりが円陣を提案する。

 

沙綾「分かりました。」

 

有咲「ホント好きだな、こういうの。」

 

りみ「それが、お姉ちゃんだからね。」

 

香澄「そうだね。」

 

5人は円陣を組む。

 

ゆり「よし、敵をきっちり倒しましょう!勇者部ー、ファイトーー!!」

 

香澄・沙綾・りみ・有咲「「「おー!」」」

 

 

 

 

 

 

敵は"双子型"のバーテックス。以前に現れた時と同じく走りながら神樹に迫っていた。

 

有咲「アイツって、前にりみが倒したヤツじゃなかったっけ?」

 

沙綾「元々2体でいるのが特徴のあるバーテックスかもしれないね。」

 

りみ「2体でワンセット、双子って事だね。」

 

有咲「いずれにしろやる事は同じだ!止めるよ!」

 

そんな中、沙綾は考えていた。

 

沙綾(精霊が増えた人と増えてない人…。違いが満開にあるとしたら…。)

 

有咲以外の4人の動きが鈍る。

 

有咲「どうした?さっきみんなであれだけテンション上げてたじゃ…。」

 

そこで有咲は気づいた。

 

有咲(そうか…みんないざとなったら怖くなったのか。もしかしたら、また身体のどこかにダメージが来るんじゃないかって。)

 

有咲「っ!問題ない!それなら私が!」

 

次の時、

 

香澄「よぉーーーーーーーし!!」

 

香澄が叫ぶ。

 

沙綾「香澄どうしたの?」

 

有咲「どうしたんだ、急に。」

 

香澄「ゆり先輩!あの走ってるのを封印すれば良いんですよね?」

 

ゆり「そうね。」

 

香澄「だったらとっとと終わらせて、文化祭の練習しましょう!」

 

 

そう言い、敵に向かって高くジャンプした。

 

有咲「私も!」

 

続けて有咲も飛び出していく。

 

有咲「ここは私に任せろ!」

 

香澄「でも……。」

 

有咲「って言っても聞かねーだろうから一緒にやるぞ!」

 

香澄「うん!」

 

香澄と有咲は手にエネルギーを溜め、"双子型"にパンチを食らわせる。倒れる"双子型"だが、すぐ起き上がってまた走ろうとしていた。しかし、そこでゆりが投げた小刀が"双子型"の足に命中。"双子型"は再び転んでしまった。

 

香澄「ゆり先輩!」

 

ゆり「2人とも、ありがとう。」

 

樹の上では沙綾がスナイパーライフルを構えて狙いをつけている。

 

沙綾「他に敵の影は無い。アイツさえ倒せば…この延長戦も終わり!」

 

沙綾が狙撃すると、起き上がった"双子型"の頭部に命中し、頭部は粉々に砕けた。4人が"双子型"を取り囲む。

 

有咲「よし、封印の儀開始!」

 

有咲の前に精霊"義輝"が現れる。

 

 

 

香澄「バーテックス!」

 

香澄の前に精霊"牛鬼"が現れる。

 

 

 

ゆり「早く大人しくしなさーい!」

 

ゆりの前に精霊"犬神"が現れる。

 

 

 

りみ「これで、終わり!」

 

りみの前に精霊"木霊"が現れる。

 

封印の儀が始まるが--

 

出てきた御霊はとんでもない数だった。

 

香澄「って、なにこの数ー!」

 

香澄が驚く。

 

ゆり「私がやる!」

 

ゆりが飛び出した。

 

ゆり(満開ゲージを溜めるのは危険な事かも知れない。だから…。私自身がトドメを刺さないと!他のみんなにやらせる訳には…。)

 

そんな時、有咲が飛び出してきた。

 

有咲「トドメは私に任せてもらう!」

 

ゆり「有咲ちゃん、やめて!部長命令よ!」

 

有咲「ふっふーん。私は助っ人で来ているだけだ。好きにやらせてもらうぜ!」

 

2人が言い争っている最中、

 

香澄「はあぁぁっ!!!」

 

4人が上を見上げると、香澄が今まさに御霊に攻撃を仕掛けようとしているところだった。

 

精霊"火車"が現れ--

 

 

 

香澄「勇者キーーーーーーーーック!!!!」

 

 

 

 

炎を纏った蹴りで、大量の御霊を全て破壊してしまった。

 

香澄「ふぅ…、何事もなかったー……。うん、成せばなんとかなるね。」

 

香澄の側に4人が駆け寄った。

 

沙綾「香澄!」

 

香澄「思ったより全然簡単だったね、みんな。」

 

有咲「香澄!、なんで勝手に……、あっ!?」

 

香澄が4人に右手の刻印を見せると、花びらが3枚色付いていた。

 

沙綾・ゆり「「っ……!」」

 

ゆりと沙綾が息を飲む。

 

香澄「ご、ごめんなさい。新しい精霊の力を入れて使ってみたくて先走っちゃった。反省してます。」

 

りみ「香澄ちゃん、身体は平気?」

 

りみが香澄に駆け寄る。

 

香澄「うん、元気そのものだよ。大丈夫大丈夫。」

 

樹海化が解けていく--

 

 

 

 

 

 

花咲川中学屋上--

 

いつもの屋上に戻ってきた勇者達。しかし、そこに戻ってきたのはゆり、りみ、有咲の3人のみ。香澄と沙綾の姿は無かった--

 

 

 

 

 

 

樹海化が解ける少し前--

 

?(沙綾達、勝ったんだね。こっちに来て…伝えたい事があるんだ…。山桜の勇者さんも一緒に…。)

 

 

 

 

 

 

とある場所--

 

香澄と沙綾はいつもとは違う場所に戻されていた。周りにあるのは壊れた瀬戸大橋と神樹と書かれた社。沙綾が大橋に気付く。

 

沙綾「大橋があるって事は、結構遠くに来ちゃったみたいだね。」

 

香澄「あれ?」

 

香澄が携帯で連絡を試みるが、

 

香澄「電波入ってない。」

 

沙綾も確認する。

 

沙綾「私の改造版でもダメみたい。」

 

 

 

 

その時だった--

 

 

 

 

 

?「ずっと呼んでたんだ、沙綾。会いたかった。」

 

香澄・沙綾「「えっ!?」」

 

2人が声のした方へ行くと--

 

そこには大きなベッドがあり、頭に包帯を巻いた少女が横たわっていた--

 

?「ようやく呼び出しに成功したよ、沙綾。」

 

沙綾「何で、こんな所にベッドが…。」

 

?「あなたが戦っていたのを感じて。ずっと呼んでたんだ。」

 

香澄「っ…。えっと、さーやの知り合い?」

 

沙綾「いや、初対面だよ。」

 

?「ははっ…そうだよね。沙綾は記憶が無いんだったね。」

 

その言葉に沙綾が反応する。

 

沙綾「っ!?私の記憶が無い事に関して、あなたは何か知っているの!?」

 

?「順番に話していくよ…。」

 

香澄「あの、私達を呼んだんですか?」

 

?「うん。その祠。」

 

謎の少女は横の祠に目線を移動させる。

 

香澄「これ、うちの学校にもある…。」

 

沙綾「そうだね。」

 

?「バーテックスとの戦いが終わった後なら…その祠を使って呼べると思ってね…。」

 

香澄・沙綾「「っ……!?」」

 

バーテックスを知っている事に驚く2人。

 

香澄「バーテックスを知っているんですか?」

 

?「一応あなたの先輩って事になるのかな。私はたえ、花園たえ。」

 

香澄「花咲川中学、戸山香澄です。」

 

たえ「よろしくね。」

 

香澄「先輩って事はつまり、花園さんも…?」

 

たえ「うん、私も勇者として戦ってたんだ。今はこんな風になっちゃったけどね…。」

 

香澄「バーテックスが先輩をこんな酷い目に合わせたんですか?」

 

たえ「うーんとね、敵じゃないよ。私、これでもそこそこ強かったんだから。えっと…。そうだ香澄ちゃんは"満開"したんだよね?」

 

香澄「えっ!?」

 

たえ「わーって咲いて、わーって強くなるやつ。」

 

香澄「あ、はい、しました。」

 

沙綾「私もしました。」

 

沙綾も答える。

 

たえ「そっか………。」

 

 

 

 

たえ「咲き誇った花はどうなると思う?"満開"の後に、"散華"って言う隠された機能があるんだよ……。」

 

沙綾「"散華"……?華が散るの、散華?」

 

たえ「"満開"の後に、身体の何処かが不自由になったはずだよ。」

 

香澄「っ!」

 

沙綾「それって…。」

 

2人はたえの言葉に衝撃を受ける。

 

たえ「それが"散華"。神の力を振るった代償。華1つ咲けば、1つ散り、2つ咲けば2つ散る…。その代わり、決して勇者は死ぬ事は無いんだよ。」

 

沙綾「死なない?」

 

香澄「で、でも…、死なないなら、良い事なんじゃないかな…。」

 

沙綾「っ!」

 

沙綾は気付いてしまった。目の前の少女たえが何故こんな状態になっているのかを。

 

たえ「そう。そして、戦い続けて今みたいになっちゃったんだ…。元からボーッとしてるのは好きだから良かったかなって。全然動かないのはキツイからね。」

 

香澄「い、痛むんですか?」

 

たえ「痛みはないよ。敵にやられたものじゃないから。"満開"して、戦い続けてこうなっちゃっただけ。敵はちゃんと撃退したよ。」

 

沙綾は動かない自分の足や、失われた記憶の事を思う。

 

沙綾「じゃあ、その身体は代償で……。」

 

たえ「そうだよ。」

 

香澄・沙綾「「っ!?」」

 

2人は驚愕の真実に言葉が出ない。しばらくして、香澄が口を開く。

 

香澄「ど、どうして。どうして、私達が…。」

 

たえ「いつの時代だって、神様に見初められて供物となったのは…無垢な少女だったから…。穢れなき身だからこそ、大いなる力を宿せる。その力の代償として体の一部を神樹様に供物として捧げていく、それが勇者システム。」

 

沙綾「私達が…供物…?」

 

たえ「大人達は神樹様の力を宿す事が出来ないから。私達がやるしかないとは言え、酷い話だよね。」

 

沙綾「それじゃあ、私達はこれから身体の機能を失い続けて…。」

 

香澄が沙綾の手に自分の手を重ねる。

 

香澄「でも、12体のバーテックスは倒したんだから大丈夫だよ、さーや。」

 

たえ「倒したのは本当に凄いよ。私の時なんかは追い返すだけで精一杯だったから。」

 

香澄「そうなんですよ!もう戦わなくて良いはずなんです!」

 

たえは目を伏せる。

 

たえ「そうだと良いね…。」

 

香澄「そ、それで、失った部分はずっとこのままなんですか?みんなは治らないんですか?」

 

たえ「治りたいよね。私も治りたい。歩いて、友達を抱きしめたい。」

 

沙綾「っ……!」

 

その時沙綾が気がつく。大赦の紋章が付いた仮面を着けた人達が大勢やって来て3人を取り囲んだ。

 

たえ「彼女達を傷付けたら許さないよ。」

 

その言葉を聞いた大赦の人々は、一斉にたえの方を向いた。

 

たえ「私が呼んだお客様なんだよ。大赦はあれだけ反対してきたんだから、自力で呼んじゃったよ。」

 

大赦の人々が一斉に頭を下げる。

 

香澄「何これ……。」

 

たえ「私は、今や半分神様みたいなものだから、崇められちゃってるんだ。安心して。あなた達も丁重に元の街に送ってもらえるから。悲しませてごめんね。大赦の人達も、このシステムを隠すのは1つの思いやりでもあると思うんだ。でも…私はそういうのはちゃんと…。」

 

たえの目から涙が溢れる。

 

たえ「言って欲しかったから…。分かってたら、友達ともっともっと沢山遊んで…。だから、伝えておきたくて…。」

 

沙綾「っ!」

 

沙綾はたえの側まで車椅子を寄せ、たえの涙を拭ってあげた。

 

たえ「あ…………ふふっ。そのリボン、似合ってるね。」

 

沙綾「このリボンは…。」

 

 

 

 

沙綾「あなたがくれたんでしょ?」

 

 

 

 

たえ「はっ……!」

 

たえは驚く。

 

たえ「思い…出したの…?」

 

沙綾「まだほとんどは思い出せない。時々夢に出て出てきたり、頭痛がした時に、走馬灯のようにふわっと浮かんでは、煙のように消えていくけど…。」

 

沙綾「あなたがくれたのは思い出したから…。ありがとう。花園さん。」

 

たえ「うっ…うっ…。それだけで、それだけで充分だよ、沙綾。」

 

たえは再び泣き出し、沙綾はたえを抱きしめた。

 

香澄「方法は!?このシステムを変える方法は無いんですか!?」

 

香澄がたえに向かって叫ぶ。

 

たえ「神樹様の力を使えるのは勇者だけ。そして勇者になれるのは、ごくごく一部。私達だけなんだよ。」

 

香澄「っ……!」

 

たえ「帰してあげて、彼女達の街へ。いつでも待ってるよ。大丈夫。こうして会った以上、もう大赦側もあなたの存在をあやふやにしないだろうから。」

 

たえ「またね。」

 

 

 

 

 

 

大赦の車の中--

 

無言の2人。香澄は沙綾を見るが、沙綾は俯いている。

 

香澄「っ!よし!」

 

香澄は沙綾の肩に手を回して抱きしめた。

 

沙綾「っ!香澄!?」

 

香澄「勇者部5箇条。悩んだら相談だよ。辛かったよね。大切な記憶だったのに忘れちゃうなんて。」

 

沙綾「香澄……。」

 

香澄「でもまた会えて本当に良かったね。さーや、大丈夫だよ。私、ずっと一緒にいるから。何とかする方法を見つけて見せるから…。」

 

沙綾「香澄…香澄ぃ……。うっ、うぅ………。」

 

沙綾は涙が溢れるのを止める事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

同時刻、大赦の神社--

 

たえ「沙綾、元気そうで良かった。」

 

たえ「さ…あや、あのリボン……ずっと大切に持っててくれたんだね…。」

 

たえも涙を流して沙綾の事を思い出していた。

 

 

 

たえ「うっ…うぅ……。"夏希"…私の気持ちは、ちゃんと沙綾に届いてたよ……。」

 

 

 



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ゆりの想い、りみの想い


原作でも、この場面は辛いものがありますよね。


因みに、他の所ではこの小説は第6章まで進んでいます。



 

 

先代勇者、花園たえの元から戻ってきた香澄と沙綾は学校の屋上にゆりを呼び出し、そこで聞いた事を話していた。

 

ゆり「勇者は決して死なない?身体を供物として捧げる?」

 

沙綾「そうです。満開の後、私達の身体はおかしくなりました。身体機能の一部が欠損したような状態です。それが供物を捧げる事だと、花園たえは言っていました。」

 

ゆり「っ……。」

 

香澄は沙綾が話している事を黙って聞いている事しか出来ない。

 

沙綾「事実、彼女の身体も……。」

 

ゆり「じゃあ、私達の身体は、もう元には戻らない…その話は、りみや有咲ちゃんには話したの?」

 

沙綾「いいえ、まずはゆり先輩に相談しようと思って…。」

 

ゆり「そう。じゃあ、まだ2人には話さないで。確かな事が分かるまで、変に心配させたく無いから。」

 

香澄・沙綾「「分かりました。」」

 

香澄と沙綾は頷いた。

 

 

 

 

 

 

次の日、学校の廊下--

 

ゆりは学級日誌を持って歩いていた時、りみが友達と話しているところが見えた。

 

りみ「ごめんね、日曜日は用事があって……。」

 

クラスメイトE「分かった、じゃあまた今度ね。」

 

ゆり「さっきの人はクラスの友達?誘われたんだったら、行ってきたら良いのに。」

 

りみ「あの子達、軽音楽部の人達なんだ。私がいると、みんなに気を使わせちゃうから…。」

 

りみは寂しそうに微笑んだ。

 

ゆり「りみ…。でも…。」

 

その時、

 

先生「りみさんのお姉さんですか?」

 

りみの担任の先生がゆりに話しかけてきた。

 

先生「あの、この後少しお時間が取れますか?」

 

ゆり「大丈夫ですけど…。」

 

 

 

 

 

 

空き教室--

 

先生「りみさんの今の状態は一部の授業に支障が出ています。」

 

ゆり「えっ!?あの子が誰かに迷惑を掛けたんですか?」

 

先生「いえ、他の人にでは無く、りみさんご自身の事で…。りみさんは今の指が動かないので、ある程度授業内容を変える事で対応していますが…あまり露骨な変更は逆にりみさんが気に病まれるでしょうし…。」

 

ゆり(大丈夫…。きっと治るから…。医者だって治るって言ってたんだから…。)

 

 

 

 

 

 

牛込宅--

 

 

 

---

差出人:牛込ゆり

---

宛先:大赦

---

件名:身体異常について

---

満開後の身体異常について何か分かった事はないでしょうか。

勇者4名、未だに治る兆候はありません。

調査の状況を教えてください。

 

 

 

 

 

 

ゆりは大赦にメールを送ると、

 

ゆり「りみー、ご飯出来たよー。」

 

食事が出来たのでりみを呼ぶが、返事がない。

 

ゆり「りみ、ご飯だよ。」

 

部屋へ呼びに来たが、

 

ゆり「寝てる?」

 

机に突っ伏して寝ていた。

 

ゆり「りみ、起きて…。」

 

りみ「お姉ちゃん…?」

 

ゆり「ご飯、出来たよ。」

 

ご飯を食べるも静かな食卓。

 

ゆり「えっとね。」

 

りみ「どうしたの、お姉ちゃん?」

 

ゆり「ここのところ、ずっと天気良くないよね。鞄に折り畳み傘入れていった方が良いよ。いつ雨降るか分からないから。」

 

りみ「分かったよ。」

 

りみは微笑みながら答えた。

 

ゆり「あっ…えっと…。文化祭の準備も進めないとね。衣装は出来たから、歌詞とかも考えないと。」

 

りみ「そうだね。」

 

りみは困ったように微笑んだ。

 

ゆり「どうしたの…。」

 

りみ「このままじゃ、私演奏出来ないね…。だから、私は客席でお姉ちゃん達の応援するよ。」

 

ゆり「だ、大丈夫だよ!お医者さんだって治るって言ってたでしょ!きっと、文化祭までには…。」

 

 

 

 

 

 

夕食後--

 

ゆりは食べ終わった皿を洗っていた。台所で眼帯をズラして手鏡で自分の顔を見る。

 

ゆり(絶対治る。だって、みんな何も悪い事してないんだから。)

 

スマホを取り出すが、大赦から連絡はない。

 

ゆり「……。」

 

 

 

 

 

 

翌日、山吹宅--

 

ゆり「どうしたの?急に私を呼んで。」

 

沙綾が香澄とゆりを呼び出していたのだった。

 

沙綾「ゆり先輩と香澄に見てもらいたい物があって…。」

 

そう言うと、沙綾は急に包丁を取り出した。

 

香澄・ゆり「「っ?」」

 

2人が驚く。なんと、沙綾はあろう事か自分の首筋を包丁で切りつけようとしたのだ。

 

香澄「さーや!」

 

ゆり「沙綾ちゃん!」

 

血が吹き出すかと思いきや、突然沙綾の精霊である"青坊主"が現れ、包丁から沙綾を守ったのだ。

 

ゆり「何やってるの、沙綾ちゃん!今、精霊が止めなかったら…。」

 

沙綾「止めますよ、精霊は確実に…。」

 

香澄・ゆり「「?」」

 

2人は訳が分からなくなっている。

 

沙綾「この数日で、私は10回以上自害を試みました。」

 

香澄・ゆり「「えっ!?」」

 

沙綾「切腹、首吊り、飛び降り、一酸化炭素中毒、服毒、焼身。」

 

その間に"刑部狸"も現れ、沙綾から包丁を取って離れた所に置いた。

 

沙綾「全て精霊に止められました。」

 

ゆり「何が…言いたいの?沙綾ちゃん。」

 

沙綾「今、私は勇者システムを起動させてませんでしたよね。」

 

香澄「あっ、そう言えばそうだね。」

 

沙綾「それにも関わらず、精霊は勝手に動き、私を守った。精霊は勝手に…。」

 

ゆり「だから、何が言いたいの!」

 

ゆりが声を荒げる。

 

沙綾「精霊は私の意思とは関係なく動いている、という事です。私は今まで精霊は勇者の戦うという意思に従って動いていると思ってました。でも、違う。精霊に勇者の意思は関係ない。それに気づいたら、この精霊という存在が違う意味を持っているように思えたんです。精霊は勇者の御役目を助けるものなんかじゃなく、勇者を御役目に縛り付けるものなんじゃないかって。」

 

沙綾「死なずに、戦わせ続ける為の装置なんじゃないかって。」

 

ゆり「っ……。」

 

香澄「で、でも、精霊が私達を守ってくれたって事なら、悪いことじゃないんじゃないかな?」

 

沙綾「そうだね。それだけなら悪いものじゃないかもしれない。でも、精霊が勇者の死を必ず阻止するなら……。花園さんが言っていたことは、やっぱり当たっている事になる。」

 

ゆり「勇者は決して死ねない…。」

 

沙綾「彼女が言っていた事が真実なら、私達の後遺症が治らないという事も…。」

 

ゆり「そんな…。」

 

ゆりは絶望するしかなかった。

 

沙綾「花園さんという前例があったんだったら、大赦は勇者システムの後遺症を知っていたはず。私達は何も知らずに騙されていた…。」

 

ゆり「待ってよ…。じゃあ、りみの指は、もう、二度と……。」

 

ゆりは膝から崩れ落ち、涙を流し絶望した。

 

ゆり「知らなかった…。知らなかったの…。人を守る為、身体を捧げて戦う。それが勇者…。私がりみを勇者部に入れたせいで……。」

 

 

 

 

 

 

それから1時間後--

 

有咲はスマホのメールを見ながら走っていた。

 

 

 

---

差出人:大赦

---

宛先:市ヶ谷有咲

---

件名:他の勇者の動向に注意を

---

 

牛込ゆりを含めた勇者4名が精神的に不安定な状態に陥ってます。

市ヶ谷有咲、あなたが他の勇者を監督し、導きなさい。

 

 

 

 

 

 

有咲「……。」

 

有咲はゆりとりみが住むマンションの近くまで来ていた。家に戻ってきていたゆりは大赦に再びメールする。

 

 

 

---

差出人:牛込ゆり

---

宛先:大赦

---

件名:調査の状況を

---

 

私達の身体について調査の状況を教えてください。

 

 

 

 

 

 

メールを送信したその時、家の電話が鳴る。

 

ゆり「はい、牛込です。」

 

まりな「突然のお電話失礼致します。スペースミュージックの月島と申します。」

 

ゆり「スペースミュージック?」

 

まりな「はい。牛込りみさんの保護者の方ですか?」

 

ゆり「はい、そうですが…。」

 

まりな「バンドオーディションの件で一次審査を通過しましたので、ご連絡差し上げました。」

 

ゆり「え?何の事ですか?」

 

まりな「あ、ご存知ないんですか?りみさんが弊社のオーディションに…。」

 

ゆり「いつですか?」

 

まりな「えー、3ヶ月程前ですね。」

 

ゆり「っ!」

 

まりな「りみさんからオーディション用のデータが届いています。」

 

ゆり「っ!」

 

受話器を落としてしまう。

 

まりな「あれ?どうしたんですか?もしもし?もしもし?」

 

ゆり「りみ!」

 

ゆりはりみの部屋に入るが、りみはいなかった。

 

ゆり「いないの?」

 

机のメモノートにゆりは気付く。広げられたノートには、指の体操やマッサージの仕方が書かれてあった。

 

ゆり「っ……。」

 

本棚には治療法が書かれてそうな本が沢山。

 

ゆり「っ!?」

 

パソコンのデスクトップにオーディションと書かれたファイルを見つけ、聞いてみる。

 

 

 

 

 

 

りみ「えっと、これで…。あれ?もう録音されてる。あ、バ、バンドオーディションに応募しました、牛込りみです。花咲川中学1年生、13歳です。よろしくお願いします。」

 

りみ「私が今回オーディションに申し込んだ理由は、もちろん楽器を弾くのが好きだからって言うのが一番ですけど、もう一つ理由があります。私はバンドメンバーを目指す事で自分なりの生き方、みたいなものを見つけたいと思っています。」

 

りみ「私には大好きなお姉ちゃんがいます。お姉ちゃんは強くてしっかり者で、いつもみんなの前に立って歩いていける人です。反対に私は臆病で弱くて、いつもお姉ちゃんの後ろを歩いてばかりでした。でも、本当は私、お姉ちゃんの隣を歩いて行けるようになりたかった。」

 

りみ「だから、お姉ちゃんの後ろを歩くんじゃ無くて、自分の力で歩く為に、私自身の夢を、自分自身の生き方を持ちたい、その為に今ベーシストを目指しています。」

 

ゆり「っ!!」

 

りみ「実は私、最近までベースを弾くのがあまり得意じゃありませんでした。あがり症で人前で楽器を弾きたくはありませんでした。でも、勇者部のお陰で今は弾くのが本当に楽しいです!」

 

その時、ゆりのスマホにメールが届く。

 

りみ「あっ、勇者部というのは私が入っている部活です。勇者部では保育園の子供と遊んだり、猫の飼い主を探したり……。」

 

 

 

---

差出人:大赦

---

宛先:牛込ゆり

---

件名:Re.調査の状況を

---

 

 

勇者の身体異常については調査中。

しかし肉体に医学的な問題は無く、

じきに治るものと思われます。

 

 

 

 

 

 

しかし、大赦からのメールは以前と変わらない文言だった。

 

りみ「私、人見知りだから部に入った最初はちょっと不安でした。でも、部のみんなは優しくて。今は部活の時間が凄く楽しいです。あ、ごめんなさい。余計な事まで話し過ぎちゃいました。では、弾きます。」

 

ゆり「っ……!!」

 

ゆり「あぁ……あ…あ………。」

 

フラフラとダイニングに歩いて行くゆり。

 

ゆり「あぁっ……!!」

 

ゆりはあの時の事を思い出す。

 

 

ーーー

ーー

 

 

りみ「あのね、お姉ちゃん。私やりたい事が出来たよ。」

 

ゆり「なになに?将来の夢でも出来たって事?だったらお姉ちゃんに教えてよ。」

 

りみ「うーん…秘密。」

 

ゆり「あーひどい。誰にも言わないから、ね。」

 

りみ「いつか教えるね。」

 

 

ーー

---

 

 

ゆり「うっ………。」

 

 

 

ゆり「うぅ〜〜〜〜〜〜!!うああああああああっ!!!!!」

 

 

 

ゆり「うああああああああああ!!!」

 

 

 

 

ゆりは勇者に変身し窓から飛び出していった。

 

有咲「っ!?」

 

有咲が音に気付き砂浜の方を向くと、ゆりが砂浜に着地した後、もう一度飛び上がって行った。

 

有咲「っ……!」

 

山道を走るゆりだが、

 

有咲「待てよ!」

 

有咲が刀を何本か投げるが、ゆりは大剣でそれを全て弾いた。

 

有咲「あんた、何するつもりだ!」

 

ゆり「……大赦を潰してやる!!!!」

 

有咲「何!?」

 

ゆり「大赦は私達を!!騙してた!!」

 

有咲「えっ?」

 

ゆり「満開の後遺症は治らない!!」

 

ゆりは有咲を振り切り再び走り出す。

 

有咲「何を!?」

 

ゆり「うっ!!くっ……!」

 

橋の上で再び相対するが、ゆりは有咲の攻撃を避けながら大赦に向かっていた。

 

ゆり「大赦は始めから満開の後遺症を知っていた!!なのに、何も知らせないで、私達を生贄にしたんだ!!」

 

有咲「そんな適当な事を!」

 

ゆり「適当じゃない!!犠牲になった勇者がいたんだ!!」

 

有咲「えっ!?」

 

ゆり「勇者は、私達以前にもいた!!何度も満開して、ボロボロになった勇者が!!」

 

大剣の柄を強く握り、勢いよく有咲に斬りかかった。

 

ゆり「そして今度は、私達が犠牲にされた!!何でこんな目に遭わなきゃならない!?」

 

有咲は暴走したゆりの攻撃を塞ぐので精一杯だった。

 

ゆり「何でりみが夢を失わなきゃいけないんだ!!」

 

有咲「うっ…。」

 

有咲が弾き飛ばされる。

 

ゆり「世界を救った代償が……-これかあぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

目を閉じる有咲--

 

 

 

その時だった--

 

 

 

 

有咲の前に香澄が立ちはだかり、ゆりの大剣を防いだ。

 

有咲「香澄っ!?」

 

ゆり「退きなさい、香澄ちゃん!!」

 

香澄「イヤです!ゆり先輩が人を傷付ける姿なんて見たくありません!」

 

ゆり「こんな事が許せるかぁっ!!」

 

香澄は両腕と精霊の力で、何とか攻撃をいなしている。その最中、香澄の右手の花びらの4枚目が光る。

 

香澄「分かってます!」

 

ゆり「だったら!!」

 

香澄「でも、もし後遺症の事を知らされていても、結局私達は戦ってた筈です!」

 

ゆり「っ!!」

 

香澄「世界を守る為にはそれしかなかった!だから誰も悪くない!選択肢なんて誰にも無かったんです!」

 

ゆり「それでも!!知らされてたら私はみんなを巻き込んだりしなかった!!そしたら!!少なくともみんなは!!りみは無事だったんだぁっ!!」

 

香澄は両腕でゆりの攻撃を耐え続け、遂に両手の花びらの5枚目が光る。

 

香澄「ゆり先輩!そんなの違う!ダメです!」

 

有咲「はっ!?」

 

有咲が香澄の刻印に気付く。

 

ゆり「何が違うの!!」

 

ゆりが香澄に攻撃するが、香澄は大剣を右手で弾き返した。ここで、ゆりも香澄の右手の花びらが全て光っている事に気付く。

 

ゆり「香澄ちゃん…。」

 

 

 

その時--

 

 

 

りみ「もう、やめてお姉ちゃん。」

 

りみが後ろからゆりに抱きついてきたのだ。

 

有咲「っ!?りみ…。えっ?」

 

ゆり「うっ……うぅ………。」

 

その場で泣き崩れるゆりに香澄と有咲が近付いてきた。

 

ゆり「ごめん…。ごめん……みんな。うぅ…。」

 

りみ「私達の戦いはもう終わったよ。もう、これ以上失う事は無いから。」

 

ゆり「でも…。でも!私が勇者部なんて作らなければ!」

 

りみ「それは違うよ。勇者部のみんなと出会わなかったらきっと夢も持てなかった。お姉ちゃん、私は勇者部に入って本当に良かったよ。」

 

香澄「ゆり先輩。私も同じです。だから勇者部を作らなければなんて言わないでください。」

 

ゆり「うっ、うぅ…。うぅ、うぅ、うぁ……。」

 

りみは泣き出すゆりの頭を抱え込んで、抱き締めた。

 

ゆり「うあぁぁぁぁん!うあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

りみは泣くゆりをただ抱き締め続けた--

 

 

 

やり切れない思いを抱える中、ゆりの泣く声だけが響いた--

 

 

 

 

 



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真実の世界

今回は回想が多めになっています。


次回は遂にあの子の活躍が始まります。




 

 

ゆり「大赦を潰す!大赦は私達を騙してた!!大赦は始めから満開の後遺症を知っていた!!なのに、何も知らせないで、私達を生贄にしたんだ!何でりみが夢を失わなきゃいけないんだ!!!」

 

香澄「もし後遺症の事を知らされていても、結局私達は戦ってた筈です!世界を守る為にはそれしかなかった!だから誰も悪くない!選択肢なんて誰にも無かったんです!」

 

ゆり「それでも!!知らされてたら私はみんなを巻き込んだりしなかった!!」

 

りみ「私達の戦いはもう終わったよ。もう、これ以上失う事は無いから。」

 

ゆり「でも…。でも!私が勇者部なんて作らなければ!」

 

りみ「それは違うよ。勇者部のみんなと出会わなかったらきっと夢も持てなかった。お姉ちゃん、私は勇者部に入って本当に良かったよ。」

 

ゆり「うっ、うぅ…。うぅ、うぅ、うぁ……。うあぁぁぁぁん!うあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

香澄、りみ、有咲が暴走したゆりを止める事に成功した少し後、結界の端の壁から煙が上がった。それと同時にスマホのアラームが鳴り響く。そこにはいつもとは違う文字。

 

 

 

--特別警戒警報--

 

 

 

 

香澄・有咲「「っ!?」」

 

土煙が上がった壁のすぐ上には人影が。

 

沙綾「これで、みんなを助ける事が出来る……。」

 

 

ーーー

ーー

 

 

沙綾(母さんが昔言っていた。私達山吹の一族も大赦で働く一族の血が流れてるとか。もしかしたら、私にも神樹様にお仕え出来る力があるかもしれない。もしそうならとても嬉しかった。)

 

沙綾(けど、私が6年生の頃交通事故に遭い、この2年程の記憶と、足の機能が失われてしまった。私が今付けているリボンは、その時腕に巻かれていた物らしい。)

 

沙綾(必死でリハビリを繰り返し、車椅子の生活に慣れてきた時…両親の都合で引っ越しが決まった。)

 

 

 

 

 

?「こんにちはー。」

 

沙綾「?」

 

?「もしかして、あなたがここの家に住むの?」

 

沙綾「え、えぇ……。」

 

香澄「じゃあ、新しいお隣さんだ。私は戸山香澄。よろしくね。」

 

沙綾「山吹沙綾です。」

 

香澄「そうだ!この辺よく分からないでしょ。何だったら案内するよ、任せて!」

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(そこで、香澄に出会った…。中学生になってからはいつも香澄と一緒にいたっけな。)

 

 

ーーー

ーー

 

 

沙綾「香澄、チアリーディング部から誘われたでしょ?入らないの?」

 

香澄「何かキラキラドキドキしないんだよなー。」

 

?「そんなあなた達にオススメの部活があります!」

 

香澄・沙綾「「?」」

 

沙綾「どちらの勧誘ですか?」

 

ゆり「私は牛込ゆり。勇者部の部長だよ。」

 

香澄・沙綾「「勇者部?」」

 

沙綾「何ですか、それ?」

 

香澄「わー凄いキラキラドキドキする響きです!」

 

沙綾「え?」

 

ゆり「でしょ。各種部活の助っ人とかボランティア活動とか。」

 

香澄「世の為人の為になる事を!」

 

ゆり「そう、神樹様の素敵な教えだよね。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(香澄とゆり先輩はすっかり打ち解けてたな。)

 

 

ーーー

ーー

 

 

ゆり「2人が入ってくれたお陰で勇者部の戦力は3倍になったと言っても過言では無いよ!」

 

沙綾「聞き覚えのない部活だと思ったら、1からのスタートだったとは…。」

 

ゆり「全部これからなんだよね。」

 

沙綾「あ、ゆり先輩。この間立ち上げたホームページに早速依頼が来てます。」

 

ゆり「ナイス、沙綾ちゃん。」

 

沙綾「香澄は陸上部、私は将棋部から。」

 

香澄「よし、頑張るぞー。私は勇者になる!」

 

 

 

 

 

 

ゆり「悩んだら相談っと。」

 

香澄「こういう5つの誓いみたいなの、良いですね。」

 

ゆり「何か引き締まる感じがするでしょ。」

 

沙綾「ゆり先輩、残り1つは何にしましょう。」

 

ゆり「最後だからビシッと締めたいよね。」

 

香澄「成せば大抵何とかなる……とか。」

 

ゆり・沙綾「「それに決まり!」」

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(そして、2年生になってゆり先輩の妹のりみりんが入った。)

 

 

ーーー

ーー

 

 

りみ「あっ、あの、どうも初めまして。わ、私1年の牛込りみって言います。ど、どうぞ宜しくお願いします。」

 

香澄「わー初めまして。私、戸山香澄って言います。よろしくねーりみりん。」

 

りみ「り、りみりん⁉︎」

 

香澄「あーりみりん変だったかなー。何となくりみりんって感じだったからそう呼んでみたんだけど嫌だった?」

 

りみ「ちゃ、ちゃう!あっ違う…嫌じゃないですよ。」

 

香澄「可愛いーー。確か関西弁って言うんだよね、さーや。」

 

沙綾「そうだね。西暦の時代にあった関西地方の言葉だったよね。あっ紹介が遅れたね、私は山吹沙綾。これから宜しくね。」

 

りみ「よ、宜しくお願いします。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(そして私達は、本当の勇者になった。)

 

 

ーーー

ーー

 

 

沙綾(勇者の御役目…攻めてくる12体のバーテックスを倒す事。私達はみんなで力を合わせて使命を果たした……。)

 

沙綾は包丁を準備し、

 

沙綾(しかし、その後に待っていたのは身体機能の欠損…。大赦を信じて、いつか治ると願っていたけど、花園さんに会って、とても大事な過去があると分かった。)

 

そして包丁を手に持ち、

 

沙綾(同時に、おぞましい真実を予感してしまった。調べていくうちに、その予感は確信に変わっていき…。)

 

自身の腹部に刃を突き立てた--

 

 

 

 

しかし、その刃は精霊が守っていて、当たる事はなかった。

 

沙綾(どの方法でも、精霊は必ず介入してくる。端末の電池が切れていても。)

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(そして、私は会いに行った。)

 

 

ーーー

ーー

 

 

羽丘中央病院--

 

たえ「やっぱり来てくれた。分かってた、この前は嬉しすぎて話が飛び飛びだったけど、今日はまとめてあるからね、沙綾。」

 

沙綾「私は2年前も勇者だった。私は、あなた達と一緒に戦い…"散華"して記憶の一部と足の機能を失った。」

 

たえ「そう正解だよ。」

 

沙綾「敵を殲滅出来る力の代償として身体の一部を供物として神樹様に捧げる勇者システム。」

 

たえ「そう、私はもっと派手にやっちゃって、今はこんな感じだけどね。大赦は身内だけじゃやっていけなくなって、勇者の素質のある人を全国で調べたんだよ。」

 

沙綾「私が事故で記憶を失ったと嘘を付いた事や引越しの場所が香澄の家の隣だった事も全部仕組まれたもの。」

 

たえ「彼女、検査で勇者の適性が1番高かったんだ。大赦も彼女が神樹様に選ばれるって分かってたんだろうね。」

 

沙綾「"満開"してからは食事の質が上がってた。」

 

たえ「大赦が手当として家に十分な援助をしているんだろうね。」

 

沙綾「思えば、合宿での料理も豪華だった。あれは労ってたんじゃなくて、祀ってたんだね、私達を。そして親達は事情を分かっていて、今も黙っている。」

 

たえ「神樹様に選ばれたのだから喜ばしい事だって納得したんだろうね。」

 

沙綾「どうして私達がこんな…!神樹様は人類の味方じゃなかったの?」

 

たえ「味方ではあるけど神様だからね。そういう面もあるよ。そもそも…、あっ。」

 

沙綾「………。」

 

たえ「落ち着いて聞いてね。」

 

沙綾「っ!?」

 

たえ「壁の外の秘密、この世界の成り立ちを教えてあげる。」

 

沙綾「えっ!?」

 

たえ「あのね……。」

 

たえの話を聞き、沙綾は驚きを隠せなかった。

 

たえ「真実は、あなたの目で確かめると良いよ。」

 

沙綾「……。」

 

たえ「どういう結論を出しても、私は味方だからね。本当は、私は今の勇者達が何かの形で暴走したら抑える役目なんだ。」

 

沙綾「抑えるって、その身体で?」

 

たえ「私の精霊の数は21体。」

 

沙綾「っ!?」

 

たえ「凄く強いんだ。戦いになったら大量の武器でドーンだよ。普段は怖がられて、手元にスマホがないから変身出来ないんだけどね。」

 

沙綾「辛い、よね…。20回も散華して…。」

 

たえ「そうだね。何も出来ないからね…。神様の身体に近付いたからって…。こんなに祀られたところで、私は…。」

 

沙綾「っ……。」

 

たえ「でも今はね、不思議と辛くないんだよ。」

 

沙綾「……。」

 

たえ「もうちょっとだけ、ここに居てくれる?」

 

沙綾「……うん。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(花園さんの話を聞いた私は世界の壁を目指した。)

 

 

ーーー

ーー

 

 

沙綾「壁の向こうも綺麗な景色だけど…。」

 

沙綾が前に進むと、

 

沙綾「……えっ?」

 

壁の外には何もない、燃える世界が広がっていた。

 

たえ(壁を越えれば、神樹様が見せていた幻が消えて…。真実が姿を現わすよ。)

 

沙綾「なんなの、これ…。花園さんが言った通り…これが本当の、世界…。」

 

そこは全てが燃やし尽くされた世界--

 

沙綾「あっ!?」

 

そこにいた幼生バーテックスが沙綾に気付き近付いて来た為、沙綾は武器を出し応戦する。

 

たえ(人類を滅亡させたのはウイルスじゃないんだよ。天の神様が粛清の為に遣わした生物の頂点、バーテックス。西暦の時代、世界は彼らに突然襲われた。人類に味方してくれた他の神様達は、力を合わせ一本の大樹になり四国に防御結界を張ったの。その時、神様の声を聞いたのが今の大赦。神樹様を管理してる人達。)

 

沙綾「まるで、地獄……。っ!?あれって確か香澄が倒したはずの…。えっ!?バーテックスが生まれてる!?」

 

幼生のバーテックスが無数に集まって、以前倒したはずのバーテックスが再生していたのだ。

 

沙綾「こいつらがまた次々と攻めてくるのを、私たちがまた迎え撃つの…?何回も身体の機能を失いながら…何回も……。」

 

たえ(身体が樹木のように動かなくなって、最後は、こうして祀られる。)

 

結界の中に戻った沙綾。

 

沙綾「はぁ、はぁ、はぁ……。」

 

沙綾が膝から崩れ落ちる。

 

沙綾「うぅ…うぅっ…。うぅー……っ。この苦しみをまた1つ1つ味わう!それもみんなが!?絶対、絶対ダメだよ、そんなの!どうすれば良いの…?」

 

沙綾「うぅ…考えなきゃ。考えなきゃ。みんなを助けなきゃ……。っ!あった…。たった1つだけ……。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

場面は再び香澄達--

 

香澄「特別警戒警報…。こんな事初めてだよ。」

 

香澄が驚く。

 

有咲「何で敵が来るんだよ!」

 

 

 

世界が無数の色で埋め尽くされていく--

 

 

 

りみ「おかしいよ!アラームが鳴り止まないよ!」

 

世界が樹海化し、ゆりとりみは戸惑う。

 

香澄「そんな、バーテックスは全部倒したはずじゃ…。」

 

有咲「落ち着け香澄、まずは状況確認だ。」

 

有咲がスマホを開き、地図を確認する。

 

有咲「想定外の敵が来ようが、私が……っ!?なに…これ…?」

 

スマホには無数の赤い点が。それは全て幼生バーテックス。バーテックスが壁に開いた穴を通り空を埋め尽くしていく。

 

 

 

 

 

 

壁の前に立つ沙綾。

 

沙綾「私1人だけが生贄なら、まだ良かった…。」

 

勇者部みんなの顔を思い浮かべる沙綾。

 

沙綾「香澄達まで供物にするなんて……。許さない!みんなをもう苦しめない!」

 

沙綾は壁に向かって銃を構え--

 

沙綾「待ってて、香澄。みんな。神樹様を倒してしまえば、苦しみから解放される!生き地獄を味わう事も無い!」

 

強烈な一撃を発射し、壁に穴を開けた--

 

沙綾「こんな世界…私が終わらせる!!」

 

 

 



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大切な者の為なら〈前編〉


最終決戦前編です。



原作も面白いので、見たこと無い方もオススメですよ。




 

 

樹海--

 

樹海化した世界で大量の幼生バーテックスが迫ってきている。

 

香澄「えっ?」

 

有咲「どうした?」

 

香澄「壁の上にさーやがいる…。」

 

有咲「何!?あっ、待て香澄!」

 

香澄は沙綾の元へ走り出した。

 

香澄(さーや、どうして…?)

 

 

 

 

 

 

一方で壁の上にいる沙綾は、近づいて来る幼生バーテックスを"川蛍"の力でファンネル状の武器を呼び出し迎撃していた。そこへ香澄が到着する。

 

香澄「さーや、何してるの?」

 

沙綾は答えない。

 

香澄「さーや!」

 

沙綾「壁を壊したのは…私だよ。」

 

香澄「えっ?」

 

沙綾「香澄、私…もうこれ以上香澄を傷付けさせないから。」

 

2人の元に幼生バーテックスが近づいて来るが、そこへ有咲も到着し、バーテックスを一閃した。

 

有咲「どういう事だ、沙綾。壁を壊したって…自分が何やったのか分かってんのか?」

 

沙綾「分かってる…。分かってるからやらなきゃいけないんだよ!」

 

沙綾は2人に背を向け結界の方へ飛んで行った。そして、2人も沙綾の後を追いかける。

 

2人とも結界を抜け、この世界の真相を知ってしまう。

 

香澄「えっ!?」

 

有咲「何だよ、これ。」

 

幼生バーテックスが何集まり、12星座のバーテックスが再生していく。

 

沙綾「これが、世界の真実の姿。壁の中以外、全て滅んでいる。そしてバーテックスは12体で終わりなんかじゃなく、無数に襲来し続ける。この世界にも、私達にも、未来はない。私達は満開を繰り返して、身体の機能を失いながら戦い続けて…いつか大切な友達や、楽しかった日々の記憶も失って…ボロボロになって…それでも戦い続けて…。もうこれ以上、大切な友達を犠牲にさせない!勇者という生贄から逃れるには…これしか方法がないの!」

 

壁を再び破壊しようとする沙綾の前に有咲が立ち塞がる。

 

有咲「ま、待てよ。」

 

沙綾「有咲、何で止めるの?」

 

有咲「何でって、私は大赦の勇者だから…。」

 

沙綾「大赦は真実を隠して、有咲を道具として使ったのに?」

 

有咲「っ、道具…?」

 

香澄「待ってよ、さーや!」

 

香澄も沙綾を止めようとするが、

 

沙綾「分かって、香澄。香澄や勇者部のみんなが傷付く姿を…もう、これ以上見たくない…。友達が傷ついていくのも、私はもう耐えられないよ…。」

 

その時香澄の後ろから復活した"乙女型"が接近し、香澄と有咲を攻撃してきた。有咲は香澄を抱えて回避する。

 

香澄「有咲、さーやを置いていけないよ!」

 

有咲「無理だ、一旦退け!」

 

そこへ壁を越えてきた"乙女型"が爆弾を発射、2人は爆発に巻き込まれ落ちていった。

 

香澄「きゃあ!?」

 

有咲「くそっ!」

 

2人の変身が解ける--

 

 

 

 

 

 

一方で牛込姉妹は、りみは幼生バーテックスを長いリーチを生かして次々倒していたが、ゆりはその場で動く事はなかった。あらかた倒し、りみはゆりの元へ行きゆりを揺する。

 

りみ「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

 

何度も揺するが、ゆりからは反応が返ってこない。そこへ、また次々と幼生バーテックスが迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

一足先に目を開ける香澄。2人は精霊のバリアで無事だった。

 

香澄「有咲!有咲、しっかりして!有咲!」

 

必死で有咲を呼ぶも目を覚まさない。香澄はさっきの事を思い出す。

 

香澄(さーや泣いてた。あんなに悩んで、苦しんでたさーやを、私ずっと見てきたのに…。きっと私、何か出来る事があったはずなのに、一番の友達なのに…。どうしてこんな事に。)

 

しかし、空を埋め尽くすバーテックスを見て香澄は再起し、勇者アプリを起動するが、変身出来ない。

 

香澄「何で、変身出来ないの……。」

 

もう一度押すも反応がない。その時、

 

 

 

-警告。勇者の精神状態が安定しない為、神樹との霊的経路を生成出来ません。-

 

 

 

 

戸山香澄は勇者ではなくなってしまったのである--

 

 

 

 

 

 

りみはゆりを守りながら必死で戦うが、ゆりは体育座りで動かない。孤軍奮闘のりみ。バーテックスの体当たりを受け吹き飛ばされるも、すぐに立ち上がり倒していく。ただゆりはそれを見ているだけ。

 

ゆり(どうして…?どうして、そこまで……。)

 

ゆりはりみの言葉を思い出す。

 

 

ーーー

ーー

 

 

りみ(ありがとう。何となく言いたくなったの。この家の事とか勇者部の事とか、お姉ちゃんばっかり大変な事させて…。)

 

 

ーー

ーーー

 

 

ゆり「りみ……。」

 

 

ーーー

ーー

 

 

りみ(反対に私は臆病で弱くて、いつもお姉ちゃんの後ろを歩いてばかりでした。でも、本当はお姉ちゃんの隣を歩いて行けるようになりたかった。)

 

 

ーー

ーーー

 

 

ゆり「隣どころか…。いつの間にか私の前に立っているじゃない。」

 

りみは必死で戦うが、数が多すぎる為捌ききれず、突進してきたバーテックスに吹き飛ばされる。それでも立ち上がろうとするりみ。バーテックスがりみに襲い掛かろうと突進してくるが、

 

ゆり「はあぁ!」

 

立ち上がったゆりがバーテックスを切り伏せる。

 

ゆり「姉として、流石に妹に頼り切ってる訳にはいかないね!もう大丈夫だよ、りみ。本当に私の自慢の妹だよ。」

 

りみ「えへへ。お姉ちゃん、ありがとうね。」

 

ゆり「さぁ、掛かってらっしゃい!牛込姉妹の力、見せてあげる!」

 

 

 

 

 

 

香澄は未だに変身出来ないでいた。

 

香澄「何で?何で?何で変身出来ないの!?あっ……。」

 

スマホを落としてしまう。拾おうとするが、途中で手が止まる。

 

香澄「私、私…勇者失格だ……。」

 

泣き崩れる香澄に向かってバーテックスが迫ろうとしていた。そこへ、目を覚ました有咲が再び変身してバーテックスを撃退する。

 

香澄「有咲…。」

 

有咲「ったく、友達に失格も降格も無いってーの。お前、沙綾の事で自分を責めてるんだろ?」

 

香澄「っ!?」

 

有咲「全く、香澄らしいというか…。なぁ、香澄は沙綾の事どうしたい?」

 

香澄「止めたい、さーやを止めたいよ。この世界が壊れたらみんなと一緒にいられなくなる。でも、今の私じゃ…。」

 

有咲は香澄に背を向ける。

 

有咲「私、もう大赦の勇者として戦うの止めるわ。」

 

香澄「えっ!?」

 

有咲「これからは、勇者部の一員として戦う。私たちの勇者部を壊させたりしない!香澄の泣き顔、見たくねーから。」

 

香澄「有咲!」

 

 

 

 

 

 

有咲は飛び出し、樹の上に立って海の向こうを見据える。奥から5体のバーテックス"乙女型""射手型""蟹型""蠍型"そして"魚型"が迫ってきている。

 

有咲「再生した奴らが溢れてきたな。まずはアレを殲滅して、その後沙綾を探して……。」

 

そう言いながら有咲は、自分の左肩の刻印を見る。

 

有咲「さすがに犠牲なしってー訳にはいかねーだろうな。」

 

 

 

 

有咲「さあ、さあ!ここからが大見せ場!遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見ろ!」

 

 

 

 

有咲「これが花咲川中学2年、勇者部部員、市ヶ谷有咲の実力だ!!!」

 

 

 

 



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大切な者の為なら〈後編〉


クライマックスの後編です。


アプリ展開もされていますので、やってみるとまた深く話を知る事が出来ますよ。





 

 

有咲「さあ、さあ!ここからが大見せ場!遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見ろ!」

 

 

 

有咲「これが花咲川中学2年、勇者部部員、市ヶ谷有咲の実力だ!!!」

 

 

 

 

 

 

有咲は飛び上がり、幼生バーテックスを次々と切り裂いて前に進んでいく。前方から″乙女型″が接近し、爆弾を飛ばしてくるが、有咲はそれを剣で切る。その瞬間、左肩の刻印が全て光る。

 

有咲「さぁ、持ってけーーーーーーーっ!!」

 

有咲「満開!」

 

有咲に向かって樹海から光が集まっていく。そして、服装が変化し、両肩には巨大な4本の腕、その腕にはそれぞれ大剣が握られている。

 

香澄「有咲!!」

 

有咲「勇者部5箇条!」

 

巨大な剣から放たれた斬撃が幼生バーテックスの群れを切り裂いて進んでいく。

 

有咲「ひとぉーーーつ!!」

 

大量の剣を飛ばし、幼生バーテックスを殲滅。

 

有咲「挨拶はぁぁぁぁ!!きちんとぉぉぉぉぉ!!」

 

有咲は"乙女型"に向かって突撃し撃破する。

 

有咲「勇者部5箇条!!」

 

次に有咲は"蟹型"に向かっていった。

 

有咲「ひとぉーーーーつ!!」

 

"蟹型"は反射板を2枚使って有咲の攻撃を防ごうとする。

 

有咲「なるべくっ!諦めなぁぁぁぁぁいっ!」

 

有咲両足で思い切り蹴り飛ばし反射板を砕きとどめを刺そうとする。しかし、

 

有咲「っ!?」

 

横から現れた"蠍型"が尻尾を振り回し、巨大な腕の一本に針を刺す。

 

有咲「しまった!」

 

刺された場所が枯れていき、散華が始まる。満開が解け、有咲の右手をサポートする様なパーツが出現。

 

有咲「くっ、右手を持ってかれたか。でも……。」

 

有咲は"蠍型"に向かってジャンプ、尻尾を避けながら剣を刺し、

 

有咲「勇者部5箇条!!」

 

両足で思いっ切り蹴って、その反動で飛んだ。

 

有咲「ひとぉーーーつ!!」

 

左肩の花びらが再び輝き、"満開"し、

 

有咲「よく寝てぇぇぇぇっ!!よく食べぇぇぇぇぇるっ!!」

 

"蠍型"を撃破する。

 

有咲「っ!」

 

遠くから"射手型"が無数の針を下口から飛ばし、針が満開の腕に突き刺さる。有咲は上に逃げるが、途中で再び散華が始まる。右足をサポートするパーツが出現。

 

有咲「右足も動かせないか……。」

 

落下の速度を活かし、有咲は"射手型"に突撃。

 

有咲「勇者部5箇条ひとぉーーーつ!!」

 

有咲「悩んだら!相談んんんっ!!」

 

"射手型"を真っ二つに切り裂き、有咲は三度"満開"した。そのまま"射手型"にとどめを刺し撃破。

 

有咲「もう1体はどこだ!?」

 

最後の1体である"魚型"を探すが見つからない。直後、地面から"魚型"が出現し有咲目掛けて突進。有咲はそれをまともに食らってしまう。

 

有咲「ぐあぁぁぁ!」

 

そして三度の散華。

 

有咲「くそっ!満開の定着が浅い!」

 

"魚型"は再び地面に潜っていく。有咲に後頭部を覆う様なパーツが出現。

 

有咲「くそっ!」

 

しかし、有咲はすぐさま4度目の満開を行う。

 

有咲「勇者部5箇条ひとぉーーーつ!!」

 

地面に向かって突進する有咲。

 

有咲「成せば大抵なんとかなるっ!!!」

 

地面から"魚型"を引っ張り上げ、大剣を突き刺し、最後の1体を撃破した。

 

有咲「見たかっ!勇者部の力ぁぁぁっ!!」

 

直後4度目の散華が始まり、頭の後ろにパーツが出現。

 

有咲「くっ、限界か……。」

 

有咲の変身が解け、地面に落下していく。

 

香澄「有咲!!」

 

有咲(後は………沙綾を………。)

 

そこで、有咲の意識は途切れてしまった--

 

 

 

 

 

 

アプリの地図を見ながら香澄は有咲を探していた。

 

香澄「っ!?有咲!」

 

有咲を発見した香澄。

 

香澄「有咲!しっかりして!」

 

有咲「誰だ…?香澄か?」

 

有咲は手を伸ばして、香澄の顔に触れる。

 

有咲「ごめんな。なんか、目も耳も持っていかれたみたいだ…。」

 

有咲は4度の満開で右手、右足、両耳、両目を供物として捧げてしまったのだ。

 

有咲「香澄、だよな…?」

 

香澄「そうだよ!香澄だよ!」

 

有咲「見たか、香澄。この私の大活躍を……。」

 

香澄「見てたっ!見てたよ!!凄かったよ、有咲!」

 

どんなに香澄が称賛の声を叫んでも、有咲にはもう届かない。

 

香澄「うっ…、うぅっ……。こんな…こんなのって……。あああっ!うあああん!!」

 

泣き叫ぶ香澄だが、有咲が話を続ける。

 

有咲「沙綾を探そうと思ったんだけどな、ここまでだな…。なぁ香澄。言いたかった事があったんだ。ありがとうって…。」

 

香澄「えっ?」

 

有咲「私、長い間ずっと勇者の訓練を受けてきた。戦う事が私の存在意義で、私はただの道具だった…。でも、みんなのお陰で私…。香澄なら、沙綾の心だって変えられる…きっと……。」

 

香澄「有咲……。」

 

有咲「沙綾を救えるのは香澄だけだ。1番の友達なんだろ?」

 

香澄「私は……。」

 

 

 

 

 

 

一方で再起したゆりは、1人再び壁を破壊しようとする沙綾を止める為戦っていた。

 

ゆり「沙綾ちゃん!!」

 

ゆりは大剣を振り下ろすが、沙綾はそれを精霊のバリアで受け止める。

 

沙綾「この光景を見ましたよね?だったら分かるはずです!」

 

ゆり「これ以上壁を壊しちゃいけない!」

 

沙綾「この世界が、大赦のやり方が、勇者の存在がいかに悲惨なものか!私達が救われる方法はこれしかないんです!」

 

ゆり「それでも…。それでもぉぉぉっ!」

 

ゆりは沙綾の銃を弾き飛ばす。

 

ゆり「私は、部長として沙綾ちゃんを止める!」

 

沙綾「分かってください、ゆり先輩!」

 

沙綾は再び銃を呼び出すが、駆け付けたりみがワイヤーを銃に絡ませ打てないようにする。

 

その時、沙綾の胸元の刻印が青く光り出した。

 

ゆり「満開、したの?」

 

沙綾「分かってください、ゆり先輩。これしかないんです!」

 

しかし、沙綾の後ろでは"獅子型"が再生を始めていた。さらに、穴から進行していた幼生バーテックスが戻り始め、"獅子型"の元へ集まっていく。

 

沙綾「2人とも引いて下さい!」

 

ゆり「引くわけにはいかない!」

 

沙綾「…………。ごめんなさい。」

 

沙綾はあろうことか、穴の向こうに見える神樹にビーム砲8門を構え--

 

神樹に向かって集中発射したのだ。

 

ゆり「まずいっ!」

 

ゆりとりみは身を挺してビームを防ぐが、満開の攻撃を防ぐ事は出来なかった。

 

ゆり「あぁっ!」

 

りみ「きゃあっ!」

 

そして神樹に向かって一直線に伸びていくビームだったが、途中でビームは花びらとなって散ってしまった。

 

沙綾「そうか……。勇者の力だと神樹本体を傷付ける事は出来ないって事。」

 

沙綾は"獅子型"を見る。

 

沙綾「でも、これを連れて行けば…きっと神樹を、殺せる。」

 

ゆりとりみは変身が解けてしまう。

 

ゆり「大丈夫、りみ?っ!?」

 

再生が完了した"獅子型"が穴を通り抜けて神樹を目指し始めた。そして、前には沙綾が。

 

沙綾「私を殺したいでしょ、さぁおいで。」

 

沙綾の後ろには神樹。そして、"獅子型"が巨大な火の玉を生成しーー

 

ゆり「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

ゆりが叫ぶも虚しく、火の玉は発射されてしまう。沙綾は火の玉を避け、火の玉は神樹目掛けて飛んでいく。

 

沙綾「これで、みんなを……。」

 

 

 

しかし、その時だった。

 

 

 

 

香澄「おおおおおおっ!!勇者パーーーーーーーンチ!!」

 

勇者の姿に変身した香澄のパンチが火の玉に炸裂し爆発、火の玉は四散し、香澄がゆりとりみの元へ降りてきた。

 

香澄「ごめんなさい、ゆり先輩。遅刻しちゃいました。」

 

ゆり「香澄ちゃん……。」

 

香澄「もう迷わない。私が勇者部を……さーやを守る!!」

 

 

 



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心からの言葉


タイトルには少し一貫性を持たせています。


気付いた方もいるのではないでしょうか?




 

 

"獅子型"がゆっくりと近付いてくる中、香澄は沙綾を見据えていた。

 

香澄「さーや。」

 

沙綾「香澄……。」

 

その時"獅子型"が2つに割れ、そこから炎を纏った幼生バーテックスが飛んでくる。香澄はバーテックスの突進を防ぎながら"獅子型"に接近するが、

 

香澄「っ!!」

 

沙綾はビーム砲で幼生バーテックスを撃墜。悲しそうに香澄を見つめていた。

 

香澄「止まれえええ!!」

 

香澄が"獅子型"を攻撃しようとするが、

 

香澄「あっ!?」

 

沙綾からの攻撃で迎撃される。

 

沙綾「香澄、ダメだよ!」

 

香澄「そいつが辿り着いたら私達の世界が無くなっちゃう!」

 

香澄は沙綾のファンネル型の武器を破壊しながら叫んだ。

 

沙綾「それで良いんだよ…。一緒に消えようよ。」

 

香澄「そんなの、良くない!!」

 

香澄の右手の刻印が光を放ち、

 

香澄「満開!」

 

幼生バーテックスを蹴散らしながら、"獅子型"に接近し、思い切り殴った。

 

沙綾「ダメ!」

 

沙綾と香澄が対峙する。

 

香澄「さーや。何も知らずに暮らしている人達もいるんだよ。私達が諦めたらダメだよ!だってそれが……。」

 

沙綾「勇者だっていうの!?他の人なんて関係ない!」

 

沙綾が香澄に叫ぶ。

 

沙綾「1番大切な友達を守れないなら……。勇者になる意味なんかない!頑張れないよ……。」

 

その時、樹海に散っていた幼生バーテックスが"獅子型"に向かって集まってきた。

 

香澄「あっ!!」

 

沙綾「香澄…。あのままじっとしていれば良かったのに…。眠っていれば、それで何もかも済んだのに……。もう手遅れだよ。」

 

沙綾はビームを連射するが、香澄は両肩の巨大な腕で防ぐ。

 

沙綾「戦いは終わらない…。私たちの生き地獄は終わらないの。」

 

香澄「さーや!」

 

沙綾「えっ!?」

 

香澄「地獄じゃないよ!だって、さーやと一緒だもん!どんなに辛くても、さーやは私が守る!」

 

沙綾のビームを防ぎ切った香澄が近付いてくる。

 

沙綾「大切な想いや気持ちを忘れてしまうんだよ!?大丈夫な訳ない!」

 

今度は沙綾はビームを一点に集中させた。

 

香澄「うっ!」

 

吹き飛ばされる香澄。さらに沙綾は続けて言う。

 

沙綾「香澄やみんなの事だって忘れてしまう。それを仕方がないなんてで割り切れない!1番大切な者を無くしてしまうくらいなら…。」

 

 

 

 

 

 

香澄「忘れないよ!!」

 

香澄が叫ぶ。

 

沙綾「どうしてそう言えるの!?」

 

香澄「私がそう思っているから!メチャクチャ強く思っているから!!」

 

沙綾「っ……私達も…きっと、そう思ってた……。」

 

沙綾は今まで忘れてしまっていたたえの姿を思い出す。

 

沙綾「今はまだ悲しかったという事しか覚えていない。自分の涙の意味が分からないの!!」

 

沙綾はビームを無差別に打ち始めた。

 

沙綾「イヤ!怖いよ!きっと香澄も私の事を忘れちゃう!だからっ…。」

 

香澄が沙綾のビーム砲を掴んで止め、巨大な腕を分離し沙綾に突っ込む。

 

香澄「さーや!」

 

沙綾「っ!!」

 

沙綾はファンネル型の武器を香澄に向けて飛ばすが、香澄は躱して懐に滑り込み、

 

香澄「ごめんね……。」

 

 

 

 

沙綾を思いっ切り殴った。歯を食いしばって、悲しそうな顔をしながら。そして、香澄は倒れた沙綾を優しく包み込む様に抱き起す。

 

香澄「忘れない。」

 

沙綾「ウソ…。」

 

香澄「ウソじゃない。」

 

沙綾「ウソ……。」

 

香澄「ウソじゃない!!」

 

 

 

 

 

沙綾「っ…………本当?」

 

香澄「うん。私はずっと一緒にいるよ。そうすれば忘れない。」

 

沙綾「うぅっ…香澄ぃ……!忘れたくないよ!私を1人にしないで…!うああああん………!」

 

香澄「うん………うん!」

 

泣き叫ぶ沙綾を香澄は強く抱きしめた。直後、轟音が樹海を包み込む。

 

香澄・沙綾「「何!?」」

 

"獅子型"が巨大な炎の塊になり、神樹の方向へ動き出したのである。

 

沙綾「私、大変な事を…。」

 

香澄「さーやのせいじゃない!あいつを止めよう!」

 

2人は"獅子型"を追いかけ、前に回り込み押し止めようとする。

 

香澄・沙綾「「止まれぇぇぇぇ!!」」

 

しかし"獅子型"は止まる気配がない。少しずつ神樹に近付いていた。

 

香澄「絶対に諦めな、い……。」

 

香澄の散華が始まった。香澄は地面に落ちていき、変身も解けてしまう。

 

香澄「くっ…はあ、はあ。こんな…ところで……。っ!?足が…。」

 

香澄は散華で両足の身体機能を捧げてしまったのだ。一方で"獅子型"は未だに止まる気配がない、沙綾1人が頑張っているが、

 

沙綾「もう……ダメ………。」

 

 

 

 

 

その時だった--

 

 

 

 

 

ゆり「おおおおおおお!」

 

りみ「はああああああ!」

 

ゆりとりみが満開して駆けつけたのだ。

 

沙綾「りみりん!」

 

りみ「大丈夫、沙綾ちゃん。私も頑張るから。」

 

沙綾「ゆり先輩…私……。」

 

ゆり「おかえりなさい。沙綾ちゃん。いくよ!押し返せ!」

 

3人は必死に受け止めるが、それでも少しづつ"獅子型"は神樹に近付いていく。

 

ゆり「この……3人でもダメなの……。」

 

 

 

そこへ、

 

 

 

 

有咲「そこかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

5度目の満開をした有咲が駆けつけたのだった。

 

有咲「勇者部を、なめるなぁぁぁぁぁ!!」

 

ゆりが3人に発破をかける。

 

ゆり「勇者部ーーー!」

 

沙綾・りみ・有咲「「「ファイトーーーーーー!!!」」」

 

4つの力が1つになって、虹色の大きな花となり、ついに"獅子型"を止めた。

 

 

 

 

 

 

その頃、香澄は--

 

香澄「くっ……!」

 

手を使って、動かない足を必死に動かしていた。

 

香澄「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

そして生身で満開し、巨大な腕で地面を叩いてその反動で飛び上がる。

 

香澄「私はっ!」

 

空中で香澄は勇者に変身--

 

香澄「花咲川中学勇者部!!」

 

 

 

 

 

ゆり「香澄ちゃん!」

 

ゆりが叫ぶ。

 

 

 

 

りみ「香澄ちゃん!」

 

りみが叫ぶ。

 

 

 

 

有咲「香澄!」

 

有咲が叫ぶ。

 

 

 

 

沙綾「香澄ぃ!!」

 

そして、沙綾が叫ぶ。

 

香澄「勇者、戸山香澄ぃぃぃぃ!!」

 

香澄は"獅子型"に向かって思いっ切り突撃する。

 

香澄「おおおおおおおおおっ!」

 

巨大な右腕が砕け、勇者装束も砕けていくが、香澄はそれでも御霊に向かって手を伸ばす。

 

香澄「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

香澄は最後まで諦めずに手を伸ばし、指が御霊に触れる--

 

 

 

 

次の瞬間御霊が爆発、香澄は爆発に巻き込まれ、そして4人も飲み込んでいく--

 

 

 

 

 

 

沙綾「…………?」

 

暫くして沙綾が樹海で目を覚ました。沙綾が首を動かすとみんなが頭を内側にして輪になって倒れていた。精霊が消え、花びらになる。

 

有咲「ぁ……?」

 

ゆり「終わった、の?」

 

りみ「みたいだね、お姉ちゃん。」

 

3人が次々と目を覚ます。沙綾は左に倒れている香澄を見た。

 

沙綾「香澄…、香澄?」

 

香澄からは返事がない。

 

沙綾「香澄!香澄!香澄!!」

 

 

 

 

沙綾「香澄ぃぃぃぃ!!」

 

 

 

 

香澄が目を覚ますことは無かった。

 

 

 

 

 

そして樹海が崩壊しはじめる--

 

 

 




次回、第1章最終回です。


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未来への花束

これにて「戸山香澄は勇者である~第1章 戸山香澄の章~」は終了になります。

そして物語は過去へと遡りますーー




 

 

何処かの空間--

 

香澄は何もない灰色の空間をただ歩いていた。

 

香澄「ここは……。確か私は…。あれ?」

 

必死で何があったか思い出そうとするも、頭が痛み思い出せない。そこへ一羽の烏が舞い降りてくる。色は青色、胸には桔梗のマーク。直後、どこからともなく少女の声が聞こえてくるのだった。

 

?「---戻ったらきっと覚えていないだろうけど………あなたは消滅するはずだった。神樹様は貴方の身体を蘇生してくれたわ。しかしそれはかなり無理な蘇生だった"御霊"に触れてしまった影響で精神が目覚めず、あなたは今ここに在るのでしょう…。」

 

香澄「あなたは……。」

 

?「初めまして、未来の勇者達。私は湊--那。西暦2019年、いえ、神世紀元年において、勇者の御役目を担っている者よ。何十年、もしかしたら何百年も先のあなたに、未来の希望を託した者よ。バーテックスが出現した日、私達は多くのものを奪われた。それを取り返す為に、私達は強大な敵に立ち向かい、戦った。」

 

?「だけれど、全ての勇者達が、時に恐怖して、悩んで、苦しんで…守りたいものの為に戦っていくのだろうと信じている。私達の代の勇者は、美--からバトンを引き継いだ。そのバトンはいずれ次の世代に渡される。そして次の次の代へ……何代でも、何度でも、どれ程の時間が経とうと…引き継いで行かれるだろうと、私は思っているわ。」

 

香澄「この声……優しくて温かい…。」

 

?「そのバトンの名は"勇気"。または"希望"、"願い"とも言うの。今の未来の貴方に対し、何もしてあげる事が出来ない。せいぜい、こうして声をかけてあげる事しか出来ないわ。だけど、信じて欲しいの。貴方の後ろには、バトンを引き継いできた沢山の人達がいる事を。」

 

?「見回して欲しい。貴方の隣には、今まで貴方が一緒に過ごしてきた友達や家族がいる事を。貴方は決して1人では無い事を知って欲しい。多分、今の貴方はとても苦しんでいると思う。痛い事、悲しい事、絶望する事…頑張って、頑張って、それでも耐えられないくらい、辛い事があったでしょう。」

 

すると、何やら遠く彼方から音楽が流れている事に香澄は気付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ゆり(私達の戦いは夢物語だった訳じゃない。それは…実際に大きな被害が出ている事からも分かる。)

 

ゆりは教室の窓の外を見ながら思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

山吹宅--

 

沙綾「っ……。」

 

身体を起こす沙綾。

 

沙綾「?」

 

足を床に付けて、立ってみようとする。少しふらつき、ベッドに尻もちを付く。

 

沙綾「少しだけ…立てた。」

 

 

 

 

 

 

牛込宅リビング--

 

ゆりが朝ごはんの料理をしている中、りみが起きて来る。

 

ゆり「おはよう、りみ。あっそうだ着替えさせてあげないと。」

 

しかし、そこには既に制服に着替えていたりみが居た。

 

りみ「お姉ちゃん、1人で、出来たよ。」

 

ゆり「っ!!本当に…本当に…取り戻した……!」

 

ゆりがりみに抱き着く。りみもその腕で、抱き締め返した。

 

ゆり「治るんだ…私達……。」

 

りみ「うん…。うん……。」

 

2人は涙を流しながら喜んだのだった。

 

 

 

 

 

 

砂浜--

 

ゆりと有咲が話している。

 

有咲「あれから大赦のメールは一方通行のまま…。返信も出来なくなってる。」

 

ゆり「私達は神樹様に開放してもらえたのよ。」

 

有咲「もう必要ないって事か……。」

 

ゆり「目的が無くなって不安?」

 

有咲「そんな事ねーし。だけど、外の世界があんななのは変わらない。私らの戦闘データが役に立ってりゃ良いけど。」

 

ゆり「私達の戦いは無駄じゃない。だから、神樹様は供物を求めない様になったのかもね。」

 

有咲「なぁ……。」

 

ゆり「何?」

 

有咲「なんで香澄だけが目を覚まさないんだ?」

 

ゆり「香澄ちゃん…1人で頑張りすぎたから……。」

 

 

 

 

 

 

花咲川病院--

 

病室の扉を開ける沙綾。そこには、動かない香澄がいた。看護師に病院のベンチに香澄を座らせてもらい沙綾は香澄に話しかける。

 

沙綾「今日はね、ゆり先輩がまたおかしなことを言いだして…それで私…。」

 

ゆり「おーい!」

 

そこへゆりとりみ、有咲がやってきた。

 

りみ「こんにちは、香澄ちゃん。」

 

りみが香澄に話しかけるも返事は無い。

 

有咲「くっ、ちきしょう…。」

 

ゆり「……。」

 

有咲とゆりも落ち込む。

 

沙綾「私は…1番大事な友達を犠牲に……。私が、あんな事を…。」

 

ゆり「言っちゃダメだよ。誰も悪くないって、みんなで話し合ったじゃない。」

 

ゆりが沙綾を諭した。

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

ゆり「さて、衣装も歌詞作曲も完成したし、もう文化祭まで間もなくだね。今後の事なんだけど……。」

 

りみの指は比較的他の3人より状態は良く、マッサージやリハビリもありある程度は動き、演奏に支障はない。しかし、肝心のボーカルである香澄がいない。

 

沙綾「あの……。」

 

沙綾が手を上げる。

 

沙綾「香澄のパートはそのままにしておきたいです。」

 

ゆり「沙綾ちゃん…。」

 

沙綾「私の足だって治ってきてるんです。きっと香澄だって…!」

 

有咲「沙綾の言う通りだ。なんか、割り切っちゃうのは私も嫌だし…。」

 

りみ「練習続けよう。香澄ちゃんならきっと戻ってきてくれるよ。」

 

ゆり「そうだね、そうしよう!」

 

香澄がいつ戻ってもいい様に4人は練習を続けた。

 

 

 

 

 

 

文化祭まで1週間後の放課後--

 

今日は病院に無理を言って外出許可を貰い、香澄を音楽室まで連れてきたのだった。みんなの身体の調子も段々と良くなっており、沙綾は杖が片方でも何とか歩けるようになり、ゆりの視力は完全に回復した。有咲とりみも日常生活にほとんど支障がない位元通りになっている。

 

しかし、肝心の香澄はまだ動かないままだった。

 

4人は楽器を準備しそれぞれのポジションに付く。4人はライブでやる曲を聴いてもらいたくて香澄を連れてきたのだった。

 

ゆり「みんな準備はいい?」

 

ゆりがみんなに確認する。

 

りみ「うん。」

 

沙綾「大丈夫です。」

 

有咲「オッケー。」

 

ゆり「それじゃあ聞いてね香澄ちゃん、メロディだけになるけど。」

 

 

 

―STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜―

 

 

 

~♪

 

 

 

 

4人は演奏しながら香澄との思い出を思い返していく。

 

ゆり--

 

 

ーーー

ーー

 

 

ゆり「退きなさい、香澄ちゃん!!」

 

香澄「イヤです!ゆり先輩が人を傷付ける姿なんて見たくありません!」

 

ゆり「こんな事が許せるかぁっ!!」

 

香澄「分かってます!」

 

ゆり「だったら!!」

 

香澄「でも、もし後遺症の事を知らされていても、結局私達は戦ってた筈です!」

 

ゆり「っ!!」

 

香澄「世界を守る為にはそれしかなかった!だから誰も悪くない!選択肢なんて誰にも無かったんです!」

 

 

ーー

ーーー

 

 

ゆり(あの時はごめんね、香澄ちゃん。香澄ちゃんがいなかったら私とんでもない事をしてた。香澄ちゃんが勇者部にいてくれたから。私は、何事にも諦めないでやっていけるよ。)

 

 

 

 

 

りみ--

 

 

ーーー

ーー

 

 

りみ「あっ、あの、どうも初めまして。わ、私1年の牛込りみって言います。ど、どうぞ宜しくお願いします。」

 

香澄「わー初めまして。私、戸山香澄って言います。よろしくねーりみりん。」

 

りみ「り、りみりん⁉︎」

 

香澄「あーりみりん変だったかなー何となくりみりんって感じだったからそう呼んでみたんだけど嫌だった?」

 

りみ「ちゃ、ちゃう!あっ違う…嫌じゃないですよ。」

 

香澄「可愛いーー。確か関西弁って言うんだよね、さーや。」

 

 

 

 

 

 

香澄「そうだよ、りみりん。勇者部5箇条"成せば大抵なんとかなる"だよ!」

 

香澄「大丈夫だよ、りみりん。今はただの練習なんだし楽しんで演奏すればいいんだよ!私だって間違えちゃったところあったもん。気にしない気にしない。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

りみ(香澄ちゃんの笑顔には何度も励まされた。初めてで緊張してた私にも凄く優しく話しかけてくれて、バンド練習の時だって。私、勇者部に入って良かった。勇者部のみんなや、香澄ちゃんがいたから私は夢に向かって頑張っていけるよ。)

 

 

 

有咲--

 

ーーー

ーー

 

 

有咲「私は勇者として戦う為にこの学校に来た。あの部にいたのは戦う為に。他の勇者達と連携を取ったほうがいいからだ。それ以上の理由なんて、ない……。大体、ゆりも何考えてんだ!勇者部はバーテックスを殲滅する為の部なんだろ!バーテックスがいなくなったら、そんな部、もう意味ない!」

 

香澄「違うよ!」

 

有咲「っ!?」

 

香澄「勇者部は、ゆり先輩がいて、りみりんがいて、沙綾がいて。有咲もいて。みんなで楽しみながら人に喜んでもらう事をしていく部だよ。バーテックスなんかいなくっても、勇者部は勇者部。」

 

有咲「でも……。」

 

香澄「戦う為とか関係ない。」

 

有咲「でも…、私…。戦う為に来たから……。もう戦いが終わったから。だからもう私には価値がなくて、あの部にも居場所が無いって思って…。」

 

香澄「勇者部5箇条ひとーつ!」

 

有咲「えっ?」

 

香澄「悩んだら相談。」

 

有咲「え……。」

 

香澄「戦いが終わったら居場所が無くなるなんて、そんな事無いんだよ。有咲がいないと部室が寂しいし、私は有咲と一緒にいるの楽しいし。それに私、有咲の事好きだから!」

 

有咲「ちょまっ!」

 

有咲「っ…!ったく!しょーがねーなー、そこまで言うなら行ってやるよ、勇者部。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

有咲(最初はやたらと絡んでくるうるせー奴、なんて思ってた。けど、一緒にいる中で何だかすっげー楽しい、こんな日常も良いなって思えるようになった。バーテックスを倒し終わって私が落ち込んでた時も、お前は探しに来てくれて励ましてくれたよな。言葉にするのは恥ずいけど、あん時すっげー嬉しかった。だから早く戻って来いよな。)

 

 

 

沙綾--

 

ーーー

ーー

 

 

香澄「もしかして隣に引っ越して来た人?私の名前は戸山香澄。お隣さん同士これから宜しくね!」

 

沙綾「私は山吹沙綾。戸山さんこれから宜しくお願いします。」

 

香澄「香澄で良いよー。あと敬語も無しね!そうだ、この街を案内してあげるよ。」

 

 

 

 

 

 

香澄「えへへ。でも安心だよ。」

 

沙綾「どうして?」

 

香澄「神樹様にははっきり意思があるって事だもん。私達の事だって何とかしてくださるよ。さーやが昨日言ってた通り、病院で寝てた分は遊ばないと。」

 

沙綾「そうだよね。1人になると、つい悪い方に色々考えちゃって…。みんなといるとそんな事も忘れられるんだけど。」

 

香澄「勇者部5箇条、悩んだら相談だよ。」

 

沙綾「でも、こんな事相談されても困るでしょ?」

 

香澄「そうでもないよ。1人になるとつい暗い事考えちゃうなら…。今日はもーっとさーやにくっ付いてよーっと。」

 

 

 

 

 

 

沙綾「香澄やみんなの事だって忘れてしまう。それを仕方がないなんてで割り切れない!1番大切な者を無くしてしまうくらいなら……。」

 

香澄「忘れないよ!!」

 

沙綾「どうしてそう言えるの!?」

 

香澄「私がそう思っているから!メチャクチャ強く思っているから!!」

 

香澄「忘れない。」

 

沙綾「ウソ…。」

 

香澄「ウソじゃない。」

 

沙綾「ウソ……。」

 

香澄「ウソじゃない!!」

 

沙綾「っ……本当?」

 

香澄「うん。私はずっと一緒にいるよ。そうすれば忘れない。」

 

沙綾「うぅっ…香澄ぃ………!忘れたくないよ!私を1人にしないで…!うああああん……!」

 

香澄「うん………うん!」

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(私、香澄に出会えて本当に良かった。香澄はいつも私の心配してくれて、それでいてみんなを幸せにしてくれる。自分を顧みないのは玉に瑕だけど、そんなところも香澄らしい。香澄がいたから勇者になれたし、大切な記憶も思い出す事が出来た。私が道を間違った時は、ちゃんと怒ってくれて元に戻してくれた、感謝してもしきれないよ。)

 

沙綾(だから、戻ってきて香澄….。私に恩返しさせてよ…。私だけ貰ってばっかりで、こんなのズルいよ……。)

 

 

 

 

 

 

何処かの空間--

 

香澄は音楽が聞こえる方へ走り出す。青い烏もついてくる。

 

?「だからこそ、私の声が届いている筈よ。そんな貴方に、私が言いたい事は、"もっと戦いなさい"や"もっと頑張りなさい"でもないわ。」

 

香澄「えっ?」

 

香澄の足が止まる。

 

 

 

?「"生きて"--」

 

 

 

?「"ただ、生きて"--」

 

 

香澄「生きる……。」

 

?「大切な人がいるのなら、その人の事を思い出して欲しいの。貴方が生きるのを諦めてしまったら、その人が悲しむ事を思い出して欲しい。私は多くの大切な友達を失ってしまった。貴方の大切な人に、私と同じ思いをさせないで。その人のところへ、必ず戻ってあげて--」

 

その言葉を最後に少女の声は聞こえなくなり、青い烏も彼方へと飛んで行ってしまった。

 

香澄「私が……私が行くべき場所は……!」

 

 

 

 

 

 

4人は泣きながら演奏を終える。

 

ゆり「この音楽、香澄ちゃんに届いたかな?」

 

りみ「届いたよ、絶対。」

 

 

 

 

 

その時だった--

 

 

 

 

 

香澄「演奏…凄かった……。」

 

 

 

 

 

沙綾・ゆり・りみ・有咲「「「「っ!!!」」」」

 

香澄「みんなの気持ち……ちゃんと届いてたよ…。」

 

そこには涙を流している香澄の姿があった。

 

ゆり・りみ「「香澄ちゃん!!」」

 

沙綾・有咲「「香澄」」

 

4人は香澄の傍へ駆け寄る。

 

香澄「聴こえた……みんなの音楽、みんなの心の声が。」

 

有咲「ったく……本当に心配したんだからな!」

 

香澄「心配かけてごめんね、有咲。」

 

ゆり「香澄ちゃん……本当に良かった。」

 

香澄「ゆり先輩、メロディ凄く心に響きました。」

 

りみ「おかえり、香澄ちゃん。」

 

香澄「りみりん、指動くようになったんだね。努力した事、手を見ればよく分かる。」

 

沙綾「香澄…香澄ぃ……本当に良かった。」

 

香澄「さーや、心配かけてごめんね。いつも病室に来てくれた事ちゃんと分かってたよ。これからも、ずっと傍にいるから。」

 

沙綾「おかえり、香澄。」

 

沙綾が呟く。

 

香澄「ただいま。」

 

香澄が答えた。

 

 

 

 

 

 

時同じくして--

 

たえ「沙綾達、やったんだね。おめでとう。」

 

花園たえが包帯を取り、外を見る。外には青空が広がっていた。

 

たえ「夏希……夏希が守った世界を、今度は沙綾達が救ってくれたよ。勇者部か……。私も入ってみたいな。」

 

 

 

 

 

 

文化祭当日--

 

ゆり「とうとう次が私達の出番、みんな準備はいい?」

 

りみ「緊張するけど、大丈夫だよお姉ちゃん。」

 

有咲「こっちもオッケーだ。き、緊張なんか、ぜ、全然してねーし。」

 

沙綾「有咲、言葉と態度が合ってないよー。」

 

有咲「う、うっせー沙綾。」

 

ゆり「香澄ちゃんも準備オッケー?」

 

香澄「はい!いつでも大丈夫です。」

 

スタッフ「もうまもなくでーす。」

 

ゆり「よし、じゃあみんな行きましょう!」

 

香澄・沙綾・りみ・有咲「「「おーーーー!!!」」」

 

 

 

 

 

 

香澄「皆さん、盛り上がってますかーーー!」

 

香澄がセンターに立ち、観客に向かって話し始める。

 

香澄「私達勇者部は、世の為人の為になるような活動を日々やっています。皆さんも生きていたら辛い事や悲しい事で目を背けたくなる様な事があると思います。でも、皆さん1人1人の気の持ちようで世界は変わっていくんです。」

 

香澄「大切だと思えば友達になれる。互いを思えば何倍でも強くなれるし、無限に力が湧いてくる。日常には嫌な事も悲しい事も自分だけではどうにもならない事も沢山あります。だけど、思いやる心があれば挫けないし諦める事も無い。何度だって立ち上がれる。今日は皆さんにそんな心を少しでも持てるような、そんなライブをしたいと思います。」

 

 

 

 

香澄「それでは聞いて下さい。"STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜"」

 

 

 

~♪

 

 

 

 

演奏している途中で香澄は思う。

 

香澄(そう、何度だって乗り越えられるんだ、大好きなみんなと一緒なら!!)

 

 

 

 

 

 

曲が終了する。

 

香澄「バンドメンバーを紹介します!」

 

 

 

香澄「ベース、りみりん!」

 

 

 

香澄「ドラム、さーや!」

 

 

 

香澄「リードギター、ゆり先輩!」

 

 

 

香澄「キーボード、有咲!」

 

 

 

香澄「そして私、ギターボーカルの戸山香澄!」

 

 

 

 

香澄「私達、花咲川中学、勇者部バンド!その名も……。」

 

 

 

 

全員「「「「「Glitter*Partyでーす!!!」」」」」

 

 

 




最後まで読んで頂いた皆様に感謝致します。
至らない部分、読みにくい点沢山あったと思いますがそこはご容赦くださいませ。

この小説を書き始めた発端は、「結城友奈は勇者である~花結いの章~」というアプリを始めた事でした。

風と樹が姉妹だという点、東郷さんが友奈ラブな点を見て「BanG Dream!」に当てはめてみて、自分的になんだかしっくりきたので小説を構想しました。

まだまだ先になるとは思いますが、「乃木若葉の章」「楠芽吹の章」の登場人物も一応はバンドリの登場人物を当てはめていますが、その結果残念ながら出て来ない人物も5人程出てきてしまいました。そこは申し訳ありません。

物語は「戸山香澄は勇者である~第2章 山吹沙綾の章~」へと続いていきます。

拙い小説になるとは思いますが、是非よろしくお願いいたします。

それでは、最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。


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第2章〜山吹沙綾の章〜
かこのきおく



第2章が始まり、ここから沙綾の過去の話が展開されていきます。

沙綾にたえ、そして--




 

 

新世紀298年--

 

大きなお屋敷の清め処にて1人冷水を頭から被り身を清める少女がいた。

 

彼女の名前は山吹沙綾。神樹を奉っている大赦と呼ばれる組織を構成している山吹家の長女である。神樹とは土地神の集合体で成る大樹で、四国を壁で覆ってウイルスを防いでいると言われている。

 

沙綾は毎朝の日課である水垢離を終えると学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

神樹館小学校ーー

 

沙綾は神樹館小学校の6年生。沙綾が教室に着くと、

 

クラスメイト「「おはよう、山吹さん。」」

 

沙綾「おはよう。」

 

クラスメイトが沙綾に挨拶をし、沙綾も答える。沙綾の隣には居眠りしている少女。

 

?「すぴー…すぴー……。」

 

鼻提灯を出しながら寝息を立てている。

 

沙綾「おたえ、起きてもうすぐ朝の学活が始まるよ。」

 

沙綾が隣の少女を起こす。

 

たえ「ん……あっ、沙綾、おはよう。」

 

沙綾「おはよう。」

 

眠っていた彼女の名前は花園たえ。山吹家と同じく大赦の組織のトップである花園家の長女。性格はおっとりで、どこでもすぐ眠ってしまう。

 

安芸「皆さん、おはようございます。」

 

その時、担任である安芸先生が入ってきた。それと同時に、

 

?「おはよーございまーす!はぁ…間に合ったー…。」

 

もう一人、少女が滑り込んでくる。安芸先生はその少女を出席簿で軽く小突く。

 

?「んが!?痛ったーーー!」

 

安芸「海野夏希さん。間に合ってません。早く席に着きなさい。」

 

クラスメイト「「「あはははは。」」」

 

教室中で笑いが起こる。

 

たえ「夏希は相変わらずだなぁ。」

 

たえはそう呟き、夏希は自分の席に座る。

 

クラスメイト「ねえ、夏希ちゃん。今日は何で遅れたの?」

 

隣の席の子が夏希に話しかける。

 

夏希「6年生にもなると、色々あるんだ。」

 

クラスメイト「えぇー?」

 

夏希はそう言いはぐらかし、カバンを開けると、

 

夏希「あっ!?教科書忘れた……。」

 

夏希のカバンの中には何も入っていなかったのだ。

 

安芸「では、今日日直の人お願いします。」

 

安芸先生がそう言うと、沙綾が立ち上がり、

 

沙綾「はい。起立!礼。神棚に礼。着席。」

 

 

全員が礼をし、座ろうとした瞬間だった--

 

 

 

 

 

沙綾「っ!?」

 

たえ「っ!!」

 

夏希「っ…!」

 

 

 

沙綾、たえ、夏希以外の周りの時間が止まる--

 

沙綾「これって……。」

 

3人がそれぞれ顔を見合わせる。それと同時に、

 

 

 

 

鈴の音「チリーン、チリーン………。」

 

 

 

大橋につけられた鈴の音が響く--

 

 

 

沙綾「来たんだ…。私達が御役目をする時が。」

 

沙綾がそう呟き、大橋の向こうから世界が割れていく--

 

 

 

世界が無数の色に覆われていき--

 

 

 

夏希「おお!来た来たー!」

 

たえ「眩しー!」

 

沙綾「くっ……。」

 

3人が眩しさのあまり目を瞑る。そして目を開けると、

 

 

 

世界が樹海化していた--

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

たえ「わぁー!」

 

夏希「初めて見た。これが…。」

 

沙綾「神樹様の結界…。」

 

3人は初めて見る樹海に驚いていた。

 

たえ「これが神樹様が作った結界の世界!?」

 

夏希「すっごー!」

 

たえ「すごいね!全部樹だね。おお!あれが大橋かな?」

 

夏希「うん!多分あれだね。」

 

たえと夏希は夢中になって話していたが、

 

沙綾「樹海…教わった通りだね、あれがこちらと壁の外を繋ぐ大橋。あそこから敵が渡ってくるんだ…。」

 

沙綾は落ち着かない様子。

 

夏希「うーん!私達が勇者だなんて興奮するー!」

 

沙綾「夏希、遊びじゃないんだよ。」

 

夏希「分かってるって。」

 

その時たえが大橋の上から何かが渡ってくるのに気づく。

 

たえ「あっ、あそこ見て!」

 

沙綾・夏希「「!?」」

 

コポコポと泡を浮かばせながらやってきたのは"水瓶型"のバーテックス。

 

夏希「来たね。」

 

たえ「あれが敵か。」

 

沙綾「あいつが橋を渡り、神樹様に辿り着いた時、世界が無くなる…。」

 

夏希「あぁ、分かってるって。」

 

たえ「私達で止めないとだね。」

 

沙綾「御役目を果たそう。」

 

3人はスマホの勇者システムを起動させる。

 

 

沙綾「あめつちに きゆらかすは さゆらかす。」

 

沙綾が呟く。

 

 

たえ「かみわがも かみこそは きねきこゆ きゆらかす。」

 

たえが呟く。

 

 

夏希「みたまがり たまがりまししかみは いまぞきませる。」

 

夏希が呟く。

 

 

全員「「「みたまみに いまししかみは いまぞきませる。」」」

 

 

3人が呟き真ん中の花をタップすると--

 

3人は勇者の衣装に変身する。

 

夏希「おおーっ!初めての実践!」

 

夏希はやる気満々だが、

 

たえ「合同訓練はまだだったけど…。」

 

沙綾「敵が御神託より早く出現してしまったから…。」

 

たえ「まぁ、大丈夫だよね。」

 

沙綾「慎重に対処していこう。」

 

沙綾とたえは心配が少し残っていた。

 

夏希「よーし!ぶっ倒す!」

 

たえ「あ、夏希!私も!」

 

沙綾「あっ、2人とも待って!」

 

たえと夏希が先陣を切り、その後に沙綾が続いていく。

 

夏希「しっかし、広いなー訓練とは全然違う。」

 

たえ「ここが元々は街だったなんてねー。」

 

たえと夏希がそんな事を話しながら、"水瓶型"のもとへたどり着く。

 

沙綾「これが…向こうから来た者…、バーテックス。」

 

沙綾に緊張が走る。"水瓶型"が進むと樹海が枯れ始めた。

 

たえ「あ、あれ!」

 

たえが言うと、沙綾はすぐさま武器である弓矢を出現させ構えた。

 

沙綾「浸食!撃退するのに時間がかかるほど元の世界に悪影響が出る。」

 

夏希「だったら!」

 

夏希が飛び出す。

 

たえ「待ってー!」

 

続けてたえも飛び出した。

 

沙綾「あっ、ちょっと!」

 

"水瓶型"は夏希に向かって水の球を飛ばしてきた。

 

夏希「おっと!何だこれ?うわあっ!?」

 

夏希は吹き飛ばされてしまう。

 

沙綾「夏希!」

 

間髪入れずに"水瓶型"はたえに向かって圧縮した水鉄砲を放ってきた。

 

たえ「わああっ!?」

 

避けるが、たえは足場から落ちてしまう。

 

沙綾「2人とも!」

 

沙綾は走りながら矢を放ち、"水瓶型"にダメージを与える。

 

沙綾「やった!あっ!?」

 

しかし、すぐ再生してしまう。

 

"水瓶型"は再びたえに向かって水鉄砲を放った。

 

夏希「ヤバい!」

 

夏希が駆け出すが間に合わない。

 

たえ「っ!?」

 

たえに命中したと思いきや--

 

 

 

たえ「うう……くっ…これ、盾にもなるんだった……。」

 

武器である槍を盾に変化させ、かろうじて攻撃を防いだ。

 

沙綾「良かった……。」

 

沙綾は胸を撫で下ろし再び弓を構える。矢を番えると花の文様が出現、花弁が1枚づつ色づいていく。

 

沙綾「早く……!」

 

一方たえは攻撃し続けてくる"水瓶型"の猛攻を、槍を盾に変化させ凌ぎ続けていた。

 

たえ「うううっ…!台風の凄いのみたい…!」

 

その時、沙綾の弓の花弁の文様が全て色づく。

 

沙綾「これで!」

 

沙綾は矢を放ち、矢は真っ直ぐ"水瓶型"の元へ飛んで行くが、矢は水の玉に捕らわれ、落ちてしまう。

 

沙綾「そんな!」

 

そして、その水の玉が沙綾に向かって飛んできて、

 

沙綾「きゃああああああっ!!」

 

沙綾は吹き飛ばされ、転がり落ちる。

 

たえ「沙綾!あっ!わあっ!!」

 

たえも沙綾に気を取られ水圧に吹き飛ばされてしまった。そして再び神樹に向かって"水瓶型"は進行していき、樹海が枯れていく。

 

沙綾「くっ、こんなの……どうしたら。」

 

沙綾は必至で考えを巡らせていた。

 

沙綾(私の矢ではダメージが足りない。夏希は強力だけど近づけない。おたえは、どう扱っていいのか分からない……。)

 

沙綾「一体どうしたら…?」

 

その時"水瓶型"が沙綾に水の玉を放ってきた。

 

夏希「危ない!」

 

が、夏希が沙綾をとっさに庇い夏希の頭が水の玉に覆われてしまう。

 

沙綾「夏希!くっ…これ、弾力が…。」

 

沙綾が必死で水の玉を何とかしようとするも外れない、しかし、

 

 

 

夏希「っ!」

 

なんと夏希は水の玉を全部飲み干してしまったのだ。

 

たえ「えー……。」

 

沙綾「夏希、大丈夫?」

 

夏希「ごくっ、ごくっ……。ぷはー!」

 

沙綾「全部飲んだ……。」

 

沙綾は呆気に取られていた。

 

夏希「神の力を得た勇者にとって水を飲み干すなど造作もないのだ!うっ…!気持ち悪い……。」

 

たえ「夏希すごーい!味は?」

 

夏希「最初はサイダーで、途中ウーロン茶に変化した…。」

 

たえ「不味そう…。」

 

沙綾「そ、そんな事よりバーテックス!でも、どうやって倒したら…。」

 

たえ「あっ、私閃いたよー。みんな耳貸して。」

 

たえが案を思いついたようだ。

 

たえ「かくかくしかじか…。」

 

夏希「よっしゃ、ここから反撃開始だ!」

 

沙綾「上手くいくか分からないけど、今はこれしかないか。」

 

たえ「よし、全員の力を合わせてやっつけるよ。」

 

初めての御役目を成功させる為、3人の勇者の反撃が始まる--

 

 





原作を知っている方なら分かりますが、生存のもしも展開はございません。



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しょうりのよろこび


銀の代わりは沙綾と仲が良い夏希しか浮かびませんでした。


一応すんなり入った………かも?





 

 

夏希「よっしゃ、ここから反撃開始だ!」

 

沙綾「上手くいくか分からないけど、今はこれしかないか。」

 

たえ「よし、全員の力を合わせてやっつけるよ。」

 

沙綾達勇者3人は"水瓶型"へ反撃を開始する。

 

 

 

 

 

 

ゆっくりだが着実に"水瓶型"は神樹へと進行していき、樹海は枯れていく。その時、沙綾が放った矢が"水瓶型"に命中し、動きが止まる。

 

沙綾「気付いたみたい。」

 

たえ「こっち向いたよ。」

 

夏希「来るぞ!」

 

"水瓶型"は3人に向かって水の玉を飛ばしてくる。

 

たえ「展開!」

 

たえが槍を傘型に切り替えて、水の玉を防ぐ。

 

たえ「この槍盾になるんだ。」

 

夏希「うぉっ、おたえ便利!」

 

沙綾「このまま前進しよう。」

 

"水瓶型"は圧縮水鉄砲を発射し3人を近付けまいとしていた。

 

たえ「うぅ、冷たいー。」

 

沙綾「おたえ大丈夫?」

 

夏希「頑張れ、おたえ!勇者は根性だ。」

 

3人は少しづつだが押し返し、

 

たえ「沙綾、夏希。今だよ!」

 

沙綾・夏希「「よし!」」

 

3人は飛び上がるが、"水瓶型"は水の玉を放ち邪魔をしてくる。

 

沙綾「くっ、これじゃあ狙いづらい……。」

 

たえ「夏希、振り回すよ!」

 

夏希「どんと来い!」

 

たえは夏希を振り回し、遠心力を付け投げ飛ばした。

 

たえ「どっこいしょー。」

 

"水瓶型"は夏希に水の玉で攻撃するが、

 

沙綾「そうはさせない!」

 

沙綾が矢を放ち水の玉を全て割る。

 

沙綾「行って、夏希!」

 

夏希「うおぉぉぉ!!」

 

夏希の武器である斧の巴型の文様が赤く輝き、炎を纏った夏希が"水瓶型"の右側に命中し破壊に成功する。

 

夏希「どうだぁ!」

 

"水瓶型"は動きを止めた。

 

沙綾「やったの……?」

 

たえ「あっ、沙綾それフラグだよ。」

 

沙綾「えっ、フラグって?」

 

突然"水瓶型"が震え出し、無差別に水の玉を発射してきたのだ。

 

夏希「うぁぁぁぁ、そんな無茶苦茶な!?」

 

たえ「うわぁ、鼬の最後っ屁ってだね、うひょー。」

 

沙綾「くっ、これじゃあ樹海が…。」

 

樹海に何かがあると、現実世界にも影響が出てしまうのだ。

 

沙綾「何か、何か手は……。」

 

その時、沙綾は思い出す。

 

沙綾「そうだ、確か最初にアイツに放った矢は水の玉で止められたけど、さっきの矢は水の玉を割れてた……。」

 

放った矢の威力が1回目と2回目では異なっていた事に--

 

 

 

沙綾(その時は、咄嗟に夏希を守りたい気持ちで矢を放った…。気持ちの強さで矢の威力が変わるって事?)

 

沙綾は少し考え、2人に叫ぶ。

 

沙綾「夏希、おたえ!1分だけ、1分だけ時間を稼いで!!」

 

2人は微笑み、

 

夏希「よし、任せとけ!」

 

たえ「全力で時間稼ぐよ。」

 

"水瓶型"の水の玉を避け、沙綾に行きそうな攻撃はたえがガードしていた。沙綾が矢を構え集中する。すると花の文様が出現し、花弁が1枚づつ光りだす。

 

沙綾(これ以上は2人に負担をかけない…これで終わらせる!)

 

たえ「ちょっとキツくなってきたかも。」

 

夏希「沙綾まだか!?」

 

2人に限界が近づいて来た。

 

沙綾「お待たせ!これで…決める!」

 

沙綾が"水瓶型"に必殺の矢を放つ。"水瓶型"は矢に向かって水の玉を集中的に放射するが、矢は意に介さず真っ直ぐ"水瓶型"へと向かい、命中し砂埃を巻き上げた。

 

沙綾「これなら…。」

 

沙綾たち3人は息を飲む。砂埃が晴れ、動きを止めた"水瓶型"に光の玉が伸びてくる。

 

沙綾「っ!?これって……。」

 

辺りが光に包まれる。

 

たえ「鎮花の儀…。」

 

花弁が降り注ぎ、"水瓶型"を包み込んで消えていった。

 

沙綾「終わった…。」

 

沙綾は安堵の息を漏らす。

 

夏希「撃退…。」

 

たえ「出来た…。」

 

たえ・夏希「「やったー!」」

 

たえと夏希は顔を見合わせハイタッチする。直後、樹海が崩壊し3人は元の世界の大橋近くの祠へと戻される。

 

 

 

 

 

 

 

たえ「そっかー。学校に戻るわけじゃ無いんだね。」

 

夏希「やっベー、上履きだよ。」

 

沙綾「あっ、私もだ。」

 

夏希「そうだ、私樹海の写真撮ったんだ。」

 

たえ「見せて見せて。」

 

たえと夏希はスマホで確認するが、

 

夏希「あれ?樹海じゃなくなってる!?」

 

そこに写っていたのは、元の世界の写真だった。

 

たえ「樹海って写真に写らないんだね。」

 

2人がそんな話をしている中、沙綾は1人考え込んでいたのだった。

 

 

 

 

 

その日の夕方、沙綾は再び水垢離をしていながら考えていた。

 

沙綾(私1人じゃ勝てなかった…本当に辛勝だった。これからこれが続いていく、どうすれば……。)

 

 

 

 

 

次の日、学活の会--

 

安芸先生が、3人を前に来させクラスメイトに話し出した。

 

安芸「今お話した通り、3人には神樹様の大切な御役目があります。だから昨日の様に教室から突然いなくなる事もありますが、慌てたり騒いだりせずに、落ち着いて心の中で3人を応戦してあげて下さい。」

 

 

 

 

 

 

放課後--

 

クラスメイト「ねぇ、夏希ちゃん。御役目って大変なの?痛いの?」

 

クラスメイトが夏希に質問する。

 

夏希「いやー話したらダメなんだよねー。」

 

クラスメイト「えー、ケチー。」

 

勿論御役目の事を口外する事は出来ない為、そういう返しになってしまう。その時、沙綾がたえと夏希に向かって、

 

沙綾「あのさ、良かったらなんだけどこれから3人で祝勝会でもやらない?」

 

夏希「おっ、良いね。」

 

たえ「行こう行こうー。」

 

2人は承諾し、3人はイネスへと向かった。イネスとは大型ショッピングモールであり、ここに無いものはないとさえ言われている施設なのである。

 

 

 

 

 

 

イネス、ジェラート屋--

 

沙綾「ほ、本日はお日柄も良く…。」

 

夏希「沙綾硬いよ!はいっ、カンパーイ!」

 

たえ「カンパーイ!」

 

沙綾のお硬い音頭に痺れを切らした夏希が音頭を取ったのだった。その時、たえが沙綾に話し出す。

 

たえ「ありがとうね、沙綾。」

 

沙綾「?」

 

たえ「みんなの為を思って、こういう場を設けてくれたんだよね。私、凄く嬉しい。」

 

夏希「確かに、沙綾がこんな事言うのって何か珍しいよね、何かあったの?」

 

夏希が沙綾に尋ねる。

 

沙綾「一応、2人とは友達のつもりだった。けど、昨日の戦いは本当に辛勝だった。その時思ったんだ。私はまだ全然2人の事について詳しくなかったなって。だから、こういう場を設けたりして、もっとみんなと仲良くなって、みんなと一緒にこの御役目を果たして行きたい。そう思ったんだ。1人じゃ何も出来なかった…。みんながいたから…。これからも私と仲良くしてくれる?」

 

たえと夏希は目を合わせ、

 

たえ・夏希「「もちろん!!」」

 

夏希「沙綾にはこれからも頼りにしてるんだぜ。」

 

たえ「そうだよ。沙綾は私達の参謀なんだからね。」

 

沙綾「そんな参謀なんて大袈裟なー。」

 

全員「「「あはははっ!!!」」」

 

沙綾(この3人となら、何があっても頑張って行ける気がする。たえ、夏希、ありがとう。)

 

沙綾はそんな事を思っていた。

 

夏希「よーし、それじゃあ今日という日を祝ってここの絶品ジェラートを食べよう!」

 

3人はジェラートを買いに席を立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

たえ「ん〜〜、幸せ。このほうじ茶&カルピス味大正解。」

 

たえがジェラートに舌鼓を打つ。

 

たえ「夏希のは何味?」

 

夏希「醤油豆ジェラート!」

 

たえ「何それ?でも美味しそうだね。」

 

たえと夏希が話している中、

 

沙綾「はむ。美味しい!この抹茶が織りなす絶妙なハーモニーが最高!」

 

沙綾も美味しそうに食べていた。その時、

 

たえ「あーん…。」

 

沙綾「何?おたえ。」

 

たえが口を開けて待っていた。

 

たえ「そんなに美味しいなら、あーん。」

 

沙綾「しょうがないなー。はい、あーん。」

 

たえ「はむ。ん〜〜!確かにこれも美味しいね。」

 

全員「「「あはははっ!!!」」」

 

3人は束の間のひと時を存分に楽しんでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

神世紀298年--

 

 

これは3人の勇者の物語--

 

 

神に選ばれた少女達の御伽話--

 

 

 

いつだって、神に選ばれるのは無垢な少女達である--

 

 

 

そして、多くの場合その結末は--

 

 

 



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ひびのたんれん


戦う物語には付き物の特訓回です。

拙い小説、読んでいただきありがとうございます。




 

沙綾(私達が人類を守る勇者として初めて御役目を果たしてから半月後、2体目の敵がやって来た。)

 

今回の敵は"天秤型"のバーテックス。"天秤型"は両腕の大きな振り子を回転させ3人を風圧で吹き飛ばそうとしている。たえは槍を、夏希は斧、沙綾は夏希に掴まって何とか耐えていた。

 

夏希「身動き取れない!」

 

たえ「上から攻撃できれば何とかなりそうなんだけど!」

 

たえは攻略法を見出してはいるが、近付けない。その間にも樹海は枯れていく。

 

沙綾(まずい…何とかしないと。)

 

その時、沙綾は手をわざと放して飛ばされた。

 

たえ「あっ!沙綾!?」

 

しかし、沙綾は飛ばされながらも弓を構え矢を番えた。

 

沙綾「これでも…くらえ!」

 

矢は真っ直ぐに"天秤型"に向かって飛んでいくが、あっさりと弾かれてしまう。

 

沙綾「そんな!」

 

その時"天秤型"は反撃と言わんばかりに、両端に付いている分銅の様な物を沙綾目掛けて振り回してきた。

 

たえ「あっ!危ない!」

 

たえは咄嗟に槍を傘状に展開して攻撃を防いだ。だが、"天秤型"は間髪入れずに回転しながら攻撃を加えてくる。

 

たえ「くっ!」

 

たえは身動きが取れない。

 

夏希「っ!!」

 

その時夏希も斧で耐える事を止め、風に飛ばされていく。

 

沙綾・たえ「「夏希!?」」

 

夏希はその勢いを利用して回転切りを繰り出し、"天秤型"の右側の振り子を破壊した。

 

夏希「どうだぁ!」

 

夏希が叫ぶと、鎮花の儀が始まった。

 

 

 

 

 

 

教室--

 

安芸「まったく、ごり押しにもほどがあるでしょう。」

 

安芸先生が3人を叱っていた。

 

全員「「「はい……。」」」

 

安芸「これじゃあ、あなた達の命がいくつあっても足りないわ。御役目は成功して現実への被害は軽微で済んだのは良くやってくれたけど。」

 

沙綾「それはおたえと夏希のお陰です。」

 

沙綾が言うも、安芸先生はため息を漏らす。

 

安芸「はぁ…。あなた達の弱点は連携の演習不足ですね。まず3人の中で指揮を執る隊長を決めましょう。」

 

沙綾(隊長…。)

 

沙綾はぎゅっと手を握る。

 

安芸「花園さん。」

 

沙綾「っ!?」

 

安芸先生の予想外の答えに沙綾は身体をびくつかせた。

 

安芸「隊長を頼めるかしら?」

 

たえ「えっ?わ、私ですか?」

 

たえは沙綾を見た。

 

夏希「私はそういう柄じゃないから、私じゃなければどっちでも。」

 

沙綾(そうか…。花園家は大赦の中でも大きな地位にある。こういう時もやっぱりリーダーに選ばれるべき家柄なんだ。)

 

沙綾「私も、おたえが隊長で賛成だよ。」

 

たえ「沙綾……。」

 

沙綾(でも、私がしっかりしておかないと…。)

 

沙綾は心の中で、そう意気込む。

 

安芸「決定ね。神託によると次の襲来までの期間は割とあるみたいだから、連携を深める為に合宿を行おうと思います。」

 

全員「「「合宿?」」」

 

こうして、3人のチームワークを深める為の合宿が始まった。

 

 

 

 

 

 

合宿当日、バス--

 

沙綾「ぐぬぬ……遅い!」

 

沙綾は出発時刻ギリギリになっても来ない夏希にイライラしていた。反対にたえは、

 

たえ「すぴー。」

 

沙綾の肩に頭を持たれ掛け寝息を立てていた。そこに、遅れた夏希がやって来る。

 

夏希「悪い悪い、遅くなっちゃって。」

 

沙綾「遅いよ、夏希!あれだけ意気込んでおいて10分遅刻なんて。」

 

夏希「色々あって…。いや、悪いのは自分だけど。とにかくごめんね、沙綾。」

 

たえ「あれ…?オッちゃん、ここ何処?」

 

沙綾(やっぱり私がしっかりしておかないと…。)

 

幸先が思いやられる中、3人を乗せたバスは出発した。

 

 

---

 

 

羽丘サンビーチ--

 

安芸「御役目が本格的に始まったことにより、大赦は全面的にあなた達をバックアップします。家族や学校の事は心配せず、頑張って。」

 

全員「「「はい!」」」

 

砂浜には幾つかの装置、高台にはバスが見える。

 

安芸「準備はいい?この訓練のルールはシンプル。あのバスに無事に海野さんを到着させる事。お互いの役割を忘れないで。」

 

たえ「行くよー。」

 

夏希「2人とも、上手く守ってくれよ。」

 

砂浜にはたえと夏希。少し離れた所に沙綾が位置に付いている。

 

沙綾「私はここから動いちゃダメなんですかー。」

 

沙綾が遠くから安芸先生に質問する。

 

安芸「ダメよー。」

 

沙綾は動かずに2人のサポートをしなくてはならない。

 

安芸「はい、スタート。」

 

訓練開始の合図が出る。それと同時に、たえが槍を傘に変化させ夏希を守りながら進んでいく。機械からボールが発射され、たえは夏希を守りながら走っていく。沙綾も遠くから矢を放ちボールを打ち落として、2人の経路を確保していく。次々と矢を放ちボールを貫いていく沙綾だが、一発外してしまい外れたボールが夏希に当たる。

 

夏希「あたっ!」

 

安芸「アウト―!」

 

安芸先生が叫びやり直しになる。

 

沙綾「ご、ごめんね、夏希。」

 

夏希「ドンマイ、ドンマイ。」

 

安芸「はい、もう1回!ゴールできるまでやるわよ!」

 

その後も3人のトレーニングは続いていく--

 

 

 

 

 

 

夕方、旅館--

 

安芸「この合宿中は3人一緒に行動する事。1+1+1を3ではなく10にするのよ。」

 

そう安芸先生から教えられ、3人は客室で夕食を食べていた。

 

 

 

 

 

 

次の日ーー

 

夏希「だあああっ!あだっ!」

 

ボールが当たり、倒れる夏希。

 

安芸「アウトー!もう1回!」

 

 

---

 

 

安芸「こうして、神樹様はウイルスから人類を守る為に…。」

 

安芸先生の講義を真面目に聞いている沙綾に対し、

 

夏希(くっ…合宿なら勉強しないで済むと思ったのに…。)

 

座学に頭を抱える夏希。

 

安芸「ところで何が起こったのか…。」

 

たえ「すぴー………。」

 

たえに関しては寝ていた。

 

安芸「花園さんは答えられる?」

 

たえ「はい、バーテックスが生まれて私達の住む四国に攻めてきたんです。」

 

安芸「正解です。」

 

沙綾・夏希((あれ、聞いてたんだ……。))

 

 

 

 

 

 

今日も砂浜での演習。

 

夏希「おっしゃあ!これでどうだ!あたっ。」

 

安芸「アウト!」

 

 

 

 

 

 

座禅の訓練--

 

たえ「すぴー。」

 

たえは案の定寝ていて、沙綾はしっかりとやっているが、夏希は我慢できずに倒れてしまう。

 

 

 

 

 

 

砂浜の演習--

 

沙綾が的確に矢を放ってボールを打ち落としていき、遂に夏希がバスへたどり着く。

 

夏希「うおおおおおおっ!」

 

回転して竜巻を生み出し、バスを破壊する。

 

全員「「「やったーーーーー!!」」」

 

ついに砂浜の演習を完遂したのだった。

 

 

 

 

 

 

温泉--

 

温泉で疲れを癒す3人。

 

夏希「毎日毎日バランスの取れた食事、激しい鍛錬、そしてしっかりと睡眠。勇者というかスポーツマンの合宿だよね、これ。なんかこう、バーンと超必殺技を授かる様なイベントはないのかね、沙綾。」

 

沙綾「今回は連携の訓練だから仕方ないよ。」

 

たえ「なんだか私、さらに筋肉ついてきたかも。」

 

夏希「強くなるのは良いけど、これから成長する女の子がこなすには色んな意味で苦しいメニューだよな。」

 

 

 

 

 

 

就寝前--

 

夏希「ふふん。君たち、合宿の最終日に簡単に寝られると思っているのかね?」

 

たえ「自分の枕を持ってきてるから簡単に寝られるよ。」

 

夏希「その名前って何だっけ?」

 

たえ「オッちゃんだよ。よしよしー。」

 

たえと夏希は話に花を咲かせているが、

 

沙綾「とにかくもう寝よう。夜更かしなんてしないで。」

 

夏希「沙綾はマイペースだな。」

 

沙綾「言う事を聞かない子には…夜中迎えに来るよ…。」

 

沙綾はお化けの真似で2人を驚かせようとするが、

 

夏希「そんなホラーは止めて好きな人の言い合いっこしようよ。」

 

夏希がそう提案してきた。

 

沙綾「好きな人って、夏希はどうなの?」

 

夏希「そうだな、あえて言うなら……。弟とか!」

 

たえ「家族はずるいよー。」

 

沙綾「私もいないからおあいこね。おたえは?」

 

たえ「ふっふっふ。私はいるよ。」

 

沙綾「っ!?」

 

沙綾が息をのむ。

 

夏希「おおー!恋バナキター。」

 

沙綾「だ、誰?クラスの人?」

 

沙綾は意外と興味津々に聞いてくる。

 

たえ「そう!沙綾と夏希だよ。」

 

沙綾・夏希「「……だと思った。」」

 

2人は肩を落とす。

 

沙綾「はいはい、これでおしまい。早く寝ましょう。」

 

たえ・夏希「「おやすみー。」」

 

こうして3人は就寝した。

 

 

 

 

 

 

帰りのバス内--

 

沙綾「ぐぬぬ…遅い!」

 

沙綾はまたも遅れている夏希にイライラしていた。

 

一方たえは、

 

たえ「すぴー……。」

 

案の定行きと同じように、沙綾の肩を枕代わりにし寝ていた。

 

夏希「ごめんごめん、野暮用で…。」

 

遅れて夏希がやって来た。

 

沙綾「野暮用?」

 

沙綾(なんか、怪しい。)

 

沙綾は毎回遅れてくる夏希を怪しみながら、バスは帰路に着いたのだった。

 

 



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たいちょうのししつ


この時代の勇者達は、まだ勇者システムの力が不足している為、倒す事が出来ません。"鎮花の儀"で追い返すのが精一杯です。




 

 

強化合宿が終わった次の日の学活の会--

 

夏希「ギリギリセーフ!」

 

安芸「セーフじゃありません。」

 

安芸先生は今日も出席簿で夏希の頭を小突く。

 

夏希「おぅ。すいません……。」

 

その様子を見ながら沙綾は、

 

沙綾(それにしても夏希は遅刻が多すぎる。でも、頑なに理由は話そうとはしない…。何か事情でもあるのかな…。)

 

そんな事を思っていた。席にカバンを置いた夏希だが、その時カバンの中から猫が顔を出す。

 

夏希「おわあっ!?こら、ダメだって!」

 

沙綾(な、何故猫が!?怪しすぎる…。)

 

 

 

 

 

 

休日ーー

 

沙綾はたえを誘って夏希の家に向かっていた。夏希の遅刻の理由を確かめる為である。

 

沙綾「そろそろ夏希の家に到着するね、おたえ。」

 

後ろを振り返るが、たえが着いて来ていない。

 

沙綾「って、あれ!?いない!?」

 

たえ「アリだー。やあやあ元気かい?」

 

たえは道端のアリに夢中になっていた。

 

沙綾「はい、フラフラしない。」

 

沙綾は無理やりたえを連れて行く。

 

 

 

 

 

 

海野宅--

 

沙綾「ここが夏希の家か。早速様子を…。」

 

たえ「どうやって?」

 

沙綾は何かを取り出す。

 

沙綾「こんな事もあろうかと持ってきたんだ。」

 

沙綾が出したのは、塀の外からでも中の様子が確認出来る双眼鏡の様なものだった。中では夏希が縁側で赤ちゃんをあやしていた。

 

夏希「おい、泣くなー。お前、この夏希様の弟だろー。泣くなって。泣いていいのは母さんに預けたお年玉が返ってこないと悟った時だけだぞー。」

 

弟「うぅ、うぅー……。」

 

夏希「ああ、ぐずり泣きが始まってしまった。ミルクやおしめじゃないだろうし…。」

 

夏希はガラガラを取り出す。

 

夏希「ほーらほらほら。」

 

弟「あー、あー。」

 

弟が泣き止む。

 

夏希「おお、泣き止んだ。偉いぞ、弟よー。ったく、甘えん坊な弟だよなー。」

 

その時、

 

冬樹「姉ちゃん買い物はー。」

 

夏希「はーい、ちょっと待っててねー。」

 

声の主は夏希のもう一人の弟である。

 

たえ「わー!夏希ってばワンダフル。子守とかお手伝いとかしてるよ。」

 

沙綾「遅刻の理由はお世話が大変という事なのかな?」

 

そこで、たえが何かに気付く。

 

たえ「あ、沙綾見て見て。」

 

そこにはおじいさんの手を引いている夏希の姿。

 

沙綾「道を尋ねられたのかな?」

 

たえ「まただ。」

 

沙綾「あっ、今度は自転車を起こしてる。」

 

たえ「今度は逃げた犬を追いかけてるよ。」

 

沙綾「夏希って事件に巻き込まれやすい体質なんだね。」

 

たえ「これも勇者だからなのかな?」

 

そんな事を言い合いながら、2人はさらに夏希の後を追いかけて行った。

 

 

 

 

 

 

イネスに入っていく夏希。

 

沙綾「次は迷子の子を届けてるよ。」

 

たえ「ケンカの仲裁?」

 

沙綾「果物を落とした人を手伝ってる!?」

 

たえ「巻き込まれてるっていうか、ほっとけないんだろうね。」

 

沙綾「もう見てられない。」

 

沙綾が手伝いに走り出した。

 

たえ「おっ?あっ、沙綾!?」

 

沙綾「手伝うよ。」

 

夏希「え?え?なんだよ2人ともー。」

 

 

 

 

 

 

そのまま一緒に食事をとる3人。

 

夏希「じゃあ、2人とも家の前から見てたっていうの?うへぇ…。なんか恥ずかしいな、それ。」

 

たえ「恥ずかしくなんかないよ。偉いよ。」

 

沙綾「いつも遅れてくる理由はこれだったんだね。それならそうと言ってくれれば良かったのに。」

 

夏希「それはなんか他の人のせいにしてるみたいで…。何があろうと遅れたのは自分の責任な訳なんだし。」

 

沙綾「昔からそういう体質なの?」

 

夏希「ついてない事が多いんだよね。ビンゴとか当たった事ないもん。とほほ…。っ!」

 

夏希が何かに気が付く。

 

 

周りの時が止まっていた--

 

 

大橋の鈴が鳴り出す。

 

夏希「ほらねー。せっかくの日曜が台無しだよ。」

 

 

大橋の向こうから世界が割ける--

 

 

3人はアプリを起動し、勇者へ変身する。

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

樹海の向こうから現れたのは"山羊型"のバーテックス。

 

沙綾(今度こそ私が……。)

 

沙綾は意気込み、

 

沙綾「まずは私がこれで様子を見る!」

 

矢を"山羊型"に向けて放とうとした時。"山羊型"は地面を揺らし、沙綾の体制を崩し狙いを付けられない様にしてきた。

 

沙綾「っ!?」

 

夏希「わっ!?何だ何だ何だ?」

 

沙綾「くっ…。今度こそ…。」

 

沙綾は再び構えるが、"天秤型"との戦いを思い出してしまう。

 

沙綾(今度こそ…今度こそ……。)

 

矢を構える沙綾の手に力が入る。その時夏希が沙綾の肩に手を置いた。

 

沙綾「っ!?」

 

夏希「落ち着けって、沙綾。」

 

沙綾「夏希……。」

 

たえ「私達と一緒に倒そう。」

 

沙綾「おたえ……。」

 

夏希「合宿の成果を出す。そうでしょ?」

 

"山羊型"の動きが突如止まり、足を3人に向かって伸ばしてきた。

 

たえ「はっ!」

 

たえが傘状にしてガードする。

 

たえ「よーし、敵に近づくよ!」

 

沙綾・夏希「「了解!!」」

 

相手の動きを悟ったのか、"山羊型"は飛び上がり3人に狙いを定め再び足を伸ばす。3人は避けて着地し、沙綾は矢を放ったが、相手の位置が高すぎて届かない。

 

沙綾「制空権を取られた!?」

 

夏希「ひきょーだぞ、降りてこーい!」

 

たえ「気を付けて、何か仕掛けてくるよ!」

 

たえが2人に注意する。"山羊型"は4本の足を1つに合わせ回転。ドリル状になって振り下ろしてきた。

 

夏希「まずいっ!」

 

夏希が斧で防ぐ。

 

夏希「あああああああっ!このっ!とおおおおおっ!!」

 

沙綾・たえ「「夏希!!」」

 

夏希「1分は持つ!上の敵をやれえええええっ!」

 

沙綾は考える。

 

沙綾(でも、そうしたら夏希が危ない…。どうしよう?元の世界にも被害が出始めている……。夏希が…どうしよう!?)

 

その時たえが、

 

たえ「私達で!敵を叩くよ!!」

 

そう言いつつ槍を"山羊型"に向かって投げた。投げた槍は階段状になり、沙綾はそれを駆け上がる。沙綾は弓を巨大化させ、チャージしながら登っていく。

 

沙綾(助ける、世界も………夏希も!!)

 

最上段で踏ん張り、飛び上がって矢を放った。

 

沙綾「届けぇぇぇぇぇ!!!」

 

矢は"山羊型"に命中し、当たった場所に穴が開く。

 

たえ「ここから……出ていけっ!」

 

たえの掛け声とともに、槍が巨大化する。

 

たえ「突撃ぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

"山羊型"に向かって突撃し、貫いた。

 

たえ「きゃっ!」

 

しかし、勢い余って着地に失敗。

 

沙綾「後は!」

 

たえ「頼んだよ!!」

 

2人は夏希に託した。

 

夏希「よし、3倍にして返してやる!」

 

夏希の斧が炎を纏い、"山羊型"に向かってジャンプ

 

夏希「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!!」

 

"山羊型"を切り刻み、

 

夏希「止めだあぁぁぁぁ!!!」

 

最後に頭を思いっきり殴って後ろに吹っ飛ばした。空が光り、鎮花の儀が始まる。

 

夏希「へへっ、始まった。」

 

たえ「鎮花の儀……。」

 

樹海に花びらが降り注ぎ、

 

沙綾「終わった……。」

 

"山羊型"は消えていった。

 

 

 

 

 

 

広場で横になる3人。

 

夏希「ああ…いててて……。」

 

たえ「夏希、大丈夫?」

 

夏希「疲れたよ。腰に来る戦いだった…。」

 

たえ「ああして攻撃を受け止めてくれたから、私達が攻め込めたんだよ。ありがとね、夏希。」

 

夏希「そっちこそ、すごかったじゃん。」

 

たえ「だって、夏希が1分持つって言ったんだから。それくらいあれば何とかなるって思って。長引かせると危険だもんね。」

 

2人が会話している中沙綾は思う。

 

沙綾(先生は見抜いてたんだ…。おたえのいざという時の閃きを。私は迷ってるだけだった…。それなのに家柄のせいでおたえが隊長に選ばれたと思い込んで…。大馬鹿だ。自分がしっかりしなくちゃって思ってたけど、ただ足を引っ張ってただけなんだ……。)

 

夏希「あーぁ…お腹空いたー。」

 

たえ「そういえば、ご飯食べてる途中だったもんね。」

 

沙綾「ぐすっ…。」

 

たえ・夏希「「?」」

 

突然沙綾が泣き出した。

 

夏希「ど、どうした沙綾!?どこか痛いのか?」

 

沙綾「違うの。私…ごめんなさい……。次からは始めから息を合わせる。頑張るから。」

 

沙綾は自分の不甲斐なさに涙を流したのだ。

 

夏希「あぁ。頑張ろうな。」

 

たえ「はい、沙綾。」

 

夏希は優しい声をかけ、たえはハンカチを差し出す。

 

沙綾「ありがとう…。おたえ……夏希……。」

 

こうして3人は思いを新たにして、御役目へと励んでいくのであった。

 

 

 



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ゆうしゃたちのきゅうじつ〈前編〉


のんびりとした日常回の前編です。

キャラ崩壊誠に申し訳ございません。




 

 

とある日、道場--

 

安芸先生が見守る中、3人は今日も修行に励んでいた。

 

安芸「そこまで!」

 

全員「「「はぁっ……。」」」

 

3人は息を切らしながら安芸先生の元へ向かう。

 

安芸「勇者の力は神樹様に選ばれた無垢な少女でなければ使えない。あなた達に頑張ってもらうしかありません。そこで、次の任務は…。」

 

夏希「ゴクリ……。」

 

夏希が息を飲む。

 

安芸「しばらくの間、しっかりと休む事。」

 

全員「「「え?」」」

 

安芸「安定した精神状態でなければ変身は出来ません。張り詰めっぱなしでは最後まで保ちませんからね。」

 

夏希「やったー!休むのだったら任せて下さい。」

 

たえ「私も私もー。」

 

たえ・夏希「「イエーイ。」」

 

たえと夏希はハイタッチして喜ぶ。

 

 

 

 

 

 

次の日、清め処で水垢離をする沙綾。

 

沙綾「はー……。」

 

沙綾(次なる戦いに備えて休息を取る事も御役目、か…。そうは言っても私、気が休まるだろうか……?)

 

その時、沙綾の元へお手伝いさんがやって来た。

 

メイド「お嬢様。花園様がお見えです。」

 

沙綾「こんな朝早く?」

 

沙綾は着替えて門まで行くと、

 

たえ「ヘーイ、さあやーー!!レッツ、エンジョーーイ、香川ラーーーーーーーイフ!!!」

 

リムジンに乗ったノリノリのたえがそこにいた。

 

沙綾「え、えっと……。休日を満喫してるね。格好も車も。」

 

たえ「わぁ、ありがとう!ねぇ、これからナイスな休日の為にお出かけしよう。」

 

沙綾「い、良いけど……。」

 

たえ「やったーーーーー!!!」

 

沙綾(不安になるくらい休日テンションだなー。)

 

そんな事を思いながら沙綾はリムジンに乗り込む。

 

 

 

 

 

 

車内--

 

たえ「ヘイ♪ヘイ♪ヘーイ♪オゥイエーイ♪ナイスナイス、イェーイ♪エブリバディ、エブリバディセイ♪イェイ香川♪」

 

音楽を聴きながらノリノリのたえであった。

 

たえ「沙綾も盛り上がっていこうよ!」

 

たえが沙綾にイヤホンを渡す。

 

沙綾「そんな、音楽1つで乗れないよ…。」

 

 

 

 

 

沙綾「イェイ♪イェイ♪イェイ♪」

 

秒でノリノリになる沙綾であった。

 

沙綾・たえ「「エンジョイ!」」

 

たえ「さぁ、楽しいお休みの始まりだよー。」

 

 

 

 

 

 

花園宅--

 

合流した夏希と3人で何やら服を選んでいる。

 

夏希「こ、この服は……。やっぱり私には似合わないんじゃないか…。」

 

夏希がフリフリの衣装を着せられ戸惑っていた。

 

たえ「そんな事無いよ。ねぇ、沙綾?」

 

たえが沙綾の方を見ると、

 

沙綾「むはーーーーーー!!」

 

たえ「わー、そんな出し方する人初めて見た。」

 

鼻血を噴水の様に噴出し、スマホで写真を撮る沙綾の姿があった。

 

沙綾「はぁ、はぁ……。とっても似合ってるよ、夏希。」

 

沙綾は一眼レフを取り出す。

 

沙綾「で、でも、この込み上げてくる気持ちはなんだろう…はぁ…はぁ。」

 

たえ「何だか今の沙綾って、プロみたいでイイ感じ。」

 

沙綾「写真は愛だよ、あ・い!今日はとことん可愛い服に挑戦だね、夏希。」

 

夏希「いっ!?」

 

たえが次々に着替えさせ、沙綾がバシバシ写真を撮る。

 

夏希「こ、こんなの拷問だーーーー!!!!」

 

夏希の叫びが虚しく響き渡るのであった--

 

 

 

 

 

 

2時間後--

 

夏希「むーー……。」

 

隅っこで不貞腐れている夏希。

 

沙綾「はぁ…。最高だった……。」

 

夏希「何がだよ!」

 

満足し倒れる沙綾。

 

たえ「うーん、どれだー。」

 

クローゼットを物色するたえ。

 

たえ「あった。じゃあ、次は沙綾の番ね。」

 

たえがクローゼットからお姫様の様なドレスを取り出す。

 

沙綾「え、イヤイヤイヤこんなの似合わないよ。」

 

夏希「いや、私は似合うと思うな!!」

 

一転攻勢に出る夏希。

 

夏希「そーら、着せてやれー!」

 

沙綾「あぁー!」

 

夏希「お、良いじゃん!沙綾こそ似合ってるじゃん。」

 

たえ「アイドルにだってなれちゃうよー。」

 

沙綾のドレス姿をべた褒めする2人。

 

沙綾「そ、そうかなぁ……。」

 

鏡を見ながらまんざらでもなさそうな沙綾。

 

沙綾「はっ!?」

 

その日の夕方必死で水垢離をし、今日出てきた雑念を必死で払う沙綾の姿があったのだった。

 

沙綾「勇者である私が、こんな事で色めき立つなんて…。」

 

 

 

 

 

 

次の日、教室--

 

黒板に絵を描いている3人。

 

夏希「沙綾の絵って、それチョココロネか?」

 

沙綾「そう、私の夢はパンを作って色々な人に食べてもらう事。」

 

夏希「何か沙綾にしては可愛らしい夢だな。」

 

沙綾「おたえは何か夢ある?」

 

たえ「私は花園ランドを将来作るんだ。」

 

沙綾・夏希「「?」」

 

2人の頭に?が浮かぶ。

 

沙綾「その、花園ランドって何?」

 

たえ「ウサギがいっぱいいる楽園だよ。」

 

夏希「あー、確かに。昨日おたえの家に行ったけど、ウサギいっぱいいたな。」

 

沙綾「中々に独特な感性だね、おたえって。」

 

たえ「そう言う夏希の夢は何ー。」

 

たえが聞くと、夏希が照れだした。

 

夏希「うーん…えへへ。」

 

沙綾「ん?何で照れだしたの?」

 

夏希「いやー、家族って良いもんだから普通に家庭を持つのもありかなって…。でも、そうなると将来の夢が…お、お嫁……さん。」

 

沙綾・たえ「「わぁ……!」」

 

2人が夏希に抱き着く。

 

沙綾「夏希なら直ぐに叶うよ。」

 

たえ「ドレス姿が楽しみだね。」

 

夏希「なんだよ、つつくなよー。」

 

3人はこうして笑いながら、夢を語り合えるまで絆を深めたのである。

 

 

 

 

 

 

また次の日の教室--

 

安芸先生がクラスのみんなに話している。

 

安芸「もうすぐ、1年生とのオリエンテーションです。6年生としての自覚を持って、しっかりと後輩の面倒を見る事。」

 

たえ「オリエンテーションって何するんだっけ?」

 

夏希「1年生と一緒に楽しく遊びましょうって事だよ。」

 

たえ「へーそうなんだー。ん?」

 

たえが机の中に何かを見つけ取り出した。

 

たえ「あれー、中に手紙が入ってたよ。」

 

夏希「何っ、果たし状か!」

 

沙綾「気を付けて、不幸の手紙かも!」

 

たえは手紙を読みだす。

 

たえ「えっと…。最近気が付けばあなたを見ています……。」

 

夏希「やっぱり決闘か!場所はどこだ!?」

 

沙綾「呪いだよ!清めの塩とか必要かも!」

 

たえ「私はあなたと仲良くなりたいと思っています。」

 

沙綾・夏希「「えっ?」」

 

たえ「御役目で大変だとは思いますが、だからこそ支えになりたいと思います。だって。」

 

夏希「も、もしや、これって……。」

 

沙綾「ラブレター!!」

 

沙綾と夏希は動揺する。

 

たえ「わぁ!私ラブレター貰ったんだ。嬉しいな。」

 

2人の反応に対してたえは落ち着いている。

 

夏希「な、何でおたえはそんなに冷静なの!?」

 

沙綾「そ、そうだよ!ラブレター貰ったんだよ!?」

 

たえ「字とかよく見ればすぐ分かるよ。出した人女の子だもん。」

 

沙綾「え?」

 

夏希「なんだ女の子か―。」

 

2人は胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、山吹宅--

 

お手伝いさんが家を掃除していると、

 

沙綾「ただいまー。」

 

沙綾が帰宅した。すると、お手伝いさんが、

 

メイド「お帰りなさいませ。沙綾様、こちらを。」

 

お手伝いさんが、沙綾に1通の手紙を差し出す。

 

沙綾「これって…。私にも、ラブレターが。」

 

ドキドキしつつ沙綾は庭に出て手紙を確認する。

 

 

 

"山吹さんは優等生ですが、注意する時口うるさく感じます。気を付けて下さい。"

 

 

 

それは、クレームだった。

 

 

 

沙綾「ノウマクサマンダ バザラダン センダン マカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン!!」

 

すぐさま沙綾は炎で燃やした。

 

沙綾「勇者である私が、あんな紙切れ1つに色めき立つとは……。」

 

勇者達の休日はまだまだ続く。

 

 



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ゆうしゃたちのきゅうじつ〈後編〉


日常回の後編です。

原作の3人には幸せになって欲しかったですね……。
アプリでは束の間の幸せを楽しむ3人の姿が見られますよ。





 

 

次の日、プール--

 

沙綾達3人はプールに来て休日を満喫していた。

 

夏希「ほーらほら、行くぞたえ!押しちゃうぞー!目指せ竜宮城!」

 

たえ「あはは!はやいはやーい!」

 

たえと夏希はプールの中ではしゃいでいるが、

 

沙綾「いち、に、さん、し。に、に、さん、し。」

 

沙綾は準備体操に余念がない。

 

夏希「おーい、沙綾。いつまで準備体操してるんだよ。」

 

沙綾「水の事故って怖いんだから。ちゃんと準備運動しないと心臓がビックリしちゃうよ。」

 

夏希「貸し切りなんだから遠慮なくガッツリ遊ぼうよ。」

 

するとたえが、

 

たえ「ねぇねぇ、もし今敵が来たら、私達って水着で出撃するのかな?」

 

突拍子も無い事を言い出した。

 

夏希「それは嫌だよなー。まぁ、イレギュラーなんてそうそう起こらないけだろうけど。」

 

そんなたえの言葉を呑気に受け流す夏希。

 

沙綾「1体目だって早く来たんだから、気を緩めるのは良くないよ。」

 

沙綾が注意し、プールに入る。

 

沙綾「ねぇ、夏希。競争しない?」

 

夏希「面白い。その挑戦受けた。」

 

たえ「この後オリエンテーションの作業があるから、飛ばしすぎないでね。」

 

沙綾・夏希「「よーい、ドン!!」」

 

2人は勢いよく飛び出した。

 

たえ「あはは…聞いてないかー……。」

 

 

 

 

 

 

午後、教室--

 

夏希「だふー…。あふー…。だふー……。」

 

夏希はプールで飛ばしすぎたのか、疲れながら作業をしていた。

 

沙綾「あんなにプールで飛ばすから…。」

 

夏希「なんの!もうひと踏ん張り!」

 

たえ「当日が楽しみだねー。」

 

 

 

 

 

 

オリエンテーション当日--

 

たえ「ポン、ポン、ポン。」

 

夏希「みんなー集まってー。」

 

夏希が1年生を集める。その手にはギターが。

 

たえ「これから私達はライブをします。楽しんで聞いていってねー。」

 

たえの手にもギターが。

 

沙綾「それじゃあ最初の曲、いってみよう。」

 

沙綾はドラム。

 

全員「「「Be shine, shining!」」」

 

 

~~~~~~~♪

 

 

 

1年生「「「「わーーーーーーー!!!!」」」」

 

1年生達は大盛り上がりである。

 

夏希「メンバー紹介しまーす!ギター、花園たえ!」

 

たえがギターをかき鳴らす。

 

沙綾「ドラム、山吹沙綾!」

 

沙綾がドラムを叩く。

 

夏希「そして、ギターボーカルの海野夏希!」

 

夏希もギターをかき鳴らした。

 

夏希「私達………。」

 

全員「「「CHiSPAです!!!」」」

 

夏希「それじゃあ次の曲いってみよー!!」

 

こうしてオリエンテーションは大成功に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

日曜日、山吹宅--

 

沙綾は母親にお茶を淹れていた。

 

沙綾「お茶が入ったよ。」

 

沙綾母「ありがとう。でも、沙綾。あまりお手伝いさんの仕事とらないであげてね。」

 

沙綾「何かしてる方が落ち着くからつい…。」

 

沙綾母「せっかくの日曜なんだから花園さん達と遊ばないの?」

 

沙綾「夏希が用事があるっていうから、自由行動なんだ。」

 

沙綾母「なら、沙綾も自由に動いていいのに。」

 

沙綾「もしかしたら、夏希の予定が終わったら遊ぼうって連絡が来るかなって思って…。おたえも、前みたいにいきなり家に来るかも…。」

 

沙綾母「ふふ…。良い友達が持てたのね、沙綾。」

 

その時、スマホの連絡アプリが鳴る。

 

 

 

 

 

 

(夏希)「駅前で買い物中。」

 

(たえ)「私はその辺ぶらぶらしてるよー。」

 

(沙綾)「おたえは迷子になったら名前を連呼してね。夏希はお疲れ様。」

 

(たえ)「花園たえです。」

 

(たえ)「花園たえです。」

 

(たえ)「花園たえです。」

 

 

 

 

 

 

沙綾「既に迷子!?」

 

沙綾はたえを探しに行った。そこには夏希も合流していた。

 

夏希「結局3人集まっちゃったな。」

 

たえ「勇者同士は自然と惹かれ合うんだね。」

 

沙綾「もう、夏希が拾ってくれたから良かったよ。」

 

たえ「夏希のご両親に挨拶しなくて良いのかな?」

 

夏希「良いって。父さんと母さんは知ってるでしょ。っていうかそういうの苦手。」

 

たえ「お休みの日に家族でお買い物なんて素敵。」

 

沙綾「そうだね、おたえ。」

 

夏希「いやー、知り合いに会うのは恥ずかしいな。」

 

沙綾・たえ「「ふふ。」」

 

夏希「用事も済んだし、こっからは2人と一緒に行動するよ。あっ、でもちょっと待ってて。」

 

そう言うと夏希は下の弟の方へ駆け出した。

 

夏希「ほら、マイブラザー。お姉ちゃんがもてるからっていじけないの。よしよしー。ほーら、笑って笑って。ははは…。」

 

弟をあやしている夏希の様子を2人は微笑みながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

夕方--

 

夏希「あーぁ、もうすぐ休養期間も終わりか―。」

 

夏希がため息をつく。

 

たえ「警戒態勢復活だね。」

 

沙綾「気を引き締めていかないと。」

 

夏希が振り返り2人に話す。

 

夏希「オリエンテーションのバンド、楽しかったな。」

 

沙綾「そうだね。」

 

たえ「確かに、楽しかった。」

 

夏希「もし御役目が終わったら、3人でバンド組むってのも良いかもしれないな。」

 

たえ「時間はたっぷりあるんだから、色んな事をしていこうよ。」

 

沙綾「まだやってない事いっぱいあるしね。秋や冬の行事もいっぱいあるよ。」

 

夏希「そうだな、今からが楽しみだよ。おっと、私だけ違う道か。」

 

夏希だけ変える方向が途中から違うのだ。

 

夏希「またね。」

 

沙綾「っ……!」

 

帰ろうとした夏希の手を沙綾が掴む。

 

夏希「っ?」

 

夏希を止める沙綾。

 

夏希「沙綾?」

 

沙綾は下を向いてぎゅっと夏希の手を握った。

 

沙綾「あ………ごめんね。」

 

夏希「いや、気持ち分かるよ。」

 

たえ「休みが終わっちゃう。そう思ったんだよね。」

 

沙綾「私、休むのに自信あるって言ったけど…。やっぱ御役目だけに、そこまでリラックス出来るかなって思ってた。」

 

たえ「でも。」

 

たえも2人の手を握った。

 

夏希「うん。3人でいれば要らない心配だったよ。」

 

沙綾「夏希……。」

 

たえ「私もだよ。」

 

沙綾「おたえ……。」

 

たえ「とっても楽しかったもん。沙綾もそうだよね?」

 

沙綾は2人に微笑む。

 

夏希「ああ、これはそうだと言っている顔だな。」

 

沙綾「うん!!」

 

夏希「バーテックスが神樹様を壊したら、こういう楽しい日常が吹っ飛ぶんだよな。そんな事絶対にさせない。なっ?」

 

夏希は2人の顔を見る。

 

沙綾・たえ「「うん!」」

 

3人は両手を重ねる。

 

沙綾「もちろん、同じ気持ちだよ。」

 

たえ「頑張ろうね。」

 

夏希「ああ!ってこれじゃあ帰れないな。解散解散。」

 

たえ「あっそうだー。いっそお泊り会しようか!」

 

沙綾「それ、良いね。夏希の家で。」

 

夏希「うち!?弟2人居るんだぞー。」

 

束の間の休息は終わり、再び勇者の御役目が始まる。3人は気持ちを新たに御役目をやり遂げる事を誓い合ったのだった。

 

 

 



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さんにんのきずな

次回、物語は1つの転換期を迎えます。




 

 

---年前である。--の時代の資料によると、ずっと友達でいたい時は、ズッ友だよと言うらしい。何だか面白い言葉で気に入った。私達3人は、ずっと友達。今だって近くに感じてる。

 

勇者御記298年7月10日

 

 

 

 

 

学校--

 

沙綾「ありがとうね。黒板係の仕事手伝ってもらって。」

 

夏希「良いって。保健係は普段楽してるし。」

 

たえ「沙綾の並ばせ係はビシバシだけど……。」

 

沙綾「御役目には常に全力投球だからね。」

 

3人はたわいも無い会話をしていた。

 

たえ「そう言えば、4体目のバーテックス来ないね。」

 

夏希「もうすぐ遠足なんだけどなー。その時は来ないで欲しいね。」

 

もうすぐ6年生は遠足なのである。

 

沙綾「その遠足なんだけど。」

 

たえ・夏希「「?」」

 

沙綾「街を離れて大丈夫なのかな?」

 

たえ「勇者になれば大橋まであっという間だから大丈夫だよ。来て欲しくは無いけどねー。」

 

夏希「考えすぎちゃ何も出来なくなるぞー沙綾。」

 

沙綾「ん〜一理あるね。」

 

夏希「まぁ、何かあってもこの勇者様が何とかするから。」

 

たえ「わーお、夏希カッコイイー。」

 

沙綾「そうだね、私達3人なら大丈夫だよね。分かった、ありがとう。」

 

3人は気持ちを確かめ合う。

 

 

 

 

 

 

次の日--

 

たえ「はぁ〜〜〜。手の豆がチクチク痛いー…。今日の鍛錬は大変だなー。」

 

たえの手には豆が沢山あった。

 

夏希「槍の握り方を変えてみるとかは?」

 

たえ「先生が変えてもどうにもならないって。」

 

夏希「よしよし。痛いの飛んでけー。」

 

たえ「えへへへへー。」

 

その時、

 

沙綾「よいしょっと。」

 

沙綾がたえの机に分厚い何かを置いた。

 

沙綾「2人にはこれを渡しておくね。」

 

夏希「なっ、なんじゃこりゃー!」

 

沙綾「見ての通り遠足のしおりだよ。データ版は2人の端末に送っておいたからね。」

 

夏希「こ、これわざわざ作ったのかよ。」

 

沙綾「張り切って夜更かししちゃったから予定より分量が増えちゃった。」

 

たえ「広辞苑より分厚いよこれ。」

 

沙綾「さ、このしおりを活用してさっさと遠足の準備を済ませちゃおう。」

 

 

 

 

 

 

夜、海野宅--

 

夏希「これで準備オッケー。2人に連絡しておこうっと。」

 

 

 

 

 

 

(夏希)「遠足の用意が終わりましたわ。」

 

(たえ)「まぁ奥様、私もですわ。」

 

(沙綾)「ビニールも要りましてよ。」

 

 

 

 

 

 

夏希「ああ、何か汚れたもん入れたりか…。ビニールとか…。」

 

夏希「ん?」

 

夏希は弟の寝顔を見る。

 

夏希「ふふーん。何度見ても可愛いやつ。」

 

その時もう1人の弟、冬樹がやって来た。

 

冬樹「なぁ、姉ちゃん。お土産頼むよ。」

 

夏希「そんな事ばっか覚えて、こいつはー。良いだろう。」

 

冬樹「やったー!」

 

夏希「その代わり、ちゃんと弟の面倒見ろよ。」

 

冬樹「うん!そろそろハイハイするかな?」

 

夏希「かもね。楽しみだよ。」

 

 

 

 

 

 

遠足当日--

 

たえ「すぴー。」

 

案の定たえはバスの中で寝息を立てていた。

 

夏希「あはは……。」

 

 

 

 

 

 

公園--

 

アスレチックコースにて、3人はタイヤの中を進んでいた。

 

夏希「勇者としてはアスレチックコースで遊ばないと。」

 

沙綾「こういうのも面白いね。」

 

たえ「2人とも早いよー。ちょっと待ってー。」

 

たえは2人に遅れてタイヤの中を進んでいた。

 

たえ「わわわっ!揺れる、揺れるよー。」

 

クラスメイト「花園さん、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。」

 

クラスメイトがたえを励ます。

 

たえ「落ちたら奈落の底って考えると結構なスリルがあるんだよ。」

 

クラスメイト「良い想像力だね…。」

 

その時、沙綾が、

 

沙綾「おたえ、5本目のタイヤは絶対に踏んじゃいけないよ…。」

 

たえ「えぇーー!?」

 

沙綾「触ったが最後。落ち武者の霊が夜な夜な枕元に立って、パンを寄越せ〜、と……。」

 

たえ「ひぃやぁぁぁぁぁ!!!」

 

夏希「沙綾。おたえを怖がらせてどうすんだ?」

 

沙綾「せっかくスリルを求めてるなら提供しようかなって…。」

 

夏希「ほら、おたえ。もうちょい!勇者は気合と根性!」

 

夏希がたえを励ます。

 

たえ「勇者は!気合と!根性ー!」

 

たえは勢いよくタイヤから飛び出し一回転。

 

夏希「よっと。」

 

夏希がたえをお姫様抱っこでキャッチし、

 

夏希「よしよし、お疲れさん。」

 

たえを降ろして頭を撫でる。

 

たえ「慣れたから次はもっとスムーズに行くよ。」

 

沙綾「む〜〜〜〜。」

 

たえと夏希の間に沙綾が入って来た。

 

夏希「何してんだ、沙綾。」

 

沙綾「仲良くしてるから私もと思って…。」

 

夏希「犬か、お前は。」

 

たえ「きっと沙綾も夏希に頭撫でられたいんだよ。上手いもんね、夏希は。」

 

夏希「何だ沙綾も案外甘えん坊さんだな。よしよーし。」

 

夏希は沙綾の頭も撫でる。

 

クラスメイト「夏希ちゃん、私達も受け止めてー。」

 

夏希「よし、任せとけー。」

 

沙綾「人気だね、夏希って。」

 

たえ「元から夏希は人気だよ。」

 

 

 

 

 

 

うんてい--

 

クラスメイト「ねぇ、夏希ちゃん。」

 

クラスメイトが夏希に呼びかける。

 

夏希「どしたー。」

 

クラスメイト「実は、夏希ちゃんのサインが欲しいって妹に頼まれちゃって…。」

 

夏希「えっ!?」

 

クラスメイト「大きな御役目についてるって聞いて憧れてるんだと思う。」

 

夏希「はっ!?そうか!私はもうサインする側の人間だったのか!」

 

うんていから一回転して飛び降りる夏希。クラスメイトから拍手が巻き起こる。

 

 

 

 

 

 

縄を伝って登るアスレチック--

 

たえ「これ登ったらお昼だね。」

 

夏希「よーし。よっと…。いやー、ちょっと簡単過ぎてなー。片手で登れるよこんなの。」

 

夏希は片手で登りだした。

 

沙綾「あっ、こら夏希。ふざけないの。」

 

夏希「へーきへーき。」

 

登っていく夏希だが、

 

夏希「っ!豆が…。っ!?」

 

豆が痛み、夏希は手を離してしまう。

 

夏希「おわっ!?」

 

沙綾「危ない!!」

 

辛うじて沙綾とたえがキャッチする。

 

沙綾「大丈夫!?夏希。」

 

夏希「うん…びっくりした……。」

 

沙綾は注意する。

 

沙綾「夏希、楽しいのは分かるけど浮ついちゃダメだよ。御役目の重さよく考えて。」

 

夏希「うん…借りは返すよ。そして反省します。後、口数減らします。」

 

 

 

 

 

 

お昼の時間--

 

クラスのみんなは焼きそばを作っている。

 

安芸「そうそう。上手ね、海野さん。」

 

夏希「時々手伝ってますからね。」

 

安芸先生が夏希を褒める。

 

夏希「はぁー!良い匂いだ!これ絶対美味いやつだ!何たって私が作ったんだもん!」

 

沙綾「夏希、口数減らすとかって言ってなかったっけ?」

 

たえ「わんぱくだよね。」

 

沙綾「おたえも充分わんぱくだと思うけど…。」

 

たえ「えぇ〜〜。」

 

沙綾とたえが話しているうちに、夏希の焼きそばが完成した。

 

沙綾「あーん。美味い!最高!」

 

たえ「美味しいねー。」

 

夏希「おたえはもっと良い肉を食べてるんじゃないの?」

 

たえ「この肉の方が美味しいよ。」

 

沙綾「みんなで食べてるからじゃないかな?」

 

たえ「おぉー!沙綾いい事言うー。沙綾も夏希も料理が出来て私は出来ないから、何だか自分が恥ずかしくなってきたよ。」

 

夏希「そんな事ないって。焼きそばぐらいたえにも作れるって。」

 

たえ「じゃあ、次の日曜日に沙綾と教えて?」

 

沙綾・夏希「「良いけど。」」

 

夏希「おっ、ハモった(笑)。」

 

全員「「「あはははっ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

午後、再びアスレチック--

 

沙綾「ベルは3人で鳴らそうか。」

 

夏希「そうだな。」

 

たえ「アスレチック全面クリア!」

 

3人はアスレチックのてっぺんにあるベルを鳴らした。アスレチック制覇後、3人は公園の高台に登る。

 

たえ「沙綾、私達の街ってあっち?」

 

沙綾「そうだね。」

 

夏希「大橋やイネスは流石に見えないな。」

 

たえ「夏希って本当にイネスが好きだね。」

 

夏希「イネスは良いよ!なんたって…。」

 

沙綾・たえ「「公民館があるから!」」

 

沙綾とたえは声を揃えて言った。

 

夏希「何だよー。パターン読まれてきたかー。」

 

たえ「ねぇねぇ、私も読まれてる?」

 

沙綾「おたえは読めない。」

 

たえ「え?」

 

夏希「だな。きっといつまでも読めない。」

 

たえ「ふぁ!?それはそれで寂しい。」

 

沙綾「大丈夫。今の反応くらいまでは分かるから。」

 

たえ「ホント!?やったぁーーー!」

 

たえは飛び上がるほど喜んだ。

 

夏希「こっからの跳ね具合が予測不可能だ…。」

 

沙綾「さすがおたえ…。」

 

夏希「ちなみに、沙綾については取扱説明書が書けるくらいに詳しくなったぞ。」

 

沙綾「じゃあ、最初のページにはなんて書いてあるの?」

 

夏希「結構大変な代物ですので、くれぐれもご注意下さい。」

 

沙綾「面倒くさい人みたいな言われ方…。」

 

夏希「良いじゃん、奥行きがあって。私なんか多分新聞紙並みに薄っぺらいと思うぞ。」

 

沙綾「そんな事無いよ。分かりやすくなるけど、書く事はいっぱいあるよ。」

 

夏希「そ、そうかな…。」

 

沙綾「これからも色々な一面を暴いていこうと思う。」

 

夏希「うへー、お手柔らかに頼むよ。」

 

そんな中、突然たえが心の内を話し出した。

 

たえ「実は私、最初夏希が苦手だったんだよね。」

 

夏希「いきなり何だよー。」

 

沙綾「私も同じ。」

 

夏希「なぬー!?」

 

たえ「ほら、夏希ってスポーツ出来て明るくて、何だか種族が違う気がして。でも話してみたらこんなに良い人なんだもん。沙綾も良いキャラだしね。」

 

沙綾「私はキャラなの!?」

 

夏希「あはははは!!なるほどね。確かに話してみないと分からないよな、こう言うのは。気に入ってもらえたなら良かった。」

 

夏希は豆だらけの手を前に差し出した。

 

夏希「これからもダチ公として宜しく!」

 

たえも自分の手を夏希の手の上に重ねる。

 

たえ「こちらこそ!」

 

そして、沙綾も手を重ねた。

 

沙綾「宜しく!」

 

 

 

 

 

 

帰りのバスの中--

 

3人は疲れて眠っている。

 

 

その時、大橋の鈴の音が鳴り響いた--

 

 

 

 

 

 

3人はバスを降りて夕焼けの小道を歩いている。街には夕焼け小焼けのBGMが響いていた。

 

たえ「ふんふーん。楽しかったな。」

 

沙綾「おたえ、そんなにはしゃぐと転んじゃうよ。」

 

夏希「毎日が遠足だったら良いのにな。」

 

たえ「それ賛成!!」

 

その時、夕焼け小焼けが止まり、鳥も動きを止める--

 

沙綾「っ!?」

 

大橋の向こうから世界が割れる--

 

夏希「敵だ!」

 

3人は勇者システムを起動させる。

 

夏希「せっかく楽しい遠足だったのにー。」

 

夏希がボヤく。

 

たえ「最後の最後でこれなんて、意地悪だよ。」

 

たえもボヤく。

 

沙綾「家に帰るまでが遠足だよ、2人とも。」

 

沙綾が2人に注意した。

 

夏希「沙綾は先生か!さっさと終わらせてお土産、持っていかないとな。」

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

夏希「段々この景色も見慣れてきたな。」

 

夏希が先行する。

 

沙綾「気をつけて、夏希。こういう時が…。」

 

夏希「1番危ない、でしょ。大丈夫。私の服は接近戦用で丈夫に作られてるから。」

 

沙綾「だからって油断したらダメだよ。アスレチックでも怪我しそうになったんだから。」

 

夏希「うっ……。」

 

たえ「夏希、最近沙綾に注意される様な事をわざと言っているみたいだね。」

 

夏希「あはははっ!何だか癖になってさ。沙綾に怒られるの。」

 

沙綾「勘弁してよ…。」

 

 

全員「「「っ!?」」」

 

 

その時、3人が気付く。樹海の奥からバーテックスがやってくるのを。

 

沙綾「2体!?」

 

現れたバーテックスは"蟹型"と"蠍型"。

 

夏希「そう来たか…。」

 

たえ「力を合わせれば2体だろうと大丈夫だよ!」

 

夏希「だな。早く倒して、遠足を終わらせよう!」

 

 

 



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たましいのさけび


"またね"

この言葉がとても切なく感じますね。

主題歌も相まって、涙無しには見られないです。





 

 

樹海に現れたるは"蟹型""蠍型"2体のバーテックス。静かにゆっくりとその巨体は神樹を目指していた。

 

たえ「私と夏希がそれぞれ1体ずつ相手するから、沙綾は遊撃で援護してね。」

 

たえは2人に指示しバーテックスに向かっていった。

 

たえ「行くよ、夏希!」

 

夏希「おうよ!」

 

バーテックスは樹海を枯らしながら進んでくる。"蠍型"が尻尾を伸ばして攻撃してくるが、たえは槍を傘に変化させ、その攻撃を防いでいく。

 

夏希「よし、私は気持ち悪い方と戦うぜー!」

 

たえ「どっちも気持ち悪いんだけどなー。」

 

夏希は"蟹型"に向かっていった。

 

夏希「そおぉぉぉりゃぁぁぁ!!」

 

"蟹型"のハサミと夏希の斧がぶつかり合い火花を散らす。

 

夏希「分かりやすい!私向きだ!」

 

その間に沙綾はチャージした矢を"蟹型"に向かって放つ。矢は命中し、爆発してダメージを与えた。

 

夏希「ナイス、沙綾!はあぁぁぁぁ!!」

 

斧を力一杯ぶつけ、"蟹型"の体制を崩す。

 

夏希「よし、もういっちょ…うぁ!?」

 

夏希が追撃を入れるする前に"蠍型"が夏希に向かって尻尾で攻撃してきた。

 

たえ「夏希はやらせないよ!」

 

が、たえが間に入り、尻尾の攻撃を受け止める。

 

夏希「うひゃー、当たると痛そうだなー。」

 

2人が近接で相手をしている間に沙綾は力を溜める。矢を"蠍型"に放ち、当たった部分をたえが間髪入れずに槍で突き刺す。

 

たえ「そこっ!」

 

2体のバーテックスには確実にダメージは入っていた。

 

沙綾(今のままなら優勢。このまま押し切る!)

 

しかし、2体も黙ってやられているだけでは終わらず暴れているが、的が小さい為に中々当たっていない。

 

夏希「訓練の成果が出てる!このまま押し切ろう!」

 

 

その時だった。

 

 

全員「「「なっ!?」」」

 

遠方から無数の針が降ってこようとしていたのだ。

 

たえ「まずい!」

 

たえは走り出し、

 

たえ「沙綾!夏希!私の所まで!」

 

2人もたえの意図を察して側に駆け込む。次の瞬間、針の雨あられが3人を襲う。

 

たえ「間一髪……。」

 

夏希「まさかもう1体いるのか!?」

 

3人が周りを見渡すが、周りには"蟹型"と"蠍型"しか見えない。

 

沙綾「くっ!こちらの視覚の範囲外から打ってきている。」

 

夏希「これじゃあ、迂闊に攻めれないよ!」

 

沙綾「落ち着いて、夏希。何か手はあるはず……。」

 

そうは言っても敵は待ってはくれない。針の雨の2撃目が飛んできた。

 

たえ(くっ、これじゃあ2人を守りきれない。もっと…もっと大きな傘が必要だよ……。)

 

たえは防ぎながら必死で考えているが、答えが見つからない。幸いな事に針の雨が降っている間は他の2体のバーテックスが動きを止めているのは不幸中の幸いであった。

 

たえ(沙綾の矢じゃとても防ぎきれないし、夏希は接近戦向きだから相性が悪すぎる………そうだ!)

 

たえは閃いた。

 

たえ(沙綾の矢が思いを込めて威力を増すなら、私の槍だって…。)

 

たえの槍を握る手に力が入る。

 

たえ(守るんだ……絶対守るんだ!)

 

次の瞬間、3人を守る傘が大きくなっていった。

 

沙綾「おたえの盾が…。」

 

夏希「デッカくなった…!?」

 

たえ「そうだよ。沙綾の矢が思いを込めるほどに威力を増すなら、私の槍だって思いを込めれば強くなるはず!」

 

針の雨が再び止む。そして"蟹型"と"蠍型"も再び動き出す。

 

夏希「よし、今の内に!」

 

3人が突撃する。

 

沙綾(針の雨は連続しては来ないはず、ここは今の内に1体だけでも…。)

 

3人はそう思っていた。相手はバーテックス、あれだけ訓練した3人のチームワークには敵わないだろうと。だが、相手はバーテックス。生物の頂点に君臨するバーテックスなのだ。そこに三度針の雨が降ってくる。

 

たえ「みんな、固まって!」

 

3人は固まって防ぐが、その時"蠍型"が尻尾を針の雨へと伸ばして来たのだ。

 

夏希「あいつ、自滅してるぞ。」

 

沙綾「バーテックスが仲間に危害を加えるなんて…。」

 

沙綾と夏希はそう口にしたが、たえだけはこの敵の行動を怪しんでいた。

 

たえ(何で、あいつは自分の尻尾を?)

 

"蠍型"の尻尾は針が貫通し、棘上になっている。

 

たえ(はっ!?まさか!)

 

たえが気付いた時には既に遅く、"蠍型"は針が刺さったままの尻尾を3人に叩きつけて来たのだ。

 

たえ「まずい!みんな逃げて!!」

 

たえが叫ぶも3人は吹き飛ばされてしまう。

 

たえ「くっ!」

 

夏希「がはっ!」

 

沙綾「あっ!」

 

"蠍型"は空中に飛ばされた沙綾とたえに追撃で、尻尾を叩きつける。

 

沙綾・たえ「「きゃあああああっ!!」」

 

2人は更に吹き飛ばされてしまった。

 

夏希「沙綾!おたえ!」

 

ダメージが少なくて済んだ夏希は飛ばされた2人の元へと駆け寄る。

 

夏希「大丈夫か!?」

 

何故今までは単独で来ていたバーテックスが今回複数で来たのか。バーテックスは学習したのである。勇者の力を。チームワークを。バーテックスは連携するという事を覚え、実践して来たのである。沙綾とたえの身体からは血が流れ、とても戦闘を続けられる状態ではなかった。

 

夏希「沙綾!おたえ!」

 

沙綾・たえ「「うっ………。」」

 

その時、奥から姿を現さなかった3体目がゆっくりと姿を見せた。

 

夏希「あれが、3体目…。」

 

3体目のバーテックス、"射手型"が上口から巨大な針を発射する。夏希は斧をクロスに合わせて防御体制を取り何とか耐えた。夏希は2人を抱え、樹海を滑り降り地面に下ろす。

 

沙綾「夏希……。」

 

沙綾が目を覚ました。この間にも3体のバーテックスはゆっくりと神樹の方へ進んでいる。

 

夏希「動けるのは私の1人…。ここは怖くても頑張りどころだろ。」

 

夏希は覚悟を決めた。

 

たえ「夏希…1人じゃ……。」

 

夏希「私に任せて沙綾とたえは休んでて。」

 

夏希は駆け出し、一旦止まって何かを思い出したかの様にもう一度沙綾とたえの方を向いた。

 

 

 

夏希「またね。」

 

 

 

そう言うと夏希はバーテックスを追いかけていった。

 

沙綾「な、夏希………。」

 

そこで沙綾は気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

たった1人でバーテックスを追いかけて行く夏希。

 

夏希「あいつら…。」

 

少しづつ進行して行くバーテックスを夏希は樹海の根を伝って追いかけて行く。そして夏希は先回りし、3体のバーテックスの前に立ちはだかったのだ。

 

夏希「随分前に進んでくれたけどなぁ…。」

 

夏希が両斧を構える。バーテックスを見据えて、足元に1本線を引いた。

 

夏希「こっから先は…!通さないっ!!」

 

夏希はたった1人で"蟹型""蠍型"そして"射手型"を相手に飛びかかって行った。"射手型"が無数の針を飛ばしてくる。

 

夏希「おおおおおおっ!!」

 

太ももや頬を針がかすめ、流血するも夏希は怯まず向かって行く。次に"蟹型"が反射板を飛ばし攻撃してきたが、避けて攻撃を加え吹っ飛ばす。

 

夏希「その攻撃は覚えた!!」

 

間髪入れずに"蠍型"が尻尾で攻撃してくるも、夏希はバク転してこれを避けて身体の一部を斧でぶった切った。

 

夏希「それで襲ってくるのも!見たよ、さっき!!」

 

"射手型"が針を発射するが、夏希は斧を投げ、針を跳ね返し斧は"射手型"に刺さる。再び"蠍型"の尻尾攻撃。避けて尻尾を伝っていき、

 

夏希「何上から見てんだ!!」

 

左手の斧を"射手型"へ振り下ろす。そして、投げた斧を掴み引き抜いた。

 

夏希「っ!?」

 

"蟹型"は反射板を使い夏希を押し潰そうとするが、飛んで避ける。しかし、着地した瞬間に"蠍型"の尻尾攻撃が炸裂し、間に合わず斧で防御するも、腕をかすめ血が流れる。

 

夏希「ぐあっ!!」

 

何とか堪え、

 

夏希「や、やったなぁ!!」

 

"射手型"の針の発射と同時に走り出す夏希。

 

夏希「痛かったんだぞ!!」

 

"蟹型"の下を走り抜ける。この時"蟹型"に"射手型"が発射した針が突き刺さる。

 

夏希「自分達で受けてみろ!!」

 

夏希は"蠍型"の尻尾を斧ではじき返し、尻尾の針が"蠍型"に刺さる。

 

夏希「お前達はここから…。」

 

斧が炎を纏う。

 

夏希「出て行けぇぇぇぇぇっ!!!」

 

それで"蠍型"を滅多斬りにする。

 

 

 

 

 

しかしその時、"射手型"の針が夏希の左の脇腹を貫いた。

 

夏希「ぐっ!!」

 

"射手型"が放った針を"蟹型"が反射板で跳ね返し、針の軌道を変えたのだ。脇腹に刺さった針が消え、そこから血が吹き出す。と同時に"蠍型"の尻尾に叩きつけられ吹き飛ばされる。

 

夏希「がっ!ぐはぁ!!」

 

血を流し倒れる夏希。目の前には"蟹型""蠍型"そして"射手型"の3体のバーテックスが体制を整え見下ろしていた。

 

夏希(こいつらが神樹様を壊せば……。)

 

夏希の頭に浮かんでくるのは沙綾やたえ、安芸先生、クラスメイトに両親。そして幼い弟達ーー

 

夏希(させるもんか…絶対………!)

 

 

 

血を流しながら、それでも前に進んで行く夏希ーー

 

 

 

夏希「させるもんか…!絶対!!!」

 

 

 

"射手型"が針を飛ばしてくるのを右手の斧で塞ぎながら前へ走り出す。

 

 

 

夏希「くっ!」

 

 

 

針が足をかすめよろけそうになるも、踏ん張り斧を構える。

 

 

 

夏希「帰るんだ!守るんだ!!」

 

 

 

斧を振りかぶり、"蠍型"の攻撃に合わせる。尻尾に斧を当て、尻尾をぶった斬る夏希。続けざまに"蟹型"のハサミが迫るが、屈んで躱す。

 

 

 

夏希「化け物には分からないでしょ、この力が!!」

 

 

 

後ろから"射手型"の針が迫り、背中から腹部を貫かれ、血が吹き出す。

 

 

 

夏希「ぐふっ!!」

 

 

 

夏希「これが…これこそが、人間の!」

 

 

 

針が足を貫く。

 

 

 

夏希「くっ!」

 

 

 

夏希「気合と!!」

 

 

 

夏希「ぐっ……!」

 

 

 

斧を振り上げるが、腕に針が刺さり血が溢れる。

 

 

 

夏希「根性と!!」

 

 

 

背中にも針が刺さるーー

 

 

 

血が吹き出すーー

 

 

 

それでも夏希は戦い続けるーー

 

 

 

 

 

 

 

 

夏希「魂ってやつだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海ーー

 

目を覚まし、傷付いた身体で歩く沙綾とたえ。

 

沙綾「敵は……。」

 

辺りは静かさに包まれていた。

 

たえ「っ!?」

 

たえは地面に着いた血の跡を発見する。

 

たえ「沙綾、あっち!」

 

その血の色はかなりの時間が経ったのか、赤黒く変色していた。血の跡を辿る2人。

 

沙綾「夏希……。」

 

たえ「すぐ行くからね……。」

 

地面に落ちた血の色が段々と増えていく。

 

たえ「っ…………!っ!?」

 

たえが夏希を見つけた。2人に笑顔が戻る。

 

沙綾・夏希「「夏希ー!」」

 

2人は夏希の名を呼びながら近付いていくが、夏希から返事が聞こえてこない。

 

たえ「夏希が本当に追い払ってくれたんだね!」

 

沙綾「凄い…凄いよ、夏希!本当に…………?」

 

 

 

沙綾・たえ「「……………?」」

 

 

 

夏希からの返事は一向に帰ってこない。

 

 

 

沙綾「夏希……。もうすぐ樹海化が解けるよ。そしたら一緒に病院へ行こう。ね………?」

 

たえ「そ、そうだよ……。お土産だって弟くんに渡さなくちゃ…。」

 

 

 

地面に刺さったままの斧ーー

 

 

 

 

夏希の右腕が無かったーー

 

 

 

沙綾「あっ……………。」

 

 

 

 

たえ「うっ……………。」

 

 

 

2人の目から涙が溢れる。夏希から返事はないーー

 

 

 

たえ「私、お料理教えてもらうって…。」

 

沙綾「そうだよ…。っ…次の日曜日に3人でって…。ねぇ、夏希…。」

 

沙綾「夏希…………。」

 

 

 

 

たえ「っ……!」

 

 

 

 

沙綾・たえ「「うあああああああああああっ!!!!!」」

 

 

 

 

樹海に2人の慟哭が響き渡ったーー

 

 

 

 



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えがおのきみへ


第2章も終わりが近づいていました。

毎回拙い文章読んでいただきありがとうございます。




 

 

神樹様は神様そのもの。

だから、願った。

友達と別れたくないと。

それは、ある意味叶えられていく事になる。

私達は、友の犠牲と引き換えに、

---の---を手に入れた。

 

勇者御記 298年7月12日

 

 

 

 

 

神樹館小学校--

 

教室では沙綾とたえを含め生徒達全員のすすり泣く声が響いている。外はそんな生徒達の心を写したかの様に雨が降っていた。夏希の机には花が供えられている。重苦しい雰囲気の中、安芸先生が口を開く。

 

安芸「海野夏希さんは神樹様の御役目の最中に亡くなりました。お友達とお別れするのは悲しい事ですが、どうか誇らしい気持ちでお見送りしましょう。明日、告別式が行われます。授業をお休みしてみんなで参加します。」

 

ただ雨の音だけが虚しく音を立てた。

 

 

 

 

 

 

告別式--

 

神官「本日ここに哀悼の意を捧げます。今、私共は深い悲しみのうちに……。勇者様にお別れを告げようとしております。海野夏希様の天性の才能、剛毅不屈の精神。それに、人間味豊かな性格をもって神樹様の重大な任務に務められていました。その輝かしい偉業は永久に我々の指針として残る事でしょう。」

 

大赦の神官が話している中、夏希の家族はただ悲しみに暮れていた。

 

神官「どうか神樹様の元で安らかに。そして末永く、私共の行く手をお見守りください。」

 

たえは沙綾を見た。沙綾は唇を固く結んで神官の言葉に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

控室--

 

沙綾達は控室の様子を伺っていた。

 

市民A「夏希ちゃん、お務めなさってたんですね。」

 

市民B「我々市井の者には見当もつきませんが、大変だったんでしょうね。」

 

残された家族を気遣う声や、

 

市民C「神樹様の御役目で逝かれるとは、大変名誉な事じゃないか。」

 

誇らしいと言う声、

 

市民D「そうは言ってもね…。うちの子がもしそうだったらと思うと……。」

 

恐怖する声、

 

市民E「夏希ちゃん、よく頑張ったわね。」

 

市民F「夏希ちゃんはね、英雄になられたの。羨ましいわ。」

 

市民G「今後、海野家の者は法外な援助が受けられるんだ。むしろ夏希も孝行が出来て誇らしい事だろう。」

 

素晴らしい事だと説く声、様々な人の思いが声に出ていた。2人はそんな声を黙って聞いている事しか出来なかった。

 

神官「勇者様。」

 

大赦神官に声を掛けられその場から2人は離れる。

 

 

 

 

 

 

再び告別式場--

 

神官「えー。御役目とは言え、子供たちの尊い命が失われる事は…ご親族、ご友人にとっては耐え難い悲しみです。ご遺族のご心痛、いかほどのばかりかと案じております。海野夏希様の……。」

 

その後も男性の話は続いていく。

 

 

 

 

 

 

式は進み、

 

神官「献花。」

 

2人は立ち上がり、沙綾が神官から花を受け取り、棺に向かって歩き出す。棺の中には夏希が眠っている。

 

沙綾「夏希……。」

 

花を捧げようとした沙綾の手が震える。

 

沙綾「っ……。」

 

夏希は静かに目を閉じている。沙綾は手が震えて動かせない。そこへ安芸先生がやって来て沙綾の献花を手伝った。

 

沙綾「っ!っ……。」

 

眠る夏希を見つめる沙綾。たえも花を捧げて一緒に見つめている。

 

夏希はもう目を開かない--

 

その時だった。

 

 

冬樹「うあぁぁぁっ!」

 

上の弟、冬樹が泣き出し、みんなが振り向いた。

 

冬樹「神様だったら何で守ってくれなかったんだよ!!姉ちゃんはずっと頑張ってたんだろ!」

 

夏希父「やめなさい、冬樹。」

 

夏希の父が必死でなだめる。

 

冬樹「それなのに!何で姉ちゃんなんだよ!!姉ちゃんを連れてかないでくれよ!!」

 

沙綾・たえ「「………。」」

 

2人には冬樹に掛けられる言葉が見つからなかった。

 

冬樹「こんなの、神様なんかじゃない!姉ちゃーーーーーん!!」

 

冬樹は父に会場の外へ連れられてしまった。沙綾は拳を握って歯を食いしばり、項垂れていた。

 

沙綾「っ!?」

 

その時、神官の動きが止まり、鈴の音が聞こえてくる--

 

たえ「こんな時に…。」

 

夏希の方を見る2人。

 

沙綾「くっ……。」

 

たえ「沙綾?」

 

沙綾「うっ……うあああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

沙綾は言葉に出来ないほどの叫びを上げながら変身する--

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

沙綾「うあああああ!!」

 

沙綾は一度に5本の矢をバーテックスに向かって放ち"乙女型"が放った爆弾を撃ち落とす。

 

たえ「じゃあ、夏希の為に戦おう!夏希だったら敵をやっつけようって言うはずだよ。」

 

沙綾「うん!」

 

たえが沙綾を鼓舞する。

 

"乙女型"が爆弾をばら撒き広範囲が爆発、たえが爆風を傘で防ぐ。

 

たえ「こんなの、夏希なら…!」

 

沙綾「夏希なら突破する!」

 

2人は夏希の思いを胸に立ち上がった。沙綾はたえを飛び越え、そのまま突撃。"乙女型"に接近しようとするが、攻撃を食らってしまう。

 

沙綾「きゃあ!!」

 

空中に打ち上げられて、落ちる沙綾。"乙女型"はそこを追撃する。

 

沙綾「はっ!!」

 

が、沙綾は紙一重でそれを躱す。

 

沙綾「これが、夏希仕込みの根性ってやつだよ!!」

 

沙綾は矢を手で直接"乙女型"に突き刺し、突き刺した箇所が爆発する。

 

沙綾「おたえ!!」

 

たえ「気合いだあぁぁ!」

 

たえが槍を構え突撃し、"乙女型"を貫通した。沙綾は着地し、すぐさま弓を構えるが、たえは着地に失敗してしまう。

 

たえ「くっ……まだまだだよ!」

 

それでも、もう一度たえは突撃し、沙綾は矢を放つ。たえが再び"乙女型"を貫通、沙綾の矢も当たり、大爆発を起こす--

 

たえ「これで!」

 

沙綾「どうだ!!」

 

"乙女型"の動きが止まり、鎮花の儀が始まった。

 

沙綾・たえ「「はあ、はあ、はあ………。」」

 

樹海に花びらが降り注ぎ、"乙女型"が消滅する。

 

沙綾「やったよ、夏希…。」

 

たえ「夏希、見てくれてたかな…?」

 

沙綾「見てたよ、きっと。」

 

世界が元に戻る--

 

 

 

 

 

 

元の世界、公園--

 

雨が降りしきる公園の広場に沙綾とたえは倒れていた。そこへ、安芸先生が傘を差して迎えに来る。

 

沙綾「先生……。」

 

 

 

 

 

 

安芸先生が運転する車の中--

 

静まりきる車内の中、安芸先生が話し出す。

 

安芸「2人とも。」

 

沙綾・たえ「「?」」

 

安芸「辛い中、御役目ありがとう。」

 

沙綾「いえ……。」

 

たえ「今、何も出来なかったら、それこそ夏希に怒られちゃうから。」

 

安芸「あのね…。」

 

沙綾・たえ「「?」」

 

安芸「いえ…怖い思いを沢山して、悲しい事もあったのに……あなた達は大変な御役目としっかり向き合っている。2人はまさしく勇者だわ。」

 

安芸先生が2人にそう話した。

 

沙綾「っ……。」

 

たえ「あはは…先生にこんなに褒められたのは初めてかも…。」

 

たえは精一杯の笑顔を作りながら話す。

 

たえ「でもね、先生。」

 

安芸「?」

 

たえ「一番偉いのは、夏希なんだよ。」

 

安芸「………。」

 

安芸先生は黙ってたえの話を聞いている。

 

たえ「たった1人で3体ものバーテックスを追い返したんだよ。」

 

 

ーーー

ーー

 

 

夏希「これが…これこそが、人間の!」

 

夏希「気合と!!」

 

夏希「根性と!!」

 

夏希「魂ってやつだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

 

ーー

ーーー

 

 

たえは涙を流しながら話し続ける。

 

たえ「だから…夏希の事…忘れないであげて、先生……。」

 

安芸「……。」

 

たえ「強かったから…。っ……。凄かったから…。私達2人じゃなくて、3人勇者なんだからっ!!」

 

たえは涙ながらに安芸先生に訴えた。

 

安芸「えぇ……。」

 

沙綾「うっ……うああああああん!」

 

安芸「ごめんね。訂正する。3人とも勇者よ。」

 

2人の泣く声が車内にこだました--

 

 

 

 

 

 

外は燃え盛る炎--

 

 

そこには大きな樹--

 

 

そこに迫ってくる3つの炎--

 

 

 

 

 

 

沙綾(不気味な夢だった……。)

 

沙綾は水垢離をしながら今朝見た夢を思い返していた。

 

沙綾(大きな敵が来る。あの夢は、きっとその知らせ…。戦いはもっと激しくなる。私も、もっと強くならないと。)

 

 

 

 

 

 

教室--

 

たえ「おはよー…?」

 

たえが登校してきた時、クラスのみんながたえを見ていた。

 

クラスメイト「……。」

 

クラスメイト「あ、あの、花園さん…。」

 

1人の女子がたえに話しかけてきた。

 

クラスメイト「私、ずっと聞きたかったんだけど…。」

 

たえ「う、うん。」

 

クラスメイト「だけど、神樹様の御役目の事は聞いちゃいけないって言われて…。」

 

たえ「えっ?」

 

もう1人話しかけてきた。

 

クラスメイト「花園さん、昨日の告別式の時も御役目があったんだよね?」

 

クラスメイト「消えてたものね。」

 

次々とクラスメイトがたえに話しかけてきた。

 

クラスメイト「大丈夫なの?怖くないの?」

 

たえ「え?あっ、うん…。」

 

クラスメイト「花園さん、御役目って一体どんな事をしてるの?」

 

クラスメイト「夏希ちゃん、教科書に載るんだって。お母さんが言ってた。凄いね!」

 

たえ「うん……。」

 

たえは呆気にとられていたが、

 

クラスメイト「花園さんも山吹さんも頑張ってね。」

 

クラスメイト「神樹様に選ばれる人はやっぱり凄いんだね。」

 

クラスメイト「神樹館のヒーローだよ。応援してる。」

 

たえは困った様な顔で、

 

たえ「あのね…。そうなりたかった訳じゃないんだ。」

 

クラスメイト達「「………。」」

 

そこへ沙綾が登校してきた。

 

沙綾「おはよう。」

 

クラスメイト「あっ、山吹さんおはよう。」

 

今度は男子が沙綾に話しかけてきた。

 

クラスメイト「あのさ…事情は分からないけど、海野はみんなの為に……。」

 

沙綾は答える。

 

沙綾「それが出来る強い子だったから神樹様に選ばれたんだ。」

 

クラスメイト「海野……。」

 

沙綾「夏希の事を思ってくれるなら、そっとしておいてね。」

 

 

 

 

 

 

道場--

 

沙綾は走りながら矢を放つ。たえは前転して、立ち上がると同時に槍を傘に変えた。と、同時に沙綾が駆け寄ってくる。2人は背中合わせになって弓と傘を構え、

 

沙綾「はいっ!」

 

沙綾は力を溜めて、傘の脇から矢を放った。

 

たえ「はぁ……。」

 

沙綾「おたえ?」

 

たえ「あっ、ごめんごめん。もうワンテンポ早くなきゃだよね。」

 

沙綾「ねぇ、勇者にも気分転換は必要じゃないかな。」

 

沙綾は安芸先生の方を向き、先生は頷いた。

 

 

 

 

 

 

夏祭り会場--

 

たえ「沙綾から遊びに行こうなんて珍しい事もあったもんだね。」

 

沙綾「先生から許可をもらえて良かった。今日は御役目を忘れてリラックスしよう。」

 

その時たえから笑みがこぼれる。

 

沙綾「?」

 

たえ「沙綾も気合い充分だしね。」

 

沙綾「そうだね。」

 

たえ「うんうん、浴衣似合うよ沙綾。お人形さんみたいだよ。くるくる回ってみて。」

 

沙綾「恥ずかしいって。」

 

たえ「えーお願いー。」

 

沙綾「しょうがないなー。」

 

たえ「シャッターチャンス!」

 

沙綾「あっ、こら。写真撮影は禁止。」

 

たえ「えー、待ち受けにしようと思ったのにー。」

 

沙綾「恥ずかしいからやめてよー。」

 

たえ「今も沙綾が待ち受けだよ。」

 

沙綾「え?」

 

たえ「ほら。」

 

そう言って見せたたえのスマホの待ち受けは沙綾がドラムを叩いている姿だった。

 

沙綾「いつ撮ってたの!恥ずかしいなーもう。」

 

たえ「えへへー。」

 

沙綾「じゃあ、私はおたえを待ち受けにしよっと。」

 

たえ「相思相愛だ。」

 

沙綾「そ、そんな関係じゃないからー。」

 

沙綾・たえ「「あはははっ!!」」

 

 

 

 

 

 

射的--

 

たえ「うーむ。」

 

たえは射的の1等であるウサギのぬいぐるみ欲しさに射的をしているが、中々倒れないのであった。

 

たえ「なんてこった。」

 

沙綾「後1発だけだね。」

 

的に当たりはするのだが、重いせいで倒れないのである。たえが最後の一発を込め、構える。沙綾はたえの手を支えてアドバイスした。

 

沙綾「落ち着いて。呼吸を正して。」

 

たえ「う、うん。」

 

沙綾「ライフルの癖は見てた。調整は私に任せて。」

 

たえ「分かったよ。」

 

2人は狙いを定める。

 

沙綾「吸って。」

 

たえ「スー……。」

 

沙綾「吐いて。」

 

たえ「ハー……。」

 

沙綾「狙いを定めて。」

 

たえ「集中……。」

 

沙綾「力を入れずに、指を絞る様に…今!」

 

たえは引き金を引いた。弾がぬいぐるみに命中する。

 

沙綾「後は気合い!」

 

2人が手を出して前に出し気を送ると、ぬいぐるみが倒れる。

 

沙綾「やったーーー!」

 

たえ「沙綾、やったね。」

 

沙綾「射撃は得意だから。でも引き金を引いたのはおたえだよ。それはおたえの物。」

 

だが、たえは端っこを指差し、

 

たえ「コレとソレ3つを交換して下さい。」

 

ぬいぐるみを3つのウサギのストラップと交換したのだ。

 

 

 

 

 

 

日が暮れ、花火を見ている2人。

 

沙綾「ありがとう。」

 

たえ「?」

 

沙綾がたえにお礼を言う。

 

沙綾「これ。」

 

たえ「うん。」

 

たえはあの時交換した3つのストラップのうち、1つを沙綾にあげたのだった。

 

たえ「もう1つは夏希の分ね。」

 

沙綾「うん。」

 

たえ「私もありがとうね、沙綾。」

 

沙綾「どうしたの?突然。」

 

たえ「私、一緒に選ばれた勇者が沙綾と夏希で良かった。」

 

沙綾「えっ?」

 

たえ「私ってほら、変な子でしょ。だから、中々友達出来なくってさ…。」

 

沙綾「おたえは変じゃない、素敵だよ。」

 

たえ「っ…。2人じゃなかったら、こんなに頑張れなかったかもしれない。」

 

沙綾「夏希は前衛型だし、私も何かと硬い部分もあったから…。だから、おたえがリーダーじゃなきゃ纏まらなかったよ。3人だから頑張ってこれた。」

 

たえ「うん…。6年生になってから訓練もお泊まりも楽しかった…。私2人の友達になれて本当に良かった!」

 

沙綾「私もだよ、おたえ。」

 

沙綾はたえの手を握った。

 

たえ「友達だよ!私達3人は。これから何があっても。ずっと……。」

 

沙綾「うん!」

 

沙綾(夏希……私忘れないから。夏希と過ごしてきた日々を。夏希に会えて本当に良かったよ!)

 

夜空に花火が上がり光り輝く中、2人は夏希の事を思いながら固く絆を結ぶのであった--

 

 

 



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あのひのやくそく

原作アニメのOP良いですよね。
エガオノキミヘ→ギンヘアイヲコメ

次回第2章最終回。物語は勇者の章へと続きます。




 

 

車内--

 

安芸「はい、データ受け取りました。確認中です。彼女たちですか?えぇ、私の判断で休暇を与えています。やはり1人を失ったメンタルダメージはかなり大きい様です。はい、それでは失礼します。」

 

安芸「………。」

 

パソコンには大赦から送られてきた資料。西暦の時代、とある勇者が独自で調べ上げた資料である。

 

安芸「これ以上に勇者の損失を出さない為の新システム…。っ!?何これ…。こんなものが実装されたら……。」

 

安芸(武器や技の強化は幾らでも出来る。だけどら心の強さには限界があるわ…。あの子達を、もうこれ以上…。)

 

 

 

 

 

 

私は、--を―になってから知った。

過去、--を苦しめたのは----では無く、-----だった事も。

そうなった原因は、そもそも--だった事も。

---の―の話に少し似ている、と思った。

 

 

勇者御記 298年9月21日

 

 

 

 

 

 

周りは豊かな自然、滝が流れる場所。沙綾とたえは身を清めている。沙綾は少し前の事を思い出していた。

 

 

ーーー

ーー

 

 

沙綾「新装備?」

 

安芸「えぇ、それを得る為に、一時的にスマホを納めてもらいます。」

 

2人は顔を見合わせ、安芸先生にスマホを渡す。

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾(神樹様は外敵と戦う為に勇者に力を与える。しかし、その力は誰もが受け取れる訳ではない。それはとても限定的なもので…。神樹様と極めて高いレベルで共鳴出来る人間…。ごく少数の選ばれた人間にしか使う事が出来ない。)

 

2人は大赦の女官達に勇者の正装に着替えさせてもらい、アップデートされたスマホを受け取る。するとスマホが光り出し、精霊が現れた。

 

沙綾・たえ「「!?」」

 

たえ「わぁ…!」

 

沙綾「これが新装備…。」

 

安芸「そう、これが勇者の武器を何倍にも強化する精霊よ。」

 

たえ「わぁ〜よろしくね。」

 

沙綾「これが間に合っていれば…。」

 

たえ「えっ?」

 

沙綾「ううん。何でもないよ、おたえ。」

 

たえ「頼もしいね。」

 

沙綾「そうだね。」

 

沙綾の精霊は"青坊主"、たえの精霊は"烏天狗"である。2人は精霊を抱えながら微笑み合った。

 

 

 

 

 

 

山吹宅--

 

朝食を運んでくる沙綾とお手伝いさん。

 

沙綾父「今日は朝から豪勢だな。沙綾が作ったのか?」

 

沙綾「うん。今日は特別に野菜たっぷりにしてあるよ。」

 

沙綾母「どうして?朝からお肉もりもりで良いのに。」

 

沙綾「ダメだよ。お母さんにはもっと健康に気を付けてもらわないと。」

 

沙綾父「さぁ、食べようか。」

 

沙綾母「沙綾。」

 

沙綾「?」

 

食べようとした時、沙綾の母が声をかける。

 

沙綾母「沙綾は勉強も御役目もあるんだから無理しなくても良いのよ。」

 

沙綾「大丈夫だよ。私に出来る事はこれくらいしかないから。」

 

両親は顔を見合わせた。

 

沙綾母「沙綾。あなたは十分に大切な私達の子よ。」

 

沙綾「分かってるよ。ありがとう、お父さん、お母さん。それに私、料理作るの好きだから、お母さんよりもね。」

 

沙綾母「むー。」

 

沙綾父「はははっ。」

 

一家団欒、幸せな食卓であった。

 

沙綾「それじゃあ、行ってきます。」

 

沙綾父「ああ、気を付けて行ってらっしゃい。」

 

沙綾が退室する。

 

沙綾父「沙綾は本当にいい子に育ってくれたな……。」

 

沙綾母「本当に。優しい子になりましたね。」

 

 

 

 

 

 

神樹館小学校、教室--

 

沙綾・たえ「「おはよう。」」

 

沙綾とたえが教室に入ると、クラスメイト達がブルーシートを敷いて何かをしていた。

 

クラスメイト「あっ……。」

 

クラスメイトの手には、

 

 

"わたしたちの勇者がんばれ。"

 

 

と書かれた横断幕が握られていた。

 

沙綾・たえ「「っ……。」」

 

クラスメイト「先生達に内緒で作ってたの…。」

 

クラスメイト「この間は、その…ごめんね。」

 

沙綾「こういう事は禁止されているはずでしょ。」

 

沙綾が諭す。

 

クラスメイト「でも、他に何も思いつかなくて…。」

 

クラスメイト「夏希ちゃんの事、2人の事も考えないで質問攻めしちゃったから…。」

 

クラスメイト「山吹さんも花園さんも、私達なんかよりずっと辛いはずなのに…。」

 

クラスメイト「みんなで考えて、どうしても謝りたくて…。」

 

次々にクラスメイトが答えていった。

 

沙綾「……これは先生には絶対に内緒にしておかないと。」

 

クラスメイト「うん…。」

 

沙綾「でも……。ありがとう、本当に…。」

 

たえ「気持ちだけでも十分に伝わってるよ。」

 

沙綾とたえはクラスメイトの気持ちを無駄にしない為にも、この横断幕を受け取った。クラスメイト達は喜び、

 

クラスメイト「ねぇ、御役目っていつかは終わるんでしょ?そしたら、一緒に遊べるんだよね?」

 

沙綾「え?そうだね…。」

 

クラスメイト「やったー!私、山吹さんともっとお友達になりたかったの。」

 

クラスメイト「私も私も、花園さんの事もっと知りたいな。」

 

沙綾・たえ「「くす…。」」

 

2人とクラスメイトの距離はこうして縮まっていった。

 

 

 

 

 

 

10月--

 

街並みはすっかりハロウィンの飾りで溢れていた。

 

たえ「カボチャだカボチャだ。これって確か外国のお祭りなんだよね。」

 

沙綾「そうだね。季節が変われば色んな国のお祭りが楽しめるね。」

 

たえ「沙綾、この帽子被ってみてよ。」

 

たえは沙綾に魔女の帽子を勧めた。

 

沙綾「どうかな?」

 

たえ「おぉー、似合ってる!」

 

沙綾「そう?」

 

たえ「その帽子で鳩出す芸でも覚えてみると良いんじゃない?」

 

その時、たえの被っていた帽子から"烏天狗"が飛び出してきた。

 

たえ「わっ!こら!出てきちゃダメだよドロちゃん!」

 

沙綾「ドロ…?」

 

たえ「"烏・ドロちゃん・天狗"。ミドルネーム付けてみたんだ。」

 

たえが指を鳴らすと、精霊は消えていった。しかし、後ろのカボチャの置物がぷかぷか浮き始める。

 

たえ「もう!勝手に出てきちゃダメだよ。」

 

沙綾「神樹様が遣わした精霊…この子達がねぇー…。」

 

たえ「きっと見た目と違ってその力は真に恐ろしいんだよきっと。」

 

沙綾「だと良いんだけどね…。」

 

その時、

 

子供「ママ、カボチャが空飛んでるよ?」

 

沙綾・たえ「「!?」」

 

子供の母「えっ?あらホント…。」

 

精霊は他の人には見えない。従ってこの状況はカボチャが勝手に浮いている様にしか他の人には見えないのである。

 

沙綾「あ、あはは…。手品の練習なんですよー!」

 

沙綾は必死で誤魔化し、

 

沙綾「早くしまって!」

 

たえに小声で伝えた。

 

 

 

 

 

 

その頃、花園宅--

 

大赦の神官がたえの両親と話していた。

 

たえ父「それも御役目の一環なのだと言うのなら仕方ありません。花園家に生まれたたえの使命です。」

 

たえ母「あの子には何の責任もないのに…。」

 

説明された何かに対し、たえの父は覚悟を決めているが、母は悲しんでいた。

 

たえ父「花園家の魂は、私達"花園家"が"湊家"だった頃からずっと神樹様と共にあるんだ。とても光栄な事だよ。」

 

たえ母「分かっているわ、でも…代われるものなら私が代わってあげたい……。」

 

 

 

 

 

 

両親が話している頃、沙綾とたえは一緒にハロウィンのコスプレを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

別の日、山吹宅--

 

先日たえの両親と話していた神官が今度は沙綾の両親と話している。

 

沙綾母「その新しいシステムの事は、あの子達に伝えたらダメなのですか?」

 

沙綾父「こんな残酷な事、教えられる訳無いだろう…。」

 

 

 

 

 

 

その頃、2人はイネスでジェラートを食べていた。

 

沙綾「あーん。うーん。醤油豆はやっぱり私の中ではピンと来ないなー。」

 

たえ「あはは、沙綾ったら夏希に怒られるよ?」

 

沙綾「おたえのバニラ味ちょうだい!」

 

たえ「わぁ!?沙綾にバニラ味取られた!」

 

沙綾「ふっふっふ…。」

 

たえ「なぬっ!?その目はまだ狙ってるー!」

 

 

 

 

 

 

場面は沙綾の家に戻る。

 

神官「どうか、くれぐれも取り乱す事の無いよう、お願い致します。神樹様と共にある彼女らの為にも。」

 

沙綾の両親と話していた神官は安芸先生だった。

 

沙綾母「そんな…。それじゃ、あの子達はまるで……生贄じゃないですか!!」

 

沙綾の母が叫ぶ。

 

安芸「………。」

 

安芸先生は沙綾の母の問いには答えずただ黙っていた。

 

 

 

 

 

 

大橋にて--

 

安芸(勇者なんて体よく取り繕っているけど……。)

 

大橋には歴代の勇者を輩出した家名の石碑が建てられていた。

 

左から、

 

 

"湊家"

 

 

"高嶋家"

 

 

"今井家"

 

 

"白金家"

 

 

"美竹家"

 

 

"宇田川家"

 

 

"赤嶺家"

 

 

"瀬田家"

 

 

"奥沢家"

 

 

そして"山吹家"と"花園家"と"海野家"

 

安芸(それは、これからもずっと選ばれ…そして失われていく生贄……。)

 

 

 

 

 

 

別の日の帰り道--

 

夕方、沙綾とたえは学校から帰宅していた。

 

沙綾「お父さんもお母さんも学校の友達も、みんな応援してくれてる。御役目がある私達は幸せだな。」

 

たえ「急にどうしたの、沙綾?でも、そうだね。横断幕も貰っちゃったしね。」

 

沙綾「っ!?」

 

沙綾が何かの気配を感じた。

 

たえ「来るの……?」

 

沙綾「うん、来る。」

 

たえ「分かるようになってきちゃったね……。」

 

沙綾はいつかに見た夢の事を思い出す。

 

沙綾(今度のはきっと大変な戦いになる…。神樹様もそれを伝えようとしていた…。)

 

2人のスマホが鳴り出した。

 

 

ー-樹海化警報-ー

 

 

 

そして時が止まる---

 

 

 

沙綾「おたえ、気を引き締めて。」

 

たえ「うん。集中集中。あっそうだ。」

 

たえは持っていたリボンを沙綾に渡した。

 

沙綾「?」

 

たえ「これ、沙綾が持ってて。」

 

沙綾「うん、でも何で?」

 

たえ「髪に付けてくれても良いんだよ。」

 

沙綾「戦いが終わったら付けてみるよ。似合ってたら褒めてよ、おたえ。」

 

たえ「もちろん。」

 

樹海化が始まる--

 

沙綾「おたえは絶対に私が守るから。」

 

たえ「沙綾も必ず私が守るからね、約束。」

 

沙綾「うん、約束。必ず一緒に帰ろう。」

 

 

 



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かたすみのしあわせ


第2章最終話です。

ここまで読んで頂きありがとうございました。

そして物語は第3章に続きます。




 

 

沙綾「おたえは絶対に私が守るから。」

 

たえ「沙綾も必ず私が守るからね、約束。」

 

沙綾「うん、約束。必ず一緒に帰ろう。」

 

 

 

 

 

 

世界が樹海へと変貌していく--

 

闇からやって来たのは"牡牛型""魚型""獅子型"の3体。

 

たえ「また3体…。」

 

沙綾「…そういう事か。」

 

沙綾は何かに気が付いた様だ。

 

たえ「何が?」

 

沙綾「前々回の戦いの時もバーテックスは3体だった。その時に私は考えてたの。バーテックスには知識があって、あの時のやつらは確実に私達を倒してから神樹様に辿り着くつもりだったんじゃないかって。」

 

たえ「どうして?」

 

沙綾「あの3体は明らかに連携していた。わざと針を自分に刺してからそれを利用して攻撃の威力を上げていた…。だけどあの時は夏希が…命をかけて追い払ってくれた。」

 

たえ「でも、それって変だよね?」

 

沙綾「そう。こちらの戦力は下がってしまった。だけど、前回の襲撃はたった1体だけだった。次も複数で襲撃すればバーテックスが神樹様に辿り着く可能性は大いにある。」

 

たえ「バーテックスはこっちの戦力を測ってたって事?」

 

沙綾「それしか考えられない。1体減らしてまでもこちらの戦力を測り、この襲撃で確実に神樹様に辿り着くつもりだ。」

 

沙綾はバーテックスの知能の高さに恐怖を覚える。が、たえは違った。

 

たえ「でも、私達もバージョンアップで強くなった。見せてあげようよ、私達の力を。」

 

沙綾「おたえ…。そうだね、夏希が守ったこの世界を壊させやしない!」

 

2人は勇者システムを起動する。武器と勇者装束もバージョンアップに伴い変化している。加えて沙綾には左胸に朝顔、たえは腹部に青薔薇の刻印が刻まれていた。

 

沙綾「バックアップは任せて!」

 

たえ「じゃあ、私はフォワードだね!」

 

たえは飛び上がった。

 

沙綾はスナイパーライフルを構え、先行している"魚型"に1発打ち込み動きを止める。そして更にもう1発追撃しダメージを与えた。

 

たえ「やあああっ!!」

 

たえは上空から槍を伸ばし、"魚型"の頭に突き刺した。

 

たえ(武器の威力は段違いに上がっている。これなら…。)

 

沙綾「あっ、おたえ気を付けて!!」

 

たえ「っ!?きゃあ!!」

 

"牡牛型"が、後方から電撃をたえに向かって放ってきたのだ。

 

たえ「…あれ!?痛くない。」

 

しかし、たえにダメージはない。たえの精霊である"烏天狗"がバリアを張り守っていたのだ。

 

たえ「これが、精霊の力…。ありがとう、ドロちゃん。」

 

ふと、たえが腹部の刻印に目を落とすと、花びらが1枚光っていた。間髪入れずに、体制を整えた"魚型"が黒い煙を吐き出し攻撃してくる。

 

たえ「何これ!?何も見えない…。」

 

沙綾「目眩し…いや、これはガス…?まさか!」

 

沙綾が気付くも時すでに遅く、"牡牛型"が電撃を放ち、ガスに引火。

 

樹海が、炎に包まれる--

 

沙綾・たえ「「きゃあああっ!!」」

 

精霊のバリアでダメージはないが、凄まじい爆風で身動きが取れない。2人の刻印が4枚目まで光りだす。動けない2人に"魚型"は突進してくるが、バリアで阻まれる。

 

そして、2人の刻印の花びらが全て光り輝き、2人は何かを感じた--

 

沙綾「これが、勇者の新しい力…。」

 

たえ「きたきたきたー!行くよ!」

 

 

2人は神の領域に足を踏み込む--

 

 

 

沙綾・たえ「「満開!!」」

 

 

 

2人の花が光り輝き、樹海から光が集まる。その影響からか樹海から色が失われていった。光の中から現れた沙綾は勇者装束が更に変化し、巨大な8門の砲塔を持つ船に乗っていた。たえの服装も変化し、無数の羽根が付いた箱舟に乗っている。

 

直後"牡牛型"が沙綾に電撃を放つも全く効いていなかった。

 

沙綾「お前達の攻撃はもう届かない!」

 

沙綾は全砲塔からビームを照射、"牡牛型"を貫き、爆発。"牡牛型"が消滅し、無数の光が空へ昇っていった。一方でたえの方では"魚型"が口を開けて飛び上がり、飲み込もうと迫ってきた。

 

たえ「おおー!潰しにきたね!」

 

たえは羽根を突き刺し、吹き飛ばした。そして、

 

たえ「ふふーん。」

 

指を鳴らすと、"烏天狗"が出現。無数の羽根を"魚型"の周りに展開し、

 

たえ「よいしょ!」

 

手を合わせると、羽根が一斉に"魚型"に突き刺さり、消滅した。

 

沙綾「これで、後1体…。ぁ……。」

 

たえ「沙綾!あっ、あれ……!?」

 

その時2人の満開が解除され、2人は地面に落下してしまう。2人は地面に激突するが、落下のダメージはバリアが防いでいた。

 

沙綾「っ!?」

 

沙綾(何…立てない!?)

 

沙綾は起き上がれない。両足が全く動かないのだ。

 

沙綾「足が……。」

 

沙綾の勇者装束に謎のパーツが追加される。

 

たえ「あれ…?目が……。」

 

たえは右目が見えなくなっていた。そして目を補うパーツが追加される。沙綾は補助パーツのお陰で立ち上がる事が出来た。

 

沙綾「っ!?」

 

残りの1体"獅子型"がゆっくり接近してきた。

 

沙綾「もうここまで…え!?」

 

"獅子型"は無数の炎を纏った幼生バーテックスを飛ばしてきたのだ。

 

たえ「わぁ!?何かいっぱい来たよ!」

 

沙綾「くっ!」

 

必死に撃ち落とす沙綾だが、数が多すぎて全て捌ききれていない。

 

沙綾「まずい…数が多すぎ…きゃあ!」

 

幼生バーテックスの体当たりを食らってしまう沙綾。再び刻印のゲージが溜まり始める。たえは幼生バーテックスを切り裂き割いていたが、

 

たえ「数が多すぎるよ!きゃあ!!」

 

たえのゲージも溜まる。

 

沙綾は刻印を見つめる。足が動かなくなった事を思い出して、使うのを躊躇ってしまう。

 

沙綾「っ……。」

 

沙綾(でも、今はやるしかない!)

 

沙綾「おたえ!!」

 

たえ「うん!!」

 

沙綾・たえ「「満開!!」」

 

2人は再び満開した。樹海から色が再び失われる。2人は満開の力で幼生バーテックスを次々と撃退していく。それでは倒せないと悟ったのか"獅子型"は炎を一点に集め、巨大な火の玉を生み出した。色を失った樹海が崩壊していく。放たれた火の玉が樹海を破壊しながら向かってきた。

 

沙綾「はっ!?しまっ…!」

 

たえ「沙綾ー!!」

 

たえは羽根を使って盾を作り、沙綾を後ろに下がらせた。

 

沙綾「ああっ!」

 

たえ「きゃあ!」

 

攻撃を受けたたえの満開が解除されてしまう。

 

沙綾「おたえ!!」

 

たえ「はっ…そんな……!?」

 

"獅子型"の攻撃で大橋が破壊されてしまう。

 

沙綾「大橋が…。」

 

再び"獅子型"は炎を纏った幼生バーテックスを放ち始めた。

 

たえ「くっ、腕が痺れて…。」

 

たえの左腕が動かなくなり、それを補助するパーツが追加される。

 

たえ「あっ……。」

 

たえの目に映るのは次々と迫り来るバーテックスをたった1人で迎撃している沙綾の姿。しかし、捌ききれずにバーテックスが1体沙綾に迫ろうとしていた。

 

沙綾「っ!?しまっ…!」

 

しかし、すんでのところでたえが駆けつけバーテックスを槍で貫く。

 

沙綾「おたえ、無事だったんだね。」

 

たえ「ねぇ、沙綾。何か変だよ。こんな戦い方で良いの?」

 

身体機能が失われていく事に疑問を感じたたえは沙綾に尋ねた。

 

沙綾「分からない…。でも今は、神樹様をお守りしないと、私達の世界がなくなっちゃう。」

 

たえ「そ、そうだね…。」

 

"獅子型"は再び炎の玉を生み出し放ってきた。

 

たえ「さっきの攻撃…。」

 

沙綾「やらせない!」

 

今度は沙綾が前に出て全パワーを砲門に込める。

 

この時、沙綾の中にある記憶が駆け巡る--

 

 

ーーー

ーー

 

 

沙綾「これからも私と仲良くしてくれる?」

 

たえ・夏希「「もちろん!!」」

 

夏希「沙綾にはこれからも頼りにしてるんだぜ。」

 

たえ「そうだよ。沙綾は私達の参謀なんだからね。」

 

 

 

 

 

沙綾「違うの。私…ごめんなさい…。次からは始めから息を合わせる。頑張るから。」

 

夏希「うん、頑張ろうね。」

 

たえ「はい、沙綾。」

 

沙綾「ありがとう…。おたえ…夏希…。」

 

 

 

 

夏希「いやー、家族って良いもんだから普通に家庭を持つのもありかなって…。でも、そうなると将来の夢が…お、お嫁……さん。」

 

沙綾・たえ「「わぁ…!」」

 

沙綾「夏希なら直ぐに叶うよ。」

 

たえ「ドレス姿が楽しみだね。」

 

夏希「なんだよ、つつくなよー。」

 

 

 

 

 

夏希「もし御役目が終わったら、3人でバンド組むってのも良いかもしれないな。」

 

たえ「時間はたっぷりあるんだから、色んな事をしていこうよ。」

 

沙綾「まだやってない事いっぱいあるしね。秋や冬の行事もいっぱいあるよ。」

 

夏希「バーテックスが神樹様を壊したら、こういう楽しい日常が吹っ飛ぶんだよね。そんな事絶対にさせない。なっ?」

 

沙綾・たえ「「うん!」」

 

沙綾「もちろん、同じ気持ちだよ。」

 

たえ「頑張ろうね。」

 

 

 

 

 

夏希「これからもダチ公として宜しく!」

 

沙綾「こちらこそ!」

 

たえ「宜しく!」

 

 

 

 

 

沙綾「夏希…1人じゃ…。」

 

夏希「私に任せて沙綾とたえは休んでて。」

 

夏希「またね。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾「もう…誰も……!!」

 

両者発射。火球と光球、それぞれがぶつかり合い、爆発が起こる--

 

爆風に2人が曝された。

 

沙綾「あっ…。」

 

沙綾の満開が解け始める。

 

たえ「沙綾!!」

 

沙綾「おたえ…後をお願い。あいつを止めて……。」

 

たえ「うん!任せて、沙綾!!」

 

たえは沙綾の船から飛び立ち--

 

たえ「満開!!」

 

三度目の満開を行った。沙綾の満開が解除される中、光がたえに向かって集まっていく。満開したたえの姿を沙綾は見送り、地上へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

満開したたえはそのまま"獅子型"に向かって突撃する。"獅子型"はたえを近付けまいと幼生バーテックスを生み出し壁を作るが、

 

たえ「どいてえええええええっ!」

 

その壁を難なく突き抜け、"獅子型"に激突した。

 

たえ「ここから……出て行けぇぇぇぇぇぇ!!」

 

"獅子型"を壁まで押し返す。

 

たえ「何あれ!?」

 

"獅子型"は御霊の姿に戻り、壁の外へと逃げて行き、逃げた御霊は闇の中に溶けていった。

 

たえ「待て!」

 

たえも御霊の後を追いかけようとするが、

 

たえ「うっ!」

 

満開が解除され、地上に落ちる。

 

たえ「がはっ!がはっ…。はーっ…!はーっ……。一瞬心臓が止まったかと思った…。逃がさないんだから。」

 

たえは御霊の後を追い、何かを通り抜けた。そこで、たえが見たものは--

 

 

たえ「っ!?」

 

 

 

全てが燃え尽きた炎の世界--

 

 

 

そして大きな樹--

 

 

 

たえ「っ……?」

 

周りには再生中のバーテックス。そして、"獅子型"の御霊にも無数の幼生バーテックスが集まり出し--

 

たえ「何、これ……。」

 

ふと、たえは自分の胸に手を当てた。

 

たえ「あれっ?心臓……動いてない………。」

 

そしてたえは全てを悟ったのだ。

 

たえ「ああ…私、分かっちゃった……。」

 

"獅子型"は再生が完了し、無数のバーテックスがたえに迫って来る。

 

たえ「っ!」

 

 

 

 

 

 

その頃、沙綾は--

 

傷付き変身が解け、周りを見回していた。

 

沙綾「はあ、はあ、はあ…。」

 

沙綾の右手にはたえから貰ったリボンが握りしめてあった。

 

沙綾「はあ、はあ…街は…?」

 

沙綾は戸惑っている。そこへ、

 

たえ「沙綾ーー!!」

 

たえが戻って来た。

 

たえ「大変だよ、沙綾!外の壁がね!!」

 

沙綾に必死で今見た光景を説明しようとするが、

 

 

 

 

 

沙綾「誰……ですか?」

 

たえ「えっ!?」

 

沙綾「なんなんですか?一体……。そうだ、夏希は!?」

 

たえ「沙綾…?」

 

たえは戸惑いを隠せない。

 

沙綾「夏希はどこ!?」

 

たえ「っ!?沙綾!!」

 

沙綾は記憶を無くしてしまったのだ。壁の外から無数のバーテックスの群れが現れる--

 

たえ「っ……!」

 

大量のバーテックスを前に、たえは決意する。

 

沙綾「?」

 

たえ「大丈夫。後は私が何とかする。」

 

 

 

 

たえ「私は花園たえ。あなたは山吹沙綾。あの子は海野夏希。」

 

たえは沙綾の手首に自分が預けたリボンを結ぶ。

 

たえ「3人は友達だよ。ズッ友だよ。」

 

たえ「私は死なないから。また後で会えるから。」

 

沙綾「っ……。」

 

たえ「だから、ちょっと行ってくるね。」

 

沙綾「っ!」

 

手を伸ばす沙綾。しかし、触れる事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

無数のバーテックスの群れに飛び込んで行くたえ。

 

たえ「満開!!」

 

4度目の満開を行い、箱舟の上でたえは覚悟を決める--

 

たえ(何度死んだって良い。だって、絶対に死ねないんだから…。)

 

刃が集まりその全てがピンク色に輝く無数の羽根に変化していく--

 

たえ(私達は生かされている…。)

 

鳥の様な姿に変わるたえの満開--

 

 

対面には進行してくるバーテックス--

 

 

沙綾は何故か涙が止めどなく流れ、そのまま気を失ってしまった--

 

 

 

そして、たえはたった1人でバーテックスの群れへ飛び込んで行く--

 

 

 

 

 

 

 

沙綾「……?」

 

沙綾は病室で目を覚ました。

 

沙綾「ここは…?」

 

右手首には覚えの無いリボンが結ばれている。

 

沙綾「私は…。」

 

 

 

 

 

 

同時刻、大赦の特別病室--

 

大赦の神官達がベッドを運んでいた。その横を通り過ぎる女性の神官。その神官、安芸先生は眼鏡を外し、仮面を付けながら病室を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

街では連日大橋での大事故のニュースが報道されていた。

 

ニュース「大橋の事故による行方不明者は4名。重軽傷者は多数。死者も出ているようです。身元が確認出来る者は現在2名、牛込ご夫妻とみられます。なお、大赦発表によりますと…。事沿岸工場地帯で発生した火災は化学薬品への引火によるものと…。昨夜、山にて発生しました火災は未明までに鎮火され、周辺に影響はありませんでした。」

 

 

 

 

 

 

病室--

 

季節は桜の芽がでる頃、沙綾の体調は大分良くなっており退院が決まった。そして、それに伴い引っ越しする事も決定した。

 

退院は明日だと聞かされ、沙綾は病室のベッドで眠りについた--

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな家の前にいる車椅子の少女。

 

沙綾「わぁ…大きい。うちってここまで大金持ちだったっけ?」

 

沙綾(新しい生活、ここで始まるのか…。)

 

 

 

その時、

 

 

 

 

?「こんにちわー。」

 

沙綾「っ!?」

 

突然女の子が入って来たのだ。見た目は沙綾と同じ年頃の少女、そして猫の耳の様な特徴的な髪型をしていた。

 

?「もしかして隣に引っ越して来た人?」

 

沙綾「えっ、はい……。」

 

香澄「私の名前は戸山香澄。お隣さん同士これから宜しくね!」

 

香澄は手を差し出した。

 

沙綾「私は山吹沙綾。戸山さんこれから宜しくお願いします。」

 

沙綾も手を差し出し、2人は握手する。

 

香澄「香澄で良いよー。あと敬語も無しね!そうだ、この街を案内してあげるよ…。」

 

新しい場所、新しい生活。そして、新しい友達に出会い、沙綾は強く生きていく--

 

 

 

 

 

 

 

体を神樹様に、---しながら戦い続ける事。

それはとても素敵な事らしく……。

私の両親は泣いていたという。

--……私より軽度で良かった。

また辛い---が始まるだろうけど挫けないで。

きっとまた会えるから。

 

 

 

勇者御記 298年10月11日

 

 

 





これにて第2章"山吹沙綾は勇者である"は終了になり、物語は"第3章〜勇者の章〜"へと続いていきます。


西暦編で出てくるバンドリの人物は既に乗せています。人数的にどうやってもアフロの3人とハロハピ3人は出せませんでした。それに伴い姉妹設定も無くなってしまいます。

拙い文章ですが、これからも暇な時にでも読んで頂けると幸いです。


これからもどうぞよろしくお願い致します。



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第3章~勇者の章~
友の記憶


第3章が始まります。

ここから始まるのは5人の勇者部の物語。

……1人足りないような--





 

 

のどかで平和な街並みが広がっている。

 

みんなで守り抜いてきた平和がそこにはあった。

 

花咲川中学勇者部部室--

 

香澄「花咲川中学勇者部は、勇んで世の為になる事をする倶楽部です。なるべく諦めない。成せば大抵何とかなる。などの精神で頑張っています。今日も勇者部しゅっぱーつ!…っと。」

 

彼女の名前は戸山香澄。花咲川中学勇者部部員で、明るく元気。キラキラドキドキする事が大好きな中学2年生。本人は星だと言い張るが、猫の様な髪型が特徴的。

 

有咲「小学生の作文か!」

 

香澄「中学生だよー。」

 

有咲「知ってるっつーの!」

 

今突っ込んだ少女は市ヶ谷有咲。途中入部の中学2年生。いつも香澄に振り回されてはツッコミに回る完成型勇者部部員である。

 

ゆり「香澄ちゃん。タウン誌で勇者部の活動を紹介してもらうんだから、良いキャッチコピーを考えてね。」

 

香澄「はーい。」

 

彼女は牛込ゆり。この花咲川中学勇者部の部長の中学3年生。基本しっかりしていて勇者部を引っ張っていくリーダーである。

 

りみ「お姉ちゃん!幼稚園からお礼のメールがたくさん来てるよ!」

 

ゆり「この間は凄く受けたからね。」

 

香澄「凄い凄い!」

 

パソコンを見ている少女は牛込りみ。名前から分かる通りゆりの妹で、花咲川中学1年生。ゆりに憧れつつも自分の夢をしっかり追い続けている真面目な子である。

 

有咲「親御さんは苦笑いしてたけどな…。」

 

香澄・りみ「「えへへ…。」」

 

ゆり「そんな事無いよ。」

 

そこに、もう1人の生徒がやって来る。

 

?「ごめんごめん、もう始まってる?」

 

手に持っているのはウサギのぬいぐるみ兼枕。

 

?「掃除当番の途中で寝ちゃったんだー。」

 

有咲「そんな時に寝れるのはお前ぐらいだよなー……たえ。」

 

たえ「有咲に褒められた。」

 

香澄「良かったねー、おたえ。有咲は中々人を褒めないんだよ。」

 

香澄がたえにハイタッチする。

 

有咲「だぁーーー褒めてねぇーーーー!!」

 

ゆり「さて、全員揃ったね。じゃあ、12月期の部会、始めるよ。」

 

香澄・りみ・たえ「「「はーい!」」」

 

ゆり「今、依頼が来てる件を地図に…。」

 

香澄(秋までに色々あったけど…。今、花咲川中学勇者部は、こんな風にやたらと元気です!)

 

 

 

 

 

 

牛込宅--

 

たえ「零は無。そんな概念を思い付いたインドの人は凄いヨガ。」

 

ゆり「いや、そういうのより…もっと、こう、高校受験用の対策を……。」

 

りみ「何で2年生のおたえちゃんがお姉ちゃんを教えてるの?」

 

りみはおやつを出しながら、そんなごもっともな事を尋ねた。

 

ゆり「たえちゃんはそこらの家庭教師より頭が良いから。」

 

たえはお団子を1つくわえ、上にポーンと投げて、口でキャッチする高等テクニックでお団子を頬張る。

 

たえ「んー美味しい。」

 

ゆり「そんな風には見えないけどね。」

 

りみ「じゃあ、私の勉強も見てもらいたいな。」

 

ゆり「ああ、それは良いかもね。りみはちょっと心配だし。」

 

りみ「もう、お姉ちゃんてばー。色々ありすぎて、夏の間は勉強しなかったからね…。」

 

たえ「ゆり先輩、2年生までの成績は良かったんですよね?」

 

ゆり「それはもうとっても!でも、今はそれはもうとってもマズイかなー。」

 

りみ「お姉ちゃん…。」

 

ゆり「だってしょうがないでしょ。3年になって色々ありすぎたから…。」

 

ゆりは夏の頃の戦いの日々を思い出していた。

 

たえ「ゆり先輩が頑張ったから今があるんですよね…。」

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

少し前の事--

 

たえ「勇者部に入部希望の花園たえです。」

 

有咲「花園たえ!?あの…?」

 

有咲は大赦にいた為、花園家の凄さは知っていた。

 

たえ「2年前、大橋の方で勇者やってました。改めて、よろしくお願い致しまーす。」

 

りみ「わぁ。」

 

有咲「何で伝説の勇者がこんな所に!?」

 

有咲は呆気に取られている。

 

たえ「うーん。家にいてもやる事がないから?」

 

有咲「そんな理由かよ!」

 

たえ「私、小学校中退だしねー。」

 

有咲「そんな重い事をしれっと!?」

 

ゆり「御役目から解放された花園さんは普通の生活に戻る事を大赦に要請したの。」

 

ゆりが経緯を説明する。

 

たえ「まさか普通の生活に戻れるなんてね。」

 

ゆり「偉大な先輩勇者を歓迎します、花園さん。」

 

たえ「花園とかたえで良いですよ。ゆり先輩。よろしくね、有咲。」

 

有咲「おっ、おう…。」

 

たえ「後は…りみに香澄だね。」

 

香澄「よろしくね、おたえ。」

 

りみ「こちらこそよろしくね、おたえちゃん。」

 

たえ「っ……。」

 

2人のおたえ呼びに何故か懐かしさを感じるたえ。

 

たえ「あっ、それでねーこの子がオッちゃん。」

 

たえは持ってきたウサギのぬいぐるみ兼枕を紹介する。

 

りみ「不思議な人だね、お姉ちゃん。」

 

たえは部室を見渡した。

 

たえ「そっかー。みんなこんな風に青春してたんだね。」

 

香澄「おたえ。」

 

たえ「ん?」

 

香澄「勇者部へようこそ!」

 

たえ「うん、これから私も青春するんだ。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

たえ「ベッドでずっと見てたから。勇者部楽しそうだなー、楽しいだろうなーって。」

 

たえはあの頃を思い出す。

 

たえ「また学校に行けるようになるなんて思って無かったから。嬉しい。よし、勉強の続きをしましょう。」

 

メガネを装着するたえ。

 

たえ「それじゃあ、私の好きな複素数の行列からやりましょう。」

 

 

 

 

 

かめや--

 

香澄と有咲がうどんを食べている。

 

香澄「有咲、日曜日なのに来てくれてありがとうね。」

 

有咲「別に、今日はたまたま暇だったし。」

 

2人はソフトボール部の手伝いの帰りに寄っていたのであった。

 

有咲「勇者部って変な部だよなー。」

 

香澄「だから楽しいよね。毎日違う事が起きて。」

 

有咲「まぁな。」

 

2人は店を出る。

 

香澄「日が暮れて、また明日だね。」

 

有咲「はぁ…もう月曜か。休みの日はあっという間だな。」

 

香澄「帰ったら宿題やらないとね。」

 

有咲「私はもう終わらせたぞー。」

 

香澄「え!?朝から試合だったのに?」

 

有咲「土曜のうちにやったんだよ。当然だろ。」

 

香澄「有咲は凄いなー。あっ…。」

 

その時、すれ違った車椅子の少女が気になった香澄。

 

香澄「……?」

 

有咲「どうした?」

 

香澄「ううん、何でもないよ。」

 

香澄は気になりながらも家路に着いた。

 

 

 

 

 

別の日、部室--

 

りみ「じゃじゃーん。」

 

香澄・ゆり・有咲「「「わー。」」」

 

たえ「りみ、そのケーキどうしたの?密輸?」

 

たえが尋ねた。

 

りみ「違うよー。今日家庭科の授業があって作ったんだ。」

 

香澄「りみりんが作ったの?」

 

りみ「うん!」

 

りみは箱を開けて中身を見せるが、猫の絵がいびつになっていた。

 

香澄・ゆり・有咲「「「……。」」」

 

りみ「作りすぎたから持ってきたんだ。」

 

ゆり「さすがは私の妹。」

 

有咲「なんちゅーか、独特のセンスだな。」

 

ゆり「表現が豊かだと言いなさい。」

 

ゆりはケーキを6等分に切り分ける。

 

全員「「「いただきまーす。」」」

 

香澄「うん!」

 

有咲「見た目はともかく…。」

 

たえ「味は美味しいよ!」

 

ゆり「りみが、ついに食べられる料理を…。うっ…。」

 

りみ「お姉ちゃん。かえって傷付くよ…。」

 

5人はケーキを食べ進め、最後の一個に手を伸ばす。

 

全員「「「あっ…。」」」

 

香澄「有咲食べて。」

 

香澄が譲る。

 

有咲「いや、りみが食べるべきだと思うぞ。」

 

有咲が譲る。

 

りみ「私は授業でも食べたから…。おたえちゃんどうぞ。」

 

りみも譲る。

 

たえ「いやいや、部長こそどうぞ。」

 

たえも譲る。

 

ゆり「2つも食べたら女子力的に心配だよね…。」

 

有咲「そもそも何で6つに切り分けたんだ?」

 

ゆり「ついいつもの癖で…。」

 

香澄「癖?」

 

香澄が引っかかる。

 

ゆり「え?いや、何となくかな?」

 

その時、

 

たえ「5等分出来たよ。」

 

たえが最後の1つを更に5等分した。

 

香澄「ほぇー…。」

 

りみ「どうやって切ったの?おたえちゃん。」

 

たえ「数学だよ。数学。」

 

香澄「チョココロネ…。」

 

香澄が、突然口に出す。

 

ゆり「え?何?」

 

香澄「なんか、前に部室でチョココロネ食べなかったかなーって…。」

 

りみ「ああ、前に香澄ちゃんも家庭科の授業で作ってきたんだよね。」

 

りみが答える。

 

香澄「あ…。あぁ、そっか……。」

 

ゆり「はい、おやつの時間はおしまい。日曜日の練習をしましょう。」

 

香澄・りみ・たえ「「「はーい。」」」

 

香澄「……?」

 

たえは香澄の言葉が気になっていた。香澄も自分の発言が引っかかっていた。

 

 

 

 

 

放課後--

 

1人帰り道を歩いている香澄。

 

香澄「!?」

 

香澄の隣の家に目が行く。

 

香澄「……。」

 

 

 

 

 

 

大橋近くの建物--

 

そこはお墓だった。

 

たえは"海野家"と書かれた石碑に献花する。

 

たえ「夏希。やっと来られたよ。久しぶり。元気だった?あっ、元気とかそういうのは違うか…。久しぶりといえば、イネスの醤油豆ジェラート、店ごと無くなってた。残念だね。時の流れは残酷だよ。あのね、夏希。私、勇者部に入ったんだ。そ、花咲川中学の。みんなとっても面白くて、私達のチームに負けず劣らずなんだよ。今日は土曜だけど、みんなと幼稚園でライブをやるんだ。あの時のライブ楽しかったよね。夏希も見てて。」

 

たえ「あっ、そうだ。これ、うちで作ってきたんだ。夏希の作り方を思い出して自分で作ってみたんだ。」

 

そう言うと、たえはパックに入った焼きそばを供えた。

 

たえ「これ、夏希の分。美味しかったら褒めてね。で、これは私の分。で……。」

 

1つ余った焼きそばを見る。

 

たえ「何で私3つ作っちゃったんだろうね、夏希……。」

 

たえがいる場所は"英霊之碑"。歴代の勇者を祀る所である。

 

たえ「っ……。」

 

突然たえは立ち上がり、その目からは涙が流れた。

 

 

 

たえ「さ…あや……。」

 

 

 



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花々の再誕

夏希の勇者システムは改良され有咲の手に渡っています。

散華は無くなりましたが、それに伴って精霊も減るので少し寂しいですね。




 

 

幼稚園前--

 

ゆり「たえちゃんがまだ来てないって?もう、時間なのに……。」

 

有咲「たえの奴、メッセージも既読になんねーし。まだ寝てんのか?」

 

りみ「おたえちゃん、あんなに張り切ってたのに…。」

 

ゆり「仕方ない。本来私は出ないつもりだったけど、たえちゃんの代わりに出ますか。」

 

このライブではゆりに変わってたえがリードギターで出る予定だったが、ゆりが代わりに出ることになった。

 

ゆり「香澄ちゃん……。」

 

香澄「……。」

 

ゆり「香澄ちゃん!」

 

香澄「っ!?う、うん。」

 

ゆり「ちょっと、香澄ちゃんまでどうしちゃったの?もうすぐ本番だよ。」

 

りみ「香澄ちゃん、どこか具合でも悪いの?」

 

ゆりとりみが香澄を心配する。

 

香澄「体は大丈夫。」

 

りみ「体は?」

 

香澄「……あのね、何か胸の中がザワザワ変な感じがするの。みんなはしない?」

 

ゆり・りみ・有咲「「「……。」」」

 

3人は顔を見合わせる。

 

ゆり「今日は中止にしようか?」

 

ゆりがそう言った時、

 

先生「勇者部の皆さん。」

 

幼稚園の先生がこちらに来たのだ。

 

先生「今日はありがとうございます。」

 

ゆり「あ…実は……。」

 

先生「子供達が今日のライブを楽しみにしていて。今か、今かと。」

 

ゆり「あっ……。」

 

先生や子供達が待ち望んでいる事を聞いたゆりは、言うに言えない状況だったが、

 

香澄「大丈夫です!やりましょう、みんなが待ってますから!」

 

香澄はそう言い、ライブが始まった。

 

 

 

 

 

香澄「初めましてみんな!私達……。」

 

全員「「「Glitter*Partyです!」」」

 

香澄「まずはみんなが一緒に歌える曲を演奏するから、みんなで大きな声で歌って見よう!」

 

園児達「「「はーーーい!!」」」

 

 

〜♩

 

 

 

 

 

 

曲が終わり、

 

香澄「それでは、メンバーを紹介しまーす!」

 

香澄「ベースのりみりん!」

 

りみは子供達に手を振る。

 

香澄「リードギターのゆり先輩!」

 

ゆり「みんなー今日は楽しんでいってねー!」

 

香澄「あっちが有咲!」

 

有咲「キーボードだぁーーー!」

 

香澄「そしてー……っ!?」

 

紹介の途中で香澄が止まってしまう。

 

ゆり「ど、どうしたの、香澄ちゃん…。」

 

ゆりが香澄を心配する。

 

香澄「ぁ………。」

 

突然香澄の目から涙が溢れた。子供達も戸惑い始めている。その時だった。

 

たえ「はあ、はあ、はあ、はあ……。」

 

息を切らしたたえが扉を勢いよく開けて入ってきたのだ。

 

ゆり「たえちゃん?」

 

たえ「はあ…はあ……。」

 

そして、そのまま香澄に抱きついた。

 

香澄「ぁ……。私は…私は………。」

 

香澄もたえを抱き締める。

 

香澄「私は、ずっと一緒にいるよって、約束したのに……。したのにぃ…。」

 

 

 

香澄「うぅ…うぅっ……沙綾!」

 

 

 

 

 

 

夕方、部室--

 

りみ「香澄ちゃん…。」

 

有咲「たえも…。」

 

ゆり「2人とも一体どうしたの?」

 

3人は突然の事に圧倒され2人に尋ねた。

 

たえ「よく聞いてね。」

 

たえが口を開く。

 

ゆり・りみ・有咲「「「うん。」」」

 

 

たえ「今の、この記憶は嘘って事。」

 

 

ゆり「えっ!?」

 

ゆりが驚く事も無理ない。

 

たえ「何か、とんでもなく悪い事が起きていて……。それが何だかは分からないけど、私達はそれを無かった事にしている。」

 

ゆり・りみ・有咲「「「…………。」」」

 

有咲「何言ってんだ?」

 

有咲も頭を抱える。

 

香澄「私、思い出したんだ…。」

 

香澄が話し出す。

 

香澄「勇者部にはもう1人、とても大切な友達がいたんだよ!忘れる訳がない。絶対、忘れたりなんかしちゃいけないのに……。」

 

ゆり「香澄ちゃん、落ち着いて。」

 

香澄「みんな、思い出して!」

 

香澄は3人に訴えかけた。

 

 

香澄「沙綾……。ここに、山吹沙綾って子がいたんだよ!!」

 

 

ゆり・りみ・有咲「「「っ!?」」」

 

 

3人は思い出す。

 

有咲「あれっ!?そういえば、沙綾って今どこだ…。」

 

ゆり「山吹、沙綾…。」

 

今まで、沙綾の記憶が全員から消えていたのだ。

 

 

ーーー

ーー

 

 

時期は少し前に戻る--

 

ある朝の登校中、校門の前に一台の車がやってくる。

 

香澄・沙綾「「?」」

 

香澄と沙綾が気が付くと、車から1人の少女が出てきた。

 

たえ「じゃじゃーん!花園さんちのたえだよ!驚いた?」

 

香澄「え?えっと、あの?」

 

香澄はいきなりの事にテンパっていた。

 

たえ「今日から同じクラスメイトだよ。よろしくね!」

 

沙綾「おたえ…。」

 

たえ「へいへい、沙綾。たえだよ!」

 

沙綾「おたえっ!」

 

沙綾はたえに抱き着いた。

 

たえ「驚いてる驚いてる!サプライズは大成功だね!」

 

 

 

 

 

部室--

 

たえ「勇者部入部希望の花園たえです。」

 

有咲「なっ!?花園たえってあの!?」

 

たえ「2年前、大橋の方で勇者やってました。改めて、よろしくお願い致しまーす。」

 

沙綾「またおたえと勉強できるなんて……。」

 

たえ「授業中に居眠りしてたら注意してね。」

 

沙綾「しないように気を付けないとダメだよ。」

 

ゆり「何だか、沙綾ちゃんがお母さんみたいだね。」

 

 

 

 

 

たえも加わり6人になった勇者部。中でも足も治り、歩けるようになった沙綾は特に勇者部の活動に力を入れていた。初めの方は、

 

沙綾「自分の足で歩けるようになった事が本当に嬉しくて……。」

 

だなんて言っていたが、沙綾の働きっぷりは他の5人から見ても異常な程であった。そんな中、5人は沙綾を部室に呼び出す。

 

ゆり「沙綾ちゃん。頑張ってくれてるのは嬉しいけど、たまには休まないとダメだよ。」

 

有咲「そうだぞ、沙綾。また歩けなくなったらどーすんだ。」

 

ゆりと有咲が気にかけるが、

 

沙綾「大丈夫ですよ。私全然無理なんかしてませんから。」

 

沙綾は笑顔で答える。

 

しかし、香澄は気付いていた。沙綾が何故あんなに頑張るかを。そして、

 

香澄「沙綾……。あの事を気にしてるの?」

 

沙綾「やっぱ、香澄の目は誤魔化せないか。」

 

沙綾が苦笑いし、話し出す。

 

沙綾「体が元気になったからって言うのも本当の事。でも、私が壁を壊してしまった事……。」

 

沙綾は前の戦いの際、みんなを絶望から解放すべく、壁に穴を開けバーテックスを呼び寄せた事を未だに悔いていたのだった。

 

沙綾「一時の感情とはいえ、世界を危機に陥れてしまったのは事実。それは許されない事だから…。私、どうやって償っていけば良いのか分からないから、だから……。何か罪滅ぼしが出来ないかって考えたんです。」

 

ゆり「それで、部活を必死でこなしてたって事なのね。」

 

たえ「沙綾、随分極端になったね。」

 

ゆり「気持ちは分かるけど、自分も大事にしなきゃダメだよ。」

 

沙綾「すみません……。」

 

香澄「さーや。」

 

沙綾「?」

 

香澄が話し出す。

 

香澄「みんなの為に頑張りたい気持ちは私達も一緒だよ。」

 

たえ「そうだよ、沙綾。何かあったら私達を頼って良いんだから。」

 

沙綾「香澄…。おたえ……。」

 

ゆり「うん、2人の言う通りだよ。」

 

りみ「沙綾ちゃん、私も頑張るからね。」

 

沙綾「りみりん、みんな…ありがとう。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

有咲「ど…どういう事だ!?何で私達の誰も沙綾の記憶が無いんだよ!」

 

香澄・たえ「「……。」」

 

香澄とたえは沈黙している。

 

有咲「まるで、最初から沙綾が世界にいなかったみたいになってるじゃんか!」

 

りみ「お姉ちゃん…。」

 

ゆり「私、部長なのにまた……。」

 

香澄「でも、もう思い出した!」

 

たえ「沙綾……今どこで何をしてるの?」

 

 

 

 

 

 

世界のどこか--

 

 

そこには火炙りになっている少女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

5人は必死で沙綾がいた痕跡を探していた。

 

ゆり「写真にも、新聞の記事にも沙綾ちゃんがいない……。」

 

有咲「どうなってんだ、これ!?」

 

たえ「とにかく沙綾を、探そう!」

 

香澄・ゆり・りみ・有咲「「「うん!」」」

 

夕暮れの中、香澄は沙綾を探して走り回っていた。

 

香澄「はあ、はあ、はあ、はあ・・・。」

 

香澄(私、さーやの事絶対に覚えてるって約束したのに…。それなのに……!)

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、部室--

 

有咲「全員、手掛かり無しか…。」

 

香澄「さーや、やっぱり元からいない事になってた。教室に机もないし……。」

 

りみ「大赦なら何か知ってるだろうけど…。」

 

ゆり「でも、私には何も知らないって……。」

 

有咲「こっちも同じ返答だった。」

 

ゆり「また、大赦はトボけてるって事?」

 

ゆりが拳を握るが、

 

たえ「本当に何も知らないみたいだよ、大赦は。」

 

たえが部室に入ってきた。

 

ゆり「たえちゃん、どこ行ってたの?」

 

たえ「大赦本部。沙綾の事、私が話せる地位の神官さん達に聞いたけど……みんな震えながら知らないって。」

 

有咲「大赦すら知らない事態だなんてな…。」

 

香澄「さーや……。」

 

香澄は悲しみに暮れるが、

 

たえ「もう、これしか無いみたいだね。」

 

香澄「え?」

 

たえがケースを机の上に置き、それを開けた。

 

香澄・ゆり・りみ・有咲「「「っ!?」」」

 

たえが用意したケースの中には勇者システムのスマホがあった。

 

ゆり「これって……。」

 

りみ「勇者システム……。」

 

たえ「ぷんぷん怒って、出してって言ったら大赦の人は出してくれたよ。これで見つけに行こう。」

 

香澄「見つけるって…。」

 

有咲「今も変身出来るんだよな?」

 

たえ「そうだよ、有咲。」

 

そう言って、たえはケースを指差す。

 

たえ「見て、沙綾のスマホが無いんだよ。」

 

ケースにはもう一台置けそうな隙間があった。

 

たえ「でも、私の端末のレーダーには沙綾の反応はない。もしかして、沙綾は凄くびっくりする所にいるんじゃないかな?」

 

ゆり「それってまさか…。」

 

香澄「あっ!壁の外!?」

 

たえ「その通りだよ、香澄。」

 

ゆり「沙綾ちゃんなら行きそうな所だね。」

 

ゆりも納得する。

 

たえ「だから、勇者になって行ってみようと思うんだ。」

 

たえは指を鳴らすと頭の上に精霊である"烏天狗"が現れた。

 

香澄「精霊!」

 

りみ「でも、勇者になったらまた力の代償があるのかな?」

 

りみが思うことは最もである。勇者の切り札である"満開"。そして、大きな力を得る代償に身体を捧げなくてはならない"散華"という機能がある。

 

たえ「今回はバージョンが新しくなって、散華する事も無いんだって。」

 

有咲「何か、出来すぎてるっつーか。」

 

ゆり「そうだね。どれだけ新しいシステムになったって言っても、結局また…。」

 

ゆり、りみ、有咲は躊躇う。

 

たえ「怖いのが当たり前だよね…。」

 

香澄「よし!さーやを見つけるためなら私は。」

 

香澄は自分の頬を叩き、スマホに手を伸ばすが、ゆりがそれを阻止した。

 

ゆり「待って、香澄ちゃん。」

 

香澄「ゆり先輩。」

 

ゆり「初めての時とは違うの。私は、部長としておいそれとみんなを変身させたくない。勢いで、なんて言うのはやめて。」

 

香澄「はい……。」

 

ゆり「たえちゃんもだよ。」

 

たえ「うん。ありがとうございます。確かに私達は酷い目にあったけど……。勇者が身体を供物にしなければ世界は滅んでいた。仕方なかったんだよ。大赦はやり方がまずかっただけで、誰も悪くない。大赦は勇者システムについて、もう一切隠し事はしないって言ってくれた。私はそれを直接聞いて、信じようと思ったんだ。だから、前とは違う…。今度は納得してやるから。私は行くよ。」

 

たえの決意を聞いた香澄は、

 

香澄「っ…。私も信じる。」

 

ゆり・りみ・有咲「「「!?」」」

 

ゆり「香澄ちゃん…。」

 

香澄「大赦の人はよく分からないけど、おたえがそう言ってるんだから信じるよ。」

 

たえ「香澄……。」

 

香澄「ゆり先輩。ちゃんと考えました。私は行きます。」

 

香澄はスマホを手に取る。

 

ゆり「あー、もう…。部長を置いていっちゃダメでしょ。」

 

ゆりも手に取った。

 

香澄「ゆり先輩!」

 

ゆり「香澄ちゃんやたえちゃんなら、私も信じてるからね。」

 

有咲「まっ、勇者部員が行方不明ってんなら……同じ部員が探さないとな。」

 

有咲も手に取った。

 

りみ「私も行くよ!」

 

りみもスマホを掴んだ。

 

ゆり「りみ…。」

 

ゆりは心配するが、りみの決意は固かった。

 

たえ「素敵な仲間達だね。」

 

たえが香澄に笑いかけた。

 

5人が勇者システムを起動する--

 

 

 

たえが新しい勇者システムについて説明する。

 

たえ「新しい勇者システムは満開ゲージが最初から全部溜まってる状態だよ。精霊がバリアで守ってくれるけど、バリアを使う毎にゲージは減っていく。そして、ゲージは回復しない。満開はゲージがいっぱいなら出来るけど、使えばゲージは一気に0になる。ゲージが0になると精霊がバリアを張れなくなる。この時攻撃を受ければ、命に関わる事になる。これが散華が無くなった勇者システムだよ。」

 

香澄「今みたいに全部説明してくれた方がやりやすいな。」

 

ゆり「そうだね。覚悟が出来るしね。」

 

その時、ゆりの端末が光り、中から"犬神"が飛び出してきた。そして、他の精霊も出てくる。

 

香澄「牛鬼、久しぶり!またよろしくね。」

 

そして、5人は壁の外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

壁に到着する5人。

 

たえ「この先はズゴゴゴって感じだから気をつけてね。」

 

たえが注意する。

 

有咲「私が先頭で行くからたえは後ろからサポート頼むな。」

 

たえ「有咲、あまり前に出ないでね。」

 

たえは有咲に夏希の面影を感じ言葉をかける。

 

有咲「ぁ…。分かった。」

 

ゆり「りみ、今晩はスペシャルうどんを作ってあげるからね。」

 

りみ「うん。楽しみにしてるよ、お姉ちゃん。」

 

ゆり「よし、行きましょう!」

 

5人は壁の外へと足を踏み出したのだった。

 

 



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断罪の奉火


沙綾が囚われている場所、高天原--


そこはかつて香澄が散華時に訪れていた場所だったのです。




 

 

香澄達5人の勇者は消えた沙綾を探す為に壁の外へと足を踏み出した。

 

ゆり「相変わらずの凄まじさだね。」

 

有咲「何度見てもこの世の光景じゃねーな。」

 

壁の外の世界は相変わらず炎が渦巻く世界だった。

 

たえ「あっ!?レーダーに反応があったよ。」

 

たえがスマホを見るとそこには山吹沙綾の名前が。

 

香澄「さーやだ!やっぱりさーやは壁の外にいたんだ!」

 

ゆり「なんとかなりそうだね、香澄ちゃん。」

 

香澄「はい!」

 

りみ「意外と近いけど…。」

 

香澄「この方向で間違いないはず……うえぇ!?」

 

香澄が沙綾がいる方を見ると、そこにはブラックホールが渦巻いていた。

 

有咲「な、何なんだ…あれ。」

 

ゆり「あの位置だよね……。」

 

たえ「うん。沙綾はあの中にいるみたい……。」

 

香澄「さーやがブラックホールになっちゃってる…。」

 

りみ「っ!?お姉ちゃん!」

 

りみがスマホを見ると、沙綾の周囲にはバーテックスがたむろしていた。まるで沙綾を守っているかのように。

 

有咲「周囲にバーテックスがいるじゃねーか!」

 

香澄「……行ってみよう!」

 

香澄は決意する。

 

りみ「でもどうやって?」

 

周りには足場は無く、下は底の見えない暗黒の世界が広がっている。その時、幼生バーテックスが襲ってきた。

 

りみ「こんな時に!」

 

ゆり「てやー!」

 

ゆりがバーテックスを一刀両断する。

 

りみ「お姉ちゃん、危ない!」

 

後ろからゆりを襲ってきたバーテックスを、りみがワイヤーで切断した。

 

ゆり「ありがと、りみ。」

 

りみ「うん!」

 

香澄「はあぁぁぁぁっ!!てやっ!」

 

香澄はパンチや蹴りで蹴散らしていき、

 

有咲「完成型勇者舐めんな!」

 

有咲は小刀を投げて撃ち落とす。

 

たえ「はああああっ!せぇぇぇぇい!!」

 

たえは槍を伸ばしてバーテックスを次々と薙いでいく。

 

有咲「やるじゃんか、おたえ。」

 

たえ「有咲に褒められたー。」

 

有咲「でも、このままじゃジリ貧だ……。沙綾の所までどうやって行けば…。」

 

たえ「あそこまでなら船で行けそうかも。」

 

有咲「船って……たえ!?」

 

たえはそう言うと飛び上がり、

 

たえ「満開!!」

 

たえは満開し巨大な箱舟に乗る。

 

ゆり「たえちゃん、いきなり満開しちゃって…。精霊の加護が無くなっちゃうんだよ!?」

 

ゆりが驚くのも無理はない。満開を使うとゲージが一気にゼロになり、精霊のバリアが使えない。即ち攻撃が当たれば致命傷になりかねないのだ。

 

たえ「大丈夫ですよ。昔はバリア無しで戦ってたし。」

 

ゆり「大丈夫って……。」

 

たえ「さあ、みんな乗って!これが沙綾行きの船だよ!」

 

香澄「お邪魔しまーす。」

 

りみ「カッコいい船だね、おたえちゃん。」

 

ゆり「沙綾ちゃんといい、たえちゃんといいなんか羨ましい満開だね。」

 

有咲「まー私のがいちばんカッコいいけどな。」

 

4人はたえの箱舟に乗り込む。

 

香澄「おたえ、スゴイよ!」

 

たえ「ありがとう、香澄。さあ!このまま行くよー突撃!」

 

香澄(待っててね、さーや!)

 

5人は沙綾を助けにブラックホールの中心へ向かう。

 

 

 

 

 

道中5人を熱波が襲い、しがみつきながら何とか進んでいく。

 

香澄「みんな、乗り物酔い大丈夫?」

 

香澄がみんなに聞くが、

 

有咲「酔いって言うか、普通にやべーよこれ!」

 

香澄「中で何が起こってるんだろう、さーや……。」

 

その時、炎の中から"乙女型""射手型""天秤型"バーテックスが現れる。

 

たえ「仕掛けてきた…。」

 

有咲「あいつら、もしかしてここを守ってんのか!?」

 

たえ「むぅ…囲まれちゃってるね。」

 

香澄「私がさーやの所に行くよ!」

 

りみ「香澄ちゃん!」

 

香澄「絶対一緒に帰って来るから!」

 

有咲「香澄…。」

 

ゆり「もう…ちゃんと帰って来てね。隊長命令!」

 

たえ「邪魔して来る敵は私達で倒しちゃうからね。」

 

有咲「あんなもんの中じゃ何が起きても不思議じゃねー。気合いだ!」

 

みんなが香澄の背中を押した。

 

香澄「うん!」

 

たえ「香澄、沙綾の事お願いね。」

 

香澄「任せて、おたえ!」

 

たえ「よーし、それじゃー行くよー!」

 

箱舟は鳥の様な姿になり、沙綾の元へ少しづつ近付いて行った。後ろから"蠍型"のバーテックスが追ってくる。

 

たえ「っ!!香澄の邪魔はさせないよ!」

 

箱舟の羽根からビームを照射し"蠍型"の動きを止めた。

 

たえ「香澄、今だよ!」

 

香澄「うん!行って来るね!」

 

香澄は箱舟から飛び降り、ブラックホールへと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

香澄「くっ……うぅ………!」

 

香澄の刻印のゲージが1つ消える。

 

香澄「っ!?」

 

その時、香澄の後ろから"乙女型"が迫って来ていた。

 

香澄(まずい!?このままじゃ、狙い撃ちされる…。)

 

しかし、"乙女型"が突如大きな音を立てて凹んで行く。

 

香澄「っ!?何かが頭の中に…。」

 

 

 

 

?(クナ…ソチ…ワヘハ…イクナ。オマエハ…モウ…アトモ…ハデキナ…ナル。)

 

 

 

 

香澄の頭の中に直接何者かの声が響く。

 

 

 

 

?(テンノ…ノ、ノロイ…オマエヲ……。)

 

 

 

 

周りには"乙女型"の他には誰もいない。

 

香澄(まさか、バーテックスが…。)

 

次の瞬間"乙女型"が圧縮され潰されてしまった。

 

香澄「っ……。」

 

香澄は段々と中心へ近付いて行く。

 

香澄「あそこまで……行く!」

 

香澄の刻印がまた1つ消えた。

 

香澄「さーや…。」

 

また1つ消える。

 

香澄「さーや!!!」

 

また1つ消える。そして、ついに香澄は中心に辿り着く。

 

香澄「あっ!?ああぁーーーーーーーーっ!!」

 

突如香澄は突然引っ張られ、香澄の身体と精神が切り離される。

 

香澄「これって、幽体離脱!?」

 

自分の身体を見る香澄、そこへ突然炎の様なものが飛んでくる--

 

 

 

香澄「っ!?」

 

 

 

 

そして、炎が香澄の肉体と精神に降り注いだ。

 

 

 

 

香澄「きゃあっ!!」

 

 

 

炎に触れ、精神の方は火傷した様な痕が付いていく。

 

香澄「ああああっ!!」

 

炎が止み、次に泡の様なものが飛んできた。

 

香澄「あっ、さーや!?」

 

その泡には沙綾が写っていた。香澄がその泡に触れると、沙綾の記憶が流れ込んでくる--

 

 

ーーー

ーー

 

 

とある雨の日--

 

沙綾(おたえが私達の中学に来てから、しばらくして…大赦にとって予想していない事態が起こっていた。私が結界の一部を壊してしまった事で、外の火の手が活性化してしまっていたのだ。)

 

沙綾の家の前に大勢の大赦の神官がやって来た。

 

沙綾(このままでは外の炎が世界を飲み込む。大赦が進めていた反抗計画を凍結し…現状を打破する必要があったのだ。炎の勢いを弱めるには奉火祭しかない。それは神の声が聞ける巫女を外の炎に奉げ、天の神の許しを乞う。昔、西暦の終わりにも行われた生贄の儀式である、と。)

 

沙綾(今、大赦で御役目を果たしている数人が生贄の御役目に選ばれた。だけど、私でもその代わりが出来ると言う。私は勇者の資格を持ちながらも、巫女の力を持つと言う唯一無二の存在だとか。悩むまでもない。結界に穴を開けたのは私だ。私は償わなくてはならない。香澄やみんなが無事なら…。私は1人なら……。私がいなくなれば、きっと香澄達が…みんなが私を探す。そうしない様に……神樹様、お願い致します。)

 

こうして、沙綾は生贄として捧げられた。

 

沙綾(香澄……。)

 

 

ーー

ーーー

 

 

香澄「っ…!さーやはいつも突っ走るなぁ…。自分をいない事にしちゃうなんて………。」

 

再び炎が降り注いでくる。香澄は手を握り、

 

香澄「でも、私は約束したから!さーやを1人にしないって!!」

 

炎が香澄を襲う。

 

香澄「きゃあ!あぁっ!!」

 

しかし、香澄は踏ん張り、

 

香澄「だから…何度でも、助ける!!」

 

炎に立ち向かっていき、前に進み続けたのだった。

 

 

 

 

 

高天原--

 

香澄「あっ……あれ!?」

 

突如香澄の目の前に広がるのはモノクロの世界。

 

香澄「ここ…前に……。」

 

周りを見渡すと、

 

香澄「っ!?さーや!!」

 

水鏡の様なものに囚われている沙綾が。そしてその上には沙綾の魂が燃やされている。香澄からは見えないが、左胸の辺りに炎の様な刻印が刻まれていた。

 

香澄「ひどい……。」

 

香澄は自分の手を見つめ、

 

香澄「今助けるから…。」

 

囚われた沙綾を引っ張り出すが、

 

香澄「あっ!?」

 

焼ける様に熱い。だが、香澄はそれでも引っ張り続ける。

 

その瞬間、沙綾に刻まれていた刻印が消える--

 

香澄「あっ!?」

 

そして、香澄の左胸に同じ刻印が刻まれた--

 

香澄「構わない!さーやを離して!!」

 

それでも香澄は沙綾を引っ張るのを止めない。香澄が沙綾を引っ張る毎に香澄の刻印は大きくなっていった。

 

香澄「ううああーーーっ!!」

 

沙綾を引っ張る。刻印が大きくなる。

 

香澄「耐えろ!私!!」

 

香澄「くぅっ!ううーーー!」

 

そして、遂に沙綾を引っ張り出す事に成功する。

 

香澄「やった…これで……。くぅっ!?」

 

胸の刻印の模様が真っ赤に輝き、火傷が広がっていく。

 

香澄「ああああああーーーーっ!!」

 

 

 

水鏡にヒビが入り、眩しい光に包まれた--

 

 

 

ブラックホールが砕け散る--

 

 

 

 

 

 

ゆり・りみ・有咲・たえ「「「「きゃあーーーっ!!」」」」

 

ブラックホールの外にいた4人が爆風に吹き飛ばされる--

 

そしてブラックホールは小さくなり、消滅したのだった--

 

 

 

 

 

 

花咲川病院--

 

沙綾「あっ…。」

 

香澄「やった!目が覚めた!さーや!!」

 

有咲・たえ「「沙綾!」」

 

ゆり・りみ「「沙綾ちゃん!」」

 

病室で沙綾が目を覚ました。

 

沙綾「みんな…?」

 

たえ「ここ数日眠りっぱなしだったんだから。」

 

沙綾「助けて、くれたの?」

 

香澄「うん!」

 

沙綾「でも…でも、このままじゃ世界は炎に……。」

 

ゆり「事情は聞いたよ。炎の勢いはもう安定したから生贄はもう必要ないってさ。」

 

沙綾「っ!?まさか、代わりの人が…?」

 

有咲「ちげーよ。普通なら死んじまうくらいの生命力をごっそり奪われたんだって。それできっと御役目を果たしたんだろ。でも、タフだったからまだ生きてた。」

 

たえ「いっぱい体を鍛えておいて良かったね。」

 

りみ「どこも異常無いみたいだよ、沙綾ちゃん。」

 

有咲「お勤めご苦労さん。まあ、もうしばらくは病院だろうけどな。」

 

たえ「これで改めて勇者部全員集合だ。」

 

沙綾「みんな…。」

 

香澄「さーや、ごめんね。」

 

沙綾「え?」

 

香澄「さーやの事絶対忘れないって約束してたのに、何日か忘れちゃってて……。」

 

沙綾「私の方こそごめん。心配させちゃったね…。」

 

香澄「仕方ないよ。多分私でも同じようにしてたと思うよ。」

 

飾ってある写真にも沙綾の姿が戻っていた。

 

ゆり「次からはきちんと全部話してね。部長命令。」

 

沙綾「はい……。」

 

有咲「ま、お互い様って事で良いんじゃね?私たちも忘れてたんだから。」

 

沙綾「それでも、みんな思い出してくれた…。夢じゃないんだね。」

 

沙綾から涙が溢れる。

 

香澄「そうだよ、さーや。」

 

沙綾「ありがとう…。」

 

たえ「よーし、よーし。」

 

たえが沙綾の頭を優しく撫でた。

 

有咲「これで、一件落着だな!」

 

香澄「よーし、これで本当に全員揃ってクリスマス!そして大晦日にお正月だー!」

 

香澄は飛び上がって喜んだ。

 

ゆり「香澄ちゃんったら、全部遊ぶ事ばっか。」

 

全員「「「あはははっ!!!」」」

 

沙綾が勇者部に戻り、平穏な日常が戻っていく--

 

 

 

 

 

 

その夜--

 

お風呂で鏡を見る香澄。

 

 

 

その左胸には痛々しいほどの、赤黒い炎の刻印が刻まれていた--

 

 

 



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負の連鎖



言いたいけど言えない、そんな時みなさんならどうしますか?

そして、もし今回の香澄と同じ場合だったらどうしますか?




 

 

街はクリスマス一色。鮮やかなイルミネーションが街を彩っていた。その中を香澄と沙綾は歩いている。

 

香澄「わあ!もう飾り付けされてるよ。」

 

沙綾「なんかあっという間に一年が過ぎていくね。」

 

香澄「色々あったもんね…。」

 

思い出されるのはバーテックスとの戦いの日々。

 

香澄「さーやは勇者になって良かったと思う?」

 

沙綾「どうしたの突然?」

 

香澄「何となく聞いてみただけ。」

 

沙綾「香澄は?」

 

香澄「私は……良かったと思ってるよ。」

 

沙綾「何で?」

 

香澄「確かに辛い事沢山あった。痛い事や胸が苦しい事いっぱいあった。」

 

沙綾「なのに香澄は良かったって思うの?」

 

香澄「さーやに会えた!ゆり先輩やりみりん、有咲におたえ。それに勇者部にだって入れた。バンドや劇、ボランティアで色んな人の笑顔を見る事が出来た。それだけで、どんなに辛い事があっても私は頑張れる気がするんだ。だから私は勇者になれて良かったって思ってるよ!!」

 

香澄は笑顔で沙綾に答えた。

 

沙綾「…そっかぁ……。なら私も勇者になれて良かったかな。2年前の事があって、その時記憶は無かったけどきっと体は覚えてたんだと思う…2回も勇者になるのが最初は怖かった。でも、香澄を守る為なら頑張れた。私もそう。どんなに辛い事があっても香澄の笑顔があれば乗り越えられた。そして、大事な記憶や友達だって取り戻せた。それこそ、勇者になってなきゃ私は大事なものを失くしたまま生きてたってこと事になる。だから私も香澄とおんなじ気持ちかな。」

 

2人は胸の内に閉まっていた思いを打ち明けながら歩き続けた。

 

香澄「クリスマスツリー、どんな風にしようか?」

 

沙綾「良かった。」

 

香澄「え?」

 

沙綾「香澄とクリスマスをちゃんと迎えれそうだよ。」

 

香澄「当たり前だよ。さーやが何処かへ行ったりしない限りね。」

 

沙綾「そうだね。」

 

そこへ、

 

たえ「私とは?」

 

香澄・沙綾「「おたえ!?」」

 

たえ「実は、一緒にクリスマスやるのは初めてかも。」

 

香澄「今度はみんな一緒だよ!盛り上がろうね、クリスマス!」

 

沙綾・たえ「「「おー!!」」」

 

3人はそのまま家路に着くが、この時香澄の胸に炎の刻印がある事は2人は知るよしもなかった--

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

香澄、りみ、有咲の3人はクリスマスツリーの飾り付けをしていた。

 

有咲「なぁ、香澄。飾り付け曲がってないか?」

 

香澄「大丈夫大丈夫。」

 

有咲「りみも見てくれるか?」

 

沙綾はホームページにクリスマス会の事を書いている。

 

残りのゆりとたえは--

 

ゆり「うーむ…。」

 

参考書片手に勉強に勤しんでいた。

 

有咲「何だ?あのメガネ。」

 

りみ「視力が落ちてきてるんだって。」

 

有咲「受験生は大変だなー。部室に来てまで勉強なんて。」

 

ゆり「先週は色々と大変で勉強どころじゃなかったからね。取り返さないと…?」

 

沙綾「すみませんでした!」

 

沙綾が土下座した。

 

ゆり「あっ、ごめんごめん。そういうつもりで言ったんじゃないの、気にしないで。」

 

香澄「受験よりブラックホールの方が急務だったし…。」

 

香澄が呟くと、

 

沙綾「ごめんなさい!!」

 

おでこを擦りながら沙綾は土下座した。

 

香澄・ゆり・りみ・有咲「「「わあああ!!」」」

 

たえ「丸、丸、丸、丸、丸っと。」

 

たえはゆりの回答の採点をしていた。

 

たえ「最後の問題も花丸。ゆり先輩全問正解です。」

 

ゆり「よし!さすが私頑張った!」

 

たえ「さて、ここで大事な大事なアタックチャーーンス!」

 

ゆり「ん?」

 

たえ「正解すると女子力が2倍になります。」

 

ゆり「やります!」

 

有咲「どんな試験勉強だよ!」

 

たえ「とまあ、ゆり先輩の女子力は置いといて。これだけ出来れば大丈夫ですよ。」

 

ゆり「たえちゃんが見てくれたおかげだよ。来週はりみの大舞台があるから。」

 

有咲「それで詰め込んでたのか。」

 

りみ「お姉ちゃん!大舞台なんて大袈裟だよー。軽音部のお手伝いでライブするだけなんだから。」

 

香澄「それでも凄いよ、りみりん!」

 

りみ「香澄ちゃんが練習を手伝ってくれたから。」

 

ゆり「さすが私の妹だね!」

 

沙綾「風邪引いたりしないようベストコンディションで臨まないとね。」

 

りみ「ありがとう、沙綾ちゃん。」

 

香澄はみんなのやり取りを少し下がって見ていた。そこにゆりが話しかけてくる。

 

ゆり「何だからしくないね。何か考え事?」

 

香澄「え?何も考えてないですよ。」

 

ゆり「そう?本当はどこか具合でも悪いんじゃないの?」

 

香澄「そ、そんな事無いですよ。ほら、私は元気です!」

 

香澄は元気をアピールする。

 

ゆり「なら良いんだけど…。」

 

香澄は勇者部5箇条の1つ"悩んだら相談!"の項をじっと見つめていた。その間、他の5人は仲良く話している。

 

香澄「っ……!」

 

香澄は覚悟を決めて話し出した。

 

香澄「み、みんな!あのね…。」

 

沙綾・ゆり・りみ・有咲・たえ「「「ん?」」」

 

香澄「え、えっと……。」

 

だが、刻印の事を言って良いのか、寸出で迷ってしまう。

 

香澄「ここで、問題です。キリギリスがアリの借金を肩代わりしたとしたら、その後どんな問題が起こるでしょうか?」

 

有咲「何だそれ?」

 

香澄「私にも分かんない…。」

 

有咲「なんでだ!」

 

たえ「社会学の実証問題?」

 

香澄「えっ!?えっと…学校新聞のクイズを考えてて……。」

 

香澄は咄嗟にはぐらかした。

 

有咲「それ、クイズになってねーぞ。」

 

香澄「あはは…。」

 

だが、香澄は勇気を出して、

 

香澄「えっと、じゃああのね!じつは私、あの日……。」

 

 

 

その時だった--

 

 

 

香澄「っ!?」

 

5人の胸に香澄のと同じ炎の刻印が浮かんできたのだ。

 

香澄「っ……!っ!!」

 

香澄は目を瞑り、もう一度よく見ると刻印は無くなっていた。

 

沙綾「どうしたの、香澄?」

 

沙綾が心配になって香澄の顔を覗き込んできた。

 

香澄「う、うん…やっぱ何でもないや。」

 

こうして、香澄は結局刻印の事を話せぬまま今日1日を過ごしたのであった。

 

 

 

 

 

 

その日の夜--

 

香澄は自室でスマホをいじっていた。

 

香澄「はぁ……。」

 

ベッドに寝転び考える香澄。

 

香澄(さーやを助けた時、御役目は私に引き継がれた…。この事を知ったらきっとさーやは悲しんじゃう…。せっかく、今みんながやっと揃って楽しいのに…。私は………。)

 

 

 

 

 

次の日の教室--

 

香澄(私は生かされている。だからこっち側にいられるんだ…。)

 

教室の神棚を見ながらそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

有咲「あー!こんな寒い時に何でうちの暖房壊れるんだよー!」

 

沙綾「私も昨日は急に電灯が切れて困ったよ。」

 

有咲と沙綾に小さな不幸が起こったようだ。

 

ゆり「それは大変だったね。」

 

有咲「そっ、災難だな。」

 

ゆり「私達なんて、りみが鍵を落として寒空の下大変だったんだから。」

 

りみ「もう言わないでよー。」

 

ゆり「ちょーっとコンビニ行っただけだったのに。」

 

りみ「うぅ〜。」

 

どうやらゆりと、りみにも不運が起こったらしい。香澄は少しだけ違和感を覚えた。そこへ遅れてたえがやって来たが、その右手には包帯が巻かれていた。

 

りみ「おたえちゃん、大丈夫?」

 

たえ「あぁ、大丈夫だよ。ちょっとポットで火傷しちゃっただけ。」

 

有咲「はぁ、揃いも揃って12月にろくなもんじゃねーな。」

 

有咲がそんな事を愚痴った。

 

香澄「………。」

 

香澄は昨日の出来事を思い出した。香澄が話そうとした瞬間にみんなの胸に同じ刻印--

 

有咲「勇者部全員で厄払いでも行った方が良いんじゃないか?」

 

ゆり「有咲ちゃん、縁起でも無い事言わないで。でも必要かもね。」

 

有咲「ちょまっ、本気にすんなよなー。」

 

香澄は胸の辺りを抑える。

 

沙綾「香澄は何も無かった?」

 

沙綾が香澄に尋ねる。

 

香澄「っ!うん、平気だよ。」

 

沙綾「良かった。香澄にまで何かあったら、いよいよ祟りか何かだと思わなくちゃならないところだよ。」

 

たえ「また大赦かーって。」

 

たえの一言にみんなが凍りつく。

 

たえ以外「「「…………。」」」

 

有咲「いやいやいやいや、まさかそんな事はねーだろ。」

 

ゆり「流石にね。」

 

たえ「だよね。」

 

有咲、ゆりはたえの冗談に笑う。

 

有咲「私ら、何かと疑い深くなってるからなー。」

 

香澄「あはは。」

 

香澄は力なく笑う事しか出来なかった。

 

たえ「…?」

 

その様子をたえは静かに見ていた。

 

 

--

 

 

香澄「…あのゆり先輩。ちょっと良いですか?」

 

ゆり「ん?」

 

香澄は意を決してゆりにだけ打ち明けて見る事にし、放課後階段にゆりを呼び出した。

 

 

 

 

 

 

放課後--

 

ゆり「どうしたの香澄ちゃん。悩み事?」

 

香澄「えっと….。えっと……。」

 

香澄は覚悟を決める。

 

香澄「実は、この間…。」

 

ゆり「どの間?」

 

香澄「えっと、スマホを返してもらった日に……。」

 

ゆり「何かあった?」

 

香澄「実は、さーやを………っ!?」

 

 

 

香澄が話し出すと再びゆりの胸に炎の刻印が浮かんできた--

 

 

 

香澄「あ…いえ……。」

 

話すのを止めるとまた消える。

 

ゆり「?」

 

香澄「前に撮ったみんなの写真とか大事なやつ、スマホから消えちゃってて……。」

 

香澄は必死で他の話題に晒すしかなかった。

 

ゆり「ああ、それは仕方ないね。大赦の検閲で消えちゃったのかも。」

 

香澄「でもみんなに悪くて…。」

 

ゆり「もしかして見られたら恥ずかしい写真でもあったの?」

 

香澄「無いですよーそんな写真!」

 

こうして、香澄はまた言い出せずに終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

洗面所--

 

鏡を見ながら悩む香澄。胸には黒々と炎の刻印が刻まれている。

 

香澄(同じものがゆり先輩にも見えた。昨日のだってそうだ。私が話そうとしたら、他の5人にも同じのが見えた。そして、次の日に小さいけど全員に不幸が起こった…。私が話そうとすると、みんなが不幸になる…。みんなが傷付くなんて…どうしたら……。)

 

 

 

 

 

 

一方ゆりの方はりみと一緒に自宅に帰っているところだった。

 

ゆり「りみのイベント、楽しみだね。応援してるよ。」

 

りみ「だから、私のじゃないってばー。」

 

ゆり「ふふふ…。」

 

りみ「でも、ありがとう。頑張るよ。」

 

ゆり「さすがは私の妹。じゃあ今日は温かいものでも作ろうか。」

 

りみ「うん。」

 

ゆり「じゃあスーパー寄って帰ろう。」

 

 

 

歩行者信号が青になり、ゆりが横断歩道を渡ろうとする。すると、ゆりの胸に炎の刻印が浮かびあがり--

 

 

 

突然、車がゆりに向かって突っ込んでくる--

 

 

 

ゆり「えっ?」

 

咄嗟に"犬神"が現れ守ろうとするが、

 

 

 

ゆりのカバンが宙を舞う--

 

 

 

りみ「っ……!お姉ちゃん!!!」

 

 

 

それはりみの目の前で起こった事故だった--

 

 

 



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絶望の孤独


心と身体の強さは反比例--


物語の主人公にありがちな展開ですね。







 

 

香澄の自室--

 

机に向かい勉強をするも、夕方の件があり中々集中出来ないでいた。その時、スマホのNARUKOにりみから連絡が入る。

 

 

 

 

 

(りみ)「今、病院です。お姉ちゃんが車に跳ねられちゃって…。」

 

(りみ)「私どうしたらいいか。」

 

(有咲)「りみ落ち着け、すぐ行く。」

 

(沙綾)「すぐ行くよ。」

 

(たえ)「もう出た。」

 

 

 

 

 

香澄「あっ…ああっ……。」

 

香澄は後悔と自責の念に駆られた。

 

香澄(あの時、私がゆり先輩に相談しなければこんな事にはならなかった…。私のせいだ。私のせいで…。)

 

香澄は左胸を抑え、立ち上がりフラフラと歩き出した。

 

 

 

 

 

花咲川病院--

 

4人は病院でゆりの処置が終わるのを待っていた。そこに遅れて香澄がやって来る。

 

香澄「みんな!」

 

沙綾「香澄…。」

 

香澄「ゆり先輩は?」

 

みんなは手術室の方を見た。

 

香澄「っ……。」

 

有咲「まだ出てこねー。」

 

 

 

 

 

2時間経ち、ようやくゆりが手術室から出てきた。

 

りみ「お、お姉ちゃん!」

 

ゆり「みんな心配かけちゃったね。」

 

りみ「お姉ちゃん。」

 

有咲「ゆり。」

 

香澄・沙綾・たえ「「「ゆり先輩」」」

 

みんながゆりの側へ駆け寄る。

 

ゆり「大丈夫だよ。そんなに大した怪我じゃないから。」

 

りみ「でも、でも……。」

 

ゆり「りみ…。」

 

ゆりはりみの頭を優しく撫でた。

 

ゆり「みんな心配かけちゃってごめんね。」

 

有咲「全く、心配かけやがってー。」

 

ゆり「有咲ちゃんはちょっとは労って…。」

 

沙綾「でも、受験生にはちょっと酷ですね。」

 

沙綾が笑って言う。

 

ゆり「それは言わないで。試験は絶対受けるから。」

 

有咲「でも、入院するんだろ?」

 

ゆり「ほんの1.2週間だから。」

 

看護師「病院ではお静かに。」

 

沙綾・ゆり・りみ・有咲「「「はい…。」」」

 

看護師「妹さんですか?」

 

りみ「は、はい。」

 

看護師「入院の手続きがありますので、一緒に来ていただけますか?」

 

りみ「分かりました。」

 

りみは看護師について行った。

 

ゆり「それじゃあみんな、わざわざ来てくれてありがとうね。」

 

たえ「大きな怪我じゃなくて良かったね。」

 

有咲「お前らも怪我には気をつけろよな。」

 

香澄「………。」

 

香澄はただただ黙ってゆりを見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

帰り道--

 

有咲「命に別状は無かったのが不幸中の幸いだったな。」

 

沙綾「精霊は何してたんだろう。」

 

たえ「うーん。」

 

沙綾「もし、みんなの身に何かあったら、私きっと正気じゃいられないかも。」

 

有咲「もうブラックホールは勘弁しろよ。」

 

香澄「……。」

 

沙綾「香澄もね。」

 

沙綾が香澄に注意するが、香澄は上の空の様だ。

 

香澄「っ!?私!?」

 

沙綾「怪我だけは気をつけてね。」

 

香澄「うん。」

 

 

 

 

 

香澄・沙綾「「じゃあねー。」」

 

香澄と沙綾は有咲とたえと別れ帰路に着く。

 

たえ「………?」

 

その時たえは香澄の様子を見て何か違和感を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

香澄の自室--

 

香澄は今自分の身に起こっている事の現状をノートにまとめ考えていた。

 

香澄「……うっ!」

 

胸が痛み出す。

 

香澄(私がみんなに話そうとしたら、みんなに少しずつ嫌な事が起こった。改めてちゃんと話そうとしたゆり先輩には事故が起きた…。天の神の力は現実の私達の世界に及ぼす事が出来る程……。なんとかしようとしても、必ずどこかに影響が出る。そうやってバランスを取っているんだ…。)

 

香澄(私が心の中で思う分には大丈夫。質問されても答えなければ大丈夫。例え話も多分大丈夫だった。話そうと口に出した途端に他の人にも刻印が見えて嫌な事が起こる。私が詳しく話せば話す程にみんなに降りかかる危険は大きくなるんだろう。だから、私に起きてる事は絶対に言っちゃダメだ。私がルールを破るとみんなに不幸が起きる。もう、私達の戦いは終わったんだ!みんなはもうこれ以上苦しまなくて良いんだ!)

 

香澄(私が黙っていれば、いつも通り何も変わらない。勇者部の楽しい毎日が続く。誰も、絶対に巻き込んじゃダメなんだ。私が、私が黙っていれば……。)

 

 

 

 

 

香澄はそれ以来誰にも打ち明けずに過ごしている。体育の授業ではみんなが笑いながら運動し、部活ではクリスマスツリーの飾り付けの続きをみんなでやる。たまに香澄が変な冗談を言ったりするとみんなが笑う。そんなありふれた、しかし勇者にとっては幸せに溢れた生活が続いていたのだ。

 

 

 

そう、香澄が黙っている限り--

 

 

 

 

 

12月24日、ゆりのお見舞いに行く為香澄は花咲川病院に来ていた。ゆりの病室へ入ろうとする香澄だか、その時中からゆりとりみの話し声が聞こえてきた。

 

ゆり「りみ、今日は大事なイベントでしょ。」

 

香澄「っ!?」

 

ドアを開けようとする香澄の手が止まる。今日は本来ならりみが手伝う軽音部のライブがある日なのだ。

 

りみ「良いんだよ。」

 

ゆり「良くないでしょ。」

 

りみ「お姉ちゃんが怪我してるのに、私だけ楽しい事は出来ないよ。」

 

ゆり「こっちが気を使うよ。お姉ちゃんの事なんて気にしなくて良いのに。」

 

りみ「ううん。お姉ちゃんが楽しくないと私も楽しくないんだ。だから良いの。ちゃんと代わってもらったから。」

 

2人の会話一つ一つが香澄の胸に突き刺さる。

 

りみ「怪我人は安静にしてなきゃ。」

 

ゆり「ちゃんとごはん食べてる?出前とって良いからね。」

 

りみ「作ってるよ。スーパーのお惣菜がほとんどだけど。」

 

ゆり「昔はご飯も炊けなかったのにね。」

 

りみ「えぇ?いつの話をしてるの!?もう大丈夫だよ。」

 

ゆり「朝も?」

 

りみ「ちゃんと起きてるよ。遅刻もしてない。家の事は心配しないで。」

 

 

 

胸が痛む--

 

 

 

ゆり「なんか、りみの方がお姉ちゃんみたい。」

 

りみ「本当?やった。」

 

ゆり「ありがとね、りみ。」

 

りみ「うん。」

 

 

心が抉られる--

 

 

りみ「退院したら絶対楽しい事しようね。」

 

ゆり「うん。お正月が楽しみだね。」

 

りみ「うん!」

 

 

気が狂いそうになる--

 

 

ゆり「今年は凄い年だったなー。」

 

りみ「来年はもっと凄くしようね。楽しい方に。」

 

 

この気持ちを誰かに吐き出したい--

 

 

香澄は体を震わせる。

 

りみ「あれだけ頑張ったんだもんね。」

 

ゆり「うん。みんな幸せにならないと。」

 

 

だけど言えば誰かが不幸になる--

 

 

ゆり「りみも沙綾ちゃんも有咲ちゃんもたえちゃんも香澄ちゃんも、みんな良い子ばっかりだった。」

 

 

言えない--

 

 

ゆり「勇者部の部長は幸せ者だよ。」

 

 

言える訳がない--

 

 

外では雪が降り始める。

 

りみ「あっ、お姉ちゃん。今年はホワイトクリスマスだね。」

 

ゆり「そうだね。」

 

その時、沙綾と有咲が病室へ入ってきた。

 

有咲「おーい、怪我人。」

 

沙綾「遅くなってごめんね、りみりん。」

 

ゆり「そんなにしょっちゅう来なくても大丈夫なのに。今日は何かあった?それにしてもその格好は?」

 

2人はサンタの帽子を被り、有咲はサンタの袋を担いでいた。

 

有咲「クリスマスイブに病院じゃ寂しいんじゃねーかと思ってな。」

 

沙綾「あれ?香澄は?先に来てると思ったんだけど……。」

 

ゆり「え?」

 

 

 

 

 

香澄「はあ、はあ、はあ、はあ……。」

 

香澄は病室へは入らず無我夢中で雪の降る中外へ駆け出していた。時同じくして、戸山家の前に黒い車が止まり、中から大赦の神官が現れる。

 

 

 

 

 

 

沙綾「香澄、どうしたんだろう。」

 

少し遅れてたえが病室前へ来るが、そのドアの前に香澄の手袋が落ちている事にたえは気付いた。

 

たえ「……。私分かっちゃったかも。」

 

たえは何かに気付いたようだった。

 

 

 

 

 

 

香澄「はあ、はあ、はあ、はあ……。」

 

ただがむしゃらに走る香澄。

 

香澄「あっ!」

 

だが、途中で転んでしまい雪を掴む。

 

香澄「うぅっ……。うっ…うわあああんっ……。」

 

これまで、香澄は何があっても悲しくて泣いたりはしてこなかった。どんなに辛くても助け合える、相談し合える友達がいたからだ。だが、今回は違う。助け合えない、相談し合えない。何故なら友達が傷付いてしまうから。

 

自分が傷付くならまだ良い。だが友達に不幸が降りかかる、しかも自分が原因で。この残酷な現実にこれまで強く有り続けた香澄の心は遂に折れてしまったのだった。

 

 

 

香澄はただ蹲って泣き続けるしかなかった--

 

 

 



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それぞれの思いやり


この章では戦いの描写がかなり少なくなります。ご了承ください。


相談出来ない。香澄にとってこれ程辛いものはないでしょう。




 

 

年が明け、神樹様を祀っている神社へ初詣に来た勇者部6人。

 

ゆり「やっと退院出来ました。迷惑かけてごめんね、みんな。」

 

沙綾「早く退院出来て良かったですね、ゆり先輩。」

 

ゆり「ありがとね、沙綾ちゃん。でも、もうすぐ卒業かぁー。」

 

有咲「何ならもう1年いても構わないけどな(笑)」

 

ゆり「有咲ちゃん、ちょっと冗談に聞こえないから……。」

 

5人は笑う。が、香澄はすぐに笑顔を戻してしまっていた。

 

たえ「ねえ、私甘酒飲みたい。」

 

ゆり「良いね、おたえちゃん。みんなで行こう。」

 

 

 

 

 

甘酒振舞所--

 

ゆり・りみ「「ぷはー。」」

 

有咲「おぉ、姉妹揃って良い飲みっぷりだなー。って、ノンアルコールなのに何か場酔いしてねーか!?」

 

りみ「あはは!酔ってないです!あははは!」

 

ゆり「うわーーーーっ!私の中学時代が終わっちゃうーーーっ!!」

 

沙綾「記録に残しておこっと。」

 

沙綾はスマホで姉妹の動画を撮り出した。

 

有咲「ん?香澄、飲まないのか?」

 

香澄「あ、熱くて…。」

 

たえ「なら、冷ましてあげるよー。フー、フー。」

 

りみ「ねぇ、沙綾ちゃ〜〜ん!写真撮りましょ〜〜〜!」

 

有咲「りみって酔っ払うとあんな感じになるんだな…。」

 

有咲含め4人はその様子を見て、全員同じ様な事を思ったのだった。

 

沙綾「じゃあ、みんなで撮ろうか。」

 

沙綾が自撮り棒を取り出し、写真を撮った。

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

沙綾はカメラを回し出す。

 

ゆり「ん?ふふーん。」

 

ゆりは決めポーズを取る。

 

沙綾「ゆり先輩、自然体で大丈夫ですよ。」

 

ゆり「ついねー。でもなんでカメラなんか回してるの?」

 

沙綾「もうすぐ先輩が卒業してしまうので、みんな揃っての活動は貴重ですから。」

 

ゆり「でも、私卒業してもここに入り浸ると思うけどね。」

 

りみ「入り浸るんだね…。」

 

ゆり「りみが心配だし。」

 

りみ「お、お姉ちゃんがいなくても大丈夫だもん!」

 

ゆり「そんな〜!!」

 

りみの一言にゆりは体育座りでうずくまる。

 

有咲「まっ、でもそうなる予想はついてたけどな。」

 

沙綾「とか言って、嬉しいんじゃないの?有咲は?」

 

沙綾が有咲を茶化す。

 

有咲「ちょっ!?………。」

 

有咲の顔が赤くなる。

 

沙綾「まさか図星?」

 

有咲「ちょまっ…そんなんじゃねーー!!」

 

たえ「いやー、ゆり先輩と有咲は仲が良いですね。あっ、私用事があったんだった。それじゃーまた明日。」

 

香澄「またねー、おたえ。」

 

帰るたえを香澄が見送った。

 

ゆり「あっ、そう言えば卒業旅行は何処に行こうかな。」

 

沙綾「年末は入院で何処にも行けなかったですからね。」

 

ゆり「そうそう。大赦のお金でみんなで温泉とか行く?」

 

香澄「っ!?」

 

その時、香澄が、

 

香澄「温泉は前に行ったから違う場所とかどうですか?山とかもいい感じだと思いますよ。」

 

温泉だとみんなに体の刻印がバレてしまう。香澄はそれとなく晒した。

 

 

 

 

 

猫探しの依頼中--

 

香澄「迷子の迷子の仔猫ちゃーん?どっこかなー?」

 

香澄が茂みの中を探していた。

 

ゆり「うーん、見つからないねー。ねぇ、りみ。猫語で探してみたらどう?」

 

りみ「えっ!?……にゃー、にゃー、にゃー。」

 

沙綾「可愛い!りみりん可愛いよ!」

 

沙綾がビデオカメラでりみを撮影する。

 

りみ「さ、沙綾ちゃん!?これは撮らないで〜!」

 

その時、

 

香澄「あっ、いた。」

 

香澄が探していた仔猫を見つける。

 

香澄「おいで、一緒に帰ろう。」

 

しかし、

 

猫「ふぎゃー!」

 

香澄「あっ……。」

 

猫は香澄を威嚇し、逃げてしまうが、すんでのところでゆりが捕まえた。

 

ゆり「おお、よしよし。香澄ちゃん、ナイス発見。」

 

香澄「あはは…怖がられちゃいました。」

 

有咲「よし、これで依頼は終わりだな。」

 

沙綾「記念に1枚撮りましょう。」

 

そう言って、沙綾はまたみんなで集合写真を撮った。

 

 

 

 

 

カラオケ--

 

沙綾とたえがデュエットを歌っている。

 

ゆり「良いわよー2人ともー!」

 

りみ「息もピッタリだったね。」

 

ゆりとりみが2人を褒める。

 

有咲「じゃあ、こっちも行くぞ、香澄。」

 

有咲が声をかけるが、香澄はどこかボーッとしているようで頬が赤くなっていた。

 

香澄「えっ?うん、これから宿題やるよ。」

 

有咲「どした?」

 

たえ「香澄寝ぼけてるんだね。有咲、私と歌おうよ。」

 

有咲「お、おう。」

 

香澄の代わりにたえが一緒に歌った。

 

 

 

 

 

別の日の夕方--

 

香澄は教室から1人で夕日を眺めていた。そこへ有咲がやって来る。

 

有咲「香澄。」

 

香澄「っ!有咲。」

 

有咲「話、良いか?」

 

香澄「突然どうしたの?」

 

有咲「少し外歩こうぜ。」

 

 

 

 

 

2人は歩いて港に来た。

 

香澄「久々にこっちの方まで来たね。前は沙綾を助けに寄ったぐらいだっけ。」

 

有咲「なぁ、香澄…。」

 

香澄「その前に、良いかな?」

 

有咲「何だ?」

 

香澄「有咲は寒くないの?」

 

真冬の海辺は流石に堪えるようだ。

 

有咲「あぁ、ごめん。全然気が回らなかった。場所変えるか?」

 

香澄「ううん、大丈夫。」

 

そう言うと、香澄は有咲に寄りかかる。

 

香澄「こうすれば寒くない。」

 

有咲「っ……!この前、ゆりが卒業した後もちょくちょく来るって言ってただろ?」

 

香澄「うん。」

 

有咲「私、それ聞いてちょっと嬉しかった…。」

 

有咲が照れ臭そうに言う。

 

香澄「ちょっとだけ?」

 

有咲「ちょ、ちょっとだ!」

 

香澄「本当?」

 

有咲「あ……でも、結構…。」

 

香澄「嬉しいよね。」

 

有咲「っ…!………うん。」

 

有咲「でさ…。」

 

香澄「?」

 

有咲「私も気持ちをこうやって話すようになったんだから……。香澄も話してよ。」

 

香澄「っ!?」

 

有咲「香澄、年末辺りから様子おかしーぞ。絶対何があっただろ?」

 

流石に有咲も香澄の様子が何か変だという事に気が付いていた。

 

香澄「………。」

 

香澄は答えない。

 

有咲「私が力になる。話を聞かせてくれない?香澄。」

 

香澄「何ともないよ。」

 

言えなかった。

 

有咲「っ!大丈夫だよ!」

 

香澄「えっ!」

 

有咲「どんな悩みだろうと私は受け止めるから!香澄の事なんだから!!」

 

香澄「有咲……。」

 

有咲「力になる。私は香澄の為に何だってしてあげるつもりだ!そう思える友達を持てた事が私は嬉しいから。その気持ちを持たせてくれたのは、香澄達だから。」

 

香澄「有咲…。」

 

有咲「何があったんだ?香澄。」

 

 

 

言葉に詰まる--

 

 

 

香澄「…。……っ!」

 

 

 

葛藤する--

 

 

 

有咲はじっと香澄を見つめて、言葉を待っていた。

 

香澄「あ…あの……。」

 

香澄にゆりとの出来事が脳裏に浮かぶ--

 

ゆりに話そうとした結果、ゆりは入院してしまった。

 

香澄「本当に、何でもないんだ。」

 

有咲を同じ目に合わせたくは無い。

 

有咲「っ……。そうか…。」

 

有咲は両手で香澄の肩を掴んだ。

 

香澄「有咲…。」

 

有咲「悩んだら……。」

 

香澄「っ!?」

 

有咲「悩んだら相談じゃなかったの?」

 

勇者部の5箇条、その1つ。香澄が入部した時に決め、いつも守ってきた決まり事である。誰よりもその決まりを守ってきた香澄が、今、それを破ってしまったのだ。

 

香澄「っ!!」

 

有咲「私、友達の力になりたかった……。」

 

有咲は目に涙を浮かべ走り出してしまった。

 

香澄「有咲!待って!」

 

香澄は動けない。

 

香澄「有咲!!」

 

追いかけようとするも、胸を押さえて膝をついてしまった。

 

香澄「はあ、はあ、はあ…。」

 

有咲は走って行ってしまう。

 

香澄「ごめんね…。ごめん……。」

 

誰よりも勇気を出して、自分を変えてまで手を差し伸べてくれた友達の手を香澄は払い除けてしまったのだった。その事実に胸が押しつぶされ、香澄の目からも涙がこぼれた。

 

 

 

 

 

その夜、山吹宅--

 

沙綾は今まで撮っていた写真を真剣な眼差しで見つめていた。

 

香澄(やっぱり、最近の香澄の様子はどう考えてもおかしい。)

 

パソコンでビデオの映像もチェックする。

 

香澄『あっ、大吉だー。あはは、やったー。』

 

香澄がおみくじを引いている映像を見る沙綾。

 

沙綾「違う。大吉を引いたら香澄はもっと弾けるように喜ぶはず。なのに…。何でそんなに切ない顔をしてるの?きっと私達に言えない何かが起こっているに違いない!……だったら!」

 

そう言うと沙綾はスマホを取り出し、勇者へと変身し、

 

沙綾「私が真相を確かめる!」

 

香澄の家に忍び込んで調べる決意をしたのだった。

 

 

 

 

 

香澄の部屋のベランダに辿り着いた沙綾はまず、精霊である"青坊主"に偵察させた。"青坊主"が部屋を覗き、

 

青坊主(対象は睡眠中。侵入可能。)

 

と、ジェスチャーで知らせる。そして沙綾は"青坊主"にベランダの鍵を開けさせ、中に侵入した。

 

沙綾(香澄ってば、電気付けっ放しで…勝手に入ってごめんね。)

 

何か手掛かりはないかと調べる沙綾。その時本棚の違和感に気が付いた。

 

沙綾(っ!あれは!香澄が中学の時、4月3日にイネスでご両親に買ってもらったけど、手に取る事は一度も無かったという百科事典の位置がズレてる!)

 

沙綾は百科事典に手を伸ばす。本棚から取り出し、中の辞典を出すと、

 

沙綾(勇者御記?何故こんなものが…?多分……いや、絶対にこれに手がかりがある。でも…。)

 

その時、

 

香澄「うっ……。」

 

香澄はうなされていた。沙綾は香澄の手を握り、

 

沙綾(香澄、ごめんね。これ…借りるね。)

 

沙綾は香澄の勇者御記を持って自宅へ戻ったのだった。

 

 

 



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心の中の葛藤


香澄が高天原で出会った青い烏。


それは西暦の勇者であるあの人の事です--





 

 

沙綾は香澄の家から勇者御記を借りた後たえと有咲に連絡し、ゆりとりみが住むマンションへとやって来た。

 

 

 

 

 

ゆり「これを香澄ちゃんが書いたって事か…。」

 

沙綾「最近の香澄は様子がおかしかった。その原因がこれに書かれてると思う。」

 

有咲「っ!」

 

有咲に緊張が走る。

 

たえ「私からも良いかな。」

 

沙綾「何、おたえ?」

 

たえ「私も、香澄が心配になって調べてみたんだ。最近、みんなより早く帰ってたでしょ。実は大赦に行ってたんだ。」

 

たえはたえで独自に調べていたようだ。

 

たえ「結論を先に言うとね、香澄の様子がおかしいのは、香澄が天の神の祟りに苦しめられてるからなんだ。」

 

沙綾・ゆり・りみ・有咲「「「えっ?」」」

 

沙綾「おたえ、それは…?」

 

たえ「聞いて、沙綾。大赦の調べで、この祟りは香澄自身が話したり書いたりすると伝染する、それが分かったの。だから…この日記はとても危険な物。それでも……みんな見る?」

 

沙綾「見るよ。香澄が心配だから。」

 

ゆり・りみ・有咲「「「うん。」」」

 

4人は即答した。

 

たえ「うん。なら読んでみよう。」

 

5人は勇者御記を開く。

 

 

ーーー

ーー

 

 

香澄(はじめに。年末に大赦の人達が私の変化に気付いてやって来た。事情は神託や研究を交えて知ったので神聖な記録として残して欲しいと…。続くかな。どうしてこうなったのか……。)

 

香澄(自分は前の大きな戦いで相当無理をしたようで、身体中のほとんどを散華してしまった。さらに、敵の御霊に触れた事で魂が御霊に吸い込まれてしまった。気がつくと、そこはさーやを助けに行ったあの場所だった。どこまでも広がるモノクロの世界。頑張って抜け出そうとしたけど…。どこまでも、どこまでも、どこまでもそれは広がっていた…。)

 

香澄(だけど、その時…。)

 

 

〜♩

 

 

 

香澄(楽器の音色が聞こえた。私はすぐに分かった。あれは勇者部のみんなが弾いているって事に。)

 

 

 

〜♩

 

 

 

香澄(みんなが泣いてる…。演奏を通してみんなの気持ちが痛いくらい伝わってくる……。)

 

 

 

〜♩

 

 

 

香澄(ゆり先輩…。りみりん…。有咲…。さーや……!)

 

香澄「私は勇者だ!勇者は泣いている友達を放っておいてなんか出来ない!勇者は根性!絶対帰るんだ!!」

 

香澄(そして私は…光の方へずっと進み続けて……。)

 

香澄「演奏…凄かった……。」

 

香澄(みんなの元へ戻って来る事が出来た。)

 

香澄(でも、身体は違っていた。私やみんなは散華から回復したけど、あれは捧げられた供物が戻ってきた訳じゃないみたい。回復した機能は神樹様が創ったものらしい。それが自分の身体に馴染むまで時間がかかった。強引に満開して散華した私なんかは治す為に全身が神樹様の創ったパーツになった訳で…。)

 

香澄(大赦では私を御姿と呼んでいるとか……。御姿とは良く言えばとても神聖な存在なので神様からは好かれるそうだ。だから私は、私の望んだ事が…友達の代わりになる事が出来た。それで世界のバランスが保たれた。)

 

香澄(あれから大赦は私の異変に気付いて私を調べてくれた。分かったのは、結界の外の炎の世界がある限り、この身体が治る事は無いという事……。そして--)

 

 

 

香澄(私は今年の春を迎えられないだろうという事。)

 

 

 

 

 

香澄(とても怖いし……。私のせいで怪我をさせてしまったゆり先輩に申し訳ないし…。なんだかトンネルの中にいる気分だった。)

 

香澄(1月7日、ゆり先輩が退院出来たのはおめでたい。みんなといると元気が出て来るけど、うつさない様に気をつけなきゃ。やっぱり口数が減っちゃう。食欲は無かったけど、甘酒が美味しくて喉が喜んだ。でも、家で吐いちゃった…。)

 

香澄(1月9日、吐き気は酷かったけど、部室にいるととても心がほわほわする。また明日って言葉が最近は好き。約束すれば、明日が来ると思えるから…。出来ればずっと、この場所にいたいな…。ゆり先輩は温泉を提案してくれたけど、今の私の裸を見たら、みんながびっくりしちゃう。刻印はどんどん大きくなりお腹の方まで広がっている。とても行けない、ごめんなさい。)

 

香澄(1月11日、今日は調子が良い。しっかり休んでるのが効いたのかも。仔猫探しの依頼で体を動かせて楽しかった。このまま根性で良い状態が続くかもしれない。他にも体に良い事を試してみよう。)

 

香澄(1月13日、胸がとても痛くて頭がくらくらする。多分、みんなと会話が成立してなかったかも…。体、せっかく良くなったと思ったのに……。)

 

香澄(1月14日、いっぱい寝て体力を回復させなきゃ。でも、電気を消して寝るのが怖い。暗いのが怖い。そのまま、暗いものに包まれてしまいそうで…。)

 

香澄(1月16日、今日は有咲を傷付けてしまった。でも、絶対に言う訳にはいかない。ごめんなさい。ごめんなさい。とても苦しい。体も痛い。心も痛い。グチャグチャになりそう。もうおかしい。私はただ……。みんなと毎日過ごしたいだけなのに…。)

 

香澄(弱音を吐いたらダメだ!私は勇者だから。覚悟してたんだから。もう泣かない!頑張れ戸山香澄!勇者は挫けない!!)

 

香澄(とにかく有咲とちゃんと仲直りしたい。でも本当の事は話せない。どうすればいいんだろう?もう、ここでいっぱい書く。)

 

香澄(有咲…私、有咲の事大好きだよ。有咲、本当にごめんね。)

 

 

ーー

ーーー

 

 

沙綾「そんな…。」

 

ゆり「治らないってどういう事……。春は迎えられない?」

 

沙綾とゆりは絶望し、他の3人も絶句していた。

 

沙綾「っ!!」

 

たえ「待って、沙綾!!」

 

沙綾「止めないで、おたえ!全て私の所為じゃん!天の神の怒りは収まって無かった!!私が受けるべき祟りだよ!!」

 

たえ「日記に書いてあったでしょ!沙綾に移っても本人は祟られたまんまなんだよ!」

 

沙綾「そんな…。」

 

ゆり「くっ!大赦はまた、私達に重要な事を黙って…。」

 

ゆりは怒りを露わにする。

 

たえ「迂闊に説明するとみんなに祟りが行くかもしれないから話せなかったんだよ。」

 

たえがゆりをなだめた。

 

たえ「私もそうなんだ…。祟りについて詳しい事が分かったのはついさっきだから……。」

 

有咲「うっ……うっ…うっ…。」

 

その時、有咲が泣き出した。

 

有咲「香澄が…っ…そんなに苦しんでるのに……。私、酷い事言っちゃった…。」

 

思い出されるのはあの日の港での出来事。

 

 

ーーー

ーー

 

 

有咲「悩んだら……。」

 

香澄「っ!?」

 

有咲「悩んだら相談じゃなかったの?」

 

香澄「っ!!」

 

有咲「私、友達の力になりたかった…。」

 

香澄「有咲!待って!」

 

 

ーー

ーーー

 

 

有咲「っ…酷い事言っちゃったよぉ………!」

 

5人は真相を知っても何も出来ずにいたのだった。

 

 

 

 

 

翌日--

 

沙綾「おはようございます。」

 

沙綾は朝から香澄の様子を見に来ていた。

 

沙綾「おはよう、香澄。」

 

香澄「おはよう、さーや。」

 

沙綾「今日は早めに起きてたね。」

 

香澄「うん。早く目が覚めちゃって…。でも、寒いから出たくないなーって。」

 

その時、香澄が沙綾の顔をまじまじと見つめだした。

 

沙綾「どうしたの、香澄。」

 

香澄「さーや、調子悪そう。大丈夫?」

 

沙綾「っ!……。」

 

沙綾は突然香澄を抱きしめた。

 

香澄「さ、さーや!?」

 

沙綾(私が不安だった時、香澄はいつもこうして抱きしめてくれた。)

 

香澄「っ…。」

 

香澄は微笑んで沙綾を抱きしめ返した。

 

沙綾(香澄……。今度は私が絶対に助けるから!!)

 

沙綾は香澄を祟りから救い出す事を改めて心に誓ったのだった。

 

 

 



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勇む者の部


全を取るか、個を取るか--


この問題は決して軽いものではありません。





 

 

登校中の香澄と沙綾。だが、香澄の様子は辛そうだった。

 

香澄「はあ、はあ、はあ……。」

 

沙綾は心配しているが、なんて声をかけてあげればいいか分からず悩んでしまう。

 

香澄「最近、暖かくなってきたね。」

 

沙綾「うん……。」

 

香澄「もうすぐ春だ。」

 

沙綾「うん…。」

 

沙綾の返事は空返事になってしまう。

 

 

香澄「さーや、私ね……………結婚する。」

 

 

沙綾「うん…。うん?」

 

突然の香澄の宣言に困惑する沙綾。

 

 

香澄「突然ですが、戸山香澄は結婚します。」

 

沙綾が持っていたカバンを落とした。

 

沙綾「な、なななななな何言ってるの、香澄!?中学生なのに!大体相手は!?」

 

香澄「神樹様だよ。」

 

沙綾「え……?」

 

沙綾は茫然とするしかなかった。

 

 

ーーー

ーー

 

 

事態は沙綾達5人が香澄の勇者御記を読んでいた頃に遡る--

 

同時刻、香澄の家には大赦の神官が訪ねていたのだ。

 

香澄「あ、あの…。頭を上げてください。」

 

神官は香澄に深く頭を下げていた。

 

香澄「今日は何の御用でしょうか?」

 

神官「香澄様には急ぎお知らせしなければならない事があります。ご両親には全て了解していただいております。」

 

香澄「えっ?な、何ですか?」

 

神官が口にした事は驚くべき事態だった。

 

神官「私達を約300年の間守ってきてくださった神樹様の寿命が近づいております。」

 

香澄「えっ?」

 

神官「神樹様が枯れてしまわれれば、外の炎から守る結界が無くなり、我らが暮らすこの世界は炎に飲まれ、消えてしまいます。」

 

香澄「消え…る?」

 

神官「遺憾ながら。」

 

香澄「待って待って!いきなりすぎます!消えるなんてダメ…。」

 

神官「仰る通りです。人間を全滅させるわけにはまいりません。」

 

香澄「っ……。」

 

神官は淡々と話し続ける。

 

神官「全滅を免れ、皆が生きる解決法を我々は見つけております。」

 

香澄「あの…。これって勇者部全員で聞いた方が……。」

 

神官「まずは香澄様にだけお話を。」

 

香澄「っ…。」

 

神官「皆が助かる方法は1つ…選ばれた人間が神樹様と結婚するのです。」

 

香澄「えっ!?結婚?結婚って、あの結婚ですか?」

 

神官「はい、神との結婚を、古来神婚と云います。神と聖なる乙女の結合によって世界の安寧を確かなものとする儀式。それが神婚。」

 

香澄「あの…。それだとみんな助かるんですか?」

 

神官「はい。」

 

香澄「助かる…。」

 

神官「神婚する事で新たな力を得て、人は神の一族となり、皆永久に神樹様と共に生きられるのです。」

 

香澄「はあ…。」

 

神官「ご理解いただけたでしょうか?」

 

香澄「よく分かりません。でも、とにかく全滅は…。」

 

神官「私達も香澄様と同じ気持ちです。」

 

しかし、ここで神官は重大な事実を突き付けた。

 

神官「神婚が成立すれば選ばれた少女の存在は神界に移行し、俗界との接触は不可能になります。」

 

香澄「えっと…?」

 

 

 

神官「神婚した少女は、死ぬという事です。」

 

 

 

香澄「っ!?」

 

神官「そして神婚の相手として、神樹様は香澄様を神託で示されました。」

 

香澄「な、何でまた私を…?」

 

神官「心も身体も神に近い存在…御姿だからです。」

 

香澄「………。」

 

神官「天の神が香澄様を生贄にしているのと理由は近いかと。」

 

香澄「私が神婚するって…。」

 

神官「私達大赦は人類が生き延びる為に様々な方法を模索し続けて来ました。そして、神婚という選択肢のみが残されたのです。」

 

香澄「あの…。すみません、すぐ答えられなくて…。頭が追い付かないっていうか…。」

 

神官「天の神の怒りを背負われている。さぞ、お辛いでしょう。祟りの為に、皆にこのことも話せず……。」

 

香澄「話せないなら話せないで、もっと賢いやり方もあったかもしれないんですけど…。」

 

香澄は祟りの事を言えずに、有咲を悲しませてしまった事を思い出していた。

 

香澄「私、友達を傷つけちゃって…。」

 

神官「皆を慈しむ心。香澄様は素晴らしい勇者であると、私は思います。」

 

香澄「そんな事ありません。」

 

神官「その友達を、人間を救う事が出来るのは香澄様だけです。」

 

神官の言葉がもはや誘導染みてくる。

 

香澄「神婚したとして、その…人が神の一族になってずっと生きるっていうのは…?」

 

神官「言葉通りの意味です。我々を神樹様に管理していただく、優しい世界。人は死んでしまえば終わりですが、神の眷属となり、神樹様と共に生きてゆけば希望が持てます。」

 

香澄「それって、みんな、ちゃんと人間なんですか?」

 

神官「神の膝下で確かに存在できます。信仰心の高い者から神樹様の元へ。」

 

香澄「みんなが、神樹様と共に…。」

 

神官「どうか…この世の全ての人々をお救いください…慈悲深い選択を…。」

 

そう言い残し神官は帰っていった。

 

 

 

 

 

香澄「くっ…!うぅ……。」

 

胸の刻印が痛み出す。

 

香澄「はあ…、はあ……。」

 

牛鬼が心配そうに香澄に近付いてきた。

 

香澄「祟りの次は結婚だって。ビックリだね、牛鬼…。お父さんとお母さんは泣いてたけど、私の意思に任せるって、言ってくれたけど…。私の身体は…命は、もう……。」

 

外へ出る香澄。

 

 

 

 

 

香澄(神婚して死ぬと、どうなるんだろう?祟りで死ぬより苦しくないのかな?)

 

香澄「っ…!自分の事ばっかり考えて良くないな…。私は勇者なんだから……。」

 

香澄(勇者らしい事をしなきゃ……。)

 

香澄が葛藤している中で、

 

 

たえは熟睡中--

 

 

ゆりは勉強に疲れたのか机で寝ていて、りみが毛布をそっと掛けてあげている--

 

 

有咲はジョギング中--

 

 

沙綾は水垢離をしている--

 

 

香澄が神婚をすれば、みんなのいつも通りの日常が続いていくのだ。

 

香澄(世界が炎に包まれるなんて、そんなの嫌だ…絶対!)

 

香澄は神社へと歩いていく。

 

香澄(勇者部5箇条。成せば大抵何とかなる。そうだよ…。迷ったり怖がってる場合じゃない。やらなきゃ!)

 

香澄(だって私は勇者だから……!)

 

香澄「あっ……!」

 

神社の石段に躓いてしまう。

 

香澄(祟りで消えてしまう命なら…この命をみんなの為に使おう。)

 

香澄「怖くない…怖くない……。」

 

祟りが香澄の身体を蝕んでいく。

 

香澄「怖く…ないっ!はあ、はあ……。」

 

石段を登りきり、街を見下ろす。

 

香澄「はあ…はあ……。綺麗………。」

 

香澄「はあ…はあ……はあ……はあ………。私、決めたよ…。」

 

 

ーー

---

 

 

勇者部部室--

 

ゆり「いや、怪しいよ!そんな事引き受けちゃだめよ!!」

 

ゆりが香澄に詰め寄った。

 

たえ「香澄…。」

 

りみ「それは違うよ、香澄ちゃん。」

 

たえとりみも反対する。

 

香澄「みんな……。」

 

沙綾「今のみんなの反応で分かるでしょ?香澄の考えが間違ってる事が。」

 

香澄「さーや…。」

 

ゆり「くっ…!それにしても大赦め……!」

 

ゆりはまたも大赦に対し怒りを露にする。

 

ゆり「香澄ちゃん、私達もついて行ってあげるから、バシッと断って。」

 

りみ「神婚する必要なんてないよ。」

 

有咲「たえ、今から大赦に連絡入れられるか?」

 

たえ「うん。」

 

香澄「まっ……。」

 

沙綾「もう我慢出来ない!」

 

みんなが香澄の為に動き出した。

 

ゆり「行きましょう。一度潰した方が良い組織になるかもね。」

 

香澄「待って!!」

 

香澄がみんなに待ったをかける。

 

香澄「だから、私は…神婚を引き受けるって……。」

 

沙綾「その必要はないよ!」

 

有咲「だって、死ぬんだろ!?」

 

ゆり「訳が分からない。生贄と変わらないじゃない。」

 

たえ「あと、神樹様と共に生きるって、何なのかな?」

 

りみ「その…何かゾクッとくるっていうか……。」

 

沙綾「とても幸せな事だとは思えない!」

 

みんなが次々と反論していく。

 

香澄「でも、私が神婚しないと神樹様の寿命が来て世界が終わっちゃうんだよ。」

 

ゆり「神樹様の寿命も分かるけど!」

 

ゆりが諭す。

 

香澄「っ!」

 

ゆり「でも、だからって香澄ちゃんが行く必要はないでしょ。」

 

香澄「ゆり先輩。勇者部は人の為になる事を勇んで行う部活、でしたよね?」

 

ゆり「香澄ちゃん。これは違う。」

 

香澄「でも、これも勇者部だと思うんです。」

 

ゆり「…………。」

 

香澄「誰も悪くない。世界を守る為にほかに選択肢が無いなら…。それしかないなら、私は勇者だから……。」

 

ゆり「香澄ちゃん!!1回頭冷やしなさい。」

 

たえ「香澄、それしかないって考えはやめよう。神樹様の寿命が無くなるまでの間にもっと考えれば良いんだよ。」

 

たえも必死で香澄を説得する。

 

香澄「ダメなんだよ…。考えるって言っても、私も…。私にも、もう時間がなくて……。」

 

そう香澄が言った時、みんなの左胸に刻印が浮かび始め、香澄は咄嗟に口を手で覆った。

 

沙綾「大丈夫だよ、香澄。私達もう知ってるから。」

 

香澄「っ!?」

 

沙綾「香澄が天の神からの祟りで体が弱っている事を……。」

 

沙綾が香澄の手を取る。

 

香澄「その話はやめて!私は何も言ってない!」

 

沙綾「香澄、大丈夫だよ。その件を含めて解決して見せるから。」

 

りみ「大体おかしいよ。何で香澄ちゃん1人がこんな目に合わなきゃならないの!?」

 

りみも感情を爆発させた。

 

香澄「で、でもね、でもね、りみりん。私は嫌なんだ。誰かが傷付く事、辛い思いをする事が…。それが今回は私1人が頑張れば…。」

 

沙綾「ダメだよ!!」

 

沙綾が香澄を大声で叱る。

 

沙綾「香澄が死んだら、ここにいるみんながどれだけ傷付いて辛い思いをすると思ってるの!?私、想像してみたけど…香澄の後を追っちゃうかもしれない……!」

 

香澄「で、でも…。さーやだって、みんなを守る為に火の海に行ったでしょ。あれだって、自分1人で世界を救えるならって思ったからでしょ!?」

 

沙綾「そう!でも壁を壊した私の自業自得でもあるんだよ。香澄は悪くない!反対だよ!」

 

香澄「そんなの、ずるいよ……。私はさーやの代わりに…。あっ…。」

 

香澄が言葉を濁した。

 

沙綾「代わりに…何?香澄。」

 

りみ「か、香澄ちゃん。」

 

りみも自分の思っている事を香澄にぶつける。

 

りみ「香澄ちゃんが言うように、勇者はみんなを幸せにする為に頑張らないといけないと思うよ。」

 

香澄「そうだよ。私頑張ってるよ。」

 

りみ「で、でも…。」

 

ゆり「みんなって言うのは、自分自身もそこに含まれてるんだよ、香澄ちゃん。」

 

ゆりが言葉を付け加えた。

 

香澄「し、幸せ、だよ、私は…。それでみんなが助かるなら…。」

 

ゆり「嘘だよ!!」

 

香澄「ゆ、勇者部5箇条!なるべく諦めない。私はみんなが助かる可能性に賭けてるんだよ!」

 

ゆり「あなたが生きる事を諦めてるじゃない!」

 

ゆりが叫ぶ。

 

香澄「勇者部5箇条!成せば大抵何とかなる!成さないと何もならない!」

 

ゆり「香澄ちゃん!!5箇条をそういう風に使わない!!!」

 

香澄「私は、私の時間のあるうちに私の出来る事をしたいんです!だからこうしてみんなにきちんと相談しました!」

 

たえ「これじゃあ報告だよ、香澄。相談しなきゃ…。」

 

香澄「相談してるよ!!!」

 

香澄はたえにきつく言ってしまった。

 

有咲「香澄、その…とにかく、無理すんな……。」

 

香澄「無理してないよ!!」

 

有咲「ご、ごめん…。」

 

香澄「勇者らしく、私らしくしてるよ!!」

 

りみ「待って…。」

 

ゆり「香澄ちゃん!みんながここまで言って、まだ分からないの!?」

 

香澄「だから!他に方法がないからこうなっているんです!!」

 

りみ「待ってよ…。なんで…なんでこんな……、ケンカなんて…。」

 

りみが泣き出してしまった。

 

香澄「りみりん…。」

 

りみ「っ…うぅっ………。」

 

香澄は一歩足を引いてしまうが、足がドアに当たる。

 

香澄「私は……。私には本当に時間が無くて…。もう…。っ!?」

 

みんなの左胸に刻印が浮かび上がる。

 

香澄「あぁ……っ…!?」

 

香澄は部室から飛び出してしまった。

 

沙綾・たえ「「香澄!」」

 

沙綾とたえは香澄を追いかけた。ゆりは泣いているりみを見て、どうしたらいいのか迷ってしまう。

 

有咲「クソっ!こういう時、どうすりゃ正解なんだよ!!」

 

有咲はロッカーを叩きうなだれていた。

 

 

勇者部はバラバラになってしまったのだ--

 

 

 



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命の選択


3章クライマックスです。


安芸先生は当初まりなさんの予定でしたが、1章で出していた事をすっかり忘れていました。





 

 

世界を救う為に自分を犠牲にする事を決めた香澄であったが、他の5人がそれは違うと香澄を否定する。自分に残された時間はあと少ししかない事で考える余裕が無く、自暴自棄になった香澄は部室から飛び出してしまった--。

 

 

 

 

 

たえ「はあっ…。いないね。隠れちゃったのかな?」

 

沙綾「端末を見たら、香澄の自宅に反応が…!」

 

たえ「行ってみよう。」

 

沙綾とたえは勇者に変身し、香澄の家に急ぐ。

 

 

 

 

 

たえ「ただ、こっちも一気に話すと、香澄が落ち着けないだろうから…冷静に行こう。」

 

沙綾「そうだね…。」

 

沙綾の精霊"青坊主"が香澄の部屋に侵入し鍵を開け、2人は部屋に侵入した。沙綾は机の上にあるスマホを見つける。

 

沙綾「香澄…。レーダーの反応はこれだったんだ。」

 

沙綾が勇者御記を開くと、

 

 

香澄("1月18日 みんな、色々ごめんなさい。私は行きます。")

 

 

たえ「今日の日付だ。」

 

沙綾「端末を置いてどこに…。っまさか……!」

 

その時、たえのスマホに着信が入った。

 

沙綾・たえ「「っ!」」

 

着信先は大赦からだった。

 

 

 

 

 

崩壊した瀬戸大橋。その近くにある、英霊之碑で一人の大赦の神官が待っていた。そこへ沙綾達がやってくる。

 

神官「勇者様に最大限の敬意を。」

 

沙綾「やめてください。」

 

沙綾がそう言い、神官の元へ歩き出す。

 

神官「ここは、歴代の勇者と巫女が祀られている場所。」

 

有咲「香澄がここにいるってのか?」

 

神官「香澄様はここにはいません。この場所は話をするのには静かだと思ったので。」

 

沙綾「私達は香澄に会いに来たんです!」

 

ゆり「香澄ちゃんはどこにいるんですか!?」

 

神官「今は大赦におられます。」

 

ゆり「じゃあ、大赦に乗り込みましょう。」

 

沙綾・りみ・有咲・たえ「「「うん。」」」

 

ゆりがそう言い、4人が背中を向けようとしたその時、

 

神官「香澄様から話を聞かれたかと。」

 

神官が話し出した。

 

神官「世界を救う方法は神婚しか残されていません。」

 

ゆり「ええ!聞かされたわよ!!」

 

ゆりが怒り口調で神官に話す。

 

神官「急ぐ必要があった。ご存知かと。香澄様の寿命はあと僅か。」

 

りみ「香澄ちゃんの祟りを祓う方法は本当に無いんですか?」

 

りみが神官に尋ねた。

 

神官「我々は探りました。香澄様を救う方法を……。」

 

 

 

 

 

その頃、香澄は大赦の中で身を清めていた。

 

 

 

 

 

神官「しかし、無かったのです。外の炎がある限り、香澄様は祟られたまま。」

 

有咲「じゃあ、外の炎をどうにか出来ないのか!?」

 

神官「いくつかのプランはありました。」

 

ゆり「っ!ならそれを!!」

 

神官「しかし、不可能だと分かったのです。」

 

有咲「どうして勝手に決めるんだよ!?」

 

神官「もう時間が無いのです。香澄様は、これより神婚の儀に入られます。」

 

ゆり「ふざけるな!止めてやる!!」

 

ゆりはスマホを取り出すが、神官は淡々と話しを続ける。

 

神官「歴代の勇者様の多くが、御役目の中で命を落とされました。2年前には人類を守る為に、海野夏希様が落命。」

 

沙綾・たえ「「っ!!」」

 

沙綾とたえは夏希の最後の姿を思い出す。

 

神官「夏希様は人類を守ろうと懸命に戦い、見事御役目を果たされ、英霊になられました。香澄様もまた、戦い方は違えど皆の為にその身を捧げようとされています。それこそが勇者であると理解して…。」

 

沙綾「だから、私達にも…。納得しろと……?」

 

ゆり「歴代の勇者と巫女…みんな…私達と同じくらいの年齢って訳でしょ……。いつだって子ども達を犠牲にして生き延びてきたって事でしょ。そんな歪な世界ってあるの!?」

 

沙綾やゆり、ここにいる全員、大赦の言い分には納得するはずがなかった。

 

神官「それしか方法が無いならば…全てを生かす為にはやむを得ないのです。それが、この時代における人の在り方。」

 

ゆり「やむを…得ない?」

 

神官「そうよ……。」

 

少しの間沈黙が続いたが、

 

 

 

たえ「いつも私達を見てくれていた…。」

 

たえが唐突に神官に話し出した。

 

沙綾「っ!!」

 

その言葉で沙綾も気付いたようだった。

 

たえ「でも、私達の事を第一に考えてくれてた…。すっごく厳しいけど、ふとした時に見せるチャーミングな所が、私は好きだった…。」

 

 

たえ「でも今は、昔の安芸先生じゃないんだね。」

 

 

沙綾が続けて話しかける。

 

沙綾「夏希の時、一緒に悲しんでくれたのに…。その辛さを知っているなら、もう1人も犠牲なんて!!」

 

 

その神官--

 

 

安芸先生が話し出す。

 

安芸「あなた達のクラスメイトは、その友達は、家族は…。もうすぐ来る春を待ち遠しく思いながら、家でうどんを食べて、暖かい布団で寝て、今日も平和な日常生活を送っている…。少しの犠牲。このやり方で大部分の人達が幸せに暮らしているのです。」

 

ゆり「それなら…。それならあなた達が人柱になればいいのに!!」

 

ゆりは安芸先生に怒りをぶつける。

 

安芸「出来るものなら、そうしています。だが、私達では神樹様が受け入れない。」

 

 

その時だった--

 

 

 

―特別警報発令―

 

 

 

全員「「「っ!?」」」

 

5人のスマホが一斉に鳴り出した。

 

ゆり「何なの…これ……。」

 

そして、急に地震が起き、地面が揺れる。

 

安芸「もう来るとは…。」

 

安芸先生は何か知っているようだった。

 

有咲「ちょ、ちょっと、何なんだよこれ!?」

 

安芸「あなた達の出番です。」

 

沙綾「っ!?」

 

安芸「天の神は。人間が神の力に近付いた事に怒り、裁きを下したと言われています。人間が神婚するなど、以ての外……。」

 

ゆり「バーテックスが来る……!?」

 

安芸「いいえ。」

 

空が段々と暗くなり始める。

 

ゆり「これ、何…?」

 

学校のみんなや街の人達も異変に気付き空を見上げる。

 

 

 

空が割れていく--

 

 

 

全員「「「っ!?」」」

 

 

外の世界から何か巨大なものが侵攻してきたのだった--

 

 

ゆり「現実の世界に敵!?」

 

りみ「て、敵なの!?お姉ちゃん。」

 

有咲「何なんだよ……あれ…。」

 

 

空を埋め尽くす、敵--

 

 

 

 

 

外の異変に大赦にいる香澄も気付く。

 

香澄「怖くない…怖くない……。」

 

 

 

 

 

安芸「神婚は、香澄様が神樹様の元へ行き、人々の願いの礎となる事で契られ、成立します。神婚が成立すれば、人はもう神の一族。人で無ければ襲われない。これで皆は神樹様と共に平穏を得ます。」

 

 

 

安芸「これが、最後の御役目…。敵の攻撃を、神婚成立まで防ぎ切りなさい。」

 

 

 



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それぞれの戦い


勇者達の戦い前半です。ここからの戦闘描写はオリジナル入ってます。

戦闘描写はやはり難しいです……。




 

 

空が割れ、壁の外から敵が攻め込んでくる--

 

ゆり「現実の世界に敵!?」

 

りみ「て、敵なの…?」

 

敵は数を増し、空を埋め尽くすほどの数に膨れ上がる--

 

有咲「な、何なんだよ、あれ…。」

 

たえ「ちょっとヤバいかも…。」

 

ゆり、りみ、有咲、たえに緊張が走る。

 

 

 

 

 

同時刻、大赦--

 

大赦の祠に神官が大勢集まっていた。

 

神官「これで我ら一同、神樹様と1つになる。神の眷属として迎えられる。何と幸せな事でしょう。」

 

 

 

 

 

英霊之碑--

 

安芸「これが、最後の御役目。敵の攻撃を神婚成立まで防ぎ切りなさい。」

 

安芸先生が勇者達に命令する。

 

沙綾「やってみせる。でも香澄も返してもらう!神婚なんか絶対にさせない!!」

 

沙綾は今、決意を新たにした。天の神の目が光り、学校の生徒達や街の人々の左胸にも祟りの刻印が浮かび上がる。

 

 

壁の向こうには大きな敵--

 

 

赤く燃える敵--

 

 

崩壊した大橋--

 

 

最後の戦いに向かう為、沙綾達は勇者へと変身する--

 

 

世界が樹海化する--

 

 

 

同時刻、香澄も樹海の根を伝い神樹の元へ向かっていた--

 

 

今、世界を守る為のそれぞれの戦いが始まる--

 

 

 

 

 

天の神の目が再び光り出し、無数の針が勇者達に襲いかかる。

 

ゆり「くっ、あれは確か射手型"の…!」

 

5人は避けるが、周りの岩場が音を立てて砕け散った。

 

 

 

 

 

香澄「っ!?」

 

香澄は遠くで大きな音を聞き振り返る。

 

香澄「天の神…うっ……。」

 

刻印が痛む。

 

香澄(私の命でみんなが助かるなら…。)

 

香澄「怖くない……怖くない。」

 

香澄は神樹に向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

天の神からの攻撃は続く。そして、さらに目の前には天の神が復活させた、"射手型""蠍型""蟹型"の3体のバーテックス。それに加え、天の神はバーテックスの攻撃を全て使えるのだ。天の神は"獅子型"の火球を放ち、勇者達を攻撃する。

 

ゆり「あいつ、無茶苦茶!」

 

有咲「ゆり!!」

 

りみ「有咲ちゃん!」

 

有咲「お前らは早く香澄の所へ!あいつらの相手は私がやっとくから!」

 

ゆり「相手って…。」

 

有咲「甘く見んな!私にはまだ満開がある!」

 

そう言うと、有咲は1人で飛び出して天の神と3体のバーテックスに立ち向かっていった。

 

有咲(香澄に謝らなきゃ…。一緒に帰るんだ……。)

 

有咲「当代無双!市ヶ谷有咲!一世一代の大暴れを!とくと見よ!!」

 

有咲は満開し、敵に向かっていった。

 

有咲「はぁーーーーーーっ!!!」

 

突っ込んで行くが、3体のバーテックスが有咲の進路を塞いだ。

 

有咲「邪魔するなぁーーーっ!!」

 

有咲は大剣で"蠍型"の尻尾を切り裂く--

 

 

 

が、尻尾はすぐに再生してしまったのだ。

 

有咲「何!?」

 

一瞬動きが止まってしまった有咲に"射手型"の無数の針と"蠍型"の尻尾攻撃が襲いかかる。

 

有咲「ぐわっ…!?」

 

両肩の4本の腕でガードするが、後ろによろけてしまう。

 

有咲(こいつら、前のバーテックスと比べて全然強さが違う…。それに、満開の力も前より下がってやがる……。)

 

今の勇者システムは散華の機能が搭載されてない。勇者が抱えるリスクは減ったが、その分満開自体のパワーも下がってしまっていたのだった。

 

有咲(くっ、だけどぜってー負けない!香澄の為に……みんなの為に!)

 

 

 

 

 

有咲が飛び出した後、

 

ゆり「有咲ちゃん、無理だけはしないで…。」

 

りみ「お姉ちゃん…。あのね、私…。」

 

りみがゆりに話しかけようとした時、

 

ゆり「りみ。ここをお願い出来る?」

 

りみ「うん。お姉ちゃんは香澄ちゃんの所に行って。」

 

りみは力強く頷いた。

 

ゆり「ええ。必ず連れ戻してくる。絶対に無事でいるのよ。」

 

りみ「うん。」

 

2人はすれ違い、ゆりは香澄の元に、りみは有咲の元へと走り出す。そこへ、満開した沙綾が現れ、

 

沙綾「ゆり先輩!乗ってください!」

 

ゆり「ありがとう、沙綾ちゃん。香澄の元へ向かいましょう。」

 

沙綾「最大船速で向かいます。」

 

2人は香澄の元へと急いだ。

 

 

 

 

 

一方で有咲--

 

回復力が上がったバーテックスと威力の下がった満開。力の差はほぼ互角と言っても良いだろう。

 

有咲「くっ!?大見得切ったけど、1人じゃマズイかもな…。」

 

 

3体のバーテックスはかつて夏希を倒し--

 

 

 

勇者部5人を苦戦させた--

 

 

 

今、有咲はそいつらに立った一人で立ち向かっている。

 

"蟹型"が反射板で叩き付けてきたが、有咲は4つの腕でガードする。だが、そこへ"蠍型"が尻尾を振り上げ有咲のガードを崩したのだ。

 

有咲「まずい…!?ガードが上げられ……。」

 

間髪入れず"射手型"が針を発射してくる--

 

 

 

有咲「っ!?」

 

有咲は残った両手の剣で何とか弾き返すが、頬を針が掠ってしまう。

 

有咲「くっ…!」

 

有咲は天の神を睨み付ける。

 

有咲「コイツのせいで…!ゆりや、香澄が悲しんだ……。ふざけるなっ!!」

 

再び"射手型"から無数の針が放たれる。

 

有咲の脚や腕に針が掠り、血が流れダメージが蓄積されていく。

 

有咲「ぐあっ…!このぉぉぉっ!!」

 

だが、有咲は4本の腕で防ぎながら針の中を進んで行く。しかし、有咲は針に紛れて気が付かなかった--

 

 

 

針の進行方向に"蟹型"の反射板がある事に--

 

 

 

"射手型"の針が反射され、有咲の背中に迫る--

 

 

 

有咲「っ!?しまっ……!」

 

 

 

 

だが、その針は有咲に届く事は無かった。

 

有咲「たえ!!」

 

たえが槍を傘の形に変化させ、有咲を守ったのだった。

 

たえ「1人で前に出過ぎちゃダメだよ、有咲。」

 

有咲の姿が夏希の姿に重なって見えるたえ。

 

たえ(今度は……ちゃんと間に合ったよ。)

 

だが、たえ針を防いでいる中今度は"蠍型"の針が2人に迫ろうとしていた。

 

りみ「させない!!」

 

りみが満開し駆けつけ、"蠍型"の尻尾を雁字搦めに絡め取ったのだった。

 

有咲・たえ「「りみ!」」

 

りみ「コイツは私に任せて、2人は他の2体を!」

 

りみは"蠍型"と対峙し、有咲とたえは"蟹型"と"射手型"へと向かった。

 

有咲「私はアイツをやるから、たえはあの針出すヤツ頼む!」

 

たえ「任されたよ!」

 

有咲は"蟹型"、たえは"射手型"を倒す為に別れた。

 

 

 

 

 

有咲サイド--

 

有咲「満開も後ちょっとで切れそうだ…時間はかけてられねぇ!」

 

有咲は4本の大剣と2本の剣で"蟹型"に斬りかかるが、"蟹型"は反射板を重ねて有咲の攻撃を防ぎきる。

 

有咲「くっ…硬てぇ。」

 

だが、有咲達の敵はバーテックスだけではない。後方から天の神が"獅子型"の火球を放ちバーテックスを援護してくる。

 

有咲「っと、危ねぇ。」

 

次に有咲は4本のうち2本で斬りかかる。"蟹型"は当然反射板でガードしてくる。

 

有咲「これなら、どうだ!」

 

もう2本の腕で更に斬りかかった。だが、これも残った反射板で防いでしまう。しかし、事は有咲の狙い通りに進んでいた。

 

有咲「これで、反射板は使えねぇ!」

 

"蟹型"の反射板は大剣をガードするのに全て使っていた。有咲の両手の剣は"蟹型"には防げない。

 

有咲「くらえ!!」

 

 

切り裂く--

 

 

しかし、致命傷にはならず再生してしまう。

 

有咲「くそっ!これだと最後の一押しが足りない……!」

 

刹那、天の神が火球を放ち、有咲はモロにそれを受けてしまう--

 

有咲「ぐああああああっ!!」

 

ゲージはゼロの為、精霊のバリアは展開されていない。背中の服は燃え尽き、火傷が痛々しく残る。

 

有咲「こんな事で…こんな事で倒れてたまるかよ…。香澄は……香澄はもっと痛いんだ…。こんなの…全然痛いうちに入んねーよ!!」

 

有咲は立ち上がる。

 

有咲(一撃だ…。一撃で終わらせる……!)

 

有咲は最後の力を込めると、4本の大剣と2本の剣が光りだす。

 

有咲「これで……決める!」

 

有咲は"蟹型"に向かって6本の剣を一斉に振り下ろした--

 

 

 

"蟹型"は反射板を重ねガードするが、剣は反射板を叩き壊し、"蟹型"を御霊ごと真っ二つに叩き切ったのだった。

 

 

 

"蟹型"が光になって消えていく--

 

 

 

有咲「はあ、はあ、はあ…倒したか……。」

 

有咲の満開が解け、樹海に落下していく。

 

有咲「はあ、はあ…。見たか、市ヶ谷有咲の実力を……。」

 

有咲は立ち上がろうとするが、足に力が入らず倒れてしまう。

 

有咲「へへっ、情けねぇ…。仕方ねーから香澄の事はゆりと沙綾に任せるか…。」

 

有咲「ちょっと休んだら、すぐ…行くから……。」

 

有咲の意識はここで途切れた--

 

 

 

 

 

りみサイド--

 

りみは迫り来る"蠍型"の尻尾をワイヤーで絡め取り切り裂いていくが、すぐに尻尾は再生してしまう。

 

りみ(この尻尾、段々スピードが上がっていってる……!)

 

そこに、援護とばかりに天の神が"牡牛型"の力を使って大きな音を響かせる。

 

りみ「くっ!!」

 

音にやられ、りみは耳を塞ぎ身動きが取れない。そこへ"蠍型"の尻尾がりみに向かって振り下ろされる。

 

りみ「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

りみは樹海に叩きつけられる。

 

りみ「くっ、あの針に当たったら絶対にダメだ……。だけど、どうしたら…。」

 

再び音が鳴り響く。

 

りみ「くっ!?」

 

りみは耳を塞ぐ。そして、すかさず"蠍型"が針を突き刺そうと尻尾で突いてきた。

 

りみ(動けないなら…これで!!)

 

りみは四方八方にワイヤーを展開して、尻尾の動きを止めた。

 

りみ(動きは止めた…。後はこの音をどうにかすれば……そうだ!これなら…!)

 

りみはワイヤーを指で弾き出した。まるで、ワイヤーをベースの弦に見立てて。

 

りみ「音楽は…人を幸せにするもの!音楽が人を傷付ける事なんて絶対にあっちゃダメなんだ!!そして、音楽は私の夢…。私の夢で……この音を止めてみせる!!」

 

りみが奏でる低音の音楽と天の神の高音が相殺されはじめた--

 

そして天の神の攻撃が止む。

 

りみ「今だ!!」

 

 

りみはワイヤーで"蠍型"を雁字搦めに巻き付け、御霊ごと細切れにする--

 

 

"蠍型"も光となって消えていった。同時にりみの満開も解ける。

 

りみ「はぁ…。お姉ちゃん、1人で倒せたよ……。確か、有咲ちゃんはこっちの方に…。」

 

りみは先に戦闘が終わった有咲を探しにふらふらになりながらも歩みを進めた。

 

 

 

 

 

たえサイド--

 

たえは傘で針を防ぎ続けていた。

 

たえ「まずいなー。これじゃあ埒が明かないよ。」

 

両者共に攻め手が無い状況だった。だが、そこへ天の神が"乙女型"の攻撃である爆弾を飛ばしてくる。たえは爆発を躱すが、周りが煙で覆われる。

 

たえ「何処から来る?」

 

飛んできた針をたえは躱す。

 

たえ(これは多分足止めだな。)

 

たえは気付いていた。バーテックスが本気で攻めて来ない事に。

 

たえ(多分ゆり先輩と沙綾のところにもバーテックスが来てるはず。ならこの3体のバーテックスは私たちが合流出来ないように足止めしてる、つまり天の神にとっては捨て駒って事か。)

 

たえ「なら、速攻だよ!」

 

たえは"射手型"に突進する。"射手型"は針を飛ばし近付けさせまいとするが、たえは避けた--

 

 

筈だったが、天の神は"乙女型"のもう一つの攻撃である触手をたえが避けた先に伸ばし、たえの腕を巻き取ったのだ。

 

たえ「嘘!?読まれた!」

 

すかさず"射手型"は針を飛ばす。たえはガードするが捕まった事で一瞬動きが遅れ、針が何発か掠ってしまった。

 

たえ「はぁ、はぁ…ちょっとマズイかも。」

 

たえは既に満開を使っている為、精霊のバリアはもう張れない。そこへ針と爆弾が同時に放たれてきた。

 

たえ「っ……!?」

 

たえは針を傘でガードするが、爆風を食らってしまった。

 

たえ「きゃあぁぁぁっ!!」

 

爆風でボロボロになるたえ。

 

たえ「香澄を助けなきゃいけないんだ…こんなところで倒れる訳にはいかないよ!」

 

体に鞭打ってたえは立ち上がる。

 

たえ(夏希……私に力を貸して…。)

 

たえは再び"射手型"へと突進した。"射手型"が針を放つが、たえはガードせず槍を回転させ針を弾いて近付いて行った。

 

たえ「天の神には分からないでしょ、この力!!」

 

 

だが、全部は弾く事が出来ずに何発か掠り、血が流れる--

 

 

たえ「これが……人間の!」

 

 

天の神は爆弾を放つが、たえは槍で爆弾を打ち返す--

 

 

たえ「気合と!!」

 

 

傷を負いながらもたえは"射手型"へと近づいていく--

 

 

たえ「根性と!!」

 

 

そして、たえは槍を前に構え、ドリルの様に回転しながら"射手型"に向かい突貫--

 

 

たえ「魂ってやつだよ!!」

 

 

たえが御霊ごと"射手型"を貫通したのだった。

 

たえ「はあ、はあ、はあ……。」

 

"射手型"も光となり消えていく。

 

たえ「少しは夏希みたいに強くなれたかな……。」

 

たえは2人を探しにボロボロのまま走り出すのであった。

 

 

 



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君ありての世界


次回、第3章最終回--


物語はエピローグからその先へと--





 

 

有咲、りみ、たえが戦っている頃、沙綾とゆりは香澄の元へと向かっていた。

 

ゆり「沙綾ちゃん、あれ!」

 

遠くの方に香澄が見える。

 

沙綾「香澄…!」

 

だが、そこへ天の神から雷の様なものが迸り、"獅子型"の攻撃である炎を纏った幼生バーテックスが大量に出現した。

 

ゆり「次から次へと…。」

 

沙綾「ゆり先輩!」

 

沙綾は船を反転させ、主砲のエネルギーをチャージ。

 

沙綾「飛び降りてください!」

 

ゆり「分かった!」

 

2人は船から飛び降り、船は攻撃をチャージしながらバーテックスの群れへと突き進む。

 

 

そして大爆発--

 

 

バーテックスの群れを蹴散らし、沙綾の満開が解除される。

 

沙綾「はあ、はあ、はあ……。」

 

ゆり「沙綾ちゃん…。」

 

だが、そこへ"天秤型"と"魚型"のバーテックスが2人の行く手を阻む。

 

ゆり「すんなりここを通してはくれないって事ね…。」

 

"魚型"が地面に潜り、"天秤型"は回転しながら近づいて来る。

 

沙綾「"魚型"は私が相手します。ゆり先輩は"天秤型"をお願いします!」

 

ゆり「任せて!」

 

沙綾は"魚型"、ゆりは"天秤型"へと立ち向かって行った。

 

 

 

 

 

香澄はその頃、神樹へ辿り着く。香澄は上着を脱がされ、周りを白ヘビが囲む。そして、その白ヘビが香澄に迫ってくる--

 

 

 

 

 

大赦--

 

祠で大赦の大神官が祈りを捧げている。そして、大神官の体が砂になり、周りの神官たちも次々と砂になっていった。そして、砂の中から芽が出てきて、芽は黄金の稲となった。

 

 

 

 

 

沙綾サイド--

 

"魚型"は出たり潜ったりを繰り返しながら沙綾へと近付いて来る。

 

沙綾(前の戦いでもそうだったけど、スナイパーライフルじゃ不利だ……。)

 

前回の"獅子型"との戦いでは"魚型"が潜る度に地面が揺れる為狙いが付けられなかった。

 

沙綾「それなら!」

 

沙綾はスナイパーライフルを肩で担ぎ、空いている手には小型の銃を持ちながら戦いを始めた。

 

沙綾「バーテックスは大きいから、無理に狙いを付けなくても当たるはず!」

 

"魚型"が飛び出してきたところを沙綾は狙い打つ。が、硬すぎて弾き返されてしまった。

 

沙綾「くっ!威力が足りない。なら!」

 

沙綾は目を閉じ、集中する。

 

沙綾(想いの力で私の銃は威力が上がる…。)

 

沙綾は力を溜める。そして目を閉じて敵の居場所を耳で感じ取っているのだ。

 

沙綾「そこ!」

 

 

沙綾は目を開け、"魚型"に向かって銃を発射、攻撃は"魚型"に命中した--

 

 

筈だったのだが、攻撃を受けた"魚型"は水になって消えてしまったのだった。

 

沙綾「水の分身!?」

 

その時、沙綾の左側から"魚型"が現れ突進してきたのだ。

 

沙綾「っ!?きゃあ!!」

 

沙綾は咄嗟に銃を前に構え防御したが、吹っ飛ばされてしまった。

 

沙綾「くっ…この力、"魚型"だけの力じゃない……。」

 

次の瞬間、"魚型"は口から水の玉を吐き出したのだった。沙綾はそれを躱し、気付いた。

 

沙綾「"水瓶型"の技…。このバーテックス"魚型"と"水瓶型"の融合体!」

 

そう、以前の戦いでも"獅子型"が融合したのだが、今回は天の神が、"魚型"と"水瓶型"を融合させてきたのだ。"融合型"は水で自身の分身を作りながら、沙綾に襲いかかってくる。沙綾は1体1体分身を銃で撃ち落としていくが、力を溜める事が出来ずに本体にはダメージが通らない。

 

沙綾「くっ、どうすれば…。」

 

 

 

 

 

ゆりサイド--

 

ゆりは回転する"天秤型"に攻撃するが、大剣が弾かれてしまう。

 

ゆり「ダメか、真正面からじゃ攻撃が通らない…。せめて動きを止めないと。」

 

そこへ天の神が"山羊型"の攻撃である紫色の煙で援護してきた。

 

ゆり「うっ、毒ガス!?」

 

前が見えず困惑するゆりを"天秤型"は分銅が付いた触手で攻撃してきた。

 

ゆり「うわっ!!」

 

ゆりは壁に吹っ飛ばされる。

 

ゆり「うっ!!」

 

ゆり「香澄ちゃんがすぐそこにいるのに…。」

 

ゆりは立ち上がり、

 

ゆり「満開!!」

 

満開し、大剣を更に大きくする。

 

ゆり「これで、どうだぁ!」

 

ゆりは大剣を団扇の様に扱い、毒ガスを吹き飛ばす。そして、そのまま"天秤型"に斬りかかっていった。

 

 

 

 

 

再び沙綾サイド--

 

"融合型"の突進攻撃を受け続け、沙綾の体はボロボロになっていた。

 

沙綾「はあ…はあ……。満開を使ったからバリアが張れない…。」

 

沙綾は既に満身創痍だった。

 

沙綾「香澄を助けないといけないのに…。ここで諦めなきゃいけないの……。」

 

そして沙綾は倒れてしまう。

 

 

ーーー

ーー

 

 

?(…あや。さ……あや。)

 

意識の底で誰かが沙綾を呼んでいた。

 

?(沙綾!)

 

目を覚ますとそこには夏希がいた。

 

沙綾「な…つき……?」

 

夏希「そうだよ。元気してた?」

 

沙綾「うん。でも何でここに?」

 

夏希「ここは沙綾の意識の中、私は死んだ後に神樹様と一体となったんだ。そして神樹様の力が弱って、香澄って子に気を取られてる間に沙綾に呼びかけたって訳。」

 

沙綾「香澄はもう神樹様の所に!?急がなきゃ!だけど、私じゃアイツを倒せない…。」

 

夏希「沙綾なら出来るよ。昔を思い出して。」

 

沙綾「2年前……。」

 

夏希「そう。みんなで厳しい訓練だってしてきた。今の沙綾ならどんな事だって乗り越えられる筈だよ。」

 

沙綾「夏希……。」

 

夏希「自分を信じて!私も力を貸すよ。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

"融合型"はトドメを刺そうと沙綾を押し潰そうとするが、寸前のところで沙綾は目を覚まし、それを躱した。

 

沙綾「こんな所で止まってる訳にはいかない…お前を倒して、香澄を救うんだ!!」

 

沙綾は武器を銃から弓矢にチェンジした。この弓矢は沙綾が2年前に使っていた武器である。

 

沙綾(今の私には誰にも負けない思いがある……。それをこの矢に乗せる!)

 

沙綾は"融合型"の攻撃を躱しながら力を溜める。

 

沙綾「そこだ!」

 

沙綾は矢を放った。"融合型"は水の玉を前方に固めて壁を作るが、沙綾が放った矢はそれを軽々と貫通し、"融合型"にダメージを与える。

 

沙綾(回復してない…。融合してるから力の代わりに回復力を犠牲にしてるって事か。)

 

"融合型"は苦し紛れに水の玉を放つが、沙綾は矢でそれを割っていった。

 

沙綾「これで決める!」

 

その瞬間、沙綾の左手に斧が出現する。そう、この斧は2年前夏希が使っていたのと同じもの。沙綾はその斧を弓にセットし力を、想いを込める。

 

沙綾(夏希…力を貸して!)

 

 

 

直巴の文様が火を放ち、沙綾が斧を発射する。

 

 

 

沙綾「いっけぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

"融合型"は水鉄砲を放つが、斧が炎をまとい水を蒸発させていく。

 

沙綾「私と夏希の想い……そんなちっぽけな水で消せると思わないで!」

 

斧はそのまま"融合型"を貫き、そのまま光となって消滅、斧も一緒に消滅した。

 

沙綾「夏希…私これからも頑張るからね……。」

 

沙綾はそのままゆりの元へと駆け出した。

 

 

 

 

 

再びゆりサイド--

 

未だにゆりは決定的なダメージを与える事が出来ずにいた。

 

ゆり「くっ…!満開を保ってられる時間がもう僅かしかない…。」

 

"天秤型"の回転は加速度的に速くなり嵐が巻き起こり、ゆりは身動き取れずにいた。更にその風は刃となりゆりに襲いかかる。

 

ゆり「うわっ!!」

 

勇者装束はボロボロになり立っているのもやっとであった。

 

ゆり「何なの…まるで台風じゃない……。」

 

その直後、ゆりは閃いた。

 

ゆり「一か八かだけど、やってみるしかないか…。」

 

ゆりは大剣を再び団扇代わりに使い、風の威力を弱める。

 

ゆり「私の女子力…舐めないでよっ!!」

 

次にゆりは大剣を棒高跳びの要領で空高くて舞い上がった。

 

ゆり「お前の攻撃が台風の様なら、その中心は安全って事でしょ!!」

 

奇しくもそれはやり方は違えど、2年前と同じ作戦であった。

 

ゆり「散々やってくれたお礼だよ!私の女子力…喰らいなさい!!」

 

ゆりは大剣を振り上げ、力の限りに振り下ろして"天秤型"を御霊ごと一刀両断する。

 

"天秤型"も光となって消え去り、直後沙綾が合流する。

 

沙綾「はあ、はあ…ゆり先輩!」

 

ゆり「沙綾ちゃん、お疲れ様。」

 

沙綾「先輩こそ、お疲れ様です。香澄はもう神樹様の元に辿り着いています!急ぎましょう。」

 

だが、突然触手が2人の行く手を遮った。

 

沙綾・ゆり「「っ!?」」

 

2人は避けながら前へ進む。

 

沙綾「まさか神樹様に妨害されてる!?」

 

ゆり「そんな事関係ない!例え神樹様でもね…今回だけは譲れないのよ!!」

 

神樹の妨害が激しくなる中2人は進んでいくが、先を壁で覆われてしまった。

 

沙綾「道が!?」

 

ゆり「何が何でも通さない気だね。」

 

その時、上空の天の神に祟りの刻印が浮かび、樹海に向かって光を照射。爆音と共に樹海が燃やされていった。

 

沙綾「あれは…。」

 

ゆり「っ……。」

 

ゆりは自分の太腿のオキザリスの刻印を見る。光っている花びらは後1枚、満開がもう解けてしまう。

 

ゆり「沙綾ちゃん、やれる?」

 

沙綾「必ず助け出します。」

 

ゆり「なら、道は……。」

 

ゆりは最後の力を振り絞り残った力を全て解放する。

 

ゆり「私が!!」

 

大剣が超巨大になり、

 

ゆり「切り開く!!!!」

 

壁に向かって思いっ切り振り下ろし、大剣で道を作った。

 

沙綾「ゆり先輩!ありがとうございます!!」

 

沙綾は大剣の上を走り抜け神樹へと辿り着いた。

 

 

 

 

 

沙綾「はっ!?」

 

気が付くと沙綾は見知らぬ空間の中にいた。

 

沙綾「ここは…?何て所だろう……。精霊の力でも帰れるのかな…。」

 

沙綾「っ!?」

 

沙綾は下に白ヘビに巻きつかれた状態の香澄を発見する。しかし既に、魂と身体が分離していた。

 

沙綾「えっ!?」

 

魂の状態の香澄が叫んでいるが、声が聞こえない。多くの人々の思念の様なものが手の形となって、徐々に香澄の魂を消していっていた。

 

沙綾「香澄!!」

 

香澄「っ!?さーや、どうして…?」

 

沙綾「帰ろう、香澄!迎えに来たんだよ!」

 

沙綾が香澄に近付こうとするが、その手の様な思念が沙綾の腕に、足に巻き付いた。

 

沙綾「っ!!」

 

沙綾は足を見る。段々と足が凍り付いてきていたのだった。

 

沙綾「そうまでして…渡したくないんだね。香澄!今助けるから!!」

 

香澄「でも……私が、私がやらないと…世界が……世界が消えちゃう…。これは誰かがやらないといけないんだよ。」

 

外では樹海が炎に飲み込まれていく--

 

香澄「なら、私が…。」

 

天の神が神樹に迫って来ていた。

 

沙綾「香澄が…。誰もやる必要なんか無い!!」

 

沙綾「大切な人を……。」

 

沙綾は夏希を思い浮かべる。

 

沙綾「もうこれ以上奪われたく無いんだよ!!」

 

香澄の魂は太腿まで消えかかっている。

 

香澄「私が我慢すれば、それで良いから……。」

 

沙綾「香澄!!!」

 

香澄「っ!?」

 

沙綾「本当の事を言ってよ!!」

 

沙綾の足も凍り続けていく。

 

沙綾「怖いなら怖いって、私には言ってよ!!友達だって言うなら……助けてって言ってよ!!!!」

 

 

香澄の手が動く--

 

 

香澄の魂は叫んでいるが、声が出ない。

 

 

香澄「イヤ、だよ……。」

 

沙綾「っ!」

 

 

香澄の目から涙が溢れる。

 

香澄「怖いよ……。でも、言っちゃダメで…。でもそんなの…。死ぬのはイヤだよ……。みんなと別れるのは、イヤだよっ!!!」

 

香澄は初めて思いの丈を叫んだ。

 

沙綾「香澄…。」

 

 

 

香澄「私達、一生懸命だったのに…。それなのに何で……。」

 

 

香澄の魂は胸まで消えていた。

 

 

香澄「イヤだよ…。ずっと…ずっと……。ずっとみんなと一緒にいたいよ!!」

 

 

沙綾「香澄!手を伸ばして!!」

 

香澄は沙綾に手を伸ばす。

 

香澄「さーや!助けて!!」

 

沙綾「香澄!」

 

香澄「さーや!!」

 

手を伸ばして近付こうとする2人だが、思念は2人の手を取らせまいとして迫ってくる。

 

 

2人の手があと少しで届く--

 

 

 

が、その瞬間2人の間を青白い光の壁が遮った。

 

香澄・沙綾「「っ!?」」

 

精霊達が見守っている中で、2人を隔てる壁が生まれてしまったのだった。

 

沙綾「そんな…ここまでして……。」

 

香澄「さーや…。」

 

沙綾「っ!?香澄!!」

 

香澄「たす……けて………。」

 

 

香澄が沈んでいく--

 

 

沙綾「香澄……香澄!!!」

 

香澄「さー……………や………。」

 

遂には香澄は気を失ってしまった。

 

沙綾「あっ…ダメ……。」

 

思念の手が沙綾から離れ、突如現れた壁の上に倒れてしまった。

 

沙綾「あぁっ……ぁ…あぁ……。」

 

遂に沙綾の体は殆どが凍った状態になり、動かなくなってしまった。

 

 



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私達の物語


天の神との最後の決戦です。


そして物語は平和なその後へと続いていきます--




 

 

香澄を助け出す為に神樹へ到達した沙綾。

 

あと少しで香澄を助け出せるところまで来たが、神樹がそれを阻んだのだった--

 

 

 

 

 

同時刻、大赦--

 

大赦の神官達は次々と砂と消え、その砂の中から黄金色の稲穂が生まれていく。

 

 

 

 

 

同時刻、英霊之碑--

 

そこでは安芸先生が祈りを捧げていた。被っていた仮面が外れ、安芸先生の右目から砂が零れ落ちる。

 

 

 

 

 

同時刻、樹海--

 

りみ「有咲ちゃーん!」

 

ボロボロのりみが有咲を探していた。

 

りみ「確かこの辺だった筈なんだけど…。」

 

そこへ、

 

たえ「おーい、りみー!」

 

りみ「あっ!おたえちゃん。」

 

たえが合流した。

 

たえ「やっと見つけたよー。後は有咲だけだね。」

 

そこへ大爆発が起こり、樹海が火の海に。

 

たえ「まずい…早く有咲を見つけなきゃ!」

 

りみ「あっ!おたえちゃん、あそこ!」

 

りみが指差した方向には倒れている有咲が。

 

たえ「有咲を連れて、とりあえず身を隠さなきゃ!!」

 

2人は有咲を担いで避難した。

 

 

 

 

 

有咲「っ……ここは?」

 

有咲が目を覚ます。

 

たえ「有咲!」

 

りみ「有咲ちゃん!」

 

有咲「たえ…りみ…。そっちも片付いたんだな……。状況は?」

 

たえ「天の神が無差別に樹海を攻撃してる。このままじゃ現実世界にも大きな被害がで出る。」

 

たえが説明する。

 

りみ「後はお姉ちゃんと沙綾ちゃんを信じて待つしかないよ。」

 

有咲「そうだな…。」

 

有咲(頼んだぞ、2人とも。)

 

 

 

 

 

同時刻、ゆりサイド--

 

ゆりも同じ様に樹海の陰で身を隠してるが、力を使い過ぎて動けなくなっていた。

 

ゆり(沙綾ちゃん…香澄ちゃんを……世界を頼んだよ。)

 

 

 

 

 

隔たれた壁の上に倒れている沙綾。

 

沙綾「違う…私達は、こんな事……。感謝もしています…でも…。でも…でも、もういいの……。人を…。友達を捨ててまで、手に入れる世界なんて……。そんな世界なんて……。要らない……。」

 

壁の下、香澄の魂はもうほんの少ししか残っていなかった。

 

沙綾「それが……。」

 

沙綾は喋るが、もう声も出なかった。

 

 

沙綾は遂に動かなくなってしまう--

 

 

 

 

その時だった--

 

 

 

沙綾の隣に赤く光る少女が手を伸ばし降りてきた。

 

沙綾は目を開けた--

 

 

 

 

その赤い光は海野夏希であった。

 

 

 

 

沙綾「な…つき……なの?」

 

夏希(挫けるな、沙綾。お前が諦めたら何もかも終わっちゃうんだぞ。)

 

夏希は沙綾の意識に語りかける。

 

沙綾「でも、私…もうどうしたらいいか……。」

 

夏希(目を閉じて耳を澄ますんだ。)

 

沙綾は言われた通りに目を閉じ、耳を澄ます。

 

 

 

 

りみ(沙綾ちゃん!諦めないで!!)

 

りみの声が--

 

 

 

有咲(根性見せろ!沙綾!!)

 

有咲の声が--

 

 

 

たえ(負けるな!沙綾!!)

 

たえの声が--

 

 

 

ゆり(沙綾ちゃんなら…絶対に助けられるよ……。)

 

ゆりの声が--

 

 

 

 

次の瞬間、

 

 

 

 

沙綾の背後から紫色の光を輝かせた少女の手が--

 

沙綾が振り返るとそこにはたえを模した紫色の光が壁に触れていた。

 

沙綾「おたえ……。」

 

沙綾は力を振り絞って体を起こす。そして同じくりみ、有咲、ゆりの姿を模した光が空から現れ、同じく壁に触れた。

 

沙綾「みんな……!?」

 

そして沙綾も祈り、壁に触れる。

 

沙綾(神樹様…。人は、色んな人がいます……。それでも、本当に人を救おうと言うのなら…。人を……人を、信じてくれませんか!?)

 

 

 

 

そして空から沢山の光が次々と降り注ぎ、その光は歴代の勇者の姿へと変わっていく。オレンジ色、白色、小豆色、藍色。様々な色の光を纏った勇者の姿に--

 

夏希(沢山の勇者の魂が、沙綾の力になるってさ。)

 

夏希は沙綾に語りかける。英霊之碑にある歴代の勇者、巫女の墓が震えだす。沙綾の気持ちに応える様に勇者や巫女の魂が応援に駆けつけたのだった。

 

 

 

?「ギャー!ギャー!」

 

 

 

突如鳥の鳴き声が響く--

 

 

 

沙綾「っ!?」

 

沙綾が声の方を向くと、1羽の青い烏が飛んできた。その烏は奉火祭の時に香澄を助けたのと同じ胸に桔梗の文様を持つ烏。そして、沙綾の目の前に降り立つと、1人の勇者へ姿を変え、沙綾に語りかけるのだった--

 

 

 

 

 

?(あなたが今の時代の勇者ね…?)

 

沙綾「あ、あなたは…?」

 

友希那(私の名前は"湊友希那"。西暦の時代に勇者だった者の1人…。あなた達の活躍はずっと見てた。ここまでよく挫けずに戦ってこれたわね。)

 

沙綾「あ、ありがとう…ございます。」

 

友希那(あなた達を見てると、かつての私の仲間の事を思い出すわ。運命的な出会いをし、仲違いもあったけど……あなた達に負けず劣らずのチームだった。あなた達の直向きな姿にここにいる皆が心動かされ、あなたに協力すると言ってきたの。)

 

そう伝えると友希那を模した青い光は沙綾の方を向く。

 

沙綾「!?」

 

沙綾は友希那の光が微笑んだ様に感じた。

 

沙綾「はい。私達は…。人としての道を歩みます。」

 

 

 

沙綾が再び祈ると、神樹が光に包まれる--

 

 

 

そして、沙綾の手を中心に隔てていた壁が消えていく--

 

 

 

同時に、精霊も消え壁が消滅。香澄の魂が元に戻っていき、香澄の体に魂が戻ったのであった。

 

香澄「っ……。」

 

そして、香澄は眼を覚ます。

 

沙綾「香澄!!」

 

沙綾が近付き、香澄に抱きつく。

 

香澄「さーや!!!」

 

香澄も、沙綾に抱きついた。

 

沙綾「ごめん、ごめんね香澄。私言い過ぎた。」

 

香澄「私っ、私こそごめんね。みんなに、さーやにひどい事を…っ!」

 

沙綾「いいの……もういいんだよ…。」

 

香澄「どうしよう!?世界が、世界が終わっちゃうよぉっ!!」

 

沙綾「香澄のせいじゃない!!これで世界が終わるなら、それは仕方ない事だよ……。」

 

香澄「うぅっ…。」

 

抱き合う2人に友希那の魂がやってきて、語りかける。

 

友希那(あなたの大切な友達は取り戻せたみたいね。)

 

沙綾「友希那さんや他の勇者の皆さんのお陰です。本当にありがとうございます。」

 

友希那(私からも礼を言うわ。あなた達が人類の未来を守ってくれた。私達がやってきた事は無駄じゃなかったって事だから。それに、私の子孫もあなた達の世話になってるみたいだしね。)

 

香澄「子孫って…。私達の中に湊って苗字の勇者はいないよね、さーや。」

 

沙綾「確かに。いないよね。」

 

友希那(それはそうよ。今は湊って名前ではなくなってるもの。途中で変わったのよ。今、私の血を引く家系は"花園家"よ。)

 

沙綾「花園って……。」

 

香澄「まさか…。」

 

香澄・沙綾「「おたえ!?」」

 

友希那(そう、花園たえ。ちょっと変な子だけどこれからもよろしくお願いするわ。)

 

香澄「全然似てないよね…。」

 

沙綾「確かに……。」

 

そこへ牛鬼も現れた。

 

香澄「あっ牛鬼!」

 

沙綾「なんで牛鬼だけ…。他の精霊は消えちゃったのに……。」

 

突如、牛鬼の体から黄金の糸が伸び、香澄と沙綾を包み込んでいく。そして、神樹からも黄金の糸が伸びる。

 

沙綾「何を!?」

 

香澄「大丈夫だよ、さーや。あったかい。」

 

 

 

糸が集まって、黄金の種へと姿を変える--

 

 

 

そして、眩しい光を放つ--

 

 

 

神樹も光り輝き、花が咲いた--

 

 

 

樹海全土から黄金の糸が集まっていく--

 

 

 

その様子をたえ、有咲、りみ、ゆりも見ている。神樹がさらに光り輝き、集まった糸が種に絡まり、卵は花の蕾へと姿を変えた--

 

 

 

そして全ての力が1つに集まり、蕾が花開く--

 

 

 

花の中から、香澄と沙綾が現れるが、香澄の姿は今までに見た事がない姿であった。

 

 

 

 

大満開--

 

 

 

全ての勇者と巫女達の力と想いを1つに集め、香澄は満開を超えた力、大満開を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

香澄達が地上へ戻った後、そこでは友希那の魂と牛鬼が残っていた。

 

友希那(最初は分からなかったけど、近くにいる今なら分かる。あの戦いの後、姿が見えなかったけどまさか精霊の姿になってたとはね…香澄。)

 

友希那の魂がそう言うと、牛鬼が少女の姿へ変身する。

 

?(えへへー。驚いた?友希那ちゃん。)

 

その少女、高嶋香澄は表情こそ分からないが、猫耳の様な髪型が特徴的で外見は戸山香澄と瓜二つであった。

 

高嶋(今まで黙っててごめんね。西暦の間はずっと私の意識は眠ってたんだ。意識が戻った時はもう神世紀だったんだよね。だから、こういう形で会えるなんて思ってなかったよ。)

 

友希那(でも、どうしてあなたと戸山さんは瓜二つなのかしらね。どっちも名前が香澄だし。)

 

高嶋(瓜二つな理由は因子的な事じゃないかな。あの子も、私と同じ様にバーテックスの声"星の鼓動"が聞けるみたいだし。名前については産まれた時に逆手を打った子は香澄って名付けられるって風習があるみたいだよ。)

 

友希那(不思議な縁があるものね。)

 

高嶋(だから、私はあの子を見守る事にしたんだ。私以降の香澄って子には特別な何かがあるみたいなんだ。まだよくは分かってないけど。)

 

友希那(確かに。戸山さんとあなた、それにもう1人香澄って子がいたものね。)

 

高嶋(そうなんだよ!おっと…そろそろ私もあの子のところへ行かなきゃ。折角の力が本領発揮出来ないよ。)

 

友希那(そう、頑張って。少しだったけど、香澄とまた話せて良かったわ。)

 

そう言うと友希那の魂は消えていった。

 

高嶋(私もだよ、友希那ちゃん。)

 

高嶋香澄の魂も牛鬼へと戻り消えていった。

 

 

 

 

 

香澄、沙綾サイド--

 

香澄が大満開した後、少し遅れて牛鬼が現れた。

 

香澄「私は…私達は……。人として戦う!生きたいんだ!!」

 

そう言うと香澄は飛び上がり、上空の天の神へと向かっていった。沙綾はただ真っ直ぐに香澄を見つめ見守っている。天の神が香澄に向かって光を放つ。爆発が巻き起こり、神樹が揺れる。

 

香澄「くっ、うぅぅぅ…!!勇者は、不屈!!!何度でも立ち上がる!!」

 

 

 

 

有咲「行けぇっ!香澄ー!!」

 

有咲が叫ぶ--

 

 

 

りみ「香澄ちゃんの幸せの為に!!」

 

りみが叫ぶ--

 

 

 

たえ「成せば大抵!!」

 

たえが叫ぶ--

 

 

 

沙綾「何とかなる!!」

 

沙綾が叫ぶ--

 

 

 

ゆり「勇者部ーーーーーっ!!!」

 

ゆりが叫び--

 

 

 

全員「「「ファイトーーーーーーーーっ!!!!!」」」

 

全員が叫んだ--

 

 

 

香澄の右腕に6人の力が、想いが宿って光り輝き大きな花が咲く。山桜、サツキ、鳴子百合、オキザリス、青薔薇、朝顔と勇者部全員が持つ刻印の花が咲き、天の神の光を押し返していく。だが天の神も負けずと本気を出し、香澄を押し返す。

 

香澄「くっ………!!勇者は…………根性ーーーっ!!!」

 

 

 

 

その時、6つの花に加え直巴の文様が浮かび上がり、炎を巻き上げ香澄を後押ししたのだ。

 

沙綾・たえ((夏希…!))

 

7人の力が合わさり、天の神の光を押し返す。

 

香澄「おおおおおおおおっ!!!!」

 

 

 

 

香澄「勇者パーーーーーーーーーーーーーンチッ!!!!!」

 

 

 

 

渾身の一撃が炸裂し、天の神を貫いた--

 

 

 

 

香澄は光に包まれ、地上へとゆっくり落ちていく。天の神にヒビが入り、砕け散った。そして神樹から花びらが散っていき、その花びらは樹海を覆っていき--

 

 

 

樹海が再生する。

 

ゆり「っ…。」

 

りみ「炎が……。」

 

有咲「これ……。」

 

沙綾「いつもと違う……。」

 

神樹が放つ光が、世界の炎を消し去っていったのだ。だがそれと同時に神樹が崩壊してしまう。光に包まれ落下していく香澄は牛鬼と見つめ合う。

 

香澄「……?牛鬼って…。」

 

次の瞬間、牛鬼の体が光り始める。

 

香澄「あっ!」

 

牛鬼が花びらとなって消えてしまった。

 

香澄「ありがとう……。さようなら…。」

 

そして樹海が消え、元の世界に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

元の世界に戻った6人。みんなの傍らには壊れたスマホ。

 

香澄「っ…。」

 

ゆり「帰って、きた…?世界は……?」

 

りみ「ちゃんとあるね…。」

 

たえ「神樹様は……?」

 

有咲「消えた…?」

 

沙綾「散華…?」

 

みんなが次々に喋り出す。

 

沙綾「いつもの空……。」

 

香澄「うっ………うぅっ…。っ!…うぅっ……。」

 

香澄が急に泣き出した。

 

沙綾「どうしたの、香澄!?どこか痛む?」

 

沙綾が心配するが、香澄は泣き続けた。

 

たえ「刻印…消えたんだね。」

 

香澄「みんな…みんな、ごめんね……。」

 

香澄は泣きながら謝った。

 

有咲「私こそ…ごめんな……。」

 

有咲も謝る。

 

香澄「有咲あぁぁぁぁぁ!!」

 

有咲「うわっ!?やめろ、香澄。抱きつくなーーーー!!」

 

沙綾とたえは微笑み合う。

 

ゆり「お帰りなさい、香澄ちゃん。」

 

香澄「ただいま!!」

 

 

 

6人が守り抜いた青空を、青い烏が飛んで行った--

 

 

 

 

 

ラジオ「山間部から市街地にかけて発生した大規模火災は…。1万ヘクタールにも及び…。長引く避難所生活で住民の疲労が蓄積されており、大赦側で今後の対応が問われ…。」

 

ラジオ「では、壁の外の事を大赦は昔から知っていたと?」

 

ラジオ「ご覧ください!本土は廃墟!廃墟です!人の気配がありません!この先人間は限られた資源だけで生きていかねばなりません。」

 

ラジオ「…は神樹様の亡骸だという説もあります。子供達に罪はありません。」

 

ラジオからは大規模な災害のニュースが引っ切り無しで飛び交っていた。

 

安芸(地の神は消えた。加護を失った人類は限りられた資源で生きてかねばならない。混乱が訪れる。)

 

結界の外、炎が消え元の大地が蘇ろうとしている。

 

安芸(しかし、これで良いのだ…。私は、彼女らの選択を誇らしく思う。)

 

沙綾とたえは小学校の頃クラスメイトから貰った横断幕を持って、夏希のお墓参りに来ていた。

 

安芸(新しい時代は子供達の為のものだ。大人達は責任を背負っていく。そうでなければならない…。)

 

その2人の姿を安芸先生が遠くから眺めていた。右目には眼帯をしているが、大赦の仮面は外していた。

 

 

 

 

 

香澄(勇者部は勇者部に戻りました。)

 

勇者部は避難所でご飯を配る手伝いをしたりしている。

 

香澄(ゆり先輩は高校に合格!次の部長は……なんと、りみりんに決まりました!)

 

有咲が驚いていた。

 

香澄(今日を頑張る事。もちろん、無茶のない範囲で。)

 

香澄達勇者部6人は部室で談笑している。

 

 

 

笑顔の有咲--

 

 

 

香澄(そうすると、未来が素敵になって…。)

 

 

 

笑顔のりみ--

 

 

 

香澄(振り返ってみても全部が素敵だった事になるんじゃないかな。)

 

 

 

笑顔のゆり--

 

 

 

香澄(みんながいるから、みんなが居てくれたから…。)

 

 

 

笑顔のたえ--

 

 

 

香澄(みんなが大好きだから…。)

 

 

 

笑顔の沙綾--

 

 

 

香澄(私、勇者部で本当に良かった!)

 

 

 

笑顔の香澄--

 

 

 

香澄(そっか、これが……。)

 

 

 

部室の黒板の前で6人は笑顔で写真を撮る。上の方には勇者部5箇条が--

 

 

いや、今は--

 

 

---

 

 

勇者部6箇条

 

1.挨拶はきちんと

 

1.なるべく諦めない

 

1.よく寝て、よく食べる

 

1.悩んだら相談!

 

1.成せば大抵なんとかなる

 

1.無理せず自分も幸せである事

 

 

---

 

 

光り輝く彼女達6人の勇者の物語はこれからも続いていく--

 

 

 




第3章最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。

これにて香澄達6人、いや7人の物語はひとまず終わりになります。

何話かのエピローグを挟み、物語は「〜第4章 湊友希那の章〜」へと続いていきます。

今回最後の方で登場した"湊友希那"が主人公である神世紀より前の時代である西暦の物語となります。ですが、香澄は出てきますけどね。

引き続き拙い小説ですが、宜しくお願い致します。



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それからの勇者部


天の神を退けた後のお話です。


会話描写が多くなる事をご了承ください。






 

 

神世紀301年春--

 

今日も今日とて勇者部に明るい声がこだまする。

 

香澄「戸山香澄、ただいま到着しましたーーーー!」

 

沙綾「同じく、山吹沙綾到着だよ。」

 

りみ「あっ、香澄ちゃん、沙綾ちゃん。こんにちは。」

 

香澄「こんにちはー。りみりん"部長"!」

 

沙綾「今日もよろしくね。"部長"。」

 

りみ「あぅ~中々慣れないよ、その呼び方……。」

 

ゆりが卒業し勇者部の部長は妹であるりみが引き継いだのである。

 

沙綾「部長就任おめでと、りみりん。」

 

沙綾が少し笑ってりみに言った。

 

香澄「そして、有咲が副部長になったんだよね。」

 

香澄はそう言いながら有咲を見る。

 

有咲「まー、任されたからにはちゃんと補佐すっから。」

 

りみ「頼りにしてるよ、有咲ちゃん。」

 

有咲「でも、りみも頑張んないとだぞ。どうせだったら最高の部長を目指さないとな。」

 

有咲の目は輝いていた。

 

沙綾「うんうん、私も手伝うよ。」

 

沙綾も嬉しそうに乗っかる。

 

りみ「が、がんばります……。」

 

たえ「あははっ、りみが大変だ。」

 

少し離れた所で、たえが笑っている。

 

りみ「おたえちゃん……。なんだったら、変わってくれても良いんだよ?」

 

たえ「ん?それは私が次期部長って事?」

 

りみ「先代勇者のリーダーだったって言ってたし…。」

 

 

りみが言っている事は神世紀298年--

 

 

小学6年生だった頃にたえ、沙綾、そして夏希の3人が御役目をしていた頃の話である。その時、勇者部部室のドアが開いた。

 

ゆり「ダメだよ、りみ。」

 

りみ「あっ、お姉ちゃん。」

 

そこに入って来たのはりみの姉、前部長のゆりであった。

 

りみ「ねぇ、お姉ちゃん。本当に勇者部の部長は私で良かったのかな?」

 

ゆり「その質問はもう20回目だよ。」

 

りみ「うぅ~だってぇ~。」

 

ゆり「こんな状態でしょ。たえちゃんや有咲ちゃんは、大赦からの呼び出しが多いでしょ。」

 

勇者部の活躍で天の神が打倒され、神樹もいなくなった。そして四国外の世界は西暦時代の状態のまま元に戻った為、大赦はその後の対策に追われているのである。

 

たえ「うん、今夜も行くよ。」

 

ゆり「香澄ちゃんは身体の検査が時々あるし。」

 

香澄「みんなのお陰で、健康面は今のところ問題無しだよ。」

 

沙綾「良かったね、香澄。」

 

香澄「ホント、健康に有難みを感じる1年だったよ。」

 

 

 

大満開--

 

 

 

香澄が使った満開を超えた満開--

 

 

 

その力は未知数の為、香澄は時々大赦の病院へ検査に行っているのである。

 

ゆり「沙綾ちゃんは………沙綾ちゃんだし。」

 

沙綾「あははっ、私が部長よりはりみりんの方が良いと思います。人をまとめる事って難しいし……小学生の頃に痛い程経験したから。」

 

沙綾も3年前に御役目をやっていた際、他の2人をまとめるのに苦労した事があり、それを機に支える方に徹するようになったのである。

 

ゆり「こんな感じで言うと、消去法みたいに聞こえちゃうけど、私はりみの秘められた才能を買ってるんだよ。」

 

沙綾「実際ここで慣れておけば、私達が卒業した後、楽になると思うよ。」

 

ゆり「とは言え身内を指名したからには、こっちも責任重大だよ。ちゃんとやってるかしっかり見ておかないとね。」

 

ゆりはりみに近付きまじまじと見つめる。

 

りみ「ち、近いよお姉ちゃん~。」

 

 

 

 

 

 

少し経ったところで、有咲が口を開く。

 

有咲「で、だから毎日部室に顔出してるって事?」

 

ゆり「そうなるね。」

 

有咲「………。」

 

ゆり「まぁ、新部長も新副部長も安心してね。高校始まってからも私、たびたび来るから。」

 

有咲「まっ、いないと落ち着かないかもな。」

 

香澄「神樹様がいなくなっても、みんな変わらなくて良いね。」

 

香澄はみんなの笑顔を見ながらそう言った。

 

有咲(……そう。神樹様はいなくなった。あの後の混乱はすさまじいものだった。)

 

有咲は笑顔の裏で、あの日の事を思い出す--

 

 

---

ーー

 

 

天の神が倒されてすぐの頃--

 

テレビ「大火災より1週間、消火活動は今も続いております。長引く避難所生活で住民の疲労も蓄積しており、今後の対応が取られています。」

 

テレビ「ご覧ください、廃墟、廃墟、廃墟。本州に人間の気配はありません!」

 

テレビではこの様な報道が後をたたなかった。

 

 

--

---

 

 

りみ「報道された本州の廃墟、凄かったよね、有咲ちゃん。」

 

有咲「そうだな。あそこまで壊滅的にやられてたとはな。」

 

ゆり「改めて感じるね…。西暦の時代は大変なんてものじゃなかったって事を。」

 

香澄「でも、炎の海は無くなった訳だし!」

 

沙綾「神樹様が行う樹海化と同じ理屈を、天の神は大規模に壁の外でやっていた…だから天の神が退いた後に神樹様が理を再び書き換える事が出来たんだよね……。」

 

沙綾は外が元に戻った理由を詳しく説明する。

 

有咲「物理的に炎の海になるまで破壊されてたら、復興なんて夢のまた夢だった……。そこはある意味で良かったのかもな。」

 

そこへ、ゆりが疑問を投げかける。

 

ゆり「ん?でも待って。樹海化が終わった後に生きていた人たちは普通に戻ってきたんだから……同じ原理で、炎の海にされる時に生きていた人がいたのなら、元に戻ってる可能性はないのかな?」

 

その疑問にたえが答える。

 

たえ「炎の海にされる前に、四国の外は全滅状態だって言われてる…その状況で生き残りがいたかどうかは難しいかも。」

 

ゆり「そっか……。」

 

ゆりは肩を落とす。

 

たえ「だけど、希望はあるかも。今は壁の外に魚や鳥がいるかどうか調査しているみたいだけど…。」

 

たえの話の途中で香澄が入ってきた。

 

香澄「もしかしたら別の地域で、別の神様に守られていた場所だってあるかもしれないよ。」

 

有咲「これからは、そういう人を見つける為にも少しずつ本州へ戻っていくみたいだぞ。」

 

たえ「"スクラップ&ビルド"。再興しましょうっていうのが今のスローガンだよ。」

 

たえが両手を広げながら言う。

 

ゆり「混乱も落ち着いてきたし、良かったよ。」

 

沙綾「インフラが当分はどうにかなるって分かった事が一番大きいね。神樹様の亡骸から色々と抽出出来るみたい。」

 

ゆり「最後の最後まで人間の見方をした……って事なのかな神樹様は。」

 

りみ「これから大変とはいえ、めでたしめでたし……に見えるけど、天の神はもう来ないと良いなぁ。」

 

そう言いながらりみは少し震えた。

 

香澄「だねぇ…。」

 

沙綾「その事で、大赦の人と話してみたんだけど…。」

 

そこに沙綾が入ってきた。

 

ゆり「大赦の……その人って、香澄ちゃんが神婚する時に英霊之碑で私たちと一緒にいた人の事?」

 

沙綾「はい。その人は、私とおたえの元担任だった安芸先生です。」

 

 

安芸先生--

 

 

3年前は神樹館小学校の教師であり、1年前は防人と呼ばれる部隊の監督だった者である。

 

 

---

ーー

 

英霊之碑--

 

安芸「あなた達の活躍で天の神を撤退させる事に成功しました。状況的には詰みに近かった…。神樹様の寿命が近付き、もう時間が無い中で、防人というシステムを作り、"国造り"による逆転を狙ったのですが…。」

 

沙綾「"国造り"…類感呪術と呼ぶものの一種だって聞きましたけど…。」

 

安芸「神樹様の一部である土地神の一柱を、旧近畿地方にあった霊山に祀る儀式。神代の時代に、土地神の王が同じ事を行いました。すると、この国は豊かに葦が生い茂り、瑞々しく稲穂が実る土地--豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)になったとされています。神話を模倣する事によって、神話と同じ現象を起こす。そうして結界外の世界を、豊葦原瑞穂国に変化させる…。」

 

沙綾「土地神の王……神樹様の中心となってた神ですね。」

 

安芸「色々と学んだようですね……。」

 

安芸は沙綾の知識に感心する。

 

沙綾「友達が祟られれば、調べもしますよ。香澄を神樹様から取り返す時も、呪的逃走なら逃げられるかも、とか色々考えてましたし。」

 

安芸「そうですか……。話が逸れましたね。天の神そのものが顕現するという驚きの事態で、その国造りの計画も頓挫してしまった。しかし古来、不利な戦を覆す逆転の一手として、大将の首を狙う、というものがあります。神婚を行う事によって天の神を激怒させ、我ら陣地深くまで誘き出し、そこに痛手を食らわせる事が出来た。総大将の敗北で、敵は撤退。その隙に、炎の海は神樹様の手で元の世界に書き換えた。」

 

沙綾「何だか、そう言うと全部計算通りに聞こえますけど…結果そうなってるだけの気が……。」

 

大赦全体にそういう思惑があったかどうかは今になっては誰にも分からない。

 

安芸「そうですね…。大赦としては神婚という結論を出していました。でも……人は人として生きる道を選んだ。天の神はいなくなった訳ではありません。同じ様に土地神様もいなくなった訳ではありません。天の神は、天より我らを見ているでしょう。何かまた神の怒りに触れるような事があれば、再びやって来るかもしれません。また土地神様も、風と水と土と、万物に宿り私達を見守ってくれる事でしょう。」

 

沙綾「天の神の怒りは……人が神に近付き過ぎた為なんでしょうか?」

 

安芸「神婚であそこまで怒るという事はそうなんでしょう。」

 

沙綾「どうすれば再度攻められないんでしょうか?」

 

安芸「人として、真っ当に生きれば良いんではないでしょうか。勇者と巫女の力を併せ持つ者は救世主となりてこの状況を打破する…古の予言の通りとなりましたね。」

 

沙綾「私はただ、友達を助けただけです。いつもいつも助けてくれた、大切な友達を……。」

 

安芸「それで良いんです。私達は仮面を外します。今度は、私達大人が責任を取る番です……。」

 

沙綾「先生……。」

 

そう言うと、安芸は沙綾に背中を向けて去っていったのだった。

 

 

ーー

---

 

 

勇者部部室--

 

沙綾「という感じだったよ。」

 

たえ「私と話した時もそんな感じだった。だけど、こんな会話もあったな。」

 

たえも安芸先生と話した事を思い出す--

 

 

---

ーー

 

 

大赦本部--

 

安芸「こちらから1つ聞いても良いですか?」

 

たえ「何でもどうぞ。」

 

安芸「ある日突然、御役目として多くの料理を出された事があったのですが…。」

 

たえ「あぁ、それは私が祀られて動けない時に、働いている先生に差し入れをって思ったから。」

 

安芸「そうだったんですか……。」

 

 

ーー

---

 

 

たえ「なんて会話もしてたよ。」

 

沙綾「おたえ、そんな事してたんだね。」

 

ゆり「沙綾ちゃんの会話で終わってたら、これからは大人が責任をとるってカッコいい言葉で終わってたのに……。」

 

ゆりが肩を落とした。

 

りみ「私達以外に、大変な御役目を背負っていた人達は無事なのかな?」

 

有咲「大丈夫だよ、りみ。防人って呼ばれてた連中だろ。あいつらも色々大変らしいけど、補佐してた巫女含めてちゃんと全員生きてるし、元気にやってるぞ。」

 

そう言いながら有咲は少し笑っていた。

 

ゆり「それを聞いた時はホッとしたよね。」

 

有咲「天の神が来た時には、私らとは別の場所で戦ってたみたい。私たちの様な直接戦闘じゃ無いけど。」

 

ゆり「最後の敵、辺り一面覆ってたからね…。」

 

香澄「みんな、頑張ってたんだね……。」

 

有咲「今度会って、ゆっくり話してみるつもり。」

 

 

 

りみ「でも良かったね。こうして色々と明るい話になって。」

 

りみが笑う。

 

 

 

沙綾「今までが大変過ぎたんだよ、りみりん。これからは明るくないと。」

 

沙綾が笑う。

 

 

 

ゆり「よし!!気持ちを新たにする意味で、勇者部6箇条いってみよう!」

 

ゆりが笑う。

 

 

 

香澄「良いですねー!やりましょう!!」

 

香澄が笑う。

 

 

 

たえ「何かこういうのって良いね。」

 

たえが笑う。

 

 

りみ「挨拶はきちんと!」

 

有咲「なるべく諦めない!」

 

たえ「よく寝て、よく食べる!」

 

ゆり「悩んだら相談!」

 

沙綾「成せば大抵なんとかなる!」

 

香澄「無理せずちゃんと自分も幸せである!!」

 

ゆり「よーし!それじゃあ部長、本日の指示出してどうぞ!私も手伝うよ。」

 

りみ「え、えーと…それでは今日も、復興のボランティアに向かいます。」

 

全員「「「おーーーー!!!!」」」

 

 

 

勇者部は今日も続いていく--

 

 

 

 



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2人の思い出散歩


防人--

何やら後々のお話の事が出ているようですが--

乞うご期待です。





 

 

神樹が去ってから暫くしたある日、香澄と沙綾は街を歩いていた。

 

香澄「……。」

 

沙綾「街も落ち着きを取り戻してきたし、良かったね。」

 

香澄「…っ!!」

 

沙綾「どうしたの、香澄?さっきから私を見て…。」

 

香澄「あぁ…さーやだなぁって思って……。」

 

沙綾「っ!?香澄、もしかして具合悪いの?」

 

香澄「大丈夫だよ!!こんなに身体動くし!!」

 

そう言って香澄は飛び跳ねてみせた。

 

沙綾「そんなにはしゃがない。まぁ、身体が動く喜びは私だって分かるけどね。」

 

沙綾もかつて散華の影響で両足が動かなくなり、車椅子の生活を送っていたが、今では香澄と肩を並べて歩けるまでに回復している。

 

香澄「そうだね。身体が元気で、隣に大親友がいる。こんな当たり前な事がこんなにも嬉しいなんて!!」

 

沙綾「香澄は最近そればっかり言うね。」

 

香澄「うん!毎日に感謝感激だよ!!」

 

沙綾「……気持ちは分かるけどね。」

 

沙綾(みんなで神樹様に引き取られもせず、滅亡もせず、こうして少しずつ日常に戻っていく…ありがたいよね。)

 

沙綾「でも……。」

 

 

沙綾は空を見上げて夏希の事を思い出す--

 

 

沙綾(失ったものが大きすぎる…。だからこそ、尚更…こういう日々を大切にしていかなきゃ。)

 

その時、

 

りみ「あっ、香澄ちゃんに沙綾ちゃん。」

 

2人の前にりみが通りかかった。

 

香澄「りみりん!お買い物?」

 

りみ「そうだよ、香澄ちゃん。少しずつ自炊も出来るようになったて、レパートリーも増やしていかないとって思って。でも普通に買い物できるとは思ってなかったよ。」

 

沙綾「大赦も備えで色々備蓄してたみたいだよ。」

 

りみ「じゃあ、私は夕ご飯の研究しないとだから行くね。」

 

沙綾「頑張ってね、りみりん。」

 

香澄「部長、お疲れさまでした!」

 

りみ「香澄ちゃ~ん、その呼び方はぁぁぁ。」

 

香澄「あはは、ごめんごめん。」

 

りみは恥ずかしがりながら、マンションへ帰っていった。再び2人は街を散歩する。

 

香澄「そういえば、もうさーやと出会ってから2年経つね。」

 

沙綾「2年か。もっと経ってるかと思ってたよ。」

 

香澄「駆け抜けるような2年だったしね。」

 

沙綾「色々とありすぎたもんね…でも、全部覚えてるよ。」

 

香澄「え、満開とか、そういう大きな事だけじゃなくて全部?」

 

沙綾「もちろん!今度は絶対に忘れない……。試しに何か聞いてみてよ。」

 

香澄「じゃあ……さーやが風邪を引いた日は?」

 

沙綾「あれは…1年生の時の12月3日だったかな。確か香澄が看病してくれたんだよね。」

 

香澄「さーや凄い!!でも、さーや中々看病させてくれなかったよね。」

 

沙綾「香澄に風邪うつす訳にはいかなかったし…。」

 

香澄「それで、看病するしないで話してるうちに、さーやの熱が高くなったらいけないと思って私が帰ったんだよね。」

 

沙綾「その話は続きがあるでしょ。私が寝てる間に香澄また来てたでしょ。」

 

香澄「沙綾が寝た後なら、私に気を遣う事無いなぁって思ったから。」

 

そう言い合いながら2人はその日を回想するのだった。

 

 

---

--

 

 

2年前の12月3日--

 

沙綾「か、香澄!何でここにいるの!?うつしたくないのに…。」

 

香澄「大丈夫、馬鹿は風邪ひかないって言うし。」

 

香澄は笑いながら言う。

 

沙綾「香澄、来てくれてありがとう。でも…。」

 

香澄「うん、分かった今日は帰るね。」

 

その言葉に沙綾は一瞬だけ悲しげな顔を見せた。

 

香澄「……やっぱりいようかなぁ。」

 

沙綾「駄目駄目、私は大丈夫だから。」

 

そう言うと香澄は帰っていったのだった。

 

 

ーー

---

 

 

沙綾「懐かしいね…。」

 

香澄「次の日、すぐ直ったからホッとしたよ。」

 

沙綾「心配かけちゃったね。」

 

そんな2人のやりとりを車から見ている人物がいた。

 

 

 

 

 

安芸「……もうすっかり元気ね、2人とも。」

 

たえ「素敵な光景だよね。かくあるべしだよ。」

 

安芸とたえであった。安芸は忙しい合間をぬって、時々沙綾達の様子を見に来ていたのである。

 

安芸「戸山さんの体調検査は当然続けていくとして…。」

 

たえ「そうだね、御姿だったんだから。」

 

安芸「あなたもよ。御姿に限りなく近い…。」

 

1年前、壁に穴が開いた一連の騒動で、強引に満開した香澄は全身を散華してしまった。やがて香澄は他の少女達と共に回復したが、それは従来の供物が戻ってきた訳では無い。供物は満開と引き換えに散華時に捧げられてしまっている。戻りようがないのである。寿命少ない神樹が力を振り絞り、彼女達の機能を作り出したに過ぎないのだ。それが馴染んで自分のものになるまでに時間はかかった。彼女達のリハビリ期間は厳密に言えば馴染む期間だったのである。

 

たえ「寿命が少ない神樹様が造った力が身体に馴染むまで……大変だったろうね。立ち眩みとかも大変だったよね。」

 

安芸「だから、それはあなたもでしょう。」

 

たえも香澄ほどではないが、世界を守る為にたった1人で20回以上も満開をし続け、身体のほとんどの機能を散華した身である。

 

たえ(大橋で初めて香澄と直に会った時と、身体が元気になった時に再開した時とで、ちょっと印象が違って見えたのは…御姿だったからなんだね…。)

 

たえ「神樹様がいなくなったからって、身体の機能が消滅しなかったの事は本当に良かったよね。」

 

安芸「馴染ませて自分のものにした訳だから。」

 

3年前の沙綾達、そして1年前の香澄達、神世紀における神の尖兵であるバーテックスとの戦いを見てきた神樹は、人類に希望と活路を見出し、籠城戦から方針を変えた為に与えられた身体の機能である。そして以後は、国造りによる反撃を始める予定だった。天の神が顕現してくるという、西暦の時代でも起こらなかった事態に及ぶまでは。

 

安芸「山吹さんも1度は奉火祭に向かった身体……心配ではあったけど、今のところは大丈夫なようね。」

 

安芸「次は、白鷺さん達ね…。」

 

たえ「手伝うよ。花園の名前もまだ通じると思うし。」

 

安芸「正直、助かるわ。」

 

たえ「いえいえ、お手伝い程度ですから。」

 

安芸「……小学生や中学生は、お手伝いぐらいが本来の姿なのよ。大人がいる以上、仕事の責任を負うのは、こちらの役目…。」

 

たえ「先生、燃えてるねー。」

 

安芸「花園さんは嬉しそうね。」

 

たえ「人は人で生きていく。こうなって欲しいって思ってたから。」

 

そうして安芸は車を走らせ、防人達の所へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

かめや--

 

香澄「肉ぶっかけうどん、お願いします!」

 

沙綾「おろし醤油うどん、お願いします。」

 

2人は注文を澄ませ、テーブルに着いた。

 

沙綾「今でも覚えてるよ。新しいお隣さんだって香澄がやって来た日の事を。」

 

香澄「うん、私も忘れないよ。初めてさーやと会った日を。」

 

2人は初めて会ったあの日を懐かしむ。

 

沙綾「その日のうちから、香澄は色々教えてくれたよね。この街の事とか、自分の事とか…。」

 

香澄「すぐに連れまわしちゃったよね。」

 

沙綾「初めは不安だったけど、楽しかったよ。この辺りは確か、3回目に連れてきてもらったよね。」

 

香澄「そうそう、少しずつ2人で行く範囲を広げてってね。」

 

沙綾「出会ってから毎日一緒にいたっけ……。」

 

香澄「たださーやと遊びたかっただけだよ。家が隣なのに、何度も泊まりに行っちゃったし。」

 

沙綾「初めは何度も断ってごめんね。寝る時まで一緒だと、思う様に動けないところ見せちゃうから…。」

 

香澄「そうだったんだね…。」

 

沙綾「でも香澄はそれでもずっと親身になってくれた。」

 

香澄「さーや…。」

 

沙綾「だから急に神婚するなんて言い出した時はどうしようかと思ったよ。」

 

香澄「うぅ…ごめんなさい。」

 

香澄は落ち込んだ。

 

沙綾「顔上げて、ちゃんと止めたんだからもう気にしない。前は私を止めてくれたしね。」

 

話し込んでいる間にうどんが到着し、2人はうどんを食べて再び街を散策していく。

 

 

 

 

 

 

海岸にて--

 

香澄「段々暖かくなってきたよねー。」

 

香澄は大きく伸びをする。

 

沙綾「海……ここにも思い出いっぱいあるね。」

 

そう言うと、沙綾はあの日を懐かしむ--

 

 

---

ーー

 

 

1年前のある夏の日--

 

沙綾「もうすぐ水泳の授業か…頑張らないと。」

 

香澄「おっ、さーやが燃えている。」

 

沙綾「メニューが別とはいえ、泳げるのは嬉しいから。」

 

香澄「授業のプールも良いけど、普通に海にも行きたいよね。」

 

沙綾「そうだね。水中用の車椅子もあるみたいだし。」

 

香澄「うんうん!色々行ってみようね!」

 

 

ーー

---

 

 

沙綾「車椅子でも色々と出来る事はあった……。香澄も、随分調べてくれたよね。」

 

香澄「さーやと色んな事がしたかったからね。」

 

 

そんな2人を遠くの方で、鍛錬していた有咲が見ていた。

 

 

有咲「何してんだ、あの2人……。まっ、でも楽しそうで良いな。それにしても香澄……あんなに笑って…。本当に良かったな。」

 

有咲は香澄の笑顔を見て微笑んだ。

 

有咲「それより…。香澄と海で大喧嘩したのは我ながら不覚だった……友達の力になると思って熱くなるなんて。あれが空回りってやつかな。もっと香澄の立場になって考えてあげないといけなかったのに…。あの時千聖からきつく言われてなかったらダメだったかもな。」

 

有咲は自分の頬を叩く。

 

有咲「まだまだ修行が足りないな!有事に備える意味でも、鍛錬を続けないと!」

 

そう言って有咲は鍛錬へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

2人は部室に来ていた。

 

香澄「ふー。海ではしゃぎ過ぎたねー。」

 

沙綾「そうだね。」

 

ゆり「おや?香澄ちゃんに沙綾ちゃん。」

 

部室にいたのはゆりだった。

 

沙綾「こんにちは、ゆり先輩。」

 

香澄「ゆり先輩は何をしてたんですか?」

 

ゆり「部室が恋しくなってね。」

 

香澄「なんだかゆり先輩らしいですね。」

 

沙綾「先輩お茶を淹れました。」

 

香澄とゆりが話している間に沙綾はお茶を用意した。

 

ゆり「おぉ…さりげない心配り……なんて言っても沙綾ちゃんは初めから何でも出来てたよね。」

 

香澄「初日からパソコンばりばり使ってましたもんね。」

 

ゆり「あそこまでパソコンを自由自在に操れるとは思わなかったよ。あっという間に依頼が舞い込んで、色んな事が出来る部活になったもんね。」

 

ゆりが沙綾の仕事ぶりを褒める。

 

沙綾「先輩が素敵な部長だったから、存分に腕を振るえたんですよ。」

 

ゆり「最初は3人だったけど……りみや有咲ちゃん、たえちゃんが入って、人数も倍になったね。」

 

香澄「先輩の人徳も大きいと思いますよ。」

 

ゆり「私そんなにちゃんと部長出来てた?」

 

香澄「はい!それはもう!!」

 

香澄がゆりを褒める。

 

ゆり「……あんまり褒めないで、泣いちゃいそう。」

 

香澄「これからの勇者部はりみりんともどもお任せください。」

 

ゆり「そうね。まぁ、何度も言うけどこれからも私はここに来るつもりよ。」

 

ゆりは笑いながら言った。

 

沙綾「あっ、そういえばさっきりみりんを見ましたよ。」

 

香澄「料理頑張るって張り切ってました。」

 

ゆり「それは是非見守らないとね、それじゃあね2人とも。」

 

そう言いながらゆりは部室から出て行った。

 

沙綾「……本当に私達、ゆり先輩が部長で良かったね。」

 

香澄「うん!!最高の先輩だよ!!」

 

沙綾「そして良かった繋がりで遡れば…引越してきた日、香澄が私に声をかけてくれて本当に良かったよ。」

 

香澄「それを言うなら私の方こそ。さーやと仲良くなれて、私の日常はいーっぱい楽しくなったんだから。」

 

そう言って香澄は沙綾の手を握った。

 

香澄「私ねぇ、さーやが思っている以上に、さーやが大好きだよ!」

 

沙綾「香澄………。」

 

そして沙綾も香澄の手を握り返した。

 

沙綾「私も香澄が思っている以上に、香澄が大好きだよ。」

 

香澄「さーや…。これからも宜しくね、さーや。」

 

沙綾「こちらこそ!!」

 

今日1日で、2人の絆はより深まっていったのだった--

 

 

 



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懐かしいあの頃


第1章でのたえの動向が少し垣間見得ます。


今後後々出てくるキャラも話に出てくるかもしれません。





 

 

本日も勇者部には6人が集まっていた。

 

ゆり「復興ボランティアのヘルプが入るって聞いてたけど…。」

 

連絡が来ない事にゆりは困っていた。

 

沙綾「連絡来ないですね…。」

 

沙綾は窓の外を見つめている。

 

たえ「やる事が多くて、どこから手を付けるのか考えるのも大変なんじゃないかな。」

 

有咲「このままじゃ埒があかねーな。どうする、部長?」

 

ゆり「うーん、そうだなぁ…。って、危ない危ない!部長はもうりみだったね。」

 

有咲の投げかけにりみではなくゆりが答えようとしてしまう。

 

りみ「え、えーと、とりあえず待機で良いんじゃないかな。いきなり連絡が入ってくるかもしれないし、みんな毎日体を動かして大変でしょ。」

 

有咲「休む時は休むか……。まっ、それも良いかもな。」

 

香澄「りみりん、もっと自信持って良いんだからね。」

 

有咲「そうだぞ、りみ。部長なんだからもっとビシッと!」

 

りみ「そうは言っても……。」

 

沙綾「りみりんは、時々ズバッと言う事もあるから。後1年もすれば…。」

 

そう言いながら、沙綾は1年後のりみを想像する--

 

 

---

 

 

沙綾の脳内--

 

沙綾「りみりん。言われた任務こなしてきたよ。」

 

りみ「でも、まだ3つ任務が残ってるよ。1つ任務をこなすのは当たり前だよ。もっと効率よく動いて、3つ全部片付けてから報告にきてね。」

 

沙綾「ご、ごめんね、りみりん。」

 

りみ「やれやれ……沙綾ちゃんも腕が落ちてきたんじゃないかな。」

 

 

---

 

 

沙綾「…みたいな?」

 

りみ「そんな昔のブラック企業みたいな事は言わないよ……。」

 

りみが沙綾の妄想を全力で否定する。

 

ゆり「そうだよ、沙綾ちゃん。りみの言動にはもっとこう…魂がこもってるんだよ。」

 

りみ「お姉ちゃんも落ち着いて…。」

 

その途中、沙綾がゆりの言葉に引っかかった。

 

沙綾「魂がこもってる…か。昔夏希も同じ事を言ってたね、おたえ。確か…弟の誕生日プレゼントを選ぶのを協力してた時。」

 

たえ「そうだね…。あれは確か--」

 

 

---

 

 

ある夏の日、海野宅--

 

たえ「これなんかどう?積み木。」

 

おたえがスマホの画像を夏希に見せる。どうやら3人はネットの手作りおもちゃの投稿を調べて自分たちで作ったものを弟の誕生日プレゼントとして渡すつもりのようだ。

 

夏希「ちょっと子供すぎるんじゃないかな?」

 

たえ「そうかな?ただの四角いブロックだけじゃなくて、星型とか雲型とか、色んな形を沢山作れるんだよ。」

 

沙綾「なるほどねー。頭を使うおもちゃは良いかもしれないね。」

 

沙綾も太鼓判を押す。

 

夏希「でも、ちょっと待って。原料の木材はどこから持ってくるの?」

 

夏希がたえに質問する。

 

たえ「それは夏希が山に行って、斧で木を倒せば良いんだよ。」

 

夏希「私の斧は伐採用じゃない!!」

 

沙綾「日本地図のパズルとかは?」

 

夏希「沙綾だったら出来るだろうけど、私には無理だな…。四国の他にどんな所があったのかもよく知らないし…。」

 

沙綾「教科書見れば載ってるのに。」

 

その時、夏希がある投稿に目が留まる。

 

夏希「木材で飛行機を作ってプレゼントしたっていう投稿があるよ。」

 

沙綾「男の子が喜びそうなプレゼントだね。でも材料の木は…。」

 

たえ「夏希が山で切ってくる!!」

 

たえはノリノリで叫んだ。

 

夏希「だーかーらー、私の斧は伐採用じゃないー!」

 

夏希「よし、決めた!私は本を作る事にする!!自分で物語を作って、本にして、贈ってあげるんだ。」

 

沙綾「夏希出来るの?」

 

沙綾が心配そうに言う。

 

夏希「大丈夫だって!まぁ、文章書くのは苦手だけど、心がこもってれば何とかなるでしょ!」

 

たえ「そうそう。それに3人で作るんだから大丈夫だよ。」

 

沙綾「……そうだね。」

 

 

---

 

 

沙綾「こんな感じだったよねぇ。」

 

香澄「聞けば聞くほど素敵な子だったんだね、夏希ちゃんは。」

 

ゆり「何でかな……私たちは夏希ちゃんを知らない筈なのに、どこかで会った気がしてならないよ。」

 

香澄とゆりは会った事も無い夏希を想い浮かべる。

 

香澄「もっと話してほしいな、夏希ちゃんの事。」

 

りみ「お姉ちゃんの言う通り、私たちは知らない人の筈なのに、不思議と沙綾ちゃんが話す光景が目に浮かぶんだ。」

 

沙綾「また時間がある時にゆっくり話してあげるね。」

 

ゆり「それじゃあ、沙綾ちゃんを始めとする2年生組に来年の抱負でも聞こうかな?みんなはどんな3年生になりたい?」

 

ゆりが唐突に話の流れを変える。

 

香澄「私は、ゆり先輩のような3年生になりたいです!!」

 

香澄は元気よく答えた。

 

たえ「私は………23センチって感じかな。」

 

ゆり「全然分からないよ、おたえちゃん……。」

 

たえ「冗談冗談。みんなの役に立つ事を勇んでやりたいと思ってるよ。」

 

ゆり「たえちゃんは大変な時期が長かったから、色々と遊びたいんじゃない?」

 

たえ「今、みんなと一緒に遊んでるから大丈夫。それに、大変な時期でも、割と我が儘言ったりしたから気ままなものだったんだ。」

 

たえはその時の事をみんなに話す--

 

 

---

 

 

大赦--

 

先頭に立つ老齢の神官が一礼して、祀られているたえに話しかけた。

 

老神官「掛けまくも畏み花園たえ様に、畏み畏みも申す。今日私たちの国土が保たれておりますのはたえ様の尽力の結果でありその功績は永代の英霊にも勝るとも劣らずたえ様におきましては本日のお加減はいかがでしょうか?」

 

たえ「前置き、長すぎ。もっと軽くて良いよ。」

 

老神官「たえ様にその様な非礼は出来ません。」

 

たえ「前置き8割、本題2割じゃ、前置き聞いてる間に眠っちゃうよ。良いの、眠っちゃっても?」

 

老神官「……善処致します。たえ様の心の慰めとなるのであれば、我々は力を尽くします。お申し付けを。」

 

たえ「じゃあ、何か美味しいもの食べたいな。」

 

老神官「承知いたしました。」

 

 

---

 

 

たえ「……ってこんな感じだったかな。肝心の沙綾に会いたいって願いだけはスルーされてたけど。それだけ叶えてくれれば良かったのに。」

 

沙綾「おたえ……。」

 

たえ「なのに……あんな事言われたら怒るに決まってるよ。そう、あれは壁に穴が開いたころだったかな…。」

 

そしてたえは再び語りだす--

 

 

---

 

 

大赦--

 

老神官「たえ様。現勇者の牛込ゆりが暴走しております…。さらにお気付きかと思いますが、山吹沙綾の動向も怪しいものがあり……その力をお貸しして頂きたく。」

 

たえ「これで変身して、牛込ゆりさんの暴走を、止めればいいんだよね?」

 

老神官「宜しくお願い致します、たえ様。」

 

ところが、大赦の予想に反してたえは、

 

たえ「なりゆきを見守ろうかな。」

 

老神官「たえ様………ここでもし勇者が暴走すれば、大赦の危機、ひいては神樹様の……世界の危機に。」

 

たえ「そうだね。大ピンチだね。」

 

老神官「もし世界が滅亡したら、海野様は、何の為に体を張って落命されたのですか。」

 

たえ「もし全員死んじゃったら、向こうで夏希にいっぱい謝るよ。」

 

老神官「え?」

 

予想外の回答に、大赦の神官は間抜けな声をあげた。

 

たえ「今は、生きている沙綾の気持ちを優先してあげたいんだ。」

 

老神官「た、たえ様……。」

 

たえ「全部を知った勇者達が何を為そうとするのか…勇者のみんなに、やりたいようにやらせてあげたくて……気持ちは分かるなんてもんじゃないからね。」

 

老神官「それでは最悪、世界が……。」

 

 

 

たえ「じゃあ……何?勇者になって、沙綾やその友達と戦えって…?」

 

たえの言葉は落ち着いてはいるが、静かな怒りがこもっていた。

 

たえ「ふざけないでよ。」

 

老神官「たえ様!!」

 

 

---

 

 

たえ「いやー、あの時は言ってやったよね。」

 

たえが笑顔で言い放つ。

 

沙綾「さすがはおたえ、ありがとう。」

 

ゆり「苦労をかけちゃったね……本当にありがとう。」

 

沙綾とゆりがたえに感謝した。

 

たえ「おっと、話題がそれちゃったね。それじゃあ、有咲の目標は?」

 

有咲「まぁ……ちゃんとした3年生になることかな。」

 

沙綾「今でも有咲はちゃんとしてると思うけどなぁ。ねぇ、りみりん。」

 

りみ「そうだよ。有咲ちゃんはしっかりしてるよ。」

 

有咲「いや、まだまだ未熟だよ。」

 

有咲(特に、人との関わり方はな……。)

 

有咲「色々な人と、色々な事を話そうと思ってる。」

 

ゆり「うんうん、素敵な目標だよ。」

 

ゆりが大きく頷いた。

 

有咲「もちろん、副部長だからりみもしっかり補佐するぞ。」

 

りみ「ありがとう、有咲ちゃん。頼りにしてるね。」

 

たえ「沙綾はどんな3年生になりたい?」

 

たえが尋ねる。

 

沙綾「勇者部6箇条と日常を守るよ。」

 

香澄「さーやカッコいい!」

 

ゆり「香澄ちゃんを助けてから、気持ち沙綾ちゃんが凛々しく見えるよ。」

 

香澄「あ、そういえばりみりん。バンドオーディションの件はどうなったの?」

 

唐突に香澄がりみに尋ねる。

 

りみ「ちゃんと連絡はきてるよ。こんな状況だから中々話は進まないだろうけどね。」

 

たえ「こんな時だからこそ、音楽が必要だと思うよ。頑張って、りみ。」

 

りみ「ありがとう、おたえちゃん。」

 

香澄「今日のボランティアの内容ってやっぱり掃除とかですかね?」

 

ゆり「今は復興で大変だから、多分そうだろうね。」

 

香澄「新しいライブ内容考えてたのに、宙に浮いちゃいましたね。」

 

香澄が残念がる。

 

たえ「いつかはそっちの方が需要が上がると思うよ。」

 

りみ「そうだよ、香澄ちゃん。内容みんなで考えていこう。」

 

とりとめのない雑談が続いていく。復興のボランティアでは、鍬を持って畑を耕したり--

 

 

反応があったと言われる地域に連絡をとってみたり--

 

 

 

勇者部のみんなは、平和な日々を噛みしめていたのだった。

 

 

 



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日々の積み重ね


有咲の旧友である白鷺千聖--


防人である彼女の話は今後出てきます。





 

 

キャンプ場--

 

香澄「有咲ー、テントの準備終わったよー。」

 

有咲「ありがとう、香澄。テントの張り方とかあまり知らなくて。」

 

香澄「普通はこういう経験する事あまり無いもんね。私は小学校の頃、お父さんと何度かキャンプに来た事あるから任せてよ!」

 

香澄は胸を叩いて誇らしげな表情を浮かべる。

 

有咲「そうなんだな。私は家族と遊びに行った事とか無かったから…。っと、それにしてもこんな近くに手ごろなキャンプ場があるなんてな。」

 

香澄「この近くには海辺のキャンプ場がいくつかあるからねー。」

 

有咲「へーそんなにあるのか。」

 

香澄「バーベキューも出来るから、後でやろうよ。」

 

有咲「さすがに2人だけじゃ難しいんじゃないか?」

 

香澄「それもそっかぁー。じゃあ、今度みんなが揃った時にしよう。」

 

有咲「そうだな。それより、香澄。今日は遊びに来たんじゃないからな。」

 

有咲の目が真剣になる。

 

香澄「そうだった、ごめんごめん。」

 

有咲「そう、私達は特訓をしに来たんだから!」

 

何故こうなったのか、話は1日前に遡る--

 

 

---

ーー

 

 

昨日、勇者部部室--

 

ゆり「さて、今日の勇者部の依頼は……園芸部の手伝い、女子ソフト部の手伝い…えっと、街の剣道場の手伝い?学校の剣道部じゃなくて、とうとう外部の剣道場からの依頼が来たんだね!?」

 

ゆりはそれを見て驚いた。

 

たえ「勇者部がどんどん有名になっていくね。」

 

香澄「有咲が何度も剣道部の人をコテンパンにやっつけてるから、それで剣道をやってる人の間で有名になったのかな?」

 

香澄がにやにやしながら推測した。

 

有咲「別にコテンパンまでにはしてねーよ…。本気でやらないと、訓練になんねーだろ。」

 

りみ「最近は毎日のように剣道部から、有咲ちゃんの派遣要請がくるもんね。」

 

たえ「有咲、剣道部の姫の貫禄が出てきた。」

 

沙綾「剣道部員への聞き取り調査によると、有咲と本気で戦って勝ちたいという部員が5割、残りの5割は……有咲に叩きのめされる事に、不思議な何かを感じるようになってきて、止められないんだって…。」

 

沙綾は笑いをこらえている。

 

有咲「不思議な何かってなんだよ!?」

 

ゆり「とにかく名誉な事だよ。剣道所の人からは"うちの門下生にも是非稽古をつけて欲しい"って。」

 

有咲「分かった。剣道部員よりも強い人がいるかもしれないし、私にとってもいい練習になるからな。」

 

有咲は依頼を快諾する。

 

りみ「有咲ちゃんはその内、"私より強い人に会いに行く!"って言いそうだね。」

 

そこへ、ゆりが1つ提案してきた。

 

ゆり「待って、有咲ちゃん。今回は香澄ちゃんも一緒に行ってもらうね。」

 

有咲「どうして?剣道だろ?」

 

香澄「私、素手の武術だったら少しだけ出来ますけど、剣道はやった事無いですよ。」

 

ゆり「今回に関しては、有咲ちゃんの御目付け役だね。学校外からの依頼だし、有咲ちゃんが暴れすぎてもいけないから…。」

 

有咲「暴れるか!人を猛獣みたいに言うな!!」

 

ゆり「そんな訳で、有咲ちゃんと一緒に行ってもらっても良いかな、香澄ちゃん?」

 

香澄「分かりました、ゆり先輩!有咲は暴れないと思いますけど、剣道場ってキラキラドキドキしそうですし!」

 

香澄の瞳は輝いていた。

 

香澄「でも、せっかく剣道場に行くんだったら、私も剣術出来るようになってみたいなー。」

 

有咲「香澄、剣術に興味あるのか?」

 

香澄の言葉に有咲が食いついた。

 

香澄「うん!有咲が2本の剣を振るってるの、凄くカッコいいって思ってたんだ。剣士・戸山香澄!どうかな?」

 

香澄は決めポーズをとる。

 

沙綾「その姿の香澄も悪くないかも…。」

 

沙綾が香澄の姿を想像する。

 

有咲「まあ、香澄がやりたいなら、私が教えてやっても良いけど…。」

 

香澄「え、本当!?やるやる!!道場行くまでには剣術使えるようになっておきたいなぁ。」

 

りみ「お姉ちゃん。剣道場に行くのはいつなの?」

 

ゆり「週末の連休明けだよ。」

 

有咲「うーん…たったそれだけの時間じゃ、さすがに出来るようになるのは難しいな…。」

 

有咲は腕を組んで悩みだす。

 

たえ「なら、短期間で力をつける為の、部活動の定番イベントがあるよね?」

 

たえが有咲に投げかける。

 

有咲「そうか、その手があったか!」

 

香澄「え、なになに?」

 

有咲「合宿だ!!」

 

香澄「面白そう!!」

 

香澄の瞳が輝きを増す。

 

有咲「だけど、合宿に適した場所なんてあったか?」

 

香澄「それなら任せて!私、いい場所知ってるから!」

 

こうして香澄と有咲は剣道修行の為の合宿を行う事となったのであった。

 

 

ーー

---

 

 

そして現在--

 

香澄「剣術を鍛える為にはまず何からやるんですか、有咲先生!!」

 

有咲「先生って…。」

 

香澄「もちろん!剣術を教えてくれるんだから、先生だよ。」

 

有咲「まぁ、香澄が呼びたいならそう呼べば?」

 

有咲の顔が赤くなった。

 

香澄「うん!有咲先生みたいに、二刀流でカッコ良く戦えるようになれるかなー。」

 

有咲「そうだな…でも、二刀流は簡単じゃないぞ。私みたいな完成型勇者だからこそ出来るんだから、無難に刀は1本にしといた方が良いんじゃないか?」

 

香澄「勇者部6箇条、1つ!成せば大抵何とかなる!私、有咲先生みたいになりたいなぁ…。剣の使い方もペアルックみたいで良いし…。」

 

有咲「ペアルック!?し、しかたねーな…だったら、二刀流を習得出来るよう、厳しく教えてやる!」

 

香澄「お願いします!!」

 

こうして2人の特訓が始まった。

 

 

 

 

 

 

有咲「まずはここに木刀が2本。これをもってみろ。」

 

香澄「分かった。おお、木刀って意外と重い!2本両手に持つと、腕が疲れるね。」

 

有咲「慣れないうちは仕方ない。いずれ重みを感じず、自分の手と同じくらい自然に使えるようになるのが目標だな。」

 

香澄「頑張らないと。」

 

有咲「じゃあ次は、私の動きの真似をしてみて。」

 

香澄「分かった!」

 

こうして訓練は続いていった--

 

 

 

 

 

 

夕方--

 

有咲「はい!はあっ!たぁ!」

 

香澄「やあ!とお!てい!」

 

有咲の動きを香澄が真似している。

 

有咲「凄いぞ、香澄!まだ動きはぎこちないけど、ちゃんと剣を振るえてる。」

 

香澄の上達の速さは有咲の目を見張るものがあった。

 

香澄「えへへ、そうかな。ありがとう!」

 

有咲「やっぱり武術をやってたからか、身体の基礎は出来てるんだな。この調子なら、花咲川中の剣道部員……いや、街の剣道場の人しかよりもきっと強くなれるぞ。むしろ私から剣を習うからには、強くなってもらわないと!絶対に香澄を、剣道場の人達よりも強くして見せる!」

 

有咲に気合が入る。

 

香澄「おお、有咲が燃えている!だったら私も頑張るよ!」

 

その直後、香澄のお腹が大きな音をたてた。

 

香澄「あ……運動した分、お腹すいたね…。」

 

有咲「そうだな。そろそろ夕飯にするか。」

 

2人片付け始めた。

 

有咲「ところで、夕飯はどうするんだ?近くにコンビニがあるなら、買ってくるけど。」

 

香澄「今日は自分達で作ろうよ!それがキャンプの醍醐味だよ。」

 

こうして2人は夕飯の準備を開始した。

 

 

 

 

 

 

日も落ちた頃--

 

有咲「香澄ー!全然、火がつかないぞ…。」

 

有咲は火をつけるのに苦労し、香澄に助けを求める。

 

香澄「焚き木の組み方に工夫がいるんだよ。あと、着火剤も使った方が良いよ!」

 

有咲「あと、ご飯はどうやって作るんだ?確か飯盒ってやつ使うんだよな?」

 

香澄「ご飯は鍋で炊けるんだよ。慣れてない人は、鍋で炊く方が作りやすいんだって。まずお米を30分くらい水につけて--」

 

有咲「うあぁ、中身をこぼした!!」

 

香澄「竈にかかってないから大丈夫だよ!お米の予備はあるし。」

 

キャンプにおいては香澄が有咲の先生である。そうしてどうにか夕飯を作り終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

香澄「いっただきまーす!」

 

有咲「いただきます。」

 

香澄「うーん、美味しい!」

 

有咲「うん、美味しいな。けど、私は全然役に立ってなかったな…。」

 

有咲からため息がこぼれた。

 

有咲「テントを張るのも、料理を作るのも、香澄に任せっきりにして…凹むな。」

 

香澄「気にする事ないよ。有咲は私に剣術教えてくれてるんだから。有咲はキャンプとかした事なかったんだよね?」

 

有咲「そうだな…小学生までは厳しい家で暮らしてたから、外泊とか外で遊んだりする事もほとんど無かった…。んで、小学校6年の時からは、ずっと施設で勇者の戦い方の訓練ばっかりしてて、やっぱり外で遊ぶ事なんて無かったよ。」

 

香澄「改めて聞くと、有咲って凄い人生を送ってるよね…。」

 

有咲「ホント、変な人生だよな。」

 

香澄「ううん、変っていうか、カッコいいよ!」

 

有咲「え…?」

 

香澄「それだけ有咲が勇者になる為に、全力で打ち込んで来たって事でしょ。努力を積み重ねてきたって事だよ。だから、それはカッコいい事だよ。」

 

香澄は屈託のない笑顔で言った。

 

有咲「香澄……ありがとう。…よし、香澄!ご飯を食べ終わった後は、もう一度、剣の動かし方の訓練するぞ!」

 

香澄「はい!有咲先生!」

 

 

 

 

 

 

有咲「右手に意識が集中して、左手がおろそかになってる!」

 

香澄「分かった!左手も使って…!」

 

有咲「そうだ!いい感じ!」

 

2人の訓練は遅くまで続いた--

 

 

 

 

 

 

合宿2日目--

 

有咲「昨日は剣の使い方をみっちりやったから、今日は足さばきをやるぞ!」

 

有咲は気合十分である。

 

香澄「はい!」

 

有咲「フットワークは重要だぞ!」

 

 

 

 

 

 

有咲「理想は、蝶のように舞い、蜂のように刺す!」

 

香澄「こうかな!?」

 

有咲「考えるな!感じるんだ!!」

 

香澄「分かった!」

 

 

 

 

 

 

有咲「中々こなれて来たな、良い調子だぞ!これなら香澄は剣術に関しては、日本じゃ2番目だな!」

 

香澄「じゃあ、1番目は誰なの!?」

 

有咲「私だ!!」

 

そうして、2日目、3日目が過ぎていき--

 

 

 

 

 

 

有咲「はあっ!」

 

香澄「てやぁ!」

 

有咲「左!がら空きだぞ!!」

 

香澄「うん、分かってるよ!」

 

有咲「フェイント!?」

 

香澄「はあっ!」

 

有咲「甘いぞ、香澄!!」

 

香澄「ああ……木刀、弾き飛ばされちゃった…。」

 

有咲「でも凄いぞ、香澄。3日間の訓練でここまで動けるようになるなんて。」

 

有咲は香澄の上達の速さに驚くばかりだった。

 

香澄「ありがとう、有咲のおかげだよ!」

 

有咲「まったく、香澄の素質には驚くよ…勇者の武器も、手甲よりも剣2本の方が良かったんじゃないか?」

 

香澄「あはは、さすがに実際の戦いになると、有咲の様に上手く剣を使えないと思うよ。」

 

有咲「もっと訓練したら、強くなりそうな気がするけどな。でも、これでひとまず合宿訓練、終了だ!香澄は黒帯だ!」

 

香澄「やったぁ!有咲流剣術の黒帯だね!」

 

有咲「私流…かな?私のはあくまで、施設で習った剣術をアレンジしたものだし。」

 

香澄「そうなの?」

 

有咲「先代の双斧の使い方と、いろんな剣術家の剣術を組み合わせて……まぁ、それだけ混ぜ合わせてアレンジしたら、ほとんど我流か。一応、施設で訓練を受けてた人たちは、似たような剣術を使えるけど、みんなそれぞれ自己流にアレンジしてたしな。」

 

香澄「じゃあやっぱり有咲流だね!」

 

有咲「ま、そうかもな。合宿、結構楽しかった。なんだかあの頃を思い出した。」

 

香澄「あの頃?」

 

有咲「施設にいた時の事だよ。今の香澄みたいに必死になって特訓してたから。あの頃のみんな、今どうしてるのかな…。」

 

そう言いながら、有咲は夕焼け空を見上げた。

 

香澄「どんな人達だったの?有咲の昔の友達って。」

 

有咲「友達……って言うのはちょっと違うな。私はみんなライバル、競争相手だと思ってた。グループを作って遊んでた人たちもいたけど、私はずっとトレーニングばかりしてたから、あんまり他の人達と話さなかったしな。」

 

香澄「有咲って……私が思っていた以上に壮絶な人生を送ってる…。」

 

有咲「実際に施設の中にいた人にとっては、それが普通だから、壮絶って訳じゃないよ。」

 

香澄(そういう台詞が出てくる事が、壮絶だと思うんだけど…。)

 

香澄は声に出して言おうとしたが、心に留めておくことにした。

 

有咲「大変って言ったら大変な生活だったけど、あの頃があったから今の私がいる。勇者になれたし、おまえらにも会えたし…。って、別におまえらに会えたから良かったとか、そんな事じゃないからな!そんな恥ずかしい事を言おうとした訳じゃ--。」

 

香澄「恥ずかしく無いよ!私も有咲に会えて良かったって、本当に思ってるから!有咲が勇者になって、私たちのところに来てくれて。良かったって、絶対にみんな思ってる!」

 

有咲「んなっ……あ、えっと…ありがとう。」

 

有咲は顔を真っ赤にしながら小さな声でお礼をした。

 

有咲「そ、そういえば施設にいた頃、友達はいなかったけど、気が合いそうな奴はいたのを思い出したな。」

 

有咲はテンパりながら話題を変えた。

 

香澄「気が合うけど、友達じゃないの?」

 

有咲「うん、ほとんど話した事無かったから。私もそいつも、友達と遊ぶより訓練するって性格だったし。あの頃はお互いに競争相手だって思ってたから…口喧嘩しただけだったけど、今あったら違うかもな。」

 

 

有咲は思い出す--白鷺千聖の事を。

 

 

最後に会ったのは香澄が天の神からの祟りで苦しんでいる時だった。その頃の有咲は香澄の事で憔悴しきっていて、その事を千聖に咎められたのである。

 

香澄「ねぇ、有咲。またその子に会ってきたらどうかな?」

 

有咲「……え?」

 

香澄の思いがけない提案に有咲は呆気にとられる。

 

香澄「同窓会みたいな感じで、きっと楽しいと思うな。」

 

有咲「………そうだな。会いに行ってみるのも良いかもな。あ、でも私、あいつがどこにいるか知らない…。」

 

香澄「だったら、おたえかさーやに頼んで、大赦の人に調べてもらえば分かるんじゃない?」

 

有咲「その手があったか。」

 

香澄「ねえ、もし会えたら、私たちにも紹介してよ、その人を。」

 

有咲「でもそいつ、もの凄く気難しい性格だぞ。私よりも。」

 

香澄「有咲は気難しくないよ、ちょっと照れ屋なだけ。」

 

有咲「わ、私は照れ屋じゃねぇー!!まぁ、でも香澄なら友達になれるかもな。」

 

有咲(会いに行ってみるか。その時はあの時のお礼もしないとな。でも、千聖と会うのはきっと楽しいと思う。)

 

こうして2人だけの合宿は幕を下ろすのだった--

 

 

 

 

 

 

依頼日当日--

 

香澄「はああ!はっ!やぁ!」

 

有咲「てやあああ!たああ!」

 

剣道場で香澄と有咲の気合の叫びが響き渡る。

 

剣道場の人「剣術が強いのは市ヶ谷さんの方だけって聞いてたのに…。」

 

剣道場の人「あっちの子も強すぎる…!」

 

剣道場の人達は2人の武者にコテンパンに打ちのめされたのだった--

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

有咲「っと言う訳で、香澄と一緒にコテンパンに叩きのめしてやったぞ。」

 

香澄「私と有咲の大勝利!!」

 

2人はガッツポーズをとる。

 

りみ「さすがだね、香澄ちゃんに有咲ちゃん。」

 

ゆり「というか、道場やぶりに行った訳じゃないんだから、叩きのめす必要はなかったんだけどな……。」

 

ゆりは苦笑いをした。

 

有咲「…なぁ、おたえ。ちょっと良いか?」

 

たえ「ん?どうしたの?」

 

有咲「ちょっと、どこにいるのか調べて欲しい人がいるんだよ。白鷺千聖って言うんだけど。」

 

 

勇者部の日常は続いていく--

 

 



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謎の訓練施設


ここで出てくるのはとある名家のお話--


"氷河家"の漢字が違うのは仕様です。後々明らかになります。




 

 

ある日の事--

 

香澄達勇者部6人は、いなくなった猫を探して山の深くまで探しに来ていた。そこであんな事が起きるとは、誰も想像していなかったのである--

 

 

 

 

 

 

とある山中--

 

有咲「最近、いなくなった動物の捜索依頼が多いな。」

 

りみ「動物達も何か感じるものがあるんじゃないかな……まるで何かから、逃げているような…。」

 

ゆり「こらこら、りみ。怖い事を言うのは止めて。」

 

沙綾「目撃情報を分析すると、この奥が怪しいけど…どうしましょうか先輩?」

 

ゆり「山の中かぁ……あんまり深入りすると危ないしね。」

 

香澄「行くだけ行ってみて、日が暮れる前に戻るっていうのはどうですか?」

 

香澄が提案する。

 

ゆり「うん、それが良いかもね。ここまで来たんだし、やるだけやろうか。」

 

こうして6人は山の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

りみ「随分と奥まで来たね…。」

 

有咲「まだ電波は繋がるぞ。」

 

その時、微かな物音を香澄が察知する。

 

香澄「今何か物音が…。」

 

香澄は音のする方へ進んでいく。そこには--

 

香澄「あれ?洞窟があるよ。」

 

りみ「本当だ。大きい洞窟…。」

 

たえ「地図にはそんな事書いてないんだけどなぁ。」

 

たえはスマホを見ながら言った。

 

沙綾「猫が付近にいた形跡がありました。」

 

沙綾は洞窟の周りを調べ、ゆりに伝える。

 

ゆり「これはもしかして、洞窟に入っちゃったのかもね…。」

 

りみ「中に呼び掛けてみようかな。プリンちゃーーん。」

 

りみは洞窟に向かって大きな声で猫の名前を呼んだ。だが、反応は帰ってこず、りみの叫びが反響しているだけだった。

 

ゆり「これは…やむを得ないかもね。中に入って探してみようか。」

 

たえ「……。」

 

ゆり「どうしたの、たえちゃん。何か嫌な予感でもする?」

 

沙綾「おたえの直感は意外と頼りになりますから。」

 

たえ「んー嫌な感じというか、不思議な感じがします。」

 

有咲「なら、慎重にちょとだけ行ってみるか。」

 

香澄「洞窟に潜るなんて、まさに勇者!…でも。」

 

ゆり「はしゃがず、十分に気を付けて行こう。」

 

こうして6人は謎の洞窟へと足を踏み入れたのだった--

 

 

 

 

 

 

洞窟内--

 

香澄「おぉ、中は結構広いねー。」

 

ゆり「というか、これは人の手が入ってるね。」

 

ゆりの言う通り、壁には配線が通っており、中は明かりで照らされていた。

 

たえ「パイプとかも落ちてる。トンネルの工事現場かも。」

 

たえは落ちているパイプを拾って呟く。

 

有咲「ある意味、自然の洞窟より不気味だな。一体何があるってんだ。」

 

香澄「うーん…仔猫いないねぇ。」

 

香澄は周りを見回すも、それらしい姿はなかった。

 

沙綾「進んでみたい好奇心もあるけど、ゆり先輩…そろそろ。」

 

ゆり「そうだね。仔猫は心配だけど…大事をとって引き返そうか。」

 

 

 

ゆりの言葉で全員が引き返そうと後ろを振り返った時--

 

 

 

そこには得体のしれないものが、立っていた--

 

 

 

香澄「う、うわーーーーーーーー!?」

 

香澄は思わず叫び、すかざず有咲が最前線に立った。

 

有咲「なんだあれ!」

 

ゆり「こ、この雰囲気……バーテックスじゃない!」

 

りみ「なんだか、雰囲気的には精霊に近い…?」

 

りみの言葉に全員が納得する。

 

ゆり「精霊なら、一応味方……だよね。」

 

香澄「もしもーし、聞こえますか?私、戸山香澄って言います。敵意ありません。友達友達。」

 

?「………。」

 

香澄は声をかけるが、精霊のようなものは沈黙したままだったが、異形は何も言わずにいきなり襲い掛かってきたのである。

 

香澄「ちょ、ちょ……!」

 

有咲「こら!!なにすんだ!!」

 

有咲は鋭い蹴りをお見舞いし、異形は倒れてしまった。

 

有咲「お、おい…そこまでするつもりは……。」

 

だが、異形はすぐさま立ち上がり、ふわっと霧散してしまった。

 

ゆり「これは…小さい光の集合体?」

 

やがて、その光は散り散りになっていった。

 

沙綾「どうみても、霊的な存在…。」

 

沙綾は推測する。

 

たえ「人の手が入った洞窟。そして霊的な存在…これは大赦の何かだね。」

 

たえが言い放った。

 

ゆり「とにかくまずは出口まで行きましょう。」

 

そこへりみの声が響く。

 

りみ「お、お姉ちゃん!出口が扉で塞がれちゃってる!」

 

ゆり「なんですって……いつの間に。」

 

有咲「端末の電波は…くっ、全然繋がらねー。」

 

沙綾「私の改造型なら……ダメか。ギリギリ繋がらない。」

 

有咲「貸して沙綾。そっちが繋がる可能性高いなら、そっちで試し続けてみる。大赦絡みってなら身内に1人いるから。」

 

沙綾「分かった。お願い。」

 

沙綾は有咲に自分の端末を手渡した。

 

たえ「わー!また出たよ。」

 

たえの前にまたしても異形が現れた。

 

ゆり「ちょっと、あなた精霊じゃないの?こっちは戦う気ないの--。」

 

ゆりの言葉を遮って、異形が再び襲い掛かってきた。

 

ゆり「くっ……さっきより早い!?」

 

たえ「せやー!」

 

その時、たえが手に持っていたパイプで、異形を薙ぎ払った。そして再び、異形は霧散していく。

 

ゆり「あ、ありがとう、たえちゃん。」

 

たえ「うーん、手応えがない。それにバーテックスと違って今一つ殺気を感じないというか…。襲ってきてはいるんだけど。」

 

沙綾「霧散するにしても、バーテックスの様に天に還らないしね。」

 

有咲「何なんだコイツら…。」

 

ゆり「とりあえず、別の出口を探しましょう。」

 

6人は別の出口を探す為に、洞窟内を進んで行く。

 

 

 

 

 

 

香澄「おかしいな。怖い筈なのに、落ち着いてる私がいるよ。」

 

香澄がふとそんな事を呟いた。

 

ゆり「みんなバーテックス見てきてるからね…ん?」

 

ゆりが何かを見つける。

 

ゆり「今度は2匹!?」

 

そこにいたのは、横の穴から出てきている2匹の異形の姿だった。

 

香澄「何はともあれ説得開始!」

 

香澄は前へ出て異形に向かって話し出す。

 

香澄「はいはーい!仲良くなる為に、私たちは話し合いを……って、うわぁーーー!!」

 

異形は香澄の話に耳を傾ける事無く襲い掛かってきた。

 

たえ「また襲ってくる…。」

 

有咲「大丈夫、私達に任せろ!!」

 

たえと有咲が香澄の前に立ち、異形を迎撃する。

 

たえ「せいっ!」

 

有咲「たぁ!」

 

2人が、それぞれ異形を薙ぎ払い、そして異形は霧散していったが、またすぐに新しい異形が現れる。

 

有咲「意思疎通が出来ない奴等ばっかで困る。くっ、また来たか…!」

 

その時、異形から光の玉が発射された。

 

有咲「何か打ってきたぞ!?」

 

有咲はそれをギリギリで回避した。光の玉はそのまま壁にあたり壁を壊すでもなく消えてしまった。

 

有咲「…痛くはなさそうだけど。」

 

沙綾「遠距離型なら私が……それっ!!」

 

沙綾が有咲の前に出て異形に石を投げつける。石は次弾を打つ前の異形を粉砕し、霧散する。

 

りみ「また消えってったね。」

 

ゆり「それより、出て来る度に相手の攻撃がエスカレートしているような…。」

 

沙綾「そうですね、露骨に強くなっています。」

 

沙綾が異形を倒しながら答えたその時だった、

 

たえ「っ!!私、分かったかも。」

 

たえが何かを閃いた。

 

たえ「多分、これは訓練用の精霊なんじゃないかな?」

 

ゆり「そんなのがあるの?」

 

たえ「だって少しずつ難易度があがってくる……いかにもゲーム的でしょ?」

 

りみ「そう言われれば…確かに。」

 

たえ「それでいて、こっちを攻撃するけど、そこまで痛くなさそうなのが、トレーニングモード的な感じがするし。」

 

たえの推測は実に言い得て妙だった。

 

有咲「っ!兄貴に繋がった!!返信来たぞ!」

 

そこへ有咲がずっと試してきた端末の電波が繋がり、大赦にいる有咲の兄から返信が届いた。

 

有咲「詳しい事は後で説明するから、とりあえず出てきた異形は全部倒せだって。そうすれば、扉が開くみたいだ。」

 

たえ「やっぱ大赦絡みだったんだね。」

 

ゆり「遠慮なく戦える情報で良かった。」

 

その言葉を機に、異形がぞろぞろと集結し始めた。

 

有咲「相手もここぞとばかりに沢山出て来たぞ。」

 

たえ「よーし、やるよー。」

 

香澄「私も頑張るよー!!生身だって、私は勇者なんだから!」

 

そうして勇者部6人は異形を全て倒す為に戦い始めた。

 

 

 

 

 

 

洞窟外--

 

ゆり「はぁ、はぁ、はぁ、やっと出られた…。」

 

りみ「本当に全部倒したら、扉が開いたね、お姉ちゃん。」

 

香澄「ふー。………ん?」

 

香澄が一息ついてあたりを見回すと、そこには探していた仔猫がいた。

 

香澄「あー、見つけた!やった!!おいでおいで!!」

 

ゆり「不幸中の幸いって事かな。このまま撤退しよう。」

 

こうして仔猫を無事保護した勇者部一同は謎の洞窟を後にした。

 

 

 

 

 

 

翌日、勇者部部室--

 

事の真相は、大赦から話を聞いたたえによって明らかになる。

 

ゆり「本当にあれは、大赦の秘密訓練施設だったの!?」

 

ゆりが驚く。

 

たえ「そうみたい。ずっと昔に封印されたやつ。200年以上昔に、"赤嶺家"の人達が使ってたんだって。」

 

有咲「"赤嶺家"って……大赦内部じゃ中々有名な名家だな。」

 

 

"赤嶺家"--

 

 

神世紀72年に"氷河家"と共に大規模テロを解決したといわれる英雄の一族である。その大規模テロは一切の情報が載っていなく、"正常な思考を失ったカルト教団が、四国の全人民を巻き込んで集団自殺を図った"としか書かれていない。香澄たちが昨日足を踏み入れた場所は、その"赤嶺家"の人々がかつて使っていた訓練施設だったのである。

 

たえ「あの動いていたのは、精霊の一種みたい。」

 

香澄「やっぱり精霊だったんだ!」

 

沙綾「にしても物騒な話だね…。」

 

たえは説明を続ける。

 

たえ「入り口は厳重に封印してたみたいなんだけど、勇者の力に反応して開いちゃったんだね。」

 

りみ「ほっ…普通の人はそもそも入れない場所だったんだね。」

 

りみが安堵した。

 

ゆり「でも何者なんだろう…洞窟で訓練していた"赤嶺家"って。」

 

たえ「"赤嶺家"は治安を維持するのが御役目らしいよ。」

 

有咲「ああいう訓練施設を用意するんだから、よっぽどの事があったんだろうな。」

 

みんながそれぞれの不安や疑問を話す中、香澄だけは様子が違ってた。

 

香澄「不思議な場所だったなぁ…。」

 

ゆり「どのみち、もう封印されているから必要とはされてないんだろうけど。」

 

香澄「封印されてる……んだよね。なのに、あの精霊たち、中でずっと…可哀想だな…。」

 

たえ「もともと精霊は回収した筈なんだけど、今回まだ残ってた事が分かったんだって。ちゃんと対応するみたいだよ。」

 

香澄「そっか!なら良かったぁ!!」

 

沙綾「治安維持……か。色々な御役目があるんだね…。」

 

沙綾は御役目の多彩さに感心していた。

 

たえ「そうだ。大赦が、この事は内密にだって。」

 

ゆり「はいはい、いつものやつね。」

 

大赦のいつもの隠蔽体質にゆりは素っ気ない返事を返した。

 

有咲「ま、この件に関しては秘密の方が良いかもな。」

 

たえ「どのみち、さらに厳重に封印するらしいから、もう誰も入る事は出来ないよ。」

 

 

こうして香澄達の大冒険は、幕を閉じる。だが、あの場所で香澄ただ1人が"居心地が良かった"と、他のみんなとは違う感情を心の中で思っていたのだった--

 

 

 



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休む事の大切さ


珍しい有咲とゆりのお話。


第3章も残り3話で終了です。





 

 

ある日の街中--

 

ゆり「あれ、有咲ちゃん?」

 

ゆりは街中でばったりと有咲と出会った。

 

有咲「ああ、ゆりじゃねーか。」

 

ゆり「一応先輩なんだからね。」

 

有咲「はいはい。」

 

ゆりと有咲。一応先輩後輩なのであるが、その前に2人とも大赦の人間なのである。

 

ゆり「それにしても偶然だね。待ち合わせもしていないのに、こんな所で会うなんて。」

 

有咲「そんなに大きな街じゃないし、行動範囲も限られるから。」

 

ゆり「それで、有咲ちゃんは何やってたの?この休日中に。」

 

有咲「ちょっと海辺にね。あそこは場所も広いし、剣の訓練をするのに丁度いいから。」

 

有咲はいつもその砂浜で鍛錬をしているのである。

 

ゆり「……ダメだよ!!!」

 

突然ゆりが有咲を叱った。

 

有咲「な、なんだ急に!?」

 

ゆり「よし、有咲ちゃん。これから映画を観に行きましょう。」

 

ゆりは突然有咲に提案した。

 

有咲「は?」

 

ゆり「映画の割引チケットを貰ったんだけど、2人分あるの。私はこれから見に行こうと思ってたんだけど、1人分余っちゃうから。」

 

有咲「何で私が…りみと行けばいいだろ?」

 

ゆり「りみは今日クラスの友達と楽器の練習しに出かけてるんだよ。りみ、指が動かなくなった時ライブの手伝い断っちゃったでしょ。だから少しでもその時の恩を返すんだって張り切っててね。」

 

有咲「でも私、これからトレーニングが…。」

 

ゆり「良いから良いから!」

 

有咲「ち、ちょっと……。」

 

そんなこんなでゆりは有咲を半ば強引に連れて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

映画館--

 

有咲「結局、来てしまった…。」

 

ゆり「えっと…席は、こことここだね。イネスの映画館はもう少しスクリーンが大きいんだけどね。」

 

有咲「イネスって映画館もあるのか!?」

 

ゆり「有咲ちゃんは余り映画とか見ない?最近はこういうスタイルが多いんだよ。ショッピングモールと一体化してるの。後、入ってるものの凄さといえば、イネスには公民館だってあるんだから。」

 

有咲「ショッピングモールの中に公民館って…。」

 

有咲は驚きを通り越して、若干引いていた。

 

有咲「そう言えば、まだ何の映画見るか聞いてなかった。どんなの?」

 

ゆり「私もタイトルしか知らないんだよ。でも、1番の大ヒットらしいよ。確か…"あの日見た第六の君の名はまだ知らない"だったかな。」

 

有咲「タイトルから全く映画の内容が想像出来ない…。」

 

ゆり「恋愛ものだと思うけど、キャッチコピーが"全四国民が涙した愛の物語"だって。」

 

有咲「げっ、何で恋愛ものの映画なんて見ないといけないんだ…。」

 

ゆり「別に誰と見たって変わらないでしょ。デートじゃないんだから。」

 

有咲「ま、まぁ、そうだな…。そうだ…私はただチケットが余ってたから来ただけで、こんなテンプレなキャッチコピー使う下らない映画なんて見に来た訳じゃないんだから…。」

 

有咲は顔を赤くしながら早口で呟いた。

 

ゆり「あ、始まるよ。」

 

こうして映画が始まった--

 

 

 

 

 

 

上映後--

 

有咲「う、ぐずっ…良かった…。最後の最後であののどんでん返し…恋愛じゃないけど、精神科医と少年の愛の物語だった…。」

 

有咲は泣きながら映画の感想を話した。

 

ゆり「………。」

 

それに対し、ゆりは映画を見終わった後からずっと震えていた。

 

ゆり「あ…うう……。」

 

有咲「どうした、ゆり?」

 

ゆり「怖かった!!すっごく怖かった!!」

 

有咲にとって予想外の反応が返ってきた。

 

有咲「え、どこがだ?」

 

ゆり「だって、あの医者って実は幽霊だったんでしょ?あの子供に霊感があるからずっと普通の人に見えてただけで、実は幽霊!騙された…何が愛の物語よ…がっつりホラー映画じゃない!」

 

有咲「それは、あの医者と子供とがお互いの心の傷を清算する為に…。」

 

ゆり「でも幽霊だよ!?取り憑いてるだけでしょ!」

 

有咲「まぁ…それは否定出来ないけど。」

 

ゆり「うう…。」

 

ゆりは恐怖のあまり、有咲に体を密着させてきた。

 

有咲「ちょまっ…何私の顔触ってるんだよ!」

 

ゆり「有咲ちゃんはちゃんといるよね?実は、私にしか見えてない幽霊とかじゃないよね?」

 

有咲「んなわけあるかーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

10分後--

 

ゆり「ふぅ……。」

 

有咲「少しは落ち着いた?」

 

ゆり「何とか…。ごめんね、取り乱しちゃって。」

 

ゆりは平静を取り戻した。

 

有咲「それより、入場者特典で缶バッジ貰ったんだけど、私の分はりみにでもあげて。」

 

ゆり「いや…見た事無い映画の缶バッジ貰ってもしょうがないんじゃない?邪魔になる物でも無いから持って帰れば?」

 

有咲「…まぁ、そうだな。」

 

有咲は缶バッジをポケットにしまった。

 

ゆり「さて、これからどうしようか?まだお昼だし、時間あるね。」

 

有咲「じゃあ、せっかく商店街に来たんだし、私寄ってみたい所があるんだけど。」

 

ゆり「何か買うの?」

 

有咲「服を買いに行くの。」

 

ゆり「服!?ファッション!?あの有咲ちゃんが!?」

 

ゆりが驚くのも無理はない。有咲は常にラフな格好。特訓の時には上下ジャージが常なのだ。そんなゆりと有咲が話している少し向こうの方で、

 

沙綾「良い映画だったね、香澄。」

 

香澄「うん、最後はびっくりしたけど、泣いちゃったよ。」

 

香澄と沙綾が話していた。2人もゆりたちと同じ映画を見ていたようだった。

 

沙綾「あれ?あれはゆり先輩と有咲。」

 

沙綾が話している2人を見つける。

 

香澄「あ、本当だ!おーーーーい、ゆりせ--」

 

沙綾「ダメだよ!」

 

声をかける為に叫ぼうとした香澄の口を、沙綾は手で塞いだ。

 

香澄「もがっ!ど、どうしたの、急に口を押さえて…。」

 

沙綾「せっかく有咲がゆり先輩と親睦を深めてるんだから、ここは2人だけにしておこうよ。」

 

香澄「そうだね。有咲にはもっとみんなと仲良くなってほしいし。」

 

沙綾「じゃあ、私たちはお昼を食べて帰ろうか。この近くで美味しいうどん屋さん知ってるから。」

 

香澄「やったーー!さすがさーや!」

 

香澄と沙綾は2人が洋服屋に入ったのを見届けた後、お昼を食べに歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

ショッピング後--

 

有咲「うん。目的の服も買えたし、良かった。」

 

ゆり「……そうだよね…。」

 

喜ぶ有咲と反対に、ゆりはため息をついていた。

 

有咲「どうしたの?」

 

ゆり「服っていうか…単なるトレーニングウェアじゃない。」

 

有咲「もうすぐ寒くなる時期だから、冬用のを買っとかないとって思って。」

 

ゆり「えっと…トレーニングウェア以外の洋服は?」

 

有咲「ああ、去年のやつがまだ着れるから大丈夫だろ。」

 

ゆり「逆よ!普通は逆なんだよ!!」

 

有咲「え?」

 

ゆり「ちょっと来て!ちゃんとしたファッションショップに行くよ!」

 

有咲「な、何でだよ!?」

 

ゆりは再び有無を言わさず、有咲をファッションショップへと連れて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

ファッションショップ--

 

ゆり「ほら、これを着てみて!」

 

ゆりが有咲に洋服の試着を促す。

 

有咲「な、何だ!?急にこんな所に連れ込んで…。っていうかスカート!?そんなの動きにくいだろ…。」

 

ゆり「たまには女の子っぽい服装も良いよ。有咲ちゃんは素材が良いんだから。」

 

有咲「は、はあ!?な、何言って…。」

 

ゆり「同じ勇者部員としての贔屓目を抜きにしても、可愛いと思うよ。だから、たまにはこういう可愛い服も着てみたらどう?」

 

有咲「別にいいよ…。」

 

ゆり「全く…最近の勇者部は…"最新のトレーニングウェアは"じゃなくて"今年の最新コーデは"だよ普通は。」

 

有咲「別にどうでもいいだろ…。」

 

有咲の言い分を無視してゆりは話続ける。

 

ゆり「そうだ、ミニスカートはどう?あっ、でもこれからの時期は足を冷やさないようハイソックスかタイツは履いといた方がいいかな。」

 

有咲「やっぱり、去年の服でいいよ。」

 

ゆり「何でーーーー!」

 

 

 

 

 

 

ゆり「結局買わなかったね…。」

 

ゆりは肩を落としていた。

 

有咲「良いだろ、別に。さて、とりあえず私は目的を果たしたし…。」

 

ゆり「あっ、それじゃあこれから夕飯の買い物に行くから付き合ってくれないかな?」

 

有咲「オッケー。私も夕飯買っていかないといけなかったし。」

 

ゆり「有咲ちゃんの今日の晩ご飯は何なの?」

 

有咲「そうだな…コンビニ弁当はほとんど食べ尽くしたから、スーパーのお弁当かな。あと野菜ジュースも買わないと。」

 

ゆり「結局お弁当って事ね…。」

 

有咲「コンビニじゃなくてスーパーのお弁当はバリエーションが豊富で栄養も偏らないと思うな。」

 

ゆり「どっちもどっちだよ!」

 

2人は言い合いながらスーパーへと向かった。

 

 

 

 

 

 

帰り道--

 

ゆり「特売に間に合って良かった。」

 

ゆりは大満足だった。

 

有咲「なるほどな…私は荷物持ちって事か……。」

 

ゆり「それもあるかな。」

 

有咲「にしても、何で私がお弁当を買おうとしたら邪魔してくんだよ…。」

 

ゆり「有咲ちゃんもお弁当ばっかりじゃなくて自炊もしないと。」

 

有咲「どっちにしろ、今日食べるのは用意しないとダメだろー。仕方ないから出前でも取るかなー。」

 

ゆり「うちに来てよ。だから少し多めに材料買ったんだから。」

 

2人は牛込家へ向かった。

 

 

 

 

 

 

牛込宅--

 

ゆり「それじゃあ、準備するから待っててね。」

 

ゆりが夕飯の支度に取り掛かろうとした時、端末にメールが入る。

 

有咲「あっ、りみからのメールだ。」

 

りみ『お友達の家でご飯に誘われたんだけど、食べてきても良いかな?』

 

ゆりは返事を打ち込む。

 

ゆり「えーっと、『良いわよ。遅くなりすぎないうちに帰ってくるのよ。』っと。りみ、今日はご飯に要らないって。」

 

有咲「なら多めに材料買う必要無かったな。」

 

ゆり「いやー、どっちにしろ有咲ちゃんはりみより多く食べそうだし。」

 

有咲「食べる量じゃ、あんたに敵わねーよ…。」

 

そしてゆりは夕飯作りに取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

数分後--

 

有咲「…まだ出来ないの?」

 

ゆり「作り始めてそんなに経ってないよ。せめて30分は待ってて。」

 

有咲「料理って時間がかかるんだな。お弁当ならレンジで5分なのに…。」

 

ゆり「料理っていうのはこの待ち時間も楽しむものなんだよ。」

 

有咲「1、2、3……。」

 

有咲は突然その場でスクワットを始めた。

 

ゆり「何で急にスクワットを!?」

 

有咲「待ち時間何もしてないのは勿体ないから。」

 

ゆり「待ってる時くらい大人しくしてたら?」

 

完全にゆりは有咲の母親である。

 

有咲「…仕方ねー。」

 

 

 

 

 

 

夕食後--

 

有咲「ご馳走様でした。」

 

ゆり「お粗末様。有咲ちゃんって意外と礼儀作法はしっかりしてるよね。」

 

有咲「実家が結構厳しかったからかな。親に気に入られようと必死でやってた。」

 

ゆり「それなのに、何で先輩に敬語が使えないかな…。」

 

有咲「…使っても良いぞ。完璧に先輩として敬意と尊敬さを持って接しても。」

 

有咲は不敵に笑った。

 

ゆり「…やっぱり良いや。想像しただけで違和感が…。そんなの有咲ちゃんじゃない。」

 

有咲「そう言われるのも何か違う様な…。にしても、今日は何だかいつもとは違う1日を過ごしたな。」

 

ゆり「いつもと違うって?」

 

有咲「トレーニング、全然しなかった。休日は休んだ事なんて無かったのにな。」

 

ゆり「有咲ちゃん…自分で言った言葉に矛盾がある事に気付いてる?」

 

有咲「へ?」

 

ゆり「休日は、休むから休日なのよ。努力する事は美徳だけど、過ぎれば悪徳。無理に過酷すぎる生き方をしてたら、人間は心が歪んでいくの。強くなっても、心がボロボロになってたらどうにもならないでしょ。強くなる事よりも、心を健全に保つ事が重要!心が健全じゃない人は、むしろ力なんて持っちゃダメなんだよ。周りも自分も不幸にするんだからね。」

 

有咲「過酷すぎる生き方…か。」

 

ゆり「有咲ちゃんが勇者になるまでの生活については詳しく知らないけど、随分大変な訓練を受けてきたんでしょ?」

 

有咲「まあ…な。でも、ゆりの人生だって相当過酷だろ?小学生の時に両親を亡くすなんてさ。」

 

ゆり「私は、りみがいたから歪まずに生きて来られた。今の勇者部は、幸運にも誰も歪んでない…有咲ちゃんだって心身共に健康でいないとダメなんだからね!とにかく、無理せず気を張りすぎず、適度に自分に優しく生きる事!休日はちゃんと休んで、遊ぶ!」

 

有咲「はいはい、分かったよ。心を健全に…だな。」

 

 

 

 

 

 

有咲が帰った後の牛込家--

 

ゆり「って事があったんだ。」

 

ゆりは帰ってきたりみに今日あった事を話していた。

 

りみ「じゃあ、今日はずっと有咲ちゃんと一緒にいたんだね。」

 

ゆり「確かに。言われてみれば、朝から夜までずっと一緒だったかな。」

 

りみ「有咲ちゃんも大変だったんじゃないかな。お姉ちゃんに振り回されて。」

 

ゆり「別に振り回してた訳じゃないわよ。」

 

ゆり・りみ「「あははははっ!!!」」

 

 

2人の笑い声が部屋に響いた。

 

 

 



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夢の中で……


それはありえたかもしれないもしもの話--





---

ーー

 

花咲川中学教室--

 

たえ「おはよー。」

 

たえがいつものようにドアを開けるとそこには--

 

 

香澄「いらっしゃいませ、たえお嬢様。」

 

たえ「あれ、香澄と有咲?」

 

そこはいつもの教室ではなかった--

 

 

有咲「ここは勇者バーです。私たちが接客致します。」

 

たえ「ほうほう。」

 

香澄「お客様、ご指名は誰になさいますか?」

 

たえ「何か面白そうな展開だー。じゃあ沙綾で。」

 

たえが言い放つとすぐさま沙綾が出てきた。

 

沙綾「こんにちは、おたえ。」

 

たえ「どうしたの、沙綾?こんなお店を開くなんて。」

 

沙綾「勇者としてみんなの力になりたくて。こういう場を設ければ、悩みとかも話しやすいかなってね。」

 

たえ「ステキな心がけだね。神樹様も大いに喜んでるよ。」

 

沙綾「おたえは何か悩み事はない?」

 

たえ「最近ハンバーグが食べれてないんだ。」

 

沙綾「それは大変!?じゃあ私が作ってあげるよ。沙綾特性ハンバーグパン!」

 

ーー

---

 

 

たえ「っていう夢を昨日見たんだ。」

 

沙綾「あはは、なんかおたえらしいね。」

 

沙綾は笑って言った。

 

ゆり「勇者とおしゃべり出来る店ねぇー。もしあったら通いつめて、りみを独占するな。」

 

香澄「ゆり先輩、私生活でもずっと一緒なのに…本当に妹想いなんですね。」

 

有咲「しっかしまぁ、おたえは見る夢も弾けてるよな。」

 

沙綾「おたえは小学生の頃からこうなんだよ。」

 

たえ「なんか私、固まって夢を見る時期があるみたいなんだ。」

 

沙綾「だから定期的におたえの夢の話が出てくるんだよね。実はおたえも巫女の素養があったりして。」

 

たえ「私に秘められた才能が!?」

 

たえは目を輝かせた。

 

有咲「うーん…。」

 

りみ「どうしたの、有咲ちゃん?」

 

何か考えている有咲にりみが尋ねた。

 

有咲「私なんか最近夢見ないなって思ってさ。」

 

沙綾「見たい夢の内容をメモして枕の下に入れて寝ると、その夢が見れるって言うよ。」

 

有咲「へぇー。まっ、わざわざ試さないけどな。りみは何か夢みるのか?」

 

りみ「夢は見なかったけど、昨日の夜、寝てる間にふくらはぎの筋肉を攣っちゃって…痛かったよ。」

 

香澄「うわぁー。それは痛かったよねー。」

 

香澄がりみの頭を撫でる。

 

りみ「思わずお姉ちゃんを呼ぶところだったよ。」

 

たえ「今夜も夢見そうだな。」

 

 

 

 

 

 

その日の夜、市ヶ谷宅--

 

有咲は枕元で何かごそごそとやっていた。

 

有咲「確か、夢の内容をメモに書いて、枕の下に入れておく…だったな。」

 

有咲はメモ用紙を枕の下に入れた。

 

有咲「た、試すだけなら…ちょっとだけ…。ちょっとだけだからな…。」

 

 

---

ーー

 

 

たえ「沙綾、オッちゃんがパワーアップしたんだよ。」

 

沙綾「え、それはまた急にどうして!?」

 

たえ「実は隠していたんだけど、僕は精霊だったんだって。」

 

沙綾「微妙にありえそう…。それで、どういう風に強化されたの?」

 

たえ「口に武器が格納されていて、取り出せるんだ。オッちゃん、4番!正義!勇者の槍!!とかね。」

 

沙綾「結構危険な存在じゃないかな…おたえには悪いけど、オッちゃんが正義の存在かを確かめないと!」

 

たえ「え、沙綾?」

 

沙綾「超変身!!」

 

すると沙綾は端末を取り出し、勇者へと変身する。すると、そこへ香澄もやって来て--

 

 

香澄「さーや、私も加勢するよ!勇者、根性、ベストマッチ!!」

 

たえ「ダメだよ!沙綾と香澄がオッちゃんと戦うなんて!」

 

 

更にそこへりみも参戦して来た--

 

 

りみ「私も加勢するよ!有咲ちゃん!お姉ちゃん!勇者の力、お借りします!!」

 

香澄「せいやー!ボルテック勇者キーーーック!!」

 

たえ「もうしっちゃかめっちゃかだよ。」

 

 

ーー

---

 

 

たえ「っていう夢を見たんだー。」

 

沙綾「おたえ、中々破天荒な夢を見るんだね…。」

 

有咲「出てこないと思ったら、そっちの夢に行ってたのか…。」

 

有咲がポツリと呟いた。

 

たえ「え、何が?」

 

有咲「あ、いや……なんでも無いぞ。」

 

有咲は咳払いして誤魔化した。

 

たえ「もしかして有咲の夢には出てこなくて、こっちの夢に出てきた人でもいた?」

 

有咲「べ、別にそんなんじゃねーし…もうこの話は終わり!」

 

香澄「有咲顔真っ赤だよ、大丈夫?」

 

香澄が有咲を気にかける。

 

有咲「大丈夫大丈夫…。」

 

ゆり「そこまで破茶滅茶な夢を見ると、起きてる時は疲れない?」

 

ゆりがたえに尋ねた。

 

たえ「そーでもないかな。でも、うどんを禁止された夢を見た時はどうなるかと思って、冷や汗びっしょりだった。」

 

ゆり「それは悪夢だね…。」

 

香澄「昨日夢の話題が出たから、夢について色々調べてきたんだけど…。」

 

香澄がみんなに話し出す。

 

香澄「も、もしかしておたえの夢って……予知夢って事はないよね?」

 

たえ「私香澄と戦うなんて嫌だよ。」

 

香澄「私もおたえとなんて戦えない!」

 

有咲「そもそもオッちゃんが精霊とかあり得ないから安心しろ。」

 

香澄「そういえば、オッちゃんっていつおたえの友達になったの?」

 

たえ「朝起きたら枕元にいたんだ。」

 

有咲「……本当に精霊とか無いよな!?自信無くなってきた…。」

 

たえ「でも精霊ならそれはそれで面白いかな。」

 

有咲「おたえには烏天狗がいるだろ…ってもういないのか。」

 

たえ「あの子は自由だったね。」

 

有咲「ホント、誰に似たのか…。」

 

たえ「ところで有咲、面白い話して?」

 

たえが有咲に無茶振りをかます。

 

有咲「すげー角度から無茶振りするな!!」

 

沙綾「おたえは気まぐれなところがあるから。」

 

沙綾は笑って答えた。

 

有咲「この空気じゃ、何言っても面白くならないだろ…。」

 

ゆり「それにしてもたえちゃんは夢の内容よくそんなに事細かく覚えてるね。」

 

たえ「よく他の人より特殊だって言われます。今夜はどんな夢を見るんだろー。」

 

 

---

ーー

 

 

花咲川中学、廊下--

 

沙綾とたえは花咲川中の廊下に立っていた。

 

たえ「…あれ、あそこにいるのは。」

 

たえは廊下の奥に人がいるのを見つけた。

 

 

 

?「おっす、おたえ。」

 

 

 

そこにいたのは夏希だった--

 

 

 

たえ「あっ、夏希!ほらオッちゃんも、おっすって!」

 

夏希「オッちゃんおっすー!おたえは相変わらずだな。」

 

たえ「3人集合だね。」

 

夏希「そだなー。いつもの3人だ。今日は勇者部何があったっけ?」

 

たえ「劇の練習がメインだったかな。香澄が張り切ってたよ。」

 

夏希「あはははっ!香澄は授業中、眠そうにしてたな。」

 

たえ「寝るのは良くない。」

 

夏希「おたえが言うな。」

 

たえ「あはは、ごめーん。」

 

夏希「後はりみを育てる時間だね。りみはすくすく育ってるから、教えがいがあるな。ゆり先輩は抜けちゃったけど、りみがあれなら、勇者部も安泰だな。」

 

沙綾「夏希、時期部長に立候補してみたら?」

 

夏希「何だよ、沙綾ー。私はガラじゃないって。部長は有咲がやるっしょ。」

 

沙綾「そうやって小学生の時も隊長避けてたよね。」

 

夏希「適材適所だよ沙綾。その分身体張るからさ。」

 

たえ「あれ……。」

 

夏希「どした、おたえ?」

 

たえ(何で夏希が花咲川中学にいる事が出来るんだろう…だって……あっ、そっか…これ、夢なんだね……。)

 

 

 

 

 

 

夏希「はぁ、気付くのが早いなー。察しが良すぎるんだよ、おたえは。」

 

たえ「夏希…。」

 

夏希「もうおたえの目が醒める頃かな。私は一緒に行けない。」

 

たえ「………。」

 

夏希「なーに、また、いつか何処かで巡り会えるさ。」

 

たえ「………うん。」

 

 

 

夏希「またね。」

 

たえ「またね……。」

 

 

ーー

---

 

 

たえ「っていう夢を見たんだ……。」

 

たえは沙綾に昨日の夢の内容を話した。

 

沙綾「おたえ…。」

 

たえ「初めは楽しかったけど…とても悲しい夢だった。」

 

沙綾「おたえ…その夢、私も見たよ。」

 

たえ「えっ、沙綾も!?」

 

何の因果か沙綾とたえは偶然にも同じ夏希が出てくる夢を見ていたのである。

 

沙綾「こんな偶然あるのかな…。」

 

たえ「…あるんだろうね。神世紀の不思議ってやつだ。」

 

沙綾「いつか何処かで巡り会える……か。」

 

たえ「来世かもしれないね。」

 

沙綾「壮大だね。でも、そうなら嬉しい。」

 

たえ「まさにズッ友ってやつだ!」

 

沙綾「……そうだね。」

 

 

 

 

沙綾(見ててね、夏希…。)

 

たえ(私達は、ちゃんとやってるよ……。)

 

 

 

優しい風が2人の頬を撫でる--

 

 

 

それはまるで、夏希が2人笑いかけたかの様に優しい風だった--

 

 

 



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姉の妹離れ

誰が見ても仲の良い牛込姉妹。

きっと前世でも仲が良かったのでしょう--




 

 

とある日の昼下がりの花咲川中学教室--

 

ゆり「よし、休み時間の間に届けてあげないとね。」

 

ゆりは席を立ちりみのクラスに行こうとした時だった。

 

クラスメイト「あれ、何処行くの?」

 

同じクラスの女子生徒がゆりに声をかけた。

 

ゆり「妹に忘れ物を届けにちょっとね。りみったら、今日は日直の仕事があるからって先に出たのに、数学の教科書と体操着を忘れちゃってね。全く、りみは私がいなかったら本当にダメなんだから…。」

 

ゆりは説明するが、

 

クラスメイト「はぁーーー。」

 

女子生徒は大きなため息を吐いた。

 

ゆり「ん、どうしたの?そんなに大きなため息ついちゃって。」

 

クラスメイト「ゆりちゃん…それどうかと思うよ。」

 

ゆり「え、何が?」

 

クラスメイト「ゆりちゃんがそんな風に甘やかすから、妹ちゃんはいつまで経っても自立出来ないんじゃない?」

 

女子生徒はゆりの過保護っぷりに苦言を呈したのだった。

 

ゆり「え……?」

 

女子生徒は更に切り込む。

 

クラスメイト「むしろゆりちゃんの方こそ、妹離れをしないといけないんじゃない?」

 

ゆり「妹離れ……?」

 

クラスメイト「うん。」

 

ゆり「えええええええーーーーーーっ!!?」

 

クラスメイト「だって、このままだと妹ちゃんがどうなるか想像してみなよ。」

 

ゆり(確かに…りみがこのまま高校生、大学生、社会人になっていったら……。)

 

 

 

ゆりは想像する--

 

 

---

ーー

 

 

りみ「お姉ちゃーん、進学しようか就職しようか決められないよー!」

 

りみ「お姉ちゃーん、就職の面接一緒について来てー!」

 

りみ「お姉ちゃーん、会社に入るカードキー無くして入れないよー!」

 

 

ーー

---

 

 

ゆり「そんなの絶対ダメ!!」

 

クラスメイト「でしょー。」

 

ゆり「そうだよね…私はりみを甘やかし過ぎてた…もっと厳しくいかないと!」

 

 

こうしてゆりの妹離れ作戦が始まった--

 

 

 

 

 

 

その日の夜、牛込宅--

 

りみが慌てながらキッチンに入ってきた。

 

りみ「お姉ちゃん!明日家庭科の調理実習なのに、持っていく材料買ってくるの忘れちゃったよ!」

 

ゆり「……。」

 

りみ「今からでも開いてるスーパーあるかな!?そもそも何買えばいいか分からないし…。」

 

ゆり「……。」

 

りみ「お姉ちゃん、今から一緒に買い物に…。」

 

ゆり「……。」

 

ゆりは黙っている。

 

りみ「お姉ちゃん?何で返事してくれないの?」

 

ゆり「りみ、材料を買い忘れたのは自分の責任でしょ。自分で買ってきなさい。」

 

ゆりはりみを突き放す。

 

りみ「えっ…!?」

 

りみはゆりの予想外の応対に驚いたが、

 

りみ(でも、お姉ちゃんの言う事はその通りだよね…。)

 

りみ「…うん、私1人で買い物に行ってくるね。」

 

そう言ってりみは家を出た。

 

りみ「今の時間なら、まだ開いてるお店はあるはずだし、コンビニだってあるよね。」

 

 

 

 

 

 

次の日の朝--

 

目覚ましがけたたましく鳴り響き、りみが慌てて起きてくる。

 

りみ「お姉ちゃん!どうして起こしてくれなかったの!?」

 

ゆり「これからは自分で起きなさい。」

 

りみ「えっ…!」

 

 

 

 

 

 

またある時--

 

りみ「お姉ちゃん、この前買ったシャツ何処に置いたっけ?」

 

ゆり「知りません。これからは服も自分で片付けなさい。」

 

りみ「え…。」

 

 

 

 

 

 

ある時の夕食--

 

りみ「お姉ちゃん、今日の夕ご飯私の嫌いなものが沢山…。」

 

ゆり「これからは何でも食べられる様になりなさい。それが嫌なら、自分で料理出来るようになりなさい。」

 

りみ「う…!」

 

 

 

 

 

 

勇者部部室にて--

 

りみ「最近お姉ちゃんが冷たいよ…。」

 

りみは元気無さそうに勇者部のみんなに呟いた。

 

たえ「りみ、それは倦怠期だよ。」

 

有咲「夫婦かってーの!」

 

たえが答え、それに有咲が突っ込んだ。

 

沙綾「何かあったのかな…ゆり先輩がりみりんに冷たいなんて、想像が出来ない。」

 

香澄「そうだね…ゆり先輩はいつもりみりんに優しかったし。」

 

そこへ、

 

ゆり「どうしたの、みんな?深刻な顔してるよ。」

 

ゆりが部室にやって来た。

 

香澄「ゆり先輩。実は最近ゆり先輩が冷たいっ--もご…。」

 

説明しようとした香澄の口を有咲が塞いだ。

 

有咲「ひとまず様子をみるぞ。まずは観察して何が起こってるかを見極める。」

 

ゆり「ん?みんな今日は変だよ?」

 

りみ「あの…お姉ちゃん。実は数学で分からないところがあって…。」

 

ゆり「…りみ。かつて大数学者アルキメデスは、自分の家に敵国の兵士が来ても学習を続けたと言われてるよ。りみも頑張れば、きっと難しい問題だって解ける。だから自分で考えて。」

 

りみ「…うん……。」

 

 

 

 

 

 

かめや--

 

ゆりを除く勇者部5人はかめやで作戦会議を始める。

 

有咲「どうやら、ゆりがりみに冷たいってのは本当みたいだな。」

 

りみ「うん…。」

 

沙綾「一体どんな心境の変化があったのかな。」

 

香澄「りみりん、喧嘩しちゃったの?」

 

香澄がりみに尋ねた。

 

りみ「してないよ!私とお姉ちゃんが喧嘩なんて…。」

 

たえ「このうどん美味しい…おかわり!」

 

沙綾「おたえ。今はりみりんの相談中!」

 

たえ「うん。だからうどんを食べて頭に糖分を送って考えてた。そして今、うどんのお陰で思いついたよ。」

 

香澄「なになに、おたえ?」

 

香澄が興味津々でたえに尋ねる。

 

たえ「これは…きっとりみの自立を促す為のテストだよ!」

 

香澄・沙綾・りみ・有咲「「「テスト?」」」

 

たえは4人に説明する。

 

たえ「りみもいずれはゆり先輩から独立しないといけない…1人でちゃんと生きていける様にならないといけない。」

 

有咲「まぁそうだな。兄弟姉妹でも、ずっと一緒って訳じゃないだろうし。いずれはりみも独り立ちするだろうな。」

 

りみ「独り立ち…1人で生きていく……。」

 

りみ(お姉ちゃんだって大学生になったら、遠くの大学に行くかもしれない…。そしたら私は、一人暮らししないといけないよね…。)

 

沙綾「成る程。ゆり先輩はりみりんを成長させようとしてるんだね。ライオンが自分の子供を崖から落とす様に。」

 

沙綾は納得した。

 

有咲「崖にしては随分傾斜が緩いけど…自分で自分の事が出来れば良いだけだろ。」

 

りみ「……うん!」

 

りみはみんなの話を聞き、決意する。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、牛込宅--

 

りみ「お姉ちゃん!」

 

りみが勢い良くキッチンにやって来た。

 

ゆり「りみ?」

 

りみ「私、頑張るよ!これからはお姉ちゃんに頼らずに、ちゃんと自分でやっていける様になるよ!」

 

ゆり「りみ……分かってくれたんだね。」

 

りみ(お姉ちゃん…お姉ちゃんが遠くの学校に行っても、私は1人でやっていける様に頑張るよ。)

 

ゆり「ところでりみ。私は週末から塾の合宿に行ってくるから。」

 

りみ「塾の…合宿?」

 

ゆり「うん。友達の誘いでね。塾に入ってない外部の人でも参加出来るみたいだから。だから、土日の間は家に居ないけど……大丈夫だよね、1人でも。」

 

りみ「……もちろんだよ!」

 

りみは自分の胸を叩いた。

 

りみ(分かったよ、お姉ちゃん…これも私がいつか一人暮らしを始める為の、リハーサルみたいなものだよね!)

 

 

 

 

 

 

金曜日の夕方--

 

ゆりは勇者部で今度幼稚園の手伝いをする為の準備で、帰ってくるのが遅くなる様だった。

 

りみ「よし、今日の晩御飯は私が作る!」

 

りみは張り切る。

 

りみ「ちゃんと料理を作って私の成長を見せれば、お姉ちゃんは安心して勉強合宿に行ける。将来安心して、遠くの学校に通える…。お姉ちゃんの為に…私、頑張るよ!」

 

りみは早速料理に取り掛かった。

 

りみ「料理なんて、ネットのレシピを見ながらその通りに作れば、きっと簡単だよ。」

 

 

 

 

 

 

10分後--

 

りみ「けほっ、けほっ。な、何でこんなに黒い煙が沢山出るの!?」

 

 

 

 

 

 

15分後--

 

りみ「うう…野菜を切ってたらどんどん歪な形に…。」

 

 

 

 

 

 

20分後--

 

りみ「あぁ!調味料入れ間違えちゃった!」

 

 

 

 

 

 

30分後--

 

りみ「はぁ………。」

 

りみの目の前には死屍累々の食材と、失敗した料理が並べられていた。

 

りみ「ど、どうしてこんな事に…。」

 

その時、チャイムの音が鳴った。

 

りみ「誰だろう…?はい、今開けます。」

 

玄関を開けると、そこには香澄と沙綾がいたのだった。

 

香澄・沙綾「「お邪魔します。」」

 

りみ「香澄ちゃんに沙綾ちゃん。」

 

沙綾「今日はゆり先輩帰りが遅いって言ってたから、りみりん1人なんじゃないかと思ってね。」

 

香澄「1人じゃ退屈だろうから、遊びに来たよ。」

 

りみ「う…うう……。」

 

その時、りみの目に涙がたまる。

 

沙綾「ど、どうしたの!?」

 

りみ「見てよ…この惨状を……。」

 

香澄「お、おお。台所が賑やかな…賑やかすぎる状況に…。」

 

沙綾「何かあったの!?」

 

りみ「料理を作ってただけで…。」

 

沙綾「それで、この惨状に…?」

 

沙綾は驚きで言葉が出なかった。

 

りみ「うん…。お姉ちゃん、帰ってくるのが遅くなるなら、私がそれまでに晩ご飯を作っておこうって思って…。」

 

沙綾「そうなんだ…分かった。じゃあ私が作ってあげる。」

 

りみ「ありがとう、沙綾ちゃん…でも、それじゃあダメなんだよ。」

 

香澄・沙綾「「え?」」

 

りみ「私の手で料理を作って、私は1人でも大丈夫って事をお姉ちゃんに教えてあげたいの!」

 

香澄「りみりん…。」

 

沙綾「なら、料理はりみりんが作って。でも、アドバイスくらいなら大丈夫でしょ?もしりみりんの手順が間違えそうになったら、私が教える。あくまでも料理を作るのはりみりん自身だよ。」

 

りみ「沙綾ちゃん…。うん、分かったよ!」

 

こうして沙綾をアドバイザーとして、りみの料理が再び始まる--

 

 

 

 

 

 

沙綾「りみりん!調味料の瓶を間違えないで!」

 

りみ「うん!確認するよ!」

 

沙綾「りみりん!茹でる時間が過ぎてる!」

 

りみ「うん!すぐにお湯からあげるよ!」

 

沙綾「りみりん!追いオリーブオイルは、常人は使っちゃダメな技だよ!」

 

りみ「うん!オリーブオイルの使い過ぎには気を付けるよ!」

 

沙綾「よし、あと少しで完成だよ。」

 

 

 

あと少しで完成--

 

 

 

その時だった--

 

 

 

りみ「あっ……。」

 

沙綾「どうしたの、りみりん!?」

 

りみ「食材が…材料が足りないよ。」

 

沙綾「そんなっ!?」

 

りみ「きっと最初に失敗し過ぎたせいだよ…それで食材を使い果たしちゃったんだ。」

 

沙綾「仕方ないか…きっとゆり先輩も、りみりんの努力を分かってくれる筈だよ。今日はここまでで……。」

 

りみ「私は…私はちゃんと料理が出来るようにならないといけないのに…。そうしないと…お姉ちゃんが安心して遠くの学校に行けないよ……!」

 

沙綾「りみりん……!」

 

 

この場にいる誰もが失敗したと思った--

 

 

 

だがそうはならなかったのである--

 

 

 

香澄「食材買ってきたよ!」

 

りみ「香澄ちゃん…!」

 

香澄はりみが作っている料理のレシピを見た際に材料が足りなくなると思い、買いに走っていたのだった。

 

香澄「私、さーやみたいに料理を教える事は出来ないけど、これくらいなら手伝えるよ!」

 

りみ「香澄ちゃん…ありがとう!」

 

沙綾「さっすが、香澄!さぁ、りみりん。最後のひと頑張りだよ!」

 

りみ「うん!」

 

 

 

 

 

 

ゆり「ただいまー。」

 

ゆりが帰ってきた。

 

沙綾「ゆり先輩おかえりなさい。」

 

香澄「待ってましたよ。」

 

帰ってきたゆりを香澄と沙綾が出迎えた。

 

ゆり「香澄ちゃん?沙綾ちゃん?どうしてここに?」

 

すると奥から疲れ果てたりみがやって来た。

 

りみ「お姉ちゃん…見て、テーブル…。晩ご飯…私が1人で作ったんだよ……。」

 

ゆり「これは…この料理、全部りみが作ったの!?」

 

りみ「そうだよ…お姉ちゃん…。」

 

りみは力を使い果たし倒れてしまった。

 

ゆり「りみ!しっかりして!」

 

沙綾「料理は、作り慣れない人にとっては、集中力を使うから…きっと疲れたんですよ。」

 

ゆりは倒れたりみを優しく抱き抱えた。

 

りみ「見た…お姉ちゃん…?料理、出来たんだよ…私1人で。」

 

ゆり「うん…うん……。」

 

りみ「もう安心して、明日からの合宿に行けるね…。」

 

ゆり「うん……!」

 

 

 

 

 

 

翌朝--

 

りみが起きた時には、そこにゆりの姿はなかった。その時、端末に香澄からメッセージが入る。

 

香澄「りみりん、おはよー。もうゆり先輩は合宿に行ったの?」

 

りみは返信する。

 

りみ「うん。お姉ちゃん、行っちゃった。帰るのは週明けだよ。」

 

りみ「お姉ちゃん…お姉ちゃんがいなくなったら、部屋がガランとしちゃった。でも…すぐに慣れると思うよ。だから…心配しないでね、お姉ちゃん。」

 

 

 

そんな時だった--

 

 

 

ゆり「ただいまー。」

 

りみ「……………あれ?」

 

帰って来たのは合宿に行った筈のゆりだったのだ。

 

ゆり「りみ、起きてたんだね。1人で起きられるなんて偉いよ!」

 

ゆりはりみを撫でた。

 

りみ「お姉ちゃん……。それより、勉強合宿に行ったんじゃなかったの?」

 

ゆり「合宿はキャンセルしたよ。」

 

りみ「えっ?じゃあ、さっきまで何処に行ってたの!?」

 

ゆり「ゴミ捨てに行ってただけ。」

 

りみ「えええええっ!?」

 

りみの叫びがこだました。

 

ゆり「勉強合宿はもういいの!りみを1人残していくなんて私には出来ないから。」

 

そんなこんなで、りみの心配は杞憂で終わったのだった。

 

 

 

 

 

時は、女子生徒とりみの事で話していた時まで遡る--

 

 

---

ーー

 

 

ゆり「そうよだね…私はりみを甘やかし過ぎてた…もっと厳しくいかないと!」

 

 

 

 

 

ゆり「りみ、材料を買い忘れたのは自分の責任でしょ。自分で買ってきなさい。」

 

りみ「えっ……。」

 

りみ「……うん、私1人で買い物に行ってくるね。」

 

 

りみが材料を買いに出かけた後--

 

 

ゆり「う…うう…つらい。つらすぎる…りみを突き放すのが、つらい。でも、りみの為に頑張らないと!」

 

そしてゆりはりみの後をこっそりつけて確認しに行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

ゆり「これからは自分で起きなさい。」

 

りみ「えっ…。」

 

ゆり(つらい…つらい……。)

 

 

 

 

 

 

ゆり「知りません。これからは服も自分で片付けなさい。」

 

りみ「え…。」

 

ゆり(りみ…ごめんね…ごめんね…。)

 

 

 

 

 

 

ゆり「これからは何でも食べられる様になりなさい。それが嫌なら、自分で料理出来るようになりなさい。」

 

りみ「う…!」

 

ゆり(あああ…つらい!つらい!りみ、ごめんね……。)

 

 

 

 

 

 

ゆり(つらい…りみに冷たくするのがこんなに苦しいなんて・…。でも、これもりみの為…。私はこれで良いの…?このままりみに冷たくし続けて…。)

 

 

 

 

 

 

りみ「見た…お姉ちゃん…?料理、出来たんだよ…私1人で。」

 

りみ「もう安心して、明日からの合宿に行けるね…。」

 

ゆり(や…やっぱりダメ!私はもうりみに厳しくする事なんて出来ない!!これからは自分に正直に生きる!!)

 

 

ーー

---

 

 

翌日、勇者部部室--

 

りみ「お姉ちゃん、数学で分からないところがあって…教えて欲しいんだけど。」

 

ゆり「どれ、見せてごらん?えっと、これはね--」

 

姉妹の様子を4人が見ていた。

 

香澄「ゆり先輩、いつも通りに戻って良かった。」

 

有咲「この方がいつも通りらしいな…。」

 

沙綾「ゆり先輩、すっごく嬉しそう。」

 

たえ「そうだね、本当に仲良しだよ。前世も姉妹みたいに仲が良かったのかな?」

 

 

 

いつも通りの勇者部は続いていく--

 

 



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気遣いの心

第3章最後のお話です。


こんな至って普通の暮らしが彼女達の本来の生活なのです--





 

 

勇者部部室--

 

ゆり「りみ、今日の晩ご飯は何が良い?」

 

ゆりがりみに晩ご飯のリクエストを聞いていた。

 

りみ「えっとね…昨日まではカレーだったから…。」

 

ゆり「じゃあ、今日はカレーうどんだ!」

 

りみ「お姉ちゃん、カレーから離れようよ。」

 

この光景も勇者部が世界を守ってきたからこそである。

 

香澄(じー…。)

 

その様子を熱い視線で見つめている少女がいた。

 

ゆり「だったら秋刀魚とかどうかな?後は季節的に少し早いけどお鍋とか。」

 

りみ「魚よりは鍋が良いかな。」

 

ゆり「よし、じゃあ鍋にしますか。帰りに材料買って帰るから、りみは先に帰ってて。」

 

りみ「分かったよ、お姉ちゃん。」

 

香澄(じー……。)

 

少女は2人の姉妹から視線を晒さない。その姿を見た沙綾は、その少女--香澄の事が気になり話しかけた。

 

沙綾「どうしたの、香澄?ゆり先輩とりみりんをジッと見つめて。」

 

香澄「あっ、さーや。あのね、2人を観察してたんだよ。」

 

ゆり「私達を?またそれはどうして?」

 

香澄「実は……この前、演劇部の人から依頼があって、私が手伝いをする事になったんだ。」

 

沙綾「そういえばそうだったね。人手が足りないから手伝って欲しいって依頼が来てた。」

 

香澄「そうなの。私、小道具とか裏方かと思ってたんだけど、役をやる事になって…。」

 

沙綾「それは大役だね!見に行くよ!」

 

沙綾は食い気味に答える。

 

香澄「ありがとう、さーや!それでね、主人公の妹の役をやる事になったんだけど…でも私、兄弟とか姉妹とかいた事が無いから、身近にいるゆり先輩とりみりんを観察しようかと思って…。」

 

たえ「香澄は真面目だな。」

 

香澄「ねぇ、りみりん!妹ってどんな感じ!?」

 

りみ「え、えっと…改めて聞かれると、何て答えれば良いのか…。生まれた時から妹だったから、説明しにくいよ…。」

 

香澄の質問にりみもタジタジである。

 

有咲「妹なぁ…そもそも兄弟や姉妹が、みんなゆりとりみみたいに仲が良いとは限らないぞ。」

 

香澄「そういえば、有咲も妹だった!観察していい?」

 

有咲には大赦勤めの兄がいるのである。

 

香澄「じーー……。」

 

香澄は有咲を観察する。1ミリも目を逸らさずに観察している。

 

有咲「や、やめろーーーーっ!!」

 

沙綾「私は妹じゃないから、香澄の役に立てないね。」

 

香澄「そんな事無いよ、さーや!それにさーやは妹って感じより、お姉さんって感じがするよ。」

 

たえ「そうだ、香澄。」

 

その時、たえが何かを閃いた。

 

香澄「どうしたの、おたえ?」

 

たえ「どうせだったら、観察するより実体験した方が良いんじゃない?その方がより妹の役を理解できると思う。」

 

香澄「実体験?」

 

たえ「そう、今日1日実際の生活の中で香澄が妹になって過ごすんだよ。」

 

沙綾・有咲「「香澄が妹に…?」」

 

沙綾と有咲が声を揃えて言った。

 

たえ「まず手始めに、私をお姉ちゃんって呼んでみて。」

 

香澄「おたえを?……たえお姉ちゃん?」

 

たえ「うん。こんな風に香澄が実生活の中で妹として過ごすの。そしたら、妹の気持ちが分かるんじゃないかな。」

 

香澄「うん、それ良いかも!」

 

香澄はノリノリで賛成した。

 

たえ「じゃあ、姉さん役はゆり先輩、お願いします。」

 

ゆり「私が?」

 

たえ「だって勇者部の中では唯一"本物のお姉さん"だから。他の人がやるより自然なお姉さんが出来ると思う。」

 

たえがゆりに説明する。

 

香澄「私がゆり先輩の妹に…。なんだか楽しそう!」

 

ゆり「まぁ、これも部活の一環だと思えば、反対する理由は無いよ。でも、泊まるなら一応ご家族には連絡しといてね。」

 

香澄「分かりました!」

 

りみ「で、でも……。」

 

唯一りみだけが心配そうな表情を浮かべいた。

 

たえ「大丈夫だよ、りみ。1日だけだから。ゆり先輩を取られるかもって心配しないで。ゆり先輩が1番大切なのは、いつだってりみなんだから。」

 

りみ「べ、別にそんな心配は…。」

 

たえ「そうだ、香澄がゆり先輩の家に泊まるなら、りみは今日、別の人の家に泊まったらどう?」

 

こうして、香澄の1日妹体験が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日--

 

本日の朝から明日の朝までの24時間、香澄はゆりの妹として過ごす事となった。妹としての最初のステップは一緒に登校するところから始まる。

 

ゆり「香澄、今日は忘れ物は無い?」

 

ゆりも本格的に付き合う為に、普段はちゃん付けしている香澄を呼び捨てで呼んでいる。

 

香澄「大丈夫です…じゃなかった、妹なら敬語は使わないよね。」

 

それに対して、先輩でもあるからかまだ慣れていなかった。

 

香澄「大丈夫だよ、ゆりお姉ちゃん。ちゃんと毎朝持っていく物を確認してるから。」

 

ゆり「…香澄ちゃんからお姉ちゃんって呼ばれるのは中々慣れないな…。」

 

香澄「私も…でも、なんだか新鮮で面白いかも。」

 

その時、ゆりが道路側の香澄を自分の方へと寄せた。

 

ゆり「香澄、危ないよ。」

 

香澄「ありがとう、お姉ちゃん。」

 

ゆり「危ないから、歩道側を歩いて。」

 

 

 

 

 

 

一方でりみは1日、有咲の妹として過ごす事となった。

 

有咲「ひとまず、登校から一緒って訳だな。」

 

りみ「そうだね…有咲お姉ちゃん。」

 

有咲「慣れないなー…だいたい私も実家に帰ったら妹だってのに。」

 

りみ「あっ!」

 

有咲「どうした、りみ?」

 

りみ「私、英語の教科書忘れてきちゃった!」

 

有咲「マジか…じゃあ、取りに帰るぞ!私もついてってやるから。」

 

りみ「でも、今からじゃ学校に遅れちゃうかも…。」

 

有咲「大丈夫!走ればまだ間に合う!ほら、行くぞ!」

 

りみ「うん!」

 

2人は忘れ物を取りに走り出した。

 

 

 

 

 

 

花咲川中学--

 

香澄「あっ、ゆりお姉ちゃーん!」

 

ゆり「香澄、どうしたの?3年生の教室に来て。」

 

香澄「ううん、通りかかっただけ。あのね、うちのクラスに、勇者部に依頼したいって人がいるんだけど。」

 

ゆり「分かった。じゃあ、放課後に連れてきて。」

 

香澄「うん、分かった!」

 

そう言って香澄は自分のクラスに帰っていった。その2人のやり取りを見ていたゆりのクラスメイトが、慌てながら話しかけてくる。

 

クラスメイト「ゆ、ゆりちゃん…お姉ちゃんって、どういう事!?いつから戸山さんが妹になったの!?」

 

ゆり「いや、そういう訳じゃなくて…ちょっとした事情があってね。」

 

クラスメイト「複雑な家庭の事情があるんだね…分かった!これ以上深くは聞かないわ!」

 

ゆり(何か変な展開になりそうかも…。)

 

クラスメイトは何かを勘違いしている様だった。

 

 

 

 

 

 

その日の放課後--

 

ゆり「今日の勇者部の活動はここまで。みんな、気を付けて帰ってね。よし、香澄。一緒に帰ろうか。帰りにスーパーで買い物していくけど、ついてくる?それとも先に帰ってる?」

 

香澄「ついていく!」

 

香澄はゆりに抱きついた。

 

有咲「りみは私の家だな。帰るか。」

 

りみ「うん、有咲お姉ちゃん。…なんだか有咲お姉ちゃんって呼ぶの楽しくなってきたよ。」

 

有咲「私もそう呼ばれるの慣れてきたな。」

 

こうしてそれぞれが家路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

牛込宅--

 

香澄「お姉ちゃん、夕飯の料理手伝うよ。」

 

ゆり「大丈夫、大丈夫。香澄はテレビでも見てて。」

 

香澄「あ…うん。」

 

ゆり「あっ、そうだ香澄。嫌いなものとかある?もしあるなら、それは使わないで料理するからね。」

 

香澄(いつもりみりんにそうしてるのかな。りみりんは愛されてるなぁ。)

 

 

 

 

 

 

夕食--

 

香澄「うーーん、美味しい!ゆりお姉ちゃん、すっごい料理上手!」

 

ゆり「そうでしょ!腕によりをかけて毎日作ってるから。あっ、こっちのお皿まで手が届かないでしょ。取ってあげる。」

 

香澄「ありがとう、お姉ちゃん。」

 

ゆり「あと、ご飯もおかわり、よそってあげるよ。」

 

香澄(至れり尽くせりだ…。凄いなぁ……。)

 

香澄はゆりのお姉ちゃん力に感動を覚える。

 

 

 

 

 

 

香澄「ご馳走さまでした!」

 

ゆり「お粗末様。」

 

香澄「お姉ちゃん、食器の片付けと洗うの手伝うよ。」

 

ゆり「大丈夫。それくらい私がやるから、香澄は休んでて。」

 

香澄「うーん。じゃあ、お風呂にお湯張っておくね。」

 

ゆり「もう張ってあるから大丈夫。そうだ、お風呂先に入っちゃってて。」

 

香澄「え!?ご飯を作るのも食器を片付けるのも手伝わないで、その上私が一番風呂だなんて…。」

 

ゆり「何言ってるの。今日の香澄は私の妹でしょ。妹はそんな事気にしない気にしない。」

 

香澄(ゆり先輩とりみりんにとって、これはごく普通の事なんだ…。ゆり先輩の妹って立場、凄いよ!)

 

毎日この様な事を繰り返されれば、りみがゆりに依存しきってしまう事が良く分かる。

 

 

 

 

 

 

一方その頃の有咲、りみ姉妹は--

 

りみ「ぜぇ…はぁ…ふぅ……。」

 

りみはただひたすらにルームランナーで走っていた。

 

有咲「よし、ランニングと素振り100回終わり!」

 

りみ「な、なんで私まで…はぁ…はぁ……有咲お姉ちゃんと同じトレーニングメニューを…?」

 

有咲「りみ、ここで鍛えた事は必ず将来役に立つ!お姉ちゃんを信じろ!」

 

りみ「う、うん…。」

 

有咲「りみは瞬発力や判断力は凄いのを持ってる。でも運動慣れしてないから、スタミナが不足してるな。スタミナはトレーニングを続ける事でついてくる。継続は力なりだ!」

 

りみ「はぁ…ふぅ……ふぁい。」

 

りみ(有咲ちゃんの妹って大変だなぁ…。)

 

有咲「トレーニングの後は夕飯だな。ちゃんと栄養も取らないと強くなれないからな。」

 

 

 

 

 

 

再び牛込宅--

 

香澄「お風呂上がったよー。」

 

ゆり「香澄。明日の授業の教科書とノート、忘れ物しないように準備しといたよ。」

 

香澄「え!?そこまでしてくれるの!?」

 

これには香澄も驚きを隠せなかった。

 

ゆり「え?普通の事じゃないの?だってりみに任せると、いつも忘れ物しちゃったりするから。」

 

香澄(い…至れり尽くせり過ぎるよ……!)

 

ゆり「あと、いつでも寝られる様に、ベッドも準備しておいたから。」

 

香澄「ありがとう、ゆりお姉ちゃん。」

 

香澄(凄い…凄すぎるゆり先輩の妹ポジション。何もしなくても、ただ座ってるだけで全てが用意されていってる…。まるで女王様だ…。)

 

ゆり「香澄、どうかした?」

 

香澄「ううん、何でもないよ。あっ……ああっ!!」

 

ゆり「ど、どうしたの、香澄!?」

 

香澄「今日の学校の宿題、やるの忘れてた!数学で結構量が多くて…。」

 

香澄は狼狽えるが、ゆりは落ち着いて、

 

ゆり「しょうがないな。教えてあげるからここでやろうか。」

 

香澄の宿題を見る事にした。

 

香澄「でも、ゆりお姉ちゃんも忙しいんじゃ…。」

 

ゆり「妹の勉強の方が重要だよ。気にしないの、妹なんだから。」

 

そうして2人は宿題に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

ゆり「ここは連立方程式を使って解くところだね。連立方程式のコツは、問題に書いてある事をそのまま式に表していく事。」

 

香澄「うん…こうして、こうして…本当だ、出来た!」

 

ゆり「でしょ!さすがに3年生だから2年生の勉強ぐらい教えられるよ。」

 

香澄(ああ…凄い…凄いよ。もうゆり先輩に全てを委ねてしまっている様な生活だよ。もうずっとゆり先輩の妹でいたいような…でもこの生活にずっと慣れきってしまぅたら、もう戻れない様な気がして少し怖いよ。)

 

ゆりのお姉ちゃん力は魔性の魅力があるのだった。

 

 

 

 

 

 

香澄「これで最後の問題…終わり…もう、眠く……。」

 

宿題が終わり気が抜けたのか、香澄はその場で眠ってしまった。

 

ゆり「あら、寝ちゃったか。しょうがない、運んでいくかな。」

 

ゆりは香澄をお姫様抱っこで抱えベッドまで運んでいく。

 

香澄「さすがにりみより重いな。でも、思ってたよりも軽い。香澄ちゃんはしっかりしてるけど、まだまだ子供ね。」

 

ゆり(香澄ちゃんは気遣い屋だね。いつも明るく振舞っているけど、本当は誰よりも周りの事を見て、他人の事を考えている。体の割に、心が大人過ぎるんだよね…。)

 

香澄「すぅ…ゆり、お姉ちゃん…むにゃ…私、お手伝いする…ん…。」

 

ゆり「全く、夢の中まで人を気遣ってるんだね…。そんな事考えなくて良いのに。もっと気楽にして良いんだよ。もっと人に甘えて良いんだよ、香澄ちゃん。」

 

ゆりは寝ている香澄に優しく笑いかけた。

 

香澄「ゆりお姉ちゃん……。」

 

ゆり「ふふっ。りみみたいに手はかからないけど、香澄ちゃんは香澄ちゃんで妹にしたら大変そうだな。」

 

ゆりは香澄をベッドに寝かせ、1日が終わった--

 

 

 

 

 

翌朝になり、香澄の1日妹体験は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

勇者部部室--

 

たえ「香澄、1日体験はどうだった?」

 

たえが香澄に尋ねた。

 

香澄「もう、凄かったよ!」

 

沙綾「凄かったって…?」

 

沙綾も尋ねる。

 

香澄「何だかもう、至れり尽くせりなんだよ!」

 

ゆり「そうかなー。あれくらいは普通でしょ?」

 

ゆりはポカンとしている。

 

りみ「私は、今日は筋肉痛だよ…。」

 

有咲「大丈夫だ、りみ。筋肉痛が起こってるのは体が鍛えられてる証拠だぞ!」

 

香澄「何だかもう、本当にゆり先輩の妹になって一緒に暮らしたいくらいだったよ!」

 

ゆり「香澄ちゃんだったらいつでも歓迎だよ。」

 

ゆりのその言葉にりみが反応する。

 

りみ「えっ!?だ、ダメだよ!いくら香澄ちゃんでも、お姉ちゃんの妹の座は渡さないよ…!」

 

香澄「あはははっ!冗談だよ、りみりん!」

 

りみは胸を撫で下ろした。

 

ゆり「そうだね。私はりみ1人で手一杯だよ。」

 

りみ「うう、私そんなに手のかかる妹じゃないよ…多分。」

 

 

 

 

 

 

その後、香澄は依頼された劇での妹役をしっかりと演じる事が出来たのだった。

 

 

 

勇者達は今日も平和な毎日を過ごしていく--

 

 

 

もう彼女達は苦しまなくても良いのだ。

 

 

 

"毎日を楽しく過ごす"--

 

 

 

これが本来の彼女達の仕事なのだから--

 

 

 

 




次回より第4章が始まります。どうぞお楽しみください。





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第4章〜湊友希那の章〜
運命の変わった日


第4章の始まりです。

始まりの勇者である湊友希那がどのように誕生したのか、その物語をお楽しみください。

原作のアニメ化に期待が高まりますね。





 

 

西暦2018年7月30日--

 

満月が光り輝く夜空の下で、薄紫色の髪の少女が城から街を見下ろしていた。そこへもう一人、茶髪の少女が近づいてくる。

 

?「やっぱりここにいた。友希那は何か考え事をする時にはいっつもここに来るよね。」

 

茶髪の少女、今井リサが話しかける。

 

友希那「ここに来ると頭の中がすっきりして考え事が捗るのよ。」

 

薄紫の髪の少女、湊友希那がリサに答える。

 

リサ「で、今日はどんな事考えてたの?」

 

友希那「私が初めて勇者になった時の事よ。」

 

リサ「ちょうど3年前の今日だったね。」

 

友希那「そうね。あの日から、私達の運命は変わっていった…。」

 

 

 

---

--

 

 

西暦2015年7月30日--

 

香川県に住む小学5年生の友希那とリサは修学旅行で島根県に訪れていた。普通の小学生として観光を楽しんでいた2人であったが、その日の日中、突如として全国各地で大規模な地震が発生--

 

2人は地域の避難所である神社へと避難したのだった。

 

友希那「凄い地震だったわね…。怪我は無い?リサ。」

 

リサ「私は大丈夫だよ。友希那は?」

 

友希那「私も大丈夫よ。」

 

リサ「にしても、日本各地で同じような地震が起きたなんて…これからどうなっちゃうのかな?」

 

リサはこれからどうなるのかという不安に押しつぶされそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

夜になり、友希那は学級委員という責任感からか眠らずに過ごしており、リサは友希那が心配で傍で付き添っていた。突如、外から大勢の悲鳴が聞こえる--

 

友希那「っ!?いったい何なの?」

 

 

友希那が神社から外に出るとそこには--

 

 

 

地獄が広がっていた--

 

 

 

友希那が目にしたものは、白くて大きな異形の生物が避難している人々を次々と食い殺している光景だった。

 

友希那「な、何なの!?この…惨劇は。」

 

リサ「友希那ー、どうしたの?何が…。」

 

友希那「外に出ないで!!」

 

友希那がリサに叫ぶ。だが、少し遅くリサもその惨劇を目の当たりにしてしまう。

 

リサ「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

友希那はリサに駆け寄る。

 

友希那「リサはここにいて。」

 

リサ「でも、友希那は?」

 

友希那「私は出来るだけ、クラスのみんなを助けに行く。」

 

リサ「っ!?そんなの危ないよ!!何かあったらどうするの!?」

 

友希那「助けられそうな人がいるのに、私はそれを黙って見過ごす事は出来ない!!」

 

そうリサに言うと、友希那は外に飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

友希那は必死でクラスメイトを探し走り回るが、周りには食われてしまった友達や避難していた他の人の無残な死体が転がっているだけだった--

 

友希那「はあ、はあ、はあ……もう、誰も残ってないの…?」

 

だが、しばらく走った先にクラスメイトの1人が蹲っているのを発見する。

 

クラスメイト「あっ、友希那ちゃん!」

 

友希那「良かった、まだ無事だった…。大丈……」

 

 

次の瞬間、クラスメイトの後ろに空から異形の怪物が降ってきた--

 

 

クラスメイト「ひっ…助け………。」

 

助けの言葉を叫ぶ間もなく、そのクラスメイトは怪物に食われてしまう--

 

 

 

友希那「あ……あぁ………。」

 

友希那は膝から崩れ落ちる。

 

友希那「かえ……せ。」

 

友希那は無意識に傍にあった瓦礫を掴み、

 

友希那「私のクラスメイトを返せ!!」

 

クラスメイトを殺された怒りに身を任せ怪物へ応戦する。が、当然敵うはずもなく友希那は吹っ飛ばされてしまう。

 

友希那「うわっ………!」

 

 

 

 

 

 

一方その頃、中々戻らない友希那を心配したリサは、

 

リサ「怖いけど…行くしかないか。」

 

友希那を探しに外へ出て行った。

 

 

 

 

 

 

リサが友希那を探しながら歩いていると、遠くの方で友希那の姿を見つける。リサは友希那を見つけて安堵したが、その後ろから怪物が姿を現し友希那に襲い掛かってきた。

 

リサ「友希那!」

 

リサは叫ぶ。

 

友希那「リサ!何でここに…。」

 

だが、一瞬リサに気を取られ、友希那は怪物の体当たりをモロに受けてしまう。

 

友希那「うっ………っ!」

 

リサの元に吹っ飛ばされる友希那。リサがそこへ駆け寄った。

 

友希那「何で外に出てきたの…?」

 

リサ「友希那が心配で…。そんな事より、早く逃げようよ!傷だらけじゃん!」

 

友希那「リサだけでも逃げて…。アイツは私のクラスメイトの命を奪った!」

 

友希那は怒りに捕らわれリサの言葉に聞き耳を持たない。

 

リサ「友希那!!あっ……。」

 

その時、リサが何者かの声を聴く。

 

リサ「声が……聞こえる………。」

 

その姿を見た友希那は少しだけ落ち着きリサを見る。

 

友希那「声って、私には何も聞こえないけど…。」

 

そしてリサが奥にあった祠を指さした。

 

リサ「あそこ……あそこにあの怪物と戦える武器があるって…。」

 

友希那「武器!?分かった、行きましょう。」

 

友希那はリサを引っ張り、怪物の攻撃を躱しながら祠へとたどり着く。祠を開けた友希那が見つけたものは、錆びた日本刀だった。

 

友希那「確かに武器はあった。けど、こんなに錆びてたら何も切れないわ。」

 

リサ「大丈夫…その日本刀の名は”生太刀(いくたち)”。地の神である大国主神の力が宿っている。」

 

リサは何かに取り憑かれたかの様に喋り続ける。

 

リサ「あの怪物は”バーテックス”…生物の頂点…天の神の僕…。あなたにならその刀を使いこなせるはず……。信じて…自分の力を…。守りたい想いを………。」

 

そうリサが言うと、突然意識を失い倒れてしまう。

 

友希那「リサ……。」

 

友希那はリサを瓦礫の陰に移動させ、錆びた生大刀を掴んだ。

 

友希那「この世界に、もし神様がいるのなら…私に……私に力を貸して!世界を……みんなを………私の友人を守れる力を!!」

 

 

次の瞬間、錆びた生大刀が青白く光り出し桔梗の刻印が浮かび上がり--

 

 

錆びた生大刀が輝きを取り戻し--

 

 

友希那の服が青を基調とした物へと変化する--

 

 

その姿は、まるで勇者--

 

 

友希那「力が……溢れてくる………。」

 

ここに世界で最初の勇者、湊友希那が誕生した--

 

 

 



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丸亀城の勇者達



物語の都合上姉妹の設定は無くなっていますのでご了承ください。

2章では苗字が出てこなかったあの人もちゃんと登場します。何故あの時出てこなかったのかは--




 

 

西暦2015年7月30日、後に"7.30天災"と呼ばれる大災害。湊友希那は勇者になった--

 

 

友希那は輝きを取り戻した"生大刀"を使ってバーテックスと呼ばれる怪物を次々と切り裂いていく。

 

友希那「凄い…。力が湧いてくる。覚悟しなさい!クラスメイトの…人類の仇を取らせてもらうわ!!」

 

 

 

 

 

 

友希那が神社一帯のバーテックスを全て倒しきるまでは5分も掛らなかった。

 

友希那「これで、最後!!」

 

友希那の周りには食い散らかされた死体と切り刻まれたバーテックスの残骸でまみれている。この周辺で生き残っている者は友希那とリサだけの様だった。友希那はリサの元に戻ると、リサは目を覚ましていた。

 

リサ「良かった!」

 

リサは友希那に抱きつく。

 

友希那「リサも無事で良かったわ。」

 

友希那も変身を解き抱きしめ返した。

 

リサ「生き残ったのは私達だけか…。」

 

友希那「ごめんなさい…。みんなを助けられなかった。」

 

リサ「友希那が悪い訳じゃないよ。全部あの怪物達のせい。」

 

友希那「バーテックスの事ね。」

 

リサ「あれバーテックスって言うの?」

 

友希那「私はリサからあの怪物の名前がバーテックスだと聞いたのだけれど、覚えてないの?」

 

リサ「何が?私は気が付いたらなんか祠の横にいて…。」

 

どうやらリサは自分がやった事を覚えてないようだった。

 

友希那「とにかく、もう修学旅行って場合じゃない。生存者を探しながら歩いて香川まで帰りましょう。」

 

リサ「そうだね。いざとなったら友希那が守ってくれるし。」

 

友希那「リサには指一本触れさせないわ。」

 

リサ「おっ、頼もしいねー。さすが勇者様。」

 

 

ーー

---

 

 

再び、西暦2018年7月30日--

 

友希那「これが、私が初めて勇者になった経緯だったわね…。」

 

リサ「そうだね。途中で生存者も何人か見つかって、何とか香川まで戻ってこれた。」

 

友希那「私はバーテックスを許さない!あの時守れなかった人たちの分まで私は戦い続ける。」

 

リサ「私も巫女として、全力でサポートしていくからね。」

 

友希那「頼りにしてるわ、リサ。」

 

 

 

 

 

 

"7.30天災"以降、土着の神々が1つとなり神樹が生まれた。神樹は四国の周りに結界を張り巡らせ、3年間人々をバーテックスの襲撃から守っていた。今現在、友希那は勇者、リサは神樹からの神託を聞く巫女として人々を守っている傍ら丸亀城と呼ばれる城を改築した学校に通っている。

 

 

丸亀城、教室--

 

朝早く丸亀城の廊下をドタドタと走りながら、紫色のツインテールの少女が慌ただしく教室へ入ってきた。

 

?「よーし、今日こそはいっちばーん!って、あれ?もう来てたんですか!?友希那さーん!」

 

友希那「ええ、朝の訓練を早めに終わらせたからね。おはよう、あこ。」

 

あこ「おはようございます、友希那さん。あーあ、また2番かー。どんだけ早く来れば1番になれるんだろう。」

 

彼女の名前は宇田川あこ。友希那と同じく勇者で中学2年。友希那とは同学年なのだが、何故か大抵の人とは敬語で話しをしている。

 

友希那「因みに、今日はあこは2番でもなく3番よ。」

 

リサ「おっはよーあこ。今日は私が2番。」

 

あこ「あっ、リサ姉!?うぇー1番の壁は険しい…。」

 

因みに、あこはリサに至っては同学年なのに姉さん呼びである。

 

?「おはよう、あこちゃん。」

 

次に黒髪の美しい少女が教室に入ってきた。

 

あこ「あっ、おはよう。りんりん。」

 

彼女の名前は白金燐子。年齢は友希那達と同じなのだが、体が弱く小学3年の頃に病気で長期入院してしまい、同じ学年をもう1年やり直している。その為、学年では中学1年生となっているのである。

 

燐子「あこちゃん、今日は早かったんだね…。」

 

あこ「そーなんだよ!あこ頑張って早起きしたんだけど、友希那さんとリサ姉より早く教室に来れなかったんだよー。もーこうなったら、教室に泊まるしかないね!」

 

燐子「教室に泊まるって…ここには私達の寮もあるんだから、実質泊まってるようなものだよ…。」

 

あこ「あっ、それもそっか。」

 

歳は一緒なのだが、あこと燐子は本当の姉妹のように仲が良かった。

 

?「おはようございます。」

 

次に教室に入ってきたのは水色の髪の少女。友希那がその少女に話しかける。

 

友希那「紗夜、今日は少し遅かったのね。」

 

紗夜「えぇ、昨晩少し遅くまでネットゲームをしてしまったから。」

 

彼女の名前は氷川紗夜。このクラスの中で唯一中学3年生である。趣味はゲーム。中でもネットゲームに最近ハマっているらしい。

 

紗夜「もちろん、日々の鍛錬は欠かしてません。やる事はしっかりやってますから。それはそうと、高嶋さんはまだ来てないのかしら。」

 

友希那「ええ、まだ…っと、噂をすれば来たみたいよ。」

 

?「おっはよーございまーす。」

 

猫耳ヘアの少女が元気良く教室に入ってきた。

 

高嶋「高嶋香澄、ただ今到着しました!」

 

紗夜「おはようございます、高嶋さん。」

 

高嶋「おっはよー紗夜ちゃん。もしかして、私が1番最後?」

 

紗夜「そうですね。でも、まだ時間では無いので大丈夫です。」

 

高嶋「そっかぁー良かったー。」

 

香澄は誰とでも仲良くなれる才能があり、中でも紗夜とは非常に仲が良い。だが、ベクトルは若干紗夜の方が強い。友希那、あこ、燐子、紗夜、香澄の勇者5人に巫女であるリサを加えた6人がこの丸亀城特別教室のクラスメイト、そして世界を守る御役目を担っている少女達である。

 

 

---

 

 

3年前の"7.30天災"以来、今日までバーテックスの襲撃は起こっていなく、彼女達はバーテックスが再び現れても良いように日々丸亀城で訓練している。授業が終わり放課後、彼女達は本日も訓練に明け暮れていた。

 

今、丸亀城の広場では友希那vs香澄、紗夜vsあこの模擬戦が行われていた。

 

 

 

 

 

 

友希那vs香澄サイド--

 

友希那「はっ!」

 

友希那は木刀で香澄に斬りかかるが、香澄は上手く木刀の流れを晒して躱している。

 

高嶋「やっぱ友希那ちゃんは強いね!だけど、私も負けてられないよ。」

 

香澄は友希那の剣戟を躱して、友希那の腹部に1発拳をお見舞いした。

 

友希那「ぐっ!」

 

友希那は後ろに少し後退する。

 

友希那「素手で刀とやり合うなんて、香澄もやるわね。」

 

刀と素手では2倍以上リーチに差があるのだが、香澄は動体視力を駆使しその差を埋めている。

 

高嶋「友希那ちゃんだって!それにまだ本気出してないんでしょ?」

 

友希那「あら、バレてたのね。」

 

そう言うと友希那は目を瞑り脱力した。香澄は友希那の雰囲気が変わった事に息を飲む。

 

高嶋(友希那ちゃんが本気になった…。脱力してるのに隙が全く見当たらない……ならっ!)

 

香澄はフェイントを混ぜながら一気に友希那へ近づいていった。

 

高嶋(友希那ちゃんが最も得意とするのは居合だった筈。これでどうだ!)

 

友希那が木刀に手を置いた刹那、一閃--

 

 

だが、目の前に香澄の姿は無かった。友希那が木刀に手を置いた瞬間に、香澄は後ろに回り込んだのである。

 

高嶋「これで、終わり!」

 

 

香澄が友希那の背中に渾身の正拳を入れようと拳を振り被った瞬間--

 

 

高嶋「ぐっ!!」

 

香澄の腹部に木刀がめり込み、吹っ飛んだ。友希那は香澄が後ろに回り込む事を予測し、ワザと木刀を背中の方まで余計に振り切ったのである。

 

 

その攻防僅か5秒の出来事--

 

 

高嶋「あぁーー痛たた…。」

 

香澄は立ち上がろうとすると、

 

高嶋「!?」

 

友希那が香澄の喉元に木刀を突きつけて立っていた。

 

高嶋「降参ですー。」

 

香澄は両手を上げ、降参の意を示したのだった。

 

 

 

 

 

 

紗夜vsあこサイド--

 

紗夜「ふっ!はっ!」

 

紗夜が木鎌を使ってあこを攻め立てていたが、

 

あこ「くっ!よっ!」

 

あこは木盾で紗夜の攻撃を受け流している。

 

あこ「くぅー紗夜さんとは相性が悪いよー。」

 

それもそのはず、紗夜は前衛の攻撃型。対してあこは後衛の遠距離型なのである。接近戦に持ち込まれた時点であこの方が圧倒的に部が悪い。

 

紗夜「これも訓練の一環です、手加減はしませんよ。」

 

あこ「ならこれでどうだー!」

 

あこは木盾を腕に装着し、剣の様に振り回した。

 

紗夜「!?中々やりますね。」

 

あこ「えへへー。でしょー。」

 

紗夜「ですが、上半身に気を取られすぎですね。」

 

そう言うと紗夜はあこの攻撃を避けながらしゃがみ、木鎌であこの足を引っ掛け、転ばせたのだった。

 

あこ「うわっ!?」

 

尻餅をついたあこに、トドメを刺そうと紗夜が木鎌を振り上げる。

 

あこ「ま、参ったーあこの負けです。」

 

あこが降参。紗夜も攻撃の手を止めたのだった。

 

 

 

 

 

 

訓練後--

 

高嶋「やっぱ友希那ちゃんは強かったー。」

 

友希那「香澄も中々のものだったわよ。」

 

6人は模擬戦の反省をしていた。

 

リサ「そうそう。友希那も本気出さなかったら負けてたんじゃない?」

 

友希那「そうね。私もまだまだ強くならないと。香澄も拳だけじゃなくて足も組み合わせて使えればまだまだ強くなれるわよ。」

 

高嶋「そっか!足技かームエタイとか参考にしてみようかなー。」

 

あこ「ねぇねぇ紗夜さん。あこはどうだった?」

 

紗夜「守りは問題無しですが、やっぱり守ってるだけでは敵は倒せません。攻撃パターンをもっと増やすのが良いんじゃないかしら。」

 

あこ「でも、どうやって増やせば…。」

 

紗夜「最後に宇田川さんがやってみせた、盾を腕に装着しての接近戦は咄嗟の思い付きにしては良かったんじゃないかしら。」

 

あこ「ホント!?じゃあそれをもっと磨いていこーっと。」

 

燐子「高嶋さんに教えて貰えば良いんじゃないかな…。高嶋さんは接近戦得意だし…。」

 

あこ「それ良いね、りんりん!早速行ってこよっと。」

 

そう言うとあこはすぐさま香澄の元へ走っていった。

 

紗夜「白金さんは模擬戦やらなくてよかったのかしら?」

 

紗夜が燐子に尋ねた。

 

燐子「私は、皆さんの戦闘スタイルを把握して後方から指示を出すのが役目なので…。」

 

紗夜「そうですか。」

 

燐子「ですが、訓練は欠かしてませんよ…。前衛で戦う皆さんが敵を討ち漏らした時に狙い撃てるように…。」

 

紗夜「頼りにしています。」

 

燐子「そろそろ私達も友希那さん達と合流しましょうか…。」

 

紗夜「そうですね、行きましょう。」

 

こうして本日の訓練は終了した。

 

 

 

 

 

 

次の日の放課後、教室--

 

6人が訓練に行こうとした、その時、

 

リサ「!?」

 

リサの様子が変わった。

 

友希那「どうしたの、リサ?」

 

友希那は心配する。

 

リサ「神樹様から、神託がきた…。」

 

リサ以外「「「!?」」」

 

5人に緊張が走る。

 

燐子「なんて神託でしょうか…。」

 

燐子がリサに尋ねた。

 

リサ「バーテックスが…来る……。」

 

 

次の瞬間、5人のスマホからアラームが鳴り響いた--

 

 

 

-樹海化警報-

 

 

周りの時間が止まり、空が割れる--

 

 

紗夜「とうとう来ましたね…。」

 

高嶋「大丈夫だよ紗夜ちゃん!みんながいるから何とかなる!」

 

あこ「りんりん、指揮は任せたよ。」

 

燐子「分かった、任せて、あこちゃん…。」

 

友希那を除く勇者4人が丸亀城の屋上へと走っていった。リサは残っていた友希那に声をかける。

 

リサ「大丈夫、友希那?」

 

友希那「ええ、心配ないわ。ここでみんなの帰りを待ってて…。」

 

そう言うと友希那も屋上へと向かった。友希那は表面上は冷静を装っていたが、内心バーテックスへの怒りが沸々と込み上げてくる。

 

友希那(私はあの日の事は絶対に忘れない…。バーテックスは全て殲滅する。)

 

友希那の握った拳に力が入る。3年の沈黙を破り再び現れたバーテックスと5人の勇者達の初陣が今始まろうとしていた--

 

 

 



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私のヒーロー


西暦の時代には精霊バリアも満開もありません。


勇者の力は神世紀よりずっと劣っています。





 

 

3年の沈黙を破り、今再びバーテックスが四国へ攻め込んでくる。迎え撃つは友希那、紗夜、あこ、燐子、香澄の勇者5人。世界が樹海へ変わっていく中、5人は丸亀城の天守閣に集まった。

 

 

 

 

 

 

燐子「皆さん、準備は大丈夫でしょうか…。」

 

紗夜「ええ、問題ありません。」

 

あこ「りんりんが的確な指示を出してくれるから心配ないよ。」

 

高嶋「任せたよ、燐子ちゃん。」

 

燐子「分かりました…。今回敵の数はそれほど多くありません。友希那さん、氷川さん、高嶋さんの3人が中心になってバーテックスを倒してください…。私とあこちゃんは3人の包囲網を突破した敵を倒します…。」

 

友希那「了解したわ。みんな、準備はいい?」

 

友希那がみんなに確認する。

 

友希那以外「「「はい!」」」

 

5人はスマホの勇者システムを起動する。

 

 

友希那は青を基調とした桔梗の勇者へ--

 

 

紗夜は赤を基調とした彼岸花の勇者へ--

 

 

あこはオレンジを基調とした姫百合の勇者へ--

 

 

燐子は白を基調とした紫羅欄花(あらせいとう)の勇者へ--

 

 

香澄はピンクを基調とした桜の勇者へそれぞれ変身した。

 

友希那「よし、行くわよ!!」

 

友希那、紗夜、香澄の3人は幼生バーテックスの群れへ飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

あこ「あこがりんりんを守るからね!」

 

燐子「うん、頼りにしてるよ…あこちゃん…。」

 

あこと燐子は少し離れたところで迎撃していく。

 

 

 

 

 

 

 

前衛サイド--

 

友希那「ふっ!はっ!!」

 

友希那は武器である"生大刀"でバーテックスを次々となぎ倒していく。

 

友希那(私は許さない…。みんなの命を奪ったあいつらを。)

 

敵を倒していく友希那の姿は、さながら修羅の様であった。その様子を少し離れたところで紗夜と香澄が見ている。

 

高嶋「実際初めて見るけど、ちょっと雰囲気が怖いね…友希那ちゃん。」

 

紗夜「そうですね。それだけバーテックスに恨みでもあるのでしょう。」

 

2人は友希那の様子を気にしつつもバーテックスを倒していく。

 

香澄は武器は使わず、"天の逆手"と言われる手甲で殴りながら戦っていく。

 

高嶋「よいしょ!これでどうだ、勇者パーンチ!!」

 

渾身のパンチでバーテックスを吹っ飛ばした香澄の後ろから別のバーテックスが襲い掛かろうとしていた。

 

高嶋「!?」

 

紗夜「高嶋さん!!」

 

だが、寸前で紗夜が大鎌"大葉刈"でバーテックスを一刀両断した。

 

高嶋「ありがとう、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「いいえ、高嶋さんが怪我しないで良かった。」

 

高嶋「私達、結構いいコンビかもね!」

 

香澄がそう言うと、

 

紗夜「えっ!?そ、そうですね。」

 

紗夜の頬が赤くなる。

 

紗夜(高嶋さんとコンビ…。これほど幸せな事は無いです…!)

 

紗夜「高嶋さん!」

 

高嶋「何、紗夜ちゃん。」

 

紗夜「私達のコンビプレーでこの戦いを早く終わらせましょう!!」

 

高嶋「うん!よーし、行くぞー!!」

 

2人はバーテックスの群れへ再度向かって行った。

 

 

 

 

 

 

後衛サイド--

 

あこ「おりゃぁーー!」

 

あこは武器である"神屋楯比売(かむやたてひめ)"と呼ばれる旋刃盤をヨーヨーの様に投げながらバーテックスを切り裂いていく。

 

あこ「どんなもんだ!」

 

燐子「さすが、あこちゃん…。私も、負けてられない…。」

 

燐子は"金弓箭(きんきゅうせん)"と呼ばれるクロスボウで遠距離からバーテックスを打ち落としていった。

 

あこ「さっすが、りんりん!」

 

あこ(りんりん…。りんりんももう一人前の勇者だね。)

 

他の勇者に負けずに戦っている燐子を見守りながらあこは3年前の"7.30天災"の事を思い出す--

 

 

燐子(あこちゃん…。私はもうあの時とは違う…。今はあこちゃんと一緒に戦える、この勇気を教えてくれたのはあこちゃんなんだよ…。)

 

 

燐子もまた戦いながら3年前を思い出していたのだった--

 

 

---

ーー

 

 

3年前"7.30"天災--

 

あこ(あこはあの時、明日香って言う友達とキャンプに来てた。その日の夜に大きな地震があり、あの怪物が空から降ってきた。)

 

あこ「何なんだ、こいつら!?」

 

明日香「あこ!あの神社!!」

 

必死で逃げ回っているあこと明日香だったが、突然明日香が神社を指す。

 

あこ「あの神社がどうしたの?明日香。」

 

明日香「分かんないけど、あの神社から声が聞こえる。」

 

あこ「とりあえず、行ってみよう!走るよ!」

 

あこと明日香は神社へと走り出した。

 

あこ(その神社でこの旋刃盤を見つけたんだ。思えば、あの時から明日香は神樹様から巫女に選ばれたのかも…。)

 

あこ「明日香はここで待ってて!」

 

そう言うと、あこは外へと飛び出して行く。

 

明日香「あこ!!」

 

 

 

 

 

 

あこ「くっ、誰か。まだ生きている人は誰かいないの!?」

 

あこは旋刃盤で攻撃を防ぎながら、生存者を探し辺りを走っていた。

 

あこ「あっ!」

 

暫く走った時、目の前に今にもバーテックスに襲われそうな少女の姿があったのだ。

 

あこ「危ない!」

 

あこは咄嗟に旋刃盤を投げつけ、バーテックスを撃退する。

 

あこ「大丈夫!?」

 

?「………。」

 

あこが少女に声を掛けるも、その少女は恐怖からか声を出せずにいた。少女をよく見ると、手にはボウガンの様なものが握られている。

 

あこ「安心して。あこが必ずあなたを…えーっと…。」

 

燐子「燐子…。白金燐子…です…。」

 

あこ(あこは最初りんりんを見た時、りんりんみたいな子が女の子らしいって言うのかって思ったんだ。だって、あこはあんまり女の子っぽくないし…。だからこの時思ったんだ。自分には無いものをりんりんは持ってる。私が守らなきゃって。)

 

あこ「じゃあ、りんりんだね!安心してりんりん、これからはあこが守ってあげるから!」

 

 

ーー

---

 

燐子(私はあの時、何も出来なかった…。)

 

 

---

ーー

 

 

燐子は3年前、家族との旅行で島根に来ていた。家族と星を見に外にいた際に地震が起き、バーテックスに襲われたのである。

 

燐子(私の両親は近くの神社に私を避難させ助けを呼びに外へと出て行った…。その神社で偶然この金弓箭を見つけた…。)

 

だが、いつまで経っても戻ってこない両親を探しに、燐子は金弓箭を手にし外へ出る。その矢先、突然現れたバーテックスに恐怖し腰を抜かしていたところをあこに助けられたのだった。

 

あこ「大丈夫!?」

 

燐子(私は目の前で起こった事が信じられなく、あこちゃんの声掛けに答えられなかった…。)

 

あこ「安心して。あこが必ずあなたを…えーっと…。」

 

燐子「燐子…。白金燐子…です…。」

 

あこ「じゃあ、りんりんだね!安心してりんりん、これからはあこが守ってあげるから!」

 

燐子(私はこの時思ったんだ…。あこちゃんは私に無いものを持っているって…。歳は同じくらいなのに、怪物に臆せず立ち向かっている…。あこちゃんは私のヒーローなんだよ……。)

 

そして、あこは燐子を守りながら付近のバーテックスを倒し、明日香の元へ燐子と戻って香川へと避難したのである。

 

 

 

ーー

---

 

 

後衛サイド--

 

あこ「よし、あらかたバーテックスは片付いたね、りんりん。」

 

燐子「そうだね、あこちゃん…。これならもう…っ!?」

 

燐子がスマホを確認した時、何かに気が付いた。

 

あこ「どうしたの、りんりん?」

 

燐子「マズイよ…敵の増援だ、それに何か違和感がある…。一旦友希那さん達と合流しよう…。」

 

あこ「うん!」

 

2人は友希那達が戦っている前衛へと走り出す。

 

 

 

 

 

 

前衛サイド--

 

こちらも大方のバーテックスを倒し終わり友希那の元へ紗夜と香澄が合流していた。

 

高嶋「友希那ちゃん、やっぱ強いなー。」

 

友希那「2人も中々のものだったわ。」

 

友希那と香澄が話しているのを少し離れて見ている紗夜。

 

紗夜(何かしら。高嶋さんが湊さんと話しているのを見ていると胸のあたりがもやもやしてくる…。)

 

その時、紗夜は遠くから来るバーテックス達に気が付いた。

 

紗夜「っ!?2人ともあれを!!」

 

友希那・高嶋「「っ!?」」

 

遠くから来るのは幼生バーテックスの群れ。だが、何かおかしかった。

 

友希那「バーテックス同士が集まっている…。」

 

複数の幼生バーテックスが集まり、粘土の様に形を変え新たなバーテックスへと進化したのだった。

 

紗夜「な、何ですかあれは!?」

 

高嶋「気持ち悪いー……。」

 

これには紗夜と香澄も驚く。その進化したバーテックスは、赤と白を基調とし、球体の身体に細い2本の触手を頭には大きく細長い真っ赤な角が付いた姿をしていた。そこへ、あこと燐子が合流する。

 

あこ「うわっ!?何あれ!」

 

燐子「バーテックスの姿が変わった…?"進化型"と呼ぶべきかな…。」

 

友希那「数は3体に減った。紗夜と香澄は右を、あこと凛子は左を、私は正面を倒す。みんな気を付けて。」

 

友希那以外「「「はい!」」」

 

5人はそれぞれ散会し、"進化型"へと立ち向かう。

 

 

 



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一騎当千の切り札


香澄と明日香に血の繋がりはありません。


ここで出てくる"大社"は後の"大赦"の前身となります。





 

 

友希那達5人が戦っている頃、リサは丸亀城で5人の無事を祈っていた。

 

リサ(全員無事に帰ってきてね……。)

 

そこへ、とある人物がやって来る。

 

 

 

 

 

 

樹海、中央サイド--

 

友希那は1人"進化型"のバーテックスと相対していた。

 

友希那「ふっ!はっ!」

 

生大刀で切りつけるが"進化型"も頭上の角で友希那の剣を捌いていく。

 

友希那「くっ、"進化型"って名前は伊達じゃないのね…。」

 

友希那は攻めあぐねていたのだった。

 

友希那「"アレ"を使うしかないようね…。」

 

友希那はそう言うとスマホを握り締める。

 

 

 

 

 

 

右サイド--

 

紗夜は大葉刈を使って"進化型"の角と鍔迫り合い、香澄はその隙を付いて胴体に正拳をお見舞いした。

 

高嶋「勇者パーーンチ!!」

 

ところが、

 

高嶋「……か、硬ーーい!!」

 

表面が固すぎて逆に香澄がダメージを負ってしまったのだった。

 

紗夜「大丈夫ですか、高嶋さん!」

 

高嶋「何とかー。」

 

紗夜「よくも、高嶋さんに怪我を…。許さない!!」

 

紗夜が攻撃の速度を上げるが、"進化型"はびくともせずに、紗夜の動きが止まった一瞬の隙を付いて紗夜の腹部を角で貫く--

 

高嶋「紗夜ちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

左サイド--

 

あこが"進化型"の角での攻撃を旋刃盤で受け止めながら、燐子が遠距離から金弓箭で攻撃していた。

 

燐子「ダメ…硬すぎて攻撃が通らない…。」

 

あこ「りんりん、頑張って!あこが攻撃を防いでいるうちに何かアイデアを!!って、うわ!?」

 

"進化型"の猛攻にあこがよろけてしまう。

 

燐子「あ、あこちゃん!?」

 

燐子の心臓の鼓動が早くなり、汗が滲んでくる。

 

燐子(どうする…。どうしたら"進化型"に攻撃が通る…?考えて…考えて…。)

 

燐子はそう自分に言い聞かせるが、それが仇となり余計に考えがまとまらない。

 

燐子(どうすれば…。)

 

あこ「りんりん!!」

 

燐子「っ!?」

 

あこの方を向く燐子。

 

あこ(大丈夫、りんりんなら出来る!自分を信じて!)

 

あこはそんな事を思いながら燐子に目で訴えかけたのだった。

 

燐子(あこちゃんが、私を信頼してくれてる…。あこちゃんの為に…私が…。)

 

燐子は落ち着きを取り戻し、再考する。

 

燐子(………これなら…。)

 

燐子「あこちゃん、聞いて!」

 

あこ「なーにー!!」

 

燐子「"アレ"を使うよ!!」

 

あこ「分かった、"アレ"だね!」

 

そう言うと2人はスマホへと手を伸ばした--

 

 

 

 

 

 

中央サイド--

 

友希那はスマホを手に取り、

 

友希那「行くわよ、"義経"!!」

 

するとスマホが光り、光が友希那と1つになる--

 

 

次の瞬間--

 

 

"進化型"の角がバラバラに切り刻まれたのだ。友希那が目にも止まらぬ速さで切りつけたからである。

 

友希那「どう、バーテックス。これが私たちの切り札、"精霊"の力よ。」

 

そう言い放つ友希那の勇者装束はさながら牛若丸の様な衣装に変わっていた。

 

 

"精霊"--

 

 

勇者の切り札であり、精霊と一体となる事でその力を何倍にも引き上げる事が出来る。そして、精霊ごとに固有の能力が備わっている。

 

友希那の精霊は"源義経"。一体となる事で、剣撃とスピードが上昇するのである。持続時間に際限は無いが、所有者の体力や精神状態によって持続時間は変化する。

 

角を斬られてしまった"進化型"は攻撃方法を突進に切り替えてきた。

 

友希那「角を無くしたお前など、牙をもがれた猛獣も同然よ。」

 

友希那は生大刀を構え、

 

友希那「八艘飛び!!」

 

一瞬友希那が消え、"進化型"を強固な表皮ごと一閃。真っ二つになった"進化型"は消滅したのだった。消滅したのを確認した友希那は精霊を解く。

 

友希那「ふぅ…。こんなところで止まってはいられないの…。」

 

 

 

 

 

 

右サイド--

 

高嶋「紗夜ちゃん!」

 

"進化型"の角に突かれてしまった紗夜。だが次の瞬間、突かれた紗夜が消えたのだ。

 

高嶋「紗夜ちゃんが消えた…?」

 

紗夜「私はやられてませんよ、高嶋さん。」

 

高嶋「!?」

 

香澄が後ろを振り向くとそこには無傷の紗夜が--

 

 

7人いたのだ。勇者装束も変化し、さながら死神にも見える衣装である。

 

高嶋「ん!?」

 

香澄は自分の見間違いだと思い目を擦る。だが、変わらず紗夜はそこに7人いる。

 

高嶋「さ、紗夜ちゃんが…7人!?」

 

紗夜「これが私の精霊"七人御先"の力です。」

 

紗夜はやられる瞬間に精霊を憑依させ逃れたのだった。

 

紗夜「"七人御先"を憑依させると私は7人に分身します。しかし、その全てが私であり、私ではありません。」

 

高嶋「!?!?!?」

 

香澄の頭がこんがらがる。

 

紗夜「つまり、7人のうち1人がやられても本体の私には傷1つ付きません。そしてすぐもう1人私が現れます。この状態になると私はほとんど不死身です。7人全員が一度にやられない限りは。」

 

7人それぞれが氷川紗夜であり、紗夜ではない。7人のうち誰か1人でも欠けたら、すぐに別の紗夜が補填される。7人をいっぺんに倒さない限り紗夜は絶対に死ぬ事はないのである。

 

高嶋「凄いよ紗夜ちゃん!無敵だね!!」

 

紗夜「別に無敵という訳ではありません。力はそれ程上がってはいないので。」

 

高嶋「だったらパワーは任せて!」

 

そう言うと香澄もスマホを手に取り、

 

高嶋「行くよ、"一目連"。」

 

スマホが光り、香澄の勇者装束も変化する。手甲が両手に装備され、左目が補助パーツで覆われる。

 

紗夜「私が動きを止めている間に止めを!」

 

高嶋「分かった、行っくよー!高速勇者パーーンチ!!」

 

香澄は目にも止まらぬ速さで"進化型"に突進し勇者パンチを食らわせる。"一目連"は対象者の速度を大幅に上げるのである。速度だけで言うなら、友希那の"義経"より速く、香澄はその速さをそのままパンチに乗せている。速度が早ければ早いほどパンチは重くなり威力も上がる。パンチを食らった"進化型"は衝撃に耐えられずに粉々になってしまった。

 

高嶋「ふぃー。やったね紗夜ちゃん。」

 

紗夜「そうですね。」

 

2人は精霊を解きハイタッチした。

 

 

 

 

 

 

左サイド--

 

燐子「あこちゃん!"アレ"を使うよ…!」

 

あこ「任せて、りんりん!」

 

2人はスマホを手に取り精霊を憑依させる。

 

あこ「頼んだよ、"輪入道"。」

 

燐子「お願い、"雪女郎"。」

 

あこの勇者装束に変化はないが、旋刃盤が憑依前より大きくなっているのが特徴である。対して、燐子は"雪女郎"の名の如く雪女の様な白い着物の装束に変化した。

 

燐子「まずはあこちゃん、お願い…。」

 

あこ「オッケー!」

 

そう言うと、あこは旋刃盤に炎を纏わせ"進化型"に向かって投げつけた。だが、"進化型"を狙った訳ではなく、旋刃盤は"進化型"のまわりをぐるぐると回りだし炎の渦をつくり閉じ込めたのである。

 

燐子「いい感じだよ…。次は私が…。」

 

あこは旋刃盤を手元に戻すと、今度は燐子が"雪女郎"の力で吹雪を巻き起こした。

 

燐子(そろそろかな…。)

 

燐子「あこちゃん、もう一度旋刃盤を投げて…。」

 

あこ「分かった!」

 

再びあこは旋刃盤に炎を纏わせ炎の渦を作り"進化型"を閉じ込める。

 

燐子「もう大丈夫だよ…。」

 

そして、燐子がまた吹雪を巻き起こした。

 

あこ「りんりん、こんな事でアイツ倒せるの?」

 

燐子「大丈夫だよ…。まかせて…もうそろそろの筈…。」

 

次の瞬間、"進化型"の身体にヒビが入ったのだ。

 

あこ「えっ!?何で!?」

 

あこは驚き、燐子が説明した。

 

燐子「あの"進化型"は私達の攻撃が通らない程身体が固かった…。だけど、あこちゃんが熱して、私が冷ませば…身体が急激な温度の変化に耐えきれなくなって、脆くなるんだよ…。」

 

あこ「りんりん頭良いー!!」

 

燐子「今なら、私達の攻撃も通る筈だよ…。」

 

あこ「よし、一緒に止めを刺そう!!」

 

あこは旋刃盤を、燐子は金弓箭を構える。

 

燐子「これでも…。」

 

あこ「くらえーー!!」

 

燐子は冷気を込めた矢を、あこは炎を纏った旋刃盤を"進化型"目掛けて放ち、それぞれが"進化型"に命中し、"進化型"は光になって消えていった。

 

あこ「やったね、りんりん!」

 

燐子「私達の…勝ちだよ…。」

 

2人は精霊を解いて抱き合った。

 

 

 

それぞれが3体の"進化型"を倒し、樹海化が解除されていく。

 

 

 

 

 

 

丸亀城--

 

天守閣に勇者5人が転送される。

 

友希那「どうやら片付いたようね。」

 

高嶋「もうね、紗夜ちゃんの精霊がとんでもなく強かったんだよ!」

 

あこ「そーなの、香澄!?あこ、気になるー。紗夜さん、教えて下さい!」

 

紗夜「また今度です。」

 

そこへリサが駆けつけてきた。

 

リサ「良かった!みんな無事だったんだね。初めての戦闘だったから戻ってくるまでハラハラしてたよ。」

 

友希那「みんなそれほど大した怪我はしていないわ。」

 

リサ「でも、一応みんな念の為に"大社"で検診してもらってね。"精霊"も使ったんだし。」

 

紗夜「そうですね。初めて"精霊"を使ったのですから診てもらいましょうか。」

 

"大社"とは神樹を奉祭する機関で、バーテックス侵攻以降に表舞台へ出てきた。政府から対バーテックス戦の全権限を委任されており、勇者システムの開発、勇者たちへの教育・戦闘訓練・健康管理を行っていて、また勇者の宣伝公報などをマスメディアを通して行ってもいる場所である。5人が大社へ行こうとした時、もう1人巫女の姿をした少女がやって来た。

 

?「あこ、燐子ちゃん。無事に帰って来たんだね。」

 

あこ「明日香!」

 

明日香はあこ達が心配になり丸亀城へやって来たのだった。

 

明日香「怪我とかしてない?」

 

あこ「大丈夫だよ。りんりんのお陰で勝てたから。」

 

明日香「本当?さすが燐子ちゃん。」

 

燐子「わ、私はそんな大した事は…。あこちゃんが粘ってくれたから、勝てたんだよ…。」

 

明日香「そっか。なんか2人を見てると、本当の姉妹なんじゃないかって思うよ。」

 

あこ「本当に!?それなら、あこがお姉ちゃんで、りんりんが妹かな。りんりんはあこが守るからね!」

 

燐子「ふふっ…。頼りにしてるよ、あこちゃん…。」

 

明日香「皆さん、大社に行かれるんですよね。私が案内しますね。」

 

5人は明日香に連れられ大社へと向かう。こうして、初めてのバーテックスとの戦いは、勇者側の大勝で幕を閉じたのだった。

 

 



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リーダーの資質


別な所で戦う勇者の登場です。


彼女は"いつも通り"頑張っています。




 

 

病院--

 

高嶋「みんな、体調は大丈夫だった?」

 

紗夜「ええ、問題ありません。精霊の力の疲労感が残っているくらいです。」

 

あこ「あれ、りんりん。友希那さん知らない?」

 

燐子「友希那さんは、早めに検査が終わったから、いつもの"アレ"をしに戻ったよ…。」

 

高嶋「じゃあ、私達も戻ろうか。」

 

4人は丸亀城へと戻った。

 

 

 

 

 

 

丸亀城通信室--

 

友希那が通信装置の電源を入れる。

 

友希那「こちら香川より湊よ。」

 

三年前のバーテックス襲来以降、地の神々達は1つとなり神樹へと姿を変えた。そうして四国の周りには神樹の根の壁が発生し、守られているのである。だが、日本にはまだ--

 

 

蘭『諏訪より美竹です。定時の勇者連絡を始めます。』

 

 

そういう地域がいくつか残っている--

 

 

友希那「よろしくお願いするわ。そちらの状況はどう?」

 

蘭『交戦がありましたが、人的被害は出ていません。結界は問題なく維持されてます。そちらはどうですか?』

 

友希那「昨日、結界内にバーテックスの侵入があったわ。以前よりも力は増してる感じに思える。精霊の力でこちらも被害は出ずにすんだわ。」

 

蘭『それは良かったですね。とは言えこちらは、以前は諏訪湖全域が結界内だったのに対して今は…厳しい状況ではありますね。』

 

友希那「…そのようね。」

 

蘭『でもまぁ、3年前から厳しくなかった事なんて無いんですけどね。私達は"いつも通り"やっていくだけです。』

 

諏訪の勇者、美竹蘭は通信機越しに微笑んだ。

 

友希那「そうね。」

 

 

美竹蘭--

 

 

彼女はたった1人で諏訪の守護を担っている勇者である。巫女の青葉モカと一緒にこれまで大きな人的被害を出さずにここまで戦い抜いてきたのだった。

 

蘭『湊---さん--聞こえて---か?』

 

友希那「ごめんなさい、ノイズが入ったみたい。」

 

蘭『最近多くなってきましたね…。この通信もいつまで続けられるか…。』

 

少しの沈黙の後、

 

友希那「美竹さん。そろそろいつものをやらない?」

 

蘭『…そうですね。今日こそ雌雄を決しましょう。』

 

友希那・蘭「『うどんと蕎麦、どちらが優れているか!』」

 

 

 

 

 

 

丸亀城食堂--

 

6人はご飯を食べていた。

 

友希那(結局今日も論争に決着はつかなかったわ…。)

 

友希那はそんな事を思いながらうどんをすする。

 

あこ「それにしても、毎日毎日訓練ばっか。何であこたちはこんな事しなきゃいけないんだろう。」

 

燐子「敵に対抗出来るのが、勇者だけだからだよ…。」

 

あこがこう思うのも当然の事である。他の人達は勇者の活躍こそ大社が報道した情報で知っているが、普段の彼女達の事は知らずに生きている。勇者、たったそれだけの事が違うだけで後は他の人達となんら変わりのない年頃の少女なのだから。

 

あこ「でもでも、普通中学生って言ったら…友達と遊びに行ったり、恋…とかしちゃったり。そういう生活をしてるんじゃないのかな。」

 

あこの疑問に友希那が答える。

 

友希那「今は有事よ、あこ。だからこそ神樹様を奉っている対バーテックス機関の"大社"が台頭し、戦う私達の為に丸亀城を改築して提供してくれるの。」

 

あこ「……。」

 

友希那は冷静に続ける。

 

友希那「授業で何度も聞いているでしょ。私達が努力しなければ人類はバーテックスに滅ぼされてしまう。私達が人類の矛となって…。」

 

あこ「分かってます!!」

 

友希那に対しあこが声を荒げてしまう。

 

あこ「分かってます…けど…。」

 

気まずい空気が食堂に流れる。そんな時だった、

 

高嶋「ぷはぁー、ご馳走さま!!今日も美味しかったね。」

 

香澄が流れを断ち切った。

 

高嶋以外「「「………。」」」

 

高嶋「あれっ?みんなどうしたの?」

 

高嶋以外「「「はあっ…。」」」

 

5人が一斉にため息を吐く。

 

高嶋「大丈夫だよ。みんなで頑張れば何とかなるよ!!」

 

香澄は知ってか知らずかこの場の雰囲気を和ませたのだった。

 

あこ「うどんに夢中になってた香澄に言われても説得力無いよー。」

 

高嶋「あこちゃん、美味しいものは仕方ないよ。」

 

 

 

 

 

 

次の日、通信室--

 

友希那「私はリーダーには向いてないのかしら…。」

 

蘭『どうしたんですか、いきなり。』

 

友希那は今日も諏訪の蘭に定時連絡をしていた。

 

友希那「…仲間に私の考えを押し付けてしまった。敵との戦いに不安を抱く気持ちは私にもよく分かっていたはずなのに…。」

 

蘭『……。』

 

通信機のノイズが響く。

 

蘭『その心配もいずれは無くなると思いますよ。』

 

友希那「!?」

 

蘭『戦いの現実というものは、想像以上に重いですから…。』

 

 

 

 

 

 

そして、再びバーテックスの進行があり、辺りは樹海へと変化していった--

 

 

 

 

 

 

 

樹海--

 

友希那達は順調にバーテックスを殲滅していた。

 

あこ「それにしても、樹海のお陰で安心して戦えるね、りんりん。」

 

燐子「でも、気をつけて…。樹海が過度の損害を受けると、現実世界において、災害や事故の形で影響が出るし…長時間の樹海化で神樹様の霊力が枯渇すると、霊力による恵みで自給自足している四国の人々が生活できなくなるんだよ…。」

 

友希那「そう。みんなで協力して迅速に敵を打ち倒す必要があるのよ。」

 

友希那が付け加え、そう言うと再びバーテックスの群れへと飛び出して行く。

 

紗夜「……。」

 

その姿を紗夜は何か思いつめた表情で見ていた。そこへ、友希那が突っ込んだのとは別のバーテックスが4人の元へ現れる。

 

紗夜「くっ!挟み撃ち!!」

 

高嶋「しかも、"進化型"に姿が変わった。」

 

その"進化型"は以前の角が特徴の奴では無く、ムカデの様な節足型の姿をしている。

 

燐子「以前と、姿が違います…。」

 

あこ「友希那さんは!?」

 

あこがスマホを確認すると、5人とは大分離れた所で戦っていた。

 

紗夜「私達でやるしかありません、高嶋さん!」

 

高嶋「オッケー紗夜ちゃん。2人は下がってて。」

 

高嶋「行くよ、"一目連"!」

 

紗夜「来なさい、"七人御先"!」

 

2人は精霊をその身に宿し"進化型"へと立ち向かう。

 

あこ「りんりん!あこ達も。」

 

燐子「ちょっと待って、あこちゃん…。」

 

加勢しようとするあこを燐子が静止する。

 

あこ「どうしたの、りんりん?」

 

燐子「私達は知っておかなきゃならない…。」

 

燐子は2人が戦う姿をまじまじと観察していた。

 

燐子「精霊を憑依させるという事…。それがもたらす事を…。」

 

 

 

 

 

 

高嶋「紗夜ちゃん!アイツを動き回らせない様に動きを止めて!」

 

紗夜「分かりました!」

 

紗夜は6人の自分で"進化型"を押さえつけ、動きを止めた。

 

高嶋「いっくよー!必殺、千回勇者パーンチ!!」

 

香澄は目にも止まらぬ高速の勇者パンチを連続で叩き込む。"進化型"は砕け散り、光となって消える。そして、同じ頃友希那もバーテックスを殲滅し終え樹海が元に戻った--

 

 

 

 

 

 

 

丸亀城--

 

勇者達は天守閣へと転送され、リサがみんなを労う。

 

リサ「みんな、お疲れ様。」

 

だが、紗夜が友希那へと詰め寄ってきたのだった。

 

紗夜「友希那さん!少しは周りも見てください。あなたは"リーダー"なのですから。」

 

友希那「…そうね、ごめんなさい。」

 

高嶋「まあまあ、紗夜ちゃん。倒せたんだから万事解決でしょ。」

 

香澄が紗夜をなだめた。

 

紗夜「高嶋さん…。そうですね。」

 

こうして6人は寮へと戻っていったが、

 

燐子「………。」

 

燐子だけはまだ何かを考えている様だった。

 

 

 

 

 

 

 

その夜--

 

友希那の部屋のドアをノックする音が。

 

友希那「こんな時間に誰かしら。」

 

開けるとそこには、

 

リサ「ゆーきな。来ちゃった。」

 

リサがクッキーを持って訪ねてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

リサ「気にしてるの、紗夜の言葉?」

 

友希那「リサに隠し事は出来ないわね。」

 

リサ「当たり前。何年一緒にいると思ってるの。」

 

友希那「"リーダー"って何なのかしらね。」

 

落ち込む友希那にリサは友希那の頬を摘んだ。

 

友希那「!?」

 

リサ「笑顔笑顔。友希那は笑ってる顔が1番なんだから。答えはそのうち見つかるはずだよ。」

 

友希那「もう…リサはいつもそんな感じね。」

 

リサ「いつもの事でしょ。さっ、クッキー食べよ。」

 

リーダーの資質、それは今後の出来事に大きく関係していく事を、この時は誰も知る由もなかったのであった--

 

 

 




--勇者御記--

香澄の前向きな姿はこの世界では得難いものだ。
--は不安定な面が見えるが……。

2018年8月 湊友希那 記




特別に強い敵と戦うための切り札、"精霊"。
でも、それは-------を
---------のです。

2018年8月 白金燐子 記




私としては、力が強化されるのも欲しいかな、
"----"いつか試してみたいと思います。

2018年9月 高嶋香澄 記


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勇者の意味


紗夜の過去が明らかに。


日菜はこの章では出てきません、悪しからずご覧ください。





 

 

勇者達の活躍は大社が報道や紙面で大々的に宣伝している。市民にとって勇者は救世主も同然なのである。

 

燐子「凄い騒ぎになってるね…。」

 

あこ「新聞、雑誌一面勇者。もう勇者フィーバーだね。」

 

あこと燐子は新聞、雑誌を見ながら驚いていた。

 

あこ「これなんか友希那さんのインタビューまで載ってますよ。」

 

あこは友希那にインタビュー記事を見せた。

 

友希那「それも勇者の仕事のうちよ。」

 

軽くあしらう。そこへリサがやって来た。

 

リサ「香澄が心配?」

 

友希那「えぇ。精霊を身体に宿す事は身体への負担が大きいから、少しね。」

 

あこ「確かに。あこたちはまだ一回しか使ってないけど、香澄と紗夜さんは二回使ってるからね…。」

 

リサ「でも検査入院なんでしょ。大丈夫だよ。」

 

リサが笑顔で友希那に答える。

 

あこ「そう言えば、紗夜さんがいないけど、紗夜さんも検査でしたっけ?」

 

あこが友希那に質問する。

 

友希那「紗夜は特別休暇で、高知の実家に帰省しているわ……。母親の病状が悪化したそうよ。」

 

 

 

 

 

 

高知、氷川宅--

 

紗夜「……。」

 

高知の人里離れた小さな古い家、そこにポツンと建っているのが紗夜の実家である。

 

紗夜「…ただいま。」

 

紗夜が家に入ると寝室には布団で寝ていた母親の姿が。

 

 

 

天空恐怖症候群--

 

 

3年前の"7.30天災"以来、空から突如現れたバーテックスへの恐怖によって多くの人々がこの精神の病に侵されてしまった。その症状は4段階あり、最初は空を見る事が出来ない為、大半の人間が建物の中に籠りっきりになる等軽いものだが、ステージ4になると、発狂・自我崩壊に至ってしまう。紗夜の母親はステージ3の段階であった。

 

紗夜「とうとうこんな段階まで悪化してしまったのね…。」

 

その時、横の襖が開き、

 

紗夜父「帰ってたのか、紗夜。久しぶりだね。」

 

紗夜の父親が出てきた。

 

紗夜「お父さんが一度戻って来いって連絡したんでしょう。」

 

紗夜父「まぁ…それはそうだが。母さんが専門の病院に移る前にと思ってね。」

 

紗夜「…何よ今更………。」

 

紗夜は部屋の辺りを見回す。

 

紗夜「………。」

 

部屋は全く片付いておらず、食べたまんまの皿や紙コップ、ゴミ袋がそのまま部屋や廊下に置かれている。

 

紗夜「はぁ…掃除くらいちゃんとして。臭いが酷いわよ。」

 

紗夜父「あっ、あぁ。母さんの看病で忙してくてね…中々時間が作れないんだ…。」

 

紗夜(何も変わってない…。)

 

紗夜はそんな父親の姿を見ながら、過去を思い出していた--

 

 

---

ーー

 

 

紗夜(私の父親は昔から家の事は何一つしようとはせず、自分優先で責任感の欠けた人だった…。そんな父親に愛想を尽かし、私の母親は家庭を捨て、男と不倫した。そして天空恐怖症候群になるまでこの家には帰って来なかった…。)

 

紗夜(それでもずっと私を押し付け合い離婚はせず、二人は私の存在を呪っていた…。だから周りの大人達も--)

 

村人「あんな親じゃ、あの子もろくな大人にならないわよ…。」

 

紗夜(学校の同級生には--)

 

クラスメイト「あばずれー!淫乱女ー!」

 

紗夜(なんて言われたりイジメられたりもした。私の身体にはその時ついた一生消えない大きな傷が残っている…。誰からも疎まれ、蔑まれる存在…だから私は自ら自分を世界から切り離した。)

 

紗夜(何も感じない…何も聞こえない…何も痛くない…。無価値な存在だから傷付けられても仕方ないと自分に言い聞かせて今まで生きてきた。)

 

 

ーー

---

 

 

 

紗夜はその場から離れようとする。

 

紗夜父「何処へ行くんだ、紗夜?」

 

紗夜「…ちょっと散歩に行くだけよ。」

 

紗夜(帰ってくるんじゃなかった…実家も故郷も、閉鎖的で息が詰まる。)

 

紗夜は出かけようと玄関を開けた時、

 

紗夜「えっ!?この人集りは何…!?」

 

勇者が帰ってきたと何処からか聞きつけた村の人達が、紗夜の実家に押し寄せていたのだった。

 

村人「おおっ、出てきたぞ。」

 

村人「本当に戻ってきたんだ。」

 

野次馬が話す中、

 

元クラスメイト「紗夜ちゃん。私達友達だよね?恨んでないよね?」

 

紗夜「………。」

 

イジメていた同級生の人達や--

 

 

お店屋「勇者様。食事する時は、是非うちの店へ寄ってくれよ。」

 

紗夜「………。」

 

食べ物を売ってくれなかった店の人--

 

 

村人「勇者様はこの村の誇りよ。」

 

紗夜「そうか…これは……。」

 

陰口を叩いた近所の人--

 

 

今やこの村の全ての人達は手のひらを返したように紗夜を崇めていたのだった。そんな人々に紗夜は問いかける。

 

紗夜「皆さん…。私は価値のある存在ですか……?」

 

人々は一斉に答える。

 

村人「もちろんよ。だって、あなたは………"勇者"ですから。」

 

 

 

 

 

 

丸亀城へ帰る中、紗夜は考えていた。

 

紗夜(私の存在意義…。)

 

 

 

---

ーー

 

 

帰る間際、実家--

 

紗夜「ねぇ、お母さん。私が勇者になって…お母さんは嬉しい?」

 

散歩から帰ってきた時に目を覚ましていた母親に紗夜は尋ねた。

 

紗夜母「…ええ、あなたを生んで良かったわ……。愛してる…。」

 

そう言うと母親は紗夜の頬に手を置き、再び眠りについた。

 

 

ーー

---

 

 

紗夜(私は勇者だからこそ価値がある。賞賛されて愛される。もっと頑張れば、もっとみんなが好きになってくれる…無価値な自分には絶対に戻らない!!その為なら…。私はどんな事だってやり抜いてみせる!!)

 

そんな事を思いながら帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

丸亀城--

 

入り口では、着いた紗夜を待っていた人物がいた。

 

?「さーよーちゃーん!!お帰りー!!」

 

紗夜「高嶋さん!」

 

香澄だった。

 

紗夜「高嶋さん、検査入院だったはずじゃ…病院は!?」

 

高嶋「えへへー。抜け出してきちゃった。みんな頑張ってるのに休んでる訳にはいかないよ!!」

 

そう言うと、紗夜が笑った。

 

高嶋「どうしたの紗夜ちゃん。お家で良い事あった?」

 

紗夜「そうですね。さて、行きましょうか。」

 

その時、香澄のスマホに着信が入る。

 

高嶋「はい…。でも、それは…。戻ります……。」

 

紗夜「病院からですか?」

 

高嶋「抜け出したのバレちゃった……。」

 

紗夜「戻ってください。高嶋さんの笑顔が見れて良かったです。」

 

高嶋「私も!紗夜ちゃんの笑顔が見れただけで抜け出してきた甲斐があったよ。」

 

紗夜「それは…良かったです。」

 

紗夜の頬が赤くなる。

 

高嶋「検査が終わったら、一緒に特訓しようね。」

 

そう言うと香澄は病院へ戻っていった。

 

紗夜「ありがとう、高嶋さん。私は…頑張ってもっと強くなります。それが"勇者"ですから。」

 

 

 

 

 

 

大社が運営する旅館、温泉--

 

友希那達6人は休養を兼ねて大社が運営している温泉宿へ疲れを癒しにやって来ていたのだった。

 

友希那「ふぅ、温泉は身に染みるわね。」

 

リサ「なんだかお爺ちゃんみたいだよ、友希那。」

 

友希那「折角の休養なのだから満喫しないと失礼だわ。」

 

そこへ、

 

あこ「あーー!!やっぱり先に入ってた!一番風呂狙ってたのになー。」

 

燐子「お風呂は、走ると危ないよ…。」

 

紗夜「まだまだ子供ですね、宇田川さんは。」

 

高嶋「良いじゃん。温泉は騒ぎたくなるものだよ。」

 

他の4人も入ってきた。

 

高嶋「そう言えば、みんな病院の検査でおかしなところは無かった?」

 

香澄がみんなに聞いてきた。

 

友希那「私は問題無しね。香澄こそ大丈夫なの?」

 

高嶋「"精霊"使用の疲労が残ってるだけで後は健康そのものだって。」

 

あこ「あこもどこも悪くは無いよ。」

 

燐子「私も、昔よりは体が丈夫になったくらいです…。」

 

高嶋「紗夜ちゃんは?」

 

紗夜「私もどこも問題はありません。敵を倒さないといけないから…病気も怪我もしてられないわ。」

 

そんな事を言う紗夜を見ながら友希那は思った。

 

友希那(紗夜は少し変わった気がする…。実家に戻った頃からだろうか、戦闘や訓練でも鬼気迫る勢いで臨んでいる…。だけど、勇者の自覚が1番強いのは、紗夜かもしれないわね…。)

 

 

 

 

 

 

入浴後、6人は居室でトランプで勝負をしていた。スピード3回勝負。トーナメント戦で行い友希那と紗夜の決勝が始まっていた。

 

友希那「現在1勝1敗。次で決めるわよ、紗夜。」

 

紗夜「こちらも負ける訳にはいきません。」

 

友希那・紗夜「「勝負!!」」

 

両者互角にゲームは進んでいく。

 

友希那(最初こそ慣れないゲームだったけど、やっとコツを掴んできたわ。)

 

僅かだが、友希那が押していた。

 

紗夜「絶対に…あなたには負けません……。あなたには…。」

 

紗夜は焦りからか表情が曇る。それを見ていたリサは--

 

 

 

ぬいぐるみ「にゃあー。」

 

猫の声が出るぬいぐるみで友希那の注意を引いたのである。

 

友希那(はっ、にゃーんちゃん!)

 

 

友希那の目線がぬいぐるみへ移る--

 

 

紗夜「今です!」

 

紗夜はその隙を見逃さず、トランプを全て出し終え勝利した。

 

高嶋「優勝は、紗夜ちゃーーん!!」

 

香澄が紗夜の右手を上げ優勝宣言する。

 

リサ「力抜いて。ゲームなんだから楽しまないとね。」

 

リサが友希那に話しかけ、廊下に出て行く。

 

友希那「反則よ…リサ…。」

 

友希那は顔が赤くなり、リサを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

少し歩いた所で、急にリサが立ち止まる。

 

友希那「リサ?」

 

リサ「友希那、前に聞いてきたよね。"リーダー"って何かって。」

 

友希那「ええ。」

 

リサ「何事にも真面目に真剣に取り組むのは友希那の良い所だよ。でも………友希那の周りの人の事も、もっとよく見てあげて。」

 

友希那「………。」

 

リサ「さっきだって…。」

 

友希那「さっき?」

 

リサ「ううん。これは自分で気付かないと意味無い事だから…。さっ、みんなの所に戻ろ。」

 

そう言うと、リサは踵を返し戻って行った。

 

友希那「よく見る…。どう言う事なの…?」

 

友希那にはそれが何を意味するかまだ分かっていなかった。

 

 




--勇者御記--

今後、
特定の-が--される可能性が出てきたとのこと。
ただただ、悲しいです。

2018年9月 白金燐子 記




皆を鼓舞する為とはいえ、
連日流れる--の情報を見ていると、
背筋がゾクリとする。

2018年10月 湊友希那 記



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命の樹形図


かつて助けた人が、別の命を育み、その子供がまた別の命を育む--

友希那はあの時未来を守ったのです。




 

 

樹海--

 

友希那「バーテックスの数がいつもより多い…。」

 

高嶋「何なの!?この数は!」

 

あこ「りんりん!」

 

燐子「目算で千以上…、今までの十倍ってところでしょうか…。」

 

紗夜「対してこちらは5人…。数で押されたら元も子もないです。」

 

5人は今までに無いバーテックスの大群に驚いていた。

 

友希那(リーダーである私が弱気になってどうするの!)

 

そう心で思い友希那はバーテックスの大群へ駆け出した。

 

友希那「私が先頭に立つわ!」

 

高嶋「友希那ちゃん!!」

 

友希那「ふっ!はっ!!」

 

友希那は修羅の如くバーテックスを次々に切り裂いていく。

 

友希那(敵陣の中心に自らが飛び込み、追従する者も共闘する者も要らない。大きな負担は私だけで充分!)

 

友希那「私が守る!」

 

友希那は1人敵陣を駆け巡る--

 

 

 

 

 

 

残った4人は--

 

高嶋「友希那ちゃん、1人で行ったけど大丈夫かな…。」

 

あこ「いつもの事だよ、香澄。」

 

高嶋「うーん。やっぱ心配だ!私行ってくる!」

 

紗夜「あっ、高嶋さん!」

 

紗夜の制止も聞かず、香澄は友希那の元へ飛び出した。

 

紗夜「……。」

 

紗夜は香澄が飛び出した方向を見つめ唇を噛み締めていた。

 

紗夜(湊さん…あなたは……。)

 

燐子「!?」

 

その時、スマホで敵の動向を探っていた燐子が何かに気付く。

 

燐子「バーテックスの動きが、止まった…!?」

 

あこ「神樹様への侵攻を止めたって事?」

 

あこが燐子に尋ねる。

 

燐子「違う…これは、まさか…。」

 

紗夜「どうしたんですか、白金さん。」

 

燐子「友希那さんが危ないです…!!」

 

 

 

 

 

 

友希那サイド--

 

戦闘の中心であるこちらでもバーテックスの動きが急に止まった事に友希那も気付き戦いの手を止めた。

 

友希那「敵の進行が止まった…?」

 

友希那は周りを見回す。他の4人とは随分離れたようだった。

 

友希那「…違うわね。大群の一部が他の4人を引きつけ、残りで私を取り囲んだのね……。」

 

バーテックスは"進化"する。それは攻撃面だけでは無い--

 

 

友希那「"戦術面での進化"…。まずは私を潰す気なのね…。」

 

バーテックスは勇者として突出している友希那を誘き出し、集中攻撃で最初に潰そうとしてきたのである。

 

 

 

 

 

 

紗夜、あこ、燐子サイド--

 

燐子「バーテックスは友希那さんを集中的に攻撃するつもりです…!」

 

紗夜「何ですって!?」

 

燐子「最初の進行で、私達の動きを止め…次に友希那さんをおびき寄せて分断させた…。」

 

あこ「そんな難しい事をバーテックスがやったって言うの?」

 

燐子「バーテックスは想像以上の速さで"進化"してるのかもしれない…。」

 

紗夜「!?じゃあ、高嶋さんが危ない!!」

 

紗夜が香澄を追いかけようとするが、

 

あこ・燐子・紗夜「「「!?」」」

 

そこへ別のバーテックスの群れが3人に襲いかかってきた。

 

あこ「まさか、コイツらあこ達の足止めしようってゆーの!?」

 

紗夜「くっ…これじゃあ高嶋さんを……。」

 

紗夜(気を付けて…高嶋さん。)

 

 

 

 

 

 

友希那サイド--

 

バーテックスが周りを含め一斉に友希那へ襲いかかってくる。

 

友希那「くっ!」

 

友希那は攻撃を躱しながら何とか戦線維持しているが、

 

友希那「ぐうぅぅ!」

 

流石の友希那でも全ては捌ききれずに、右ひじを噛まれてしまう。

 

友希那「この程度で…やられはしない!!」

 

友希那も負けずにバーテックスを倒して行くが、

 

友希那「うっ、しまった…っ!

 

友希那の意識外からバーテックスの攻撃が--

 

 

 

 

 

高嶋「勇者、パーーーーーンチ!!!!」

 

決まらなかった。

 

友希那「香澄!?」

 

敵陣を無理矢理通り抜け、ボロボロになった香澄が駆けつけて来たのだった。

 

高嶋「はぁはぁ…危ない…所だったね…はぁはぁ……。」

 

友希那「何故来たの!?私は1人でも戦える!!それよりも…。」

 

友希那には分からなかった。何故香澄がボロボロになってまで自分の所に来たのかが。だが、香澄は傷だらけの顔で笑って答える。

 

高嶋「友達だから。友達を放っておくなんて私には出来ないよ…。」

 

友希那は少し微笑んで呟いた。

 

友希那「友達……そうね…。」

 

友希那と香澄を取り囲むバーテックスの大群。だが、2人は自然と背中合わせになる。

 

友希那「香澄、必ず生き残るのよ。」

 

高嶋「友希那ちゃんもね。」

 

そう言うと、2人はバーテックスの大群へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

激闘が終わり、樹海に静けさが戻る。辺りにはバーテックスの無残な残骸が転がっていた。

 

友希那「はぁ…はぁ……。」

 

友希那はボロボロになりながら生大刀を杖代わりにし、肩で息をする程の状態ながらも全てのバーテックスを殲滅したのだった。

 

友希那「はぁ…他の、みんなは……?」

 

友希那は辺りを見回す。

 

友希那「!?」

 

 

 

 

 

 

紗夜、あこ、燐子サイド--

 

こちらも何とかバーテックスを退け、友希那と香澄に合流しようと鞭打ちながら走っていた。

 

あこ「紗夜さん、あんな傷だらけになりながらも凄い速さで走ってるよ…。」

 

燐子「そうだね…。それだけ2人が心配なのかもね…。」

 

紗夜は走り続けた。

 

紗夜(高嶋さん、無事でいてください…。

 

紗夜は遠くに人影を見つける。

 

紗夜「あれは…はっ!?」

 

 

 

 

 

 

友希那サイド--

 

友希那「香澄!!」

 

香澄は駆けつけた時よりもボロボロの状態で樹海に倒れていた。

 

友希那「香澄…。」

 

友希那は香澄を抱えた。その直後、

 

紗夜「高嶋さん!!!」

 

紗夜も香澄を見つけ合流し、少し遅れてあこと燐子も合流した。そして、樹海が消える--

 

 

4人は心に様々な感情を抱きながら現実の世界へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

病院--

 

香澄は集中治療室て眠っていた。友希那がガラス越しに香澄の様子を見ている。そこに検査を終えた3人とリサがやって来た。

 

紗夜「これが…あなたの引き起こした結果です。」

 

紗夜は点滴を持ちながら友希那に詰め寄る。

 

紗夜「何故こんな事になったか…あなたは分かっていますか!?」

 

友希那「私の突出と無策が原因よ…。」

 

友希那は力無く答える。友希那は思っていた。怒りに任せた暴走とも言える突貫。1体でも多くの敵にあの日の報いを受けさせる事だけを考えた結果だと。

 

紗夜「違います…!」

 

だが紗夜はそれを否定した。

 

紗夜「やっぱり、まだ分かってませんか!?1番の問題はあなたの戦う理由…。」

 

友希那「……。」

 

他の3人は紗夜の言葉を黙って聞いている事しか出来ない。

 

紗夜「怒りで我を忘れるのも!周りの人間を危険に晒して気付きさえしないのも…!!」

 

そして紗夜は友希那に事実を突き付ける。

 

紗夜「あなたが復讐の為だけに戦っているだけだからです!!!」

 

 

 

 

 

 

その日の夜--

 

友希那は眠れなかった。

 

友希那「関節の炎症に疲労骨折…。訓練は出来そうにない…か。復讐の為だけに戦っている…ね……。」

 

友希那の頭の中で紗夜に言われた言葉がぐるぐる巡る。バーテックスを全て倒す事、それが友希那の行動原理だった。殺された人々の悲しみと怒りを返す、その一心で彼女は今まで戦い続けてきたのだ。だが、紗夜にそれを否定されてしまった--

 

 

友希那「……なら、私はどうやって戦っていけばいいの…?」

 

しばらく考え、友希那は起き上がる。

 

友希那「まだ…起きてるかしら……?」

 

 

 

 

 

 

友希那は隣の部屋のドアをノックした。

 

リサ「友希那。どうしたの?」

 

友希那「夜遅くにごめんなさい…。少し良いかしら…。」

 

友希那は隣のリサの部屋にやってきた。リサは何処かへ行くのか荷物をまとめている最中である。

 

友希那「何をしてたの?」

 

リサ「あぁ。明日この寮を出るんだよ。」

 

友希那「えっ……急にどうして…。」

 

友希那が珍しく動揺する。

 

リサ「ぷっ、あはははっ!動揺し過ぎだって。大社本部に呼び出されただけだよー。」

 

友希那「そ、そうだったのね…。」

 

友希那はホッと胸を撫で下ろした。

 

リサ「友希那こそ、どうしてこんな時間に来たの?」

 

友希那「そ、それは…。」

 

友希那は狼狽えるが、リサは何故ここに来たのか薄々気付いている様子である。

 

リサ「友希那、ちょっとこっち来て。」

 

リサは友希那を隣に座らせ膝枕をした。

 

リサ「友希那の悩みは、病院での事…だよね。」

 

友希那「教えて……。私には…もうどうすれば良いのか分からない…。」

 

涙目になりながら友希那はリサに弱音を吐く。

 

リサ「友希那…。」

 

だが、リサの答えは--

 

 

 

リサ「その答えは自分で探すしか無いよ。」

 

前に旅館で言った事と同じだった。

 

友希那「どうして…。」

 

友希那は愕然とするが、その時リサが友希那を抱きしめる、

 

リサ「信じてる。友希那なら乗り越えられる。きっと自分自身で答えを見つけ出せるよ。私はそう信じてるから…。」

 

 

 

 

 

 

次の日、教室--

 

友希那は昨夜の事でずっと悩んでいた。その様子を紗夜とあこ、燐子の3人が見ていた。

 

あこ「紗夜さんがあんな事言うからー。」

 

紗夜「そ、そんな事言われても…。」

 

すると、友希那の元に燐子がやって来る。

 

燐子「友希那さん…。」

 

友希那「?」

 

燐子「ちょっと良いですか…。」

 

燐子は友希那を外へと連れ出した。

 

 

 

 

 

 

友希那は燐子に連れられ、とある住宅街を散歩していた。

 

友希那「燐子…どうして急に…?」

 

燐子は歩き続け、ある一軒家の前で足を止める。

 

燐子「この家のお姉さんは、3年前に天空恐怖症候群を発症して以来苦しんでいましたが…勇者の活躍を聞いて、症状が改善してきたそうです…。」

 

友希那「えっ…?」

 

そしてまた少し歩いた先の家の前で止まった。

 

燐子「昔からここで暮らしていた、この家のご家族も…。」

 

燐子は奥のアパートを指差す。

 

燐子「四国外から避難してきた、このアパートに住む人達も…みんな私達の戦う姿を見て、バーテックスへの恐怖を乗り越えて…前向きになれたそうです…。」

 

友希那「そう…だったのね……。」

 

そうして散歩を続ける2人にベビーカーを押した1人の母親が声を掛けてきた。

 

母親「もしかして、友希那様…ですか?」

 

友希那「あなたは…?」

 

母親「私、3年前のあの日、島根の神社で救っていただいた者です。」

 

その母親は3年前の"7.30天災"の際、友希那が初めて生大刀を手にし共に四国へと避難した生存者の1人だったのである。そして、その母親はベビーカーの赤ちゃんを抱えて2人に見せた。

 

母親「この子は四国に避難してから生まれた子なんです。勇者様の名前にあやかって"友希那"と名付けました。」

 

そう言うと、その母親は自分の子供を友希那に抱っこさせた。

 

友希那「可愛い…。」

 

友希那(沢山の命が奪われた惨劇の中、私がかろうじて救えた命…。その命から新たな命が生まれていたのね…。)

 

母親「あの時助けていただいて本当にありがとうございました。」

 

そう言うと、母親は帰っていき、2人は笑顔で見送った。

 

友希那「私は何も見えて無かった…。この街やそこに住む人々の事、自分の周りの人達の事を…。あの日の記憶に囚われて、何も見えなくなっていた…。死者の復讐を求め、怒りに我を忘れてしまう程に…。」

 

友希那は胸に手を当て考え、1つの答えに辿り着く。

 

友希那(やっと答えが見つかった…。私が背負うべきなのは過去では無く…今現在なのだと!)

 

友希那「ありがとう、燐子。」

 

燐子「ふふっ…。私は何もしてませんよ…。」

 

友希那「でもお礼は言わせて…。あなたがきっかけで私は大切な事に気が付けたのだから。」

 

燐子「はい…!そろそろ戻りましょうか…。」

 

友希那「そうね、あこあたりが心配してそうだし…。」

 

するとそこへ、

 

あこ「あこがどうしたんですか?」

 

あこが2人の間に割り込んできたのである。

 

友希那「あこ!?」

 

燐子「あこちゃん…!?」

 

あこ「2人とも深刻そうな顔して出てったから……。」

 

友希那「ごめんなさい。あこにも心配かけたみたいね…。」

 

あこ「あこは気にしてないよ。ねっ、紗夜さん!」

 

あこはそう言いながら、電柱の陰に隠れていた紗夜を呼んだ。

 

紗夜「っ!?」

 

友希那「紗夜…。」

 

紗夜「わ、私は無理矢理宇田川さんに連れてこられただけで…。」

 

あこ「えーー。2人を気にしてそわそわしてましたよねー!?」

 

紗夜「し、してません!」

 

あこと紗夜の禅問答が始まった。

 

友希那(みんな…私を気に掛けてここに……。)

 

友希那「みんな!」

 

友希那は3人に声を掛け、深々と頭を下げた。

 

友希那「ごめんなさい。過去に囚われ、復讐の怒りに我を忘れて…1人で戦っている気になっていたわ…。だけど…これからはもうそんな戦いはしない!今を生きる人々の為に、私は戦う!!」

 

あこ・燐子「「友希那さん…。」」

 

紗夜「……。」

 

友希那「だから、これからも一緒に戦ってくれる?」

 

少しの沈黙の後、

 

燐子「もちろんです…。友希那さんはリーダーですから…!」

 

あこ「当然です!あこに任せてください!!」

 

友希那は紗夜を見た。

 

紗夜「……言葉では何とでも言えます…。だから、ちゃんと行動で示してください…。側で…見てますから……。」

 

紗夜も顔を赤らめながら答えたのだった。

 

友希那「ええ、お願いするわ。」

 

 

 

 

 

 

病院--

 

香澄が意識を取り戻したのを聞いて、友希那は自分が見つけた答えを伝える為に香澄の病室へと来ていた。

 

高嶋「私が寝てる間にそんな事があったんだね。なんか大事になっちゃって心配かけてごめんね。」

 

友希那「いえ…悪かったのは私の方よ。意識が戻って本当に良かった。……香澄。」

 

高嶋「なに?」

 

友希那「今までの事、本当にごめんなさい。まだ心身ともにリーダーとして未熟な私だけど…これからも一緒に戦ってくれる?」

 

友希那の質問に香澄は満面の笑顔で答える。

 

高嶋「もちろんだよ!これからもよろしくね、友希那ちゃん!!」

 

友希那「ええ、ありがとう。香澄…。」

 

 

 

 

 

 

大社本部--

 

その頃、大社に赴いていたリサは--

 

 

神官「これから神託の儀を始める…。」

 

リサ「……はい。」

 

 




--勇者御記--

私のせいだ。
共に戦う者を傷つけてしまった。戦って勝ち続けているうちに、--してしまったのだろうか。 今の自分のままで良いのだと思い込んでいた……。

リサが言っていた。
そもそも世界がこんな事態に陥ってしまったのは、人類の--が原因だと。神樹様がそう告げている、と。

私もその一人だということなの……?

2018年10月 湊友希那 記




気づいたことがある。
敵たちはどんどん進化していく。でもあこも進化していくから問題ない。心技体。すべてにおいてあこは成長している。数年後のあこのしなやかさに、皆が驚くと予言しておこう。

でも、そもそも敵達が出てきたのって、神樹様とは----のせいだったりするのかな?

2018年11月 宇田川あこ 記



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嵐の前の静けさ



諏訪の勇者システムは四国よりも脆く、精霊も存在しておりません。

そんな中、たった1人で守り抜いてきた蘭は本当に凄い勇者でした。




 

 

西暦2018年11月--

 

リサが大社本部から戻り、そこで受けた神託を4人に話していた。香澄はまだ入院中である。

 

友希那・紗夜・あこ・燐子「「「総攻撃…!?」」」

 

リサ「うん。今回の神託で明らかになったんだ。まもなく四国にバーテックスの総攻撃が来る…。かつて無い程の規模で…。」

 

リサは正直そのままこの事を言うのを躊躇っていた。みんなの士気を下げてしまうのではないかと思っていたからだ。だが、4人の返答でリサの心配はすぐに消えてしまう。

 

あこ「心配ないよ!あこに任せといて、リサ姉。」

 

燐子「私も、頑張ります…。」

 

紗夜「勇者の力をバーテックスに見せつけるだけです。」

 

そして友希那がリサの肩に手をおき答える。

 

友希那「きっとみんなで力を合わせれば大丈夫よ。」

 

リサ「……そうだね!」

 

リサも笑顔で答えた。

 

リサ「あっ、そうだ。もう1つ良いニュースもあるんだった。」

 

あこ「なになに?」

 

リサ「明日香が教えてくれたんだけど、ここや諏訪以外にも生存者の反応があるみたいなんだ。」

 

燐子「本当ですか…。」

 

リサ「うん。どうやら北と南の端にそれぞれ反応があったんだって。」

 

紗夜「沖縄と北海道ですか。」

 

あこ「あこ達以外にも頑張っている人達がいるんだね!」

 

燐子「そうだね…。こっちも負けてられないね…。」

 

希望が見えた4人は近く来る総攻撃に備え特訓を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

丸亀城寮、リサの部屋--

 

その夜、友希那はリサの部屋へと足を運んでいた。

 

友希那「諏訪以外にも生存者の反応があったとはね…。」

 

そこにリサがココアを入れてやって来る。

 

リサ「確定じゃないんだけど、大社も時期を見て調査するって言ってたよ。」

 

友希那「そう…。なら、生き残っているかもしれない人々の為にも四国を潰させるわけにはいかないわね。」

 

リサ「………答えは見つかったんだね。」

 

リサが友希那の顔を見ながら言った。

 

友希那「えぇ。時間は掛ったけど、本当の意味で自分の弱さに気付く事が出来た。」

 

リサ「そっか。」

 

友希那「私を信じてくれたリサのお陰ね。」

 

リサ「何言ってるの。自慢の幼馴染の為じゃん。」

 

友希那「……ありがとう。」

 

友希那(もう、私は1人で戦ったりしない。リーダーとして為すべき事を為す。力を合わせて戦い抜く為に…。)

 

友希那はもう一度、みんな1人1人と向き合う事を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

次の日--

 

燐子は四国の地図を見ながら、来る総攻撃の為に作戦を考えていた。

 

燐子「どうすれば…。」

 

そこへ友希那がやって来る。

 

友希那「作戦を考えてたの?」

 

燐子「はい…。やはり問題は、敵が分かれて攻撃を仕掛けてきた時ですね…。」

 

友希那「そうね。前回の様な戦力の分散は避けないと。」

 

燐子「でも敵の方に数の利がある以上は…。」

 

真剣に作戦を考えている燐子を見て友希那は思った。

 

燐子(知識の多さや咄嗟の機転に関しては、勇者の中で燐子が一番ね…。)

 

燐子「ここをこうして…そうすると、こっちから来るだろうから…。」

 

燐子は友希那がいる事も忘れて作戦を真剣に練っている。

 

友希那「ありがとう、燐子。」

 

燐子「急にどうしたんですか…。作戦会議ならいつも…。」

 

友希那「いや…今の事だけじゃないわ。この前落ち込んでいた時、声を掛けてくれたでしょ?」

 

燐子「はい…。」

 

友希那「あの時は信じていた正しさが分からなくなって…。全く答えが見えなかった。だから、話しかけてくれた時は本当に助かった。」

 

燐子「友希那さん…。」

 

友希那「燐子…。」

 

燐子「友希那さんって、実は結構甘えん坊だったりしますか…?」

 

友希那「え…な、何を言ってるの燐子!!わ、わわ私がそそそそんな事ある訳ないじゃない…。」

 

友希那は明らかに動揺している。

 

燐子「ふふっ…。今井さんが優しくしている理由が少し分かった気がします…。」

 

友希那「分からないで良いわ…。」

 

その時、燐子が何かを思いつく。

 

燐子「そうだ…。」

 

友希那「どうしたの、燐子?」

 

燐子「良い案を思いついたんです…。」

 

友希那「それは…?」

 

燐子「"陣形"です…。友希那さんを中心にみんなが纏まるなら、そういう戦い方も出来るかもしれません…。確か図書室にあったはず…。すみません…ちょっと探してきますね…。」

 

そう言うと燐子は小走りで図書室に向かって行った。

 

友希那「頼りにしてるわ…。」

 

 

 

 

 

 

次に友希那はあことコスプレショップへとやってきていた。

 

友希那「ここが、あこが行きたいところなのね…。」

 

あこ「そうなんです!ここには何でも揃ってるんですよ。悪魔の角とか堕天使の翼とか…。」

 

友希那「そ、そうなのね…。」

 

あこ「それにしても、友希那さんからあこが行ってみたい所に一緒に行きたいって言ってくれるなんて思ってませんでした!」

 

友希那「みんなの事をもっと知らないとリーダーにはふさわしくないと思ってね。」

 

あこ「そうなんですね!じゃあ思いっ切り楽しみましょう!」

 

そう言うとあこは来てみたいコスプレを次々と選び出し、試着室へと入っていった。

 

あこ「じゃーん!!我が右目が疼き…こう…アレが……バーンってなって…。」

 

友希那(なんなのかしら…。)

 

あこ「じゃあ、次は友希那さんの番です。これなんか良いんじゃないですか?」

 

そう言うとあこは友希那に服を渡し試着室へと押し込んだ。

 

あこ「何かカッコいいセリフを言って出てきてくださいね!」

 

友希那「カッコいいセリフって言われても…。」

 

 

 

 

 

 

10分後カーテンが開き、

 

友希那「古より眠りし歴戦の王の魂よ…今こそ我に宿りその力を貸すがいい!!」

 

店内に沈黙が訪れる。

 

友希那(なんなのかしら、なんなのかしら…。)

 

あこ「か………カッコいい!!」

 

あこが目を煌めかせて友希那の手を握る。

 

あこ「さっすが友希那さんです!今度あこにもカッコいいセリフ教えて下さい!!」

 

友希那「え…ええ。機会があったらね。」

 

あこ「それじゃあ、今度はコレとコレとコレと…。」

 

無邪気にコスプレを選んでいくあこを見ながら友希那は思う。

 

友希那(あこの勢いの良い性格や私の固い性格…。どちらにも良いところはある……。勇者も同じ事なのね。)

 

 

 

 

 

 

 

次に友希那は紗夜とネットカフェに来ていた。

 

紗夜「まさか、湊さんがネットゲームを教えて欲しいなんて言ってくるなどとは思いませんでした…。」

 

友希那「紗夜の事をもっと知りたくてね。それならコレが一番かと思ったの。」

 

紗夜「そうですか…。では行きましょう。」

 

 

 

 

 

 

ゲーム内--

 

紗夜「では、最初は簡単なクエストからやってみましょうか。」

 

友希那「……。」

 

紗夜「湊さん?」

 

友希那「nihonngogasyaberenai」

 

紗夜「はぁ…これでは先が思いやられますね…。」

 

こうして1時間程かかって2人は最初のクエストをクリアした。

 

 

 

 

 

 

帰り道--

 

紗夜「どういう風の吹き回しだったんですか?」

 

友希那「ゲームには協力プレイって言うものがあるそうね。1人で出来ない事でも協力すればクリア出来る。私はそれがどういう事なのかを知りたかったの。」

 

紗夜「協力…ですか……。」

 

友希那「そうよ。」

 

紗夜「本当に変わったんですね…。」

 

紗夜が小さく呟いた。

 

友希那「えっ?」

 

紗夜「何でもありません。湊さんも最初はどうなる事かと思いましたが、最後の方は私のサポートをしつつ、要所要所で適格な攻撃が出来ていましたね。」

 

友希那「そう…それは良かったわ。」

 

紗夜「湊さんにはゲームの才能もあるみたいですね。」

 

そういって紗夜は友希那にゲームを手渡す。

 

友希那「これは…。」

 

紗夜「さっきやったゲームの携帯版です。これならいつでも私とゲームが出来ます。頑張って練習してくださいね…。」

 

友希那「ありがとう、紗夜。やってみるわ…。」

 

そうして、2人は別々の帰路へ着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

病院、香澄の病室前--

 

友希那は紗夜と別れたその足で香澄のお見舞いに来ていたが、中々扉を開けれずにいた。

 

友希那(私のせいで怪我をした彼女にどんな話をすれば良いのか…。)

 

だが、意を決しドアノブに手を掛ける。

 

友希那(いや…決めたはず。リーダーとして為すべき事は、もう一度みんなと向き合う事。そうすれば結束力が深まり、敵の総攻撃だって乗り越えられるはず…。)

 

友希那は病室へ入る。

 

高嶋「あっ、友希那ちゃん!」

 

そこには香澄が元気にシャドーボクシングをしている姿があった。

 

友希那「香澄、もう大丈夫なの?」

 

高嶋「うん!明日退院出来るんだって。」

 

友希那「そう……良かった。」

 

高嶋「なまってるから、戻ったら身体を鍛え直さないと。」

 

友希那「無理だけはしないでね。」

 

高嶋「分かってるよ。」

 

友希那「そうだ、香澄。何かしてほしい事はないかしら?」

 

高嶋「急にどうしたの?」

 

友希那「退院祝いってやつよ。」

 

高嶋「そうだなー……。」

 

香澄から返ってきた言葉は意外なものだった。

 

高嶋「じゃあ、怪我しないで。」

 

友希那「えっ?」

 

高嶋「無事でいる事!それが私からのお願いだよ。自分の事もちゃんと守って。そうでなきゃ守れるものも守れなくなっちゃうから…。」

 

友希那(そうか…香澄は私の愚行を誰より近くで見ていたものね…。)

 

友希那「分かったわ…その約束、必ず守る。」

 

高嶋「うん!絶対だよ!」

 

友希那は香澄と握手し病室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

友希那が丸亀城に帰ったちょうどその時、リサが慌てて友希那の元へとやって来た。

 

リサ「友希那!大変だよ!!」

 

友希那「どうしたのリサ?そんなに慌てて。」

 

リサ「諏訪の蘭から緊急通信が入ったの!!急いで通信室に行って!」

 

そうリサが言うと、友希那は急いで通信室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

丸亀城通信室--

 

友希那「美竹さん!?美竹さんどうしたの!?」

 

蘭『はぁ…み、湊さん…良かった繋がって……。』

 

友希那「何かあったの!?」

 

蘭『はぁ…はぁ…ち、ちょっと手強いバーテックスを退けましてね……。な、何とか犠牲者は出さずに済みましたが…。もう……。』

 

蘭の声が少しずつ小さくなっていく。声を聞いて友希那は察知する。

 

友希那「死なないで、美竹さん!ここや諏訪以外にも生体反応があったの!私達も必ず助けに行くから、希望を捨てないで!!」

 

友希那の目から涙が零れる。

 

蘭『そう…ですか…。まだ希望はあるんですね………。』

 

友希那「そう…そうよ……だから、死なないで……。」

 

蘭は通信機越しに微笑み、

 

蘭『湊さん………。私の大切な友達…………。--------。』

 

 

蘭はそう言い残し、通信は切れノイズだけが通信室に広がる。

 

 

 

友希那「美竹さん……。美竹さんっ……!美竹さん!!!!」

 

 

 

友希那「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

丸亀城に友希那の慟哭が響き渡った--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、諏訪--

 

モカ「言いたい事は言えた?」

 

蘭「うん。私の意思は湊さんが継いでくれるよ…。」

 

モカ「そうだね…。」

 

蘭「モカ…。」

 

モカ「なに…?」

 

蘭「モカが一緒にいてくれたから…私は今日まで頑張ってこれたよ……。」

 

モカ「うん……。最期まで一緒にいるよ、蘭……。ずっとここで見てるから……。」

 

 

蘭「ありがとう………モカ…………。」

 

 




--勇者御記--

もしかしたら……いや、きっと。
……ううん、絶対!
私達の他にも生きている人達は、いる。
そうに決まっている。
たとえば---は、希望が高いみたい。
その人達の為に、私たちはくじけない。


2018年11月 高嶋香澄 記





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決戦の丸亀城


戦闘描写は何回やっても書きにくいです……。


いよいよ丸亀城の決戦に入ります。


 

 

諏訪との通信が途切れてから1時間後、リサが天守閣にいた友希那の元へやって来た。

 

リサ「友希那…。」

 

友希那は涙を拭い、リサに伝えた。

 

友希那「私はもう挫けない。美竹さんが託してくれたから…。」

 

 

 

---

ーー

 

 

蘭『湊さん…。私の大切な友達……。私達の想い、あなたに託します。』

 

 

ーー

---

 

 

リサ「そっか…。」

 

友希那は丸亀城の夕日を仰いだ。

 

友希那(私達はあなた達を決して忘れない…。)

 

そうして、決戦の日がやって来る--

 

 

 

 

 

 

 

樹海、丸亀城天守閣--

 

遠くには空を埋め尽くす程の幼生バーテックスの数々。

 

友希那「敵の数は無数。だが、四国以外にも人類が生きている可能性がある…。そして、諏訪が託してくれた希望の為にも私達は負けるわけにはいかない!必ず四国を守り抜く!!」

 

 

友希那以外「「「おーーーー!!」」」

 

5人の勇者達は円陣を組み気持ちを新たにバーテックスへと挑む。

 

 

 

 

 

 

丸亀城を中心に友希那が正面、香澄が東、あこが西に陣を取りバーテックスを待ち構え、燐子と紗夜が後方で待機。そして長期戦に備え、疲れが出てきた者と後方が後退するという陣形で勇者達は臨む。友希那は深呼吸し気持ちを落ち着かせるが、

 

友希那(苦痛…怒り…憎悪…奴らが殺した人々の無念が私の怒りを掻き立てる……。)

 

友希那の生大刀を握る手に力が入る。だが、

 

高嶋「ゆーきーなーちゃーん!!」

 

友希那「!?」

 

東側の香澄が友希那へ声を掛ける。

 

高嶋「落ち着いて行こーーーーう!!頼りにしてるよ、リーダー!!」

 

友希那「香澄…。」

 

友希那の余計な力が抜ける。

 

友希那(そうよ…私はリーダーとして…。ここに住む人々を守ると決めたの……。)

 

友希那「見ていて…美竹さん……。みんな、作戦開始よ!!!」

 

決戦の火ぶたが切られた--

 

 

 

 

 

 

 

友希那「ふっ!ていっ!!」

 

友希那は幼生バーテックスを次々と切り裂き、

 

高嶋「おりゃー!負けるか!」

 

香澄は磨き抜かれた格闘術で打ち倒していく。

 

あこ「これでっ!どうだっ!」

 

あこはワイヤーを駆使し旋刃盤を操って薙ぎ払った。

 

高嶋「っ!?しまった!」

 

香澄の背中からバーテックスが襲ってきた時は、

 

燐子「危ない…!」

 

後方の燐子が金弓箭で打ち抜く。

 

高嶋「ありがとう、燐子ちゃん!」

 

燐子「任せてください…。」

 

それに加え燐子は、

 

燐子「あこちゃん…!後方から迫ってくる一群がいるから気を付けて…!」

 

あこ「分かった、りんりん!」

 

燐子「香澄さん…!少し前へ出過ぎているので、下がってください…。」

 

高嶋「りょーかい!!」

 

戦場を冷静に見まわし、前衛3人に的確な指示を出している。

 

紗夜「私の出番はまだかしら…。」

 

紗夜は今のところは待機であった。」

 

燐子「心配しないでください…すぐに出番はくると思いますから…。」

 

友希那「くっ!はっ!」

 

正面で戦っていた友希那に疲れの色が見え始めたその時、

 

燐子「友希那さん…!紗夜さんと交代してください…。」

 

友希那「そうね…分かったわ!」

 

燐子の指示で友希那はやって来た紗夜と交代する。

 

紗夜「渋るようだったら無理やりにでも交代させるつもりだったのですが…。」

 

友希那「出るときは出て、下がる時は下がる。ゲームの協力プレイと同じでしょ。」

 

紗夜の冗談に友希那は笑って答えた。

 

友希那「後は頼んだわよ…。」

 

紗夜「ええ…塵殺してみせます。」

 

2人はハイタッチし交代する。中央に下がった友希那は遠くからみんなの戦いを見ていた。

 

友希那(仲間と共に戦う事は、こんなにも心強いものだったのね…。)

 

 

 

 

 

 

暫くの後、燐子が、

 

燐子「友希那さん…。あこちゃんと交代お願いします…。」

 

友希那「分かったわ。」

 

友希那は西側へと飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

友希那「あこ!交代よ。」

 

あこ「友希那さん!」

 

友希那「香澄の援護に燐子を集中させて、1人で守り切るなんてあこもやるわね。」

 

あこ「えへへっ。香澄は接近戦主体で不利だと思ったから。」

 

友希那「後は任せて。」

 

あこ「そうします…さすがに疲れました。」

 

友希那があこと代わり再び構えた時、

 

あこ「友希那さんが後ろで待機してた時、すっごく心強かったです!」

 

友希那「あこ…。」

 

あこ「仲間がいるから安心して休めますし、倒れても大丈夫だって。」

 

あこは笑って友希那に伝え、後方に戻っていった。

 

友希那「私もよ…あこ。」

 

友希那は幼生バーテックスを斬り倒しながら思う。

 

友希那(みんなと…仲間と共に戦って分かった…。強さとは、戦う力だけではないと…。)

 

後方であこが友希那の雄姿を見ている。

 

友希那(仲間に安心感を与える存在…。それもまた強さってことね…。)

 

友希那「だけど、あこ…。1つ間違いがあるわ…。あこは決して倒れない!私がそんな事はさせないから!!」

 

激戦はまだまだ続いていく--

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から約1時間--

 

燐子「敵が引いた…?」

 

幼生バーテックスの大群が後方へと下がったのだ。だが、

 

友希那「いや、やっと全力を出す気になったのね…。」

 

幼生バーテックスが粘土の様に一つに纏まり蛇の形の"進化型"へと姿を変えたのである。

 

燐子「みなさん…気を付けてください…!"進化型"です…。」

 

燐子が後方で前衛に注意を促す。

 

友希那「問題ないわ!」

 

友希那は居合の構えを取り、そのまま"進化型"へ飛び込んでいき真っ二つに切り裂いた。

 

友希那「この程度ならもう!」

 

燐子「まだです…!」

 

燐子が後方で叫んだ。

 

燐子「まだ"進化型"は生きています…。」

 

何と真っ二つになった"進化型"に幼生バーテックスが再び集まってそれそれが独立した個体になり動き出したのだ。

 

友希那「くっ!全身を一気に損壊させないとダメね…。」

 

その時、

 

あこ「あこに任せてください!」

 

後方から炎を纏った旋刃盤が飛んできて2体の"進化型"をまとめて焼き尽くした。

 

友希那「やるわね、あこ。」

 

あこ「どんなもんだい!」

 

友希那「切り札を使ったけど、身体の負担は大丈夫?」

 

あこ「こんなの全然へっちゃらです!!」

 

燐子「それよりも、前を見て下さい…。」

 

4人が見た先にあったものは、

 

高嶋「うわぁーー!」

 

紗夜「大きいわね。」

 

友希那「これも"進化型"なの…。」

 

あこ「これはあこの力でも焼き尽くせないかも。」

 

燐子「今までで最大ですね…。」

 

眼前には先ほどの"進化型"の十倍程の大きさの"進化型"バーテックスが誕生していた。

 

 

 

 

 

 

高嶋「友希那ちゃん!こんな大きいのどうやって倒せばいいの!?」

 

香澄が友希那へ尋ねた。"進化型"は動こうとせず、その場に鎮座している。

 

友希那(確かに大きい…。けど、あれだけ急ごしらえの"進化型"ならどこかにほころびがあるはず…。)

 

友希那は目を凝らし、"進化型"を観察した。

 

友希那「見つけた!!」

 

友希那がみんなに呼び掛ける。

 

友希那「アレの身体にはまだ脆い部分が幾つかある。そこを叩けば倒せるかもしれない…。」

 

紗夜「でも、あそこまでどうやって?敵が沢山います!」

 

あこ「あこに任せて!!」

 

あこはみんなを一度丸亀城へ呼び戻し、"輪入道"を憑依させた旋刃盤を巨大化させ、みんなを乗せて"進化型"まで飛ばしたのである。

 

高嶋「確かにこれなら近づけるね。」

 

あこ「でしょー。」

 

紗夜「でも、まだ問題はあります。どうやって敵を排除して"進化型"まで辿り着くのですか?」

 

友希那「それは私に任せてちょうだい。」

 

友希那が先頭に立つ。

 

紗夜「湊さん。」

 

高嶋「友希那ちゃん。」

 

あこ・燐子「「友希那さん。」」

 

友希那「みんなの事は…私が守る!」

 

そう言うと友希那は立ち塞がる幼生バーテックスの群れへと飛び込んだ。

 

友希那(仲間の為…。思いを託してくれた人達の為…。求めるは「速さ」…!)

 

友希那「来なさい、"義経"!」

 

友希那は切り札を使った。空を飛ぶかの如く速く--

 

 

友希那(もっと速く--)

 

 

友希那は八艘飛びで縦横無尽に幼生バーテックスを蹴散らして行った。

 

燐子「凄い…。」

 

あこ「さっすが友希那さん!」

 

紗夜「そうね…。」

 

高嶋「頑張れー友希那ちゃーん!」

 

天翔ける武人は、行く手を遮る敵を殲滅し終えるとそのまま"進化型"へ追撃する。

 

友希那「今よ!!!」

 

友希那の声を合図に4人も巨大な"進化型"を迎撃する。

 

友希那以外「「「行っけーーーーーっ!!!」」」

 

大きな音を立てて巨大な"進化型"は倒れ、崩れ落ちて行った。

 

友希那(これで…やった…。)

 

みんなの攻撃が命中したのを見届けた後、精霊の憑依が解け友希那の意識が遠くなり、

 

友希那(限界……ね…。)

 

樹海へ落下していった。

 

 

 

 

---

ーー

 

 

友希那は夢を見ていた--

 

友希那「ここは…。」

 

?「「「友希那ちゃん。」」」

 

友希那が後ろを振り返ると、そこには3年前のあの日、救えなかったクラスメイト達が立っていた。

 

友希那「みんな…。3年前のあの日、私はみんなを救えず生き残ってしまった…。だから本当はバーテックスだけでなく私も報いを受けないと…。」

 

クラスメイト「大丈夫だよ…。」

 

友希那「えっ!?」

 

クラスメイト「だって友希那ちゃんが戦ってくれてるお陰で、私達の家族はここで生きてるんだから。」

 

友希那「そうか…。」

 

友希那(命を懸けてこの地を守り続けていく事…それが私が受けるべき報い…。なら……。)

 

友希那「私はあなた達に誓うわ。私はずっと、この地で生きる人々を守り続けると…。」

 

クラスメイト達は微笑み、夢が覚める--

 

 

ーー

---

 

 

?「…きな……。ゆき…。」

 

リサ「友希那!!」

 

友希那「!?」

 

リサに起こされ友希那が目を覚ました。

 

リサ「やっと起きた。大丈夫?」

 

友希那「えぇ…。少し夢を見ていたの。」

 

リサ「どんな?」

 

友希那「優しくも厳しい、そんな夢だったわ…。」

 

リサ「そっか。」

 

リサは微笑んだ。

 

友希那「敵は?」

 

リサ「無事に掃討出来たって。」

 

友希那「そう…。」

 

リサ「友希那とみんなのお陰でこの世界は守られたんだよ。」

 

友希那はホッと胸を撫でおろす。

 

友希那「こっちの被害も…。」

 

その時、

 

高嶋「おーーーーーい!!」

 

大きな怪我も無く香澄、あこ、燐子そして紗夜がこちらにやって来た。

 

友希那「そう。私達は勝ったのね…。」

 

友希那は青空を見上げて勝利の余韻に浸ったのだった。後に"丸亀城の戦い"として後世に伝わるこの戦いは、こちら側に誰の被害も出さずに勇者達が勝利を収めたのである--

 

 




--勇者御記--

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あこが出した結論が……一つある。
バーテックスが元々は--だったとか、
そういうのは一切なしっ!
間違ってたらここの日記全部消しといて!


2018年11月 宇田川あこ 記



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壁の外へ


この章の裏主人公は紗夜です。


紗夜の心情がこの物語をかき乱していくでしょう。




 

 

あこ「壁の外の調査?」

 

リサ「そう。バーテックスの襲撃もしばらくは無いって神託も来たから、大社がこれを機に壁の外に生存者がいないかを調べて欲しいんだって。」

 

燐子「そうですね…。北と南に生存者がいる可能性があると、前に神託がありましたし…。」

 

友希那「諏訪も気になるわ…。」

 

大社は先日の総攻撃後の隙を利用して、勇者達に懸案だった四国外の地域の調査を指示してきたのだった。

 

高嶋「何だかキャンプみたいだね、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「高嶋さん、これは遊びじゃ…。」

 

紗夜が香澄の方を見ると、香澄は目をキラキラさせながら紗夜を見ている。

 

紗夜「そ、そうね…。高嶋さんが嬉しいなら良かった。」

 

あこ「リサ姉、どの道を通ってどっちに行くの?」

 

リサ「それなんだけど…。」

 

リサは地図を広げ5人に説明する。四国から瀬戸大橋を渡って北を目指すルート。各地で生存者や地質・水質を調査しながら、敵襲を想定して徒歩で北の大地を目指す強行ルートだった。

 

高嶋「うひゃー。これは長旅になりそうだね。」

 

友希那「勇者になってしまえば、そんなに苦ではないわ。」

 

リサ「私も通信要員として同行するからね。」

 

燐子「今井さん、危なくないですか…?」

 

リサ「心配ないよ。いざとなったら友希那が守ってくれるから。ねっ!」

 

友希那「ええ。誰一人欠ける事なくここにまた戻ってくるわよ。」

 

友希那以外「「「おーっ!!」」」

 

そして一同は結界の外へと足を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

兵庫県、六甲山--

 

友希那「よし、今日はここで休みましょう。」

 

友希那は抱えていたリサを下ろし、みんなに伝える。

 

あこ「あこ、色々持ってきたんだ。テントとかね。」

 

高嶋「さっすがあこちゃん!!」

 

あこ「いやー照れるよー。香澄もっと褒めて。」

 

高嶋「日本一っ!!」

 

紗夜「そんな事より灯りを早く確保しましょう。私は薪になる物を探してきます。」

 

そう言うと紗夜は森へ入っていった。

 

あこ「あこと香澄はテントを張るよ。」

 

高嶋「頑張るよ、あこちゃん!」

 

2人はテントの準備に取り掛かる。

 

燐子「私は、水を探してきますね…。」

 

友希那「私も行くわ。リサはここで待ってて。その方が安全だから。」

 

リサ「分かった。じゃあ私はここでご飯の準備して待ってるよ。」

 

燐子「お願いします…。」

 

友希那と燐子は川を探しに向かった。

 

 

 

 

 

 

川を探している2人--

 

燐子「今井さんを守ってあげてなくて大丈夫だったんですか…。」

 

友希那「心配無いわ。香澄とあこもいるし、リサもね。それに…。」

 

燐子「それに…?」

 

友希那「燐子にはお礼を言わないとって思っていたから。先日の戦いはあなたのお陰で勝つ事が出来たから。」

 

燐子「そんな事無いです…。皆さんの力があったからこの作戦が成功したんです…。」

 

友希那「燐子の指揮があってこそよ。もっと自分に自信を持っても良いんじゃないかしら?」

 

燐子「そう…ですね…。」

 

 

 

 

 

 

2人は川を見つけ、水を汲んだ。

 

友希那「これくらいで充分かしらね。」

 

燐子「そうですね…。えっと…。」

 

友希那「どうしたの、燐子?」

 

燐子「私は、今までずっと自分に自信が持てなかったんです…。3年前のあの日だって、あこちゃんに出会ってなかったら私はどうなってたか…。」

 

友希那「あなた達を見ていると本当の姉妹の様に見えるわね。」

 

燐子「あこちゃんは私のヒーローですから…。」

 

友希那「そう…でも、忘れないで。」

 

燐子「え?」

 

友希那「あなたも私達のヒーローなんですから。」

 

友希那が燐子に微笑んだ。

 

友希那「戦う事だけが勇者じゃない。作戦を立てて、しっかりとした指示を出す。これも立派な勇者って言えるんじゃない?」

 

燐子「……はいっ!!」

 

友希那「そろそろみんなの所に着く頃ね。」

 

燐子「あっ…灯りが見えます…。テントも張り終わってますね…。」

 

友希那「急ぎましょう。みんなお腹を空かせて待ってるわね。」

 

燐子「はい…。」

 

あこ「ん!?おーい、りんりーん!!」

 

あこが遠くから戻ってくる燐子に手を振った。

 

燐子「あこちゃん、おまたせ…。」

 

あこ「お腹ぺこぺこだよー。」

 

紗夜「高嶋さん、お疲れ様。」

 

高嶋「ううん。紗夜ちゃんも大変だったでしょ。」

 

紗夜「これくらいなんて事無いですよ。」

 

リサ「よしっ、全員揃った事だしリサさん自慢の料理を食べましょうかね。」

 

あこ「わーーい!!」

 

友希那「では、」

 

全員「「「いただきます!」」」

 

 

 

 

 

 

高嶋「あ〜美味しかった!外で食べるのは格別だね!」

 

友希那「そうね。それにしてもリサ、この料理用具はどこにあったの?」

 

リサ「これ?実は紗夜が見つけてきたんだよね。」

 

友希那「紗夜が?」

 

紗夜「ええ。枝を探してる途中でキャンプ場を見つけまして。そこにあったんです。生存者はいませんでしたが…。」

 

友希那「……。」

 

沈黙が訪れる。

 

高嶋「大丈夫!必ず生存者は見つかる!信じようよ!!」

 

友希那「香澄の言う通りね。明日は神戸を調査しましょう。」

 

燐子「神戸は、大きな都市だから期待が持てるかも…。」

 

リサ「そうと決まれば早めに寝ようか。」

 

あこ「そうだね。あこもう秒で寝れるよ。」

 

こうして夜間は夜襲に備え交代で見張りを立て休んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

神戸--

 

友希那「ここは広いから二手に分かれましょう。」

 

友希那、紗夜、リサと香澄、あこ、燐子の二手に分かれて調査を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

友希那組サイド--

 

友希那達は1時間程歩きまわったが、街は無残な廃墟と化し生存者の影すら見えなかった。

 

紗夜「ここも…全滅ですか……。」

 

友希那「まだ決まった訳じゃ無いわ。」

 

紗夜「気休めにしか聞こえません。この状況で人が暮らせる訳…。」

 

その時、石が落ちる音が微かに紗夜の耳に入った。

 

紗夜「!?」

 

紗夜は血相を変えて音のする方へ走り出す--

 

友希那「紗夜っ!?」

 

慌てて友希那も紗夜を追いかける。

 

友希那「紗夜、何か見つけ……!?」

 

友希那が目にした光景は--

 

 

紗夜「お前…っ!!達が…っ!!」

 

紗夜が大葉刈で幼生バーテックスの死骸を屠っている姿であった。

 

友希那「紗夜…そいつらはもう…。」

 

 

 

 

 

 

しばらくの後、紗夜が落ち着きを取り戻し、

 

紗夜「…行きましょう。」

 

歩き出す。

 

紗夜「…生きている人を探すのでしょう……?」

 

友希那「そうね…。」

 

しかし、神戸では生存者を発見する事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜--

 

リサ「友希那。」

 

落ち込んでいる友希那にリサが声をかける。

 

リサ「しんみりしすぎだよ。まだ1日、無事な地域もきっとあるって。」

 

友希那「ええ。」

 

高嶋「はいはーい。暗い気分は水浴びで流そうよ!!」

 

燐子「寒くないですか…。」

 

あこ「あこも賛成!廃墟の調査で身体が埃っぽいし。」

 

こうして6人は川へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

香澄「流石に冷たいね。」

 

あこ「夏だったらもっと楽しいのに…こうやって……。」

 

あこは香澄に水をかけた。

 

あこ「水のかけ合いとかしてさ!!」

 

高嶋「きゃ!!あこちゃん冷たいよ〜。」

 

香澄も負けじとあこに水をかける。

 

あこ「やったな〜。」

 

高嶋「なにお〜。」

 

あこ「まだまだ〜。」

 

2人の姿を少し離れて友希那、リサ、燐子が見ている。

 

友希那「2人とも元気ね。」

 

リサ「冷たい水に浸かるなら動かない方が良いのに。」

 

燐子「体温を奪われますからね…。」

 

友希那「あんなに動き回るなんて銃撃戦の中に飛び込んでいくようなもの……。」

 

その時、3人に大量の水がかかった。

 

リサ「きゃあっ!!」

 

水をかけたのは言うまでもなく香澄とあこである。

 

高嶋「どうせ動いてもジッとしてても同じなんだから。」

 

あこ「みんなもあこ達と楽しもう!!」

 

その言葉にリサが腹黒い笑みを浮かべる。

 

リサ「…ほう。ならば容赦はしないよ?」

 

あこ・高嶋「「………。」」

 

香澄とあこは生唾を飲み込む。

 

リサ「うおりゃー!」

 

水かけバトルにリサと燐子が参戦し戦いは熾烈を極めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

因みに友希那は我関せずの姿勢で眺めている。

 

友希那「みんな元気ね。」

 

友希那がふと目を横にやると紗夜が岩壁にもたれ遠くを眺めていた。

 

友希那「紗夜…。昼間も様子がおかしかったけれど…。」

 

そこへ香澄がやって来て、

 

高嶋「紗夜ちゃん。そろそろ見張り交代するね。」

 

紗夜「ええ…そうね。」

 

高嶋「みんなと水かけ楽しいよ!!」

 

紗夜「私は遠慮します…。」

 

そうして紗夜は香澄と交代し、1人離れた所で川に浸かった。

 

友希那(香澄相手にも素っ気ない態度…。心身共に過酷な遠征になりそうね。)

 

 

 

 

 

 

 

深夜--

 

外では友希那と香澄が見張りをしていた。

 

高嶋「みんな見張りを交代した途端にぐっすりだね。」

 

友希那「みんなはしゃぎ過ぎよ。」

 

高嶋「明日は大阪だね…。」

 

香澄は大きな欠伸をする。

 

友希那「その後は諏訪、東京、そしてもっと北ね…。」

 

高嶋「先はまだまだ遠いから頑張らないと!!」

 

どんな時でも明るさを絶やさない香澄を見て友希那は思う。

 

友希那「香澄は…強いわね…。戦いの中でも明るく迷いが無い。その強さに私達みんなは助けられてきた…。ねえ。」

 

高嶋「何、友希那ちゃん?」

 

友希那「香澄はどうして勇者として戦っているの?」

 

高嶋「理由かー。あんまり考えた事無かったなー。」

 

香澄は少しの間考え、そして答える。

 

高嶋「頑張ってバーテックスと戦ったら、人を助ける事が出来るでしょ?」

 

友希那「ええ。」

 

高嶋「だから、もっと頑張って人を沢山助け続けてたら…少しづつ元の世界を取り戻していけるって思うから…かな。」

 

香澄は照れ臭そうに答えた。

 

友希那「確かに…その通りね。」

 

友希那(香澄は信じているのね…人の力を…。未来の希望を…。)

 

高嶋「あっ、でもやっぱり1番の理由は勇者って何だかカッコいいからってだけかも!だから、これからも生きてる人を頑張って探そう。"勇者"らしくさ。」

 

友希那「…そうね。きっと明日は生存者が見つかる筈…。」

 

その希望を胸に友希那達は大阪へと足を進めていく--

 

 

 




--勇者御記--


みんなでお出かけをします。
いわば、---という部活の修学旅行、です。
どうか楽しい旅でありますように。
悪いことが起きませんように。
生き延びた人達との出会いがありますように
ルートは--半島は避けるよう言われました。

2019年1月 白金燐子 記


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命のリレー


諏訪に到着です。そろそろ4章も折り返しまできました。


ここから事態は急転直下--





 

 

大阪、梅田--

 

高嶋「ここも酷いね…。」

 

大阪も他の都市と同じく廃墟が並び、人の影は全く見えなかった。

 

友希那「諦めるのはまだ早いわ。手分けして調べましょう。」

 

友希那達は香澄・紗夜、あこ・燐子、友希那・リサの三手に分かれて大阪を捜索した。

 

 

 

 

 

 

 

2時間後--

 

リサ「こっちは誰もいなかったよ。友希那は?」

 

友希那は首を横に振った。

 

高嶋「友希那ちゃーん。」

 

そこへ残りのペアが戻って来る。

 

リサ「どうだった?」

 

高嶋「誰も見つからなかったよ…。」

 

あこ「あこの方もいなかったよ。」

 

友希那「そう…。ここにも生存者はいないのね…。」

 

リサ「燐子は?」

 

あこ「りんりんなら少し早めに戻って、この周辺をまだ探してると思うけど。」

 

その時、

 

燐子「みなさーん…!」

 

燐子が友希那達を呼んだ。

 

友希那「何か見つけた?」

 

燐子「調べたところ、大阪の駅周辺には広い地下街があるみたいなんです…。もしかしたら、まだ中に人が…。」

 

友希那「地下ね…。」

 

紗夜「でも、この様子じゃ…。」

 

紗夜が言う事も最もで、地下街への入り口も既にボロボロになっていたからだった。

 

友希那「それでも、降りてみましょう…。確かめてみないと何も分からないから。」

 

友希那がそう言うと、全員で地下街へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

大阪、地下街--

 

高嶋「誰かいますかー!」

 

香澄が大声で呼ぶも返事は無い。

 

リサ「人がいた痕跡はあるみたいだけど…。」

 

リサが辺りを見回すと、寝袋やゴミ箱に溢れたゴミの山、開けられた非常食などが散乱していた。

 

友希那「もっと奥まで探してみましょう…。」

 

6人は更に奥へ進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

リサ「行き止まりだ…。」

 

しばらく歩くと、友希那達は地下街の1番奥へと辿り着く。

 

友希那「残念だけど、ここにも…。」

 

友希那がそう言った時、足元に何かを見つけた。

 

友希那「これは…。」

 

友希那がそれを手に取る。

 

友希那「日記…かしら……。」

 

それと同時に、

 

あこ「友希那さん!!」

 

あこが何か見つけたようだ。

 

友希那「どうしたの!?」

 

他のみんながあこの元に集まる。

 

紗夜「酷い…地上はボロボロで、地下もこんな…。」

 

紗夜が力無く呟く。

 

友希那「そんな…!?」

 

友希那が目の当たりにしたのは、無残にも転がった人骨の数々だった。

 

 

 

 

 

 

燐子「酷い…。」

 

リサ「ここで一体何が…。」

 

他のみんなもその光景に絶句していた。

 

友希那「…これに何か書いてあるかもしれない……。」

 

友希那はそう言うとみんなに拾った日記を見せる。

 

紗夜「これは、日記ですか?」

 

友希那「ええ…。こうなった原因が分かるかも。」

 

友希那は全員を集め、懐中電灯で照らしながら読み始めた。

 

 

 

 

---

ーー

 

 

2015年某日--

 

地下に潜んでから何日経っただろうか。もう日付も分からない。だから時間の感覚を失わない為にも日記を付けることにした。

 

7月末に突如現れた化け物から逃げて私たちは地下街に逃げ込んだ。みんなで入り口にバリケードを作ったが、私達も外へは出られない。

 

地上は今どうなっているだろうか。お父さんもお母さんももういない…。家族は妹だけ。妹はまだ小学生だ。高校生の私がしっかりしないと。

 

 

 

 

 

 

2015年某日--

 

今日起こった喧嘩で人が亡くなってしまった。食料の奪い合いや意見の対立、弱い者イジメ…化け物から逃げる為に閉じこもっているのに、人間同士で争うなんてバカみたいだ。

 

死体は決められた場所に集められている。放置しておくと衛生上の問題もあるし、精神的にも良く無いからだ。

 

 

 

 

 

 

2015年某日--

 

妹が家に帰りたいと泣き出す。普段はワガママも言わない大人しい子なのに…。

 

妹の泣き声に苛立った大人が外に出すかしろと言ってきた。そんな事はさせない。妹は私が守るんだ。

 

 

 

 

 

 

2015年某日--

 

今日のご飯は栄養補助食品2個とスナック菓子半袋。食料問題で大人達が話し合っている。弱い者を見捨てて食料を節約するべきだと主張する人、バリケードを解いて外に出るべきだと主張する人。今日も結論は出なかった。

 

外に化け物はまだいるのだろうか。誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

2015年某日--

 

妹に元気がない。呼びかけると返事はするが上の空だ。何かの病気かもしれない。

 

 

 

 

 

 

2015年某日--

 

今日も妹は元気が無い。でもどうする事も出来ない。

 

 

 

 

 

 

2015年某日--

 

病院に連れて行かないと--

 

 

 

 

 

 

2015年某日--

 

妹が返事をしない。

 

どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 

 

 

 

 

 

2015年某日--

 

酷い争いが起こった。一部の人達が勝手に食料節約の為と老人と病人を殺し、その人たちも別の人達にすぐ殺された。もう訳が分からない。

 

私の妹も殺されてしまった。私ももう死んでも良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

2015年某日--

 

地上へ出ようと訴えていた人達がバリケードを壊してしまった。

 

化け物が次々と雪崩れ込み、防火シャッターも簡単に壊されてしまった。

 

きっとあの化け物は私達が自滅する事を分かってて放置していたんだろう。

 

私は今死体置き場にいる。

 

最期は、妹と一緒に迎えようと思う--

 

 

 

 

ーー

---

 

 

日記はここで終了していた。

 

友希那「これが、その結末だって言うの…。」

 

リサ「人間同士の殺し合いで…。」

 

高嶋「神の裁きって事…?」

 

燐子「酷すぎます…。」

 

あこ「あこ達がここにいれば…。」

 

友希那「………!?」

 

友希那は後ろに何かの気配を感じ、生大刀に手を掛ける。

 

友希那「ここにもう生き残りはいない…。脱出して次の街に向かうわよ!!」

 

目線の先には幼生バーテックスが迫ってきていた。友希那を先頭にみんなは走り出すが、紗夜は死体置き場を見つめていたままだった。

 

友希那「紗夜!?」

 

紗夜「ええ…分かっています。」

 

紗夜(強大な敵に立ち向かえず、人間同士で争い奪い合った。無力で醜く弱い人達--。危機が迫って追い詰められれば、四国の人達もきっと同じ様な結末を…。)

 

紗夜はそんな事を思いながらバーテックスへと斬りかかる。

 

紗夜(私は…そうはならない!私には勇者の力がある。あんな惨めな死に方なんて絶対に嫌……!!勇者として最後まで敬われて生きていきます…!!)

 

こうして様々な思いを抱えつつ、一同は大阪を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

愛知、名古屋--

 

あこ「やっとここまで来たね、りんりん。」

 

燐子「本州も半分ってところだね…。」

 

高嶋「紗夜ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」

 

紗夜「ええ。大丈夫ですよ、高嶋さん。」

 

友希那「よし、じゃあここも大阪の様に三手に分かれて探索しましょう。」

 

友希那の言葉を合図にそれぞれは三手に分かれて探索を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

あこ、燐子サイド--

 

あこ・燐子「「……。」」

 

2人とも、大阪での出来事があったからか無言で探索を続けている。

 

燐子「ねえ…あこちゃん……。」

 

燐子が口を開いた。

 

あこ「何?」

 

燐子「あこちゃんはあの日記を見て……ううん、やっぱり何でも無いよ…。」

 

燐子はなるべく思い出さない様、話を途中で止めた。

 

あこ「りんりん…。あこはそんな事はさせないよ!」

 

燐子「あこちゃん…?」

 

あこ「どんな事があってもあこはりんりんを守るから。初めて勇者になった時…りんりんに会った時そう誓ったんだ!」

 

あこは笑顔で燐子に答える。

 

あこ「もちろんりんりんだけじゃ無いよ。他の人達だってあこが守る。四国を大阪の様にはさせないよ!!」

 

燐子「そう…だね…!」

 

あこ「っ!?」

 

だが、あこは眼前に何かを見つけ目の色が変わった--

 

 

 

 

 

 

紗夜・高嶋「「っ!?」」

 

紗夜「爆発!?」

 

高嶋「あこちゃん達の方向だ…行こう、紗夜ちゃん!」

 

友希那組と香澄組は、突然の爆発音を聞きあこ達の方へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

友希那・リサ「「あこっ!!」」

 

高嶋「あこちゃん!!」

 

紗夜「宇田川さん!!」

 

友希那達があこと燐子の元へと駆けつける。

 

燐子「友希那さん…皆さん…。」

 

友希那達が見たものは、

 

 

 

あこ「はぁ…はぁ…。」

 

切り札である"輪入道"の力を使い辺りを燃やし尽くしていたあこの姿だった。

 

友希那「何があったの!?」

 

燐子「実は…。」

 

 

 

 

---

--

 

 

あこ「!?」

 

燐子「どうしたの、あこちゃん…?」

 

あこ「りんりん、離れて!!」

 

燐子「?」

 

あこ「来い、"輪入道"!!」

 

燐子を下がらすといきなり切り札を使い辺り一面を燃やし尽くしたのだった。

 

燐子「あっ…!?」

 

その際燐子は見たのだった。今にも生まれてきそうなバーテックスの卵の数々を--

 

 

ーー

---

 

 

友希那「そうだったのね…。」

 

あこ「はぁ…はぁ……。」

 

肩で息を切らしながらあこが戻ってきた。

 

あこ「驚かせちゃったね、りんりん…。」

 

燐子「大丈夫だよ…。」

 

リサ「もうっ、いきなり切り札を使うなんて無茶なんだから…。」

 

リサがあこを諭す。

 

あこ「ごめん、リサ姉…。奴らの卵を見たらついカッとなってさ……。」

 

燐子「……!」

 

燐子は何も言わずあこを抱きしめた。

 

あこ「っ!?りんりん!?」

 

燐子「あこちゃん……。その気持ちだけで、私は嬉しいよ…。みんなで力を合わせて守っていこうね…。」

 

あこ「りんりん……。」

 

あこも燐子を抱きしめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

高嶋「やっと見えてきたね!」

 

紗夜「諏訪まであと一息って感じですね。」

 

燐子「あこちゃん…大丈夫?」

 

あこ「ちょっと疲れただけだよ…心配しないで、りんりん…。」

 

燐子「まだどんな影響があるか分からないから気をつけて…。」

 

あこ「ありがとう…。」

 

友希那「やっとここまで来たのね…。美竹さん……。」

 

リサ「行こう、友希那。彼女も知ってほしいはずだよ、友達だった友希那に諏訪の結末を…。」

 

友希那「…そうね…行きましょう。」

 

友希那達は諏訪に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

諏訪大社本宮--

 

友希那とリサは荒れ果てた諏訪大社を捜索していた。

 

友希那「執拗に破壊されてるわね…。」

 

リサ「ここが結界の要だったからかな…。」

 

友希那は拳を強く握りしめた。その時、

 

あこ「友希那さーん!!ちょっとこっちに来てくださーい!」

 

大社の外からあこが友希那を呼んだ。

 

友希那「何か見つけたの、あこ?」

 

あこ「これ見てください。」

 

友希那「これは…畑?」

 

あこの隣には一面耕された後があった。

 

燐子「正確には、畑だった場所ですが…最近まで人の手が加わった感じがあります…。」

 

友希那「何か手がかりになる物が無いか探しましょう。」

 

友希那達は畑だった場所を捜索し始める。

 

 

 

 

 

 

しばらくして、

 

香澄「ん?何か埋まってるよ!」

 

香澄が掘ると、木の箱が埋まっていた。中を開けると、そこには1つの鍬と一通の手紙が。

 

友希那「これは…。」

 

友希那は手紙を読む。

 

 

 

 

---

ーー

 

 

もしこれを見つけたのが湊さんでなければ、どうかこれを四国の勇者である彼女に渡していただければと思います。

 

バーテックスが現れた日から既に3年程になります。諏訪の結界も切迫した状況になってきました。ここはもう長くは保たないでしょう。

 

けれど、まだ湊さんの四国は残っています。人間はこれまでどんな困難に見舞われても、再興して来ました。諦めなければきっと大丈夫。

 

湊友希那さん…まだ会った事の無い私の大切な友達…。あなたに出会えた事を私は嬉しく思います。あなたが戦いの中でも無事であるよう、世界があなたの元で守られていくよう願っています。

 

人類を守り続けるのがたとえ私じゃなかったとしても、湊さんの様な勇者が守り続けてくれるのであれば良い。

 

私はそこに繋げる役目を果たします…。

 

 

 

 

ーー

---

 

 

それは諏訪をたった1人で守り続けて来た勇者、美竹蘭からまだ会った事の無い友希那へ宛てた最期の手紙であった。

 

友希那「美竹…さん……。」

 

紗夜「結局、ここも全部壊されて…。」

 

友希那「それは違うわ、紗夜…。」

 

友希那は涙を拭いながら答える。

 

友希那「まだ、これが残ってる…。」

 

友希那は紗夜に一緒に入っていた鍬を見せた。

 

友希那「これは美竹さんから引き継いだバトンよ…。」

 

そう言いながら、友希那は鍬を見つめる。

 

友希那「やっと会えたわ…美竹さん……。あなたの遺志は確かに私達が引き継ぐから…。」

 

 

 

 

 

 

 

リサ「そう言えば、さっき境内でこんな物を見つけたんだけど。」

 

リサはみんなに小さな麻袋を見せ、中身を出した。

 

燐子「これは、蕎麦の種…他にも色々な種類の作物の種があります…。」

 

友希那「……。」

 

友希那は畑の跡を見つめ少し考える。

 

友希那「みんな…。」

 

友希那にみんなが賛同する。友希那たちは蘭が残した鍬で畑を耕し、そこにその種を植えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

全部の作業が終わる頃には外は暗くなっていた。

 

リサ「よし、これで完了だね。この鍬と残った種は四国に持ち帰っ…。」

 

その時、リサがフラつき友希那が支えた。

 

友希那「リサ!?大丈夫?次の街へ移動する前に少し休みましょう。」

 

リサ「ううん…違う…。違うんだよ、友希那…。」

 

友希那「?」

 

リサ「神託があったんだよ…四国が再び危機に晒されるって…。」

 

 




--勇者御記--

私が産まれ育った土地は
神話の里とも呼ばれています。

あの日、神社で授かった力は
迫り来るものへの--。
これでまた、いつもみたいに皆を守る。
守りたい。

2019年2月 高嶋香澄 記



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絆の深め方


やっとバンドリ要素を出す事が出来ました。

次回……--




 

 

リサ「四国が再び危機に晒されるって…。」

 

諏訪にて神樹様からの神託を受けたリサはそうみんなに告げた。

 

友希那「やむ終えない、一旦四国へ戻りましょう。」

 

友希那達は調査を切り上げ、急ぎ四国へと戻ったのだった。

 

 

---

 

 

丸亀城敷地内--

 

高嶋「手加減はしないからね、友希那ちゃん!」

 

友希那「当たり前よ。最初の頃の様にまた返り討ちにしてあげるわ!」

 

高嶋「言ったなー!!あの時とは違うからね!」

 

友希那「本気で来なさい!!」

 

友希那と香澄、バーテックスの襲来が始まる前に一度対戦はしていた2人が再び合間見えようとしていた。何故こうなったのか、時は少し前に遡る。

 

 

---

 

 

友希那以外「「「レクリエーション?」」」

 

友希那「そうよ…。」

 

燐子「それって、何をするんですか…?」

 

友希那「ズバリ、模擬戦よ!」

 

友希那は黒板で説明する。

 

友希那「戦場は丸亀城の敷地全域。勝ち残った者は他のメンバーへ自由に命令出来て、敗者は必ずそれに従う。」

 

燐子「バトルロワイヤルと王様ゲームを合わせた感じですね…。」

 

高嶋「何か面白そうだね、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「ええ。でも、レクリエーションで模擬戦だなんて…。」

 

リサ「何だか友希那らしいね。」

 

リサが言うと、みんなが笑い出した。

 

友希那「何よ…。」

 

友希那(リサが神託を受けて遠征から戻って来たけど、危機が訪れる時期も規模もまだ判然とはしていない…。それに人心を操作する大社のやり方にも疑問はある…。)

 

友希那達が戻って来てからテレビや新聞では"遠征は成功した"だとか"生存の可能性あり"等と本当の事は隠した報道が日夜されていた。

 

友希那「みんなそれぞれ思い悩む事はあると思う…。でも、だからこそ…楽しむ時間が必要だと思ったの。」

 

あこ「あこも参加します!!」

 

燐子「私も…やれるところまでは頑張ります…。」

 

高嶋「もちろん、私も参加するよ!紗夜ちゃんは?」

 

紗夜「高嶋さんが参加するなら私もやります…。」

 

リサ「よし、じゃあみんな位置に付いて。審判はこの私、今井リサさんがやるよー。」

 

5人はそれぞれ離れた位置に付いた。

 

リサ「それじゃあ、勇者王決定戦開始ー!!」

 

 

---

 

 

と言った流れである。友希那が木刀で香澄を攻めるが、香澄は両手の籠手で防ぎながら蹴りを入れる。

 

友希那「っ!?」

 

だが、友希那も紙一重で躱して香澄と距離を取った。

 

友希那「やるわね、香澄!」

 

高嶋「へへーん。前に友希那ちゃんに足技も使った方が良いって言われたからね!」

 

友希那「安易に塩を贈るのでは無かったわね。」

 

高嶋「まだまだ、こんなものじゃないよー。」

 

そう言うと、香澄は一気に距離を詰め、

 

友希那「しまったっ!?」

 

香澄はアッパーで友希那の木刀を吹き飛ばした。

 

高嶋「これで終わりだよっ!」

 

友希那「甘いわよっ!」

 

友希那は鞘に手を掛け木刀の様に振るったのだ。

 

高嶋「っ!?」

 

意表を突いた反撃だったが、

 

友希那「何っ!?」

 

草の影から紗夜が飛び出し、友希那の攻撃を木鎌で受け止めた。

 

高嶋「紗夜ちゃん!?」

 

友希那「紗夜!?」

 

これには2人も驚く。

 

紗夜「……っ!!」

 

紗夜(潰し合いの隙を突く為に隠れていたのだけれど、高嶋さんのピンチについ出てきてしまった…。)

 

高嶋「ありがとう、紗夜ちゃん。助かったよ!!」

 

紗夜「ええ…気にしないでください。」

 

友希那「これで2対1って事ね…。」

 

友希那は再び距離を取る。

 

?「違うよ。3対1だよ、友希那さん。」

 

そこにあこも割り込んできたのだった。

 

友希那「良いわよ…かかって来なさい。」

 

友希那が不敵な笑みを浮かべる。

 

友希那「居合の真価を見せてあげるわ…。」

 

まず紗夜が友希那に飛びかかるが、

 

紗夜「うっ!!」

 

友希那は紗夜の懐に入り込み木刀で吹き飛ばす。次に、吹き飛んだ紗夜にほんの一瞬気を取られた香澄に近付き攻撃し、木刀で吹き飛ばした。

 

高嶋「あちゃーやられちゃった!!」

 

あこ「友希那さん、手加減無しだよ…。」

 

そして友希那はあこに狙いを定めたが、あこは逃げ出し草むらに身を潜めた。

 

友希那「あこ、逃げる気?」

 

あこ「撤退も戦略の内です!!」

 

友希那は天守閣で審判しているリサに聞いた。

 

友希那「残ってるのは後誰かしら?」

 

リサ「友希那とあこだけだよ。」

 

友希那「燐子は?」

 

リサ「初めの方であこに負けちゃった。」

 

友希那「残りはあこだけね…。」

 

友希那は屋根から辺りの森を見回す。

 

友希那(何処から攻めてくる…?)

 

友希那「っ!?」

 

すると微かに木々の音がし、友希那目掛けてワイヤー付きの木の盾が飛んできた。

 

友希那「甘いわっ!!」

 

だが、友希那はそれを木刀で受ける。

 

あこ「外したっ!?」

 

友希那「見つけたわよ、あこ!」

 

友希那がワイヤーを辿り、あこ目掛けて飛び出した。

 

あこ「なーんてね。」

 

その時、友希那の後方から木製の矢が飛んできて、友希那の木刀を叩き落としたのである。

 

友希那「何っ!?」

 

燐子「今だよ、あこちゃん…!」

 

あこ「よーしっ!!」

 

あこはワイヤーを操作して空中で身動き取れない友希那の脇腹に木の盾を当てたのだった。

 

友希那「くっ…!!この矢は燐子の!?」

 

友希那は天守閣を見上げる。

 

友希那「でも、さっきリサは燐子はもう脱落したって…。」

 

リサ「ごめんね、友希那。」

 

リサはスマホの画像を友希那に見せた。

 

友希那「っ!?」

 

そこにあったのは--

 

 

 

友希那が道端の猫を抱え、嬉しそうに笑っている写真だった。

 

友希那「買収されたのね…。」

 

友希那は膝から崩れ落ちる。

 

友希那「いつ撮ったの…燐子……。」

 

そこへあこがやって来た。

 

あこ「あこが敵を引き付けて、その隙にりんりんがクロスボウで倒す。逃げたところからあこ達の作戦だったんですよ。」

 

友希那「……私の負けね。」

 

あこ「作戦成功っ!あこたちのチームワークの勝…ぶべっ!!」

 

そこへあこ目掛けて木の矢が飛んできて、あこに命中し、あこは倒れる。

 

あこ「!?」

 

燐子「これで、あこちゃんもリタイアだよ…。」

 

そこへ現れたのは燐子だった。

 

燐子「2人とも、ツメが甘いです…。私の計画通りですね…。」

 

友希那・あこ「「えっ…!?」」

 

リサ「優勝は燐子っ!!」

 

リサが高らかに宣言する。

 

友希那・あこ「「えええええっ!!」」

 

あこ「1番の敵はりんりんだったって事かー。」

 

燐子「ごめんね、あこちゃん…。」

 

こうしてレクリエーションは燐子の優勝で幕を閉じた。

 

 

---

 

 

丸亀城、教室--

 

あこ「優勝者はりんりんで決まったけど…。」

 

友希那「何かしたい事はある?」

 

燐子「えっと、じゃあ…。」

 

 

--

 

 

燐子以外「「「バンドをやってみたい!?」」」

 

燐子「はい…。以前、テレビで見てみんなでやってみたいなって…ダメ、でしょうか…。」

 

紗夜「優勝者のお願いは絶対だから拒否する権利はありません。」

 

リサ「面白そうっ!やってみよう!!」

 

リサは大社へ連絡し音楽室に楽器を用意してもらった。

 

 

---

 

 

音楽室--

 

リサ「まずはパートをどうしようか。」

 

あこ「はいっ!あこはドラムが良いです!何か縁の下の力持ち的な感じで。」

 

燐子「じゃあ、私はキーボードにします…。」

 

高嶋「ねぇ紗夜ちゃん、私とギターやらない?」

 

紗夜「高嶋さんがそう言うなら、やりましょう…。」

 

高嶋「残りは…ベースとボーカルだね。」

 

リサ「私がベースやるから、友希那はボーカルやって。」

 

友希那「えっ!?何で私が…。」

 

リサ「友希那はリーダーだし、いつもみんなを鼓舞してるからボーカル似合ってるって。」

 

友希那「でも…。」

 

そこへ燐子が、

 

燐子「友希那さん…お願いします…。」

 

リサ「だって。優勝者のお願いは絶対でしょ。」

 

友希那「…分かったわ……。」

 

こうして、

 

 

ドラム・あこ

キーボード・燐子

ベース・リサ

リードギター・紗夜

ギター・香澄

ボーカル・友希那

 

 

に決まり、曲作りと楽器練習に取り掛かった。

 

 

---

 

 

1週間後--

 

リサ「よし、合わせてみよっか。」

 

リサがみんなを集め、演奏の準備をする。せっかくだからと明日香にお客として来てもらった。

 

あこ「来てくれてありがとね、明日香。」

 

燐子「忙しくなかった…?」

 

明日香「大丈夫だよ。せっかくあこと燐子が誘ってくれたんだから無理矢理にでも時間作るよ。」

 

友希那「それじゃあ、みんな準備は良いかしら?」

 

リサ「オッケー!」

 

あこ「はい!」

 

燐子「大丈夫です…!」

 

高嶋「バッチリ!」

 

紗夜「問題ありません。」

 

友希那「それじゃあ行くわよ--」

 

 

 

 

友希那「-HEROIC ADVENT-」

 

 

 

〜♩

 

 

--

 

 

友希那「どうだったかしら?」

 

明日香は立ち上がって拍手した。

 

明日香「最高だよ。たった1週間でこれだけの完成度はさすが勇者だね。」

 

明日香がみんなを褒め讃える。

 

リサ「みんな必死で練習したもんね。」

 

あこ「あこ、頑張りすぎてマメ出来ちゃいました。」

 

燐子「頑張った証拠だよ…。」

 

高嶋「紗夜ちゃんも完璧だったよ!」

 

紗夜「高嶋さんも上出来でした。」

 

みんながみんなを褒め合った。

 

友希那「燐子…。満足出来た?」

 

友希那が燐子に尋ねる。

 

燐子「はい…っ!!大満足です…!」

 

燐子は笑顔で答える。

 

あこ「もう一回、もう一回演奏しよう!」

 

あこが言った。

 

リサ「良いね、アンコールってやつだね。」

 

友希那「仕方ないわね…。」

 

こうして7人は束の間のひと時を満喫したのだった。

 

 

---

 

 

夕方--

 

燐子「紗夜さん…。」

 

明日香が大社に戻った後、燐子は紗夜に声をかけた。

 

紗夜「何かしら?」

 

燐子「実は、紗夜さんにはもう1つだけお願いがあるんです…。」

 

紗夜「えっ?」

 

燐子がそう言うと、他の4人も紗夜の元へ集まり、燐子は1枚の紙を紗夜に渡した。

 

紗夜「これって…。」

 

高嶋「みんなで紗夜ちゃんの為に作ったんだよ。」

 

あこ「学年が変わるだけで、紗夜さんはずっとここにいるけどね。」

 

リサ「だけど、形だけでもこう言う行事はやっておいた方が良いでしょ?」

 

高嶋「私もそう思うよ。」

 

燐子「紗夜さんへのお願いは………。この卒業証書を受け取って下さい…です…。」

 

燐子が紗夜に渡したのは手作りの卒業証書。

 

紗夜「そう…ですか…。」

 

紗夜はそれを手に取り、

 

紗夜「お願いなら…仕方ないですね…。」

 

顔を赤らめながら受け取ったのだった。

 

 

--

 

 

あこ「そうだ!あこたちのバンド名どうしましょうか?」

 

友希那「そう言えばまだ付けてなかったわね。」

 

リサ「何か良い案無い?」

 

友希那「うーん、紗夜どう?」

 

紗夜「そうですね…私達勇者は花をモチーフにした勇者装束を着てるって事から考えると…。」

 

あこが丸亀城を見回した。

 

あこ「周りに植わってる花は薔薇と椿ぐらいですねー。」

 

紗夜「薔薇と椿。"Rose"と"Camellia"…。」

 

紗夜が暫し考え案を出した。

 

紗夜「いっその事合わせて"Roselia"なんてどうでしょう…。」

 

あこ「良いですね、"Roselia"!」

 

高嶋「カッコいいよ、紗夜ちゃん!!」

 

燐子「私は、依存無しです…。」

 

リサ「私も。紗夜も中々やるねー。」

 

友希那「そうね…。私達らしいわ。」

 

こうして友希那達、"Roselia"は再び来たる襲撃に備え絆を深めていくのだった。

 

 




--勇者御記--

強力な技には代償が伴う。
精霊の力を使う切り札は、
勇者の身体に--が溜まる可能性があります。

2019年3月 白金燐子 記




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世界で一番の姉妹


"進化型"を超える"完成型"バーテックスが勇者達を襲います。

どれだけ神世紀の勇者システムが優れているかが解るでしょう。




 

 

友希那達がバンド"Roselia"を結成した日の夜--

 

燐子「じゃあ、電気消すね…あこちゃん…。」

 

あこ「良いよー。」

 

2人はあこの部屋で同じベッドに入って寝ようとしていた。

 

あこ「こうしてると本当の姉妹みたいだね、りんりん。」

 

燐子「そうだね…。」

 

あこ「でも、その時はもちろんあこがお姉さんだよ。」

 

燐子「そうかな…?私の方が、背が高いよ…。」

 

あこ「ぐっ…。あこの方が先輩だもん。だから、りんりんは妹!」

 

燐子「そうだね…。」

 

燐子は笑った。

 

燐子「きっと、私が妹で…あこちゃんがお姉さん…。」

 

あこ「でしょー!」

 

あこは燐子に抱きついた。

 

あこ「あことりんりんは世界一の仲良し姉妹だよ!!」

 

燐子があこの袖を掴む。

 

燐子「次のバーテックスの襲来…あんまり無理しないでね…。」

 

あこ「新しくあった、"今までに無い事態が起こる"って言う神託があったから?」

 

それはバンドをやると決め、練習をしていた1週間の間にリサから言われた新しい神託の事だった。

 

燐子「うん…。それに…あこちゃん……名古屋で"切り札"を使ってから調子良くないでしょ…。」

 

あこ「っ!?」

 

あこが少し動揺した。

 

燐子「"切り札"は人の身に人外である精霊の力を宿す力…どんな悪い影響があるかまだ解明されてない…。だから……。」

 

そこで、あこが燐子の話を遮る。

 

あこ「分かってる。だからそんな顔しないで。みんなで力を合わせればきっとなんとかなるよ。」

 

あこは包み込む様な笑顔で燐子に笑いかけた。

 

燐子「…うん。」

 

そうして2人は眠りについた--

 

 

---

 

 

2019年3月末日--

 

勇者達のスマホがけたたましい音を立てる。

 

 

 

 

--樹海化警報--

 

 

 

 

勇者達5人とリサは天守閣へと向かう。

 

高嶋「とうとう来たね…。紗夜ちゃんは大丈夫?」

 

紗夜「ええ…。こちらの準備は整ってます。」

 

燐子「……。」

 

あこ「大丈夫?りんりん?」

 

前回の戦い以上の激闘が予想される今回の出撃--

 

 

 

そしてリサが受けた神樹からの新たな神託--

 

 

 

燐子の呼吸が早くなり、動悸が激しくなる。

 

燐子「はぁ…はぁ……。」

 

だが、そこへあこが燐子の側までやって来て、

 

あこ「落ち着いて、りんりん。深呼吸だよ。」

 

燐子「…うん…。すぅーっ…はぁーーっ…。」

 

燐子(あこちゃんの声を聞くと、不思議と気持ちが安らぐ…。)

 

あこ「落ち着いて来たね!」

 

燐子「うん…ありがとう、あこちゃん…。もう大丈夫だよ…。」

 

 

 

燐子から恐怖が取り除かれる--

 

 

守る為の力が湧いてくる--

 

 

友希那「それじゃあみんな…行くわよ!!」

 

高嶋・あこ・燐子・紗夜「「「はいっ!!!」」」

 

5人は勇者システムを起動し、勇者へと変身する--

 

 

 

同時に、世界が樹海へと変わっていった--

 

 

---

 

 

樹海--

 

友希那「今回は燐子の提案通り、出来る限り"切り札"の使用は控えようと思う。」

 

燐子は勇者になってから今まで"切り札"を使った時に人体に与える影響を調べていた。そうしていく中で、何かしら悪影響を与えるのではないかという予測を立てていたのだった。

 

紗夜「しかし、状況次第では使わざるを得ない場合もあります…。」

 

紗夜の言う事も最もである。

 

燐子「でも…大社からも出来る限りの使用は控えると言われましたし…。」

 

高嶋「私は燐子ちゃんの案に賛成だな。」

 

香澄が2人に割って入った。

 

高嶋「使わないに越した事はないよ。みんなで力を合わせて頑張ろう?ね?」

 

紗夜「高嶋さんがそう言うなら…。」

 

あこ「あこ、みんなで何処か行きたいです!みんなで勝ってお花見でも行きましょう!!」

 

高嶋「それ良いね!近くの公園の桜、今見頃だもんね。」

 

燐子「私も、お弁当作るよ…。」

 

友希那「そこまでよ。」

 

友希那が手を叩き、注意する。

 

友希那「作戦方針も決まったところで、気合いを入れましょう…。」

 

5人は武器を構える。

 

友希那「散会!!」

 

友希那と香澄、紗夜は前衛で敵を殲滅。あこと、燐子は遠距離からのサポートで幼生バーテックスの一群を蹴散らしていく。

 

あこ「数は前より少ないみたいだね、りんりん。」

 

燐子「そうだね…これならみんな大丈夫…。後は…。」

 

燐子は金弓箭で次々と撃ち落としていく。

 

燐子(この前の様な"進化型"を阻止すれば…。)

 

勇者達は戦況を有利に進めていた。だが、一群が勇者を引き付けている内に、二群が、少し離れた場所で融合し進化を始めていたのである。

 

あこ「っ!?まずいっ、りんりんあっち!?」

 

あこが融合し始めている幼生バーテックスの群れに気付く。

 

燐子「くっ…!」

 

燐子は金弓箭でバーテックスを倒していくも、数が多く進化を止められない。

 

燐子「数が多い…。」

 

あこ「りんりん!"切り札"を使うよ!!」

 

あこが"切り札"を使おうとしたその時、

 

燐子「あこちゃん、待って…!!」

 

あこ「!?」

 

燐子「あこちゃんは手を出さないで…私が行く…。」

 

そう言うと燐子は金弓箭を構え、

 

燐子(願うは殲滅……あらゆるものを凍らせる雪と冷気の具現化にして死の象徴…。)

 

燐子「お願い!"雪女郎"--」

 

 

 

次の瞬間、燐子の勇者装束が変化し真白き着物を着たかの様な姿へと変わった。

 

燐子「あの敵は…私が倒す…!!」

 

燐子は金弓箭を構えた先に広範囲に渡る吹雪を放出し、幼生バーテックスを融合途中の個体含め氷漬けにしていった。同時に樹海内の温度が下がっていく。

 

高嶋「さ、寒いよ〜。」

 

紗夜「これが、白金さんの力…。何も見えないわ…。」

 

燐子「皆さん…!危険ですから動かないでください…。」

 

友希那「良いの?"切り札"を危険視していたのは燐子自身だったのに。」

 

友希那がそう言うのも無理はない。戦闘前に燐子が"切り札"の使用を控えるという提案をしたのだから。

 

燐子「…私はまだ1回だけ、それもほんの少しの間しか"切り札"は使ってません…。ですから、他の皆さんよりは安全だと思います…。」

 

あこ「全く、りんりんも無茶するなー。」

 

辺り一面の幼生バーテックスを凍らせ一掃した燐子は吹雪の放出を止めた。

 

燐子「…ふぅ。」

 

あこ「やったね、りんりん!ほとんど片付いたよ。後は残りの奴らを--」

 

 

 

その時だった--

 

 

 

紗夜「何ですか、あれ…!?」

 

高嶋「あんな"進化型"今まで見た事無い…。」

 

 

 

霧の向こうから"それ"はやって来た--

 

 

 

 

燐子「あれは……"蠍"…!?」

 

あこ「前の"進化型"よりデカイよ、こいつ…。」

 

友希那「今までのバーテックスとは違う…。」

 

幼生バーテックス、最初の襲撃で現れた角付きの"進化型"を複数引き連れて巨大な"蠍型"のバーテックスは勇者たちの前へやって来た--

 

 

--

 

 

突如現れた"進化型"を凌ぐ巨体のバーテックスを前に、友希那達勇者に緊張が走る。

 

紗夜「"進化型"の更に上だとでも言うの…。」

 

友希那「長い尻尾に先端の針…。まるで蠍ね…。」

 

燐子「"進化型"以上のバーテックス…。"完成型"とでも言うの……。」

 

燐子が手をこまねいている間、前衛の3人からスマホに通信が入る。

 

高嶋「この数はまずいよ、燐子ちゃん!!」

 

友希那「迷ってる場合では無さそうよ…。」

 

紗夜「使います…"切り札"!」

 

燐子「皆さん、待ってください…!!」

 

だが、燐子の説得虚しく、

 

高嶋「行くよ、"一目連"!!」

 

友希那「来い、"義経"!!」

 

紗夜「来なさい、"七人御先"!!」

 

友希那、香澄、紗夜はそれぞれ"切り札"を使用し、"完成型"の周りのバーテックスを倒し始めてしまった。

 

燐子(結局、みんな力を使ってしまった…。)

 

あこ「りんりん、危ないっ!」

 

燐子「っ!?」

 

"完成型"が燐子目掛けて針を突き刺してきたのである。

 

燐子「間一髪…。」

 

だが、ギリギリのところであこが"切り札"の"輪入道"の力で旋刃盤を巨大化させ、燐子をそこに乗せて攻撃を躱したのだった。

 

燐子「あこちゃん…っ!」

 

あこ「ギリギリだった…。一旦距離取るよ。」

 

燐子「うん……うっ!!」

 

急に燐子が左腕を抑え痛み出した。

 

あこ「り、りんりん!?」

 

さっきの"完成型"の針が燐子の左腕を掠っていたのだ。傷口が段々と紫色に変色し始める。

 

燐子「…あの針、毒があるみたい……。」

 

あこ「あいつ…!!」

 

燐子「大丈夫…。右腕だけでも戦えるよ…!」

 

あこ「くっ…分かった。」

 

2人は辺りを見回し体制を立て直す。

 

あこ「くっ…友希那さん達はこっちまでカバー出来無さそうだよ。りんりん、2人で行くしかない!!」

 

燐子「うん…なら2人の同時攻撃で…!!」

 

あこは旋刃盤に炎の力を、燐子は矢に冷気の力をそれぞれ込める--

 

 

 

 

あこ「これがっ!!」

 

燐子「私たちの…っ!!」

 

あこ・燐子「「最大火力だーーーーーっ!!!!!」」

 

2人の全身全霊の攻撃は"完成型"に命中し、煙が立ち込める--

 

 

 

 

だが、"完成型"には傷一つ付いていなかった。

 

あこ「そんなっ!?」

 

燐子「効いてない…!?」

 

あこ「くっ…また一旦距離をとってもう一度--」

 

 

 

 

その刹那--

 

 

 

あこ・燐子「「っ!?」」

 

2人の頭上から"完成型"の尻尾が振り下ろされ、2人は樹海に激突する--

 

 

 

 

あこ「うわっ!!」

 

燐子「きゃあっ!!」

 

友希那「あこ!!燐子!!」

 

友希那が2人の元へ向かおうとするも、その行く手を"進化型"の群れが遮ってしまう。

 

高嶋「これじゃあ、2人を助けに行けないよ…!!」

 

高嶋(無事でいて、あこちゃん…燐子ちゃん…。)

 

 

--

 

 

燐子「う……。」

 

樹海に叩きつけられ気絶していた燐子は大きな音で目を覚ました。

 

燐子「くっ…"切り札"が解除されてる…。」

 

落下のダメージで燐子の"切り札"は解除され元の勇者装束に戻っていた。

 

あこ「気が…ついたね……りんりん……。」

 

燐子「っ!?あこちゃんっ!!」

 

燐子が顔を上げると、そこでは"切り札"が解除されたあこが旋刃盤を構え、必死で"完成型"の針突攻撃から燐子を守っている状況だった。

 

燐子「あこちゃん!?」

 

あこ「りんりん…早く逃げて……!!!」

 

"完成型"は息つく暇も与えずに攻撃を繰り返している。

 

燐子「何言ってるの…!!逃げるなら、あこちゃんも一緒に!!」

 

あこ「はぁ…はぁ……。もう、無理なんだよ…。足が……動かないから……。」

 

あこの足は度重なる"完成型"からの攻撃を旋刃盤で受けていた為に、骨が折れていたのである。

 

あこ「だから…りんりんだけでも…。」

 

燐子「出来るわけ無いよ!!」

 

あこ「でもこのままだと2人とも死んじゃう!!」

 

それでも燐子はその場から動こうとはせず、"完成型"に攻撃し続けていた。

 

燐子「嫌だ…っ!絶対に嫌だよ!!」

 

あこ「分からず屋め…。」

 

逃げずに留まり続ける燐子を見て、あこは心に誓う。

 

あこ(りんりんが逃げないなら--あこが守るしか無いじゃんか!!!)

 

あこ「ぐうぅ……っ!!」

 

燐子「あこちゃん!!」

 

 

 

"完成型"の針突攻撃は勢いを増していく--

 

 

 

 

 

燐子は必死で攻撃を加え--

 

 

 

 

燐子(私も一緒に戦うんだ…!!たとえ、一撃一撃は効かなくても…攻撃を続けていれば必ず…!!!)

 

 

 

 

あこは必死で燐子を守り続ける--

 

 

 

 

あこ(あこは盾!!りんりんの盾なんだ!!絶対に傷付けさせるもんか!!!)

 

 

 

 

あこの旋刃盤に亀裂が走る--

 

 

 

 

燐子(倒す!!何としても倒すんだ…!!あこちゃんが守ってくれるなら、私が倒す!!)

 

 

 

あこ(あこがっ!!)

 

 

 

 

燐子(私が…っ!!)

 

 

 

 

あこ・燐子((絶対に………っ!!!))

 

 

 

 

 

だが、"完成型"の針は旋刃盤を砕き--

 

 

 

あこ「えふっ……。」

 

 

 

 

燐子「がはっ……。」

 

 

 

 

無情にも2人の身体を貫いた--

 

 

 

 

"完成型"は針を振り抜き、その血が友希那に飛び散る。

 

友希那「っ……!?あこ………燐子………。」

 

2人は並んで横たわっている。

 

高嶋「あこちゃん!!!燐子ちゃん!!!」

 

"進化型"を退けた香澄と紗夜が急いで2人の元へ駆けつける。

 

 

 

 

 

あこ「り…ん…り……ん…。」

 

微かに意識があるあこが燐子へ手を伸ばす。

 

燐子「あ…こ……ちゃ…ん……。」

 

燐子も僅かに意識がありあこへ手を伸ばした。2人の手が重なる--

 

 

 

燐子(そうだね…あこちゃん……。)

 

 

 

 

あこ(そうだよ……りんりん…。)

 

 

---

 

 

あこ「大丈夫!?」

 

?「…………。」

 

あこ「安心して。あこが必ずあなたを…えーっと…。」

 

燐子「燐子…。白金燐子…です…。」

 

あこ「じゃあ、りんりんだね!安心してりんりん、これからはあこが守ってあげるから!」

 

 

---

 

 

あこ「あこはそんな事はさせないよ!」

 

燐子「あこちゃん…?」

 

あこ「どんな事があってもあこはりんりんを守るから。初めて勇者になった時…りんりんに会った時そう誓ったんだ!」

 

 

---

 

 

燐子「きっと、私が妹で…あこちゃんがお姉さん…。」

 

あこ「でしょー!」

 

燐子「ふふふっ……。」

 

あこ「あことりんりんは世界一の仲良し姉妹だよ!!」

 

 

---

 

 

あこ・燐子((生まれ変わっても…また…。今度はきっと…本当の……姉妹…に。))

 

 

互いの手を握り合い、2人は生まれ変わっても2人一緒に居たい、姉妹になりたいと願いながら息を引き取る--

 

 

 

友希那と紗夜はただ立ち尽くす事しか出来なかった--

 

 

 

しかし--

 

 

 

高嶋「あこちゃん…燐子ちゃん……。」

 

 

 

 

高嶋「あっ……うああああああああああああああああっ!!!!!!」

 

 

 

 

香澄はただ怒りに身を任せ、禁忌の力を口にする--

 

 

 

 

高嶋「来い!!"酒呑童子"!!!」

 

 

 




彼女達は来世できっと仲が良い姉妹に生まれ変わった事だと思います。



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諸刃の"切り札"


精霊には上位種が存在します。それが三大妖怪と呼ばれるものです。


"酒呑童子"、"大天狗"、"玉藻前"がそれにあたります。





 

 

高嶋香澄--

 

彼女の生まれは奈良。奈良は古くから神話の里と呼ばれ、"それ"を祀る神社が数多くあった。

 

幼き頃、香澄は"それ"に出会い力を授かる--

 

 

"それ"は振るってはいけない力--

 

 

三大妖怪と呼ばれし禁忌の力--

 

 

その名は--

 

 

 

---

 

 

高嶋「来い!!!"酒呑童子"!!!」

 

友を失った悲しみと怒りで香澄は禁断の精霊をその身に宿す。周囲の大気が震え、激しい嵐が香澄を包み込んだ。

 

高嶋「うああああああああああっ!!!」

 

嵐が止み現れた香澄は、正に鬼と呼ぶべきの姿をして"完成型"を睨みつけていた。そして--

 

高嶋「うおおおおおおおっ!!」

 

香澄は鬼の腕を模した"天の逆手"を思い切り振りかぶって"完成型"に殴りかかる。

 

高嶋「ぐぅっ……!」

 

たった一回のパンチをした反動で、香澄の腕が悲鳴を上げ、血が吹き出す。だが--

 

 

高嶋「ああああああっ!!!」

 

威力はこれまでのどの"切り札"より凄まじく、あこと燐子の最大出力の"切り札"でも傷一つつかなかった"完成型"を、ものの1発のパンチで粉々に粉砕し消滅させたのである。

 

紗夜「あれが…高嶋さんだって言うの……!?」

 

友希那「破壊力が桁違いね…。」

 

友希那と紗夜は香澄が"完成型"を蹂躙する様に圧倒されていた。

 

友希那「これが、大社に禁じられていた"切り札中の切り札"……肉体を顧みず、ただただ力のみを求め宿し得た…鬼の力……。」

 

高嶋「っ!?」

 

"完成型"を一撃で沈めた香澄は怒りの矛先をまだ残存していたバーテックスに向け、飛び出した。

 

高嶋「うああああっ!!!」

 

友希那「もう止めなさい、香澄!!残りは私達が…。」

 

友希那の制止も聞かず、香澄は自分の身体を犠牲にしてバーテックスを倒していく。

 

友希那「くっ……。」

 

友希那が下を向いた時、樹海の異変に気付く。

 

友希那「樹海の侵食がここまで…!!」

 

長時間の樹海化に加えダメージ許容量の超過により、樹海が変色し出していたのだ,

 

友希那「紗夜、力を合わせて敵を速やかに排除しましょう。このままだと樹海化が解けた後に四国に影響が出てしまうわ!」

 

紗夜「ええ……分かってます…。」

 

2人も戦闘に加わり、残り全てのバーテックスを倒していく--

 

 

--

 

 

圧倒的な香澄の力もあり、友希那たちは辛くも勝利を収めた--

 

 

 

だが、その勝利には大きな代償があった--

 

 

 

"仲間の死"という大き過ぎる代償が--

 

 

---

 

 

告別式場--

 

2つの棺の中にはあこ、燐子が丁重に清められ眠っていた。友希那はあこの棺には姫百合、燐子には紫羅欄花を収め、

 

友希那「2人の仇は取ったわ…。ゆっくり休んで…。」

 

そう言うと、先に献花を済ませていたリサの隣に座った。

 

友希那「2人とも、綺麗な顔だったわ…。」

 

リサ「私には丁寧に清めるくらいしか…。私は…何も…出来無かったよ……。」

 

友希那「それは、私も同じよ…。」

 

現実の世界では、樹海の侵食が許容範囲を超えた為とうとう一般市民にも死者が出てしまった。自然災害の名目でニュースに流れはいるが、あこと燐子2人の勇者が亡くなり、香澄は"切り札"の反動で倒れ入院している事。この事実は大社により公表はされていないのである。

 

紗夜「寂しいものですね…。」

 

友希那「紗夜…。」

 

紗夜「命を懸けて戦ったのに、悼む人がこれだけだなんて…。」

 

友希那「勇者の死は公表されてないの…私達の存在は人々の拠り所だから…。」

 

紗夜「そんなのっ…大社の勝手な都合じゃないですかっ……!!」

 

紗夜が怒りを露わにするが、

 

明日香「バカっ!!!」

 

明日香があこと燐子の棺の前で崩れ落ち大声で怒鳴る姿に2人は気を取られた。

 

明日香「なんで…なんで死んじゃうのよ……!!」

 

明日香は涙を流しながら、もう動かない2人に訴え続ける。

 

リサ「明日香…。」

 

明日香「こんな事なら…無理を言ってでも…もっと2人と一緒に…。」

 

紗夜「………。」

 

紗夜は横たわる2人の顔を無言で見つめる。

 

紗夜「っ!?」

 

 

 

紗夜の脳裏に"死"がフラッシュバックする--

 

 

 

紗夜「うぐっ……。」

 

突如、紗夜はトイレへと走り出していった。

 

友希那「紗夜!?」

 

 

---

 

 

紗夜「はぁ…はぁ……。」

 

洗面台に駆け込み、紗夜は吐いた。

 

紗夜「また、あんなものが現れたら…私は……。」

 

"死"を考えると紗夜の体の震えが止まらなくなる。

 

紗夜「嫌…私は……死にたく…ない……。」

 

 

---

 

 

2人の死から数週間が経過した頃--

 

友希那達は大橋の壁の前にやって来ていた。

 

友希那「香澄、体の方はもう大丈夫なの?」

 

高嶋「退院してから結構経ってるし問題ないよ。」

 

香澄も退院し元気そうな姿を見せていた。

 

高嶋「でも、壁外の敵の討伐なんて珍しい任務だね。」

 

これまで大社は壁外調査の名目で四国外に出る指令を与えた事はあるが、明確に敵の討伐を指示するのはこれが初めての事であった。

 

友希那「大社の方針が変わったのかもしれないわね。」

 

2人が話している間、紗夜はスマホの画面をずっと見ていた。どうやら紗夜は大社からのメールを見ているようだ。

 

 

---

 

 

TO:紗夜

--

FROM:大社

--

SUBJECT:カウンセリングについて

--

 

前回の戦闘でPTSDを引き起こしている可能性があります。

確認の為担当医に連絡を取り、至急カウンセリングを受けてください。

 

---

 

 

との事であった。

 

紗夜「カウンセラーに…何が分かるって言うの……。」

 

紗夜(怖い…戦うのが…死ぬのが…怖い……。でも…戦わない私に価値なんて……。)

 

そんな事を思いながら、紗夜は身震いする。その様子を見ていた香澄は声をかける。

 

高嶋「紗夜ちゃん?」

 

紗夜「っ!?なんでも…ありません……。」

 

香澄の声に驚き、紗夜は咄嗟にはぐらかす。

 

紗夜「壁の向こうに、行くのよね…。そこに…敵が…っ!?」

 

紗夜が話している途中で香澄は紗夜をギュッと抱きしめた。

 

紗夜「高嶋さん……?」

 

高嶋「何があっても紗夜ちゃんの事は私が守る!もうこれ以上誰1人だって傷付けさせない!」

 

香澄の優しい声に紗夜の震えは治る。

 

高嶋「だから大丈夫だよ!」

 

紗夜「…ええ。」

 

友希那「香澄!紗夜!ちょっとコレを見て!」

 

そこに先に壁の外へ行っていた友希那が2人を呼んだ。

 

高嶋「敵を見つけたんじゃないかな?」

 

紗夜「ですが、こちらからその様な影は……。」

 

2人は壁の外へ進むと、

 

紗夜「これって…。」

 

高嶋「嘘……。」

 

そこにいたのは数多の幼生バーテックスが集まり、蠍の"完成型"のゆうに2倍以上もの大きさのバーテックスが誕生している途中だったのだ。さながら、その姿はライオンの様--

 

 

 

高嶋「こんな大きな敵、向こうからは全く見えなかったよ!!」

 

友希那「おそらく結界の効果で隠されていたのでしょうね…。」

 

紗夜「また…隠すのね……。」

 

友希那「ええ、しかし…。」

 

紗夜「今は全力で敵を倒すのが最優先ですね…。」

 

そう言うと紗夜は"七人御先"を憑依させ、7人に分身した。

 

友希那「その通りよ…!」

 

友希那も"義経"を、その身に降ろす。

 

高嶋「私も…。」

 

友希那「香澄が"切り札"を使うのは危険よ!」

 

紗夜「高嶋さん、ここは私達に任せてください。」

 

病み上がりの香澄をその場に待機させ、2人は"完成型"へと立ち向かった。

 

紗夜「私は左側を。」

 

友希那「分かったわ。なら私は右側ね!」

 

2人は左右に分かれ挟撃する。

 

友希那「八艘飛びっ!!」

 

紗夜「てやっ!!」

 

友希那は高速で動き、紗夜は手数の多さで攻撃していくが、

 

紗夜「全然効いてない…!」

 

かすり傷1つ付いてない状況に紗夜は愕然とする。その時--

 

 

 

高嶋「紗夜ちゃん危ない!!!」

 

紗夜「っ!?」

 

香澄の声に紗夜が後ろを振り向くと、巨大な火球が紗夜に迫って来ていたのだった。火球は紗夜の分身を次々に焼き尽くして進んでいく。

 

紗夜「くっ!!」

 

最後の分身を犠牲にして紗夜は攻撃から逃れた。

 

紗夜「はぁ……"七人御先"が一度に6人もやられるなん……っ!?」

 

紗夜は驚愕した。

 

紗夜「本州が…!!こんなの一体どうやって戦えば…。」

 

分身を消し飛ばした後も火球は進んでいき、本州の大地を抉っていたのだった。

 

紗夜「規模が違いすぎる…。」

 

紗夜の心はこの一撃で折れてしまった。そこに、

 

高嶋「うおおおおおおおっ!!!」

 

香澄は無理矢理"酒呑童子"をその身に降ろしたのだ。

 

友希那「香澄っ!?」

 

紗夜「高嶋さん、無茶です!!」

 

高嶋「う、うぅぁぁぁ……。」

 

香澄は苦しそうな表情を浮かべる。

 

紗夜「高嶋さん!ダメ、無理です……!!」

 

高嶋「絶対に守る……!!あこちゃんと燐子ちゃんの分も!!私がっ!!!」

 

そう言い、香澄は"完成型"に飛び込んでいった。

 

高嶋「勇者パーーーン……」

 

だが--

 

 

 

高嶋「ぐはぁっ!!」

 

"酒呑童子"の圧倒的な力に香澄の病み上がりの体が耐えきれず、全身から血を吹き出し海へ落下してしまった--

 

 

 

友希那「香澄っ!!!」

 

紗夜「高嶋さんっ!!!!」

 

勇者達の討伐任務は失敗し、2人は意識を失った香澄を連れて撤退するしかなかった。

 

 

 




--勇者御記--

--、---------。
--、----、--------。
---------。-----。

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紗夜の選択〈前編〉


香澄が傍にいない今、紗夜はどうなっていくのでしょうか?




 

 

勇者達の討伐任務は失敗、意識を失った香澄は緊急入院となり面会謝絶となっていた。

 

 

---

 

 

丸亀城寮、紗夜部屋--

 

"切り札"の酷使、二人の勇者の死、そして追い討ちをかける様に香澄の再入院。紗夜の心は追い詰められ、部屋にて篭ってはパソコンの掲示板や勇者が特集されている雑誌を読み精神を落ち着かせる日々が続いていた。

 

紗夜「私は…私は勇者よ……。勇者だから、みんな私を認めてくれて…褒めてくれて……。」

 

掲示板を見ている紗夜の手が止まる。

 

紗夜「……えっ?」

 

 

--

 

 

「新しいタイプの化け物が現れて、何人か勇者が殺されたんだって」

 

「死んだのは宇田川あこと白金燐子」

 

「政府と大社は真実を隠蔽している」

 

 

--

 

 

紗夜「何…ですか……これ……。」

 

そこに書かれていたのは、何処から情報が漏れたのか二人の死についてや任務を失敗した勇者達への罵倒の書き込みだった。

 

 

--

 

 

「勇者負けたってマジかよ役に立たねぇな」

 

「この前凄い竜巻あったじゃん。あれってその新しいタイプの化け物のせいだって」

 

 

--

 

 

紗夜「みんな…なんで……。」

 

紗夜(命を危険に晒して戦ってきたのに…。みんなの為に2人は命を散らしてまで守ってきたのに…。)

 

 

--

 

 

「俺達を守れてねえじゃん、勇者」

 

 

--

 

 

紗夜「……ふざけないで!」

 

 

---

 

 

病院--

 

友希那とリサは紗夜のカウンセリングの為に病院に付き添っていた。

 

医師「では体に異常を感じたらすぐに連絡してください。」

 

紗夜「……はい。」

 

紗夜が診察室から出てくる。

 

友希那「どうだった?」

 

紗夜「"切り札"を使うのは控えてだそうです…。」

 

友希那「紗夜も同じなのね…。」

 

掲示板に情報が漏れて以降大社は情報の隠蔽は無理だと判断し、勇者の戦死と最近の災害や事故がバーテックスによるものだと公表した。そして、人々の間に不安が溢れ、自殺の増加や治安の悪化が各地で起き始めていた。

 

友希那「何とか迅速に敵を倒したいところだけれど…。」

 

紗夜「市民は分かってないんです……!!」

 

友希那「紗夜…。」

 

紗夜「でしたら"切り札"は絶対に使いません!それでどれだけの犠牲が出るか…身を持って知れば良いんです!!」

 

友希那「紗夜、もうこれ以上は…。」

 

リサ「友希那。」

 

リサが友希那を下がらせ紗夜の前に立つ。

 

リサ「少しでも気持ちが楽になるなら、私に話して。」

 

リサは紗夜の手を取るが、

 

紗夜「……放っておいてください。」

 

紗夜はその手を払い除けた。

 

紗夜「安全な場所にいる巫女には関係ありません…。」

 

友希那「紗夜っ!苛立つからといって人を傷付けていい訳じゃないのよ!!」

 

友希那が紗夜に怒鳴る。

 

友希那「苦しい状態だからこそ、私達は結束していかなければ…。」

 

紗夜「また正論ですか!?あなたみたいな強い人には、私の様な弱い人間の気持ちが分からないんです……!!」

 

友希那「こんな時に弱音は吐かないで!」

 

紗夜「うるさいっ!!」

 

紗夜は友希那を突き飛ばした。

 

リサ「友希那!!」

 

紗夜「あ………。」

 

友希那の後ろにあった観葉植物の鉢が割れ、その破片で友希那が怪我をする。

 

友希那「つ…っ!!」

 

紗夜は困惑し病院を飛び出してしまった。

 

友希那「待って、紗夜!!」

 

友希那の制止も聞かず紗夜は走り去っていった。

 

 

---

 

 

紗夜「はぁ…はぁ…。悪くない……私は悪くない……。」

 

紗夜は無我夢中で走り続け、寮まで戻ってきた。

 

紗夜「さっきだってワザとじゃないんです…湊さんがあんな言い方するから……。」

 

紗夜はベッドへもたれ込んだ。

 

紗夜「怪我をしたのも、不幸な偶然です……。」

 

その時だった--

 

 

 

?『そう…あなたのせいじゃないわ。』

 

紗夜「っ!?」

 

紗夜が後ろを振り返るとそこには--

 

 

 

もう1人の紗夜が立っていたのだった。もう1人の紗夜は淡々と話し続ける。

 

紗夜?『でも、あの怪我…不自然ではなかったでしょうか…。』

 

紗夜「えっ……?」

 

紗夜?『強いはずの湊さんがあんな簡単に倒れて、しかも謀ったかのように植木鉢が後ろにあるなんて……。』

 

紗夜「何が…言いたいんですか……?」

 

もう1人の紗夜は紗夜の耳元へ顔を近づけ、

 

紗夜?『きっとワザとです…。ワザと倒れて怪我をしてあなたを悪者に仕立てようとした……。』

 

紗夜「何の……為に…?」

 

紗夜?『正義の名の下に…あなたを攻撃する為…。彼女は昔あなたを傷付けていた人達と同じなんですよ……。』

 

紗夜「そんな…。」

 

紗夜?『湊さんはあなたの敵です……。』

 

 

--

 

 

紗夜「はっ……!?」

 

紗夜が目を覚ますと外は既に朝になっていた。

 

紗夜「夢…だったの……?」

 

その時、紗夜のスマホに大社からメールが届いた。

 

紗夜「メール?」

 

 

---

 

 

同時刻、病院--

 

手に軽い怪我をした友希那は手当をされていた。

 

友希那(あの時、私は紗夜の言動に対して明らかに冷静さを欠いていた…。感情の自制が効かなくなっている気がする……。)

 

そこへリサがやって来る。

 

リサ「友希那。さっき大社から連絡があって…"切り札"の影響について検査結果から新事実が分かったんだって。」

 

友希那「それは…?」

 

リサ「精霊を宿すと肉体だけでなく、精神的にもダメージを受けるみたい。その結果、攻撃性の増加や自制心の低下が起こって…最終的には言動にも大きな影響が出るって……。」

 

友希那「じゃあ…紗夜や私は……。」

 

昨夜の紗夜や友希那の言動、それが全て"切り札"使用による悪影響であれば全て納得のいく出来事だった。精霊といっても元を辿れば妖怪の様な存在--

 

不浄なものを体に宿し続ければ、体にも不浄は溜まっていくのも道理である。

 

友希那「燐子は"切り札を使用しない様に"と言っていたわ…。きっとその事に早くから気づいていたんでしょうね…。」

 

その時、友希那のスマホに着信が。

 

高嶋「紗夜ちゃんそこにいる!?」

 

友希那「香澄!?」

 

電話の主は香澄だった。入院先の電話からかけてきたようだ。

 

高嶋「精霊の事聞いて…友希那ちゃんと紗夜ちゃんが心配で…でも抜け出せないから……。紗夜ちゃんにさっき電話したんだけど、全然出なくって……!」

 

香澄はかなり焦っている様だった。

 

友希那「落ち着いて、香澄。精霊の事はこっちでも聞いたわ。私は大丈夫よ。香澄こそ大丈夫なの?」

 

高嶋「う、うん。体はもうほとんど治ってるよ。面会謝絶が長引いているのは精神面の問題みたいだから……。」

 

友希那(いつも前向きである香澄でさえかなりの影響を受けるほどだというの…!?)

 

高嶋「お願い…もし何かあったら……紗夜ちゃんを助けて…。」

 

友希那「ええ、任せて。紗夜がどこにいるかも大社から聞いて分かってるわ。」

 

高嶋「えっ?ホント!?」

 

友希那「ええ、紗夜は今……高知の実家に帰っているわ。」

 

 

 



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紗夜の選択〈中編〉

紗夜は誰よりも人間らしい勇者だった、それだけは絶対に変わりません。

人は誰かに押し付けて自分の身を守る、それはいつの時代も同じですね。




 

 

高知--

 

紗夜は実家の前に立っていた。今朝、大社からメールが来ていた為に高知の実家を訪れていたからだ。

 

 

--

 

 

TO:氷川紗夜

--

FROM:大社

--

SUBJECT:丸亀市移住の件について

--

 

健全な心身育成の為に、両親を丸亀市に移住させ一緒に暮らしてはどうでしょうか。

 

 

--

 

 

紗夜「移住…私に拠り所を与える為…ですか。」

 

その時、頭の中でもう1人の紗夜が話しかける。

 

紗夜?『大社はあなたを道具として失いたくないだけ…誰もあなたの味方ではないわ……。』

 

紗夜「…るさい……。うるさいうるさいうるさい…っ!!村の人達も両親も言ってくれた……!勇者である私が誇らしいと!!価値を認めて、愛してくれてると…!!!」

 

紗夜はもう1人の自分を振り払い実家の扉を開けた。

 

 

--

 

 

部屋では母親が寝たきりになっており、側で父親が力無さそうに座っている。父親の姿は前に会った時よりかなり頬が痩けやせ細っていた。

 

紗夜父「なぁ…紗夜……今更家族3人で暮らす?…冗談だろう?」

 

紗夜「でもそれは…大社が決めた事で……。」

 

この言葉を聞いた途端紗夜の父親は怒鳴り始めた。

 

紗夜父「ああ、大社から聞いたさ!!でも母さんは入院させとくのが一番だろ!確かに引っ越すのは賛成さ!!すぐにでもこんな村離れたい!今すぐにでも出て行ってやるさ!!!」

 

紗夜「一体どうしたの…?」

 

紗夜がそう言うと、父親は側にまとめてあった紙束を紗夜に投げつけた。

 

紗夜父「これだよっ!!」

 

紗夜「っ………!?」

 

紗夜は目を疑った。

 

 

[村の恥さらし]

 

[クズの娘はクズ!!]

 

[お前の娘がもっとちゃんとしてたら]

 

[とっとと倒せよ!早く!]

 

[勇者は役立たず!]

 

 

数々暴言が書き殴られたメモの山だったのだ。

 

紗夜「何よ…これ………。」

 

紗夜父「毎日毎日家に投げ込まれていくんだよ!!全部お前のせいだ!役立たずのクズめ!!」

 

立ち尽くす紗夜にもう1人の紗夜が追い打ちをかける。

 

紗夜?『勇者が苦戦するようになったらこの様ですよ……。』

 

そして紗夜はあってはならない殴り書きを目にしてしまう。

 

 

[宇田川あこと白金燐子は無能!!]

 

 

それはあろう事か市民の為にその命を散らした2人への罵倒であった。

 

紗夜「身を削る様に戦って…最後には命を落として……その報いがこれだっていうんですか……。」

 

紗夜?『ふざけてるわよね…。』

 

紗夜「そうよ…ふざけてる……!」

 

紗夜?『勇者の犠牲の上に暮らしている癖にね…。』

 

紗夜「その通りじゃない…。」

 

紗夜?『許せないわね…。』

 

紗夜「っ………!!」

 

紗夜は耳を塞ぎ玄関へと歩き出す。

 

紗夜「何故褒めてくれないの…?」

 

紗夜?『許せない…。』

 

紗夜「何故讃えてくれないの…?」

 

紗夜?『許せない…。』

 

紗夜「何故愛してくれないの…。」

 

外へ出ようとした時だった--

 

 

村人「きゃっ!」

 

紗夜は今まさに暴言が書かれた紙を投函しようとしている少女とぶつかったのだ。

 

紗夜?『あの娘を見てごらん…今まで散々頼っておいて、状況が悪くなったら手のひらを返す……。』

 

紗夜「………許せないっ!」

 

紗夜は勇者システムを起動し、大葉刈を取り出してその少女へ裁きをくだそうとゆっくり近づいた。

 

紗夜「私の価値を認めてくれないのなら…。」

 

少女は泣きながら後ずさりをする--

 

 

 

紗夜「私を愛してくれないのなら…。」

 

そして紗夜は大葉刈を振り上げ--

 

 

 

紗夜・紗夜?「『そんな奴らなんていっその事……殺してやる--』」

 

紗夜は少女目掛け大葉刈を振り下ろした--

 

 

--

 

 

紗夜は怒りのままに大葉刈を少女へ降り下ろす。だが、大葉刈は少女を傷付ける事は無かった。

 

紗夜「湊…さん………。」

 

間一髪で友希那が2人の間に割って入り、紗夜の大葉刈を生大刀で止めたのである。

 

友希那「早く離れて!!」

 

友希那に言われ、少女はその場を離れる。

 

紗夜「邪魔…しないでください……!!」

 

友希那「止めなさい紗夜…冷静になって!!その怒りはあなたの感情じゃない!精霊の力の影響よ!!」

 

紗夜「精霊!?…そんなの関係ありません!!」

 

友希那の言葉に耳を貸さずに紗夜は大葉刈を振り回した。

 

紗夜「許せないのよ!!命をかけて戦ってきたのに、何故蔑まれないといけないの……!?あまつさえ市民の為に、一生懸命戦い抜いた2人にまで侮辱するなんて…!!」

 

紗夜は攻撃の手を緩めない。

 

紗夜「こんな事になるなら……人間を守る意味なんて無いじゃないですか…………っ!!!」

 

友希那は紗夜の攻撃を耐えるだけで、こちらから攻撃する事は無かった。

 

紗夜「どうして…どうして反撃しないんですか……!?本気を出せば私より強い筈なのに。」

 

友希那「仲間に向ける刃なんて無いわ!!」

 

紗夜「そんな綺麗事、強くて自分に自信があるから言える事じゃないですか!!!」

 

そう言うと再び紗夜は友希那に牙を剥く。

 

友希那「……頼まれたのよ、あなたを助けてくれと………。」

 

友希那は構えを解き、生大刀を投げ捨てた。

 

友希那「だからあなたを止めてみせる!!あなたの為にも!そして…誰よりもあなたを心配していた香澄の為にも!!!」

 

その言葉を聞き紗夜の足が止まる。

 

紗夜「……高嶋さん………。」

 

紗夜「っ!?」

 

周囲の騒めきに紗夜は周りを見回した。そこには睨む人、恐れる人、蔑む人、様々な人たちが集まり紗夜を見つめている光景だった。

 

紗夜「止めて……止めて…そんな目で私を見ないで………。」

 

紗夜は大葉刈を落とし、力無くその場にへたり込んだ。

 

紗夜「…お願いです……私を嫌わないでください…お願いだから……。」

 

紗夜は頭を抱え、震えながら人々に訴えかける。

 

紗夜「お願いだから…私を好きでいてください……。」

 

 

---

 

 

その夜、紗夜の元に一通の手紙が届いた。

 

[大社の名において、氷川紗夜の勇者システムを使用する権利を剥奪し、謹慎を命ずる。]

 

 

 



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紗夜の選択〈後編〉

第2章でどうして氷川家の石碑だけが無かったのか、その謎の大元が明らかになります。

氷川紗夜は勇者である。




 

 

2019年6月、丸亀城入り口--

 

友希那は勇者としてマスコミに囲まれて緊急会見をしていた。

 

友希那「天災の悲劇からもうすぐ4年、人の命や国土、そして自由に見上げることの出来る空。多くのものを私達はあの日奪われました。そして今、再び人類は苦境に立たされています。敵は更に強大となり、2人の勇者が戦いの中で命を落としました。」

 

友希那の会見を道行く人々も足を止めて聞いていた。

 

友希那「だけれど!!私達はまだ敗北していない!!奴らに奪われた平穏を!!友人や家族と過ごす日々を必ず取り戻す!!大社と私達は対策を講じています!間も無く戦況を覆す方法が見つかるでしょう!!私達勇者はこれからも戦い続けます。でもそれは特別な事ではありません。何故なら私達は知っているから!!」

 

友希那「もし我が子が敵に襲われたら、親は身を挺して戦おうとする事を!もし目の前で事故に合いそうな子供を見たら、"天恐"で屋外を恐れる人も恐怖を跳ね除け助けに行く事を!!敵に立ち向かう勇気を!仲間を助ける勇気を!痛みを忘れない勇気を!戦い続ける勇気を!!」

 

友希那「四国に生きる1人1人がみんな勇気を持つ勇者なんです!!私達は決して奴らに負けはしません!!」

 

そして友希那は生大刀を掲げる。

 

友希那「抗い続けましょう!侵略者から全てを奪い返す未来の為に!!!」

 

友希那はマスコミから大量のフラッシュを浴び、街角の人々は友希那の会見に大いにわき上がっていたのだった。家族と引越しを終えた紗夜もパソコンの配信画面から友希那の会見を見ていた。

 

紗夜「………。」

 

一階では紗夜の母親が"天恐"の発作で悲鳴をあげており、父親がそれを必死で看病している。

 

紗夜(こっちに家族を呼び寄せたところで…何も変わらない…私にはもう、何も無い……。)

 

会見を聴き終えた紗夜はベッドで塞ぎ込んでいた。

 

紗夜(湊さん………。)

 

紗夜は思い返す。紗夜が香澄のお見舞いに行った時に、香澄と笑顔で話している友希那の姿を。紗夜は近くにあったリモコンを手に取りパソコンへ投げつけた。

 

紗夜「どうしてあなたばかりが…!!!」

 

パソコンの画面は壊れ、リモコンも壁にぶつかり欠けてしまう。

 

紗夜「私は全部失ったのに!!」

 

 

今度は椅子を机に投げつけた--

 

 

紗夜「勇者の価値も、賞賛も、仲間も…!!」

 

 

 

カッターで枕や雑誌を切り刻み--

 

 

 

紗夜「あなたさえいなければ…!!」

 

 

 

友希那の記事を踏みつける--

 

 

 

紗夜「はぁ……はぁ………。」

 

紗夜の部屋は無残な姿へと変わってしまう。

 

紗夜「…取り返す……。」

 

そう言うと紗夜はスマホを手に取り、

 

 

--

 

TO:大社

--

FROM:氷川紗夜

--

SUBJECT:

--

 

充分な休養を取り、このところは落ち着いてきました。先日、私が起こした事件に対しても、今は深く反省しており、今後はこの様な事は……

 

--

 

 

紗夜「…取り返すのよ……どんな事をしても私は…。」

 

大社へと送信したのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

バーテックスの進行があり、友希那はたった1人で樹海で待ち構えていた。そこへ--

 

友希那「紗夜!?謹慎は解けたのね。」

 

紗夜が姿を現した。

 

紗夜「…ええ。今まで迷惑をかけました…。もう、大丈夫です…。」

 

友希那「良かったわ……。」

 

そのタイミングで幼生バーテックスの群れが2人に襲いかかってきた。

 

友希那「復帰早々で悪いけど、力を貸してちょうだい!!」

 

2人は武器を構える。

 

友希那「行くわよ!!」

 

友希那が先陣を切って前に飛び出し、紗夜はその後を追いかけた。

 

友希那「はあぁぁぁっ!!」

 

2人は背中合わせに戦いバーテックスを切り倒していく。

 

友希那(この調子なら"切り札"無しでもいけそうね。)

 

友希那「紗夜!!このまま一気に……。」

 

友希那が紗夜に言う為に後ろを振り向こうとした瞬間だった--

 

 

 

 

友希那「つっ!?」

 

後ろからの急な攻撃に友希那は咄嗟に頭を下げて躱し距離をとった。

 

友希那「どういうつもり……!?……紗夜!!」

 

襲撃者の正体は紗夜だった。

 

紗夜「あなたさえいなければ…。」

 

紗夜は友希那を睨みつけ、"七人御先"を宿して友希那に襲いかかってきた。

 

紗夜「あなただけが愛されて!!私は疎まれ嫌われ…!!そんなの不条理じゃないですか!!」

 

7人の紗夜は四方八方から友希那を攻め立てる。

 

紗夜「勇者が私だけになれば!!あなたがいなくなれば!!みんな私に頼らざるを得ない!!」

 

紗夜は勇者が自分1人になれば、今まで仕打ちがおさまり自分を頼ってくれる、そう思う様にまでなってしまったのだった。

 

紗夜「賞賛を…!!愛を……!!」

 

紗夜は攻撃の手を緩めず、友希那は受け流す事だけで精一杯だった。

 

友希那「止めなさい紗夜!!」

 

紗夜「全部私が受けるんですっ!!」

 

そして遂に友希那のガードを弾き飛ばし--

 

 

紗夜「とった……!!!」

 

 

 

仕留めようとした瞬間だった--

 

 

 

紗夜「………えっ?」

 

 

 

突如紗夜の変身が解ける--

 

 

 

勇者システムが強制的に解除されてしまったのだ。紗夜は再び勇者システムを起動しようとするが反応は無かった。

 

紗夜「勇者システムが作動しない……!?」

 

必死で変身ボタンを叩き続けるも動かない。

 

紗夜「何故…!!どうして……!?なんで変身出来な…!?」

 

そこへ紗夜の背後から一体の幼生バーテックスが襲いかかってくる。

 

紗夜「っ!?」

 

友希那「紗夜っ!!」

 

友希那が間に入り幼生バーテックスを斬り伏せた。

 

友希那「私の傍から離れないで!!」

 

友希那は無防備な紗夜を庇いながらバーテックスと戦い始める。

 

紗夜「どうして…私はあなたを殺そうと……。」

 

友希那「どうしてですって!?決まっているじゃない!!!仲間だからよ!!!!」

 

傷付きながらも、友希那は紗夜を庇い続けるのを決して止めなかった。紗夜はそんな友希那の背中を見ながら思う--

 

 

--

 

 

紗夜「やっぱり、まだ分かってませんか!?1番の問題はあなたの戦う理由…。」

 

友希那「……。」

 

紗夜「怒りで我を忘れるのも!周りの人間を危険に晒して気付きさえしないのも…!!あなたが復讐の為だけに戦っているだけだからです!!!」

 

 

--

 

 

紗夜(最初はただ自分自身の復讐の為に戦っているだけだと思っていました--)

 

 

--

 

 

紗夜「どういう風の吹き回しだったんですか?」

 

友希那「ゲームには協力プレイって言うものがあるそうね。1人で出来ない事でも協力すればクリア出来る。私はそれがどういう事なのかを知りたかったの。」

 

紗夜「協力…ですか……。」

 

友希那「そうよ。」

 

紗夜「本当に変わったんですね…。」

 

友希那「えっ?」

 

紗夜「何でもありません…。」

 

 

--

 

 

紗夜「渋るようだったら無理やりにでも交代させるつもりだったのですが…。」

 

友希那「出るときは出て、下がる時は下がる。ゲームの協力プレイと同じでしょ。」

 

友希那「後は頼んだわよ…。」

 

紗夜「ええ…塵殺してみせます。」

 

 

--

 

 

紗夜(ですが他の人と関わっていく中で、あなたは少しづつ変わっていった--)

 

 

--

 

 

友希那「敵に立ち向かう勇気を!仲間を助ける勇気を!痛みを忘れない勇気を!戦い続ける勇気を!!四国に生きる1人1人がみんな勇気を持つ勇者なんです!!私たちは決して奴らに負けはしません!!抗い続けましょう!侵略者から全てを奪い返す未来の為に!!!」

 

 

--

 

 

紗夜(湊さん…あなたはどこまでも真っ直ぐで、周りの事を考えていた……私を含め………。)

 

友希那はバーテックスの大群に奮闘している。

 

紗夜(私は…何故こんな風に出来なかったんでしょうか…。彼女の強さは戦う強さだけじゃなく…心の強さも……。でも…叶うのなら……私も…。)

 

その時、紗夜は友希那の死角から1体の幼生バーテックスが近づいているのに気付く。

 

紗夜(私も……湊さんみたいに強く---)

 

紗夜は声で知らせるのではなく、何も言わず後ろから友希那を力一杯押した--

 

 

 

 

友希那「うっ!?」

 

友希那は前へ押され転んでしまう。

 

友希那「紗夜っ!何を………!?」

 

紗夜「湊さん…良かった……。」

 

次の瞬間、紗夜は友希那を庇い、幼生バーテックスに右半身を噛みつかれる--

 

 

---

 

 

友希那「……よ!紗夜っ!!しっかりして紗夜!!」

 

紗夜「……ぅ…………。」

 

紗夜(ここは…。樹海化が解けて……。)

 

紗夜「全部………倒した……ようですね…………。」

 

力無い声で紗夜が話す。

 

友希那「ええ!!すぐに病院まで連れて行くから!!!」

 

友希那が必死で応急処置をするも血が止まる気配は無かった。

 

紗夜(どうして私は気付かなかったのでしょう…全部失ったと勝手に思って………取り戻そうと躍起になって…………。本当は何も無くしてなんかいなかったのに…。仲間は友達としてあんなに私を愛してくれていたのに………。今更それに気付くなんて…………。)

 

紗夜の意識が段々と遠のいていく--

 

 

 

 

 

紗夜「湊………さん……………。」

 

紗夜は残された力で友希那の顔に触れる。

 

紗夜「私は……あなたの事が…嫌い………です……。」

 

 

 

紗夜(伝えないと……。)

 

 

 

紗夜「………でも……………。」

 

 

 

紗夜(残された時間で……これだけは………。)

 

 

 

紗夜「嫌いなのと……同じくらい…あなたに……憧れて………。嫌いなのと……同じくらい…あなたの事が………。」

 

 

 

 

 

紗夜「好き…………でし………た……………。」

 

 

 

 

紗夜の手が友希那の顔から離れる。

 

 

 

 

友希那「紗……夜………。」

 

 

 

 

 

友希那「紗夜っ……………!!」

 

 

 

 

 

友希那は息を引き取った紗夜の手を握りしめ慟哭するのだった--

 

 

 




紗夜は歴史から抹消される事となります。

しかし、その想いは名前を変え神世紀に残る事となっていきます。



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6人の確かな想い

第4章クライマックス--

たった2人の勇者に世界の存亡が託されます--




 

 

紗夜が亡くなってから3日程経った頃--

 

友希那「紗夜の葬儀が取り止めになったですって!?どうしてっ!?」

 

友希那は机を叩きリサに詰め寄った。

 

リサ「友希那への凶行と勇者の力を喪失した件で、大社が勇者としては葬送する事が出来ない…って。葬儀は実家で個人的に済まされたそうだよ…。」

 

リサが力無く答えた。

 

友希那「そんな…。あれは紗夜だけのせいではないでしょう!?」

 

リサ「私も納得なんて出来ない…多分大社は勇者の"神聖性"を汚したくないんだと思う…。」

 

勇者は人々のシンボルであり、前を向いて生きていく為の象徴というのが大社の大部分の考えであり、それを汚した紗夜は最早勇者でも何でもないという宣告であった。

 

友希那「それじゃあ…紗夜が生きていた事や記録の何もかもが最初から存在しなかったという事なの……?」

 

リサ「もう…決まった事なんだよ……。」

 

何も出来ない不甲斐なさを噛み締める2人の前に、

 

高嶋「おっはよー!!」

 

香澄が元気な声で教室に入ってきた。

 

高嶋「高嶋香澄、ただ今戻りました!」

 

友希那「退院したのね。」

 

リサ「お帰り香澄。」

 

友希那「香澄…その……紗夜の事…。」

 

友希那「あっそうだ友希那ちゃん!後で練習に付き合ってよ。入院中に体がなまっちゃってさー。」

 

落ち込む2人を他所に、香澄は元気な様子を見せていた。友希那は紗夜の事で話そうと香澄に近づくが、リサがそれを止める。

 

リサ「友希那。もう香澄だって大社から聞いてる筈だよ。」

 

友希那「…そうよね。」

 

リサ「あっ、そうだ香澄!良かったら回復記念に写真撮っても良いかな?」

 

高嶋「オッケー!全然大丈夫だよ!!」

 

リサが香澄にスマホを向けるが、写真が撮れなかった。

 

リサ「おっといけない、メモリーがいっぱいだったかー。」

 

リサはカバンから大量のSDメモリを取り出す。

 

高嶋「凄い量!?」

 

リサ「毎回何かと写真撮ってるとすぐいっぱいになっちゃうんだよねー。」

 

友希那「流石にこれは多すぎね。」

 

香澄はその中で1つだけ色が違うメモリを見つける。

 

高嶋「あれ?これだけ色が違うよ?」

 

リサ「あーこれは最近のものだよ。」

 

リサがメモリをスマホに差し込み写真を見せた。そこに写っていたのは友希那達6人が丸亀城に来た頃のものだった。

 

高嶋「うわー懐かしいね。まだみんな小学生の頃だったよね。」

 

友希那「3年前ね。懐かしいわ。」

 

3人は次々と写真を見ていった。

 

友希那「これは確か、私のおすすめ手打ちうどん屋に行った時ね。」

 

高嶋「さすがうどんの本場だよね。衝撃の美味しさだったよ。」

 

 

---

 

 

友希那「さあみんな食べてみて。これが私のおすすめのうどんよ。」

 

リサ「どれもみんな美味しいんだから。」

 

あこ「お、美味しいです友希那さん!あここの味気に入りましたよ!!」

 

燐子「確かに、美味しいです…。今井さん達が、ここに何度も足を運ぶのも納得です……。」

 

高嶋「私こんなに美味しいうどん始めて食べたよ!ねっ、紗夜ちゃん!!」

 

紗夜「ええ、本当ね。出汁の味がしっかりしていて麺のコシも堪らないわ。」

 

 

---

 

 

高嶋「あっこれは燐子ちゃんが行方不明になっちゃった時のやつだね。」

 

 

---

 

 

あこ「あっ、りんりんこんな所にいた。もー必死で探し回ったんだからねー。」

 

燐子「ごめんね、あこちゃん…。つい夢中になって気付いたら寝ちゃってたみたい…。」

 

あこ「みんな待ってるから早く帰ろう。」

 

燐子「うん…。」

 

 

---

 

 

リサ「そうそう。みんなで必死に探し回ったよね。」

 

友希那「外で本を読んでいて寝てしまうなんて、燐子らしいわよね。」

 

高嶋「あ……。」

 

そして香澄は1枚の写真に目が溜まった。

 

リサ「どうしたの、香澄?」

 

高嶋「この写真…。」

 

友希那「確かまだ紗夜が1人でゲームに夢中になってた頃だったわね。」

 

高嶋「うん。この事がきっかけで、私と紗夜ちゃんは仲良くなれたんだ。」

 

香澄はその時の事を思い返す--

 

 

 

---

 

 

西暦2015年12月--

 

紗夜「クリスマスですか?」

 

高嶋「そう!!みんなでパーティーしよう。」

 

香澄が紗夜に提案する。

 

紗夜「クリスマスとか…よく分かりません。家では…そういう事はやった事がないので……。」

 

高嶋「んーと…クリスマスっていうのは……。おっきな木を飾り付けてケーキと鳥を食べて、帽子をかぶってパーンって鳴らすんだよ!!」

 

紗夜「帽子に鳥に…パーン……?」

 

高嶋「とにかくやってみようよ!ねっ?」

 

香澄はぐいぐい紗夜に迫っていた。

 

紗夜「え…ええ。」

 

そうして2人は協力してクリスマスツリーの飾り付けを完成させ、6人でパーティーを楽しんだ。

 

高嶋「紗夜ちゃん。」

 

紗夜「何ですか?」

 

高嶋「私にオンラインゲームの事教えて?」

 

紗夜「また突然どうしてですか?」

 

高嶋「だって紗夜ちゃんともっと仲良くなりたいし……もっと紗夜ちゃんの事知りたいから!!」

 

香澄は満面の笑みで答えた。

 

紗夜「ええ…。私で良ければ……。」

 

紗夜は顔を赤らめながら答える。

 

高嶋「やったー!!早く覚えるからいっぱい遊ぼうね!」

 

紗夜「そうですね。」

 

高嶋・紗夜「「あはははっ!!」」

 

2人は笑い合い、パーティーを楽しんだのだった。

 

 

---

 

 

高嶋「でも、結局紗夜ちゃんの足引っ張ってばかりだったなー。私達……6人いたんだよね。」

 

香澄の目に涙がたまる。

 

高嶋「あこちゃんも、燐子ちゃんも…紗夜ちゃんも……。」

 

その時、リサが2人に提案する。

 

リサ「…探してみない?」

 

高嶋「えっ?」

 

リサ「紗夜がどこでどのように葬られたのかを…御墓参りくらいは出来るようにさ……。」

 

香澄は紗夜との写真を見つめ、

 

高嶋「うん、探そう!!私まだ紗夜ちゃんにお別れも言えてないから!!!」

 

こうして3人は町内周辺や病院などに聞き込みをして、紗夜の引越し先に辿り着いた。

 

 

---

 

 

氷川家、紗夜の部屋--

 

3人は紗夜の部屋を探索していた。

 

リサ「滅茶苦茶になってるね…。」

 

友希那「紗夜が自分自身でやったのでしょうね。」

 

リサ「近所の人に両親の事を聞いたら、父親は夜逃げで失踪して母親は何処かの病院に保護されたみたい。」

 

友希那「………。」

 

高嶋「2人ともちょっと来て!」

 

どうやら香澄が何かを見つけたようだった。

 

友希那「何か見つけたの?」

 

高嶋「これ…。」

 

香澄はベッドを指差した。ベッドの上にあったのは--

 

 

 

模擬戦をした日、紗夜の為に5人で作った手作りの卒業証書だった。部屋にある他の物はボロボロになっていたのに、この卒業証書だけは無傷のままベッドに置いてあったのである。

 

高嶋「部屋の全部を壊しても、それだけはずっと持っていたんだね。」

 

香澄は卒業証書を手に取った。

 

 

---

 

 

あこ「友希那さん!!絶対に失敗しないでくださいね?」

 

友希那「気が散るわ、あこ!」

 

燐子「あこちゃん…友希那さんは真剣に書いてるんだから、邪魔しちゃダメだよ……。」

 

リサ「そうそう、友希那は紗夜の事を思って書いてるんだから。」

 

あこ「そうなんですか!?友希那さん。」

 

友希那「え、ええ…当たり前じゃない。」

 

高嶋「これを受け取ったら紗夜ちゃん絶対嬉しそうな顔するだろうなー。」

 

燐子「そうですね…その顔が目に浮かびます……。」

 

友希那「…よし、出来たわ。」

 

リサ・高嶋・あこ・燐子「「「おおーーーっ!!」」」

 

 

--

 

 

燐子「実は、紗夜さんにはもう1つだけお願いがあるんです…。」

 

紗夜「えっ?これって…。」

 

高嶋「みんなで紗夜ちゃんの為に作ったんだよ。」

 

あこ「学年が変わるだけで、紗夜さんはずっとここにいるけどね。」

 

友希那「だけど、形だけでもこう言う行事はやっておいた方が良いでしょ?」

 

リサ「私もそう思うよ。」

 

燐子「紗夜さんへのお願いは…この卒業証書を受け取って下さい…です…。」

 

紗夜「そう…ですか…。お願いなら…仕方ないですね……。」

 

 

---

 

 

高嶋「紗夜ちゃん……。」

 

香澄の顔から涙が溢れる。

 

高嶋「紗夜ちゃんは…仲間で……勇者で……確かに…っ…ここにいたんだよ……。うぅ………っ!!」

 

香澄の泣き顔を見ながら、友希那はある事を心に誓う--

 

 

---

 

 

丸亀城入り口--

 

友希那は再びマスコミの前で演説をするところであった。

 

友希那「今日はこの場に集まっていただきありがとうございます。」

 

友希那の手元には大社が用意した原稿が握られていた。市民を安心させ奮い立たせる為の作られた筋書き--

 

 

 

聴衆心理の操作を目的とした演説--

 

 

 

紗夜が死亡したのは勇者として人格が足りなかった為で、友希那と香澄ならば負ける筈が無いという内容が書かれていた。だが、友希那は途中で演説を止める。

 

友希那(違う!!大社の思惑など私達には関係ないわ!!!)

 

そして友希那は原稿を握り潰し話し続けた。

 

友希那「氷川紗夜は紛れもなく勇者だったわ!!彼女は確かに心のバランスを崩していたけれど、最期の時彼女は命懸けで私を守ってくれた!!自分の命を犠牲にしても人を守ろうとする、それが勇者でなくて何だというの!?例え全ての人間が認めなくても、全ての人間が否定しても…。私達は"彼女は勇者だ"と言い続ける!!」

 

友希那「あこも!!」

 

友希那「燐子も!!」

 

友希那「紗夜も!!」

 

友希那「私達は"5人で"共に戦う勇者だったのよ!!」

 

自分が言いたい事を言い終えると、友希那はその場を後にした。この演説が報道された後、紗夜の勇者除名の一時保留の連絡が大社から通知された。そして、西暦2019年7月--

 

 

 

バーテックスへの対処法は未だ見つからないまま、新たなバーテックス進行の神託がたった2人の勇者に下った--

 

 

 




--勇者御記--

----という勇者がいたことを、
私は忘れない。
彼女は最後に確かに、
自分に勝ったのだ。

2019年7月 湊友希那 記



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香澄の紡ぐ言葉

次回、最終決戦--




 

 

丸亀城グラウンド--

 

友希那と香澄は来たる決戦に備え2人で鍛錬をしていた。

 

高嶋「はぁ…はぁ…ふう。」

 

友希那「大丈夫?」

 

高嶋「大丈夫調子戻ってきた感じだよ。」

 

友希那「そうね。入院前と遜色無いわ。」

 

高嶋「そう言えば聞いた?」

 

友希那は少し考え、

 

友希那「大社の計画の事かしら?」

 

高嶋「うん、結界の強化の話。」

 

友希那「確か神託にあった総攻撃さえ乗り切れれば、儀式を行って壁の結界が強化されてバーテックスが入って来る事もなくなる、って話だったわね。」

 

高嶋「そう。でも大社はもう一つ対策があるって言ってたよね?」

 

友希那「…ええ。でもそれは私もリサも聞かされてないわ。」

 

友希那は大社の隠蔽体質に少し疑問を感じていた。

 

高嶋「とにかく、次の戦いに勝てば敵は来なくなって平和になるって事だよ!!」

 

香澄は笑顔でそう答えた。

 

友希那「そうね。」

 

 

---

 

 

鍛錬後、丸亀城教室--

 

友希那は机に突っ伏し考え事をしていた。

 

友希那(私の訴えで勇者システムが変更され、私にも新たな力が加わった…。)

 

先日の友希那の演説を受け、大社は勇者システムを改善し例え神樹の意思だろうと戦闘中に勇者の力が奪われる事は無くなったのである。

 

友希那(あんな悲劇、二度と起こすわけにはいかない…。)

 

そこへ友希那の前に沢山の本が置かれた。

 

リサ「ゆーきな、勉強の時間だよ。しっかり起きてよー。」

 

本を置いた者の正体はリサだった。

 

友希那「今日はまた随分と多いわね。」

 

リサ「必要な事だからね。様々な文献に触れて精霊のイメージを強く掴む事で精霊は強力になるんだから。友希那の新しい精霊は扱いが難しいんだよ。」

 

友希那「今日は香澄とも鍛錬したから疲れて…。」

 

リサ「もーー。どうしたらやる気になってくれる?」

 

友希那は恥ずかしがりながら答える。

 

友希那「----。」

 

リサ「しょうがないなー。ほれ。」

 

そこへ間の悪い事に香澄が教室に入ってきた。

 

高嶋「友希那ちゃん、リサちゃん、明日…。」

 

 

 

 

 

そこで香澄が見た光景は、友希那がリサに膝枕されている姿だった。

 

高嶋「ごめん、また後で来るね。」

 

香澄は教室を出ようとするが、

 

友希那「待って!!今で良いわ!今で!!」

 

友希那は必死で香澄を引き止めた。

 

 

--

 

 

友希那「それで、何か用があって来たんじゃなかったの?」

 

友希那は咳払いし平静を装う。

 

高嶋「夏休みで授業も無いし、明日一緒にお出かけしない?」

 

友希那「明日は鍛錬も休みだし私は構わないわ。」

 

リサ「私も大丈夫だよ。」

 

高嶋「じゃあ決まりだね!待ち合わせは門の前にしよう!!」

 

3人は明日の予定を決め、解散したのだった。

 

 

---

 

 

次の日、丸亀城門の前--

 

一足先に待ち合わせ場所に着いていたのはリサだった。

 

リサ「おっかしいなー。いつもならみんな10分前には揃ってるんだけど。」

 

友希那「ごめんなさい、待たせてしまって。」

 

そこに友希那が来る。

 

リサ「大丈夫だよ。私も今来た……。」

 

そう言いながら振り返ると、

 

リサ「ところ…だから……。」

 

友希那は上下ジャージで帽子にマスクにサングラスの完全防備で待ち合わせ場所にやって来たのである。

 

リサ「何なのその格好!?」

 

友希那「変装よ。勇者は目立ってしまうから。」

 

友希那は真顔で答える。

 

リサ「あぁ…。」

 

あまりの友希那の格好にリサはよろけた。

 

高嶋「おっはよー!リサちゃんどうしたの?」

 

そこへ香澄も到着する。

 

リサ「聞いてよ、香澄ーー。友希那の…。」

 

そう言いながらリサは香澄の方を向くと、

 

リサ「格好…が…ね……。」

 

あろう事か、香澄も上下ジャージでお面を被っていたのだった。

 

リサ「こっちもかっ…。」

 

リサは肩を落とす。

 

友希那「やっぱり変装は基本よね。」

 

高嶋「うんうん!!」

 

そんなリサを気にもせず、2人は変装談義に華を咲かせていた。

 

友希那・香澄「「あはははっ!」」

 

するとリサがおもむろに立ち上がり、

 

リサ「却下却下!!今すぐ着替えて来てっ!!」

 

リサはドス黒いオーラを放ち2人に命令する。

 

友希那・香澄「「はっ、はい……。」」

 

2人はリサのオーラに慄き着替えに戻ったのだった。

 

 

---

 

 

数分後--

 

普段着に着替えた2人と合流し、3人は街を散策した。商店街で食べ歩き、途中すれ違う人達に勇者だと気付かれたりしながら3人は束の間の休みを満喫するのだった。

 

 

---

 

 

2時間程経った頃--

 

友希那「思ってた程騒ぎになったりしないものね。」

 

リサ「当然だよ。悪い事をしてる訳じゃ無いんだから。」

 

高嶋「あはは、そうだね。」

 

その途中香澄はとあるポスターに目が留まる。

 

高嶋「丸亀婆娑羅祭り…。」

 

友希那「丸亀お城祭りと双璧を成す市内最大のお祭りね。」

 

高嶋「もうそんな時期かー。今年も盛大にやるみたいだね。」

 

リサ「夏…祭り…。浴衣……っ!?」

 

リサの目が突然輝く。

 

リサ「浴衣を買いに行こう!!いや寧ろ今から着よう!!!」

 

友希那・高嶋「「何で今すぐ!?」」

 

リサ「他意は全然無いよ!2人の浴衣姿が見たいとか、全然そんな事は無いんだからね!!」

 

友希那「嘘よ。」

 

高嶋「嘘だ!」

 

リサの突然の暴走を2人は必死で止めた。

 

友希那「祭りでもないのに着るのは変じゃない。」

 

高嶋「そ、そうだよ。また今度にしよ?」

 

リサ「……分かった。」

 

2人は安堵するが、

 

リサ「じゃあお祭りの時は浴衣で撮影会ね!!」

 

リサは笑顔で答える。2人は逃げられないと悟ったのだった。

 

 

---

 

 

夕方--

 

3人は海へと辿り着いた。

 

高嶋「とうちゃーく!!」

 

友希那「ここが今日の目的地だったの?」

 

高嶋「ううん、別に場所は何処でも良かったんだ。」

 

香澄は2人の方へ振り返り、

 

高嶋「話を…ね。」

 

友希那・リサ「「?」」

 

高嶋「私の事を…話したかったんだ。」

 

友希那「香澄の事?」

 

リサ「確かにあまり聞いた事無いよね。」

 

友希那「香澄は聞き上手だからついこちらの事ばかり話してしまうのよ。」

 

リサ「香澄は気遣い屋だからね。良い事じゃん。」

 

友希那「ええ。私もいつも助けられてるわ。」

 

高嶋「ありがとう2人とも、でも…違うんだ。」

 

そして香澄は俯き本音を語り出す。

 

高嶋「私は気不味くなったり、言い争ったりするのが苦手なだけ。相手の話を聞くばっかりで、全然自分を出さなくて…。あこちゃんに燐子ちゃん、紗夜ちゃんがいなくなってから、もっと話してたらって。私の事もっと知ってもらえたらって思うと…悲しくなって……。」

 

高嶋「だから…。」

 

香澄は2人を見る。

 

高嶋「友希那ちゃんとリサちゃんには知っておいて欲しいんだ、私の事を。」

 

友希那「香澄…。」

 

友希那とリサは互いに見つめ頷き答える。

 

友希那「ええ。聞かせてちょうだい、香澄の事。香澄の事をもっと教えて欲しい。」

 

リサ「もちろん、後で私達の事も聞いてよね。」

 

高嶋「…うん!ありがとう!!」

 

2人の言葉に、 香澄は笑って答えた。そして香澄は深呼吸して話し出す。

 

高嶋「私は勇者、高嶋香澄。奈良県出身で誕生日は1月11日。好きな食べ物はフライドポテトと白いご飯。小さい頃は--」

 

香澄の話は日が暮れるまで続き、2人は何も言わず黙って香澄の話を聞き続けるのだった。

 

 

--

 

 

日も落ちた頃--

 

高嶋「うーーーん。こんなに話したのは生まれて初めてかも。」

 

香澄は伸びをする。

 

友希那「腹を割って話す事も良いものね。」

 

リサ「香澄の事がもっと分かった気がするよ。」

 

友希那「またこうして色々と話しましょう。」

 

高嶋「お出かけもいっぱいしたいし。」

 

リサ「次は浴衣でお祭りだからね。」

 

友希那「その為にも。」

 

高嶋「うん。」

 

リサ「そうだね。」

 

3人は手を繋ぎ、夜空を仰ぐ。

 

友希那「絶対に生き延びるわよ。」

 

3人は満月に誓った。そして、決戦の日はやって来る--

 

 

---

 

 

樹海--

 

2人はゆっくりやって来たバーテックスを待ち構える。

 

友希那「大型が6体…。」

 

高嶋「前に紗夜ちゃんと3人で戦ったライオンみたいな奴はいないね。」

 

それぞれ左から、

 

 

"口が2つ上下にある完成型"

 

 

 

"巨大な板を持つ完成型"

 

 

 

"魚の様に宙を泳ぐ完成型"

 

 

 

"スカーフ状の触手を持つ完成型"

 

 

 

"左右に水の玉を持つ完成型"

 

 

 

"角を持つ完成型"

 

 

 

である。

 

友希那「1人3体ずつよ。」

 

高嶋「了解っ!じゃあ始めようか。」

 

2人はスマホに手を触れ、

 

 

 

友希那「降りよ--!!」

 

高嶋「来い--!!」

 

 

 

友希那「"大天狗"!!!」

 

高嶋「"酒呑童子"!!!」

 

 

 

神樹を守る2人の最後の戦いが始まった--

 

 

 




--勇者御記--

神樹様は土地神が集まったものなんだそうです。
でもその中には、---から--された
神様も混じっているとのこと。

それはとっても心強いな、と思いました 。

2019年8月 高嶋香澄 記


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弱き人間達の聖戦

来たる最終決戦。


友希那と香澄は世界を守る事が出来るのか--




 

 

高嶋「来い!"酒呑童子"!!!」

 

香澄は角が生え、両腕が鬼の様に武骨な手甲で覆われる。

 

友希那「降りよ!"大天狗"!!!」

 

友希那には羽が生え、修験僧の様な衣服を見に纏い、生大刀は鍔が錫杖を模した形状に変化する。

 

 

"大天狗"--

 

 

それは大社が来たる最後の総攻撃の為に友希那に用意した"酒呑童子"と同様の力を持つ精霊の1体。"義経"を超えるスピードと羽を羽ばたかせる事で発生する衝撃波は辺り一帯を破壊する程の威力を持つとされている。一説では天上界を一夜にして灰燼に帰したとされている。

 

直後、"魚の完成型"が樹海に潜行し神樹へと向かおうと行動を開始した。

 

高嶋「友希那ちゃん、あれは私が!」

 

友希那「分かったわ。こっちの敵は私が食い止める!!」

 

2人は二手に分かれて戦闘を開始した。

 

 

---

 

 

香澄サイド--

 

"魚型"は樹海から顔を出さずそのまま神樹へと突き進む。

 

高嶋「出て来なきゃ倒せない…。」

 

香澄は少し考え、

 

高嶋「…こうなったら!」

 

香澄は飛び上がり、"魚型"の進行方向へ先回りし樹海を思いっきり殴りつけた。

 

高嶋「おりゃあぁぁぁっ!!!」

 

振動で"魚型"の動きが止まる。

 

高嶋「まだまだぁぁぁっ!!」

 

ここぞとばかりに香澄は樹海を殴りつけ、

 

高嶋「見つけたよ!」

 

"魚型"を引きずり出す。

 

高嶋「こっのおぉぉぉぉ!!」

 

"魚型"が宙に舞う。

 

高嶋「これでどう!?」

 

香澄は"魚型"へ一撃を食らわせようとするが、

 

高嶋「っ!?」

 

突如横から爆弾が飛んできて香澄の周りで爆発したのだ。

 

高嶋「ぐうっっっ!!」

 

香澄は爆弾が飛んできた方向を睨んだ。そこにいたのは"スカーフの様な触手を持った完成型"だった。

 

高嶋「くっ、ならそっちから先に!」

 

香澄は爆弾を投げてきた完成型へ矛先を変更し突っ込む。

 

高嶋「勇者パーーンチ!!」

 

だが、そのパンチを巨大な板が防いだのだ。

 

高嶋「っ!?」

 

その完成型は巨大な板に加え、下部に鋭い鋏を持っていた。

 

高嶋「あこちゃんと燐子ちゃんを倒したのが"蠍型"で紗夜ちゃんと3人で戦ったのがライオンの様な形をしていた…。そして今回、"魚型"と板を持ってるのは"蟹型"って事…?星座を象ったバーテックスなんだね…。だとしたら爆弾を投げてきたのがさしずめ"乙女型"ってやつかな…。」

 

香澄は戦いの中でも冷静に分析する。

 

高嶋(まるで燐子ちゃんが側にいるみたいな感じだ…。)

 

3体の完成型バーテックス達は神樹への進行を止め香澄の周りを囲んでいる。

 

高嶋「私を倒してからゆっくり神樹様へ行こうって事か…。」

 

香澄は呼吸を整え構え直す。

 

高嶋「行くよっ!!」

 

香澄は再び"乙女型"へと向かって飛び出していった。

 

 

---

 

 

友希那サイド--

 

"上下に口が付いている完成型"と"水の玉を持つ完成型"はその場で留まっているが、"角を持つ完成型"が先行して神樹へと進行していた。

 

友希那「行かせない!!」

 

友希那は速さを生かし生大刀で完成型を真っ二つにした。

 

友希那「これでまず1体……っ!?」

 

友希那が振り返るとなんと"角を持つ完成型"が2体に増えていた。

 

友希那「増えている…どうして!?」

 

友希那は再度斬りつけた。

 

友希那「っ!?」

 

次の瞬間、切られた箇所から"角を持つ完成型"が再生して分裂したのである。

 

友希那「くっ…あの時の蛇の進化型と同じって事ね…。」

 

丸亀城の決戦の際に出てきた蛇の進化型も切られたら分裂する同様のタイプだった。

 

友希那(あの時はあこの"輪入道"で一気に燃やして対処したけど、今回は…。)

 

友希那は対処を考えるが、その時"上下に口を持つ完成型"の下の口が開き、そこから無数の針が友希那目掛けて飛んでくる。

 

友希那「っ!?」

 

だが、友希那は"大天狗"のスピードを生かして針を躱していく。

 

友希那「考えてる暇が無い…。」

 

3体に増えた"角を持つ完成型"はその隙に神樹へと向かって動き出していた。

 

友希那「これじゃあ…。」

 

両者撃破には困難を極めていた--

 

 

---

 

 

香澄サイド--

 

高嶋「はぁ…はぁ……。」

 

香澄は"魚型""乙女型""蟹型"の完成型を前に満身創痍の状態だった。香澄が攻撃しようとすれば"蟹型"が巨大な板で攻撃を受け止め、"乙女型"は爆弾、"魚型"は水流を放ち遠距離から攻撃してくる。バーテックス達の連携は完璧であり、香澄との相性は最悪だったのだ。香澄は水流を避けるが、

 

高嶋「あっ!!」

 

長時間の"切り札"の使用のツケが足に来てしまい、体制を崩してしまう。それを待っていたかの様に"乙女型"は香澄に爆弾を放ち、爆風が香澄を襲った。

 

高嶋「ぐあああああああああああっ!!!」

 

遂に香澄は樹海に倒れてしまう。

 

高嶋「あ…うぅ………。」

 

3体の完成型はトドメを刺すまでも無いと言わんばかりに神樹へと進んで行く。

 

 

 

 

高嶋(神樹様が……世界が…終わっちゃう……。)

 

香澄の意識が朦朧とする。

 

高嶋(勇者なんてただ痛いだけ…苦しいだけだよ……。あこちゃん…燐子ちゃん……紗夜ちゃん……。私…何で今まで一生懸命戦ってきたんだろう……。)

 

香澄が諦めかけたその時だった--

 

 

 

 

 

 

高嶋「くっ……!!」

 

香澄は立ち上がる。

 

高嶋(……何で?そんなの決まってるよ!!)

 

高嶋「勇者だからだよ!!!理由なんてそれで充分だ!!!」

 

 

高嶋香澄は勇者である--

 

 

勇者だからどんなに怖くても危険を顧みず--

 

 

勇者だからどんなに痛くても仲間がピンチなら敵陣だろうと駆けつける--

 

 

そして勇者だからどんなに苦しくても敵に立ち向かう--

 

 

 

高嶋「行かせないっ!!!」

 

香澄は自分の体に鞭打ち3体の完成型へと向かって行く。

 

高嶋「私はみんなが、みんなが大好きなんだ!!!」

 

香澄は"魚型"に狙いを定める。

 

高嶋「だから絶対にこの世界を!!守るんだああああああっ!!!!」

 

香澄渾身の正拳が炸裂し、"魚型"は粉々に粉砕された。

 

高嶋「次っ!!!」

 

"蟹型"に狙いを定める香澄。だが、パンチは板に阻まれ手甲にヒビが入る。

 

高嶋「っ!!」

 

だが、

 

高嶋「関係ない!!」

 

香澄はそのまま連続でパンチを繰り出し、手から血を流しながらも次々と板を壊していった。

 

高嶋「何度だって何度だって私たちは立ち向かう!!!」

 

全ての板を壊した香澄はそのまま"蟹型"も粉砕に成功。

 

高嶋「お前達なんかに、これ以上奪わせない!!!」

 

香澄はその勢いのまま3体目の"乙女型"に迫る。"乙女型"は香澄を近づけさせまいと爆弾の雨を降らすが、香澄は減速する事無く躱し、

 

高嶋「私は勇者!!」

 

"乙女型"に勇者パンチを叩き込んだ。

 

高嶋「高嶋香澄だあああああああっ!!!」

 

 

--

 

 

ボロボロで傷だらけになり、右手の手甲が砕け散ってまでも香澄は3体の完成型に勝利を収めた。

 

高嶋「はぁ……はぁ………くっ!!」

 

香澄は樹海に仰向けで倒れる。香澄の真上にそびえ立つのは神樹--

 

香澄が倒れた場所は神樹の根の部分だった。

 

 

 

高嶋「神樹…様……。」

 

 

 

高嶋「……よかっ………た………。……間に…………合っ………。」

 

 

--

 

 

友希那サイド--

 

友希那「はあああっ!!」

 

"角を持つ完成型"はどんどん増えていき、6体にまで増えていた。

 

友希那(無闇に切ってもダメね…奴らの動きを良く見て弱点を…。)

 

その時、分裂した内の1体が他の分裂体の影に隠れたのを友希那は見逃さなかった。

 

友希那「そいつねっ!!!」

 

友希那は"大天狗"の力を使って高速で近づき隠れようとした1体を斬りふせると他の分裂体が一斉に砂の様に崩れ去ったのだった。

 

友希那「これが当たりだったようね…。っ!?」

 

だが次の瞬間、友希那は"水の玉を持つ完成型"の水の玉に閉じ込められてしまう。

 

友希那(しまっ…!!)

 

水の玉の中で激しい水流が渦を巻く。

 

友希那(くそっ!!水流の所為で動けない!!!)

 

そこに"上下に口が付いている完成型"の上の口が開き、友希那目掛け巨大な針を飛ばさんと狙いを定め始めたのである。

 

友希那(まずい……っ!このままじゃ……。…殺してやる………っ!!!)

 

友希那の心の内にバーテックスへの敵意が、憎悪が溢れ出す。

 

友希那(1匹残らず殲滅して、奴らが犯した非道の報いを…!!)

 

友希那は怒りで歯を食いしばるが、

 

 

 

友希那(………っ!?)

 

その時ふと浮かんできたのは、

 

 

---

 

 

あこ「さっすが友希那さんです!今度あこにもカッコいいセリフ教えて下さい!!」

 

 

---

 

浮かぶのは、束の間の休日でのあこの笑顔--

 

 

---

 

 

友希那「戦う事だけが勇者じゃない。作戦を立てて、しっかりとした指示を出す。これも立派な勇者って言えるんじゃない?」

 

燐子「……はいっ!!」

 

 

---

 

 

浮かぶのは、壁の外で語り合った燐子の笑顔--

 

 

---

 

 

友希那「時間は掛ったけど、本当の意味で自分の弱さに気付く事が出来た。」

 

リサ「そっか。」

 

友希那「私を信じてくれたリサのお陰ね。」

 

リサ「何言ってるの。自慢の幼馴染の為じゃん。」

 

 

---

 

浮かぶのは、いつも支えてくれたリサの笑顔--

 

 

---

 

 

友希那「聞かせてちょうだい、香澄の事。香澄の事をもっと教えて欲しい。」

 

リサ「もちろん、後で私達の事も聞いてよね。」

 

高嶋「……うん!ありがとう!!」

 

 

---

 

 

浮かぶのは、自分の事を話してくれた香澄の笑顔--

 

 

---

 

 

燐子「この卒業証書を受け取って下さい…です……。」

 

紗夜「そう…ですか……。お願いなら……仕方ないですね…。」

 

 

---

 

 

そして、浮かぶのは卒業証書を受け取った紗夜の笑顔だった--

 

 

 

友希那は我に返る。

 

友希那(ダメよ!!精霊の影響に囚われてはダメ……!!過去の復讐の為ではなく、四国の人々や友を守る為--)

 

友希那(今を生きる人の為に戦うと私は決めた筈よ!!)

 

突如水の玉が爆発し、火の玉が現れる。そしてその火の玉は"水の玉を持つ完成型"を飲み込み更に爆発--

 

火の玉の中からボロボロの友希那が現れる。背中の羽は炎を纏っていた。友希那は"上下に口が付いている完成型"から発射された巨大な針を真っ向から打ち砕き、そのまま突っ込んで行く。

 

友希那(人間は弱いわ…臆病で脆く、悪意に落ちやすい……。)

 

途中幼生バーテックスが行く手を阻むが、友希那はそれを諸共せず翼に宿った炎で焼き尽くしながら進んで行く。

 

 

 

友希那(…だけど、人は守るべき者の為ならば無限に強くなれる--)

 

 

 

友希那(守るべき人の為なら、どれ程傷付こうとも戦う事が出来る--)

 

 

 

友希那は生大刀を振り上げ--

 

 

 

 

友希那「それが私達、弱き人間がお前達に勝てる理由なのよ!!!」

 

最後の1体を真っ二つに斬り伏せた。6体全ての完成型バーテックスが倒され樹海に静けさが戻る--

 

 

 

 

 

 

 

友希那「はぁ……はぁ……はぁ………。」

 

"切り札"を解いた友希那は膝からうつ伏せに崩れ落ちる。

 

友希那「はぁ…これで……平和な日常が…みんな……に…。」

 

友希那の目が霞み始める。

 

友希那「私達は……守り切った…生き……残ったのよ……。………そうよね…………香澄…………。」

 

 

---

 

 

香澄サイド--

 

神樹の根元に香澄の姿は無く、血の跡が付いているだけであった--

 

 

 




消えてしまった香澄。

それは後の神婚の様に……。



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2人の創る明日

4章終章です。

友希那とリサが未来にかける想いを感じてください。




 

 

友希那と香澄の激闘によって6体の完成型は倒され樹海化が解けていく。が、次の瞬間結界の外に鎮座していた"獅子型"が太陽の如く光り輝き、四国を残し世界は炎に包まれた--

 

 

---

 

 

友希那「うっ……ここは…?」

 

病室のベッドで友希那は目を覚ました。

 

リサ「友希那っ!!良かった、やっと目が覚めたんだね!!」

 

友希那「リサ……。」

 

リサ「1週間も眠ってたんだよ。」

 

リサが友希那の手を握る。

 

友希那「そんなに眠ってたの…。心配かけたわね。」

 

友希那は身体中に包帯が巻かれている状態だった。

 

友希那「それで…戦いはどうなったの?香澄は……無事なの?」

 

リサ「っ!?」

 

友希那の言葉にリサが反応する。

 

リサ「進行してきたバーテックスは友希那と香澄の活躍で撃退されたよ。でも、香澄は…………交戦中に生体反応が途絶えたんだ……。」

 

友希那「っ………!?」

 

 

 

友希那(それじゃあ、もう勇者は私以外誰も……。)

 

 

 

リサ「遺体は発見されてないけど、生存の可能性は……無いって……。」

 

 

 

友希那(…みんな……みんな死んでしまったっていうの…。)

 

 

 

友希那は顔をしかめ4人の姿を思い浮かべる。その様子をリサが見つめていた。

 

友希那「まだ…何かあるの?」

 

リサ「いや、失ったものは大きいけど、みんなのお陰で四国の防衛は強化されたんだよ。だから友希那も早く元気になってね。」

 

そう友希那に言ったリサの目は何故だか悲しげな雰囲気を見せていた。

 

友希那「…ええ、そうね。」

 

 

---

 

 

そして月日は経ち2019年12月。友希那はリサを抱えて再び壁の近くまで来ていた。

 

 

---

 

 

友希那「調査任務?」

 

リサ「壁外で起きた未知の事象の調査をして欲しいんだって。任務の危険度を鑑みて、友希那の退院まで先延ばしにしてたみたい。」

 

退院までに5ヶ月も掛かったのはこれが理由だったようだ。

 

友希那「本当に一緒に来て良かったの?壁外は危ないわよ。」

 

リサ「大丈夫、覚悟は出来てるよ。」

 

壁上でリサを降ろし2人は手を繋ぐ。

 

友希那「分かったわ。じゃあ、行くわよ。」

 

結界を越えた先で2人が目にしたものは--

 

 

 

 

 

 

草木は枯れ果て、建物は崩壊し、炎が渦巻き、無数の幼生バーテックスが飛び回る地獄の様な光景だった。

 

友希那「世界が…破壊されたっていうの……?」

 

リサ「違う…破壊なんてものじゃ無い。世界の理そのものが書き換えられたんだよ……。もう世界に残ってるのはここ四国だけだと思う……。」

 

友希那は俯き拳を強く握った。

 

リサ「帰ろう友希那。」

 

友希那「リサ…。」

 

リサ「この光景を中の人達に伝えないと。」

 

友希那「……ええ。」

 

友希那(結界が強化されたとはいえ、奴らが攻めてきたら例え1人でも立ち向かう……。仲間達の戦いを、想いを、命を無駄にしない為にも…私が……っ!!)

 

そう心に誓い友希那はリサと結界内へと戻っていった。

 

 

---

 

 

3日後--

 

友希那は1人になってもこれまで通り鍛錬を続けていた。そこへリサがやって来る。

 

友希那「戦う必要が無くなったですって!?」

 

リサ「そう、友希那はもう戦わなくても良いんだよ。」

 

友希那「そんな訳ないでしょ!?もし強化された結界を越えて奴らが攻めてきたらどうするつもりなの!?」

 

友希那が言う事は最もである。結界の外には無数のバーテックス。そしてこちらにはたった1人しかいない勇者。御役目を放棄などあり得ないと思うのが普通であった。だが、リサは淡々と話し続ける。

 

リサ「今は強化された結界で"星屑"も四国に入って来ないけど、神樹様の力が尽きた時、私達は炎の海に飲み込まれて全てが終わってしまう……もう人類の根絶は完了したも同然なんだよ。」

 

友希那「……。」

 

友希那は反論する言葉も出てこなかった。

 

リサ「でも、だからこそそこに活路があったんだ。」

 

友希那「活路……?」

 

リサ「奉火祭。」

 

友希那「奉火祭?」

 

リサ「神代の時、土地神の王が天の神に自らの住み処から出ない事を代償に、その地を不可侵として赦して欲しいと願った神話--"国護り"。奉火祭は大社がその故事を模倣した儀式なんだ。地に棲まう者が天の神に願いを伝えたんだよ。」

 

友希那「神に伝えるって…そんなのどうやって……?」

 

そしてリサは友希那に衝撃の事実を伝える。

 

リサ「炎の海の中へ、6人の巫女が選ばれた……。」

 

友希那「っ!?まさか…生贄って事……!?」

 

リサ「……そこに私も選ばれる筈だった。」

 

友希那「筈……?」

 

リサは後ろを向き話し続ける。

 

リサ「……上手く立ち回って人選から外れたんだ………。だって死ぬのは嫌だし……。ズルいんだよ私は……。」

 

友希那「リサもう止めてっ!!!」

 

友希那がリサの肩を掴んで振り向かせると、リサは涙を流していた。

 

友希那「リサは私を気遣って残ってくれたんでしょう!?そんな言い方しないで!!あなたまでいなくなったら私は……!………儀式は成功したの?」

 

リサ「さっき神託が来たんだ。勇者の力を放棄すれば、もう攻められる事は無い………って。向こう側からすれば人が神の力を使うって事は禁忌なんだろうね……。」

 

友希那「だからさっきリサはもう戦わなくても良いって…。」

 

友希那(私は何も守れなかったっていうの…?何も取り戻せなかったというの……?)

 

友希那「…そう………。」

 

友希那が震えだす。

 

友希那(私は……私はなんて無力なの……。)

 

友希那「ううう………。」

 

友希那の目から涙が溢れる。

 

友希那「うああああああ………っ!!」

 

泣く友希那をリサは優しく抱きしめたのだった。

 

 

---

 

 

夕方、丸亀城天守閣--

 

2人は街が一望出来るこの場所で今後の対策を考えていた。

 

友希那「私達は多くのものを失ったわ…。」

 

リサ「そうだね。」

 

友希那「だけど命は繋いだ。」

 

リサ「うん、私達の戦いはまだ終わってない。」

 

友希那「敵は天の神。バーテックスを、用いて人間を根絶しようとし、人が神の力を使うのを嫌っている。」

 

リサ「対する土地神は力を合わせて神樹様となり、人に神の力を与えた。」

 

友希那「しかし、既に大勢は決し人類は辛うじて命を繋いだ状態。勝つ為にはまず力を蓄えないと…。」

 

リサ「じっくり対抗策を見つけていこう。幸い結界は300年程は保つみたいだし。香澄に感謝しないとね。」

 

友希那「香澄?」

 

リサは香澄ついて新たに分かった事実を伝える。

 

リサ「香澄は生体反応が消えた後、神樹様の一部になったんだって。大社の調査だと結界強化の成功の一因としてあるんじゃないかって。」

 

友希那「まさか神にまで力を与えるなんて、さすが香澄ね。」

 

リサ「そうだね。まるで現人神(あらひとがみ)みたいだね。」

 

友希那「……。」

 

リサ「どうしたの、友希那?」

 

友希那「もしかしたらいつかまた…と考えてしまう時があるわ。」

 

リサ「これから色んな事が変わると思う。その中でそんな事が起こると素敵だよね。」

 

リサ「今回の事で大社は名前を"大赦"--「敗れ赦された者」って意味を込めた名前に変って、そして私はそこで一番上の地位に立つんだ。そこで秘密を守る神託の巫女になるよ。」

 

リサは世界を救った巫女、"今井家"のトップとしてこの先の大赦を率いていく事となったのだ。

 

リサ「だけど……。」

 

友希那「どうしたの、リサ。」

 

リサ「その代わりに紗夜は勇者を除名しなくちゃいけなくなるんだよ。」

 

友希那「っ……!?そんな…どうして……。」

 

リサ「大赦の大部分の人達があの事件以来紗夜を勇者としては認めないって……。私が大赦の上に立つのなら紗夜の除名保留を取り消せって……。」

 

友希那「………。」

 

リサ「ごめんね、友希那……。」

 

俯くリサの頭に友希那は優しく手を乗せた。

 

友希那「リサは悪くないわ…。リサは私の信念を貫き通してくれたんでしょ?"今を生きる者の為に戦う"と。」

 

リサ「……うん…ありがとう、友希那。」

 

少しの間沈黙が続き、何か思いついた様に友希那が立ち上がり走って天守閣を後にした。

 

 

--

 

 

そして10分程して、再び友希那は戻ってきた。手には花束を持っている。

 

友希那「私……名前を変えようと思うの。」

 

リサ「えっ?それどういう事。」

 

友希那「紗夜が存在していた記録が全て抹消されるのなら、私の中に紗夜が生きていた証を残す。」

 

リサ「氷川になるって事?」

 

友希那「それじゃあ大赦はすぐ分かってしまうわ。」

 

友希那「………"花園"。それがこれからの湊家の新たな名前。」

 

リサ「何か意味があるの?」

 

友希那「私達勇者は花がモチーフになってるって以前紗夜が言っていたでしょ?私が桔梗、あこが姫百合、燐子は紫羅欄花、香澄は桜、紗夜は彼岸花……私達の後にも勇者はこの世界を守っていく。勇者が集まり花園になっていく…そんな意味がこもってるのよ。花園がある限り私は紗夜の事をずっと心に思っていられるわ。そしてもちろん民心を安心させる導き手にもなる。そうして天の神を欺き、私達は密かに力を蓄えていきましょう。」

 

リサ「まず何から手を付けていこうか?」

 

友希那「最初は精霊システムね。体内に入れた時の負担を無くす為に外部に精霊用の人造の体を与えるなんてどうかしら?」

 

リサ「良いね!!もしかしたら友希那も"義経"の様な精霊になれるかもしれないよ!」

 

こうして2人は勇者システムの改善案に華を咲かせていった。

 

 

--

 

 

あらかた話し終えた2人は天守閣から夕暮れの街並みを見下ろす。

 

友希那「いずれ人間は力を蓄えて奴らと対等な存在まで昇りつめるでしょうね。」

 

リサ「そうだね。」

 

友希那「今は和睦する。だけど……いつか必ず。」

 

リサ「必ず取り返そう、人々の日常を。」

 

友希那「ええ…失った者達の意思を継いで、未来の道を開くのよ!!」

 

2人は沈みゆく夕日を見つめいつか来る未来の為に進んでいくと誓うのだった。

 

 

---

 

 

--勇者御記--

 

私達は国を護ったわけではない。

 

これは休戦にすぎない。

自らの国土を必ず取り戻す。

そして復興させる。

 

必ず。

何代かけようとも。

 

 

神世紀元年 湊友希那 記

 

 

---

 

 

こうして西暦での勇者達の戦いはここで幕を降ろす。

 

 

"今井家"はリサを長として大赦内での地位を確実なものとしていき、元号を西暦から神世紀へと改める。

 

"湊家"も"花園家"と改めたが、リサの尽力もあり、後世には両家名が残っていく事となった。

 

そして2人の努力の結晶は、それから300年程の未来に神樹館小学校の3人の少女達、花咲川中学の5人の少女達へと受け継がれていく事となる--

 

 

---

 

 

神世紀300年、勇者部部室--

 

たえ「これ、なんだろう?」

 

りみ「勇者御記…?」

 

りみが表紙を読み上げる。

 

りみ「これは…日記?」

 

有咲「大丈夫か?それ。」

 

有咲は謎の本を怪しんだ。

 

たえ「実家から持ってきた本に混ざってたみたい。」

 

たえは勇者御記を捲った。

 

たえ「湊…友希那……。ご先祖様の日記かな?」

 

たえが捲っていくと1枚の写真が落ち、香澄がそれを拾った。

 

たえ「どうしたの?」

 

香澄「この写真の人、最後の戦いの後私が意識を失ってた時に会ったような……?」

 

沙綾「もしかしたら過去の勇者様が励ましてくれたのかな?」

 

沙綾が推測し、

 

ゆり「こうして見ると、西暦の時代の勇者様も大変だったんだね。」

 

ゆりが答えた。

 

香澄「私達の今があるのはそのお陰なんだね。ずっと昔からの沢山の人達の積み重ねのお陰、今度お礼しないと。」

 

香澄は写真を胸に当て、湊友希那の姿を思い浮かべながら話したのだった。

 

香澄「よーし、私達もご先祖様に負けてられないねー!」

 

ゆり「良いよー。後輩がやる気に溢れてるねー。ここはみんなで掛け声行こうか。」

 

ゆり「せーのっ!」

 

全員「「「勇者部ーーーーーふぁいっ!!!」」」

 

 

 

 

その勇者部達の姿を1羽の青い烏が外から見ている。そしてそのカラスは晴れ渡る青空へと飛び立っていったのだった。

 

 

 

 




「第4章 湊友希那の章」を最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。

そして物語は進み、いくつかの番外編を挟んで「第5章 白鷺千聖の章」へと進んで行きます。

引き続き宜しくお願い致します。


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たった1人の英雄〈前編〉


ここで語られるのはかつて諏訪をたった1人で守り続けた勇者の話--

命のリレーはここから始まります。




 

 

どんな辛い目にあっても、人は必ず立ち上がれる--

 

 

その言葉が支えだった--

 

 

だから彼女は、いつだって前を向いていた--

 

 

この閉じた世界で--

 

 

理不尽な世界で--

 

 

彼女の姿は何よりも眩しかった--

 

 

---

 

 

西暦2018年夏、長野県諏訪--

 

突き抜けるような青空が広がっていた。夏の日差しが容赦無く大地に降り注ぐ。

 

青葉モカは、友人である美竹蘭が鍬を振るう姿を、畑の側で見守っていた。蘭の周りでは、同じく鍬を振るって畑を耕す大人達の姿がある。みんな汗を流しながら、作物を育てる大地に向き合っていた。蘭と大人達は、野菜を作る為の畑を耕しているのである。

 

蘭「みんな、そろそろ休憩にしよう。」

 

蘭の言葉で、周りの大人達も鍬を振るう手を止め、汗を拭い日影へと入っていく。長野は避暑地で有名だが、日差しや気温は他の地域と然程変わらない。気を付けないと日射病になってしまう。

 

モカ(私にはとても出来ないやー。)

 

モカは苦笑いする。力がいる農作業を難なくこなしてしまう蘭が変なのだ。

 

モカ(勇者の加護もあるんだろーけど、何より蘭が畑大好きな人だからなー。)

 

そんな事を思っていると、不意に頬に棒のようなものが当てられた。

 

モカ「トゲが痛いなー、蘭。」

 

蘭「冷えてて気持ちいでしょ。」

 

モカが振り返ると、キュウリを持った蘭の姿があった。もう片方の手には野菜がたくさん入った籠がある。

 

蘭「今日も美味しくなってるよ。他の野菜も出来は悪くないね。」

 

そう言うと蘭は包丁を取り出し、トゲを落としてキュウリを2つに割ると、片方にかぶりついた。

 

蘭「味も良いね。モカも食べてみれば?」

 

モカは蘭からキュウリを受け取って、かぶりつく。

 

モカ「うん、美味しいー。」

 

蘭「だよね。」

 

蘭は笑顔になる。

 

モカ「蘭は本当に畑が好きだねー。」

 

蘭「いずれは農業王になるから。」

 

モカ「何それー……。」

 

蘭「モカもやってみれば良いのに。」

 

モカ「暑いの苦手だから、却下ー。」

 

蘭「そっか。」

 

蘭は特に気にした様子もなく、キュウリを食べ続ける。

 

モカ(畑仕事をしてる蘭を見るのは、好きなんだけどねー。)

 

モカは水筒から紙コップに麦茶を注いで、蘭に渡した。

 

蘭「ありがと。」

 

蘭は麦茶を飲みながら、木陰で休んでいる大人達の姿を見ていた。暑いながらも、みんなの顔には笑顔があった。

 

蘭「みんな、明るい顔をするようになったね。」

 

そう言う蘭に、モカも頷く。

 

しかし彼らも、初めからこんなに前向きだった訳ではない。3年前のあの日--

 

 

 

空からあの化け物達が出現した時から今までに起こった事を、モカは思い返す--

 

 

---

 

 

2015年7月30日--

 

各地で地震や異常豪雨など、様々な自然災害が頻発し、日本中が大混乱に陥った。直後出現したバーテックス達は、人々を容赦無く殺していき、人類は絶望の淵に落とされる。

 

バーテックス出現後、長野は諏訪周辺に結界が形成され、結界内での被害は無かったが、運悪く結界の外にいた人々は被害を免れず、多くの者が命を落とした。そんな中で、勇者として覚醒したのが美竹蘭。彼女は自らの危険を顧みず、結界の外へ出てバーテックスと戦い、多くの人々を助け出した。

 

モカが蘭に出会ったのはその時だった。長野の人々が混乱しながら結界内へと逃げ込む中、モカはバーテックスと戦う蘭の姿を見る。後に蘭とモカは、唯一バーテックスに対抗し得る存在--

 

"勇者"と"巫女"であると、四国の大社から通信で告げられる。2人で諏訪の人々を守り、導かなければならないのだ。だが蘭もモカも、まだ中学生である。長野の人々は幼い彼女達の力を信用する事が出来なかった。絶望し、生きる気力も無くしかけていた人々に、蘭は呼びかける。

 

蘭「今は苦しい状況だけど、きっと活路が見つかります。人は何度でも立ち上がる事が出来る筈です!今はその時に備えて、みんなで力を合わせて暮らしていきましょう!!」

 

そうして蘭は自ら鍬を振るい、畑を耕したのだった。

 

 

--

 

 

初めは蘭に同調する者は少なかった。こんな狭く閉じた地域で、人間が生きれる筈がないと誰もが皆諦めていた。だが蘭は諦めず、人々に呼びかけ続け、畑を耕す。

 

蘭「今まで人間はどんな災害に遭っても、生き抜いてきました。きっと私たちは、まだ立ち上がれる筈!」

 

しかしバーテックスは結界を破ろうと、執拗に攻撃を繰り返してくる。蘭はその度に戦った。また、外から諏訪に避難してくる人がいれば、危険を顧みずに結界を出て助けに行った。蘭は弱音は一度も吐かなかった--

 

 

いつも笑顔だった--

 

 

傷付いても、誰からも認められなくても--

 

 

彼女は1人の犠牲者を出さず、諏訪を守り続けたのだった。

 

 

--

 

 

そんな風に頑張り続け、1年が過ぎた頃--

 

希望を失わずに頑張り続ける蘭に、1人また1人と、住人達は協力し始める。ある者は蘭と共に畑を耕し、またある者は諏訪湖へ出て魚を獲るようになった。やがて、彼らの顔に笑顔が戻り始めた。何もせずにただ悲観しているよりも、体を動かしていた方が、暗い気持ちも紛れる。人々は前を向いて歩き始めたのだった。

 

 

 

"どんなに辛い目に遭っても、人は必ず立ち上がれる"--

 

 

 

それが諏訪の人々にとっての合言葉になったのである。

 

 

---

 

 

モカ(でも結局蘭だけで、諏訪のみんなを引っ張ってるんだよなぁー。)

 

モカは思う。バーテックスと戦い続けているのも、諏訪の人々を元気付けてるのも、全て蘭である。モカはトマトを食べている蘭を見て更に思う。

 

モカ(もし勇者と巫女の立場が逆だったら、私は蘭の様に振る舞えたかなぁ……。)

 

 

 

そこへ突然、耳障りなサイレンが鳴り始めた--

 

 

 

人々の顔に緊張がはしる。このサイレンはバーテックスが来た事を知らせる警報なのである。

 

蘭「勇者美竹蘭、行ってきます!」

 

だが蘭は落ち着いた口調で、周りの人々に告げ、迷い無く駆け出していった。

 

村人「頑張って。」

 

村人「無事で帰ってきて。」

 

村人「信じてるよ。」

 

駆け出した勇者に人々は声援を送る。

 

蘭「絶対に諏訪とみんなを守るから、結界の境界には近付かなよう避難してて!」

 

モカ「待って蘭!私も行くよ!」

 

走り出す蘭の後を追ってモカも駆け出した。

 

 

--

 

 

2人がやって来たのは、諏訪大社上社本宮。そこの神楽殿には、勇者専用の武器と装束が保管してある。諏訪を治める神は、武神にして大地の神の王子、"建御名方神(たけみなかのかみ) "。彼はかつて武器として藤蔓を使っていたと言われている。蘭の勇者専用武器である鞭には、建御名方神の藤蔓と同じ霊力が宿っているのである。そして蘭は農作業の服を脱ぎ、勇者装束を身に纏った。モチーフは"金糸梅"、多少の動きにくさはあるが、肉体へのダメージが軽減される。

 

蘭「モカ!バーテックスが来てる場所は!?」

 

蘭は着替えながらモカに尋ねる。モカは脳裏に浮かぶ抽象的なイメージを蘭に伝えた。これが神託である。

 

モカ「ここから東南方向!狙いは多分、上社前宮だよ!」

 

蘭「奴ら、前宮の"御柱"を狙ってる……。」

 

着替え終わった蘭は、神楽殿を飛び出した。

 

モカ「ああ〜、行っちゃった。」

 

蘭の後ろ姿を見ながら、モカはため息を吐いた。勇者の走る速さに、常人はついて行けない。それでも、ジッとしてる事が出来ずに、モカは蘭を追いかけた。

 

 

--

 

 

"御柱結界"--

 

諏訪を守る結界はそう呼ばれていた。土地神が宿る諏訪大社は、上社本宮、上社前宮、下社春宮、下社秋宮の4社に分かれて諏訪周辺に建っている。4社の境内には巨大な柱が建っているが、3年前の"7.30天災"の際にそれと同様の柱が4社を結んだ線上に大量出現したのである。

 

柱は結界を形成し、その内部にバーテックスが入ってくる事は出来ない。だがバーテックスは大群で現れ、結界を形成している御柱へ攻撃を繰り返す。御柱の耐久力も無限ではない。もし折られて結界が消滅すれば、諏訪は壊滅してしまう。御柱を守る為にバーテックスを撃退する事は、勇者である蘭の役目である。

 

だが、それでも限界はある。襲来するバーテックスの数は段々と多くなっていき、土地神は結界の範囲を縮小して強度を上げる事で、激化する襲撃に耐えようとしてきた。そして今現在、既に下社春宮と秋宮の2社は破壊され、結界が守っている範囲は諏訪湖東南の一帯だけになってしまったのだった。

 

 

--

 

 

しばらくして、肩で息をしながらモカが上社前宮の境内に辿り着いた頃、既に蘭はほとんどのバーテックスを倒し終えていた。

 

モカ(良かった……今回も大丈夫そうだね。)

 

蘭の無事なら姿を見て、モカはホッとした。蘭の振るう鞭は縦横無尽に動き回り、御柱に襲いかかるバーテックス達を次々と打ち据えている。

 

蘭「これで、最後!!」

 

最後の1体を倒した後、蘭は一息ついて、モカの方を振り返った。

 

蘭「モカ、来てたんだ。」

 

モカ「そりゃー心配だったからねー。」

 

蘭「私が負ける訳ないでしょ。モカこそ危ないから、避難してた方が良かったのに。それじゃあ、帰って畑の続きをやらないとね。」

 

そう言って踵を返す蘭にモカは少し驚く。

 

モカ「まだ畑仕事やるのー!?バーテックスと戦った後くらい休んでも良いんじゃない?」

 

蘭「ダメ。作物は人間に合わせて待ってはくれないんだから。それに--」

 

蘭は笑顔で答える。

 

蘭「畑を耕すっていう"日常"を大切にしたいんだ。」

 

 

---

 

 

バーテックスとの戦いから帰ると、2人は人々から盛大に感謝された。そうして蘭はまた人々と共に畑を耕し、モカはそれを見守る。これが蘭とモカの--

 

否、諏訪の日常である。

 

 

 



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たった1人の英雄〈後編〉

蘭が託した勇者のバトンは300年経っても確かに勇者の心の中に生き続けています。




 

 

バーテックスの脅威に怯えながらも、人々は神と勇者と巫女に祈りを捧げ、日々を懸命に生きる。諏訪は四国に比べて神の恵みが少ない為、物資も資源も不足していて生活は苦しい。それでも人々は、自給自足のささやかな暮らしに幸せを見出していた。

 

 

---

 

 

青葉モカはのんびりした少女だった。物心つく前から両親や祖父母の仲が悪かったせいで、諦め癖がついてしまっていたのだった。

 

モカ母「あんた、そんな事じゃ将来苦労するわよ。」

 

母親はモカの性格に苛立ち、冷たくそう言った。

 

モカ(自分の将来なんて想像出来ない。だけどきっと今と同じ様に、何も出来ず、誰の目にも止まらずに終わっていくんだろうなー。)

 

モカはそんな事を思うのだった。だからモカにとって、蘭との出会いは衝撃だったのだ。蘭は全く物怖じしない性格で、みんなの先頭に立って引っ張っていく。まるで自分とは正反対--

 

モカはそう感じた。

 

 

---

 

 

8月末日--

 

上社本宮の参集殿に設置された通信設備で、蘭は四国と連絡を取っていた。四国は諏訪の他に唯一、人類生存が確認されている地域であった。湊友希那という少女をリーダーに、5人の勇者によって防衛されている。今蘭と通信しているのも友希那である。

 

蘭「はい、今日も襲撃はありましたが、無事に撃退しました。……私、怖いですから、こう見えても。って、この通信じゃ見えませんね。……ええ、他はいつも通り畑を耕してました。……自慢の野菜を、湊さんに送ってあげたいくらいです。」

 

通信している蘭を、モカは部屋の隅で本を読みながら見ていた。友希那と話している蘭は楽しそうである。こういう時、モカはなんだか良く分からない気持ちになる。心が騒ついて、落ち着かない。

 

蘭「それでは、またこの時間に。……通信を終えます。」

 

蘭は四国との通信を切り、モカの方を振り返る。

 

蘭「モカ、何でそんなジト目なの?」

 

モカ「蘭、四国と通信してる時の喋り方、変だよー。敬語で大人ぶって。似合わないなー。」

 

蘭「一応、四国との通信は勇者の公式な仕事だから。丁寧な言葉遣いにしないと。普通電話とか手紙だと、何となく丁寧語とかにならない?」

 

モカ「ならないよー。」

 

モカは素っ気なく答えた。

 

蘭「えっ、私だけ?でも湊さんも丁寧語使ってるしな……。」

 

モカ「私、ご飯食べてくるねー。」

 

蘭の言葉を遮り、モカは立ち上がった。

 

蘭「待ってよ、モカ!私も行くよ。一緒に食べた方が美味しいし。」

 

蘭と話しているとモカの心の騒めきは静まっていく。

 

モカ「……じゃあ、行こうかー。」

 

 

---

 

 

日が暮れて周りが茜色に染まる中、2人は行きつけの蕎麦屋に入った。

 

信州蕎麦--

 

それは長野が日本に誇る郷土料理である。蕎麦粉の原料となる穀物"ソバ"は、高冷地で育てやすい為、長野の風土に適している。その為、蕎麦は長野で多く作られる様になり、住人にとって欠かせない食べ物になっていった。

 

蘭「うん、いつも通り美味しい。」

 

ざる蕎麦をすすり、蘭が言う。ほとんど毎日食べてるのに飽きないのは、信州蕎麦が優れている証拠である。

 

蘭「温かい汁につけた蕎麦も良いけど、夏はやっぱりざる蕎麦に限るね。」

 

モカ「蘭は良く食べるねー。」

 

蘭「そう言うモカも結構食べてるでしょ。」

 

モカ「あははー、バレたかー。」

 

2人は大盛りの蕎麦を食べすすめていく。

 

蘭「でもソバの畑を増やさないと、蕎麦粉が足りなくなりそう。ソバは成長が早いから1年に2回収穫出来るけど、本当は結界外の高地の方が栽培には適してるんだよね……。」

 

食べながらでも、蘭の頭の中は農作業でいっぱいである。

 

モカ「蘭、さっきはごめんね。」

 

蘭「何、モカ。急にどうしたの?」

 

モカ「なんか不機嫌な態度とっちゃったからさー。」

 

モカの心にあったのは、幼稚な独占欲。蘭が自分以外の誰かと仲良くしていたから生まれてしまったものだった。

 

モカ「私には蘭が眩しいよ。いつも前向きで、一生懸命で、みんなの中心にいて……長野のみんなが、四国の湊さんだって、蘭の事が好きだろうしねー。」

 

それとは反対に、モカには友達と呼べる存在は蘭しかいない。だから蘭が自分以外の誰かと仲良くしているのを見ると、不安になる。自分だけが置いてけぼりになるのではないかと思ってしまう。

 

蘭「モカだって、みんなから大人気だと思うけど。長野の人は誰だってモカの事好きだし。」

 

モカ「それは私がたまたま巫女に選ばれただけだからじゃないかなー。だから蘭とも友達になれて、特別視されてるだけだよー。」

 

蘭は勇者という立場関係なく、元々努力家で、だから誰もが好意を抱く。"巫女だから。"美竹蘭のパートナーだから"という理由で愛されているモカとは、根本的に違うのである。

 

モカ(私は何も持ってない……たまたま巫女に選ばれていなかったら、きっと--)

 

蘭「モカ!!」

 

その時、蘭はモカの額を突いた。

 

蘭「後ろ向きに考えるのはやめな。モカは自分の凄さに気付いてないだけ。私は知ってる。モカだって人を助けてた事。」

 

モカ「蘭……。」

 

蘭「昔、結界の外から避難してきた子供を、バーテックスから助けてたじゃん。モカが自分で結界の外に出て、バーテックスを自分に引きつけて……そのお陰で、この子は無事に避難出来た。凄い事じゃん。」

 

モカ「それは、結局その後蘭が来てくれたから助かったんだよ。私だけだったら、あの子も私も殺されてた。」

 

蘭「でも、普通は出来ないよそんな事。だって戦う力を持った私が人を助けるより、ずっとずっと勇気がいる事なんだから。」

 

モカ「なんだか照れるなー。」

 

モカの顔が赤くなる。

 

モカ(けど、私があんな風に頑張って人を助けようと思えたのは……やっぱり蘭が前に立って頑張ってくれてるからかな。)

 

 

蘭の存在が、モカに勇気を与えてくれる--

 

 

蘭がいるから、モカはほんの少しだけ特別になれるのである。

 

 

---

 

 

諏訪と四国は、日に日に回線が繋がりにくくなっていった。

 

友希那『もちろん、うどんの方が優れているわ……ザーッ……比べるまでも無いわよ。』

 

蘭「ええ、比べるまでもなく、蕎麦の方が優れているのは明らかですよ。」

 

友希那『……ザーッ……香川のうどんを食べた事があるのかしら?…ザーッ……程よいコシと喉越し…。』

 

諏訪の土地神の力が弱まっている事を、蘭もモカも感じていた。だが蘭は変わらず、前向きな姿を見せ続ける。

 

 

毎日、畑を耕し--

 

 

バーテックスが襲来してきたら戦って--

 

 

定期的に四国と通信して--

 

 

そうやって、バーテックス出現から4度目の諏訪の夏は過ぎていった。

 

 

---

 

 

9月--

 

大規模な襲撃が起こった。敵の数はあまりに多く、蘭はかなりの重傷を負ってしまう。大量のバーテックスに噛まれ、体当たりで吹っ飛ばされ--

 

それでも最終的には全ての敵を打ち倒し、諏訪には一切の被害を出さなかった。戦闘が終わると、蘭は病院よりも先に、通信設備がある上社本宮の参集殿へとやって来た。

 

モカ「蘭、何やってるの!?傷の手当てをしないと!」

 

普段のんびりしているモカも声を上げて訴えるが、蘭は無理に作った笑顔で答える。

 

蘭「今日は……四国との通信の日でしょ?……ちょっと時間過ぎちゃってるけど…。」

 

いつもの定時連絡より、2時間は遅れていた。

 

モカ「傷の治療が先だよ!」

 

蘭「四国との連絡も、私の大切な"いつも通りの日常"なの……。だから、守っていかないと--」

 

そうして蘭は通信機を起動させる。

 

 

 

友希那『--四国の湊よ。今日は連絡が遅れ……ザーッ……ザーッ……。」』

 

通信のノイズがいつも以上に大きいく、言葉も途切れ途切れにしか聞こえない。

 

蘭「すみません、湊さん。少しこちらで大きな戦闘があったので……。」

 

友希那『……ザーッ……構わないわ。何かあったの…ザーッ……。』

 

蘭「本日午後、バーテックスとの交戦がありました。」

 

友希那『……ザーッ……被害は……ザーッ……。』

 

蘭「問題無いです。私は傷を負いましたが、人的被害は無しです。」

 

時折、傷の苦痛に顔を歪めながらも、蘭はいつも通りに話していく。そんな蘭を見ながら、モカは遣る瀬無い気持ちになる。結界は狭まり、土地神の力は弱まり、バーテックスの攻撃は激しさを増していく。

 

 

 

蘭も分かっている筈である--

 

 

 

諏訪はもう長くは保たないと。

 

モカ(もう限界だよ……土地神様………。)

 

モカは訴えるように心の中で叫ぶ。だが、その声が神に届いているかは分からない。巫女と言っても、神戸の会話は常に一方通行なのである。昔の神託では、四国でのバーテックスの襲撃が収まった時、四国と諏訪で挟撃して国土を取り戻すと伝えられていた。四国にはバーテックス対策機関である"大社"があり、しかも勇者が5人もいる。準備さえ整えば、きっと戦況を好転出来るから、それまで待つように、と。しかし--

 

 

 

モカ(これ以上はもう待てない……!諏訪が…蘭が…もう…!)

 

 

 

モカに新たな神託が下ったのは、それから間もなくしてからだった--

 

 

 

かつて無いほどの大襲撃が起こる--

 

 

 

バーテックスによる総攻撃のなるだろう。恐らく結界は破られる。諏訪内部への侵攻は避けられない、と--

 

 

---

 

 

神託が下った後でも、蘭は変わらなかった。畑に実った収穫間近の野菜を見ながら、蘭は言う。

 

蘭「かぼちゃに大根、とうもろこし。いつも通りちゃんと育ってる。ねえ、モカ。本宮に保管してある種、何が残ってたかな。」

 

モカ「……色々残ってるよ。ソバとか大根とか…。」

 

モカは声が震えるのを抑えるので必死だった。

 

蘭「良いね。ソバと大根なら種を植えるのに丁度いい季節だし。」

 

 

 

 

モカ「--蘭は………。」

 

蘭にモカは言葉を詰まらせながら言う。

 

モカ「蘭は、どうしてそんないつも通りなの…?怖くないの!?私達は、もう、明日………!」

 

 

 

殺される--

 

 

 

そんな言葉が喉まで出かかった。蘭がどんなに強くても、前回以上の戦いになれば、きっと勝てない。そして、結界が破られれば、バーテックスは諏訪に殺到し、諏訪は崩壊する--

 

だが、蘭はいつも通りの笑顔で、

 

蘭「怖いよ。本当は凄く怖い。」

 

そう言うのだった。笑顔が次第に崩れ、蘭の表情にははっきりと恐怖が浮かぶ。モカが蘭のこんな顔を見るのは初めてだった。

 

蘭「でも、怖くても……何も出来ないのは、絶対に嫌だ。怯えて何も出来なくて……目の前で大勢の人が死んでいくのは、もっと怖いから…。」

 

蘭は本心を吐露する。蘭も無理をして頑張っていた--

 

モカにもそれは分かった。そして蘭は、すぐまた笑顔に戻って言った。

 

蘭「大丈夫、私は1人じゃない。モカがいる。離れてるけど、四国にも勇者の仲間達がいる。だから……だから、頑張れる。」

 

モカ「………っ!」

 

モカは泣きそうになる。だが、必死で堪える。蘭が泣いていないのに、自分が泣く訳にはいかないから。

 

蘭「そうだ、モカ。私達がここにいた証を……想いを、いつかきっとここに来る人達の為に、遺しておこうよ。」

 

そう言うと蘭は大きな木箱を持ってきて、中に鍬と1枚の手紙を入れ、2人で畑の側の地面を掘って、木箱を埋めた。

 

蘭「いつか誰かが、これを見つけてくれたのなら……私達の想いは繋がっていく。願いは託される……きっとね。」

 

蘭はそう言って微笑んだ。

 

 

---

 

 

そして、最後の日が始まる--

 

蘭「……最後っ!!」

 

蘭は上社本宮の御柱を襲撃してきたバーテックスの、最後の1体を鞭で打ち倒した。

 

蘭「はぁ……はぁ………流石の私も、辛くなってきた…。」

 

倒れそうになった蘭をモカが支える。

 

モカ「蘭、しっかり!」

 

蘭「ありがと、モカ……。」

 

もう何度目の襲撃か覚えていない。朝からずっと襲撃を知らせるサイレンが鳴り止まない。人間離れした体力を持つ勇者とは言え、蘭の疲労は限界に来ている。怪我も身体中に目立っている。だがこれまでの戦いは、バーテックスの総力では無い。神託で告げられた程には、敵の数は多くないのである。あくまでも様子見、若しくは蘭の体力を削る為の囮だろう。そんな中突如、モカの脳裏に抽象的なイメージが浮かぶ。

 

モカ(また神託が……。)

 

そしてモカは口を開く。

 

モカ「来る……これが、総攻撃だ…。」

 

結界を取り囲む様に、凄まじい数のバーテックスが出現している。モカの体の震えが止まらない。

 

 

 

諏訪の終わりが始まる--

 

 

 

だが蘭は、

 

蘭「……そろそろ、四国と、通信の時間だ。行かないと……。」

 

ボロボロになって、絶望が目の前に迫っても、蘭はいつも通りの日常を守ろうとしていた。モカも、もう蘭を止める事は無かった。蘭を支えながら、一緒に参集殿へと歩いて行く。

 

 

--

 

 

蘭は震える手で通信機のスイッチを入れる。

 

蘭「はぁ…み、湊さん……良かった繋がって……。」

 

友希那『何かあったの!?』

 

蘭「はぁ…はぁ……ち、ちょっと手強いバーテックスを退けましてね……。今日は朝からずっと、戦い続けてる感じで…。な、何とか犠牲者は出さずに済みましたが……。もう………。」

 

参集殿の中で、傷や疲労感を押し隠しながら四国と通信する蘭の姿を、モカは何も言わずに見つめていた。

 

蘭「そちらも大変だとは思いますが……頑張ってください。諦めなければ…きっと何とかなる筈です………。私も、無理な御役目かと思いましたが…予定より2年も長く続けられて……沢山野菜も育てられましたし、湊さんとも友達になれました……。とても幸せです。」

 

友希那『死な……ザーッ……竹さん!ここや……ザーッ……反応があったの!私達も……ザーッ……望を捨てないで!!』

 

蘭「そう……ですか…。まだ希望はあるんですね………。」

 

最後に微かに聞こえた。他の場所での生存の可能性。

 

友希那『そう……ザーッ……だから……ザーッ……。』

 

蘭は通信機越しに微笑み、噛みしめる様に告げる。

 

 

 

 

 

蘭『湊さん………。私の大切な友達……。私たちの想い、あなたに託します。』

 

その言葉を最後に蘭は通信を切った。もうこの通信機が四国と繋がる事は2度と無いだろう。モカは蘭の傍に寄り添い、そっと抱きついた。もう我慢しようとしても、目から涙が溢れてしまう。

 

モカ「言いたい事は言えた?」

 

蘭「うん。私の意思は湊さんが継いでくれるよ……。」

 

モカ「そうだね…。今、また神託があったんだ。最後の神託だって……。」

 

蘭「どんなお告げだった?」

 

蘭は涙するモカに、優しく問いかける。

 

モカ「良く3年間も諏訪を守り続けたって…蘭と私が敵を引き付けてくれたお陰で、四国は総攻撃に対する準備が整ったって……。」

 

蘭「そっか………。」

 

蘭もモカも薄々気付いてはいたが、諏訪は四国の迎撃体制が整うまでの囮に過ぎなかったのだ。

 

モカ「でも、こんなのって………。」

 

あまりに理不尽だと、モカは思う。だが蘭は、安心した様に笑っていた。

 

蘭「私達の3年間の頑張りは無駄じゃなかったんだね……。」

 

 

--

 

 

蘭とモカは、上社本宮の境内に立っていた。空を埋め尽くす程の大量のバーテックスが結界の周囲に浮かんでいるのが見える。一部のバーテックスは融合し、"進化型"へと姿を変える。間も無く、化け物どもは一斉に雪崩れ込んでくるだろう。

 

モカ「ねえ、蘭。」

 

蘭「何?」

 

モカ「蘭は将来、農業王になるんだよね?」

 

蘭「うん。私が作った野菜を、沢山の人達に食べてもらうのが私の夢。」

 

モカ「そっか……。私はね、夢なんて持った事が無かった。」

 

蘭「……。」

 

モカ「きっと何にもなれない様な、つまらない人生を送るんだって思ってた。だから……夢なんて無かった。」

 

蘭「モカ……。」

 

モカ「でも、蘭と出会ってから変わった。蘭が傍にいてくれれば、私でも何かになれるんじゃないかって思った。」

 

蘭「うん……。」

 

モカ「私は将来、宅配屋さんになるよ。それで蘭が作った野菜を日本中に届けるんだ。」

 

蘭「日本中に?」

 

モカ「そう。最初は仕事のやり方が分からなかったり、蘭と方針の違いで喧嘩したり、中々上手く行かないんだ。」

 

蘭「うん。」

 

モカ「でも、喧嘩しても、すぐ仲直りして。段々、ちゃんと宅配の仕事も出来るようになって。」

 

蘭「うん……。」

 

モカ「蘭の野菜は評判が良いから、口コミで色んな人から注文が殺到するんだ。私は毎日忙しく働いて、沢山の野菜を届けて。」

 

蘭「うん………。」

 

モカ「その内、大人も、子供も、貧しい人も、お金持ちの人も……みんな…蘭の作った野菜を食べて……笑顔になる………。」

 

蘭「うん……うん………!」

 

モカ「それが……私の夢。」

 

 

 

 

蘭「……だったら………。」

 

蘭は空を埋め尽くすバーテックス達へと目を向けた。

 

蘭「モカと私の夢の為に、この世界を壊させる訳にはいかないね!!」

 

化け物達が、一斉に上社本宮へ雪崩れ込み始める。

 

蘭「モカ……。」

 

モカ「なに……?」

 

 

 

 

 

 

蘭「モカが一緒にいてくれたから…私は今日まで頑張ってこれたよ……。」

 

そう言って微笑んで、たった1人の勇者である美竹蘭は、地面を蹴って跳躍した--

 

 

 

モカ「うん……。最期まで一緒にいるよ、蘭………。ずっとここで見てるから………。」

 

 

 

蘭(ありがとう………モカ……。)

 

 

化け物の群れに向かっていく蘭の最期の姿を、モカはその場から一歩も動かず、いつまでも見続けていた--

 

 

---

 

 

神世紀元年6月、丸亀城天守閣--

 

湊友希那は1枚の手紙を読み返していた。何度も何度も読み返した、諏訪からのあの手紙。

 

友希那(美竹さん……。あなたを始め、私たちは多くの仲間を失ってしまった…。けれど、あなたが託してくれたこのバトンは私達が次の世代へ必ず受け継いでいくわ。だから、安心して見守って頂戴……。)

 

そう心に誓いながら友希那は何処までも広がる青空を見つめた。

 

リサ「おーい、友希那ー。」

 

友希那が声に振り返ると、そこにはリサがいた。

 

リサ「やっぱりここにいた。何してたの?」

 

友希那「ちょっと諏訪の事を思い出してたの………。」

 

リサ「そっか……どんな勇者だったんだろうね。」

 

友希那「きっと素敵な人よ。そして最も勇気があった勇者……。」

 

リサ「うん…友希那が言うなら間違いないね。」

 

友希那「そうね…。それより、リサ。何かあって来たんじゃないの?」

 

リサ「あっ、そうそう。勇者システムのアップデートの件で大赦に行ったからその報告をとね。」

 

友希那「それじゃあ、教室に行きましょう。」

 

そうして2人は教室へと移動する。

 

丸亀城の庭では金糸梅の花が風に揺られていた--

 

 

 



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努力の結晶

西暦の2人の尽力があり、神世紀の勇者達は救われたのです。

そして実際に奇跡は起きました--




 

 

薄暗い社殿の中で蝋燭の炎が揺れている。唯一の光源は、集まった者達の姿を薄闇の中で照らしていた。ここに円座にて集った者達は、主に"大赦"所属の神官である。その中でも、特に発言力が強い者たちが集められていた。

 

だが、それ程高位の神官たちが集められていても、今この場を支配しているのは彼らでは無い。まだ中学生にすぎない1人の少女--

 

 

今井リサである。

 

 

今日、神官達を招集したのはリサである。彼女は非常に重要な要件があると言うのだ。神官たちに緊張がはしる。西暦の時代を唯一生き残った勇者・湊友希那を導いたという実績ゆえ、今やリサの発言力は強力なものとなっている。加えて昨今、リサは戸山明日香を始めとした有力な巫女達をまとめ、大赦内で大きな勢力を作り始めていた。

 

巫女の最高権威である少女は、大人たちに囲まれながらも、ただ静かに目を閉じ、正座している。少女の無言の姿は社殿内に厳かな沈黙を生み出し、空気はまるで重みを持っているかの様に神官達を押さえつける。彼らは、自分よりもはるかに年下の少女が放つ威厳に、完全に支配されていた。神官たち全員の前には、紙の束が置かれている。

 

 

ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎--

 

 

呼吸さえ止まっている様な静寂--

 

 

質量すら持っていそうな重圧感--

 

 

神官達は巫女の少女を見つめ、その言葉を待つ。やがてリサはゆっくりと目を開け、話し始めた。

 

リサ「それじゃあ企画書の1ページ目を見てください。本日の議題は、勇者システムのアップデートに際し、新たなイノベーションをもたらすメソットの提案です。題して"初代勇者応援プロジェクト"。続いて2ページ目を見てください。」

 

リサの言葉を受け、神官たちは目の前に置かれた企画書の表紙ページを、厳かにめくった。同時に、プロジェクターからスクリーンに、プレゼンテーションソフトで作成された映像が映し出される。リサは企画の概要を語り続けた。

 

リサ「本プロジェクトは勇者のメンタル面の保全に対し、大きな効果をコミットするもので--」

 

 

---

 

 

時は2日前に遡る--

 

丸亀城、友希那の部屋--

 

リサ「勇者システムの強化案?」

 

以前2人が話していた勇者システムの強化案について、友希那がリサに詳しい内容を提案してきた。

 

友希那「ええ。少しでも未来の勇者達の手助けになればと思ってね。基礎的な戦闘能力の強化だけでなく、心理的な面でもサポート出来るシステムを加えた方が良いと思ったの。」

 

勇者の戦いにおいて、精神面が重要な事は友希那が1番身をもって知っている。人間を超越した身体能力を持つ勇者であっても、心はただの少女に過ぎない。

 

 

傷付きやすく、脆く、壊れやすい--

 

 

その無防備さこそが、紗夜の悲劇をもたらしたのだから。

 

リサ「精神面のサポート……それが出来れば1番良いんだけど。」

 

しかし心とは複雑なものである。人が100人いれば100通りの心があるのだ。

 

友希那「私も具体的に確信のある案は出せないけれど……ほんの一手間でいいの。」

 

その時、友希那が閃く。

 

友希那「これはどう?変身すると、私の声が何処からともなく聞こえてくるの。」

 

リサ「………っ!?」

 

その提案にリサは一瞬硬直する。

 

リサ「友希那の声が何処からともなく聞こえてくるなんて……最高じゃない!?」

 

友希那「でしょ。記録に残っている勇者達全員の肉声を使っても良いわね。」

 

リサ「良いね!私なら力が100倍になるし、音声再生するだけだから、きっと実現可能だよ。」

 

友希那「では、早速組み込みましょう。」

 

リサ「でも……友希那はどんな事喋るの?」

 

期待を込めてリサは友希那を見つめる。友希那は塾考し、答える。

 

友希那「負けないで!立って!頑張りなさい!とか、ポジティブな事を言い続けるの。」

 

友希那の提案にリサは目を輝かせる。

 

リサ「良いじゃん良いじゃん!」

 

友希那「きっと未来の勇者達も元気付けられて、挫ける事は無くなる筈よ。」

 

リサ「早速、大赦に提案しよう!今から企画書を作るよ!!徹夜で企画書を仕上げないと!」

 

2人はノリに乗っていた。リサはパソコンで企画者を作り始め、翌朝までに数十ページにも及ぶ企画者を作り上げ、そのまま一睡もせずに大赦へ向かった。その間、友希那はどんな言葉を未来の勇者に告げるか、真剣に考えていた。

 

 

---

 

 

そしてリサは今、大赦の神官達にプレゼンをしているのである。最後まで説明し終えたリサは、神官達に頭をさげる。

 

リサ「私からの意見は以上です。検討のほど、よろしくお願いします。」

 

 

---

 

 

翌日--

 

リサは非常にがっかりした顔で丸亀城に帰還した。

 

リサ「ボツになっちゃった…。」

 

友希那「どうして!?」

 

友希那は既に原稿用紙50枚程の言葉を書き連ねていたのだ。

 

リサ「戦闘中ずっと声が聞こえてるなんて、集中出来ないだろって……。」

 

友希那「……確かにそうかもしれないわね。」

 

リサ「そもそも勇者に選ばれる者達は、応援されなくても戦えるくらいのガッツはあるはずだって……。」

 

友希那「……それもそうね。」

 

友希那はぐうの音も出なかった。

 

友希那「仕方ないわ……諦めるしか…。」

 

リサ「いやっ!!まだ諦める必要はないよ!!」

 

リサは前のめりで叫んだ。

 

リサ「ボツになったけど、初代勇者が励ますシステムは決して悪い事じゃないよ!」

 

友希那「やっぱりリサもそう思う?」

 

リサ「もちろん!だから、より有用に深いところで役立つプランがあったんだよ。」

 

友希那「何かしら?」

 

友希那は興味津々でリサに尋ねた。

 

リサ「友希那も前に言ってたでしょ、精霊システムだよ。」

 

友希那「なるほど……私が"義経"の様な精霊になれば、未来の勇者達とずっと戦い続けられるわね。」

 

友希那は精霊の姿となった自分を想像する。未来の勇者の傍に、守護霊の様に威風堂々と立つ自分の姿を。この時、友希那はまだ知るよしもなかった--

 

 

約300年後に誕生する、目に見える形の"精霊"がマスコットキャラクターの様な姿になるという事実を--

 

 

友希那「カッコいいじゃない。そして同じ勇者である私が傍にいる事で、未来の勇者達も心強く感じる筈よ。1人で戦っているんじゃ無い、と。やってみましょう!」

 

リサ「でも、残念だけど、狙って精霊になる技術は無いんだ。」

 

友希那「……そうなのね…。」

 

即答でリサに否定されてしまう。

 

リサ「でも、擬似的な事なら出来るかも。能力を持つ精霊じゃなく、あくまでビデオ映像の様な、再生専用の精霊だったら……。」

 

友希那「再生専用…?」

 

リサ「今までの戦いを思い出してよ。精霊のせいで溜まった穢れは内側から、ネガティブな言葉や映像を出してきたよね?友希那の擬似精霊は、内側からポジティブな声や映像を出すんだよ。」

 

友希那「映像や声……だけなの?」

 

リサ「うん……多分そこまでが限界だね。」

 

友希那「だけどそれだけなら、結局戦闘中は邪魔になるんじゃないかしら?」

 

リサ「だから、邪魔にならない時に限定するんだよ。例えば敵の精神攻撃で、心を砕かれた勇者。戦いのせいで心を病んだ勇者。そんな勇者に対して、友希那の擬似精霊が現れて元気づけるんだよ。」

 

友希那「それなら戦いの邪魔にはならないわね。」

 

2人の話は弾んでいく。

 

リサ「ただし期待しないで欲しいのは、あくまでも"友希那の記憶"が励ますだけだよ。温もりのある励ましは出来ると思うけど、それ以上は何も出来ないよ。その声や映像も、決して全てをそのまま伝えられるとは限らないし、抽象的なイメージになるかもしれない。………だから結局は、心折れた勇者が立ち直れるかどうかは本人次第だよ。」

 

リサの言葉に、友希那は頷き言った。

 

友希那「構わないわ。少しでも手助けになれる可能性があるのなら……それで良い。」

 

こうして友希那擬似精霊化計画はまとまり、大赦からの許可も出た。大赦からは一部、効果を疑問視する声も出たが、それでもやらせて欲しいとリサは強く訴えたのだった。

 

 

 



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願いのバトン

第4章最終回。


友希那とリサが未来に残したもの、それは--




 

 

大赦から許可が出た翌日、リサが丸亀城の教室に行くと、まだ友希那は登校していなかった。いつもなら友希那が先に来て、黒板のチョークを準備したり、花瓶の水を換えたりしているはずなのに。リサは自分の席に座り、教室の中を見回した。もうこの教室に通っているのは、既にリサと友希那だけになってしまった。しかし机は以前と変わらずに6つ残してある。

 

 

6人で1クラス--

 

 

例え命を落としても、彼女達はみんなクラスメイトである。

 

 

---

 

 

あこ「今日はまだ友希那さんが来てない!あこが一番乗りだぁーっ!!」

 

燐子「残念…あこちゃん…友希那さんの方が先に来てるよ…。」

 

あこ「がーんっ!」

 

高嶋「大丈夫だよ、あこちゃん!明日があるよ!」

 

紗夜「それはどうかしら、高嶋さん。明日がある…明日やる…明日から…その言葉を口にした瞬間、その多くは実現しなくなるのです。」

 

あこ「不吉な事言わないでください、紗夜さん!あこは明日こそ絶対に早起きして1番に登校してみせます!」

 

 

---

 

 

そんな声が、今でも聞こえて来そうだった。リサはぼーっとしながら、朝の教室で1人過ごしていた。だが時間は10分、15分と過ぎて行くが、友希那がくる気配が一向に来ないのである。

 

リサ「…おかしい………。」

 

もうすぐホームルームが始まる時間だというのに、物音すら聞こえない。こんな事は小学校の頃から一度も無かった。

 

リサ「……。」

 

リサは急に不安になり始める。

 

リサ(そういえば、朝も食堂で友希那を見なかった……。先に行ってたとばっかり思ってたけど…。)

 

昨夜、友希那におやすみと言って別れてから、リサは一度も友希那に会ってない。最後に友希那に会ってから10時間以上は経っている。それだけの時間があれば何が起こってたって不思議ではない。

 

リサ(もしかしたら、急にバーテックス攻めて来たのかも…急な病気だってありえるよね…。それとも何かの事故?)

 

 

戦死、病死、事故--

 

 

あらゆる不足の事態がリサの頭の中を駆け巡る--

 

 

人は、簡単に死んでしまうのだ。

 

リサ「…っ!!」

 

リサは椅子を弾き飛ばす様な勢いで立ち上がり、教室の入り口へ駆け出した。

 

リサ(嫌だ!嫌だよ嫌だよ嫌だよっ!!友希那までいなくなるなんて……!!)

 

あこが、燐子が、紗夜が、香澄が、命を落とした。たった1年で4人も死んでしまった。友希那までいなくなってしまったら、1人ぼっちになってしまう。

 

リサ(そんな事になったら、私は…生きていく自信が無いよ…。)

 

リサは顔面蒼白になりながら教室のドアに手をかけた。

 

リサ「友希………あっ!」

 

リサが教室のドアを開けた瞬間--

 

 

 

目の前に友希那が立っていた。友希那もちょうどドアを開けようとしたところだったのか、かなり驚いている。

 

友希那「どうしたの、リサ?顔が真っ青よ。」

 

リサ「ゆ…友希那……。」

 

リサの声が震えている事に、友希那は気付いていない。

 

友希那「危なかったわ。まだ朝礼前ね。未来の勇者達に伝える言葉を徹夜で考えていたら遅くなって--」

 

リサ「う、ううう……うあああああああっ!!」

 

リサは友希那に縋り付いて泣き出した。

 

友希那「ど、どうしたの、リサ?何かあったの?」

 

急に泣きつかれた友希那は、困惑の表情を浮かべる。

 

リサ「だって、だって……!友希那が…来なくてっ……ひっく、うう…友希那まで…いなくなっちゃったかって…うあああああっ!!」

 

友希那「リサ……。」

 

泣きじゃくるリサの姿を、友希那は少し驚いて見つめていた。リサはずっと気丈に振る舞っていた。あこと燐子が殺された後も、紗夜や香澄が命を落とした後も--

 

1人で悲嘆する事はあっても、決して人前で沈み込んでいる姿を見せなかった。戦う事が出来ない自分は、せめて強く振る舞う事で、周りを落ち込ませない様にしようとしてきたのだ。だから、友希那も周りの大人たちも--今井リサは、どんな事があっても落ち着いている、大人びた少女であると思っていた。

 

だが、そんな訳はない--

 

 

 

あこと燐子がいなくなった--

 

 

 

紗夜がいなくなった--

 

 

 

香澄がいなくなった--

 

 

 

友達が1人、また1人と死んでいったのだ--

 

 

 

悲しくない筈が無いのだ。

 

 

 

不安、恐怖、悲観--

 

 

 

どんなに大切なものでも、簡単になくなってしまう--

 

 

 

リサはほんの些細な事でさえも怯える様になっていった--

 

 

 

何故なら、もう4人も死んでしまったから--

 

 

 

もっと死なない保証などどこにもないのだ--

 

 

 

その不安が爆発し、今の彼女は子供の様に泣いていた。

 

リサ「うう、ひっく……ううう……。」

 

友希那「……ごめんなさい。心配させたみたいね。」

 

友希那がリサの頭を優しく撫でる。

 

リサ「そうだよ…ひっく、心配したんだから……。」

 

友希那「大丈夫よ。私はいなくなったりしない。ずっとリサの傍にいるわ。」

 

リサ「うん…ずっと一緒だからね……。」

 

友希那「ええ。学校を卒業しても、大人になっても、お婆さんになっても、ずっと一緒よ。」

 

リサ「絶対…絶対だからね…。」

 

友希那「約束よ。」

 

リサが泣き止むまで、友希那はずっと彼女の頭を撫でていた。

 

 

---

 

 

その日の放課後、友希那とリサは放送室にいた。未来の勇者に託す言葉を、一先ず録音する為である。友希那の音声データは、後に大赦内で霊的な処理が施され、勇者システムに組み込まれる事となる。正座する友希那の前にマイクが置かれ、マイクはノートパソコンに繋がっている。リサはパソコンに向かい、録音ソフトを調整していた。

 

友希那「それにしても、リサがあんなに泣くのを見たのは、初めてよ。」

 

リサ「……!もう言わないでよ、恥ずかしいから…。」

 

パソコンを操作しながらリサは赤面する。そして友希那は咳払いし、マイクに向かう。

 

友希那「……このマイクを使うのは久しぶりね。美竹さんと通信をしていた時は、毎日のように使っていたのだけれど…。」

 

少しだけ寂しさを感じる。

 

リサ「そうだね…もう随分と昔の事のように感じるね。」

 

いつまで経っても、死した友人の事を思うと胸が痛む。ずっとこの悲しみに浸っていたい甘い感情に駆られる。だが、過去に溺れてはならない。

 

リサ「生きてる限り、私達は歩き続けないといけないんだよね…友希那。」

 

友希那「ええ、その通りよ。」

 

そしてソフトの調整が終わり、準備が整う。

 

リサ「よし、マイクに向かって話して。」

 

友希那「……。」

 

友希那は少し緊張した顔で話し始めた。

 

 

--

 

 

友希那「初めまして、未来の勇者達。私は湊友希那。西暦2019年、いえ、神世紀元年において、勇者の御役目を担っている者よ。何十年、もしかしたら何百年も先のあなたに、未来の希望を託した者よ。バーテックスが出現した日、私達は多くのものを奪われた。それを取り返す為に、私達は強大な敵に立ち向かい、戦った。」

 

友希那「1番初めは美竹蘭と青葉モカ。その次が私達。高嶋香澄、氷川紗夜、宇田川あこ、白金燐子、今井リサ、湊友希那。神世紀元年の今、四国は戦いから免れているけれど、この声を聞いている貴方の時代に至るまで、バーテックスとどれ程の戦いが起こるのか、何人の勇者が生まれるのか、私には分からない。」

 

友希那「だけれど、全ての勇者達が、時に恐怖して、悩んで、苦しんで…守りたいものの為に戦っていくのだろうと信じている。私達の代の勇者は、美竹蘭からバトンを引き継いだ。そのバトンはいずれ次の世代に渡される。そして次の次の代へ……何代でも、何度でも、どれ程の時間が経とうと…引き継いで行かれるだろうと、私は思っているわ。」

 

友希那「そのバトンの名は"勇気"。または"希望"、"願い"とも言うの。今の未来の貴方に対し、何もしてあげる事が出来ない。せいぜい、こうして声をかけてあげる事しか出来ないわ。だけど、信じて欲しいの。貴方の後ろには、バトンを引き継いできた沢山の人達がいる事を。」

 

友希那「見回して欲しい。貴方の隣には、今まで貴方が一緒に過ごしてきた友達や家族がいる事を。貴方は決して1人では無い事を知って欲しい。多分、今の貴方はとても苦しんでいると思う。痛い事、悲しい事、絶望する事…頑張って、頑張って、それでも耐えられないくらい、辛い事があったでしょう。」

 

友希那「だからこそ、私の声が届いている筈よ。そんな貴方に、私が言いたい事は、"もっと戦いなさい"や"もっと頑張りなさい"でもないわ。」

 

 

 

友希那「"生きて"--」

 

 

 

友希那「"ただ、生きて"--」

 

 

 

友希那「大切な人がいるのなら、その人の事を思い出して欲しいの。貴方が生きるのを諦めてしまったら、その人が悲しむ事を思い出して欲しい。私は多くの大切な友達を失ってしまった。貴方の大切な人に、私と同じ思いをさせないで。その人のところへ、必ず戻ってあげて--」

 

 

--

 

 

友希那「……ふぅ。」

 

友希那はため息をつき、満足げな笑みを浮かべた。

 

友希那「ちょっと長くなってしまったけど、伝えたい事は言えたと思うわ。」

 

リサ「あはは、ただ勇者システムを残すだけじゃなくて、隠し味を入れる事が出来たね。」

 

友希那「…ええ。未来の勇者の為に、システムはもっと強化していきたいわね。」

 

リサ「そうだね。でも、敵を欺きながら事を進めるのは慎重にならないと。基礎能力の向上だけでも途方もない時間がかかると思ってて。……危なくなれば、一時的に凍結する事だってありえるからね。」

 

勇者システムが残っている事を天の神に悟られ、敵が攻めて来ては元も子もない。

 

友希那「分かっているわ。細く長く研究する、という話でしょ。これ以上の機能を追加する必要も無いわ。」

 

リサ「だね。何よりも基礎戦闘力の向上に重点を置くよ。」

 

友希那「急いでも仕方ないわ。基盤を固めながらやっていきましょう。」

 

どんなに遅い歩みでも、戦う力と牙を必ず未来に残す--

 

それが友希那とリサの誓いである。

 

リサ「そして、前にも話したけど……この計画を進めていく為には、紗夜の記録を抹消しないといけない。」

 

リサが震えながら友希那に伝える。

 

友希那「分かってる……。リサが大赦内で立ち回りやすくする為…神官から非難が出てるからだったわよね。」

 

友希那はそう言いながら、このような状況になってしまった自分への不甲斐なさへの憤りを感じていた。

 

リサ「うん…。それに大赦の権力は強大。だけど、その内部にいる人間全てが聖人君子じゃない……。権力を利用し、身勝手な事をする人はきっと出てくる。その為に私が立ち回って、大赦という組織の健全さを守らないと。」

 

"大社"という組織は、"大赦"として新生した。今後、人員整理や社殿の変更や改築なども行われるだろうし、組織としての権力も一層強まっていくだろう。大赦は変わっていく。その過程で堕落が起こらないとは限らないのだ。リサは、かつて大阪の地下で見た日記の事を思い出していた。

 

 

身勝手な人間が起こした悲劇--

 

 

あの様な事は2度と起こしてはならない。リサの強い決意に満ちた顔を見て、友希那は頷いた。

 

友希那「1番辛いのはリサでしょ…任せるわ。」

 

リサ「うん。だけど、紗夜の名前は何処かに必ず残すよ。"ちょっとだけ漢字を変えたりすれば"良いんだからね。」

 

リサは不敵に笑った。

 

友希那「……そうね。」

 

 

---

 

 

リサと友希那は丸亀城に戻ってきた。リサは空を見上げる。四国は今日も平和で、広く高い空が広がっている。リサは空に向かって手を伸ばした。空は余りにも高く、人の手には遠すぎる。

 

リサ「私達人間は地に住み、天に見下され監視されながら生きていく……人間は弱いけど、だからこそ諦めが悪いんだよ。」

 

リサの言葉に友希那が微笑んだ。

 

友希那「そうね。長い長い戦いになるだろうけど、1歩1歩進んで行きましょう。リサ、あなたが一緒にいてくれれば、私はずっと前を向いて行ける。これまでも、これからも。」

 

リサ「私も同じだよ。」

 

友希那「ありがとう、リサ。」

 

リサ「こちらこそ。どんな困難な目標でも、成せば大抵何とかなるもんだよ。」

 

友希那「そうね……。」

 

 

 

西暦時代の終幕--

 

 

 

バーテックスとの戦いは一時終焉した--

 

 

 

しかし勇者と巫女達の戦いは続いていく--

 

 

--

 

 

神世紀72年--

 

 

バーテックスの襲来を実体験した最後の生き残りが老衰で死去。

 

 

--

 

 

神世紀100年--

 

 

平和の時代は100年目を迎える。神世紀以降、バーテックスの侵攻は皆無。バーテックスや勇者、天空恐怖症候群などという言葉は現実感を失い、歴史上の用語としてのみ人々に語られる様になる。

 

ただ、独特な習慣は続いていた。生まれた時に逆手を打った女の子には、大赦から英雄"高嶋香澄"の名にあやかり、"香澄"という名前が贈られる。天の神に対する細やかな反骨なのであろう。

 

また大赦は新たなる100年目を記念し、人々の精神的安寧を守る為にも、バーテックスの脅威をあらゆる記録から削除。"危険度の高いウイルスによって四国外は壊滅した"という説を流布し、定着させて行く。

 

 

 

しかし--

 

 

 

人類でさえほとんどの者が知らぬ秘密裏に、勇者システムの研究は続いていた。

 

 

 

長い年月の後、それが大きな意味を持つ事となる--

 

 

 

希望は、未来に託されたのだ--

 

 

--

 

 

そして、神世紀300年--

 

勇者部部室では戸山香澄達6人の勇者が友希那の勇者御記の話で盛り上がっていた。

 

窓の外では青いカラスが香澄達の様子を見ている。

 

そしてしばらく見ていた後に、カラスは飛び立った。

 

その後香澄、沙綾、たえの3人は少しだけ残って話を続けていた。

 

沙綾「あの勇者御記、黒い部分と、赤い部分での検閲があったね。多分、2回検閲がされてるよ。そして2回目で…ほとんど消されてる。」

 

香澄「何でなんだろう?」

 

たえ「ここから分かる事は1つだけだよ。」

 

沙綾「そうだね。大赦の隠蔽体質は年々、強化されていった。」

 

たえ「大きな秘密を守らなきゃいけないって掟が、長い時間が経って……ちょっと歪になったなったんだろうね。」

 

香澄「その極め付けが、散華って事?」

 

たえ「正解だよ、香澄。」

 

 

300年--

 

 

 

その時間は気が遠くなるほど長い--

 

 

 

リサと友希那が中心となって作り上げた"大赦"--

 

 

 

彼女達がいた時代では今よりもずっと健全だった組織だったのかもしれない。だが、何事にも不変永遠は無い。代を重ね、時を経るうちに磨耗し、変容してしまう。

 

たえ「でも、これからはちゃんと話してくれるって約束したからね。」

 

沙綾「そうだね。1歩前に進んでると考えようか。」

 

 

 

小さな1歩でも、前に進む事--

 

 

その歩みが未来へのバトンとなるのだから--

 

 




これにて第4章は終了となります。


そして次からは第5章の始まりです。


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第5章〜白鷺千聖の章〜
雑草の烙印


物語の関係上日菜の苗字が変わっていますのでご了承ください。

勇者達が世界を守るお役目に就いていた裏で何があったのか…。

これは地面を這いつくばりながら泥水を啜って生き抜いてきた雑草たちの物語です。




 

 

神世紀300年、秋--

 

海の上にそびえ立つ巨大な壁に32人の少女達が集まっていた。この壁は植物の蔦で出来ていて"結界"と呼ばれるものである。人類を守る為に必要な最後の砦なのだ。

 

彼女達が見つめる先には1人の仮面を着けた神官とピンク色のツインテールが特徴の少女。少女達の中心に立つ白鷺千聖は、隊長として全員に号令をかける。

 

千聖「総員、戦闘態勢に入って!」

 

千聖の号令を聞いた少女達は一斉にスマホのアプリを起動する。着ていた服が一瞬で淡い緑色の装束へと変化しある者の手には銃剣が、ある者には大きな盾が出現した。

 

千聖(これが神樹様の力…。)

 

千聖は一瞬で起こった出来事に内心関心するが、胸の奥では悔しさと苛立ちの感情が渦を巻いていたのだった。

 

千聖(私が望んだものは"こんな装束"なんかじゃないわ……私が手に入れるはずだったものは……。)

 

神官「この戦衣で"星屑"以上の相手をしてはなりません。あなた達は"防人"なのです。敵を倒す事が目的ではありません。決して無理はしないでください。」

 

千聖がそう思う中、神官が心の中を見透かすように千聖に言った。

 

 

 

"防人"--

 

 

 

それが千聖達に与えられた役目である。

 

 

 

"勇者"では無い--

 

 

 

勇者とは神樹の力をその身に宿して人類を守る役目を担った英雄。ここにいる32人の少女たちは、本来その役目を負う筈だったのだ。巫女である丸山彩が防人達の前に立ち安全祈願の祝詞を唱える。

 

彩「掛巻くも畏き神樹、産土大神(うぶすなのおおかみ)大地主神(おおとこぬしのかみ)の大前に(かしこ)み恐みも(まを)さく、捧奉りて乞祈奉(こひのみまつ)らくを平らげく安らげく(きこし)召して、神樹の高き広き厳しき恩頼(みたまのふゆ)に依り、禍神の禍事なく、身健やかに心清く、守り恵み(さきわ)へ給へと恐み恐みも白す。」

 

唱え終わった彩は千聖達の方に振り向き自らの言葉で話し出す。

 

彩「絶対に、みんな無事で帰ってきてね。絶対に。」

 

本来ならば巫女はこの作戦には参加しないのだが、彩の表情はどこか辛そうだった。

 

千聖「それじゃあ、行くわよ!!」

 

千聖が先頭に立ち、少女達は壁の外へと歩みを進めた。

 

 

---

 

 

壁外--

 

結界を越えたとたんに世界が一変する--

 

千聖「…ここが、結界の外……。」

 

結界の内側からは青々と広がる瀬戸内海が一望出来ているが、一歩でも結界を越えれば地獄の様な光景が広がっていた。大地は赤く爛れ、炎があらゆる個所から吹き上がっている。爛れた大地の一部には巨大な卵の様なものがびっしりと覆いつくされ、空は夜中の様に真っ暗なのだ。だが、千聖は怯むこと無く指示を出す。

 

千聖「みんな、壁から降りるわよ!離れずに一か所に纏まって進んでいきます!!」

 

防人達は壁から飛び降り爛れた大地へ足を踏み出す。防人の戦衣は勇者の装束より耐熱性に優れており、炎渦巻く大地でも比較的自由に動く事が出来る。その点だけでは防人は勇者をも上回っている。

 

?「ふえぇぇぇぇぇ!?赤いよ怖いよ!!聞いてたよりずっと危なそうだよ、千聖ちゃん!!」

 

松原花音が叫んで千聖に縋り付いてきた。

 

千聖「花音、離れて、動けないわよ。」

 

花音「だって、何か白いのが沢山飛んでるし…。」

 

上空には白く巨大な化け物が無数に漂っていた。

 

千聖「あれが"星屑"よ。習ったでしょ。」

 

花音「想像以上に気持ちが悪い…。あれが全部だなんて無理だよ!」

 

千聖「私達の任務は討伐じゃないわ。あくまで採取なんだから。」

 

花音「そんな事言ったって絶対襲って来るよ……ふえぇぇぇ!来たよ!!」

 

星屑の一群が防人達に向かって飛んでくる。星屑を見た花音は千聖から一向に離れようとしない。

 

?「恐れる事なんてないよ。今こそ活躍するチャンスだよ!」

 

そう言って最前線に躍り出てきたショートカットの少女、氷河日菜。彼女は銃剣を握り星屑へ飛び掛かった。

 

日菜「ここで頑張って、氷河家の名を……。」

 

臆病すぎる者と猪突すぎる者、両極端の2人に千聖は苛立ちを募らせていく。

 

千聖「花音は怯えないで!日菜ちゃんは出過ぎない!」

 

日菜・花音「「っ!!」」

 

千聖の叫びに花音は叫ぶのを止め、日菜は不満げに踏みとどまった。

 

千聖「銃剣隊は射撃用意、構えて!!」

 

千聖の指示で他の防人達が"星屑"に向けて一斉に銃剣を構えた。

 

千聖「撃って!!」

 

号令と共に一斉掃射し、近付いてくる"星屑"は銃撃を受け消滅する。

 

花音「た、倒した…倒したよ千聖ちゃん!」

 

花音が目を輝かせる。

 

千聖「きちんと対策さえしていれば意外とこんなものよ。」

 

日菜「近くの敵も倒しておこうか?」

 

千聖「日菜ちゃん、私たちの役目は調査と採取よ。無闇に戦火を広げなくても大丈夫よ。」

 

銃剣を構える日菜に千聖は注意するが、

 

日菜「だけど、1匹でも多く倒しておいて損はないよ。あっ、もしかして千聖ちゃんは私に手柄が取られちゃうのが嫌なのかな?」

 

冗談交じりに日菜は千聖に答えた。千聖の苛立ちが加速していく。それと同時に千聖の服を引っ張る少女がいた。若宮イヴである。

 

千聖「どうしたの、イヴちゃん。」

 

イヴ「あそこに倒れている人達がいます。」

 

イヴが指さす方向を見ると3人の少女が腰を抜かして倒れていたのだ。

 

日菜「怖いなら結界内に戻ってれば良いのにね。」

 

日菜がため息交じりに呟くが、

 

千聖「私達に撤退なんて無いわ。みんな、一か所に固まって!」

 

千聖は首を横に振って、恐怖で腰を抜かした3人を守るように指示を出す。千聖達32人の防人達は今日が初めての任務だった。任務の内容は"壁外の土及び溶岩を僅かでも持ち帰る事"である。おそらく防人達を壁の外の環境に慣らす事も目的の1つなのだろう。そんな最初の任務から脱落する者や、まして死者を出す事はあってはならない。千聖はそんな考えが頭の中を駆け巡っていた。完全に一纏まりになった防人達に再び"星屑"が襲い掛かってくる。

 

千聖「銃剣隊は射撃の用意!!護盾隊は盾を構えて!!」

 

花音「護盾隊って私達の事だよね、千聖ちゃん!?」

 

千聖「そうよ、花音!あなたが手に持ってるのは盾でしょ!!銃剣隊、一斉発射!!」

 

千聖の合図で再び"星屑"を砕いていくが、今回は全て倒す事が出来ずに何匹かが迫ってきた。

 

千聖「盾!!」

 

花音「ふえぇぇぇぇ!!殺されちゃうよ~!!」

 

花音は喚きながらも盾を前面に押し出し盾を構える。その他の護盾隊も同様に押し出し盾が巨大化し組み合わさって全体を囲う様にがっしりとした巨大な壁を作り上げ、"星屑"の攻撃は壁に阻まれた。

 

千聖「今よ!突いて!!」

 

護盾隊が意図的に壁に隙間を作り、その隙間から銃剣隊は銃剣の切っ先を突き出し"星屑"を串刺しにしていく。これが彼女達の戦い方なのだった。

 

防人には3種類のタイプが存在する。銃剣を持って外敵を排除する銃剣型、大きな盾を持って防衛に特化した護盾型、そしてそれら2つを束ねて指示を出す指揮官型。指揮官型の武器も銃剣だが、銃剣の威力と戦衣の防御力は一般の防人よりも高いのが特徴である。防人達の構成は、日菜やイヴを含めた16人が銃剣型、花音などの8人が護盾型、千聖含めた8人が指揮官型となる。

 

先ほどの連携で"星屑"の一群を倒したものの、敵たちは次から次へと防人たちに襲い掛かり、護盾隊はそれを防いでいく。

 

花音「危ないよ~千聖ちゃん!!」

 

千聖「自分で自分を助けるの!自信を持って!!」

 

花音「む、無理だよ~!!」

 

花音は叫ぶが、本能からか動きは的確であり、"星屑"の攻撃をしっかりと防いでいた。しかし、猛攻にいつまでも耐えられる訳では無かった。護盾隊の一人が突進の圧力に耐えきれずに弾き飛ばされてしまったのだ。銃剣隊の一人がその隙間から突くも"星屑"はそれより早く切っ先を巨大な口で咥えてその銃剣隊の少女を放り投げた。

 

防人「うわぁぁぁぁ!!」

 

悲鳴を合図に無数の"星屑"が放り出された少女に群がろうと集まってくる。

 

千聖「誰も殺させる訳にはいかないっ!!」

 

千聖は飛び出し単独で"星屑"に切り込んで行った。そして次々と倒していき少女を救って盾の内側へと戻って行った。

 

防人「はぁ……はぁ………。」

 

戦衣の防御力のお陰で、放り出された少女は噛み跡こそ沢山あるも、大きな傷は負っていなかった。千聖をここまで突き動かしているものは誇りと情け、そして怒りである。汗を拭いながら千聖は、ここに至る過程を思い出していく--

 

 



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車輪の下敷き

勇者選抜の実態が明らかに……。

あのツンデレ少女が久々に出てきます。




 

白鷺千聖は香川県に生まれ、物心ついた時から片親でありずっと父親と暮らしていた。

 

父は大赦関連の社殿建造と修復を生業とする宮大工であり同業者からは尊敬されていたのだが、一方で真面目で頑固な性格の為建造物の事となると周囲が見えなくなってしまう事もあり、そのせいで母親と離婚したのであった。父親は四六時中仕事の事ばかりを考えており、娯楽にも興味は無く時間があれば自らの研鑽に時間を費やす。千聖は小さい頃からそんな父親の背中を見て育ってきた。

 

そんな父が千聖は誇りだった。だから千聖は小さい頃から父親と同じ様に己を高め全ての時間を自らの研鑽に注いだ。今では勉強も運動も彼女の右に出る者はいなかったのである。父親の様に尊敬される--それが千聖の夢である。そして6年生の頃、大赦の使いが白鷺家を訪れ言った。

 

使い「素養のある彼女に、重要な御役目を任せたいのです。」

 

と。話し終えた際に父親は、

 

千聖父「お前は私の誇りだ。」

 

と始めて千聖を褒めたのだ。そして千聖は父親と親戚達に送り出される。次々に激励の言葉が掛けられる中で千聖はある一言が頭の片隅に強く残っていた。

 

親戚「大赦でも弛まずに努力するんだよ。"車輪の下敷き"には決してならない様にね。」

 

誰が言ったのかは今となっては覚えていないが、言葉自体は千聖に楔の様に刻まれていたのであった。

 

 

---

 

 

千聖が連れてこられた場所は、学校と訓練場が併設された大きな施設だった。そこには千聖の他にも同年代の少女たちが20人程いた。どうやらこの中の1人だけが"勇者"と呼ばれる御役目に就く事になるらしい。大赦の神官と呼ばれる者が"勇者"ついて説明を始める。

 

神官「勇者とは国家で最重要の、人類を守る御役目を持つ者達の事です。今から298年前、神世紀の始まりの時代に人類の大半は凶悪なウイルスによって滅びました。残された人々は四国を囲む壁を作り隔離する事で今まで平穏を保っています。」

 

千聖はこの事は当然知っていた。学校で教えられた為だ。神官は話続ける。

 

神官「ですが、その歴史の中でしばしば人の手に余る事件や天災が発生します。そんな時に神樹様から力を授かり人々を守る者、それが勇者なのです。勇者は一般には知られてはいません。ですが"湊家"や"花園家"という名前は有名ですよね?」

 

 

"湊家"、"花園家"--

 

 

大赦内で"今井家"と並ぶ最高位の名家の1つである。

 

神官「"湊家"は西暦の時代に存在した初代勇者の家系であり、"花園家"は神世紀の始まりに"湊家"が家名を変えたものです。この様に、勇者は歴史の陰から人々を守って来ました。そして先日……。」

 

その時、ほんの一瞬だけ女性神官の言葉が詰まる。

 

神官「当代の勇者の1人が御役目を退きました。しかし、彼女の使っていた"勇者の力を得る為の端末"はまだ残されています。それを使う事で新たに1人が勇者へとなれます。ですが、勇者の御役目は決して軽いものではありません。ですので、優秀なあなた達から更に選別し、勇者に相応しい力を持つ者に勇者の御役目を担っていただきます。」

 

こうして千聖達勇者候補生の競争の日々が始まっていく--

 

 

---

 

 

千聖達は普段の学校の授業に加え勇者となる為の訓練を始めていく。体力作りや精神面の修行、そして剣術の訓練。この選抜で勇者になる者は双剣を使って戦うそうだ。どうやら御役目を退いた勇者が使っていた武器が双斧だかららしい。勇者候補生たちは誰もが懸命だったが、その中でも千聖は群を抜いていた。

 

日が昇る前から訓練場に入り、放課後は日が落ちて体が動かなくなるまで剣術を磨く。寮に戻った後はトレーニング器具で基礎体力をつけ、その後は実際の剣術家の動きの映像を見てイメージトレーニングを欠かさずやっている。

 

食べ物にも気を使った。アスリートの食事や栄養の取り方を参考にしてこれと決めた物しか口にはしなかった。強さだけが勇者の基準では無いと考え、授業中も気を抜かずその場で全てを覚えていく。それが集中力のトレーニングにも繋がると千聖は考えていた。

 

必然的に千聖は孤立していったが、千聖はそんな事は一切気にせず己をただただ研鑽していったのだった。

 

 

---

 

 

1年が過ぎた頃、候補生の数は半分程に減っていた。その中でも"2人"の候補生が突出していたのである。

 

1人は千聖--

 

 

もう1人は市ヶ谷有咲--

 

 

剣術や運動能力を見てもこの2人はほぼ同等。当然千聖は有咲を意識する。有咲も自分に厳しく1人で自己研鑽するタイプだったが、千聖程徹底はしていなかった。訓練中でも困っている人を放っておく事が出来なかったからだ。

 

?「うーん…右手だけ動かしてると左手何にもしなくなっちゃうなー。」

 

今も有咲は訓練しながら悩んでいた水色のショートカットの少女に剣術を教えていた。

 

有咲「日菜さん、両手の剣を無理して同時に動かさない方が良いですよ。利き腕の剣を中心に、逆の手は補助程度で充分です。」

 

日菜は有咲の教え通りに剣を振るってみる。

 

日菜「おースムーズに動かせる!ありがとね!」

 

他にも有咲は体調を崩した人がいれば、自分の訓練を中止して医務室へと連れて行く。千聖はその姿を見て、

 

千聖(そんな事をしてる暇があるなら自己研鑽すべきだわ…。これは選抜なの、他の人に構っている時間は無いのよ…。)

 

そんな事を思うのであった。

 

 

---

 

 

ある日の放課後、千聖と有咲だけが訓練場で鍛錬をしていた際に千聖は有咲に話しかける。

 

千聖「有咲ちゃん。他人と触れ合っていたら、選抜に勝ち残れないわよ。自分の時間を犠牲にしてまで他人を気にする……正直甘いと思うわ。」

 

有咲「……っ!」

 

有咲も自覚はしていたのか、千聖に指摘されて顔が赤くなる。

 

有咲「べ、別に馴れ合ってる訳じゃねーし!人に教える事は自分の鍛錬にもなるし、それは全部結局は自己研鑽に繋がってるの!」

 

千聖「まあ、良いわ。けどその甘さがある限り、勇者に選ばれるのは私よ。」

 

有咲「あ、甘くねーし!!」

 

そう言って有咲は訓練場から出ていったのだった。

 

 

---

 

 

そしてまた1年が過ぎた。この頃になると、施設に残っているのは千聖と有咲を含めて5人程になっていた。ある時、女性神官が残りの候補生に伝える。

 

神官「近く、四国に危機が訪れる旨の神託がありました。間も無く最終選考が行われ、あなた達の中から1人が勇者となり、御役目を担う事となります。」

 

成績で判断すれば千聖か有咲のどちらかが選ばれるのは目に見えていた。だが、最終選考は明確な試験は行われないので選ばれる基準は誰にも分からなかった。有咲を横目で見ながら千聖は思う。

 

千聖(多分、これからの生活の中で採点が行われて、高い方が勇者として選ばれるのね…。)

 

誰よりも己を磨き続け、不必要なものは全て削ぎ落としてここまで千聖やってきた。千聖には自信があったのだ。この中で誰よりも鍛錬を積んできたという絶対的な自信が。千聖はその後もこれまで通りの生活を崩す事なく続けていったのだった。

 

 

---

 

 

最終選考の通達から1ヶ月が過ぎた頃、千聖は教師兼神官の女性から呼び出しを受ける。

 

千聖(きっと勇者の御役目の事に違いないわ。)

 

千聖はそう思いながら部屋へと入る。だが、女性神官は告げる。

 

神官「勇者の御役目には、市ヶ谷さんに就いてもらう事となりました。」

 

千聖「…………えっ!?」

 

呆然とする千聖を他所に神官は話を続ける。

 

神官「あなたは誰よりも努力していたし、市ヶ谷さんとどちらが選ばれてもおかしくない状況だった。ですが、これは神樹様の御意思です。」

 

千聖の視界が歪み、足元がふらつく。

 

千聖「な……なん、で………。せ、成績では負けていなかった筈です!私は市ヶ谷さんより優秀だった!!なのに…何でっ!」

 

神官「落ち着いて、白鷺さん!」

 

神官が必死で千聖をなだめるも、

 

千聖「落ち着いてなんていられる訳が無いわ!!選考の基準は何ですか!?これじゃあ納得なんて出来ないです!!!」

 

神官「選考に間違いはありません。あなたの努力も優秀さも私達は充分に分かっています。」

 

千聖「だったら、どうしてっ!!私は絶対に認めない!!私の方が勇者に相応しいのよっ!!!」

 

今にも殴りかかりそうな千聖を見て、神官たちは数人がかりで千聖を押さえつけ、1人の医務院が千聖に注射を打った。するとすぐに千聖の思考がボヤけて、体から力が抜けていったのだった。

 

 

---

 

 

勇者が有咲に決まった為、千聖達他の候補生は故郷へと帰された。勇者に関する事は他者には漏らさないように口止めされる。だが、他の人に言ったところで誰も信じないだろう。大赦もそれを分かってて口止めだけに留めたのだった。

 

千聖が実家に戻った際、父親は何も言わなかった。責める事も無いし褒める事も無い。自分の娘が自分で選んで懸命に頑張ってきた事に対して口を出すべきでは無いと思ったのだろう。

 

そして、千聖は地元の中学校へと編入する事となる。誇りと夢を持っていた時間は終わったのであった。

 

千聖はクラスに溶け込む事が出来なかった。当たり前の事だ。このクラスの雰囲気は千聖が全て不必要だと自ら切り捨てたものだったのだから--

 

友達との会話や接し方、楽しめる趣味、同世代のトレンドなど千聖に分かるはずもなかった。全てを犠牲にしてきた2年間の努力の末に千聖が手にしたものは--

 

 

 

何も無い空っぽの自分だったのだ。

 

千聖(あの血を吐くほどに努力した結果がこれなの……!?)

 

夜眠る際にはその事が常に頭をよぎり自分を苛めるのである。

 

千聖(どうすれば良かったの…!?どうすれば私が勇者に選ばれたの…!?成績では決して負けていなかった。だったら何で……!?)

 

無意味な行為だが、千聖はそうと分かっていてもふとした瞬間に考えてしまうのだった。そして、千聖は思い出す。"車輪の下敷き"と言う言葉を--

 

それを調べてみて千聖は直ぐにこの言葉の意味に納得する。

 

千聖「"落ちぶれる"……そうね…私は車輪の下敷きになったのね……ふ、ははは………。」

 

施設に行く際誰かが言った言葉--

 

 

千聖はまさにその言葉通りになってしまったのであった。

 

 

---

 

 

やがて季節は移り変わり、大赦の使者が再び白鷺家を訪れてきた。

 

使い「白鷺千聖。人類を守る御役目の為に、あなたの力が必要になりました。」

 

 

 



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這い上がる為の覚悟


ここまでで導入は終わり、次回から本格的な物語が進んでいきます。

防人の戦衣のモチーフは薺(なずな)です。



 

 

千聖が連れてこられたのは、海沿いに聳え立つ、高さ158メートルの建造物“ゴールドタワー“。西暦の世界から存在する建物であり、現在は大赦の管理下に置かれている。

 

千聖は1階のエレベーターから展望台まで一気に上がっていく。ゴールドタワーには中間層のフロアは無く、鉄骨のみで構成されている。外壁は金色のハーフミラーになっていて、上がっていくエレベーターの中から青く広がる海が見える。

 

千聖(大赦の御役目……いったい何だというの……?)

 

勇者として不合格の烙印を押された千聖には、自分がどうしてここに連れて来られたのかが分からないでいた。展望台に到着し、エレベーターの扉が開く。その先にいたのは千聖と同年齢ほどの少女達が集められていた。中にはかつての訓練施設で勇者を争った者までいた。

 

千聖(これは……新たな勇者の選考に違いない!)

 

千聖はそう考える。

 

神官「全員揃ったようですね。」

 

彼女達の前に現れたのは女性の神官だった。仮面で素顔は見えないが、千聖は声で神官がかつて勇者選考の時に神官兼教師として接していた人物だと見抜いた。

 

神官「今ここに集まっているのは、かつて勇者という御役目の候補生だった者達です。

 

神官は話を続けていく。彼女の話によると、勇者の候補生には2種類存在したらしい。1つは、千聖達の様に先代勇者の力を引き継ぐ為の候補者達。もう1つは、四国各地の“勇者適性の高い少女達を集めたグループ“に所属していた者達。

 

大赦は、神世紀298年から2つのプロジェクトを同時進行させていた。一つは、四国中の少女達の勇者適性を調べ、適正値の高い者を集めたグループを各地に作る計画。非常事態の際はそれらのグループのいずれかが神樹に選ばれて勇者として御役目を果たしていく。しかし、いくら適正値が高いとは言え、戦いにおいては彼女達は全くの素人である。故に彼女達の先頭に立ち彼女達を導いていく“完成した勇者“が必要となってくる。それが“勇者適性が高く、御役目を退いた先代勇者に精神面が近い為、その力を受け継げる者“--

 

 

即ち千聖や有咲の事である。今ここに集められているのは、神樹に選ばれなかった各地の勇者候補グループの者達、そして先代勇者の力を受け継ぐに値しなかった者達--

 

 

つまりは、勇者になれなかった落第者なのだ。

 

神官「あなた達は皆、勇者適性が高い。その素養を生かして、新たな御役目についてもらいたいのです。」

 

神官はそう言うと、設置されたスクリーンに映像を映し出した。そこに映し出されたものは、赤く爛れた大地に真っ黒な空、そしてその空を蠢く白い化け物。少女達がざわつくのも無理はなかった。

 

神官「これはこの世界の真実です。」

 

神官は話すが、千聖含めこの場に居る全員が理解できずに呆気にとられていた。神官はそれでも話を続ける。

 

神官「四国を囲む壁……。ここに映っている映像は、その壁の外を映したものです。」

 

少女「これが……壁の外?何を言ってるんですか!?」

 

一人の少女が疑問の声を上げる。

 

少女「確かに壁の外の世界は、致死性のウイルスによって滅びたと聞いています。ですが、この状況は…ウイルスによって大地が、空がこんな風になるものなんですか?それにあの化け物は……?」

 

その質問に女性神官は答える。

 

神官「あなたの疑問はもっともです。人類がひた隠しにしてきた真実の歴史を話しましょう……。西暦の時代--後に“7.30天災“と呼ばれる事件が起こりました。それにより空から異形の存在“バーテックス“と呼ばれるものが出現し、人類を滅亡寸前まで追い込んだのです。」

 

神官「“勇者“とはそれ即ち、バーテックスが神樹様へ攻め込んでくる際にそれを撃退する御役目を持つ者たちの事なのです。神樹様がいなくなってしまえば人類は滅亡する--“勇者”は命を懸けてそれを防ぐ者達の事を指しています。」

 

女性神官がスクリーンを切り替えると、そこに映っていたのはバーテックスと戦うボロボロの少女達の姿が。

 

千聖「あっ…………。」

 

その時、千聖は全てを理解した。かつて神官が言っていた”御役目を退いた勇者“という言葉の意味。

 

千聖(引退なんかじゃ無かった……。先代勇者はアレに……殺されたのね………。)

 

神官「神樹様は地の神の集合体であり、バーテックスは天の神が人類を滅ぼす為に送り込んだ存在です。壁の外の世界は、天の神の力によって理を書き換えられてしまいました。神樹様の結界によってかろうじて四国だけが人間の住める状態のまま残っているのです。」

 

神官「ですが、このままではいずれ神樹様が力尽き、結界が消え四国も炎に包まれてしまいます。事態を打開する為に人類も自らが打って出なくてはならない時が来たのです。そこで、壁の外に出て外界を徹底的に調査し、反撃の準備を整える御役目をあなた達に頼みたいのです。」

 

話を聞き終えた時、一人の少女が顔を青くして叫ぶ。

 

?「ふえぇぇぇ!む、無理ですよ…。あんな化け物と戦うなんて到底出来ないですよっ!!」

 

神官「松原さん!勝手に帰ろうとしないでください。もちろん、危険な御役目を生身でやらせようなんて事はしません。戦う為の力を用意しています。」

 

そう言って、神官は再びスクリーンに映像を映した。そこには薄い黄緑を基調とした鎧の様なスーツが映し出されている。

 

神官「勇者は神樹様から力を得てバーテックスと戦っています。大赦はその加護を科学技術で管理して任意のタイミングで神樹の力を引き出せる様にシステムを作りました。あなた達にはそれを改良量産化したものが与えられます。パワーは勇者と比べて落ちますが、使用できる人数は大幅に増えたのです。」

 

一通りの説明が終わると、千聖達は“防人“としての訓練をこのゴールドタワー内で受けながら生活していく事となったのだった。

 

 

---

 

 

防人達は銃剣と盾を使う者に分かれて訓練を開始していく。千聖はかつて双剣の鍛錬を受けていたが、銃剣は双剣とは全く違う戦い方の武器である。狙撃や槍術が必要となってくる。また、数が多い点を生かして集団戦を用いていく。千聖はまた一から技術の学び直しとなったのだった。技術の学び直しは千聖にとってそれほど苦悩ではなかった。ただ、彼女の胸の奥には怒りが渦巻いていた。

 

千聖(大赦は私を失格にした……そのくせ今になって、勝手な都合で呼び戻した…。都合のいい道具のような扱いだわ!しかも、私達は“勇者“では無い。量産型のくだらない役目…。勇者でなくともそれくらいは出来るでしょって事!?)

 

千聖は考える。

 

千聖(良いわっ!だったら認めさせてあげる!この御役目で大赦の連中の想定以上の成果を上げて、勇者に相応しかったのは私なのだと教えてあげる!!)

 

千聖は凄まじい勢いで教えを吸収していった。

 

 

--

 

 

やがて、訓練も一通り終えた頃、部隊の隊長を選出する事となった。

 

神官「立候補者は手を挙げてください。」

 

女性神官の言葉で千聖が挙手をし、他にも数名手を挙げた。

 

神官「ならば実践の成績で決めましょう。」

 

そして銃剣での模擬戦、狙撃能力の測定、基礎体力測定等様々なテストが行われ、千聖は他の追随を許さない程にトップの成績で隊長へと選抜された。他の少女達も納得したが、ただ一人だけ異議を唱える者がいた。

 

?「千聖ちゃん!今回は惜しかったけど訓練と実践は違うからね。実際の御役目じゃ私が千聖ちゃん以上の手柄を立てるんだから!!」

 

千聖「えっと………誰だったかしら?」

 

?「うっそーーーーーー!?えっ?ちょっと待って!もしかして私千聖ちゃんに認識されてなかったの!?」

 

氷河日菜と名乗った少女は驚く。

 

千聖「ええ、ごめんなさい……。」

 

千聖は気まずそうに頷く。防人は全員で32人もいる。まだ会って1ヶ月も経っていない。まして千聖は生活の全てを鍛錬に注いできたのだ。仲間の顔もほとんど覚えていないのは当然である。

 

日菜「そんなーーーー!前に勇者の候補生として、千聖ちゃんや有咲ちゃんと一緒に競い合ってきたのにーー。」

 

その言葉を聞いて千聖は思い出す。勇者候補生の頃に有咲が教えていた人の事を。

 

千聖「あっ、思い出したわ。そう言えばいたわね、日菜ちゃん。」

 

日菜「えええええええっ!本当に覚えてなかったのーーー!結構ショック…。」

 

日菜はガックリと肩を落とした。そんな騒ぎがあったものの、千聖は防人の隊長として御役目が始まるまで訓練に勤しんだ。日菜はやたらと千聖に突っかかってきて、自分に自信が無い松原花音は一番強いのが千聖だと分かった瞬間から、

 

花音「ふえぇっ!御役目の時は私を守ってね!絶対だよっ!」

 

と涙目でいつも訴えてきている。若宮イヴという少し無口な少女は、どういう訳か千聖に懐き、いつも千聖の傍にいた。また、防人たちの御目付け役とも言える少女もいた。彼女は神樹から神託を受け取る事が出来る“巫女“という存在の一人である丸山彩。

 

 

---

 

 

そして、時間は現在に戻り、今日が防人としての最初の任務だった。星屑が少女達を執拗に襲い続けている。負傷や恐怖で動けない者もいるが、今回の任務は壁外の土や溶岩を少しでも採取する事で動けなくても問題はなかった。

 

問題は敵の数が多すぎる事だった。護盾隊の盾だけに頼っていては、さっきの様に力押しで防御を崩されてしまう。千聖は一瞬考え、指示を出した。

 

千聖「護盾隊は隊全体の防御を継続して!2番から8番の防人は盾の外で星屑を迎撃して護盾隊の負担を減らして、それ以外は採取を!!」

 

千聖の指示で防人達が動き出す。2~8番の番号を持つ防人は能力の高い指揮官型であり、盾の外で星屑たちと対峙する。そして採取を任された防人たちは羅摩(かがみ)と呼ばれる洋ナシ型の筒に土や溶岩を採取していく。高温の物体でも暑さを感じる事なく持ち運びできるのだ。1番の番号を持つ千聖も銃剣で星屑を倒していった。

 

千聖(私は、絶対にこの御役目を完璧にこなして、勇者に昇格してみせる……!今までの人生を…全てを捨てて積み上げてきた努力を、無為にされてたまるもんですか!!)

 

怒りをぶつけるように千聖は星屑を殲滅していった。だが、敵の数は多く、千聖の背後から隙をついて一体の星屑が接近してきた。

 

千聖「くっ……まずいっ!!」

 

しかし、

 

日菜「させないよっ!!」

 

日菜が護盾隊の守りの外に飛び出してきて、千聖を襲ってきた星屑撃退した。

 

日菜「忘れないでよ!今千聖ちゃんを助けたのは私なんだからねっ!!」

 

そう言いながら日菜は再び星屑と戦い始めたのだった。

 

千聖「日菜ちゃん、指示に従って、採取作業に戻って!!」

 

日菜「私はあんなチマチマした作業は性に合わないよ!!」

 

指示を無視して日菜は意気揚々と戦い続けている。

 

千聖「………はあ。」

 

千聖はため息をつく。だが、日菜の性格上採取よりも戦う方が合っているのは確かだった。

 

千聖「……臨機応変な戦い方も必要ね…。」

 

千聖はそう思い、日菜を放置した。その時、

 

花音「千聖ちゃーん!」

 

花音が他の護盾隊を離れて、千聖の前で盾を構えた。花音のお陰で星屑の攻撃が阻まれ、千聖は一体ずつ確実に星屑を撃破していったのだった。

 

千聖「助かったわ、花音。」

 

花音「千聖ちゃんが死んじゃったら、誰が私を守ってくれるの!?絶対に生きて私を守ってくれなきゃダメなんだから!!」

 

花音も千聖の指示から外れた行動をとっているが、それに助けられた事もまた事実である。一方イヴは千聖の指示通り、淡々と採取を続けていた。そんな防人達の姿を見て千聖は思う。

 

千聖(大赦の連中も、神樹様も、私達を“勇者になれない力不足な者達“とでも思っているのでしょうね…。でも、私達はやれるわ!!私達は落第者なんかじゃ無い!!)

 

 

車輪の下敷き--

 

 

 

その言葉が脳裏によぎる。

 

千聖(上等だわ!私達は下敷きになんかされない!!そんな車輪なんか壊してあげるわよ!!!)

 

そして、千聖は採取が充分に完了した事と防人達の体力に限界が来たと判断し叫んだ。

 

千聖「撤退を開始します!怪我人と動けない人には、無事な人が肩を貸してあげて!死者は絶対に出さないわ!!全員で生きて帰るのよ!!」

 

ボロボロになりながらも、防人達は結界の中へと戻ってきた。初めての御役目で防人達は全員生還する事に成功したのだった。

 

千聖(私は、必ず勇者になってみせる…。その為だったらどんな事でもやってやるわ……!!)

 

千聖を突き動かしているのは怒りである。自らの誇りの為に彼女は戦い続ける。

 

 

--

 

 

これより語られるのは、美しく華麗に咲く花達の物語では無い--

 

 

名も知られず誰の目にも止まらず、人に踏みつけられながら、それでも地を這うように必死で生きる雑草達の物語--

 

 

勇者でない者達が、勇者に成る物語である--

 

 

 



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色の付く日常


過去の章との繋がりが垣間見えてきますので、遡って読んでみるとより楽しめると思います。



 

 

少女「ごめん…本当にごめんなさい…。」

 

千聖の前で、少女はうなだれながら呟いた。

 

千聖「あなたはそれで良いの!?せっかく防人として訓練してきたのに、ここで諦めたら何にもならないわ!!」

 

千聖は説得するが彼女の意見は変わらなかった。心が完全に折れてしまっているからだ。少女は謝罪を繰り返しながら部屋から出ていった。

 

千聖「これで3人目ね…。」

 

千聖はため息混じりに呟いた。初めての任務が終わった後、3人の少女が防人を続ける事は出来ないと言い出したのだった。事前に外の世界の惨状は聞かされてはいたが、いざ目の当たりにするとその少女達にとっては想像以上の絶望の連続だったのである。

 

延々と広がる爛れた大地に倒しても倒しても減らない化け物の群れ。前回の任務で死者は出さなかったものの、負傷者や手術が必要な傷を負った者はいた。その被害を目の当たりにすれば、次は自分がそうなるのではないかと考え竦む者が出てきても全くおかしくない状況である。辞めたいと言い出した3人と千聖は話をしたものの、1人は何とか思い留まらせたが、他の2人に千聖の言葉は全く届かなかった。

 

千聖「情けない…勇者にも選ばれなくて、ここでも逃げてどうするのよ!!」

 

千聖は苛立っていた。勇者が戦っているバーテックスの強さはコレの比では無い。千聖にとってそれは勇者の格の違いをむざむざと見せつけられている様なものだった。千聖は拳を握りしめて誓う。

 

千聖「私は落第者なんかじゃない…必ず勇者になってみせる!!」

 

 

---

 

 

ゴールドタワー展望台--

 

千聖は展望台に来ていた。展望台は他と比べて手を加えられていない。海側を見れば、2年前に崩れた大橋と四国を覆う壁が目に入る。反対を見れば、西暦の時代の勇者が拠点としていた丸亀城が見えた。黄昏ていた千聖の背後から声が聞こえる。

 

神官「防人の御役目を辞退したいという者が2名出たと聞きました。」

 

千聖「っ!?」

 

千聖は振り返ると、そこにはあの女性神官が立っていた。脱退の声は大赦にも伝わっているようだ。

 

神官「また、戦闘不能な重傷者が2名。次回の御役目まで回復を待つ時間はありませんが、すぐに補充出来るでしょう。」

 

そう淡々と続けると、神官は去っていった。

 

千聖「補充…?」

 

千聖は神官が言った言葉に引っかかり、心がざわついた。

 

 

---

 

 

次の日--

 

千聖の朝は早い。日が昇る前に起きて、近くの公園から走り始め、駅に向かって線路沿いを走り、再び臨海公園に戻るマラソンを週2回走る。防人になって以降、千聖の日課となっているジョギングである。その後、訓練場へと向かい木製の模擬銃剣を使って技の訓練を行う。3時間ほど汗を流した千聖は朝食をとる為に食堂へと向かうが、今日は食堂の入り口にあの女性神官が立っていて千聖に話しかける。

 

神官「朝食の前に、あなた達に伝える事があります。展望台へ向かいなさい。」

 

千聖は着替えをする暇も無く展望台へと向かった。

 

 

--

 

 

展望台には既に千聖以外の全員が集まっていたが、昨日辞めたいと言っていた2人の少女の姿はそこに無かった。代わりに見覚えの無い少女が4人いる。

 

神官「今日から彼女達が新たに防人の御役目に着きます。」

 

女性神官は淡白に説明する。千聖は昨日女性神官が言っていた言葉を思い出す。

 

千聖(補充……私たちは消耗品って訳ね…。)

 

 

---

 

 

ゴールドタワー教室--

 

花音「千聖ちゃーん!!やっぱり私も防人辞めるって言えば良かったよーーー!」

 

千聖は教室に入っていきなり花音に泣き付かれる。だが、千聖はそれをスルーして自分の席に座り教科書を広げる。防人達にも申し訳程度に授業は行われる。御役目が終わってから彼女達が普通の生活に戻れるようにする為か、はたまた大赦が防人を人間扱いしていると自らに言い聞かせる為か。花音はしつこく千聖に泣き付いてくる。

 

千聖「花音、何度も言っているでしょ。あなたには充分実力があるの。自信を持ちなさい。」

 

花音「でも、辞めていった人達は私よりも成績良かったんだよ!?」

 

千聖「訓練はあくまでも訓練。実戦ではあなたの方が優秀だっただけよ。」

 

花音は自己評価も大赦からの評価も低いが、千聖は彼女の能力を充分認めていた。現に最初の御役目でもしっかりと自分の役目を果たしていたのだから。負傷者が多く出た中でも花音は無傷で帰ってきたのだ。

 

千聖「花音はもっと自分に自信を持たなきゃダメよ。」

 

花音「自信なんて持てないよ。」

 

千聖「ならどうして防人を辞めたいって直接言わなかったの?」

 

花音「そ、それは……。」

 

花音が言葉に詰まる。

 

花音「あの神官さん何か怖いし…。何でずっと仮面してるんだろう。」

 

千聖「そうね……。」

 

千聖は勇者候補生の頃からあの女性神官が仮面を外したところは一度も見た事が無かった。

 

千聖(何か理由でもあるのかしら……。)

 

そんな事を考えていると、女性神官が教室に入ってくる。

 

神官「では、教科書の156ページを開いて。」

 

授業が始まるとさっきまでの考えは千聖の脳裏から消え、千聖は授業に集中したのだった。

 

 

---

 

 

授業の後は昼まで訓練が行われる。前回の壁外でのデータを元に、防人たちの動きに改良が加えられていく。目下の問題は護盾隊だ。盾で防げば星屑の突進は防ぐ事が出来るが、奴らの執念深さは桁外れで何度も突進を繰り返し予想より早く防御が破られてしまう事が分かったからだ。本日の訓練は護盾隊の基礎体力の強化が中心となって行われた。

 

 

---

 

 

訓練の後は昼食である。1人で食べている千聖の横に花音がやって来る。

 

花音「次の御役目はいつになるのかな…。」

 

千聖「大丈夫よ。私の部隊で死者は出さないわ。」

 

その言葉を聞いた花音は千聖に抱きついた。

 

花音「千聖ちゃん!!やっぱ千聖ちゃんは頼もしいよ!次の御役目でも絶対に私を守ってね!!約束だよ!絶対だよ!!」

 

花音の過剰な反応はやり過ぎだが、頼られるのは不思議と悪い気持ちではなかった。そこへ、

 

日菜「食事は静かに摂らなきゃダメだよー。」

 

日菜がやって来て千聖と同じテーブルに着いた。

 

日菜「次の御役目こそ、私の大活躍…。」

 

千聖「花音は何度も死ぬ何て言ってるけど、壁の外に出た時も私は一度もあなたを守ってないわ。花音が生き残ったのはれっきとした自分自身の力よ。」

 

花音「何言ってるの、千聖ちゃん!ずっと千聖ちゃんが守ってくれてたよ。」

 

千聖「花音の頭の中ではどんな記憶改変が行われてるの…。」

 

日菜「ちょっとー!2人して私を無視しないでよーー!」

 

千聖「あっ、ごめんなさい日菜ちゃん。私に話しかけてたのね。」

 

日菜「んなっ!?」

 

こんなやりとりが昼食中は日常茶飯事であった。

 

彩「仲良しなのは良いけど、喧嘩はダメだよ。千聖ちゃん、日菜ちゃん。」

 

そこへ巫女の彩がやって来る。

 

日菜「私と千聖ちゃんは言わばライバル!仲良しなんかじゃないよー。」

 

日菜は彩に悪態を突くが、

 

彩「ふふっ、そういうところが仲良しに見えるんだよ。」

 

彩は屈託の無い笑顔で日菜に笑いかけ、毒気を抜かれてしまった。

 

千聖「そういえば彩ちゃん、午前中は姿を見なかったけど何かあったのかしら?」

 

千聖は気になり尋ねてみた。教室での授業は彩も一緒に受ける事になっているからだ。

 

彩「新しく防人になった人達の為に神樹様にお祈りをしてたんだよ。みんなが無事に帰って来れますようにってね。」

 

千聖「そう……。」

 

巫女は大赦の厳しい管理下に置かれると以前聞いた事があった。神樹の神託を受けるという事は国家の中枢に関わる事であり、必然的に外の世界やバーテックスの事を知ってしまうからだ。

 

彩は幼い頃から巫女としての訓練を受けているらしい。幼くして残酷な世界の真実を知らされ、家族にも会う事が出来ない。不平も何一つ言わずに巫女としての役割を全うして身を粉にして祈りを捧げている。千聖はそんな彩に敬意を持っていた。

 

 

--

 

 

食事もしばらくしたところで、千聖はトレーを持ったままウロウロしていたイヴを見かける。

 

千聖「イヴちゃん!場所が無いならこっちに来たら?」

 

その言葉を聞いたイヴは駆け足でやって来た。彼女は口数が少なく無口な為、考えが分かりづらい。しかし判断力には眼を見張るものがあり、千聖はそれを評価していた。イヴに与えられた防人番号は9番。1〜8番は指揮官型なので、イヴは指揮官以外では最も能力が高いと大赦から認められているのである。

 

千聖(確かに、判断力の高さは認めるわ…でも、それを加えても過大評価なのではないかしら……。)

 

千聖が思うのも無理はない。判断力は確かに高いが、それ以外の能力は平均以下。9という番号はいささか高すぎるように思えたのだ。そんなこんなで千聖の周りに集まった彩、日菜、花音、イヴ。この5人はよく一緒に行動しており、周囲からも一つのグループとして認識されていた。

 

千聖(なんだか妙な感覚ね…。)

 

千聖はこの状況にまだ慣れていない。勇者候補生の頃からずっと彼女は1人だったから。周囲を気にする事は無かったし、何でも1人で完結していたから。けれど、今は隊長になったせいもあり周囲の人間との交わりが出来始めている。

 

千聖(だけど…悪くないかもね。)

 

千聖はそれも悪くないんじゃないかと思い始めていた。気付けば千聖とイヴを除く3人で話が盛り上がっていた。

 

花音「何か日菜ちゃんってあまり名家の出って感じしないよね。」

 

花音が日菜に言う。

 

日菜「そんな事無いよー。氷河家は立派な名家なんだよ!」

 

そこへ彩が詳しく説明を加える。

 

彩「私知ってるよ、氷河家の事。神世紀70年頃、赤嶺家と共に世界を救った氷河家の話は良く聞いてるし。」

 

そんな彩を日菜は抱きしめる。

 

日菜「彩ちゃんっ!!理解してくれるのは彩ちゃんだけだよ!!」

 

機嫌が戻った日菜はイヴに話を振る。

 

日菜「せっかくだからイヴちゃんの事も詳しく知りたいな。どんな家庭で育ったの?両親は?」

 

少しの無言の間がありイヴが答える。

 

イヴ「両親は心中しました。」

 

千聖・花音・日菜・彩「「「………。」」」

 

5人の間に気まずい空気が流れる。

 

千聖(どうするの日菜ちゃん、この空気!)

 

そんな事を思いながら千聖は日菜を睨んだ。

 

日菜(わ、私のせいじゃ無いよー!知らなかったんだもん!)

 

日菜は目を晒す。千聖は頭をフル回転させ話題を絞り出す。

 

千聖「イ、イヴちゃん、小学校はどこだったの?」

 

イヴ「小学校は神樹館です。」

 

それを聞いて彩が目を丸くした。

 

彩「神樹館!?確か2年前、神樹館の生徒の中に勇者様がいたんだよ。イヴちゃんは当時の勇者様達と年齢が一緒だし、もしかして知り合いじゃなかったの?」

 

そんな彩の問いかけにイヴは頷いた。

 

イヴ「でも隣のクラスだったからそこまでは…。」

 

彩「はぁーー何だか驚いたよ。先代の勇者様の知り合いがいるなんて。」

 

勇者と聞き、千聖は真剣な眼差しでイヴを見つめて質問をした。

 

千聖「どんな人だったのかしら、先代の勇者って。どんな人が勇者になれたの?」

 

千聖は今でも考えていた。何故自分が勇者になれなかったのか。成績では有咲には負けていなかった。責任感も充分にあったと自負している。だが、選ばれたのは千聖では無かった。勇者と自分は何が違うのか千聖は知りたかった。だが、ここで午後の訓練開始のチャイムが鳴ってしまう。結局、イヴから答えは聞けなかったのだった。

 

そして翌日、2回目の御役目が行われる事となる--

 

 

 



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もう1人のイヴ


今回は少し区切りが良いので短めです。

こっちはこっちで曲者が揃ってますね。




 

 

2回目の結界外調査が行われる。新しく防人となった4人は最低限の武器の使い方を教え込まれただけで戦地へと赴く事となる。それだけ大赦は焦っていたのだ。

 

千聖「今回も密集陣形で行きます!目標地域までの到達予想時間は30分。それまで持ち堪えて!」

 

千聖の指示通りに防人達は進んで行く。前回は壁のすぐ近くの土壌調査だった為、壁の近くから動く必要は無かったが、今回は西暦の"中国地方"と呼ばれた地域まで行き、採取と調査を行う。勇者達より運動能力が低いとはいえ、何も妨害が無ければ壁から中国地方までは然程時間は掛からない。だが、事はそう上手く運ばなかった。

 

花音「ふ、ふえぇぇぇっ!!」

 

花音の悲鳴は最早敵が来るのを知らせるアラートと化していた。密集して進む防人達に星屑の一群が迫ってくる。

 

千聖「護盾隊は盾を展開!銃剣隊の奇数番号は星屑と交戦!偶数番号は交代の為に盾の内側で待機して!!」

 

移動速度は落ちるが、護盾隊は盾を組み合わせ隊全体を覆いながら進んで行く。

 

千聖(敵が星屑だけなのが幸いね…。)

 

本当に恐ろしい敵は"完成型"と呼ばれるバーテックスである。星屑とは比にならない程巨大で、圧倒的な攻撃力と防御力を誇る。西暦の時代では"御霊"と呼ばれる核を持たない個体が出現していたのだが、そいつらですら勇者でさえ戦えば命の保証は無いと言われている。"御霊"があると無いとではまた力の差が開き、2年前の先代勇者達の時は追い返すだけが精一杯だったのだ。

 

だが、12体いると言われる"完成型"バーテックスは現勇者達に全て倒された直後であるらしく、しばらくは出現しないと大赦は予測しているようだ。

 

 

--

 

 

負傷者を出しながらも千聖達は目的地にたどり着くが、そこも延々と爛れた大地が広がっているだけであった。防人の戦衣は周囲の映像を記録する機能があり、この光景は全て大赦へと送られる。

 

千聖「……最悪の景色ね…。」

 

千聖は気分が悪くなるが、任務に集中する。他の防人達が羅摩を使って採取している中、近づけさせないように星屑と戦って部隊を守り続ける。

 

 

--

 

 

千聖「撤退開始っ!!」

 

充分な採取が出来た為、千聖の合図と共に防人たちは後退を開始する。

 

日菜「はぁー、はぁー…今回も簡単な御役目だったね。歯応え無さ過ぎて…ふぅ…ふぅ……退屈だったよ…。」

 

花音「日菜ちゃん、物凄く息切れしてるよ?しかもかなり傷だらけだし。」

 

日菜「うるさいなぁー花音ちゃんはー。そんな事言ってると敵陣に放り出しちゃうよー。」

 

日菜「ふえぇぇっ!ごめんなさい〜!」

 

千聖「日菜ちゃん、考え無しに突っ込むのは止めてちょうだい。疲れてるなら盾の中で休んでて構わないから。」

 

日菜「えー、やだー。敵をいっぱい倒して功績をあげるんだから。」

 

疲れて傷だらけな日菜だが、彼女の目はやたらと闘志に満ちていた。その時だった--

 

 

 

花音「あ……あれっ!」

 

千聖「今度はどうしたの、花音?」

 

花音「あっち…なんか星屑がいっぱい集まってるよ!」

 

花音が指差す方を見ると、空中で何体もの星屑が粘土の様にひとまとまりになって新たな形を形成していたのだ。千聖は神官から聞いた事を思い出す。

 

千聖(あれは融合!時期的に完全なバーテックスが出来る事は無いだろうけど"進化型"なら出てくる可能性が高い!!)

 

星屑の融合が終わる。角の様なものを持ち、体は丸く、赤と白を基調とした姿であった。大きさは星屑とは比べものにならない程大きくなっている。

 

花音「何あれぇぇぇ!」

 

花音は必死で千聖にしがみついていた。融合して生まれた"進化型"は、撤退途中の防人達の最後部へと迫る。そこには、イヴがいた--

 

 

--

 

 

巨大な"進化型"の接近に気づいた護盾隊の1人が盾を展開するが、大き過ぎる巨体の突撃に耐えれる筈もなく、紙クズの様に蹴散らされてしまう。"進化型"の大きさと攻撃力の前に防人達は一瞬で戦意を喪失してしまった。イヴも目の前に迫る"進化型"の巨体に愕然としている。

 

イヴ「……死ぬ?」

 

その言葉が自然とイヴの口から溢れる。

 

 

死--

 

 

祭壇--

 

 

棺--

 

 

献花--

 

 

イヴの記憶がフラッシュバックしていく--

 

 

花の中に横たわる少女--

 

 

勇者の御役目で死んだ少女--

 

 

名誉だと言う声--

 

 

座る者のいない机--

 

 

いつも明るくみんなの中心にいた少女--

 

 

イヴ「…嫌だ。死ぬなんて嫌……死ぬって何…?」

 

 

イヴは目を見開く--

 

 

--

 

 

後方が"進化型"によって危機に陥っている時、千聖達前方も星屑の襲撃に遭っていた。

 

千聖「退きなさいっ!!」

 

千聖は必死で星屑を倒しながら後方へと向かうが、敵の数が多すぎてたどり着けない。

 

千聖「くっ、こんな奴らに手間取ってる暇はないのに……!!」

 

焦る千聖を他所に、"進化型"は座り込むイヴを丸呑みした--

 

千聖「イヴちゃんっ!!」

 

千聖が叫ぶ--

 

 

 

が、同時に銃声が響き渡った。

 

 

 

千聖「…えっ!?」

 

銃声は"進化型"の内部から発せられたものであった。同時に"進化型"の体が内部から弾ける--

 

 

直後その中からイヴが出てくる。千聖は安堵するが、どこかイヴの様子がおかしかった。

 

イヴ?「ったく、このデカブツがあああああっ!!3枚に下ろしてやるよっ!!」

 

突如吠えたかと思えば、イヴは"進化型"へと飛びかかり、銃剣の切っ先で巨体を突き刺し、同時に銃を乱射する。イヴは凄まじい勢いでそれを繰り返して"進化型"と互角以上の戦いを繰り広げ、あっという間に"進化型"は消滅してしまう。

 

花音「だ……誰、あれ……。」

 

花音は恐怖からか結界内に戻るまで震えが止まらなかった。かくしてイヴのお陰で2回目の御役目も誰1人死ぬ事なく帰って来る事が出来たのである。

 

 

 



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信念の強さ

勇者に選ばれる基準は何なのか。

その一片が語られます。




 

 

暴れ回ったイヴのお陰で2回目の御役目も無事に完了出来た防人達。かつて陸地だった地域の観測と土壌サンプルの回収も問題なく達成する。帰還した千聖達に女性神官がイヴの変化の事を伝える。

 

神官「あれは若宮イヴのもう1つの人格です。若宮さんは普段は物静かな性格ですが、その内側には粗暴で荒々しく、強力な正反対の彼女が存在するのです。」

 

千聖「イヴちゃんの"9"という防人番号は、もう1人の彼女を考慮しての数字だった訳ですか。」

 

神官「はい。あの状態の若宮さんは、個人としての戦闘力の高さは突出していますが、連携行動が全く取れません。」

 

確かに、あの時のイヴは千聖の指示すら無視して好き勝手に星屑との戦闘を繰り返していた。

 

千聖「あれでは今後の作戦行動に支障が出ます。」

 

千聖が異を唱えるが、

 

神官「メンバーを従わせるのも、隊長の立派な務めです。」

 

と神官は千聖に言って、そのまま背を向けて立ち去った。

 

 

---

 

 

食堂--

 

イヴ「なんだよ、お前。怯えたツラしやがって!」

 

花音「ふ、ふえぇぇっ!イ、イヴちゃんお助けを〜!」

 

夕食時の食堂で花音がイヴに絡まれていた。

 

イヴ「何だよ。言いたい事があるならハッキリ言えよっ!」

 

花音「じゃあ…い、一体いつまでその性格のままなの…かな…?」

 

イヴ「俺が俺で何か文句あるのか?」

 

花音「な、無いです〜!!」

 

花音はイヴの変わりように驚き恐怖していた。その2人のやり取りを見ながら千聖は呆れてしまう。

 

千聖(今のイヴちゃんをそのままにしておく訳にはいかないわね…。)

 

考えた末に千聖はイヴの肩に手を置いた。

 

千聖「ちょっと良いかしら?」

 

イヴ「ん?何だよ。」

 

千聖はイヴの前に立って問いかける。

 

千聖「あなたのその状態はいつまで続くのかしら?」

 

イヴ「さあな。久々にこっちに出てきたんだし、しばらくはこのまま楽しませてもらうぜ。」

 

千聖「……そう。」

 

イヴ「あんたもその方が都合が良いだろ?あっちより俺の方が断然強いんだからな。次の御役目とやらでも暴れてやるよ。」

 

千聖はイヴの挑発には乗せられずに淡々と答えていく。

 

千聖「そうね、確かにあなたの強さは頼もしい。でも、今のあなたは私達の部隊には必要無いわ!」

 

イヴの目が鋭くなるが、千聖は構わず話し続ける。

 

千聖「防人に必要なのは、連携して集団で戦う力よ。あなたが1人で勝手な行動を取れば、他のみんなを危険に晒すの。だから、私の指示には従ってもらう。」

 

その言葉を受け、イヴは千聖に食ってかかる。

 

イヴ「俺は自分より弱い奴に従う気なんてさらさらねーんだが。」

 

千聖「だったら納得させてあげるわ!来なさい!」

 

2人は食堂を後にし訓練施設へと向かったのだった。

 

 

---

 

 

訓練施設--

 

戦いの前に2人は約束を交わす。千聖が勝てば、以降イヴは彼女の指示に従う。イヴが勝てば、彼女は今後一切誰の指示も受けずに戦い続けるという事だった。

 

花音「大丈夫なの千聖ちゃん…。」

 

日菜「今のイヴちゃんは私とおんなじくらい強いよ…。」

 

花音と日菜は千聖に声をかけるが、

 

千聖「何で2人ともここにいるのかしら…。」

 

よく見ると彩も、こちらに来ていた。

 

彩「みんな千聖ちゃんの事が心配なんだよ。」

 

彩はそう言うが、

 

日菜「違うよー。私は単なる興味本位でだよ。」

 

日菜はそれを一蹴するが、彩は気にせず千聖に声をかける。

 

彩「怪我だけはしないでよ、千聖ちゃん…。」

 

千聖「心配無用よ。たかが獣に力で上下関係を教えてあげるだけなんだから。」

 

そう言うと、2人は勇者アプリを起動させる。因みに今回千聖は道具の差を無くす為に指揮官型では無く銃剣型の戦衣を身にまとっている。

 

イヴ「指揮官型でも構わないんだぜ。」

 

千聖「性能の差で負けたって言い訳を作らない為よ。」

 

2人は銃剣を構え、対峙する--

 

千聖「はっ!!」

 

千聖が直突から横薙ぎに刃を振るう。

 

イヴ「おっと!ほらよ!!」

 

だがイヴは余裕でそれを躱し、同時に袈裟斬りに銃剣を振り下ろす。

 

千聖「くっ…。」

 

千聖は銃剣でその一撃を受け止めた。

 

千聖(一撃が重い…!単なる力任せなのに、スピードと重さが凄まじいわ!!動きは素人に近いのに、それを天性の才能で補っている…!!)

 

だが千聖も負けてはいなかった。千聖は自分が決して天才では無い事を知っている。だからこそ、人一倍努力して補っているのだ。

 

花音「凄い…別次元の戦いだよ。」

 

日菜「うん、そうだね。」

 

花音と日菜も、2人の戦いに魅入っていた。彩は2人の戦う姿をただ無言で見つめている。

 

イヴ「気合い入ってるじゃねーか!絶対に負ける訳にはいかねーって気合いが伝わってくるぜ!!そこまでして何で戦うんだよ!!」

 

千聖「私は……。」

 

イヴの問いかけに千聖が感情を爆発させる。

 

千聖「私は勇者になるの!!その資格があると大赦と神樹様に認めさせてやるのよ!!その為に防人の御役目も隊長としての仕事も完璧にこなす!あなたが障害となるなら、屈服させてでも従わせるわ!!」

 

イヴ「勇者……勇者ねぇ!」

 

イヴは力任せに振り払い、千聖と距離をとった。そしてイヴは昔の事を千聖に語り出す--

 

 

 

イヴ「俺は2年前、その勇者って奴らを間近で見てきた。その1人が死んだ姿だって見てきたよ。山吹沙綾、花園たえ、海野夏希--神樹館の3人の勇者だ。そして……その中で海野夏希が命を落とした。って言っても、俺は実際にあいつらが勇者として戦っているところは見ちゃいねぇ。俺が知ってるのは、普段のそいつらの姿だけだった。」

 

イヴは彼女達が特別な御役目に就いている事は知っていたが、具体的な事までは知らなかった。だから--

 

 

あまりにも突然に海野夏希が死んだ時、イヴは愕然としたのだ。

 

イヴ「白鷺。あんたはこの前、勇者がどんな奴らだったか知りたがってたな。隣のクラスだった俺でも知ってるくらい変な奴らだったよ。」

 

イヴ「山吹沙綾って奴がいた。真面目で不器用だったが、友達想いな奴だってのは見ててすぐ分かった。」

 

イヴ「花園たえって奴がいた。マイペースで寝てばっかの癖に、本気になれば何でも出来た。まぁ、本気を出すのは限って友人に関わる事だけだったけどな。」

 

イヴ「海野夏希って奴がいた。すぐ面倒ごとに巻き込まれるトラブルメーカーだったが、他人や友達の事を良く気遣ってる奴だったよ。」

 

 

--

 

 

2年前--

 

神樹館に通い、3人の勇者と同学年だったイヴは、勇者という特別な存在の人達の事が気になり姿を見に行った。

 

イヴ(…あれが勇者。)

 

3人は黒板で絵を描いていた。ドアの陰からこっそり覗くだけのつもりだった。だが、

 

夏希「あっ、どうしたのそんなところで。」

 

 

夏希に見つかって話しかけられたのだ。

 

イヴ「あの…えっと……。」

 

夏希「そんなに固くならなくも大丈夫だよ。こっち来て一緒に絵を描こう!」

 

イヴ「……はい。」

 

夏希は人と上手く話せないイヴを茶化したりはせず、最初から友達だったかの様に接してくれたのだ。

 

 

--

 

 

イヴは夏希に憧れた。"勇者だったから"では無い。気さくで明るくて誰とでも仲良くなれて、友達想いで、家族想いな他とは変わらない少女--

 

 

運動が出来て、自分の意見をハッキリ言えて、格好いい、自分とは正反対の少女だったから--

 

 

イヴ「あいつらはお前みたいにギラついてなんか無かったぜ。普通に暮らしてたんだ。学校に来て、授業受けて、友達と遊んで…何処にでもいる子供と違わなかったよ!勇者になる前だってお前みたいに勇者になりたいと駄々を捏ねてた訳じゃなかった。」

 

千聖「だったら何なの?普通に生きる事が勇者としての条件だとでも言うの!?」

 

千聖はイヴに問いかけた。千聖は勇者を特別な存在だと思い、不要なものは切り捨てて生きてきた。普通という不要なものを。

 

イヴ「知るかよ。大赦や神樹が何を基準にして勇者を選んでるかなんてな。俺が言いてーのは、勇者って奴はみんなカッコ良かったんだよ!今のお前は他人の芝生を見てヨダレ垂らしてるガキと同じだって事だ!そんなカッコ悪い奴が勇者になれる訳ねーだろ!!」

 

そう言うとイヴは一瞬で千聖の間合いに入り、鋭い刺突を繰り出した。

 

千聖「っ!?」

 

千聖は鍛え抜かれた動体視力と反射神経で銃身を盾にして、切っ先を受け止める。だが、イヴの刺突の威力が凄まじく、千聖は後ろへ仰け反ってしまう。

 

イヴ「取った!!」

 

間髪入れずにイヴは2度目の刺突を繰り出した。

 

千聖(それでも……!)

 

千聖はイヴに言われた事を脳内で反芻する。

 

千聖「それでも、私は勇者になるのよ!!!」

 

仰け反った千聖は後ろに退がるのではなく、床を蹴って前に踏み出したのだ。イヴの刃が千聖の戦衣を僅かに切り裂いたが、同時に千聖はイヴの銃剣を脇に挟んで動きを止めたのだった。

 

千聖「捕まえたわ…これであなたの動きは封じたわよ。」

 

イヴ「ちっ!?」

 

イヴは咄嗟に銃剣を手放し、千聖から距離を取ろうと離れる。だが千聖はそれより早くイヴに近付き、イヴの首筋に銃剣の剣先を突き付けた。

 

千聖「これで勝負ありよ!」

 

イヴ「…………。」

 

イヴは剣先を突き付けられたまま千聖を睨みつけるが、やがてため息と共に両手を上げる。

 

イヴ「……俺の負けだ。」

 

その言葉を聞いた千聖は銃身を下ろした。勝負は千聖の勝利で決着が付いたのだった。

 

 

--

 

 

千聖「これで私はあなたを手に入れたわ。今後は私の指示に従ってもらうわよ。」

 

イヴ「分かってる。そう言う約束だったからな。」

 

2人は武装を解いて腰を下ろす。

 

千聖「勇者になりたいって駄々を捏ねてる…あなたの言う通りかもしれないわね。」

 

イヴ「どーした。悟りでも開いたか?」

 

千聖「違うわよ。あなたの言葉には確かにドキッとさせられたけど…私は私の生き方を変えるつもりは無いわ。」

 

千聖は自分のやり方を肯定した上で続ける。

 

千聖「私のやり方で勇者を目指す。大赦が私を勇者にせざるを得ない実績を残してね。」

 

イヴ「……面白いな、お前。」

 

イヴはどこか楽しそうに千聖に言う。そこへ彩がやって来る。

 

彩「私もそう思うよ。千聖ちゃんが自分を否定する必要なんて無い。目標の為に一生懸命な事は千聖ちゃんの良いところだから。」

 

彼女の口調にはからかいや皮肉は欠片も入っていなかった。

 

千聖「ありがとね。」

 

そんな彩にイヴが話しかける。

 

イヴ「アンタは俺が怖く無いのか?」

 

彩「怖くなんてないよ。口調は乱暴でも、良い人だって分かるから。」

 

イヴ「は?」

 

彩「勇者様じゃなくても、防人になれたって事は神樹様に選ばれたって事だよ。物静かなイヴちゃん、強くて頼りになるイヴちゃん。どっちか1人でも悪人だったら神樹様が選ぶはず無いよ。だから良い人だって分かるよ。」

 

彩の言葉にイヴは笑みを浮かべる。

 

イヴ「お人好しだな、あんたは。花音って奴はあんなに震えてたのによ。」

 

その言葉で千聖が訓練場の周囲を見回した。

 

千聖「そう言えば、花音と日菜ちゃんは?」

 

彩「2人とも先に帰ったよ。花音ちゃんは巻き添えを食う前に帰るって言って、日菜ちゃんは少し悔しそうな顔して帰ってったかな。」

 

千聖「そう……。」

 

彩「何はともあれ、これで2人はもう友達だね。」

 

彩は2人の手を取って笑顔で言った。

 

イヴ「……ふん。」

 

イヴはどこか照れ臭そうにそっぽを向く。

 

千聖「ははっ。」

 

そんなイヴと彩の姿を見て千聖は微笑んだ。

 

千聖(久しぶりに今日は良く眠れそうね。こんな気持ちになったのはいつ以来かしら。)

 

イヴと戦って全力を出し切った達成感からだろうか、それとも自分の感情を力一杯口にした満足感からだろうか。千聖の心は晴れ晴れとしていた。

 

 



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臆病なりの戦い方

花音に焦点が当たります。


彼女は何故臆病なのか。彼女の武器は本能--




 

 

ある日の夜、花音は千聖の部屋で彼女にしがみ付いて叫んでいた。

 

花音「ありがとう、千聖ちゃん!!やっぱり千聖ちゃんは勇者だよ〜!」

 

千聖「まったく、調子が良いんだから。」

 

千聖は呆れながらの口調だったが、何処か表情は柔らかくなっていた。防人の中で最優秀な千聖と最下位の花音。性格も正反対の2人が何故こんなにも結び付きが強いかの原因は、花音の性質によるものが非常に大きかった。

 

 

---

 

 

幼い頃、花音はブランコに乗る事が出来なかった。同年代の子供達が楽しそうに遊んでいる中、花音はいつも思うのだった。

 

花音(何でみんなあんなに怖い事が出来るんだろう?途中で落ちたり、金具が取れたりしたらどうしよう…。)

 

そんな事を想像すると花音は恐怖で乗れなくなってしまうのである。花音は何かと最悪なパターンを想像してしまうのだ。ビルに登れば、ビルが壊れる事を想像してしまったり、遊園地に行けばアトラクションが何かの拍子で止まってしまう事を想像してしまう。風邪を引いた日にはその風邪が悪化してしまう事を想像してしまうのだ。

 

花音は臆病者ではあったが、臆病な自分は好きではなかった。それは他人に対しても同じである。怖そうな人を見ればイジメられるのではないかといつも怯えていた。だから花音はヒエラルキーが高い人を見つけ出してその人の懐に潜り込むのだ。自分を守ってもらう為に。

 

格好悪いという事は自分でも自覚していた。だがこれは花音なりの処世術なのだ。だけどそんな自分が嫌いだという事もまた自覚していたのだった。

 

そんな風に幼稚園と小学校を過ごしていき、中学校に入ってもその処世術を生かして花音はある同好会に参加した。理由はその同好会の1人がヒエラルキーのトップであり、その人からこの同好会に勧誘されたからだった。この同好会の部員は4人ほどで、特に決まった活動も無く放課後にダラダラと喋っているだけの集まりだった。花音にとってもここには自分を脅かす人はいなくまさに箱庭のような場所であった。

 

だが一つだけ気になったのが、何故ヒエラルキートップの人がこんな存在意義さえ不明な同好会を作ったのかという事である。そんな疑問を心の片隅にしまいながら花音は学校生活を過ごしていく。

 

 

--

 

 

しかし、そんな生活は1年ほど続いた夏突然の終わりを迎える。

 

部長「同好会は今日で解散しましょう。」

 

部長が突然それを口にしたのだ。あまりにも唐突な話である。当然花音は必死で解散を止めた。何故なら後ろ盾を無くしてしまうからだ。だが、部長は少し悲しげな表情で花音に伝える。

 

部長「もうこの同好会は意味が無いのよ。」

 

それでも花音は引き下がらなかった。そんな花音を見た部長は仕方なくと言った表情で解散の本当の理由を教えてくれたのだ。

 

部長「実は私は"大赦"って所の人間なの。四国を襲ってくる"バーテックス"と戦う人達を集める為に"勇者適正の高い人達"を集めてたんだよ。」

 

花音は部長が何を言っているのかが分からなかった。それでも部長は話し続ける。

 

部長「四国の各地で同じようなグループが中学校で作られてるのよ。そしてバーテックスが攻め込んできた際に、神樹様に選ばれたいずれかのグループが"勇者"として覚醒するの。」

 

にわかには信じ難い話であるが、常に最悪の展開を想像してきた花音にとってはそれをすんなり信じた。そして花音は理解する。既にバーテックスの進行は始まっていて、花音達のグループは勇者に選ばれなかったという事を。

 

花音はゾッとした。もし勇者に選ばれていたら、危険な御役目とやらを背負ってたかもしれないのだから。花音はこの時部長を恨んだ。何も知らせずに勝手に死地へと放り込もうとしたんだ、と。

 

けれど、そんな考えはすぐにお門違いだと気づいたのだった。何故なら花音の方からこの同好会に進んで入会したのだから。

 

花音(何で自分はこんなに臆病なんだろう……。)

 

今でも花音は考えているのだった--

 

 

---

 

 

そして今--

 

花音は何の因果か防人として御役目に就いている。花音に与えられた番号は32番。即ち花音は防人達の中で最弱であると大赦から評価されているのである。だが、その評価を覆して花音は今5度目の結界外の調査に参加していた。

 

 

--

 

 

花音「ふえぇぇぇぇっ!!!何あれ!?絶対無理絶対無理だよ〜!!」

 

花音が叫ぶ事は毎度の事だが、今回は状況が違っていた。星屑が無数に集まって異形の巨体が形成されていく。そして、それは"進化型"をも上回る大きさになった。千聖はその姿に見覚えがあった。

 

千聖「あれは……"射手型"!?」

 

その姿はまさしく勇者が戦う相手である星座の名を冠する12体の"完全型"の内の1体そのものだった。

 

"完全型"が出現する事は無いと女性神官は言っていた。だが、西暦の時代に出現した"完成型"は出現する可能性があるという。外見は"完全型"と"完成型"は全く同じだが、唯一違うのは"完成型"には核となる"御霊"が無いのだ。その為、"完全型"よりは脆弱だがそれでも到底防人達が敵う相手では無かった。

 

千聖「サンプルの採取を今すぐ中止して!!全員すぐに撤退を!!」

 

千聖は迷わず防人達に指示を出す。だが、退路に星屑が迫っていた。

 

千聖「銃剣隊は迎撃して!!」

 

千聖の指示で星屑に向かって一斉射撃を開始する。

 

日菜「この程度の雑魚、私の敵じゃないよ。千聖ちゃん、強行突破と行こうよ!」

 

迎撃しつつ日菜は強気に言うが、

 

花音「待って待ってよ〜!強行突破なんて絶対に無理だよ〜!!」

 

花音が必死でそれを阻止しようと叫び出す。

 

日菜「だったらどうするの!?星屑よりも後ろの"射手型"の方が危険だよ!」

 

後方では"射手型"がどんどん形成されていく。"射手型"の攻撃は2種類あり、上の口から巨大な一本の針を飛ばす攻撃と、下の口から無数の小さな針を飛ばす攻撃である。どちらの攻撃も防人達にとっては致命的な攻撃だ。

 

花音「前は星屑が沢山、後ろは"射手型"!どうしたら良いの〜!!」

 

花音は座り込んでしまう。

 

日菜「そんなんじゃ無駄死にするよ!立って!!」

 

日菜は座り込んだ花音を引きずろうとするが、

 

千聖「待って、日菜ちゃん。完全に星屑に囲まれている今、撤退は間に合わないわ。花音の言う通りここに留まりましょう。」

 

日菜「何言ってるの、千聖ちゃん!?それじゃあ……。」

 

その時だった。

 

千聖「護盾隊は盾を展開!"射手型"の一斉射に備えて!!」

 

その言葉を聞いて花音もすぐに立ち上がり盾を形成する。その直後に"射手型"から無数の針が機関銃の如く降り注ぐ。盾に響く反響音が防人たちの恐怖を掻き立てた。

 

やがて、攻撃が止まると全員が安堵の息を漏らした。

 

花音「ふえぇぇぇぇっ!死にたくない〜!!」

 

どう言う訳か、突然花音は組み合わせていた自分の盾を外して、盾の外へと飛び出してしまったのだ。

 

日菜「花音ちゃん!?何やってるの!?」

 

日菜が花音へ叫ぶ。ここにいる防人達全員が花音が発狂したのかと思った。だが、それは違ったのだ。花音はすぐに自分の盾を構え直し、同時に"射手型"が巨大な1本の針を打ち出した。

 

 

花音「こんなのまともに受けたら死ぬに決まってるよ〜!!」

 

絶叫と共に盾に巨大な針がぶつかった。真正面から受ければひとたまりも無いが、なんと花音は盾を微妙に斜めにして、針の力を絶妙に逸らしたのだ。

 

千聖「護盾隊は盾を解除!全力で逃げて!!」

 

千聖は巨大な針は連続で発射されない事を知っていた。防人達は千聖の合図で一斉に結界へと走り出す。

 

日菜「っ!?なんで星屑の数が減ってるの!?」

 

日菜は後方にいた星屑の数が減っていた事に驚いた。

 

千聖「"射手型"の針が星屑を巻き込んだのよ。」

 

千聖が日菜の問いに答える。星屑たちは"射手型"の無数の針と玉砕覚悟で防人達を取り囲んでいたのだった。直後、巨大な針が再び"射手型"から発射されるが、またも花音が盾を上手く使って攻撃を逸らした。更に方向を変えられた矢は星屑の方へと飛んでいき、星屑の群れはその矢でかなりの数が減ったのだった。

 

千聖(留まって防御に徹し、"射手型"の針を上手く使って星屑の数を減らす…。花音がここまで考えていたとは到底思えないわ……。けど、花音は本能で自分達が生き残る最善の術を選び出したって事ね……。)

 

千聖は花音の生き残る道を探す嗅覚の鋭さを信用していた。だからこそ、千聖はあの場面で花音の案を咄嗟に採用したのだ。花音のお陰で、想定外の事態はあったものの全員が無事に帰還する事に成功したのである。

 

 

 



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雲の上の存在


次回、花咲川中学勇者部が久々に登場します。




 

 

花音のおかげもあり"完成型"を相手に死者0で戻ってこれた千聖達。彼女達はただ今夕食を食べていた。

 

彩「千聖ちゃん凄いよ。防人のみんなに被害が少ないのは。流石だね。」

 

夕食を食べながら彩が千聖を賞賛した。花音や日菜、イヴも同じ机で夕食を食べている。

 

千聖「ありがとう、彩ちゃん。でも今回は予想外の襲撃があったからそれほど土壌のサンプルは持って帰れなかったわ。」

 

彩「分析に必要な量は持って帰れてるよ。それに、命あってこその御役目だから。」

 

彩は目を輝かせていた。不意にイヴが千聖の袖を引っ張り無言で頭を下げた。

 

千聖「どうして謝るの、イヴちゃん。」

 

イヴ「変われませんでした…。」

 

イヴは自由にもう1人と入れ替わる事は出来ないのである。申し訳無さそうな表情をするイヴに千聖は優しく声をかける。

 

千聖「そんな事気にする必要は無いわ。状況に合わせて戦術を考えるのが指揮官の勤めだから。今のイヴちゃんでも、もう1人のイヴちゃんでもそれに対応出来るようにするだけだから。」

 

イヴ「それでも…千聖さんに迷惑かけました……。」

 

そんなイヴの手を彩が優しく握る。

 

彩「気にしてるんだね…。でも今のイヴちゃんだって偉いんだよ。サンプルを1番採取したのはイヴちゃんなんだから。」

 

イヴ「ありがとう…ございます。」

 

イヴは彩の言葉を聞いて軽く頭をさげる。そして千聖は補足してイヴに伝えた。

 

千聖「それに今回に関して言えば、今のイヴちゃんで良かったと思ってるわ。もう1人のイヴちゃんだったら"射手型"に突っ込んで行って被害が大きくなってたかもしれなかったもの。」

 

花音「でも、千聖ちゃんが早めに撤退指示出してくれて本当に助かったよ〜。」

 

花音はため息をつきながら話した。

 

日菜「でも、千聖ちゃんが撤退命令出さなかったら私が"射手型"とか言う奴をボッコボコにしただろうねー。」

 

花音「無理だよ〜。」

 

花音が一閃。

 

千聖「無理よ。」

 

千聖も一閃。

 

イヴ「……。」

 

イヴは無言で首を横に振った。

 

日菜「ちょっとーみんな私を侮りすぎだってばー。」

 

日菜はふてくされるが、

 

彩「でも勝負は時の運って言うでしょ。もしかしたら日菜ちゃんが勝ってたかもしれないよ。」

 

彩だけは日菜をフォローするのだった。

 

 

---

 

 

女性神官の部屋--

 

食事の後、千聖は定期報告の為に女性神官の部屋へと訪れていた。

 

神官「実際のところ、あなたは非常に良くやっています。」

 

神官は今回の任務の報告をまとめながら淡々と話す。

 

神官「これまで死者は0、2回目以降は重傷者も出てません。もっと交代要員が必要になると思っていました。」

 

千聖「でしょうね。この防人というシステムは初めから交代を前提に作られているんじゃないかしら?」

 

初めての御役目の後にあんなにもすぐに補充要員があった事を考えれば簡単に推測出来る。

 

神官「ええ、そうです。」

 

神官は隠す素振りも無く肯定する。

 

神官「しかし我々にとっても、交代は少ない方が望ましい。新人の鍛錬の時間が取れなく任務に支障が出る可能性がありますから。だからあなたの指揮は賞賛に値します。」

 

神官はあくまでも任務の効率しか考えていなかった。彼女は犠牲を考えていないのだ。

 

千聖「私の部隊で、死者は絶対に出しません。これは私が課した誓約ですから。」

 

千聖は神官に威圧するかの様に言い放つ。彩はこの状況を神樹様のご加護だと言うだろう。だが、千聖はそうは思っていない。これは千聖の執念の結果なのである。

 

神官「"隊長"としての誓約ですか?」

 

千聖「"人間"としての誓約です。西暦の時代も、2年前も、バーテックスとの戦いで勇者には犠牲がでたのでしょう?天の神だろうが人類の天敵だろうが知った事じゃないわ!あんな化け物共に人間が殺される時代はもう終わらせないといけないの!!」

 

千聖は改めて硬く自らに誓った。

 

千聖(自分の部隊で絶対に死者は出さない!!)

 

神官はキーボードを叩きながら千聖の話を聞いていた。

 

神官「報告が終わったのなら、もう退出して構わないですよ。」

 

そう言われた千聖は足早に部屋から出ていくのだった。

 

 

--

 

 

神官の部屋から自室へ向かう途中で2人の少女と出会った。良く一緒に行動している事が多い仲良しな2人組だった。

 

防人「白鷺さん、トレーニングの帰り?」

 

千聖「いいえ、報告をしてたところよ。トレーニングはこれからやるわ。」

 

防人「今から?白鷺さんの鍛錬っぷりには頭下がるよ。」

 

千聖「そう……。」

 

防人「あっ、そうだ。白鷺さんって、先代勇者様の端末を受け継ぐ候補の1人だったんだよね?」

 

千聖「ええ、そうよ。」

 

防人「私達2人共、本物の勇者様には会った事無いんだよね。確か、市ヶ谷有咲さんだったっけ?」

 

千聖「……。」

 

市ヶ谷有咲。その名前を聞く度に千聖の心は騒ついた。同じ屋根の下で暮らしていると、当然お互いの個人情報も知る様になってくる。特に千聖は隊長というのもあり、有咲と知り合いだったという情報は防人内で知られる様になる。イヴも勇者達とは知り合いだが、いかんせん無口な為、その事が知られていない。だから、勇者への興味は当然千聖へと集中するのである。

 

防人「勇者様ってどんな人だったの?やっぱり人間離れした強い人なのかな?」

 

防人「いやいや、強さは見た目だけじゃ無いよ。内側から出てくるオーラとかもきっと凄いんだよ。」

 

彼女達にとって勇者とはもはや神格化された存在となっていた。千聖は唖然とする。

 

千聖「市ヶ谷さんは、私達とは変わらなかったわよ。強いのは確かだったけど。」

 

防人「「ええー……そうなんだ。」」

 

2人はがっかりした表情を浮かべる。

 

千聖「当たり前よ。勇者だって私達と変わらないのよ。」

 

だからこそ千聖は怒りを覚えてしまう。有咲に特別なところは無かった。なのになぜ有咲が勇者として選ばれたのか、千聖には分からなかった。

 

 

---

 

 

翌日の昼休み--

 

いつもの様に千聖達5人が昼食をとっていると、昨日とは違う防人の少女達に話しかけられた。

 

防人「白鷺さん。勇者様が普通の人だったって本当なの?」

 

千聖「本当よ。」

 

防人「う〜ん、そうなんだぁ〜。」

 

納得してない顔をして、その少女は立ち去っていく。

 

 

--

 

 

更に翌日、また別の少女から尋ねられた。

 

防人「ねえ、白鷺さん。勇者の市ヶ谷様ってどんな人だったの?」

 

千聖「私達と変わらない普通の人よ。」

 

 

--

 

 

夕食後にも話しかけられる。

 

防人「勇者様って……。」

 

千聖「普通の人よ。」

 

そんな風に千聖は毎回誰かしらに有咲の事を尋ねられるのだった。

 

花音「千聖ちゃん、人気者だね。」

 

花音は少しからかう様に言う。

 

千聖「毎回毎回溜まったものじゃないわ。同じ答えを返すのが苦痛よ。」

 

彩も苦笑いを浮かべている。

 

彩「実際勇者様を間近で見た人は少ないからね。私も興味あるし。」

 

千聖「彩ちゃんまで!?」

 

彩「大丈夫だよ、千聖ちゃん。わざわざ聞いたりなんかしないから。」

 

そんな中日菜が身を乗り出す様に彩に言う。

 

日菜「だったら、氷河家の歴史を聞かせてあげようか?」

 

日菜の手には"氷河家300年史"という本が。

 

イヴ「………だめです。」

 

そこへイヴが日菜の裾を引っ張り首を横に振った。

 

日菜「露骨な拒否!?」

 

千聖は日菜を無視して話を続ける。

 

千聖「いっその事張り紙でも貼っておこうかしら。有咲ちゃんの事について。」

 

そんな中、花音が昔を懐かしむ様に話し出す。

 

花音「確かにあの人、強そうだったけど、特別な感じはしなかったかな。勇者だって事前に知らなかったら気付かないよ。」

 

千聖「あら?花音、有咲ちゃんの事知ってるの?」

 

千聖は花音が有咲を知っている事に少し驚いた。

 

花音「実はね、私現役の勇者様全員に会った事あるんだよー。あれはねー………。」

 

花音は少し得意げに千聖達に話し始めるのだった--

 

 

花咲川中学勇者部の勇者達の事を--

 

 

 



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潜入!花咲川の勇者達

防人のみんなは巫女以外は誰かしら勇者と関わりがあるのです。つまりは日菜も……。

臆病と勇気は紙一重、何を以って勇者と呼ぶか。それが大事です。




 

 

神世紀300年6月--

 

花音は電車で揺られながらある所へ向かっていた。花音は同好会が解散された理由について部長から聞かされ考えたのだ--

 

勇者に選ばれた人達は一体どんな人達なのかと。

 

花音は午後の授業をサボって花咲川中学へとやって来た。ここに選ばれた5人の勇者達がいると部長に事前に聞いていたからである。ちょうど放課後になった頃なのか花咲川の生徒達が次々と校門から出て行くところだった。花音は1人の女子生徒に恐る恐る聞いてみる。

 

花音「あの……牛込ゆり様が何処にいらっしゃるかご存知でしょうか…?そ、それか…戸山香澄様、山吹沙綾様、牛込りみ様、市ヶ谷有咲様でも…。」

 

若干声が震えながら尋ねるが、

 

生徒「ああ、もしかして"勇者部"の人達の事?」

 

花音「……へ?」

 

まるで友達感覚の様なあっさりとした女子生徒の回答に花音は拍子抜けした。

 

生徒「あの人達、いつも色んな所を回ってるから何処にいるかは分からないわねー。とりあえず、部室でも行ってみたらどう?」

 

女子生徒は花音に部室の場所を教えて去って行った。

 

 

--

 

 

勇者部部室前--

 

花音は教えられた部室へ辿り着き、細心の注意を払いながら中を覗き込んだ。部室の内部は縦に長い構造になっていて、棚に遮られて奥までは見えないが、奥から複数人の声が聞こえてきた。

 

?「今日も依頼が盛りだくさんだよ。しっかりと解決していきましょう。」

 

?「「「はいっ!!」」」

 

?「とりあえず監視しなきゃなんねーから、手伝ってやるかー。」

 

?「そんな事言って、大分有咲ちゃんも馴染んできたんじゃない?」

 

有咲「ち、ちげーーーーし!!!」

 

?「じゃは最初は、園芸部の花壇の整備の手伝いね。これは香澄ちゃんとりみに行ってもらおうかしら。」

 

香澄「戸山香澄了解しました!」

 

りみ「頑張るよ、お姉ちゃん。」

 

ゆり「次、図書委員会からの依頼ね。貸出記録をデータにまとめる手伝いだよ。これは沙綾ちゃんにお願いするね。」

 

沙綾「分かりました。」

 

ゆり「最後に、一般生徒からだね。登校中に仔猫を拾ったけど逃げ出して現在行方不明に。これは一先ず探し出して、その後に里親を探すか考えようか。この依頼は残った私と有咲ちゃんでやるね」

 

有咲「げっ……。」

 

ゆり「部長として、新人に色々と教えないとね。」

 

有咲「しかたねー。」

 

その後、5人の勇者達はそれぞれの依頼場所へ向かうために入り口の方へと向かってきた。

 

花音(あれが勇者様……確かに見た目は普通の人たちと何ら変わらない……。とりあえず離れないと。)

 

花音はドアから離れ、廊下の曲がり角へと再び身を隠す。そして花音はそれぞれの勇者達の動向を隠れて追ってみたのだった。

 

 

---

 

 

中庭--

 

香澄とりみは中庭で園芸部の人たちに話しかける。

 

香澄「勇者部の戸山香澄です!よろしくお願いします!!」

 

りみ「同じく、牛込りみです。お願いします。」

 

花音は離れた木陰に隠れ、双眼鏡で2人を観察していた。

 

花音(一体何してるんだろう…。はっ、まさか園芸部は勇者様のしもべで、勇者様達の食料を作る為に過酷な労働環境で働かされているんじゃ……!!)

 

花音はそう思ったが、明らかに園芸部員達は朗らかに勇者達に対応している。

 

園芸部員「手伝ってくれてありがとう。じゃあ早速草むしりからお願い出来るかな?」

 

香澄・りみ「「はいっ!!」」

 

2人は元気よく頷き、花壇の草むしりを始めた。

 

花音(な、なんかむしろ勇者様の方が働かされてるような…。この学校では園芸部員は勇者様よりもヒエラルキーが上なの……!?)

 

花音は心の中で驚愕する。

 

 

---

 

 

図書室--

 

次に花音は図書室へとやって来て、ドアの隙間から中を覗き込んだ。そこにいたのは車椅子に乗っている勇者、山吹沙綾だった。

 

花音(きっとあの足はバーテックスとの戦いで不自由になったんだ…。)

 

花音は生唾を飲み込む。沙綾はパソコンのキーボードを叩き真剣に作業に取り組んでいる。そこへ、図書委員らしき人が貸出カードの束を持ってやって来た。

 

図書委員「山吹さん。次はこれをお願いね。学年の男女毎に分けてあるから。」

 

沙綾「分かりました。」

 

沙綾は笑顔で頷き先ほどよりスピードを上げてキーボードを叩き始めた。

 

花音(こ、この学校では図書委員も勇者様よりも立場が上なの!?)

 

花音の頭の中は混乱してきた。

 

 

---

 

 

花音は残る2人の勇者を探すために校内を歩いていた。2人が受けた依頼が捜索だった為、花音は2人を探すのに苦労していたのだった。

 

 

--

 

 

しばらく歩き回り、やっと花音はゆりと有咲を見つける。2人は女子生徒と話しているところであった。

 

ゆり「学校の中で仔猫を見かけなかった?」

 

生徒「仔猫?うーん、見てないなぁ。」

 

ゆり「そっか。ありがとう。もし見かけたら教えて。」

 

その女子生徒も勇者に対してフランクに接している。流石にここまでくれば花音でも理解が出来た。

 

花音(勇者様って……普通の人なんだね……。見た目も私達と全然変わらないし、他の人達とも対等に接してる…"勇者部"っていうのは所謂ボランティアサークルの様なものなんだな。)

 

2人は廊下を話しながら廊下を歩いていた。

 

有咲「朝逃げた仔猫を、人力で探すってのは流石に無理があるんじゃねーか?もう学校の外に行ってるかもしれないぜ?」

 

ゆり「そうよだねー。町中に捜索範囲を広げるとなると人手も必要になるし。有咲ちゃん、何か良いアイデア無い?」

 

有咲「そうだなー。っと、その前に……!」

 

突然有咲は歩みを止め、ポケットからボールペンを取り出し、いきなり振り返ってボールペンを投擲したのだ。そのボールペンは花音が隠れてる曲がり角の壁に思いっきり突き刺さる。

 

花音「ふ、ふえぇぇぇっ!!!」

 

花音は思わず尻餅をついてしまう。

 

有咲「あんた、部室の前でも私達を見張ってたな?何が目的だ?」

 

有咲が花音の目の前にやって来て、彼女を見下ろしながら問い詰めた。

 

花音(き、気付かれてた……っ!?)

 

花音は有咲の威圧的な視線と口調にすっかり怯えてしまい、声が出ず、足も震えて動く事が出来なかった。だが、そこへ、

 

ゆり「こらっ、人を脅かさないの。それにボールペンを壁に刺しちゃダメでしょ。」

 

ゆりが有咲の頭に軽いチョップを入れる。

 

有咲「痛ってー。」

 

花音は結局2人に捕まり部室へと連れて行かれる事となった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

花音が2人に連れられ部室へ来た時、ちょうどそれぞれの手伝いが終わったのか、香澄と沙綾、りみも部室へと戻って来ていた。花音は勇者達の前で正座をする。抵抗の意思が無い事を示す為だ。

 

香澄「あれ?この子は新入部員?あっ、もしかして有咲の妹だ!」

 

有咲「んな訳あるか。」

 

香澄の的外れな言葉に有咲が突っ込んだ。

 

沙綾「他校の人じゃない?制服が違うし。」

 

沙綾は制服から花音が花咲川の生徒ではない事を指摘した。

 

花音「は、はい……私は松原花音と言います。勇者部の噂を聞きつけて、どんな人達なのかなと思って訪ねて来たんです…。」

 

ゆり「おおっ!遂に勇者部が他校にまで知られるようになったんだね!沙綾ちゃんのホームページのお陰でネット界隈じゃ有名だったけど、まさかここまでとはっ!」

 

ゆりはテンションが上がる。

 

香澄「花音ちゃん。私達は人の為になる事を勇んでやる部、つまり勇者部なんだ!」

 

有咲「香澄、勇者部の名前を聞いてわざわざここまで来たんだからそれくらい知ってるだろ。」

 

香澄「あっ、そういえばそうだねー。さっすが有咲!」

 

実際のところ花音は勇者部の活動を知らなかったが、香澄のお陰で理解する事が出来た。花音が推測したものとほぼ合っていた。

 

沙綾「ところで松原さん。わざわざ他校から訪ねて来たって事は、何か依頼があるんですか?」

 

沙綾の質問に花音は言葉を詰まらせる。依頼など無く、ただの興味本位でここに来ただけなのだから。だが、正直に無いと言えば。みんなから総ツッコミを受けるだろう。花音は考え咄嗟に思いついた事を口に出した。

 

花音「えっと……わ、私、昔から物凄く臆病で…だから、少しだけでいいから勇気が持てるようになりたいんです。」

 

確かに咄嗟に思いついた言葉だ。だからこそ、そこには花音の純粋な願いが込められていたのだった。

 

香澄「勇気を持ちたい…ゆり先輩!これはまさに勇者部に相応しい依頼じゃないですか!力になってあげましょう!!」

 

香澄はゆりに意気込んだ。

 

ゆり「分かった。」

 

ゆりはチョークを持ち、黒板に内容を書き出した。

 

ゆり「香澄ちゃんと沙綾ちゃん、りみの依頼は早く終わったし、私と有咲ちゃんの依頼も依頼者と相談して明日から街中を探す事になったからまだ時間は残ってる。でも、そういう精神的な部分ってどうすればいいのかな。」

 

沙綾「こういうのは心理学かな…ちょっとパソコンで調べてみます。」

 

そう言って沙綾はパソコンに向かった。

 

 

--

 

 

しばらくして、

 

沙綾「臆病を治す方法が書いてある本を見つけたから図書室で探してきます。」

 

香澄「あっ、さーや、私も手伝うよ。」

 

香澄が沙綾の車椅子を押して図書室へと向かった。

 

花音「あ、ありがとうございます。」

 

勇者部の勢いに呆気にとられつつ花音は頭をさげた。

 

花音(この人達は何でこんなに真面目に考えてるんだろう…。)

 

花音の臆病さなんて彼女達には何も関係が無いはずなのに。解決したところで報酬が貰える訳でも無いのに。花音はそれが分からなかった。

 

 

--

 

 

それから更にしばらくした後--

 

花音「えっと…これで勇気は持てたと思います。では、もう帰らないといけない時間なので!」

 

あまり長居しすぎてボロが出るといけないも考えた花音は退散しようとした。その時だった--

 

 

花音「あれ…猫?」

 

花音が指差した方向に1匹の仔猫がいた。

 

ゆり「ああっ!あれは依頼の迷い仔猫!松原さん、お手柄だよ!!」

 

そう言うとゆりは部室を飛び出し、他のみんなもそれに続く。

 

香澄「花音ちゃん!私たちも行こう!!」

 

花音「えっ?は、はいっ!」

 

香澄に連れられ花音も着いて行った。

 

 

---

 

 

屋上--

 

勇者部と花音は屋上に来ていた。

 

花音(何で私着いて来ちゃったんだろう…。)

 

仔猫は屋上の縁で寝そべっていた。

 

香澄「私が捕まえて来ます!」

 

香澄は屋上の柵を乗り越え、仔猫に近付く。

 

沙綾「香澄、気を付けて!」

 

香澄「大丈夫だよ、さーや。仔猫を驚かさない様にゆっくりと…。」

 

仔猫は香澄の接近に気が付くが、場所が場所なので逃げられず、抵抗もせずに香澄に捕まえられた。香澄は仔猫をりみへと渡す。

 

香澄「これで依頼完了。後は…。」

 

 

 

その時、急に強い風が吹いた--

 

 

 

バランスを崩す香澄--

 

 

 

咄嗟に動いたのは花音だった--

 

 

花音は香澄を助けようと、柵から身を乗り出して香澄の手を掴むが、一緒にバランスを崩して落下してしまう--

 

地面に着くまでの数秒がとても長く感じた。

 

花音(私、何やってるんだろう…。)

 

自分でも何故こんな事をしたのか分からなかった。

 

花音(仔猫を見つけて、ここに来た原因を作ったのが自分だったから?自分の悩みの為に一生懸命になってくれた彼女達に恩を感じたから?どっちにしても、全然私らしく無いな……っ!)

 

花音は落下しながら、香澄に強く抱きついた。何故か、彼女の近くにいる事が1番生きられる可能性が高いと感じたからだった--

 

 

--

 

 

花音「うっ……。」

 

花音が目を覚ました時、隣には意識を失っている香澄が倒れていた。花音は自分の体を確かめる。少しだけ肩が痛いだけで、それ以上の怪我は無かった。香澄も無事だった。

 

花音「よ、良かったー!私、生きてる!!」

 

花音は涙を浮かべながら声をあげた。

 

香澄「うっ……痛たたたっ。」

 

香澄も目を覚ます。

 

花音「戸山さん!私達生きてますよ!!」

 

香澄「ほんとだ…何で!?」

 

あの高さから落ちれば普通は死んでしまう。良くても重傷は免れない。この状況は奇跡としか言い表せない状況だった。花音はふと地面に着く瞬間を思い出す。

 

花音(あの時…戸山さんの周りに小さな牛の様な生き物と薄い膜の様なものが現れた感じがしたような…。私、戸山さんを守るバリアのお陰で助かったの……かな?)

 

花音と香澄の頭上には青々と茂った大きな樹木があった。落下中にこの枝葉に当たって、衝撃が無くなったのだろう。

 

花音「と、とにかく、生きてて良かったよ〜!」

 

他の勇者部員もすぐに駆けつけて来て、花音達は念の為に保健室へ連れていかれた。4人は目に涙を浮かべながら無事を喜んだ。

 

花音(戸山さんは…みんなに愛されているんだな。)

 

そんな光景を見ながら花音は思うのだった。

 

香澄「花音ちゃん、ありがとう!私を助けようとしてくれて。」

 

香澄は笑顔で言うが、

 

花音「でも、私は何の役にも立たなかったし……。」

 

花音は謙遜する。

 

香澄「ねえ、花音ちゃん。花音ちゃんは勇気が持てないって言ってたけど、そんな事無いと思うよ!!だってすっごく危ないのに私の事を助けようとしてくれたもん!これって勇気が無かったら出来ない事だよ!!」

 

花音「それは…勇者とかじゃなくて反射的に体が動いたっていうか…。」

 

香澄「それが勇気じゃないかな?」

 

花音「えっ?」

 

香澄「えっと、何て言うか…。」

 

しどろもどろの香澄にゆりが説明を加える。

 

ゆり「松原さん。私達も勇気なんてものは持った事は無いの。」

 

花音「で、でも……。」

 

花音は知っている。彼女達はバーテックスという化け物と戦っている事を。

 

ゆり「危険や苦痛を怖がるのは誰だって当然だよ。それを怖がらない人は、勇敢では無くて、人間として何かが壊れてるだけ。勇気がある人は"いざって時に頑張れる人"。でも、そういう人は頑張る時に勇気があるから頑張る!って思ったりはしない。いつの間にか頑張ってて、それを周りの人が見てあの人は勇敢だなって思ってるだけ。当の本人は自分が勇気があるって思ったりしてないの。これってさっきの松原さんと同じじゃないかな?」

 

花音「そう…かな…?でも、私は本当に臆病だし……。」

 

そんな花音の手を香澄が握る。

 

香澄「私だって臆病だよ。でも、もし友達が困ってたら、危なくても助けようとすると思うんだ。さっきの花音ちゃんみたいに。」

 

花音「勇者が……臆病?」

 

花音には良く分からなかった。

 

沙綾「香澄を助けてくれて本当にありがとうね。それでね、松原さん。私も思うんだけど、臆病な事と勇気がある事は両立すると思うんです。臆病であり、勇気がある人。松原さんはそういう人に私は見えますよ。」

 

沙綾もそこへ付け加えて感謝を伝えた。そうして花音は花咲川中学を後にした。彼女達は本当に何処にでも居る普通の少女たちと同じにしか見えず、国家の最重要任務を背負う者達には到底見えなかったのだった。

 

 

---

 

 

花音「こんな感じだったかな。確かに千聖ちゃんの言う通り、勇者様も私たちと見た目も中身も変わらなかったよ。だけど…。」

 

花音は自分の手を見つめる。あの日香澄に握られた手。彼女に触れられた時、花音はなんだか不思議な温かさを感じたのだ。

 

花音「でも、なんだか良い人達だったのは感じたよ。今でも臆病と勇敢は両立するっていうのは分からないけどね…。」

 

花音がそう言うと、彩が微笑んだ。

 

彩「勇者様が言った事は、花音ちゃんを的確に表してると思うよ。花音ちゃんは臆病で、勇敢だよ。そうでなきゃ前の御役目の時だって、"射手型"から部隊を守る事は出来なかったもん。」

 

一方で千聖は花音の話を聞いて、やはり納得出来ない思いを抱いていた。

 

千聖(そうよ、有咲ちゃんも他の勇者も、私たちとなんら変わらないのに…私とは何が違うの……。)

 

勇者とは何なのか、何故自分が選ばれなかったのか。千聖は未だに分からなかったのだった。

 

 

---

 

 

寮、千聖の部屋--

 

その夜、千聖は考えていた。

 

千聖(私達が調査に赴く場所は次第に結界から離れていく…。)

 

結界から離れると当然任務に掛かる時間も長くなってくる。時間が伸びるとそれだけ襲われる危険性が増していき、防人達の危険も増していくのだ。

 

千聖(今後、あの"射手型"の様な敵が出てくる事も充分考えられる…。)

 

どうすれば犠牲者を出さずにやって来れるか。この任務はいつまで続くのか。自分達の任務は世界を守る事の役に立っているのか。そして、花音の話も思い出す。勇者は普通の人と変わらない。千聖と何も変わらない。なら、何故千聖は勇者に選ばれなかったのか。そんな事が千聖の頭の中で延々と反芻されていた。そんな時だった。部屋のドアがノックされて、遠慮がちに花音が入ってきたのである。

 

千聖「どうしたの、花音?」

 

花音「なんか私が勇者の話をしてた時、千聖ちゃんが難しい顔をしてたから。」

 

千聖「そう…。私は今でも納得出来ないのよ。有咲ちゃんが何故勇者に選ばれたのかを。」

 

花音以外の人にだったら千聖はこんな風に自分の心情を話したりはしなかっただろう。それだけ千聖は花音に心を開いているのだった。

 

花音「あのね、千聖ちゃん。」

 

千聖「何?」

 

花音「私にとっては、千聖ちゃんも勇者なんだよ!市ヶ谷さんや戸山さんにも全然負けてないんだからね!!」

 

訴える様に言う花音に、千聖は一瞬目を丸くした。

 

千聖「花音、煽ててない?」

 

花音「……正直それもある…かも。」

 

千聖「かーのーんー……。」

 

千聖は呆れてしまう。

 

花音「確かに煽ててるのもあるけど、本心でもあるんだよ!本当に千聖ちゃんは私にとっての勇者なんだから!!」

 

千聖「煽ててるって言われた後にそう言われても、嬉しくないわ…まったく。」

 

千聖は苦笑する。本心は少しだけ嬉しかったのだ。打算があったとしても千聖の事を勇者だと言ってくれる花音は千聖にとって特別な存在なのは確かだった。

 

花音「ありがとう、千聖ちゃん!!やっぱり千聖ちゃんは勇者だよ〜!」

 

千聖「まったく、調子が良いんだから。」

 

傍から見れば2人の関係は理解しがたいだろう。しかし、もしかしたらそこには友情と呼べるものがあるかもしれない。

 

 

---

 

 

そして千聖達防人の努力によって、彼女達の任務は調査から次の段階に移行する事となった--

 

 

 

彼女達に与えられた新たな任務は--

 

 

 

彩を壁の外へと出す過酷な任務となる--

 

 

 



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任務の大小


千聖の活躍により防人は予想以上の成果を上げる事が出来ている。

これが何を意味するのか--





 

 

訓練施設内、大浴場--

 

とある日、千聖は何故か浴場内で彩に抱きしめられていた。幸い周りには誰もいる気配は無い。

 

千聖「あ、彩ちゃん……?」

 

千聖は戸惑うも、彩はお構いなしに抱き続ける。

 

彩「千聖ちゃんは、何度も何度も辛い目に遭ってきたから……。」

 

そう言って抱き続ける彩の言葉は、どこか悲しみに満ちている。何故、こんな状況になっているのかは、少し前に遡る事となる--

 

 

---

 

 

臨海公園--

 

日菜「あーー。海を見ながら飲む紅茶は美味しいなぁ。」

 

日菜はゴールドタワーに近接する臨海公園で紅茶を飲んでいた。彼女は昼食が終わってから、午後の訓練が始まるまでの間、いつもこの場所で紅茶を楽しんでいる。この時間は日菜にとって、心身をリフレッシュする大切な時間なのである。

 

日菜「こうしてると、何だか風が語り掛けて来る様だよ…。」

 

その時、日菜は後ろから物音がするのに気づく。

 

日菜「!?」

 

日菜が後ろを振り返ると、そこには呆気に取られていた千聖と花音がいたのだった。

 

日菜「んー?どうかしたの2人とも。」

 

花音「日菜ちゃんを呼びに来たんだよ。」

 

日菜「何かあったの?」

 

千聖「詳しくは聞いていないけれど、防人全員に緊急招集が掛ったのよ。」

 

千聖にそう言われた日菜はリラックスタイムを中断し、展望台へと向かった。

 

 

---

 

 

ゴールドタワー展望台--

 

千聖達や他の防人達が続々と集まってくる。32人全員が揃った段階で女性神官が姿を現した。

 

神官「本日までの結界外の調査任務、大変ご苦労様でした。あなた達の努力のお陰で、壁外の大地と燃え盛る炎の調査は終了しました。」

 

その言葉に千聖は苛立ちを感じる。千聖は勇者として認められる為に、任務を完璧にこなしているのだ。"あなた達のお陰"などと言われても大赦から評価されている実感が湧かなかったのだった。そんな事は知る由もなく女性神官は話を続ける。

 

神官「防人達の任務は、調査から次の段階へと進みます。」

 

そう言うと、女性神官はシャーレを取り出し防人達に見せた。そのシャーレの中にはぼんやりと光を放つ一粒の種が入っている。

 

神官「この種を壁外の土壌へ埋めて下さい。その後、巫女が祝詞を唱えます。この種は巫女の祝詞による呼びかけに反応し、壁外でも発芽して植物として成長します…想定通りに事が運べば、種を植えた場所に緑が戻る筈です。」

 

花音「巫女が祝詞をって……まさか彩ちゃんを外に出すんですか!?」

 

女性神官の言葉に花音が反応する。花音の言う通り、この任務を行う為には巫女の力が必要不可欠--

 

 

即ち、それはなんの戦闘能力を持たない彩を星屑が飛び交う結界の外へ連れ出さなくてはならないという事である。

 

神官「そうです、松原さん。巫女である丸山さんがこのゴールドタワーにいるのは、この任務を想定していた為です。」

 

神官は冷静な口調で返すが、千聖は反対の声を上げる。

 

千聖「待ってください。彼女を壁外に連れ出すのは危険が大きすぎます。そもそも巫女では壁外の熱気に耐えれません。」

 

神官「心配無用です。あなた達の戦衣と同様に巫女専用の装備があります。」

 

千聖「ですが、星屑やバーテックスは?」

 

神官「あなた達防人が守ればいいのです。」

 

神官は淡々と答えていく。防人達でさえ、初めての壁外調査では多くの重傷者を出したのだ。そこに全く戦力を持たない巫女が放り出されればどうなるのか、その危険は計り知れない。だが、

 

神官「出来ますね?白鷺さん。」

 

千聖「………。」

 

神官は千聖に尋ねるが、千聖に選択肢は無かった。どう答えようが大赦はこの計画を推し進めようとするだろう。

 

神官「白鷺さん。あなたには期待しています。丸山さんをよろしくお願いします。」

 

神官の言葉には全く心が籠っていない様に千聖は思えた。

 

日菜「種を植えるって事は、今後は壁の外の大地に緑を復活させていくって事なの?」

 

日菜の問いかけにの神官は淡白に答えていく。

 

神官「いいえ。細かくやっていく時間はありませんし、種もそれ程多くありません。植物を植えた場所を通路…いわゆる橋頭堡(きょとうほ)として、ある場所を目指していきます。」

 

日菜「どこなの?」

 

神官「西暦の時代に"近畿地方"と呼ばれていた場所です。近畿地方に辿り着き、陣地を築く事"まで"があなた達の任務です。」

 

神官の言葉に千聖は唇を噛みしめる。

 

千聖「……その後は勇者の任務という事ですか?」

 

神官「あなた達が知る必要はありません。伝達事項は以上です。今後も全力で御役目に励んで下さい。」

 

そう言うと神官は背を向けて出て行った。

 

千聖(毎回同じね…命令だけを告げ、肝心なところは何も話さない。防人という存在が軽んじられている証拠だわ…。)

 

今回の任務が勇者出撃の際のお膳立てという事ならば、千聖にとってそれはあまりにも屈辱的な事だった。

 

 

---

 

 

午後の訓練中--

 

千聖「はあっ!」

 

千聖は荒れていた。千聖は今木銃でイヴと打ち合っている。今のイヴは内に眠る好戦的なイヴである。イヴが振るう木銃を千聖は力任せに打ち払った。

 

イヴ「くっ!!」

 

その勢いでイヴは吹っ飛ばされるが、イヴは床に手を付きバク転で体制を整える。

 

イヴ「あっぶねぇ……。なんだ、今日の白鷺は?気合入りすぎだろ…。」

 

千聖「次!早く来なさい!!」

 

千聖はイヴに目もくれず、他の防人に声を上げる。

 

防人「は、はいっ!」

 

千聖と同じ指揮官型の少女が千聖と模擬戦を始めるが、開始数秒であっさりと吹っ飛ばされてしまった。

 

花音「ふえぇぇぇっ…今日の千聖ちゃん何だか怖いな…私はこっそり隅で練習していよう…。」

 

花音はこそこそと千聖から離れようとするが、

 

千聖「花音!」

 

花音「は、はい~!」

 

そんな花音の姿を千聖は見逃さなかった。

 

千聖「こっちへ来なさい!盾の訓練は1人じゃ出来ないでしょ。私が立ち合いの相手になるわ。」

 

花音「わ、分かりました…。」

 

花音は観念して千聖の前に行くのだった。

 

千聖「さぁ、盾を構えなさい。」

 

花音「は、はいっ!」

 

花音は怯えながら盾を構える。

 

千聖「はあああああっ!!」

 

千聖は凄まじい勢いで、花音の盾を木銃で打ち払う。盾が壊れそうな勢いだった。

 

花音「ふえぇぇぇっ!!」

 

千聖「花音!しっかり構えなさい!星屑の突進はこんなものじゃないわよ!」

 

花音「そ、そんな事言われても~!」

 

花音は千聖の猛攻に耐えきれず、盾を弾き飛ばされてしまった。

 

千聖「次の任務では巫女を確実に守りながら進まないといけないわ。護盾隊の役割がとても重要になるのよ!」

 

花音「千聖ちゃんの方がバーテックスより怖いよ…。」

 

千聖「何か言った、花音?」

 

花音「な、何でもないです……。」

 

千聖「次、来なさい!」

 

千聖の剣幕にほとんどの防人達が怯える中、

 

日菜「じゃあ、私が行こうかなー。」

 

不敵に堂々と千聖に近付く1人の少女、日菜であった。

 

千聖「新しい任務が始まるから、その前哨戦として千聖ちゃんを倒してみせるよっ!」

 

日菜は意気込み、千聖へと突っ込んで行った。

 

日菜「てやあぁぁー!」

 

だが、千聖は日菜の突き攻撃をあっさりと避け、勢い突き過ぎた日菜の背中を木銃で打ち付ける。

 

日菜「あぐぅ!」

 

日菜はうつ伏せに倒れた。

 

千聖「日菜ちゃんは勢いに任せて突っ込み過ぎよ!だから余計な怪我を負うの。」

 

倒れた日菜を見ながら千聖は訓練場に居る30人の防人達を一瞥した。

 

千聖「みんな、全然訓練が足りてないわ!そんなんじゃいつか、大怪我するか死んでしまうわよ!大赦は私達を使い捨ての道具としか見ていない。大赦は私達を守ってはくれないの!自分の身は自分で守るしかない……そんなだからあなた達は勇者になれないのよ!!!」

 

千聖の苛立ちがそのまま口に出る。

 

日菜「確かに、千聖ちゃんの言う事は正論だと思うよ…。だけど、今日の千聖ちゃんは随分不機嫌だね。」

 

背中をさすりながら日菜は立ち上がった。

 

千聖「日菜ちゃんは何とも思わないの?私達の新しい任務は……単なる勇者の露払いなのよ!これまでの調査任務も、これからの任務も…私たちはこれほどの危険を背負っているのに…命を削っているのに……与えられている任務はあまりにも下らない!!日菜ちゃんは悔しいと思わないの!?」

 

少しの沈黙の後、日菜の口が開く。

 

日菜「……悔しいに決まってるよ。」

 

僅かながら日菜の口調に怒りが籠っていた。

 

日菜「だけど、大赦にとっての私達の今の評価はその程度だったって事じゃない?悔しいけど、駄々をこねたって何にもならないよ。だったら今出来る事を全力でやるべきじゃないの?」

 

千聖「でも……。」

 

反論しようとする千聖を日菜が遮る。

 

日菜「それに私は、与えられた任務が下らないなんて思ってないよ。確かに調査も陣地設営も地味な任務だけど、戦いには必要不可欠な事だよ。それに、実績を積み上げれば、いずれ上が見えてくる筈。いつかは勇者か、それに匹敵するくらいの御役目を任されると思う。そう考えれば、私達にとって"下らない任務"なんて無いんだよ!!」

 

日菜の言葉に千聖はハッとする。

 

日菜「私達は調査任務をほとんど犠牲を出さずに終わらせたよね。犠牲を前提とした防人のシステムに対してこれは大赦の想定を超える大きな実績に違いないよ。陣地設営の任務でも、同じように想定以上の実績を出せれば、大赦はきっと私達を無視出来なくなる筈だよ!!」

 

千聖は言葉を失った。日菜は周囲から勢い任せで考えが足りてないと思われがちだった。だが、彼女は防人という任務に対して地に足を付けた考えを持ち、誰よりも真摯に向き合っていたのだ。そして、千聖は口を開く。

 

千聖「そうよね……。日菜ちゃんの言う通りだわ。ごめんなさい、みんな。八つ当たりしてしまって……。」

 

千聖は周りに頭を下げ、日菜の方を向いた。

 

千聖「ありがとう、日菜ちゃん。日菜ちゃんのお陰で我に返ったわ。」

 

日菜「礼には及ばないよ。私は千聖ちゃんより1つ年上なんだからね。先輩として当然だよ。」

 

千聖「ありがとう……あと、ごめんなさい。日菜ちゃんが年上だって事今気づいたわ…。」

 

日菜「えぇーーーーーーーーそんなぁーーーーー!!」

 

訓練場に日菜の叫びが響き渡った。

 

 

 



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氷河家の秘密

歴史の闇に葬られたあの勇者の登場です。


原作での2人の繋がりは一切ありませんので悪しからず。




 

 

訓練後の夜、千聖は訓練施設にある大浴場へと来ていた。寮の各部屋に個別のシャワー室もあるので、ほとんどの人はこの大浴場は使わず、今いるのは千聖だけだった。

 

千聖(今日の私は最低だったわ…。)

 

訓練中を思い返す。訓練中の千聖は完全に冷静さを欠いていた。

 

千聖(子供過ぎるわね……私ったら。)

 

千聖が自己嫌悪に陥っている中、大浴場の扉が開いた。

 

彩「あれ、千聖ちゃん?」

 

入って来たのは彩だった。

 

彩「珍しいね。千聖ちゃんが大浴場に来るなんて。」

 

物珍し気な顔をしながら彩はかけ湯で体を流し浴槽に入って千聖の隣に座った。

 

千聖「彩ちゃんはこっちのお風呂をよく使ってるのかしら?」

 

彩「うん。シャワーだけじゃ何だか味気なくて。ここのお風呂は広いから誰もいない時はこうやって泳げるんだよ。」

 

そんな事を言いながら彩は犬かきで少し泳いで見せた。

 

千聖「彩ちゃん、お風呂で泳いじゃダメよ。」

 

彩「あはは、ごめんね。……千聖ちゃん、少し元気がない様に見えるよ。」

 

千聖「ええ、午後の訓練中にちょっとね…。」

 

彩「あっ、確か日菜ちゃんと喧嘩したって、花音ちゃんが言っていたよ。」

 

千聖「まったく、花音はおしゃべりなんだから…。」

 

千聖は苦笑した。

 

彩「千聖ちゃんは日菜ちゃんと仲良しだし喧嘩なんて…でも喧嘩するほど仲が良いとも言うし……。」

 

千聖「別に仲良くはないわ。日菜ちゃんが突っかかってくるだけよ。それに……今日のは喧嘩ではないわ。私が一方的に悪くて日菜ちゃんにお説教されただけよ。」

 

彩「日菜ちゃんが千聖ちゃんをお説教!?想像つかないや…。」

 

千聖は訓練中にあった事を彩に話した。大赦から告げられた新たな任務に苛立ち、他の防人達に当たってしまった事。日菜の言動は正しく、千聖は自己嫌悪に陥っている事。ため息をつく千聖を彩は静かに抱きしめた。

 

千聖「あ、彩ちゃん……?」

 

千聖は戸惑うも、彩はお構いなしに抱き続ける。

 

彩「千聖ちゃんは、何度も何度も辛い目に遭ってきたから……。」

 

そう言って抱き続ける彩の言葉は、どこか悲しみに満ちている。

 

千聖「辛い目になんて…。」

 

彩「千聖ちゃんが防人になる前の事、大体聞いてるんだ。千聖ちゃんはいつも一生懸命で…だから期待して、期待して、でも期待通りにはいかなくて……。その分だけ余計に苦しんじゃうんだよ。初めから期待しなければ、諦めてれば苦しまなくて済む。けど、千聖ちゃんは一生懸命すぎるから…。」

 

千聖「私は……。」

 

 

---

 

 

千聖(勇者候補生の1人だった頃、私は勇者になれると期待していた…。だから、どんなに苦しい訓練だろうとやってこれた。だけど、神官に呼び出され告げられたのは落第だった…。)

 

千聖(そしてこのゴールドタワーに集められた時も、私は再び勇者になると期待してしまった。待っていたのは勇者どころかただ消耗品として使い捨てられる防人にされただけだった…。)

 

千聖(それでも私はめげずに防人としての任務を果たし、勇者に近付いていると思ってた。だけど、今回言い渡された新たな任務は、勇者に近付くどころか、今まで以上に危険が大きく、屈辱的な任務…。)

 

欲しいものはいつだって千聖の目の前に掲げられていた。しかし手が届くように見せかけながら、決して届かないようになっていた。千聖を走らせる為だけに掲げられ、射幸心を煽る為に存在する偽りだったのだ。

 

彩「それでも、千聖ちゃんは諦めないんだよね…。」

 

千聖「当り前よ…絶対に諦めないわ。諦めたら今までの私の生き方も、他の防人達の命も利用されただけになる。それだけは許せないわ…。」

 

その言葉を聞いて彩は微笑んだ。

 

彩「千聖ちゃんは、きっと自分の事だけじゃなくて、防人みんなが軽んじられてる事が許せないんだね。」

 

千聖「分からない…。ただ、大赦が私達を消耗品扱いする事だけは許せない。」

 

自分でも気付いていないが、千聖は変わり始めていた。2年前、勇者候補生だった頃は自分の事だけを考えていれば良かった。だが、今は部隊を率いるようになり周囲を気にする様になったのだ。

 

彩「私はみんなを見てるから。」

 

千聖「……。」

 

彩「私は千聖ちゃんが頑張ってる事も、防人のみんなが命懸けで任務を果たしている事も全部見てるよ。例え他の誰かが千聖ちゃん達を軽んじてても、私はみんなが懸命に戦ってる事を知ってるから……。」

 

神官が千聖達を軽んじてても、大赦が消耗品扱いしても、彩だけは千聖たちに寄り添ってくれているのだ。

 

彩「ねぇ、千聖ちゃん。今度の任務は私もみんなと一緒に壁の外へ出るんだ。」

 

千聖「そうね…私はそれも許せないわ。大赦は何を考えてるの。結界外に巫女が同行する危険が分からない筈ないのに……。」

 

大赦にとっては巫女すらも消耗品に過ぎないのだろうか。

 

彩「そうだね。とっても危険な御役目だと思う……でも、私は少しだけ嬉しいんだ。」

 

千聖「え……?」

 

彩「私はいつも防人のみんなが帰ってくるのをただ待ってるだけだった。巫女って言ったって、私が千聖ちゃん達にしてあげられる事は何も無かった。そんな自分が嫌だったんだ…。だけど、今度はみんなと一緒に居て、少しでも御役目を共有する事が出来るんだよ。」

 

千聖「彩ちゃんは怖くないの…?」

 

彩「怖いよ……今は大丈夫だけど、始めこの御役目の事を聞いた時は震えが止まらなかった……。壁の外に出たらきっと足がすくんで動けなくなっちゃうかも…。だけど、この恐怖に千聖ちゃん達はいつも耐えてきてるんだよね。怖くても、大変でも、何も出来ずにただ待ってるより私は嬉しいんだよ。」

 

千聖「………。」

 

巫女は戦う力を持たず、戦闘訓練だって受けていない。この任務における恐怖は誰よりも大きいはずだったが、彩はその恐怖に耐えていた。寧ろ千聖達を気遣って微笑んでいる。

 

彩「今度の御役目では千聖ちゃん達の傍に居て、その活躍を間近で見ていられるんだよ。そしたら私、千聖ちゃんが凄く頑張ってた事を神樹様に伝えるんだ。神樹様の神託はいつも一方通行だからちゃんと届いてるのかは分からないけど、一生懸命伝えるね。」

 

千聖「彩ちゃん…。」

 

彩「私から見れば、千聖ちゃんも勇者様と変わらないんだよ。千聖ちゃんは勇者だよ!」

 

千聖「……ありがとう、彩ちゃん。危険な任務だけど、私たちが彩ちゃんを絶対に守ってみせるわ。バーテックスなんかに傷一つ付けさせないから。」

 

千聖は彩に誓うのだった。

 

 

---

 

 

次の日の朝、千聖が日課であるランニングの為に臨海公園へ行くと、日菜の姿を見かけた。

 

日菜「おはよー千聖ちゃん。」

 

千聖「どうしたの、日菜ちゃん?」

 

日菜「んーちょっと散歩をねー。」

 

千聖「ジャージ姿で散歩なんて珍しいわね。」

 

日菜「うっ…ほ、本当は千聖ちゃんと一緒にランニングをしようと思ってね…。」

 

千聖はクスっと笑って言う。

 

千聖「良いわよ。ついて来られるかしら?」

 

千聖は走り出す。千聖は毎朝結構な速さで走っている。今日ランニングを始めたばかりではついてくるのは無理だろう。だが、日菜は顔色一つ変えずに千聖に並走していた。

 

日菜「私を侮らないでよねー。」

 

千聖はすぐに分かった。日菜が今日思い付きでランニングを始めた訳では無い事に。

 

千聖(日菜ちゃん…普段から走り込みや体力作りをやっていたのね。)

 

日菜「今日の千聖ちゃん、昨日よりはいい顔してるね。」

 

千聖「少し吹っ切れたからかしら。」

 

日菜「良い事じゃん。今は出来る事からやらないとね。」

 

千聖「そうね。」

 

2人は時速10キロ以上のペースを維持しながら話し続けた。

 

 

--

 

 

日菜「そういえば千聖ちゃんは、"氷河家"についてどれくらい知ってるの?」

 

千聖「……正直言うとほとんど知らないわ。日菜ちゃんに会うまで聞いた事も無かったし。」

 

千聖の父の仕事が大赦に関わるものだった為、一般の人よりも大赦関連の情報を知っていた。"花園家"やその前の家名である"湊家"をはじめとした大赦内で力を持つ名家についてもよく耳にしたが、"氷河家"に関しては話題に上がった事は無かった。

 

日菜「仕方ないかぁー。今となっては"氷河家"は没落してるんだからね。」

 

千聖「そういえば、前に彩ちゃんが"氷河家はかつて世界を救った事がある"って言ってたわね。」

 

そもそも本当に世界を救った程の功績を持つ家なら、もっと有名な筈だし、教科書や歴史書にも記述がある筈なのだが"氷河家"はそのどれにも載っていないのだ。

 

日菜「千聖ちゃんは、2年前に壊れた大橋に家名を刻んだ石碑が立ってるのは知ってる?」

 

千聖「ええ。確か"英霊之碑"だったかしら。」

 

日菜「"氷河家"は本来ならそこに石碑が立っててもおかしくなかったんだよ。」

 

千聖「えっ!?」

 

日菜の言う事が本当ならば、勇者を世に送り出したかそれに匹敵する程の功績を出した事になる。

 

千聖「まさか、"氷河家"は過去に勇者を輩出した事があるの!?」

 

日菜「そこまでじゃないよ。だけど、"氷河家"は神世紀72年に、四国を崩壊の脅威から救ったんだよ。」

 

日菜が言っていた事件に千聖は思い当たるものがあった。

 

 

 

神世紀72年の大規模テロ--

 

歴史の教科書にも載っている大きな事件の事である。ただし、その詳細はどんな歴史解説書にも記されてはいない。"正常な思考を失ったカルト教団が、四国の全人民を巻き込んで集団自殺を図った"という情報しか書かれていないのである。バーテックスや外の世界の真実を考えればこのあいまいな記述は、大赦による検閲によるものなのだろう。

 

千聖「確かその事件は"赤嶺家"が鎮圧したんじゃなかったかしら。」

 

日菜「あの事件を解決したのは"赤嶺家"だけじゃないんだ。"氷河家"の祖先も重要な働きをしたんだよ。だから昔は"氷河家"は"赤嶺家"と並んで四国を救った英雄として讃えられてきた。でもそれから100年ほど年月を重ねる間にいろんな原因があって"氷河家"は没落したんだ。だから功績が歴史書とかには載ってないんだよ。」

 

千聖「そうだったのね…。」

 

日菜「そしてそれ以降こう言われるようになったんだよ--"高知の勇者はろくな事にならない"ってね。」

 

千聖「確かに日菜ちゃんの出身は高知だけれど…。なんでまたこんな風に言われるのかしら?」

 

日菜「高知には歴史から消えた勇者がいたんだよ……西暦の時代にね。」

 

千聖「っ!?」

 

千聖は驚いた。千聖が知っている西暦の時代の勇者には高知出身はいなかったからである。

 

千聖「"湊家"や"今井家""宇田川家""白金家""高嶋家"は高知ではなかった筈…。」

 

日菜「もう1人いたんだよ。歴史に葬られた勇者がね。」

 

千聖「日菜ちゃんはどうしてそれを知ってるの?」

 

日菜「私の家にあったんだよ。大赦からの検閲を免れたいくつかの勇者御記がね。」

 

千聖「その勇者は誰なの…?」

 

日菜はその勇者の名を口にする--

 

 

 

 

 

日菜「"氷川紗夜"--」

 

千聖「氷川…紗夜……。漢字は違うけれど日菜ちゃんと苗字が一緒なのね。」

 

日菜「そうなんだよ。なんか運命感じるよね。」

 

日菜は笑顔で答える。

 

千聖「達観してるわね。」

 

日菜「その勇者は何故だかは分からないけど、本来なら守るべき筈の市民を攻撃したんだって。それで勇者をはく奪されたみたい。」

 

千聖「そんな事があったのね…。」

 

日菜「勇者は本来バーテックスと戦う為の存在でしょ。でもどうやら私の祖先や"赤嶺家"は人を相手にしてたようなんだよね。」

 

千聖「……つまりその人達はまたそういう事が起こらない様に御役目に就いていたって事?」

 

それは市民だけでなく勇者も含まれているという事である。対バーテックスの為で無く、対勇者の為の勇者--

 

 

それが"氷河家"なのだった。

 

日菜「例えそうだったとしても、私にとっては立派な名家だよ。私の希望は変わらず"氷河家"の再興だよ。」

 

日菜は笑顔で千聖に答えた。

 

千聖「日菜ちゃん、絶対に希望を叶えましょう。私は勇者に、日菜ちゃんは家の再興を、必ず。」

 

日菜「そうだね!でも、まずは千聖ちゃんに勝つ事からかな。このランニング勝負も私の勝ちだよっ!!」

 

そう言うと日菜は速度をあげ、千聖の前を走りだしたのだった。

 

千聖「日菜ちゃん……っ!」

 

千聖は少しイラっとし走る速度を上げる。千聖は直ぐに日菜を追い越してタワーへと戻っていった。

 

 

 

 

因みに、西暦の終わりに"湊家"が"花園家"に改名した様に、"氷川家"が改名して"氷河家"になったのを2人が知るのはまた別の話である--

 

 

 



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戦慄の魔蠍


区切りがいいので今回も少し短めになります。

現れたのは、3人もの勇者を殺したあのバーテックス--




 

 

防人達の新たな任務が始まる--

 

灼熱の大地を進む防人達の中に、普段とは異なる装束を身に纏った彩の姿があった。その特殊な装束は"羽衣"と呼ばれるもので、戦衣の様な防御力や身体強化機能は無いが、結界外の過酷な環境に耐えられるように遮熱性能が優れている。だが、結界外では大赦も予期せぬ事態が起ころうとしていたのだった。

 

千聖(…今回は…いつもより結界外の熱気が強く感じる……。)

 

千聖の額から汗が流れ落ちる。周りを見渡すと、他の防人達や彩も汗を流しながら歩き続けている。

 

千聖(戦衣の調子がおかしい…?それとも本当に熱気が強まってるの……?)

 

千聖は彩を気にかける。

 

千聖「大丈夫?彩ちゃん。」

 

彩「大丈夫だよ。これくらいで弱音を吐くわけにはいかないよ。私のせいでみんなが速く進めないんだから、これくらいは頑張らないと。」

 

そう言いながら彩は笑顔を見せた。彩は防人ではない。普通の少女と身体能力は変わらない為、彩のペースに合わせて防人達は進んでいかなければならない。

 

彩「みんなはいつも、こんな大変な世界で御役目を果たしてるんだね…。」

 

千聖「そうね。私達はその為に鍛錬を積んでるから。」

 

千聖(彩ちゃんと日菜ちゃんのお陰ね…。)

 

千聖の口調に迷いは見られない。今は前向きに任務に望んでいた。千聖はずっと1人で何事も成してきた。だが、今は仲間がいる。千聖は今周囲の者の支えと存在を、生まれて初めてその身に感じているのだった。

 

彩「千聖ちゃんは、羽衣伝説って聞いたことある?」

 

彩が羽衣の裾を掴みながら口にする。

 

千聖「いいえ、知らないわ。」

 

彩「天女の羽衣を人間が盗んじゃう話なんだ。」

 

彩は足を引きずる様に歩きながら、その伝説を説明した。

 

彩「ある湖で、天から降りてきた天女が水浴びをしていました。それを見た男は、彼女の羽衣を盗み、隠してしまうのです。羽衣を失った為に天女は天に帰れなくなってしまいました。彼女は地上で暮らし始め、羽衣を盗んだ男と夫婦になり、4人の子供を産んで家庭を持ちました。しかしある時、天女は隠してあった羽衣を見つけ出しました。彼女は男と子供を残して天にかえってしまいます。そして残された男と子供は嘆き続けました。」

 

千聖「随分と身勝手な話ね。」

 

彩「私もそう思うよ。盗んだ男も身勝手だし、みんなを置いてった天女も身勝手だよ。だけど、とある伝承によれば、天女は帰った後も、泣き続ける男と子供を愛おしく思って、1年に1度だけ会える様にしたんだって。愛おしく思ってたなら…天女は、本当に天に帰りたいと思ってたのかな。」

 

神話伝説では多くの場合は登場人物の心情は語られない。だから天女の気持ちなど誰にも分からないのだ。

 

千聖(だったら何故、大社は巫女が身に纏うものに、天に帰る為の神具の名を付けたのかしら…?)

 

千聖はそこに微かな不吉さを感じるのだった。そこへ、

 

花音「ふ、ふえぇぇぇっ!!き、来たぁ〜!!」

 

いつも通り花音の悲鳴が聞こえる。どうやら星屑が襲ってきたようだ。

 

千聖「護盾隊は彩ちゃんを中心に盾を展開!!私たちの任務は、巫女を目的地まで無事に届ける事よ!!」

 

千聖の呼びかけに、護盾隊は盾を展開する。

 

花音「千聖ちゃーん!星屑は防ぐからぁーー!デッカいのが来たら守ってねぇーー!!」

 

相変わらず花音は他人頼みだが、"星屑は防ぐ"という言葉が出るあたり、花音も変わってきているのかも知れない。

 

日菜「私は盾の外で戦うよー。良いよね?」

 

イヴ「俺も外で戦わせてもらうぜ!良いだろ、白鷺!!」

 

日菜とイヴが盾の外へ出て星屑を倒し始める。日菜の猪突猛進ぶりに千聖はもう苛立ちは覚えなかった。日菜も千聖と同じ様に、自分の夢に必死なのだと分かったから。そしてイヴも以前交わした約束を守って、千聖の指示を聞いていた。それを見て千聖は思うのだった。

 

千聖(このチームは…この仲間達は、案外悪くないんじゃないかしら?)

 

そう思いながら千聖は部隊全体に指示を出す。

 

千聖「日菜ちゃんとイヴちゃんに戦闘を許可するわ!番号1〜6、及び2人は盾の外で星屑と戦闘!!他の銃剣隊は盾の中で援護して!!」

 

それぞれが千聖の指示で動き出す。盾を展開したまま、少しづつ防人達は目的地へと進んで行った。

 

 

--

 

 

そして防人達は種を植える予定地へと辿り着く。初任務である今回は、壁から然程離れてはいなかった。護盾隊が展開する盾の中で、彩は羅摩に入れていた種を取り出し、地面に落とし、祝詞を唱え始める。

 

彩「地津主神(くにづぬしのかみ)()甲子(きのえね)とは、木の栄える根を(いふ)。根待ちは(あまね)く地を祭事ぞ。地は則ち妻なれば、是を祭るを寝交待(ねまち)と云。然り心善く……。」

 

厳かな声と共に、種を落とした地面から緑の芽が現れた。そして、一粒の種から発生したとは思えない程の大量の芽が地面を覆っていく。盾の外で戦っていた千聖もその変化に気付いた。本来なら植物が生える筈もない灼熱の大地に、緑の生命が次々に生まれていく。

 

千聖「成功したの……!?」

 

植物の目が大地を覆っていき、緑で覆われた部分からは熱気を感じなくなっていたのだった。

 

 

 

大地が再生していく--

 

 

 

かなりの広範囲が、瑞々しい草花に覆われ、防人達も思わず目を奪われてしまう。

 

だから、気付かなかった--

 

 

 

神々しい光景に目を奪われた為に、本来なら気付くであろうその巨体に不用意な接近を許してしまったのだ。

 

イヴ「うおおあぁっ!!?」

 

イヴの体が宙に舞った。彼女は球体を無数に連ねた様な大きな尻尾に殴り飛ばされてしまったのだ。そして現れたるは、凶悪な針を備えた尾を持つ、巨大な"完成型"のバーテックス。

 

千聖「"蠍型"……。」

 

千聖はその名を口にする。黄道十二星座の名を冠した12体の1つ、蠍座のバーテックス。西暦の時代、そして2年前に勇者に甚大な被害をもたらした"勇者殺し"の異名を持つと大赦からは聞かされていた。

 

防人達が抱いた僅かな希望は、一瞬にして絶望へと塗り替えられたのだった--

 

 

 



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みんなの協力で


だいたいこの章も20話前後が目安となっておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。

"蠍型"対千聖・花音・イヴ・日菜です--




 

 

任務達成間際に現れた"蠍型"の完成型--

 

千聖達以外の防人は、彩を引き連れて撤退していく。

 

千聖「イヴちゃんも助けて連れて帰る!絶対に私の部隊からは犠牲は出さない!!」

 

防人の銃撃に砕かれ再生途中の"蠍型"を見据えながら千聖は叫んだ。

 

花音「分かったよ、私も千聖ちゃんの傍にいる!!」

 

涙目になりながらも花音は言った。

 

千聖「花音は早く壁の方へ逃げなさい!あなたまで危険に付き合う必要は無いのよ!」

 

花音「分かってるよ!危険だって事も、逃げた方が良いって事も!でも、千聖ちゃんを1人にしておけないよ!!盾がいなかったら誰が千聖ちゃんを守るの!?」

 

千聖「花音……。」

 

そう言うと花音は震えながら盾を構える。

 

日菜「花音ちゃんの言う通りだよ、千聖ちゃん。2人とも放っておけないよ。犠牲を出さないって事は、千聖ちゃんだって犠牲になっちゃダメなんだからね。」

 

千聖「日菜ちゃん…。」

 

日菜も千聖と並んで、銃剣を構える。

 

千聖(こういうのも……悪く無いわね。)

 

仲間と共に、仲間を助け、仲間達を守る--

 

 

 

千聖は決して諦めなかった。

 

千聖(誰かが神の犠牲になる事は絶対に認めるものですか!!)

 

 

--

 

 

防人達は撤退しながらもその表情には絶望が浮かんでいた。凶悪にして人類の絶対的な天敵--

 

 

 

星座の名を冠するもの、バーテックス。

 

千聖「みんな落ち着いて行動して!あれは"完全型"のバーテックスでは無いわ!!」

 

千聖は冷静に分析して防人たちに伝える。"完全型"のバーテックスは12体とも既に当代の勇者達によって倒されている。バーテックスは何度でも蘇りはするが、"完全型"になるまではそれなりに時間がかかるのである。故に今目の前にいる"蠍型"は以前に現れた"射手型"と同じく御霊を持たない"完成型"なのだ。だが、それでも防人達にとっては充分な脅威であった。"蠍型"は巨大な尾を振るい、撤退している防人達を薙払おうと襲いかかる。

 

千聖「護盾隊!攻撃に備えて!!」

 

護盾隊は盾を構えるが、尾の一振りで盾は崩壊し、中にいた防人達と彩が剥き出しになってしまう。

 

千聖(まずい……っ!!)

 

彩が狙われれば、避ける事もできずに一瞬で殺されてしまうだろう。そして"蠍型"は尾の狙いを彩へと定めた。

 

千聖「誰も死なせないっ!!!」

 

尾針が彩を刺すより速く、千聖が彩を押し倒す様にして庇った。

 

彩「あ、ありがとう。千聖ちゃん。」

 

彩はお礼を言うが、これは千聖の判断ミスであった。2人とも倒れてしまったら、二撃目を避ける事が出来ない。だが、2人の前に花音が立った。

 

花音「千聖ちゃんが死んじゃったら、誰が私を守ってくれるの!?」

 

千聖「花音……。」

 

花音「怖い怖い怖い…来たーーっ!!」

 

"蠍型"の二撃目が花音に襲いかかる。

 

花音「ここだよっ!!」

 

花音は前方にヘッドスライディングの様に飛び込んだ。花音の頭のほんの少し上を、紙一重で尾針が通り過ぎる。地面が植物に覆われていない灼熱の大地だったら、顔面に大火傷を負っていただろう。しかし、花音は最悪のパターンをいくつも想像して、その中から1番生存率が高い方法を本能的に選び出したのだ。花音は立ち上がるが、目の前には三撃目が迫っていた。

 

花音「ふえぇぇぇっ!!!」

 

花音は盾を構え、尾針が盾に当たる瞬間に僅かに後ろへ跳躍。同時に盾の角度を斜めにした。尾針の攻撃の威力は逸らされ、花音は3度目の攻撃も回避したのだ。

 

花音「ふえぇぇぇぇっ!!!もうダメだよ〜!!」

 

そう言いながらも、花音は何度も"蠍型"の攻撃をギリギリで躱し続けていた。その間、千聖は彩を"蠍型"から充分に距離を離す事に成功する。そして、銃剣を持つ防人達を集め、一斉に射撃体制を取った。

 

千聖「銃剣隊、一斉発射!!」

 

銃撃が"蠍型"の前方部分を破壊し、動きを止めた。

 

日菜「千聖ちゃん、やったね!!このまま一気に…。」

 

千聖「攻撃は続行しないわ!!このまま撤退します!!」

 

日菜は一瞬不満そうな顔をするも、すぐに千聖の指示に従った。以前の"射手型"で奴らの恐ろしさは身をもって分かっていたからだ。

 

千聖(種を使っての実験は成功した。目的は既に達成されている。だったら後は全員が無事に生きて帰る事の方が重要よ!!)

 

千聖「撤退を始めます!!これより私が持つ指揮権は、私を除く指揮官7人に移行します!番号2〜8番の指揮官は、他の防人達と巫女を率いて、全員生きて壁まで辿り着く事!!」

 

そう言うと、他の指揮官型防人達は頷いた。なんらかの理由で千聖が全体の指揮を執れなくなった場合、他の指揮官型が代わりに指揮を執る事になっているのである。

 

千聖「行動開始!!」

 

千聖の掛け声で防人達と彩は一斉に壁へと移動し始めた。

 

 

--

 

 

他の防人達が撤退を始めても、日菜は千聖の傍に残っていた。

 

日菜「千聖ちゃんはどうするつもりなの?」

 

同時に、花音も千聖の元へ戻ってくる。

 

花音「助かったぁ〜早く逃げよう、千聖ちゃん!」

 

だが千聖は首を横に振った。

 

千聖「私は撤退の殿を務め、"蠍型"から部隊全体を守り、イヴちゃんも連れて帰るわ!!」

 

イヴは幸いな事に吹っ飛ばされて気絶していた為、"蠍型"の攻撃は当たっていなかった。"蠍型"の攻撃を躱しつつ、気絶しているイヴの回収。そしてイヴを抱えながら、部隊の殿で"蠍型"の攻撃から防人達を守り続ける任務。

 

千聖(被害を最小限に抑えるにはこれしか無い。)

 

千聖は前に出るが、花音と日菜もそれぞれが盾と銃剣を構えながら前へと一歩踏み出した。

 

千聖「花音…日菜ちゃん…。」

 

花音「怖いけど、私も頑張る!!」

 

日菜「千聖ちゃんもちゃんと生きて帰らないとね。」

 

千聖の口元が少し緩んだ。

 

千聖「じゃあ、まずはイヴちゃんを助けだしましょう!!」

 

そうして千聖がイヴが倒れていた方へ目を向けるが、そこにイヴの姿は無かった。

 

千聖「えっ!?」

 

千聖達がイヴを探す為に周囲に目を配っていた隙に、"蠍型"が再生を終えて攻撃を再開してきたのだった。

 

千聖「みんな、避けて!!」

 

3人が避けようとジャンプするが、なんとそれより速くイヴが"蠍型"の尾に飛び乗って、銃剣の切っ先で尾を突き刺していたのである。

 

千聖・花音・日菜「「「イヴちゃん!!」」」

 

イヴ「この野郎が…効いたぜ、さっきの一撃!お返しだっ!!」

 

イヴは千聖達が助けるまでもなく、自力で意識を回復し、それどころか反撃を始めていたのだ。

 

イヴ「おらあぁぁぁっ!!」

 

イヴは尾に切っ先を刺したまま銃弾を打ち込んで横に切り裂く。しかし尾を切り落とすまでには至らない。"蠍型"は尾を振り回してイヴを振り落とすが、イヴは体をひねって千聖たちの前に着地した。

 

花音「イヴちゃん〜無事でよかったよ〜!!」

 

花音が泣きながらイヴに抱きついた。

 

イヴ「そんなに俺が生きてて嬉しかったか?」

 

花音「だってぇ〜、千聖ちゃんがイヴちゃんを抱えて行かなきゃいけなかったら、私が生きて帰るのが難しくなるし…。」

 

イヴ「あんたは…俺の事心配してると思ったら、自分の心配じゃねーか。まぁ、お前らしいけどな。」

 

次の瞬間、"蠍型"の巨大な尾針が千聖達に向かって突き出される。

 

千聖「くっ!!」

 

4人は同時にその場からジャンプして避けたが、直後、その尾が横薙ぎに動きを変えて、千聖と日菜に迫る。

 

日菜「なんのっ!!」

 

日菜も千聖も銃剣を盾にして、直撃は免れたものの、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。

 

日菜「うっ……。」

 

千聖はギリギリで受け身をとった。

 

イヴ「こっちも忘れんなよっ!!」

 

イヴが銃撃で"蠍型"を狙撃して、意識をこちらへと向けさせた。その隙に千聖たちは再び一箇所に集まる。

 

日菜「いててっ…さっきの一撃効いたね…。」

 

直撃では無かったものの、千聖と日菜もダメージは大きかった。特に日菜は受け身に失敗して、肩を押さえている。

 

花音「とにかく、あの尻尾の針が怖いよ!」

 

涙目で訴える花音に、日菜も忌々しげに"蠍型"を睨みつけた。

 

日菜「そうだね…あの針さえ無かったら、かなり楽になるんだけど。」

 

その時千聖が声を上げる。

 

千聖「私が切り落とすわ。あの尻尾と針を。」

 

イヴ「白鷺、出来るのか?」

 

千聖「出来るはず。みんなが協力してくれれば。」

 

千聖は作戦を3人に伝えた。

 

 

--

 

 

千聖「じゃあ…行くわよっ!!」

 

"蠍型"は御構い無しに、尾を容赦無く伸ばして攻撃してくる。

 

花音「今回だけだからねぇ〜!!もうこんな危ない真似二度とやらないからぁ〜!!」

 

花音が叫びながら盾を使って"蠍型"の尾針を受け流した。その瞬間に千聖は"蠍型"の尾に飛び乗る。

 

千聖(さっきのイヴちゃんみたいに攻撃しても、大きなダメージは与えられない…ならっ!!)

 

"蠍型"の尾は球体がいくつも連なった様な形をしている。千聖はそこに目を付け、球体と球体の接続部分を銃剣の刃で斬りつけたのだ。それでも、一撃で切断する事は出来ず、何度も斬りつけていく。"蠍型"も当然黙っている訳もなく、尾を勢いよく振り回して、千聖を地面に叩き落とした。

 

千聖「くっ…!!」

 

だが、千聖はすぐに立ち上がり花音の所へと戻る。

 

千聖「花音、もう一度お願い!!」

 

花音「ふえぇぇっ!?」

 

"蠍型"は再度千聖を狙って尾針を伸ばしてきた。

 

花音「ほ、本当に今回だけなんだからぁ〜!」

 

花音は盾を使って、再び同じ事を繰り返す。その隙に千聖は尾に飛び乗るが、今回は立つのでは無く、簡単に振り落とされない様しがみ付いた。千聖はしがみ付きながら、銃剣の刃で削る様に何度も斬りつける。振り落とさないと悟ったのか、"蠍型"は尾を曲げて乗っている千聖を針で突き刺そうとするが、それをイヴと日菜が狙撃して阻止した。

 

イヴ「ったく、この銃の威力がもうちょい高けりゃこんな苦労しなくて済むのになっ!」

 

日菜「急いで、千聖ちゃん!長くは持たないよ!!」

 

千聖「分かってる!!あと少し…。」

 

千聖は攻撃の手を緩めない。そして、

 

千聖「これで……トドメよっ!!!」

 

遂に"蠍型"の尻尾が切り落とされた。千聖は尾からすぐさま尾から飛び降り、3人の近くへ着地する。千聖も大分傷付いたが、敵の戦力は大きく削がれる事となった。

 

千聖「後は尾の薙ぎ払いに注意して、部隊の最後を守りながら撤退するわよ!!」

 

花音「やっと逃げられるよ〜!」

 

日菜「あーあ、尻尾を切り落とす役目、千聖ちゃんに取られちゃったな。」

 

イヴ「おい、ポンコツ!無駄口叩いてねぇでさっさと引くぞ!」

 

こうして4人は、部隊の最後を守りながら無事撤退する事に成功したのであった。

 

 

 



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キズナのしるし

今回は幕間のお話。

次回急展開!?




 

"蠍型"から見事逃げ切った千聖達4人を彩が出迎えた。

 

彩「千聖ちゃん、日菜ちゃん、花音ちゃん、イヴちゃん…良かった…本当に無事で良かったよ。」

 

彩は涙目になりながら千聖に抱きついた。千聖達のお陰で32人と巫女は無事任務を成功させて全員生きて結界内へ戻って来る事が出来たのだ。

 

千聖「彩ちゃんったら、大袈裟ね。」

 

彩「大袈裟だよ!千聖ちゃん達は1番危険な殿を守って!しかもあの"蠍型"まで出たんだよ!どれだけ心配したか…うぅ…。」

 

彩は最も攻撃を受けにくい様に防人達の中心にいた為、後方を伺う事が出来なかった。だからこそ彩は撤退中もずっと不安だったのだ。だが、千聖達は生きて帰って来れたものの、体中に擦り傷や切り傷、火傷があり流血もしていた。致命的な尾針は切り落としたものの、"蠍型"の本体も充分な攻撃力を持つのだ。それに何度も叩きつけられた千聖達は無傷で済む筈も無かった。先に撤退していた防人達も星屑と交戦した為、誰もが負傷している状態である。

 

 

 

しかし、今回も死者は0である--

 

 

 

誰一人死なずに、今回も御役目を成し遂げたのだ。千聖はボロボロになった防人達を見ながら言う。

 

千聖「みんな、生きて帰ってくれて、本当に良かったわ。生きていてくれて…本当にありがとう。」

 

千聖は心からメンバー全員が無事であった事を嬉しく思った。決して表舞台に出る事の無い者たち。大赦の連中は防人達それぞれの個性だって把握していないだろう。名前を持った花では無く、"雑草"と一纏めに呼ばれる草の様な存在。しかし日の目を浴びぬ裏方でも、1人1人が懸命に生きている。その生命が失われて良いはずがないのだ。

 

防人「何言ってるの。お礼を言うのは私達の方だよ、白鷺さん。」

 

指揮官型の少女の1人が、やはりボロボロで千聖に笑みを浮かべながら言った。

 

防人「それに私達が生き延びれたのは、ちゃんと訓練して強くなれたからだしね。強くなれたのは白鷺さんがいてくれたからだよ。白鷺さんが凄く一生懸命に訓練してるから、私達もそれを見て頑張れた。この任務が始まる前に言われた事も響いたしね。」

 

防人「自分達の身は自分達で守らないといけない…本当に白鷺さんの言う通りだよ。」

 

防人達は口々にそう言ってくれた。

 

千聖「……ありがとう。」

 

千聖はそれ以外の言葉が出てこなかった。勇者候補生だった時代も、一般の中学に編入した後も、千聖は孤立していた。1人でいる事が当たり前になっていたし、千聖のストイックさについて行ける者がほとんどいなかったからだ。この部隊でも、千聖と歩調を合わせて隣を歩く者はいなかった--

 

 

 

だけど、背中を見ながら後ろをついて来てくれる者ならば今は沢山いる。32人の防人達が、千聖の後ろにはいるのだ。並んで歩く者だけが仲間ではなく、後ろに続く者もまた仲間なのだ。

 

千聖「ありがとう、みんな…。」

 

もう一度、千聖は"仲間"達に向かって言うのだった。

 

 

---

 

 

病院--

 

千聖、日菜、花音、イブの4人は、あの後大赦管理下の病院へ運ばれ、精密検査を受ける事になった。4人は他の防人達よりも負傷が多く、体には"軽度の火傷"が見られたからである。

 

神官「……これはっ………。」

 

病院へ来た女性神官は、その状態を知らされて僅かに戸惑いの声を漏らすが、顔は仮面で隠れている為、心情は推し量れない。これまでの調査任務では、"火傷"という症状を出した防人は1人もいなかったのだ。任務中、千聖は今まで以上に熱気を感じていたのは気のせいでは無かった。それは結界外の灼熱が、戦衣の耐熱性能を超えていた事を意味する。そして千聖達4人は、火傷と負傷が治るまで入院する事となった。

 

千聖は当然入院に反対した。寝ている時間があれば鍛錬するべきだと考えていたから。しかし大赦はそれを撥ね退けた。休息を取るのも必要な任務だと告げたのだ。その為、千聖は今ベッドの上に横たわったまま、戸惑っていた。

 

千聖(休息って……何すれば良いの?)

 

今まで張り詰めた生活を送っていた千聖にとって、休息といえばトレーニングの合間のインターバルしかなかった。何もせずに過ごし、身体を休める。それによって英気を養う--

 

 

そんな考えが千聖には無かった。千聖は考えた末--

 

 

千聖(よしっ、この時間をイメージトレーニングと、戦術の勉強の為に使おう。)

 

そう決めた。側から見れば全く休息では無いのだが。

 

 

--

 

 

千聖は早速ベッドの上で本を読んでいると、向かいのベッドにいる日菜が話しかけてきた。

 

日菜「なんだか千聖ちゃんって、鰹みたいだね。」

 

千聖「鰹……?」

 

千聖が訝しげると、日菜は得意げな顔で話し出す。

 

日菜「千聖ちゃん知らないの?鰹は泳ぐのをやめると死んじゃうんだよ。だから千聖ちゃんも鰹とおんなじだよ。」

 

花音「日菜ちゃん…女の子に対して鰹ってどうなのかな……。」

 

千聖の隣のベッドにいる花音が、呆れた様に言った。千聖達4人は同じ病室にいたのだ。

 

日菜「これは褒めてるんだよー。」

 

イヴ「全然褒めてません。」

 

イヴがボソッと日菜に突っ込んだ。ちょうどそこへ彩がお見舞いにやって来る。

 

彩「花音ちゃん、日菜ちゃん。声が外まで聞こえてたよ。」

 

彩が2人に言うと、2人は顔を赤くして黙り込んだ。

 

彩「鰹は無いけど、フルーツならあるからみんな食べて。」

 

彩はお見舞いにフルーツを持ってきたのだ。

 

日菜「それで彩ちゃん、私たちはいつになったら退院出来るの?」

 

日菜はフルーツを食べながら彩に言った。

 

彩「次の御役目に関しては、大赦は次回の実施日について検討中らしいよ。いずれにしろ、千聖ちゃん達が全快しないと御役目は始まらないよ。今はゆっくり体を休めてね。」

 

千聖「別にもう大丈夫よ。大した怪我じゃないし。」

 

彩「ダメだよ、千聖ちゃん!怪我や疲労は体に蓄積されていくんだから。今は休めないと。」

 

との事で、4人はしばらく退屈な時間を過ごす事となる。筈だったが、千聖たちの病室には、毎日誰かしらがお見舞いに来たのだった。1番来るのは彩で、3日に一度は防人達がぞろぞろとやって来るのだった。

 

防人「白鷺さーん、お見舞いに来たよー。」

 

防人「30人近くがいっぺんに来ると、流石に狭いねー。」

 

防人「ねーねー、あの"蠍型"とどうやって戦ったの、白鷺さん?」

 

等とわちゃわちゃしていたが、千聖は防人達に、

 

千聖「お見舞いに来る暇があるなら、訓練しなさい。」

 

と一蹴するのだった。身も蓋も無い言い方だが、みんなも千聖の性格を理解している為、

 

防人「あはっ、我が隊の誇るべき隊長らしい言葉だね。」

 

防人「退院して早く戻ってきてよね。白鷺さんの厳しい訓練が無いと、なんだか物足りないから。」

 

と笑って答えるのだった。そして千聖も、

 

千聖「…すぐに戻るわよ。私も、あなた達も体が鈍ったらいけないから。」

 

と、少し笑って答えた。

 

 

--

 

 

一度だけ、唐突に例の女性神官がやって来た事があった。任務の通達かと千聖達は身構えるが、神官は任務については何も話さず、ただ4人の怪我の状況を見たり、体を触診するだけだった。そして一切の会話も無く、神官は病室から出て行った。

 

日菜「何だったのかな、さっきの?」

 

日菜は困惑する。

 

イヴ「……お見舞いですか?」

 

イヴが首を傾げて呟いた。

 

千聖(……いや、無いわね。防人を道具としか見ていないあの神官が、私達を気遣うなんてありえないわ。)

 

と、千聖は心の中で思うのだった。

 

 

--

 

 

それから1週間程過ぎたが、未だに大赦から次の任務の通達は無い。そろそろ退院しても良いだろうと言われた頃、彩が手に大きな錠前を持ってお見舞いにやって来た。

 

千聖「なんなの、これ?」

 

千聖が彩に質問する。

 

彩「これはね、今防人のみんなの間で流行ってるんだよ。西暦の時代に行われてた、一種の願掛けみたいなものなの。錠前に大切な人同士で名前を書いて、鍵を閉じるんだ。そうすると、名前を書いた人達の絆がずっと続くんだって。」

 

千聖「そうなのね……。」

 

彩「元々は恋人同士でやるものだったみたいだけどね。みんな友達同士で名前を書いて、タワーの展望台に飾ってるんだよ。」

 

花音「面白そうだね。みんなやってるんだったら、私達もやろうよ。」

 

横で聞いていた花音が、彩から錠前を受け取って名前を書き始めた。

 

花音「はい、次は千聖ちゃんね。」

 

そう言って花音は千聖に錠前とペンを差し出した。

 

千聖「はいはい。分かったわよ。」

 

千聖も錠前に自分の名前を書いた。

 

日菜「じゃあ、私も書かないとね。」

 

日菜も錠前に名前を書いた。

 

日菜「まだ書いてないのは…はいっ、彩ちゃん。」

 

彩は日菜から錠前を受け取って名前を書く。

 

彩「じゃあ、最後にイヴちゃんね。」

 

イヴ「……私ですか?」

 

彩「そうだよ。せっかくだからみんなの名前を書こうよ。」

 

イヴ「分かりました。」

 

イヴは頷き、錠前を受け取って名前を書いた。5人分の名前が書かれた錠前を彩は大切に手に持った。

 

彩「もし今までの御役目で誰か1人でも欠けてたら、ここに5人分の名前は並んでなかったんだよね……。本当に奇跡みたいで凄い事だよ。みんなが無事で、ここにいてくれる事が何よりも嬉しいよ。」

 

彩の目には涙が浮かんでいた。5人の名前が書かれた錠前は、彩が持って帰った。タワーで保管しておくという。

 

 

--

 

 

入院している間の時間は、意外にもあっという間に過ぎて行く。千聖は最初、訓練も出来ずにイライラするのかと思っていたのだが、実際は毎日誰かしらがお見舞いに来るし、病室の中も案外騒がしく賑やかで、退屈な時間はほとんど無かった。だが1つ不思議なのは、次の任務がいつ行われるのかという通達が一切無い事である。

 

こうして、任務の通達がないまま千聖達は退院の日を迎えるのだった。

 

 

 



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今の君を思う


防人として過ごしていく中で、防人は千聖のかけがえのないものになりました。

そして物語は終わりへと動き出します--





 

 

千聖達は退院する事が出来、ゴールドタワーに戻ってきた。

 

日菜「私達の凱旋だよー!きっとみんなも首を長ーくして私達の帰りを待っててくれたよねー。」

 

花音「騒がしい人が戻ってきたって思われてそうだよ…。」

 

日菜「か~の~ん~ちゃ~ん~?」

 

千聖「まったく、仲の良い2人だわ。」

 

呆れながら千聖がタワーに入ると、防人の少女の1人が入り口に立っていた。

 

防人「お帰り、みんな。何はともあれ、展望台に来てよ。」

 

千聖「展望台?次の任務の日が決まったのかしら?」

 

千聖達は言われるがままに展望台へと向かった。

 

 

--

 

 

千聖達は展望台に着くも、そこに女性神官の姿は無かった。すると、突然クラッカーの音が鳴り響く。

 

千聖「なっ、何!?」

 

クラッカーを鳴らしたのは防人達だった。防人の少女たちは次々と千聖達4人へ駆け寄る。

 

防人「お帰りなさい、白鷺さん、みんな!」

 

防人「待ってたよ!」

 

防人「復帰、おめでとう!」

 

防人の少女達は次々にと口にする。

 

千聖「これはいったい…?」

 

千聖が横を見ると、日菜や花音、イヴも同じ様な表情をしている。そこへ彩がやって来て説明を始めた。

 

彩「みんなで、千聖ちゃん達が戻って来たらお祝いしようって話になったんだよ。この前の御役目で一番危険な役目を果たしてくれたんだから、そのお礼にってね。」

 

千聖「そんな…私はこの隊を纏める者として、当然の事をやっただけよ。」

 

千聖には特別な事をやったという自覚は無かった。至極当たり前の事をやったまでである。

 

彩「それでも、私達は千聖ちゃん、日菜ちゃん、花音ちゃんにイヴちゃんに守られたんだよ。」

 

彩の言葉に防人みんなが頷いた。

 

彩「さぁ、回復祝いに乾杯しよう!」

 

彩の一言でみんながジュースを持って乾杯したのだった。

 

 

--

 

 

乾杯の後の4人は、他の防人達にもみくちゃにされるように囲まれた。千聖は今までにこの様な経験が無い為か戸惑っている。花音は、褒められる事に慣れておらず、オロオロとしていた。

 

一方で日菜は少し得意げに、自分の活躍を語っていた。イヴは相変わらず無口で無表情でずっと千聖の傍を離れなかった。慣れない状況に戸惑っているのかもしれない。

 

 

--

 

 

暫くして、防人の少女の1人が千聖の前に来て言った。

 

防人「白鷺さんって、勇者みたいだよね。」

 

千聖「……えっ?」

 

唐突な言葉に千聖はキョトンとする。

 

防人「だってバーテックスにだって立ち向かっていって負けてなかったじゃん!防人はバーテックスとは戦えないって言われてたけど、実際白鷺さんは戦えてたし。そんな事が出来るのは勇者様ぐらいだよ。だから、白鷺さんは勇者様と同じくらい凄いよ!!」

 

その言葉を皮切りに、次々と他の少女達が賛同し始めた。

 

防人「うんうん、本当、勇者様みたい。」

 

防人「私もそう思うよ。」

 

千聖「………あ、ありがとう。」

 

千聖はどう答えていいか分からずに、咄嗟にそんな言葉しか出てこなかった。

 

 

---

 

 

夜になりパーティーが終わった後、千聖は1人で再び展望台を訪れていた。祭りの後の様な静けさの中で、彼女の胸中にはよく分からない感情が渦巻いていた。それは、恥ずかしい様な、嬉しい様な、居心地が悪い様な--

 

他人と関わっていく中でしか生まれ得ない感情に、千聖は全く慣れていない。感情が落ち着かずに眠れなかった為、千聖はここにやって来たのだった。ふと、千聖は展望台の隅に目をやる。

 

そこには、錠前を掛けておく事が出来るオブジェがあった。入院中に彩が持ってきた、西暦の時代の願掛け用の錠前が、十数個掛けられている。そのオブジェの前に何やら人影があるのを千聖は見つけ、駆け寄った。そこにいたのはイヴであった。

 

千聖「イヴちゃん?こんな所で何をやってるの?」

 

千聖の声にイヴが振り返る。

 

イヴ「これを見ていたんです。」

 

そう言いながら、イヴは1つの錠前を指さした。

 

千聖「これは……ふふっ。」

 

千聖はそれを見た途端笑みがこぼれた。イヴが見ていたものは、5人の名前が書かれた錠前だった。

 

千聖「1つの錠前に5人分の名前を書いたから、ぎゅうぎゅう詰めでちょっと見栄えが悪いわね。」

 

 

松原花音--

 

 

白鷺千聖--

 

 

氷河日菜--

 

 

丸山彩--

 

 

若宮イヴ--

 

 

他の錠前には2.3人分の名前しか書かれていないのに。

 

イヴ「でも………嬉しいです。」

 

イヴは小さな声で呟いた。

 

イヴ「千聖さん…もう1人の私を………受け入れてくれて、ありがとうございます。」

 

千聖「当り前よ。もう1人のイヴちゃんだって防人の一員だもの。」

 

その言葉を聞いたイヴは千聖に語りだした--

 

 

自身の過去を--

 

 

---

 

 

イヴ「私の家は……あまり幸せでは…無かったんです。」

 

イヴが生まれ育った家庭は、かなり問題のある家だった。両親ともに心が不安定で、些細なきっかけで激昂してしまう。そうしてイヴは暴力を受けてきたのだった。

 

イヴ「だから……ずっと静かにしているように……しました。」

 

感情を表に出さず、何も話さない。そうしていれば両親の怒りの矛先がイヴに向かう事が“少しだけ“減ったのだった。親の暴力で傷が増えていく中で、イヴはその環境に耐える事が出来る強い人格を生み出した。

 

イヴ「…それが、もう1人の私です……。」

 

強くて粗暴な、もう1人のイヴ--

 

彼女がいたから、イヴは辛い家庭環境を生きていく事が出来た。イヴにとって、彼女は1番の味方であり、友達だったのだ。

 

けれど、イヴは孤独だった。イヴの中に生まれた別人格が1個の人間として存在を認められる事はないからである。その上、粗暴な性格の為に、例えもう1人のイヴが表に出ている時でも、彼女は誰とも仲良くなれなかった。

 

イヴ「でも、千聖さんは……私を受け入れてくれました。」

 

それはイヴにとって人生が変わる程の出来事だったのである。今までもう1人のイヴと真正面からぶつかって、彼女と和解した人間など存在しなかったのだから。

 

イヴ「もう1人の私も……千聖さんに出会えて良かったって言ってます。」

 

千聖「私も彼女の事は嫌いじゃないわ。」

 

イヴ「ありがとうございます……。」

 

イヴは透き通った瞳で、千聖をジッと見つめ言った。

 

イヴ「…私も、千聖さんは勇者だと思います……。」

 

それは昼間、防人達にも言われた言葉。

 

イヴ「もしも…千聖さんが勇者になっても…防人の隊長で…いて欲しいです……。」

 

千聖はこのゴールドタワーに来た際、いつまでもここにいるつもりは無いと思っていた。勇者になってこの防人の集団から抜け出す、と。しかし、今の千聖は違う--

 

千聖「そうね、私は必ず勇者になる--この防人を率いて勇者になってやるわ!」

 

 

次の任務はまだ通達されない--

 

 

日々は続いていく--

 

 

---

 

 

怪我から回復した千聖は、また以前と同じ生活に戻る。厳しい自己訓練を重ね、授業を受け、次回の任務に備えて部隊の訓練を行う。過ごし方は全く変わっていないが、心境は変わってきていた。仲間達と過ごしていく時間に、以前には感じなかった温かみを感じていたのだ。

 

千聖(この日々は、日常は、かけがえのない大切なもの……。)

 

千聖は強く思うのだった。

 

 

--

 

 

ある時、彩が言った。

 

彩「私は勇者様に実際に会った事は無いんだけど、勇者様の人柄や功績はよく聞かされてきたんだ。」

 

千聖「有咲ちゃんは、私と変わらない人間に見えたけど…。」

 

彩「うん、勇者様は普通の人と変わらないんだよ。初代勇者様も、先代勇者様も、戦う能力だけで言えばもっと強い人は他にもいたはずだよ。でも……勇者様は、仲間と過ごす日常を何よりも大切にしてたんだよ。」

 

千聖「…………。」

 

彩「仲間が大切だから、今の日々が大切だから、それを守る為に戦ってたんだって。」

 

千聖「……少しだけ分かった気がするわ。私が勇者になれなかった理由が。」

 

 

任務はまだ通達されない--

 

 

---

 

 

花音はバーテックスと戦い、生き残った事から、防人歌の中での評価が凄まじいほど上がっていた。護盾型防人の中では、”花音は隠れた最強防人説”なるものが囁かれるほどだった。

 

防人「いざとなったら、松原さんが守ってくれるよ!」

 

護盾型防人達はそんな事を言うようになった。

 

花音「ふえぇぇぇぇぇっ!!みんな勘違いしてるよ~!?私は弱いんだから~!!千聖ちゃんに守ってもらわなきゃ死んじゃうんだからねぇ~!!!」

 

それ以来、しばしば千聖の部屋にやって来ては、花音はそう言って千聖に泣きつくのだった。

 

 

任務はまだ通達されない--

 

 

---

 

 

日菜は千聖に対抗し、朝晩の訓練を一緒にやるようになった。早朝のランニングと射撃と銃剣術の訓練。夜の基礎体力トレーニングとイメージトレーニングである。ある朝、一緒に走りながら、唐突に日菜は千聖に言い出した。

 

日菜「千聖ちゃん…。」

 

千聖「どうしたの、日菜ちゃん?」

 

日菜「私も、千聖ちゃんを勇者だと認めてあげても良いよ…。」

 

千聖「………ふふっ。」

 

千聖は吹き出してしまい、日菜の顔が赤くなった。

 

日菜「なんで笑うの~!?」

 

千聖「何でもないわ。ありがとう。」

 

 

任務はまだ通達されない--

 

 

---

 

 

その日の朝食時、何故か彩の表情が少しだけぎこちなかった。

 

千聖「彩ちゃん、どうかしたの?」

 

尋ねた千聖に、彩はやはりぎこちない笑顔で答える。

 

彩「な、何でもないよ。あ、今日は私、巫女のお勤めで、大赦に行ってくるからね。」

 

 

"千聖達には"任務はまだ通達されない--

 

 

---

 

 

大赦神殿の1つに、彩を含む6人の巫女が集められていた--

 

 

神官の1人が告げる。その顔は仮面に隠れて伺えないが、声が微かに震えていた。

 

神官「想定外の事態が起こっています。今この時をもって、我々が進めていた計画の全てを中止し--奉火祭の儀を執り行う事が決まりました。」

 

 



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犠牲の先


迫る奉火祭の儀。

彩を救い出す為、犠牲をゼロにする為、千聖が立ち上がる--




 

 

神世紀300年、晩秋--

 

結界の外に橋頭堡を築くという御役目、その1回目が成功し、2回目の御役目を待っていた防人達に、予想もしていなかった通達がはいるのだった。

 

千聖「奉火祭…?」

 

ゴールドタワーの展望台にて、千聖を始めとする防人達は、女性神官が発した聞き慣れない言葉に怪訝な反応を示した。

 

 

火を奉る祭り--

 

 

奉火祭は防人達では無く、巫女に課せられた御役目だという。"火"と言えば、結界外の灼熱の炎を千聖は思い浮かべた。千聖の心が、微かな不安に騒めく。女性神官の隣に立つ彩は俯いていて表情が伺えない。神官が口を開く。

 

神官「奉火祭は、約300年前の西暦の終わりにも執り行われた儀式です。歴史上、大赦が行った儀式の中では、最大規模のものの1つであり--"天の神に赦しを乞う為の儀式"です。」

 

その言葉は、千聖達にとってはあまりにも予想外だった。

 

千聖(天の神に赦しを乞う!?今まで人類は天の神に抗う為に戦ってたんじゃなかったの!?)

 

神官は続けて話し続ける。

 

神官「この儀式が、天の神の怒りを鎮める為に有効である事は、過去に確認されています。西暦の終わり、当時の勇者達の多くが命を落とし、更に天の神による攻撃が激化、人類は滅亡の淵に立たされました。その時、奉火祭を執り行い、天の神に赦しを願ったのです。そして人類・神樹様と天の神との間で講和が結ばれて人類は四国から外に出ない事を条件に、平和を得たのです。」

 

千聖「講和?…どうやってですか?神と交渉をしたとでも言うんですか?」

 

千聖の問い掛けに、感情の無い神官の答えが返ってくる。

 

神官「巫女を壁の外の炎に焚べ、供物としたのです。そうする事で、我々人類の願いを天の神に届けました。」

 

千聖「なっ……!?」

 

千聖は唖然とする。

 

神官「巫女は神託により、神樹様と意思疎通をする力を持ちます。しかし神託はあくまで一方通行であり、人間から神樹様へ意思を伝える事は容易ではありません。まして神樹様よりも遠い存在である天の神に、人間の言葉を伝える為には……命を犠牲にする必要があります。」

 

千聖「つまり…生贄という事ですか!?」

 

神官「そうです…。丸山さんは、奉火祭の供物となる巫女の1人に選ばれました。」

 

千聖と神官のやり取りに、他の防人達も騒めいた。その中で、彩だけは何も言わずにただ俯いていたのだった。

 

千聖(生贄!?彩ちゃんが…あの炎に捧げられる……。)

 

千聖の頭の中では無茶苦茶で理不尽な神官の言葉が渦を巻いていた。女性神官の言葉は尚も続く。

 

神官「西暦の終わりに行われた奉火祭により、人類は天の神に赦され、バーテックスは消え、四国の結界内でのみ人類は生存する事が認められました。しかし神世紀270年を過ぎた頃から、再びバーテックスが結界の外で見られるようになりました。そして2年前……奴らの侵攻が再開したのです。」

 

彼女から語られるのは西暦から神世紀の今に至るまでの歴史の真実。神官は淡々と話し続けたのだった。

 

神官「神世紀270年代に奉火祭を執り行っていれば、今の様な侵攻の再開は起こらなかったかもしれません。が、それも定かでは無いし、"もしも"を考える事は無意味です。しかし、人類は天の神との戦いの再開を想定してないわけではありませんでした。寧ろ大赦は、いつか必ず戦いを再開させ、奪われた世界を取り戻すと誓っていたのです。その為に秘密裏に研究を重ね、勇者システムのアップデートを続けてきました。」

 

神官「約300年。気が遠くなる程の年月、数え切れない程多くの人々の努力と血の上に、勇者は遂にバーテックスと対等以上の力を得て、天の神の尖兵であるバーテックスを倒してきました。」

 

神官「先代勇者--山吹沙綾、花園たえ、海野夏希。」

 

神官「当代勇者--戸山香澄、山吹沙綾、牛込ゆり、牛込りみ、市ヶ谷有咲。」

 

神官「彼女達の一連の戦いや絆に、大赦と神樹様は神世紀における人類の可能性を見出し、勇者システムを更にバージョンアップさせる事を決めます。そして現在。大赦の目標は、迎撃の次の段階として国を奪還する事を目標として動き出しました。」

 

神官「大赦が計画したのは、"国造り"という儀式でした。神樹様は土地神の集合体。神樹様の一部である土地神の1柱を、旧近畿地方にあった霊山に祀るという儀式です。神代の時代に、土地神の王が同じ事を行いました。"吾は倭の青垣の東の山の上にいつき奉れ"。それによってこの国は、豊かに葦が生い茂り、瑞々しく稲穂が実る土地である、"豊葦原瑞穂国"となったのです。」

 

人間が神話を模倣する事によって、神話と同じ事象を起こす。そうして結界外の世界を、豊葦原瑞穂国に変化させる。それは"類感呪術"と呼ばれるものの一種--

 

それが儀式"国造り"なのだ。大赦の考えは、四国外の世界が天の神によって理を書き換えられ、火の海になったのなら"国造り"で再び理を書き換えようという事なのである。語り続ける女性神官の口調に感情は無い。

 

神官「国造りの儀式を執り行う為の準備は、あなた達防人の活躍もあり、着々と進んでいました。順調だったと言ってもいいでしょう。邪魔するものがいたとしても、精々星屑や完成型程度くらいでした。儀式の達成は見えていた………筈だったのです。」

 

防人達が任務で結界外の土壌や炎を調べる事は、変質した世界の性質を見極め、国造りによって再書き換え可能であるかを確認する為--

 

 

種を植えて橋頭堡を築く事は、神を霊山へ移す為の道を作る為--

 

 

防人達の任務全てが"国造り"の為の大きな準備、世界を取り戻す為の大いなる計画の一部だったのだ。

 

千聖「何か妨げになる要因があったのですか?」

 

千聖の問い掛けに神官が頷いた。

 

神官「誤算が起こりました。結界外での炎が、以前よりも強まっているのです。」

 

千聖「っ!?」

 

神官「白鷺さん達なら分かる筈です。前回の御役目で結界の外へ出た時、炎は戦衣の耐熱性能を上回り、あなたたちは火傷を負う事になった。もしこれ以上、炎が強まるようなら、結界ごと四国が飲み込まれる可能性さえあるのです。」

 

千聖「なんで、そんな事が……。」

 

神官「巫女の神託によれば、天の神の怒りです。人類が推し進めてきた反抗の計画、そして--"当代の勇者が御役目の中で神樹様の壁を壊してしまった事"。壁は四国を守る結界であると同時に、西暦の時代に結ばれた講和である、"四国の外から出ない"という誓約の象徴。」

 

神官「それを破壊した上に、人類は天の神への反抗を秘密裏に進めていた……その事実が彼らの逆鱗に触れた。今、天の神そのものが、この地に顕現しようとしている気配さえあります。」

 

西暦の時代、天の神による人類粛清が行われた時代でさえ、尖兵であるバーテックスより更に上位の"神そのもの"が出現した事は無かった。

 

日菜「大赦は、何馬鹿な事やってんだろうねー!」

 

我慢しかねたように日菜が叫んだ。

 

日菜「"国造り"って儀式、私達には何も知らされてなかった。それも腹が立つけど、大赦の計画の浅はかさが1番腹が立つよ!!勇者がバーテックスと戦って、防人が結界の外で堂々と活動して、国造りの儀式を性急に推し進めてって……なんで敵の怒りを買わないと思ったのかな!?もっと慎重に綿密に行うべきでしょ!?」

 

自分よりもはるかに年上である女性神官を、日菜は真っ向から罵ったのだった。

 

神官「氷河日菜さん。」

 

幼い少女の責めを受けても、神官の声に感情の揺らぎは無い。

 

神官「あなた達から見れば、そう思えるのも当然です。しかしそれも、一面的な見方でしかありません。立場が違えば、物事は全く異なる見え方をする。我々は、計画を性急に推し進めなければならなかった……神樹様の寿命は、あなた達が想像する以上に終わりに近いのです。」

 

日菜「……。」

 

その言葉を聞き、日菜は口を閉ざした。

 

神官「ですが、我々大赦に油断と驕りがあった事も事実です。人類と天の神が和睦を結び、300年。箱庭の中とはいえ、平和の時間が長すぎました。天の神によって人類が大量虐殺された時代は遠く隔たり、勇者システムの強化によりバーテックスをも倒せる様になり……天の神に対する脅威の実感が、私達の中に薄らいでいたのでしょう。」

 

神官「我々は神を侮っていた。神世紀初頭の初代勇者"花園家"と当時の巫女"今井家"は、大赦の経年劣化を予想し、危惧してたと言われます。彼女達の予想は当たっていたのです。」

 

沈黙が展望台を支配していた。勇者であれば、バーテックスを倒す事は可能だろう。だが、今出現しようとしているのは、神そのもの。戦っても勝てる見込みは限りなく薄い。

 

神官「結界外の炎は、今後も更に強まるでしょう。このままでは、四国は結界ごと炎に飲まれてしまう…。今、我々に出来る事は、天の神に赦しを乞い、この世界を保つ事なのです。」

 

千聖「だから…生贄を出すと…?」

 

千聖は神官を見据えて、問う。

 

神官「そうです。」

 

余りにも理不尽である。防人は誰も納得などしていなかった。だから千聖は、防人達の代表として声をあげる。

 

千聖「何なのよ、この結末は…?私達は、そんな結末の為に体を張ってたんじゃ無いわ!!」

 

神官「……結末ではありません。」

 

千聖「え?」

 

神官「あなた達防人の任務によって集められたデータは膨大です。それによって、様々な可能性を模索する事が可能になりました。」

 

千聖「その可能性の1つが、生贄だと?」

 

神官「私達は奉火祭のその先まで考えています。」

 

千聖「先……?先ですって………!?」

 

千聖は声を荒げる。

 

千聖「先なんてものは無いのよ!犠牲が出た時点で、その先なんてものは無いの!犠牲の先に何を計画してるのか、どうせあなたたちは教える気は無いのでしょうけど、どんな未来図を描いていようと関係無いわ!!1人でも犠牲が出た時点で、どんなに素晴らしい計画であろうとも、それは失敗と同じなのよ!」

 

その時だった。

 

彩「もう大丈夫だよ、千聖ちゃん。ありがとう。」

 

千聖の話を遮ったのは、犠牲にされる筈の彩だった。

 

彩「私は奉火祭に反対はしないよ。嫌じゃないんだ。神樹様の、みんなの、役に立てる事が嬉しいから。今までずっと勇者様と防人のみんなが頑張ってきたんだよ。だから今度は……私が頑張る番だよ。」

 

彩は笑顔でそう言うのだった。

 

 

---

 

 

ゴールドタワー寮、千聖の部屋--

 

千聖は呆然として部屋に戻り、ベッドに身を投げる様に倒れこんだ。奉火祭は1週間後に執り行われる事になり、解散になった。

 

 

彩は生贄となる--

 

 

もう会う事は無いのだろう--

 

 

普段ならすぐにトレーニングを始めるところなのだが、何もする気力が起きなかった。

 

 

無力感--

 

 

あまりにも大きな無力感が体にまとわりつき、千聖はもう二度と動く事さえ出来ない様に思えた。

 

千聖(また……無駄だったの…?)

 

あの時と同じ--

 

 

 

勇者になる為に懸命に努力を積んでも、一言で勇者である事を否定され、それまでの全ての努力が無駄になったあの日--

 

防人として、1人の犠牲も出さないと努力して生きてきた。だが今、全ての任務は打ち切りとなり、彩を犠牲とした奉火祭の執り行われる事となった。千聖がやってきた事は無駄だった。

 

千聖(全部……無駄なのよ…。)

 

 

 

 

 

 

 

 

千聖「ふざけないで……!私はまだ終わってない………!!」

 

千聖は歯を食いしばり、重い体に鞭打つ様にして身を起こした。

 

千聖(終わらせないっ……!)

 

まだ奉火祭が執り行われた訳では無い。まだ彩が犠牲になった訳では無い。

 

千聖「まだ終わってない!終わらせる訳にはいかないの!!」

 

千聖は立ち上がり、部屋を出るのだった。

 

 

 



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日菜の生き様


襲いかかる3体の"完成型"--

その時、日菜が……。




 

 

奉火祭--

 

 

それは人類が天の神に赦しを乞う為の儀式--

 

 

その儀式の生贄として彩が選ばれてしまう--

 

 

千聖「まだ終わってない……終わらせてたまるもんですか!!」

 

奉火祭まで1週間、彩を救う為に千聖は立ち上がる--

 

 

---

 

 

千聖「花音!」

 

花音「ど、どうしたの!?」

 

千聖は花音の部屋のドアを開けて、飛び込む様に中に入った。

 

千聖「すぐに展望台まで来てちょうだい!」

 

花音「え?う、うん……。」

 

千聖の剣幕に驚き、花音はすぐに部屋を飛び出した。

 

 

--

 

 

千聖「日菜ちゃん!」

 

日菜「いきなりどうしたの?」

 

千聖「展望台まで来てちょうだい!」

 

日菜「分かった。千聖ちゃんならそろそろ動く頃だと思ってたしね。」

 

 

--

 

 

千聖「イヴちゃん!」

 

イヴ「…どうしましたか?」

 

千聖「展望台まで来てちょうだい!」

 

イヴ「………。」

 

イヴは頷き展望台へと向かった。その後も千聖は防人達全員に呼びかけ、展望台まで呼び出した。

 

 

---

 

 

ゴールドタワー展望台--

 

31人の防人達を前に、千聖は声をあげる。

 

千聖「今回の大赦の決定に、私は納得なんてしてないわ!!みんなはどうなの!?」

 

防人達は騒めき、互いに顔を見合わせた。みんな千聖の問いかけにどう答えるべきか迷っているのだ。そんな中で花音が声をあげる。

 

花音「……納得なんて…してないよ。彩ちゃんが犠牲になるなんて…。」

 

花音は俯いたまま話し続ける。

 

花音「彩ちゃんはね、私が防人になったばかりの頃、どんなに怯えてても、情けない事言っても、私の事をバカにしなかったんだよ。防人の御役目に参加してるだけでも凄いって言ってくれたんだ。凄く良い子なんだよ……。」

 

花音の目から涙がこぼれる。

 

花音「なんで犠牲にならなきゃいけないの!そんなの許せないよ…でも、大赦はもう決定したって…。」

 

続けて日菜が言う。

 

日菜「みんなが"氷河家"の事を嘲ったりしていたけど、彩ちゃんだけは違った。彩ちゃんは"氷河家"を、私の誇りを認めてくれたんだよ。犠牲になって良いはずが無いよ!」

 

イヴが呟く。

 

イヴ「彩さんは良い人です…。死ぬなんて、そんなの…ダメです。」

 

他の防人達も次々と声をあげる。

 

防人「納得なんて出来ないよ!」

 

防人「丸山さんが可哀想だよ!」

 

防人「なんでこんな目に遭わないといけないの…!」

 

彩がどれほど防人達に愛されていたか。

 

勇者になれなかった落ちこぼれ達--

 

 

 

大赦からは使い捨ての駒として扱われる者達--

 

 

 

価値を認められない少達--

 

 

 

それが"防人"である。

 

だが、彩はいつも防人達に真心を持って接していた。彼女達1人1人の存在を認め、その苦しみや辛さを少しでも背負おうとしていた。防人達の為に、泣いて、笑って、喜んでくれた。彼女の存在が、防人達にとってどれほど救いになっていたか。防人達は誰一人として、彩の犠牲に納得などしていなかった。

 

千聖「だったら--」

 

千聖は防人達を一瞥し、一際大きな声で叫ぶ。

 

千聖「だったら、私達で彩ちゃんを助ける方法を考え出しましょう!まだ奉火祭が行われるまで1週間あるわ!絶対に何か方法がある!私は諦めない!みんなもそうでしょう!?私が指揮する部隊に、"犠牲"と"諦め"は無いのよ!!」

 

 

千聖は諦めが悪い--

 

 

勇者である事を否定されても、防人という立場を与えられても、勇者になる事を諦めなかった。諦めない為に、無限の努力を重ねる。だから今回も諦めない。理不尽に対する怒りが、心なき大赦への怒りが、千聖を突き動かすのである。31人の防人達は、隊長らしい彼女の言葉に声を上げて同意するのだった。

 

 

--

 

 

それから防人達は、夜通し話し続ける。

 

防人「丸山さんをどこかへ隠しちゃえば良いんじゃない?」

 

防人「私達の誰かが丸山さんを連れ去って逃げるのとかは?」

 

千聖「いいえ、それじゃあ大赦はきっと他の誰かを代わりに生贄にする。犠牲は絶対にゼロよ。彩ちゃんも、他の誰も犠牲にはしない。」

 

防人「やっぱり、奉火祭自体を取り止めさせるしかないんじゃ?」

 

防人「でも、その場合はどうやって天の神様の怒りを鎮めるかが問題だよ。」

 

日菜「天の神を打ち倒しちゃえば良いんだよ。」

 

花音「ふえぇぇっーー!無理だよ!絶対に殺されちゃう……!」

 

防人「犠牲無しで、奉火祭と同じ効果のある儀式があれば。」

 

防人「そもそも神事の専門家の大赦が見つけられなかったものを私達で見つけられるの?」

 

千聖「可能性は薄いけど、それしか無さそうね…。何か資料は無いかしら?」

 

防人「そういうのに詳しいのって、まさに神官か巫女だろうね。」

 

防人「神官は大赦の手先だから、協力してくれるとは思えないよ。」

 

防人「巫女は?彩ちゃん以外の。」

 

防人「どうやってコンタクトするの?」

 

いくら話し合っても、有効な解決策は出てこなかった。そもそも簡単に見つかるのなら、大赦が既に実践しているだろう。しかし彼女たちは諦めない。彩が助かる方法を模索し続けた。

 

 

--

 

答えが出ないまま話し合いは続き、夜が明ける。千聖は女性神官の部屋へと呼び出された。やっている事を叱責させるかと思っていたが、要件は違っていた。

 

神官「先日、結界の外に埋めてもらった種を回収して欲しいのです。」

 

千聖「回収?何故ですか?」

 

種を回収してしまえば、取り戻した緑の大地は再び炎に飲まれるだろう。

 

神官「あの種も神樹様の恵みの結晶です。回収してお返しすれば、神樹様のお力に戻る。国造りの計画を凍結させた今、結界外に種を残しておく理由はありません。神樹様のお力は、人々の生活を守る為、そして結界を炎から守る為に少しも無駄にできないのです。」

 

千聖(あの任務は無駄だったというの…。)

 

 

---

 

 

そして防人達は結界の外へと出る。

 

日菜「知ってる?昔あった刑務所の話でね、"午前中に穴を掘って、それを午後に埋める"ってだけの労働があるんだって。」

 

花音「穴を掘って埋めるだけ?何か意味があるの?」

 

日菜の言葉に、花音が怪訝そうに返した。

 

日菜「意味なんて無いよ。無駄な事を繰り返させて、心と体を消費させるだけの作業だよ。今の私達がまさにそうだね。」

 

千聖(無駄…無意味…徒労……。)

 

千聖はため息を吐く。

 

千聖(結局は…そうなのかもしれないわね。)

 

千聖達が彩を助ける方法を考えているのも、結局は無駄に終わるのだろう。たった1週間で、大赦が思い付けなかった方法を見つけ出せるはずがなかった。だが、それでも千聖は諦めない。例え無駄だと分かっていても、悪足掻きを続ける。

 

 

--

 

 

千聖(暑い…。)

 

千聖は額から流れる汗を拭った。前回に結界の外に出た時よりも、熱気が上がっている。天の神の怒り--炎がより強力になっている事を、千聖はその身に感じた。星屑の数も以前よりも増えている。その一群が、千聖達に向かって来た。

 

千聖「銃剣隊、射撃用意!撃って!!」

 

銃剣隊が星屑に大量の銃弾をお見舞いする。例え徒労でも、穴を掘って埋めるだけの任務でも、敵が容赦してくれる訳では無いのだ。

 

 

--

 

 

種を植えた場所は然程遠くでは無かった為、強まった熱気を除けば大きな障害は無かった。灼熱の大地の中に、一箇所だけ緑に覆われた地域がある。千聖は中央へ行き、埋まっている種を取り出して摩羅に収めた。直後、草花は炎に飲まれて、元の灼熱の大地へと戻っていく。

 

千聖「さて、長居をする必要は無いわね。帰りま--」

 

花音「ふ、ふえぇぇぇぇっ!!出たよ〜!!」

 

花音の絶叫が千聖の言葉を遮った。千聖が振り返る。

 

千聖「っ!?」

 

油断していた訳では無い。脆弱な装備しか持たない防人達は、いつだって危険に晒されていると自覚している。しかし、この自体は想定していなかった--

 

 

 

"完成型"バーテックスが3体も同時に出現するなどとは。現れたのは、白い布の様な器官と膨らんだ下腹部を持つ"乙女型"--

 

 

 

4本の足の様なものを有する異形の"山羊型"--

 

 

 

3本の青いヒレと半円状のものに守られた"魚型"--

 

 

 

勿論、正確には"御霊"を持たない不完全なバーテックスだが、それでも1体だけで防人部隊を壊滅させ得るほどの敵である。それが3体--

 

花音「どうしよう、どうしよう!?」

 

千聖「決まってるわ!逃げるわよ!!」

 

既に種の回収は終わっている。後は結界内に戻れば良いのだ。

 

千聖「総員撤退!!一切の反撃は考えず、逃げる事だけに専念して!!」

 

防人達は一斉に壁に向かって走り始める。

 

千聖(3体とも"射手型"の様な驚異的な速度の遠距離攻撃や、"蠍型"の様な一撃で即死の攻撃方法は無かった筈…。)

 

だが次の瞬間、地面が凄まじい勢いで揺れ始めたのだ。

 

花音「ち、千聖ち、ち、ちゃん〜!?な、何が、が、起こって、てて、るの〜!?」

 

立っていられない程の揺れが千聖達を襲った。千聖は背後を振り返る。"山羊型"が、4本の足の様な器官を地面に突き刺し、揺らしていたのだ。

 

千聖(まずいわ…この揺れの中じゃ、まともに走る事も跳躍する事も出来ない…。)

 

揺れによって防人達の移動速度が一気に落ちる。

 

千聖「銃剣隊、射撃用意!"山羊型"を狙って、撃って!!」

 

銃剣隊はその場で立ち止まり、銃口を"山羊型"へ向けた。ダメージを与えて地震を止めなければ、逃げ切る事は不可能に近いのだから。銃剣隊は一斉に発射する。しかし、1・2発程度は命中したが、大半の銃弾は滅茶苦茶な方向へと飛んでいく。この激しい揺れの中では、まともに狙いをつける事が出来ないのだった。

 

イヴ「銃弾じゃ無理だ!俺が銃剣で直接叩っ斬ってやる!!」

 

千聖「イヴちゃん!?この揺れの中じゃ危険すぎるわ!!」

 

イヴ「いいや、俺なら出来る!」

 

もう1人のイヴは強気な笑みを浮かべた。

 

イヴ「お前は俺に勝ったんだ。そして俺はお前に従うって約束した。だったら、お前の目標は俺の目標だ。犠牲ゼロにするんだろ?」

 

千聖「イヴちゃん……。」

 

イヴ「ううううおおおぉぉぉぉ!!」

 

イヴは大地を蹴る。彼女は宣言通り、凄まじい揺れの中でも、普段と変わらない速度で駆けていく。千聖はその姿に感嘆さえ覚えた。千聖が鍛錬によって力を得た秀才であるなら、イヴは優れた直感と本能によって生まれつき強い天才である。

 

そして天才の真骨頂は、あらゆる状況に最短で適応し、最良の行動を取れる事にある。卓越したバランス感覚と動体視力で大地の揺れに自分の身体を適応させ、強い踏み込みで1歩づつ確実に進んでいった。

 

イヴ「足、貰ってくぜ!!」

 

"山羊型"が大地に突き立ててる4本の足。その1本の細くなっている部分を、銃剣の刃で切る。1撃では切断出来ず、何度も斬撃を加えてようやく切断出来た。足を1本失った"山羊型"は体制を崩して倒れ、同時に揺れが収まる。

 

イヴ「どうよ、やってやっ--」

 

イヴは言葉の途中で、白い帯によって吹っ飛ばされる。バーテックスは"山羊型"だけではない。"乙女型"の攻撃でイヴは宙を舞う。"乙女型"は更に下腹部から卵型の爆弾を射出し、イヴを迫撃する。

 

イヴ「くっ…!!」

 

イヴは空中で銃剣を構え、爆弾を撃つ。銃弾による相殺で、直撃は免れたものの、爆風がイヴの体を大地に叩きつけた。

 

イヴ「ぐあぁぁぁっ!!」

 

イヴは受け身を取る事も出来ずに、灼熱の大地へ墜落した。"乙女型"は容赦無くイヴに更なる爆弾を射出する。今度は1発では無く、10以上も。この爆撃に、防人の戦衣の防御力では耐えきれない。

 

 

イヴは死んでしまう--

 

 

 

イヴ(仕方ねえな……けど、悪くない。)

 

一先ず"山羊型"の地震は止めた。これで防人達は逃げ切る事が出来るだろう。イヴが死ねば、千聖が掲げる"犠牲ゼロ"にはならないが、それでも被害は最小で済む。

 

イヴ(頼むぜ、白鷺…。後は上手く部隊を率いて、結界の中まで逃げろ…。白鷺ならやれるだろ……。)

 

死ぬ直前であるせいか、過去の思い出が走馬灯の様に頭をよぎっていく。

 

 

---

 

 

思い出すのは2人分の記憶。しかしそのほとんどが、ゴールドタワーに来た後の記憶だった。家庭環境が悪かったせいで、家族の事で反芻した良い思い出は無い。学校でも友達はいなかったから、やはり思い出は少ない。

 

 

ただ、このゴールドタワーに来てからは--

 

 

花音と日菜という騒がしい友達がいた--

 

 

喋る事が苦手なイヴでも、一緒にいるだけで楽しく幸せになれた。

 

 

彩という心優しい友達がいた--

 

 

イヴの様に無口で考えてる事が分からないと馬鹿にしたりせず、性格や考えを慮ってくれた。

 

 

そして、千聖--

 

 

粗暴で自分勝手なもう1人のイヴを、真正面から受け止めた。そして初めての対等な友達になれた。2人が戦った時、千聖が勇者として相応しいとは思わなかったが、千聖個人の事は嫌いでは無かった。2人のイヴにとって、彼女たちは大切な人達である。自分が犠牲になって彼女達を生かせるなら--それも良いかもしれない、と思う。

 

 

 

ただ1つ、心残りがあるとすれば--

 

 

 

イヴ(ごめんな、イヴ。お前を守る為に俺が生まれたってのに、結局お前を死なせる事になっちまった……。)

 

 

 

 

 

だが、そうはならなかった。

 

日菜「イヴちゃん!!!」

 

声と共に、イヴと爆弾の間に日菜が割って入ったのだ--

 

 

 

 

イヴ「氷河!!」

 

イヴの叫ぶ様な声と同時に、数発の爆弾が日菜に直撃する。日菜が盾となった為、イヴには1撃も当たらなかった。だが、その代償は全て日菜1人が被るのである。

 

爆風に吹き飛ばされ、日菜の身体はボロ布の様に大地に落ちた。戦衣の隙間から、おびただしい程の血が溢れ、流れていく。

 

イヴ「氷河!!」

 

千聖「日菜ちゃん!!」

 

イヴと千聖が日菜に駆け寄ってくる。"乙女型"は白い帯を振るい、3人を打ち払おうとするが、イヴと千聖は日菜を抱えて、跳躍し攻撃を逃れる。

 

千聖「何やってるのよ、日菜ちゃん!!」

 

千聖が呼びかける。日菜は辛うじて意識を保っていた。声を発する事さえ容易では無く、途切れ途切れの言葉で話し出した。

 

日菜「犠牲…ゼロ……するんでしょ……だったら…イヴちゃ…も…死……せ…げほっ。」

 

日菜は血を吐いた。もう喋る事さえ難しい。千聖とイヴは、日菜に肩を貸して壁へと走る。地震は収まったから障害は無い。壁まで辿り着くのは難しくない。だが、日菜の怪我はあまりにも重すぎる。例え壁の中まで戻れたとしても、助かるかどうかは分からない。それでも、日菜は後悔していなかった。

 

日菜がここで死ねば、大赦の御役目の中で活躍して家名を上げる目標は果たせなくなる。仲間を助けて殉職した事で、多少賞賛はあるだろうが、"赤嶺家"などの名家に並ぶには遠く及ばない。それでも、日菜は後悔していなかった。

 

彼女にとって"氷河家"の名前を上げる事は、重要な目標である。その為なら命を捧げても構わないと思っている。しかし、もっと大切なものがある。命よりも、家名を上げる事よりもさらに大切なもの--

 

 

それは、"氷河家"の娘としての生き様である。かつて多くの人々を救ってきた英雄の末裔であるという使命感。

 

 

故に"氷河家"の娘として、彼女は人を守る--

 

 

必ず守るのだ--

 

 

だから、後悔などしていなかった。

 

日菜(そこだけは…千聖ちゃんと同じだったね……。)

 

犠牲ゼロを目指す千聖。

 

人を守ると決めていた日菜。

 

日菜は千聖に突っかかってばかりだったが、進んでいる方向は同じだった。だから仲が良い訳でも無いのに、2人は傍にいられたのだ。

 

日菜「千聖…ちゃ…勇者に、なっ…そしたら…傍に……いた…氷河…名……も………残……から………。」

 

日菜は意識を失う。最後の言葉は、ちゃんと言えていたかどうか、分からなかった。

 

 

 



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掛け替えのない存在

第5章終章です。

防人として戦っていく中で千聖が手にしたものは--

神官の正体も判明します。




 

 

"乙女型"の爆撃からイヴを庇い倒れた日菜--

 

日菜「千聖…ちゃ…勇者に、なっ……そしたら…傍に…いた……氷河…名……も…残……から………。」

 

千聖「勝手に、託さないでちょうだい…!」

 

千聖(何が、勇者になって、よ!)

 

千聖(何が、そしたら氷河家の名も残る、よ!!)

 

千聖「私は日菜ちゃんの夢まで背負う気は無いわ!!勝手に死ぬなんて許さないわよ!!

 

千聖は叫ぶ様に言うが、日菜からは何も反応は無かった。完全に意識を失ったようだ。地震の妨げが無くなれば、逃走の障害は、星屑や"乙女型"の白い帯と爆弾攻撃だけである。星屑と爆弾は銃剣で相殺出来るし、帯は1撃が大雑把だから避ける事が出来るだろう。逃げるだけならば、大きな問題は無い--

 

 

 

そう思った矢先だった--

 

 

 

逃げる千聖達の足元の地面が盛り上がり、青く巨大な化け物の頭部が出現する。

 

千聖「くっ……"魚型"…!!」

 

水中を泳ぐ魚の様に、地中を潜行する能力を持つバーテックスである。地面から出現したその異形は、長い身体を活かして千聖達の進む先を塞いだのだ。

 

 

前方には"魚型"、後方には"乙女型"と"山羊型"--

 

 

完全に行き詰まった--

 

 

 

逃げ道を失った千聖達に、"乙女型"が爆弾を射出する。

 

花音「千聖ちゃんーーーーーっ!!!!」

 

叫び声と共に、花音が飛び込んで来た。盾を巨大化させ、"乙女型"の爆弾から3人を守る。

 

花音「何やってるの千聖ちゃん!こんな所で死んじゃダメなんだからぁ!!」

 

花音は涙で顔を濡らしていた。戻ってくる必要も無いのに、他の防人達と一緒に壁へ向かっていた方が安全なのにわざわざバーテックスがいる方へと戻ってきたのだ。

 

千聖「花音、丁度いいところに来たわ。」

 

千聖は自分が支えていた日菜の肩を、花音に譲り渡した。

 

千聖「花音とイヴちゃんで、日菜ちゃんを連れてって。」

 

花音「えっ!?」

 

イヴ「おい、白鷺。何をする気だ!?」

 

千聖「2人は日菜ちゃんを早く安全に運ぶ事だけに集中して。日菜ちゃんの負傷は一刻を争うわ。」

 

イヴ「だから、お前は何をする気だって聞いてるんだよ!!」

 

千聖「私が、1人で退路を切り開く。みんなを守る。だから、2人は日菜ちゃんをお願い。」

 

 

そう言うと、千聖は右手に自分の銃剣を、左手に日菜の銃剣を握ったのだった--

 

 

二刀流--

 

 

かつて千聖は、市ヶ谷有咲と同じく二刀流の訓練を受けていた--

 

 

当時、有咲と並んでトップの成績を叩き出していた--

 

 

両手で武器を使う戦い方は、その身に叩き込まれている--

 

 

千聖「神の集合体、神樹……神の使い、バーテックス…神に変えられた異界、神に守られた世界……もう沢山なのよ。」

 

千聖は2本の銃剣を構える。

 

千聖「神如きが人間様を傷付けて良いはずが無い…殺して良いはず無いじゃない!!

 

灼熱の大地を蹴って、"魚型"に向かって千聖は飛んだ。今、千聖を突き動かすものは、怒りである。

 

 

人間から世界を奪い去った神--

 

 

ただただ人間を殺そうとするバーテックス--

 

 

仲間を守る力が無く、重傷を負わせてしまった自分--

 

 

人間を生贄にして神に赦しを乞おうとする大赦--

 

 

死にに行く少女が"私は犠牲になれて幸せです。"と笑う歪な世界--

 

 

ありとあらゆるものに対する怒りである。

 

千聖が2本の銃剣を振るい、"魚型"のヒレを切り落とす。今までの戦闘経験の中で、バーテックスの頑丈さも完璧ではない事は分かっている。異形故に、その身体には脆い箇所が存在するのだ。そこさえ付けば、攻撃力に劣る防人の武器でも、バーテックスにダメージを与えられるのである。

 

千聖「人を舐めないで!神の使い如きが、人間の邪魔をするんじゃないわよ!!」

 

ヒレを切り落とした後、頭部にある切れ目の様な部分に2本の銃剣の先を突っ込み、両手を使って、肩が外れそうな程連射をする。内側から大量の銃弾を浴びた"魚型"は、動きを鈍らせた。その隙にイヴが日菜を背負い、花音が盾を構えながら、"魚型"の横を通り抜けて壁まで走った。

 

花音「ふえぇぇぇっ!!怖いよぉ〜、殺されるよぉ〜!!」

 

逃げながら、花音はボロボロと涙を流す。背後に迫るバーテックス。今までの御役目の中でバーテックスが出てきた事は何度もあったが、今回は1体だけで無く、3体も出てきている。危険の大きさは過去の比ではない。

 

イヴ「そんなに怖いんだったら、戻って来なけりゃ良かったじゃねぇか。他の防人達と逃げておけばよ。」

 

イヴは呆れながら花音に言うが、

 

花音「そんな事出来ないよぉ!千聖ちゃんが死んじゃったら嫌だもん、日菜ちゃんだってイヴちゃんだって死んで欲しく無いんだよぉ!!だから、怖くても守るんだよぉ〜!!」

 

イヴ「泣くな泣くな、前見ろ!」

 

そこへ"乙女型"の爆弾が1発、花音達の方へと向かってくる。花音は盾を構えて、その爆弾を防いだ。

 

花音「千聖ちゃんはずっと私を守ってくれたんだよぉ!私、千聖ちゃんに何もお返し出来てない!!だからせめて千聖ちゃんの目標を叶えるんだよ!誰も死なせないって!犠牲ゼロだって!誰も死なせたくないんだよぉ!!」

 

実際は千聖が花音を守り続けていた訳では無い。寧ろ千聖が花音に助けられた事も少なくない。しかし、花音自身はずっと千聖に守られてきたと思っている。千聖がいたから、自分は生きて来られたのだと。

 

だが花音は、千聖に何もしてあげられる事が無い。花音はなんの取り柄も無くて、逆に千聖は何でも出来る。花音は弱くて、千聖は強い。だからいつも、花音は千聖から何かをしてもらうばかり。受け取ってばかり。恩返し出来る事なんて無い。

 

けれど今、花音は千聖の掲げる"犠牲ゼロ"という目標の為に役立てているのである。

 

花音「有り得ないんだよ、こんな…!私が千聖ちゃんの役に立てるなんて!だったら、頑張るしか無いよぉ!!」

 

だから花音は怖くてもやる、頑張るのである。迫ってくる"乙女型"の爆弾を数発、花音は盾で防いだ。しかし、これ以上の攻撃は来なかった。千聖が敵の襲撃・攻撃を、ほぼ全て防いでいたからである。

 

再生した"山羊型"が動き出せば、右手の銃剣の刃で再び足を斬りつける。その間に"乙女型"が爆弾を射出すれば、左手の銃で爆弾を撃ち落とし相殺した。爆弾を狙撃しつつ、跳躍して"魚型"の所へ移動し、再生し終えたヒレを再び銃剣で切り落とす。星屑の大群が逃げる花音達に迫れば、2つの銃剣で二丁拳銃の様にして撃ちまくった。

 

防人の装備では、バーテックスに大きなダメージを与える事は出来ない。しかし星屑を倒し、爆弾を相殺し、バーテックスの身体を削って小ダメージを与えて動きを鈍らせる事は出来る。そうしながら花音達への攻撃を防げるのである。

 

千聖(繋がっていた…のね……。)

 

 

 

小学生時代、父に憧れて努力を続けた--

 

そして勇者候補生になるよう声がかかった。

 

 

 

勇者候補生時代、二刀流の訓練を懸命に行った--

 

だから今、こうして2本の銃剣を自在に操る事が出来る。

 

 

 

厳しい体力トレーニングを積んだ--

 

だから今、バーテックス相手に激しい動きで立ち回る事が出来る。

 

 

 

握力を鍛えた--

 

だから今、頑丈なバーテックスを斬っても、銃剣を取り落としたりはしない。

 

 

 

反射神経を鍛えた--

 

だから今、敵が攻撃すればすぐに対応出来る。

 

 

 

集中力を鍛えた--

 

だから今、3体の敵を同時に相手出来る。

 

 

 

防人になり、狙撃の練習を重ねた--

 

だから今、星屑や"乙女型"の爆弾を正確に撃ち抜く事が出来る。

 

 

 

銃剣術の練習を重ねた--

 

だから今、強い敵をも斬り裂く技術を手に入れた。

 

 

 

隊長という立場になって周囲の人間に目を向けるようになった--

 

だから今、守るべき仲間が出来た。

 

 

 

 

千聖(全てが"今"に繋がっていた…!無駄なものなんて……何一つ無かった…!)

 

全て無駄だと千聖が思った勇者候補生時代も。

 

勇者になる為の過程に過ぎないと思った防人としての日々も。

 

生きてきた道程の全ては積み重なられて、仲間を守る事が出来る"今"に繋がっているのだ。過去の自分が、今の自分に、バトンを繋げている。千聖はたった1人で、3体ものバーテックスに1歩も引かず戦い、逃げる3人の仲間を守り続けた。

 

 

--

 

 

だが、やがて限界が来る。こんな無茶な戦い方をいつまでもやり続けていられる筈が無かったのである。疲労で集中力が切れた瞬間、地中から飛び出した"魚型"が、体当たりで千聖を吹っ飛ばした。同時に、"乙女型"の爆弾が迫る。

 

千聖(避けきれない……。)

 

千聖は死を覚悟した。

 

防人は弱い。ずっと互角に戦っていても、一瞬のミスで死んでしまう程に弱い。だから--

 

 

 

?「銃剣隊、構え!!撃つっすーーーー!!!」

 

それは千聖の声ではなかった。指揮官型、番号2番の少女の声。先に壁に向かって走ってた筈の防人達が、いつの間にか戻ってきていたのだ。銃撃体制を取った少女達が、千聖に迫っていた爆弾を全て撃ち落とす。怪我をした日菜と、それを背負って運んでいるイブの周りを、花音と他の護盾隊型防人達が盾でガードしている。

 

防人「白鷺さん、勝手に死なないでください。」

 

防人「犠牲ゼロを目指すんでしょう!」

 

防人「体制を立て直して!その間に私達が援護するから!!」

 

口々に少女達が言う。

 

 

防人は弱い--

 

 

一瞬の判断ミスで死んでしまう程弱い--

 

 

だから--

 

 

だから、集団で戦う--

 

 

全員で力を合わせて、戦うのである--

 

 

千聖「ありがとう、みんな…力を貸して!!全員で生き延びて帰るわよ!!!」

 

 

---

 

 

千聖の鬼神の如き奮戦と、防人の少女達全員の協力により、彼女達32人はバーテックス3体を相手にして、生き残った。全員が結界の中に戻る事が出来、種も回収して任務は果たされた。

 

しかし、日菜の怪我は重症だった。彼女はすぐに大赦傘下の病院へ運び込まれ、緊急手術が行われた。

 

 

--

 

 

医師「最前は尽くしたが、生き延びる事が出来るかどうかは分からない。」

 

と、医師は言った。日菜は集中治療室で様々な機器に繋がれて眠っている。千聖は部屋の外で、日菜が眠るベッドをガラス越しに見つめ続けていた。

 

他の防人達は全員、多かれ少なかれ負傷していた為、治療を受けて今は安静にしている。千聖は1人で、日菜が目覚めるのを待ち続けた。そこへ、女性神官が現れ言う。

 

神官「白鷺さん。あなたもかなりの怪我を負っています。治療を受けて安静にしていなさい。」

 

しかし千聖は、首を横に振る。

 

千聖「私はここにいます。日菜ちゃんが目を覚ますまで。」

 

神官「今、あなたに出来る事は何もありません。神樹様にお祈りするくらいです。祈る事なら自分のベッドでも出来ます。」

 

神官の言う通り、医者でもない千聖に出来る事は何も無い。だが千聖は、神には祈らない。日菜に重傷を負わせたのも神なのだから、神に祈る筈が無い。

 

千聖「何も出来ない。神にも祈らない。私がやる事は…彼女の傍にいて、心の中で呼びかけ続ける事ぐらいです。」

 

神官「……あなたがそうしたいのなら、それでも良いでしょう。」

 

相変わらず神官の口調は無感情だ。

 

千聖「私は、自分はもっと合理的な人間だと思っていました。」

 

神官「何を言うかと思えば。」

 

その時、神官の口調に珍しく感情らしきものが浮かんだ様に思えた。皮肉と苦笑が混じり合った様な感情が。

 

神官「あなたは全く合理的な人間ではありませんよ。偏執的とさえ言える程のストイックさと意思の強さ。それは合理性では無く、理想と精神論で生きている人間のみが持つものです。」

 

そう言うと、神官は千聖に背を向けて去って行った。千聖は眠り続ける日菜に、心の中で語りかける。

 

千聖(目を覚まして、日菜ちゃん。あなたは"氷河家"を復興させるんでしょ?だったら、こんな所で眠ってる暇はない筈よ。私はあなたの夢を背負うつもりは無いわ……。)

 

その日、千聖は一睡もせず、日菜を見守り続けた。日菜は目を覚まさなかった。

 

 

--

 

 

翌朝、治療を終えた花音とイヴ、他の防人達も集中治療室の前へと来た。誰もが千聖と同じ様に、ただ静かに日菜を見守る。

 

2日目、日菜はま未だに目を覚まさない。防人達の間に、不安と思い空気が広まり始める。千聖はもう60時間近くも眠らずに日菜の帰還を待ち続けていた。

 

 

--

 

 

3日目。日が沈み始めた頃、晩秋の空気に茜色が満ちていく中--

 

 

 

 

日菜は目を覚ました。医師と看護師たちが次々に集中治療室に入っていき、日菜の容態を確かめる。その後、千聖たちも部屋の中に入る事を許された。日菜はまだどこかぼんやりしていたが、千聖の姿を見ると、急に目に生気が戻った。

 

日菜「千聖ちゃん…心配かけたね。でも私は、まだ死ぬ時じゃないってゲホッ、ゴホッ、う、ううぅ……。」

 

お腹を抑えて日菜は涙目になる。

 

千聖「バカなの、日菜ちゃん。まだ意識が戻っただけで怪我も治ってないのに、無理して喋ったら…そうなるに決まってるわよ。」

 

いつもと同じような、日菜と交わす軽口。

 

 

しかし、いつもと違って--

 

 

 

千聖の目からは水滴が頬を伝い、日菜のベッドに落ちた。

 

千聖「あれ…なんで……?私……泣いて…。」

 

千聖は困惑しながら、涙を流した。

 

神官「それはあなたが仲間達に、全身全霊で向き合ってきたからです。」

 

そう言いながら、集中治療室に女性神官が入ってきた。

 

神官「あなたが防人の少女達と過ごしてきた時間。共に築き上げてきた結び付き。全力で向き合ってきたからこそ、あなたにとって彼女達は掛け替えのない存在になった--"友達"と呼べる存在です。あなたは今、友達の為に涙を流しているのです。」

 

千聖「…友達………。」

 

それは勇者を目指し始めた時に、千聖が不要と断じて切り捨てたもの。

 

 

 

長い長い時間をかけて--

 

 

 

ひどい遠回りをして--

 

 

 

千聖はそれを手に入れたのだ。その時、控えめな声が部屋の外から聞こえた。

 

?「千聖ちゃん。」

 

千聖は声の方へ振り返る。そこにいたのは彩だった。奉火祭で生贄になる為に去った筈の少女が、そこに立っていたのだった。

 

彩「…私、戻ってきたよ。」

 

何故こうなったのか。時間は少し巻き戻る。

 

 

---

 

 

彩が戻ってくる半日程前--

 

1人の少女の家に、大赦の神官達が訪れていた。その少女に対し、神官たちは過剰なまでの敬意を払う。正面から彼女の顔を見るだけでも不遜なのか、彼らは畳に手をつき、平伏したままであった。

 

だがその過剰なまでの敬意とは裏腹に、神官たちが彼女に話している事は、あまりにも非情であった。彼女の命そのものを天秤に掛けているのだから。

 

神官「先日、我々大赦は、供物とする巫女を選び出しました。西暦の時代に行われた奉火祭と同様、天の神に捧げる巫女は6人。儀式は既に執り行える体制となっております。」

 

?「そうなれば、6人が犠牲になる……。」

 

神官「………。」

 

?「でも私が犠牲になれば、私だけの犠牲で済む……。」

 

少女は呟くように言った。

 

神官達は平伏したまま何も答えない。彼らの無言が意味するものは肯定である。また、自らの行おうとしている儀式を決して止めるつもりは無い、という意思の現れでもある。神官達とて、いたずらに彼女に対して残酷な話をしている訳では無い。寧ろこれは、彼女を思っての行動なのである。

 

彼女達に何も伝えていなかった為に、かつて悲しい悲劇が起こってしまった。だから大赦は、可能な限りの事実を彼女らに伝える事にしたのだ。その少女は、神官達の意図を汲み取り、そして告げる--

 

 

 

自らを犠牲にするという答えを。

 

?「選び出した巫女達の御役目を解いてあげてください。私が供物となります。私は壁に穴を開けた時、確かにこう言ったんです。"私が生贄なら、まだ良かった"って。そう…私だけなら……。」

 

 

---

 

 

戻ってきた彩が防人達に囲まれている間に、千聖と女性神官は病院の屋上で話していた。

 

神官「丸山さんは御役目を解かれました。」

 

千聖「奉火祭は取り止めになった…って事ですか?」

 

神官「いいえ。巫女達の代わりに、1人の勇者様が犠牲となる事に志願したのです。」

 

千聖「まさか……有咲ちゃん?」

 

神官「彼女ではありません。」

 

神官の言葉には微かに、ほんの微かに、躊躇うような間があった。

 

神官「犠牲となるのは山吹沙綾様。以前、神樹様の壁に穴を開けた本人が、自ら責任を取る…と。」

 

千聖「…彩ちゃんは犠牲にならなかった……でも、誰かが犠牲になるんですね?」

 

千聖の言葉に女性神官は頷いた。千聖は悔しさで拳を握り締める。誰かが犠牲になっているのなら、それは千聖の目指す結末ではない。

 

神官「防人の御役目は、ひとまず終了となります。今後、また御役目が発生する可能性はありますが、結界外調査と国造りの補佐という任務は無くなりました。」

 

千聖「………。」

 

神官「大赦は、御役目の中で防人に多くの死者が出ると思っていました。ですが…負傷者は出たものの、犠牲はゼロ。よく成し遂げましたね。そしてあなた自身も、昔とは随分変わりました。今のあなたが市ヶ谷さんと並んでいたら、きっと我々はどちらに"夏希"の端末を受け継がせるか、選ぶ事は出来なかった。」

 

千聖「夏希?先代勇者の?」

 

神官「そう…御役目を退いた……いえ、バーテックスに殺された勇者です。今のあなたなら、もし端末を受け継いだとしても、きっとあの子は怒らないでしょう。」

 

女性神官のその言い方は、単なる勇者と神官の関係にしては妙だった。最高位の御役目を担う勇者に対し、神官は敬意と形式を持って接するはずである。だが、彼女の口調は--

 

 

 

まるで勇者に長い期間、身近で接してきたかの様な--

 

 

 

千聖「あなたは、海野夏希と個人的な知り合いだったんですか?」

 

?「個人的、という程ではありませんね。私は先代勇者の御目付役で……勇者の御役目以外でも、彼女達が通う学校の教師でした。ただ、それだけです。」

 

その神官--

 

 

 

安芸と先代勇者との関係は、千聖と彩との関係に似ていたのかもしれない。ならば夏希が命を落とした時、彼女はどの様な思いだったのか。仮面の奥の感情は、推測する事さえ出来ない。

 

安芸「今の白鷺さんなら、勇者としての御役目も充分に果たせるでしょう。大赦にも、その様に報告しておきます。もし、更なる勇者の補充が必要になった時、あなたがその御役目につけるように。」

 

だが、 千聖から返ってきた言葉は意外なものだった。

 

千聖「その必要はありません。私は勇者にはならないわ。」

 

千聖の答えに、安芸は訝しんだ。

 

安芸「あなたは勇者になる事に、強く拘っていた筈では?」

 

千聖「そうですね。今でも勇者になる事は、私の目標です。ですが、あなた達"大赦の勇者"は、私が目指しているものでは無いわ。犠牲を前提として生きる存在を、勇者だなんて私は認めない。」

 

安芸「………。」

 

安芸はしばらく無言になり、やがて問いかける。

 

安芸「あなたは犠牲をゼロにすると…それは人間、白鷺千聖としての誓約だと言いましたね?そして誓約を実現しました。しかし、人類の歴史は全て犠牲の上に成り立っています。科学、文化、そして人の生命そのものさえも、数限りない屍の上に存在するのです。」

 

千聖「ええ、その通りね。」

 

今この四国は、過去の勇者、巫女、名も記録されていない多くの人々の犠牲の上にある事は千聖も重々承知であった。

 

安芸「それが分かっているならば、何故そこまで犠牲を否定するのですか?少を犠牲して多を生かす事が出来るならば、それは悪い事では無い筈です。」

 

千聖「あなたは……いえ、大赦は、人類を"全体"でしか見ていないのよ。囲碁や将棋の盤面を見るように、高みから見ているだけ。だから分からないのよ。」

 

千聖は神官を睨みつける。

 

千聖「"大勢の中の1人"でも、その人には家族がいて、友達がいて、愛する人がいるの。たった1人でも誰かが犠牲になったら、その犠牲になった者を愛する人達は、世界の終わりと同じくらい悲しいのよ!あなた達はただ高みから見ているだけだから、そんな簡単な事が……中学生に過ぎない私でさえ分かる、そんな簡単な事が分からないんですよ!!少を殺して多を生かすなんて選択が、良い筈が無いの!!」

 

初めは千聖にとって"犠牲ゼロ"は、大赦に自分の力を認めさせる為、そして理不尽な神への反発心故に掲げた目標だった。だが、今は違う。

 

彩が犠牲になると告げられた時に感じた怒り、悲しみ。

 

日菜が一命を取り留めた時に感じた喜び、安堵。

 

防人や巫女という、名前も記録されない様な"大勢の中の1人"でも、個々に生きる人間であり、大切な命である。

 

 

犠牲にして良い筈が無い--

 

 

たった1人でも、犠牲にして良い筈が無い--

 

 

千聖は怒りをそのまま言葉にする様に叫んだ。

 

千聖「最後の最後まで死に物狂いで足掻け!死に物狂いの努力をしていない人間が、安易に誰かの命を犠牲にするなんて選択をするんじゃないわよっ!!」

 

千聖の言葉を、安芸は何も言わずに聞いていた。

 

千聖「あなた達から与えられる"勇者"の称号など、不要です。私は、私が理想とする勇者を目指し、必ずそれになってみせる。」

 

安芸「………あなたが理想とする勇者とは、何ですか?」

 

千聖「誰1人、犠牲にしない者よ。犠牲を生まない道を拓ける者こそ、勇者。」

 

安芸「………。」

 

千聖「私は防人を続けます。今の大赦の様な、犠牲を前提としたやり方とは違う方法を、探し続けます。場合によっては、大赦の内部に入って、あなた達の歪なやり方を変えてみせる。そして誰1人犠牲にならない道を、必ず見つけ出します。」

 

千聖(それが出来た時、私は自分を勇者だと認める事が出来るでしょうね……。)

 

大赦から与えられる"勇者"という称号や地位自体に、価値など無いのである。仲間達と自分自身から、勇者だと認められる事。その方がよっぽど大きな価値がある。今の千聖には、彼女を勇者の様だと言ってくれる仲間達がいる。後は千聖自身が、自分を勇者だと認められる様になればいい。その為に、彼女は自分の理想とする勇者--

 

"犠牲を生まない道を拓ける者"を目指すのだった。

 

安芸「誰1人犠牲にならない道……あなたなら、いつか出来るかもしれませんね。」

 

千聖「成し遂げてみせます。必ず。」

 

千聖はそう言うと、安芸に背を向けて屋上を出たのだった。

 

 

---

 

 

白鷺千聖を突き動かすものは、怒りである。

 

犠牲を前提とした方法を安易に選んでしまう大赦--

 

 

人間に犠牲を強いる神--

 

 

犠牲を"仕方ない"と受け入れる人間達--

 

 

理不尽な世界に対する怒りである。

 

 

 

そして、もう1つの原動力は--

 

 

---

 

 

千聖は集中治療室の前に戻ってきた。防人の少女達は、日菜の回復と彩の帰還を喜び合っている。

 

 

松原花音--

 

 

氷河日菜--

 

 

若宮イヴ--

 

 

丸山彩--

 

 

沢山の防人達--

 

 

 

1人1人、大切な友達。

 

これからも彼女達を死なせない。

 

勇者達だって死なせない。

 

誰1人死なせない。

 

 

そう、誓う--

 

 

---

 

 

季節は移り、冬--

 

白鷺千聖と彼女が率いる防人達は、今日も戦衣を纏い、壁の上に立っている。

 

千聖「流石に真冬ね…空気が冷たいわ。結界の外は灼熱の世界だっていうのに…。まあ、私達の任務に季節は関係ないわね。」

 

千聖を初めとした防人達は、今日も戦衣を纏う。

 

千聖「さあ、御役目を始めましょう!今日も犠牲者は出さず、任務を達成するわよ!!」

 

 

千聖以外「「「了解っ!!」」」

 

そして千聖を先頭とした少女達は、灼熱の大地へと降りていく--

 

 

 




〈第5章 白鷺千聖の章〉を読んでいただき本当にありがとうございました。

この後は後日談が数話続き、物語は

〈第6章 花結いの章〉

へと続いていきます。

これまでの勇者総出演の物語になります。

いつも読んでくれる皆様、本当にありがとうございました。



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緑の柳、紅の花

ゴールドタワーの正式名称"莎夜殿"--

読み方は"しゃや"--

あの人の名前です。




 

 

四国を囲む神樹の壁--

 

その壁の上で有咲と千聖は向かい合っていた。

 

かつて勇者の座を争った2人--

 

 

有咲が勇者になる事が決定した後から、千聖は一度も彼女に会っていなかった。随分と久しぶりの再会である。千聖達の頭上に広がる冬の空は、冷たい空気に覆われている。しかし一歩、壁の外に出れば、そこは灼熱の地獄となるのだ。地獄の間際で、かつての勇者候補筆頭の2人は対峙していた。

 

千聖「あなたにこんな所で会うとは思わなかったわ……有咲ちゃん。」

 

有咲「そうだな……私もだよ。」

 

有咲は思い詰めた表情を浮かべ、彼女らしい気の強さは影を潜めていた--

 

 

---

 

 

街が白く染まっていた。

 

花音「わあぁぁ、雪だ!雪だよ!!」

 

花音は叫びながらゴールドタワーから駆け出して来た。

 

花音「寒〜い!!でも、雪だぁ〜!」

 

地面を薄っすらと覆う積雪。その上に足跡を付ける事を楽しむように、花音は騒ぎながら走る。かつて、まだ四国以外の地が残っていた時代には、冬になると平野部でも毎日雪が積もる地域もあったらしい。

 

しかし、この国に四国しか残ってない現在、山以外で雪が積もる事は滅多に無い。

 

日菜「花音ちゃーん、雪程度でそんなに大騒ぎしなくても…。まるで子犬の様だよ。」

 

日菜は呆れた様に呟いた。数年ぶりに平野部で雪が積もった事から明らかなように、今年の雪は寒さが厳しい。

 

日菜「花音ちゃんも子供だねぇ〜ぶはっ!」

 

言葉の途中で、日菜の顔に花音が投げた雪玉が命中した。

 

日菜「か〜の〜ん〜ちゃ〜ん〜?」

 

柳眉を逆立て、日菜も足元の雪を拾って球状に固め始める。2人の雪合戦が始まった。

 

千聖「花音、何やってるの。今日の特訓を始めるわよ!日菜ちゃんも!」

 

始まったところで、タワーから千聖が出てきて厳しい口調で言う。千聖の隣にはイヴも一緒にいた。

 

花音「え〜、特訓はイヤだよ、千聖ちゃ〜ん!!だってもう12月26日だよ!クリスマス過ぎちゃったんだよ!!冬休みの時期だよ〜!」

 

千聖「私達は防人という御役目を担ってるのよ。それに会社なんかは、大晦日まで働いてる所だってあるわよ。」

 

花音「ふえぇぇぇっ〜!!」

 

 

--

 

 

神世紀300年が終わろうとしていた。千聖達防人隊は今もゴールドタワーに留まり、いつ起こるかもしれない出動に備えて鍛錬を続けている。"国造り"を行う為の任務は終わったが、依然として四国は危機的状況にあり、また突発的な任務が発生する可能性もあるからだ。

 

彩が奉火祭の生贄を免れた後、世界の状況は目まぐるしく動いているらしい。防人達に与えられる情報は少ないが、ある程度の状況は千聖でも推測出来た。

 

彩を含めた6人の巫女の代わりに、当代勇者である"山吹沙綾"が天の神に捧げられた。その後、他の勇者5人が沙綾を結界外の劫火から救い出したのだという。生贄は無くなり、状況は振り出しに戻ったのだ。大赦は今後の対策に大騒ぎしているらしい。

 

だが、千聖は勇者達の行動を賞賛したい気持ちだった。

 

千聖(さすが有咲ちゃん達ね……私が出来なかった事をやってのけてしまうなんて。)

 

 

犠牲無き道を拓ける者こそが勇者--

 

 

千聖はそう考えている。

 

当代の勇者達は沙綾を助け出し、犠牲無き道を切り拓いた。その結果、状況が振り出しに戻ったとしても、また新たな道を模索して足掻けば良いだけなのだから。

 

花音「中学校だったら冬休みなんだから、絶対に訓練なんかしないよ!」

 

タワーの外で駄々を捏ねる花音をどうしようかと、千聖は思案する。

 

千聖(力ずくで引っ張っていこうかしら…それとも、もう守ってあげないと脅すのがいいかしら……。)

 

そこへ、

 

彩「千聖ちゃーん、みんなー!」

 

タワーから興奮気味に、早足で彩が出てきた。良い事でもあったのか、声が弾んでいる。

 

彩「凄い知らせがあるみたいだよ!みんな、展望台に集まって!」

 

そう言われ、4人は彩の後について行った。

 

 

---

 

 

千聖達が展望台に来ると、既に他の防人達も揃っていた。そこにはかつて先代勇者の御目付役だった女性神官、安芸ではなく、男性の神官が立っていた。以前は防人との連絡や指示は彼女が行なっていたのだが、最近はその姿をほとんど見せなくなっていた。展望台の防人たちが神官へ向ける目には、一様に警戒と反抗心が宿っている。

 

彩が奉火祭の生贄として指名された一件の後、防人達は大赦や神官への不信感が根付いている。今回もまた何か理不尽な通達をされるのではないかと、どの少女も思っているのだ。

 

男性の神官が話し出す。

 

神官「本日はみなさんに報告があります。現在、大赦内部で、防人という御役目を廃止するように手続きが勧められています。」

 

千聖「どういう事ですか?……私達は解散という事ですか?」

 

警戒心たっぷりの千聖の問い掛けに、神官は平然と答えた。

 

神官「いいえ、この部隊はそのまま残り続けます。ただし、皆さんは"防人"ではなく、正式に"勇者"と呼ばれる事となるでしょう。」

 

防人達「「「!?」」」

 

神官の言葉に、防人の少女達がざわつき始めた。

 

神官「まだ少し先の話ではありますが、みなさんの扱いも勇者として相応なものとなり、まとう戦衣の性能も大幅に向上される予定です。既に皆さんのご家族にも通達されています。ご家族の方々も、誇らしい事だと喜んでいる様です。」

 

勇者という御役目は、世界を守る最も名誉ある立場だ。勇者を出した家となれば、今後は名家として扱われ、大赦から特別な援助を受けられるのである。勇者という御役目は危険もあるが、危険度の高さなら防人も同じである。つまり防人から勇者へ昇格となる事には、マイナス面が無い。家族が喜ぶのが当然である。

 

勿論防人達にとっても、名誉であり喜ばしい事だ。防人達は皆、元勇者候補だが、千聖の様に自分が勇者になれると思っている者はほとんどいない。そんな彼女達にとって、今回の勇者昇格は夢の様な話だった。最初は神官の言葉を警戒していた少女達も、目を輝かせ始める。

 

花音「神官さん、それ本当なの!?」

 

花音は興奮しながら質問する。

 

神官「本当です。もし信じられないのなら、ご家族に確認を取ってみてください。」

 

防人の少女達は喜んではしゃぎ始めた。

 

防人「やったよ!」

 

防人「すごい、凄いよ!」

 

防人「私達、勇者様になれるんだ!!」

 

日菜「これで、氷河家は勇者を輩出した家として、名前が上がるんだね…。」

 

日菜も噛みしめる様に呟いた。

 

花音「やったぁ!やったよ、千聖ちゃん!私達勇者になるんだって!……あれ?千聖ちゃん、あんまり喜んでない?」

 

千聖の表情が硬い事に気付いた花音が、怪訝そうな顔をする。千聖は神官の言葉をそのまま素直には受け取る事が出来なかった。

 

千聖(勇者の力の源は神樹なはず……。神樹の力が尽きかけてる今、勇者を32人も追加する事など出来るの?防人の士気を上げる為、防人の大赦への信頼を上げる為に、不可能な事をただ掲げてるだけの可能性もある……。)

 

その時、イヴが千聖の服の裾を掴み、引っ張った。

 

イヴ「…何か、心配してるんですか?」

 

イヴが千聖の顔を覗き込んで尋ねる。イヴの問いに千聖は少し沈黙した後、苦笑して首を横に振った。

 

千聖「……いいえ。私達が勇者として扱われるのは、良い事だと思うわ。」

 

今の千聖は、大赦から与えられる勇者という地位に興味を持たない。しかし、部隊に勇者という地位が与えられれば、大赦は今後彼女達の命を軽視し、使い捨てにしにくくなるのだろう。そして戦衣の性能が上がれば、死の危険は少なくなる。千聖が目指す"犠牲ゼロ"の為には、その方が絶対に良いのだ。

 

勇者への昇格という話を聞き、盛り上がっている少女のの中で、千聖は声を上げる。

 

千聖「みんな、聞いてちょうだい!」

 

防人達の注目が千聖へ集まる。

 

千聖「勇者への昇格は名誉な事だわ。でもまだ正式に勇者になったと決まった訳では無いし、勇者になった後も今までと同じく危険はつきまとうはずよ。気を緩めず、きっちり自分を鍛えていく事を怠らない様に!勇者になってもならなくても、私たちの部隊から犠牲者は出さないわ!絶対に!!」

 

 

防人達「「「了解!」」」

 

相も変わらず厳格な隊長の言葉に、少女達は気を引き締めて答えた。

 

 

---

 

 

次の日、ゴールドタワー展望台--

 

千聖「久しぶり……ですね。」

 

千聖が安芸に会ったのは、防人達に勇者昇格が報告された翌日だった。早朝のトレーニングを終えた後、何となく立ち寄った展望台に、彼女の姿があった。展望台の窓際で大橋の方を向いていた彼女は、千聖の声に振り返った。

 

安芸「……この時間はまだ誰も起きてないと思いましたが、そうですね…あなたは夜明け前から自主トレーニングを行っていましたね。」

 

千聖「私だけじゃありません。日菜ちゃんも私と同じメニューをこなしてますし、他にも自主的にトレーニングを始めた人もいます。」

 

安芸「あなたの影響が着々と広まっているようですね。あなたをこの部隊の隊長にした事は、やはり間違っていなかった。」

 

変わらず淡々とした口調で安芸は話す。

 

千聖「最近はタワーに姿を見せてませんでしたが、私達の監督役から外れたんですか?」

 

安芸「そうですね。色々と、やらなければならない事が増えたのです。しかし、私がいない方が防人達の精神衛生的にも良いでしょう。防人達の中には私を嫌っている者も少なくないですから。」

 

彩の奉火祭の犠牲にすると通達した彼女に対し、多くの人が今も反発心を抱いている。

 

千聖「あなたは大赦の決定を伝えただけでしょう?」

 

安芸「それでも、実際に伝達した者が恨まれる者です。」

 

千聖「………。」

 

思えば千聖も、かつて勇者争奪に敗れた事を伝えられた時、彼女を憎んだのだから。あの決定も、彼女の独断では無かったのに。

 

安芸は淡々と語る。

 

安芸「それに、何故お前はその決定に対抗しなかったんだ、という怒りもあるでしょう。事実、私は丸山さんを生贄にするという案に、一切反対しなかった。」

 

千聖「…あなたは、少数を犠牲にして多数を救う事は、正しい事だと言いましたよね。」

 

安芸「ええ。」

 

千聖「それは本当に、あなたの考えなんですか?」

 

安芸「どういう意味ですか、白鷺さん。」

 

千聖「大赦がそういう信念を持っている事は確かだと思います。でもあなた自身は……大赦とは切り離したあなた個人は、本当に同じ考えをしているんですか?」

 

安芸「………。」

 

千聖「あなたはいつも感情を見せないようにしていたわ。個人的な感情や考えを消していた。だから、少数を犠牲にして多数を救うべきという考えも、ただ大赦の意思を口にしただけで、あなた個人の考えは別にあるかもしれないって事よ。」

 

かつて先代勇者の御目付役であり、学校の担任教師だったという彼女。先代勇者の1人は、人類を守る為の犠牲となって命を落とした。その死に対してもやはり彼女は、多数を救う為の正しい犠牲だったと思っているのであろうか。

 

安芸「別の考えなどありません。大赦の意思が私の意思です。神官は大赦の一部……手足が脳と異なる意思を持つ事が無いように、神官もまた大赦と同じ意思しか持ちません。」

 

そう言って安芸は、千聖の横を通って展望台の出入り口へ向かう。エレベーターの到着を待っている間に、彼女は言った。

 

安芸「私はもうこのタワーに来る事は無いでしょう。」

 

千聖「そうですか。」

 

安芸「この"莎夜殿(しゃやでん)"が完成するまでは、ここにいるだろうと思っていたのですが。」

 

千聖「莎夜殿?」

 

安芸「大赦内では、このタワーはそう呼ばれているのです。"(かやつりぐさ)"……これはあなた達の戦衣のモチーフである"(なずな)"と同じく雑草です。そして日向である勇者の影…夜が防人。故に"莎夜殿"。」

 

安芸「"今井家"が直々に命名したそうです。今もまだタワーは改装中ですが、いずれ完成した暁には、正式に"莎夜殿"として改名されるはずです。」

 

"今井家"は名家中の名家であり、"花園家"と並んで大赦のツートップの1つだと言われている。今井家がそう決めたなのであれば、必ずその名前になるだろう。

 

 

--

 

 

そしてエレベーターが到着し、女性神官は展望台を去っていった。後に千聖が他の神官から聞いた話によると、ゴールドタワーの改装は防人用の居住施設と関連施設を造るだけではないらしい。かつての大橋と同様に、四国の"霊的国防装置"の1つとなる予定であり、天から迫る敵に対してタワー自体が射出されて迎撃するのだという。

 

千聖は呆気に取られたが、バーテックスを四国外へと転送する機能を持っていた大橋も、考えてみればオーバーテクノロジーの産物である。神樹の力と大赦の技術があれば、莎夜殿のような装置を作る事も可能なのかもしれない。とはいえその装置が完成するまでは、まだ半年以上かかるそうだ。

 

 

 



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旧友との再会

この話の裏で勇者部に何が起こっているのか--


それは第3章を読めば分かります。




 

 

女性神官がタワーを去り、12月30日--

 

防人達は5〜6人ずつ時期をずらして帰省している。全員がタワーを離れてしまうと、突発的な有事の際に、動きが遅れてしまうからある。だから12月末の今でも、タワー内にはほとんどの防人が残っていた。

 

その日、彩は夜明けの時間から、タワー内を動き回っていた。

 

彩「ふふ〜♪ふふ〜ん♫」

 

鼻歌を歌いながら、上機嫌に箒で床を掃いていた。彩は掃除が趣味で、防人達が訓練をしている時など、時間が空いた時にはよく施設内を掃除しているのだ。タワー内がいつも清潔に保たれているのは、彼女のお陰である。ほとんどの防人は、自室の掃除まで彩に任せきっていた。実際、彼女の掃除はとても上手く、他人に掃除を任せた時にありがちな、"どこに何が置かれているのか分からなくなる"という事が無いのだ。埃やゴミはさっぱりなくなり、テーブルや椅子はピカピカに磨かれ、布団はふかふかになる。彩の掃除は防人達の間で大人気だった。

 

千聖も、初めは彩に仕事を押し付ける事への遠慮から、掃除は自分でやっていた。しかし一度彩に任せてしまうと、トレーニング器具は使いやすい場所に整理してくれる為、今は毎日彼女に掃除してもらっているほどである。彩にとって掃除は日課である。しかし、今日はいつもよりかなり早い時間から掃除を始めている。

 

彩が食堂を掃いていると、毎朝一緒にトレーニングをしている千聖と日菜が姿を現した。

 

千聖「おはよう、彩ちゃん。掃除してるの?」

 

日菜「何もこんな朝早くからしなくても良いんじゃない?」

 

彩「今年ももう終わりだから、今日と明日はタワー全体の大掃除をしようと思ってるんだ。」

 

そう言われ、千聖はやっと年末という実感が湧いてくる。

 

千聖「ああ……年末の大掃除ね。そういえば、そんな時期なのね。じゃあ、私も手伝うわよ。」

 

彩「大丈夫だよ。みんなは普段訓練で大変なんだから、掃除くらい私がやるよ。」

 

千聖「そういう訳にはいかないわよ。ゴールドタワーの施設はほとんど防人が使っているんだし、私たちも掃除するのが当然よ。」

 

日菜「私も手伝うよー。千聖ちゃんよりも手際良く、綺麗に掃除しちゃうんだから。」

 

日菜は掃除にまで、千聖への対抗心を燃やしている。彩は遠慮していたが、結局千聖と日菜が強引に手伝い始めた。他の防人達も次第に起き出してきて、掃除を手伝い始める。そんなこんなで今日と明日は訓練を休みにし、タワーの掃除をしようという事に決まった。

 

 

---

 

 

冬は日が落ちるのが早い。日が落ちて少し経ち、やっとゴールドタワーの大掃除が終わった。

 

彩「みんな、ありがとうね!今日と明日の2日間かかると思ってたけど、みんなに手伝ってもらったから1日で終わったよ。」

 

タワーと訓練施設各所の掃除が終わり、食堂に集まった防人達に、彩が頭を下げた。

 

花音「ふえぇ…掃除って体力使うんだね……。」

 

すっかりへばってしまった花音は、テーブルに突っ伏している。イヴも椅子に座ったままコクコクと頷いた。最初はもう1人のイヴの人格が表に出ていたが、途中で疲れたのかイヴに交代してしまったのだ。他の防人達も一様に疲労の表情を浮かべている。

 

日菜「この程度でへばるなんて、みんな掃除をやり慣れてない証拠だよ。私は全然平気だけどねー。」

 

得意げに言う日菜に、花音はジト目を向けた。

 

花音「それにしては、日菜ちゃん肩で息してない?」

 

日菜「そ、そんな事無いよ。これは肩の運動だよ。」

 

それにしても、32人の防人が手伝って1日かかった大掃除を、彩が1人でやろうとしていた事に千聖は驚いた。今日明日の2日間かかる予定だったという事は、彩1人でも2日かければ終わらせる事が出来るのだろう。事実、彩は防人達に比べて体力も無い筈だが、誰よりも手際良く動き、今もそれほど疲れている様子は見えなかった。

 

彩「今日で大掃除が終わったお陰で、明日は時間が空いちゃったね……。」

 

彩は何をしようかと考えるように呟いた。

 

千聖「まあ、私達防人は普段通り訓練ね。」

 

花音「ふえぇぇっ!?大晦日まで訓練なんてヤダよぉ〜、千聖ちゃん〜!あっ、彩ちゃんほら、何かやる事あったんじゃないかな!?掃除じゃなくても、何か!!」

 

彩「え!?えっとね〜…だったら、明日はおせちやお餅を作って、本格的に年越しの準備をしようかな。」

 

 

---

 

 

翌日、千聖達は年越し用の買い物の為、イネスへ行く事になった。防人達は、申請を出して受理されれば、外出を許される。千聖が毎朝町内をランニングしているのも、申請を出して受理されたものなのだ。買い物などの為に外出する事も、申請すれば特定の曜日や日時に限り、許可される。防人達の行動を常に把握しておく為に申請式にしているのだろう。

 

出かける前、ちょっとした問題が起こった。彩は普段、1日中タワーにいる為ほとんど外に出る事が無いのだ。そして、タワーの中では、ずっと巫女服で生活をしている。その為、服を巫女服とパジャマしか持っていなかったのだった。流石に巫女服で買い物しに行く訳にはいかない。大赦も良い顔をしないだろう。仕方ないので、千聖が自分の服を彩に上げて着せる事にしたのだ。

 

彩「ありがとう。大切にするね、千聖ちゃん。」

 

千聖「大袈裟よ。そうだ、後で彩ちゃんの服も一緒に買いましょう。」

 

彩「私はこれが良いんだよ。」

 

彩は上機嫌に言った。

 

 

---

 

 

千聖達は幾つかのグループに分かれて、買い出しをする事にした。千聖、彩、日菜、花音、イヴは食材買い出し班となった。この時期のイネスは年末の売り尽くし大セールが行われており、イネスは人で溢れていた。

 

花音「ふええぇぇぇっ!!人波に押し流されちゃう〜!」

 

千聖「彩ちゃんは迷子にならないよう、私の手を握ってて。」

 

彩「分かった!」

 

彩が千聖の左手を握った。

 

日菜「はぐれちゃいそうな人は私の手を繋いで良いんだよー。」

 

花音「私は千聖ちゃんが良いー!」

 

花音が千聖の右手を取る。

 

イヴも、無言で千聖の服の裾を握る。

 

日菜「ぶー。」

 

日菜は少ししょげた顔をした。

 

 

---

 

 

無事に買い物が終わり、タワーに戻った後は、料理が出来る人はおせちを作り、出来ない人は餅つき機で餅を作った。そして夜は、みんなで年越しうどんを食べた。

 

 

--

 

 

やがて12時が近付くと、一部の少女達はソワソワとし始める。どうやら初詣に行く計画を立てているが、深夜の為外出許可が出るか不安なようだ。結局、千聖が監督役として同行するという条件で外出許可が下り、10人近い人数で神社へと出かけた。

 

 

---

 

 

真冬の夜の空気は冷たく、少女達の吐く息は白い。

 

花音「千聖ちゃ〜ん…手が冷たい……。」

 

千聖「手袋をしてくれば良かったのよ、花音。」

 

花音「…そうだ!こうしたら暖かいよ!」

 

花音は千聖のコートのポケットに、両手を突っ込んだ。

 

千聖「花音、歩きにくいでしょ!」

 

花音「これ暖か〜い。」

 

言っても聞かないので、諦めて千聖は花音を放置した。

 

彩「ところで、千聖ちゃんは帰省しないでよかったの?」

 

歩きながら、彩が尋ねた。千聖は今年帰省しない事にしていたのだった。

 

千聖「隊長だからね。私がいないと、急に何かあった時に対応出来なくなるでしょ?」

 

彩「でも、家族は心配してるんじゃない?」

 

千聖「もう慣れたわよ。正月に帰省しないのも、3年目だもの。」

 

勇者候補生として施設で訓練を受けていた時も、千聖は帰省しなかった。年末年始も変わらず訓練を続けていたからである。千聖の家族は父親だけだが、正月に帰省しない事については何も言わなかった。父も仕事一筋な性格だから、千聖が勇者になる為、御役目を果たす為に努力をしているなら、それで構わないと思っているはずだ。

 

千聖「……考えてみれば、初詣だって3年ぶりよ。大晦日に餅やおせちを作ったり、門松や縄飾りを用意するのもね。」

 

彩「嫌だった?こういつ騒がしいお正月は。」

 

彩は少し不安そうに千聖の顔を覗き込んで尋ねた。千聖は周囲にいる防人達を見回した。

 

千聖のコートのポケットに手を突っ込んで歩く花音--

 

 

何も言わず、無表情ながらも、ずっと千聖の傍にいるイヴ--

 

 

誰よりも早く拝殿でお参りする為に、先頭を歩いている日菜--

 

 

楽しそうに友人たちと話しながら歩いている他の防人達--

 

 

千聖は柔らかい笑みを浮かべた。

 

千聖「いいえ、悪くないわね。たまには、こういうのも。」

 

その答えを聞いて、彩は安堵の表情を浮かべた。

 

彩「千聖ちゃん。だったら、今年のお正月は帰省したらどうかな?たまにはそういうのも、悪くないと思うよ。」

 

彩の言葉には、労わる様な優しさがあった。夜の風が吹き抜ける。千聖は何も答えないまま、歩き続ける。

 

 

--

 

 

やがて道の先に、神社の灯火の光が見え始める。そして千聖はやっと答えを出した。

 

千聖「……そうね、今年は帰ってみようかしら。パパも喜ぶかもしれないし。」

 

防人達「「「…………!?」」」

 

周囲の少女達が、一瞬硬直する。千聖はキョトンとして周りを見た。

 

花音「千聖ちゃん……お父さんの事、パパって呼んでるの?」

 

千聖「……!い、いえ。父さんって呼んでるわよ。さっきのは言い間違い。言い間違いだから。」

 

防人「呼んでる。」

 

?「呼んでるっすね。」

 

防人「家では、きっと。」

 

防人「パパって……。」

 

防人達が小声で話し始める。

 

千聖「ち、違うって言ってるでしょう!!」

 

千聖は顔を真っ赤にして反論するのだった。

 

 

---

 

 

結局、千聖は1日だけ帰省する事にし、数ヶ月ぶりに実家へ戻ったのだった。帰ったからといって劇的な何かがある訳ではな無い。大袈裟な歓迎がある訳でも無く、父と語り合う事がある訳でも無い。2人とも、口数が多い性格ではないからだ。

 

ただ、千聖の防人としての生活は、大赦から報告を受けて父親も詳しく知っていた。だから彼はたった一言、娘にこう言った。

 

千聖父「良かったな、千聖。」

 

それだけで充分なのだった。

 

 

---

 

 

タワーへと戻る日、千聖は駅の本屋で、かつて千聖が誰かに言われた言葉と同じタイトルの本を見つけた。

 

 

"車輪の下"--

 

 

西暦の時代の古典小説だ。その本を買い、電車の座席に座りながら読み始める。タワーに戻った後も読み続けた。努力家の秀才少年が、必死の努力の末に僅かな成功を手に入れる。その後は周囲の期待に押し潰され、押し潰され、親友とも別れ、疲弊し、やがて命を落とす。ただそれだけの悲劇。

 

 

千聖は、その少年の様にはならなかった--

 

 

千聖の方が彼より努力をしていたからだろうか?

 

千聖の方が彼より才能があったからだろうか?

 

違う。そうではない--

 

 

千聖(…私には、心を許して、共に歩ける友達がいたからだわ……最後まで…。)

 

 

孤独ではなかった--

 

 

千聖と少年の違いは、たったそれだけの事--

 

 

たったそれだけの幸運だった--

 

 

世界の不条理という車輪は、落ちこぼれた者を、あっという間に轢き殺してしまう。けれどもその車輪は、多くの場合決して巨大なものでは無く、1人しか轢き殺す事が出来ないのだろう。信頼しあえる友達と一緒だったら、車輪を押し返し、壊す事だって出来るのである。

 

 

そうして年末年始の時間は過ぎて行く--

 

 

---

 

 

神世紀301年--

 

防人としての御役目は、まだ発生しないままだった。やがて一月も半ばを過ぎた頃、防人達に久しぶりの任務が通達される。とはいえ、大した内容ではない。壁外の世界の状況を確かめてきて欲しい、というものだ。この程度の任務しか無いという事は、大赦も手詰まりになっているのだろう。壁の上には、防人達32人と、見送りに来た彩が立っている。

 

千聖「さあ、御役目を始めましょう!今回も犠牲者は出さず、任務を達成するわよ!」

 

 

防人達「「「了解!」」」

 

戦衣をまとう、千聖と防人達。

 

彩「必ず、みんな無事に帰ってきてね。」

 

彩の祈る様な言葉を背に、千聖たちは壁から灼熱の世界へと降りていった。

 

 

---

 

 

壁の外を歩き、灼けた土壌や、マグマを摩羅に収めていく。

 

花音「やっぱり暑いね〜、千聖ちゃん〜。」

 

日菜「結界の外の環境は悪化したままって事だね…。生贄がいなくなった事で、天の神はまた怒ってるのかな?」

 

イヴ「ま、確かに暑いが、その代わり敵は星屑しかいねえな。融合したデカい奴とか、"完成型"とかが全然いねえ。」

 

時々襲ってくる星屑を、銃弾で打ち抜き、銃剣で斬り裂く。今の防人達なら、星屑程度は危うげなく倒す事が出来る。

 

イヴ「おい、白鷺!……なんかいるぞ。」

 

突然、イヴが目を鋭くして銃剣を構える。千聖達も同じ方向を向いた。

 

日菜「人……だね。」

 

日菜も警戒しながら銃剣を構えた。遠くで、星屑を足場に跳躍を繰り返して移動していく人影が見えるのだ。今結界の外にいるのは、防人を除けば、星屑とバーテックスだけのはずである。だが、その人影の正体に、千聖と花音はすぐに気付いた。

 

千聖「みんな、銃剣を下げて。あれは敵じゃないわ。」

 

花音「うん……勇者の市ヶ谷様だよ。」

 

 

赤いサツキの勇者装束、市ヶ谷有咲だった--

 

 

--

 

 

土壌のサンプルは充分に確保出来たので、防人達は結界の中へ戻っていく。千聖は他の防人達と彩を先に帰らせて有咲と2人きりになる。有咲の様子がどこかおかしかったからだった。千聖が知っている彼女は、自分に自信があり、いつも強気で前向きだった。

 

しかし今の有咲は、思い詰めた表情で、自信も前向きさも全て削ぎ落とされた様だった。そもそも勇者である彼女が、何故結界の外をうろついていたのだろうか。

 

千聖「……あなたにこんな所で会うとは思ってなかったわ、有咲ちゃん。」

 

有咲「そうだな…私も。」

 

やはり気力の無い声で、呟く様に有咲は言う。

 

有咲「千聖は…今、結界の外を調査する御役目をやってるんだってな。確か、防人っていう。」

 

昔の千聖だったら、皮肉の1つでも言っていたかもしれない。しかし今の千聖は、有咲の言葉を抵抗なく受け入れる事が出来た。

 

千聖「ええ、そうよ。大赦から聞いてるの?」

 

有咲「いや、聞かされてなかった。施設で別れた後、千聖が何をしているのかもずっと知らなかった。ただ、大赦の事情とかに詳しい友達がいてね。その子に調べてもらって、あんたが防人って御役目に就いてるって事は聞いた。」

 

千聖「そう……。」

 

有咲「本当はもっと早く、私から会いに行くつもりだった。でも、千聖が何処にいるのかまでは調べられなかった。大赦は、勇者と防人を合わせたくなかったみたいだ。」

 

千聖「私達も勇者に会う事を禁じられてたわ。」

 

イレギュラーなケースとして、花音は防人になる前に、当代の勇者達と接触した事がある。勇者が花咲川中学にいる事を花音から聞いた数人の防人は、彼女達に会いに行こうとしたのだ。しかし、"勇者に会いに行く"という理由では外出許可は下りず、それどころか"防人が勇者と接触してはいけない"と強い口調で禁じられたのだ。嘘の外出理由を使って勇者に会いに行く者もいなかった。恐らく駅や各道路に大赦の監視の目があるだろうから、どちらにしろ花咲川中学へ行くのら不可能だった。

 

千聖「こういう奇跡的な偶然でもない限り、会う事は出来なかったわ。」

 

有咲「そうだな……。」

 

千聖「それで、有咲ちゃん…あなたは壁の外で何をしてたの?勇者の御役目の一環とかかしら?」

 

有咲「違うよ。全く個人的な理由だよ。壁の外の状況を見ておきたかったんだ…。」

 

千聖「……何の為に?」

 

有咲は唇を噛み締め、悔しさを滲ませながら答える。

 

有咲「何か分かるかもしれないと思ったんだ……助けたい奴がいるんだ……そいつを助ける為に。」

 

有咲は注意深く言葉を選ぶ様にして、千聖に説明する。曖昧な説明だった為、正確な事情は分からなかったが、どうやら有咲にとって大切な友達が、危険な状況に陥ってるようだった。恐らく、理由は天の神だろう。

 

奉火祭は中止になった。

 

巫女の代わりに生贄となった勇者・山吹沙綾は、勇者達が救い出した。

 

天の神の怒りは鎮まらず、神樹の寿命は迫っている。

 

その延長線上で、なんらかのトラブルが起こり、友人は危機に陥ってるのだろう。それ以上の詳しい事情は、有咲の言葉からは読み取れなかった。わざと分からないように話しているかの様にも思える。

 

有咲「そいつを助ける方法を、探してて…。壁の外の状況を調べたら、何かヒントが見つかるかもしれないと思って……でも、何も分からなかった。」

 

自嘲気味に有咲は言う。

 

千聖「相変わらず、他人を放っておけないのね。あの頃と同じ…有咲ちゃんは甘いわ。」

 

有咲「そうだな…施設にいた時も、あんたにそんな事を言われたっけな。」

 

千聖「でも、今ならその気持ち、私も分かるわ。」

 

有咲「えっ!?」

 

直後、突然千聖が銃剣の刃を有咲に突き出した。

 

有咲「っ!?」

 

有咲は不意を突かれながらも、紙一重で刃を避ける。だが、千聖はそのまま斬り払うようにして迫撃する。有咲は瞬時に2本の刀を両手に出現させ、銃剣の刃を打ち払う。

 

有咲「なっ……何だよ、急に!?どういうつもりだ!?」

 

千聖「市ヶ谷有咲!!!何をしょぼくれた顔してるのよ!!」

 

千聖は連続で銃剣の刃を突き出し、斬り払う。有咲も2本の刀を凄まじい速さで振るって攻撃を捌く。

 

有咲「このっ……!」

 

有咲は千聖の攻撃を捌きながら、一瞬で反撃に転じ、刀を振るった。千聖はギリギリでその一撃を受け止めるが、衝撃で銃剣を手放しそうになる。

 

千聖(やっぱり有咲ちゃんは強い……!技術、瞬発力…どれも並外れている。だから…だからこそ……。)

 

千聖は有咲と斬り結びながら、叫んだ。

 

千聖「あなたはちゃんと顔を上げて、前を向いてなさいよ!!不適で、自信満々でいなさいよ!!!そんなしょぼくれた顔をしないで!!」

 

有咲「何を……。」

 

千聖「あなたは勇者なのよ!唯一、私に勝った人間なのよ!!そんな情けない顔をするなんて許さない!!そんな顔をするなら、勇者なんて辞めてしまいなさい!!!」

 

有咲「やめ……るかぁっ!!」

 

有咲は叫ぶと共に、千聖の銃剣を刀で薙ぎ払った。銃剣は弾き飛ばされ、地面に落ちる。千聖は武器を失い、眼前に刀の切っ先を突きつけられる。

 

有咲「私は勇者だ!!絶対にあいつを救ってみせる!!どんな事をしても、助け出してみせる!!!」

 

有咲の吼えるような言葉に、千聖は頷いた。

 

千聖「そうよ、それでこそあなたよ。……有咲ちゃん、私もあなたの友達を助ける為に出来る事があれば、何でも力になるわ。」

 

その言葉に、有咲は意外そうな顔をする。かつて他人を助ける甘さを非難していた千聖が、今は他人を助ける為に力を貸すと言っているからである。危機に陥ってる有咲の友人が誰なのかを千聖は知らない。しかし彼女の目標は常に、犠牲を一切出さない事なのだ。犠牲を出さない為にも、かつて勇者の座を争った旧友の為にも、力になりたいと千聖は思っているのだ。昔の千聖は、他人の為に行動する有咲の甘さが嫌いだった。しかし今は、有咲の気持ちが痛い程分かる。

 

 

今の千聖には大切な友達がいるから--

 

 

 

有咲「ありがとう。にしても、急に斬りかかってくるなんて…千聖ってさ、いつも怒ってる様な気がするな。」

 

千聖「……そうかしら?」

 

有咲「そうだよ。でも、それがあんたの強さの理由なのかもな。」

 

有咲はそう言って、千聖に背を向ける。

 

有咲「じゃあ私、そろそろ行くわ。」

 

千聖「ええ。」

 

 

勇者、市ヶ谷有咲--

 

 

防人、白鷺千聖--

 

 

勇者と防人は立場が違う。だから、戦場で会う事は無いだろう。

 

しかし、戦う理由は同じだ。

 

誰かを助ける為、犠牲を出さない為。

 

有咲「あのさ、千聖。」

 

背を向けたまま、有咲は言う。

 

有咲「色々な事が全部解決したら、また会って話でもしよう。その時はゆっくりな。私、よく考えたら、千聖の事全然知らないんだよな。」

 

千聖「そうね。私も有咲ちゃんの事、全然知らないわ。訓練施設で結構長い間競い合ってたのにね。」

 

 

訓練施設に入るまで、どうやって生きてきたのか--

 

 

2人とも、何故勇者にこだわってきたのか--

 

 

そして、今どんな風に生きているのか--

 

 

有咲「ちょうど、千聖に合わせたい奴らもいるしな。」

 

千聖「誰かしら?」

 

有咲「とんでもないお人好しで能天気な奴らだよ。その内の2人は、あの海野夏希と友達だった。」

 

千聖「そう……それは会って話を聞いてみたいわね。」

 

端末を受け継ぐ候補だった千聖や有咲は、海野夏希に精神性が近いという。夏希がどんな少女だったのか、千聖も知りたい。

 

有咲「それじゃあ、またな。」

 

千聖「ええ、またね。」

 

有咲は壁から飛び降り、去っていく。千聖はその背中を静かに見送ったのだった。

 

 



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名無し草の誇り

第5章最終決戦前半になります。

3章では語られなかった裏の戦いが今始まります。




 

 

大赦、安芸の部屋--

 

安芸はパソコンに、神世紀で起こったこれまでの記録を入力している。

 

 

--

 

 

神世紀298年4月--

 

西暦以来のバーテックスの出現を確認。

 

神樹館小学校6年生の"山吹沙綾""花園たえ""海野夏希"が御役目に選ばれ、勇者として覚醒。

 

 

--

 

 

神世紀298年7月--

 

勇者"海野夏希"が御役目で戦死、それに伴い、勇者システムの改良が開始される。

 

 

--

 

 

神世紀298年9月--

 

勇者達に新システム"精霊"と"満開"システムを導入。

 

"山吹沙綾"が"散華"の影響により"両足"と"記憶"を失い、"花園たえ"は32回の"満開"を繰り返し"御姿"に近い状態へとなる。

 

同時に、バーテックスの侵攻が無くなる。

 

"山吹沙綾"を勇者適正が最も高いプロジェクトAへと配置。

 

"花園たえ"はプロジェクトAに問題があった際の抑止力として待機。

 

 

--

 

神世紀300年4月--

 

約1年半振りのバーテックス襲来。

 

プロジェクトAの勇者達"戸山香澄""牛込ゆり""牛込りみ"が覚醒。

 

アップデートされた勇者システムに組み込まれた"封印の儀"の有用性が証明され、"完全型"バーテックス"乙女型"を撃破。

 

--

 

 

神世紀300年6月--

 

再びバーテックスの襲来。

 

プロジェクトBの勇者"市ヶ谷有咲"がプロジェクトAの勇者達に合流。

 

勇者単独での"封印の儀"が成功。

 

 

--

 

 

神世紀300年7月--

 

想定されていたバーテックス襲来時期が変化し、バーテックスが5体同時に襲来。また、未確認タイプのバーテックスが発生。

 

勇者達の"満開"発現を確認。

 

襲来した全バーテックスの撃破を確認。

 

 

--

 

 

神世紀300年9月--

 

勇者"牛込ゆり"及び"山吹沙綾"が暴走。

 

 

--

 

 

神世紀300年12月--

 

"山吹沙綾"を供物とした奉火祭の実行。

 

勇者"戸山香澄"他4名の勇者達の反対により、奉火祭は凍結。

 

 

---

 

 

神世紀301年晩冬--

 

ゴールドタワーの防人用訓練施設では、32人の少女達が今日もトレーニングを行っていた。トレーニングメニューは、下半身の強化、スタミナの増強、星屑との戦闘を想定とした集団模擬戦である。防人達の活動は、四国を囲む壁の外の調査が中心である。溶岩化した大地を長距離移動する為に必要な体力をつける事、そして防人達の進行を妨害する星屑に対抗する力をつける事が、防人のトレーニングでは最も重要なのだ。

 

千聖「走り込みが終わった後は、昨日話した新しい陣形で模擬戦を行うわよ。」

 

千聖の言葉に花音が悲鳴の様な声をあげる。

 

花音「ふえぇぇっ!!まだやるの〜、千聖ちゃん!?もう倒れちゃうよ〜!」

 

千聖「倒れたら次のトレーニングが2倍になるわよ。」

 

花音「分かりました、隊長!次は模擬戦だね!」

 

千聖「はぁ…現金な事。」

 

千聖は呆れてため息を吐きながら陣形の配置に移動する。そこへ彩がやって来る。

 

彩「千聖ちゃん、みんな。今日の訓練はそろそろ終わりにしない?食堂で夕ご飯の準備が出来てるよ。」

 

そう言うと、花音が目を輝かせる。

 

花音「彩ちゃ〜ん!ありがとう!彩ちゃんは天使だよ!!千聖ちゃん、彩ちゃんがこう言ってるから、今日はここまでにしよう!」

 

千聖「仕方ないわね…。」

 

呆れながらも、千聖は防人たちに訓練の終了を告げたのだった。

 

 

---

 

 

ゴールドタワー、食堂--

 

夕飯を食べながら、花音はテーブルに突っ伏している。

 

花音「大体、もう私達の御役目はほとんど無くなってるようなものだよね。時々、ちょこっと壁の外に出て様子を見て来るだけ…前みたいに遠くまで行かされる訳でも無いし、土壌の採取のノルマがある訳でも無いし。」

 

千聖「任務が無い時だからこそ、充分に時間を取って訓練しておくのよ。」

 

花音「うぅ〜。」

 

昨年末、彩を含めた6人の巫女による奉火祭が計画されたが、山吹沙綾が巫女の代わりに供物になると志願したのだ。だがその後、沙綾は勇者達の手によって救出され、結局奉火祭は阻止された。千聖はその事に安堵していた。

 

千聖の信条は、"一切の犠牲を出さない事"。

 

沙綾とは面識が無いが、彼女だって犠牲になってはならないのだ。しかし、千聖達には奉火祭を阻止できる力が無かったのであった。どういう方法を使ったか分からないが、勇者達は奉火祭を止め、その後もこの四国という世界は、ひとまず安定を保っている。

 

奉火祭の一件の後、防人達の任務はめっきりと減っていた。防人は本来、大赦の天の神対策を補佐する存在であるが、大赦が進めていた計画のほとんどは頓挫してしまった。大赦は次の手を模索して防人たちに指示を出せない状態なのだろう。

 

だが一方で防人達は、いずれ"勇者"に昇格される事が通達された。つまり防人の任務は終了せず、大赦はまだ何かしらの使い道を考えている筈だ。

 

日菜「あーあ、早く任務の命令が下って欲しいなー。今度こそ千聖ちゃんより功績をあげたいのにー。」

 

日菜はカツオを食べながらそんな事を言った。

 

イヴ「日菜さんは…またダメそうです…。」

 

その横で、ラーメンを啜りながら、イヴが日菜に呟いた。

 

日菜「またってなーに、またって!?」

 

彩「日菜ちゃん、大丈夫だよ。日菜ちゃんみたいに頑張ってる人の努力が報われない事なんて無いんだから。だけど、本当は危険な任務や戦いなんて、無い方が良いんだけどね。」

 

彩が表情を曇らせたのだった。

 

 

---

 

 

タワー内で暮らす少女は、32人の防人達と、1人の巫女。学校の1クラス分程度の人数である。その中で千聖は花音、日菜、イヴ、彩と5人で行動している事が多い。

 

イヴ「そうです……千聖さん、これをどうぞ。」

 

イヴは、銀色と銀色のラッピング袋を千聖に差し出した。

 

千聖「イヴちゃん、これは?」

 

イヴ「開けてみてください。」

 

千聖は2つの袋を開けると、そこにはチョコレートが入っていた。片方には手作りと思われるトリュフチョコ、もう片方には大きな板チョコがそのまま入っていた。

 

イヴ「今日は…バレンタインです。だから、これは私と…もう1人の私の分です。」

 

千聖「ああ……そういえばそうだったわね。」

 

千聖はあまり世間の事には興味が無い為、今の今まで完全に忘れていたのだった。

 

花音「あ、それなら私も千聖ちゃんに用意してるんだ。」

 

そう言うと、花音は席を立って食堂から出て行った。

 

 

--

 

 

数分後戻ってきた花音の手には大量の袋があった。

 

花音「はい、今愛媛で流行ってるミカンチョコだよ!輪切りにした乾燥ミカンに、チョコがかけてあるんだ。」

 

千聖「ありがとう…でも、さすがにこんなに1人じゃ食べきれないわ…。」

 

花音「食べきれないなら、みんなで食べれば良いよ。」

 

彩「千聖ちゃん、私も用意してるんだ。」

 

彩もラッピング袋を千聖に渡した。中身はチョコチップクッキーだった。食堂にいた他の少女達も、次々にチョコレートがやお菓子を持って千聖の周りに集まって来る。

 

防人「白鷺さん、アタシもアタシも!」

 

防人「貰ってください、隊長!」

 

2番「ジブンのも貰ってくださいっす。」

 

防人「日頃の感謝を込めて、どうぞ!」

 

千聖の前に、チョコレートが山の様に積まれていく。

 

千聖「あ、えっと……ありがとう、みんな。」

 

戸惑いながら千聖はお礼を言った。

 

 

そんな中で--

 

 

日菜はワナワナと腕を震わせていた。

 

日菜(わ……忘れてたよ…。)

 

彩「どうしたの、日菜ちゃん?」

 

日菜の様子に気付いた彩が尋ねてきた。

 

日菜「ん!?な、何でも無いよ!そうだ、千聖ちゃん!今からチョコ買ってくるから待っててよ!?」

 

日菜は椅子から立ち上がろうとするが、千聖が日菜の手を掴んで止めた。

 

千聖「待って、日菜ちゃん。もう外は暗いわ。こんな時間にお菓子を買いに行くなんて、外出許可がおりないわよ。」

 

日菜「だけど……。」

 

納得出来ない様子の日菜だったが、彩がまるで子供をあやす様に彼女の頭を撫でて言う。

 

彩「心配しなくても大丈夫だよ。千聖ちゃんはきっと明日でも受け取ってくれるから。だから、明日作って渡せば良いんだよ。そうだよね、千聖ちゃん?」

 

千聖「そうね。明日でもいつでも、受け取らないなんて事は無いわよ。」

 

千聖にとっては今日だろうが明日だろうが関係ない。そもそも興味が無かったのだから。

 

日菜「あのー…彩ちゃん?頭を撫でられるのは、そのー…何だか恥ずかしい様なー……。」

 

彩「ご、ごめんね、日菜ちゃん!つい…。」

 

彩は慌てて日菜の頭を撫でていた手を離した。

 

日菜「別に大丈夫だったんだよ。もうしばらく、そうしてても…。」

 

彩「そう?だったら、もう少し…。」

 

そう言うと彩は、日菜の頭を再び撫で始めた。その後、日菜の彩のやり取りを見ていた防人達の間で、彩に頭を撫でてもらう事が密かに流行するのだが、それはまた別の話である。

 

 

---

 

 

彩「それにしても千聖ちゃん、そんなにバレンタインチョコを貰うと、ホワイトデーのお返しが大変だね。」

 

千聖「そうね。でも、貰ったからにはちゃんとお返ししないと。」

 

千聖は日頃のお礼の意味も込めてきちんとお返ししようと考えていたのだった。

 

 

---

 

 

防人達や巫女の彩が、ゴールドタワーで一緒に生活するようになって、もう半年程が過ぎた。様々な危険を共に乗り越え、お互いの事を理解できる様になった。個人的な事や悩みなども相談出来るくらい、防人達の間には確かな信頼が築かれている。このゴールドタワーは、防人達にとっての"家"になってきたのだ。

 

しかし、その防人達の家の中で気になるのは、時折大赦の関係者が訪れ、地下で何か作業を行なっている事である。防人達は地下へ行く事は禁止になっており、そこで何が行われているのか、分からないのである。

 

そして数日後、任務は唐突に言い渡された。

 

 

---

 

 

大赦の神官数名がゴールドタワーを訪れ、防人達はいつものように展望台へと集められた。訪れた神官達の中に、かつての防人達の監視役だった安芸の姿は無かった。彼女は今、何処で何をしているのだろうか。千聖としては、彼女に対して腹立たしいところも多いのだが、彼女も自らの立場故の苦しみの中で生きている。その歪みが無ければ、千聖は彼女ともっと分かり合う事が出来たのだろう。大赦の神官の1人が、防人達を前にして話し始める。彼の口調はやや早口で、焦りが感じられた。

 

神官「このゴールドタワーが大赦内で"莎夜殿"と呼ばれ、かつての大橋と同じく霊的国防装置である事は、既に聞いていると思います。」

 

千聖はその事を昨年末に安芸から聞き、他の防人達にも伝えた。莎夜殿の設備はまだ未完成だという。神官や大赦関係者がゴールドタワーに出入りしていたのは、設備改善の為だろう。

 

神官「"莎夜殿"の攻撃方法は2段階。まずは大地より霊的エネルギーを吸い上げ、上空の敵に向けて発射する"莎夜砲"。このタワーの屋上にアンテナ状の装置があります。その後、二の矢として"莎夜殿そのもの"が射出され、標的を穿ちます…が、今はまだ一の矢である"莎夜砲のみ"が実装されているだけです。しかし時間がありません。今回はこれを用います。」

 

神官の言葉は、惰性の様に続いていた壁外任務を言い渡す時とは、全く異なる緊張感を帯びている。

 

千聖「用いるって…"何に"ですか?」

 

神官「"天から来るものに対して"です。」

 

防人全員「「「っ!?」」」

 

防人達全員に緊張が走る。西暦時代の終わりから、人類が戦い続けてきた相手は天の神である。これまで勇者達が天の神の尖兵バーテックスと戦い続けてきたが、今度は天の神そのものが襲来するのだ。天の神顕現の気配がある事は、昨年にも安芸が話していた。遂にそれが現実となる日が来たのだ。

 

神官「明日、天の神が襲来します。」

 

神官は淡々と告げる。

 

千聖「巫女の神託で、そう告げられたんですか?何故急に…。」

 

千聖が問いかけるが、神官は答えず、別の言葉を返す。

 

神官「莎夜砲だけでは、天の神に対して大きなダメージを与える事は出来ないでしょう。しかし、多少でも侵攻の妨害が出来れば良い。その後は、勇者様に託すしかありません。」

 

 

---

 

 

翌日早朝より、莎夜砲の起動が始まった。大地のエネルギーを汲み出し、充分に貯めるまで相当の時間がかかるのだ。天の神襲来が予想される時間から逆算し、起動時間は決められた。

 

巫女の彩は、タワー地下の一室に待機。彩の肉体そのものが、大地のエネルギーをタワーへ送る回路となる。エネルギーが溜まった後、彩が持っているスイッチと、千聖が持っているスイッチを同時に押せば、発射となる仕組みである。

 

 

莎夜砲のエネルギー充填完了まで、あと10分程という時--

 

 

タワーが揺れ始める--

 

 

否、揺れているのは大地であった。

 

花音「じ、地震!?千聖ちゃん、タワーが倒れちゃう!!」

 

千聖「落ち着いて、花音!タワーはこの程度の揺れじゃ倒れないわよ!それより、これは……っ!」

 

展望台にいた防人達は、窓ガラスの外を見て騒めく。

 

 

空が赤暗くなり、海の向こう--

 

 

壁の外から、海を覆い尽くすような巨大な円盤状のものが現れたのだ。

 

 

あれが、天の神である--

 

 

イヴ「星屑が……います。」

 

イヴが天の神を指差して呟いた。本来、星屑は結界の内側には入れない筈なのだが、確かに星屑の姿が見えるのである。天の神に付着して来たのか、それとも天の神そのものが生み出したのか。星屑達の群れは、その全てがタワーの方へ向かって来た。展望台にいた千聖達に、スピーカーを通じて大赦神官の声が届く。

 

神官「敵の出現が想定されていた時間よりも早い!天に近い莎夜殿は、他のものよりも優先的に狙われます!防人達、莎夜砲発射までタワーを守り抜きなさい!」

 

日菜「全くー、襲来時間の予想ぐらいしっかりしてよね!」

 

言葉を吐き捨てる様に日菜が悪態をついた。

 

千聖「神官達が"想定外"なんて言い出す事は"想定内"よ!総員、昨日伝えた通りの配置について!!私達の意地と誇りを神に見せつけてあげるわよ!!!」

 

 

防人達「「「了解!!」」」

 

防人達は千聖の指示を受け、展望台からそれぞれの配置へ走っていく。それと同時に千聖は、莎夜砲発射のスイッチとは別の、もう1つのスイッチを押した。

 

千聖「莎夜殿、防衛形態に変形!莎夜橋、放出!!」

 

すると、屋上まで144メートルあるゴールドタワー壁面の5ヶ所から棒が突き出され、その1本1本から扇状の足場が展開されるのだった。

 

 

---

 

 

同時刻、大橋"英霊之碑"--

 

香澄を除く当代5人の勇者達が、女性神官--

 

 

 

安芸と相対している。

 

有咲「ちょ、ちょっと、何なんだよこれ!?」

 

安芸「あなた達の出番です。」

 

沙綾「っ!?」

 

安芸「天の神は。人間が神の力に近付いた事に怒り、裁きを下したと言われています。人間が神婚するなど、以ての外……。」

 

ゆり「バーテックスが来る……!?」

 

安芸「いいえ。」

 

ゆり「これ、何…?」

 

全員「「「っ!?」」」

 

ゆり「現実の世界に敵!?」

 

りみ「て、敵なの!?お姉ちゃん。」

 

有咲「何なんだよ……あれ….。」

 

安芸「神婚は、香澄様が神樹様の元へ行き、人々の願いの礎となる事で契られ、成立します。神婚が成立すれば、人はもう神の一族。人で無ければ襲われない。これで皆は神樹様と共に平穏を得ます。」

 

安芸「これが、最後の御役目…。敵の攻撃を、神婚成立まで防ぎ切りなさい。」

 

 

---

 

 

"勇者"と"防人"--

 

 

"大輪の花"と"雑草達"--

 

 

今、全人類の命運がかかった最後の御役目に少女達は立ち向かっていく--

 

 



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始まりの夜明け

これにて第5章、防人達の物語は完結となります。


第6章もよろしくお願い致します!





 

 

千聖「莎夜殿、防衛形態に変形!莎夜橋、放出!!」

 

5カ所の足場"莎夜橋"のそれぞれに、指揮官型防人1名、銃剣型防人2名、護盾型防人1名の4人1組が配置される。また、ゴールドタワー屋上、展望台、地上1階の3カ所にも同じく4人1組を配置。8組で計32人。この配置で、タワーを死守するのである。

 

千聖、日菜、イヴ、花音の4人はタワー屋上にいた。防人番号1番の千聖を中心とした第1班である。屋上は莎夜砲の発射装置があり、最も厳重に防衛しなければならない為、最高戦力の千聖が配置されているのだ。しかし、他の場所が重要でない訳では無い。地上1階を守っている者が倒れれば、地下に星屑が侵入し、彩が襲われ命を落とすだろう。タワーの壁面と展望台を守っている者が倒れれば、星屑はタワーそのものを食い破って破壊するだろう。

 

32人の防人と1人の巫女全てが重要な任務を担っている。大赦からはただの"大勢"としか見られていない少女達だが、今は1人1人が果たすべき重い任務を背負い、戦いに臨んでいる。戦衣に仕込んだ通信機を通じ、千聖は各所の防人達との通信が可能だ。千聖は仲間達へ、言葉を投げる。

 

千聖「今、300年もの間、人類を苦しめ続けたバーテックスとその親玉の天の神が現れた。天の神が出て来たからには、これが最後の戦いになるでしょう。私達に出来る事は、天の神を倒す事では無い。神を倒す力は、勇者でさえない私達には無いわ。出来る事はこの莎夜殿と共に、僅かでも神に傷を与える事のみ。世の人々も、勇者達も、私達の戦いを知らないでしょう。私達の戦いを称賛する者はいないでしょう……。」

 

千聖「でも、それがどうしたっていうの!!誰に知られずとも、私達はここにいる!!私達32人は、ここで戦ってるの!この戦いの神聖さを、私達の努力を、私達の覚悟を、私達の命を、私達の想いを、私達がここにいる事を、他の誰が知らずとも、私達が知っている!!そして私達が天の神に与えたダメージは、どんなに小さなものでも、神にしてみれば拳1発程度のものに過ぎなかったとしても、必ず後に続く勇者達の助けになるはず!」

 

千聖「それが出来るのは、私たちしかいないの!他の誰にも出来ない!防人の命懸けを、勇者達に繋げるのよ!!」

 

防人達「「「了解!!」」」

 

31人の仲間達の声が、千聖に返ってくる。

 

千聖「総員、戦闘態勢!莎夜砲充填完了まで、残り約10分、タワーを防衛する!!今回も誰1人死なせず、犠牲を出さず、任務を達成してやりましょう!!!」

 

防人達「「「了解!!」」」

 

 

--

 

 

星屑の大群が、ゴールドタワーに到達する。

 

花音「千聖ちゃーん!!出来るだけ頑張るから、守ってよー!!」

 

花音はガタガタ震えながら勇んでいる。千聖達が立っている場所は、地上144階のタワー屋上なのだ。

 

千聖「花音。落ちたら、絶対に引き上げてあげるから、安心して戦って。」

 

花音「が、頑張るよ〜!!」

 

花音は盾を構える。

 

千聖「日菜ちゃん、イヴちゃん!射撃準備よ!!」

 

日菜「任せてー!!」

 

イヴ「やってやるぜ!!」

 

千聖、日菜、イヴらが銃剣を構え、星屑を撃ち抜いていく。防人達を8カ所に分散させた弊害で、銃弾の数は少ないが、射撃の精密さはこの半年の訓練と実戦経験でかなり上がっている。1発1発を正確に星屑に命中させて、駆逐していった。銃弾の間をすり抜けて近付いて来た星屑は、銃剣の刃で斬り倒す。

 

 

天の神--

 

 

その存在のせいで、西暦の時代から多くの人間が死んだ--

 

 

多くの犠牲があった--

 

 

せめて一撃でも、人の命を弄んできた事に対する返礼をしてやる覚悟で千聖達は臨んでいった。

 

 

--

 

 

5カ所の莎夜橋の上にいる防人達も、同じく星屑と戦っていた。各所に1名いる指揮官型の指示の下、銃剣型、護盾型が全力で戦っている。ほぼ全ての星屑はタワーに向かってくるが、時々地上の人間たちに向かっていく星屑もいた。そいつらも放置は出来ない。例え1匹でも、人間達には大きな脅威となるのだから。防人達は、その星屑も1匹残さず銃弾で撃ち抜いていく。

 

防人「ねえ、私達、人を守ってるじゃん!勇者様みたい!」

 

防人「うん、本当に!!凄いよ…!」

 

防人の少女達の任務は、壁外の調査やそれに近い仕事ばかりだった。憧れの"勇者様"の様に人と世界を守る任務では無い。彼女達は命懸けの任務をしているのに、そこには人と世界を守っているという達成感も使命感も無かった。

 

だが、今だけは違う。防人達は勇者達と同じ様に人々を守る為、この世界を守る為に戦っているのである。

 

 

--

 

 

展望台にいる防人達は、窓ガラスを食い破って入り込んできた星屑と交戦していた。ここを守っているのは第5班。指揮官型の防人の中で最年少である番号5番の少女と、彼女の指揮下にある3人の防人達

 

5番「このタワーを…私達の莎夜殿を、星屑などには壊させないんだからね!みんな、気合いを入れて守るよ!!えい、えい、おー!!」

 

防人達「「「おー!!!」」」

 

このタワーは大赦に呼び出されたから半年の間、少女達が仲間と共に暮らしてきた場所だ。彼女達の中には、厳しい訓練に嫌気が差した者もいただろう。恐ろしい任務に怯えて泣いた者もいただろう。

 

しかし苦痛も恐怖も全員で乗り越え、32人で過ごしてきたこのタワーは、防人達にとって掛け替えのない場所になっていった。防人達にとっては、このタワーそのものが、共に戦ってきた仲間の1人なのだ。天の神を攻撃する為の兵器である事を抜きにしても、大切な存在なのだ。だから、星屑などに壊される訳にはいかないのである。

 

 

---

 

 

地上1階は、地下への入り口を守る最後の防衛線である。ここを抜けられれば、地下にいる彩が星屑に殺させる事になってしまう。タワー周辺の地面に落ちてきた星屑達は、タワー内に侵入して、地下への入り口に殺到する。たが、もちろんここにも防人達が死守している。

 

この地上階を守っているのは第2班。防人番号2番の少女と、その指揮下の3名。タワーを守る8班の中では千聖班に続く2番目の総合力の高さである。

 

2番「化け物を彩さんに近付けさせないっすよ!!絶対に死守!人間の意地を見せてやるっす!!!」

 

防人達「「「了解!!」」」

 

防人の銃弾と刃と盾が、星屑の地下への侵攻を防いでいた。彩は防人達にとって、いつも心の支えになっていた。勇者になる為の訓練施設から脱落した者--いわば勇者になれなかった落ちこぼれである防人達を、いつも温かく見守ってくれていた。彩の存在が、防人達にとってどれほど救いになっていたか。

 

だから、皆が必死になって彼女を守り抜く。皆が彼女を殺させないと胸に誓って戦っていた。

 

 

--

 

 

星屑と交戦している中で、千聖の戦衣の胸部に奇妙な烙印な浮かび上がる。

 

千聖「っ!?これは…?」

 

海の向こうを見ると、近付いてくる天の神が、赤く脈動するように光っていた。そして千聖の胸に現れたものと同じ烙印が、日菜、イヴ、花音にも浮かび上がる。

 

日菜「何これ!?」

 

花音「ふえぇぇぇぇっ!!嫌な予感しかしないよー!!」

 

イヴ「これも天の神の仕業かよっ!?ウゼぇな!!」

 

通信機から、他の場所にいる防人達の困惑した声が聞こえる。どうやらタワーにいる者全員に、烙印が発生しているようだ。

 

千聖「莎夜砲充填完了まで、残り3分よ!!耐え凌いで!!」

 

タワーを守っている全防人達へ声をかけつつ、千聖は天の神を睨みつけた。

 

千聖(何が神よ!!)

 

 

--

 

 

充填完了まで、残り2分--

 

千聖は屋上から四国の大地を見下ろした。人々は路上で足を止め、赤暗くなった空を困惑しながら見上げていた。

 

千聖(この何処かに勇者達もいるのね……。)

 

千聖(そして有咲ちゃんも…)

 

昔の千聖であれば、自分が勇者では無い事を--天の神と戦う力が無い事を嘆いていたに違いない。だが、今の彼女は違う。

 

千聖(私は、私のやるべき事を、出来る事をやる!天の神に最初の1発を食らわせて、有咲ちゃん達に繋げてみせるわ!!)

 

 

このバトンを繋ぐ--

 

 

充填完了まで残り1分--

 

 

星屑の数は一向に減る気配が無い。倒せば倒した分だけ、また襲いかかってくるのである。千聖は共に戦ってくれる防人の仲間達の事を想う--

 

タワー地下で頑張っている彩の事を想う--

 

 

何処かにいるであろう勇者達の事を想う--

 

 

--

 

 

彩「千聖ちゃん、発射準備完了したよ!」

 

通信機を通じて、地下にいる彩から千聖に声が届いた。

 

千聖「彩ちゃん、一緒に押すわよ。」

 

彩「うん!一緒に!」

 

千聖・彩「「3.2.1…0.莎夜砲発射!!!」」

 

千聖がスイッチを押す。地下の彩も同時にスイッチを押した。

 

次の瞬間、タワーの壁面や内部の壁など、あらゆる所に祝詞の文言が浮かび上がる。屋上のアンテナ状の設備が青白く光り、唸る様な音を発し出す。そしてタワーの建っている周辺の地面が光り始め、その光は束となって、アンテナから放出されたのだ。その光の束は射線上にいる星屑たちを焼き尽くしながら、天の神へ迫っていき--

 

 

砲撃は命中した--

 

 

莎夜砲命中と同時に、四国を囲む壁の方向から世界の光景が変化していく。千聖も知識として知っている"樹海化"が始まったのだった。

 

千聖(あとは任せたわ、有咲ちゃん…。私達は私達に出来る事をやった……あなた達は………あなた達が出来る事を……)

 

 

---

 

 

気が付けば、千聖はゴールドタワーの屋上に倒れていた。日菜やイヴ、花音も同じ様に倒れている。千聖は起き上がり、周囲を見回した。赤暗い空も、星屑も、天の神の姿も無い。胸に浮かんでいた烙印も消えていた。

 

花音「あれ!?あの大きな円盤も、星屑もいない…。」

 

花音もキョロキョロと辺りを見回す。

 

日菜「倒せたの…天の神を……?」

 

イヴ「勇者達が……やってくれたんでしょうか?」

 

日菜とイブも起き上がり、青い空を見上げる。

 

千聖(勝ったのね…勇者達は…。この世界は、守られたのね。)

 

千聖は通信機を使って、タワーの各所にいる仲間達に呼びかけた。

 

千聖「各班、被害状況を報告してちょうだい。」

 

2番「こちら第2班。軽傷者3名、重傷者無し、死者無しっす!!」

 

防人「こちら第3班。軽傷者1名、重傷者無し、死者無し!」

 

防人「こちら第4班。軽傷者2名、重傷者無し、死者無し!」

 

5番「こちら第5班。軽傷者2名、重傷者無し、死者無し!」

 

防人「こちら第6班。軽傷者4名、重傷者無し、死者無し!」

 

防人「こちら第7班。軽傷者3名、重傷者無し、死者無し!」

 

防人「こちら第8班。軽傷者3名、重傷者無し、死者無し!」

 

千聖「……ありがとう。今回も犠牲ゼロを確認!!負傷している者は、すぐに治療を受ける事!任務完了よ!!」

 

 

---

 

 

その日から世界は変わった。いや、"元に戻った"と言った方が正しいのだろう。

 

天の神は去り、神樹は骸となった。四国を囲っていた壁は消滅し、外で渦巻いていた炎と溶岩も消えた。その代わりに、神世紀以前の大地と廃墟が、当時の姿で現れたのだ。

 

天の神との戦いの翌日、安芸がゴールドタワーを訪れた。だがその顔は仮面で覆われておらず、右目には眼帯をつけていた。千聖、花音、日菜、イヴ、彩は安芸と展望台で話している。展望台は星屑にガラスを食い破られ、風がそのまま吹き込んでくる。

 

千聖「もうこのタワーには来ない…と言っていたような気がしますが。」

 

安芸「そうですね、白鷺さん。ですが、報告は私からしておこうと思ったのです。あなたたちの監督だった私の務めだと思いますから。」

 

千聖「報告ってどんな事?」

 

安芸「まず第1に、昨日大赦が計画していた"神婚"は、婚姻相手とされていた勇者・戸山香澄様、及び他の勇者達がそれを拒否。また、神婚に対して現れた天の神も、戸山香澄様の力により、退けられました。」

 

千聖達「「「"神婚"…?」」」

 

聞きなれない単語に怪訝な顔をする防人達に、安芸が説明する。

 

安芸「神樹様の寿命が間もなく尽きるという状況下で、大赦は打つ手をなくしていました。そこで計画された手段が、真に最後の手段である"神婚"です。神に最も愛された少女を、土地神の王に妻として捧げる。そうすれば人類は、土地神の一族として認められ、神代の時代に天神地祇(てんじんちぎ)の間で結ばれた取り決めによって、天の神は人類を攻撃出来なくなるのです。」

 

安芸「天の神は人間が神の領域に近付く事に怒り、ついに昨日姿を現しました。これは予想されていた事態であり、大赦は神婚成立まで天の神の侵攻を防ぐよう勇者様達に依頼しました。しかし結局、勇者様達の総意として、戸山香澄様は神婚を拒否。また勇者様達は、土地神と天の神を退去させました。」

 

千聖「だから、天の神が襲来する時間が、あれ程正確に分かってたのね……。」

 

神婚が行われる時間に天の神が現れると想定していたのならば、時間も正確に分かって当然である。天の神へ莎夜砲を使う事に対し、大赦神官は"侵攻を妨害出来れば良い。後は勇者に託す"と言っていた。千聖は、勇者が天の神を倒す事に望みを託すのだと思っていたが、そうでは無かったのだ。大赦は、勇者が神婚を成立させる事に望みを託していたのである。

 

だが、勇者は大赦の思惑を覆し、天の神も土地神をも退けたのだ。

 

花音「でも、もう天の神に攻撃されなくなるなら、神婚すれば良かったんじゃないかな?何で勇者様は拒否したんだろう?」

 

花音が首を傾げた。

 

安芸「神婚した者は神界に移行し、俗界との接触は不可能になる…人間の視点で言えば、死ぬ事になります。それが認められなかった。特に、香澄様を大切に想う、他の勇者様達は。」

 

花音「し、死んじゃうの!?じゃあ出来る訳ないよ!拒否して当然だよ!」

 

花音が驚いて声をあげる。

 

千聖「またあなた達は……他人を犠牲にしようとしたんですか。」

 

千聖が安芸を見つめる。

 

安芸「……大赦内でも、神婚に対する思惑は1つではありませんでした。天の神を憤怒させて誘き出す為の切っ掛けとして神婚を行い、天の神を討とうという考えもありました。最も、大赦全体としては、神婚によって神の一族となり、"人の形を失っても"土地神様と共に生きようという考えが大勢を占めていましたが…。どちらにしろ、人を犠牲にしようとしていた事には変わりありません。」

 

安芸は淡々と告げるが、千聖達は"人の形を失っても"という言葉に、息を飲んだ。危うく全人類の命が犠牲にされるところだったのだ。人類を救う為に、全人類を犠牲にする。最早正常な思考では無い。それとも大赦は、全人類が"人の形を失う"事を犠牲だと考えていなかったのか。大赦も追い詰められ、狂気を帯びていたのかもしれない。

 

安芸「神婚の儀が完了していない段階でも、大赦の信心深い者達は"儀式の途中で人の形を失いました"。本来であれば--」

 

そう言って安芸は彩に目を向けた。

 

安芸「丸山さんもそうなっていたでしょう。」

 

彩「私も……ですか?」

 

神婚に関連する事は彩にも知らされてなかったらしい。

 

花音「でも彩ちゃんは無事だよ?」

 

安芸「恐らく莎夜砲の回路の一部になって、外界と隔絶されていた為でしょう。ある意味で、あなた達防人とこの莎夜殿が、丸山さんを保持したと言えます。」

 

千聖「……でしたら、それだけでも私達がやった事は意味がありました。」

 

千聖はその事実を噛みしめる。

 

 

"誰一人犠牲にならない道を拓く者"--

 

 

それが千聖の目指す"勇者"である。例え見知らぬ神官だったとしても、1人でも人の形を失った者がいたなら、彼女の目指したものは完全には達成されなかった。

 

千聖(奉火祭の時と同じね……。)

 

千聖は自分の無力さを悔やんだ。まだまだ彼女は、目標とする"勇者"には辿り着けない。

 

しかし、彩という大切な仲間を守れた事は、救いであった。

 

安芸「天の神も土地神様も、姿は見えなくなりましたが、いなくなった訳ではありません。退いたとはいえ、天の神は天に居り、神樹様という形はなくなっても、土地神様は地の万物に宿っているのですから…。ですが今は、人の世への干渉を止めたという事でしょう。勇者や防人の力も、今は失われています。あなた達は普通の中学生に戻ったのです。もう防人として戦う事も無いでしょう。」

 

安芸の言葉に、千聖は曇りのない表情で答える。

 

千聖「もともと防人の役割は戦う事ではありません。ですから、戦えなくなっても良いんです。私達の役割は、私達の任務は"雑用"ですから。そして神の恵みを失って社会が混乱している今こそ、雑用係は何よりも重要でしょう。これから人がやらなければならない事は、沢山あるんですから。」

 

安芸「……成る程。そういう考え方もありますね。」

 

安芸の声は、どこか柔らかかった。

 

日菜「そうだよ。戦衣や神の力が無くたって、私自身の力があればどんな形でも功績あげれるよ!そして新たな時代を築いて、氷河家の名前を歴史に刻むんだから!」

 

日菜は防人の力を失っても、めげている様子は微塵も感じられなかった。

 

花音「うん!私も千聖ちゃんに着いて行くよ。この半年間で、千聖ちゃんの傍にいるのが1番安全だって学んだから。」

 

イヴ「私も…千聖さんと一緒にいます。もう1人の私も、そう望んでます。」

 

花音が千聖の傍へ行き、イヴも千聖の服の裾を掴んだ。その一方で、彩は呆然としていた。

 

彩「私は……どうすれば良いの…?神樹様もいなくなって…人は、生きていけるのかな?」

 

これまでの人の社会は、多くの部分で神樹の恵みに頼って成り立ってきた。神樹がなくなった今、これまでと同じ様にはいかないだろう。以前と比べ、豊かな社会を維持する事は難しいかもしれないのだ。そして彩は、巫女としてずっと神樹を信仰し続けてきた。彼女にとってそれは生きる指針だっただろう。神樹信仰の中で生きてきた、今の時代の多くの人々も同様の筈である。物質的にも精神的にも、人類は社会を成り立たせていた大きな要素を失ってしまったのだ。そしてその不安を最も強く感じているのは、誰であろう巫女の彩なのである。そんな彩に千聖は優しく語りかける。

 

千聖「神世紀以前、人は神樹様の恵みがなくても、ちゃんと生きていたのよ。今と変わらない様に。神に頼らなくても、人は自分の力で生きていけるわ。」

 

彩「でも、神樹様がいなくなったら…私は……何を指針にして生きていけば……。」

 

千聖「今まで通りで良いのよ。西暦の時代に神樹様はいなかったけど、人は神を信じていなかった訳じゃないわ。"神様が見ているから""神様に顔向け出来ないから"……神が存在しなくても、そう信じる事で正しく生きられるなら、信じる事自体は悪い事じゃない。神樹様がいなくても、彩ちゃんが神様を信じていた方が正しく生きられるなら、信じて良い。それでもどうすればいいか分からなくなったら…。」

 

千聖は彩をそっと抱きしめた。

 

千聖「私がいつだって彩ちゃんの傍にいるわ。だから心配しなくて良いのよ。」

 

彩「千聖……ちゃん………。」

 

彩の目から涙が溢れる。

 

花音「彩ちゃん、私もいるからね!私じゃ頼りにならないかもだけど……。」

 

日菜「勿論、私だって傍で支えてあげるからね!」

 

イヴ「私も……。もう1人の私も一緒にいます。」

 

 

花音も、日菜も、イヴも、彩が大好きだから--

 

 

彼女の為だったら、いくらでも力になろうと思う。

 

花音「ねぇ、千聖ちゃん。これから私達は何をするの?」

 

千聖「そうね……。」

 

花音の問いかけに、千聖は腕を組んで考える。だが、その答えはすぐに思いついた。

 

千聖「まずは、1番防人らしい事から始めましょうか。」

 

花音「防人らしい仕事って?」

 

千聖「四国の外の調査よ。大地を覆っていた灼熱がなくなって、西暦時代の廃墟がそのまま出てきたんでしょう?もしその廃墟が完全に当時のままだったら、使える物資や設備が残ってる可能性だってあるわ。それに土壌を調査して、状態が悪くなければ、田畑を再利用する事だって出来る筈よ。」

 

 

人は神の恵みを失った--

 

 

しかしその代わりに、かつての人々が遺したものを取り戻したのだ。千聖はタワーの展望台から空を、大地を睨みつける。彼女は静かに怒っていた。人間の運命を翻弄し、多くの犠牲を求め続けた神々に。この怒りと仲間たちの存在がある限り、千聖は防人の力を失っても、どこまでも歩き続ける事が出来るだろう。

 

 

 

 

千聖(見ていなさい、天の神、土地神。私達人間は生き抜いてみせる--)

 

千聖(人間の手だけで、必ず生き抜いてみせる--!!)

 

 

 

彼女達は歩き出す--

 

 

 

未来に向かって--

 

 

 

 



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第6章〜花結いの章〜
未知との遭遇


通算99話目から第6章が始まります。


新たな世界での勇者部と歴代勇者・巫女との物語をお楽しみください。




 

 

神世紀300年、秋--

 

世界の真実を知った山吹沙綾は壁を破壊、天の神の尖兵であるバーテックスが神樹へと大侵攻を開始する--

 

しかし、戸山香澄を始めとする勇者部の勇者達が沙綾を説得、力を合わせてバーテックスを打ち倒し、ひとまず世界の崩壊は免れた--

 

そして、その戦いで各々が散華で失った身体機能を神樹により当たえられ、勇者部一同は普通の女子中学生に戻る筈だったが、ただ1人、香澄だけは身体機能が戻る事が無かった--

 

だが精神世界での湊友希那の擬似精霊の導き、そして勇者部の音楽の力により、香澄は意識を取り戻す--

 

いつもの勇者部が戻り、それに加え花園たえも加わり6人となった勇者部は、御役目に縛られない日々を謳歌していく事となる--

 

 

 

 

 

 

 

 

筈だった--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

香澄「今日も勇者部6人勢揃いだね!」

 

明るい声で話すのは猫耳髪型の少女、戸山香澄である。

 

たえ「いいね、香澄!私も花咲川中学に編入してきた甲斐があったよ。」

 

そう話すのは黒髪ロングの少女、花園たえ。以前は全身を散華してまともに動ける状態では無かったが、神樹から身体機能を新たに与えられ、花咲川中学へと編入してきたのである。

 

沙綾「おたえに褒められるなんて、さすが香澄だね。」

 

茶髪のポニーテールの少女、山吹沙綾が笑って言った。

 

有咲「よっと、どうだりみ。これ取れるか?完成型勇者ともなれば、あやとりも完璧だ。」

 

りみ「え、えっと…これをこうして…めっちゃムズイ……。」

 

あやとりをしているツインテールの少女は市ヶ谷有咲、今あやを取ろうとしているショートカットの少女は牛込りみ。

 

ゆり「みんな賑やかで良いね!じゃあ、早速今日の活動内容を読んでいくよ。」

 

そして、最後に部長の牛込ゆり。りみの姉であり、唯一の中学3年生である。以上の6人が花咲川中学勇者部のメンバーである。ゆりが活動内容を読み上げる、その時だった--

 

 

 

 

 

 

部室全体が光に包まれたのだ。

 

有咲「なっ!?何この光!みんな、気をつけろ!」

 

有咲が身構えた。

 

沙綾「この感じは……まさか樹海化!?」

 

沙綾が言ったその時、聞き覚えのあるアラームが鳴り響く--

 

りみ「こ、このアラームって…お姉ちゃん!」

 

ゆり「な、なんで…もう勇者に変身するアプリはみんな持ってない筈なのに……。」

 

樹海化警報のアラーム。最後の戦いが終わった後、大赦によって全員の端末は回収された筈だった。

 

 

 

次の瞬間--

 

 

 

 

光は明るさを増し--

 

 

 

 

周りは樹海へと姿を変えたのだった--

 

 

---

 

 

樹海--

 

有咲「ゆ、夢じゃないよな…。この眺め、完全に樹海だぞ。」

 

カラフルな木の根っこが覆い尽くす世界、紛う事無き樹海の風景であった。沙綾はいつのまにか手に持っていた端末に気付く。

 

沙綾「いつのまに端末が…。どう思う、おたえ。……おたえ?」

 

沙綾は辺りを見回すが、そこにたえの姿だけが無かった。

 

香澄「おたえがいないよ!」

 

有咲「落ち着け、香澄!端末が戻ってきたなら、レーダーで確認だ!」

 

有咲がアプリを開いた時、アプリに敵の反応が出る。

 

りみ「敵だよ…お姉ちゃん!」

 

ゆり「また私達が戦わないといけないの…そんなの……。」

 

ゆりは動揺する。以前の戦いにみんなを巻き込んでしまったゆりの自責の念がまだ残っているのだった。

 

香澄「でも見てください、ゆり先輩。小さい敵ばかりで、バーテックスはいません。あれなら…。」

 

端末を握る香澄の手に力が入る。

 

ゆり「そこまで激しい戦闘にはならない……か。なんにせよ、やるしかないみたいだね。」

 

ゆりも再び覚悟を決める。

 

沙綾「そうですね、戦ってから考えましょう。おたえの事は心配だけど……。」

 

沙綾も覚悟を決めた。

 

香澄「私たちが抜かれたら、敵が神樹様にたどり着かれちゃうよ!」

 

有咲「そうなったら全てが終わりだ。そんな事させるかってーの!」

 

敵が神樹に辿り着くと世界は滅んでしまう。勇者達はそれを防ぐ為に今まで戦ってきたのだ。

 

りみ「お、お姉ちゃん、私も頑張るよ!」

 

ゆり「りみ…みんな、ありがとう。じゃあ、みんな行くよ!」

 

香澄・沙綾・りみ「「「はい!」」」

 

有咲「おう!」

 

ゆりの掛け声を合図に、5人が端末のアプリを起動し、勇者の姿へと変身する--

 

香澄は山桜の勇者--

 

沙綾は朝顔の勇者--

 

有咲はツツジの勇者--

 

りみは鳴子百合の勇者--

 

そして、ゆりはオキザリスの勇者--

 

5人は迫り来る"星屑"の群れへと飛び出していったのだった。

 

 

--

 

 

しばらくの後--

 

香澄達5人の勇者は"星屑"の群れを倒す事に成功する。

 

ゆり「よし、全員無事だね。これが勇者部の実力だよ!」

 

ゆりの元に香澄達が集まってくる。

 

香澄「何とかなって良かったですね。じゃあ早速、おたえを探しに行こう!」

 

その時、レーダーに再び敵の反応が出る。

 

沙綾「第2波…しかも今度は"乙女型"がいる……。」

 

沙綾はレーダーを確認し驚く。

 

 

"完全型"バーテックス--

 

 

体内に"御霊"と呼ばれる核を持ち、全部で12体存在するとされている。そしてそれらには黄道12星座の名前が付けられている。今回出てきた"乙女型"は帯状の器官を鞭の様にして攻撃してきたり、下腹部から爆弾を飛ばして攻撃してくるバーテックスである。

 

ゆり「冗談じゃないって…まだ戦えるけど、これ以上やってもしもまた………。」

 

ゆりの脳内に浮かぶのは以前の惨劇--

 

 

勇者には切り札として"満開"という機能が備わっている。それぞれの勇者にゲージが存在し、それが溜まると発動出来る。凄まじい力を有し、バーテックスを"御霊ごと"破壊出来る程の力があるが、大きな力にはそれなりの代償が存在する。

 

それが"散華"である。花が1つ咲けば、1つ散る様に、"満開"を使った後、身体機能の何処かを供物として神樹に捧げないとならないのだ。捧げた供物は2度と戻る事は無い。香澄達の身体機能が戻ったのは、神樹が新しく創ったものなのだ。すると、戦闘を躊躇う勇者達に何処からか声が聞こえてくるのだった。

 

 

 

 

?『大丈夫…みんな心配しないで。全力で戦い抜いても、影響は出ないから…。』

 

りみ「お姉ちゃん、女の人の声が…。」

 

ゆり「まるで直接心に響いてくるような…。」

 

その声は続けて話す。

 

?『花園さんも私と一緒にいるよ。今は、戦って……。』

 

どうやらたえは謎の声の主の所にいるようだった。

 

香澄「この人の声…暖かい。」

 

香澄に笑顔がこぼれる。

 

有咲「よく分かんねーけど、取り敢えず今は戦うしかないな!」

 

謎の声によって、勇者達の緊張感が解れた。

 

香澄「待って…敵の中に見た事無いのがいるよ!」

 

香澄が敵の群れに今まで戦ってきた事のないタイプを発見する。

 

香澄「あれは……魚………かな?」

 

大きさは"星屑"とほぼ同程度の為、"魚型"ではない事は分かった。

 

ゆり「みんな、新型には気をつけて。連戦行くよ!」

 

香澄達は再び戦闘を開始した。

 

 

--

 

 

沙綾「香澄、有咲!爆弾は私が撃ち落とすから、遠慮しないで突っ込んで!」

 

香澄「お願い、さーや!行こう、有咲!」

 

有咲「りょーかい!」

 

牛込姉妹は"星屑"と新型を。香澄と沙綾、有咲は"乙女型"と対峙していた。"乙女型"は帯状の器官を伸ばしてくるが、香澄と有咲はそれを躱しながら接近する。"乙女型"は近づけまいと爆弾を飛ばすも、遠距離から沙綾がスナイパーライフルで撃ち落とし援護していた。

 

香澄「勇者パーーーーンチ!」

 

有咲「これでも、くらえ!!」

 

香澄は殴打、有咲は斬撃で"乙女型"の体制を崩す。その隙に、沙綾は"封印の儀"を開始するのだった。

 

沙綾(有咲だって1人で"封印の儀"をやってた…だったら私でも出来る筈!)

 

沙綾は封印の祝詞を叫ぶと、"乙女型"から御霊が飛び出してきた。

 

有咲「逃すかっ!!」

 

御霊が動き出す寸前で、有咲は御霊を一刀両断し、"乙女型"は光になって消滅するのだった。同時に、牛込姉妹も敵の一掃を完了した。

 

 

---

 

 

一方その頃、たえはと言うと--

 

たえ「あれ?みんながいなくなっちゃった。これは私の妄想じゃなくて、現実だよね?」

 

1人、勇者部部室にいた。たえは勇者部みんなの名前を呼ぶも返事は返ってこない。

 

たえ「いない……そして………。」

 

たえは目の前にいる巫女の姿をした少女に目をやった。

 

たえ「樹海化してるんだね。部室だけが別空間になってる?」

 

?「ピンポーン、正解だよ。」

 

目の前の巫女の少女はフランクに話しかけてきた。

 

たえ「あなたは誰?大赦の巫女?」

 

リサ「正解。私の名前は今井リサ。」

 

リサと名乗る巫女はウインクしながら言った。

 

たえ「私の名前は花園たえ。」

 

リサ「花園……なんか素敵な名前だね。」

 

たえ「あれ、でも今は樹海化してるよね?私は元勇者だから動けるけど、あなたはどうして?」

 

リサ「私はここでは、巫女であり特別な存在なんだ。神樹様から特別な御役目を仰せつかってるから。」

 

たえ「特別な存在…成る程、大体分かったよ。」

 

リサ「理解が早くて助かるよ。」

 

たえ「もしかして、リサさんはこの時代の人じゃない?」

 

そのたえの的を射る質問にリサは驚く。

 

リサ「本当に……大体分かってる!?」

 

たえ「なんだかとっても大変な事が起こったんだね。しかもバーテックスとは別の問題で。」

 

リサ「そう…今樹海では戸山香澄さん達が樹海で交戦中だよ。」

 

たえ「交戦中……。」

 

その言葉を聞いて、たえの表情が少しだけ険しくなった。

 

リサ「彼女達なら大丈夫。すぐ戻ってくるよ。その時にまとめて事情を話すから。」

 

たえ「分かった。待ってるね。」

 

リサ(話し方はアレだけど…雰囲気は友希那に似てる……かな?まさかね…。)

 

たえを見ながらリサは心の中でそんな事を考えるのだった。

 

 

---

 

 

そうしてしばらく経ち、香澄達5人が別空間の勇者部部室に戻ってきた。

 

香澄「あっ、戻ってきた。あれ、祠も無い部室に戻ってくるなんて…って、おたえだ!」

 

本来であれば、樹海化が解けると勇者たちは祠の近くへと転送されるのである。

 

たえ「みんなお帰り。無事で良かったよ。」

 

たえはみんなの姿を見て安堵した。

 

沙綾「おたえも無事で良かった。…それで、こちらの方は?」

 

沙綾はリサの方を向いた。リサは再びみんなに自己紹介をする。

 

リサ「みんな、御役目ご苦労様。私は今井リサ、宜しくね。」

 

有咲「んなっ!?今井って…!大赦の巫女の中でも最高の発言力を持ってるって言うあの"今井家"!?」

 

有咲はリサの名前を聞いて飛び上がる様に驚いた。

 

たえ「あっ、そう言えばそうだね。見落としてたよ。」

 

たえが言った。

 

有咲「おいおい…"今井家"と"花園家"は大赦のツートップだろうが。」

 

有咲はたえの鈍感さに呆れる。

 

たえ「そうだったね。"花園家"は昔は"湊家"だったからすっかり忘れてた。」

 

たえのその言葉にリサが引っかかる。

 

リサ「ん?"湊家"って湊友希那の"湊家"!?」

 

たえ「そうだよ。"湊家"は神世紀の始めに"花園家"に名前を改めたの。」

 

リサ「えっ……って事は、たえちゃんは友希那の子孫って事……!?」

 

リサの頭がこんがらがってくる。

 

たえ「たえで良いよー。そうだよ。それがどうかした?」

 

リサ(ま、まさか本当に友希那の子孫だったなんて……。雰囲気は似てると思ってたけどまさか本当だとは……。)

 

たえ「?リサさん、どうかしました?」

 

リサ「あっ…いや、何でもないよ。」

 

そこへりみとゆりがリサに話しかけ、軌道修正をした。

 

りみ「さっき樹海に声を飛ばしてくれたのは、リサさんだったんですね。ありがとうございます。」

 

ゆり「戦ったけど、言われた通り力を使ったリスクは無かった。色々と説明してくれるかな?」

 

リサ「う、うん…そのつもりなんだけど、少し驚いたよ。」

 

香澄「大丈夫ですか?」

 

リサ「ありがとう。えっと…。」

 

香澄「あっ、私は花咲川中学勇者部所属、戸山香澄です。」

 

リサは今度は香澄の姿を見て驚いた。

 

リサ「香澄……良い名前だね。」

 

リサ(こっちはこっちで姿や話し方がそっくりだよ…。)

 

リサ「狼狽えてごめんね。じゃあ、早速話していくよ。」

 

リサは事の顛末を話し出したのだった--

 

 

---

 

 

リサ「実は、私達が今いる所は、神樹様の中なんだ。神樹様が創った特別な世界。」

 

有咲「んな馬鹿なって思ったけど、いきなり端末が現れたのを考えると、ありえなくもないな。」

 

リサ「神樹様は土地神の集合体なのは知ってるよね?」

 

りみ「人間に味方してくれる神様達の集まりですよね。」

 

リサの質問にりみが答える。

 

リサ「そう。実はその集合した神の中の1柱が、今神樹様の内部で嵐の様に暴れまわってるんだよ。元々は天の神に属していた強力な神様なんだけど、天を追放されて味方になってくれてたのに…。今回神樹様となっている他の神様と、端的に言うと喧嘩したとか。神樹様から離れると主張してて……さっきのバーテックスは、その"造反神"が創った偽物のバーテックスなんだよ。元は天の神側だから、これくらいの模倣は簡単に出来る程の位の高い神様なんだ。その神様のお陰で、一部勇者システムに天の神の力が流用されているくらいにね。また"造反神"は独自の兵隊を作り出して、神樹様の内部を荒らしてるんだ。」

 

香澄「もしかして、さっき戦った新型みたいなヤツが?」

 

香澄がリサに尋ねた。

 

リサ「そう。ここで土地神がバラバラになれば神樹様はその力を大きく失ってしまう…。あなた達は、勇者として造反神を鎮める為に、神樹様の世界の中に特殊召喚されたって事。」

 

神樹様の中で対立が起きた結果、今度の敵は神樹様の中の1柱という訳である。すなわち、土地神と土地神の戦い。

 

有咲「にしても、ここは神樹様の内部だってのになんで花咲川中学にそっくりなんだ?」

 

リサ「みんなが過ごしやすい様に、神樹様が実際の四国の内部に見立ててるんだよ。」

 

りみ「もしかして、私達はしばらくここにいるって流れなんですか?」

 

造反神を鎮めるまでこの世界から出る事は出来ない。そんな不安がりみの頭の中によぎった。

 

リサ「そんな感じだよ。でも現実世界とは時間の流れが違うから、戻ってもその分時間が経っている事は無いよ。」

 

その言葉を聞いたりみはホッと胸を撫で下ろした。そしてリサは机に四国の地図を広げ説明を続けた。地図はほとんどの部分が真っ赤に表示されていて、唯一、香川北部の一部分のみが青く表示されていた。

 

リサ「赤の部分は造反神に占領された土地を表してるんだ。つまり、相当に反乱は進んでるんだよ。」

 

今勇者部とリサがいる青い部分が奪われてしまったら、神樹は力の大部分を失ってしまう事になる。

 

ゆり「結構ピンチだね。それで、造反神を鎮める為にはどうすれば良いの?」

 

リサ「土地を防衛、奪還しつつ相手の勢いを削いでいく…これが1番地道で的確な方法だよ。」

 

ゆり「結構長丁場の戦いになりそうだね…。」

 

リサ「その間、私は花咲川中学近くの空き家を使わせてもらうね。私はこの時代の出身じゃ無いから家が無いんだ。」

 

ゆり「今さらっと凄い事言わなかった…?」

 

リサ「あっ、まだ言ってなかったね。私は約300年前、西暦の時代からやって来たんだよ。」

 

香澄・沙綾・りみ・ゆり「「「え、えーーーーっ!!」」」

 

たえを覗く5人が声をあげたのだった。

 

 

--

 

 

香澄「だ、段々頭がパンクしてきたよーー。」

 

香澄の頭から湯気が出てきている。

 

リサ「大丈夫大丈夫。時代は違っても、私はみんなと何も変わらないよ。みんなさえ良ければ是非フレンドリーな関係で接してよね。」

 

香澄「分かったよ。改めて宜しくね、リサちゃん。」

 

リサ「こちらこそ宜しく、香澄。」

 

香澄はリサと握手をした。

 

リサ「そんでもって、神樹様の内部だけあって、この世界ならではの利点があるんだよ。1つは、力を使ってもリスクは無し!」

 

つまりは"満開"を使ったとしても、"散華"する事は無く、身体機能を供物として捧げる事は無いのである。

 

リサ「そして、もう1つ。時代を飛び越えて過去の勇者や巫女をこの世界に呼び寄せる事が出来るんだよ!」

 

神樹様の神託により、歴代の勇者の力を使って事に当たるようにとあった為に出来るようになったのである。

 

りみ「歴代の勇者が集結……こんな事が出来るなんて、神樹様はやっぱり凄いな。」

 

りみは感心した。

 

リサ「あくまでここが神樹様の内部だからこそ可能な行為だよ。たえの先祖の湊友希那だって呼べちゃうんだから。」

 

香澄「とってもキラキラドキドキするね!どこにいるのかな?」

 

香澄は目を輝かせて辺りを見回す。

 

リサ「まだ呼べてないんだ。土地を奪還していけば、神樹様に力が戻って呼べるようになるよ。」

 

その時、端末から再びアラームが鳴り響いた。

 

有咲「また敵!?来るなら1度に来いよな。」

 

ゆり「よし、それじゃあ勇者部出動!」

 

ゆりの先導でたえを除く5人は樹海へと消えていった。

 

 

--

 

 

たえ「私の端末は相変わらず現れないなー。」

 

部室に残されたたえが寂しそうに呟いた。

 

リサ「たえは緊急事態の切り札なんだって。さっすが友希那の子孫ってだけはあるね。」

 

たえ「そんな大層なものじゃないよ。でも、この後戦いは重要だから何処かで経験しときたいな。」

 

リサ「どうして?」

 

たえ「だって、敵は元天の神で、私達勇者がやる事は領土の防衛と奪回。現実と似てるよね。この難局を打破出来れば、現実の状況も打破出来る糸口になるかもしれないから。」

 

リサ「……そうだね。この世界の戦いは、決して無駄にはならないと思うよ。」

 

 

こうして勇者部の新たな戦いが始まった--

 

 

ここで勇者部は驚くべき体験をいくつもしていく事となる--

 

 

時代を超えた勇者達の出会いや経験、そして友情--

 

 

その物語の1ページが今まさに始まったのだった--

 

 

 



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うんめいのいたずら

2年前から新たな勇者が合流です。


"未来をどうしていくか"これがこの章での重要な事となってきます。




 

 

神樹内部、勇者部部室--

 

リサに呼ばれ、勇者部一同は部室へと集まっていた。

 

ゆり「リサちゃん、勇者全員集まったよ。で、話って何かな?」

 

リサ「これから戦いも激しくなり、新型もどんどん出てくると思う。」

 

有咲「そういや、新型は何て呼ぶ?新型バーテックス?それとも新型?」

 

有咲は新たに出現したバーテックスの呼称について考えている。

 

ゆり「一括りで新しい奴は全部"新型"で良いんじゃないかな。」

 

ゆりの一言によって、新しいバーテックスが"新型"と決まった。

 

リサ「みんなの頑張りが実を結んで、神樹様の力が少し戻ったんだ。」

 

香澄達はここに飛ばされてから数日、少しだけ領土を奪い返す事に成功し、それによって神樹の力が少しだけ回復したのである。

 

リサ「これで、援軍が呼べるようになった。早速みんなで出迎えようと思って呼んだんだ。」

 

リサはウインクして答えた。

 

香澄「おぉ、遂に別の勇者がここに……楽しみだよ。ねっ、さーや。」

 

沙綾「そうだね、香澄。どんな人達なのかな。」

 

リサ「あははっ。とても不思議な体験をすると思うから深呼吸して。じゃあ、呼ぶよ。」

 

リサがそう言うと、辺りが光で包まれた--

 

 

光が収まり、そこにいた人物は--

 

 

 

 

 

 

 

?「あれ?ここ何処かな。」

 

?「知らない人達が沢山…?あれ?おたえのお姉さん……?」

 

?「私お姉さんはいなかったと思うけど…でも似てる。お姉さんなのかな?」

 

現れた少女はそれぞれたえと沙綾に瓜二つの少女達であった。

 

たえ「私に妹いないと思うけど、でも確かに似てる。妹なのかなー。」

 

たえは自分そっくりの少女をまじまじと見つめた。2人の仕草や話し方を見た有咲が気づく。

 

有咲「こ、これは同一人物…だな…。小学生の頃のたえだろ……。」

 

香澄「じゃあ、もう1人の子は小学生のさーや!?」

 

有咲「だろうな…確か沙綾は小学生の頃、勇者やってたし……。」

 

そう、現れた2人は小学生の頃のたえと沙綾。2年前からこの世界に召喚されたのである。

 

リサ「あれ、おっかしいなー。もう1人呼んだ筈なのに。」

 

リサはたえと沙綾の他にもう1人呼んだのだが、後1人は辺りを見回しても確認出来なかった。すると、再び辺りが光に包まれ、もう1人の少女が召喚された。

 

 

 

 

 

?「うわっ、何だここ!?瞬間移動なんて……。」

 

現れた少女は辺りが自分のいた場所と違うので若干混乱していたようだった。そこへ小学生のたえと沙綾が近付いてきた。

 

小沙綾「あっ、"夏希"。良かった…はぐれたかと思ったよ。」

 

小たえ「ねぇねぇ"夏希"。何だか凄い事になってるよ。私もう1人の自分に会ったんだよ。」

 

夏希「2人とも数秒で私に差を付けないでよ。分かるように説明して。」

 

夏希の姿を見て、震える人物が2人--

 

中学生の沙綾とたえである。

 

中沙綾「あ…あぁ……あ…。お、おたえ………。」

 

中たえ「うん……夏希………だぁ。」

 

2人は夏希の姿を見て涙ぐんでいた。その時、端末のアラームが鳴り響く。敵が来た事を知らせたのである。

 

ゆり「詳しい自己紹介は後で。敵を退ける事が私達の役目だよ。手伝ってくれる?」

 

中沙綾「こんな時に……でもやらないと。同じ勇者同士、私達と頑張ろ?」

 

ゆりと沙綾が小学生組に説明する。

 

小沙綾「分かりました、手伝います!」

 

そうして勇者達は樹海へと向かったのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

敵の数は多かったが、3人の勇者が増えた勇者部にとってはこれくらいの数の敵は造作も無かった。

 

夏希「これで、最後だ!」

 

夏希が最後の1体を斧で斬り伏せ敵の気配はひとまず消えた。

 

夏希「ふぅー、これで終わりかな。それにしても、大橋が見えないけどどうなってるのかな?」

 

夏希は辺りを見回すが、大橋どころか橋すら見当たらなかった。

 

香澄「ろくに説明しないまま戦いに来ちゃったもんね。」

 

中沙綾「実はね--」

 

中学生の沙綾が小学生組にこの世界の事やここで課せられた御役目についてを説明した。

 

 

--

 

 

小たえ「成る程…よく分かりました、沙綾先輩。沙綾先輩が言うなら大丈夫。」

 

小学生のたえが中学生の沙綾に言った。

 

中沙綾「沙綾先輩か…。小学生だけど、おたえにそう呼ばれるのはなんか新鮮だな。じゃは私はおたえちゃんって呼ぶね。」

 

小沙綾「じ、時代を超えて…神樹様の中…頭の中がこんがらがってきそう……。」

 

 

小学生沙綾は話の内容に頭が追いつかず若干混乱していた。

 

 

中沙綾「もっと物事を柔軟に考えるんだよ、沙綾ちゃん。大丈夫、周囲には頼れる仲間がいるでしょ。」

 

そんな小学生沙綾を中学生沙綾が励ますという不思議な光景も、この空間ではあり得るのだ。

 

中たえ「こんなに仲間が出来て頼もしいよ。沙綾、安心して戦おう。」

 

中沙綾「そうだね、おたえ。ありがとう。」

 

有咲「どうやらまとまったようだな。やるな、たえ。…小学生だからたえちゃんか。」

 

香澄「有咲のちゃん付けって何だかとっても新鮮。ね、もう一回言って?」

 

有咲「なっ!?う、うるせぇーー!!」

 

香澄は有咲を茶化して、有咲は顔が真っ赤になる。

 

夏希「おっ、敵の第2波が来たみたいです!」

 

夏希が遠くに敵影を見つけ、知らせた。

 

りみ「ほ、本当だ!"新型"も1体来てるよ、お姉ちゃん!前のやつより少し大きい。」

 

りみはレーダーを見てゆりに知らせる。

 

その時、小学生組の3人が1歩前に出てくる。

 

小たえ「沙綾、夏希、ここは私達の連携を見せてあげようよ。」

 

小沙綾「そうだね。先輩達ばかりに戦わせる訳にはきかないしね、夏希!」

 

夏希「もちろん!先輩達は休んでてください!」

 

3人は武器を構えた。

 

有咲「頼もしいな、先輩!」

 

有咲は夏希の背中をポンっと叩いて送り出した。有咲が使っている端末はもともとは夏希が使っていたもの、つまりは夏希は有咲の先輩なのである。

 

ゆり「じゃあ、新型は小学生組に任せて、私達は残りの敵をやっつけようか!」

 

ゆりの号令と共に、8人の勇者は敵に向かって駆け出したのだった。

 

 

--

 

 

"新型"の前にたえ、沙綾、夏希が立ち塞がった。

 

夏希「ここから先は行かせないよ!」

 

そう言いながら夏希が"新型"に向かって突っ込んだ。"新型"は突進を躱すが、躱した先に沙綾が矢を打ち込んで"新型"の動きを止めた。

 

小沙綾「今だよ、おたえ!!」

 

沙綾の号令を合図に、たえは上空から落下の勢いを乗せた槍を"新型"に向かって突き刺した。

 

小たえ「いっちょあがりー!」

 

串刺しになった"新型"は光となって消える。

 

夏希「見たか!安芸先生に教わったチームプレー!」

 

小たえ「特訓の成果出てたね!」

 

小沙綾「やったね、おたえ、夏希!」

 

小学生組「「「いえーい!」」」

 

3人はハイタッチをして勝利を喜んだ。

 

 

---

 

 

神樹の中、勇者部部室--

 

たえ「みんなお帰りー。どうだった、沙綾。みんなで連携しての戦いは?」

 

部室に戻ってきた小学生沙綾にたえが聞いてきた。

 

小沙綾「とても戦いやすかったです、たえ…さん。あっ、改めて自己紹介しますね。神樹館小学校6年の山吹沙綾です。」

 

小たえ「同じく神樹館6年、花園たえでーす。」

 

夏希「同じく神樹館6年、海野夏希です!元気なら誰にも負けません!」

 

小学生組は各々自己紹介を済ませた。

 

香澄「良いね!元気なら私も自信があるよ、夏希ちゃん。って、私達も改めて自己紹介しなくちゃね。」

 

リサ「3人が召喚された理由もちゃんと話すからね。」

 

香澄とリサはそう言って、自己紹介をしていった。

 

 

--

 

 

数分後--

 

一通りの説明を受けた後、夏希がある事に気付き質問をする。

 

夏希「成る程…詳しい事は分かりました。でも、ちょっと気になる事があるんですけど--大きくなった沙綾とたえはここにいるのに、大きくなった私はいない。これって……。」

 

中沙綾・中たえ「「……っ!」」

 

その言葉に中学生の沙綾とたえが息を飲む。

 

夏希「私は出世して大赦の本部勤めって事ですかね?それは光栄だけど、仲間はずれな気もするなー。」

 

中沙綾・中たえ「「……。」」

 

事情を知っている2人は言葉に詰まるが、そこにリサが割って入り夏希に言った。

 

リサ「今は、神樹様の分裂を止めないと、そもそもみんなが元の世界に戻れない。だから、まずは造反神を鎮める事が先で、現実の話は、その後って事にしない?」

 

夏希「それは全然構わないんですけど、1つ再確認です。現実に戻っても時間は経過してないんですよね?」

 

リサ「うん、そこは大丈夫だよ。みんなが遠足前に召喚されたのなら、遠足の前に戻る事になるよ。」

 

夏希「良かったー。弟がいるから、それだけが気がかりだったんです。」

 

 

--

 

 

夏希が去った後、中学生の沙綾がリサに尋ねる。

 

中沙綾「…あの、もしかして現実の歴史は変えられるんですか?起こった事を無かった事にする。そんな奇跡は……。」

 

沙綾は知っている--

 

遠足の後、夏希に待ち受ける運命を--

 

ここで夏希に話せば、起こるはずの未来を防げるのではないか。沙綾はそう思っていたのである。

 

リサ「………。」

 

リサは何も言わず目を瞑った。

 

中沙綾「……そう、ですよね。分かりました。とにかく今は御役目に集中します。」

 

そこに中学生たえもやって来る。

 

中たえ「その後に、ゆっくり話そう。…何にせよ、会えて嬉しいから。」

 

 

--

 

 

リサ「そういえば、過去から来た人達にはまだ"精霊"の事について話してなかったね。」

 

リサが小学生組に向けて話し出す。

 

小学生組「「「"精霊"?」」」

 

リサ「この世界では勇者システムは最新のものに統一されているんだ。要するに香澄達の勇者システムと同じで、1人に1体精霊がいるんだよ。」

 

夏希「つまり、この世界では私達もその精霊を付けて戦えるって事ですね!?」

 

夏希は目を輝かせて言った。

 

リサ「そうだよ。そして勇者としての基礎能力も最新のものになってるから、元の世界より強くなってる筈だよ。つまりどんなに古い時代の勇者でも、ここでは性能は最新鋭になってる……んー!西暦時代のみんなは喜ぶよ!早く呼びたい!もうすぐ呼べる筈だよ。」

 

リサは嬉々として説明した。

 

夏希「更なる援軍か…。心強い話だけど、その前にもっと香澄さん達の事がもっと聞きたいです。もし良かったら、香澄さん達がどんな戦いをしてきたのか聞かせてくれませんか?」

 

小たえ「それ、私も気になる。みんな凄い戦い慣れてる感じがしたもんね。」

 

小沙綾「私も知りたいな。後学の為にも、よろしくお願いします。」

 

小学生組は勇者部のみんなにお願いする。

 

ゆり「それじゃあ、話していこうかな。花咲川中学、勇者部の物語を--」

 

こうしてゆりは小学生組に自分達が経験してきた勇者部とバーテックスの戦いについて話していくのだった--

 

 



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西暦の風雲児


早くも西暦の時代からあの5人がやって来ます。

時代を超えた人達が話すのって何だかワクワクしますよね。




 

 

神樹内部、勇者部部室--

 

勇者部は小学生組に自分達が経験してきた物語を話し終える。

 

ゆり「っと、こんな感じで私達は戦ってきたんだ。」

 

香澄「色々な事があったけど、みんなで力を合わせて乗り越えてきたんだよ。」

 

夏希「な、何だか壮絶すぎて、頭がパンクしそうだ…。」

 

夏希の頭から今にも煙が出そうな勢いだ。

 

小沙綾「2年後の勇者システムでは"完全型"を倒せるんですね。私達は追い返すだけが精一杯だったのに。」

 

小学生組の時代では、今よりも勇者システムが未熟である為迫り来る"完全型"バーテックスに対しては追い払うだけに留まってしまう。

 

有咲「でも、みんなが頑張ってくれたからこうして今私達が御役目を果たせてるんだ。」

 

小たえ「私達がやる事は無駄じゃないんだね。」

 

有咲「ああ、そうだな。」

 

そこに、リサが嬉しそうにやって来た。

 

リサ「みんなの活躍のお陰で、新しい援軍が呼べるようになったよー!」

 

リサは鼻歌混じりでみんなに伝えた。

 

小沙綾「物凄く上機嫌ですね、リサさん。もしかして新しい援軍って…。」

 

リサ「そう!さすが沙綾ちゃんは鋭い!今回は西暦時代の勇者達が来るんだよ!!」

 

リサは小学生の沙綾に食い気味で話した。

 

りみ「リサさんの仲間達なんですね。緊張するなー。な、何人来るんですか?」

 

リサ「5人だよ、りみちゃん。もっと賑やかになるよ!しかも、その中には、たえの御先祖もいるんだから!」

 

小たえ「凄い…未来の私だけじゃなくて、御先祖様にまで会えるなんて。」

 

小沙綾「しかも5人…戦力も大分補充されますね。」

 

香澄「遂に勇者部の人数が二桁になりますよ、ゆり先輩!」

 

ゆり「最初は3人だったのに…随分と大所帯になったね。」

 

ゆりは当初の勇者部を懐かしみ、ちょっと涙を流す。

 

中たえ「リサさん。私の御先祖様はどんな人なの?」

 

リサ「まぁ、一言で言えば、西暦の風雲児だよ!初代勇者なんだけど、その肩書きに相応しいものがあるんだ!」

 

香澄「風雲児!カッコいい響き、さすが初代様だね!」

 

中沙綾「おたえの御先祖様以外には、どんな人がいるの?」

 

リサ「シャイな人から、賑やかな人まで色々だよ。みんな私の大切な友達なんだ。さあ、いよいよやって来るよー!」

 

リサはみんなに注目させるが、待てど待てど部室は光に包まれず、新たな勇者達が出でくる気配が無かった。

 

リサ「あれ、どうしたんだろう?中々来ないな…。友希那…みんな……。」

 

この状況にリサも戸惑っていた。

 

夏希「一体どれ程凄い人達なんだろう…私緊張してきたよ。」

 

その時、バーテックス出現を知らせるアラームが響き渡り、地図を見た沙綾が何かに気付いた。

 

中沙綾「みんな見て!私達以外の勇者が、敵と接触しそうだよ!」

 

地図に記されていた勇者の人数は5人。

 

香澄「5人…って事は、西暦時代の勇者達だ!敵の目の前に召喚されちゃったんだよ!急がないと!」

 

香澄達は急いで樹海へと向かった。

 

リサ「友希那達は強いから大丈夫だと思うけど、よろしくね、みんな!あっ……今回召喚された中に、香澄とそっくりな人がいるけど、驚かないでね。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

いきなり現れた目の前の光景に、5人の勇者達は戸惑っていた。

 

友希那「ここは…樹海?何故いきなり私達はこんな所に…?」

 

あこ「突然瞬間移動しましたよね!?あこが寝ぼけてる訳じゃないよね!?」

 

燐子「ま、丸亀城の近く…じゃないみたいです…樹海も何だか…変です。」

 

紗夜「夢なら楽なのですが…。いつの間にか変身済みですし、どうなってるのかしら?」

 

高嶋「何だか敵の気配もするよ…。」

 

友希那「リサがいない…いえ、樹海だから当然ね。」

 

友希那達は周りの景色を見て、自分達の置かれている状況を考えていた

 

友希那「燐子、こういう時は固まってた方がいいわね?」

 

友希那は司令塔である燐子に指示を仰ぐ。

 

燐子「はい…全員円陣で、お互いの背中を守りながら…周囲を警戒してください…。」

 

その時、星屑の大群が友希那達に向かってきた。

 

高嶋「あっ、やっぱり敵が来たよ!いつもの白いヤツが沢山!あれ?見た事無いのも混ざってる!?」

 

魚のような"新型"に香澄は驚く。

 

紗夜「敵が何であろうと、勇者として殲滅しましょう、高嶋さん。」

 

紗夜はそう言うと、大葉刈を構えた。

 

友希那「紗夜の言う通りね。私達5人で迎撃するわよ!」

 

友希那も生大刀を構え、敵と交戦を開始するのだった。

 

 

--

 

 

数分後--

 

5人は敵の殲滅を完了する。

 

友希那「よし、敵の第1陣は退けたようね。…それにしても、何がどうなって…ん?」

 

そこに香澄達勇者部が合流する。

 

有咲「あっ、いたぞ!西暦の勇者達だ。敵はもう殲滅したみたいだな。」

 

小沙綾「いい、2人とも。挨拶はきちんとね?」

 

夏希「沙綾は安芸先生かっての。分かってるって。」

 

あこ「あっ、あの服…あこ達と同じ勇者!?あこ達以外に勇者がいたんだ!」

 

紗夜「宇田川さん、気を緩めないで。」

 

友希那「ともかく、私が話してみるわ。」

 

そう言うと、友希那は勇者部の方へと歩き出した。それと同時に部長であるゆりが友希那の元へとやって来る。

 

ゆり「こんにちは。西暦時代の勇者さんね。話は、リサちゃん……今井さんから聞いてます。」

 

友希那「っ!リサを知ってるの!?」

 

ゆり「私は牛込ゆり、この時代の勇者。仲間だから安心してね。」

 

友希那「湊友希那よ。よろしくお願いするわ。……この時代、ね…どうやら事情は色々と複雑のようね。」

 

2人が話しているなか、小学生のたえははしゃいでいた。

 

小たえ「湊…。沙綾、夏希。私の御先祖様見つけたよ。」

 

夏希「見た目はそんなに似てないけど、雰囲気は似てるかも…。つまり風雲児様か…。ごくり。」

 

有咲「んなっ!?か、香澄……あれ、あれ見てみろ!」

 

香澄「どうしたの、有咲?そんなに驚いて…って、あーーーー!!」

 

2人が驚いたのも無理はない。そこには戸山香澄と瓜二つの少女が目の前にいたからである。そして、2人の大声で紗夜も気付いた様子だった。

 

紗夜「っ!?ちょ…高嶋さん!!あそこを見てください!」

 

高嶋「えっ?どうしたの、紗夜ちゃん…って、わーーー!」

 

高嶋の方の香澄も全く同じ反応を示した。

 

りみ「か、香澄ちゃんが2人…!?」

 

有咲「って、そんな事言ってる間に敵がまた来たぞ!」

 

ゆり「まずは協力して敵を倒しましょう。その後に、リサちゃんがいる拠点で話そうか。」

 

友希那「聞いていたわね、みんな。連戦だけど、味方も増えたわ。」

 

紗夜「待ってください!無条件に信じすぎでは…。ここは樹海です。警戒心を捨てないでください。」

 

紗夜はまだ勇者部達を信じきれない様子だった。

 

ゆり「あらら…まだ信用しきれてないようだね。」

 

りみ「しょうがないよ、お姉ちゃん。みんな今こっちの世界に来たばっかりなんだから。」

 

にらみ合いが続く中、燐子が話し出す。

 

燐子「この人達は…大丈夫…そう思います…。でも、紗夜さんの言う事も…確かです。」

 

友希那「燐子がそう言うのなら、間を取りましょう。団結ではなく、連携であたる。」

 

有咲「まぁ、こっちの空気には戸惑うよな。分かった、ひとかたまりじゃなくて連携な。」

 

小沙綾「すぐに分かってくれる筈です。夏希、行くよ。」

 

夏希「了解!暴れるぞー!なんたって風雲児様が見てるからね!」

 

夏希の姿を見たあこは何だか親近感を感じるようだった。

 

あこ「威勢が良いね!あこだって大活躍するんだから!」

 

こうして勇者達は勇者部・小学生組、西暦組の二手に分かれて戦い始めたのだった。

 

 

---

 

 

西暦組サイド--

 

燐子「前衛には友希那さん、高嶋さん、氷川さん…私達は後方で3人を援護します。」

 

あこ「守りはあこ達にドーーンと任せて、友希那さんたちはバーーンと戦って!」

 

高嶋「お願いね、あこちゃん!紗夜ちゃん、行くよ!」

 

紗夜「ええ。」

 

友希那「戦闘を開始する!」

 

3人は星屑を次々と倒していく。3人の死角を後ろのあこは旋刃盤で蹴散らし、燐子は金弓箭で射抜いていく。

 

あこ「向こうも中々の連携だけど、あこ達には及ばないね、りんりん!」

 

燐子「そんな事無いよ…あこちゃん…向こうは向こうで、仲間を信頼してる…。」

 

燐子(私達も、いつか…あんな風に戦える様になるのかな……。)

 

燐子は向こうサイドをちらちら見ながら、そんな事を思うのだった。

 

友希那「良し、大方の敵は倒した…。後は…。」

 

友希那は眼前の敵に目を向けた。

 

友希那「"新型"が2体……。」

 

一歩下がって、友希那は生大刀を構え直す。

 

高嶋「1体は私と紗夜ちゃんで!」

 

紗夜「ええ!」

 

燐子「あこちゃん…私が高嶋さん達の援護をするから、あこちゃんは友希那さんの援護を…。」

 

あこ「分かった、りんりん!友希那さん!あこが援護するよー!」

 

友希那「お願いね、あこ。行くわよ!」

 

燐子(でも……私達のチームワークも全然負けてない…。これなら、いつか…きっと……。)

 

西暦の勇者達も失敗の経験を重ね、勇者部達と遜色無い程のチームワークを生み出している。そうして"新型"を殲滅したのだった--

 

 

---

 

 

神樹内部、勇者部部室--

 

敵を倒し終えた勇者達が戻ってきた。

 

リサ「みんな、お帰り。無事で良かったよ。……久しぶりだね、友希那。」

 

友希那「リサも無事で何よりよ。でも、久しぶりって……?」

 

紗夜「取り敢えず敵は倒しましたが、詳しい事は今井さんからと言われてます。」

 

リサ「分かった。みんな聞いてね--」

 

リサは西暦組にここに来た理由と御役目を説明する。

 

 

--

 

 

友希那「神樹様の世界…未来の勇者達…ね。驚いたわ。私とリサとの間で時差がある事も大体分かったわ。」

 

リサ「頭柔らかくして考えてね。」

 

友希那「それで、私の子孫っていうのは…?」

 

友希那の言葉に2人のたえが反応した。

 

小たえ「私だよ、風雲児様。花園たえ、小学生バージョンです。」

 

中たえ「よろしくね、御先祖様。花園たえ、中学生バージョンだよ。」

 

2人は友希那に手を振った。

 

友希那「そ、そう……よろしく。」

 

夏希「あ、あの自分、海野夏希って言います。良ければサインしてくれませんか、風雲児様!」

 

間髪入れずに、夏希が友希那の前に来て、色紙を手渡そうとしてきた。

 

小たえ「私もサイン欲しいな。御先祖様でも欲しいものは欲しいし。」

 

小沙綾「こら、あんまりはしゃがないの。」

 

友希那「ちょっと待って。あなたたち、風雲児って一体…?」

 

友希那の質問に夏希は嬉々として話し出す。

 

夏希「リサさんから、友希那さんがどれだけ凄い人なのか全部聞きました。西暦の風雲児って呼ばれてたとか。」

 

友希那「……リサ、またあなたはそうやって…。」

 

友希那は呆れながらため息をつくのだった。

 

あこ「待って!友希那さんがたえちゃん達の先祖だっていう事は……100歩くらい譲ったとしても…。あれはどういう事なんですか!?」

 

あこが2人の香澄を指して叫ぶ。

 

香澄「ど、どうも…。改めまして、戸山香澄です。」

 

高嶋「ど、どうも…。改めまして、高嶋香澄です。」

 

全く瓜二つの2人が互いに挨拶している。

 

夏希「高嶋さんは香澄さんの先祖?同一人物…?ど、どうなってるの?」

 

中沙綾「同一人物じゃないよ、夏希。とても似てるけど、別人だって事は分かる。」

 

沙綾はどっちがどっちだか、何となくだが分かる様だった。

 

紗夜「そうですね。高嶋さんとあの人は別人です。それは私にも何となく分かります。」

 

燐子「そ、そうなんですね…。でも、氷川さんが言うと…説得力あります。」

 

同様に、紗夜も何となくだが判別は付いている素振りを見せる。

 

燐子「み、皆さん…改めて宜しくお願いします…精一杯頑張りますので…。」

 

りみ「こ、こちらこそ…宜しくお願いします。仲良くやっていきましょう。」

 

燐子は自分が一番話しやすそうだと思ったりみに挨拶をした。燐子が挨拶を始めたのを機に、西暦の勇者達はそれぞれ挨拶をして、部室を後にした。

 

 

---

 

 

神樹内部、寄宿舎--

 

リサ「私達西暦組は、この寄宿舎で生活する事になるよ。配置は丸亀城と同じ感じで良いかな?」

 

そこに、生活で必要なものを小学生組が運んで来る。

 

小たえ「御先祖様、皆さん。生活必需品を色々と持ってきました。」

 

友希那「えぇ…ありがとう。花園さん。」

 

リサ「友希那、自分の子孫なんだから、そんなに畏まらなくても良いのに。」

 

リサは友希那を茶化した。

 

小沙綾「燐子さんも、どうぞ。」

 

燐子「あ、ありがとう…ございます…。沙綾ちゃんはしっかりしてるんですね…。」

 

小沙綾「燐子さんは本が好きだと聞きました。良かったら、西暦時代の事を色々と教えてくれませんか?」

 

燐子「私で良ければ…。」

 

夏希「あーこーさん。配給品です!」

 

あこ「夏希ちゃんは本当に元気が良いね!あこの友達になろう!」

 

 

紗夜「それにしても、周囲の光景は西暦時代と然程変わりませんね…。もしかして、ゲームは凄く進化してたりとかはあるんでしょうか?」

 

リサ「文化レベルは西暦とほとんど変わらないみたいだよ。ゲームも同じだね。」

 

紗夜「そうですか、それは残念ですね。勇者システムの性能が上がっている事は喜ばしい事ですが…。」

 

高嶋「あっ、戸山ちゃん達が来た!おーい、こっちこっちー!」

 

香澄「高嶋ちゃん、みんな!色々買ってきたから、歓迎会を始めよう!」

 

どうやら勇者部達は西暦組の歓迎を祝ってパーティーを始める様だった。香澄達がお菓子などを色々と買ってきていた。

 

ゆり「勇者の人数も増えた事だし、ここら辺でやろうと思ってね。」

 

小沙綾「じゃあ、色々と手伝いますよ。」

 

有咲「何言ってんだよ。小学生組の歓迎会でもあるんだからな。」

 

有咲は小学生沙綾の背中をポンっと押して、部室に案内した。

 

小沙綾「ありがとうございます、有咲さん。」

 

全員が揃ったところで、勇者部による、別時代の勇者達の歓迎会が始まった--

 

 

---

 

 

寄宿舎、高嶋香澄の部屋--

 

歓迎会も終わり、何人かが高嶋香澄の部屋に集まって話をしていた。等の本人は戸山香澄との会話で盛り上がっている。

 

あこ「香澄、あっと言う間に打ち解けてるね。友希那さんも見習わないと。」

 

燐子「既に双子みたいな雰囲気だよね…。服装が同じだと、違いが…分からないです。」

 

紗夜「結局、お互いがどの様な存在か分からないのにあのシンクロ具合…さすがだわ。」

 

友希那「ゆりさん。初めに合流した時、少しでも疑ってしまいごめんなさい。」

 

ゆり「気にしないで、すぐにこうして仲良くなれたんだから。色々と助かるよ。みんな良い子だけどクセが強いんだよね、まとめるのは大変な時があるから、その時はよろしくね。」

 

友希那「そうね…クセが強いのはこちらも同じよ。色々と力を合わせていきましょう。」

 

そう言って、友希那とゆりは握手をする。

 

夏希「紗夜さん。紗夜さんはゲームが好きって聞きました。紗夜さんのオススメのゲーム教えてください!」

 

紗夜「分かりました。では、持ってきますから一緒にやりましょうか。」

 

紗夜はそう言って自分の部屋からゲーム機を持って来て、あこを加えた3人でゲームを始めた。

 

高嶋(あっ、紗夜ちゃん笑った…。良かったね、慕ってくれる友達が出来て。)

 

そんな紗夜の姿を、香澄は少し離れた所で見ながら、心の中で呟いた。

 

 

--

 

 

夏希「おおぉぉ、紗夜さん魅せるぅ!カッコいい!」

 

紗夜「カッコいい…ですか?」

 

夏希「はい!ゲームが上手い人を見てると、カッコいいって思いますよ。だから、紗夜さんカッコいい!リスペクトします!!」

 

ゲームであこを瞬殺する紗夜の華麗なコントローラー捌きに夏希は釘付けになっていた。

 

紗夜「そ…そうですか。海野さんもいい腕をしてますよ。ですので…時々…一緒にやりますか…?」

 

紗夜は顔を赤くして呟く。

 

夏希「本当ですか!?こちらこそ宜しくお願いします!やったー!」

 

香澄「ん?高嶋ちゃん、どうしたの?さっきから紗夜さんの方をちらちら見てるけど。」

 

高嶋「えっ!?ううん、何でも無いよ。」

 

高嶋(夏希ちゃん…紗夜ちゃんと仲良くしてあげてね。)

 

夏希「あれ?そういえば、ゆりさんがいないね。」

 

友希那「もう帰っているわよ。全員が寝不足じゃ有事の際危ないから。」

 

ふと夏希が時計を見ると、既に夜の10時を過ぎていた。

 

香澄「もうこんな時間かぁ。高嶋ちゃん、長居してごめんね。」

 

高嶋「そんな事無いよ、こっちこそ楽しかったよ。嬉しいものも見れたしね。」

 

香澄「え?」

 

高嶋「ううん、こっちの話。みんな優しいからリラックス出来た。未来の勇者も良い人揃いだね。」

 

夏希「それじゃあ、紗夜さん、あこさん。また遊びましょう!」

 

紗夜「ええ、いつでも歓迎ですよ。」

 

あこ「またねー!」

 

そうして、夏希と戸山香澄は自分の部屋へと帰っていった。

 

 

--

 

 

みんなが帰った後、西暦組が何やら話をしている。

 

あこ「でも、思ったんだけど…未来でも勇者がいるって事は、敵もしぶといって事だよね?」

 

高嶋「逆に考えようよ、あこちゃん。人類も滅んで無いんだって。あの状況を乗り切れたってね。」

 

あこ「……そうだね、香澄!」

 

友希那「そうね…未来がある。私達は守れたのよね…。」

 

こうして目の前に未来の勇者がいる--

 

 

西暦時代の勇者達がやってきた事は間違いなかったという証拠でもあるのだ。西暦組が加わり、総勢15名となった勇者部は領土回復の為に戦い続ける--

 

 

 



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届いた君の手

小学生組に訪れたピンチ--

その時、沙綾とたえは……





 

 

西暦勇者達が合流して、何日か経った日の事--

 

中沙綾「………。」

 

中たえ「………。」

 

2人は夏希に寄り添いじっと見つめていた。

 

小沙綾「あ、あの、香澄さん…。さっきから、2人が夏希をじっと見つめてるんですけど……。」

 

香澄「あ、あはは〜。何か思うところがあるんじゃないかな?」

 

小学生組の視線に気付いた沙綾が咳払いをして話しかける。

 

中沙綾「ゴホン。みんな、ここにはもう慣れた?何か困った事とかはある?」

 

小沙綾「は、はい。最初はちょっと戸惑いましたけど、皆さん仲良くしてくれるし、大丈夫ですよ。」

 

夏希「しいて言うなら、イネスが無い事ですかね…。」

 

イネスとは大型のショッピング施設の事である。小学生組は良くそこで買い物をしたり、ジェラートを食べたりして遊んでいたのだ。

 

中沙綾「イネスか……。どうしようか、おたえ?」

 

中たえ「うーん。こればっかりは仕方無い事じゃないかなー。だよね、リサさん。」

 

リサ「そうだね……ここは取り敢えずうどんで我慢してもらうしか…。」

 

夏希「大丈夫ですよ。言ってみただけですから。だからそんなに悲しい顔しないでください。」

 

有咲「どうやら2人にとって、夏希の存在はかなり大きいみたいだな…。」

 

狼狽えていた沙綾はたえを連れて少し離れた所に移動し、ヒソヒソと話し出す。

 

中沙綾「だ、駄目…ここは一旦夏希と距離を取ろう。」

 

中たえ「何で?せっかく夏希に会えたんだから、ずっと側にいてあげようよ。」

 

中沙綾「だからだよ!私、夏希の顔を見てると、もう……。」

 

中たえ「沙綾はあの頃と全然変わらないね。私も涙が出そうになるのは堪えてるけど。」

 

夏希「んーーー?」

 

夏希を前にしてぎこちない様子の2人を、夏希は離れたところから見つめているのだった。

 

 

---

 

 

次の日--

 

部室で何やら小学生組が話をしている。

 

夏希「ねぇ、2人とも、ちょっと聞いてよ。」

 

小沙綾「どうしたの、夏希?」

 

小たえ「夏希のお悩み相談?」

 

夏希「悩みっていうか、君達2人の大っきくなったバージョンの事なんだけどさ。」

 

小沙綾「沙綾さんとたえさんの事?」

 

夏希「2人とも成長してるよね、当たり前だけど。私も2人みたいな感じになってるのかな?」

 

小沙綾「夏希の事だから、私達の中で一番背が大きくなってるかもね。」

 

小たえ「スレンダーだね。」

 

夏希「そ、そうかなー。それにしても、大きくなった私は何処で何してるんだろうね。」

 

小沙綾「確か、出世して大赦で働いてるって話だったよね。」

 

小たえ「夏希はエリートだね!」

 

夏希「かもしれないって話でしょ。沙綾さんとたえさんに聞こうとしても、はぐらかされちゃうし。」

 

小沙綾「何か隠してる事でもあるのかな?」

 

小たえ「でも、大きくなった私達、夏希の事すっごく可愛がってるよね。」

 

小沙綾「あれが未来の自分の姿だと思うと、少し恥ずかしいな…。」

 

夏希「そう見えるかなー。何か、むしろ腫れ物に触る感じっていうか…。」

 

小沙綾「えっ、そんな事は…おたえはどう思う?」

 

小たえ「うーん…。2人からは夏希が好きって言う感じしか無いようだけど…。」

 

夏希「そっか。私の考え過ぎかな。」

 

小沙綾「夏希……。」

 

夏希「よし、この話はもうおしまい!探検に行こう探検!もしかしたらイネスが見つかるかもしれないよ。」

 

そう言って、夏希は走って部室を飛び出した。

 

小たえ「夏希待ってー。……沙綾、夏希気にしてるよね…。」

 

小沙綾「そうだね…。何とかしないと。」

 

2人の前では気にしない素振りを見せる夏希、だがそれが余計に2人を心配させる事になってしまったのだった。

 

 

---

 

 

次の日--

 

小学生沙綾とたえは勇者部のみんなに、夏希の様子について相談していた。

 

香澄「夏希ちゃんを元気付けたい?」

 

小沙綾「はい…。私達にはいつも通りの態度なんですけど、どこかモヤモヤしてるみたいで…。」

 

中沙綾「そ、そんな…。私何か夏希に悪い事しちゃったかな……。」

 

中たえ「沙綾落ち着いて。」

 

小たえ「イネスに行けば、元に戻ると思うんだけど…。」

 

小沙綾「ここには無いみたいですし…。」

 

香澄「それは困ったね。うん、私達に出来る事なら何でも協力するよ!」

 

小沙綾「香澄さん…。」

 

香澄「私も、元気100%の夏希ちゃんが見たいから!」

 

中たえ「じゃあ、早速イネス探しだね。」

 

小たえ「フードコートの醤油味ジェラートを食べれば、夏希もきっと元気になると思う!」

 

香澄「よーし、じゃあみんなで探しに行こう!」

 

そこに、中学生の沙綾が待ったをかける。

 

中沙綾「でも、香澄…それは難しいんじゃないかな…。イネスがもともと無い街を再現してるのなら、ここにイネスがあるとは考えにくいよ。」

 

香澄「成る程…。」

 

小沙綾「それか、運動が出来る広い場所とか。」

 

香澄「あ、それくらいならあるかも!」

 

小沙綾「…そうですか!私達、ちょっと探してきます!行こう、おたえ。」

 

小たえ「善は急げだね。」

 

早速小学生沙綾とたえは部室から出て行こうとする。

 

香澄「え!?それなら私達も一緒に…。」

 

香澄が引き止めようとするが、それより早く2人は飛び出してしまった。

 

香澄「行っちゃった。夏希ちゃんの事、本当に心配なんだね。」

 

そして、2人とちょうど入れ違いで夏希が部室にやって来た。

 

夏希「どうもー。」

 

中沙綾「な、夏希!?」

 

夏希「沙綾とおたえ何処に行ったんですか?なんか走って行っちゃったけど…。」

 

香澄「え、えっとね…なんか日向ぼっこ出来る場所を探しに行くって言ってたよ!」

 

香澄は咄嗟にはぐらかした。

 

夏希「そうなんですか?なんだ、私も誘ってくれれば良かったのに。」

 

中沙綾「………。」

 

その様子を沙綾は複雑な心境で見ていた。

 

 

---

 

 

街中--

 

沙綾とたえは街を散策しながら夏希を元気付ける為の場所を探していた。

 

小沙綾「勢い余って出てきちゃったけど、どんな所なら夏希は喜ぶかな…。」

 

小たえ「全然知らない街だから、探し甲斐があるね。」

 

小沙綾「おたえ、分かってる?探すのは日向ぼっこ出来る場所じゃないんだからね。」

 

小たえ「分かってるよ〜。夏希なら何処でも楽しそうにすると思うけど、イネス以外だと、やっぱり家なのかな〜?」

 

小沙綾「向こうでの時間経過は無いって言っても、弟と離れ離れになるのは心配だよね…。」

 

小たえ「うーーーん。」

 

小沙綾「考えてみれば、私達まだ仲良くなってからそんなに日は経ってないもんね。」

 

小たえ「友情に時間は関係無いよ。私達はソウルメイトだから。」

 

小沙綾「ソウルメイト?」

 

小たえ「魂で繋がってるって意味。マブなソウルメイトだよ。」

 

小沙綾「あははっ!そうだね。ソウルメイトだね。そういうの、夏希も言いそう。」

 

 

その時だった--

 

 

周りの景色が紫色に変化し、目の前に星屑が現れたのである。

 

小沙綾「っ!?あれは星屑!?」

 

小たえ「街が変な感じになってる?」

 

小沙綾「しまった……これがリサさんが言っていた…。」

 

沙綾とたえは話すのに夢中で、結界の外に出てしまったのだった。

 

小沙綾「取り敢えず戦おう、おたえ!攻撃は最大の防御だから!」

 

小たえ「わ、分かった!」

 

2人は端末を起動して勇者へと変身する。幸い現れた星屑の数はそれ程多くはなかった。

 

小沙綾「私が援護するから、おたえは前衛お願い!」

 

小たえ「任せて!」

 

 

--

 

 

急襲により多少取り乱したりはあったが、2人はひとまず星屑の撃退に成功する。

 

小沙綾「ふぅ…2人でも何とかなったね。」

 

小たえ「ダメだよ、そんな事いったら〜。」

 

今度は奥から"進化型"と"蠍型"が星屑を引き連れて2人の元へと向かってきたのである。

 

小沙綾「っ!?どうする…!?流石におたえと2人だけじゃバーテックスには…。」

 

 

その時--

 

 

?「てやーーーっ!!」

 

2人の後ろから武器が飛んできて、近づいてくる星屑と進化型をなぎ倒したのだ。

 

小沙綾「この武器は……。」

 

小たえ「夏希の…。」

 

夏希「大丈夫、2人とも!?」

 

助けに来たのは夏希だった。

 

小沙綾「夏希、どうしてここに…?」

 

夏希「2人が気になって、探し回ってたんだよ。全く…心配かけて。」

 

そう言って夏希は2人を軽く小突いた。

 

小たえ「夏希…これはね。」

 

夏希「詳しい事は後!勇者部のみんなも駆けつけてくれるから、それまで耐えるよ!」

 

小沙綾「……分かった。」

 

夏希「行くよ!」

 

夏希が前に出て進化型を双斧でなぎ倒し、たえは槍を伸ばして星屑を串刺しにしていく。沙綾は"蠍型"の突き攻撃を矢の威力で逸らして守っている。

 

だが3人は気付いていなかった。たえは2人から離され、沙綾は逸らす事が精一杯で身動きが取れず、夏希は次々湧いてくる"進化型"との戦いで周りが見えなかった。

 

 

そして、遠くにもう1体--

 

 

"射手型"がいる事に気付いてなかった--

 

 

小沙綾「ぐっ、しまった!!」

 

身動きが取れない沙綾に横から現れた星屑が、突進で沙綾を吹き飛ばす。

 

夏希「沙綾っ!!」

 

そして夏希の意識が一瞬沙綾の方へ向いた刹那、後方から"射手型"の針攻撃と"蠍型"の突き攻撃が同時に夏希に襲いかかる--

 

 

小沙綾、たえ「「夏希っ!!」」

 

夏希(しまった!!)

 

 

夏希は目を瞑った--

 

 

だが、攻撃は夏希に当たる事は無かった。

 

 

夏希「あれ?私、生きてる…。」

 

目を開けると、そこにいたのは--

 

 

中たえ「全く、夏希は無茶し過ぎだよ。」

 

中沙綾「今度は……間に合ったよ、夏希。」

 

中学生の沙綾とたえだった。

 

夏希「沙綾さん…たえさん…。」

 

2人は夏希が知らせてくれた瞬間に、全速力で他の勇者より早く駆けつけてくれたのである。

 

中沙綾「って、あれ?おたえ変身出来る様になったの!?」

 

中たえ「最初に言ったでしょ、私は"緊急時用の切り札"だって。私にとっては今が緊急時だからね。」

 

たえがここに駆けつける途中、目の前に突然端末が現れ、それを使って変身したのだ。

 

中沙綾「みんなは結界の中に下がってて!」

 

中たえ「沙綾、ここは一気に決めるよ!」

 

中沙綾、たえ「「満開!!」」

 

2人は"満開"を発動する。ここに来た時、リサが言っていた"此処ではリスクが無い"という言葉の意味--

 

それはつまり"満開"も"散華"無しに使えるという事である。巨大な箱舟と砲撃船に乗った沙綾とたえは瞬く間に2体のバーテックスを光に還すのだった。

 

夏希「す、凄い……。」

 

小沙綾「これが…勇者部の全力……。」

 

小たえ「カッコいい……未来の私。」

 

3人は瞬く間に殲滅させた2人の勇者に釘付けになっていた。敵を倒した後、たえの端末が再び消えた。

 

中たえ(ありがとう、神樹様。お陰で今度は間に合ったよ。)

 

そして少し遅れて他の勇者部達が駆けつけてきた。

 

ゆり「凄い爆発音がしたんだけど、もう片付いたんだね。」

 

香澄「3人とも大丈夫だった?」

 

夏希「はい、沙綾さんとたえさんのお陰で何とか。」

 

有咲「ノーリスクで戦えるとは聞いてたけど、派手にやったな、2人とも。」

 

りみ「取り敢えず、部室へ帰ろう。」

 

勇者部と小学生組はこうして部室へと戻っていった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

リサ「…先ずは無事で本当に良かった…。だけど、起こった事自体は深刻だよ。」

 

小沙綾「す、すみません…。」

 

小たえ「ごめんなさい……。」

 

リサ「沙綾とたえが間に合ったから良かったけど、万が一の事があったらどうするの?」

 

リサは小学生沙綾とたえに諭す様に叱った。

 

夏希「すみません、リサさん。元はと言えば私がいけなかったんです。2人に心配させちゃったから……。」

 

小沙綾「違うんです!夏希のせいじゃありません!」

 

小たえ「そうです!私達が周りに気付かなかったから…。」

 

ゆり「まぁまぁ、何事も無かったんだし、これくらいでね。」

 

リサ「もう……この時代の人たちは無闇に結界を踏み越え過ぎだよ。取り敢えずは次から気をつけてね。」

 

小沙綾、たえ、夏希「「「はい、ごめんなさい…。」」」

 

 

--

 

 

夏希「みんなで叱られちゃったな。」

 

小沙綾「夏希……ごめんね。」

 

香澄「あ、あのね!2人は夏希ちゃんを元気付けようと思って、イネスの代わりになるものを探してたんだよ!」

 

夏希「え?そうなの?」

 

小たえ「実はそうなんだ。でもイネスの代わりは見つけられなかったよ…。」

 

夏希「なんだ、そんな事の為に出掛けてたのか。危ないからあんまり遠くに行くんじゃないよ。」

 

小沙綾「でも…何処かに夏希が喜ぶと場所があるんじゃないかと思って。」

 

夏希「バカだなぁ。」

 

しょんぼりする2人に、夏希は駆け寄って抱きついた。

 

夏希「私は沙綾とおたえがいれば、どんな場所だって嬉しいし、楽しいのに。」

 

小沙綾「あ……。」

 

小たえ「夏希……。」

 

その言葉で2人は気付いたのだ。どんな場所でも、夏希はみんながいればそれだけで幸せなんだと。そこへ、中学生沙綾とたえが部室に入ってきた。どうやら2人はリサに報告をしていた様だった。2人を見つけた夏希がやって来る。

 

夏希「沙綾さん、たえさん。さっきは本当にありがとうございました。2人がいなかったらどうなってたか……。」

 

中沙綾「……いいえ。こっちこそ、小学生の私達を守ってくれてありがとうね。」

 

中たえ「私達は……当たり前の事をしただけだから。」

 

2人は涙を堪えながら夏希に伝えた。

 

中沙綾(これで、私達を助けてくれたのは2回目だね……。)

 

中たえ(夏希は本当に私達のヒーローだよ……。)

 

夏希「あっ、そうだ今度お礼しますから。」

 

中沙綾「気にしないで。またこうして隣同士歩ける事が、とっても嬉しいんだからね……。」

 

中たえ「そうだね……。」

 

 

ここで過ごす時間を大切に--

 

 

沙綾とたえは改めてそう思うのだった。

 

 



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言わずの優しさ


また新たな仲間が合流です。たった一人で戦い抜いてきた勇者--

隠しておく事も優しさの1つなのかもしれません。




 

 

総勢15名となり、賑やかになった勇者部。

 

香澄「どうみんな、こっちの生活にはもう慣れた?」

 

あこ「とっても快適だよ!昨日なんて8時間以上スヤスヤ寝たもん。」

 

香澄「紗夜さんは?」

 

紗夜「私は…環境の変化に戸惑ってます。だから西暦組のクラスが校内で孤立してる計らいは、気に入っています。」

 

そこへリサがやって来る。

 

リサ「お楽しみのところごめんねー。実は嬉しいお知らせがあるんだー。新たな神託があったんだけど……。」

 

高嶋「もしかして新しい勇者!?」

 

リサ「そうだよ!もうすぐまた1人、勇者が召喚されるみたいなんだ。頼もしい限りだよ。」

 

有咲「思ったより勇者っているんだな。戦力が増えるのは大歓迎!」

 

友希那(新しい勇者…それはもしかして……予感が当たると嬉しいのだけれど。)

 

友希那の脳裏に浮かぶのは、あの勇者の声--

 

会った事も無い盟友の姿--

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

僅かな期待を胸に抱き、友希那が部室へとやって来た。

 

友希那「あら?今日は山吹さんだけなのね。部室に来ているのは。珍しいわね。」

 

沙綾「天気も良いから、みんな外に出たり思い思いに過ごしてます。」

 

友希那「そう…。折角2人きりですし、改めて聞いてみたい事があったの。自分がもう1人いるという状態は、大丈夫なのかしら?物理的に自分と向き合うというのは、中々強烈でしょう?花園さんは、心底楽しんでるみたいだけど。」

 

沙綾「はい、すぐに慣れましたよ。心配してくれてありがとうございます。」

 

沙綾は深々とお辞儀する。

 

沙綾「でも、悩みもあります…。」

 

友希那「私で良かったら聞くわよ。」

 

そう言って、友希那は沙綾の隣に座った。

 

沙綾「私は、沙綾ちゃんが……自分がこれからどうなるのか運命を知っています…。それを話すべきか、それともいっそ話さないべきかで悩んでるんです。」

 

友希那「今は造反神を鎮めるのが先という事で、話していない訳ね…。」

 

沙綾「そうです。この世界優先で、実際の世界の話は、今のところは置いといています。私とおたえの意見は…話すべきだと思う方に傾いているけれど、大事な問題だから良く考えています。」

 

どっちを取るのも難しい問題に、友希那は即答出来ない。

 

 

友希那「それは確かに悩ましい問題ね…。山吹さんは知りたがってるとは思うけれど……。」

 

沙綾「良いんですよ。聞いてもらっただけで楽になりましたから。」

 

友希那「どちらにしろ、この世界をどうにかしてからね。それまでは私も一緒に考えるわ。」

 

そして、次は友希那が質問をした。

 

友希那「…ちなみに西暦の…私達の詳しい話を知っているかしら?人類を守れたのなら良いのだけれど、もっと詳しい情報があるのなら…。」

 

沙綾「西暦時代の勇者の話は、大赦が情報を操作してるから、私でもほとんど分からないんです。でも、知っている限りなら…。今、話しましょうか?たいした量では無いので。」

 

友希那「お願いするわ。リーダーとして知っておきたいの。受け止めてみせる。」

 

友希那の覚悟を聞いて、沙綾は話し出す。

 

 

--

 

 

友希那「何ですって!壁の外は一面の炎で、バーテックスの世界になっている…。私達の時代は、まだ荒廃した世界が残っていたのだけれど。…何かが行われたのね。」

 

沙綾「でも、人類はまだ生きている。だから…。」

 

友希那「分かってるわ。驚きはしたけど御役目に支障は無い。ありがとう、教えてくれて。」

 

沙綾「強いんですね。きちんと受け止めて…。」

 

友希那「私個人ではそんなに強く無いわ。ただ強くしてくれる存在がいる。」

 

沙綾「分かります、その気持ち。」

 

友希那(四国の外は灼熱の世界…あそこは大丈夫なのかしら…。)

 

沙綾からの話を聞き、思いを募らせる友希那なのだった。

 

 

---

 

 

一方同時刻--

 

高嶋香澄の部屋に小学生組が来ていた。

 

小沙綾「高嶋さん、何か困った事はありますか?」

 

夏希「寄宿舎暮らしは私達の方が長いから、助けになると思いますよ。」

 

高嶋「2人ともありがとう、大丈夫だよ。」

 

あこ「とっても快適だよ!りんりんも。未来の小説を沢山読んでるよ。」

 

燐子は嬉しそうに小説のページをめくっている。

 

高嶋「紗夜ちゃんも神世紀のゲームを色々とやってるよ。何だかんだで楽しんでる。」

 

小沙綾「それは何よりです。夏希、友希那さんの様子も見に行こうか。」

 

夏希「そうだね。ここ数日ちょっと口数少なくて心配だよ。」

 

2人の会話にリサが入ってくる。

 

リサ「おっ、夏希鋭い眼を持ってるね。確かに、ここ数日は様子が変だった。」

 

小沙綾「リサさんから見てもそうなんですね。」

 

リサ「私が相談に乗ろうと思ったんだけど、あんまり相談に乗りすぎても友希那の為にならないしね。だから、ここ数日様子を見てたんだけど、限界だからこれから話を聞きに行くところだったんだ。」

 

高嶋「それは確かに心配だね。よし、私も行くよ。」

 

小たえ「みんな行くの?じゃあ私も行くよ。役に立つと思うから。」

 

こうしてみんなは友希那を探しに行ったのだった。

 

 

--

 

 

探しに出ようとしたちょうどその時、自室に戻ろうとする友希那とばったり出くわす。

 

友希那「みんな揃ってどうしたの?」

 

 

--

 

 

寄宿舎、友希那の部屋--

 

夏希達は友希那の部屋に入って、事情を説明した。

 

友希那「そう、それで…。嬉しいけど、心配かけたみたいね。ごめんなさい。」

 

友希那は頭を下げる。

 

友希那「実は…諏訪の事を考えていたの。つまり、美竹さんの事ね。」

 

西暦時代、友希那が定時で連絡を取り合っていた人が、諏訪の勇者である美竹蘭。彼女も、友希那と志を共にする離れた場所にいる仲間だった。

 

夏希「諏訪?」

 

小沙綾「かつての長野県にあった街で、諏訪湖に接してるんだよ。」

 

リサ「実は西暦では、四国以外にも勇者がいたんだ。彼女も…そこで結界と人々を守ってたんだよ。」

 

高嶋「確か今度みんなで調べに行こうって話になってたんだよね。」

 

友希那「けれど神世紀では、壁の外は大変な事になっている……諏訪は大丈夫なのかしら。美竹さん…。」

 

リサ「友希那、それで色々考えてたんだね。」

 

 

その時、部屋が光に包まれる--

 

 

友希那「っ!?この光は……まさか新しい勇者が!?」

 

リサ「うん。どうやら到着したみたいだね。」

 

 

--

 

 

しばらく経ち、光が弱まりだし、やがておさまると--

 

友希那「…光がおさまったようね。っ!?」

 

友希那は目の前の光景に驚く。

 

?「あれ……?こ、ここはどこなの?」

 

?「蘭、さっき話してたやつだよ。私達は神樹様に呼ばれたの。神樹様は土地神様の集合体。私達を守ってくれていた神様と関わりの深い神様が沢山いるから。」

 

目の前にいたのは2人の少女だった。

 

友希那「この声……まさか、美竹…さんなの?」

 

蘭「私を知ってる?その声は……まさか。」

 

友希那「湊……友希那。湊友希那よ!美竹さん!!」

 

友希那は目に涙を浮かべながら叫んだ。

 

蘭「本当に…湊友希那さん…。うどんと蕎麦、優れてるのはどっち?」

 

友希那「うどんよ。」

 

蘭「間違いなく、湊さん…!!こうした形で会えるなんて。」

 

蘭と一緒に現れたもう1人の少女、青葉モカは2人の会話に戸惑っていた。

 

モカ(蘭、いきなり会話が弾みすぎだよー。どうしよっかな。)

 

リサ「これはみんなを部室に召集しないとね。」

 

小沙綾「みんなを集めるのは私達に任せてください。夏希、おたえ、先輩達の役に立つよ!」

 

沙綾の掛け声を待つ間もな無く、夏希は駆け出していた。

 

小たえ「夏希もう行っちゃったよ。張り切ってるー。」

 

小学生組がみんなを呼んでいる間に、ここにいた人達は先に部室へと向かった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

みんなが揃い、諏訪組が挨拶をする。

 

蘭「改めて、諏訪の勇者、美竹蘭です。皆さん宜しくお願いします。趣味は花道と農業です。」

 

モカ「諏訪の巫女、青葉モカですー。お願いしまーす。趣味は特に無いです。」

 

香澄「今回は巫女さんまで来てくれたんだね。良かったね、リサさん。」

 

リサ「そうそう!私1人だとそろそろ大変だったから、もう大歓迎だよ!」

 

モカ「精一杯頑張りますよー。」

 

友希那「声だけは何度も聞いた事があるけれど、こうして直接会えるとは思ってなかったわ。」

 

蘭「こちらもです。これから宜しくお願いします。」

 

2人は握手を交わす。その時、端末のアラームが鳴り始めた。

 

蘭「これは?諏訪のサイレンとはまた違う音だけど…。この時代特有のアラーム?」

 

有咲「樹海化警報だ。敵が来たって事。来たばかりで何だけど、戦闘だ。」

 

蘭「成る程…手荒い歓迎だね。私の力見せてあげる!」

 

リサ「蘭!取り敢えず携帯端末を持ってって。使い方はみんなが教えてくれるから。」

 

そう言って、リサは蘭に端末を手渡した。

 

モカ「蘭、頑張って。」

 

蘭「まかせて、モカ。」

 

勇者達は樹海へと急ぐ--

 

 

---

 

 

樹海--

 

勇者達は端末で一斉に変身する。

 

蘭「なっ!?」

 

香澄「よし、変身完了……って、蘭ちゃんどうしたの?」

 

蘭「みんなボタン1つで変身出来るなんて……。」

 

友希那「そうだったわね。美竹さんは変身する時は着替えていたと言っていたわ。」

 

諏訪では端末は無く、境内に安置されていた勇者装束をいちいち引っ張り出して着替えてから戦闘していたのである。

 

りみ「しゅ、手動ですか。」

 

蘭「そうだけど…。私の勇者装束はどこ?」

 

ゆり「ここでは勇者システムは最新版になるから、端末のボタン1つで変身出来るよ。」

 

蘭「これで……。」

 

そうして、蘭も端末のボタンを押し、金糸梅の勇者へと変身する。変身した蘭は周りを見回して言う。

 

蘭「それで、この辺り一面の木の根みたいな世界は?」

 

中沙綾「ここは樹海と言って、勇者達が安全に戦える結界みたいなものです。」

 

蘭「樹海……。私の時は敵が来たらサイレンが鳴って、みんなや周りはそのままだった。」

 

あこ「それは驚くよね。あこたちも精霊が具象化?実体化?した時は驚いたもん。」

 

友希那「私達の時代では、精霊は体の内部に入れてたものね。」

 

蘭「精霊?私には無かったな、そんなの。」

 

燐子「美竹さんのところには精霊も無かったんですね…。」

 

蘭は精霊も無く、強化された肉体と武器のみで諏訪をたった1人で守り抜いてきた勇者なのだ。1対多の戦闘に関しては彼女の右に出るものはいないだろう。

 

蘭「それより、戦闘力も飛躍的に向上してる。力が漲ってくるのが分かる。」

 

夏希「戦闘力も最新ですから、ガンガンいけますよ!」

 

紗夜「素敵な事です。思う存分、敵を刈れますから。この世界に来て嬉しい事の1つです。」

 

神世紀組の勇者達は次々明かされる西暦組の勇者システムとの違いに驚いていた。

 

りみ「神世紀の勇者システムは基本的な部分では、恵まれてたんだね。」

 

中沙綾「御先祖様達の積み重ねのお陰だね。私達は感謝しないと。」

 

その時小学生沙綾が敵が来た事を知らせる。

 

蘭「征くよ!諏訪の誇りを胸に!」

 

 

--

 

 

蘭は武器である鞭を使って、星屑を次々打ち倒していく。

 

燐子「鞭…意外と応用が効く武器ですね…。それを巧みに使いこなしています。」

 

紗夜「そうですね。攻撃と防御を補えるのは、美竹さんの力の賜物でしょう。」

 

勇者部達は戦いながら蘭の戦闘スタイルを見ていた。

 

蘭(1人じゃない……仲間と一緒に戦うってこんな感じなんだね。凄く心強い。)

 

蘭を中心に、勇者部はバーテックスを殲滅したのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

蘭「ただいま、モカ。怪我なかった?」

 

モカ「蘭、それはこっちの台詞だよー。」

 

蘭「でも、樹海化してる時ってモカとかはどうしてるの?」

 

中たえ「私がついてるから大丈夫だよ。」

 

リサ「みんな、お疲れ様。それじゃあ、蘭にも詳しく説明するね。」

 

リサは蘭にこの世界の事や御役目について説明をする。

 

 

--

 

 

蘭「ありがとうございます、しっかり理解しました。外の時間が止まってるなら諏訪の畑も大丈夫だね。」

 

友希那「……っ!?」

 

その言葉に、友希那の顔が少し険しくなった。

 

蘭「ところで、私とモカは御役目の途中でここに飛ばされて来たんだけど、未来の時間で、諏訪がどうなってるのか誰か知ってる?」

 

友希那は迷っていた--

 

言うべきか言わないべきか--

 

 

それはこの前中学生の沙綾が悩んでいた事と全く同じ状況だったのだ。少しの間を置いた後、友希那が口を開く。

 

友希那「…そのへんについては、この神樹様の世界を救ってから考える。…そう決まってるの。」

 

友希那は黙っている事を選択した。諏訪は既に灼熱の世界で、蘭とモカも生きているかは分からない、などとこの世界に来てすぐの人に言える筈が無い。それは余りにも酷な事だ。

 

蘭「そう…。」

 

だが、蘭は友希那の迷いを見抜いている様だった。

 

蘭「と言うか湊さん、そのリアクションだと、諏訪が大変な事になってそうな事は想像付きますよ。」

 

友希那「うっ……。」

 

蘭「まぁ、変な未来にならないように、諏訪に戻ったらまた全力で頑張ろうか、モカ。」

 

蘭は動揺は見せなかった。

 

モカ「…蘭ならそういう前向きな事を言うと思ってたよ。」

 

蘭「それは未来の私に任せたよ。今の私は、みんなの名前を覚えるところから始めようか。」

 

友希那「…美竹さんが勇者に選ばれた理由が、今とても良く分かった気がするわ。」

 

モカ「蘭はいつもあんな感じで、みんなを鼓舞してましたから。後は畑の1つでもあれば蘭は大丈夫です。」

 

リサ「モカもついてるしね。」

 

友希那「美竹さん。語り合いたい事が沢山あるわ。後でゆっくり話しましょう。」

 

蘭「こちらも同じです……湊さん。」

 

会いたかった親友に会う事が出来た友希那。いつの間にか友希那の悩みは消え、その顔にはいつも通りの笑顔が広がっていたのだった。

 

 

 



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北と南の来訪者

2章で名前が出てきて、4章で示唆されていた新キャラの登場になります。

一癖も二癖もある勇者達が物語を新たなステージへと進めていくでしょう。




 

 

とある日、勇者部部室--

 

香澄「リサさんリサさん。ここも大分賑やかになってきたね。」

 

リサ「そうだね。これだけ勇者が揃ってると、頼もしいよ。」

 

勇者部のメンバーは現在で17名。かなりの大所帯となってきた。だがその分部室に全員が入るとなると、多少狭くなってもいる。

 

紗夜「正直狭いですね…。牛込さん、何とかなりませんか?」

 

ゆり「家庭科準備室だし、元々は6人くらいの部屋だからね。そこは我慢して。」

 

高嶋「じゃあ、空間を確保する為に、私は紗夜ちゃんの膝に座ろーっと。」

 

そう言って、高嶋香澄は紗夜の膝上にちょこんと座った。すると、紗夜の顔がみるみる赤くなり始める。

 

紗夜「…まぁ人が多いという事は戦力も増えて……良い事です。」

 

香澄「リサさん、モカちゃん質問!これで召喚される勇者は全員なのかな?」

 

モカ「えっとねー、後2人来るんだって。だけど、ちょっと特殊なケースみたい。」

 

りみ「それは、神樹様が特殊なケースっていう言葉を使ってるんですか?」

 

香澄「神託ってどんな感じで来るの?」

 

モカ「明確な言葉じゃなくて、イメージで伝えてくるって感じかな。」

 

神託は基本的に神樹から巫女への一方通行のお告げである。巫女は受け取った神託を自分なりに解釈して勇者達に伝えている。

 

?「へーそうなんだね。ウチのところは精霊が色々と教えてくれるけど。」

 

モカ「ほー。それは便利だねー。」

 

有咲「えっ!?いきなり誰だ!?」

 

モカ「あれ?ねえ蘭、知ってる人?」

 

モカは気付かずに会話をしていたが、その相手は勇者部メンバーが誰も知らない人だった。

 

蘭「聞いてみれば良いじゃん。あの、誰ですか?」

 

何処からともなく現れた少女--

 

 

奥沢美咲はみんなに挨拶をする。

 

美咲「私は奥沢美咲。北海道から来た勇者だよ。宜しくお願いします。」

 

香澄「北海道!!……北海道?」

 

高嶋「神世紀の人たちはピンと来ないよね。上の方にある寒ーい所だよ。」

 

香澄「あ、あーーー!北海道!試される大地!勇者部へようこそ!握手握手!」

 

美咲「握手握手。ははっ、面白い人達で良かった。」

 

その時、小学生の沙綾はいつの間にか隣にいたもう1人の人物に気が付く。

 

小沙綾「あの……ここにも1人いるんですが…。」

 

?「……儚い。」

 

小沙綾「えっ?」

 

?「何て素敵な場所なんだ。」

 

燐子「ええと……どちら様でしょうか?」

 

燐子の質問に、もう1人の少女--

 

 

瀬田薫が自己紹介をする。

 

薫「私の名前は瀬田薫…。沖縄から来た勇者だよ。」

 

ゆり「2人とも宜しくね。じゃあ早速なんだけど、この世界の事を教えていくね。」

 

ゆりは2人にこの世界についての説明を始めた。

 

 

--

 

 

ゆり「…以上が、それぞれの自己紹介とこの世界の状況だね。だいたい分かったかな?」

 

薫「ああ。分かりやすい説明をありがとう。」

 

美咲「右に同じです。状況は精霊からだいたい聞いてたけど、更に理解が出来ました。」

 

有咲「ん?精霊から聞いたって…美咲の精霊も喋ったりするのか?」

 

有咲が美咲の言葉に引っかかる。

 

美咲「そだよ。まぁ心の中で…テレパシーで会話するって感じだけどね。」

 

友希那「驚いたわね…テレパシーとは言え、会話出来るまで明確な言葉を話す精霊がいるなんて。」

 

美咲「神様の性質の違いじゃないですか?お互い土地神の庇護って点は同じでしょうけど。」

 

燐子「北海道の神様と神樹様では…神様の系統が違うんですね…。」

 

美咲「こっちの神様は"カムイ"って呼ばれてるんだ。確か沖縄の神様も、独自の系統ですよね?」

 

薫「そうだね、私の神様は海の神。こう…とても儚い感じだよ。」

 

夏希「何となくだけど、分かった気がします。」

 

薫「それは何よりだよ。」

 

すると紗夜がある事を思い出す。

 

紗夜「私達の時代で、北の大地と南西の諸島から生命反応があったと聞いていましたが…。それはもしや……。」

 

西暦の時代、北と南の二箇所に生命反応をキャッチし、隙を見て調査に行くという計画があったのだが、美咲と薫は当の本人だったのである。

 

美咲「それは多分私達の事ですね。今回はうちの神様と神樹様とで同盟を結んだって感じで、そのお陰でこの世界に来れたって訳です。」

 

薫「現実の世界でも、同じ様に合流出来ると良いが…どうも神樹の中と現実では随分勝手が違うようだ。」

 

美咲「でも良いな。ここにいるみんなはチームで戦えて。ちょっとは楽が出来るんじゃないですか?」

 

友希那「楽な事は無いわよ。毎回必死で戦っているわ。」

 

美咲「こっちはずっと独り身だったから、戦う最中歌とか歌って気分を盛り上げてましたよ。」

 

友希那「…それは大変だったわね。」

 

モカ「蘭と同じ感じなのかなー?」

 

蘭「私には…モカがいたから…1人じゃ無い。」

 

モカ「おぉ〜。」

 

美咲「なんかみんな真面目だね〜。そこそこで良いのに。」

 

小沙綾「御役目でそこそこなんて…。」

 

どうやら美咲には何か抱えているものがあるように見える。その時、樹海化警報のアラームが鳴り始めた。

 

りみ「あ、あの…これは出撃の合図なんですけど…。いきなりで大丈夫ですか?」

 

薫「分かったよ、りみちゃん。戦闘は任せてくれ。」

 

りみ「……めっちゃカッコいい…。」

 

りみは思わず薫に見惚れてしまう。

 

 

---

 

 

樹海--

 

美咲と薫は、早速勇者アプリを起動して勇者へと変身する。

 

美咲は藍色を基調としたペチュニアをモチーフとした勇者に--

 

薫は白を基調としたギンバイカをモチーフとした勇者へとそれぞれ変身した。

 

薫「全身に力が漲ってくるのが分かる。この時代の勇者システム……ああ、儚い。」

 

美咲「思ってたより凄くてびっくり。あ、ちょっと素振りするんで離れててください。」

 

そう言って、美咲は武器である投槍を振り回した。

 

美咲「チューニング終わり。薫さんは体動かさなくて大丈夫ですか?」

 

薫「大丈夫。移動してる時に慣れたよ。」

 

美咲「まぁ、新参者同士仲良くしましょう。」

 

薫「こちらこそ。」

 

2人は握手をする。

 

中沙綾「っ!?バーテックスを複数体確認!この世界に来てから、最大規模の侵攻です!!」

 

中学生の沙綾はみんなに警告した。

 

燐子「大きい敵が…沢山。で、でも…みんながいるから…頑張ります。」

 

あこ「頑張ろう、りんりん!あこがちゃんと守ってあげるからね。」

 

有咲「えっと…。薫、大丈夫か?」

 

薫「……。」

 

有咲は気にかけるが、薫は目を閉じて呼吸を整えていた。その姿を見た有咲は少し笑って、

 

有咲「こりゃ、全然大丈夫だな。既に気を練ってる。頼もしいな。」

 

りみ「凛とした佇まい…。私、薫さんのファンになりそうだよ。」

 

美咲「おおー、敵が大きい。そして多い。すみません、今日は初戦闘って事で自分見学良いですか?」

 

ゆり「…本当に怖いならそれもありだけど、美咲ちゃん絶対強いでしょ。」

 

美咲「これを相手にするのは中々骨ですねー。」

 

友希那「だから連携するのよ。」

 

香澄「そうだよ、美咲ちゃん!みんながいるよ!」

 

高嶋「力を合わせれば、大抵何だって出来るよ!」

 

夏希「前衛は私に任せろーー!!」

 

小たえ「ここにいる全員、とっても頼れる仲間ですよ。」

 

蘭「あなたは今まで、1人だったから個人技で戦わざるを得なかったと思いますけど…。今は頼れる仲間がいます。その心強さにびっくりしますよ。仲間との連携…やってみれば分かります。」

 

みんなが美咲を鼓舞する--

 

力を合わせれば何だって出来ると、みんながそれを信じている--

 

美咲「単独で戦ってたっていうあなたの言葉だと流石に説得力が違うね。そういう事ならやってみましょうか。奥沢美咲、そこそこにやるよ!!」

 

薫「さぁ、戦闘を始めようか。人類の敵よ……儚く散れ!」

 

 

--

 

 

美咲は遠距離から武器である投槍を"進化型"目掛けて投擲する。投げた槍はすぐ様空間から補充され、槍が尽きる事は決して無い。そして、接近して来た敵に対しては投槍を薙いで対応していく。蘭と同じくたった1人で戦い続けてきたその戦闘スタイルは、何処と無く蘭と通じるものがあった。

 

一方の薫は、武器のヌンチャクを使って近接戦闘で星屑を次々砕いていく。洗練された戦闘スタイルは有咲に近いものがあった。

 

薫「っ!?」

 

突如飛んできた巨大な板を、薫は気配で察知し後ろに飛んで躱す。

 

りみ「あれは…"蟹型"!薫さん、援護します!」

 

りみがワイヤーを構えるが、薫は首を横に振る。

 

薫「大丈夫だよ、りみちゃん。これくらいなら、私1人で充分さ。」

 

そう言って薫は"蟹型"へ突撃する。下部のハサミを躱しつつ、巨大な反射板を1枚1枚砕いて間を詰める。

 

薫「これで終わりさ…行くよ"水虎"!」

 

薫が叫んだ瞬間、半虎半魚の精霊が現れ、薫に憑依する。そして薫は青いオーラを纏い、ヌンチャクの先が虎の爪の如き形に変化した。

 

薫「一撃で終わらせるよ。」

 

そう言い放ち、ヌンチャクを振り上げる。同時に"蟹型"は残ってる反射板全てを重ねて盾を作った。

 

薫「はっ!!」

 

薫は渾身の力を込めてヌンチャクを振り下ろす。すると反射板は瞬く間に全て砕け散り、その勢いそのままに"蟹型"をも砕いてしまい、"蟹型"は光となって消える。

 

りみ「やっぱ、薫さんカッコいい…。」

 

りみはその姿に見惚れるしかなかった。

 

 

--

 

 

有咲「よっと。取り敢えずは退けたけど、まだまだ来るぞ。気合い入れろー!」

 

香澄「どう、美咲ちゃん?チームプレイは。」

 

美咲「良い感じ。連携結構楽しいよ。にしても、みんな強いねー。」

 

ゆり「美咲ちゃんもね。投槍なんて中々ワイルドだよ。」

 

美咲「遠距離でも、近接でも戦えるから便利だよ。」

 

薫「さぁ、敵の増援だ。儚い。」

 

あこ「夏希、あこに超着いて来て!三日月の陣だよ!」

 

夏希「了解です、あこさん!超着いて来ます!」

 

燐子「前衛を援護します…。」

 

美咲「みんなが張り切ってると、こっちも燃えてくるね。私も、どんどん投げるよ。」

 

みんなは果敢に攻め立てるが、蘭は違和感を感じていた。

 

蘭「何か嫌な感じがする…。燐子さん。敵の動き、少し変じゃないですか?」

 

燐子「はい…。ワザと目を惹く動きをしている…。何か企んでる…かもしれません。」

 

刹那、違和感の正体に燐子が気付く。

 

燐子「これは…!敵の数が合わない…。1体、地面を潜行しています…!皆さん、気をつけてください!」

 

次の瞬間、地面から"魚型"が飛び出して来た。

 

りみ「えっ!?きゃあっ!地面から出てきた!?」

 

"魚型"にりみが吹っ飛ばされるが、美咲がりみをキャッチする。

 

りみ「美咲ちゃん、ありがとう。」

 

美咲「どう致しまして。ここは私に任せて!」

 

美咲は気力を投槍に込めた。すると、投槍が巨大化する。

 

美咲「あんな魚なんか、私の槍で一本釣りだよ!……そぉれ!」

 

美咲は"魚型"の動きを察知し、投槍を投擲する。そして、槍は見事に"魚型"を貫いた。

 

有咲「おお、美咲もやるな!」

 

高嶋「おっと、敵がまとめて来るよ!」

 

りみを攻撃された怒りからか、ゆりの目から光が消えていた。

 

ゆり「妹を襲うなんて、許せない…潰してやる!!」

 

その姿を見た友希那がゆりに言う。

 

友希那「牛込さん!気持ちは分かるが冷静に!私も以前に熱くなりすぎて叱られたわ!」

 

友希那の言葉で、ゆりの目に光が戻る。

 

ゆり「…分かった。まありみも無事だし、ここは冷静に。」

 

勇者達は連戦に入るのだった。

 

 

--

 

 

夏希「ふぃー。一旦退いたかな?まだ来るみたいだけど…。」

 

小沙綾「夏希、ずっと前線で大丈夫?」

 

夏希「沙綾が矢で援護してくれるから大丈夫だよ!」

 

そんな小学生組を美咲が見ていた。

 

美咲「タフな小学生組だなぁ。ホントみんな頼もしくて嬉しくなるね。」

 

ゆり「美咲ちゃん、さっきはりみをありがとう。」

 

美咲「どう致しまして。あれくらいだったら、りみでも大丈夫でしょ。」

 

りみ「本当に助かったよ。」

 

美咲「無事ならそれで良かったよ。それにしても、みんな本当に仲が良いんだね。それがチームプレイの秘訣?」

 

香澄「美咲ちゃんも、もう友達だよ!仲良しになろうね!」

 

美咲「……何だか優しさが目に沁みるよ…。学ぶ事が多い。みんなとはもっと早く会いたかったな。」

 

有咲「…その沁みるって言葉分かるよ。」

 

紗夜「皆さん、また敵が動き出しました!注意してください。」

 

あこ「どんな攻撃も鉄壁のあこが防いで!」

 

夏希「私が押し返すよ!!」

 

薫「良い気合いだ。さすがは小学生組だよ。」

 

あこ「あこは中学生だよーー!!」

 

高嶋「よーし、やっつけちゃうよ!勇者パンチが火を噴くよー!」

 

高嶋香澄は腕をぐるぐると回す。

 

美咲「死なない程度に、征きますか。」

 

この戦いの中で、美咲と薫はすっかり勇者部達と打ち解けていた。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

勝鬨をあげた勇者部達が樹海から戻ってきた。

 

モカ「みんなお帰りー。そば茶用意してあるよー。」

 

蘭「ありがと、モカ。」

 

美咲「うどんの国で蕎麦を推してくとは…。私はラーメン派だけど。」

 

薫「私は沖縄そば派だよ。」

 

あこ「また新たな麺類が!」

 

中沙綾「おたえ、リサさん、モカ、ただいま。」

 

中たえ「おかえり、沙綾。その様子だと、みんな戦いを通じて仲良くなったみたいだね。」

 

有咲「美咲も薫も凄腕の勇者だったし、戦力的にも大収穫だな。このまま敵の土地に攻め込みたいくらい!」

 

高嶋「薫さん、今度稽古に付き合ってください。」

 

薫「ああ、構わないよ。」

 

結束力が高まった勇者部を見て、リサが言う。

 

リサ「戦力的に大収穫、ね…。まさに今が次のステージに行くタイミングなのかもね。」

 

小沙綾「何かあったんですか、リサさん。新しい神託とか…。」

 

モカ「そう、まさに神託があったんだー。みんなが戦ってる間にね。」

 

そして、リサとモカはみんなに神託を説明する。

 

リサ「みんな、最初の目的を覚えてる?造反神を鎮める事だよ。」

 

紗夜「造反神が神樹の中で暴れている…それを私達が何とかするんですよね。」

 

モカ「うん…鎮める為には、奪われた土地を取り戻さないといけない。」

 

リサ「今までは防戦一方だったけど、みんなの頑張りでついに攻める事が可能になったんだ。」

 

有咲「言ってみるもんだな…実現するなんて。」

 

美咲「何か良いタイミングで呼ばれたみたいだね、薫さん。」

 

薫「そうだね、美咲。腕の振るい甲斐があるよ。」

 

リサ「神託に従って、次の満月に仕掛けるよ。土地を奪還していこう!」

 

友希那「ようやくスタートラインに立ったという事ね…。」

 

高嶋「うん!みんなと一緒に頑張っていこう!」

 

 

仲間が揃い、ようやく攻撃に移り出す勇者達--

 

 

いよいよ土地奪還の為の戦いが始まるのだった--

 

 

---

 

 

その日の夜、寄宿舎、薫の部屋--

 

夜も深くなる頃、薫の部屋のドアがノックされる。

 

薫「おや、こんな時間に誰かな?」

 

薫が扉を開けると、そこには美咲がいた。

 

美咲「こんな時間にごめんね。ちょっと話聞いてもらっても良いかな?」

 

薫「私にかい?…構わないよ。さあ、中に入って。」

 

薫は美咲を部屋に入れ、お茶を用意した。

 

薫「で、話とは何だい?」

 

美咲「……異世界に来た同期だし、薫さんには聞いて貰いたいんだよね。私の事を…。」

 

 

美咲は一呼吸おき、自分が過ごしてきた北の大地での日々を語り出した--

 

 



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心の寒さ

美咲の過去が明かされます。

美咲の性格は過去を見るに仕方ないって思えますね。

そして、最後に現れた人物とは……?




 

 

薫「で、話とは何だい?」

 

美咲「……異世界に来た同期だし、薫さんには聞いて貰いたいんだよね。私の事を…。」

 

 

---

 

 

西暦2018年、北海道旭川--

 

とある洞窟にて、奥沢美咲は1人地面に穴を掘り続けていた。

 

美咲「うー寒い寒い。あの日以来、気候がおかしいよ。」

 

"7.30天災"以降、日本の各地では異常気象が発生していた。その時、虚空から美咲の隣に紫色の狐の精霊が現れる。

 

美咲「ん?天からの影響と味方してくれるカムイの影響がぶつかり合って北海道ではこんな感じ?」

 

その精霊、"コシンプ"は美咲にテレパシーでそう語りかけてきた。

 

美咲「分かってるって。何度も説明受けたもんね。よっ……ほっと。今日の作業はこんな感じかな。」

 

美咲は穴を掘る作業の手を止める。

 

美咲「山の洞窟も、かなりの広さになったかなー。私だけの隠れ家、いざという時の避難場所。天から来た奴等は特定の神社、若しくは人の居る地域を優先的に狙う傾向がある…。って事で雪山で1人地下に思いっきり潜ってしまえば見つかる事なんてないのでは?へへっ。勇者の力で掘りまくれば、かなり大きなスペースが確保出来るもんね。」

 

そう言いながら美咲は再びシャベルを手に取る。

 

美咲「もう少し作業しておこうかな。深ければ深いほど生存率が上がるからね。」

 

そこに再びコシンプが現れ、美咲にテレパシーを送った。

 

美咲「……!これは、敵が来る。行きますか!やる事はきっちりやるよ!」

 

美咲は作業を止め、走り出した。

 

 

---

 

 

旭川市街地--

 

市街地では"星屑"の群れが暴れており、既に何人かの周辺住民が被害に遭っていた。

 

住民A「うわぁぁぁぁ、また化け物が来た!」

 

そこに美咲が到着し、人々を誘導する。

 

美咲「大丈夫です!勇者が来ました!!まったく、漁帰りの人達を狙うなんてね。」

 

美咲は投槍を手にし、"星屑"に攻撃を開始する。

 

美咲「ここは任せて!とおりゃああああ!」

 

住民A「おおっ…。次から次へと串刺しに。相変わらず勇者様の槍は神業だ。」

 

美咲「っ!」

 

美咲の端末から音がする。これは緊急通信の音だ。

 

美咲「呼び出し!?別の所からも来たの!?」

 

住民G「勇者様。すぐこちらへ向かってくれたまえ!」

 

通信を聞いた美咲は辺りの敵を蹴散らし、直ぐに通信があった場所へと急いだ。

 

 

--

 

 

旭川住宅街--

 

美咲「っと。駆けつけてみたは良いけど、……敵、いないなー。」

 

美咲は辺りを見回すものの、周りは静かで"星屑"の姿は無かった。

 

住民B「す、すみません勇者様。なんだか白い影のようなものが見えて不安で…。」

 

どうやら住民達が不安に駆られて勇者を呼び出したようだった。

 

美咲「大丈夫ですよ。きちんと守りますから。

 

住民C「…勇者様。私達は助かるのでしょうか?」

 

美咲「こうして防いでいれば、いずれは他の生き残りが救助に来るでしょうから。」

 

住民D「勇者様……いや敢えて奥沢君と呼ぼうか。君の働きは誰よりも私が評価しているよ。」

 

美咲「偉い人から、そう評価してもらえるのは嬉しいですね。」

 

住民D「だから私の家に住めば良い。親御さんも亡くなられたのだ、大変だろう。」

 

美咲は"7.30天災"の際に、両親と妹を亡くしている。そして勇者として見初められ、今までたった1人で旭川を守り抜いてきたのである。

 

住民E「いやいや、勇者様は私のところに…。」

 

美咲「あはは、でも家が1番ですから。」

 

そこに、先程連絡してきた住民G、及川がやって来た。

 

及川「収穫された魚は私が責任を持って分配していこう。」

 

住民E「その事なんですけど及川さん。もっと平等に分けてくれないと…。」

 

及川「この状況でよくそんな事が言えるな。使える人間から優先的に配布するべきだ。」

 

住民D「……っち!」

 

住民達はいつ来るか分からない天よりの恐怖から精神が摩耗し、人間関係は悪化していた。

 

美咲「……それでは私はパトロールに戻りますね。」

 

そう言って美咲はその場から離れるのだった。

 

 

---

 

 

次の日、洞窟--

 

美咲は今日も穴を掘る。

 

美咲「ふー。さむさむ。精霊もこれくらい手伝ってくれればいいのに。」

 

美咲「ん?この洞窟を他の人にも教えてあげたらどうかって?それじゃあ、人の気配が増えて天から来た奴等に見つかるかもでしょ。精霊さん精霊さん。私は勇者だけど、か弱い1人の人間でもあるんだよ。生き延びるのに必死なわけですよ。それが悪い事だとは思わないよ。せっかく貰った勇者の力だもん。活用して何が悪いってのさ。」

 

嫌というほど美咲は人の本当の姿を見てきた。街の人も、美咲も、心はすっかりこの大地の様に冷えきってしまったのだった。誰が悪い訳でも無い。全ては天から来た奴等が悪いのである。

 

美咲「備蓄食料も沢山詰め込んだし、これなら数年は保つよね。頑張れるだけは頑張るけど、いざとなったら私はここに逃げるんだから。」

 

美咲は今日も穴を掘り続ける。

 

 

--

 

 

美咲「さーて、今日も元気に掘った掘った。後は自宅に帰って寝るだけだよ。その前にノート見て現状を復習するとしますか。客観的に現状を把握しとかないと詰むからね。」

 

美咲はノートを取り出す。

 

 

--

 

 

『私は奥沢美咲。北海道は旭川カムイコタンのポツンとした所にある民家暮らし。市内の学校に通っていたけど、2015年7月30日に災厄が起きる。天から来る怪物が降ってきて、みんなを襲い始めた。当時、私は趣味で史跡を見ていて1人で山の中にいた。そこで"コシンプ"と呼ばれる精霊と出会う。』

 

『私は人類に味方してくれる山のカムイから力を借りて、勇者の力を得る事が出来た。市内に戻って精霊の導き通り戦ってみたけど、既に多くの人間は殺されていて…。私の両親と妹も死んでいた…。各都市からの連絡も途絶えた…。』

 

『結構泣いたけど、状況的にいつまでも悲しんではいられなかった…。なんせ勇者になれるのは私1人ときたもんだ。なら出来るだけ人は守らないと。』

 

 

--

 

 

美咲「……なんで私を勇者にしたんだか。こうやって穴を掘るような人間なんだけどね。」

 

 

--

 

 

『カムイコタン周辺が無事だと知って、ポツポツと北海道各地から生き延びた人々が集まってきた。で、インフラについては"コシンプ"の様な精霊の力で最低限の暮らしは出来ている。』

 

 

--

 

 

美咲「ってまとめてはみたものの、なんだかお伽話の世界に入ったみたいで不思議だよ。今はなんとかみんなで生きていけてるけど…いつまでこんな生活が続けられるやら。」

 

そうして美咲は今日も穴を掘り続ける。

 

 

---

 

 

旭川住宅街--

 

美咲は会議の護衛として住宅街に来ていた。

 

住民D「会議も3時間を超えましたが、どうしましょうか…。」

 

及川「続けるべきだ。とにかく何か突破口を見出せねば全員死んでしまうぞ。」

 

住民E「及川さん。そういう周囲が不安になる言動は謹んで頂かないと。」

 

会議の様子を美咲は窓の外から見ていた。

 

美咲「……結論の出ない会議を続けるのは仕方がない。話していないと不安だっていうのは分かる。とは言え、出てくるのは保身の話ばっかり。そりゃ私も独自で保身しますよ。」

 

その為、夜間美咲は見回りをしている。勇者になると聴力も増すからだ。今美咲は外で護衛をしつつ、強化された聴力で会議の様子を聞いていた。

 

住民D「やはり大型の船に乗り込み本土に向かうしかないでしょう。勇者様に護衛して頂き…。」

 

美咲(この人はあわよくば私を義理の娘にして自分の力にしようとしている。)

 

 

住民E「バカな。カムイの庇護下だから生活出来るというのに。勇者様は今まで通りここで皆を…。」

 

美咲(この人は勇者の力の何たるかを調べて、奪い自分の娘に与えようとしている。)

 

 

及川「何とかしてカムイの力を高める事は出来ないものか。カムイに贈り物が必要ならいつでも出すのだがな。生贄を。」

 

美咲(この人……及川さんは1番権力を持っているけど、目つきや心がもう大分危なくなってきている。)

 

及川「生贄ならば、ただ死ぬよりも有益な死というものだろう。今度試してみないか。」

 

美咲(言動も過激なものが多く、みんなの和を乱している……。他の人は腹に一物といえ表立っては協力的なのに。)

 

美咲「………寒いなぁ。」

 

 

---

 

 

次の日、旭川市街地--

 

美咲は市街地に現れた"星屑"の群れと戦っていた。

 

住民H「ふぁぁぁぁ助けとくれぇぇ!」

 

その中でおばあちゃんが襲われそうになっていた。

 

美咲「待ってて!今助けに行くよ!せやーーーっ!」

 

美咲はおばあちゃんを助け出す。

 

美咲「はぁ…はぁ…。今までよりキツくなってきたよ…。」

 

ここ数日で敵の猛攻が激しくなり、美咲も手を焼いていた。敵を倒し終えた美咲は住宅街へと向かった。

 

 

---

 

 

旭川、住宅街--

 

及川「勇者様、お疲れ様です。」

 

美咲「どうも。犠牲者は無かったようですね。良かった良かった。」

 

及川「ですが救出手順を間違えてもらっては困ります。優先されるべきは指導者たる私の安全。」

 

美咲「勇者として目の前で襲われた人を見殺しには出来ませんよ。」

 

及川「子供を助けるのならばまだ分かるのです。後の戦力となるのですから。が、はっきり言って老人は足手まといです。」

 

住民B「なっ!?」

 

及川「勇者様。いらない人間は捨てる勇気を。この地域が生き残る為にも。」

 

住民C「くっ、及川さん……なんて人だい。」

 

美咲「………。」

 

美咲は何も言い返す事が出来なかった。そして、美咲はパトロールの為再び市街地へと向かった。

 

 

---

 

 

旭川、市街地--

 

美咲が市街地に到着すると、少女が1人美咲の元へとやって来た。

 

少女「勇者様!!さっきはおばあちゃんを助けてくれてありがとう!」

 

その少女はさっき美咲が助けたおばあちゃんの孫だったのだ。

 

美咲「良かったね、無事で。あなたこそ偉いね、元気で。」

 

美咲は少女の頭を撫でる。

 

少女「勇者様がいてくれるから!」

 

少女は笑顔でそう答えた。

 

美咲「……そっか。」

 

 

--

 

 

洞窟内部--

 

大分掘り進めて広くなった洞窟で美咲は模様替えをしている。

 

美咲「ハンモックなんか設置してみたりして。うん、快適な避難場所になってきたね。」

 

美咲「……及川さん、か。いよいよだなぁ…。」

 

そこに"コシンプ"が現れ、敵の出現を知らせる。

 

美咲「っ!また敵!?しかもかなりの数……。これはやばいかもなぁ。まぁ、もうちょい頑張りますよ!」

 

美咲は敵の場所へと走り出した。

 

 

---

 

 

旭川、市街地--

 

美咲「どんどん来い!全部落としてやる!!」

 

美咲は"星屑"に向かって投槍を飛ばしまくる。槍はすぐ様手元に現れる為、槍がきれる事は無い。その時、見知った人の悲鳴が聞こえた。

 

及川「うわぁ!て、敵がこっちに来た!!勇者様!何をしているのですか!敵がこちらにも来ております!!」

 

だが美咲はすぐには動く事が出来ない状況だった。

 

美咲「手が離せないんです!すぐ行きますから頑張ってください!くっ、この敵…中々に強い!だけど、勇者は負けないよ!!」

 

及川「な、何故そんなに時間がかかってるんだ。」

 

"星屑"が及川に迫る--

 

及川「ぐ、ぐおっ…も、もう無理だ!勇者様……勇者様あぁぁぁーーっ!!」

 

"星屑"は及川へと牙を向いたのだった--

 

 

---

 

 

旭川、住宅街--

 

美咲「奥沢美咲、今来ました!!敵を倒します、てやーーー!」

 

市街地からすぐ様住宅街へと向かい、美咲は"星屑"を殲滅する。

 

住民B「おお助かりました、勇者様!」

 

美咲「でも、及川さんは……。すみません、私の力不足で…。」

 

例えどんな人であれ、及川を助けられなかった事を美咲は悔やんでいた。

 

住民D「いえ、勝手に1人で動き回っていた及川さんに非があるのです。」

 

美咲「そう……ですか………。」

 

 

---

 

 

洞窟内部--

 

美咲は"コシンプ"に話しかけていた。

 

美咲「指導者が及川さんから変わって、食料配分とか襲撃時の指揮がスムーズになったんだって。」

 

美咲はシャベルを手に取る。

 

美咲「……さてさて、私は穴を掘り続けますか。」

 

 

---

 

 

次の日も敵の襲来があり、美咲は住宅街で"星屑"の群れと交戦していた。

 

美咲「はぁ、はぁ、はぁ…。き、きっつー……でも、何とか倒したよ。」

 

既に美咲は満身創痍だが、"コシンプ"が敵の襲来を知らせる。

 

美咲「はいはい、まだ来るのね。分かった、分かりましたよ。」

 

その足で美咲は市街地へと向かう。

 

 

---

 

 

旭川、市街地--

 

美咲「……うぉぉ、激務だよ…。生傷が絶えないね。」

 

そこへ前にあった少女がまた声をかけてきた。

 

少女「勇者様、いつもありがとう。あの、これ食べて?元気出るかも。」

 

美咲「あは。いいのいいの、お菓子はあなたがとっておきな。その気持ちだけで充分元気が出るよ。」

 

 

---

 

 

洞窟内部--

 

美咲「あーしんどかった。でも……ふふふ。手間暇掛けただけあって、この洞窟はかなりの要塞と化したよ。…敵の数も多くなってきたし、そろそろ潮時なのかな。」

 

しかし、休む間も無く敵はやって来る。

 

美咲「またですか!仕方ない!」

 

 

---

 

 

旭川、住宅街--

 

既に満身創痍の美咲だったが、槍の命中精度は落ちる事は無く敵を射抜いていく。

 

美咲「我ながら会心の一撃が良く出るよ。さっすがに今回はこれで終わりでしょ?もう寝なきゃもたな……。」

 

かれこれ今日一日戦い詰めの美咲に"コシンプ"は悪い知らせを運んでくる。

 

美咲「はぁ?今の3倍の数がもうすぐ来る?マジで言ってんの…!?」

 

その知らせを聞いた美咲は腕を組んで考える。

 

美咲「……んーーーーー!!私は今まで頑張った!!帰る!」

 

そう言って美咲は洞窟へと戻って行く。

 

 

---

 

 

洞窟内部--

 

美咲「はぁー……やるだけやったよもう。これ以上は1人じゃ危険すぎる。ごめんみんな、私は生きたいんだ。後はもう、奥沢美咲、事態解決まで引きこもります。」

 

美咲「…………寒いなぁ。…もうすぐ街にまた敵が来る。ごめんね。洞窟にいる人が多くなれば、奴等に嗅ぎ付けられるだろうから。この洞窟は、私が今まで頑張った退職金という事で、あはは……。」

 

そう言いながらも、美咲は思い出していた--

 

 

--

 

 

少女「勇者様!!さっきはおばあちゃんを助けてくれてありがとう!」

 

 

--

 

 

美咲「…………くっ。ん……あーーーーーーーもう!!!ちくしょう!!」

 

いつの間にか美咲の足は戦場へと動いていたのだった。

 

 

---

 

 

旭川、住宅街--

 

美咲「何で私は来ちゃうんだよ!!あそこにいれば良かったのに!!!」

 

そこに"コシンプ"が現れる。

 

美咲「それは奥沢美咲は勇者であるから!?やかましいやい!」

 

襲いかかって来る敵を睨みつけ、美咲は投槍を握り締める。

 

美咲「絶対に私は生き延びてやる!まぁそれまではもうちょいだけど頑張ってやる!!」

 

美咲はたった1人、バーテックスへと立ち向かっていく--

 

 

---

 

 

寄宿舎、薫の部屋--

 

美咲「っとまぁ、こんな感じだったんだよね。」

 

薫「そうか……それは美咲も大変だったね…。」

 

美咲「絶望しか無い状況で、私は人の本質的な部分を嫌というほど実感してきたんだ。だから私はここに来る事が出来て本当に良かったって思ってる……。もう、寒い所には帰りたく無いよ……。」

 

薫「美咲……。」

 

美咲「ってね!なんか湿っぽくなっちゃった。話し聞いてくれてありがとね。話したら少し軽くなったよ。」

 

そう言って美咲は自分の部屋へと戻る。

 

美咲「あっ、そうそう。この話は2人だけの秘密ね。」

 

薫「……ああ、約束しよう。おやすみ美咲。」

 

美咲「おやすみ、薫さん。」

 

 

--

 

 

美咲が出てった後、薫はベランダに出て美咲の話を思い返す。

 

薫(美咲が抱えているものは思っていたより根が深そうだ……。その思いが爆発しなければ良いのだけれど……。こんな時、こころがいたら何て言うだろうか……。ふっ……。こころの事だ。きっと"笑顔が大事"と言うんだろうね…。)

 

薫(世界を…笑顔に……。頑張るよ、こころ。)

 

 

 

 

 

その薫を闇夜の中から見ている人物がいた--

 

?「やっぱりこちらの世界に召喚されてたんですね--」

 

?「お姉様--。」

 

 



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藍色の光と影

美咲の心に滲み出る闇の部分--

それが爆発しなければ良いのですが……




 

 

領土の奪還が次の満月と決まり、勇者部のみんなはその日まで思い思いの時間を過ごしていた。

 

神社--

 

香澄「薫さんと蘭ちゃんは何をしてたの?」

 

蘭「どのあたりが畑に適してるか調査してたんだ。」

 

香澄「さすがは未来の農業王だね!」

 

そこへ夏希がやって来た。

 

夏希「あっ、蘭さん達、外で遊ぶならこの海野夏希をお忘れなく!」

 

薫「それじゃあ、みんなで思いっきり体を動かすとしようか。その後にみんなで食べる食事……あぁ、儚い。」

 

少し離れた所でその様子を美咲と小学生沙綾が眺めている。

 

美咲「わんぱくだなー。私はあんな元気無いよ。木陰でお茶が1番。」

 

小沙綾「本当そうですね。ごくっ…。あぁ、お茶が美味しい。」

 

老人の様な事を言っている小学生の沙綾を横目に、美咲はノートに何かを書いている。

 

小沙綾「美咲さん。さっきから何かを書いているみたいですけど?」

 

美咲「私達がいるこの世界…神樹様の中ならではの独自ルールをまとめてるんだ。いざという時に混乱しない様にね。今書いてるところ見てみる?」

 

そう言って美咲はノートを見せた。

 

小沙綾「…この世界では、勇者では無い巫女も、樹海化の影響を受けていない。興味深い現象である…。」

 

美咲「色々と受け入れて頭を柔軟にしとけば、何かあった時にパニックにならなくて済むでしょ。」

 

小沙綾「…成る程、勉強になります。」

 

美咲「真面目だねー。そう言えば、残りの小学生組の…たえちゃんは何やってるんだろうね。」

 

小沙綾「おたえは予測がつきませんからね。」

 

この頃、当のたえは燐子の部屋にいたのだった。

 

 

---

 

 

寄宿舎、燐子の部屋--

 

燐子はたえが勧める小説を読んでいた。

 

燐子「…花園さんが勧めてくれる小説は、面白くて…飽きないですね。」

 

中たえ「それはどうもです。」

 

小たえ「ご苦労様です。肩揉み揉み。」

 

あこ「自分で自分の肩を揉むって何だかシュール……。でも、おたえが勧めてくれる小説はあこでも飽きずに読めるから凄いよね。」

 

中たえ「それは良かったよ。」

 

あこ「…本当2人ともあの友希那さんの子孫には見えないよー。」

 

あこは2人のたえをまじまじと見つめる。

 

燐子「あこちゃんの子孫は…どんな人なんだろうね?」

 

あこ「どうだろうね?背が高くてカッコいい人だったら良いなぁ。りんりんの子孫も気になるね!」

 

燐子「私は…来世でもあこちゃんといれれば…どんな形でも良いかな。」

 

あこ「りんりん……。」

 

中たえ(実は案外勇者部の中にいたりしてね…。)

 

 

---

 

 

海辺--

 

砂浜には友希那とリサ、有咲がいた。

 

友希那「穏やかで良い浜辺ね。鍛錬するにはもってこいの場所よ。」

 

リサ「良かったね、友希那。良い修行場所を教えてもらって。」

 

有咲「ここでの稽古は身が入るぞ。だから…その…。」

 

有咲は急にもじもじし出した。

 

有咲「こっ、今度一緒に鍛錬どうだ?攻め込む時は大体互いに先頭にいるだろうし…。」

 

友希那「是非お願いするわ。敵陣へと行くのだから、しっかり準備しておかないと。」

 

有咲「…さすが初代勇者。良い心構えだよ。うちの部長なんかはもうちょい鍛錬しても良いのに。」

 

リサ「まぁ、人それぞれだしね。」

 

有咲「リサも一緒にどう?もちろん独自のメニューは組むよ。」

 

リサ「あははっ、良い運動程度に抑えてくれるならね。お手柔らかに。

 

友希那「今度みんなで合同鍛錬も良いかもね。」

 

有咲「それにしても、この海岸もすっかり勇者の人気スポットになったなー。知ってる顔がちらほらいるし。」

 

向こう側にはモカと美咲がいた。

 

 

--

 

 

モカ「うひょー冷たい。」

 

モカは波打ち際を散歩していた。

 

美咲「何だか上機嫌だね、諏訪の巫女様。」

 

モカ「諏訪には海なんて無かったからねー。上機嫌にもなるよ。」

 

美咲「確かに。でも諏訪湖があるよね?」

 

モカ「見慣れるとねー。」

 

美咲「それ分かるなー。私も風光明媚な北海道に住んでて良いねって言われたけど、見慣れてるとそうかな?ってなるよ。で、今は何やってるの?」

 

モカ「気晴らしに散歩だよー。たまには蘭も1人にしておかないとね。」

 

美咲「…良いパートナーだね、羨ましいよ。私は独りだったから。精霊はいたけど。」

 

モカ「応援してくれる人がとかいなかったの?」

 

美咲は少し間を置き、話し出す。

 

美咲「……いたけど、利用されてる感じが大きかったかなー。同年代の友達が欲しかったよ。」

 

モカ「私で良かったら友達になろーよ。」

 

美咲「仲良くしてくれる?嬉しいなー。北海道に戻る時に着いて来てよ。」

 

モカ「あははー、それはご勘弁を。」

 

美咲「冗談冗談。でも嬉しいよ、ここは本当に良い所だね。もう北海道には戻りたくないなー。あそこは寒いよ、色々とね…。」

 

モカ「………。」

 

そう話す美咲の瞳は悲しげだった。

 

 

---

 

 

次の日、ショッピングモール--

 

諏訪組、南北組は夏希達小学生組に連れられてショッピングモールへと来ていた。

 

夏希「えー、長野、北海道、沖縄の先輩方。今日は海野ツアーへのご参加ありがとうございます。新しく来た皆さんに、私がこの辺をくまなく案内しちゃいます!」

 

美咲「でも夏希ちゃんも地元はここじゃないでしょう?」

 

夏希「もう時間を見つけては探索して、その辺を歩き回ってますから、地理は極めました。」

 

蘭「小学生組は元気だね。」

 

モカ「そうだねー。」

 

小沙綾「夏希だけだと皆さんに失礼があるかもしれないので、私が支援します。」

 

夏希「そんな訳で、何かあった時の苦情は沙綾にお願いします。」

 

小沙綾「早速夏希がすみません。」

 

薫「ふっ……君達は本当に仲良しだね。海も君達を祝福してるよ。」

 

 

--

 

 

数十分後--

 

夏希「…さっき回った所が食事系が多くて、服とかは大体ここら辺で買う感じです。」

 

美咲「あっ、ちょっと見ていきたいかも。」

 

美咲は洋服を物色し始めた。

 

美咲「ふむふむ……。中々良い服もあるね。薫さんどう?」

 

薫「私は動きやすさ重視だね。でも、美咲のチョイスはステキだよ。」

 

モカ「蘭ー、この服どう?」

 

蘭「…モカのセンスって独特だよね。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

何やら雑誌の占いの話で盛り上がっているようだった。

 

香澄「あっ、見て見て!高嶋ちゃん今日の占い絶好調だって。特に恋愛運は凄いよー。」

 

高嶋「どれどれ…。わー色々と絶好調だ!恋愛運もかぁ。つまり、今の私なら紗夜ちゃんを口説いちゃう事も可能かな?」

 

紗夜「どうでしょうか。私というゲームの攻略は難しいですよ。」

 

高嶋「そっかぁー。じゃあ、いっぱいアタックしないとだね。」

 

そこに、鍛錬を終えた有咲と友希那が帰ってくる。

 

有咲「ただいまー。ふぅ、良い汗かいたなー。流石に初代勇者様とやると疲れる。」

 

友希那「小休止したら、また鍛錬しましょうか。間も無く満月になるわ。」

 

有咲「ああ。という事でゆり、お誘いがあるんだけど?」

 

ゆり「どうしたの?」

 

有咲「御役目についての案件だ。」

 

その時、端末のアラームが鳴った。

 

友希那「それにしても、攻め込むタイミングが少し早いわね。」

 

小たえ「今のタイミングが攻め込む最高のチャンスかも、御先祖様。」

 

友希那「なるほどね。確かに戦場の様子次第で攻め込むタイミングがずれる事もある。」

 

紗夜「攻め込む…ですか。戦いは新たなステージへと向かうんですね。」

 

領土奪還の御役目が予定より早まった事で、勇者部に緊張がはしった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

美咲「相変わらずの樹海だねー。」

 

ゆり「美咲ちゃん、最近上機嫌だね。」

 

美咲「最近はこの任務にやり甲斐を感じているんですよ。ここは雑音が無いのが最高です。味方か敵かだけ。」

 

ゆり「……何だか北海道では大変だったみたいだね。」

 

美咲の言動にゆりは少し察するのだった。

 

美咲「もうみんなでずっとここにいれば良いんじゃないかな。」

 

ゆり「あはははっ…。そう言う訳にはね…。ん?沙綾ちゃん、どうしたの?」

 

中沙綾「敵見つけました。1つの場所から動いてません。」

 

ゆり「…何か守ってるって事かな。」

 

中沙綾「神樹様曰く、敵はあの場所を守護してるから攻めてくる事は無い…こちらから仕掛けるしか。」

 

燐子「神樹様曰く…それは、神託ですか?」

 

中沙綾「そうですね。私はそういう素養もあるみたいなんですよ。」

 

沙綾は勇者でもあり巫女でもある、唯一の存在なのだ。

 

香澄「さーやは万能だよねぇ。」

 

夏希「ん?って事はウチの沙綾にも、そういう才能はあるの?」

 

小沙綾「どうなんだろう?」

 

小たえ「沙綾は無限の可能性を秘めてるよ、夏希共々ね。」

 

あこ「あこにもあるかも!こう…大いなる闇の力が…!」

 

ゆり「それじゃあ、陣取ってる敵を叩きに行きましょう。攻めてこない分、楽な御役目になるかもしれない。」

 

夏希「善は急げだ!この斧でスライスだよ!」

 

小沙綾「ちょっと!!」

 

中沙綾「待った!!」

 

2人の沙綾が夏希の前を塞ぐ。

 

夏希「ダブル沙綾ブロック!?」

 

燐子「動かない分…近寄ってきた敵を意外な方法で攻撃してくる可能性があるので…注意して行きましょう。」

 

紗夜「ゲームでもそういう敵が厄介だったりします。早まらないで、海野さん。」

 

夏希「了解です、燐子さん!紗夜さん!」

 

友希那「ふふっ…。」

 

紗夜「何を微笑ましい目で見てるんですか。」

 

友希那「いや、良い先輩勇者ね。紗夜。」

 

紗夜「……ゲームの話をしただけです。」

 

そして友希那が一歩前に歩き出して言った。

 

友希那「慎重に仕掛ける。みんな、準備は良い?行くわよ!」

 

友希那の号令を合図に、勇者達は一斉に攻撃を仕掛けるのだった。

 

 

--

 

 

香澄「うーん。特には何も無かったね。あこちゃん、薫さんどう思う?」

 

あこ「これは楽勝ムードだよ。でも油断はしないよ、そこがあこの強い理由だよ。」

 

薫「この調子でどんどん攻めて行こうじゃないか。」

 

その時、燐子が何かに気付く。

 

燐子「あっ…ちょっと待ってください。何だか…バーテックスの動きが…怪しいです。」

 

蘭「本当だ。敵はオーラみたいなものを纏ってるよ。燐子さん、やりますね。」

 

燐子「臆病なので…的な動きに敏感なんです。それに…後衛ですから敵の動きが見えやすいですし…。」

 

美咲「良い事ですね。臆病は生存に直結しますから。」

 

中沙綾「それにしても、"新型"は個性が豊かだね…。守りに専念するなんて。」

 

小沙綾「色々な顔を見せる…造反神の特徴に起因してるのかもしれませんね。」

 

有咲「っ!敵のオーラが増した!?」

 

美咲「奴さん反撃開始ってところかな。取り敢えず突いてみようか?」

 

ゆり「はぁ…しんどくなりそうだね。」

 

夏希「1匹の怪人を倒すのに2話使うとか、特撮とかでも良くありますしね。」

 

紗夜「そうですね。……あぁ、弟さんがいるんでしたね。」

 

りみ「そ、それでは皆さん頑張りましょう!」

 

 

--

 

 

オーラを纏った"新型"に対して燐子指揮の元、後衛チームが様子をみる。

 

燐子「まずは後衛チームで、オーラを纏う敵に攻撃してみましょう…。」

 

小沙綾「了解です!」

 

美咲「文字通り突いてやりますかね。」

 

中沙綾「見事な槍捌き…。私も負けてられないね!」

 

攻撃は命中するが、その途端"新型"の様子がおかしくなり始める。

 

香澄「あれは……?」

 

高嶋「"星屑"を吐き出したよー!」

 

攻撃の衝撃で、"新型"の体内から大量の星屑が吐き出されたのである。

 

蘭「あの星屑、こっちに来るよ!」

 

りみ「私が援護します。えいっ!」

 

りみはワイヤーを伸ばし、星屑を切り刻んだ。

 

小たえ「りみ先輩の武器は色々と応用が効くかも。」

 

りみ「たえちゃんの槍も相当自由自在だと思うよ。盾になったり階段作ったり…。」

 

高嶋「それにしてもあの"新型"…攻撃すると増えるって中々に危ないね。」

 

有咲「もう一度だけ試してみるか。実践も努力も積み重ねが大事だ。」

 

香澄「さーやー!!もう一回お願いー!」

 

香澄からのお願いで、沙綾はもう一度"新型"を狙撃する。攻撃が命中すると、"新型"は先程と同じく星屑を吐き出した。そしてその星屑は勇者達へと向かってくる。

 

小たえ「あっ、やっぱり吐き出した。」

 

薫「星屑は私に任せてくれ!」

 

薫はヌンチャクを使って星屑を吹っ飛ばし消し去った。

 

あこ「そろそろりんりんが何か考えた頃だよね。」

 

燐子「うん、あこちゃん…。闇雲に攻撃すると敵が増えすぎてこちらの戦線が崩れます…。一回の攻撃力が高い人に、陣取っている敵を任せて…他の人は増えた星屑と戦いましょう。」

 

紗夜「どれだけ増えても、この大葉刈でまとめて倒すのみです。」

 

小沙綾「領土は返してもらう!おたえ、夏希、みんなと一緒に御役目を果たす!」

 

薫を中心に、ゆり、香澄達、友希那、夏希が"新型"に攻撃を仕掛け、残った者は吐き出された星屑の処理に当たる。

 

 

--

 

 

薫「行くよ、はぁっ!!」

 

薫はヌンチャクで攻撃し、

 

香澄「ダブル……。」

 

高嶋「勇者……。」

 

香澄・高嶋「「パーーーーーンチ!!!」」

 

2人の香澄は絶妙なコンビネーションで連携、

 

ゆり「伸びろーーー!」

 

ゆりは大剣を伸ばし、"新型"を真っ二つに切り裂き、

 

夏希「せやぁぁぁぁっ!!!」

 

夏希は双斧に炎を纏わせ連撃、

 

友希那「来なさい、"義経"!」

 

そして、友希那は"義経"を憑依させ八艘飛びで"新型"を薙ぎ倒す。

 

燐子「星屑が来ます…迎撃お願いします!」

 

美咲「おりゃおりゃおりゃおりゃー!」

 

美咲は投槍を所構わずに投げまくった。

 

りみ「これをこうして……。まとめてお仕置きだよ!」

 

りみはワイヤーを網状にして星屑をまとめて掬い上げて細切れにする。

 

紗夜「行くわよ、"七人御先"!」

 

そして紗夜は"七人御先"を憑依させ7人に分身する。

 

小沙綾「凄い…紗夜さんが7人に……。」

 

7人がいっぺんにやられない限り、紗夜は決して死ぬ事は無い。まして、リスク無しで戦う事が出来るこの世界において紗夜はまさしく無敵の性能を誇る。17人の勇者の力を結集し、勇者部は勝利の凱旋をするのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

友希那「ふぅ…ただいま、リサ。」

 

リサ「お帰り、友希那、みんな。大戦果をあげたね。」

 

モカ「守っていた敵を倒した事で、土地を1つ取り戻せたよ。」

 

ゆり「取り戻した土地は行き来出来るの?」

 

リサ「出来るよ。でも、生活するだけならここだけで十分だけどね。」

  

中たえ「相手の力を削いで、神樹様の力が増した。良い事だらけだね。」

 

有咲「後3.4回土地を取り戻せば、造反神は手も足も出せなくなるだろ。」

 

リサ「そう簡単には行かないよ。造反神は元天の神。それはもう強力な神様なんだから。」

 

有咲「まっ、焦る必要も無いしな。これだけの勇者がいれば負ける気はしないし。」

 

美咲「そうそう、まったり行こうよ。焦って帰る必要なんて無いよ。」

 

一瞬表情が暗くなったのをモカは見逃さなかった。

 

モカ「……。」

 

香澄「?」

 

ゆり「まずはみんなお疲れ様。たっぷり休んで次に備えてね!」

 

夏希「よーし、新しい土地を早速探検だ!」

 

あこ「夏希ー!それあこも行く!!」

 

そうして各々は解散するのだった。

 

 

---

 

 

花咲川中学屋上--

 

夕日が沈む屋上で、モカが1人黄昏ていた。

 

モカ「………。」

 

そこへ香澄がやって来る。

 

香澄「モカちゃん、さっきからなんか悲しそうだったよ。何か悩み事?」

 

モカ「分かっちゃう?実はちょっとね…。」

 

香澄「良かったら話聞くよ?モカちゃんも大事なお友達だもん。」

 

モカ「でも良く気付いたねー。蘭でも分かってなかったのに。」

 

香澄「そうかな?蘭ちゃんもきっと分かってると思うよ。」

 

香澄がそう言うと、蘭もモカを探してやって来た。

 

蘭「モカ、さっき気になる事があったんだけど……って、香澄もいたんだ。」

 

香澄「でしょ。」

 

そして、モカは考えていた事を口にする。

 

モカ「…美咲ちんの事なんだけどね、何だか元の時代に帰りたく無い思いが凄く強いんだよね。今のまま御役目を終わらせたら、帰る時に一悶着起こるかもって思ってたんだ。」

 

時折美咲から滲み出る暗い部分。それをモカは感じていた。

 

蘭「それは神託じゃなくて、モカの考えって事?」

 

モカ「そうだよ。私も何となくその気持ち分かるから…。」

 

香澄「分かった!私に…もとい、私や蘭ちゃんに任せてよ!何とかしてみせる。」

 

香澄はガッツポーズをとった。

 

蘭「そうだよモカ。畑も心も耕せば良い芽が出るんだから。」

 

モカ「…ありがとう、2人とも。私も出来る事があればするからね。」

 

こうしてひとまず土地の1つを取り戻す事に成功した勇者部一同。だが何やら一抹の不安が1つ、勇者達に残るのだった。

 

 



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思い出の詰まった場所

丸亀城奪還作戦開始です。

自分達の家を取り戻す為、西暦組が頑張ります。





 

 

勇者部部室--

 

友希那とリサは四国の地図を見ていた。

 

リサ「…それで、ここが玉藻市に五岳市。ここが大橋市でこっちが大束町だよ。」

 

友希那「なるほど。見事にがらりと変わっているわね。」

 

そこに蘭がやって来る。

 

蘭「湊さん、リサさん。何をしてるんですか?」

 

友希那「神世紀になると、地名が変わっている所が多いから、地図を見ながら教えてもらっていたの。」

 

リサ「丸亀城とかゴールドタワーは名前そのまんまみたいだけどね。」

 

蘭「神世紀も300年となると歴史を感じますね。私がいた諏訪も、地名とか変わってるのかな。」

 

友希那「それは……。」

 

友希那はどもってしまう。

 

蘭「何暗い顔してるんですか。大変な状況になってるのは想像ついてるんですから、気遣わないでください。」

 

友希那「…さすがは美竹さんね。しんみりしてごめんなさい。」

 

蘭「私の要件なんですけど。新しい土地が増えたから、お願いがあるんです。」

 

リサ「何?大抵のお願いなら聞けるよ。」

 

蘭「畑が欲しいんです。目を付けた所があるから耕しても良いですか?私はそこで色々と育てたいんです。ソバや野菜、花とかを。」

 

そこへ美咲もやって来る。

 

美咲「あら?何やら熱量を感じると思ったら、畑が欲しいって言ってたんですね。」

 

蘭「美咲もやらない?」

 

美咲「まぁ手伝うって事になってるし良いよ。どこまで力になれるか分からないけど。」

 

リサ「一応畑の場所を教えてもらってもいい?よほどの事が無い限りは問題無く耕せると思うけど。」

 

蘭「ありがとうございます。」

 

友希那「そんな顔もするのね。私にも手伝わせてくれないかしら?美竹さんとならきっと楽しいでしょう。」

 

そうして3人は蘭が目星をつけた畑へと向かって行ったのだった。

 

 

---

 

 

翌日、勇者部部室--

 

リサとモカの巫女2人が全員を呼んでいた。

 

モカ「今日みんなに集まってもらったのは、新しい神託があったから、その報告です。」

 

リサ「次に私達が造反神から取り戻す土地が、丸亀城とその周辺に決まったんだ。」

 

あこ「丸亀城……。あこ燃えてきたよ!」

 

燐子「丸亀城を奪われているなら…取り返さないと。」

 

紗夜「ええ。あそこを奪われているのは腹が立ちます。」

 

友希那「そうね。みんなの言う通りだわ。」

 

高嶋「あそこには私達の色々な思い出があるもんね。」

 

 

丸亀城--

 

 

西暦の時代、友希那達6人が寝食を共にした思い出の場所である。そこを奪い返すと聞き、西暦組は力が入る。

 

香澄「これは何が何でも取り返さないとね!」

 

薫「勿論、私も力になるよ。」

 

夏希「こっちの街とも近いし!私も一層火の玉になるってもんですよ。」

 

美咲「気合い入れ過ぎて怪我しないでよー。これからも戦いは続くんだから。」

 

無論、他の勇者達も気合十分であった。

 

高嶋「みんな、ありがとう!ね、紗夜ちゃん。」

 

紗夜「……ええ、そうですね。」

 

夏希「こうなったら善は急げって事で、今から行きますか!?」

 

夏希はいてもたってもいられなく飛び出そうとするが、

 

小沙綾「だからダメだって!」

 

中沙綾「学びなさい!」

 

夏希「またダブル沙綾ブロック!?」

 

小たえ「今回は私もいるよ。」

 

モカ「取り返す気持ちが強いのは頼もしいけどねー。攻めるタイミングは神樹様が教えてくれるから。」

 

美咲「んーたださ、今回は攻め込むパターンなんだから、下準備とかやれるんじゃない?」

 

燐子「例えば…敵地の偵察をするとか…ですか?」

 

美咲「さすが燐子さん、話が早いです。」

 

中沙綾「やる価値はあるんじゃないかな。」

 

だが、それにリサが待ったをかける。

 

リサ「神樹様が攻め込む時期を指定してくるって事は、それ以外の時期は危険って事なんだ。だから偵察行為そのものが危険だよ。やる気を削いじゃって申し訳ないけどね。」

 

香澄「全然。私達を心配して言ってくれたんだし。ありがとうございます、リサさん。」

 

ゆり「これからも、こうすべきと思った意見はどんどん出してね。目標が決まった事で今日は解散!」

 

友希那(丸亀城……!待っていて、必ず奪還するから。)

 

友希那は人一倍今回の作戦にかける思いは強かったのだった。

 

 

---

 

 

浜辺--

 

浜辺では友希那が今日も鍛錬をしていた。

 

友希那「せいっ!ふっ!はぁっ!!!」

 

そこへ有咲と小学生の沙綾がやって来る。どうやら2人も鍛錬しに来たようだった。

 

有咲「いつにもまして気合入った鍛錬ですね。これは負けてられない。な、沙綾。」

 

小沙綾「はい!私も頑張らないと…。」

 

美咲「ストイックな人達が頑張ってるねー。私もたまには槍を振ろうかな。」

 

そこに美咲も加わる。

 

 

---

 

 

一方その頃の勇者部部室--

 

なにやら事前の打ち合わせをしているようである。

 

中沙綾「この間、話に出た敵地に向けての偵察の案は良いと思ったから、もう一度議題として出すね。例えば敵に見つかったら必ず逃げる。戦闘行為を禁止の上で…十分用心しての偵察ならどうかな?」

 

小たえ「情報があれば次の戦いが有利になりますからね。私も沙綾先輩に賛成です。」

 

燐子「山吹さんの言う通り…情報は大切で、普通なら私も偵察には賛成なんですけど…。今回のケースだと…敵地の危なさが尋常ではないようなので…。いくら用心したところで難しいかもしれないです…。」

 

リサ「そう。繰り返すけど神樹様が指定したタイミング以外で敵地に行くのはお勧め出来ないよ。私や友希那達は神樹様の神託に導かれて、大災害の時に本土から四国へ帰ってこれたんだから。もし神樹様の言う事を聞いていなかったら死んでたよ。」

 

中沙綾「そうなんですね…。思っていたより危険か。じゃあ議題を取り下げるね。」

 

そこに薫が割り込んできた。

 

薫「ちょっと待ってくれないか。今の話を聞いてそれでも尚私なら偵察に行けると思うよ。」

 

ゆり「戦闘の危険度を下げる為の偵察なのに、その偵察班が危なかったら本末転倒だよ。」

 

薫「助っ人としてこの地に来た以上、こういう所で頑張らせてくれないか?」

 

ゆり「んー。せめてどう危ないか分かれば対策も立てられるんだけどね。」

 

夏希「どう危険で、どれくらい敵がいるのか、神樹様も具体的に語って下さればなぁ。」

 

小たえ「話せたら一発なのにね。こっちから神樹様には質問出来ないんですか?」

 

リサ「それは…残念だけどね…。」

 

薫「こういう時こそ私は役に立ちたい。信じて偵察を任せてくれないか。」

 

ゆり「薫の腕は信じてる。でも今はダメ。体を張る時が来たらしっかり頼るから。」

 

薫の説得でも勇者部を危険に晒す事を危惧するゆりの気持ちを説得する事は出来ずに、薫は引き下がる。

 

薫「……分かった。」

 

りみ「でも薫さんはいつも役に立ってます。いてくれるだけで、安心感が違います!」

 

薫「ありがとう、りみちゃん。」

 

そこに、敵出現の警報が鳴る。

 

高嶋「警報だ!丸亀城奪還戦だね!」

 

薫「…偵察の必要も無くなったようだ。何にせよ出来る事を精一杯やるだけだよ。」

 

リサ「みんな気を付けて。そして、頼んだよ!」

 

香澄「はい、取り返してきます!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

夏希「よしっ!勇者姿に変身完了!」

 

中沙綾「やっぱり敵には動きが無い…。一つの所でじっとしてる。」

 

有咲「また攻撃したら増えるってやつか?」

 

夏希「となれば一発の破壊力が重要ですね。いっくぞぉーーーー!!」

 

夏希は先行して敵に切りかかるが、

 

薫「これは!?ダメージが入ってないようだ。」

 

夏希「堅い………!手が痛い痛い痛い!!」

 

今回の"新型"は堅い装甲で覆われていて、生半可な攻撃では全くビクともしなかった。

 

高嶋「!?夏希ちゃん注意して!何かしてくるよ!」

 

中沙綾「させない!」

 

小沙綾「夏希!今のうちに距離をとって!」

 

"新型"が動き出す前に2人の沙綾が夏希を援護して一斉射する。

 

美咲「すご…嵐の様な援護射撃。」

 

夏希「助かったー。それにしても手が痛い。」

 

小沙綾「!"新型"の背後から何か出てきます!」

 

"新型"の背中から何やら一回り小さな敵が次々出て来る。

 

紗夜「随分と小さいサイズの敵ですが。」

 

あこ「でも飛んでます。」

 

燐子「小型だけど飛行するタイプの敵…。」

 

中沙綾「全部打ち落とすには数が多い。」

 

美咲「何か仕掛けてくるから、出方を見た方が良いよ。」

 

すると小型の敵は何かを落としてきたのである。

 

ゆり「何か落とした……って、もしかして爆弾!?」

 

落とした個所から爆発が広がる。

 

友希那「まずいわ!みんな、散って!!」

 

友希那の合図でみんなが散開するが、りみと燐子が爆風に巻き込まれてしまう。

 

りみ「うわーーっ!!」

 

燐子「きゃーーっ!!」

 

有咲「りみ、燐子!足止めないで動いて!!」

 

蘭「敵も色んな手で仕掛けてくるようになってきた…。」

 

薫「まずはあの"飛行型"を何とかしないと。タイミングを見て反撃に転じるよ!」

 

燐子「広範囲に攻撃出来るりみさんと美竹さん、氷川さんを中心に"飛行型"を倒していきます!」

 

りみ「分かりました!」

 

蘭「行くよ、りみ!紗夜さん!」

 

紗夜「私達の力を見せてあげましょう!」

 

3人を中心に勇者達は"飛行型"を倒していった。

 

 

--

 

 

紗夜「これで"飛行型"はあらかた片付いたかしら?」

 

美咲「そこの太い枝の陰に1体隠れてるね。この槍で……仕留めるっ!」

 

ゆり「ナイス撃破。よく気付いたね。」

 

美咲「隠れて機を伺う。私もどっちかっていうと、そういうタイプだから。」

 

高嶋「美咲ちゃん、頭が良いんだね。」

 

美咲「そうやって褒めてくれると嬉しいよ。」

 

蘭「残りはあの動かない奴だね。攻撃してくる気配が見えないけど…。」

 

紗夜「ならこちらから仕掛けるまでです!」

 

紗夜の気合の一撃で"新型"がダメージを受けた。

 

友希那「凄い連撃ね。やるじゃない紗夜。」

 

ゆり「それでもダメージは少なめだよ。次は私が行くよ!」

 

ゆりは大剣を大きくし、真上から叩きつける。だがあまり効いていないようだった。

 

燐子「効きが今イチですね…。美竹さん、敵に鞭の嵐を浴びせてくれませんか?」

 

蘭「了解です。いくよ……はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

蘭は目にも止まらぬ速さで鞭を"新型"に浴びせて行った。そして燐子はすかさず薫に次の指示をする。

 

燐子「次に瀬田さん…強めの一撃をお願いします。」

 

薫「お安い御用さ。はぁっ!!くっ、あまり効いていないか?」

 

あこ「これじゃあ勇者としてのプライドに傷がつくよ。それか敵が堅すぎるの?りんりん?」

 

燐子「どんな攻撃でも常にダメージが一定…。この"防御特化型"は手数で勝負した方が良さそうです…。」

 

友希那「指示を出すのが板についてきたわね、燐子。みんな、言われた通りに!」

 

有咲「手数なら私の剣舞に任せろ!完成型勇者、市ヶ谷有咲のな。」

 

りみ「わ、私も頑張る…!牛込りみ、いきます。」

 

有咲「だな。りみの武器は応用力高いから。」

 

香澄「私もりみりんのフォローするよ!ね、高嶋ちゃん!」

 

高嶋「そうだね、戸山ちゃん!」

 

ゆり「りみ、ファイト!」

 

りみ「うん。頑張るよ、お姉ちゃん!」

 

そして、今度はりみを中心に手数で"防御特化型"へと攻撃を開始するのだった。

 

 

--

 

 

りみ「はぁ、はぁ、はぁ…ふぅ。だいぶ、ダメージは与えたんじゃないかな。」

 

りみは肩で息をしている。一度で何度も攻撃できるりみでも、"防御特化型"の堅さにはまいってしまった。

 

香澄「お疲れ、りみりん。帰ったらいっぱいマッサージしてあげるね。」

 

りみ「ありがとう、香澄ちゃん。」

 

ゆり「りみも大分成長したね。これは次期部長はりみかな?」

 

りみ「それはまだ早すぎるよ!」

 

ゆり「大丈夫大丈夫、自信持って!それで、様子はどう、薫?」

 

薫「ああ、確実に効いているよ。もうそろそろ倒せるだろう。丸亀城奪還までもう少しだ。」

 

中沙綾「前回の戦いだと、敵にある程度ダメージを与えたら行動が変わったよね。今回も注意だよ。」

 

小沙綾「!さすがです!沙綾さんの言う通りまた"飛行型"が現れました。」

 

紗夜「しかもまた振動してオーラが出ています……。これは前と同じパターンですね。」

 

美咲「手負いの獣ほど危ないものはないからね。気を付けて行きましょうか。」

 

夏希「これだけ勇者が多いと周囲に注意してくれる人が多いから、私も安心して突っ込めるよ。」

 

中沙綾「夏希!だからって自分でも気を付けるんだよ。」

 

夏希「分かってるって!」

 

あこ「やいやい大きいの!お前が居座ってるのは、あこ達の家なんだ!返してもらうよ!!」

 

オーラを纏った"飛行型"を攻撃すると、星屑を吐き出してくるが、勇者達には通用せず怒涛の進撃で見事丸亀城を奪還する事に成功するのだった。

 

 

---

 

 

丸亀城敷地内--

 

御役目を達成した勇者たちは丸亀城へとやって来た。

 

高嶋「やったやったー!倒したよ!」

 

友希那「丸亀城と周辺地域の奪還成功ね。」

 

あこ「大変だったけど、取り戻せたからオッケーです。やりましたね、紗夜さん!」

 

紗夜「……宇田川さんも頑張りました。そして白金さんも。」

 

燐子「…氷川さん……。」

 

有咲「そうだな。今回はりみや燐子が頑張ってくれた。2人とも完成型に1歩近付いたな。」

 

りみ「あはは、2人で褒められましたね。」

 

燐子「はい…嬉しいです。」

 

2人の姿を遠くから美咲が見ていた。

 

美咲「……いいねぇみんな仲がよろしい事で。」

 

そこへ香澄と蘭がやって来た。

 

香澄「お疲れ美咲ちゃん!」

 

美咲「戸山さん、美竹さん、お疲れ。」

 

蘭「勝ったのになんか暗いね。さっきの戦闘でダメージ受けたって事無いよね?」

 

美咲「全然平気。私痛がり屋だし。」

 

蘭「今日は帰ったらパーティだって。」

 

香澄「うん!もっといっぱいお話ししよう。」

 

美咲「……そうだね。」

 

こうして勇者たちは部室に戻り、リサ達に勝利の知らせを届けに行った--

 

 

---

 

 

?「これでも突破されちゃったかー。もっと改良しないとダメかな?にしてもお姉さまの戦い方は本当にカッコ良かったな。また次の戦場で会おうね……。」

 

 

 



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終わりのない友情〈前編〉

2体で1体のバーテックスに対し、勇者達がとった作戦とは!?

花が咲き乱れます。




 

 

教室--

 

何やら蘭と美咲が何かをしている。

 

蘭「私はここに駒を動かすよ。」

 

美咲「ん~。強烈な手をすぐに指してくる。美竹さん、本当に将棋はやった事無いの?」

 

2人は将棋を指していた。蘭が若干押している。

 

蘭「うん。結構面白いね、これ。盤面の動きがうっすら見えてくるっていうか、分かるっていうか…。つまり戦いと同じだよね。あれも、敵の弱そうな所とか、攻めてきそうな気配とかが分かるでしょ。」

 

美咲「普通はそんな事分かんないよ…。」

 

蘭「たえは分かるってさ。」

 

美咲「くぁ~この閃きタイプめ。眩い才能、羨ましい。絶対に負けないし。」

 

蘭の言葉で美咲の闘志に火が付いた。

 

蘭「私も負けないから。」

 

その時、蘭の端末に連絡が入る。

 

蘭「あれ?モカからの呼び出しだ。」

 

美咲「神託あり…か。新しい御役目の始まりだね。さてさて、今度はどんな事が起こるやら。」

 

2人は部室へと移動した。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

リサ「実は私、ちょっと困ってるんだ。1つは冷蔵庫のエクレアが消えた事。」

 

薫「こういうのも何だが、それは友希那が食べたんじゃないかい?」

 

友希那「私がリサのおやつを勝手に食べたらどうなるか……思い返すだけでも恐ろしいわ。」

 

友希那は身震いする。

 

リサ「友希那じゃないよ。結構厳しくしつけたつもりだし。」

 

友希那「でしょ?」

 

ゆり「いや、今のは突っ込みどころの様な…。」

 

あこ「~♪」

 

美咲「あこ、口にチョコの残りが付いてるよ。」

 

あこ「えーーーっ!?って何だー、付いてないじゃん……ハッ!?」

 

リサ「よーし、あこは後で沙綾に手伝ってもらって吊るしておくね。で、本題なんだけど。」

 

モカ「実は神託が2つあって、短い期間に戦闘が重なりそうなんだー。」

 

リサ「連戦って事。みんなの負担が大きそうで……。」

 

友希那「それぐらい問題無いわ。伊達に修羅場はくぐってないし。」

 

ゆり「なんなら二手に分かれて戦ったって良いんだよ。ねぇ紗夜ちゃん。」

 

紗夜「RPGでも時々見るアレですね。パーティを分割するので満遍なく鍛えていないと苦労するという…。」

 

燐子「現在は…勇者の数が強みの1つですから…パーティ分割は最後の手段にしたいですけどね…。」

 

蘭「まっ、どんな敵でもいつも通り倒すだけだよ。」

 

友希那「という事で、何があっても熱く柔軟に対応してみせるわ、リサ。」

 

リサ「…本当に頼もしい仲間が増えたよ。宜しくね。」

 

そうして勇者達は一時解散する。

 

 

---

 

 

寄宿舎、有咲の部屋--

 

有咲の部屋にあこがいきなり入って来た。

 

あこ「あこのお宅訪問だよ!といっても有咲ちゃんの部屋は中々に殺風景だね。」

 

有咲「いきなり来て凄い事言うな。これでも物は増えた方だけど。っていうか何でお宅訪問なんだ。別にいいけど。」

 

あこ「中2、中3の時期は色々と危ないからね。あこが見回ってるの。」

 

有咲「じゃあ私じゃなくて紗夜さんでも見てあげれば?」

 

あこ「紗夜さんは今ゲームやってるから大丈夫だよ。」

 

 

---

 

 

同時刻、紗夜の部屋--

 

紗夜は夏希とゲームの最中だった。

 

夏希「さぁ紗夜さん、今日のゲームはストレートファイターズでいざ勝負ですっ!」

 

紗夜「ええ良いでしょう。私は1ラウンドも容赦しません!」

 

夏希も善戦するが、軍配は紗夜に上がった。

 

夏希「その3択はえぐいですよ~。負けた~惜しい!」

 

紗夜「ええ、危なかったです。たいした反射神経です、また上達しましたね海野さん。どうやらあなたは門を開けてしまったようです。格闘ゲームの対戦という羅刹の門を……。」

 

夏希「なんて褒めてもらってますけど、まだ差を感じますね。紗夜さん本当ゲーム強いなぁ…。」

 

紗夜「では次にこのゲームを…。」

 

その時、2人の端末に招集のメッセージが届く。

 

紗夜「招集…ですか。」

 

夏希「よーしやってやる!今の私は滾ってるよ!」

 

2人は招集場所の教室へと移動した。

 

 

---

 

 

教室--

 

夏希が教室に着いた直後に警報が鳴り響いた。

 

夏希「おぉぉっ、着いたとたんに警報が!」

 

小沙綾「もう出撃するよ、準備は良い?」

 

勇者達は樹海へと消えて行った。

 

 

---

 

 

樹海--

 

勇者達が樹海へ着いたとたん"新型"が襲い掛かって来た。

 

薫「早速お出迎えか。」

 

だが現れた"新型"は魚の形でも、以前の"防御特化型"でも無かった。

 

蘭「あれ?今回のは前よりも大人しめなサイズだ…。さてどんな仕掛けがあるのやら。」

 

ゆり「基本的にバーテックスは大きい奴ほど強いけど、今回のは楽…なのかな?」

 

りみ「そういう事言うと、フラグにしか聞こえないよお姉ちゃん…。」

 

小沙綾「リサさん達によると、今回は戦いが続くようです。長期戦も視野に入れないと。」

 

蘭「きっちり倒していこう。無理せず、確実に!」

 

美咲「両方やってこそ勇者って事ね。辛いねぇ。そこそこ頑張るよ。」

 

香澄「みんなとなら出来るよ、美咲ちゃん。よし、行くぞーっ!」

 

 

--

 

 

小たえ「ふぃー。全部びしっとやっつけたね。おかわりは来ないのかな?」

 

小沙綾「見えないし反応も無いから、今日はもう帰還かな。神託では連戦だって事だったけど…。」

 

友希那「速やかに撤収よ。だけど部室に戻っても解散ではないわ。次に備えて待機よ。」

 

香澄「友希那さん、お腹空いたよ。」

 

友希那「安心して、戸山さん。リサなら何か気を利かせておいてくれるはずよ。」

 

香澄「やったね。じゃあすぐに帰ろう!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

お腹を空かせた勇者達が帰還する--

 

りみ「ただ今戻りましたーっ…ってなんだか良い匂いが。」

 

たえ「お帰り。な、な、なんとうどんを用意しておりまーす。」

 

中沙綾「おたえ、さすが!」

 

巫女組とたえがうどんを作ってみんなの帰還を待ってくれていたのだった。

 

モカ「連戦の可能性もあるからねー。」

 

リサ「みんな、じゃんじゃん食べて。」

 

友希那「やっぱり予想した通りね。ありがとう、いただくわ。」

 

しかし、うどんと聞いて悲しむ人が若干1名。

 

蘭「郷に入っては郷に従え……か。」

 

だが、モカは機転を利かせ蕎麦も用意していた。

 

モカ「そんな蘭にはちゃーんと蕎麦を用意しといたよ。」

 

蘭「ありがと、モカ。」

 

美咲「くぅぅ、ラーメンが出て来ないこのシビアな世界。まぁうどん美味しいけどね。」

 

薫「ソーキそばが無いのは仕方ないね。」

 

勇者部はうどんと蕎麦を食べて英気を養うのだった。

 

 

--

 

 

2時間程経過--

 

3年生は何やら特殊能力の話題で盛り上がっていた。

 

ゆり「もぐもぐ…だからね、私達勇者は武器の特性なんかで個性はあれど…もう少しこう、雷を操るとか時間を止めるとかそういう特殊能力があると味わい深いんだけどね。」

 

薫「特殊能力か…儚い響きだね。もぐもぐ。」

 

紗夜「そうですね…各自に何かしらの能力があれば個性として面白いと思いますが…もぐもぐ。」

 

ゆり「ねぇ、もしも何か1つ自由に能力を使えるとしたら、どんなものが欲しい?」

 

紗夜「世界を書き換える力とか…。現在の問題だって解決出来る筈です。」

 

ゆり「ふむふむ。それはちょっと何でもありすぎてNGで。」

 

薫「水を操る力も良いけれど…重力を操る力は魅力的だね。」

 

香澄「…なんだか3年生組が面白そうな会話をしてるよ。さすが年上さんチーム!」

 

有咲「話題は小学生が好きそうなものに思えるけどな。」

 

その時、有咲の目つきが変わる。

 

有咲「っ!?この気配は…。」

 

モカ「…やっぱりもう出撃だよ。さっきの戦いから2時間ぐらいしか経ってないのに。」

 

燐子「一息は付けましたが…中々大変なものがありますね…。」

 

ゆり「予め連戦って言われてたしね。心構えが無かったら、かなりゲンナリきたよ。」

 

友希那「敵を多く倒せると前向きに考えましょう。行くわよ!」

 

小たえ「さすがご先祖様、タフだ。」

 

勇者達は樹海へ再び赴く。

 

 

---

 

 

樹海--

 

高嶋「元気の源を補給したから体力は満タン。さぁ行くぞ!」

 

夏希「食べ過ぎないで良かったよ。お代わりしたかったけど。」

 

小たえ「お代わりしたかったら、さくっと戦闘終わらせれば良いんだよ。」

 

そこへタイミング良く敵が現れる。

 

夏希「よし、先輩方は体力を温存しててください!沙綾、たえ、行くぞ。」

 

小沙綾「任せて、夏希。」

 

小たえ「オッケーだよ。」

 

ゆり「大丈夫?」

 

夏希「任せといてください!小学生組のチームワーク見せてあげますよ。」

 

そう言って、3人は敵目掛けて突っ込んで行った。

 

 

--

 

 

夏希「よっしゃ、行くぞ"鈴鹿御前"!」

 

夏希がそう叫ぶと横に着物を着た少女の精霊が現れる。そして、夏希は"鈴鹿御前"を自らに憑依させた。

 

あこ「夏希があこ達と同じ事をしたよ!!」

 

燐子「どうやって…。」

 

紗夜「私が教えたんです。」

 

友希那「紗夜が?」

 

紗夜「ええ。私みたいに強くなりたいって言われましてね…。リスクも無いので教えたんです。」

 

高嶋「紗夜ちゃん……。」

 

高嶋香澄は笑顔で紗夜を見ていた。

 

 

--

 

 

憑依させた夏希の勇者装束が"鈴鹿御前"が身に着けていたかつての鎌倉時代の武士を模した衣服へと変わり、両手の斧に加え、空中にもう一振り斧が浮かんでいた。

 

夏希「飛んでけーー!!」

 

夏希がそう言うと、中に浮かんだ斧がバーテックス目掛けて飛んで行き、次々とバーテックスを斬り倒していった。

 

小たえ「夏希やるねー。私も負けてらんないよ。来て!"鉄鼠"!」

 

たえが呼ぶと横に小さいネズミの精霊"鉄鼠"が現れる。

 

小たえ「えっと、こんな感じだったかな……。そーれ。」

 

するとたえも"鉄鼠"を憑依させたのだった。

 

燐子「たえちゃんも…!」

 

高嶋「凄い…これも紗夜ちゃんが教えたの?」

 

紗夜「私は海野さんにしか教えていません。」

 

あこ「じゃあ友希那さんが?」

 

友希那「私でもないわ。花園さんは海野さんがやっていた事を見様見真似でやってのけたって事でしょう……。」

 

西暦組はたえの才能に驚愕した。

 

 

--

 

 

星屑がたえに襲い掛かるが、たえはビクともせずに逆に星屑がダメージを負ってしまった。

 

小たえ「どう?これが"鉄鼠"の力だよ。そんでもって槍の切れ味は倍以上!」

 

たえは槍を伸ばして星屑や新型を次々と薙いでいった。"鉄鼠"は憑依者の防御力を上げ、更に武器の切れ味も強化する精霊なのだ。

 

小沙綾(私は2人の援護に徹する…。)

 

小沙綾「お願い"刑部狸"!」

 

小学生沙綾が呼ぶと狸の精霊、"刑部狸"が現れ沙綾の手に短銃が現れた。

 

小沙綾「距離が近い敵はこれで……はっ!」

 

沙綾は遠距離は弓矢、短距離は短銃に切り替え2人をサポートしていった。

 

 

--

 

 

小学生組が大方の敵を倒し、最後の大型が1体残っていた。

 

あこ「だいぶ数も減って来たね。今回は敵からオーラも出てないし。」

 

美咲「あと少しで終わりだね…?ん?」

 

美咲が何かに気付いた。

 

美咲「向こうから新手が来るよ!」

 

ゆり「ここにきてもう一匹か。」

 

香澄「…あれ?新しく出てきたのって数時間前に倒したバーテックスじゃない?」

 

紗夜「同じ種族の別個体とも考えられますが…。」

 

友希那「まだ距離がある。合流する前に今戦っている残りを倒しましょう。」

 

蘭「同意見です。強引にでも倒しましょう。」

 

美咲「…そういう流れが見えるんだろうなぁ。指揮官タイプの才能ってのは。」

 

友希那「ゆりさんとあこは遠くの敵が仕掛けてきたら防御をお願い!!」

 

小学生組が戦っている中に2人の香澄も加わり、続々と他の勇者達も参戦する。

 

香澄「よし、小学生組を援護だよ!全力全開、勇者パーンチ!!」

 

高嶋「せいやぁー!出力最大、勇者パーンチ!!」

 

夏樹「刻んで殲滅!3本の斧の乱舞を食らえ!!」

 

美咲「大きくぐらついてきたけど、反撃を狙ってる。させないよ!」

 

美咲が槍を投げて敵の反撃を防ぐ。

 

小たえ「"鉄鼠"の切れ味を見よ!りみ先輩続いて下さい。」

 

りみ「う、うんっ!えーーい!!」

 

燐子「テクニカルな皆さんが反撃を封殺してる…。」

 

ゆり「そろそろトドメいっちゃってー!!」

 

あこ「向こうの敵が何かしてきてもあこが守るよ!守りは気にせずやっちゃえー!!」

 

友希那「よし瀬田さん、一緒に行きましょう。」

 

薫「ああ。脆い部分を一気に行くよ!」

 

友希那「はあぁーーっ!」

 

薫「たぁーーーーーっ!!」

 

2人の攻撃が決めてとなり、大型が沈んでいく。

 

美咲「これで残りは後1体。」

 

燐子「転進して…向こうの敵を倒しましょう。」

 

勇者達は奥から近付いてくる最後の1体へと向かって行った。

 

 

--

 

 

小たえ「またまた連戦だ…って、小さい敵がわらわら出てきた。」

 

友希那が果敢に飛び出して行くが、それを紗夜が遮った。

 

友希那「紗夜…。」

 

紗夜「湊さん、張り切り過ぎです。これ以上熱くなると周囲が見えなくなります。気を付けて下さい。」

 

友希那「………!!そうね。連戦が続いて、少し焦っていたわ。早く敵を倒さないとみんなが危ないと…。」

 

紗夜「皆さんそれ程やわじゃありません。侮らない事です。」

 

友希那「確かにね…。ありがとう紗夜。」

 

紗夜「また危うくなりそうだったら止めてあげますよ。今度は鎌の刃側で。」

 

友希那「ふっ……。それは勘弁して頂戴。」

 

紗夜「では気を付ける事です。私はあなたの事を見ていますから。」

 

友希那「頼りにしているわ。」

 

2人の様子を蘭と高嶋が見ていた。

 

蘭「あの2人、なんだかんだで良いコンビだね。」

 

高嶋「うん、紗夜ちゃんカッコいいな。」

 

蘭「私達も気が合うって所見せてあげようか。」

 

高嶋「良いよ、蘭ちゃん!!」

 

2人は周りの小さい敵を倒しに飛び出した。

 

小沙綾「…それぞれの団結を見ていると、体の奥が熱くなる時がある。これは一体…。」

 

小たえ「……目覚めだよ。」

 

美咲「さてさて道は開けたって事で、バーテックスを叩きましょうか、戸山さん。」

 

香澄「だね、美咲ちゃん。勇者パワー10倍だよ!!」

 

中沙綾「同じ形をしたものが、続けて現れただけなのか…一体どういう事なのかな。」

 

沙綾の不安は募っていくが、勇者たちは残った大型バーテックスとその周りの小さなバーテックスを倒しに動く。

 

 

--

 

 

高嶋「手ごたえはあったけど…どうかな?」

 

薫「敵は弱まっている。今こそ勝機だ!」

 

紗夜「これでとどめ…この鎌で刈り取る!」

 

だが、そこに新たなバーテックスの反応が現れる。

 

小沙綾「!これは…!ま、また新しい敵が出てきました。位置は遠いですが…。」

 

紗夜「なんですって!次から次へと…ちょっと異常ですね。」

 

小沙綾「敵の形状…。あれはさっき倒したバーテックスじゃないですか!?」

 

中沙綾「確かにあれは同一個体だね…。今回はそういう特殊な敵って事かな。」

 

ゆり「一筋縄じゃいかなくなった敵…。造反神も必死だね。」

 

美咲「私は何となくだけど、造反神がどんな神か想像ついてきたよ。予想が当たってるとしたら、逸話通りの暴れん坊だよ、まったく。」

 

有咲「まずいぞ。敵が合流しようと動き始めてる。」

 

中沙綾「この弱った方だけでも倒す。私が穴をあけるから、沙綾ちゃんと燐子さんは続いて!!」

 

3人は一斉に攻撃を放ち、大型を撃破する。

 

蘭「そして、後もう1体…。普通にぶつかっていいのかな。」

 

夏希「あと一息です、やりましょう。勇者は根性!」

 

美咲「そしたらまた片方が復活したりして。これ完全にパターン入ってるよ。」

 

夏希「ハメ技って事ですか。ややこしい敵だなぁ。」

 

紗夜「それでも攻略法はあるはずよ、海野さん。」

 

蘭「そうですね。ましてこれだけの数がいれば、絶対に何とかなります。」

 

燐子「疲れ切る前に作戦を立てましょう…。力押しだけでは勝てそうにないです。」

 

友希那「小学生組は大丈夫?」

 

先の戦闘で小学生組は精霊を憑依させて戦っている。いくらリスクが無いとはいえ疲労は溜まりやすい。

 

小たえ「大丈夫だよ、御先祖様。」

 

小沙綾「まだまだいけます。ね、夏希。」

 

夏希「もちろん!!」

 

友希那「そう、頼りにしているわ。」

 

美咲「小学生組が頑張ってるんだから、さすがに弱音は吐けないね、りみ。」

 

りみ「頑張ろう、美咲ちゃん。」

 

倒しても倒しても終わらないループに対抗する為に、勇者たちは作戦会議を行う。

 

 

--

 

 

あこ「なんでじっとしてるんだろうね。あこたち疲れてるからチャンスなのに。」

 

燐子「もう片方の復活を待ってるんじゃないかな…。」

 

あこ「そうなの!?」

 

中沙綾「状況をまとめましょう。この戦いを終わらせる為にも。倒しても倒しても現れるバーテックス。そして戦い続けるという神託…。今までの現象をまとめて考えると、出て来る結論は1つじゃないかな。」

 

燐子「今回の敵は…2体で1体のバーテックス…という事ですね?」

 

美咲「そうでしょうね。片方が倒されそうなタイミングでもう片方が復活してるし。」

 

中沙綾「どちらか片方を倒しても、もう片方がいれば蘇る…。そんな感じの敵じゃないかと。」

 

ゆり「なら今までの出来事にも説明がつく…。」

 

あこ「どうやって倒すの?2体同時にやっつけるとか?」

 

中沙綾「完全に同時は難しくても…ほぼ時間差無しで倒せば。」

 

小たえ「1体を倒したら、もう1体も即座に撃破って事。」

 

あこ「じゃあ今さっき倒した敵もやっぱり蘇るって事なんだね。」

 

あこは大きくため息をついた。

 

香澄「でも倒し方が分かったんだから、これが最後の復活って思えば、ね?」

 

紗夜「倒すには調整が必要…。まさにゲームのボス戦ですね。」

 

蘭「かといって、敵を両方並べてゆっくり戦うのも危険だと思います。それに2体一緒だと、力を合わせてきそうな雰囲気がしますし。」

 

美咲「本来なら根拠の無い勘だって思うけど、美竹さんが言うと説得力あるよ。」

 

蘭の言う事も一理ある。何故なら2体の敵は互いにくっつこうと近付いていたからである。

 

夏希「やれやれ勇者は根性だけじゃなく頭も使わないといけないんだね。ならこっちもレベルアップだよ!」

 

高嶋「ようやく終わりが見えてきたね。」

 

薫「ああ。からくりが分かれば、後は全力を尽くすのみだよ。」

 

友希那「ここが踏ん張りどころよ。力を合わせて乗り切りましょう!!」

 

作戦が決まった勇者達は最後の力を振り絞り、2体のバーテックスに立ち向かう。

 

 

--

 

 

中沙綾「みんな、準備は良い?」

 

香澄「オッケーだよ!」

 

りみ「頑張ります!」

 

ゆり「まかせて!」

 

有咲「完成型勇者の力を見せてやる!」

 

中沙綾「いくよ!」

 

5人「「「満開!!」」」

 

 

勇者達が立てた作戦--

 

 

それは満開を行いほぼ同時に2体を殲滅する作戦だった。

 

 

 



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終わりのない友情〈後編〉

都合上仕方ないですけど、リスク無しで戦える神世紀の勇者達は頭一つ抜けた強さを持ちますね。





 

 

中沙綾「みんな、準備は良い?」

 

香澄「オッケーだよ!」

 

りみ「頑張ります!」

 

ゆり「まかせて!」

 

有咲「完成型勇者の力を見せてやる!」

 

中沙綾「いくよ!」

 

5人「「「満開!!」」」

 

時は少し前に遡る--

 

 

---

 

 

中沙綾「あの大型2体をほぼタイムラグ無く同時に倒すには現時点で出せる最高の攻撃力で叩くしか無いと思います。」

 

あこ「現時点で1番強い攻撃が出来るのは…友希那さんと薫?」

 

中沙綾「友希那さんと薫さんの力を合わせても、どちらか片方を倒すので精一杯です。」

 

あこ「それならどうやって…。」

 

そこで小学生の沙綾が気付く。

 

小沙綾「それなら…。夏希、あの時の……。」

 

夏希「…あっ、そうか!沙綾さん達なら出来る!」

 

友希那「何か知ってるの?」

 

小沙綾「はい、その力の名前は…。」

 

中沙綾「"満開"です。」

 

沙綾は"満開"について他の勇者達に説明する。

 

 

--

 

 

あこ「そんな凄い力が…。」

 

燐子「さすが神世紀にもなると勇者システムは段違いの進化を遂げてますね…。」

 

美咲「確かにリスクが無いこの世界ならではの作戦だね。」

 

中沙綾「幸い私達全員星屑との戦闘でゲージは溜まってます。攻撃の手数が多い私とりみりんは分かれて、私と香澄が奥、ゆり先輩、りみりん、有咲が手前の敵を同時に攻撃します。皆さんは援護を。」

 

高嶋「了解だよ!!」

 

 

---

 

 

5人「「「"満開"!!!!」」」

 

5人が光に包まれ、勇者装束も白を基調とした荘厳なものへと変化する。

 

あこ「凄い…。綺麗だね、りんりん。」

 

燐子「そうだね…。」

 

燐子(でも現実では、ここまでの強さを持たないとバーテックスは倒せないって事…なんだよね…。)

 

有咲「そりゃあああああっ!!!」

 

有咲は剣を無数に飛ばして攻撃し、

 

ゆり「はあああああああっ!!!」

 

ゆりは大剣に力を込めて上から真っ直ぐ振り下ろす。

 

りみ「このおおおおおっ!!」

 

そしてりみは無数のワイヤーを巻きつけて切り刻んだ。

 

 

--

 

 

一方で、

 

中沙綾「一斉発射!くらえっ!!」

 

チャージした主砲を一斉発射し、

 

香澄「これでトドメだよ!全力勇者………パーーーーーンチ!!!!」

 

香澄が勇者パンチで突貫し、ほぼタイムラグ無しで同時に倒す事に成功するのだった。

 

 

--

 

 

燐子「敵、復活しません…。完全に消滅したと考えて良いと思います…。」

 

あこ「やったぁーー!!念の為に待機してたけど、これで大丈夫だね!」

 

夏希「やっと終わったぁーー!!さすがに今回は疲れたよ。」

 

そこへ香澄達勇者部組が帰ってきた。

 

小沙綾「皆さんお疲れ様でした。」

 

香澄「沙綾ちゃんもお疲れ様!いやーリスクが無いとはいえ、一回使っただけで体力ごっそり持ってかれちゃうよー。」

 

蘭「りみ、お疲れ。」

 

りみ「ありがとう、蘭ちゃん。みんなのお陰だよ。」

 

薫「お疲れ、ゆり。見事な剣さばきだったよ…儚いぐらいにね。」

 

ゆり「儚いの意味が良く分からないけど…まぁ、ありがとね。」

 

勇者達は勝利の喜びを噛み締めつつ、部室へと帰っていく。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

リサ「みんな、長丁場の戦いお疲れ様。甘いもの用意しといたから食べてね。」

 

蘭「ありがとうございます、リサさん。でも、みんな見ての通り…。」

 

蘭が指した方向を見ると、疲れた緊張が解けたせいかみんな疲れて眠っていた。

 

小たえ「………。」

 

ゆり「………。」

 

燐子「………。」

 

モカ「みんなお疲れだー。それだけ大きな戦いだったんだね。」

 

小沙綾「………。」

 

夏希「………。」

 

薫「まったく……凄い小学生達だよ。」

 

美咲「起きてるのは……5人ってところかな。」

 

有咲「美咲だって相当眠いんじゃないか?休んだって良いんだぞ。」

 

美咲「それを言うなら市ヶ谷さんもでしょ。満開使ってヘトヘトなんだから。」

 

蘭「私も疲れたから一眠りするかな。」

 

モカ「おやすみ、蘭。」

 

モカはすぐ眠りに落ちた蘭にそっと毛布をかけてあげた。

 

美咲「それにしても、みんな堂々と寝てるね。」

 

薫「ここでは安心して寝て良いという事だよ。」

 

美咲「なるほど…。じゃあ、薫さんに肩貸してもらっちゃおうかな。実は…結構……限界………。」

 

美咲も眠ってしまった。

 

薫「ああ、ゆっくりお休み。」

 

有咲「薫も寝れば?私も休ませてもらうよ。」

 

薫「そうさせてもらうよ。」

 

こうして皆が眠りにつくのだった。

 

 

---

 

 

教室--

 

教室では友希那とリサが話している。

 

友希那「今回も犠牲者を出す事無く勝てたわね。でも、敵も段々と強くなっている…気を付けないと。」

 

リサ「お疲れ、友希那。ほら、疲れたでしょ。膝枕してあげるから、横になりなよ。」

 

リサの言葉に甘えて友希那は横になる。

 

友希那「ホント、今日は疲れたわ…。」

 

リサ「みんな本当に頑張ったんだね…。今は休んでね。おやすみ、勇者達…。」

 

 

---

 

 

次の日、勇者部--

 

リサ「昨日の戦いで、香川の3/4を解放した事になるね。もう少しで次のエリアに進めるよ。」

 

友希那「四国全域を解放するまで終わらないのよね…。まだまだ先は遠いわ。」

 

ゆり「これからも何が起きるか分からないけど、みんなにはこれからも頑張って欲しいね。」

 

香澄「頑張ります!!」

 

蘭「いっその事諏訪や沖縄、北海道も取り返せたら良いのに。」

 

薫「そうだね…。」

 

モカ「蘭…。」

 

美咲「でも、その3地域は香澄達の時代じゃ既に無くなってるって聞いたけど。」

 

分かってはいた事だが、いざ口に出して言われると中々にくるものがあった。

 

燐子「奥沢さん…!」

 

美咲「単なる事実だよ。取り返すも何もないでしょ。」

 

蘭「だからだよ。奪われたのなら取り返せば良いんだよ。」

 

モカ「でも…ここは神樹様の内部の世界だから、ここで諏訪を取り戻せても…。」

 

有咲「蘭達がいた世界が元通りになる訳じゃない…。」

 

中沙綾「みんなが自分の故郷を思う気持ちは痛いほど良く分かる…。」

 

りみ「私達はそこがどんな所かは分からないけど、きっと素敵な場所だったんでしょうね。」

 

薫「ああ…。」

 

蘭「長閑で、空気が綺麗で…。」

 

美咲「時間がゆっくり流れてるみたいな、優しい場所だったね…。」

 

3人は目を閉じて故郷の風景を懐かしむ。

 

あこ「何だか想像つかないよ。あこは四国しか知らないから。」

 

高嶋「ねぇ、もっと聞かせてくれない?諏訪や沖縄、北海道の話。」

 

香澄「私も聞きたい!」

 

蘭「そうだなぁ…。」

 

薫「上手く説明出来るか分からないが…。」

 

美咲「まぁ、良いんじゃない?」

 

こうして3人はそれぞれの故郷の事を話し出すのだった--

 

 

--

 

 

蘭「私とモカがいた諏訪は、緑に囲まれ自然の恵みに溢れた土地だった。」

 

モカ「蘭はそこで毎日のように畑仕事をしてたんだよ。」

 

有咲「成る程な…。畑仕事で自然にトレーニングが出来てたのか。」

 

香澄「確かに、蘭ちゃん強いもんねー。」

 

蘭「農家のみんなに助けてもらいながら、作物が育ってくのを見るのは最高だったよ。」

 

モカ「蘭が作った野菜は美味しーんですよ。」

 

蘭「あと諏訪には信州一大きな湖があって、高原では色々な花が咲いてたよ。」

 

モカ「ピクニックには最適な場所だし、ワカサギなんかも釣れたよねー。」

 

あこ「釣り!それは楽しそう!」

 

夏希「行ってみたい!」

 

蘭「そして諏訪には、御柱祭っていう大規模な祭りもあるんだ。」

 

小たえ「どんなお祭りですか?」

 

蘭「モミの大木を山から切り出して、みんなで里まで曳いて行くんだ。」

 

燐子「山から里へって…坂道なんじゃ…。」

 

モカ「物凄い急勾配だねー。」

 

蘭「大勢で声を上げながら、土まみれになって大木に上がったり山を滑り降ちたり…。」

 

りみ「な、何だか凄そう…。怪我とかしないの?」

 

蘭「そりゃするよ。でも、大勢が一丸となってやり遂げた時の気分はもう…。」

 

モカ「最高…でしょ?」

 

蘭「神様に褒められてるような、誇らしくて何とも言えない感じになるんだ。」

 

友希那「確か諏訪は、全ての民が自然と一体となって神と対話する土地だったわね。」

 

蘭「そう。だから誰もが土地に感謝し、土の恵みを吸収して暮らし続けていけてた。」

 

香澄「本当に素敵な場所だったんだね…。」

 

一通り諏訪の魅力が伝わった所で、蘭達は薫へとバトンタッチをした。

 

 

--

 

 

薫「沖縄は…何と言っても海が綺麗だね。」

 

香澄「薫さんは海が大好きなんですよね!」

 

薫「私だけでなく、沖縄の人達は皆…海の恵みで育ち、生きていたんだ。」

 

小沙綾「四国の海との違いはあるんですか?」

 

薫「沖縄の海は、とても青く澄んでいて魚の動きが手に取るように分かるんだ。」

 

中沙綾「とても暑い気候というのは本当なんですか?」

 

薫「1年中真夏という訳では無いが、いつも薄着で大丈夫だったよ。」

 

あこ「良いなぁ、魚も美味しいんだろうなぁ。」

 

薫「勿論だとも。素潜りでいくらでも魚や貝が取れて、週末の夜は朝まで宴会三昧…。」

 

夏希「うわーっ!すっごく楽しそう!!」

 

薫「今でも目を閉じれば、その光景が浮かんでくるよ。三線の音色やみんなで歌い踊る姿がね……あぁ、儚い。」

 

 

--

 

 

美咲「んじゃ、最後は私だね。私がいた北海道は、とにかく北にあるだだっ広ーーーーい土地って感じだね。」

 

中たえ「北海道はでっかいどー!」

 

有咲「何だそれ…。」

 

すると沙綾が地図を持ってきた。

 

中沙綾「昔の日本地図を持ってきたから、これで大体の大きさが分かるよ。」

 

美咲「ありがと。えーっと、これが北海道で、こっちが四国だね。」

 

夏希「四国小っちゃ!っていうか北海道デカすぎだよ!」

 

美咲「んで、私の地元の旭川は、北海道っていっても街の方。観光名所は…強いて言えば動物園ぐらいかな。他は特に何も無いよ。」

 

紗夜「ドライですね…。」

 

美咲「ただね、真っ直ぐな道が私は好きだったかな。そこを走れば何処にでも行けそうな…真っ直ぐに伸びる道。私はあの道を閉ざされたく無くて戦ってたのかもしれないね…。何処にも行けなくなるのは、堪らなく…嫌だったから…さ。」

 

蘭「私達は同じだね。結局、何処へも行けなくなってしまった。」

 

薫「だが……こうしてここに来る事が出来た。」

 

蘭「そう。だから…いつか元の世界に戻ったら、今度はこの経験を活かせるかもしれない。」

 

薫は美咲を見つめて言う。

 

薫「美咲。私は信じるよ……。また、新たな道をこの手で作れる事をね。」

 

美咲「………そうだね。ここから戻ったら、未来を変える為に、きっと…何かが出来るはず。」

 

モカ「四国奪還の次は、私達の故郷を取り戻す戦いだね。」

 

蘭「そうだね。」

 

それぞれ心に秘めているものは違う。

 

だが、様々な時間を飛び越え新たな絆も生まれていた。仲間を信じ目の前の目標に向かって、勇者達は新たな戦いへと突き進んでいくのだった--

 

 

 

 



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諏訪の底力


1対多の戦闘を得意とする蘭が活躍します。


6章も1/3まで来ました。





 

 

土地の奪還を目指す勇者部一同、しかしここのところは敵の襲来も無く、穏やかな日々が続いていた。

 

 

海岸--

 

薫「海の音色が儚いね…。連戦は大変だったかが、あれから1ヶ月近く、何も無いね。」

 

香澄「のんびり出来て良いですよね。」

 

中沙綾「香澄、薫さん、パン食べます?」

 

香澄「やったぁー!食べる食べる!…もぐもぐ。うーん、相変わらずさーやのパンは美味しいね!」

 

薫「沙綾ちゃんが作るパンは本当に美味しいね。私もいただくよ。」

 

中沙綾「作ると言えば、例のアレはどうなったんだろうね。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

蘭「レタス、玉ねぎ、ほうれん草、トマト、インゲン、茄子…ピーマンにししとう…大根、ブロッコリー、トウモロコシ。」

 

何やらぶつぶつと蘭が虚空を見ながら呟いている。

 

ゆり「ら、蘭ちゃんは育てたい野菜でも口にしてるの?」

 

りみ「大丈夫なのかな。いつもの蘭ちゃんじゃないけど…。」

 

モカ「あらら〜。これは禁断症状だね。蘭は畑耕してないとああなっちゃうんだよ。」

 

そこにたえがやって来る。

 

中たえ「そんな農業王にお知らせだよ。畑の許可が降りたから自由に使って大丈夫だって。」

 

その言葉を聞いた瞬間に、蘭の目に光が戻る。

 

蘭「本当!?」

 

中たえ「うん。大赦関係者に話つけてきたから、思う存分どうぞ。」

 

モカ「蘭、やったじゃーん。」

 

蘭「これでみんなに美味しい野菜を食べさせられるよ。」

 

そう言って蘭はモカを連れて畑へと駆けて行った。

 

 

---

 

 

その頃、山道では有咲に夏希、あこ、燐子が山登りをしていた。

 

あこ「ん?連絡だ…。あっ、らんらんが畑を手に入れたって。」

 

燐子「美竹さん大喜びでしょうね…ふぅ、ふぅ…。」

 

有咲「大丈夫か、結構歩いたから疲れたんじゃない?」

 

燐子「大丈夫…です。私も勇者の端くれですから…足腰を鍛えないと…。」

 

あこ「さっすがりんりん!下山までもうちょっとだよ!」

 

有咲「山だと一層元気だよなー。いつも思うけど、あこと燐子がゆりとりみに被る時があるんだよな。

 

夏希「あっ、それ分かります。ゆりさんとりみさんがあこさんと燐子さんに見える事あります。雰囲気的に。」

 

有咲「姉妹みたいな雰囲気…だからか?」

 

あこ「あことりんりんは仲良しだからね!もしかしたら姉妹に生まれ変わってるかも。」

 

燐子「だとしたら…嬉しいね。」

 

有咲「本当に仲良しだ…ん?何だか嫌な風が吹いてきた。急いで戻るぞ。」

 

夏希「完成型ってそんな事まで分かるんですか!」

 

有咲達は下山を急いだのだった。

 

 

---

 

 

畑--

 

蘭「うん、良い感じの畑だよ。土も最高。」

 

するとりみの端末から"木霊"が飛び出してきた。

 

りみ「何だか木霊が嬉しそう。いつもより元気だよ。」

 

蘭「精霊にも分かるんだね。ここが最高の畑だって。」

 

ゆり「モカちゃんも一緒に耕すの?」

 

モカ「え?私はー…あっ、神託だ。」

 

その内容にモカが驚いた。

 

モカ「えっ、三方向から同時攻撃!?そのうちの1つが凄い速さでこっちに向かってるよ。」

 

それと同時に警報も鳴った。

 

蘭「異常事態だね。冷静に対処しよう。」

 

ゆり「頼りにしてるよ。モカちゃん、落ち着いて状況を分析して。」

 

モカ「今神託を受けてます。」

 

ゆり「いきなりの敵襲には驚いたけど、今はモカちゃんが神託を受けてるから待ちましょう。」

 

りみ「そうだね。準備運動して待ってるよ。」

 

そこに神託を受け終わったモカがやって来る。

 

モカ「すぐここに敵が来るから迎撃準備をお願いします。他の区域は、他のみんなに任せて…。」

 

蘭「分かった。モカはたえと安全な所に避難して。」

 

モカ「大型みたいだから気をつけて。」

 

中たえ「私も戦えたら良いのになー。あれ以来幾ら念じても端末出てこないし。」

 

ゆり「よし、みんな行きましょう!」

 

ゆりの掛け声を合図に3人は変身した。

 

 

---

 

 

樹海--

 

あこ「あっ、友希那さん達だ!おーい!こっちだよー!」

 

友希那「あこ、燐子、市ヶ谷さん、海野さん。何とか間に合ったみたいね。」

 

有咲「急いで下山して正解だったな。やっぱり敵襲だった。」

 

友希那「すぐ戦いになるわ。」

 

夏希「間に合って良かった。」

 

友希那「神託が無かったから油断してたわ。点呼1。」

 

燐子「こちらが攻めてたとは言え…相手が攻めて来る事もありますからね…点呼2。」

 

あこ「切り替えていこう!点呼3。」

 

夏希「同感です!点呼4。」

 

小沙綾「私とおたえは鍛錬する為に集まっていたので、丁度良かったと切り替えます。点呼5。」

 

小たえ「点呼6ー。リサ先輩がさっき言ってた情報だと、相手は足が速いバーテックスだから…。」

 

有咲「全員が集まるのは難しいか。私たちだけでやるしかないな。点呼7、以上。」

 

この箇所は7人で防衛していく事となる。

 

友希那「リサは避難出来たかしら…。」

 

有咲「心配ならさっさと敵を倒せば問題なし!」

 

友希那「……そうね。市ヶ谷さんの言う通り。」

 

そこへ敵影が近付いてきた。

 

友希那「みんな、行くわよ!奇襲が無駄な事を教えてあげましょう。」

 

 

--

 

 

小沙綾「敵、沈黙しました。」

 

有咲「"大型"でも1体だけなら大した事無いな。」

 

小たえ「他の場所でもみんな頑張って戦ってるかな?」

 

小沙綾「多分ね。近くにいるなら加勢に行けるんだけど、目視出来ないからかなり遠い所にいるんだろうね。」

 

あこ「仲間を信じようよ。みんななら問題無い筈だからさ。」

 

友希那「そうね、あこ。」

 

 

---

 

 

一方畑にいた3人はというと、

 

大型の敵に加え、星屑や魚の新型がうじゃうじゃ出てきていた。

 

ゆり「よいしょっ!」

 

ゆりは大剣を振り回して広範囲を攻撃する。

 

蘭「まるでプロペラだ…。敵が細切れになっていく。」

 

りみ「ここは通さないよ!」

 

りみはワイヤーで敵を切断していく。

 

蘭「敵が豆腐みたいに切れていく…。」

 

だが敵が減る気配は無く、湯水の様に湧いて出てくる。

 

ゆり「ってまた出てきた。りみ、こうなったらアレをやってみよう。」

 

りみ「良いの、お姉ちゃん!?」

 

ゆり「大丈夫。」

 

りみ「わ、分かったよ。」

 

するとりみはワイヤーでゆりの足を縛り--

 

りみ「ええーーーーいっ!!!」

 

そのままゆりを振り回したのだ。

 

ゆり「これが姉妹の合体技!!牛込っ!!」

 

りみ「だ、大車輪!!」

 

遠心力とリーチが更に加わり、広範囲に敵を薙ぎ倒していく2人。

 

蘭「凄い……。さすが姉妹の力。」

 

ゆり「まだまだ!どんどん来ーーーい!」

 

 

---

 

 

浜辺--

 

2カ所で戦闘が起こっている中、浜辺では穏やかな時間が流れていた。

 

香澄「あっ、美咲ちゃん!こっちこっち!」

 

美咲「戸山さん。ここは風が気持ちいいね。」

 

香澄「今みんなでまったりしてるから、美咲ちゃんもどう?」

 

美咲「良いねぇ。ご相伴にあずかろうかな。」

 

中沙綾「挨拶がわりのパンはどう?」

 

薫「海を見ながらみんなで食べるパンは美味しいよ。元が美味しいから尚更だね。」

 

美咲「では、いただきまーす。うん、甘ーい。」

 

そこに高嶋と紗夜もやって来た。どうやら散歩をしている様だ。

 

薫「ここは本当に勇者がよく現れる場所だね。」

 

香澄「そうだね。有咲や友希那さんもここでよくトレーニングしてるよね。」

 

高嶋「紗夜ちゃんもたまには散歩しないとね。」

 

紗夜「ついゲームばかりしてしまうから、誘ってくれるのは嬉しいです。」

 

2人は香澄達には気づいていないようだった。

 

美咲「なんか邪魔するのも悪いね。」

 

その時、沙綾と薫が敵の気配を感じる。

 

中沙綾「っ!?この感覚は……敵!?」

 

薫「海が、哭いているね……。」

 

みんなは変身し、樹海へと急いだ。

 

 

---

 

 

樹海--

 

美咲「のんびり浜辺で過ごしてたのに、敵の急襲なんて…。」

 

高嶋「急だったからびっくりしたよね。みんなが近くにいて助かったよ。」

 

香澄「さーやから神託が聞けたから心の準備が出来たね。」

 

高嶋「勇者なのに巫女も出来るなんて、山吹さんは凄いな!」

 

香澄「そうだよ。さーやは凄いんだから!」

 

中沙綾「香澄、褒めてくれるのは嬉しいけど、恥ずかしいよ。」

 

沙綾の顔が赤くなった。

 

美咲「状況を分析するに、私達だけで迎え撃つしかないみたいだね。」

 

遠くから敵がこちらに向かって来ている。

 

薫「私達が抜けてしまったら、神樹様へ辿り着いてしまう。合流は考えずにここを守るしかないね。」

 

中沙綾「多分、みんなもこんな感じでそれぞれ戦いが始まってると思う。」

 

紗夜「この前の戦いではパーティを分けずに済みましたが、とうとう分割する時が来たんですね。」

 

敵がみんなの視界に入り、それぞれが迎撃準備を開始する。

 

香澄「よーしっ、私達は、負けないよ!!」

 

 

--

 

 

香澄「ふーっ。案外簡単だったけど、何だかまだ敵の気配が残っているような…。」

 

中沙綾「っ!?香澄、またあっちから敵が!」

 

沙綾が指差した方向を見ると、向こうからぞろぞろと小型バーテックスの集団が近付いて来ていた。

 

香澄「よーし、高嶋ちゃん行こう!」

 

高嶋「うん!敵が集団でもずらっと並んでいればぁ…いくぞ!」

 

高嶋「勇者……ラッシューーー!!」

 

高嶋の切れ目の無い連続攻撃が、小型バーテックスを次々に倒していく。

 

紗夜「嵐の様な攻撃…。さすが高嶋さん。」

 

香澄「じゃあ、空飛んでる敵は私が!勇者……アッパーーー!!」

 

中沙綾「飛んでる敵に攻撃した…。さすが香澄だね。」

 

美咲「お見事!敵さん完全にいなくなったよ。」

 

高嶋「ふぃーーっ、動きが早くて大変だったね。紗夜ちゃん平気?」

 

紗夜「こちらは大丈夫です。高嶋さんも無事で良かった。」

 

中沙綾「私達はそれなりに人数がいたけど…他は大丈夫かな?友希那さん達は平気だと思うけど。」

 

香澄「ゆり先輩達の所は人数少ないんだよね。すぐ助けに行こうよ。」

 

中沙綾「…そうだね。おたえは戦えないから、助けに行かないと。」

 

沙綾と香澄は行こうとするが、薫が待ったをかけた。

 

薫「すぐ駆けつける事には同意するが…なに、大丈夫だよ。」

 

美咲「ん?どうしてですか?」

 

薫「ゆりやりみちゃんは強いよ。それに蘭ちゃんだっている。心配は無いさ。」

 

そう話す薫はとても落ち着いていた。

 

美咲「それはそうですけど、でも戦いは数ですよ数。って事で早く助けに行きましょう。」

 

薫「ふふっ……。」

 

そんな美咲の姿を見て、薫は笑った。

 

美咲「何ですか、急に?」

 

薫「いや…美咲からそんな言葉を聞けて嬉しいよ。」

 

美咲「元が冷たい人間だったみたいに言うのはやめて下さい。まぁでも、そうですね…。美竹さん達の危機だって思うと、かなり焦る自分がいますよ。焦りは禁物だけど……焦っちゃう。……弱くなっちゃったかな、私。」

 

そんな美咲の肩に薫は手をおいて話す。

 

薫「…そんな事は無いさ。それは、強くなった証拠だよ。」

 

美咲「え?」

 

薫「その気持ちを大切にしつつ、戦いに影響しないようにコントロールする事だよ。美咲なら出来る筈さ。」

 

美咲「………分かった。強くなったんなら問題無しです!さぁ、助けに行きましょうか。」

 

6人は蘭達の元へと急いだ。

 

 

---

 

 

牛込姉妹、蘭サイド--

 

ゆり「はぁ、はぁ、ひとまず片付いたかな。」

 

りみ「はぁ、ふぅ、どうなんだろう。もう無我夢中だったから。」

 

蘭「…遠くの方に敵が見えます。すぐ来ますけど、一息ならつけそうですよ。」

 

ゆり「だってさ。ちょっと休めるよ。」

 

りみ「良かったぁー。」

 

2人は地面にへたり込んだ。

 

蘭「ここのところ、みんなで戦ってたから3人だともの寂しい感じですね。」

 

ゆり「あはは…蘭ちゃんは余裕だね。本当に頼もしいよ。りみ、大丈夫?」

 

りみ「うん。体は平気だけど、1体も討ち漏らせないからプレッシャーが凄いよ。みんながいる時はフォローし合えたけど。」

 

緊張感は思っているより疲労を蓄積させるものである。

 

りみ「やっぱり1人で戦ってきた蘭ちゃんを見てると心強いなって思うよ。」

 

ゆり「そうだね。」

 

蘭「…今から不謹慎な事言いますね。」

 

蘭が唐突に話し出した。

 

蘭「今、キツい状況にあるけどある意味良かったって思ってます。」

 

ゆり「どうして?」

 

蘭「ここが大変な分、他の人達の危険が減るって事だから。」

 

りみ「っ!」

 

蘭「自分の所は自分が頑張れば良いだけだけど、他がキツくて助けに行けない時は辛いから…。」

 

ゆり「そういう考え方か。なるほどね。」

 

りみ「やっぱ蘭ちゃんは凄いよ。私も頑張る!」

 

蘭「だけど、この考え方でいくと戦える筈なのにまだ神樹様に温存されてるたえとかは、凄く辛い筈だよね。」

 

ゆり「そうだね…。あの時以来端末が現れないって言ってたし、巫女の2人も…。」

 

蘭「私達が大怪我して戻って来た日には気持ちが沈むと思うよ。何にも出来ない自分が歯痒いって。だから何が言いたいかって言うと、勝つだけじゃなくて大怪我もやめようって事かな。」

 

りみ「うん!」

 

ゆり「そうだね。みんなの為にも怪我なんて出来ないよ。」

 

そして敵が動き出した。

 

ゆり「っ!よし、休憩終わり。もう一踏ん張りだよ!」

 

りみ「頑張ります!!」

 

蘭「ここは通さないから!」

 

 

--

 

 

3人は敵の数を減らしていくが、物量に押され対処が難しくなってきていた。

 

ゆり「くっ!数が多過ぎる…。」

 

りみ「カバーしきれないよ…。」

 

だが、こんな時でも蘭は冷静だった。

 

蘭「ゆりさん、りみ、2人は少し下がっててください。」

 

ゆり「急にどうしたの!?」

 

蘭「このままだと2人の身が持ちません!私が何とかします!」

 

りみ「蘭ちゃん1人で大丈夫なの!?」

 

蘭「任せて、アレを使うから。2人を巻き込みたくない。」

 

2人に訴えかける蘭の目は真剣だった。その思いを汲んだ2人は蘭に任せ、後方へと下がる。

 

蘭(ありがとうございます、ゆりさん。)

 

蘭「行くよ……"(さとり)"!」

 

蘭が叫ぶと黄色い猿が現れた。

 

"覚"--

 

 

"悟り"とも言われる妖怪の一種であり、人の心を読む事が出来る。所構わず人の心を読んでしまうので、周りに仲間がいると、仲間の心も読んでしまう。その為連携には不向きな精霊である。そして蘭は外界からの情報を断つ為に目を瞑って鞭を振り回した。

 

りみ「凄い…。まるで相手が何処にいるか分かってるみたい…。」

 

ゆり「さすが1対多で戦い抜いてきただけはあるね…。私達がいたら邪魔になっちゃうよ。」

 

蘭は目を瞑ったまま、敵の攻撃を避けつつ攻撃を加え、隙を見て通り抜けそうな敵から殲滅していった。

 

蘭(……これは…?)

 

蘭は"覚"の能力をフルに活用して全ての敵を殲滅したのだった。

 

 

--

 

 

りみ「凄い…あっという間に全部倒しちゃった。」

 

ゆり「そうだね…。」

 

2人は蘭の戦いを呆気に取られながら眺めていた。

 

蘭「はぁ、はぁ……ふぅ。さすがにこれで打ち止めかな…。」

 

だが、そこへ更に大型バーテックスが3体出現したのである。

 

ゆり「ここに来て大型が3体…キツイね……。だけどこんな所で諦める訳にはいかないよ!」

 

りみ「そうだよ…挫けるもんか!」

 

蘭「そうだね、りみ……ゆりさん。勇者は……挫けない!」

 

バーテックスが3人に襲いかかろうとしたその時だった--

 

 

 

?「勇者パーーーーーンチ!!!!」

 

突然の攻撃で大型バーテックスは仰け反ってしまう。

 

ゆり「あれは…。」

 

りみ「香澄ちゃん…!」

 

香澄達海岸で戦ってた組が間に合ったのだった。

 

香澄「ゆり先輩、りみりん、蘭ちゃん、大丈夫!?」

 

ゆり「香澄ちゃん…ナイスタイミングだよ。」

 

そして、

 

友希那「覚悟しなさい、バーテックス!」

 

友希那達の組も合流したのだった。

 

友希那「美竹さん達大丈夫?」

 

蘭「……遅いですよ。」

 

友希那「これでも急いで駆けつけたのだけれど。」

 

蘭「でも、助かりました。ありがとうございます。」

 

2体の大型が仰け反るも、もう1体がりみへと迫っていた。

 

りみ「…来るっ!」

 

そこへりみを守る勇者が1人、

 

あこ「あこが守るっ!!安心して、りみ!」

 

りみ「あこちゃん…ありがとう。」

 

そして次々に勇者達が大型へと攻撃を開始した。

 

有咲「邪魔だぁ!!」

 

薫「吹き飛べっ!!」

 

りみ「有咲ちゃんも、薫さんもありがとう。」

 

有咲「りみ、大丈夫だったか!?良く頑張ったな。……よくもやってくれたな、覚悟しろ!!」

 

すると、敵は勝てないと悟ったのか融合を開始したのである。

 

美咲「大きくなったからって負ける気はしないよ!」

 

薫「三方向からの奇襲…中々考えた様だが、これで終わりだよ。バーテックス……儚く散るがいい!!」

 

勇者達の一斉攻撃により"融合型"は瞬く間に殲滅されたのだった。

 

 

---

 

 

畑--

 

香澄「3人とも大丈夫だった?怪我とかは無い?」

 

ゆり「大分疲れたけど、平気だよ。ね、りみ。」

 

りみ「うん!みんなが駆けつけてくれたしね。」

 

香澄「良かったぁー。ホッとしたよ。」

 

香澄は胸を撫で下ろした。

 

りみ「私、今回の戦いで、また少し自分に自信が持てた気がするよ。」

 

そこにたえとモカもやって来た。

 

中たえ「それを修羅場をくぐったって言うんだよ。」

 

りみ「おたえちゃんにモカちゃん。」

 

モカ「蘭結構怪我してるねー。ココとか。」

 

蘭「平気だよこれくらい。」

 

モカ「本当に?」

 

蘭「本当だよ。さて、と。」

 

美咲「帰って寝る?」

 

蘭「いや、耕すよ。」

 

そう言って蘭は鍬を手に持った。

 

美咲「今から!?」

 

蘭「目の前に畑があるからね。」

 

モカ「本当…蘭はブレないなー。」

 

美咲「確かに。それじゃあ手伝うよ。」

 

高嶋「せっかくだし私も手伝っちゃうよ!」

 

夏希「私も!」

 

ゆり「私は寝る……って言いたいところだけど、まだ体が動きそうだから手伝うとしますか。」

 

りみ「私も手伝うよ。」

 

小沙綾「美竹さん、青葉さんに心配かけない様に強く振舞って…。」

 

有咲「勿論それもあると思う。だけど、あれは素の様な気もするけどな。」

 

友希那「牛込さん姉妹の底力は凄いという事が改めて分かったわね。そして美竹さん…。」

 

友希那(さすが諏訪を1人で守ってきた勇者だわ…。あなたと肩を並べて戦える事を誇りに思う。)

 

友希那「どんな作物が育つか楽しみだわ。」

 

3人の凄さを改めて知った勇者達は蘭の畑を一生懸命に耕すのであった。

 

 

 



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大橋の決戦

四国奪還は次のステージへと進みます--




 

 

勇者部部室--

 

勇者達はリサに呼ばれて全員が集合していた。

 

友希那「リサ、これで全員集合したわよ。」

 

リサ「よし。前回は奇襲に頭を悩ませたけど、今回はちゃんと神託があったんだ。」

 

モカ「しかもとっても重要な神託。」

 

リサ「瀬戸大橋の手前にかなり大きなバーテックスの巣があるって事。」

 

モカ「そしてそこを倒せば、香川のほぼ全域が解放出来るんだって。」

 

香川が一気に解放出来るとあって、勇者たちは騒めき立った。

 

高嶋「香川が一気に全部!それは凄いよ!」

 

中沙綾「とうとうここまで来たんだね。」

 

小沙綾「でも今度の敵はきっと強い力を持ってるのかな…。」

 

リサ「ここを解放出来れば神樹様の力が一気に高まって、新しい力を手に入れられるんだって。」

 

モカ「どんな力かはまだ分からないんだけどね。」

 

有咲「それで、戦いの時はいつなんだ?」

 

リサ「次の満月の前後だよ。あくまで前後だからみんな準備しといてね。」

 

小沙綾「瀬戸大橋の戦い…。この御役目も必ず成し遂げないと。」

 

みんなはそれぞれの思いを胸に、解散したのだった。

 

 

---

 

 

寄宿舎、沙綾の部屋--

 

小沙綾「決戦を前に何をするべきか…。私は普通に日常を過ごすのもありだと思うんだ。正確には"思うようになった"かな。2人のお陰でね。」

 

小たえ「いつも通り過ごせば心身リラックスするもんね。そんな訳で、今日はお料理教室だよ。」

 

夏希「たえが料理を教わる側だからね。そこんとこを心得ておくように。」

 

小たえ「はい先生方、不束者ですが、宜しくお願いします。」

 

夏希「と言っても焼きそばとか作るの簡単だから、サクッと行きますか。」

 

こうして沙綾の部屋での料理教室が開催される。

 

小沙綾「じゃあまず…。」

 

小たえ「そばをこんがり焼くんだね。」

 

夏希「違ーう。キャベツを切るんだよ。」

 

料理教室は慌ただしく続いていく--

 

 

--

 

 

何とか焼きそばの完成に漕ぎ着け、試食係として紗夜が招かれていた。

 

小たえ「完成ー。焼きそばたえスペシャルだよ。」

 

夏希「じゃあ紗夜さん、試食をお願いします。」

 

紗夜「私はこういう系統の食べ物には少々うるさいですよ。…もぐもぐ。…うん、美味しいですね。」

 

小たえ「やったぁー!2人が教えてくれたお陰だよ!」

 

夏希「3人揃えば無敵って事だな。何でも出来る!」

 

その時、端末のアラームが鳴った。

 

小沙綾「さぁ出撃だね。夏希の言う通り、3人の力を存分に発揮しよう。」

 

勇者達は瀬戸大橋の戦いへと臨む--

 

 

---

 

 

樹海--

 

蘭「ここが噂のバーテックスの巣か…。」

 

小たえ「うーん。バーテックスの巣とは聞いてたけど、見渡す限りの敵、敵、敵。」

 

夏希「こんな数の星屑見たこと無いな。」

 

ゆり「字面は綺麗なんだけど、実際は地獄絵図だよね。」

 

りみ「私はこんな光景でも、何だか平気になってきた自分がいるよ…。」

 

美咲「巣…なるほど巣窟か。星屑以外にも小型バーテックスもいるね。」

 

紗夜「悍ましい……。何匹いようとも絶やします。」

 

燐子「紗夜さん…大型が控えている可能性があります…。」

 

紗夜「了解です。それを踏まえて戦うわ。」

 

夏希「よーし!地元補正が私にはある!やってやる!」

 

小沙綾「夏希!実際はそういうのは無いから気をつけて!」

 

友希那「よし、みんな行くわよ!」

 

全員「「「おーー!!!」」」

 

 

--

 

 

勇者達は星屑へと立ち向かっていく。

 

有咲「こんのぉ!!殲滅!殲滅!!はぁ、ったく、こいつら何匹いるんだよ、キリないぞ!切っても切っても湧いてくる!」

 

薫「…ふっ!……はっ!!」

 

有咲と対照的に薫は黙々と星屑を倒していく。

 

有咲「ホントに無心で戦うよなー。なんていうか機械的に捌いてる。」

 

薫「肉体と海を同化させるイメージだよ。そうすれば勝手に体が動いてくれる。こういう戦いで有効さ。」

 

高嶋「沖縄の武術?」

 

薫「我流だよ。海が語りかけてくるからその声に従うんだ。」

 

有咲「……でも、これちょっとおかしくないか?」

 

香澄「そうだね。倒しても倒しても目に見える光景が全く変わってないよ。」

 

香澄の言う通り、目の前の星屑は減るどころか数が全く減っていないのである。

 

りみ「まだまだ体は動くけど、本当に減っているかは怪しくなってるよ。」

 

小沙綾「倒してるんだからいつかは果てが来ると思うけど…。」

 

夏希「しかぁし沙綾!勇者は頭脳も使わないといけないって訳で。ほら、前に倒した敵を吐き出す大型がいたよね?そんな感じの生産ユニットを倒さないと終わらないんじゃない?」

 

小沙綾「夏希……凄いよ!成長してる!」

 

紗夜「確かに…生産ユニットという考え方は分かりやすいですね。」

 

燐子「敵はここで…私達を消耗させる作戦かもしれません…。」

 

ゆり「なら少しキツくても突破して進んでみる事にしましょうか。」

 

小たえ「賛成です。なんか嫌な感じがしますし。」

 

蘭「確かに。奥からなんか熱量を感じるよ。」

 

一抹の不安は感じるものの、勇者達は星屑を倒しながら奥へと進んでいく--

 

 

--

 

 

星屑を倒しながら進んでいく勇者達、奥に進んで行く程に星屑に混じって"飛行型"や"防御特化型"のバーテックスも混ざってきていた。

 

友希那「奥に行けば行く程にバーテックスが巨大化している…。」

 

中沙綾「このまま進んで行けば、敵の生産ユニットがあるのかな…。」

 

あこ「でもなんだか敵が襲ってこなくなったよ。」

 

美咲「確かに。なんか誘い込まれてるような……ね。」

 

燐子「っ!?み、皆さん…後ろを見てください…!」

 

燐子の声で勇者達が後ろを振り返ると、退路がバーテックスで埋め尽くされ、引き返せなくなっていたのだ。

 

紗夜「いつのまにこんな…。」

 

美咲「どうする?今ならあの壁も薄いから、強引に突破出来ると思うけど…。」

 

蘭「ここは前に進もう。この熱量…親玉がいるよ。」

 

美咲「ホントに行くの!?」

 

香澄「ドキドキするけど…私達がやらなきゃ。だって…。」

 

高嶋「勇者だから!だもんね。」

 

紗夜「これが香川奪還のラストミッション……。」

 

美咲「コンティニューは出来ないよ?」

 

紗夜「正直、怖いです…。でも、高嶋さんやみんながいるから……。」

 

あこ「そうだよ!みんながいるから怖いものも怖くない!やってやるよー!!」

 

美咲「……私も腹括った!やりますか!」

 

香澄「美咲ちゃんも勇者だよ!怖いのは当然なんだから。」

 

ゆり「それでも征くって言ったんだから、あなたも勇者。」

 

美咲「あはは。1人で逃げても結末読めてるしね。」

 

小たえ「進んでこその突破口だね。行こう!」

 

燐子「この精神力…間違いなく友希那さんの子孫です。」

 

それぞれの決意を胸に、勇者たちは最奥へと辿り着く。

 

 

---

 

 

有咲「さて、敵地の奥の奥まで来てみたら…遂に出てきたな。」

 

香澄「うわぁああ…大きなバーテックスが数体いて…。」

 

高嶋「更に大きなバーテックスが奥にいるよ…。」

 

ゆり「誰がどう見ても1番奥の"超大型"のバーテックスが親玉だね。」

 

美咲「あれを倒してさっさと帰りましょうか。さて、どう攻めるか…。」

 

その時、美咲が何かを見つける。

 

美咲「あれ?なんか蠢いてない?」

 

なんと"超大型"から"大型"のバーテックスが生まれているのだった。

 

燐子「以前倒した"大型"は"小型"を生み出していましたが…この"超大型"は"大型"を生み出す…という事でしょうか…。」

 

夏希「あれを真っ先に倒さないとヤバイんじゃないか?」

 

中沙綾「そうだね。時間をかけるだけこっちが不利になる一方だよ。」

 

友希那「だけど"超大型"に辿り着く前に"大型"が邪魔ね…。」

 

薫「ふっ、簡単な話さ。この前出来た事を、またやれば良いんだよ。部隊を分けて敵に当たろう。」

 

そう言って薫は前に出た。

 

薫「私が"大型"を引き受けよう。みんなは奥へ行ってくれ。」

 

ゆり「薫…。」

 

薫「私が体を張る時が来たようだ。是非頼ってくれないか?」

 

香澄「いくら薫さんでも1人じゃ無理だよ!」

 

美咲「しょうがない、同じ助っ人枠として私も頑張りますか。」

 

そう言って美咲も前へ歩みを進める。

 

高嶋「それなら私だって残るよ!私は戸山ちゃんとタイプが同じだから二手に分かれるなら別れた方が良いでしょ。」

 

紗夜「なら私も残ります。」

 

部長であるゆりは少し考え、決断をした。

 

ゆり「……分かった、部隊を割りましょう。誰か後方支援も残って。」

 

燐子「なら私と…。」

 

あこ「あこが残るよ!」

 

ゆり「夏希ちゃんと有咲ちゃんも残ってもらえる?」

 

有咲「敵の親玉相手に暴れたいけど、部長の命令なら仕方ない。」

 

夏希「任せてください!」

 

友希那「みんな、気をつけて。」

 

美咲「親玉相手の方が大変でしょう?早く行って!」

 

友希那「分かった…。みんな、仲間を信じて先に進みましょう!」

 

小沙綾「夏希、また後でね。」

 

夏希「あぁ、また後で。」

 

有咲「さて、こいつらさっさと片付けるぞ!香川の解放戦最終局面、気合い入れててけぇ!!」

 

薫、美咲、高嶋、紗夜、有咲、夏希、燐子、あこの8人が残り、友希那、香澄、ゆり、りみ、中沙綾、小沙綾、小たえ、蘭の8人が奥へと進んで行った。

 

 

--

 

 

友希那サイド--

 

友希那「…後ろは激戦になってるでしょうね。だけど、みんななら大丈夫。」

 

蘭「そうですね。だからこっちも全力を尽くしましょう。」

 

香澄「ゆり先輩、チーム分けって何か理由があるんですか?有咲達が残りましたけど。」

 

ゆり「あっちは見た事がある敵が多いから。だけど敵の数が半端じゃないから。ひたすら攻めてくるだろうね。だから残った方はガッツ重視の編成。一方のこっちは初めて見る親玉に備えての閃き重視編成って事。」

 

香澄「なるほど…。」

 

小たえ「もしかして当てにされてる?」

 

ゆり「超当てにしてるよ。」

 

小たえ「プ、プレッシャーだ…。」

 

小沙綾「おたえはいつも通りで良いんだよ。」

 

 

---

 

 

薫サイド--

 

残った勇者達はこれまで戦ってきた"新型"や"飛行型"、"防御特化型"、そして"大型"と激闘を繰り広げていた。

 

燐子「あこちゃん…今度は右に敵が動いてくよ。」

 

あこ「了解!薙ぎ払ーーう!」

 

あこは旋刃盤を飛ばして"大型"の触手を切り飛ばしていく。

 

有咲「ったく…。あらかた倒したと思ったけど、やっぱりどんどん湧いてくるな。」

 

薫「親玉の救援に向かわせず、こちらで引き受ければ良いよ。」

 

美咲「ふぅ…。大変な任務の連続だけど…はっ!…背中を預けられる仲間がいる事は良いね。」

 

薫「まったくだ…はっ!!」

 

有咲「おりゃあ!!…は…ははっ。なんか段々笑えてきた。血の滲む努力で身につけた戦闘技術がこんな所で役立ってるんだからな。」

 

高嶋「おりゃあ!!勇者、パーーンチ!!」

 

高嶋は"防御特化型"に鉄拳を繰り出すが、あまりダメージは通っていない。

 

高嶋「んー。実際のバーテックスと比べて神樹様の中のバーテックスはどうも堅い様な…。」

 

あこ「そんな事は無いんじゃない?」

 

高嶋「私の拳が関係してるのかな?まぁ良いや!ガンガン行くよ!せいやー!!!」

 

夏希「来い!!ここから先は絶対に通さないからな!行くぞ!"鈴鹿御前"!!」

 

夏希は"鈴鹿御前"を憑依させ、宙に浮かぶ1振りの斧で"飛行型"を、手元の双斧で"大型"へと果敢に攻め立てていた。

 

夏希(沙綾、おたえ、こっちは頑張ってるからな…。そっちも頑張れ!)

 

 

--

 

 

友希那サイド--

 

ゆり「しかし防戦ばっかりだったから、こうして攻めるのは斬新だね。」

 

香澄「ある意味勇者らしい行動ですけど、初めてですよね。」

 

そして、遂に最深部の"超大型"の元まで辿り着く。

 

友希那「こいつさえ倒せば香川が解放される…。」

 

りみ「本当に大きな敵…。ゾクゾクしてくる。造反神の一部なのかな、お姉ちゃん。」

 

ゆり「どうだろう…。いつもの如く謎だらけだから。そもそも造反神はどうして反乱したんだろう?」

 

小たえ「迷惑な話だよねー。…と思いながらも。」

 

中沙綾「こんな不思議な体験が出来ているのはある意味、造反神のお陰なのかもね。」

 

蘭「そうだね…。私と湊さんが会えたのも…そう。」

 

友希那「そうね。」

 

ゆり「元々は味方の神樹様な訳だし。憎みきれない所もあったりね。」

 

香澄「でも、相手は倒さないといけない。御役目はしっかりやるよ!」

 

そして、"超大型"バーテックスが動き出す。

 

友希那「全員配置について、戦闘準備よ。用心して……何をしてくるか分からないわ。」

 

勇者達はそれぞれ武器を構えた。

 

友希那「みんなと一緒にリサ達の所に戻る!やるべき事をやってね。」

 

香澄「造反神…勇者パンチをお見舞いするよ!」

 

中沙綾「夏希とまた会えた…。それは感謝してるけど、御役目御役目…。」

 

小沙綾「みんなとなら、御役目を果たせる…。山吹沙綾、頑張るよ!」

 

小たえ「夏希も頑張ってる。私も頑張るよー!」

 

りみ「どんな敵でも戦える!ちょっと怖いけど…大丈夫!」

 

ゆり「みんなで力を合わせて頑張りますか!」

 

蘭「いつも通りにやるよ!」

 

友希那「行きましょう!香川奪還最終ミッションよ!!」

 

 

--

 

 

小たえ「行くよ!"鉄鼠"!!」

 

友希那「来い!"義経"!!」

 

2人は精霊を憑依させ"超大型"目掛けて突貫する。

 

中沙綾「後方は私達に任せて!」

 

小沙綾「敵の攻撃は私達が弾きます!」

 

2人の沙綾は伸びてくる触手を的確に弾いていく。

 

香澄「全力勇者キーーーーック!!」

 

ゆり「そおらぁーー!!」

 

その隙に香澄が飛び蹴り、ゆりが大剣を真上から叩き下ろし攻撃する。

 

 

--

 

 

勇者達の怒涛の攻撃で"超大型"が沈黙する。

 

ゆり「やった!?」

 

りみ「お姉ちゃん、それはフラグだよ…。」

 

だが、"超大型"は再び動き始める。

 

小沙綾「でも、もう瀕死だと思います。」

 

中沙綾「後一押し!沙綾ちゃん続いて!」

 

中学生沙綾が狙撃し、続けざまに小学生沙綾が矢を打ち込んだ。

 

蘭「敵が怯んだ所に、ありったけの鞭を打ち込む!みんなはトドメの火力の準備を!」

 

友希那「行くわよ、戸山さん!!」

 

香澄「はい、友希那さん!!」

 

蘭がタイミングを見計らって叫んだ。

 

蘭「今だよ!!」

 

友希那「香川を…みんなの土地を返してもらうわ!!」

 

香澄「みんなのお陰でここまで来れた。ありったけの力で行くよ!!」

 

友希那「一閃八艘飛び!!!」

 

香澄「勇者………パーーーーンチ!!!」

 

2人の渾身の一撃が"超大型"に炸裂し、"超大型"の体が崩れていく。

 

りみ「バーテックスが…崩れていく。」

 

ゆり「さすがは香澄ちゃんだね!」

 

そこに足止めしていた薫達が合流してきた。

 

高嶋「みんなー!助けに来たよ…って、もう倒しちゃってる。」

 

夏希「さすが沙綾達だ。駆けつける必要も無かったね。」

 

小沙綾「あれ、また会ったね夏希。」

 

夏希「あははは!お互いしぶといね。」

 

 

--

 

 

小たえ「良かったよ。これで香川も一気に解放だね。」

 

夏希「そういえば、この世界で私の家ってどうなってるんだ?」

 

友希那「その辺りはややこしくなるから、当人達は家に行かない方が良いわ。」

 

みんなが勝利を喜ぶ中、樹海化が解け始める。

 

ゆり「樹海化が解けていく…。みんな、お疲れ様!ありがとね。」

 

 

---

 

 

瀬戸大橋--

 

美咲「ふぅー。帰ってきたぁ。今回もまぁ無茶したよねぇ。」

 

蘭「勇者ってものは無茶して最後には勝つんだよ。」

 

友希那「瀬田さん、敵大部隊の足止め助かったわ。」

 

薫「みんなのお陰で役目はこなせたよ。…どうやらリサ達も来たようだね。」

 

リサ「みんなお疲れ!これで香川全部と愛媛の一部が取り戻せたよ。」

 

中たえ「"超大型"を倒したんだよね?凄いよ。」

 

小学生組が大橋を感慨深く眺めているのにモカが気付いた。

 

モカ「どうしたの?」

 

小沙綾「大橋が…見えてるんですけど、は、破壊されてるんです。何で!?」

 

小たえ「この世界の大橋だけ特別なの?それとも現実の大橋も…。」

 

中たえ「現実の大橋も破壊されてるんだ。でも、世界は無事だったんだ。」

 

神世紀298年--

 

 

後に大橋の戦いと呼ばれる激戦によって瀬戸大橋は大破してしまう。だが、沙綾とたえは自らを犠牲にして世界を救ったのである。

 

中たえ「みんなは御役目をやり遂げた。だから大丈夫。揺らぐ事は無いんだよ。ね、沙綾。」

 

中沙綾「そうだね。あの日々は私の誇り。心配するのも当然の光景だけど、大丈夫だよ。」

 

夏希「そっか…それなら良いか。」

 

小たえ「自分がそう言ってるんだからセーフ。」

 

紗夜「これで神樹様が新しい力を得る…筈でしたね。どんな力なのでしょうか?」

 

有咲「確かそんな事言ってたな。」

 

リサ「端末に通知が来る筈なんだけど…。」

 

ちょうどそのタイミングで端末に連絡が入る。

 

中沙綾「今来たよ。」

 

香澄「本当だ。アプリに新しい機能が追加されたみたい。」

 

中学生たえも端末を確認するが、何故かたえだけはメンテナンス中だった。

 

あこ「確かにボタンが増えてる。ボタンが増えると押したくなるよね。」

 

あこがボタンを押すと、突然あこの姿が消えてしまった。

 

燐子「…あれ?あこちゃんが…消えた!?」

 

 

--

 

 

あこ「あれ?ここ何処!?」

 

ボタンを押した瞬間、あこは別の場所へと転送されてしまったのである。

 

あこ「あれ?でも、この景色見た事あるよ…。」

 

周りに広がるのは一面のミカン農園。

 

あこ「ここは………愛媛だ!!!」

 

みんなの活躍で香川と愛媛の一部を取り戻した勇者部一同。残りの土地を取り戻す為、勇者達の戦いは次なるステージ、愛媛へと移る--

 

 

 



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故郷への情熱

香川の次は愛媛へと入っていきます。


そして、次回謎の人物の正体が明らかに--




 

 

"超大型"バーテックスを打倒した勇者部一同。それにより、香川と愛媛の一部の地域が解放される。そして新しく追加されたボタンをあこが押した瞬間、あこは一瞬で愛媛へと飛ばされてしまったのだった--

 

 

---

 

 

瀬戸大橋--

 

燐子「…あれ?あこちゃん…!?き、消えちゃいました…。」

 

友希那「アプリの新しいボタンを押した途端、あこが消えてしまったわ…。」

 

リサ「ちょっと待って、今アプリの説明を読むから。」

 

美咲「こういうのにも取説用意してくれるって、大赦って人たちも変なところで律儀だね。」

 

リサは説明書を読んでみんなに新機能の説明を始める。

 

リサ「この新機能"カガミブネ"は、特定の場所同士を一瞬で行き来する、いわゆるテレポート機能なんだって。」

 

モカ「出発地点と到着地点が解放されていて、出発地点に巫女がいれば、瞬間移動出来るみたい。」

 

蘭「なんだかハイテクな時代になったもんだね。」

 

その時、みんなの端末にあこから連絡が入った。

 

あこ「もしもし、あこだよ。なんか分かんないんだけど、あこは愛媛にいるんだよ!」

 

リサ「実はね…。」

 

リサはあこに"カガミブネ"の説明を行った。

 

 

--

 

 

あこ「す、すごい!テレポート!?あこはどうすればいいの!?こっちには巫女がいないから"カガミブネ"を使えないよ!」

 

リサ「じゃあ私が迎えに行くよ。」

 

だが、友希那は待ったをかける。

 

友希那「待ってリサ。マップで見る限り、あこがいる場所は未開放地域のすぐ傍…リサが行くのは危険だわ。」

 

紗夜「宇田川さんが自力で戻れば良いんじゃないかしら。」

 

あこ「えー。大変だよ…。」

 

紗夜「勇者の身体能力なら、1時間も掛からないでしょう…。登山よりも楽だと思いますけど。」

 

あこ「同世代組が冷たい!もーーー、あこ超特急で走って帰る!」

 

そう言い残して連絡は切れてしまった。

 

友希那「未開放地域を通るのなら、1人は危険ね…。念の為に私も迎えに行くわ。」

 

燐子「私も行きます…。」

 

紗夜「まったく…手間がかかりますね。私も行きましょう。」

 

高嶋「もっちろん私も行くよ!」

 

友希那「ゆりさん達は先に戻って大丈夫よ。」

 

ゆり「分かった。友希那ちゃん達が行ってくれるなら安心だよ。」

 

こうして、西暦組はあこを迎えに愛媛へと向かった。

 

 

---

 

 

愛媛--

 

燐子「あっ、あれ…あこちゃんです!」

 

遠くから走ってくるあこを燐子が見つける。

 

あこ「あっ、みんなー!」

 

友希那「っ!?」

 

その時、友希那は何者かの視線を感じて後ろを振り返った。

 

友希那(…何だか視線を感じたのだけれど…気のせい………?)

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

あこ「ただいまー。帰ってきたよー。」

 

ゆり「よかった。これで勇者部全員揃ったね。」

 

帰ってくるなり、あこはみんなに愛媛のミカンをお土産に配り始める。

 

燐子「これは…この上品な甘みとコク…!砂漠に湧き出る水源の様に細胞を潤す果汁…!間違いなく愛媛のミカンです…。」

 

夏希「うわぁ、これ甘くって美味しい!」

 

勇者達はミカンを食べながら、今後の事について話し合った。

 

リサ「ひとまず、香川の全地域を取り戻せたのは大きな成果だね。神樹様からの神託があったんだけど、香川の次は愛媛を奪還せよ、だって。」

 

中たえ「だからあこが愛媛に飛ばされたんだね。」

 

小たえ「神樹様もせっかちだよね。」

 

小沙綾「勇者の身体能力があれば、愛媛まで走って数10分で行けるけど…。」

 

中沙綾「緊急事の時間的な問題や、体力の消耗を考えれば…。」

 

小沙綾「この"カガミブネ"はとってもありがたいよね。」

 

モカ「"カガミブネ"は巫女も使えるみたいだし、早く走れない私でもすぐに愛媛に行けるよ。」

 

有咲「でも、戦闘地域に巫女を連れて行くのは賛成出来ないな。」

 

薫「有咲ちゃんの言うとおりだ。……だが、巫女がいないと"カガミブネ"は使えない…。」

 

中沙綾「私が同行してるから、その点では心配ないよ。」

 

りみ「そっか、沙綾ちゃんは巫女の素養もあるんだったね。」

 

小沙綾「次の奪還場所は愛媛…。戦いの場所の情報が欲しいですね。」

 

そこへリサへ神樹様からの神託が告げられてきた。

 

リサ「……!神託が来たよ。愛媛奪還の第一戦。」

 

あこ「よしっ、あこテンションMAXだよ!!」

 

燐子「私も…!」

 

2人の故郷である愛媛奪還という事もあり、いつも以上に気合が入っていた。

 

香澄「あこちゃんと燐子さんの故郷だもんね。私達も全力で手伝うよ!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

高嶋「愛媛って言っても、戦う場所は樹海だから、あんまり変わった感じはしないね。」

 

小沙綾「敵に関して言えば、前よりも"新型"が増えてる気がします。」

 

あこ「ん?あれは…。今までに見た事ない敵もいるよ。」

 

夏希「とりあえず殴ってみましょう!!」

 

そう言って夏希は攻撃する。が、その瞬間、バーテックスが爆発したのである。

 

小沙綾「バーテックスが爆発した!?夏希!!」

 

夏希はかろうじて爆発に巻き込まれずにすんでいた。

 

夏希「あ、危なかったぁ…。あと一歩踏み込んでたら、直撃してたよ…。」

 

小沙綾「もう…びっくりさせないで、夏希!」

 

夏希「ごめんごめん!ま、この私が沙綾達を残して戦闘不能になる訳にはいかないしね。」

 

紗夜「どうやら近付くと爆発するタイプの敵のようですね…。」

 

燐子「"爆発型"…ですね…。でしたら、その"爆発型"には私たち飛び道具組が担当します…。」

 

"爆発型"に対しては燐子、美咲、沙綾2人が対応する事となった。

 

ゆり「お願いね。他のみんなは、敵が4人に近付かないよう守って。」

 

友希那「愛媛奪還の第一戦、行くわよ!!」

 

全員「「「おーーーーっ!!!」」」

 

 

 

 

?「…………。」

 

 

 

 

小たえ「………。なんか視線を感じるなぁ。」

 

友希那だけで無く、たえも勇者達の戦いを見つめる何者かの視線を感じ取っていた。

 

夏希「どうした、おたえ?」

 

小たえ「なんだか見られてる気がする。遠くから…誰かに…。」

 

夏希「遠くから?…私達とバーテックス以外、誰もいないよ。気のせいじゃない?」

 

小たえ「うーん、そうなのかなぁ…。」

 

 

--

 

 

あこ「はぁ、はぁ…結構倒した筈なのに、全然敵が減ってないよ!」

 

紗夜「むしろ増えているようにも見えます…。」

 

中沙綾「もしかしたら、敵の中に親玉がいてそれが増やしてるのかもしれない。」

 

友希那「ならその親玉を討ち取るしかないけれど、いったいどこに…?」

 

周りを見回しても、それらしい敵を見つける事は出来ない。だが、たえが1つの仮説を考える。

 

小たえ「"爆発型"が沢山集まってる所にいるんじゃない?」

 

燐子「なるほど…花園さんの言う通りだと思います…。親さえいればいくらでも"爆発型"を増やせるのなら…"爆発型"を親の周りに配置して守ろうとするはず…。」

 

中沙綾「敵の集団がより厚くいる場所が怪しいって事ですね。」

 

友希那「多少のダメージは仕方ない…。"爆発型"の群れを突破して、中心にいる親玉を倒しましょう!」

 

燐子「お願いします…!こちらも精一杯、援護します!」

 

 

--

 

 

勇者達は"爆発型"の爆発により、多少のダメージは受けたものの、遂に敵の親玉を突き止める。

 

有咲「見つけた!アイツだな!」

 

香澄「あ、ホントだ!"爆発型"が生まれてきてる!」

 

だが"爆発型"は勇者達の予想を超える勢いで増え続けていた。

 

りみ「あっという間に親玉が覆い尽くされて見えなくなっていくよ…。」

 

美咲「"爆発型"が生み出されるペースが速すぎる。厄介だよこれ。」

 

薫「ならばそれ以上に早く倒すだけさ…。」

 

有咲「良い事言う!こっちはあらゆる時代から、これだけの勇者が集まってるんだ!手数で負ける筈がない!私達の力、見せてやるよ!!」

 

ゆり「初めて来た時は"私1人で充分!"って言ってた有咲ちゃんが、"私達"って言うなんてね…。」

 

有咲「ちょまっ………!戦闘中に気合が削がれる事言うなぁ!!」

 

ゆり「それはともかくとして、力任せに突っ込むだけじゃ被害が大きくなるかもしれない。1人で突出し過ぎない事。けど、まとまり過ぎないようにね。爆発で一網打尽にされちゃうから。」

 

友希那「そうね…。なら少人数で分かれて、お互いのフォローをしながら戦う形で行きましょう。」

 

小たえ「あとは状況次第で臨機応変にね。」

 

あこ「あこの旋刃盤の錆にしちゃうんだからね!」

 

 

--

 

 

あこ「これでトドメだぁ!行くよ"輪入道"!」

 

あこは精霊"輪入道”を自身に憑依させ、燃え盛る旋刃盤で親玉であるバーテックスを燃やし尽くす。

 

あこ「見たかっ!造反神の手先め!」

 

燐子「やったね、あこちゃん…。これで"爆発型"の増産も止まりました。」

 

りみ「今のがこの地域を支配しているバーテックスだったら、ここも解放される筈ですよね…?」

 

薫「……まだだよ、りみちゃん。油断は禁物だ。まだ不穏な気配が消え去っていないよ。」

 

蘭「そうですね…確かに樹海化も解けない。でも敵の姿も見えません。」

 

紗夜「巫女なら何か分からないかしら?」

 

そのタイミングでリサから連絡が入る。

 

リサ「もしもし、友希那!?まだ戦いは終わってないよ!」

 

友希那「やっぱり…。」

 

リサ「もうすぐ、そこの地域を治めている真の親玉バーテックスが現れるよ!」

 

その瞬間、樹海全体が揺れる。

 

夏希「うわわ、地震!?」

 

薫「いや…ただの地震じゃない…。これは………来る!」

 

揺れがおさまり、目の前に真の親玉であるバーテックスが現れたのである。

 

美咲「うっわー…ずいぶんと強そうなのが出てきたね……。」

 

夏希「今までどこに隠れてたんだ、こんなデカいバーテックス!」

 

あこ「こいつが正真正銘、ここの大ボスだね!あこたちの愛媛を返してもらうよ!!」

 

勇者達は戦闘に入った。

 

 

---

 

 

香澄「いっくよー!!」

 

高嶋「ダブル勇者ーーーーー!!」

 

香澄・高嶋「「キーーーーーーーーーック!!!」」

 

2人の香澄が渾身の蹴りで吹き飛ばし、

 

紗夜「はあぁぁぁぁぁ!」

 

"七人御先"の力で7人に分身した紗夜が大葉刈で斬りかかる。

 

あこ「トドメ行くよ、りんりん!」

 

燐子「行くよ…あこちゃん…!お願い、"雪女郎"!」

 

2人の炎の旋刃盤と、冷気を纏った矢の攻撃により、親玉バーテックスは沈黙する。

 

香澄「ふぅー…。これで今度こそ、この地域は解放だね!」

 

あこ「でも愛媛は広いから、まだまだ先は長いなー。」

 

燐子「大丈夫だよ、あこちゃん…。みんなで頑張っていけば、すぐだよ…。私達には…こんなに沢山一緒に戦ってくれる人がいるんだから…。」

 

あこ「りんりん……。そうだね!」

 

 

---

 

 

?「なるほどねー。香川を解放したのはまぐれじゃないんだね。次は私が相手をしてあげるよ……あはは。胸が高鳴るなぁ。」

 

 

そう言い残して消えていった謎の少女--

 

 

その顔は2人の香澄と瓜二つの顔をしていたのである--

 

 

 

 



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3人目の香澄

勇者達の前に現れたのは3人目の香澄だった--

彼女は果たして敵か味方か--




 

 

勇者部部室--

 

中たえ「愛媛奪還第一戦、勇者部大勝利おめでとう!」

 

リサ「みんなお疲れ!ご飯を作って待ってたよ。」

 

香澄「やったぁー!もうお腹ペコペコだよ。」

 

みんなはリサ達の料理に舌鼓を打った。

 

リサ「じゃあみんな食べながらで良いから聞いて。まず、愛媛での初戦は私たちの勝利だよ。だけど、今後は愛媛への敵陣営へ攻撃を仕掛けつつ、香川の防衛もしていかなきゃならない。」

 

香川を守りつつ、愛媛を奪還していく。攻めと守りの両立、ここからが本当に難しくなっていくところである。

 

あこ「難しいほど燃えるよ!ご飯食べたら早速次へ攻め込もうよ!」

 

夏希「先陣はこの夏希にお任せを!」

 

リサ「落ち着いて、あこ。それに夏希も。攻撃を仕掛けるのは、神託が降りてからだよ。ひとまず、それまではしっかり休憩をとってね。」

 

燐子「…攻撃と防御の両立……。」

 

 

--

 

 

燐子は1人部室に残って、今後の為の作戦を呟きながら考えていた。

 

燐子「愛媛は土地が広いから…拠点との距離に問題が…。うーん、"カガミブネ"には山吹さんがいるから…。」

 

そこへ有咲が入ってくる。

 

有咲「何やってるんだ?1人で部室に残って。」

 

燐子「市ヶ谷さん。愛媛の土地を調べてたんです…。敵陣地を知る事は、戦いの役に立つと思ったので…。市ヶ谷さんこそどうしてここに…?」

 

有咲「ロードワークが終わって帰ろうとしたら、部室の窓に人の姿が見えたから。……そうか、じゃあ私も手伝うよ、愛媛の事を調べるの。」

 

燐子「でも、トレーニングが終わったばかりで疲れてませんか…?」

 

有咲「心配すんな。ロードワークなんて、準備運動みたいなものだから。」

 

燐子「凄いですね…。市ヶ谷さんの基礎体力の高さは、やっぱり抜きん出てますね。」

 

有咲「完成型勇者だからな。」

 

燐子「ふふっ…。前から思ってましたけど、市ヶ谷さんは"完成型"って言葉にこだわってますよね…。」

 

有咲「まあな…色々あったから、勇者になるまで。」

 

燐子「色々…ですか?」

 

有咲「この立場を……勇者を目指していたのは私1人じゃなかった。その人達の分まで背負ってるから。」

 

燐子「市ヶ谷さん…。」

 

有咲「さっ、この話はもう終わり!愛媛の地図と地形図はコレか?」

 

燐子「はい…!じゃあ、宜しくお願いします!」

 

2人は友情が深まりつつ、作戦を考えていくのだった。

 

 

---

 

 

翌日、沙綾宅にて--

 

香澄「さーやの部屋に来るのって、久しぶりな気がする!」

 

中沙綾「前に来た時からそんなに時間経ってないよ。」

 

香澄「でも、さーやの家に来るのも、こうしてさーやと2人だけで過ごすのも、久しぶりに感じるよ。」

 

中沙綾「そうだね。もしかして、前よりも色んな人が周りにいて、色んな事が起こったからかもね。」

 

香澄「バーテックスとの戦いとか?」

 

中沙綾「それもあるけど…勇者の人達が沢山いて、最近は毎日お祭り騒ぎみたいだからかな。」

 

香澄「ねぇ、さーや。四国を取り戻したら、色んな所に行ってみようよ!」

 

中沙綾「凄く楽しそう!私も色んな所を自分の足で歩いて回ってみたいし。」

 

香澄「早く四国を取り戻そうね!でも、無理はしないでよ。何かあったら、私がさーやを守るから。」

 

中沙綾「香澄……。」

 

中沙綾(いつも無理してるのは香澄の方だよ。私は…いつも香澄に守られてる。だから、今度は私が……。)

 

香澄「どうしたの、さーや?」

 

中沙綾「ううん。私だって、香澄に何かあったら……何も無くても守るから。」

 

香澄「ありがとう、さーや!お互いに守って守られて、だね。」

 

 

---

 

 

同時刻、牛込宅にて--

 

友希那「ゆりさん達やみんなには本当に感謝してるわ。最近紗夜が前よりも生き生きしてる気がするの。」

 

ゆり「それなら私だって友希那ちゃんに感謝しないと。有咲ちゃん、友希那ちゃんと鍛錬してる時楽しそうにやってるから。」

 

友希那「私も市ヶ谷さんと鍛錬するのは楽しいわ。全力で模擬戦が出来る相手は滅多にいないから。」

 

ゆり「ふふっ、2人はそういうところで似てるよね。」

 

そこへりみがやって来た。

 

りみ「友希那さん、お姉ちゃん、もう結構遅い時間だけど…友希那さん、泊まっていくんですか?」

 

友希那「ええ。今日はそうさせてもらうわ。」

 

りみ「ゆっくりしていってください。それじゃあ、お休みなさい。」

 

そう言って、りみは自分の部屋に戻っていった。

 

友希那「ゆりさんは本当に妹が大切なのね。」

 

ゆり「当然。たった1人の家族だから。さーて、リーダー同士の話し合いを続けましょうか。」

 

友希那「ええ、そうね。」

 

そして2人もゆりの自室へと戻り、夜中まで語り明かすのだった。

 

 

---

 

 

翌日、樹海--

 

勇者達は愛媛奪還の為、今日も戦っていく。だが、樹海には以前と同じ--

 

いや、それ以上に何者かの視線が強く感じられているようだった。

 

友希那(またね……視線と気配を感じる。バーテックスとは、違う何かの…。)

 

 

--

 

 

あこ「あーもう!前回より敵が多いししつこい!そりゃーーーっ!!」

 

有咲「2戦目だ、相手もこれ以上陣地を奪われまいとか思ってるん……だろっ!!」

 

出てくる敵は大して強くは無いものの、何故か敵は他の勇者を無視して沙綾を狙い続けていた。

 

薫「おかしい……沙綾ちゃんばかり狙われている。」

 

ゆり「っ!?」

 

香澄「私もそう思う。てやああっ!!さーやは私が守る!」

 

中沙綾「どうして私が…。」

 

燐子「もしかして々巫女だからではないでしょうか?私達の移動手段である"カガミブネ"の要である巫女がいなくなれば…戦略上、圧倒的に有利ですから。」

 

小沙綾「でも、何でそんな急に…まるで人間が考えた様な戦い方を…。」

 

 

その時、何者かの声が樹海に響き渡る--

 

 

?「それはね……私が命令してるからだよ。」

 

りみ「今の声って、香澄ちゃん…?って、ええ!?」

 

その場にいた全員が驚愕する。目の前にいたのは戸山香澄、高嶋香澄、2人の香澄と瓜二つの少女だったのだから。

 

紗夜「そんな……。」

 

?「ばぁーん。みんな、初めまして、だね。」

 

高嶋「3人目!?」

 

?「どうだろうね?」

 

美咲「また香澄が増えたって感じ!?でもなんか…。」

 

謎の少女は不敵な笑みを浮かべる。

 

美咲「ああいう笑みはねぇ…ヤバイ笑みなんだよねぇ。敵だからこそ笑ってるパターンあるよ、これ。」

 

?「じゃあ、後は宜しくねぇ。」

 

そう言い残し、謎の少女は何処かへ飛び去ってしまった。

 

蘭「ちょっと!結局誰だったの!?」

 

謎の少女の最後の言葉で、バーテックスの大群が再び攻めて来た。

 

ゆり「まずはこのバーテックスの大群を倒すのが先だよ!その後であの子を探しましょう!」

 

 

--

 

 

幸いバーテックスは大した強さも無く、勇者達はこれを殲滅し終える。

 

?「凄いねぇ。やっぱり簡単には無理か。」

 

再び謎の少女が勇者達の前に現れた。

 

有咲「さっきのバーテックスの群れ、アンタの指示に従ってるように見えた…。アンタ、一体何者だ?」

 

有咲の問いかけに対し、謎の少女は語り出す。

 

?「あっ、自己紹介がまだだったね。」

 

赤嶺「私の名前は……赤嶺香澄だよ。」

 

有咲「アカミネ…?アカミネって赤い山の嶺で赤嶺なのか!?」

 

有咲はその苗字に聞き覚えがあったのだ。

 

赤嶺「そうだよ。大赦ではそこそこ有名な家だよね。そこの赤嶺さん家の香澄だよ。」

 

中沙綾「香澄だけど…香澄じゃない。」

 

紗夜「似てるけど、高嶋さんでは無い…。」

 

香澄「こ、こんにちは。戸山香澄です。」

 

赤嶺「うん。…ある意味、私の後輩だね。宜しく…戸山ちゃん。」

 

香澄「後輩?」

 

赤嶺「私はさ…神世紀の序盤の時代から召喚されたから。」

 

続けて高嶋香澄も自己紹介をした。

 

赤嶺「高嶋さん…。あなたは先輩。あなたがいなければ私は…私達はいなかった。会えて嬉しいな。」

 

高嶋「えっ?そ、それってどういう事?子孫…とか?」

 

赤嶺「子孫じゃ無いよ。でも、同じ香澄。逆手を打って生まれたからね。そういう名前になるんだ。」

 

有咲「ちょっとこんがらがってきた…。分かるように説明しろよ。」

 

赤嶺「うーん…説明はあんまり得意じゃないんだよね。擬音が入りそうで…。」

 

小たえ「色んな時代の人が入り混じって、何だかややこしいね。」

 

夏希「おたえもややこしくしてる要素の1つだよ…。」

 

美咲「…ズバリ聞くけどさ、赤嶺さん家の香澄さん。あなた、味方か敵かどっち?」

 

ゆり「直球!?」

 

美咲「私分かっちゃうんだよ。攻撃を仕掛けて来ようとする意思みたいなのがさ。」

 

その問いかけに赤嶺香澄は驚く真実を口にする。

 

赤嶺「………敵だよ。私は造反神側の勇者だから。」

 

小沙綾「っ!?造反神も勇者を召喚出来るの!?」

 

赤嶺「出来るみたいだね。だって、造反神も元々は神樹の一部だったんだから。」

 

燐子「確かに…それはあり得ます。」

 

赤嶺「じゃ、自己紹介は終わり。戦闘、再開だよ。」

 

赤嶺が指を鳴らすと、三度バーテックスの大群が襲いかかってくる。

 

りみ「また来たよっ!」

 

ゆり「取り敢えず、今はこのバーテックスを倒して、あの子を追うわよ!」

 

 

--

 

 

友希那「くっ、今度は"防御特化型"に"爆発型"の大群ね…。」

 

燐子「"爆発型"は"防御特化型"を巻き込んで爆発してくるつもりです…!まずは"爆発型"から先に倒します!」

 

そう言って燐子、美咲、2人の沙綾、そして"七人御先"を憑依させた紗夜が"爆発型"を殲滅していく。

 

友希那「紗夜の"七人御先"なら爆発に巻き込まれても、すぐ復活するから問題なく倒せるわね。」

 

夏希「やっぱ、紗夜さん凄いや…。ゲームだったらあんな能力は完全にチートだよ。」

 

残りのメンバーは友希那、薫、有咲、2人の香澄を中心に"防御特化型"を1体づつ確実に殲滅していった。

 

 

--

 

 

友希那「赤嶺さん。愛媛に着いてからずっと視線を感じてたわ。あれはあなたなの?」

 

赤嶺「あ……英雄の花園様だ。…おっと、この時代のあなたはまだ湊友希那だったっけ。」

 

友希那「答えて。」

 

赤嶺「そうだよ。あなた達が香川を奪還したって聞いてね。私が行かなきゃって思ったから。」

 

紗夜「本当に敵なんですね…。」

 

赤嶺「そうだよ。私は造反神側の勇者。だから造反神の作ったバーテックスも操れる。」

 

燐子「造反神が暴れ回れば、神樹様がバラバラになって…四国が滅びるかもしれないんですよ…!?」

 

赤嶺「勿論知ってて味方してるよ。私の時代ならではの事情があってね。」

 

赤嶺は淡々と話し続ける。

 

赤嶺「今の説明だと難しいかな。えーと、私の時代の人なら造反神に協力する理由が分かると思う。逆に言うと、あなたたちは私の時代の人じゃないから、造反神に協力する理由を言ってもピンと来ないよ。」

 

ゆり「要するにほとんど問答無用って事?困ったね…バーテックスとなら戦えるんだけど……。」

 

勇者達はバーテックスとなら問答無用で戦う事が出来ていた。しかし、今度の相手は1人の少女--

 

1人の人間が相手になるという事である。

 

赤嶺「あれ?人間相手は不慣れかな?逆に私は対人戦の方が慣れてるんだよね。時代柄…。」

 

赤嶺から禍々しいオーラが漂ってくる。

 

赤嶺「まぁあれだよ。姿を出したのは宣戦布告と名乗りが目的だから、戦力が整うまで今は引くよ。最後のお土産は置いていくけどね。今度は"飛行型"多めに来てねー。」

 

そう言うと、空から大量の"飛行型"が飛んできた。

 

蘭「あんなに沢山……。」

 

赤嶺「それじゃあまたね。先輩に後輩--」

 

赤嶺「そして…あは、お姉様。」

 

そう言い残して赤嶺香澄は飛び去ってしまった。

 

高嶋「お、オネッ!?先輩と後輩が私と戸山ちゃんなら、誰に言ったんだろう…?」

 

薫(あの少女……私の方を向いて言っていた…?)

 

友希那「話してる場合じゃないわ。今はあの"飛行型"を掃討するわよ!」

 

夏希「頭がパンクしそうだけど、とにかくここは敵を倒せば良いんですよね?それなら任せろ!!」

 

有咲「そうだな!狼狽えるより、やる事やらないと!完成型の力を見せてやる!」

 

 

--

 

 

りみ「私が"飛行型"の動きを制限させます!その隙に皆さんは攻撃してください!」

 

そうりみが叫ぶと空中にワイヤーを網の様に張り巡らせて"飛行型"の動きを制限させる。

 

ゆり「りみが自分からこんな方法を考えるなんてね…。」

 

中沙綾「随分と頼もしくなりましたね。」

 

ゆり「そうだね。沢山の勇者と出会った事でりみの視界も広がったのかな。」

 

りみが動きを制限しているうちに、燐子、美咲、2人の沙綾が"飛行型"を狙い撃つ。

 

高嶋「よし、数が減ってきた!残りは私に任せて!!来い!"一目連"!!」

 

高嶋の隣に隻眼の精霊が現れ、憑依する。

 

香澄「風が……。」

 

すると樹海に風が巻き起こり、高嶋の手甲が強化されていく。

 

紗夜「高嶋さん…決めて下さい!」

 

あこ「行っけぇーーー、香澄ー!!」

 

高嶋「これでトドメ、タ・ツ・マ・キ勇者パーーーンチ!!!」

 

竜巻が"飛行型"を巻き込み残り全ての敵が光となり消えていった。

 

 

--

 

 

勇者達の戦う姿を遠くで赤嶺香澄は眺めていた。

 

赤嶺「さっすがバーテックスに対しては強いよねー。だけど同じ人間が相手だとどうなるかな?楽しみだよ……。」

 

 

 



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とっておきの切り札

謎が謎を呼ぶ3人目の香澄に対し、切り札が立ち上がる--

そして香澄が慕うお姉様とは……?





 

 

バーテックスを倒した香澄達は、部室に戻って早速リサに樹海であった事を伝える。

 

 

勇者部部室--

 

リサ「赤嶺香澄…。謎の存在だね…こっちが予想しなかった事態だよ。」

 

モカ「じゃあ、これからは造反神側の勇者と戦う事になるんだよね…。勇者対勇者の戦いに。」

 

夏希「バーテックスを倒すのは良いけど、対人はなぁ…どうにも…。」

 

その時、部室に一陣の風が吹き荒ぶ。

 

紗夜「っ!?何ですか!これは…まさか!?」

 

勇者達の目の前にいたのは、赤嶺香澄だった。

 

赤嶺「みんなー。もしかして私の話をしてたのかな?どうも、赤嶺香澄です。」

 

香澄「ど、どうも…って、赤嶺さん!?」

 

赤嶺「あはは。今井リサさんも見ておきたくてついて来ちゃった。」

 

赤嶺はそう言ってリサをまじまじと見つめた。

 

赤嶺「…さすが強力な伝説を残した人だね……。」

 

美咲「良い度胸してるねぇ…。この勇者だらけの部屋に単身乗り込んでくるなんて。」

 

赤嶺「あれ?もしかして私を捕まえようとしてる?無理だよ。捕まえる事は出来ない。私も攻撃意思は無いけどね。」

 

中沙綾「…どうにも分からない。敵と言いながら今はあまりあなたから緊張感が伝わってこない。」

 

赤嶺「今は戦う気無いから。私はね、試合開始ってなったら勝つ為に一生懸命になるけど…ゴングが鳴る前から襲いかかったりはしないよ。今来てるのは挨拶の続き。」

 

薫「樹海化してない今は戦闘の意思が無いと言う事だね…。」

 

赤嶺「1つ知っておいて欲しいんだけど、わたしはあなた達を倒す気はあるけど、戦闘で殺めようとは思ってない。」

 

小沙綾「私達を殺める気は無くても、神樹様が分裂してしまったら私たちには死活問題ですよ。」

 

赤嶺「……まぁ何が言いたいかって、"対人"だからって暗くならずに全力でぶつかってきてって事。」

 

赤嶺の言葉に勇者達の顔が一斉に険しくなる。

 

赤嶺「ふふふ。私が負けを認めれば、私達香澄に関する謎も造反神様の正体もぜーんぶ教えてあげるよ。だから思う存分腕を競い合おうよ?こちらの数の不利は擬似バーテックスで埋めるから。」

 

中たえ「ん?何だか不思議な人。まるで対人戦の不安を取り除くかの様に…。」

 

赤嶺「じゃあそういう事でバイバイ…次の神託の日…樹海化がゴングだよ。そしたら全力で行くから。」

 

そう言って、赤嶺が消えようとするが、

 

美咲「うん、まぁ逃がさないんだけどね。捕まえた!ほらみんなで押さえて!!」

 

美咲達は赤嶺をしっかりと逃げない様に捕まえるのだが--

 

赤嶺「だから無理なんだってば。戦いの決着はしっかりと樹海でつけようよ。じゃあね。」

 

赤嶺の周囲に風が巻き起こり、赤嶺に逃げられてしまった。

 

紗夜「また突風!?しっかりと足を掴んでたのに逃げられました…。」

 

ゆり「嵐の様に去っていったね…。一体なんだっていうの?」

 

 

--

 

 

ゆり「それじゃあ赤嶺香澄に関しては、樹海で捕まえて話を聞くという事で対応しましょう。」

 

友希那「分かったわ。それが最善でしょうね…。今、細かい事を考えていても仕方ないわ。」

 

有咲「敵であるという事は間違いないんだろうけど、一応香澄な訳だし…非道って感じには見えなかった。」

 

蘭「早めに捕獲して、色々と教えてもらうしかないでしょ。」

 

香澄「私達に関する謎だって、高嶋ちゃん。」

 

高嶋「何なんだろう、気になるね戸山ちゃん。」

 

夏希「どーんと構えてるあたりさすがだよね。沙綾、私達も香澄さん達の力になろう!」

 

小沙綾「それは勿論…。夏希、赤嶺…さんは競い合おうと言ってきた。だから遠慮はしなくて良いからね。」

 

夏希「ああ、ぶつかっていくよ。私に対してそんな心配する必要ある?」

 

小沙綾「夏希は優しいから……。」

 

夏希「沙綾…。照れるなぁ、大丈夫だって。」

 

美咲「私なんか敵である以上、気にせず槍を連射しちゃうけどなー。ねぇ、薫さん?」

 

美咲が薫に話かけたが、薫は考え事をしており、美咲の声かけに気付く事がなかった。

 

美咲「ん?変な薫さん。」

 

 

---

 

 

寄宿舎、高嶋香澄の部屋--

 

高嶋の部屋に友希那が来ている。どうやら心配して訪ねてきたようだった。

 

友希那「本当に大丈夫、香澄?自分と似た人が敵として現れて。」

 

高嶋「驚いたけど、赤嶺ちゃん悪い人には見えないし、何だか私に懐いてた気もするよ。」

 

友希那「……香澄は本当に優しいわね。」

 

高嶋香澄のその誰とでも分け隔て無く接する事が出来る優しい心が取り柄であり強さである。

 

 

---

 

 

同時刻、牛込宅--

 

同じ様に、ゆりも香澄の事を心配して家へ招いていたのだった。

 

ゆり「香澄ちゃん、大丈夫?もう1人、香澄ちゃんに似た人が現れたけど。」

 

香澄「色々と気にはなりますけど、友達になれる気もしますし大丈夫です!」

 

ゆり「そっか…。それが香澄ちゃんらしいね。」

 

 

---

 

 

翌日、勇者部部室--

 

神樹からの神託があり、勇者達は今まさに樹海へと移動を開始するところであった。

 

ゆり「さあみんな、出撃準備は良い?愛媛奪還作戦の新たなラウンド開始だよ。」

 

紗夜「いつでも行けます。…赤嶺香澄…高嶋さんに似た人への攻撃は気が進まないですが。」

 

リサ「神託は激戦を予想してるから、気を付けてね。」

 

香澄「ありがとうございます。行ってきます!」

 

そして勇者達は樹海へと転送されていく。

 

リサ「もどかしいね、たえ。戦いたいのに戦えないのは。」

 

中たえ「うん。でも、香澄は気にしてない雰囲気を出してるけど、赤嶺香澄の事が気になってると思うんだ。」

 

リサ「そうだね…。」

 

中たえ「力になってあげたいのになー。私本当に緊急時の切り札なのかな?」

 

夏希を助けて以降、変身出来ずみんなの帰りを待っているだけの状態。更にそこへ赤嶺香澄の出現。たえの不安は一層膨らんでいった。

 

 

---

 

 

有咲「さぁさぁ、花咲川中学勇者部が来たぞ!赤嶺香澄ぃ!いざ勝負!!」

 

しかし赤嶺香澄の声は聞こえず、有咲の声だけが樹海にこだまする。

 

燐子「…?赤嶺さんがいませんね…。何かの作戦なんでしょうか?」

 

すると樹海の奥から赤嶺では無く、バーテックスの群れが現れた。

 

中沙綾「これが敵の第一陣って事?」

 

友希那「消耗させてから本命が来るつもり…?確か数の不利はバーテックスで埋めると言っていたわね。」

 

紗夜「どの道敵は倒さなければなりません。行きましょう!」

 

友希那「そうね。みんな、ここは私と紗夜が相手をするわ。」

 

友希那はなるべく戦力を削らない様にする為に、最小限の人数でバーテックスを殲滅するつもりでいた。

 

ゆり「分かった。でも危ないと思ったらすぐに参戦するからね。」

 

友希那「……ええ。行くわよ、紗夜。」

 

紗夜「たまの共同戦線も良いでしょう。」

 

2人は見つめ合い、少し微笑んで飛び出していった。

 

 

--

 

 

友希那「はああああっ!!」

 

紗夜「せやっ!!」

 

2人は互いに背中合わせで敵を斬り伏せていく。

 

友希那(この世界に来て、仲間と共に戦う事の大切さを学んだ…。互いに支え合う事で、力が何倍にも膨らんでいく事が分かる。)

 

紗夜(私を必要としてくれる人…信頼してくれる人がいる…。私は今、その人達の力になりたいと心から思える。…この世界も案外悪い事ばかりじゃないわね。)

 

夏希「凄い……。互いの息がピッタリと合ってる…。」

 

小沙綾「そうだね…。声かけ無しでアイコンタクトのみでお互いの死角をカバーしてる…。」

 

小たえ「私達もこんな風な絆を築いていきたいね…。」

 

小学生組は2人の戦う姿に見とれていた。

 

高嶋「紗夜ちゃん………。」

 

紗夜が笑顔で戦っている姿を高嶋は涙目で見ている。

 

 

--

 

 

ゆり「倒したけど、また敵が出てきた!?」

 

友希那「……おかしいわね。倒しても倒しても赤嶺香澄が出てこない。」

 

美咲「これって…消耗以外の何かがあるよね。私の勘だけど。」

 

薫「それはありえるよ…美咲の勘は結構当たるからね。」

 

燐子「消耗以外の何か……ま、まさか…!」

 

美咲の言葉で燐子は最悪の展開に気付く--

 

 

---

 

 

同時刻、勇者部部室--

 

中たえ「みんなは大丈夫かなー。なんか凄く嫌な予感がするんだよね。」

 

リサ「大丈夫だよ。なんたって西暦の風雲児たる友希那がいるんだから。」

 

その時、部室に衝撃が走り、周りが煙に包まれた。

 

モカ「いきなり何!?」

 

リサ「これは…敵襲!?激戦って言う神託が出てたけど、まさかここが直接狙われるなんて……。」

 

赤嶺「ふふふ、作戦成功ーっ。本命はこーっち。今頃、あっちは慌ててると思うよ。」

 

煙の中から出てきたのは赤嶺香澄だった。

 

モカ「か、香澄という名前の人がこんな作戦を使ってくるなんて…。」

 

赤嶺「予め言っておいたと思うんだ。闘いのゴングが鳴った以上は…戦闘が始まった以上は…。もう何でもありで攻撃するって。さぁみんな出てきて出てきて。」

 

赤嶺がそう言うと、部室に擬似バーテックスが現れたのである。

 

 

---

 

 

同時刻、樹海--

 

赤嶺が部室を襲撃したと同じ頃、燐子も同じ答えに辿り着いていた。

 

小沙綾「なるほど…。敵の狙いが本拠地への奇襲である可能性……。もし本当なら急いで戻らないと。」

 

勇者達は部室へ戻ろうとするも、この中で唯一"カガミブネ"が使える沙綾を集中的に攻撃され部室に戻れる状態では無かった。

 

香澄「さーやに近づくなぁ!!勇者ぁ、パーンチ!!」

 

中沙綾「確かに危機的状況だけど…私達だって無策だった訳じゃないよ。拠点を空に出来るのはこっちにだって"切り札"があるから!」

 

そう、勇者部のみんなは部室に残っている"切り札"に希望を託していたのだ--

 

 

---

 

 

同時刻、勇者部部室--

 

赤嶺「さぁて、一気に…嵐のように攻めるよーっ!」

 

リサ「……っ!?」

 

 

その時だった--

 

 

中たえ「そうは……させないよ!!」

 

赤嶺「っ!?」

 

リサとモカの前にたえが立ち塞がった。

 

赤嶺「あなたに何が出来るの?」

 

中たえ「出来るんだな、それが。」

 

たえの手に握られていたもの、それは勇者システムの端末だったのである。

 

中たえ「たった今、勇者への変身が可能になったんだよ。」

 

赤嶺「えぇ……それはびっくりだね。」

 

リサ「緊急時の切り札……ここで発動って事だね。」

 

中たえ「私に任せて!久しぶりにいくよ!」

 

たえは端末のアプリを起動して勇者装束を身にまとう。

 

赤嶺「たかだか1人、バーテックスで押し流しちゃうよ。それいけ!!」

 

赤嶺の号令を合図にバーテックスが一斉にたえに襲いかかってくる。

 

中たえ「部室はみんなの拠点なんだよ。その周囲を荒らそうなんて。…ここから、出て行けー!!」

 

たえの嵐のような槍捌きでバーテックスは一瞬にして消滅してしまう。

 

赤嶺「っ!?うわぁ。あっという間に…全滅した。」

 

リサ「これほどとは……圧巻だね。切り札と呼ぶに相応しいよ。」

 

赤嶺「なるほど…1人の戦力を見誤ってたね…。それ以外は上手くいってたのに。」

 

そこへ樹海でバーテックスを倒し終えた勇者部が戻ってきた。

 

蘭「みんな、無事!?モカ!!」

 

モカ「蘭!」

 

友希那「リサ…。良かったわ。」

 

赤嶺「戻ってきたか…しょうがない。最大戦力プラスの…私自身で相手だよ。」

 

夏希「おぉっ!また変身出来たんだね。やっぱカッコいいなー。」

 

中たえ「待たせてごめんね。これからは私も一緒に戦うから。」

 

薫「こちらも最大戦力で相手出来そうだ。赤嶺香澄…捕獲させてもらうよ。」

 

勇者達と赤嶺は再び樹海へ消え、勝負を始めるのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

中たえ「せいやーー!!」

 

赤嶺「うわっ!!」

 

中たえ「どう?これが私達の力だよ!」

 

赤嶺「はぁ…今回はダメだねぇ。お見事だよ。」

 

ゆり「随分と神妙にしてるね。本当あなたの作戦には肝が冷えたよ。」

 

赤嶺「でも負けたよ。さすが現実でも勇者をやってた人間は手強いね。」

 

紗夜「その口ぶり、あなたは違うのですか?私達と似たような服を着ているのに。」

 

赤嶺「私は勇者服を着て戦ってたタイプじゃないんだ。神樹様から直接力を貰ったというか。湊友希那さん達なら分かるかも。初めて勇者の力に目覚めた時、力が湧いてきたよね?」

 

友希那「ええ。その力で私達は危機を切り抜けて、島根から香川まで戻ってこれたのだから。」

 

赤嶺「私はそういう力で戦ってたから…本来勇者服は無いんだ。この服はこっちの世界に召喚された時に造反神が用意してくれていたものだよ。」

 

薫「…一体君は何者なんだい。赤嶺と言えば沖縄で見かける事が多い苗字だが。」

 

赤嶺「そうだよ…。赤嶺は元々は沖縄の人間。赤嶺家はかつて、沖縄を脱出する時にある勇者に守られ無事港を出て、四国へと逃げ延びた……。その時に守ってくれた勇者の名は、瀬田薫……。あなたなんですよ、お姉様。」

 

薫「そうだったのか……。」

 

赤嶺「そうです、お姉様。お噂通り凛々しい。こうして話せて良かった。」

 

薫「お、お姉様!?」

 

珍しく薫が動揺する。

 

赤嶺「今回はそちらの勝ちだけど、次はもっと激しく攻めてみせるから。」

 

小沙綾「次?まさか逃げる!?……うっ!」

 

その瞬間、赤嶺の周りを突風が吹き荒れる。

 

赤嶺「今回は一本取られたから、いくつかの情報は話したけど、まだまだこれからだよ。」

 

中沙綾「撤退する!そうは…させない!!」

 

赤嶺が飛び立とうとした瞬間、沙綾は赤嶺にしがみついた。だが、

 

香澄「さーや、私、私だよ!」

 

確かに赤嶺にしがみついた筈だったのだが、いつの間にか赤嶺が戸山香澄に入れ替わっていたのである。

 

赤嶺「ごめんね、戸山さん。変わり身の術。それじゃみんな、またね。次はもっと激しいの行くから。」

 

そう言い残し、赤嶺は飛び去ってしまう。

 

美咲「また逃げられた!今回は結構気をつけてたのに。」

 

ゆり「これはあの子が負けを心から認めるまで続きそうだね…。」

 

リサ「逃げられはしたけど、さしあたり愛媛の一部は解放されたし、今回の作戦も成功だよ。」

 

友希那「厄介な敵が現れたけど…結局は今後も今まで通りにやっていけば良いのよ。」

 

中たえ「みんな、おまたせ!これからは私もいっぱい頑張るからねー!!」

 

小たえ「ダブルたえで頑張るよー!!」

 

赤嶺との最初の勝負は、たえの助けもあり勝利する事が出来た。

 

だがこの戦いはまだほんの始まりに過ぎなかったのである--

 

 

 



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自分自身との対話〈前編〉

襲いかかる赤嶺の攻撃。今度の敵は……自分自身!?





 

 

今日も今日とて勇者部の勇者達は愛媛を奪還する為に赤嶺が放った擬似バーテックスを倒していく。切り札であるたえも加わり、勇者部の快進撃は続いていく--

 

 

かに見えたが--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

リサ「みんなお帰り。今日もお疲れ様。」

 

友希那「ただいま、リサ。戦闘もつつがなく終わったわ。」

 

リサ「今日は出てこなかったんだね、赤嶺は。諦めちゃったのかな?」

 

どうやら先の戦闘で赤嶺香澄は勇者たちの前に現れなかったようだった。

 

友希那「だと良いのだけれど…引き続き警戒しとかないと。大胆な奇襲をしてきたから…。」

 

リサ「そうだね。」

 

 

---

 

 

だが次の日も、その次の日も勇者達の前に赤嶺香澄が現れる事は無く、勇者達は順調に愛媛の土地を取り戻していく。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

 

あこ「最近の攻防戦は余裕だね。あこ1人でも良いんじゃないかってくらいだよ!」

 

中沙綾「…なんだか最近の戦いは上手く行きすぎてる気がする。燐子さんはどう分析しますか?」

 

燐子「私も気になってました…。勝たせ続けた相手を油断させる…兵法にはそんな戦い方もありますから……。」

 

小たえ「こちらも警戒はしているけど、その気持ちが緩むまで待つつもりなのかな?」

 

リサ「油断させてからの一撃にかけてるのかも。勇者部の拠点は神樹様の世界において中心部に近い所だし。」

 

モカ「ここを取られちゃうと、とっても危ないからね。」

 

加えて美咲が気になっていた点を挙げる。

 

美咲「それに、何だかここを離れる程に敵がやたら強くなってない?」

 

リサ「中心の拠点から離れる訳だからね。加護から離れれば離れる程に敵は強くなる…。」

 

紗夜「まるでRPGですね…。進めば進むほどに敵が強くなる。」

 

薫「もしも…この快進撃が油断させる作戦じゃないとしたら…。」

 

夏希「敵は何か秘密兵器の準備をしてて、こっちに手が回らないんですかね?」

 

有咲「案外そういうのありそうだな…。神様が関わってくると、ホント何が起こるか未知数だ。」

 

果たしてこの快進撃は赤嶺の作戦なのか。勇者たちの不安は募っていくばかりだった。

 

 

---

 

 

愛媛--

 

赤嶺「よーし準備完了と…。その間に結構土地を奪われちゃったなぁ。まぁ、ここからだよね。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

勇者達は今日も愛媛を奪還する為樹海へと来ていた。

 

友希那「今日も愛媛を奪還していきましょう。勝ち続けているからといって気を緩めないで!」

 

 

勇者達の警戒は充分であった。例え何が起こっても大丈夫だと--

 

 

中沙綾「…?敵の姿が何処にも無い……。」

 

紗夜「透明とかステルスの敵の可能性は?」

 

薫「それは無いね…。気配を感じないよ。」

 

友希那「ともかく警戒態勢は維持していて。ここは樹海よ。何が起こるか分からないわ。」

 

その時だった。

 

赤嶺「全く油断してないのはさすが。少しくらい隙があっても良かったのに。」

 

目の前に赤嶺香澄が現れた。

 

友希那「今回は出てきたのね。」

 

赤嶺「前は一本取られたから色々と準備してきたよ。今回は"精霊"を使うんだ。」

 

そう言うと赤嶺の周りに白い光が幾つか現れた。

 

赤嶺「私が持ってきた精霊は造反神が作ったオリジナルでね。人の姿に変身するんだよ。………こんな風にね。ばぁーーん!」

 

赤嶺が指を鳴らすと、光の1つが小学生の沙綾の姿に変わっていく。

 

小沙綾「わ、私…そっくりな人間が……!?」

 

突然の出来事に沙綾は驚く。

 

りみ「これが新しい攻撃方法…なの?」

 

ゆり「何かまた嫌な予感がしてきたよ…。」

 

赤嶺「見ての通りそっくりさんの登場だよ。」

 

赤嶺はそっくりだと言うが、よく見るとコピーの方は若干くすんでいる。

 

中沙綾「私達の攻撃を躊躇わせるのが狙い…?」

 

赤嶺「それが狙いじゃ無いよ。今回のテーマは自分との戦いといったところかな。」

 

夏希「自分…自身?」

 

赤嶺「例えば、この小学生の山吹沙綾そっくりになった精霊に対して…勇者パーンチと攻撃を仕掛けると……。」

 

そう言って赤嶺は精霊に思いっきりパンチを繰り出す--

 

 

が、精霊には全く効いていない。

 

赤嶺「ほら元気そのもの。結構強く攻撃したのにね。変身した精霊は、その姿の元ネタの人じゃないと倒せないんだ。」

 

小たえ「凄いルールだ。何かしら制約があるのかな?」

 

赤嶺「そうだね。すぐバレるから白状するけど、変身した精霊は肉体的な攻撃が一切出来ない。つまり物理的には無害なんだよ。安心安全。」

 

小沙綾「じゃあ何の為の存在なの?ただの嫌がらせ?どっちみち、私がただ射抜けば良いこ…とっ!」

 

沙綾が精霊に向かって矢を放つ。しかし、矢が命中した筈の精霊は消える事はなかった。

 

赤嶺「例え本人だろうと物理的な攻撃じゃ倒せないよ。精神的に倒さないと。」

 

小沙綾「えっ……?」

 

すると沙綾の姿をした精霊が喋り出した。

 

小沙綾?「簡単な事だよ、沙綾。」

 

夏希「うわぁ!し、喋った!」

 

赤嶺「この精霊はね、変身した人に対して質問を投げかけたり、論戦を仕掛けてきたりするんだ。その質問に対して答えられなかったり…論戦の末に論破されちゃったりしたら……悲しい事が起こる。」

 

有咲「悲しい事って何だよ!」

 

赤嶺「死にはしないけど、もうこの神樹の中では戦えなくなるだろうね。この精霊に取り憑かれるんだから。」

 

有咲「んなっ!?」

 

赤嶺「議論は本人の精神世界で行われるの。だから、負けたら飲み込まれちゃうよ。」

 

美咲「たちの悪い妖怪だね、こりゃ。」

 

赤嶺「元々精霊は妖怪が多いでしょ。"牛鬼"だって"青坊主"だって。」

 

蘭「とにかく口喧嘩に勝てば良いって事でしょ。これは得手不得手分かれるね。」

 

赤嶺「ち・な・み・に質問や議論は、本人にとってかなりエグい話題が飛んでくるから気をつけてね。どうかな、この趣向?ある意味自分自身との対話とも言えるね。中々出来ない体験だよ。」

 

中沙綾「自身との対話なら何度もやってるけど…。」

 

中たえ「私も私とよく話すよ。」

 

赤嶺「あっ、そういえばそうかぁ。まぁ良しとしちゃおう。説明と警告はしたからね。……そろそろ始めようか。」

 

ゆり「怪しい技を使ってくるねぇ。みんな、気をしっかり持って!」

 

蘭「今度は自分自身との戦い…それでもいつも通りにやるだけだよ。」

 

香澄「自分との戦い…良く分からないところもあるけど、成せば大抵何とかなーる!」

 

赤嶺「それじゃあまずは小学生の山吹沙綾ちゃん。バトルに行ってらっしゃーい。」

 

小沙綾?「どーーーーーん。」

 

沙綾の姿を模した精霊が襲いかかってくる。

 

小沙綾「…くっ!?うぅっ!?あっ……!」

 

夏希「沙綾?ねえ沙綾!?」

 

夏希が沙綾に声をかけるも、目が虚になり返事は返ってこなかった。

 

赤嶺「精霊との対話が始まったんだよ。彼女の意識は今、ここじゃなくて精神世界にいるよ。」

 

夏希「こんのーー!!沙綾を解放しろ!!」

 

赤嶺「だから私を倒したところで、対話は終わらないよ。自分の事は自分で決着つけないと。」

 

そう言い残して赤嶺は消えてしまう。

 

蘭「これ以上は無駄だろうね。ずっとこの罠を作ってたんだろうし。」

 

 

---

 

 

精神世界--

 

小沙綾「こ、ここは…私の精神世界なの?」

 

沙綾が目を覚ますと、そこは何処までも真っ白な空間で、目の前には沙綾の姿を模した精霊が立っていた。

 

小沙綾?「その通りよ。私はあなたの合わせ鏡。問うわ、山吹沙綾…。あなたにとって、花園たえとは何?目の上のたんこぶで合ってる?」

 

小沙綾「目の上のたんこぶ?意味不明な事を。おたえは友達だよ。」

 

小沙綾?「おたえは友達。それがあなたの回答ね。もし今の意見が偽りであった場合、あなたの魂に寄生させてもらう。」

 

小沙綾「偽りなんかじゃない!おたえは友達!!」

 

小沙綾?「……私は今、あなたの精神世界にいる。あなたが体験した記憶を映画の様に見る事が出来る。見える………。」

 

精霊は少しの間目を瞑り、何かを悟ったかの様に語り出した。

 

小沙綾?「ふふ…御役目が本格的に始まってすぐ…3人の中から隊長を決めた事があったでしょう。」

 

小沙綾「!?」

 

 

精霊が話し出した記憶--

 

 

それは確かに沙綾が体験してきた本物の記憶だった。

 

小沙綾?「隊長がおたえに決まって…それが血縁ではなく実力からの査定だと分かった時をキッカケに…あなたは、天才とも言えるおたえに劣等感を抱いているでしょう、沙綾。」

 

小沙綾「…何を言うの。おたえは凄い、ただそれだけだよ。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

夏希・小たえ「「沙綾………。」」

 

樹海では沙綾の帰りを夏希とたえが待っていた。

 

 

---

 

 

精神世界--

 

小沙綾「何度でも言うよ。おたえは大事な友達だよ!」

 

小沙綾?「…あなたは3人で御役目を果たす時、自分が1番足を引っ張ているかもしれないという恐怖がある。」

 

小沙綾「っ………!?」

 

沙綾の顔に動揺が現れる。

 

小沙綾?「その恐怖を与えてるのは、ある意味出来の良い仲間2人に他ならない。あなたは妬んでいる。おたえの天性の才能を。その負の感情を向ける相手を友達と言うの?」

 

小沙綾「………。」

 

 

--確かに最初はそうだったかもしれない。

 

 

2回目の御役目で"天秤型"を追い返した際、安芸先生から隊長はたえだと指名され、資質を安芸先生に見せる為に合宿にも力を入れてきた。

 

 

だけど--

 

 

小沙綾「痛いところを突いたつもり?記憶を眺める事は出来ても、心情は全然読めてないね。」

 

小沙綾?「何……!?」

 

小沙綾「私は確かに夏希やおたえを眩しく思う時がある。でも、それは敬意だから。自分の力不足を他人のせいにしない!」

 

そう、沙綾は痛感していた--

 

 

"山羊型"との戦いでの自分の力不足を--

 

 

そして、それを受け止めてくれる2人の優しさを--

 

 

小沙綾「下衆の勘繰りで私達の仲は裂けない!消えろっ!!」

 

小沙綾?「…自分が至らない部分を既に自分のせいと受け入れていたか……。」

 

次の瞬間目の前が光に包まれ、沙綾を模した精霊が消えていくのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

小沙綾「うっ……ここは、樹海?」

 

夏希・小たえ「「沙綾!!」」

 

小沙綾「夏希…おたえ…。」

 

沙綾が目を覚ますと夏希とたえが抱きついてきた。

 

小沙綾「……ふふっ、相手もバカな質問をしたものだね。」

 

赤嶺「おー。自分との決着をつけてきたんだね。小学生なのに凄いな…もっと迷うかと思ってたよ。」

 

夏希「あっ、また出てきた!」

 

小沙綾「随分手の込んだ攻撃をしてくるね…。こんな方法じゃ私は揺るがないよ!」

 

赤嶺「確かに君はそうみたいだね。でも他の人はどうかな?」

 

小沙綾「えっ……?」

 

赤嶺「あっ先に言っておくと、精神に取り憑かれるとこの世界では再起不能になるけど…元の世界に戻れば精霊の影響は消えるから元通り。紳士的な攻撃でしょ。血を見ずに無力化だもんね。既に他の勇者達にも、この攻撃が通じそうなみんなには精神攻撃を仕掛けたよ。」

 

夏希「なっ、いつの間に……!?」

 

ゆり達が周りを見回すと、

 

紗夜「………。」

 

燐子「………。」

 

友希那「………。」

 

高嶋「………。」

 

既に西暦組の勇者達が精神世界に取り込まれていたのだった。

 

ゆり「西暦組が重点的にやられた…。」

 

りみ「お姉ちゃん!有咲ちゃんも!!」

 

有咲「………。」

 

加えて有咲も精霊からの攻撃を受けていたのだった。

 

香澄「そんなっ!!」

 

赤嶺「準備に時間がかかったんだよね。そのお陰で愛媛を半分以上も取られちゃった。今まで調子が良かった分の反動だと思って、自分の幻影と論戦してよね。」

 

 

 



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自分自身との対話〈後編〉


この世界の事、赤嶺の秘密。少しづつ明らかになり始めます。

ここでの経験が元の時代に持っていければ心強いのですが…。




 

 

赤嶺香澄の精神攻撃に打ち勝った沙綾だったが、その間あこを除く西暦組と有咲も精神攻撃を受けてしまっていた。

 

 

---

 

 

樹海--

 

あこ「あこ以外が狙われちゃうなんて!」

 

美咲「それはある意味的確な攻撃だね。」

 

あこ「こんな攻撃ずるいぞー!正々堂々と競い合えー!!」

 

夏希「そうだそうだー!!」

 

赤嶺「精神の競い合いだよ。私なりに全力でぶつかってると思って欲しいな。」

 

そう言い残し赤嶺は再び消えてしまった。

 

小沙綾「くっ…。」

 

夏希「取り敢えず今、精神世界にいるみんなをどうにか援護出来ないかな。」

 

香澄「応援するのはどうかな。」

 

小たえ「シンプルで良いかも。御先祖様、頑張れ!」

 

 

---

 

 

精神世界--

 

友希那?「…湊友希那。皆が泣いているわ。あなたなら声が聞こえるでしょう。」

 

友希那「皆?皆とは誰かしら?」

 

友希那?「バーテックスに殺されていった友人…そして市民よ。私達の仇をとってくれと…。」

 

友希那「私は…今を生きている人々を守る為に戦う…そう決めたのよ!」

 

友希那?「それがあなたの主張ね。嘘よ。何事にも報いを、が湊家の標語の筈でしょう?綺麗事を並べても結局あなたの戦う理由は復讐心よ。」

 

友希那「それは違うわ。」

 

友希那?「では死んだ人は忘れてしまうというの?薄情な奴ね。」

 

友希那「忘れはしない…1度だって忘れた事は無い。その上で私は未来の為に戦う。」

 

 

勇者の意味を見失った事もあった--

 

 

復讐--

 

 

その事だけを考え仲間から叱責された事もあった--

 

 

だけど、街で会った親子に教えて貰った--

 

 

自分が守り抜いた人達が、また次の命を育んでくれているという事を。"今"を守る事が"未来"に繋がっていくという事を。

 

 

友希那「丸め込もうとしても無駄よ!自分との決着は既につけたのだから!!」

 

目の前が光に包まれる--

 

 

---

 

 

樹海--

 

友希那「戻って来れたようね。精神攻撃をかける時期を見誤ったのだから。今の私に揺さぶりは効かないわ!」

 

小たえ「さすが御先祖様!」

 

友希那「対話していた時に、あなたの存在を感じる事が出来たわ。ありがとう。みんな、対話している仲間の応援をしましょう!効果はあると思うわ。」

 

友希那のアドバイスを聞き、残っている一同は仲間の応援を始めた。

 

ゆり「有咲ちゃん、聞こえてる?完成型勇者なんだから跳ね除けて見せなさい!」

 

 

---

 

 

精神世界--

 

有咲「ここは…私の精神世界みたいなものか。何だろうと打ち破ってやる!」

 

有咲?「ふん…自分を完成型勇者と言い張っているけど、実は未完成もいい所だって気付いてる?」

 

有咲「…この問いかけ。つまり自分は完成型勇者だと認め続ければ勝ちって事だな。」

 

有咲?「必殺技の名前は…勇者部の太刀。勇者部を大事にしてるのが伝わってくるってセンスだな。勇者部はようやく手に入れた大事なモノ……みんなの為なら命だって張れる。」

 

有咲「……そうだ!くぅぅ、精神世界での対話だから断言出来るけど、ちょっと恥ずかしいなこれ。」

 

有咲?「みんなは大切な友達…。」

 

有咲「そ、そうだ!」

 

有咲?「いや…でも皆は自分を本当の友達と思っているか不安に思う時があるだろ?」

 

有咲「なっ…!」

 

有咲?「だって…私は人付き合いが苦手だもんな。合流が遅くて、皆との積み重ねが浅い訳だし。」

 

有咲「………。」

 

有咲?「ここまで満たされてるのに、どこか不安を感じている精神が弱い未完成勇者…。それが市ヶ谷有咲。」

 

有咲「っ!!そ、そんな事は無い……。」

 

有咲に動揺が走る。が、何処からか声が聞こえてきた。

 

ゆり「有咲ちゃん、聞こえてる!?ファイトだよ、ファイトー!!」

 

香澄「有咲ーー!!!」

 

りみ「有咲ちゃん!有咲ちゃんなら絶対大丈夫だよ!」

 

中沙綾「気持ちをしっかり持って!有咲なら大丈夫だから!」

 

聞こえてきたのは勇者部みんなの声--

 

 

最初は突っぱねてた有咲を笑顔で受け入れてくれた勇者部みんなの声--

 

 

最後の戦いでみんなの為に戦い、多くを散華した。それでも決して見捨て無かったみんなの声が聞こえてきたのだ。

 

有咲「…は……あははっ。自分との対話だってのに声が聞こえてくるなんて、どんだけ大声なんだよ…。おい、聞け!!私は勇者部にいる限り完成型勇者だ!!それは胸を張って言えるんだよ!消えろー!!」

 

有咲?「…まさかここまで声が届くなんてね。」

 

辺りが光に包まれる--

 

 

---

 

 

樹海--

 

りみ「あっ、有咲ちゃんが目を覚ましたよ!」

 

有咲「復活だ!!」

 

ゆり「早かったね、お帰り。」

 

有咲「……ただいま。あと、ありがとな。」

 

ゆり「ん?何か言った?」

 

有咲「な、何でもねー!!」

 

 

--

 

 

赤嶺「どんどん対話に勝っていってるなぁ。やるねぇ…。でも残りの人達はどうだろうね。」

 

遠くの方で赤嶺が勇者達の様子を観察している。

 

赤嶺「西暦組は……内なる心の声には苦労した…って話をよく聞いたからね。」

 

 

--

 

 

精神世界--

 

高嶋「おおっ、私も対話っていうのが始まったんだね。よーし、すぐに終わらせる。」

 

高嶋?「それが良いね。長いとみんなに心配かけちゃうから。早い決着といこうよ。ねぇ…あなたは…本音をちゃんと話せる人間なのかな?」

 

高嶋「えっ、本音?そ、そんなのは内容によるんじゃないのかなぁ。」

 

高嶋?「内容に関わらず本音を言えない人間だよね、あなたは。周囲に対して気を遣ってるもん。」

 

高嶋「えっ……。」

 

高嶋?「だって嫌だもんね。本音を言って、意見がぶつかって喧嘩になったりするのは。でもさ、本音でぶつかる事を避けてて。それで本当の友達って言えるのかなぁ?」

 

高嶋「………。」

 

高嶋?「あなたの友達は、あなたにとって本当のお友達なの?」

 

高嶋「確かに私はあまり自分の事を人に話したりしていないけど…。でも話せない訳じゃない!ここにいるみんなになら絶対に話せる!それは断言出来る!!」

 

高嶋?「本音を言えばぶつかり合うかもよ?怖くない?」

 

高嶋「………それは、正直怖い。けど、みんなとなら大丈夫!!」

 

確かにぶつかり合うのは怖い、誰でもそうだ。でもみんなとなら--

 

 

いつか私の全てを話せる、そんな時が絶対来るって分かるから--

 

 

周囲が光で包まれる--

 

 

---

 

 

樹海--

 

あこ「あっ、香澄も戻って来た!」

 

高嶋「みんなただいま!!」

 

友希那「流石は香澄ね。」

 

高嶋「といっても結構怖かったよー。さぁ、みんなに手を貸そう!」

 

あこ「ほら見たかぁ!!どんどん対話ってやつにみんなが打ち勝ってるよ!!」

 

赤嶺「……まぁそういう話は全員が危険を乗り越えてから聞くよ。今残ってる人達が、こっちの本命の狙いだからね…。」

 

燐子と紗夜の2人は未だに目が覚めていない。

 

赤嶺「さてさて精神攻撃もいよいよ最高潮だよ。本命はどういう反応をするんだろうね。」

 

一瞬、たった一瞬赤嶺の気が緩んだ隙だった--

 

 

赤嶺「ってうわ、鞭!?くうっ、ん、き、きつい!」

 

何者かが赤嶺を鞭で拘束したのである。

 

蘭「こっそりと近付き、襲う時は一気に。動物を捕まえる時の基本だよ。さぁ捕まえた。」

 

赤嶺「意地でも私を攻撃してくるなぁ…じゃあ無駄だと思うけど、美竹蘭にも精神攻撃!」

 

蘭「なっ!?」

 

すると光の1つが蘭の姿へと変わる。

 

蘭?「あなたは私、私はあなた…。じゃあ精神世界へ行こうか。」

 

 

---

 

 

精神世界--

 

蘭「ここが私の精神世界…。」

 

蘭?「さぁ、問うよ。あなたは諏訪の住民を鼓舞する勇者だと言われてるけど…。本当は毎日とても怖いんでしょ?無理をしてるんでしょ?」

 

蘭「それは怖いよ。あの状況下の諏訪で怖くないのはおかしいくらい。」

 

蘭?「怖さをあっさり認めたか。」

 

蘭「重要なのはそこからどうするかでしょ。私は頑張るから!モカやみんなと一緒に!」

 

蘭?「ひょっとしたら、諏訪に助けなんて来ないかもしれないよ。」

 

蘭「でも来るかもしれない!私は1人じゃない。湊さん達だっているから。」

 

蘭?「せっかく作った農作物が無駄になるかもしれない。」

 

蘭「万が一そうなっても種は残るよ。何より私の魂は不滅だから。」

 

自分の運命は想像がつく。友希那の反応を見れば誰だってそれは分かる。だけど、私の意思を誰かが継いでくれれば、私はそこに残るから--

 

 

蘭?「駄目だね……。何を言っても効かないや。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

蘭「次は私の番…って、もう消えちゃった。」

 

夏希「もう戻って来た。さすが!」

 

赤嶺「やっぱり無駄だよね。1人で戦ってきた人はメンタル強いからなぁ。」

 

 

--

 

 

蘭が精神世界から戻って来た時と同じ頃--

 

夏希「燐子さんがまだ帰ってこない…。ファイトです、燐子さん!」

 

薫「燐子ちゃん…こうして手を握っている。戻ってくるんだ。」

 

あこ「りんりんはやる時はやるよ。あこが傍にいるから大丈夫!」

 

 

---

 

 

精神世界--

 

燐子?「ねぇ燐子…。あなたはこう思ってるんじゃないかな…現実の世界にバーテックスが襲ってきて…もちろん悲しい思いは沢山したけど、自分としては総合的に見て襲ってきてもらえて、良かったって。」

 

燐子「何を言ってるんですか…そんな訳無いです!」

 

燐子?「果たしてそうでしょうか…義務教育で原級留置しちゃうほど病弱で…本だけが支えだった白金燐子…。それが勇者として活躍し、みんなと仲良くしていられるのは、バーテックスのお陰なんじゃない?」

 

燐子「違うよ。…絶対に。」

 

燐子?「だって大好きなあこちゃんとは、バーテックスが襲ってこなかったら会えてなかったよ……?もしバーテックスが襲ってこなかったら…勇者でも何でもない、ただの白金がいるだけ…。」

 

燐子「………。あなたは私の記憶を覗けても…想いまでは分からないんですね。」

 

燐子?「何…!?」

 

燐子「あこちゃんと私は…出会ってたよ。例え人類の敵が来なくても…絶対に何処かで会ってる…。そう確信出来るくらいに、私はあこちゃんの事を想ってるから…!大切な友達だから…!!」

 

出会えたのは偶然だったかもしれない。でもそんな偶然無くたって、私たちは何処かで会える筈。それは確信出来る。あこが燐子を強く想っている様に、燐子もまたあこの事を強く想っているのだから--

 

 

2人の絆は姉妹のようなものだから--

 

 

燐子?「…絆の度合いを見誤って…いた…。」

 

周囲が光に包まれる--

 

 

---

 

 

薫「……この感じ、どうやら戻って来れたようだね。」

 

燐子「…ふぅ。ただいま、あこちゃん。」

 

あこ「…お帰り、りんりん。」

 

燐子が戻ってきて、残すは紗夜1人となった。

 

 

---

 

 

精神世界--

 

紗夜「ここが私の精神世界ね…。」

 

紗夜?「そう。いるのは私とあなただけです。高嶋さんの手助けはありませんよ。」

 

紗夜「はっ!!」

 

紗夜は大葉刈を振り回すが、ダメージは無い。

 

紗夜?「お互いに物理攻撃は不毛です。疲れるだけだからやめときなさい。」

 

紗夜「ならさっさと要件を済ませてください。私に議論なり質問なりするのでしょう?」

 

紗夜?「では問うわ。」

 

紗夜「今更何を聞かれても堪えないわ。昔の事でも、家族の事でも。」

 

紗夜?「高嶋香澄と氷川紗夜の関係性について。」

 

紗夜「……。」

 

紗夜?「高嶋香澄を1番の親友だと思っているあなた。でも高嶋香澄は果たしてそう思っているでしょうか。湊友希那と同じ、同列の大事な友達じゃありませんか?」

 

紗夜は黙って聞いている。

 

紗夜?「質問を絞りましょう。あなたは高嶋香澄が自分を1番大事な友達と見てくれてると思ってますか?」

 

紗夜は沈黙するが、少しして口を開いた。

 

紗夜「そうです。と答えたいけれど、それが罠ですよね。いやらしい質問ですね。答えは"分からない"。です。そうであって欲しいですが、高嶋さんは優しい人ですから。でも、私は高嶋さんのそんな所が…優しさと温もりが大好きです。」

 

紗夜?「……驚きましたね。過去を見るに、もう少し精神が不安定だと思ってましたが。湊友希那達の存在…。そしてこの世界に来て出会った仲間達の存在が…あなたを強くしている。」

 

紗夜「私は勇者です。強く在らないとダメですから。」

 

現実での紗夜であれば、この攻撃は1番効果があっただろう。だがこの世界で1番変わったのもまた紗夜なのである。自分を慕ってくれる仲間達と出会い、紗夜の考えは変わっていった--

 

 

高嶋香澄だけじゃ無い、ここにいる全員が仲間なのだと--

 

 

紗夜?「……ふふ。赤嶺香澄よ。今の勇者達に精神的な揺さぶりは無駄のようです。」

 

そう言い残し精霊は消滅、周囲が光に包まれた--

 

 

---

 

 

樹海--

 

高嶋「あっ、紗夜ちゃん!戻ってきた!」

 

紗夜「ただいま戻りました。……1番時間がかかってしまったようですね。でもしっかり倒してきました。」

 

友希那「紗夜。良かった…!」

 

紗夜「そんな心配しなくても、私は勇者ですよ湊さん。」

 

友希那「ええ、そうね紗夜。」

 

ゆり「どう?赤嶺香澄。これが勇者部達の精神力だよ!」

 

夏希「誰を狙ったって空振りだ!」

 

赤嶺「まさか全員戻ってくるなんてね…。それじゃ、力を溜めた私が直接戦ってみるしかないかなぁ。」

 

赤嶺は戦闘態勢に入った。

 

赤嶺「行くよ…。」

 

香澄「私が止めるっ!!」

 

赤嶺「…勇者パンチ。」

 

香澄「勇者パーーーーンチ!!」

 

両者の勇者パンチが激突する。

 

香澄「っ!前より全然強くなってる!?」

 

赤嶺「当然。そうでなければ意味がないよ。さぁさぁ、みんな出てきて。」

 

すると彼方から擬似バーテックスの群れが襲いかかってくる。

 

薫「精神攻撃より、こちらの方がわかりやすくて良いよ…。行くよ、赤嶺香澄。」

 

 

--

 

 

精神攻撃のお陰で逆に勇者部達の絆が深まり、擬似バーテックスの群れをコンビネーションで撃退する。

 

あこ「行くよ、りんりん!」

 

燐子「大丈夫だよ…あこちゃん。」

 

 

高嶋「一緒に行こう、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「ええ。任せてください。」

 

 

友希那「着いて来れるかしら、美竹さん。」

 

蘭「臨むところですよ、湊さん!」

 

 

ゆり「有咲ちゃん、着いて来て!!」

 

有咲「…しょーがねー。行くか!」

 

 

小沙綾「行くよ、夏希、おたえ。」

 

夏希「任せとけ!!」

 

小たえ「溜まってる分ビシバシ行くぞー!」

 

 

りみ「凄い…。あっと言う間に…。赤嶺さん、これで逃がしません!」

 

りみはワイヤーで赤嶺を縛り上げる。

 

赤嶺「くぅう…わぁ、雁字搦め。」

 

蘭「こうでもしないとまた逃げるでしょ。」

 

紗夜「人の記憶を覗いた罪は重いですよ。」

 

赤嶺「とっても怒ってるね。まぁ当然だよね。」

 

燐子「……分からない事があります。精神攻撃は確かに効果的な戦略でしたが、しっかり抜け出す説明はされてました…。」

 

小沙綾「まるで私達を試しているかの様に。」

 

赤嶺「…ふふ。重要なのはそっちが勝ったっていう事だよ。造反神の勇者相手に。凄い事だよ。造反神は天の神に近しい力の持ち主なのに。」

 

りみ「そ、そこまで強い存在なんですか?」

 

赤嶺「うん。もう1体、いや柱か。もう1柱。同じくらいの格の神様がいるけど、コレが中立でね。」

 

中沙綾「そこまで強いなら最初にあそこまで押し込められてた理由も分かるね。」

 

有咲「敵の色で真っ赤だったからな、四国。」

 

小沙綾「でも、それならまず天の神に負ける事は無かったんじゃ?」

 

赤嶺「天の神は周囲も強いからね…。何よりコト……まぁそれはいいか。また作戦を練り直してくるよ。みんな、バイバイ。」

 

薫「そう何度も逃さないよ。」

 

赤嶺「もう無駄だって薄々分かってるのに、動いてみるあたりは流石勇者だね。お姉様に強く掴まれるのは嬉しいな。」

 

りみのワイヤーで雁字搦めになり、薫に掴まれていても尚、赤嶺は姿を消してしまった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

戻って来た勇者達は、樹海での事をリサとモカに説明する。

 

リサ「…そんな事があったんだね。ともかく、みんなお疲れ様。」

 

モカ「精神攻撃なんて怖いねー。みんなが無事で良かったよ。」

 

蘭「怖いものを怖いって認められるモカなら、精神攻撃を受けても平気だよ。」

 

ゆり「精神攻撃を受けたみんなは、念の為数日は安静にしててね。」

 

高嶋「大丈夫、平気ですよ。」

 

友希那「香澄。ここはお言葉に甘えて休んでましょう。私達は長く戦ってたんだから。」

 

有咲「ふー。最近が楽だった分、今回は疲れたなー。」

 

リサ「でも、とても大きな勝利だったよ。これで愛媛の大部分を奪還したんだから。愛媛全部を取り戻せれば、四国の半分を取り返した事になるよ。」

 

モカ「そうなったらもうこっちの方が有利だよね。神樹様の力も大きく戻るし。」

 

リサ「そうだね。高知と徳島、同時に攻め込む事だって夢じゃないよ。次の戦いは愛媛奪還戦であると同時に、天下分け目の激突と言っても過言じゃないよ。」

 

薫「その戦いでは是非役に立ちたいものだね…。今から鍛錬をしておこうか。」

 

夏希「もしかしてこの世界の戦いも終わりが見えてきたって事ですか?」

 

美咲「………。」

 

夏希の言葉に美咲は反応を示す。

 

香澄「よーし、次も頑張るぞ!どんな手段で妨害してこようとも負けないよ!!」

 

次の戦いが愛媛奪還最終戦となる。この戦いで強まった絆を力に変えて、勇者達は戦い続けていくのだった--

 

 

 



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湊家の花園

閑話休題。たえと友希那、時を超えて出会った子孫と先祖のお話。

2人の苗字の辻褄をどう合わせるか結構苦労しました。




 

 

勇者部部室--

 

愛媛奪還戦も終わりが迫ってきたある日、部室では2人のたえが夏希と小学生沙綾に話をしていた。

 

小たえ「それでね、オッちゃんがー……。」

 

夏希「はあ……。」

 

中たえ「やっぱりオッちゃんの角度は23センチで見るのがねー……。」

 

小沙綾「あはは………。」

 

2人のたえは真剣に話しているのが、いかんせん2人が話について行けてなかった。

 

友希那「…………。」

 

そんな2人のたえの様子を友希那は遠巻きから眺めていた。

 

リサ「どうしたの、友希那。そんなに気になる?オッちゃん。」

 

友希那「いや、それにはあまり興味が無いわ。」

 

リサ「じゃあ何でそんな訝しげな顔してるの?」

 

友希那「花園さん達…というより、神世紀での子孫の事が気になってね。」

 

リサ「たえ達の事?」

 

友希那「勇者部を見ていると、やっぱり子孫の暮らしぶりが気になるのよね。花園さんの家庭環境、幼少期の育ち方、そして…神世紀で、幸せかどうかをね。」

 

リサ「同世代手間こう言うのは何だけど、たえは良い子に育ってると思うけどな。」

 

友希那「それは分かるわ。だけど、どうも掴み所が無くて。笑顔の裏で何かに苦しんでるんじゃないかってね…。」

 

悩んでいるのは分かっていた。だが、リサは一線を超えないよう友希那に諭す。

 

リサ「……ダメだよ、友希那。私達はいずれ元の時代に戻る人間なんだから…。例え子孫とは言え、過度の情は……友希那が辛くなるだけだよ。」

 

友希那「リサ……。」

 

そこへたえがやって来た。

 

中たえ「友希那さん。」

 

友希那「何かしら?」

 

たえは友希那に意外な誘いをしてきたのだった。

 

中たえ「今度の週末、良ければうちに遊びに来ませんか?」

 

友希那「…?急にそんな事をして大丈夫なのかしら?」

 

中たえ「もちろん内緒でね。他のみんなだって、自分の家がどうなってるか知りたいと思うから。」

 

友希那「でも、それなのに私だけが内緒でなんて…それは良くないでしょ?」

 

過去の人間が今の人間の家には行かない。これはこの世界に来て友希那が決めたルールの1つである。

 

リサ「せっかく誘ってくれたんだから、行ってきたら良いよ。」

 

だが意外にもリサはこの提案に賛成のようだった。

 

中たえ「リサさんも一緒にどうぞ。」

 

リサ「え?良いの?部外者の私まで…。」

 

中たえ「友希那さんとリサさんは、一蓮托生、比翼連理。セットみたいなものですから。」

 

友希那「セット…。」

 

リサ「ありがとう!友希那、ここは素直にお誘いを受けようよ。」

 

顔を赤らめながらリサは友希那に言った。

 

友希那「……………分かったわ。じゃあ、週末……お邪魔する事にするわ。」

 

中たえ「うん!待ってるね!」

 

少し考えながらも、友希那はたえの誘いを受ける事に決めたのだった。

 

 

---

 

 

週末--

 

友希那とリサは路上を歩いていた。

 

友希那「ねえ……リサ。」

 

リサ「何、友希那。」

 

友希那「教えてもらった住所に着いた筈なのだけれど、歩いても歩いても壁しか無いわ……。」

 

リサ「門がなかなか見えてこないね……。」

 

教えてもらった住所に辿り着きかれこれ10分。2人は壁が続く道をひたすら歩き続けていたのである。

 

友希那「まさかと思うけど…家が全て壁に覆われていて、上から飛び込むとかじゃないわよね……。」

 

リサ「そ、そんな馬鹿な……。」

 

友希那「いいえ、あの花園さんの家よ。それくらい意味不明な造りでも不思議ではないわ。」

 

リサ「"あの"って……友希那の子孫じゃん。」

 

友希那「きっとあれは突然変異じゃないかしら?それくらい……私には理解が及ばないのよ。」

 

リサ「それは言い過ぎだよ……あ、やっと門が見えてきたよ。」

 

そうこうしている内に2人はやっと門まで辿り着く。

 

友希那「これは……。」

 

リサ「ち、ちょっとこれは……一般家庭とは言い難い門だね…。」

 

2人は呼び鈴を探すが、その時たえの声が聞こえてきた。

 

中たえ「友希那さん、リサさん。ようこそ神世紀の花園家へ。」

 

友希那「花園さんなの!?まだ呼び鈴も押してないのに何故分かったのかしら?」

 

中たえ「警備の監視担当の人が教えてくれたんだ。今、門を開けるから入って。」

 

門が開くと、道はまだまだ続いている。

 

友希那「まだ道が続くのね。」

 

リサ「進むしかないね。」

 

2人は再び歩き出した。

 

 

--

 

 

15分後--

 

行けども行けども家は見えず、周りは木々に囲まれた森。だが、所々に色鮮やかな花々が咲いている。その中を2人は歩き続けた。

 

友希那「はぁはぁ……。いったい、ここは何処かしら………。」

 

リサ「あっ、あそこに誰かいるよ。」

 

リサはその人に話しかけた。だがその人は深々と頭を下げたまま、指で奥を示すだけだった。

 

友希那「この先って……これは!?」

 

遂に2人は花園家の外観を目の当たりにする。

 

友希那「こ、これが神世紀の花園家……。」

 

リサ「家というより、御屋敷…豪邸、いや…大豪邸と呼ぶに相応しい建物だよ。」

 

そこへたえが現れる。

 

中たえ「2人とも遅いですよ。」

 

友希那「ええ……ごめんなさい。」

 

中たえ「どうしたんですか?ポカーンとして。」

 

友希那「それくらいするわよ…。」

 

リサ「ああ…良かった。このまま遭難するかと思ったよ…。」

 

中たえ「?」

 

取り敢えず、たえは2人を自分の部屋へと案内するのだった。

 

 

---

 

 

たえの部屋--

 

友希那「ここが花園さんの部屋……もの凄く広いわね…。」

 

たえ「これがオッちゃんだよ。」

 

たえは2人にぬいぐるみのオッちゃんを紹介する。

 

リサ「オッちゃん……ど、どうも。」

 

友希那「ところで、ご家族はご在宅かしら?手土産を持ってきたから、ご挨拶を……。」

 

中たえ「今いないし、そういうのは無しで良いですよ。流石にみんな驚くだろうしね。」

 

友希那「そう……でも、さっき敷地内で誰かに会ってしまったのだけれど…。」

 

中たえ「使用人の誰かかな?でも、緊張して目も合わせなかったんじゃないですか?」

 

リサ「そうだね……最敬礼したまま固まってたよ……。」

 

中たえ「私の大切なお客様が来るから、くれぐれも失礼の無いようにって、言っておきましたから。」

 

友希那「それだけであんなに……?なんだか私まで緊張してきたわ。少しお手洗いを借りても良いかしら?」

 

中たえ「この部屋のは私専用だから、お客様用のを使ってください。」

 

友希那「個人用の手洗いまであるのね…。」

 

中たえ「各部屋に1つずつですけどね。お客様のはここを右に出て、2本目の十字路を左で……マクシミリオン甲冑が並ぶ廊下の方へ進んで、鹿の壁飾りを斜めに入って、その先に……景徳鎮の壺が飾ってあるから、そこを左で、突き当たりの白いドアの所です。」

 

友希那「…………こ、この部屋のを使わせてもらう訳にはいかないのかしら……?」

 

中たえ「お客様に対してそれは失礼ですから。」

 

友希那「わ、分かったわ………無事に戻ってこれる自信は無いけれど、取り敢えず行ってくるわね。」

 

そう言い残し友希那は出て行った。

 

 

--

 

 

30分後--

 

リサ「友希那……帰って来ないね。」

 

中たえ「いざとなったら、監視システムで探せるから大丈夫です。」

 

リサ「あはは……。あのさ、たえ。この後はどんな事をして過ごすの?」

 

中たえ「フフフ……。あのね、友希那さんにご飯を作ってあげるんですよ。」

 

リサ「え?たえが料理を作るの?」

 

中たえ「シェフに頼もうかと思ったんだけど、私が頑張った方が良いと思ったから。私、大した物は作れないけど、ちゃんと普通に料理出来るし……別に、いつも変に自分を装ってる訳じゃ無いって所を見せてあげたくて。」

 

たえは最初から友希那が思っていた事を見破っていたのである。

 

リサ「たえ……もしかして、友希那が心配してる事に気付いて…?」

 

中たえ「何となく伝わってきたんだ。私の事、気にしてくれてるなって。」

 

リサ「友希那は不器用だから、直接たえに聞けなかったんだよ。」

 

中たえ「そうですよね。でも、それで手料理って変ですか?やっぱりプロの味でおもてなしするべきですかね?」

 

リサ「そんな事ないよ。子孫の手料理なんて誰も食べられないし、きっと喜ぶよ。」

 

中たえ「リサさんにそう言ってもらえると安心します。」

 

リサ「でも……友希那には、言葉で言ってあげないと、たえの考えは伝わらないと思うよ。」

 

中たえ「そうですよねー。何て言ったら良いかなー。」

 

リサ「たえでもそんなに悩む事があるんだね。少し意外だよ。」

 

中たえ「友希那さんにはそんな所無いですか?」

 

リサ「そんな所?」

 

中たえ「友希那さん、普段は強くて頼もしい感じだけど、本当は色々不安で考え込んだりとか。」

 

リサ「ああ………言われてみれば、そんなトコは2人ともそっくりだね。」

 

中たえ「だから私、少しだけ友希那さんの心配が解るんです。私がちゃんと愛情を受けて育ってきたのか……この時代で幸せに生きているのか……。それを気にしてくれてて…でも、もしも私が不幸だったらって思って、聞けないんです……。」

 

リサ「それで、気持ちを交わす手段として手料理を?」

 

中たえ「はい。私、誰かと食卓を囲むって事……あんまり経験してこなかったんです。だからって不幸とは思ってないけど、友希那さんとリサさんと一緒にテーブルにつけたら……。きっと、家族といるみたいな気持ちで、一緒に過ごせるんじゃないかなって思って………。」

 

リサ「たえ……。普段、孤独感とか寂しい気持ちを胸に抱えてたりしてない?」

 

中たえ「ううん。勇者になって色々あったけど……勇者部に入って、みんなと出会えたし…。いたずらしたらゆり先輩が叱ってくれて、沙綾が慰めてくれて、香澄が笑ってくれて………りみや有咲がツッコミを入れてくれて…………それに、この世界に来て、私は御先祖様に会えた!それに………夏希にも。だから、生きていて本当に、今はとってもとっても楽しくて嬉しい!!」

 

たえは最初の御役目の際に身体中を散華し、人並みの生活を送る事が出来なかった。だから、たえにとって今この瞬間が何事にも代え難い楽しい思い出の1つなのである。

 

リサ「…………今言った事をそのまま友希那に伝えてあげれば良いと思うよ。」

 

中たえ「……そうですね。不思議です。どうしてリサさんには、素直に言えるんだろう?」

 

その時扉が勢いよく開き、友希那が駆け込んできた。

 

友希那「はぁ、はぁ……。や、やっと戻って来れたわ……。」

 

リサ「友希那。今日はたえが手料理を振る舞ってくれるんだって。」

 

友希那「それは嬉しいわ。私も何か手伝いましょう。」

 

中たえ「お客様なのに?」

 

リサ「良いじゃん良いじゃん。2人で作ってご馳走してよ。」

 

友希那「リサは美味しいとこ取りね。」

 

リサ「でしょー。」

 

中たえ「あの……友希那さん。」

 

友希那「?何かしら?」

 

中たえ「…………心配してくれてありがとうございます。でも……私、ちゃんと………幸せに生きてますからっ!」

 

友希那「…………そう。……そうなのね。それで、今日は何を作るのかしら?」

 

中たえ「ソース焼きそば!!さっ、厨房へ移動しましょう!!」

 

 

--

 

 

花園家、門の前--

 

友希那「今日は楽しかったわ。ありがとう。」

 

中たえ「こちらこそ。また来てくださいね。」

 

リサ「オッケー。また手料理楽しみにしてるね。それじゃあね。」

 

友希那「ちょっと待って、リサ。最後に2人だけで話しても良いかしら?」

 

リサ「………分かった。少し離れた所で待ってるね。」

 

リサは2人と少し距離を置き、友希那はたえに話し出した。

 

友希那「1つ教えてくれないかしら?」

 

中たえ「どうしました?」

 

友希那「何故あなたの苗字は花園なのかしら?」

 

中たえ「それは………。」

 

たえは悩んだ。本当の事を言うべきなのかを。西暦時代の湊家の顛末は友希那自身が残した勇者御記に残されている。つまり、勇者達の事も。

 

友希那「言えない事なら大丈夫なのだけれど……。」

 

少し考え、たえは口を開いた。

 

中たえ「私達勇者の装束が花をモチーフにしてるって知ってましたか?」

 

友希那「ええ、聞いた事はあるわ。」

 

中たえ「その勇者達をいつまでも忘れない様に……沢山の花々が咲く花園の様に……そんな思いを込めて湊家は花園家に変わったんです。そしてこの庭にはその花々が綺麗に咲いています。」

 

たえは悲しい事実は伏せて友希那に伝えた。

 

友希那「来る時に見た………。そう………素敵な理由ね。」

 

中たえ「はい。私はこの苗字を誇りに思ってます。」

 

友希那「なるほどね………。ありがとう。それじゃあまた来るわね。」

 

友希那は微笑んで、リサの元へと歩いて行った。

 

中たえ「さようなら、御先祖様。」

 

中たえ(御先祖様にはこれから悲しい未来が待ってるかもしれない。でも、それを乗り越えてこの今がある………。私は友希那さんの子孫である事を誇りに思ってます。)

 

夕日が沈んでいく中、たえは2人が見えなくなるまで眺め続けているのだった。

 

 

 



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神の上を行く決意


高嶋香澄が"あの力"を解放。

神を人間が超えていく事。それは喜ばしい事でもあり、一歩間違えれば怒りを買う事に繋がりますよね。




 

 

いよいよ愛媛奪還最終決戦が迫る中、勇者達は各々のスキルアップの為に浜辺で鍛錬をしていた。

 

友希那「遂に愛媛を解放する戦い…この戦いに勝利すれば、四国の約半分を取り戻した事になるわ。」

 

ゆり「それに合わせて、私達は訓練の量を増やしていくよ。」

 

小沙綾「という訳で今日は全員で合同訓練です。」

 

香澄「よし、やるぞー!赤嶺ちゃんがまた強くなってる可能性あるしね。」

 

高嶋「そうだね!私、鍛錬好きだから今燃えてるよーー!!やっ!はっ!とう!!」

 

紗夜「高嶋さんに続きます。敵を一体でも多く刈ってみせます。勇者として。」

 

普段あまり燃える事が無い紗夜も、戦いに向けて張り切っていた。

 

有咲「りみ。訓練は大変だろうけど、着いてこいよ。」

 

りみ「う、うん。有咲ちゃん!」

 

美咲「市ヶ谷さんはホント、りみの面倒を見るのが好きだね。私もお手伝いしますよ。」

 

りみ「美咲ちゃんも宜しくね。」

 

みんなが鍛錬を開始する中、既にたえと薫は模擬戦を行なっていた。

 

中たえ「薫さんの動きは鋭くて、良い訓練になるよ。」

 

薫「たえちゃんこそ。その予測出来ない槍捌き、受けてるだけで自分が磨かれてくのが分かるよ。」

 

小たえ「愛媛解放戦って事は相手相当の気合を入れてくるよね?」

 

燐子「そうだね……何かしら勝ち筋を考えてくると思う……。対応出来る様にしておかないと……。」

 

こちらでは戦闘訓練では無く、戦う為の戦略を考えているところであった。中でも、この戦いで一番気合が入っているのはあこだ。

 

あこ「みんな、大張り切りだ。待ってて、もうすぐ完全解放するから。」

 

その時、

 

リサ・モカ・中沙綾「「「っ!?」」」

 

リサ「これは………。」

 

モカ「神託だ……。」

 

中沙綾「そんな……これって………。」

 

3人は訓練を一旦中断して、みんなを集める。

 

 

--

 

 

香澄「どうしたの、さーや?何かあった。」

 

中沙綾「うん、たった今神託が来たんだよ。」

 

友希那「神託!?」

 

リサ「そう。今愛媛で"超大型"を超えるバーテックス………しかも2体が成長中だって。」

 

モカ「完成予測は1ヶ月後。そのバーテックスは愛媛を襲撃した後、香川に向かってくるみたい。」

 

決戦で投入される最大規模のバーテックス……勇者達はどうやって対応していくかを考えていく。

 

燐子「決戦に投入されるバーテックス……ですね。問題は…これの対応ですか…。」

 

リサ「今のところそれしか神託は降りてないよ。だから、出撃じゃなくて迎撃が望ましいと思う。」

 

神託で言われた事以外を行うのはリスクが大きい--

 

リサがいつも口を酸っぱくして言っている事だ。

 

あこ「でもそうすると、愛媛が危ないよ。超大型を超えるのが2体も通るんだから。」

 

 

あこは反対だった--

 

リサ「神託を考えると、堅守するのが一番だよ。」

 

守りに徹すれば愛媛に被害が出てしまう--

 

中たえ「難しい問題だね。これは結構根が深いと思うよ。」

 

勇者達でも意見が真っ二つに分かれる中、あこが口を開くのだった。

 

あこ「あこ、ちょっと凄い事言っていい?ビックリするかもしれないけど……。」

 

ゆり「良いよ、どんどん言って。その為の会議なんだから。」

 

あこ「神樹様って、四国を結界で囲って守護してくれてるよね?でも、逆の言い方をすれば他の地域のみんなを守ってはくれなかった。」

 

蘭「一部の地域で例外はあるけど、そういう言い方も出来るね。」

 

友希那「でもそれは、四国が頑張れる……守れる範囲のギリギリの所だったんじゃないかしら?」

 

あこ「あこもそれは分かるよ。つまりはね、今回も同じケースだと思うんだよ。神樹様の神託が無い限り、守りに徹する……それはあこ達が勝てるんだろうけどさ。でも、多分愛媛が痛めつけられる。勝つ為の犠牲として。」

 

リサ「………確かにそうだね。」

 

あこ「何度も言うけど、神樹様は限界まで頑張ってて、出来る範囲で人類を生かそうとしてくれている……。だから神樹様を責めてはいないんだ。寧ろその逆なんだよ、神様が無理な範囲は……。」

 

高嶋「……私達が、人間が頑張れば良いって事だよね?」

 

神託に従っていれば、勇者達が勝つ事は出来るだろう。だけど、その勝利には愛媛が犠牲になってしまう。あこは、本当の勝利を目指すのならばこちらから攻め込むべきだと主張した。

 

あこ「それだよ。神託が出てない時に攻め込む危なさは勿論分かってる。前にも話し合ったし。でも、前と今じゃ状況が違うよ!今は沢山の土地を取り返して、戦力もここまで充実してる。仕掛けてみても良いんじゃないかってあこは思うよ!!」

 

力強い言葉であこはみんなに主張する。

 

友希那「……成る程ね。」

 

小沙綾「神樹様の神託の上を行く行動を取る……。私達人類が。そういう事ですね、あこさん?」

 

あこ「それそれ!そういう事!」

 

あこの主張にたえも賛同する。

 

中たえ「実は私もあこの意見には賛成なんだよね。神託は本当に大事っていうのは分かるんだけど、それに甘えすぎるのも良くないというか。」

 

薫「そうだね…私も賛成だよ。すまない…リサ達は頑張って神託を受け取ってくれているというのに……。」

 

リサ「…いや、みんなの勇者としての想いは尊重すべきだよ。友希那もあこの意見に賛成でしょ?」

 

友希那「ええ。あこも言うようになったわね。」

 

美咲「……とは言っても、ここの愛媛は実際の愛媛じゃない訳だし?神樹の中の世界な訳だし?最重要拠点の堅守が重要で、神託通りに動くのが無難だと思うけど。」

 

あこ「……でも、それでも、だよ。」

 

あこの目は堅い決意に満ちた目をしていた。

 

美咲「……理屈じゃない、ハートなんだね。分かった!やりますか!」

 

香澄「美咲ちゃんもどんどん勇者部に馴染んできたね!」

 

ゆり「じゃあ、ここは成長中のバーテックスに攻撃を仕掛けるって事で決まりだね。」

 

ゆりの言葉にみんなが頷いた。

 

リサ「でも、これだけは約束して。危なくなったら撤退する勇気も持ってね。」

 

友希那「心配をかけるわ、リサ。ありがとう。」

 

こうして勇者達は"超大型"を超えるバーテックスが眠る敵地へと向かっていったのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

りみ「あ、あれが…あれが成長中の…うわわわ、大きすぎる様な……。」

 

勇者達は"超大型"を超えるバーテックスの元へと辿り着く。

 

香澄「思ってたより、ずっと大きい…。わっ!何か動いてるよ!」

 

小沙綾「成長中だから、更に進化しようとしてるのかも……。」

 

この時点で、大きさはざっと"超大型"の2倍は軽く超えている。

 

ゆり「警戒は続けながらも、攻撃を仕掛けましょう!」

 

高嶋「前にも同じ事を言ったかもしれないけど、これだけ勇者が揃ってるんだから大丈夫だよ。」

 

有咲「完成型勇者もいるしな。特訓の成果見せてやる!」

 

あこ「みんなで呼吸を合わせていくよ!せーの!!」

 

あこの合図でみんなが一斉に攻撃を開始する。が、何者かによって攻撃がカットされてしまった。

 

あこ「何だ!?」

 

赤嶺「ちょっと待ってよ。今攻めてくるなんて酷いな。完成するまで待っててくれないと。」

 

攻撃をカットしたのは赤嶺だった。

 

友希那「やはり来たわね。邪魔をしないでもらおうかしら?」

 

赤嶺「今どうしてもやるっていうなら……それはそれで。行くよ、みんな!!」

 

赤嶺の声を合図に、擬似バーテックス、そして"超超大型"バーテックスが襲いかかってくる。

 

薫「っ!気をつけるんだ!!何か撃ってくる!」

 

"超超大型"バーテックスから巨大なミサイルが発射される。

 

あこ「こんなもの!あこが受け止めーーる!!!」

 

直後にあこが前に立ち、旋刃盤を構えてミサイルを受け止めた。

 

あこ「うぎぎぎぎぎぎぎ……っっっ!!」

 

ミサイルの勢いであこは後ろに後ずさるが、あこは巨大なミサイルを明後日の方向へと弾き返した。

 

燐子「あこちゃん……!」

 

赤嶺「"超超大型"の攻撃を受け止めるなんて。やたらと気合いが入ってる人がいるね。」

 

あこ「はぁ、はぁ。あこが言い出した事だもん。これくらいは…やらないと!さぁみんな、行けーーーー!!!」

 

あこの掛け声と共に、他のみんなが飛び出して行く。

 

夏希「あこさんばっかに良い格好はさせないよ!」

 

赤嶺「こっちも突撃!!」

 

 

--

 

 

みんなが擬似バーテックスと戦う中、あこと燐子、高嶋が"超超大型"の元へと辿り着いていた。

 

あこ「りんりん!香澄!攻撃はあこが防ぐ!だから2人は攻撃に専念して!」

 

高嶋「分かった、あこちゃん!来い!"一目連"!!」

 

 

燐子「頑張るね……。お願い!"雪女郎"!」

 

 

2人は精霊を憑依させ、燐子は遠距離から、高嶋は近距離から"超超大型"を攻め立てる。だが、いくら攻撃を当てても"超超大型"はビクともせず、再びミサイルを撃ってくる。

 

あこ「2人とも、下がって!!こんのぉーー!」

 

だがあこも負けじとミサイルを受けきり、戦況は拮抗していた。

 

あこ「はぁ、はぁ………。ど、どんなもんだい。」

 

燐子(あこちゃんの体力は確実に減っていってる……。かといって、こちらにも決め手が無い……。)

 

その時、2人の前に高嶋が立った。

 

高嶋「あこちゃん。守ってくれてありがとう。でも、次で終わらせるよ。」

 

あこ「香澄……。」

 

そう言って高嶋は"一目連"の憑依を解いた。

 

燐子「高嶋さん……何を……。」

 

高嶋(なるべくならこの力は使いたく無かったけど……仲間がピンチなんだもん。躊躇ってる場合じゃ無いよね……。)

 

高嶋は胸に手を当てて、"超超大型"へと走り出し、叫ぶ。

 

 

 

 

高嶋「来い!!"酒呑童子"!!!」

 

高嶋が叫んだ瞬間、大気が震え出す。

 

友希那「な、何!?」

 

香澄「これは……高嶋ちゃん?」

 

離れて擬似バーテックスと戦っている他の勇者も大気の震えに気がつく。そして震えが治ると、高嶋の両手の天の逆手は鬼の手の様な手甲へと変わり、頭には角が現れる。

 

燐子「高嶋さんに……こんな力が……。」

 

あこ「カッコいい……。」

 

赤嶺「あれが、"香澄の力"………。さすがは香澄の源流だね。」

 

高嶋「うおおおおおおおおっっっ!!!」

 

高嶋は力に身を任せ、渾身の正拳突きを"超超大型"へと打ち込む。刹那、"超超大型"は轟音を立てながら崩れ去っていくのだった--

 

 

赤嶺「……嘘でしょ!?たった一撃でこの威力…。」

 

高嶋「はぁ……はぁ………。見たか!私達の力!!」

 

高嶋は満身創痍で"酒呑童子"の憑依を解いた。例えリスクは無くとも、その身に襲いかかる疲労感は想像を絶するものだった。

 

赤嶺「くっ、こんな危険地帯に来るなんて…完全に読みが外れたよ。堅守するかと思ってた。」

 

そう言い残し、赤嶺は去って行ってしまう。それと同時に、もう一体の"超超大型"が樹海の奥へと移動している。

 

中沙綾「"超超大型"が移動を……。追ってこれ以上踏み込むのは…勇気じゃないね。」

 

薫「そうだね……。勇気と無謀は違うよ。」

 

有咲「この敵地の中、成長中の一体を倒せただけでも充分だ。」

 

香澄「そうだね。2体が同時にで動けば、何処かに被害が出てたかもしらないけど、残り一体だったらそっちに集中すれば良いもんね!」

 

あこ「成功して、良かった……よ。さすがみんなだね……。これで…良いんだ…よ。」

 

高嶋「あはは……さすがの私も……ちょっと無茶…し過ぎちゃった…かな。」

 

あこは攻撃を受け続けた事による疲労から、高嶋は"酒呑童子"を使った事による疲労からか、2人は気絶してしまった。

 

燐子「あこちゃん!高嶋さん!」

 

 

---

 

 

花咲川病院、あこの病室--

 

夏希「大分具合は良さそうで良かったです。最初倒れた時はびっくりしましたよ。」

 

あこ「まさか倒れちゃうなんて…。格好悪い所見せちゃったよ……。」

 

燐子「そんな事無い……あこちゃん凄く格好良かったよ。」

 

あこ「そ、そうかな?」

 

夏希「そうですよ。あんなに凄い攻撃を受け止めるなんてさすがです!」

 

リサ「犠牲は出したく無いって考えは素敵だよ。だけど……自分自身もしっかり無事じゃないとダメだからね。」

 

あこ「……うん。心配かけてごめんね。あこはすぐ復帰出来るけど、香澄は……?」

 

リサ「香澄も憑依による疲労が溜まっただけで問題は無いよ。だけど、次の戦いに参加する事は出来ないかな。」

 

あこ「………分かった。みんなで香澄の分も頑張ろうね。」

 

燐子「そうだね……。」

 

 

--

 

 

同時刻、高嶋の病室--

 

高嶋「あはは……心配かけてごめんね…。」

 

紗夜「全くですよ。一時は本当に心配したんですから。」

 

高嶋「ごめんね。」

 

紗夜「……無事で良かったです。」

 

高嶋「次の戦いは出れないけど、リサちゃん達と応援してるからね。」

 

紗夜「もちろんです。今はゆっくり休んで今後に備えてください。」

 

あこと高嶋、2人の活躍により"超超大型"バーテックスの片割れを倒す事に成功した勇者部。愛媛を巡る攻防は最後の段階へと進む--

 

 

 



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先輩達の背中


愛媛奪還最終決戦。赤嶺香澄の猛攻に勇者達は勝つ事が出来るのか!?

勝利のカギは…りみりん。




 

 

"超超大型"バーテックスへ奇襲をかけてから数日後--

 

あこ「じゃじゃーん!あこ完全復活だよ!!これもりんりんの看病のお陰だね。」

 

ゆり「全快おめでとう、あこちゃん。」

 

蘭「さっ、もう一体の"超超大型"を倒す為、トレーニングを再開しよう。」

 

前回の戦いで、唯一"超超大型"バーテックスに対抗出来ていた高嶋が戦えない今、勇者達は個々の力を上げるべく、訓練を再開する。

 

香澄「高嶋ちゃんの分まで頑張るぞー!あの敵を倒せば愛媛解放だもんね。」

 

リサ「愛媛の次は徳島だよ。この勢いのまま最後の高知にまで攻め込みたいね。」

 

みんなが鍛錬をしている中、中々自信を持てない人物が1人いた。

 

りみ「うぅぅ…はぁ…はぁ…はぁ…。小学生のみんなは息も切らしてないよ…。本当に凄いなぁ…。」

 

香澄「大丈夫?りみりん。無理しすぎないでね。」

 

りみ「うん、大丈夫だよ…はぁ…はぁ…。」

 

りみは大丈夫だと取り繕いながら、鍛錬している周りのみんなを見回した。

 

りみ「薫さん達は当然の様にピンピンしてるし、西暦組はやっぱり鍛えられてる。」

 

香澄「よっ!はっ!とりゃー!!」

 

りみ「同じ時期に勇者になった香澄ちゃんも基礎体力が全然違う…。前々から分かっていた事だけど、私……頑張らないとな。でも、頑張ったところで……みんなが凄すぎるような。」

 

りみは自分が他のみんなより随分と劣っていると感じ、自信が持てていないのだった。

 

中たえ「自分の可能性を下に見たらダメだよ、りみ。」

 

りみ「わっ!?おたえちゃん…。」

 

落ち込んでるりみに向け、たえは言葉をかけてあげる。

 

中たえ「基礎体力は大事だから、それをつけながらも、りみは特技を磨いてけば良いんだよ。」

 

りみ「特技……。」

 

中たえ「樹海でのりみにだって持ち味はあるんだよ。それは少し私に似てるかも。考え方次第で色々な事が出来る。」

 

りみ「えっと………あっ、もしかして武器、かな?」

 

中たえ「そうそう。ワイヤーの戦法って無限だと思うんだよね。そこを磨けば、きっとりみの力になる筈だよ。」

 

りみ「でも、戦法って言っても…何をすれば良いのかな?」

 

中たえ「りみの周りには動きを参考に出来る人達が沢山いるよ。一緒に鍛錬すると、何かが見えてくるかもね。」

 

そう言われたりみは周りのみんなを再び見回した。

 

りみ「そ、そっか!ありがとう、おたえちゃん。何をするべきか分かった気がするよ。」

 

中たえ「色んな人に話しかけてごらん?可能性を見せてよ。」

 

りみ「よし、頑張ろう!」

 

りみは早速走り出していった。

 

ゆり「何だかりみが張り切ってるね。りみ頑張れ。応援してるよ。」

 

 

--

 

 

りみは初めに香澄の元へとやって来る。

 

香澄「連続、勇者パーーーンチ!!だだだだだっ!!」

 

りみ「改めて見ると、香澄ちゃんのパンチって力強いなぁ。香澄ちゃん、もっと近くで見て研究しても良いかな?」

 

香澄「研究!?りみりんも勇者パンチをするの?」

 

りみ「うん。私の場合はちょっと違うけど…。」

 

そう言うと、りみはワイヤーを上手く使って拳の形に編み出した。

 

香澄「わぁ!凄いよ!そんな事が出来るんだね。」

 

りみ「今までの戦い方でも通じてはいたんだけど、更なるステップアップの為にね。」

 

香澄「りみりんは沢山考えてるんだね。偉いなぁ。」

 

りみ「みんなの動きを戦いの参考にしようかと思って。最初に香澄ちゃんの所に来たんだ。」

 

香澄「まず私から?あははぁー、照れるなぁ。何で最初に私なの?」

 

りみ「そう言われると何でだろう…。毎日香澄ちゃんの背中を見てきたからかな。だから、こういう時香澄ちゃんならって自然と足が動いたんだと思うよ。」

 

香澄「なるほどぉ…。あっ、これって!」

 

りみの言葉で香澄はある事を思い出す。

 

 

--

 

 

友希那「後輩は常に先輩の背中を見てると言うわ。勇者としての模範を示さないといけないわね。」

 

リサ「普段通りで良いんじゃない?みんなりっぱに勇者をしてるんだから。」

 

友希那「そう言ってくれると嬉しいわ。」

 

 

--

 

 

香澄「って言う事なのかな……。よーし!近くで見ていってね、りみりん!参考になると嬉しいけど。」

 

りみ「うん!沢山勉強させてもらうね、香澄ちゃん。」

 

そんなりみの姿を遠巻きから美咲と沙綾が見ている。

 

美咲「…お。あれは中々面白い光景だよ。山吹さんも見てよ。」

 

中沙綾「香澄の動きに合わせて、りみりんのワイヤーが変化していく…。器用だね。」

 

美咲「可愛い外見に反して、りみの武器は中々エグいからねー。頼もしいよ。」

 

中沙綾「元々りみりんの素質は凄いんだから。私も負けてられないな。」

 

 

--

 

 

そうしてりみは次々に色んな人の所に行っては、その人の戦い方を研究し吸収していった--

 

 

りみ「こうしてワイヤーを繋ぎ合わせると、大きな盾にもなるよ。」

 

あこ「おーなるほど!それであこにガードする時のコツを聞きに来たんだね。」

 

りみ「宜しくお願いします、あこちゃん。」

 

あこ「まっかせて、りみ!何だろう、りみにお願いされると嬉しいよ。」

 

 

--

 

 

蘭「ワイヤーを束ねれば鞭の様に使えるか…。うん、りみ賢いよ。私の鞭で良かったら、いくらでも学び取って。」

 

りみ「…うん、ありがとう蘭ちゃん。」

 

 

--

 

 

薫「気の練り方は、そう簡単に修得は出来ない。まずは呼吸から始めよう。」

 

りみ「分かりました。お願いします、薫さん。」

 

 

--

 

 

美咲「投槍のコツ?そっか。ワイヤーを束ねて有線式の槍を作れるんだ。便利ー。分かった。教えられるだけ教えるよ。」

 

りみ「ありがとう、美咲ちゃん。」

 

モカ「りみが色んな人から色んな事を学び取ってるねー。」

 

リサ「この合同訓練で1番伸びてるかもね。」

 

そこに敵襲のアラームが鳴り出した。愛媛奪還最終戦のゴングである。

 

友希那「とうとうこの時が来たわね。」

 

紗夜「やれるだけの事はやってきました。高嶋さんの分も、この戦いは負ける訳にはいきません!」

 

りみ「……よし。みんなのお陰で大分戦い方が広がった気がする。」

 

リサ「みんな、頑張って!無事で戻れるよう祈ってるよ。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

赤嶺「みんな、愛媛の命運をかけて戦いに来たよ。」

 

あこ「"超超大型"の前に赤嶺が相手って事だね!」

 

赤嶺「…あれ?怪我治ってたの?それはおめでとう。困ったなぁ。念の為に予備も持ってきたけど、1個足りなくなっちゃったよ。」

 

赤嶺は何やらぶつぶつと呟いている。

 

友希那「また精神攻撃でも企んでいるのかしら?」

 

赤嶺「いいや、今度は肉体的な攻撃だよ。それ!!行け、新たな改造精霊!!」

 

赤嶺が叫ぶと白い光を纏った精霊が勇者達の元へと迫ってきた。

 

燐子「な、何ですか……!?」

 

友希那「追尾形式…!はっ!」

 

友希那は生大刀で精霊を斬ると、白いものが纏わり付いてきたのだ。

 

香澄「何だかベタベタするよ!?」

 

赤嶺「勇者捕獲用のトリモチだよ。みんなを捕獲出来たみたいだね。」

 

夏希「こんなものすぐに引き千切ってやる!!」

 

赤嶺「だろうね。しかも奇襲用の精霊だ。2度目の捕獲はまず不可能。…でも、今ほんのちょっとでもみんなの動きを止められれば、それで十分なんだよ。」

 

あこ「っ!?まずいよ!赤嶺の攻撃が来るよ!」

 

赤嶺「行くよ、勇者…!!」

 

 

その時だった--

 

 

りみ「させない!!」

 

赤嶺「っ!?」

 

りみがワイヤー攻撃で赤嶺を怯ませる。

 

ゆり「りみ!!りみだけ…攻撃を受けてない!?」

 

りみ「みんなに手出しはさせない!!」

 

赤嶺「牛込りみ…ちゃんか。私と正面から戦う気なのかな?」

 

りみ「みんなに手出しをするなら…私は!!」

 

夏希「何でりみさんだけ攻撃を受けてないの!?」

 

赤嶺「簡単な話だよ。この勇者用トラップ精霊。ご覧のように極めて強力だけど、作るのに時間がかかってね。予備も含めて万全かと思ったのに、宇田川あこが退院してくるんだもん。1つ足りなくなったよ。」

 

つまりりみは意図的に外された、即ち勇者の中で一番戦闘力が低いと赤嶺に断定されたという事だった。

 

りみ「…!」

 

赤嶺「こうして直接、制圧すれば良いんだから!勇者パーンチ。」

 

真正面から赤嶺のパンチが飛んでくる。

 

りみ「……なら、あこちゃんの教えを!!」

 

りみはワイヤーをネット状にして赤嶺のパンチを受け止める。

 

赤嶺「なっ!?ワイヤーをネット状にして防いだ!?」

 

あこ「良いよ、りみ!!ナイスガード!」

 

中沙綾「勇者部期待の若手を侮りすぎだよ。」

 

りみ「ええええーーーーい!!!」

 

すかさずりみはワイヤーを鞭、投槍、拳に変化させ赤嶺に反撃をする。

 

赤嶺「くっ、ワイヤーが…変幻自在に!?こんなに強かったっけ!?」

 

香澄「私の拳に蘭ちゃんの鞭…そして美咲ちゃんの投槍。凄い…凄いよ、りみりん!」

 

赤嶺「だけど、もう…見切っちゃったよ!!覚悟して!」

 

赤嶺が再び攻撃をしようとしたその時、

 

薫「りみちゃんはやらせないよ。これだけ時間を稼いでくれたら十分だ。」

 

赤嶺「お姉様!?」

 

りみが時間を稼いだお陰でトリモチを取り除く事が出来たのである。

 

赤嶺「…くっ、もう復活してきたか。」

 

ゆり「中々の奇襲だったけど、あなたは私の妹を侮った。詰めを誤ったわね。」

 

有咲「凄いぞ、りみ…。成長したな!!」

 

りみ「はぁはぁ…。す、少しの足止めが精一杯だったけど…よ、良かったぁ…。」

 

赤嶺「一番弱いと思った彼女でさえこれか…。全員が全員成長してるって事だね。それなら…。」

 

樹海全体が大きく揺れ出す。

 

薫「この地鳴り……遂に来たね。」

 

地鳴りと共に、彼方から"超超大型"バーテックスが姿を現した。

 

友希那「これが最後の戦いよ!みんな、行くわよ!!」

 

 

--

 

 

友希那「みんな、行くわよ!」

 

あこ「来たれ!"輪入道"!」

 

燐子「お願い!"雪女郎"!」

 

紗夜「来なさい!"七人御先"!」

 

友希那「来い!"義経"!」

 

薫「行くよ!"水虎"!」

 

夏希「行っけー!"鈴鹿御前"!」

 

小たえ「おいで!"鉄鼠"!」

 

小沙綾「来て!"刑部狸"!」

 

西暦組と小学生組は一斉に精霊を憑依させ"超超大型"へと突っ込んで行く。

 

蘭「私達の精霊はここじゃ不向きだからね。」

 

美咲「援護に徹するよ!!」

 

2人は擬似バーテックスを殲滅していく。全員もはや言葉を交わさなくとも、アイコンタクトで十全なチームワークを発揮していた。

 

香澄「みんな凄いね!」

 

中沙綾「仲間が大勢いるとこんなに心強いんだ。」

 

中たえ「私達も負けてられないよ。」

 

有咲「当たり前だ!バシッと決めてやる。」

 

ゆり「さぁ、今日の主役はりみだよ。一思いに行っちゃって!!」

 

りみ「お姉ちゃん……。うん!!みんな、行くよ!!」

 

6人「「「満開!!」」」

 

神世紀組の6人は満開し、一気に"超超大型"へトドメを仕掛ける。

 

あこ「あと一息だよ!!」

 

ゆり「最後のトドメはりみ、お願いね!!」

 

りみ「うん!!そぉりゃあぁぁぁぁ!!!」

 

りみは無数のワイヤーで拳を作り出し、パンチの連打を"超超大型"へと叩きつける。そのパンチの余波で辺りは煙で包まれた。

 

 

--

 

 

煙が晴れると、"超超大型"は跡形も残らず消滅していた。

 

りみ「やった……。やったよ、お姉ちゃん!!」

 

赤嶺「まだだよ……まだまだ!!」

 

だが、赤嶺はまだ諦めてはいなかった。

 

赤嶺「四国の半分を…天下の半分を取るかの戦い……こんなんじゃ終われない!!」

 

赤嶺は残った擬似バーテックスをありったけ出現させ、それが集まり"大型"を何体も生み出していった。

 

友希那「受けて立つわ…正面から。行くわよ!!」

 

赤嶺「まだだよ、どんどん来て。惜しみなく投入していかないとね…。」

 

小たえ「もうお腹いっぱいだよー。」

 

赤嶺「これぐらいで泣き言を言っているようじゃあれだよ。壁の外は踏破出来ないよ!」

 

香澄「勇者パーンチ!!」

 

赤嶺「おわっとお!後輩ちゃん!!」

 

香澄「そろそろ目的や正体を教えてくれても良いんじゃないかな。」

 

赤嶺「正体はともかく、目的の方は察しの良い人なら気が付いてるんじゃないかな?」

 

香澄「そう言うちょっとぼかした言い方は無しで!」

 

赤嶺「…神樹は四国全土に対して生きていけるよう恵みをもたらしているんだ。生態系…生命のサイクルに…因子の様なものを入れる事だって出来るんだよ。」

 

香澄「えっ!?どう言う事?もう一回…うわっ!?」

 

赤嶺の後方からかつてない程のバーテックスが押し寄せてくる。

 

赤嶺「これが正真正銘、愛媛の最終戦だよ。防ぎきれるかな?」

 

あこ「出来る!!生まれ故郷を返してもらうよ!!」

 

 

--

 

 

迫り来るバーテックスの大群。だが、勢いが乗っている勇者達の猛攻を止める事は出来なかった。

 

中沙綾「全砲門、一斉発射!!」

 

りみ「ワイヤーの雨をくらえーー!!」

 

特に満開の威力は眼を見張るものがあり、圧倒的な物量をものの数分で消し去ってしまった。

 

りみ「はぁ……はぁ……。私達の、勝ちです!!」

 

赤嶺「はぁ、はぁ、くっ……分かった…愛媛はあなた達に返してあげるよ。だけど、次はこうは行かないからね…。」

 

負けを認めた赤嶺は突風を巻き上げ消えてしまった。

 

あこ「やった…やったよ、りんりん!!故郷を取り返したよ!!」

 

燐子「そうだね…あこちゃん!やったね…!」

 

疲れも忘れて2人は抱き合った。

 

友希那「良かったわね…あこ、燐子。」

 

ゆり「さすがは私の妹!良く頑張ったね。」

 

ゆりはりみの頭を撫でる。

 

りみ「うん…私でもみんなの役に立てたよ。」

 

りみの活躍により愛媛を取り戻した勇者部。だが、これで終わった訳では無い。愛媛での最後の仕事がまだ残っているのだった--

 

 

 



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浄化の儀

次回からは徳島へと進んでいき、遂にあの子がやってきます。

この世界の事や赤嶺の真意も見えてくると思います。




 

 

勇者部部室--

 

高嶋「みんなこの前の戦いはお疲れ様。高嶋香澄、本日より復帰であります。」

 

紗夜「おかえりなさい、高嶋さん。」

 

あこ「さぁ、次は徳島だね。この調子でサクッと取り戻しちゃおう!」

 

美咲「………。」

 

1人浮かない顔の美咲に香澄が声をかける。

 

香澄「どうしたの、美咲ちゃん?」

 

美咲「っえ!?何でもないよ。元気元気。」

 

美咲は空元気に香澄に返事をした。

 

リサ「みんな、徳島に行く前にまだやる事が残ってるんだ。」

 

リサは次の県に行く前に行う最後の儀式、浄化の儀の説明を始めた。

 

香澄「ジョウカノギ?」

 

夏希「なんだか嫌な予感がしてきたよ…。」

 

リサ「じゃあ、これからみんなに愛媛各地で、浄化の儀を行ってもらうね。正確に言えばその護衛だけど。」

 

小たえ「浄化の儀は危険ですか?」

 

リサ「大丈夫。簡単に言えば愛媛に敵が侵入しにくいようにする、おまじないだよ。」

 

ゆり「それはありがたいね。領地が広がったって事は守る所も多くなったって事だし。」

 

リサ「神樹様の力が大きく戻った事によって可能となったんだ。」

 

燐子「守りを固めてから、心置きなく徳島へ…という訳ですね…。賛成です…。」

 

友希那「私達が有利な状況になったのだから、盤石なものにしておきたいわね。」

 

リサ「私達巫女が愛媛で儀式を行っていくから、みんなは護衛をお願いね。」

 

夏希「そういう事なら任せて下さい!難しい条件をこなしていく役目かと思いました。」

 

香澄「でも巫女さんは大変だね、やる事が多くて。」

 

モカ「まあねー。でもやれる事があるのは嬉しいよ。」

 

リサ「じゃあ早速行こうか。善は急げって言うしね。」

 

そうして勇者と巫女は愛媛各地へと出発するのだった。

 

 

---

 

 

愛媛沿岸--

 

モカ「じゃあこの地点に入ってこられないように警備をお願いねー。」

 

蘭「了解。結構防衛範囲が広いね。大きく拡散して備えましょう。」

 

ゆり「敵が来たら食い止めてる間にみんなすぐ集まってね。単独行動はせずにペアで動く事。」

 

ここでたえがある提案をしてきた。

 

中たえ「徳島に行く演習も兼ねて、なるべく普段あまり組まない人と組みましょう。連携のさらなる強化だよ。」

 

中沙綾「まぁ一理あるね。」

 

友希那「さらなる一致団結の為には、良い試みだと思うわ。それじゃあ夏希、私と一緒に行きましょう。」

 

夏希「風雲児様のご指名が来てしまった!これは張り切らないと!」

 

紗夜「このペアを組む感じはあまり好きになれないわね…。」

 

 

--

 

 

紗夜「2人1組でペアを組む…ですか。でもここで迷って高嶋さんに心配をかけては駄目ね…。」

 

薫「たえちゃん、私と組もうか。」

 

小たえ「勿論です薫先輩。宜しくお願いします。」

 

みんなが次々とペアを組んでいる中、紗夜は1歩を中々踏み出せずにいた。

 

紗夜「上級生として、私も自ら行かないと…。」

 

そうして紗夜は沙綾の元へと歩みより、

 

紗夜「あの…や、山吹さん。私と…いいかしら。」

 

小沙綾「っ!は、はい!宜しくお願いします!すみません、予期せぬ不慣れな事態になると何だか少し緊張してしまって。」

 

紗夜「…そうですか。良いんです…そんなものですから。一緒にやりましょう。」

 

小沙綾「はい、紗夜さん。」

 

思わず紗夜から笑みがこぼれるのだった。

 

夏希「おっ、おたえは薫さんで沙綾は紗夜さんか。」

 

友希那「やっぱり友達が気になるのかしら?」

 

夏希「あっ、すいません。ついよそ見を。」

 

友希那「今は大丈夫よ。でもまだ夏希は私を風雲児と呼んでくれるのね。」

 

夏希「えっ?何を言ってるんですか友希那さんってば。」

 

友希那「リサの盛った話もメッキがはがれてきたでしょう?私はそこまで大人物じゃないわ。」

 

夏希「いやいやいや、メッキもなにも友希那さんは真なる勇者です。風雲児ですって。勇者でありリーダーの一角です。もらったサインは飾ってありますし!」

 

友希那「そう…。お手本にならなければね。」

 

そこへ敵が浄化の儀の邪魔をしに向かってくる。

 

夏希「敵が来たぁ!海野夏希行きます!!」

 

夏希は元気よく敵に向かって飛び出して行った。

 

友希那(…ゆりさんや美竹さんに比べて、自分はリーダー的にどうなのかと思う時もあったけれど…。)

 

友希那「あの真っ直ぐな夏希がそこまで言ってくれるなら自信も湧き上がってくるわね。……行くわよ!!」

 

友希那も夏希に続いて飛び出して行った。

 

 

---

 

 

愛媛神社前--

 

リサ「今回はここを浄化していこうか。みんな、もう一度防衛お願いね。」

 

中たえ「じゃあまたさっきのペアで。高嶋さん行きましょう。」

 

高嶋「うん。宜しくねたえちゃん。」

 

ゆり「こういう時は随分と張り切るなぁ。行こうか、燐子ちゃん。」

 

燐子「はいっ…。なんなんだろう、この自然さ…。」

 

小沙綾「……。」

 

紗夜「どうかしましたか、山吹さん。」

 

小沙綾「すみません。紗夜さんについ見惚れてしまって。」

 

沙綾の言葉で紗夜の顔が赤くなる。

 

紗夜「なっ……。」

 

小沙綾「私も紗夜さんみたいになれるでしょうか…。」

 

紗夜「山吹さんこそ成長したら綺麗になりますよ。良い見本がいるじゃないですか。」

 

小沙綾「…そうですね。自分自身…なんですよね。なんだか複雑な気分で。」

 

紗夜「人は大抵自分を直視するのが好きではないと思います。ですからその感情は自然ですよ。」

 

小沙綾「でもおたえは嬉々としてて…。」

 

紗夜「花園さんと比べては駄目ですよ。」

 

小沙綾「は、はい。分かってはいますが、つい…。比べるというか自分が力不足なんじゃないかって…。」

 

その言葉を聞いた紗夜は何だか自分と似たようなものを持っていると直感する。

 

紗夜「…山吹さんは真面目な分、思ったより気苦労が多そうですね。……私がどこまで出来るか分からないけれど、宇田川さんと海野さんの様な関係と言うとオーバーかもしれませんが、何か悩みや困った事があれば、聞くぐらいは出来ますよ。」

 

小沙綾「あ、ありがとうございます。嬉しいです、紗夜さん。」

 

そこに敵襲のアラームが鳴り響く。

 

小沙綾「敵が来ました、紗夜さん!!」

 

紗夜「行きましょう、山吹さん。」

 

紗夜と沙綾はお互いを見合い、笑って走り出した。

 

 

---

 

 

愛媛海岸--

 

リサ「最後にここを浄化すれば、全部完了だよ。」

 

あこ「ようし、あこがしっかり守るよ!!りみ、あこに続いてよ!!」

 

りみ「うん!…なんだろう、この自然についていける感じ。」

 

香澄「さぁ、美咲ちゃん。もうひと踏ん張りだよ。」

 

美咲「オッケー。もうひと頑張りオッケー。……ここでの勇者の役目も終わりが近いんだね。そしたらまたあの寒い大地かぁ…。考えるだけで凍えてくるよ。」

 

香澄「敵もただ黙ってはいないだろうし、まだまだ御役目は終わらないと思うよ。」

 

美咲「そうだね。頑張らないとね。」

 

すると突然香澄は美咲の手をギュッと握った。

 

美咲「どうしたの戸山さん。私の手なんか握って。」

 

香澄「…時々、これからこうして握るね。美咲ちゃんの手を。」

 

美咲「そ、それはまたどうして?」

 

香澄が答えようとしたその時、三度敵襲のアラームが響き渡る。

 

香澄「っ!敵が来た!ようし行くぞ!!!」

 

香澄は行ってしまう。

 

美咲「…どうしたんだろ一体。あんなに強く握られたら手が熱くて……。」

 

そして美咲は気付くのだった。香澄の行動の意味に。

 

美咲「………あっ、そっか。私が寒くないように…か。そんな事されると惚れちゃうから、止めてほしいなぁ……そうしてみんなが優しくしてくれる程に……ここを離れたくなくなっちゃうよ。」

 

だが、美咲は気持ちを切り替え香澄の援護へと向かって行く。

 

美咲「っと、とにかく今は援護しないと!!投槍いくよ!!」

 

美咲が向かった後、何者かが木陰から現れる--

 

 

 

 

赤嶺「…良い事を聞いちゃったかも。最大の泣き所が分かったよ。精神攻撃の方向性を間違えてたね。…これもこちら側の御役目だから……。」

 

そう言い残し、赤嶺は嵐の様に立ち去って行ってしまった。

 

 

---

 

 

寄宿舎、友希那の部屋--

 

浄化の儀が全て終了し、ひと息付いていた友希那の所にリサがやって来る。

 

友希那「いよいよ次は徳島ね…。」

 

リサ「……。」

 

リサは友希那の問いかけに答えなかった。

 

友希那「どうしたの、リサ?考え事かしら?それとも今日はさすがに疲れた?」

 

リサ「疲れたから、友希那といるんだよ。」

 

リサは今の心境を友希那に吐露した。

 

リサ「覚えてる?丸亀城奪還戦の時、私はくどいぐらいにみんなに言ったよね、繰り返すけど神樹様が指定したタイミング以外で敵地に行く事は勧められない、危ないって。」

 

友希那「ええ。それであの時は、敵地へ偵察に行く事が中止になったわ。」

 

リサ「でも今回は、犠牲を出さない為に神託が出てない危ない敵地にあえて行った。そして強大な敵に勝った。凄い事だよ。」

 

友希那「それだけみんなが強くなったという事でしょう。もう神様に守られてばかりの私達では無い、生意気かと思われるでしょうけど。そういう所を見せていく気概も必要だと思うわ。」

 

リサ「うん。私自身もかなり驚かされる事だったよ。神様を敬う気持ちは変わらないけどね。」

 

友希那「……私達の目的は日常を取り戻す事よ。神様の手を煩わせる事無く、また普通に暮らせる世界に戻れるなら…それが一番よ。」

 

リサ「そうだね。日常に戻る為にも、神樹様に時々は私達の気概も見せていこう。人は頑張って歩いて行けるってね。」

 

友希那「それを神の体の中で言ってるのだから本当に図々しいのだけれどね…。これ、怒られないかしら?」

 

リサ「あははっ!これくらいなら大丈夫だよ。神の力に頼らずに人が人として歩んで行く事を目指す。これが当たり前の事なんだから。神への敬意を忘れなければ、神がその選択を怒る事は無いよ…。」

 

その瞬間、リサが何かに気が付く。

 

リサ「怒る………。」

 

友希那「どうしたの、リサ?」

 

リサ「怒る…!?もしかして案外それが天の神が怒った原因じゃないかな!?」

 

友希那「どういう事?」

 

リサ「人が人ならざる力を手に入れようとした為に…逆鱗に触れたんじゃ……。」

 

友希那「だから攻撃を仕掛けてきたって事?」

 

リサ「考え過ぎかな。でもそれも、造反神を鎮めれば答えが見えてくるはずだよ。」

 

友希那「そうね…。赤嶺香澄からも色々と聞けるでしょう。」

 

一抹の不安が残りつつも、勇者達は次の土地、徳島へと進んでいくのだった。

 

 

 



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天使の笑顔

一足先に5章から巫女がこの世界にやって来ます。

敬語とかが滅茶苦茶になっていますが、温かい目でご覧ください。申し訳ないです。





 

 

勇者部部室--

 

友希那「リサ、全員揃ったわよ。いよいよ徳島奪還作戦の開始なの?」

 

リサ「そうなんだけど…その前に、神樹様の力もだいぶ戻って来たから新たな助っ人を呼ぶ事になったよ。」

 

美咲「それはビックリ。私達で打ち止めかと思ってたよ。」

 

この世界に最後に召喚されたのが美咲と薫、それからかなりの期間が立っていた。

 

あこ「もうあこ達だけで十分な気もするけどね。なんたって天下分け目の戦いに勝ったんだもん。」

 

あこは鼻高々に語るが、助っ人を召喚しなければならない理由があったのである。

 

モカ「それが、ここ数日で造反神の力がぐんぐんと増してきてるんだよね。」

 

燐子「底知れない存在ですね…。」

 

リサ「追い込まれると力が増すのかもね。味方だと頼もしかったんだろうけど。」

 

蘭「油断してると戦況をひっくり返されるという訳ですね。」

 

紗夜「それで、こちらも戦力増強という訳ですか…。でも他に勇者がいるんですか?」

 

リサ「まずは巫女が増援としてくるみたい。とっても助かるよ。」

 

高嶋「巫女さん!どんな娘なんだろう。わくわく。」

 

すると部室全体が光に包まれる。まもなく召喚されるという合図だ。

 

夏希「おっ、光った!来たぞ来たぞ、いらっしゃいませーー!!」

 

 

 

 

 

 

?「…………。」

 

光が収まると、そこにはピンクの髪型の少女が立っていた。

 

中たえ「凄く可愛い子が来たね。」

 

香澄「ようこそ勇者部へ!私達は…。」

 

香澄が説明しようとした時、ピンクの髪色の少女--

 

 

丸山彩が口を開いた。

 

彩「歴代勇者の方々ですね。神樹様からの神託で把握しています。私は丸山彩。みなさん、宜しくお願いします。」

 

そう言って彩は深々とお辞儀をするのだった。

 

高嶋「ちょ、ちょっとちょっと、そんな畏まらなくても大丈夫だよ。」

 

彩「勇者様には、最大の敬意を示さないと。」

 

ゆり「大丈夫だから頭をあげて。」

 

そう言ってゆりは彩を起こし、この世界に置かれている状況を細かく説明するのだった。

 

 

--

 

 

彩「事情を具体的に理解出来ました。ありがとうございます山吹様。」

 

あこ「そんなに堅苦しくなくても良いのに。ここじゃあみんな仲間なんだから。」

 

中たえ「そうそう。リラックスリラックス。」

 

彩「た、たえ様に宇田川様……。」

 

モカ「いきなり知らない人がズラッと並んでるから緊張する気持ちも分かるなぁ。」

 

美咲「まずはお互いを知る所からやってみれば良いんじゃないかな。言葉遣いの事はひとまず置いといて、丸山さんの事を聞かせて。学年や来た時代なんかさ。」

 

彩「はい、私は中学1年生です。」

 

りみ「あ、おんなじだね。」

 

彩「そして私が来た時代は神世紀300年です。」

 

りみ「あれ!?そこもおんなじだ。」

 

彩「ゴールドタワーと呼ばれる所で巫女として御役目についてました。」

 

紗夜「ゴールドタワー。この世界では入れなくなっている所ですね。」

 

高嶋「前に紗夜ちゃんが屋上へ遊びに行こうって誘ってくれたのに、残念だったよね。」

 

燐子「丸山さん…。召喚されてきて疲れたでしょうから、少し休みませんか…。」

 

彩「分かりました、白金様。」

 

りみ「あっ、私も一緒に行きます。」

 

あこ「何かよく分からないけどあこも……!」

 

あこが付いて行こうとした矢先、美咲があこを止めた。

 

美咲「あこは行かなくていいの。まずは同学年だけで落ち着いて話をして緊張を解かないと。」

 

あこ「そっかぁ、分かった。」

 

 

--

 

 

数10分後--

 

有咲「神樹様に呼ばれたってだけでもビックリなのに、いきなりこんな光景見たらそりゃ驚くよな。」

 

美咲「おっ、戻ってきたみたい。どうなってるかな。」

 

彩「改めまして、巫女の丸山彩です。さっきは緊張しちゃってごめんなさい。でももう大丈夫だよ。燐子ちゃんと、りみちゃんのお陰です。」

 

彩の緊張も解け、堅苦しい感じも無くなったようだった。

 

ゆり「良い感じで打ち解けたね。」

 

小たえ「宜しくお願いします、彩先輩。」

 

彩「花園様…じゃなかった。うん、たえちゃん。」

 

美咲「まだたどたどしいけど、後は時間が解決してくれるでしょ。丸山さんは寄宿舎暮らしって事になるのかな?」

 

リサ「そうだね。私とモカで案内するよ。巫女同士の話もあるし。この世界で暮らしていくうえで、頭に入れておいてもらいたい事もあるし。」

 

モカ「じゃあこっちに来てくださーい。」

 

彩「はーーい。」

 

こうして彩は巫女組に連れられて部室を後にしたのだった。

 

 

---

 

 

次の日、寄宿舎廊下--

 

彩「お掃除、お掃除ー♪」

 

彩は鼻歌を歌いながら廊下を箒で掃いていた。

 

友希那「おはよう、丸山さん。こんな朝早くから掃除なんてご苦労様。」

 

彩「友希那ちゃん、おはよう。朝練頑張ってね。」

 

彩にも余裕が出てきて、だいぶフランクに接する事が出来るようになっていた。

 

友希那「ええ。頑張るわ。」

 

そこに蘭も農作業をする為に通りかかってきた。

 

蘭「おはよう、彩さん。お互い早いですね。」

 

彩「蘭ちゃん、おはよう。農作業気を付けて。」

 

次に夏希がやって来た。

 

夏希「おはようさんです、彩さん。何か手伝いましょうか?」

 

彩「大丈夫だよ夏希ちゃん、ありがとう。」

 

そしてリサもやって来る。

 

リサ「おはよう、彩。だいぶ馴染んできたね。」

 

彩「伝説の勇者様が次々に話しかけてくれる凄い状況だけどね……。」

 

友希那に蘭、そして夏希。神世紀300年では最早伝説となっている勇者達を一堂に会する事に彩は内心とても緊張していながらも、平然としながら話せるまでに打ち解けていた。

 

彩「でも、みんなとっても素敵な人ばかりで。おかげでいつもの生活リズムになったよ。」

 

リサ「それは何より。今日、浄化の儀をやるから彩の力も貸してね。」

 

彩「うん。みんなを手伝う為に私はここに来たんだから。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

どうやら、徳島に行く前に、ダメ押しでさらに浄化の儀を行うとの事だった。

 

美咲「守りは堅いに越した事はないしね。」

 

彩「今回は私も行くから、宜しくね。」

 

蘭「まかせて。指一本触れさせないから。」

 

香澄「うんうん!安心して良いよ、彩ちゃん!」

 

勇者と巫女一同はもう一度、愛媛へと足を運ぶ。

 

 

---

 

 

愛媛、神社内--

 

前の浄化の儀もあり、今回は敵の襲来も無く浄化の儀を終わらせる事に成功する。

 

彩「……ふぅ、儀式おわったよ。」

 

リサ「さすがだね、彩。巫女の力をそこまで引き出してるなんて。」

 

モカ「私なんかより全然凄いよー。」

 

彩「私は幼い頃からずっとやってるから、寧ろこれぐらいは出来ないと。正式な訓練を殆ど受けてないのに、巫女の御役目が出来るモカちゃんの方が凄いよ。」

 

リサ「2人とも凄いんだよ。モカももっと自信持って。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

リサ「……という訳で、彩という心強い存在のお陰で守備は完璧になったよ。」

 

香澄「おぉー。ありがとう彩ちゃん!握手握手!」

 

あこ「そういえば、ゴールドタワーでどんな御役目をやってたの?」

 

あこの質問に彩はゴールドタワーでの事を話し出す。

 

彩「ゴールドタワーでは"防人"と呼ばれるみんなが、危険な場所の地質調査などをしていて、私は巫女としてその補佐をしてたんだ。」

 

蘭「"防人"?勇者じゃなくて?」

 

 

"防人"--

 

 

それは勇者になれなかった者達32人の総称--

 

 

主な任務先は四国の結界の外、灼熱の大地である。その為、耐熱性能においては勇者よりも上。

 

彩「私は近しいものだと思ってるよ。防人のうち何人かは、もうすぐ援軍としてみんなの元に駆けつける筈だよ。」

 

ゆり「さらなる援軍もいるんだね。それは尚更心強いよ。」

 

中沙綾「"防人"…おたえはその存在知ってた?」

 

中たえ「知らなかった。でも前に話してたアレだと思うよ。勇者システムの量産化。今は呼称が違うみたいだけど、その内勇者になるんじゃないかな?」

 

中沙綾「神樹様全戦力を動員してるんだね。ここから先、やっぱり油断は出来ないよ。」

 

中たえ「うん、みんなで力を合わせて頑張ろう。」

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

彩「みんなに、神樹様のご加護がありますように。」

 

高嶋「うん!行ってくるね。」

 

樹海へ赴く勇者達に彩は祈りを捧げていた。

 

彩「……この瞬間だけは、何度見送っても慣れないよ。」

 

モカ「分かるよ。でも大丈夫。みんな無事に戻ってくるから。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

あこ「徳島に来たよ!!なんか樹海も徳島って感じがする。」

 

有咲「いつもと変わらないだろ……。」

 

薫「どこからか、渦潮の香りも漂ってくるよ…。」

 

美咲「さすがにそれは気のせいだよ……。」

 

そうこうしているうちに敵がやって来る。

 

ゆり「よしみんな、交戦準備!」

 

りみ「うん、お姉ちゃん!」

 

ゆり「…………。」

 

りみ「ど、どうしたの、お姉ちゃん。」

 

ゆり「最近、りみが凛々しく見える時があるよ。なんか感慨深いなぁ。」

 

有咲「ほら!そんな事言ってる間に敵来るぞ!」

 

 

--

 

 

何とか善戦して戦っているも、勇者達の疲労がいつもより早く訪れる。

 

小沙綾「はぁ、はぁ……。敵、中々やりますね。」

 

紗夜「造反神が追い込まれてパワーアップしたという話が今実感してきました…。」

 

友希那「こっちだって強くなっているわ。大丈夫よ、紗夜。」

 

ゆり「まだまだ!この戦いに勝って徳島での足掛かりを作るよ!」

 

全員「「「了解!!!」」」

 

 

 



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不透明の心情

着々と話は終わりへと近付いています。

ここから徳島奪還編が始まり、その後は高知奪還編へと続きます。





 

徳島での初戦を白星で飾った勇者たちは徳島に上陸していた。

 

 

徳島--

 

小たえ「エンジョーーイ、トクッシマラーーイフ!!とっくしま、とっくしま♪」

 

彩「とっくしま、とっくしま♪」

 

夏希「おたえのテンションに乗れるぐらい馴染んだなぁ、彩さん。」

 

中沙綾「良い事だね。夏希、次はあっちに行ってみようか。」

 

みんな思うがままに徳島を満喫しているが、リサは浮かない顔をしていた。

 

友希那「どうしたの、リサ?」

 

リサ「何とか徳島に食い込む事は出来たんだけど、思ってたより解放地域が少ないんだよ。愛媛を取れば一気に展開が楽になるって言ったんだけど、これじゃぁまだまだかも。」

 

美咲「全然問題無し。いやーまだまだ解決する事が多くて嫌になっちゃいますよ。」

 

薫「美咲は上機嫌だね…。リサ、気にする事は無いよ。」

 

友希那「そうよ。前進はしている。勝ちを少しづつ積み上げていけばいいのよ。」

 

蘭「当面の目的は、粘り強く戦って解放地域を増やして、更なる援軍を呼び込めば良いって事だね。」

 

モカ「コツコツとだね。」

 

美咲「大いに結構。コツコツ堅実派の私にとっては問題無し。」

 

 

--

 

 

小たえ「蟻さん、元気?たえだよ。」

 

蟻と戯れているたえの元に沙綾がやって来る。

 

小沙綾「あれ?おたえ彩さんは?一緒じゃなかったっけ。」

 

確かに徳島に着いてから彩はたえと行動していたが、今たえの近くに彩の姿は無かった。

 

小たえ「あれ?いない。ごめん蟻との対話に夢中だったよ。」

 

小沙綾「別に謝る事じゃ無いよ。しっかりしてる彩さんの事だから、端末に伝言とかない?」

 

たえは端末を確認すると、彩からの伝言が入っていた。

 

小たえ「あっ、本当だ。さすが沙綾、端末にメッセージが入ってたよ。」

 

彩『良い掃除用具があったので見てみるね。』

 

小たえ「彩さん掃除好きだもんね。」

 

小沙綾「何事も無いと良いんだけど…。」

 

 

---

 

 

徳島、商店街--

 

たえと別れた彩は1人、商店街に来ていた。

 

彩「おー。色んな掃除用具があって目移りしちゃうよ。」

 

 

そこに--

 

 

赤嶺「うわ、うわー可愛い新人さんだ。」

 

赤嶺がやって来たのである。

 

彩「っ!あなたはまさか。」

 

赤嶺「ふふふ、私の事は聞いてるみたいだね。そう、赤嶺香澄だよ。」

 

彩「丸山彩です、宜しくお願いします。」

 

赤嶺「彩ちゃん、ちょっと向こうでお話ししない?話で解決出来る事もあるかもしれないから。」

 

彩「素晴らしい提案だね。分かったよ、今行くね。」

 

赤嶺「……もうちょっと警戒してくれないかな。」

 

 

--

 

 

一方その頃、たえと沙綾は端末に残ってたメッセージを頼りに商店街へと彩を探しに来ていた。

 

小たえ「確かこの辺りのお店だった筈…。あっ!赤嶺さんがいるよ!?」

 

小沙綾「彩さんを狙ってきたって事!?」

 

2人の姿に赤嶺も気付く。

 

赤嶺「そうそう。今のが平常な反応。丸山彩ちゃん、最低限あれくらい警戒心がないと危ないよ。」

 

だが彩は意外な言葉を赤嶺にかける。

 

彩「でも、会ってみて分かったけど赤嶺ちゃんは全然悪い人じゃないと思うんだ。」

 

赤嶺「それは彩ちゃんが悪い人を見ていないからだよ。…って何言ってるんだろ。調子狂っちゃうな。」

 

そう言って赤嶺は何もせず去って行ってしまう。

 

小沙綾「消えた!?…何だったんだろう一体?」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

部室に戻ったたえと沙綾は他のみんなに商店街で起こった事を伝えた。

 

有咲「彩が赤嶺に攫われそうになった!?巫女を狙うなんて、香澄の名が泣くな全く。」

 

美咲「確かに可愛いからねー。それにしても油断も隙もない。」

 

彩「赤嶺ちゃん、全然怖いイメージが無かったんだ。だから話し合いで解決出来るならって。」

 

ゆり「確かに敵だけど、どこか憎めないところもあるよね。」

 

彩「ごめんなさい。みんなの力になればと思ったけど心配かけちゃったみたいだね…。」

 

薫「彩は既に十分過ぎるほど力になっているさ。彩からはゆりと近しいものを感じるよ。そう、母なる海の様な大らかさをね。」

 

彩「えっ、私そんなに背大っきくないけど…。」

 

薫「身長の問題では無いよ。私は彩は彩のままでいて欲しいんだ。そんな彩を攫おうとするなんて、赤嶺香澄…今回は許されないよ。」

 

薫は静かに怒りを燃やしていた。

 

美咲「今度会ったらビシッと言ってやってよ、お姉様。」

 

紗夜「母なる海の様な大らかさ……何となく今回は瀬田さんの言っている事が分かります。」

 

高嶋「彩ちゃん何て言うか、抱きしめてくれそうな雰囲気があるよね。」

 

紗夜「高嶋さんも…割とそんな感じですけどね。」

 

ゆり「ともかく、今後は単独行動は控えた方が良いね。特に巫女は。」

 

リサ「そうだね。土地の半分を取られて敵側の動きに何か変化があったのかも。」

 

蘭「モカ、離れないでよ。明日から農作業も一緒にやろう。」

 

モカ「こりゃ大変になりそう。」

 

ゆり「ま、まぁ1日中ずっとじゃ体力に限界があるから交代制が良いかもね。」

 

勇者部達の対策会議は続いていく。

 

 

--

 

 

中たえ「それじゃあ、巫女の素養がある沙綾には私と香澄が交代で警備につくね。」

 

中沙綾「私は勇者になれるから大丈夫だよ。彩さん達を守ってあげて。」

 

香澄「いやいや、私は離れないからね。」

 

中たえ「守らせて、沙綾。」

 

中沙綾「2人には……いつも守ってもらってばっかで。」

 

中たえ「沙綾はそんな性質があるんだよ。ほら、あれ見てよ。」

 

たえが指した方には小学生組--

 

 

と紗夜がいた。

 

 

夏希「安心して沙綾。私が近くにいるから。」

 

小たえ「私もいるよ。」

 

紗夜「私もです。連携しましょう、海野さん、花園さん。」

 

小沙綾「わ、私は巫女としての力は持ってないよ。」

 

夏希「なんて油断してる所に来るかもしれないからさ。ま、諦めて私達に守られる事だよ。」

 

 

--

 

 

中たえ「でしょ?」

 

中沙綾「…ありがとう。それじゃあよろしくね。」

 

香澄「任せて、さーや!!」

 

一方で彩には薫と燐子がついていた。

 

薫「彩、安心して良い。もしまた赤嶺が来ても私がいる、任せてくれ」

 

燐子「私も近くで守ります…。頼りないかもしれないけど、危機察知だけは…自信がありますから…。」

 

彩「とっても心強いよ。」

 

友希那「リサ、そんな訳で私が傍にいるわ。」

 

リサ「いつもと変わらないね。」

 

友希那「確かにね。」

 

高嶋「私もフォローするよ、友希那ちゃんにリサちゃん!」

 

リサ「ありがとね、香澄。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

友希那「今日も敵の戦力を削って行きましょう。」

 

その時、友希那は何かの気配を感じ取った。

 

赤嶺「こんにちは、元気そうだねみんな。」

 

美咲「出たな、この誘拐未遂犯。」

 

薫「私は怒っているよ、赤嶺香澄。」

 

赤嶺「丸山彩ちゃんの事?信じてくれなくて良いけど、別に害意は無かったよ。四国の半分を取ったからって、あまり楽勝ムードになられても困るから、びっくりさせようかなって。人質にはしないで、すぐ返すつもりだったけど。あの子があまりに純粋で狂言する気も無くなったよ。まぁその様子を見るに私が丸山彩ちゃんに接触する姿を見ただけで、十分にびっくりはしたみたいだね。」

 

有咲「そりゃあな。戦闘外での不意打ちはしないとか言ってた奴が何の心変わりかと思うだろ。」

 

蘭「今日はそれを言いに出てきたの?」

 

赤嶺「ううん、別件。こっちも徳島での迎撃準備が整ったからね。改めてご挨拶をと思って。」

 

中沙綾「今度はどんな作戦で来るの?」

 

赤嶺「シンプルだよ。数にモノ言わせるだけ。造反神様、不利になった事で力が増したから。という訳で、今後は攻めても攻めても中々土地が取れないと思うよ?」

 

その言葉と共に、擬似バーテックスの大群が押し寄せてくる。

 

赤嶺「ね?ハッタリじゃないでしょ。それじゃあ頑張ってね。」

 

そう言い残し赤嶺は消えていった。

 

あこ「言いたい事だけ言って消えちゃったよ。」

 

友希那「何であろうと私達がやる事は1つよ!!どんな手で来ようとも私達は負けないわ!」

 

 

 



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拳と拳のぶつかり合い

戸山香澄vs赤嶺香澄の一騎打ち、勝つのはどっちの香澄か?

次回、遂にあの4人がやって来ます。




 

 

樹海--

 

あこ「とりゃあーー!!徳島返せーー!」

 

りみ「えいえいえいえーーーーい!!」

 

ゆり「りみも随分腕が上がったのは喜ばしいけど、キリがないよ。」

 

徳島に入ってから敵が次々と湧いてくるので、勇者達は中々土地を取り返せなくなってきていたのである。

 

あこ「んもーーー!!キリが無いよ!!りんりん、何か策は無い!?」

 

燐子「焦っても仕方ないよ…。堅実に行こう…。」

 

あこ「むーっ、やっぱり無いかぁー!よーし、夏希!掛け声だよ!勇者はー!」

 

夏希「根性ーーっ!!」

 

そこへいつものように赤嶺が姿を現した。

 

赤嶺「今日も闘魂燃えたぎってるね。こんにちは、お姉様。みんなも御機嫌よう。」

 

紗夜「遂にボスが現れましたか。」

 

赤嶺「残念ながらそうじゃないんだな。」

 

紗夜「では下がってなさい。」

 

赤嶺「まぁまぁ会話イベントだと思って聞いてよ。」

 

紗夜「それなら仕方ないですね…。」

 

赤嶺「勇者のみんな。中々徳島を奪還出来なくてそろそろ、もどかしく思ってきたでしょ。」

 

有咲「それで私達の根負けを狙うのがあんたの狙いなんじゃないの?」

 

赤嶺「勇者は根性って言うしね、それは効果が薄いと思ってるよ。実際今もそんな感じだったし。こっち側としても、また土地を奪っていきたいんだけど、戦線が膠着しちゃってさ。」

 

小沙綾「何が言いたいんですか?」

 

赤嶺「そこで私がある提案を持ってきたという訳。この停滞状況を打破する提案をね。」

 

小たえ「提案?何だか危険な香りがしてきた。」

 

そして赤嶺は驚くべき提案をしてきた。

 

赤嶺「私からの提案はね、一騎打ちだよ。互いの陣営から代表を1名ずつ出し合って戦う。こっちが勝てば、徳島をまた全部貰う。こっちが負ければ、徳島の多くを渡す。どうかな?この行き詰まった感じを一気に全部解決出来ると思うんだけど。」

 

美咲「こっちが勝ったとして、そっちが素直に土地を返してくれる保証がゼロなんだけど。」

 

赤嶺「まぁ確かにね。じゃどうする逃げる?」

 

あこ「逃げないよ!!受けて…!!」

 

すかさず燐子があこの口を塞ぐ。

 

燐子「待って、あこちゃん……!あからさまな挑発だよ…。」

 

香澄「ちょっとタイム良いー?」

 

赤嶺「良いよ。よく話し合ってね。」

 

勇者達は赤嶺から距離をとって話し合いを始める。

 

 

--

 

 

中沙綾「相手は対人戦に特化してるって情報がある。そんな相手と一騎打ちなんて危険じゃないかな?」

 

友希那「確かに。でもここは敢えて一騎打ちを挑むべきだと私は思うわ。赤嶺香澄は物理的に捕らえても逃げる。決着をつけるには徹底的に負かして、心を摘むしかないんじゃないかしら?」

 

薫「なるほどね、その為には挑戦を受ける必要がある、か。心理攻撃を破った時のように。」

 

友希那「戦いましょう。あいつは私が倒すわ。運命を切り開く!!」

 

そうして友希那が赤嶺の前に出るのだった。

 

 

--

 

 

友希那「赤嶺香澄。私が相手になるわ!」

 

だが、そこで赤嶺から追加で条件が入る。

 

赤嶺「あ!ごめんごめん。言い忘れてた事があったよ。私が戦う相手は戸山香澄か山吹沙綾ね。」

 

友希那「私との戦いから逃げるのかしら?」

 

赤嶺「逃げるっていうか、あなたじゃ今回の趣旨とは外れるんだよ。」

 

中沙綾「何で私か香澄なの?」

 

赤嶺「勇者達には団結が必要だけど、それにしても個人の力だって必要。2人には可能性を見せてもらわないと。その為に私はここに来たんだから。」

 

赤嶺の意味深な発言に沙綾も戸惑いを隠せない。

 

中沙綾「?一体どういう事?おたえ、今の赤嶺の発言はどう見てる?」

 

中たえ「香澄か沙綾のお手並み拝見って言ってるんだと思う。」

 

小たえ「この状況そのものが、一騎打ちの土台として用意されてたんじゃないかな。」

 

中沙綾「香澄か私が一騎打ちするしかない状況を作る為にわざわざ戦況を膠着させたって事?」

 

美咲「やっぱり巫女狙いなんじゃないの?山吹さんを一騎打ちに引きずり出して倒すって魂胆じゃ。」

 

紗夜「戸山さんが指名に入ってるのは、戸山さんを倒した場合でも、山吹さんを無力化出来るからかしら?」

 

中たえ「でもさっきまでの言葉を考えると、その線はちょっと薄い気がする。」

 

どちらが行くか決まらない状況で、香澄が口を開いた。

 

香澄「あの…私行ってこようかと思うんだけど。組み合ってみる事で、赤嶺ちゃんの考えている事が分かるかも。」

 

中沙綾「でも相手は対人に強いんだよ、危険だよ。それなら私が……。」

 

心配する沙綾の手を取って香澄は言う。

 

香澄「ありがとう、さーや。でも相手は香澄だから。こっちも香澄で丁度いい気がするんだ。」

 

蘭「確かに。香澄同士の謎を解き明かすチャンスかもしれない。」

 

香澄「うん、戸山香澄、行ってきます!!」

 

そう言って、香澄は赤嶺の元へと走っていった。

 

赤嶺「お、話がまとまったのかな?一騎打ち、やる流れみたいだね。嬉しいよ。どうせだから高嶋先輩。レフリーとして勝負の判定、お願いしていい?」

 

高嶋「分かったよ。責任持ってレフリーするね。」

 

香澄「みんなー、私やってくるね!!」

 

香澄は後ろを向いてみんなに手を振った。

 

有咲「全く…他の人だと心配するくせに自分の時は率先して……。本当に香澄は…分かった、ぶっ倒して来い!」

 

友希那「相手は強いけれど、戸山さんの底力を私は知っている。頼んだわよ。」

 

紗夜「戸山さんなら、あの相手とも仲良くなれてしまうかもしれません。頑張ってください。」

 

あこ「香澄は元が強い上に、あこが応援するから絶対勝てるよ!」

 

燐子「この流れなら、相手は正攻法で来ると思います…。戸山さん、応援してます…。」

 

小沙綾「大変なプレッシャーだと思いますけど、香澄さんならきっと…。」

 

小たえ「頑張れ、頑張れ香澄先輩!!」

 

夏希「出来るだけ大きな声で応援します!!」

 

蘭「私の野菜を食べてるから大丈夫。頑張れ、香澄。」

 

美咲「遠くで見ていて何か気付いた事があればアドバイス送るからね。」

 

薫「大丈夫。みんなが、海が、香澄ちゃんを見守っているよ。」

 

りみ「香澄ちゃんなら出来るよ。だって香澄ちゃんだから!」

 

ゆり「頑張って、香澄ちゃん。部長として応援してるよ。」

 

 

みんなの応援が香澄の心に響く--

 

 

香澄「みんな、ありがとう!!さーや、見ててね!」

 

中沙綾「いつも見てるよ。」

 

 

--

 

 

香澄「お待たせ、赤嶺ちゃん。」

 

赤嶺「提案に乗ってくれてありがとう。そうこなくっちゃね。」

 

高嶋「これから香澄と香澄の戦いを始めます!レフリーは私、香澄です!」

 

有咲「改めて見ると、相当カオスな光景だな。高嶋も開き直ってるよ。」

 

友希那「あれだけ私が戦うと宣言したのに、戸山さんに任せてしまうのは恥ずかしいわね。」

 

紗夜「あの流れでは仕方ないでしょう。別に格好悪いとは思ってません。」

 

友希那「紗夜…。」

 

紗夜「さぁ、応援しましょう、戸山さんを。そしてレフリーの高嶋さんも。」

 

燐子「この戦いに勝って、土地を取り戻せれば…更なる援軍が呼び込める筈です…。」

 

中沙綾(香澄……頑張って!)

 

高嶋「それでは2人とも、見合って見合ってー。始めっ!!」

 

戦いのゴングが鳴り、2人の香澄が激突する。

 

 

 

香澄「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 

赤嶺「ふぅぅぅぅぅっ!!!」

 

香澄「勇者パーーーンチ!!!」

 

赤嶺「勇者パンチ…!!」

 

2人の勇者パンチがぶつかり合う。

 

高嶋「わっ!す、凄いぶつかり合い。」

 

友希那「互角だわ!これは気持ちのぶつかり合いね。」

 

両者は体制を立て直し、2撃目に入る--

 

 

 

香澄「勇者ぁーーーキーーーーック!!」

 

赤嶺「勇者キック…!!」

 

両者の力はほぼ互角だった。

 

高嶋「こっ、これも同じくらいの強さ!ぶつかり合う風圧が、凄くて…!」

 

中沙綾「香澄、頑張れ!!」

 

2人とも一歩も引かず勝負は続くと思っていたが、

 

赤嶺「勇者パンチ!!」

 

香澄「勇者パンチ!う、うぁぁぁぁっ!!」

 

赤嶺の勇者パンチを受け止め切れずに飛ばされてしまう。

 

赤嶺「吹き飛んだね。相殺しきれてないよ。私の勝ちかな。」

 

その時だった。

 

有咲「勇者部五箇条!!!」

 

樹海に勇者部の声が響き渡る。

 

中たえ「なるべく〜?」

 

香澄「諦めない!!!」

 

香澄は立ち上がる--

 

 

赤嶺「立ったか……。」

 

香澄「ごめんね赤嶺ちゃん。私1人の力を見てみたいって言ってた気がするけど…。」

 

あこ、蘭「「フレー!!フレーー!!香澄!!」」

 

中たえ、ゆり「「ファ・イ・トーーー!!!」」

 

香澄「ここまでみんなの声援をもらってて、1人とは言えないかな。みんなの声を、想いを、この拳に乗せて……!!はぁぁぁぁっ……!!」

 

みんなの声援を受け、香澄の拳に力が溜まっていく--

 

 

赤嶺「…ふふ。こっちも限界を超えていくよ。勇者パンチ!!」

 

香澄「勇者パーーーーーンチ!!!!」

 

4度目のぶつかり合い、勝ったのは--

 

 

 

赤嶺「うわぁぁぁぁぁーーっ!!!」

 

戸山香澄だった--

 

 

赤嶺が物凄い勢いで吹き飛ばされていく。

 

美咲「おぉー!吹き飛ばした!」

 

赤嶺「うっ……。一騎打ちは完敗だね…!凄いよ…。」

 

ふらふらで起き上がった赤嶺を擬似バーテックスが連れ去っていった。

 

燐子「見てください…樹海化が解けていきます…。土地が戻ってきたんですよ…。」

 

高嶋「凄かったよ、戸山ちゃん!」

 

香澄「みんなのお陰だよ、高嶋ちゃん。そしてはっきり分かったよ。赤嶺ちゃんとも分かり合えるって。絶対、一緒に戦える時が来る。」

 

高嶋「……うん!そうだね、戸山ちゃん。」

 

拳と拳を交えた一騎打ちに勝利した香澄。その最中で、確かに赤嶺の思いを感じ取る事が出来たのである。そしてこの一騎打ちで徳島の土地の多くを取り戻し、更なる援軍が来る事となる--

 

 

 



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集結の園

遂に防人達4人が合流です。

そして赤嶺の口から出てきた氷河日菜の先祖とは--




 

 

勇者部部室--

 

赤嶺との一騎打ちに勝利し、徳島の多くを勝ち取った勇者部。そして今、新たな仲間がここに召喚されようとしていた。

 

高嶋「戸山ちゃんの頑張りで、来るよ来るよ!彩ちゃんの友達が…新しい仲間が来るよー!!」

 

燐子「徳島の土地を沢山取り返して、神樹様にまた力が戻って…良かったですね、丸山さん…。」

 

彩「うん、燐子ちゃん。千聖ちゃんに花音ちゃん、イヴちゃん、日菜ちゃん。会えるのが楽しみだよ。」

 

有咲「ん?なんだか気になる名前が2つ程…千聖に日菜?」

 

有咲はどうやら2人の事に聞き覚えがあるようだった。

 

香澄「ワクワクする瞬間だよね、さーや!」

 

中沙綾「そうだね。でも体調は大丈夫?」

 

香澄「時々痛むけど大丈夫だよ。さぁ、ようこそ勇者部へ!」

 

彩「わくわくわくわく………………わく?」

 

しかし彩の仲間たちはなかなか召喚されてこなかった。

 

ゆり「あれ?また夏希ちゃんみたいにどこかに引っかかってるとか?」

 

その時樹海化警報のアラームが鳴る。

 

夏希「あ!このパターンは私じゃなくて友希那さん達のパターンじゃないですか?」

 

中たえ「樹海に召喚されて敵と遭遇してるんだね。早く助けに行かないと。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

紗夜「人影を発見、2人程いるようです。あれは……1人は赤嶺香澄じゃないでしょうか?」

 

友希那「いきなり赤嶺に襲われるのはマズイけど、そんな感じでも無いようね。」

 

赤嶺は誰かと話をしてるようだ。

 

赤嶺「…あれが私の戦ってる相手だよ、つぐちん。……じゃ無かった。つぐみじゃなくて子孫の日菜だね。」

 

日菜「ありゃ!人の格好をしてるけどバーテックスなんだね、赤嶺ちゃん。」

 

赤嶺「うん。そしてこっちのバーテックスは味方なんだ。という訳で助けてくれないかな?」

 

日菜「分かったよ!赤嶺家と氷河家は盟友だもんね!そこのみんな!今から倒しちゃうよー!!」

 

そう言い放ち、日菜は勇者部に攻撃を仕掛けてくる。

 

小沙綾「っ!襲ってくる?もしかして騙されてるんじゃ!?私たちが味方でそっちが敵です!!」

 

有咲「ちょっと、日菜さんじゃないですか?私です、市ヶ谷有咲です!」

 

日菜の事を知っている有咲が必死で説得するも、日菜は聞く耳を持たなかった。

 

日菜「問答無用!私の目は欺けないよ!」

 

有咲「仕方ねぇ、りみ!!」

 

りみ「分かった!えーーーいっ!!」

 

りみはワイヤーで日菜の身動きを封じた。

 

日菜「あれあれあれ!?う、動けないー!!」

 

日菜はジタバタもがくもワイヤーはビクともしなかった。

 

美咲「やれやれ…ちょっと話聞いてよ…ってマズイ、お仲間も召喚されてきたよ。」

 

 

 

 

 

?「っ!?何故樹海の中に?私達は壁の外を探索中だったのに…。」

 

?「ど、どうなってるの千聖ちゃん!?私達3人しかいないよ?他のみんなは何処!?」

 

?「千聖さん、花音さん、あそこを見てください。」

 

イヴが指した先には人に囲まれ、ワイヤーでぐるぐる巻きにされている日菜の姿が。

 

千聖「あれは、日菜ちゃん!?何が起きてるか分からないけど、とにかく行きましょう!」

 

イヴ「了解です。」

 

花音「ふぇぇ!?まさか戦闘するの!?私聞いてないよー!!」

 

千聖「とにかく状況を見極めないと。」

 

千聖達が日菜の所へ向かっているのに友希那達は気付く。

 

友希那「マズイわね…。また戦闘になってしまうわ。」

 

薫「一旦落ち着いてもらうしかないようだね。」

 

千聖は勇者達の前に辿り着き、銃剣でワイヤーを狙い打った。

 

有咲「ちょっと待て!!」

 

だが有咲が弾を全て弾き落とす。そして今の行動で千聖も何かに気付いたようだった。

 

千聖「やはり彼女達は人間よ。とても敵とは思えない。みんな、戦闘態勢を解いて。」

 

花音「良かったぁ…。」

 

千聖「と言うより知った顔がいるのよ。」

 

 

 

 

有咲「やっと気付いたか、白鷺千聖…。」

 

千聖「市ヶ谷有咲…。」

 

日菜「え!?本物の有咲ちゃんなの!?」

 

有咲「だからさっきからそう言ってるだろ。突撃思考は相変わらずだな、氷河日菜。」

 

有咲と千聖と日菜の3人はかつて勇者候補生として同じ屋根の元で訓練してきた間柄である。中でも有咲と千聖は勇者の座を最後まで争ってきたライバル関係でもある。

 

イヴ「あっ、あれは夏希さん。」

 

イヴも見知った顔を見つける。

 

夏希「あっ、もしかしてイヴ!?…が中学生になったのかな!?」

 

イヴと夏希達小学生組は神樹館小学校の生徒であり、その時イヴは夏希達の隣のクラスだった。つまり夏希に何が起こるのかを知っている人物でもある--

 

 

花音「あっ、勇者の皆さん!?」

 

香澄「あれ!?花音ちゃんだ!」

 

そして花音も会った事のある人達、勇者部の面々と再び邂逅するのだった。花音は自分の部活が勇者として選ばれなかった際、勇者に選ばれた人物を探ろうとして花咲川中学へと忍び込んだ時、勇者部の人達と出会ったのである。

 

あこ「あれあれ?なんだか知り合いが多いみたいだね!あこも混ぜて。」

 

日菜「赤嶺ちゃん!?これは一体どういう事?」

 

赤嶺「あははっ!私こそが敵だったんだよ。ごめんね、嘘ついて。つぐちんの…"氷河つぐみ"の子孫をどうしても見ておきたかったんだ。」

 

日菜「なっ……。」

 

香澄「赤嶺ちゃん!」

 

赤嶺「1対1の決闘も終わって、いよいよ私との攻防戦もクライマックスだね。高知で待ってるよ。そこで決着を付けよう。来る事が出来たらね…。」

 

いつも通りに赤嶺は消えてしまう。

 

中沙綾「また消えた…。私達の同士討ちが狙いだったのかな。」

 

香澄「…赤嶺ちゃんは、私との戦いでもっと技術に頼る事も出来たと思うんだ。でも正面から勇者パンチの……気持ちのぶつかり合いで勝負してきた。赤嶺ちゃんはそんな人だから。今のはただ、本当にからかっただけの気がするよ。」

 

拳をぶつけ合った香澄には赤嶺の気持ちが何となく分かるようだった。

 

高嶋「高知に行けば分かるって事だね、戸山ちゃん。」

 

香澄「うん。」

 

香澄(今度で決着か…。その後はお友達になろうね、赤嶺ちゃん。)

 

 

--

 

 

誤解を解く事が出来た千聖達は気を取り直して勇者部に挨拶をする。

 

千聖「…先程はごめんなさい。私は"防人"の白鷺千聖よ。"防人"のリーダーとして謝るわ。」

 

ゆり「良いよ、千聖ちゃん。この世界に召喚された直後なんだから訳が分からなくて当然だよ。」

 

友希那「取り敢えず、部室に来てくれるかしら?丸山さん…丸山彩さんから詳しく話を聞いてちょうだい。」

 

友希那の言葉を聞いて、千聖に笑顔が戻る。

 

千聖「っ!彩ちゃんが来てるのね。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

防人組は彩から話を聞いてこの世界の現状を知った。

 

日菜「彩ちゃんから全部話は聞いたよ。みんな、勘違いしちゃってごめんね。」

 

蘭「別に気にしてないですよ。」

 

リサ「この特殊な世界の中では、防人の戦衣も性能は勇者と遜色無いものまで引き上げられてるよ。神樹様も防人全員を呼ぶ力は無かったみたいだけど、4人も来てくれて本当に助かるよ。」

 

花音「こんな素敵な勇者様軍団の中に加えられたって事は、私たちいよいよ認められたって事だよね、千聖ちゃん。」

 

千聖「どうかしら。使えるものは何でも使うって精神かもしれないし。

 

イヴ「それでも選ばれたという事ですから。」

 

千聖「心理を解析するようになってきたわね、イヴちゃん。」

 

香澄「千聖さんは、有咲と一緒に特訓してたんですよね?頼もしいです。」

 

日菜「私も同じ環境だったよ。頼りにしてね。」

 

夏希「おーなんか強いオーラ出てますもん。海野夏希です。宜しくお願いします。」

 

千聖「宜しくね、夏希ちゃん。」

 

日菜「この子達が、私達の先輩かぁー。宜しくね、みんな。」

 

友希那「神世紀も時代が進むと勇者になる人達も増えてくるのね。」

 

香澄「でも私達、千聖さん達が頑張ってる事は全然知らなかったんです。」

 

ゆり「現実世界での私達の御役目は終わったものだと思ってたけど…。そういう訳じゃないのかも。」

 

りみ「でも今回みたいに、ちゃんと事情も話してもらってみんなと一緒に戦えるなら、私は…。」

 

ゆり「私の妹ながら勇者だね。まぁそれは戻ってから考えようか。」

 

香澄「やー、部室がよりみっちりになったねー。わいわいで楽しいよ!」

 

 

--

 

 

あこ「ちささんと有咲ちゃんが知り合いだって言うのは分かったけど、夏希とイヴも知り合いなの?」

 

イヴ「私は神樹館小学校でした。夏希さんとは同学年でちょっと話した事があるくらいです。クラスだって違うので、私の名前まで覚えてるとは思わなかったです。」

 

夏希「勉強は自信無いけど、そういうの覚えるのは自信があるんだ。いや、あるんです、か。」

 

小沙綾「そうだったんだ。私は全然覚えて無かったから。」

 

小たえ「同じくー。」

 

イヴ「3人が御役目で頑張っている事は聞いてたから…一緒に戦えるのは嬉しいです。」

 

あこ「それで、花音と香澄達が知り合いなんだね?」

 

花音「そうなんだよ。本当に恐悦至極で…。」

 

香澄「花音さんは防人だったんだね。」

 

ゆり「普通で良いよ普通で。」

 

花音「いやいや私は戦闘になれば皆さんに守ってもらう立場だから……。」

 

下から来る花音に、すかさず千聖は断りを入れておく。

 

千聖「こんな事を言ってるけど、彼女は立派な戦力よ。普通に扱って構わないわ。」

 

花音「ふえぇぇぇーー!!なんて殺生な事をー!」

 

花音は千聖に張り付いた。

 

美咲「面白い人達だね。これから宜しく。良い所だからゆるーくやりましょう。」

 

彩「様々な縁を持つ人達が集う。これも神樹様の導きだね。」

 

 

--

 

 

千聖「大体の自己紹介は済んだけど、まだ知っておいて欲しい事があるの。」

 

そう言って千聖はイヴの肩を叩いた。

 

イヴ「分かりました。今代わります…。」

 

イヴは目を瞑り、再び開くと--

 

 

イヴ「はぁーーっ!!勇者様達宜しく!!若宮イヴだ!!」

 

イヴの性格が180度変わったのである。

 

燐子・りみ「「わぁっ!?」」

 

高嶋・紗夜「「ワイルド!?」」

 

あこ「何それ一発芸みたい!?本当に別人みたいだよ。」

 

日菜「イヴちゃんの別人格なんだ。すぐ慣れると思うよ。」

 

イヴの心には幼少期の件があり、もう1人別人格のイヴがいる。イヴを守る為、性格は正反対である。

 

イヴ「俺は白鷺のモノだからな。白鷺が勇者様達と戦えと言うんなら戦うぜ。」

 

中たえ「モノってどう言う事?」

 

イヴ「簡単な事だ。俺は俺より弱い奴には従わない。勝手にやるのが信条だ。」

 

千聖「だから私が勝負したの。戦って勝ち、私に従ってもらってるのよ。」

 

美咲「豪快な関係なんだね…。」

 

イヴ「まぁ、今は白鷺そのものを気に入ってるから、勝手にしろって言われてもついて行くだろうがな。」

 

花音「私も千聖ちゃんについて行くよ、何処までも。」

 

日菜「私もそんな感じかなー。なんだかんだで私と千聖ちゃんってコンビみたいなところがあるから。」

 

千聖「えっ?」

 

そう言いながら日菜はチラチラと横目で紗夜の事を見ていた。

 

日菜(あの人が、氷川紗夜……。実際見てみると、何処と無く似てる感じも………。)

 

同じく紗夜も何処か日菜の事が気になるようだった。

 

紗夜(氷河日菜………字は違うけれど、妙な雰囲気がするのは気のせいかしら……。)

 

高嶋「?紗夜ちゃん、どうしたの?」

 

紗夜「っ!?な、何でもありません…。」

 

友希那「白鷺さんは随分とみんなに慕われているのね。」

 

彩「それはもう!防人全員が千聖ちゃんの事が好きなんだから。もちろん私も!」

 

千聖達も加わり、総勢24名になった勇者部。残った徳島の土地も残り僅かとなり、勇者部達の戦いも終わりが見えてきた--

 

 

---

 

 

樹海--

 

 

赤嶺「まさかここに来て氷河家が来るなんてね………。」

 

赤嶺「つぐちん……。私は…………。」

 

 



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勇者と防人のコンビネーション

第6章もまもなく終わりへと近付いています。

紗夜と日菜の関係も少しづつ明らかに……。





 

 

勇者部部室--

 

千聖達防人組が合流してから数日が経過していた。

 

友希那「これだけ戦力が揃えば、激戦となっている徳島でも優位に立ち回る事が出来るわね。」

 

ゆり「相手の抵抗も相当しぶといけど、団結力で圧倒出来る筈だよ。」

 

日菜「ところで、みんなに質問があるんだけど。"氷河家"の事は知ってる?」

 

日菜がみんなに質問をするのだが、

 

香澄「えーとすみません、分からないです日菜さん。私、そういうのあまり詳しくなくて…。」

 

夏希「私も分からないです。神樹館にもそういう苗字の人は心当たりなかったです。」

 

知っている人はいない様子だった。

 

有咲「現時点では正直、"氷河家"と言ってもピンと来ない人が殆どだろ。よっぽど大赦に詳しいならともかく。」

 

日菜「もー、仕方ないな。そんな"氷河家"の家名を再び高める事が私の夢なんだ。」

 

夏希「そうなんですね。でも"氷河家"と紗夜さんの"氷川家"って漢字が違うだけで、同じ苗字だけど何か関係はあるんですか?」

 

高嶋「ホントだね。髪の色も似てるし、先祖が一緒とかありえるかも!?」

 

紗夜「………。」

 

日菜「………それは分からないよー、あはははっ。」

 

紗夜の視線が気に掛かり、日菜は思わず話をはぐらかしてしまった。

 

あこ「花音は愛媛出身なんだね。あことりんりんもなんだ。よろしくね。」

 

花音「そうなんだね。ミカンは私大好きだよ。」

 

燐子「愛媛同盟ですね…。よろしくお願いします、松原さん…。」

 

日菜「なんだか地方トークで盛り上がってるねー。あっ、そうだ。紗夜ちゃんって高知だったよね?良かったら今度、カツオでも…。」

 

紗夜「……ええ、そうですが何故あなたが私の故郷の事を知っているのでしょうか?」

 

日菜「っ!?」

 

紗夜のその言葉に日菜は動揺してしまう。

 

日菜「あ、あはは…な、何となくかな。フィーリングってやつだよ。」

 

紗夜「………。」

 

紗夜は日菜の顔をまじまじと無言で見つめる。

 

紗夜「……そうですか。でも、私は生まれ故郷に愛着を持っていないので。」

 

日菜はなんとか誤魔化せた安堵の息を漏らした。

 

リサ「さてと、随分話し込んだし今日はここでお開きとしましょうか。」

 

千聖「そうしましょうか。……ちょっとみんなは後で私の部屋に来てくれるかしら?」

 

そうして防人組は千聖の部屋へと移動したのだった。

 

 

---

 

 

寄宿舎、千聖の部屋--

 

日菜「どうしたの急に?」

 

イヴ「何かありましたか?」

 

千聖「思ったのだけれど、私達は同じ部屋で過ごした方が良いと思うの。」

 

イヴ「千聖さんがそれを望むのなら大丈夫ですけど、どうしてですか?」

 

千聖「戦闘システムがまとめて最新のものに統一されているという事は。」

 

日菜「分かった!私たちも勇者と肩を並べて戦えるって事だね。」

 

花音「守ってもらえれば安全なのに…。」

 

弱音を吐く花音の口を千聖が手で塞いだ。

 

千聖「そんな事は言わないの。勇者が防人に劣ってるなんて思われてはいけないわ。」

 

彩「千聖ちゃん、そこまで気負わなくても大丈夫だよ。」

 

千聖「ありがとう彩ちゃん。でも私達はここに来ていない防人達の分まで頑張らないと。」

 

千聖はどうやらこの世界で勇者と並んで戦える事にチャンスを感じているようだ。

 

千聖「そして何より重要な事は"犠牲を出さない事"。両方をきっちりやらないといけないのよ。」

 

そして千聖が抱えている信条は"犠牲ゼロ"。誰一人欠ける事無く生きて帰る事を何よりも大切にしているのである。

 

日菜「もとより氷河の名前を売り込む大チャンス。私はやる気満々だよ!」

 

千聖「その為に私達はより連携していかないと。だから同じ部屋に住むのよ。」

 

その言葉を聞いて、花音の表情が明るくなる。

 

花音「確かに千聖ちゃんに四六時中守られてるのは良い事かもしれないよ!」

 

その時、樹海化警報のアラームが部屋に鳴り響いた。

 

花音「ふえぇぇっ!?言ってるそばから来ちゃったよ!樹海化警報だよ千聖ちゃん!!」

 

日菜「腕が鳴るね。氷河家再興物語は新しい局面を迎えるよ!」

 

千聖「行ってくるわね、彩ちゃん。」

 

彩「責任感の強い千聖ちゃん。私は大好きだよ。でも忘れないでね。防人も勇者も、平和を……日常を守る志は同じ仲間なんだから。」

 

千聖「彩ちゃん…。」

 

防人達は部室へと急ぐ。

 

 

---

 

 

時同じくして--

 

紗夜の部屋で過ごしていた高嶋達の端末からもアラームが鳴り響いた。

 

高嶋「あ、樹海化来ちゃったね紗夜ちゃん。これからだったのに。」

 

紗夜「仕方ありません、行きましょう。防人の皆さんとも呼吸を合わせて戦わなければ。」

 

高嶋「そうだね、紗夜ちゃん。」

 

紗夜「気を使ってくれてありがとうございます。高嶋さん、私は大丈夫ですから。」

 

2人も部室へと急いだ。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

あこ「あっ、香澄に紗夜さん。早かったね。」

 

高嶋「これからゲームをしようとしてたのに困ったよ。」

 

千聖「ここでは防人の集団連携が使えない。戦い方を変えていきましょう。心の準備は良い?」

 

イヴ「大丈夫です、この状況下での戦い方はイメージ出来てます。」

 

日菜「同じく。戦い方が変わっても私達は最強だよ!」

 

花音「心の準備はあんまり出来てないけど、はいって言っとくよ。」

 

千聖「花音はいつもの事だからいいとして、さぁ行きましょう!」

 

彩「みんな、どうか無事に帰ってきてね。」

 

彩が見送る中、勇者と防人達は樹海へと消えていく。

 

 

---

 

 

樹海--

 

花音「ふえぇぇっ…戦闘が主な任務なんていつにも増して緊張するよぉ。」

 

花音の緊張具合に他のみんなが心配しだした。

 

りみ「す、凄くガチガチに見えるんですけど大丈夫ですか花音さん?」

 

花音「りみちゃん優しいね!大丈夫じゃないから気にかけてね!」

 

年下だろうと花音は全力ですり寄ってくる。

 

花音「ふえぇぇぇーーー!!」

 

疑似バーテックスは花音に襲い掛かるも、花音は叫びながら躱していく。

 

高嶋「わっ、花音ちゃん今凄い動きしたよ!ぬるんって!ねえ美咲ちゃん。」

 

美咲「確かに。これは普通に戦力だよ。」

 

続いて続々と敵が押し寄せてくる。どうやら徳島があと少しで勇者達に取り戻される事を危惧してるようだ。

 

花音「あんな凄い数無理だよ、千聖ちゃん!!」

 

千聖「戦衣の性能が引き上げられているなら恐れる事は無いわ、行くわよ!」

 

 

--

 

 

千聖は事前にリサに言われてた事を思い出す。

 

千聖(確か、念じれば出てくるのよね…。)

 

千聖「来なさい、"尊氏"!」

 

千聖が叫ぶと千聖の隣に有咲の精霊である"義輝"に似た鎧を着た精霊が出てきた。

 

千聖「力を貸しなさい!!」

 

千聖は"尊氏"を憑依させ、疑似バーテックスの大群に突っ込んでいった。

 

花音「千聖ちゃん!?」

 

千聖は傷一つ負う事無くバーテックスを蹴散らしていく。

 

"尊氏”の能力は武器の性能を上げる事。銃剣の剣は鋭さを増し、触れた敵を豆腐の様に切り裂いていく。そして銃の弾丸も貫通力を増し、一発の弾で何体ものバーテックスを殲滅していく事が出来る。

 

千聖「戦衣と精霊の力で思った以上の力が出る。これならいけるわ!!」

 

有咲「だりゃあぁぁぁぁっ!!」

 

有咲も千聖に負けじとバーテックスを殲滅していっている。

 

千聖「有咲ちゃん、一気に敵を撃破していくわね!私だって負けてられないわ!!」

 

千聖の闘争心に火が点く--

 

 

かと思いきや、

 

 

千聖「……いえ違うわ、優先されるべきはみんなで生還する事、そして勇者と同等の戦果。分かっていたのに、有咲ちゃんを見ているとペースが乱れてしまう。」

 

冷静さを取り戻した千聖は他の防人達を確認する。

 

千聖「日菜ちゃん、イヴちゃん、花音、大丈夫!?」

 

日菜「もちろんだよ千聖ちゃん。順調に敵を減らしていってるよ。」

 

イヴ「同じく頑張ってます。」

 

花音「はぁはぁはぁ。な、なんとかやってるよ千聖ちゃん…。」

 

千聖が安堵したのも束の間、樹海の奥から"超大型"が襲ってくる。

 

千聖「来なさい!今の私ならこれくらい!!」

 

そこに有咲が合流する。

 

有咲「千聖!私と一緒に倒すよ!!」

 

千聖「……ええ。」

 

2人の目にも止まらぬ連続攻撃が"超大型"に炸裂する。

 

香澄「うわぁー。凄い連続攻撃!有咲も千聖さんも強ーい!!」

 

有咲「ふぅ、やっぱりあんたと一緒だとめちゃくちゃ心強いな。勇者部も大幅に戦力増強だ!」

 

千聖「有咲ちゃんも腕をより磨いてるわね。ここまで敵を圧倒出来るとは思ってなかったわ。」

 

ゆり「本当に千聖ちゃんは強いねー。びっくりしちゃうくらいだよ。」

 

有咲「さぁ、どんどん来い!勇者部の太刀で迎撃してやるよ!!」

 

高嶋「千聖ちゃん、私も力を貸すよ。一緒にやろう!」

 

千聖「…………。」

 

有咲に加え、まだ出会って間もない勇者達が千聖の為に一生懸命力を貸してくれる--

 

 

そして、千聖は出撃前の彩の言葉を思い出す--

 

 

---

 

 

彩「防人も勇者も、平和を…日常を守る志は同じ仲間なんだから。」

 

 

---

 

 

千聖(確かに彩ちゃんの言う通りね…。)

 

千聖「ええ、一緒にやりましょう、高嶋さん!そして、有咲ちゃん!」

 

 

--

 

 

一方では--

 

日菜「まだまだ敵が来るんだね。良いよ、氷河家の礎になっちゃえ!」

 

いつもの癖で前に出すぎる日菜に燐子が注意する。

 

燐子「あっ、氷河さん…!あまり前に出すぎては危ないです…。」

 

紗夜「全く…熱くなると突出する人が数人いて困りますね。」

 

そんな日菜の隣に紗夜がやって来る。

 

紗夜「氷河さん。あなたの腕前は良く分かりました。でも前に出すぎです、自重してください。」

 

日菜「紗夜ちゃん…分かったよ。それと…。」

 

日菜がその先を言う前に紗夜が話し出す。

 

紗夜「良いんです、大体想像がつきますから。……あとカツオは嫌いじゃないです。」

 

日菜「………なら今度一緒に食べに行こうよ。私たちは同学年ていう共通点もあるしね。」

 

紗夜「それも良いですね。でもまずはこいつらを片付けましょうか。」

 

日菜「うん!一緒に倒そう!!」

 

中たえ「見て見て、チームワークが完成したよ、香澄。」

 

香澄「そうだね。みんなが仲良くなると嬉しいよ。」

 

勇者と防人のチームワークでどんどんと善戦していく。

 

友希那「敵の数がどんどん減っているわ。このまま力を合わせて徳島を奪い返すわよ!!」

 

 

--

 

 

全ての敵を殲滅し、樹海に静けさが戻る。

 

千聖「日菜ちゃん、帰るわよ。」

 

日菜「あっ、先に行ってて。」

 

千聖に先に戻るよう促し、日菜は紗夜に話しかける。

 

日菜「紗夜ちゃん、ちょっとだけ良いかな。」

 

日菜の表情から大事な話だと悟った友希那たちは気を使い2人だけにして先に帰るのだった。

 

紗夜「何かしら。」

 

日菜「………私達の事だよ。」

 

紗夜「最初の行動で薄々気付いていたわ。私とあなた、何か繋がりがあるのでしょう?」

 

日菜「………それはまだ分からないんだ。でも私の家に氷川紗夜、あなたの勇者御記が何故かあったんだ。何でなのか分からないけど、何か繋がりがあるのは確かだと思う。」

 

紗夜「そう……。」

 

以外にも紗夜は日菜と違いあっさりとした様子で言葉を返していた。

 

日菜「紗夜ちゃんは気にならないの…?未来の自分が書いた勇者御記を。」

 

紗夜「もちろん気にはなりますよ。でも、その事を考えるのはこの世界の平和を取り戻してからだとみんなで決めましたから。」

 

日菜は目の前の紗夜の言葉に呆気に取られていた。勇者御記から読み取れる紗夜と目の前にいる紗夜とでは印象がまるで違うからだ。

 

日菜(あの勇者御記に書かれていた恨み辛みの内容を今私の目の前にいる紗夜ちゃんが書いたとは到底思えないよ…。)

 

紗夜「どうしました?さっきからボーっとしてますが…。」

 

日菜「………ううん。何でもないよ。」

 

日菜は笑って返した。

 

日菜「でもこれだけは言える。今の紗夜ちゃんだったらきっと未来だって変えられるはずだって。」

 

紗夜「?ふふ…変な事を言いますね。」

 

日菜「あはははっ!!じゃあ戻ろっか。みんなを待たせると悪いしね。」

 

紗夜「そうですね。」

 

2人は部室へと戻っていった--

 

 

--

 

 

2人が去った樹海に赤嶺が現れる。

 

赤嶺「氷川と氷河……まさかそんな繋がりがあったなんてね。つぐちんが言ってた事は本当だったんだ--"氷河家"の先祖が"氷川家"だったって事。」

 

 

 



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そのままの気持ちで

徳島奪還編が終わり、次回から最後の高知奪還編へと参ります。


勇者達の戦いも残り僅か--




 

 

勇者部部室--

 

モカ「みんなが頑張ってくれたお陰で、次の戦いで徳島は取り戻せそうだよ。」

 

小沙綾「色々と手を打ってきた香川愛媛と違って徳島は随分と力押しでしたね、敵は。」

 

有咲「分かりやすくて助かるけどな。こっちは気合でいくのみだから。」

 

燐子「その分、高知では色々と仕掛けてくるかもしれません…。最後の一県ですから…。」

 

ゆり「なんにせよいつも通り、こつこつ行くまでだよ。それじゃあみんな、今日は解散ね。」

 

 

---

 

 

浜辺--

 

有咲と千聖は浜辺で鍛錬をしている。

 

有咲「敵も最後の抵抗をしてくるに違いない。ひたすら鍛錬あるのみだな。」

 

千聖「それに関しては同意だわ。有咲ちゃんはいつもここで鍛錬をしているのね。」

 

有咲「そうだよ。いっちょガツンとやってやろう!私はまだまだ強くならないと!」

 

 

--

 

 

鍛錬開始から2時間ほど経った頃--

 

有咲「はぁはぁ相変わらずやるな。さすがに疲れた。」

 

千聖「はぁはぁそっちもね。良い汗をかけたわ。」

 

2人は鍛錬を終え、有咲の家へと向かった。

 

 

---

 

 

市ヶ谷宅--

 

有咲「入って。まぁ鍛錬器具ばっかだけどな。」

 

千聖「こうしてあなたの部屋に入る日が来るとは思わなかったわね。」

 

有咲「人生どうなるか分からないよな。」

 

千聖「そうね…。ところで。」

 

千聖が有咲へと近付いてくる。

 

有咲「ん?何だ、どうして近付いてくるんだ?」

 

千聖「有咲ちゃん!!」

 

千聖はいきなり有咲に壁ドンをする。

 

有咲「な、な、なんで壁ドンすんだ!?ちょ、ちょま……!?」

 

千聖「あなたとは一緒に戦う仲間でもあるけど、競い高め合う相手だとも思っているわ。」

 

有咲「…!それはこっちも同じだ千聖。今日の鍛錬だけでもレベルアップした気がするよ。」

 

千聖「ええ。負けないから有咲ちゃん。」

 

有咲「こっちもね。……ってか普通に言え!何かと思ったわ!!」

 

 

---

 

 

千聖が有咲の家にいる頃、寄宿舎のイヴの部屋では--

 

中たえ「ねぇイヴ。イヴは神樹館だったんだよね?」

 

中沙綾「なら安芸先生って知ってるかな?」

 

イヴ「それは勿論。神樹館では、普段はクールですが優しい先生です。そして、防人をやっている今私達の受け持ちは安芸先生です。」

 

かつて神樹館小学校で沙綾たちの担任だった安芸先生。元の世界で香澄たちが世界を守った後安芸先生は姿を消していたが、その実ゴールドタワーで千聖達防人の先生をしていたのである。

 

中たえ「そうだったんだね。大切な御役目に付いているとは聞いてたんだけど。」

 

中沙綾「どうかな、先生は元気だった?」

 

イヴ「元気だけど…大赦の仮面を被っていて表情までは分かりません。ですが、先生は変わらない先生のままだと私は思ってます…。」

 

中沙綾「そっか。いつか会いたいね。おたえ。」

 

中たえ「そうだね。戻ったらみんなで会いに行こうか。イヴも一緒に。」

 

 

---

 

 

翌日、浜辺--

 

香澄「せいやー!勇者パンチ!と見せかけて勇者投げ!!」

 

イヴ「危ねっ!ははっ、楽しい楽しい!!やるな戸山!」

 

今は香澄とイヴが組み手をやっていた。その他にも何人かが一緒に鍛錬をしている。

 

香澄「こっちも楽しいよ。心強い仲間が出来て。」

 

友希那「では次は私の番よ。行くわよ若宮さん!!」

 

イヴ「よっと。良いねぇ、この鋭さ!さすがじゃねーか。この勇者部はパラダイスだ!」

 

美咲「アグレッシブな人達は打ち解けてるなぁ。まぁそれはこっちも同じか。」

 

そこに樹海化警報のアラームが鳴り響いた。

 

友希那「樹海化警報…。これが徳島最後の戦いね。」

 

イヴ「激戦になるだろうなぁ。だがこんだけの連中がいるなら負けやしねーよ。」

 

香澄「そうだね、イヴちゃん!行こう!!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

あこ「うっひゃあ…"飛行型"に"爆発型"、"防御特化型"、"大型"と"超大型"そして疑似バーテックスの大群。今まで戦ってきた敵のオンパレードだよ。」

 

燐子「どうやら、敵は多くを残った高知に集結させてるようですね…。」

 

中たえ「そうだろうね。赤嶺もいないし。」

 

イヴ「なら暴れるぜ!!良いだろ、白鷺。」

 

千聖「ええ、構わないわ。私と花音がバックアップに回るから、日菜ちゃんと2人で突撃してきなさい。」

 

千聖のその言葉にイヴと日菜は笑顔で喜び走り出す。

 

有咲「お手並み拝見ってやつだな。」

 

千聖「2人も強いわよ。」

 

イヴ「よっしゃあ!行くぜ"雷獣"!!」

 

日菜「出ておいで"座敷童"!」

 

2人は精霊を憑依させる。

 

イヴ「これが憑依ってやつか。体の底から力が湧いてくる。」

 

そのイヴの目の前に"防御特化型"と"爆発型"が立ちふさがった。

 

夏希「気を付けてイヴさん、そいつめっちゃ硬……。」

 

イヴ「おらあぁぁぁぁぁ!!!」

 

夏希「い………!?」

 

夏希が注意しようとする前にイヴは切りかかったが、切った瞬間に"防御特化型"が弾けてしまう。

 

小沙綾「硬い敵を一撃で…どうして!?」

 

イヴ「いくら硬くても中は脆いだろ。」

 

イヴの精霊"雷獣"の力はその名の通り雷を操る力。イヴは銃剣の切っ先が触れた瞬間に雷を"防御特化型"の体内に流し込み、内側から爆散させたのだった。

 

イヴ「んでもって爆発する奴にはこうだ!!」

 

そう言い放ち、イヴは"爆発型"に雷を付与させた銃弾を放ち爆発させる。

 

蘭「凄いね…。一瞬で敵を分析して最適な攻撃で対処してるよ。」

 

目の前の敵を一掃したイヴの前に"超大型"が現れる。

 

高嶋「っ!こいつはみんなで…!」

 

千聖「待って。これくらいならイヴちゃん1人でも大丈夫よ。そうでしょ?」

 

イヴ「当たり前だ!!」

 

今度はイヴの体に電気が走り、速度が上がったのだ。

 

紗夜「さっきより早く!?自分の体に電気を流して身体能力を上げているのね。」

 

目にも止まらぬ速さのイヴに"超大型"の攻撃が当たる筈もなく、怒涛の連続攻撃で瞬く間に"超大型"を倒してしまった。

 

 

--

 

 

イブが善戦してる頃、日菜もまた"飛行型"と"大型"と対峙していた。

 

日菜「力を貸してね"座敷童"。」

 

"座敷童"を憑依させた日菜は"飛行型"に突っ込んでいった。

 

りみ「どんな能力があるのかな。」

 

特に日菜に変化は何も起こらなく、普通に"飛行型"を倒していく。

 

ゆり「何にも起こらなく普通に敵を倒してるね。」

 

燐子「……!?」

 

だが、燐子は何かに気が付いたようだった。

 

燐子「さっきから"飛行型"は一切日菜さんに攻撃していません…。まるで日菜さんが見えていないかのように……。」

 

"座敷童"の能力は気配を消す事。今の日菜は敵からは全く見えていない状態なのである。

 

日菜「もちろん、銃弾だって見えないんだからねっ!」

 

見えない銃弾で"大型"を打ち倒し敵が全滅する。

 

 

--

 

 

小沙綾「敵の完全沈黙を確認。す、すごい……。」

 

日菜「どんなもんだい!!」

 

イヴ「これくらい大した事無いな。」

 

2人は千聖と花音の元へと戻っていく。

 

千聖「2人共さすがよ。」

 

有咲「そういう時は、勇者部ではこうするんだよ。」

 

有咲はイヴと日菜とハイタッチをする。

 

千聖「……そうなのね、郷に従うわ。」

 

千聖も2人とハイタッチを交わす。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

徳島を全て奪い返し、勇者部は祝賀モードに入っていた。

 

リサ「それじゃあ徳島奪還を祝って、乾杯の挨拶を友希那お願い。」

 

友希那「敵の小細工は少なかったけど、徳島は激戦だった。だけど私達は新しい仲間達と共に、それに勝ったわ。遂に最後の1県である高知に乗り込む事になるけど、今この瞬間は勝利を祝いましょう。」

 

全員「「「おーーーーっ!!!」」」

 

花音「ごくごく…はぁっ。初めはどうなる事かと思ったけど、良かったよ。」

 

日菜「考えてみれば私達はいつもそんな事ばっかりだったね。」

 

千聖「……これだけの、素晴らしい人達が、各時代の各所で戦っていた。もういい加減終わらせないと。その為に私にも…私達にも出来る事を。」

 

イヴ「千聖さんは本当に真面目ですね。」

 

彩「それが千聖ちゃんの好きなところだよ。」

 

香澄「……高知に行けるようになったよ。待っててね、赤嶺ちゃん…。」

 

遂に残りは最後の1県、高知のみ。赤嶺や造反神との決戦は近い--

 

 

そしてこの日々も--

 

 

 



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史上最大の侵略

高知に入りましたが次回終盤戦になります。


赤嶺の真意は何なのか、楽しんで読んでいただけると幸いです。




 

 

徳島での最後の戦いにも勝利した勇者部はいよいよ最後の県となる高知へと足を踏み入れていた。

 

 

---

 

 

高知--

 

日菜「氷河家が今、高知の大地に立ったよ!これは大いなる1歩だよ!紗夜ちゃん、高知シスターズとして頑張っていこう!」

 

紗夜「変なあだ名を付けないでください、氷河さん。」

 

中沙綾「とうとう高知だよ、夏希。」

 

夏希「こっちの沙綾は積極的だなぁ。」

 

中たえ「こっちのたえも積極的だよ。どうせなら隠れた名産品が良いよね。」

 

あこ「沙綾ちゃんやおたえはホント夏希にべったりだよね。」

 

燐子「しょうがないよ…もうすぐ全地域解放だから…。私とあこちゃんはいつでも会えるけど……。」

 

あこ「そっか、違う時代の人達はもう会えなくなっちゃうのか。」

 

御役目が完了するという事は別れが来るという事である。沙綾達は残り僅かかもしれない期間、後悔がないように精一杯過ごしている。

 

あこ「よし!今日はあこも夏希達と遊んでくる!寂しがらないでね、りんりん。」

 

燐子「うん…。私はりみちゃんと遊んでくるね…。」

 

 

---

 

 

同時刻、花咲川中学教室--

 

千聖「全地域解放も近い…のね。来たばかりなのにもう帰りの話が出てくるのは少し複雑ね。」

 

友希那「貴重な戦力になっているわ。で…さっきからどうしたの白鷺さん。私の顔を見つめて。」

 

千聖は話しながら友希那の顔をまじまじと見つめていた。

 

千聖「…伝説の勇者…ね。この人も香澄ちゃんや沙綾ちゃんと同じ、そこまで私と変わらない。でもオーラというか存在感はあるわ。」

 

千聖は顔を更に友希那に近付けた。

 

友希那「ち、ちょっと顔が近すぎるわよ、白鷺さん。」

 

千聖「あっ、ついじっと見つめてしまって。ごめんなさい。それよりどう、体を動かさない友希那ちゃん?」

 

友希那「鍛錬ね。是非一緒にやりましょう。市ヶ谷さんも誘ってね。」

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

友希那「………。」

 

こんどは友希那が千聖をまじまじと見つめていた。

 

リサ「どうしたの?ここ最近友希那は千聖の事を見つめてる事が多くなってきたけど。」

 

友希那「ええ。おそらくだけど白鷺さんは私を初代勇者として一目置いてくれているわ。だから、少しでも模範になればと思っているのだけれど、出来ているのかつい気になってしまって。」

 

リサ「そんな事か。自然体で良いんだよ。」

 

友希那「…そうね。だけどリサ、よく私の視線の動きが分かったわね。」

 

リサ「そりゃもちろん分かるよ。友希那の事は何でもね。」

 

友希那「?」

 

 

---

 

 

次の日、高知--

 

小たえ「エンジョーーーイ、コウチラーーイフ!!!」

 

日菜「イエーーーイ、高知イエーーイ!!」

 

有咲「やべっ!!テンション高い奴らに着いてきてしまった…。」

 

小たえ「やあやあ!!高知の蟻は大きいね!!」

 

日菜「そうだよそうだよ。高知の蟻はひと味違うんだよ。」

 

有咲「じ、自由すぎる…。」

 

 

--

 

 

高知、浜辺--

 

薫「…ああ、波の音、儚い……。高知の海も良いものだとは思わないかい?」

 

イヴ「水を見てると心が落ち着きますね。」

 

モカ「そうだねー。みんなも仲良くなってるし、良い事尽くめだねー。」

 

薫「ああ。仲良くなる事は良い事だ。海もそう思うだろ?」

 

海は静かな音をたてながら波を揺らめかせている。まるで薫と会話しているかの様に。

 

薫「…母なる海もそうだと言っているよ。」

 

イヴ「こいつ結構面白い奴だな…。」

 

 

---

 

 

その日の夕方、瀬戸大橋--

 

大橋の社で勇者部達が集まってミーティングをしていた。

 

リサ「たまには外でミーティングも良いものだね。部室ばっかだと息が詰まっちゃうし。」

 

有咲「この場所だと気合も入るしな。まっ、話し合いの内容はいつもの通りだったけど。」

 

燐子「戻ればいよいよ本格的な高知奪還戦ですね…。」

 

彩「ここで祈願していかない?せっかく全員揃ってるんだし。」

 

薫「やれる事を全てやっておくのは良いと思うよ。戦いは大詰めだしね。」

 

祈願の為にリサ、モカ、彩の3人は巫女装束に着替えた。

 

蘭「これは本格的なお祈りだね。」

 

あこ「そういえば神世紀の人達は祈りの作法とか知ってるの?」

 

香澄「うん。ある程度は授業で習うからね。」

 

イヴ「神樹館では、割としっかりやりました。」

 

美咲「諏訪の巫女様ー。正式な手順が分かりません。」

 

モカ「まー大事なのは気持ちだから。とにかく祈って。それで大丈夫。」

 

燐子「いっぱい祈ろう…。」

 

薫「そうだね。」

 

そうして勇者部全員は高知奪還の為の祈願を大橋の社で行った--

 

 

--

 

 

祈願は思いのほか長い時間行った為、辺りはすっかり暗くなってきていた。

 

あこ「ここまで祈ったんだから神樹様に想いが染み込んだ筈だよ!」

 

彩「そうだね。この世界が神樹様に造られた空間だろうと…。確かに、想いは在った。そうなると思うよ。」

 

千聖「これで心置きなく出陣ね。準備が整い次第、行きましょう。」

 

高知での戦いが始まろうとしていた。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

友希那「それじゃあこれから私達は樹海へと向かうわ。話し合いの通り、基本に忠実に。」

 

日菜「絶対に高知を取り戻すよ!!」

 

燐子「相手が何を考えていてもすぐに対応しなくちゃ…。最終局面だからいつもより緊張するな…。」

 

そんな燐子の元にりみがやって来て、燐子の手を取った。

 

りみ「一緒に頑張りましょう、燐子さん。」

 

燐子「はい…ありがとうございます……。」

 

燐子(そうだ…変に緊張しすぎる事も無いんだね…。)

 

 

---

 

 

樹海--

 

樹海にたどり着く勇者部一同。そこでは赤嶺が待っていた。

 

有咲「赤嶺香澄!なんかやたらと笑顔で立ってるな。」

 

赤嶺「うぇるかむ!決戦の地・高知へ!歓迎会の準備をして待ってたよ。」

 

日菜「じゃあ私の相手をしてもらおうかな。赤嶺だって…。いや、赤嶺だからこそ容赦はしないよ。盟友として!」

 

赤嶺「歓迎会だから樹海を飾って疑似バーテックスもお洒落させたいけど…今回は決戦だし空気読むよ。という訳で手荒く歓迎しちゃうよ!!みーんなー!だんしーんぐ!!」

 

赤嶺の合図で"進化型""大型""超大型"バーテックスが出現する。

 

蘭「でかいのばっかり。呼ばれて飛び出てきたって事だね。」

 

夏希「こういうダンスなら私は得意だよ!熱く舞ってやる!!」

 

紗夜「海野さん落ち着いて。行くわよ山吹さん。」

 

小沙綾「はいっ、紗夜さん!」

 

小たえ「沙綾も紗夜先輩と凄く仲良くなったみたいだねー。」

 

紗夜「花園さんも行きますよ。」

 

小たえ「!分かりました!!」

 

小学生組と一致団結している紗夜を見て友希那は思わず微笑んだ。

 

紗夜「友希那さん、どうしてこっちを見て笑ってるんですか。」

 

香澄「最後の一県だろうと、最初の一県だろうと、やる事は同じ!私は、勇者パンチで行くよ!!」

 

 

--

 

 

中たえ「これで最後だよ!よいしょーーーーー!!」

 

たえのトドメによって最後の"超大型"バーテックスが消滅する。

 

夏希「はぁはぁはぁ……確かに敵も強くなってはいるけど、勇者部には及ばないよ!」

 

あこ「だけど敵の力も随分上がってるよ……。徳島で戦った時よりもかなり強くなってる…。」

 

高嶋「はぁ…はぁ…。さぁ赤嶺ちゃんはどこかな?」

 

実際のところ勝ててはいるが、勇者たちもかなりの体力を持っていかれてしまっている。まだ戦いの行方はどちらに転ぶかは分からなかった。最後の最後で逆転される可能性も十分にある。

 

中沙綾「………あれは、樹海に黒い雲?」

 

沙綾は樹海の遠くに黒い雲のようなものが発生しているのに気が付いた。そしてその雲は少しずつ大きくなっている。

 

千聖「何かしら。急に空を覆って……、まさかあれは!?」

 

その黒い雲の正体は、見た事も無いくらい大群のバーテックスだったのである。

 

赤嶺「あはは、派手なデモンストレーションでしょ。」

 

美咲「……こんな大群隠し持ってたって訳!?」

 

赤嶺「別に隠してた訳じゃないよ。数が揃うのに時間がかかっただけ。これでもまだ集結の最中なんだけど…もうちょい数集めたいよね。」

 

赤嶺が話している最中にも黒い雲はどんどん大きくなっている。勇者部がこの世界に来てから今までで見た事も無い程の数の大群である。

 

赤嶺「集まり切ったら、正真正銘最後の大掛かりな攻撃行くから。全員の力見せてもらうよ。」

 

赤嶺は意味深に呟いた。

 

ゆり「全員の力を見る?また訳の分からない事言って。まどろっこしいよ。」

 

赤嶺「確かにまどろっこしいよねぇ。でもそういうのが好きみたいなんだよ。造反神は。それじゃあ襲来の日時は神託で確認してねー。」

 

そう言い残し赤嶺は嵐の様に去っていった。同時に黒い雲も消えていく。

 

花音「はーっ。良かった去っていった。怖かったよ千聖ちゃん。」

 

千聖「戦う時が今じゃなくて後になっただけよ。」

 

中沙綾「あれだけの数が攻めてくる……。樹海に来て以来、史上最大の侵略だね。」

 

美咲「大掛かりな攻撃もこれで最後……か。」

 

薫「決着の時は近いよ。この一連の戦いもね。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

あこ「ねえイヴ、そこもうちょっと詰めてよ。」

 

イヴ「なかなかにぎっしりです…。有咲さん。暑いかもしれませんが…。」

 

有咲「狭いから仕方ない。良いぞもっとくっついても。」

 

家庭科準備室の部室に24人の人間が集まっている。狭いのも仕方がなかった。

 

高嶋「なんか私、当然の様に紗夜ちゃんの膝に座ってるけど迷惑じゃない?」

 

紗夜「そんな事ないですよ。はい、お茶をどうぞ高嶋さん。」

 

高嶋「座り心地は最高だし、お菓子や飲み物も出てくるしクセになっちゃうなー。…なんてリラックスしてると会議頑張った燐子ちゃん達に悪いかな?大丈夫?」

 

燐子「大丈夫です…少し寝不足ですがこの後に休む時間はありますから……。」

 

リサ「みんな聞いて。赤嶺香澄の言葉通り神託があったよ。明日、敵は大群で5カ所に同時に攻め込んで来る。」

 

とうとうこの時が来た。勇者達の顔つきもリラックスモードから一気に変わる。

 

モカ「敵の本気を感じるよ。いよいよ最後だね。」

 

友希那「だからゆりさん達と話し合ったわ。こちらも5組に分かれて迎撃する。」

 

燐子「敵戦力を予測しつつ……いくつもの組み合わせを考えた所…。今回最適な組み合わせは…。」

 

小たえ「元々のチームで別れるって結論だよ。」

 

今まで一緒に戦ってきたもの同士で立ち向かう事が一番勝率が高いと会議で結論付いた。

 

花音「じゃあ私は防人組って事だね。よろしくね。」

 

蘭「美咲と薫さんは私のチームって事になります。」

 

美咲「りょーかい。沖縄と北海道と長野が組むなんて夢がありすぎるね。」

 

彩「1人1人にかかる負担が大きくなるね。神樹様、どうかご加護を。」

 

遂に始まる5カ所での最大最後の決戦--

 

 

勇者達も"勇者部"・"小学生組"・"西暦組"・"防人組"・"地方組"の5つの組に分かれて同時に迎撃する事となる。

 

 

---

 

 

赤嶺「うーん。"爆発型"はそんなに数いらないかな。かわりに"防御特化型"を増やしてっと。んで、今回の大将はキミしかいないよね!これはアレなんだから、手持ちの中じゃ良いセッティング!!よーし!数は整った。第1陣からしゅっぱーつ!」

 

赤嶺「…………本当は更に広域で攻めたかったけど、浄化の儀で守りを固めてるのは抜け目ないね。さてさていざ勝負ー!バキーンと行くよ。」

 

 

 



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信じる心の強さ〈前編〉

終盤戦前半となります。

異世界で過ごしてきた思い出を胸に、勇者達の激闘が始まります。




 

 

赤嶺有するバーテックスの大群による5ヶ所同時攻撃に対抗する為、部隊を5つに分けて立ち向かう勇者部。間も無くその戦いが始まろうとしていた--

 

 

---

 

 

愛媛--

 

ここを守るのは蘭・薫・美咲の3人による地方組。

 

美咲「ここが私達の受け持ちだね。冷静に考えると…3人って割と少ない人数だよね。」

 

薫「だが…私達ならば3人で何とかなる筈だよ、美咲。」

 

モカ「蘭、美咲ちん、薫さん、大変だと思うけど頑張って。」

 

蘭「任せといて。さぁ敵が来るよ。北海道と沖縄、長野の力を見せてあげるよ!」

 

薫「力を合わせてここを死守する。…今まで通りだ。花により儚く散れ!」

 

周りが樹海へと変貌していく--

 

 

---

 

 

樹海--

 

やって来るは数多の擬似バーテックスに"飛行型"と"防御特化型"の群れ。

 

蘭「美咲、薫さん。擬似バーテックスの大群は私が引き受けるよ!」

 

美咲「分かった。じゃあ私は"飛行型"を潰すとしますか。」

 

薫「じゃあ私は残った奴を引き受けよう!」

 

3人は散り散りになり戦いに突入する。

 

 

--

 

 

薫サイド--

 

薫「…確かに最初に戦った頃より強く、そして硬くなっているね。」

 

薫はヌンチャクを巧みに使って"防御特化型"に攻撃するもダメージは少ししか入らない。

 

薫「なら遠慮なく行くよ…"水虎"!!」

 

薫は"水虎"を憑依させ、ヌンチャクに虎の爪を模したオーラを宿らせる。

 

薫「…これでどうだい。」

 

薫の攻撃は急所を確実に捉えていたが、"防御特化型"はまだ倒れずに薫を攻撃し続ける。

 

薫「はぁ……これは儚くなりそうだ。」

 

 

--

 

 

美咲サイド--

 

打って変わって美咲は順調に投槍を駆使して"飛行型"を殲滅していく。

 

美咲「倒すのはそんなに難しくないけど、それにしても数が多いよ。」

 

"飛行型"は倒しても倒しても彼方から飛んでくる。美咲は"飛行型"を潰しながら薫の方をチラッと確認する。

 

美咲「薫さんの所はそんなに敵が多くないね。……仕方ない。薫さんに早く敵を倒してもらってこっちに来てもらうか。」

 

そして美咲は叫んだ。

 

美咲「薫さん!」

 

薫「何だい、美咲!」

 

美咲「今から私の精霊を薫さんに憑依させるから、そっちを手っ取り早く倒してこっちに来てください!」

 

薫は少し考え、美咲の提案を承諾する。

 

薫「…分かったよ。美咲を信じよう!」

 

美咲「よし、出番だよ"コシンプ"!」

 

美咲は相棒である"コシンプ"を呼び出す。

 

美咲「"コシンプ"薫さんに力を貸してあげて。」

 

"コシンプ"は頷き薫の元へと消えていった。

 

美咲「さぁ、私は薫さんが来るまで頑張るとしますかね!」

 

 

--

 

 

薫サイド--

 

尚も戦っている薫の元に"コシンプ"が現れる。

 

薫「君が美咲の精霊だね。少しの間力を借りるよ。」

 

"コシンプ"は再び頷き、薫へと憑依する。

 

薫「くっ……いくらリスクが無いとは言え、精霊を2体憑依させるのは少し堪えるね……。」

 

"コシンプ"の力は他者の能力の強化。自分に使う事は出来ないが、他人に憑依させて力を上げる事が出来るのである。薫は呼吸を整え、再び"防御特化型"へと攻撃を仕掛ける。

 

薫「………沈めっ!!!」

 

薫はヌンチャクを振り下ろす。"防御特化型"の外装が砕け、効いているのか唸り声をあげた。

 

薫「これで終わりだよ!……暖流蒼打!!」

 

ヌンチャクの連撃が炸裂し、"防御特化型"が爆散する。

 

薫「ふぅ……さて、美咲の元へと向かわないとね…。」

 

薫は憑依を解き、休む事なく美咲の元へと走り出した。

 

 

--

 

 

蘭サイド--

 

蘭「1人で戦うならこっちの独壇場だよ!」

 

蘭は"覚"を呼び出し、憑依させる。

 

蘭「解るよ……お前達の事が手に取る様にね!」

 

蘭は鞭を振るわせ擬似バーテックスを薙ぎ払っていく。死角から来る攻撃も後ろを振り返る事無く蘭は避けていく。

 

蘭「私に不意打ちは効かないって。」

 

蘭、そして美咲と合流した薫達は順調に敵の数を減らしていくのだった--

 

 

---

 

 

蘭「何とか一通りは片付いたね。更に来るだろうけど何とかなりそうだよ。2人のお陰です。」

 

美咲「信頼出来る仲間のありがたさだよ……ここで楽を覚えたら戻った時に大変だと思うけどさ……。」

 

ここで美咲は"その先の事"を口にした。

 

美咲「大真面目な話、1人で守ってきたみんなとしてはそろそろ考えていかない?」

 

薫「……戻った後の事だね?」

 

美咲「そう。私は援軍の来ない籠城戦を1人で戦うなんてどうしようもない現実に帰りたく無いんだよね。戻るにしても、打開策を見つけていきたい。」

 

薫「だがそれは造反神を鎮めてからみんなで考えていくという話じゃなかったかい?」

 

美咲「神様は気まぐれだからなぁ。守るだけ守って強制解散になったらどうするの?つまり私は全部解決したら色々と話し合いや試しが出来る保証が欲しい。これでも勇者だからね。真っ先にやる事はキチンとやるよ。そこは駄々捏ねないよ。でも、同時に人間だから…。色々と足掻きたいんだよ。こんな奇跡実際味わったら……。」

 

薫「そうか……美咲は色々と考えているんだね。」

 

美咲「関心されるとはね…。相変わらず天然だよ薫さんは。まぁそういう所が好きなんだけどね。」

 

蘭「解決した後の事を考える時期……。気持ちを打ち明けてくれてありがとう、美咲。」

 

美咲「私達ソロ防衛組は団結して声を上げていこうよ。」

 

話の途中で再び敵がやって来る。

 

美咲「っと!ここでまた敵ですか……空気読めないね。」

 

薫「何にしても防衛してからだ。怪我をしては意味がない。集中して行くよ!」

 

蘭・美咲「「了解!!」」

 

 

---

 

 

場所は変わって徳島--

 

徳島には西暦組が配置されていた。

 

リサ「蘭達は順調に防衛してるようだよ。流石だね。」

 

友希那「私達もここを守り抜くわよ。……こうして西暦組だけでの御役目は久しぶりね。」

 

高嶋「いつも通りやって行けば大丈夫。絶対出来るよ!」

 

あこ「しかもあこ達も成長してるんだから!もちろん紗夜さんもね。」

 

紗夜「調子に乗って怪我しない事です。白金さんは会議の疲れは取れましたか?」

 

燐子「はい、高嶋さんがマッサージをしてくれて…良く眠れました…。」

 

紗夜「それは良かったです。」

 

友希那「っ!樹海化が始まるわ。みんな備えて!」

 

リサ「友希那!」

 

友希那「必ず戻るわ、みんなでね。」

 

消える寸前に友希那はリサの手を握った。

 

 

---

 

 

樹海--

 

徳島に攻め込んで来たのは"新型"と"爆発型""防御特化型"の群れ。

 

燐子「私とあこちゃんは"防御特化型"を相手します……。」

 

あこ「行こう!あこ達に任せて!」

 

紗夜「なら私は"爆発型"を引き受けます。接近戦が主体の高嶋さんと湊さんでは不向きですから。」

 

友希那「分かったわ。じゃあ私と香澄は"新型"ね。」

 

高嶋「紗夜ちゃん、気をつけてね…。」

 

紗夜「ええ、私は絶対帰ってきます。」

 

 

---

 

 

あこ、燐子サイド--

 

燐子「外装が硬い相手なら策はある…。あこちゃん。私の"雪女郎"の冷気と…あこちゃんの"輪入道"の熱気ならどんなに硬くても効果はあるはずだよ……。」

 

あこ「さすがりんりん!よーし、行くよ"輪入道"!」

 

燐子「来て"雪女郎"…!」

 

2人は精霊を憑依させる。

 

燐子「まずは私の冷気で動きを止めるよ…!」

 

燐子は広範囲に冷気を放ち、"防御特化型"の動きを止めつつ外装を冷やしていく。

 

燐子「あこちゃん…お願い…!」

 

あこ「これでもくらえぇぇぇぇっ!!!」

 

間髪入れずにあこが燐子の合図で灼熱の熱波を浴びせる。氷が溶けて再び"防御特化型"が動き出すも、すぐさま燐子が冷やし固める。何度か同じ事を繰り返し、外装にヒビが入ったのを見た燐子はすかさずあこに指示を出す。

 

燐子「いくよ…あこちゃん!最大出力……!」

 

あこ「"獄炎と極寒の葬送曲(エターナルフォース・レクイエム)"」

 

燐子の冷気を纏った矢とあこの炎を纏った旋刃盤が組み合わさり、"防御特化型"を粉々に砕いていく。

 

あこ「ふぅ…やったね、りんりん!」

 

燐子「私達の勝ちだよ…!」

 

2人はハイタッチを交わすのだった。

 

 

--

 

 

友希那・高嶋サイド--

 

友希那「さすがにここまで来ると"新型"も侮れない強さになってるわね。」

 

高嶋「大丈夫!勇者は根性だってみんな言ってたし!」

 

友希那「そうね……。こんな時こそ根性よねっ!!」

 

2人は互いに背中を預けながら"新型"と白兵戦をしていく。

 

友希那「精霊ばかりを頼ってはいられない……。行くわよ、一投飛翔閃!!」

 

友希那は生大刀を横に薙ぎ、真空波を飛ばし"新型"を切り裂いていく。

 

高嶋「うわぁーっ!友希那ちゃんさすが!!私も負けてられないよー!!勇者マシンガンパーーーンチ!!!」

 

高嶋は目にも止まらぬパンチの応酬を繰り出し"新型"を吹き飛ばす。

 

友希那「やるじゃない、香澄。」

 

高嶋「友希那ちゃんもね!」

 

 

--

 

 

紗夜サイド--

 

紗夜「何故でしょう……今は不思議とこころが落ち着いています。ここに来て色々な体験をしてきたからでしょうか……。」

 

紗夜は大葉刈を持ち"七人御先"を憑依させる。

 

紗夜「私を凄いと言ってくれる人達…私を尊敬してくれる人が達…そして私と友達になってくれた人達……。その人達の為にも負ける訳には行きません!!」

 

7人の紗夜は一斉に飛び出していく。

 

紗夜「「「鏖殺してあげます!!」」」

 

本体さえ無事なら幾らでも蘇る分身。紗夜はそれを駆使して"爆発型"を安全に攻撃して爆発させていく。分身が爆発に巻き込まれるも、本体は無傷の為また分身が出てくる。"爆発型"は紗夜にとって最も相性が良い相手なのである。攻撃すれば勝手に爆発する相手に対し、こちらは不死身の軍団。最早勝利は見えていた--

 

 

--

 

 

あらかたの敵を倒し、友希那達は一度合流する。

 

燐子「安心は出来ません…敵の第2波がまもなく来ます……。大軍です…。」

 

友希那「ここは勇者の数が多い分、敵の数も多いという訳ね。上等だわ!」

 

紗夜「常に気を張ってましたが、突出する様子は無さそうですね。心配が1つ減ります。」

 

友希那「紗夜…心配してくれるのね。」

 

紗夜「……当たり前です。」

 

あこ「あっ、噂の敵が来たよー!」

 

高嶋「ガンガン行くよー!」

 

 

---

 

 

香川--

 

ここには小学生組が配置されている。

 

小沙綾「ここが私達の受け持ちだね。御役目を果たそう。」

 

夏希「みなさんはサクッと倒すだろうから、こっちも負けてられないな!」

 

小沙綾「夏希は本当に先輩達に可愛がってもらってるよね。私も良くしてもらってるけど。」

 

小たえ「夏希みたいな後輩がいたら私だって可愛がるよ。」

 

夏希「そろそろ元の世界に戻らないといけないけど、先輩達とバイバイは寂しいよね。」

 

小たえ「ゆり先輩やりみ先輩とは、また会えるけど、西暦の人達とは無理だもんね。うぅ〜ご先祖様…リサ先輩…。」

 

小沙綾「おたえ、友希那さんとリサさんの間に入って両手を繋いで買い物に行くのが好きだったもんね。」

 

小たえ「もう1人の私ともサヨナラかぁ。」

 

小沙綾「私ももう1人の私と別れるのは寂しいよ。複雑な思いもあったけどね。」

 

夏希(…これに対しては突っ込んだら負けだ……。)

 

夏希「って、敵が来るよ!!迎撃準備だ!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

 

小沙綾「っ!あれは……!?」

 

沙綾達の前に現れたのはこの世界特有のバーテックスでは無く、"蠍型"、"射手型"、"蟹型"のバーテックスだった。

 

小たえ「あの時は手も足も出なかった……。」

 

たえと沙綾は息を飲んだ。夏希の為にイネスに変わる場所を探してた際、誤って結界を抜けてしまい出くわしたのがあの3体だった。途中夏希の助けがあったものの追い詰められ、中学生の沙綾とたえが来なかったらどうなっていたか分からなかった。

 

夏希「怖気付くな!!勇者システムは最新のものになってるし、精霊だっている!そして何より私達は強くなったんだから!!」

 

小沙綾「……そうだ……そうだね、夏希!」

 

小たえ「今までの私達じゃないってところ見せてあげよう!」

 

夏希「行くぞおぉぉぉぉっ!!!」

 

 

--

 

 

小たえ「沙綾は"蠍型"の牽制、夏希は"蟹型"に向かって!!"射手型"の針は私が全部防ぐから夏希は前だけ見てね!!」

 

小沙綾「了解!!」

 

夏希「任せとけ!!力を貸してくれ、"鈴鹿御前"!!」

 

小たえ「2人を守る力を貸して、"鉄鼠"!!」

 

2人は精霊を憑依させる。

 

夏希「どりゃぁぁぁぁぁっ!!!」

 

夏希は3本の斧で"蟹型"目掛けて突っ込むが、それを阻もうと"射手型"が針を飛ばし、"蠍型"が針を伸ばしてくる。

 

小沙綾「夏希にはっ!!」

 

沙綾が矢を放ち"蠍型"の針を弾き方向を晒し、

 

小たえ「指一本触れさせない!!」

 

たえが"射手型"の前に立ちはだかり槍を盾の形に変化させ針を弾き返した。2人が援護してくれる隙に夏希は"蟹型"の反射板を1枚づつ破壊していく。

 

夏希「これさえ無ければ、お前たちのコンビネーション技は使えないだろ!!」

 

小沙綾「行って、夏希!!」

 

小たえ「かっとばせーー!!」

 

2人の声援を背に受けて夏希は叫ぶ。

 

夏希「うおおおおおっ!私達の魂を見せてやるよーー!!双乱舞至頂斬!!!」

 

手始めに要である"蟹型"を潰す3人。そして次に夏希はたえの元に走り出し2人で"射手型"へと立ち向かっていく。"蠍型"が尻尾を伸ばし追いかけようとするも、沙綾がそれを阻む。

 

小沙綾「あなたの相手は私よ!2人の邪魔はさせない!!」

 

夏希は"鈴鹿御前"の力で作り出した斧と、片方の斧を"射手型"の発射口目掛けて飛ばし塞いだ。

 

夏希「行け、おたえ!!」

 

小たえ「うん、行っちゃうよー!!くらえ、八百麗槍刃!!」

 

たえの槍が"射手型"を貫き、爆散させた。

 

小たえ「最後はっ!!」

 

夏希「お前だぁ!!」

 

夏希は針攻撃を躱しながら"蠍型"の懐に入り、尻尾の関節部分を切り落とす。

 

夏希「お前の倒し方は千聖さんから聞いたよ!!こうしちゃえばあんたも怖くない!」

 

千聖達防人は現世の壁の外にて、この方法で"蠍型"の無力化に成功している。そしてたえがダメージを蓄積させていき、

 

小たえ「最後のトドメ、沙綾お願い!」

 

小沙綾「分かった、行くよ"刑部狸"!」

 

沙綾も以前は上手く出来なかった憑依を使いこなし、"刑部狸"を自らに憑依させ、弓を引き絞る。弓矢の周りに花びらが出現し、その花びらが1枚づつ光り輝く。そして、全ての花びらが光り輝き、沙綾は引き絞った矢を放つ。

 

小沙綾「正鵠穿通矢!!行っけぇーー!!」

 

光り輝く矢が手負いの"蠍型"を貫き、光となって消えていった。

 

 

--

 

 

小沙綾「はぁ、はぁ、はぁ……2人ともありがとう。怪我は無い?」

 

夏希「はぁはぁ…こっちは大丈夫。沙綾は平気?」

 

小たえ「やっぱり夏希は沙綾と一緒だと身体がより動いてるよね。」

 

夏希「イエーーイ、ハイターーッチ!!」

 

小たえ「イエーーイ!!」

 

夏希「沙綾もイエーーイ!!」

 

小沙綾「イエーーイ!おたえも、イエーーイ!」

 

小たえ「沙綾もノリ良くなったよ。イエーーイ!!」

 

3人はそれぞれハイタッチを交わし、再びやって来る敵へと準備を開始する。

 

夏希「さぁ、敵のおかわりが来たよ。リーダー号令!」

 

小たえ「よーし、2人とも頑張ろう!!私達なら出来るよ!」

 

夏希「もち!!」

 

小沙綾「うん!!」

 

 

 



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信じる心の強さ〈後編〉

終盤戦の後半です。

完結まで残り僅か--

最後まで楽しんで読んで頂ければ幸いです。


 

 

高知--

 

ここの守りを任されているのは防人組、

 

千聖「ここが私達の受け持ち、最前線よ。人数が多いから当然ね。」

 

日菜「高知は氷河家の聖地。2度と敵に渡したりしないよ!」

 

彩「他のみんなは、無事に防衛の務めを果たしてるよ。」

 

千聖「防人組も遅れはとらないわ。御役目は果たす。もちろん"犠牲ゼロ"でね。」

 

彩「うん、無事を祈ってるよ。神樹様のご加護がありますように。」

 

花音「頑張って。私も応援してるからね!」

 

千聖「何しれっと離脱しようとしてるの。花音はこっちで私達と戦うの。ほら!」

 

花音「ふえぇぇぇっ!!私は巫女枠が良いよぉ千聖ちゃん!」

 

ここでも花音の様子は相変わらずだった。

 

イヴ「盾が無かったら私達が怪我するかもしれません。もしそうなれば誰が花音さんを守るんですか?」

 

イヴは最もらしい事を言って花音をその気にさせる。

 

花音「そ、そっかぁ…。よし、私を守ってもらう為に、私が守らなきゃ!」

 

花音の言ってる事は矛盾しているが、どうやらその気になったようだった。その時、樹海化が始まる--

 

千聖「っ!樹海化が始まるわよ!日菜ちゃん、イヴちゃん、花音。行くわよ!!」

 

日菜「バーテックスのお出ましだね!片付けるよ!!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

樹海へ降り立つ防人組、彼方から来るは"爆発型"に"新型"の群れに"超大型"バーテックス。

 

花音「ふえぇぇぇっ…。うじゃうじゃ来るよ…!」

 

イヴ「相手にとって不足はねぇぜ!!」

 

千聖「今から作戦を指示するわ。日菜ちゃんは"爆発型"を、イヴちゃんは"超大型"の相手をお願い。私と花音は"新型"を掃討するわ。」

 

日菜「オッケー。アイツには作戦あるから任せてよ!」

 

イヴ「暴れてやるぜぇ!!」

 

花音「私の事絶対守ってよ、千聖ちゃん!!」

 

千聖「それじゃあみんな……頼んだわよ!!」

 

 

--

 

 

日菜サイド--

 

日菜「うひゃあ……多いねー。でも私の"座敷童子"なら…!」

 

日菜は"座敷童子"を憑依させ、認識されなくなる。

 

日菜「"爆発型"は相手の姿を見つけて爆発するのなら、こうしてステルスで戦えば爆発はしない筈だよ!」

 

日菜の見立ては正しく、"爆発型"を攻撃するも爆発は起こらない。

 

日菜「これならイケる!さぁどんどん行くよ!」

 

普段は突っ走りやすい日菜であるが、彼女もそれ相応の訓練は積んできている。身体能力は他の勇者達に遅れは取っていない。

 

日菜「見えないってのは良い感じだよ!……ホント対人戦闘に特化した精霊だよ。」

 

順調に数を減らして行くが、"爆発型"も流石に気付いたのか無差別に爆発し始めたのである。

 

日菜「くっ!こいつなりふり構わず…!」

 

日菜は回避に専念する。"爆発型"は次々と爆発していき数がどんどんと減っていく。

 

日菜「…所詮はバーテックスって事だよ!これで終わり、ブレイヴバーレッジ!!」

 

 

--

 

 

イヴサイド--

 

イヴ「"超大型"…相手にとって不足無し!おりゃぁぁぁっ!」

 

イヴは"雷獣"を憑依させ、雷で自分の身体機能を底上げし、"超大型"へと斬りかかった。"超大型"は体内で"新型"を製造して生み出していくが、イヴはものともしなかった。

 

イヴ「敵が何体来ようが一緒だ!シビれろっ!」

 

イヴは銃剣を樹海に突き刺し、雷を広域に放出、"新型"を一掃する。

 

イヴ「流石に、前戦った時よりつえーが、俺の敵じゃなねぇな。これでトドメだっ!」

 

イヴは銃剣を"超大型"へと突き刺し、銃剣を避雷針がわりに、そこ目掛けて雷を落とす。轟音と共に"超大型"は消し炭と化した。

 

 

---

 

 

千聖サイド--

 

花音「ふ、ふえぇぇぇっ!!く、来るー!?助けて千聖ちゃん!!」

 

千聖「狼狽えない!盾を構えて!」

 

"新型"は千聖を無視し花音に突っ込んで来る。

 

花音「こ、来ないで来ないでーーー!!」

 

が、花音はぶつかる瞬間に盾を斜め上にいなして"新型"の突進する力を上手く流して衝撃を抑えるのだった。

 

千聖「その調子よ、花音。」

 

花音「こっちは必死だよぉーー!!」

 

千聖「私から離れないで、来い"尊氏"!!」

 

千聖は"尊氏"で強化された武装を十二分に生かして敵を駆逐していく。

 

 

--

 

 

第一陣を倒しきり、千聖達は一旦集まった。

 

イヴ「あらかた片付けたな。殲滅任務は楽しいぜ。」

 

日菜「活躍した時こそ声を大きくして神樹様にアピールだよ!氷河日菜を宜しくねぇ!!」

 

花音「はぁ、はぁ……生きた心地がしないよ。でも、まだ来るんだよね?」

 

日菜「花音ちゃん、ここが武功の稼ぎ時だよ。」

 

そう言って日菜は花音の背中をポンと叩いた。

 

花「ふえぇぇぇっ!!そんな事言ってる間に来た来た!いっぱい来たよ!!」

 

千聖「最終局面に助っ人として呼ばれたのはこういう時の為よ。みんな、力を貸して!」

 

イヴ「やれ!って命令で良いんだよ白鷺。俺はお前のモノなんだからな。」

 

 

---

 

 

香川、商店街前--

 

拠点のほぼ近くであるここに配置されたのは花咲川勇者部一同。

 

ゆり「見知った眺めだよね。ここが防衛地点っていうのは気合が入るよ。」

 

中沙綾「他の4組は順調に御役目をこなしてるみたいです。」

 

りみ「皆さん頼もしい人達だからね。」

 

有咲「いよいよ元の世界に戻る時なんだな…。千聖とかはこっちに来たばっかりなのに。」

 

中たえ「防人達とは戻ってもまた会えるよ。同じ時代を生きているから。」

 

中沙綾「でも、絶対に会えなくなる友達もいる……。今まで議論は避けてきたけど、そろそろ話し合わなくちゃ。」

 

中たえ「そうだね。リサさん達と色々調べたり試したりした結果分かってきた事もあるから。」

 

香澄「美咲ちゃんとか凄く帰りたくなさそうだったし、ちゃんと話さないとね。」

 

ゆり「今まで楽しかったからこそ、その辺はちゃんとしないとね。」

 

有咲「今回の出撃も大変な役目だけど、終わった後の事ばっかり考えるよ。」

 

ゆり「こういう状況は何回も切り抜けてきたから、正直慣れたよ。かと言って油断もしないけどね。」

 

中沙綾「鍛えられているって事ですかね。私たちは常に試されている……?」

 

りみ「それは赤嶺さんの口から話してもらおう。」

 

有咲「りみも頼もしくなったな。これは部長候補待った無しだ。」

 

りみ「有咲ちゃん達が卒業すれば残りはわたしだけだから、そうなっちゃうね。」

 

その時、樹海化が始まる--

 

 

 

中たえ「さあ、樹海化が始まるよ。ズガーンと行っちゃおう!」

 

有咲「ああ。私達がここをきっちり守り抜けば、今回の御役目も完了だしな!」

 

香澄「リレーで言えばアンカーだ!みんなの思いを繋いでゴールするよ!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

香澄達が樹海に着いた途端、地響きが起こる。

 

有咲「な、何だ!?」

 

香澄「あっ、有咲あれ!!」

 

香澄が指した方向から来るのは"超超大型"バーテックスが6体。勇者部最高戦力である香澄達に対し、赤嶺も持てる最高の戦力を投入してきたのだった。

 

りみ「1体でも大変だったのが6体も……。」

 

中沙綾「大丈夫だよ、りみりん。私達は強くなった。中でもりみりんはここに来てから一番成長したよ。」

 

りみ「沙綾ちゃん……。」

 

ゆり「良い?ノルマは1人1体。早く片付いたら近くの人の援護にまわって。」

 

香澄「はいっ!」

 

中たえ「この感じ。やっぱり勇者部に入って良かったよ。ね、有咲。」

 

有咲「……そうだな。」

 

ゆり「じゃあみんな行くよ!!」

 

全員「「「満開!!!」」」

 

 

--

 

 

沙綾サイド--

 

中沙綾「この戦いが終われば夏希は元の世界に帰る事になる……。私は…。」

 

"超超大型"はミサイルを飛ばしてくるが、沙綾は砲門から砲撃してミサイルを片っ端から潰していく。

 

中沙綾「……今は目の前の事に集中!!夏希だって頑張ってるんだから。」

 

"超超大型"が今度はビームを放つ。

 

中沙綾「今の私には隣に寄り添ってくれる友達がいる。これでも喰らえ、全砲門一斉射・光芒砲!」

 

全砲門から朝顔の花が咲き誇り、ビームが放たれる。

 

中沙綾「いけぇーーーー!」

 

沙綾が放ったビームが"超超大型"の体を貫き、爆散する。

 

 

--

 

 

有咲サイド--

 

有咲「完成型勇者、市ヶ谷有咲。一世一代の大勝負!目にもの見せてやるよ!!」

 

"超超大型"へ向かうと同時に無数の剣を"超超大型"へ向けて放つ。だが、その攻撃は弾かれてしまう。

 

有咲「コイツ、硬いな。なら一撃で決めるまでだ!!」

 

有咲はそう言い放ち、4本の剣を合わせ1つの大剣を作り、呼吸を整える。

 

有咲(いくら硬くても、モノには脆いところがある筈……そこを一撃で仕留める!)

 

有咲「はぁぁぁぁぁぁっ!!戦陣一刀斬波ぁ!!」

 

有咲は剣を振り下ろし叩きつけるが、"超超大型"はあろうことか白刃どりで受け止めたのである。

 

有咲「くっ…………勇者部舐めんなぁーーーーー!!!」

 

有咲は渾身の力を振り絞り、"超超大型"を叩っ斬る。

 

有咲「みたか!これが完成型勇者の力だ!!」

 

 

--

 

 

たえサイドーー

 

中たえ「………。」

 

たえは唖然としていた。

 

中「…まさかあの巨体で飛んでくるなんて。」

 

"超超大型"の背中に翼が生え、飛び上がっているのだ。

 

中たえ「あの翼は"飛行型"の翼……。他のバーテックスの能力が使えるのかな?」

 

たえは満開の箱舟から槍を飛ばして牽制するが、"超超大型"はその巨体から想像出来ない程の身軽さで攻撃を躱していく。

 

中たえ「だったら、全方向から行くよ!」

 

槍を四方八方から放つが、それすらも躱されてしまう。更に"超超大型"は躱しながらミサイルを発射したえに反撃してくる。

 

中たえ「くっ!それならっ……。」

 

たえはバリアを展開して防御する。

 

中たえ「ゲージの消費が激しい……。もう時間が無い……。これしか無いかな。」

 

再び"超超大型"がミサイルを放つ。が、たえはバリアを展開せず攻撃を真正面から食らってしまう。煙でたえの様子が見えないが、トドメを刺すべく、"超超大型"はたえに向かって突っ込んで行った。万事休すかと思われたが、突進はたえに当たる前に止まっていた。たえが槍を盾に変えて受け止めていたのである。

 

中たえ「ここで捕まえちゃえば、避けられないよね!」

 

たえは"超超大型"をガッチリと押さえつけ、周りに槍を展開させる。

 

中たえ「満開・破蕾槍刃!!」

 

無数の槍が"超超大型"を串刺しにする。その姿はさながら槍の花びらを持つ花の様だった--

 

 

---

 

 

ゆりサイド--

 

ゆり「それっ!くっ!!」

 

ゆりは大剣を振るい"超超大型"と戦闘している。"超超大型"はミサイルを発射するも、ゆりは大剣でそれを真っ二つに切り裂く--

 

 

前にミサイルが突如大爆発する--

 

 

ゆり「きゃあぁぁぁぁっ!!」

 

ゆりは爆風をもろに受けてしまい吹き飛ばされる。

 

ゆり「くっ……やってくれるじゃない……。」

 

ゆりと相対してる"超超大型"は"爆発型"の特性を持っており、飛ばした一部を自在に爆発させるのである。"超超大型"は間髪入れずにミサイルを連発してくる。

 

ゆり「しまっ………!」

 

爆発がゆりを包み込む--

 

 

 

事は無かった。

 

りみ「お姉ちゃん大丈夫!?」

 

ゆり「……りみ…。」

 

りみがワイヤーで壁を作り爆風を遮ったのだった--

 

 

--

 

 

時間は少し戻り、りみサイド--

 

りみ(私はここに来て、沢山の先輩から色んな事を学んできた。私がみんなを引っ張るくらいの気持ちで頑張らないと!)

 

近付いてくる"超超大型"は小型のミサイルをりみに向けて飛ばしてくる。奇しくもゆりが戦っているものと同じタイプだった。

 

りみ「どんな攻撃も、あこさんから学んだこの盾で!!」

 

りみはワイヤーを巨大な盾に変化させ、ミサイルを防ぎきり、

 

りみ「そして、美咲ちゃんから教わった投槍で貫く!!」

 

ワイヤーで投槍を作り出し、右半身を抉り取った。直後"超超大型"は再び口を開き今度はビームを放とうとするが、

 

りみ「させないよ!蘭ちゃんから教わった鞭で!!」

 

ワイヤーで今度は鞭を作り出し、口を鞭で縛り上げ塞いだ。ビームは行き場を無くし、暴発してしまう。

 

りみ「よしっ!!」

 

"超超大型"は悲鳴にも似た叫びをあげ、苦しんでいるようだった。

 

りみ「最後だよ。香澄ちゃんから学んだこの拳で……!」

 

ワイヤーで無数の拳を作り上げ、

 

りみ「マシンガン勇者パーーーンチ!!」

 

りみはパンチの嵐を繰り出し、"超超大型"は消滅する。

 

りみ「はぁ、はぁ…私でも出来るんだ…。」

 

次の瞬間遠くから爆発音とゆりの悲鳴がりみの耳に届いた。

 

りみ「お姉ちゃん!?」

 

りみは考えるより先に体が音の方へと動き出した--

 

 

--

 

 

そしてゆりサイド--

 

りみ「お姉ちゃん大丈夫!?」

 

ゆり「……りみ…。」

 

りみ「お姉ちゃん言ったでしょ。倒し終わったら他の人の援護に回ってって。だから私来たんだよ。」

 

ゆり「りみ……。」

 

ゆりは涙を流す。嬉し涙だった。

 

ゆり(りみ……強くなったね。)

 

初めは妹を巻き込んでしまった事の罪悪感が大きかった。しかし勇者としての生活の中で、りみは着実に成長している。

 

 

ゆりが大赦を潰そうとした時は抱きしめて心を救ってくれた--

 

 

他の勇者達が赤嶺の罠で動けない時は、身を呈して時間を稼いでくれた--

 

 

そして今、ボロボロの姉を助けまいとして、疲れた体に鞭打って駆けつけ敵の前に立っている。

 

りみ「お姉ちゃん、まだ頑張れる?一緒に戦おう!」

 

そう言ってりみはゆりに手を差し出す。

 

ゆり「……ええ。りみの前で寝てらんないから!」

 

ゆりはりみの手を取り立ち上がる。

 

りみ「私たち姉妹の絆を見せてあげよう。」

 

ゆり「そうだね!」

 

2人は"超超大型"へと突っ込んでいく。"超超大型"はすかさずミサイルを発射してくるが、りみが盾を作ってそれを防ぐ。

 

りみ「お姉ちゃん!攻撃は私が止めるから、後はお願い!」

 

ゆり「任せて!はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ゆりが気合を込めると、大剣がどんどん光り輝いていく。

 

ゆり「りみ、タイミング合わせて!」

 

りみ「分かった!」

 

ゆり「突貫十字剣!!」

 

ゆりが大剣を前に突き出すと同時に、大剣が"超超大型"に向かって真っ直ぐ伸びていく。勢い良く伸びていき、あわやりみが作った盾にぶつかりそうになるが、

 

ゆり「今だよ!!」

 

りみ「分かった!えいっ!!」

 

大剣が盾に当たる瞬間に、りみは盾を真っ二つに分け、盾と盾の間を大剣が通り抜け、"超超大型"に突き刺さる。

 

ゆり「これでどう!?」

 

"超超大型"は大剣を抜こうとするも、大剣はビクともしない。ゆりがトドメを刺そうとした瞬間だった--

 

 

りみ「っ!?お姉ちゃん!!」

 

ゆり「っ!?自爆!?」

 

突如"超超大型"が光り出す。巻き込まれる寸前、

 

りみ「えぇぇぇいっ!!!」

 

りみはワイヤーを全て使い、"超超大型"をグルグル巻きにして爆風が広がるのを防いだのだった。

 

ゆり「ふぅーーー……間一髪だった…。」

 

りみの助けもあり、勝利したゆりはりみに近付き抱きしめた。

 

ゆり「ありがとう、りみ。りみは最高の妹だよ!」

 

りみ「……うんっ!私強くなれたよ!」

 

 

---

 

 

香澄サイド--

 

香澄は満開の巨大な拳で"超超大型"と殴り合っていた。

 

香澄(硬いっ!……でも、勇者はこんな事じゃ諦めない!)

 

香澄が相手にしている"超超大型"は有咲が戦ったものと同じ"防御特化型"の特色を持っていた。

 

香澄「おおおおおっ!連続勇者パーーンチ!!」

 

香澄は勇者パンチで応戦するも、ダメージはあまり入っていなかった。

 

香澄「私は諦めないよっ!勇者部5箇条その1!!」

 

香澄はめげずに拳を振り上げる。

 

香澄「成せば大抵何とかなるっ!!!」

 

30秒程ラッシュを叩き込んでいると、遂に"超超大型"にヒビが入り始めた。

 

香澄「ぐぐぐぐっ……も、もう少し……!」

 

しかし、香澄の満開にも限界が訪れ、拳にヒビがはいっていく。

 

香澄「っ!?負けないっ!!みんなだって頑張ってるんだから!!」

 

 

その時--

 

 

有咲「負けんな、香澄っ!!」

 

満開が解け、疲労でふらつきながらも、有咲が香澄の元に駆けつけ声援を送った。

 

香澄「有咲……。」

 

 

 

中たえ「後ちょっと、頑張れ!!」

 

香澄「おたえ……。」

 

そこにたえも合流する。

 

 

 

りみ「諦めないで、香澄ちゃん!!」

 

ゆり「気合いでぶつかって行けーー!!」

 

香澄「りみりん……ゆり先輩……。」

 

両者のヒビが少しずつ大きくなっていく。若干だが香澄の方がヒビ割れが大きかった。

 

香澄「うううっ………。」

 

限界が近い香澄。だが、

 

 

 

中沙綾「勇者はっ!!!」

 

最後に沙綾が香澄の元に辿り着き叫ぶ。

 

香澄「さーや………。」

 

香澄の顔に力が戻る。

 

有咲・中たえ・ゆり・りみ・中沙綾「「「勇者はっ!!!」」」

 

5人が再び叫ぶ。

 

香澄(みんな……そう、そうだよね……!)

 

香澄「なるべく諦めないっ!!!!」

 

香澄はヒビを気にする事なくパンチを続ける。

 

香澄「おおおおおおおっ!!!!これで終わりだぁーー!!」

 

香澄は拳を振り上げ、

 

香澄「勇者…パーーーーンチッ!!!」

 

香澄渾身の一撃で、"超超大型"に風穴が開き、同時に香澄の満開が解ける。

 

 

--

 

 

沙綾達5人が香澄の元に駆けつけた。

 

香澄「はぁ、はぁ、はぁ……。み、みんなも勝ったんだね。」

 

有咲「ああ、何とかな。」

 

中沙綾「全部倒せたけど、赤嶺が出てくるなんて事は……。」

 

りみは辺りを見回してみるが、赤嶺の姿は見えなかった。

 

りみ「…ないみたいだね。あっ、樹海が元に戻るよ。」

 

中たえ「手強い相手だったけど、何とかなったね。それじゃあ凱旋してみんなと合流しよう。」

 

樹海化が解け、勇者達は部室へと戻っていく--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

彩「みんな本当にお疲れ様。全員無事で良かったよ。」

 

全員が無事に戻り、それぞれの部隊が報告をする。

 

蘭「地方組、御役目完了だよ。」

 

友希那「西暦組、防衛成功よ。」

 

小たえ「小学生組も御役目果たせました。」

 

千聖「防人組、やるべき事は全部やったわ。全員無事よ。」

 

ゆり「花咲川中学勇者部、みんなと同じく敵を全滅。」

 

5カ所全部の防衛を犠牲ゼロで成功させたのだった。

 

リサ「みんな、本当にお疲れ様。1人1人が本当に強くなったね。」

 

薫「結構な数だったが、私たちなら大丈夫だよ。」

 

みんなが勝利の喜びを噛み締めている、そんな時だった--

 

 

赤嶺「おめでとーっ。」

 

赤嶺が何処からともなく姿を現わすのだった。

 

小沙綾「っ!?あなたまた堂々と乗り込んで…。」

 

赤嶺「総攻撃ではあったけど、いやぁみんな凄い。ポテンシャル的だね。バーンと跳ね除けた。」

 

蘭「何をやっても無駄だって分かった?」

 

赤嶺「私だって造反神の勇者だから。勇者は最後まで諦めない。ってな訳で……"神花解放"!!」

 

赤嶺は持てる力の全てを解放する。

 

千聖「何!?この嵐の様な力は!?今までとは、まるで別物……!」

 

赤嶺「言っとくけど、今までだって出来る限りの力で戦ってきたよ。ただ、最後の対決に備えて上限突破しだだけ。そっちもしっかり準備して鍛えて来たよね。じゃあ、待ってるよ。」

 

赤嶺はいつもの様に去っていった。

 

夏希「また言いたい事だけ言って消えちゃったよ……。でも次で最後の対決だって言ってたな。」

 

香澄「ここまで色々あったなぁ。決着だね………赤嶺ちゃん。」

 

この戦いの結果、高知の3/4を取り戻した勇者部一同。そして赤嶺と最後の決着の時が近付こうとしていた--

 

 

 



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無慈悲の理

遂に赤嶺の口から赤嶺家の事が語られます。

そして待ち受ける悲しき現実--




 

 

勇者部部室--

 

いよいよ赤嶺との決戦の日となり勇者部に緊張が走る。

 

彩「いよいよ赤嶺さんとの決戦だね。」

 

友希那「そうね。だけど取り戻さないといけない高知の土地はまだ残ってる。赤嶺との決着をつけても造反神との戦いは続くという事ね?」

 

モカ「ただもう大兵力で攻めてくる事は無いだろうって。小規模な襲来はあるだろうけど。」

 

薫「赤嶺自身もそんな感じの事を言っていたね。後は粛々と取り戻していくだけだよ。」

 

中沙綾「追い詰められたら力が増す造反神。でもそれすら使い果たしたって事?」

 

紗夜「最後に待ち受ける敵…つまりラスボスは造反神って事でしょうか。」

 

花音「か、神様そのものと戦うなんて無茶ぶりだよぉ…。」

 

高嶋「それこそ赤嶺ちゃんに色々と聞いてみよう。」

 

みんなが思い思いの考察を考えている中、美咲が話し出す。

 

美咲「赤嶺香澄を倒した後、みんなに大事な話があるんだけど、良い?」

 

リサ「うん。全部が終わった後の話だね。そろそろ頃合いだと思うよ。」

 

美咲「話し合うのには赤嶺の情報も必要になると思うから、ここはまず倒す事に集中するけどね。」

 

有咲「しかしあいつ"神花解放"とか叫んでたな。前より格段に強くなってる。しっかり準備して行かないと。」

 

燐子「この一体感なら絶対行けますよね、白鷺さん…。」

 

千聖「そうね、力を合わせれば大丈夫よ!」

 

この世界を救う御役目を通して、勇者部24人の絆は確かなものとなっていた。しかし、みんなの力が合わなかったらどうなるだろうか--

 

 

すぐそこまで忍び寄る影に気付くものは誰一人としていなかった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

あこ「樹海に来たものの、赤嶺香澄は出てくるのかな?」

 

夏希「ここに来て焦らしは無いと思いますけど……。」

 

するとそこに1匹の星屑が現れる。

 

勇者達は身構えるが、何故だか襲ってくる気配がしなかった。

 

りみ「この星屑、攻撃してこない?」

 

そしてその星屑は背中を向け、元来た道を戻り始め、少し進んだ所で動きを止め、またこちらを振り返ったのだ。まるでついて来いと言わんばかりに。

 

ゆり「かなり怪しいけど……警戒しつつ進んでいこうか。」

 

勇者達は星屑の後をついて行く。

 

有咲「……こうしてまじまじ見れば見る程よく分からない造形してるよなコイツら。」

 

薫「やはりこの世界に来てから始めて見るバーテックスは海の香りがするよ…。現世のものからはその様な香りはしないのだけれどね。」

 

中たえ「造反神の性質なんじゃないかな。」

 

小たえ「前に高嶋先輩が言っていた、この世界のバーテックスには拳が効きにくいっていう事と同じなのかも。」

 

その時、

 

赤嶺「そりゃあ高嶋先輩や私ら香澄の拳には、天の神に対する呪詛……キラーが付いてるからね。」

 

香澄「赤嶺ちゃん……。」

 

赤嶺香澄が姿を現した。

 

赤嶺「元・天の神とは言え土地神に味方してる造反神が神樹内で作ったバーテックスにキラーは乗らない。」

 

紗夜「出ましたね、赤嶺香澄。……今の説明の仕方、あなたは少しゲームをするのかしら。」

 

赤嶺「暇つぶし程度には。そしてようこそ。」

 

赤嶺は自然体で佇んでいるが、勇者達は肌を刺すような威圧感を感じ取っていた。

 

赤嶺「ピリピリしてて、良い空気だね。戸山ちゃんとのタイマン以来の緊張感。」

 

友希那「今日こそあなたに敗北を認めさせる。構えなさい。」

 

だが友希那の言葉に従わず、赤嶺は話し続ける。

 

赤嶺「ん。でも1つだけ頭に入れておいてよ。そもそも赤嶺家って何なのかをね。」

 

中沙綾「それは戦いが終わってからで大丈夫だよ。」

 

赤嶺「やー、知っておいてもらわないとフェアじゃないと思ってね。」

 

赤嶺は不敵な笑みを浮かべた。

 

赤嶺「すぐ終わるから聞いてよ。一部関係のある人もいるからさ。」

 

 

そして赤嶺は語り始める--

 

 

赤嶺「何処から話そうかな?うーん。そう、まずは神世紀の入りからだね。」

 

薫「説明は苦手と言っていたが、大丈夫なのか?」

 

赤嶺「擬似バーテックスの前で練習してましたよ、お姉様。だからいけます。」

 

赤嶺「西暦の風雲児、湊友希那ら初代勇者達の活躍で四国は長い平穏を得た。」

 

あこ「そこをもっと詳しく!あこはどうなったの!?」

 

赤嶺「…………。」

 

赤嶺は何も言わずあこを見つめるだけだった。

 

あこ「……な、何か言ってよ。」

 

赤嶺「…ふふ。なんてね。個々の結末を詳しくは知らないよ。私の世代はあなた達の後だから。」

 

あこ「くぅぅっ、からかってー!」

 

千聖「取り敢えず好きに喋ってもらいましょう。途中で口を挟むとお茶を濁されそうだし。」

 

赤嶺は話を続ける。

 

赤嶺「初めて星屑が人類を襲ってから、人は天を恐れ始めた。湊さんチームなら知ってるでしょ。"天空恐怖症候群"。」

 

紗夜「……ええ。」

 

 

"天空恐怖症候群"--

 

 

"天恐"とも呼ばれる精神疾患で、星屑が初めて現れた"7.30天災"をキッカケに起こるようになった。空を見る事に恐怖を覚える精神的な病であり、症状は4段階のステージがある。最終段階のステージ4では発狂、自我の崩壊にまで至るおそれがあり、紗夜の母親が罹っていた病である。

 

赤嶺「"恐れ"は"畏れ"でもある。それは神世紀72年……。」

 

千聖「神世紀72年って確か、カルト教団による集団自殺があった年な筈よね、日菜ちゃん。」

 

日菜「そうだね。ジョギング中に話したやつだよ。」

 

赤嶺「へー。今はそんな風に教わってるんだね、大赦も情報操作が上手いんだから。」

 

中たえ「大赦……?じゃあその事件の真相は違うの?」

 

赤嶺「違うよ。その時代では、事もあろうに天の神を信奉する人達が四国内に出てきたんだよ。だからお仕置きする人が必要だった。それが私だよ。後は"氷河つぐみ"って子が相棒。」

 

日菜「氷河家の………偉大なご先祖様だよ。私とはあまり容姿が似てないって聞いたけど。」

 

赤嶺「そうだね……どっちかって言うと、茶髪が似合う清楚なタイプというか……ふふふ。」

 

日菜「何か可笑しな事言った?」

 

赤嶺「いや、思い出したんだよ。あなたに最初に会った時、苗字は同じ氷河でも容姿が全然似てなかったから何でかなって。氷河つぐみは正式には"氷河家"の子じゃ無かったんだよ。」

 

日菜「……どういう事?」

 

赤嶺「"氷河家"は子宝に恵まれなかったらしくてね。身寄りの無かった子供を里親として引き取ったらしいんだよ。氷河家になる前のつぐちんの名前は"羽沢つぐみ"。だから似てないのは当たり前だね。」

 

日菜「そうだったんだ……。」

 

赤嶺「そして偶然にもここにはもう1人"氷河家"と関係のある人物がいるんだよ。」

 

日菜「えっ!?」

 

赤嶺「それはね………"氷川紗夜"だよ。」

 

高嶋「紗夜ちゃんが!?」

 

紗夜「確かに苗字の音は一緒ですが……。」

 

赤嶺「さっきも言ったように、氷河家は子宝に恵まれず、つぐちんを引き取った。つぐちんを引き取る前に氷河家は思ったんだよ。"何故子宝に恵まれなかったのか"って。そしてある1つの考えに至った、苗字に原因があるんじゃないかってね。」

 

燐子「苗字って、まさか……。」

 

赤嶺「そう、"氷河家"は元々は"氷川家"だったんだよ。つぐちんを養子として引き取る少し前に"氷川家"は子宝に恵まれない理由を探した。そして知ったんだ。西暦のとある事がキッカケで"氷川家"が地に落ちた事を。それを呪いと考えた当時の人達が"氷川家"から"氷河家"に名前を変えたんだよ。」

 

紗夜「じゃあ、私と氷川さんは……。」

 

日菜「先祖と子孫の関係って事!?」

 

赤嶺「そうなるね。」

 

友希那「確かに、髪の色とかは氷河さんは紗夜と似てるところがあるけれど……。」

 

高嶋「まさかそんな繋がりがあったなんて……。」

 

赤嶺「結構脱線しちゃったね。話を元に戻そうか。神世紀72年に起こった事件の際、私は勇者には変身しなかったけど神樹様から力はもらって、御役目についていた。」

 

友希那「私達が島根から四国に辿り着いた時と同じね……。だけどそれは前にも聞いたわ。」

 

赤嶺「勇者服を着ていなくても、そこそこ力は出せるから、バーテックスは無理でも人なら制圧出来る。以後、赤嶺家は大赦で対人用の御役目をする家になった。"人目につかないように山中の洞窟で戦闘用の精霊を相手に訓練したりして"、ね。」

 

有咲「勝手に色々喋ってくれるのは助かるけど、何だか調子狂うな。」

 

千聖「でも刺々しい威圧感は消えてないわ。備えておきましょう。」

 

赤嶺「話を続けるよ。で、赤嶺家はそんな感じで活躍したから大赦の中でもまぁまぁの地位を持ってるんだ。氷河家も苗字を変え、つぐちんの尽力もあって地位を盛り返してきたけど、ここ1番の大事な御役目に私情が混ざって失敗しちゃってね。段々と赤嶺家との地位が開いてしまった。」

 

中沙綾「だから知らなかったんだね…。」

 

赤嶺「でも、人間としては氷河家の方が正しいよ。私は氷河つぐみを友人として誇りに思う。ただちょっとダーティな事も黙々とこなす赤嶺家の様な人間も必要ってだけで。所謂スパイってやつだね。」

 

こうして赤嶺は一通りの事を話し終える。

 

イヴ「色々と説明が足りない部分はありましたが、ある程度の流れは把握しました。」

 

花音「つ、つまり対人戦のプロって事だよね……。」

 

赤嶺「そう!それを言いたかったんだよ。私の様な人間が"神花解放"までした。だから気をつけてねって事。さて、説明終わり。」

 

赤嶺「--火色舞うよ。」

 

赤嶺の雰囲気が変わる。

 

日菜「っ!?みんな気を付けて!あれは赤嶺家に伝わる御役目を行う時に口にするルーティン……。」

 

薫「本気を出してきたようだね…。」

 

友希那「みんな、話は聞いていたわね。気を引き締めて!」

 

勇者達は距離を取り、武器を構える。

 

香澄「……来るよっ!!」

 

 

--

 

 

赤嶺「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

赤嶺は気を解放し、勇者達に突っ込んでくる。

 

あこ「ここはあこがっ!!」

 

あこが赤嶺の前に立ちはだかり旋刃盤を構える。

 

赤嶺「そんなものじゃ私の全力は防げないよ!!勇者パンチ!」

 

あこ「ぐぬぬぬぬっ!!うわぁぁ!!!」

 

あこは赤嶺のパンチを防ぎきれず吹き飛ばされてしまう。

 

燐子「あこちゃんっ……!」

 

夏希「こんにゃろうっ!!」

 

イヴ「やってやるぜぇ!!」

 

すかさず夏希とイヴが突貫するが、

 

赤嶺「ただ真っ直ぐ突っ込んでくる相手ほど容易いものはないよ。」

 

そう言いながら赤嶺は2人を躱し、

 

赤嶺「勇者パンチ…。」

 

夏希「うわっ!!」

 

イヴ「ぐあっ!!」

 

2人も吹き飛ばされてしまう。

 

有咲「それならっ!」

 

千聖「私達が!」

 

蘭「相手になるよ!!」

 

有咲と千聖、蘭の3人が赤嶺と対峙する。

 

赤嶺「良いねぇ……かかっておいでよ。」

 

数の差など物ともせずに赤嶺は笑みを浮かべて襲いかかる。

 

 

--

 

 

20分後--

 

赤嶺「はぁ、はぁ、全くしぶとすぎだよ。」

 

有咲「あたり…前だろ…。」

 

千聖「有咲ちゃんより……先に倒れるなんて………ごめんだもの。」

 

蘭「はぁ、はぁ……そういう事。」

 

長時間戦っている4人の体力にも限界が来ていた。

 

赤嶺「本当にやるよね……プライドの高いあなた達が自ら囮になるなんてさっ!!」

 

有咲「なっ!?」

 

一瞬だった。有咲達のたった一瞬の隙を突いた赤嶺は3人をまとめて吹き飛ばしてしまう。

 

赤嶺「はぁ、はぁ…。」

 

そして次に赤嶺の前に立ったのは薫だった。

 

赤嶺「はぁ、次はお姉様が相手してくれるの?」

 

薫「……もういい。もう負けを認めるんだ。」

 

そう言って薫は赤嶺に手を差し出す。だが、赤嶺は薫の手を弾いた。

 

赤嶺「なんの……まだまだですよ。最後の抵抗っ!!」

 

赤嶺は最後の力を振り絞り暴れ始める。

 

ゆり「とんでもない暴れかたするね…!」

 

友希那「任せて!はぁっ!!」

 

友希那がみんなを下がらせ、赤嶺に斬りかかった。

 

赤嶺「ぐあっ!!!」

 

生大刀の一撃を受けた赤嶺は遂に片膝をつくのだった。

 

赤嶺「さ、流石は伝説の勇者……ゆ、友希那さんの全盛期がここまで強かったなんてね……。」

 

友希那「私1人の力では無いわ。ここにいる全員の力で掴み取ってきたものよ。ここまでだった1人で立ち向かったあなたも確かに凄かった。でもあなたは私達がこの世界で培ってきた絆の力に負けたのよ。」

 

赤嶺「絆………か……。」

 

赤嶺(つぐちん………。)

 

座り込んでしまった赤嶺に近付く2つの影。

 

香澄「赤嶺ちゃん…大丈夫?」

 

高嶋「もう終わりにしようよ。」

 

それは2人の香澄だった。香澄達は尚も赤嶺に手を差し出すのだった。

 

赤嶺「……ふふ。自分の怪我より先に心配されちゃうようじゃこれまでだね………。負けを認めるよー。」

 

赤嶺は遂に負けを宣言する。

 

花音「はぁぁぁぁっ。終わったよぉ…。」

 

中沙綾「それじゃあ部室に連れて行こうか。紗夜さん、反対側持ってもらっても良いですか?」

 

紗夜「ええ。」

 

赤嶺「…………。」

 

燐子「赤嶺さん…負けた筈なのに笑ってるような……。」

 

赤嶺との決戦が終わり、勇者たちは赤嶺を連れて部室へと戻る。だが赤嶺の最後の狙いが勇者達のすぐ後ろまで迫っていたのだった--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

部室に戻ってきた勇者達、だが部室の雰囲気が少し変わっているのに気が付く。

 

りみ「あれ?部室がキラキラ光ってる?これは……?」

 

赤嶺「あー。土地の殆どをあなた達が奪還したからね。この世界のバランスが崩れたんだよ。あなた達にとってみれば、良い意味かな。終わりが近い……まぁその内安定するんじゃない?」

 

この光は戦いがもうすぐ終わる事を示しているのである。

 

彩「神託でも同じような事を確認してるよ。」

 

赤嶺「さてさて、何処から話そうか。まずは現状だね。もうだいぶ高知を取り戻した訳で、後は高知の残りを取り返して、最後に造反神を鎮めれば御役目終了だよ。」

 

赤嶺から語られるゴールまでの道しるべ。終わりは近い。

 

中沙綾「やっぱり神そのものと戦うんだね。」

 

赤嶺「そう。で、倒せば鎮めたって事で御役目終了。全員が元の世界に戻るんだよ--」

 

 

 

 

 

赤嶺「--"全ての記憶を失ってね"。現実世界に記憶を持って帰る事は出来ない。」

 

美咲「そうだよねぇ…。そうなるよねぇ…。」

 

この世界での出来事は全て忘れてしまう。ここで築いた思い出も、友情も。それが赤嶺最後の揺さぶりだった。

 

赤嶺「そっちでも色々と調べたら試したりしてたんじゃないかな?でしょ今井リサさん。」

 

リサ「……そうだね。私の結論も同じだよ。召喚された時に戻れば、全ては元のまま。記憶を持ち帰る事は出来ず、強くなった体験も全てリセットされると思う。」

 

赤嶺「プラスに考えれば、歳取ってないって事。」

 

モカ「もし記憶を持ち帰れたら、それは凄く力になるんだけど…。」

 

小沙綾「やっぱり無理なんだね。」

 

夏希「ノートに書いておくとか?それか肌に直接書いておくとか。」

 

赤嶺「勝手に消えてるだろうね。今はあくまで神樹の中だから何でもありなのであって、その理を現実に反映する事は出来ないんだよ。神様が意地悪してるとか、そういう訳じゃなく。」

 

あこ「そこは分かるよ。無理なんだよね。神様も精一杯やってるけど無理なものもある。」

 

紗夜「現実に干渉は出来ない……ですか。」

 

赤嶺「だから造反神を倒したらみんなは召喚された直後に戻る訳だね。そして各々の戦いが始まり--」

 

 

 

 

 

 

赤嶺「--この内の半分くらいは、過酷な運命を辿る事になる。」

 

赤嶺のこの一言で部室が静まりかえる。

 

高嶋「っ!?そ、そんな……。」

 

赤嶺「火色舞うよ……。」

 

蘭「また冗談言ってる訳?」

 

赤嶺「今度は本気で言ってる。というかあなたは死ぬよ、美竹蘭。諏訪と四国はやがて連絡が取れなくなる。」

 

モカ「なっ……!」

 

美咲「有り得る話だよ。普通に考えれば1人で守ってきた私達は敵の物量に押し潰されかねない。」

 

戻りたくない。それを願う美咲は赤嶺に質問する。

 

美咲「私はまた1人であんな所に戻るなんて嫌だよ。何か方法はないの?」

 

赤嶺「簡単だよ。"造反神を倒さなければ良いんだよ"。」

 

燐子「……そう来るんですね…。」

 

造反神を倒せば、勇者達は御役目を完了し、全員が記憶を失い元の世界に戻る。だが、その内の半分は過酷な運命を辿る。倒さなければ、勇者達は記憶を失わず、いつまでもこの世界で暮らしていける。2つに1つの選択を赤嶺は勇者達に迫るのだった。

 

赤嶺「この世界では歳も取らない。みんなでいつまでもここにいれば良いんだよ。」

 

友希那「そういう訳にはいかないわ。私たちを撹乱させようと……。」

 

美咲「ちょっと待って、湊さん!赤嶺の話を遮らないで!!」

 

友希那は赤嶺に迫るが、美咲がそれを阻んだ。

 

友希那「奥沢さん、あなた…。」

 

美咲「聞いてなかったんですか!?戻れば美竹さんは死んじゃうんですよ!」

 

千聖「赤嶺の嘘では無いの?」

 

千聖の問いかけに赤嶺はついに切り札を切る。

 

 

 

 

 

赤嶺「じゃあ嘘だと思ってそのまま聞いてよ…………海野夏希ちゃん!!」

 

夏希「え?」

 

赤嶺「中学生になったあなたがここに1人、何故いないのか。それは………。」

 

中沙綾「止めてっ!!!!!」

 

赤嶺「……ふふ。それ答え言っちゃってるから。」

 

中沙綾「はっ……!?」

 

沈黙がしばらく続き、赤嶺は再び勇者達に問いかける。

 

赤嶺「……もう一度言うよ。造反神を倒して帰るか、倒さないでここにいるか……どうする?」

 

 

 



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決断の時

勇者達は選ばなくてはならない--

例えそこにどんな運命が待っていようとも。




 

 

赤嶺「……もう一度言うよ。造反神を倒して帰るか、倒さないでここにいるか……どうする?」

 

赤嶺香澄によって選択を迫られる勇者部一同。今、勇者達に最後の決断の時が来ようとしていた--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

赤嶺「--何だか気不味い空気になってるけど、事実確認が優先じゃないかな?私が色々と話した情報がデマかどうか……それぞれ裏が取れる人はいるでしょう?諏訪がどうなったのか。そこの夏希ちゃんがどうなったのか。」

 

赤嶺は沙綾の方を見る。

 

中たえ「…こんな形で伝えたくなかったけど、沙綾と決めてたんだ。隠すより言おうって……。」

 

中沙綾「……夏希は御役目の最中で、世界を救い……命を落とした。だからここにはいない。」

 

 

---

 

 

たえと沙綾が負傷してしまい、夏希はたった1人で3体ものバーテックスから世界を救い、そしてその命を散らした--

 

 

夏希「化け物には分からないだろ、この力!!」

 

夏希「これが…これこそが、人間様の!」

 

夏希「気合と!!」

 

夏希「根性と!!」

 

夏希「魂ってやつよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」

 

 

---

 

 

夏希「…………!」

 

小沙綾「そ、そんな……。」

 

小たえ「夏……希……。」

 

小学生の沙綾とたえはその悲しすぎる事実に言葉が出てこなかった。

 

中沙綾「だから私としても、どうにかする方法はないか、おたえ達と話してた。小学生の私達に記憶を持ち帰らせる事が出来れば、歴史を変えられるから。」

 

中たえ「……でも、そんな方法はまだ見つからない。」

 

ゆり「さ、沙綾ちゃん……。そんな事を本人に……。」

 

だが、夏希は2人の意に反して落ち着いて答える。

 

夏希「大丈夫です、ゆりさん。何となくそうかなって……。心の何処かで思ってました。」

 

中沙綾「え……?」

 

夏希「だって、沙綾……山吹さんは、時々一緒に寝るけど、抱きしめ方が凄いって言うか。それに、私を助けてくれた時、私を見ている目が涙ぐんでる時もあったし。」

 

中沙綾「………そこまで態度に出てたなんてね。」

 

夏希「まぁでも、お前は既に死んでいるとかだったらどうしようかと思ったけど…現時点でまだ生きてるなら、本番で何とかして歴史変えてみせますよ。」

 

夏希は笑顔で中学生の2人に言うのだった。

 

小沙綾「と言うか絶対そんな目に合わせない!ね、おたえ!」

 

小たえ「うん!これからは常時張り付いてるよ!」

 

夏希「う、嬉しいけどくっつきすぎだって!」

 

そして蘭の態度も落ち着いていた。

 

蘭「諏訪の方も、察しはしていたよ。だから何も心配しないで大丈夫。」

 

モカ「蘭……。蘭がいなかったら、怖くて叫んでたかも。だって私達の頑張りは……。」

 

友希那「諏訪とは通信が取れなくなっただけで、あなた達がどうなったかの記録は無いわ。ただ1つ言えるのは、四国が決戦に備えられたのは美竹さん達のお陰なのよ。」

 

丸亀城での決戦が迫る中で、美竹蘭がいる諏訪が敵を引き付けてくれた為に四国は準備を進めていく事が出来たのである。

 

蘭「粘ってた意味はあったんですね。なら何より。」

 

蘭もまた笑って答えるのだった。

 

ゆり「……どうして2人ともそんな笑って言えるの?」

 

モカ「それは、蘭が蘭だから……。」

 

赤嶺「南西の諸島も、北方の大地からも。壁の外が火の海になり生命反応が途絶える。」

 

薫「…赤嶺。何処か無理して話してないかい?」

 

赤嶺「け、敬愛している、お姉様に関する話をしているから。」

 

薫「いや、その前からそんな感じがしているよ。」

 

美咲「冗談じゃないって。私はこの世界で楽しくやっていきたいよ。そう、戻らなければ良い。それで全てが解決する。簡単な話だよ。」

 

美咲の決意は固かった。

 

美咲「みんな、色々と情報が揃ってきたところで本音を言い合わない?戻るべきか、戻らざるべきか。」

 

そして決断の時は間もなく訪れる。

 

美咲「さぁ、それぞれが本音を言う時間だよ。1人1人の意見を聞いて、戻らない派が多数なら、戻らないでおこうよ。」

 

リサ「1つだけ良い?その意見の判断材料になる情報がある。」

 

美咲「この際だから全部話して。」

 

リサ「ここは神樹様の空間な訳で、維持するのにも神樹様のエネルギーを使うんだ。まぁ自身の世界だから、外で結界を張るほどの労力じゃないんだけど。とにかく"無限に、永遠にいる事は出来ない"。それだけは伝えておくよ。」

 

例えここに残る選択をしても、ずっといる事は出来ない。いつかは元の世界に帰らなければならないのである。

 

香澄「いずれちゃんとした話し合いをしたいと思ってたけど、何だか急になっちゃったね。」

 

美咲「こっちとしても戸山さん達と揉めたい訳じゃないから、そこは謝るよ。戸山さんや美竹さん達は本当に優しくしてくれたから。お陰で、こういう状況でも心は幾分穏やかだよ。」

 

そして最初に美咲が話し出す。

 

美咲「造反神を倒すのには反対!みんなでいられるだけここにいよう。ギリギリの所で造反神鎮めて幕引きとか、そういうのが良い。」

 

あこ「普通にそれで良いと思うんだけど。現実に戻れば時の流れは召喚地点に戻るなら、いられるだけいてもバチは当たらないんじゃない?」

 

あこが言うのも最もである。

 

中たえ「リスクも考えよう。その上でとことん話そう。」

 

イヴ「まず造反神を野放しにしておくと、どんな逆転劇をされるか分かりません。」

 

ゆり「確かにね。私達もギリギリの所から盛り返した訳だし。」

 

日菜「鎮められる時に鎮めておかないと危険な可能性があるって事だね。」

 

燐子「それこそが…赤嶺さんの狙いだと思います…。つまり完全には降伏していない…。」

 

あこ「なるほどー。頭良い。」

 

赤嶺「私は事実を言ってるだけだから。」

 

彩「後は神樹様のエネルギー問題だね。さっきリサちゃんも言ってたけど。」

 

リサ「この空間維持にも力を使ってるって事だね。」

 

彩「ここで私達が長く居過ぎると神樹様の地力が落ちちゃう。」

 

美咲「なるほど。その話を聞いた上でも、私は限界までここにいたい。」

 

ここに居続けるリスクも出揃った。各々は再び本音を話すのだった。

 

蘭「それじゃあ、話題に出てた私が話すよ。」

 

蘭の選択は--

 

 

 

 

 

蘭「私は戻るを選ぶ。」

 

モカ「…そうだね。蘭なら絶対にそう言うと思った。」

 

蘭「…もちろん、長くここにいたいけど。神樹に悪い影響が出たり、造反神に逆転の目を与えそうになる前には決着を付けるべきだよ。諏訪のみんなが待ってるし。現世の運命は変えてみせるよ!」

 

そう話す蘭の目には微塵の恐怖も無かった。

 

美咲「……美竹さんは強いね。真なる勇者だよ。良い人過ぎるよ……。」

 

蘭「そうでも無いよ。これからわがままを言うから。」

 

美咲「え?」

 

蘭「モカ。」

 

モカ「何?蘭。」

 

蘭「諏訪に戻ったら危ない。こんな事を聞いておいて尚、私はモカと一緒にいたい。」

 

モカ「っ!」

 

蘭「モカに一緒について来て欲しい。そうすれば私は、全力以上の力で戦えるから…。危ないって分かってるのに…私はモカと一緒にいたい。」

 

そう言って蘭はモカの手をとった。

 

モカ「………私、オーバーな話かもしれないけど、まだ平和な時に日常の中で時々思ってたんだ。なんで私は生まれて来たんだろうって……自分に自信も無かったし。」

 

蘭「モカ…。」

 

モカ「でも今、分かった気がする。私が生まれて来たのは、きっと蘭に会う為だって。置いて行かれるより全然良いよ。その言葉、本当に嬉しい。」

 

蘭「……ありがとう。」

 

モカ「私は蘭と行くよ!何処までも。」

 

蘭「……危ないのにね。でも私も嬉しい。ね、わがままでしょ。」

 

美咲「……ううん。ますます好きになりました。美竹さんも青葉さんも。だからこそ!!私は戻りたくない!!他の人はどう?」

 

夏希「じゃあ次は同じく話題に出てた私の番だね。」

 

次に話し出したのは夏希だった。

 

夏希「私はこっち!戻る!!」

 

夏希も戻るを選択する。

 

中たえ「…そうだよね。夏希ならそう言うよね……。」

 

夏希「私は戻っても友達がいるからこういう事が言えるだけ。弟達や家族がね。」

 

蘭「そうだね。私だってモカがいるからなんとか強くなれてる。」

 

薫「ここに長く居続けた分、何かしらアクシデントが起こるのなら……私も、戻るよ。」

 

薫も戻るを選んだ。

 

美咲「薫さんも、友達が待ってるの?」

 

薫「みんなだよ。沖縄のみんなが待ってる。」

 

美咲「薫さんも勇者過ぎるよ……。私はあなた達程強くない。」

 

小沙綾「ちょっと待って、夏希!私は美咲さん側だよ!ここに残る!」

 

小たえ「同じくそうだよ!あんな話を聞いて、夏希をただ戻す事なんて出来ないよ!」

 

2人は残るを選んだ。

 

小沙綾「そうだよ!せめて対策が見つかるまではこっちにいないと、夏希!」

 

夏希「対策が見つかるなら私だって残りたい。例えば期限を決めて、この日までは記憶を残す手段を全力で探すとかは、寧ろ是非やりたいよ。でも、いよいよ見つからず造反神を放置して御役目失敗になる危険が出たら……。私はキチンとやる事やって帰りたい。」

 

友希那「私も同じ考えよ。だけど、こうも死を告げられてこの意見を出せるなんてね。」

 

夏希「ちょっと驚いたよ。真面目な沙綾が神樹様の意志の逆を選ぶなんてさ。」

 

小沙綾「だって……だって夏希!あなたがもしいなくなるなんて考えたら……。そんなの絶対ダメだよ!帰るなんて言えない!」

 

夏希「沙綾……。」

 

赤嶺「………。」

 

赤嶺はただ無言でみんなを見つめている。次に意見を出したのは西暦組だった。

 

友希那「私は戻る派よ。たださっき海野さんが言っていたように最大限、努力をしてからよ。でも、これは戻る派全員に言える事かしら。すぐに帰りたい人はいないでしょう。」

 

リサ「私も戻るを選ぶよ。神樹様から色々と神託を受けてる立場だしね。」

 

紗夜「私は帰ると言われたら、残るを選びます。現実世界に戻れば、再び多くの人が私を勇者だと認めてくれるかもしれません。……でも良いんです。ここには、みんながいるんですから。」

 

高嶋「高嶋香澄も残る派で!……全員が帰る選択肢に納得するまでは帰りたくないよ。」

 

あこ「あこは帰るのは有りだと思う。」

 

燐子「私も…怖いけど、あこちゃんと同じです……。」

 

紗夜「過酷な運命が待ってると明言されてるんですよ?」

 

あこ「やっぱりそこはほら。あこは、勇者だから。それにここは最高の空間だけど、神樹様が作った空間でしょ?ずっと居続けるのはどうかと思うんだ。前に言った通りあこたちは神樹様の思った上を行かないと!」

 

美咲「……。」

 

次に防人組が口を開く。

 

千聖「私達の立場も明確にしておくわ。戻る方を選ぶ。」

 

日菜「当然だよ。家名をあげてナンボ。私も戻るよ。」

 

イヴ「じゃあ私も戻ります。」

 

友希那「若宮さん。さっきからさらっと決めているようだけど…。」

 

友希那の言葉で、イヴがもう1人のイヴに変わる。

 

イヴ「自分が無いと思われるだろうが、何があっても白鷺について行くのが意志だ。」

 

モカ「その気持ち分かるよ。」

 

イヴ「そして、千聖さんについて行くのは私の意志でもあります。」

 

彩「私は、神樹様の導きに従うよ。」

 

花音「ふえぇぇぇっ……。私は嫌だよ、現実怖いから帰りたくないよ……。お、怒らないでぇ千聖ちゃん…。」

 

千聖「それが花音の意志なら尊重するわ。ええ、怒ってなんかいないわよ。」

 

千聖はそう言いながら花音に冷たい視線を送る。

 

花音「絶対怒ってるヤツだよそれぇ……。」

 

蘭「良いリーダーだね、白鷺さん。私なんて、問答無用で引きずり込んだし。」

 

花音「む、寧ろそうして欲しいな…。千聖ちゃんが、何があっても守るって言ってくれれば……ちらっ。」

 

千聖「しーん。」

 

花音「千聖ちゃんが厳しいよぉ。」

 

小沙綾「後はゆりさん達ですね。」

 

美咲「花咲川中学のみんなはどう?」

 

残すは花咲川中学勇者部の6人のみ。この選択で全てが決まる--

 

 

 

 

 

ゆり「--答えはもう出てるよ……。私は残る!さっきからそうしようと思ってたから。」

 

蘭「ゆりさん、それはまたどうして?」

 

ゆり「答えはあなた達だよ蘭ちゃん。夏希ちゃんだってそう。燐子ちゃん達だって、薫も!普通逆でしょ?死ぬなんて言われてる人達が戻る事を選んでるなんて。」

 

美咲「本当にね……。普通それ聞いたら絶対に戻りたくない。なのに……勇者故にさぁ。良い人達だからさぁ。」

 

ゆり「何だか納得いかない。」

 

りみ「私もお姉ちゃんと同じ意見だよ。」

 

中沙綾「私も残るを選ぶ。また会えた夏希と別れたくない!」

 

中たえ「そうだね。私も…。だからここに残りたいよ。」

 

夏希「そこまで言ってくれるのは嬉しいものがあるけど。」

 

有咲「香澄、どうした?顔色悪いぞ。」

 

香澄は何か考え事をしているようだった。

 

香澄「…死ぬって事について考えてたんだ。……そしたら怖くなって。みんなを帰したくないって思う。あ、ごめん。何だか混乱して変な事言ってるかも。」

 

不安が押し寄せてくる香澄を有咲はそっと抱きしめる。

 

有咲「……良いんだ。そうだな、みんなで生きたい。…って事で、私も残るを選ぶ!」

 

美咲「市ヶ谷さん達…ありがとう。」

 

 

全員の意見が出揃った。帰る派は、蘭・モカ・夏希・薫・友希那・リサ・あこ・燐子・千聖・イブ・日菜・彩の12人--

 

 

残る派は、美咲・小沙綾・小たえ・紗夜・高嶋・花音・ゆり・りみ・中沙綾・中たえ・有咲・香澄の12人--

 

 

12対12……票は真っ二つに分かれた。

 

千聖「何とかこの状況を解決しないと。でないと高知の残りを取り返しに行けないわね。」

 

美咲「うん。あなた達だけで取り返しに行こうなんて思わないでよ。取り返したらここから帰らなくちゃいけないんだから。そうなるのは嫌だから……最悪邪魔しなきゃいけなくなる。」

 

小沙綾「それは…少し喧嘩腰過ぎるような。」

 

美咲「逆に喧嘩しないように言ってるんだよ。」

 

友希那「だけど、脅しにも聞こえるわ。穏やかじゃないわよ。」

 

美咲「穏やかじゃありませんよ。生き死にの問題なんですから。……命を守る為なら見苦しくもなります。それが悪い事だとは思いません。」

 

中沙綾「美咲………。」

 

リサ「っ!?こ、これは!」

 

意見がまとまらない中、樹海化警報がけたたましく鳴り響く。

 

リサ「そんな………ま、まさか!?」

 

友希那「リサ?」

 

リサはいつにも増して動揺している様だった。

 

赤嶺「--ああ……遂に動いたね。」

 

赤嶺「造反神サマ自らの出陣だよ。」

 

終わりの時が迫る--

 

 

 



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正解の無い想い

ここまで読んでいただけて本当にありがとうございました。


次回、第6章完結となります--




 

 

過酷な運命が待つ元の世界に帰るべきか、帰らざるべきか勇者達の議論は続いていたが、

 

リサ「っ!これは!?みんな敵が動き始めたよ。しかも………造反神!?」

 

友希那「何ですって!?造反神自らが出てきたというの!?」

 

敵襲警報は造反神出現の知らせだった--

 

 

モカ「今まで神託が無かったのに、どうして急にこんなタイミングで。」

 

燐子「タイミングが悪すぎます…今来られたら……はっ!?」

 

赤嶺「……ふふ。」

 

燐子は赤嶺の笑みを見て全てを察したのである。

 

燐子「…これもあなたがタイミングを計って…。」

 

友希那「とにかく行くわよ!!」

 

勇者達は議論を中断し、樹海へと急ぐのだった--

 

 

---

 

 

樹海--

 

香澄「あの、大きいのが造反神……?」

 

紗夜「何だかUFOっぽくも見えますね。まさか天の神は宇宙人だったとでも…。」

 

中沙綾「違う。あれはUFOと言うより、まるで巨大な鏡…。」

 

様々な考察をする中、造反神は攻撃を仕掛けてくる。

 

有咲「っ!くるぞ!!」

 

造反神は中心から巨大な火球を放ってくる。それはまるで--

 

 

ゆり「これは"獅子型"の火球!?」

 

りみ「凄い攻撃力…こ、こんなものをまともに浴びたら…。」

 

そして造反神は続けざまに水球を広範囲に放ってくる。

 

夏希「うわっ!!"獅子型"だけじゃない。今、"水瓶型"の技まで。」

 

日菜「それだけじゃない…!"蠍型"の刺突攻撃に"天秤型"の竜巻まで!」

 

造反神は勇者達が今までに戦ってきたバーテックス全ての技を使ってきたのである。

 

香澄「わぁぁ!!星屑を沢山吐き出してきた!!」

 

小たえ「大変だよ迎撃しないと!」

 

勇者達は取り敢えず目の前の星屑の群れへ攻撃を開始するのだった。

 

 

---

 

 

イヴ「…星屑は何とかなりましたが、造反神を何とかしない事には…。」

 

千聖「全員で連携しないと危ないわ!!」

 

造反神を打ち倒す為には、全員の力を合わせなければ勝つ事が出来ない。

 

友希那「緊急事態よ!手を貸して!」

 

高嶋「うん、分かってるよ友希那ちゃん!」

 

造反神を倒す事、それは元の世界に戻る事と同義--

 

 

美咲「それでも、こいつを倒しちゃったら…。終わっちゃうんじゃないの!?」

 

日菜「もう!みんなの動きがバラバラだよ!これじゃあ勝てない…!」

 

 

決断が出来ていない勇者部が造反神に勝てる筈も無かった--

 

 

友希那「っく!今のままだと犠牲が出る!!一旦退くわよ!!」

 

友希那の判断は正しかった。勇者達は已むを得ず撤退を余儀なくされる。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

花音「はぁ、はぁ、はぁ……。に、逃げ切ったよ…。」

 

モカ「みんな無事で良かったよ…。」

 

友希那「リサ、私達は逃げてしまったわ。土地はどうなってるの?」

 

リサ「大丈夫だよ。なんとか奪い返されるまではいかなかった。」

 

リサの言葉に胸を撫で下ろす勇者達。

 

リサ「だけど造反神の力が一気に増してる。もし、次また同じ事が起これば…。」

 

彩「…再び土地は奪われていくよ。」

 

友希那「そんな…。しかもリサ達が事前に情報を掴めない敵襲なんて…。」

 

戦況は一気に造反神側に傾いていた。

 

燐子「何から何まで規格外…。あれが、造反神…!」

 

千聖「早く意見をまとめないとまずいわ。心がバラバラだと勝てない。」

 

焦る勇者達に赤嶺は揺さぶりをかける。

 

赤嶺「でもでも、倒しちゃったらみんな、元の世界に戻るしかなくなるよ?」

 

千聖「くっ…!」

 

赤嶺「さぁ、どうするのかな…?」

 

千聖「造反神の力は凄まじいわ。今度負けたら土地を奪われるだけじゃない。恐らく私達の中から犠牲が出る…。そんな事は絶対にさせない!!」

 

友希那「リサ達に、かけあってみるのはどうかしら?造反神を鎮めても暫くこの世界にいさせてくれるように。」

 

あこ「それが1番良いよ。平和にしてから記憶を持ち帰る突破口を探れば良いんだよ。あこだってみんなと離れたくないから。」

 

美咲「でも、山吹さんの話とか聞いてるとさ。散華の事で、上から真実をはぐらかされてるよね。神樹が100%信用出来ない。交渉するなら造反神というナイフが健全な状態の方が良いような。」

 

彩「神樹様は信用出来るよ。全ての恵みを下さってるんだから。」

 

日菜「美咲ちゃん。少しは譲歩したらどうかな?」

 

 

気持ちがバラバラになっていく--

 

 

紗夜「…………。」

 

高嶋「さ、紗夜ちゃん、どうしたの?」

 

紗夜「心が痛いんです…。現実には戻りたくないけど、こんな光景を見ているのは嫌です…。」

 

殺伐とした雰囲気の中、燐子が声を上げる。

 

燐子「みなさん…良いでしょうか…!いえ、許可が貰えなくても話します…。」

 

あこ「りんりん…。」

 

燐子「まず、現在の状況は赤嶺香澄さんの思う壺だと覚えておいてください…。」

 

赤嶺「頭良い人多いし、それぐらいは分かってると思うよ?でも私の言う事は真実だし--。」

 

燐子「すみません…少し黙っていてもらえますか!!」

 

燐子が力強く赤嶺に言い放った。

 

燐子「赤嶺さんは降伏したと言ってこちらに入り込み…私達の分裂を煽ってきました…。」

 

中たえ「でも、赤嶺が言う通りな所もあるよ。どっちみち話さなくちゃいけない事だから。」

 

美咲「この状況はなるべくしてなったと言えるよ。」

 

モカ「ずっと心配していた事だった。戸山さん達が信頼を築いてくれたお陰で落ち着いて話は出来るけど。」

 

燐子「話を続けます…。今のままでは造反神が暴れてしまい、土地を取られて御役目失敗…。結局ここの世界にいられなくなってしまいます…。それはみなさん誰も望んで無い筈です…。」

 

有咲「そうだな。それは私だって嫌だ。」

 

燐子「だから問題解決に向けてみなさんでとことん話し合うべきなんです…。」

 

夏希「その事について私から発言があります!!」

 

小沙綾「夏希……?」

 

この夏希の発言が勇者部達の運命を変える事となる--

 

 

 

夏希「私を心配してくれる沙綾さんやたえさんの心遣いは本当に嬉しいです。でも私は運命を跳ね除けてみせる!!!死ぬだって!?私を舐めるんじゃないぞ!!」

 

中沙綾「そんな気持ちも、戻れば覚えてないんだよ夏希…。」

 

夏希「なら私の力を見せてやる!運命を切り開く勇者のパワーを!!」

 

小たえ「え!?夏希、それってつまり、私達と……?」

 

夏希「試合だ試合!!で、みんなを安心させてやる。私がメガ強いってね!!」

 

 

戻る派対残る派の戦い--

 

 

夏希は今の自分の強さを見せつける事で、残る派を納得させようと提案してきたのである。

 

千聖「腕っ節で会話するというのは、分かりやすくて良いわね。ね、花音。」

 

花音「ふえぇぇぇっ!!確かに千聖ちゃんが好きそうな事だけど、こっちを見ながら言わないでぇ!」

 

香澄「本当に良いかもしれない!とにかく色々と話し合うべきだよ。」

 

高嶋「その話し合いの1つとして、試合してみるのもありだと思う。」

 

薫「想いを拳に乗せる…儚い。賛成だよ。」

 

美咲「確かに悠長に話し合っている隙に任務失敗でこの土地を放り出されるなんてオチは御免だし。試合形式の対話も、已む無しか。……これは負けられないよ!」

 

勇者達は1つの解決策として闘い合う事を選択。河原へと移動するのだった。

 

 

---

 

 

河原--

 

蘭「こういう形で香澄達と拳を合わせるなんて思ってなかったよ。」

 

日菜「意見が分かれたら勝負っていうのは分かりやすくて良いよね。」

 

千聖「そうね。花音は特に念入りにつつくとしましょうか。」

 

イヴ「ハハッ。白鷺ってば松原と意見分かれたの結構ショックだったんだろ。」

 

薫「こちらには巫女の援護もある。負ける訳にはいかないよ。」

 

彩「………。」

 

千聖「彩ちゃん。不安だと思うけど私を信じて。今は空中分解してるけど、着地してみせる。」

 

千聖は彩を抱きしめる。

 

彩「千聖ちゃん………分かったよ、ありがとう。」

 

リサ「美咲達が来るよ、友希那。」

 

反対側から美咲達残る派の勇者が来る。

 

友希那「行くわよ。これも会話の1つ。そして手を抜くのも失礼よ。全力で行くわ。」

 

だが、そこへ赤嶺が余計なひと手間を加えてきたのである。

 

赤嶺「それじゃあ盛り上がるように疑似バーテックスも放ってあげるよ。」

 

赤嶺が指を鳴らすとあたりから疑似バーテックスが出現する。

 

あこ「懲りないなぁー。混乱させようって作戦はりんりんが指摘したのに。」

 

イヴ「向こうはバーテックスを利用する気だな。まとめてこっちに来るぜ。」

 

夏希「上等だ!!私の心意気を見せるには不利なほど良いってね!」

 

そして勇者と勇者、そしてバーテックスを加えた三つ巴の戦いが始まる--

 

 

---

 

 

夏希サイド--

 

夏希「沙綾さん、たえさん……。」

 

夏希は中学生の沙綾とたえの前に立っていた。

 

中沙綾「夏希…。」

 

中たえ「本当に戦うの…?」

 

小学生の沙綾とたえは少し離れた所で疑似バーテックスと闘いながらその光景を見ていた。

 

夏希「勿論!!私の力を2人に見せてやる。手加減は無しだ!!」

 

夏希が2人に向かって突っ込んでくる。

 

中たえ「夏希!!」

 

攻撃してくる夏希をたえが槍で防御する。

 

中たえ「本当にどうしても戦うんだね?」

 

夏希「2人が安心出来ないのなら、私の実力で押し通す!!」

 

沙綾がスナイパーライフルで夏希の斧を狙うが、夏希はそれに気付き、咄嗟に距離を取った。

 

中沙綾「元の世界に帰れば、ここでの思い出はなくなっちゃう!!もう…………思い出せなくなるのは嫌だよ!!!」

 

記憶を無くす事は沙綾は既に体験していた。それは沙綾にとってトラウマとも呼べるものである。

 

夏希「例え頭が覚えてなくたって……心が覚えてる!!」

 

再び夏希は沙綾に向かって攻撃を仕掛けるが、再度たえが止めに入る。

 

夏希「確かに私だって2人と離れたくはない!だけど、2人には笑ってこれから生きて行って欲しい!!未来はどうなるか分からない。私は最後まで抗ってみせるよ!!来い"鈴鹿御前"!!」

 

夏希は"鈴鹿御前"を憑依させ。能力で増えた斧を沙綾に向けて飛ばす。

 

中沙綾「はっ!?」

 

沙綾のスナイパーライフルが斧で弾かれてしまう。

 

夏希「どうよ!」

 

中沙綾「頭で覚えてなくても、心が覚えてる……か。」

 

沙綾はその一言が胸に突き刺さる。それも体験をしていたからだ。散華によって小学生の記憶を無くしていたが、たえの事は何故だか時折思い出す事があったからである。

 

赤嶺「さすがに戻る組は気迫が凄いね。覚悟完了してるっていうか。」

 

夏希「2人も私を信じて!!笑って現実に送り出せってね!運命変えてみせるから!」

 

小沙綾「夏希なら…それが出来るかもって思える……。」

 

有咲「気持ちはしっかり伝わった。でも負けてばっかりってのも性に合わないからな。」

 

香澄「私はみんなが好き。ただそれだけを拳に乗せて。」

 

高嶋「ありったけの気持ちを届ける!」

 

赤嶺「こっちも気迫は負けてないか。よーし疑似バーテックスで盛り上げちゃおう!」

 

赤嶺は更に疑似バーテックスを呼び寄せた。

 

中たえ「……私達が駄々をこねてるみたいだね、沙綾。」

 

中沙綾「………それでも、それでも私は夏希を失いたくないから。」

 

戦いの中で様々な想いが交差していく。

 

花音「な、なんだかみんな燃えてる。それなら私だって…。」

 

紗夜「……心は固まりました。ですが、折角の場ですから。湊さんに体当たりしてみようかしら。」

 

友希那「あら?紗夜が私を見ている?……もう一度ぶつかろうっていうのね。ならば行くわよ紗夜!!」

 

互いの想いと想いのぶつかり合いはそろそろ終わりの時を迎えようとしていた--

 

 

---

 

 

あこ「はぁ………はぁ……。な、中々やるね、みんな…。」

 

日菜「さ、さすがに2回の激突で体が動かないよ……。」

 

想いのぶつかり合いでは勝負が付かず、両陣営ともに満身創痍の状態だった。

 

ゆり「まだまだ………体は動かなくても、口を動かすだけなら出来る…。とことんまで話そう。」

 

日菜「上等だよ………。」

 

 

--

 

 

花音「夏希ちゃんは偉すぎるよ。自分の身が危ないのにどうしてそんなに覚悟を固められるの?」

 

夏希「自分の身だからじゃないですかね?沙綾やたえが危ないって聞けば私も反対しそうで。」

 

あこ「これ……正解無いよね。美咲の意見は勿論分かるし。他のみんなも、それぞれがお互いの事を考えたり。残してきた人の事を考えてる。そのどれもが正しいよね?」

 

紗夜「初めからそうです。だからこそ納得いくまで色々な方法で話し合っているんです。」

 

千聖「元に戻ると記憶が消えるのが大きな問題ね。何とか解決したいけど。」

 

燐子「忘れられないほどの事をしてみる……とか。すみません…自分でも何を言ってるのか…。」

 

リサ「私は信じてるよ。この世界の記憶を元の世界に持って帰れなくても…心に刻まれた想いは消えないってね。」

 

リサの言葉は夏希が戦いの中で言った言葉と同じだった。

 

高嶋「そうだね。私も消えないと思うな。メッチャクチャ強く思ってるから。」

 

中沙綾「香澄と同じ事を言うんだね、高嶋さんは。」

 

美咲「理論を超えた想いか…。でも、みんなの熱さも伝わって、今は何となく分かるかも。こんな濃いみんなの事をサッパリと簡単に忘れる事なんて出来ないんじゃないかって。」

 

香澄「美咲ちゃん……。」

 

美咲「…それに、かっこいいみんなを見てたら、わがまま言ってる自分が恥ずかしくなってきたよ。」

 

香澄「……恥ずかしくない。全然恥ずかしくなんかないよ、美咲ちゃん。」

 

美咲「ありがと。…さっきあこが言ってた事もさ、私結構響いてるんだよね。ここはとても素敵で楽しいけど、神樹が作った夢の世界みたいなもの。そこでずっと暮らしていくのも、なんだか巣立たない雛みたいで、ちょっとね。……そんな訳で、出来るだけ長くいたいけど、帰る時が来たら潔く帰るって意見に変更します。」

 

みんなの熱い気持ちを受け取った美咲は自分の意見を変えたのだった。

 

紗夜「この世界はとても楽しいけれど、みんなと争ってまでいるものでは無いわね。私も奥沢さんと近しい意見という事で。出来るだけ長くいたいけど帰る時は帰ります。」

 

千聖「花音、もういいわね?」

 

花音「……分かったよ。」

 

美咲に続いて他の残る派のみんなも変える意見に賛同する。

 

夏希「で、どうして沙綾とおたえはくっついてるんだ?」

 

小沙綾「夏希が私より頑固だとは思わなかった。意見を変える事はないでしょ。」

 

小たえ「ならもう、つきっきり作戦だよ。」

 

夏希「……あははっ、2人もありがとう。」

 

夏希は2人の頭を撫でた。

 

中沙綾「夏希…。」

 

夏希「沙綾さんとたえさんもほら、よしよし。」

 

中たえ「夏希……。」

 

蘭「暗くならなくても良いよ。運命なんて変えてみせるから。だけどもし、万が一負けても………何かは残してみせるよ。そうすれば私じゃなくても誰かがバトンを繋いでゴールを切ってくれるでしょ。」

 

有咲「………みんなの気持ちも分かった。そして造反神は強い。」

 

ゆり「団結して戦いましょう。りみ、香澄ちゃん、それで良い?」

 

りみ「うん、お姉ちゃん。」

 

香澄「はい。………美咲ちゃん。」

 

美咲「私はもう大丈夫だよ。本当にありがとう、味方してくれて。」

 

香澄「………うん。」

 

勇者達の意見はまとまった。みんなは赤嶺へと詰め寄る。

 

ゆり「造反神が暴れる前に意見がまとまったわよ。残念だったね、赤嶺香澄。」

 

有咲「私達はまた団結して、戦う!」

 

赤嶺「そっか。うん。………うん。」

 

赤嶺はどこか晴れやかな顔をして全員に話しだす。

 

赤嶺「……お見事。良いものを見せてもらったよ。今、心から降伏する--。」

 

 

 

赤嶺「--私もあなた達に味方するよ!」

 

赤嶺は勇者達に降伏を宣言したのだった。

 

リサ「って事は、やっと本心を話してくれるんだね。何か事情がある事は察してたけど。」

 

薫「途中、憎まれ口を叩いている時は辛そうだったからね…。」

 

赤嶺「うん、謝っても許されないけどそれでも謝る。ごめんね。……ここまですっごく長かった。今、全てを話すよ--。」

 

赤嶺香澄の口から今、この世界の真実が語られる--

 

 

 



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みんなの進む未来

第6章、最終回となります。

第1章からここまで読んでいただき本当にありがとうございました。ここまで書けたのは皆さんのお陰です。




 

 

それぞれの想いを確かめ合った勇者達は、御役目を全うし戻る事を選択する。紆余曲折あったものの、再び1つとなった勇者部を見て、赤嶺香澄は遂に降伏。そして、この世界が何の為にあったのか、その真実を語り出したのであった--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

有咲「ようやく全貌が明かされるんだな。色々と長かった。」

 

赤嶺「説明苦手だから一気に話しちゃいたいよ。全員揃ってるかな。」

 

友希那「……?外が何かおかしいわ。昼間なのに、やけに月が大きく……。」

 

友希那の言葉で一同は外を見るが、そこに月は昇っていなかった。

 

紗夜「大丈夫ですか、湊さん。」

 

友希那「……ええ。ごめんなさい、話を始めて。」

 

赤嶺「赤嶺家は何かっていうのは前に話したから、今度は造反神の目的について話すよ。実は今回の騒動、造反神からの試練だったんだ。薄々感づいてる人もいたと思うけど。造反神は試練を出す神様としても有名でね。」

 

あこ「どういう事?」

 

中たえ「試練……つまり私達は試されてたんだよ。造反神というか、神樹様から。」

 

燐子「造反神という神は…初めから造反していなかった…という訳ですね。」

 

ゆり「………どうしてこう、人に潰してやるって思わせるのが上手いんだろうね。」

 

つまりこの世界での出来事は全て神樹の自作自演だったという事になる。

 

赤嶺「神樹様の中にこうしてみんなが集められた目的の1つが、演習の為だったんだ。」

 

香澄「演習?」

 

赤嶺「そう。これから現実では天の神と一戦交えて、奪われた土地を取り戻す戦いがある。これはその演習。」

 

中沙綾「そんな作戦があるっていうの?」

 

赤嶺「確か……"国造り"って言うらしいね。」

 

紗夜「陣地の奪い合いが多かったのはそういう事だったんですね。」

 

赤嶺「そしてみんなは見事に試練をクリアした。私の色々な工作も乗り越えて。精神攻撃も。分裂した最後が1番大変だったと思うけど……本当に嫌な仕事だったよ。まぁ、工作が専門の赤嶺家だからね。こういうのも御役目だけれど。」

 

薫「君がこの世界に呼ばれたのも、試練の一部だったという訳だね。」

 

有咲「ん?って事は……。」

 

赤嶺「そういう事。私が造反神に味方する名目を何にしようかなーと思ったけど、私の時代ならではの理由って言っておけばさ。同時代の人はいないから煙にまけるかなって。」

 

有咲「それで試練を与え続けてたって訳か。」

 

赤嶺「後は最後の試練、造反神を倒せば終わり。天の神を模した姿で出てくる筈だよ。」

 

友希那「天の神を模した姿ね……。演習の仕上げにそんなものが出てくるという事は。」

 

有咲「実際の戦闘でも、最後に出てくるのは天の神なのか…。」

 

あの鏡の様な姿、そして全てのバーテックスの攻撃が使える、それが天の神という事になる。

 

千聖「にしても、もどかしいわね。演習したのに私達は記憶を持ち越せないなんて。」

 

イヴ「今回のデータに基づいて神樹様側で作戦を立ててくれるって事でしょうか。」

 

赤嶺「戦況なんて刻一刻と変わるからね。実際の世界で天の神側が思惑通りに動く分からないけど。」

 

有咲「これって演習って言えるのか?」

 

有咲の言う通り、この前造反神を鎮めたところで、鎮めた記憶は消えてしまう。全くもって徒労に終わる事になる。

 

赤嶺「効果薄めに聞こえるよね。そこで!みんなが集められた理由の残りの1個が出てくるんだよ。」

 

彩「それは一体…?」

 

赤嶺「この空間で勇者達が試練と相対してるのを見ているのは造反神や神樹様だけじゃないんだ。私が言った台詞でこれを覚えてる?"中立の神様も存在する"ってやつ。」

 

燐子「確かに言ってました…。造反神や天の神に近い格を持つが中立の立場の神様という存在……。」

 

赤嶺「その神……えっと、中立神って呼ぼうか。中立神が天の神側に加勢しないように人の可能性を見せておきたかったんだって。人が天の神と向かい合ってる時に、天の神に加勢する存在が来たら、もうどうしようもないからね。」

 

中たえ「神様数多いんだねー。そこは分からなかったよ。」

 

赤嶺「話してる私すら、ぼんやりしてる所だから。」

 

夏希「で、人間の格好良い所は見ていただいて、中立神はこっちに味方してくれるの?」

 

赤嶺「少なくとも今回の活躍を見て、敵に回る事はなくなったよ。」

 

日菜「ぞっとする話だね…。ただでさえ天の神には手を焼いてるのに。」

 

花音「下手したらそこに加勢が来てたかもしれないなんて…。」

 

千聖「でも防げたのなら良しとしましょう。確かに、これは大きいわ。」

 

友希那「中立神ね……。どこか懐かしい響きがあるような。」

 

その後も赤嶺の話は続いていく。

 

 

--

 

 

彩「赤嶺ちゃん。お茶をどうぞ。」

 

赤嶺「ありがとう……。美味しいよ彩ちゃん。御役目とは言え、色々した私に優しいね。」

 

彩「いやいや。神樹様のご意志なんだし、それにもうみんなと赤嶺ちゃんは友達だよ。」

 

薫「そうだね。これからは仲良くしていこう。」

 

赤嶺「じゃあ、これからはお姉様に甘えます!……でも。心の中に残るなぁ。申し訳ない気持ちが。こう、ガツーンと殴ってくれない?」

 

香澄「えぇ!そんな事出来ないよ。あ、じゃあくすぐりの刑で良いや。こちょこちょ。」

 

赤嶺「あ、あはは、あははははっ、ちょ、ちょっと。」

 

そこに高嶋も参戦する。

 

高嶋「さぁ、私達と香澄トリオを結成するかな?こちょこちょー!」

 

赤嶺「す、する!するってば、あははっ!」

 

中沙綾「……私達もくすぐりに参加しようか、紗夜さん。」

 

紗夜「そうですね、山吹さん。高嶋さんに近しい外見で怪しい動きをしてくれたお礼をしないと。」

 

そして沙綾と紗夜もくすぐりに加わった。

 

赤嶺「ひゃっ!?ちょっ、2人とも!だ、ダメだって、ん、あはははっ……!!」

 

有咲「しっかし、赤嶺の家名が語り継がれてるのになんで造反神サイドに味方してたかと思えば…。」

 

イヴ「芝居だったなんて。私達が御役目を失敗したり放棄したりしたらどうするつもりだったんでしょうか。」

 

赤嶺「はぁ、はぁ…。それは大変な事になったんじゃないの。神様は無慈悲なところもあるから。」

 

千聖「演習で結果を出さなかった者はどうなるか、ね……。まぁ私がいる限りそんな結果にはさせないけど。」

 

その時地震が起こり、部室全体が大きく揺れだした。

 

りみ「こ、この揺れは、まさか!?」

 

リサ「造反神が動き出そうとしてるんだね?」

 

赤嶺「そうだね。でーんと待ち構えていればいいのに。なんていうか落ち着きないんだよね。じゃあ行こうか。私も味方として戦いの場所に案内するよ。」

 

赤嶺の先導のもと、勇者達は再び造反神の元へと出発するのだった--

 

 

---

 

 

高知--

 

赤嶺「着いたよ。ここで迎え撃つのが一番良いんじゃないかな。」

 

紗夜「最終戦は実家の近く…ですか。因果なものですね。まぁ良いでしょう。今はそんな事大して気になりません。」

 

高嶋「紗夜ちゃん格好いい!私も燃えよう!」

 

香澄「さーや、大丈夫?」

 

中沙綾「うん、大丈夫。ありがとう。」

 

モカ「みんななら造反神にも勝てるよ。美咲ちんファイト!」

 

美咲「任せといて。みんなといると誇りが持てる……。勇気が湧いてくる。」

 

薫「ああ、来て良かったよ。」

 

夏希「ここまで来たら言葉はいらない。行くよ沙綾、おたえ!」

 

小たえ「……うん。夏希!沙綾!」

 

小沙綾「うん。御役目を果たそう。おたえ!夏希!」

 

有咲「まったく、大した小学生もいたもんだな。さすがだよ。私達も負けてらんないぞ。」

 

燐子「りみちゃん……これで最後だと思うと少し寂しいけど…頑張りましょう…。」

 

りみ「はい、燐子さん。私、結構強くなったと思うんだ。だから、やります。」

 

彩「どうかみんなが無事に戻ってこれますように……。」

 

イヴ「ありがとうございます、彩さん。」

 

中たえ「他にも神様が見てるというなら見てもらおう、私達を。人を信じてもらいたいから。」

 

日菜「神様が見てるならどんどんアピールしなくちゃね。」

 

千聖「相変わらずブレないわね、日菜ちゃん。でもその姿勢は良いとも思ってるわ。やるわよ、花音。」

 

花音「怖い……。怖いけど、頑張るよ千聖ちゃん!」

 

ゆり「号令はあなたよ風雲児。いつもの宜しく!気合い入るからね。」

 

蘭「そうですね、湊さん。熱いやつ頼みます!!」

 

全員の視線が友希那へと集まる。友希那は深呼吸し、叫ぶ。

 

友希那「最後の戦いよ!!勇者達、私に続いて!!!!」

 

 

一同「「「おーーーー!!!!!」」」

 

初代勇者の名の下に、今、22人の勇者と防人達が造反神へと戦いを挑む--

 

 

---

 

 

樹海--

 

彼方から造反神がやって来る--

 

 

そして造反神を守る黄道十二星座のバーテックスが3体と無数の擬似バーテックス--

 

 

香澄「"射手型"に"蠍型"…。」

 

小沙綾「そして"獅子型"…。」

 

友希那「3体を突破しないと造反神には辿り着けない……ようね。」

 

香澄「行こう、みんな!これで最後だよ!!」

 

勇者部は一斉に走り出す--

 

 

--

 

 

美咲「まずは……うざったいお前からだよ!!」

 

美咲は"射手型"目掛けて槍を投げるが、"射手型"は下の口から針を無数に飛ばし、投槍の威力を殺す。

 

美咲「くっ!なら接近戦だよ!!」

 

遠距離がダメと悟った美咲は、"射手型"の懐目掛けて走り出す。すかさず"射手型"は再び針を無数に飛ばして来るが、

 

美咲「勇者……舐めるなぁーー!!」

 

美咲は投槍を回転させ盾を作り、針を弾いて距離を詰めていく。

 

美咲「っ!?まずいな…あれは防げないよ…。」

 

上の口から巨大な針を飛ばそうと、"射手型"は美咲に狙いを定める--

 

 

が、

 

花音「美咲ちゃん!そのまま進み続けて!」

 

美咲「か、花音さん!?」

 

花音「わ、私が美咲ちゃんを守るから…!」

 

美咲「……分かりました。頼りにしてます!」

 

花音「守って"波山"!」

 

炎の鳥が現れ、花音の護盾に憑依する。"波山"は自身ではなく、武器に憑依する精霊であり、武器に炎の力を宿す。

 

花音「怖い……怖いけど、美咲ちゃんを守る!それが私の役目!」

 

"射手型"が巨大な針を放つ--

 

 

それと同時に花音の護盾から炎が溢れ出し、巨大な防壁を展開する。

 

美咲「凄い……。巨大な針を防ぎきってる。」

 

花音「今だよ、美咲ちゃん!!」

 

美咲「オッケーです!解氷花槍舞!!」

 

蘭「倒した!?」

 

千聖「いや、まだよ!」

 

美咲の技は"射手型"に届いたが、倒すのにはまだ少し力が足りなかった。

 

美咲「薫さん!!美竹さん!!」

 

美咲の叫び声に、2人も渾身の一撃を放つ。

 

薫「はぁぁぁぁっ!!」

 

蘭「これで……眠れっ!!」

 

2人の攻撃がトドメとなり、"射手型"は光となって消えていく--

 

 

--

 

 

あこ「こんのぉ!!!」

 

有咲「あこっ、無理すんな!!」

 

あこ「大丈夫!まだいけるよっ!」

 

千聖「尻尾の根元を狙うわよ、有咲ちゃん!」

 

有咲と千聖は"蠍型"と戦っていた。刺突攻撃をあこが必死で防いでいる状況である。

 

千聖「私の"尊氏"で切り裂く!有咲ちゃんは援護を。」

 

有咲「……りょーかい。かましてけ!」

 

千聖「っ!?………ええ!」

 

有咲と千聖は昔は勇者候補生のライバル同士であり、千聖は有咲に負けてしまった。だが、今有咲は千聖の指示で動いている。有咲もそっちの方が勝てると思ったのだろう。

 

千聖「あこちゃん、もう少し粘ってね。」

 

あこ「う、うんっ!」

 

千聖は"尊氏"を憑依させ、"蠍型"の尻尾の根元へと近付いて行く。狙いは現実の世界でも千聖が"蠍型"に対してやった方法と同じである。

 

千聖(あの時は叩き斬るのに時間がかかったけど、ここなら私達の武器の性能は勇者と同等、そして精霊もある……。)

 

千聖「苦労は……無いわっ!!」

 

"尊氏"の力で威力が上がった銃剣で尻尾の根元を一撃で切り落とす千聖。

 

千聖「トドメは譲るわ、有咲ちゃん……。」

 

有咲「ああ、譲られるぜ!二双斬・瞬速刃!!」

 

有咲の剣戟が華麗に舞い、"蠍型"は切り裂かれ、光となる--

 

 

千聖(……やっぱり有咲ちゃんは凄いわね…。)

 

有咲「あこ、千聖、お疲れ。」

 

あこ「どんなもんだい!」

 

千聖「当然よ。」

 

 

--

 

 

残された"獅子型"に立ち向かっているのは--

 

夏希「負けるかぁぁぁぁっ!!」

 

紗夜「海野さん!あまり突出し過ぎないで!」

 

中たえ「大丈夫。私が夏希を必ず守るから!」

 

高嶋「行っくよぉーーー勇者パンチッ!!」

 

夏希、紗夜、高嶋、中たえが奮闘していた。

 

紗夜「私の"七人御先"が囮になります。その隙にみなさんは有りっ丈の力で攻撃してください。」

 

そう言って紗夜は"獅子型"に先行していく。

 

高嶋「紗夜ちゃん……。」

 

"獅子型"は巨大な火球を紗夜目掛けて放つ。

 

紗夜「いくらやられても、私は何度でも蘇るわ!」

 

中たえ「夏希、紗夜さんの負担を減らそう。」

 

夏希「分かった!高嶋さん、トドメは任せました!」

 

2人も隙を作り出す為に"獅子型"の気を引いていく。

 

高嶋「分かったよ………。すぐに終わらせる!来い"酒呑童子"!!」

 

高嶋は再び"酒呑童子"をその身に宿す。

 

高嶋「おぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

高嶋は渾身の一撃を"獅子型"にお見舞いする。大きな地鳴りが響き、"獅子型"が後ろに吹き飛ばされる。

 

中たえ「今の"獅子型"は前に沙綾達から聞いた"融合型"じゃない。勝つのに難しくない筈だよ。」

 

"獅子型"は堪らず高嶋に火球を放つが、たえが槍を盾に変え、火球を吹き飛ばした。

 

中たえ「今だよ!3人とも!!」

 

夏希「今の私達を止められる奴はいないんだよ!!七彩双斬斧!!」

 

紗夜「ええ、私達は未来に進むんです!紅凶冥府!!」

 

高嶋「くらえぇぇぇぇっ!!!突貫勇者パーーーーンチ!!!!」

 

3人の必殺技が"獅子型"に命中--

 

 

最後の"獅子型"も光となって消え去った。だが、次の瞬間--

 

 

 

香澄「きゃあぁぁぁぁっ!!!」

 

造反神に向かっていた香澄達が吹き飛ばされてきたのだった。

 

中たえ「香澄!?」

 

造反神は擬似バーテックスを巻き込みながら、見境なく爆弾や火球、針を撒き散らし、樹海が火の海と化す。造反神の圧倒的な攻撃力に勇者達は地に伏せてしまう。

 

友希那「ぐっ……強すぎる…。」

 

千聖「見境が……無さ過ぎる。」

 

ゆり「こ、このままじゃ………。」

 

 

 

誰もが造反神の力に屈してしまいそうになる中--

 

 

 

ただ1人、諦めず立ち上がる勇者がいた。

 

 

 

 

香澄「はぁ、はぁ、はぁ………。ま、まだ…だよ……。」

 

りみ「香……澄ちゃん…。」

 

香澄「みんな!こんな所で諦めちゃダメだよ!!私は……私達は………勇者なんだから!!!」

 

一同「「「っ!?」」」

 

 

 

勇者だから--

 

 

 

 

その一言が勇者達に立ち上がる気力を与える。

 

友希那「そうよね……。私達は勇者よ。例え何があってもこの世界を守り抜かなきゃいけないのよ!!」

 

千聖「私は勇者じゃない……勇者になれなかった…。でも、今はそんなの関係ない!ここでみんなと戦う限り、今この瞬間は私も勇者よ!!」

 

蘭「そうだよ……。こんな所で寝てる訳にはいかないよ……。私の夢の為にも…みんなの希望の為にも……勇者がここで諦める訳にはいかない!!」

 

ゆり「みんな、立って!!勇者部五箇条!!」

 

一同「「「成せば大抵何とかなる!!」」」

 

 

その時--

 

 

全員の体が一斉に光輝いた--

 

 

薫「これは……。」

 

日菜「私達の精霊が……。」

 

光が収まり、勇者達全員の精霊が香澄の体に憑依する--

 

 

有咲「香澄の体が……。」

 

中たえ「これは……"満開"?」

 

中沙綾「違う……これは"満開"じゃない…。」

 

香澄「感じる……みんなの思いが、みんなの力が…。"満開"を超えた"満開"……名付けるなら、そう……"大満開"。」

 

 

 

香澄の勇者装束が変化し、背中に桜の花びらが現れ、目がオッドアイへと変化する--

 

 

造反神はすかさず香澄に攻撃を仕掛けるが、攻撃が当たる瞬間、精霊が現れてその攻撃を防いだ。

 

燐子「これは……。」

 

りみ「精霊バリア……。」

 

造反神の攻撃が香澄に届く事は無い。勇者部全員の精霊が香澄を守っているからである。

 

中沙綾「行って、香澄!!!決めちゃえぇぇぇぇっ!!!」

 

香澄は拳を握り、力を込める--

 

 

 

香澄(神樹様、ありがとうございました。私達の為にこんな試練を用意してくれて…。でも、もう大丈夫です。私は……私達は……何が起こっても、どんな未来が待っていても、それを乗り越えられる力を持っているから………。)

 

香澄「私は……戸山香澄は………勇者だから!!」

 

香澄は造反神に向かって飛んでいく。その間も造反神は香澄に攻撃してくるが、全く効いていなかった。

 

香澄「はぁぁぁぁぁっーー!!」

 

ゆり「決めて、香澄ちゃん!」

 

有咲「行け、香澄!!」

 

りみ「香澄ちゃん……!」

 

中たえ「託したよ、香澄…!」

 

中沙綾「かっ飛ばせぇぇ!香澄!!」

 

香澄「うん!!!」

 

 

香澄は拳を造反神に突き出す--

 

 

香澄「勇者ぁぁぁぁパーーーーーンチ!!」

 

 

香澄の渾身の勇者パンチが、造反神を貫いた--

 

 

--

 

 

小沙綾「造反神……復活…ありません。」

 

あこ「はぁ、はぁ……。へへ、や、やったよ……。」

 

千聖「全員、無事ね……ふぅ。」

 

有咲「……終わったな。ったく、とんでもねー敵だったぁ…。」

 

中たえ「試練だって言うなら……。私達の力、分かってくれたかな。」

 

香澄「分かってくれたよ……。ありったけの気持ちを乗せたから…。」

 

みんなが勝利を噛み締める中、樹海化が解け始める。遂に、終わりの時が来たのだ--

 

 

---

 

 

高知--

 

勇者部の勝利の凱旋に、巫女達が駆け寄ってくる。

 

リサ「みんな!お疲れ様。やってくれたね!!」

 

モカ「全土地を奪還出来たって!御役目、完了だよ。」

 

薫「………という事は、お別れだね……。」

 

だがすぐに転送は始まらなかった。神樹が少しでも長く一緒にいたいという願いを、細やかながら叶えてくれたのだろう。

 

美咲「ご褒美って事か……。あまり神様を疑うものじゃないね。」

 

リサ「だけど、あまり長くはいられないみたい。」

 

美咲「別れの挨拶が言えるだけでも嬉しいよ。」

 

ゆり「帰ろう、部室へ。」

 

勇者部は最後の時を部室で過ごす為、移動を始めたのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

彩「お掃除終わったよ。寮も部室もピカピカだね。」

 

勇者達はせめてもの恩返しとして、今まで使ってきた部室や寮の掃除をしていた。

 

赤嶺「みんな真面目だよねぇ。掃除していくなんて。」

 

リサ「神託の時間ぴったりに終わったね。……もうすぐこの世界の解放が始まると思うよ。」

 

あこ「結局記憶を持ち帰る術は無かったね。もう気合いしかないよ!」

 

残された時間を使っても、記憶を持って帰る方法は見つからず、祝勝会を上げるだけが精一杯になってしまった。だが、全員に後悔は無かった。記憶が残らなくても、心にはこれまでの想い出が刻まれている--

 

 

そう思えるから--

 

 

りみ「あの、最後に円陣を組みませんか?狭いですけど、そこは気合いで。」

 

高嶋「おお、りみちゃんナイス!やりたいやりたい!」

 

全員が手を繋ぎ輪を作る。

 

中たえ「何してるの?入って入って。」

 

たえは赤嶺の手を引っ張って円陣に参加させる。

 

赤嶺「良いの?9割方敵だったけど。」

 

日菜「ほら盟友。氷河家の隣が空いてるよ。」

 

日菜が赤嶺の手を取った。

 

赤嶺「うん…ありがとう。」

 

イヴ「確かに狭いですけど、何とかなりますね。円陣出来ましたけど、何て言うんですか?」

 

彩「それこそ、さっき赤嶺ちゃんが言った"ありがとう"で良いんじゃないかな。」

 

紗夜「そうですね。感謝しないといけない事が多いですから。」

 

中たえ「じゃあ、せーの!」

 

一同「「「---ありがとうございました!!!」」」

 

 

--

 

 

小沙綾「………これで、具体的にはどうなるんだろう。いきなりパッと戻るのかな?」

 

 

そして遂にその時が訪れる--

 

 

 

 

 

蘭「っ!?私の体がだんだん花びらになっていく……!」

 

モカ「私もだ……転送が始まったんだね。」

 

どうやら転送は個別で始まるようだった。まず始めに諏訪組の蘭とモカの転送が始まる。

 

友希那「っ!美竹さん。」

 

蘭「……諏訪組、先に行くね。」

 

モカ「みんな、本当に色々ありがとね。」

 

美咲「美竹さんの力になってあげて、青葉さん。こっちこそ色々とありがとう。」

 

モカ「美咲ちん、平和になったら遊びに来てね。」

 

美咲「うん。北海道と長野だもん。近いもんだよね。私の所にも来なよ。」

 

友希那「美竹さん!!!」

 

蘭「湊さん。ここが夢の世界だろうと何だろうと。あなたに会えて本当に良かった。」

 

友希那「……ええ、私もよ美竹さん。だけど別れじゃない。会いに行くわ。」

 

蘭「……はい!」

 

友希那「だから、私は、泣か…ない。泣いたり……しないわ…。」

 

涙を堪えながら友希那は蘭と最後の抱擁を交わす。

 

蘭「行こうか、モカ。」

 

モカ「行くよ。蘭と、何処までも。結構目が離せない所もあるからね。」

 

蘭「……ありがと、モカ。」

 

2人は笑顔で手を繋ぎながら元の世界に戻って行った--

 

 

--

 

 

香澄「本当に仲良しの2人だったね。」

 

ゆり「っ!?薫…あなたも……。」

 

次に転送が始まったのは薫だった。

 

薫「別れの時が来たようだね……。君達と共に戦えて、本当に良かったよ。」

 

燐子「薫さん…。」

 

りみ「どうか、お元気で……。」

 

薫「ああ。」

 

赤嶺「お姉様。沖縄から私のご先祖を逃がしてくれたご恩は決して忘れません。お姉様がいたから、今の私があるんです。……会えて本当に良かった。」

 

薫「そうか………。誰かを笑顔にする事が出来たなら、私も頑張ってきた甲斐があったよ。大変な御役目だろうが頑張ってくれ。」

 

赤嶺「……はい。」

 

薫も元の世界へと帰っていく--

 

 

--

 

 

リサ「次は私達の番だね。」

 

次に転送が始まったのは西暦組だった。

 

小たえ「御先祖様…。」

 

友希那「あなた達の様な素晴らしい子孫がいるのなら、頑張り甲斐があるものよ。」

 

香澄「元気でね、高嶋ちゃん。」

 

高嶋「うん、戸山ちゃん。じゃあ最後に赤嶺ちゃんも良い?」

 

赤嶺「…本当にやるんだね。」

 

今ここに3人の香澄達が勢揃いする。

 

香澄「私達、トリプル香澄!」

 

高嶋「私があなたで、あなたが君で、君は私で!」

 

赤嶺「ウィアー!!………くぅ、恥ずかしい。」

 

リサ「ははっ、元気が良いなぁ。それじゃあみんな、お世話になったね。」

 

中沙綾「1番最初から、ここまで本当にお疲れ様です。」

 

紗夜「私は、あなた達に対してあまり先輩が出来ていませんでしたね…。それでも、私は、あなた達がいて、救われて……。」

 

夏希「何言ってるんですか!最高の先輩でしたよ!!」

 

小沙綾「色々とありがとうございました、紗夜さん。もっとお話ししたかったですけど…。」

 

紗夜「……ありがとう。」

 

高嶋「行こっか、紗夜ちゃん。」

 

紗夜「はい、高嶋さん。…私が戻れるのは、あなたが一緒にいるからです。」

 

高嶋「紗夜ちゃん……。」

 

燐子「さようなら、りみちゃん…。お姉さんと仲良くね…。」

 

りみ「うん!………うん、燐子さん!」

 

友希那「さようなら、未来の勇者達!!」

 

あこ「楽しかったよーーーっ!!夏希ーーーーっ!!!」

 

夏希「はい!あこさーーーーん!!!」

 

西暦組も元の世界へ戻っていった--

 

 

--

 

 

赤嶺「で、次は私か………。そうだみんなにこれを話しておかないと、香澄の秘密。」

 

香澄「良いよ、別に。あ、でもそれがみんなの助けになるなら。」

 

赤嶺「ふふっ、助けにはならないかな。前に先輩に言ったように……"因子"で正解だよ。」

 

ゆり「えっと…つまり香澄ちゃんも香澄因子を持つ香澄ちゃんの1人って事?」

 

りみ「お姉ちゃん、分かって言ってる?」

 

赤嶺「そう!まさにそれだよ。あの時の言葉そのままにとってね。香澄の因子を持つ人は、即ち"天の逆手"を持つって事だから。勇者と巫女の素養を併せ持つ、そこの山吹さんと同じく大変なポジションだよ。」

 

日菜「赤嶺ちゃん。私の先祖に宜しくね!」

 

赤嶺「うん。じゃあね、みんな。」

 

こうしてみんなを最後まで試し続けてきた赤嶺も元の世界に帰っていった--

 

 

--

 

 

有咲「ったく、本当に最後まで説明下手だな。」

 

香澄「つまり私は、戸山香澄って事だよね?」

 

中沙綾「そうだね。香澄は香澄だよ。」

 

千聖「……どうやら次は私達の様ね。」

 

次に転送が始まったのは防人組。

 

花音「ほっ、痛いのかと思ったら痛くないよ。」

 

ゆり「現実の世界で会いましょう。私達は同じ時代を生きてるんだから。」

 

彩「うん、その時は宜しくね!」

 

イヴ「色々と世話になったぜ、あんがとな!」

 

イヴ「さようならです。」

 

有咲「元気でね、千聖。」

 

千聖「あなたもね、有咲ちゃん。」

 

防人組も元の世界へと帰っていった--

 

 

--

 

 

美咲「…おっと、遂に私の転送が始まったみたいだね。戸山香澄、山吹沙綾、市ヶ谷有咲……。」

 

次に転送が始まったのは美咲である。美咲は勇者部達の名前を呟いていた。

 

香澄「美咲ちゃん、どうしたの?」

 

美咲「ふふっ、忘れないようにみんなの名前を刻み込んでるんだ。牛込ゆり、牛込りみ、花園たえ……。」

 

香澄「美咲ちゃん!!」

 

有咲「美咲っ!!」

 

香澄と有咲は涙を流しながら美咲へと抱きついた。

 

美咲「あらら、そんなに抱きついてくれて嬉しいね--」

 

 

 

美咲「--もう、寒く無いよ……。」

 

美咲も元の世界に戻っていくーー

 

 

人の心の寒さに嫌気がさし、元の世界に戻る事を拒否していた美咲だったが、最後に感じたのは人の心の暖かさだったのだ。

 

 

--

 

 

香澄「美咲ちゃん、最後まで…笑ってた…。」

 

有咲「……あいつも、勇者だから。」

 

小沙綾「っ!私達も転送が……。」

 

そして遂に小学生組の転送が始まる。

 

小たえ「もう1人の私、色々とありがとう。」

 

中たえ「うん、素敵な時間だったよ。」

 

夏希「ようし、戻ったら気合い入れるぞ!」

 

中沙綾「夏希っ!!!」

 

夏希に沙綾とたえが駆け寄った。

 

夏希「沙綾、おたえ。湿っぽいのは無しだよ!ズッ友同士、いつもの挨拶で締めるからね!」

 

中たえ「うん!………またね、夏希!!」

 

中沙綾「ま…また…ね……夏希。」

 

夏希「…そこで堅くなっちゃうのがお前らしいなぁ、沙綾。笑って笑って、ね。」

 

中沙綾「………うん…またね、夏希!!」

 

 

 

夏希「またね。」

 

 

夏希達は笑顔で帰っていった--

 

 

これからも、夏希の事を2人は決して忘れないだろう。ここでの想いも、きっと心が覚えているのだから。

 

 

--

 

 

そして、最後に残されたのは花咲川中学勇者部6人。

 

有咲「……凄い人達ばっかだったな。」

 

りみ「まさに勇者って人達ばかりだったね。私、凄く強くなれたと思うよ。」

 

ゆり「……私達も戻る時が来たね。どうにもこれから色々と大変そうだけど。」

 

中たえ「乗り越えようよ、みんなで!」

 

中沙綾「そうだね。だからこれは戻るって言うよりは……進もう、未来へ。」

 

香澄「……うん。」

 

ゆり「じゃあ、最後だから元気良く行こう!!また声を合わせて、せーの!!」

 

花咲川中学勇者部「「「勇者部、出動!!」」」

 

 

---

 

 

全員がいなくなった部室--

 

 

そこの黒板に1枚の写真が--

 

 

そこ写っていたのは、赤嶺香澄を含めた勇者部25人の笑顔の集合写真だった--

 

 

彼女達はこれから先、どんな未来が待っていようとも、決して諦めずそれを乗り越えていくだろう。

 

 

 

彼女達は勇者なのだから――

 

 

 




これにて

〈第6章 花結いの章〉

は完結となります。

第1章から合わせて全133話、最初から読んでくださった皆様、途中から読んでくださった皆様には感謝しかありません。

色々と拙い文章だったと思いますが、ここまで来れたのは皆様が読んでくださったからです。

最後に、ここまで本当にありがとうございました。

ですが、物語はもう少しだけ続きます。

〈第7章 石紡ぎの章〉

そして、

〈最終章 きらめきの章〉

に続いて行きます。第7章は番外編です。

お楽しみください。

のんびりいこうと思っております。

それでは最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。



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第7章〜石紡ぎの章〜
神樹の記憶〜勇者部の歓迎会〜


勇者部の記憶の物語が始まります--


これは第8章までの幕間の物語--




 

 

勇者達は御役目を完了し、神樹が作り出した空間から去って行った--

 

 

 

今この勇者部部室には全員の集合写真以外には何も残っていない空間となっている--

 

 

そこに突如シャボン玉の様なものが沢山現れ、部室を漂っていた。そのシャボン玉の様なもの1つ1つに勇者部みんなの姿が映っている。

 

 

 

これは彼女達が御役目を果たすまでに、この世界で育んできた友情や想い出の記憶--

 

 

 

神樹に意志というものが存在するかは分からない--

 

 

 

そのシャボンの1つが弾け、部室が光に包まれる--

 

 

 

これより先語られるのは、彼女達が確かにここに存在していた証である--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

りみ「お姉ちゃん、逃げたインコの捜索依頼が来てるよ。」

 

中沙綾「メールで落ち葉掃きの依頼も来てます。」

 

有咲「勇者が落ち葉掃き……はぁー。」

 

花咲川中学勇者部の6人が、今井リサの声に導かれこの世界に来てから数日が経過した--

 

 

が、ここでの生活は元の世界と全く変わら無い生活であり、時折ここが異世界だという事を忘れてしまう程であった。

 

ゆり「変わらないいつもの日常…。これで良いのかなー?」

 

リサ「それで良いんだよ。その方が、精神力を削らないでリラックスして戦えるからさ。」

 

香澄「リサさんは大丈夫ですか?友達と離れ離れになって…寂しくないですか?」

 

香澄の質問にリサは笑顔で言い放つ。

 

リサ「大丈夫だよ。そのうち会えるって信じてるからさ。」

 

りみ「リサさんにも大切な人がいるんですね。」

 

リサ「勿論いるよ。今は側にいないけど…心はちゃんと繋がってるから。」

 

中たえ「素敵な事言いますね。」

 

香澄「そうだ!」

 

香澄が何か思いついた様だ。

 

香澄「ゆり先輩、リサさんの歓迎会をしませんか?」

 

ゆり「それ良いね!色々あったからすっかり忘れてたよ。勇者部に入ったからには、しっかり歓迎しないとね。」

 

中たえ「歓迎歓迎〜!大歓迎〜!」

 

リサ「そんな、良いよ気にしなくても。」

 

リサは気持ちだけ受け取っておくと言わんばかりに首を横にふるが、

 

香澄「勇者部の事も、色々と知って欲しいし、パーティしましょう!」

 

中たえ「私もしてもらいましたから、リサさんもやりましょう。これは勇者部加入の儀式なんです。」

 

リサ「わ…分かったよ…。」

 

みんなに圧されリサはパーティに参加する事となった。

 

リサ「あぁ…たえに言われたら断れないよ…。」

 

有咲「何でです?」

 

リサ「中身はまるで違うけど、雰囲気が思い出させるんだよね…。」

 

有咲「そ、そうですか…。香澄、準備するなら手伝うぞ。」

 

香澄「イェーイ!!」

 

香澄と有咲は準備に取り掛かった。

 

中沙綾「……その気持ち、分かります。」

 

リサ「えっ?」

 

中沙綾「私だったら……きっと耐えられないだろうから…。」

 

リサ「……ありがとう、沙綾。その言葉が私の心の支えだよ。」

 

 

--

 

 

それから数十分が経過し、歓迎会が始まる。

 

ゆり「それじゃあみんな、グラスを持って。今井リサちゃんの入部を祝して、乾杯!」

 

全員「「「かんぱーい!!」」」

 

中たえ「パーティだー!」

 

有咲「けど、巫女なのに勇者部って何か変な感じだな。」

 

リサ「それもそうだよねぇ。なにぶん、今は名無し草の身だから。」

 

ゆり「細かい事は気にしない気にしない。」

 

りみ「そもそも巫女さんは何をするんですか?」

 

香澄「あっ、それ私も聞きたいです!」

 

花咲川勇者部に巫女の役割をしている人はいない。強いて言うなら沙綾が巫女の素養があるくらいである。

 

リサ「特にこれと言って話す事は…。神樹様の声を聞くくらいだよ。」

 

りみ「神樹様ってどんな声なんですか!?」

 

その話にりみが食いつく。

 

リサ「音声として聞こえる訳じゃなく、意識が伝達されるんだよ。」

 

有咲「テレパシーってやつ?」

 

リサ「それが一番近いかな。」

 

ゆり「なるほどねぇー。それって例えば、不摂生とかしてたら怒られるの?」

 

リサ「えっ!?ど、どうだろー……。」

 

有咲「神樹様が食べ過ぎ注意とか早く起きろとか言うわけないだろ!?」

 

りみ「お姉ちゃん、神樹様はお母さんじゃないよ?」

 

ゆりは2人からまじめに突っ込まれた。

 

香澄「お菓子どうぞ。」

 

中沙綾「パンもあります。」

 

リサ「ありがとう。沙綾のパン、大好物になりそうだよ。」

 

中沙綾「リサさんの大切な人も気に入ってくれますかね?」

 

リサ「うん…。うん、きっと気にいる筈だよ!」

 

 

--

 

 

歓迎会も中盤に差し掛かる中、たえがリサに話す。

 

中たえ「リサさん、隠し芸はありますか?」

 

リサ「隠し芸!?わ、私が…!?」

 

驚くリサにたえは諭す様に淡々と話し続ける。

 

中たえ「勇者部に新人が入るときは必ずやらないといけないんです。」

 

リサ「そ、そうだったんだ…。」

 

ゆり「たえちゃん…サラッと嘘言ってるし、リサちゃん、コロっと騙されてるよ。」

 

リサ「困ったなぁ……。私は写真撮る事しか芸が無いからなぁ。」

 

香澄「じゃあ、みんなで写真を撮りませんか?」

 

リサ「それで良かったら。じゃあ、みんな並んで並んで。」

 

香澄達は部室の黒板の前に並んだ。

 

リサ「じゃあ撮るよー。はい、チーズ。」

 

ゆり「リサちゃん入ってないよ!」

 

 

--

 

 

リサ「みんなも、特技や隠し芸持ってるの?」

 

香澄「実は……私達バンドを組んでるんですよ!」

 

リサ「バンドかぁ……凄いね!」

 

ゆり「せっかくだから見せてあげましょうか、私達の音楽を。」

 

リサ「見せて見せて!!」

 

香澄達は音楽室へと移動し、楽器の準備をする。

 

香澄「あーあー。私達…。」

 

全員「「「Glitter*Partyですっ!!」」」

 

香澄「今日はリサさんの為に軽く演奏しますので、楽しんでいってください!」

 

香澄達は新しく勇者部の一員となったリサの為に演奏を始める。

 

香澄「それでは聞いてください、"Happy Happy Party"!!」

 

 

 

〜♬

 

 

 

音楽室に軽やかなメロディが響き渡り、香澄の優しい声がリサを包み込む--

 

 

香澄達が演奏している間もリサは曲を聴きながら、写真を沢山撮っていたのだった。

 

 

--

 

 

香澄「どうもありがとうございました!!」

 

演奏が終わった香澄達に、リサの拍手が響く。

 

リサ「凄い……凄かったよ!!優しい音楽だった。みんなの人柄が音楽に乗ってるみたいだったよ!」

 

リサは興奮が止まらなかった。

 

ゆり「それは良かったよ!それじゃあ歓迎会の最後に、もう一回みんなで写真を撮ろうか。今度はタイマーでね!」

 

リサ「そうだね!!」

 

リサはカメラをテーブルに置いてタイマーをセットする。

 

香澄「リサさんとっても良い笑顔だな。音楽ってやっぱり凄いよ。」

 

リサ「3,2,1…はい、チーズ!!」

 

全員の輝かしい笑顔の写真がカメラに収められる。

 

ゆり「改めて…勇者部にようこそ、リサちゃん!!」

 

リサ「……うん、みんなこれから宜しくね!」

 

リサ(友希那……今は会えないけど、いつか必ずここで会えるって私は信じてるから。)

 

今ここに異世界から7人目の部員が入り、勇者部は御役目を果たす為戦って行く--

 

 



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神樹の記憶~幸せなひと時~

小学生組が合流して間もない話。


ここから先はこんな感じの話を続けていこうかと思っていますので宜しくお願いいたします。




 

 

勇者部部室--

 

勇者部に神樹館小学校6年の沙綾、たえ、そして夏希が加わり部室も賑やかになった頃、中学生の沙綾が3人に尋ねた。

 

中沙綾「3人とも、もうここでの生活には慣れた?」

 

小沙綾「はい、なんとか。」

 

小たえ「日当たり良好ポイントも見つけたよ。」

 

夏希「でもやっぱりイネスが近くに無いのは痛いですね…。醤油豆ジェラートが恋しいです。」

 

小沙綾「夏希、そればっかりは仕方ないよ。きっとその内住めば都だって思えて来るよ。」

 

夏希「うん、いや、イネス以外は完璧だよ?後は家の弟は元気にしてるかなーとか。」

 

小たえ「向こうに戻っても数時間しか経ってないらしいから大丈夫だよ。」

 

夏希「こっちの数日が無効じゃ数年経ってた…とかじゃなくて良かったよ。」

 

中たえ「確かそういうのって何て言うんだっけ?」

 

有咲「ウラシマ効果だ。」

 

中たえ「さすが有咲。」

 

穏やかな団欒の時間が続いていく。まるでこの世界に脅威は無いかの様に。

 

 

--

 

 

ゆり「あの子達、明るく振舞ってるけど、やっぱり元いた時代が恋しいんじゃないかな?」

 

勇者とは言えど、彼女たちはまだ小学生。ましていきなりこんな異世界に飛ばされたのだ。ホームシックになっていてもおかしくない。

 

りみ「私もそう思う!特に夏希ちゃんは弟の事が心配そう…。」

 

リサ「ここは年長のみんなが、大人っぽく振舞って元気づけてみたらどう?」

 

香澄「良いですね。私達で3人を元気にしてあげられるなら!」

 

中沙綾「香澄。」

 

香澄「ん?どうしたのさーや。」

 

中沙綾「その役目、私達に任せてもらえないかな。」

 

中たえ「任せて任せてー。」

 

中学生の沙綾とたえが買って出たのだった。

 

ゆり「確かに自分自身ならどんな気持ちなのか分かるもんね。」

 

有咲「的外れな事言って混乱させるのもアレだしな。」

 

香澄「分かった。さーや!おたえ!頑張ってね!」

 

りみ「必要になったら、私達も手伝うね。」

 

中沙綾「ありがとう、みんな…。行こう、おたえ!」

 

香澄達は沙綾とたえを送り出した。

 

小学生組「「「思いっ切り聞こえてるんだけどなぁ……。」」」

 

 

--

 

 

小学生組3人に今の会話が聞こえていたとは露知らず、お互いが自分自身に話しかける。

 

中沙綾「ん、ゴホン。沙綾ちゃん。今もしかしなくてもパン食べたいよね?」

 

小沙綾「え?いえ、今は特に…。」

 

中沙綾「あれ!?」

 

中たえ「もう一人の私。日当たり良好ポイントって言ったらやっぱりあそこだよね…ごにょごにょ。」

 

たえは耳元で囁く。

 

小たえ「違うよ、たえ先輩。私が見つけたのはね…ごにょごにょ。」

 

中たえ「そんな絶好のスポットが!?知らなかった…。」

 

2人とも出だしから見事に会話が噛み合わない。

 

有咲「……本当に本人同士なのか?」

 

香澄「あ、あははっ…。さすがさーや達だね。」

 

ゆり「かつての勇者も一筋縄では行かないって事だね。」

 

2人は気を取り直し、話しかける相手をチェンジして再び挑む。

 

中沙綾「たえちゃん、オッちゃんとはどう?」

 

小たえ「え?あー、こっちに来てからは構う暇が無くて…。」

 

中沙綾「実は、私もオッちゃんみたいなものが欲しいなって思ってきてね。」

 

小たえ「ええ!?そうなんですか!」

 

中沙綾「良かったら、私にもオッちゃんを触らせてくれないかな。」

 

小たえ「うんうん、喜んでどうぞ!」

 

因みにオッちゃんとは、たえがいつも大事にしているウサギ型の枕の事である。

 

ゆり「なんか上手い感じに進んで行ってる。たえちゃんも負けてられないぞ。」

 

中たえ「沙綾、ちょっと疲れてない?」

 

小沙綾「え?あ、実は…少しだけ。」

 

中たえ「やっぱり。そういう時は、寝るのが1番だよ。良く眠れてスッキリ起きれる場所教えてあげる。」

 

小沙綾「あ、ありがとうございます!」

 

今度はさっきと打って変わってスムーズに事が運んでいた。

 

りみ「さすがおたえちゃんだよ。」

 

そんな沙綾とたえの事を夏希は少し離れた所で見ていた。

 

夏希「なんか2人とも、大きくなっても相変わらずなんですね。」

 

夏希の言葉に沙綾とたえが気付き、夏希の方へ振り返った。

 

夏希「ど、どうしたの2人とも…私の顔をジッと見つめて…。」

 

中沙綾「夏希……夏希がいるよ…。」

 

中たえ「そうだった。夏希も元気づけてあげないと。」

 

2人は夏希の元へ駆け寄った。

 

夏希「ええ!?だ、大丈夫ですよ私は。」

 

中沙綾「そんな事ないよ!本当は夏希、寂しがり屋なの知ってるから!」

 

夏希「いい!?ちょ、ちょっと沙綾さん!?」

 

中たえ「そうだよ。夏希は強い人だから、我慢してる事も沢山あるよね。」

 

夏希「た、たえさんまで!」

 

有咲「なんだか面白い展開になってきたぞ。夏希が珍しくタジタジだ。」

 

香澄「さーや、夏希ちゃんには特に思う所があるみたいだから…。」

 

中沙綾「夏希、今度みんなで色んな事して遊ぼう。夏希と一緒にしたい事、山ほどあるんだから。」

 

中たえ「あっ、私も私も!」

 

夏希「い、いや、遊ぶのは大賛成だけど、そればっかりもしていられないんじゃ……。」

 

グイグイ来る沙綾とたえに、さすがの夏希もしどろもどろになっていた。

 

中沙綾「何言ってるの!?ここでの時間だって、きっと無限じゃないよ。出来る限り遊ばないと!」

 

夏希「ひぃ!は、はい!」

 

中たえ「寝るのも大事だよ。今度みんなで日向ぼっこしながらお昼寝しよう。」

 

小たえ「やったね!良かったね、夏希。」

 

夏希「え、あっ………うん。」

 

リサ「沙綾ったら………ここでの大目的をすっかり忘れちゃってるよ…。」

 

ゆり「ごめんね……。今はちょっと錯乱してるだけだから。」

 

中沙綾「とはいえ、まだ解放されてない場所も沢山あるから……取り合えず夏希、パン食べる?」

 

夏希「あ、ハイ。いただきます。」

 

中沙綾「ふふ。いっぱい食べて。沢山あるから。」

 

夏希「もぐもぐ……あっ、甘さ控えめで、美味しい。」

 

中沙綾「ホント!?もっと食べていいよ。」

 

沙綾は夏希に次々とパンを渡していく。

 

夏希「もぐもぐ……もぐもぐ………。」

 

夏希は黙々と沙綾のパンを食べ続けている。

 

中沙綾「あっ、上げ過ぎちゃうと喉に詰まっちゃうね………ぐす…。」

 

そんな沙綾の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

 

有咲「なんか沙綾が泣き出したぞ…。」

 

ゆり「もう心ゆくまで沙綾ちゃんの好きにさせてあげようか。」

 

 

夏希が真実に気付いたのかは分からない--

 

 

が、夏希は今この瞬間がとても幸せだったという事は確かだろう。再会があれば、別れは必ずやって来る。だけど、今はただ幸せなひと時を噛みしめる沙綾とたえなのであった--

 

 

 



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神樹の記憶〜2人の香澄と巫女の役目〜

西暦と諏訪の幕間です。

自分は何も出来ず、ただみんなが無事な事を祈るだけって言うのは辛いものがありますね。




 

 

西暦の風雲児こと、湊友希那達西暦の勇者が勇者部に加わってから少し経った頃--

 

 

勇者部部室--

 

友希那達西暦組は戸山香澄と高嶋香澄のそっくり度合いに驚きを隠せていなかった。

 

友希那「それにしても…見れば見る程似ているわね……。」

 

香澄・高嶋「「え?」」

 

燐子「凄いです…!友希那さんの声に反応するタイミングまで同じです……。」

 

あこ「ホント不思議だよね。双子って見まごうくらい似てるのに別人なんだもんね。」

 

ゆり「たえちゃんが友希那ちゃんの子孫って言われるより、よっぽどしっくりくるよね。」

 

中たえ「そうかも。でも、私には小学生の私がいるよ。」

 

ゆり「それはどっちもたえちゃんだから…。」

 

りみ「でも、世界には自分とそっくりな人が3人いるって聞いた事あるよ。」

 

りみが言っているのはドッペルゲンガーの事である。

 

中沙綾「香澄が3人……。」

 

沙綾はそれを想像してつい顔がにやけてしまう。

 

香澄「どうしたの、さーや?」

 

高嶋「何か面白い事でもあった?」

 

2人の香澄が両端から沙綾にくっつく。

 

中沙綾「こ、これは……。」

 

有咲「あっ、沙綾がフリーズした。」

 

紗夜「……。」

 

その姿を見て、紗夜は何だか複雑な感情を抱く。

 

 

--

 

 

紗夜「……あれはどうにかならないのでしょうか。」

 

2人の香澄は未だに沙綾にくっついている。

 

有咲「無理だな。まっ、放っておけばそのうち飽きるんじゃねーかな。」

 

紗夜「そう…ですか。」

 

りみ「あ、あの…何だかごめんなさい。」

 

友希那「気にする事は無いわ。香澄も楽しそうにしてるもの。」

 

りみ「そう…ですか?」

 

友希那「ええ。」

 

紗夜「……気にしない訳、無いじゃないですか……。」

 

紗夜の複雑な感情はどんどん募っていく。

 

リサ「ホント素直じゃないんだから、紗夜は。」

 

紗夜「今井さん!?……聞いていたんですか?」

 

リサ「うん。」

 

紗夜「盗み聞きなんて、趣味が悪いですよ。」

 

リサ「そうだね。でももし声が聞こえなくても、そんな顔してたらすぐ分かっちゃうよ。」

 

紗夜「っ!?」

 

リサには紗夜が思っている事は全部お見通しだった。

 

リサ「紗夜。沙綾みたいにとは言わないけどさ…。」

 

紗夜「…なら言わないでください。私は…。」

 

すると突然紗夜の視界が真っ暗になる。

 

?「目隠しをしてるのはどーっちだ?」

 

紗夜(これは……外せません!)

 

紗夜は少し考え、答えを言った。

 

紗夜「この手は………高嶋さんですね?」

 

すぐに視界が元に戻る。

 

高嶋「正解!!」

 

友希那「……さすがは紗夜ね。」

 

あこ「あこは、りんりんだったら当てる自信あるよ。」

 

燐子「うん…私も、あこちゃんなら当てられると思う…。」

 

香澄「紗夜さん凄いよ!!」

 

中沙綾「次は私の番だよ!」

 

沙綾も負けずと勝負を挑む。

 

香澄「良いよ!手加減しないよ、さーや!」

 

当たってご満悦な紗夜に友希那が尋ねる。

 

友希那「紗夜、どうして香澄だと分かったのかしら?」

 

紗夜「それは………。」

 

その時、

 

中沙綾「分かった。この手は香澄だね。」

 

香澄「凄い!!正解だよ、さーや!」

 

紗夜「高嶋さんは高嶋さんですから……。どれだけ似ていても別人です…。」

 

友希那「親友を見間違う筈が無い……成る程ね。納得だわ。」

 

例えこの先2人が香澄を見間違う事は無いだろう。大切な人同士、互いに互いを思い合っているのだから--

 

 

---

 

 

時は少し流れて、諏訪組が合流した頃--

 

 

勇者部部室--

 

蘭「どうも……って、リサさんとりみだけ?」

 

蘭とモカが部室に顔を出すも、部室に人気はそれ程無かった。

 

蘭「他の人達はどうしたんですか?」

 

リサ「勇者部の活動中だよ。」

 

モカ「勇者部って……確かりみとかがやってる部活だっけ?」

 

りみ「うん。困ってる人を助ける部活だよ。」

 

蘭「困ってる人か……なんか良いね。私にも出来る事ってあるかな?」

 

蘭はやる気だった。

 

モカ「蘭……?」

 

りみ「えっと、多分あると思うけど、お姉ちゃんに聞いてもらった方が……。」

 

蘭「ゆりさんだね。」

 

りみ「お姉ちゃんは、校庭にいると思うよ。」

 

蘭「ありがと、りみ。行ってみるよ。」

 

そう言って蘭はモカを残して部室を出た。

 

モカ「……蘭らしいなぁ。」

 

リサ「モカは一緒に行かなくて良かったの?」

 

モカ「私が行っても何も出来ないと思うからー。」

 

そう言ってモカも部室を出ようとするが、

 

りみ「あ、あの!モカちゃん。この後、何か予定あるかな?」

 

モカ「んー。考えてなかったよ。」

 

りみ「だったら……少し、お話ししよう?」

 

珍しくりみが自分から提案してきたのだった。

 

モカ「私と?」

 

りみ「うん。きっと蘭ちゃんもここに戻って来ると思うから。」

 

モカ「だったらそれまでは良いよー。」

 

こうしてリサを含め3人の談話が始まる。

 

 

--

 

 

モカ「何の話するー?」

 

りみ「じゃあ、蘭ちゃんについてとかどうかな?」

 

モカ「蘭?」

 

りみ「うん。蘭ちゃんって、格好良いよね。リーダーシップがあって。……って、まだそんなに一緒にいないから、かなり想像が入ってるかもだけど。」

 

モカ「ううん、間違ってないよ。蘭は、本当に凄いから。」

 

モカはそんなりみの想像を肯定する。

 

モカ「……諏訪ではね、みんなのリーダーだったから。蘭がいたからみんなが頑張れた。」

 

りみ「みんな?あれ、勇者は蘭ちゃんだけだよね?」

 

モカ「諏訪のみんな……私を含めたね。」

 

りみ「諏訪の……!凄いね、蘭ちゃんは。私だったら絶対に無理だよ。あ、でも、お姉ちゃんだったら……。」

 

リサ「そうだね。多分だけど、立派なリーダーだったと思うよ。それは蘭とは違ったと思うけど、ゆりさんなりのやり方で、精一杯。」

 

りみ「私もそう思います!とっても頼りになるお姉ちゃんだから!」

 

 

--

 

 

リサ「じゃあ、次は友希那だね!」

 

リサが目を輝かせて友希那の話を始める。

 

リサ「友希那は格好良いだけじゃなく、可愛い一面もあるんだから。困った顔で私に相談してきたりとかね。」

 

モカ「湊さんにそんな一面があるとは…。」

 

リサ「でも、普段の友希那はみんなのイメージ通りだと思うよ。いつも先陣を切ってバーテックスと戦ってたから。」

 

りみ「それはお姉ちゃんも同じです。私達の前に立ってくれてましたから。」

 

モカ「蘭も頑張ってたよ。私は何も出来なかったけどね。私は……なんで呼ばれたのかな?蘭と違って戦えないのに…。」

 

思わずモカの気持ちが溢れてしまう。

 

モカ「ここには沢山勇者がいて……戦える人達がいっぱいいて……。」

 

リサ「………。」

 

モカ「蘭と一緒にいられるのは嬉しいけど、私が呼ばれた意味ってあるのかな?」

 

リサ「見てるだけは………辛いよね。分かるよ。私もモカと同じ巫女だからさ。」

 

モカ「あっ、リサさんを悪く言うつもりは……。」

 

リサ「大丈夫大丈夫、ちゃんと分かってるから。」

 

モカ「……ありがとうございます、リサさん。」

 

りみ「あっ……あの!」

 

2人の会話を聞いていたりみが突然モカの手を取って話し出す。

 

りみ「私も同じなんだ。お姉ちゃんがいないと何も出来ないって思ってた。」

 

モカ「……うん。」

 

りみ「だけど、それは違うんだよ……。諦めて、下を向いてちゃダメなんだよ!お姉ちゃんに頼ってもらえるような、そんな私に変わっていかないと!」

 

りみが熱くモカに語りかける。

 

りみ「私も頑張ってる途中だけど、モカちゃんも一緒に頑張ろ?」

 

モカ「頼ってもらう……?私が…蘭に?」

 

りみ「うん!」

 

モカ「そんなの、無理だよ…。」

 

悲観的なモカにりみは諦めず話し続ける。

 

りみ「無理じゃないよ!頑張ってれば、きっとなれるよ!……絶対になれるから!」

 

モカ「……りみって結構強引な所あるね。」

 

モカは思わず笑ってしまう。

 

りみ「強引だとしても、絶対だよ!」

 

モカ「なら…少し頑張ってみようかな。まずは畑の知識からかな。」

 

りみ「畑……モカちゃんも、農業やるの?」

 

モカ「うーん………私がやりたいのは……宅配屋さんかな。まだ蘭には言ってないけどね。」

 

リサ「……相手がどう思ってるかは、本人には伝わりにくいものだね。どんなに強い人だって、1人じゃ寂しい。それはきっと、蘭だって……。」

 

モカ「リサさん……。」

 

リサ「諏訪を背負うという重圧に負けなかったのは、モカが側にいたからだと思うよ。」

 

 

 

どんなに強い人でも、1人では何も出来ない--

 

 

 

どんな時代だってそう。仲間がいるから強くなれる--

 

 

 

3人は今日、改めてその事を実感するのだった。

 

 

 



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神樹の記憶〜バーテックスの謎と新たな繋がり〜

毎度読んでくださりありがとうございます。


新たな人との共通点があるのは、集結ものの醍醐味と言っても過言ではないですよね。




 

 

ある日の勇者部部室--

 

美咲「はぁ……。」

 

美咲のテンションは下がっていた。

 

有咲「今日はやけにテンション低い人が多いな。今度は美咲か?」

 

美咲「そりゃ、憂鬱にもなるよ。」

 

あこ「どうしたの?悩みならあこが聞くよ?」

 

美咲「……私達って、ここ最近ずっとバーテックスと戦ってるでしょ?」

 

あこ「うん。」

 

美咲「多分、明日もバーテックスと戦闘。」

 

あこ「うんうん。」

 

美咲「明後日も、明々後日もバーテックスと戦闘。」

 

あこ「うんうんうん。」

 

美咲「毎日毎日、同じ事の繰り返しで……私、生きてる気がしないよーーー!!」

 

ここ最近のバーテックスとの戦闘の連続で、美咲のイライラはMAXとなっていた。

 

美咲「ほんっとアイツら、倒しても倒しても次から次へと!もう害虫と一緒だよね!」

 

あこ「確かに言えてるよ。でもバーテックスって、別に虫とかじゃないよね?」

 

薫「虫である可能性は、ゼロじゃないよ。沖縄にも奇蟲というものがいるんだが……。」

 

ゆり「絶対に検索したくない名前だよ…。」

 

香澄「私、最初バーテックスは魚みたいだなって思いました。」

 

中沙綾「確かに空中を泳いでるみたいに見えるよね。」

 

ゆり「本当に魚だったら、例えバーテックスと言えども捌いて食べちゃうのに。」

 

紗夜「あんなものを食べるなんて正気では無いですよ。」

 

小沙綾「あの……。」

 

 

だが沙綾は知っていた。バーテックスを口に含んでいた正気では無い人の事を--

 

 

小沙綾「実は、正気では無い人がいるんです……。」

 

 

沙綾の目線にいた人物は--

 

 

夏希「へへ……どうも。」

 

夏希だった。

 

一同「「「ええーーーーーっ!?」」」

 

夏希「あ、でも実際は食べた訳じゃなくて、飲んだだけです。」

 

ゆり「の、飲んだって……何を!?」

 

夏希「えっと………"水瓶型"の、体液、的な?」

 

夏希は初めての御役目で"水瓶型"の水球に閉じ込められた際、脱出する為にその水を全部飲み干したのだ。

 

有咲「食べたのと、そう変わんねーじゃん!」

 

美咲「味は!?どうだったの!?」

 

美咲は嬉々として夏希に尋ねる。

 

夏希「何んて言うか……サイダーの様な、ウーロン茶の様な。多分喉がカラカラだったらまた飲めますよ。」

 

蘭「畑仕事のお供には良いかも…。」

 

モカ「感覚が麻痺してるよ、らーん。」

 

有咲「でも今は元気って事なら、案外食べても人体に影響は無いって事か?」

 

美咲「これは、調べてみる価値ありかも。」

 

友希那「そうね。せっかく大きいのだから、ただ消滅させるのは勿体ないかもね。」

 

リサ「あらら……友希那までそんな事言い出すなんてね。」

 

中沙綾「少なからず味があるのなら、調味料次第で何とかなるかもしれないですね。」

 

リサ「沙綾まで……。あはは……。」

 

香澄「さーやの言う通りだよ!塩とか胡椒とか……。あ、麺つゆで成せば大抵何とかなるよ!!」

 

部室内はカオスと化していた--

 

 

--

 

 

美咲「バーテックス3分クッキング〜!」

 

あこ「テレレッテッテッテッテ♪テレレッテッテッテッテ♪」

 

そして何故か突然始まったクッキングショー。

 

美咲「まずは食べられそうなバーテックスを生け捕りにします。」

 

香澄「魚っぽいのが良いね!」

 

美咲「それの腹を裂き、ハラワタを取り出して3枚に下ろします。後は炭火で焼くだけ!」

 

中たえ「塩を振るのを忘れずにね。」

 

ゆり「もうそれ、バーテックスじゃなくてただの魚だよ……。」

 

薫「魚か……何だか食べたくなってきたよ。グルクンの唐揚げが懐かしいね。」

 

友希那「それは何なのかしら?」

 

薫「沖縄の県魚なんだ。手頃な大きさなんだが、中々すばしっこくてね……。」

 

中たえ「あー、私もどうせならすばしっこいのが食べたいな。」

 

有咲「すばしっこいのって言えば……確か"双子型"がそうじゃなかったか?」

 

中たえ「確かにアレなら知能も高そうだし、食べたら私の知能も上がるかも。」

 

ゆり「アレはさすがにグロテスク過ぎるよ……。」

 

ゆりは調理された"双子型"を想像してしまった自分を情けなく思ってしまう。

 

美咲「でも、本当にバーテックスに知能があったら、いつかは喋る個体なんかが出てくるかもね。」

 

香澄「叫び声をあげるのはいるけど……もしそうなったら…喋る事が出来たら、今まで通り倒せるのかな?」

 

中沙綾「もしバーテックスと意思疎通出来たら、倒すか迷っちゃうって事?」

 

香澄「うん……バーテックスにも何か事情があるのかも。そしたら、戦えるかな…。」

 

中沙綾「何か香澄らしい考え方だよね。」

 

美咲「実際に何を喋ってくるかによるよね。」

 

中たえ「"ヘイヘイ、君たちかわいーねー!"とか?」

 

紗夜「それなら躊躇無く殺れますね。」

 

中たえ「"ち、違う!そんなつもりじゃないんだ!"」

 

紗夜「じゃあどんなつもりなんですか!?」

 

中たえ「"まぁ待って!話せば分かる!"」

 

紗夜「問答無用です!」

 

高嶋「わー!たえちゃん、もうその位で終わり終わりー!!」

 

堪らず高嶋がたえを止めに入った。

 

ゆり「でも、実際のところ私達の戦術に対応してきたり、巫女を狙ったりしてきてるよね。」

 

美咲「その内、私達の好みに合わせてくるかも。」

 

紗夜「…私達の好みに……?」

 

中沙綾「それって………。」

 

美咲のこの一言が更にトリガーを引く--

 

 

--

 

 

妄想の樹海--

 

バーテックス香澄「ヘイヘーイ、さーや!」

 

バーテックス高嶋「紗夜ちゃん、果たして私を倒せるかな!?」

 

 

--

 

 

中沙綾「……ふふっ。」

 

紗夜「さすがに無いですね。」

 

 

--事は無かった。

 

 

香澄・高嶋「「……?」」

 

 

何気無い日常の、何気無い一幕--

 

 

たまには戦いを忘れて、こんなひと時も良いのだろう。

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

香澄「美咲ちゃん、美咲ちゃん!」

 

今日も元気な香澄は美咲に声をかける。

 

美咲「んー?どうしたの、戸山さん。」

 

香澄「さーやがパン作って来てくれたんだ。だから、一緒に食べようよ!」

 

りみ「沙綾ちゃんのパン、凄く美味しいんだよ。」

 

美咲「なら、折角だしご相伴に預かろうかな。」

 

 

--

 

 

またとある日--

 

夏希「美咲さん。聞きたい事があるんですけど、良いですか?」

 

美咲「ん?良いよ。」

 

小たえ「ほら沙綾、良いって。」

 

小沙綾「あの…北海道の事を詳しく教えてもらっても良いですか?」

 

美咲「オッケー。じゃあパンでも食べながら北海道の話しようか。」

 

小沙綾「はい!是非お願いします。」

 

美咲「北海道と言えば五稜郭だよね--」

 

そんな美咲の様子を離れた所で友希那達が見ていた。

 

友希那「奥沢さんも大分馴染んできたようね。」

 

蘭「ここのみんなは気さくに話しかけられ人が多いですからね。」

 

紗夜「大変そうですね…。」

 

リサ「でも、仲良くなる事は良い事だよ。ね、有咲。」

 

有咲「……………。」

 

リサの問いかけに答えず、有咲は何処か上の空だった。

 

リサ「有咲?」

 

有咲「そ、そうだな…仲が悪くて戦う時に連携が取れなくなったりしたら、困るよな。」

 

 

--

 

 

廊下--

 

美咲「ふぅ……今日も色んな人に話しかけられたな。人気者は大変だよ。」

 

美咲(悪い人達じゃない事は分かってるんだけどね…。自分の部屋にいても結構な頻度で突撃されるし…。)

 

美咲「ちょっと……1人になりたいなぁ。」

 

と、そんな事を思っていた時--

 

有咲「美咲。」

 

有咲が美咲に声をかける。

 

美咲「!?…誰かと思ったら市ヶ谷さんか。どうしたの?」

 

有咲「ちょっと付き合ってもらえる?」

 

美咲「別に良い…けど。」

 

有咲に連れられ美咲はとある所に行く事となる--

 

 

---

 

 

市ヶ谷宅--

 

美咲「えーっと、市ヶ谷さんの家っぽい所に招待されたみたいだけど、どういう事?」

 

有咲「さっき言ってただろ、1人になりたいって。」

 

美咲「あー、やっぱり聞いてたんだね。」

 

有咲「気持ち、ちょっと分かるから。」

 

美咲「え?」

 

有咲「香澄達って距離感近いっつーか、御構い無しにグイグイ来るだろ?最初は私も困惑したよ…。でも、悪い奴らじゃ無いからさ。」

 

美咲「市ヶ谷さん…。」

 

有咲「……だから、美咲が良ければここ好きな時に使って良いぞ。これ……合鍵。」

 

そう言って、有咲は美咲に合鍵を手渡した。

 

美咲「あ、ありがとう…。」

 

有咲「じゃあ、戸締りとかガスには気を付けろよ。」

 

有咲は美咲を残して出て行こうとするが、

 

美咲「待って待って!」

 

有咲「…何?」

 

美咲「何…じゃなくて、何処行くの?」

 

有咲「何処って…ランニングだけど。」

 

美咲「いきなり他人の家で1人とか、居心地悪いと言うか、さすがに落ち着かないんだけど……。」

 

有咲「うっ……それもそうだな。」

 

美咲「大体、合鍵なんて貰っちゃって本当に良いの?」

 

有咲「良くなきゃ渡さないだろ。」

 

美咲「ふーん……市ヶ谷さんは私を信用してくれるんだ。」

 

有咲「まあ…な。って言うか、私は自分の人を見る目を信用してるんだよ。」

 

美咲「あはは、それはどっちでも良いかな。でも、ありがとう。有り難く使わせてもらう事にするよ。」

 

有咲「………素直じゃねーんだから。」

 

美咲「してもらってばかりじゃ悪いし、市ヶ谷さんには今度何かご馳走するよ。」

 

有咲「あはは!そりゃ嬉しーや。」

 

美咲「そう言うと思った。まあ、楽しみにしててよ。」

 

異世界で起こる、新たな人と人との繋がり--

 

 

有咲はそれに関しては、異世界に来て良かったと思うのだった--

 

 

 



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神樹の記憶~祝福の水飛沫~


時期は過ぎてしまいましたが、この物語の準主役とも言える沙綾の誕生日ストーリーです。




 

 

勇者部部室--

 

5月、間もなく夏が近付いてくるこの季節にそれは唐突にやって来るのだった。

 

ゆり「ハイ!今月、誕生日がある人はいるかな~?」

 

香澄「はーい!さーやです!!」

 

小たえ「偶然。私の親友の沙綾の誕生日もだよ。」

 

有咲「そりゃそうだろ…。」

 

美咲「それじゃあさっそくプレゼントでも考えます?山吹さんと言えば…やっぱパン?」

 

リサ「パンと言えば調理器とか…かな?」

 

香澄「うーん、でもさーやはパン作り本当に好きだから、売ってる調理器は殆ど持ってます。」

 

夏希「確かにそうですね。」

 

ゆり「2人とも本当に好きなんだね…。」

 

勇者部では毎月の始めあたりに、こうして誕生日の人たちの為に何か企画やプレゼントを考えているのである。勿論本人には内緒で。今月5月は沙綾の誕生日の月、勇者部は只今送るプレゼントを考えている真っ最中だった。

 

夏希「それなら銃とかどうですか?沙綾さんは自分の銃をいつも大切に使ってますから。」

 

有咲「銃かぁ……エアガンとかか?」

 

あこ「いつも本物の銃を使ってるのに喜ぶかなぁ?」

 

美咲「本物って言っても精霊だけど……まぁ言いたい事は分かる。」

 

薫「撃てる場所も余り無いだろうね。」

 

燐子「バーテックス相手にも使えませんからね…エアガンで遊べる機会はあまり無さそうです…。」

 

ゆり「んーーー……。」

 

ゆりはみんなの意見を聞きながら良い案は無いかと唸る。

 

ゆり「場所………機会………それだ!!」

 

ゆりは何か閃いたようである。

 

ゆり「使う場所と機会が無いなら、それもセットでプレゼントしちゃえば良いんだよ!」

 

美咲「あ、聞いた事あります。迷彩服とか着てエアガンで撃ち合いするやつですよね?」

 

リサ「なるほどね。そういう事が出来る場所なら大赦が持ってるかも。ちょっと聞いてみるね。」

 

ゆり「エアガンと装備も用意出来ないか聞いてみるね。」

 

香澄「おー!なんだか面白そうな誕生日プレゼントになりそう!」

 

大まかな事は決まった為、今日は解散となった。

 

 

--

 

 

次の日、勇者部部室--

 

リサ「早速大赦から返事が来たよ。」

 

ゆり「よっこらしょっと。こっちも色々と届いたよ。」

 

大きな段ボールを抱えたゆりが部室に入ってくる。

 

香澄「おおー!これがエアガンですか?」

 

ゆり「大赦が言うには、例え遊びでもエアガンは怪我する恐れがあるからNGだって。だからこれは水鉄砲だよ。」

 

美咲「最近の水鉄砲は良く出来てるんですね。」

 

有咲「拳銃型にライフル型、マシンガン型に…ちょまっ!!迫撃砲まであるぞ!?」

 

りみ「迫撃砲って?」

 

有咲「大砲みたいなものだな、確か。」

 

水鉄砲ですら本物の銃と見まごう程精巧に作り込まれている。

 

りみ「わぁー!水の塊を発射するとかかな?」

 

友希那「あら?」

 

友希那が段ボールから何かを見つけた。

 

友希那「ゴム製のナイフまであるのね……。でも、水鉄砲に必要かしら?」

 

リサ「雰囲気って大事でしょ。場所も丁度良い所を大赦が用意してくれたよ。本格的に遊べるってさ。」

 

ゆり「水鉄砲も形だけじゃなくて性能も凄いんだよ。射程は10メートル超え、水タンクも交換可能!」

 

あこ「凄い!それで連射が出来るからマシンガンとかもあるんだね。」

 

夏希「何だか私達まで楽しくなってきました。」

 

薫「遊びでもとことん本気でやる……あぁ、儚い。」

 

ゆり「後は2人を呼んで、みんなで2チームに分かれてゲームしようか。」

 

香澄「楽しみだなぁ!さーや達喜んでくれるかな。」

 

小たえ「絶対喜ぶよ。」

 

中たえ「喜び過ぎて、大変な事にならないと良いけど。」

 

紗夜「私も出ないと行けないんですね……不安です。」

 

高嶋「紗夜ちゃん!一緒のチームになったら頑張ろうね!」

 

紗夜「ええ!全力で戦いましょう!!」

 

美咲「あれ?不安って言ってませんでした?」

 

必要な準備は整い、沙綾達の為の誕生日企画が幕を開ける。

 

 

--

 

 

5/19日、大赦が用意した塹壕フィールド--

 

2人の沙綾は目隠しをされ香澄と夏希に誘導されていく。

 

香澄「さーや……。」

 

夏希「沙綾…。」

 

全員「「「お誕生日おめでとう!!」」」

 

中沙綾「こ、ここは……。」

 

小沙綾「一体……?」

 

中たえ「沙綾達の誕生日プレゼントとして、1日貸し切り水鉄砲サバゲ―大会を用意したよ。」

 

美咲「サバゲ―って言っちゃうんだ。」

 

小沙綾「すごい……。」

 

中沙綾「私達の為に…みんな、ありがとう。」

 

2人の沙綾は目を輝かせて喜んでいる。

 

ゆり「喜ぶのはまだ早いよ?ここで思いっ切り楽しんでもらうまでがプレゼントだからね!」

 

中沙綾「はい、ゆり先輩。思いっ切り楽しませてもらいます!」

 

中たえ「沙綾、ほどほどにね。」

 

中沙綾「ん?分かった。」

 

ゆり「じゃあ、早速チーム分けしようか。」

 

香澄「あ!せっかくだから私はさーやの敵になる!」

 

中沙綾「え、香澄……?」

 

香澄「今回の主役はさーや達だもん!敵側でこの戦いを盛り上げるよ。」

 

中沙綾「……そっか。残念だけど、香澄のその思い、受けて立つよ。」

 

夏希「私も敵の方が楽しそうな気がするな。弟と遊ぶ時は、いっつも怪獣役とかやってたし。」

 

ゆり「えーっと、それじゃあ、沙綾ちゃん達は同じチームとして…。」

 

ゆりの采配により、チーム分けがされた。

 

ゆり「沙綾ちゃん率いるチームは……高嶋ちゃん、紗夜ちゃん、りみ、友希那ちゃん、リサちゃん、たえちゃん、それに私。」

 

香澄「私のチームは……夏希ちゃん、美咲ちゃん、燐子さん、あこちゃん、薫さん、蘭ちゃん、モカちゃん、おたえ、有咲だね!」

 

沙綾チーム9人、香澄チーム10人による対決がいよいよ始まろうとしていた。

 

 

--

 

 

沙綾チームサイド--

 

中沙綾「凄い…こんなに装備が充実してるなんて……。」

 

小たえ「ライフルにマシンガン、どれにしようかな?」

 

リサ「たえは小さいから拳銃の方が良くない?」

 

りみ「私も良く分からないから、一緒に拳銃にしよう、たえちゃん。」

 

小たえ「はーい。」

 

2人は拳銃型の水鉄砲を手に取る。

 

友希那「開始まで後僅か、どう攻める?」

 

高嶋「取り敢えず突撃かな!」

 

小沙綾「いえ……ここは迫撃砲を使いましょう。」

 

中沙綾「うん。それが良いね。」

 

どうやら2人の沙綾が考えている作戦は同じなようだ。

 

紗夜「一体どうするんですか?」

 

中沙綾「それはですね………。」

 

 

--

 

 

一方の香澄チームサイド--

 

美咲「今になってテンション上がってきたかも。」

 

有咲「さあ、沙綾達はどう攻めて来る…?」

 

香澄「やっぱり突撃じゃないかな?」

 

香澄と高嶋の考えている事は一緒だった。

 

夏希「いやー、私もその意見には賛成ですけど、向こうには参謀の沙綾達がいるからなぁ。」

 

蘭「いよいよ始まるね。」

 

モカ「ちょっと怖くなってきたなー。」

 

蘭「モカに限ってそんな訳ないでしょ。」

 

モカ「ひどいなー。」

 

そしていよいよ戦闘開始の時間となる。

 

 

--

 

 

戦闘開始直後の事だった--

 

薫「……おや?空から何か…。」

 

薫が空を見上げるとそこには水の塊が--

 

有咲「………!?来たぞ!敵弾だ!」

 

その水の塊は迫撃砲から打ちあがったものだった。

 

燐子「こ…これはまさか…。」

 

有咲「迫撃砲かよ……!」

 

だが、間一髪水の塊は誰もいない所へ着弾した。

 

 

--

 

 

沙綾チームサイド--

 

中沙綾「…試し打ち、着弾だね。もう少し右かな。次行くよ--」

 

小沙綾「準備完了です。」

 

中沙綾「………発射ぁ!!」

 

相手チームに初っ端から容赦なく打ち込む沙綾の表情は嬉々としていた。

 

 

--

 

 

香澄チームサイド--

 

美咲「うっわ、何かいっぱい飛んできたよ!」

 

有咲「散開だ、散開!!」

 

有咲の合図で香澄チームはバラバラになる。

 

蘭「ふぅ、何とかみんな助かった…?」

 

蘭が周りを見回すと、そこには--

 

 

有咲「うっ………。」

 

びしょ濡れになった有咲が横たわっていた。

 

蘭「っ!?有咲!!」

 

蘭が有咲を抱き起す。

 

有咲「ま、まさかいきなり迫撃砲なんて…恐れ入った……ぜ…ガクッ。」

 

有咲は力尽きる。

 

 

"香澄チーム9人・沙綾チーム9人"

 

 

 

あこ「あ……ああ、有咲ぁーーーーーー!!」

 

蘭「有咲がやられるなんて…。」

 

中たえ「ほどほどにって言ったのにー。」

 

美咲「これは、戸山さんの言う通り、さっさと突撃しないとすぐ全滅だよ。」

 

香澄「よし、行こうみんな!」

 

全員が突撃しようとした時、蘭はモカがいない事に気付いた。

 

蘭「モカがいない!?モカ!」

 

燐子「美竹さん……青葉さんは、もう…。」

 

蘭「そんな………。」

 

蘭はガクリと膝から崩れ落ちる。

 

 

"香澄チーム8人・沙綾チーム9人"

 

 

蘭「モカ……。」

 

その時だった。

 

あこ「立つんだよ!!」

 

あこが蘭を叱責する。

 

蘭「あこ……。」

 

あこ「ここでまごついてたら、あこ達もやられちゃうよ!そうなったら、先に逝っちゃった有咲達に申し訳立たないよ!!」

 

有咲「いや…死んではないんだけど…。」

 

あこ「どうするの蘭ちゃん!行くか!このままびしょ濡れになるか!!」

 

蘭「うう……。」

 

美咲「まぁ、派手に突撃してあげようよ。」

 

香澄「行こう、蘭ちゃん!」

 

香澄と美咲も蘭の背中を押す。

 

蘭「……分かった。モカと有咲の弔い合戦だよ!」

 

有咲「いや、だから死んでな--」

 

蘭は瞳の輝きを取り戻し、ライフルにゴムのナイフを括り付けて銃剣に改造し始める。

 

あこ「あこも一応真似しておこう。」

 

蘭「それじゃあみんな突撃、行くよ!!」

 

8人「「「おおーーーーー!!」」」

 

あこ「行くよりんりん!突撃!!」

 

燐子「う、うん…あこちゃん…!」

 

 

--

 

 

沙綾チームサイド--

 

中沙綾「…予想通りみんな突撃してきたね。迫撃砲は中止して、機関銃で行くよ!」

 

ゆり「りょーかい!!」

 

中沙綾「良く引き付けてから狙ってください。」

 

紗夜「……ちなみにこのゲームは、どうすれば勝ちなんですか?」

 

りみ「先に相手の拠点を攻め落としたチームの勝ちらしいです。」

 

ゆり「つまりこのままだとこっちの負けって事!沙綾ちゃん、まだ撃たないの!?」

 

沙綾は迫り来る香澄チームの距離を目算で測り、最適な距離に来た瞬間に指示をする。

 

中沙綾「今です!!」

 

ゆり「いっけぇ!!!!」

 

ゆり達はマシンガンをとにかく撃ちまくる。

 

 

--

 

 

夏希「うひゃあ!?」

 

マシンガンから放たれた水の弾が夏希の腹部に命中する。

 

あこ「夏希!!」

 

あこが夏希に駆け寄った。

 

夏希「ははっ……銃って、呆気ないんですね…。あこさん……後は…頼み、まし、た………ガクッ。」

 

あこ「夏希ぃーーーーーーー!!!!」

 

 

"香澄チーム7人・沙綾チーム9人"

 

 

夏希が凶弾に倒れ、尚沙綾チームの猛攻は止まらない。

 

燐子「きゃあっ!!」

 

燐子は敵の猛攻で身動きが取れないでいた。

 

あこ「りんりん!?待ってて、すぐに助け--」

 

次の瞬間、燐子までも沙綾チームの凶弾に倒れてしまう。

 

燐子「私はいいから……あこちゃん、前に…進んで………ガクッ。」

 

あこ「りんりんーーーーーーーっ!!!」

 

 

"香澄チーム6人・沙綾チーム9人"

 

 

--

 

 

沙綾チームサイド--

 

ゆり「うわぁ…敵さん達、凄い形相で突撃してくるよ。」

 

だが沙綾は決して攻撃の手を緩める事は無かった。

 

中沙綾「私達も突撃して向かい撃ちましょう。沙綾ちゃん、号令お願い。」

 

小沙綾「分かりました!みなさん、着剣してください!」

 

友希那「着剣ね。中々面白くなってきたわ。」

 

リサ「友希那、身を乗り出し過ぎたら危ないよ。」

 

小沙綾「突撃開始!!」

 

沙綾の掛け声で、沙綾チームも突撃を開始する。

 

高嶋「突撃ぃーーー!!」

 

紗夜「ま、待ってください高嶋さん!私も……。」

 

友希那「行くわよリサ!私に続いて!」

 

リサ「りょーかい。どこまでも行くよ。」

 

 

--

 

 

戦いは終盤に差し掛かり、戦闘は白兵戦の様相を呈している。

 

ゆり「ふ……やられちゃった…。りみ…私の分まで……戦って……ガクッ。」

 

りみ「お姉ちゃん……?いや、いやだよ…いやぁああああ!!!」

 

 

ゆりが凶弾に倒れ--

 

 

友希那「リサ……もう、この辺りで大丈夫よ。」

 

リサ「友希那!?ここで自刃されても介錯は出来ないよ!?」

 

 

友希那が倒れ--

 

 

薫「ふっ……どんなに弾を受けても、海の加護を受けた私は、不死身だよ。」

 

ゆり「コラコラ、ゾンビプレイは禁止だよ!」

 

薫「……やはり海水ではなく真水ではダメだという事だね……儚い…ガクッ。」

 

薫も倒れてしまう。

 

 

"香澄チーム5人・沙綾チーム7人"

 

 

そして--

 

 

中沙綾「ダメっ…!香澄を撃つなんて…!」

 

沙綾は香澄の胸に銃を突き付けている。香澄の銃は彼方に飛ばされ、丸腰の状態だ。

 

香澄「…さーや。撃って。さーやに撃たれるなら……良いよ。」

 

中沙綾「……っ!ダメ…私には、出来ないよ……。」

 

沙綾は震えながら構えていた銃を下ろす。

 

香澄「さーや………。」

 

その時だった。

 

中沙綾「きゃっ!!!」

 

沙綾に水がかかる。

 

モカ「へへへーやったね。」

 

なんと木陰から突如現れたモカが沙綾を撃ったのだった。

 

 

"香澄チーム6人・沙綾チーム6人"

 

 

香澄「モカちゃん!?無事だったんだ!」

 

蘭「モカ……モカ!!」

 

モカ「ぐるっと大きく迂回してきたんだ。」

 

蘭「凄いよモカ、大手柄。」

 

だが、蘭とモカが油断していた隙を突き--

 

蘭・モカ「「あっ!」」

 

りみ「はぁ…はぁ……お姉ちゃんの、仇だよ!」

 

りみが2人を撃ち抜いたのだった。

 

 

"香澄チーム4人・沙綾チーム6人"

 

 

そして戦いは終わりを迎える--

 

 

--

 

 

ゆり「えっと……今どうなってるの?」

 

ゆりが周りを見回す。

 

中たえ「わーい!」

 

小たえ「やっほーい!!」

 

たえ達は互いに水の掛け合いをしている。

 

ゆり「あそこでびしょ濡れになりながら遊んでる2人は放っておいて……あれ?りみだけ!?」

 

りみ「そうみたい……。」

 

ゆり「という訳で、生き残ったのはりみだけって事だから、拠点を奪取するまでも無く沙綾チームの勝ち!!」

 

激しい戦いに勝ったのは沙綾チームだった。

 

中沙綾「ふぅ……勝ったんだね、私達。」

 

小沙綾「そうみたいです…。」

 

ゆり「それじゃあ最後に……今日の主役に向けて、一斉放水開始!!!!」

 

突然のゆりの合図でみんなが2人の沙綾に一斉に水鉄砲を発射する。

 

中沙綾「え………?きゃあ!?」

 

小沙綾「冷たいっ!?」

 

香澄「改めてお誕生日おめでとう、さーや!」

 

夏希「おめでとう、沙綾!!」

 

こうして5月の晴れ渡る空の下、沙綾たちの誕生日企画は幕を閉じる。

 

中沙綾「ありがとう!!冷たいっ!最高のプレゼントだよ!!」

 

小沙綾「そうですね!!ひゃあっ!!夏希、やり過ぎ!!」

 

一同「「「あはははっ!!!!」」」

 

 



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神樹の記憶〜雨音の調べ〜

この季節は本当に嫌になってきますよね。


私は秋が一番好きです。




 

 

6月、季節は梅雨に差しかかろうとしている今日この頃、うだつが上がらない人物がいた。

 

美咲「はぁー、だるい。何もやる気が起きない。」

 

奥沢美咲である。

 

友希那「いつにも増してやる気が無いわね。勇者として問題があるんじゃない?」

 

美咲「だって、何処行ってもジメジメしてて辛いんですよ。何ですかこれ?」

 

中沙綾「何って、梅雨だよ。」

 

リサ「あー。確か北海道には梅雨は無いって聞いた事あるよ。」

 

友希那「そうなのね。それは知らなかったわ。」

 

美咲「そうです、北海道の6月は空気もカラカラで寒くも暑くも無い、最高に気持ちの良い季節!満開のラベンダー畑と、青々と茂った牧場の緑を眺めながら、外で食べるジンギスカン!」

 

美咲はこの時期の北海道の魅力をこれでもかと熱弁する。

 

友希那「こんなに元気な奥沢さんは久々に見るわ。」

 

美咲「雪の中でじっと冬を耐えてきた道産子たちが、短い夏に期待しながら元気になっていく最高の季節!………だったんだけどなぁ…。本当、何なんですか梅雨って!ダラダラ何の為に、こんなに毎日降ってるんですか!」

 

中沙綾「梅雨にも大事な役目があるんだよ。」

 

美咲「役割?人をダラダラジメジメさせる以外に何か役立ってるの?」

 

今の美咲は梅雨に対してヘイトしか持っていなかった。

 

リサ「まぁまぁ、美咲落ち着いて。梅雨が潤してくれないと、夏になってから水不足で大変になるんだよ。」

 

特にここ四国では毎年深刻な水不足になる事が多く、梅雨は有難いものとなっている。

 

美咲「んー、頭では分かってても、やっぱりピンと来ないんですよね。」

 

友希那「要するに、梅雨に雨が降らないと、うどんを茹でる水が足りなくて困るという訳よ。」

 

美咲「……何でもうどんに持っていくんですね。」

 

中沙綾「うどんにしろ、食べ物は水が無いと作れなくなるよ。」

 

美咲「はー、分かった。雨が大事だって事は分かったけどさぁ……。」

 

観念したように美咲は大きなため息を溢す。

 

美咲「どうせぐずついた天気なら、台風が来た方がまだマシだよ。」

 

友希那「考えが極端ね……。」

 

美咲「このジメジメを吹き飛ばしてくれるなら大歓迎だよ。」

 

 

---

 

 

次の日--

 

ゆり「……まさかこんな季節に台風が来るなんてね…。」

 

外は物凄い雨風で窓ガラスをガタガタと鳴らしている。

 

りみ「四国全体を覆うくらいの大型台風だって。怪我人が出ないと良いけど……。」

 

中沙綾「美咲があんな事言うから…。」

 

美咲「えっ、私のせい!?」

 

友希那「その可能性もあるわね。」

 

美咲「流石に無いよ!!」

 

リサ「美咲のせいじゃ無いよ。」

 

そこにリサがやって来る。

 

リサ「今神託があったんだけど……。」

 

有咲「神託って事は、この天気はバーテックス絡みか。」

 

美咲「バーテックスって台風も生み出せるの?」

 

モカ「厳密に言うと、台風は自然発生なんだけど……。」

 

リサ「その台風を、造反神が留めてるんだよね。」

 

その時、突然部室が真っ暗になる。

 

有咲「うわっ!?停電かよ!」

 

ゆり「懐中電灯どこだったかな…?」

 

ゆりは手探りで探すが、

 

美咲・ゆり「「痛っ!」」

 

2人がぶつかった直後、明かりが復旧する。

 

りみ「お姉ちゃん、美咲ちゃん?どうしたの?」

 

ゆり「頭ぶつけちゃった…。また停電するかもしれないから、懐中電灯くらいは見つけておかないと…。」

 

と、ゆりが言ってるそばから再び停電する。

 

美咲「痛っ!!あーもう、梅雨も嫌だけど、台風も嫌だ!!」

 

美咲のヘイトは溜まっていくばかりだった。

 

 

--

 

 

中沙綾「バーテックスの仕業って言われると、この風の音もなんだか落ち着かないですね。」

 

友希那「だけど、今回のバーテックスは台風を留めているだけで、襲来という訳では無いのよね?」

 

リサ「そうだね。もしかしたらこのまま自然に収まる可能性もあるよ。」

 

美咲「そうなんですか。なら通り過ぎるまで何もしないで待ってれば良いって事?」

 

モカ「それも1つの手だねー。」

 

いくら強烈な台風と言えども自然現象の一種。いつかは自然に消えてしまう。

 

紗夜「それなら、各自自宅待機でも良いんじゃないですか?」

 

あこ「そんな事言って、紗夜さんはゲームしたいだけじゃないですか?」

 

紗夜「そ、そんな事はありません!確かに台風の日はNFOが盛り上がりますが…。」

 

燐子「紗夜さん、それで最近は出てこなくなったんですね……。」

 

蘭「でも、嵐がすぐに収まらなかったら畑が滅茶苦茶になる…!」

 

すると有咲が外の様子に驚く。

 

有咲「マジか!?商店街の看板が飛んでるぞ!」

 

友希那「さっきより風が強くなってるようね。」

 

窓を打ち付ける雨音も激しさを増していた。

 

蘭「こうしちゃいられない…畑と用水路の様子を見て来る!」

 

夏希「ストップです蘭さん!!明らかな死亡フラグ立てないでください!」

 

夏希が蘭を全力で阻止した。

 

蘭「だけど……。」

 

友希那「バーテックスの所業を見過ごす訳には行かなくなってきたわね。」

 

その時タイミングを見計らったかの様に樹海化警報のアラームが鳴る。

 

紗夜「ドンピシャですね…。」

 

あこ「よし!バーテックスを倒して、台風を遠くに吹き飛ばすぞ!」

 

勇者達は樹海へと急ぐのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

樹海で暴れていたバーテックスのうち1体を退けた勇者達。

 

ゆり「やっと1体倒したけど、まだ台風はいなくならなさそう。」

 

美咲「台風がいなくならないなら、それはそれで良くなってきたかも。」

 

有咲「さっきまで超嫌がってたのに…。」

 

美咲「だって台風が来てから、梅雨のジメジメが少し落ち着いた気がしない?」

 

有咲「…言われてみれば…確かに。」

 

美咲「出かけるのは大変だけど、室内にいる分には梅雨より台風の方が過ごしやすいって分かったし。」

 

中沙綾「梅雨だって気分良く過ごす方法はあるんだよ。」

 

美咲「本当?あ、さては私の士気を上げる為にそんな事を…無理だよー。絶対にそんなの無理。」

 

りみ「またグダグダモードに…。美咲ちゃん、今は戦闘中だよ。」

 

美咲「もう何なら梅雨が明けるまで樹海の中で暮らしたいぐらいだよ。」

 

美咲は梅雨が無い場所で育ってきたので、梅雨での過ごし方を知らないのである。だから今美咲はグダグダモードになっているのだ。

 

りみ「雨で出かけられない分、家の中でやりたい事を色々とする良い時間になるんだよ。」

 

あこ「見れなかったアニメを見たりとか。」

 

燐子「読みたかった小説を読むのにも適してます……。」

 

みんなは必死に室内での過ごし方の提案をする。

 

美咲「成る程、開き直ってインドアを楽しむ事も悪くないですね。」

 

燐子「そう言えば…沖縄は四国より先に梅雨入りするんですよね…。」

 

薫「ああ、そうだよ。」

 

燐子「薫さんは…梅雨の時にはどんな過ごし方をしてるんですか…?」

 

薫「もちろん、海に潜っているよ。」

 

あこ・燐子「「ええっ!?」」

 

薫の爆弾発言に2人は驚く。

 

薫「晴れでも雨でも、海に入ってしまえば変わらないからね。」

 

美咲「絶対に真似はしないけど、一番のジメジメ対策だね…。」

 

 

--

 

 

美咲「はぁー。やっぱりやる気が出ない。」

 

戦いの最中でも美咲のテンションは未だに上がる事はなかった。

 

夏希「美咲さん、あと少しですよ!終わったら私の漫画貸してあげますから、元気出してください。」

 

美咲「んー、ありがとう。でも、インドア生活にもいい加減飽きてきたんだよね。」

 

夏希「でも、雨の中出かけるのも嫌なんですよね。」

 

美咲「そこが問題なんだよね。」

 

あこ「そんな事ならレインコート着れば一発で解決だよ。」

 

美咲「カッパなんて子供が着るものでしょ。」

 

あこ「カッパじゃなくてレインコート!もっとちゃんとしたやつだよ!」

 

燐子「梅雨のある地域では…お洒落なレインコートも売ってるんですよ…。」

 

燐子の言葉に美咲が食いついた。

 

あこ「あこもお気に入りのレインコート着るのが楽しみで、雨が待ち遠しいくらいだよ!」

 

美咲「成る程ね……お気に入りのレインコートかぁ…。今まで余り興味無かったけど、雨具って他にも色々あるのかな?」

 

燐子「レインブーツにも色々な種類があって…可愛いので奥沢さんも気にいると思います…。」

 

美咲の目が先ほどとは見違えるように生き生きと輝いている。

 

あこ「じゃあ、ちゃちゃっと倒して買い物に行こうよ!」

 

美咲「久しぶりに力が湧いてきたよ!それじゃあ、行きますか!」

 

中沙綾「良かった、元気になってくれて。でも雨具も良いけど、私も提案があるんだ。」

 

美咲「何?」

 

中沙綾「夏には夏の過ごし方っていうものがあるって事。」

 

美咲「なんか分からないけど、それなら尚更早く倒さないとね。」

 

中沙綾「うん。行くよ!!」

 

勇者達は残ったバーテックス、"水瓶型"を倒し、部室へと戻っていった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

中たえ「バーテックスも無事に倒したし、始めようか。」

 

中沙綾「じゃあこれから納涼を始めるよ。」

 

美咲「ん?のーりょー?何、それ?」

 

突然の事で困惑する美咲に沙綾は浴衣を渡した。

 

美咲「これは、浴衣?」

 

中沙綾「納涼と言えば浴衣が醍醐味だよ。風通しが良いから洋服より涼しいんだ。」

 

中たえ「着付けは私と沙綾に任せて。」

 

そう言って、3人は隣の準備室に移動し美咲に浴衣の着付けを行うのだった。

 

 

--

 

 

20分後--

 

中沙綾「はい、完成。」

 

美咲「あ、ありがとう…。」

 

中たえ「じゃあ早速出かけようー!」

 

 

--

 

 

外は台風は過ぎ去ったが、まだしとしと雨が降っている。美咲たちは浴衣姿で番傘をさしながら、近くの神社へと来ていた。美咲の紫色の浴衣と番傘に、同じく紫色の紫陽花が彩りを添えていた。

 

美咲「時代劇とかでしか番傘って見た事無かったけど、内側のデザインも洗練されてるね。」

 

中沙綾「美咲、浴衣も番傘も似合ってる。」

 

美咲「梅雨には梅雨の過ごし方がある…か。中々風情があって良いかも。こんな過ごし方もたまには悪くないかな。」

 

中沙綾「でしょ。」

 

北海道では味わえない楽しさを美咲は目を閉じて番傘に当たる雨音を聞きながら噛み締めていたのだった。

 

 

 



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神樹の記憶〜雨と笑顔の交響曲〜


梅雨にも人それぞれの楽しみ方がありますが、私はやはり室内でゴロゴロするのが一番だと思ってます。





 

 

台風を留めていたバーテックスを倒し終えた勇者部一同。強烈な雨風は収まったが、梅雨の季節らしく外は今も雨がしとしとと降り注いでいた。そんな今日この頃、紗夜の部屋にとある人物がやって来るのだった。

 

寄宿舎、紗夜の部屋--

 

紗夜「海野さん?どうしたんですか?」

 

夏希「実は、紗夜さんに折り入ってご相談が。」

 

紗夜「相談?私で役に立てるでしょうか?」

 

夏希「何言ってるんですか!紗夜さんだから相談出来るんです!」

 

紗夜「私……だから?」

 

夏希「はい。今日も外は雨なので、一緒にゲームで遊んでくれませんか?」

 

紗夜「それなら力になれそうですね、どうぞ。」

 

紗夜は夏希を部屋に案内する。

 

夏希「やったー!お邪魔しまーす!」

 

紗夜「山吹さんと花園さんは一緒ではないんですか?」

 

夏希「あの2人は図書館に行ってます。私は本よりゲームの方が暇潰しには良いと思うんですけどねー。」

 

紗夜「同感ですね。では、どのゲームにしましょうか?」

 

紗夜はテレビ台のラックを開ける。中には沢山のゲームソフトがジャンル毎に並べられていて、宛らお店の様だった。夏希が悩んでると、また紗夜の部屋の扉がノックされ部屋に入ってくる人物が2人。

 

高嶋「あっ、夏希ちゃん来てたんだ。いらっしゃーい。」

 

あこ「ゲームしかないけどゆっくりしてってね。」

 

高嶋とあこだった。

 

夏希「ありがとうございます。ってここ紗夜さんの部屋ですけどね。」

 

あこ「最近はずっとここで遊んでばっかりだから、自分の部屋みたいな感じだよ。」

 

高嶋「紗夜ちゃんの部屋って、何か落ち着くからつい長居しちゃうんだよね。」

 

紗夜「2人も雨の日になるとゲームをしにやって来るんです。海野さんもゆっくりして行ってください。」

 

夏希「なーんだ。みんな考えてる事は同じなんですね。」

 

 

--

 

 

紗夜「4人で遊ぶとなると、どれがいいですかね。」

 

紗夜は今この場で最適なゲームを選んでいた。

 

夏希「紗夜さんのオススメでお任せします!」

 

あこ「あこはこういう天気にはスカッとする様なゲームが良いと思います!」

 

あこの意見を基に、紗夜は1つのソフトを手に取った。

 

紗夜「ではこれでどうでしょうか?4人対戦プレイも出来ますし。」

 

夏希「爆弾で相手を吹き飛ばすゲーム?良いですね!」

 

4人は早速このゲームで対戦を開始した。

 

 

--

 

 

紗夜「海野さん、中々勘が良いですね。」

 

夏希「本当ですか?紗夜さんの教えのお陰ですよ!」

 

高嶋「それにしても、あのバーテックスを倒して少しは収まったけど、中々雨止まないね。」

 

あこ「ずっとジメジメしてると、頭からキノコが生えそうだよ。」

 

各々爆弾を置きながら会話を続けている。

 

夏希「あこさんに生えたキノコって食べられますかね?」

 

あこ「夏希ぃ!!」

 

夏希「あははっ!!」

 

紗夜「隙ありですよ。」

 

あこの一瞬の隙を突いて、紗夜があこの周りに爆弾を置き閉じ込めた。

 

あこ「閉じ込められたぁ!?まさか3人であこをハメたんですか?」

 

高嶋「あこちゃん、考えすぎだよー。」

 

あこ「いやいや!夏希が余計な話をした隙に、紗夜さんが攻撃を…。」

 

夏希「あこさんを差し置いて、そんな事する訳……。」

 

紗夜「あるんですよ。チームプレイは複数対戦の基本中の基本です。」

 

あこ「くうぅぅぅ……。」

 

あこのキャラが爆発に巻き込まれ、ゲームオーバーになる。

 

高嶋「あはは、あこちゃんの負けー!」

 

 

--

 

 

その後も対戦は白熱するが、やはり紗夜の方がみんなより1枚上手に勝負は進んで行く。

 

あこ「紗夜さん、ちょっとは手加減してください!」

 

紗夜「宇田川さんは動きが良いから、手加減したら負けてしまいます。それに、手加減されて勝っても嬉しいですか?」

 

その言葉があこの勝負魂に火をつける。

 

あこ「はっ!それはダメです!このゲームはあこが修行して出直してきます。」

 

紗夜「では違うゲームをしましょうか。どれにしますか?」

 

高嶋「4人で遊べるゲームかぁ。」

 

夏希「あ、電車で回って物件買い占めるやつとかどうですか?」

 

あこ「それあこ弱いから却下。何かこうドーンとバーンと遊べて、スカッとするやつないですか?」

 

紗夜「それなら今のが一番ぴったりだと思いますが…そうですね…。」

 

紗夜は再びソフトを漁る。

 

高嶋「うーん、ゲームも楽しいけど、たまにはお日様も見たくなるね。」

 

あこ「だよねー。このまま部屋に閉じこもってたら、本当にキノコが生えてきそうだよ。」

 

あこは体力が有り余っている所為か今にも暴れそうな様相だった。そんな中で夏希がとある提案をする。

 

夏希「なら、てるてる坊主でも作りませんか?みんなでいっぱい作って吊るしたら、晴れてくるかもしれないですよ!」

 

あこ「それ良い!」

 

高嶋「じゃあ私部屋から布とペン持ってくるね!」

 

 

--

 

 

てるてる坊主を作る準備が整った頃、雨足は更に強くなってきていた。

 

あこ「良いね!どんどん降ってくれれば作り甲斐があるよ。」

 

紗夜「宇田川さん、さっきまで散々雨嫌がっていたのに…。」

 

あこ「だって、あこ達のてるてる坊主で雨が止んだら嬉しいでしょ?」

 

夏希「そうですね!じゃあ早速作りましょう!」

 

あこ「おー!」

 

4人は作成に取り掛かる。

 

 

--

 

 

10分後--

 

高嶋「あははっ、あこちゃんのてるてる坊主、頭が大っきいー!」

 

あこ「そう言う香澄だって、頭の形が全然丸くないよー!」

 

高嶋「うん、やってみると意外と難しいねー。」

 

2人は夏希に目線をやる。夏希の手からはちょうど良い頭の大きさで、形も丸い見事なてるてる坊主が次々と生み出されていく。

 

あこ「夏希は意外と手先が器用だよね。」

 

夏希「弟とちょくちょく作ってましたから。でも、私より紗夜さんの方が…。」

 

あこ「凄い!それって香澄ですよね!?」

 

紗夜はてるてる坊主をただ作るだけでは無く、顔に香澄の似顔絵を描いていたのだった。

 

夏希「こんなにリアルな顔のてるてる坊主、初めて見ました!」

 

高嶋「ホントだぁー!紗夜ちゃんすごーい!!」

 

紗夜「…せっかくなら、ちゃんと作った方が晴れる気がしますから。」

 

夏希「確かに高嶋さんの笑顔はお日様を呼びそうですもんね。」

 

あこ「それを言うならあこだって!紗夜さん、あこと夏希の似顔絵も描いてください!あ、あと紗夜さんのも!」

 

紗夜「しょうがないですね。」

 

そう言うと、紗夜はすぐさまあこと夏希の似顔絵をてるてる坊主に描いていった。

 

夏希「おおっ!これ、私ですか!可愛い!」

 

あこ「あこのは髪型まで再現してる!」

 

高嶋「どれもそっくりだよ。さすがは紗夜ちゃん!」

 

あこ「吊るしたらご利益ありそうだよ。」

 

高嶋「うん!お日様だけじゃ無くて、他にも良いもの沢山呼んでくれそう。」

 

夏希「紗夜さん!今度はほかのみんなのてるてる坊主も作ってください!」

 

あこ「それ面白そう!」

 

夏希「私も作るの手伝います!」

 

紗夜「時間がある時にですね。」

 

その日の紗夜の笑顔は太陽よりも暖かく、明るい笑顔をしていた。

 

 

---

 

 

それから2週間が経ち、空はすっかり夏の日差しを取り戻し、眩しい日差しが照りつけてきた頃--

 

蘭「先に帰ります!」

 

ゆり「えっ、蘭ちゃん?今日はみんなでミーティングを……。」

 

蘭「ごめんなさい!一刻を争う事態なんです!」

 

蘭は急いで部室を飛び出して行ってしまった。

 

ゆり「行っちゃった……。」

 

モカ「それが今ちょっと大変なんですよね。」

 

ゆり「大変?バーテックスもいなくなって台風も治ったのに?」

 

モカ「それが問題なんです。台風が居なくなってから2週間、何回雨が降ったか覚えてますか?」

 

ゆり「バーテックス倒してから2日くらいかな?」

 

モカ「そうです、たった2日だけなんです。それからはかんかん照りが続いてるんです。」

 

今の季節、梅雨の時期の為畑には水が必要なのだが、ここ最近のかんかん照り続きですっかり畑はカラカラになってしまっているのである。その為蘭は広大な畑に毎日水撒きをしに急いでいたのだった。

 

有咲「降っても、降らなくても大変なんだな、畑って。」

 

りみ「大変なのは畑だけじゃないよ?」

 

有咲「え?」

 

りみ「美咲ちゃん、湿度が下がって元気になると思ったら、やっぱり暑いのも無理ーって。」

 

ゆり「はぁ……。色々と手がかかるねぇ。」

 

高嶋「蘭ちゃん、毎日朝早く畑に行って、帰りも夜遅いんだよね…。」

 

ゆり「確かにあの畑広いもんね。」

 

りみ「蘭ちゃん、体壊したりしないか心配だな。」

 

すると、

 

高嶋「よし!私蘭ちゃんを手伝ってくる!」

 

紗夜「高嶋さんが行くなら私も行きます。」

 

ゆり「行くのは良いけど、熱中症や脱水症状には気をつけてね。」

 

高嶋「はい!それじゃあ行ってきます!」

 

2人は蘭の畑へと向かった。

 

 

---

 

 

蘭の畑--

 

蘭は黙々と畑へ水撒きを行なっている。

 

高嶋「蘭ちゃーん!!」

 

蘭「香澄に紗夜さん。どうしたんですか?」

 

紗夜「手伝いに来ました。」

 

蘭「本当ですか!?それは助かります。」

 

高嶋「私と紗夜ちゃんは何やれば良いかな?」

 

蘭「今の時期は茄子の水やりが大変なんだ。あっちの端から撒くの手伝ってくれる?」

 

2人は蘭の指示で茄子の畑の水やりを開始する。

 

高嶋「改めて見ると、大きな畑だね。」

 

紗夜「これだけ大きな畑で野菜を作って、出来た野菜はどうするんですか?」

 

蘭「市場に卸してます。その為かツテも色々と出来て、小学生の農業体験に畑を貸したりもしてるんです。」

 

紗夜「それにしても日差しが強いですね…。畑より先に私達が干上がってしまいます。」

 

その時、ちょうど良いタイミングでモカにあこ、燐子がやって来た。

 

あこ「ご苦労様です。水筒持って来たので水分取ってくださいね。」

 

高嶋「わーい、冷たい飲み物!一番嬉しい差し入れだね、紗夜ちゃん!」

 

3人はキンキンに冷えた麦茶をカラカラの喉に流し込む。

 

紗夜「はぁ…、乾いた畑の気持ちがよく分かります。」

 

蘭「やっぱり人も土も水を飲まなきゃ生きていけないからね。」

 

紗夜「しかし、台風が去ったら日照りになるなんて、自然は本当に思い通りにはならないのですね。」

 

蘭「トータルの降水量は、台風の時と、今の日照りで大体同じな気がしますけど…。」

 

あこ「だったら、毎日ちょっとずつバランスよく降ってくれれば良いのにー。」

 

蘭「そう上手くいかないところが、自然の醍醐味だけどね。」

 

紗夜「それを面白いと思えるなんて、さすが美竹さんですね。」

 

蘭「天気って不思議でね、梅雨が長い年とか、夏が猛暑の年とか色々あるけど、年間を通した降水量は100年前から大きく変わってないんだ。」

 

高嶋「そーなの!?」

 

蘭「平均気温は年々上がってるけどね。」

 

高嶋「でもそれって私達の、西暦の時代での話だよね?神世紀ではどうなんだろう?」

 

燐子「天候が…神樹やバーテックスの影響を受ける事は証明されてますからね…。」

 

あこ「じゃあ、この日照りもバーテックスの所為なの?どうなの、モカちん!」

 

モカ「こっちから話しかけるのは無理なんだよなー。そういう神託も来てないし。」

 

だが、その時だった--

 

 

 

 

モカ「あっ…今神託が来たよ。」

 

あこ「ええっ!?」

 

モカ「やっぱり今度は雨を止めてるんだって。」

 

こうもタイミング良く神託が来ると、神樹はこちらの話を聞いているんではないかと錯覚さえしてしまう。

 

あこ「やっぱりまたバーテックスの仕業だったんだね。」

 

蘭「今回ばかりは許せない…。」

 

蘭はすぐさま駆け出してしまう。

 

高嶋「あっ、待って、蘭ちゃん!……もう見えなくなっちゃった。」

 

モカ「蘭は畑の事となると周りが見えなくなるから。」

 

あこ「でも、毎日暑いままじゃたまらないよ!行こう!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

高嶋「蘭ちゃーん、待ってー!」

 

紗夜「はぁ、はぁ…。美竹さん、畑の為となると物凄い行動力ですね…。」

 

あこ「あこ達が追いつく頃には、バーテックス全滅させてるかも。」

 

あこ達が駆けつけた先には、既にゆり達がいた。

 

ゆり「みんな、やっと来たね。」

 

燐子「ゆりさん…皆さんもお揃いで…。」

 

あこ「あれ?なんでみんなそんなに汗かいてるの?」

 

あこの言う通り、先に樹海に来ていたみんなは何故かすごい量の汗をかいていたのだった。

 

夏希「はぁ、はぁ…あこさん達は暑くないんですか?」

 

紗夜「言われてみると、確かに熱気が凄いですね…。」

 

友希那「無理は禁物よ。暑さが苦手な人は後方へ下がって。」

 

夏希「けど……。」

 

ゆり「大丈夫だよ。今日は最前線に頼もしい人もいるし。」

 

そう言って、ゆりは最前線を指差す。

 

蘭「これは農作物を守る為の戦争だよ。」

 

蘭はこの暑さの中で平然と星屑と戦っていた。

 

美咲「また大袈裟な。」

 

薫「だが、日照りが続いて水不足が起これば、農作物以外でも困ってしまうね。」

 

蘭「みんなは手を出さないで。ここは私の精霊で一気に決めるから!」

 

蘭はそう言うと、"覚"を自身に憑依させた。

 

あこ「"覚"だっ!みんな離れて!」

 

1対多の戦いで真価を発揮する"覚"。この精霊は味方をも巻き込みかねないのである。

 

ゆり「ここは燃えてる蘭ちゃんに任せよう。いざという時の為にいつでも手助け出来るよう待機しといて!」

 

 

--

 

 

蘭は今猛烈に燃えていた。

 

蘭「はっ!!そこーーっ!!」

 

鞭を的確に振るって星屑を次々と薙ぎ倒していく。

 

美咲「さすが1人で戦ってただけはあるよね。」

 

薫「そうだね。最小限の動きで最大の攻撃をしているよ。」

 

星屑を倒し終え、残りはこの元凶となるバーテックスのみとなった。

 

 

--

 

 

友希那「残すはあと1体ね。」

 

蘭「どんな敵が来てもいつも通り倒すだけだよ!」

 

しかし、樹海の気温は更に上昇していた。

 

ゆり「暑さが異常ね……。」

 

友希那「はぁはぁ、そうね…。気温が更に上がったようね。」

 

有咲「はぁはぁ…戦闘時に余計な体力を…。この熱どっから来てんだよ。」

 

そして現れた"大型"バーテックス。そのバーテックスからは湯気が出ており、蜃気楼を作り出していた。

 

蘭「バーテックス自体がこの熱さを発してた訳ね。」

 

ゆり「日照りっていうか、あのバーテックスのせいで熱くなってたんだね…。」

 

蘭「許さない…。あんたが……あんたが私の畑を……。絶対に許さない!!」

 

蘭の怒りのボルテージが振り切れようとしていた。蘭は突撃するが、バーテックスの放つ熱波が熱すぎて近付けない。

 

美咲「うわー、やだやだ私絶対無理。アレ近付きたくない。」

 

有咲「しっかりしろー!」

 

美咲「今日ばっかりは、勘弁して。私は寒い日担当勇者って事で…。」

 

有咲「しょーがねー。援護は頼むな。」

 

美咲「さっすが市ヶ谷さん、カッコいいー!惚れちゃいそー!」

 

有咲「テンション低い声援やめろー!」

 

 

--

 

 

蘭「どうやって近付く、これ?」

 

友希那「遠距離から狙い撃つしかないかしら?」

 

中沙綾「ダメです…敵の蜃気楼でスコープが使えないです……。」

 

その時、燐子が前に立つ。

 

友希那「燐子?」

 

燐子「私が……。私の"雪女郎"の力で、僅かな間だけ樹海の温度を下げます……。」

 

あこ「りんりん出来るの!?」

 

燐子「一か八かです……。温度が下がらないかもしれないですし…私の体力が持つか分かりません…。でも、やるしかないんです…!」

 

友希那「……分かったわ、燐子。あなたに託す。」

 

友希那は燐子の肩に手を置いた。

 

あこ「りんりん頑張って!!」

 

燐子「ありがとう…あこちゃん。頑張るよ…。」

 

燐子は"雪女郎"を憑依させ、全力で樹海の広範囲に吹雪を吹かせた。相手の狙いに気付いたのか、"大型"も負けじと熱波を放ち温度を上昇させる。

 

燐子「うっ……はぁ、はぁ、はぁ……。み、皆さん……今です……!!」

 

燐子は吹雪の勢いを更に上げ、樹海の気温が適温となる。

 

友希那「今よ!!燐子の力を無駄にしないで!」

 

友希那の合図で、勇者たちは一斉に"大型"へと攻撃を開始し、"大型"バーテックスを殲滅する。この間僅か1分の出来事だった--

 

 

--

 

 

燐子「はぁ、はぁ、はぁ…………。」

 

燐子は憑依を解き、樹海にヘタリ込む。

 

あこ「りんりん凄かったよ!お疲れ様!」

 

燐子「はぁ、はぁ…あこちゃん…。良かった……役に立って…。」

 

友希那「お疲れ、燐子。戻ったらゆっくり休んでちょうだい。」

 

蘭「燐子さん、ありがとうございました。あなたのお陰で畑を守れました。」

 

燐子「役に立って…何よりです……。」

 

勇者達は燐子を休ませる為に急いで樹海を後にするのだった。

 

 

---

 

 

街中--

 

バーテックスの脅威が去った為か、外は恵みの雨が降り注いでいた。勇者達は何故か部室ではなく何処かの街中に転送されてしまう。

 

蘭「やっと降ってくれたね。」

 

友希那「こんなに雨を待ちわびたのは初めてかもしれないわね。」

 

有咲「バーテックスも倒して一件落着と言いたい所だけど…何処だここ?」

 

りみ「学校からも寄宿舎からも、随分遠い所に戻ってきちゃったね。」

 

美咲「雨降るタイミング悪すぎだよ。」

 

中沙綾「梅雨の時期だから本来の天気に戻ったんでしょ。」

 

美咲「はぁー。帰る頃にはずぶ濡れかぁ。億劫だよ。」

 

ゆり「文句は無し無し。ここから1番近い所は商店街だね。傘買って早く帰ろう。」

 

香澄「お気に入りの傘が見つかれば、梅雨も良い気分で過ごせるよ、美咲ちゃん。」

 

美咲「それもそうか。」

 

 

--

 

 

商店街--

 

美咲「確かにお洒落な傘が沢山あるよ。」

 

夏希「美咲さんの気分が上がって良かったです。」

 

美咲が楽しそうに傘を選ぶ中、反対に紗夜は難しそうな顔をしていた。

 

美咲「ん?どうしたんですか、紗夜さん。」

 

紗夜「好きな傘って言われても、中々ピンとくるものが無くて…。」

 

そんな紗夜に高嶋が近付き、

 

高嶋「紗夜ちゃん、見て見て!この傘、色違いで可愛いよねー。どっちが好き?」

 

二本の色違いの傘を紗夜に見せながら尋ねてきた。

 

紗夜「……そうですね…私はこっちの方が好みです。」

 

そう言って青色の傘を指差した。

 

高嶋「じゃあこっちは紗夜ちゃんのね。もう1本は私のにする!」

 

高嶋は残ったピンクの傘を手に取った。

 

紗夜「えっ…お揃いですか……?」

 

高嶋「うん!紗夜ちゃんとお揃いの傘なんて、雨の日が楽しくなっちゃうなー。」

 

紗夜「ふふっ。そうですね。」

 

高嶋の笑顔に、紗夜もつい笑顔が溢れてしまう。

 

高嶋「あっ、紗夜ちゃん笑った。この世界に来てから、紗夜ちゃんの笑顔が増えて私嬉しいよ。」

 

紗夜「そう……ですね。確かに笑う回数が増えたと思います。バーテックスと戦う以外に価値が無いと思っていましたが、この世界に来て…私を頼りにしてくれる人がいて……。少しは変われたと思います。」

 

高嶋「そうだね!……紗夜ちゃん。」

 

紗夜「どうしましたか、高嶋さん?」

 

高嶋「これからも宜しくね!」

 

紗夜「………もちろんです。こちらこそ宜しくお願いします。」

 

みんなはそれぞれの傘を買い、2人はお揃いの傘をさして雨の中を歩いて行く。2人の笑い声は、降り注ぐ雨音に負けず、街中に響き渡っていた。

 

 



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神樹の記憶~お姉ちゃんの背中~


シリーズ物で過去作の話が出るのってなんか良いですよね。





 

 

勇者部部室--

 

とある昼下がりの事、突然それは起こった。

 

友希那「山吹さん達は本当に小学生なのね。」

 

小沙綾「はい。まだまだ未熟なところもありますが、勇者として頑張っています。」

 

小たえ「仲良し小学生勇者3人組だよね。夏希、沙綾。」

 

夏希「そうだね。」

 

友希那「そう……。ねえ、リサ。」

 

リサ「どうしたの?」

 

友希那「子供だけれど大丈夫なの?」

 

小沙綾「っ!」

 

友希那のその何気ない一言が沙綾の気を悪くしてしまう。

 

夏希「あちゃー……。友希那さん、間違いなく地雷踏み抜いたよ。」

 

小たえ「そうだね。間違いなく踏み抜いたよ。」

 

そこへ事情を知らないあこと燐子、紗夜、高嶋がやって来る。

 

あこ「どうしたの?まさか、友希那さんが年下の子をいじめたとか!?」

 

燐子「友希那さんが…!?いじめは駄目です…。」

 

友希那「ひ、人聞きの悪い事を言わないで、あこ、燐子。」

 

友希那は必死で訂正する。

 

紗夜「湊さんは何をしたのですか?」

 

夏希「実は……。」

 

夏希は紗夜に事の顛末を説明する。

 

 

--

 

 

紗夜「そうですか……。湊さんは言葉が少なすぎます。真意が伝わらないと意味が無いですよ。」

 

高嶋「心配しなくても大丈夫だよ、紗夜ちゃん。友希那ちゃんの気持ち、きっと伝わるから。」

 

紗夜「…別に心配している訳では無いです。」

 

友希那「香澄、紗夜、ありがとう。……ごめんなさい、山吹さん。言葉を改めるわ。」

 

友希那は沙綾に向き直って謝り、言葉を付け加える。

 

友希那「まず、山吹さん達の力は認めているわ。一緒に戦ったし、心強い戦力よ。」

 

小沙綾「あ、ありがとうございます。」

 

友希那「その上で思ってしまうのよ……。年下を戦場へ出す事は良くないのかとね。」

 

小沙綾「………。」

 

しかし、沙綾は更にご立腹になってしまう。

 

燐子「…山吹さんの眉間にシワが……!」

 

夏希「友希那さん、見事に上げて落としましたからね…。いつもより3割増しで怒ってますよ。」

 

高嶋「うんうん、喧嘩する程仲が良いって言うしね。」

 

紗夜「そうでしょうか……?」

 

小たえ「きっと大丈夫ですよ。」

 

紗夜「どうしてそう思うんですか?」

 

小たえ「うーん、何となくですかね。でも、きっと大丈夫です。」

 

謎の自信を力説するたえに紗夜はただ肯定するしかなかった。

 

 

 

 

その一方友希那は--

 

友希那「……変な心配をさせてしまったわね…。」

 

友希那は沙綾を横目でチラッと見る。

 

小沙綾「………。」

 

沙綾は未だに頬を膨らませていた。そんな友希那に救いの手を差し伸べたのはリサだった。

 

リサ「そろそろ私の出番みたいだね、友希那。」

 

リサは友希那を連れて沙綾の前へ行く。

 

リサ「ここは私に任せて。」

 

友希那「リサ?」

 

リサ「2人に必要なのはきっかけだと思うんだ。」

 

小沙綾「きっかけ…ですか?」

 

友希那「そんなものあるかしら…?」

 

リサ「そうだね……例えば、友希那が初めて勇者として戦ったのは小学生の時だった、とかはどう?」

 

7.30天災が起こった時、友希那は今の沙綾たちより幼い小学5年生でバーテックスに立ち向かったのである。

 

小沙綾「………そうなんですか?」

 

これには沙綾も食いついてくる。

 

友希那「ええ……確かに、そうだったわね。」

 

リサ「いい機会だし、お互いを知る為に色々と話し合ってみたら?」

 

そう言ってリサは友希那の肩に手を当てる。

 

友希那「……そうね。一度とことん話し合うのも良いかもしれないわね。山吹さん。私から聞いても良いかしら?」

 

小沙綾「は、はい。」

 

友希那「どうしてあなた達は戦っているの?あなたが元いた時代は状況のせいだったかもしれない。けれど、今は私達がいるわ。無理しなくても良いのよ。」

 

小沙綾「私はみんなを守る為に戦っています。無理をしている訳ではありません。」

 

友希那「だけど、年上の私達があなた達を守る事は義務だと思うの。私達に任せる気はないかしら?」

 

小沙綾「確かに、年下が生き残るという考えも分かります。だけど、みんなを守りたいという気持ちに上も下も無い筈です。」

 

その言葉を聞いた友希那は笑みがこぼれる。

 

友希那「ふふっ……山吹さんは立派なのね。」

 

小沙綾「私からも聞いていいですか?」

 

今度は沙綾が友希那に尋ねる。

 

友希那「…ええ、何でも聞いて良いわ。」

 

少し離れた所で紗夜達が見守っている。

 

高嶋「友希那ちゃんと沙綾ちゃん。何だかいい感じになってきたよね。」

 

紗夜「そうですね。」

 

 

--

 

 

友希那「ごめんなさい、山吹さん。山吹さんは勇者よ。年齢なんか関係なかったわね。ちゃんと戦うべき理由と、守るべき相手を理解しているわ。」

 

小沙綾「いえ、私も友希那さんの物事に取り組む姿勢…勉強になりました。是非、一度鍛錬をお願いします。」

 

友希那「ええ、是非お願いするわ。」

 

腹を割って話し合った友希那と沙綾。それぞれの思いがある中、互いに一致した事は、"山吹沙綾は勇者であり、湊友希那は勇者である"という事だった。

 

 

--

 

 

あこ「あっ、話は終わったかな?」

 

燐子「そうだと思うよ…起こした方がいいかな…?」

 

2人の目線の先にはたえがぐっすりと眠っていた。

 

夏希「あ、私がやりますよ。ほら、起きて、おたえ!」

 

小たえ「ふぁ……、あれ?なんで夏希がいるの?」

 

紗夜「……随分と時間がかかりましたね。」

 

高嶋「時間なんて関係ないよ、紗夜ちゃん。あの2人が仲良くなれたのが一番だよ!」

 

燐子「今井さんは…こうなる事が分かっていたんですか…?」

 

リサ「あははっ!そんな事ないよ。こうなって欲しいなって思っただけ。あの2人、考え方が似てるでしょ。」

 

小たえ「確かに、似てるかも。」

 

リサ「でしょ。だからきっと仲良くなれるって思ってたんだ。」

 

あこ「2人とも頑固で真面目ですしね。」

 

紗夜「ですが、上手くいかない可能性もあったのではないですか?同族嫌悪…決定的に仲違いする事だってあります。」

 

そんな紗夜にリサは笑って答える。

 

リサ「大丈夫だよ。友希那なんだから。」

 

友希那「私がどうかした、リサ?」

 

リサ「2人が仲良くなって良かった、って話してたんだよ。」

 

友希那「そう……。リサ、きっかけを作ってくれてありがとう。それで、これから一緒に鍛錬をする事になったから行ってくるわね。」

 

部室から出て行こうとする友希那。すると、

 

高嶋「待って友希那ちゃん!せっかくだし、みんなでやろうよ!」

 

友希那「私は構わないわ。山吹さんはどう?」

 

小沙綾「はい、私も大丈夫です。」

 

友希那「なら、みんなで行きましょう。」

 

そう言ってみんなで部室を後にした友希那。その大きな背中を夏希は羨ましそうに見ているのだった。

 

小沙綾「夏希!置いてっちゃうよー!」

 

夏希「あっ!?待ってよー!!」

 

夏希はこの感情を胸に留めておき、沙綾達を追いかけた。

 

 

---

 

 

それからしばらく経ったある日--

 

夏希は自分の部屋であの時の友希那の事を考えていた。その時、扉をノックする音が聞こえる。

 

夏希「はーい、空いてますよー。」

 

扉を開けて入って来たのはゆりだった。

 

ゆり「こんにちは、ちょっとお邪魔するね。」

 

夏希「あれ、ゆりさん?どうしたんですか、こんな所に。」

 

ゆり「ちょっとね。夏希ちゃんはお昼ご飯はもう食べた?」

 

夏希「え?まだですけど…。」

 

ゆり「なら良かった!これ、お昼ご飯にどうぞ。」

 

ゆりが夏希に手渡したのは手作りのお弁当だった。

 

ゆり「今日ちょっと作りすぎちゃってね。もったいないと思って持ってきたんだ。」

 

夏希「ありがとうございます!早速頂きます!」

 

夏希はお弁当を夢中で食べ始めた。

 

夏希「お、美味しい!!」

 

ゆり「こらこら、慌てて食べないの。お茶もあるからね。」

 

夏希「……ぷはぁ!ありがとうゆりさん!私にこんなにしてくれて…。」

 

ゆり「良いんだよ。ご飯を美味しく食べてくれる人を見てると、こっちまで嬉しくなってくるから。」

 

夏希「くぅぅ……!ゆりさんは、きっと良いお嫁さんになります!」

 

ゆり「そ、そうかな……。」

 

ゆりは頬を赤らめる。

 

夏希「私、ゆりさんの事は本当に尊敬してるんです。りみさんが妹って事が羨ましいくらいです。」

 

ゆり「ど、どうしたの急に…照れるなぁ。」

 

夏希「……そっか。これが…。」

 

夏希はずっと心に残っていた情景の正体が分かったのだった。

 

ゆり「ん?どうしたの、夏希ちゃん。」

 

夏希「憧れ…。私、お姉ちゃんっていう存在に憧れがあったんです。」

 

ゆり「夏希ちゃん…。」

 

夏希「ウチにも小さい弟がいるから、私も姉と言えば姉なんですけど、理想の姉と違い過ぎるっていうか…。自分自身と憧れの姉像とのギャップが埋まらなくて、結構悩んだりもしたりとかしちゃったりして…。」

 

ゆり「……そうだったんだね。沙綾ちゃんとたえちゃんはどう成長するか分かってるけど、夏希ちゃんは未知数だったけど考え方は十分大人になってると思うよ。」

 

夏希「不思議ですよねぇ。2年後の私は、一体どこで何してるんだろう。」

 

ゆり「大赦勤めっていう話じゃなかったっけ?まぁ何にせよ、私の懸念は杞憂に終わったって事だね。」

 

夏希「え?けねん?きゆーって何ですか?」

 

ゆり「あははっ、でもそういう小学生らしさがたまに出るのが、沙綾ちゃんとたえちゃんよりも好ましい所だね。」

 

夏希「んん?よく分からないです…。」

 

ゆり「私の周りにいる年下の子達はしっかりし過ぎてて、気が抜けないところがあるんだ。最近は、りみですら大人びた事言ってくるんだから。」

 

夏希「あはは、りみさんなら言いそうですね。」

 

ゆり「でもあの怒り顔がたまらなく可愛らしいんだ。妹に怒られるのは嬉しいような悲しいようなだけど。」

 

夏希「私もそれ分かります!」

 

2人のお姉ちゃんトークに華が咲く。

 

ゆり「そうなの?でも夏希ちゃんの弟って、まだまだ小さいでしょ?」

 

夏希「いやぁ…そうなんですけど、日に日に大きくなってくるのをヒシヒシと感じてたんです。あ、これは将来は私より背が高くなるな、とか。」

 

ゆり「そこまで分かるんだ!?で、でも背を越されるのは姉と弟の宿命じゃないかな。」

 

夏希「想像したくないです。弟の方が大きくなって、逆に私が頭を撫でられたりするのかと思うと…。」

 

ゆり「……今、そんなに悪い気がしないって思ったでしょ。」

 

夏希「お、思ってないですよ!その…ちょっとだけです、ちょっとだけ!」

 

顔を真っ赤にしながら夏希は訂正する。

 

ゆり「正直でよろしい。」

 

夏希「ちょっとだけでもそう思ったのはですね。実は、細やかーな夢があるんです。」

 

ゆり「何?」

 

夏希「恥ずかしいなぁ…。」

 

ゆり「勿体ぶらないでさぁ!」

 

夏希「…いつか、私の弟が逞しく立派に育ったら、一緒に平和を守っていきたいなって。」

 

ゆり「……!夏希ちゃん…。」

 

夏希「ゆりさんとりみさんを見ていたら、更にその気持ちが強くなっちゃって…励みになるんです、実際。」

 

ゆり「でも、勇者は…。」

 

夏希「分かってます。男子は勇者にはなれませんからね。そこがネックなんです。やっぱり妹も欲しいかも!」

 

ゆり「ぷっ、夏希ちゃんったら…。」

 

夏希「あ、でも妹の前にお姉ちゃんが欲しいかも!ゆりさん、私のお姉ちゃんになってくれませんか?」

 

ゆり「え……?」

 

夏希「お姉ちゃんって呼んでみても良いですか?」

 

ゆり「……勿論!いつでも呼んで!」

 

夏希「本当ですか!?ありがとう、お姉ちゃん!」

 

ゆり「私こそありがとう!これで妹が2人に増えたね。」

 

ゆりは夏希を抱きしめる。

 

夏希「あはは、苦しい!…でもこういうの良いなぁ!お姉ちゃんに抱きつかれるって、こんな感じなんだ!」

 

ゆり「いつでも抱きついてあげるね。」

 

夏希「あれ?という事は、りみさんも私のお姉ちゃんになるって事になるのか!」

 

りみ「ん?まぁ、そうなるね。」

 

夏希「じゃありみお姉ちゃんにも抱きついてもらわなくちゃ!ちょっと行ってきます!!」

 

夏希は大急ぎで外へ走って行ってしまう。その背中を見つめるゆり。

 

ゆり「あははっ、本当に元気なんだから夏希ちゃんは…。」

 

そこへ、沙綾とたえがやって来た。

 

 

 

 

ゆり「……これで良かったのかな…。」

 

中沙綾「ありがとうございます、ゆり先輩。」

 

中たえ「夏希のあんなに嬉しそうな顔、久しぶりに見たよ。」

 

ゆり「まだ本当の事は言わないの?」

 

中沙綾「もう少し…もう少しだけ……。」

 

中たえ「運命を変える方法があるかは分からない…けど、全力で探してるから…。」

 

ゆり「……そうだね。夏希ちゃんが幸せならそれで…。」

 

確かに今ここで夏希は生きている。いつか帰るその日まで、2人は運命を変える方法を探し続けるながら夏希との時間を精一杯過ごしていくと改めて誓うのだった。

 

 

 



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神樹の記憶〜生まれて初めての経験〜

時期はずれていますが、イブの誕生日編です。


5章に出てきた南京錠をかける場所が撤去されるのは悲しいですね。安全を考えたら仕方のない事です。




 

 

勇者部部室--

 

ゆり「さて、6月になりました。今月が誕生日の人はいるかな?」

 

彩「イヴちゃんの誕生日が6月です。」

 

6/27日はイヴの誕生日である。

 

イヴ「彩さん…どうしてそれを?」

 

千聖「仲間なんだから当然でしょ?」

 

日菜「それでイヴちゃん、何か欲しいプレゼントはある?」

 

花音「なんでもリクエストして良いんだよ。1年に1度の記念日なんだから。」

 

イヴ「そう言われましても…誕生日って、どうすれば良いんでしょうか……。よく分かりません。」

 

花音「普通で良いんだよ。」

 

イヴ「普通……ですか。」

 

イヴはうーんと唸り考えこんでしまう。

 

友希那「どうしたの、若宮さん。遠慮は無用よ。みんな祝うのは好きなのだから。」

 

イヴ「すみません…分からないんです。お祝いされた事無いんです……。」

 

イヴは生まれてこのかた、誕生日というものを経験した事が無い。家庭環境からそういうものをやってこなかったのだ。

 

紗夜「若宮さん……。」

 

紗夜はイヴから自分と同じ境遇だという事を察知する。

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

蘭「あれ、イヴは何処行ったの?」

 

モカ「さっきまでいたのに。」

 

夏希「イヴさんなら、何か小声で呟きながら屋上の方へ行きましたよ。」

 

小沙綾「"リクエスト…リクエスト…"と言ってましたが、何かありましたか?」

 

彩「もしかして、リクエストを聞いた事が重荷になってるのかな?」

 

千聖「もしそうなら、私達で考えてあげた方が良さそうね。」

 

みんながイヴの為に考えているところに、紗夜がやって来て話し出す。

 

紗夜「あの…。若宮さんの誕生日のお祝いに、私も何かしたいのですが…。」

 

千聖「紗夜ちゃん……手伝ってくれる?」

 

紗夜「ええ。若宮さんにとっては最初の誕生日祝いですから。盛大に祝ってあげたいんです。」

 

日菜「この世界に来て最初の誕生日…そうだね!」

 

紗夜「そうですね。でもそれだけでは無いんです。若宮さん、今まで一度もお祝いされた事が無いと言ってました。」

 

高嶋「それってつまりは、人生最初のお誕生会って事だよね!」

 

友希那「それは確かに一大事ね。」

 

"人生最初のお誕生日"。そんなキーワードを元に、みんなは誕生日の内容を組み立てていく。

 

千聖「そういう事なら、奇をてらったサプライズより、オーソドックスなパーティが良い気がするわ。」

 

高嶋「それじゃあ、イヴちゃんの初めてのお誕生日祝いはすっごくすっごい誕生日パーティにしよう!」

 

紗夜「全面的に賛成です。」

 

 

---

 

 

屋上--

 

イヴ「誕生日パーティ…ですか?」

 

防人組は決まった事をイヴに伝えに来ていた。

 

千聖「ええ。要望を聞かれても困ると言っていたから、それならすっごくすっごいパーティをしましょうってね。」

 

花音「すっごくすっごいが何なのかは私達も良く分かってないんだけどね。」

 

日菜「豪華に盛り上げちゃうよ!」

 

千聖「そういう訳だから安心して。もう無理にリクエストを聞こうなんてしないわ。」

 

彩「それじゃあ、私たちは準備してくるね。」

 

防人組が帰ろうとした時、イヴがみんなを止める。

 

イヴ「待ってください…。1つだけ……お願いしても良いでしょうか…?」

 

千聖「大歓迎よ!何でも遠慮無く言ってみて。」

 

イヴ「もう1人の私の誕生日も……一緒に祝いたいんです。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

有咲「2人のイヴのお祝いねぇ。確かラーメンが好きって言ってたな。」

 

紗夜「一番の好物を送るのは定番ですからね。」

 

香澄「それじゃあイヴちゃんの誕生日プレゼントは、すっごくすっごい徳島ラーメンだね。」

 

中沙綾「ラーメンと言えば美咲だね。力を貸してくれる?」

 

美咲「うん、任してって言いたいところなんだけどさ…。私、徳島ラーメンがどういうものかは知ってるけど、作り方までは知らないんだよねぇ。」

 

そんな事もあろうかと、彩はガサゴソと徳島ラーメンの作り方レシピを出してきた。

 

高嶋「さっすが彩ちゃん!」

 

千聖「どれどれ…。まず、豚骨と鶏ガラをベースにしたスープを作り、濃口醤油ベースの真っ黒なタレを……。」

 

花音「あれ?私が調べたレシピだと、クリーミーな白いスープの作り方が書いてあったよ。」

 

日菜「私が調べたレシピには黄色いスープのだったよ。」

 

更にみんなが調べると、どうやら徳島ラーメンには3種類のスープがある事が分かった。

 

美咲「うーん、イヴはどれが好きなんだろう?」

 

あこ「どれも美味しそう!ねえ、全部作ってみるのはどうかな?」

 

あこは今にもよだれが溢れそうなほどだった。

 

美咲「それ面白そう!せっかくの誕生日のお祝いだし、こうなったら全部作ってみよう。」

 

紗夜「奥沢さん、かなり大変な作業になりそうだけど大丈夫ですか?」

 

美咲「うん、なんか燃えてきたかも。」

 

彩「美咲ちゃん、頼もしい!」

 

友希那「もう1人の若宮さんへはどうしましょうか?」

 

燐子「体は一緒でも…人格が別なら好みは違うかもしれませんね…。」

 

あこ「本人に聞いてみるって訳にもいかないもんね。」

 

そんな中、樹海化警報が鳴り響く。

 

あこ「はっ、答えてくれるの?バーテックス。」

 

友希那「あこ、ふざけてる場合じゃないわ。行くわよ!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

あこ「そりゃあぁぁぁっ!!やいこら、バーテックス!答えてみろ!イヴはラーメン好きなのかぁ!?」

 

あこは星屑を旋刃盤でめっためたにしていく。

 

燐子「あこちゃん……バーテックスはそんなの知らないよ…。若宮さんに直接聞いてみた方が良いよ…。」

 

燐子はあこを宥める。

 

イヴ「えっ……何ですか…?」

 

あこ「えっとね、イヴの好物はラーメンなのは分かったんだけど、もう1人のイヴは………って危ない!」

 

あこは攻撃に当たりそうになったイヴを慌てて引き寄せた。

 

燐子「若宮さん……!」

 

その時、イヴの人格が変わる。

 

イヴ「宇田川!戦闘中に無駄口叩いてんじゃねーよ!俺の好物だぁ!?んなモン、決まってんだろ?」

 

そう言いながら、イヴは星屑に斬りかかる。

 

イヴ「徳島ラーメンだよ!!他に何があるっつーんだよ!?」

 

紗夜「何て良いタイミング…。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

美咲「はぁー、今回の戦闘も疲れたねぇ。ラーメン研究は休憩してからにするよ。」

 

イヴ「はぁ!?何甘っちょろい事言ってんだよ?やるならとっとと始めちまいな!」

 

珍しく戦闘が終わってもイヴの人格は変わっていなかった。

 

紗夜「ちょうど良かったです。あなたの意見も聞きたいと思ってましたから。」

 

高嶋「うん!出てきてくれて嬉しいよ。」

 

イヴ「んだよ、調子狂うなぁ。で、何だよ、意見って。」

 

友希那「2人の誕生日祝いを計画してるのだけれど、何か要望は無いかしら?」

 

イヴ「誕生日祝い?分かんねーよ、んなモン!した事もされた事もないんだからよ!」

 

紗夜「あなた達の生まれて初めての誕生日祝いなので何とか喜んでもらいたいんです。何かないですか?」

 

イヴ「俺はあいつが喜べば何だって良いぜ。」

 

美咲「それって、具体的に何すれば良いの?」

 

イヴ「あいつは仲間とこうやってワイワイやってるだけでも嬉しい筈だ。まぁ、強いて言うならそこに徳島ラーメンと白飯でもあれば、最高に喜ぶだろうな。とにかく、お前達があいつを囲んで賑やかにやってくれれば俺は満足だ。」

 

紗夜「お互いに相手の事ばかりなのね…。」

 

もう1人のイヴは伝えたい事だけを伝えて元のイヴへと戻る。

 

イヴ「あれ……。元の世界に戻ってますね…。」

 

彩「イヴちゃん、お帰り!それじゃあパーティの準備を始めようか。」

 

 

---

 

 

公園--

 

イヴは今、公園で夏希達と思いっきり遊んでいた。

 

夏希「イヴさーん、そこは思い切ってジャンプです!」

 

小沙綾「しっかり手すりに捕まってれば安全ですよ!」

 

小たえ「勇気を出して飛んでみよう。」

 

イヴ「……皆さん準備をしているのに、私達だけ、遊んでて良いんでしょうか?」

 

夏希「はい!これは隊長命令ですから。準備が終わるまで私達と遊んでいてください。」

 

イヴ「隊長?」

 

小たえ「紗夜さんの事です。すっごく張り切ってましたから。」

 

 

---

 

 

同時刻、家庭科室--

 

紗夜「はぁ、はぁ…。このくらいで良いでしょうか?」

 

美咲の指導のもと、紗夜は今徳島ラーメンを作る為に一生懸命になっている。

 

美咲「まだまだです!ラーメンの湯切りを甘くみてもらっちゃダメです!もっと腰を入れてください!」

 

紗夜「はい……。こう、でしょうか?ふんっ、ふん……。」

 

高嶋「わー、紗夜ちゃん凄い!その調子だよ。頑張れ頑張れ紗夜ちゃーん!」

 

美咲「中々筋が良いですよ。湯切りの練習は合格です。次はラーメンの命、スープです!」

 

紗夜「お願いします!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

準備が終わり、イヴの誕生日会が幕を開ける。

 

高嶋「イヴちゃん、もう1人のイヴちゃん!誕生日おめでとう!!」

 

イヴ「凄いです…!徳島の料理が沢山!」

 

彩「蘭ちゃんやモカちゃん達に協力してもらって、みんなで作ったんだよ。」

 

蘭「徳島産の苗から育てた野菜を使ってるんだ。」

 

早速イヴは徳島料理を口に運ぶ。

 

イヴ「もぐもぐ……。美味しいです…凄く美味しいです!」

 

千聖「それは良かったわ。」

 

イヴ「もぐもぐ…。もぐもぐ…。もぐもぐ……。」

 

花音「イヴちゃん、まだメインがあるんだよ。」

 

イヴ「メインですか?」

 

日菜「花音ちゃん、それ言っちゃったらサプライズでラーメンが出る事がバレちゃ……。あっ……。」

 

千聖「日菜ちゃん……あなたがバラしちゃってどうするの?」

 

友希那「せっかく紗夜が驚かせようとしていたのに。」

 

イヴ「紗夜さんがですか……!?」

 

花音「全部バレちゃった……。」

 

紗夜「良いんです。勘のいい若宮さんなら匂いで気付いてたと思いますから。」

 

イヴ「実は……少しだけ。」

 

紗夜はイヴの前に徳島ラーメンを差し出した。

 

紗夜「徳島ラーメン、奥沢さんに習って作ってみたんです。口に合うかどうかは分かりませんが…。」

 

イヴ「是非いただきます!はむっ…はむっ……。美味しいです!」

 

イヴは夢中でラーメンをすすっていく。

 

イヴ「本当に凄く美味しいです!もう1人の私もきっと喜んでいます。」

 

紗夜「それは良かったです。」

 

紗夜は胸を撫で下ろした。

 

美咲「頑張った甲斐がありましたね。」

 

そこへカメラを持ったリサがやって来る。

 

リサ「イヴ。誕生日に記念写真のプレゼントだよ。誰かと一緒に写りたい希望とかあるかな?」

 

イヴは少し考え、ある人を指名した。

 

イヴ「では…紗夜さんと一緒に写りたいです。」

 

紗夜「わ、私ですか!?」

 

高嶋「そうだね!紗夜ちゃんが今一番頑張ってくれたもんね。」

 

高嶋は紗夜の背中を押してイヴの隣へ移動させた。

 

リサ「じゃあ撮るよー。……ハイ、チーズ!」

 

ポラロイドカメラの為すぐに写真が現像されるのだが、そこで奇跡が起こる。

 

紗夜「これは……!?」

 

イヴ「凄いです…!」

 

リサ「こんな事ってあるんだねぇ。」

 

出てきた写真には紗夜とイヴ--

 

 

 

そしてもう1人のイヴの3人が一緒に写っていたのである。

 

高嶋「えー!イヴちゃんともう1人のイヴちゃんが一緒に写ってるよ!」

 

千聖「これはどうなってるの!?」

 

彩「多分…神樹様からの細やかなプレゼントなんじゃないかな。」

 

リサ「うんうん、私もそう思うよ。」

 

リサは写真をイヴに手渡した。

 

イヴ「ありがとうございます…!もう1人の私をこうして見るのは初めてです。……会えないけれど、いつも一緒にいてくれてありがとうございます。」

 

高嶋「やったね、紗夜ちゃん!すっごくすっごいお誕生日会、大成功だよ!」

 

紗夜「そうですね。若宮さん、改めてお誕生日おめでとうございます。」

 

イヴにとって生まれて初めての誕生日、最高の宝物を手に入れたイヴの笑顔は、弾けるような明るさを放っていた。

 

 

---

 

 

屋上--

 

誕生日会が終わり、紗夜は高嶋と2人で屋上から夕日を眺めていた。

 

高嶋「誕生日会成功して良かったね!」

 

紗夜「そうですね。」

 

そこへイヴがやって来る。どうやら紗夜を探しているようだった。

 

イヴ「紗夜さん……今日は本当にありがとうございました。」

 

紗夜「とんでもないです。顔を上げてください、若宮さん。」

 

イヴ「1つお聞きしたい事があったんです。」

 

紗夜「どうしましたか?」

 

イヴ「どうして、私の誕生日会に協力していただけたのですか?」

 

イヴがそう思うのも最もな事である。イヴと紗夜がもちろんこの世界に来てから知り合っているのだが、普段はあまり一緒に会話をする程でもないからだ。

 

紗夜「それは………。あなたと通じるものを持ってると思ったからです。」

 

イヴ「通じるもの…ですか?」

 

紗夜「そうです。共通点とでも言いますか…。」

 

高嶋「共通点かぁ……分からないなぁ。」

 

高嶋にもそれは分からないものだった。

 

紗夜「そうですね…。これは私だからこそ分かる事ですから。分かったって良い事はありません。」

 

その一言で高嶋は何かを察知したようだ。

 

高嶋「…………そっか。だったら、私はここにいない方が良いね。」

 

高嶋は紗夜とイヴに手を振って、屋上を後にする。

 

紗夜「ごめんなさい…高嶋さん。」

 

屋上には紗夜とイヴの2人だけ。紗夜は話し出す。

 

紗夜「若宮さん…。あなたからは陰の気を感じるんです。あなたの二重人格の原因……。」

 

紗夜が話を続けようとした瞬間、

 

イヴ「その事に触れるな。」

 

もう1人のイヴが現れ、話を遮った。

 

イヴ「それはもう1人の俺にとって話したくねえ内容だ。」

 

だが紗夜は引かなかった。

 

紗夜「勘違いしないでください。別にあなたの傷を抉ったりはしないです。でも…未成年の心の不安定さは、家庭環境に問題がある場合が多いですから。」

 

イヴ「だから、触れるなって言ってるだろうが…。」

 

紗夜「威嚇する必要はありません………私も同類ですから。少なくともあなたの敵ではありません。」

 

イヴ「………。」

 

紗夜のその一言を聞いて、同じものを感じ取ったのか、もう1人のイヴは元のイヴの中に引っ込んだ。

 

イヴ「同類……ですか?」

 

紗夜「ええ。最も、私の場合悪かったのは家庭環境だけではありませんが…。」

 

勇者に選ばれる前、紗夜は村全体から疎まれ、学校では虐められ身体に傷を作る日々を送っていた。

 

紗夜「あなたも同じような境遇だったのではないか……そう思ったんです。」

 

イヴ「そうだったんですね……。どうしてそれを私に話してくれたんですか?紗夜さんにとっても触れられたくない過去な筈なのに。」

 

紗夜「そうですね…。でも、あなたみたいな人が1人では無いという事を知っていて欲しかったんです。ここにいる人達は本当に歪みの無い人ばかりです。だけど、私みたいにあなたと同類もいます。」

 

イヴ「勇者は、みなさん真っ直ぐな人ばかりかと思っていました…。」

 

紗夜「ええ。本当にみなさん眩しいくらいに真っ直ぐです。そういう意味では私はイレギュラーです。だから私は今日、あなたの誕生日のお手伝いをしたんです。これからは何か他の人に相談出来ない事があれば、私に言ってもらっても構いません。」

 

そう言って紗夜は帰ろうとするが、

 

イヴ「待ってください。……私は、学校では虐めとかは受けていませんでしたが、両親が凄く不安定な人でした。父も母も、ずっと私を殴ったり、他にも痛い事を沢山してきました……。」

 

紗夜「……。」

 

紗夜は黙ってイヴの話を聞いている。

 

イヴ「だからもう1人の私が生まれたんです……。私を守ってくれるもう1人の存在。もう1人の私は、私が危険な目に合わないようにいつも守ってくれました……。父と母は結局心中してしまいましたけれど。」

 

紗夜「そう、でしたか……辛かったですね。きっと若宮さんは、もう1人の若宮さんがいたから、生きてこられたんですね。」

 

イヴ「はい。でも最近は、千聖さん達もいますし、紗夜さんとも仲良くしていきたいと思っています。」

 

紗夜「私も、若宮さんとは仲良くしていきたいと思っています。」

 

イヴ「…………はい!今日は本当にありがとうございました。私は今日という日を絶対に忘れません。」

 

 

---

 

 

廊下--

 

イヴと別れ廊下を歩いている紗夜。そこへ、

 

高嶋「あっ、紗夜ちゃん。イヴちゃんとのお話終わったの?」

 

紗夜「高嶋さん……待っててくれたんですか?」

 

高嶋「うん。ねぇ、紗夜ちゃん。今日は一緒に帰ろ。手、繋いで。」

 

そう言って、高嶋は紗夜に手を差し伸べる。

 

紗夜「ど、どうしたんですか、急に。」

 

高嶋「ふふっ。さっきはイヴちゃんに紗夜ちゃんを取られちゃったから、ちょっと嫉妬してるの。」

 

紗夜「と…取られてなんかいません。でも、そうですね。一緒に帰りましょう。」

 

紗夜はその手を取った。

 

高嶋「うん。」

 

 

--

 

 

同じ頃--

 

千聖「あら、イヴちゃんどうしたの?」

 

イヴは千聖の部屋に来ていた。

 

千聖「イヴちゃんが私の部屋に来るなんて珍しいわね。」

 

イヴ「千聖さん……ハグをしましょう。」

 

千聖「え?突然どうしたの?」

 

イヴは有無を言わさず千聖に抱きついた。

 

イヴ「今は……少しだけこうさせてください。」

 

千聖「イヴちゃん……しょうがないわね。」

 

千聖はイヴのハグを何も言わずにただ一心に受けていたのだった。

 

 

 



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神樹の記憶〜日々を全力で〜

夏と言えば…ってならではのお話です。後はやっぱ、海ですね。





 

 

勇者部部室--

 

小沙綾「はぁ……。」

 

沙綾は落ち込んでいた。珍しく御役目を失敗してしまったのだ。香澄たちがフォローしてくれて事なきを得たが、沙綾にとっては先輩に苦労かけてしまったと落ち込んでいるのである。

 

有咲「珍しく落ち込んでるな…。足を引っ張ったのが相当堪えたんだな。」

 

夏希「沙綾は向こうでは優等生で通ってますから…。そりゃキツイでしょ。」

 

中沙綾「その…沙綾ちゃん。元気出して。大丈夫?パン食べる?」

 

小沙綾「はい……頂きます…もぐもぐ。」

 

パンを受け取って口へ運ぶも、何処か上の空である。

 

ゆり「これは重症だね〜。」

 

有咲「自分で自分を慰める光景って二度と見れないな……。」

 

中たえ「沙綾は小学生の頃からメンタルお豆腐並みだから。」

 

たえは沙綾には遠慮ない言葉をぶつける。

 

香澄「どうにかして沙綾ちゃんを元気づけてあげないと!」

 

小たえ「お願いします、香澄先輩。」

 

香澄「うん!沙綾ちゃんに元気になってもらうのは、未来のさーやの為にもなるからね!」

 

中沙綾「香澄…ありがとう。私も手伝うよ。」

 

りみ「私も手伝うよ。」

 

ゆり「もちろん私も手伝うからね。」

 

有咲「しゃーねー。私も手伝うか。」

 

ゆり「したらば、"沙綾ちゃんを元気づけよう大作戦"を始めるよ!」

 

一同「「「おーー!!!」」」

 

小沙綾「……思いっきり聞こえてるけど、今更言えないよね…。」

 

 

--

 

 

ゆり「さて、久しぶりの勇者部活動、"沙綾ちゃんを元気づけよう大作戦"なんだけど。」

 

香澄「何をどうすれば良いんでしょう?」

 

ゆり「……そこだよねー………。」

 

活動はいきなり手詰まりになってしまう。

 

中沙綾「ここは思い切って本人に聞いてみましょう。沙綾ちゃん、どうすれば元気出るかな?」

 

小沙綾「えっ!?あ、あの…私、もう大丈夫ですよ!」

 

まさかの展開に沙綾も驚いてしまう。

 

りみ「沙綾ちゃん、自分自身だからってぶっちゃけ過ぎだよ…。」

 

有咲「どーすんだ?本人はもう大丈夫って言ってるけど?」

 

香澄「確か、前にイネスの代わりになるものを探しに行ってたよね?もう一度探してみたらどうかな?」

 

以前、沙綾とたえは夏希の為にイネスを探しに街を散策した事があった。だが、そのせいで危うくバーテックスにやられてしまいそうになってしまった。

 

りみ「でも、まだ行ける場所は限られてるよね…。」

 

リサ「土地を解放するには手順が必要だから、無理に奪って解放しても、すぐに取り戻されちゃうよ。」

 

香澄「そうなんですね……。」

 

リサ「無理な解放は、持っても1日ぐらいかな。」

 

香澄「1日かぁ………あ、それなら!」

 

香澄は何かを閃いたようだ。

 

香澄「さーや、ちょっと良い?ゴニョゴニョ……。」

 

香澄は沙綾に耳打ちをする。

 

有咲「香澄、私達にも教えろー!」

 

りみ「3人にはまだ内緒だよ。」

 

小学生組を残し、勇者部は香澄の考えを共有したのだった。

 

有咲「……成る程な。香澄にしては上出来じゃん。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

有咲「おっ、来たぞ。勇者に釣られて現れた星屑が。」

 

ゆり「でもこれ、ちょっと多いかも。」

 

香澄「ここで強引にでも勝っちゃえば、沙綾ちゃん達にオススメの場所が一時的に解放されるよ!」

 

どうやら香澄達は、強引にでも地域を解放させて、そこに小学生組を招待するつもりのようだ。

 

小沙綾「そ、そんな…。私達の為にそんな危険を冒さなくても……。」

 

ゆり「沙綾ちゃん達だから、危険を冒す価値があるんだよ。」

 

中沙綾「大丈夫。リサさんの許可は得てるからさ。」

 

夏希「そうなんですね…。」

 

小たえ「皆さんカッコいいです。」

 

ゆり「じゃあ、みんな準備は良い?」

 

一同「「「おーー!!!」」」

 

 

--

 

 

香澄「勇者……キーーーック!!」

 

りみ「えいっ!えーーーいっ!」

 

香澄達は順調に星屑の数を減らしていく。

 

香澄「ふぅ………もうかなりの数を倒したと思うけど…。」

 

中沙綾「でも、まだ星屑しか現れてない……。バーテックスを倒さないとここは解放されないよ。」

 

ゆり「大丈夫だよ。ねぇ有咲ちゃん、アレ言ってよ、アレ。」

 

有咲「うっ……アレ言うのかよ…。」

 

りみ「お願い、有咲ちゃん。」

 

有咲「ったく……一回だけだぞ。」

 

夏希「?一体何が始まるんですか?」

 

香澄「アレはね、フラグってやつだよ。」

 

夏希「ふ、フラグってあの……!?」

 

有咲は大きく深呼吸してあのセリフを叫ぶ。

 

有咲「クワッ!や、やったか!?」

 

叫んだ途端、樹海の奥から"防御特化型"バーテックスが姿を現した。

 

夏希「出てきたぁ!凄い!」

 

小沙綾「有咲さん…凄い能力を持ってるんですね…。」

 

小たえ「今度私もやってみよう。」

 

有咲「はぁ……はぁ……。ざっとこんなもんだ!」

 

りみ「お疲れ様、有咲ちゃん。」

 

香澄「じゃあ、頑張ってやっつけちゃおう!」

 

みんなが突撃する直前、沙綾が何かに気がつく。

 

中沙綾「待って、香澄。何だか大きさが微妙な気がする。」

 

沙綾の一言でみんなが"防御特化型"を見ると、沙綾の言う通り、大きさが微妙に小さかったのだ。

 

中沙綾「多分、要のバーテックスは別にいると思う。」

 

有咲「マジか!?」

 

渾身のフラグを折られてしまった有咲は肩を落とした。

 

りみ「大丈夫だよ、有咲ちゃん。このバーテックスを倒せば、きっと出てくるよ。」

 

香澄「りみりんの言う通りだよ!まずはこのバーテックスを倒そう!」

 

小たえ「あっ、じゃあ倒したら次のフラグは私が言います。」

 

ゆり「うんうん。みんなの緊張をほぐす。さすがリーダーだね。」

 

みんなは"防御特化型"に攻撃を開始するのだった。

 

 

--

 

 

香澄「出てきたぁーー!"大型"バーテックス!」

 

中たえ「まだ"やったか!?"って言ってないのにー。」

 

りみ「アレを倒せば、香澄ちゃんオススメの場所が解放されるんだね。」

 

香澄「そうだよ、りみりん!頑張ろう!」

 

夏希「そういえば、一体どんな場所が解放されるんだろう?」

 

ゆり「それは倒してからのお楽しみだよ。」

 

有咲「ったくー、教えたって良いだろ…モガッ!」

 

話そうとした有咲の口を、すかさずりみが手で押さえる。

 

りみ「ダメだよ、有咲ちゃん。内緒にしようって決めたんだから。」

 

夏希「気になるなぁ。気になりすぎて攻撃の手元が狂ったらどうするんですかー。」

 

香澄「みんなで力を合わせればすぐ分かるよ。きっと、気に入ってもらえる筈だから。」

 

小沙綾「香澄さん達が私達の為に戦ってくれる…。だから、私達も全力で行きます。」

 

香澄「その意気だよ、沙綾ちゃん!」

 

中沙綾「でも、あまり肩に力を入れずに、ね?」

 

小沙綾「……!はい!」

 

 

--

 

 

"大型"を倒し終え、目当ての土地を解放し終えた香澄達。早速その場所に行くのだが、小学生組には何故か浴衣に着替えさせ、敢えて目隠しをしてもらい移動してきたのだった。

 

夏希「な、何も見えない……。」

 

小沙綾「い、一体何なんですか…。」

 

小たえ「………。」

 

夏希「あっ、おたえなんか暗いのを良い事に寝ちゃってるっぽいし!」

 

ゆり「ね、寝るのは予想外だったけど、心配しないでね。こうしてないとネタバレになっちゃうから。」

 

香澄「私達が手を引いて連れてくから大丈夫だよ。」

 

小沙綾「浴衣にもなって…一体何処ですか?」

 

りみ「ごめんね、沙綾ちゃん。もうちょっとの辛抱だから。」

 

そして香澄達はお目当ての場所へと辿り着く。

 

 

--

 

 

りみ「……わぁ!凄い!凄いよ香澄ちゃん!」

 

香澄「えへへ、でしょー!」

 

目隠ししている小学生組には、景色を見て歓喜の声を上げている香澄達の声しか聞こえない。

 

小沙綾「え?……え?」

 

夏希「めっちゃ気になる!」

 

小たえ「………あれ?目が覚めたのに真っ暗だ。」

 

リサ「あはは…。それじゃあ、目隠し取るねー。」

 

目隠しを外した3人が見たものとは--

 

 

--

 

 

小沙綾「わぁ……。」

 

夏希「凄い……。」

 

小たえ「ホタルだぁ!」

 

暗がりの中、淡い光を放ちながら飛んでいるホタル。香澄達が取り戻した所は沢山のホタルが生息している場所だったのだ。

 

夏希「これが、香澄さんの見せたかった場所なんですね…。」

 

香澄「うん!ここは勇者部でよくゴミ拾いをする川原なんだけど、前に来た時にホタルが飛んでるの見かけたから。」

 

小沙綾「ありがとうございます、香澄さん、みなさん。とっても綺麗です……。」

 

香澄「どういたしまして。元気出たかな?」

 

小沙綾「……はい!」

 

夏希「おーい、沙綾!こっちにもっといっぱいホタルがいるよ!」

 

小たえ「沙綾、早く早くー!」

 

2人が沙綾の手を掴んで、駆け出した。

 

中沙綾「……ありがとね、香澄。私を元気づけてくれて。」

 

香澄「当然だよ!さーやの困った顔見たくないもん。」

 

中沙綾「香澄……。」

 

ゆり「さあ!湿っぽい話は今日は無し!今日はこの景色を楽しもう!」

 

香澄「そうですね!」

 

 

--

 

 

蛍狩りからしばらく経った勇者部部室--

 

小たえ「楽しかったね、蛍狩り。」

 

小沙綾「うん、心が洗われるほど綺麗だった。」

 

夏希「でも"蛍狩り"って言うくらいだから、1匹くらい捕まえたかったなぁ。」

 

小沙綾「…それじゃあ情緒が無くなっちゃうよ。」

 

夏希「情緒?」

 

小沙綾「文字通りに狩るんじゃなくて、ホタルを眺めて楽しむのを蛍狩りって言うんだよ。」

 

小たえ「それに、ホタルは光って飛び始めると、1週間くらいしか生きられないんだって。」

 

夏希「そっかぁ……じゃあこの前見たホタルはもう…。」

 

小沙綾「そんな儚さも、あの光がより輝いて見える理由なのかもね。」

 

夏希「短い時間を力一杯生きてるんだなぁ。凄いなぁ、ホタルって。」

 

小たえ「あんなに小さいのに、明るく綺麗に光るもんね。」

 

夏希「でもさぁ、何でホタルってすぐ死んじゃうんだろうね?」

 

中沙綾「…………。」

 

小学生組のやり取りを、少し離れた所で香澄達は見ていた。

 

香澄「ん?さーや?」

 

中沙綾「本当に……どうしてすぐ死んじゃうんだろうね…。」

 

中たえ「沙綾……。」

 

有咲「そりゃ、あんなに小さい体で、一生懸命光って飛んでるんだから当たり前だろ?」

 

ゆり「有咲ちゃん、空気読んで!」

 

ゆりが小声で注意する。

 

有咲「っ!?だ、だってそうだろ!後悔も何も無いように、ホタルは全力だったからだろ!」

 

中沙綾「有咲……。」

 

有咲「可愛そうなんて思ってたら、それこそホタルに失礼だ!あの全力っぷりを、私達も見習わないとな。」

 

有咲の言葉は、何故だか沙綾を鼓舞してるようにも聞こえるのだった。

 

中沙綾「ありがとね、有咲。お陰で元気が出てきたよ。」

 

有咲「あ……あっそう!なら良かった。」

 

中沙綾「そうだよね……全力で命を燃やす…。その結果だったのなら、きっと…。」

 

夏希「な、なんか沙綾さんがまた私の顔をジッと見つめてるんだけど……。」

 

小沙綾「たえさんも、何だか慈愛の表情だね…。」

 

中沙綾「夏希、ちょっと良いかな?」

 

夏希「な、何ですか?」

 

真剣な眼差しを向ける沙綾に、夏希は畏まってしまう。

 

中沙綾「その、夏希に折り入ってお願いがあるんだけど…。」

 

夏希「え?沙綾さんが私に?」

 

中沙綾「うん。蛍狩りの時にあわよくばって思ったんだけど、言いそびれちゃって。」

 

夏希「あ、あわよくば?いやまぁ、私に出来る事だったら何だって大丈夫ですよ。」

 

中沙綾「あの……じゃあ……撫でて欲しいんだ。」

 

夏希「……は?」

 

中沙綾「あ、頭を……撫でて欲しいんだ。」

 

そう言って沙綾は首を前へと垂らした。

 

有咲「ちょ!ちょちょちょまっ………!」

 

りみ「有咲ちゃんがあまりの事に言葉を忘れてるよ!?」

 

中沙綾「さっき有咲が言ってたでしょ。後悔無いよう、全力でって。だから……。」

 

夏希「えっと……。そんな事で良ければ。」

 

夏希は沙綾の頭を優しく撫でた。

 

中沙綾「……!ううっ………。」

 

沙綾の目から涙が溢れる。

 

夏希「!……ははっ、沙綾は大人になっても泣き虫なんだなぁ。」

 

中沙綾「ううっ……ぐすっ………。」

 

中たえ「夏希、私も撫でて!」

 

たえも夏希に撫でて欲しくて近寄って来た。

 

夏希「なんだなんだ、2人して。よしよし。」

 

夏希は2人の頭を撫でる。

 

有咲「海野夏希……恐ろしいな…。」

 

小学生の沙綾とたえは、中学生の自分達が夏希に撫でられている姿を見て、唖然としてるしか無かったのだった。

 

 

 



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神樹の記憶〜幸せ鳴らすドーンとバーン〜

これを別サイトで載せた時は7/3日、あこの誕生日でした。


あこと燐子、球子と杏。何処となく似てますよね?





 

 

勇者部部室--

 

季節は7月、日の入りが遅くなり蒸し暑さが体に纏わり付く今日この頃、まもなく誕生日を迎える勇者が1人。

 

高嶋「もうすぐあこちゃんの誕生日だね!」

 

りみ「そうだね!プレゼントは何にしようか?」

 

みんながあれこれ意見を出す中、燐子がある提案を出す。

 

燐子「あの…。それなんですけど、みんなでキャンプというのはどうでしょうか…?」

 

あこ「それすっごく楽しそう!やろうやろう!」

 

有咲「まぁ、誕生日の当人がそれで良いなら構わないぞ。」

 

友希那「そうね。主役はあこだもの。」

 

あこ「やったぁ!ありがとう、りんりん!」

 

燐子「うん…。あこちゃんが喜んでくれて何よりだよ…。」

 

燐子の提案により、勇者部みんなでキャンプを行う事となり、あこは飛び跳ねるように喜びを表現していた。

 

薫「キャンプ…。とても儚くなりそうだね。」

 

中沙綾「そうと決まれば、キャンプ料理調べとかないと。」

 

紗夜「要するに…外でご飯を食べるだけ…ですよね。」

 

小たえ「でも外で食べると美味しいですよ。」

 

あこ「そうですよ、紗夜さん。外で食べるご飯は一味違うんですよ!」

 

中たえ「準備は任せて。」

 

リサ「後大事なのは当日の天気だよね。雨よけの祝詞唱えとかないと。」

 

ゆり「結構スムーズに決まって良かった良かった。」

 

すんなりと事が進んで安堵していたゆりの元に燐子がやって来る。

 

燐子「あの…ゆりさん。1つアイデアがあるんですが……。はい、当日までの秘密でお願いします……。」

 

小沙綾「あこさんにも内緒ですか?でしたら、私達にも協力させてください。」

 

あこには内緒という事で、ゆりたちは隣の家庭科室へと移動した。

 

 

---

 

 

家庭科室--

 

ゆり「さて、その秘密のプランって何かな?」

 

燐子「はい…。キャンプやバーベキューは元の世界で、割と普段からやっている事なので……誕生日には、少しでも何か特別な要素を加えてあげたいんです……。」

 

香澄「うんうん、その気持ち分かります。やっぱりあこちゃんの驚く顔見たいですから!」

 

小たえ「どうしたら、ビックリするかなぁ?あこ先輩。」

 

夏希「巨大なクマが襲って来るとか!」

 

りみ「それじゃあ私達もビックリしちゃうよ…。」

 

薫「燐子に何か考えがあるんじゃないかな?」

 

燐子「あの…これだけ人数がいますし、密かにキャンプファイヤーの準備は出来ないかな……と。」

 

有咲「成る程、良いんじゃねーか?」

 

蘭「キャンプファイヤーでパーティか。良い思い出になるね。」

 

ゆり「じゃあ当日は準備をする人達と、あこちゃんを引きつける組に分かれないとね。」

 

夏希「引きつけるのは任せてください!遊んでいれば良いんですもんねっ!」

 

小沙綾「夏希。そんな事言って、川に落ちたりしないでね?」

 

燐子の提案により、当日のサプライズとしてキャンプファイヤーに決まり、誕生日当日を迎えるのだった。

 

 

---

 

 

キャンプ場--

 

あこ「すっごい!!てっきりテントだと思ったのに、コテージに泊まれるんだ!」

 

天気は快晴、絶好のキャンプ日和に恵まれている。

 

ゆり「そうだよ!コテージの提供は大赦と、大赦と、大赦にお願いしたよー!」

 

友希那「いつもながら、勇者部部長の権力と大赦の助力には感謝ね……。」

 

紗夜「身体を張って戦っているのですから、それくらいやってもらってもバチは当たらないでしょう。」

 

あこ「これで遊ぶ時間が増えたね!」

 

あこは早速川の方へと走り出そうとする。

 

燐子「行ってらっしゃい…あこちゃん。」

 

あこ「りんりんは行かないの?」

 

燐子「うん…。あこちゃんのために美味しいご飯作るからね…。」

 

あこ「そっかぁ、楽しみにしてるね!じゃあ行こうか、夏希。」

 

夏希「目一杯楽しみましょう!魚いっぱい釣るぞぉ!」

 

そうしてあこと夏希は川へと走っていった。セミはまだ鳴いていないが、夏の日差しがキャンプ場を明るく照らしていた。

 

薫「さて…。ここからが本番だね。」

 

残った人達は早速以前話したキャンプファイヤーの準備に取り掛かる。

 

香澄「さーや、キャンプファイヤーってどうやって作るの?」

 

中沙綾「わ、私!?うーん、キャンプファイヤーの経験無いからなぁ…。おたえはある?」

 

中たえ「私も知らないよ。」

 

燐子「た…多分木を均等な大きさに切って……それを組み上げていくんだと思います。」

 

りみ「力仕事ですね…。モカちゃん、私達は小枝を拾い集めようか。」

 

モカ「そだねー。枯葉もあった方が良いよね。燐子さんも行きますか?」

 

燐子「いえ…私は木を切る方を頑張ってみます…。」

 

紗夜「大丈夫ですか?」

 

燐子「はい…。私もちゃんと、あこちゃんの為に自分の力を使いたいですから…。やらせてください…。」

 

いつになく真剣な眼差しで燐子は訴えた。

 

蘭「さすが燐子さん。じゃあ、この斧でお願いします。」

 

燐子は蘭から手渡された斧を振るう。

 

燐子「ありがとうございます…。行きます…!」

 

だが、斧は燐子の手からすっぽ抜けあらぬ方向へと飛んでしまう。

 

香澄「うひゃーー!」

 

小たえ「おぉ〜。サプライズだ。」

 

燐子「ご…ごめんなさい…!」

 

ゆり「びっくりしたぁ……。ゆっくりやっていこうね、燐子ちゃん。」

 

燐子「はい…。」

 

 

---

 

 

河原--

 

一方その頃、河原に行ったあこ達は--

 

夏希「やった!ザリガニ8匹目ゲット!」

 

はしゃいでいる夏希とは対照的に、

 

あこ「……………。」

 

あこは何やら浮かない顔をしていた。

 

夏希「どうしたんですか、あこさん?」

 

あこ「どうしてりんりんは一緒に遊ばなかったんだろう…いつもなら一緒に遊ぶのに。」

 

夏希「あ、えっと……それはその…そういうお年頃……とかですかね?」

 

夏希は必死でサプライズについてはぐらかしていた。

 

あこ「りんりんはやっぱりキャンプとか苦手だったかな…?」

 

夏希「えと…えと……っ、そ、そうじゃなくて……。」

 

あこは燐子が気になり戻ろうとする。が、

 

夏希(こうなったら……一か八かだ…!)

 

夏希「くおぉぉぉっ!ザ、ザリガニが鼻にっ…!助けてあこさんっ!」

 

夏希は苦肉の策で自らの鼻にザリガニを挟ませたのだった。

 

あこ「っ!?あぁ!な、何やってるの!?わわっ!ハサミががっちり食い込んでるよ!」

 

夏希「ぅぇぁあああーーーーい!」

 

夏希(……みんなっ頑張れ…頑張ってくれぇ……!)

 

 

---

 

 

キャンプ場--

 

夏希が身を呈して時間稼ぎをしていた頃、残った組はキャンプファイヤー用の薪を組み立てていた。

 

中沙綾「うーん…中々組みあがらないね…。木の大きさがまちまちだからかな…。」

 

蘭「木を切るのには慣れてないから、これくらいが精一杯ってところだね。」

 

りみ「でも、完成まで後少しだよ。」

 

美咲「大分組み上がったけど、ここからはどうするんですか?脚立が無いと、高い所は無理じゃないですか?」

 

歪ながらも組み上がっていき、そろそろ完成に近づいていた。

 

香澄「じゃあ……投げる!」

 

高嶋「飛ぶ!」

 

紗夜「高嶋さんを飛ばすくらいなら私が…。」

 

リサ「せっかくだから、最後の仕上げは燐子に任せたら?」

 

薫「そうだね。では燐子、私の肩に乗るといいよ。」

 

燐子「えっ、そんなの悪いですよ…。」

 

ゆり「私達も支えるから大丈夫だよ。」

 

燐子「そ、そうですか…?じゃあ、失礼します……。」

 

燐子が最後の薪を乗せ、キャンプファイヤーの準備が完了した--と思いきや。

 

燐子「……きゃっ!」

 

手元が狂ってしまい、組み立てた薪が大きな音を立てて崩れてしまう。

 

あこ「今の音は何!?」

 

その後音は河原まで聞こえたのか、あこが全速力で戻って来た。

 

あこ「って……ええっ!?ど、どうしたの?」

 

 

--

 

 

あこ「ええっ!?あこを驚かせようとキャンプファイヤーの計画を!?」

 

こうなってしまっては隠す意味も無くなってしまった為、燐子はあこに正直に打ち明けたのだった。

 

燐子「うん……。でも、私が失敗したせいで台無しに…。」

 

あこ「……りんりんのばかぁ!!」

 

燐子「あ、あこちゃん……!?」

 

あこ「怪我したらどうするの!?」

 

燐子「どうしても……あこちゃんをびっくりさせたくて…。」

 

あこ「………よく聞いて、りんりん。あこはびっくりなんかより、りんりんと過ごす事の方が大事なんだよ?りんりんと一緒に遊んで、一緒に笑う。それが、あこの一番の望みなんだから。」

 

あこはそう言いながら、燐子の頭を優しく撫でた。

 

燐子「あこちゃん……。」

 

あこ「だから、今からコレ作り直そう!」

 

中沙綾「あれ?夏希、鼻が赤いけどどうかしたの?」

 

夏希「名誉の負傷です……。」

 

あこ「良い、りんりん?井桁の下から3段目ぐらいの木は湿らせておくと安定度が増すんだよ。それから、上に行くほど狭く組まないと崩れちゃう危険があるから注意だよ。」

 

燐子「そんなコツがあったんだね……。」

 

あこはみるみるとキャンプファイヤーの土台を作り上げていく。

 

あこ「そして…小枝を枠の中に敷いて、太めのを対角線上に……。」

 

美咲「凄い…。全く曲がってないよ。」

 

燐子「やっぱり凄いね……あこちゃんは。とってもカッコいい…私のお姉さんだね…。」

 

あこ「フッフッフ!そうでしょー!褒めて褒めて!」

 

高嶋「凄いよ、あこちゃん!」

 

香澄「これでキャンプファイヤーが出来るね!」

 

美咲「マシュマロも買ってきたから、火で炙って食べようか。」

 

小沙綾「はい!食べたいです!」

 

キャンプファイヤーの準備は無事に整い、みんなは夕食の準備へと取り掛かるのだった。

 

 

--

 

 

夕食の準備も整い、辺りはすっかり暗くなる。しかし、キャンプファイヤーの灯りが辺りを優しく照らしていた。

 

燐子「炎の揺らめきがとっても綺麗…。」

 

あこ「りんりん!マシュマロが焼けたよ。ハフハフッ…!美味しい!」

 

燐子「ありがとう…。ホフホフ…ッ!本当だね…とっても甘くて美味しい。」

 

夏希「じゃじゃーん!あこさん、はい!」

 

夏希はあこに花火を手渡した。

 

あこ「花火だぁ!」

 

夏希「ロケットのやつとか、打ち上げのやつとか一緒にやりましょう!」

 

あこ「もちろん!あっ…でも、取り敢えず今はこれだけもらっておくね。」

 

そう言ってあこは手持ち花火をいくつか取った。

 

燐子「あこちゃん…それ手持ち花火だよ。物足りないんじゃない…?」

 

あこ「これで良いんだよ。……はい、りんりん。気をつけて持ってね。」

 

あこは手持ち花火を燐子に持たせて、火をつけた。2人の手持ち花火が綺麗な色で勢い良く火花を散らす。

 

燐子「わあ……とっても綺麗だね…。」

 

あこ「ド派手なのも良いけど……あこはりんりんと並んでやる花火が1番好きなんだ。」

 

燐子「凄く…嬉しいよ。キャンプファイヤーも…花火も…ずっと消えなければ良いのにな…。」

 

あこ「これから毎年やれば良いんだよ。来年も、再来年も。りんりんはあこの横で、ずっと笑っててね、約束だよ。」

 

燐子「うん………!約束するよ…。ずっと一緒に……。あこちゃんの横にいさせて…。」

 

2人がそんな事を言い合っている中、

 

有咲「ちょ……っ!それ手に持つ花火じゃねーぞ、花園たえーーー!!」

 

中たえ「あははっ!……あ。」

 

りみ「飛び出した……。」

 

キャンプ場の中をロケット花火の群れが乱舞する。

 

有咲「うわぁぁぁっ!!!」

 

りみ「弾けた……。」

 

小たえ「あははっ!面白い面白い!」

 

香澄「凄い凄い!さーやの銃撃みたい!」

 

中沙綾「香澄ったら…。私の銃撃はこんなのじゃなくて、もっとこう……。」

 

何故か沙綾もつられてロケット花火に点火し始めた。

 

ゆり「乱れ打ちはやめてーー!!点火したら責任持って鎮火もしてー!!」

 

美咲「はぁ……。やっぱり最後はカオスになっちゃうんだね…。」

 

高嶋「そんなにもじもじしてどうしたの、紗夜ちゃん。もしかして、紗夜ちゃんも乱射したい?」

 

紗夜「ち、違うんです…高嶋さん…。あの…良かったら一緒に……線香花火を……。」

 

薫「おや……これは何だい?」

 

りみ「あっ!薫さん、それは……ドラゴンコークスクリュースペシャル!」

 

あこと燐子の周りではみんなが狂喜乱舞しているのだった。

 

あこ・燐子「「あはははっ!!」」

 

小沙綾「ちょっと、夏希!この事態の収拾はどうするの!?」

 

夏希「えぇ!?私のせいなの!?あ、あこさーーーん、助けてぇーー!!!」

 

あこ「よし、そろそろあこも乱入するよ!……っと、その前に一言……りんりん!」

 

燐子「何、あこちゃん?」

 

あこ「こんな素敵な誕生日プレゼントありがとうね!!あこ、ずーーっと忘れないよ。」

 

燐子「あこちゃん………。誕生日おめでとう…!!」

 

あこ「うん!!ありがとう、りんりん!!」

 

2人は今日という日を決して忘れる事は無いだろう。それが例え、いつか消えてしまう記憶だったとしても--

 

 

心には刻まれている筈だから--

 

 

 



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神樹の記憶〜前途多難の海水浴〜

海水浴のお話前編です。


私は海よりプール派です。砂が足に纏わり付くのが苦手なので。




 

 

勇者部部室--

 

リサ「みんな揃ってる?新しい神託があったから報告するよ。」

 

あこ「リサ姉待ちくたびれたよー。次は何処を解放するの?」

 

モカ「解放というか、今回は防衛戦になりそうだよ。」

 

夏希「防衛かぁー。守るより攻撃の方が得意だなー。」

 

いつも一番槍として、敵陣に突っ込む夏希は肩を落とした。

 

小沙綾「そんな事言わないで、まずは話を聞こうよ。」

 

リサが話す所によると、先日勇者部が解放した地域にどうやら再び敵の侵攻があるらしい。

 

友希那「あの土地を取り戻そうという魂胆ね。」

 

有咲「小賢しいなーったく。何度やっても同じだってのに。」

 

ゆり「それで、今度はあそこを防衛するんだね。作戦はあるの?」

 

モカ「リサさんと相談したんですけど、待ってるより先手を打った方が良いんじゃないかってなりました。」

 

中沙綾「先手?」

 

リサ「うん。敵は今、侵攻の準備中だからそこを私達が襲撃するんだよ。」

 

美咲「油断してる隙を突く…か。名案ですね。」

 

リサ「そこで、今回は海辺に陣を張るのが最適と考えて、野営を視野に入れる作戦だよ。」

 

海辺での野営。その言葉で何人かの部員のテンションが大きく上がった。

 

香澄「海水浴だぁー!!」

 

中沙綾「遊びじゃないんだよ、香澄。でも、海水浴……出来るんですか…?」

 

リサ「戦闘中以外…戦闘後なら泳いでも大丈夫だよ。」

 

高嶋「みんな、水着って持ってる?」

 

薫「勿論だよ。」

 

夏希「学校の水着なら大赦から貰ってます!これでガンガン泳げますね!」

 

燐子「スクール水着……は、恥ずかしいです…。」

 

高嶋「ん?でも、それ以外の水着なんて持ってないよ?」

 

どうやら大半の部員はスクール水着しか持っていないようだ。

 

香澄「じゃあ、みんなで水着を買いに行こうよ!私も新しいの欲しいんだ。」

 

高嶋「それ良い!」

 

美咲「賛成。この時代の水着って、どんな感じか知りたいし。」

 

リサ「じゃあ早速、今日はこれから全員で水着を買いに行くって事で……。」

 

みんなで出かけようとした矢先、行かないという人が1人。

 

紗夜「………私は遠慮しておきます。」

 

紗夜だった。

 

中たえ「何でですか?」

 

紗夜「海に入るつもりは無いですし、戦闘に必要無いですから。」

 

高嶋「海で一緒に遊ばないの?私、紗夜ちゃんと海水浴したいよ。」

 

しかし、高嶋にそう言われてしまうとさすがの紗夜の心も揺れ動いてしまう。

 

紗夜「高嶋さん……。」

 

香澄「私も紗夜さんと遊びたいです!一緒に泳ぎましょう、紗夜さん!」

 

だが、今回の紗夜の決意は固かった。

 

紗夜「……考えておきます。ごめんなさい…。今日はこれで、先に失礼します。」

 

そう言って紗夜は部室を後にしてしまう。

 

高嶋「…ごめんね。紗夜ちゃんが行かないなら、私も今日は買い物止めておくね。じゃあ!」

 

高嶋も紗夜の後を追うように部室を後にするのだった。

 

あこ「どうしたんだろう、紗夜さん。」

 

美咲「泳げないとか?」

 

ゆり「うーーん、そういう問題かなぁ…。」

 

有咲「じゃあ、どんな問題?」

 

ゆり「2人の香澄ちゃんに誘われたのに、紗夜ちゃんがずっと浮かない顔をしてたのが気になってね。」

 

リサ「紗夜は完璧主義な所があるから、自分の欠点を恥じてるのかも。」

 

ゆり「そうなのかなぁ……。まぁ、今日のところは残ったみんなで水着を買いに行こうか。」

 

紗夜の事が気になったものの、取り敢えず残ったみんなで商店街へと行くのだった。

 

 

---

 

 

商店街、水着売り場--

 

美咲「結構広いね…。ここ全部水着なんですか?」

 

リサ「そうだよ。老若男女の水着がここなら全部揃うんだ!」

 

リサの目が輝いている。

 

中たえ「美咲はどんな水着が良いの?」

 

美咲「そうだなぁ……。北海道だとウェットスーツみたいなのしか着ないからなぁ…。」

 

夏希「カッコイイ!!じゃあそれ海水浴で来てください!」

 

美咲「いやいや、流石にここだと浮いちゃうよ。」

 

小たえ「浮いちゃうんですか!?それは便利ですね。」

 

中たえ「私が長い事眠ってる間に、世間は進歩したんだね。」

 

たえ同士の会話に周りの人も笑っている。

 

友希那「でも、こんなに数が多いと何を選べば良いのか分からないわね…。」

 

リサ「心配御無用!友希那のは私がちゃんと選んであげるから!」

 

友希那「そ、そう…。」

 

何故だか友希那に悪寒が走る。

 

美咲「でも、私はもともと買うつもりだったけど、みんなは水着あるんだよね?」

 

あこ「チッチッチ……分かってないなぁ。水着はその年の流行が出るんだよ。」

 

夏希「え?」

 

あこ「だから、毎年1着は新しいものを買わないとダメなんだよ!」

 

珍しくあこが饒舌に水着と流行りについて語り出す。

 

燐子「さすがあこちゃん……。」

 

あこ「……って、りんりんが読んでた本に書いてあったんだ!」

 

夏希「ビックリした……。あこさんが変わっちゃったかと思いましたよ…。」

 

蘭「それにしても、湊さんの言う通りですね…。見回すだけでも目がチカチカしてきそう。」

 

小沙綾「最近の流行りは明るい色が多いですからね。夏場の海水浴用だと特に。」

 

みんなは思い思いの水着を探しに行くのだった。

 

 

--

 

 

10分後--

 

あこ「夏希、ついでに水中眼鏡とシュノーケルも買おうよ!」

 

夏希「良いですね!あこさんとお揃いが良いです!」

 

あこ「ついでに銛もあったら買うぞー!それ行けー!!」

 

夏希「おおーーーっ!!銛だけに、着いて行きまーーーす!!」

 

あこと夏希は駆け出した。

 

小沙綾「銛って……。魚を勝手に突いちゃダメな筈じゃ…。」

 

小たえ「売ってないから大丈夫。」

 

友希那「はぁ……。あこったら…。」

 

小たえ「沙綾、私達も夏希達の所に行こうよ。」

 

小沙綾「そうだね。ここは大人用の水着しか無いみたいだし。それじゃあ失礼します。」

 

友希那「ええ。気をつけて。」

 

リサ「友希那。気合いを入れて選ぼうか。」

 

友希那「気合い?たった数日の事だしそこまで力を入れる必要は……。」

 

リサ「何言ってるの!?たった数日だからだよ!」

 

友希那「え、ええ…。」

 

あの西暦の風雲児たる友希那が押されている。

 

友希那「分かったわ…。それじゃあ……これなんかどうかしら?」

 

友希那は選んだ水着をリサに見せる。

 

リサ「生地が………多すぎる。」

 

友希那「っ……!?」

 

こちらの幸先も大変そうなのであった。

 

 

---

 

 

次の日、紗夜の部屋--

 

誰かが紗夜の扉をノックする。

 

紗夜「……誰ですか?」

 

ゆり「ゆりだよ。」

 

ノックの主は勇者部部長、ゆりだった。

 

紗夜「……牛込さん?」

 

ゆりは扉を開けて中に入って来た。

 

ゆり「元気にしてる?」

 

紗夜「……何か用ですか?」

 

ゆり「………何かあったの?香澄ちゃん達と。」

 

紗夜「…急にどうしたんですか?」

 

ゆり「いえね、香澄ちゃん達に誘われたのに乗ってこない紗夜ちゃんが変だったから。……ところで、泳げないの?」

 

紗夜「人並みには泳げます。」

 

ゆり「じゃあ、海水浴が嫌いなの?それとも何か別な理由?」

 

紗夜「……どうしてそんな事を聞くんですか?」

 

ゆり「私は勇者部の部長だから。1人1人の様子に気を配るのは当然でしょ。」

 

紗夜「戦闘はしっかりとやります。それで構わないですよね?海水浴は関係ありません。」

 

ゆり「無くは無いよ。仲間と親睦を深めたり、息抜きする事も大切だよ?」

 

紗夜「……それで?」

 

ゆり「だから、紗夜ちゃんにそれが出来ない理由があるなら、原因を排除する手伝いがしたいんだ。」

 

ゆりは親身になって紗夜に寄り添おうとする。

 

紗夜「……リーダーだからですか?……お節介な人ですね。」

 

ゆり「でしょ。よく言われる。」

 

そんなゆりに根負けした紗夜は、ゆりに打ち明けるのだった。

 

紗夜「………身体に傷があるんです。服を着ていれば見えないですが、水着だと…。だから海水浴は……。」

 

その傷は紗夜がまだ勇者に選ばれる前、故郷である高知の村でのイジメによって付けられた苦痛の象徴。今の紗夜の性格を作り上げたと言っても過言では無いものだった。

 

ゆり「……そっか。じゃあ、海で遊ぶのが嫌じゃないんだね?」

 

紗夜「勿論です。私だって、出来る事なら…高嶋さん達と海で遊んでみたい……けど。」

 

ゆりはそんな紗夜の頭を撫でて言う。

 

ゆり「そんな顔しない!今は色んなデザインの水着があるし、他にやりようはいくらでもあるんだよ。」

 

紗夜「えっ……?」

 

ゆり「私に任せて!…だから、明日一緒に水着を選びに行こう?」

 

紗夜「牛込さん……。分かりました。…あなたの様なリーダーがいて勇者部は幸せですね……。」

 

ゆり「何言ってるの!今は紗夜ちゃんも勇者部の1人でしょ?」

 

紗夜「………ありがとうございます。」

 

また1つ、紗夜の心のわだかまりが解けた瞬間だった。

 

 

---

 

 

次の日、水着売り場--

 

紗夜とゆり、そして高嶋と香澄と沙綾は水着売り場へと来ていた。

 

ゆり「ごめんね、香澄ちゃんに沙綾ちゃん。付き合わせちゃって。」

 

香澄「そんな事無いですよ!買い物大好きですし。」

 

中沙綾「それに、ゆり先輩が紗夜さんの事を気にかけているのも分かりますから。」

 

高嶋「あっ、これ可愛いよ、紗夜ちゃん!こっちも良い!早く試着試着!!」

 

高嶋の勢いに押され、紗夜は早速水着を試着する。

 

 

--

 

 

数分後、紗夜はパレオの水着を着てカーテンを開けた。

 

高嶋「紗夜ちゃん本当に綺麗だよ!!うっとりしちゃう!」

 

紗夜「ちょ、ちょっと待ってください、高嶋さん。そんなに見られると恥ずかしいです…。」

 

ゆり「ふふっ。何だかんだ言って紗夜ちゃんも楽しそう。」

 

高嶋「ねえねえ、戸山ちゃん。これとこれ、どっちが良いかな?」

 

香澄「うわー、どっちも可愛い!私も欲しくなっちゃうよぉー!」

 

中沙綾「いっそ高嶋さんとお揃いにしたら?」

 

紗夜「それは名案です、山吹さん。」

 

ゆり「それは周りが混乱しちゃうからやめてね…。」

 

そんなやりとりをして、紗夜から笑みが零れる。

 

ゆり「紗夜ちゃんは良いもの見つかった?」

 

紗夜「はい。…この水着なら大丈夫そうです。」

 

紗夜は最初に試着したライトブルーのパレオに決めたのだった。

 

高嶋「やったね、紗夜ちゃん!初めての海水浴だよ。楽しもうね!」

 

紗夜「そうですね。……こんなに心が躍る事があるなんて。勇者になってから始めてかもしれませんね……。」

 

ゆり「うん、いい笑顔だよ。紗夜ちゃん。」

 

紗夜「皆さんといると、何だか……凄く心地が良いですね。」

 

ゆり「……なら良かった。さ、水着も買った事だし、そろそろ帰ろうか。」

 

 

---

 

 

帰り道--

 

香澄「海に行ったら、またあのゲームしようよ。さーやの大好きな物を海から取ってくるやつ。」

 

高嶋「そんなゲームがあるの?だったら私は、紗夜ちゃんの好きな物!」

 

紗夜「なら私が…高嶋さんの好きな物を取ってきてあげます。」

 

高嶋「本当?凄い!私の好きな物って何!?」

 

紗夜「えっ…と、それは……。」

 

そんな時だった。

 

中沙綾「きゃっ!何、今の!?」

 

一陣の風を纏った"何か"が沙綾達の前を通り過ぎていった。

 

紗夜「っ!?ありません!買ったばかりの水着が……!」

 

そしてあろう事かその"何か"は通り過ぎざまに紗夜の買ったばかりの水着を引ったくってしまったのである。

 

香澄「あーーーーっ!!あそこ!すっごく早い敵が逃げていく!!」

 

香澄が指差す方向には水着袋を抱え走り去っていくバーテックスの姿。

 

ゆり「バーテックスが……バーテックスが……水着泥棒!?」

 

期待に胸躍らせる海水浴に立ち込めた暗雲。一体どうなってしまうのだろうか?

 

 

 



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神樹の記憶〜故郷を重ねて〜

海水浴のお話後編です。まだ明かされてない薫の過去はその内出てきます。


最近の海はクラゲとか浜に打ち上がってたりとかで遊ぶのも危険ですよね。皆さんも気をつけてください。




 

 

樹海--

 

紗夜の水着を奪ったバーテックスを追いかけ樹海へとやって来た香澄達。だが、バーテックスの足が速すぎて中々追いつく事が出来ずにいた。

 

ゆり「はぁ…はぁ…。どんどん逃げていく…。な、何なのアレは…。」

 

中沙綾「結界にも引っかからない、小型でしょうけど…動きが速すぎて追い付けない…。」

 

香澄「こんな時、りみりんや有咲がいれば敵の動きを止められるのに…。」

 

高嶋「何で紗夜ちゃんの水着盗ったの!?返してよーーーーっ!!」

 

バーテックスが意思を持って奪っていった、と言うよりは偶然にも境界線を横切った拍子に引っかかってしまったのである。

 

紗夜「もう良いんです、高嶋さん…。向こうにも戦闘の意思は無いようですし。」

 

高嶋「でも!」

 

紗夜「この人数で立ち向かうのは危険です。湊さん達と合流して、それからでも…。」

 

高嶋「そんな事してたら、盗られた水着がどっか行っちゃうか、ボロボロになっちゃう!」

 

紗夜「良いんです…。元々、それほど海に入りたかった訳でもありませんでしたし、今回は諦め……。」

 

高嶋「そんなのダメ!私が紗夜ちゃんと遊びたいの!一緒に水着着て、紗夜ちゃんと海水浴したいの!」

 

紗夜「高嶋さん…。」

 

それだけ高嶋香澄がこの海水浴に込めた思いは強かった。

 

香澄「そうだよ!私達の楽しい海水浴をバーテックスなんかに邪魔されたくない!」

 

紗夜「ですが…。」

 

中沙綾「紗夜さん、諦めちゃダメです!勇者部5箇条"なるべく水着は諦めない"です!」

 

ゆり「ちょっと違うけど…良く言ったね!紗夜ちゃんの水着奪還の為に全力を尽くすよ!」

 

香澄・高嶋・中沙綾「「「おーーっ!」」」

 

紗夜「……そんな事言われたら、私が諦める訳にはいきませんね。」

 

高嶋「紗夜ちゃん、絶対に取り返そう。私たちが海で楽しむ為に!」

 

紗夜「高嶋さんと…海水浴。海で…水着で……一緒に。」

 

ゆり「んん…?」

 

紗夜「ええ…、そうです…。誰にも邪魔はさせません。私の水着姿を、高嶋さんが望んでくれるのなら。」

 

高嶋「おお!紗夜ちゃんが本気になった!」

 

紗夜「返してもらいます、バーテックス。高嶋さんが選んでくれた……私の初めての水着を!!」

 

今、ここに水着争奪の決死戦が始まるのだった。

 

 

--

 

 

紗夜「……っく!待ちなさい…!み、水着を返して…!」

 

必死でバーテックスを捕まえようとする4人だが、獲物が小さい上にすばしっこくて捕まえられないでいた。沙綾が後方から銃撃するも、それすら躱されてしまう。

 

香澄「このままじゃ逃げられちゃう!」

 

高嶋「どうしよう、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「くっ……。」

 

その時だった--

 

 

 

有咲「そこまでだ!」

 

友希那「はぁーーーーっ!!」

 

有咲と友希那が援軍に駆けつけ、バーテックスの動きを止めたのだ。

 

ゆり「2人とも、どうしてここへ?」

 

友希那「神託をリサが教えてくれたのよ。ゆりさん達が危ないってね。」

 

有咲「神託ってホント便利だよなー。素早い敵だから、私達とりみで助けに行けって。」

 

ゆり「ん?りみもいるの?」

 

だが、ゆりが周りを見回してもりみの姿は無かった。

 

有咲「あぁ、りみなら…。」

 

すると遠くの方から微かにりみの声が聞こえてくる。

 

りみ「はぁ…はぁ…。有咲ちゃん、待って〜〜!!」

 

ヘトヘトのりみが遅れてやって来た。

 

りみ「はぁ…はぁ…、有咲ちゃんも友希那さんも…はぁ…はぁ…、速すぎるよぉ……。」

 

有咲「わりーわりー。」

 

りみ「はぁ…はぁ…あ、お姉ちゃん!大丈夫だった?怪我してない!?」

 

ゆり「うんうん、大丈夫だよ。来てくれてありがとね。これなら何とかなるよ。」

 

そんな事を言いながら、ゆりはりみの頭を撫でる。

 

友希那「香澄、紗夜、大丈夫だった?」

 

紗夜「…問題ありません。ですが、敵の動きが速すぎて攻撃が当たりません。」

 

高嶋「友希那ちゃん!紗夜ちゃんの可愛い水着をバーテックスが泥棒しちゃったの!」

 

友希那「え…?紗夜の…何?」

 

紗夜「あああ、それは良いんです!とにかく今は、あの敵を仕留めないと。」

 

紗夜は顔を赤くして、必死で話を晒した。

 

りみ「それなら任せてください。名誉挽回で私が敵の動きを止めてみせます!」

 

友希那「これだけの人数が揃えば、どんな敵でも遅れはとらないわ。行くわよ!」

 

友希那の一声で、周りの空気が一瞬で引き締まる。これが西暦の風雲児たる所以の1つでもある。ここから勇者達の反撃が始まる。

 

 

--

 

 

りみ「やあーーーーっ!!」

 

りみはワイヤーを四方八方へ伸ばし、バーテックスの動きを制限させる。

 

有咲「そこっ!!」

 

有咲は一瞬の動きを見切ってバーテックスに斬りかかる--

 

 

 

のだが、バーテックスは体を伸縮させ有咲の斬撃をギリギリで躱したのである。

 

有咲「んな!?」

 

中沙綾「あれを躱すの!?」

 

りみ「それなら……これでっ!」

 

りみはワイヤーで網を作り、バーテックスを取り囲む。

 

友希那「出し惜しみはしないわ!"義経"!」

 

紗夜「ええ!"七人御先"!」

 

初めに友希那が八艘飛びで急速接近し、斬りかかるが、これも躱されてしまう。しかし、友希那の斬撃は囮だった。

 

友希那「紗夜、今よ!」

 

紗夜「「「これで決めます!」」」

 

斬撃を躱し終わって身動きが取れなくなったところを、6人の紗夜達が一斉に大葉刈で斬りかかった。さすがのバーテックスも6連続の斬撃を避けきる事が出来ずに、細切れになって消滅してしまった。後に残ったのは水着が入った袋のみ。

 

高嶋「やったぁ!これで海水浴に行けるね、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「はい…。」

 

紗夜は水着の入った袋をギュッと胸に抱き寄せ、樹海を後にするのだった。

 

 

---

 

 

数日後、浜辺--

 

あこ「海だぁーーーっ!!遊ぶぞぉーー!」

 

夏希「海だ海だーーー!」

 

天気は快晴、絶好の海日和である。

 

小沙綾「まずは自分の荷物を片付けてからね。」

 

燐子「あこちゃんもね…。先に荷物を片付けちゃおうか…。」

 

あこ・夏希「「はーーーい。」」

 

高嶋「私達も早く準備して遊ぼう、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「そうですね、高嶋さん。」

 

美咲「これが四国の海かぁ。水も温かくて気持ち良さそう。」

 

りみ「そっか。美咲ちゃんは泳いだ事無いんだよね?」

 

美咲「無い事は無いけど、遊びでの海水浴は初めてかな。」

 

蘭「考えてみれば、私もそうだ。」

 

モカ「長野は海無いもんねー。」

 

香澄「あれ?薫さんは?」

 

香澄が辺りを見回すと、既に海に入っている薫の姿を見つけた。

 

有咲「沖縄の血が疼いたってか…。」

 

中沙綾「香澄。かき氷食べに行かない?」

 

香澄「うん、行く行くー!」

 

みんな思い思いに海水浴を楽しんでいるようだった。だが決して忘れないで欲しい。海に来た本当の目的は侵攻準備中のバーテックスを叩く為なのである。

 

 

---

 

 

その日の夜、浜辺--

 

夜の浜辺に人影が1人、薫だった。薫は物思いに耽りながら海を眺めていた。そこへ香澄がやって来る。

 

香澄「海を見てるんですか?」

 

薫「……おや?」

 

香澄「ここにいたんですね。何処行っちゃったかと思いましたよ。」

 

薫「香澄ちゃんか…すまないね。」

 

香澄「あ、全然気にしないでください。少し心配になっただけですから。」

 

薫「心配?」

 

香澄「だって、昼間はずっと1人だったじゃないですか。」

 

薫「ああ…。」

 

香澄「あははっ!」

 

薫「どうしたんだい?」

 

香澄「ごめんなさい、寡黙でカッコいいなって、つい…。」

 

薫「そんな事は無いさ。」

 

香澄「私も一緒に海見てても良いですか?」

 

薫「もちろんさ。」

 

香澄は薫の隣に腰掛けた。涼しい浜風が髪を撫でる。

 

香澄「薫さん、海が好きだって言ってましたっけ。……静かですねぇ。」

 

薫「ああ。海は良い…私にとって海は力の源で、落ち着ける大切な場所なんだ。だが、バーテックスが現れ故郷の海は穢されてしまった…。だから、静かで美しい四国の海を見て、奴らがまた同じ事をするのだと思うと……心が騒ついて、つい落ち着かなくなってしまう。」

 

香澄「薫さん…。守りたいんですね。大好きな海を…。」

 

薫「しかし……あの時は守りきる事が出来なかった…。」

 

 

薫が思い出すのはこの世界に来る前の沖縄での戦い--

 

 

香澄「大丈夫です…。今はみんながいます。私達、みんなで戦えばきっと。」

 

薫「……不思議だね。香澄ちゃんに言われると不思議と本当に大丈夫な気がしてくるよ。」

 

香澄「海の風って気持ちいいですね…。もう少しここにいても良いですか?」

 

薫「もちろんだよ…。誰かと見る海も……また儚いね。」

 

 

---

 

 

次の日、浜辺--

 

あこ「えー?今日は待機なんですかー。せっかく海に来たのにー。」

 

リサ「敵の動きが微妙なんだ。だから取り敢えず戦闘に備えておいて。」

 

夏希「ちぇー。」

 

小沙綾「遊びより御役目の方が大事なんだからね。」

 

その時、タイミング良く樹海化警報が鳴り響く。

 

ゆり「全員、戦闘準備だよ!」

 

あこ「サクサク倒して、思いっきり遊ぶぞーー!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

薫「はぁーーーっ!!」

 

いつにも増して薫は前線で星屑を多く倒していた。

 

美咲「薫さん…。」

 

薫「はぁ…はぁ…。次は誰だい…?」

 

中沙綾「気合いが入り過ぎて、怖いくらいだね。」

 

香澄「薫さんは大好きな海を守りたいんだよ。だから、この戦いはすっごいやる気なんだ。」

 

りみ「そうだったんだ。道理で…。」

 

薫「そこっ!!」

 

友希那「待って、瀬田さん!前に出すぎよ!」

 

友希那が薫を制止するが、

 

薫「どいてくれ!」

 

友希那「うっ!」

 

薫は無理やり友希那を退け、バーテックスを攻撃するのだった。

 

高嶋「友希那ちゃん!」

 

高嶋の声で薫は我に帰る。

 

薫「あっ…す、すまない…。」

 

薫は友希那に手を差し伸べ起こす。

 

友希那「良いのよ。普段は冷静なあなたがここまで我を忘れるなんて、余程の事なのでしょう?」

 

薫「それは……。」

 

友希那「だけど、少し考えて。あなたの後ろには仲間がいる。共闘すれば敵を取り逃がしたりはしないわ。」

 

高嶋「そうだよ、薫さん。私達にも手伝わせて。同じ勇者なんだから、気持ちは一緒だよ。」

 

薫「気持ちは…一緒…。」

 

友希那「1人で突っ込めば隙が生まれてしまう。ここは、チームプレイで確実に当たりましょう。」

 

薫は一度大きく深呼吸をする。

 

薫「……友希那の言う通りだ。少し頭に血が昇っていたようだね……。」

 

有咲「まっ、たまにはそんな事もあるよな。気にしない気にしない。」

 

ゆり「有咲ちゃんも言うようになったねぇ。」

 

そして薫の周りにみんなが集まる。

 

中沙綾「後方支援は任せてください、薫さん。」

 

あこ「そうだよ!どんなに手強い敵でも安心してあこに任せて!」

 

薫「…感謝するよ、みんな。……一緒に戦ってくれ。」

 

友希那「もちろんよ。」

 

紗夜「……湊さんがチームプレイを説くなんて…。」

 

友希那「…自分でも不思議に思うわ。」

 

薫を中心として陣形を組み直した勇者たちは残りのバーテックスの殲滅を再開するのだった。

 

 

--

 

 

大方のバーテックスを殲滅し終えた頃--

 

蘭「何あれ…!デカイ……!」

 

燐子「あんなに大きなバーテックスが今まで潜んでいたんですか…。」

 

出てきたのは"水瓶型"なのだが、今までの"水瓶型"と比べて大きさが2倍以上もあるのである。"水瓶型"は巨大な水球を飛ばしてくる。更に地面に着弾した水球は弾けて大きな波を作り出す。

 

ゆり「みんな!波に飲まれないように気をつけて!」

 

薫「どんな奴だろうと…海を穢す物は許さないよ…。」

 

薫がまた頭に血が昇ったと思った友希那は止めようとするが、

 

香澄「待って、友希那さん!」

 

友希那「戸山さん?」

 

香澄が友希那を制止した。

 

香澄「薫さんも、ちゃんと解ってるから大丈夫です。」

 

友希那「……そうね。」

 

友希那には薫の目をみれば、冷静だという事が十分に理解出来た。

 

美咲「とはいえ、せっかくだからトドメは薫さんに任せましょうか。」

 

蘭「そうだね。大切なものを守りたい気持ちは、私も痛いほど良く分かるから。」

 

中沙綾「それじゃあ、沙綾ちゃん、美咲、りみりん後方支援行くよ!」

 

沙綾の掛け声とともに、銃撃、矢、槍、ワイヤーの四重奏が"水瓶型"に炸裂する。すかさず"水瓶型"も水球を連発して放つが、

 

ゆり「一刀両断!!」

 

ゆりが大剣を巨大化させ、水球をまとめて横一閃に薙いだ。

 

ゆり「今よ!!薫!!!」

 

薫「みんな……礼を言うよ。"水虎"!!」

 

薫は"水虎"を憑依させ、渾身の一撃で"水瓶型"を薙ぎ倒した。

 

薫「これで終わりだよ…暖流蒼打!!」

 

ヌンチャクの一撃で"水瓶型"は光となって消えていき、同時に樹海化も収まり元の世界に戻っていく--

 

 

---

 

 

浜辺--

 

ゆり「さぁ!無事にバーテックスも撃退した事だし、今から海を堪能するよー!」

 

りみ「さっきまで戦ってたのに、なんだかお姉ちゃん凄く元気だね。」

 

ゆり「だってうどん食べたから。」

 

有咲「そりゃあれだけ食べれば元気になるよ…。店のうどん売り切れだってよ。」

 

美咲「あれ?薫さんは?それにあこと夏希もいないけど。」

 

リサ「ああ。薫は戦闘が終わってすぐまた海に行って、2人もついて行っちゃったよ。」

 

友希那「そう言えば、燐子もいないわね。」

 

小沙綾「燐子さんもあこさんと一緒に海へ行ってます。」

 

今の勇者部には集団行動のしの字も見当たらなかった。

 

高嶋「私達も行こう、戸山ちゃん!」

 

香澄「だね!早く着替えて遊ぼう!みんなも行こう、競争だよ!」

 

有咲「競争か。だったら負けらんないな!」

 

中たえ「競争だー!!」

 

小たえ「待て待てー!!」

 

香澄達につられて有咲、たえ達も更衣室へと移動する。

 

中沙綾「あははっ、香澄ったらしょうがないなぁ。」

 

紗夜「あのノリには着いて行けませんね。」

 

高嶋「紗夜ちゃーーん、早く早くー!!」

 

紗夜「あっ、い、今行きます!」

 

香澄達に呼ばれ沙綾と紗夜も移動を始める。

 

りみ「……みんな行っちゃったね。」

 

ゆり「私達も行こっか。」

 

 

--

 

 

数分後、水着に着替えた香澄達がやって来る。

 

香澄「やっほーーーっ!みんな、海だよーーー!!」

 

高嶋「んーーー!冷たくて気持ち良いねー!」

 

香澄達は2人でお揃いの水着を購入していた。側から見ると、どっちがどっちだか見分けがつかないほどである。

 

中沙綾「香澄、そんなにはしゃがないの。」

 

高嶋「どう、紗夜ちゃん?初めての海水浴は。」

 

紗夜「ええ。こうしてみんなとはしゃぐのも悪くはないですね。」

 

紗夜は笑いながら答えた。

 

香澄「よーし、高嶋ちゃん!どっちが先にさーやか紗夜さんの好きなものを取ってこれるか競争だよ!」

 

高嶋「前に言ってたゲームだね。負けないよー!!」

 

中沙綾「気をつけてね。」

 

紗夜「負けないでください、高嶋さん。」

 

 

初夏の青空の下、勇者--

 

 

いや、少女達の笑顔が海いっぱいに広がった海水浴なのであった。

 

 

 



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神樹の記憶~神社防衛線~

お祭りの話前編です。


町でチョコバナナとか売ってると、たまに食べたくなりますよね。




 

 

勇者部部室--

 

ゆり「みんな聞いて勇者部に大きな依頼が来たんだよ!」

 

ゆりは開口一番笑顔で話し出す。

 

中沙綾「どんな依頼なんですか?」

 

ゆり「神社でやる夏祭りの手伝いだよ。」

 

香澄「もうそんな季節なんですね。」

 

有咲「具体的には何をするんだ?」

 

ゆりはみんなに内容の説明を始めた。どうやら盆踊り用のやぐらを組んだり、屋台を作ったりする事を手伝うらしい。

 

紗夜「それを私達がやるんですか…?」

 

燐子「これは…重労働になりそうです……。」

 

あこ「でも困ってるからお願いしてきたんだよね?」

 

夏希「そうですよ!手伝ってあげましょう!」

 

友希那「そうね。困っている人を助ける事も、私達勇者の大切な務めよ。」

 

小沙綾「ですが、経験の無い私達でも大丈夫ですかね…。」

 

薫「かえって邪魔になったりはしないだろうか?」

 

思いの外重労働な内容な為、みんなから不安の声も上がってきていた。だが、ゆりはこんな風になる事は想定済みだったのである。ここでゆりは切り札を切った。

 

ゆり「でも、これを聞いたらやる気が出るかもよ?なんとね……!この依頼の達成報酬として、勇者部全員にお祭りで使える屋台無料券が貰えるんだよ!」

 

あこ「いやったぁー!屋台で食べ放題だよ!」

 

高嶋「凄い凄い!無料券だって!紗夜ちゃん、お祭りで遊び放題だよ!」

 

紗夜「高嶋さん、そんなに嬉しそうに…。分かりました。私も出来るだけ頑張ります。」

 

夏希「楽しみだなぁ。リンゴ飴にチョコバナナ…焼きそばも外せないよ。」

 

ゆり「まぁ、そう慌てないで。まずは各自の役割分担を決めないとね。まずは、屋台に使う鉄パイプなんかを運んでくるのを何人かにお願いしたいんだけど……。」

 

薫「運ぶのなら任せてくれ。」

 

美咲「私も手伝います。」

 

あこ「あこも手伝います!」

 

ゆり「りょーかい、頼んだね。次は、やぐら。これは足場を組んだり、電球を吊ったりだね。」

 

蘭「じゃあ、それは私が。」

 

夏希「私もやります!」

 

友希那「私も手伝うわ。紗夜と燐子は電球の方を任せていいかしら?」

 

紗夜「分かりました。」

 

燐子「奇麗に出来るよう…頑張ります。」

 

ゆり「それと、巫女さんたちには他に頼みたい仕事が別にあるんだ。」

 

モカ「巫女限定ですかー?」

 

ゆり「そう。神社から、お清めの神事の手伝いも頼まれてるんだ。お願いできるかな?」

 

リサ「勿論、りょーかいだよ。」

 

ゆり「じゃあ、2人は巫女装束っていうの?あれを着て当日……そうだ、沙綾ちゃん。」

 

中沙綾「なんですか?」

 

ゆり「そういえば、沙綾ちゃんも巫女の素養があるって話だったけど、一緒にやってみる?」

 

沙綾は勇者と巫女、両方の素養を持っているただ一人の人物。故に神託もある程度受け取る事が可能であり、"カガミブネ"も起動する事が出来る。

 

中沙綾「でも、私は正式な巫女じゃ無いですよ…。」

 

香澄「さーやの巫女服!?私それ、すっごく見てみたいな!」

 

中沙綾「香澄……分かりました。やってみます。」

 

こうして各々分担が決まり、夏祭り会場である神社へと移動を開始した。

 

 

---

 

 

神社--

 

薫「これが、この世界の神社……儚い。」

 

りみ「神社の方々は、もう少ししたら来られるそうなので、それまでここで待ちましょう。」

 

蘭「空気が気持ちいいね。神社でお祭りなんてまさに"平和"って感じ。」

 

モカ「本当だね…。静かだよ…。」

 

蘭「神社は本来、こうあるべきなんだよね。」

 

高嶋「ん~?本来ってどういう事?」

 

蘭「諏訪の神社は、こんなに安らげる環境じゃなかったんだ。」

 

モカ「ここだと、バーテックスが攻めてくると樹海で戦えるけど、諏訪では神社が攻撃されてたからね…。」

 

りみ「そうだったんですね…。」

 

蘭「神社が結界の要の一つになってたからね。だから私は、いつも神社で戦ってた…。」

 

 

 

脳裏に映るのは諏訪での日々--

 

 

 

神社を見ると思い出す諏訪での戦い--

 

 

 

この世界はそんな蘭達からすれば平和な世界なのであった。

 

モカ「張り詰めた空気の神社しか私と蘭の記憶にはない……。」

 

高嶋「そっか…。諏訪では神社が神樹様の代わりみたいな感じだったんだね。」

 

中たえ「でも私達の世界だって、こうやって神社で神事をするのは神樹様の御力を高めるとか、そういう意味もあるんだ。」

 

中沙綾「そうだね。だから、神社が大切な守るべき場所なのは、ここでも変わらないよ。」

 

蘭「……そう聞いたら、何だかやる気が出てきた。このお祭り、絶対に成功させよう。」

 

モカ「…そうだね、蘭。」

 

香澄「神社でお祭りをすると、神樹様がパワーアップするなんて知らなかったよ。ね?有咲。」

 

有咲「知ってて当然の事だぞ。」

 

香澄「えっ、本当!?」

 

有咲「いや、前にも言ってただろ…。だけど、まぁ、敵にとってはこんなイベントは許し難い事だよな。」

 

香澄「どうして?」

 

有咲「だって、神樹様の力が高まったら困るだろ。もし私だったら、全力で邪魔しにかかるし。」

 

ゆり「ちょっと有咲ちゃん、妙なフラグを立てないの!縁起でもな……。」

 

その瞬間、端末から樹海化警報のアラームが鳴りだす。

 

有咲「あ………。」

 

ゆり「高速フラグ回収……。みんな戦闘準備だよ!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

燐子「……な、何でしょう…これ。」

 

夏希「ああもう!倒しても倒してもどんどん出てくるよ!」

 

勇者達が戦っている相手は、無数の"飛行型"のバーテックス。攻撃の手を緩めない勇者達だったが、バーテックスの数が一向に減らなかった。

 

小沙綾「気を付けてください!全方向から来てます!」

 

りみ「なんだかいつもより、敵の数が多すぎるような…。」

 

紗夜「どれだけ来ようとも、全部倒すだけです。」

 

あこ「ですけど、これじゃあキリが無いですよ!」

 

ゆりは沙綾に状況分析を頼んだ。

 

中沙綾「この陣形…神社の本殿を狙ってる……?やっぱり有咲の言った通り…。」

 

有咲「っ!?」

 

中沙綾「お祭りを穢して、神樹様の充電を阻止するのが敵の目的みたいです。」

 

友希那「……それは神託なの?」

 

中沙綾「………はい。」

 

今回、敵は圧倒的物量で神社を攻め落とそうといった単純な作戦に打って出ていたのだった。

 

美咲「なるほど。道理で気合入ってるんだね。向こうにとって、この土地は最重要地点ですし。」

 

蘭「どうあっても、神樹様の御力を高めさせない気だね……。」

 

友希那「バーテックスの狙いは分かったわ。なら、私達は迎え撃つだけよ!」

 

友希那の発破で勇者達も気合が入る。

 

あこ「バーテックスの好きにはさせないよ!お祭りの邪魔はさせない!」

 

夏希「チョコバナナの為に!」

 

小たえ「綿あめの為に!」

 

小沙綾「私は…神樹様の為に!」

 

中沙綾「沙綾ちゃん…。お祭りでは、一緒に射的をしようね。」

 

小沙綾「あっ……はい!」

 

高嶋「紗夜ちゃん、これが終わったら私達も一緒に金魚すくいしよーね!」

 

紗夜「高嶋さん…。ええ……。私、すくいます!金魚を!」

 

燐子(…何か間違ってる気がしますけど…氷川さんから凄い闘気が…。)

 

ゆり「全員広がって防衛線を敷いて!そして、全ての敵を殲滅するよ!」

 

蘭「了解。何としてでもこの世界の神社は守って見せる…!」

 

蘭が全員より一歩前へ出る。

 

ゆり「蘭ちゃん!?」

 

蘭「私が一歩前で防衛線を張ります!みんなは私が打ち漏らしたのをお願い!」

 

友希那「美竹さん…だ…。」

 

"大丈夫なの?"そう友希那が言おうとした時、蘭はまっすぐ友希那の目を見つめた。

 

友希那「………そう、分かったわ。全員美竹さんの援護に回るわよ!!」

 

蘭の覚悟を受け取った友希那は全員に指示を出す。

 

蘭(湊さん…。ありがとうございます。)

 

蘭「行くよ"覚"!!」

 

蘭は"覚"を自らに憑依させる。

 

蘭(感じる……バーテックスの敵意が…。感じる……みんなの声援が…!)

 

蘭「この世界を諏訪の様にはさせないよ!!」

 

蘭の想いに答えるかの様に、武器である鞭が伸び攻撃の範囲が拡大する。次々と"飛行型"潰していく蘭。多少の打ち漏らしも出てしまっているが、仲間達がカバーしてくれている。

 

蘭(安心できる。仲間がいる事ってこんなにも頼もしい事なんだね…。)

 

高嶋「蘭ちゃん、笑ってる……。」

 

あこ「戦いが楽しいからですかね?」

 

友希那「違うわ…。さぁ、2人も集中して。」

 

高嶋・あこ「「はい!」」

 

友希那には他人の心を読む事はもちろん出来ないが、今だけは蘭の気持ちが分かるようだった。

 

友希那(美竹さん……私も同じ気持ちよ…。)

 

 

--

 

 

粗方の"飛行型"を殲滅し終えた矢先だった--

 

小沙綾「っ!?1時の方向から敵影確認!"大型"が来ます!」

 

小たえ「うわぁ…。」

 

夏希「おたえ、口開けて見てる場合じゃないよ。」

 

美咲「あらら…遂にデッカイのが来ちゃいましたか。」

 

紗夜「ラスボスのお出ましですね。」

 

燐子「"飛行型"だけでは目的が果たせないと考えたからでしょうか…?」

 

有咲「上等だ。あれを倒せば一旦は侵攻が止まるって事だよな。」

 

中沙綾「待って!!」

 

沙綾は何かを発見する。それは"大型"が接近しながら"飛行型"を生み出している姿だった。

 

友希那「何ですって!?」

 

そしてその"飛行型"は上空から勇者達の足場に何かを落としていった。

 

りみ「何かが降ってくる!」

 

香澄「これは…ボール?」

 

香澄は落とされたボールを触ろうとする。

 

ゆり「香澄ちゃん!不用意に触っちゃ…….。」

 

次の瞬間、そのボールから煙が大量に発生したのである。

 

香澄「わあっ!ケホッケホッ!な、なんか煙みたいなのが!」

 

あこ「うわああ!目がっ、目がぁーーーっ!ゲホッゲホッ!喉もーー!」

 

香澄とあこがその煙を吸い込んでしまった。

 

友希那「戸山さん!あこ!…毒ガスね。姑息な手を使うじゃない…。」

 

紗夜「ラスボス登場と見せかけての奇襲攻撃…。」

 

中沙綾「香澄、香澄!しっかりして!大丈夫!?」

 

香澄「ケホッケホッ、らいじょう…ぶ……。」

 

困惑している勇者達の隙を突いて"飛行型"が一気に進撃を開始する。

 

小沙綾「ひ、"飛行型"が防衛線を突破しそうです!」

 

薫「くっ…"大型"が邪魔を。だけど、ここで手間取ってる暇は無いね…。私が行くよ!」

 

そう言って薫が"大型"と対峙する。

 

ゆり「りみ!ワイヤーでネットを作って"飛行型"の群れを食い止めて!」

 

幸い"飛行型"の数は多くはなかった。りみのワイヤーでも十分に対処が可能である。

 

りみ「分かった!」

 

中沙綾「りみりんと燐子さん、美咲と小学生組は"飛行型"に対応!その他は"大型"へ!」

 

美咲「オッケー。」

 

燐子「食い止めます…!」

 

蘭「大も小も、同時進行で掃討するよ!!はぁああーーーーっ!!」

 

蘭は"覚"を一旦解除し、"大型"攻撃を開始する。

 

中沙綾「援護するよ!」

 

香澄「ケホッケホッ…ど、毒ガスなんかに…負けるもんかーーーーー!!」

 

香澄は根性で体を動かし"大型"へと立ち向かっていく。夏祭りを無事に成功させる為、勇者達の反撃が始まった。

 

 

 



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神樹の記憶~狙われた巫女~


お祭りのお話、後編です。


別のサイトでは少し先まで話が進んでいるので、良かったら読んでみてください。






 

 

神社--

 

リサ「みんなお疲れー。お陰で敵を退ける事が出来たよ。」

 

美咲「何とかなって良かった。」

 

中沙綾「香澄、香澄はどこ!?」

 

毒ガスを吸ってしまった香澄を気遣い、慌てる沙綾。

 

香澄「ここだよー。大丈夫…ケホッケホッ。」

 

中たえ「まだダメみたいだね。」

 

中沙綾「目が真っ赤だよ!今洗ってあげるから!」

 

有咲「ったく…。落ちてる物に触るなって教わらなかったのか?」

 

 

---

 

 

神社、境内--

 

みんなは神社の無事を確認しに見回りをしていたが、ちらほらと木が枯れているのを発見する。

 

蘭「無傷で守りきる事は出来なかったみたいだね…。」

 

モカ「多少の神域も影響受けちゃったけど、…でも、蘭は頑張ったよ。」

 

リサ「そうだよ。それに、このくらいの穢れだったら巫女のお清めで祓えるから。」

 

モカ「その為の巫女だからね。蘭たちの戦いは無駄にはしないよ。」

 

蘭「そっか…。良かった。」

 

蘭は安堵の息を漏らす。

 

リサ「じゃあ、お清めの準備をしようか。モカ、沙綾もこっちに来て。」

 

沙綾「あ…、分かりました。」

 

心なしか沙綾は緊張している。

 

ゆり「ふぅ…。それにしても、今回は危なかったね。」

 

薫「これまでより、敵の動きが複雑になってきているよ…。」

 

そんな話をしている中、リサ達の準備が整う。

 

香澄「わああ……。」

 

そこには巫女服を纏ったリサ、モカ--

 

 

そして沙綾の姿が。

 

リサ「……掛まくも畏き、恐み恐み白す……。」

 

モカ「……諸々の禍事、罪、穢れを有らむをば、祓い給へ、清め給へ……。」

 

中沙綾「……幸え給へと白す事を、聞こし食せと、恐み恐みも白す……。」

 

リサ達が祝詞を唱えると、枯れていた枝が緑色に色付いてくる。

 

ゆり「これが……、巫女の力…。」

 

香澄「さーや……綺麗。」

 

香澄は沙綾の荘厳な姿に見惚れてしまうのだった。

 

 

---

 

 

翌日--

 

ゆり「さぁ、今日も準備だよ!時間が無いからキビキビ行きましょう!!」

 

りみ「ぅう~ん…お、重い…。」

 

りみは大きな荷物を運んでいるが、途中で積み荷を崩してしまう。

 

りみ「あぁ…やっちゃった…。こんなの変身してワイヤーで吊り上げればすぐなのに…。」

 

美咲「りみ…それは流石にダメだよ。」

 

するとそこに薫がやって来る。

 

薫「りみちゃん、私が手伝うよ。そっちを持ってくれないか?」

 

りみ「薫さん!すみません…ありがとうございます!」

 

燐子「でも、りみちゃんが言うのも解ります…。変身していなければ、私達は他の人と何も変わらないんですから…。」

 

小沙綾「そうですね…。いくら身体能力が他の人より高いと言っても、変身している時だけですから。」

 

あこ「何言ってるの、2人とも!日頃から鍛えてるでしょ?そぉれーーー!」

 

あこは祭用の備品を持ち上げてみせた。

 

小たえ「あこ先輩、百万馬力だ!」

 

夏希「そういうおたえは、何を運んでるの?」

 

小たえ「松ぼっくりだよ。いっぱい落ちてたんだ。」

 

たえは夏希に両手いっぱいの松ぼっくりを見せつける。

 

夏希「お、おたえぇーー!」

 

紗夜「怒ったら負けですよ…。」

 

蘭「誰か、釘取ってくれない?」

 

高嶋「はいこれ。」

 

蘭「ありがとう。」

 

蘭は一生懸命に祭りの準備を進めている。よっぽどこの祭りが楽しみなのだろう。

 

友希那「上手いわね、美竹さん。」

 

高嶋「慣れた手付きがカッコイイ!」

 

蘭「大袈裟だよ。諏訪じゃ一応出来る事はなんでもやってたから。」

 

 

--

 

 

香澄「あれ?ねぇ、さーや。この、暖簾みたいなの裏返しじゃない?」

 

中沙綾「これで良いんだよ。昔の日本じゃ横書きの時、右から左に書いてたんだ。これはその名残だよ。」

 

香澄「へえー!さーや物知り!」

 

有咲「ちょっと、おたえ。何運んでんだ?」

 

中たえ「これ?松ぼっくりだよ。欲しい?」

 

こちらのたえも両手いっぱいの松ぼっくりを有咲に見せつける。

 

有咲「ちゃんと準備しろーーーー!!」

 

紗夜「怒ったら負けです…。」

 

ゆり「うんうん、なんだかんだあったけど何とか間に合いそうだね。」

 

香澄「あともう少しですね!よーし、お祭りの為に頑張るぞーー!」

 

 

---

 

 

神社、境内--

 

友希那「これで8割方は完成ね。」

 

リサ「少し休憩したら、友希那。」

 

友希那「そうね。」

 

リサは友希那にタオルを手渡す。

 

友希那「ありがとう。」

 

リサ「後、はい。これお茶ね。」

 

友希那「リサは気が利くわね。」

 

リサ「まあね。」

 

友希那はお茶を一口飲み、

 

友希那「……祭りを穢す為の襲撃は、先日の一件で終わりだと思う?」

 

リサ「そうだね…。特に神託は無いけど、神託が来ないっていう訳でもないしね…。」

 

中たえ「敵も、何も考えてないって事は無いと思うよ。」

 

唐突にたえが話に割り込んできた。

 

中たえ「あの戦いで、向こうに気付かれたかもしれない。巫女の力を。」

 

友希那「どういう事かしら?」

 

中たえ「少し穢したくらいじゃ巫女が元に戻すんだって事に気付かれたかも。」

 

リサ「つまり…、私やモカが狙われるって事?」

 

友希那「不吉な事を言わないでちょうだい。バーテックスにそこまでの知能があるとは思えない。」

 

中たえ「……。御先祖様、これは可能性の話だよ。でもね、リサさん?」

 

リサ「何?」

 

中たえ「出来れば…、勇者から離れないでね。」

 

リサ「……。」

 

そう言い残したえは去っていった。

 

友希那「花園さん…どういうつもりなのかしら?私の子孫ながら、思考が読めないわ。」

 

リサ「友希那…。」

 

友希那「心配しないで、リサ。何があっても、リサは私が守るから。」

 

リサ「…ありがとう。」

 

中たえ(…バーテックスにそこまでの知能は無い…か。)

 

たえは身をもって知っていた。バーテックスの恐ろしさを。

 

 

---

 

 

神社入口--

 

入り口ではまだ準備の真っ最中である。

 

モカ「蘭ー。もう少し右だよ。」

 

蘭「これ…くらい…?」

 

モカ「オッケー。その辺りで固定して。」

 

蘭と一緒に作業しているモカの元へリサがやって来る。

 

リサ「モカ、ちょっと話があるんだけど…一緒に来てくれる?」

 

モカ「分かりました。蘭ー、ちょっと行ってくるねー。」

 

蘭「分かった。」

 

 

---

 

 

神社、境内--

 

リサはモカにたえに言われた事を説明する。

 

モカ「敵が私達を狙う?…何かの冗談じゃ…。」

 

リサ「そうとも限らないよ…。この世界の結界は簡易的な物が結構多く見られる…。それはつまり…。その気になりさえすれば、互いにいつでも踏み越えられる状態だって思わない?」

 

モカ「そう言われれば確かに…。この神社も未開放地域がすぐ裏手にありますね…。」

 

リサ「これまでは、こっちの力を伺って敵が牽制をかけてただけなのかも…。」

 

モカ「それじゃあ先日のは前哨戦だったって事ですか?」

 

リサ「分からない。単なる取り越し苦労かもしれない。」

 

モカ「きっとそうですよ。あれから何の神託も無いんですから。それに敵が結界を踏み越えれば、すぐに警報が鳴る筈です。」

 

だがリサの不安は消えなかった。

 

リサ「だけど、離れた所の結界に侵入されたら、警報が鳴っても間に合うけど…近くのラインを越えられたら…。」

 

 

 

そんな時だった--

 

 

 

リサ・モカ「っ!?」

 

2人が敵の気配に反応するも、バーテックスは2人のすぐ目の前まで迫っていたのである。

 

リサ「きゃあ!!」

 

リサの叫び声に友希那と蘭がすぐさま駆けつける。

 

リサ「友希那!」

 

モカ「蘭!」

 

蘭「もしかしてと思って待機しておいて良かったよ。」

 

友希那「下がって、リサ。あなたは絶対に穢させないから。」

 

2人は巫女達を後ろへ下がらせ、攻撃をしかける。

 

友希那・蘭「「はあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

友希那「…囲まれたようね。」

 

蘭「湊さん、何か良いアイデアありませんか?」

 

樹海へと逃げたバーテックスを追っていた2人は待ち構えていた他のバーテックスに囲まれていた。

 

友希那「そ、そうね…。」

 

考えている途中、何者かがバーテックスを遠距離から打ち倒し、2人は危機を脱する。

 

友希那・蘭「「えっ!?」」

 

中沙綾「取り敢えず乱射してみましたが、大丈夫でしたか?」

 

ゆり「2人とも無事?」

 

りみ「遅くなりました!」

 

沙綾を先頭に、勇者が集まってくる。

 

ゆり「ギリギリまで結界に引っ掛からない位置取りで近距離から侵入なんて、やってくれるね。」

 

友希那「花園さんの予想通りだったわね…。戦う力の無い人を襲うのは許せないわ!」

 

中沙綾「巫女を狙うんだったら、私の所に来てくれれば良かったのに。」

 

高嶋「でも、敵の狙いが解ったから大丈夫。2人には私達がついてる!」

 

香澄「そうそう。こんなに勇者がいるんだもん。絶対に守りきるよ!」

 

中沙綾「………。」

 

沙綾はそわそわしている。

 

有咲「…沙綾。今「私は?」って思っただろ。」

 

中沙綾「えっ…?」

 

紗夜「解ります…。」

 

りみ「わ、解るんですね…。」

 

樹海を勇者達の笑いが包み込んだ。

 

友希那「…。お陰で肩の力が抜けたわね。さあ、美竹さん。ここからが勝負よ。」

 

蘭「もちろんです。バーテックスに、巫女を狙うとどうなるかを思い知らせる!」

 

友希那「みんな!今日という今日は、徹底的に敵を打ち倒すわよ!!」

 

全員「「「おおーーーーーっ!!!」」」

 

幸いな事に厄介なバーテックスは1体も出てきていなかった。勇者たちは怒涛の攻めを見せ、バーテックス達を一掃する事に成功する。そしてバーテックス達は学習する事となる--

 

 

 

巫女に手を出すとヤバい事になるという事に。

 

 

---

 

 

お祭り当日--

 

ゆり「やっと無事にお祭りの日を迎える事が出来たよ。」

 

りみ「まさか、2回も襲撃されるとは思わなかったね。」

 

香澄「でも、もう大丈夫だよ。あれだけ思いっ切り倒したんだから。」

 

高嶋「なんか逆にバーテックスがかわいそうになるぐらいだったね…。」

 

そこに巫女達2人がやって来る。

 

リサ「みんな、今回はごめんね。」

 

モカ「戦う力さえあればねー。」

 

蘭「何言ってるの、モカ。そうしたら私のやる事無くなるでしょ。」

 

友希那「そうね。戦う事が勇者の役目。巫女は巫女で、他にやる事があるでしょう?」

 

小沙綾「それに、何度敵が来ても、今回みたいに倒しちゃえば良いだけですから。」

 

夏希「良い事言うね、沙綾。」

 

あこ「ところでゆりさん。もう仕事は全部終わったんですよね?」

 

ゆり「そうだね。みんなご苦労様。見ての通り、勇者部任務完了だよ!」

 

小たえ「やったぁ!」

 

あこ「じゃあもう、遊んでも良いんですよね?たこ焼き買っても良いんですよね?」

 

燐子「あこちゃん…ヨダレが…。」

 

美咲「さっきから良い匂いしてるもんね。お腹空いてきちゃった。」

 

ゆり「まだ慌てないで。今から報酬のタダ券を配るよ。」

 

紗夜「あの…、その券があれば金魚すくいも…?」

 

ゆり「勿論。何だって出来るよ!」

 

高嶋「良かったね、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「私、高嶋さんの為に…沢山すくいます。金魚…。」

 

ゆりはみんなにお祭りのタダ券を配る。

 

香澄「やったぁ!!」

 

中沙綾「良かったね、香澄。一緒に屋台巡ろっか。」

 

ゆり「あっ、そうだ。沙綾ちゃんは射的禁止だよ。」

 

中沙綾「え?どうしてですか?」

 

沙綾はかつてたえと行った祭りで射的をした際、景品を根こそぎゲットした事があり、その為商売にならないと苦情が来てしまっていたのである。

 

 

--

 

 

小沙綾「あ、あの…、気を落とさないでください…。」

 

自分で自分を慰める光景はシュール以外の何物でもない。

 

燐子「山吹さんのそんな顔、初めて見ました…。」

 

香澄「元気出して、さーや!成せば大抵なんとかなるよ!」

 

紗夜「そうです。景品が無理なら金魚を撃てば良いんです。」

 

りみ「だ、ダメですよ…。そんなどこかの女王様みたいな事言わないでください!」

 

ゆり「じゃあ、ここからは自由行動。今日の任務はみんなお祭りを満喫する事だよ!」

 

 

---

 

 

神社、屋台--

 

神社には様々な屋台が立ち並び、香しい匂いが辺りを包んでいた。

 

香澄「ふむふむ。ここに牛串屋さん、あっちに焼きイカ・その隣がソース煎餅…と。あれ?…高嶋ちゃん?」

 

高嶋「あ、戸山ちゃん。1人でどうしたの?」

 

香澄「うん、屋台の下見してたんだ。さーやがちょっと忙し…ん!?」

 

香澄がまじまじと高嶋の顔を見つめはじめる。

 

高嶋「ど、どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 

香澄「ねえ、高嶋ちゃん!良い事思いついたからちょっと私と一緒に来て!」

 

高嶋「えっ、どこ行くの!?私これから、紗夜ちゃんと待ち合わせが!」

 

香澄は高嶋を強引に連れて行ってしまった。

 

 

---

 

 

神社、境内--

 

境内では紗夜が高嶋を待っていた。

 

紗夜「高嶋さん……どこでしょう?時間は間違いない筈ですが…。」

 

高嶋が時間通りになっても来ない事に不安を覚えていた。

 

紗夜「もしかして…みんなと遊びに行って私との約束を忘れてしまったのでしょうか…?」

 

そんな時だった。

 

高嶋「紗ー夜ちゃん!」

 

紗夜の目の前に浴衣を着た高嶋香澄が立っていたのである。

 

紗夜「あ…あぁ……ま、眩しい…です。」

 

高嶋「えへへ。」

 

紗夜「た、高嶋さん…!来てくれたんですね。」

 

高嶋「約束したでしょ?遅れちゃってごめんね!」

 

紗夜「いえ…。それよりも…その浴衣は…?」

 

高嶋「戸山ちゃんが貸してくれたんだ!着付けは沙綾ちゃんが。」

 

紗夜「そうだったんですね…。それより、お腹…空いてませんか?」

 

高嶋「もうペッコペコだよ!みんなが言ってた物みんな食べちゃいたいくらい!」

 

紗夜「ふふっ…。私もです。高嶋さん…あのっ!」

 

高嶋「ん?どうしたの?」

 

紗夜「浴衣……とても似合ってますよ。」

 

高嶋「ありがと!紗夜ちゃん!!」

 

高嶋の笑顔は紗夜にとって何よりも明るく自分を照らすものだった。2人はこのお祭りを心行くまで楽しんでいったのである。

 

 



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神樹の記憶〜1年で1番大切な日〜

この物語の主役である香澄の誕生日です。


いかんせん1月前なのは気になさらないでください。




 

 

7月の14日の事--

 

 

スマホから聞いた事のない音が鳴り響く。

 

ゆり「うわっ!スマホからこんな音初めてだよ。"緊急招集"…?何だろう?」

 

ゆりは駆け足で部室へと向かった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

ゆりが駆けつけると部室には1人を除いた全員が集まっていた。

 

ゆり「みんな揃ってる!?」

 

友希那「ゆりさん。この警報は一体何かしら?みんな驚いているわ。説明をお願い。」

 

ゆり「私にも分からないんだ…。リサちゃん達は何か知らない?」

 

リサ「ううん…。スマホにこんな機能がある事自体知らなかったよ。」

 

モカ「神託も無いし、大赦からは何も聞いてないよ。何かの誤作動とか?」

 

巫女も知らないと言う中、沙綾が話し出す。

 

中沙綾「それについては、私から説明します。」

 

りみ「沙綾ちゃんは何か知ってるの?」

 

沙綾は頷き、神妙な面持ちで話し出す。

 

中沙綾「ただ今から、緊急会議を開催します。」

 

燐子「緊急…。山吹さんがそう言うからには、何か余程大変な事が…。」

 

その瞬間、ゆりは全てを察した。

 

ゆり「……あっ、今何月何日だっけ…7月14日かぁ。やっぱりね……。」

 

中沙綾「今日7月14日は、戸山香澄の誕生日です!」

 

全員「「「……はぁ。………え?」」」

 

部室を静寂が包み込む。

 

あこ「びっくりさせないでよー!!その為にこんな大袈裟な警報鳴らしたの!?」

 

中沙綾「そうだよ。これは、何においても話し合うべき事だから。」

 

中たえ「香澄の誕生日は沙綾にとって大事だもんね。」

 

リサ「確かに。大切な人の誕生日は大事だよ。」

 

美咲「いやいや、だからってそこまでする?これって、スマホどうなってるの?」

 

中沙綾「香澄以外のスマホをハッキングさせてもらったよ。」

 

夏希「ハ、ハッキング!?それって、犯罪なんじゃ…。」

 

中沙綾「大丈夫だよ、夏希。これは超法規的措置だから。」

 

有咲「んな訳あるかぁぁぁ!!」

 

ゆり「あはは…。香澄ちゃんの事となると、暴走しちゃうからね…。」

 

紗夜「くっ…。その行動力の半分でも私にあれば……。」

 

高嶋「成る程!戸山ちゃんの誕生日だから、ここに本人が来てないんだね?」

 

ここに来ていない人物、それは戸山香澄本人だったのである。

 

薫「香澄ちゃんには普段からお世話になってるからね…。勿論協力するよ。」

 

友希那「その事自体に異論は無いわ。」

 

蘭「私も。」

 

中沙綾「賛同を得られたという事で、早速相談していきたいと思います。」

 

かくして、香澄には内緒の誕生日会議が始まった。

 

 

--

 

 

ゆり「それじゃあ、具体的に何するかを考えよう。」

 

夏希「サプライズパーティーとかですか?」

 

高嶋「プレゼントは何が良いんだろう?」

 

りみ「香澄ちゃんは何でも喜んでくれそうだよね。」

 

リサ「それに、何よりもみんなと仲良くする事を望んでるもんね。」

 

友希那「そうね。変に凝った物を贈るより、却っていつものパーティの方が良いんじゃない?」

 

しかし、沙綾はそれを却下する。

 

中沙綾「何か特別な事をしてあげたいんです。香澄の誕生日だから!」

 

夏希「じゃあ、いつも通りだけど、ちょっと変えて香澄さん用にアレンジしたパーティはどう?」

 

中沙綾「うん!それは良い考えだよ、夏希。」

 

あこ「けど、それはつまりどういう事?」

 

紗夜「海野さん、意見を出したという事は、戸山さん用にどうするのか、考えているんですか?」

 

夏希「えっ?いや…そこまでは全然。」

 

モカ「何でも喜ぶ人を喜ばせるのは大変ですな。」

 

みんなが考え込む中、有咲がある提案をする。

 

有咲「…なあ、私にひとつ考えがあるんだけど。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

ゆり「まさかまたやる事になるなんてねぇ。」

 

有咲が提案したのは、ある所に招待したいからという事。その為には未解放地域を開放する必要があるのである。かつて小学生組に蛍を見せた時と同じ事だ。

 

中たえ「解放地域が広がって、無理に進まなくても良くなったからね。」

 

小沙綾「それでも未解放地域が必要なら、私達で解放しないと。」

 

美咲「でも神託も無いのに勝手に解放して良いんだっけ?」

 

中沙綾「神託で動かないと、敵に取り返される危険はあるけど、自発的な解放自体に問題は無いよ。」

 

薫「取られたら、また神託があった時に解放すれば良いんだよ。」

 

あこ「それより、よくこんな事思いついたね。」

 

高嶋「本当だよね。戸山ちゃんの事、解ってるって感じ!」

 

りみ「長い付き合いだもんね。」

 

紗夜「最近知り合った私達では、到底思いつかない案です。」

 

みんなが有咲に関心している。

 

有咲「それほどでも無いよ。完成型勇者はアイデア出しもチョロいもんだ。」

 

中沙綾「有咲、良い案出してくれてありがと。」

 

有咲「な、何だよ急に…。たまたま思い付いただけだし…。」

 

中沙綾「それでも助かったよ。ありがとう。」

 

有咲「ちょまっ…!?べ、別に沙綾の為じゃないんだからな!」

 

顔を真っ赤にしながら有咲は答えた。

 

 

---

 

 

その頃、勇者部部室では--

 

リサ「香澄、お茶が入ったよ。」

 

香澄「ありがとう、リサさん。でも、みんな何処に行っちゃったんだろう?」

 

モカ「あー…ゲームでもやらない?紗夜さんがいくつか貸してくれたからさ。」

 

香澄「ありがとう!じゃあせっかくだから少しだけやろうかな。」

 

香澄はモカに勧められてゲームを始める。巫女達2人は今、他のみんなが未解放地域を解放している間、香澄を足止めしようと何とか時間を稼いでいるのである。

 

モカ「リサさん。もうそろそろ限界かもですよ。」

 

リサ「頑張って。樹海で戦ってるみんなの為にも、踏ん張るよ。」

 

モカ「そもそも、どうして香澄の端末だけ警報が鳴らなかったんですかね?」

 

それもその筈、香澄の端末だけ沙綾が再度ハッキングして警報が鳴らないよう細工していたのだ。

 

香澄「あー、負けちゃったよ。……さっきから2人で何話してるんですか?」

 

ゲームに負けてしまった香澄が戻って来た。

 

リサ「な、何でも無いよ!お茶のおかわりはどう?」

 

思わず声が上擦ってしまう。

 

香澄「まだ沢山入ってるから大丈夫です。」

 

モカ「他のゲームにする?別のソフトもあるよ?」

 

香澄「うーん。私ゲームの才能無いみたいです…。」

 

リサ「それなら、3人で世間話でもしない?」

 

香澄「はい…。ですけど、他のみんなは?」

 

さすがの香澄でも他のみんながいない事に怪しんだ。

 

リサ「私達だけじゃ楽しく無い?そんな…悲しい……。」

 

思わずリサは情に訴える作戦に切り替える。

 

香澄「リサさん!?すみません、そんな事無いんです!楽しいです!楽しい…ですけど…。さーやや、有咲、りみりんにおたえ、ゆり先輩やみんながいて……。一緒にワイワイしてるのが、1番楽しいんです。ですから、みんながいないと…元気が出ないんです。」

 

思わず漏れた香澄の本音。この言葉が香澄の全てを物語っているものだった。

 

リサ「……本当にみんなの事が好きなんだね。」

 

香澄「はい!色んな世界から来て、勇者部に入ってくれた大切な仲間ですから。みんな大好きです!」

 

モカ「…そんな笑顔を見てると、私まで元気になるなー。」

 

リサ「勇者パワーだね。香澄は勇者パワーがとても強いんだよ。」

 

香澄「私、ちょっとみんなを探しに行ってきます!」

 

香澄は駆け出そうとする。が、

 

リサ「あぁーーー待ってまって!お茶!お茶を入れ直すから!!」

 

慌ててリサがお茶を入れ直すが、

 

香澄「わぁっ!零れてます!拭く物拭く物!ティッシュ!布巾ーーー!!」

 

モカ「…みんな、早く帰ってきて。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

紗夜「くっ!攻撃が通りません!」

 

高嶋「ここの敵、すっごく強い!」

 

沙綾達は未解放地域解放に手こずっていた。

 

ゆり「さすがに、拠点からかなり離れた土地だから手強い敵が沢山いるね…。」

 

拠点近くの神樹から離れるほどに勇者の力は弱まり、逆に敵の拠点に近くなる程バーテックスは強くなる。沙綾たちは"防御特化型"を突破出来ないでいた。

 

友希那「瀬田さん!一緒に行くわよ!」

 

薫「ああ!」

 

美咲「援護します!」

 

3人の攻撃が炸裂する--

 

 

 

しかし、それすらも弾かれてしまう。

 

薫「中々に硬いね…。」

 

中沙綾「どんなに手強くても、倒さないと香澄の誕生日が出来ない…。」

 

沙綾は焦りからかライフルを乱射し出した。

 

燐子「ダメです…。全然効いていません……。」

 

中沙綾「バーテックスなんかに邪魔はさせない!香澄の誕生日の為に…。」

 

その時、頭に血が上った沙綾を夏希とたえが宥める。

 

夏希「こらっ!沙綾!私達仲間がいるでしょ。1人で頑張り過ぎないで!」

 

中沙綾「え……。」

 

小たえ「そうだよ、沙綾先輩。私も頑張るから。」

 

中沙綾「2人とも…。」

 

小沙綾「沙綾さん、一緒に前衛の援護をやり切りましょう。」

 

小学生組に諭され、落ち着きを取り戻す沙綾。

 

中沙綾「そうだね…。先走っちゃってごめんね。夏希、たえちゃん、敵の背後に回り込んで!」

 

夏希・小たえ「「りょーかい!」」

 

中沙綾「沙綾ちゃん、私達で敵の気を晒すよ!」

 

小沙綾「分かりました!」

 

中沙綾・小沙綾「「はぁぁぁっ!!」」

 

銃撃と矢の雨が"防御特化型"に降り注ぎ、意識が沙綾達に逸れる。

 

蘭「敵が怯んでる!」

 

りみ「この隙にワイヤーで…!えーーーい!!」

 

ワイヤーで"防御特化型"の動きが止まる。

 

友希那「市ヶ谷さん!大上段から行くわよ!」

 

有咲と友希那は飛び上がる。

 

ゆり「各自、全方向から同時攻撃で倒すよ!」

 

全方向からの勇者達の攻撃に耐えきれず、"防御特化型"は光となって消滅していったのだった。

 

 

---

 

 

とある草原--

 

解放完了の知らせを受け、リサとモカは香澄を指定の場所へと連れてきていた。

 

香澄「リサさん、ここ何処ですか?随分遠くへ来たみたいですけど。」

 

リサ「もうすぐ着くよ。みんな待ってるから。」

 

香澄「え?」

 

 

--

 

 

しばらく歩き続けると、3人は色とりどりの花が咲いている公園へと辿り着いた。

 

ゆり「待ってたよ、香澄ちゃん。」

 

公園では勇者部全員が集まっていた。

 

香澄「ゆり先輩!みんなも!今まで何処で何してたんですか?」

 

高嶋「戸山ちゃんの為に花のテーマパークを解放しに行ってたんだよ!」

 

有咲はこの公園に連れて行く為に、公園周辺の未解放地域を解放する提案を出したのだ。

 

ゆり「香澄ちゃんの為に頑張って解放したんだよ。」

 

香澄「私の為ですか!?」

 

りみ「さあ、香澄ちゃん、どんどん進んでね。」

 

香澄「え、ええーー!?」

 

 

--

 

 

更に少し歩くと、沙綾が待っていた。

 

中沙綾「香澄、誕生日おめでとう!」

 

沙綾の合図でみんやがクラッカーを鳴らし祝福する。

 

香澄「うわっ!ビックリしたぁ!誕生日、覚えててくれたんだね!」

 

中沙綾「当たり前だよ!1年で1番大切な日だもん。」

 

紗夜「山吹さんにとって…ですけどね。」

 

友希那「いえ…私達みんなにとって、1人1人の誕生日は大切なものよ。戸山さん、おめでとう。」

 

そこへ有咲が香澄に花束を渡した。

 

有咲「こ、これ…。この花の寄せ集め、やるよ……。」

 

どこかぎこちない様子の有咲。

 

夏希「は、花の寄せ集め…?」

 

中たえ「花束って言えば良いのに。」

 

香澄「凄い!とっても綺麗な花束だよ!すっごくすっごく嬉しいよ!!」

 

中沙綾「ここに連れてくる案を出したのも有咲なんだよ。」

 

香澄「そうなんだね!ここ本当に綺麗で最高だよ!ありがとう、有咲!」

 

有咲「こ、この程度でそんなに喜ぶなんて、か、香澄は頭の中まで花畑なんだな…!」

 

中たえ「これがツンデレ……。」

 

有咲「う、うっせぇーーーー!!!」

 

蘭「誕生日おめでとう、香澄。今日は沢山の花に囲まれて過ごしてね。」

 

美咲「ここには全部の季節の花が咲いてるらしいよ。」

 

香澄「本当に!?凄いなぁ…。さーや、一緒に回ろうよ!」

 

香澄は沙綾に手を差し出す。

 

中沙綾「……うん!」

 

沙綾は差し出された香澄の手をとった。暖かい日差しの中、2人の笑顔が輝いていた。

 

 

 



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神樹の記憶〜温泉宿勇者連続昏睡事件〜


英気を養う為、人里離れた旅館にやって来た勇者部一同。だがしかし、その山にはとある言い伝えがあり--


探偵ものに良くあるパターンです。




 

 

夏の暑さも少し和らいできた頃。

 

美咲「少し過ごし易くなってきたね。戦闘が結構続いてたから、休みが欲しいよ。」

 

蘭「確かに。」

 

何だかんだ言って勇者部は忙しい。御役目が無い時は、学校や地域からの依頼をこなす日々が続いている。

 

有咲「部長の人徳もあるな。お陰で依頼がひっきりなしで舞い込んでくる。」

 

ゆり「私のせい!?」

 

有咲「敵が来ない日に色んな依頼を持ってくるのは誰だ?」

 

あこ「ねぇ、リサ姉。神樹様にお休み頂戴って電波飛ばしてくださいよー。」

 

リサ「うーん。神樹様ってよりは、交渉するなら大赦だろうね。」

 

モカ「えー。あの仮面の人達ってなんか話難い雰囲気だしてますよねー。」

 

小沙綾「ですが、心身を休めないと御役目にも支障が…。」

 

中沙綾「そうだね。ゆり先輩、何とかなりませんか?」

 

勇者達は夏の暑さや日々の御役目の疲れが溜まり始めていたのだ。沙綾の言う通り、このままでは大事な御役目にまで支障をきたしてしまう。

 

ゆり「うーん……どうかなぁ……。」

 

香澄「ハイハイ!いつかみたいに温泉に行って海鮮食べたいでーーーす!」

 

香澄の言葉に夏希とあこが食いつく。

 

夏希・あこ「「海鮮ーーー!?」」

 

友希那「勇者部では、過去にそんなイベントがあったの?」

 

香澄達勇者部は"完全型"バーテックス12体を全て倒し終えた際、大赦が温泉旅行を振舞ってくれたのである。

 

あこ「羨ましいーーー!!」

 

夏希「私も食べ放題したいですーー!!」

 

2人から湧き上がる海鮮コール。

 

ゆり「うぅ……。これはもう収集がつかない…。部長として何とかしないと…。」

 

ゆりはたえを誘って大赦へと赴いた。

 

 

---

 

 

温泉宿--

 

中沙綾「と、言うわけで…私達勇者部は山深い温泉宿に来ています。」

 

香澄「さーや、誰に話してるの?」

 

ゆりとたえの尽力により、勇者部は人里離れた温泉宿へと来たのである。

 

薫「凄いね、ゆり…。」

 

ゆり「流石にブラック勇者部なんて言われたら、大赦も放ってはおけなかったようだよ。」

 

りみ「お姉ちゃん、あれからたえちゃんと何度も大赦に足を運んだんですよ。」

 

蘭「流石は部長。」

 

モカ「何でも言ってみるものだねー。」

 

友希那「全くね…。私の子孫の影響力も衰えて無いようだし。」

 

ゆり「早速この宿の説明なんだけど…。」

 

ゆりが話し始めようとするが、

 

あこ「よーし、夏希!早速山に探検に行ってみよう!」

 

夏希「りょーかいです!!」

 

ゆり「2人とも人の話を聞きなさーーい!!」

 

ゆりのカミナリが2人に炸裂した。

 

燐子「そう言えば…この山には確か伝説がありましたよね……。」

 

中たえ「そうそう、この山には紅葉が沢山あるんだけどね、その紅葉は昔愛し合い、心中したとある恋人達の……。」

 

小たえ「血によって染め上げられたんだって!」

 

ゆり「なっ………へ?」

 

中たえ「今生では結ばれない不幸な2人は、涙ながらに互いの首へ懐剣をあてがって……。」

 

小たえ「一気に切り裂いて……。」

 

ゆり「…………。」

 

あまりの恐怖でゆりの目から光が消える。

 

美咲「どう考えても、怖い話にしか聞こえないよ…。」

 

ゆり「血…血が…、染め……。葉っぱが赤いの…血…血ぃぃぃ!?」

 

りみ「お姉ちゃん!考えちゃダメだよ!?」

 

小たえ「それ以来、血の味をしめた木々は毎年人の血を求めて……。」

 

ゆり「いやぁぁぁぁぁ!!うーーーーん…。」

 

遂にゆりは恐怖に耐えきれず、気絶してしまう。

 

有咲「倒れた。じゃあ、私は折角だから山で走り込みしてくるな。後は宜しく。」

 

香澄「いってらっしゃーーい!気をつけてね。」

 

 

--

 

 

数分後--

 

ゆり「うー……苦労して大赦に話をつけたのに、どうして怖い話を聞かなきゃいけないの…。」

 

友希那「子孫がごめんなさい…。」

 

紗夜「所詮作り話じゃないですか。」

 

ゆり「面目無い…。」

 

中沙綾「それで、ゆり先輩。さっき言いかけていた宿の説明ですけど…。」

 

ゆり「ああ、そうだったね。この旅館は温泉宿としても有名でね……。」

 

次の瞬間、樹海化警報が鳴り出した。

 

リサ「戦闘配置について!」

 

ゆり「バーテックスまで、何で空気読まないの!?」

 

小沙綾「油断してましたね…。こんな知らない土地で大丈夫でしょうか…。」

 

リサ「……この感じ、どうやらこの宿を狙っての襲撃って予感がするよ。」

 

美咲「成る程。わざわざ私達勇者を狙っての襲撃って訳ですか。」

 

薫「場所は関係ないよ。何処だろうと戦うまでさ。」

 

友希那「行きましょう、みんな!」

 

出撃するすんでの所で夏希とあこが戻ってくる。

 

あこ「間に合った!出撃するならあこも行くよー!」

 

夏希「私も行きまーす!」

 

全員が揃ったと思いきや、香澄は有咲がいない事に気が付いた。

 

香澄「有咲は?ゆり先輩!有咲が戻ってないです!」

 

ゆり「有咲ちゃんの事だから、きっと先に行ってる筈だよ。」

 

中沙綾「だったら早く合流しましょう!」

 

香澄「よーし、戸山香澄行きまーす!!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

あこ「どんなもんだ!呆気なかったね!」

 

小たえ「何だか簡単でしたね。」

 

紗夜「こちらの対応が予想外に早くて焦ったのでしょうか…。」

 

敵の数も星屑と僅かな"新型"のみで、倒すのにそれ程時間はかからなかった。

 

 

だが、何かがおかしかった--

 

 

薫「香澄ちゃん、どうしたんだい?さっきから何かを探しているようだが…。」

 

樹海に来てから探していた有咲がどれだけ探しても見当たらないのである。

 

香澄「薫さん…。有咲が見当たらないんです…。」

 

中沙綾「前線にはいなかった?」

 

香澄「うん…。あこちゃんと夏希ちゃんと3人で前線に出てたんだけど、そこには……。」

 

蘭「変だね…。いつもなら人を掻き分けてでも前線に出るのに。」

 

モカ「間に合わなかったから、決まりが悪くて何処かに隠れてる…とか?」

 

美咲「トレーニングのやり過ぎで、何処かで寝ちゃってるとか?」

 

小沙綾「まさか…。おたえなら有り得ますけど…。」

 

小たえ「照れるよ、沙綾。」

 

りみ「褒められてないよ、おたえちゃん!?」

 

ゆり「一体何処に行ったんだろう…?」

 

あこ「きっとお腹が減ったら戻って来ますよ!」

 

ゆり「そうなら良いんだけど…。」

 

リサ「みんなで手分けして探しに行こうか。」

 

香澄「それが良いですね!ありがとうございます、リサさん。」

 

ゆり「苦労かけてごめんね。何人かずつで探しに行こう。」

 

みんなは手分けをして有咲を探しに山へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

山道--

 

燐子「市ヶ谷さーん、何処ですかー…!」

 

友希那「聞こえたら返事して頂戴!」

 

友希那達は大声で呼びかけながら山道を歩いていたが、突然前を歩いていたリサが立ち止まる。

 

友希那「っ!急に立ち止まってどうし……リサ?」

 

リサ「あ………ぁぁ………ぁ……。」

 

リサから目のハイライトが消えていた。

 

燐子「ど、どうしたんですか…?今井さんがそこまで動揺するなんて……。」

 

美咲「何かありました?」

 

リサ「そ、そこに……。」

 

 

 

 

リサが指さした方向には--

 

 

 

 

美咲「そこ?え……、ああーーーっ!?い、い、市ヶ谷さん!?」

 

燐子「し、死んでる………!?」

 

有咲が倒れていたのである。

 

 

---

 

 

温泉宿--

 

友希那達は動かず、目を開けない有咲を宿へと運んで帰ってきた。

 

香澄「うわあああーーーん!!有咲ーー!起きてよ!目を開けてーー!!」

 

香澄は有咲を揺すって泣き叫ぶが、

 

リサ「香澄、揺すっちゃダメだよ!頭を打っているかもしれないよ!」

 

香澄「そんな……有咲、どうして…。何があったんですか!?」

 

友希那「それが…私達にも分からないのよ。」

 

美咲「見つけた時には、もう……。」

 

燐子「遅かったって言いますか…。」

 

香澄「うわあああーーーん!!!」

 

香澄が大声で泣き叫んでいても有咲は目を覚まさない。演技では無く本当に何の反応も無いのである。

 

中沙綾「呼吸はしてるし、外傷は無いみたいだけど…。」

 

ゆり「ま、まさか…この山の……の、の、呪い………!?」

 

紗夜「バカな事言わないでください。そんな訳無いじゃないですか…。」

 

薫「何かに襲われたのだろうか…。」

 

ゆり「"何か"って何!?"誰か"じゃなくて"何か"って何ぃーーーー!?」

 

りみ「お姉ちゃん、落ち着いて…。」

 

小沙綾「救急車を呼びましょうか。それとも大赦に連絡を…。」

 

しかし、これはほんの序章に過ぎなかったのである。

 

夏希「あ、あの…あのさ、沙綾、おたえ。あこさんを見なかった?」

 

全員が集まったと思ってた部屋にあこがいなかったのである。

 

小たえ「え?見てないよ?」

 

小沙綾「夏希、一緒じゃなかったの!?」

 

夏希「途中までは一緒だったんだけど、有咲さんを探してた時に別れたんだよ…。」

 

蘭「何でそんな事したの?」

 

夏希「実は、食後のデザートをかけて勝負をしてたんです…。どっちが有咲さんを探し出せるかって…。」

 

紗夜「それで、まだ探してるって訳ですか…。」

 

モカ「だったら今度はあこちんを探しに行かないと。」

 

その時、夏希の頭に一抹の不安がよぎる。

 

夏希「ど、どうしよう……。ひょっとして、あこさんも有咲さんみたいに……。」

 

燐子「あこちゃん……!」

 

みんながあこを探しに行こうとしたその瞬間、再び端末からアラームが鳴り出した。

 

友希那「くっ、こんな時に…!」

 

リサ「みんなは行って!ここは私とモカが!」

 

香澄「でも……。」

 

香澄は出撃を躊躇ってしまう。そこへ、

 

薫「行こう…。きっと有咲ちゃんならそうする筈だよ。」

 

香澄「………そう…ですね。有咲、私頑張ってくるね!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

香澄「このーーーっ!バーテックスめーーーー!!有咲を眠らせてあげてよーー!!」

 

美咲「それじゃあ、受け取り方によっちゃ酷い事言ってるみたいだよ……。」

 

りみ「い、一生懸命なだけだから…。」

 

燐子は樹海を見渡してみるが、そこにあこの姿は無かった。

 

燐子「っ!?きゃっ!!」

 

あこを探すのに気を取られ、星屑の突進が燐子に命中してしまう。

 

友希那「燐子っ!はぁっ!!」

 

咄嗟に友希那が燐子のカバーに入った。

 

友希那「燐子、気持ちは分かるけど、今は戦いに集中しなさい!」

 

燐子「す、すみません、友希那さん…。ですが…。」

 

夏希「燐子さん、大丈夫です。あこさんは絶対に無事でいますって!さっきはあんな事言っちゃいましたけど、あこさんは強い人ですから!」

 

燐子「そう…ですね…。あこちゃんは絶対大丈夫…!」

 

燐子はそう自分に言い聞かせて戦いに集中する。

 

燐子「少しでも早く敵を倒して…あこちゃんを探しに行かないと…!」

 

夏希「その意気です、燐子さん!」

 

燐子「待ってて、あこちゃん…。」

 

燐子は戦いを早く終わらせる為に、前衛へと走り出した。

 

紗夜「白金さん…。」

 

薫「気持ちは分かるよ。」

 

紗夜「え?」

 

薫「誰だって…大切な仲間の事を思えば、必死に頑張ってしまうものさ…。」

 

紗夜「………そうですね。」

 

高嶋「数が減ってきた!一掃しよう、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「ええ、高嶋さん。任せてください!」

 

2人も燐子の後に続いて前衛へと急ぐ。敵の数は着実に減っていた。

 

りみ「後もう少しです!」

 

ゆり「このまま全員で畳み掛けるよ!」

 

香澄「はい!おりゃあああっ!!!」

 

 

--

 

 

数分後--

 

燐子「はぁ…はぁ……。これで…全部です…。」

 

慣れない前衛で頑張った為か、燐子は肩で息をしている。

 

友希那「さすがね、燐子。良い戦い振りだったわ。」

 

高嶋「すっごく強かったよ、燐子ちゃん!」

 

燐子「早く…探しに行きましょう…!あこちゃんを…!」

 

燐子は疲れた体に鞭打って歩き出す。

 

ゆり「分かった!夏希ちゃん、あこちゃんと別れたのは何処らへんか覚えてる?」

 

夏希「えっと………ごめんなさい、よく…覚えてないんです…。あ、でも!」

 

美咲「でも?」

 

夏希「あこさん、ずっとお腹が空いたって言いながら探してました…。」

 

燐子「……だったら、旅館の厨房へ行ってみましょう…!」

 

友希那「そんな単純な……。でも、あこなら有り得そうね…。」

 

高嶋「また何かあるといけないから、全員で行こう!」

 

香澄達は手分けをせずに、全員で厨房へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

厨房裏口--

 

蘭「あそこが厨房の裏口だね。」

 

 

 

全員で裏口へとやって来るが--

 

 

 

ゆり「あ…あぁ…ぁ…ぁ……。」

 

りみ「お姉ちゃん?」

 

美咲「さっきのリサさんと同じ対応……まさか!?」

 

ゆり「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!あこちゃんが……あこちゃんが死んでるーーっ!!」

 

ゆりが見たものは、有咲と同じ様に目を瞑って横たわり、動かないあこの姿だった。

 

夏希「あ、あこさん!?嘘だ!あこさんが!あこさんが……!!」

 

燐子「あこちゃん!しっかりして、あこちゃん…!!」

 

燐子があこを抱きかかえて呼びかけるも、先の有咲と同様で応答は無い。

 

友希那「燐子!息はしてるの!?怪我は!?」

 

友希那に言われ、燐子はあこを観察する。すると、

 

燐子「え…?何…これ…?あこちゃん、なんか濡れ…て…。」

 

よく見ると、あこの口から赤い液体が少し垂れていた。

 

高嶋「そ、それって……血!?」

 

小沙綾「あこさん、何処かに傷を!?」

 

燐子「………これって…本当に呪い……?そ、そんな……!いやぁああああああーーーーーっ!!!」

 

燐子の叫びが人里離れた山奥でこだまするのだった--

 

 

 



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神樹の記憶〜温泉宿勇者連続昏睡事件・解決譚〜


旅館で起こった謎の勇者昏睡事件。いよいよその謎が明らかになる--


真犯人は一体誰なのか--




 

 

有咲に続いてあこまでが目を覚まさなくなってしまった。これまでの状況を一旦整理する為、残ったみんなはあこを運んで客間へと戻る。

 

 

--

 

 

客間--

 

香澄「まだ目を覚まさないよ、有咲……。」

 

燐子「あこちゃんもです……。」

 

夏希「やっぱり、あの時別れたりしないで、私が一緒にいれば良かったんだ…。」

 

蘭「落ち込んでたって何も解決しない。これからどうすべきかを考えるよ。」

 

友希那「2人がこんな状況なら、休暇は取り止めて帰るのが最適に思えるのだけれど。」

 

中沙綾「私は賛成です。早く大赦の病院に連れて行くべきです。」

 

小たえ「これ以上犠牲者を出さない為にもね。」

 

夏希「おたえ!縁起でもない事言わないで!」

 

休暇は取り止めの方向で話が進みかけていたその時、ゆりの端末に着信が入った。

 

ゆり「着信…?はい…もしもし、……えっ!?それって……ええ、はい…はい…。分かりました。」

 

リサ「何だったの?」

 

着信主はこの旅館のフロントからだった。そして、ゆりは受けた内容を説明する。

 

ゆり「………崖崩れが起きて、麓からの道が塞がれたって……。」

 

高嶋「ええっ!?それじゃあ、私達は……。」

 

ゆり「うん……。復旧作業が終わるまで、ここから帰れない…。」

 

勇者達はこの旅館に閉じ込められてしまったのである。それはまるで外から何者かの力が働いているかの様なタイミングでの事だった。

 

中たえ「被害者が2人…犯人は謎…そして私達は外界から隔絶された旅館に閉じ込められた……。」

 

ゆり「の、呪い!?皆殺しなの!?」

 

中沙綾「冗談言ってる場合じゃないよ、おたえ。」

 

モカ「でも、タイミングはドンピシャだよね。」

 

蘭「いざとなったら変身して走って帰れば良いんじゃない?」

 

友希那「そうね。抱えて走れば問題無いわ。」

 

薫「だけど、意識の無い2人はどうするんだい?この状態で動かして大丈夫なんだろうか。」

 

美咲「確かに…。脳震盪を起こしてたら、最悪命にかかわるかも。」

 

紗夜「ついてないですね……。」

 

香澄「おたえ、教えて。その呪いってどうしたら解けるの?」

 

香澄は呪いの解き方についてたえに尋ねる。

 

ゆり「か、香澄ちゃん…な、何を……。」

 

香澄「もし試せる事があれば、何だってやってみた方が!」

 

たえは腕を組んで考え始める。

 

中たえ「うーーーん………。紅葉はね、とにかく血をいっぱい欲しがってるんだ。だから、この山を染め上げるくらいの血を捧げれば満足してくれるかも。」

 

夏希「そ、それって、私達が献血すれば良いのかな……。」

 

美咲「2人を助ける前に、貧血でこっちが死んじゃうよ。」

 

 

--

 

 

ゆりは恐怖で身体を強張らせながら、りみの腕にしがみついていた。

 

りみ「お、お姉ちゃん、そんなにしがみついたら、腕が取れちゃうよぉ…。」

 

リサ「困った…。医者も警察も呼べないとなると、もう八方塞がりだよ。」

 

中沙綾「そもそも、2人がこうなったら原因も掴めて無いです。」

 

紗夜「……目撃者は?」

 

夏希「へ?」

 

紗夜「ゲームですと、目撃者の証言や証拠を集めて事件の真相に迫って行くんです。」

 

燐子「………探しましょう…。どんな手がかりでも…それがあこちゃんの助けになるなら…!」

 

友希那「燐子の言う通りね。今はやれる事をやりましょう。」

 

リサ「これだけは守って。今後何か行動をする時は、必ず2人以上で行動して。」

 

ゆり「そ、それは大事!絶対…絶対……私を1人にしないでぇ……!」

 

中たえ「じゃあ、私は例の伝説を詳しく調べてみるよ。」

 

中沙綾「なら私も一緒に。たえちゃんも一緒に行こうか。」

 

香澄「私も行くよ!ここでジッーっとしてたってどーにもならないもん!」

 

美咲「何が出来るか分からないけど、私も手伝うよ。」

 

蘭「私も。看病はモカに任せとけば大丈夫だから。」

 

香澄、中沙綾、中たえ、小たえ、美咲、蘭の6人はこの山の呪いについて調べ、残りのみんなは2人が倒れていた場所をもう一度詳しく調べる事になり、それぞれが移動を始めた。

 

りみ「行くよ。…お姉ちゃん、歩ける?」

 

ゆり「あ、あぁ……出来れば動きたくない…。」

 

 

---

 

 

資料館--

 

6人は旅館近くの資料館へと来ていた。幸いここへ来る為の道は無事だったようである。

 

香澄「おたえ、どの本を調べれば良いかな?」

 

中「えっと…。これと、これ……後はこれで大丈夫かな。」

 

たえが選んだ本はどれもページが少なく臼い本が3冊程。

 

美咲「え?たったこれだけ?」

 

中たえ「元々この伝説は西暦時代の話だから、残ってる資料が少ないんだ。」

 

蘭「でも、これなら直ぐに調べ終えるよ。」

 

6人は資料を読み進んでいく。

 

 

--

 

 

小たえ「……男は小作人の倅で、女は庄屋の娘だったみたいだね。」

 

美咲「身分違いの恋って事?ありがちだなー。」

 

中たえ「……庄屋は、娘に手を出した男を人柱として葬る計画を立てた…だって。」

 

蘭「何…それ…。」

 

中沙綾「……で、それを知った娘は、男を牢から逃がし駆け落ちを企てたけど、追っ手が迫り…。」

 

香澄「心中するしかなかったんだね……可哀想………。」

 

しかし、そこには呪いに関しての話や血にまつわる話も載っていなかった。

 

美咲「書いてないね…。」

 

中たえ「それは口承の伝説だからね。そういうのは書物には詳しく書かれないんだよ。」

 

小たえ「多分、直後に流行病とかで人が大勢死んで、呪いだって噂になったんだと思います。」

 

蘭「なるほど……。」

 

すると蘭はその2人を祀っている祠の場所が書かれている箇所を見つける。

 

蘭「この場所、すぐそこみたい。」

 

香澄「行ってみよう!お祈りすれば、呪うのをやめてくれるかもしれない!」

 

美咲「藁にも縋るってこういうことになんだろうね。行くだけ行きますか。」

 

6人は祠の場所へと移動する。

 

 

---

 

 

祠--

 

6人は祠へと辿り着くが、周りは何故かバーテックスの気配で覆われていた。

 

中沙綾「バーテックスの反応が凄い…。」

 

蘭「まるで、この祠を取り囲んでるみたい。」

 

美咲「どうする…?数も多いみたいだし、これはみんなと合流しないと危ないんじゃない?」

 

香澄「そうだね…。一度旅館に戻ってから、全員でまた来よう。」

 

そう思い引き返そうとするが、バーテックスがこちらに気付き、臨戦態勢に入り出した。

 

蘭「気付かれたみたい!」

 

香澄「敵はやる気満々だね。私たちだけでやっつけちゃおう!」

 

 

--

 

 

山道--

 

6人が応戦していく中で、不利だと踏んだのか、途中でバーテックスは撤退していった。

 

美咲「あー、酷い目にあったよ…。」

 

そこに、

 

夏希「あれ?おたえ?こんな所で何やってるの?」

 

2人が倒れていた場所を調べていたみんなが合流したのである。

 

香澄「みんな!どうしてここに?」

 

薫「有咲ちゃんが倒れていた所がこの辺りなんだ。」

 

 

 

有咲が倒れていた場所--

 

 

 

そこは祠の目と鼻の先だった。

 

小沙綾「資料館では何か見つかりましたか?」

 

蘭「これといっては何も…。」

 

燐子「こちらは、市ヶ谷さんの足跡と…木に打ち込みをした痕をみつけました…。」

 

美咲「白金さんもいたんですね。てっきりあこちゃんの方へ行ってたかと思ってました。」

 

燐子はあこの方を調べるとなると冷静でいられなくなると思い、自ら有咲の調査を志願していたのである。

 

りみ「それにしても、香澄ちゃん達は何かあったの?何だか疲れてるみたいだけど…。」

 

香澄は祠で起こった事を説明した。

 

りみ「ええ!?…あれ?でも、樹海化……してなかったよ?」

 

香澄達はその時の記憶を辿るが、確かにあの時の戦いでは周りは樹海化していなかった。

 

蘭「言われてみれば…。星屑ばっかりだったから?」

 

その時、

 

ゆり「それだぁーーーー!!」

 

ゆりが叫んだ。

 

夏希「うわあぁ!!どうしたんですか急に!?」

 

ゆり「全ての謎は解けた!犯人はバーテックスだよ!」

 

山中に沈黙が訪れる。

 

ゆり「有咲ちゃんはバーテックスにやられたんだよ!決まり!これで一件落着だよ!!」

 

りみ「お姉ちゃんは呪いじゃなきゃ何でも良いんでしょ!」

 

薫「有咲ちゃんがバーテックスにやられるとは考え難いよ。」

 

ゆり「やられるよ!やられるやられる!後ろからこう、ガーンって!!」

 

恐怖のせいか、ゆりの考えが子供並みになってしまっている。そして、ゆりが出した大声のせいで再びバーテックスが襲いかかってくる。

 

ゆり「バーテックスのせいなら怖くない!まとめて倒してやる!!」

 

りみ「……お姉ちゃんの鬱憤をぶつけられるバーテックスが少しだけ可哀想に思えてきたよ…。」

 

 

---

 

 

旅館、客間--

 

バーテックスを退け、旅館へと戻ってきた香澄達。

 

モカ「あっ、お帰りー。どうだった?」

 

蘭「はぁ……。」

 

リサ「何だかみんな疲れてるね。」

 

美咲「あの、リサさん。この山って未解放地域なんですか?」

 

リサ「解放地域だよ。だけど、さっきみたいな奇襲に対しては樹海化するけどね。」

 

美咲「そうですよね…。大赦がわざと未解放地域の宿を指定する筈無いですよね…。」

 

蘭「でも、だったらどうして祠の周りにバーテックスがいたんですか?」

 

リサ「ええ?私は何も感知してないよ。」

 

モカ「祠って?」

 

中沙綾「伝説に出てくる恋人達を祀った祠があるんだけど、そこを調べてたら敵に遭遇したんだよ。」

 

リサ「それで、祠は壊されちゃったの?」

 

中たえ「壊されてないよ。……あれ?何かおかしい。」

 

ここでたえがある事に気付く。

 

香澄「何がおかしいの?」

 

中たえ「だって、バーテックスは祠とかそういう物をとにかく壊したがるものだから。」

 

バーテックスは人が作った物や神社など神聖な物を壊す傾向があるのだ。それなのに、あの時のバーテックスは祠を壊すのでは無く、取り囲んでいたのである。

 

蘭「そう言えば…。諏訪でも諏訪大社は優先的に狙われてたし。」

 

モカ「それってバーテックスが逆に祠を守ってるみたい。」

 

ここで燐子がある仮説を立てる。

 

燐子「……もしかして…これまでとは逆のパターン…なんじゃないでしょうか…?」

 

薫「…逆とは?」

 

燐子「以前…未解放地域の中に、少しだけ解放地域が存在していた事がありましたよね…?」

 

中たえ「じゃあ、つまりあの祠は解放地域の中の未解放地域って事だ!」

 

中沙綾「なるほど…。あの祠を拠点としてるバーテックスが僅かにいるって事だね。」

 

これでバーテックスの謎は解けたが、2人が倒れた謎がまだ何一つ解けていない。

 

友希那「取り敢えず、安全に捜査する為にも、まずはその祠を解放しましょう。」

 

モカを看病の為残し、香澄達は再び祠へと移動した。

 

 

---

 

 

祠--

 

香澄「ここが、この祠です。」

 

美咲「大きな音とか声を出さないでください。バーテックスが寄って来ますから。」

 

小沙綾「本当にここだけ未解放のようです。それに、何匹も外へはみ出してます。」

 

リサ「そんな…。小さいとはいえ未解放地域の存在に気がつかなかったなんて…。私のせいでみんなを危険な目に遭わせちゃってごめん…。」

 

夏希「大袈裟ですよ。誰も怪我なんかしてな……あっ。」

 

リサ「有咲とあこはバーテックスにやられたかもしれないんだよね……。」

 

2人が倒れたのは自分のせいだとリサは自責の念を感じていた。

 

中沙綾「結界をすり抜ける敵もいますし、リサさんのせいじゃありません…。」

 

香澄「そうです!それに、まだ2人は敵にやられたと決まった訳じゃないです!」

 

他の人はリサを慰めるのだが、

 

友希那「いいえ、今回は明らかにリサのミスよ。」

 

友希那はリサを叱責する。

 

リサ「うん……。」

 

高嶋「友希那ちゃん、酷いよ!リサちゃんだって、わざとじゃないのに!」

 

友希那「黙って。巫女の判断ミスがあれば、勇者は命を落とす危険だってあるわ。その責任は、実際に戦っている私達よりもずっと重いものなのよ。」

 

友希那はリサの事を思って叱っている。巫女とは勇者にとってそれだけ大切な者だから。

 

燐子「ですが…。こんな時に、今井さんを責めなくても…。」

 

友希那「けど、リサのミスは私のミスよ。あなたが罰を受けるのなら、私が代わりにそれを受けるわ。」

 

リサ「友希那……私…私……っ…。」

 

リサは友希那に抱きつき涙を流す。

 

友希那「泣くのは後よ。みんな…。祠での戦い、私に任せてちょうだい。」

 

友希那はみんなを下がらせ、1人で前に出て飛び出して行った。

 

たえ達「「御先祖様カッコいい!!」」

リサ「友希那……。待ってるからね…。」

 

 

--

 

 

20分後--

 

息を切らした友希那が戻って来た。

 

友希那「はぁ…はぁ……。一掃完了…よ。」

 

ふらつく友希那の元へすかさずリサがやって来る。

 

リサ「友希那!ごめんね、私のせいで…。」

 

友希那「心配しないで。少し疲れただけよ…。」

 

その時、モカから着信が入る。

 

モカ「もしもーし、モカでーす。ついさっき2人が目を覚ましたよ。」

 

香澄「えっ!ホント!?」

 

モカ「意識ははっきりしてて、今のところ後遺症も見られないよ。」

 

モカの知らせを聞いた燐子は安堵の涙を流していた。

 

燐子「良かった……。本当に良かったです……。」

 

みんなは大急ぎで旅館へと戻るのだった。

 

 

---

 

 

旅館、客間--

 

りみ「本当に心配したよ、有咲ちゃん!」

 

有咲「悪かったな、心配かけて。」

 

香澄「それで、結局倒れた原因は何だったの?」

 

有咲「え……。さ、さぁ…何だったかな……。」

 

何故か有咲の声色が上ずって、目線を逸らした。

 

中沙綾「記憶に障害が!?なら早く脳検査を手配しないと!」

 

沙綾がそう言うと、

 

有咲「ちょままっ!!ち、違う!記憶に問題は無いから!」

 

必死で抵抗していた。

 

夏希「あこさんも、頭大丈夫ですか!?」

 

あこ「言い方言い方!大丈夫に決まってるよ!」

 

燐子「あこちゃんは分かってるの…?気絶した原因…。」

 

そしてあこは事の顛末を説明するのだった。

 

 

--

 

 

あこ「夏希と別れてから、どうしようもなくお腹が鳴ってね……。厨房へ行ったの。」

 

夏希「あ、やっぱり!」

 

あこ「んでね、板前さんの目を盗んで、お刺身とか煮物とかをつまみ食いしてたら……。」

 

燐子「してたら……?」

 

あこ「一気に食べ過ぎて流石に喉に詰まりそうになったんだよ。」

 

美咲「それはもうつまみ食いの域を超えてるよ。」

 

夏希「良いなぁ…。美味しかったですか?」

 

あこ「それはもう本当に美味しかったよ!これなら夜ご飯も期待出来るよ!」

 

紗夜「開いた口が塞がりません……。」

 

燐子「喉に詰まりかけて、どうしたの…?」

 

あこ「水でも飲もうとしたんだけど、そこに仲居さんが次々に来ちゃって…。それで水道の所まで行けなくて、他に何か飲むものを探してたら…。」

 

燐子「探したら……?」

 

あこ「調理棚の所に、ジュースの瓶が置いてあったのを見つけて、それを咄嗟に飲んだんだ。そのジュースがとっても美味しくて、夢中で飲んでたら、また見つかりかけて、そのまま走り出しちゃったんだ……。思えばあれが失敗だったよ。」

 

燐子「逃げて、見つからなかったのに失敗なの…?」

 

あこ「逃げる時に、口いっぱいにジュースを含んだまま厨房を出ちゃってね、ダッシュしてたら、勿体無い事に口から少し溢れちゃって……。咄嗟に下向いて、服の汚れを確認したら……次の瞬間、頭にドンッて衝撃がきて、そのまま地面に倒れちゃったって事。」

 

燐子「頭に衝撃って…。じゃあ…やっぱり、それって……。」

 

あこ「お陰で、口いっぱいに入ってたジュースは全部出ちゃうし、散々だったよ!」

 

燐子「ジュースじゃなくて、誰にやられたの…!?」

 

あこ「ん?……えっと、多分バーテックスかな。」

 

高嶋「バーテックス!?何で分かるの?」

 

あこ「だって、何か変な音したから。バーテックス出てくる時のいつもの音。」

 

燐子「だったら、あの血は!?バーテックスに反撃したの…!?」

 

あこ「そんな暇無かったよ!いきなり後ろからだもん。卑怯だよ!」

 

リサ「あこ……。念の為聞くけど、飲んだのは何のジュース?」

 

あこ「ザクロジュースだよ!」

 

小沙綾「え…ザクロ……。」

 

中沙綾「なるほど…納得。」

 

この瞬間、全ての点が線へと繋がった。

 

燐子「じ、じゃあ…あの血は…。あの真っ赤でベットリとした血は……。」

 

紗夜「ザクロの赤と、糖分のベタつきでしょうね。」

 

友希那「ザクロは血の味……と言うものだけれど、まさか血液と間違えるなんてね…。」

 

燐子「……………。」

 

燐子はあこが無事だった安堵からか、はたまたあこを情けなく思ってしまったからなのか、その場にへたり込み放心状態になってしまう。

 

あこ「りんりん!りんりーーーん!!!」

 

 

--

 

 

一方有咲は--

 

香澄「じゃあ、有咲も何か食べてて襲われたの…かな?」

 

中沙綾「ああ……。」

 

有咲「おい、沙綾!そんな目で見るなぁ!」

 

そうして堪忍した有咲も事の顛末を語り出す。

 

有咲「……ランニングを終えた私は、立ち止まって手頃な木に打ち込みを始めたんだけど…いつの間にか辺りにバーテックスがいる事に気付いたんだ。」

 

香澄「あの祠の近くだよね。」

 

有咲「それで、マズイと思ってスマホを取り出したんだけど、手に汗をかいていたから中々取り出せなかったって訳。それで焦ってイライラしてたのと、やっとかけた電話にゆりが出なかったせいで……ついあの場で叫んだんだ…。」

 

香澄「え、なんて?」

 

有咲「何で出ないんだよ、バカヤローーーーー!!!って。」

 

ゆりがスマホを確認すると、確かに有咲から着信が入っていた。

 

りみ「お姉ちゃん、怖い話に震えてたから、スマホのバイブに気づかなかったのかも…。」

 

中沙綾「悲鳴も上げてましたもんね…。」

 

美咲「でも、叫んだのはマズかったね。あの敵は音に敏感みたいだったから。」

 

有咲「そう。それで、一斉に襲いかかられて……。」

 

香澄「ボコボコにされちゃったんだね!でも安心して、ちゃんと仇はとったから!」

 

有咲「ボコボコにされるか!そんな簡単に私がやられると思うか!?」

 

香澄「違うの?じゃあ、何があったの?」

 

有咲「そ、それは……。」

 

ここにきて、再び有咲が黙ってしまう。

 

有咲「……迫り来るバーテックスから、一旦は逃げる為に全力で走った私は、どうやったら奴らの不意をつけるか考えて、ある技を出す事にした。」

 

夏希「どんな技ですか!?」

 

有咲「前にある壁を思いっきり蹴って、その勢いで後ろの敵を蹴るやつ。」

 

高嶋「三角飛びだね!カンフー映画でよく見るやつだよ。」

 

有咲「そう。それを食らわせれば、敵も面食らって逃げると思った訳。」

 

香澄「さっすが、有咲!私じゃ絶対に考えつかないよ!」

 

有咲「ま、まあな…。」

 

友希那「それで、食らわせたの?」

 

有咲「う……。いや………。」

 

香澄「失敗したの!?」

 

有咲「失敗って言うか……。ずっと濡れてた地面を走ってたせいで、靴が濡れてて……。木を蹴った拍子に、そのままズルッと滑って…………それで、その……地面に……。」

 

りみ「それで頭打ったんだね……。」

 

有咲の謎も全て解明される。

 

中沙綾「その後に2人とも麻痺効果があるバーテックスの攻撃を受けたんだろうね。」

 

リサ「生身だと回復するのが遅いから、それで起きるのに時間がかかったんだろうね。2人とも、今後は気をつけてね!」

 

有咲・あこ「「はい……。」」

 

 

--

 

 

ゆり「なーんだ、それじゃあ結局呪いなんか無かったんだね!」

 

りみ「お姉ちゃんが有咲ちゃんの電話に出てればこんな事にはならなかったんだよ?」

 

有咲「そ、そうだそうだ!」

 

友希那「案外、変身前だったのは不幸中の幸いだったのね。変身していたら確実にトドメを刺されてただろうから。」

 

中たえ「気絶してたのも良かったのかも。死んだと思われてたんじゃないかな?」

 

小たえ「これで事件も解決した事だし、やっと休暇を楽しめますね。」

 

友希那「リサ、私達も露天風呂に行きましょうか。この疲れをとりましょう。」

 

リサ「はいはい。背中流すよ。」

 

こうして無事に謎は解け、勇者部は残りの時間で休暇を全力で楽しむのであった。

 

 

 



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神樹の記憶〜3人目の…おたえ?〜

しっちゃかめっちゃかキャラ崩壊となっております。


あの人が久々に登場--?




 

 

勇者部部室--

 

麗らかな日差しの中、船を漕ぐたえの横でゆりはお茶を啜っていた。だが、そんなまったりとした日常が一瞬で崩れ落ちる。突如部室に疾る一本の矢。

 

りみ・有咲・千聖「「「えっ!?」」」

 

その矢はうたた寝しているたえのすぐ横に突き刺さる。

 

小たえ「ひゃあ〜〜!!サプライズ!矢が!矢が飛んできたよ!?」

 

たえの悲鳴に他の勇者達が駆けつけて来る。

 

友希那「大丈夫!?……これは吸盤の矢ね。」

 

どうやら何処からか飛んできた矢はおもちゃの矢のようだ。その矢は矢文であり、手紙が結んである。沙綾は手紙をみんなに見せた。

 

 

---

 

 

勇者の諸君。君たちに試練を与えよう。今すぐ全員で屋上に来い。 おたえ(中)

 

 

---

 

 

花音・イヴ「「はぁ…。」」

 

ゆり達は何が何だかんだ分からず頭にハテナが浮かぶ。

 

美咲「まぁ、行けば分かるでしょ。行こ行こ。きっと何か面白い事があるんじゃない?」

 

有咲「ったく…たえの奴、変な茶番を企てて…。」

 

取り敢えず手紙に従い屋上へと向かう事にした。

 

 

---

 

 

花咲川中学、屋上--

 

ゆり「来たよ、たえちゃん!」

 

ゆり達が屋上に来ると、そこにいたのは--

 

 

 

 

 

兎追いし花園「ハッハッハ!逢いたかったよ、勇者の諸君!飛んで火に入る夏の虫だぁー!」

 

りみ「お、おたえちゃん……!」

 

勇者装束を身に纏ったたえが待ち構えていた。みんな唖然としているが、それだけでは終わらない。

 

?「…みんな行くよ。せーのっ!」

 

星のカリスマ香澄「イーーーーッ!!」

 

発酵少女沙綾「イーーーーッ!!」

 

サッドネスメトロノーム紗夜「イーーーーッ!!」

 

となりの天才ちゃん日菜「イーーーーッ!!」

 

屋上の社の陰から香澄に沙綾、紗夜、日菜の4人が現れたのだ。

 

花音「日菜ちゃん!?何やってるの!?」

 

小沙綾「沙綾さんまで!?同じ私として恥ずかしいですよ!」

 

発酵少女沙綾「う…くっ、だ、だって香澄が楽しそうだから一緒にやろうって……。」

 

同じ沙綾の言葉が自分の心に深く突き刺さる。

 

星のカリスマ香澄「静まれ勇者どもー!よく聞けーい!……ほら、次は紗夜さんの台詞です…っ。」

 

サッドネスメトロノーム紗夜「…………え、えぇ……。兎追いし花園様の御配慮にて貴様らに対人戦闘訓練をさせてやろうぞ!」

 

燐子「さ、紗夜さん…何気に演技が上手です……ってそんな場合ではありません…。対人戦闘訓練ですか…!?」

 

星のカリスマ香澄「四国奪還の最終局面になれば、赤嶺香澄と戦う事は避けられないからだー!しかーし!」

 

となりの天才ちゃん日菜「対人が不得手の勇者どもに対して赤嶺香澄は対人戦のエキスパートだからね!」

 

香澄達4人は暗黒四天王としてゆり達勇者部の前に立ちはだかる。

 

薫「なるほど…。それは助かるね。」

 

リサ「確かに筋は通ってるけど、どうして悪役を演じる必要があるの?」

 

星のカリスマ香澄「面白そうだったからなのだー!高嶋ちゃんを通じて紗夜さんも誘ったら、快諾してくれたぞよ!」

 

あこ「確かに、香澄に誘われたら紗夜さんは断らないよね。」

 

高嶋に誘われ、紗夜は結構ノリノリで演じている。

 

友希那「最初は何事かと思ったけれど、訓練なら話は別ね。乗ってあげましょう。」

 

蘭「私も行きます。たえ覚悟!」

 

兎追いし花園「今の私は兎追いし花園だよ?」

 

有咲「んなのどっちでも良いわ!!」

 

星のカリスマ香澄「イーーーーッ!!」

 

発酵少女沙綾「イーーーーッ!!」

 

説明が終わり、暗黒四天王とたえは問答無用で攻撃を開始してきた。

 

 

--

 

 

夏希・あこ・花音「「「うわぁ!?」」」

 

3人はたえの攻撃で吹き飛ばされてしまう。

 

ゆり「ちょっ、強い……!ていうかたえちゃん!本気でやってるでしょ!?危ないよ!」

 

兎追いし花園「フハハハハ!甘いのだよ、牛込ゆり!本気でやらない訓練に何の意味があるの?」

 

薫「しかし、たえちゃん以外は弱かったようだが…。」

 

薫の言う通り3人が吹き飛ばされたのはたえの攻撃が原因であり、暗黒四天王はすぐにやられてしまっていた。

 

サッドネスメトロノーム紗夜「イ、イィーー……。」

 

となりの天才ちゃん日菜「イ、イィーー……。」

 

発酵少女沙綾「くふっ……か、香澄…手……手を……せめて…一緒に………逝…。」

 

星のカリスマ香澄「さ、さーや、その台詞違うよ。もっと前、前!」

 

発酵少女沙綾「あ。えっと……おのれーゆーしゃどもめー。」

 

りみ「急な棒読みだ…。」

 

暗黒四天王は倒れたが、たえは次なる作戦を実行に移す。

 

兎追いし花園「よくも部下達をやってくれたね!かくなる上は奥の手だ。行け!」

 

星のカリスマ高嶋「イーーーーッ!!」

 

リサ・モカ・彩「「「えっ!?」」」

 

突如現れた高嶋、そして立ち上がった紗夜と日菜が巫女の3人を人質に取ったのだ。

 

蘭「モカ!!」

 

千聖「彩ちゃん!!」

 

友希那「…………。」

 

リサ「……ちょっと友希那!?私の名前も呼んでよ!」

 

友希那「え、えぇ……リサ?」

 

友希那は目まぐるしく展開される花園ワールドについて来れていなかった。

 

兎追いし花園「巫女を人質に取ってしまう作戦!略してミコジチーー!!」

 

美咲「割と普通の略され方。」

 

蘭「モカを返して!」

 

千聖「彩ちゃんを返してちょうだい!」

 

友希那「…………。」

 

リサ「…………友希那!!」

 

友希那「え、えぇ……。リサ、大丈夫?」

 

となりの天才ちゃん日菜「巫女のいない勇者部なんてミルク抜きのカフェオレも同然だよ!」

 

花音「ふえぇぇ…それじゃあ普通のコーヒーだよぉ!」

 

そして巫女を人質に取ったたえは恐ろしい事を口にする。

 

兎追いし花園「人質を返して欲しければ戦え!でないと巫女達にあーんな事やこーんな事をしちゃうよ。」

 

千聖「何ですって!?」

 

兎追いし花園「フハハハハ!二戦目突入だよ!」

 

星のカリスマ香澄「イーーーーッ!!」

 

発酵少女沙綾「イーーーーッ!!」

 

サッドネスメトロノーム紗夜「イーーーーッ!!」

 

星のカリスマ高嶋「イーーーーッ!!」

 

となりの天才ちゃん日菜「イーーーーッ!!」

 

ゆり「キツイ訓練もあったもんだね。みんな、もう一度行くよ!」

 

ゆり達が構えたその時だった。

 

あこ「あこ、面白そうだからあっち側で戦うね!」

 

あこが敵に寝返ったのだ。

 

ゆり「なにーーーーーっ!?」

 

夏希「えーーー!あこさんズルいーー!じゃあ私もあっち側に寝返っちゃおうかな。」

 

のりで夏希もあこに続いてたえ側に寝返ろうとする。

 

イヴ「軽いノリで転向する勇者が後を絶ちません…。」

 

ゆり「ダメダメダメーッ!そんなに抜けられたらこっちの戦力がガタ落ちしちゃうよ!」

 

燐子「あこちゃん………分かったよ。あこちゃんが相手でも、私頑張る……!」

 

対人戦闘訓練は二戦目に突入する。

 

 

--

 

 

夏希・花音「「どわぁあーーっ!?」」

 

ゆり「か、硬い……い、いくらなんでもやりすぎじゃないかな!?」

 

二戦目もたえ達は手加減無しでゆり勇者部を攻め立てる。たえに関しては先程より強くなっていた。

 

イヴ「だな。あんましマジすぎて、俺が出る羽目になっちまったじゃねーか!」

 

友希那「くっ………。子孫ながら見事ね…。」

 

兎追いし花園「クックック!どうしたの、もう終わり?所詮、正義の力なんて、この程度の物だったんだね。」

 

煽るたえ。

 

星のカリスマ香澄「兎追いし花園様バンザーーーイ!!」

 

兎追いし花園「勇者どもはもう立ち上がれぬようだ!お前達、巫女にあーんな事やこーんな事をやっておしまーーーい!」

 

闇の波動がアレする黒っぽい堕天使あこ「イーーーーッ!!」

 

彩「あ、あこちゃん…。ど、どうしてもやるの……?」

 

闇の波動がアレする黒っぽい堕天使あこ「彩さん、許してね。」

 

サッドネスメトロノーム紗夜「こっちの2人も覚悟するがいい!…フフフフフ。」

 

モカ「紗夜さん結構ノリノリだ…。あーれー!」

 

蘭「モカ!!おのれぇ悪党め…。はあああああああーーーーっ!!」

 

たえの指示で巫女達にあーんな事やこーんな事をされる寸前、蘭が覚醒する。

 

イヴ「なんか良く分かんねーが、とにかくブチギレだな。」

 

リサ「素敵だなぁ。モカを救おうとする気持ちが蘭をパワーアップさせたよ。…………友希那!」

 

リサは期待の目で友希那を見つめる。

 

友希那「いや、そんな目で見つめられても…。」

 

彩「あ、あのっ!仲間同士で傷つけ合うのは、もうやめて!神樹様も悲しんでるよ!」

 

 

彩がみんなに心から訴える。その時、不思議な事が起こった--

 

 

 

 

 

兎追いし花園「ぐはぁっ!?な、何だこの光はぁああ!眩しい!目がっ目がぁああーーーーっ!!」

 

眩しいくらい純粋な彩にたえは目を伏せてしまう。

 

夏希「おーっと!蘭さんがパワーアップしたばかりか、彩さんのホーリービームが炸裂ぅぅぅ!!急展開だぁ!!」

 

夏希は興奮して実況しだした。

 

発酵少女沙綾「斯くなる上は仕方ない。私と香澄で合体して最終形態へ進化しよう!」

 

となりの天才ちゃん日菜「へ?そんな設定あったっけ?」

 

発酵少女沙綾「無いけどするの!臨機応変に対応するのが真の役者だから!」

 

有咲「誰が役者だ誰がぁ!!ちょっとこれもうカオスにも程があるだろうが!どうすんだ!」

 

しっちゃかめっちゃかになってきたその時、屋上の扉が開いた。

 

 

 

 

 

?「あれ?みんな何してるの?」

 

ゆり「あっ、たえちゃん!丁度良い所に!兎追いし花園が…………って、えええええええっ!?」

 

ゆりが驚くのも無理はない。ドアを開けたのは今まで戦っていた中学生のたえだったからである。

 

中たえ「おっちゃん探してたらすっかり遅れちゃ………あれ?」

 

兎追いし花園「あれ?」

 

みんなの目の前に中学生のたえが2人いるのである。

 

小沙綾・夏希「「た、たえさんが2人!?」」

 

小たえ「私が3人いる!?」

 

中たえ・兎追いし花園「「あれれ?」」

 

2人とも全く同じ仕草をしている。

 

友希那「ど、どういう事なの……!」

 

薫「たえちゃんは……どっちだい?」

 

たえ3人「「「はーーーい!」」」

 

美咲「小学生は良しとして、中学生の花園さんが2人って……細胞分裂か何か!?」

 

星のカリスマ香澄「しょれかっ……ンンンッ!それか、アレかも!ふふふ双子!」

 

千聖「だったら厳密には4人いないと不自然だわ。というより、本人が知らない筈無いでしょ。」

 

兎追いし花園「まーまー。それは置いといて、取り敢えず戦わない?この私と。」

 

兎追いし花園は御構い無しにたえに勝負を提案する。

 

中たえ「そうだね。何だか楽しそうだし私も入るよ。」

 

闇の波動がアレする黒っぽい堕天使あこ「置いといて良い問題じゃないよ!あこの頭の中はぐちゃぐちゃだーーーっ!」

 

混乱するみんなを他所に、たえを加えて三度目の勝負が始まった。

 

 

--

 

 

兎追いし花園「ぐふぁ……。な、何をしている………お前達…。これだけ数がいて勇者どもにやられるとは………!」

 

暗黒四天王達も今の状況に混乱して本来の力が出せず、兎追いし花園も遂に膝をついてしまう。

 

香澄「ご、ごめんね。でも、なんか混乱しちゃって……。」

 

ゆり「ちょっと、もう良いでしょ!?誰でも良いから説明して!」

 

ゆりが叫んで、遂に兎追いし花園は真実を口にする。

 

兎追いし花園「分かった…。実は私は、少し先の未来から召喚された、女子大生の花園たえなんだ。」

 

全員「「「ええーーーーっ!?」」」

 

勇者部全員の叫びが屋上に響き渡る。

 

中沙綾「お、おたえ………大学生にもなってまだ、ごっこ遊びなんかやってるの……?」

 

りみ「え、そこ……!?」

 

友希那「そ、それで…女子大生の花園さんがどうしてこんな事を?」

 

兎追いし花園「これから最終決戦に向けて、戦いは本当に過酷さを増していく。だから、その事を教えに来たんだ。」

 

燐子「じゃあ…この訓練は本当に必要だったんですね……。」

 

美咲「面白半分の茶番じゃなかったんですね……。なんかすみません。」

 

兎追いし花園「ううん、解ったくれたら良いんだ。さあ!それじゃあ、今日は倒れるまで戦おう!」

 

大学生のたえは再度武器を構えた。が、

 

小たえ「あのー、ちょっと良いですか?たえ大先輩。」

 

兎追いし花園「何?たえちゃん。」

 

小たえ「まだ私の兎の大三郎は元気ですか?1番おじいちゃんの。」

 

中たえ「良い質問だよ。それは気になる。」

 

兎追いし花園「あぁ、大三郎?まだ元気だよ。」

 

中たえ・小たえ「「何者だ!!」」

 

兎追いし花園が質問に答えた瞬間、突然2人のたえが兎追いし花園を取り押さえたのである。

 

蘭・千聖・友希那「「「えっ!?」」」

 

中たえ「あなたは私じゃない!」

 

小たえ「私でもない!」

 

中たえ「私の家に大三郎って名前のウサギはいないよ!!」

 

中たえ・小たえ「「正体を現せーー!!」」

 

兎追いし花園「うわっ!」

 

質問で兎追いし花園の嘘を見破ったたえ達は攻撃を仕掛け、正体が判明する--

 

 

 

 

 

 

赤嶺「く……っ!」

 

兎追いし花園の正体は変装した赤嶺だったのだ。

 

全員「「「えーーーっ!!!」」」

 

薫「あ、赤嶺香澄………!」

 

赤嶺「あーあ、バレちゃったかぁ。」

 

ゆり「な、なんでこんな事を!?」

 

赤嶺「勇者部って、いつも何かしらイベントやってるでしょ。だから、私も真似してみたんだ。でも残念。勇者同士が相打ちになれば、この先バーテックスを派遣する手間が省けたのになぁ。」

 

あこ「こんな事考える方がよっぽど手間かかるよーーーーっ!」

 

中たえ「そうだねー。ちょっとやりすぎだよ。」

 

赤嶺「そう?花園さんをずっと観察してそれを忠実に真似してみたつもりなんだけど。」

 

中たえ「うーん。こういうのは微妙な匙加減とセンスが必要なんだよ。」

 

有咲「お前がそれを言うのか……。」

 

香澄・高嶋「「でも、とっても楽しかったよ!」」

 

赤嶺に対し何だかんだ言う人もいたが、大半は結構ノリノリで楽しんでいた。

 

彩「赤嶺さん。もし良かったら、これからも一緒に、色んなイベントを楽しんでみない?」

 

赤嶺「は、はぁ……?な、何言ってんのかな……。こんなの、もうやらないよ。じゃあね……。」

 

最後に赤嶺はそう言い残して風の様に去って行った。

 

ゆり「……もう、たえちゃんがもっと早く来ればここまで戦う必要無かったのに…。」

 

小沙綾「恐らく赤嶺さんは、たえさんの性格を調べ上げて、オッちゃんを隠したんだと思います。」

 

中たえ「あははは………。」

 

中たえ以外「「「はぁ…………。」」」

 

屋上にたえの乾いた笑いと勇者部のため息が辺りを包み込むのだった--

 

 

 



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神樹の記憶〜心に刻まれた想い〜

8/25はリサの誕生日でございます。


ここでの話が本編終盤に生きてきます。




 

 

8月の中頃、勇者部部室--

 

ゆり「さてと、今月はリサちゃんの誕生日だね。」

 

彩「わぁ、おめでとう!」

 

来たる8月25日は今井リサの誕生日である。

 

ゆり「欲しいものは……なんて、リサちゃんには今更聞く必要も無いよね。」

 

友希那「………。」

 

友希那は息を飲んだ。

 

リサ「新しいカメラが欲しいな。」

 

中沙綾・紗夜「「えっ……!」」

 

リサの予想外の答えに勇者部のみんなは驚いた。

 

中たえ「友希那さんじゃなくて?」

 

リサ「うん、そうだよ。」

 

美咲「でも、何か物が欲しいって言った人は何気に初めてですね。」

 

香澄「そうだね!そう考えるとなんか新鮮!」

 

リサ「いつも、何もいらないとか何でも嬉しいって言って、騒ぎになるからさ…。ちゃんと欲しい物を言えば、穏やかに過ごせるんじゃないかってね。」

 

夏希「確かに、誕生日と言えば大混乱ってとこありますしね。」

 

あこ「でもリサ姉。リサ姉はもうカメラ何台も持ってますよね?」

 

あこの言う通り、リサの部屋には沢山のカメラがある。

 

りみ「それなのに…友希那さんより新しいカメラが良いんですか?」

 

リサ「そうだよ!」

 

満面の笑みでリサは答える。

 

薫「リサが持ってないカメラとなると…。」

 

小沙綾「高速撮影が可能なカメラとかですか?」

 

モカ「意外と、目が大きくなったり肌が綺麗に写るタイプだとか?」

 

リサ「どんなカメラでも構わないよ。」

 

高嶋「じゃあ、今回のプレゼントはどんなカメラにするか相談だね!」

 

 

--

 

 

ゆり「それじゃあ、プレゼントはみんなでお金を出し合ってカメラで決まりだね。」

 

有咲「後はいつもみたいなパーティもな。」

 

リサ「ありがとね。当日はそのカメラで写真じゃんじゃん撮るよ。」

 

あこ「誕生日パーティ兼撮影会だね!」

 

美咲「だったら楽しい写真が撮れるように、色んなアイテムも揃えませんか?」

 

それぞれが撮影アイテムのアイデアを出して会議は弾んでいった。

 

高嶋「みんなでパーティグッズのお店に行ってみない?きっと今出た小物とか色々あるよ!」

 

燐子「カメラのお店で店員さんに相談もしたいですし……良いと思います。」

 

中たえ「…………………。」

 

話がまとまっていく中、たえだけが何か複雑そうな顔をしている。

 

中沙綾「おたえ、どうかした?」

 

中たえ「え?ううん、何でも無いよ。」

 

中沙綾「そう?」

 

中たえ「…………。」

 

たえは笑顔のリサを見ながら考えるのだった。

 

 

---

 

 

寄宿舎、リサの部屋--

 

誰かがリサの部屋をノックする。

 

リサ「誰ー?」

 

中たえ「花園たえです。中の方の。」

 

訪ねてきたのはたえだった。

 

リサ「空いてるからどうぞー。」

 

中たえ「お邪魔します。」

 

リサ「どうしたの、突然?」

 

中たえ「ちょっと聞きたい事があって。リサさん、本当にカメラが欲しいんですか?」

 

リサ「え?欲しいけど…どうして?」

 

中たえ「私がいつもイベントを計画してるのは、ある理由があるんですけど…。」

 

リサ「勿論知ってるよ。」

 

中たえ「え?」

 

リサ「多分だけど、物だと………元の世界に持って帰れないかもしれないって事でしょ?みんなが帰る時の事を考えて、物より思い出を……って考えてくれてたんだよね?」

 

リサは全部判っていたのである。ここで得た物は持って帰れないかもしれない。たえはその事を考えてわざわざイベントを企画し、せめて思い出を残そうとしてきたのだ。

 

中たえ「そこまで解ってるのなら、どうして……。」

 

しかし、リサが今やっている事はそれと全く逆の事。たえはそれが分からなくてこうして尋ねに来たのだ

 

リサ「フフ…。」

 

中たえ「リサさん?」

 

リサ「たえと話がしたかったからかな。出来れば、ゆっくり……2人きりで。」

 

中たえ「………?」

 

リサは物が欲しいとわざわざ言えば、たえが勘付いて自分の元へとやって来る。ここまで考えていたのである。

 

中たえ「わぁ…。リサさん天才だ。」

 

リサ「まあね。」

 

中たえ「解らないです、リサさん。一体、何を考えてるんですか?」

 

リサ「たえに聞きたい事があるんだ。どうしても……この御役目が終わる前に。」

 

中たえ「……何ですか?」

 

リサは重い口を開く。

 

リサ「教えて………。湊家、そして他の西暦の勇者達の家系について、詳しく。」

 

中たえ「………っ!」

 

突然の事にたえも驚いてしまう。

 

リサ「人前では言えない事もあるだろうから、こうして機会を作らせてもらったんだ。」

 

中たえ「………歴史から消されてる部分もあります。私が知らない事だって、たくさん…。」

 

リサ「そうだろうね……。」

 

中たえ「それに、私が真実を言うとは限らないですよ?それでも良いんですか?」

 

だが、リサは笑って答える。

 

リサ「大丈夫。たえは嘘つかないよ。」

 

中たえ「…………リサさんには敵いません。分かりました。じゃあ、場所を変えましょう。」

 

リサ「場所?」

 

中たえ「ここだと、急に誰かがやって来るかもしれないから。図書館に行きましょう。」

 

図書館なら鍵のかかる個室の勉強部屋があり、防音の為誰にも聞かれる事は無い。それくらいたえが話す事は大赦のトップシークレットなのである。

 

リサ「分かった。ごめんね、大変なお願いしちゃって。」

 

中たえ「それくらいの覚悟があって私にお願いしてるって、知ってますから…。」

 

リサ「うん…。」

 

中たえ「だけど、リサさん……1つ約束してください。何を聞いても、絶対に秘密にするって。それが例え、友希那さんにでも。」

 

リサはゆっくり頷く。

 

中たえ「この先、みんなが元の世界に帰って、私と会えなくなっても……ずっと。出来ますか?」

 

リサ「約束するよ。全部、私1人の胸に納めとくから。」

 

中たえ「………それが何を意味するかも、全部解ってるんですね。……やっぱり、凄いです。」

 

2人は図書館に移動する。

 

 

---

 

 

図書館--

 

そしてたえは自分が知っている西暦での出来事をリサに話した。

 

中たえ「--------。--------。」

 

リサ「…………………。」

 

その間、リサは一言も話さず、ただたえの言葉をしっかり、一言一句逃さず聞いていた。

 

 

--

 

 

約30分後--

 

中たえ「…………私が知っているのは、このくらいです。これ以上は、花園家にも伝わっていないし、追いかけるのは無理だと思います。」

 

リサ「そっか……。」

 

中たえ「きっと……この世界から戻ると、みんな色んな事があると思うんです…。だからこそ、ここでは………思い切り…思いっ切り楽しい思い出を作っていきたいんです。」

 

リサ「たえ……。」

 

中たえ「だって………思い出は、ピンチの時に力になるから。ここにいる誰もが、そばにいないとしても…その思い出が、きっと勇者を助けるから!」

 

リサ「その通りだね…。カメラとかは持って行けないだろうけど、その分大切な思い出を、私は………。心のレンズに写してくつもりだよ。」

 

 

中たえ「……無理しないでください、リサさん。もう、リサさんなら解ってますよね?」

 

リサ「……………多分ね。」

 

もう1つの可能性もリサはちゃんと理解していた。"記憶"を持ち帰れるのかどうか。

 

中たえ「だったら………私のしてる事が自己満足で自己矛盾だって、そう言いたくないんですか?私がさっきから、自分に言い聞かせてるみたいに喋ってるなって、少しも感じないんですか?」

 

リサ「………私の考えが解らないって、さっきたえは言ってたよね?」

 

中たえ「……はい。」

 

リサはたえを抱きしめながら言う。

 

リサ「心配ないよ。思い出は物みたいに………記憶みたいに、消えたりしないから……絶対。」

 

中たえ「確信…あるんですか?」

 

リサ「頭では忘れるかもしれない。でも、みんなの心に刻まれた想いまでは、絶対に消える事はないから。それくらい、勇者の心は強いんだから!知らなかった?」

 

中たえ「………さすがはリサさんですね。グスッ……鼻が出てきちゃいました……。」

 

リサ「ほらほら、涙拭いて。こっちおいで。」

 

リサはたえに膝枕をする。

 

中たえ「……何だろう。とっても暖かい気持ち……凄く落ち着きます。」

 

リサ(友希那は…………私が守るから。だから、安心して……。)

 

 

---

 

 

8月25日、勇者部部室--

 

小たえ「パンパカパーン!」

 

夏希「パンパンパンパンパカパーン!」

 

友希那「リサ、誕生日おめでとう。」

 

クラッカーを鳴らし、みんながリサをお祝いする

 

リサ「みんな、ありがとね。」

 

高嶋「いつもありがとう、リサちゃん!」

 

彩「リサちゃんは、私の目標でお手本で先生だよ!」

 

モカ「これからも、おねしゃーす!」

 

リサ「あはは。そんな風に言われると、何だか私だけ凄く歳取ったみたい。」

 

蘭「ここにいる限り、ずっと若いままですよ。」

 

ゆり「その通り!そして、これがプレゼントだよ!」

 

ゆりがプレゼントをリサに渡す。

 

香澄「みんなで相談して買ったんですよ!えーっと……。」

 

中沙綾「超最新、特定対象追尾型カメラです!少し、改造しておきました。」

 

有咲「写したい人を登録しておくと、放置しておいても勝手にピントを合わせて自動で……。」

 

りみ「定期的だったり、大きな動きの度にシャッターを切る凄いカメラです!」

 

紗夜「ある意味怖いですが……今井さんにはちょうどいいでしょう。」

 

リサ「最高に嬉しいよ!じゃあ早速……友希那。」

 

友希那「覚悟はしているわ……。煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい。」

 

リサは友希那にウサギの耳や天使の羽、蝶ネクタイなどをつけ始める。

 

友希那「な、何なのかしら………。」

 

中たえ「あと、オッちゃんも持ってね。」

 

リサ「うん!良いよ!最高だよ!ファンシーだよ、友希那!!」

 

リサは高速でカメラのシャッターを切っていく。

 

あこ「1秒間に60回切れるシャッターに防水防塵付きで、外でもバッチリだよ!」

 

燐子「暗視機能もあるので…寝顔もバッチリです…。」

 

小沙綾「録音機能も付いてますので、寝言なども記録出来ます。」

 

夏希「友希那さんの寝言ってどんな感じなんだろう?」

 

リサ「それはもう、めっちゃ可愛らしいものなんだから!」

 

有咲「何で知ってるんだ……。」

 

美咲「こっちに着替え用のワンピースやタキシードとかもありますよ。」

 

中たえ「全部つけていっぱい写真撮りましょう!」

 

友希那(何なのかしら……何なのかしら……!)

 

最早友希那に抵抗する気は失せている。

 

中たえ「アハハハ!」

 

リサ「さあ、みんなも入って入って!はいっ、チーズ!」

 

今日という日を全力で楽しんでいく、たえとリサなのであった--

 

 

 

 



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神樹の記憶~離れ離れの林間学校~

夏の林間学校編。

いつも真面目だったあの人のキャラが……。




 

 

勇者部部室--

 

夏の暑さも本格的になり蝉の声も聞こえだした頃、花咲川中学の2年生は林間学校に行く季節となった。

 

友希那「今日から、私達2年生は林間学校に行くわ。留守中宜しくお願いします。」

 

ゆり「大袈裟だよ友希那ちゃん。2泊3日でしょ?あっという間に終わっちゃうよ。」

 

別の時代からこの異世界にやって来た勇者達も便宜上元いた時代の学年に合わせての学年に編入されている。

 

紗夜「いいえ…長いです。長すぎます……。高嶋さんが大丈夫か心配です…。」

 

高嶋「大丈夫だよ、紗夜ちゃん。直ぐ帰って来るから。」

 

燐子「私も、異世界に来て初めてあこちゃんと離れるので…少し不安です……。」

 

あこ「あこも…。いない間に、敵が来たら誰がりんりんを守るの?」

 

特に西暦組は少しの間離れ離れになってしまう事が少し不安だった。元の時代ではこの様な事は無かったのだから。

 

薫「私に任せてくれ。」

 

燐子「薫さん……良いんですか…?」

 

あこ「だ、ダメダメ!りんりんはいいから、薫はりみでも守ってて!」

 

りみ「私でも……ってどういう事!」

 

小沙綾「私の不安は、留守番の中に1人も巫女がいないという点なんですけど…。」

 

リサにモカ、そして素養のある沙綾も林間学校に行ってしまうので、その間勇者部には巫女がいなくなってしまう。

 

小たえ「連絡はいつでも取れるから大丈夫だよ。"カガミブネ"だってあるし。」

 

リサ「そうそう。敵の動向は常に気を付けてるから、何かあったらすぐ連絡するよ。」

 

ゆり「でも、できればあまり気にしないで羽を伸ばしてきてね。」

 

夏希「良いなー。私も行きたかったです。お土産買ってきてくださいね!」

 

中たえ「楽しみだなぁ。どんな事するんだろう?」

 

中沙綾「おたえ……林間学校のしおり読んでないの?」

 

美咲「私も読んでない。山吹さんが作ったしおり分厚過ぎて枕にもならなかったよ。」

 

しおりというのは沙綾が事前に作って来た広辞苑ほどの分厚さを持つものの事である。小学校の時にも似たようなものを夏希とたえに作って来た経験があった。

 

有咲「バスで移動して、晩御飯は自分達で作る。なんてことない、普通の林間学校だな。」

 

蘭「それでも楽しみ。モカとどっか行くっていうのは初めてだし。」

 

モカ「バスの中では何しようか、蘭?トランプも、おやつもいっぱい持って来たよ。」

 

モカのリュックは今にもはち切れんばかりにパンパンだった。そうこうしている間に出発の時間となる。

 

りみ「みんな、気を付けてね。」

 

薫「楽しんでくるといい。」

 

香澄「はいっ!花咲川中学勇者部所属2年生一同、林間学校に行ってきまーす!」

 

 

---

 

 

バス車内--

 

勇者部のみんなはバスの後部に纏まって座っている。

 

中たえ「zzzz…zzzz……。」

 

バスに乗って僅か3秒、たえは夢の中へ行ってしまう。たえの隣に座っていた美咲はふと横の友希那に目をやると、

 

友希那「zzzz…zzzz……。」

 

友希那もまた夢の中に誘われていた。

 

美咲「ははっ、流石の血縁同士だね。」

 

美咲は乾いた笑みを零す。

 

香澄「ねぇ聞いた?目的地に着いたらくじ引きで、グループ分けをするんだって!」

 

前の席で香澄達の元気な声が聞こえる。

 

リサ「あっ、それなんだけどね、勇者が一般生徒と同じ班になると、色々不都合が生じるから、私達は、勇者部の中だけで2班に分かれる事になってるよ。」

 

有咲「まったく……大赦はそういう手回しだけは、しっかりしてんだな…。」

 

蘭「モカと一緒のグループになれると良いけど…。」

 

高嶋「大丈夫だよ!山吹さんも戸山ちゃんと同じ班になれると良いね!」

 

中沙綾「私と香澄は大丈夫だよ。必ず一緒になるって信じてるから。」

 

リサ「そうだね。私も友希那と絶対に一緒になれるって信じてるよ。」

 

美咲「いや、でもくじ引きですよね?2分の1の確立とはいえ、絶対って事は……。」

 

リサ「絶対だよ♪」

 

リサはご機嫌で美咲にウインクする。

 

有咲「ま、まさか……くじに細工を!?」

 

有咲の質問にリサは不敵な笑みを浮かべるだけだった。

 

香澄「高嶋ちゃーん、お菓子食べなーい?」

 

高嶋「ありがとー、食べるー♪」

 

沙綾は香澄がお菓子を食べている姿を遠くでこっそり見ているのだった。

 

 

 

そしてバスは目的地に到着し、班分けの運命のくじ引きが始まる--

 

 

---

 

 

旅館、B班の部屋--

 

中沙綾「……………………………はぁ~。」

 

山吹沙綾は落ち込んでいた。B班のメンバーは沙綾、リサ、友希那、高嶋、有咲。

 

友希那「ど、どうしたの山吹さん……。まるで抜け殻のようよ…。」

 

有咲「香澄と班が違うからってそこまで、落ち込む事無いだろ!?」

 

有咲が言う通り、香澄はA班、沙綾はB班になってしまったからである。

 

リサ「単にくじ運がなかっただけだよ。くじ引きなんて、所詮は単なる偶然だよ。」

 

有咲「さっきと言ってる事が違うぞ……。」

 

そんな事を言うリサは友希那と同じB班。それがリサの細工かどうか、真相はリサのみが知る。

 

友希那「戸山さんなら、すぐ隣の部屋だしこっちには香澄がいるわよ?」

 

高嶋「あ、あはは……。それはあんまり……慰めになってないかもよ、友希那ちゃん。」

 

中沙綾「……香澄…?香澄!!あ、ごめんね……間違えちゃった。」

 

高嶋「う、うん……高嶋です。なんか、ごめんね…。」

 

今の沙綾は戸山香澄と高嶋香澄の声も勘違いしてしまう程にショックを受けていた。

 

有咲「謝る必要ないぞ。落ち込み過ぎは同じ班の私らに失礼だぞ、沙綾!」

 

中沙綾「ごめんね……みんな。心が折れちゃったよ。私の事は気にしないで……。」

 

リサ「そういう訳にはいかないよ。沙綾も一緒に楽しもうよ。」

 

有咲「そうだぞ。きっと、ワイワイやってるうちに気が紛れるから、元気だせ!」

 

 

--

 

 

一方のA班--

 

あこ「元気出して。あこだってりんりんと離れ離れなんだから。」

 

A班のメンバーは香澄、たえ、あこ、蘭、モカ、美咲

 

香澄「うん、そうだよね!さーやもあっちで頑張ってる筈だし、私も楽しまないと!」

 

香澄はあこに励まされ元気を取り戻す。

 

モカ「最初は落ち込んでたみたいだけど、何とか持ち直したね。」

 

蘭「そうだね。いっその事沙綾の事忘れる程に楽しんで帰ろう。」

 

そんな中、美咲が1つの懸念材料を口にする。

 

美咲「それより……こっちで料理出来そうな人っている?それが心配なんだけど……。」

 

蘭「そんなのみんなで協力してカバーするよ。あっちより美味しい夕食作ってみせるから。」

 

あこ「それは流石に無理なんじゃないかな。向こうには沙綾がいるんだから。」

 

美咲「それはそうだね。どんな料理も超一流になっちゃうんだから。」

 

そんな事を話しているが、美咲たちはB班の現状を知らないでいたのだった。

 

 

--

 

 

B班の部屋--

 

中沙綾「……………………………はぁ~。」

 

有咲「どうする……。本格的に沙綾が使い物にならない……。晩御飯の危機だ。」

 

友希那「そんな事は無いわ。献立はカレーでしょ?それくらい、私達で何とかしてみせるわ。」

 

高嶋「そうだね。みんなで作れば楽しいし、きっと美味しいのが出来るよ!」

 

リサ「沙綾の気分が晴れるようなカレーを作って食べさせてあげよう。」

 

4人は沙綾抜きで頑張る事を決意する。

 

中沙綾「…………………はぁ~。本当にごめんね。香澄がいないと……力が出ない………。」

 

 

---

 

 

B班の調理場--

 

山吹沙綾は未だに落ち込んでいた。

 

有咲「ちょっと、沙綾!いい加減に機嫌直して、頼むから美味しいカレーを作ってくれ!」

 

中沙綾「カレー…………?」

 

有咲「そ、そう、カレーだよ!沙綾にとっては簡単すぎるメニューだろ!」

 

有咲は必死で沙綾の機嫌を直そうと努力するのだが、

 

中沙綾「嫌っ!」

 

友希那「どうしたの?」

 

中沙綾「嫌っ嫌っ!香澄の為でもないのに作りたくないっ!そんなの拷問だよ!」

 

沙綾は頑なに料理をするのを拒んだのである。

 

高嶋「リ、リサちゃん、どうしよう?取り敢えず、材料は揃ってるけど……。」

 

リサ「カレーなら私が作れるから心配いらないよ。さ、友希那、エプロン着けて♪」

 

友希那「市ヶ谷さん、私達一緒に手伝いましょう。まずは野菜ね……。切るのは得意よ。」

 

有咲「私達が得意なのは包丁じゃなくて、刀でぶった斬る方だけどな……。」

 

 

--

 

 

A班の調理場--

 

香澄「う…うぅ……ヒック……グス……ッ…。」

 

中たえ「香澄、なんで泣いてるの?」

 

香澄「た、玉ねぎが……目にしみて…うぅ。」

 

香澄は玉ねぎと格闘中だった。

 

あこ「おーい、モカちーん。ジャガイモの皮むき終わったよ!」

 

モカ「おー。……って剥き残しがいっぱいあるよ!」

 

あこ「でも、皮には栄養がいっぱい入ってるって前にテレビで言ってたよ?」

 

蘭「ジャガイモの芽には毒があるから手抜きは駄目だって。」

 

美咲「こっちはニンジン切り終わったよー。」

 

こっちはB班とは違い、スムーズに料理が進んでいる。

 

 

--

 

 

B班の調理場--

 

リサの助けもあって、こちらも順調に作業が終わり具材を炒めている。

 

高嶋「おお~。すでにもう良い匂いがしてきたよ。」

 

友希那「ここまで順調に来れたし、少し希望が見えてきたんじゃないかしら?」

 

有咲「まあな。沙綾の手を借りなくてもカレー位どうって事ないな!」

 

その時だった。

 

リサ「心配ないって最初から言っ……………あ!?」

 

巫女達に神託が降る。

 

友希那「敵襲なの!?」

 

中沙綾「敵……。樹海に行けば……香澄に会える!ありがとう、バーテックス!!」

 

沙綾は爆弾発言をかまし、樹海へと一目散に走りだした。

 

有咲「ちょっと!!不謹慎過ぎてどっかから苦情が来るレベルだぞ、今のはーーーっ!!」

 

リサ「みんな、分散は危険だからすぐ沙綾を追って!」

 

友希那「分かったわ!」

 

4人もすぐに沙綾の後を追った。

 

 

---

 

 

樹海--

 

中沙綾「どこっ!香澄、どこにいるの!?ええい、邪魔するなーーーーーっ!!」

 

4人が樹海へ辿り着くやいなや、沙綾はバーテックスに向かって銃を所かまわずに乱射していた。

 

友希那「す、凄まじい気迫ね……。心なしか、敵が進軍を躊躇っているわ。」

 

その時リサから勇者達へ連絡が入る。

 

リサ「友希那。バーテックスが2手に分かれたよ。沙綾のいる中心を避けたみたい。香澄の班は東、友希那の班は西側に回り込んで対処して!」

 

友希那「分かったわ。西へ移動よ、山吹さん!」

 

友希那は沙綾へ指示を出すのだが、

 

中沙綾「香澄ーーーーー!!ああっ、香澄!?こっちだよーー!私はここだよーーっ!!」

 

沙綾は全く聞く耳を持っていない。

 

香澄「あっ!さーやーーーー!!私、頑張るから、さーやも頑張ってねーーーー!」

 

遠くの方で沙綾を見つけた香澄は手を振って沙綾に叫ぶ。

 

中沙綾「む、無理だよ……頑張れないよ……香澄ぃ…。私を1人にしないって言ったのに……!」

 

有咲「この世の終わりみたいなのやめろぉ!沙綾のせいで敵が進路変更したんだぞ。」

 

高嶋「みんなっ、敵が来てるよ!勇者パーーーンチッ!」

 

有咲と高嶋は必死で沙綾をフォローしながら星屑を倒していく。

 

中沙綾「勇者……パンチ…香澄の……技。高嶋さん……あなたはどうして香澄なんですか………?」

 

高嶋「え、えっと……お父さんとお母さんが色々相談した結果、この名前に……。」

 

有咲「戦闘に集中しろぉーーーーーーーっ!!!!!」

 

 

--

 

 

樹海、東側--

 

香澄「勇者パーーーンチッ!!」

 

いつにも増して気合充分な香澄は星屑を次々と倒していく。

 

香澄「早くこっちを片付けて、さーやの班を助けに行かなくちゃ!」

 

美咲「あはは……その心意気やよし。」

 

中たえ「おお~。」

 

あこ「なんかもうバーテックスより怖いよ……。」

 

香澄「流石さーや…。私も見習わないと。誰か!私と一緒に前に出てくれる?」

 

あこ「あこに任せて!雑魚は近付けさせないから思いっ切りやってきて!」

 

 

--

 

 

樹海、西側--

 

中沙綾「ぉぉぉああああああああああああっ!!!敵を排除して早急に東側と合流しますっ!!」

 

友希那「え、えぇ……。」

 

有咲「私ら、出撃する意味あったか?」

 

西側は沙綾の気迫迫る攻撃により、ほぼ壊滅状態にあった。

 

高嶋「山吹さんにとって、戸山ちゃんの存在ってとっても大きいんだね…。」

 

有咲「こんな能力を発揮するなら、いっそ常に2人を引き離しておくのも良いかもな。」

 

有咲は今地雷を全力で踏み抜いた。

 

中沙綾「あ~り~さぁ~………。」

 

有咲「ヒッ!!」

 

友希那「山吹さん、落ち着いて…。落ち着いて深呼吸するのよ……。」

 

高嶋「冷静になって!戸山ちゃんが今の山吹さんを見たら、きっと悲しんじゃうよ?」

 

高嶋の一言で、沙綾が一瞬元に戻る。

 

中沙綾「あ………つい、正気を失って……。どうしよう……自分を制御できない………。」

 

有咲「リーダーどうする?」

 

友希那「わ、私に振らないで頂戴…。山吹さんは神世紀組。扱い方は市ヶ谷さんの方が得意な筈よ…。」

 

中沙綾「あぁ…私の弱さが、みんなに迷惑をかけてる……。責任を取って戦線離脱します……。」

 

あろうことか、沙綾は敵に背を向けて帰ろうとしてしまう沙綾なのだった。

 

 

---

 

 

旅館、B班の部屋--

 

3人が帰ろうとする沙綾を必死で留めながら"大型"バーテックスを打ち倒し、何とかバーテックスを殲滅した勇者たちは旅館へと戻ってきていた。

 

リサ「みんなお疲れ。カレー、美味しく出来たよ♪」

 

有咲・友希那「「……………。」」

 

有咲と友希那はいつも以上の疲労に襲われていた。

 

リサ「ど、どうしたの?今回の戦闘は、規模としてはそれ程……。」

 

中沙綾「ブツブツ……香澄………戦闘が終わ……っ…なのに…いな………ブツブツ……。」

 

高嶋「あは…は……は…はぁ……。山吹さん…どうしたら、元気出してくれるかなぁ。」

 

戦闘が終わった後、沙綾さっき以上に落ち込んでいた。遠くで会う事には会えたが、一緒に戦えると思っていた樹海でも香澄に会う事は出来なかったからだ。

 

 

--

 

 

A班の部屋--

 

あこ「美味しいっ!!」

 

中たえ「今まで食べたどのカレーよりも美味しいよ!!」

 

A班はB班とは打って変わって、出来上がったカレーに舌鼓を打っていた。

 

香澄「さーやも今頃、美味しいカレーを食べてるよね、きっと♪」

 

美咲「そうだね。意外と美味しく出来上がってるよ。」

 

B班の様子を香澄達はまだ知らない。

 

 

--

 

 

B班の部屋--

 

友希那「…美味しいわ。流石リサね。」

 

リサ「そりゃあ、友希那達が戦ってる間、じっくり煮込んでたからね。」

 

中沙綾「クスン…クスン……香澄……香澄ぃ…。」

 

遂に沙綾は泣き出してしまう。

 

高嶋「山吹さんっ。私なんかじゃ、戸山ちゃんの代わりにはなれないと思うけど……。この林間学校の間だけは、私を戸山ちゃんだと思って、甘えてほしいな。はい、ア~ン♪」

 

そう言って高嶋は沙綾にカレーを食べさせてあげる。

 

中沙綾「え……?あ、あ~ん……………美味しい。」

 

有咲「そりゃそうだ。みんなで頑張って作ったんだからな。」

 

中沙綾「あの……すみませんでした。どうしても……香澄がいないと……私。」

 

やっと正気を取り戻した沙綾はみんなに謝った。

 

リサ「解るよ、沙綾。その気持ちは……。痛い程良く解る。」

 

高嶋「でもさ、お互いの楽しかった事を報告し合う楽しみが出来るし、帰りのバスで盛り上がれるよ!私もずっと考えてるもん。帰ったら、紗夜ちゃんにあれも話そう、これも話さなきゃって。」

 

離れ離れになったのは沙綾だけじゃない。高嶋だって紗夜と離れ離れになっている。しかも沙綾とは違って紗夜はこの場にいないのだ。

 

高嶋「ほらっ!いっぱい食べて元気出そう!」

 

中沙綾「………そうだよね。」

 

高嶋に食べさせてもらう事で少しづつ元気を取り戻して行った沙綾。波乱の林間学校はまだまだ続いていく--

 

 

 



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神樹の記憶〜最弱は誰だ!?〜

林間学校編その2です。

今宵開かれる林間学校ババ抜き大会。だが、このババ抜き大会は普通の大会では無かったのである……。




 

 

波乱に満ちた林間学校も1日目が終わろうとしていた。

 

 

A班の部屋--

 

中沙綾「香澄っ♫香澄っ♫」

 

香澄「さーやっ♫さーやっ♫」

 

B班の沙綾が香澄と手を繋ぎ舞い踊っていた。どうやら就寝する時は両班合同らしい。

 

有咲「ったく…。就寝は同部屋なら最初からそう言えっての…。」

 

友希那「本当ね…。そうと知っていれば、山吹さんの暴走も少しは抑えられたでしょう…。」

 

午前中沙綾に振り回された有咲と友希那は大きなため息をついた。

 

リサ「いや…これは一応私とモカが上に交渉した結果勝ち取ったものなんだ…。」

 

リサが言うには、敵襲があった事で不測の事態に備えてという名目で巫女が掛け合った結果、との事らしい。

 

中沙綾「リサさん!モカ!」

 

リサ・モカ「「な、何!?」

 

中沙綾「感謝しますっ!」

 

掛け合ってくれた巫女2人に、沙綾はそれはそれは見事な土下座を披露する。

 

蘭「土下座なんて大袈裟だよ。」

 

あこ「それより、せっかく合流したんだから消灯時間まで何して遊ぶか考えようよ!」

 

高嶋「うんうん、それが良いよ!」

 

香澄「何しようかー?」

 

有咲「ゆりがこの場にいたら絶対恋バナしようって言い出すだろうな。」

 

美咲「確かに。」

 

有咲「ったく…いたらいたでうるさいのに、いなきゃ物足りないな…。」

 

そんな事をボソッと呟く有咲に対し、

 

中たえ「ご先祖様、今のが有咲のデレです。」

 

友希那「そうなのね…。あれが例の…。」

 

有咲「ちょまっ!何言ってんだ!?例のって何だ!」

 

中たえ「実は今、ご先祖様はツンデレの勉強中なんだよ。」

 

友希那「中々難しいけれど、市ヶ谷さんを見ていれば解ると聞いたの。しばらく観察させてちょうだい。」

 

そう言って友希那はまじまじと有咲を見つめ観察し始める。

 

有咲「わ、私はそんなんじゃねーーーっ!!」

 

美咲「そんなんだよ?」

 

リサ「そんなんだね。」

 

中沙綾「はい、そんなんです。」

 

有沙「花園たえーーーーーっ!!!」

 

有咲の怒号が響き渡る。

 

あこ「………それはさておき、合宿といえば枕投げだけど…。」

 

高嶋「それは止めておこうよ。せっかく一緒の部屋になったのに、先生を怒らせたらまた離されちゃう。」

 

中沙綾「はっ!?枕なんか投げないよ!絶対に絶対!誰が何て言おうと一生投げないからね!」

 

美咲「じゃあさ、私トランプ持ってきたからそれで遊ぶ?」

 

美咲は懐からトランプを取り出す。

 

香澄「うん、良いね!ありがとう、美咲ちゃん!」

 

あこ「一口にトランプって言っても色々あるけど、何やろう?」

 

中たえ「ポーカー。」

 

リサ「ルール知らないんだよね…。」

 

友希那「スピードはどう?」

 

高嶋「2人しか出来ないよ?」

 

蘭「だったら、神経衰弱は?」

 

あこ「あこそれ苦手です…。」

 

中沙綾「ババ抜きは?」

 

モカ「11人だと手持ちが少なくなってつまらないんじゃない?」

 

リサ「だったらチーム戦にしたらどう?」

 

美咲「良いんじゃないですか?2人一組とか3人一組ならカードも足りるし。」

 

あこ「チーム対抗、勝ち抜き戦だぁー!」

 

やるものがババ抜きのチーム戦に決まったところで、たえがある提案を出した。

 

中たえ「たまには、負け抜きにしませんか?」

 

友希那「負け…抜き…?」

 

 

そしてたえが決めたこのルールによって熾烈なトランプバトルが始まる事となる--

 

 

--

 

 

有咲「負け抜きってどんなルールだ?」

 

中たえ「最初は5対6で戦って、次は負けた組の人達が2組に分かれて戦うの。」

 

つまり、最後まで残った人はババ抜きのキング・オブ・ビリという事になる。

 

中たえ「勝ちより負けない事に命をかけて戦うロマンだよ。」

 

美咲「命って……。でも、それなら勝った人達はつまらなくない?」

 

中たえ「それは……やってみてのお楽しみだよ。」

 

あこ「まぁ、それで良いや!消灯までの時間を有意義に使おう!」

 

そしてババ抜き、負け抜き戦が始まる--

 

 

--

 

 

友希那「最初のチーム分けは、あこ、市ヶ谷さん、香澄、青葉さん、リサ。もう一方は、戸山さん、山吹さん、奥沢さん、美竹さん、花園さん、私ね…。」

 

中沙綾「香澄と同じチームだね!」

 

香澄「あっ!さーや!」

 

トランプが配られた際に香澄が叫んでしまう。

 

あこ「むむっ…。今の感じ……向こうにババがあるね!」

 

モカ「そうだねー。こっちに無いから必然的に向こうにあるよねー。」

 

友希那「戸山さん、表情を読まれてるわよ。」

 

香澄「ご、ごめんなさい…。」

 

 

--

 

 

各々は順番にカードを取って、揃った札を捨てていく。

 

有咲「……ババ抜きとは言え、ポーカーフェイスが出来ない香澄に勝ち目は無いな……うっ!?」

 

香澄「あっ、ババ取ったー!」

 

有咲も人の事は言えない。

 

美咲「んんん!?これって……どっちにしろババのある側は丸分かりで、ゲームになるの…?」

 

中たえ「物語はね…二回戦から始まるんだよ…。」

 

たえは不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 

--

 

 

それから10分後、一回戦の決着がつく。

 

蘭「結局、一回戦はこっちが勝ったから、負けたあこ達のチームが2組に分かれるんだよね?」

 

あこ「うぅ……。グーとぉ〜パーっ!あこ、有咲、香澄対モカちん、リサ姉の巫女連合の戦いだね!」

 

若干あこの声が震えている。

 

リサ「モカ……これは負けられないよ。」

 

モカ「あいあいさー。」

 

有咲「高嶋……の方は顔に出ないんだな。」

 

高嶋「頑張るよ!」

 

友希那「それでは、始め!」

 

緊張の二回戦が始まる。

 

 

--

 

 

あこ達は早速たえが一回戦で言っていた事が何だったのかを理解する。

 

美咲「……ふふっ。」

 

香澄「あっ……!」

 

中沙綾「なるほどねぇ〜。」

 

あこ「ちょっと待って!み、みんな!後ろに回って見ないでよぉー!!」

 

蘭「心配無いよ。ちゃんと平等に3人ずつで見てるから。」

 

有咲「平等って……私の後ろに香澄がいる!?しかも、その顔は何だぁ!!」

 

有咲の手札を見ていた香澄の目はどこか虚空を見つめていた。

 

香澄「エッ?カオニハデテナイデショ?」

 

有咲「目に出てるーーーっ!!」

 

リサ「な、何だろう……このババ抜きは…。」

 

友希那「他人の動向によって窮地を招く……。恐ろしいゲームね…。」

 

負け残る者は勝者への見世物となる、これがこのゲームの恐ろしいところだった--

 

 

--

 

 

そして悪魔の様な二回戦が終わり、勝負は最終戦に突入する。

 

中たえ「こうして迎えた決敗戦の出場者は、あこ、有咲、香澄だよ。」

 

有咲「決敗戦って何だ!?」

 

あこ「むぐぐぐ……おかしい…。ババ抜きなら勝てると思ってたのに!?」

 

高嶋「私も、得意な筈だったんだけどなぁ。」

 

有咲「言いにくいんだけど…さ、戸山の方の香澄。」

 

香澄「はーい!なになに?」

 

有咲「こっち来んなっ!」

 

あこ「こっち来ないで!」

 

香澄「ふぇーーん!ごめーん!!」

 

2人の言葉にショックを受けた香澄は沙綾の胸に飛び込んだ。

 

中沙綾「よしよし、慰めてあげるから。」

 

香澄「わーーん!!さーやぁ!!」

 

中沙綾「よしよし……。有咲、あこ!酷い事言わないのありがとう!」

 

高嶋「ゲームが得意な紗夜ちゃんの親友として私が最弱王になるのは、回避しなくちゃ…。」

 

そして決敗戦が始まった。

 

あこ「言ったねー?紗夜さんがババ抜き如きの勝敗を気にすると思うー?よし、あこはこのカードを取るよ!」

 

美咲「あこは煽っていくスタイル?お、セーフだよ。」

 

あこ「口に出さないで!?」

 

有咲「フッフッフ……。今のでババがあこに無いのは明白…。」

 

高嶋「あれ?でも、私も持ってないよ?」

 

蘭「図らずともババの在り方が明白になっちゃったね。」

 

有咲「ちょまっ……ブラフなのに!ったく…じゃあ私があこから引く番だな。」

 

有咲があこから1枚取り、札を捨てる。有咲の手札は残り1枚。

 

高嶋「うぅ……。有咲ちゃん残り1枚?で、私が有咲ちゃんから引くと…。」

 

有咲「おっしゃあーーっ!1抜けだぁ!」

 

有咲が抜けてあこと高嶋の一騎打ちとなる。

 

あこ「ゴクリ………。って事は…香澄がババを持ってるんだね…。」

 

その後ババは高嶋から動く事は無く、高嶋の持ち札が2枚、あこが1枚となる。

 

あこ「………どのカードかなぁ…。……これ…かなぁ……?」

 

あこは自分から見て右の札に手をかける。

 

友希那・リサ・モカ「「「………。」」」

 

あこ「おおっ?だったら……こっち……かなぁ……?」

 

ギャラリーの様子を伺い、今度は左の札に手をかけた。

 

美咲・中たえ・香澄「「「……ふっ。」」」

 

あこ「みんな、分かりやすいよ!!もらったぁ!!!」

 

ギャラリーから笑みがこぼれたのを見逃さなかったあこは、すかさず左の札を取った。が、

 

あこ「えーーーーーっ!!何でババなのーーーー!!??みんなの表情分からないよぉ!!」

 

そして、逆にあこが狼狽えているところを高嶋は見逃さなかった。

 

高嶋「そして私が最後のカードを取るっ!!」

 

高嶋はあこがカードをシャッフルする前に引いたのである。

 

中たえ「はい!今夜ここに、あこのババ抜き世界最弱が決定したよ!」

 

香澄・高嶋「「おめでとう!!」」

 

あこ「そ…そんなバカなぁーーーっ!!か、帰ったら紗夜さんに特訓してもらうんだからぁーーーっ!」

 

大盛り上がりでババ抜きが終了したところで美咲はある事に気がつく。

 

美咲「でも、これって……例え勝ち抜き戦だとしても、ギャラリーは同じ役割してたよね……?」

 

中たえ「それは言わないお約束♫勝者の喜びより、敗者の雄叫びだよ♫」

 

美咲「あ……あはははっ………。」

 

美咲は笑顔で腹黒い事を話すたえに、乾いた笑顔で笑い、少し身震いするのだった。

 

 

 



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神樹の記憶〜想うはあなたの事ばかり〜

林間学校編その3です。

最後は待機組のお話。離れ離れで理性崩壊寸前なのは沙綾だけではなかった--




 

 

勇者部2年生のみんなが波乱万丈な林間学校をおくっている頃、残った1、3年生組はというと--

 

 

勇者部部室--

 

 

紗夜「はぁ……。高嶋さん………今頃どうしているでしょうか……。」

 

そう呟く紗夜の目には光が宿っていなかった。

 

小沙綾「紗夜さん、お茶を淹れましたからこっちへ来ませんか?」

 

紗夜「…………。」

 

沙綾の声かけにも無反応だ。

 

ゆり「あらら、無視されちゃった…。」

 

燐子「無視というより…聞こえていないようです…。」

 

紗夜「……164800……164799……164798……164797……。」

 

りみ「……何かブツブツと数字を唱えているようですが…。」

 

夏希「分かった!ゲームのスコアだ!」

 

紗夜「高嶋さんが戻るまで……後164794秒……164793秒……164792秒……。」

 

紗夜が呟いていた数字は林間学校から2年生達が戻ってくるまでの残り時間だった。

 

ゆり「怖い怖いっ!!怖すぎるよ!」

 

小たえ「3日間、毎秒カウントダウンしてたら喉が嗄れちゃいますよ?」

 

薫「そ、そういう問題だろうか…。」

 

ゆり「高嶋ちゃんがいないだけで、こんなに負のオーラが溢れ出しちゃうなんて…。」

 

小沙綾「たった3日間だけなのに…。」

 

燐子「それでも…大切な人がいないのは寂しいです……。どんなに短い時間でも…。」

 

ただ1人、燐子には紗夜の気持ちが分かっていた。燐子もあこと離れ離れになっているからだ。

 

ゆり「そっか、燐子ちゃんも…。燐子ちゃんは平気なの?」

 

燐子「平気では無いですけど…あこちゃんは私がクヨクヨしてるのは喜ばないと思いますから…。」

 

ゆり「……いい子だよ!燐子ちゃんは本当にいい子だよ!りみの次くらいに!」

 

夏希「元気出してください、燐子さん!」

 

小たえ「私達と遊びましょう!」

 

小沙綾「楽しくしていれば、時間が経つのも早く感じられますから。」

 

燐子「ありがとう…みんな…。」

 

ゆり「………いい子だよ!みんな本当にいい子だよ!りみの次の次の、その次と、そのまた次くらいに!」

 

りみ「お、お姉ちゃん…もう止めてぇ……。」

 

紗夜「……164570……164569……。」

 

小たえ「……98671……27423……61951……。」

 

夏希「お、おたえ…何やってるの?」

 

小たえ「別の数字をぶつけたら気が散って止めるかと思って。」

 

紗夜「……164558……164557……。」

 

今、紗夜の耳には余計な雑音は聞こえておらず、呟く数字に1ミリのズレも生じていなかった。

 

ゆり「はぁ…。どうしたもんかな…。」

 

 

--

 

 

紗夜「……163140……163139……16万3ぜ……………っ?」

 

しばらく経ち、突然紗夜のカウントダウンが止まる。

 

夏希「と、止まった!?」

 

小たえ「紗夜さん、遊んでください!」

 

次の瞬間、ゆりの端末に連絡が入る。

 

ゆり「ん?ちょっと待って。……はい、ゆりだよ。え?敵襲!?……ううん、こっちは大丈夫……分かった。」

 

かかって来た内容は敵襲があったという知らせ。紗夜は高嶋に会いた過ぎる本能が余りにも強すぎた為、直感が巫女の神託並みに研ぎ澄まされていたのである。

 

燐子「今井さんからですか…?」

 

りみ「敵が来たの?」

 

ゆり「うん、もう撃退したみたいだけどね。」

 

薫「私達が分散した所を狙って来たんだね…。」

 

すると突然紗夜が部室から出て行こうとする。

 

小沙綾「紗夜さん、何処へ行くんですか?」

 

紗夜「………私が傍にいない間に高嶋さんを襲うなんて……許さない。」

 

紗夜の周りをドス黒いオーラが漂っている。

 

ゆり「ちょ、ちょっとちょっと!もう戦闘は終わったんだよ!?」

 

紗夜「…………コロス。」

 

夏希「ひぇっ!?」

 

小たえ「ダークサイドだ…。」

 

紗夜「……例え暗黒面に堕ちようとも……高嶋さんだけは……私が守る…。」

 

ゆり「あ、あのぉー…敵はもういなくなったし、高嶋ちゃんも無事なんだけど…。」

 

紗夜「……見たんですか?」

 

ゆり「へ?」

 

紗夜「高嶋さんが元気にしている所を見たんですか?」

 

ゆり「い、いえ………。」

 

紗夜「だったら私は信じません。自分の目で確かめるまでは……。」

 

紗夜の瞳は本気だった。光さえ吸い込んでしまいそうなその真っ黒な瞳には冗談など欠片も、微塵も感じなかった。

 

小沙綾「こ、これは、かなり重症ですね…。」

 

紗夜「重症!?高嶋さんが!?どうしよう、行かないと……!」

 

どうなる、待機組!?

 

 

--

 

 

紗夜「止めないでください!私は行きます!」

 

りみ「と、止めないでって……何処へ行くつもりですか?」

 

薫「向こうに来たという事は、ここにも来るかもしれないね。」

 

ゆり「そうなんだよね…。だから、紗夜ちゃんの気持ちも分かるけど、ここにいてくれないかな?」

 

ゆりは逆撫でしないよう諭すように声をかける。

 

紗夜「うっ……それは………っ。」

 

やっと紗夜は平静を取り戻した。

 

燐子「氷川さん…少し気を紛らわせないと身体にも毒ですよ…?」

 

夏希「一緒にゲームしませんか!今日こそは負けないですから!」

 

紗夜「……すみません…そんな気分では無いんです…。」

 

みんなが紗夜を気にかけるなか、とうとうゆりが痺れを切らした。

 

ゆり「あぁ〜もぅ〜……紗夜ちゃん!今日はうちに泊まりに来て!」

 

紗夜「………えっ?」

 

ゆり「そんな状態で1人にしておけません。良い?これは部長命令だからね!」

 

紗夜「………お断りします。」

 

首を縦に振らない紗夜に対し、りみは切り札を投入する。

 

りみ「……高嶋さんに言いつけちゃいます。紗夜さんが悪い子だったって。」

 

紗夜「…………っ!?……分かりました。」

 

伝家の宝刀を切られてしまい、紗夜は首を縦に振る。

 

夏希「りみさん凄い……。」

 

小たえ「お泊まり会良いなぁ。」

 

ゆり「分かってくれたなら早速行きますか。」

 

 

---

 

 

牛込宅、リビング--

 

牛込姉妹に諭され、渋々泊まりに来た紗夜。

 

紗夜「どうしてわざわざ…こんな。独りで大丈夫なのに…。」

 

ゆりは晩御飯を作っている。

 

ゆり「紗夜ちゃんは何か嫌いな物とか、食べられない物とかある?」

 

紗夜「…どうでも良いです、食事なんて。」

 

りみ「あっ、正解です!」

 

紗夜「え?」

 

りみ「正直に言ったら、その食材を上手に隠して、絶対に食べさせようとするんです…。微塵切りとか、すり潰したりとかの方法で。」

 

コソコソとりみが紗夜に耳打ちする。

 

紗夜「そ、そうなんですね…。」

 

紗夜は人参が嫌いだ。りみからその事を言われ少し胸を撫で下ろす。

 

ゆり「り〜み〜、聞こえてるよ〜。」

 

りみ「お、お姉ちゃん!?いつの間に…。」

 

ゆり「悪い子にはこうだ!コチョコチョ!」

 

りみ「アハハハッ!やだやだ、ごめんなさい!お姉ちゃ…っアハハハッ!」

 

姉妹の仲睦まじい風景。紗夜が味わって来なかった風景が目の前に広がっている。

 

紗夜「……姉妹って、こんな感じなんですね。宇田川さんや白金さんとはまた違った……。」

 

ゆり「それはそうだよ!私とりみは正真正銘血の繋がった本当の姉妹だからね!」

 

りみ「羨ましくなりました?」

 

紗夜「別に……そんな事は…。」

 

ゆり「名誉姉妹になる?それっ!コチョコチョ!」

 

紗夜「なっ!?止め…っ!なにす…っ!フッ!フフフフフッ!」

 

流石の紗夜もゆりのくすぐりテクには敵わず笑ってしまう。

 

ゆり「あっ、やっと笑ったね。」

 

紗夜「ど、どういう事ですか…。」

 

ゆり「無理にでも笑えば、気持ちは後からついてくるものだよ。」

 

りみ「逆に、暗い気持ちの時に暗い顔をしてると、どんどん気が滅入っちゃいます。」

 

紗夜「だからってどうして……。あなた達には関係無い事じゃないですか…。」

 

ゆり「見たかったんだよ、紗夜ちゃんの笑顔が。」

 

紗夜「え…っ?私の…笑顔?」

 

ゆり「紗夜ちゃん、高嶋ちゃんが行っちゃってからずっと暗い顔しかしてなかったからね。友達がそんな顔してるのを喜ぶ人間なんて勇者部には1人もいないんだから。ね?りみ。」

 

りみ「うん!」

 

紗夜「友……達…。」

 

友達という言葉の響きが紗夜の胸を熱くする。

 

りみ「名誉姉妹にもなった事ですし、今夜は楽しく過ごしましょう!」

 

その時、端末からアラームが鳴り出した。

 

ゆり「……やっぱり来たね…。」

 

りみ「巫女がいなくて、神託が聞けないけど大丈夫かな…?」

 

紗夜「とにかく、行きましょう!」

 

3人は樹海へと急いだ。

 

 

---

 

 

樹海--

 

樹海では先に小学生組と薫、燐子が戦っていた。

 

夏希「おりゃーっ!」

 

薫「燐子ちゃん、君を危険な目には合わせないよ。下がっていてくれ。はぁっ!」

 

燐子「こ…この辺りにいれば良いですか…?」

 

燐子は薫の後方3メートル程に退避する。

 

薫「もっとだ。あこちゃんのいない間に怪我でもしたら大変だ。」

 

星屑の相手をしながら薫は更に下がるよう指示する。

 

燐子「薫さん…!ここで大丈夫ですか…?」

 

燐子は更に5メートル程下がる。

 

薫「後100歩は下がるんだ!」

 

小沙綾「い、いくらなんでも下がりすぎでは?」

 

小たえ「過保護だ。」

 

そこへ、

 

紗夜「はぁーーーっ!」

 

牛込姉妹と紗夜が合流する。

 

ゆり「待たせちゃったね。敵はどんな感じ?」

 

小たえ「全然余裕です。」

 

りみ「私も頑張る!えーーいっ!!」

 

紗夜「白金さん、作戦は?あら?白金さんは何処ですか?」

 

夏希「燐子さーーん!紗夜さんが呼んでまーーす!!」

 

夏希が彼方で待機していた燐子を大声で呼びよせる。

 

りみ「何であんなに遠くに…?」

 

 

--

 

 

3分後--

 

燐子「はぁ…はぁ……。お、お待たせ…しました……。何で…しょうか……?」

 

燐子は既に満身創痍である。

 

紗夜「作戦を聞きたかっただけなのですが、大丈夫ですか?」

 

燐子「氷川さん…あれ?気のせいでしょうか…?先程より元気になったみたいですね…。」

 

紗夜「ええ…。私が落ち込んでる所なんて、誰も見たくは無いでしょうから。」

 

燐子「そうですね…。みんなも、高嶋さんも…。」

 

紗夜「高嶋さんには笑っていて欲しいですし…もし、高嶋さんも同じ気持ちなら…。」

 

燐子「高嶋さんも…氷川さんには笑顔でいて欲しい筈です…絶対…!」

 

紗夜「寂しいのは変わらないけれど、一緒に頑張りましょう、白金さん。」

 

燐子「はい…!」

 

高嶋もあこも2人には笑っていて欲しい筈。2人の帰りを笑顔で迎える為にも、紗夜と燐子は戦いに臨むのだった。

 

 

---

 

 

小沙綾「殲滅完了です!お疲れ様でした。」

 

夏希「さっ、帰ってトランプの続きでもやろう!」

 

小たえ「それも良いけど、先にお風呂に入りたいな。」

 

ゆり「私達も帰りますか。もう準備は出来てるからね。」

 

紗夜「え、準備……?」

 

 

---

 

 

牛込宅、リビング--

 

食卓にはゆりお手製の料理が沢山並べられていた。

 

紗夜「こ、これは…。」

 

ゆり「お腹が減っては笑顔になれぬ!さ、いっぱい食べてね!」

 

紗夜「料理上手なのは知っていましたが、これは……凄いですね。」

 

りみ「いくらなんでもこれは作りすぎだよ、お姉ちゃん。私も紗夜さんも少食なのに。」

 

ゆり「私が食べるから大丈夫!紗夜ちゃん、手は洗った?」

 

紗夜「え、ええ…。」

 

ゆり「なら、オッケー!冷めないうちに食べてね。」

 

2人は料理を食べ始めた。

 

りみ「あ、紗夜さん。ドレッシング取ってもらえますか?」

 

紗夜「はい、どうぞ…。」

 

ゆり「口に合うかな?」

 

紗夜「ええ……美味しいです。………家族の食卓って、こんな感じなんですね。騒々しいですが………なんだか楽しいです。」

 

紗夜は胸に手を当てて呟く。今目の前に広がっている光景は、紗夜が今まで味わう事が出来なかった暖かい光景。みんなにとっては当たり前の光景かもしれないが、紗夜にとっては初めての、至福の時間--

 

 

紗夜「いつか……高嶋さんとも……こんな感じになれたら…良いですね…。」

 

ゆり「またいつでも来てね。今度は高嶋ちゃんと一緒に。」

 

紗夜「………ええ、是非。フフッ。」

 

自然と笑顔が溢れる。離れ離れで過ごす事も、たまには悪くない--

 

 

 

かもしれないと思う紗夜なのだった。

 

 

 



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神樹の記憶〜スパイが街にやって来る〜

決して交わる事の無いこの世界に新たな来訪者がやって来ます。


キーワードは……スパイ、スパイス。




 

 

神様とは気紛れなものである--

 

 

時には人を助け、時には人に試練を与える--

 

 

この出来事は神樹の気紛れにより引き起こされた不思議な体験--

 

 

勇者部を助ける事になるのか--

 

 

はたまた--

 

 

---

 

 

樹海--

 

香澄「ひゃあ〜、今日は一段と敵の数が多いよ…。倒しても倒してもワラワラ出てくる!」

 

勇者部は今日も土地を解放する為に戦っている。しかし、今回はいつもに増して敵の数が多い。まるで始めて見るものを見に来た見物客かの如く--

 

千聖「あら?遠くの方で、星屑が団子状に固まっているけれど……どうかしたのかしら?」

 

戦闘の最中、千聖が遠くに星屑が密集しているのを発見した。よく目を凝らして見ると、何人かが星屑と戦っているのである。

 

蘭「私達以外の誰かが樹海で戦闘を……!?ゆりさんっ!」

 

ゆり「誰かって誰!?…考えてる暇は無いか。急いで助けに行かないと!」

 

勇者達は"勇者では無い何者か"が戦っている所へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

その場所では6人の制服姿の少女が星屑と戦闘をしていた。しかし、彼女たちの武器では星屑に決定打を与える事が出来ない。

 

?「ひゃああーーーっ!何コレーーー!?逃げても逃げても追って来るーーー!」

 

?「攻撃も全く通らない…!」

 

ピンク色のボブの少女は逃げ惑い、薄紫色のツインテールの少女は手をこまねいていた。そこへ、

 

香澄「勇者ぁああーーパーーーンチッ!!」

 

?「「「えっ!?」」」

 

香澄の勇者パンチが星屑に炸裂し、光となって星屑が消滅する。

 

有咲「よしっ!誰だか知らないけど、大丈夫か?」

 

有咲が手を差し伸べるのだが、

 

?「やっと黒幕の登場という訳……。覚悟っ!」

 

青い髪の少女は勇者部を敵と勘違いし攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

友希那「な、何するの!?」

 

斬り掛かってきたところを友希那が生大刀で防ぐ。

 

友希那「く……っ、この気迫と隙の無さ…一体何者なの!?」

 

紗夜「いきなり斬り掛かるなんてどういうつもりですか……!?」

 

あこ「そうだよ!せっかく助けてあげたのに、酷いよ!」

 

?「えっ…助け……?でも、さっきの怪物はあなた達が操ってたんじゃ…?」

 

彼女達はさっきの星屑は香澄達が操っていたものだと勘違いをしているようだった。見知らぬ場所に飛ばされ、そこに初めて見る怪物が現れ、初めて出会う人を見ればそう思ってしまうのは当たり前の事である。

 

日菜「冗談じゃないよ!何処かの誰かじゃあるまいし、あんな気持ち悪いもの手懐けたりしないよ。」

 

花音「ふえぇ……樹海にいるって事は新しい勇者様だね!」

 

花音は早速媚を売ろうと擦り寄ろうとする。

 

?「え……勇者?」

 

ブロンドの少女は勇者という言葉にピンときていない様だ。

 

香澄「初めまして。私、戸山香澄です!敵じゃありません!他のみんなと同じ、勇者部の勇者なんです!」

 

香澄は敵意が無い事を表し、自己紹介する。

 

モモ「あ、ご丁寧にどうも……。私は、源モモって言います。」

 

モモと名乗る少女は挨拶を返すが、

 

?「百地…。迂闊に本名を名乗ったりして何を考えているの……。」

 

青い髪の少女がモモに注意をする。

 

モモ「す、すみません師匠!でもこの人は……。…………ちょっと失礼しますねっ、ペロ…ッ!」

 

香澄「ひゃあ!?」

 

モモは突然香澄の首筋を舐めたのである。そしてモモは師匠と呼ぶ少女にこう告げる。

 

モモ「し、師匠!この人、嘘はついてません!敵意も無いし、悪意も全くのゼロです!」

 

?「何ですって……。どういう事なの……。」

 

モモ以外の少女達はその言葉に動揺してしまう。そこへ--

 

 

中沙綾「………………。」

 

りみ「沙綾ちゃん!?いつの間に!?」

 

香澄が首筋を舐められた事で、沙綾の目から光が消える。

 

中沙綾「いいいい今何が起き……いいえ私は何も見なかった幻覚幻気の迷い……。」

 

そんな事を呟きながら、物凄い勢いで持っている銃に弾を装填し始める。

 

モモ「あ、ゴメンね。私、味覚と嗅覚で人の気持ちが解る体質だから、ちょっとだけ味見を………。」

 

小たえ「それはとても便利ですね!でも…。」

 

紗夜「命知らずにも程があります……。」

 

美咲「でも、その話が本当なら、私たちが敵じゃ無いって事は分かりましたよね?今度はそっちの番です。」

 

燐子「皆さんはどうして樹海に……?何処から来たのですか…?」

 

?「樹海?私らは空崎市内のビルにいたんだよ。なのに、いつの間にこんな変な所に……?」

 

オレンジの髪の少女が答える。どうやら彼女達もここに来た原因が分からなかった。

 

小沙綾「空崎?そんな名前の街ありましたっけ…?ここは香川ですが、空崎市は何県ですか?」

 

モモ「香川県!?」

 

沙綾の言葉で彼女達は更に驚いた。

 

?「空崎は関東です……。ま、まさか私達は…何かのきっかけで瞬間移動を……?」

 

?「流石に話が飛躍しすぎよ。幻覚か何かで説明がつく筈……。」

 

イヴ「お前ら、勇者じゃねーなら何だってんだ。」

 

ゆり「喧嘩腰はダメだよ。取り敢えず部室に戻って、巫女に話を聞いてみよう。」

 

?「「「………………。」」」

 

高嶋「心配しなくて大丈夫だよ!みんなとっても優しくて良い人達だから。さ、行こっ!」

 

モモ「師匠…。今の人、さっきの人と双子ですね。顔も声も匂いも、凄くそっくり…。」

 

?「モモ、油断は禁物よ。情報を得る為に話はするけど、警戒は解かないように……。」

 

信用しきれないながらも、6人の少女達は香澄達に連れられ、部室まで移動するのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

部室に戻った勇者達は、早速樹海で起こった事を巫女達に伝えた。

 

リサ「神託は何も無いけど、現時点の状況をまとめると……。」

 

モカ「皆さんは、西暦時代の関東からやって来た勇者では無い……一般の高校生…。」

 

?「んで、ここは未来の四国で、君たちは正義の中学生?いやー面白い!刺激的!」

 

?「あの…。モモちゃんが真実と断言したからにはこちらも名乗るのが筋かと思います…。」

 

そうして高校生の少女達も順に自己紹介を始める。

 

初芽(ブロンド髪)「私は、高校3年生の青葉初芽と申します。そして、こちらは私の弟子で…。」

 

五恵(紫ストレート)「こ、こんにちは…高校2年生の石川五恵です。よ、宜しく…お願い…します。」

 

雪(青髪)「………私は初芽と同学年で、モモの師匠。半蔵門雪という者よ。」

 

命(オレンジ髪)「私は、八千代命。この、ちんまい1年生、相模楓の師匠だよん。よろしく。」

 

楓(薄紫ツインテ)「ちょ、師匠!一言余計です!」

 

ゆり「私は部長の牛込ゆり。勇者部は大人数だから自己紹介は追々するとして、さてと…。」

 

燐子「あの…皆さんは師弟関係にあるようですが…それにはどのような意味が…?」

 

友希那「そうね…。それにあの身のこなし、ただの高校生には見えないけれど…。」

 

燐子は先程からちょくちょく出てくる師匠というワードが気になり質問する。

 

雪「察しの通り、我々は"ツキカゲ"という組織に属し、敵対する悪党達と日々対峙している…。」

 

命「ま、師弟関係ってのは、その活動に必要な技術を伝授する先輩後輩の関係って事。」

 

蘭「だから普通の雰囲気と違うんだね…。」

 

今度は雪が勇者達に質問をする。

 

雪「こちらからも聞きたい事がある。さっきの場所にいた巨大生物は何?機械仕掛けか何かなの?」

 

香澄「あれはですね、バーテックスって言って、人類を滅ぼす……怪獣?妖怪?モンスター!?」

 

モモ「そ、そっちも解んないんだね…。」

 

 

--

 

 

千聖「それにしても、少し特殊とは言え一般人がどうして、過去から私達の世界へ…?」

 

その時、巫女に神樹からの神託が届く。

 

モカ「っ!?……リサさん、これは…。」

 

リサ「モカ、彩、集中だよ。」

 

モモ「えっと……。この子達は一体何を……?」

 

有咲「静かに!神樹様からの神託を受け取ってんだ。」

 

五恵「巫女?神託?」

 

何事か分からないモモ達に、たえが説明する。

 

中たえ「神世紀は、神樹様の導きと恵みで成り立っていて、巫女はその声を聞ける特別な存在なんだ。」

 

モモ「まるで御伽噺の世界みたい……。」

 

リサ「………神託によると、どうやらこの世界で不穏分子の存在が確認されたみたい。」

 

モカ「そして、その人達は、その敵を暴く為の調査と討伐の為に召喚されたんだって。」

 

紗夜「どういう事ですか……。これだけ勇者が揃っているのに部外者を呼び寄せるなんて、納得いきません。」

 

それに対して彩が補足説明をする。

 

彩「それがね、今回は造反神じゃなくて、人的要素が深く関係してるみたいで………勇者だけでは対応しきれない恐れがあるって神樹様が判断されたみたい…。」

 

友希那「私達では力不足というの……。」

 

中沙綾「私達に欠けているものを、この人達は持っているって事?」

 

沙綾の言葉で、勇者達はモモ達を見つめる。

 

初芽「どうしたのでしょう……。皆さんがこちらをジッと見ておられますが…。」

 

五恵「私には、話の意味も流れも…サッパリです……。」

 

雪「…………少し良いかしら。私が脳内補完した推測を言わせてもらうわ。」

 

 

--

 

 

雪「勇者というのは、樹海に生息する巨大生物に対応する特化型戦闘員という認識で良いかしら?」

 

美咲「対応なんてしたくないですけど、その通りです。」

 

雪「ここで1つ確認したいのだけれど……勇者は、"対人戦や諜報活動"もするの?」

 

夏希・あこ・花音「「「ちょーほー?」」」

 

3人の反応で雪の推測が正しい事が判明する。

 

命「あ、これ全くしないやつだ。」

 

雪「だとすれば、我々は対人要員として助っ人に招かれたのかもしれない。」

 

モモ「えっ、誰にですか?」

 

楓「そりゃあ……この子達のボスにじゃない?」

 

初芽「先程、お三方がどなたかと通信を行なっているようでしたものね……手段は不明ですが。」

 

五恵「じゃあ、私達はその不穏分子を探るよう依頼を受けたと理解すべきなのでしょうか……?」

 

今までの事からモモ達は経緯を推測していくが、雪が待ったをかける。

 

雪「待った。こちらは知らぬ間に拉致された身。ハイそうですかと従うのは早計すぎる。」

 

命「だよねー。依頼っつっても、そっちのボスに合わせてもらえなきゃ、信用出来ないし。」

 

燐子「私達のボス…と言うと……。」

 

リサ「神樹様だね……。」

 

雪「なら、この後の交渉は、その"人"と直接するわ。」

 

香澄「神樹様と話す!?そんな事って……出来るのかな?」

 

モモ「出来ないの?どうして?みんなのボスってそんなに偉い人なんだ!?」

 

モカ「偉いと言うか……神様だし、それ以前に植物だから、声は出せないよ。」

 

モカの一言でモモ達は更に混乱してしまう。それも仕方の無い事、1番偉いボスが植物なのだから。

 

命「はあ!?ちょっと意味不明すぎるんだけど……。じゃあ、どうしろっての!?」

 

薫「勇者部は巫女の神託と、部長であるゆりの指揮に従っている……。ゆりが決めれば良いさ。」

 

ゆり「あ、うん。じゃあ、お願いしちゃおうかな。」

 

有咲・楓「「軽っ!!」」

 

ゆり「い、いや、だってさ……神樹様に召喚されたって言うなら、そうするしかないと思うし……。」

 

中たえ「その不穏分子が片付くまで、"ツキカゲ"さんたちはきっと、元の場所に帰してもらえないだろうし。」

 

初芽「それはおかしいです。ここが四国だとしても帰る手段はいくらでもある筈……。」

 

初芽の言う事も正しい。だが、それが6人が来た時代の四国ならの話だ。

 

りみ「あ……そ、それが…その……無いんです。」

 

蘭「四国から出る方法も無いし、そもそもここは未来な上に、異世界ですから。」

 

モモ「えええ!?四国から出れない!?飛行機は!?瀬戸大橋は!?」

 

イヴ「大橋は壊れてます。飛行機は…ありません。」

 

五恵「えっ……この子さっきと印象が…。どうしたの?体調でも悪い?」

 

命「ねえ、ユッキー…どうする?どうやら問答無用で仕事をさせようって事みたい。」

 

雪「情報が足りなすぎるけど、敵対する理由も無いわ。」

 

友希那「不本意なのは承知だけれど、不穏分子排除の為、私達に力を貸してくれない?」

 

雪「ええ………。暫くの間は様子見で、協力体制を取るしか無さそうね……。」

 

香澄「じゃあ、仲間になってくれるんですね!ありがとうございます!」

 

香澄の言葉でモモが近寄って来る。

 

モモ「えへへ、なんかそういう事みたい。それにしても、香澄ちゃんて良い匂いだね。」

 

中沙綾「ああああ!香澄をくんくんしないでください!ぺろぺろも駄目です絶対二度と!」

 

彩「あの……私は不思議で仕方ないんだけど、この世界に悪い人なんているのかな?」

 

楓「はぁ!?んなもん、腐る程いるでしょうが!」

 

彩がそう思うのも当然の事である。神世紀の人間は大らかで優しい人しかいなく、極悪人は存在すら疑われるレベルなのだ。

 

初芽「それが本当なら、それこそ私が理想とする世界の在り方です。」

 

五恵「随分、私達の環境とは違う土地みたいですが…大丈夫でしょうか……。」

 

雪「何にせよ、判断材料を集める必要があるわ。このミッション、心してかかりましょう……。」

 

こうして、突如この世界に転送されてきた6人の少女達と力を合わせていく事になった勇者部。勇者部はこの世界に蔓延る不穏分子を排除し、6人を元の世界に帰す事は出来るのだろうか--

 

 

 



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神樹の記憶〜違和感のスパイラル〜

勇者とスパイの物語その2。

情報を集める"ツキカゲ"と勇者部。事態を裏で操っていたのはあの人物だった--





 

 

突如この異世界に飛ばされて来た"ツキカゲ"の6人。6人は勇者部と協力して情報を集める為、街を散策する。

 

 

商店街--

 

小沙綾「何組かに分かれて行動するのは良いとして、何故私達は商店街に?」

 

楓「敵の手がかりが全く無いって言うからよ。諜報活動の基本は、街での聞き込みだからね。」

 

商店街に来ているのは小学生組に命・楓ペア。

 

小たえ「捜査は足でするんだ、ってヤツだね。」

 

夏希「刑事ドラマみたいでカッコいい!あ、でも…街の人が敵の事なんて知ってるんですか?」

 

命「何が重要な情報かは、集めてから判断するの。材料が無いと、料理も出来ないでしょ?」

 

小沙綾「言っている事は分かりますが、知らない人に何を聞けばいいのか、見当もつかないです。」

 

楓「ここはプロの私達に任せておきなさい。アンタ達は小学生で、えっと……。」

 

夏希「あ、私は海野夏希って言います!」

 

小沙綾「山吹沙綾です。」

 

小たえ「花園たえ(小)です。」

 

命「小?そういえば、同じ顔の子がもう1人いたけど、もしかして双子なの?」

 

小たえ「えーと……はい、そんな感じです。」

 

詳しく話してしまうとややこしくなってしまう為、たえはやんわりと流した。

 

命「へー。あなたも似た顔の人がいたよね。お姉さん?」

 

小沙綾「えっ?はぁ……まぁ。」

 

ややこしくなってしまう前に楓が命に声をかけた。

 

楓「師匠、それよりあの店なんてどうでしょう?」

 

楓が指した場所は八百屋さんだった。

 

命「八百屋さんかぁ。うん、ちょっと行ってみっかね。3人は、ちょっとここで待ってて。」

 

2人はそれとなく八百屋の店主の元へと近付いた。

 

 

--

 

 

店主「いらっしゃーい!」

 

命「美味しそうなお野菜ですね!引っ越し前はこんな良いお店近所に無かったから嬉しい!」

 

店主「あら、そうなのかい?サービスしとくよ!可愛らしいお嬢ちゃんだねぇ。そっちは妹さん?」

 

楓「はい!うちのお姉ちゃん、人参嫌いで困ってるんです。美味しい食べ方とかありますか?」

 

店主「あるともさ!おばちゃんが教えたげるから、贔屓にしとくれ。うちは街一番の八百屋だからね!」

 

会話の入り方、話し方、話題の出し方、全てにおいて本当に近所に引っ越してきたばかりかの様に2人は八百屋の店主と話をしていた。

 

楓「凄いね、お姉ちゃん!私達、街1番のお店を見つけちゃったよ。」

 

命「街と言えば、さっきお肉屋さんで聞いたんですけど、最近この辺りで何か変わった事があったとか?」

 

そして2人は会話の流れでそれとなく情報収集を開始する。

 

店主「変わった事?一体何だろうね?ちょいとー、山田の奥さんどう思うー?」

 

店主はいつもここに来ている常連の人に尋ねた。

 

山田「そりゃ、アレじゃないかしら?ほら、昨日ここに来たじゃないの!」

 

店主「あーあー!アレね!"野菜の仕入れ先とこ流通を聞いてくる妙な男達"だろ?」

 

命「えー?そんなの聞いてどうするんでしょう?売り込みの人だったのかしら?」

 

店主「私もそう思ってね、美竹農場以外うちは扱わないよって、言ってやったのさ!」

 

楓「美竹農場?」

 

店主と山田さんが話している隙を縫って、沙綾が命と楓に耳打ちする。

 

小沙綾(私達勇者部の蘭さんの畑の事です。)

 

命・楓「「え?」」

 

取り敢えず必要な情報が手に入り、5人は八百屋を後にした。

 

 

--

 

 

夏希「命さんと楓さん凄いです!あんなに自然に知らない人とお喋り出来ちゃうなんて!」

 

楓「まー、アレくらい日常茶飯事だからね。」

 

命「こんな感じで、あと数軒回ってみよう。」

 

小沙綾・夏希・小たえ「「「はいっ!」」」

 

 

---

 

 

港--

 

友希那「全く手掛かりが無い所からのスタートなのに、何故港を選んだの?」

 

初芽「もし四国外から、組織的に兵器や薬品を大量に運び込む場合、海上ルートしか無いからです。」

 

五恵「内側は他のチームが調べているので、空路と瀬戸大橋が不通なら、後は海という訳です。」

 

そう推測し港にやって来たのは、西暦組と初芽・五恵ペアだ。

 

美咲(何か運び込むって何処から?ここには四国しか無いって教えた方が良いんじゃない?)

 

蘭(ダメだよ。助っ人って言っても、一般人なんだよ?過酷な未来を突き付けるのは…気の毒すぎる。)

 

こちらもこちらで四国外の情報を教えてしまうとややこしくなってしまう為、敢えてそこは伏せて捜査に乗り出していた。

 

薫「……………儚い。」

 

五恵「儚い?えと…瀬田さん?何してるの?」

 

薫「あぁ、海の声を聞いているんだ。」

 

薫につられ五恵も目を閉じて耳を澄ましてみる。

 

五恵「………わぁ、本当だ。目を閉じると、波の音や海鳥の声が良く聞こえてくるね。」

 

薫「あぁ、他にも、イカの囁き、サザエの欠伸…石鯛の騒めき……そしてワカメの微笑もね。」

 

五恵「ワ、ワカメの……え?」

 

そんな中、初芽が港に停泊している漁船を発見する。

 

初芽「五恵ちゃん。あちらに漁船が停泊しています。情報収集をお願いしても良いですか?」

 

五恵「はい、師匠。行ってまいります。」

 

友希那「情報収集?それは、どうやって?」

 

初芽「口で説明するのは難しいのですが、敢えて言うなら、色仕掛けでしょうか。」

 

友希那・蘭・美咲「「「色仕掛け!?」」」

 

これには友希那達も驚く。

 

美咲「石川さんって、かなり内気そうなのにそんな事が出来るんですか?」

 

 

--

 

 

漁師「よし、今日も大量大量!」

 

屈強な漁師の元へ五恵が可憐な雰囲気で近付いて話しかける。

 

五恵「お魚いっぱい取れました?」

 

漁師「お?おお!!取れたぞ!見るかい?おっちゃん自慢の魚!」

 

五恵「わぁ〜。立派なお魚!鍛えているだけありますね。」

 

漁師「え?でへへへ。そ、そうかい?」

 

この漁師は最早完全に五恵の術中にハマってしまっている。

 

五恵「そんなに逞しかったら、きっと怖い人が来ても、守ってくれますよね?」

 

漁師「怖い人ってあんた、誰かに追われてるの?あ!もしかして、黒服の奴らかい?」

 

五恵「黒服……。はい、その人達です。一体、何なんでしょう……私、怖くて。」

 

漁師「最近ここらの漁師に、"漁獲高や潮の流れを細かく聞いて回ってる"連中だよ。怪しいと思ってたが、野郎……ナンパ目的とは!とっちめてやる!」

 

五恵「おじさま素敵!でも…その人達はどうしてお魚の事まで聞いてるのかしら?」

 

漁師「知らないけど、"貢ぎ物"がどうとか言ってたな…。ま、美人の姉ちゃんが相手なら、無理ないな!」

 

五恵「やだ、おじさまったら!」

 

 

--

 

 

友希那は五恵の色仕掛け作戦を遠くで見ながら、驚愕していた。

 

友希那「な、何なの……?何の疑いも警戒も無く相手がペラペラと……。」

 

美咲「単に美人だからだよね、アレ。普通に話しかけただけで、何処が色仕掛けなの?」

 

初芽「ウフフ。視線や仕草を効果的に使って、そうなるように仕向けてるんですよ。」

 

話している合間に五恵が情報収集から戻って来る。

 

五恵「戻りました。あ、これ…1匹頂いてしまいまして……。」

 

薫「これは……とても見事なタコだね。」

 

蘭「流石高校生…。一味も二味も違うんですね。」

 

五恵「ありがとうございます。でも、有益な情報だったかどうか、今のではまだ…。」

 

初芽「でも、"貢ぎ物"というキーワードは気になりますね。先程伺った、神樹信仰の儀式に使う物では?」

 

友希那「そんな話は聞いた事も無いけれど、私達も西暦から来た身、戻って確認する必要があるわ。」

 

初芽「え?あなた方も西暦の!?という事は、やはり未来の技術でタイムスリップを……興味深いですね。」

 

美咲「じゃあ、一度戻りましょうか。」

 

友希那達は一度部室へ戻る事にするのだった。

 

 

---

 

 

ショッピングモール--

 

モモ「ほぇー。未来とは言っても、こういう所は私達の時代とあまり変わらないんだなぁ。」

 

雪とモモペア、そして神世紀組はショッピングモールへとやって来ていた。

 

中沙綾「雪さんの指示で、ここに来ましたが何が目的なんですか?」

 

雪「人が多く集まる場所には、それだけ多くの情報も集まる。モモ、まずはどうすべきか分かっている?」

 

モモ「え、はい……えっと…。」

 

雪「目標物が定まっていない場合、その場で最も違和感を感じる物を探す事。」

 

香澄「成る程ー。違和感、違和感……。いつも通りだと思うけどなぁ。」

 

中たえ「あ、あそこに違和感発見。」

 

たえが指した方向には何人かの黒服の男達が作業をしていた。

 

モモ「あの人達、さっきから"何度もここを往復してお店に入るでも無く、メモ取ってばかり"……。」

 

雪「家族連れやカップルで賑わうモールに黒尽くめサングラスの男達……。よし、私が行く…。」

 

男達の動向を探る為、雪が調査に出る。

 

 

--

 

 

雪はわざと黒服の男にぶつかった。

 

雪「きゃっ!ご、ごめんなさい!いたた……。」

 

黒服「…………。」

 

しかし、黒服からの反応は無い。

 

雪「あ、あの……すみません。お怪我はありませんでした?あ……っ。」

 

だが、そこで反応したのは近くにいたおばあさんやお姉さんだった。

 

おばあさん「あなた、大丈夫?転んじゃったの!?怪我してない?」

 

お姉さん「今、医務室に連れて行ってあげるね。立てる?ほら、私に捕まって。」

 

雪「ありがとうございます。大丈夫です。………………。」

 

街の人の優しさが仇になってしまった瞬間、雪は瞬時に次の作戦に切り替え、モモに合図を送る。

 

 

--

 

 

モモ「あ……っ、師匠が合図を。私、ちょっと行ってくるね!」

 

香澄「えっ!?モモさん、何処へ!」

 

香澄がモモを目で追うも、モモは瞬く間に人混みの中へと消えて行ってしまう。

 

雪「…男達をつけて行ったのよ。」

 

入れ違いで雪が戻って来た。

 

雪「確かに彼らは怪しかったから、その価値はあると踏んだの。」

 

中たえ「黒尽くめにサングラスは大体怪しい人だもんね。」

 

たえはそう言うが、雪の着眼点は違っていた。

 

雪「そうじゃなくて、あなた達の言葉を信じれば、この地域の人々は皆親切心に溢れる善人。なのに、あの男は倒れた私を心配もせず、謝罪に頷きさえしなかった。これは大きな違和感よ。」

 

香澄「確かに!周りの人はすぐに雪さんを助けに近寄って行きました!」

 

中沙綾「凄い洞察力ですね…。」

 

雪「後は、モモが何を持ち帰ってくるかね……。」

 

 

--

 

 

一方、黒服を追うモモはショッピングモールから少し離れた場所で、何者かに報告している会話を盗み聞きしていた。

 

黒服「首尾は上々です……。別働隊からの報告も併せ、これで必要な情報は集まったかと………。」

 

モモ「誰かに報告している…。一体誰に……っ!」

 

モモは黒服が報告している人物を見て驚いてしまう。

 

?「ご苦労様……。君達は一旦帰って待機しててね。後で連絡するから、疑われないように…。」

 

黒服「は。仰せのままに……。行くぞ、お前達。」

 

モモ「く…っ、行き先が二手に分かれた!だったらここは…。」

 

モモは黒服と話していた少女を追うが、その少女は突風を巻き上げ忽然と消えてしまう。

 

モモ「えっ、消えた!?そんな、どうやって……!?うう…だったら男達を……って、もういない!」

 

呆気に取られている間に、モモは2人ともロストしてしまう。

 

モモ「はぁ〜、追跡失敗。でも、どういう事……?男達と話していたのは確かに…でも……。」

 

 

黒服と話していた人物--

 

 

それは確かに香澄と瓜二つの姿をしていたのである。

 

 

 



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神樹の記憶~"スパイス"キメて立ち向かえ~

勇者とスパイの物語その3。

物語はいよいよ佳境へ、果たして沙綾と紗夜は最後まで冷静にいられるのか--




 

 

勇者部部室--

 

調査の結果それぞれが得た情報を一度整理し直す為、部室へ戻ってきた勇者部と"ツキカゲ"一行。だが、モモがショッピングモールで見た"香澄に似た少女"の事で議論が繰り広げられる。

 

雪「双子の片割れがスパイ。そんな説が出てきているわよ。」

 

高嶋「へ?双子って?あ、戸山ちゃんと?でも、スパイっていったい何の事?」

 

モモ「私……見たんだあなたが黒服の人達と合流して指示を出すとこ……。」

 

実際に戸山香澄は雪とモモと一緒に行動していた。なので、雪はもう一人の香澄である高嶋香澄がスパイなのではないかと疑っているのである。

 

紗夜「何を言い出すかと思えば……そんな馬鹿な事、絶対にあり得ません。」

 

高嶋「私、そんな人達は知らないし、ショッピングモールにも行ってないよ?」

 

当然高嶋は否定をする。そこで、

 

雪「……モモ。」

 

雪はモモに指示を出す。"ツキカゲ"には高嶋が嘘をついているかどうか判断できる方法があるからだ。

 

モモ「はい。調べてみます!ちょっと失礼………ペロッ!」

 

高嶋「ひゃうっ!?び、びっくりしたぁ…。」

 

モモは相手を舐めれば嘘をついているかどうか、相手の感情が解るからである。しかし、それに紗夜が黙っている筈も無く--

 

 

紗夜「たっ、高嶋さんを、舐めたっ!?な…なんという事を!!!」

 

燐子「氷川さんの余裕ゲージがゼロに……。非常事態です……!」

 

ゆり「このままじゃ部室が倒壊しちゃう!押さえて!全員で押さえてーーー!!」

 

目が虚ろになり猛り狂う紗夜をゆり達が必死で抑え込む。

 

 

--

 

 

15分後--

 

モモ「し、師匠…嘘の味がしません。私は確かに彼女をこの目で見たのに……発言は真実です。」

 

高嶋は嘘をついていない。となると、残った"香澄に似た少女"は1人しかいない。

 

薫「ここにいる、香澄ちゃん達ではないなら……赤嶺しかいないだろうね。」

 

命「はあ!?まだ同じ顔の人がいるわけ!?一体全体、この世界はどうなってるの!?」

 

"ツキカゲ"達が驚く事も至極当然の事である。

 

リサ「赤嶺が何か企んでいるとしたら…その男達は、何者なんだろう……。」

 

雪「それは、これを見れば判るかもしれない。パソコンはあるかしら?」

 

みんなが悩んでいる中、雪は懐からある物を取り出した。

 

中沙綾「ここにあります。それは…GPSの受信機ですか?」

 

雪はショッピングモールで黒服の男とぶつかった際に、スーツのポケットに発信機を忍ばせておいたのである。

 

初芽「PCに接続して…あ、地図表示は無理ですが、ここからの距離と方角は大丈夫のようです。」

 

中沙綾「だったら、その情報を現代の地図と照合してみますね。……はい、これで…ってええっ!?」

 

彩「そ、そんな……まさか…何かの間違いじゃ……。だってこの場所は…!」

 

GPSが指示していた場所--

 

 

 

 

それは大赦だった。

 

 

--

 

 

香澄「大赦って、神官さん達の中に悪い人が混ざってるって事…?」

 

有咲「そんな事ある訳無いだろ!隠し事は色々してたが、基本は世界平和を願う組織の筈だろ!?」

 

大赦は確かに結界の外の世界の事や満開の代償である散華を隠していた事はあったが、その大本は平和を思っての事だった。

 

五恵「大赦って…勇者部と神樹様の間にある組織の事だよね?信じたい気持ちは解るけど、でも……。」

 

命「どんな組織にも不満を持つ者はいる。裏切り者も。あなたは、どう思う?湊さん。」

 

友希那「………。」

 

友希那が返答に困っている最中、樹海化警報が鳴りだした。

 

紗夜「くっ………ああああああ!この怒り大葉刈に乗せて!」

 

千聖「出撃前に疲労困憊ね…。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

美咲「ねぇ、湊さん。神世紀組は驚いていましたけど、私は…大赦に造反者がいても、全然不思議に思わないです。」

 

友希那「…えぇ。神官だけならまだしも、あの赤嶺が関わっているなら、尚更ね。」

 

燐子「だとしたら…"ツキカゲ"の皆さんが召喚されたのも頷けます…。人が自分の病巣を自分では取り除けないのと同じ様に…神樹様も大赦内部の闇には手を出せないのかもしれません…。」

 

中たえ「それに、無垢な勇者や巫女じゃ闇その物に気付く事も、対処する事も出来なさそうだし。」

 

勇者達も、大赦内部の闇の事に薄々と感づいている者が何人かいた。

 

千聖「勇者部に負け越している赤嶺は、遂に大赦を内部から切り崩す作戦に出たのかしら…。」

 

ゆり「よくもそんな面倒な真似をするね…。潰すしかないかな?」

 

りみ「お、お姉ちゃん。大赦じゃなくて、大赦にいる一部のいけない考えを持った人達をでしょ!?」

 

雪「それで、これからどう動くつもりなの。大赦とかいう所に奇襲でもしかける?」

 

有咲「そ、それはダメだ。万が一、勇者システムを破壊されたりしたら、手も足も出なくなるし…。」

 

初芽「そうなんですか?でしたら、寧ろ敵の目的はシステムの破壊そのものという事なのでは……?」

 

中たえ「それは非現実的です。勇者システムは大赦の中で最も強固で精密な防衛網の中にあって、大勢の巫女が周囲を固めてるから、一歩近付くだけでも感知されて、速攻で排除されちゃうよ。」

 

中沙綾「それに、もし敵に破壊が可能なら、とっくに私達を無力化している筈です。」

 

初芽はそう考えるが、たえと沙綾がそれを否定する。

 

モモ「そっか~。なるほどね~。」

 

香澄「モモさんがいる!っていうか……"ツキカゲ"さん達、全員樹海で動けてる!」

 

命「ん?それって、何か変な事?最初もここにいたんだけど……。」

 

小沙綾「別の世界から呼んだ人達だから、神樹様がそういう風にしているんじゃないですか?」

 

五恵「よく解らないけれど……それであの…ここでは何をすれば……。」

 

その時勇者と"ツキカゲ"の面々に星屑や"新型"、"飛行型"の群れがやって来る。

 

モモ「またあの怪物!どどどどどうしよう!?どうしたら!?」

 

楓「私達の武器は、全く通用しないし、戦うにはいくら何でも大きすぎるわ!」

 

ゆり「勿論、戦闘は私達に任せて下さい。あこちゃんとたえちゃん2人、薫で"ツキカゲ"の護衛をお願いね!」

 

ゆりは"ツキカゲ"の6人を下がらせ、前衛へ出るのだが、

 

雪「牛込部長。申し出はありがたいけど、私達もそこまで無力では無いわ。」

 

命「敵わない敵と対峙する時でも、"ツキカゲ"には"ツキカゲ"の戦い方がちゃんとあるからさ。」

 

6人は迫ってくるバーテックスの前に立った。

 

友希那「でも、あなた方は生身の人間。敵は恐ろしい異形の化け物。無茶よ!」

 

雪「それは把握済み。でも……私達には"これ"がある。」

 

6人は懐からあるものを取り出した。

 

雪「みんな、"スパイス"をキメていくわよ!」

 

モモ・五恵・楓「「「はいっ!!」」」

 

雪の合図で6人は一斉にあるもの--

 

 

 

"スパイス"を噛んだ。

 

夏希「何か噛んだ途端に雰囲気が!もしかして、魔法の秘密アイテム!?」

 

モモ「私達、変身はしないけど、スパイスで身体能力を高める事が出来るんだよ。」

 

五恵「そう。スパイスをひと噛みすると、身も心もピリッと滾ってくるの。」

 

雪「ツキカゲ一同、巨大生物の討伐戦にて勇者のサポートに徹せよ。ミッションスタート!!」

 

ツキカゲ5人「「「了解っ!」」」

 

樹海で勇者部と"ツキカゲ"による共同戦線が始まった--

 

 

--

 

 

蘭「はぁあああっ!!」

 

紗夜「闇に消え失せなさい!やぁあああっ!!」

 

バーテックスは順調にその数を減らしていく。

 

モモ「うぇぇ……何だか私、気分が…。」

 

五恵「う、うん…確かに不気味過ぎてちょっと気持ち悪いよね……。」

 

迫り来る不気味な怪物を顔色一つ変えずに殲滅していく勇者達を見てモモと五恵はちょっと気が滅入ってしまう。

 

楓「ビビってないで、出来る事をする!ほら、怪物!こっちよ!」

 

一方で楓は臆せずに自分が出来る事を精一杯こなしていった。

 

イヴ「おっ、手裏剣で敵の気が散ってるぞ!やるじゃねーか、チビ助!」

 

楓「誰がチビよ!アンタ、いくら何でも変身前と人格変わり過ぎ!」

 

あこ「今だよ、りみ!死神の行っちゃえーーー!」

 

りみ「うん!死神ワイヤーーーってその呼び方はやめてぇ!」

 

りみのワイヤーが星屑を細切れにしていく。

 

モモ「あんなにか弱そうなのに、りみちゃんの二つ名は死神なんだ……私も頑張らなきゃ。ええーーいっ!」

 

りみの雄姿を見てモモは自分を鼓舞し、煙幕を投げつける。

 

友希那「煙幕で敵の動きが止まった!一気に叩くわよ!」

 

銀・高嶋・日菜「「「はいっ!!」」」

 

"ツキカゲ"のサポートもあり、バーテックスを難なく倒し終えるのだった。

 

 

--

 

 

ゆり「サポート、感謝します。お陰でいつもより早く決着がつきました。」

 

雪「いいえ。あなた達の見事な闘いぶり、こちらも良い勉強になったわ。それから、高嶋さん……。」

 

高嶋「はい?」

 

雪「勘違いとはいえ、さっきはいきなり疑ってごめんなさい。失礼をお詫びするわ。」

 

雪は高嶋を疑ってしまった事に謝罪した。

 

高嶋「え、そんな全然!気にしてませんから。」

 

一方で--

 

 

紗夜「うぅぅぅうう………よくも高嶋さんを…な、舐めて……。」

 

モモ「あああああの……ほ、ほんとに…いきなり舐めたりしてスミマセンです二度としません。」

 

そこへ、

 

中沙綾「その言葉……嘘偽りなく本当ですね………。」

 

モモ「ひゃいっ!ほほほほホントホント………多分。」

 

中沙綾・紗夜「「たぁ~ぶぅ~んん~~~?」」

 

虚ろな目で言い寄る2人に対し、モモはただただ頭を下げる事しか出来なかった。

 

雪「"ツキカゲ"の間ではモモの特技はもう、いつもの事だったから。みんなが受け入れていた。モモが舐め慣れてしまったのね。気を付けないと。」

 

花音「な、舐め慣れるって……。」

 

そんな最中、突如GPSから何者かの声が聞こえる。

 

初芽「お静かに。GPSに組み込んであった盗聴器から、今何かの声が聞こえてきました…。」

 

千聖「ポケットに忍ばせた例の機械ですね?では、音は大赦から…。」

 

 

--

 

 

?「あの方から指令だ。瀬戸大橋に0時集合。必ず口頭で全員に伝えるように……。」

 

?「は。しかし、何故わざわざ口頭で?」

 

?「勇者端末さえハッキングされる御時世だぞ。用心するに越した事は無い。」

 

?「成る程、心得ました……それで」

 

突如雑音が盗聴器から響き、声が聞こえなくなってしまう。

 

 

--

 

 

美咲「何今の音!?」

 

初芽「どうやら盗聴器が爆発したようです……ね。だ、大丈夫ですよ、小さな機械ですから!」

 

命「けど、勇者端末って、みんなの持ってるそれ?ハッキングされちゃうなんて大変だね。」

 

ゆり・りみ・有咲「「「ええ、まぁ……。」」」

 

3人は返事をしながら沙綾を見た。

 

中沙綾「あはは……。て、敵の集合場所と時間が判明した事だし、これで不穏分子を一網打尽に出来るね!」

 

小たえ「夜中の12時なんて大変だ。今から寝ておかないと………zzzzzz。」

 

初芽「何で爆発したんでしょう……やはり軽量化し過ぎで熱暴走を引き起こして………。」

 

モモ「師匠、私達はどうするんですか?」

 

雪「この人達と動きましょう。気は抜かないようにしてね。」

 

集合場所と時間を掴んだ勇者部と"ツキカゲ"一行。いよいよ敵の、赤嶺の目的が明らかになろうとしていた--

 

 

 



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神樹の記憶〜本当の幸せ〜

勇者とスパイの物語その4。

明らかになる赤嶺の計画、それはこの世界の--

勇者とスパイの最後の戦いが始まる--




 

 

午前0時、瀬戸大橋--

 

壊れた瀬戸大橋の麓で赤嶺は大赦神官からの報告を聞いていた。

 

神官「万事滞りなく、"モールの機構や最も効率的に多くの人間を隔離する"手段を把握しました。」

 

赤嶺「ご苦労様。これであなた達の悲願も近いうちに達成されると思うよ。」

 

神官「ありがとう存じます、赤嶺様。"大赦が転覆すれば"いよいよ、名実共に我らの天下ですな!」

 

赤嶺「そうだね。……ところで1ついい?どうして君は、焦げてるのかな?」

 

赤嶺が尋ねた神官のポケットが焦げていたのである。

 

神官「それが、急にポケットが爆発しまして。」

 

赤嶺「はあ?何それ……。まさか、誰かに気付かれたなんてことは…。」

 

 

その時だった--

 

 

友希那「そのまさかよ、赤嶺香澄!あなた達の悪巧みは、既に把握してるわ!」

 

赤嶺「なっ……!?」

 

神官「あ、あなたは!初代勇者っ、み、湊友希那様!?」

 

神官達はいきなり眼前に伝説の勇者が現れた事で、一斉に平伏する。

 

赤嶺「勇者全員勢揃い……か。でも、悪巧みって何の事?これはただのパーティだよ?」

 

しかし、赤嶺はあくまでしらを切り通している。

 

香澄「赤嶺ちゃん、ホントの事を言って。私達、みんなでちゃんと調査したんだよ?」

 

赤嶺「調査…?それこそ嘘じゃないの?あなた達勇者に、そんな事出来る筈無い。」

 

有咲「何でだ!?」

 

赤嶺「脳筋だから。」

 

あこ「グハッ!い、痛い…。今の言葉はあこの心にグサッと突き刺さったよ…。」

 

そこへ"ツキカゲ"の6人もやって来る。

 

雪「勇者には出来なくても、私達には出来たわ。」

 

赤嶺「ん…?誰?新しい勇者が来たなんて聞いて無いんだけどなぁ……。」

 

モモ「私達は勇者部の助っ人で、街でその人達がしてた事を調べた、"ツキカゲ"です!」

 

命「商店街では、野菜を始め食品の仕入れ先を聞き回り、流通経路まで調べてたよね?」

 

五恵「そして、漁師さん達からは、潮の流れや漁獲高を細かく聞き出していた筈です。」

 

初芽「そして、先程の会話から、大赦転覆や人々の隔離といった言葉も録音済みですよ。」

 

"ツキカゲ"達はそれぞれ調べ上げた証拠を赤嶺達に突き付けていく。

 

楓「大人しく罪を認めて降伏したらどうなの。」

 

赤嶺「罪?"ツキカゲ"さん達、たったそれだけで私達を悪人だと断言しちゃうの?酷いなぁ。」

 

モモ「え……?それだけって、だって……。」

 

赤嶺「食品や海の事を調べてたのは、国民のより良い食生活の向上と、健康増進を促す為。モールに人を集めるのは、みんなにそれをレクチャーしてあげる為だったのにねぇ?」

 

だが、赤嶺も引き下がらない。

 

中たえ「ふーん。本当かな?」

 

たえは神官を見ながら言った。

 

神官「え、ええ、はい、その通りでござ……ヒッ!た、た、たえ様ぁあーーー!?」

 

現大赦トップのたえを見て再び神官達は平伏する。頭を地面に擦り付ける勢いだ。

 

蘭「赤嶺の言う事が本当なら、何で私に野菜の事を聞きに来なかったの?」

 

神官「えっ……?あ、あなたは…かつて諏訪の食糧危機を農業で救われたという勇者…み、美竹様!」

 

中沙綾「赤嶺側につくという事は、神樹様や勇者と敵対するって考えで良いのかな?」

 

ゆり「神官ともあろう者が、敵と結託するなんて一体どういうつもりなの!」

 

神官「ややや山吹様っ!?壁はっゲフンゲフン!うう牛込様っ、つ、潰すのだけは御勘弁を!」

 

勇者達に言い寄られ、神官達は恐れ慄いていた。

 

赤嶺「心配無いよ。勇者は人間に攻撃出来ないんだから。そんな事したら………殺しちゃうからね、アハハ。勇者達。悪いけど今日こそは退けないよ。それとも、神官さん達と戦ってみる?」

 

赤嶺の言葉で勇者達の動きが止まる。

 

香澄「そ、そんな事……出来る訳無い。普通の人と戦うなんて…私、出来ないよ!」

 

勇者部のたった1つの弱点、それは対人戦闘である。しかし、今この場だけは違う。出来ない事は得意な人に任せれば良いのだ。

 

モモ「香澄ちゃん、大丈夫。ここには私達が…"ツキカゲ"がいるんだから!」

 

雪「さあ、どうする。私達は生身の人間。穏やかに話し合うか、それとも……。」

 

神官「く…っ。どの道、勇者様に知られては、大赦にはいられぬ。やってしまえーーー!」

 

形振り構っていられない神官達が襲いかかってくる。

 

モモ「滾らせる!」

 

"ツキカゲ"はスパイスをキメ、立ち向かう--

 

 

--

 

 

戦闘経験が全く無い神官と戦闘のプロである"ツキカゲ"。戦いは一瞬で決着がついた。

 

赤嶺「っ!せっかく懐柔した神官達が一瞬で倒されちゃったよ…情けないな。」

 

雪「私達は陰謀を暴く専門組織。そちらが攻撃して来なければ、戦う気は無かったわ。」

 

赤嶺「成る程…。じゃあ、気が合うかもだ。私は、諜報に特化した家系の生まれなんだよ。昔は人間の質が悪くて、脳筋勇者だけでは正義の味方もやっていけなかったみたいでね。」

 

有咲「ぐぬぬ……何度も何度も脳筋脳筋…失礼にも程があるだろ!」

 

日菜「そうだそうだ!有咲ちゃんに謝れ!」

 

赤嶺「アハハ!何言ってるの?氷河家こそ筋金入りの脳筋家系じゃない。」

 

日菜「グハッ!た、確かにご先祖様は武勇に事欠なかった人だったけど……。」

 

赤嶺「その武勇の陰で赤嶺は、常に敵を裏から探り罠を仕掛け、汚れ仕事を請け負ってきた……。」

 

美咲「んで、その赤嶺家の末裔が今回は、どんな計画を企てたの?」

 

赤嶺「人聞きが悪いね。私は"この世界の事を全ての人に教えてあげようと思ってただけ"なのに。」

 

遂に赤嶺の口から計画の真実が語られる。

 

燐子「教える…?一体何をですか……?」

 

赤嶺「神樹と大赦が意のままに動かす、歪な世界の理を。そして、それを正義の名の下に護っているのが……感情次第で揺れ動き、世界を破滅にさえ追い込みかねない、弱い弱い勇者達だって事を。」

 

勇者達「「「…………っ!?」」」

 

蘭「何言ってんの?勇者が弱い訳ないでしょ。」

 

赤嶺「余裕があれば正義の味方、余裕が無いと暴君。そんな不安定な存在に、運命任せたく無いでしょ?」

 

いつの時代もそうだった--

 

 

ある時は、味方を殺そうとし--

 

 

ある時は、大赦に反旗を翻す者もいた--

 

 

またある時は、感情を爆発させ壁を壊す者もいた--

 

 

ゆり「だから不安を抱かせない様、今では勇者の存在は伏せられ、戦闘は樹海でって色々配慮してるんだよ……。」

 

赤嶺「私は、全ての人へ平等に選択肢をあげたいんだ。君にもね………海野夏希ちゃん。」

 

赤嶺は悲しげな目で夏希を見つめる。

 

夏希「え、私…?」

 

中沙綾「そんな話、隔離した数百人にしたところで、世界は変わったりなんかしない!」

 

勇者達はそう思っていた。しかし、"ツキカゲ"達は違った。

 

初芽「いえ…隔離や食料の規制は洗脳の初歩です。恐らく彼女が畑や海のルートを調べたのも、その為かと。」

 

命「隔離して食を断ち、懇々と同じ話をすれば、やがて人は容易くそれを信じ、正しいと思い込む。」

 

雪「そして洗脳された最初の数百人が外界に放たれれば、瞬く間に人から人へ、情報は正しいものとして伝わる。」

 

噂話は口伝えで広がりやすい。都市伝説などはそうやって広がってきたのだから。情報は鼠算式に増えていく。それこそが赤嶺の計画。

 

赤嶺「その通り……。多くの人が、大事な事をずっと隠されていたと知り、今の世界に疑問を持てば…大赦は糾弾され、神樹も勇者も弱体化して造反神が勝利する筈………だったのになぁ。」

 

薫「それで………どうなるんだい?単純に天の神と君が取って代わるだけじゃないのかい………赤嶺香澄。」

 

赤嶺「人間の選択次第だよ。何も知らされないのって可哀想だもんね………花園たえ(中)さん……フフフ。」

 

中たえ「…………っ!」

 

たえには今回の赤嶺の行動、身に覚えがあったのだ。奇しくも、それはたえがやった事と全く同じ事をこの場所で--

 

 

かつてたえが香澄と沙綾の2人だけを呼び出し、散華の事を伝えた時と全く同じ展開--

 

 

楓「わ、解らない……。部外者の私達ではこの話……どっちが正しいのか、判断が…。

 

五恵「確かに、選択肢がある事さえ知らされないのは不条理だけど……暴露が正義に直結するかは…。」

 

赤嶺「"ツキカゲ"さん達、私と組まない?本当に人々の幸せを考え、平和へ導くのは天の神なんだよ?」

 

揺れる"ツキカゲ"達に赤嶺が手を差し伸べる。

 

雪「あなたの言い分は聞いた。でも、差し出されたその手を取る前に…………モモ。」

 

赤嶺の言葉が真実かどうか、判断出来る方法が"ツキカゲ"にはあるのだ。

 

モモ「赤嶺香澄さん、ちょっとだけ失礼します!ペロ………ッ。」

 

モモは赤嶺の首筋を舐める。

 

赤嶺「ひゃあっ!?な、な……ん、何で舐めたの!?」

 

モモ「この味………顔は同じでも、香澄ちゃん達とは全然違う……。あなたからはいっぱい嘘の味がする!」

 

赤嶺「え…?」

 

モモ「私達"ツキカゲ"はあなたの誘いには、絶対乗りません!」

 

"ツキカゲ"は赤嶺の手を払い除けた。

 

雪「良くやったわ、モモ。これより"ツキカゲ"は全面的に味方として、勇者をバックアップする。」

 

赤嶺「じゃあ、しょうがないね……。勇者達と一緒にバーテックスに倒されちゃえば良いよ。」

 

 

--

 

 

香澄・高嶋「「勇者パーーーンチ!!」」

 

赤嶺「っ!?」

 

2人の香澄の勇者パンチが赤嶺に炸裂し、樹海化が解ける。

 

友希那「あなたの負けよ、赤嶺香澄。」

 

赤嶺「くっ………。残念だよ…頭脳派の人達なら解ってもらえるかと思ったのに…。あなた達も、色んな事を隠されてるって解らないの…"ツキカゲ"さん?」

 

命「そりゃそうでしょ。メイ達は余所者なんだから。」

 

雪「真実は時に刃ともなる危険な物。闇雲に曝して良い物だとは、思わないわ。」

 

初芽「赤嶺さんのやり方では、いたずらに世間を不安に陥れ、恐慌を招くだけだと思います。」

 

モモ「それでも、話し合えば平和の為に最善の道を探せるかもしれないのに……。」

 

楓「あんたは洗脳とか、化け物をけしかけたりとか、手段が物騒で信用に値しないのよね。」

 

五恵「あの……もっと穏やかに協力し合う事は出来ないのでしょうか?」

 

知らない方が幸せなのか、知った方が幸せなのか--

 

 

そして、知ったところでそれが幸せに繋がるのか、知った事で後悔するのか--

 

 

人が100人いれば、受け取り方は100通り。簡単な問題では無い。

 

赤嶺「ハハ………それこそ、余所者さんには関係無いよ!とんだ邪魔が入っちゃったものだね。勇者達、決着はまたお預けだよ……バイバイ。」

 

そう言い残し、赤嶺は風と共に消えてしまう。

 

香澄「どんな嘘をついていたんだろう。赤嶺ちゃん……。」

 

モモ「私には判らなかったけど、でも……。」

 

香澄「でも?」

 

モモ「…ううん、初対面の人がだったし、細かい事までは読み取れないんだ。ごめんね。」

 

香澄「あ、いえ!"ツキカゲ"さんが味方になってくれて本当に助かりました。ありがとうございます!」

 

ゆり「私達だけだと神官に手出し出来なくて最悪な結果を招いてたかもしれませんでした。」

 

友希那「調査だけでなく、戦闘も助けてもらった事感謝してるわ。」

 

雪「良いのよ。専門外に弱いのはこちらも同じ。あんな怪物と戦えるのは尊敬に値するわ。」

 

命「ホントそう。戦術や体術の勉強になっちゃった。帰ったらきっと、任務の役に立てられるよ。」

 

楓「気になってたんですけど、私達ってちゃんと帰れるんでしょうね!?大丈夫よね!?」

 

"ツキカゲ"達の役目も終わり、後は帰るだけとなるが、

 

小沙綾「えっと、それは……どうでしょう?」

 

モモ「えっ!?まさか、誰も知らないとか!?困るよ、明日レンタルDVDの返却日なのに!」

 

困る一同だったが、その時巫女達から連絡が入る。

 

リサ「部室で待機中のリサだよ。たった今下りた神託を伝えるね。」

 

モカ「"ツキカゲ"の皆さんを帰還させるまでの時間は後丸1日。24時間後に転送が始まるよ。」

 

彩「だから、明日のこの時間に瀬戸大橋に集合してもらえれば、大丈夫だよ。」

 

五恵「明日になったら、送ってくれるんだ……?良く解らないけど、ちょっと安心。」

 

あこ「だったら、明日は1日中たっぷり一緒に遊べるね!」

 

夏希「ですね!お別れパーティも出来ます!」

 

千聖「お世話になった事ですし、みんなで精一杯のおもてなしをしてあげましょう。」

 

中沙綾「それ、良いですね!皆さんはどうですか?」

 

雪「ええ、ありがとう。少しやりたい事もあるし、御言葉に甘えさせてもらうわ。」

 

香澄・高嶋「「やったぁーー!!」」

 

モモ「師匠?やりたい事って何ですか?」

 

雪「ふふ……ちょっとね。」

 

"ツキカゲ"の協力もあり、赤嶺の作戦を無事に阻止出来た勇者部。"ツキカゲ"が元の世界へ戻るまでの1日、勇者とスパイは最後のひと時を楽しむ事となる--

 

 

 



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神樹の記憶〜今、この瞬間を全力で〜

勇者とスパイの物語その5。

全てが終わり、ツキカゲが帰るまで残り1日。美咲はツキカゲと出会った事で心境の変化があったようです。




 

 

赤嶺の企みを阻止した勇者部とツキカゲは6人が元の時代へと帰るまでの1日を思い思いに過ごしていた。

 

 

花咲川中学、体育館--

 

雪「めーーーーん!!」

 

雪が鍛錬しているのを勇者部武闘派の3人が見学に来ていた。

 

有咲「樹海での動きを見て薄々は気付いてたけど、やっぱり中々やるな……。」

 

友希那「そうね。大した腕よ。」

 

千聖「この時代に生まれていたら、間違いなく勇者候補になっていたわね。」

 

リサ「勇者部の腕自慢達を唸らせるなんて、半蔵門さんの強さは本物なんだね。」

 

モモ「えへへ、師匠の事を褒められると何だか私まで嬉しくなっちゃうよ。」

 

リサとモモが話していると、そこへ鍛錬を一通り終えた雪が戻ってくる。

 

雪「あなた達3人にお願いがあるの。私と手合わせしてもらえないかしら?」

 

友希那「光栄ね。是非やりましょう。」

 

有咲「こっちから頼みたいと思ってたところだ。私から行かせてくれ!」

 

千聖「待って、それじゃあ、後から戦う人が有利になるわ。半蔵門さんは1人だから、疲労してしまうもの。」

 

3人が順番で揉めていると、

 

雪「なら、3人同時でも構わないわ。」

 

友希那「良いわね。勇者同士共闘は無し。最後まで立っていた人の勝ちよ。」

 

有咲「上等。変則戦は望むところだ。駆け引きや戦術の勉強にもなるしな。」

 

千聖「それじゃあ、早速始めましょうか!」

 

千聖の合図で4人が一斉に木刀で切り掛かった。

 

モモ「うわあ!何だか凄い試合が始まっちゃった!師匠ぉーーーー頑張ってくださーーーーい!!」

 

リサ「友希那ぁーーファイトだよーー!!」

 

 

--

 

 

有咲「はぁーーーっ!そこだぁ!!」

 

有咲は木刀を横に薙ぐが、

 

雪「甘い!」

 

雪はそれを木刀で受け流し、蹴りを入れる。

 

有咲「な……っ!?速い!それに…ぐっ……強い!」

 

千聖「わざと隙を作ってたのね…。でも、これならどうかしら!やぁーーっ!」

 

千聖が有咲の間を縫って突きを入れる。

 

雪「まだまだ!はぁっ!」

 

雪も突きを繰り出し、切っ先同士で拮抗する。

 

 

--

 

 

モモ「みんなまだ中学生なのに、あの師匠に少しも負けてないだなんて、ビックリ。」

 

リサ「いやいや、勇者相手に互角に渡り合える人がいる事が私は信じられないよ。」

 

モモ「スパイスをキメれば、更に強くなるよ。」

 

リサ「スパイスは、そんなに効果的なものなの?」

 

 

--

 

 

15分が経過したが、勇者3人で挑んでも雪に決定打を当てる事が出来ずにいた。

 

友希那「くっ、強い……。流石は高校生ね。これが対人戦で鍛え上げた剣なのね!」

 

雪「あなた達の、純粋なまでの真っ直ぐな剣筋。受け止める程に心が晴れていく……フフ。」

 

優れた武人は剣を合わせれば相手の心が判る。今この場で戦っている4人全員が同じ事を考えていた。

 

4人(((勝ちたいっ!)))

 

 

--

 

 

モモ「え……笑ってる。あんなに楽しそうな師匠を見るのは初めてかも。」

 

リサ「勇者の力はみんなを笑顔にするんだよ!」

 

モモ「素敵だね!私達ツキカゲも、そんな存在になれたら良いなあ。」

 

 

--

 

 

雪「隙ありっ!!」

 

友希那「くっ……!」

 

雪の攻撃を友希那はガードするが、受け止めきれずに吹き飛ばされてしまう。

 

リサ「友希那!負けたら"あの写真"をみんなに見せちゃうよ?」

 

突如リサが友希那に発破をかけた。

 

友希那「"あの写真"………。まさかっ!?はぁぁぁぁっ!!」

 

見られたくないという恥じる気持ちが友希那に力を与える。

 

雪「まさか、この土壇場からまだそんな力が残ってたなんて……。」

 

リサ「ふふっ。これが友希那にとってのスパイスなんだよ。」

 

リサは笑いながら話す。

 

千聖「お、恐ろしい……。」

 

有咲「あんな辛すぎるスパイス……絶対嫌だ。」

 

 

---

 

 

蘭の畑--

 

楓「わぁあ………広い畑。自給自足なんて羨ましい。これだけ野菜があれば、食費が浮きまくりだわ。」

 

命と楓は蘭の畑へ収穫の手伝いに来ていた。

 

蘭「好きなだけ持って行ってください。畑が守れたのも、皆さんのお陰ですから。」

 

楓「良いの!?じゃあ、胡瓜とトマトと茄子と…あ、大根と人参とジャガイモも!」

 

命「やだなぁ……そんなにがっつかないでよ、フー。師匠のメイが恥ずかしいでしょ。」

 

楓「誰のせいですか!そもそも師匠が無駄遣いをするから、家計が火の車なんでしょう!?」

 

美咲「家計って……2人は一緒の家に住んでるんですか?」

 

モカ「大人だ…。」

 

美咲達が楓にちょっかいをかける。

 

楓「ど、どどど同棲!?ただの同居よ!大人をからかわないで頂戴。」

 

小沙綾「それじゃあ、自炊をしてるんですね?毎日だと、献立を考えるのは大変じゃないですか?」

 

楓「大変も大変。お金が無いくせに味にもうるさいのよ、うちの師匠ってば。」

 

愚痴をこぼす楓に沙綾はある提案をする。

 

小沙綾「なら、こっちで新しい料理を覚えていったらどうですか?」

 

蘭「それ良いね。新しいレシピと野菜をお土産にどうぞ。」

 

楓「それ、すっごくありがたい!是非お願い!じゃあ収穫した野菜、洗っちゃいましょ。」

 

上機嫌に戻った楓は沙綾達と洗い場へ向かった。

 

 

--

 

 

一方で美咲は1人畑に残っていた。

 

美咲「良いのかな…。教えてあげても、レシピや野菜が持ち帰れるか分からないのに…。」

 

美咲がふとこぼしてしまう。そこへ、

 

命「ん?もしかして、この記憶って消える可能性あり?」

 

突然命が美咲の後ろに立って話しかけてきた。

 

美咲「うわっ!い、いつの間に後ろに!?ご、ごめんなさい、今のは単に独り言で、その…!」

 

命「はー、この世界ってホント解らない事だらけ。でも、それならそれで問題無いよ。」

 

美咲「え……何でそんなサラっと。憤りとか無いんですか?」

 

記憶が消えてしまう可能性がある事を驚かない命に美咲は疑問を持った。

 

命「まぁ、元の世界ではいつも気を張り詰めてるから。フーが今この瞬間、楽しめてるなら大丈夫。だから、メイは良いけど、あの子には内緒ね。今日だけでも、羽を伸ばさせてあげたいし。」

 

美咲「はぁ。何か達観してますね。高校生だからですか?それとも、性格的なものなんですか?」

 

命「"師匠だから"だよ。弟子が健やかに育つ為なら、何だって出来るんだよ。師匠ってやつは。」

 

美咲「そんなもんですか?」

 

命「んー、そんなもんだよ。弟子の笑顔が師匠の報酬!なんちてー!」

 

命にとって記憶なんてものは些細な事で、今この瞬間が大切なのである。

 

美咲「ハハ、りょーかいです。でも、出来たらメイさんも今日だけは楽しんで欲しいです。」

 

命「その心は?」

 

美咲「だって、多分フーさんって、あなたと一緒に何かする事が1番嬉しい人だと思いますから。」

 

命「ほ〜。何だ何だ?キミこそ、達観つーか何かを悟っちゃってるキャラっぽいね。」

 

美咲「まぁ、そうですかね。色々あって、生き延びてきましたから。」

 

美咲から乾いた笑いが出る。

 

命「……………そっか。」

 

美咲から何かを悟った命は美咲に近付き、

 

命「そういうの、表に出さない事さ、罪悪感抱く必要無いから。」

 

美咲「え…?」

 

命「キミはキミだよ、美咲クン。きっと仲間もそう思ってる筈さ。」

 

そう言って、美咲の背中を軽く叩いた。

 

美咲「……………やっぱ大人です、高校生は。」

 

命「ハハハ!だしょ?さて…!うちらも野菜洗うの手伝わないと、そろそろ叱られそーだ。」

 

美咲「ですね。じゃあ、行きましょうか。」

 

命「勇者部出動ってね!ハハハハ!」

 

3人の元へ向かう美咲の顔は、どこか晴れやかとした雰囲気だった。

 

 

---

 

 

フラワーテーマパーク--

 

お花畑に来たのなんて凄く久しぶりで嬉しい!」

 

初芽「ここまで沢山の花が揃った場所は、私達の世界でもそうありません。」

 

高嶋「そんなに喜んでもらえるなんて、こちらそこ、すっごく嬉しいです!」

 

初芽と五恵が来ている場所は、以前香澄の誕生日の際に訪れた公園である。

 

五恵「私、お花とか動物とか大好きなんだ!」

 

初芽「そうでしたね。」

 

夏希「あれ?どうして私まで花畑に来てるんだっけ?」

 

薫「ゆりと沙綾ちゃんがパーティの料理を作ってるからだよ。」

 

あこ「そうだよ、夏希。忘れたの!?つまみ食いするからって、家庭科室を追い出されちゃったんだから。」

 

紗夜「それはあなただけですよ、宇田川さん。」

 

あこ「えええええ!?」

 

いつものたわいの無い会話が弾む。

 

五恵「みんな仲良しだね。よく一緒に遊んだりしてるの?」

 

高嶋「ハイ!遊ぶ時も戦う時も、ずっと一緒です!ね?紗夜ちゃん!」

 

紗夜「そうですね、高嶋さん。」

 

初芽「それで、あの様なコンビネーションが取れるのですね。」

 

香澄「でも戦う相手が人だと、バーテックスよりパワーは無いだろうけど、心が大変そうです…。」

 

あこ「確かにね。人対人じゃ気が休まりそうにも無いよ。」

 

初芽「戦う時は勿論大変ですが、普段の生活は皆様方とほとんど変わりませんよ。最低限の警戒はしますが。」

 

薫「もし気を張り詰めているようなら、ペットを飼うといい。」

 

五恵「ペットかぁ。一緒に戦うシノビならいるよ。」

 

香澄「へえー?それって精霊みたいなものですか?五恵さん、初芽さん、この子は見えますか?」

 

そう言って香澄は牛鬼を出した。

 

五恵「わっ!何これ!可愛い!撫でても良い?よしよしよし!」

 

初芽「こ、これは!?興味深いですね…。」

 

どうやら樹海に入れるのと同じ様に、ツキカゲには精霊の姿が視認出来るらしい。

 

あこ「やっぱり樹海で動けるから精霊も見えるのかな?それなら……えいっ!」

 

あこの掛け声と共に、五恵の周りに火車や水虎、七人御先等沢山の精霊が現れる。

 

初芽「何だか分からないですが、可愛いですね!」

 

紗夜「見かけは変わってますが、確かにペットの様なものですね。」

 

五恵「みんな、ありがとう。和ませようとしてくれて。お友達が沢山出来て、凄く嬉しい。今日の事、忘れないね。約束。」

 

五恵がそう言うと、

 

香澄・高嶋「「じゃあ、みんなで指切りしましょう!」」

 

あこ「あこ達、全員時を超えた友達ですね!」

 

初芽「そうですね!勇者部の皆様方と、私達ツキカゲ。」

 

五恵「それに精霊さん達も、最高の友達だよ。」

 

それぞれがそれぞれの場所で思い思いの時間を過ごしている。

 

 

"今"という時間を思いっ切り--

 

 

勇者部とツキカゲ、少しづつ別れの時が近付いていた--

 

 

 



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神樹の記憶~時代を越えた友情~

勇者とスパイの物語その6最後です。

出会いがあればいつかは別れもやって来ます。

この体験を糧に、勇者達は何を思うのか--




 

 

ツキカゲ6人がそれぞれの時間を過ごしている一方で沙綾やゆりはパーティの準備をする為に料理を作っていた。

 

 

家庭科室--

 

中沙綾「~~♪」

 

ゆり「どれどれ……。うん、我ながら良い味付け…って、有咲ちゃんはどうしてここにいるの?」

 

有咲「余所様にうどんばっか作んないよう見張ってんだ。」

 

りみ「そんな事言って有咲ちゃん、最近あんまりお姉ちゃんと話せてなくて、寂しかったとか?」

 

有咲「ちょまっ……!な、何言ってんだ!?そ、それよりが持ってるその小瓶は何だ?」

 

有咲はりみが持っていた小瓶を指さした。

 

りみ「これは、買い物に行った時に棚にあったスパイスを全部購入したんだ。」

 

彩「ツキカゲさんは、スパイスでパワーアップする人達だから、きっと喜ぶと思ったんです。」

 

中沙綾「でもこれ……私達にはどう使ったら良いのか見当もつかないよ…。」

 

料理が得意な沙綾とゆりでも、スパイスを使いこなせず持て余していた。

 

ゆり「ところで彩ちゃん?ここは大丈夫だからみんなと遊んできても良いんだよ?」

 

彩「私じゃどこも案内出来ないし楽しいお喋りも……。聞く方なら得意なんだけど……。おもてなしをする方だと、何をしたらみんなが喜んでくれるのか考えつかないんです。」

 

有咲「真面目だなぁ……。」

 

彩「それに私、早くゆりさんや沙綾ちゃんみたいにテキパキ料理が出来るようになりたいんだ!」

 

ゆり「それはまたどうして?」

 

彩は元の世界での事を思い返しながら話し続ける。

 

彩「勇者部に来て解ったんだ。ゴールドタワーでの食事は栄養管理されてて、味も良かったんだけど…こっちに来て折々にみんなが振舞ってくれる料理は、何だかとてもキラキラしてるんだ!」

 

りみ「でもそれって、誕生日とかイベントの特別な席で食べるご飯だからじゃなくて?」

 

彩「ううん、そうじゃなくてね、なんか…なんか……あぁ、上手く説明出来ない……。」

 

頭で考えている事を上手く口に出す事が出来ずにまごまごしてしまう。

 

ゆり「大丈夫。一緒に練習すれば、彩ちゃんだってすぐに美味しい物を作れるようになるよ!」

 

彩「私でも……そうかな?」

 

りみ「そうだよ!一緒に頑張ろう♪」

 

そう言ってりみはゆりの料理を手伝おうとするのだが、

 

中沙綾「あああありみりん!?謎の粉を鍋に入れないで!せめて味見をしてから少しずつ!少しずつだよ!!」

 

りみの料理が上達する道は遠く険しい。

 

 

--

 

 

料理が半分ほど完成したところに、蘭たちが畑から戻ってきた。

 

蘭「よいしょっと…。野菜の差し入れだよ。」

 

モカ「蘭ー、差し入れじゃなくて料理のお願いでしょ?」

 

家庭科室に運び込まれたのは大量の野菜。

 

有咲「これ全部か!?お、多いな。もう材料は買ったって、聞いてなかったのか?」

 

美咲「いや~、それがさぁ……。」

 

楓「心配ないわ!余ったら全部持ち帰るから。私と師匠の明日からの食料として!」

 

命「いや、だから……そういう事をドヤ顔で言わないでってば…。」

 

小沙綾「ですけど、見たところもう沢山の料理が大方出来上がりみたいですね…。」

 

中沙綾「どうして?」

 

小沙綾「実は……。」

 

沙綾は畑での出来事をゆり達に話した。

 

 

--

 

 

中沙綾「成る程ね…。楓さんに、新しい献立を教える為にここへ……。」

 

ゆり「でも、一から一緒に手取り足取りで作り直すのは流石に無理だね…。」

 

楓「なら、レシピだけ教えてくれれば良いわ。私、調理技術も完全無欠の完璧だから。」

 

ゆり「流石ですね。私たちの完成型とは違うなぁ。」

 

ゆりはそう言いながら有咲をニヤリと見つめる。

 

有咲「だーーーーー!うるせぇーーーー!!」

 

 

--

 

 

香澄「じゃじゃーん!戸山香澄率いるお花畑組帰還したよー♪」

 

みんなに料理を任せっぱなしなのは気が引けると手伝いに少し早めに戻って来たのだった。

 

五恵「あ、メイちゃんに楓ちゃん。2人もお手伝いに?」

 

命「あー、うちは良く出来た弟子がどうしてもって聞かないもんでさー。」

 

夏希「及ばずながら私も助太刀します!ゆりさん、沙綾さん、何でも言ってください!」

 

あこ「あこも手伝うよ!」

 

中沙綾「そうだなぁ…。後もう2~3種類なら品数を増やしても大丈夫でしょうか?」

 

ゆり「そうだね。じゃあ、そういう事で……薫。私が言いたい事、解るよね?」

 

ゆりは薫にアイコンタクトをし、

 

薫「……了解した。」

 

薫はとてつもない速さであこを小脇に抱え込み家庭科室から飛び出したのだ。

 

あこ「ちょーーーっとぉーーーー!?何でぇーーー!」

 

ゆり「はぁ。そして、香澄ちゃんと高嶋ちゃん、紗夜ちゃんは、りみをお願い。人数が多いと私の目が届かなくて危険だから。」

 

紗夜「そ、それは、重要な御役目ですね……心得ました。」

 

香澄「りみりん、りみりん!私たちは向こうで部室の飾りつけをしに行こう。」

 

りみ「分かった。行ってくるね、お姉ちゃん。」

 

ゆり「うん、ここは私達に任せて、準備お願いね!」

 

りみ「うん、頑張ってくる!」

 

香澄達に連れられ、りみは家庭科室を後にした。

 

彩「どうして人数を減らしちゃったの?ここは部室よりも広いのに……。」

 

美咲「人というのは時に、悪魔になってでも成果を優先するべき事があるんです…。」

 

彩「?悪魔……?」

 

 

--

 

 

りみ達が出て行ってからすぐ、体育館に残っていたモモ達が帰ってくる。

 

モモ「ただいまでーす!」

 

ゆり「全員戻って来ちゃった!早く追加メニューを考えないと!」

 

その時、

 

雪「ん?何を作るか迷っているの?だったら私達ツキカゲに、1品作らせてもらいましょう。」

 

初芽「それは良い考えですね!是非手伝わせてください。」

 

ゆり「じゃあ、お願いしちゃおうかな。」

 

 

--

 

 

雪「モモと楓は野菜のカット。みじん切りと、一口大に分けてね。」

 

モモ・楓「「了解です!」」

 

命は棚に揃っているスパイスの小瓶を見つける。

 

命「ほー。スパイスが足りないかなと思ったけど何だか色々揃ってて助かる!」

 

彩「あ、それは、りみちゃんがツキカゲさんの為に買ったものなんです。」

 

五恵「へえ、そうなんだ?りみちゃんってとってもよく気が利く、素敵な子だね。」

 

ゆり「あ、やっぱりそう思います?可愛くて、優しくて、賢い、自慢の妹なんです!」

 

その傍らで初芽が何やら工具を机に並べ始める。

 

中沙綾「あ、青葉さん、工具なんか持ち込んで一体何を……!?」

 

初芽「ちょっと、圧力鍋の変圧を。改造すれば通常の数倍速く、煮込みの時間を短縮できるんです。」

 

中沙綾「爆発……したりは。」

 

そう言われ、沙綾は盗聴器の件を思い出す。

 

初芽「それは賭けですね!」

 

初芽はキリっとした表情で自身気に言い放った。

 

ゆり「賭け!?いやいやいや!そんな危ない事をしてまで、何を作るつもりなんですか!?」

 

命「アハッ。刺激的な体験、させてあげる♪」

 

初芽「スパイスを効かせましょう♪」

 

五恵「ピリッとするよ♪」

 

楓「私のは、一味も二味も違う!」

 

モモ・雪「「滾らせてキメる!」」

 

彩「あ……、わぁぁああああああ!!」

 

 

家庭科室が光に包まれた--

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

あこ「離して薫ぅーーー!………クン…んん?この匂いはっ!!」

 

隣の部室に美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

りみ「これをここにくっつけて……と。……クンクン…あ、これってもしかして!」

 

香澄・高嶋「「カレーの匂いだ♪」」

 

ツキカゲ達が作ったのはスパイスをふんだんに利かせたカレーだったのだ。

 

モモ「みんな、お待たせ!ツキカゲ特製スパイシーカレーライスでーす!」

 

お腹を空かせた勇者達がカレーを口へと運ぶ。

 

小たえ「うわあーーーっ、美味しそう!いただきまーす!」

 

千聖「モグモグ……とっても辛いのに…凄く美味しい……!」

 

蘭「野菜の味がしっかり出てて…モグモグ……悪くないね。」

 

小沙綾「あまり辛いのは得意じゃないのに……美味しくて、手が止まらないよ!」

 

イヴ「モグモグ……美味しいです……。」

 

イブ「辛れぇ!けど、ウメエエーー!」

 

彩「わぁ!ツキカゲのみんなもキラキラした料理が作れるんですね!」

 

五恵「キラキラ?」

 

彩「カレーを食べたみんなが、元気いっぱいのキラキラ笑顔になって、凄いです!」

 

彩の言う通り、カレーを食べているみんな笑顔が溢れている。

 

命「それが、スパイスの力だよ。」

 

初芽「それだけではありません。私達が勇者達への思いを込めて作ったからでしょう。」

 

彩「みんなへの思い?」

 

雪「全てをさらけ出す事は出来なくても、同じ気持ちを持って戦う同士達……。これからも互いに、大切なものを守り戦っていこうという気持ちを込めたつもりよ。」

 

 

誰かが誰かを思う暖かい気持ち--

 

 

料理にとってそれが何よりも大切な事であり、最高の隠し味になる事を彩は学んだのだった。

 

ゆり「さあ、他にも沢山用意してありますから、皆さんもどんどん召し上がってください!」

 

モモ「うわーーーっ!すっごい、豪華なお料理!いっただっきまーす!!」

 

ツキカゲへのお別れパーティは最高の料理と最高の笑顔で締めくくられる事になった。そして、その日の深夜0時。遂に別れの時がやって来る。

 

 

---

 

 

瀬戸大橋--

 

あこ「……もう2~3日いられないのかな?もっと遊びたかったよ…。」

 

千聖「無理を言っては駄目よ。皆さんにも大切な御役目があるんだから。」

 

帰る間際、それぞれが最後の挨拶を済ましていく。

 

友希那「色々助けてもらって感謝するわ。手合わせもとても為になったもの。」

 

雪「湊さん。私こそ、ありがとう。当初は色々と勘ぐって、申し訳なかったわ。」

 

初芽「雪ちゃんは、タイムスリップを信じないままでしたが、それでも心を開けたんですね。」

 

雪「………例え、これがどんなトリックだったとしても、この子達の性根に淀みは無いからよ。」

 

 

--

 

 

楓「お野菜いっぱい、ありがとね。大切に食べるって約束する。」

 

蘭「それだけあれば、他のチームの人達にも食べさせられますね。」

 

命「うん。きっと、みんな喜ぶよ。帰っても、カレーにするつもりなんだ!」

 

 

--

 

 

五恵「私達の時代にも、何処かにみんなの様な勇者がいるんだよね……凄く心強いよ。」

 

薫「私達も、ここでの御役目を終えれば、元の時代に帰る…。」

 

美咲「もし、何処かで会ったら、お互いに"あーー!?"………なんてね。アハハ……。」

 

そんな暗い顔をしている美咲の元に、命がやって来る。

 

命「美咲クン……頑張んなね。無理しすぎず、それでも……ね。」

 

そう言って、美咲を抱きしめた。

 

美咲「……はい。」

 

 

--

 

 

香澄「皆さん、元気でね……。」

 

モモ「名残惜しいよ…香澄ちゃん。あの、さぁ……。最後のお別れに……もうひと舐めだけ良い?」

 

香澄「勿論良いですよ!」

中沙綾「ダメです!!」

 

りみ「さ、沙綾ちゃん…。香澄ちゃんは良いって言ってるし…。」

 

ゆり「最後だし、軽くペロっといくだけだから!ね!」

 

中沙綾「いやぁあああああーーーーーーっ!!!」

 

正気を失ったあまり、沙綾は勇者へと変身してしまう。

 

燐子「山吹さんが変身を…!本気です…!エマージェンシーです……!」

 

なりふり構わず沙綾は銃を乱射し始める。

 

有咲「ぎゃああああーーーっ!!全員変身して沙綾を抑えるぞーーーっ!!」

 

中たえ「リサさんはカメラの用意です。」

 

 

--

 

 

モモ「え、えへへ……何だか大騒ぎになっちゃったけど、それじゃあ香澄ちゃん……遠慮なく。」

 

香澄「アハハッ、なんかドキドキしちゃう♪」

 

舐める間際、モモが香澄に伝える。

 

モモ「香澄ちゃん……あのね。赤嶺さん……………とっても…………"寂しい味"がしたよ。」

 

香澄「え…………?」

 

リサ「はい、チーズ♪」

 

モモが香澄をひと舐めした瞬間、リサが写真を撮る。そして、辺りが光に包まれ--

 

 

--

 

 

瀬戸大橋--

 

何故だか真夜中に勇者部全員が瀬戸大橋へ集まっていた。

 

夏希「あれ?ここって……瀬戸大橋?樹海にいたのに、何でこんな所に?」

 

モカ「あれれ?転送に失敗しちゃったのかな?」

 

リサ「そんな訳……あれ?変だなぁ。何でいつの間に香澄の写真を……?」

 

リサが持っていたのは香澄"だけ"が写った写真だった。

 

彩「香澄ちゃんだけが写ってるけど何だか、ほっぺが赤くなってるよ?」

 

有咲「さ、沙綾!?何で眉間にシワ寄せてんだ!?」

 

中沙綾「解らないけど……何だか胸がモヤモヤする。ハッ、まさか香澄が怪我でも!?」

 

香澄「ううん?怪我なんてしてないよ?でも……何だか………とっても赤嶺ちゃんに逢いたい気分なんだ。」

 

 

出会った記憶は消えてしまった--

 

 

高嶋「戸山ちゃん……?」

 

香澄「どうしてかな……私、赤嶺ちゃんが何処かで泣いてる気がするよ……。」

 

 

でも、心は確かに覚えている--

 

 

高嶋「そう……。だったら…拭いてあげようよ。赤嶺ちゃんの涙、私達で……。」

 

香澄「うん。きっと、いつか………。」

 

 

--

 

 

?「香澄ちゃん……あのね。赤嶺さん……………とっても…………"寂しい味"がしたよ。」

 

 

--

 

 

その気持ちを胸に、香澄は赤嶺との戦いへと臨んでいくのだった--

 

 

 



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神樹の記憶〜真実は当人のみぞ知る〜

香澄・高嶋・友希那を思う3人の話。

"愛"とは何なのか--
愛には色々な形がありますね(笑)




 

 

花咲川中学、体育館--

 

香澄「せいやー!たぁーーっ!!」

 

高嶋「えいやっ!はぁーーっ!!」

 

友希那「隙だらけよっ!!」

 

3人は今、勇者部の活動として剣道部の練習の手伝いをしている。ここの所数日は香澄、高嶋、友希那の3人は専ら剣道部の手伝いに駆り出されているのだ。

 

中沙綾「香澄、お疲れさ…。」

 

沙綾が労おうと香澄に近付くが、

 

女生徒1「戸山さーーん!」

 

多数の生徒に阻まれ、近付く事が出来ない。

 

紗夜「高嶋さん、ご苦労さ……。」

 

女生徒2「高嶋さーーん!!」

 

紗夜の方も同じ状況。そして、

 

リサ「友希…。」

 

女生徒3「湊さーーん!このタオルを使ってくださーーい!!」

 

リサの方も同じ様に友希那の周りに生徒が集まり近付こうにも近付けない。みんな剣道の練習では無く、香澄達勇者部目当てで見に来ている野次馬の様なものだ。

 

香澄・高嶋「「ありがとね!」」

 

友希那「ありがとう。」

 

3人も断る理由も無いので快くタオルや飲み物を受け取っている。

 

中沙綾・紗夜・リサ「「「………。」」」

 

紗夜「く…っ、牛込さんが、運動部の手伝いなど引き受けた所為で……。」

 

リサ「しょうがないよ。剣道部には良い指導者がいないみたいだから。」

 

中沙綾「練習が終わったのに、凄い人集りで香澄に近付けない。」

 

沙綾と紗夜が苦虫を潰した様な顔を浮かべている中、人集りは散る様子を見せない

 

女生徒1「戸山さんっ今度一緒にカラオケ行こうよ!」

 

女生徒2「高嶋さんっ、一緒にお買い物行かない?」

 

中沙綾・紗夜「「……っ!」」

 

香澄「えっと、後で予定確認してみるね!」

 

高嶋「私も、スケジュール帳見て返事するね!」

 

中沙綾・紗夜「「んなぁあああ⁉︎」」

 

2人は誰とでも分け隔て無く接するタイプだ。それが沙綾と紗夜の心にモヤをかける。その一方で--

 

 

女生徒3「あ、あの、湊さん!良かったら今からお茶でも……。」

 

友希那「お茶?あぁ……。」

 

友希那はリサの方をちらっと見た。

 

リサ「行ってらっしゃい、友希那。楽しんで来て。」

 

リサは沙綾達とは反対に快く友希那を送り出す。

 

中沙綾・紗夜「「ど、どうしてっ⁉︎」」

 

リサ「どうしてって?」

 

その時、3人の元に香澄と高嶋がやって来る。

 

香澄「さーや、ゴメン!今日は先に帰ってて。私、居残り練習に付き合って行くから!」

 

高嶋「紗夜ちゃん、ゴメン!私も今日はみんなの特訓を見てあげないとだから!」

 

中沙綾・紗夜「「くぁ…ぁ…あ……!」

2人の言葉が沙綾達の胸にナイフの様に突き刺さる。

 

リサ「あらら……。」

 

 

---

 

 

商店街、フードコート--

 

中沙綾「リサさんは、どうしてそんなに穏やかでいられるんですか?友希那さんは他の人とお茶をしに行ったのに……。」

 

2人はリサにメンタルの強さを知る為にフードコートへと来ていた。

 

リサ「私ね、友希那には色々な人と仲良くなって欲しいって思ってるんだよ。」

 

紗夜「……どうしてですか?」

 

リサ「だって、その方が視野が広がって見識も深まるじゃん。」

 

中沙綾「それは……そうですけど…。でも、リサさんとの時間がその分減っちゃいますよ?」

 

リサ「うーん……。それでも、友希那の人気が高まる方を望むかな。」

 

中沙綾「ど、どうすれば、そんな心の域に……。是非その秘訣を教えてください!」

 

リサ「そんな、大袈裟だよ!」

 

紗夜「大袈裟ではありません!高嶋さんは優しいから誰の事も笑顔で受け入れてしまう……。そしていつか…私の事なんて忘れて、眩しい光の世界へ行ってしまう……。」

 

紗夜の瞳から涙が零れ落ちる。

 

リサ「ちょ、ちょっとちょっと!」

 

中沙綾「私も冷静さを保っていますが、他の誰かと香澄が楽しんでるかと思うと……。」

 

紗夜「山吹さん。全然、保ってません……冷静さ…。」

 

リサ「でも、親友が不人気より、人気がある方が圧倒的に素敵じゃない?」

 

紗夜「そんなに簡単に割り切れるものではありません…。」

 

中沙綾「意外です…。リサさんはもっと友希那さんを束縛してると思ってました…。」

 

思わず沙綾から本音が漏れてしまう。

 

リサ「そんな風に思われてたんだ……。」

 

中沙綾「す、すみません!あくまでイメージです!イメージ……。」

 

リサ「みんなの気持ちは理解出来るけど、嫉妬からの束縛なんて逆効果だよ。」

 

中沙綾「というと…?」

 

沙綾が尋ねると、リサは語るのだった。"親友道"というものを--

 

 

--

 

 

リサ「手綱は離さず、緩めて握るのがコツだよ?例えば……これを見てよ。」

 

リサは2人にあるものを見せた。

 

中沙綾・紗夜「「こ、これは……⁉︎」」

 

リサが2人に見せたのは、大量の手紙とプレゼント。それが紙袋いっぱいに入っていたのだ。

 

紗夜「な、何なんですか、これ……。」

 

リサ「これは、友希那がファンから貰った物だよ。」

 

中沙綾「こ、これ全部ですか⁉︎」

 

リサ「香澄達だって受け取ってると思うけど?」

 

中沙綾「そ、そうでしょうけど……。それを、こんな風に預けたりは…。」

 

リサ「友希那は、こういう物を全部開示してくれるんだ。」

 

紗夜「そ、それで……。今井さんはこれを…燃やすんですね?」

 

リサ「まさか⁉︎つくづく……鬼の様に思われてるんだねぇ……。」

 

紗夜「あ…、いえ……ゴホンゴホン!つい口が滑っ……何でも無いわ。」

 

リサから溢れ出るオーラの様なものに気圧される紗夜。

 

リサ「私はね、これの贈り主をチェックして後で、お礼をしに行くんだ。」

 

中沙綾「お礼って、お礼参りの事ですか⁉︎」

 

リサ「お礼参りって……。スケバンじゃ無いんだから…。」

 

中沙綾「す、すみません…。」

 

リサ「友希那ったら、プレゼントを貰っても"ありがとう"の一言で済ませちゃうんだもん。」

 

紗夜「それは……。不特定多数からそんなに貰えば、それが精一杯だと思いますが…。」

 

リサ「でも、私がお礼とお返しをする事で人気の拡大に繋がるんだから。」

 

中沙綾「に、人気の拡大ですか?これ以上、香澄の人気が出て、2人の時間が減るって考えただけで……!」

 

紗夜「私も無理です……。今でさえギリギリなんです…。これ以上だと、闇に滅する自信があります……。どうして今井さんは平気なのですか…?」

 

2人はどうしてもリサの考えが理解出来ない。独占するか、他人にも分け与えるか。ただそれだけの違いなのだが、それが2人にとっては大きな事なのである。

 

リサ「そんなの分かり切ってるじゃん。友希那の人気が高まれば高まる程--。」

 

 

 

 

リサ「最後に私の元に戻ってきた時の喜びが増すからだよ!」

 

中沙綾・紗夜「「な………っ!」」

 

否、独占という点ではリサも2人と同じ考えのようである。

 

紗夜「何という…思考。これは……ドMと言って良いんではないでしょうか。」

 

中沙綾「で、ですけど……友希那さんが必ず戻ってくる保証は無いですよ?」

 

リサ「ふふふ……。それはねぇ…。」

 

リサは不敵な笑みを浮かべる。

 

中沙綾・紗夜「「そ、それは………?」」

 

リサ「湊友希那は、私無しじゃ生きていけないからね!」

 

中沙綾・紗夜「「な、なぁあああっ⁉︎」」

 

フードコートに2人の叫びがこだまする。

 

 

--

 

 

リサ「友希那は、全く意識していないだろうけど……。」

 

リサは理由を説明しだした。

 

リサ「朝、寝起きに水を飲ませた時の反応で、その日の体調を測って、身体に最適な栄養素を朝食で補充。いつもより午前中の運動量が多ければ、昼食は塩分を多めにし、休憩中は座ってる間に……。」

 

中沙綾・紗夜「「…。」」

 

リサ「靴下を履き替えさせ、首に冷たいタオルをあて、機嫌が悪ければ、おやつには甘い物。お風呂へ向かえば着替えを用意し、背中を流して、夜はマッサージで怪我が無いか確かめ……。」

 

中沙綾・紗夜「「……。」」

 

リサ「耳かきをしてベッドでゆっくり寝てもらうんだ。」

 

中沙綾・紗夜「「…………。」」

 

2人は呆気にとられ、言葉が出てこない。2人が思ってた以上にリサの友希那へのつくし度合いが凄すぎたのだから。

 

リサ「私は、そんな事を幼稚園の頃からずっとしてきたんだ。」

 

紗夜「う、嘘……ですよね………⁉︎幼稚園児が幼稚園児にそんな事を⁉︎」

 

中沙綾「でも、確かにそんなの……どれ程熱烈な支持者がいたとしても、誰も真似出来ないです……。」

 

リサ「あれれ?みんなには出来る筈だよ?大切な親友の為なら、ね?」

 

紗夜「か、完璧過ぎて……怖いです…。」

 

リサ「あはっ!そういったサポートが、格好良い友希那を作ってると思うと、あの人気が喜ばしいよ♪」

 

中沙綾「な、成る程…。そういう結論になるんですね…。」

 

紗夜「ですが、今井さんはそう考える事で自分を納得させているんではないのですか?」

 

紗夜が言いたい事は気持ちのすり替え、考え方次第という事である。

 

リサ「いや?友希那のお世話は私の趣味で、ある長期計画の一端に過ぎないんだ。」

 

中沙綾「長期……計画……?」

 

 

リサは語り出す、長期計画の内容を--

 

 

そして2人は戦慄する。リサの底知れぬ黒い部分に--

 

 

リサ「友希那はね、自分の服や物が何処にあるか全然把握してないんだ。私が管理してるから。」

 

中沙綾「えっ⁉︎それなら……もし、リサさんに何かあったら………はっ⁉︎」

 

リサ「うん。だから何も無いよう、友希那は私を大切に守ってくれるんだ。無意識に……。」

 

紗夜「な………っ!」

 

リサ「私がいないと友希那の生活は成り立たず友希那は生きていけない……だからっ!外でどれだけチヤホヤされても、"必ず"私の元へやって来るんだよ!これそこが至高の喜びなんだ♪」

 

リサは満面の笑顔で答えた。

 

紗夜「わ、私の目の前に悪魔がいます……。」

 

中沙綾「私は今、初めて……他人をここまで恐ろしいと思いました……。ふ、震えが止まらない……。」

 

 

しかし--

 

 

リサ「アハハハハッ!嫌だなぁ、2人とも。すっかり騙されちゃって!」

 

中沙綾・紗夜「「えっ⁉︎」」

 

リサ「そんなの嘘に決まってるじゃん!2人があんまり深刻に悩んでるから、ちょっとドッキリさせただけだよ♪」

 

リサは今まで自分が話してきた事は全部作り話だったと笑いながら2人に話す。

 

中沙綾「はぁ………。そうだったんですか。すっかり騙されちゃいました。」

 

紗夜「私達、少し落ち込み過ぎてたかもしれませんね…。今井さん、心配をかけてすみませんでした……。」

 

リサ「いやいや。まぁ、そんなに心配しないで香澄達を信じてあげなよ。」

 

紗夜「はい、そうします…。それで……今の話は結局、何処からが嘘だったのですか?」

 

リサ「え?どの辺……から?えっと……それはねぇ………。」

 

紗夜の質問にリサは突然口ごもってしまう。

 

中沙綾「ち、ちょっと待ってください!途中までは本当って事ですか⁉︎」

 

リサ「あ、あはは…。私は友希那の自主性を重んじてるよ?本当にね…。」

 

結局のところ、何処までが本当で何処からが嘘なのか。はたまた全部が嘘なのか。それとも、嘘だという事が嘘なのか--

 

 

真実は当人のみぞ知る--

 

 

 



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神樹の記憶~指揮のカタチ~

防人と勇者の戦い方の違いが千聖を悩ませる事となる。

そんな中で千聖が見つけたあるものとは--





 

 

樹海--

 

日菜「待て、バーテックス!!この氷河日菜が成敗しちゃうよ!」

 

日菜は1人で幼生バーテックスの群れへと立ち向かっていく。

 

千聖「待って日菜ちゃん!1人で前に出過ぎず下がって連帯を組んでいかないと……!」

 

その横で--

 

 

イヴ「待ちやがれ日菜!!そいつは俺の獲物だぁあああーーー!」

 

イヴが突貫していた。

 

千聖「焦らないでイヴちゃん!孤立しないよう突っ込まないで周りをよく見て!」

 

更にその奥では--

 

 

香澄「戸山香澄、行っきまーーーす!」

 

香澄が勇者パンチを仕掛けようとしていた。

 

千聖「ダメ、香澄ちゃん!!」

 

香澄「えっ!?」

 

千聖の声に気付き、済んでのところで香澄は留まった。

 

千聖「敵に近付き過ぎては危険よ!もっと適度な距離を保って!」

 

香澄「適度な距離って!?」

 

千聖「後3メートルは引いて、"爆発型"を警戒しながら隙を待つのよ!」

 

千聖がそう指示すると、

 

香澄「3メートル?3メートル…?これくらい…かな?あれ?もっと??」

 

香澄の動きが鈍る。その時、

 

中沙綾「香澄、危ない!!」

 

"飛行型"が香澄目掛けて突っ込んできたのである。

 

千聖「えっ!?」

 

だが沙綾がカバーに入り、"飛行型"を撃ち落とした。

 

香澄「わぁっ!?さーやありがとう!お陰で助かったよ!」

 

千聖「ご、ごめんなさい香澄ちゃん。あっ!あこちゃん!爆発に備えて武器の投擲は少し待っ……!」

 

あこ「えっ!?何!?うわ、うわぁーー!」

 

燐子「あこちゃん、危ない…!」

 

あこのフォローに燐子が入って事なきを得る。

 

千聖「なっ……!」

 

あこ「助かったよ、りんりーん!えっと…で、何でしたっけ?ちさ先輩!」

 

千聖「あ…え、と……ごめんなさい。何でも…無いわ。」

 

動揺している千聖の姿を、隣で花音が見ていた。

 

花音「千聖ちゃん……?」

 

千聖「何でも無いわ。花音、後衛の前で盾を構えて待機していて。」

 

花音「あっ…分かった。」

 

花音は千聖の指示に従い、後衛へと下がる。

 

千聖「………っ!」

 

ゆり「……………。」

 

そんな千聖の姿を、ゆりが眺めていた。

 

 

--

 

 

千聖「……………。」

 

しばらく観察していたゆりが千聖に声をかける。

 

ゆり「千聖ちゃん、どうしたの?大丈夫?」

 

千聖「あ……はい。」

 

千聖は大丈夫な様子を取り繕う。

 

ゆり「うん、なら良いんだけど。」

 

千聖は奥で指示を出していた友希那を見る。

 

友希那「紗夜と美竹さんは右!花園さんたちは左!牛込さんは前方に回り込んで!」

 

りみ「分かりました!」

 

中たえ・小たえ「「オッケーです!」」

 

千聖は友希那の指示に疑問を投げかける。

 

千聖「友希那ちゃん!それでは真ん中がガラ空きになって危険よ!」

 

友希那「……?」

 

千聖「第一、戦闘力の高くないりみちゃんだけを前に出すなんて無謀過ぎるわ!」

 

そこに友希那の指示で右で戦っていた蘭から知らせが届く。

 

蘭「湊さん!中央を"爆発型"が通過します!」

 

千聖「危ないっ!戻って迎撃しないと!イヴちゃん、日菜ちゃ……。」

 

千聖が慌てて指示を出そうとした、その時--

 

 

ゆり「沙綾ちゃん、今だよ!!」

 

中沙綾「全弾、一斉発射!!!」

 

ゆりの指示で沙綾が"爆発型"へと一斉攻撃を開始した。沙綾の攻撃で"爆発型"は一斉に爆発し、その爆発の余波で"大型"が後ろへと下がる。

 

千聖「そんな事が……。」

 

千聖は自分の予測を超えた事が目の前で起こるさまに動揺を隠せない。

 

りみ「捕まえるよ!えーーーいっ!!」

 

その隙にりみが"大型"をワイヤーで絡めとり、

 

中たえ・小たえ・紗夜「やぁーーーっ!!」

 

3人が"大型"に一撃を入れる。

 

美咲「前衛、行っちゃって!援護するよ!」

 

間髪入れず、有咲と夏希も攻撃を仕掛ける。

 

有咲・夏希「はぁーーーーっ!!」

 

香澄・高嶋「勇者、パーーーンチ!!」

 

トドメは香澄達の勇者パンチ。

 

香澄・有咲「「殲・滅……!」」

 

千聖「なっ……い、今のは一体……?指揮官は友希那ちゃんと、ゆりさんじゃ!?」

 

友希那「何処か問題があったかしら?」

 

千聖「指揮官以外がバラバラに指示を出していたのは、どういう事なの!?」

 

ゆり「まぁ、何というか…その辺は臨機応変って感じだね。」

 

ゆりは当たり前の事のように千聖に説明する。

 

千聖「そ、そんな場当たり的な指示じゃ命が幾つあっても足りないわ!」

 

千聖がムキになって苦言を呈するのも当たり前の事だった。現実世界の防人というシステムは勇者程の防御力も無ければ、武器の威力も無い。今の様な戦い方では防人はバーテックスにすぐ嬲り殺されてしまう。犠牲ゼロを志す千聖にとって、今の戦い方は到底納得の出来る戦い方では無かった。

 

千聖「私は、全体を把握する指揮官の指示で安全を確保して戦うべきだと思います!」

 

ゆり「せ、正論だね……。」

 

友希那「確かに言っている事は良く分かるわ。だけど、実際にそれをやるのは難しいわよ。」

 

千聖「でも、さっきの様な戦い方じゃ危険極まりないわ!」

 

その時、花音が千聖に意見を言い出した。

 

花音「千聖ちゃん……。危険かどうかって話なら……危なくなかったよ。」

 

千聖「えっ?」

 

花音「私、後衛で沙綾ちゃんの指示に従って動いてたんだけど、怪我もしなかったんだ。」

 

千聖「花音……。」

 

花音「ご、ごめんね。千聖ちゃんの指示が全部聞き取れなかったから……だから沙綾ちゃんに。」

 

花音の言葉で千聖が気付く。

 

千聖「指示が聞こえない?そうか……確かに今の様に乱戦だと声が通りにくい…。」

 

中沙綾「みんな!第2波が来るよ!」

 

話の途中で沙綾が敵影を知らせる。バーテックスが広範囲に広がって接近してくる。

 

あこ「友希那さん!敵が広範囲に!」

 

友希那「前衛は一気に駆け上がるわよ!私に続いて!!」

 

燐子「後衛は一斉援護射撃を開始します…!」

 

千聖も指示を出す。

 

千聖「……っ!紗夜ちゃん、少し引いて攻撃を避けてその後、待ち構えてサイドから…。」

 

紗夜「えっ、何ですか?」

 

高嶋「紗夜ちゃん、ズバーーーッだよ!」

 

千聖「ズ、ズバー?」

 

紗夜「解りました。はぁああーーー!」

 

高嶋の指示で紗夜は動き出す。

 

千聖「っ!?"大型"が怯んだ……この隙に!か、香澄ちゃん!攻撃を躱しながら…。」

 

香澄「えっ!?攻撃?何処から?」

 

有咲「香澄!バーーーンと行け!」

 

千聖「バ、バーン…?」

 

今度は香澄が有咲の指示で動き出した。

 

香澄「おりゃあああーーー!」

 

香澄のパンチが"大型"に決まり、"大型"は消滅する。

 

千聖「ズバー……?バーン……?」

 

千聖はみんなの指示の仕方に困惑するばかりだった。

 

ゆり「千聖ちゃん?どうしたの、ポカンとして。」

 

千聖「そ、そんなの……そんなの指示とは言えないわ!」

 

 

--

 

 

千聖「ズバーとかバーンは擬音であって、指示や司令とは言えません!」

 

ゆり「でも、分かりやすいよ?」

 

紗夜「それに、攻撃を避けるという指示は無意味です。」

 

千聖「え?」

 

美咲「まあねー。攻撃が来たら言われなくても自然に避けちゃいますし。」

 

千聖「た、確かに……。成る程、私の指示は無駄が多かったのかもしれない…。」

 

イヴ「なんつーか、白鷺の指示は長げぇ。」

 

千聖「長い?」

 

日菜「確かに。千聖ちゃんの指示を全部聞いている間に敵の動きが変化しちゃうよ?」

 

千聖「………。」

 

千聖は今までの戦いを思い返していた。防人は戦う事より、生き延びる事、逃げる事が第一だった。ここでの戦い方とは真逆なのである。

 

千聖「私には、攻めの指示が身についていない…。」

 

日菜「防人とはチーム性の違いだね。こっちは個人技を活かした指示が大切みたいだし。」

 

全を活かす防人と、個を活かす勇者との戦い方の違いを千聖は身をもって知ったのだった。

 

千聖「個人の攻撃形態を把握して、それに合った攻めの指示を出すべきだったのね…。」

 

薫「だけど、安全は大切だよ。」

 

有咲「そりゃそうだ。それに、別に千聖の指示が悪い訳じゃないんだ。」

 

千聖「有咲ちゃん……どういう意味?」

 

有咲「勇者部にはバカが多いから、小難しい事言ったって無駄って事だ。」

 

ゆり「あはは…。」

 

中たえ「基本は間違ってないよ。みんなが無事っていうのは重要だから。」

 

夏希「そうですよ!"いのちだいじに"が大切です!」

 

小たえ「うんうん。後は、私達を信じてください。」

 

千聖「信じる……。」

 

イヴ「そうだぞ。俺は白鷺を信じてるぜ!」

 

花音「私もだよ!」

 

 

"信じる"--

 

 

その言葉が千聖の胸に残る。

 

千聖「信じて……任せる事も大事なのね。指揮官っていうのは。」

 

友希那「そう気負わずとも良いのよ。肩の力を抜く事が大切よ。」

 

千聖「分かったわ。ありがとう、友希那ちゃん。次からは私も簡潔で臨機応変に…。」

 

その時、

 

あこ「うわわわ!まだ生きてるのがいたよ!」

 

バーテックスの生き残りが動き出した。すぐさま千聖が指示を出す。

 

千聖「させないわ!有咲ちゃん、香澄ちゃん!………ズゴーーンで!」

 

香澄・有咲「おりゃあああーーー!!」

 

千聖の指示で2人が攻撃を仕掛け、生き残りも全滅した。

 

千聖「ふぅ…。危なかったわ。」

 

ゆり「う、うん。瞬時の判断、良かったよ。的確な指示を……ありが……ふふっ。」

 

ゆりが笑いを堪えながら千聖を褒める。

 

千聖「どうしました?」

 

ゆり「いや……ズゴーーンて…ふふっ。」

 

千聖「す、すみません……。」

 

千聖の顔が赤くなる。

 

有咲「細かいな!良いだろ、ズゴーーンでもシュバビーンでも。」

 

千聖「シュバビーン?」

 

イヴ「へっ……お前ら、なんだかんだ言って仲良しなんだな。」

 

千聖・有咲「く…っ。。……プッ、アハハハ!!」

 

2人の笑い声が樹海に響き渡るのだった。

 

 



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神樹の記憶〜ハッピーハロウィン大作戦〜

これ含めて通算165話目です。

200話くらいを目処の予定で特別章へ移ろうと思っていますので、引き続きよろしくお願い致します。




 

 

勇者部部室--

 

夏の暑さも過ぎ去り、すっかり秋めいてきた今日この頃、夏希が沙綾、たえ、そしてりみに招集をかける。

 

夏希「諸君、よくぞ集まってくれた!」

 

小たえ「夏希に呼ばれたらすぐさま駆けつけるよ。」

 

小沙綾「そうだね。」

 

りみ「あ、あの…一応確認なんだけど、私も夏希ちゃんに呼ばれたんだよね?」

 

夏希「その通りです!」

 

りみ「良かった…。でも、何で私だけ?お姉ちゃんや香澄ちゃんとかは?」

 

小学生達に混じって1人中学生のりみは困惑していた。

 

夏希「りみさんに来て頂いたのは他でもありません!我々に歳が近いからです!」

 

りみ「え?あっ、うん……。そ、そうなんだね…。」

 

何故か落ち込んでしまうりみ。

 

小沙綾「それだけじゃ分からないよ、夏希。もうちょっと詳しく説明して。」

 

夏希「えっとですね、もうすぐハロウィンじゃないですか。」

 

小たえ「知ってるよ。トリック・オア・トリートでしょ?」

 

りみ「外国にあったお祭りだよね。カボチャでランタンを作ったり、仮装してお菓子を貰ったり。」

 

夏希「そうです!特に注目すべきは"仮装をしてお菓子を貰う"事!」

 

いつにも増して夏希のテンションは高かった。

 

小たえ「トリック・オア・トリート!」

 

りみ「お菓子をくれなきゃイタズラするぞってやつだね。」

 

夏希「イエス!これは勇者達の中でも、我々年下組がやっても許される事だと思われるのです!」

 

りみ「そっか……。私も年下組なんだね…。何となく年上組な気でいたよ……。」

 

りみは再び落ち込んでしまう。

 

小沙綾「……!夏希!」

 

小たえ「あらら…。」

 

夏希「あ、ああ!違うんです!りみさんも私達にとっては先輩ですよ!だから、協力して欲しいんです!」

 

りみ「協力…?」

 

夏希「私達のリーダーとして、年上の皆さんからお菓子をせしむる作戦の指揮を執って頂きたく!」

 

りみ「リーダー……?先輩として……?」

 

夏希に囃され段々とりみが元気になっていく。

 

夏希「名付けて、ハッピーハロウィン大作戦です!」

 

りみ「…そうだね!私が1番3人と歳が近いもんね!うん!ハッピーハロウィン大作戦、協力するよ!!」

 

3人「「「ほっ………。」」」

 

 

--

 

 

夏希「では、ここにハッピーハロウィン大作戦発動を宣言します!」

 

小たえ「わー!パチパチパチー。」

 

小沙綾「夏希は勢いだけは良いからね。」

 

りみ「取り敢えず、先ずは何を準備するかだね。」

 

夏希「それはもう、アレですよ!コスプレです!」

 

小沙綾「魔女とかお化けとかだね。」

 

夏希「魔女は凝りたいところだけど、お化けは簡単だよね。白い布を被って毛を3本付けてタラコ唇にすれば………。」

 

りみ「それは色々とマズイよ、夏希ちゃん……。」

 

小沙綾「日本より外国のお化けの方が良いんじゃない?」

 

小たえ「悪魔とかドラキュラとかだね。」

 

りみ「たえちゃん詳しいね!」

 

4人はコスプレ談義で盛り上がっていた。

 

 

--

 

りみ「っと、大事な物忘れてたよ。ランタンも大切だよ?」

 

夏希「忘れるところでした…。コスプレの話が思いの外盛り上がっちゃったから。」

 

小沙綾「ランタンはどうやって作るんですか?」

 

りみ「大きなカボチャの中をくり抜くんだよ。」

 

小沙綾「でも、そんなに大きなカボチャあるんでしょうか?」

 

りみ「そうだよね……。あっ、蘭ちゃんなら作ってるかも!」

 

夏希「早速行ってみましょう!」

 

そんなこんなで4人は蘭の畑へと出発するのだった。

 

 

--

 

 

美竹農園--

 

モカ「おぉ…。蕎麦の実が出来てきたねぇ。」

 

蘭「だね。四国の土も中々やるね。これなら収穫に期待出来そうだよ。」

 

モカ「諏訪の時みたいに?」

 

蘭「……そうだね。」

 

畑では蘭が畑を耕しながら、モカがそれを見ていた。そこに夏希達がやって来る。

 

夏希「こんにちは、蘭さんにモカさん。」

 

蘭「みんなどうしたの?」

 

夏希「ちょっとですね…かくかくしかじか。」

 

夏希は事の説明を蘭に話す。

 

 

--

 

 

夏希「という事で、蘭さんの畑になら大きいカボチャあるかなって。」

 

蘭「カボチャかぁ…。それなら今が収穫時だから持って行って良いよ。」

 

りみ「あ、ありがとう!」

 

4人は早速カボチャの場所へと向かった。

 

 

--

 

 

小沙綾「凄い…立派なカボチャだよ…。」

 

4人はなっている大きなカボチャに目を奪われていた。そんな時だった--

 

 

--

 

 

樹海--

 

夏希「いきなり樹海化した⁉︎」

 

警報も無しにいきなり周りが樹海になったのである。

 

りみ「あれ?でも、いつもの樹海化とは違うような……。」

 

周りを見回すも、確かにいつもの樹海とは違い、紫色の風景に加え、カボチャの様な実がいくつもなっている。

 

夏希「何でまたこんな所にカボチャ?」

 

小たえ「神樹様もカボチャ好きなのかな?」

 

するとモカが口を開いた。

 

モカ「……ここは神樹様が創り出した樹海じゃ無い。」

 

蘭「どういう事、モカ?」

 

モカ「多分バーテックスが創り出した空間だよ。この土地を奪う為に来たんだと思う。」

 

蘭「っ⁉︎」

 

小沙綾「私達が前に結界の外に出ちゃった時みたいな事なのかな?」

 

りみ「バーテックスの方から土地を奪いに来るなんて…。」

 

小たえ「バーテックスもカボチャ好きなのかな?」

 

モカ「蘭の畑を取り込んだから、カボチャも変な事になったんだと思うよ。」

 

蘭「そんな⁉︎じゃあ蕎麦は⁉︎」

 

蘭が樹海を見回すも、蕎麦の様な物は無く、カボチャしか無かった。

 

モカ「今は完全に同化しちゃってるのかも。」

 

夏希「くっそぉ!バーテックスめ、ドウカしてるよ!!」

 

5人「「「……………。」」」

 

樹海を静寂が包み込んだ。

 

夏希「……ごめんなさい、言ってみたかったんです…。」

 

りみ「ともかく、早くなんとかしないと!」

 

モカ「この異常に気付いて、他のみんなも向かってるみたいだよ。」

 

小沙綾「それまでは私達でなんとか食い止めましょう!」

 

モカ「蘭の畑を奪おうとするなんて、バーテックスも良い度胸だよね。」

 

蘭「本当だよ。バーテックスにどうなるか思い知らせてやらないと。」

 

りみ「じゃあ蘭ちゃん。臨時のリーダーとして何か掛け声を頂戴!」

 

蘭「急にそんな事言われても!ど、どういうのが良いのかな…?」

 

モカ「蘭、頑張って。モカちゃんは戦えないけど、ずっと側で見守ってるから。」

 

蘭「モカ……。よし!じゃあ、畑の為にみんな行くよ!」

 

4人「「「おーっ!!」」」

 

 

--

 

 

樹海?--

 

蘭の力もあり、星屑の一群を退けた勇者達。だが、疲労は確実に溜まってきている。

 

蘭「はぁ……はぁ………。取り敢えず一時は凌いだみたいだね……。」

 

そこへ、

 

有咲「よっと!待たせたな、完成型勇者の到着だ!」

 

ゆり「急いで駆けつけたけど、粗方片付いたみたいだね。」

 

有咲「んなっ⁉︎」

 

ゆり達援軍が到着する。

 

中沙綾「ですがゆり先輩、現れたのは星屑だけで、バーテックスはまだみたいです。」

 

友希那「リサに言われて大急ぎで駆けつけたのだけれど、無事で良かったわ。」

 

紗夜「取り越し苦労のようですね。」

 

ゆり「でも、リサちゃんが言ってたように、本当に樹海みたいだね……。」

 

小沙綾「っ⁉︎前方に敵影!"大型"です!」

 

遂に畑を取り込んだバーテックスが姿を現わした。のだが、

 

ゆり「やっと来たね!バーテックス……が………?」

 

美咲「ねぇ、あれって……バーテックスっていうより……。」

 

りみ「そ、そうだね……。何ていうか…。」

 

小たえ「わぁー!大っきなカボチャだぁ!」

 

何故か"大型"の頭部がカボチャ状、しかもジャック・オー・ランタン型になっているのだ。

 

薫「……これは確かにカボチャだね…。」

 

友希那「これは倒したら食べるべきなのかしら?」

 

高嶋「後で勇者が美味しく頂きましたってやつだね!」

 

中沙綾「うーん……煮物にすれば或いは…。」

 

あこ「みんな落ち着いて!!バーテックスだからね!」

 

友希那「そうは言われてもね…。ああもカボチャだと…。」

 

香澄「きっとさーやの作る煮物なら美味しいよ!」

 

夏希「幾ら何でもバーテックス食べたらお腹壊しそうですよ?」

 

小沙綾「バーテックスを一気飲みした夏希の言う事とは思えないよ…。」

 

夏希「いやいやいや!アレは仕方無くだよ…。」

 

中沙綾「そんな事もあったよね。夏希は食いしん坊だったから。パン食べる?」

 

夏希「い、いや…今は良いです……って持って来てるんですか⁉︎」

 

紗夜「皆さん食い意地張りすぎですね……。」

 

ゆり「本当だよね、有咲ちゃん。」

 

有咲「カボチャってビタミンとかカリウムとか豊富なんだよな…。あれだけの量なら、フリーズドライで保存すれば……。」

 

ゆり「……はぁ。」

 

夏希「あっ、閃いた!食べる以外の再利用方法があったよ!」

 

小たえ「あっ、私も何となく分かったよ。」

 

りみ「夏希ちゃん、まさか…。でも、大きすぎないかな?」

 

年下組には夏希が考えている事が分かったようだ。

 

ゆり「ん?何の事?」

 

小沙綾「ご、ごめんなさい。まだ内緒なんです。」

 

夏希「よーし!ハッピーハロウィン大作戦第1段階、発動だぁー!行くよ沙綾、おたえ、りみさん!」

 

りみ・小沙綾「「言っちゃうんだ……。」」

 

 

--

 

 

美竹農園--

 

蘭「元に戻った…。」

 

りみ「カボチャのバーテックス、倒したら消えちゃったね。」

 

"大型"を倒した直後、勇者達は蘭の畑へと戻ってきたが、肝心のカボチャのバーテックスは消えてしまったのだ。

 

夏希「そんなぁ!あのカボチャでジャック・オー・ランタン作れると思ったのに…。」

 

友希那「食べられなくてホッとした様な、何だか残念な様な……複雑な気持ちね。」

 

ゆり「なるほどねぇ。もうすぐハロウィンだもんね。」

 

夏希がバラした所為で、大作戦が勇者部全員に伝わってしまう。

 

小沙綾「そうなんです…。りみさんにも準備を手伝ってもらってました。」

 

小たえ「りみさんはこの大作戦の指揮官なんです。」

 

ゆり「………ぶわっ!」

 

ゆりは声も発せず、大量の涙を流す。

 

中沙綾「りみりんが頼られてるのが本当に嬉しいんですね。」

 

香澄「うんうん!凄いよりみりん!」

 

りみ「香澄ちゃん……。お姉ちゃんも大袈裟だよぉ!」

 

蘭「ん?み、みんな!アレ見て!」

 

蘭が畑にとある物を見つけ驚いた。

 

友希那「どうしたの、美竹さん?」

 

蘭「カ、カボチャが……カボチャが大きく……。」

 

指差した方向にあったのは、見るも大きなカボチャが1つ。

 

ゆり「大きい⁉︎」

 

友希那「これは……食べられるのかしら?」

 

あこ「そこですか⁉︎」

 

蘭「湊さんが言うのも分かります…。どう思う?モカ。」

 

モカ「……食べられるかは分からないけど、多分樹海化の所為でカボチャに突然変異が起こったのかも。」

 

有咲「突然変異……食べたくなくなる響きだな…。」

 

友希那「やはり食べられないのね……。」

 

何故か落ち込んでしまう友希那。

 

あこ「あこ、もう突っ込みません…。」

 

夏希「食べられないなら、私達が貰っても良いですか?」

 

りみ「このカボチャをジャック・オー・ランタンにするんだね?」

 

夏希「はい!立派なのが作れますよ!」

 

蘭「よく分からないけど、役立てるのなら持ってって良いよ。」

 

夏希「やったぁー!!これでハッピーハロウィン大作戦成功に一歩近付いたよ!」

 

念願の巨大なカボチャを手に入れた夏希達。果たしてハッピーハロウィン大作戦は成功するのだろうか?

 

 

 



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神樹の記憶〜大きなカボチャ〜

ハロウィン編その2です。

美竹農園で起こった昔話の様なお話。中学生の沙綾とたえが夏希に対して思う事とは--





 

 

巨大なカボチャを収穫した翌日、夏希は再び蘭の畑へと来ていた。

 

 

美竹農園--

 

蘭「……よいしょっと…。」

 

蘭が作業している周りにはまだいくつかバーテックスの影響で巨大になったカボチャが実っていた。

 

夏希「こんにちは、蘭さん。」

 

中たえ「どうもー。」

 

中沙綾「大変そうですね。」

 

蘭「どうしたの?3人で出かけてた?」

 

夏希「そうです!でも、目的地はここなんです!」

 

蘭「ここ?またカボチャが必要になった?」

 

蘭は実っているカボチャに目を向ける。

 

夏希「そう、カボチャです!この前はお世話になったので、手伝いに来ました。」

 

蘭「あ、ありがとう…。でも珍しい組み合わせだね。」

 

夏希「そうなんですよ。おっきい沙綾とたえが行くって聞かないんです!」

 

中たえ「私達は夏希の保護者的な立場だからね。」

 

中沙綾「昨日はうちの夏希がお世話になりました…。」

 

たえは胸を張り、沙綾は頭を下げて謝っていた。

 

蘭「私の畑が役に立って良かったよ。」

 

中たえ「でも大丈夫?他のカボチャも大きくなっちゃったし……。」

 

蘭「それが幸い他の野菜は大丈夫だったんだ。カボチャも一部が大きくなっただけで、他は問題無いよ。」

 

中沙綾「良かった…。」

 

夏希「あのカボチャ本当に良かったですよ!立派なジャック・オー・ランタンが出来ました!」

 

蘭「そう言って貰えればカボチャも無駄にならなくて良かったよ。」

 

夏希「今日は何やってるんですか?畑耕したり収穫したり、何でも手伝いますよ!」

 

蘭「実は今大きくなったカボチャを収穫してるんだ。場所がとられちゃって、畑が耕さなくて…。このカボチャがまた重くて大変なんだよ。」

 

中沙綾「じゃあみんなで手伝おうか。」

 

沙綾の提案で、3人は残った大きなカボチャの収穫を手伝う事にするのだった。

 

 

--

 

 

中たえ「わっ、本当に重たいね…。」

 

たえがカボチャを持ち上げるも、上げるのに一苦労な大きさだ。中身がパンパンに詰まっているのが分かる。

 

中沙綾「改めて持ってみると、凄いね……。」

 

夏希「これで食べられたら、凄く良いのになぁ…。」

 

蘭「重たいから腰に気をつけて。」

 

夏希「それは大袈裟ですって…。」

 

夏希が冗談気に笑っているが、

 

蘭「いや、畑の仕事は腰の痛みとの戦いだよ。ちょっと気を抜くと……。」

 

次の瞬間、

 

 

中たえ「あっ!こ、腰が……。」

 

たえの腰が悲鳴をあげる。

 

中沙綾「おたえ⁉︎大丈夫?」

 

蘭「どんなに若くても、来る時は来るよ。」

 

中たえ「たーすーけーてー……。うーごーけーなーいー………。」

 

たえはその場にへたり込んでしまった。

 

中沙綾「慣れない事を張り切ってやるから……。」

 

夏希「カボチャ、私が持つから。ほら、座れる?ゆっくりゆっくり。」

 

沙綾の助けを借りてたえは姿勢を変える。

 

中たえ「何とか座れたぁ…。」

 

夏希「これ、ぎっくり腰かな?」

 

蘭「そこまでじゃないけど、少し安静にしてた方が良いね。」

 

中沙綾「カボチャ運びは2人でやるから、おたえは休んでて。」

 

中たえ「ごめんね…。」

 

蘭「もっと早く言っとけば良かったね。」

 

夏希「確かに、変な持ち方したら腰にきちゃうかも。」

 

中沙綾「つい重心を前にしちゃいがちだよね。」

 

蘭「気をつけて運んで行こう。」

 

3人は作業を続けていった。

 

 

--

 

 

作業が半分近く終わった頃--

 

蘭「それにしても本当に沙綾とたえは夏希の保護者みたいな立場だよね。」

 

中たえ「何やっても言われても可愛く見えるからね。」

 

夏希「そこが小さい沙綾とたえとは違うところなんですよね。どうしてかな?」

 

蘭「大きくなった夏希も、小さい頃の沙綾とたえを見たらそうなるんじゃない?」

 

夏希「なるほど…。そういうものですかね?」

 

中たえ「……………。」

 

中沙綾「……………。」

 

2人の会話を沙綾とたえは黙って聞いていた。

 

 

--

 

 

3/4程片付いた頃--

 

蘭「ふぅ………。休憩しようか。」

 

夏希「かなり畑がスッキリしてきましたね!」

 

蘭「そうだね。お陰で何とかまた畑を耕さそうだよ。」

 

中沙綾「おたえ、腰は大丈夫?」

 

中たえ「先に休ませてもらったから、かなり楽になったよ。」

 

たえの腰の具合もだいぶ良くなり、立って歩けるまでに回復していた。

 

夏希「よいしょ……っと…。」

 

中沙綾「ふぅ………。」

 

蘭「はぁ……。」

 

3人は畑に腰を下ろす。

 

夏希「はぁ…座ると疲れがドッと来るよ。」

 

中沙綾「疲れた時は甘い物!」

 

沙綾は夏希に菓子パンを渡す。

 

夏希「口がパサパサになりそう……。」

 

中沙綾「ちゃんと手を洗ってからね。」

 

夏希「はいはい。あ、蘭さん、水道とかは近くにありますか?」

 

蘭「ちょっと離れた所にあるから案内するよ。」

 

2人は水道へと歩いて行った。

 

 

--

 

 

中たえ「………夏希、元気いっぱいだね。」

 

中沙綾「そうだね。"あの頃"と全然変わってないよ。」

 

中たえ「さっき蘭が言ってた、大きくなった夏希だったら、小さい頃の私達にどう接したかな?」

 

中沙綾「それは興味あるね。」

 

2人は夏希の話に花を咲かせていた。

 

中たえ「大きくなった夏希……カッコいいだろうなぁ……。」

 

中沙綾「弟を大事にしてたから……きっと面倒見も良いだろうね。」

 

中たえ「見たかったなぁ………大きくなった夏希。」

 

中沙綾「私も………。一緒に、同じ時間を生きたかった……。」

 

あんな"悲劇"が起こらなければ有り得たかもしれない未来の夏希の事を--

 

 

夏希「お待たせー!!よーし、パンいっぱい食べるぞー!」

 

そこへ手洗いから2人が戻ってくる。

 

蘭「食べ過ぎると今度はお腹が痛くなるよ。」

 

夏希が笑顔で手を振りながら2人に近付いてくる。

 

中たえ「………今は、もうちょっとだけあの頃の夏希と一緒にいようか。」

 

中沙綾「そうだね……。いつまでなのかは分からないけど、可能な限り……ずっと、続く限りは一緒にね。」

 

 

--

 

 

蘭「さあ、そろそろ作業を再開しようか。」

 

夏希「あと少しでカボチャも片付くね!」

 

中沙綾「残ったのは……。」

 

残った大きなカボチャは残り1つ。しかし、そのカボチャは今までより一際大きく、半分以上が地面に埋まっていたのである。

 

蘭「これは……確実に腰にくるね…。」

 

中沙綾「おたえは絶対に引っ張っちゃダメだからね。」

 

中たえ「分かってるよ。」

 

夏希「たえさんがぎっくり腰になりかけたって小さい2人に言ったらどうなるかなぁ。」

 

中たえ「ぜ、絶対に言わないで夏希ー!」

 

夏希「アハハ!分かってるって!」

 

蘭「じゃあ3人で掘り起こそうか。」

 

蘭が作業に移ろうとするが、

 

夏希「いやいや蘭さん。ここは私1人に任せてもらえませんか?」

 

蘭「え?」

 

夏希「元々は私がカボチャのお礼したかったのをみんなに手伝ってもらっちゃいましたから。最後の一個くらいは私がやります!」

 

そう言って夏希は胸を叩いた。

 

蘭「……分かった。腰だけには十分気をつけてよ。」

 

中たえ「腰は大事。」

 

夏希「了解!」

 

夏希は巨大カボチャの前に相対する。

 

中沙綾「……何だか小学生と中学生の会話に聞こえないよ………。」

 

夏希「ふんぬー!!」

 

夏希は力の限り引っ張るが、カボチャはビクともしない。

 

蘭「引っこ抜くのは無理だよ。埋まってる部分を掘ってからじゃないと。」

 

だが、蘭の忠告を無視して夏希は引っ張り続ける。

 

夏希「なんの!丸ごと引き抜いてみせる!うんとこしょ、どっこいしょ!」

 

中沙綾「けれどもカボチャは抜けません。」

 

中たえ「頑張れ夏希!負けるな夏希!」

 

夏希「う、うおおお………!どりゃあああ!!」

 

力の限りを尽くし引っ張る夏希。遂にカボチャを引っこ抜き、反動で転んでしまう。すると、

 

蘭「ぬ、抜けた……。って、ええ⁉︎抜いた所から水が⁉︎」

 

カボチャが埋まっていた下から水が間欠泉の様に吹き出したのである。

 

夏希「えー⁉︎何で⁉︎」

 

 

--

 

 

中沙綾「……水が吹き出た場所は井戸に出来ると言って、蘭は大層喜びましたとさ。」

 

中たえ「……トラブル体質な夏希様々でしたとさ。」

 

中沙綾・たえ「「めでたし、めでたし。」」

 

 

 



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神樹の記憶〜1人よりみんなで〜

ハロウィンのお話その3です。

主役はりみりん。異世界に来てお姉ちゃんになったりみが沙綾に伝えた事とは--




 

 

美竹農園から巨大なカボチャをゲットし、見事なジャック・オー・ランタンを作り上げた夏希達。ハッピーハロウィン大作戦は次のステージへと進んでいく。

 

 

勇者部部室--

 

小たえ「ランタンも出来たし、次は仮装だね。どんなのがいいかなー?」

 

夏希「コスプレをして、年長組の皆さんからお菓子をたんまりもらうのだ!」

 

小沙綾「そもそも何で仮装が必要なの?」

 

夏希「何でって…。仮装して驚かせて、イタズラされたくなかったらお菓子を寄越せ〜ってだけだよ。」

 

小沙綾「仮装は驚かせる為……。どうしてお菓子を貰うのに驚かせるのかな?」

 

りみ「それは……そういう慣習になっちゃったからとしか…。」

 

小たえ「楽しめれば良いんだよ。」

 

小沙綾「そういうものなのかな…。」

 

夏希「そういうものなの!」

 

疑問が尽きない沙綾を宥め、大作戦はフェーズ2へと移行する。

 

夏希「コスプレは当日までにそれぞれが考えておく事!どんな衣装かは当日まで内緒ね!」

 

りみ「えっ⁉︎みんなで衣装を考えた方が良くないかな?」

 

夏希「良いんです、りみさん。みんなの個性溢れる衣装を見て驚きたいんです。」

 

こうしてそれぞれは解散し、フェーズ2は終了となった。

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

沙綾に呼ばれてりみが部室へとやって来た。

 

りみ「話って何かな?私だけ呼ばれたみたいだけど……。」

 

小沙綾「はい、りみさんを呼んだのは他でも無く……。」

 

沙綾はいつに無くモジモジと体を動かし、顔を赤らめた。

 

りみ「………ハッ!部室に2人っきり……まさか恋の相談⁉︎」

 

小沙綾「……ん?確かに鯉を使った料理とか面白そうですね。」

 

りみ「………ん?」

 

小沙綾「鯉料理かぁ………。鯉こくとかですかね?」

 

りみ「え?……あっ、うん!良いんじゃないかな!鯉こく!」

 

りみ(どんな料理なのかなぁ……。)

 

絶妙に話が噛み合わない中、沙綾が本題を切り出す。

 

小沙綾「それで、りみさんに来ていただいたのは、ハロウィンの事で相談したくて……。」

 

りみ「え?どうしたの?」

 

小沙綾「一晩考えてみたんですけど、どんな仮装をしたら良いか分からなくて……。勇者部として色んな事をこなしてきたりみさんなら何か分かるんじゃないかと思ったんです。」

 

りみ「な、成る程ね……。」

 

小沙綾「やっぱり無難に魔女とかの方が良いんですかね?」

 

りみ「別に外国にこだわる必要は無いと思うよ。日本のお化けとかでも全然良いし。」

 

小沙綾「成る程!じゃあ長い髪で顔を隠して呻き声を上げながらテレビから出てくる女性とかでも良いんですね!」

 

りみ「そっ⁉︎それは……確かに興味あるけど…色々大変じゃないかな…。」

 

小沙綾「でも…相手を恐怖のドン底に叩き落とすならそれくらいじゃないと効果無いんじゃ……。」

 

りみ「そこまでする必要無いよ!驚かすだけで良いんだよ!」

 

りみは少し食い気味で否定し、沙綾に細かく説明していく。

 

 

--

 

 

小沙綾「そうなんですね……。取り敢えず、相手を驚かせる衣装が良いんですよね?」

 

りみ「そ、そうだね。沙綾ちゃんが満足してくれるなら。」

 

小沙綾「それではダメです。相手を驚かせないとお菓子が貰えませんから。」

 

りみ「トリック・オア・トリートって言えば、香澄ちゃん達ならきっとお菓子をくれると思うよ。」

 

ここで沙綾は1つの答えに至る。

 

小沙綾「そうだ!バーテックスです!」

 

りみ「沙綾ちゃん、もしかしてバーテックスのコスプレを⁉︎」

 

小沙綾「そのもしかしてです!より再現する為にバーテックスと戦ってきますね!」

 

そう言うと沙綾は嬉々として樹海へ行こうとする。

 

りみ「待って待って!1人じゃ危なすぎるよ!私も一緒に行くから、せめてリサさんに一言断ってから行こう?」

 

小沙綾「そ、そうですね……すみません。」

 

2人はリサの元へと向かった。

 

 

--

 

 

教室--

 

リサを見つけたりみは早速これまでの経緯を説明する。

 

リサ「……良く分からないけど、分かったよ。」

 

りみ「本当ですか⁉︎怒ったりしてませんか?」

 

リサ「そんな事無いよ。経験豊富なりみがいれば大丈夫だと思うけど、無理はしないでね。」

 

りみ「あ、ありがとうございます!じゃあ行こうか、沙綾ちゃん。」

 

小沙綾「分かりました!全力で頑張ります!」

 

リサ「いや、だから無理だけはしないでよ……。」

 

軽やかな足取りで向かう沙綾をリサは心配そうに見送るのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

りみ「沙綾ちゃん。リサさんも言ったように、今は2人だけだから無理はしないようにね?」

 

小沙綾「勿論です!一緒に来てくれたりみさんの為にも無理はしません。」

 

りみ「ふふ。それなら良かった。」

 

2人はバーテックスを探して探索するも、中々見つからない。

 

小沙綾「………いつもは大勢の勇者の皆さんと共に戦ってきたので、何だかこういうのは久しぶりな感じがします。」

 

りみ「そっか。元の世界では夏希ちゃんとたえちゃんの3人で御役目をやってたんだもんね。」

 

小沙綾「はい。今は更に少ない2人ですけど、りみさんがいるので少しも不安はありません。」

 

りみ「ありがとう、沙綾ちゃん。……でも、凄いなぁ。私なんか、勇者部のみんながいないと心細かったよ。」

 

小沙綾「今は私の為にたった1人で来てくれてます。りみさんも、私が尊敬する勇者の1人です!」

 

りみ「えへへ…そっかぁ。」

 

沙綾の言葉に胸打たれるりみ。今までは自分が最年少として勇者部の後ろをついてきてたりみだったが、今はこうして自分の後ろをついてきてくれる後輩の存在に背中を押されていた。

 

りみ(お姉ちゃんや香澄ちゃん達もこんな気持ちだったのかな……。)

 

りみ「ところで、沙綾ちゃん。本当に"大型"と戦うの?」

 

小沙綾「はい。バーテックスに仮装すると決めたからには曖昧な物にはしたく無いですから。しっかりこの目に焼き付けます。」

 

りみ「今までに戦ったバーテックスでも良いと思うんだけどなぁ。」

 

りみ(意気込みは凄いけど、何だか間違ってるような……。)

 

沙綾は少しせり上がった高台へと駆けて行き、

 

小沙綾「さあ、バーテックス!いつでもかかっておいで!」

 

バーテックスを挑発しだした。

 

りみ(でも、今の沙綾ちゃんより頑固で真面目で、私よりも優秀で………なのに凄く頑張り屋さんの沙綾ちゃん。こんな沙綾ちゃんだから今の沙綾ちゃんがあるのかな。)

 

小沙綾「どうしたの⁉︎まさか怖気付いたって言うの⁉︎意気地無し!意気地無しのバーテックス!!」

 

りみ(……ちょっと一生懸命過ぎて周りが見えなくなっちゃう所はあるみたいだけどね…。)

 

沙綾が挑発をするも、バーテックスは中々姿を現さない。

 

小沙綾「おかしいですね……全然現れません。どうしましょう、りみさん。」

 

りみ「この辺りはもう出てこないのかも。もう少し奥まで行ってみようか。」

 

小沙綾「はい!」

 

2人は樹海の奥へと足を進めて行った。

 

 

--

 

 

10分後--

 

小沙綾「っ!いました!"大型"です!」

 

2人は遂にバーテックスを発見。沙綾が弓を出現させるが、りみがそれを止める。

 

りみ「………ねぇ、沙綾ちゃん。」

 

小沙綾「…?どうしました?」

 

りみ「仮装の為に姿形を覚えるのなら、戦わなくても良いんじゃないかな?」

 

小沙綾「え……?」

 

りみ「勿論戦うなら私も全力で援護するけど、わざわざ沙綾ちゃんが危ない目に遭うのは嫌だよ。」

 

小沙綾「りみさん……。」

 

りみの一言で沙綾は持っていた弓を消す。

 

りみ「だから、ね?遠巻きに観察しよう?グルグル回れば、くまなく見れるよ、きっと。」

 

小沙綾「ありがとうございます、りみさん。でも大丈夫。私、戦いたいんです。」

 

そう言って再び沙綾は弓を出現させた。

 

りみ「沙綾ちゃん……。」

 

小沙綾「最初は仮装の為にここまで来たつもりでした。でも、バーテックスを見て思ったんです。"大型"と1人で戦う事が出来ればこれからの戦いできっと役に立ちます。」

 

りみ(……違う…。)

 

小沙綾「遠距離だけで倒せるようになれば、夏希とおたえが危ない目に遭わなくて済みます。」

 

りみ(違うよ、沙綾ちゃん……。)

 

小沙綾「だからこの"大型"は私1人で倒します。りみさんも、手出し無用でお願いします。」

 

夏希とたえの事を思い、1人矢を構えた沙綾にりみは問いかける。

 

りみ「………それじゃあ、沙綾ちゃんはどうなるの?」

 

小沙綾「え?」

 

りみ「夏希ちゃんやたえちゃんの代わりに、沙綾ちゃんだけ危ない目に遭うなんて、そんなの間違ってるよ!」

 

小沙綾「………!」

 

りみの一言で沙綾は番えていた矢を落とす。

 

りみ「それに、そんな事してあの2人が喜ぶの?今の私みたいに、きっと怒ると思うよ!」

 

小沙綾「う………。」

 

りみ「"みんな"が危ない目に遭わないように、"みんな"で協力して戦う!それが勇者なんだよ!」

 

小沙綾「りみさん……。」

 

りみ「だから"私1人で"なんて、そんな悲しい事言わないで……。」

 

そう言いながらりみは沙綾を抱きしめる。

 

1人では出来ないかもしれないけれど、みんなが、仲間がいればどんな事だって乗り越える事が出来る。りみはそう確信している。何故なら、そうやって元の世界での御役目を乗り越えて来たのだから--

 

 

りみは仲間で戦う事の大切さを誰より知っている。だからりみは1人で戦おうとする沙綾を怒ったのだ。

 

小沙綾「………。すみません、りみさん。私が間違ってました。そして、思い上がってました。」

 

りみ「ううん。私もごめんね。何だか生意気な事言っちゃった。」

 

小沙綾「そんな事無いです!やっぱりりみさんは私が尊敬する勇者です。今は2人だけですが、私と一緒に戦ってくれますか?」

 

りみ「勿論!」

 

小沙綾「………!ありがとうございます!」

 

2人はお互いの目を見つめ、"大型"の元へと駆け出した。

 

 

--

 

 

りみ「私が援護するから、沙綾ちゃんは攻撃し続けて!」

 

小沙綾「分かりました!」

 

沙綾の先制攻撃が決まり、2人に気付いた"大型"は星屑を弾替わりに発射してくる。

 

りみ「沙綾ちゃんには指一本触れさせない!」

 

りみはワイヤーを張り巡らせ、星屑の弾を切り刻む。そして発射した後のタイムラグを狙って沙綾は"大型"の口に矢を放つ。

 

小沙綾「今です!りみさん、"大型の動きを止めてください!」

 

りみ「うん!はあっ!」

 

りみのワイヤーが"大型"を雁字搦めに絡め取る。"大型"は無差別に星屑の弾を放つが、2人は冷静に弾道を見極め躱していった。

 

小沙綾(私は1人じゃ無い……。夏希やおたえ……それに今は大勢の仲間がいる!)

 

沙綾は想いを矢に込める。そして想いを受け取った矢はどんどんと巨大化していった。

 

小沙綾(みんなと力を合わせて戦う!)

 

小沙綾「それが………勇者だから!!」

 

沙綾は矢を放った。

 

りみ・小沙綾「「いっけぇぇぇっ!!!」」

 

"大型"は星屑の弾を矢に向けて放つが、矢は難なく弾を砕いて進み、"大型"の腹部を貫いた。

 

りみ「これでトドメ!」

 

呻き声をあげる"大型"をりみがワイヤーを引き絞ってトドメを刺した。

 

 

--

 

 

小沙綾「はぁ…はぁ……。や、やった…!」

 

りみ「はぁ…はぁ…。あのね、沙綾ちゃん…。」

 

小沙綾「はい。」

 

りみ「ハロウィンはね、いつも頑張ってる沙綾ちゃんみたいな子が、年上の人達に目一杯可愛がってもらう日なんだよ。」

 

小沙綾「りみさん……。」

 

りみ「だからね、もっと肩の力を抜いてみんなを頼ってね。それと……私の事ももっと頼ってもらえると……その…。」

 

小沙綾「りみさんには、もう十分頼らせてもらってます。でも、これからももっと、目一杯頼らせてください!」

 

りみ「ふふ。お手柔らかに。」

 

小沙綾「はい!それで早速なんですが、仮装の事で--。」

 

さっきまで必死で戦っていたのが嘘のように笑顔で仮装について話す2人を遠くから見ている人達がいた--

 

 

 

 

 

中沙綾「リサさんに言われて、念の為様子を見てたけど……。」

 

有咲「私達の出る幕は無かったな。」

 

香澄「うん!りみりん、すっごくカッコ良かった!!」

 

遠くから2人の様子を伺っていたのは勇者部の4人。そして、

 

ゆり「……立派になったね、りみ。」

 

自分の知らない所ですっかり成長していたりみに涙を流すゆり。

 

有咲「りみもやるようになったな。」

 

中沙綾「りみりんの言う通り、当日は盛大に甘やかしてあげないとね。」

 

 

---

 

 

パーティ当日、部室前--

 

部室前で沙綾達4人は待機していた。沙綾とりみは魔女のコスプレ。夏希はジャック・オー・ランタンをモチーフにしたドレス。そしてたえはフランケンシュタインのコスプレ。

 

夏希「みんな準備は良い?」

 

小たえ「バッチリだよ。」

 

りみ「今になって恥ずかしくなってきた……。」

 

夏希「何言ってるんですか!りみさんのコスプレ、すっごく良いですよ!」

 

りみ「うぅ……余計に恥ずかしい……。」

 

小沙綾「りみさんが恥ずかしがっていたら私はどうなるんですか!」

 

小たえ「沙綾も凄く可愛い!」

 

夏希「確かに、これは私の完敗だよ。」

 

小沙綾「も、もう良いから早く行こう!」

 

夏希「よーし!ハッピーハロウィン大作戦、最終フェーズに移行だ!突撃!!」

 

夏希の合図で4人は部室へ駆け込んだ。

 

 

--

 

 

4人「「「トリック・オア・トリー……。」」」

 

次の瞬間--

 

 

 

香澄達全員「「「ハッピーハロウィン!」」」

 

4人が駆け込んだ瞬間に香澄達年上組が一斉にクラッカーを鳴らす。

 

夏希「あ、あれ⁉︎サプライズの筈だったのに!」

 

小たえ「お菓子がいっぱいだ!」

 

有咲「あれだけカボチャがどうの、ハロウィンがどうの言ってれば、バレバレだっつーの。」

 

中学生の沙綾とたえを通じて年上組にはとっくの通りサプライズは筒抜けだったのだ。

 

ゆり「今日は年下組を目一杯甘やかすよ!お菓子も手作りだからね!…………お疲れ、りみ。」

 

りみ「お姉ちゃん………!うん!思いっ切り甘えるね!」

 

香澄「さーやちゃん、そのコスプレすっごく可愛いよ!」

 

あこ「確かに、闇の力が凄そう!」

 

美咲「大胆だね、こりゃ。」

 

薫「ああ……儚い!」

 

小沙綾「うぅ………!」

 

沙綾は今まさに火が出そうな程顔が真っ赤になっていた。

 

中沙綾「4人とも、今日は思いっ切り楽しんでね。」

 

秋の日差しが暖かく照らす中、部室からは一日中勇者達の笑い声が絶える事は無かったのであった。

 

 

 



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神樹の記憶~勝利をこの手に!花咲川中学文化祭~

文化祭のお話です。

香澄達がこの異世界に飛ばされ、1年が経過しておりますがこの世界はサ○エさん時空でお送りしております。




 

 

勇者部部室--

 

9月も中旬に入り暦的には秋なのだが、外は日差しが強く北海道育ちの美咲にとってはうだつの上がらない日々が続いている。

 

美咲「……ふぅ。残暑が厳しい…。」

 

薫「大丈夫かい?美咲。私は寧ろ過ごしやすいよ。」

 

それに対し薫は平然としている。これが沖縄との地域差というものなのだろう。

 

友希那「暑さ寒さも彼岸までよ。もうじき涼しくなるわ。」

 

香澄「……。」

 

たえ「?どうしたの?香澄。」

 

ぼーっとしていた香澄にたえは声をかける。

 

香澄「ん?何でもないよ!もうすぐ秋なんだなーってね。私達がここに来たのも秋だったから。」

 

ゆり「秋?」

 

高嶋「そっか、戸山ちゃん達がここに来たのってこれくらいの時期だったんだね。」

 

香澄達がリサに呼ばれこの世界にやって来たのは神世紀300年の秋。時間が進まないとはいえ、香澄達はもうこの異世界に飛ばされてから1年経つのである。

 

ゆり「……秋?」

 

香澄「うん、だから何だか不思議な感じがして。」

 

ゆり「秋!」

 

中沙綾「……いつまでも続けそうですね、それ。秋がどうしたんですか?」

 

ゆり「その言葉を待ってたよ!ねえ、有咲ちゃん。私達がこっちに来る前に何があったか覚えてる?」

 

有咲「何って……ああ、文化祭があったな。」

 

ゆり「正解!」

 

りみ「うん、色々あったけど……それを乗り越えて出来た文化祭は楽しかったよね。」

 

ゆり「こっちでもそろそろ文化祭の季節、みんなに召集をかけるよ!」

 

早速ゆりはNARUKOでみんなに連絡を回すのだった。

 

 

---

 

 

20分後--

 

部室にいなかった他のみんなが集まってくる。

 

彩「文化祭、ですか?」

 

夏希「面白そう!何するんですか?」

 

ゆり「それを話し合おうと思って、みんなに集まってもらったんだ。」

 

りみ「バンドは?」

 

香澄「バンドならすぐ楽器用意出来るよ!」

 

花音「え?すぐ用意できるの?」

 

中沙綾「うん。前の世界の事だけど、文化祭でバンドやったんだ。」

 

最後の戦いの後、香澄が無事意識を取り戻しみんなで、"Glitter*Party"として演奏した文化祭--

 

 

中沙綾「問題があるとすれば、人数が増えた事だけど……。」

 

ゆり「うーん……今回は却下だね。」

 

有咲「珍しいな。」

 

ゆり「別にやりたくない訳じゃないんだよ。実はね、これを見てほしいんだ!」

 

そう言ってゆりはパソコンの画面をみんなに見せる。

 

千聖「これは……コンテストのお知らせ?」

 

高嶋「コンテスト?あ、本当だ。各部の出し物に、投票してもらって……優勝すると…っ!」

 

ある一文を見つけ高嶋は驚いた。

 

紗夜「何かありましたか?」

 

高嶋「ゆりさん、これは!」

 

ゆり「そうだよ、高嶋ちゃん。優勝賞品は………"かめやの一日食べ放題券"だよ!!」

 

"一日食べ放題券"その素敵な言葉の響き、文字の羅列に勇者部全員が目を煌めかせる。

 

ゆり「ここに絶対勝たなきゃいけない戦いがある…!何か派手で、心に残る出し物は必須!そこで私は、喫茶店を提案するよっ!」

 

友希那「喫茶店…。人手は足りるでしょうけど、今からメニューを準備するのは難しいんじゃないかしら?」

 

ゆり「諦めるのはまだ早いよ!こっちには秘密兵器の沙綾ちゃんが2人もいるんだよ!」

 

中沙綾「任せてください!」

 

小沙綾「精一杯頑張ります。」

 

リサ「これで決まりだね。」

 

全会一致で出し物が喫茶店に決まる。

 

ゆり「よし、みんな!喫茶店で一番獲るよ!!」

 

全員「「「おーーーーっ!!!」」」

 

食べ放題券で全員が団結した瞬間である。

 

 

--

 

 

蘭「そうと決まったら、私達の出番だね、モカ。」

 

モカ「私も?」

 

中たえ「流石。料理の材料はお任せだね。」

 

友希那「もう収穫出来るの?」

 

蘭「あ、それはまだです。」

 

友希那「だったら……。」

 

蘭「せっかく一番を目指すなら、材料も良い物を使わないといけません。その食材を私達が目利きします。」

 

中たえ・小たえ「「なら、目利きする為の食材調達は私達に任せて!」」

 

日菜「え?」

 

小たえ「うちの山で好きに収穫すればいいよ。」

 

中たえ「山菜にキノコ、栗に柿もあるよ。」

 

夏希「キノコって、松茸とかもあったりするの?」

 

夏希は冗談を込めて笑って言うが、

 

小たえ「確か、あった筈だよ。」

 

夏希「本当にあるの!?」

 

小沙綾「松茸はともかく、毒キノコとかの判別は出来るかな……。」

 

あこ「それならあこに任せて!この本で見れば毒キノコかそうじゃないかはすぐ分るよ!」

 

懸念されていた問題は次々と解決し、残る問題はあと一つ。これが一番大事な事である。

 

友希那「最後の問題は……リサ。山の位置は未開放地域かしら?」

 

リサ「そうだね、ばっちり入ってるよ。」

 

友希那「なら、注意して行く必要があるわね。」

 

その後も全員で相談し、翌日収穫班は花園家所有の山へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

山--

 

残暑の厳しさが残るが、時間は早朝の5時。日の出も時間も長くなり、辺りはまだ薄暗い中、収穫班は安全第一で山を登っていく。

 

千聖「こんな、早朝に来る必要あったのかしら?」

 

蘭「山菜取りは早朝が基本ですから。」

 

燐子「バーテックス…出て来ないと良いんですが…。」

 

香澄「未開放地域って言っても、バーテックスがうようよしてる訳じゃないですしね。」

 

高嶋「これなら、出会わないで済む…かな?」

 

紗夜「だと良いですけれど…。」

 

日菜「私は別に出てきても良いけどね。山菜探しだけじゃ暇だし。」

 

収穫班はどんどん山を登って行った。その時、

 

花音「ふえぇぇぇっ!?」

 

最後尾を歩いていた花音の叫び声が山中に響き渡った。

 

千聖「この悲鳴は……部長、バーテックスが現れました!」

 

ゆり「まるで警報装置だね…。」

 

友希那「みんな、気を付けて!戦闘開始よ!」

 

 

---

 

 

幸い現れたのは星屑のみ。勇者達は難なくこれを撃退する。

 

美咲「はあぁぁぁぁっ!!」

 

美咲の投槍が最後の一体に命中し、敵の気配が消える。

 

美咲「ふぅ、今ので最後だね。みんな、無事ですか?」

 

有咲「よしっ!バーテックスを倒しながら、キノコを20本も取ったぞ!」

 

意気揚々な有咲の腕にはキノコが沢山ある。

 

あこ「どれどれ……。17本が毒キノコだね。」

 

有咲「んなっ!?」

 

高嶋「こんな小さいのに毒キノコなんだね!」

 

蘭「慣れた人でもコロッと逝く事もあるからね。」

 

美咲「倒しながら集めたとか、どんだけですか……ねぇ、薫さ…。」

 

薫「……おや?クルミだね。こっちには栗もある。…海には負けるが、山もまた…儚い。」

 

美咲「はぁ……。」

 

 

--

 

 

それから収穫しながら歩く事1時間--

 

あこ「うーん……キノコはいっぱい集まったけど、松茸が見つからないなぁ。」

 

籠には山菜やキノコ、栗に柿といった秋の味覚がこんもりと入っているが、松茸は未だに見つからないでいた。

 

小沙綾「おたえ、松茸が自生してる場所って分からないの?」

 

小たえ「分かるよ。」

 

夏希「分るの!?」

 

小たえ「立派な赤松があって、そこにいっぱい生えてるんだ。」

 

そう言ってたえはみんなを赤松の元へ案内する。

 

 

--

 

 

歩く事15分--

 

小たえ「到着!」

 

収穫班「「「………。」」

 

収穫班は赤松の気をまじまじと見つめ動かない。

 

小沙綾「…ねぇ、おたえ。私の見間違いじゃなければ……。バーテックスがいるように見えるけど…。」

 

小たえ「あ、ホントだ。」

 

高嶋「バーテックスも松茸食べるのかな?」

 

紗夜「しばらく待ってみれば、食べるかもしれませんね。」

 

美咲「いやいや!あれは早く倒さないとダメだよ!」

 

薫「よし、松茸の為に出陣しよう!」

 

 

---

 

 

それから収穫班は無事に松茸を収穫し、見事な戦利品を持って部室へと帰還する。

 

 

勇者部部室--

 

香澄「ただいま戻りました!」

 

中たえ「どう?いっぱい獲れた?」

 

中沙綾「大量だよ!」

 

リサ「お帰り、友希那。バーテックスは大丈夫だった?」

 

友希那「ええ、大した事は無かったわ。全員無事よ。」

 

彩「みんなお帰り。松茸は採れた?」

 

千聖「ええ、ほら!」

 

部室内に松茸の香りが広がっていく。

 

高嶋「ちょっと大変だったけど、松茸が採れて良かったよ!」

 

中沙綾「十分な量が採れたから、本番で出す料理を作ってみようか。」

 

小沙綾「手伝います。」

 

ゆり「私も手伝うよ。流石にこの量は2人じゃ大変だから。」

 

料理自慢の3人は早速家庭科室で料理を開始する。

 

 

--

 

 

家庭科室--

 

小沙綾「メニューはどうしましょう?」

 

中沙綾「うーん……姿焼きに土瓶蒸し、炊き込みご飯に天ぷらが定番かな。」

 

ゆり「……2人の会話を聞いてると、喫茶店っていうより、高級料亭って感じだね。」

 

3人が料理中の中、

 

あこ「お腹空いたぁーー!!」

 

夏希「早く食べたーーーい!!」

 

イヴ「天ぷら…美味しそうです。」

 

美咲「悩みどころだけど、私は炊き込みご飯ですかね。」

 

お腹を空かせた勇者達が待ちきれずに家庭科室へとやって来る。

 

ゆり「結局、みんな来ちゃったかぁ。まあ、味見係は多い方がいっか。」

 

中沙綾「多すぎです……。作った端から無くなっちゃいます…。」

 

 

---

 

 

次の日、家庭科室--

 

一時は食材が無くなる勢いだったが、部長の一喝により食材枯渇の危機は免れた。そして翌日もゆりと沙綾達は料理の試作をしているのだった。

 

ゆり「~~♪」

 

中沙綾「……よし。」

 

2人の料理姿を小学生の沙綾はまじまじと見つめている。

 

夏希「どうしたの?沙綾さんとゆりさんをジーっと見つめて。」

 

夏希は今日も当たり前の様につまみ食いに来ていた。

 

夏希「う~ん♪本当に美味しい料理だよね。」

 

小沙綾「材料が新鮮だっていう事もあるけど、確かに美味しい。これは…気になるよ。」

 

夏希「何が?」

 

小沙綾「2人の料理の腕だよ。足を引っ張らない様に頑張らないと。」

 

夏希「だったら、近くで見せてもらえば?」

 

小沙綾「…邪魔にならないかな?」

 

夏希「それくらいなら大丈夫だよきっと。」

 

小沙綾「そうかな……じゃあ…。」

 

沙綾は夏希に背中を押され、2人の料理の様子を伺う事にした。

 

 

--

 

 

小沙綾「あの、少しいいですか?」

 

中沙綾「ん?どうしたの?」

 

小沙綾「いえ、沙綾さんが何を作ってるのか気になったので。それは……生地ですか?」

 

中沙綾「そう、パン生地だよ。喫茶店で出すコーヒーに合うパンを考えてるんだ。やっぱりりみりんオススメのチョココロネが一番かな。」

 

小沙綾「確かにそれは合いそうですね。」

 

中沙綾「勿論他にも和菓子とかもあるよ。栗が沢山あるから栗羊羹とかね。味見してみる?」

 

沙綾は羊羹を差し出した。

 

小沙綾「いただきます……!程よい甘さに舌触りが滑らか…これはもう職人の域です!」

 

ゆり「そんなに美味しいの?私も味見して良い?」

 

夏希「私も食べたい!!」

 

中沙綾「どうぞ。」

 

ゆり「いただきます……うわぁ!確かに美味しい!専門店にも引けを取らないくらい!」

 

夏希「本当だ!凄く美味しいです!」

 

全員が沙綾の料理に舌鼓を打った。

 

ゆり「これは採用だね!」

 

中沙綾「ありがとうございます。」

 

次に沙綾はゆりの方へと向かった。

 

 

--

 

 

ゆり「鍋に油を張って、キノコは衣をササっとね。」

 

ゆりが作っている物は天ぷらだった。

 

小沙綾「これは、天ぷらですね。」

 

ゆり「半分正解かな。そっちでキノコご飯も炊いてるし、キノコ尽くしって感じにしようかなって。」

 

ゆりは複数の品数を見事な手際で作り上げていく。

 

夏希「うわぁ!天ぷらのいい音♪」

 

ゆり「喫茶店のメニューっていうより、定食屋のメニューだけどね。」

 

中沙綾「この天ぷらはお蕎麦に合いそうですね。」

 

ゆり「蘭ちゃんに蕎麦打ってもらうのもありだね。……揚がりっと。熱いうちに食べてみて。」

 

沙綾は揚げたての天ぷらを口へと運ぶ。

 

小沙綾「……っ!サクッとした衣の中から、キノコの旨味が…!いや、それだけじゃない。天ぷらを揚げる手際や素早さも、目を見張るものがあります……!」

 

夏希「あちちっ!おほ、これも美味しい!」

 

ゆり「でしょ!自分達で採ってきたキノコだから当然だよね。」

 

キノコ尽くしうどんセットと蕎麦セット、キノコの炊き込みご飯に滑子の味噌汁、そして定食。これまで試作したものの中からメニューを決めていく2人。

 

夏希「もう何でもありですね。」

 

ゆり「あはは!でも、そっちの方が楽しいでしょ?」

 

夏希「はい!」

 

ゆり「後は、そうだなぁ。柿と栗を使ったデザートを作って……。」

 

小沙綾「………。」

 

夏希「ん?どうしたの、沙綾?」

 

小沙綾「……負けてられない。」

 

2人の腕前を見た沙綾の瞳にはやる気の炎が満ち溢れていた。

 

 

--

 

 

小沙綾「……。」

 

沙綾は今鬼気迫る勢いで料理を作っている。

 

夏希「負けず嫌いに火がついちゃったか…。」

 

中沙綾「ふふっ。人ってそう簡単に変わらないんだね。」

 

3人は沙綾の料理姿を見守っていた。

 

 

--

 

 

15分後--

 

小沙綾「出来た!夏希、試食お願い!」

 

夏希「…う、うん。」

 

ゆり「それにしても手際が良いよね。けど……。」

 

小沙綾「どう、夏希!」

 

流石の夏希もお腹がいっぱいで食べる手が止まる。

 

夏希「ね、ねぇ…沙綾の未来は今ここにいる沙綾さんでしょ?だったら、沙綾が腕上げた分だけ、沙綾さんの腕も上がりそうって言うか……。」

 

小沙綾「……。」

 

沙綾は一心不乱に次の料理を作っている。

 

中沙綾「確かに、そういう考えもあるね。」

 

ゆり「その点はどうなってるのかな?料理の腕上がってる感じする?」

 

中沙綾「流石に実感は無いです。」

 

夏希「だ、だからもう料理はそれくらいで…。」

 

小沙綾「完成!」

 

夏希「まるっきり聞いてなかった!」

 

沙綾が料理を提供する手は止まらず、夏希の目の前には完成した料理の数々--

 

ゆり「このままじゃ夏希ちゃんのお腹が破裂しちゃうね。沙綾ちゃん。」

 

中沙綾「分かりました。お腹が空いてる人を集めますか。」

 

小沙綾「完成!」

 

夏希「ああもう!いい加減にしてーーー!!!」

 

この後沙綾が作った沢山の料理はきちんとお腹を空かせた勇者部が食べきりました。

 

 

 

 



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神樹の記憶〜幸せの味〜

文化祭後編のお話。

長かった記憶の旅路も遂に終わりが近付いて参りました--
もう少しだけお付き合い下さい。




 

 

勇者部部室--

 

ゆり「さて、と。料理の方は目処が立ってきたから、後は内装と服だね。」

 

燐子「内装は…何か特別な事をするんですか…?」

 

ゆり「大掛かりな事はしないよ。ちょっとした飾りを作って、テーブルクロス敷いて、音楽かけるくらいかな。」

 

りみ「音楽なら任せて、お姉ちゃん。」

 

ゆり「うん、お願いね。」

 

美咲「となると、後は服?」

 

紗夜「エプロンで良いんじゃないですか?」

 

中たえ「それはダメだよ。折角だから可愛い服とかにしよう?」

 

紗夜「…面倒ですね…。」

 

次の瞬間、たえがニヤリと笑い、

 

中たえ「良いんですか、紗夜さん?高嶋さんに可愛い服着て欲しくないんですか?」

 

紗夜「うっ……⁉︎そ、それは…。」

 

紗夜の心は揺れ動く。まるで振り子の様に激しく。

 

高嶋「紗夜ちゃん?」

 

ゆり「紗夜ちゃんの心を弄ぶのは止めてね、たえちゃん。」

 

香澄「さーやは、どんな服が良いと思う?」

 

中沙綾「香澄は何着ても似合うよ!」

 

美咲「普通の喫茶店でしょ?普通のウェイトレスの格好で良いんじゃないですか?」

 

ゆり「……そうだね。メニューがメニューだし、服くらいは普通で良いかも。」

 

有咲「松茸が出る喫茶店は普通とは言えないけどな……。」

 

ゆり「よし!服も内装も決まったし、今日も試作するとしますか!」

 

中沙綾「まだメニューを増やすんですか?」

 

ゆりには別の目的があった。

 

ゆり「松茸松茸♪」

 

鼻歌混じりにゆりは家庭科室へと向かっていく、

 

中沙綾「沙綾ちゃん……。」

 

小沙綾「はい…。これはマズイかもしれないです…。」

 

沙綾はある事を危惧していた。そしてそれは翌日起こる事となる。

 

 

---

 

 

翌日、勇者部部室--

 

中沙綾「はぁ、困った…。」

 

香澄が部室に入ると、そこにはため息をついている沙綾がいた。

 

香澄「どうしたの、さーや。」

 

中沙綾「実は……食材が無くなっちゃったんだ。」

 

香澄「え?沢山採ってきたのに?」

 

中沙綾「そうなんだけど……。」

 

そう言いながら沙綾は視線をゆりへと向けた。

 

ゆり「ん?どうしたの?」

 

香澄「ゆり先輩!食材が無くなっちゃったみたいなんです。」

 

ゆり「…………。ショクザイガナイ?」

 

目が点になり片言になるゆり。

 

友希那「ちょっと待って。それは本当なの?あれだけの食材を、たった数日で?」

 

小沙綾「いえ、全部無い訳じゃないんです。足りない食材もある、というだけで…。」

 

千聖「何が足りなくなったの?」

 

小沙綾「いくつかあるんですけど……。1番は松茸です。」

 

りみ「松茸って……確かお姉ちゃん…。」

 

ゆり「………あ、あはは…。」

 

全員の視線がゆりへと向かう。

 

何故松茸が足りなくなったのか--

 

 

その答えは簡潔明瞭。昨日の試作でゆりが松茸を食べ過ぎてしまったからに他ならないのだった。

 

ゆり「……過去は忘れよう!現実を見ないと!問題は松茸をどうするか、だよね?」

 

ゆりは目を泳がせる。

 

有咲「釈然としねぇ……。」

 

彩「でも、ゆりさんの言う通りです。」

 

小たえ「また松茸狩りに出発だね。」

 

美咲「ちょっと待って。食べ物も大切だけど、他の準備はどうするんですか?」

 

リサ「だったら班を食材班と被服班に分かれようか。」

 

文化祭まで時間も限られている為、勇者部は部隊を2つに分けて行動していく事となった。

 

 

--

 

 

被服班サイド--

 

メンバーは美咲、中たえ、リサ、高嶋、小沙綾、燐子、モカ、りみ、彩、花音の10人。10人は折り紙でリースを作ったり、衣装を縫っている真っ最中である。

 

小沙綾「………。」

 

花音「凄い……。輪っかがどんどん出来上がっていくよ。」

 

彩「私も頑張らないと!」

 

高嶋「あ、あれ?燐子ちゃん、ここってどうなってるの?」

 

燐子「えっと…これはですね……。高嶋さん…これどうやって縫ったんですか……?」

 

高嶋「うぅ……。服縫うのって難しい…。」

 

困っていた高嶋に美咲が手を差し伸べる。

 

美咲「ちょっと見せてください。………ここを…こうして…。こんな感じっと……。」

 

美咲の手によりぐちゃぐちゃの縫い目が瞬く間に綺麗になっていく。

 

中たえ「魔法使いみたいだ。」

 

美咲「慣れだよ慣れ。」

 

リサ「こっちは問題無く終わりそうだね。向こうは、今頃山の中かな……。」

 

 

---

 

 

食材班サイド--

 

メンバーは香澄、中沙綾、有咲、ゆり、小たえ、夏希、友希那、あこ、紗夜、蘭、千聖、日菜、イヴ、薫。再び山に入っていく食材班。しかし、道中は以前来た時よりもバーテックスの数が増していた。

 

ゆり「どうしてバーテックスが増えてるの!?」

 

夏希「松茸採られて怒ったとか?」

 

中沙綾「それで増えてるんだね……。」

 

千聖「それはないでしょうね…。」

 

蘭「何か神託は無かったの?」

 

中沙綾「特には…。」

 

食材班はバーテックスを退けながら山道を登っていく。

 

あこ「場所はどうする?前の所は採り尽くしたよね。」

 

小たえ「任せて。今度は違うシロの所に行くよ。」

 

日菜「シロ?赤松じゃなくて?」

 

シロとは松茸の菌糸と赤松の根が一緒になった塊の事。松茸はこのシロに沿って生えているのである。

 

有咲「つまり、この前の場所以外にも松茸が生えてる場所があるって事だな。」

 

小たえ「はい。それと、違う場所も色々見た方がこれからの参考になると思います。」

 

ゆり「参考?」

 

小たえ「山全体のバーテックスが増えてるのか、それとも戦闘した場所だけが増えてるのかです。」

 

千聖「流石は初代勇者の子孫だけはあるわね…。それは今後に生きる重要な情報よ。」

 

紗夜「バーテックスがどれだけいようとも、全て倒すだけです。」

 

友希那「ええ。頼りにしてるわ。」

 

 

--

 

 

それから歩き続けて30分後--

 

小たえ「とうちゃーく。あそこが、シロがある場所です。」

 

たえが指した方向には予想通りバーテックスがたむろしていた。

 

有咲「やっぱいたな…。」

 

あこ「やっぱりバーテックスは松茸が好きなのかな?」

 

夏希「高級食材が好きなんですかね?」

 

小たえ「でも松茸食べてないね。」

 

友希那「どっちにしろ、松茸の収穫にはあのバーテックスを倒さないとね。」

 

蘭「邪魔なバーテックスには退場してもらいましょう。」

 

幸い前回よりも勇者の人数は多い。バーテックス殲滅には時間がかからなかった。収穫班は松茸を採取し、部室への帰路に着く。

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

香澄「ただいま!今回も大量だよ!」

 

中たえ「お帰り、香澄。こっちも大量だよ。」

 

部室の中央にはこんもりと山の様な折り紙の輪っかが積まれていた。

 

夏希「大量の輪っかだ……。っ⁉︎輪っかが動いた⁉︎」

 

山の様な輪っかから出てきたのは沙綾。沙綾は無心で作り続け気付けば輪っかの山に埋もれてしまっていたのだった。

 

小沙綾「……ふぅ。漸く抜け出せた。」

 

燐子「でも…そのお陰で途中から裁縫に移れました…。」

 

ゆり「飾りは十分だね。ウェイトレスはどう?」

 

美咲「勿論抜かり無しです。ちゃんと完成しました。人数分じゃなくて良いんでしたよね?」

 

ゆり「うん、大丈夫だよ。一度に全員着るわけじゃないし、全員分作るのは大変だから。」

 

材料に飾りに衣装。用意すべき物は全部揃った。

 

ゆり「はい!みんなのお陰で、最高の喫茶店が出来たよ。」

 

拍手喝采が起こる。

 

ゆり「まずは、料理班!」

 

中沙綾「メニュー、大丈夫です。」

 

小沙綾「材料も、十分間に合うと思います。」

 

ゆり「ありがとう!次は被服班!」

 

美咲「さっきも言ったけど、ちゃんと出来ました。」

 

ゆり「ありがとう美咲ちゃん!飾りは?」

 

中たえ「沙綾が頑張ってくれたから、沢山あるよ。」

 

ゆり「準備は完璧!後は一位を獲るだけだよ!みんな、お願いね!」

 

全員「「「おー!!!」」」

 

そして決戦の文化祭当日がやって来る--

 

 

---

 

 

文化祭当日、家庭科室--

 

香澄「オーダー入りました!松茸うどんセット2つでーす!」

 

有咲「こっちはコーヒーと羊羹のセットだ!」

 

喫茶店は大繁盛。家庭科室は限界ギリギリMAXで稼働していた。

 

ゆり「はーい!ちょっと待ってねー!……ふぅ、こんなに忙しくなるなんてね。」

 

中沙綾「嬉しい悲鳴ですね。」

 

ゆり「そうだけど……みんな、松茸頼みすぎじゃない?」

 

小沙綾「大丈夫です。まだまだ、在庫はあります。」

 

ゆり「在庫の前に、私達の体力が無くなりそうだよ……。」

 

中沙綾「何処かのタイミングで順番に休憩しましょう。」

 

りみ「注文持ってきたけど、休憩の話?だったら私が代わりに…。」

 

ゆり・中沙綾・小沙綾「「「まだ大丈夫!」」」

 

 

--

 

 

勇者部部室、喫茶店--

 

美咲「ん?今何か聞こえなかった?」

 

有咲「聞こえなかったぞ。口より手動かせ!」

 

香澄「えっとぉ……こっちはうどんじゃなくて蕎麦で…?あぁ、頭がこんがらがってきたぁ!」

 

予想を上回る忙しさでフロアもてんてこ舞いである。

 

美咲「あはは。……はぁ、楽しいなぁ。」

 

忙しいながらも、美咲の顔からは笑顔がこぼれていた。

 

 

--

 

 

家庭科室--

 

ゆり「そろそろフロアが交代の時間じゃないかな?」

 

リサ「次は友希那の番だね!これはシャッターチャンス逃せないよ…!」

 

全員が忙しなく動きながらも、勇者部みんなは笑顔に満ち溢れている。誰かの為に何かを成す。それが勇者部の仕事だから--

 

 

果たして勇者部は一位を獲る事が出来たのだろうか?

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

ゆり「みんな、飲み物は行き渡ったかな?」

 

全員「「「ありまーす!」」」

 

ゆり「それじゃあ…文化祭、お疲れ様!!」

 

全員「「「お疲れ様でしたー!!」」」

 

ただ今勇者部は文化祭の打ち上げ真っ最中。全員が全員の苦労を労いながらお菓子を食べて談笑していた。

 

りみ「喫茶店、大成功だったね、お姉ちゃん。結果は……残念だったけど。」

 

勇者部の喫茶店は全体二位の結果。一位とは僅差だった。

 

有咲「あれだけ忙しくて二位って、どうなってんだ。」

 

小沙綾「仕方ありませんよ……食材が無くなってはどうしようもないですから。」

 

沙綾が言う通り、喫茶店が一位を獲れなかったのは終了1時間前に全ての食材を使い切ってしまったから。その為早く閉めるしかなかったのである。

 

千聖「十分過ぎる程採ってきたつもりだったのに、まだ足りなかったのね…。」

 

ゆり「結局は野菜がちょっとだけしか残らなかったね。」

 

夏希「っ⁉︎なら余った野菜貰って良いですか?」

 

ゆり「別に良いけど、何に使うの?」

 

夏希「内緒です!」

 

夏希は沙綾とたえを見て笑った。

 

中沙綾「流石に腕が疲れました…。」

 

香澄「さーや、お疲れ!後でマッサージしてあげるね。」

 

中沙綾「ありがと。」

 

リサ「楽しかったね、友希那。」

 

友希那「そうね…。こんな楽しい文化祭が出来るなんて思っても見なかったわ。」

 

香澄「そうなんですか?」

 

友希那「ええ。文化祭を楽しむ余裕なんて無かったから…。」

 

香澄「そっか……。」

 

友希那の言葉で香澄は思い出す。西暦時代の事情を。

 

美咲「はい、暗い顔しない。時代的にパーっとやれなかっただけだから。」

 

蘭「だから、この文化祭は楽しかったよ。」

 

薫「目の回る様な忙しさだったけど、充実感のある、良い文化祭だったよ。」

 

モカ「時間が足りないくらいだったねー。」

 

西暦時代の勇者達は今までを思い返しながら、今日の文化祭の余韻に浸っていた。

 

 

---

 

 

文化祭から数日が経ったある日の午後--

 

夏希は沙綾とたえを家庭科室に呼び出していた。今、家庭科室には香ばしい香りが漂っている。

 

小沙綾「それにしてもどうしていきなり焼きそばなんて作ってるの?」

 

夏希「いやなんか分かんないけど、急に焼きそば作りたくなったんだよ。だから文化祭の打ち上げの時に余った野菜貰ったんだ。」

 

小たえ「夏希の焼きそば美味しそう!2人が羨ましいよ。私は料理出来ないからさ。」

 

夏希「焼きそばぐらいおたえでも簡単に作れるようになるよ。」

 

小たえ「さっすがは私達のお嫁さんだね。」

 

小沙綾「そうだね。夏希の将来の夢はお嫁さんだもんね。」

 

2人が夏希をからかうと、夏希の顔はみるみると真っ赤になっていく。

 

夏希「ふ、2人とも……まだそれを言うか…。」

 

小沙綾「いつまででも言うよ。いつか絶対に夏希にウェディングドレス着させるんだから。」

 

夏希「うぅ……想像しただけで恥ずかしくなってきた…。」

 

小たえ「普段はカッコ良くて、いざとなると可愛い。夏希は最強女子だね!」

 

夏希「逆の方が良くない?普段は可愛くて、いざとなったらカッコ良いってのがさ。」

 

小たえ「それは沙綾だよ。」

 

小沙綾「わ、私は……カッコ良くなんて…。」

 

自分にも飛び火してしまい、沙綾の顔も赤くなる。

 

夏希「カッコ良いよ!」

 

小沙綾「え?」

 

夏希「なんて言うのかな。いつもは女の子らしいけど、戦闘になったらバッチリ決めてくれてさ!」

 

小沙綾「そ、そうかな…。」

 

夏希「勿論、おたえも同じだよ。普段ふにゃふにゃしてても、変身したら流石私達のリーダーって感じだし!」

 

小たえ「照れるなぁ、夏希。」

 

3人が話している間に、夏希お手製の焼きそばが完成する。

 

夏希「よし、特性焼きそばの出来上がり!」

 

小沙綾・小たえ「「わぁー!!」」

 

小たえ「良い匂い!いっただきまーす!モグモグ……美味しい!!」

 

小沙綾「うん!流石夏希の焼きそばだね!モグモグ……香ばしい出汁の香りが堪らない!!」

 

夏希「どれ、私も。モグモグ……ん!我ながら上出来!!」

 

小たえ「私も焼きそば作れるようになりたいなぁ。」

 

夏希「それくらいなら私が教えてあげるよ。」

 

小たえ「本当⁉︎ありがとう、夏希!」

 

ここで沙綾がある提案をする。

 

小沙綾「そうだ!おたえが作れる様になったら、これを私達の恒例にしない?文化祭の打ち上げは焼きそば!」

 

夏希「良いけど、毎年だと飽きない?」

 

小たえ「賛成!夏希の焼きそばずっとずっと毎年食べたーい!!みんなで焼きそばの食べさせ合いっこだ!」

 

夏希「ははっ!そう言ってもらえると嬉しいよ。よし!それじゃあ来年も焼きそばだね!」

 

小沙綾「約束!」

 

小たえ「約束!」

 

夏希「約束!」

 

また一つ、勇者達に思い出が増えていく--

 

 

それはいつか、彼女達の心の支えになるかもしれない--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

 

誰もいない部室。また一つ、記憶のシャボンが弾け、光となって消えていった。そろそろ記憶の旅路が終わる頃--

 

 

残るシャボンの数は9つ--

 

 

 



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神樹の記憶〜紅葉艶やか秋日和〜

りみが主役の秋のお話。

番外編が本編を上回りました。ここまで来れたのは皆様のお陰です。




 

 

秋が深まる今日この頃、何やら彩がりみに質問をしていた。

 

 

勇者部部室--

 

りみ「秋らしい楽しみかぁ……。」

 

彩「うん!この前の文化祭が本当に楽しかったから、他にはどんな楽しみがあるのかなって♪」

 

薫「私は海に潜っているよ。」

 

彩「成る程…。秋は海に潜る季節っと…。」

 

千聖「余計な事を教えないでちょうだい薫。彩ちゃんもメモしなくていいのよ。」

 

どうやら彩は勇者部のみんなに秋の楽しい事について聞いているようだった。

 

彩「そうなの?でも秋の海水浴も、風情があって楽しそうだよね。」

 

屈託のない笑顔で彩は微笑んだ。

 

千聖「秋といったら……。」

 

千聖が話そうとしたその時、部室のドアが勢い良く開いた。

 

ゆり「秋といったら、何は無くとも落ち葉掃きだよ!」

 

りみ「お、お姉ちゃん!?」

 

千聖「と、突然ですねゆりさん…。いきなり落ち葉掃きだなんてどうしたんですか?」

 

ゆり「実はね、神社から落ち葉掃きの依頼が来たんだよ。」

 

彩「掃除!掃除なら私も得意だよ!」

 

千聖「そうね。掃除に関しては彩ちゃんの右に出る者はいないものね。」

 

ゆり「……って、今日は何だか人数が少ないね。みんなは?」

 

彩「有咲ちゃんと日菜ちゃんは屋上で鍛錬中だよ。」

 

香澄「モカちゃんと友希那さんとリサさんは蘭ちゃんの畑を手伝ってます。」

 

千聖「高嶋ちゃんと紗夜ちゃんも行くって言ってたわ。」

 

そうして、ゆりはゆっくりと部室にいる部員を見回し、

 

ゆり「それじゃあ取り敢えず、ここにいるメンバーで先に行こうか!」

 

ゆり達は神社へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

神社--

 

薫「おぉ……。空が燃えるような赤で覆われているよ。……儚い。」

 

りみ「本当に綺麗な紅葉ですねぇ。」

 

香澄「見て見て!あっちはイチョウの葉っぱで地面が黄色い絨毯みたいだよ!」

 

りみ「確かに凄く綺麗だけど……。」

 

広い神社の境内には積もり積もった落ち葉の山が。

 

りみ「これを全部掃くのは、大変そうだよ…。」

 

彩「そうだね。やり甲斐がありそうで楽しみだよ!」

 

ゆり「頼もしいね!それじゃあみんなで頑張って、ちゃちゃっと片付けちゃおう!」

 

香澄達「「「おー!」」」

 

勇者部は早速掃除に取り掛かった。

 

 

--

 

 

小沙綾「それにしても凄い量ですねぇ。」

 

小たえ「掃いても掃いても降ってくるよ。」

 

夏希「確か昔話にタヌキが落ち葉をお金に変えるっていう話があったよなぁ…。」

 

薫「タヌキにそんな能力があるんだねぇ…。」

 

ゆり「はいはい!手が止まってるよ!早くやらないと日が暮れちゃうよ!」

 

夏希「すみません。けどこんなに沢山あるのに、日暮れまでに終わりますかねぇ…。」

 

ゆり「勇者部5箇条!"成せば大抵なんとかなる!"だよ!」

 

小沙綾「ゆりさん、集めた落ち葉はどうやって処分するんですか?」

 

ゆり「そうだなぁ……。」

 

ゆりが考えている中、美咲がとある提案を出した。

 

美咲「これだけあるなら焼き芋が出来るんじゃないですか?」

 

りみ「焼き芋!めっちゃ美味しそう!」

 

香澄「落ち葉も一気に片付くし、良い考えだよ!」

 

りみは子供の様に飛び上がった。

 

夏希「もしかしてりみさん、焼き芋やった事ありませんか?」

 

ゆり「焼き芋って言ったら、自動車販売してるのしか買ったことなかったからね。」

 

小沙綾「売っている焼き芋も手軽で美味しいですけど、自分で焼くのも格別ですよ。」

 

あこ「そうそう!時間はかかるけど、その分甘い焼き芋が出来るよ!」

 

りみ「そうなんだぁ!食べてみたい!」

 

ゆり「じゃあ、神主さんに焼き芋作っても大丈夫か聞いてくるね。」

 

りみの願いを叶える為に、ゆりは神主を探しに向かった。

 

 

--

 

 

数分後--

 

りみ「お姉ちゃん、どうだった?」

 

ゆり「大丈夫だって!神社から許可をもらったから堂々と出来るよ。」

 

夏希「よし!そうと決まれば落ち葉掃き、スピードアップで頑張るぞ!」

 

勇者部は焼き芋パワーで落ち葉掃きを続けていった。

 

 

--

 

 

20分後--

 

あこ「やっと終わりが見えてきたけど、肝心の芋はどうするの?」

 

香澄「蘭ちゃんに聞いてみたらどうかな?」

 

ゆり「じゃあ早速聞いてみよう。」

 

ゆりは蘭に電話をして事情を説明する。

 

ゆり「うん、交渉成立!それじゃあ、畑に行く班と準備する班に分かれようか。」

 

あこ「お芋ならあこに任せて!とびっきり良い物を選んで持ってくるよ!」

 

薫「私も行こう。」

 

美咲「それじゃ、私と香澄とあこ、薫さんの4人で行ってくるねー。」

 

4人は足並み軽く美竹農園へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

美竹農園--

 

畑では既にゆりからの連絡を受け、既に畑に来ていた高嶋達が芋掘りを始めていた。

 

蘭「芋は結構繊細だから、スコップで傷つけないように気をつけて。」

 

モカ「周りの土を柔らかくしたら、一気に引っ張るのがコツなんだよー。」

 

高嶋「うーん……中々抜けないよ〜。」

 

紗夜「高嶋さん、手伝います!」

 

高嶋「ありがとう、紗夜ちゃん!じゃあせーので引っ張ろう!」

 

紗夜が高嶋の後ろに来て一緒の芋の蔓を握る。その時、高嶋の手に少し触れてしまい、紗夜の頬が赤くなった。

 

高嶋・紗夜「「せーのっ!!」」

 

2人力合わせ引っ張りあげ引っこ抜けたのは良かったが、その反動で2人は尻餅をついた。

 

高嶋「いてて…。うわぁ!おっきなお芋が沢山!やったね、紗夜ちゃん!」

 

高嶋は尻餅の痛みを忘れて喜んだ。

 

紗夜「高嶋さんの見る目があったお陰です。」

 

 

--

 

 

一方では--

 

友希那「……どうして掘っても掘っても小さい芋しか取れないのかしら…。」

 

蘭「友希那さん。小さくても味は一緒です。」

 

友希那「そうは言っても……きゃっ!?」

 

次の場所を掘ろうとしたその時、足に蔓が引っかかってしまい、盛大に転んでしまう。そしてナイスタイミングでリサのカメラが光った。

 

リサ「よしっ!これでまた一つ友希那の思い出が増えたよ♪」

 

友希那「………はぁ。」

 

そんな時、神社から香澄達4人が美竹農園へやって来る。

 

香澄「おーい、蘭ちゃーん!みんなー!」

 

あこ「芋掘りの手伝いに来たよ!」

 

モカ「あー。芋掘りならちょうど人数分掘り終わったよ。」

 

モカはそう言って、みんなを芋の所へ案内する。

 

美咲「さすが仕事が早いですねぇ。じゃあみんなも一緒に、焼きに行きましょうか。」

 

高嶋「私達も良いの?落ち葉掃き手伝ってないのに。」

 

香澄「もちろんだよ!みんなで焼いた方が楽しいし美味しいよ!」

 

紗夜「ですが、一度にそんな沢山焼けるものなのですか?」

 

あこ「問題無いですよ!いーーっぱい落ち葉あるんですから。」

 

落ち葉という言葉に蘭が反応する。

 

蘭「あ、なら余った落ち葉は私が貰うよ。」

 

美咲「え?そんなもの貰ってどうするの?」

 

薫「……蘭ちゃんは落ち葉をお金に変える力があるのかい?」

 

美咲「それは流石に無い無い。」

 

蘭「強ち間違いじゃないかも。私にとってはそのくらい大事だから。落ち葉は良い肥料になるし。」

 

香澄「そうなんだ!お芋も焼けて肥料にもなるなんて、落ち葉って案外役に立つんだね!」

 

蘭「うん。それじゃあ早く行こうか。みんな待ってるだろうし。」

 

10人は沢山の芋を持って神社へと戻って行く。

 

 

---

 

 

神社--

 

夏希「……海野夏希、いっきまーす!」

 

小沙綾「夏希、遊んでないで掃除!」

 

落ち葉の山へダイブしている夏希を沙綾が注意する。

 

夏希「ごめんごめん。ふかふかの落ち葉の山見てたらつい飛び込みたくなっちゃって。」

 

ゆり「………よし!これで完了だね!みんなお疲れ様。」

 

あれだけ広範囲に広がっていた落ち葉達は勇者部の手によって一箇所にまとまられ、大きな山となっていた。

 

燐子「本当に…沢山集まりましたね…。」

 

小沙綾「後はお芋の到着を待つだけですね。」

 

りみ「熱々の焼き芋、めっちゃ楽しみ!」

 

 

--

 

 

それから数分後、畑に行っていた香澄達が戻って来る。

 

香澄「うわぁー!落ち葉の山がこんなに!」

 

美咲「じゃあ早速焚き火の準備だね。誰か、ライターかマッチ持ってます?」

 

美咲が尋ねるが、もちろん勇者部に火が起こせる道具を持っている人などいなく。

 

燐子「せっかくここまで準備したんですけどね…。」

 

りみ「火がないと焼き芋、出来ないね……。」

 

そこへ、

 

薫「りみちゃん、私がなんとかしよう。」

 

りみ「薫さん!」

 

美咲「頼もしいですね、薫さん。どうするんですか?」

 

薫「なぁに、木の板と棒があれば、火は起こせるんだよ。」

 

そう言って、薫は適当な木の板と棒を探して持って来る。

 

ゆり「さっすが薫!お願いね。」

 

薫「ああ、少しだけ待っててくれ。」

 

 

--

 

 

10分後--

 

無事に落ち葉に火がついた所で、焼き芋作りを開始した勇者部一同。後は完成を待つのみ。

 

 

--

 

 

更に30分後--

 

香澄「みんなー!お芋が焼けたよー!」

 

りみ「うわぁ、良い匂い!」

 

香澄「はい、りみりん!それから美咲ちゃんも!熱いからヤケドしないように食べてね。」

 

2人は出来立ての焼き芋を半分に割って、神社の石段に腰を下ろして焼き芋を食べた。

 

りみ「はふっ……あつっ…、ふぅふぅ……、んー!めっちゃ甘いー!」

 

美咲「やっぱり目の前で焼いた焼き芋は格別だよ。毎日でも飽きないなぁ。」

 

りみ「そうだね!落ち葉掃き、今度は何処に行こうかな?」

 

美咲「うっ……。やっぱりそこからスタートだよね…。それだとハードル高いなぁ。」

 

街も綺麗に出来て、美味しい焼き芋も食べれる。まさにこれは一石二鳥だと考えるりみなのであった。

 

 

 



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神樹の記憶〜互いのキモチが行き着く先〜

このお話は163話の続きとなります。

沙綾と紗夜のキモチが香澄達から離れた時、2人は何を思うのか--




 

 

花咲川中学、体育館--

 

今日も今日とて勇者部は部活の手伝いの依頼を受けていた。

 

香澄「たぁーーーっ!」

 

高嶋「てやーーーっ!」

 

今回はバスケ部からの依頼。香澄と高嶋の2人は他のバスケ部員を寄せ付けないドリブル捌きでゴールを量産している。

 

女生徒1「きゃーーっ!戸山さーん!高嶋さーん!双子みたいで可愛いーーーっ!!」

 

香澄・高嶋「「ありがとう!!」」

 

女生徒のピンク色の声援に2人は手を振って応える。その一方で、

 

あこ「どーーーん!!」

 

別のコートではあこがバスケの試合をしていた。小さい体とは思えない程の跳躍力でダンクを決めたところだ。

 

女生徒2「きゃーーっ!宇田川さーん!小さいのにすごーーーい!」

 

あこ「どうだー!あこ必殺のダンクシュートだよ!」

 

また別のコートでは、

 

女生徒3「きゃーーーっ!湊さん素敵ぃーー!瀬田さんもカッコイイーーーっ!」

 

友希那と薫のペアが見事なコンビネーションで華麗なシュートを決めた。

 

友希那「…ふぅ。声援感謝するわ。」

 

薫「ありがとう、子猫ちゃん達。」

 

薫が応えると昇天して倒れる女生徒が何人か出てくる始末である。

 

りみ「バスケの試合に出るって聞いてたけど、すごい人気だね……助っ人なのに。」

 

中沙綾「うぅ…。香澄の活躍は嬉しいけど、心のモヤモヤが治らない……。」

 

紗夜「剣道部のみならず、どうしてバスケ部まで高嶋さんが……。」

 

そんな香澄達を苦虫を噛み潰したように見つめているのは沙綾と紗夜、そしてたまたま居合わせたりみと燐子である。リサは他の部員とは少し離れた場所で友希那の活躍を見つめていた。

 

中沙綾「ダメだよ、香澄!そんな笑顔だと悪い虫が寄って来ちゃうよ!」

 

紗夜「くぅぅ、高嶋さん、手なんか振らないでください!ストーカーが大量発生してしまいます!」

 

余りにもおぞましい憎悪を感じ取ってかリサが2人の元へやって来る。

 

リサ「2人とも、そんなハンカチ噛み締めないで少しは応援したらどう?ほら、燐子みたいに。」

 

そう言ってリサは燐子の方を見た。

 

燐子「あこちゃん…カッコイイよ…!瀬田さんも…頑張ってください…!」

 

他の女生徒達より活気は無いが、燐子は2人に憧れに近い眼差しで精一杯応援している。

 

ゆり「最近やけに体育会系からの助っ人依頼が来るのは、これが理由なんだね……。」

 

前回の剣道部の助っ人に続き今回はバスケ部からの依頼。女生徒からの憧れの的である勇者部を試合に出場させればそれ目当てに応援する人が沢山やって来る。だからどの部活も勇者部に依頼してくるのである。香澄達の様子を見に来たゆりに沙綾と紗夜が駆け寄って来る。

 

紗夜「牛込部長!」

 

ゆり「うわぁ!?ど、どうしたの?」

 

紗夜「もう部活の助っ人は止めるべきです!」

 

ゆり「な、何でですか……。」

 

紗夜の気迫に思わず敬語が出てしまう。

 

中沙綾「無駄な体力を使ってたら、いざという時に対応出来ないです!」

 

紗夜「そう、その通りです!」

 

ゆり「そ、そう言われても…3ヶ月先まで予約が入ってて、急には断れないよ…。」

 

そう言ってゆりはスケジュール帳を見せる。確かにテニス部やサッカー部ハンドボール部など数多くの助っ人の予定が書き込まれていた。

 

中沙綾「それでも部長ですか!?」

 

ゆり「す、すみません……。」

 

何故だか分からないがゆりの口から謝罪の言葉が出てきた。

 

 

--

 

 

りみ「あっ、ハーフタイムになったよ。」

 

中沙綾「香澄…。」

 

紗夜「高嶋さ…。」

 

2人が労おうと近付こうとした矢先、

 

女生徒達「「「きゃーーーっ!!」」」

 

中沙綾・紗夜「「っ!!」」

 

以前と同じ様に女生徒達が雪崩れ込み、2人は香澄達に近付く事すら出来ない。

 

女生徒3「湊さん!タオルをどうぞ!後半戦も頑張ってください!」

 

友希那「ありがとう。その声援に応えられるよう精一杯頑張るわ。」

 

女生徒達「「「きゃー!湊さーーん!」」」

 

そこへ、

 

リサ「みんな、うちの友希那を応援してくれてありがとね。」

 

リサが笑顔で女生徒達に挨拶しに来たのだ。リサの一言で女生徒達が一斉に一歩後ろに下がる。

 

 

一方--

 

 

女生徒達「「「きゃー!宇田川さーん!」」」

 

あこの周りにも女生徒達が集結するのだが、

 

あこ「りんりーん!あこのダンクシュート見てくれたーー?」

 

燐子「うん…。すっごくカッコ良かったよ…あこちゃん…!」

 

あこは女生徒に目もくれず燐子の元へ駆け寄る。それを見て女生徒達は引き下がってしまう。

 

ゆり「うん。みんな体力は大丈夫みたいだし、助っ人は問題なさそうだね。」

 

中沙綾「大ありです!」

 

そして香澄達はというと--

 

 

女生徒達「「「戸山さーん!高嶋さーん!」」」

 

香澄「わわっ!そんなに押したら危ないよ?」

 

高嶋「ちゃんと1人ずつお話聞くから、ね?」

 

女生徒達「「「きゃーーーーっ!!」」」

 

香澄達の丁寧な対応に悲鳴が上がる。そんな場面を見ていた紗夜は、

 

紗夜「………あぁ……いっそ、今すぐ変身して、あの並みいる雑魚を大鎌で……。」

 

闇落ちしかかっていたのだった。

 

 

--

 

 

数分後--

 

香澄「みんな、ありがとう。こんなにお菓子貰っちゃって、悪いなぁ。」

 

香澄の両腕には抱えきれない程のお菓子の山。

 

女生徒4「今度、私達と一緒に遊びに行こうよ!」

 

香澄「うん!予定が合えば是非!」

 

女生徒5「高嶋さん、はい!冷たいタオル!」

 

高嶋「ありがとう!あっ、後半戦始まる!後で洗って返すね。」

 

香澄達は誰に対しても優しく接する。別に悪気は無い。だからこそ、それが沙綾達の心をモヤモヤさせるのだ。

 

中沙綾・紗夜「「くぅぅ…ぁ…あああ……。」」

 

紗夜「高嶋さん……どうしてそんなに誰にでも優しいんですか……。ですが、それだからこそ私にも優しくしてくれていると思うと……!」

 

中沙綾「香澄も無防備すぎだよ!プレゼントに爆弾とかあったらどうするの!?紗夜さん……。もうこうなったら私達であの暴徒を制圧しましょうか……。」

 

紗夜「………そ、それは……。そんな事をしたら…私は本当に高嶋さんに嫌われてしまいます……。高嶋さんは私の所有物では無いのですし…。束縛する権利なんて私には……。」

 

紗夜の残った最後の理性が踏み止まらせる。

 

中沙綾「……正論過ぎて何も言い返せません…。」

 

ゆり「だから、2人とも恨みがましくブツブツ言ってないで頑張ってる香澄ちゃん達を応援してあげよ?2人とも親友なんでしょ?」

 

中沙綾・紗夜「「あ………。」」

 

部長からの言葉で2人は正気を取り戻す。

 

中沙綾「言われてみれば…自分の鬱屈ばかりに気を取られて………。」

 

紗夜「高嶋さんが、懸命に試合をしているのに……。これでは……駄目です!」

 

中沙綾「紗夜さん。一緒に応援しましょう。香澄ーー!!頑張ってーー!!」

 

紗夜「山吹さん……はい。高嶋さん、頑張ってください!!」

 

2人が応援しだしたその時、

 

女生徒4「あれ?ねえ、あなた達も戸山さん達のファン?」

 

女生徒達が2人に声をかけてきたのだった。

 

中沙綾「え?は、はい……。」

 

女生徒3「2人の香澄さん、凄いよねぇ。あの子達が入ると、チーム全体に活気が出るんだぁ。」

 

紗夜「そ、そうなん……ですね。」

 

女生徒5「劣勢の時でも、あの子達が声を掛け合うとまたすぐに盛り返すんだ。まるで太陽みたい!」

 

中沙綾「はい……そうなんです。香澄は、人に元気をくれる明るい人だから。」

 

紗夜「高嶋さんも……いつも自分より他人を気遣ってみんなを盛り立ててくれる、凄い人です…。」

 

さっきまで目の上のたんこぶの様な扱いだった女生徒達と話が弾み出す2人。

 

女生徒1「気が合うね!良かったら、試合の後も一緒にお喋りしない?2人の香澄ちゃんについて。」

 

中沙綾・紗夜「「是非!」」

 

 

--

 

 

一方、試合中の香澄達も横目で沙綾達が笑顔で女生徒と話している姿に気付く。

 

香澄「………あれ?さーや…?」

 

高嶋「紗夜ちゃん……?」

 

香澄・高嶋「「………………。」」

 

香澄達はそれを見て胸に手を当てていた。

 

 

---

 

 

試合終了後、勇者部部室--

 

試合後、香澄と沙綾は部室でお喋りをしていた。

 

中沙綾「試合お疲れ様、香澄。凄い活躍だったね。」

 

香澄「うん!バスケって特別やった事無かったけど、キラキラドキドキしたよ!」

 

中沙綾「疲れたでしょ?今お茶淹れるね。」

 

香澄「あ、うん……。」

 

そう言って沙綾はお茶の準備を始める。

 

香澄「あ、あのね…さーや…。」

 

突然香澄は沙綾の後ろから抱きついた。

 

中沙綾「……うわっ!びっくりした。どうしたの?香澄。」

 

香澄「えっと……あのね?試合の時って、何話してたの?」

 

中沙綾「試合の時?ゆり先輩と?」

 

香澄「じゃなくて…。知らない人と喋ってるのが見えたから…。」

 

中沙綾「ああ……。あれは、香澄を応援してくれてる人がいたから、意気投合してね。一緒に応援しようって、言ってたんだ。」

 

香澄「そ、そっかぁ!アハハ。そーだったんだぁ!」

 

沙綾の言葉を聞いて、香澄は胸のつっかえが取れた気持ちになった。

 

中沙綾「香澄?」

 

香澄「ごめんごめん。なんかね、さーやが他の人と話してるの見てたら……何かヤキモチ妬いちゃったみたい!アハハ。バカだよねー、私って。」

 

中沙綾「香澄が…私に……?ううん。香澄は馬鹿なんかじゃないよ。」

 

香澄「でも、変じゃない?そんな事でそんなに…ヤキモチ妬いちゃうとか。」

 

中沙綾「変じゃないよ。私だって何回も妬いてるんだからさ。」

 

香澄「そうだったんだ…。ごめんね、そんなにヤキモチ妬かせちゃって、さーや!」

 

中沙綾「香澄!」

 

香澄・中沙綾「「大好き!!」」

 

 

---

 

 

同時刻、空き教室--

 

此処では高嶋と紗夜がお喋りしている。

 

紗夜「お疲れ様です、高嶋さん。完勝、おめでとうございます。」

 

高嶋「ありがとう、紗夜ちゃん!すぐ着替えちゃうから待ってて。」

 

紗夜「え、ええ……。じゃあ、後ろを向いていますね…。」

 

高嶋「あ、ゴメンね。気を遣わせちゃって。」

 

紗夜「当然のマナーですから。」

 

 

--

 

 

高嶋「………ねー、紗夜ちゃん。」

 

着替え始めて少しすると、後ろから高嶋が紗夜に話しかけてきた。

 

紗夜「何でしょうか…?」

 

高嶋「あのさ、試合中に話してたのって誰?お友達?」

 

香澄が沙綾に聞いた事と同じ事を聞いてきたのだ。

 

紗夜「ああ……。あれは知らない人です。高嶋さんのファンだと言っていました。」

 

高嶋「そうなんだー?紗夜ちゃんが色んな人と仲良くなれて、嬉しいよ。」

 

紗夜「そうですか…。私も、高嶋さんを見習って少しは社交的にならないとと思っ……。」

 

次の瞬間、

 

高嶋「紗ーーー夜ちゃん♪」

 

突然高嶋が紗夜に抱きついてきたのだった。

 

紗夜「え……っ!?たたた高嶋さん!?急にどうし……。」

 

突然の事で紗夜も狼狽えてしまう。

 

高嶋「うーん、何だろう?紗夜ちゃん欠乏症かな♪」

 

紗夜「そ、それはどういう事ですか!?」

 

高嶋「最近、他の部活ばっか手伝ってたから、紗夜ちゃん分が足りなくなっちゃった。」

 

紗夜「わ……私…分……がですか!そ、それは、ど、どうしたら……。」

 

高嶋「うんとねー、今夜紗夜ちゃんの部屋に泊まりに行っちゃおうかなー。」

 

紗夜「!?!?」

 

高嶋「なーんてね♪」

 

紗夜「はぁ……。で、ですが、私の欠乏症は満たされました……。」

 

 

ヤキモチに嫉妬--

 

 

さっきの試合中に香澄達が胸に秘めていたものの正体--

 

 

あの時香澄達は沙綾と紗夜の周りの女生徒達を見て、少しだけそんな感情を抱いたのである。リサと友希那とはまた違った愛情のカタチ。だけど行き着く先は同じなんだと感じた沙綾と紗夜なのであった。

 

 

 



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神樹の記憶〜みんなからのプレゼント〜

美咲の誕生日回です。

最終章を通じての美咲の心境の変化が分かってきます。




 

 

九月末の勇者部部室--

 

有咲「来月の1日は美咲の誕生日だな。」

 

美咲「あれ?何で知ってるの?」

 

有咲「完成型勇者ともなれば何でもお見通しだ。」

 

美咲「ふーん。お見通しねぇ……。だったらさ…。」

 

美咲は含んだ笑みをこぼす。

 

有咲「な、なんだ?」

 

美咲「私が欲しいプレゼント当ててみてよ。」

 

有咲「ちょまっ!?……そ、それは多分、ラー……。」

 

ラーメンと言おうとした時、

 

美咲「言うと思った。でもラーメンじゃないよ。それじゃあ、楽しみにしてるね。」

 

美咲は踵を返して部室から出て行ってしまう。

 

有咲「ち、ちょっと!」

 

香澄「どうしたのかな?美咲ちゃん。誕生日なのに…。」

 

そこへ入れ違いにゆりが部室へやって来た。

 

ゆり「どうしたの?そんな深刻な顔して。」

 

有咲「ああ、美咲の様子が変だった…かも。」

 

香澄「うん…なんだか…ね。」

 

ゆり「……2人とも、説明してくれる?」

 

2人はさっきの出来事について説明するのだった。

 

 

--

 

 

香澄「それが……美咲ちゃん、あんまり自分の誕生日が嬉しくないみたいで…。」

 

夏希「えっ!?誕生日が嬉しくない人なんているんですか!?」

 

有咲「ああ。いつもならこういう話なら乗ってくるんだけどな…。」

 

友希那「途中で出て行ってしまったわ。」

 

香澄と有咲の話を聞き、ゆりはしばらく考える。

 

ゆり「むむむ……。そんなに嬉しくないのなら、私達が美咲ちゃんを泣くほど喜ばせてあげよう!」

 

りみ「な、泣くほどって……ちょっと怖いよ、お姉ちゃん。それに、どうやって?」

 

燐子「やっぱり…プレゼントとかじゃないでしょうか……。」

 

あこ「美咲ちゃんの好きな食べ物ってなんだっけ?」

 

夏希「私知ってます!ラーメン!」

 

モカ「でも、誕生日の度に食べ物じゃ芸がないんじゃない?」

 

蘭「モカがいうの、それ…。」

 

中沙綾「じゃあ、どうしようか…。私達案外美咲の事って知らないんだよね。」

 

高嶋「そうだね。楽しんではいるみたいだけど、個人的な事はあんまり教えてくれない感じ。」

 

中たえ「質問しても、上手く躱されちゃうよねー。」

 

美咲に関する事を何も知らない。いや、美咲が自分の事を話そうとはしてくれない。美咲と自分達にはまだ壁があるのだと感じてしまう。

 

蘭「薫さんは何でも教えてくれるんですけどね…。」

 

薫「………そうだね…。」

 

分からないながらも、何とかして楽しませる方法を探す勇者部。

 

 

--

 

 

小沙綾「故郷の北海道をイメージ出来るものとかは?」

 

香澄「…………。」

 

蘭「……?」

 

あこ「北海道って寒いんだよね?雪とか氷は勘弁だよ。」

 

蘭「そういえば、香澄。」

 

香澄「え?」

 

蘭「さっき沙綾が北海道について話してた時、何か気にしてなかった?」

 

香澄「あはは…。蘭ちゃんの目は誤魔化せないなぁ…。美咲ちゃんね…普段から故郷の話をしたがらないな…って。だから、もしかしたら北海道の事はあまり思い出したくないんじゃないかな…。」

 

薫「………。」

 

夏希「だとしたら、北海道をイメージさせるものは逆効果って事ですね…。」

 

りみ「今の環境には満足なのかな…。」

 

ゆり「戦闘もちゃんと参加してくれるし、不満は無いと思うんだけどね。」

 

みんなで話し合いが続く中、薫が口を開く。

 

薫「……それなら、ここでの思い出をプレゼントすれば良いんじゃないかい?」

 

リサ「うーん……これは難題だね…。」

 

 

---

 

 

花咲川中学、屋上--

 

美咲「…………。」

 

部室を後にした美咲は屋上で佇んでいた。そこに薫がやって来る。

 

薫「やぁ、美咲。やっぱりここにいたんだね。」

 

美咲「薫さん…どうしてここに?」

 

薫「いつ戦闘が始まるか分からないからね。一緒にいるに越した事はないだろ?」

 

美咲「あはは…それは言えてますね。」

 

お互いを気遣うようなぎこちない会話が続いていく。

 

薫「…元の世界の事を思い出してたのかい?」

 

美咲「……はい。こうやって1人になっても、みんなの…勇者部のみんなの顔が頭に浮かんでくるんです。」

 

薫「仲間であり、友達でもあるからね。」

 

美咲「こんな気持ち…初めてですよ。」

 

薫「その気持ちを感じてどうだい?」

 

美咲「それは……。」

 

次の瞬間、端末からアラームが鳴り響いた。

 

薫「どうやら敵襲のようだね。みんなと合流しようか。」

 

美咲「はいっ!」

 

2人は樹海へと急いだ。

 

 

---

 

 

樹海--

 

薫「みんな、遅れてすまない。」

 

ゆり「美咲ちゃん。薫も一緒だったんだね。」

 

美咲「遅れた分は頑張って取り戻しますよ。」

 

ぐるぐると腕を回す美咲に有咲が近付いて話しかける。

 

有咲「美咲、降参だ。」

 

美咲「え?」

 

有咲「美咲が欲しいもの、思いつきそうに無いんだ。」

 

美咲「ああ、それか。良いよ、そんなの。私も思いついてなかったし。」

 

有咲「そうなのか!?」

 

美咲「そういう事。降参って事は、誕生日は無しって事かな?」

 

美咲は不敵な笑みを浮かべる。

 

小たえ「そうは問屋が卸さないよ。」

 

中たえ「そうそう。そんな時は逆転の発想だよ。」

 

美咲「ぎ、逆転…?花園さん達の発想は先が読めない…。」

 

小沙綾「諦めてください…。」

 

中沙綾「私達でも読めないからね…。」

 

夏希「そうだよね…。」

 

 

--

 

 

バーテックスの第一陣を突破し、続く第二陣に備える勇者達。

 

香澄「よーし、頑張るぞ!美咲ちゃんのサプライズパーティーの為に!」

 

夏希「わわっ!?香澄さん!それ言っちゃダメです!」

 

美咲「いや……。隠されたところで、今までの経験からすれば薄々勘付いてたよ。」

 

ゆり「と、ともかく!残りのバーテックスを倒すよ!突撃ー!」

 

全員「「「おー!!」」」

 

 

---

 

 

10月1日、勇者部部室--

 

ゆり「というわけで、今日は美咲ちゃんの誕生日パーティーだよ!」

 

全員「「「おめでとう!!」」」

 

中たえ「それじゃあ早速、プレゼントタイムだよ!」

 

たえが高らかに宣言し、勇者部のみんながプレゼントを取り出した。

 

有咲「まずは私から。はい、鍛錬用の木の槍。」

 

美咲「へ……?」

 

香澄「次は私!手作りのアクセサリーだよ!はい、どうぞ!」

 

中沙綾「誕生日おめでとう。私特性の手作りパンだよ♪」

 

次々と美咲の机の前にプレゼントが積み重なっていく。

 

美咲「ちょ、ちょっと待って!え?これって、どういう趣向ですか!?」

 

薫「あぁ。欲しい物が分からないのなら、自分達が好きな物を美咲に贈ろうとなったんだ。」

 

美咲の考えている事が分からないのであれば、自分達の好きな物を美咲にあげるという逆転の発想である。

 

紗夜「そういう事です。私からはゲームのソフトです。ハードが無かったらいつでも部屋に来てください。」

 

美咲「…………ぷっ、あははははっ!!確かにこれは逆転の発想です!超最高ですよ。こんなの、みんなを丸ごと貰うようなものです。」

 

香澄「あっ、美咲ちゃんが喜んでる!作戦大成功だね!」

 

美咲「また少し、仲間って良いなって気持ちが大きくなってきたよ……ありがと、みんな。」

 

蘭「みんな、後がつっかえてるよ。……はい。私とモカからは蕎麦打ちセットだよ。」

 

リサ「私からは友希那の手作り写真集。巻末には袋とじもあるんだから!」

 

友希那「ちょ!?リサ!?」

 

美咲「あははははははっ!!ヤバイです!全部受け取る前に笑い死んじゃうかもしれません!」

 

薫「どうだい?これも良いものだろ?」

 

美咲「……はい。確かにそうですね!」

 

あこ「次はあこの番だよ!--」

 

また一つこの世界で大切な思い出が増えた美咲なのだった。

 

 

 



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神樹の記憶〜300年後のあなたへ〜

今回はゆりと薫の時空を超えた約束の話。

ここまで読んでくださった皆様に最大限の感謝を。




 

 

とある日の勇者部部室--

 

りみ「ちょっと聞いてください…。」

 

深くため息をつきながらりみが部室へと入ってくる。

 

高嶋「どうしたの?りみちゃん。」

 

りみ「昨日の夜、またお姉ちゃんが気絶しちゃったんです…。」

 

ゆりはお化けや怖い話などの恐怖体験が苦手である。以前山奥の旅館で有咲とあこが昏睡してしまった時には、山の呪いの事を聞く度に幾度となく気絶してきた。

 

紗夜「また…ですか…。一体何があったんですか?」

 

りみ「それがですね……。」

 

 

--

 

 

昨晩、牛込宅--

 

りみ「あはは!このお笑い番組面白いね、お姉ちゃん。」

 

ゆり「そうだね。中々にハイセンスだよ。」

 

りみ「あっ、私この人好きなんだ!」

 

ゆり「え?どれどれ?」

 

芸人「裏に飯屋があるんだってさ。うらめしや〜!なんつって!!」

 

りみ「あははは!どう、お姉……。」

 

ゆり「…………。」バタッ

 

りみ「お、お姉ちゃん!?」

 

 

--

 

 

りみ「………って事なんですよ…。」

 

部室が一斉に凍り付く。

 

美咲「いや…そんな事で気絶すること自体がもうギャグだよ……。」

 

中沙綾「ゆり先輩のその癖、悪化する一方だよね……。身体は大丈夫かな…。」

 

香澄「治せるのなら治した方が良いよね。」

 

薫「確かに……。治すべきだね。」

 

小沙綾「それにはまず、何処までが平気で、何処からがアウトなのかを検証しないとですね。」

 

それぞれがゆりのボーダーラインについて話し合う。

 

友希那「私が思うに、ゆりさんは血には耐性があるんじゃないかしら?料理とかで血は見てる筈よ。」

 

燐子「ですが…前の旅行では、血が吹き出る話にすぐ気絶していました…。」

 

リサ「そういえばそうだね。血を見ても平気なのに、血の話は駄目だなんて。」

 

彩「ゆりさんはお化けが苦手なんだよね?」

 

夏希「でも、ハロウィンの仮装とかは大丈夫でした。」

 

あこ「誰がやってるか分かるからじゃない?だってお化け屋敷は駄目だよね?」

 

花音「普段のゆりさんからは想像つかないなぁ…。」

 

その時、何も知らないゆりが部室に入ってくる。

 

ゆり「おはよう。みんなして何話してたの?」

 

小たえ「おはようございます。今はですね、おば……。」

 

ゆり「………。」バタッ

 

最後までたえが言い切らずに美しさを感じる程に見事な気絶っぷりを披露するゆり。その間僅か1秒にも満たない。

 

有咲「んなっ!?一瞬で気絶した!?ここまで重症化してたのか……。

 

薫「これは……早急な治療が必要だね。」

 

部員達は止む無く強硬手段を取る事に決める。

 

 

---

 

 

花咲川中学、夜の渡り廊下--

 

ゆり「うぅぅ……。何で私だけ肝試しなの……。土下座でも何でもするから勘弁してぇ…。」

 

りみ「お姉ちゃんの為だって説明したでしょ?」

 

中沙綾「ゆり先輩は部長で司令塔ですから、すぐ気を失ってたら、私達が困りますから。」

 

有咲「そうだぞ。勇者部全員の為だと思って気絶癖を克服するんだな。」

 

ゆり「くぅ……後輩にそこまで言わせるなんて…。自分でも、治さなきゃとは思ってたけど…。」

 

薫「ゆり……頑張るんだ。」

 

ゆり「や、やるしかない……か。香澄ちゃん!」

 

香澄「はい!」

 

ゆりは気絶した時の為に備えて、香澄に気絶したら叩き起こしてもらうようお願いする。

 

香澄「分かりました!それじゃあ、みんな!よろしくね!」

 

香澄の掛け声で、プログラムがスタートする。すぐさま、廊下を生暖かい空気が包み込む。

 

ゆり「………な、何が始まるの……?」

 

紗夜「大惨事ぃ………。」

 

いきなりゆりの真後ろから紗夜がおどろおどろしい声をあげる。

 

ゆり「ギャーーーーーッ!うっ………。」バタッ

 

秒でゆりが気絶する。

 

紗夜「い、今のでですか………。」

 

香澄「ゆり先輩、失礼します!喝っ!!」

 

そして、すぐさま香澄はゆりの首筋を思いっきり叩いた。

 

ゆり「ぐはっ!あ、ありがとう香澄ちゃん。ま、まだだよ……まだ大丈夫!」

 

中沙綾「こちら山吹。総員に要請。恐怖要素を一段階降格!どうぞ!」

 

友希那「こちら湊。了解したわ。」

 

今のを基準沙綾は脅かし部隊にレベルを下げるよう通達する。

 

夏希「はーい、毎度どーも!お化けでございますー!」

 

ゆり「ぐっ………。」バタッ

 

夏希「えっ……!?」

 

香澄「喝ーーっ!!」

 

ゆり「うぅ……ちょっと不意を突かれただけ…だよ……。ま、まだだよ…。」

 

脅かされ、気絶しても香澄の助けで何度も立ち上がるゆり。

 

薫「……そうだよ、ゆり。その意気だ。」

 

中沙綾「こちら山吹。総員に要請。恐怖要素を更に降格!どうぞ!」

 

小たえ「こちらたえ小。了解です。」

 

第三の資格がやって来る。

 

モカ「はいー。せーので出ますよ?せーので出ますからね?せーの!」

 

彩「こんばんは、丸山彩ですっ♪」

 

ゆり「ぬはっ………。」バタッ

 

香澄「喝ーーっ!!」

 

ゆり「ぐはぁ!!わ………私は……ま…まだ………まだやれるよ……。」

 

その後もすぐに気絶をし、香澄の喝で復活するを繰り返すゆり。

 

 

--

 

 

有咲「何か………もう、香澄がいれば気絶しても良いんじゃないかって気がしてきた…。」

 

香澄「でも、こんな事繰り返してからゆり先輩の首が保たないよ……。」

 

有咲「そこは手加減しろぉ!バーテックスにやるみたいにするな!」

 

中沙綾「これはもう癖になっちゃってるね…。心の問題は慣れじゃ治療出来ないよ。」

 

りみ「そんなぁ……。お姉ちゃん、気を強く持って!お姉ちゃんでしょ!」

 

ゆり「うぅぅ……もう私が妹で良いよ…。だからもうギブアップさせてぇ……。」

 

度重なる気絶でゆりの足は生まれたての子鹿の様にプルプル震えていた。そこへ薫がやって来て、

 

薫「ゆり……。少し話さないかい?」

 

ゆり「え?」

 

薫「少し2人きりにしてくれないか。」

 

薫はそう言って、ゆりと2人で屋上へと移動した。

 

 

---

 

 

花咲川中学、屋上--

 

ゆり「話って……急にどうしたの?」

 

薫「……聞いて欲しい事があるんだ。」

 

薫は神妙な面持ちで話し始めた。

 

薫「私は………元の世界に戻ったら……死ぬだろう。」

 

ゆり「ちょっ……いきなり何言い出すの!?」

 

薫「事実だ。」

 

薫は真っ直ぐな瞳でゆりを見つめて話し続ける。

 

ゆり「や、やめてよ!怖い話なら、そのネタは……シャレにならないんだから…。」

 

薫「事実なんだ………。」

 

ゆり「や…やめてって……言ってるでしょ……。そんな話、聞きたくない……。どうしてそんな事!」

 

薫「いくら沖縄県民が長寿だからとはいえ、300年も生きることは出来ないからだ。」

 

ゆり「へ?300年!?なんだぁ……寿命的な話?びっくりさせないでよ……もう。」

 

ゆりは冗談だと笑っているが、薫の目は真剣だった。

 

薫「でも私は……ずっと、待とうと思う。」

 

ゆり「へ?意味が分からないよ。待つって、どうやって何を?」

 

薫「幽霊になって……300年の間………ゆりが生まれて来るのを待ちたい。」

 

ゆり「えっ…………?」

 

薫「私の幽霊でも……怖いかい?気絶してしまうだろうか……。」

 

ゆり「ど、どうだろうね………。」

 

 

--

 

 

一方その頃、屋上入り口では--

 

中沙綾「………何の話をしてるんだろう?」

 

香澄「幽霊になるとかならないとか言ってるよ?」

 

有咲「薫の幽霊は………怖くない…のか?」

 

りみ「ど、どうかなぁ…。」

 

残った勇者部員達が2人の話をこっそりと聞いていた。

 

 

--

 

 

花咲川中学、屋上--

 

薫「今まで漠然と死を覚悟しながら……私はどこかで死を恐れてもいた。だけど、もう違う……。」

 

ゆり「…………そう。」

 

薫「死んで幽霊になれば……また逢える。そう思ったんだ……。だが…気絶されてはショックだからね。」

 

ゆり「それは………そうだよね………。」

 

段々とゆりの声色が震えていく。

 

薫「だから、出来れば私がここにいる間に、気絶癖を治して欲しい……。でないと死んでも死にき………。」

 

ゆり「やめて…………。」

 

薫「ゆり……。もうすぐその時が来てしまう。その前に話しておかないといけない話だと………。」

 

ゆり「やめてって言ってるでしょ!?寿命でも何でも死ぬ話なんて、仲間の口から聞きたくない!!!」

 

 

それは今までとはまた違った恐怖--

 

 

現実の世界でゆりが一番恐れていた事--

 

 

仲間が死ぬという絶対的な恐怖--

 

 

薫「……………。」

 

ゆり「お願いだから……そんな話を、私にしないで………。」

 

薫「ゆり………。」

 

ゆり「勇者になってから………いつも隣には死があった。私にも……みんなにも……。だからいつもそれを意識しないよう、楽しくやって……どうして今、死んだ後の話なんて……。誰にも死んで欲しくない…。そんなの想像するのも……話すのも嫌なの!!」

 

神世紀での御役目の発端はゆりが勇者部を作った事がきっかけだった。勇者としての真実を知り、暴走した沙綾を止めた後もゆりはずっと香澄達を勇者部に誘った事を後悔していた。いつも死と隣り合わせの御役目、誰がいつ死んでもおかしくないのだから。

 

薫「すまない……ゆり。しかし……そういう訳にもいかない……。私が帰らないと…未来が変わる。四国の……ゆり達の未来も変わってしまうんだ。だから……。だから、私は帰って……君達の過去を………ちゃんと作るよ。」

 

ゆり「やめて……。言わないで……。」

 

ゆりの目から涙が止めどなく流れてくる。自分でも抑えが利かない程に。

 

薫「ふふ……。こんな気持ち、以前には無かった……。自分が逝った後の未来の事など、頭の隅にも…。でも、未来がこうなるのだと解って……それが私を強くしてくれたんだ。」

 

ゆり「え………?」

 

薫「神世紀がこんなに素晴らしいなら……私の戦いは無駄ではない。帰ったら、一層勇敢に戦えるだろう。」

 

ゆり「そんな事望んでない…。勇敢に戦って散るのが私達の為……?冗談じゃないよ…。」

 

薫「重いかい?でも、それを今度は…ゆり達が背負って次の世代へと引き継ぐんだ……勇者として。それが……勇気のバトンだ。」

 

ゆり「うぅ……っ。うぅぅ………!」

 

薫「そんなに泣かないでくれ……。」

 

薫は優しくゆりを抱きしめた。

 

ゆり「誰が泣かせてるのよ………。」

 

ゆりも薫を抱きしめ返す。3年生として、部長として、司令塔として誰にも言えない不安を抱えていたゆりだったが、今それを全部吐き出す事が出来たのだ。

 

薫「私は戻って来るよ……。300年、ゆりの誕生を待って…待って…待って……そうしたら………また…逢おう。」

 

ゆり「…………薫。」

 

薫「安心してくれ。ゆりの背中は私が守る……。いつも………傍にいるから……。」

 

ゆり「…………約束…だよ。」

 

薫「あぁ……。」

 

 

---

 

 

屋上入り口--

 

香澄・高嶋・りみ「「「うぅ…っ。うぅ…ぅぅ……っ。」」」

 

有咲「な…何なんだよ……背後霊になる約束とか……バカ…じゃねぇか……。うぅ…っ。」

 

りみ「薫…さん……そ…そこまで……お姉ちゃんを……うぅ…あ、ありがとうござい…ます……っ。」

 

小沙綾・夏希・小たえ「「「うぅぅ…ぅぅ……。」」」

 

コソコソ聞いていた香澄達も涙を止める事が出来ずにいた。

 

あこ「か、薫ぅ……カッコイイよ……。」

 

燐子「うぅ…私達、もう引き上げましょう…。このまま…うぅぅ、邪魔しないように……。」

 

紗夜「ええ……賛成です。立ち聞きした挙句、邪魔するなんて最低ですから……人として。」

 

香澄達は屋上入り口を後にする。

 

 

---

 

 

屋上--

 

 

2人はまだ抱き合っている。ゆりの顔にもう恐怖は微塵も無かった。

 

 

 



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神樹の記憶~同じゴールに向かって~

季節は進んで冬のお話へと移っていきます。

今回はクリスマス編の前半。有咲と千聖、日菜の勇者候補生のお話--




 

 

12月某日--

 

秋も過ぎ去り、外はすっかり冬模様になり始めた頃、ゆり達は悩んでいた。

 

ゆり「あー、まいっちゃった。まさかこんなに依頼が来るなんて、さすがに想定外だよ……。」

 

りみ「うん…。どうしよう、お姉ちゃん。」

 

そこへ、防人組の5人が部室に入ってくる。

 

千聖「どうしたんですか?ずいぶん深刻そうな顔をしていますが。」

 

彩「何か困った事でもあった?」

 

花音「ふぇええ!?勇者部崩壊の危機とか、そういう一大事!?」

 

イヴ「大袈裟です、花音さん…。」

 

日菜「落ち着きなって、花音ちゃん。それで、何があったの?」

 

中沙綾「それが、サンタさんになって子供達にプレゼントを配ってほしい、って依頼が多く来てて…。」

 

ここ数年、勇者部はサンタに扮して毎年近所の幼稚園などの子供達にプレゼントを配っているのである。最初は1.2個所だけだったのだが、毎年それが好評で回を重ねるごとにその噂が広まり、今では色々な幼稚園や地域の子供会から依頼が殺到しているのだった。

 

香澄「サンタの恰好をして、みんなにいーっぱいプレゼントを配りましたよねー!」

 

ゆり「今年はその依頼が多すぎて、サンタの人員が足りないんだよ。…そうだ、千聖ちゃん達に近くの幼稚園を担当してもらえると助かるんだけど…。」

 

千聖「ですが、それより鍛錬を優先したほうが…。」

 

千聖が渋る中、日菜が高らかに手を挙げ、

 

日菜「なんかルンッってきたよ!そのサンタ役、私がやるよ!」

 

有咲「うーん…日菜だけに任せるのは不安だな…。私も行くよ。人員調整しといて。」

 

日菜だけに任せるわけにはいかないと、有咲も手を挙げる。そこに食いついてきたのは、他でもない千聖だ。

 

千聖「むっ…有咲ちゃん。あなたが行くの?」

 

有咲「ああ。私も元の世界にいた時に、やった事あるしな。」

 

千聖「…有咲ちゃんがやるのね……。」

 

2人は共に施設で切磋琢磨したライバル。千聖は当然対抗心が出てくる。

 

彩「プレゼント配り、きっと楽しいと思うな。サンタ姿の千聖ちゃん、私も見てみたい。」

 

千聖「仕方ないわね。彩ちゃんもこう言っているし…。有咲ちゃんに出来るなら、私に出来ない筈がないわ。」

 

花音(…彩ちゃんへの甘さと有咲ちゃんへの対抗心を利用すれば、千聖ちゃんをある程度操作できる気がしてきたよ……。)

 

有咲「じゃあ、千聖、一緒に行くぞ!どっちが完成型サンタか、勝負だ!」

 

千聖「受けて立つわ!」

 

こうして、日菜・有咲・千聖の3人のプレゼント配りの幕が開く。

 

ゆり「完成型サンタって何かな…?ま、いっか。じゃあ、有咲ちゃん、千聖ちゃん、日菜ちゃん。お願いね。」

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

放課後、サンタ役の3人は部室に集まり、作戦会議を始める。

 

有咲「さてと……それじゃ、どうやって園児達にプレゼントを渡すか話し合おう。」

 

千聖「どうって、普通にサンタの恰好をして、渡しに行けばいいんじゃないのかしら?」

 

有咲「そんなんで、近所の子供達が喜ぶと思うか?子供を舐めると痛い目見るぞ。」

 

日菜「あははっ、千聖ちゃんは意外に物を知らないね。サンタの作法は、寝ている間にこっそりと、だよ。つまり、幼稚園のお昼寝タイムを狙ってプレゼントを枕元に置いてくればいいんだよ!」

 

日菜は鼻高々に宣言するが、

 

千聖「プレゼントを渡しに行くのは、クリスマス会の最中よ…。」

 

日菜「えーーーっ!聞いてないよーー!私を嵌めたね、千聖ちゃん!」

 

有咲「いや、ゆりがちゃんと言ってただろ…。」

 

千聖「でも、とにかくサプライズ感は必要かもね。ただ渡すのではなく、何か驚くようなものが…。」

 

 

--

 

 

その後も3人は意見を出し合ったが、中々グッとくるものが見つからない。

 

有咲「うーん…。誰かにアイデアを貰った方がよさそうだな。いつも色んなアイデアを出してくれる人となると…。」

 

有咲の頭に2人のたえが浮かぶ。

 

有咲「……いや、あの2人はやめた方がいいな…。他には…。」

 

3人はとある人物の部屋に訪れる事にするのだった。

 

 

---

 

 

寄宿舎、燐子の部屋--

 

あこ「…で、りんりんの部屋に来たって事だね。」

 

千聖「それより、どうしてごく自然に燐子ちゃんの部屋にあこちゃんがいるのかしら…?」

 

燐子「いつもの事です…。」

 

3人は燐子にアイデアを求めに来たのだった。

 

燐子「プレゼントを配る…ですか…。そうですね…、私でしたら…この“クリスマス・キャロル“を読み聞かせますね…。」

 

あこ「さっすが、りんりん!難しい本で子供達を眠らせて、その隙にプレゼントを枕元に置くんだね!」

 

燐子「ち、違うよ…あこちゃん…!」

 

あこ「でも、そんな難しい本じゃ子供達寝ちゃうよ。あこだって寝ちゃうもん。」

 

燐子「うぅ…そうかもね…。でしたら…簡単な絵本ならどうでしょう…。サンタが登場する絵本を読み聞かせて…物語に合わせてサンタの皆さんが登場…というのは。」

 

日菜「なるほど、ナイスアイデアだよ。」

 

千聖「ええ。じゃあ、サンタが登場する絵本を探しましょうか。」

 

有咲「そうだな。早速図書室に直行だ。」

 

アイデアが固まったところで、三人は図書室へと足を運んだ。

 

 

---

 

 

図書室--

 

早速3人はサンタが登場する絵本を探し始める。

 

千聖「2人共、これなんてどうかしら?“迷子の迷子のサンタさん“という絵本よ。」

 

日菜「どれどれ…。方向音痴のサンタが動物に助けられながら、目的地を目指すお話か…うん、ルンッってきた!」

 

有咲「それじゃ、絵本は千聖が見つけたのにするとして、あと決めなきゃいけないのは、役割分担だな。」

 

ここにきて新たな問題が発生する。

 

3人「「「………。」」」

 

3人の中で誰が絵本を読み聞かせるか。その事で言い争いが始まってしまう。

 

千聖「私が読むわ!」

 

日菜「私が読む!」

 

有咲「私だろ!」

 

 

--

 

 

同時刻、図書室--

 

蘭「…って事で苺は野菜なんだ。」

 

モカ「へー。果物じゃないんだね。」

 

蘭とモカが野菜の図鑑を読んでいた最中、3人の言い争う声が聞こえてくる。

 

蘭「はぁ…。そこの3人、図書室では静かにしてください。」

 

3人「「「うっ…ごめんなさい。」」」

 

蘭とモカは3人が言い争っていた原因を聞く為、部室へ移動する事にした。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

蘭「それで、何をあんなに揉めてたんですか?」

 

有咲「それが…。」

 

有咲は蘭とモカにこれまでの経緯を説明する。

 

 

--

 

 

蘭「なるほど…誰が読み聞かせを担当するかで揉めてたって訳だね。…3人とも、ちょっとだけ待ってて。」

 

そう言って、蘭は誰かに連絡を取った。

 

 

--

 

 

10分後--

 

小沙綾「蘭さん、お待たせしました。」

 

小たえ「イネスからの駆け付けです。」

 

夏希「先輩達のお願いと聞きましたけど…何をやるんですか?」

 

先ほど蘭が連絡を取っていたのは小学生組だった。

 

モカ「蘭、何するの?」

 

蘭「3人には、これから小学生組の前で、朗読会をやってもらいます。小学生組3人を最も楽しませた人に、幼稚園での絵本朗読をやってもらいます。」

 

有咲「なるほどな…小学生を楽しませられないなら、幼稚園児達は尚更無理って事だな。」

 

日菜「負けないよーーっ!」

 

千聖「受けて立つわ!」

 

 

--

 

 

先手、千聖から絵本の読み聞かせが始まる。

 

千聖「これは、とある方向音痴のサンタさんの…。」

 

 

--

 

 

数分後--

 

小たえ「Zzz…。Zzz…。」

 

小沙綾「おたえが寝ちゃった…。」

 

千聖「ええ!?」

 

日菜「なんていうか…お昼ご飯食べた後の午後一番目の古典の授業みたいだよ。」

 

有咲「言いえて妙だな…。」

 

千聖「そんなに眠くなるなんて…。」

 

有咲「やっぱり固すぎる千聖の朗読は、子供には合わないんだな。次は私の番だ!」

 

 

--

 

 

2番目、有咲が朗読を続ける。

 

有咲「方向音痴のサンタは聞きました。南はどっちになるんでしょうトナカイさん。トナカイさんは煙突が見える方向を見ながら答えました。僕も分からないけどあの煙突がある方へ行けばいいんじゃないかな?なるほど、確かにそうかもしれないと思ってサンタさんとトナカイさんは夜空を駆けていきました。その家には女の子…。」

 

夏希「す、ストップ!ストップです、有咲さん!」

 

小沙綾「読むのが速すぎて、ついていけません…。」

 

有咲「え、そ…そうか?」

 

蘭「朗読と音読はイコールじゃないよ。」

 

日菜「あははは!最後は、私だね!」

 

 

--

 

 

最後に日菜の朗読が始まる。

 

日菜「ひぇぇぇ、急がないと夜が明けてみんなが起きちゃうよぉ!トナカイさん!トナカイさん!何とかならない!?」

 

夏希「おぉ…面白い!」

 

小沙綾「ま、間に合うのかな…。」

 

小たえ「物語に引き込まれていくよ。」

 

モカ「ふむふむ。3人とも凄く楽しんでるよ。」

 

蘭「これは…決まりですね。絵本の朗読役は日菜さんに決定です。」

 

有咲「負けを認めざるを得ない…。」

 

千聖「日菜ちゃんの感情こもった熱演が、子供達の心を掴んだのね…。」

 

これにて当日の役割分担は、朗読役に日菜。サンタ役に有咲と千聖で決定する。その直後、部室のドアが勢いよく開く。

 

ゆり「話は聞かせてもらったよ!」

 

有咲「ゆり!?」

 

中沙綾「私もいるよ。外で一部始終聞いてたから。」

 

ゆり「それじゃあ最後の仕上げだよ!せんせー!せんせー!」

 

ゆりが高らかに叫ぶと、今度は家庭科室の扉が開く。

 

香澄「じゃじゃーん!サンタ役の特別専任講師、戸山香澄だよ!」

 

ゆり「サンタ役をやるならキラキラな振る舞いを身につけないとね。香澄ちゃんはあまり意識しないで、今までどんな風にサンタをやってきたかを教えてあげてね。」

 

香澄「任せてください!まず最初に、子供達の前に登場する時!ババーンって感じで入ってくるんです!」

 

千聖「ば、ババーン…?」

 

香澄「ババーンの後は、キリッとして。でもすぐにパァァァっと明るい笑顔でプレゼントを配るんです!」

 

千聖「ババーン…キリッ…パァァァ……?」

 

千聖の頭に無数のハテナが浮かび上がる。

 

有咲「千聖、これが戸山さん家の香澄だ。慣れるしかない。」

 

一方日菜はと言うと、

 

中沙綾「こほん。では、日菜さんはこちらへ。」

 

日菜「え?私も何かやるの?私は朗読役だよ?」

 

中沙綾「サンタは多い方が子供達も喜びますから。そんな訳で、朗読が終わった後、一瞬で日菜さんもサンタになれるよう、早着替えを覚えてもらいます!」

 

日菜「ええ!?」

 

中沙綾「目標は2秒以内ですよ!」

 

3人の特訓は続き、いよいよ当日を迎える。

 

 

---

 

 

幼稚園、控室--

 

千聖「ふぅ…これから本番ね。思ってた以上に緊張してきたわ。」

 

有咲「頼んだぞ、日菜。朗読が一番重要だからな。」

 

日菜「ちょっとやめてよぉ!プレッシャーで潰れそうだよ!」

 

日菜は胸に手を当てて気持ちを落ち着かせる。

 

日菜「大丈夫大丈夫…。あんなに練習したんだから。ふ、2人は知らないだろうけど、この日の為に秘密特訓を…。」

 

千聖「知ってるわよ、日菜ちゃん。」

 

日菜「え?」

 

有咲「ああ、そうだな。」

 

日菜「し、知ってたの?」

 

千聖「ええ。毎日、学校の屋上であれだけ大きな声で練習してたら、誰だって気づくわよ。」

 

有咲「そうそう。だから日菜の為にも失敗はできない。私達にとってのプレッシャーはそれだな。」

 

2人とも、日菜が影で一生懸命努力をしていた事を知っていた。だからこそ、2人は失敗できないと思っているのだ。頑張ってきた日菜の為にも。

 

日菜「有咲ちゃん…。千聖ちゃん…。心が通じ合ってるのを感じたよ。さすが幼馴染だね!」

 

有咲「……そうだな。」

 

千聖「そう言えばそうだったわね…。」

 

3人は小学生の頃から共に勇者選抜で切磋琢磨し合ってきた幼馴染。この勇者部の中では誰よりも長く付き合ってきた仲である。

 

日菜「私はその時、中学生だったけどね…。」

 

有咲「幼馴染は言い過ぎだけど、施設時代からだと一番付き合いが長いってのはそうだな。」

 

日菜「あの時代を共に過ごした3人で、努力して何かをやる…感慨深いよね。」

 

以前は1つの椅子を奪い合う関係だったが、今は同じ目標の為に同じ方向を向いて歩いている。これもこの世界に来たお陰なのかもしれない。

 

有咲「大袈裟だな。でも…確かに悪くないな。」

 

千聖「ええ。この世界のクリスマスだからこそ起こりえる、奇跡なのかもしれないわ。」

 

有咲「千聖がそんな事言うなんて、雪が降りそうだな。」

 

日菜「そしたらホワイトクリスマスでますます良いね!」

 

3人の緊張もすっかり解れたところで、出番の声がかかる。

 

日菜「みんな、頑張ろう!」

 

有咲「ああ!」

 

千聖「ええ!」

 

 

--

 

 

本番が始まり、日菜の朗読はきっちりと園児達の心を捕らえる事に成功し、

 

千聖「じゃっじゃーん、サンタが来たよー!良い子のみんな、メリークリスマース!!」

 

千聖(香澄ちゃんの指導の下に会得したサンタ役、全力で演じてみせるわ…!)

 

有咲「でもでもー、サンタは私達だけじゃないんだー!どぅるるるるる、じゃじゃーん!!」

 

有咲(これが香澄流サンタ…!大分恥ずかしいけど…今回のイベントを成功させる為にも、やってやる!)

 

日菜「私もいるよー!3人の仲良しサンタが、プレゼントを届けに来たよー!!」

 

クリスマス会は園児達に大盛況のまま幕を閉じる。3人のやりきった笑顔が大成功を物語っているのだった。

 

 

 



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神樹の記憶~金蘭ときめく年の瀬~

クリスマス編の後半。クリスマスというより、今回は年末のお話になります。

今年も残り3か月切りましたね。月日が経つのはあっという間です。




 

 

勇者部部室--

 

クリスマス会も無事終了し、全員が思い思いの年末を過ごしている頃、

 

ゆり「はぁ。今年もあと少しで終わりだね。何だかんだで、あっという間だった気がするよ。」

 

あこ「去年は何してたっけなー。」

 

りみ「私はお姉ちゃんと、まったり過ごしてたよ。」

 

彩「わー!そういうの興味あるな!異世界で年越しを過ごすなんて初めてだから。」

 

りみ「そんな大した事してないよ。鍋焼きうどん食べたり、テレビ見ながらお菓子食べたりするくらいだよ。」

 

香澄「私達も同じです。年の瀬って言うけど、この時期は勇者部の活動も殆どないですから。」

 

中沙綾「そうだね。クリスマスまでが忙しい分、後は各自でのんびり過ごそうって流れだよね。」

 

りみ達の話す事一つ一つに目を煌めかせて食いつきながら聞いている彩。

 

花音「その辺りは、普通の子達と変わらないんだね。その方が楽で良いよ。」

 

彩「だね!花音ちゃんはのんびりするのが好きだもんね。」

 

千聖(彩ちゃんは巫女で大赦内で生活するのみ…。そのような事に憧れがあるのかもしれないわね……。)

 

千聖「本当に何もないのね。てっきり何かイベント事があるかと思っていたけれど…。」

 

ゆり「ふむふむ…。」

 

千聖の何気ない一言にゆりが何か頷く仕草を繰り返す。

 

千聖「?」

 

ゆり「つまり千聖ちゃんは、この時期も何かイベントをやるべき!って言ってるんだね?」

 

千聖「いえ、そんな事は一言も…。」

 

ゆり「良いよ良いよ、千聖ちゃんの想いはよく分かったよ。なら部長として動かないとね!」

 

首を横に振る千聖を意に介さず、ゆりは咳ばらいをし、

 

ゆり「みんな!ここにいないみんなにも直ちに召集をかけて!」

 

あこ「今からですか?」

 

りみ「そもそもお姉ちゃん…何するつもりなの?」

 

ゆり「ふふふ…よく聞いてくれたね!これより、勇者部による"合同・年越し準備会"を開催するよ!!」

 

ゆりはそう高らかに宣言し、何人かにみんなを呼んできてもらうよう頼んだのだった。

 

 

--

 

 

中沙綾「それで、ゆり先輩。友希那さんや千聖さんは他の人を呼びに行きましたけど…。合同・年越し準備会は何をするんですか?」

 

沙綾がそのような疑問を持つ事は至極真っ当な事である。

 

ゆり「………うーん、何すれば良いのかなぁ?」

 

残った部員は雷に撃たれたような衝撃を覚えた。

 

りみ「お姉ちゃん、考えてなかったの!?」

 

ゆり「いやぁ…だって…ほら、その場の勢いって大事だよね。それに、せっかくこうして沢山人数がいるんだし、みんなで一緒に過ごしたいでしょ。」

 

中沙綾「…分かりました。内容はみんなで考えていきましょう。」

 

早速内容会議に入ろうとしたその時、部室のドアが開き誰かが入ってくる。

 

彩「あの、その会議に私も参加してもいいかな?」

 

ゆり「あれ、彩ちゃん?千聖ちゃん達と一緒に行ったんじゃなかったの?」

 

彩が言うには、千聖から準備会についてもう少し詳しく聞いてきて欲しい、との事だった。

 

彩「アイデアが決まってないなら、私も協力させて。」

 

香澄「勿論です!ゆり先輩、良いですよね?」

 

ゆり「そうだね!それじゃあ5人で決めちゃおう。」

 

香澄・沙綾・ゆり・りみに彩を加えた5人で会議がスタートする。

 

 

--

 

 

香澄「でも、何をすればいいのかな?年越しの準備って。」

 

中沙綾「大掃除くらいしか思いつかないね。」

 

彩「……!」

 

彩は目を輝かせ、無言で掃除道具を準備しだす。それもその筈、彩の趣味は掃除。元の世界はゴールドタワー、この世界でも寄宿舎など手が空いている時はいつも何処かしらを掃除している。

 

ゆり「うーん、大掃除も勿論やるけど、みんなで楽しむイベントって感じじゃないかなぁ…。」

 

りみ「でも、他にあるかなぁ?この時期は大抵、テレビを観てるくらいしか…。」

 

彩「1つ提案しても良いですか?」

 

彩が手を上げて発言する。

 

ゆり「うん。アイデアがあるなら何でも言ってね。」

 

彩「みんなでおせちを作るのはどうですか?おせちは正月に欠かせないものだし。」

 

ゆり「よーし、それ採用!」

 

香澄「ゆり先輩、早い!」

 

ゆり「ほら、おせちならモノによっては日持ちもするし、元々年末に準備するものだしね。」

 

中沙綾「そうですね。おせち料理は縁起物ばっかりですし、みんなで作るのは良いかもしれないですね。」

 

香澄「縁起物?」

 

中沙綾「おせち料理は一つ一つ縁起が良いゲン担ぎの意味を持ったものなんだ。」

 

りみ「それ、私も聞いた事あるよ。黒豆は、マメに働けるよう健康にって意味だったっけ。」

 

中沙綾「そうだね。他には、伊達巻なら巻物に見立てて知識が増えるように、とかね。」

 

香澄「なるほどぉ…縁起の良さって意味でも、おせちは作った方が良いんだね。」

 

早速5人は準備にとりかかる。

 

りみ「私もおせち作り手伝わないと!」

 

ゆり「……。」

 

ゆり(ち、ちゃんと見てればりみでも…大丈夫、だよね…。)

 

一抹の不安を感じつつ、家庭科室へ移動するのだった。

 

 

---

 

 

家庭科室--

 

中沙綾「食材は、大体こんなところだね。」

 

調理台に並べられた食材は卵に昆布、豆、栗、レンコン、牛蒡等々。どれもおせち料理には欠かせない食材である。買ってきた物もあるが、大半は蘭の畑から取ってきた新鮮な食材だ。

 

ゆり「これだけあれば、立派なおせちが出来るね。」

 

千聖「凄い量ですね…。おせちを作ると聞きましたけど、もうこんなに材料を集めたんですか?」

 

5人が材料集めをしている間に、呼びに行っていた千聖が戻って来る。

 

彩「千聖ちゃん、おかえり。」

 

ゆり「あれ?戻って来たのは千聖ちゃんだけ?」

 

千聖「すみません。外に遊びに出ていたり、他の用事があったりで人を集める事が出来ませんでした…。」

 

ゆり「まぁ急だったし仕方ないか。じゃあ、出来るところから先に始めちゃおう。」

 

りみ「じゃあ、私は…そうだ、牛蒡の皮むきからしようかな。まずは、泥を丁寧に洗い落として…。あれ?でも、皮をむくアレはどこかな…。」

 

中沙綾「りみりん、皮むきならいらないよ。牛蒡は、こうやって包丁の背を使って…。」

 

沙綾が包丁の背で牛蒡を擦ると、余分な皮のみが取れ、薄く皮が残る状態となる。

 

りみ「擦るだけで良いの?」

 

中沙綾「うん、表面を軽くね。牛蒡は皮の部分に香りや旨味があるから、この方が良いんだ。」

 

りみ「沙綾ちゃん、凄い!」

 

中沙綾「はい、りみりんもやってみて。」

 

りみ「あっ、本当だ。これだけで結構取れちゃうんだね。」

 

香澄「さーやぁ!豆はどうすれば良いの?」

 

中沙綾「待ってて、今行くから。」

 

彩「私達も手伝おう、千聖ちゃん。」

 

千聖「そうね。じゃあ、そこの里芋からやりましょうか。」

 

彩「うん!こんな風に千聖ちゃんと料理が出来るなんて…。私、今とっても楽しい。」

 

千聖「…そうね。元の世界でもこんな風に過ごせると良いわね。」

 

 

--

 

 

作業開始から20分程経った頃--

 

友希那「ごめんなさい、ゆりさん。遅れたわ。」

 

リサ「ごめんごめん。今から手伝うね。」

 

道場に行っていた友希那とリサが戻って来る。

 

ゆり「友希那ちゃん、リサちゃん。来てくれたんだね。」

 

蘭「すみません。やっと畑の仕事がひと段落着きました。」

 

日菜「るん♪ってした物探しが戻って来たよ。」

 

有咲「なんだその用事は…。」

 

友希那達を皮切りに、次々と個々の用を済ませた人達が戻って来た。

 

ゆり「みんなありがとう。でも、おせち料理はもう人手が足りてるんだ。」

 

蘭「そうみたいですね。りみも充分戦力になってるみたいだし、これ以上入るとかえって邪魔になりそう。」

 

有咲「それじゃあ、別の事でもやっとくか?せっかく集まったんだから。」

 

中たえ「例えば?」

 

日菜「おせち以外の何かを作れば良いんじゃないかな。」

 

モカ・リサ「「あっ……。」」

 

日菜の一言を聞いて声を上げた者が2人。

 

友希那「おせち以外…なら年越しうどんね。」

 

蘭「聞き捨てならないですね、湊さん。年越しなら蕎麦で決まりの筈です。」

 

家庭科室の隅で2人のうどん・蕎麦議論が熱く展開され始める。

 

モカ「あー…やっぱりこうなっちゃったかぁ。」

 

その時、まるでこうなる事を事前に見越していたかのように高嶋が冷蔵庫から2つのボウルを取り出した。

 

高嶋「こんな事もあろうかとぉ…どどーん!こんなものを用意してみたよ!」

 

友希那「これは…。」

 

蘭「ボウルに麺が2種類…。」

 

片方のボウルには太めに切られた蕎麦。もう片方には細く切られたうどんが入っていた。

 

高嶋「お互いに歩み寄ったらどうかと思って、前もって作ってみたんだ。麺をうどんの太さにした蕎麦と、蕎麦の細さにしたうどんだよ!」

 

2人は早速実食を開始する。

 

友希那「……違うわね。細くてコシも無い…。これは単なる太めの素麺ね。」

 

蘭「……蕎麦はのど越しが命なのに、どう考えてもこれじゃ太すぎる…。」

 

味見した2人は箸をおき、再び議論を再開する。

 

友希那「こうなったら、自分たちで作るしかないようね。美竹さん、私はあなたをうどん党に変えるうどんを作ってみせるわ。」

 

蘭「私こそ、湊さんを蕎麦党に変える蕎麦を作ってみせます。」

 

これにはさすがの高嶋でも膝から崩れ落ちてしまう。

 

高嶋「がーん…良い考えだと思ったのに……。」

 

紗夜「高嶋さんは悪くありません。麺類の事はお二方に任せとけば良いんです。」

 

高嶋「紗夜ちゃーーん!!」

 

高嶋は泣きながら紗夜に抱きつく。

 

紗夜(高嶋さんを慰める……良いですね…。)

 

紗夜「高嶋さん、私達は宇田川さん達が始めた正月飾り作りを手伝いに行きましょう。」

 

高嶋「うぅ……そうだねぇ……。」

 

2人は隣の部室へと移動する。その時の紗夜の口元は何故だかとても緩んでいた。

 

有咲「だんだん何でもありになってきたな。私は…つゆでも作るか。」

 

日菜「私も手伝うよ。うどん用と蕎麦用で2つ必要になるでしょ?」

 

それぞれの個性は出ているが、なんだかんだで纏まりがあり目標に進んでいく勇者部なのだった。

 

 

--

 

 

そこから更に20分程が経ち--

 

夏希「あー、遊んだ遊んだー。色鬼とか久しぶりにやったよね。」

 

小沙綾「かなり白熱したよね。おたえが言ったヴァーミリオン…だっけ?は未だに何色か分からないけど…。」

 

小たえ「赤とオレンジの中間だよ、沙綾。」

 

外で遊んでいた小学生組が部室に戻って来る。

 

あこ「帰って来たね。今、正月飾りのしめ縄を作ってるところなんだ。」

 

夏希「年越しの準備ですね!」

 

薫「しめ縄作りはやりがいがあるよ…。ほら、これは沖縄風のしめ縄だよ。」

 

薫が見せたしめ縄には昆布で巻いた炭とシーサーの飾りが沢山付いている。

 

高嶋「格好いい!!」

 

小沙綾「夏希、私達はどうしようか?こっちは充分人手が足りてるみたいだし…。」

 

3人は取り敢えず家庭科室へと足を運ぶ。

 

 

--

 

 

家庭科室--

 

ゆり「りみ、そっちの煮物なんだけど、1回ざっとひっくり返してくれる?」

 

りみ「え?お鍋ごと!?……じゃなくて、そっか、焦げない様にだよね。」

 

中沙綾「りみりん、そこの竹串を持ってきてもらっていい?良かったら、そのまま煮え加減も見て欲しいな。」

 

りみ「うん。これを刺して固さを確認すれば良いんだよね?」

 

料理が出来る2人の指示をしっかり聞いて、りみはおせち料理作りの手伝いをしっかりとこなしていた。

 

夏希「おお…!りみさんがちゃんと料理してる…!」

 

小沙綾「色々な経験をして、腕前が上がったんだね。」

 

小たえ「年越しの料理と言えば……。」

 

たえは家庭科室の片隅をチラッと確認すると、

 

友希那「うどんはコシが命よ。もっと捏ねないと。」

 

蘭「蕎麦ののど越しは、均一な細さに宿る。最大のポイントは切り方…。」

 

友希那と蘭の白熱した蕎麦・うどん作りが繰り広げられている。

 

ゆり「あれ?夏希ちゃん達はいつからここに?」

 

夏希「今来たところなんです。何か手伝える事ありますか?」

 

ゆり「そうだなぁ…おせち料理は正直手が足りてるし、友希那ちゃん達の方に参加させるのは危険すぎるし……そうだ!沙綾ちゃんはお餅作れる?」

 

小沙綾「はい。もち米と、杵と臼があれば出来ます。」

 

ゆり「だったら丁度良かった。それを用意するから、お餅作りをお願いできるかな?」

 

3人「「「はい!!」」」

 

 

---

 

 

花咲川中学、校庭--

 

花音「よい…っしょ、よい…っしょ、ふえぇぇぇ……。はぁ、はぁ…。ち、ちょっと待ってぇ…。」

 

声にならない悲鳴を上げながら、花音は臼を校庭まで運んでいた。

 

イヴ「松原、早く来-い!!」

 

花音「ふえぇぇぇぇっ!!!やっぱり私が臼でイヴちゃんが杵を持ってく分担は、間違ってないかなぁ!?」

 

イヴ「泣くな、しゃあねえな!ほら、この杵持て!臼は俺が運んでやるぁああ!!」

 

花音とバトンタッチし、イヴは臼を両手で持ち上げ物凄い勢いで運んでいく。

 

夏希「うわぁ!それ1人で持って来たんですか?イヴさんって、力持ちですね!」

 

イヴ「へっ、小学生にゃ無理だろうが、こちとら中学生様だ!」

 

花音「はぁ、はぁ…中学生でも1人でこれは無理だよぉ…。」

 

小沙綾「もち米も蒸し終わりましたから、花音さんもイヴさんも、一緒に餅つきしませんか?」

 

花音「私も途中まで臼を運んで疲れたから、餅つきは任せるねぇ…。」

 

イヴ「…私も……無理です…。もう…動けません……。」

 

運び終わった花音とイヴは力なく校庭にへたり込んでしまった。人格が変わっても体は1つ。もう一人のイヴでのツケが回ってしまったのだ。

 

小たえ「水辺に打ち上げられたクラゲみたいにぐったりしてますね。」

 

夏希「分かりました!じゃあ、私達に任せて下さい!」

 

小沙綾「ねえ、沙綾。ここからはどうすれば良いの?」

 

小沙綾「先に下準備をしないといけないから、ちょっと待ってて。」

 

そう言うと、沙綾はもち米を臼に移し、杵でもち米を全体的に軽く潰した。

 

小沙綾「……はい、2人とも準備終わったよ。」

 

夏希「よーし!それじゃあ行くよ、おたえ!!」

 

小たえ「任せて!」

 

夏希が勢いよく杵を振りかぶって餅をつき、たえが合間で餅をひっくり返す。

 

夏希「よいっしょー、よいっしょー!!」

 

小たえ「ぺったんぺったん!」

 

夏希「よいっしょー、よいっしょー!!おっ、段々餅っぽくなってきたよ。」

 

小たえ「ぺったんぺったん!夏希、そろそろ味見してみようよ。」

 

2人は一旦手を止め、餅を摘まんで口に頬張った。

 

夏希「……美味しい!!これがつきたてのお餅の味かぁ!」

 

小たえ「……ホントだ!何も味が付いてないのにほんのり甘い。お米の甘さがしっかり出てるよ。」

 

そんな2人の食レポを間近で見ていた花音は、

 

花音「…ごくり。わ、私もちょっとだけ、味見しても良いかなぁ…。」

 

小沙綾「はい。どうぞ。イヴさんも。」

 

花音「……本当だ!醤油とか無しでも十分に美味しいね!」

 

イヴ「……美味しいです。つきたてのお餅…勿論美味しいですけど、皆さんで食べた方がもっと美味しいですね。みんなで食べるの…とっても楽しみです。」

 

3人「「「はいっ!」」」

 

みんなが一致団結して取り組んだ"合同・年越し準備会"。元の時代へ戻る日はそう遠くないけれど、ここにまた一つ新たな思い出が追加されたのだった。

 

 

 



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神樹の記憶〜同じ時を過ごしたい〜

新年編前半です。

日本で一番早い年越しの話だと思われます。春の話も入れたいと思ってますので、季節間はお気になさらずに……。




 

 

大晦日、勇者部部室--

 

除夜の鐘鳴り響く大晦日、人々は思い思いに今年の終わりを過ごす中、部室は何やら緊迫した空気で覆われている。

 

香澄「あ、もうこんな時間ですよ。今年ももうすぐ終わりですね。」

 

友希那「ええ。年越し"うどん"も食べたし、後は待つだけね。」

 

蘭「そうですね。"蕎麦"も食べましたし。」

 

モカ「蘭まだやってたのー?」

 

千聖「けど、本当なのかしら?大晦日にバーテックスが襲撃を仕掛けて来るなんて。」

 

彩「うん。少し前に神託があったから。」

 

するとタイミング良く端末のアラームがバーテックスの襲来を知らせる。

 

リサ「やっぱり来たね。」

 

モカ「………。」

 

蘭「どうしたの、モカ?」

 

モカ「新たな神託だよ。四ヶ所で襲撃があるみたい。」

 

蘭「四ヶ所か……。」

 

出撃間際で下された新たな神託。それはバーテックスが四ヶ所を同時襲撃するという知らせ。リサは端末のマップを表示して襲撃地点を示した。

 

リサ「ここ、ここ、ここ、ここの四ヶ所だね。」

 

リサの示した地点には既に多くの星屑が表示されていた。すると沙綾はある事に気付く。

 

中沙綾「ここは……全部初日の出が見える地点ですね。」

 

美咲「バーテックスも初日の出が見たいの?」

 

薫「この世界のバーテックスは風流が楽しめるのかもしれないね。」

 

友希那「何はともあれ、殲滅しに行くわよ!」

 

友希那の掛け声と共に、勇者達は樹海へと向かった。

 

リサ「今年は平穏に終わりそうにないね…。」

 

彩「みんな、気をつけてね…。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

南側には小学生組と薫、美咲、日菜が対応に当たっている。

 

日菜「来た来た来たぁ!!」

 

美咲「日菜さん落ち着いてください。今からそれだと電池持ちませんよ。」

 

薫「よし、夏希ちゃん。行こうか。」

 

夏希「はい、薫さん!たぁあああ!」

 

2人は精霊をその身に宿し、前線へと向かった。

 

小沙綾「2人共行っちゃった…。」

 

小たえ「2人共戦闘の時は息ぴったりだよね。」

 

日菜「よぉし!私も続くよ!」

 

猪突猛進に飛び出そうとする日菜の腕を美咲が引っ張って止める。

 

美咲「ちょっと待って下さい!流石にこんな序盤から半分も特攻するのはマズイですって!」

 

日菜「えー!でも、氷河家再興の為にも功績あげないと。」

 

美咲「前線で戦う事だけが功績じゃありません。それに、名家である氷河家の末裔である日菜さんは最終兵器だから温存しておかないとダメです!」

 

日菜「最終兵器……氷河家!」

 

最終兵器という甘美な言葉が日菜の瞳を輝かせる。

 

日菜「そうだね!そういう事なら力を貯めておかないと!」

 

小たえ「美咲さんがあっという間に日菜さんの心を鷲掴みだ。」

 

小沙綾「しー!あまり大きな声で言わないで。折角日菜さんが納得してくれたんだから。」

 

美咲「ねえ、沙綾ちゃん。夏希ちゃんと薫さんの様子はどうかな?」

 

小沙綾「はい、既に戦闘を始めてますが…。」

 

 

--

 

 

薫「はぁぁぁぁっ!」

 

夏希「てりゃああっ!」

 

互いに背中を預け合いながらバーテックスを殲滅していく2人。

 

 

--

 

 

小沙綾「第一陣の出鼻を挫く事に成功してます。」

 

美咲「オッケー。それじゃ、遠距離攻撃が出来る組は2人に敵が殺到しないように、牽制しますか。主力っぽい奴は私が対応するから、沙綾ちゃんと日菜さんは、他をお願いします。」

 

少ない人数で状況を判断しながら美咲は他の勇者達に指示して対応していく。

 

美咲「たえちゃんはタイミングを見て、前衛2人のどっちかと交代してもらえる?」

 

小たえ「分かりました。」

 

美咲「それじゃあ、行きますか。」

 

小沙綾「日菜さん、私は右側を。」

 

日菜「オッケー。じゃあ、私は左側だね!最終兵器の力見せちゃうよ!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

リサ「……オッケー。ありがとね、美咲。」

 

モカ「何かありました?」

 

リサ「ううん。南側は問題無しだって。美咲が引っ張ってるみたい。」

 

彩「良かった。一安心だね。」

 

モカ「蘭は大丈夫かなぁ?」

 

モカ(大丈夫だよね。だって、蘭はずっと道を切り拓いてきたんだから。)

 

 

---

 

 

樹海、西側--

 

西側では蘭、紗夜、たえ、高嶋、イヴが戦っていた。

 

蘭「っ!今のは危なかったかな。あの"大型"……遠距離攻撃が厄介…。」

 

紗夜「どうしますか、美竹さん?こちらから近付こうにも、"防御特化型"が道を塞いでます。」

 

中たえ「っ!また遠距離攻撃!みんな集まって!盾を広げるよ!」

 

たえの槍が盾に変形し、みんなを攻撃から守る。

 

高嶋「危なかったぁ!たえちゃんがいなかったらあっという間にやられてたよ!」

 

蘭「イヴ、あの"大型"に銃で対抗出来る?」

 

イヴ「出来ますが、堅そうです。私の銃では倒せません…。」

 

こちらも遠距離で応戦しようとするも、相手が堅牢過ぎでイヴの銃剣ではダメージが通らない。

 

紗夜「つまり、あれを排除する為には、接近戦に持ち込むしか無いという訳ですね…。」

 

高嶋「となると、先に"防御特化型"を全部倒さないとダメかなぁ。」

 

蘭「そうだね。でも、被害は出来るだけ少なくしていくよ!」

 

西側は蘭が中心となり、他の4人に指示を出していく。

 

蘭「高島さんと紗夜さんは後衛で力を出来るだけ温存。他の人は楔型陣形で、"防御特化型"の群れに穴を開けるよ。2人は、その穴から"大型"に近付いて一気に倒してください。」

 

高嶋「分かったよ、蘭ちゃん!」

 

蘭「という事で、露払いは私とたえ、そして…。」

 

イヴ「俺の出番だろ?」

 

蘭「流石イヴ。分かってるね。」

 

イヴ「仕方ねーから手伝ってやるよ。イヴを危険な目に遭わせる訳にはいかねーからな。」

 

中たえ「私も頑張るよ。」

 

蘭「人数は少ないけど、いつも通りに行くよ!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

モカ「うん……分かった。」

 

リサ「蘭から?」

 

モカ「はい。西側はもう大丈夫みたいです。」

 

彩「流石蘭ちゃんだね!後は…友希那ちゃん、千聖ちゃんのチームだね。」

 

 

---

 

 

樹海、東側--

 

友希那と有咲はバーテックスにより分断され囲まれていた。

 

友希那「まずいわね、市ヶ谷さん。私達だけ分断されているようよ。」

 

有咲「やられたな…。バーテックス達意外に小賢しい事してくるな…。」

 

友希那「全くね…。だけど、退路を断たれたのなら……!」

 

有咲「ああ、出来る事を思いっ切りやるだけだ!」

 

だが、2人は怯む事無く状況を打破する為、バーテックスの群れへと立ち向かう。

 

 

--

 

 

花音「す、凄い…!包囲されてても、どんどんバーテックスを倒してるよ……。」

 

あこ「うん。確かに凄い……けど…。」

 

燐子「そうだね…。簡単にはやられないと思いますが…あの勢いはいつまでも続きません……。」

 

2人と少し離れた所で花音、あこ、燐子の3人がバーテックスと戦っていた。

 

花「ふぇええええっ!!こっちにも来るよぉ!!」

 

あこ「落ち着いて、大丈夫!ここはあこに任せて!」

 

花音を後ろに下がらせ、バーテックスに立ち向かおうとするのだが、

 

燐子「待ってあこちゃん…!ここは花音さんに対応してもらいましょう……。」

 

あこ「分かった!」

 

2人は花音を前に出し、その後ろに隠れる。

 

花音「ふぇええ!何でぇ!?」

 

花音は泣きじゃくりながらも盾を構えて襲い掛かるバーテックスの攻撃を次々と防いでいく。

 

あこ「凄いよ!敵の攻撃を全部防いでる!」

 

燐子「花音さんは防御する事においては誰よりも上です…。これが千聖さん曰く、花音さんの生き延びる道を見つける嗅覚なんだと思う……。」

 

あこ「成る程ね!なら、花音を先頭にして友希那さん達の所に行けば良いんだ!」

 

花音「ええっ!?死んじゃう!本当に死んじゃうよぉ!!!」

 

2人は花音を盾にバーテックスの群れをかき分け2人の元へと進んでいく。その道中も花音は悲鳴を上げ続けるものの、バーテックスの攻撃は無傷で防ぎながら進んでいた。

 

 

--

 

 

友希那「ん?あれは……。」

 

有咲「何だあれ!?花音を盾にしてあこと燐子が近づいて来るぞ!」

 

友希那「いけるわ市ヶ谷さん!このまま3人と合流して一気にあの"大型"を仕留めるわよ!」

 

有咲「ああ!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

リサ「そっか……。お疲れ、友希那。」

 

彩「友希那ちゃんからだね。」

 

リサ「そう。花音の活躍で何とかなったって。」

 

彩「花音ちゃんは本当は凄い人なんだよ。自分では気付いてないんだけどね。」

 

彩は花音をまるで自分の事の様に褒め出した。

 

モカ「後は千聖さんのチームだね。」

 

リサ「そうだね。北側は一番過酷な戦場になるって神託でも出てた…。でも大丈夫…。」

 

 

---

 

 

樹海、北側--

 

香澄「勇者パーーーンチ!!」

 

北側で戦っているのは香澄、千聖、沙綾、ゆり、りみ。奮闘しているものの、バーテックスはひっきりなしで向かって来る。

 

ゆり「見渡す限りに敵だらけ…骨が折れるよ。」

 

りみ「っ!お姉ちゃん、香澄ちゃん、後ろ!」

 

香澄・ゆり「「っ!?」」

 

2人の背後からバーテックスが襲いかかるも、銃撃がバーテックスを貫いた。

 

中沙綾「香澄、大丈夫!?」

 

香澄「ありがとう、さーや!今のは結構危なかったよ…。」

 

千聖「ゆりさん、どうしますか?戦力的には向こうの方が上のようですけれど。」

 

ゆり「うーん…このまま耐えるだけ耐えて、他のチームの増援を待つって手もあるけど……。」

 

そうこう考えている間もバーテックスは待ってくれる訳でも無く、次々に襲いかかって来る。

 

ゆり「……っと。本当にキリがないなぁ。まるでイワシの群れだね…。」

 

中沙綾「っ!ゆり先輩、それです!」

 

ゆり「どれ?」

 

ゆりの言葉で何か閃いた沙綾はりみに指示を出す。

 

中沙綾「りみりん、私達の後ろにワイヤーを出来るだけたくさん張り巡らせて!でも、下の部分に少し隙間を作って!」

 

りみ「うん!ワイヤー展開!」

 

りみは沙綾の指示通りにワイヤーをある一点に隙間を作って張り巡らせる。

 

中沙綾「皆さん、私の合図でりみりんのワイヤーで作った網の裏側へ!」

 

ゆり「っ!そういう事だね!みんな、殿は私がやるから、一目散に走り抜けて!」

 

中沙綾「3.2.1、今!」

 

沙綾の合図で4人は一斉にりみの元へと走り出した。

 

中沙綾「みんな、下の隙間に潜り込んで!」

 

香澄「いっくよー!勇者スライディーーング!」

 

りみ「お姉ちゃん、急いで!」

 

ゆり「分かってる……って!」

 

逃げる勇者達をバーテックスも束になって追いかけて来る。作戦は順調筈だったのだが、あろう事か、バーテックスはりみがわざと開けた隙間目掛けて突っ込んで来る。

 

中沙綾「っ!隙間に気付かれてる!」

 

ゆり「任せて!隙間を塞ぐ蓋なら、ここにあるよ!大剣ガード!!」

 

ゆりは機転を効かせて大剣を大きくし隙間を塞いだ。隙間が塞がれた事で行き場を失ったバーテックスの群れはそのままワイヤーに突っ込んで行く。

 

りみ「捕らえたバーテックスは全部細切れだよ!」

 

ゆり「沙綾ちゃん、ナイス作戦!これだけ一気に数を減らせれば、何とかなりそうだね。」

 

5人は残りのバーテックスを一気に殲滅させていくのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

リサ「……樹海化が解けてから数時間経ったけど…。どうやら、もう襲撃はないみたいだね。」

 

彩「神樹様からの神託も無いみたいだし、きっと大丈夫だよ。」

 

モカ「じゃあみんなに連絡っと…。」

 

襲撃が落ち着いた事で、巫女達3人は胸を撫で下ろす。外もだいぶ明るくなってきており、間も無く初日の出が顔を出そうとしていた。

 

リサ「そうだ、2人とも今から屋上に行かない?屋上からも日の出が見えるみたいだよ。」

 

 

---

 

 

浜辺--

 

薫「………。」

 

夏希「あ、いたいた。薫さーん!警戒態勢はもう解除だってさっき連絡がありましたー!」

 

薫「そうかい、それは良かった。」

 

夏希「海を見てたんですか?」

 

薫「ああ…。空がこんなに明るんでいる。もうすぐ初日の出だよ。」

 

 

---

 

 

神社、境内--

 

高嶋「蘭ちゃん、今年も大変だったね。」

 

蘭「色々あったけど、あっという間だったね。」

 

高嶋「そうだね。あっ、もうそろそろ時間だ。たえちゃん達も待ってるし、初日の出見に行こう!」

 

 

---

 

 

公園--

 

友希那「市ヶ谷さん。良ければ、今度手合わせしてくれないかしら?」

 

有咲「急にどうした?」

 

友希那「自分でもよく分からないわ。今日は共に背中を預けて戦ったから……かしら。」

 

有咲「ははっ、初日の出の時に言う事じゃないな。けど……そんな元旦も良いかもな。」

 

 

---

 

 

とある山の山頂--

 

中沙綾「あっ、そろそろ日の出だよ、香澄。」

 

香澄「本当だ!じゃあ、この初日の出に、お願い事しよっと!」

 

中沙綾「そうだね。じゃあ、私も。」

 

2人は手を叩いて目を瞑る。

 

香澄・中沙綾「「…………。」」

 

香澄「……さーや、何お願いしたの?」

 

中沙綾「みんなが今年も、これからもずっと、無事に楽しく過ごせますようにって。」

 

香澄「私も同じ!さーや、今年も良い一年になると良いね!」

 

勇者達はそれぞれ防衛した地点から初日の出の到来を心待ちにしているのだった。

 

 

---

 

 

花咲川中学、屋上--

 

眩しい朝焼けが辺りを包み込む。初日の出が顔を出し始めたのだ。

 

リサ「それじゃあ、ビデオ通話を繋ぐよ。……ヤッホー。こちら巫女組だよ。みんな、聞こえる?映ってる?」

 

友希那『ええ。ちゃんと繋がってるわ。』

 

香澄『はいはーい!ちゃんと聞こえてますし、みんな見えてます!』

 

蘭『こっちも大丈夫です。』

 

美咲『右に同じです。こっちは海の向こうで太陽が昇ってます。』

 

モカ「こっちも日の出だよー。……綺麗だなぁ…。」

 

彩「本当だね…。こんなに沢山の人達と初日の出を見られて、とっても良い年明けだね。」

 

リサ「そうだね…。こうして離れてても、同じ時間を共有出来てるんだね、私達……。あけましておめでとう、みんな!今年も、宜しくね!!」

 

吐く息は白く、凍えるような寒さではあるが、同じ時間を共有出来る今この時はとても暖かい時間だと感じる勇者部なのだった。

 

 

 

 



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神樹の記憶〜これからも、こうして〜

新年編の後半です。

小学生組とイヴの神樹館組でのお話。これからもまったりと更新してまいります。




 

 

寄宿舎、夏希の部屋--

 

小たえ「さてさて、お正月早々集まって貰いました、我らが小学生組三天王。」

 

夏希「3人だったら、三銃士とか三人衆とかの方が語呂が良くない?」

 

小沙綾「夏希、これは前振りだよ。」

 

夏希「前振り?」

 

小たえ「今日はスペシャルゲストを呼んでるんだ。」

 

小沙綾「どうぞー!」

 

沙綾が呼ぶと、夏希の部屋の玄関が開き、

 

イヴ「夏希さん、たえさん、沙綾さん。明けましておめでとうございます…。」

 

夏希「イヴさんだ!明けましておめでとうございます!」

 

小沙綾「イヴさん、こちらへどうぞ。お菓子と飲み物を用意してますよ。」

 

イヴ「お邪魔します。」

 

夏希「あ、私もお菓子欲しい!で…イヴさんまで呼んで何するつもりなの?」

 

小たえ「お正月恒例の着物の着せ替えだよ。イヴさんにも参加してもらいます。」

 

夏希「えっ!?恒例なの!?」

 

小沙綾「勿論!沙綾さんとたえさんにお願いして、色々着物も用意してもらったからね。」

 

何故だか沙綾とたえの目は夏希を見ながらキラキラと輝きを帯びていた。

 

イヴ「それは初めて聞きました…。てっきりカルタとか凧揚げをするのかと…。」

 

夏希「イヴさん、すみません。付き合わせてしまって…。」

 

イヴ「大丈夫ですよ。神樹館では皆さんと遊んだ事はありませんでしたから…。今こうして遊べるのは嬉しいです。どんな事でも…。」

 

夏希「そういえばそうですね。神樹館の時はクラスが別でしたし。」

 

小沙綾「まずはイヴさんの着物選びから始めますか。」

 

小たえ「早速行ってみよう!我ら神樹館四天王!」

 

夏希「あ、ちゃんと四天王になった!」

 

 

--

 

 

沙綾はいくつかある着物から1つをイヴに見せる。

 

小沙綾「イヴさん、これなんかどうですか?」

 

イヴ「ピンク色…良いですね。」

 

夏希「こっちの方が良いんじゃない?カッコイイ刺繍があって。どうですか、イヴさん?」

 

イヴ「龍の刺繍…カッコイイです。」

 

小たえ「うーん、もうちょっと意外性が欲しいなぁ。この渦巻の柄はどうです?」

 

イヴ「渦潮みたいですね…。じゃあ、その3つ全部にします。」

 

夏希「どれか1つにした方が…。」

 

小たえ「夏希、十二単って言葉があるくらいだから、きっと12枚までは大丈夫だよ。」

 

小沙綾「おたえ。十二単は五衣唐衣裳の俗称で、12枚って意味じゃないんだよ?」

 

小たえ「流石沙綾。じゃあ何枚まで良いの?」

 

小沙綾「そうだね……五衣が下重ねの5枚で、唐衣は一番上に羽織るもの、裳は腰に巻くものだから…。」

 

小たえ「じゃあ6枚までは行けそうだね。」

 

小沙綾「厳密には今の着物とは違うんだけど……とにかく羽織るだけやってみようか。」

 

取り敢えず三人はイヴに選んだ着物を着せていく事にした。

 

 

---

 

 

小沙綾「イヴさん、こちらに腕を通してください。」

 

イヴ「分かりました。」

 

その時だった。

 

小沙綾「っ!?樹海化警報!」

 

夏希「えー!こないだの大晦日の戦いが凄い数だったから、お正月は来ないと思ってたのに。」

 

小たえ「サクッと倒しちゃおう。」

 

イヴ「私も行きます…あっ。」

 

イヴが着物を脱ごうとした時だった。着物の袖がコップにぶつかり、ジュースが着物にかかってしまったのである。

 

イヴ「…どうしましょう……。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

ゆり「本当にもう…。バーテックスも正月くらい休めば良いのに。」

 

ゆりは若干怒り気味であった。

 

有咲「どうしたんだ?そんなに怒って。」

 

ゆり「せっかくりみと2人きりでのんびりお雑煮を食べてたのに!」

 

中沙綾「分かります、ゆり先輩。私も香澄と炬燵でのんびりしてましたから…。」

 

香澄「そうだね。ウトウトしてたところに樹海化警報で、びっくりしたよ。」

 

小沙綾「私も今回のバーテックスには怒ってます!」

 

2人の沙綾も険しい目をしながら、バーテックスを睨み付けていた。

 

小たえ「やる気十分だ…。結構前から着物お願いしてたからね。」

 

イヴ「う……。」

 

中たえ「?どうしたの、イヴ?顔色悪いよ?」

 

夏希「あ、本当だ。大丈夫ですか?」

 

イヴ「はい…平気です。」

 

イヴは必死に取り繕った返事をする。

 

ゆり「イヴちゃん、体調が悪かったら無理しちゃダメだよ?人数は充分だから、休んでても良いからね?」

 

そこへ少し遅れて友希那と蘭が駆け付けた。

 

友希那「正月と言えば"初うどん"よ。」

 

蘭「"初蕎麦"です。湊さん、こればっかりは譲れません。」

 

2人は相も変わらずにうどん蕎麦論争を繰り返していた。

 

香澄「あ、バーテックスも動き出したよ。」

 

ゆり「よぅし……思い切り倒してあげましょうか!」

 

中沙綾「香澄とのお正月を邪魔した代償を払ってもらう!」

 

小沙綾「私も本気で行きます!」

 

夏希「私も頑張るぞ!あ、イヴさんは後方支援をお願いします。バーテックスは私達が。」

 

イヴ「分かりました…。」

 

勇者達はバーテックスの群れへと突撃するのだった。

 

 

---

 

 

寄宿舎、夏希の部屋--

 

バーテックスを殲滅し終え、部屋に戻ってきた小学生組。しかし、そこにイヴの姿は無かった。

 

夏希「完勝だったね。今回はあっという間だったよ。」

 

小沙綾「そうだね。早く終わらせたいって気持ちはみんな一緒だったから。」

 

小たえ「せっかくのお正月だもんね。」

 

夏希「あれ?そういえばイヴさんは?」

 

小たえ「本当だ。やっぱり体調が悪くて休んでるのかな?」

 

小沙綾「でも変だね…。何も言わずに戻ったらするかな?」

 

3人はイヴの様子を見にイヴの部屋へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

図書室--

 

一方のイヴはと言うと、図書室で何やら調べ物をしていた。

 

イヴ「……違います。」

 

イヴは一心不乱に本のページをめくっている。

 

イヴ「…この本も違います。」

 

焦りからか、イヴのページをめくる速度が早くなっていく。

 

イヴ「……これにも、書いてません。」

 

イヴが読んでいる本はどれも洗濯に関する本だった。

 

イヴ「……見つかりません。どうすれば、着物の汚れを落とせるんでしょう…?」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

夏希「……っと、ここにもいないかぁ。」

 

3人は部室に来ていた。部屋にイヴがいなかったからである。

 

中たえ「誰か探してるの?」

 

小沙綾「そうなんです。イヴさんを見ませんでしたか?」

 

中沙綾「見てないけど…イヴがどうかしたの?」

 

夏希「それが、部屋も見に行ったんですけど、何処にもいなくて…。」

 

中たえ「さっき顔色も良くなかったし、心配だね。」

 

中沙綾「そうだね…。夏希、私達も手伝うよ。」

 

沙綾とたえも加わっての5人で再びイヴを探しに回るのだった。

 

 

---

 

 

同時刻、校庭--

 

イヴ「…図書室で調べても、分かりませんでした…どうしましょう…。?あれは…。」

 

イヴが項垂れながら歩いていると、遠くに2人の人影を見つける。

 

有咲「はぁ、ふぅ…。もうバテたのか?こっちの世界に来て鈍ったんじゃねーの…?」

 

千聖「あ、あなたこそ…息が切れてるわよ…!たかがグラウンド30周くらいで…はぁ、はぁ…。」

 

イヴ「お二方とも、バーテックスと戦った後なのに、もう訓練してるんですね…。そうです…!」

 

千聖を見たイヴは何かを思いついた。

 

イヴ「千聖さんなら汚れの落とし方を知ってるかもしれません。」

 

イヴは早速千聖の元へ駆け寄るのだった。

 

 

--

 

 

千聖「え?着物についた汚れの落とし方?」

 

イヴ「はい…。」

 

千聖「どうかしら…。着物にはあまり縁が無かったから、ちょっと分からないわね……。」

 

イヴ「そうですか…。」

 

千聖「力になれなくてごめんなさい。でも、どうしてそんな事調べてるの?」

 

イヴ「実は……ジュースを溢してしまったんです…。」

 

イヴは千聖に正直に打ち明けた。

 

有咲「あー、それって小学生組がたえから借りてる着物か?」

 

イヴ「そうです…。」

 

有咲「それでさっき樹海で元気無かったのか。心配するな。そんな事なら、ウチに最適なのがいるから。」

 

イヴ「誰でしょう?」

 

有咲「沙綾だよ。沙綾に聞けば一発だ。」

 

イヴ「でも、あれは沙綾さんの着物かもしれません…。ジュースの事聞いたら、悲しむんじゃ…。」

 

有咲「そのくらいの事、気にするようなやつじゃないよ。」

 

有咲はそう言ってイヴの背中を軽く叩くのだった。

 

イヴ「ありがとうございます…。早速行ってみます。」

 

千聖「沙綾ちゃんなら確か部室にいる筈よ。イヴちゃん、良かったら私もついて行きましょうか?」

 

有咲「なら私も行くよ。提案者がほったらかしにするのはアレだしな。」

 

イヴ「千聖さん…有咲さん…ありがとうございます。」

 

三人は部室へと足を運ぶのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

有咲「沙綾いるかー?」

 

香澄「あ、有咲だ。」

 

中沙綾「私はここにいるけど…あ、イヴ。」

 

夏希「あ、本当だ!」

 

小たえ「やっと見つけたよ。」

 

小沙綾「探しましたよ、イヴさん。」

 

5人はそれからもイヴを探したものの、やはり見つからなく、一旦部室に戻って来ていたのである。

 

イヴ「う……。」

 

小学生組も部室にいた事で、イヴは言葉に詰まってしまう。

 

千聖「イヴちゃん、こういう事は自分から話さないとダメよ。」

 

イヴ「はい。」

 

中沙綾「大丈夫だよ、イヴ。私も夏希達も大体事情は分かってるから。」

 

イヴ「え……?」

 

中沙綾「着物にジュースを溢しちゃったんでしょ?」

 

イヴ「っ!どうしてその事を…?」

 

沙綾達は何処を探してもイヴが見つからなかったので、一旦夏希の部屋に行った時、着物が濡れていた事に気付いたのだ。

 

小たえ「着物を見た時にみんなピンときたんです。」

 

イヴ「皆さんに心配かけてしまってごめんなさい…。」

 

中沙綾「大丈夫だよ、これくらいね。」

 

イヴ「ですが、シミが残ってしまうかもしれません…。」

 

中沙綾「それも平気だよ。ね、おたえ?」

 

中たえ「うん。ジュースなら私も溢した事あるし、お手の物だよ。」

 

香澄「あの汚れはさーやとおたえが綺麗にしたからもう大丈夫だよ。」

 

イヴ「……そうなんですね。良かったです…。」

 

イヴは肩の荷が下りたかの様にすっと力が抜けるのだった。

 

 

---

 

 

寄宿舎、夏希の部屋--

 

小たえ「これなんてどうかな。」

 

夏希「おお、意外な感じだけど良さそうかも。」

 

イヴ「では、それにしてみます。」

 

小沙綾「因みに、他人事の様に言ってるけど、夏希も着るんだよ。」

 

夏希「ええ!?私も!?」

 

4人はそれぞれが選んだ着物に着替える。

 

 

--

 

 

夏希「……でも、みんなも着物だから恥ずかしくは無いかな。と言うか、イヴさんが凄く美人だ!おたえ、やるじゃん!」

 

小たえ「それ程でもあるかな。」

 

イヴ「皆さんもとっても似合ってます。」

 

小沙綾「私達に付き合ってもらってありがとうございます。」

 

夏希「強引に話を進めちゃってすみません。」

 

イヴ「とっても楽しかったですよ。……神樹館でも、もっとこうして夏希さん達と遊べてたら良かったです…。」

 

夏希「これからやれば良いんですよ!この先もまだまだ楽しい事はたくさんあるんですから!」

 

イヴ「……そうですね。」

 

 

この世界は出来なかった事を叶えてくれる場所--

 

 

また一つ、イヴの心には忘れられない思い出が増えるのだった。

 

 

---

 

 

光に包まれた勇者部部室--

 

 

また一つ、記憶のシャボンが弾けて消えていく--

 

 

シャボンの数は残り2つ--

 

 

間も無く、新たな世界の幕が開こうとしていた--

 

 

 



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神樹の記憶〜変わらないもの〜

春の物語その1です。

この話を含め神樹の記憶は残り7話で完結となります。長々とお付き合い頂き本当にありがとうございました。





 

 

勇者部部室--

 

香澄「うーん、風が気持ちいいなぁ。」

 

中沙綾「ホントいい天気だよねー。」

 

香澄「こんな日はさーやのパンが一層美味しいだろうね!」

 

中沙綾「そんな事もあろうかと…。」

 

そう言うと沙綾はカバンを取り出し、パンを香澄に手渡した。

 

香澄「もぐもぐ……美味しぃ〜!幸せだなぁ!」

 

あこ「あっ!良いなぁ。あこにも頂戴!」

 

燐子「私も…食べても良いですか…?」

 

中沙綾「沢山ありますからどうぞ。」

 

りみ「……沙綾ちゃんのパンを食べると、心がほっこりするね。」

 

沙綾はカバンからパンを次々に机の上に置いていく。焼きたての芳ばしい香りが部室内に充満し、匂いにつられて他の人達もパンを食べ始めるのだが、

 

友希那「………。」

 

友希那だけは部室の窓から外を眺め物思いに耽っているのだった。

 

イヴ「…どうかしましたか?」

 

友希那「ええ。いつの間にか桜が咲いている……。季節が過ぎるのは早いと思ったの。」

 

蘭「そうですね。畑の準備をしないと。モカ、食べ終わったら畑に行くよ。」

 

モカ「今から行くのー?」

 

蘭「うん。良い苗が手に入ったんだ。薫さんは先に行ってる。」

 

モカ「分かった。先に行ってて。」

 

千聖「……蘭ちゃん達は変わらないわね。」

 

友希那「変わらない……そうね。」

 

そう言って友希那は部室から出て行ってしまった。

 

香澄「?」

 

 

---

 

 

花咲川中学、屋上--

 

友希那「………。」

 

香澄「友ー希那さーん!」

 

友希那「戸山さん。何かしら?」

 

香澄「リサさんに頼まれたんです。ここ最近、ずっと友希那さんが上の空だから話を聞いて来て欲しいって。」

 

友希那「そう……リサったら…。」

 

すると香澄は軽く咳払いをし、リサの真似をしながら話を続ける。

 

香澄「コホン……本当は私が言って話を聞くのが一番なんだけど、私に頼ってばかりだと友希那の為にならないからさー。って事なんです。」

 

友希那「リサがそんな事を?」

 

香澄「はい。友希那さん。何か悩み事ですか?私でよかったら何でも言ってください。」

 

友希那「……考えていたの。この世界の事を。」

 

香澄「この世界の事ですか?」

 

友希那「ええ。私達がいた時代から数百年は経った今でもこの世界は続いている。季節は巡って、こうして穏やかな春がやって来ている。……私達が命をかけて守った"未来"がここにあると思うと………何だか琴線に触れるものがあるの。」

 

香澄「おぉ……難しいけど、なんかカッコいいです!」

 

友希那「ふふ…。本当に私達の香澄にそっくりね。」

 

一陣の風が吹き桜の花びらが屋上に舞い降りる。この屋上からも沢山の桜の花を眺める事が出来た。

 

香澄「屋上から見る校庭の桜は綺麗ですね!」

 

すると桜を見ていた友希那が突如何かを思い出した様に話し出す。

 

友希那「確か…私達の時代に、たった一本だけ咲く枝垂れ桜があったのだけれど……戸山さんは心当たりあるかしら?」

 

香澄「枝垂れ桜ですか?」

 

友希那「ええ。幼い頃にリサと2人で見たのよ。あの桜はまだ残っているのかしら?」

 

香澄「友希那さんの思い出の桜ですかぁ。私も見てみたいです!探してみましょう!」

 

 

--

 

 

早速香澄は枝垂れ桜を探す為に友希那から情報を引き出す。

 

香澄「友希那さん、その枝垂れ桜が咲いていた場所は分かりますか?」

 

友希那「ごめんなさい。それがはっきりとは覚えていないのよ。確か近くに神社があった事は覚えているのだけれど……。」

 

?「それは綾川の枝垂れ桜だよ。」

 

何処からともなく桜が咲いていた場所を答える声が。

 

香澄「リサさん!?」

 

リサ「あはは…。今回は手助けしないで成り行きを見守ろうって思ってたんだけどね…。我慢出来なかったよ…。」

 

友希那「リサ……ありがとう。」

 

香澄「本当に友希那さんとリサさんは仲が良いんですね。」

 

リサ「そりゃ、私が友希那を育ててきたって矜恃があるからね。」

 

リサは胸を張って得意げに語る。

 

リサ「ところで、綾川の枝垂れ桜だけど、時代が変わってるから正確な場所までは分からないんだ。なんたって西暦の時点で樹齢200年くらいだからまだ残ってるか……。」

 

香澄「悩んだら相談です!他の人にも色々と聞いてみましょう!」

 

香澄達はまず初めに沙綾の元へと訪ねる事にした。

 

 

---

 

 

山吹宅--

 

中沙綾「……確かに西暦の時代には綾川っていう町があったみたいです。」

 

沙綾はパソコンを見ながら答える。

 

リサ「場所は分かる?」

 

中沙綾「場所はですね……ここからかなり離れた場所ですね。徒歩で行くのは難しい距離です。」

 

香澄「でも変身すれば……。」

 

中沙綾「勇者姿は目立つから、御役目以外で変身するのはあまり良くないと思うよ。それなら、大赦にお願いして車を出してもらった方が良いんじゃないかな?」

 

香澄「さっすがさーや!」

 

リサ「じゃあ、私が頼んでみようか。」

 

直後、樹海化警報が鳴り響く。

 

香澄「っ!?こんな時に!?」

 

リサ「みんな!戦闘準備お願いね!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

蘭「全く……作業中の敵襲は勘弁して…。」

 

薫「早く倒して畑に戻ろうか。」

 

蘭「はい。折角サトウキビの苗が手に入ったんですからね。」

 

花音「サトウキビ…?」

 

花音の一言で薫の動きが止まってしまう。

 

美咲「………え?」

 

花音「イヴちゃん、知ってる?」

 

イヴ「名前の響きからして、おやつみたいですね。」

 

どうやらイヴも分かってないようだ。それもそのはず、サトウキビは主に沖縄で作られている。四国しか残されていない神世紀では、他県の文化に触れる事が出来なかったのだ。

 

美咲「微妙に当たってるけど……。」

 

蘭「まさか…神世紀の人達がサトウキビを知らないなんて…。」

 

夏希「サトウキビ…沙綾は知ってる?」

 

小沙綾「確か西暦の時代に沖縄を中心として栽培されてたものだよ。」

 

薫「あぁ……サトウキビ…儚い…。」

 

ゆり「はい、そこまで。手早くバーテックスを退治しちゃうよ。」

 

 

--

 

 

香澄「うーん……。」

 

中沙綾「どうしたの、香澄?」

 

香澄「勇者になって走っていくのはダメ…車を出してもらうのも気が引けるって事だから……。」

 

香澄は枝垂れ桜を見に行く方法について悩んでいた。

 

香澄「さーや、何か良い方法無いかな?」

 

中沙綾「考えればあるはずなんだけど……。」

 

香澄「何かあったような気がするんだよね……。行きたいって思えば行けるやつが…。」

 

友希那「戸山さん…気持ちは嬉しいけれど、無理をしてまで見たいものではないわ。気にしないでちょうだい。」

 

香澄「ですけど…。」

 

友希那「今は目の前の戦闘に集中するわよ。」

 

香澄「………はい。」

 

するとそこにたえがやって来る。

 

中たえ「どうかした、香澄?」

 

香澄「……そうだ!おたえだ!」

 

たえの姿を見て何か閃いた香澄。

 

中たえ「?」

 

香澄「友希那さん。枝垂れ桜の近くに神社があったって言ってましたよね?」

 

友希那「え?ええ。」

 

香澄「それです!!」

 

友希那「それがどうかしたのかしら?」

 

香澄「友希那さん!枝垂れ桜見れますよ!」

 

 

--

 

 

バーテックスとの戦闘が終わり、勇者達の緊張の糸が切れる。

 

ゆり「ふぅ……。さすがに疲れたよ…。」

 

戦闘終了を確認出来た事により樹海が光に包まれ始める。

 

香澄「……もうすぐ樹海化が解ける。さーや!友希那さん!こっちへ!」

 

中沙綾「香澄?」

 

友希那「戸山さん?」

 

解ける直前に香澄は沙綾と友希那を近くに来るよう呼びかけた。そして友希那にこう伝える。

 

香澄「友希那さん、イメージして下さい!枝垂れ桜の近くにあった神社の事を!」

 

友希那「………。」

 

 

そして、樹海化が解ける--

 

 

---

 

 

神社--

 

友希那「ここは……。」

 

中沙綾「香澄?」

 

香澄達三人が戻った先はいつもの様に花咲川中学の屋上ではなく、初めて見る神社だった。

 

香澄「やった!成功だよ!!」

 

中沙綾・友希那「「え?」」

 

香澄は元の世界で、バーテックスとの戦いが終わった後たえが香澄と沙綾の2人を瀬戸大橋跡に呼んだ時と同じ事をやったのだ。樹海化が解ければ勇者達は必ず祠のある場所へと飛ばされる。香澄はそれを利用して枝垂れ桜の場所へと飛んだのである。

 

香澄「おたえが私とさーやを呼んだ時みたいに、枝垂れ桜がある神社に行きたいって思えば行けるかもって思ったんだ!」

 

友希那は辺りを見回してみた。

 

友希那「そう……この神社だわ。」

 

香澄「あっ!友希那さん、あそこ!」

 

友希那「え?」

 

香澄「あれが、友希那さんが言っていた桜じゃないですか?」

 

三人は一際大きな桜の木の元へと歩き出す。

 

 

--

 

 

友希那「この桜………はっきりと覚えているわ。ずっとここに咲いていたのね。」

 

それは確かに友希那があの日見たのと全く同じ枝垂れ桜。その姿は神世紀になっても力強く、そして一際大きな存在感を放っていた。

 

中沙綾「立派な枝垂れ桜ですね…。」

 

香澄「西暦の時代で樹齢が200年だったから……えぇっ!?500年も生きてるの!?」

 

枝垂れ桜の寿命は長いと言われている。とある枝垂れ桜は樹齢2000年もあったとの記録がある程だ。

 

友希那「何百年経っても、変わらずにここで咲いていたのね………たった独りで…。」

 

香澄・中沙綾「「………。」」

 

香澄と沙綾はその圧倒的な存在感の枝垂れ桜に思わず言葉を失って魅入っていた。

 

友希那「……2人共ありがとう。今度はリサ達にも見せてあげたいわ。」

 

香澄「そうですね、次はみんなで来ましょう!」

 

友希那「みんなが心配するといけないわ。そろそろ戻りましょうか。」

 

枝垂れ桜を後にしようとした時、突如三人の足が一斉に動きを止める。

 

香澄「帰りの事まで考えてなかったぁ!!」

 

友希那「……困ったわ。」

 

香澄「えっと………。」

 

中沙綾「"カガミブネ"使いますか?」

 

友希那「そうね。ある意味非常事態だものね。」

 

それから部室に戻った3人は、心配していたリサに叱られるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 



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神樹の記憶~夢にまで見た景色~

春の物語その2です。

この世界では出来なかった事が出来る、会いたかった人に会える夢の世界。でも、その夢もいつかは醒めてしまう日がやって来るのです--




 

 

勇者部部室--

 

3人が綾川から戻って来てから暫く経った日の事--

 

リサ「むぅ……。」

 

リサは依然機嫌が戻っていなかった。

 

リサ「綾川の枝垂れ桜、きっと見頃だったよなぁ。一緒に見たかったよ。」

 

友希那「わ、私もリサと一緒に見に行きたかったのだけれど…見られたのはたまたまだったのよ。」

 

リサ「それは分かってるけどさぁ……。」

 

傍から見れば2人の言い合いはまるで夫婦のようである。

 

ゆり「珍しいね。どうしたの?」

 

リサ「あ、ゆりさん。綾川の枝垂れ桜…私も友希那と一緒に見に行きたかったんですよねぇ……。」

 

ゆり「それってこの間香澄ちゃんと沙綾ちゃんと一緒に見たっていう。」

 

リサ「そうです……。」

 

すると項垂れているリサの元へ2人のたえがやって来る。

 

中たえ「友希那さん、リサさん。それなら明日お花見に行けばいいんですよ。」

 

小たえ「行きましょう御先祖様。」

 

友希那「そうは言っても…流石に急すぎじゃないかしら?」

 

リサ「だね…。やるにしてもみんなの予定や準備も整えないと。」

 

中たえ「お花見ならきっと明日でも大丈夫ですよ。」

 

小たえ「楽しいですよお花見。ね、ゆり先輩。」

 

ゆりは少し考えて、

 

ゆり「…うん、それじゃあ明日は勇者部のみんなでお花見に行こう!」

 

2人のたえは童心に戻ったかのように飛び上がった。

 

中たえ「さすがゆり先輩!賛成してくれると思ってました。」

 

小たえ「私、沙綾や夏希達に教えてきます。」

 

リサ「ゆりさん、良かったんですか?」

 

ゆり「良いんだよ。みんなこういうノリに慣れてると思うしね。綾川…だったっけ?そこに行くのは難しいかもしれないけど。みんなでお花見を楽しもうよ。桜ものんびりしてると散っちゃうよ?」

 

中たえ「そういう事です。」

 

友希那「良かったわね、リサ。」

 

リサ「うん!」

 

 

--

 

 

それから数分後--

 

みんなを呼びに行っていたたえがみんなを連れて部室に戻って来る。

 

日菜「話は聞いたよ~!花見って聞いてとってもルンってしてきたよ!」

 

高嶋「すっごく楽しみだよね、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「はい。そろそろ満開だとTVでも言っていましたし、良いんじゃないでしょうか。」

 

突然の召集だったものの、他のみんなもかなり乗り気である。

 

中たえ「ね、リサさん。みんなお花見に賛成みたいです。」

 

リサ「あはは。勇者部の団結力を感じるよ。」

 

有咲「けど、色々と準備もしないとな。何が必要だ?」

 

あこ「レジャーシートならあこ持ってます!」

 

彩「水筒とかもいるよね?」

 

蘭「この人数だと、現地調達が良いんじゃないかな。」

 

香澄「飲み物は蘭ちゃんのアイデアに賛成!でも食べ物はどうしよう?」

 

中沙綾「お弁当は私が用意するよ、香澄。」

 

小沙綾「私も手伝います!1人でこの人数分は大変だと思いますから。」

 

中沙綾「ありがとね。」

 

中たえ「私も作ってみたい。沙綾、教えて?」

 

小たえ「私も!夏希と一緒に教えて、沙綾。」

 

夏希「……ええ?2人とも料理出来るの?」

 

中沙綾「大丈夫だよ、夏希。教えてあげるから一緒にやろう。」

 

ゆり「お弁当作る係はこれで決まりだね。5人もいるなら私は楽させてもらうね。」

 

あこ「ゆりセンセー質問です!おやつは300円までで良いんですか!?」

 

ゆり「そうだなぁ……今回は大サービスで1000円までオッケーだよ!!」

 

夏希・あこ「「おおぉーー!!」」

 

大まかな持ち物と担当が決まったところで、各自は準備に取り掛かり始めたのだった。

 

 

---

 

 

家庭科室--

 

早速5人はお弁当作りに取り掛かっていた。

 

夏希「これで……卵焼きの出来上がり!」

 

中たえ「夏希私より上手だよ。美味しそう!」

 

夏希「これくらい朝飯前ですよ。たえさん、どうせ2年間料理ほどんどしてないんでしょ?」

 

中たえ「あはは、夏希にはバレバレだね。」

 

小たえ「沙綾さんも凄い!焦げ目1つない黄色卵焼きだ!」

 

中沙綾「コツがあるんだよ。練習すればたえちゃんだって出来るよ。沙綾ちゃんはコツを掴んだみたいだね。」

 

小沙綾「はい、これくらいは。それより気になる事が……。」

 

中沙綾「どうしたの?」

 

小沙綾「…私が練習して料理が上手くなった場合、沙綾さんの腕前にも反映されるんですかね?それとも、私の未来と今の沙綾さんは直接繋がってないんでしょうか……?」

 

小学生の沙綾の質問に中学生の沙綾も思わず料理の手を止め考え込んでしまう。後者の場合、小学生のたえが中学生のたえよりも料理が上手くなるという事もあり得るのだ。

 

中たえ「うーん、これは答えが出せない問題だよね。」

 

中沙綾「……未来はどうあれ、たえちゃんが今練習した事は、必ず何かの役に立つ筈だよ。」

 

小たえ「はい!じゃあその時の為にいっぱい卵割ります。」

 

夏希「卵はもう良いよ!」

 

小たえ「えー。」

 

中沙綾「それじゃ、たえちゃんは次の料理にやる気を注いでね。」

 

小沙綾「次はおにぎりを作りませんか?お弁当の必需品です!」

 

中沙綾「そうだね。」

 

 

---

 

 

お花見当日、海岸線--

 

天気は快晴。風もそれほど強くなく、絶好のお花見日和となった。

 

りみ「こうやってみんなで歩いていくのも、なんだか遠足みたいで楽しいね。」

 

香澄「そうだね、りみりん!5人が作ってくれたお弁当が待ち遠しいよー!」

 

小沙綾「腕によりをかけて作りました。特に唐揚げは自信作です!」

 

香澄「あぁ……聞いただけでお腹が空いてきちゃったよー。」

 

リサ「たえ達は料理、どうだった?」

 

中たえ「はい、すっごく頑張りました!」

 

小たえ「夏希達に教わるの楽しかったです。」

 

幸せそうに料理中の出来事を2人が思い返す中、夏希は内心ハラハラが止まらなかった。

 

夏希「いやいや…!おたえ達の手付きを見てて何回指を切り落とすかと思ってハラハラしたよ……。」

 

美咲「それは……見てるだけで怖いね…。」

 

中たえ「大丈夫、ちゃんと10本あるよ。」

 

小たえ「もしかしたら11本になってるかも?」

 

有咲「急に増えたらそっちの方が怖いだろ…。」

 

小たえ「でも、バーテックスと戦ってた時の傷とか結構すぐ治るし。もしかしたら神樹様の力で指の1本や2本生えてくるかも。」

 

その直後、樹海化警報のアラームが響き渡った。

 

紗夜「どうやらバーテックスの方が生えてきたみたいですね。」

 

花音「でもお花見の最中じゃなくて良かったよ…。」

 

イヴ「はい。楽しんでいるところを邪魔されたくはありません。」

 

あこ「だね!バーテックスなんかドーンとすぐやっつけちゃえば大丈夫!」

 

彩「みんな、気を付けてね。」

 

千聖「大丈夫よ、彩ちゃん。荷物お願いね。」

 

勇者達は樹海へと消えていく。

 

 

---

 

 

樹海--

 

ゆり「はぁ……。」

 

友希那「ゆりさん、どうかした?」

 

ゆり「いや、お弁当を彩ちゃん達に任せたよね?」

 

友希那「持ったままだと戦えないし、問題ないように思えるのだけれど…。」

 

ゆり「戻るまでに全部食べ切っちゃわないかって心配でね。」

 

友希那「…………。どうしてそんな心配を?」

 

ゆりからの突拍子もない回答で友希那は唖然としていた。

 

りみ「お姉ちゃん、友希那さん困ってるよ。」

 

ゆり「え?そんなに衝撃的だった!?」

 

中沙綾「食べずに待ってますって。」

 

りみ「みんなで食べるものだもん。」

 

ゆり「でも分からないよ?沙綾ちゃん達の料理美味しいもん!」

 

小沙綾「あ、ありがとうございます…。」

 

あこ「分かります!思わずつまみ食いしたくなるほど美味しそうでした!」

 

ゆり「よし!お弁当を食べる為にも、早くバーテックスを倒すよ!!」

 

あこ「おーーー!!!」

 

りみ「お姉ちゃん……凄い気合…。」

 

美咲「私も食べたいし、ちょっと本気出しますか。」

 

お弁当を食べるという思いで一致団結した勇者達は迫り来るバーテックスの第一陣へと突っ込み戦闘を開始する。

 

 

--

 

 

10分後--

 

第一陣が8割程倒し終えたのだが、バーテックスは勢いそのままに勇者達へ向かって進撃を続けていた。

 

ゆり「まだ来るの!?……はっ!もしかしてバーテックス達もお花見のお弁当狙ってるの!?」

 

あこ「えっ!?それは困るよぉ!」

 

りみ「すみません……お姉ちゃんはお腹が空き過ぎて我を失っているみたいです…。」

 

蘭「空腹は何物にも勝る強敵だから…。」

 

香澄「りみりん、ゆり先輩何かあったの?」

 

りみ「それが……今朝寝坊しちゃって、朝ご飯食べる時間が無くなっちゃったんだ…。」

 

香澄「っ!?じ…じゃあ、まさか……ゆり先輩は朝ご飯を食べずに戦っているんですか!?」

 

ゆり「……そうだよ、香澄ちゃん…。」

 

ゆりは悲し気な目で香澄を見ながら呟いた。

 

香澄「辛い……。そんなの、辛すぎます!なんでゆり先輩が犠牲にならないといけないんですか!?」

 

ゆり「仕方ないんだよ、香澄ちゃん……これも、部長にして上級生の務めだから…。」

 

香澄「……バーテックス、絶対に許さない!!」

 

香澄の目が怒りに満ち満ちる。

 

有咲「部長も上級生も、バーテックスも関係あるか!!」

 

あこ「朝ご飯抜きで戦うのはキツイよ…。あこも分かるもん。」

 

夏希「おにぎり1つくらい先に貰えば良かったんじゃ?」

 

ゆり「ダメだよ、後輩がまだ食べてないのに1人だけ先に食べるなんて出来ないよ!」

 

有咲「立派な心掛けなんだか、てんでダメなのか判断に困る……。」

 

香澄「みんな!ゆり先輩の為にも一気に全部倒しちゃおう!!」

 

全員「「「おー!!!」」」

 

 

---

 

 

とある公園、お花見スポット--

 

ゆり「さて、お花見だよ!お弁当だよ!!」

 

中沙綾「沢山ありますから、いっぱい食べて下さい。」

 

小たえ「私が握ったおにぎりもありますよ。ゆり先輩食べてください。」

 

ゆり「それじゃあ、そのおにぎりから。あむっ………美味しい!」

 

美咲「今日のゆりさんは花より団子だね。おっ、この卵焼き丁度いい味付け。」

 

夏希「それ、多分私が焼いたやつです。」

 

美咲「夏希ちゃん結構料理上手なんだね。これならいつでもお嫁にいけるよ。」

 

夏希「お、お嫁さんって……。美咲さん何言ってるんですか…。」

 

思わず夏希の顔が赤くなる。

 

薫「それくらい美味しいよ、夏希ちゃん。」

 

夏希「薫さんまで…。なんか恥ずかしくなってきました…。」

 

 

--

 

 

友希那「ここの桜も綺麗ね、リサ。」

 

リサ「本当だね。」

 

友希那「……今度は2人で枝垂れ桜を見に行きましょう。」

 

リサ「本当?約束だよ?」

 

友希那「ええ、約束よ。」

 

 

--

 

 

たえは舞い散る桜の花びらをみながら物思いにふけっている。

 

中たえ「?沙綾、来てくれたんだね。」

 

中沙綾「おたえ、あんまり食べてないね。調子悪い?」

 

中たえ「ぜんぜん。寧ろ逆だよ。」

 

中沙綾「逆?」

 

中たえ「凄く嬉しいんだ。沙綾と夏希……勇者部のみんなとこんな風にお花見が出来て。」

 

中沙綾「それは……私もだよ。」

 

中たえ「2年前に桜を見た時はこんなに綺麗だって思わなかったけど……またこうして隣同士いられるなんて……不思議だなぁ。」

 

中沙綾「なんだかとっても嬉しいよね。いつまでもこうやって見てたいくらい綺麗だよね……。」

 

中たえ「うん……。」

 

そんな風に2人で話していると、遠くから2人を呼ぶ夏希の声が。

 

夏希「おーい、2人ともー!なんかみんなでゲームやるんだってー!」

 

中たえ・中沙綾「「ありがとう、夏希!今行くね!」」

 

 

 



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神樹の記憶〜白熱の山手線ゲーム〜

これで春の話は最後となります。

そして次からの4話が最終章最後の物語です。




 

 

公園、お花見スポット--

 

夏希に呼ばれ、みんなの元に戻って来た沙綾とたえ。

 

中たえ「ゆり先輩、何して遊ぶんですか?」

 

ゆり「提案したのはリサちゃんでね、えっと…西暦の時代にあった…ヤマノテセンゲームだったっけ?」

 

リサ「そうだよ。何かテーマやジャンルを決めてそれに沿った答えを順番に答えていくんだ。答えられなかったり、一度言った答えをもう一回言ったら負けだよ。」

 

りみ「答える順番は時計回りですか?」

 

リサ「順番はね…これを使うよ。」

 

リサは予め置いてあったボールを手に取った。

 

リサ「あこがボールを持ってきてたから丁度いいかなって。このボールを投げて、受け取った人が答えてくんだよ。」

 

答える順番は必ずしも時計回りとは限らない。下手をしたら集中砲火を受ける可能性もある知識と共に戦略も試されるのである。

 

香澄「楽しそうです!」

 

あこ「ボール取れなかったらどうするの?」

 

蘭「なら取れないボールを投げた人も負けにしようか。」

 

千聖「良いわね。そのうち違うゲームになっても困るし。」

 

そう言いながら千聖は有咲をチラリと見た。

 

有咲「そ、そんな事するか!」

 

夏希「ところで、ヤマノテセンって何ですか?」

 

紗夜「技の名前です。両手から電車が飛び出す必殺技で、このゲームを極める事が出来れば習得出来るかもしれません。」

 

夏希「ホントですか!?カッコイイ!」

 

紗夜「嘘です。」

 

夏希「えー!?」

 

ゆり「じゃあ、最初はボールを高く投げるから受け取った人がお題とその答えを言ってね。」

 

ゆりがボールを高く放り、山手線ゲームがスタートする。

 

 

--

 

 

最初にボールを手にしたのは香澄だった。

 

香澄「わっ!受け取っちゃった。えっと……お題は勇者部部員の名前フルネーム!」

 

有咲「それすぐ終わるヤツじゃねーか!」

 

香澄「思いつかなくて……。市ヶ谷有咲!」

 

香澄は有咲にパスする。

 

有咲「えっ!?と、戸山香澄!つ、次!」

 

友希那「そうね…花園たえ。」

 

中たえ「はい。……若宮イヴ!」

 

イヴ「…美竹蘭さん。」

 

薫「私だね。白金燐子。」

 

花音「ふぇええ!し、白鷺千聖ちゃん!」

 

 

--

 

 

この後もボールは途切れる事なく回っていく。

 

燐子「瀬田薫さん…。あこちゃん…行くよ…。」

 

あこ「受け取ったよ!えっとね……りんり…じゃなかった。白金燐子!」

 

燐子「あ…。」

 

あこが投げたボールは蘭の元へとくるのだが、

 

蘭「良いボールだけど失格だよ、あこ。」

 

あこ「えー!?」

 

薫「すまない、燐子ちゃんの名前はさっき言ってしまったよ。」

 

あこ「そうだったの!?ぐぬぬ…このゲームは誰が何を言ったのかも覚えてないといけないんだね…。」

 

リサ「あこやった事あるでしょ。」

 

ゆり「じゃああこちゃんは脱落だね。再開する?」

 

紗夜「残ってるのは数人ですから、お題を変えてもう少し難易度の高いものにしませんか?」

 

リサ「それが良いかもね。」

 

ゆり「それじゃあ、二回戦スタート!」

 

 

 

この時はまだ誰も知る由もなかった--

 

 

この二回戦が勇者部山手線ゲーム史上最大の試合になる事など。

 

 

---

 

 

高く上がったボールを手にしたのは美咲だった。

 

美咲「あ、私だ。じゃあ……日本の城の名前。江戸城!」

 

美咲は蘭へとパスする。

 

蘭「長野の名城、松本城。」

 

高嶋「私!?うーんと……丸亀城?これ大丈夫だよね?」

 

あこ「言われちゃった!あこ知ってるの丸亀城だけなのに…。」

 

千聖「松前城。あこちゃん、覚悟してちょうだい!」

 

不適な笑みを浮かべながら千聖はあこにボールをパスする。

 

あこ「ちさ先輩!?うぅ……何も分からないよぉ…。」

 

ゆり「あこちゃんは脱落だね。これは……隙を見せたらやられちゃうね…。」

 

 

--

 

 

その後もボールは回り続け--

 

中沙綾「あちゃー。さすがにお城の名前はいくつも覚えてないや。」

 

沙綾も脱落し、敗者が集う場所へと移動する。

 

香澄「さーや、いらっしゃーい!」

 

中たえ「失格組の仲間入りだね。」

 

薫「気にする事は無いさ。私も首里城しか答えられなかったからね。」

 

夏希「脱落しないで残ってる人達が凄すぎます…。」

 

残っているのは紗夜、美咲、有咲、千聖、燐子の5人。山手線ゲームは終盤戦へと着実に近づいていた。

 

美咲「…二条城!」

 

千聖「岡山城!まだ出てないわよね?」

 

紗夜「岐阜城です。稲葉山城とも言いますね。」

 

有咲「熊本城だ!」

 

有咲は燐子へとボールをパスするが、

 

燐子「……私はもう思いつきません…。リタイアです…。」

 

燐子が脱落し残りは4人。4人はペースを上げ始める。

 

 

--

 

 

りみ「お城の事詳しいんですね。」

 

燐子「歴史小説を読んでいたお陰です…。本当に凄いのは市ヶ谷さんと白鷺さんのお二人です…。」

 

その2人が凄い事は側から見ても分かる事だった。神世紀では西暦の事を知る方法は資料を読むしか無い。まして城ともなれば西暦を生きている紗夜と美咲が圧倒的に有利な筈なのだ。

 

燐子「あのお二方は相当勉強してきたんでしょうね……。」

 

日菜「確かに。有咲ちゃんと千聖ちゃんは施設にいる時から勉強に関してもズバ抜けてたしね。」

 

友希那「それなら納得もいくわね。それにしても紗夜も得意だとは知らなかったわ。」

 

高嶋「紗夜ちゃんはお城建てたり領地を広げてくゲームもやってたから、そのせいかも。ゲームに出てくるお城の事が気になって大体調べたって言ってたよ。」

 

リサ「紗夜は凝り性なところがあるからねぇ。」

 

脱落組が解説している最中、ゲームが動きを見せる。

 

 

--

 

 

千聖「川越城。」

 

美咲「…二条城!」

 

千聖「あら、美咲ちゃん?それはさっき言った筈だわ。」

 

美咲「うっ……。二条城って名前のお城は複数あります!」

 

千聖「確かにあるわね。足利義昭の居城と徳川家康が作ったものとが。」

 

有咲「そうだな。だけど、判定は否だ。それなら先に言った方は"旧二条城"って言うべきだ。」

 

美咲「確かにそうですね……。参りました、私の負けです。」

 

潔く美咲は負けを認め、脱落する。

 

あこ「……ハイレベルすぎてついていけないよ…。」

 

イヴ「内容も、美咲さんの精神性もレベルが高いです。」

 

美咲「紗夜さん、西暦の事はあなたに託します。頑張ってください!」

 

紗夜「荷が重すぎます……。」

 

 

--

 

 

それからもボールは途切れる事無く回り続けて10分が経過し--

 

紗夜「……若松城です。」

 

有咲「萩城!」

 

千聖「後は…犬山城。これはまだ言ってなかった筈よね。」

 

 

--

 

 

小沙綾「3人になって大分経ちますけど、これ終わるんですか?」

 

美咲「うん。決着は近いよ。もうすぐ勝負は付く。」

 

3人の真剣勝負を美咲は目を背ける事無く真っ直ぐ見続けていた。そして決着の時は訪れる。

 

 

--

 

 

千聖「これで決まりよ、有咲ちゃん。白河小峰城!」

 

千聖が投げたボールは有咲の手元へ吸い込まれていく。

 

有咲「うっ……くっ…………私の負けだ…。」

 

香澄「あー!有咲負けちゃったぁ!これで残ったのは千聖さんと紗夜さんでの一騎討ちだね!」

 

紗夜「いいえ、勝負はこれで終わりです。」

 

香澄「え?」

 

千聖「そうね。ごめんなさい、有咲ちゃん。」

 

有咲「……千聖にボールが回った時からそうだろうなって思ってたよ。」

 

香澄「えっと、どういう事?有咲が負けたんじゃないの?」

 

実は、千聖が最後に言った白河小峰城が西暦時代の日本にある城の最後の1つだったのだ。その為、ボールを受け取った有咲は必然的に負けとなるのである。

 

有咲「だからボールを受け取った私が必ず負けるんだ。」

 

蘭「じゃあ、日本の城の名前全部出たんだ…。」

 

あこ「ハ、ハイレベルだ……。」

 

高嶋「紗夜ちゃんも有咲ちゃんも千聖ちゃんもみんな凄いよ!!」

 

最後まで戦い抜いた3人に惜しまない拍手が贈られる。

 

紗夜「気恥ずかしいですね…。」

 

千聖「ええ。だけど、楽しかったわ。」

 

有咲「そうだな。久々に本気になったよ。」

 

ゆり「でも、次のお題は果物とか動物とか、みんなが出来るものにしないとね。」

 

全員「「「あはははっ!!!」」」

 

 

 



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神樹の記憶〜最後のシャボン〜

神樹の記憶編最後のお話になります。

前半2つの物語の時系列は赤嶺と最後の決着をつける前です。




 

 

誰もいない勇者部部室--

 

 

これまでに数々のシャボンから様々な勇者達の記憶を上間見てきた--

 

 

笑顔や--

 

 

時には悲しみ--

 

 

楽しかった思い出に悲しかった思い出--

 

 

出会いと別れ--

 

 

記憶のシャボン残り1つとなった。今、その最後の1つが光に包まれる--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

ゆり「あれからどれくらい経ったでしょう。」

 

厳かな空気の中話し始める神世紀勇者部組。

 

中たえ「固い絆に想いを寄せてみると。」

 

中沙綾「語り尽くせない青春の日々がありました。」

 

有咲「時には傷付き、時には喜んで。」

 

りみ「肩を叩き合ったあの日々。」

 

香澄「という訳で、ジャジャーン!!」

 

美咲「ジャジャーン?さっぱり意味不明だけど、なんか笑える。」

 

あこ「今日は誰かの記念日なの?」

 

リサ「違うよ。でも、強いて言うならみんなのかな。」

 

友希那「それはどういう事?」

 

モカ「間も無くこの世界での御役目が終わるんで、その前にパーっとって事です。」

 

ほぼ全ての領地を奪還する事が出来た勇者部一同。残るは赤嶺との決着と造反神を鎮めるだけとなり、その前にお祝いをしようとの事だった。

 

花音「私達は合流してから少ししか経ってないけど良いのかな?」

 

香澄「勿論です!」

 

薫「思えば、当初から考えると私達は随分と仲良くなったものだね。」

 

彩「そうだね。これも神樹様の加護があっての事だよ。」

 

ゆり「さて、それじゃあどうするかみんなで決めていこうか!」

 

 

--

 

 

日菜「はいはーい!みんなでドレスを着てパーティなんかどうかな?」

 

リサ「それ良いね!写真の撮り甲斐があるよ。」

 

日菜の提案に盛り上がりをみせる勇者達。

 

千聖「けれど、本当にここの人達は特別なイベントが好きなのね。毎回よく考えるものだと感心するわ。」

 

高嶋「それはそうだよ!元の世界にいたら絶対に知り合えなかったみんなとこうして出逢えた奇跡を感謝してるから。」

 

香澄「盛大にお祝いしたいですから!」

 

ゆり「よーし、じゃあ今からドレスを選びに行くよ!」

 

ドレス選びにはある程度時間がかかってしまう為、勇者達は何班かに分かれて順番に行く事にした。まず初めは防人組からだ。

 

花音「ドレス選びなんて初めてだから分かるかなぁ。」

 

リサ「安心して。後で私と美咲も見に来るから。」

 

イヴ「そのお二方がいれば安心ですね。」

 

中沙綾「それにそんなに心配ないよ。5人で行って、互いに見せ合って選べばすぐに最高の1着が決まるから。」

 

花音「そ、そうかなぁ。」

 

香澄「そうです!自分ではあやふやでも、似合う色とかはきっと親友が分かってくれてますから。」

 

有咲「そういう事だ。」

 

香澄達に背中を押され、防人組は早速レンタルショップへと出かけるのだった。

 

 

---

 

 

レンタルショップ--

 

千聖「こ、これは……。」

 

目の前に広がるのは様々な数のドレス達。夥しいと言っても過言ではない。

 

イヴ「ドレスが沢山です…。」

 

いざ豪華絢爛なドレスを目の前にすると、年頃の少女達もどれを選べば良いのか迷ってしまう。

 

日菜「たかがドレス選びだよ?そんな挙動不審になる必要なんてないよ。」

 

彩「日菜ちゃんはこんなドレス着た事あるの?」

 

日菜「え?」

 

彩「慣れてるなら日菜ちゃんに選んでもらいたいな。」

 

イヴ「そうですね。着た事があるのなら教えて欲しいです。」

 

千聖「こんなにあるんじゃ、見るだけで日が暮れるわね。日菜ちゃん、お願い出来る?」

 

日菜「え…?そ、そうだね……。」

 

急にみんなから頼りにされるので、日菜も若干戸惑ってしまう。

 

日菜「よ、よーし!この日菜ちゃんの慧眼でもって、みんなにピッタリなドレスを決めちゃうよ!」

 

日菜は軽く腕まくりし、みんなに合わないサイズのドレスをまず除外していく。

 

花音「着られないのは先に外しちゃうんだね。合理的だぁ。」

 

彩「さすが日菜ちゃん!」

 

着られないドレスを外したものの、残ったドレスはお店の半分以上残っている。

 

イヴ「ここならどう選んでいくのでしょう?」

 

日菜「え…っとねー……。」

 

突如日菜の手がピタリと動きを止める。

 

千聖「日菜ちゃん?」

 

日菜「………それは、もう…アレだよ。」

 

彩「アレ?」

 

日菜「センス…かな。」

 

 

--

 

 

日菜「千聖ちゃんはこれ!」

 

千聖「えっ?」

 

日菜「彩ちゃんはこれかな。」

 

彩「これって……。」

 

日菜「そしてイヴちゃんはこれ!」

 

イヴ「………。」

 

イヴ「バッキャロー!こんな素っ裸みてーな服着れると思ってんのか!」

 

日菜「えー。カクテルドレスだよ。」

 

千聖「お店に置いてあるんだから当然そうなのだろうけど………これはちょっと。」

 

日菜が選んだドレスはどれも背中と胸が開きすぎでスリットが大きく脚もかなり露出度が高めだった。

 

日菜「非日常を彩るならこれくらいやらないとダメじゃない?」

 

彩「う、うん……選んでもらってすっごく感謝だけど…で、でも…大丈夫大丈夫。」

 

イヴ「丸山。良いから思った事ははっきり言え。そうでなきゃ伝わんねーぞ。」

 

彩「こ、これを着るのは……うぅ…恥ずかしいよぉ……。」

 

日菜「がーーん!!」

 

全員からの不評を受け、思わず日菜は膝から崩れ落ちる。

 

花音「うぅ…ショック受けてるのはこっちもだよ…。」

 

千聖「日菜ちゃん、立って頂戴。店員さんがこちらを見てるわよ。」

 

彩「ごめんね、日菜ちゃん。」

 

日菜「全然気にしない!今度こそちゃんとドレス選ぶよ!」

 

千聖「大丈夫かしら……。」

 

 

--

 

それから1時間程が経ち--

 

日菜「ううーーん、ふぬぅーーー!!」

 

イヴ「日菜さん、長考ですね…。」

 

千聖「日菜ちゃん、もうかれこれ1時間は経つわよ。」

 

日菜「ま、待って!もう少しだけ…。」

 

その時、待望の援軍が駆けつける。

 

リサ「みんな、様子を見に来たよ。」

 

美咲「どうかな、みんな?」

 

彩「リサちゃんに美咲ちゃん!」

 

花音「地獄に仏とはこの事だよぉ!」

 

リサ「どうしたの、花音!?ドレスは?」

 

千聖「実は……。」

 

千聖はこれまでの経緯を2人に説明する。

 

 

--

 

 

リサ「成る程ねぇ。」

 

日菜「だってー。あれから色は良くても形はとか、シルエットが良くても飾りが多すぎるとか、注文が多いんだもーん!!」

 

リサ「うーん、ここに何着か並べてあるのが候補なんだね?」

 

最初は店の半分近くあったドレスも、何とか数十着に絞り込む事までは出来ていた。

 

美咲「どれも良いものだと思いますけど……。こうやって置いて見ちゃうと決められませんよね…。」

 

イヴ「どうしたら決められるんでしょう?」

 

美咲「あのですね、着て見る前から自分がこれを着たらって想像しない方が良いと思いますよ。」

 

花音「ふぇ?じゃあ、取り敢えず着て見るって事?」

 

美咲「そうですね。考えるな、感じろってやつです。」

 

彩「美咲ちゃんの言う通りかも。試着もしないで選んでばっかりだと、選んでくれた日菜ちゃんにも失礼だよね。」

 

日菜「あ、彩ちゃん……!」

 

リサ「よし!そうと決まったら、取り敢えずこの中からパッと手に取ってサッと着てみよう!話はそれからだよ。」

 

千聖達は思い思いにドレスを手に取り、試着室へと入っていくのだった。

 

 

--

 

 

試着室--

 

千聖「う……ここは、これで良いのかしら?本当に……?私、大丈夫………?」

 

日菜「花音ちゃん、後ろ向いて。ファスナー上げるから。」

 

花音「ありがとう。ふぇぇ…何だかお腹周りが苦しいような…。」

 

日菜「これはそういうものだから我慢して。」

 

彩「あ……何だか思ってたより…。ううん、想像よりずっと……。」

 

イヴ「彩さん、可愛いですよ。」

 

彩「イヴちゃんもだよ!きっともう1人のイヴちゃんにも似合うよ、そのドレス!」

 

イヴはもう1人のイヴに変わろうとするのだが、恥ずかしがって表に出てこなかった。

 

イヴ「……ダメでした。出てきてくれません。」

 

 

--

 

 

リサ「成功だね。」

 

美咲「はい。ドレスは迷うより着て見るべしって事ですね。」

 

 

--

 

 

千聖達が試着室に入ってから数十分経った頃--

 

リサ「みんな、着れた?」

 

美咲「それじゃあ、カーテンオープン!」

 

カーテンを開けるとそこには--

 

 

 

 

リサ・美咲「「おおーーっ!」」

 

美しいドレスを見に纏った防人組の面々が。千聖は黄色、彩はピンク、イヴは紫、日菜は水色、花音は青のドレスがそれぞれを美しく際立てていた。

 

千聖「だ、大丈夫なの…これで。」

 

花音「千聖ちゃん、さっきからそればっかりだよ。全然大丈夫!」

 

彩「千聖ちゃん、とっても似合ってるよ!」

 

千聖「彩ちゃんも可愛いわ。みんなも、見違えたわね。」

 

日菜「花音ちゃん、どう?私の見立ては。」

 

花音「うん。最初よりはだいぶ軌道修正出来てるよ。」

 

イヴ「日菜さん、ありがとうございます。」

 

日菜「うんうん!イヴちゃんも似合ってるよ。きっともう1人のイヴちゃんにもね。」

 

イヴ「そうですね……。」

 

千聖「日菜ちゃんだってこうしてると本当にお嬢様って感じがするわね。」

 

日菜「えへへ……そうかな?」

 

千聖「着るものなんて、普段からあまり意識してなかったけど、こうして着て見ると気が引き締まる思いがするわ。」

 

美咲「あはは、千聖さんらしい感想ですね。どうです?アゲアゲになりました?」

 

千聖「そうね……確かにアゲアゲね。」

 

リサ「最高だよ、みんな!着崩れないうちに写真撮っちゃうよ!」

 

 

--

 

 

千聖「それで、この後はどうするのかしら?ドレスも決まった事だし、当日まで何か準備するの?」

 

美咲「実は、もう準備は整ってるんです。」

 

千聖「え?」

 

千聖達がドレスを選んでいる間に、リサとたえが大赦に話をつけて会場と料理を押さえていたのである。

 

彩「そうだったの!?何も手伝えなくてごめんね…。」

 

リサ「気にしないで。みんなには沢山助けてもらったからさ。」

 

イヴ「そうなんですね。みなさん、温かい人達ばかりです…。」

 

千聖「そうね。みんな心が温かい人達ばかり。この世界に来れた事……感謝してるわ。」

 

花音「そうだね。盛大にお祝いしちゃうよ。」

 

リサ「うんうん!それじゃあ、パーティ会場まで行こうか!」

 

防人組「「「おーーっ!!」」」

 

 

---

 

 

7人がお店を後にした後、お店に入る影が1人--

 

 

赤嶺「ふーん、パーティねぇ……。良い御身分だよ…。本当にお気楽な勇者様達……。呆れるのを通り越して、感心しちゃうよ。いつまで笑顔でいられるか、見物だね…。」

 

 

 

 



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神樹の記憶〜Aurora Days〜

久々に赤嶺が物語に登場します。

3人の香澄達との掛け合いをお楽しみに。きらめきの章では赤嶺も勇者部の仲間として活躍していきます。



 

 

パーティ会場--

 

花音「うわぁ!お城の広間みたい…!」

 

千聖「これは……想像以上ね…。」

 

彩「御伽の国に来たみたいだよ!」

 

防人組は豪華絢爛な会場を見て驚きを隠さないでいた。

 

有咲「どうだ、気に入ったか?……って、千聖……。」

 

千聖「ど、どうしたの、有咲ちゃん…。」

 

有咲「に、似合ってるぞ…。綺麗だな。」

 

照れ臭そうに顔を赤くしながら千聖を褒める有咲。

 

千聖「あ、ありがとう。……そういうあなたもね…。」

 

防人組だけでなく、他の勇者部メンバーも全員華麗なドレスを見に纏っている。役者が全員揃ったところで、部長であるゆりが乾杯の挨拶をとる。

 

ゆり「コホン!えー、本日はお日柄も良く…。」

 

美咲「短くて良いですからね、先輩。3つの袋とか言わなくて大丈夫ですから。」

 

ゆり「分かってるよ。えー、異世界での暮らしももうすぐ終わりが近付いてきたけど、私達勇者部も防人組が加わり益々の発展を遂げて、従来から御役目に参加してるメンバーと共に…。」

 

あこ「……あのお皿の料理、なんて言うのかな?早く食べたーい!」

 

夏希「ドレス着てるけど、ガッツリ食べますよ!」

 

ゆり「今後も気を引き締め、日頃から常に精進を重ね……。」

 

小たえ「……Zzz。」

 

友希那「は、花園さん!起きてちょうだい!」

 

ゆり「…………もう良いや!みんなかんぱーい!!」

 

全員「「「かんぱーい!!」」」

 

あこ・夏希「「いっただっきまーー…。」」

 

パーティが今まさに始まったその時だった--

 

 

 

 

全員「「「っ!?」」」

 

タイミングを見計ったかのように樹海化警報が鳴り出したのである。

 

ゆり「バーテックスも私のスピーチの邪魔を!?」

 

美咲「まぁ、長くなりそうだったので中断は良かったんですけど…敵襲は無いですよね。」

 

蘭「本当最悪。空気が読めないバーテックスだよ。」

 

みんなが怒り心頭の中、赤嶺が勇者達の目の前に現れる。

 

赤嶺「そう?読んだつもりなんだけどなぁ。」

 

小沙綾「あなたを招待した覚えはないです!」

 

赤嶺「昔々、華やかなパーティに招待されなかった悪い魔女は、腹いせにどうしたんだっけ?」

 

燐子「参加者全員に…呪いをかけて石にした……。眠り姫ですね…?」

 

友希那「じゃあ、まさか花園さんは…。」

 

小たえ「……ふぁあ。どうしました?」

 

友希那「良かった…。」

 

赤嶺「当たり前だよ。私に出来る事はせいぜい、お祝いに水を差す事くらいだからさ。みんながあまりに楽しそうだから混ぜて欲しくてさ。ねえ?」

 

そう言って赤嶺が指を鳴らすと、背後から大量の"双子型"が現れる。

 

モカ「うわぁ……。いっぱいいるよ。」

 

リサ「突破力のある敵だよ!全員で足を止めて!」

 

香澄「赤嶺ちゃんの気持ちはよく分かったよ!」

 

高嶋「私達はそれを全力で受け止める!」

 

香澄・高嶋「「いっくぞーーーっ!!」」

 

 

勇者達は一斉に変身し、迫り来る"双子型"の群れと相対するのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

あこ「とりゃあーーっ!お腹空いたぁ!」

 

夏希「お腹空いたお腹空いたお腹空いたぁ!!」

 

中には至福の楽しみを邪魔された怒りから。

 

ゆり「このバーテックス!私のスピーチを邪魔するなぁ!」

 

燐子「あの…襲撃はスピーチが終わってからだったかと……。」

 

中には見せ場を邪魔された怒りから。

 

香澄・高嶋「「ダブル勇者パーーーンチ!!」」

 

中には相手の思いを全力で受け取る為に。それぞれが個々の思いを糧に"双子型"を殲滅していく。

 

赤嶺「うわああっ!?」

 

日菜「赤嶺ちゃん。私達のパーティを邪魔した罪は地球より重たいよ!」

 

赤嶺「そ、そうみたい…だね……。痛たた…ちょっとビックリ。」

 

りみ「みんながお腹を空かせたところにやって来るなんて、いくらなんでも自殺行為だよ…。」

 

あこ・夏希「「ガルルルル!」」

 

2人はまさに飢えた獣の如く赤嶺を睨みつけている。

 

赤嶺「次からは気をつけるよ。フン……どうせ今回はちょっと水を差しに来ただけだったし、またね……。」

 

いつものようにやられた赤嶺が撤退しようとしたまさに一瞬の隙だった。

 

香澄・高嶋「「あーかみーねちゃん!!」」

 

赤嶺「っ!?な、なに……。」

 

2人の香澄が赤嶺に抱き付き逃亡を阻止する。

 

香澄「赤嶺ちゃんが来てくれるなんて思わなかったよ!」

 

高嶋「しかも、自分から混ざりたいって言ってくれるなんて感激だね!」

 

赤嶺「は?そんな事言ってない。単なる嫌味だし…!」

 

香澄・高嶋「「一緒にお祝いしょう!」」

 

薫「一緒にお祝いという事は…赤嶺もドレスを着るのかい?」

 

赤嶺「はあ!?お姉様何を言って…。」

 

香澄「それ良いですね!薫さん、さすがです!」

 

高嶋「今から、赤嶺ちゃんのドレスを選びにお店に急行だぁ!」

 

赤嶺は必死で振り解こうとするが、2人の香澄は信じられないくらいの力で赤嶺を離さない。」

 

赤嶺「ちょっ、嘘でしょ!?は、離して!離せぇーーー!」

 

赤嶺の悲痛な叫びも虚しく、3人の香澄は樹海の彼方へと消えてしまった。

 

中沙綾・紗夜「「ぼーぜん……。」」

 

花音「ふぇええ!?香澄ちゃん達、赤嶺ちゃんを引き摺って行っちゃったけど、良いんですか!?」

 

ゆり「いやぁ……まぁ……香澄ちゃん達だし…良いかなぁ…。」

 

紗夜「良くないです!!どうして止めないんですか、ゆりさん!」

 

ゆり「あはは…ごめんね。」

 

中沙綾「敵と一緒に買い物なんて心配だよ香澄!」

 

紗夜「こうしてはいられないです!行きましょう、山吹さん!」

 

中沙綾「そうですね、紗夜さん!」

 

2人も香澄達の後を追って消えてしまう。

 

イヴ「行っちまったぞ。どーすんだ、ありゃ。」

 

千聖「ゆりさん、指示を。」

 

ゆり「あ、うん……そうだね。」

 

あこ・夏希「「お腹空いた!ご・は・ん!お腹空いた!ご・は・ん!」」

 

側では2人の小さな飢えた獣がお腹を空かせて痺れを切らしている。

 

ゆり「良し!私達は戻ってパーティの続きだよ!」

 

 

---

 

 

レンタルショップ--

 

赤嶺を連行した2人の香澄は到着するやいなやドレスを選び始める。

 

香澄「これが良いかなぁ。それとも、こっちが似合うかなぁ?」

 

高嶋「これも良いねぇ。あ、でもでも、そっちも良いなぁ。」

 

赤嶺「………………。」

 

香澄・高嶋「「赤嶺ちゃんはどう思う?」」

 

赤嶺「どうでも良いんだけどさ……。」

 

香澄・高嶋「「なになに?」」

 

赤嶺「2人とも手を離してくれない?」

 

香澄「でも、赤嶺ちゃん、縄でぐるぐる巻きにしてもすぐ逃げれちゃうし。」

 

高嶋「こうしておくのが一番だと思って。」

 

赤嶺「逃げないって約束するから離してよ。」

 

香澄「うん、分かった。」

 

高嶋「良いよ。」

 

赤嶺の頼みをすんなり聞き入れ、香澄達は手を離す。

 

赤嶺「え………本当に離した。あなた達…バカ?」

 

香澄「えへへ……よく言われる。」

 

高嶋「私はあんまり言われないけど、バカっぽい?」

 

赤嶺「ぽいなんてもんじゃないでしょ。敵の言う事をすぐ真に受けて。」

 

高嶋「うーん?でも今、言ったよね?」

 

香澄「うん、言ったよ。逃げないって。」

 

赤嶺「はぁ……呆れた。本当は逃げるつもりだったのに、その気力さえ失せちゃったよ。」

 

何処までも真っ直ぐで純粋な2人の香澄の言葉で赤嶺の毒気もすっかり抜けてしまった。

 

香澄「なーんだ。それじゃあ結果オーライだね。」

 

高嶋「赤嶺ちゃんも嘘つかないで済んだね。良かった。」

 

赤嶺「あなた達……頭のネジ、何処にやった訳?同じ香澄なのに、ついて行けないよ。」

 

香澄・高嶋「「えっへへー♪」」

 

2人は赤嶺に抱きついた。

 

赤嶺「な、何……気持ち悪いなぁ。そんなにくっつかないでってば。」

 

香澄「だってー、赤嶺ちゃんたらー♪」

 

高嶋「同じ香澄だってー♪」

 

香澄「嬉しいね、高嶋ちゃん!」

 

高嶋「そうだね、戸山ちゃん!」

 

香澄・高嶋「「あははは!」」

 

赤嶺「はぁ………。もう、誰か助けて…。」

 

香澄「あっ、ごめんね。すぐにドレス選んじゃうから。」

 

高嶋「赤嶺ちゃんは何色が好き?やっぱり赤かな?」

 

赤嶺「何でも良いよ……。」

 

香澄・高嶋「「そういう訳にはいかないよ!」」

 

赤嶺「意地悪く戦闘仕掛けた割に負けちゃってカッコ悪いから、罰でも何でも受ける。」

 

香澄「罰じゃないよ?綺麗なドレスでお祝いするんだよ。」

 

赤嶺「"私にだけ"ドレス着せて、それを写真にでも撮ってみんなで笑うんでしょ?罰じゃん。」

 

高嶋「え?それって、1人じゃヤダって事?ていう事は……。」

 

香澄「私と高嶋ちゃんにも着て欲しいって事!?もー、早く言ってよ赤嶺ちゃーん!!」

 

更にノリノリになる2人を見て、赤嶺はしまったと顔をしかめてしまう。

 

赤嶺「どういう思考回路!?なーんでそういう話になっちゃう訳!?あーもぉーー。」

 

 

---

 

 

中沙綾・紗夜「「はぁはぁはぁ……。」」

 

息を切らしながらレンタルショップへ入ってきたのは沙綾と紗夜の2人。若干2人の目は血走っている。

 

中沙綾「香澄!」

 

紗夜「高嶋さん、赤嶺に騙されて何かされてやいないかしら……。」

 

血相を変えてお店の中を探索していると、奥から香澄達の楽しそうに笑う声が聞こえてくる。

 

中沙綾「ちょっと待ってください!2人の声が…。」

 

高嶋「やだなぁー、戸山ちゃんったらー♪」

 

香澄「えへへー、高嶋ちゃんこそー♪」

 

声がする方向には試着室が。

 

紗夜「し、試着室からです!?一体何故3人で……。」

 

赤嶺「ちょ、何処へも行かないって。だから変なところ触んないでよ……。」

 

中沙綾・紗夜「「へ、変なところ!?」」

 

高嶋「えー、変なところって何処?」

 

香澄「ここかなー?うりゃ♪」

 

赤嶺「ひゃうっ!?や、やだってば。もう怒ったよ………お返し、えい!」

 

中沙綾・紗夜「「………。」」

 

香澄「ひゃん!赤嶺ちゃ…っヒャハハハッ!」

 

高嶋「ヤ、ちょっ、赤嶺ちゃんもツボ掴むの上手…ぅ、ひゃああん♪」

 

中沙綾・紗夜「「………………。」」

 

徐々に2人の目から光が消えていく。

 

香澄達「「「アハハ……ひゃぁあっ、えいっ、コチョコチョ!ヒャハハハ♪ふやぁああっ、アハハハ!!」」」

 

中沙綾・紗夜「「ああああああああああ……!!」」

 

ピンク色の声に混じって重低音の怨叉の声が唸り出す。

 

紗夜「な、何をしてるんですか!?いけません高嶋さん、敵とそんな!」

 

中沙綾「も、もう我慢出来ない!」

 

沙綾は試着室のカーテンを勢い良く開ける。

 

香澄達「「「きゃあっ!?」」」

 

中沙綾・紗夜「「っ!?ま、眩しいっ!」」

 

2人は余りの神々しさに目を伏せてしまう。

 

香澄「あれ?さーや?」

 

高嶋「紗夜ちゃんも!来てくれたんだ?」

 

そこにいたのは天使と見まごう程に美しいピンクのドレスを着飾った香澄達。

 

中沙綾「あ、あぁぁぁああ…香澄……。」

 

紗夜「た、た、高嶋…さ……あの、私……。」

 

中沙綾・紗夜「「来て良かったぁーーっ!!」」

 

思わず心の叫びが口に出てしまう2人。一方で赤嶺は、

 

赤嶺「…………………。」

 

高嶋「ねぇねぇ、どう?赤嶺ちゃん!」

 

香澄「可愛いでしょ!」

 

赤嶺「………………。」

 

中沙綾「うんうん、さすがは香澄の名を持つ人だね。とっても綺麗だよ。」

 

紗夜「敵ながら、見事な艶姿です……。」

 

赤嶺「な、何言ってんの……バカみたい。」

 

香澄「良かったね、赤嶺ちゃん。綺麗だって!」

 

赤嶺「フ、フン……これで満足?も、もう良いでしょ。あーバカバカしい。バイバイ!」

 

限界をとうに越した赤嶺は顔を真っ赤にして消えてしまった。

 

香澄「あっ!消えちゃった……。せっかく一緒にパーティでご飯食べようと思ったのに…。」

 

高嶋「残念だったね……。でも、きっとこれからはもっと仲良くなれるよ。だって私達……。」

 

香澄・高嶋「「同じ香澄だもんね♪」」

 

 

 



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神樹の記憶〜かけがえのない色纏って〜

ラスト2話となりました。ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。皆さんあってこその道のりでした。

次回、神樹の記憶編最終回。最後まで読んでくださると嬉しいです。




 

 

勇者部部室--

 

赤嶺香澄によるバーテックスの襲撃があったものの、何とかこれを退けパーティを成功させた勇者達。

 

ゆり「まぁ、一悶着あったけど無事パーティは終わったね。」

 

あこ「ご飯美味しかったなぁ。またやりたいよ。」

 

夏希「本当ですね。」

 

小沙綾「全く、いつまでもこの世界にはいれないんだからね。」

 

美咲「良いじゃない。どうせいつ帰っても元通りなんだし、長引くのも歓迎だな。私は。」

 

紗夜「不謹慎ですけど、そう言いたくなる気持ちは分かります、奥沢さん。」

 

花音「私も!戦闘が怖いのは何処でも同じだけど、ここなら強いみんながいるし、毎日楽しいし。」

 

彩「この世界に呼ばれて、今まで知らなかった事が沢山勉強出来たのが嬉しかったよ。」

 

イヴ「はい。それに、元の世界だと知り合えなかった人と仲良くなる事が出来て良かったです。」

 

日菜「確かに。私も、敵だったとはいえ氷河家を知る人と出会えた事は感慨深いもん。」

 

千聖「まだ短い期間だけれど、自分に起きた変化。それが、私にとって好ましい物だと思ったのは、収穫だわ。」

 

有咲「真面目で堅すぎる所も、これから変わったら尚良いんだけどな。」

 

千聖「あら、それはあなたみたいなという意味かしら?」

 

有咲「私?私は別に、何処にいたって変わらないよ。今も昔もずっと完全完璧完成型勇者の市ヶ谷有咲だ。」

 

千聖「………そういう事にしておくわ。」

 

勇者部のみんなはここで過ごしてきた日々を懐かしみ、互いにこれまでの日々に思いを馳せていた。

 

薫「これまで、振り返ると長かった気もするが、あっという間だった気がするね。」

 

友希那「ええ。その間、私達はここで戦い、守り、同時に人々に支えられながら生きてきたわ。最後に街の人達に何か感謝の意を示す事が出来たら良いわね。」

 

蘭「私も同じ事を考えてました。畑でお世話になった人達も多いですから。」

 

全員が思っている事は同じ。みんなが同じ言葉を思い浮かべていた。

 

 

恩返しがしたいと--

 

 

モカ「なんだかんだでこっちでもお世話になる人多かったもんね。」

 

小たえ「勇者の恩返しだね。」

 

中たえ「それ良い考え。」

 

中沙綾「私達に出来る事だね。」

 

香澄「ゴミ拾いとか?」

 

リサ「それだと普段通りじゃない?」

 

高嶋「どうすれば、街の人達に喜んでもらえるような恩返しが出来るかな?」

 

香澄達は唸る事しか出来なかった。簡単なボランティア等は部活動として普段からやってきている。何か特別な事をしてあげたい。それが一番のネックだった。

 

紗夜「これは……意外と難題かもしれませんね。」

 

ゆり「あっ、そうだ!!」

 

ゆりはとある催しが商店街である事を思い出す。

 

りみ「何か思いついたの、お姉ちゃん?」

 

ゆり「あのね、次の週末に商店街の活性化計画の一環で吹奏楽団が演奏パレードをするって聞いてるんだ。」

 

高嶋「うわぁ、楽しそう!曲を演奏しながら街を練り歩くやつですよね?テレビで見た事あります!」

 

 

ゆり「そう!大通りに街のみんなが見物に出て来て商店街が出店を出したりして、大賑わいの催しだよ。それで思い付いたんだけど、勇者部もそのパレードに参加させてもらったらどうかな?」

 

夏希「すっごい盛り上がりそうです!やりましょう!参加したいです!」

 

小沙綾「楽器を演奏するんですか?」

 

ゆり「違う違う。私達が参加するのは豪華衣装でパレードに加わって、盛大に盛り上げて街中をアゲアゲにしちゃうって事!」

 

千聖「確かにアゲアゲは良い事ですね。防人は参加するわ。」

 

珍しく千聖が前向きに賛成を表明する。

 

彩「コスプレだね♪可愛い洋服が着れるのはとっても嬉しいよ!」

 

美咲「そうですね。せっかくですから手作りの洋服で参加しませんか?こんな事もあろうかと、燐子さんにも衣装作りの勉強をしてもらったんです。」

 

あこ「凄いよ、りんりん!」

 

燐子「ありがとう、あこちゃん…頑張るよ…。」

 

ゆり「ありがとう、任せるね。」

 

美咲「任せてください。時間も無いですし、みんなにも手伝ってもらいますけどね。」

 

香澄「勿論だよ!ね、さーや。」

 

中沙綾「そうだね。何でも協力するよ!」

 

勇者部は美咲と燐子を中心として早速衣装作りに取り掛かるのだった。

 

ゆり「私は早速、商店街と吹奏楽団に連絡して調整作業に取り掛かるから、後は任せたよ!」

 

ゆりが部室を後にしようとした時、

 

薫「ゆり。」

 

ゆり「ん?」

 

薫「いつも……済まないね。」

 

ゆり「ど、どうしたの急に。私が好きでやってる事だよ。それじゃあね!」

 

 

--

 

 

日菜「そうと決まったら早速役割分担だね。美咲ちゃん、お願い!」

 

美咲「分かりました。今リスト作りますから、少し待っててください。」

 

りみ「私も手伝うよ。これまでのイベントの作業表が残ってるからそれを参考にしてね。」

 

千聖「この効率で無駄の無い動きと流れ。これが共に戦う仲間同士の連携なのね……。」

 

この世界に来て一番学ぶ事が多かったのは千聖だったのかもしれない。ここに来て千聖は仲間と戦う大切さを学んだのだから。

 

有咲「何しみじみしてるんだよ。今は千聖もその中の1人だろ?」

 

千聖「私も……ふふっ、そうね。その通りよ。さあ、私は何をすれば良いのかしら?」

 

 

--

 

 

それから数十分が経過した頃--

 

燐子「これで…大体の方針は決まりました…。」

 

美咲「はい。先ずは衣装班ですけど、こっちは私と燐子さんのアイデアを元にデザイン及び衣装の製作が主です。」

 

製作班のメンバーは沙綾達、高嶋、リサ、りみ、モカ、たえ達、日菜、彩。そして小道具作成班は残った夏希、あこ、香澄、紗夜、友希那、蘭、有咲、千聖、花音、イヴ、薫である。

 

美咲「仲良しと離して悪いんですけど、今回は我慢してください。」

 

燐子「効率を重視して…それぞれの得意分野で分けました…。」

 

2人はそう言って沙綾と紗夜に目線を送った。

 

中沙綾「私達の事?大丈夫だよ、心配しないで。」

 

紗夜「何処か遠い知らない世界に行く訳ではありませんし、大袈裟です。」

 

薫「ふむ……美咲はみんなの事をよく見ているんだね。」

 

紗夜「それもこの年月が培ってきた新たな資質という事なのでしょうね。」

 

蘭「私達はただガムシャラに戦ってきただけじゃ無いって事です。」

 

日々が積み重なっていく事で時間はかけがえのない物へと変化していく。

 

香澄「何か…良いね、これ!友達が、もっともっとすっごい友達になっていくのって。」

 

イヴ「はい…友達…とっても良い響きです。」

 

千聖「イヴちゃん、頑張りましょう。このイベントを私達の手で成功に導くわよ。」

 

有咲「それも良いけど、千聖も楽しめよ。」

 

千聖「楽しむ?」

 

有咲「あんたが楽しむ姿を見て、喜ぶ人間が周りに大勢いるだろ?成功だけを目指して力むより、作業の工程を楽しんでやる事も大事なんだからな。」

 

そう言われ、千聖は周りを見回し、ため息をついた。

 

千聖「ふぅ……。あなたはいつもそうやって私の一歩先を歩いているわね。」

 

有咲「え?」

 

千聖「いいえ、何でも無いわ。………そうね。私も精一杯楽しむわ。言われなくてもね。」

 

有咲「ならオッケーだ。」

 

勇者達は各班に分かれて作業を開始するのだった。

 

 

---

 

 

製作班サイド--

 

燐子「以上が、今回のコンセプトです…。ここに、皆さんのアイデアを盛り込みたいんですが…。」

 

美咲「基本は基本でありますけど、やっぱり勇者部ならではのオリジナリティも大事ですから。」

 

高嶋「勇者部のオリジナリティって?例えばどんな所かなぁ。」

 

彩「勇ましい感じとか、猛々しい雰囲気とかかなぁ。」

 

りみ「確かに、勇者ならそんなイメージですけど、私達はそれだけじゃ無いかも…。友希那さんや夏希ちゃんはそんな感じだけど、私は…あんまり。」

 

中沙綾「確かにね。」

 

美咲「まぁ、そうだよね。勇者部にいるのは勇者だけじゃ無いし。」

 

モカ「巫女もいるよー。」

 

小沙綾「そうですね。巫女さんがいてこその勇者部ですし。」

 

燐子「そこです…。可愛さと雄々しさの融合…。それこそが大事なポイントだと思うんです…。」

 

そう言って燐子は1つの絵をみんなに見せた。

 

モカ「おー!エモいですねー。」

 

りみ「カッコよくて可愛い!それにそこはかとなく勇者部っぽいよ!」

 

リサ「きっとみんなの中で勇者部のイメージが統一されてるんだろうね。」

 

美咲「じゃあ、これを参考に作っていきましょうか。出来たデザインから、小道具班に発注する部分を指定して、素材や色の相談に移りましょう。」

 

燐子「その間に製作班は、誰に着せるかを決めて…サイズの確認と型紙を起こしてから、裁断に入ります…。」

 

デザインが決まった途端にするすると事が進んでいく。この調子で行けば本番までには間に合いそうだ。

 

彩「凄いなぁ、勇者部は。自分がこの中の一員だなんて、未だに信じられないよ。」

 

りみ「大袈裟だよ、彩さん。私達で皆さんのサイズを測りに行きましょう。」

 

彩「うん!えへへ、りみちゃんについて行くよ!」

 

 

---

 

 

花咲川商店街メインストリート--

 

いよいよパレード本番となり、勇者部達がそれぞれ自作した衣装を見に纏って練り歩く時がやって来た。トップバッターは香澄、有咲、美咲の3人。

 

香澄「うっわあーー!すっごい人だかり!みんなこっちを見てるよ、有咲!」

 

有咲「うぅ…は、恥ずかしい……。な、何だよこの羽は……。」

 

3人が着ている衣装のコンセプトは天使をモチーフにしている。香澄がピンク、有咲が赤、美咲が紫を基調としている。

 

美咲「ただの天使じゃ無いよ。花の天使です。」

 

香澄「デザインすっごく可愛い!さすが美咲ちゃん率いる衣装班だね!」

 

美咲「ううん、みんなのお陰だよ。全員の力を1つに合わせて出来たのが今回の衣装だからさ。」

 

有咲「……確かにな。この歓声、悪くない。」

 

香澄「有咲ったら素直じゃないんだからぁ。」

 

有咲「う、うるせぇーーー!香澄ぃーー!」

 

美咲「あはは!……やっぱりこの世界に来て良かったよ。」

 

 

--

 

 

次に登場したのは牛込姉妹と燐子、薫の4人。4人の衣装は軍服をベースに可愛さとカッコ良さの融合をイメージしている。

 

りみ「私、軍服っぽいのは似合わないと思ってましたけど、これは可愛くて好きです!」

 

燐子「そうですね…。あこちゃんが頑張って私の為に飾りを作ってくれたのが嬉しい…!」

 

りみ「カッコ可愛いって、凄い事ですよね!燐子さんにも薫さんにも似合うっていうのが驚きです。」

 

艶やかの中にカッコ良さを兼ね備えた薫の姿を一目見ようと、花咲川の生徒達も薫目掛けて桃色の声援を送っている。

 

ゆり「薫のファンって本当に沢山いるんだね。」

 

薫「ああ。大勢の子猫ちゃん達に見てもらえるなんてとても光栄だよ。」

 

りみ「めっちゃカッコイイです……。」

 

ゆり「ホント、女の子に大人気だよね。そっち系の劇団に入ればトップスターになれちゃうよ、きっと。」

 

薫「そうかい?ゆりがそうして欲しいのなら、検討してみるのもありかもしれないね。」

 

ゆり「あはは、冗談だよ、冗談。」

 

 

--

 

 

三組目は紗夜、あこ、夏希、沙綾だ。4人がモチーフにしているのはアラビアンナイトである。紗夜と沙綾は踊り子、あこと夏希はシンドバッドの様な衣装を着飾っていた。

 

紗夜「ま、まさかこれを私が着る事になるなんて…。」

 

夏希「紗夜さん、ダメですよ。ほら、笑顔笑顔!沙綾も頑張ってるんですから!」

 

小沙綾「……みんなが喜んでくれるのなら、頑張らないと…!」

 

あこ「沙綾ちゃん!?右手と右足が同時に出てるよ!落ち着いて落ち着いて!」

 

紗夜「そ、そうですね…私も勇者、私だって……フフ…フ…フフフ。」

 

紗夜はまるで悪い魔女の如く不敵な笑みを浮かべ手を振るのだが、それが観衆の心を掴んだのか、ウットリとしている人もちらほら。

 

あこ「紗夜さんも随分と出来る様になりましたね。元の時代だったら、絶対に考えられないですもん!」

 

小沙綾「私だってそうです…。ここに来てから自分の中で色々な変化が起きました。」

 

夏希「そうだよね。真面目だった沙綾がこうして人前に出て手を振ってるんだもん。」

 

小沙綾「うぅ……言わないで…。」

 

沙綾の顔は火が出そうな程真っ赤になっていた。

 

あこ「初めてこの世界に来てから……この戦いももうすぐ終わるけど、あこは思うんです。毎日、目が覚める度に寮の部屋でね。あぁ、まだここにいられて良かったなって。」

 

御役目がもうすぐ終わろうとしている。いつか終わる瞬間がやってくる。楽しい夢の様な世界から帰らないといけないという事に目を背けながらも、勇者達は前に進んでいかなければならない。

 

紗夜「私もです。」

 

あこ「え?」

 

紗夜「同じです。寝る時は、起きたらこの世界が全部夢だったって思い知るのではないかと……。ですが、起きたらまたそこは寮で、学校へ行けばいつもの皆さんが、笑顔で迎え入れてくれて……。ああ、良かったって…そう思うんです。」

 

夏希「紗夜さん…。」

 

紗夜「私は………この世界が、勇者部の皆さんが………好きです。」

 

あこ「さ、紗夜さん……。あこも紗夜さんが大好きですっ!!」

 

紗夜「ちょ、宇田川さん、くっつかないでください!宇田川さん!」

 

小沙綾・夏希「「あははっ!!」」

 

いつか終わると解っていながらも、ここでの出来事は全部思い出になり、忘れたくても忘れられないものとしてみんなの心に刻まれて行く事となるだろう。例え思い出せなくなったとしても、それは勇者達の力になると信じて--

 

 

 



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神樹の記憶〜1つ1つが素晴らしい想い出〜

神樹の記憶最終回です。

次回からは勇者部最後の思い出作り話となります。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。





 

 

パレード休憩所--

 

日菜「楽団のみんな、お疲れ様!はい、これミネラルウォーターだよ!」

 

イヴ「どうぞ、休憩も大事な仕事ですよ。」

 

防人達は出番の前に裏方の手伝いに入っていた。これも立派な勇者部の活動である。

 

花音「小さな事からコツコツと。縁の下の力持ちってやつだね。」

 

彩「皆さんお疲れ様です!お水どうぞ!塩飴もありますからね!」

 

彩は戦場に舞い降りた白衣の天使ナイチンゲールが如く、楽団の人1人1人に笑顔で対応している。

 

花音「心なしか彩ちゃんの周りに楽団の人が集まってる気がするね。」

 

日菜「集まってるといえば、千聖ちゃんの所にも小さい子達が集まってるよ。」

 

花音「千聖ちゃんが!?」

 

花音が辺りを見回すと、確かに少し離れた所で千聖が子供達に囲まれていた。どうやら千聖は子供達にバルーンアートを作っているようだ。

 

男の子1「その剣、風船なの!?カッコイイ!」

 

千聖「そうよ。はい、あげるわ。」

 

男の子1「良いの!?やった!ありがとう!」

 

千聖「女の子達にはこれを。」

 

そう言って千聖はまた風船を膨らませ、

 

女の子1「わぁ、風船のウサギさんだ!お姉さん、ありがとう!」

 

女の子2「私も私も!」

 

千聖「ええ、待っててちょうだい。今作ってあげるから。」

 

千聖は今度は風船で子犬を作って女の子に差し出した。

 

女の子2「ワンちゃんだ!可愛い!お姉さん凄いね!どうもありがとう!」

 

千聖「ふふっ、どういたしまして。」

 

花音「千聖ちゃん凄いね。手先が器用なのは知ってたけど。」

 

千聖「か、花音。見てたのね。」

 

花音「千聖ちゃんがバルーンアート?」

 

千聖「ええ。こういう物があると、小道具班で教わったから、自分で勉強してみたのよ。」

 

千聖は父親譲りもあって手先は器用な方であり、少し練習しただけでプロ顔負けの出来の物が出来てしまう。これも一重に千聖の努力の賜である。

 

花音「ちょっと勉強しただけでこれほどまでの代物を……。」

 

千聖「案外見た目より簡単なのよ。やってみる?」

 

男の子2「やってやってー!」

 

花音「じゃあ、ちょっとだけ…。」

 

千聖から膨らんだ風船を貰い、一捻りすると、風船が大きな音を立てて割れてしまう。

 

花音「ふぇえええ!?」

 

男の子2「うわーん、割れちゃったぁー!」

 

千聖「大丈夫よ。すぐ作り直すから。」

 

千聖は鮮やかな手つきで剣を作って、男の子に渡す。

 

彩「千聖ちゃんは、子供にも優しいんだね。」

 

イヴ「皆さん、そろそろ私達もパレードの準備をしないと、出番が来てしまいますよ。」

 

日菜「行くよー!私達でパレードをるんって盛り上げちゃうんだから!」

 

 

---

 

 

花咲川商店街メインストリート--

 

4組目は防人組の5人。衣装のモチーフはセーラー、海軍の衣装である。

 

日菜「こういう服は着た事ないけど、結構るんって来る!」

 

千聖「似合ってるわよ、日菜ちゃん。」

 

日菜「そういう千聖ちゃんもね。」

 

彩「うん!自然に着こなせてるのが凄いよ!」

 

花音「ふぇええ……沢山の人に見られるのってやっぱ恥ずかしいね…。」

 

イヴ「自信を持ってください、花音さん。前を向いて歩きましょう。」

 

花音「イヴちゃんは恥ずかしくないの?」

 

イヴ「以前の私だったら、こういう場に出る事すら無かったかもしれません。私を変えてくれたのは…千聖さんに日菜さん。彩さん、勇者部の皆さん、そして花音さんなんですよ?」

 

花音「私も?」

 

イヴ「勿論です。皆さんと出会い、共に暮らしていく中で私は様々な世界を知る事が出来ました。2人いれば嫌な事は半分、楽しい事は2倍……3人、4人といれば楽しい事は何倍にも膨れ上がるんです!」

 

千聖「そうね。私もこの世界に来て、仲間の大切さをこの身で感じる事が出来たわ。この世界出るのは寂しいけれど、元の世界に戻っても28人の防人達がいる。みんなで力を合わせればこの世界とそう変わらない筈よ。」

 

彩「そうだよ、花音ちゃん。だから今はどうどうと歩こう。花音ちゃんもこの世界では勇者なんだから!」

 

花音「イヴちゃん…千聖ちゃん…彩ちゃん……。うん、私も前を向くよ!」

 

日菜「この世界では私も勇者かぁ……良いねその響き!」

 

5人「「「あはははっ!!」」」

 

 

--

 

 

勇者部の尽力もあり、パレードは満員御礼で大いに盛り上がりを見せている。

 

御婦人「今年のパレードは大賑わいですね。」

 

女性「なんでも、花咲川中学の生徒さんが華やかな衣装で参列してらっしゃるとか。」

 

喫茶店店主「あの子達、うちのお客さんなんですよ!みんな可愛いんだから!」

 

観大半の観客は勇者部を見に来ているようだ。ここまで勇者部の活動が広く浸透したのもこれまでの地道な活動が身を結んだからだろう。

 

香澄「みなさーん!楽しんでますかー!」

 

有咲「お、お、お花をどうぞー!花の妖精がお花をお配りしてまーす!」

 

商工会員1「あ、先頭にいる子は、祭りなんかも手伝ってくれた勇者部の子だよ!」

 

商工会員2「本当だ。勇者部が参加してたんだ?こりゃあ、ちゃんと全部見ないとな!」

 

 

--

 

 

リサ「うんうん、勇者部大人気だね。私もシャッターが止まらないよ!」

 

 

--

 

 

薫「子猫ちゃん達、今日は来てくれてありがとう!」

 

女生徒達「「キャーキャー薫さん!薫さんキャーキャー!!」」

 

 

--

 

 

リサ「あらら、薫の女性人気も凄いなぁ。まあ、友希那だって負けてないけどね。」

 

リサは観客の反応に耳を傾けながらカメラのシャッターを切っていく。すると、

 

女生徒1「あの子達可愛い!」

 

女生徒2「3人とも小学生じゃない?1人は大人の女の人みたいだけど。」

 

リサ「?小学生3人?変だなぁ、たえはまだ…。」

 

 

--

 

 

小沙綾「あ、ありがとうございます。声援感謝です。」

 

夏希「どーもでーす!勇者部でーす!」

 

あこ「漆黒の闇の力が、今我が身に宿り……えっと……バーーンってなるよ!」

 

紗夜「宇田川さん、いくらなんでもこの衣装にその言葉遣いは似合わないですよ。」

 

 

--

 

 

リサ「あ……あこ。プッ……アハハッ!成る程、そういう事ね。」

 

写真を撮っているリサの元へ、モカがやって来る。

 

モカ「リサさーん。そろそろ私達の出番ですよ。」

 

リサ「あら、もうそんな時間か。つい撮影に夢中になってたよ。」

 

モカ「どれくらい撮ったんですかー?」

 

リサ「えっとねー、かれこれ8000枚かな。」

 

モカ「えー、まだ全員出てないのに!」

 

リサ「そりゃそうだよ!みんなの活躍を余すとこ無く収めないと!でも、今は急がないとね。なんたって、今日は友希那の隣を一緒に歩けるんだから。」

 

 

---

 

 

そして遂にリサ達の出番がやって来る。

 

女生徒達「「キャアアアーーーッ!!友希那さーーーん!!」」

 

5組目はリサ、友希那、蘭、モカの4人。衣装は日本兵をイメージした正装となっている。

 

友希那「ありがとう。勇者部への声援、感謝するわ。」

 

リサ「はぁぁ〜〜、最高だよ。今の友希那は。」

 

蘭「湊さん、手と足が両方一緒に出てますよ。」

 

友希那「……あら、気が付かなかったわ。」

 

モカ「そう言う蘭も湊さんと全く同じ動きしてるよ。」

 

蘭「こ、これは湊さんの真似をしようと思ったからぎこちなくなっただけだよ…。」

 

友希那「人前で話す事なら元の時代でもやっていたから慣れているけれど、こういうのは慣れてないから仕方ないわ。」

 

女生徒1「友希那さーーん!こっち向いてーー!!」

 

蘭「それにしても、凄い声援。湊さんは人気者ですね。」

 

友希那「みんながあってこその私よ。」

 

蘭「どうしてそんなにモテるのか不思議なくらいです。」

 

友希那「そうかしら?」

 

蘭「自覚ないんですか!?…試しに手でも振ってウインクしてみたらどうですか?」

 

友希那「…こう……かしら。」

 

友希那が女生徒達に向けてウインクを放つ。

 

女生徒達「「キャアアアーーーッ!?うう〜〜〜〜ん!」

 

友希那「気絶してしまったわ。救護班を呼ばないと。」

 

蘭「全く、呆れちゃいますね。こんな鈍感な人だとは思わなかったですよ。」

 

蘭はそう言うと、友希那と腕を組んだ。

 

友希那「どうしたのかしら?美竹さん。腕なんか組んで。」

 

蘭「………今この場に立っていると、湊さんと無線で話していた事を思い出したんです。あの頃は、湊さんの声しか知らなくて…私も上辺を取り繕う様に話してました。でも、こうして実際に接してみて……一緒に戦場に立って本当の湊友希那の傍にいると…勇者になって良かったなって実感するんです。志の高い同士と同じ時代に生きる事が出来て光栄です。」

 

友希那「美竹さん……。元の時代ではあなたとの通信が私の心の支えだったわ。上辺の会話だというけれど…私達は虚勢を張る事で精神を保ってた部分もあると思うわ。でも、それで良かったのよ。あの頃は、こうして共に並んで歩けるとは思っても見なかったわ。だから……私もこの世界に来る事が出来て、あなたに会えて幸せよ。ありがとう、美竹さん。あなたは私の心の友よ。」

 

蘭「湊さん………。私、あなたが好きみたいです。」

 

友希那「そう……。ふふっ。蕎麦と、青葉さんの次に……でしょ?」

 

蘭「それは当たり前ですよ。その2つは別格ですから。」

 

 

---

 

 

小沙綾「あぁ…まさか衣装替えがあるなんて……。」

 

6組目は小学生組と沙綾、たえの5人。5人は民族衣装を参考にした衣装を見に纏い、花道を歩いている。

 

夏希「2着も着られてお得だね。」

 

中たえ「デザインしてたら2人にはどうしても両方着て欲しかったから。」

 

小沙綾「なんだかもう気恥ずかしさが先に立ってるよ。」

 

中沙綾「大丈夫だよ。自信を持って!可愛いんだから。」

 

夏希「それって自画自賛?」

 

中沙綾「あっ……そ、そういう訳じゃないよ。」

 

中たえ「私もとっても可愛いよ。」

 

小たえ「そういう私も素敵だよ。」

 

夏希「こうなるともう訳分からな……あれ?」

 

夏希はとある男の子がチラリと目に入った。そう、それはちょうど夏希の弟と同じくらいの--

 

 

小さな男の子「お姉ちゃん達頑張ってーー!」

 

夏希「うん、ありがとう!君も頑張ってね!バイバーイ!………ふぅ。」

 

小沙綾・小たえ「「…………。」」

 

夏希「あ、ごめん。なんか……さ、つい弟の事を思い出しちゃって……小さい子を見ると。」

 

中沙綾「夏希………。」

 

中たえ「………今は、隣にいる小さな私の面倒を見てあげて。」

 

中沙綾「じゃあ、小さい私の事もお願いね。」

 

小沙綾・小たえ「「えええ?」」

 

夏希「い、いや、どっちかっていうと、いつも沙綾に私とおたえが面倒見てもらってる感じですけど。」

 

小沙綾「そんな事ないよ!いつも夏希が私達の事を上手く調整してくれるんだよ。」

 

夏希「そんな事ないって!大人な沙綾にいつも窘められてるよ。」

 

小たえ「うんうん。私達は3人で1人前だからね。」

 

小沙綾「おたえ!それじゃあ私達1人1人は半人前以下って事!?」

 

夏希「それはさすがに足りなすぎだよ。私達は3人で1つだって言いたかったんでしょ?」

 

小たえ「そう!それそれ!やっぱ夏希は頭が良いなぁ。」

 

小沙綾「ね?やっぱり夏希が調整してる。」

 

夏希「やっぱ、私達は3人一緒じゃないとね!」

 

小たえ「うん!夏希、沙綾。これからもずっとずーっと一緒にいてね!」

 

小沙綾「うん、約束!」

 

夏希「約束!」

 

小学生組「「「指切りげんまん嘘付いたら針千本飲ーます!指切った!!あはははっ!!」」」

 

 

中沙綾「………………っ。」

 

胸が押し潰されそうな思いが2人を締め付ける。結局沙綾達は夏希に本当の事を言い出す事が出来ずにここまで来てしまった。幸せな時間がもうすぐ終わってしまう事は2人とも分かっている。3人の幸せな顔を見ていると現実から目を背けたくなってしまう。

 

中たえ「ダメ……沙綾。ダメだよ………。」

 

たえも泣きそうなのを堪えているのが声で分かる。

 

中沙綾「解ってる……。」

 

中たえ「沙綾は私を見てて。今の私を……。」

 

中沙綾「おたえ……私。」

 

中たえ「楽しまなきゃ。夏希と、私達と……今ここにいる、この大切な時間を……ね?」

 

中沙綾「うん……。どうか…3人に最良な時間をもう少しだけ……。」

 

夏希「終わったらうどんだってー!」

 

小たえ「天ぷら乗せるー!」

 

小沙綾「ゆりさんが鍋焼きって言ってたよ!」

 

 

---

 

 

そして最後の組が花道を通り抜ける。7組目は神世紀勇者部の6人。モチーフはそれぞれの勇者装束のモチーフとなった花を基調とした衣装だ。

 

香澄「有咲可愛いー!」

 

有咲「だーっ!抱きつくなぁ!!」

 

ゆり「このメンバーでこうして歩けるなんて夢の様だよ。」

 

中沙綾「そうですね。それに……。」

 

中たえ「?」

 

中沙綾「今度はおたえも一緒。」

 

りみ「そうだね。おたえちゃんも勇者部の一員だもんね。」

 

ゆり「頼りにしてるよ?先代勇者様。」

 

中たえ「はい!」

 

香澄「………もうすぐお別れなんですね…。」

 

香澄の目から薄っすらと涙が溢れ落ちる。

 

中沙綾「……そうだね。」

 

りみ「この世界に最初に来た時はどうなる事かと思ったけど……。」

 

 

--

 

 

りみ「こ、このアラームって…お姉ちゃん!」

 

ゆり「な、なんで…もう勇者に変身するアプリはみんな持ってない筈なのに……。」

 

有咲「ゆ、夢じゃないよな…。この眺め、完全に樹海だぞ。」

 

 

--

 

 

ゆり「たえちゃんがいなかった時はヒヤヒヤしたよ。」

 

りみ「そうだね。」

 

有咲「しかもあの"今井家"の巫女にも会っちまうなんてな。」

 

 

--

 

 

リサ「みんな、御役目ご苦労様。私は今井リサ、宜しくね。」

 

有咲「んなっ!?今井って……!大赦の巫女の中でも最高の発言力を持ってるって言うあの"今井家"!?」

 

リサ「実は、私達が今いる所は、神樹様の中なんだ。神樹様が創った特別な世界。神樹様は土地神の集合体なのは知ってるよね?実はその集合した神の中の1柱が、今神樹様の内部で嵐の様に暴れまわってるんだよ。元々は天の神に属していた強力な神様なんだけど、天を追放されて味方になってくれてたのに……。」

 

 

--

 

 

中たえ「そうそう。急に四国を造反神を鎮めるだなんて驚きだよ。」

 

香澄「でも私達はこの世界で新しい勇者達にも会えた。」

 

中たえ「西暦の勇者に防人のみんな…。それに、」

 

中沙綾「夏希にもね!」

 

こうしてみんなで語り合う度に、今までの出来事がまるで昨日の事の様に頭に思い浮かんでくる。

 

ゆり「最後にみんなと忘れられないくらいの思い出を作れたら良いんだけどね。」

 

香澄「そうですね。今日の事の他に何か……そうだ!!」

 

ふとゆりが呟いたその一言で、香澄が何かを思い付く。

 

りみ「何か思い付いたの、香澄ちゃん?」

 

有咲「こういう時は本当に頭が良く働くよなー。」

 

ゆり「凄い才能だよ、それは。で、どんな事?」

 

香澄「あのですね………。」

 

香澄はみんなを集め、耳打ちをする。

 

 

--

 

 

ゆり「うん、ナイスアイデアだよ!」

 

有咲「確かに、香澄らしいな。」

 

中たえ「絶対に忘れられない出来事になるね!」

 

香澄「でしょー!」

 

中沙綾「でも、香澄。今はパレードに集中しよ!今日は街の皆さんに感謝を伝える日なんだから。」

 

香澄「さーやの言う通りだね!よし、皆さーん!何か困った事があれば、いつでも相談してくださーい!!」

 

ゆり「よーし、私達も香澄ちゃんに負けてられないよ!勇者部〜出動!」

 

中沙綾・中たえ・りみ・有咲「「「おーーーっ!!」」」

 

 

---

 

 

パレード終了後--

 

神世紀勇者部達が花道を歩き終えると、そこにはこの異世界で出会った勇者達が出迎えてくれていた。

 

香澄「あっ、みんなが待ってくれてるよ!私さっきの事みんなに伝えてくるね!!」

 

香澄は衣装のまま駆け足で走っていってしまう。

 

中沙綾「香澄転ばないで!!……って本当に香澄は元気なんだから。」

 

有咲「アイツから元気を取ったら何も残らねーな。」

 

ゆり「でも、そこが香澄ちゃんらしいよね。」

 

中たえ「香澄はみんなを変えてくれる。太陽みたいな存在ですから。」

 

りみ「私達も行こう、お姉ちゃん。みんなの反応が楽しみだなぁ。」

 

5人は香澄の後を追いかける。外は太陽が沈みかけ、もうすぐ夜がやって来る。鮮やかな夕焼けに照らされながら香澄は駆けながらみんなに大きな声で叫んだ。

 

香澄「おーーい!みんなに話したい事があるんだぁ!!」

 

 

---

 

 

誰もいない勇者部部室--

 

 

最後のシャボンが弾け消滅していく。この空間も最後の御役目を果たし終えようとしていた--

 

 

しかし--

 

 

突如部室が暗闇に飲まれ--

 

 

否、異世界が暗闇に飲まれ--

 

 

全てが夜に包み込まれる--

 

 




ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。


これにて番外編となる神樹の記憶は完結となります。

自己満足で書き続けてきたシリーズもここまで来れたのは読んで頂けた皆様のお陰でございます。これからも暇潰し程度に読んで頂ければ幸いです。


今後は勇者部最後の思い出作りの話に続き、

〜第8章 きらめきの章〜

が始まります。

今までの勇者部に加えて敵だった赤嶺香澄も勇者部に加わり、更に赤嶺がいた時代である神世紀72年から新たに勇者と巫女が参戦します。

時間があれば第1章から読んで頂ければ分かりやすくなると思います。



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友の夢を

ここからの数話は勇者部最後の思い出作り編となります。

最初は小学生組編前半です。





 

 

夏希「沙綾、おたえ。湿っぽいのは無しだよ!ズッ友同士、いつもの挨拶で締めるからね!」

 

中たえ「うん!………またね、夏希!!」

 

中沙綾「ま…また…ね……夏希。」

 

夏希「…そこで堅くなっちゃうのがお前らしいなぁ、沙綾。笑って笑って、ね。」

 

中沙綾「………うん…またね、夏希!!」

 

夏希「またね。」

 

 

---

 

 

幾つもの光が渦巻く本流--

 

沙綾・たえ・夏希は異世界での戦いを終え、元の時代へと帰る途中だった。

 

小沙綾「…周りの景色が凄いけど、この道を辿っていけば、元の時代に戻れるんだよね…。」

 

小たえ「そうみたい。リサさんが受け取った神託でそう聞いたから。」

 

夏希「………。」

 

沙綾とたえが話している中、夏希は無言で歩いている。

 

小沙綾・小たえ「………。」

 

2人も互いを見合って考える。これから先、夏希が御役目で死んでしまう事について--

 

 

2人が暗い顔をしている中、夏希が振り返り話し出す。

 

夏希「何辛気臭い顔してるの、2人共。」

 

小沙綾「だって……。」

 

小たえ「このまま進んで行ったら、夏希は……。」

 

夏希は笑顔で答える。

 

夏希「あっちでも言ったでしょ。運命なんか変えてみせるって。それに……。」

 

夏希は懐から数枚の写真を取り出した。

 

夏希「お守りだってこうして持ってきてるんだし。」

 

小沙綾「その写真は…!」

 

小たえ「現像してもらったんだね…!」

 

2人はその写真を見て思い出すのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

香澄「みんなもうそろそろ元の世界に帰るんだから、何かプレゼントでもあげない?」

 

リサ「それ良いね。時間ももう少しあるって神託もあるし。」

 

そしてみんなで順番を考えていく中、小学生組が一番に決まった。

 

美咲「さて、一番は小学生のみんなに決まったけど、何が良いかな?」

 

友希那「本人が欲しい物が良いんじゃない?」

 

りみ「3人の欲しい物って何だろう…。」

 

みんなは頭を抱えながら3人の為に考える。その時、

 

中沙綾「ちょっと良いかな…?その件に関して提案があるんだ。」

 

中たえ「プレゼントには、夏希の夢を叶えてあげたいと思ってるんだ。」

 

薫「夏希ちゃんの夢…?」

 

中たえ「夏希には将来の夢があるんだ。」

 

たえの言葉に小学生の沙綾とたえが反応する。

 

小沙綾「夏希の将来の夢…。それってもしかして…。」

 

小たえ「お嫁さん?」

 

モカ「お嫁さん~?」

 

蘭「夏希が!?」

 

夏希の夢を知っている人以外から驚きの声が上がるのも無理はない。

 

中沙綾「そうなんです。夏希にとって…それは本当に、大切な将来の希望だから。」

 

中たえ「夏希はね、大人になったら…平凡でも良いから幸せで暖かい家庭を持ちたいって言ってたんだ。」

 

たえはみんなにその事を話し出す--

 

 

--

 

 

小たえ「そう言う夏希の夢は何ー。」

 

たえが聞くと夏希が照れだした。

 

夏希「うーん…えへへ。」

 

小沙綾「ん?何で照れだしたの?」

 

夏希「いやー、家族って良いもんだから普通に家庭を持つのもありかなって…。でも、そうなると将来の夢が…お、お嫁……さん。」

 

小沙綾・小たえ「「わぁ……!」」

 

小沙綾「夏希なら直ぐに叶うよ。」

 

小たえ「ドレス姿が楽しみだね。」

 

夏希「なんだよ、つつくなよー。」

 

 

--

 

 

香澄「そうだったんだね……。」

 

ゆり「良い話だよ…。」

 

小沙綾「そういえば、そんな事言ってましたね…。」

 

中沙綾「だから私達…、どうしてもその夢を帰る前に叶えてあげたいんです。」

 

高嶋「とってもいい考えだと思うよ!きっと本人からは、みんなに言い出しにくいだろうし、教えてもらえて良かったよね!」

 

小沙綾「あの…、私達からもお願いします。夏希の為に、皆さんの力を貸してください。」

 

小たえ「夏希の為にお願いします。」

 

小学生組も頭を下げてお願いする。

 

香澄・高嶋「「うん、もちろん!」」

 

そうして夏希の為のプレゼント作戦の幕が開くのだった。

 

 

--

 

 

燐子「何をするかは決まったとして…具体的にはどうしましょう…?」

 

ゆり「まだ小学生だから、本当の結婚は無理に決まってるし…。」

 

大本は決まったものの、今度は中身に悩む勇者達。そんな中、

 

美咲「夏希ちゃんって彼氏いるの?」

 

美咲が突然爆弾を放り込む。

 

小沙綾「夏希にそんな人はいないです…っ!…多分。」

 

小たえ「聞いた事無いです。」

 

部室がざわつき始める。

 

りみ「あの…、夏希ちゃんは別に恋人が欲しいって訳じゃないんだと思います。それより…。勝手な想像ですけど、お嫁さんそのものに憧れてるんじゃないですか?」

 

りみが実に的を射る答えを出した。

 

有咲「まあ、そうだろうけど。りみ、りみの意見は?」

 

りみ「花嫁衣裳を着せてあげて、写真を撮るとかじゃダメですか?」

 

中沙綾「りみりん…。それ、とっても良いよ!」

 

中たえ「夏希の花嫁姿が見られるなんて、私たちにも嬉しすぎるよ!」

 

みんなもりみの意見に賛同する。

 

ゆり「さすがりみだね!その方向性で行こう!何か意見はある?」

 

紗夜「海野さん1人にドレスを着せるのは、本人が恥ずかしくて嫌がったりはしないでしょうか…。」

 

高嶋「それなら、お婿さん役の人を横に置いてあげれば良いんじゃないかな?」

 

リサ「ナイスアイデア!それなら夏希も心強いし、写真としても見栄えが良くなるよ。」

 

小たえ「みんなでアイデアを出し合うと、サクサク決まっていくね。」

 

小沙綾「そうだね。でも…夏希のお婿さん役は誰がやるの?」

 

今度はお婿さん役を誰にするかで会議が始まる。

 

燐子「やっぱり、お婿さん役は…並んで見栄えする背の高い人が良いと思います…。」

 

あこ「そうだね。薫、ゆりさん、友希那さんとかかな?」

 

薫「私は構わないよ。」

 

友希那「夏希の為だもの、私も構わないわ。」

 

ゆり「候補が複数あるなら、いっその事ドレスと白無垢お色直しして両方撮っちゃおうか。」

 

中たえ「和風と洋風で二度美味しいね。」

 

蘭「じゃあ、新郎役は瀬田さんと湊さんで決まり?」

 

ほぼほぼ決まりかけた所で有咲が意見を出す。

 

有咲「あの…さ。確かに2人は背が高いけど、夏希と比べてどうだ?」

 

有咲の意見も一理ある。小学生の夏希は小柄でバランスが取れているかと言えば、ぶっちゃけあまり取れていないのが現実である。

 

紗夜「それなら、同じ小学生の山吹さんと、花園さんがやったらどうでしょうか?」

 

小たえ「えーー。」

 

小沙綾「わ、私ですか!?」

 

みんなの視線が一斉に2人へ向く。

 

中たえ「うんうん。考えてみると、それが一番かもしれないね。」

 

香澄「身長もピッタリだし、きっと夏希ちゃんもその方が喜ぶよ!」

 

中沙綾「決まりだね。沙綾ちゃん、たえちゃん、お願い出来る?」

 

小たえ「もちろんです。」

 

小沙綾「夏希の為なら、やります。」

 

みんなに背中を押され、2人は新郎役になる事を了承するのだった。

 

 

---

 

 

寄宿舎、リサの部屋--

 

リサは鼻歌を歌いながら上機嫌で何かをしていた。

 

友希那「随分と嬉しそうだけど、さっきから何をしてるの?」

 

友希那がリサに尋ねる。

 

リサ「カメラの手入れをしてるんだ。結婚式の写真を撮るのは初めてだから、今から楽しみだよ。」

 

そんなリサの周りには他にも幾つかのカメラが。

 

友希那「そんなに沢山使うの!?」

 

リサ「大事な写真だからね。万に一つの失敗も出来ないよ。」

 

友希那「そ、そう……。」

 

友希那は若干引き気味だった。

 

リサ「結婚式は一生に一度の晴れ舞台だからね!真似事とはいえ、夏希には最高の一枚を取ってあげたいから。……例え残らなくても、思い出にはなるから。」

 

みんな知ってはいたが、いざそれを口にするといたたまれない気持ちになる。

 

 

---

 

 

かめや--

 

ゆり達は準備の休憩としてうどんを食べていた。

 

あこ「これから忙しくなるね。神社と浜辺の撮影許可を取りに行くんだから。」

 

有咲「そういうのって簡単に出来るものなのか?」

 

燐子「どうでしょう…。初めての事なので分かりません…。」

 

高嶋「戸山ちゃん。結婚式って出た事ある?」

 

香澄「まだないんだー。高嶋ちゃんは?」

 

高嶋「私も初めてだから、ワクワクしちゃう!」

 

ゆり「さぁ、うどん食べてエネルギーチャージした事だし、準備の続きに向かおうか!」

 

ゆりの合図でみんなは身支度を整え、かめやを後にした。

 

 

---

 

 

一方その頃、寄宿舎、たえの部屋--

 

たえ達はドレスのカタログをみながら話し合っている。

 

小たえ「色んなデザインがあるんだね。」

 

中沙綾「一口にドレスと言っても何冊分もあって迷っちゃうね…。」

 

中たえ「大丈夫だよ。夏希に似合うのを選べば良いだけだから。」

 

小沙綾「それが一番難しいんですよね…。」

 

中沙綾「何着かサンプルも取り寄せてみたけど、目移りしちゃうね。」

 

小沙綾「それにしても、沙綾さんとたえさんはよく夏希の言葉を覚えてましたね…。」

 

小たえ「ホントです。2人にとっては結構昔の事なのに。」

 

中たえ「うん…。そうだね。でも、私と沙綾は夏希の言った事、何一つ忘れてないよ。」

 

中沙綾「うん…。だから2人も、お互いの言葉や気持ちを、いつも心に留めて過ごしてね。」

 

小沙綾・小たえ「「はいっ!」」

 

今なら小学生の2人には2人の言葉の意味がはっきりと理解出来る。

 

小たえ「あっ、だったら私と沙綾の言った事とかも覚えてますか?」

 

中沙綾・中たえ「「えっ?」」

 

2人は一瞬戸惑う。

 

小沙綾「わあ…。私やおたえの言葉で、何か印象的な言葉はあるんですか?」

 

中沙綾「え、ええと…、それは…。」

 

その時、端末から樹海化警報のアラームが鳴る。

 

中たえ「大変だ、バーテックスだよ!こうしちゃいられない、出動だ!」

 

たえは棒読みでその場から駆け出した。

 

小沙綾・小たえ「「……??」」

 

 

---

 

 

戦闘が終わり、樹海から戻ってきた沙綾達。

 

小沙綾「あの…、さっきの話ですけど。」

 

沙綾が再度聞いてくる。

 

中たえ「……ところで!沙綾とたえはもうどっちか決めた?」

 

たえは再び話を逸らす。

 

小たえ「何を?」

 

中たえ「どっちが紋付で、どっちがタキシードを着るかだよ。」

 

小沙綾「私は和服にします。」

 

小たえ「なら、私はタキシードです。」

 

卒なく決まった。

 

中たえ「じゃあ試しに着てみようか。」

 

2人はそれぞれの服の試着を始めるのだった。

 

 

 



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最高のズッ友

後編です。

3人が歩む先は希望が絶望か--

人の数だけ物語はあります。





 

 

ショッピングモール--

 

香澄と沙綾は夏希の夢を叶える準備の為、ショッピングモールで買い物をしていた。

 

香澄「必要な物は確か……お米とお花だっけ?」

 

中沙綾「そうだね。後は高嶋さん達が用意してくれるって。」

 

香澄「でも……ふふっ。」

 

香澄は沙綾を見ながらはにかんだ。

 

中沙綾「ん?どうしたの?」

 

香澄「やっぱさーやって凄いんだなって。」

 

中沙綾「凄いって?……あぁ、夏希の夢を覚えてたって事?友達なら当たり前だよ。」

 

香澄「それはそうだけど、やっぱさーやは凄いよ。」

 

中沙綾「大袈裟だよ。自分が楽しいからこんな事してるんだから。」

 

沙綾はそう言って謙遜する。

 

香澄「そんなに楽しみなの?夏希ちゃんの花嫁姿。」

 

中沙綾「もちろん!」

 

そんな事を話しながら、香澄達は買い物を進めていった。

 

 

---

 

 

同時刻--

 

高嶋、紗夜、あこ、燐子は別の場所で買い物を進めていた。

 

高嶋「髪留めとか、小物はこれで全部かな?」

 

燐子「そうですね…。お米とお花は、戸山さん達が…。」

 

紗夜「ライスシャワーに生ブーケ…かなり大掛かりにやるんですね。」

 

燐子「海野さんの夢を良い形で叶えてあげる為ですから…。」

 

あこ「ねえ、りんりん?お米は買ったけど、おかずとかは買わないで良いの?」

 

燐子「あこちゃん…。このお米は食べる用じゃなくて…撒く為の物だよ。」

 

あこ「そっかぁ…。ご馳走は出ないんだね。」

 

あこがしょんぼりする。

 

高嶋「メインは食事じゃなくて、写真を撮る事だからね。」

 

そんな時、

 

高嶋「でも、結婚かぁ……。」

 

高嶋がボソリと呟いた。

 

燐子「どうかしましたか…?」

 

高嶋「もし私だったらって思ったんだ。深い意味は無いよ。」

 

紗夜「も、もし………。」

 

紗夜は高嶋のその言葉に生唾を飲み込む。

 

あこ「もしって、香澄は結婚したくないの?」

 

高嶋「うーん、そう…かな?」

 

紗夜「…っ!?」

 

動揺する紗夜を他所に高嶋は話し続ける。

 

高嶋「あっ、違うかな?…もし私が同じ事をするなら、新郎新婦でお揃いのドレスを着たいなって!」

 

紗夜「……っ!?」

 

高嶋「なーんてね!」

 

燐子「それは…素敵ですね…。」

 

紗夜「ま、任せてください…!!」

 

突如紗夜が前のめりで叫び出した。

 

あこ「うわっ!び、びっくりしましたよー…紗夜さん。」

 

高嶋「ん?紗夜ちゃんに何を任せるの?」

 

紗夜「そ、それは………その………。何でもないです……。」

 

紗夜は顔を真っ赤にさせて、話をはぐらかした。

 

燐子(紗夜さん……お察しします…。)

 

高嶋「じゃあ、残りの物も早く買って帰ろうか。」

 

紗夜「そ、そうですね…。」

 

4人は再び歩き出した。

 

 

---

 

 

同時刻、勇者部部室--

 

部室ではゆりとりみが当日のタイムテーブルの最終確認をしていた。

 

ゆり「………こんなものかな。」

 

りみ「着替え用の姿見とか、ドライヤーも用意出来てるよ。」

 

ゆり「ありがとう、りみ。……はぁ。」

 

ゆりがため息を吐くと、そこに薫がやって来る。

 

薫「どうしたんだい?ため息を吐くと幸せが逃げてしまうよ。」

 

ゆり「こうして結婚式の準備なんかしてると、いつかりみもお嫁に出す日が来るのかなぁ…ってね。」

 

りみ「私より先にお姉ちゃんじゃないかな?」

 

そこに有咲と美咲もやって来た。

 

有咲「本当仲良いよなー。姉妹じゃなかったら結婚しそうな勢いだよ。」

 

ゆり「それも良いかもねー。」

 

美咲「いや、それは無理ですよ……。」

 

そんな中、1人間に受ける人物が--

 

 

薫「神世紀にもなるとそんな事も出来るんだね……。ふふっ、私がゆりを娶りたいくらいだよ。」

 

ゆり・りみ・有咲「「「………え?」」」

 

薫の一言で部室が一瞬で凍りつく。

 

美咲「あ、あのー………薫さん?」

 

薫「君は誰がどう見ても素晴らしい良妻賢母だよ。ゆりの料理なら毎日でも食べたいくらいさ。」

 

ゆり「ぇえ…?ぅぇえ!?なっ、ちょっ、ええっ!?」

 

聞いたことのない声がゆりの口から発せられる。

 

りみ「か、薫さん…それって…い、今のって……。」

 

美咲「………どっからどう見てもプロポーズだよ……。」

 

有咲「ちょっ、ちょままっ!!待てぇ!!」

 

有咲は支離滅裂になりながらも薫に突っ込む。

 

美咲「市ヶ谷さん落ち着いて…深呼吸深呼吸。」

 

りみ「きゃおりゅさっ、おねっちゅわっ!ちょわっ!」

 

さすがのりみもこれにはテンパってしまう。

 

美咲「りみまで!?」

 

周りのガヤを無視して薫は続ける。

 

薫「ゆり、私は……。」

 

ゆり「は、はひっ!?」

 

薫「雑煮が好きだ。」

 

美咲「お雑煮かーい!」

 

ゆり「わ、わかりますた……。」

 

有咲「分かるなーーーーー!!」

 

りみ「お姉ちゃーーーーん!!!」

 

美咲「はぁ…誰か助けて…。」

 

もう美咲には突っ込む余力も残っていなかった。

 

 

---

 

 

撮影当日--

 

何も知らされず、ウェディングドレスに身を包んだ夏希は驚きで呆然としていた。

 

夏希「え…どういう事…?みんな…?え、これって……!?」

 

中沙綾「元の世界に帰る前のプレゼントだよ。」

 

中たえ「夏希の夢を叶えたんだ!」

 

香澄「夏希ちゃんの夢がお嫁さんだって聞いたから、帰る前の思い出作りにと思ったんだ。」

 

日菜「内緒にするの大変だったよー。」

 

夏希「今朝…、急におたえが来て、浜辺で撮影会だとか…意味が分からなくて…で、でも…こんな事…私の為に?ど、どうしよう…。」

 

千聖「せっかくの晴れ舞台なのだし、いつもよりお淑やかにしていないとね。」

 

夏希「は、はい……。けど…私変じゃないかな?ウェディングドレスなんて初めてで…。」

 

夏希は頬を抓るが、痛みを感じてを離す。

 

有咲「そりゃそうだ。だけどちっとも変じゃねーぞ。自信を持って。」

 

夏希「あ、ありがとうございます有咲さん…。みんなも…皆さんも本当に…。」

 

香澄「みんな行くよー!それー!!」

 

香澄の合図で皆が夏希にライスシャワーをかける。それと同時に扉の奥からタキシードに身を包んだたえがやって来た。

 

小たえ「お嫁さん、お手をどうぞ。」

 

夏希「お、おたえ!?その格好!」

 

リサ「じゃあ……新郎新婦の2人は…誓いのキスを……行っちゃって!!」

 

カメラを構えノリノリでリサが式を進行していく。

 

夏希「えええっ!?」

 

小たえ「お嫁さん、覚悟は良い?さあ、目を閉じて…。」

 

夏希「お、おたえ……ゴクッ。」

 

夏希は息を呑み目を閉じる。

 

たえは夏希のおでこにキスをした。

 

夏希「お…おでこか…。ビックリしたぁ…。」

 

目を開けた夏希の顔は真っ赤だった。

 

彩「夏希ちゃん、感想は?」

 

夏希「あ、あの…確かに私、前に沙綾とおたえに、夢がお嫁さんだって言ったけど…まさか2人がそれを覚えてるなんて全く思ってなくて、だから…ちょっと自分でも何を言ってるのか良く分からないですけど……最高の気分です!」

 

夏希は笑顔で答えた。

 

香澄「でもね!この結婚式にはまだ続きがあるんだよ?夏希ちゃん。」

 

中たえ「お色直しタイムだよ!」

 

全員は場所を神社へと移動する。

 

 

---

 

 

神社--

 

夏希は白無垢にお色直しを行い、その隣に今度は紋付袴姿の沙綾がやって来る。

 

小沙綾「夏希、とっても綺麗だよ。」

 

夏希「今度は沙綾!?でも、これって逆じゃない?」

 

小沙綾「今日はこれで良いんだよ。私達、夏希にお嫁さんになってもらいたかったんだから。」

 

夏希「でも、私みたいな暴れん坊が女らしい沙綾のお嫁さんなんて…。」

 

小沙綾「何言ってるの。私のお嫁さんは夏希しかいないんだから。」

 

夏希「ふぁ……。」

 

沙綾のその一言で、再び夏希の顔が赤くなり、一筋の涙が。

 

ゆり「ダメダメ、涙はまだお預けだよ。綺麗な顔で写真を撮らないとね。」

 

夏希「……はいっ!」

 

いつもの元気は身を潜め、しおらしさが前面に出ていた。

 

高嶋「とっても幸せそう……。綺麗だね、夏希ちゃん。」

 

紗夜「そうですね…。あの様な顔もするんですね……。」

 

リサ「はいはい、みんな並んで並んでー!」

 

最後に全員で写真を撮って終了となる。

 

 

---

 

 

全ての段取りが終了し、夏希も普段着へと着替えて戻ってきた。

 

夏希「リサさーん!撮った写真見せてください!」

 

夏希はリサに駆け寄って今日撮った写真を確認した。

 

夏希「あの…1つだけ、お願いがあるんですけど……。」

 

リサ「どうしたの?」

 

夏希「これ、現像してもらっても良いですか?」

 

リサ「……分かった。帰るまでには間に合わせるよ。」

 

リサは少し考えたが、敢えて何も言わず了承した。夏希も分かっている筈だと思ったからだ。

 

夏希「ありがとうございます!沙綾、おたえ!私綺麗に写ってるよ!」

 

小沙綾「どれどれ?」

 

小たえ「見たい見たい!」

 

沙綾とたえも夏希に呼ばれて写真を確認する。

 

 

--

 

 

そんな3人の姿を少し離れた所で沙綾とたえが見ていた。

 

中たえ「夏希……良かったね……。」

 

中沙綾「…そうだね、見て、あんなに笑ってるよ……。」

 

沙綾とたえの瞳から涙が溢れる。

 

香澄「良かったね、さーや、おたえ。夏希ちゃん、あんなに喜んでるよ。」

 

中沙綾「そうだね。」

 

中たえ「大成功だよ。」

 

中沙綾(夏希…今の夏希なら本当に運命を変えられそうって思えてくるよ…。)

 

中たえ(私達はここで過ごせた日々をずっと胸に刻んでいくからね…。)

 

 

---

 

 

狭間の空間--

 

小沙綾「あの時の夏希のドレス姿、本当に綺麗だったよね。」

 

小たえ「うんうん!私もいつかはあんなドレス着てみたいよ。」

 

夏希「おたえは家にドレスいっぱい持ってるでしょ。」

 

小たえ「あははっ!それもそうだね!」

 

小沙綾「っ!?夏希、おたえ!」

 

沙綾は奥を指差す。差した先には出口と思われる光が見えた。3人は歩き続ける。

 

 

--

 

 

数分歩き続け、3人は出口の前までやって来た。

 

小たえ「……。」

 

小沙綾「……。」

 

夏希「……。」

 

3人は無言で互いを見つめ合う。

 

小たえ「ここを抜けたら…遠足の前日なんだよね…。」

 

夏希「そうだね…。」

 

小沙綾「……夏希……っ!」

 

沙綾が夏希に話しかけようとした時、それを夏希が遮った。

 

夏希「あっちでも言ったでしょ!運命なんか変えてみせるって!私を信じて!……ね。」

 

 

本当は夏希が1番怖い筈なのに--

 

 

それでも夏希は誰よりも笑顔で2人を抱きしめた。

 

夏希「私達は?」

 

小沙綾・小たえ「「……ズッ友!!」」

 

3人は一歩を踏み出した--

 

 

3人は光の中へ消えていく--

 

 

夏希が持つ写真には教会と神社が写ってるだけだった--

 

 

 



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幸せと幸運の笑顔を

薫編です。

薫がこの世界に来る前の話。そこでは2人の友がいたのだった……。





 

 

狭間の空間--

 

真っ直ぐに続く光の道を、薫はただ1人出口に向かって歩き続けていた。同じ時代に生存反応があった四国と北海道。そこで生き抜いてきた勇者達や未来の勇者達と共に、薫は造反神の試練を乗り越える。

 

薫「…初めはどうなるかと思っていたけど、こうしてここまで来れたのは、"彼女"の思いがあったからかな……。最後にみんなに話せて良かったよ。彼女の--」

 

薫「こころの思いを……。」

 

元の時代へ戻る途中、薫はみんなと過ごした最後の時を振り返っていた--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

ゆり「それじゃあ、次は誰にしようか。」

 

小学生組の思い出作りが終了し、次の順番を決めていた時だった。

 

薫「1つ良いかい?」

 

薫が議論を遮った。

 

ゆり「どうしたの、薫?」

 

薫「私はみんなと御役目を通していく中で、沢山の思い出を作って来れた。だから、私に関しては大丈夫だよ。」

 

香澄「でも……。」

 

薫「代わりに、私の話を聞いて欲しいんだ。私がここに来る前の事やそこで出会った1人の少女についてを……。」

 

他のみんなは少し悩んだが、本人の希望を尊重して薫の話を聞くことにした。

 

 

---

 

 

沖縄、南城市--

 

沖縄で育ってきた薫は海が好きだった。小さい頃から生活の一部に海があったからだ。海は薫の人生、人格の一部と言っても過言ではない。

 

 

運命の日である2015年の7月30日--

 

 

その日も薫は海に揺られながら過ごしていた。

 

 

---

 

 

2015年7月30日--

 

?「薫くん、今日も海に入るの?危なくないかな?他の所じゃ災害が起こってるみたいだし……。」

 

薫「ああ、そのニュースなら見たさ。……だけど、ここの海はいつもの様に穏やかだから心配無いさ。心配してくれてありがとう、はぐみ。」

 

 

北沢はぐみ--

 

 

薫の同級生であり、いつも一緒にいる仲間の1人である。小柄でボーイッシュなオレンジ色の髪が特徴的だ。

 

 

はぐみ「本当?海がそう言ってるの?」

 

薫「ああ、語りかけてくるんだ。だから大丈夫さ。そうだろ、こころ。」

 

こころ「そうね。薫には海の神様がついているもの!」

 

 

弦巻こころ--

 

 

こころは薫の幼なじみで、はぐみとは対照的にロングの金髪が目立つ女の子である。薫ははぐみ、こころを含めた3人で毎日のように海を満喫し過ごしていた。

 

 

はぐみ「薫くんが海の声を聞けるようになったのっていつ頃からだっけ?」

 

薫「確か小学3年生の頃だったかな。海で浮かんでいたら声が聞こえたのさ。」

 

薫が海で聞いた声。それは優しくも温かい、そんな声だった。

 

はぐみ「薫くんはやっぱり凄いなぁ!あっ、そうだ。今日はお祭りの練習があるんだった!それじゃあね!」

 

はぐみは用事を思い出し、足早に去って行く。はぐみと別れた薫はいつもの様に海に入り、空を眺めた。こころはいつもそんな薫を砂浜から見つめている。こころは海から薫を眺める事が好きなのだ。薫が海に来る時は必ず行くスポットが決まっていた。町から少し離れた入江、静かでマリンジェットやウェイクボードも来ないこの場所が薫のお気に入りなのだ。

 

 

薫が波に揺られているその時--

 

 

薫(おや、誰か今私の名前を呼んだ様な…?)

 

薫はこころの方を見るが、こころがいる距離からでは幾ら何でも聞こえる筈が無い。寧ろ、声は海の中から聞こえている。その声に薫は聞き覚えがあった--

 

その声は小学3年生の頃、海で聞いた声と全く同じだったのだ。そう思った薫は海の中へと潜る。

 

薫(誰だい、私を呼んでいるのは?姿を見せてくれ。)

 

その時、海中が光に包まれる--

 

 

薫(こ、これは………!!)

 

光が薫を包み込む--

 

 

--

 

 

次の瞬間、薫は白い装束を身に纏っていたのである。

 

薫「これが私なのか……。」

 

これにはこころも驚き駆け寄ってくる。

 

薫「見てくれ、こころ。気がつけば私はこの様な姿になっていたんだ。」

 

こころ「凄いわね、薫!きっと海の神様が薫にくれたのよ!………はっ。」

 

その時、こころの頭の中に何やら風景が浮かんでくる。

 

薫「どうしたんだい、こころ?」

 

こころは頭を抑え、ある方向を指差して話し出す。

 

こころ「……あの方向。向こうに何か白いものが次々と人を襲っているの………。」

 

こころが指した方向は町。薫は急いで町へと駆け出した。

 

 

---

 

 

南城市、市街地--

 

どうやら薫が身に纏っている装束は着ている者の身体能力を上げる力があるのか、薫は物凄い速さで町へと辿り着いた。

 

薫「為すべき事は、あの時海の中で聞いた……。あの光はきっと…海の神様なんだろうね。」

 

薫は神の存在を疑う事は無かった。元来、薫の地域には神聖な聖域が存在していたからだ。町は電柱が折れ、道路はひび割れ、まるで災害が起こったかの様な状態だった。

 

はぐみ「な、何これ……?」

 

練習の為に戻ってきていたはぐみに怪我は無かったが、あまりの町の変わり具合に愕然としていた。だが、そこへ白い異形の化け物がはぐみを襲おうと近付いて来ていた。

 

薫「危ない、はぐみ!」

 

薫は持っていたヌンチャクを使い、化け物を吹き飛ばす。

 

はぐみ「ありがとう、薫くん……って、どうしたのその格好?」

 

薫「下がっていてくれ、はぐみ。これが海の神が言っていた敵……私が倒すべき存在。」

 

はぐみ「薫くん……凄い………。」

 

薫「はぁーーーーっ!!」

 

薫ははぐみを下がらせ、異形の化け物へと攻撃を繰り出す。

 

はぐみ「薫くん……神様みたい!」

 

薫「神様の力を借りているだけだよ。私は瀬田薫、そこは変わらないよ。」

 

はぐみ「そ、そっか……。」

 

薫「だから怖がる必要は無いよ。」

 

はぐみ「驚いてるだけだよ、怖くない…怖くないよ。それより花を纏って綺麗って感じ!」

 

薫「花、か……。」

 

その時、異形の化け物が更にやって来る。

 

薫「私が良いと言うまで隠れてるんだ。……人類の敵…儚く散れ!」

 

 

---

 

 

これが後の"7.30天災"と呼ばれる災害で起こった出来事だった。あれから世界は大変な事になり、大勢の人の命が白い異形の化け物に奪われてしまう。薫の地元の被害も大きかった。今まで普通に暮らしていた筈が、一瞬にして絶望が支配する世界へと変わってしまったのである。だが、こんな世界でもこころだけは笑顔を絶やさず毎日を過ごしていた。

 

 

最初はこころを毛嫌いする人が大多数だった--

 

 

この状況で笑っていられる方がおかしい、そう思うのは至極当然の事である。それでもこころはどんなに毛嫌いされていても、笑顔を絶やさない。

 

 

--

 

 

何日か経った頃、周りの子供達に笑顔が戻った。こころの笑顔が子供達を変えていったのである。

 

こころ「そんな悲しい顔をしないで。笑顔になりましょう!笑顔になれば自然と幸せがやって来るのよ!」

 

子供達に笑顔が戻ると、今度はその親に笑顔が戻り、その親を通して次第に町に笑顔が戻り始めたのである。

 

市民A「あんなに笑顔で接されたら、落ち込んでるのが馬鹿らしくなってくるよ。」

 

市民B「そうだな。何もしないでいるより、笑っていた方が活気が戻る。」

 

そのせいもあってか、南城市では"天空恐怖症候群"に罹る者が1人もいなくなり、罹っていた人も、笑う事によって、症状が緩和されてきていたのだ。

 

 

--

 

 

薫はそんなこころの事を尊敬していた。

 

薫(私は戦ってこの町を守る事しか出来ない……。だが、こころは私には出来ない事が出来る……。あぁ、なんて儚く素晴らしいんだ。)

 

そして何故だか、こころは異形の化け物の存在を察知する事が出来た。こころが化け物がやって来る場所を示し、それを基に薫が化け物を退ける--

 

そんな風に南城市を守っていたのだった。

 

 

---

 

 

とある日--

 

おばあ「海底を宮としている神からの助力。それが勇者…瀬田薫に宿りし力の正体さね。」

 

市民A「神の力が宿った、か…。おばあが言うからには間違いないだろうけど。」

 

おばあ「深く考える必要は無いさね。重要なのは化け物を倒せる力を持っているのが瀬田薫。そしてその化け物を察知出来る力を持つ者が弦巻こころって事さね。」

 

市民B「こころにそんな力が…。なんだか不思議な子だとは思っていたけど…。それにしても、これからどうなるんだ?」

 

市民C「たった2人の少女達に守られていくのか。でも……。」

 

町に活気が戻ったのは確かだが、このままではどうしようもないのも事実である。大人達はおばあの元に集まって会議をしていた。

 

おばあ「そうさね…。瀬田薫と弦巻こころ……いや、薫様とこころ様には神様が味方している……希望はあるさね。」

 

市民D「こころ様の尽力もあって、みんなが暴走せずにいるのは助かっていますね。」

 

おばあ「お二方は今何処さね?」

 

市民A「稽古が終わったから、海ですかね?こんな時でも海に入るのは欠かさないんですね。」

 

市民B「……だからこそ海の神に選ばれたのかも。」

 

その時、1人の市民が会議場に駆け込んで来る。

 

市民E「大変だ!白い化け物が、薫様がいる海に向かってる!」

 

おばあ「っ!!」

 

 

---

 

 

南城市、町外れの海岸--

 

その頃、薫はいつものように海に入っていた。こころもそんな薫の様子を海岸から見ている。

 

薫「………。」

 

突然、こころが叫び出した。

 

こころ「薫っ!!」

 

こころの声に薫が反応する。

 

薫「っ!?敵が来たんだね。助かったよ、こころ!!」

 

薫は勇者装束に着替え、やって来る敵を見据える。

 

薫「あんなに沢山…。直接私を狙ってきたのか。」

 

こころ「薫、大丈夫?」

 

こころは心配しているが、不思議と薫は落ち着いていた。

 

薫「安心するんだ、こころ。君はいつも笑顔でいてくれ。それだけで私は頑張れる。」

 

こころの頭に手を置き、薫は敵に向かって駆け出した。

 

薫(私を狙って来るなら、着いておいで。)

 

敵を引き付けた薫は海に潜る。化け物も後を追って海に飛び込んでいった。

 

薫(どんなに大量の敵が来たとしても、海の中でなら負ける気はしないよ。)

 

薫は海中で動きが鈍った化け物をヌンチャクで次々と倒していく。

 

 

--

 

 

全ての敵を倒し終え、薫が海岸に戻って来ると、はぐみが駆けつけていた。

 

はぐみ「あ…薫くん!大丈夫だった!?」

 

薫「私なら大丈夫だよ。海でなら負けないさ。」

 

こころ「さっすが薫ね!」

 

薫「こころが教えてくれたお陰さ。ありがとう。」

 

 

---

 

 

襲来してくる敵の数が増えてきた事により、薫とこころは町をパトロールするようになった。

 

薫「…このあたりに異常は無いみたいだね。」

 

町では2人がやって来ると、市民が労うようになっていた。

 

市民D「薫様、本日も御役目ありがとうございます!」

 

薫「薫様……。中々その呼び方には慣れないね。」

 

こころ「そうね。」

 

薫「次はもう少し西へ行ってみようか、こころ。」

 

こころ「そうしまし……っ!」

 

移動しようとした時、突然こころがふらついてしまう。

 

薫「っと!大丈夫かい、こころ。少し休んで行こうか。」

 

こころ「ごめんなさい、薫。」

 

こころは笑顔で薫に謝った。そこにはぐみがやって来る。

 

はぐみ「……あっ、薫様とこころ様!パトロールですか?」

 

薫「はぐみも薫様なんだね…。いつも通りで構わないのに。」

 

はぐみ「勇者様に様付けしないと怒られちゃいますから!」

 

はぐみは真面目な子なのだ。市民全員が2人を神格化してしまい、薫に変わらず接してくれる人はこころだけになってしまった。

 

はぐみ「那覇の方には白い怪物が沢山来てるみたいですけど…。」

 

薫「だけど、私達の地元にはあまり近づいて来ないね。」

 

こころ「確かにそうね。世界遺産にもなってる聖域があるからかしら?」

 

薫「海の神が何かしらの力で守護してくれているんだろうね。」

 

はぐみ「海側は比較的安全だもんね。」

 

薫「だけど、敵が来ない訳じゃない。侵入してくれば私が倒すよ。」

 

こころ「そうね!薫があの敵を倒せば町のみんながもっと笑顔になるわ!」

 

2人はみんなの笑顔の為に戦っているのである。その時、

 

こころ「っ!?薫!向こう!」

 

こころは町の西側を指差した。

 

薫「敵が来たんだね。ありがとう、こころ!2人とも、行って来るよ、奴等をこの町には近付けさせない!」

 

はぐみ「頑張ってね…。」

 

こころ「負けないで、薫!」

 

そう言って、薫は飛び出して行った。

 

 

---

 

 

数日後--

 

薫「今日は敵は来ないみたいだね。」

 

こころ「それは良い事だわ!」

 

薫「そうだね。こころには何度も助けられたよ。」

 

こころ「私もよ、薫。"世界を笑顔に!"これが私達の使命だもの。」

 

 

"世界を笑顔に"--

 

 

2人が心に決めた事である。その誓いを胸に2人は戦い続けてきた。

 

薫「この海の先、四国には生き延びている人間が多くいると聞いたが、同じ様に戦っている人達がいるんだろうね。」

 

こころ「そうね。いずれはそこの人達も笑顔にしていかないとね!」

 

薫「そうだね。」

 

こころ「ねぇ、薫。」

 

薫「何だい、こころ?」

 

こころ「もし……。もしね?私がいなくなっても、薫は世界を笑顔にする為に戦い続けてちょうだい!」

 

薫「急にどうしたんだい、こころ。縁起でも無い事を。」

 

こころ「約束して!」

 

こころは真っ直ぐな瞳で薫を見つめながら話している。そこには冗談の一欠片も感じなかった。

 

薫「……分かった、約束しよう。私は世界を笑顔にする為に戦うと。」

 

 

---

 

 

同時刻、南城市市街地--

 

市民A「本土とは完全に連絡が取れなくなってしまった。でも……。」

 

市民B「四国が大きな避難場所になっている。私達の生存反応も認知されている。」

 

市民C「四国に行けば安全という訳か。しかしどうやって移動する?」

 

市民D「九州から陸路……は危険だろうな。連絡が取れないから。」

 

おばあ「あの白い異形は、人が多い地域によく出るって話さね。思い切って海路を使ってそのまま四国に行った方が良いさね。全員の脱出は難しい……そもそも私は離れる気なんて無いさね。」

 

市民達はここから四国に避難すべきか、留まるべきかについて議論していた。

 

市民A「大体無事に着ける保証が無い。」

 

市民D「それなら瀬田様と弦巻様がいるここにいた方が。」

 

市民E「あぁ全然良い。私も残りたい。物資が少なくなってきても…神が、薫様とこころ様がいる。」

 

市民B「その物資の点から考えても、四国に行く事は挑戦した方が良いと思う。」

 

市民E「しっかり考えていこう。お2人が頑張っておられるんだ。私達だって。」

 

議論は平行線をたどっていた。

 

 

---

 

 

南城市、海岸--

 

こころ「薫!あっちからも敵よ!」

 

薫「そうか、待っていてくれ!」

 

薫が敵を倒す為駆け出す。

 

こころ「薫、頑張って……。」

 

こころは薫を見送る事しか出来ない。だからこころに今出来る事、笑顔を作って薫を送り出す。

 

こころ「っ!?」

 

薫が飛び出してからすぐ、こころは反対方向から来る敵の気配を察知した--

 

 

---

 

 

南城市市街地--

 

 

市民C「本当、ここにきて皆が冷静でいられるのも、瀬田様と弦巻様のお陰、だね。」

 

おばあ「初めは信仰のお陰で皆が冷静だったさね。でも今、冷静なのは間違いなくお2人方のお陰さね。」

 

 

---

 

 

南城市、海岸--

 

薫「はぁ……はぁ………。っ!?」

 

息を切らしながら薫が戻って来る。いつもより更に敵の数が多かった為だ。だが、所々に怪我を覆いながらも薫は敵を打ち倒した。

 

 

その時だった--

 

 

薫が目にしたのは、背後から白い異形が今にもこころを襲う瞬間だったのである。

 

薫「こころっ!!!逃げるんだ!!」

 

薫は痛みをおして叫び無我夢中で駆け出す。

 

はぐみ「っ!?薫くん!?こころん!?」

 

たまたま薫達を探しに近くまで来ていたはぐみも薫の叫びを聞いて走り出した。

 

 

迫り来る異形--

 

 

駆ける2人--

 

 

だが、間に合わない--

 

 

先の戦いでの疲労が薫の足を鈍らせる。だがこころは逃げもせず、その顔に恐怖は微塵も無かった。

 

 

 

こころ「ぐっ………!」

 

 

 

 

異形がこころに噛み付き、血が薫の顔にかかる--

 

 

 

 

薫「……ここ…ろ……。っ……うああああああっ!!!」

 

薫は怒りのままに異形を薙ぎ払う。周りの敵を殲滅するまでにそう時間はかからなかった。

 

 

--

 

 

薫「こころ!こころ!!」

 

薫は血だらけのこころを抱き上げ呼びかける。そこへはぐみもやって来た。

 

はぐみ「薫くんどうしたの……って、こころん!!」

 

はぐみもこころに駆け寄る。

 

薫「待っていてくれ、直ぐに医者を……。」

 

だがこころは、

 

こころ「いい…のよ……薫……。こうなる事は…分かっていた……事…だから…。」

 

薫「えっ…?」

 

そこで薫は前にこころが言っていた事を思い出す。

 

 

--

 

 

こころ「ねぇ、薫。」

 

薫「何だい、こころ?」

 

こころ「もし……。もしね?私がいなくなっても、薫は世界を笑顔にする為に戦い続けてちょうだい!」

 

薫「急にどうしたんだい、こころ。縁起でも無い事を。」

 

こころ「約束して!」

 

薫「……分かった、約束しよう。私は世界を笑顔にする為に戦うと。」

 

 

--

 

 

こころは分かっていたのだった。自分が死んでしまうという未来に。

 

薫「……こころ…。」

 

薫から溢れる涙がこころの頬に落ちる、

 

こころ「薫……笑顔よ……。」

 

薫「……笑……顔…。」

 

こころ「そう……笑顔よ……。あなたが笑顔でなければ……この町は…ダメになってしまう……。」

 

薫・はぐみ「「………。」」

 

こころ「はぐみ……。」

 

はぐみ「何……こころん…。」

 

こころ「薫の側に……いてあげて……。笑顔で……薫を……支えてあげて………。」

 

はぐみ「……分かったよ、こころん!」

 

はぐみは笑顔で答えた。

 

こころ「世界を……笑顔に………。薫……それをわ…れな……でね……。」

 

こころの目が閉じる。こころは最後の希望を薫に託し息を引き取った。

 

薫「こころ………。誓うよ、世界を笑顔に。その役目を私が……必ず。」

 

はぐみ「薫くん……。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

薫「それから少しした後、突然光に包まれてこの世界にやって来た……という訳さ。」

 

りみ「そうだったんですね……。」

 

薫「だからみんなも忘れないでいて欲しいんだ。笑顔を……。こころが残してくれたものを……。」

 

香澄「……分かりました!私忘れません、笑顔を!」

 

花音「私も…。戦いは怖いけど、せめて笑顔だけは絶やさない様にするよ!」

 

美咲「そうだね、笑う門には福来るっていうもんね。」

 

薫「みんな……ありがとう。君達に会えて、本当に良かった!」

 

 

---

 

 

狭間の空間--

 

光の終点が見えてきた。

 

薫「こころ…君が託してくれた想いを、時代を超えた友が繋いでくれると約束してくれたよ……。記憶は消えてしまうだろうけど、想いまでは消えない……そう信じている。」

 

薫は出口に向かって歩みを進める。

 

 

その先に待つのは希望か絶望か--

 

 

どちらに辿り着いたとしても、薫は笑顔を絶やす事は無いだろう。

 

 

心友に託された想いがある限り。

 

 

 



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繋いだバトンの先に

今回は諏訪組。

季節感めちゃくちゃになってるかもですが、そこは大目に見てください……。




 

 

狭間の空間--

 

蘭とモカは光の中を歩いていた。

 

モカ「…最後に良い思い出出来た、蘭?」

 

蘭「うん。みんなで頑張って繋いだバトン。あの光景は忘れたくても忘れられそうにないや。」

 

蘭は自分の右手に目をやる。

 

蘭「私達の後ろにはみんながいる。……私が先頭を走らないとね。」

 

モカ「そうだね。……ずっと見てるよ。」

 

蘭「ありがと、モカ。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

香澄「次は蘭ちゃんとモカちゃんの番だよ!」

 

蘭「え、私達?」

 

モカ「何が良い、蘭?」

 

蘭「考えて無かったな…。」

 

蘭は窓から外の景色を眺めた。外は夏の日差しが眩しく照りつけている。

 

蘭「ん、あれは……。」

 

蘭はグラウンドに目をやった。そこでは花咲川中学の生徒がリレーの練習をしている。

 

モカ「何か見つけたの?」

 

そこへモカもやって来た。

 

モカ「リレーの練習だね。確かもうすぐ体育祭だったよね。その練習かな?」

 

間も無く花咲川中学では体育祭が開催される。中でも目玉は今年から開催される事になった部活対抗リレーだ。

 

蘭「体育祭か……。あっ……!」

 

蘭が何かを思いつく。

 

蘭「ゆりさん、やりたい事決まりました。」

 

ゆり「なになに?何でも言ってみて。」

 

蘭「----。」

 

 

--

 

 

香澄「リレーで1番を取る?」

 

蘭「そう。今度の体育祭の部活対抗リレーで1番を取る。それが私達のお願い。」

 

モカ「何か私の願いも含まれちゃってるけど、それで良いや。」

 

ゆり「りょーかい!2人の為にも、リレーで1番取るよ!!」

 

全員「「「おーーーっ!!!」」」

 

紗夜「ですが、部活対抗なら運動部にも勝たなければなりません。」

 

香澄「大丈夫!みんなと一緒ならきっと良い勝負が出来るよ!」

 

紗夜「……ですね。やるからには勝ちましょう!」

 

ゆり「じゃあ、今から練習だよ!体操着に着替えて校庭に集合!」

 

諏訪組のお願いを叶える為、勇者部のリレーの練習が始まる。

 

 

---

 

 

校庭--

 

有咲「対抗リレーって事は誰が出るか選抜しないといけねーな。」

 

ゆり「安心して!既に私が6人を選んでるから。」

 

部活対抗リレーに出るメンバーは6人。残りのメンバーは応援に回る事になる。

 

ゆり「勿論1人目は蘭ちゃんでしょ。それに友希那ちゃん。」

 

友希那「任せてちょうだい。勇者部に恥じないようリレーでも頂点を目指すわ。」

 

蘭「みんなで優勝するよ。」

 

ゆり「で、小学生組を代表して夏希ちゃんお願いね!」

 

本来なら小学生組の3人は中学の体育祭に参加は出来ないのだが、部活対抗との事なので特別に参加が認められていた。

 

夏希「分かりました!中学生にだって負けません!」

 

ゆり「後は、香澄ちゃんに千聖ちゃん。そしてたえちゃんだよ。」

 

香澄「戸山香澄頑張ります!」

 

千聖「分かりました。」

 

中たえ「ゆり先輩。他の5人は分かりますけど、どうして私なんですか?」

 

こう見えてたえは勇者部の中でかなり速い方なのだ。

 

ゆり「勿論足が速いのもあるけど、一見運動得意そうに見えないダークホース的な人が欲しかったから。」

 

中たえ「馬よりウサギの方が良いですけど、任されました。」

 

走るメンバーも決まり、6人の練習が始まる。

 

 

---

 

 

校庭--

 

花音「モカちゃんはリレーに出なくて良かったの?リレーで勝つ事が願いだったのに。」

 

モカ「あはは…。私は足遅いですから、応援に回りますよ。それに……。」

 

花音「それに?」

 

モカ「蘭の笑顔を見てるだけで、私は充分幸せだから。」

 

花音「……そっか。じゃあ精一杯応援しようね。」

 

 

--

 

 

香澄「メンバーは決まりましたけど、練習は何から始めるのが良いんだろう?取り敢えずみんなで走ってみる?」

 

夏希「あっ、練習の前に走る順番を決めておいた方が良いんじゃないですか?」

 

中たえ「そう思ってくじ引きを用意しておいたよ。」

 

たえは懐から番号が書かれた札を用意する。

 

夏希「いつの間に!?」

 

6人は早速札を取っていく。

 

千聖「私は……5番ね。」

 

友希那「私は2番よ。」

 

全員がくじを引き終わり、1番が蘭、2番が友希那。3番が夏希、4番がたえ、5番が千聖。そしてアンカーが香澄で決まる。

 

友希那「くじで決めたにしては中々良い順番だと思うわ。」

 

千聖「私としても異論は無いわ。」

 

香澄「それじゃあ、実際にバトンを使ってこの順番で走ってみようよ!」

 

6人はそれぞれポジションへ移動する。

 

高嶋「それじゃあ私がタイムを計るよ!」

 

あこ「スタートの合図はあこがするよー!」

 

最初の走者、蘭がポジションにつく。

 

あこ「位置についてー……よーい、ドン!」

 

蘭「はっ!」

 

蘭は思いっきり走り出す。

 

紗夜「流石に速いですが……あれでは…。」

 

俯瞰から見ていた紗夜は蘭が走った直後にすぐ察知した。これではダメだと。蘭は次の走者である友希那にバトンを繋ぐ。

 

蘭「……っと、頼みましたよ、湊さん!」

 

友希那「ええ……任、せて!」

 

もたつきながら蘭からバトンを受け取った友希那は走り出す。

 

あこ「友希那さーん!!もっと腕を振ってくださーい!!」

 

あこのアドバイスを受けながら、友希那は夏希へとバトンを繋ぐ。

 

友希那「……海野さん!」

 

夏希「…はいっ!そりゃあああああっ!」

 

 

--

 

 

夏希「……っはい!たえさん!」

 

中たえ「はい!行くよー!」

 

 

--

 

 

中たえ「はい!お待たせしました!」

 

千聖「ええっ!はああぁっ!!」

 

 

--

 

 

そして千聖はアンカーである香澄へとバトンを受け渡す。

 

千聖「香澄ちゃん!」

 

香澄「は、はい!大丈夫…!たぁああっ!」

 

香澄は千聖からバトンを貰い、全速力でゴールへと向かう。

 

香澄(もうちょっと!もっともっと速く!)

 

香澄はスピードを落とさずゴールテープを切った。

 

あこ「ゴーール!!」

 

香澄「はぁ……はぁ……。」

 

夏希「高嶋さん高嶋さん!タイムどんな感じですか?」

 

高嶋「うーんとね、こんな感じだよ。」

 

高嶋はみんなにストップウォッチを見せる。

 

千聖「これは……あまり良くないわね。」

 

お世辞にも速いとは言えないタイムだった。

 

香澄「そうなの?みんなで頑張って走ったのに…。」

 

友希那「どうしてかしら?」

 

悩む6人の前に、俯瞰で見ていた紗夜がやって来て説明する。

 

紗夜「気付いてなかったのですね。バトンを受け取る時、落とすのを警戒しすぎて皆さん殆ど足が止まってました。」

 

問題はバトンの受け渡しの時だった。みんながもたつきそこでタイムが伸びてしまっていたのだ。

 

紗夜「特に酷かったのは美竹さんと湊さんですね。」

 

友希那・蘭「「えっ……。」」

 

あこ「あれじゃ、タイムは伸びません…。」

 

香澄「ならバトンの受け渡しも練習しないとね!」

 

紗夜のアドバイスを受け、6人は一先ずバトン受け渡しの練習を開始した。

 

 

--

 

 

高嶋「受け取る人は走りながら、渡す人は渡す瞬間に"はいっ!"って声をかけるのを忘れちゃダメだよ!」

 

あこ「それと、腕を振った形でそのまま相手に渡せると、走りながらでもスムーズに受け渡し出来ます。」

 

早速受け渡しの練習を開始する。

 

夏希「はいっ!たえさん!」

 

中たえ「受け取ったよ。はい!」

 

千聖「はい!……香澄ちゃん!」

 

香澄「ありがとうございます!なんだか大分受け取りやすくなってきました!」

 

6人はもう一度トラックを走ってみる事にする。

 

 

--

 

 

あこ「行きまーす!よーい、どーーん!!」

 

蘭「……今度はスムーズに渡してみせる!」

 

友希那「……走りながら…。」

 

蘭「…スピードを殺さずに……はい!」

 

友希那「受け取ったわ!これなら--」

 

次の瞬間、紗夜が待ったをかける。

 

紗夜「ダメです、美竹さん、湊さん。」

 

友希那「………えっ?」

 

蘭「どうして!?」

 

驚く2人に紗夜はトラックを指差す。

 

紗夜「テイク・オーバー・ゾーンです。決められたバトンの受け渡し区間を越えてしまったからルール違反です。」

 

友希那「……仕方ない。もう一度よ!」

 

 

--

 

 

その後もリレーの練習は続いていく。

 

蘭「区間内での受け渡しを意識して……。」

 

友希那「だけど、受け取るのが遅くならないように……。」

 

蘭「……はいっ!湊さん!」

 

友希那「受け、とったわ!……これなら!」

 

区間は越えなかった2人だが、凄まじくぎこちない走り方になってしまっている。2人とも区間を意識しすぎているのだ。これなら寧ろ始めの方が良かったくらいである。

 

友希那「……頼んだわよ、海野さん!」

 

夏希「分かりました!……はい、たえさん!」

 

中たえ「受け取ったよ!……はい!」

 

千聖(いい感じね…。)

 

千聖「……はい、香澄ちゃん!」

 

香澄「行っきまーーす!!」

 

千聖からバトンを受け取り香澄は走り出す。

 

 

--

 

 

千聖「香澄ちゃん、さっきは良い走り出しだったわよ。」

 

香澄「はい!千聖さんの声が聞こえたら、掴んで走る!それだけ考えてました!」

 

千聖「練習の成果ね。良かったわ。」

 

中たえ「だけど……。」

 

最初の受け渡し、蘭と友希那の所だけは、何度やってもぎこちなくなってしまう。

 

紗夜「2人は区間を意識し過ぎて、大分タイムロスが出ています。」

 

蘭「……こうなったら練習するのみです、湊さん!」

 

友希那「そうね。出来るようになるまで。」

 

2人はみんなが練習が終わった後も日が落ちるまでバトンの受け渡し練習を続ける。

 

 

--

 

 

蘭「はいっ!」

 

友希那「良いわよ!」

 

蘭「もう一度!」

 

友希那「ええ。今度は私の初動を少し早くしてみるわ。」

 

蘭「なら、私はスピードを緩めずに渡してみます。」

 

 

--

 

 

中たえ「あれ?まだやってたんだね。」

 

香澄「充分上手く受け渡し出来てると思うんだけど。」

 

中たえ「……満足するまでやらせてあげようか。」

 

紗夜「そうすると、日が落ちるまで続けそうですね……。」

 

 

--

 

 

蘭「協力してくれるみんなの為にも頑張らないと!」

 

友希那「ええ。私もあなたの為に頑張るわ!」

 

結局2人の練習は日が落ちても続き、2人はリサとモカに連れられて強制的に練習終了となったのだった。

 

 

---

 

 

体育祭当日--

 

花咲川中学の生徒を紅白に分けて行う体育祭は凄い盛り上がりを見せていた。

 

あこ「りんりーん、頑張ってー!!」

 

中沙綾「りみりんも負けないでー!」

 

今は徒競走の真っ最中である。

 

 

--

 

 

あこ「一位は取れなかったけど、頑張ったりんりんにはあこが一等賞をあげる!」

 

中沙綾「そうだね。りみりんもよく頑張ったよ。」

 

あこ「応援も悪くないけど、見てるとやっぱり自分の番が待ち遠しくなるよ!」

 

有咲「まぁ、気持ちは分かる。りみの頑張りを見たら余計にな。」

 

白熱した体育祭は続いていく。

 

 

--

 

 

そして遂に部活対抗リレーがやってきた。6人は準備を開始する。

 

中たえ「もしかして緊張してますか?」

 

千聖「集中してただけよ。後は練習した事を本番で繰り返すだけだから。」

 

夏希「あれから結構練習しましたからね。」

 

友希那「ええ……。数えきれない程のバトンの受け渡しをしたわ。」

 

蘭「任せて。良いスタートダッシュを切って、湊さんに繋げます。」

 

香澄「練習の成果を出せば、良い結果に繋がるよ!みんな一生懸命頑張ろう!」

 

 

--

 

 

応援席--

 

小沙綾「そろそろ始まるみたいですよ。」

 

モカ「おっ、本当だね。」

 

小たえ「モカさんはいつも通りですねー。私なんか走らないのに緊張してますよ。」

 

モカ「そんな事ないよ。このリレーは蘭にかかってると言っても過言じゃないから。」

 

蘭のバトンの受け渡しで全てが決まる。

 

モカ(蘭……。自分を信じて……。)

 

 

--

 

 

そして、リレーがスタートする。蘭のスタートダッシュは問題なく、出だしは上々だった。

 

蘭(……運動部も中々やるじゃん!)

 

蘭「……はい!湊さん!」

 

問題のバトン受け渡しだ。

 

友希那「ええ、後は任せて!」

 

バトンの受け渡しは滞りなく、完璧に行う事が出来た。スピードも落ちていない。勇者部の順位は3位で第2走者である友希那へ移る。

 

友希那(……今は先頭の陸上部と女子サッカー部に少しでも追いつくだけよ!)

 

夏希「友希那さーん!」

 

友希那「……はい、行って海野さん!」

 

ここも問題なくバトンを受け渡す。

 

夏希(これなら、少し前を走るチームにも追いつけ……!?)

 

その時だった。夏希の前を走る選手が転んだのである。幸い夏希は転ぶ事は無かったが、その間に抜かされ、4位になってしまう。

 

夏希「……はぁ、はぁ!たえさん、すみません後お願いします!」

 

中たえ「大丈夫、夏希は十分頑張ったよ。今度は私の番!」

 

第4走者のたえにバトンが渡る。たえは信じられない速さで挽回し3位に戻した。

 

中たえ「はい、頼みました!」

 

千聖「ええ!」

 

第5走者、千聖にバトンが渡る。

 

千聖(バトンの受け渡しにミスは無い……。これなら、まだ!)

 

千聖は少しずつ差を詰める。

 

千聖(私だって負けたくない……。でも、中々手強い!)

 

香澄にバトンを渡す寸前で、千聖は1人抜かして 2位になり、バトンはアンカーへと繋がる。

 

千聖「……はい、香澄ちゃん!」

 

香澄「はい!」

 

香澄の前を走るのは陸上部の生徒。

 

香澄(ここまでみんなが繋いでくれたバトン。だから私は最後まで諦めない!)

 

陸上部との差が少しずつ縮まっていく。だが、陸上部も負けていない。

 

香澄「うああああああああっ!!」

 

そしてアンカーがゴールテープを切る。

 

 

---

 

 

香澄「はぁ…はぁ……。」

 

最後の直線を制したのは勇者部だった。みんなが香澄の元に集まる。

 

友希那「良く頑張ったわ、戸山さん!」

 

夏希「私が順位を落とした時は焦りましたけど、皆さんのお陰で一位になれて良かったです!」

 

中たえ「気にしないで、夏希。困った時に助け合うのが勇者部なんだから。」

 

そして香澄は持っていたバトンを蘭に渡す。

 

香澄「はい、蘭ちゃん!これで蘭ちゃんの願いが叶ったね!」

 

蘭「香澄……。うん、そうだね。みんな、ありがとう!」

 

蘭は香澄からバトンを受け取る。

 

モカ「おめでとう、蘭。」

 

蘭「……最後に良い思い出が出来たよ。これで心置きなく戻れる…。」

 

 

---

 

 

狭間の空間--

 

蘭「あの時のリレーを通して確かに感じる事が出来た。想いはちゃんと誰かに繋がるんだって。」

 

モカ「蘭……。」

 

蘭「例え、私達の戦いが無駄に終わったとしても、湊さんが……。そして未来のみんなが必ず私達の想いを継いでくれる。」

 

モカ「……そうだね。」

 

 

--

 

 

光の終点が見えてくる。

 

蘭「出口……。」

 

モカ「ここを抜けたら諏訪なんだよね。」

 

いざ出口まで来ると、モカは再び震えてしまう。だが、蘭がモカの手を掴んで言う。

 

蘭「怖くない。あっちでも言ったでしょ。私はモカがいるから頑張れる。私がモカを守るから。」

 

蘭の温かい言葉がモカの震えを消してしまう。

 

モカ「……そうだね、蘭。ずっと隣で見てるよ、蘭の事。」

 

蘭「ありがとう、モカ。……行こう。」

 

モカ「うん!」

 

 

2人は光の中へ消えていく。

 

 

2人に待つのは絶望か--

 

 

それとも--

 

 



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心の温もり

今回は美咲の話。

長々と続きましたが、石紡ぎの章、残り3話で完結となります。

最後は西暦組、防人組、神世紀組の三部構成です。




 

 

狭間の空間--

 

奥沢美咲は1人光の道を歩いていた。

 

美咲「はぁ……。みんなの前では大見得切って帰ったけど、いざこうなってみると寂しいもんだなぁ。」

 

すると美咲の隣に"コシンプ"が現れる。

 

美咲「あら?どしたのコシンプ?……私を励ましてくれてるんだ。ありがと…大丈夫。後悔はしてないから。」

 

美咲は"コシンプ"に話しかけながら歩みを進めて行く。

 

美咲「それにしても、あの時のみんなの笑顔は……忘れられそうにないよ。」

 

歩きながら美咲は思い返す。旅立つ前の出来事を。

 

美咲「あの笑顔を守る為にも……いっちょ頑張りますか!ね、コシンプ。」

 

コシンプ「……。」

 

美咲「お、嬉しい事言ってくれるじゃん!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

ゆり「次は美咲ちゃんの番だよ。何かやりたい事はある?」

 

美咲「うーん……。」

 

これまで順々にみんなのやりたい事をやってきた香澄達。次は美咲の番なのだが、いざやりたい事は何かと聞かれると返答に困ってしまう。

 

美咲「……そうだ!」

 

しばらく唸って考えた後、美咲はとある事を思い付く。

 

香澄「やりたい事決まった?」

 

美咲「うん。私がみんなに感謝するパーティを開きたい。」

 

美咲のまさかの一言に勇者部全員が驚きの声をあげる。

 

中沙綾「良いの?普通なら祝われる側なのに。」

 

りみ「そうだよ、美咲ちゃん。」

 

美咲「良いの良いの。最初に決めたでしょ。みんなのやりたい事をやって行こうって。これが私のやりたい事。」

 

リサ「確かにそうだけど……。」

 

千聖「まさかそんなトンチをきかせてくるなんて思いもよらなかったわ。」

 

美咲「でしょ。だから、ここは私の意を汲んでよ。それに私は祝われるより祝う方が好きだから。」

 

ゆり「うーん。それが美咲ちゃんのやりたい事なら…。」

 

美咲「じゃあ決まりだね!私プレゼンツ"みんなに感謝を伝えるための会"楽しみに待っててよ。」

 

そう言い残し、美咲は部室を後にするのだった。

 

高嶋・リサ「「………。」」

 

 

---

 

 

フードコート--

 

早速美咲はパーティの計画を練り始めた。

 

美咲「取り敢えず……ケーキは外せないよね…。作り方を検索…っと。」

 

端末を操作しケーキの作り方を検索すると、数多くのレシピがヒットした。

 

美咲「……これは選ぶのだけで時間がかかりそうだよ。」

 

そこに高嶋とリサがやって来る。

 

高嶋「あれ?美咲ちゃん、こんな所にいたんだ。」

 

リサ「ヤッホー、美咲。」

 

美咲「高嶋さんにリサさん。買い物ですか?」

 

高嶋「そうなんだ。美咲ちゃんは何してたの?端末で何か見てたみたいだけど…。」

 

美咲「ああ、これね…。実はパーティ用のケーキを作ろうと思ってまして、レシピを調べてたんです。」

 

リサ「お、良いじゃん良いじゃんケーキ。」

 

美咲「でも、レシピが多すぎて何を参考にしようか迷っちゃいましてね。」

 

美咲は照れ笑いで答える。

 

リサ「なら、ケーキ作り私達に手伝わせてよ。ケーキなら作った事あるしさ。」

 

高嶋「そうだよ、美咲ちゃん!」

 

二人は顔を見合わせて答える。実は二人は買い物で偶然鉢合わせたのでは無かった。美咲の事が心配になった二人はこっそり美咲の後をつけていたのだ。

 

美咲「確かに二人に手伝ってもらった方が助かりますけど…。みんなに感謝を伝える会なのに、手伝ってもらう訳にはいきません。」

 

美咲は首を横に降る。美咲の意思は固かった。

 

高嶋「でも…。」

 

それでもめげない高嶋。その高嶋の肩にリサはそっと手を乗せる。

 

高嶋「リサちゃん……。」

 

リサ「分かった。でも、これだけは忘れないでね。」

 

美咲「ん?何ですか?」

 

リサ「私達みんなも、美咲に感謝してるんだからさ。」

 

美咲「あっ……。」

 

リサ「じゃあケーキ作り頑張って!分からない事があればいつでも相談してね。」

 

そう言ってリサはフードコートを後にする。

 

高嶋「あっ、リサちゃん!……美咲ちゃん。悩んだら相談だよ!」

 

高嶋もリサの後を慌てて追いかけて行ってしまう。

 

美咲「みんなも……か。これは下手なケーキ作って出す訳にはいかなくなったね。」

 

美咲は自分の両頬を軽く叩きレシピ選びを続けるのだった。

 

 

--

 

 

一方で美咲と別れた高嶋とリサ。

 

高嶋「これで良かったのかな…。」

 

リサ「大丈夫だよ、香澄。」

 

高嶋「でも…。」

 

リサ「親友を信じて見守る事も親友の役目だよ。」

 

 

---

 

 

次の日、家庭科室--

 

美咲「……ふぅ。腕が疲れるよ…。電動ミキサー使ってても流石に大変だ…。」

 

美咲は一人家庭科室でケーキのメレンゲを作っている。親友の助けを借りるのを拒んでまでやっているのだ。弱音は吐けなかった。

 

美咲「さて、と。次は粉の分量を計らないとね。」

 

すると突然コシンプが現れる。

 

美咲「なんだぁ?お腹すいて出てきたの?精霊は食べられないよ。」

 

コシンプ「………。」

 

美咲「応援してくれてんの?ありがと。見栄切った手前だもん。美味しいケーキ作らないと。」

 

美咲はコシンプに話しかけながら黙々と作業を続けていた。

 

 

--

 

 

高嶋・香澄「「…………。」」

 

一方、部室からは2人の香澄が美咲の様子をドアの隙間から覗いていた。

 

ゆり「こうも美咲ちゃんが一心不乱に頑張るのって今まで無かったよね。」

 

友希那「そうね。いつもは後方支援だし、自ら進んで何かをするような人では無かったわ。」

 

薫「……変わったんだよ、彼女は。」

 

高嶋「変わった?」

 

1人、元の時代での美咲を知っていた薫はその時に交わした約束を破って香澄達に語り出す。

 

薫「彼女…美咲は元の世界には帰りたがっていなかった。それは元の世界が"寒かった"からだ。」

 

小沙綾「寒かったって…北海道は元々寒いはずですけど……。」

 

薫「文字通りの意味さ。」

 

夏希「どういう事ですか?」

 

薫「美咲が御役目をしていた北海道では迫り来る星屑の恐怖からか市民は些細な争いを繰り返していた。圧政をしく権力者、あまつさえ美咲の勇者の力を奪おうとする人さえもいた。そんな中、美咲はたった1人市民を守る為に戦い続けていたんだ。」

 

彩「そ、そんな事が……。」

 

紗夜「…………。」

 

薫「相談しあえる友と呼べる者もおらず、いつしか美咲の心は冷え切ってしまったんだ。」

 

香澄「そんな中、この世界に召喚された…。」

 

有咲「そりゃ帰りたくなくなる筈だな……。」

 

薫「だがみんなと触れ合い、共に戦っていく中で美咲の心の氷は段々と溶けていき、今やっと心の底から親友の為に何かしたいという気持ちが生まれたんだ。」

 

燐子「そうだったんですね……。」

 

紗夜「大切な人の為に……分かる気がします。」

 

 

--

 

 

再び家庭科室--

 

美咲「よし……後はスポンジが焼けるのを待つだけだね…。」

 

美咲は大きく深呼吸して椅子に座り込んだ。

 

美咲(この世界にやって来て、毎回何かしらこうしてみんなで色んなパーティしてきたっけ。……ここに来てから、楽しい事ばっかりで、毎日があっという間に過ぎていったな…。)

 

ふと頭に浮かんできたのは今までここで過ごしてきた思い出の数々。

 

美咲(いきなり知らない異世界に飛ばされて、土地を取り返す御役目をやる羽目になって……。正直最初はかなりしんどかったけど、一緒に戦ったり、笑い合ったり出来る仲間が出来て……。梅雨時の過ごし方も教えて貰ったっけ…。)

 

美咲(こんなに楽しい毎日を過ごしてると、元の世界に戻ったらきっと寂しいって思ってた……。実際元の世界に戻ったら命を落とす人もいる…正直私も怖い……。だけど、それでも運命を変えるって言って戻る事を選択した夏希や美竹さん。そんな人の熱い思いを聞いてると本当に何とかなるんじゃないかって、今は思える……。)

 

美咲(だから……これは私からの恩返し!私の心を暖めてくれたみんなへのささやかなプレゼント……。)

 

その時、オーブンがスポンジの焼き上がりを知らせる音を鳴らす。

 

美咲「よし!完成までもう一息だ!コシンプ、声援宜しくね!」

 

コシンプ「………。」

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

香澄達が部室に来ると、机の上に何かが置かれていた。

 

あこ「あれ何だろう?」

 

燐子「白い封筒……何が入ってるのかな…?」

 

ゆりは封筒を手に取る。封筒の裏には"みんなへ"と書かれた宛名。

 

ゆり「ふむふむ……。これは美咲ちゃんからの招待状だね。」

 

紗夜「招待状ですか?」

 

手紙にはこう書かれていた。

 

 

--

 

 

"大切な勇者部の親友達へ。

 

 

これからみんなで私の為のパーティを開きます。

 

 

プレゼントとかは要らないから、みんなで気兼ねなく参加してください。

 

 

待ってます。"

 

 

--

 

 

日菜「あはは。美咲ちゃんらしいや。」

 

イヴ「みんなで私の為の……中々聞かない言葉です。」

 

花音「プレゼントは要らないって書いてあるけど……。」

 

香澄「でも折角だから何かしら持って行きたいなぁ。」

 

みんなが悩む中、リサが部室に入って来た。

 

リサ「ちょうど良かった。みんな揃ってるね。実は、こんなプレゼントを思い付いたんだけど…。美咲の為にも、力を貸してくれないかな。」

 

そうしてリサは香澄達に考えていた事を説明する。

 

 

---

 

 

空き教室--

 

美咲「みんな、今日は集まってくれてありがとうございます!私からみんなへの感謝の気持ちを込めて、おもてなししちゃいます!」

 

教室には飾り付けもしっかりされてあり、ケーキ以外にもいくつか料理が用意されていた。

 

友希那「逆な気もするけれど…もてなされる事にするわ。」

 

燐子「飾り付けも…素敵です…!」

 

美咲「ありがと。柄にも無く頑張っちゃったよ。自分で言い出したパーティだからね。」

 

高嶋「ケーキも手作りだなんて凄いよ!」

 

中沙綾「それに料理も。お疲れ様。」

 

美咲「いやぁ……お口に合えば良いんだけど。」

 

みんなは料理を食べ始める。

 

あこ「うん!すっごく美味しいよ!」

 

夏希「はい!いくらでも食べられますね、これ!」

 

美咲「あはは……。そう言ってもらえるとなんか照れるなぁ…。」

 

香澄「うん……うん…。本当に美味しいよ。美咲ちゃんの心がこもってる…。」

 

美咲「そう?それなら頑張って作った甲斐があったよ。」

 

 

--

 

 

パーティも終盤に差し掛かってきた頃--

 

リサ「コホン!ここで勇者部みんなから、美咲にプレゼントがあるよ。」

 

リサは美咲の前にプレゼントの包みを見せる。

 

美咲「えぇ!リサさん、プレゼントは要りませんって手紙に書いてあったのに。」

 

リサ「そんな事言わないで、受け取ってよ。」

 

プレゼントを美咲に手渡す。

 

美咲「アルバム…ですか?」

 

美咲に手渡されたのは一冊のノート程の大きさのアルバムだった。中を開くと--

 

美咲「これは……みんなとの思い出の写真がいっぱい…。」

 

アルバムにはこの世界でみんなと過ごして来た思い出の写真の数々。

 

リサ「みんなで少しずつ写真を持ち寄って作ったんだ。」

 

美咲「………。」

 

美咲は何も言わずアルバムの写真に目をやる。

 

リサ「………ねぇ、美咲。どうしてこんな物をって思ってるよね?」

 

美咲「すみません、バレちゃいましたか。みんなの気持ちは嬉しいんですけどね…。」

 

美咲もリサもこの世界で得た物や記憶は持って帰れない事は理解している。だからこそ美咲は何故リサ達がこれをプレゼントとして渡したのか分からないでいた。

 

リサ「少し強引かと思ったんだけど、美咲に伝えたい事があったからさ。」

 

美咲「え……?」

 

リサ「そう。……何があっても忘れられないような記憶を持とう…ってね。」

 

美咲「何があっても…忘れられない記憶…。」

 

香澄「そうだよ!頭では消えちゃうかもしれないけど……心の中で強く思ってる事は絶対に消えない…。心に残り続けるって事!」

 

中沙綾「そうだね。現に私だって忘れてた事あったけど、心の中には強く残ってた事あったし。」

 

中たえ「そうだね……。」

 

美咲「そっか……。そうだね…!」

 

美咲はアルバムを胸に抱き寄せ、一筋涙を流す。

 

美咲(忘れない……!忘れるもんか!この世界で出会ったみんなを。心に刻みつけるから……。)

 

 

---

 

 

花咲川中学、屋上--

 

パーティが終わった後、美咲は薫に呼ばれ屋上へと来ていた。

 

美咲「話って何ですか?」

 

薫「ああ。美咲に謝らなければいけない事があるんだ。」

 

美咲「どうしたんですか?突然。」

 

薫「美咲と私がこの世界にやって来た時、美咲は自分の過去を私に話してくれたよね。」

 

美咲「……はい。」

 

薫「その事を勇者部のみんなに話してしまったんだ。すまない……。」

 

薫は包み隠す事無く、美咲に約束を破ってしまった事を謝った。

 

美咲「………。」

 

しばし無言の時が流れる。

 

美咲「……なんだ、そんな事だったんですか。もっと深刻な事かと思いましたよ。」

 

思いがけない美咲の反応に、薫はきょとんとしてしまう。

 

美咲「……この世界に来た当初だったら凄く怒ってたかもしれなかったですけど、今となっては逆に話してくれて良かったですよ。これで隠し事無く、帰れますから。」

 

薫「美咲……。変わったね…。」

 

美咲「え?」

 

薫「ここに来た当初より見違えるようだよ。今の美咲は光り輝いているよ。」

 

美咲「そうですか?」

 

薫「ああ。」

 

美咲「………ふふっ。」

 

薫「ふっ……。」

 

美咲・薫「「あははははははっ!!」」

 

美咲「なーんだ!だからみんなこんなアルバムをプレゼントしてくれたんですね。」

 

薫「そうさ。無粋だったかい?」

 

美咲「いや、最高のプレゼントですよ。例え持って帰れなくても、忘れる事は出来なさそうです。しっかり心に刻んでおきましたから。」

 

外はすっかり日が沈み、満天の星空が2人を包み込んでいた。

 

薫「そうか。……初めて話した時もこんな夜空だったね。」

 

美咲「そうですね……。」

 

薫「北海道と沖縄……。真逆の場所だけれど、生きている時代は一緒だ。私達はこの星空でいつも繋がっているよ。」

 

美咲「ええ……。時々夜空を見上げで思い出してみますよ。……ここで出会えた素敵な親友の事を!」

 

薫「出会えて良かったよ、美咲。」

 

美咲「私もです。本当にありがとうございました。」

 

澄み渡る夜空の下、2人は硬い握手を交わすのであった--

 

 

---

 

 

狭間の空間--

 

美咲(忘れない……忘れるもんか。あんな最高の思い出、忘れる事なんて出来ないよ…。)

 

異世界での最後の時を思い出し、歩みを進めていく美咲。そして、出口に辿り着く--

 

 

美咲「……この先を越えれば、また寒空の北海道だね、コシンプ。」

 

コシンプ「………。」

 

美咲「……うん、そうだよね。」

 

 

美咲は歩みを進める--

 

 

美咲「もう、寒くないもんね--」

 

 

美咲は光の中に消えていく--

 

 

一歩踏み出す美咲の顔は笑顔だった--

 

 

 



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夢の架け橋ーBanD Dream!!-〈前編〉

短いですが、第7章は佳境に入ります。

残された組は西暦、防人、花咲川勇者部組。西暦組と花咲川勇者部組は所謂対バンという事でやりたい事が決まる。

残されたのは防人組。千聖はそんな2組を見てある事を思うのだった--




 

 

狭間の空間--

 

あこ「演奏楽しかったね、りんりん!」

 

燐子「そうだね…あこちゃん…。胸の中が熱くなるって言うのかな……。」

 

友希那「あら、燐子がそんな事を言うなんて珍しいわね。」

 

リサ「よっぽど演奏が楽しかったんだね!まっ、かく言う私もそうなんだけどさ。」

 

燐子「皆さんと演奏する事で……言葉では伝わらない何かを感じる事が出来ました…。」

 

友希那「……そうね。戸山さん達や、まさか白鷺さん達も演奏をするなんて思いもよらなかったわ。勿論私達だって。」

 

リサ「本当だよね……。戦いばかりの日々だったけど…ああいうのも良いもんだね。」

 

5人は光の道を歩きながら話していた。4人の少し後ろを紗夜と高嶋が歩いている。

 

高嶋「紗夜ちゃん。」

 

紗夜「どうしましたか?」

 

高嶋「紗夜ちゃんは演奏楽しかった?」

 

紗夜「ええ…。」

 

返事をする紗夜の顔は少し暗い。

 

高嶋「………あそこが恋しい?」

 

紗夜「………本音を言ってしまえばそうですね。あそこには元の時代には無いものが沢山ありましたから。」

 

高嶋「例えば?」

 

紗夜「人の温かさ……信頼………慕ってくれる人の存在ですかね。」

 

高嶋「そっか……。」

 

紗夜「ですが、戻る事に後悔はありません。その真っ直ぐで温かな気持ちは"ここ"にありますから…。」

 

紗夜はそう言って自分の胸に手を当てる。

 

高嶋「……紗夜ちゃんっ!」

 

高嶋は紗夜に抱きついた。

 

紗夜「い、いきなりどうしたんですか、高嶋さん⁉︎」

 

高嶋「…元の世界に戻っても、私達がいるから。友希那ちゃんやリサちゃん。あこちゃんに燐子ちゃん、それに私……。ここにいるみんなが紗夜ちゃんの陽だまりだからね!」

 

紗夜「高嶋さん………。ありがとうございます。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

中沙綾「次は友希那さん達の番ですね。」

 

ゆり「何かやりたい事はない?」

 

5人が唸って悩む中、燐子が手をあげる。

 

燐子「あの……。」

 

ゆり「何?燐子ちゃん。」

 

燐子「確か…ゆりさん達花咲川の勇者部の皆さんはバンドをやっていましたよね?」

 

香澄「はい!"Glitter*Party"っていうバンドをやってますよ。」

 

燐子は以前リサからその話を聞いていたのだった。

 

あこ「カッコいい!」

 

燐子「友希那さん…。私…友希那さん達とバンドをやってみたいです……。」

 

友希那「それはまたどうして?」

 

燐子「今井さんから戸山さん達のバンドの写真や動画を見せてもらった時……皆さんの絆が垣間見えたような気がしたんです。だから…バンドをやってみる事で、より私達のチームワークを高める事が出来ると思います……。」

 

燐子は以前リサから見せてもらった香澄達の演奏を見た際、香澄達6人の笑顔や団結力に心を惹かれていたのだ。

 

あこ「それ良い、りんりん!友希那さん、私もやってみたいです!」

 

リサ「良いね!私も一度やってみたいと思ってたんだ。」

 

あことリサは乗り気のようだ。友希那は続けて高嶋と紗夜の方を向く。

 

紗夜「私は……。」

 

高嶋「紗夜ちゃん、やってみよう?きっと得られるものがある筈だよ。」

 

紗夜「そ、そうですね…。」

 

高嶋が笑顔でそう言ったので、紗夜も燐子の案に賛成する。

 

友希那「どうやら決まったみたいね。ゆりさん、私達はあなた達のバンドと一緒に演奏がしたい。お願い出来るかしら?」

 

ゆり「勿論!是非やろう!ね、みんな?」

 

香澄「はいっ!楽しみです!」

 

中沙綾「喜んで!」

 

中たえ「お安い御用です。」

 

りみ「が、頑張ります!」

 

有咲「しゃーねー。やりますか!」

 

西暦組の願いが決まり、盛り上がる勇者部。その西暦組と花咲川勇者部組をじっと見つめている人物が1人--

 

 

千聖(絆………ね…。)

 

 

---

 

 

音楽室--

 

6人は早速楽器を選んでいく。

 

あこ「あこはドラムが良い!カッコいいし!」

 

燐子「じゃあ…私はキーボードにします…。」

 

ゆり「紗夜ちゃんは指が長くて綺麗だからギターなんてどうかな?」

 

紗夜「ギターですか?」

 

高嶋「良いじゃんギター!私と一緒にやろ?」

 

紗夜「分かりました…。」

 

高嶋にそう言われたからには紗夜は断れない。着々と楽器が決まっていく中で、残ったのはリサと友希那。

 

友希那「私は…。」

 

友希那が悩んでいる中香澄が近付いて、

 

香澄「友希那さんはボーカルが似合いますよ!」

 

友希那「えっ…⁉︎」

 

香澄「だって号令をかけたりみんなを鼓舞するのはいつも友希那さんですし。」

 

友希那が悩んでいると、

 

あこ「友希那さん絶対に似合いますって!」

 

燐子「友希那さんが歌ってくれるなら…凄く心強いです…。」

 

高嶋「うん!ボーカルは友希那ちゃんが一番似合うよ!ねっ!紗夜ちゃん!」

 

紗夜「え…?ええ、そうですね…。湊さん程適任な人物はいないと思います。」

 

リサ「……だってさ、友希那。どうする?」

 

少しの沈黙があり、友希那が口を開いた。

 

友希那「……分かったわ。みんなの思い、私が受け止める。」

 

 

--

 

 

音楽室--

 

それぞれのパートが決まり、早速楽器の練習を開始する。

 

あこ「……ドーンって来て……ここでバーン!……っと!」

 

燐子「あこちゃん、カッコいいよ…。」

 

あこ「ありがとう、りんりん!」

 

あこは燐子の方を向いて笑って答える。

 

あこ「……りんりん、楽しそうだね。」

 

燐子「急にどうしたの?あこちゃん…。」

 

あこ「んーとね、りんりんが読書とか以外でこんなに楽しそうにしてる事無かったなーって。」

 

燐子「……そうだね。この異世界で沢山の楽しい思い出を作れたお陰…かな。」

 

あこ「……そうだね!最後まで楽しもう!」

 

燐子「うん……。」

 

そんな2人を音楽室の外からゆりとりみが様子を見ていた。

 

ゆり「うん、順調みたいだね。」

 

りみ「そうだね。」

 

ゆり「それにしてもなぁ……。」

 

りみ「どうしたの、お姉ちゃん?」

 

ゆり「やっぱりあこちゃんを見てると何か思うところがあるんだよね。」

 

りみ「私も、燐子さんを見てると他人じゃないような感じがするよ。」

 

 

--

 

 

二階、空き教室--

 

高嶋「むむ……ここのフレーズ難しいなぁ…。」

 

紗夜「………♪」

 

高嶋が指使いで苦戦する中、紗夜は綺麗な音色を奏でている。

 

高嶋「紗夜ちゃん凄い!」

 

紗夜「そんな事ないですよ。以前ゲームでやった事があったので体が覚えてるだけです。高嶋さんも練習あるのみです。」

 

高嶋「うぅ……頑張るよ…。」

 

紗夜「ふふっ……。」

 

高嶋「あっ、紗夜ちゃんが笑った!」

 

紗夜「すみません。つい……。」

 

高嶋「……今、紗夜ちゃんは楽しい?」

 

紗夜「…ええ……この上なく楽しいですよ。」

 

高嶋「見つかりそう?」

 

紗夜「そうですね……。きっと見つかると思います。」

 

高嶋「それなら良かったよ!あっ、そうだ。ここのフレーズ教えて、紗夜先生!」

 

紗夜「はい。そこはですね--」

 

 

 

そんな2人をたえと有咲が見ていた。

 

中たえ「紗夜さん、笑ってるね。」

 

有咲「そうだな。この異世界で一番変わったのは紗夜かもしれないな。」

 

中たえ「そうなの?」

 

有咲「ああ。最初はなんつーか勇者って事に拘ってるって感じだった。」

 

中たえ「有咲と一緒だね。」

 

有咲「ちょまっ!?そ、そんな事ねー!!」

 

 

---

 

 

三階、空き教室--

 

ここではリサと友希那が練習をしている。

 

リサ「……ふぅ、ちょっと休憩にしない?」

 

友希那「そうね。」

 

リサはベースを置き、友希那にお茶のペットボトルを手渡した。そこに香澄と沙綾がやって来る。

 

香澄「お疲れ様です。友希那さん、リサさん。」

 

中沙綾「進展具合はどうですか?」

 

リサ「うん、中々に順調だよ。」

 

友希那「いえ、まだまだよ。やるからには頂点を目指すくらいでないと。」

 

リサ「燃えてるねぇ、友希那。」

 

4人が休憩がてら世間話に花を咲かせてる中、突然教室のドアが開いた。

 

友希那「あら?珍しいわね。」

 

香澄「千聖さん!」

 

この空き教室を訪れたのは千聖だった。千聖は何か思い詰めた様な顔をしながら友希那の元へ近づいて来る。

 

千聖「……少しいいかしら?」

 

友希那「せっかく来てもらって悪いのだけれど、練習が終わっ--」

 

友希那が言い切る前に、

 

リサ「話だけでも聞いてあげたら?友希那。私達少し出てくるからさ。」

 

リサはそう言って、香澄と沙綾と一緒に空き教室を後にする。

 

 

--

 

 

千聖「……気を使わせてしまったわね。」

 

友希那「それで、話とは何かしら?」

 

千聖「ええ……。どうして友希那ちゃんはバンドをやる事に賛成したのかしら?」

 

友希那「それは、最初に燐子が言った事に納得したからよ。」

 

千聖「…………私は、友希那ちゃんはそんな事をやらない人だと思っていたわ。普段の立ち振る舞いや行動から、無駄な事はしない。常に強さを求めてる……そんな勇者だと。」

 

少しの沈黙が続き、友希那が口を開く。

 

友希那「私も最初はあなたの様に御役目に真っ直ぐ向き合っていたわ。私が勇者になってからの原動力はクラスメイト達を殺された復讐だった。」

 

千聖「……。」

 

友希那「戦場でもバーテックスをただ倒す為に死にものぐるいで戦ってきたわ。だけれど、私はそこである過ちを犯してしまったの。」

 

千聖「過ち…?」

 

友希那「周りを顧みなかった事……。バーテックスを倒す事は成功したけれど、私の突出した行動のせいで、仲間が傷付いてしまった…。」

 

千聖は友希那の話を黙って聞いている。

 

友希那「非難もされたわ…。今となっては当然の事だとよく分かる。でも、その時はどうしたら良いか答えも分からず、中々立ち直る事が出来なかったの。」

 

千聖「その言い方だと、今は立ち直れたのね?」

 

友希那「ええ…。」

 

千聖「何が友希那ちゃんを変えたのかしら?」

 

友希那「……仲間よ。」

 

千聖「仲間?」

 

友希那「そう。死んだ人の為では無く、今を生きている仲間の為に勇者の力を振るう……この事に気付かせてくれたのも、仲間のお陰よ。」

 

千聖「そう……なのね…。」

 

友希那「あなたにはいないのかしら?仲間と呼べる存在は。」

 

千聖は目を閉じて考える。すると、浮かんでくるのだ。仲間と言える存在が。

 

千聖(彩ちゃん…日菜ちゃん…花音…イヴちゃん……。そしてこの世界で共に戦ってきた……。)

 

千聖「……そう…そうなのね……。」

 

友希那「人は1人では強くなれない。私はそれを仲間達から教わったわ。」

 

千聖「絆……だから友希那ちゃんは…。」

 

友希那「そうね。バンドをやる事で私達の結束はより強くなる筈だわ。"バンド"だから。」

 

千聖「バンド……。ふふっ、ダブルミーニングってやつね。」

 

友希那「あなたも…白鷺さんもやってみたらどうかしら?何か得られるものがあるかもしれないわよ。」

 

千聖「…そうね……考えてみるわ。練習を遮ってしまってごめんなさい。」

 

そう言って千聖は空き教室を後にする。その時の千聖は曇りのない笑顔だった。

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

部室には勇者部全員が集まっていた。

 

夏希「一体何があったんですかね?」

 

彩「どうやら千聖ちゃんが招集をかけたらしいんだ。」

 

全員が集まってから少し後、千聖が部室にやって来る。

 

千聖「すみません、急に集まって頂いて。」

 

花音「何かあったの?」

 

千聖「ええ…。ゆりさんに伝えたい事があったので報告も兼ねて全員を集めさせて頂きました。」

 

ゆり「私に?」

 

千聖は神妙な面持ちで話を続ける。

 

千聖「私の……防人組の願いを今言わせてもらいます。」

 

花音「え?」

 

千聖「私達もバンドをやります。そして、神世紀組と西暦組の対バンに参加させてください!」

 

彩・花音・日菜・イヴ「「「えぇーーー!?」」」

 

 

 



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夢の架け橋ーBanD Dream!!-〈中編〉

3部作の中編です。

バンドをやる事になった千聖。絆について考えていく中で1つのとある提案を防人達にするのだった--




 

 

狭間の空間--

 

千聖は思い返していた。異世界での日々を。

 

彩「どうしたの、千聖ちゃん?」

 

千聖「彩ちゃん……思い返してたのよ。あの日の事を。」

 

彩「みんなでセッションした時の事?」

 

千聖「そうよ。今までの私だったら絶対に考えられなかった事だもの。」

 

千聖が防人になった時、千聖を突き動かしてきたのは怒りである。勇者に選ばれなかった怒り、都合の良い駒として使われる怒り、そして犠牲を良しとする考えに対する怒りである。

 

日菜「確かに。ゴールドタワーでの千聖ちゃんからは想像も出来ないよ。」

 

イヴ「何が千聖さんを変えたんでしょうか?」

 

花音「有咲ちゃんじゃないかなぁ?有咲ちゃんとは昔からの幼なじみだったんだもんね。」

 

千聖「……そうね…それもあるわね。」

 

市ヶ谷有咲。千聖のライバルにして目指すべき目標である"勇者"。異世界での有咲の変わり様に千聖が驚いたのも事実である。

 

彩「それだけじゃないの?」

 

千聖「………絆……かしらね。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

千聖「私の……防人組の願いを今言わせてもらいます。」

 

花音「え?」

 

千聖「私達もバンドをやります。そして、神世紀組と西暦組の対バンに参加させてください!」

 

彩・花音・日菜・イヴ「「「えぇーーー!?」」」

 

ゆり「私達は別に構わないけど……。」

 

友希那「他の防人メンバーは寝耳に水の様だけれど?」

 

日菜「当たり前だよー!」

 

花音「ふぇええっ!?千聖ちゃん楽器演奏出来るの!?」

 

千聖「出来ないわ。」

 

イヴ「ではどうしてですか?」

 

千聖は前日に友希那と語った事を防人組に説明する。

 

千聖「………私はより高みを目指したい。だけれど1人では限界があるの……。でも…あなた達となら……元の世界に戻っても前以上に強くなれる!私の信念を貫き通す事が出来る!」

 

千聖は今までの御役目を通して、そして友希那と話す事で自分に足りないものに目を向ける事が出来たのだ。

 

イヴ「……っへ!白鷺がその気なら、俺は異論なしだ。俺は白鷺に着いて行くって決めてるからな。」

 

日菜「何かるんってきた!面白そう!絆を深めて強くなるのなら大歓迎だよ。その方が家名を上げやすくなるしね!」

 

彩「私もやってみたい!みんなをもっとサポート出来るように頑張る!」

 

千聖「花音はどうかしら?」

 

花音「……。」

 

花音は目を閉じる。花音はずっとこんな臆病な自分を変えたいと考えていた。

 

花音(守られてばかりじゃ……ダメ…だよね!)

 

花音「わ、私もやりたい…自分を…変えたい!」

 

千聖「全会一致ね。ゆりさん、友希那ちゃん、これが私達の意思です。」

 

ゆり「うん!その気持ち受け取ったよ!」

 

香澄「はい!今から楽しみです!」

 

友希那「ではまず、それぞれのパートを考えてもらえるかしら?」

 

 

---

 

 

家庭科室--

 

千聖達は隣の家庭科室でそれぞれのパートについて話し合う。

 

千聖「まずは、各々これがやりたいとか希望はあるかしら?」

 

すると日菜がすかさず手を上げ、

 

日菜「はいはーい!私ギターがやりたい!」

 

千聖「ギターね。他にギターがやりたい人はいるかしら?」

 

千聖が見回すが、他に手をあげる人はいない。

 

千聖「じゃあギターは日菜ちゃんね。」

 

日菜「いやったぁ!」

 

千聖「イヴちゃんは何か希望はある?」

 

イヴ「…私はキーボードがやりたいです。」

 

花音「イヴちゃんにキーボード……うん、何かしっくりくるよ。」

 

彩「そうだね。じゃあキーボードはイヴちゃんだ。」

 

イヴ「精一杯頑張ります。」

 

残りはドラムとベースとキーボード。

 

花音「ち、千聖ちゃん…。」

 

千聖「どうしたの花音?」

 

花音「私ドラムやって良いかな?」

 

千聖「それはまたどうして?」

 

花音「実はね--」

 

花音が語るには元の世界で防人番号2番の少女に以前ドラムについて教えてもらった事があるというのだ。

 

日菜「防人番号2番ってあの子?ちょっと笑い方が不思議な…。」

 

彩「フヘヘ…って笑う子だよね?」

 

花音「そうそう。あの子筋金入りらしくてね、話してるうちに結構教えてもらったんだ。」

 

千聖「そうだったのね…。それなら花音はドラム……っ!」

 

その時、千聖もある事を思い出す。

 

千聖「そういえば、私も元の世界でベースを教えてもらった事があったわ。」

 

日菜「え?誰に?」

 

千聖「確か……防人番号5番の子よ。」

 

日菜「あぁっ!あのナイスバディな…。」

 

花音「確かに、最年少であの豊……。」

 

彩「あわわわっ!?た、確か何かする時はいつもえいえいおーって掛け声する子だよね!」

 

咄嗟に彩が顔を真っ赤にさせて話を逸らす。

 

日菜「じゃあ千聖ちゃんがベースって事は、ボーカルは彩ちゃんだね!」

 

彩「えっ!?私がボーカルで大丈夫かなぁ…。」

 

千聖「大丈夫よ。彩ちゃんは防人達にとってはアイドルだもの。」

 

イヴ「そうですね。彩さんはアイドルで天使です!」

 

日菜「よっ、彩ちゃん!日本一!」

 

彩「そ、そうかなぁ……。」

 

千聖「そうよ。もっと自信を持って。」

 

彩「…分かった。私ボーカル頑張る!」

 

これにてパートは日菜がギター、イヴがキーボード、花音がドラム、千聖がベース、彩がボーカルで決定する。

 

日菜「バンドの名前はどうする?」

 

防人組「「「うーーーん……。」」」

 

5人は少し考えてみるも、パッとアイデアが出てこない。

 

千聖「名前は後々考えましょう。」

 

そして防人組は香澄達"Glitter*Party"から各担当楽器の指導を受ける事となるのだった。

 

 

---

 

 

三階、空き教室--

 

ここではイヴと日菜が楽器の練習をしている。

 

ゆり「……日菜ちゃん中々センスあるよ。」

 

中たえ「そうですね。感覚で弾いてる感じです。」

 

日菜「実際やってみると簡単だね!教えられるより身体で覚えるタイプなのかも!」

 

有咲「確かに施設でもいつも感覚で動いてたよな。」

 

日菜「あははっ、うん。考えるより先に身体が動いちゃうんだよ。」

 

日菜は数分弾いただけでFのコードもマスターし、簡単な曲程度なら既に弾けるレベルまで達していた。

 

中たえ「身体が真っ先に動く事は良い事だけど、周りをよく見る事も大切だよ。」

 

日菜「え?」

 

中たえ「……そういう人は仲間が危険に瀕してたら身を挺して守るから。」

 

イヴ「たえさん……。」

 

有咲「ほい、イヴは集中。荒削りだけど大分形にはなってきたぞ。」

 

イヴ「本当ですか!精進して頑張ります。」

 

 

--

 

 

一階、空き教室--

 

ここでは花音が沙綾と練習していた。

 

花音「ふえぇぇっ!?目がぐるぐるしてきたよ!?」

 

中沙綾「少し休憩しましょうか。」

 

花音「う、うん。」

 

2人は椅子に座って一息ついて渇いた喉にお茶を流し込んだ。

 

花音「…はぁ。沙綾ちゃんはドラム上手いんだね。」

 

中沙綾「花音さんだって負けてないですよ。」

 

花音「あはは、ついて行くのが精一杯。」

 

中沙綾「私も始めた頃は全然下手でしたよ。今は身体が動きますけど…。」

 

花音「あっ……。」

 

沙綾の一言で花音はふと初めて勇者部と会った事を思い出す。以前隠れて会った時沙綾は車椅子に乗っていた事を。

 

 

--

 

 

花音「そっか……大変だったよね…。」

 

中沙綾「大変でした。けど……それと同じくらい私は楽しかったんです。」

 

花音「どうして?」

 

中沙綾「みんなが私を支えてくれました。私がどんなに折れそうになっても、突き放しても、私を見捨てなかった。特に香澄ですね。だから私は頑張る事が出来たんです。みんなとなら辛い事は半分こに。楽しい事は何倍にもなるんです。」

 

沙綾が口にした言葉は以前商店街のパレードでイヴが言った事と全く同じ言葉だった。

 

花音「みんなとなら……。」

 

中沙綾「そうです。だから花音さんも忘れないでください。みんなとならどんな困難にだって立ち向かえるんですから。」

 

花音はグッと拳を握り何かを決意した目をする。

 

花音「ありがとう、沙綾ちゃん。私あの時勇者部に会っておいて本当に良かった。」

 

中沙綾「私もです。花音さんは香澄を守ってくれた恩人ですから。」

 

 

--

 

 

音楽室--

 

音楽室では千聖がりみからベースの基礎を教えてもらっている。彩と香澄のボーカル組もいるが、ボーカルはこれといって練習する事はあまり無い。彩が千聖の練習を見たいと言ったのでボーカル組は音楽室にいるのである。

 

千聖「……指が痛くなってきたわ。」

 

りみ「最初は誰でもそうです。私も最初は血が出たりもしましたし。」

 

千聖はりみの指を見る。りみの指は皮が厚くなりゴツゴツとしている。まさに楽器を弾く人の指だ。

 

千聖は「りみちゃんは相当努力を積んできたのでしょうね。」

 

香澄「はい!りみりんは頑張り屋さんなんです!夢はバンドマンなんですよ!」

 

何故か香澄が自慢げに答える。

 

りみ「か、香澄ちゃん…め、めっちゃ恥ずかしい……。」

 

彩「とっても素敵な夢だと思うよ!」

 

千聖「どうしてなりたいと思ったのかしら…。」

 

りみ「それは……勇者部に出会えたからです。」

 

りみは千聖と彩に勇者部この世界に来る前の出来事を話すのだった。

 

 

--

 

 

りみ「……それから私は満開の代償、散華で両指の身体機能を捧げました。その事が原因でお姉ちゃんやみんなに迷惑をかけちゃった事もありました。」

 

香澄「りみりん……。」

 

千聖「りみちゃんは散華の事を隠していた大赦に対して怒りは無かったの?」

 

りみ「最初はありました。でもみんなだって辛い思いをしている…。だからせめて私だけでもみんなの前では涙を見せない様……笑顔でいる事に決めたんです…。」

 

千聖「それも……絆なのかしらね…。」

 

香澄「そうです!私達は固い絆で結ばれてるんです!」

 

千聖「そう……。」

 

気付けば外は日が沈みかけていた。昼から練習を始めたので既に5時間近くは練習をしている。

 

千聖「もうこんな時間なのね。今日は付き合ってくれてありがとう。後はみんなで合わせて練習をしてみるわ。」

 

彩「そうだね。私もみんなの演奏に合わせて歌える様にしないと。」

 

千聖と彩は香澄とりみに別れを告げ、それぞれ寮へと戻るのだった。

 

 

---

 

 

それからの1週間は個々で練習をしたり合わせて練習をしたりとを繰り返しながら千聖達の演奏はどんどんとスキルアップしていった。

 

 

最初の練習から1週間経った日の夜--

 

 

千聖は屋上のベンチに座り夜空を眺めていた。この1週間千聖の頭の中を駆け巡っている考えはずっと同じ。

 

千聖「絆……。どうすれば良いのかしらね…。」

 

その時、屋上のドアを開ける音が背後からする。

 

千聖「有咲ちゃん?」

 

有咲「よ、よう。」

 

千聖「私に何か用かしら?それにしてもどうして私がここにいる事が分かったのかしら?」

 

有咲「いっぺんに質問するな。りみがあんたの様子が変だったって聞いてな。場所は彩から聞いたんだ。」

 

千聖「あら、私を心配して来てくれたのかしら?」

 

有咲「そ、そんなんじゃねーよ!」

 

有咲は千聖の隣に座る。

 

有咲「ベースの方はどうだ?」

 

千聖「まずまずね。大分コツが分かってきたわ。

 

有咲「そりゃ良かった。千聖はあの時から努力型だったからな。」

 

千聖「そういうあなたこそ。」

 

有咲「防人はどうだ?」

 

千聖「大赦といい神官といい理不尽な事ばかりよ、全く。そういうそっちはどうなのかしら?」

 

有咲「みんな個性が強い奴らばっかりだよ。ゆりは妹バカだし、りみはチョココロネに目がないし、沙綾は二言めには香澄だし、香澄は……。」

 

千聖「……ふふっ!」

 

有咲「な、何だよ!」

 

千聖「みんなの事良く見てるのね。」

 

有咲「っ〜〜〜〜!」

 

確信を突いた千聖の言葉で有咲の顔は茹でダコの様になる。

 

有咲「そ、そういう千聖はどうなんだ!?」

 

千聖「そうね………。」

 

千聖は目を閉じ、防人のみんなの事を思い浮かべる。

 

千聖「あなたと同じかしらね。」

 

有咲「どういう事だ!」

 

千聖「私も彩ちゃんに日菜ちゃん、イヴちゃん、花音……そして防人のみんなが大切って事よ。」

 

有咲「わ、私はそんな事思ってねーーーっ!!」

 

千聖「自分の気持ちに正直になった方が良いわよ?」

 

千聖・有咲「「…………。あはははっ!」」

 

 

--

 

 

千聖「……久々にこんなに笑ったわ。」

 

有咲「私もだ。」

 

有咲は立ち上がって千聖に背を向ける。

 

千聖「帰るの?」

 

有咲「ああ。風邪引くとイヴに楽器教えられなくなるしな。」

 

有咲は屋上のドアへ歩き出し、途中で振り返る。

 

有咲「千聖が探してるもの、とっくに手に入ってると思うぞ?」

 

千聖「え?」

 

有咲「あんたがちゃんと防人達の事を思ってるって事が分かったからな。絆ってのはな手に入れようと頑張っても無理なんだ。気付けば自然に手に入るものなんだよ。千聖はもう持ってる筈だぞ。防人達との絆ってやつを。それに……。」

 

千聖「それに?」

 

有咲「---。」

 

有咲が呟くが声がどもっていて上手く聞き取れない。

 

千聖「?もう一回言ってちょうだい。」

 

有咲「………私達にも絆があるっつったんだ!!」

 

千聖「………アッハッハッ!!」

 

有咲「わ、笑うなぁーー!!」

 

千聖「ごめんなさい。ワザとじゃないのよ。本当にあなたは変わったのね。」

 

有咲「口うるさいみんなのお陰だ。」

 

千聖「ありがとう、助けられたわ。この借りは必ず返すわね。」

 

有咲「覚えてたらだろ?」

 

千聖「そうね。何かあったらあなたの力になるわ。」

 

有咲「……それは楽しみだ。」

 

 

---

 

 

次の日、千聖の部屋--

 

千聖は彩達4人を自分の部屋に呼び出した。

 

彩「千聖ちゃん、緊急要件って何があったの?」

 

千聖「みんなに伝えたい事があるのよ。」

 

日菜「なになに?」

 

千聖「私達のバンド名の事よ。」

 

花音「確かにバンドをやるんだったらバンド名は決めておかないとね。」

 

イヴ「何か候補があるんですか?」

 

千聖「ええ。でも、まずはその前にみんなに言いたかった事があるの。」

 

4人「「「?」」」

 

千聖「今まで私について来てくれて本当にありがとう。あなた達がいたから私は、つまらない単調な日常を彩る事が出来、防人達は強くなる事が出来たわ。私1人じゃここまで来る事は出来なかった。今の私がいるのはみんなのお陰よ。」

 

4人「「「千聖ちゃん……。」」」

 

千聖「だからバンドの名前は色に関する名前が良いと思ったのよ。」

 

日菜「それ良いじゃん!私達みんな個性的だし。」

 

花音「合わせ方によって色んな色になれるもんね。」

 

イヴ「まるで絵の具の様です。」

 

彩「絵の具かぁ………。あれなんて名前だっけ?絵の具の受け皿みたいな。」

 

日菜「パレット?」

 

彩「そう、パレット!」

 

千聖「パレット………良いわね。彩り………パレット……こんなのはどうかしら?」

 

千聖は黒板に書き始める。

 

4人「「「パステルパレット……。」」」

 

日菜「良いじゃん良いじゃん!!でも香澄ちゃん達も友希那ちゃん達のバンドも英語だから英語にしない?」

 

千聖「じゃあ"PastelPalettes"?」

 

彩「英語だけだと味気ない気がするから……。」

 

彩はピンクのチョークを手に取りマークを付け足す。

 

千聖「Pastel✽Palettes……。」

 

イヴ「可愛いです!」

 

千聖「みんな異論は無いかしら。」

 

4人「「「うん!」」

 

千聖「じゃあ決まりよ。私達のバンド名は……。」

 

 

 

5人「「「"Pastel✽Palettes"!!」」」

 

 

 



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夢の架け橋ーBanD Dream!!-〈後編〉

石紡ぎの章最終回、ここまで本当にありがとうございました!

次回から最終章"きらめきの章"へと進んでいきます。




 

 

狭間の世界--

 

りみ「この光の道を進んで行けば元の時代に戻れるんだよね?」

 

ゆり「その筈だよ。はぁ…元の世界に戻ったら受験勉強が始まるよぉ……。」

 

中たえ「私が家庭教師をしてあげますよ。」

 

ゆり「本当!?さすが先代勇者様様。」

 

有咲「後輩に頭下げて恥ずかしく無いのかよ……。」

 

ゆり「全然!私は合格する為なら手段は選ばないよ!」

 

有咲「威張って言う事かぁ!」

 

 

--

 

 

香澄「楽しかったなぁ……。」

 

中沙綾「そうだね。千聖さん達があんな短期間であそこまで上手くなるなんて。

 

香澄「友希那さん達も力強い演奏でキラキラドキドキが止まらなかったよ。」

 

中沙綾「でたっ!香澄のキラキラドキドキ。」

 

香澄「あはは!」

 

ゆり「確かにみんなの演奏は目を見張るものがあったよね。」

 

有咲「そうだな。決意って言うのかな。」

 

中たえ「みんなが未来の為に頑張ってる。私達も負けてられないね。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

千聖達は勇者部のメンバーにバンド名が決まった事を報告する。

 

香澄「"Pastel✽Palettes"!?」

 

千聖「ええ。みんなで考えて決めたのよ。」

 

彩「大部分は千聖ちゃんが考えたんだけどね。」

 

花音「間のマークは彩ちゃんが考えたんだよ。」

 

高嶋「可愛い!花びらが6つあるのにも何か理由があるの?」

 

イヴ「千聖さんに花音さん、彩さん、日菜さん、私。……そしてもう1人の私です。」

 

日菜「曲も一曲作れたからこっちは準備オッケーだよ。」

 

友希那「私達も当日に演奏する曲の準備は出来ているわ。」

 

リサ「衣装もバッチリだよ!ね、燐子!」

 

燐子「はい……。奥沢さんから教えてもらった事を最大限に活かせました…。」

 

香澄「ほぇ〜〜……。」

 

中沙綾「私達も負けてられないね、有咲。」

 

有咲「おう、当たり前だ。」

 

そして千聖達"Pastel✽Palettes"と友希那達"Roselia"は練習の為に部室を後にした。

 

 

---

 

 

音楽室--

 

香澄「〜〜♪」

 

香澄達はこの世界で出会った仲間達、過ごしてきた時間を思い返し新曲作成に取り組んでいた。

 

 

--

 

 

?「知らない人達が沢山…?あれ?おたえのお姉さん……?」

 

?「私お姉さんはいなかったと思うけど…でも似てる。お姉さんなのかな?」

 

有咲「こ、これは同一人物…だな……。小学生の頃のたえだろ……。」

 

香澄「じゃあ、もう1人の子は小学生のさーや!?」

 

?「うわっ、何だここ!?瞬間移動なんて…。」

 

中沙綾「あ…あぁ……あ…。お、おたえ……。」

 

中たえ「うん……夏希………だぁ。」

 

 

--

 

 

香澄「あの時のさーやとおたえは本当に驚いてたもんね。」

 

中沙綾「驚いたってもんじゃないよ。」

 

中たえ「ずっと会いたかった人に会えたんだから。」

 

 

--

 

 

夏希(あれ?私、生きてる……。)

 

中たえ「全く、夏希は無茶し過ぎだよ。」

 

中沙綾「今度は……間に合ったよ、夏希。」

 

 

--

 

 

小沙綾「これが…勇者部の全力……。」

 

小たえ「カッコいい……未来の私。」

 

 

--

 

 

夏希「沙綾さん、たえさん。さっきは本当にありがとうございました。2人がいなかったらどうなってた……。」

 

中沙綾「………いいえ。こっちこそ、小学生の私達を守ってくれてありがとうね。」

 

中たえ「私達は……当たり前の事をしただけだから。」

 

中沙綾(これで、私達を助けてくれたのは2回目だね……。)

 

中たえ(夏希は本当に私達のヒーローだよ……。)

 

夏希「あっ、そうだ今度お礼しますから。」

 

中沙綾「気にしないで。またこうして隣同士歩ける事が、とっても嬉しいんだからね…。」

 

中たえ「そうだね……。」

 

 

---

 

 

中たえ「この世界でも夏希は相変わらずそのままだったね。」

 

中沙綾「優しくて、カッコよくて、強くて……夏希は私達の目標だったよ。」

 

香澄「有咲は何が思い出に残ってる?」

 

有咲「そうだな……やっぱり防人の奴らに会えた事だな。」

 

 

--

 

 

有咲「ちょっと待て!!」

 

千聖「やはり彼女達は人間よ。とても敵とは思えない。みんな、戦闘態勢を解いて。」

 

花音「良かったぁ…。」

 

千聖「と言うより知った顔がいるのよ。」

 

有咲「やっと気付いたか、白鷺千聖…。」

 

千聖「市ヶ谷有咲…。」

 

 

--

 

 

ゆり「懐かしい友達に会えてどうだった?」

 

有咲「どうも思わねーよ。ただ……。」

 

ゆり「ただ?」

 

有咲「一緒に肩を並べて戦えたのは…嬉しかったかな。」

 

 

--

 

 

有咲「千聖!私と一緒に倒すよ!!」

 

千聖「……ええ。」

 

有咲「ふぅ、やっぱりあんたと一緒だとめちゃくちゃ心強いな。勇者部も大幅に戦力増強だ!」

 

千聖「有咲ちゃんも腕をより磨いてるわね。ここまで敵を圧倒出来るとは思ってなかったわ。」

 

有咲「さぁ、どんどん来い!勇者部の太刀で迎撃してやるよ!!」

 

高嶋「千聖ちゃん、私も力を貸すよ。一緒にやろう!」

 

千聖「…………。ええ、一緒にやりましょう、高嶋さん!そして、有咲ちゃん!」

 

 

--

 

 

りみ「千聖さんと有咲ちゃん息ぴったりだったもんね。」

 

有咲「長年の勘ってやつだよ。それよりりみは何が思い出に残ってるんだ?」

 

りみ「私はね--」

 

 

--

 

 

りみ「させない!!」

 

赤嶺「っ!?」

 

りみ「みんなに手出しはさせない!!みんなに手出しをするなら…私は!!」

 

赤嶺「なっ!?ワイヤーをネット状にして防いだ!?」

 

りみ「ええええーーーーい!!!」

 

赤嶺「くっ、ワイヤーが…変幻自在に!?こんなに強かったっけ!?」

 

香澄「私の拳に蘭ちゃんの鞭…そして美咲ちゃんの投槍。凄い…凄いよ、りみりん!」

 

 

--

 

 

りみ「みんなを私の力で守れた事かな。」

 

中沙綾「りみりんがこの世界で1番強くなったんじゃないかな。」

 

ゆり「うん。りみも後輩が出来た事でお姉ちゃんになったんだねぇ……。」

 

りみ「特に燐子さんは何だか他人に思えないんだよね。」

 

ゆり「解る!私もあこちゃんはまるで自分を見てるかの様になるよ。」

 

有咲「ぜってーありえねぇ……。」

 

 

---

 

 

香澄達はこの世界での思い出話に花を咲かせ、曲作りをすっかり忘れてしまう。

 

有咲「ところで香澄、曲作りは捗ってんのか?」

 

香澄「あっ……あはは……。」

 

中沙綾「全くの手付かずだね。」

 

中たえ「まぁまぁこの世界の思い出を参考にして曲を作るのも良いんじゃない?」

 

香澄「お〜た〜え〜!そう、そのつもりだったんだよ!」

 

有咲「ぜってー今考えただろ……。」

 

中たえ「じゃあ次はゆり先輩の番ですね。」

 

ゆり「そうだなぁ……。」

 

 

--

 

 

薫「幽霊になって……300年の間………ゆりが生まれて来るのを待ちたい。」

 

ゆり「えっ…………?」

 

薫「私の幽霊でも……怖いかい?気絶してしまうだろうか……。」

 

ゆり「ど、どうだろうね………。」

 

薫「だから、出来れば私がここにいる間に、気絶癖を治して欲しい……。でないと死んでも死にき………。」

 

ゆり「やめてって言ってるでしょ!?寿命でも何でも死ぬ話なんて、仲間の口から聞きたくない!!!お願いだから……そんな話を、私にしないで………。」

 

薫「ゆり………。」

 

ゆり「勇者になってから………いつも隣には死があった。私にも……みんなにも……。だからいつもそれを意識しないよう、楽しくやって……どうして今、死んだ後の話なんて……。誰にも死んで欲しくない…。そんなの想像するのも……話すのも嫌なの!!」

 

薫「すまない……ゆり。しかし……そういう訳にもいかない……。私が帰らないと…未来が変わる。四国の……ゆり達の未来も変わってしまうんだ。だから……。だから、私は帰って……君達の過去を………ちゃんと作るよ。」

 

ゆり「やめて……。言わないで……。」

 

薫「ふふ……。こんな気持ち、以前には無かった……。自分が逝った後の未来の事など、頭の隅にも…。でも、未来がこうなるのだと解って……それが私を強くしてくれたんだ。」

 

ゆり「え………?」

 

薫「神世紀がこんなに素晴らしいなら……私の戦いは無駄ではない。帰ったら、一層勇敢に戦えるだろう。」

 

ゆり「そんな事望んでない…。勇敢に戦って散るのが私達の為……?冗談じゃないよ…。」

 

薫「重いかい?でも、それを今度は…ゆり達が背負って次の世代へと引き継ぐんだ……勇者として。それが……勇気のバトンだ。」

 

ゆり「うぅ……っ。うぅぅ………!」

 

薫「そんなに泣かないでくれ……。」

 

ゆり「誰が泣かせてるのよ………。」

 

薫「私は戻って来るよ……。300年、ゆりの誕生を待って…待って…待って……そうしたら………また…逢おう。」

 

ゆり「…………薫。」

 

薫「安心してくれ。ゆりの背中は私が守る……。いつも………傍にいるから……。」

 

ゆり「…………約束…だよ。」

 

薫「あぁ……。」

 

 

--

 

 

ゆり「うわあぁぁぁあっ!!!」

 

突如ゆりが赤面して奇声をあげる。

 

香澄「何想像してたんだろう。」

 

有咲「十中八九薫絡みだろ。」

 

ゆり「はぁ…はぁ……ちょっとあの時を思い出しちゃってね…。」

 

ふと香澄が窓の外を見ると外はすっかり茜色になっていた。

 

ゆり「今日はここまでだね。また明日集まろうか。」

 

香澄達は音楽室を後にするのだった。

 

 

---

 

 

牛込宅--

 

ゆりは夕食の後片付けをしている。りみは一足先にベッドで寝ていた。

 

ゆり「はぁ…1番先に浮かんできた思い出があれだなんてね…。」

 

するとゆりの端末が光だし"犬神"が現れる。

 

ゆり「ん?どーしたの、"犬神"。」

 

"犬神"は何も言わずゆりにすり寄ってくる。

 

ゆり「今日はやけに人懐っこいね。………。」

 

"犬神"を撫でている手が突如止まる。

 

ゆり「もしかして、あなたが薫の生まれ変わり…………。」

 

犬神「…………。」

 

ゆり「そんな訳ないか。」

 

 

---

 

 

みんなと解散した後、香澄は沙綾の家に泊まりに来ていた。途中だった新曲の歌詞を完成させる為だ。

 

 

山吹宅--

 

香澄「さぁ、完成させるぞー!」

 

中沙綾「頑張って、香澄!はい、これ。」

 

沙綾は香澄にカフェオレを手渡す。

 

香澄「ありがとう、さーや!」

 

中沙綾「私にはこれくらいしか出来ないから。」

 

香澄「ううん、さーやにはいつも助けられてるよ。」

 

 

--

 

 

中沙綾「あの大型2体をほぼタイムラグ無く同時に倒すには現時点で出せる最高の攻撃力で叩くしか無いと思います。」

 

あこ「現時点で1番強い攻撃が出来るのは…友希那さんと薫?」

 

中沙綾「友希那さんと薫さんの力を合わせても、どちらか片方を倒すので精一杯です。」

 

あこ「それならどうやって…。」

 

中沙綾「"満開"です。幸い私たち全員星屑たちとの戦闘でゲージは溜まってます。攻撃の手数が多い私とりみりんは分かれて、私と香澄が奥、ゆり先輩、りみりん、有咲が手前の敵を同時に攻撃します。皆さんは援護を。」

 

 

--

 

 

中沙綾「みんな、準備は良い?」

 

香澄「オッケーだよ!」

 

りみ「頑張るよ。」

 

ゆり「任せて。」

 

有咲「完成型勇者の力を見せてやる。」

 

中沙綾「いくよ!」

 

5人「「「満開!!」」」

 

 

--

 

 

香澄「現状を打破してくれる作戦を思い付くのはいつもさーやだったもん!」

 

中沙綾「それは打破してくれる力がある香澄達がいてくれたお陰だよ。」

 

香澄「……みんなの力があってここまで来れたんだよね…。」

 

中沙綾「そうだね……。」

 

香澄「……さーやはこの世界に残りたい?」

 

中沙綾「………。」

 

 

--

 

 

赤嶺「じゃあ嘘だと思ってそのまま聞いてよ…………海野夏希ちゃん!!」

 

夏希「え?」

 

赤嶺「中学生になったあなたがここに1人、何故いないのか。それは………。」

 

中沙綾「止めてっ!!!!!」

 

赤嶺「……ふふ。それ答え言っちゃってるから。」

 

中沙綾「はっ……!?」

 

 

--

 

 

沙綾は涙を一筋流した。

 

香澄「ご、ごめん、さーや……。そんなつもりじゃ…。」

 

中沙綾「ううん、大丈夫、分かってるよ。……本音を言えば今でも帰りたくないって思う。でも--」

 

 

--

 

 

夏希「私を心配してくれる沙綾さんやたえさんの心遣いは本当に嬉しいです。でも私は運命を跳ね除けてみせる!!!死ぬだって!?私を舐めるんじゃないぞ!!」

 

中沙綾「そんな気持ちも、戻れば覚えてないんだよ夏希…。」

 

夏希「なら私の力を見せてやる!運命を切り開く勇者のパワーを!!」

 

小たえ「え!?夏希、それってつまり、私たちと……?」

 

夏希「試合だ試合!!で、みんなを安心させてやる。私がメガ強いってね!!」

 

 

--

 

 

中沙綾「元の世界に帰れば、ここでの思い出はなくなっちゃう!!もう……思い出せなくなるのは嫌だよ!!!」

 

夏希「例え頭が覚えてなくたって……心が覚えてる!!確かに私だって2人と離れたくはない!だけど、2人には笑ってこれから生きて行って欲しい!!未来はどうなるか分からない。私は最後まで抗ってみせるよ!!来い"鈴鹿御前"!!」

 

中沙綾「はっ!?」

 

夏希「どうよ!」

 

中沙綾「頭で覚えてなくても、心が覚えてる……か。」

 

夏希「2人も私を信じて!!笑って現実に送り出せってね!運命変えてみせるから!」

 

小沙綾「夏希なら、それが出来るかもって思える……。」

 

 

--

 

 

中沙綾「でも、夏希は約束してくれたんだ。運命なんか変えてみせるって。例えそれがパラレルワールドだとしても構わない。何処かの世界で夏希が運命を跳ね除けて生きていてくれるのなら、私はそれだけで嬉しい。」

 

香澄「うん……夏希ちゃんなら出来るよ!」

 

中沙綾「ありがとう、香澄。」

 

香澄「どういたしまして。あっ、何か良い歌詞が降りてきそうだよ!」

 

香澄の作詞は夜遅くまで続き、沙綾は最後まで香澄に付き合うのであった。

 

 

---

 

 

今、花咲川中学校内には勇者部しかいない。大赦が働きかけてくれたお陰だ。いよいよ香澄達"Glitter*Party"、友希那達"Roselia"、そして千聖達"Pastel✽Palettes"の小さな対バンが始まろうとしていた。

 

 

対バン直前、音楽準備室--

 

あこ「遂に始まるね!」

 

燐子「緊張…してきました。」

 

リサ「リラックスリラックス。肩の力抜いて気楽にやろうよ。」

 

紗夜「やる事は全てやってきました。練習は本番の様に、本番は練習の様にやっていけば大丈夫です。」

 

高嶋「紗夜ちゃんカッコいい!よーし、私も頑張るよ!友希那ちゃん号令お願い。」

 

友希那「ええ。あこ…。」

 

あこ「はいっ!」

 

 

友希那「燐子…。」

 

燐子「はい…!」

 

 

友希那「紗夜…。」

 

紗夜「はい。」

 

 

友希那「香澄…。」

 

高嶋「うんっ!」

 

 

友希那「リサ…。」

 

リサ「オッケー。」

 

 

友希那「"Roselia"行くわよっ!!」

 

5人「「「おーっ!!」」」

 

 

---

 

 

音楽室--

 

トップバッター"Roselia"の演奏が始まる。

 

友希那「みんな、今日はこの場に集まってくれてありがとう。一曲と短いけれど、私達は全力で演奏するわ。"Re:birth day"」

 

 

〜〜〜♪

 

 

"Roselia"のどっしりとした重低音のリズムが音楽室を一瞬で包み込む。

 

 

--

 

 

友希那「ここは…樹海?何故いきなり私達はこんな所に…?」

 

あこ「突然瞬間移動しましたよね!?あこが寝ぼけてる訳じゃないよね!?」

 

燐子「ま、丸亀城の近く…じゃないみたいです…樹海も何だか…変です。」

 

紗夜「夢なら楽なのですが…。いつの間にか変身済みですし、どうなってるのかしら?」

 

高嶋「何だか敵の気配もするよ…。」

 

友希那「リサがいない…いえ、樹海だから当然ね。」

 

 

--

 

 

友希那「私は…今を生きている人々を守る為に戦う…そう決めたのよ!」

 

友希那?「それがあなたの主張ね。嘘よ。何事にも報いを、が湊の標語の筈でしょう?綺麗事を並べても結局あなたの戦う理由は復讐心よ。」

 

友希那「それは違うわ。」

 

友希那?「では死んだ人は忘れてしまうというの?薄情な奴ね。」

 

友希那「忘れはしない…1度だって忘れた事は無い。その上で私は未来の為に戦う。丸め込もうとしても無駄よ!自分との決着は既につけたのだから!!」

 

 

--

 

 

中たえ「あの……友希那さん。」

 

友希那「?何かしら?」

 

中たえ「…………心配してくれてありがとう。でも……私、ちゃんと………幸せに生きてるよっ!」

 

友希那「……………そう。……………そうなのね。それで、今日は何を作るのかしら?」

 

中たえ「ソース焼きそば!!さっ、厨房へ移動しましょう!!」

 

 

--

 

 

友希那「私達もここを守り抜くわよ。……こうして西暦組だけでのお役目は久しぶりね。」

 

高嶋「いつも通りやって行けば大丈夫。絶対出来るよ!」

 

あこ「しかもあこ達も成長してるんだから!もちろん紗夜さんもね。」

 

紗夜「調子に乗って怪我しない事です。白金さんは会議の疲れは取れましたか?」

 

燐子「はい、高嶋さんがマッサージをしてくれて…良く眠れました…。」

 

紗夜「それは良かったです。」

 

友希那「っ!樹海化が始まるわ。みんな備えて!」

 

リサ「友希那!」

 

友希那「必ず戻るわ、みんなでね。」

 

 

---

 

 

あこ(最初は知らない所に飛ばされて戸惑ったけど…。)

 

 

燐子(私達と同じ勇者に出逢えて……同じ志を持って戦って……。)

 

 

高嶋(私達は強くなったんだ!離れ離れになるのは寂しいけど……。)

 

 

紗夜(皆さんとの思い出は心に強く残っていく事でしょう。私ももう前を向いて歩けるはず……。)

 

 

リサ(私は全力で友希那達みんなを支えていく。私が前を向いていないとね。みんなの道標として……。)

 

 

友希那(私はあの時誓った…今を生きている人の為に戦っていくと。私達が守ってきた世界が未来に続いていく。未来を守る為に、私達は今を戦っていくのよ!)

 

 

---

 

 

音楽準備室--

 

控え室では防人組が出番に備えて待機していた。

 

花音「……みんな全力で演奏してるね。気持ちがこっちにも伝わってくるよ。」

 

彩「そうだね。私達も頑張らないと!」

 

千聖「勿論よ。やるからには全力よ。」

 

イヴ「私も2人で…。」

 

イヴ「いっちょやってやるぜ!」

 

日菜「あっ、そろそろ友希那ちゃん達の演奏が終わるよ。千聖ちゃん、円陣やろ!」

 

6人が輪になって手を伸ばす。

 

千聖「防人組!………いいえ、"Pastel✽Palettes"行くわよっ!」

 

4人「「「おーーっ!!」」」

 

 

---

 

 

音楽室--

 

友希那「聞いてくれてありがとう。次は白鷺さん達"Pastel✽Palettes"よ。」

 

友希那の呼びかけで千聖達が袖から登場する。

 

燐子「頑張ってください…。」

 

イヴ「任されます。」

 

 

あこ「ドーンバーンだよ!」

 

花音「ふぇええ!?」

 

 

紗夜「お願いします。」

 

高嶋「頑張って、日菜ちゃん!」

 

日菜「勿論!みんな魅了しちゃうよ。」

 

 

リサ「会場あっためといたからね。」

 

彩「ありがとう、リサちゃん!」

 

 

友希那「あなた達の気持ち、聴かせて頂戴。」

 

千聖「ええ。響かせてあげるわ!」

 

それぞれがハイタッチを交わし、"Pastel✽Palettes"が壇上へ上がる。

 

彩「皆さん!私達……。」

 

5人「「「"Pastel✽Palettes"です!」」」

 

彩「友希那ちゃん達に負けない様に精一杯やるので宜しくお願いします!では聴いてください……。」

 

5人「「「"もう一度ルミナス"!!」」」

 

 

〜〜〜♪

 

 

先程の"Roselia"とは真逆の明るくポップなメロディが音楽室を支配していく。楽曲の完成度の高さに勇者達は驚きを隠せない。

 

 

--

 

 

千聖「私は"防人"の白鷺千聖よ。"防人"のリーダーとして謝るわ。」

 

友希那「取り敢えず、部室に来てくれるかしら?丸山さん…丸山彩さんから詳しく話を聞いてちょうだい。」

 

千聖「っ!彩ちゃんが来てるのね。」

 

リサ「この特殊な世界の中では、防人の戦衣も性能は勇者と遜色無いものまで引き上げられてるよ。神樹様も防人全員を呼ぶ力は無かったみたいだけど、4人も来てくれて本当に助かるよ。」

 

花音「こんな素敵な勇者様軍団の中に加えられたって事は、私たちいよいよ認められたって事だよね、千聖ちゃん。」

 

千聖「どうかしら。使えるものは何でも使うって精神かもしれないし。」

 

イヴ「それでも選ばれたという事ですから。」

 

千聖「心理を解析するようになってきたわね、イヴちゃん。」

 

香澄「千聖さんは、有咲と一緒に特訓してたんですよね?頼もしいです。」

 

日菜「私も同じ環境だったよ。頼りにしてね。」

 

夏希「おーなんか強いオーラ出てますもん。海野夏希です。宜しくお願いします。」

 

千聖「宜しくね、夏希ちゃん。」

 

日菜「この子達が、私達の先輩かぁー。宜しくね、みんな。」

 

友希那「神世紀も時代が進むと勇者になる人達も増えてくるのね。」

 

香澄「でも私達千聖さん達が頑張ってる事は全然知らなかったんです。」

 

ゆり「現実世界での私達の御役目は終わったものだと思ってたけど…。そういう訳じゃないのかも。」

 

りみ「でも今回みたいに、ちゃんと事情も話してもらってみんなと一緒に戦えるなら、私は…。」

 

ゆり「私の妹ながら勇者だね。まぁそれは戻ってから考えましょうか。」

 

香澄「やー、部室がよりみっちりになったねー。わいわいで楽しいよ!」

 

 

--

 

 

千聖「ここが私達の受け持ち、最前線よ。人数が多いから当然ね。」

 

日菜「高知は氷河家の聖地。2度と敵に渡したりしないよ!」

 

彩「他のみんなは、無事に防衛の務めを果たしてるよ。」

 

千聖「防人組も遅れはとらないわ。御役目は果たす。もちろん"犠牲ゼロ"でね。」

 

彩「うん、無事を祈ってるよ。神樹様のご加護がありますように。」

 

花音「頑張って。私も応援してるからね!」

 

千聖「何しれっと離脱しようとしてるの。花音はこっちで私達と戦うの。ほら!」

 

花音「ふえぇぇぇっ!!私は巫女枠が良いよぉ千聖ちゃん!」

 

イヴ「盾が無かったら私たちが怪我するかもしれません。もしそうなれば誰が花音さんを守るんですか?」

 

花音「そ、そっかぁ…。よし、私を守ってもらう為に、私が守らなきゃ!」

 

千聖「っ!樹海化が始まるわよ!日菜ちゃん、イヴちゃん、花音。行くわよ!!」

 

日菜「バーテックスのお出ましだね!片付けるよ!!」

 

 

--

 

 

花音(戦いは怖いけど……みんなと一緒なら頑張れる気がする。だってみんなが私を必要としてくれてるんだもん。)

 

 

イヴ(ここまでの道のりは長く、険しかったですけれども…これも夏希さん達が紡いできた結果なんですね。)

 

 

イヴ(そうだな。勇者はみんなつえー奴らだった。身体も、心も…。俺達もそんな風になれたら良いな。)

 

 

日菜(この世界に来て嬉しかった事は"氷河家"のルーツを知る事が出来た事かな。今のあの人を見てると、あんな事になるとは思えない感じがするよ。)

 

 

彩(私はまだまだ未熟だけど、これからも精一杯千聖ちゃん達をサポートしていくんだ!私にしか出来ない事を全力で!)

 

 

千聖(この世界に連れてこられて最初は怒りを覚えたけれど、ここで得る事が出来た経験は悪いものではなかったわね。絆…ふふっ……これが勇者の資質、強さの秘密なのね。今なら解るわ……。絆が何なのかが。)

 

 

---

 

 

音楽準備室--

 

大トリである香澄達"Glitter*Party"が出番の準備をしている。

 

有咲「ははっ……。」

 

香澄「どうしたの?有咲。」

 

有咲「あいつが……千聖があんな風に笑うなんてな。」

 

中たえ「あれが本来の千聖さんの姿なんじゃないかな。」

 

有咲「……よし、千聖達の演奏に負けてらんないぞ!」

 

中沙綾「おっ、有咲やる気だね!」

 

りみ「じゃあ、本番前にみんなで円陣組まない?」

 

ゆり「良いね!さ、みんな並んで並んで。」

 

6人は輪になって並ぶ。

 

ゆり「号令は香澄ちゃん、お願いね。」

 

香澄「はい!みんな……今日は精一杯楽しもうね!!」

 

5人「「「おーーっ!!!」」」

 

 

---

 

 

音楽室--

 

彩「聞いてくれてありがとうございます!」

 

千聖「最後はゆりさん達"Glitter*Party"の登場です!」

 

千聖の呼びかけで"Glitter*Party"が壇上へ駆け上がる。

 

香澄「皆さーーん!盛り上がってますかー!私達…。」

 

6人「「「"Glitter*Party"でーす!」」」

 

香澄「前2つのバンドも凄かったですけど、私達も負けませんよー!!それでは聴いてください!」

 

6人「「「"Dreamers Go!"!!」」」

 

 

〜〜〜♪

 

 

大トリを飾るに相応しい明るくリズムに乗れるメロディが響き渡り、観客席の勇者達も思わず身体が動いてしまう。

 

 

--

 

 

ゆり「見知った眺めだよね。ここが防衛地点っていうのは気合が入るよ。」

 

中沙綾「他の4組は順調に御役目をこなしてるみたいです。」

 

りみ「皆さん頼もしい人達だからね。」

 

有咲「いよいよ元の世界に戻る時なんだな…。千聖とかはこっちに来たばっかりなのに。」

 

中たえ「防人達とは戻ってもまた会えるよ。同じ時代を生きているから。」

 

中沙綾「でも、絶対に会えなくなる友達もいる……。今まで議論は避けてきたけど、そろそろ話し合わなくちゃ。」

 

有咲「今回の出撃も大変な役目だけど、終わった後の事ばっかり考えるよ。」

 

中たえ「さあ、樹海化が始まるよ。ズガーンと行っちゃおう!」

 

有咲「ああ。私達がここをきっちり守り抜けば、今回の御役目も完了だしな!」

 

香澄「リレーで言えばアンカーだ!みんなの思いを繋いでゴールするよ!」

 

 

--

 

 

香澄「有咲可愛いー!」

 

有咲「だーっ!抱きつくなぁ!!」

 

ゆり「このメンバーでこうして歩けるなんて夢の様だよ。」

 

中沙綾「そうですね。それに……。」

 

中たえ「?」

 

中沙綾「今度はおたえも一緒。」

 

りみ「そうだね。おたえちゃんも勇者部の一員だもんね。」

 

ゆり「頼りにしてるよ?先代勇者様。」

 

中たえ「はい!」

 

香澄「………もうすぐお別れなんだね…。」

 

中沙綾「……そうだね。」

 

香澄「そうだ!!」

 

りみ「何か思い付いたの、香澄ちゃん?」

 

有咲「こういう時は本当に頭が良く働くよなー。」

 

ゆり「凄い才能だよ、それは。で、どんな事?」

 

香澄「あのですね………。」

 

ゆり「うん、ナイスアイデアだよ!」

 

有咲「確かに、香澄らしいな。」

 

中たえ「絶対に忘れられない出来事になるね!」

 

香澄「でしょー!」

 

 

--

 

 

ゆり(ここで会えた勇者達はみんな凄い心を持つ人達ばかりだった…。)

 

 

りみ(覚悟も…決意も…。私も見習わないとダメだよね!)

 

 

中たえ(御先祖様はやっぱり偉大だったな…。流石は初代勇者様だよ。私もいつか……。)

 

 

有咲(千聖…改めて凄いと思ったよ。だけど私も負けてらんねー!何たって私は完成型勇者だからな!)

 

 

中沙綾(夏希……。また会えて本当に嬉しかったよ。もうすぐ別れの時だけど、私の気持ち、このメロディに乗せて伝わると良いな。)

 

 

香澄(友希那さんに蘭ちゃん…夏希ちゃん、みんなが頑張ってくれたお陰で今の私がある……。だから私もいつか誰かの為に…だって私は……戸山香澄は勇者だから!!)

 

 

---

 

 

狭間の空間--

 

リサ「千聖達も香澄達も凄い演奏だったよね。」

 

高嶋「ホントだよねぇ!」

 

燐子「ビリビリと…気持ちが伝わってきました。」

 

あこ「あこ達も頑張らないと!あっ!」

 

あこが指し示した方向には出口が。

 

紗夜「この先が私達の時代ですか…。」

 

友希那「そうね。私達が未来を作って行くのよ……明るい未来を。」

 

 

友希那達はただ前を見て光の先へと進んで行った--

 

 

--

 

 

中たえ「出口が見えてきたよ。」

 

ゆり「みんな、覚悟は良い?この先天の神との本格的な戦いが始まる…。」

 

りみ「怖いけど…みんなと一緒なら大丈夫だよ。」

 

有咲「ああ。あいつらも戦ってくれるからな。」

 

 

6人は光の出口を抜ける--

 

 

中沙綾「っ!?」

 

香澄「こ、これって……!?」

 

 

--

 

 

花音「本番失敗しちゃうんじゃないかと思ってホント緊張したよぉ……。」

 

イヴ「でも花音さんはミス無く出来ていましたよ。」

 

日菜「元の世界に戻ってもまたやりたいね。」

 

彩「そうだね。防人のみんなにも見てもらおうよ。あっ、出口が近付いてきたよ。」

 

千聖「みんな、覚悟は良い?これからまた防人としての任務が始まるわ。これからも"犠牲ゼロ"を目標に大赦を見返してやるわよ!」

 

4人「「「おーーっ!!」」」

 

 

そして5人は元の世界に戻る--

 

 

筈だったのだ--

 

 

---

 

 

樹海?--

 

千聖「ここは……樹海………なの…!?」

 

 

千聖が立っていた場所はゴールドタワーなどでは無く、今までとは様子の違う樹海--

 

 

夜の樹海にたった1人で立っていたのである--

 

 

 




これにて

戸山香澄は勇者である〜第7章 石紡ぎの章〜

は終了となります。


次なる謎を残しつつ物語は

戸山香澄は勇者である〜最終章 きらめきの章〜

へと続きます。



一応最終章で一旦このシリーズは最後にしようかと思っております。思い付きでここまで来れたのは皆様が最後まで読んでくださったお陰です。


もしかしたらひょっこり続きを書き始めるかもしれませんが、その時はまた読んでいただけると幸いです。


ここまで通算197話。次回198話から最後の章の幕が開きます。



それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました!!



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最終章〜きらめきの章〜
神からの試練


最終章第1話目の始まりです。

突如夜の樹海に飛ばされた千聖達。今、新たな御役目の幕が開く--




 

 

樹海?--

 

千聖「はぁ……はぁ……はぁ…。」

 

白鷺千聖は怒っていた。見た事も無い場所、次々と襲い来る新種のバーテックスに逃げるしか無い状況に。

 

千聖(見たところ…ここは樹海の様だけれど、辺りは夜……そして今まで見た事が無いバーテックスの群れ……。私の体力も底をつきかけている…撤退しか選択肢が無い事が腹立たしいわ……。)

 

千聖は走りながら左右を見回すも目に付くものは蟷螂の様な昆虫型のバーテックスのみであり、勇者らしい人影は欠片も見られない。

 

 

--

 

 

幾ばくの間走り続けただろうか、どうやら千聖はバーテックスの群れを取り敢えずは振り切る事が出来たようだった。

 

千聖「はぁ…はぁ…全く……分からない事が多すぎる……。」

 

千聖は乱れる息を整えながらここまでの経緯を振り返ってみる。

 

千聖(確かに私は彩ちゃんや花音、イヴちゃんに日菜ちゃんと光の道を通って元の時代、神世紀300年のゴールドタワーへと戻った筈だった………。)

 

 

--

 

 

狭間の空間--

 

花音「本番失敗しちゃうんじゃないかと思ってホント緊張したよぉ……。」

 

イヴ「でも花音さんはミス無く出来ていましたよ。」

 

日菜「元の世界に戻ってもまたやりたいね。」

 

彩「そうだね。防人のみんなにも見てもらおうよ。あっ、出口が近付いてきたよ。」

 

千聖「みんな、覚悟は良い?これからまた防人としての任務が始まるわ。これからも"犠牲ゼロ"を目標に大赦を見返してやるわよ!」

 

4人「「「おーーっ!!」」」

 

 

--

 

 

千聖(光の出口を確かに5人で抜けたと思っていた。また防人としての御役目が始まると思っていたのに………。)

 

 

--

 

 

樹海?--

 

千聖「ここは……樹海………なの…!?」

 

 

--

 

 

千聖(気が付いたら夜の樹海に1人で立っていた……。暫く辺りを散策してみたけれど、出会すのは見た事も無いバーテックスばかり、倒しても倒してもキリが無いわ。)

 

千聖は宛てもなく歩き続け近くに敵がいない事を確認すると腰を下ろして大きくため息をついた。

 

千聖「ふぅ……。防人、白鷺千聖。状況を記録しておく。」

 

千聖は戦衣の録音機能を起動した。

 

千聖「再び樹海に飛ばされてからそろそろ12時間。この樹海はいつもと違う。ずっと、夜よ。通信も出来ずレーダーも反応しない。………仲間とも巡り合えない。更に新種のバーテックスも襲ってきている。そもそも何故いきなりこんな事になったのか。私達は造反神を鎮めた筈なのに……。」

 

まだ見ぬ仲間も同じ目に遭っているかと思うと治まりかけていた怒りがふつふつと込み上げてくる。

 

 

--

 

 

千聖「誰かーーーー!!いないのーーー!?」

 

数分間の休息の後、千聖は同じ状況に置かれているであろう仲間を探しに樹海を再び散策する。すると--

 

花音「ちーさーとちゃーん!」

 

突如何処からか花音が千聖を呼ぶ声が樹海に響き渡る。

 

千聖「花音っ!?花音!!」

 

千聖は花音の声を頼りに見回すも姿は見えない。

 

千聖「………まさか花音の幻聴が聞こえるまで精神が参ってるなんて…私もまだまだね。っ!?」

 

すると千聖の声を聞きつけたのか新種のバーテックスが千聖の周りに集まり出した。

 

千聖「……もう、叫べば寄ってくるのは敵ばかりね。怒りが湧いてくるわ。……迎撃する!」

 

千聖が銃剣を構えたその時だった。

 

?「……勇者パンチ!」

 

何処からともなく飛んできたパンチによって新種のバーテックスは吹き飛ばされる。

 

千聖「っ!?誰!?」

 

赤嶺「大丈夫?」

 

千聖を助けたのは先に元の時代に戻っていた筈の赤嶺だったのだ。

 

千聖「赤嶺香澄!?」

 

赤嶺「白鷺千聖。そっちも同じ状況みたいだね。気が付いたら私も夜の樹海にいた。」

 

千聖「一体これはどういう事なの!?」

 

赤嶺「ここで湧いてくる星屑達は私の言う事も聞いてくれないんだ。新しい何かが起こってる………ともかくまずは協力してこいつらを倒そう!」

 

千聖「分かったわ。…まさかあなたと一緒に戦う事になるとはね。」

 

千聖は状況を打破する為、赤嶺と共にバーテックスの群れに立ち向かっていくのだった。

 

 

--

 

 

千聖「はあっ!」

 

千聖は銃剣で新種を斬りつけるも、鎌の様な前脚で受け止める。

 

千聖「くっ、こいつらやっぱり今までのバーテックスより強い!」

 

千聖は距離を取り今度は銃で狙い撃つも、新種は羽を広げて空を滑空し銃弾を躱していく。

 

千聖「くっ……!ならこれでどう!来なさい、"尊氏"!!」

 

千聖は自身の精霊である"尊氏"を憑依させ再び新種に向かって斬りかかる。"尊氏"の能力は武器の性能の底上げ、この状態なら並のバーテックスなら豆腐の様に切り裂く事が出来る。だが--

 

千聖「そ、そんなっ!?」

 

新種はそんな事意にも介さず千聖向かって突っ込んでいき剣劇を鎌で受け止めるのだった。

 

千聖「精霊憑依の力でも切り裂けない!?」

 

狼狽る千聖だったが、そこへ赤嶺の声が。

 

赤嶺「そのままそいつ抑えてて!」

 

新種の背後から赤嶺が飛びかかり、

 

赤嶺「勇者パンチ!」

 

無防備な新種の脇に渾身のパンチを喰らわせ新種は光となって消滅する。

 

千聖「助かったわ。」

 

赤嶺「このまま力を合わせて殲滅するよ!」

 

千聖「ええ!」

 

 

--

 

 

千聖が新種を押さえつけ、赤嶺がトドメを刺す。即席のコンビプレーでなんとか新種の群れを退けた千聖達。

 

赤嶺「はぁ…。敵、いなくなったね。」

 

千聖「あなたでも操れないと言っていたけれど、何が起きているの。」

 

赤嶺「それが私にも全然分からないんだ。正直、人に会えてホッとしてるよ。」

 

千聖「そうね……それは私もよ。」

 

千聖が夜の樹海に迷い込んでから半日以上が経っている。正直人と話さない事で2人の精神状態も満身創痍になっていた。

 

赤嶺「お互いに把握している情報を出し合おう。」

 

 

--

 

 

赤嶺「んーお互い知っている情報は同じだね。訳も分からないままココにいる。」

 

千聖「造反神は鎮めた筈。それなのに、何故また樹海が。」

 

赤嶺「心当たりが無いんだ。というか、私、記憶が少し朧になってるんだよ。」

 

赤嶺は自分状況を話し始める。どうやら赤嶺は自分の事や香澄達勇者の事などの基本的な事は覚えているのだが、以前の様なこの異世界の謎に関する事や神に関する知識がごっそり抜け落ちてしまっているのだ。

 

千聖「成る程ね。今回の状況と何か関係があるのかしら?」

 

赤嶺「……とにかく今はこの状況を切り抜けなきゃ。水と食料の問題を解決しないとね。」

 

千聖は樹海に実っている謎の果実を手に取った。

 

千聖「いよいよ試すしかないわね。この果実を。」

 

赤嶺「ね。この夜の樹海にある果実。食べられそうだよね。」

 

千聖「怪しすぎて食べたくはなかったけど、このまま何もしなければ倒れる。やむを得ないわね。……一応バーテックスの一部を飲んだ人はピンピンしてるから。」

 

赤嶺「それは朗報。ならいけるかもしれないね。よーし、これでも毒物に関する知識はあるんだ。毒味しつつ食べてみるよ。」

 

赤嶺は千聖から果実を受け取る。

 

千聖「毒物に関する知識……それは本当なのね?」

 

赤嶺「うん。」

 

千聖「香澄の名がつく人はこういう時に身体を張りそうなのよね。」

 

赤嶺「身体を張るのは確かだけど、強がりじゃなくて本当に知識はあるよ。」

 

赤嶺はそう言って果実の毒味を開始する。

 

赤嶺「ペロッ……。うん。ペロッ……うん。」

 

千聖「ど、どう?」

 

赤嶺「……うん。ウーロン茶的な味がするね。いけるいける。さ、千聖もどうぞ。」

 

千聖「………大丈夫そうね。ありがとう、赤嶺。」

 

赤嶺「お安い御用だよ。さて、軽く休んでいこっか。」

 

千聖「そうね、このままじゃ倒れるわ。交代で見張りつつ寝ましょう。」

 

赤嶺「…じーっ………。」

 

赤嶺の視線が千聖に刺さる。

 

千聖「ど、どうしたのかしら?」

 

赤嶺「千聖ってなんか良いね。こういう時もいつもピッとしてて安心出来る。」

 

千聖「それはこっちの台詞よ。味方だと頼もしいわね赤嶺。まず、あなたが寝て。見張ってるから。」

 

赤嶺「うん。じゃあお言葉に甘えて。」

 

最初は千聖が見張りを買って出て、赤嶺が眠りにつくのだった。

 

 

--

 

 

赤嶺「Zzz………。」

 

千聖「よっぽど疲れていたのね……。」

 

赤嶺「Zzz……。つぐちん……ロック……。」

 

千聖「…ふふっ………。」

 

 

--

 

 

3時間後--

 

赤嶺「ふーっ。休憩終わり、っと。探索続けようか。」

 

通常の時刻であるならば、とっくに朝になってもおかしくはないのだが、樹海は相変わらず夜のままだ。

 

千聖「ひたすら夜なのね、ここは。」

 

赤嶺「千聖は寝てる時、彩ちゃんの名前を呟いてたよ。」

 

千聖「巫女が同じ状況になっていたら大変だから心配なのよ。リサちゃんやモカちゃんも……。そういうあなたも誰かの名前を呟いていたわよ。」

 

赤嶺「あっ、それ多分つぐちんとロックだ。」

 

千聖「つぐちん……は確か、あなたの時代での仲間よね?」

 

氷河つぐみ--

 

赤嶺が御役目についていた神世紀72年での相棒であり、氷河日菜の先祖である。

 

赤嶺「そうだよ。つぐちんとロック……朝日六花。3人で組んでたんだ。いつかみんなにも紹介したいよ。」

 

千聖「日菜ちゃんの先祖はどういう人なのか興味は尽きないわ。」

 

赤嶺「良い子だよ。友達友達。」

 

そこへ、

 

花音「ちーさーとちゃーーん!!」

 

再び花音の叫び声が何処かから聞こえた。

 

千聖「っ!?また幻聴!?」

 

赤嶺「ううん、幻聴じゃない。私にも聞こえた。」

 

千聖「!!!」

 

花音の叫び声が幻聴でないと分かるや否や千聖は声が聞こえる方向へ走り出した。

 

 

---

 

 

樹海、別の場所--

 

花音「ふぇええええ!?助けて千聖ちゃーーん!!もう訳分からないよぉーー!!」

 

花音は迫り来る新種から千聖の名前を叫びながら逃げ惑っていた。

 

イヴ「ギャーギャー言うと疲れるだけだって言ってるのにピーチクパーチクと。いいか、俺とお前が合流出来たんだ!他のみんなとも会えるに決まってる!」

 

花音は自分の勘を頼りに今より少し前にイヴと合流する事が出来ていた。しかし、新種との戦いは防戦一方となってしまい、千聖と同じで逃げるしか手立てはなかったのである。

 

花音「そうは言うけど、もう精神の限界だよ!気力も無くなっちゃうよぉ!」

 

イヴ「くっ、次から次へと虫の様にゾロゾロと!」

 

花音「いよいよマズイよ、千聖ちゃーーーん!!」

 

イヴ「だぁーーーっ!そうやって白鷺に甘えるな!今アイツだって大変かもしれねぇんだ!こっちが助けに行くぐらいの気持ちでいろ!分かったか!?」

 

2人は全速力で逃げるものの、新種は更に数を増やしていく。

 

イヴ「ちっ、更に増援か。こっちは中々スリリングだぜ白鷺。しょうがねぇ……。」

 

イヴは急に方向転換し、新種に向かって突撃しだした。

 

花音「イ、イヴちゃん!?」

 

イヴ「お前だけでも先に行け、ここは俺が食い止めてやる!!」

 

花音「で、でも!!」

 

イヴ「こういうのは俺の役目だ!お前は直感信じて誰かと合流しろ!!さっきも言ったろ。俺と合流出来たんだ。他の奴とも合流出来るだろ。行け!!松原!!!」

 

花音「うぅぅ………。」

 

花音はイヴに背を向けて走り出す。イヴの思いを汲んだのだ。

 

花音(イヴちゃん、待ってて!!助けを連れて必ず戻ってくるから…!)

 

 

--

 

 

イヴ「行ったか……。アイツにはアイツにしか出来ない事がある…だから、これは俺にしか出来ねぇ事だ!!来い"雷獣"!!!」

 

イヴは自身の精霊である"雷獣"をその身に憑依させる。

 

イヴ「来いよ、虫けらども!!こっから先は一歩も通しやしねぇぞ!!!」

 

 

 



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雑草達の意地

夜の樹海を脱するべく、防人組と赤嶺の脱出劇が始まります。

キーワードは……夜、月、中立神。

天の神が天照大神、造反神が素戔嗚尊。じゃあ中立神は……。




 

 

樹海--

 

花音を逃がす為に1人、眼前に迫る新種のバーテックス達に立ち向かうイヴ。

 

イヴ「行ったか……。アイツにはアイツにしか出来ない事がある…だから、これは俺にしか出来ねぇ事だ!!来い"雷獣"!!!」

 

イヴは自身の精霊である"雷獣"をその身に憑依させる。

 

イヴ「来いよ、虫けらども!!こっから先は一歩も通しやしねぇぞ!!!」

 

"雷獣"の能力は身体能力と反射速度の向上。全身に雷を纏い、高速で移動。自身が持つ武器にも電撃が付与され攻撃力も増している。

 

イヴ「これでも喰らって痺れやがれっ!!」

 

イヴは牽制する為電撃を新種向かって放出しまず敵の動きを止める。

 

イヴ「だりゃぁ!!な、何っ!?」

 

怯んでいる隙に銃剣で切りかかるも、新種は全く麻痺している様子はなくイヴの斬撃を鎌で受け止める。

 

イヴ「こいつら感覚ねぇのかよ!?」

 

銃剣の攻撃力も千聖の"尊氏"同様ある程度強化はされている筈なのだが、新型の皮膚を切り裂く事が出来ない。イヴが驚いている隙を狙って新種が後ろから鎌を振り下ろした。

 

イヴ「くっ!あぶねえじゃねぇか!この野郎!!」

 

今度は銃で狙い撃つが装甲の様な皮膚に銃弾が弾かれてしまう。

 

イヴ「銃弾も効かねぇのか……。」

 

攻撃の手をこまねいている間に、何匹かの新種が花音を追撃しようとイヴの横を通り過ぎようとする。

 

イヴ「行かせる……かよっ!!」

 

イヴは銃剣で新種を薙ぎ払い後退させる。

 

イヴ「はぁ…はぁ…。」

 

イヴ(今の俺じゃぁコイツらには敵わねぇ……。一人じゃ無理だ…。今は花音を信じるしか……。)

 

 

---

 

 

花音サイド--

 

花音「はぁ…はぁ…ふぇえええっ!!!」

 

花音は自分の直感を頼りに樹海を走り続けていた。自分の身体に鞭打って無理やり身体を動かしている。

 

花音「はぁ…イ、イヴちゃんが1人で頑張ってるんだ……。わ、私だってやれる事をやらなくちゃ…。はっ!?」

 

我武者羅に走り続けた先には、2匹の新種バーテックス。

 

花音「そ、そんな……。」

 

ジリジリと花音に迫ってくる新種を前に遂に花音の身体が限界を迎えてしまう。

 

花音「あっ…。あ、足が……う、動かない……。」

 

動けない花音にバーテックスの鎌が迫る--

 

花音(も、もうダメかも………千聖ちゃんっ!!!)

 

 

--

 

 

花音「あ、あれ……痛くない…。」

 

身体を触って確かめてみるが花音はどこも怪我をしていない。それもその筈、

 

千聖「間に合ったわ。大丈夫、花音?」

 

花音「ち…千聖ちゃん!!」

 

すんでの所で千聖が間に割って入りバーテックスの攻撃を銃剣で防いだのである。

 

千聖「赤嶺っ!私が押さえている間に!!」

 

花音「あ、赤嶺って……えっ!?」

 

赤嶺「了解。火色舞うよ"山本"全開…勇者キック。」

 

"山本五郎左衛門"--

 

赤嶺が持つ精霊であり、かつては魔王とも呼ばれた巨大な力を持つ精霊。その力は"酒呑童子"や"大天狗"に匹敵する程と言われている。赤嶺は足に赤黒い炎を纏った蹴りを新種にお見舞いし、それを食らった新種は金切り声を上げながら光となって消えていく。

 

赤嶺「さぁ、この調子でもう一匹もやっつけるよ。」

 

千聖「ええ。」

 

花音「ふぇええ……。」

 

花音は目の前で起こる目まぐるしい出来事に頭が追いつく事が出来ず、ただ茫然となって2人の戦いを見ているしかなかった。

 

 

--

 

 

赤嶺「っと…ざっとこんなもんだね。」

 

千聖「そうね。無事でよかったわ、花音。」

 

花音「……。」

 

駆け寄って声をかけるも花音は驚き過ぎて声も出ない。

 

千聖「花音っ!!」

 

花音「ふぇ!?ち、千聖ちゃんだぁ!!何で赤嶺と一緒に!?」

 

千聖を見るや否や抱きつきだす花音。

 

千聖「詳しい事は後で話すわ。花音は1人なの?」

 

花音「あっ!イヴちゃん!!千聖ちゃん、イヴちゃんがピンチなの!!助けて!!」

 

千聖「分かったから落ち着いて!!案内して頂戴。」

 

花音「うんっ!!」

 

千聖と赤嶺は花音と合流し、1人戦っているイヴの元へと急ぐのだった。

 

 

--

 

 

イヴサイド--

 

イヴ「うっ……。」

 

一方、孤軍奮闘しているイヴも体力の限界が訪れ地に伏せていた。そこへ、

 

花音「イヴちゃん!!」

 

応援を引き連れ花音が戻って来たのである。

 

花音「イヴちゃん、大丈夫!?」

 

イヴ「へっ……これくらいなんて事ねぇよ…。それより、やるじゃねえか…。お前の直感を信じて正解だったぜ…。」

 

千聖「よくこれだけの新種を相手にして無事だったわね。」

 

イヴ「防戦一方だったけどな…。アイツらに俺の攻撃は殆ど通らなかった…。」

 

千聖「私もよ。私じゃ太刀打ち出来なかった。でも私"達"なら出来るわ。」

 

千聖はイヴに手を差し伸べる。

 

イヴ「はっ……やっぱ変わったな白鷺は。」

 

イヴはその手を掴んで立ち上がる。

 

千聖「イヴちゃんもね。仲間の盾になるなんて前までのあなただったら考えられなかったわ。」

 

イヴ「身体が勝手に動いたんだよ。」

 

千聖「そう言う事にしておきましょうか。花音も動ける?」

 

花音「うん、大丈夫だよ。」

 

千聖「赤嶺、準備は良い?」

 

赤嶺「良いウォーミングアップになりそうだよ。」

 

千聖「誰も死なせない!犠牲ゼロで他のみんなと合流するわよ!!」

 

 

--

 

 

4人の中で唯一新種に対抗できているのは赤嶺ただ一人。千聖達は赤嶺を中心にして新種を1匹ずつ殲滅していく。

 

千聖「はぁっ!!」

 

イヴ「今までのお返しだ、この野郎!!」

 

2人は新種の動きを止め、

 

赤嶺「はぁぁぁぁっ!!勇者パンチ。」

 

赤嶺の攻撃で止めを刺していく。これには赤嶺の精霊である"山本"の存在が大きい。"山本"の力の根幹は他の精霊と違い"呪詛"が大部分を占めている。呪詛の力をバーテックスに打ち込んで殲滅しているのだ。"天の逆手"の力がこの世界のバーテックスにも通じない事から赤嶺は新種も地の神が作り出した疑似バーテックスの類ではないかと踏んだのだ。

 

花音「何で赤嶺の攻撃だけは効いてるの?」

 

赤嶺「それは多分私の精霊"山本五郎左衛門"が関係してると思うんだ。ここのバーテックスも多分地の神である神樹が作り出した存在。だからこの魔王と呼ばれた"山本"の呪詛の力は地の神にとっては毒みたいなものなんだろうね。だけど……。」

 

突然赤嶺は"山本"の憑依を解いた。

 

千聖「どうしたの?」

 

赤嶺「はぁ…この精霊力が強いから長時間は身体がしんどいんだよね…。」

 

その時、新種が赤嶺目掛けて鎌を振り下ろす。

 

花音「危ない!?来て"波山"!」

 

花音は"波山"を護盾に憑依させ赤嶺を強化された盾で守る。

 

花音「仲間は私が守る…!」

 

赤嶺「ありがとう…助かったよ。」

 

その時、花音が何かを見つける。

 

花音「っ!?千聖ちゃん!」

 

千聖「どうしたの?」

 

花音「ここ…もしかしたら敵の弱点かも。」

 

花音が指で示したのは新種の前足の関節部分。虫でいう所の節である。

 

千聖「そうか…いくら固い表皮でも関節までは流石に守れない……。花音上出来よ!行くわよ、イヴちゃん。」

 

花音は勇者の中でも最も臆病だ。臆病ではあるがその分周りを見る能力に長けている。今まではその力を自衛の為だけに使っていたのだ。

 

イヴ「了解!!」

 

2人は強化されたスピードで新種をかく乱し、一気に関節を切り裂いた。

 

千聖「効いてる!」

 

イヴ「このまま一気に行くぞ!!」

 

 

--

 

 

雑草はしぶとい--

 

いくら引っこ抜かれようが次々と生い茂っていく--

 

仲間を増やして--

 

千聖「……あまり張り付かないでもらって良いかしら、花音。」

 

花音は千聖に会えた事に安堵したのか千聖にべったりとくっついている。イヴが花音を剥がすも、すぐ引っ付く。

 

赤嶺「あはは、千聖は好かれてるんだね。」

 

イヴ「これはもうお手上げです。ですが、千聖さんにくっつく花音さんの気持ちもよく分かります。会えて良かったです。助けてくれてありがとうございました。」

 

千聖「私もよ。2人に会えて良かったわ。」

 

千聖は赤嶺と合流した経緯を2人に話し、2人は今まであった事を話し情報の交換を行った。

 

 

--

 

 

イヴ「そうだったんですね…。こちらは有益な情報を持っていなくてすみません。」

 

千聖「無事だっただけでも十分よ。」

 

花音「それにしても不思議だよね。赤嶺が操れないバーテックスだなんて。」

 

イヴ「この樹海は私達の知ってる樹海とは勝手が違います。つまり……樹海化させている神様が違うのかもしれません。造反神ではない、また新しい神様とか。」

 

千聖「…それはあるかもしれないわね。新種がいる理由にもなる。」

 

赤嶺「新しい神様かぁ…何か思い出せれば良いんだけど。」

 

そんな赤嶺にイヴはある提案をする。

 

イヴ「自分の事は覚えているんですよね?知っている事を口に出すと良いかもしれません。」

 

花音「そういう拍子に何か思い出すかも。じゃあチャームポイントは?」

 

赤嶺「うーん…筋肉、かなぁ。腹筋とか結構自信あるよ。見る?」

 

そう言って赤嶺は3人に鍛え抜かれた腹筋を見せつける。

 

千聖「本当ね。美しく割れているわ。理想的な鍛え方で羨ましい。じゃあ、趣味は何かしら?」

 

赤嶺「私はストリートダンスが好きなんだ。音楽聞くと身体が動いちゃうよ。」

 

花音「香澄って名前の付く人は身体動かす事が好きなんだねぇ。」

 

イヴ「どうでしょう?自分の事を話していて何か思い出してきましたか?」

 

赤嶺は目を閉じて唸るも、肝心な所は全く思い出す事はなかった。

 

千聖「根気良くいきましょう。どこかで思い出すかもしれないわ。」

 

 

--

 

 

4人は他の仲間を探しに樹海を歩き続ける。

 

イヴ「……この夜の樹海…もしかすると…。」

 

花音「な、何?」

 

イヴ「あまりこういう事は言いたく無いのですが…。」

 

花音「じゃ、じゃあ言わない方が良いよぉ。言霊ってあるし。」

 

イヴは口を噤むがもう一人のイヴに人格が交代し、

 

イヴ「いや言うぜ。ここの樹海って距離が無限じゃねーか?ずっと同じ景色が続いてる。」

 

赤嶺「それは思ったよ。でも、同じ所をぐるぐる回ってる訳でもないんだよね。ただ物凄い広い空間ってだけかも。」

 

千聖「こうなったら…。」

 

千聖は花音を先頭に立たせた。

 

花音「え?」

 

千聖「花音の直感で進みましょう。さっきもそうやって私達と合流出来たんだし。」

 

花音「わ、解ったよ!」

 

4人は花音の指示に従って樹海を歩き続ける。

 

花音「……こっちは何だか怖いからこっちに行こう。」

 

赤嶺「そんなに当たるんだね、花音の直感って。」

 

直感というよりは生存本能に近い物だろう。より安全な方角を目指して進んでいく。

 

 

--

 

 

一方では--

 

日菜「彩ちゃん、大丈夫?結構歩き続けてるけど。」

 

彩「うん、全然平気だよ、日菜ちゃん。」

 

日菜と彩は運良く樹海の同じ場所に飛ばされていた為、彩がバーテックスに襲われるという事にはならなかったのである。

 

彩「私達には神樹様の御加護があるもん。絶対大丈夫だから進もう。」

 

日菜「そうだね。それに、私がいるからには百人力だよ。っ!彩ちゃん、私の後ろに隠れて!」

 

日菜が遠くに何かを見つけた。

 

彩「ひ、日菜ちゃん!?」

 

日菜「安心して、私の精霊はこういう時も役に立つんだから。行くよ"座敷童子"」

 

日菜は"座敷童子"を憑依させ、彩に触る。"座敷童子"の能力は自身や武器を透明にする事。銃を透明にすれば発射される弾も透明になる。また、触った対象も透明にする事が出来る。この能力を存分に駆使して2人は新種との戦闘を避けてきたのである。

 

彩「…ホントに見つからないね。」

 

日菜「へへん!隠密行動に適してるからね!」

 

新種が見えなくなったところで日菜は"座敷童子"を解除したその時だった。

 

花音「見つけたっ!日菜ちゃんと彩ちゃんだよ!」

 

日菜「花音ちゃん!それに千聖ちゃん、イヴちゃんも!!」

 

彩「赤嶺ちゃんも一緒だよ!?」

 

赤嶺「急に現れたって事は"座敷童子"の能力だね。成る程……確かにそれなら気付かれずに樹海を行動出来るね。流石は"氷河家"だね。つぐちんの子孫だから当然か。」

 

イヴ「これで防人組は全員集合ですね。」

 

赤嶺「再会は良かったけど……。」

 

赤嶺が目をやった方向には声に気付いた新種が6人目掛けてやって来る。

 

赤嶺「敵さんの登場だよ。」

 

千聖「全員無事に切り抜けるわよ!戦闘準備!!」

 

 

--

 

 

花音「彩ちゃんは私の後ろに隠れてて。」

 

彩「うん。ありがとう、花音ちゃん。」

 

千聖「日菜ちゃん、敵の弱点は関節よ!装甲は堅いけれど、そこを重点的に攻撃すれば私達でも何とかなるわ!」

 

日菜「オッケー!!見えない銃弾で打ち抜いちゃうよ!!」

 

千聖が新種の相手をしている間に、日菜は"座敷童子"を憑依、見えない銃弾で新種の関節を的確に狙い撃つ。あまりに突然の出来事で新種も攻撃が当たった瞬間に何が起こったのかと一瞬怯んでしまう。

 

千聖「隙ありっ!!」

 

その怯んだ隙を突いて千聖は新種の関節を切り落とす。

 

イヴ「へ……中々良いチームじゃねぇか。」

 

日菜「確か盟友の攻撃なら普通に効くんだよね?」

 

赤嶺「そうだね。」

 

日菜「じゃあ……。」

 

日菜は赤嶺に触る。すると日菜と一緒に赤嶺の姿も消える。

 

日菜「これなら気付かれずに攻撃できるよ。」

 

赤嶺「良いね……。"赤嶺家"と"氷河家"のコンビプレーの復活だよ!」

 

敵の弱点も分かり、仲間の数も増えた千聖達の敵ではなくあっという間に新種を殲滅する4人なのだった。

 

 

--

 

 

千聖「彩ちゃん、大丈夫だった?」

 

彩「うん、全然平気だよ。花音ちゃんがずっと守ってくれたから。」

 

敵を殲滅したところで6人は改めて情報のすり合わせを開始する。

 

 

--

 

 

赤嶺「持っている情報に差は無かったけど、巫女さんの加入は大きいね。」

 

彩「何か神託が来れば、みんなに伝えるよ。」

 

赤嶺「これからみんなで行動する訳だけど、1つ良いかな?人数も増えてきたからリーダーを決めないと纏まらないと思うんだよね。みんなは千聖って言うと思うんだ。」

 

花音「防人のリーダーって言ったら千聖ちゃんだし。」

 

赤嶺「私もそれに同意だよ。」

 

千聖「良いのかしら、それで。」

 

赤嶺「うん。私はリーダーって感じじゃないから。……1人で樹海にいた時に思ったんだけどさ。これが何かの任務だったらもっと心穏やかだったのにって。だから自分で自分に命令して任務感を出してたんだよね。職業病ってやつなのかな。」

 

イヴ「分かります、その考え方。」

 

赤嶺「全力で補佐するから、千聖リーダーお願いして良い?」

 

千聖「……分かったわ。全員無事で、犠牲ゼロで夜の樹海を踏破するわよ!!」

 

6人は再び樹海を歩き出す。

 

花音「端末の電池が切れるまでにはなんとかしたいね。」

 

イヴ「霊的な仕掛けが施されているとはいえ中々減りませんが、限りはあります。」

 

千聖「…………っ。」

 

千聖は拳を握り締める。千聖は怒っていた。この世界に。いや、この世界を作り出している神そのものに。

 

千聖「……誰がどういう目的か分からないけれど、許せないわね。みんなを苦しめている首謀者を、見つけ出す。」

 

 

 



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月光の小夜曲

通算200話目です!

序章完結、此処から勇者部の新たな御役目が始まる事となります。新たな謎が勇者部達を待ち受けます。





 

 

樹海--

 

日菜と彩と合流してからどれくらい経っただろうか。花音の直感を頼りに樹海を突き進んで行くのだが、他の仲間に出会す事が出来ずにいた。

 

千聖「ふぅ……。花音、少し声を落としてくれるかしら。」

 

千聖は戦衣の録音機能を起動し、これまでの事を記録する。

 

千聖「防人、白鷺千聖。状況を記録しておく。樹海にいきなり飛ばされてから……大体1週間程かしら。相変わらず夜は明けない。赤嶺、松原、若宮、氷河、丸山とは合流出来た。しかし、それ以外の面々とは全く合流出来ない。」

 

千聖達は他の仲間を探している道中、泉を発見していた。幸い人体に無害だった為千聖達6人はここを拠点としてこれからの対策を練っている。

 

千聖「……水の確保は出来た。食料は樹海に生えている実を食べているわ。この様な状況に置かれていても、幸いな事にみんなの健康や精神状況に問題は見られない。今の内に打開策を見つけていきたい。探索を続けるわ--以上。」

 

彩「………むむむ…。」

 

イヴ「大丈夫ですか?彩さん。」

 

彩「ごめんね。神託が中々来なくて。」

 

唯一ここを抜け出す事が出来る可能性がある神託も未だ降りる事がなく、彩も責任を感じている様だった。

 

イヴ「謝る事ではありません。気長に行きましょう。」

 

一方で日菜、赤嶺、花音はというと--

 

赤嶺「はーっ。水浴び気持ち良かったぁー!」

 

日菜「リフレッシュするよー!見張り交代するから、行って来なよ。」

 

花音「千聖ちゃんも!気持ち良いよ。」

 

千聖「じゃあ彩ちゃん、次は私達が行きましょうか。」

 

彩「うん!」

 

赤嶺「さっぱりしたらマッサージしてあげるね。」

 

千聖、彩、イヴが今度は泉に向かった。

 

花音「もぐもぐ……。ここの実って個々で少し味が違うんだね…もぐもぐ。」

 

赤嶺「一口ちょーだい。………あ、本当だね。また今までとは違う味。」

 

日菜「こんな樹海でも、食べ物があって飲み水もある。順応出来るもんだね。」

 

赤嶺「っ!?」

 

赤嶺が敵の気配に気がつく。花音が水浴びをしていた千聖達を呼びに走った。

 

千聖「全く…水浴びをしている時に。」

 

花音「千聖ちゃん、端末持ってきた……ふぇええ!?」

 

花音は顔を真っ赤にして視線を下に晒す。目の前には産まれたままの状態の千聖と彩。千聖は端末を受け取り、戦衣を纏った。

 

千聖「樹海に順応し過ぎるのも問題ね。さぁ、行きましょうか。」

 

 

--

 

 

千聖達は新種との戦い方に大分慣れてきたようだった。流石に1週間も同じ敵と戦い続けていれば敵の行動パターンも読めてくる。

 

赤嶺「…勇者パンチ。っと、日菜、次は向こうを攻めるよ!」

 

日菜「了解、盟友!」

 

日菜の"座敷童子"の能力をフルで生かし、赤嶺が広範囲に行動。

 

千聖「イヴちゃん、今よ!」

 

イヴ「任せな!おりゃああああっ!」

 

千聖とイヴの連携で新種の節を集中攻撃しながら1匹づつ確実に倒していく。

 

花音「彩ちゃんには指……鎌一本触れさせないんだから!」

 

彩への攻撃は花音が身を挺して守っていく。このフォーメーションを崩さぬ様千聖達は戦い続けていった。

 

 

--

 

 

千聖達が夜の樹海へ迷い込んでから半月が経過しようとしていた。

 

花音「もうここに飛ばされてから半月は経ったよね……私達戻れるのかなぁ。」

 

千聖「戻れるわ。弱音を吐ける心の余裕が残っているのなら探索行くわよ。」

 

これも千聖なりの励まし方である。花音を焚きつけ千聖達は今日も樹海を歩き続ける。

 

赤嶺「良いリーダーがいるから、こんな状況でもみんなしっかり行動出来てるよ。」

 

千聖「あなたのタフさにも助けられているわ。」

 

赤嶺「あはは。こういう時、身体を鍛えておいて良かったって思うね。」

 

千聖「あなたって慣れると結構距離が近いのね。花音で慣れてるから良いけれど。…散々な目に遭っているけど、互いを理解出来たのは良かったわ。」

 

 

--

 

 

6人は探索を続けたが、今日も他の仲間は誰一人見つける事が出来なかった。

 

赤嶺「ふーっ。今日の探索も終わりっと。沢山敵倒したね。」

 

花音「相も変わらず樹海暮らしだけど、そろそろどうにかなりそうな気がしてきたよ。」

 

イヴ「それなら嬉しいですけど…。」

 

千聖「パニックになるより全然良いわね。」

 

彩「みんな、今日もお疲れ様。みんなが沢山バーテックスを倒してくれたから、何だか霊的な風通しが良くなってきた気がするよ。神託が拾いやすくなるかも。」

 

千聖「神託は脱出する道筋の1つ。少しでも可能性を上げていかないと。」

 

日菜「ねぇねぇ、私もっと御先祖様の話し聞きたいなぁ。」

 

赤嶺「つぐちんはカッコいいんだよ。バァァーンって感じで。」

 

日菜「おぉ……何か凄そう。」

 

 

--

 

 

次の日--

 

千聖達がそろそろ探索に行こうとした寸前、彩が血相を変えて叫び出した。

 

彩「みんな!神託が!神託があったよ!」

 

赤嶺「おぉー。流石巫女さん。」

 

彩「えっと…えっとね……。」

 

神託は抽象的でしか降りてこない。今彩ははやる気持ちを抑えながら必死でみんなに分かりやすいようにまとめようとしていた。

 

千聖「落ち着いて、彩ちゃん。ゆっくりで良いわよ。」

 

彩「う、うん。すー、はー。大丈夫、整ったよ。」

 

花音「謎かけみたいだね。」

 

彩「新しい敵が、沢山の敵を引き連れて現れるから、それを倒せば問題が解決するって。」

 

千聖「っ!これは気合を入れる必要がありそうね。」

 

日菜「敵を倒す事はここに来てからずっとやってる事だよ!」

 

やがて彼方から無数の星屑、そして新種のバーテックス、そして今まで見た事が無いバーテックスが千聖達目掛けてやって来る。

 

赤嶺「彩ちゃんの言う通り敵が来たよ。」

 

花音「見た事無い敵もやって来たぁ!?」

 

千聖「どうやらあれが親玉ようね。行くわよ、みんな。こんな目に遭っている怒りを全部ぶつけてやるわ!来なさい"尊氏"!」

 

イヴ「防人と赤嶺さんだけで決戦……。」

 

イヴ「面白ぇじゃねぇか!気合の入れどころだぜ、氷河!来な"雷獣"!」

 

日菜「言われなくても!行くよ"座敷童子"!」

 

花音「彩ちゃんは私が守るよ。来て"波山"!」

 

赤嶺「これは強敵だね。改めてスイッチ入れ直しておこうかな。火色舞うよ"山本"。」

 

4人は一斉に敵の群れに飛び込むのだった。

 

 

--

 

 

日菜「星屑は任せて!狙い撃つよ!」

 

日菜は遠距離から銃で星屑を正確に狙い撃っていく。狙われていると気付いた他の星屑は日菜の方へ突進する。

 

日菜「来た来た!狙い通り、こっちおいで。」

 

次に日菜は自身を透明化させ星屑の動きを混乱させる。

 

日菜「近付いてきた敵は……こうっ!」

 

今度は剣を使って近距離で攻める。

 

 

--

 

 

イヴ「おらぁ!虫けらども!叩き切ってやるから覚悟しろよ!」

 

新種の相手をしているのはイヴ。

 

イヴ「あの時やられた借りを利子付けて返してやるよ!」

 

ここに飛ばされた直後は全く歯が立たなかったイヴだったが、半月の経験により1人で相手取れる程成長していた。新種は高速で鎌を振り下ろすが、

 

イヴ「遅え遅え遅え!!止まって見えるぜ!」

 

振り下ろした直後の隙を突いて節を的確に斬り伏せていく。

 

イヴ「そして、これが……。」

 

イヴは銃を新種に向けて構える。効かないと分かっているのか新種は避ける素振りを見せず堅牢な表皮を盾にして近付いて来る。

 

イヴ「新技だぁ!!」

 

イヴは狙いを定め引き金を引く。直後轟音と共に新種の体に風穴が空いた。

 

イヴ「へ…。何が起きたか分かってねぇ素振りだな。レールガンってヤツだよ。」

 

"雷獣"の雷の力をフルに使った電磁砲。体力の消費は激しいが、堅牢な表皮を持った新種すら貫くその威力は凄まじいものを誇る。

 

イヴ「はぁ……。何発も撃てねぇが十分だ。覚悟しな!!」

 

 

--

 

 

千聖と赤嶺は親玉であるバーテックスと戦っていた。その姿はまるで巨大な蜘蛛の容姿をしている。

 

千聖「親玉ってだけあって、中々やるわね。」

 

赤嶺「巨体だから呪詛の力が効きにくい…。」

 

2人が近付こうにも親玉は糸を吐いて接近を許さない。

 

千聖「………。」

 

千聖は攻撃を避けながら作戦を練っている。

 

千聖「赤嶺、後は任せたわよ。」

 

赤嶺「千聖?」

 

千聖さ避けるのを止め、親玉の真前に立った。直後親玉は糸を吐き千聖を糸で包み込んでしまったのだ。

 

赤嶺「千聖!!」

 

絡めとった千聖を親玉はゆっくりと自分の元へ引き寄せていく。赤嶺は助けまいと近づくも、

 

千聖「来ないで!」

 

赤嶺「で、でも…。」

 

千聖「私を信じて。」

 

赤嶺「…分かった。」

 

赤嶺は千聖の言葉を信じ、構えを崩さず親玉に狙いを定める。やがて自身の口元まで引き寄せた親玉はゆっくりと大口を開け、千聖を飲み込もうとしていた。

 

赤嶺「くっ……!」

 

赤嶺は千聖を信じ、助けに行きたい気持ちを押し殺してただ待っていた。次の瞬間、

 

千聖「そこよ!!」

 

千聖が糸を切り裂き、親玉の口目掛けて銃弾を撃ち込んだ。

 

千聖「近付くにはこれしか無かったけど、成功したようね。今よ、赤嶺!」

 

赤嶺「全く……ヒヤヒヤしたけど、信じて良かったよ!」

 

赤嶺は怯んでいる親玉目掛けて拳を振り下ろす。

 

赤嶺「勇者パンチ!」

 

勇者パンチが命中し、親玉は宙に吹き飛ばされた。

 

赤嶺「トドメは任せたよ、リーダー。」

 

千聖「任されたわ。はぁっ!!!」

 

千聖の鋭い一閃が親玉の腹部を切り裂き、親玉は呻き声を上げて光となって消えるのだった。

 

 

--

 

 

イヴ「はぁ…はぁ…はぁ……ふぅ…。千聖さん、敵の全滅を確認しました。」

 

千聖「はぁ…はぁ…。よし、全員無事ね。」

 

全員満身創痍ではあるが、大きな怪我も無く殲滅する事に成功する。

 

赤嶺「みんな…ナイスガッツ。」

 

日菜「盟友もね…流石だよ。」

 

直後、辺りが光り出す。樹海化が解ける前兆である。

 

花音「も、戻れるの?」

 

彩「うん!樹海化が解けるよ!」

 

6人は離れ離れにならないよう手を繋いで一ヶ所に集まる。

 

イヴ「ちゃんとみんなの所に戻れるでしょうか?」

 

彩「神樹様、どうかお願いします…。」

 

光の明滅が激しくなっていく。

 

赤嶺「樹海化が解けるよ!」

 

6人が辿り着く先は--

 

 

---

 

 

花咲川中学、校庭--

 

6人が目を開けると、そこは花咲川中学だった。

 

千聖「……ここは、間違いなく…。」

 

イヴ「はい……花咲川中学です。」

 

花音「……結局ゴールドタワーじゃ無いんだね。」

 

ここは元の神世紀300年の花咲川中学なのか、そうでないのか。その疑問は直ぐに晴れる事となる。

 

夏希「あー!!いたーー!!」

 

あこ「みんな、何処行ってたのー?探したよー!」

 

日菜「異世界に戻ってきちゃったって事?そっちはみんな揃ってるの?」

 

あこ「うん。防人組がいないからみんなで探してたんだ。」

 

どうやら防人組意外の勇者達もみんな戻ってきてしまっているようだった。

 

あこ「夏希、みんなを部室に召集だ!」

 

夏希「分かりました、あこさん!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

イヴ「何ぃー!?俺達の姿が見えなくなったのは数時間程度だって!?」

 

イヴは余りの事実に驚き人格が変わってしまう。夜の樹海での半月は此処では数時間程度の時差があるようだ。

 

小たえ「世界が樹海化した訳じゃなくて、千聖さん達が夜の樹海に行ったって事なのかな。」

 

友希那「私達も狭間の空間の先が元の異世界だった事も驚きだったけど、白鷺さん達も大変だったようね。」

 

日菜「他のみんなは異世界に戻って来て、私達だけが夜の樹海に飛ばされたなんて。」

 

燐子「飛ばされたのは防人の皆さんと赤嶺さん……。」

 

蘭「どういう事なんだろう。」

 

有咲「全員無事だしお疲れ。本当優秀な指揮官だな。」

 

千聖「みんなが頑張ったお陰よ。」

 

香澄「何はともあれ、無事で本当に良かったよ。」

 

高嶋「みんなお疲れ様。こっちでもね、何か今日は夜が長くて変だなーって思ってたんだ。」

 

中沙綾「そしたらみんながいない事に気が付いて。」

 

美咲「元の世界に戻ったのかと思いましたよ。」

 

りみ「とにかく探そうって流れになって。」

 

赤嶺「じゃあ、一応こっちでも異変は起きていたんだね。」

 

小沙綾「造反神を鎮めた今、一体何が……。」

 

神樹からの試練を乗り越えた今、異世界にいる理由も無くなった筈なのだが、勇者部は何の理由かまた異世界に戻って来てしまっている。そして、防人組と赤嶺だけが夜の樹海に飛ばされた。これには何か理由があるのだろうか。

 

リサ「とにかく何かしらの神託が予想されるから私とモカは今後に備えておくよ。」

 

彩「私も大丈夫だよ。みんなが守ってくれたから神託に備えるよ!」

 

中たえ「うーん……。新しい何かが始まる予感がするよ。」

 

再び異世界に集められた勇者部プラス赤嶺。この異世界で一体何が起こっているのだろうか。外には大きな満月が静かに異世界を照らし続けていた。

 

 



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予想外の誤算

何故勇者達は再び異世界に集められたのか、その謎が明らかに。

そして新たなる仲間も--




 

 

新しい謎、夜の樹海--

 

取り敢えずのところ、勇者部は巫女達に神託が降りてくるのを待つ事となった。

 

勇者部部室--

 

〜〜〜♪

 

突如勇者部の端末が一斉に鳴り響く。勇者達の騒めきが部室を包み込む。警報が鳴り響く、即ちバーテックスが再び攻めて来た事を意味するからである。

 

有咲「じ、樹海化警報!?」

 

蘭「造反神は鎮めた筈なのに樹海化警報だなんて。」

 

ゆり「ともかくみんな早く準備して、何が起こるか分からないから。」

 

勇者達は緊張の面持ちのまま、樹海へと消えていく。

 

 

---

 

 

樹海--

 

勇者達は樹海へ辿り着くのだが、樹海は以前とは雰囲気が違っていた。

 

香澄「あれ?ここって樹海だよね?」

 

蘭「地面も今までとは少し違うね。」

 

そこは夜が支配する樹海。千聖達が半月もの間彷徨っていた樹海である。

 

中沙綾「これが…千聖さん達が言っていた夜の樹海なの……。」

 

イヴ「そうです。私達が飛ばされた所と見た目は同じです。ですが……。」

 

燐子「今回は今まで私達が戦っていた樹海が夜の樹海へと変化した…。」

 

日菜「今までの慣れ親しんだ常識は通用しないかもね。勝手にここの果実は食べないようにね。」

 

勇者達は円陣を組んで、互いの背中を守りながら辺りを確認する。

 

花音「みんなと一緒でホッとしてるよ。1人で飛ばされた時は本当に大変だったもん。」

 

香澄「大丈夫だよ、花音さん!」

 

花音「香澄ちゃん……。」

 

暫く様子を伺っていると、樹海が段々と騒めき立つ。バーテックスが勇者達に狙いを定めて襲ってくる合図だ。

 

美咲「来たよ!うじゃうじゃいる。」

 

小沙綾「見た事が無いバーテックスもいます!形状からして恐らく千聖さん達が話していた"蟷螂(とうろう)"かと。」

 

形状がカマキリに似ている事から"蟷螂型"と名付けられた新種が"新型"と"防御特化型"を引き連れて襲い掛かってくる。

 

燐子「あの"蟷螂型"は…指揮官のような立場なのでしょうか…。」

 

薫「戦い方は千聖から教わっている。敵わない相手ではないね。」

 

紗夜「話は簡単です。今まで通り迎撃しましょう。」

 

紗夜は夏希の肩に手を当てて意気込んだ。

 

夏希「はい、紗夜さん!また戦いなんてびっくりだけど、やるぞー!」

 

あこ「その意気だよ、夏希!あこと合わせて!」

 

赤嶺「こうして動きがあったって事は彩ちゃん達に神託が来てるかもしれない。」

 

友希那「敵を倒して状況を打開するわよ!」

 

勇者達はそれぞれ武器を構え戦闘態勢を取る。戦闘は3人の香澄。

 

香澄「赤嶺ちゃん、よろしくね!」

 

高嶋「香澄トリオ、行くよーっ!」

 

赤嶺「お、おーっ。」

 

 

--

 

 

夏希「くらえっ!!」

 

双斧が轟音を上げて"蟷螂型"に迫るが、タイミング良く鎌を振り上げ夏希の斧を弾き飛ばす。

 

夏希「いっ!?」

 

次の行動に夏希が動けない隙を狙って"蟷螂型"は連続して斬りかかる。

 

小沙綾「夏希、鎌に気をつけて!」

 

夏希「っと!分かって……るよっ!」

 

紗夜「来なさい"七人御先"!」

 

夏希に気を取られている内に背後から六人の紗夜が攻撃するが、堅牢な表皮に攻撃が阻まれてしまう。

 

紗夜「やはり節を狙うしか……。」

 

中沙綾「紗夜さん、私が援護します!」

 

沙綾が遠距離からスナイパーライフルで狙撃するが、"蟷螂型"は鎌から斬撃を飛ばして沙綾の攻撃を逸らす。

 

千聖「っ!?こんな攻撃今までのアイツからは出てこなかったわ!」

 

中たえ「……っと、バーテックスが勇者との戦闘を通して進化してるって事かな?」

 

バーテックスが進化している--

 

これまでの御役目では無かった事が勇者達を戸惑わせる。

 

赤嶺「そんなの関係無いよ。」

 

赤嶺が"山本"の力を駆使しながらみんなを叱責する。

 

赤嶺「敵が進化するからって何?敵がパワーアップするのなら、こっちもそれ以上のパワーアップすれば良いんだよ。みんなは造反神の試練を超えてみせた。力を合わせればどんな試練だった乗り越えられる。みんなは私にそれを証明してくれたんだよ!」

 

赤嶺の叱責を受け、1人、また1人と勇者達に活力が戻ってくる。

 

友希那「……そうね。こんな所で立ち止まっていたんじゃ未来には進めないわ!」

 

有咲「流石私達と戦ってただけはあるな。説得力が違う。」

 

香澄「そうだよ!みんな、勇者部五箇条!」

 

勇者達「「「なるべく、諦めない!!!」」」

 

ここから勇者達の怒涛の反撃が始まる。

 

 

--

 

 

友希那「一気に駆け抜ける!八艘飛び!」

 

"義経"を憑依した友希那が目まぐるしい速さで樹海を飛び回り撹乱させ、

 

りみ「"満開"でのワイヤーなら!私が動きを止めます!」

 

"満開"したりみがワイヤーで敵の鎌を封じる。

 

ゆり「りみ!"満開"は強力な力だけど、使うのは程々にね。」

 

りみ「うん。」

 

燐子「いくら何でも…"あそこ"なら効く筈です……。」

 

"雪女郎"を憑依した燐子が金弓箭の矢が"蟷螂型"の顔面に命中する。

 

夏希(燐子さん……綺麗な顔してなんてエグい攻撃を……。)

 

香澄「赤嶺ちゃん!」

 

高嶋「私達3人でトドメ行くよ!」

 

赤嶺「わ、分かった…。」

 

3人の香澄は高嶋の"一目連"の力で高く飛び上がり、拳を構える。

 

香澄「行くよ!!勇者パンチ!」

 

高嶋「トリプル!!」

 

赤嶺「えっ!?え、えっと……クラッシャー!」

 

樹海が轟音と共に唸りを上げるのだった--

 

 

--

 

 

有咲「はぁ…敵、全滅…だな…。」

 

蘭「何とか倒せたね…。」

 

美咲「油断しないで。まだ来るかもしれない…。」

 

勇者達は警戒態勢を解かず辺りの様子を伺う。そのまま数分が経過したが、敵の増援が現れる事無く樹海化が溶け元の世界へ戻っていく。

 

花音「はぁーっ。今回はすぐに帰れるよ。お風呂に入りたいなぁ。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

小沙綾「夏希よし、おたえよし。神樹館全員揃ってます。」

 

千聖「ふぅ、誰1人欠ける事無く、みんないるわね。」

 

夏希「今回、新しい敵はいましたけど、やってくる事は前までと同じでしたね。」

 

彩「みんな、お疲れ様。赤嶺ちゃんも。」

 

みんなにお茶を出しつつ、彩は帰ってきたみんなを労う。

 

赤嶺「こうして彩ちゃんにお疲れ様を言ってもらえるのは嬉しいね。」

 

モカ「こっちでも神託あったよ。」

 

リサ「みんなが落ち着いたところで説明するね。」

 

 

--

 

 

数分後--

 

リサ「よし、それじゃあ今回の神託について説明するね。」

 

一頻り落ち着いたところでリサが今回の神託の説明を始める。

 

中沙綾「いつもこういう役回りで大変ですね、リサさん。」

 

リサ「なんて事ないよ。戦うみんなと比べればね。心強い巫女の仲間もいるし。」

 

モカ「奥の人達聞こえるー?」

 

部室として使っている家庭科準備室は普通の教室よりも少し狭い。6人にんなら広く感じるこの部室も今となっては25人の大所帯だ。全員がギリギリ入りきれるレベルである。

 

薫「聞こえているよ。夏希ちゃんも聞こえてるかい?」

 

薫は頭上の夏希に声をかける。少しでも部室を広く使う為に肩車をしているからだ。

 

夏希「はい。やー薫さんの肩車は嬉しいなー。」

 

赤嶺「流石お姉様。冴えてるー。」

 

小たえ「御先祖様の肩車だ。」

 

友希那「ふふ、あまり動かないで頂戴ね。」

 

同じ理由でたえも友希那に肩車をされている。

 

中たえ「あれ羨ましいなぁ。有咲。」

 

有咲「だぁーっ!私に強請るな!おたえの方が背ぇ高いだろ!」

 

日菜「"氷河家"の肩車なんてそうそう無いよ、沙綾ちゃん。」

 

小沙綾「あ、ありがとうございます日菜さん。」

 

りみ「うぅ…。小学生のみんなが肩車されるのは分かるけど、なんで私まで…。」

 

ゆり「りみをかつげてお姉ちゃんは嬉しいよ。りみの成長も嬉しいけど、たまにはこうしたいの。」

 

小学生組に混じって何故かりみも肩車されていた。

 

イヴ「こんなにすし詰めですが、落ち着けている自分に少し驚いています。」

 

紗夜「その気持ちは分かります、若宮さん。」

 

香澄「こうやって赤嶺ちゃんと神託を聞く日が来るなんてね。」

 

高嶋「嬉しくて思わず万歳しちゃうな。バンザーイ!」

 

赤嶺「今回は力になるよ。あまり大事じゃないといいんだけど。」

 

リサ「みんな大丈夫みたいだね。それじゃ説明を始めるよ。」

 

彩「今回の異変に造反神は関係無いみたいなんだ。」

 

友希那「……っ!」

 

造反神は関係無い。彩のその一言で友希那の脳内にある映像がフラッシュバックする。

 

 

--

 

 

友希那「……?外が何かおかしいわ。昼間なのに、やけに月が大きく……。」

 

 

--

 

 

友希那「……中立神ね。」

 

リサ「そう。赤嶺が前に私達に話してた中立神によるものなんだ。」

 

中立神--

 

今日日本には数多くの神が存在している人類を滅さんとする"天の神"。地の神の集合体である"神樹"その"神樹"の中に存在していた"造反神"。そして、"天の神"にも"神樹"にも属さない"中立神"--

 

そもそも造反神を鎮める御役目自体が中立神が天の神サイドに加勢をしないようにする為の自作自演であった。それが功を奏し中立神は人間の可能性を認めるに至ったのである。

 

モカ「造反神を鎮める御役目を見守ってた中立神は、私達に物凄く興味を示したみたいで。」

 

リサ「だから今度は中立神の試練が始まったって事なんだ。」

 

あこ「えぇー!?でも確か中立神はあこ達の戦いを見て分かってくれたんだよね?」

 

あこの言う通り、中立神は人間を認め、今後も中立を貫くと以前説明されていた。

 

リサ「そうなんだけど…興味の示し方が大きくて。」

 

彩「自分自身による試練を行いたいって。そういう神託なんだよ。」

 

モカ「でも、この試練を乗り越えれば中立神は中立を貫くどころか味方してくれるって。」

 

この御役目を達成すれば中立神は味方になる。それはとても心強い事ではあるが、逆を返せばもし失敗する事があれば、中立神は敵に回るという事でもある。

 

小沙綾「神が味方を…!じゃあ神樹様としても中立神の申し出を受けたって事ですか?」

 

リサ「そう。この世界は神樹様の中という基本的な事は変わらないんだけど、中立神の干渉を大きく受けてるから少し勝手が違ってくるんだ。」

 

モカ「例えば夜が長いって特徴かな。他は今までとは変わらないみたいだけど。」

 

リサ「平たく纏めるとこんな感じかな。」

 

高嶋「その試練の内容は、どういうものになるんだろう?」

 

彩「今回は元の世界と同じ様に神樹様の防衛だよ。」

 

バーテックスが進行してきて樹海化する。それを勇者達は迎撃する。今回は領土奪還では無く本来の御役目と同じ神樹の防衛。

 

紗夜「分かりやすいのは良いですね。……何か仕掛けてくる可能性はありますが。」

 

美咲「つまり新たな神様の新たな御役目はあるけど、私達はまだこの世界にいて良いって事ですよね?」

 

リサ「そうなるね。今は中立神の力が流れているお陰で神樹様の力もそれほど目減りしないみたい。」

 

その言葉を聞いて美咲は思わず口元が緩んでしまう。

 

美咲「相当嬉しいアクシデントですね、これは。」

 

中たえ「そうだね。記憶を持って帰る術は中々見つからなかったから。延長戦……って言うよりは、もう一試合かな。やるのは歓迎だよ。」

 

千聖「しかも、それで中立神が味方になる可能性があるなら、何よりね。…勝手に試練が始まってるのが何とも言えないけれど。」

 

ゆり「ホントにいつも一方的なんだから…。」

 

イヴ「とにかく、もう試練が始まっているのならやり遂げるしかありません。」

 

花音「うんうん。まだまだみんなで一緒にいようね。」

 

美咲「中立神からの御役目は分かったとして、色々意見を交換しましょう。」

 

蘭「この御役目が終わっても、みんなが戻る時間軸は変わらないんですよね?」

 

リサ「うん、そこは変わらないよ。」

 

ゆり「記憶を残す方法を探しつつも、またみんなでやっていく感じだね。」

 

彩「"カガミブネ"も前と変わらない条件で使えるよ。」

 

夏希「よし!少しでも状況が良くなるようにまた頑張るぞ!ね、沙綾。」

 

小沙綾「……うん、夏希!」

 

蘭「そんな事で湊さん、まだまだ暫く宜しくお願いします。」

 

友希那「ええ。こちらこそ宜しくお願いするわ、美竹さん。」

 

みんなが気持ちを新たにしたところで花音がとある疑問を口にする。

 

花音「ところでなんだけど、どうして私達"だけ"が樹海に放り出されたんだろう?」

 

夜の樹海に突然飛ばされたのは防人組5人と赤嶺。他の勇者達は同じ目に遭っていない。何も分からず6人は半月もの間夜の樹海を彷徨っていた。下手をすればそこで全滅の可能性すらあったというのに。

 

イヴ「……赤嶺さんは、以前の御役目で皆さんに力を貸すのが1番最後でした。そして私達はその御役目の終盤でこの世界に来ました……。」

 

日菜「つまり、私達だけ未知数なところが多いから改めて一度試されたって事?」

 

赤嶺「それをクリアしたから私達はみんなと同じ土俵に立てた、か。成る程ね。」

 

香澄「赤嶺ちゃんの記憶が一部曖昧になっちゃったのも、それが原因なのかな?」

 

赤嶺「だろうね。今回は私も御役目を受ける側だから。」

 

燐子「何だか今回の神様…中立神は本当に人間に興味津々の様ですね……。」

 

紗夜「クリア報酬が楽しみですね。…ただ。神は神。造反神と同じで、容赦が無い所は容赦しないと考えるべきでしょう。」

 

有咲「千聖がもし放り出された空間でやられたとしても助けはしなかった、って事だろうな。…まぁ千聖がいたから、そのもしもは有り得ないだろうけどな。」

 

千聖「勿論よ。とは言え初手からやりたい放題ね、中立神は。」

 

中たえ「ある意味、神樹様と中立神が今は協力してるって事だよね?」

 

小たえ「それはもうやりたい放題来るよね。気を付けなきゃ。」

 

美咲「そうだね。容赦の無い神様って事を忘れず、全力でやって行こうか。」

 

小たえ「ところで、改めて試練を出してくるという事は、敵の強さも上がるって事だよね?」

 

今までと同じ強さなら御役目の意味がなくなってしまう。必然的にこれからも敵の強さが上がってくる事が予想出来る。

 

リサ「中立神の力も加わって敵の強さは更に上がると思う。だから、今回の御役目は赤嶺"達"も参戦出来るそうだよ。」

 

赤嶺「私…"達"?」

 

モカ「そのとーり!更なる御役目の為に、こっちも増援を呼べるよ。」

 

更なる増援。赤嶺香澄と同じ時代を生きた仲間が新たに合流する事となる。

 

香澄「わー、やったね!」

 

中たえ「つぐ……。氷河つぐみだよ、日菜さん。」

 

日菜「偉大な"氷河家"の先祖!!今からるんってしてきたよ!!」

 

モカ「もう暫くすれば到着するみたいだよ。」

 

赤嶺「つぐちん…ロック…。それをすっごく心待ちにしつつ……んん、ごほん、ごほん。」

 

赤嶺は軽く咳払いをしてみんなの前に出て改めて決意表明する。

 

赤嶺「みんな、赤嶺香澄だよ。今回は私も全力でみんなをサポートするから、宜しくね!」

 

友希那「味方になるとこれ程頼もしい事はないわね。宜しく、赤嶺さん。」

 

蘭「これまで通りまた生活していく訳だけど、一つお願いがあるんだ。記憶を残す方法とか色々と調べ物は続くだろうけど、それで切迫し過ぎないで欲しい。」

 

友希那「美竹さん……。」

 

蘭「これまで通り、みんなで楽しい事も普通にやっていきたい。」

 

香澄「そうだね!勇者でいる為には精神状態も大事大事!」

 

リサ「それじゃあ部長に最後はビシッと締めてもらおうかな。」

 

ゆり「うん…だけど、たまには香澄ちゃんが締めて。前回の立役者なんだから。」

 

ゆりに挨拶をパスされ、香澄がみんなの前に出る。

 

香澄「……はいっ!私達の…新しい冒険が、今始まります。1人1人が支え合って、乗り越えましょう!勇者部!!」

 

全員「「「出動!!」」」

 

勇者達が決意新たにする中、丸々と大きな満月はただただその行く末を見守っている--

 

 



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憧れのヒーロー

日常回も増やしつつ進めて行こうと思っています。

そして最後に現れたるは、新たな来訪者達--




 

 

神樹からの神託が降りてきてから数日が経過した頃--

 

勇者部部室--

 

あこ「とおりゃあーー!くらえ、暗黒滅殺斬(ダークネススラッシャー)!!ザシュッ!ザシュッ!」

 

夏希「うわあ!必殺技はこうやるんです!デュクシッ!デュクシッ!」

 

部室ではあこと夏希が忙しなく動き回っている。

 

紗夜「何が違うんでしょうか…。」

 

美咲「ザシュッ!とデュクシ!……の違いですかね?」

 

紗夜「……それの何が違うんでしょう。」

 

小たえ「小学生には"デュクシの達人"がいるんですよ、紗夜さん。」

 

蘭「デュクシって何……。」

 

りみ「ああ…。でも確かに小学生の男の子は、戦いごっこでそんな感じの擬音を言ってるよね。」

 

小学生男子である--

 

あこ「どうだー!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!」

 

夏希「なにをぉー!デュクシッ!デュクシッ!デュクシッ!」

 

有咲「……似たようなものだな。」

 

燐子「あこちゃん…スカートのままであんまり暴れちゃダメだよ……。」

 

あこ「そんな事気にしない気にしない!楽しいからりんりんもやろーよ!」

 

夏希「そうです!燐子さんもやりましょう!」

 

香澄「私やってみたーい!こうかな?ジュクシッ!ジュクシジュクシッ!」

 

2人に触発されシャドーボクシングをしてみせる香澄。

 

あこ「上手い上手い!」

 

夏希「私が相手だ、勇者ピンク!どっからでもかかって来ぉーーい!」

 

香澄「よーし、行っくよー!必殺〜っ!勇者パフパフ〜!!」

 

夏希「うわーーーっ!爆発ドッカーーーン!!」

 

千聖「い、今のは…何?」

 

赤嶺「勇者…パフパフ…?」

 

この言葉にピンとくる人物が。

 

ゆり「パフパフ…って、あの……まさか。」

 

香澄「はい、勇者パフパフ…もといピンクパフパフは小学生の時に見てた戦隊ヒーローの技です!」

 

夏希「解ってますねぇ、香澄さん!『正義の印を胸に抱く、ジャスティス戦隊!』」

 

香澄・夏希「「『カツンジャーーー!』」」

 

2人は決めポーズを決める。

 

中たえ「おお……2人ともカッコいい。」

 

花音「戦隊って言うと、5色のアレ…だよね?」

 

夏希「私、レッドに憧れてたから、自分の勇者服が赤で、実は超感動してたんです!」

 

香澄「一緒一緒!解るなぁ。私もピンクで嬉しかったもん!」

 

あこ「そうか……夏希は戦隊派だったんだね。」

 

夏希「え、あこさんは違うんですか?あ…そっか、西暦には戦隊ものが無かったとか…。」

 

あこ「あったよ。あったし好きだったけど、あこは"ウルトラメン"派なんだ。」

 

友希那「カップ麺を作ってる間にしか戦わないという、短期決戦の戦士ね。」

 

あこ「そうです!時間が1分、2分と経過するうち焦っていく姿がカッコいいんだ!」

 

美咲「ごめん、全く良さが理解出来ない。」

 

あこの話が広がっていき、ヒーローの話で盛り上がっていく事となる。

 

 

--

 

 

りみ「戦うって事なら、私はそういうのより"魔女っ子シリーズ"が好きだったかな。」

 

ゆり「そういえばりみは夢中になってたね。"魔女っ子チュリプア トゥインクル"だったっけ?」

 

りみ「うん!『敵さん敵さん、地獄の業火にトゥインクル〜♪ボジャーーー!』」

 

美咲「ちょ、最後がえげつない!」

 

紗夜「それって、もしかして西暦時代の"魔女っ子チュリプア"の続編でしょうね。」

 

高嶋「神世紀になってもそのシリーズ続いてたんだ!?」

 

紗夜「『敵さん敵さん、魔法の鎖で括りましょ♪ギュシャーーー!』」

 

美咲「うお……やっぱ最後!それ絶対そうですよ。それより、紗夜さんが魔女っ子好きとは意外です。」

 

紗夜「べ、別に好きだなんて一言も!そ、そういう、奥沢さんはどうなんですか……。」

 

紗夜は顔を赤くして美咲に話をパスする。

 

美咲「私のお気に入りは"明日のピリカ姫"。敵を倒した後にこう言って跪いて泣くんです。『ああ…美しい雪が、血に染まってしまった……。』って。」

 

有咲「自分のせいだろ!」

 

彩「みんなそれぞれに、思い出のヒーローがいるんだね。沙綾ちゃん達は誰かいたの?」

 

中沙綾・小沙綾「「えっ?」」

 

中沙綾「私はそういうのとは違うんだけど、"必殺しばき人"が好きで……。」

 

小沙綾「"大江戸諜報網"も捨て難いです。どちらも時代劇ですけど…。」

 

リサ「へー。結構意外だね。」

 

中沙綾「あ、でも"遠山の父さん"が一押しかも。」

 

小沙綾「『この父さんの紙吹雪…散らせるものなら散らしてみやがれ!』ですよね。」

 

有咲「簡単に散らされそうだけど、そのヒーロー大丈夫か!?」

 

小沙綾「大丈夫です!父さんは一見ただの遊び人ですが、江戸の街で悪を懲らしめるお奉行ですから。」

 

香澄「さっき言ってたしばき人っていうのは?」

 

中沙綾「依頼を受けた、一見遊び人のしばき人が江戸の街で悪を懲らしめる作品だよ。」

 

香澄「へー。じゃあ、大江戸諜報網は?」

 

中沙綾「一見遊び人の隠密が、江戸の街で悪を……。」

 

有咲「全部同じじゃねーか!」

 

中沙綾・小沙綾「「同じじゃない!」」

 

2人の雷が有咲に落ちるのだった。

 

リサ「色々とみんな見てるんだね。私と友希那はあんまりテレビ見ないから、何だか損した気分だよ。」

 

友希那「そうね。でも、こうしてみんなの話を聞くのは面白いわ。美竹さんはどうなのかしら?」

 

蘭「私は…そうですね……。"農業の神・山田さん"ですかね。」

 

あこ「なんか……あんま凄そうじゃない。」

 

蘭「何言ってるの、あこ!山田さんは日々カイガラムシやテントウムシダマシと戦ってるんだよ!」

 

 

--

 

 

赤嶺「たえちゃんは何が好きだったの?」

 

紗夜「後残っているものと言えば…"御免ライダーシリーズ"かしら?」

 

中沙綾「そう言えば前に『イーイー』って言わされた事あったね。」

 

夏希「そっか!兎追いし花園の元ネタは"御免ライダー"だよね。」

 

中たえ・小たえ「「それはどうかな…。」」

 

2人のたえは不敵な笑みを浮かべる。

 

中たえ「私に元ネタなんて存在しないよ?」

 

そういうたえの額には冷や汗が一筋。

 

夏希「………ライダーだな。」

 

中沙綾「そうみたいだね。」

 

有咲「せめて正義の方を真似しろよ……。」

 

千聖「そう言う有咲ちゃんはどうなのかしら?」

 

有咲「私か?私の憧れは勿論完成型勇者の私自身だ!!」

 

みんな「「「…………。」」」

 

静寂が部室を包み込んだ。

 

千聖「…言うと思ったわ……。」

 

中たえ「燐子さんのヒーローは何だったんですか?」

 

燐子「私…ですか…?私は……。」

 

燐子はチラッとあこの方を見る。

 

あこ「?」

 

燐子「私のヒーローは…あこちゃんです…!」

 

あこ「りんりん……!」

 

香澄「正義のヒーローかぁ……。私達以外にも、何処かにそんな人達がいるのかなぁ…。」

 

中沙綾「そんな人達がいたらすっごい心強いね。」

 

香澄「うん!」

 

 

---

 

 

何処かの世界--

 

何者か達が異業の存在と戦っている。

 

?「これで最後っ!!ふぅ〜……。これでここら辺のは全部倒したよね。」

 

制服姿の少女が刀片手に辺りを見回す。

 

?「だね。それにしても、最近この辺りに結構な頻度で出没してるけど、何かあるのかなぁ?」

 

?「この辺りにあるのはこの古びた祠くらいしかし無いんだけど…。」

 

?「それより、みんな気付いた?」

 

?「ん?何が?」

 

?「この辺りに出てくる"荒魂"……他より強いと思わない?」

 

?「確かに……。姿も何処となくいつもの"荒魂"とはちが……っ!?」

 

次の瞬間、古びた祠が強い光を放ち、少女達を飲み込んだ--

 

 

---

 

 

樹海--

 

?「ここは……?」

 

少女達5人が飛ばされた先は見た事もない樹の根が生茂る異空間--

 

新たな風がこの異空間に吹き荒れようとしていた--

 

 



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神の力を祓う者

勇者の世界に新たな来訪者である刀使達が迷い込んできます。

行き当たりばったりで書いてるので至らない部分あるかもしれませんが温かい目でご覧ください。




 

 

花咲川中学、体育館--

 

いつもと変わらぬ日常が続いている。ある人は部活動に勤しみ、ある人は鍛錬を行っている。またある人は記憶を残す術を探していた。

 

友希那「は…っ!……は…っ!」

 

今日も今日とて友希那は日課の自己研鑽を行なっている。内容は単なる素振り。しかし、単純な素振りにこそ鍛錬の全てが詰まっていると友希那は考えているのである。

 

友希那「………。」

 

友希那の顔は真剣に何かを考えている顔だ。

 

友希那(悔しいけれど、今の実力ではあの新種のバーテックスに勝つ事は難しいわ。単純な力も赤嶺さんに劣っている……。もっと、強くならなくては……。)

 

すると扉を開ける音が。

 

リサ「友ー希那。」

 

友希那「……。」

 

リサの呼びかけに友希那は気が付かない。それ程までに友希那は集中して素振りをしていた。

 

リサ「………えいっ!」

 

リサは後ろからそっと近付き、友希那の首筋に冷えたペットボトル飲料をくっつけた。

 

友希那「きゃっ!?」

 

風雲児らしからぬ声が体育館に響き渡る。

 

友希那「リサ!?いつからいたの!?」

 

リサ「ちょっと前からかな。友希那集中しすぎて私の声に全然反応しないんだもん。」

 

友希那「それはごめんなさい。少し考え事をしながら素振りをしていたから。」

 

リサ「どんな事?」

 

友希那「それは……。」

 

その時だった。

 

リサ「っ!?」

 

リサが神託を受け取ったのである。次の瞬間2人を光が包み込んだのだった--

 

 

---

 

 

何処かの世界--

 

何者か達が異業の存在と戦っている。

 

?「これで最後っ!!ふぅ〜……。これでここら辺のは全部倒したよね。」

 

制服姿の少女が刀片手に辺りを見回す。

 

?「だね。それにしても、最近この辺りに結構な頻度で出没してるけど、何かあるのかなぁ?」

 

?「この辺りにあるのはこの古びた祠くらいしかし無いんだけど…。」

 

?「それより、みんな気付いた?」

 

?「ん?何が?」

 

?「この辺りに出てくる"荒魂(あらだま)"……他より強いと思わない?」

 

?「確かに……。姿も何処となくいつもの"荒魂"とはちが……っ!?」

 

次の瞬間、古びた祠が強い光を放ち、少女達を飲み込んだ--

 

 

---

 

 

樹海--

 

?「ここは……?」

 

少女は辺りを見回す。辺りは夜、見た事もない果実が実っており、木の根が空間を蹂躙している。その少女--

 

衛藤可奈美(えとうかなみ)は取り敢えず辺りを散策する。

 

可奈美「ここは一体何処なんだろう……。みんなとはぐれちゃったし。これも"荒魂"の仕業なのかな?」

 

 

--

 

 

数分歩いた可奈美は遠くで誰かが戦っている姿を発見する。

 

可奈美「っ!?誰かがいる!しかも戦闘中…!?助けないと!」

 

可奈美は無我夢中で戦闘区域へと走り出すのだった。

 

 

--

 

 

?「何こいつ…!?」

 

そこでは短髪の少女、糸見沙耶香(いとみさやか)が新種のバーテックスである"蟷螂型"と戦闘を繰り広げていた。

 

沙耶香「この…!」

 

目にも止まらぬ速さで沙耶香は"蟷螂型"に斬りかかるものの、ダメージは全く入っていない様子だった。

 

沙耶香「全然効いてない……。っ!」

 

攻撃が全く通らない為、沙耶香は防戦一方を強いられていた。

 

沙耶香(あれは"荒魂"…?だとしたらあんな姿は今まで見た事無い…。)

 

沙耶香「これなら…!」

 

突如沙耶香の姿が消える--

 

空を切る音が鳴り響き、"蟷螂型"の表皮に傷が付き始める。が、傷が付くだけだった。

 

沙耶香「はぁ…表面しか傷が付かない…。一段階の迅移じゃダメって事……。」

 

迅移(じんい)--

 

彼女達"刀使(とじ)"と呼ばれる少女達が得意とする技の1つであり、この世とは逸脱した時間を移動し、高速移動する技である。迅移には段階があり、1段階で通常時の約2.5倍、2段階で6.25倍の速さで加速出来るが、それに応じて力の消費も激しくなる。

 

沙耶香「S装備は無いし…金剛身(こんごうしん)八幡力(はちまんりき)も私の力だとあの攻撃は防げない…。」 

 

万策尽きたと沙耶香が感じたその時だった--

 

可奈美「沙耶香ちゃんっ!」

 

沙耶香「可奈美……!」

 

沙耶香のもとに可奈美が合流。状況は一変するのだろうか--

 

 

---

 

 

一方--

 

友希那「ここは夜の樹海……?まさか白鷺さん達と同じ状況だとでもいうのかしら?」

 

リサ「どうやらそうみたい。神託でもあったよ。なんでもこの異世界に不純物が紛れ込んだんだって。」

 

友希那「不純物?それはなんなのかしら?」

 

リサ「そこまでは……。」

 

友希那「……良いわ。取り敢えず他のみんなもこの世界に飛ばされてるかもしれないわ。リサ、私の側から離れないで。」

 

リサ「分かった。頼りにしてるよ。」

 

2人は飛ばされてきたかもしれない仲間を探して歩き出す。

 

 

---

 

 

その頃、勇者部部室--

 

香澄「高嶋ちゃん、紗夜さん。友希那さんとリサさん見てない?」

 

紗夜「私は見てませんね。」

 

高嶋「私も見てないけど、何かあったの?」

 

香澄「手合わせして欲しいって友希那さんに言われたんだけど、言われた時間に体育館行ったのにいなかったんだ。」

 

高嶋「そうだったんだね。私も探してみるよ。」

 

紗夜「私も探してみます。今井さんには聞いたのですか?

 

香澄「あっ、そっか。聞いてみます!」

 

 

---

 

 

一方で可奈美と沙耶香は未だ"蟷螂型"に苦戦していた。何とか片腕は切り飛ばしたものの、更に2体の"蟷螂型"が現れ劣勢を強いられている。

 

可奈美「この虫みたいな敵何なんだろう!?"荒魂"には見えないし、私達の攻撃もあまり効いてない様に見える…。」

 

沙耶香「多分これは"荒魂"じゃない…別の何か……。だから刀使の力が効かない…。」

 

可奈美「どうすれば……。」

 

その時だった--

 

友希那「はあっ!!」

 

友希那の一閃が"蟷螂型"の硬い表皮を切り裂き、3体の"蟷螂型"は距離を取った。

 

可奈美「敵が引いた…。」

 

友希那「戦闘音を聞いて駆けつけたのだけれど……あなた達、大丈夫かしら?」

 

可奈美「は、はい……。」

 

沙耶香「大丈夫…。」

 

友希那「悪いけど、説明している暇は無いの。下がっていてちょうだい。」

 

友希那は2人を後方へ下がらすが、

 

可奈美「わ、私達も!」

 

可奈美が前へ出ようとするも、沙耶香がそれを止める。

 

可奈美「沙耶香ちゃん!?」

 

沙耶香「私達じゃ、あの人の足手まといになる……。ここは下がるべき…。」

 

可奈美「……分かった。」

 

友希那「リサ。2人と安全な所まで。」

 

リサ「りょーかい。さ、2人ともこっちだよ。」

 

リサは可奈美と沙耶香を連れて後ろへと下がった。

 

 

--

 

 

友希那「さっきの一太刀で分かる…。これなら通用する。」

 

鍛錬に鍛錬を重ねた友希那が放った一撃は"蟷螂型"の硬い表皮を砕いた。その事実が友希那の自信に繋がる。

 

友希那「行くわよっ!」

 

 

--

 

 

沙耶香「凄い…あの人、あの敵と互角以上に戦ってる……。」

 

リサ「勿論だよ。最初は通用しなかったけど、一生懸命鍛錬を重ねて強くなったんだから。今の湊友希那の敵じゃないよ。」

 

可奈美「湊……友希那…。」

 

可奈美は目線を一切晒す事なく友希那の戦いを観察していた。

 

 

--

 

 

友希那「来なさい、"義経"!!」

 

友希那は"義経"を憑依させる。"蟷螂型"は既に満身創痍、友希那は詰めの一撃をぶつける。

 

友希那「先ずは1匹!」

 

八艘飛びで樹海を縦横無尽に駆け巡る。

 

友希那「2匹目!!」

 

 

--

 

 

続け様に生太刀の連撃を"蟷螂型"に浴びせ2匹目も撃破する。その姿に2人も唖然としていた。

 

沙耶香「速い……。これは迅移……?」

 

可奈美「似てるけど、少し違う。あれはただ高速で動いてるだけ…。迅移の様に別の時間軸を移動してる訳じゃない……。それに金剛身も使ってないのにあの表硬い表皮を砕くのんて……。」

 

リサ「じ、迅移…?金剛身……?」

 

沙耶香「っ!?可奈美…あれ…!」

 

可奈美「はっ!?まずいよ!」

 

2人は何かに気が付き友希那の元へと駆け出した。

 

リサ「あっ!ちょっと2人とも!!……行っちゃった…。」

 

 

--

 

 

友希那が3匹目に攻撃を仕掛けようとした瞬間、"蟷螂型"の足元に赤銅色のアメーバの様なものが纏わりついたのだった。

 

友希那「っ!このまま押し切る!」

 

意に介さず友希那は生太刀を振り下ろすが、その刃は"蟷螂型"の表皮を砕く事はなかった。

 

友希那「防御力が上がった!?」

 

友希那は一旦距離を置き態勢を整える。そこへ可奈美と沙耶香が駆けつけた。

 

可奈美「あれは"ノロ"だよ友希那ちゃん!」

 

友希那「あなたどうして私の名を……。」

 

沙耶香「リサって人が言ってた…。」

 

友希那「そう……。それより"ノロ"とは何かしら?」

 

2人は"ノロ"について説明をする。

 

可奈美「"ノロ"って言うのは、負の神性を帯びた不純物。互いに引き合う性質を持っていてそれが集まると--」

 

沙耶香「"荒魂"って怪物に変化する……。」

 

本来であれば"ノロ"だけが結合し"荒魂"へと姿を変えるのだが、

 

可奈美「だけど、これは普通と違う…。」

 

沙耶香「"ノロ"があの化け物と融合しようとしてる……。」

 

神の眷属である"バーテックス"と負の神性を帯びた不純物である"ノロ"。神の力を持ったもの同士が融合し、新たな存在になろうとしていた。"ノロ"が"蟷螂型"に吸収され、"蟷螂型"の顔に鬼の顔を象った赤銅色の仮面、体も赤銅色へと変化し咆哮する。その咆哮に呼び寄せられるかの様に鬼の顔を持ち体は蜘蛛の姿をした"荒魂"が集まってきた。

 

沙耶香「叫び声で"荒魂"が集まってきた……。こいつらの相手は私がする…。」

 

可奈美「ありがとう、沙耶香ちゃん。友希那ちゃん、"荒魂"と融合したのなら私達の力も通じる筈。ここからは私達も手伝うよ。」

 

友希那「その様ね。」

 

沙耶香はリサに襲い来る"荒魂"を御刀である妙法村正で殲滅する。

 

友希那「いきなりだけど息を合わせて行きましょう。」

 

可奈美「大丈夫!友希那ちゃんの戦い方はじっくり観察出来たから!」

 

友希那「それは凄いわね。では行くわよ!……えっと。」

 

可奈美「あっ!まだ名乗ってなかったね。私の名前は可奈美、衛藤可奈美。一緒にいたのは糸見沙耶香ちゃん。宜しくね!」

 

友希那「ええ。行きましょう、衛藤さん。」

 

可奈美「うん!」

 

勇者と刀使--

 

今ここに神の力を祓う者同士が手を取り合い、新たな波乱が巻き起こる--

 

 



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勇者の力、刀使の力

残りの3人が勇者部と合流します。

本編より先に番外編--すみません。まったり待っていただければ幸いです。




 

 

突如以前白鷺千聖が飛ばされた夜の樹海へと迷い込んだ湊友希那と今井リサ。そこで出会ったのは衛藤可奈美と糸見沙耶香。2人は"刀使"と呼ばれる存在であり、彼女らもまた何かの力によってこの夜の樹海へと飛ばされたのだった。

 

"刀使"の力が通用しない神の眷属であるバーテックスに苦戦する可奈美と沙耶香。そこへ友希那が助太刀に入り、一度は逆転したかに見えたのも束の間、バーテックスが"ノロ"と呼ばれる負の神性を帯びた不純物と融合した事により形成が逆転。

 

しかし、そのお陰で"刀使"の力も通用する様になり、友希那と可奈美。湧き出た"荒魂"を沙耶香に任せ、2人の共同戦線が始まるのだった--

 

 

---

 

 

可奈美「あいつの姿が変わった事で友希那ちゃんの攻撃が効かなくなった……。それは恐らくあいつに"荒魂"の力が加わったからだと思う。」

 

友希那「"荒魂"……?」

 

可奈美「さっきのアメーバみたいな"ノロ"が集まって結合した擬似生物だよ。普通の武器は効かなくて、私達が持つこの"御刀(おかたな)"で祓うしか無いんだ。」

 

そう言って可奈美は友希那に自身の"御刀"である"千鳥"を見せた。その刀身は友希那がもつ"生太刀"よりは短く、切っ先の付近に焼けた後の様な白い痕跡がある。

 

可奈美「融合してるけど多分大丈夫だと思う。"荒魂"は異なる時間軸に入り込んでる筈。だから先ず私があいつから"荒魂"を引き剥がす。引き剥がせば友希那ちゃんの攻撃も通用する筈だからお願い!」

 

友希那「異なる時間軸……?良く分からないけれど、衛藤さんに任せるわ。」

 

沙耶香「可奈美…早く片付けて…。こいつらキリ無い…。」

 

可奈美「オッケー!行くよ、"迅移・一段速"!」

 

可奈美が叫ぶと、常人とは思えぬ速さで"蟷螂型"に斬りかかる。

 

友希那「速い!?だけど、そのままじゃ…!」

 

可奈美「まだまだ!"迅移・二段速"!」

 

可奈美は先程より更に加速し、その場から姿を消すのだった。

 

友希那「消えた!?」

 

 

--

 

 

隠世--

 

可奈美が今いる場所は"隠世(かくりよ)"と呼ばれる。この世である現世と重なり合った異世界。"迅移"でしか入る事が出来ず、"迅移"の段階を上げる事でより深い場所へと潜る事が出来るのだ。

 

可奈美「あそこか!」

 

可奈美は"荒魂"を発見し、すぐさま斬りかかった。因みに今の可奈美は通常の6.25倍の速度で動いている。一方"荒魂"も可奈美の姿に気付いたのか尾から火の玉を振り撒き、近付けまいと抵抗している。

 

可奈美「"狐型"だね……なら!」

 

迫り来る火の玉を紙一重で躱しながら、可奈美は接近。

 

可奈美「吹き飛ばす!」

 

"狐型"の懐に入り込み、千鳥を振り上げる。次の瞬間、"狐型"は呻き声を上げながら上空へと吹き飛んだ。

 

可奈美「このまま引き剥がすよ!」

 

後を追う様に可奈美も飛び上がり、"荒魂"を上空へ上空へと追いやりやがて--

 

 

---

 

 

樹海--

 

友希那「っ!?」

 

大気が震え何もない空間から突如"荒魂"と可奈美が姿を現した。同時に"蟷螂型"に纏わりついていた赤銅色の欠片も姿を消し元の状態へと戻っている。融合が解除されたのだ。

 

可奈美「"荒魂"を引き剥がした!これであいつに友希那ちゃんの攻撃効く筈だよ!」

 

友希那「ありがとう。今度はこっちの番よ。来なさい"義経"!」

 

友希那は再び"義経"をその身に宿し"蟷螂型"へ斬りかかる。"蟷螂型"は両腕の鎌から斬撃を飛ばすが、高速で動く友希那には当たらない。その様子を可奈美は"荒魂"の相手をしながら観察している。

 

可奈美「あの動き…やっぱり"迅移"と近いものがあるかもね。よーし、私も…!」

 

2人は同時に敵を同じ方向へ吹き飛ばす。

 

友希那・可奈美「「決める!!」」

 

可奈美「太阿之剣!」

 

友希那「八艘・飛翔閃!」

 

全く同じ動きで2人は斬りかかり、"荒魂"と"蟷螂型"は消滅する。同時に沙耶香が相手をしている"荒魂"達も消えたのだった。

 

 

--

 

 

沙耶香「……ふぅ。」

 

リサ「ありがとう、助かったよ。」

 

沙耶香「刀使としてやる事をやっただけ…。」

 

リサ「それでもありがとう。」

 

可奈美「沙耶香ちゃーん!」

 

友希那「リサ!」

 

2人も合流し、互いに情報交換を開始する。

 

可奈美「改めて、私の名前は衛藤可奈美。」

 

沙耶香「糸見沙耶香……。」

 

友希那「湊友希那よ。」

 

リサ「今井リサ。宜しくね。みんな疲れたでしょ?はい、クッキーだよ。」

 

友希那「どうして持ってるの?」

 

リサ「鍛錬の差し入れで持ってきてたんだよ。」

 

沙耶香「!」

 

クッキーを見て沙耶香の目の色が変わる。沙耶香はクッキーを1つ手に取り口へ運ぶ。

 

沙耶香「…美味しい…!」

 

1つ、また1つと沙耶香はクッキーを口へ運んだ。

 

可奈美「あはは!沙耶香ちゃんはクッキー好きだもんね。その様子だと舞衣ちゃんのクッキーと同じくらい美味しいんだね。それより、ここは何処なの?2人は知ってる?」

 

友希那「ええ。ここは--」

 

友希那はこの樹海の事、さっき戦ったバーテックスの事、そしてこの世界での御役目の事を。可奈美は自分達の事を説明する。

 

 

--

 

 

沙耶香「バーテックス…神の眷属…。」

 

可奈美「成る程ねぇ……。」

 

リサ「刀使かぁ……。じゃあさっきの事から推測すると、神託であった不純物って言うのは"ノロ"の事なんじゃないかな。」

 

友希那「でしょうね。"ノロ"に私の勇者の力は効かなかった。だから神樹はそれに対抗する為にあなた達"刀使"をこの異世界に呼んだのでしょうね。」

 

可奈美「それなら合点がいくけど、どうしてこの夜の樹海に飛ばしたんだろう。」

 

リサ「それはきっと前に千聖がここに飛ばされた時と同じ様に、"刀使"の力を見極める為だと思う。その御目付役として私と友希那も一緒に飛ばされたんじゃないかな。」

 

沙耶香「要するに試験って事…?」

 

友希那「そうでしょうね。きっとあなたの他の仲間も私達の世界に飛ばされてると思うわ。」

 

可奈美「本当!?」

 

リサ「…ちょっと待って!神託が来た。………うん、友希那の予想通り。他の"刀使"達3人もこの世界に来るみたい。私達も戻れるって。」

 

沙耶香「じゃあ、試験には合格したって事だね…。」

 

友希那「その様ね。」

 

可奈美「姫和(ひより)ちゃん達も無事なんだ…。」

 

 

---

 

 

時間は少し巻き戻る--

 

勇者部部室--

 

モカ・彩「「っ!?」」

 

蘭「どうかした?」

 

千聖「何かあったの、彩ちゃん?」

 

モカ「神託が来た…。」

 

彩「この世界に不純物が紛れ込んだようで、それを排除する為に別の世界から人を呼んだって……」

 

千聖「それは本当なの?」

 

モカ「はい…。」

 

そこへ、友希那とリサを探していた香澄が部室へと入ってくる。

 

香澄「何処いったのかなぁ2人共……あ、千聖さんに蘭ちゃん。ん?何かあったの?」

 

千聖「丁度良かった、香澄ちゃん。神託が来たからみんなを呼んでくれないかしら?」

 

香澄「本当ですか!分かりました!」

 

千聖「私達も行きましょう。」

 

5人は勇者達を部室へと招集するのだった。

 

 

--

 

 

10分後--

 

ゆり「友希那ちゃんとリサちゃん以外は全員集まったね。」

 

高嶋「2人とも何処行っちゃったんだろう…。」

 

花音「まさか2人とも私達と同じ様に樹海に飛ばされちゃったとか……。」

 

モカ「その事に対しても神託があったよ。」

 

彩「2人は以前の私達みたいに夜の樹海に飛ばされてるんだ。」

 

彩の一言で部室が騒めき出した。

 

中沙綾「神託を受け取れるリサさんがいるから大丈夫だとは思いますけど…。」

 

ゆり「取り敢えず今は神託の続きを聞こう。彩ちゃん、モカちゃん、お願いね。」

 

彩「分かりました。」

 

2人は降りてきた神託の内容を説明する。

 

 

--

 

 

有咲「不純物?なんだそれ?」

 

モカ「分からないけど、何かが起こるのは確かだよ。」

 

小沙綾「どうして神樹様は私達じゃなく新たに人を召喚するんでしょうか?」

 

中たえ「うーん……。私達じゃ対処出来ないから…とか?」

 

燐子「それは…ありえるかもしれないですね…。」

 

 

〜〜〜♪

 

 

次の瞬間、樹海化警報のアラームが鳴り響くが、いつもと少し音が違い、ノイズ混じりの警報だ。

 

夏希「なんかいつもの警報と違う…。」

 

美咲「さっき言ってた不純物のせいとか?」

 

ゆり「確かめないと、行くよみんな。」

 

勇者達は樹海へと急ぐ--

 

 

---

 

 

樹海--

 

?「何だここは…。いきなり知らない所へ飛ばされたと思えば、周りには"荒魂"の群れ。」

 

深緑の制服を着た少女は刀で"荒魂"を切り裂いていく。

 

?「取り敢えず周りの敵から倒しましょう、十条さん。そのうち活路が見えてくる筈です。」

 

清楚な立ち振る舞いの少女も同様に"荒魂"を退ける。服装は可奈美と同じ制服で、仕切りに辺りを見回し情報収集を怠らない。

 

?「面倒臭いけど、軽く捻ってやるよ。な、"ねね"。」

 

残るツインテールの少女は自身の身の丈を越える程大きな刀を手足の様に振り回し戦っていた。頭には犬の様な小動物を乗っけている。

 

姫和「有象無象がうようよと!面倒だ。舞衣、薫下がれ!」

 

益子「おー、任せるぞ、ホライズン胸。」

 

2人は姫和と距離を置く。姫和の攻撃の巻き添えを避ける為だ。

 

姫和「くっ、薫のやつ…!この怒りはこいつらにぶつける!"迅移・二段速"」

 

そう叫ぶと姫和の姿が一瞬で見えなくなった。そしてすぐまた現れるが、姫和が現れた直後周りに存在していた"荒魂"の群れはチリとなり消えていたのである。

 

舞衣「いつ見ても凄いですよね、十条さんの"迅移"には。」

 

"迅移"とは先の説明の通り通常は一段、二段と段階を踏んでいくのだが、姫和に限ってはシフトチェンジ無しで一瞬にして加速する事が出来、最大で三段速まで一気に加速する事が出来る。因みに三段速は通常の16.66倍の速度が出るが、その分力の消耗も激しくなる。

 

益子「そのお陰でオレは休めるから万々歳。」

 

姫和「また何か来る。」

 

3人の周りに今度は幼生バーテックスである星屑が戦闘の音を聞きつけやって来る。

 

益子「何あれ…気持ち悪い。」

 

舞衣「"荒魂"…じゃ無さそうですね。何でしょう?」

 

姫和「どうだって良い。襲って来るなら何であろうと斬る!」

 

先手必勝と言わんばかりに姫和は真正面から星屑相手に斬りかかるが、星屑は突進し刀を弾き飛ばす。

 

姫和「切れない!?」

 

舞衣「恐らく私達の"御刀"の力が効いていないのかもしれません。」

 

益子「何だそれ…一層面倒臭いな。」

 

姫和「薫。あんたの馬鹿力で何とかならない?」

 

益子「えぇ……あれ面倒臭いんだよ…。」

 

舞衣「私からもお願いします。」

 

益子「ったく…しゃあない。」

 

薫は悪態をつきながらも自身の"御刀"である"祢々切丸(ねねきりまる)"を鞘から出し力を込めた。

 

益子「八幡力・一段目!」

 

御刀から力を引き出し薫の筋力が上昇する。

 

益子「二段目……三段目!」

 

八幡力のギアを上げて行き星屑へ斬りかかる。しかし、三段目ですら星屑に多少の傷がつくだけで倒すまでには行かない。

 

姫和「三段目でも擦り傷か……。」

 

薫は三段目が通じないと分かるや否や八幡力を解く。

 

益子「はぁ……。これ以上は負担が激しいからやらねぇ…。」

 

刀使が使う"迅移"や"八幡力"、"金剛身"は最高で五段目まで段階を踏む事が出来るのだが、四段、五段が使える刀使は片手で数える程しかいなく、特に"迅移"に関しては四、五段に到達出来る者は記録上存在していない。ましてや"迅移"の四段目は通常の39.06倍、五段目になると隠世から戻って来れなくなってしまう。薫は"八幡力"に限っての事なら五段目まで段階を踏める唯一の刀使であるが、消耗が激しすぎる為滅多に使わない。

 

姫和「どうすれば……。」

 

3人が手を拱いていたその時だった。

 

中沙綾「伏せて!」

 

彼方からの沙綾の声で咄嗟に身を屈める3人。直後頭上を一筋の閃光が走り星屑に直撃。そのまま消滅する。

 

舞衣「今のは……。」

 

続けざまに声が響く。

 

香澄・高嶋「「勇者パーンチ!!」」

 

夏希「はぁっ!」

 

薫「ふっ!」

 

姫和では太刀打ち出来なかった星屑瞬く間に殲滅する勇者達。

 

姫和「攻撃が効いてる…どうして…。」

 

舞衣「刀使の力では無いのでしょうか……。刀使とはまた別の力…?」

 

姫和「あいつらは刀使じゃない?」

 

舞衣「恐らくは。未知の敵に攻撃が効いてるのが証拠でしょう。」

 

益子「敵を倒してくれるなら何でも良いけど。」

 

 

--

 

 

舞衣「皆さんは…?」

 

ゆり「あなた達が神託であった召喚されてきた人達だね。私は勇者部部長の牛込ゆり。勇者です。」

 

舞衣「勇者……。あ、申し遅れました。私は柳瀬舞衣と申します。」

 

姫和「十条姫和だ。」

 

益子「オレは益子薫。」

 

薫「おや、私と同じ名前だね。儚いよ。」

 

益子「儚いってなんだ。」

 

香澄「薫ちゃんの頭に乗ってる子可愛いね!」

 

益子「こいつは"ねね"って言う。」

 

直後香澄の背後から"牛鬼"が現れ、"ねね"に興味津々に近寄り出した。そして2匹は戯れあった。

 

香澄「早速仲良しになったみたいだね。あっ、自己紹介がまだでした。私の名前は戸山香澄。」

 

姫和「同じ顔が3人…。姉妹か何かか?」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「違うよ。」」」

 

全く同じタイミングで3人は首を横に振る。

 

益子「本当かよ……。」

 

ゆり「これにはちょっとややこしい事情があってね……。」

 

香澄「あーっ!"牛鬼"その子食べちゃダメだよ!」

 

益子「ん?って、"ねね"を齧るな!」

 

ゆり「あはは……。ま、まぁ詳しい事は樹海を出てから説明するね。」

 

舞衣「樹海?」

 

姫和「確かに木の根みたいなのが沢山あるな。」

 

香澄「薫ちゃんごめんね。さあ、部室へレッツゴーだよ!」

 

姫和「大丈夫なのか…これ。」

 

舞衣「まぁまぁ。取り敢えず皆さんに着いて行きましょう。どうやらこの世界に詳しいみたいですから。可奈美ちゃんと沙耶香ちゃんがいないのも心配ですし。」

 

益子「ったく……面倒臭い事にならないと良いけどな。」

 

新たな来訪者、姫和、舞衣、薫の3人と合流した勇者部一同。役者が揃い、御役目が動き出す--

 

 



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負の神和性

通算200話目になりました。

"荒魂"と融合した"完全型"が勇者達に襲いかかる。

挫ける勇者達の前に夜の樹海からあの2人が帰還する--





 

姫和、舞衣、薫の3人の刀使と出会った勇者部達は取り敢えずの情報を纏める為に部室へと移動する。

 

勇者部部室--

 

舞衣「改めて先ずは私達の事についてお教え致します。私達は"刀使"……正式名称"特別祭祀機動隊(とくべつさいじきどうたい)"と呼ばれる組織に属しております。」

 

燐子「機動隊……という事は警察みたいなものでしょうか?」

 

舞衣「それに近いですね。警察の組織の1つで、主に蔓延る"荒魂"を専門に扱っています。」

 

姫和「"荒魂"は"ノロ"と呼ばれる負の神性を帯びたチリの事で、それが集まったものが"荒魂"だ。」

 

益子「オレ達は巫女って立場もある。だから"刀使"ってのは女しかなる事が出来ない。そしてその全員が"御刀"ってもんを持ってる。」

 

あこ「そのおっきな刀の事だね!よく振り回せるよねぇ。」

 

舞衣「薫ちゃんの"祢々切丸"は特段大きいだけで、大抵は私が持つ"孫六兼元"や十条さんの"小烏丸"の様に日本刀のものが殆どです。」

 

あこ「カッコいい!友希那さんの"生太刀"もそうなのかな?」

 

燐子「どうだろうね…。神様が違うから"御刀"とは言わないのかも。」

 

千聖「では私達勇者の力では"荒魂"に太刀打ちは出来ないという事なのね……。」

 

赤嶺「それは分からないよ?」

 

舞衣「え?」

 

赤嶺「私達3人が持つ"天の逆手"……。それには神の力を祓う事が出来る。これってあなた達"刀使"とやっている事は同じでしょ?」

 

高嶋「そう言えば赤嶺ちゃんそんな事言ってたね。」

 

姫和「確かに…。それが本当なら可能性はありそうだな。」

 

ゆり「3人の事は何となく分かった。神託の通りなら不純物は"ノロ"や"荒魂"の事なんだろうね。」

 

姫和「では今度はそちらの事について教えて貰おうか。」

 

ゆり「勿論。私達は--」

 

 

--

 

 

ゆりはややこしい事は3人に内緒にしつつ勇者の事を説明する。

 

舞衣「私達が飛ばされた場所が樹海で…。」

 

姫和「"荒魂"の後に集まってきた白い化け物がバーテックス。」

 

中沙綾「そうです。そしてバーテックスは神樹を狙っていて、私達はそれを阻止しているんです。」

 

益子「そのバーテックスが神樹に辿り着くとどうなるんだ?」

 

中沙綾「この世界が滅んでしまいます。」

 

益子「んなっ!?嘘だろ…。」

 

中たえ「本当だよ。それを阻止するのが私達勇者の役目。」

 

舞衣「成る程…。分かりました。それにしても…。」

 

舞衣は香澄達に目を向ける。

 

舞衣「御三方は三つ子か何か何でしょうか?それ以外にも同じ顔の方々がいるようですけど…。」

 

香澄「そ、それは……。」

 

3人に過去から来た人だと言うと話がややこしくなってしまう。

 

ゆり「そ、そっくりでしょ!?三つ子なんですよ!!あは、あはは……。」

 

赤嶺「えっ!?ちがっ!もごっ!」

 

赤嶺の口を咄嗟にたえが塞ぐ。

 

中たえ「私も初めて会った時はびっくりしたんです。」

 

その時、タイミングを見計ったかの様に樹海化警報が響く。

 

 

〜〜〜♪

 

 

ゆり(助かったぁ……。なんて言ってる場合じゃないよね。)

 

中たえ「皆さん、樹海へ行きましょう。また"荒魂"が暴れてるかもしれないですよ。」

 

舞衣「それは放っておけないです。十条さん、薫ちゃん行きましょう。」

 

益子「面倒臭いけど、仕方ない…。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

香澄達が樹海へ辿り着くとそこには星屑に混じって赤銅色の虫を模した生物が徘徊していた。

 

美咲「虫の体に鬼の顔……。あれが"荒魂"?」

 

舞衣「そうです。"荒魂"は倒しても"ノロ"に戻ってしまいます。先ずはバーテックスと分断しないといけませんね。」

 

舞衣がそう言うと姫和は懐から計測器の様な物を取り出した。

 

香澄「それは何ですか?」

 

舞衣「これは"スペクトラム計"と言います。」

 

姫和「"ノロ"は互いに引き合う性質がある。この"スペクトラム計"には少量の"ノロ"が封じ込めてあり、これを使えば"荒魂"を引き寄せる事が出来る。」

 

中沙綾「成る程…。それならバーテックスは私達に任せてください。」

 

香澄「"荒魂"の方が数が多いです!私は刀使を手伝います!」

 

高嶋「それなら私も。私の武器が"荒魂"に効くかどうか試してみないと!赤嶺ちゃんも!」

 

赤嶺「うん。」

 

 

--

 

 

刀使サイド--

 

益子「まーオレが勇者の力を見てやるから、行ってこい。」

 

香澄「はい!」

 

3人の香澄が"荒魂"へ攻撃を仕掛ける。

 

姫和「ったく、薫!サボってないでやる事やれよ!」

 

益子「はいはい。」

 

香澄「勇者パーンチ!」

 

香澄のパンチが"荒魂"へクリーンヒット。すると"荒魂"が煙の様に消えてしまう。

 

高嶋「消えちゃった!」

 

舞衣「"ノロ"に戻ったんです。香澄さんの攻撃は通用するようですね。」

 

赤嶺「そうと決まれば全開でいく。火色舞うよ。」

 

赤嶺が攻撃を仕掛けようとした瞬間"荒魂"の様子が変化する。

 

赤嶺「!?」

 

舞衣「"荒魂"が増えた!?集まって姿を変えようとしています!」

 

高嶋「ちょっと気持ち悪いかも…。」

 

ドロドロになった"荒魂"が集まり姿を変える。その姿はさながら熊だ。

 

香澄「大っきい…。」

 

赤嶺「"超大型"と同じくらいの大きさ…かな。」

 

"熊型荒魂"は巨大な手を勇者達に振り下ろす。その衝撃は空を裂き地面を抉る程。

 

高嶋「きゃあっ!?」

 

姫和「薫!パワーにはパワーだ!あんたの馬鹿力で何とかしろ!」

 

益子「オレかよ!?アレ使うと暫く動けなくなるんだけどな…。"ねね"、ちょっと下がってろ。」

 

薫は"祢々切丸"を構え八幡力を発揮する。

 

益子「八幡力・一段目!」

 

薫は"祢々切丸"を片手で振り上げ斬りかかる。

 

赤嶺「あんな刀を片手で軽々と…。」

 

姫和「アイツは力だけは強いからな。」

 

益子「八幡力・二段目!」

 

更に力を込めて斬る。が、相手も負けずに巨体を生かした攻撃で薫の攻撃を防いでいる。

 

益子「八幡力・三段目!舞衣。どっかに弱点ないか?」

 

舞衣「ちょっと待ってください。"明眼(みょうがん)"!」

 

舞衣が目を凝らし"荒魂"を観察し始めた。

 

高嶋「舞衣さんは一体何を……。」

 

姫和「アレは"明眼"。視覚を変質させて肉眼で望遠や暗視、熱探知とか出来る。舞衣は"明眼"に長けてるんだよ。」

 

舞衣「っ!薫ちゃん、首筋が弱点です!」

 

益子「りょーかい。一気に叩っ斬る!八幡力・四段目!」

 

赤嶺「まだ上がるの!?」

 

薫は手始めに"熊型荒魂"の両腕を切り落とす。

 

益子「その腕邪魔だな!」

 

舞衣「殆どの刀使は"御刀"の神力を二段目までしか使いこなす事が出来ません。ですが優れた刀使はその限りではありません。十条さんは"迅移"を段階を踏まず三段目まで使う事が出来ますし、薫ちゃんは八幡力を五段目まで使う事が出来ます。」

 

姫和「五段目はトップギア。その分消耗は激しいけどね。」

 

益子「八幡力・五段目!」

 

そう叫んだ直後、振り下ろした御刀は"熊型荒魂"を脳天から首筋の弱点事真っ二つに切り裂いた。叩きつけた御刀の轟音が樹海全体に響き渡る。

 

 

--

 

 

夏希「な、なんだっ!?」

 

蘭「地震!?」

 

 

--

 

 

益子「はぁ…。疲れた。オレ暫く休む。」

 

舞衣「お疲れ様。」

 

さっきまで"熊型荒魂"がいた一帯には"ノロ"が多く漂っている。

 

舞衣「これを放っておくと再び"荒魂"になってしまいます。ですからそれを少量に小分けしないといけません。」

 

赤嶺「っ!?待って!何か来る!」

 

赤嶺が端末を確認すると何やら近付いてくる一体の大型バーテックス。

 

中沙綾「香澄!」

 

紗夜「高嶋さん!」

 

付近の星屑を倒した勇者達を端末を見たのか香澄達に合流する。近付いてくる影はニ体。

 

 

--

 

 

姫和「何だあれ……。」

 

ゆり「"乙女型"に"獅子型"だ……。」

 

爆弾を振り撒き近付く"乙女型"に炎を纏った星屑を飛ばしてくる"獅子型"初めて姿を見る刀使達は一瞬竦んでしまう。

 

姫和「私が震えてる……!?」

 

舞衣「根源的な恐怖って事でしょうか…。」

 

薫「刀使が動けないのなら、私達の出番だ。」

 

夏希「はいっ!いっくぞー!!」

 

一番槍の夏希が"乙女型"に近付こうとしたその時、漂っていた"ノロ"が急激に活性化する。

 

舞衣「"ノロ"がバーテックスに惹かれてる!?」

 

中たえ「夏希!一旦引いて!」

 

たえが気付くも時既に遅く、"ノロ"は二体のバーテックスと融合を開始、"乙女型"と"獅子型"の色が赤銅色に染まる。

 

夏希「えっ!?うわっ!」

 

夏希の双斧は通じず、弾き飛ばされてしまう。

 

あこ「大丈夫、夏希……。」

 

夏希「いてて……。何とか大丈夫です。」

 

小沙綾「よくも夏希を!」

 

沙綾が矢で攻撃するものの、全く効いていない。

 

有咲「どういう事だよ!?」

 

燐子「恐らく…"ノロ"と融合して勇者の力が通用しにくくなってる……!?」

 

燐子は冷静に分析し、舞衣も"明眼"を使って同じ判断を下す。

 

舞衣「そう見るのが良さそうです。バーテックスは神の眷属、"ノロ"は負の神性の力。同じ神なので馴染むんでしょう。」

 

千聖「まずい!みんな下がって!!」

 

"乙女型"の爆弾が樹海に降り注ぎ、辛くも躱した先に"獅子型"の巨大火球が放たれる。その大きさはまるで小さな太陽。高温により周りの景色が歪んで見える程だ。

 

有咲「嘘……だろ……。」

 

赤嶺「避けきれない…。」

 

戦意を失いかけていた勇者達--

 

 

 

その時だった--

 

 

 

友希那「諦めるのはまだ早いんじゃないかしら?」

 

可奈美「力を合わせれば大丈夫!勝負はまだこれからだよ!!」

 

紗夜「随分と遅かったじゃないですか…。」

 

姫和「待ちくたびれたぞ……。」

 

友希那と可奈美が夜の樹海から帰還したのだった。

 

 



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其の力の名は

樹海を蹂躙するバーテックスを前に1人、また1人と倒れる勇者と刀使--

諦めかけたその時、風雲児に新たな力が宿る--




 

彼方から来る二体の完全型バーテックスである"乙女型"と"獅子型"。そこに加え"ノロ"がバーテックスに惹かれ融合してしまい勇者と刀使に絶対絶命の危機が訪れようとしていた。

 

そこへ--

 

友希那「諦めるのはまだ早いんじゃないかしら?」

 

可奈美「力を合わせれば大丈夫!勝負はまだこれからだよ!!」

 

神樹の試験から戻ってきた友希那と可奈美が戦場へ降り立った--

 

 

--

 

 

香澄「友希那さん!今まで何処に行ってたんですか!?」

 

姫和「可奈美もだ!」

 

可奈美「詳しい事は後で話すよ。今は目の前の敵を何とかしないと!」

 

友希那「負傷した人はリサの所まで下がって!」

 

友希那が指した方角にはリサが沙耶香と一緒に根っこの影で手を振っている。辛うじて戦う事が出来る者は香澄達3人、夏希、中たえ、中沙綾、有咲、紗夜、燐子、千聖、友希那、花音の12人と刀使4人。

 

千聖「花音は負傷者の側についてみんなを守っててちょうだい。」

 

花音「わ、分かった!」

 

可奈美「見たところバーテックスに"ノロ"が融合してる様だけど……向こうで戦った奴より強く結びついてるみたいだね。」

 

中たえ「"満開"を使えば多少渡り合えると思うけど……。」

 

中沙綾「まだゲージが完全には溜まってないから出来ない……。」

 

姫和「こうなったら私が四段速で…。」

 

舞衣「無茶です!それ以上早い速度で隠世に潜ったら戻って来れなくなります!」

 

姫和「くっ……。」

 

勇者達が相談している間、敵は指を加えて見ている訳でも無く"乙女型"は赤黒い爆弾を香澄達目掛けて飛ばしてくる。

 

友希那「っ!?飛ばすスピードも通常より早くなっている!?みんな避けて!!」

 

友希那の掛け声で勇者と刀使は一斉に散会し爆弾を躱すも爆風が逃げる勇者達を追いたてる。

 

夏希「うわっ!?」

 

紗夜「くっ…!」

 

舞衣「取り敢えず可奈美ちゃんと十条さんは負担にならない程度の"迅移"で敵をかく乱しながら攻撃してください!」

 

可奈美・姫和「「分かった!」」

 

舞衣の指示で2人は二段目速の迅移で二体の完全型へ接近する。刀使には1人1人流派が存在し、可奈美の流派は"柳生新陰流"、姫和は"鹿島新當流"。前者は受け身の流派の為姫和が中心となり攻め立てていく。"獅子型"は2人を近付けるまいと炎を纏った星屑を弾丸の様に飛ばし弾幕を張るが、常人の6倍もの速さで動く2人には擦りもしない。

 

可奈美「これくらいっ!」

 

姫和「止まって見える!」

 

可奈美・姫和「「八幡力・二段目!!」」

 

6倍の勢いそのままに八幡力で力を上げ、思い切り御刀を振り切る。速さに力が加わり威力は何倍にも膨れ上がり二体に刀傷が生じる。

 

中沙綾「攻撃は通用している……けど…。」

 

舞衣「そんなっ!?」

 

斬られた箇所が一瞬にして修復されてしまう。

 

有咲「再生力も強化されてんのかよ!?」

 

友希那「くっ…来なさい"義経"!」

 

"義経"を憑依させ八艘飛びで助太刀に入る友希那。

 

赤嶺「2人とも行くよ!遠距離攻撃出来る人は援護して!」

 

香澄・高嶋「「うん!」」

 

3人の香澄も加勢に入り、沙綾と燐子が遠距離で攻め立てる。

 

中沙綾「私達は敵の攻撃を打ち落としましょう。」

 

燐子「はい…!」

 

 

--

 

 

一方で花音が守っている負傷者サイド--

 

沙耶香「薫…どうしたの…?」

 

益子「柄にも無く張り切り過ぎちまってな…。暫く動けないから頑張ってくれ。」

 

薫は緊張感もなく大の字になり休んでいる。

 

リサ「この子…も沙耶香と同じ刀使なんだよね?」

 

沙耶香「そう…。馬鹿力の薫…。」

 

リサ「へ、へぇ…。」

 

リサ(こっちの薫とは正反対の性格してるなぁ…。)

 

リサは苦笑いをしながら負傷者の手当てをしていた。

 

花音「ふぇええええっ!?こ、来ないでぇ〜〜〜っ!!」

 

千聖から負傷者を守る大役を任された花音はと言うと、悲鳴を上げながらも"波山"を護盾に憑依させ炎のカーテンで"獅子型"が当たり構わず放ってくる星屑を必死で防いでいた。

 

薫「か、花音…無理はしなくていい…。力の消費を抑えて最小限の範囲を守るんだ…。」

 

イヴ「花音さん…無理は禁物です…。」

 

花音「ふぇええ…っ。が、頑張るよ…!」

 

そこへ沙耶香が合流する。

 

沙耶香「花音…だったっけ?中々出来る…。私も力貸すよ…。」

 

そう言うと沙耶香は自身の御刀である"妙法村正"の柄を花音の左手に握らせる。

 

花音「え?」

 

沙耶香「敵がぶつかるタイミングに合わせて力を込めて。行くよ………金剛身、一段目。」

 

星屑が炎を纏った護盾にぶつかった瞬間金属に思い切りぶつかった様な鈍い音が響く。直後ぶつかった星屑は跡形も無く消えてしまっていた。

 

花音「え?ど、どうなってるの!?」

 

沙耶香「金剛身は神力で身体や身に付けてる物を金属の様に硬くして防御力を上げる力……。持続時間が短いから相手の攻撃に合わせて使わないと効果薄いけど、敵の動きをよく観察してる花音になら出来ると思った…。守りながら反撃行くよ…!」

 

花音「……うん!」

 

 

--

 

 

香澄・高嶋「勇者パーンチ!!」

 

赤嶺「勇者パンチ…!」

 

3人の香澄が飛んでくる爆弾を躱しながら"乙女型"にパンチを叩き込み態勢が崩れる。

 

友希那「そのまま追撃するわよ!」

 

夏希「いっくぞぉー"鈴鹿御前"!」

 

千聖「日菜ちゃん、銃剣借りるわよ!"尊氏"!」

 

怯んだ隙を逃さず夏希と千聖が追撃する。飛ばしてくる爆弾を千聖が両手の銃剣で撃ち落としながら夏希が三本の斧で攻撃する。

 

美咲「効いてる…!」

 

中沙綾「私達は"獅子型"の動きを止めましょう!」

 

有咲「りょーかい!」

 

中たえ「任せて!」

 

紗夜「牽制します!"七人御先"!」

 

3人--いや10人の勇者が"獅子型"の動きを制限させる。決定打は出せていないが、"乙女型"への加勢を封じるには十分だった。

 

可奈美「やっぱり戦い慣れてる人は違うね。」

 

姫和「そうだな。私達も負けてられないぞ!」

 

可奈美「もちろん!」

 

刀使の2人も"迅移"を維持しながら"乙女型"へ攻撃を仕掛ける。

 

 

--

 

 

千聖「行ける…!押してるわ!」

 

香澄「赤嶺ちゃん!高嶋ちゃん!このまま"封印の儀式"やろう!」

 

高嶋「"封印の儀式"?」

 

香澄「本来は祝詞を唱えるんだけど、封印したい気持ちを込めれば大丈夫だよ!」

 

赤嶺「やってみよう!」

 

夏希「私達が押さえてます!」

 

3人の香澄は"乙女型"を三角形に取り囲み気持ちを込める。すると花びらが舞い散り"乙女型"が動きを止める。

 

千聖「動きが…。」

 

可奈美「止まった…。」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「でりゃぁーっ!」」」

 

香澄達が地面を拳で叩いた直後、"乙女型"の頭頂部から逆四角錐型の"御霊"が飛び出した。

 

香澄「みんな!あれを壊して!!」

 

友希那「分かったわ!衛藤さん!十条さん!行くわよ!」

 

可奈美「私達の攻撃効くのかな?」

 

姫和「やってみなきゃ分からない!」

 

3人が加速しようとした瞬間、"獅子型"がいた方角から爆発音が聞こえたのである。

 

友希那「何!?」

 

爆発音と同時に沙綾達の悲鳴が聞こえる。

 

中沙綾「きゃあーっ!!」

 

香澄「さーやっ!?」

 

高嶋「紗夜ちゃん!?」

 

有咲「まさか…あんな攻撃するなんてな…。」

 

"獅子型"は自身の目の前で巨大な火球を放ち自分ごと勇者達を巻き込み攻撃したのである。至近距離で攻撃を受けた3人は言わずもがな、離れていた沙綾と美咲が受けたダメージも大きかった。

 

夏希「"獅子型"が!」

 

勇者達の足止めが無くなった"獅子型"はこの時を待っていたと言わんばかりに香澄達に向かって星屑を飛ばし始める。

 

中沙綾「か、香澄…!」

 

香澄達は身構えるが、星屑は香澄達を無視して突っ切ったのである。その瞬間友希那が気付く。

 

友希那「っ!星屑を倒して!」

 

千聖「!?」

 

友希那「"獅子型"の狙いは"御霊"よ!」

 

勇者達が攻撃を仕掛けるも既に遅く、星屑達は"御霊"に噛み付いて"獅子型"へ運んでいき、"獅子型"はそれを取り込むのだった。

 

香澄「"融合型"……。」

 

香澄はかつての光景を思い出していた。"獅子型"が四体の"完全型"と融合した時の場面を。"乙女型"の"御霊"を取り込んだ"獅子型"は再び動き出し、残っている勇者と刀使に向かって星屑を飛ばし始める。

 

千聖「これくらい!」

 

夏希「叩き落とす!」

 

2人が星屑に触れた瞬間、閃光が走り星屑が爆発したのである。

 

千聖「なっ…!」

 

夏希「この攻撃は…きゃあっ!!」

 

至近距離で爆発を受けた2人は吹き飛ばされてしまう。

 

香澄「千聖ちゃん!夏希ちゃん!!」

 

"乙女型"の"御魂"を取り込んだ"獅子型"が放つ星屑が"乙女型"の力を受け継ぎ爆弾と化したのである。ただ静かに、ただ無慈悲に"獅子型"は辺り一面に星屑をばら撒き樹海を蹂躙する。その姿は神の眷属とは程遠い悪魔の所業--

 

香澄「きゃあっ!?」

 

可奈美「うっ……!」

 

姫和「"金剛身"でも防ぎきれない……!」

 

勇者達には精霊バリアでダメージの軽減は出来ているが、爆発の衝撃は凄まじいものである。

 

友希那「こ、このままじゃ……!」

 

リサ「友希那ーーっ!!」

 

 

--

 

 

土煙が晴れた頃、そこに立っている者は誰一人存在しておらず、"獅子型"のみがその場に倒れている勇者達を見下ろしていた。地に伏せた友希那は"乙女型"と更に融合した"獅子型"を睨みながら拳を地面に叩きつける。

 

友希那「くっ…!今の私の力では太刀打ち出来ないの…!今を生きている人を守ると誓ったのに……このままじゃ……何も守れない…!」

 

"獅子型"は逃げられない友希那にトドメを刺そうと巨大な火球を放った--

 

香澄「友…希那さんっ……!!」

 

可奈美「友希那ちゃん!!」

 

動きは襲いがゆっくり、だが確実に友希那に迫り来る火球--

 

友希那「っ………!?」

 

友希那が目を伏せた時、胸元の桔梗の花のシンボルに光が宿る--

 

友希那「こ、これは……。」

 

次の瞬間突然頭がクリアになり、リサのとある言葉が頭の中に浮かんでくる。

 

 

---

 

 

リサ「この世界では勇者システムは最新のものに統一されているんだ。要するに香澄達の勇者システムと同じって事。」

 

 

---

 

 

友希那「そうか……!」

 

友希那は咄嗟に自分の胸に手をやる。と、同時に火球が着弾。轟音と共に火柱が上がるのだった。

 

リサ「友希那ぁーーーっ!!」

 

西暦の風雲児、伝説の初代勇者がやられた--

 

この場にいる誰もがそう思っていた--

 

リサ「………っ!?」

 

しかし突如眩い光が土煙を掻き消し、爆心地の中心に白を基調とする荘厳な装束を見に纏った勇者が1人--

 

リサ「ゆ、友希那っ!!」

 

燐子「あの攻撃を無傷だなんて……。で、でも…その姿は……まさか…!」

 

中沙綾「おたえ!あれって……!」

 

中たえ「うん…。あれは……"満開"だよ。」

 

友希那「散々暴れてくれたわね…。今度はこちらの番よ!!」

 

幾本の刃を携え、風雲児は瞳に光を、新たな力をその身に宿し立ち上がった--

 

 

 



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みんなの太刀

駆け足になりましたが、勇者と刀使の物語は"一旦"ここで終了となります。

そして次回は赤嶺の過去が--





 

"満開"--

 

それは神世紀298年、夏希の死を切っ掛けに大赦が組み込んだ"完全型"バーテックスすら"御霊"ごと打ち倒す事が出来るまさに勇者の真なる切り札である。しかし、その代償は大きく"散華"という身体機能を神樹の供物として捧げなくてはならない。筈なのだが、この異世界では"散華"は起こらず多大な疲労感が襲うのみで済んでいる。では何故西暦時代の勇者である友希那が"満開"を使えるに至ったのか--

 

 

---

 

 

樹海--

 

香澄「ど、どうして友希那さんが"満開"を……?」

 

中たえ「そうか……。」

 

たえは一つの仮説を唱える。

 

中たえ「この異世界に召喚された時点で過去の勇者達の勇者システムは私達神世紀300年の最新の勇者システムに統一されている……。だから御先祖は"満開"が使えたんだ……。さっすが御先祖…。」

 

最後まで諦めず新たな力を手にした自身の祖先をたえは尊敬の眼差しで見つめていた。

 

友希那「何事にも報いを……。今味合わせてやるわ!」

 

友希那が高く跳躍すると何処からともなく巨大な方舟が現れ、友希那はそれに乗っかった。その方舟は何処となくたえの"満開"と似ていた。その友希那に対し星屑を弾丸の様に"獅子型"は打ち出すのだが、

 

友希那「全て切り刻む!!」

 

方舟から数多の制御ビットを出現させ、そのビットは小刀状へ変化し高速で移動して星屑を細切れに切り裂き、友希那へ辿り着くはるか手前で爆発する。

 

高嶋「凄い……。」

 

友希那「まだまだっ!!」

 

次に友希那は生太刀を構える。同時にその生太刀を模した巨大な刀が左右に3本の計6本、友希那の動きとシンクロする様に"獅子型"を袈裟斬りで切り裂き大きく仰反る形で地面に激突する。

 

燐子「やった……んでしょうか…?」

 

可奈美「まだだよ!」

 

土煙が晴れるも、そこには6本の刀傷がくっきりと入っているも、回復して動き出そうとしている"獅子型"が存在している。

 

赤嶺「"満開"の力でも…決定打にはなってない……!?」

 

可奈美「"荒魂"の力がバーテックスの治癒力を強めてるんだよ。」

 

姫和「あいつを完全に滅ぼすには"荒魂"を完全に滅さないと無理だ。」

 

美咲「でも、どうすれば……。」

 

舞衣「刀使だけではバーテックスの威力に耐えられない……。」

 

燐子「勇者の力じゃ決定打にかける……。」

 

2人の司令塔は打開策を必死で考えるが、2人が考えるよりも早く友希那と可奈美が結論を出す。

 

友希那・可奈美「「簡単(だ)よ!」」

 

燐子・舞衣「「えっ……?」」

 

友希那「私達の力を合わせれば良いのよ。」

 

可奈美「そうだよ!友希那ちゃん、私をその船に乗っけて!」

 

友希那「ええ。」

 

姫和「私も!」

 

可奈美と姫和は友希那の方舟に飛び乗り、方舟は再び上昇する。同時に"獅子型"も再生を完了し、巨大な火球を作り出そうと力を溜めていた。

 

可奈美「舞衣ちゃん!"荒魂"が集中してる場所を教えて!」

 

舞衣「分かりました!」

 

舞衣は"明眼"で"獅子型"をスキャンする。それに気付いた"獅子型"は力を溜めながら炎を纏った星屑を舞衣達に向けて発射するが、

 

友希那「やらせない!」

 

方舟から発射させる小刀状のビットが星屑を粉砕、時間を稼ぐ。

 

舞衣「っ!?可奈美ちゃん!"獅子型"の中央左!あそこに"荒魂"が集中して集まってる!」

 

可奈美「分かった!」

 

直後力を溜め終わった"獅子型"が火球を放った。これまで見てきた中で1番大きな火球--

 

可奈美「大きすぎる……!」

 

避ければ後ろで倒れている勇者達への被害は尋常ではないだろう--

 

友希那「くっ!」

 

友希那が構えようとするが、姫和がそれを止め、一方前へ出る。

 

可奈美「姫和ちゃん!?」

 

姫和「道は私が切り開く。それまで力を取っておきなさい。」

 

そう言い残し、姫和は火球へと1人突貫するのだった。

 

友希那「十条さん!」

 

可奈美「大丈夫。姫和ちゃんを信じて。」

 

 

--

 

 

姫和「すぅ………。」

 

突撃しながら姫和は一つ深呼吸をし、"小烏丸"を構える。

 

姫和「"迅移・三段速"!!」

 

姫和は一気に三段目まで加速する。常人の16.66倍の速さ。この時点まで到達した姫和を視認する事は不可能である。姫和はその勢いのまま"小烏丸"を前へ突き出した。"小烏丸"は普通の"御刀"とは違い、先端から中ほどまでが両刃になった"鋒両刃造(きっさきもろはつくり)"という特殊な形状を持つ。今の姫和の状態は宛ら自身が一本の刀の様--

 

"ひとつの太刀"--

 

それは"迅移"を使用している相手にさえ視認・回避を許さないほどの強力な必殺技であるが、使用後は姫和自身が極度に消耗して数日間は能力を低下させるというリスクもある不可避の必殺技--

 

姫和が火球へと突っ込み--

 

姫和「くっ……うぅぅ…!!」

 

火球を突破--

 

太陽と見まごう様な巨大な火の玉は霧散し、そのまま舞衣が示した"獅子型"の中央左を正確に貫いた。

 

燐子「凄い……!」

 

舞衣「見事です!」

 

姫和「今よ!!湊友希那!衛藤可奈美!!」

 

友希那「ええ!」

可奈美「うん!」

 

姫和が貫いた事を確認した友希那と可奈美は最後の一手を仕掛ける。

 

可奈美「友希那ちゃん。私の力を送るよ!八幡力!!」

 

可奈美は友希那の肩に手を置き、神力を流し込む。

 

友希那「あたたかい力が流れ込んでくる……。行くわよ!!」

 

高嶋「友希那ちゃん!!」

 

燐子「友希那さん…!」

 

あこ「友希那さん!」

 

紗夜「湊さん!」

 

リサ「行っけーーーー!友希那ぁーーー!」

 

6本の巨大な生太刀が1本の更に巨大な太刀へと変化し、友希那は真上からそれを振り下ろす。

 

友希那「これは私1人の力では無い!勇者と巫女…防人…そして刀使、今を生きるみんなの力よ!!受けなさい!"生生之大太刀(しょうじょうのおおたち)"--」

 

生太刀が"獅子型"を"御霊"ごと真っ二つに切り裂き、"獅子型"は光となって消えていき辺りに"ノロ"が放出される。

 

 

--

 

 

舞衣「……っと。"ノロ"はこうして小分けに封じておかないと再び"荒魂"に戻ってしまいます。」

 

激しい戦闘が終わり、姫和を除く刀使達は辺りに漂う"ノロ"を少量ずつ小分けにして回収していた。そうしておかなければ再び集まり"荒魂"と化してしまうからである。

 

可奈美「姫和ちゃん、大丈夫?」

 

姫和「問題ない……。少し休めばすぐ良くなる…。」

 

リサ「友希那も大丈夫だった!?」

 

友希那「ええ…。倦怠感はあるけれど…問題は無いわ…。これが"満開"の力なのね……。」

 

リサ「取り敢えずみんなを休ませよう。樹海化も元に戻るみたいだし。」

 

友希那「そうね…。流石の私も疲れたわ。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

彩「みんなお帰り!友希那ちゃんもリサちゃんも無事で本当に良かった!」

 

モカ「流石に今回は大変だったよね。」

 

巫女の2人が飲み物を用意して出迎えてくれる。戦いが終わった事にホッとする一同。

 

りみ「今回の戦いは本当に大変だったね…。」

 

美咲「全くだよ。暫く戦うのは勘弁。」

 

ゆり「何にせよみんな本当にお疲れ様。色んな事がいっぺんにあったけど、まずは友希那ちゃんとリサちゃんから話を聞こうかな。」

 

友希那「ええ…。私とリサは別空間の夜の樹海に飛ばされていたの。」

 

千聖「それって…!」

 

リサ「うん。多分千聖達が飛ばされた所と同じだと思う。そこで出会ったのが可奈美と沙耶香だよ。」

 

可奈美「初めましてだね!私の名前は衛藤可奈美。」

 

沙耶香「糸見沙耶香…。」

 

高嶋「舞衣さん。この人達も…。」

 

舞衣「そうです。私達と同じ刀使であり、仲間です。」

 

リサ「夜の樹海で私はある神託を受けたんだ。多分彩やモカにも来てたよね。」

 

彩「うん。この世界に不純物が紛れ込んだってやつだよね。」

 

リサ「そう。その不純物の正体は"ノロ"で間違いないと思う。そして、神樹様がそれに対処出来るように刀使達を召喚した…。その力を試す為に可奈美と沙耶香の2人は夜の樹海へまず連れて来られ、その御目付役として私達2人も転送されたんだ。」

 

千聖「そしてその試練に合格し、私達の戦闘区域に戻って来たと…。」

 

リサ「それで間違いないと思う。」

 

ゆり「はぁー……今回の神樹は本当に試練好きだよねぇ…。まぁ無事のりこえられたから良かったけど。」

 

夏希「本当ですよ。友希那さんの"満開"が無かったら危なかったですから。」

 

中たえ「御先祖様。どうして"満開"が使えると分かったんですか?」

 

たえは自分の考えた答えを擦り合わせる為友希那に尋ねる。

 

香澄「それ!私も気になりました!」

 

小沙綾「確か"満開"は香澄さん達の代の少し前からのシステムの筈…。」

 

友希那「私がこの世界に召喚された時、リサはこう言っていたわ。"この世界では勇者システムが最新のものになっている"と。」

 

リサ「確かに。そう神樹様から神託があったからね。」

 

友希那「だから思ったのよ。私の勇者システムが戸山さんと同じシステムなら、"満開"のシステムもあるんじゃないかって。」

 

中たえ「やっぱり…。」

 

中沙綾「おたえの思ってた通りだったね。」

 

即ち理論上では紗夜や蘭達他の西暦勇者達、果ては千聖達防人組も"満開"する事は可能なのである。

 

中たえ「それは盲点だったなぁ。」

 

あこ「って事はあこもさっきの友希那さんみたいにちょーカッコいい"満開"出来るって事だよね!?」

 

燐子「うん…そうなるね…。」

 

夏希「うぉぉぉ!私も"満開"出来るんだ!」

 

小沙綾「落ち着いて、夏希。」

 

その時、巫女に神託が降りる。

 

リサ・彩・モカ「「「っ!?」」」

 

友希那「新しい神託が来たのね?」

 

リサ「うん…。」

 

舞衣「どんな内容なんでしょうか…。」

 

リサ「………どうやら可奈美達とはお別れみたいだよ。」

 

香澄「えっ!?」

 

彩「さっきの戦闘で不純物の問題は"当面"大丈夫みたい。」

 

モカ「明日の20時に刀使の皆さんは元の世界へ転送されるそうですよ。」

 

舞衣「本当ですか!」

 

益子「やっと解放されるのか…。」

 

可奈美「そっか…折角仲良くなれたのに…。」

 

沙耶香「別れはいつも突然やって来るから…。」

 

ゆり「よーし!じゃあ明日は刀使のみんなとお別れパーティしよう!」

 

香澄「賛成です!!みんなの事もっと知りたい!」

 

可奈美「香澄ちゃん……。ありがとう!」

 

そういう訳で、早速動ける者達は明日の準備に取り掛かるのだった。

 

 

---

 

 

次の日、花咲川中学体育館--

 

友希那「はあっ!」

 

可奈美「ふっ!」

 

刀使達が元の時代に戻る時間は迫っている。友希那と可奈美は朝早くから模擬戦をしていた。初めは太刀筋の多さで友希那が押していたのだが、見た技をそのまま模倣する事が出来る可奈美が時代に友希那を追い詰める。

 

友希那「くっ…!」

 

可奈美「貰ったよ、友希那ちゃん!」

 

友希那「っ!?」

 

遂に可奈美が友希那のガードを上げられ後ろに仰け反る--

 

可奈美「終わりっ!」

 

友希那「っ……まだまだよ!」

 

可奈美「えっ!?」

 

かと思いきや、友希那は踏ん張りを利かせ逆に前へ突っ込み突きを繰り出したのである。

 

友希那「はぁーーっ!!」

 

可奈美「!?なんのぉ!!」

 

二本の木刀が同時に吹き飛んだ--

 

 

--

 

 

友希那「はぁはぁ……やるじゃない…。」

 

可奈美「はぁはぁ……友希那ちゃんこそ…。」

 

2人は体育館に大の字になりながら仰向けで寝転び互いを讃えていた。そこへランニングをしていた有咲と千聖がやって来る。

 

有咲「騒がしい音がしてると思えば。」

 

千聖「随分楽しそうな事をしてるじゃない。」

 

友希那「市ヶ谷さんに白鷺さん…。」

 

千聖「衛藤さん…だったかしら。一休みした後私とも一戦お願い出来るかしら?」

 

可奈美「お安い御用だよ!」

 

さっきまで荒い呼吸だった可奈美が見違えるかの様に元気になった。

 

友希那「スタミナ底無しなのね…。」

 

可奈美「そりゃ元気になるよ!色んな人と戦えるんだもん!剣術を通して、よく見て、よく知ればお互いに分かり合える!これが私のモットーだから。」

 

有咲「それには同感だ。千聖の次は私だ!」

 

可奈美「勿論!覚悟しといてよ!」

 

そこへもう1人やって来る。

 

姫和「私も混ぜてもらって良いか?」

 

可奈美「姫和ちゃん!もう大丈夫なの?」

 

姫和「あぁ。肩慣らしを手伝って貰おうか。」

 

有咲「それなら私が相手してやるよ。」

 

姫和「望む所よ!」

 

 

--

 

 

家庭科室--

 

リサ「〜〜♪」

 

鼻歌混じりにリサは生地を捏ねていた。

 

沙耶香「……。」

 

そのリサの側でじっと捏ねている生地を見つめているのは沙耶香だ。

 

舞衣「あらあら、よっぽど沙耶香ちゃんはリサさんの作るクッキーが気に入ったようですね。」

 

沙耶香「舞衣が作ったクッキーと同等……。」

 

リサ「ありがと。そう言ってもらえると作る側はやる気になるよ。」

 

舞衣「私もお手伝いしますよ?」

 

リサ「良いって。舞衣達はお客様なんだからさ。」

 

舞衣「でも、沢山の料理を1人では大変では?」

 

リサ「心配ご無用。勇者部には料理が出来る人が沢山いるからね。今頃みんな自分の家で作ってると思うよ。あっ、でも折角だから舞衣にはこのクッキー作り手伝って貰おうかな。私も舞衣のクッキーの味興味あるし。」

 

ウィンクしながらリサは言った。

 

舞衣「そういう事ならお任せください。」

 

沙耶香「舞衣のクッキー…楽しみ。」

 

舞衣「うふふ。腕によりをかけて作りますよ。」

 

 

--

 

 

海岸--

 

益子「あー……。ボーッとしてるのはやっぱ良いもんだ…。な、"ねね"。」

 

薫はただただ何をするでも無く海を眺めていた。そこへ、

 

薫「やぁ、子猫ちゃん。隣に座っても良いかい?」

 

もう1人薫がやって来る。

 

益子「構わねーぞ。」

 

薫「では、失礼するよ。」

 

薫は薫の隣に座って一緒に海を眺める。

 

薫「海は良い…。」

 

益子「?」

 

薫「広く、自由だ。とても心が安らぐよ。」

 

益子「……それは分かる。」

 

薫「儚いとは思わないかい?」

 

益子「それは分からねぇ。」

 

薫「君にもいつか分かる時が来る筈さ。」

 

益子「…なんだそりゃ。」

 

香澄「あっ、薫さん!…っと薫ちゃん。」

 

薫「おや?香澄ちゃんじゃないか。どうしたんだい?」

 

香澄「さーやはパーティ用の料理を作ってるので、終わるまで散歩してたんです。」

 

薫「そうだったのかい。」

 

香澄「隣良いですか?」

 

薫「勿論。」

 

香澄「はぁ………。」

 

暫く無言の時間が流れる。

 

香澄「"ねね"ちゃんは薫ちゃんのペットなの?」

 

益子「ああ、そんなもんだ。こいつも"荒魂"でな、それなのに何故か穢れが無いんだ。だからこいつは人と"荒魂"との在り方を示す重要な存在なんだと。」

 

香澄「そうなんだ!"精霊"と似たようなものなのかな?」

 

そう言って香澄は"牛鬼"を出した。"牛鬼"と"ねね"は楽しそうに戯れあっている。

 

香澄「2匹とも楽しそう!"ねね"もいつか薫ちゃんの助けになってくれるかもね!」

 

益子「…それは助かるな。俺の負担が減る……っておわっ!?"ねね"を齧るなこの野郎!」

 

香澄「あっ!?"牛鬼"!それは食べ物じゃないよぉー!!」

 

薫「ふふっ……儚い光景だ。」

 

 

---

 

 

その後、香澄達は可奈美達刀使を送り出すパーティを盛大に催し楽しい時間はあっという間に過ぎていく。そして遂にその時が訪れる--

 

花咲川中学、屋上--

 

夏希「もうお別れなんですよね…。」

 

時刻は間も無く20時になろうとしている。別れの時間がやって来たのだ。

 

舞衣「短い間でしたが、とても有意義な時間を過ごす事が出来ました。」

 

沙耶香「うん…。楽しかった。」

 

リサ「これ、あっちで食べてよ。」

 

リサは沙耶香にラッピングされたクッキーを手渡した。

 

沙耶香「ありがとう…!」

 

舞衣「良かったね、沙耶香ちゃん。」

 

沙耶香「うん……!」

 

益子「あんたらの事、"忘れない"。」

 

薫「あぁ……。」

 

忘れない--

 

他愛の無い言葉だが、香澄達にはくるものがあった。折角絆を深める事が出来たのに忘れてしまうのだから。

 

可奈美「……忘れないよ。」

 

友希那「え?」

 

可奈美「私が、私達が覚えてる。この世界での思い出や出来事を。例えみんなが覚えて無くても、私達が覚えていれば………みんなは"いる"から…。」

 

舞衣「ええ……。」

 

沙耶香「忘れない……。」

 

益子「忘れたくても忘れらんねぇよ。」

 

姫和「そうだな…。」

 

そしてその時はやって来た--

 

辺りに花びらが舞い、刀使達5人の身体が透け始めたのだ。

 

友希那「衛藤さん……。さよならは言わないわ。また会いましょう。」

 

可奈美「うん!約束!」

 

2人は固い握手を交わし、刀使達は元の世界へと帰って行った。

 

 

---

 

 

刀使達の世界--

 

5人は自分達の世界へと戻って来た。辺りを見回すと見覚えのある古い祠があった。どうやら可奈美達が消えたと報告があり、"伍箇伝"から捜索隊が派遣されたのだが、そこからの報告によると可奈美が消えてから1時間程しか経っていないらしい。

 

姫和「……不思議な体験だったな…。」

 

舞衣「そうですね。これも"ノロ"の成せる業なのでしょうか。」

 

沙耶香「分からないけど……。」

 

沙耶香の手にはラッピングされたクッキーが。

 

沙耶香「夢じゃ無いのは分かる…。」

 

益子「あぁ、だな。」

 

可奈美「よーし、私もまだまだ頑張らないと!姫和ちゃん、帰ったら模擬戦付き合ってよ!」

 

姫和「望むところだ!」

 

勇者と刀使--

 

 

 

2つの時代を巻き込んだ不思議な戦いはこうして幕を閉じる。

 

 

 

交わる事が無かった2つの世界--

 

 

 

一旦の終わりを迎えるが、彼女達が相対する時は再び来る--

 

 

 

 

のかもしれない--

 

 



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神世紀71年ー花の無い時代ー

神世紀71年、赤嶺香澄の過去が語られます。

この時代に"花"は無い。
あるのは厄を祓う"鏑矢"のみである--




 

刀使という異なる時代の巫女と激闘を繰り広げた勇者部一同。その体験を覚えている者はいないが、神樹の中では新たな力が宿ろうとしていた。

勇者達がそれを実感するのはもう少し先の出来事である--

 

--

 

勇者部部室--

 

香澄「もうすぐ赤嶺ちゃんの友達がこっちに来るけど、どんな人達なの?」

 

千聖「確か1人は日菜ちゃんの先祖だったわよね?」

 

日菜「私も気になる!御先祖様の記録は私も少ししか知らないんだ。教えてくれないかな?」

 

友希那「私も気になるわ。これから戦っていく仲間について知る事は重要よ。」

 

赤嶺「そうだね。じゃあみんなを集めてくれないかな。」

 

夏希「りょーかいです!私達小学生組の出番です!行こう、沙綾、おたえ。」

 

小沙綾「うん!」

 

小たえ「ミッション開始だ。」

 

 

--

 

 

数十分後--

 

赤嶺「…全員集まったかな。先ずは何処から話そう……。」

 

薫「確か赤嶺の先祖は私と同じ沖縄出身なんだったね。」

 

赤嶺「そうです。西暦の時代バーテックスの襲撃があり沖縄を離れ四国へ逃れる際、"赤嶺家"を含む人達を護衛してくださったのがお姉様なんです。その後大赦の中である程度の地位に就いた時、その恩を忘れなかった"赤嶺家"の者は"瀬田家"の名を石碑に残したんです。」

 

中たえ「そうだったんだねぇ。」

 

赤嶺「そして私が勇者……いや、"鏑矢"としての御役目に就いたのは神世紀72年…。」

 

中沙綾「"鏑矢"?勇者じゃなくて?」

 

赤嶺「私達の時代には勇者の存在もバーテックスの存在も最早伝説の産物になっていてその存在を知っている人はもうごく僅かしかいなかったんだ。」

 

千聖「神世紀72年……。"正常な思考を失ったカルト教団が、四国の全人民を巻き込んで集団自殺を図った"という大規模なテロがあった時代ね。」

 

そこまでは以前の御役目で赤嶺が話した内容である。

 

赤嶺「そう。そして私と相棒であるつぐちん…氷河つぐみはそれを鎮圧する御役目に就いたんだ。」

 

彩「人間が相手……大変な御役目だったんだろうね…。」

 

赤嶺「まぁ、そこは御役目と割り切るしかなかったよね。そしてその御役目に就く一年前……私はつぐちんとロックと出会ったんだ。」

 

そして赤嶺は語り出す。戦友である氷河つぐみ、そして朝日六花と出会った神世紀71年の思い出を--

 

 

---

 

 

神世紀71年--

 

世界を滅ぼそうとする人類の敵、バーテックス。そのバーテックスから人類を守護する、勇者。神世紀71年にはその2つの存在は既に想像上の伝説になっており、世界は平穏を取り戻していた--

 

 

--

 

 

象頭町--

 

ここは香川県の西部、象頭町。赤嶺香澄は大赦の命を受け、羽丘中学校へ入学する為にこの町へとやって来ていた。

 

赤嶺「ここが象頭町かぁー。ジムとかあるのかな?後で見に行ってみよっと。」

 

赤嶺は時計を確認する。一緒に入学する人と羽丘中学の先輩と待ち合わせをしていたからだ。

 

赤嶺「集合時間まで後15分。……ちょっと早く来過ぎちゃったかなぁ。」

 

集合場所のすぐ近くの公園に寄り、赤嶺はポケットからスマホを取り出し音楽をかける。

 

赤嶺「折角だから、少し体を動かそっかな。」

 

スマホから軽快な音楽が鳴り響き、赤嶺は軽やかにステップを踏む。

 

少女「あ、なんか踊ってる人がいるー。カッコイイ!」

 

少年「お姉ちゃん、今の動きもう一回!」

 

その踊りに魅せられたのか子供達が1人、また1人と赤嶺の元へ集まってくる。

 

赤嶺「ありがとう!じゃあもう一回見せちゃう、ね!」

 

少女「すごーい!!」

 

いつしか赤嶺の周りには大きな人だかりが出来ていた。そこへやって来るとある人物が。

 

?「ん?何でしょう、あの人だかり……。ストリートダンスなんて珍しいですね…ってあれは赤嶺さん!?」

 

青っぽい髪形に赤いシュシュ、黒縁メガネが特徴的なその少女、朝日六花は赤嶺を見つけて驚いた顔をしていた。そしてそこへもう1人やって来る。

 

?「あそこで踊ってる人凄いですね。バランスも良いですし筋力もあります。」

 

六花「ひゃあっ!?び、びっくりした…。えっと……氷河つぐみさんですよね?私は迎えに来た朝日六花です。」

 

つぐみ「そうです。宜しくお願いしますね。あ、これは挨拶代わりのプレゼントです。」

 

そう言ってつぐみは六花に手作りのクッキーを手渡した。

 

六花「あ、わざわざありがとうございます。」

 

つぐみ「ところで、来るって言っていたもう1人は何処でしょうか?」

 

六花「その人なら今そこで踊っています…。集合時間までもう少しあるからこのまま踊らせてあげましょう。」

 

六花が指差した方向にはさっきよりも沢山の人に囲まれた赤嶺の姿。

 

つぐみ「成る程……あの人が私と同じ御役目に選ばれた人ですね…。」

 

六花「そうです。だから選ばれたんでしょうね………"鏑矢"に。」

 

 

--

 

 

やがて集合時間となり、赤嶺はダンスを終了。惜しみない拍手を送られながら2人の元へとやって来る。

 

赤嶺「ごめんね。待たせちゃったかな?」

 

六花「大丈夫ですよ。時間ぴったりです。」

 

赤嶺「良かった!改めて自己紹介だね。私は赤嶺香澄。」

 

つぐみ「!香澄、なんですか………!大赦から贈られるという名前の。私は氷河つぐみです。」

 

六花「私は朝日六花、この先の羽丘中学校の2年生です。それではそろそろ私達の寮に行きましょうか。」

 

赤嶺香澄、氷河つぐみ、朝日六花--

 

これが3人の初めての出会いであり、ここから3人は御役目に就く事となる。

 

 

---

 

 

羽丘中学、寮--

 

六花「ここが寮の中でお2人が使う部屋です。相部屋なので仲良く使ってください。」

 

赤嶺「わぁ、広いなぁ。ありがとうございます、朝日さん。」

 

六花「ここの真上が私の部屋なんですけど、廊下に出なくてもこの押し入れから上の階に行けるんですよ。」

 

そう言って六花は押し入れの天井の一部を開ける。すると梯子が降りてきた。

 

つぐみ「面白いですね。隠密のようです。」

 

六花「ですよね!ワクワクしますよね!」

 

六花は天井を元に戻そうとした次の瞬間。

 

六花「きゃあっ!?」

 

押し入れから足を踏み外し落っこちてしまう。幸い怪我は無かったようだ。

 

赤嶺「朝日さん、大丈夫ですか!?」

 

六花「痛てて……私のおたんちん……。」

 

つぐみ「おたんちん…?」

 

赤嶺「確かその言葉使いって…。」

 

六花「ああ…かつての美濃地方の方言です。たまに出るんですけど気にしないでください。」

 

赤嶺「あはは!何か仲良くなれそうです!親しみ込めて…えっと……ロックって呼んで良いですか?」

 

六花「構いませんよ。その方が距離感縮まりますしね。」

 

赤嶺「氷河さんは……つぐちんって呼ぶね!」

 

つぐみ「分かったよ。けど、何かむずむずするね。」

 

六花「じゃあ次は役割分担を決めましょうか。」

 

つぐみ「それなら私が色々やりますよ。」

 

赤嶺「そんな、つぐちんばっかにお願い出来ないよ。」

 

つぐみ「赤嶺ちゃん、大雑把な性格でしょ?」

 

つぐみは部屋の隅に目をやる。そこには乱雑に置かれた赤嶺の荷物の数々。

 

赤嶺「うっ……それは否定出来ない…。それに比べてつぐちんの荷物はピシッとしてるなぁ。」

 

つぐみ「それに私そういうの好きだから任せて!」

 

赤嶺「うん…それならお願いしようかな。でも手伝える事があったら何でも言ってね。」

 

つぐみ「うん。」

 

六花「まとまったようですね。それなら早速制服に着替えましょうか。」

 

3人は支給された制服に着替え始めた。

 

 

--

 

 

赤嶺「おお…何だか大人っぽい。」

 

黒を基調としたスマートで動き易い制服に3人は着替えた。

 

つぐみ「気に入りました。」

 

六花「闇に紛れ易い制服になってます。これは1つ1つ特注で仕事服も兼ねているんです。」

 

赤嶺「この格好で御役目をこなすんですか?」

 

六花「そうです。すぐに鍛錬が始まります。私は"巫女"として、お2人は"鏑矢"として。」

 

赤嶺「"鏑矢"………。」

 

つぐみ「ある程度は説明を受けてきましたけど、まだ謎が多いです。」

 

六花「歓迎会をしながらそのあたりの事を話しましょうか。」

 

赤嶺「良いですね、歓迎会!」

 

歓迎会を通して3人の仲は更に深まっていく事となる--

 

 



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神世紀72年ーただ穿つ矢の様にー

神世紀72年のテロの真実が明らかとなります。

赤嶺とつぐみ、2人を鍛えるべく現れたのは西暦の時代、終末戦争を生き抜いた生きる伝説--

西暦の風雲児だった--




 

 

勇者部部室--

 

中沙綾「"鏑矢"……。それが赤嶺さんがいた時代の勇者の呼び名……。」

 

香澄「平和な時代だったのに勇者が必要だったんだね…。」

 

赤嶺「前に言った様に平和を脅かす人達が出てきたんだよ。"天空恐怖症候群"--天の神を畏れ信仰する人達が出てきたんだ。」

 

紗夜「…………。」

 

夏希「?紗夜さん、大丈夫ですか?顔色が悪いですけど……。」

 

紗夜「ええ…大丈夫です。」

 

赤嶺「そして"鏑矢"として私はつぐちんと一緒に"ある人"の元で鍛錬を受ける事になるんだ--」

 

 

---

 

 

神世紀71年、羽丘中学校、寮--

 

六花「では歓迎会とくれば、ご馳走です。お金は大赦から頂いているので買い出しに行きましょうか。」

 

赤嶺「料理出来る人いるの?」

 

六花「え…っと……。」

 

2人が沈黙していると、

 

つぐみ「私料理出来るよ。良く手伝ってたから。」

 

そう言うとつぐみは徐に冷蔵庫を開けて中に入っていた小松菜を使って料理を始めた。

 

赤嶺「いきなり料理を始めたけど、手慣れた手つきでびっくり!」

 

六花「手つきは凄いけど、問題は味だよね…。」

 

赤嶺「でもすっごい包丁捌きだよ。それに良い匂いもしてきました。」

 

ものの数分でつぐみは何品か作り上げ、2人は味見をする。

 

つぐみ「味には自信があるけど、どうかな?」

 

赤嶺「うわぁー!小松菜がこんなに美味しく感じたのは初めてだよ!」

 

六花「沢山種類がある細巻きも可愛いし、飽きないです!」

 

つぐみ「六花さん。この寮ではある程度自炊する必要があるんですよね?」

 

六花「そうですね。朝は食堂でご飯が出ます。」

 

つぐみ「じゃあ、私が食事をつくるね。香澄ちゃん、良いかな?」

 

赤嶺「えーっ。良いの?な、何だか全部やってもらってる雰囲気だけど。」

 

六花「雰囲気じゃなくて実際そうなんですけどね…。」

 

赤嶺「流石に全部任せっきりは良くないよ。私も手伝える事があれば手伝うから。」

 

つぐみ「ありがとう。何かあれば言うね。」

 

赤嶺「う、うん。」

 

赤嶺(何だろう……。何だかじっと見つめられるとドキドキするなぁ。)

 

つぐみ「ん?どうしたの?」

 

赤嶺「な、何でもないよっ!」

 

真っ赤になった頬をつぐみに見せない様に赤嶺は顔を必死に晒した。

 

 

---

 

 

次の日、象頭橋--

 

歓迎会の次の日、六花は2人を連れて羽丘中学近くの象頭橋へと来ていた。

 

六花「今回、私達が選ばれたのは特別な御役目の為です。私は"巫女"として、2人は"鏑矢"としてです。」

 

つぐみ「……私達が行う事は神事と聞いています。」

 

六花「そう。私達が行う事は妖魔を退散させ、五穀豊穣や無病息災を祈願する神事です。」

 

赤嶺「大赦で時々やってますよね。」

 

六花「それは普通の神事ですね。こう、弓の弦を鳴らして穢れを祓ったりするやつです。でも、私達は違います。」

 

突如六花の雰囲気が一変する。

 

六花「"物理的"に矢を放つ。そして妖魔を退散させます。その放たれた矢は"鏑矢"と呼ばれます。つまりお2人の事ですね。」

 

赤嶺「え?私達は妖魔と戦うんですか!?……あの、"伝説の勇者"の様に?」

 

六花「違いますよ。そんな敵はもういません。私達の敵は………平和を脅かす"人間"です。」

 

赤嶺・つぐみ「「っ!」」

 

六花「だから勇者様の様に装束を纏う事もありません。ただ粛々と、目標を射抜くんです。」

 

つぐみ「穢れを祓う大変な御役目だとは聞かされてましたけど……。」

 

赤嶺「そ、それを中学生の私達が……。」

 

一気に空気が重くなる。六花は体よく言ってはいるが、人を粛清しろという事である。それをまだ年端もいかない中学生の女の子が。

 

六花「神樹様に選ばれた無垢な少女は、その体に大きな力を宿せるんです。祝詞で、その力を2人に付与させるのが私の役目。そして、その超常的な力で、厄を祓うのがお2人。決して表には出せない御役目です。」

 

つぐみ「厄を…祓う……。つまりそれは…。」

 

六花「……神の力を振るわれた人間は昏睡状態に陥るそうです。その人間が最終的に助かるのか、神罰が下るのか……それは神樹様が決める事。2人は気にせず矢として役割を全うしてください。」

 

眈々と説明する六花を他所に、つぐみは何か思うところがあるようだった。

 

つぐみ「………。」

 

赤嶺「つぐちん……。」

 

六花「いきなり言われても絶句でしょうね。より詳しくは大赦の人が説明してくれます。言える事は一つだけ。これからの平和を守る為に神樹様が私達を選んだんです。」

 

赤嶺「神樹様の…御意志……。」

 

つぐみ「……それは、名誉な事です。」

 

六花「ちなみに、お2人の訓練には"あの御方"も見てくださるそうです。」

 

 

"あの御方"--

 

 

今の時代でそう呼ばれる人物はただ1人しか存在しない--

 

 

赤嶺「あ、あの御方って……!まさか…!」

 

つぐみ「うん…。西暦の時代、終末戦争を生き抜いた伝説の勇者……!」

 

赤嶺「花園…友希那様……!」

 

 

---

 

 

花園友希那--

 

 

西暦の時代、5人の勇者と共に四国を護り抜いた伝説の勇者。神世紀71年の今、齢85歳になった今でもその実力は衰えておらずその存在は四国に住んでいる人なら誰もが知っている。本来の名前は湊友希那なのだが、西暦の終わりにとある理由から花園へと名を変えている。

 

六花「それだけ"鏑矢"が大事だって事です。平和になった筈なのに、再び終末戦争に巻き戻るような時間が起ころうとしている…。それを止める為の手段が"鏑矢"…私はそう聞いています。」

 

赤嶺「もし、そんな事が起これば…。」

 

つぐみ「放ってはおけないね……。」

 

ここから2人の、"鏑矢"としての訓練が始まっていく。

 

 

---

 

 

大赦、訓練場--

 

2人が訓練場に入ると、そこには大赦の神官が壁に沿うように座っており、最奥には1人の老齢の女性が瞑想をしていた。

 

赤嶺「あ、あの御方が……。」

 

つぐみ「は、花園様…。」

 

友希那「2人ともそんなに畏まらないで頂戴。楽にして良いわ。」

 

2人は緊張な面持ちで友希那の前に座った。

 

友希那「これからあなた達2人を指導する湊--」

 

赤嶺「湊?」

 

友希那「…ごほん、花園友希那よ。早速だけれど、これから1年であなた達を徹底的に鍛え上げるわ。来るべき時に備えて。あなた達、覚悟はあるかしら?」

 

赤嶺・つぐみ「「……はいっ!!」」

 

 

--

 

 

赤嶺香澄と氷河つぐみも、厳しい訓練の中で、その腕を鍛えていった。香澄は接近戦を主体に。つぐみはそれを補佐する形でめきめきと力をつけていく。最初は友希那に触れる事すら出来なかった2人だった。毎日鍛錬が始まる時間よりも早くから自主練、そして鍛錬が終わった後も夜遅くまで残り復習をする。次第に友希那の動きに着いて行ける様になり、半月が経った頃には漸く一発だが攻撃が通るようになった。

 

 

--

 

 

そして時は流れ、1年後の神世紀72年。

 

大赦、訓練場--

 

友希那「今日であなた達を教えるのは最後になるわ。今日まで良く着いて来れたわね。私が教える事はもう何も無いけど……最後に1つ。」

 

赤嶺・つぐみ「「?」」

 

友希那「西暦の時代、私は友である美竹蘭からバトンを受け取り、終末戦争を生き抜いてきた。それは長く険しい、終わりが見えない道で私はその中で多くの友を失ってきたわ。私含め全ての勇者達が、時に恐怖して、悩んで、苦しんで……守りたいものの為に戦っていき、そして半ば降伏に近い形で今の平和な世の中がある。あなた達もこの先同じ事が待っているかもしれない。」

 

赤嶺・つぐみ「「………。」」

 

友希那「今、私はそのバトンをあなた達2人に託す。」

 

つぐみ「友希那様からの……。」

 

赤嶺「バトン……。」

 

友希那「そのバトンの名は"勇気"。または"希望"、"願い"とも言える……。信じて欲しい。あなた達の後ろには、バトンを引き継いできた沢山の人達がいる事を。見回して欲しい。あなた達の隣には、今まで一緒に過ごしてきた友達や家族がいる事を。決して1人では無い事を知って欲しいの。私が最後に贈る言葉は、"戦いなさい"や"頑張りなさい"でもないわ。」

 

友希那「"生きて"--」

 

赤嶺・つぐみ「「えっ?」」

 

友希那「大切な人がいるのなら、その人の事を思い出して欲しいの。あなた達が生きるのを諦めてしまったら、その人が悲しむ事を思い出して欲しい。私は多くの大切な友達を失ってしまった。あなた達の大切な人に、私と同じ思いをさせないで。その人のところへ、必ず戻ってあげて。」

 

言葉1つ1つの重みが違う。激動の西暦を生き抜き、その中で培ってきた本当の思いがこの言葉に溢れている。

 

赤嶺「……分かりました。その御言葉、しかとこの心に刻み、」

 

つぐみ「そのバトン確かに私達が受け継いでいきます。」

 

友希那からの最後の言葉を受け取り、2人は訓練場を後にする。2人が出ていった後、友希那は大赦のとある部屋へと赴いた。

 

 

---

 

 

大赦、とある部屋--

 

そこでは1人の友希那と同じくらい老齢の女性がベッドで眠っていた。

 

友希那「……待たせたわね、リサ。」

 

友希那が呼びかけるもリサからは返事が返ってこない。

 

友希那「今日でやっと訓練が終わったわ。これで私の役目も終わる。バトンは未来の勇者に託したわ。」

 

友希那は眠っているリサに優しく話しかけるかのように話を続けていく。

 

友希那「赤嶺って少女。まるで香澄の姿そっくりだったわよ。名前も香澄で一緒。本当に生まれ変わりと思ったくらいよ。腕も確か。これからの大赦を引っ張っていくのはあの子でしょうね。」

 

リサからの返事は無い。体動も無い。

 

友希那「そしてもう1人の氷河さん。苗字からもしやとは思ったけれど、どうやら紗夜の子孫の様よ。紗夜と同じで愚直で真っ直ぐ。赤嶺さんに何かがあってもちゃんとサポートする筈よ。だけど心に迷いがあるのも紗夜と同じ………。それを御する事が出来るかどうかはあの子次第。」

 

全てを話し終わると友希那は動かないリサの手を握り、

 

友希那「美竹さん、燐子、あこ、香澄…紗夜……そして、リサ……長い事待たせてしまったわね……。この続きは…一緒に……話し………ま…しょ……う…。」

 

 

神世紀72年--

 

 

"神事"が始まる一方でバーテックスの襲来を実体験した最後の生き残りが老衰で死去。

 

 

それを2人が知る事は無いだろう--

 

 

---

 

 

同時刻、象頭橋--

 

六花「いよいよ今夜から"神事"が始まります。」

 

つぐみ「全ては万人の暮らしの為に…。」

 

赤嶺「火色舞うよ…。」

 

 

--

 

 

3人が目指す場所は象頭橋近くのとある集会場。大赦からの情報ではここに大規模な天の神の信仰集会が開かれているとの事だ。3人は天井裏から様子を伺っていた。

 

赤嶺「段取りは大丈夫?」

 

つぐみ「オッケーだよ。」

 

そして六花は祝詞を唱え始める。

 

六花「掛巻くも畏き神樹、産土大神(うぶすなのおおかみ)大地主神(おおとこぬしのかみ)の大前に(かしこ)み恐みも(まを)さく、捧奉りて乞祈奉(こひのみまつらく)を平らげく安らげく(きこし)召して、神樹の高き広き厳しき恩頼(みたまのふゆ)に依り、禍神の禍事なく、身健やかに心清く、守り恵み(さきわ)へ給へと恐み恐みも白す。」

 

唱え終わると2人の身体に青白い光の膜に包まれる。

 

赤嶺「行くよ。3.2.1…今!」

 

赤嶺の合図で2人は会合中のど真ん中へ降り立った。

 

教祖「な、なんだ!?」

 

赤嶺「あなた達な恨みは無いけれど、これも世界の平和の為だから…。」

 

つぐみ「あなた達の行く末を決めるのは神樹様…神に祈る事です。最も、その神は神樹様の敵ですけどね。」

 

2人は信者達を次々に拳で殴打していく。そして殴られた信者は昏倒して倒れていく。倒れた信者の行く末を決めるのは神樹だ。青年や老人、年端もいかない子供もいる。その全てが粛清対象であり、赤嶺は粛々と御役目を遂行していく。自分の感情を押し殺してまでも。

 

つぐみ「………。」

 

教祖「ま、まて……!お、御慈悲を………。」

 

赤嶺「……それは神樹様が決める事だよ。」

 

赤嶺は最後に残った教祖を殴打、御役目遂行を完了させた。

 

 

 

かに思えた--

 

 

赤嶺「つぐちん……その子で最後だよ…御役目を遂行しないと。」

 

つぐみ「……分かってる……分かってるけど………この子は教祖に魅せられた親に着いて行っただけかもしれない。」

 

つぐみの後ろには1人の少年が震えて縮こまっていた。彼の親も既に昏倒している大勢の中に混じっているのだろう。

 

赤嶺「それを決めるのは私達じゃない……神樹様だよ。」

 

つぐみ「そうだけど……。」

 

六花「…………。」

 

六花は2人の様子をただ見ているだけ。横入りする気はなかった。

 

赤嶺「どいてつぐちん…。つぐちんがやらないなら私がやるよ。」

 

赤嶺は庇うつぐみを押し除け強引に近付こうする。その目に迷いは無い。

 

つぐみ「待って香澄ちゃん!」

 

赤嶺「………ごめんね。」

 

 

神世紀72年某月某日深夜、大規模テロ未遂鎮圧--

 

 

集会参加者473人が昏睡、そこから1時間後全員の死亡を大赦が確認--

 

 

その後"赤嶺家"はその功績を買われ大赦での地位を確実なものへとする一方、"氷河家"は私情が混ざったとし徐々に衰退。"赤嶺家"との地位が開いていく事となった。そして後にこの事実は大赦により検閲され"カルトの集団自殺事件"として世に知れる事となる。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

赤嶺「これが神世紀72年の真実。この事件をきっかけに"氷河家"は衰退していく事になる。」

 

日菜「…………。」

 

千聖「日菜ちゃん…。」

 

赤嶺「だけど……前にも言ったけど、それでも私はつぐちんの事を尊敬してるんだ。私情が混じって失敗したけど、人間的にはつぐちんの方が正しいから…。」

 

日菜「やっぱり御先祖様は凄い人だったんだね…。」

 

千聖「そうね。確かに彼女も立派な"勇者"だわ。」

 

日菜「真実を話してくれてありがとう。今からその偉大な御先祖様に会えるのが楽しみで待ちきれないよ。」

 

香澄「私も!早く会いたいな!」

 

赤嶺「……そうだね!すっごく良い人だからきっとすぐ仲良くなれるよ。」

 

新たな仲間の事を知った香澄達勇者部。その仲間が到着する日は近い--

 

 

 



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混沌の人形劇ー準備ー

のんびり日常回です。

最近めっきり寒くなりましたが皆様風邪を引かないように気をつけてくださいませ。

私はガッツリ風邪引きましたから(笑)



 

 

勇者部部室--

 

ゆり「みんな元気してる?お仕事だよ!」

 

今日も今日とて勇者部はゆりの元気な声から1日が始まる。

 

有咲「のっけから説明不足だけど、どうしたんだ?」

 

りみ「何か依頼が来たの?」

 

ゆり「実はね、いつもお世話になってる幼稚園から人形劇をやって欲しいっていう依頼が来たんだよ。」

 

香澄「おー!やりましたね、ゆり先輩!」

 

ゆり「しかも!今回は私達勇者部の人数を鑑みた結果、その幼稚園の姉妹園での同時公演なんだ!」

 

中たえ「それは凄いですね。」

 

ゆり「いえあ!たえちゃん、いえあ!」

 

中たえ「いえあー!」

 

美咲「あはは…。何だろうあのテンション。」

 

薫「勇者部はそんな事までするのかい?流石じゃないか。」

 

中沙綾「はい。元の時代ではそういう依頼の方が多かったんですよ。あ、ゆり先輩。脚本は私とおたえでやりますよ。」

 

小たえ「私も手伝います!」

 

ゆり「ありがと。後は演出だね。今回私は幼稚園との調整で忙しいんだけど……。」

 

そこへ手を挙げる人が1名。

 

燐子「それでは…私がやっても良いでしょうか…。」

 

ゆり「え?」

 

あこ「えっ!?じゃあ、りんりんがやるならあこもやる!」

 

ゆり「トントン拍子だね。それじゃあ各チームの台本と演出は決まったね。」

 

あこ「りんりん頑張ろうね!」

 

燐子「うん…!でも、同時公演だから…あこちゃんが演出した劇が見れないのは残念かな。」

 

あこ「そうだ!ガーン……。」

 

ゆり「まあまあ、そこは劇を観る園児のみんなに決めて貰えば良いんじゃない?」

 

あこ「うん、それでいっか!」

 

ゆり「それじゃあ、私はあんまり練習に出れないから脚本と演出の人はお願いね。」

 

 

---

 

 

次の日--

 

今日から本格的に始動となる。まずはチーム分けからだ。

 

夏希「人形劇かぁ。香澄さん達は経験もあるみたいだし、本格的な感じになりそう。」

 

ゆり「まずはAチーム。脚本たえちゃん(中)、演出燐子ちゃん、音響は美咲ちゃん。配役は高嶋ちゃん、紗夜ちゃん、蘭ちゃん、モカちゃん、日菜ちゃん、イヴちゃん、りみ、赤嶺ちゃんだよ。」

 

りみ「が、頑張りましょう、赤嶺さん。」

 

赤嶺「うん。火色舞って行くよ。」

 

ゆり「次はBチーム。脚本沙綾ちゃん(中)、たえちゃん(小)、演出あこちゃん、音響は薫。配役は香澄ちゃん、友希那ちゃん、リサちゃん、夏希ちゃんに有咲ちゃん、千聖ちゃん、彩ちゃん、花音ちゃんだよ。」

 

彩「頑張ろうね、千聖ちゃん!」

 

千聖「ええ。やるからには全力よ。」

 

ゆり「それぞれテーマは"勇者"だよ、分かった?脚本と演出の人達。」

 

中たえ「りょーかいです。」

 

あこ「あこに任せて!」

 

燐子「分かりました…。」

 

ゆり「今回は配役が多いから1人1役!兼ね役しなくて済むからもう片方の手で台本読めるよ。」

 

中沙綾「それなら台本を暗記しなくて済みますね。」

 

美咲「音響かぁ。中々面白いスタッフィングですね。」

 

薫「私もだ。沖縄の音楽と波の音なら任せてくれ。」

 

各々やる気を出す者や、

 

紗夜「高嶋さんと一緒にお芝居……高嶋さんと一緒に………。」

 

良からぬ妄想をする者、

 

高嶋「紗夜ちゃん!一緒に頑張ろうね!」

 

紗夜「!?え、ええ、もちろ……ゴホン、そうですね。頑張りましょう。」

 

高嶋「?うん!」

 

ゆり「そしたらみんな!各自、チームに分かれて稽古開始だよ!」

 

様々な思いが交錯する中、人形劇の稽古が今始まる--

 

 

---

 

 

Aチームサイド--

 

中たえ「Aチームのみんな集合でーす!」

 

燐子「早速お話の配役が決まったのでお知らせします…。」

 

蘭「随分早いね…。」

 

燐子「まず…勇者役、香澄さん。」

 

高嶋「えっ!?私が勇者!?」

 

紗夜(これ以上無いくらいピッタリです……。)

 

燐子「魔女役、紗夜さんと日菜さん…。」

 

紗夜「っ!?」

 

燐子「農民役…美竹さんと若宮さん…。」

 

モカ「良かったね、蘭。」

 

燐子「ウサギ役…青葉さん。」

 

モカ「うさ?」

 

燐子「精霊役、りみさん。妖精役、赤嶺さん……以上の配役となります。」

 

りみ「精霊かぁ。何だか恥ずかしいなぁ。」

 

赤嶺「大丈夫大丈夫。ドンと構えていようよ。」

 

紗夜「魔女……。」

 

モカ「ウサギ…ウサギ?」

 

中たえ「お話はねー、ペットのウサギを魔女に拐われた農民が、勇者に助けてくれーってお願いするんだ。」

 

燐子「そして…農民の依頼を受けた勇者が、精霊から遣わされた妖精の力を借りて…魔女を倒すんです…。」

 

モカ「蘭のペット…。」

 

蘭「モカのウサギ姿…ちょっと見てみたいかも。」

 

この配役に意を唱える人物が1人--

 

 

紗夜「すみません、いくら何でも私が魔女というのはどうかと……。」

 

高嶋「紗夜ちゃん大人っぽいから、きっと素敵な魔女になるね!」

 

紗夜「魔女役、喜んでやらせてもらいます。」

 

 

いなかった--

 

 

高嶋「わーい、やったー!頑張ろうね、紗夜ちゃん!」

 

配役が無事決まったところで、たえは全員に台本を配り始める。

 

モカ「へぇ……ウサギって鳴くんだねぇ。」

 

 

---

 

 

Bチームサイド--

 

小たえ「皆さん集まってくださーい。」

 

あこ「配役を発表するよ!」

 

有咲「もう決まったのか!?」

 

あこ「まずは勇者役、香澄!」

 

香澄「私勇者役だ!」

 

あこ「勇者の相手のお姫様役、沙綾ちゃん!」

 

有咲「何で脚本の沙綾が出てるんだよ!」

 

中沙綾「大まかな事はたえちゃんがやってくれたから余裕が出来たんだ。」

 

あこ「で、友希那さんが魔王で、リサ姉が魔女です。」

 

友希那「魔王……男役という事かしら?」

 

リサ「…ねえねえ。魔王と魔女は、夫婦なの?」

 

あこ「え?えーっと…別にそれでも大丈夫ですよ。」

 

リサ「……!」

 

友希那に見えないところでガッツポーズをするリサ。

 

友希那「……?どうしたの、リサ。」

 

リサ「え?な、何でもないよ!」

 

あこ「そして夏希と彩さんはその使い魔!」

 

夏希「つ、使い魔!?何か、チョイ役っぽい……。」

 

彩「だ、大丈夫だよ、夏希ちゃん。使い魔は魔王の副官…だと思うよ。」

 

夏希「副官って、副隊長みたいなやつ?それなら燃えてきたよ!」

 

千聖「……もうろくなの残ってなさそうだけど、私達の役は何かしら?」

 

あこ「7人の小人役。」

 

有咲「何で3人で7人分やるんだよ!」

 

中沙綾「ごめんね。つい筆が進んじゃって、7人の小人が出てこないと成り立たない物語になっちゃったんだ。」

 

有咲「その割には明らかに余っちゃったから適当でいっか♪みたいな配役だろ!」

 

あこ「確かに…3人で7人分は難しいと思うけど……だからこそこの配役にしたんだ。」

 

有咲「え?」

 

小たえ「有咲先輩達なら7役完璧に演じてくれると思ったので…。」

 

その言葉が有咲の心に火をつける。

 

有咲「そ、そう……。そこまで言うなら、やってやろうじゃん!」

 

あこ「スーパーアクターに演じてもらえるなんて、脚本家冥利に尽きるのです。」

 

花音「………完全に乗せられちゃってるね、有咲ちゃん。」

 

千聖「そ、そうね……。大丈夫かしら…。」

 

小たえ「内容は、7人の小人が魔王と魔女に拐われた姫を助けてーって勇者にお願いする話だよ。」

 

薫「……沖縄要素が何処にもない…。これもまた、儚いね……。」

 

各チーム台本を受け取り、練習を開始。そして1週間後、別々の幼稚園で本番が始まるのだった--

 

 



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混沌の人形劇ー開演ー

練習したかどうかも定かでは無いまま、勇者部はそれぞれの幼稚園で劇を始める事になるのだが--

次回はもう一度クリスマス回です。




 

 

花咲川中学近くの幼稚園--

 

蘭「ゆ…勇者様、大事なウサギをた、助けてくんろ。オラもお供するずら。」

 

イヴ「私も連れて行ってください。きっと役に立つはずです。」

 

蘭(な、何で私だけ訛ってるの……。)

 

Aチームは今正に本番の真っ最中。滑り出しは中々のようである。

 

りみ「私の妖精を連れて行きなさい。きっと助けになる筈です。」

 

赤嶺「私がいれば魔女の魔法も怖くないよ。さ、行こう。」

 

高嶋「おお、これなら百人力だ!きっとウサギも助けてあげられるだろう!」

 

 

--

 

 

舞台裏--

 

燐子「中々皆さん仕上がっていますね…。」

 

中たえ「そうですね。みんな頑張って練習してきましたから。」

 

 

--

 

 

物語もいよいよクライマックスに突入。ここまで目立ったミスもなく魔女の登場シーンへと移っていく。

 

紗夜「ふ、ふふふ……よく来た勇者よ。私はお前を愛している!」

 

 

--

 

 

舞台裏--

 

燐子「え…?」

 

中たえ「あれれ…?」

 

 

--

 

 

高嶋「農民の大事なウサギを返してもらうぞ!それはそうと……僕も同じ気持ちだ!」

 

紗夜「えっ!?ほ、ホントですか……?」

 

高嶋「え、あれ?」

 

モカ「きゅ、きゅい〜きゅっきゅっきゅっ〜」

 

イヴ「う、ウサギさん……私にぞっこんラブだなんて…。」

 

蘭「え?………え?」

 

蘭(イヴ何やってるの!?)

 

モカ「きゅ〜?」

 

イヴ(蘭さん、ここは周りに合わせましょう。さあ、蘭さんも。)

 

蘭「うっ……。お、オラもそんだ!ウサギさぁに、ラブラブちゅっちゅずら…。」

 

イヴに背中を押され、仕方なく蘭も周りに合わせアドリブで展開していく。

 

モカ「きゅ〜。」

 

 

--

 

 

舞台裏--

 

燐子「は、花園さん……こ、これは一体……?」

 

中たえ「あ。間違えてみんなにボツにした台本渡しちゃった。」

 

 

--

 

 

りみ「確かにボツになるのも仕方ない内容だね……。」

 

赤嶺「みんな暗記してないから、台本をそのまま読んで混乱してるみたい。」

 

美咲「あはは……どうする?」

 

りみ「二度と同じ失敗を繰り返さないように、私が頑張らないと……!美咲ちゃん、困った時は音楽です!」

 

唯一経験があるりみが機転を利かせて美咲に音楽の指示を出す。

 

美咲「任せて!」

 

美咲は戦闘BGMを流して強引にラブロマンスから軌道修正をかける。

 

りみ「みなさん、このまま何とかアドリブで話を元に戻してください!お姉ちゃんがいない今……私が…私が何とかしないと!」

 

紗夜「届け、この想い!……じゃありません。勇者よ、受けてみよ!我が全力の魔法!」

 

赤嶺「いいえ、あなたの熱い想いはこの私が!……じゃなかった、魔法は私が跳ね返すよ!」

 

 

--

 

 

舞台裏--

 

中たえ「うんうん、何とか起動修正出来たね。」

 

りみ「その調子です、みなさん!」

 

燐子「……………。」

 

2人がホッとしている中、燐子だけが複雑な想いで劇を見ていた。

 

 

--

 

 

高嶋「ならばその想い、全力で受け止め………じゃなかった、来い、魔女よ!成敗して--」

 

燐子「…成敗しちゃダメです……!」

 

珍しく感情的になった燐子が舞台裏から出てきたのである。

 

全員「「「えぇ〜〜〜〜!?」」」

 

中たえ「燐子さん!?ど、どうしました?」

 

燐子「魔女の熱い想いに…勇者高嶋は応えるべきなんです……!」

 

りみ「演出がボツ台本の方を気に入っちゃった!?り、燐子さん、落ち着いて--」

 

燐子「さあ、勇者高嶋…!魔女の熱い想いに応えてあげてください!」

 

園児達「「頑張れ勇者〜!魔女も頑張れ〜!」」

 

美咲「あははっ!観客もノリノリみたいですよ?」

 

高嶋「わ、分かった!ならばこの胸で受け止める!おいで、魔女!」

 

高嶋は両手を広げ紗夜を受け止める準備に入る。

 

りみ「そ、そんな!高嶋さんまで!」

 

紗夜「た、高嶋さ……いえ、勇者!全力で受け止めて下さい!ラブメテオ……クラーーーッシュ!!」

 

紗夜はそう叫んで高嶋向かって思い切りダイブするのだった。

 

赤嶺「ラブ…メテオ…?」

 

高嶋「ぐはっ……!これが…君の……ラブ、メテオ……。ドサッ。」

 

紗夜「ゆ、勇者様ぁーーーっ!!」

 

中たえ「こうして、素直な気持ちを打ち明けた魔女は、勇者といつまでも幸せに暮らしました、とさ。」

 

蘭「とっぴんぱらりのぷう。」

 

モカ「何それ…。」

 

りみ「お姉ちゃん……やっぱり、ダメだったよ。後はBチームの成功を祈るしか……。」

 

 

---

 

 

一方でBチームの舞台--

 

香澄「さあ、魔王と魔女よ!地の利を得たぞ!覚悟しろ!」

 

花音「勇者様!」

 

千聖「勇者様!」

 

有咲「勇者様、勇者様、勇者様、勇者様、勇者様!!はぁ…はぁ…。」

 

中沙綾「どうか、魔王と魔女を倒し、王国をお救い下さい!」

 

夏希「ケッケ…!そうはイカの一夜干し!魔王様は強いんだぞぅ!」

 

彩「そうです!魔王様にかかれば勇者なぞ蟻を踏み潰すかの如くです!」

 

リサ「あなた、今日の晩ご飯は勇者と姫スープにしましょう。それともスープにするのは……わ・た・し?」

 

友希那「……?そ、そうね。私の魔法で勇者と姫を煮込んでやるわ!」

 

香澄「君は選ばれし者だったのに!もういい、魔王!かかってこい!」

 

 

--

 

 

舞台裏--

 

あこ「リサ姉が変なアドリブ入れたけど盛り上がってきたね!……よし、ここで音楽スタートだよ!」

 

薫「任せてくれ。」

 

薫は再生ボタンを押す。すると--

 

 

--

 

 

香澄「えっ?」

 

友希那「あら?」

 

かかった音楽は勇ましいBGMでは無く軽快な沖縄民謡だった。

 

夏希「ケケ?」

 

 

--

 

 

舞台裏--

 

あこ「えーー!?」

 

薫「ふっ……間違えて個人的な音楽ファイルを入れていたようだよ。」

 

あこ「嘘ーー!ど、どうするの〜!」

 

薫「どうするもこうするも……この曲が流れたらやる事は一つしかないさ。」

 

あこ「ゴクリ……。」

 

薫「踊るしかないね。」

 

そう言って薫は舞台に上がり軽やかにリズムに合わせて踊り出したのである。

 

 

--

 

 

香澄「踊るしか……!?うん、踊るしかないよ!さーやも友希那さんも、みんな踊ろう!」

 

友希那「と、戸山さん!?」

 

中沙綾「………そうだね香澄。香澄が踊るなら、私も踊るよ!」

 

友希那「山吹さんも!?」

 

香澄につられて沙綾も薫の真似をして踊り始める。

 

薫「ふっ……これも儚い…。」

 

小たえ「薫先輩、ノリノリだぁ!私も踊るー!」

 

リサ「友希那、私達も踊ろう!」

 

友希那「り、リサまで!?」

 

リサ「踊る勇者に見る魔王。これはやっぱり踊らないと損だよ。」

 

友希那「それは少し違う気がするのだけれど……はぁ、こうなったら破れかぶれね…。何なのかしら…。」

 

壇上では勇者に姫、魔王に魔女が軽快な沖縄民謡に合わせて踊っている混沌とした状態。一方の園児達はというと--

 

園児達「「ぴ〜ゆ〜い、ぴ〜ゆ〜い、ぴっぴっぴっぴ♪」

 

誰が教えたでも無くリズムを取って一緒に盛り上がっていたのだった。

 

中たえ「こうして、民謡の楽しさに目覚めた勇者と魔王達はその後も歌い踊り、幸せに暮らしましたとさ。」

 

夏希「………どうするの、これ。」

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

りみ「はぁ……。」

 

夏希「あ、りみさん。その様子だと、りみさんのチームも?」

 

りみ「……という事は、夏希ちゃんのチームも?」

 

夏希「……お察しの通りです。」

 

りみ・夏希「「……はぁ。」」

 

そこへゆりが笑顔でやって来る。

 

ゆり「みんなお疲れ様。どうだったかな?燐子ちゃん達の方は?」

 

燐子「え…!?そ…それはもう…大盛況でした……。」

 

中たえ「完璧だったよね?」

 

2人は動揺を必死で隠しながら答える。

 

ゆり「ホント?良かったよ。台本が間違ってたって聞いたから心配したんだよ。」

 

中たえ・燐子「「うっ……。」」

 

ゆり「じゃああこちゃん達の方は?」

 

あこ「えっ!?……まぁ、楽しかったよね!」

 

小たえ「はぇ!?あ、ハイ!すっごく楽しかったです!」

 

こちらも動揺を顔に出さないように答えた。

 

ゆり「そうなの?なんか薫が選曲間違えたって聞いたけど。」

 

小たえ・あこ「「ううっ!?」」

 

重い空気が部室内を包み込んでいた。

 

ゆり「……ぷっ!あっはは!どうしたの、みんなして暗い顔しちゃって!」

 

りみ「だって……お姉ちゃん…私達、今回も……。」

 

ゆり「今日ね、両方の幼稚園からお礼の電話やメールがさっきから引っ切り無しに来てるんだよ。」

 

みんな「「「……へ?」」」

 

ゆり「ちょっと意味が分からない感想もあったけど、また是非やって欲しいって!」

 

その一言でさっきまで部室中を包み込んでいた重苦しい空気が歓声へと昇華したのである。

 

友希那「信じられないわ……。自刃して詫びようかと思っていたのに…。」

 

有咲「介錯なんてしないぞ…。」

 

ゆり「さすが勇者部だよ!次回は私もちゃんと参加するからね!」

 

ゆり「あ、あはは……。」

 

こうして混沌とした人形劇は幕を降す事となる。物事どう転ぶか分からない。今回劇を通してそれを大いに学んだ勇者部なのであった--

 

 

 



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笑顔の防り人

2度目のクリスマス回です。

勇者部に舞い込んだ3つの大きな依頼。クリスマス会の準備を手伝う事となった花音は幼稚園でとある園児を見つけ--

そして物語は重要な場面へ動き出します。




 

 

千聖「今すぐ逃げて!」

 

花音「ふぇええ……!」

 

花音の眼前には黒い塊が唸りを上げて迫って来る。周りには困惑する子供、恐怖で泣き出す子供が何人もいる。

 

花音「み、みんな!私の後ろに下がって!」

 

何故、こんな事になったのか--

 

時間は少し遡る--

 

 

---

 

 

かめや--

 

今、勇者部は街のゴミ拾いの依頼を終わらせ昼食を取っているところである。

 

友希那「もぐもぐ……今日は随分と店内が忙しそうね。」

 

リサ「もう12月も終盤。師走だからねー。時間節約の為に食事してる人が多いんじゃないかな。」

 

赤嶺「シラス?」

 

あこ「きっとシラスウナギ、ウナギの稚魚の事だよ!」

 

赤嶺「あこちゃん物知り〜!」

 

燐子「師走…だよ、あこちゃん、赤嶺さん…。教師の師が走るって書いて師走…。」

 

赤嶺「走るのかぁ。いいトレーニングになりそうだね。」

 

ゆり「こらこら、食事中は静かに。……コホン。その師走だからか、勇者部になんと3つの依頼が舞い込んで来たんだ。」

 

りみ「3つも!?」

 

ゆり「1つ目は幼稚園でクリスマス会のお手伝い。2つ目はイノシシの駆除。最後は海浜清掃だよ。」

 

花音「イノシシの駆除!?中学生に頼む事じゃないよぉ!?」

 

ゆり「確かにねー。それは猟友会にお任せって感じだけど。」

 

彩「でも、困っているなら微力でも力になりたいよ。」

 

ゆり「その通り!こんな時こそ勇者部の力の見せ所!ONE TEAMでやり切るよ!」

 

中沙綾「どんな風にチームを分けるか。これが重要ですね。」

 

先ず初めにイノシシの駆除班から。危険が伴う為、慎重に選んでいかなければならない。

 

有咲「私が行くよ。危険だろうと完璧にこなしてやる。」

 

ゆり「凄い自信!そこまで言うなら有咲ちゃん頼んだよ。」

 

りみ「いくら有咲ちゃんでもイノシシ相手に1人じゃ危ないんじゃないかな…?」

 

千聖「なら私もイノシシ駆除に志願するわ。捕獲するには追い込んだり連携が不可欠だろうし。」

 

日菜「仕方ないね!2人だけでは心許ないから私も行くよ!」

 

有咲「ありがとう、2人とも。必ず依頼を達成するぞ。」

 

有咲、千聖、日菜の施設仲間3人がイノシシ駆除班に決まる。チームワークに最適な人選だろう。

 

香澄「次は幼稚園のクリスマス会のお手伝いだね。」

 

ゆり「派遣する人数はこっちも3人が目安だよ。」

 

薫「浜辺の掃除にはそれなりに人数が必要だからね。」

 

ゆり「そう言う事。誰が行く?自薦他薦は問わないよ。」

 

すると香澄が手をあげるのだった。

 

香澄「それなら花音さんが良いと思います!」

 

花音「ふぇ?わ、私!?」

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

有咲達イノシシ駆除組は早速捕獲用の網作りに取り掛かっていた。その一方クリスマス会組はと言うと--

 

花音「えっと……幼稚園の子と接するポイントは……。同じ目線になってコミュニケーションを取る。上からだと威圧されちゃうから怖いもんね。」

 

友希那「戸山さんの推薦は正しかったようね。松原さんも熱心に園児への対応を調べているわ。」

 

花音「落ち着く事を意識して、ポジティブに行動……ネガティブな言動は控えよう…?無理だよぉ…!どれもハードル高いよぉ!」

 

紗夜「残念ながらそうでも無さそうですね、湊さん。」

 

クリスマス会組はこの3人。幸先は不安そうである。

 

ゆり「じゃあ、イノシシ駆除組に加わる?」

 

花音「あっちは千聖ちゃんと日菜ちゃんがいるけどイノシシ相手は……でも、2人の後ろに隠れてれば…?ううん…惑わされちゃダメ!幼稚園の方が絶対安全だよ。」

 

紗夜「安全と言うのなら迷う余地すら無いと思いますが……イマイチ松原さんは分かりませんね。」

 

友希那「私達も他人事じゃ無いわ。子供に慣れていないのは私達も同じよ。」

 

紗夜「そうですね……ですが高嶋さんと約束しましたから。」

 

そう言って紗夜は昨日の事を思い出すのだった。

 

 

--

 

 

かめや--

 

高嶋「紗夜ちゃんならゲーム得意だし、子供達に楽しい時間をプレゼント出来ると思うな。なので、紗夜ちゃんを推薦します!」

 

紗夜「高嶋さんがそこまで言うのでしたら……頑張ってみます。」

 

リサ「じゃあ私は友希那を推すよ。友希那の振る舞いは情操教育にも良い筈。」

 

友希那「いつものリサね……。自信はあるわけでは無いけれど、やってみるわ。」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

ゆり「香澄ちゃんが推してくれたんだから頑張ってね、花音ちゃん。」

 

花音「が、頑張ります…。」

 

そこへりみを探しに有咲がやって来る。

 

有咲「あ、いたいた。ちょっといいか、ゆり?」

 

ゆり「どうしたの、有咲ちゃん。」

 

有咲「駆除当日にりみを借りて良いか?」

 

ゆり「なんだそんな事か。全然良いよ………って…。」

 

ゆり・りみ「「えーーっ!?」」

 

 

---

 

 

そしてやって来る依頼日当日、海岸--

 

小たえ「うぅ…冬の海は寒いねぇ…。炬燵に入って丸くなりたいよ。」

 

小沙綾「まだ掃除の途中だよ、おたえ。子供は風の子。」

 

夏希「限度があるって。今風吹いてないから良いけど。」

 

冷え込み厳しい早朝、海風は比較的穏やかではあるが、それでも身に染みる程の寒さであった。

 

中沙綾「ちゃっちゃと依頼を終わらせてあったまろう。」

 

ゆり「それにしても、思った以上にゴミが落ちてるね。」

 

薫「海が汚れているのを見るのは辛いね…。」

 

高嶋「少しでもみんなの意識を変えていけたら良いよね。」

 

あこ「綺麗な海の方が泳いだ時気持ち良いもんね。」

 

美咲「なんか歌詞の一部っぽいね、その言葉。そう言えば、ここの海はある時間に海面が鏡みたいになるって散歩してる人から聞いたんだよね。」

 

香澄「そうなんだぁ!知らなかったよ。私も見てみたい。」

 

中沙綾「干潟に出来る潮溜りが水鏡になるんだよ。この時間だと難しいね。」

 

彩「それなら、その水鏡が見れる時間までに掃除を終わらせよう!」

 

水鏡が出来る時間まで後約1時間と少し。清掃班は清掃スピードを上げ、掃除に取り組み出すのだった。

 

 

--

 

 

1時間後--

 

イヴ「……凄いです。」

 

小沙綾「聞いた以上の絶景です…。」

 

薫「美しい海は…みんなで守っていきたいね。」

 

潮が引いて出来た潮溜りに朝の日差しが反射して眩しい光が海岸を包み込む。風が無い為水面が鏡の様に反射してる様が幻想的な雰囲気を作り出していた。

 

あこ「綺麗な風景でジュースが美味しい!」

 

燐子「ふふ……あこちゃんらしいね。」

 

彩「今頃、花音ちゃん達は幼稚園で何してるかな?」

 

リサ「振り回されてるかもね。でも、最後はきっと仲良くなってるよ、きっと。」

 

ゆり「りみも駆除組でちゃんとやれてるかな?」

 

香澄「有咲も千聖さんもいるし大丈夫ですよ、ゆり先輩。りみりんも凄くしっかりしてますし。」

 

ゆり「そうだね。姉は妹を信じるものだもんね!頑張れ、りみ。」

 

 

---

 

 

幼稚園--

 

園児達「「きゃっきゃっ!!」」

 

先生「みんなー、あまりはしゃぎ過ぎなーい!」

 

先生の話に耳を貸さず、外を走り回っている元気いっぱいの園児達。

 

紗夜・花音「「…………。」」

 

友希那「こ、これは……想像以上に手強いわね。」

 

紗夜「クリスマスの飾り付けどころではありません……。」

 

花音「こんなに過酷な依頼だったなんて……。」

 

緊張している3人に先生が近付き話しかける。

 

先生「見慣れないお姉さん達が来たから、余計元気になっちゃってるみたいね……。覚えて欲しいのは1つ。子供達を相手にする時は笑顔が大事って事。」

 

そうアドバイスして先生は園児に引っ張られ連れて行かれてしまう。

 

友希那「確かに笑顔は大事ね。でも、舐められていては状況は変わらない……それなら。」

 

花音「ど、どうするの…?」

 

友希那「まずは仲を深めて私達の事を知ってもらいましょう。飾り付けをするのはその後よ。」

 

紗夜「そうですね……。園内で流行っている知育ゲームで目にもの見せてあげましょう。」

 

友希那「その意気よ紗夜。普段の私達を見せれば良いわ。」

 

 

2人は園児達の輪の中へ入っていった。残った花音は--

 

 

花音(2人は凄いオーラがあるから良いかもしれないけど……私は……。)

 

 

--

 

 

2人が輪に入ってから数十分が経った頃--

 

友希那「チャンバラごっこでも卑怯な真似はダメよ。やるなら正々堂々と来なさい。」

 

園児A「だってゆきな……超強いじゃん!」

 

友希那「そうね…あなた達と比べたら私は強いかもしれないわ。けど、ズルをしても強くはなれないわよ?勝ちたかったら、友達と力を合わせてかかってきなさい。友達を信じる……それが本当の強さよ。」

 

友希那は笑顔でアドバイスを送る。それは自分がこの世界で学んできた1番大切な事。

 

園児A「言ったなー。みんな、行くぞー!」

 

友希那「その意気よ!全力できなさい!」

 

友希那は笑って新聞で作った剣を構えたのだった。

 

 

--

 

 

紗夜「このゲームで大事なのは、運です。ですが、その運を引き寄せる為には観察しないといけません。」

 

園児B「もっかい!もっかいやろう!さよおねーちゃん!」

 

紗夜「おねーちゃん…ですか…。ふふっ……。持っているカードと相手が出したカードを良く見ていてください。では、始めましょう。」

 

2人が遊んでいる姿を花音は少し離れた所で見ていながら思う。

 

花音(友希那ちゃんは呼び捨てのまだけど、園児の子は憧れを抱いてそう……紗夜ちゃんはお姉ちゃん呼び。)

 

花音「なのに、私は……。」

 

園児C「こっち来いよー。かのんー!俺達が作った野菜見せてやるよー。うまそうなんだぜー?」

 

花音「ふぇ?畑って外だよね?勝手に出て行っても良いのかな?」

 

園児達に引っ張られて畑へ向かう花音。その時、あるものが花音の目に映った。

 

花音(あれ、滑り台で遊んでる子がいる?……え!?あれじゃ、滑り台から……!)

 

花音が気付いた直後--

 

 

 

園児D「う、うわぁぁぁ!?」

 

花音「お、落ちちゃってる!?」

 

1人の園児が滑り台から足を滑らせて落ちたのである。

 

友希那「危ない!」

 

だが、寸でのところで園児は上手く着地して大きな怪我になる事はなかった。

 

紗夜「……上手く着地しましたね…。」

 

先生「もう……あの子っ!」

 

 

--

 

 

先生「さぁ、お姉さん達に沢山遊んでもらったし今度は飾りをちゃんと作りましょうね。」

 

園児達「「はーい!」」

 

紗夜「さすが本職の先生は違いますね。」

 

花音「そうだね…私なんかさっきの子が落ちる前から気付いてたのに全然動けなかったし……。」

 

紗夜「それは言っても仕方ありません。」

 

花音「…はい。」

 

友希那「分からない事があれば私達か先生に聞いてちょうだい。……上手く出来てるじゃない。」

 

園児D「これくらい楽勝だっての。」

 

笑顔で言ったのは先程滑り台から落ちた園児。その園児が気にかかったのか花音は話しかける。

 

花音「あの……君にちょっと教えて欲しい事があるんだ。」

 

園児D「な、なんだよ……かのん。」

 

花音「さっき何で滑り台から落ちちゃう様な事したの?普通に遊ぶなら落ちないと思うけど……。」

 

その言葉で園児は黙ってしまう。

 

紗夜「自分でも悪い事をしたと思ってるんでしょうね。」

 

園児D「……誰にも言うなよな?せ、先生に…ちょっと構って欲しかっただけだ。」

 

花音「構って欲しい…先生の事好きなの?」

 

園児D「う、うるせー……もう良いだろ!」

 

顔を赤くして園児は向こうへ行ってしまった。

 

紗夜「行ってしまいましたね。でも、ああいう気持ちは分かる気がします。」

 

花音(構って欲しいか……。あの子は私に似てるんだ…。守ってもらう安心感は失い難いから…。)

 

花音「もしもの時は…守ってあげなきゃ。怖いけど……。流石にさっきみたいなピンチはもう無い……。」

 

そう言いかけた時だった。

 

千聖「今すぐ逃げて!!」

 

避難を知らせる千聖の叫びが幼稚園にこだまするのだった。

 

花音「ふぇええ……!イ、イノシシだぁ〜!!」

 

 

---

 

 

幼稚園にイノシシが突撃する少し前、美竹農園--

 

蘭とモカは勇者部の依頼とは別で自身の畑の手入れをしていた。

 

蘭「モカ、随分作業の手際が良くなってきたね。」

 

モカ「まぁ、蘭に付き合ってずっとやってきたからね。」

 

蘭「食べ物が少ない冬、作物を狙うイノシシ対策にも抜かりはないよ。」

 

畑の周りには2人の背丈よりも高く頑丈な柵が周りを囲っている。

 

蘭「でも、本当なら柵なんて作らないで畑をどんどん広げたかったけどね。土を休ませる事も出来るし種類も増やせるし。それが私の夢だから。」

 

モカ(どんな時代、どんな場所でも、蘭は変わらないんだね。)

 

その時だった。

 

?「フゴフゴ!」

 

蘭「ちょっとモカ、笑わないでよ。しかも、フゴフゴって。」

 

モカ「えー。フゴフゴなんて笑う人間いないよぉ。」

 

2人が辺りを見回すと、そこにいたのは大きなイノシシ。あろう事か柵の下の土を掘って柵を潜り抜けて侵入してきたのである。

 

蘭「ジャガイモに人参まで…。早く追い払わないと!これ以上の狼藉は許さないよ!」

 

鍬を持ち何とか追い払おうとする2人。しばらく格闘した後、イノシシは観念したのか唸り声を上げて逃げて行ったのだった。

 

モカ「畑酷いありさまになっちゃったね。」

 

蘭「気にする事ないよ。野菜ならまた作れば良いんだから。」

 

モカ「蘭…。」

 

蘭「それにしても、好き放題やって街の方に走って行ったね。…あのイノシシ、有咲達に教えとかないと。」

 

 

---

 

 

街外れの橋--

 

有咲「…どうやら蘭の畑がイノシシに荒らされたそうだ。」

 

りみ「そんな…。」

 

有咲「イノシシはずんぐりむっくりした見た目に反して、すばしっこいから注意が必要だな。」

 

日菜「猪突猛進って言葉があるくらいだし、頭は悪いんじゃない?何処かに追い込んじゃえば、袋のイノシシだよ!」

 

千聖「それが出来たら1番だけどね。」

 

4人は猟友会の人達と連携を取る為、イノシシが良く目撃される場所で待ち伏せをしていた。

 

りみ「わぁ!?」

 

千聖「どうしたの、りみちゃん?」

 

りみは何か素早く駆け抜ける何かを見た様だった。

 

有咲「まさかイノシシ!何処だ!?」

 

見回すも近くにそれらしい動物は見られない。

 

日菜「りみちゃんの見間違いじゃない?」

 

すると、

 

犬「ワンワン!」

 

1匹の犬が有咲の後ろから飛びかかり有咲の顔を舐め回したのである。

 

有咲「ひゃう!?どっから湧いて出た……この犬!?…あぁもう、そんなにじゃれつくなぁ〜!」

 

犬「ワンワンワン!」

 

有咲の抵抗虚しく犬は有咲にじゃれつき続ける。

 

千聖「もしかして、りみちゃんが見たのってこの子じゃないかしら?」

 

りみ「かもしれないです。」

 

有咲「そんなに舐めるなって……!もういきなり出てきて、何なんだよ…。なんかお前、香澄に似てるな。かすみって名付けてやろうか…?」

 

日菜「これ以上香澄を増えても困るなぁ。」

 

有咲「んなっ!?私、そんな事言ってないし……!」

 

日菜「しっかり言ってたよ。」

 

犬「ワンワンワン!」

 

日菜「ほーら、ワンちゃんも言ってたって言ってるよ。」

 

有咲「ただ吠えてるだけだろうが!」

 

りみ「あはは…。」

 

有咲「はぁ、でもこれで緊張は解れたみたいだな。」

 

りみ「そうかも…。」

 

有咲「りみ、お前のワイヤーはイノシシ捕獲の最終兵器だ。だからゆりに言ってイノシシ捕獲組に引き抜いたんだぞ。」

 

りみ「う、うん!」

 

有咲「期待はしてるけど、緊張し過ぎは良くない。私達もフォローするぞ。」

 

日菜「そうそう!日菜ちゃんにドーンと……ん?」

 

そう日菜が言いかけた時だった。

 

?「フゴフゴ…!」

 

日菜「ちょっと千聖ちゃん、スカートを引っ張るのやめてよー。」

 

千聖「あら、私は何もしてないわよ?」

 

日菜「じゃあ一体誰なの?」

 

 

日菜の目線が下へ向く。そこにいたのは--

 

 

イノシシ「ゴフーーぅうう…!!」

 

日菜「イノシシだぁーー!!」

 

有咲「まずは逃げられない様にするぞ!いくぞ、みんな!」

 

4人は逃げるイノシシを囲う様に追いかけて行く。

 

 

--

 

 

路上--

 

りみ「はぁ…はぁ…。ごめんなさい…中々捕まえられなくて…。」

 

千聖「想像以上にすばしっこい……野生動物とずっと追いかけっこはキツいわね…。」

 

イノシシ「ゴフゴーフ!ンゴゴゴゴー!」

 

息が上がる面々を嘲るかの様にイノシシは4人に向かって鳴き声をあげる。

 

日菜「むかっ!なんかあのイノシシ遊んでるようで腹が立ってきたよ!」

 

有咲「初めにいた場所から結構移動させられたな……。」

 

日菜「あれ?ここって…。」

 

イノシシが逃げた先の風景に日菜は見覚えがあった。

 

日菜「花音ちゃん達が手伝ってる幼稚園の近くじゃない?」

 

イノシシ「……ゴフ!フゴフゴフゴフゴ〜!」

 

そしてイノシシは何かを見つけたのか再び走り出した。

 

有咲「ちょ!?何処行く気だあのイノシシ!?」

 

りみ「あっ!畑だよ!幼稚園に畑が!」

 

千聖「マズイわ……子供達が!今すぐ逃げて!」

 

 

---

 

 

幼稚園--

 

千聖の叫びで友希那達もイノシシの接近に気が付く。

 

友希那「くっ…依頼が来ていたイノシシね!」

 

すると普段は一目散に逃げる筈の花音が前へ歩み出したのだ。

 

紗夜「松原さん?前に出て何をする気ですか!?」

 

花音(こ、怖いけど……わ、私が守らないと…今度こそ……。)

 

そして前に出た花音は意外な行動に移る。

 

花音「い、今から……ちょっとしたクリスマスの余興を始めるよ!す、凄いの見せちゃうよ!」

 

紗夜「そういう事ですか……。みなさん、このお姉さんが今からマジックショーを見せてくれるみたいですよ。」

 

友希那「危ないから、じっとして見ていましょう。」

 

2人も花音の考えている事を察したのか、花音に合わせ園児達を下がらせる。

 

イノシシ「ゴフゴフゴフ〜!!」

 

イノシシは花音目掛けて真っ直ぐに突っ込んでくる。

 

花音(……今!やるしかない!!)

 

花音「いっくよー!えーーーいっ!!」

 

次の瞬間、花音は防人へ変身し護盾を構えたのである。

 

園児達「「おおぉぉ〜!かのんすご〜い!!」」

 

一瞬で花音の服装が変わったのを見て園児達が歓喜の声を上げた。

 

イノシシ「…フゴ!?」

 

突然視界が遮られた事によりイノシシも動揺して動きが止まってしまう。

 

有咲「怯んでる今がチャンスだりみ!」

 

りみ「絶対に捕まえる!えーい!」

 

りみのワイヤーがイノシシを怪我しない程度に雁字搦めにして捕まえる事に成功。イノシシは駆け付けた猟友会の人へと引き渡されたのだった。

 

 

--

 

友希那「あれは良い機転だったと思うわ。」

 

千聖「花音のお陰でイノシシも捕まえられて余興も好評だったわね。」

 

花音「えへへ……そうかなぁ。でも、2度目は絶対に嫌だからね!」

 

そこへ園児達が目を輝かせて花音の元へとやって来た。

 

園児C「かのんー!さっきのもう一回見せてー!」

 

花音「えっと…さっきのマジックは何度も出来なくてまたやるには何日もパワーを溜めないとダメなんだ。」

 

園児D「えー。ケチケチするなよー、かのん。」

 

先生「2人とも。花音じゃなくて、花音お姉さん。我儘言って困らせたらダメでしょ?ケーキを分けるからこっちおいで。勇者部の皆さんもどうぞ。」

 

園児C「かのん、こっちこっち!」

 

日菜「すっかり園児達の人気者だね、花音ちゃん。」

 

千聖「今回はそれだけの事をしたから同然よ。」

 

花音「ふえぇぇ…!みんな引っ張らないでぇーー!」

 

こうして全ての依頼を完遂させた勇者部。揉みくちゃにされる花音だが、園児達の笑顔を見る事が出来て、内心嬉しさが込み上げてくるのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

花音「ただいまぁ……疲れたよぉ…。」

 

あの出来事の後、散々幼稚園で園児達に揉みくちゃにされた花音はヘロヘロで部室へと戻って来た。花音が扉を開けた瞬間、沢山のクラッカーが部室中に鳴り響く。

 

花音「ふえっ!?銃声!?」

 

美咲「あはは…花音さんの叫びがガチ過ぎて、メリークリスマスって続けられる雰囲気じゃないですね…。」

 

夏希「やっぱりこのリアクションが来ましたね。」

 

ゆり「さぁ、勇者部お疲れ様クリスマス会を始めるよー!」

 

 

--

 

 

彩「花音ちゃん、ジュースのお代わり持ってこようか?」

 

花音「まだ大丈夫だよ。それより、彩ちゃんこそ食べてる?ちょこちょこお代わり聞いたりしてるけど。」

 

彩「食べてるよ。とっても美味しい!」

 

しばらく歓談が続いた頃、ゆりが話し出す。

 

ゆり「さて、みんな一息ついたところで今日の勇者部MVPを発表しちゃうよ。報告してもらった内容を吟味して、公平に部長の独断と偏見で決定しました!」

 

りみ「そこは普通に公平に選ぼうよ、お姉ちゃん。」

 

ゆり「りみ、覚えておいて。これも勇者部部長の役目!自分の直感を信じるんだよ。」

 

りみ「もし私が部長になったら、公平にみんなで選ぶよ。」

 

ゆり「未来の部長資質も確認出来たところで発表です!今日の勇者部MVPは……松原花音ちゃんだよ!」

 

花音「ふえっ!?私……?」

 

ゆり「そうだよ。幼稚園に侵入したイノシシからみんなを守る為、前に出て、それが捕獲の役にも立ったんだから。」

 

有咲「そうだぞ。苦戦してた捕獲が上手く行ったのはその勇気ある行動のお陰だ。」

 

花音「あれはたまたまで……。」

 

友希那「その後、しっかり子供達に飾り付け作りの指導もしてくれたわ。」

 

花音「あれは園児達に弄ばれたとも言える状況で……。」

 

ゆり「例えそうだとしても、十分な成果。誇って良いよ!花音ちゃんのMVPを祝して……。」

 

全員「「「かんぱ〜い!!」」」

 

みんなが今日のMVPに話しかける。

 

高嶋「凄いよ花音ちゃん!おめでとう!」

 

夏希「ではでは、MVPの花音さんにインタビュー!今のお気持ちを教えてくださーい!」

 

花音「い、インタビュー……?特に無いかな……。」

 

夏希「何でも良いですから!」

 

花音「それじゃあ……今日は凄く頑張ったから、これからも健気な私を守ってください!」

 

薫「うん……いつもの花音だね。」

 

香澄「大丈夫です!みんなで守りますよ!」

 

花音「ありがとぉ……香澄ちゃん!その言葉忘れないよ!」

 

そう言って花音は香澄に抱きつくのだった。

 

全員「「あははっ!!」」

 

 

--

 

 

全員が笑っている中、1人だけ笑顔が無い人物がいた。

 

リサ「…………。」

 

そしてリサは険しい顔で気付かれない様に部室を後にする。

 

友希那(リサ……?)

 

その様子を見ていた友希那は一抹の不安を抱くのだった。

 

 

---

 

 

大赦、修練場--

 

ここは大赦にある修練場。ここには巨大な滝が流れており、巫女が修行の為滝に打たれる場所である。リサはパーティを抜け出し1人この場所に来ていた。

 

リサ「………ふぅ。」

 

そしてリサは轟々と流れる滝へ歩み出す。その目は覚悟に満ちていた--

 

 

 



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巫女としての矜恃

今年最後のお話です。6章終盤と7章でのリサの誕生日回が回想として出てきます。

勇者部に突如届いたリサが倒れたとの知らせ。どうやらリサは何かをしようとしてたらしく--



今年から始めたこの物語も気がつけば200話を超えました。読んで頂いた皆様に最大限の感謝を。来年もまったり続けていきますので、どうか宜しくお願い致します。




 

 

寮、友希那の部屋--

 

友希那「……もう朝なのね……あら?」

 

朝目を友希那が目を覚ますといつも机に置いてある筈の靴下が置いてない事に気がつく。

 

友希那「……リサ…出しておくの忘れたのかしら……。」

 

クリスマス会から数日が経ったが、ここ最近リサの様子が変なのだ。毎日朝早くと夜遅くに何処かへ出かけている。直接聞こうとはするのだが、かなり思い詰めた顔をしているので中々話しかけられないまま今日まで来たのだった。

 

友希那「……仕方ないわね。」

 

カバンを片手に今日も友希那は部室へと向かう。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

高嶋「おっはよー!!」

 

あこ「おはようございますー!!」

 

燐子「おはようございます……!」

 

友希那が部室へ着いてから少し経つと、高嶋とあこ、そして燐子が元気良く部室へ入ってくる。

 

友希那「3人ともおはよう。」

 

部室に着いてすぐ、燐子が友希那の違和感に気が付いた。

 

燐子「ゆ、友希那さん、どうしたんですか…!」

 

燐子の目線は友希那の足元へ向いている。それもそのはず、寒さ厳しい冬の朝にも関わらず友希那は靴下を履いていないからだ。

 

美咲「素足に上靴って…お洒落を履き違えてますよ。」

 

有咲「誰が上手い事を言えと…。」

 

友希那「……これは、今朝リサがいなくて靴下のしまってある場所が分からなかったのよ。」

 

蘭「湊さん…リサさんがいないと靴下ひとつ探せないんですか……!?」

 

千聖「友希那ちゃん。他人に衣類の管理をさせるのはどうなのかしら?自己管理は徹底しないとダメよ。」

 

友希那「反論のしようもないけれど、リサはもう他人とは言えないのよね……。」

 

その一言に香澄が食い付いた。

 

香澄「友希那さんとリサさんって親戚だったんですか!?あ、それとも家族ですか!?」

 

友希那「そういう事では無いわ……。」

 

その時、彩とモカの2人が血相を変えて部室へ走り込んで来た。

 

彩「た、大変だよ!今、大赦から連絡が来て!」

 

モカ「リサさんが倒れたって!」

 

友希那「何ですって!?」

 

ゆり「倒れたって、どういう事!?状況は?」

 

モカは息を整えて状況の説明をする。

 

モカ「詳細は不明なんですけど、修練場の滝で昏倒していたところを発見されたみたいです…。」

 

中沙綾「修練場の滝って、確か大赦内にある最も水温が低くて高低差がある滝だよね…。」

 

季節は真冬、しかも早朝。水温を考えれば体感温度はマイナスにも達するだろう。修練とはいえ何故リサがそんな事をしていたのだろうか。

 

蘭「どうしてそんな場所で…?」

 

夏希「友希那さん、すぐに行っ……!?」

 

リサの元へ行くよう夏希が促そうとしたそのタイミングで樹海化警報が鳴り響いたのである。

 

りみ「そんな!こんな時に!?」

 

一同が最悪なタイミングでの襲撃に戸惑う中、友希那は冷静に言い放つ。

 

友希那「…樹海化よ。出撃するわ。」

 

あこ「えっ!友希那さん、どうして…。」

 

襲撃しようとする友希那をみんなが引き止める。

 

中たえ「友希那さんは残って、大赦へ行ってください!」

 

日菜「そうだよ。戦闘は私達だけで何とかするから。」

 

だが、それでも友希那は最初の言葉を撤回しなかった。

 

友希那「そうはいかないわ。私は西暦組のリーダーよ。何があっても、御役目は全うするわ。」

 

高嶋「でも、リサちゃんが大変なんだよ!?」

 

小たえ「御先祖……ちょっと冷たいです…。」

 

みんながそう思う気持ちも分からなくは無い。友希那もそれを十分承知していた。

 

中たえ「…私は残るよ。ゆり先輩、みんな……任せて良いかな?」

 

小沙綾「勿論です。」

 

ゆり「うん。じゃあたえちゃん達と巫女の2人は大赦に行って詳しい事を聞いてきて。」

 

4人は駆け足で部室を後にする。

 

花音「友希那ちゃん、本当にそれで良いの?」

 

友希那「……勇者が守るべきは身内で無く無辜の市民よ。リサもそれを承知の筈だわ………行くわよ!」

 

ゆり「友希那ちゃん……。」

 

紗夜「皆さん、こういう時の湊さんは止めても無駄です。私達に出来る事は、一刻も早くこの戦闘を終わらせる事です!」

 

高嶋「…解ったよ紗夜ちゃん。みんな、行こう!」

 

ひとまずリサはたえ達に任せつつ、一同はバーテックス殲滅の為に樹海へと急ぐのだった。

 

 

---

 

 

大赦--

 

戦闘を終わらせた友希那は大赦の廊下を駆けていた。

 

友希那「はぁ…はぁ……。思ったよりも手こずってしまった……。リサ…無事でいて…!」

 

リサが寝ている部屋の前まで辿り着いた時、ちょうど出てきた彩とたえと鉢合わせになる。

 

友希那「丸山さん、たえちゃん!リサの容態は!?」

 

彩「そ、それが、ビックリするくらい熱が高いんだよ。それで、さっき大赦の霊医師が注射を……。」

 

小たえ「発汗も酷いから、もう着替えが足りなくて!私と彩先輩で洗濯に行ってきます!」

 

そう言い残し、2人は足早にその場を後にした。

 

 

--

 

 

病室--

 

友希那「リサ!!」

 

リサ「ハァ………ハァ……………。」

 

病室ではリサが大量の汗をかいて、息も絶え絶えの状態で横になっていた。

 

友希那「これは……一体何があったの…?」

 

モカ「それが…どうやらリサさんは、ここ数日朝早くと夜遅くに滝行をしてたみたいなんです……。」

 

友希那「そんな………。それじゃあ、あの時のリサは……。」

 

友希那の不安は現実のものとなってしまったのだ。あの時声をかけておけばこんな事にはならなかったかもしれない--そんな感情が友希那の頭の中を駆け巡っていた。

 

モカ「リサさんは大赦の神官が連続しての滝行は危険だって止めるのも聞かなかったって……。」

 

友希那「それで……体力を消耗した結果がこれ……。どうしてこんな無茶な事を…。」

 

通常、巫女が滝行をする行為は自身の力を高める事なのだが、リサは何故ここまでして力を求めたのだろうか。

 

モカ「……考えられる事は、神託の精度を高める為…もしくはそれ以上の事……。」

 

友希那「それ以上?」

 

モカ「まさかとは思うんですけど、下される神託を聞くんじゃなくて、こっちから神樹様に話しかけようとしたとか…。」

 

中たえ・友希那「「え!?」」

 

モカ「い、いくら何でもそんな畏れ多い事をリサさんがする訳……。」

 

中たえ「…………!」

 

今のモカの一言で、たえにとある考えが頭をよぎった。

 

友希那「神樹と対話するのは、巫女が普段からしている事。神託が一方通行なのは分かるのだけれど、巫女から話しかけてはいけないの?」

 

神樹も神様が集まって姿を変えた存在であり、普段いくら人類の味方をしているとはいえ、こちらから神樹へ話しかける行為は本来御法度とされるもの。人が自分の考えや希望を神様に直接訴える行為そのものが直訴と同義なのである。

 

中たえ「直訴は………やってしまえば最悪の場合死罪にも成りかねない行為だよ…ね。」

 

友希那「死罪!?なら、これは神樹がリサに与えた罰だとでも言うの!」

 

モカ「落ち着いてください湊さん。今のはあくまでも仮説で、本当にそうだとは……。」

 

リサ「ハァ……ハァ…………うぅ。」

 

リサは苦しそうにうなされている。友希那はリサの手を握り励ましの言葉を贈る。

 

友希那「リサ!しっかりして、リサ!」

 

中たえ「…………ごめん、モカ。悪いんだけど、席を外してくれないかな?」

 

モカ「え…?分かった。それじゃあ私はこれで……。」

 

2人きりにする為にたえはモカを部屋から追い出した。自分の考えを友希那に伝える為に。

 

友希那「花園さん…… ?」

 

中たえ「……私の…せいかもしれません。」

 

友希那「花園さんの…?どうして、そう思うのかしら。」

 

中たえ「……友希那さんは知ってるよね。この異世界での御役目が終わった後の事……みんなが御役目を全うして、ここから元の世界に帰る時にどうなるのか……。」

 

友希那「ええ……赤嶺さんが敵だった頃に聞かされたわ。ここで手に入れた物、記憶は全て無かった事になる……と。」

 

 

--

 

 

赤嶺「さてさて、何処から話そうか。まずは現状だね。もうだいぶ高知を取り戻した訳で、後は高知の残りを取り返して、最後に造反神を鎮めれば御役目終了だよ。で、倒せば鎮めたって事で御役目終了。全員が元の世界に戻るんだよーー」

 

赤嶺「--"全ての記憶を失ってね"。現実世界に記憶を持って帰る事は出来ない。」

 

 

--

 

 

"全てが無かった事になる"--

 

造反神との最終決戦前に赤嶺から言われた事であり、"記憶を持って帰る"事は勇者部一同が今現在2度目のチャンスである中立神からの試練の中で見つけようとしている重要な事柄なのだ。

 

中たえ「そう……。物も…記憶も…全部無くした状態で文字通り、元に戻っていく…。私は以前からその考えに至っていて、リサさんの誕生日の時に話したんです。」

 

 

--

 

 

中たえ「私がいつもイベントを計画してるのは、ある理由があるんですけど…。」

 

リサ「勿論知ってるよ。」

 

中たえ「え?」

 

リサ「多分だけど、物だと………元の世界に持って帰れないかもしれないって事でしょ?みんなが帰る時の事を考えて、物より思い出を……って考えてくれてたんだよね?」

 

中たえ「そこまで解ってるのなら、どうして……。」

 

 

--

 

 

中たえ「……そして、リサさんも私と同じ考えに至ってました。」

 

 

--

 

 

中たえ「きっと……この世界から戻ると、みんな色んな事があると思うんです…。だからこそ、ここでは………思い切り…思いっ切り楽しい思い出を作っていきたいんです。」

 

リサ「たえ……。」

 

中たえ「だって………思い出は、ピンチの時に力になるから。ここにいる誰もが、そばにいないとしても…その思い出が、きっと勇者を助けるから!」

 

リサ「その通りだね…。カメラとかは持って行けないだろうけど、その分大切な思い出を、私は………。心のレンズに写してくつもりだよ。」

 

中たえ「……無理しないでください、リサさん。もう、リサさんなら解ってますよね?」

 

リサ「……………多分ね。」

 

中たえ「だったら………私のしてる事が自己満足で自己矛盾だって、そう言いたくないんですか?私がさっきから、自分に言い聞かせてるみたいに喋ってるなって、少しも感じないんですか?」

 

リサ「………私の考えが解らないって、さっきたえは言ってたよね?」

 

中たえ「……はい。」

 

リサ「心配ないよ。思い出は物みたいに………記憶みたいに、消えたりしないから……絶対。」

 

中たえ「確信…あるんですか?」

 

リサ「頭では忘れるかもしれない。でも、みんなの心に刻まれた想いまでは、絶対に消える事はないから。それくらい、勇者の心は強いんだから!知らなかった?」

 

 

--

 

 

中たえ「勇者は強いから……記憶は無くしたとしても…心に刻まれた思い出があれば、それはみんなの強さとして残る筈だって…笑顔で。でも、それは私が泣きそうだったからかもしれない。本当はリサさんも怖かったんだとしたら、私……!」

 

感情が昂りそうになるたえに対し友希那は

 

友希那「………たえ。」

 

親が子を慰めるかの如く優しく抱きしめたのである。

 

中たえ「え……?」

 

友希那「今も泣きそうよ。あなたはそんな事を抱え込んでいたのね。可哀想に……。」

 

頭を撫で力強く抱きしめる。友希那の言葉でたえの緊張が遂に緩み、

 

中たえ「友…希那さ……、う、うぁあ……!」

 

子供の様にたえは泣き出してしまった。

 

友希那「もう大丈夫よ。それを聞いてどう感じどう動くかは、リサ自身が決める事。たえに責任は無いの。たえは悪くないのよ。」

 

中たえ「うぅ……っ、で、でも……。」

 

その時、リサが目を覚まし起き上がったのである。

 

リサ「友希那の言う通りだよ………。」

 

中たえ「リサさん!」

 

友希那「気が付いたのね。」

 

リサ「うん……薬がだいぶ効いてきたみたいだよ……。心配かけてごめんね………。」

 

中たえ「うぅ……リサさん、リサさーーん!ごめんなさい………ごめんなさい!」

 

リサ「謝らないで……私は大丈夫だから。」

 

友希那「リサ…あなたは神樹に直訴しようとしたの?」

 

リサ「………………失敗しちゃった。」

 

友希那「そう………。」

 

リサ「ごめんね、たえ……。本当は私も怖かったんだ……全部無になっちゃう事が。だから…せめて、命懸けで戦う勇者に一片の思い出だけでも……残してあげて欲しくて……。神樹様に対して身勝手な申し出をしたんだ…。でも、それは………不遜すぎる態度だったみたい…。」

 

友希那「私達の記憶を残すよう、進言しようとして神樹の怒りを買ったという訳ね…。」

 

リサ「招集に従って、命を賭して戦った挙げ句に………全てを失うなんて…あんまりだから……。」

 

巫女として出来る事はただただ勇者達の無事を祈って帰りを待つ事。それがどんなに心細い事か。しかし、それを聞いた友希那は静かにリサを叱り付けた。

 

友希那「…………勝手な真似をするものではないわ。」

 

中たえ「友希那さん……!」

 

リサ「………ごめんなさい。」

 

中たえ「酷いです……友希那さん。リサさんは私達勇者の、みんなの気持ちを考えて…!」

 

友希那「…………それで、リサ1人がこんな目に遭って、私が皆が喜ぶと思ってるの?」

 

リサ「友希那……。」

 

友希那「丸山さんや青葉さんを巻き込まず、単独で事に臨んだのはこうなると解っていたからじゃない?」

 

リサ「…………。」

 

リサは無言で頷いた。

 

友希那「忘れたくない……忘れられたくもない。だけど…私達の使命は人々を守る事。自身の楽しみを得る事では無いわ。」

 

湊友希那はいつもそうである。愚直に、ただ真っ直ぐに--人々を守る為に自身の全てを捧げている。それが初代勇者、西暦の風雲児である湊友希那なのだ。

 

リサ「友希那は……本当に強いね流石は勇者だよ、それに引き替え私は………。」

 

友希那「……………解らないの?リサ。私が強いのは"勇者だから"では無いわ。」

 

リサ「………え?」

 

友希那はリサの手を握り、真っ直ぐ目を見つめこう答えた。

 

友希那「いつも祈って、待っていてくれるあなたがいるからこそ……生きて帰る為に、戦い続けられるのよ。」

 

リサ「っ………!その言葉だけで……私は幸せだよ…。でも、だから……だからこそ私は、自分の出来る事を精一杯やりたい……!友希那やみんなの為に。だからお願い…!もしもこの御役目が終わる前に何の手立ても見つけられなかったら、その時は……。もう一度、神樹様に語り掛けたい…。チャンスを頂戴!最後まで……諦めたくない。」

 

リサは深く頭を下げる。全ては勇者を守る為--人々を守る勇者を守る為にリサは今出来る精一杯の事を全力でやろうとしていた。

 

友希那「…………それがリサの、巫女しての矜恃なのね。ならもう止めはしないわ。だけど……、その時は決して1人でやらないと約束して。そして、これだけは忘れないで。私は記憶も、楽しみも、他の何もいらない。だから無茶だけはしないで。お願い。あなたがいてくれないと……湊友希那は勇者ではいられないのだから。」

 

そう言って友希那はリサを抱きしめる。

 

リサ「友希那………私……。」

 

リサも友希那を抱きしめ返す。

 

友希那「いいの………何も言わないで。」

 

リサ「私……私は………一生をかけて友希那を……支えていくから…。」

 

友希那「………分かっているわ。」

 

中たえ「2人とも……本当に強いなぁ。本当に…素敵な絆だよ………尊すぎるよ。」

 

友希那「ところで……私の靴下は何処にしまってあるのかしら?」

 

リサ「え?」

 

友希那「リサがいないと靴下も履けない人だと皆に笑われてしまったわ。何処にしまってあるの?」

 

リサ「だーめ。それは私の大切な御役目だから絶対に教えないよ。」

 

友希那「そ、そんな……。」

 

その時、部屋の扉が開き、洗濯に行っていた2人とモカが入ってくる。

 

小たえ「あっ!リサさん気がついたんですね!」

 

彩「良かった!心配したよ!」

 

リサ「たえちゃん、彩にモカも心配かけちゃってごめんね。」

 

モカ「いえいえー。それより気分はどうですか?」

 

小たえ「あのね、うどんを柔らかく煮てきたんだ。食べられますか?」

 

リサ「ありがとね、食べれるよ。」

 

友希那「リサは横になってて。私が食べさせてあげるわ。」

 

彩「何だか2人とも夫婦みたいだね。」

 

モカ「本当だね。」

 

仲睦まじい2人。お互いの想いを改めて確かめ合い勇者達は進んでいく--

 

 



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其々の役目

明けましておめでとう御座います。今年も宜しくお願いします。

今回の主役はモカちゃん。4人いる巫女の中で巫力の力関係は

モカ>リサ>彩>沙綾

となっています。

たった1人で諏訪を守り切る中でモカの巫力は実は1番高いのです。




 

 

勇者部部室--

 

リサの体調が良くなってから数日が経った頃。

 

リサ「これって……神託だ。モカ、彩。沙綾も…集中して。」

 

彩「うん、リサちゃん……。」

 

中沙綾「感じる……瞼の裏に何かが見える……。」

 

モカ「………………。」

 

沙綾を含め4人が神樹からの神託を受け取る中、全員が曇った表情を浮かべた。

 

彩「変だよ…いつもより不鮮明で……イメージにノイズの様な物が………。」

 

リサ「深く集中して……。」

 

中沙綾「これって……水…かな……。」

 

彩「大きな波が見えるよ………海。」

 

モカ「オレンジ色の光……。これは…えっと?」

 

リサ「夕日………。海………。」

 

徐々に神託が鮮明になってくる。

 

中沙綾「この敵の気配には、何だか覚えが……。"爆発型"だ………。」

 

ゆり・友希那・千聖「「「………。」」」

 

暫く経ち、降りてきた神託をリサがまとめて話し始める。

 

リサ「神託だよ。時刻は夕暮れ、西側の海から奇襲攻撃が来る。」

 

ゆり「沙綾ちゃん、地図を開いて。」

 

小沙綾「分かりました!」

 

友希那「海……。だとすると、瀬田さん。」

 

薫「ああ。先陣は私が切ろう。」

 

みんなが作戦を練り上げる中、

 

モカ「西の………海?」

 

モカは訝しげに首を傾げていた。

 

リサ「モカ、どうしたの?何か違ったビジョンが見えた?」

 

モカ「あ……いや。そんな……事は……。」

 

彩「いつもよりイメージが不鮮明なのはどうしてなのかな…?」

 

リサ「多分だけど、敵側がこっちに悟られない様にバリアみたいな物を張ってるんだと思う。」

 

あこ「へっへーん!だけどリサ姉達の力はそれを上回ってた訳だね!」

 

美咲「奇襲の筈が待ち構えられて、敵さんきっとびっくりだね。」

 

モカ(海………。それに夕日にしてはあれは…………。ううん、他の3人が同じ意見なんだしそれが間違ってる筈が無い。私の勘違いだよね………。)

 

勇者部の巫女のリーダーはリサである。そしてその他3人が同じ意見を出したのだ。"3人が同じなのだから自分が間違っている"この時のモカはそう思っていたのである。

 

蘭「モカ?どうしたの、そんな考え込んで。」

 

モカ「あ……ううん!何でもない。何でも……ない…よ。」

 

ゆり「よし、それじゃあみんなでバーテックスを迎え撃つよ!」

 

赤嶺「うん!」

 

勇者達は意気込んで西の海へと乗り込んだ。たった1人の不安を残して--

 

 

---

 

 

西の海--

 

夏希「さあ、来るなら来い、バーテックス!」

 

勇者達は全員戦闘態勢で来るバーテックスを待ち構えていたのだが--

 

 

 

小たえ「あれ?来ないよ?」

 

何故か敵の気配が無いのである。端末を見るも警報が鳴っているのにも関わらず、樹海化は起こっていない。

 

香澄「さーや、これってどういう事!?」

 

薫「夕日が沈みかけているけれど、海に異変は無いね……。」

 

みんなが困惑していたその時、リサから緊急連絡が入る。

 

リサ「大変だよ!高知県東側、奥物部湖に敵襲!急いで"カガミブネ"で移動して!」

 

友希那「何ですって!?」

 

3人の神託が間違っていたのである。予想外の出来事に勇者達は戸惑いを隠せない。

 

りみ「西の海じゃなかったんですか!?」

 

有咲「まずい!急がないと!」

 

ゆり「沙綾ちゃん!"カガミブネ"を!」

 

中沙綾「は、はい!ですけど、私だけの力じゃ一度に全員の移動は無理です!」

 

巫力が1人分しかない今の状況では全員を高知へ飛ばすのには限界がある。勇者達は完全に出鼻を挫かれてしまったのだ。

 

花音「ど、どうするのどうするの!?」

 

ゆり「先ず沙綾ちゃんと先発隊で飛んで!他はリサちゃん達を待つしかない!」

 

千聖「く……っ、どうしてこんな事態に。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

薫「全員が揃うまで持ち堪えてみせる!はぁっ!!」

 

"カガミブネ"で飛んだ先発隊が戦線を維持すべく戦いを始めていた。

 

高嶋「水の中からどんどんバーテックスが!」

 

イヴ「チクショー!湖のくせに、すげえ波だ!」

 

湖の中心では"爆発型"がわざと爆発し、湖に激しい波を作り上げ中々近付く事が出来ない。その時、空が光り"カガミブネ"で残りの勇者達と巫女が樹海に降り立った。

 

彩「今ので勇者全員到着したよ!」

 

千聖「疲弊した先発隊は下がって!後発部隊が入れ替わるわ!!」

 

小たえ「リサ先輩達は私の後ろに来てください!」

 

友希那「あこと松原さんも防衛ラインに!3人で巫女を攻撃から守って!!」

 

リサ「巫女が樹海にいることで戦力の分散を招いちゃう………。モカ、私達は下がるよ!」

 

そう言ってリサはモカを見るとモカは今の光景を目の当たりにして震えていたのである。

 

モカ「あ……ぁあ……こ、これ……だ。」

 

勇者達は奇襲に耐え、何とか戦線を維持しているがその最中で沙綾はある物を見つけた。

 

中沙綾「あの敵は……"爆発型"が何十匹も一塊になってる!?」

 

 

 

さながらそれは巨大な時限爆弾--

 

 

紗夜「接近すると大爆発します!皆さん、逃げてください!!!」

 

紗夜の掛け声虚しく"爆発型"はオレンジ色の光を撒き散らしながら大爆発、その爆発に多くの勇者が巻き込まれてしまう。

 

香澄・夏希「「きゃあああっ!」」

 

モカ「あ…ぁあ……大きなオレンジ色の光……私が…見たのは…これだった……。」

 

 

大きな波--

 

 

そしてオレンジ色の光--

 

 

 

全てモカが神託で見た光景だった。3人の神託が誤りであり、ただ1人モカだけがしっかりとした神託を受け取っていたのである。

 

燐子「敵全体に仕掛けます…!その間に、体勢を整えてください…!」

 

燐子は"雪女郎"の広範囲攻撃で湖を凍らせて敵の動きを制限させる。

 

蘭「モカ、早く樹海から出て!リサさん!モカをお願いします!!」

 

リサ「モカ、彩!行くよ!」

 

リサはモカの手を引くが、モカは震えてその場を動かない。

 

モカ「私のせいだ………私の…。」

 

友希那「燐子のお陰で隙が出来たわ!ここから反撃するわよ!!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

"爆発型"の奇襲に耐えながら何とかバーテックスの攻撃を凌ぎきり、撃退に成功した勇者達。だが湖や森に多少なりとも被害が出てしまい、怪我をした勇者達も出てしまった。

 

ゆり「どうしてこんな事になったのか説明してくれる?」

 

リサ「ごめん……私のせいだ…。神託を読み誤ったみたい…。」

 

彩「リサちゃんのせいだけじゃないよ!今回は本当にノイズが酷くて……!」

 

リサが頭を下げ、彩もリサを庇う様に頭を下げた。

 

有咲「その、ノイズってのは敵の妨害だったんだろ?」

 

燐子「それは防ぎようがありませんし、仕方ありません……。」

 

中沙綾「もしかしたら、神樹様の力も弱まってるのかもしれません……。」

 

友希那「そう……。色々な要素が重なって波立つ水面、オレンジ色の夕日………ね。」

 

美咲「そう見えたものは仕方ないです。誰のせいでも無いって事で……。」

 

みんなが巫女2人を庇い合う中、モカが声を荒げて叫ぶのだった。

 

モカ「違う!私のせいだよ!!」

 

蘭「モカ……?」

 

モカ「実は……もう少しだけ見えてたんだ。海にしては周りに緑が多い…とか。夕日にしては、何かちょっと……光が強すぎるんじゃないか…とか。」

 

蘭「え、違和感を感じてたのにどうして言わなかったの?」

 

モカ「他の3人が同意見だから、私が間違ってるって……思い込んで………。もし私が何か言って、それが間違いだったら私のせいでみんなが危険な目に遭うから…。それが恐くて……言えなくて……ごめんなさい、ごめんなさい……。」

 

モカは涙を零しながら謝った。巫力には個人差があり、それも相まってリサが巫女の中でリーダーを務めていた。そして今回リサ含め3人の巫女が同じ意見。気が弱いモカがそれに従ってしまうのは想像に難くない事だった。

 

リサ・蘭「「モカ……。」」

 

モカ「本当にごめんなさい……。」

 

中沙綾「私だって、敵が"爆発型"と分かった時点であの光がそうかもと疑うべきだった……。だから泣かないでモカ。あの時は、それで仕方なかっ……。」

 

神託にノイズがかかっていたから仕方なかった。敵の姿から察知出来なかったから仕方なかった。全員が仕方なかったとモカを慰める中、

 

ゆり「仕方なくない。」

 

りみ「お、お姉ちゃん………。」

 

ゆりが静かにモカに言い放った。

 

ゆり「モカちゃん。勇者部五箇条の四つ目を言ってみて。」

 

モカ「……悩んだら…相談……です。」

 

ゆり「あなたは"言えなかった"んじゃないの。"言わなかった"んだよ。」

 

 

"言わなかった"--

 

 

その一言がモカの心に突き刺さる。

 

ゆり「その事で私達勇者が危険な目に遭うのは構わない。だけど……私達の後ろには何も知らない大勢の一般市民がいるんだよ。それだけは忘れないで。」

 

モカ「…………はい。」

 

夏希・あこ・蘭「「……………。」」

 

部長としての厳格な言葉に他のみんなも言葉が出ない。

 

リサ「あの………もう少し、時間をもらっても良いですか?」

 

そんな中でリサが話し出した。

 

リサ「今回の事は、巫女の連帯責任です。モカだけを責めないであげてください。」

 

モカ「リサさん………私は巫女としての御役目を放棄したんです……庇ってもらう資格なんて……。」

 

リサ「違うよ。モカが意見を言えない雰囲気を作ったのは私だよ。涙を拭いて。」

 

モカ「………私が臆病だったばっかりに…また私は自分の弱さのせいでみんなを……。」

 

リサ「臆病は決して悪い事じゃないよ?でもね、モカ………。モカにはせっかく持って生まれた高い巫女の力があるんだから。」

 

モカ「そんな………私なんて……。」

 

 

"私なんて"--

 

 

モカがよく言う口癖である。

 

あこ「それ、悪い口癖だよ?自分の事、そんな風に決めつけちゃダメだよ。」

 

蘭「そうだよ。もっと胸を張って良いんだから。」

 

花音「わ、私も自分なんてっていつも思うよ!だからその気持ちはすっごく良く分かる。」

 

彩「あはは。でも、モカちゃんは凄いよ。私、水辺に緑なんて全然見えなかったもん。」

 

リサ「モカ。私達はモカを頼りにしてるんだよ?」

 

モカ「でも……また同じ失敗をしちゃうかもしれませんよ。」

 

香澄「いくら失敗したって良いじゃん!私、何回だってモカちゃんをフォローするよ!」

 

中たえ「そうそう。失敗は成功の母。」

 

夏希「あと、七転び八起きとか!転んでもまた起き上がれば良いんですよ!」

 

有咲「今度からガンガン自分の意見をぶつけて行けよ!」

 

リサ「ははっ、お手柔らかにね。」

 

誰かが失敗したとしても、他の人がカバーし合っていく。それが勇者部の最大の強みである。

 

モカ「みんな……ありがとう。私…頑張るから…。もっと………強くなるよ。」

 

蘭「私"達"でしょ。1人で頑張り過ぎちゃダメだから。」

 

モカ「…………うん!」

 

みんながモカの周りに集まり温かい言葉を掛け合っている中、ゆりは少し離れた所でみんなを見ていた。

 

ゆり「………ふぅ。やれやれ、何とか纏まったみたいだね。私も人に説教出来るような立派な人間じゃないのにね………。」

 

りみ「何言ってるの、お姉ちゃん。お姉ちゃん、立派だったよ。」

 

ゆり「りみ……。」

 

りみ「帰りにプリン買って帰ろ?今日は私が奢るね。」

 

ゆり「ありがと。」

 

叱ってくれる人がいて、背中を押してくれる人がいる。失敗を糧に勇者部はまた1つ強くなったのであった--

 

 



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深め合う年の初め

新年のお話であります。

今の人達はコマの元ネタ分かる人いるんですかね?1つはすぐ分かると思うんですけど、もう1つは知ってたら中々にマニアです。




 

 

神社--

 

12月31日、時刻は23時過ぎ。大晦(おおつごもり)が終わり新年がもうすぐやって来ようとする寒空の下でも神社は賑わいを見せていた。

 

小沙綾(本当だったら、こんな時間に子供が1人で外出するなんて問題だと思うけど…。)

 

沙綾は1人神社へと足を運んでいた。やっぱり大晦日の日くらいは神社で過ごしたいと言う沙綾のちょっとした我儘だ。鳥居をくぐり少し歩くとぼうっと薄明かりが見え、その周りを沢山の人が囲んでいた。

 

小沙綾(あ、お焚き上げをやってる。寒いし、少し当っていこうかな。)

 

沙綾がお焚き上げの場所まで行くと、そこには見覚えのある人物が1人。

 

小沙綾「あれは……イヴさん…?」

 

イヴ「沙綾さん?」

 

小沙綾「イヴさんも来てたんですね。」

 

イヴ「静かな所が好きなので…。」

 

小沙綾「私もです。隣、良いですか?」

 

イヴ「はい。寒いですから一緒に火に当たりましょう。」

 

小沙綾「そうします。」

 

2人は火の側で暖をとり始めた。肌を刺す冷たい寒さの中、パチパチと炎の音が静かな神社に響き渡る。

 

イヴ「………。」

 

小沙綾「火って不思議ですよね。見ているとなんだか心が落ち着きます。」

 

ふと沙綾は火についての自分の心情をイヴに零す。火は"安心出来るもの"だと。火が人類を助けてきた事は周知の事実なのだから。

 

イヴ「そうですね……。でも、怖さも覚えます。」」

 

イヴも自分の心情を沙綾に話す。しかし、それは真逆の感情。火は"恐怖の対象である"と。何故ならイヴは知っているから--現実の四国外の惨状を。だが、イヴは沙綾にそれを悟らせる事は無かった。知らない方が幸せな事もあるのだから。

 

小沙綾「……。」

 

イヴ「………。」

 

小沙綾(イヴさんと一緒にいるのは言葉が無くても、気まずさが無い……。)

 

2人は暫く無言の時を楽しんでいた。イヴが余り話さない事は知っているし、沙綾もこの瞬間がキライではなかった。

 

小沙綾「イヴさん。30秒以上、無言でいて気まずくなかったら、友達なんだそうですよ。本で読んだ事があります。」

 

イヴ「そうなんですね…。では、私と沙綾さんは友達です。」

 

笑って沙綾に語りかける。

 

小沙綾「そうですね。」

 

笑ったイヴに沙綾も笑顔で返した。そこへ、もう1人見知った顔がやって来る。

 

夏希「あ、沙綾にイヴさん。」

 

小沙綾「夏希も来たんだね。」

 

イヴ「こんばんは、夏希さん。」

 

小沙綾「夏希はどうしてここへ?」

 

夏希「ははっ、何だかここに行ったら沙綾に会えるかなってね。」

 

夏希は照れ隠しに鼻を擦って軽く笑った。そして更に、

 

小たえ「あー!夏希に沙綾にイヴさん!みんなも来てたんだね。」

 

たえも神社へやって来たのだ。理由を聞くとどうやら夏希と同じ考えだったようである。

 

小沙綾「おたえ!ふふっ、示し合わせた訳でもないのに、みんなここに集まったね。」

 

夏希「神樹館チームのシンパシーって事だね!」

 

イヴ「友情…ですね。」

 

"友情"の2文字がイヴの心をギュッと締め付ける。その時、人一倍大きな鐘の音がゴーンと鳴り響く。時刻は0時を回り年が明けたのだ。

 

小たえ「丁度12時を回ったー!明けましておめでとう!」

 

小沙綾・夏希・イヴ「「「明けましておめでとう!」」」

 

夏希「じゃあ早速みんなでお参りに行こう!初詣だ!」

 

イヴ「はい…!」

 

3人は足早に境内へと向かって行った。そんな3人を見てイヴは思う。

 

イヴ(……1人でいても、もう1人の私がいるから1人じゃない…。そう思っていましたが、千聖さんや彩さん、日菜さんに花音さんとお友達になり、そしてこの世界にやって来て夏希さん達ともお友達になれました……。今は、こんなにも沢山の友人がいます。私は……--)

 

 

そんな時、少し先の方からイヴを呼ぶ夏希の声が。

 

夏希「イヴさーん!早くしないとおいて行っちゃいますよー!」

 

イヴ「…今行きまーす!」

 

一方踏み出したイヴは小さく笑っていた。

 

 

---

 

 

浜辺--

 

美咲「はぁ……はぁ………。」

 

美咲は今必死で走っていた。足場の悪い砂浜を全力疾走している。まるで何かに捕まらんとすべく。そんな美咲の少し後ろから声が聞こえる。

 

中たえ「はぁ、はぁ……待ってーー!美咲ー!」

 

美咲「はぁ……はぁ…だ、だからさー!別に振袖は着なくても良いんじゃないかなー!」

 

美咲はたえの猛追を必死で逃げ切ろうとするものの、足場が不安定、ましてや砂浜での追いかけっこには慣れもあるたえに部があった。徐々に差が縮まっていく。

 

美咲(はぁ……疲れる…。年明け早々花園さんに振袖着ようって言われてからずっと逃げてるから……。)

 

中たえ「はぁ……疲れたなら、大人しく振袖着ちゃいなよー!」

 

美咲「な、何でさぁー!花園さんが着れば良いじゃーん!」

 

中たえ「はぁ……ふぅ…まてー!」

 

美咲の言葉を他所に、たえはこの状況で更に加速をかけ美咲を詰めにかかる。こんな状況下で美咲は何故か北海道での事を思い出していた。

 

美咲(そういえば…北海道にいた時も、こんな風に撤退戦をやった事があったっけ……。)

 

脳裏に浮かぶのは苦しかった、辛かった、寒かった故郷の寒さ。

 

美咲(でも……あの時とは違う……。)

 

美咲のスピードが落ちる。その隙を見逃す程たえの体力は落ちていなかった。

 

中たえ「なんとぉー!ダイビングキャッチー!」

 

軸足で踏ん張りを効かせ、渾身の跳躍で美咲に覆いかぶさったのだ。相手が悪い。なんせ美咲が相手にしているのは曲がりなりにも勇者達の"切り札"、神世紀最強の勇者であり初代勇者の子孫花園たえ。

 

美咲「う、うわぁ!捕まっちゃったかぁ……。」

 

観念したのか美咲は抵抗もせずたえに身を任せる。

 

中たえ「捕まえた…!はぁ…はぁ……。」

 

美咲「……良いよ、分かった。着るよ、振袖。」

 

中たえ「やったー!思ったより簡単に納得してくれて良かったよ。」

 

美咲「あはは……。良く考えたら、逃げ回る様な事じゃなかったなって。」

 

中たえ「え?」

 

美咲「何でもないよ。さぁ、行こっか。」

 

美咲は立ち上がり、砂浜に座っているたえの手を引っ張って立ち上がらせる。

 

美咲(今は…悪いものに追われてる訳じゃない……。北海道にいた、あの頃みたいに…。)

 

今は寒くない。一緒に笑って、泣いて、喜んで、支え合える友達が美咲の周りには沢山いるのだから。

 

 

---

 

 

花咲川中学、屋上--

 

夏希「………っ!」

 

あこ「…………ごくりっ!」

 

寒空の下2人は向かい合い、見つめ合ったまま動かない。

 

夏希「正月の遊びといえば……コマ。」

 

あこ「だけど!あこ達勇者にとっては、ただのコマなんてぬるい、生ぬるいよ!勇者部全員で星屑1匹と戦うくらい生ぬるいよ!!あこ達のコマはこれだよ!」

 

そう言って2人はおもちゃのコマを互いの眼前に突きつけた。

 

夏希・あこ「「コマブレード!!」」

 

2人が手にしている"コマブレード"とは、近未来型ハイテク玩具であり、トップ・ミドル・ボトムの3層構造からなり、それぞれを自由にカスタマイズして自分だけのオリジナルのコマを作って勝負が出来るおもちゃである。漫画化やアニメ化もされており、神世紀の子供達はこぞって夢中になっているものの1つだ。

 

あこ「あこが使うコマはこれだよ!"クリムゾン・ホークT(ターボ)"!」

 

あこが手にしてるコマはアニメ化された際に主人公が愛用しているもの。数少ない左回転であり、超攻撃型で下からすくい上げる様なアッパー攻撃の連続で相手を場外へ吹き飛ばす事が出来る。

 

夏希「激レアなコマですね…。」

 

あこ「ふっふっふ……。これは戦う前から勝負ありかな?」

 

夏希「いや……むしろ安心しました。」

 

あこ「えっ!?」

 

夏希「それくらいが相手じゃないと、一瞬で勝負がついてしまって、面白くないですからね!私のコマはこれです!"グローリー・マウント・フジT(テンペスト)"!」

 

夏希が持っているコマはあことは正反対で主人公のライバルが使う右回転の絶対防御型のコマ。重心が下にあり、どんな攻撃も跳ね返しその場を動かない山の如き鉄壁を誇り、耐え抜いて持久戦へと持ち込む事を得意としている。

 

あこ「相手にとって不足無し!行くよ、夏希!」

 

夏希「はい!」

 

両者臆する事なくコマをシューターにセットし、設置されたスタジアム目掛けて構える。超攻撃と絶対防御、究極の盾と矛の対決が今静かに始まろうとしていた。

 

あこ「チャージ3回、フリーエントリー、ノーオプションバトル!!」

 

夏希「チャージ3回、フリーエントリー、ノーオプションバトル!!」

 

夏希・あこ「「チャージ・イン!!」」

 

チャージ・インの掛け声と同時に2つのコマが唸りを上げてスタジアムを回転し始める。

 

あこ「良いチャージ・インだね、夏希!」

 

夏希「あこさんこそ良いチャージ・インです!」

 

しかし両者のコマが激突する瞬間、物凄い速さでもう1個コマがスタジアムに乱入、あこと夏希のコマを瞬く間に場外へと吹き飛ばしたのである。

 

?「まさかこんな所でブレーダーに会えるなどとは思ってもいませんでした…。四国(せかい)は広いですね。」

 

夏希・あこ「「誰だっ!?」」

 

2人はコマが飛んできた方向へ目をやると、そこにいたのはシューターを構えている紗夜だった。

 

夏希「まさか紗夜さんが3人目のブレーダーだったなんて……。」

 

 

紗夜が放ったコマは"スーパー・ダイナミック・ナスビT(トライデント)"。攻撃・防御両方の特性を持つバランス型であり、使い手により強さが左右されるピーキーな性質を持つ玄人向けのコマである。

 

紗夜「私より強いブレーダーはいるのでしょうか?」

 

あこ「ぐぬぬ……返り討ちにしてやります!あこは負けません!」

 

夏希「私のブレード魂見せつけてやります!さぁ、始めましょう!」

 

3人はスタジアムを囲みシューターを構える。絶対に負けられない三つ巴の戦いが今、始まる--

 

 

紗夜「チャージミリオン、フリーエントリー、ノーオプションバトル!」

 

夏希「チャージミリオン、フリーエントリー、ノーオプションバトル!」

 

あこ「チャージミリオン、フリーエントリー、ノーオプションバトル!」

 

夏希・紗夜・あこ「「チャージ・イン!!」」

 

 

--

 

 

商店街、フードコート--

 

小たえ「--っていう初夢を見たんだ。」

 

小沙綾「おたえらしいって言うか何て言うか……。滅茶苦茶な内容だけど、きっちり一富士二鷹三茄子を達成してるのは流石おたえだね…。」

 

 

---

 

 

花咲川中学、校庭--

 

香澄「あ〜あ…私の凧落ちちゃった。さーや、凄いなぁ、あんなに高く揚がってる。」

 

中沙綾「これも慣れだよ。後は風の気分次第だから、運みたいなものだし。」

 

香澄は負けじと凧を再びあげようとする。

 

香澄「よーし、今度こそ高く揚げるよ!えーーい!」

 

凧は風を受けぐんぐん高く揚がっていくが、直後急に突風が吹き凧糸が切れてしまう。

 

中沙綾「あっ!糸が切れて凧が…。」

 

香澄「私、追いかけてくるね!」

 

香澄が駆け出そうとした時、沙綾が香澄の腕を掴んだ。

 

中沙綾「大丈夫だよ、香澄。」

 

香澄「え?」

 

中沙綾「あの凧は自由になったんだよ。」

 

香澄「自由に…そっか。」

 

中沙綾「今頃色んな所を飛んでるんだろうね。」

 

一方2人から少し離れた場所では友希那とリサも凧揚げをしていた。

 

リサ「子供の頃を思い出すね、友希那。昔もこうやって、2人で凧揚げしたっけ。」

 

友希那「ええ、そうだったわね、リサ。」

 

2人は1つの凧を一緒に飛ばしながら昔の思い出に耽っていた。

 

リサ「友希那。」

 

友希那「何かしら?」

 

リサ「友希那は……束縛とかされたいの?」

 

友希那がリサの問い掛けに答えようとしたその時、再び突風が吹き凧が風に煽られリサが引っ張られそうになる。

 

リサ「うわ!風のせいで凧に引っ張られ…!」

 

友希那「リサ!」

 

咄嗟に友希那は凧糸を切ってリサを凧から助け出す。

 

友希那「危なかったわね。」

 

リサ「ありがとう、友希那!」

 

友希那「束縛されたいかはともかく…リサを縛るものがあるなら、私が斬るわ。」

 

リサ「ははっ!友希那カッコいい。」

 

御役目にはげに励みながらも、こうした楽しい思い出を沢山残していく事はみんなで決めた約束の1つ。日常を大切にする。勇者達にとってそれは何よりの力になるのだろう。

 

 

 



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先祖の面妖さ

ようやくつぐみと六花がこの世界にやって来ます。

総勢27人。3人から始まった勇者部も気付けば9倍の人数になりました。




 

 

勇者部部室--

 

モカ「そろそろ赤嶺さんのお仲間が到着する頃ですね。」

 

赤嶺「つぐちんにロック…。久しぶりだなぁ。」

 

赤嶺達が夜の樹海から帰還し、元の時代での赤嶺の仲間がやって来ると言われてから数週間が経つが遂にこの時がやって来た。

 

有咲「それなんだけど、1つ良い?」

 

有咲が部室を見回して言う。

 

有咲「ここに後2人が来るんだよな?」

 

部室として使っている家庭科準備室には今勇者部メンバー全員、計25人がすし詰め状態になっている。正直もう限界に近い。

 

有咲「このままいけば部室壊れるぞ?」

 

イヴ「それはそうですね…。新しい部屋を探すのもありなんじゃないでしょうか?」

 

あこ「中々にぎっしりだから手を伸ばしたら誰かに当たっちゃうよ。」

 

そう言ってあこは手を伸ばすと近くにいた日菜に触れる。

 

ゆり「確かにね。夏場は暑くなるかも。」

 

四国の夏は暑い事で有名だ。比較的盆地な為夏場は下手したら40度を超える事もある。人口密度が高い部室はサウナになってしまうだろう。

 

彩「あはは、私は賑やかで好きだな。」

 

高嶋「そうだよ!工夫すれば後2人なら全然入れるよ。」

 

そう言いながら高嶋は紗夜の膝に座る。

 

紗夜「ここまで来たんです。同じ部室で行動していけば良いでしょう。」

 

薫「そうだね。前はおんぶをしたけれど…こうやってするのも良いんじゃないか?」

 

薫はたえを抱き抱えた。

 

小たえ「お姫様抱っこだ!」

 

花音「私もこのままで良いかなぁ。話す相手がいっぱいいるし、強い人がいる安心感もあるよ。」

 

有咲「まぁ、みんながそう言うならそれで構わないけど。りみもそれで良いか?」

 

りみ「大丈夫。」

 

そうこうしているうちに、巫女達が神託を受け取る。

 

リサ「っ!?この感じ。来たみたいだよ。」

 

そう言った途端、部室が光輝き出した。新たな仲間がやって来る前兆である。

 

赤嶺「っ!」

 

香澄「ようこそ、勇者部へ!」

 

遂に赤嶺が待ち望んでいた瞬間がやって来るのだ。

 

 

--

 

 

?「………。」

 

光が収まると香澄達の目の前に茶髪でショートの少女が現れた。すると、日菜が目を輝かせてその少女に近づいた。

 

日菜「はぁ〜!るんっ!てきたよ!間違いなく私の御先祖様だ!」

 

りみ「わぁ…綺麗な人ですね。」

 

燐子「そうですね…!」

 

赤嶺「つぐちんっ!」

 

日菜続いて赤嶺もその少女に抱きついた。

 

あこ「おお、赤嶺が駆け寄ってるよ。」

 

美咲「仲良しなんだねぇ。」

 

彼女こそ神世紀72年での赤嶺のライバル兼親友--

 

 

 

 

?「赤嶺ちゃん、元気にしてたみたいだね!」

 

赤嶺「うんっ!」

 

氷河つぐみその人である。

 

 

--

 

 

つぐみ「皆さん、氷河つぐみです。今の状況はこっちの巫女を通じて大体聞いています。中立神の試練、私も手伝います。宜しくお願いします。」

 

そう言ってつぐみは深々と頭を下げた。

 

日菜「おぉ〜。礼儀正しい…。」

 

ゆり「名前からしてのイメージだね。」

 

千聖「日菜ちゃんとは似ても似つかない性格だわ。」

 

つぐみ「あなたが私の子孫ですね。初めての出会いにこれをどうぞ。」

 

日菜「うん!氷河日菜だよ!わぁ…ありがとう!」

 

つぐみが渡した包みの中には手作りのクッキーが入っていた。受け取った後2人は握手を交わす。

 

夏希「日菜さん良いなぁ!」

 

つぐみ「まだあるからあなたにもあげますね。どうぞ。」

 

夏希「おぉ…。ありがとうございます!」

 

小たえ「良いなぁ、夏希。」

 

つぐみ「うふっ、あなたにもどうぞ。」

 

少し笑って、つぐみはたえにもクッキーの包みを手渡す。

 

小たえ「花園家の家宝にします!」

 

夏希「食べないの……?」

 

つぐみ「花園…。あなたは花園家の人なんだね。」

 

小沙綾「あの……お話中のところすみません。もう1人いるんですけど…。」

 

みんなが楽しそうに話しているところを遮り、沙綾が部室のとある箇所を指差す。

 

つぐみ「皆さんに私と赤嶺ちゃんのもう1人の友達を紹介しますね。彼女は朝日さんです。」

 

つぐみがもう1人の少女、朝日六花を紹介し六花は勇者部に挨拶する。

 

六花「初めまして。朝日六花と申します。羽丘中学の3年で巫女をやっています。」

 

高嶋「生まれはここなんですか?」

 

六花「いいえ。生まれは岐阜です。」

 

リサ「宜しくね!いやー巫女がもう1人欲しいと思ってたから大歓迎だよ!」

 

六花「えっと、あなたは確か……リサさんでしたよね。写真で見るよりお綺麗です。」

 

リサ「あはは…なんか照れるなぁ。」

 

 

--

 

 

一頻り感動の再会を堪能した後--

 

ゆり「赤嶺ちゃん、友達は全員揃った?」

 

赤嶺「はい。これで羽丘中学組は全員集合です。」

 

千聖「それじゃあ、みんな順番に自己紹介していきましょうか。」

 

 

--

 

 

彩「--以上、丸山彩でした!宜しくお願いします。」

 

持ち時間1人5分、それでも全員の自己紹介が終わるまで125分。約2時間かかってしまったが、2人は顔色一つ変えずに全員の話を真剣に聞いていた。

 

香澄「いきなり全員覚えるのは大変だと思うけど、少しずつ……。」

 

つぐみ「心配ありがとう。でも大丈夫だよ、香澄ちゃん。」

 

香澄「凄い!もう覚えたんですね。」

 

六花「2人は御役目上、名前と顔はパッと覚えないといけませんから。勿論私も覚えましたよ。」

 

あこ「じゃあじゃあ私の名前は?」

 

六花「宇田川あこさん。」

 

あこ「凄ーい!正解!」

 

そんな時、全員の端末から警報が鳴り響く。

 

小沙綾「敵襲です!」

 

日菜「いきなりだけど御先祖様、出陣だよ。」

 

つぐみ「任せて。どんな所でもやってみせるから。」

 

両拳をギュッと握って気合を入れる。

 

赤嶺「出た、そのポーズ。つぐちん、今日もつぐってるね。」

 

六花「初めが肝心です。2人とも、頑張ってください。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

赤嶺「つぐちん、これ見て、これ。せーの!」

 

樹海に着いた途端、赤嶺はつぐみに自分の勇者装束を見せる為に変身する。

 

赤嶺「ばーん!」

 

全身くまなく見せる為赤嶺はその場でシャドーボクシングをして見せた。

 

つぐみ「っ!絵になってるよ、赤嶺ちゃん!それが勇者の衣装なんだね。」

 

赤嶺「そうだよ!ここでは私達は"鏑矢"じゃなくて"勇者"。つぐちんにも同じ力が宿ってる筈だよ。」

 

つぐみ「成る程……。じゃあ私も変身するよ!」

 

つぐみも端末のアプリを起動し勇者へと変身する--

 

 

赤嶺「おぉ…!」

 

白を基調とし、差し色に青が入っている勇者装束。強いて言うなら友希那の装束と近いものがある。その凛々しくも可憐な姿はまるでカサブランカの花のよう。

 

高嶋「綺麗だね!」

 

夏希「その武器は何ですか?……ただの柄?」

 

手にしているものは剣の柄の様なものであり、刀身は存在しない。果たしてこれが彼女の武器なのであろうか。だとしたらどう使うのだろうか。

 

つぐみ「……成る程ね……こうっ!」

 

柄を持つ手に力を込める。すると、柄から突然紫色の光を帯びた刀身が姿を現したのだ。

 

紗夜「エネルギーの刃!?まるで映画の武器ですね……。」

 

つぐみ「精霊の力を刃に変える……。名付けて"精霊刀"ですね。」

 

赤嶺「つぐちんカッコいい!」

 

つぐみ「赤嶺ちゃんの手甲も似合ってるよ。っ!?」

 

彼方からバーテックスが接近してくるのを勇者達は確認する。

 

つぐみ「あれが人類の敵を模した存在だね。」

 

赤嶺「どうつぐちん?いきなり凄い光景だと思うけど、戦える?」

 

つぐみ「大丈夫。戦う相手が人じゃない分、やりやすいよ。」

 

千聖「つぐみちゃんも赤嶺ちゃんと同じで対人に特化してたのよね。」

 

高嶋「そっか。バーテックスとか見るの初めてなんだよね。無理せずに……。」

 

精霊刀を握る手に力が入る。初めて見る異形の姿に恐怖はなかった。隣にはいつも笑ってくれる仲間がいるから。

 

つぐみ「………はぁ!」

 

いの一番につぐみは接近する星屑相手に精霊刀を突き刺し一閃。

 

日菜「さすが氷河家の御先祖様。全然恐怖感じてないね。」

 

赤嶺「つぐちん全然臆してないや。」

 

千聖「前へ突っ走るところは似てるみたいね。」

 

イヴ「全くだ。」

 

つぐみ「さあ来なよ、バーテックス。私が相手してあげる。」

 

つぐみはどんどんと前へ進みながら星屑をまるで豆腐を切るかの如く次々と精霊刀で切り裂いていく。その姿を見て、燐子は既視感を抱いた。

 

燐子「この太刀筋……友希那さんに似てる…?」

 

薫「この様子だと変身してない時でも強いだろうね。」

 

美咲「やる事きっちりやるタイプだろうね。」

 

 

--

 

 

つぐみ「……っと、ざっとこんなものかな。」

 

やってくる星屑を粗方倒し終え一息ついているところに赤嶺がやって来る。

 

赤嶺「さすがつぐちん。あっという間に環境に合わせて調整したね。」

 

燐子「緊張を解かないでください…。まだ敵が来ます…。」

 

息つく暇も無く、バーテックスは勇者達へと向かってくる。星屑や"新型"に混ざって"蟷螂型"や"蜘蛛型"のバーテックスがその名の通り虫の様にやって来る。

 

つぐみ「はっ!」

 

赤嶺「せいっ!」

 

総勢24人の勇者がバーテックスと戦う場面は戦国時代の合戦である。

 

つぐみ「…ふう、埒が開かないかも。」

 

終わりが見えない戦いを終わらせる為、つぐみは天に手を翳し叫ぶ。

 

 

つぐみ「…力を貸して"玉藻前"。」

 

精霊の名前を叫んだ途端、樹海が禍々しい空気で満たされ、そこにいるバーテックスを含めた全ての命あるものが動きを止め、つぐみの方に目線を動かした。そしてつぐみはその"玉藻前"をその身に宿す。精霊憑依である。

 

紗夜「なんなのでしょう、あの精霊は…。どこか懐かしい様な…。」

 

日菜「御先祖様からは全然似つかわしくない。るんってこない精霊だ…。」

 

"玉藻前"を目の当たりにしたバーテックス達は目の前で相対している勇者達を他所につぐみ目掛けて動き出す。他の勇者には目もくれないのだ。本能で誰を1番先に倒すべきか考えたのだろう。

 

赤嶺「つぐちん危ないっ!」

 

 

何十匹もの"蟷螂型"がつぐみ目掛けて鎌を高速で振り下ろす--

 

 

しかし、次の瞬間--

 

 

何十匹もいた"蟷螂型"の姿はそこに無かったのだ。切られた訳ではない。爆発した訳でもない。文字通りにその場から消え去ったのだ。

 

中沙綾「い、今何が……。」

 

友希那「バーテックスが一瞬で消えるなんて……。」

 

"蟷螂型"が消えた場所にはつぐみがただ1人立っているだけ。"玉藻前"を精霊憑依したつぐみの装束は西安時代の貴族の様な着物を見に纏った妖艶な姿に変化しており、中でも最大に変化したところは尻尾が生えているところである。

 

燐子「九尾の狐……。」

 

燐子の例えが言い得て妙だ。尻尾は一本では無く九本生えていたのだから。

 

つぐみ「さぁ、まだまだこれからですよ。」

 

そんな事を呟きながらつぐみはほくそ笑み残っているバーテックスへと突き進んで行くのだった。

 

 



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九尾の妖狐

つぐみがその身に宿す精霊"玉藻前"。それは正史であれば紗夜が手にする筈だった力。

これも"氷川家"と"氷河家"が繋がりがある証拠の1つでもあります。




 

 

"玉藻前"--

 

別名を"妲己"またの名を"九尾の妖狐"--

 

 

高嶋が宿す"酒呑童子"と名を連ねる日本三大妖怪の一体とされる大妖怪。"酒呑童子"が圧倒的な攻撃力で敵を捻じ伏せるのならば、"玉藻前"は禍々しい程の妖力で敵を消し去る事を得意としている。

 

紗夜「"玉藻前"……。」

 

余りにも妖艶なその姿に紗夜は思わずバーテックスを塵殺する手を止めてつぐみに魅入ってしまう。

 

千聖「な、何なの…あの力は……。」

 

赤嶺「あれは呪詛の力。バーテックスを倒すっていう絶対的な力だよ。私の精霊"山本"の力と似ているけど、力は圧倒的につぐちんの方が強い。なんせ"酒呑童子"に"大天狗"に次ぐ三大妖怪の力だからね。」

 

つぐみ「まだ敵が残ってるね。消耗しきらないうちにやれるだけやるよ。」

 

つぐみは空を駆け"蟷螂型"へ"精霊刀"を振り下ろす。"蟷螂型"が鎌で防御態勢を取るが、つぐみはお構いなしと言わんばかりに振り下ろす。

 

中沙綾「弾かれる!」

 

その瞬間"精霊刀"に紫色の炎が纏い"蟷螂型"の防御虚しく"精霊刀"は"蟷螂型"を一刀両断。斬り口から紫色の火の粉が飛び散り"蟷螂型"は消し炭と化した。

 

日菜「防御貫通!?流石は御先祖様だ。」

 

友希那「どうして…武器の力…?あれも精霊の力なの…?」

 

つぐみ「…っと。両方だよ。"精霊刀"には精霊の力を付与させる事が出来るんだ。だからこんな事も出来るんだ…よ!」

 

そう言うとつぐみは"玉藻前"の憑依を解き、友希那に触れ"精霊刀"に力を込める。

 

友希那「なっ……!」

 

次の瞬間、つぐみは高速で樹海を駆け抜ける。

 

燐子「それは友希那さんの"義経"の力…!?」

 

つぐみ「そうだよ。私の"精霊刀"は他の精霊の力を宿す事が出来るんだ。能力はオリジナルよりは劣っちゃうし持続する時間も短いけどね。」

 

そう言うものの側から見た速度は友希那の"義経"と遜色ない速度だ。

 

あこ「カッコいい〜!」

 

 

--

 

 

つぐみ「ふぅ。赤嶺ちゃん、結構時間経ったけどどれくらい倒した?」

 

赤嶺「えーっと……大小合わせて50体くらいかな。」

 

つぐみ「中々やるね、赤嶺ちゃん。」

 

赤嶺「つぐちんこそ。初めてなのにそんなに倒せるなんて流石だよ。」

 

2人は親友と同時にライバルでもある。そういう関係性だからそこ2人は他の勇者に遅れを取らない強さを持つ事が出来た。

 

薫「成る程ね、ライバル関係…。互いが互いの力を引き出し合う。儚い事だよ。」

 

美咲「あれだね。市ヶ谷さんと白鷺さんみたいな関係ですかね。こっちの2人はもっと意識してますけど。」

 

千聖「意識って…どう言う事かし…ら?」

 

千聖は美咲の方を振り返るが、既に美咲は彼方へ移動していた。千聖の雷を避ける為だ。

 

花音「千聖ちゃんに対する対策がばっちり出来てる。」

 

赤嶺「さあ、この調子で残りのバーテックスも倒しちゃおう!」

 

 

--

 

 

夏希「……ふぅ、これで全部倒し終えたかな。」

 

香澄「そうだね。樹海化が解ける。みんなお疲れ様!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

六花「どうでした2人とも。他の勇者さんと足並み揃えられましたか?」

 

つぐみ「はい。皆さんに引っ張ってもらえましたよ。」

 

赤嶺「寧ろつぐちんの方がみんなを引っ張って行ってたよね。」

 

六花「それは何よりです。皆さん、つぐみさんはこんな感じの人なんです。何でも出来ちゃうんですけど仲良くしてあげてください。」

 

ゆり「大歓迎だよ。身内にもそんな人沢山いるから。」

 

チラリと有咲を見ながらゆりは笑って言った。

 

ゆり「そうそう、勇者部は時々ボランティアで困ってる人を助けたりもしてるんだけど、そういう事も手伝ってくれる?」

 

つぐみ「願ったり叶ったりです!私にも是非手伝わせてください。」

 

そんな話をしている中、つぐみは赤嶺が怪我をしている事に気がつく。

 

つぐみ「赤嶺ちゃん!腕のところを怪我してるよ。」

 

良く見ると赤嶺の腕には小さな擦り傷が一つ。

 

赤嶺「あー。擦り傷だよ。つぐちん達が来てちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかな。」

 

つぐみ「早く保健室に行こう!」

 

赤嶺「大丈夫だよこのくらい。」

 

つぐみ「ううん、大丈夫じゃない!共に高め合う為には赤嶺ちゃんにはベストな状態じゃないと。」

 

そう言って赤嶺の腕を掴んで強引に保健室へ連れて行ってしまう。

 

中沙綾「……結構過保護なんだね。」

 

紗夜「大袈裟ではないかしら。」

 

有咲「2人が言っても説得力ないから…。」

 

ゆり「どの時代の香澄ちゃんにもそんな感じの人が一緒にいるんだね…。」

 

中沙綾・紗夜「「?」」

 

香澄「早くもっと仲良くなりたいなぁ!」

 

夏希「って事なら歓迎会です!やりましょう歓迎会。」

 

小たえ「大賛成!」

 

 

---

 

 

家庭科室--

 

家庭科室では早速歓迎会の為沙綾達が料理を作っている最中だった。そこへこの歓迎会の主役であるつぐみがやって来る。

 

つぐみ「私も手伝うよ。」

 

中沙綾「つぐみの歓迎会なんだから休んでいても良いんだよ?」

 

つぐみ「ありがとう。でもこれは私が好きでやってる事だから。料理なら私も得意だよ。」

 

つぐみは沙綾達が何を作っているかを推測し、必要な材料を切り始めた。

 

小沙綾「見事な腕前ですね。何処で習ったんですか?」

 

つぐみ「食事はいつも自分の身近にあるものだからね。自然に出来る様になっていったよ。後は…赤嶺ちゃんとの出会いかな。ベストな体調でいてもらいたいから。」

 

ゆり「赤嶺ちゃん達の料理を全部作ってるの!?面倒見が良いんだね。」

 

つぐみ「2人とも料理がそんなに上手くないから。あはは…。」

 

ゆり「そうなんだね…。あ、ちょっと胡椒取ってくれる?」

 

つぐみ「胡椒ですね。……どうぞ。」

 

料理はつつがなく進んでいく。

 

 

--

 

 

空き教室--

 

総勢27人になった勇者部。流石にすし詰めの部室で歓迎会は出来ない為、料理をしている人以外は空き教室で歓迎会の準備をしていた。

 

六花「料理を作っている皆さんはそろそろ打ち明けてる頃ですかね。」

 

モカ「つぐちんとですか?」

 

六花「はい。結構ちゃんとしてる人ですよ。寧ろ赤嶺ちゃんの方が取り扱い説明書がいるんじゃないでしょうか。」

 

その時、六花の後ろから香澄達の声が。

 

香澄「ロック、誰が赤嶺香澄か分かりますか?」

 

高嶋「これは難問だよー。」

 

赤嶺「外すかもしれないねー。」

 

六花の目の前に3人の香澄が横並びで並んでいる。

 

六花「こ、これは絶対に外せないですね……。ま、真ん中じゃないでしょうか!?」

 

香澄「……正解は!………んんんんん、んん!」

 

高嶋「当ったりー!」

 

赤嶺「流石ロック!」

 

六花「あはは…。流石に今回は制服で分かっちゃうよ。」

 

香澄「そっか!」

 

高嶋「それは盲点だった〜!」

 

赤嶺「なら、次はこうはいかないからね。」

 

六花「いつでも来てください。」

 

薫「六花。君も勇者部に打ち解けてきたみたいだね。」

 

六花「そうですね。こんな風に楽しく仄々やっていく事が大切ですから。」

 

香澄「とっても素敵な考えだよ!」

 

こちらもこちらで六花と勇者部が打ち解けていくのにそう時間は掛からなかったようである。

 

 

---

 

 

家庭科室--

 

こちらでは間も無く料理が出来上がろうとしていたが、そんな時端末から再び樹海化警報が鳴り出した。

 

つぐみ「これは樹海化警報。もう少しで料理が完成するところなのに…。空気が読めないなぁ。」

 

ゆり「敵襲の頻度が上がってるって事…?折角歓迎会の準備をしているところだったのに。」

 

沙綾達は料理を一旦中止し、戦闘の準備を開始する。

 

つぐみ「戦闘中は時間が止まるとは言え、火はしっかりと止めて、指差し確認!」

 

小沙綾「火の元確認……良し!行きましょう!」

 

新たな協力な助っ人、氷河つぐみが合流。戦力が格段に上がった勇者部を待つ中立神の試練は次のステージへと歩みを進める--

 

 



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氷河家の盛衰

六花が語る"神世紀100年から200年までの間"。また来訪者は来るかもしれません。

今更なのですが第1章の1話と19話を編集しました。特に19話は香澄のとある場面を加筆しております。




 

 

樹海--

 

樹海を蹂躙しているのは"蟷螂型"と防御特化型"に"飛行型"の群れ。勇者達はそれぞれ迎撃にあたっている。

 

中沙綾「つぐみ達ばっかに負担はかけられないね。」

 

小沙綾「そうです。私達の力も見せてあげましょう。」

 

銃撃と矢の雨が"飛行型"を次々に撃ち落としていく。時折"飛行型"はその身を回転させて矢を弾くが、そうなった場合はりみのワイヤーで雁字搦めにしていくといった方法で連携してバーテックスを倒していく。

 

つぐみ「みんなも中々やるね。」

 

赤嶺「でしょ。造反神の試練に打ち勝った人達だもん。」

 

一方で前線では赤嶺とつぐみの2人が"蟷螂型"相手に奮闘していた。敵の数が多い為、つぐみは精霊憑依は使わず弱点である関節部分を"精霊刀"で重点的に攻めバラバラにしていく。

 

あこ「この調子で今回の戦闘も楽チンだ……っ!」

 

突如樹海の彼方から聞こえる狙撃音。そして直後紫色のビームが勇者達目掛けて飛んでくる。

 

友希那「新種!?みんな気をつけて!」

 

ビームは前線で戦っている赤嶺達を捕らえるが、

 

あこ「2人とも、下がって!ぐぬぬぬ……ソイヤーー!」

 

あこが旋刃盤でビームを防ぎ2人を守る。

 

赤嶺「ありがとう、助かったよ。」

 

あこ「あこはどんな攻撃でも防ぐみんなの盾だからね!」

 

つぐみ「それにしても何処から……。」

 

目を凝らし索敵すると、遠くから再びビームが飛んでくる。

 

あこ「つぐちん、下がって!」

 

つぐみ「心配ないよ、あこちゃん。ちょっと借りるね。」

 

あこ「え?」

 

そう言うと、つぐみはあこの肩に手を乗せ力を込めた。すると"精霊刀"が炎を纏ったのである。

 

あこ「つぐちんの剣からあこの炎が!?」

 

赤嶺「"輪入道"の力……。」

 

つぐみ「あそこだね。」

 

ビームが飛んで来た方角から相手の位置を割り出したつぐみは東北東の方角へと走り出す。その間もビームはつぐみ目掛けて飛んでくるが、ビームはどういう訳かつぐみに当たらず、すぐ側を通過するだけ。

 

香澄「ビームがつぐみちゃんに当たってないよ!」

 

燐子「どういう事でしょうか……。」

 

他の勇者達は困惑するが、バーテックスは待ってくれない。

 

花音「……ちょっと暑くなってきてないかな?」

 

有咲「確かにな……。」

 

気が付けば樹海の彼方が揺らめき蜃気楼が出るほど。耐熱性に優れている防人の戦衣を纏っている花音が気付くくらい樹海の温度は上がっていた。

 

燐子「私の"雪女郎"の力で冷やしますか…?」

 

有咲「ちょっと待ってくれ。……このままで良い。」

 

香澄「有咲?」

 

有咲「"輪入道"……炎…蜃気楼……やるじゃんか。」

 

樹海の今の状況を見て有咲は一つの仮説を立てた。

 

有咲「恐らくつぐみは"輪入道"の炎の力を使ってビームを屈折させてるんだ。」

 

千聖「成る程ね。この暑さ……それならつぐみちゃんにビームが当たらない理由の説明がつく。」

 

つまりつぐみは蜃気楼を作って意図的に屈折率を変えてビームを逸らしていたのだ。

 

日菜「御先祖様凄い!」

 

友希那「私達は目の前の敵を殲滅するわよ!」

 

高嶋「りょーかいです!」

 

 

--

 

 

つぐみは正確にビームを放って来るバーテックス、"遠距離型"へ接近する。当たらない事を察知したのか"遠距離型"は単発のビームを止め、形振り構わずビームを乱射して強引に当てにきていた。

 

つぐみ「くっ…!攻撃方法を切り替えてきた…。」

 

借りた"輪入道"の力を解除し自分に当たりそうなビームだけを"精霊刀"で弾いていく。そんな時後ろから声が。

 

中たえ「やっと追いついたー。」

 

日菜「御先祖様早いんだもーん。」

 

つぐみを手助けする為、香澄達に残った敵を任せ、たえと日菜が先行して駆けつけたのである。

 

つぐみ「たえちゃんに日菜さん……。」

 

中たえ「勇者部は助け合いです。ビームは私が防ぎます。」

 

槍を傘へと変化させ飛んでくるビームからつぐみ達を守る。

 

中たえ「…っと。このバーテックスは私達も初めて見る敵です。つぐみは力を温存しておいて。」

 

 

--

 

 

日菜「見えてきた!」

 

3人はようやく"遠距離型"を目視。その姿はさながら固定砲台に節足動物の脚が付いている歪な形をしている。"遠距離型"はビームが効かないと踏んだのか、発射口から星屑を3人目掛けて飛ばし始めた。

 

中たえ「星屑は私が相手するから、2人は"遠距離型"をお願い。」

 

つぐみ「行こう、日菜さん。」

 

日菜「オッケー!御先祖様と一緒に戦えるなんてこれ以上るん!ってくる事ないよ!」

 

 

--

 

 

日菜「まずはこっちも遠距離から……。」

 

銃剣を構え狙いを定めるが、

 

つぐみ「ちょっと待って日菜さん。もうあまり時間が無いですから一気に攻めましょう。」

 

日菜「うん!来て"座敷童子"!」

 

つぐみ「借りるね"座敷童子"。」

 

2人は"座敷童子"の力で透明になり"遠距離型"に接近、銃剣と精霊刀を振り上げる。

 

つぐみ「これが私達…!」

 

日菜「氷河家の連携攻撃だよっ!」

 

2人の鋭い斬撃攻撃が"遠距離型"に決まる。

 

日菜「止めはお願い、御先祖様!」

 

つぐみ「了解です。決めるよ"玉藻前"!」

 

精霊刀が呪詛を纏い"遠距離型"を真っ二つに切り裂き爆発。同時に樹海化が解け勇者達は部室へと帰還するのだった。

 

 

---

 

 

空き教室--

 

沙綾達とつぐみは途中だった料理を完成させ歓迎会が始まる。

 

六花「今日は私達の為に歓迎会を開いてくれてありがとうございます。」

 

つぐみ「今日の事は絶対に忘れられないね。」

 

ゆり「2人ともこれからよろしくね。」

 

全員がつぐみが作ったうどんに舌鼓を打っている。豆乳をベースにした汁のうどん。食べるとピリリと辛く、隠し味には黒胡麻が使われている。

 

日菜「氷河家の味、堪能してね!」

 

千聖「どうして日菜ちゃんが得意げに…。」

 

つぐみ「美味しいって言ってもらえて何よりだよ。体は資本だからね。食べ物にはちゃんと拘らなきゃ。」

 

日菜「そうだよね!だから私も食べ物には気を遣ってるよ。」

 

花音「でもそう言ってるけどいっつもフライドポテトばっか食べてるよね。」

 

りみ「赤嶺さんは何か好きな食べ物とかあるんですか?」

 

赤嶺「鶏肉とかかな。毎日食べてるよ。うどんも好きだけど、そんなに頻繁には食べないんだ。」

 

うどんすすりながら赤嶺は答える。

 

薫「体を鍛える為にメニューにも拘っているんだね。」

 

赤嶺「はい、お姉様!つぐちんが拘ってお弁当作ってくれるんです。」

 

羽丘中学組もすっかり勇者部に打ち解けたようだ。壁は無く3人とも笑顔で色々な人と話をしている。

 

高嶋「和やかムードで素敵だね友希那ちゃん。」

 

友希那「そうね。仲良くやって行けそうで嬉しいわ。」

 

そんな時だった。

 

日菜「偉大な御先祖様を見てると、氷河家の再興なんてあっという間に思えて来るよ。」

 

つぐみ「え?日菜さん、再興ってどう言う事?」

 

日菜「うぇっ!?」

 

最早ルーティーンと化してしまっている日菜の氷河家再興と言う言葉につぐみが反応したのだ。無理もない事、つぐみが来た時代ではまだ氷河家は落ちぶれてはいないのだから。

 

紗夜「そうでした…。来た瞬間から慌ただしかったですからこの問題の事をすっかり忘れていました。」

 

事の顛末は以前赤嶺から聞いている。紗夜はつぐみにその事について説明するのだった。

 

 

 

--

 

 

つぐみ「……成る程。私は御役目の最中で失敗をした…。そんな話が赤嶺ちゃんから語られてたんだね。」

 

香澄「でも赤嶺ちゃんはそんなつぐみちゃんを誇りに思うって言ってたよ。」

 

つぐみ「そうだったんだ…。」

 

自身の未来について聞かされても尚つぐみは笑って答える。

 

美咲「氷河家って、つぐみの時代では結構有名な家柄だったんだよね?」

 

つぐみ「有名かどうかはその人次第だけど、私を引き取って育ててくれた。私の誇りだよ。でも、私が庇ったばっかりに徐々に衰退していった……。」

 

赤嶺「ごめんねつぐちん……。」

 

つぐみ「気にしないで赤嶺ちゃん。」

 

つぐみはみんなに悲しい顔を見せない。事の顛末をしっかり受け止めていた。

 

薫「優しいんだね。」

 

つぐみ「私ばっかり悲しんでいられないよ。元の世界に戻れば危険が待っている勇者だっているんですよね?」

 

そう言いながら夏希と蘭を見た。

 

中沙綾「そうだね…。」

 

六花「感動しました、つぐみさん。」

 

美咲「つぐみもまた、勇者なんだね。」

 

日菜「ごめんね、私の一言で歓迎会が…。」

 

謝る日菜に六花が近付き、

 

六花「気にしないでください。いつかは出る話題だったんですから。元気出してください。」

 

ゆり「それじゃあ気を取り直して歓迎会、続けるよ!」

 

 

---

 

 

寄宿舎、廊下--

 

歓迎会も終わり、自分の部屋へ戻ろうとしていた六花は、向かいからやって来る戸山高嶋の2人の香澄を見つけ話しかける。

 

六花「あっ、戸山さんに高嶋さん。」

 

香澄「ロックだ!つぐみちゃんは大丈夫?」

 

高嶋「そうだね。家の事内心ではショックだったんじゃないかな?」

 

六花「そこは心配ありません。赤嶺さんが側にいますから。」

 

香澄「さすが赤嶺ちゃん!」

 

高嶋「六花さんも何かあったら相談してくださいね!」

 

六花「ありがとうございます。その時は頼りにさせて頂きますね。」

 

軽く会釈し3人は別れた。

 

六花(それにしても見れば見るほど赤嶺さんとそっくりですね…。でも、赤嶺さんには無い何かが2人はあるかもしれません。)

 

 

 

--

 

 

砂浜--

 

浜辺では千聖と有咲が日菜の自主練に付き合っていた。

 

日菜「もうひと稽古付き合って!千聖ちゃん有咲ちゃん!」

 

いつになく真剣な眼差しで日菜は稽古に打ち込んでいる。

 

有咲「何だか今日は凄い気合だな。」

 

日菜「御先祖様と一緒に戦ってみて思ったんだ。もっと自分を磨かないとって!」

 

千聖「確かにつぐみちゃんは堂々と戦っていたけれど…。日菜ちゃんも頑張ってると思うわよ。」

 

思いがけない千聖の言葉に日菜の動きが止まる。

 

日菜「え?ええ?千聖ちゃん、今の言葉もう一回お願い!」

 

千聖「何でもないわ!さぁ、稽古の続きを始めましょう!」

 

咄嗟にはぐらかし稽古を続ける3人。だが、草陰でひっそりその会話を聞いていた人物がもう1人。

 

花音「………録音に成功したよ。千聖ちゃんと交渉する時に使えるかな…。」

 

花音である。そそくさと草陰から離れようとしたその時、

 

千聖「聞こえているわよ、花音!」

 

花音「ふえぇ〜〜!?」

 

 

 

--

 

 

寄宿舎、つぐみの部屋--

 

つぐみ「………。」

 

つぐみは日記を付けている。毎日日記を付ける事がつぐみの日課なのだ。

 

赤嶺「1.2.3.4……。」

 

その横で赤嶺はスクワットをしている。

 

つぐみ「赤嶺ちゃんは何処でも筋トレするんだね。」

 

赤嶺「いい筋肉の人が多いから刺激を受けるんだよね。」

 

つぐみ「……一通り話して、歓迎会も終わって。ここで戦っている人達はみんな素晴らしいって事が分かったよ。」

 

赤嶺「そうだね。そこは私、敵対してる時から思ってたよ。」

 

つぐみ「私達の御役目についても話したんだよね?」

 

赤嶺「…うん。神樹様から力を貰って…ってね。」

 

つぐみ「ちゃんと説明出来たの?」

 

赤嶺「そこは私頑張ったんだから。……対人専門で、ちょっとダーティだって事も言ったよ。」

 

つぐみ「……そこまでみんな知ってて気にしないなんて。ますますいい人達だね。」

 

汚い仕事。人を手にかけた事を知っていながらも勇者部のみんなはいつもと変わらずに接してくれている。それがつぐみには1番嬉しい事だった。

 

赤嶺「………つぐちんは"あの人"見て驚かなかった?」

 

つぐみ「驚いたよ。中学時代からすっごく綺麗で強かったんだね。性格も変わってない。」

 

2人は"鏑矢"として鍛錬した時を思い出していた。

 

つぐみ「それにしても、赤嶺ちゃんずっと部屋にいるけど、もしかして私に気を使ってくれてる?」

 

赤嶺「だって家の事ショックだったでしょ、つぐちん。辛い時は辛いって言ってくれて良いんだよ?」

 

つぐみ「ありがとう。さすがはライバルでもあり親友だね。」

 

赤嶺「助け合いだよ。私が落ち込んでたら助けてね?」

 

つぐみ「ふふっ。もちろん!何か私も体動かしたくなってきたな。稽古に付き合ってくれる?」

 

赤嶺「良いね良いね!気持ちも切り替えられるし筋肉もつくし!」

 

 

---

 

 

次の日、勇者部部室--

 

美咲「お茶の最中お邪魔します。相席良いですか?」

 

六花とリサが話しているところに美咲がやって来る。

 

六花「もちろん良いですよ。」

 

リサ「入って入って。」

 

美咲「歓迎会の後もみんなと色々と話してたみたいですけど、どうですか?慣れましたか、ここは。」

 

六花「退屈しませんね。皆さん面白い人ばっかりです。元の世界に帰りたくないって思う気持ちも解ります。」

 

六花は笑って答えた。

 

美咲「あはは…。そう言ってもらえると助かります。」

 

リサ「六花も帰りたくないって気持ちを持った?」

 

六花「そうですね。別れるのが惜しいって意味でですけど。」

 

リサ「六花は歴代の巫女の中でも特段特殊な御役目をしてるって聞いてるよ。話題が合わない事もあるかもだけど、何かあったら私達に相談してね。」

 

六花「ありがとうございます。そうさせてもらいますね。でも、仲間も一緒に来てますし孤独は感じてません。皆さんの方が大変なのでは?」

 

美咲「いやー。今は言いたい事をみんなに吐き出せたからスッキリしてます。平和を保つ為に対人をこなしてたんですよね。すっごく理解出来ます。」

 

六花「皆さんも色々苦労してきたんですね。」

 

お茶をすすりながらこれまでの時代を思い返していく六花。

 

六花「西暦の皆さんが礎を築いてくれて……神世紀序盤の私達は、その土台を内側から固めていく…そうやって各時代で頑張ってきた皆さんが一堂に集まれるなんて夢みたいです。……そういえば神世紀100年から200年くらいまでの人はいないんですね。」

 

神世紀100年から200年--

 

それはバーテックスの脅威も無く、勇者が伝説上の存在となったある意味では最も平和な時代である。

 

美咲「平和な時代だった証拠じゃないですか。」

 

六花「後々の時代が平和だと、頑張って報われたなと思います。……さて。」

 

徐に六花は立ち上がり、

 

六花「皆さん記憶を残す手段を探してるんですよね?私も協力します。一緒に探しましょう!」

 

リサ「うん、ありがとうね。」

 

再び記憶を残す手段を探し始める勇者部一同。つぐみと六花の参戦で新たな風は吹くのだろうか--

 

 

 

 



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香澄達の比較研究日誌

3人の香澄に共通するものとは一体何なのか--

そしてまだ見ぬ香澄は出てくるのだろうか--

と、そこはかとなく伏線を張っておいたりおかなかったり。


 

 

花咲川中学、廊下--

 

赤嶺「〜♫」

 

陽気に鼻歌を歌いながら廊下を歩いている赤嶺。そんな赤嶺を見つけたたえは丁度いいとばかりに声をかけ駆け寄って来た。

 

中たえ「おーい。」

 

赤嶺「あっ、たえちゃん。どうしたの?」

 

中たえ「丁度良い所にいた。ちょっと聞きたい事とやって欲しい事があるんだ。ちょっと自分がビビっときたものに丸つけて欲しいんだ。」

 

赤嶺「良いけど……どうしたの?」

 

どうやらたえが見せているのは心理テストの一種のようだ。答えを書きながら赤嶺は訪ねた。

 

中たえ「あのね、前にこんな事をしたんだけど--」

 

それは造反神の試練の途中、勇者達が赤嶺に出会う前の事である--

 

 

--

 

 

花咲川中学、廊下--

 

それは奇しくも今と同じ状況だった。

 

高嶋「〜♫」

 

中たえ「あっ、高嶋さん。ナイスタイミングです。」

 

高嶋「ん?どうしたの、たえちゃん?」

 

中たえ「実はね、今こんな物を作ってるんだけど……。」

 

制服のポケットから取り出したのは1冊のノート。そこには"香澄観察日誌"と書かれていた。

 

高嶋「香澄…観察日誌…って、私の日誌!?」

 

中たえ「最早双子じゃないかと思えるくらいの2人の香澄の観察記録を作るの。そしてそれをいつか学校の課題として提出するんだ。」

 

嬉々として飛び跳ねるたえ。

 

高嶋「課題かぁー!だったら、私に出来る事なら協力するよ。」

 

中たえ「課題の先取り……私にしては良い考えだよ。」

 

高嶋「凄いよ、たえちゃん!私には思いつかないよ!」

 

高嶋の性格上、友達からの頼みは絶対に断らない為、ツッコミ不在の会話が続いていく。

 

中たえ「じゃあ、これから私が色々と質問していくね。それで、前に取った香澄とのデータと比較研究するんだ。」

 

高嶋「データ!ヒカクケンキュー!何だかガクジュツテキな響きだよ。」

 

中たえ「まずは私が調べた情報の照らし合わせからね。血液型はA型、誕生日は1月11日生まれで大丈夫?」

 

高嶋「合ってるよ。」

 

香澄は7月14日のO型。この時点でも2人は大分違っている。

 

中たえ「次に、趣味は?」

 

高嶋「うーん……趣味って言えるものは無いんだけど、強いて言うなら武道かな。空手とか日本拳法とか。」

 

中たえ「楽器を弾くのとかは?」

 

高嶋「楽器かぁー。弾いた事ないんだよね。」

 

中たえ「香澄はギターが弾けるんだ。バンドとかもやるんだよ。」

 

高嶋「そうなんだ!今度何か弾いてもらおうかな。」

 

ここでも2人には違いが見られた。

 

中たえ「出身は?香川?」

 

高嶋「私は奈良県なんだ。」

 

中たえ「ナラケン………確か鹿が沢山いた所だった様な気がする……。そうだ。」

 

徐にたえは端末を取り出し沙綾に奈良県について質問をする。神世紀には四国しか存在しない為、他の地域に関しては進んで勉強をしないと知識を得る事は出来ないからだ。

 

中沙綾『奈良県は西暦の時代に存在してた四国外の地域だよ。日本で1番古い歴史があるんだ。』

 

中たえ「さすが沙綾。ありがとう。……高嶋さんは四国の外から来たんだね。」

 

四国にいる勇者の中で、四国以外の出身なのは後にも先にもこの高嶋香澄ただ1人である。

 

高嶋「うん。バーテックスが出てきた日…"7.30天災"の時に四国に移ってきたんだ。」

 

それからたえは高嶋に質問を幾つか重ねていく。

 

 

--

 

 

15分後--

 

中たえ「……ふむふむ。あれ?こうして見てみると、香澄と高嶋さんって共通点が少ないかも。」

 

そこで、たえはもう少し切り込んだ質問をする。

 

中たえ「じゃあ、身長とスリーサイズは?」

 

高嶋「えっと…身長は156センチで、スリーサイズは………分からない…。」

 

すかさずたえは再び端末を取り出し、誰かに電話をかける。

 

中たえ「……もしもし、紗夜さんですか?実はかくかくしかじかなんですけど……高嶋さんのスリーサイズはいくつですか?」

 

高嶋「何で紗夜ちゃんに聞くの!?」

 

紗夜『どうして本人も知らない情報を、私が知ってると思ってるんでしょうか……。』

 

中たえ「何となくです。」

 

すぐさま紗夜は通話を切る。

 

中たえ「切られちゃった…。」

 

だが、すぐに紗夜から折り返しの電話が来る。

 

中たえ「紗夜さん?」

 

紗夜『あの……さっきの事なんですけど…。』

 

中たえ「高嶋さんのスリーサイズですか?」

 

紗夜『もし……分かったのでしたら、後でメールで教えて下さい……。』

 

そう言い残し再び通話を切るのだった。

 

中たえ(紗夜さんが知らないなら、多分誰も知らないだろうな。)

 

 

--

 

 

それから更に10分後--

 

中たえ「成る程成る程。プロフィールとしては香澄と高嶋さんはやっぱり共通点少ないね。」

 

高嶋「たえちゃん博士!では私と戸山ちゃんの研究結果はどのようになるのでしょうか!?」

 

結果を知りたがる高嶋を宥めながらたえは答える。

 

中たえ「焦っちゃいけないよ。今までのは表面的なパーソナルデータだよ。次はもっと内面的なメンタルデータを取るよ。」

 

高嶋「メンタル?」

 

今度は制服のポケットから1冊の本を高らかに取り出す。

 

中たえ「じゃじゃーん!"5分で出来る心理テスト(本体価格500円+税)"だよ。」

 

高嶋「面白そう!」

 

中たえ「科学とは、再現性と検証性が保たれてこその科学…それらに欠ける心理学はオカルトに近いんだ。」

 

高嶋「な、何だかよく分からないけど分かったよ!」

 

中たえ「じゃあ早速第1問!蟻が地面を行進しています。何をしにいってるのでしょうか?」

 

選択肢は次の四つだ。引越し中、敵と戦いに行っている、餌を探している、仲間を助けに行っている。少し悩んで高嶋が答えたのは--

 

高嶋「うーん、引越し中?」

 

中たえ「ほうほう。」

 

高嶋「どんな結果なの?」

 

中たえ「高嶋さんは、みんなと仲良くなれる潤滑油タイプだね。でも周りを気遣いすぎて、自分自身を他人に見せる機会が少ないから、少し謎めいて見えるって。」

 

高嶋「そうなのかなぁ。でも、自分の事を話すのはあんまり得意じゃないから合ってるかも。」

 

中たえ「因みに、香澄も同じ質問で同じ答えだったんだ。……興味深い。じゃあ次の質問ね。」

 

高嶋「よし来た!」

 

中たえ「高嶋さんは、仕事で新製品のボールを作る事にしました。どんなボールを作りますか?」

 

2問目の選択肢は消えるボール、色が変わるボール、投げても戻ってくるボールの3択。

 

高嶋「……戻ってくるボールで!」

 

中たえ「成る程……このテストはね、友人関係を表すテストだよ。」

 

高嶋「私の答えだと、どんな結果なの?」

 

目を輝かせながら尋ねる高嶋であるが、たえは結果を言わなかった。

 

中たえ「ふふっ、秘密。」

 

高嶋「え!?何で急に!?」

 

中たえ「今日の観察日誌はここまで。色々興味深い事が分かったよ。ありがとう。」

 

そう言い残し、手を振って去ってしまった。

 

高嶋「あ、行っちゃった……。心理テストの結果、どうだったんだろう?」

 

 

---

 

 

赤嶺「成る程ねぇ。って、じゃあ今私が答えてたのも同じ心理テストだったって事なんだね。」

 

中たえ「そうだよ。パーソナルデータはつぐみ達に聞いたけど、やっぱり共通点は少なかったんだ。」

 

赤嶺「蟻の心理テストは私も引越し中のところに丸してあるし、ボールのやつも高嶋さんと同じところに丸してるよ。」

 

その結果を見てたえは深く頷き暫く考えた後、

 

中たえ「……やっぱり。ありがとう、本当に良いデータが取れたよ。結果は後で纏めて報告するね。」

 

赤嶺にお礼を告げ、たえは足早に何処かへと行ってしまうのだった。

 

赤嶺「うん…分かった…。どんな結果だったのかな?」

 

 

--

 

 

中たえ(さっきの心理テスト……2人の答えだと、他人への思いやりが凄く高い。友達と何かあっても、関係を保つ為に頑張る。友達が悩んでたら励まし、元気になるように努める……これも全部香澄と一緒。)

 

そんな事をぶつぶつ言いながら廊下を歩いていると対面からゆりがやって来る。

 

ゆり「たえちゃん、どうしたの?独り言なんか言って。」

 

中たえ「ゆり先輩。香澄と高嶋さんと赤嶺さんの比較研究をしてたんです。」

 

ゆり「比較研究って…。でも、3人って本当にそっくりだから不思議だよね。」

 

中たえ「表面的な部分に騙されちゃダメです。3人は案外違う部分の方が多いんですよ。」

 

ゆり「そうなんだね。」

 

中たえ「私調べではそうです。共通点は案外少なかったです。名前と見た目、後……他人との関係の中での自分の在り方みたいなものですね。」

 

ゆり「……結局性格が似てるって事?3人とも気遣い屋で、他人への思いやりが強いって事かな。」

 

たえは自分よりもずっと的を射てるゆりの考え方に思わず感心してしまう。

 

中たえ「……赤嶺さんが別れ際に言っていた香澄の"因子"……。そして"香澄"という名前は大赦から与えられる特別な名前。だから"香澄"の名前を持つ人は他にもいるかもしれない。他の"香澄"の事も気になって来たなぁ。どんな人だったんだろう。」

 

この世界は神樹の恵みで成り立っている。ならば他の時代にも香澄という名前を持つ少女はいたのかもしれない。そんな事を思い、まだ見ぬ香澄に想いを馳せるたえなのだった。

 

中たえ「今度沙綾と紗夜さんとつぐみの3人と一緒に"香澄同好会"でも作っちゃおうかな。」

 

 



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約束の言葉を胸に

これでRASを除くバンドリメンバー全員登場させる事が出来ました。ひまりと麻弥は匂わせ程度ですが…。




 

 

空き教室--

 

何やら教室で何人かが集まって話をしている。メンバーは花園たえ、今井リサ、青葉モカ、丸山彩、そして朝日六花の5人。一見纏まりが無い集まりに見えるが、全員に共通している事といえば"大赦"に属しているという事である。

 

六花「こうして皆さんと色々大赦について話が出来るとは思ってもいませんでした。様々な考え方、参考になります。」

 

"7.30天災"以降、世界を守る為に活動を続けている"大社"もとい"大赦"。世界を滅ぼすバーテックスから人類を守るという変わらない一貫した使命を果たそうとしている一方で内部での考え方、在り方は時代を経る毎にその姿を変えていった。

 

中たえ「それはもう色々だよ。私の時代とロックの時代だと200年以上違うからね。」

 

モカ「200かぁ。江戸幕府の盛衰ぐらいだよね。」

 

リサ「元の時代にここでの記憶を持って帰る事が出来れば、このあたりも上手く手を加えられると思うんだけどね。ふぅ……中々ままならないんだよねぇ。」

 

全部を何とかしようとする事はリサの良いところでもあるが、同時に悪いところでもある。その手腕で後々に大赦のトップへと昇り詰めるのだが、神樹に直談判をした際には一人でやろうと突っ走り倒れてしまう事もあった。

 

六花「後々が良い時代になるようにもちろん努力はします。ですが、基本はその時代その時代の人が何とかする筈です。自分の未来まで責任を持つという事も、それはそれである意味おこがましい事なのではないでしょうか。」

 

それに対して六花は常に目の前の事に全力を尽くすタイプだ。先の事はその人に任せるけれど、自分の手の届く範囲に関して言えば全力で事を成す。六花は冷静にリサに対してアドバイスを送った。

 

六花「……と言っても私の考えなんですけどね。これぐらい力を抜いて考えないと、潰れてしまいますよ?」

 

5人の中で唯一の3年生である六花は達観したようにリサに話す。

 

リサ「……ありがとう、六花。」

 

そんな姿をリサはある人物に重ねていた--

 

 

---

 

 

西暦2019年、大社、修練の滝--

 

リサ「……………。」

 

明日香「……………。」

 

ここでは今巫女達が修行の為に滝垢離をしている真っ最中。中でも目を引くのは二人の巫女、今井リサと戸山明日香だ。たった5人しかいない勇者に対し巫女の総数は勇者達の倍以上存在する。その中でもこの2人は巫女の中で3本の指に入る程の力を持っている。

 

明日香「………さ、寒い…。」

 

リサ「まだ入ってから2分しか経ってないよ……。」

 

寒さに身を震わせる明日香に対し、リサは時折笑顔を見せながら滝に打たれている。本来であれば心頭滅却の為の修行なのだが、リサの頭の中には四国の勇者達のリーダーである湊友希那の事でいっぱいだった。

 

リサ(友希那…大丈夫かな……。自分で見つけろなんて突き放しちゃったけど、やっぱり心配だよ。)

 

少し前の御役目の際、友希那が突出し過ぎたせいで敵に囲まれてしまい、それを助けに来た高嶋香澄が入院するという事になった。その際に友希那は氷川紗夜から強く言われてしまったのだ。

 

 

--

 

 

紗夜「これが…あなたの引き起こした結果です。何故こんな事になったか…あなたは分かっていますか!?」

 

友希那「私の突出と無策が原因よ…。」

 

紗夜「違います…!やっぱり、まだ分かってませんか!?1番の問題はあなたの戦う理由…。」

 

友希那「……。」

 

紗夜「怒りで我を忘れるのも!周りの人間を危険に晒して気付きさえしないのも…!!あなたが復讐の為だけに戦っているだけだからです!!!」

 

 

--

 

 

リサ(でも、こればっかりは友希那が自分1人で見つけないといけない事。それを見つける事が出来れば友希那は……みんなはもっと強くなれる……。)

 

そんな事を考えているうちに時間は流れ、1時間の滝垢離が終了。2人は真まで冷え切った身体を温める為に併設されている大浴場のドアを開ける。

 

 

--

 

 

大浴場--

 

明日香「はぁ……この湯気だけでも今は最高だよ。」

 

リサ「大袈裟だなぁ、明日香は。」

 

2人が入ると、そこには既に1人先客がいた。身長は湯船に浸かっているせいで分かりにくいが、おそらく2人よりは高く、スラっとした体系、そして何より目を惹くのはその長く赤い髪である。

 

リサ「先に来てたんだね--"巴"。」

 

明日香「こんにちは、巴さん。」

 

巴と呼ばれる少女は2人の姿から声をかけられる立ち上がり挨拶を交わす。

 

巴「2人とも修行お疲れさん。あったまっていきな!気持ちいいぞ!」

 

まるで自分がここの大地主のような振る舞いで2人を湯船へ招く。2人は掛け湯を行い巴の待つ湯船へと腰までゆっくりと浸かった。

 

明日香「生き返ります〜……。」

 

リサ「極楽ってのはこの事を言うんだろうね〜……。」

 

すっかり2人の気分はお年寄りである。

 

リサ「それより巴。身体は大丈夫なの?」

 

巴「はい、今は気分が良いんです。2人が滝垢離中って事を神官から聞いたんで修練がてらここで待ってたんですよ。」

 

明日香「そうだったんだ。じゃあ結構長い時間ここにいたんだね。のぼせないでよ?」

 

巴「分かってるって。」

 

彼女、宇田川巴も巫女の1人であり、本来であるなら巫女は神に仕える者として日々身を清める為に滝垢離をするのだが、彼女だけはそれを免除されている。何故なら巴は身体があまり強くないからだ。ちょっとした事ですぐ身体を壊し風邪を引いてしまう。因みに苗字があこと同一ではあるが、姉妹ではない。だって似てないでしょ?ねぇ。色々と。

 

明日香「でも、巫女の能力は結構高いんだから凄いよね。よっぽど神樹様に好かれてるんだろうね。」

 

巴「そ、そんな事ないよ!」

 

顔を赤らめ謙遜するが、事実力はこの2人に負けず劣らずであり、先に述べた3本の指に入る最後の1人がこの巴である。

 

巴「身体が弱いから滝垢離のかわりにこうやって湯に浸かってるけど、私はそれで充分な気もするよ。儀式の簡略化とかあるだろ?例えば神社の手水とかさ。」

 

何かと巴は例える際に神社を良く題材に挙げるが、それもそのはず巴の実家は神社でありそのせいもあってか宗教的な物事に詳しいのだ。

 

リサ「へぇーそういう簡略化も良いね。こんど大社の神官達に言ってみようかな。こんな寒い時期にまで滝垢離すると風邪ひいて身体にも良くないし。」

 

明日香「あ、それ助かりますね。」

 

巫女の中でもトップの実力を持つリサ、大社でも1番重要である巫女の一声があれば要求は通るだろう。

 

リサ「それに、もしダメなら私だけでもやるよ。」

 

明日香「え?それってリサさんだけがやるって事ですか?」

 

リサ「そうだよ。」

 

みんなの為なら自分の身を厭わない。そんな事をリサは平然と笑顔で言い放つ。

 

明日香「はぁ……。それ、リサさんのダメなところです。何でも1人でやろうとする。少しは自分の事も大切にしてあげてください。私もやりますから。」

 

巴「そうですよ、リサさん。私も何か力になれる事があれば手伝いますから、遠慮なく言ってください!」

 

リサ「……ありがとう。」

 

 

--

 

 

入浴後--

 

巴「ところで、紗夜さんはどうですか?」

 

巴はリサに会うと毎回同じ事を尋ねる。何故なら、紗夜を勇者として見つけ出したのはこの巴であり、同じ様にリサは友希那を、明日香は燐子とあこを"7.30天災"の時に見つけ出している。絶望の淵を一緒に渡った者として気がかりになるのは至極当然の事である。

 

リサ「そうだなぁ……。」

 

リサはその都度巴に紗夜の近況を全て話していた。巴もその度に体調の事や御役目での戦果、最近しているゲームの事を事細かに聞き、それを頭の中に留めておいてメモをする。紗夜と会った時の会話の話題にする為に紗夜がやったゲームは出来る限りプレイしているのだ。

 

明日香「本当、巴さんは紗夜さんの事が気になるんですね。」

 

巴「当たり前だよ!なんたって私の勇者だからさ。」

 

明日香「そういえばいつも丸亀城にいるのに、どうして今日は大社にいるんですか?」

 

髪を乾かしながら明日香はリサに尋ねる。

 

リサ「もうすぐ友希那達勇者が結界の外を調査する事になってるから、その為の打ち合わせだよ。」

 

明日香「……本当にやるんですね。」

 

明日香は顔を滲ませる。間も無くバーテックスが四国に総攻撃を仕掛けてくる事を巫女達は知っていたからだ。結界の外の調査はその後に行われる。例え勝利出来たとしても結界外にはバーテックスが蠢く未知の領域。全員が無事で帰って来れる保証はどこにも無い。

 

明日香「心配じゃないですか?友希那さん達の事。」

 

リサ「そうだね、信頼してるけど心配が無い訳じゃない。だから私も一緒に行く事にした。」

 

明日香「えっ!?危ないですよ!?」

 

驚くのも当然だ。巫女は勇者と違い戦う力を持たない。バーテックスに襲われたら嬲り殺しにされるのがオチである。

 

リサ「神樹様からの神託がある可能性もあるけど、巫女は通信の為に最低でも1人は同行しないとダメなんだ。」

 

明日香「でもっ……。」

 

言葉を吐き出そうとする明日香を巴が制した。

 

リサ「それに……みんなが帰ってくるのをただ待ってるのは、もっと辛いから……。」

 

そう呟いたリサの瞳には涙が溜まっており、今にも泣きそうなのを堪える様に身体は震え、握る拳に力が入っていた。

 

 

---

 

 

大社宿舎、リサの部屋--

 

夜遅く、リサの部屋をノックする音が響く。リサがドアを開けるとそこにいたのは巴だった。リサは巴を部屋へ招き入れココアを用意する。

 

巴「突然すみません、押し掛けちゃって。」

 

リサ「全然気にしてないよ。それにしても珍しくね。」

 

宿舎の消灯時間は夜9時。それ以降に出歩く事は持っての他なのだが、巴は消灯時間を破ってまでもリサの部屋を訪れたのだ。リサにはその巴の行動理由に薄々気がついていた。

 

リサ「……遠征の事?」

 

巴「はい。」

 

さっきの場で巴は口を挟む事は無かったが、それでも内心リサの事を気にかけていたのだ。

 

巴「私はリサさんが羨ましいです。」

 

リサ「え?」

 

巴「他人の為に自らを顧みず、常に周りを良くしていこうとするその行動力と姿勢。リサさんは私の尊敬する巫女です。」

 

リサ「巴……。」

 

巴「ですが、同時にそれは嫌いなところでもあります。」

 

リサは黙って巴の言葉を聞いている。

 

巴「もっと自分を大切にしてください。滝垢離の時もそうでした。他の巫女の為に自分1人が請け負うって。もっと力を抜いて考えていきましょう。全てを自分1人で何とかしようとすると潰れちゃいますよ。」

 

リサ「………うん、そうかもしれないね。じゃあ、もし私に何かあったら助けてね?」

 

巴「もちろんです!でも、先ずは約束してください。絶対に無事に戻って来るって。」

 

リサ「約束!」

 

 

---

 

 

空き教室--

 

モカ「リサさん?ボーッとしてどうしたんですか?」

 

六花「私何か気に触るような事言っちゃいましたか?」

 

気がつくと2人がボーッとしていたリサを心配しているところだった。

 

リサ「ううん!何でもないよ。でも…。」

 

彩「でも?」

 

リサ「さっき六花に言われたのを聞いて、ちょっと昔の事を思い出したんだ。」

 

六花「何ですかそれ、気になります。」

 

リサ「ふふっ、内緒。」

 

リサはウインクをしながら答えた。

 

六花「うぅ……。」

 

リサ「いつか時間があったら話してあげるよ。」

 

六花「絶対ですよ?」

 

リサ「うん……約束!」

 

 



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二重の力

中立神の攻撃が本格化し3箇所の同時侵攻が始まる。

勇者達は部隊を分け同時迎撃を行うのだった--




 

 

勇者部部室--

 

新たな神託が降りた為、勇者達は急遽部室へと集まり作戦会議を開始する。

 

リサ「かなり大規模な侵攻が行われるよ。」

 

彩「しかも同時に3箇所で、それぞれ距離も離れてる。」

 

モカ「造反神の試練の時と同様に、部隊を3つに分けて当たらないと抑えきれないよ。」

 

六花「これはかなりの消耗戦になる予感です。」

 

いつになく真剣な眼差しで説明する巫女達。以前にも部隊を分けて戦闘した事はあったものの、敵の強さもその時とは格段に上がっている。いくら新たな仲間も増え、勇者達も成長したとしても苦戦は免れないだろう。

 

友希那「それなら慎重に部隊分けをしなくてはね。」

 

燐子「はい…。事前に今井さんから聞かされていたので私と山吹さん、白鷺さんの3人で部隊を編成してみました。」

 

そう言って燐子達は黒板にメンバーを書き記す。

 

燐子「最初は西側です…。西側は海岸近くでの戦闘が予想されます…。なので、瀬田さんを中心とした機動力重視の編成で行きます…。」

 

リーダーの薫を中心にたえ(中)、りみ、高嶋、紗夜、燐子、日菜の7人。

 

中沙綾「次に北側です。ここは敵の神樹様に比較的近い為敵の数が多く長期戦が想定されます。リーダーの友希那さんを軸に力で一気に勝負をつける形です。」

 

こちらは友希那、あこ、美咲、香澄、沙綾(中)、ゆり、赤嶺、イヴの8人。

 

千聖「最後に東側ね。ここは起伏が激しい山岳地帯が戦闘の中心となるわ。何処から敵が来るか分からない。つぐみちゃんの冷静な判断を起点として慎重に行くわよ。」

 

メンバーは有咲、沙綾(小)、たえ(小)、夏希、蘭、つぐみ、千聖、花音の8人。

 

リサ「多分襲撃は次の満月だと思う。みんな準備を怠らないでね。」

 

香澄「分かりました!みんなで力を合わせて頑張っていこう!」

 

 

---

 

 

次の日、樹海西側--

 

薫「やはりあの2体が来たね……。」

 

燐子「周りに水が多いので予想はしてましたが…。」

 

後方からやって来るのは"蟷螂型"を中心としたバーテックスの群れに"水瓶型"と"魚型"の2体の完全型バーテックス。

 

燐子「瀬田さんと花園さん、りみちゃん、そして私が"完全型"を相手取ります。高嶋さん達はその他のバーテックスを"完全型"に合流させない様にお願いします。」

 

高嶋「りょーかい!頑張ろう、紗夜ちゃん、日菜ちゃん!」

 

紗夜「ええ。」

 

日菜「援護射撃は任せて!」

 

 

--

 

 

紗夜「来なさい、"七人御先"!」

 

6人の死神が星屑を切り刻んで突き進む。

 

紗夜「夜の樹海だとより死神感が増しますね…。」

 

日菜「こうするともっと死神感出るよ。」

 

"座敷童子"を降した日菜が紗夜に触れると7人の紗夜が闇夜に溶ける。

 

紗夜「"座敷童子"の力ですか…。これで名実共に死神です…ねっ!」

 

見えない鎌が星屑の命を刈り取っていく。しかしバーテックスもタダでやられまいと"遠距離型"が紗夜と日菜がいる範囲を無差別に狙撃し始めた為、2人は動きを止める。

 

高嶋「ここは私が何とかするから、2人はビーム飛ばして来る奴お願い!」

 

"一目連"を憑依させ周りを竜巻で包み込みその外側に2人を逃す。

 

日菜「竜巻のドーム…。これならしばらくは出て来れないよ。今のうちに。」

 

紗夜「えぇ……。」

 

 

--

 

 

高嶋「日菜ちゃん……紗夜ちゃんを宜しくね。」

 

1人高嶋は竜巻のドーム内に残っている星屑や"蟷螂型"と相対する。

 

高嶋「やぁっ!」

 

竜巻を纏った右ストレートを"蟷螂型"にぶつけるが、相手は鎌を構えそれを防ぐ。

 

高嶋「これも防いじゃうの!?うわっ!?」

 

横から他の"蟷螂型"が鎌を振りかざし斬りかかるが、高嶋は紙一重でそれを躱し蹴りを入れる。

 

高嶋「天の逆手が効きにくくなってる……。中立神もそこら辺はちゃんと考えてるんだね。」

 

呪詛の力が効きにくくなっている以上ここから先は力と力の真っ向勝負になる。高嶋は"蟷螂型"の攻撃を避けつつ先に周りの星屑を殲滅させた。

 

高嶋「……っと。これだけ時間を稼げれば大丈夫かな。」

 

一旦"蟷螂型"と距離をおき、一呼吸入れ"一目連"の憑依を解いた。同時に竜巻のドームも消えてしまう。

 

高嶋「力と力の真っ向勝負……。行くよ"酒呑童子"!」

 

鬼の力をその身に宿し真っ向から高嶋は"蟷螂型"に殴りかかる。

 

高嶋「はぁぁぁっ!!」

 

再び"蟷螂型"は防御の構えを取るが、高嶋はそのガードの上から"蟷螂型"を殴り潰す。

 

高嶋「まだまだぁ!」

 

拳を叩きつけ地鳴りが響き、それを聞きつけ周りの"蟷螂型"が高嶋目掛けやって来る。ドームが消えた為だ。接近戦だと部が悪いと理解してるのか、遠距離から真空波を一斉に浴びせる"蟷螂型"。

 

高嶋「くっ……!これくらい……何ともないよ!」

 

真空波を跳ね除けパンチの乱打を繰り出す。リスクが無いとはいえ"酒呑童子"を長時間憑依させ続ける事は危険だという事は高嶋も理解している。

 

高嶋(…意識が飛びそう……。だけど…私は負けないよ!)

 

高嶋「私は……勇者だから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、高嶋の拳に竜巻が発現する--

 

高嶋「これって……"一目連"!?今は憑依させてないのに……。」

 

精霊の二重憑依--

 

かつて一度薫が造反神の試練で"水虎"と美咲の精霊である"コシンプ"を二重憑依させているが、それはあくまでも他者からの介入で起こった偶発的な出来事。勇者部の中で唯一"一目連"と"酒呑童子"の2体の精霊を持つ高嶋が自身の力で二重憑依を成し遂げたのである。

 

高嶋「私は1人じゃない……。"一目連"…"酒呑童子"……力を貸して!」

 

高嶋の声に応えるかのように竜巻が唸りをあげる。危険を察知したのか"蟷螂型"は再び距離をとり鎌から真空波を飛ばす。

 

高嶋「一気に決める!遠距離なら……こうだ!勇者ぁ………!」

 

拳を振り上げ狙いを定め、手甲を飛ばしたのだ。

 

高嶋「ロケットパーーーンチ!!」

 

竜巻を推進力に使い手甲はとてつもない速さで"蟷螂型"目掛けて進み続ける。"蟷螂型"も負けじと真空波で弾こうとするが、ロケットパンチの前では最早そよ風と同義であった。

 

高嶋「貫け!!」

 

ロケットパンチは"蟷螂型"を圧殺した後も威力、スピードが衰える事無く他の"蟷螂型"を追尾し始める。

 

高嶋「一旦戻れ!」

 

一度手甲を手元に戻し、再び拳を構える。体力もごっそり持っていかれる為、次が最後の攻撃となるだろう。

 

高嶋「はぁ…はぁ…。これでトドメ!勇者!タ・ツ・マ・キ〜〜〜ダブルロケットパーーーンチ!!」

 

放たれた2つの手甲は螺旋を描きそれ自体が竜巻となり飛んでいき、残っていた"蟷螂型"を全て殲滅するのだった。

 

 

--

 

 

高嶋「はぁ…はぁ…はぁ…。」

 

静まり返る樹海の中、高嶋は憑依を解き仰向けで大の字になって倒れ込んだ。

 

高嶋「はぁ……ちょっと張り切りすぎちゃったかな…。」

 

そこへ"遠距離型"を倒した紗夜と日菜が戻ってくる。

 

紗夜「高嶋さん!」

 

倒れている高嶋を見つけた途端に紗夜は慌てて高嶋に駆け寄り抱き起こす。

 

紗夜「大丈夫ですか!?」

 

高嶋「大丈夫だよ……。ちょっと休めばへっちゃらだよ…。」

 

紗夜「もう…。高嶋さんは無茶し過ぎですよ……。」

 

高嶋「えへへ……。紗夜ちゃんの手、暖かい……。眠く…なってきちゃった……。」

 

そう言って高嶋は眠ってしまった。

 

紗夜「……お疲れ様でした、高嶋さん。」

 

 

--

 

 

一方、"完全型"2体を相手取る4人も苦戦を強いられていた。

 

中たえ「うへー。やっぱ水辺だと生き生きしてるよね。」

 

"水瓶型"に"魚型"。共に水を武器とする"完全型"はまさに水を得た魚。強力な水流や水球を放ち勇者達を攻撃してくる。

 

りみ「ワイヤーじゃ水は防げないし……どうすれば…。」

 

薫「一体でも厄介だが……何か良い手は無いかい、燐子ちゃん。」

 

少し離れた場所で援護している燐子に薫は指示を仰ぐ。

 

燐子「……出来るか分かりませんが、2体を分断します…。」

 

中たえ「出来るんですか?」

 

燐子「それにはりみちゃんの力が不可欠です……。」

 

りみ「私!?」

 

燐子は一旦りみを下がらせ耳打ちし作戦を伝える。

 

 

--

 

 

燐子「私の合図でお願いします……。」

 

りみ「うん!」

 

たえが"水瓶型"を、薫が"魚型"をそれぞれ相手取り、注意を逸らしつつ2体を引き離す。

 

中たえ「こっちだよー!」

 

燐子「………今です…!」

 

りみ「えーーーいっ!!」

 

燐子の合図でりみはワイヤーを球体状へと変化させ"水瓶型"を包み込んだ。しかし網目の隙間から"水瓶型"は水球を飛ばし攻撃を続ける。

 

中たえ「これじゃあ意味ないよ!?」

 

燐子「まだです……!"雪女郎"!」

 

すかさず"雪女郎"を憑依させた燐子が水で濡れたワイヤーを凍らせる。氷の球の中に"水瓶型"を閉じ込めたのだ。

 

燐子「これで1体に集中出来ます…!花園さんと瀬田さんで"魚型"を倒してください…!」

 

中たえ「一体だけなら…!」

 

薫「簡単な事さ。」

 

"水瓶型"は氷を砕こうと水流を放つが燐子が冷気を放出し続け氷の牢獄を維持し続ける。後は燐子との体力勝負だ。

 

中たえ「燐子さんの為に速攻で行くよ。"満開"!」

 

たえは満開し方舟に薫を乗せ"魚型"へ突貫する。"魚型"は接近させまいと水流を放つがファンネル状の刃が折り重なり盾となって水流を防ぎながら近く。

 

薫「花により儚く散れ…!"暖流蒼打"!」

 

ヌンチャクを叩きつけ"魚型"が体制を崩しノックバック。そこへすかさずたえが無数の刃を叩き込む。

 

中たえ「"満開・滅尽の刃"!」

 

無数の刃が花吹雪の如く"魚型"を切り刻み"御霊"ごと破壊。"魚型"は光となって消滅する。同時に燐子の体力も限界が訪れ"水瓶型"が氷を砕き暴れ始めた。

 

燐子「きゃあっ……!」

 

りみ「大丈夫!?」

 

燐子「はい……問題ありません…。」

 

"雪女郎"の憑依を解いた燐子はその場で尻餅をつく。

 

りみ「燐子さんを……許さないよ!"満開"!」

 

背中の鳴子百合の花弁から無数のワイヤーを伸ばし"水瓶型"を包み込むりみ。

 

りみ「お仕置きや!"死神ワイヤー"!」

 

包み込んだワイヤーを一気に引き絞る。するとグシャッと鈍い音をたてて"水瓶型"が"御霊"ごと切り刻まれ消滅したのだった。

 

中たえ「やっぱりみの攻撃って1番容赦無いよね…。」

 

薫「綺麗なバラにはトゲがある……これもまた儚いね…。」

 

苦戦はあったものの何とか西側を守りきった7人は一度部室へと帰還するのだった。

 

 



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災禍の堕天使

北側で奮戦する香澄達。しかし、そこへ中立神の新たな力が振り下ろされようとしていた--




 

 

樹海、北側--

 

見渡す限りに樹海の広大な平野が広がっている。360°遮蔽物無し、不意打ちを受ける可能性は低いが、あらゆる方向から敵が襲って来る事が容易に予測出来た。

 

友希那「……分かった。無理しない範囲で守ってちょうだい。」

 

通話の相手は西側を戦っていた紗夜から。一度体制を立て直す為に部室へと戻ったのだが、再びの侵攻を巫女達が察知。最初ほどの侵攻では無いが神樹を守る為に勇者達は再び樹海で戦闘を行なっていた。

 

あこ「紗夜さん達の所ですか?」

 

友希那「ええ。向こうも頑張ってるようよ。」

 

香澄「私達も負けられませんね!」

 

ゆり「もちろん!」

 

やがて正面、左右から"防御特化型"、"爆発型"、飛行型"、そして"蟷螂型"のバーテックスの群れが近づいて来る。

 

中沙綾「私と美咲、あこの3人で援護します!香澄達5人は互いの背中を守りながら戦ってください!」

 

美咲「さて、やりますか。」

 

赤嶺「火色、舞うよ……。」

 

香澄「私達は絶対に勝ーつ!!」

 

 

--

 

 

襲いかかる1000は超える軍勢に対し、迎え撃つ勇者は8人。ここにいる誰もが熾烈な戦いになると思っていた。だが--

 

中沙綾「おかしい……。」

 

美咲「確かに…。」

 

先に気がついたのは後方から援護していた2人だった。

 

あこ「なになに?あこにも教えて?」

 

中沙綾「呆気なさ過ぎる……。」

 

美咲「攻撃も単調だし歯応えも無い。まるで私達に倒してくれと言わんばかり…。」

 

中沙綾「みんな、気をつけて!何かあるかもしれない!」

 

沙綾は戦局を伺いながら前線へ注意を促す。

 

 

--

 

 

友希那「はっ!」

 

香澄「てやーっ!」

 

大きな苦労も無くバーテックスの大群も半分程減るが、バーテックスは恐れる事無く勇者達へ突撃を繰り返す。

 

赤嶺「ふっ!」

 

ゆり「やっ!」

 

イヴ「おらぁ!」

 

向かって来るバーテックスを薙ぎ倒し光となっては消え--

 

香澄・赤嶺「「ダブル勇者……パーーーンチ!」

 

殴り倒しては消えるの繰り返し。しかし、樹海を包み込む空気は次第に重苦しいものへと変わっていく--

 

友希那(何かしら……この重く張り付くような空気は……。)

 

次の瞬間だった--

 

勇者達が攻撃を加えていないにも関わらず、"爆発型"が一斉に自爆しだしたのである。

 

香澄「きゃっ!?」

 

ゆり「何なの!?」

 

前線が煙に包み込まれ、沙綾達後方にいた3人も香澄達に合流する。

 

中沙綾「大丈夫、香澄?」

 

香澄「けほっ……けほっ…何とか大丈夫だよ…っ!?」

 

友希那「な!?これは……!」

 

突如香澄達の体が動かなくなったのだ。そして包み込んでいた空気が一気に鉛のように重くのしかかってくる。

 

イヴ「う、動かねぇ……。」

 

そして周りから星屑が集まりそれは新たな怪物へと姿を変えるのだった。

 

 

--

 

 

星屑が集まり生まれ出たその存在は中心に真っ赤な核を持ち、漆黒で流線型の躯体、さながら堕天使を思わせるような風貌をしていた。

 

あこ「何あれ……。」

 

中沙綾「まさか、中立神はあれを生み出す為に技とバーテックスを私達に倒させてたの!?」

 

美咲「バーテックスの怨念とでもいうの…。」

 

赤嶺「あ、あいつは……!」

 

じりじりとにじり寄って来る"新種"に対し、尚も体を動かす事が出来ない香澄達。

 

香澄「動いて……動いてよ!」

 

無理矢理動かそうとしても体は言う事を聞いてくれない。そして"新種"の核が赤黒く光り--

 

 

 

 

轟音が樹海へと響き渡ったのだった--

 

 

 

--

 

 

イヴ「ぐぁ……。」

 

ゆり「はぁ…はぁ……。」

 

爆発の衝撃で辛うじて体は動かせるようになったが、樹海に倒れ意識を保つだけで精一杯の香澄達。

 

赤嶺「みんな気をつけて。私の記憶が確かならあいつはヤバい…。」

 

香澄「赤嶺ちゃん……知ってるの!?」

 

赤嶺「あいつは"凶攻型"……。造反神は"レクイエム・フォルテ"って言ってた。倒されたバーテックスの怨念によって発生するんだって……。造反神でも作り出す事が出来なかったのに何で…!?」

 

中沙綾「中立神の力が造反神より大きいって事?」

 

香澄達は覚えてないが、"凶攻型"が生まれた原因は"刀使"がこの世界にやって来た事だった。"荒魂"の元となっている"ノロ"が中立神に力を与えていたのだ。"ノロ"が持つ負の神和性がバーテックスの怨念と交わり"凶攻型"が誕生したのである。

 

友希那「みんな、一気に倒すわよ!」

 

勇者達は倒れた体に鞭打って立ち上がり精霊を顕現させる。

 

友希那「来なさい、"義経"!」

 

あこ「来て、"和入道"!」

 

イヴ「来やがれ、"雷獣"!」

 

赤嶺「来い、"山本"!」

 

のだが、いくら呼んでも精霊は一向に現れなかったのだ。

 

あこ「えっ!?どうして!?」

 

イヴ「何でだ!?……来い!出ろよ"雷獣"!」

 

どんなに叫んでも"精霊"は顕現しない。

 

友希那「まさか……あいつが!?」

 

"凶攻型"の核が怪しく明滅している。

 

赤嶺「間違いない……。アイツが精霊の力を封じてるんだ…。」

 

狼狽えている隙に"凶攻型"はビームを撃ち込む。精霊バリアで辛うじて耐える事は出来ているが、凄まじい衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

赤嶺「うわぁっ!」

 

香澄「うっ……!精霊が使えないなら"満開"しかない!さーや、ゆり先輩、友希那さん行けますか?」

 

4人の満開ゲージは既に溜まりきっている。4人は赤嶺達を下がらせ一斉に満開を行う。

 

香澄「"満開!"」

 

白の羽衣を身に纏い背中のリングからは巨大な2つの拳。

 

中沙綾「"満開"!」

 

羽衣に加え巨大な空挺型の台座に乗り込む。台座の周囲には可動式の砲台。

 

ゆり「"満開!"」

 

2人と同じ羽衣を纏うが大剣の形状は変化していない。

 

友希那「"満開"!」

 

羽衣に加えて可動式の6つの刀が周りを浮遊している。現時点での勇者の最高戦力がここに集まった。

 

香澄・友希那「「これで!!」」

 

ゆり「どうだぁ!!」

 

目で合図を送り3人は突っ込む。"凶攻型"も近づけさせない為にビームで食い止めようとするが、

 

中沙綾「させない!」

 

砲台から放たれる砲撃がビームを押さえ込み、その隙に香澄は拳撃、ゆりは大剣で横薙ぎ、友希那は計7本の刀を真上から振り下ろす。

 

 

--

 

 

ゆり「ちょっとは堪えたんじゃない?」

 

だがダメージはあまり入っておらず、"凶攻型"を後ろへ下がらせた程度。

 

美咲「これでも駄目なの!?」

 

香澄「まだまだ!みんな、攻撃の手を止めないで!満開!勇者パーーーーーンチ!!」

 

中沙綾「大艦・巨大連撃砲!」

 

ゆり「撃滅・巨重斬!」

 

友希那「生生之大太刀!」

 

最大戦力の最大攻撃が"凶攻型"に炸裂。大気は震えて空が哭く怒涛の連続攻撃。

 

香澄「ふぅ……ふぅ…。」

 

ゆり「はぁ……。」

 

しかしそれですら"凶攻型"の動きを止めるには至らず、"凶攻型"の周囲を激しい光が包み込み爆発。再び8人は吹き飛ばされ満開も解除されてしまう。

 

香澄達「「「きゃあっ!!」」」

 

 

--

 

 

遂に起き上がる力も無くなってしまった8人の勇者。抵抗する気力が無くなったと思ってか、"凶攻型"は矛先を神樹へと向けようとしていた。

 

中沙綾「だ……ダメ…!」

 

香澄「神樹…様が……!」

 

"凶攻型"がビームを発射しようとしたその時、突如"凶攻型"に異変が起きる。発射を止め、小刻みに震えだしたのだ。

 

友希那「い…一体何が……。」

 

徐々に震えは大きくなっていき、一瞬震えが止まる。そしてドロドロと突然溶け出したのだ。

 

香澄達「「「……………。」」」

 

最大火力を以ってしてもびくともしなかった"凶攻型"が瞬く間に姿を消してしまい言葉を失う勇者達。

 

美咲「はぁ…た…助かった…?」

 

あこ「友希那さん達の攻撃が効いてたって事…?」

 

赤嶺「多分違う…。」

 

イヴ「じゃあ何だってんだ?」

 

赤嶺「中立神にとってみても"凶攻型"は完全じゃなかったんだと思う…。実験的な何か。完全だったら終わってた……。」

 

赤嶺の推測は的を射ていた。中立神にとってもこの襲撃は"凶攻型"を生み出す為の実験的な側面が強く、事実バーテックスと"ノロ"がまだ完全に馴染んでいなかった為形を保っていられなかったのだ。

 

友希那「はぁ…はぁ……。取り敢えず良かったわ…。体力を回復させたら周囲の索敵をしつつ一度部室へ戻りましょう。この事をリサ達に報告しなければならないわ。」

 

香澄「うん………。」

 

香澄は唇を噛み締めた。初めて歯が立たなかったからだ。例え敵が不完全であっても仲間と協力し、あまつさえ今持てる最大限の力を出したのに歯が立たなかった。勇者達は中立神の力を無残にも見せつけられてしまったのだった。

 

 

 



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たましいのほのお

東側で戦う勇者達の前に現れる"凶攻型"次々に倒れる仲間を前にたましいの炎が覚醒する--

次回からバレンタイン編です。



 

 

樹海、西側--

 

最初の戦闘が始まってから2時間程が経ち、北側で起こった出来事が西側にいた薫達に伝わった。

 

高嶋「そんな……友希那ちゃん達が…!」

 

燐子「あこちゃん……!」

 

中たえ「"凶攻型"……まさか精霊の力を封じてくるなんて…。」

 

紗夜「取り敢えずこの辺りの敵は全て殲滅しました。話を聞く為にも一度今井さん達の所へ戻りましょう。」

 

薫「そうだね…。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

りみ「お姉ちゃん!香澄ちゃん!沙綾ちゃん!大丈夫!?」

 

部室に戻るやいなやゆり達に抱きつくりみ。精霊が封じられていたが、バリアは辛うじて機能していた為大怪我は免れたものの、香澄達は身体中に包帯が巻かれており痛々しい姿をしていた。

 

ゆり「何とかね……。今回は本当に運が良かったよ…。」

 

香澄「私達の力だけじゃどうにも出来なかった……。」

 

リサ「残りの戦場は東側……。"凶攻型"が出ない保証は無い……。」

 

高嶋「なら動ける私達が応援に行こうよ!」

 

薫「そうだね…。」

 

その時、リサ達に新たな神託が届く。

 

リサ「っ!?みんな、また西側……そして北側にバーテックスが!?」

 

満身創痍間近の勇者達にとっては凶報だった。やって来る敵は星屑のみのようだが、今この状況では一筋縄ではいかない。

 

彩「どうしよう!?」

 

リサ「薫達は西側に戻って!」

 

薫「でもそれでは北側が無防備になってしまう!」

 

赤嶺「お姉様……私が……行きま…痛っ!」

 

立ち上がろうとする赤嶺だが足に痛みが走り体勢を崩してしまう。

 

六花「赤嶺ちゃん!その身体じゃ無理だよ……。」

 

中沙綾「でも……どうすれば…。」

 

北側で戦っていた8人はどう頑張っても今戦える状態では無かった。そこでたえが提案する。

 

中たえ「大丈夫、沙綾。リサさん、私が北側に行きます。」

 

りみ「わ、私も!おたえちゃんと戦うよ!」

 

燐子「そうですね……。今出来る最善の策は私達の部隊を更に分けるしかありません。私も花園さんと一緒に行きます。」

 

迷っている暇は無い。手負いの勇者達が今出来る手段はそれしかない。

 

ゆり「りみ、たえちゃん…無理だけはしないで……。」

 

りみ「うん!」

 

中たえ「はい!」

 

 

---

 

 

樹海、北側--

 

香澄達が戦っていた場所までやって来たたえ、りみ、燐子。周りは先の戦いの傷跡がまだ残っており"凶攻型"の恐ろしさが容易に予測出来た。

 

燐子「お二方とも…敵が来ます…。」

 

彼方からやって来る星屑はまさにその名の通り凄まじい数で押し寄せる。3人は武器を構え星屑に向かって走り出した。

 

中たえ(夏希……有咲…負けないで……。)

 

 

---

 

 

樹海、東側--

 

夏希「な、何だあれ………。」

 

蘭「強……すぎる…。」

 

千聖「こ、このままじゃ……有咲ちゃんが……。」

 

 

--

 

 

山は抉り取られ、地形が書き変わり既に7人の勇者は立つ事もままならない状態で地に伏せ、"凶攻型"がそれを無慈悲に見下ろしていた。

 

有咲「くっ……!こんな所で負けてたまるか!私はバーテックスを倒す為に生きてきたんだよ!!」

 

東側で戦っている勇者の中で満開出来る勇者は有咲ただ1人。今、有咲は動けない仲間の為に満開し必死で"凶攻型"と渡り合っていた。

 

有咲「はあっ!このぉ!!」

 

"凶攻型"が放つビームを大剣で何とか躱しつつ一太刀一太刀攻撃を浴びせ続けるが、"凶攻型"は全く意に介さない。

 

有咲「完成型勇者舐めんなぁ!!」

 

無数の小刀の雨を浴びせ目眩しさせ、一瞬動きが止まった隙に"凶攻型"の視界から外れるように上へ飛び上がる。

 

有咲「満開・二双瞬滅斬!!」

 

二振りの剣が真っ赤なオーラを纏い"凶攻型"へ振り下ろされた。有咲渾身の刃が"凶攻型"を斬り伏せるが硬い体に阻まれ刃が食い込んだまま動かなくなってしまう。

 

有咲「硬てぇ……!」

 

直後中心の赤い核がドクンと胎動し光り出し--

 

有咲「まずい……!」

 

千聖「逃げて有咲ちゃん!」

 

眩い閃光と衝撃波が有咲を襲った--

 

有咲「うわぁあああっ!!」

 

一瞬で満開が解除され樹海に叩きつけられてしまう。しかし有咲との戦いで力を消耗したのか、精霊を封じていた力が同時に解かれ辛うじて動く事が出来るつぐみ、夏希、たえ、沙綾の4人が有咲と入れ替わるように前へ走り出す。

 

夏希「この野郎!」

 

小たえ「許さないよ!」

 

小沙綾「有咲さんの仇!」

 

つぐみ「今までの分を返すよ!」

 

4人は精霊を憑依させ"凶攻型"に立ち向かうのだった。

 

 

--

 

 

つぐみ「力を貸して、"玉藻前"!」

 

夏希「行くぞ、"鈴鹿御前"!」

 

小たえ「来て、"鉄鼠"!」

 

小沙綾「お願い、"刑部狸"!」

 

精霊を憑依させつぐみと夏希が前線、沙綾が後衛、たえが守り役とそれぞれが今出来る最善の動き方で連携をとり"凶攻型"を攻め立てる。

 

つぐみ(止まっちゃダメ…!相手に反撃させる隙を与えさせない!)

 

呪詛の力を宿した精霊刀を何度も何度も叩き込む。他のバーテックスを一撃で滅する力がある"玉藻前"でさえも与えるダメージは微々たるものでしかないが、間髪入れずに攻撃を続ける事で少なからずダメージは蓄積されていく。

 

夏希「だぁあああっ!!」

 

夏希も3本の斧を巧みに操りながら攻撃を繰り返す。巴模様の炎を撒き散らし轟音を唸らせながら重い一撃が"凶攻型"に入り、4人は徐々に"凶攻型"を後ろへ下がらせる。

 

小沙綾「攻撃はやらせない!」

 

前線の2人が攻撃されそうになれば沙綾が矢で"凶攻型"の意識を一瞬逸らす。沙綾への攻撃はたえが"鉄鼠"の防御力で防ぎ、2人に気を取られている間に前線の2人は更に攻撃を繰り出す。

 

千聖「3人の連携には目を見張るものがあるけれど……それについて来れるつぐみちゃんも凄いわね……。」

 

夏希「チームワークなら誰にも負けない!」

 

小沙綾「それが私達の強さ!」

 

小たえ「仲間を信じてお前を倒す!」

 

このまま行けば退けられるかもしれないとこの場の誰もが思っていた。だが"凶攻型"は無情にもその微かな希望すら摘み取ってしまうのだ。再び核が胎動し衝撃波が4人を襲う。

 

夏希達「「「うわっ!?」」」

 

次の瞬間4人の精霊憑依が解けたのだ。

 

つぐみ「どうして!?」

 

小たえ「精霊を封じる力だ……不味い!」

 

夏希「みんな、下が……っ!」

 

4人の足が止まった隙を"凶攻型"が見逃す筈もなく、漆黒の光弾を周囲に撒き散らし樹海に大爆発が起こる。

 

4人「「「きゃああああっ!!!」」」

 

 

--

 

 

つぐみ「うっ………。」

 

小たえ「ごほっ………!」

 

小沙綾「くっ……な、夏希…!」

 

3人は体を打ちつけ出血があるものの大事には至っていない。それもその筈。

 

夏希「…………。」

 

小たえ・小沙綾「「夏希っ!!」」

 

攻撃が炸裂する瞬間に夏希が3人を咄嗟に後方に押してダメージを最小限に抑えたからである。その代償に夏希が受けたダメージはかなり深刻だった。

 

夏希「うっ………。」

 

体を動かす事が出来ない夏希に"凶攻型"はトドメを刺さんとばかりに狙いを定める。

 

小沙綾「夏希!夏希!!」

 

小たえ「逃げて!」

 

意識が朦朧とする中で2人の声が微かに聞こえるのが分かった。

 

夏希(くそ……ここまでなの…?もうこのまま眠っちゃいたい……。何でこんな痛みに耐えてるんだろう…。)

 

意識を手放しそうになる中、浮かんでくる2人、いや4人の顔。

 

夏希(沙綾………おたえ………!)

 

 

--

 

 

夏希「私は運命を跳ね除けてみせる!!!死ぬだって!?私を舐めるんじゃないぞ!!私の力を見せてやる!運命を切り開く勇者のパワーを!!」

 

夏希「2人も私を信じて!!笑って現実に送り出せってね!運命変えてみせるから!」

 

 

--

 

 

夏希(くっ………!こんな所で倒れてらんない!何でだって?私は運命変えてみせるんだ!2人を笑って送り出してやるんだ!!)

 

その時、勇者装束の牡丹の花が赤く光を放ち出す--

 

夏希「私は海野夏希!勇者、海野夏希だぁ!!"満開"!!」

 

光に包まれ今ここに新たな花が大輪の花を咲かせたのだ。

 

 

--

 

 

夏希は白を基調とする神官装束に身を包み、四足歩行の巨大な獣のような台座の上に立っている。獣型の台座の4本足には夏希の武器である斧を模した鋭い爪が各腕に4本、計16本備わっている。

 

夏希「行くぞぉ!!」

 

両手に持つ球を操りながら台座を"凶攻型"へ向かわせ前足の爪で抉り取るように切り裂き攻撃する。

 

夏希「もうみんなには手出しさせない!」

 

力強く唸りを上げながら台座は"凶攻型"をガッチリと捕まえ。手負いの沙綾達から引き離す。

 

小沙綾「夏希!」

 

追いかけようと体を動かそうとした沙綾をそっとたえは遮った。

 

小たえ「今は夏希を信じよう、沙綾。」

 

小沙綾「………うん。」

 

 

--

 

 

"凶攻型"を沙綾達からある程度引き離し、夏希は再び攻撃を仕掛ける。

 

夏希「おりゃあっ!!」

 

一撃一撃が"凶攻型"をぐらつかせる程の威力を持つ。パワーだけなら満開の中でもトップクラスを誇る可能性を秘めていた。だが、"凶攻型"もただ黙ってやられる事は無くビームや光弾、衝撃波と怒涛の連続攻撃で夏希を苦しめる。

 

夏希「ぐぅ………!まだまだぁ!」

 

迫る攻撃を前足で防御しながら高く飛び上がり、"凶攻型"を上から押さえ込みマウントポジションを取る。

 

夏希「これならどうだぁ!!」

 

切り裂きの連続攻撃。だが核が無防備な台座の底面に衝撃波を放ち台座は大きく吹き飛ばされてしまう。

 

夏希「うっ………!」

 

満開には時間制限がある。1つ、また1つと牡丹の花びらが光を失い残りの花びらは2枚。夏希は次の攻撃に全てを込めた。

 

夏希「おおおおおおおっ!!これが人間の!私の!魂の炎だぁぁぁぁ!!"満開・天墜の斧鉞(ふえつ)"!!」

 

台座が縦に大きく回転し1つの大きな斧と化し炎を纏って"凶攻型"に突貫。負けじと"凶攻型"もビームを放つが、ギャリギャリと鈍い音を立てながら徐々に夏希は"凶攻型"へ接近。

 

夏希「負け………るかぁ!!」

 

そして遂に"凶攻型"を捉え爆発の轟音と共に煙が舞い時間が来た為夏希の満開が解除される。

 

夏希「はぁ………はぁ……ど、どうだ…。」

 

だが、煙が晴れた先にいたのは体が半分ほど砕けたものの、尚も動こうとする"凶攻型"だった。

 

夏希「ま、マジか………。」

 

しかしその直後、樹海に花びらが舞い始めた。そして"凶攻型"はいきなり踵を返して樹海の奥へと動き消えていってしまったのである。

 

夏希「そ、そうか……"鎮花の儀"か…。」

 

 

 

 

"鎮花の儀"--

 

神世紀298年の勇者システムにのみ備わっていたバーテックスを撤退させる儀式の事。夏希の時代では"完全型"バーテックスを倒すまでには行かないものの"鎮花の儀"を用いてある程度ダメージを与えたバーテックスを撤退させる事が出来た。異世界に来た時に勇者システムは最新のものにアップデートされ、夏希達でも"完全型"を倒す事が出来ていた。その為今の今まで"鎮花の儀"が発動する事がなかったのだ。

 

夏希「守れた…んだね………。」

 

一気に緊張が解けたのか、夏希は大の字になって樹海に倒れ込み目を閉じた。

 

 

--

 

 

?「……つき、な…つき!」

 

夏希「う……ん?」

 

どれだけ眠っていたのだろうか。動けるようになった沙綾に抱き起こされ夏希は目を覚ます。

 

小たえ「やっぱ夏希は凄いよ!」

 

千聖「本当ね。流石有咲ちゃんの先輩勇者だわ。」

 

有咲「そうだな。お疲れ、先輩。」

 

花音「本当に無事で良かったよぉ……。」

 

夏希「沙綾…おたえ…皆さん……やりました…。」

 

小沙綾「うん…うん!お疲れ様。みんなが待ってる部室に戻ろう。」

 

夏希「そうだね……。」

 

再び眠ってしまった夏希。完全勝利とまではいかないものの、今は乗り越えられた事への喜びを噛み締める勇者達なのだった。

 

 



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甘い気持ちのバレンタイン

激闘が去り次に待つのは気持ちと気持ちのぶつかり合い。迫るバレンタイン、その最中暗躍する1人の影があるのだった--




 

 

傷だらけの状態になりながらも、何とか"凶攻型"を退けた夏希達が部室へと帰還する。

 

勇者部部室--

 

中たえ・中沙綾「「夏希!!」」

 

西側を守っていた薫達も無事に戻って来ており、全員で東側で戦っていた勇者達を出迎えた。

 

香澄「有咲、無事で本当に良かったよ!」

 

有咲「何とかな……。ボロボロだった。」

 

赤嶺「つぐちんも大丈夫だった!?」

 

つぐみ「夏希ちゃんが頑張ってくれたお陰だよ。」

 

そして有咲は東側で起こった出来事、夏希の満開について説明をする。

 

 

--

 

 

中沙綾「夏希が…満開を……。」

 

中たえ「友希那さんと同じ事が起こったんだ。」

 

リサ「取り敢えずみんな本当にお疲れ様。」

 

モカ「今はゆっくり休んで。神託でしばらくは襲撃も無いって。」

 

 

---

 

 

それからの数日、襲撃も無く勇者達は激闘の疲れを癒し、それぞれの日常を思い思いに過ごしていた頃、それは起こった。

 

 

--

 

 

2/13日、早朝。寄宿舎、彩の部屋--

 

彩「うーん…むにゃむにゃ……。」

 

まだ日が昇らない早朝、突然彩の耳元から声が聞こえてきだした。

 

?「彩……巫女の彩……。目覚めなさい…目覚めるんです…。」

 

ボソボソと響く声に彩は目を擦りながら耳を傾ける。

 

彩「ん…?おはよう。誰かな……?」

 

?「私は、今彩の夢枕に生えたてホヤホヤの神樹だよ。」

 

彩「えぇっ!?し、神樹様!?どうしよう、光栄です!」

 

神樹?「良い?よく聞いて、優秀な巫女よ。もうすぐ2月14日が来る。その日はバレンタインデー。勇者と巫女に各自2名限定でチョコレートを渡させるんだよ。」

 

彩「え!?わ、分かりましたけど…どうしてですか?」

 

神樹?「どうしてって……それは…えっと…それを行えば勇者部の連携がより深まるからだよ。そうすれば私も元気満タンになるんだ。」

 

彩「それはとても大事な事です!私からみんなに伝えます!」

 

神樹?「頼んだよ…優秀な巫女………。」

 

 

--

 

 

その日の朝、勇者部部室--

 

みんなが世間話をしている中、勢い良くドアが開き彩が入ってくる。

 

彩「みんな聞いて!もうすぐバレンタインだよ!」

 

友希那「突然どうしたのかしら?」

 

彩「それはね--」

 

早朝に起こった上記の出来事をみんなに話し出す。

 

 

--

 

 

りみ「ええええ………。」

 

有咲「そんな俗物的な神樹様がいるかぁーーー!」

 

彩「そんな筈は無いよ!」

 

この中で最も神樹を信仰しているのが彩だ。その為、彩は早朝の出来事を完全に信じてしまっている。

 

中沙綾「声を聞いたことは疑って無いけど……。」

 

そう言って沙綾はチラリとある人物に目をやった。

 

中たえ「………z z z。」

 

彩「みんな、どうかお願い!神樹様の為にチョコレートを!」

 

美咲「どうします、ゆりさん……。」

 

必死に頭を下げて懇願する彩に困惑しながら会議が始まった。

 

ゆり「どうするって言っても…多分その神樹の正体は十中八九たえちゃんだろうし…。」

 

有咲「何が起こるか分からねぇぞ…。」

 

その時友希那が、

 

友希那「なら私が付きっきりで花園さんを見張りましょう。」

 

あこ「良いんですか、友希那さん。」

 

友希那「そうすれば丸山さんの願いを聞き届けられるし、みんなの不安も解消されるでしょ?」

 

中たえ「ぇ……… z z z。」

 

こうして各自、バレンタイン用のチョコを作る為に部室を後にするのだった。

 

 

---

 

 

家庭科室--

 

花音「バレンタインかぁ。」

 

千聖「何でこんな事をしなくちゃいけないのかしら……。意味が分からないわ。」

 

ここでは今防人達がチョコ作りに勤しんでいる真っ最中。しかし、千聖だけうだつが上がらない様子。自らを研鑽する事のみに時間を捧げてきた千聖にとって、世間一般の流行はこの時はまだ理解し難かったのである。

 

彩「だからそれは、神樹様の為と、勇者同士の連携を深める為だよ、千聖ちゃん。」

 

千聖「そんな事で深まるのかしら……。」

 

彩「もちろんだよ!結局、神樹様は私の夢枕で小一時間語ってたんだけど……。」

 

イヴ「長いですね…。」

 

花音「楽しそうだし私は賛成だよ。千聖ちゃんは何か引っかかってるの?」

 

千聖「そう言う訳じゃないのだけれど……あまり気が進まないのよね。」

 

イヴ「どうしてですか?」

 

千聖「今まで人にチョコレートなんてあげた事ないし、あげる相手も思い浮かばないのよ。」

 

日菜「まぁまぁそんな事言わずに、取り敢えずみんなで作ろうよ!」

 

千聖「………そうね。1人で考えるよりはみんなでやりましょうか。」

 

少し考え千聖は了承する。

 

花音「そうだね。じゃは防人組はみんなで手作りだ!」

 

日菜「料理はやっぱ出来立てが1番って言うし、やっぱり当日の午前中がベストじゃない?」

 

千聖「じゃあ私はそれまでに誰に渡すか考えておくわ。」

 

 

---

 

 

そして時間は流れ2/14のバレンタイン当日、勇者部部室--

 

中たえ「………………。」

 

友希那「………………。」

 

リサ「あはは……。」

 

中たえ「あ、あの……ちょっとお花を摘みに…。」

 

友希那「……リサ。」

 

リサ「りょーかい。たえ、私が一緒に行くよ。」

 

中たえ「……これがマンツーマンディフェンス…。」

 

ただ今バレンタイン当日の朝9時。友希那はたえから一切目を晒さず、たえが動く際にはリサに同行させるという徹底ぶりで監視に臨んでいた。

 

友希那「花園さんにはみんながチョコを渡し終えるまでここにいてもらうわ。」

 

中たえ「えぇ………。」

 

友希那「丸山さんに妙な事を吹き込んだ罰よ。」

 

 

--

 

 

家庭科室--

 

千聖「溶かして固めるだけなのに、色んな材料が揃ってるわね。」

 

日菜「好みに合わせてコーヒーにココア、牛乳なんかを入れて自分だけの味を作るのも一興だよ。」

 

千聖「成る程ね…。」

 

彩「はぁ……はぁ…。泡立てって思ってたよりずっと大変だね……。」

 

花音「彩ちゃん、電動ホイッパーもあるよ。」

 

彩「ありがとう、花音ちゃん。でも手の方が想いが伝わると思って。」

 

千聖「そういうものなのかしら…って、日菜ちゃん!?」

 

千聖の横で日菜が何かをチョコに入れているのを見つけ驚いた。

 

日菜「ん、これ?かつお節だよ。」

 

千聖「何だか不味そうよ…。」

 

日菜「食べる前から不味って決めつけるのは良くないよ、千聖ちゃん。」

 

イヴ「美味しいんでしょうか……。」

 

日菜「どうだろう?初めてやってみたから分かんない。」

 

3人が日菜行動に狼狽えている中、彩は一生懸命本を見ながらチョコ作りに励んでいる。

 

彩「えっと……バットの上に置いた金型に、溶かしたチョコレートを流し込む…。」

 

イヴ「彩さん、その本私にも見せて頂いてもよろしいですか?」

 

彩「もちろん!」

 

5人が思い思いのチョコを作る為に奮闘していたのだった。

 

 

---

 

 

それから1時間後--

 

イヴ「凄いです……。」

 

千聖「信じられない……。」

 

千聖達4人は驚愕していた。日菜のチョコの圧倒的な美味しさに。

 

日菜「見たかぁ!私のチョコの凄まじさを!」

 

イヴ「カツオの旨味と香ばしさがチョコとベストマッチです!」

 

彩「凄いよ、日菜ちゃん!きっと貰った人は大喜びだね!」

 

日菜「そうだった!チョコは鮮度が命。早速渡して来よーっと。」

 

日菜は勢い良く家庭科室から飛び出して行ってしまう。

 

イヴ「そうでした…。私も渡してきます。」

 

花音「2人とも行っちゃったね。誰に渡すんだろう?私はもちろん千聖ちゃんに。はい。」

 

クラゲが描かれたラッピングに包まれたチョコを千聖へと渡す。

 

千聖「私?一緒に作っていたのに。」

 

花音「良いんだよ。千聖ちゃんにはいつも迷惑かけてばっかりだから。」

 

千聖「そう……。ありがと、花音。」

 

彩「千聖ちゃん、私からも受け取って。」

 

彩も千聖へチョコを渡す。ピンクのラッピングに包まれた可愛らしい音符型のチョコだ。

 

千聖「彩ちゃん……ありがとう。もちろんよ、遠慮なく頂くわね。」

 

一つ手にとって口へと運ぶ。

 

千聖「……美味しいわ。」

 

彩「本当!?」

 

千聖「ええ。彩ちゃんの優しい気持ちが良く現れているわ。これは……生クリームかしら?」

 

彩「うん!」

 

千聖「そうなのね………。やっぱり手作りは良いわね。私の想いも伝わると良いのだけれど……。」

 

今度は千聖が彩へチョコを渡す。

 

彩「え?私にくれるの?やったぁ!千聖ちゃんからの初めてのチョコレートだ!」

 

千聖「何だか気恥ずかしいけれど、防人組の癒しである彩ちゃんに感謝を込めて。」

 

彩「いただきます!……うん、美味しいよ!千聖ちゃんらしく控えめな甘さにちょっとした苦味が最高だよ!」

 

千聖「良かったわ。彩ちゃんには苦過ぎないか心配だったのだけれど、粉コーヒーを混ぜてみたのよ。」

 

彩「丁度良いよ。」

 

チョコだけでは味気ないと思ったのか、彩が戸棚からカップを用意しようとすると、

 

千聖「彩ちゃん、たまには私にやらせて頂戴。紅茶にする?それとも緑茶?」

 

彩「……ホットミルクにしない?」

 

千聖「やっぱり苦かったかしら?」

 

彩「えっと……ごめんね、後からちょっとだけ……。」

 

千聖「ごめんなさい…。来年はもっと研究するわ。」

 

彩「来年も私にくれるの?」

 

千聖「あっ………ええ、そうね。是非、リベンジさせてもらうわ。」

 

彩「ふふっ、今から来年が楽しみになってきちゃったよ。」

 

千聖「私もよ。」

 

 

---

 

 

三階、空き教室--

 

紗夜「これを私にですか?」

 

日菜「うん!同じ故郷で同い年。チョコが出来たら真っ先に渡そうと思ってたんだ。」

 

そう言って日菜はカツオチョコを紗夜に手渡した。

 

紗夜「そうは思わないけど…ありがとう。」

 

日菜「カツオ入りで美味しいよ。」

 

紗夜「っ!」

 

そう言われた瞬間、紗夜のチョコを口へとと運ぶ手が止まってしまう。

 

日菜「前にカツオが好きって言ってたよね?」

 

紗夜「そ、そうだけど…。本当にカツオが?」

 

日菜「絶妙にカツオ出汁をブレンドした日菜ちゃんオリジナルカツオチョコだよ!」

 

紗夜「出汁……。てっきり細かく刻んだカツオのお刺身でも入ってるのかと…。」

 

日菜「それだと日持ちしないし、溶かしたチョコで生煮えになっちゃうよ?」

 

紗夜「ありがとう、後で食べるわ。」

 

日菜「後で感想聞かせてね!それじゃあ、御先祖も探しに行かないと!」

 

そう言い残し、光の速さで日菜は教室を後にするのだった。

 

紗夜「忙しないわね…………美味しい。」

 

 

--

 

 

校庭--

 

千聖「有咲ちゃん………。」

 

有咲「千聖か……。どうしたんだ?」

 

互いに睨み合ったままその場を動かない。まるでこれから果し合いでも始まるかの雰囲気である。

 

千聖「……これをあげるわ。」

 

そう言って千聖はラッピングされた包みを有咲へ投げ渡す。

 

有咲「えっ、これってまさか……私にか!?何でだ!?」

 

千聖「理由は……一言では言えないけれど、初めて会った時から有咲ちゃんには色々と……。」

 

モジモジしながら千聖が話すなか、有咲は包みを開け入っていたチョコを一口頬張る。

 

有咲「お、美味しいぞ……。まさか…手作りしたのか?」

 

千聖「人が話している最中に物を口に入れるってどうなのかしら……。」

 

有咲「千聖が食べろって言ったんだろ!ったく…………美味しいよ、本当に。」

 

千聖「そ、それは良かったわね……。と、糖分は…適度に摂れば……体に良いって言われてるし……。」

 

有咲「わ、解ってるって………そんな事!私を誰だと………そ、その…あ、ありがと。」

 

必死に照れを隠しながら顔を真っ赤にして有咲は千聖にお礼を言い、

 

千聖「き、気に入ってくれて良かったわ……。」

 

千聖もまた顔を真っ赤にしながら返事を返すのだった。

 

 

--

 

 

夏希「ほうほう……照れながらも有咲さんと千聖さんの2人には確かな友情があるんですね………。」

 

そんな2人の様子をニヤニヤしながら遠目から眺めていた夏希。そこへ夏希を探していたイヴがやって来た。

 

イヴ「夏希さん…このチョコを受け取ってください。」

 

夏希「イヴさん!私にくれるんですか?嬉しいです!ありがとうございます!もう一個持ってるそのチョコは……あっ、もう1人のイヴさんにですね?」

 

イヴ「それも考えたのですが、いつ出てくるのか分かりませんし、手作りのチョコは日持ちしないと日菜さんが言ってましたから。ですから、これはもう1人の渡したい人に……。もう1人の私には諦めます……1人2個までとの決まりがありますから。」

 

少し悲しげにイヴは答える。

 

夏希「イヴさん、そんなにしょんぼりしないでください。市販のチョコだったら長持ちしますよね?」

 

イヴ「え?」

 

夏希「ルールより気持ちが大事ですよ!今から一緒に買いに行きませんか?もう1人のイヴさんのチョコ。」

 

イヴ「一緒にですか…?」

 

夏希「もちろんです。2人で選べばルール違反の罪も半分こです!ね?行きましょう!」

 

そう言いながら笑って手を前に差し出した。そしてその手をイヴは取り、

 

イヴ「はい……。夏希さん、ありがとうございます。」

 

2人は手を繋ぎながらチョコを探しに校庭を後にする。そんな姿を有咲と別れた千聖は遠巻きから眺めていた。

 

千聖「良かったわね………イヴちゃん。夏希ちゃんと友達になれて。」

 

 

 



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チョコは約束の証

バレンタイン編その2。

チョコ--それはそれぞれが心に思っている気持ちを伝える為の手段。
そしてそれは約束の証--




 

 

2/13、牛込宅--

 

明日のバレンタインに備え、りみはゆりに手伝ってもらいながら渡す為のお菓子作りに勤しんでいた。

 

ゆり「そうそう。材料はmg単位できっちり計ってね。」

 

りみ「そうなんだね……。お姉ちゃん、いつもご飯を作る時は調味料とか目分量なのに、今日は違うの?」

 

ゆり「お菓子作りで目分量は絶対にやっちゃダメ。それだけ繊細だと思って作った方が良いよ。」

 

りみ「うん!………んん〜…バターが硬くて切れないなぁ。」

 

ゆり「そう言う時はバターナイフを少し火で炙って温めてからだとすんなり切れるよ。」

 

言う通りにやってみると、さっきまでびくともしなかったバターがいとも簡単に切る事が出来た。

 

りみ「…………凄いなぁ、お姉ちゃんは。」

 

ゆり「どうしたの?今更。」

 

りみ「私考えてたんだ。お姉ちゃんって、今の私の歳には家事全般ちゃんとマスターしてたんだなって。」

 

ゆり「………そうだね。」

 

大橋の事故で両親を亡くし、たった2人で生きていかなければならなくなった牛込姉妹。りみに苦しい思いをさせない為に、ゆりは必死で家事全般を覚えていった。

 

りみ「だから私もそうなると思ってたんだけど、全然無理。だから、お姉ちゃんは凄いよ。」

 

ゆり「バカだな。良いんだよ、りみは。ゆっくり伸び伸びと育ってくれれば。」

 

りみ「そんなのヤダよ。私も早くお姉ちゃんの隣に並びたい。」

 

ゆり「いつだっているじゃん、横に。ホラ、卵といて。」

 

りみ「うん!」

 

横で必死に卵をといているりみを見ながらゆり小さな声で呟く。

 

ゆり「………もうとっくに私なんか追い越してるよ、りみは。私なんかより……ずっとおっきい。」

 

りみ「ん?何か言った?」

 

ゆり「何でもない。それにしてもりみがマカロン作りたいって言うなんてねー。」

 

りみ「えへへ。女子力高いでしょ。」

 

ゆり「うんうん。誰にあげるの?」

 

りみ「今年は小学生の沙綾ちゃんにあげるつもり。いつもサポートしてもらってるから。」

 

ゆり「そっか。私もいつもお世話になってますって、するべき?」

 

りみ「や、止めてよぉ……。」

 

ゆり「あはは、うそうそ。」

 

りみ「でも、残りのもう一個はもちろんお姉ちゃんにあげるよ?」

 

ゆり「私は残りかぁ……。」

 

りみ「い、今のは言葉の綾だよぉ!」

 

ゆり「解ってるよ、冗談。私はりみの愛、いつだって忘れてないからね。」

 

りみ「うん。私もだよ、お姉ちゃん。」

 

 

---

 

 

2/13、深夜。勇者部部室--

 

真夜中の誰もいない部室。そこへやってくる二つの人影。

 

リサ「一体どうしたの、友希那?こんな真夜中に部室を調べたいだなんて。」

 

友希那「夕方花園さんが何やら部室でゴソゴソとやっていたのよ。それで何か変な胸騒ぎがしたの。」

 

先祖と子孫で何か繋がるものがあるのだろう。

 

リサ「まさか……いくら何でもそこまで…。」

 

友希那「………そこよ。」

 

感覚を研ぎ澄ませ、友希那は部室の死角である棚に手を伸ばした。

 

リサ「こ、これは………隠しカメラ!しかも人感センサー付き!?」

 

友希那「やっぱりね…。そして机の裏にはきっと………あったわ、盗聴器ね。」

 

リサ「たえは用意周到だなぁ……。思わず感心しちゃうよ。」

 

友希那「まだ何か仕掛けてあるかもしれないわ。今夜中に全部探し出すわよ。」

 

その時、リサがとんでもないもの、いや、人を見つける。

 

リサ「友希那………。」

 

友希那「これは………想定外ね…。」

 

中たえ「………zzz。」

 

2人が見つけたのは寝息を立てて寝ているたえだった。

 

友希那「全く……こんな所で幸せそうに寝ているなんて仕方が無い子孫ね……。」

 

ロッカーから毛布を取り出して友希那はたえにかけてあげた。

 

リサ「そう言いつつも、ちゃんと毛布をかけてあげるんだね。ふふ……。」

 

友希那「………良いかしら、リサ。私はあなたに謝らないといけない事があるの。」

 

リサ「どうしたの?」

 

友希那「明日のバレンタインの事なのだけれど…。」

 

リサ「大丈夫だよ。他の人にどれだけ大量にチョコを貰っても、私がお礼するから。」

 

友希那「そっちでは無く……。いや、それもごめんなさい。けれど今年、私は花園さん達にあげたいと思っているの。だから2人に渡してしまうとリサの分が……。」

 

最後まで言おうとしたところでリサが友希那の口に人差し指を当てた。

 

リサ「しー………。」

 

友希那「リサ……?」

 

リサ「私に謝る必要なんか全然ないよ。ちゃんと解ってるから。」

 

友希那「そう……。いつもありがとう。」

 

リサ「その代わり、ホワイトデーは期待しちゃうよ。」

 

友希那「ええ、もちろんよ。」

 

リサ「友希那………。」

 

友希那「リサ………。」

 

2人は暗闇の中、静かに抱き合ったのだった。

 

 

---

 

 

2/14、勇者部部室--

 

花音「やっと見つけました、ゆり先輩。」

 

ゆり「花音ちゃん。どうしたの?」

 

花音「これ、バレンタインのチョコです。受け取ってください。」

 

ゆり「わぁ、ありがとう!開けていい?」

 

中に入っていたチョコは、ホワイトチョコに蜜柑の粒を混ぜ込んだ山吹色のお菓子。

 

ゆり「美味しそう!それじゃあ1つ……。」

 

口へと運ぼうとした矢先、部室のドアが勢い良く開き、

 

美咲「ちょっと待ったー!」

 

中たえ「ちょっと待ったコールだ!!」

 

ゆり「美咲ちゃん……。もしかして美咲ちゃんも私に?」

 

美咲「ごめんなさい、違うんです。私は花音さんに渡しに来たんです。」

 

そう言って美咲はピンクの熊が描かれたラッピングを花音に手渡した。

 

花音「ふぇ!?私に!?」

 

美咲「はい、花音さんの生存本能にはいつも助けられてますからそのお礼--」

 

蘭「ちょっと待った…!」

 

美咲がチョコを渡そうとした直後、更に1人、蘭が全く同じ言葉を放ちながらドアを開け部室へやって来たのだ。

 

中たえ「ちょっと待ったコールアゲイン!!」

 

花音「ふぇええ!?もしかして蘭ちゃんも私に!?」

 

蘭「すみません、花音さん。私のチョコは美咲へなので…。」

 

美咲「へ……?私?」

 

蘭「勿論。いつも畑仕事とかお世話になってるから。」

 

モカ「らーんー。それは良いんだけど、ちょっと待ったの使い方違くない?」

 

蘭「え?」

 

モカ「普通は相手が被ってる時に言うじゃない?」

 

蘭「はっ………!」

 

友希那「……それにもう一つ言わせてもらって良いかしら?」

 

ゆり「なになに?」

 

友希那「折角部室に花園さんを留めているのに、どうしてみんなここに来てやり取りしているのかしら?」

 

ゆり「あははは………。それは確かにそうだね…。」

 

 

---

 

 

校庭--

 

香澄・高嶋「「赤嶺ちゃんに私達から!」」

 

赤嶺「戸山ちゃんと…高嶋先輩から?」

 

香澄「高嶋ちゃんのチョコ枠を使って共同にしたんだ。」

 

高嶋「たえちゃんがそうしても良いって言ってたんだ。」

 

赤嶺「ありがとう……。後、これ私から……。」

 

少し照れながら赤嶺は香澄にチョコを手渡した。

 

赤嶺「これ、2人で半分こして食べて。」

 

香澄・高嶋「「赤嶺ちゃんから!?」」

 

赤嶺「うん。お返しって訳でも無いけど、どうしても2人には渡したくて。」

 

香澄「やったー!やっと仲間になれたもんね!赤嶺ちゃーん!!」

 

高嶋「私もー!!」

 

嬉しさのあまり香澄は達は赤嶺に抱きつく。

 

高嶋「あはは!今まではバーテックスしかくれなかったもんね。」

 

赤嶺「あ、もしかしてそれの方が良かった?まぁ、毎回気持ちは込めてたけど。」

 

香澄「あれも愛?」

 

赤嶺「多分ね。」

 

高嶋「きっと愛だよ!」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「あははは!!」」」

 

 

---

 

 

一方その頃、勇者部部室前--

 

中たえ「みーなさーーーん!!勇者部湊友希那はここにいまーーーす!!」

 

何とトイレへ行こうと友希那と廊下へ出た途端、たえが大声で叫び友希那のファン達を呼び寄せ、脱出を図ろうとしたのである。

 

友希那「なっ、花園さん!?」

 

すぐに大勢のファン達が雪崩のように友希那目掛けてやって来る。

 

女生徒1「えっ!湊さん!?ずっと探してましたーー!!」

 

女生徒2「友希那さん、チョコレート受け取ってください!また是非、剣道部の助っ人に!」

 

女生徒達「「キャー湊さんよ!湊さんがいたわ!キャーキャーキャー!!」」

 

まるで星屑の様に雪崩れ込んでくる女生徒の大群に友希那は恐れ慄いてしまう。

 

友希那「ちょ……ちょっと待っ…!?」

 

 

--

 

 

二階、空き教室--

 

高嶋「紗夜ちゃん……怒ってる?赤嶺ちゃんにチョコあげちゃった事。」

 

紗夜「怒ってはいませんよ。高嶋さんは…誰にでも優しい人だと知っていますから。」

 

高嶋「ホント?」

 

紗夜「ええ。私は……そんな高嶋さんだからこそ…。」

 

高嶋「え?」

 

紗夜「………いいえ、何でもありません。私は……忘れられてないでしょうかと思ってしまって…。」

 

高嶋「…忘れる訳ないよ。」

 

紗夜「え?」

 

高嶋「紗夜ちゃんへのチョコ、忘れるはずないでしょ?はい、どうぞ。徹夜で作ってきたんだ!」

 

宝箱を模した箱を紗夜へ渡す。

 

紗夜「て、徹夜ですか!?そんな……高嶋さん、ダメですよ!私には徹夜を禁じたあなたが……。」

 

高嶋「いーの!今日は特別な日なんだし、紗夜ちゃんに気持ちを伝えたかったから。」

 

そう言われ、紗夜は顔を真っ赤にして動揺してしまう。

 

紗夜「た、高嶋さん…!い、今なんと…?」

 

高嶋「え?特別な日?」

 

紗夜「た、高嶋さんの……き、気持ちだと…。」

 

高嶋「うん!それをチョコレートに込めたんだ。」

 

恐る恐る紗夜は宝箱を開けてみる。するとそこには、星や音符、ハテナマークにビックリマーク等の色々な記号が沢山詰まっていたのだ。

 

高嶋「気持ちを表す形をぜーんぶ入れたんだ!楽しい、嬉しい、驚き、キラキラ。全部ね!」

 

紗夜「ふふっ……高嶋さんらしいです。とっても。」

 

高嶋「本当は全部味を変えたかったんだけど、そこまでは無理だったんだ……ごめんね。」

 

紗夜「謝る事なんてありません。私は…市販のチョコで芸が無いですし……。」

 

高嶋「私にくれるの?市販のでも全然嬉しい!じゃあ、ここで一緒に食べちゃう?」

 

紗夜「そうですね。ですが……これだけあるとどの形から食べようか迷いますね……。星形…音符…花丸……あら?底に一つだけ違う形がありますね。」

 

高嶋「…………。」

 

宝箱の底にあった形とは--

 

紗夜「こ、これは……ハ、ハート!?」

 

高嶋「なんと 勇者紗夜 は "高嶋のハート" を 手に入れた!」

 

紗夜「っ!!!?」

 

高嶋「なーんてね♪」

 

紗夜「…そ、そして勇者紗夜 が レベルアップです!紗夜 の 勇気が1上がりました!」

 

高嶋「勇者が?」

 

そして紗夜は勇気を振り絞り高嶋へ今の気持ちを伝える。

 

紗夜「わ、私は……高嶋…さんの事が……だ…大……す…。」

 

"大好き"。そう言いかけた時だった--

 

女生徒達「「キャーキャー!待ってーー!湊さーーーん!私のチョコをーーー!!!」」

 

大勢の女生徒に追われている友希那が、紗夜達がいる教室の廊下の前を勢い良く通り過ぎて行ったのだ。

 

高嶋「何か騒いでる!って…友希那ちゃん!?何だろう?紗夜ちゃん、行ってみようよ!」

 

友希那を追いかけ高嶋は教室を出て行ってしまう。

 

紗夜「く………ど、どうしてですか…湊さん……!はぁ…。」

 

 

---

 

 

勇者部部室前、廊下--

 

先程、もう1人のイヴの為にチョコを買いに行っていた夏希とイヴが、商店街から戻って来ていた。

 

イヴ「ありがとうございます…夏希さん。付き合っていただき。」

 

夏希「良いんですよ。困ったなぁ…私がお礼をしようと思ってたんですけどね…。」

 

イヴ「夏希さん?」

 

そう言って夏希はイヴにチョコを手渡す。

 

夏希「これ、イヴさんともう1人のイヴさんで半分こして食べてください。」

 

イヴ「私達にですか…?」

 

夏希「きっと、同い年の私がいたら対等に話せてたんですけど……ここにいる私はまだ小学生ですから。気を遣ってくれてますよね、いつも。」

 

イヴ「……………。」

 

イヴは何も言わなかった。自分の未来を知っていても、その未来を変える為に今も必死で抗い続け、それでも笑顔で接してくれる夏希にイヴはかける言葉が見つからなかった。

 

夏希「……そう悲しい顔をしないでください。だから、これは元の世界に戻ったら隣のクラスのイヴさんと友達になる約束の証です。」

 

イヴ「……っ!」

 

夏希「だから今後とも宜しくお願いします!」

 

イヴ「ありがとう……ございます。もう1人の私にも、確かに伝わったと思います。それでは、今日はありがとうございました。」

 

イヴと別れた夏希。そこへ沙綾がやって来る。

 

中沙綾「……………夏希。」

 

夏希「沙綾さん?どうしたんですか?」

 

涙目を必死で拭いながら沙綾は夏希を抱きしめた。

 

中沙綾「ううん………どうしてもチョコを渡したくてね。はいこれ、私から。」

 

夏希「やったぁ!!」

 

中沙綾「………夏希は本当に凄いよ。その小さな身体で周りに元気をいっぱいくれて……。前の戦いでも最後まで必死に頑張ってくれてみんなを……私達を守ってくれた…。」

 

夏希「それだけが私の取り得ですからね。」

 

中沙綾「夏希がくれる元気や勇気に……私は何一つ…お返しが出来てないよ。」

 

夏希「沙綾さん……何言ってるの。そんなもの、必要ある?」

 

夏希は沙綾を優しく撫で諭す様に呟く。まるで小学生の沙綾に言うかの様に優しく温かい言葉で。

 

中沙綾「え?」

 

夏希「お返しなんていらないんだよ。それが友達ってものでしょ?」

 

その言葉に耐えきれず、沙綾は涙が溢れてしまう。

 

中沙綾「………く……っ、ぅ………。」

 

夏希「泣いてる!?やっぱ大人になると涙脆くなるってホントなんだね。」

 

中沙綾「あはは…それは言い過ぎだよ、夏希。じゃあ、私はまだ用事があるから………またね。」

 

夏希「はい!」

 

沙綾と別れ、夏希は貰ったチョコを開けてみる。

 

夏希「どんなチョコなんだろ……これって!」

 

夏希が貰ったチョコには勇者装束姿の夏希が彫り込まれていた。

 

夏希「勇者の私だ!分厚い板チョコに彫ってあるんだ……!」

 

チョコを再び包みに戻し、沙綾が去っていった方向を見つめる。

 

夏希「………………またね。」

 

 



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愛のカタチは人それぞれ

バレンタイン編の最後になります。

次回少し間が空いてしまうかもしれませんがご了承下さい。
いつも読んで頂き本当にありがとうございます。




 

 

浜辺--

 

六花「あっ、赤嶺ちゃんいましたよ!」

 

波打ち際で黄昏ている赤嶺を見つけ、六花は駆け寄って来た。

 

赤嶺「どうしたの、ロック?」

 

六花「つぐみちゃんが赤嶺ちゃんに愛を届けたいんだって。」

 

つぐみ「そ、そんな事は言ってないですよー!」

 

あわあわと慌てながらつぐみは首を何度も横に振って否定する。

 

つぐみ「そ、それより…赤嶺ちゃんは薫さんにチョコを渡さなくて良いの?」

 

赤嶺「うん。今はお姉様と気兼ねなく一緒にいられるから、別に良いんだ。それよりも私は2人にあげたかったんだ。ロック、つぐちん。はい、半分こして食べて。」

 

つぐみ「ありがとう。それにしても、まさかこの世界に召喚されてまさかバレンタインを楽しむ余裕があるなんて思って無かったよ。」

 

六花「ありがとうございます、赤嶺ちゃん。半分こだとつぐみちゃんと私は恋のライバルですね。」

 

赤嶺「えー。私は2人とも大好きだよ?」

 

つぐみ「実は私も2人にチョコを用意……。」

 

そんな3人の元へ向こうから手を振りながら駆け寄って来る1人の姿が。

 

日菜「やっと見つけた御先祖様〜!!子孫の日菜ちゃんがチョコレートを持って来たよ〜!」

 

つぐみ「日菜さん……私の為にですか?早速頂きますね!」

 

日菜「口に合うと良いんだけど…。」

 

つぐみ「もぐもぐ……この味は…カツオ?それに後味に爽やかさをもたらすこれは…。」

 

日菜「柚子ピールだよ。やっぱりカツオと柚子は切っても切れない食べ合わせだから。」

 

つぐみ「創意工夫が素晴らしいです!流石は氷河家の子孫ですね!」

 

日菜「はぁ〜!その言葉だけで今までの苦労が報われるよ!」

 

つぐみ「勿論、私も日菜さんにチョコを用意してましたよ。どうぞ。」

 

六花「え?さっきチョコは私達2人にって言ってませんでしたっけ?」

 

つぐみ「ど、どの2人かとは言ってません!」

 

その言葉を聞いて赤嶺が笑顔で聞いてくる。

 

赤嶺「ふーん。じゃあ、1個は日菜ちゃん。後の1個は私とロックのどっち?」

 

つぐみ「そ、それは……。」

 

日菜「御先祖様、私は大丈夫だから2人にあげてよ。」

 

流石の日菜でもつぐみの友達である2人の為に遠慮してしまう。

 

六花「……ふふっ、冗談ですよ。日菜さんも座ってください。このバラエティパックを開けますから、みんなで食べましょう?」

 

4人は波打ち際から少し離れ、シートを敷いて座った。

 

日菜「バラエティパック!?」

 

赤嶺「ロック……天才?」

 

つぐみ「1人2個までしか渡せないのにバラエティパックだなんて……とんちが効いてるね。」

 

六花「たまたまだよ。たまたま今日のおやつがバラエティパックだったってだけ。さぁ、つぐみちゃんのチョコも混ぜましょう。そうすればみんな平等です!」

 

 

---

 

 

一方その頃--

 

友希那は迫る女生徒達の波に押しつぶされそうになっていた。

 

女生徒達「「キャー!湊さーーん!私のチョコレートを受け取って下さーい!!」」

 

友希那「お、お願いだから押さないで頂戴……!危ない…!」

 

そこへリサがタイミング良くやって来る。

 

リサ「友希那!?だ、大丈夫!?」

 

友希那「リサ!良い所へ来てくれたわ!花園さんを追うかこの状況を何とかして!」

 

リサ「たえを追ってって言っても……たえならそこにいるよ?」

 

指差した先には女生徒達の波に埋れているたえがいた。

 

女生徒達「「キャー!キャー!湊さん!!湊さん!キャー!キャー!!」」

 

中たえ「ま、まさか自分の撒いた種から出た芽が蔓となって自分に絡みついてくるなんて……。」

 

リサ「はいはい!うちの友希那にチョコを渡す人はこっちのノートにクラスと名前、住所、電話番号を書いてね!」

 

そう言い放った直後、さっきまで黄色い歓声を上げていた女生徒達が水を打ったように静かになる。

 

友希那「………?まだ誰かが腕を引っ張って……っ!?」

 

みんなの視線がリサへ向いている一瞬の隙に友希那は隣の図書室へと吸い込まれてしまったのだった。

 

 

---

 

 

図書室--

 

友希那「一体どういうつもりかしら……。」

 

紗夜「いくら怒鳴っても無駄です。この部屋は防音になっていますから……。」

 

腕を引っ張った者の正体は紗夜だった。紗夜は図書室の鍵を閉める。

 

友希那「それで、何かしら?」

 

紗夜「大勢の人に囲まれていて焦っていたので助けてあげたんです。」

 

友希那「そうだったの……。でも、今花園さんから離れる訳には…。」

 

紗夜「………………だからです。花園さんに覗かれたくありませんから………。」

 

友希那「え?」

 

紗夜「湊さん、今日は朝から花園さんにべったり。まさかそこまで監視し続けるとは思っていませんでした。」

 

友希那「紗夜?」

 

紗夜「頑固で……馬鹿正直で……生真面目で…………。私は…そんな湊さんが………嫌い……でした。」

 

友希那「でした?」

 

紗夜「ですが……嫌いなのと同じくらい……憧れて……嫌いなのと同じくらい……あなたの事が……。」

 

そう言って紗夜は小さな包みを手渡した。

 

友希那「この包みは?」

 

紗夜「…………っ!い、要らないのでしたら返してください!」

 

その反応で友希那は全てを察する。

 

友希那「まさか……チョコなの!?紗夜が……私に……!?」

 

紗夜「そ、そこまで驚く事ですか!?」

 

友希那「さっき散々罵っていたわよ!?」

 

紗夜「で、ですから……今は…前ほど………嫌いでは…ありません………。」

 

顔を真っ赤にして小さな声で紗夜は呟いた。

 

紗夜「勘違いしないでください!だからと言って……別に………好きと言う訳ではありません……。」

 

友希那「そ、それは解っているけれど………ダメ…もう我慢出来そうに無いわ……紗夜…。」

 

一歩。一歩づつ友希那は紗夜へ歩み寄って来る。

 

紗夜「ちょ………!何するんですか!?そ、そういう事は………こ、困……っ!」

 

友希那「ごめん…なさい……。昨夜から花園さんを見張っていて…一睡も……してなかっ……た…………zzzzz。」

 

見張っていたツケが今ここで来てしまったのだ。友希那は紗夜にもたれかかる様に目を閉じ眠ってしまう。

 

紗夜「ど……どうして私が密室で湊さんの枕にならないといけないんですか……!」

 

つい強く当たってしまいそうになるが、友希那の寝顔は安心したかの様に微笑んでいた。

 

紗夜「…………………はぁ。5分だけですからね………。」

 

 

---

 

 

廊下--

 

中たえ「はっ!友希那さんの気配が消えた。今の内だっ!」

 

女生徒達も散り散りになり、監視の目が外れたたえは勢い良く走り出した。

 

リサ「しまった!たえを逃したら友希那に申しわけが立たないよ。………こうなったら。」

 

リサは禁断の作戦に打って出る。

 

 

---

 

 

空き教室--

 

たえは自分のチョコを取りに戻った後、沙綾を教室へと呼び出していた。

 

中沙綾「えっ、おたえから私に?ありがとう!」

 

中たえ「良かったぁ。ゴタゴタしてたから一時はどうなるかと思ったよ。」

 

中沙綾「そのゴタゴタを使ってるのはおたえでしょ。」

 

中たえ「そうかもしれないけど、沙綾にはちゃんと渡したかったんだ。沙綾は私と同じ気持ちでいてくれる大切な友達だから。」

 

中沙綾「おたえ………。これからも、傍にいてね。頼りにしてるよ……。」

 

中たえ「私達はズッ友だからね……離れない。いつも一緒にいるよ。」

 

互いの気持ちを確かめ合う良い雰囲気を醸し出していたその時だった。

 

女生徒3「あっ、ここにいた!今井さん!花園さんを発見しました!」

 

リサ「ありがとね。後で友希那の生写真を1枚進呈しちゃうよ。」

 

何とリサは友希那の写真をダシに使い、女生徒達にたえを探させていたのである。

 

中たえ「無垢な女生徒を使って捕獲するなんて……極悪非道です!」

 

リサ「何とでも言って構わないよ。さ、行こうか。2度目は無いからね………?」

 

不敵な笑みを浮かべながらたえを連行する。

 

リサ「たえも捕らえたからみんなで体育館に移動しようか。さぁ、友希那ファンのみんな!一列に並んでついて来て!」

 

中たえ「沙綾ーーー!ズッ友ーーーー!!離れたくないよーーーー!」

 

 

---

 

 

花咲川中学、屋上--

 

真っ赤な夕日が空一面に広がっている。長かったバレンタインの1日ももう間も無く終わりを告げる頃、沙綾は香澄に呼ばれて屋上へ来ていた。

 

中沙綾「香澄、まだ来てないのかな……きゃっ!」

 

その時、誰かが後ろから沙綾を目隠しし直後、声が聞こえる。

 

?「だーれだっ!」

 

中沙綾「香澄!」

 

高嶋?「ハズレー!高嶋でーす!」

 

中沙綾「うーそ。」

 

赤嶺?「うん、当たり。本当は赤嶺香澄だよ?」

 

中沙綾「それも、うーそ♪」

 

香澄「あっれー!?どうしてバレちゃったんだろうなぁ。結構似てた筈なんだけど。」

 

中沙綾「ふふっ、無駄だよ。私が感知する香澄は世界で1人だけだから。」

 

香澄「そっかぁ。そっくりな人がいるのも嬉しいけど、1人だけって言われるのも嬉しい!そう言ってくれる沙綾に……じゃじゃーん!ハッピーバレンタイーン!!」

 

香澄は大きな瓶に入ったチョコを沙綾に手渡した。瓶の中には飴玉の様に一つ一つチョコが包まれている。

 

香澄「どれでも良いから、好きなの1つ選んで食べてみて!」

 

中沙綾「じゃあ……これ。」

 

包みを開けると、裏側に何か文字が書いてあるのを発見する。

 

中沙綾「これ、"遊園地"って書いてあるけど……。」

 

香澄「全部の包みにさーやと行きたい所ややりたい事が書いてあるんだ!」

 

中沙綾「えっ!?こんなに沢山あるのに!?全部で幾つあるの?」

 

香澄「365個!足りなくなると困ると思って…あはは。ちょっとやりすぎちゃった?」

 

中沙綾「ううん!足りない!全然足りないよ!今すぐ全部食べちゃいたいくらい!」

 

香澄「分かった!好きなだけ食べて。足りなくなったらいくらでも書くから!」

 

中沙綾「そんな香澄に私からもハッピーバレンタイン!」

 

香澄「うわぁ……!本物の写真みたい!」

 

沙綾が渡したチョコは夏希と同じ様にチョコに香澄とのツーショットが彫られているチョコ。だけど夏希のものと違うのは色が付いている点である。まるで本物の写真の様に精巧に色が塗られているのだ。

 

香澄「今すぐにでも食べたいけど……少しの間飾っておこうかな。じっくり見たいし、写真も撮りたいし!」

 

中沙綾「香澄の好きにしてね。私もそうするから。」

 

そう言うと沙綾は香澄から貰ったチョコを次々と食べ始める。

 

中沙綾「"映画""ボウリング""ショッピング"……!」

 

香澄「もうそんなに食べちゃったの!?」

 

中沙綾「だって、何が書いてあるか気になるから。ねぇ、1番の当たりって何?」

 

香澄「あっ、それはねぇ〜………秘密だよ♪」

 

中沙綾「意地悪だなぁ。鼻血出しても知らないからね。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

下校のチャイムが鳴り響く。残っている生徒も少なくなり、校内が閑散としてきた頃、たえはまだ友希那とリサに監視されていた。

 

中たえ「お、終わった………。終わってしまった……。」

 

友希那「そんな大袈裟に落ち込まなくても良いじゃない。」

 

中たえ「フルコースの料理で最初のスープを一口味わってから全部お預けにされた気分……。」

 

友希那「はぁ………受け取って頂戴。これは私からよ、花園さん。」

 

中たえ「え?」

 

リサ「そして、これは私からだよ。」

 

中たえ「で、でも……。」

 

友希那「思えば今まで私はあなたに何もしてあげられなかったわ。だからこれはその気持ちよ。」

 

リサ「私達2人で決めたんだ。」

 

中たえ「でもそれじゃあ2人はどうするんですか?」

 

リサ「良いんだよ、たえ。私達は毎日がバレンタインみたいなものなんだから。」

 

友希那「な、何言ってるのよ……。」

 

リサ「だってそうでしょ?少なくとも私は毎日友希那に惜しみない愛情を注いでるんだからさ。」

 

友希那「………解ってるわ。私も、片時もそれを忘れた事など無いわ。」

 

リサ「友希那………。」

 

友希那「リサ………。」

 

たえがいる目の前で抱き合う2人。それを目の当たりにしたたえは--

 

中たえ「おぉぉぉ………目が耳があぁぁぁ!」

 

急激なイチャラブ指数の上昇によりたえは悶え苦しむのだった。

 

友希那「はぁ……花園さんは賢いのかそうでないのか時々本気で分からなくなるわね…。」

 

リサ「良いじゃん。なんだかんだみんなたえの企画を楽しんでくれてるみたいだし。覗くのはともかくとして、楽しさを追求する姿勢そのものは見習わないとね。」

 

友希那「そうやってリサが甘やかすから、花園さんは調子になっちゃうんじゃないかしら?」

 

リサ「あはは!飴と鞭の両方が無いとバランス悪いじゃん。」

 

長かったバレンタインはこうして幕を閉じる事となる。まるで今この場の雰囲気は一家団欒かであるかの様な空気感を醸し出している。もしかすると友希那とリサは将来--

 

なんて事があるかもしれないのだった--

 

 



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全身全霊の勝負

"凶攻型"に打ち勝つ為それぞれが研鑽をする中、友希那とリサは大赦を通じてある企画を催すのだった--



 

 

大赦--

 

勇者達はこの前での戦いで起こった出来事に関しての話し合いの真っ最中だった。中立神の想定外の強さに大赦の力を借りざるを得なくなった為だ。

 

りみ「私大赦って初めて来た……。」

 

ゆり「普段は裏方仕事専門だから。勇者がここに来るって事は滅多に無いんだよ。」

 

大赦の仕事は専ら勇者のバックアップ。神世紀の今となっては大赦から派遣されて来ているゆりや有咲、トップであるたえぐらいでしかここを訪れる者は少ない。勇者部は大広間に通され、暫く待っていると1人の神官がやって来た。

 

神官「お待たせして申し訳ございませんでした。」

 

来るやいなや神官は地面に頭をつけ、出来る限りの敬意を込め平伏する。そうするのも無理はなかった。西暦時代の伝説の勇者"湊家"に巫女のトップである"今井家"、神世紀の英雄"赤嶺家"に現トップである"花園家"。並の大赦神官なら恐れ慄いてしまう程の人物達が今一つの場所に揃っているのだ。

 

中たえ「この人には私達のアドバイザーとして意見してもらうよ。」

 

神官「何かありましたら何でもお尋ねください。」

 

小沙綾(あれ?この声何処かで……。)

 

リサ「じゃあ、ざっとおさらいしようか。この前の御役目、北側と東側で"凶攻型"が出てきた…。」

 

赤嶺「うる覚えの記憶にあったんだ。造反神も同じのを作ろうとしたみたいだけど失敗したって。」

 

千聖「あんなのが出てきたら私達の御役目も失敗してたかもしれないわね……。」

 

つぐみ「"凶攻型"が出た瞬間に私達の体が動かなくなったよね…。」

 

友希那「ええ…。それに精霊も出せなくなり、憑依していた精霊の力も消えていた。」

 

香澄「私達の満開でも決定打にはならなかったけど……夏希ちゃん達はどうして勝てたの?」

 

夏希「私も土壇場で満開出来たんです。ですけど香澄さんの言う通り倒すまではいかなかった。でもその時私達の時代ならではのシステムが発動したんです。」

 

リサ「それって……。」

 

リサは神官に目線を切る。それを察した神官は勇者達に説明する。

 

神官「"鎮花の儀"です。」

 

中沙綾「"鎮花の儀"……。」

 

中たえ「そっか…その手があった。」

 

2人は合点がいっているようだが、他のみんなはポカンとしている。神官は再び説明を続けた。

 

神官「"鎮花の儀"は神世紀298年の勇者であった花園たえ様、山吹沙綾様、海野夏希様の勇者システムに備わっていたシステムであり、"完全型"を完全に殲滅する事が出来ない勇者の助けとなる様、一定のダメージを与えた際にバーテックスを撤退させるシステムです。この世界では御三方の勇者システムも最新型となっている為、今まで"鎮花の儀"が発動する機会自体がありませんでした。」

 

小たえ「確かに私達でもバーテックス倒せてきたもんね…。」

 

夏希「"鎮花の儀"のお陰で私達東側は事なきを得たんです。」

 

その後も話し合いは続き、"凶攻型"に関して次のような事実が判明する。

 

 

--

 

 

"凶攻型"

・勇者の動きを止める、精霊を封じる事が出来る。

・この2つは両立出来ない。

・"満開"は問題無く発動出来るが、決定打にはなっていない。

・寧ろ精霊の力があまり効かない。

・"鎮花の儀"で撤退させる事が可能。

・まだ不完全な可能性が高く、途中で消滅する可能性がある。

 

 

--

 

 

リサ「ざっとこんな感じだろうね。」

 

ゆり「北側じゃ私達の満開4人がかりでも倒せなかった……。固すぎる防御力にはまだ何かがあるんだろうね…。」

 

神官「それについてですが…調べたところどうやら"未知の物質"が関係しているかもしれません。」

 

彩「未知の物質って?」

 

神官「まだ詳しくは判明していませんが、神樹様に似たような力……ですが負の側面が強いです。」

 

中たえ「負の力……。つまり精霊の力が相殺されてるって事かな。」

 

友希那「だから満開も効きにくかったのね…。」

 

現状勇者達が"凶攻型"に対抗する手段は"満開"しか無く、その満開も出来るのは神世紀勇者部の6人と友希那、夏希の8人のみ。そしてその満開でも決定打にはならず、対抗策は"鎮花の儀"だけ。

 

中たえ「切り札は夏希……。」

 

夏希「……そうなりますね…。」

 

友希那「海野さんは何があっても守らなくてはいけない…。」

 

彩「そしてもう一つの重要な事。高嶋さんが顕現させた精霊の二重憑依…。」

 

美咲「一度に2体の精霊を憑依させるって事だよね?それなら前の御役目の時に私が薫さんにやった事と同じ?」

 

薫「そうかもしれないね。」

 

モカ「でもその時は美咲ちんの精霊は美咲ちん、瀬田さんの精霊は瀬田さんがそれぞれ制御してたんでしょ?」

 

美咲「確かに…。そっか、今回は高嶋さん自身が持つ"一目連"と"酒呑童子"2体の精霊を自分の力だけで制御してるって事か。」

 

付け加えるのならば片方の精霊は通常より上位の精霊である。負担が大きい事は想像に難くない。リスクが無い異世界だから出来る所業なのだ。

 

あこ「現状でこの二重憑依が出来るのは美咲の"コシンプ"の力を借りるか、精霊を2体持っている香澄しか出来ないって事?」

 

中たえ「いや…それも私達なら出来る筈だよ。」

 

香澄「おたえ?」

 

中たえ「忘れちゃった?私達は元の時代で散華した後に精霊が増えてる筈だよ。」

 

香澄「そっか!」

 

香澄達は端末を取り出し精霊を呼び出した。香澄は"火車"、沙綾は"川蛍"、ゆりは"鎌鼬"、りみは"雲外鏡"、たえは"両面宿儺"、そして有咲は"鬼童丸"だ。

 

燐子「こんなに……凄いです…。」

 

中たえ「本来であれば私達はもっと沢山いるんだけど出せるのはこれが限界みたい。」

 

紗夜「もっととは?」

 

中たえ「香澄達は全部で4体、有咲と沙綾は5体、私は21体だよ。」

 

その数字を聞いた面々は驚愕する。精霊が増える事がどのような事を意味するかを理解しているからだ。満開も散華のリスクが無い異世界だからこそ何度も使用出来ている。

 

蘭「みんなも潜り抜けてきた修羅場が違うんだね。」

 

有咲「それはこっちの言葉だ。」

 

中たえ「精霊バリアも持たず戦い続けてきた御先祖様達の方がよっぽど凄いよ。」

 

その後も会議は続き、当面の目標は勇者達の戦力増強、特に香澄達の精霊特訓と"鎮花の儀"が使える沙綾とたえ、小学生組の満開修得に時間を費やす事となった。

 

 

---

 

 

次の日、大赦訓練施設--

 

ここでは香澄達がもう一つの精霊を使いこなせるよう特訓をしていた。

 

香澄「はぁぁぁあっ!勇者キーーック!!」

 

炎を纏った飛び蹴りが訓練用精霊に命中、爆音が施設に響き渡る。

 

香澄「けほっ……けほっ…。」

 

有咲「やり過ぎだーー!」

 

香澄「うぅ……ごめーーん!」

 

中たえ「香澄は問題無く使いこなせてるみたいだね。」

 

中沙綾「元の世界でも使いこなしてたしね。」

 

そう言う沙綾はたえと会話をしながらファンネルを遠隔操作し動く的を的確に射抜いていた。

 

中たえ「そういう沙綾もでしょ。」

 

中沙綾「おたえだって。」

 

中たえ「えへへ…。」

 

香澄「あーー!おたえが2人いる!?」

 

香澄の目の前にはたえが2人に分身していた。これがたえの精霊"両面宿儺"の力。2倍にする力である。

 

中たえ「武器や、力。こうやって自分の存在だって2倍に出来るんだよ。」

 

中たえ「さすが切り札って言われるだけあるね。」

 

3人の特訓は順調に進んでいた。一方他の3人は--

 

ゆり「きゃっ!?」

 

真空の刃が明後日の方向へ飛んで行きゆりは尻餅をついてしまう。そしてその刃が有咲の頬を掠めた。

 

有咲「っ!?あっぶねー………。」

 

ゆり「痛たた……ごめんね、有咲ちゃん。」

 

有咲「ったくー。しっかりしろよなー部長。」

 

ゆり「そうは言ってもコツが中々掴めないんだよね…。コツあります?師匠。」

 

高嶋「師匠って!?私なんかまだまだ……。」

 

ゆり「そんな謙遜しなくても。」

 

ゆりは同じ風を操る精霊を持つ高嶋に指南を受けていた。一応高嶋の付き添いで紗夜もいる。

 

高嶋「風はビューンって感じじゃないですか。だからそれをもっとグワーっとしてシュピーンってやるんです。」

 

有咲「分っかんねえよ……。」

 

と有咲は思っているが、

 

ゆり「成る程……。確かにその方がやり易いかも。」

 

有咲「分かるのかよ!?」

 

ゆり「何となくね。」

 

紗夜「風は万能です。先程の様に刃にもなりますし、圧力をかければ仲間を守る盾にもなります。攻防が一体となっているゆりさんにとっては相性が良いかもしれませんね。」

 

ゆり「守るか……。」

 

脳裏に浮かんだのは先の戦いでなす術もなく倒れて行く仲間の姿。

 

ゆり(みんなは私が守る!それが部長のやるべき事だもんね。)

 

ゆり「よし!特訓再開!」

 

高嶋「頑張りましょう!」

 

 

--

 

 

勇者達がそれぞれ特訓を開始してから1週間が経った頃--

 

香澄「神官の人から急に呼び出されたけど、何かあったのかなぁ。」

 

千聖「急な神託でもあったとか?」

 

中沙綾「そんな神託はありませんでしたけど……。」

 

香澄達勇者部は大赦へと呼ばれていた。暫く待っていると神官が何故か友希那とリサと一緒にやって来る。

 

中たえ「あれ、御先祖様?」

 

神官「皆様が特訓を始めてから暫く経ちました。そんな時に湊様から提案があったのです。」

 

紗夜「湊さんからの提案……。もしかして…。」

 

友希那「模擬戦よ。」

 

香澄達「「「模擬戦!?」」」

 

友希那「そうよ。私達は元の時代では良く仲間内でやっていたの。特に戸山さん達を中心に勇者部同士の模擬戦をこれから開催するわ。」

 

今回の模擬戦の中心となるのは香澄達神世紀勇者部の6人。それぞれが各1名、自分が戦いたい相手を選び真剣勝負を行う。武器は木製を使い満開の使用は禁止、だが特別に精霊の使用が許可されている。

 

花音「ほっ………。私達は今回は見学なんだね。」

 

痛い思いをしなくて済むとホッと胸を撫で下ろす花音であったが。

 

リサ「勿論選ばれなかった人達もまた後日模擬戦があるかもしれないから気を抜かないでよ?」

 

花音「ふぇぇ〜〜!?」

 

友希那「それでは戸山さんから戦いたい相手を選んで頂戴。」

 

香澄「うーーーーん………高嶋ちゃん!」

 

高嶋「私?

 

香澄「赤嶺ちゃんとは敵同士だったけど前に一騎討ちした事あったから、今度は高嶋ちゃんと勝負してみたいなって。」

 

高嶋「その勝負受けてたちましょう!」

 

香澄「負けないよ!」

 

リサ「次はゆりさんです。」

 

暫く考えた後、ゆりは1つ提案をする。

 

ゆり「りみ、私と一緒に燐子ちゃんとあこちゃんと勝負しない?」

 

りみ「2対2って事?」

 

あこ「それ良いかも!りんりん、やろうよ!」

 

燐子「うん…。友希那さん…それでも大丈夫ですか…?」

 

友希那「勿論よ。これは面白くなりそうじゃない。」

 

あこ「私達の力をドーン、バーンと見せてあげる!」

 

ゆり「あこちゃん達のコンビネーションと私達姉妹の絆の力、どっちが強いか勝負だよ!」

 

次に対戦相手を選ぶのは沙綾。

 

中沙綾「私は…美咲かな。相手してくれる?」

 

美咲「これはまたどういう風の吹き回し?」

 

中沙綾「遠距離近距離、両方に素早く対応出来る美咲と戦えば私ももっと強くなれそうかなって思ったんだ。」

 

美咲「……こりゃ手は抜けませんな。」

 

 

--

 

 

有咲「次は私か……。」

 

中たえ「有咲は一択じゃないの?」

 

有咲「それもそうだな……。千聖!相手してもらおうか!」

 

イヴ「まぁ、こうなる事は予想出来た事だな。」

 

千聖「あら、強気のご指名ね。良いわ、返り討ちにしてあげる!」

 

リサ「最後はたえだね。」

 

中たえ「私は……御先祖様。友希那さんに勝負を申し込みます。」

 

赤嶺「伝説の初代勇者と現代最強の勇者の模擬戦……。」

 

つぐみ「見物になりそうだね。」

 

神官「それでは組み合わせは次の通りとなります--」

 

 

・戸山香澄vs高嶋香澄

・牛込ゆり、牛込りみvs宇田川あこ、白金燐子

・山吹沙綾vs奥沢美咲

・市ヶ谷有咲vs白鷺千聖

・花園たえvs湊友希那

 

 

神官「以上の5試合となります。尚、模擬戦開始は3日後。試合は2試合同時進行で行います。」

 

己をスキルアップさせる為に始まった勇者同士の模擬戦。前に河原で戦った帰るか残るかを懸けて戦った悲しい勝負では無い。勇者達の互いに胸を借りる覚悟で全身全霊を尽くす勝負が始まろうとしていた--

 

 



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意地と本気の張り合い〈前編〉

模擬戦前半戦です。香澄vs香澄、沙綾vs美咲。戦いの中で"牛鬼"の力が明らかに--

描写ぐだぐだご容赦ください。



 

 

模擬戦当日--

 

ここは大赦地下にある戦闘訓練施設。対人戦闘用に"赤嶺家"がかつて作らせた大赦で1番広い部屋である。様々な場所での戦闘を想定出来るよう、コントロールパネルで岩場や浜辺、山岳等好きな場所を設定する事が出来る。

 

神官「それでは只今より模擬戦第一試合、戸山香澄様vs高嶋香澄様、及び第二試合、山吹沙綾様vs奥沢美咲様の試合を始めます。第一試合は施設地下一階、第二試合は施設地下二階で行われます。」

 

名前を呼ばれた4名はそれぞれ位置につき両者見合って構えをとる。

 

香澄「胸を借りるつもりで行くね、高嶋ちゃん!」

 

高嶋「どんと来い!戸山ちゃん!」

 

 

--

 

 

美咲「まあ、指名されたからにはしっかりやりますよ。」

 

中沙綾「宜しくね、美咲。」

 

 

--

 

 

神官「勝敗はどちらかが戦闘不能になるか"参った"と言うまで。それでは……試合開始です。」

 

恙無く説明が済まされ試合開始のゴングが鳴る。両試合戦うフィールドは岩場。すぐに試合が動いたのは香澄達だ。

 

香澄・高嶋「「勇者ぁ………パーーンチ!!」」

 

両者手始めに放った勇者パンチがぶつかり合い大気が震える。奇しくもこの光景はかつての赤嶺との一騎討ちと同じだった。

 

香澄「ぐ…ぐぬぬぬっ……。」

 

高嶋「初手は互角………だけど!」

 

パンチが拮抗したと悟るやいなや、高嶋は足技に切り替え香澄の足をはらい体勢を崩しにかかった。

 

高嶋「足元がお留守だよっ!」

 

香澄「うわっ!?」

 

体勢が崩された香澄に対し高嶋は容赦無く腹部にパンチを当て、香澄は吹き飛ばされて岩盤に激突する。

 

香澄「うぐっ……!」

 

高嶋「でりゃあぁぁ!」

 

香澄「まだまだぁ!」

 

怯んだ香澄に追撃を仕掛ける高嶋。しかし香澄はそれを紙一重で躱してカウンターを仕掛けクリーンヒット。

 

高嶋「うっ……!?」

 

吹き飛ばされるものの、何とか体勢を整え再び構えをとる両者。一瞬でも気を抜けば一気に試合終了まで持っていかれる勝負に見ている勇者達にも緊張がはしる。

 

 

--

 

 

紗夜「高嶋さん!?」

 

友希那「流石は戸山さんね。顔面に来たパンチを受け止めるのではなく躱して香澄に一発お見舞いするなんて。」

 

赤嶺「先輩……高嶋ちゃんも源流なだけあって流石だけど、戸山ちゃんも全然負けてない。寧ろ追い抜くまであるかもね。」

 

 

---

 

 

一方地下二階、沙綾vs美咲--

 

中沙綾「くっ……!」

 

美咲「ほれほれ!そんなに逃げ回ってたら勝負にならないよ。」

 

遠距離から次々に槍を投擲する美咲。沙綾も負けじとライフルで応戦するものの、槍の重い一撃を逸らす事が出来ずに躱すだけで精一杯になっていた。

 

中沙綾(私と美咲との距離はざっと見ても10m以上は離れてる……。それを何も無しに肉眼で動き回る私を正確に狙ってくる美咲の視力がずば抜けている……。)

 

実際沙綾もその気になれば槍の軌道を逸らす事なら難なく出来るのだが、ライフルの特性上止まって狙いを定めないとしっかりとした威力を出す事が出来ないのだ。

 

中沙綾(近付く隙を作る……それなら!)

 

沙綾は岩陰に隠れ"川蛍"を召喚し武器をライフルから遠隔誘導攻撃端末…ビットへと切り替える。

 

中沙綾(このビットでなら…!)

 

4機のビットが四方に展開し美咲に狙いを定める。

 

美咲「え?」

 

ビットからレーザーが照射され美咲はそれを躱すのに気がとられてしまう。訓練用の為当たっても少しの衝撃があるだけで痛みはそれほど無いのだが、体は反射的に攻撃を躱してしまう。

 

美咲「ちょっ!?こんな攻撃あり!?」

 

中沙綾「これも精霊の力だよ。今のうち!」

 

狼狽えている隙に岩陰から岩陰へと移動し徐々に沙綾は美咲との距離を詰めていく。

 

 

--

 

 

りみ「沙綾ちゃん、接近戦出来るのかなぁ。」

 

ゆり「どうなんだろう……って、問題無さそうだよ。」

 

りみ「え?」

 

何かに気が付いたゆり。沙綾の手に持つライフルの先に木剣が括り付けられていたのである。

 

 

--

 

 

ビットに気を取られているうちに剣先が届く間合いまで近づいて来た沙綾。だが、美咲は四方八方から降り注ぐ光弾を槍で捌きつつ沙綾の攻撃に対処していく。

 

中沙綾「くっ……。ここまでの攻撃でも詰めきれない…!」

 

美咲「……っと!私も美竹さんとまではいかないけど、1人で戦い抜いてきたから……ねっ!」

 

と言うものの、実際のところ美咲は極寒の大地で広範囲を1人で守りつつ、何も無い時には穴を掘り続けてきた。敵を捌く能力は蘭に若干劣るものの、体力と持久力に関して言えば蘭の数倍上をいく。

 

美咲「それに……はぁっ!」

 

ビットを槍で弾き柄の部分で沙綾を突き飛ばす。

 

中沙綾「きゃあっ!?」

 

美咲「バリアの無かった頃の私は1発1発の攻撃が致命傷になっちゃう。だから危機回避能力も優れてる……よっ!」

 

槍を沙綾へと投げ飛ばす。威力は低いとは言えもの凄い速さで向かってくる槍を受ければかなりのダメージを負ってしまう。

 

中沙綾「っ!?避けられない……!」

 

 

---

 

 

地下一階、香澄vs高嶋--

 

香澄「はぁ……はぁ………。」

 

高嶋「はぁ……ふぅ…。」

 

勝負はほぼ互角と言っても過言では無い。片方がパンチを繰り出せば、もう一方もパンチで応戦し、キックを繰り出せば、キックで相撃つ。

 

香澄「撃ち合いじゃ勝負がつかない……こうなったら……。」

 

高嶋「精霊同士のぶつかり合いだよ……。」

 

香澄は"牛鬼"と"火車"を。高嶋は"一目連"と"酒呑童子"を共に呼び出した。先に動いたのは高嶋の方。

 

高嶋「行くよ、戸山ちゃん!これが私の今の全力!力を貸して!"一目連"!"酒呑童子"!」

 

精霊の二重憑依を成し遂げる高嶋。木製の手甲の為、大きな変化は無いが"酒呑童子"の禍々しいオーラを放ちつつその周りを"一目連"の風が包み込んでいた。

 

 

--

 

 

紗夜「これが高嶋さんの今の全力……。」

 

赤嶺「前に戦った時よりずっと強くなってる……。」

 

 

--

 

 

大気が震えビリビリと焦がす様なオーラが対面にいる香澄に伝わっていた。

 

香澄「凄い…凄いなぁ、高嶋ちゃんは。強くなる為に、みんなを守る為にいつも一生懸命で……。だけど、私だって…。」

 

"凶攻型"に蹂躙され地に伏せてしまった事を思い出し拳を強く握りしめる。

 

香澄「私も立ち止まっていられない…。みんなが切り開いてきた道を…私も……行くよ、"牛鬼"…"火車"!」

 

呼応するかの様に香澄の横に"牛鬼"と"火車"が現れ、淡い光を放ち香澄と1つになった。直後香澄の両手足が炎を纏い始める。"火車"の能力はあこが持つ"輪入道"と同じで炎を操る力。だが、"輪入道"より攻撃的な側面が強い。

 

高嶋「はぁっ!!」

 

"一目連"が放つ風をブースターに利用して高嶋はとてつもない速さで香澄目掛けて突っ込みながら右手を大きく振りかぶり、

 

高嶋「勇者パンチーーーッ!!」

 

"超超大型"を一撃で粉砕する威力を持つ"酒呑童子"の力に"一目連"の超スピードがプラスされたパンチが香澄の目の前に迫る。香澄もその全力に応えるかの様に、思いっきり右拳を高嶋に突き合わせる。

 

香澄「勇者ぁぁぁ…パーーーンチ!!」

 

ぶつかり合う両拳が一進一退に鬩ぎ合い、香澄に纏っていた"火車"の炎が"一目連"の風の力でその大きさを増していた。凄まじい暴風は炎すら掻き消すが、中途半端な力だと炎を手助けしてしまう。

 

 

--

 

 

赤嶺「若干……本当に若干だけど戸山ちゃんの方が押してる…!」

 

紗夜「………っ!」

 

握る拳に力が入る。高嶋への想いが溢れてくる。紗夜は思っている言葉を脳で考える事無く反射的に口にする。

 

紗夜「……高嶋さん!頑張ってください!もう一息です!!」

 

 

--

 

 

紗夜の声援が耳に入り、体の奥から力が湧き出てくるのが分かった。二重憑依による疲労で"参った"と何度も口に出してしまいそうになる。しかし、紗夜の声援が高嶋に力を与える。

 

高嶋「紗夜ちゃん……。戸山ちゃん!私は負けなぁぁぁいっ!!」

 

高嶋を纏う暴風の勢いが増し、香澄の炎を掻き消さんとばかりに唸りをあげ、香澄の拳を徐々にではあるが押し返す。

 

香澄「うぐっ………ぐぅ……!」

 

一歩。また一歩と香澄が後退する。だが、香澄もまだ諦めてはいない。目に宿った光は消えてなかった。

 

香澄「高嶋ちゃんは…本当に強いよ…。だけど私も負けられない!負けたくない!勇者は……根性だっ!!!」

 

次の瞬間、香澄の体が光を放つ。そしてその傍らには"牛鬼"の姿があった。

 

 

--

 

 

紗夜「っ!?一体何が……。」

 

友希那「もしかしたらあれが"牛鬼"の力なのかもしれないわね…。」

 

 

--

 

 

友希那の推測は正しかった。香澄が纏っている炎はあくまでも"火車"の力。"牛鬼"の力では無い。"牛鬼"が持つ本来の力。それは--

 

香澄「おおおおおおっ!」

 

押されかけていた香澄が高嶋の勇者パンチを押し返し、そしてそのままの勢いで吹き飛ばした。"牛鬼"が持つ力とは使用者が諦めない限り、無限に力を与え続ける"香澄"の勇者としての在り方を体現した力。諦めない限り香澄は立ち上がる事が出来るし、どんな困難にも立ち向かう事が出来る。

 

いつかの未来に於いて、高嶋が神樹と偶発的に"神婚"した事が切っ掛けとなり"牛鬼"が生まれる事となった。"牛鬼"が持つ力は高嶋の力そのものと言っても過言では無い。言わば高嶋は自分の力が上乗せされた香澄の勇者パンチに吹き飛ばされてしまったのである。

 

高嶋「っ!?きゃあぁぁぁぁっ!!?」

 

吹き飛ばされた勢いそのままに岩盤にぶつかる高嶋。受け身を取る暇すらなくその衝撃で二重憑依が解けてしまう。

 

高嶋「うっ………うぅ…痛た……。」

 

なんとか上体を起こした高嶋であったが、目の前には拳を眼前に突きつける香澄の姿があった。

 

香澄「はぁ………はぁ………。」

 

ここからの逆転は不可能。そう悟った高嶋は両手を上げ、笑って言い放つ。

 

高嶋「ま、参ったぁ……。」

 

その一声を聞いた途端、香澄も緊張が一気に解けその場にへたり込む。

 

香澄「や、やったぁ……!」

 

高嶋「流石戸山ちゃんだよ……。私の完敗だぁ…。」

 

香澄「高嶋ちゃんも本当に強かったよ……。ふっ……。」

 

高嶋「ふっ………。」

 

香澄・高嶋「「あはははっ!!」」

 

互いの健闘を称え合い天井を仰いで笑い合うのだった。

 

神官「模擬戦、第一回戦。勝者は戸山香澄様です。」

 

 

---

 

 

地下二階、沙綾vs美咲--

 

中沙綾「はぁ……うぅ…!」

 

転がっていた小石に躓き運良く致命的なダメージを避ける事が出来たが、美咲が放った木槍は沙綾の腹部に命中。痛みを堪えながら必死で岩陰に隠れたものの再び身動きが取れなくなっていた。

 

美咲「小石に躓いてダメージを減らすなんて運が良いんだか悪いんだか。まぁでもこれでチェックメイトじゃないかな。」

 

その場で動かずに沙綾の攻撃を捌いていた美咲は最早沙綾は動けないと悟ったのか少しずつ沙綾が隠れている岩陰へと近付き始める。勿論美咲は周りへの警戒を怠っていない。

 

中沙綾(はぁ…はぁ…どうする……。もう動く事もままならない……。)

 

必死で考えを張り巡らせる沙綾。考えている間にも美咲は近付いて来る。

 

中沙綾「……………これしかない…か。」

 

覚悟を決めたのか、沙綾は岩陰を盾にしてライフルを構える。沙綾が動いた事に美咲も気付いていた。

 

美咲(仕掛けてくるね……。多分これが最後の一撃になる……。それを真っ向から捻じ伏せて勝利の芽を摘ませてもらうよ。)

 

木槍を握る力が強くなる。周囲への警戒を強める美咲。互いが互いの行動を悟られない様に。終わりの時が近付こうとしていた。

 

中沙綾("青坊主"……"川蛍"……力を貸して!)

 

沙綾の願いに応えるかの様に、二体の精霊が沙綾を取り巻き、沙綾自身では無く武器であるライフルに宿った。

 

美咲「何やっても同じ。その岩ごと砕いて終わりだよ。」

 

木槍を構えた次の瞬間、美咲がいる場所の左右の岩が爆発。石の礫が美咲を取り囲んだ。

 

美咲「な、何これ!?」

 

咄嗟の出来事に一瞬美咲の動きが止まる。その隙を沙綾は見逃さなかった。

 

中沙綾「主砲、一斉発射!!」

 

ライフルの引き金を引き、2つのビットと合わせて3発の光弾がひと塊の光弾となり美咲目掛けて発射される。

 

美咲「くっ……!槍を投げようにも礫が邪魔で投げられない!?」

 

沙綾は四つあるビットのうち二つを左右の岩陰に隠し、美咲が近付いた直後にビットから光弾を発射、礫を撒き散らして弾幕を張ったのだ。

 

中沙綾「捉えたっ!」

 

美咲「や、やばっ!?」

 

岩場のフィールドに爆発が起こり2人が煙に包まれる。

 

 

--

 

 

りみ「み、見えない!?」

 

ゆり「どっちが勝ったの!?」

 

 

--

 

 

暫くの後、煙が消えるとそこには立っている人影が1つ。

 

美咲「はっ………はぁ…あ、危なかったぁ……。」

 

美咲だった。美咲は光弾が当たる直前、避けられないと悟り槍を回転させて盾を作り威力を多少軽減させていた。更に運が悪い事に、牽制用に飛ばした石礫も美咲の盾となってしまい、威力が更に下がってしまったのだった。必死に編み出した攻撃をしのがれ、力を使い果たしてしまった沙綾は降参を宣言する。

 

中沙綾「流石は美咲だなぁ。参りました。」

 

美咲「本当に間一髪だったよぉ……。」

 

2人は互いに握手を交わし、神官が勝者の名前を宣言する。

 

神官「模擬戦、第二回戦。勝者は奥沢美咲様です。30分のインターバルを挟んで3回戦と4回戦を行います。」

 

 

---

 

 

沙綾と美咲が施設を後にすると先に終わっていた香澄達が出迎えた。

 

香澄「お疲れ様。残念だったね、さーや。」

 

りみ「惜しかったね、沙綾ちゃん。」

 

ゆり「良くやったよ。どっちが勝ってもおかしくなかったね。」

 

中沙綾「負けちゃったけど、良い訓練になったよ。戦闘のバリエーションが増えたかな。」

 

香澄「次はりみりんとゆり先輩ですね。頑張ってください!」

 

ゆり「勿論!私達姉妹の力を見せてあげよう。」

 

りみ「うん!」

 

中沙綾「有咲も頑張って。」

 

有咲「おう。行ってくる。」

 

 

---

 

 

30分後--

 

フィールドが岩場から切り替わり次のフィールドは浜辺。先程と違い障害物が無い為下手をすれば一瞬で勝負がついてしまう可能性もある。

 

神官「模擬戦、第三回戦。牛込ゆり様・牛込りみ様vs宇田川あこ様・白金燐子様。並びに模擬戦、第四回戦。市ヶ谷有咲様vs白鷺千聖様。フィールドへお願い致します。」

 

 

---

 

 

地下一階--

 

あこ「ドーンと一気にやっちゃおう、りんりん。」

 

燐子「無理は禁物だよ……あこちゃん。」

 

あこ「分かってるって。りんりんがいれば無敵だよ!」

 

ゆり「言ってくれるね!私達も負けないよ、りみ。牛込姉妹、出動!」

 

りみ「お、お手柔らかに行こうね。」

 

 

---

 

 

地下二階--

 

千聖「施設ではずっと一緒だったけれど、こうして本気でやり合った事は今まで無かったわね。」

 

有咲「そうだな………。」

 

千聖「それだけかしら?」

 

有咲「互いにもう言葉は要らないだろ?後はコレで語り合おう。」

 

千聖「ふっ……有咲ちゃんらしいわね。そういうの嫌いじゃないわ!」

 

神官「それでは、試合開始です!」

 

 



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意地と本気の張り合い〈中編〉

模擬戦中盤です。激闘を繰り広げるゆり・りみvsあこ・燐子。ぶつかり合う最中ゆり達は1つの記憶を垣間見る--



 

 

地下一階、ゆり・りみvsあこ・燐子--

 

ゆり「私が前で攻めるから、りみは後ろから援護して!」

 

りみ「うん!」

 

あこ「りんりんは後ろで指揮して!あこが攻めるから!」

 

燐子「任せて…!」

 

両者共に作戦は同じ。ゆりとあこが攻めつつ、りみと燐子が互いの隙を狙って援護する。

 

ゆり「やあっ!」

 

あこ「なんのぉ!!」

 

力強い木大剣の一撃をあこは木盾を巧みに使って力の流れを逸らしつつ、振り回して間合いを詰めていく。

 

燐子「………っ!」

 

2人が激しくぶつかり合っている最中でも燐子は冷静に状況を分析し、的確に矢を放つ。あこへ一撃が入ろうとした直前、矢を察知したゆりは咄嗟にあこから距離をおき大剣で矢をガード。

 

あこ「ありがとーりんりん!」

 

手を振ってお礼をするあこに燐子は頷いて返す。

 

ゆり「近距離がダメなら、遠距離でどう?」

 

"鎌鼬"を顕現させゆりは大剣を振りかぶり勢い良くスイング。巨大な真空波が発生し風の刃があこ達目掛けて飛んでいった。

 

燐子「あこちゃん…真空波の中心から少し左を狙って…!」

 

あこ「りょーかい!くらえぇーっ!」

 

木盾をフリスビーの要領で燐子が示した場所目掛けて投げつける。ある程度細やかな操作は木盾に仕込んだワイヤーを駆使して調整が出来る。しかし、ゆりはその行動を読んでいた。

 

ゆり「思った通り!今だよ、りみ!」

 

りみ「やらせへん!」

 

真空波より早くワイヤーを伸ばし、あこが投げた木盾をワイヤーを盾に変化させて弾き飛ばした。

 

燐子「っ!?」

 

あこ「うげっ!?あこが教えた盾で!?」

 

あこの武器の唯一の弱点。投げた後は手元に戻るまで無防備になってしまうという点を巧みについたのだ。遮るものは何もない。ゆりが放った真空波は一直線にあこ達に向かってくる。

 

燐子「あこちゃん…下がって…!」

 

あこ「え!?」

 

咄嗟に燐子は矢を砂浜に何発も打ち込んだのだ。矢の威力で砂浜の砂が舞い上がり天然の防御壁を展開。多少威力を軽減させる事が出来たが、2人は真空波をくらって吹き飛んでしまう。

 

あこ・燐子「「きゃあぁぁっ!?」」

 

ゆり「どんなもんだい!」

 

りみ「流石お姉ちゃん!」

 

 

--

 

 

香澄「ゆり先輩流石!」

 

中たえ「だけど気は抜かない方が良い。」

 

香澄「え?」

 

高嶋「そうそう。だよね、紗夜ちゃん。」

 

紗夜「そうですね。白金さんを甘く見ない方がよろしいかと。」

 

 

--

 

 

ハイタッチをして喜ぶ2人。だが喜ぶのも束の間、2人を熱波が包み込んだ。

 

あこ「りみ達やるねぇ!なら、こっちも本気だすよ!」

 

"和入道"を憑依させたあこが出たら目に炎を放出したのである。りみが再びワイヤーで盾を作るが、盾では熱を防ぐ事が出来ない。徐々に熱で体力が奪われてしまう。

 

ゆり「め、滅茶苦茶……。でもそんな事したらあこちゃんも燐子ちゃんもただじゃ……。」

 

燐子「私達なら大丈夫です……。」

 

ゆり「え!?」

 

2人が見たものは"雪女郎"を憑依させた燐子の姿。

 

燐子「"雪女郎"の冷気で私達2人の周りの温度は適温を保ってます……。」

 

ゆり「そんなのあり!?」

 

りみ「うぅ…………。」

 

焼けるように肌を刺す熱さが2人の体力を急速に奪っていく。このままだと"参った"すら言えずに熱中症で倒れてしまう。

 

ゆり「……りみ、海まで走るよ。」

 

りみ「う、うん…。」

 

盾で熱波が直接当たらないよう2人はすぐ横の海に飛び込む。これで幾分か熱さが和らぐ、2人はそう思っていた。

 

燐子「……ですよね。この熱さなら海に飛び込むしかないですから……。」

 

2人が海へ入った事を確認した直後、あこは熱波の放出を止め、入れ替わるように今度は燐子が"雪女郎"の力を強め吹雪を巻き起こしたのだ。吹雪でなんと海が凍り始めゆりとりみは身動きが完全に取れなくなってしまう。

 

ゆり「なっ……!?こ、ここまで読んでたの!?」

 

あこ「ふっふっふ……これで終わりだよ!」

 

"和入道"の炎熱と"雪女郎"の吹雪が一点に集中。集まった力が矢に乗せられ放たれる。

 

あこ・燐子「「"獄炎と極寒の葬送曲(エターナルフォース・レクイエム)"!!」」

 

 

---

 

 

一方、地下二階、有咲vs千聖--

 

訓練場に響き渡っているのは互いに木剣と木銃剣が打ちつけ合う乾いた音。試合開始から20分。お互いは一歩も引けを取らず均衡状態が続いていた。

 

有咲「でりゃあぁぁ!」

 

千聖「はぁぁぁあっ!」

 

2人とも既に精霊の力を使っている。有咲の"義輝"に千聖の"尊氏"。運命の悪戯か2人は同じ人型の精霊をその身に宿している。能力もほぼ同じと言って差し支えない。故に純粋な力と力の真っ向勝負が繰り広げられている。

 

千聖「くっ…なら!」

 

千聖は有咲と距離を置き、銃剣の引き金に手をかける。だが、それを察知した有咲さはすかさず千聖と距離を詰める。

 

有咲「させるか!」

 

狙えないと分かるとすぐさま近距離戦闘に備え体勢を整え再び鍔迫り合いが始まった。

 

千聖「有咲ちゃんのその戦闘スタイル………嫌いじゃないわ。」

 

有咲「奇遇だな。私も気に入ってんだ。」

 

有咲は千聖を踏み台にして宙を舞い、手にしていた右手の木剣を千聖目掛けて投げつけた。

 

千聖「小賢しい!」

 

横に薙いで剣を払い除ける千聖。すかさず有咲が唐竹割りの要領で真上から木剣を振り下ろし千聖は銃剣を横に構え防御する。踏ん張る千聖だが、足場が悪かった。砂浜故踏ん張りが効かずに体勢が崩れる。

 

有咲「もらった!!」

 

千聖「まだよ!」

 

一本入る瞬間に千聖は砂浜の砂を足で蹴り上げ砂が有咲の顔面に直撃。

 

有咲「ぷへっ……!うわっ……卑怯だぞ!」

 

千聖「何とでも言いなさい、ここは戦場よ。使えるものは何でも使うわ。」

 

有咲「やろー………。」

 

 

--

 

 

花音「ふぇぇ……千聖ちゃん怖い…。」

 

イヴ「白鷺も市ヶ谷もやるじゃねーか!俺も体が疼いてくるぜ!」

 

中沙綾「ふふっ…。」

 

彩「何かおかしい事でもあった?」

 

中沙綾「違うんです。あんなに楽しそうにしてる有咲を見たの初めてだなって……。」

 

日菜「あの2人、1番長い付き合いんだもんね。互いが素直になれる瞬間……これほど楽しいものはないだろうね。」

 

 

--

 

 

有咲「なら単純に手数で勝負だ!」

 

投げた木剣を拾いあげすぐさま斬りかかる有咲。銃剣が一本しかない千聖は攻め入る隙を見つける事が出来ない。単純に手数が倍の怒涛の連打、千聖は腹部に一撃を受けてしまう。

 

千聖「うっ……!」

 

有咲「だりゃああああっ!!」

 

千聖「きゃあっ!!!」

 

吹き飛ばされる千聖。止めの一撃を喰らわせようと有咲が近づいて来る。

 

有咲「これで勝負ありだ。"参った"って言うなら今の内だぞ。」

 

千聖「………。」

 

 

 

 

千聖(血の滲むような努力をしてきた。ただ一点の目標、"勇者"になる事だけを目指して。なのに--)

 

 

 

 

千聖「……ま………。」

 

 

 

 

千聖(彼女はいつも私の上を行く……。誰よりもストイックで…一心不乱で……仲間思いで……。)

 

 

 

 

千聖「参ったなんて言うわけないじゃない!私もあなたと同じ高みへ辿り着くの!花音や彩ちゃん、イヴちゃん、そして日菜ちゃん……。みんなの力で、みんなと一緒に!!この世界で学んだ力で、私はあなたに勝ってみせる!」

 

その時だった。憑依していた"尊氏"が突然現れ、千聖の左手が光り出す。

 

有咲「なっ……何!?」

 

光がおさまると、千聖の手にはもう一丁の木銃剣が。すかさず千聖はその銃剣を横に振り切り有咲へ一撃を与えた。

 

有咲「うわっ!?」

 

千聖「……第二ステージと行きましょう。」

 

 

---

 

 

地下一階、ゆり・りみvsあこ・燐子--

 

あこと燐子の合体攻撃がゆりとりみ目掛けて迫り来る。避けたいのは百も承知だが、燐子の誘導によって海面を凍らせられている為に逃げ場が無い。万事休すかと見ている誰もが思っていた。しかし、ゆりは不適に微笑み、

 

ゆり「りみ!今だよ!」

 

りみ「うん!お願い"雲外鏡"!!」

 

ゆりの合図でりみがワイヤーで盾を作り防御体勢をとる。

 

あこ「そんな盾じゃあこ達の攻撃を防げないよ!」

 

りみ「防がない!そっくりそのままお返しするよ!!」

 

燐子「え……っ!?」

 

矢がりみの作った盾に触れた瞬間、その矢が威力そのままにあこ達目掛けて向かってきたのである。"雲外鏡"の力は鏡の力。攻撃を防ぐ力では無く攻撃を反射する力。

 

あこ「あこ達の攻撃を反射したの!?まずい!」

 

燐子「あこちゃん、避けて……!」

 

2人は左右に避けるが着弾点から爆発が一気に広がる。冷気と熱気が違いに反発試合爆発を起こしたのだ。

 

あこ「くっ……!」

 

燐子「うぅ……!」

 

2人の身動きが取れないうちにゆり達は氷を砕き海面から脱出。勝負は振り出しに戻った。

 

 

--

 

 

高嶋「りみちゃんやるぅ〜。燐子ちゃんの作戦完璧に決まったと思ったのに。」

 

香澄「さっすがりみりん!」

 

中たえ「あれがりみの新しい力……これはこの先役に立つね。」

 

紗夜「両名体力も限界に近いでしょう。次の攻撃で決着ですね。」

 

 

---

 

 

ゆり「り、りみ……まだやれる…?」

 

りみ「うん。もう少しならいけるよ…。」

 

ゆり「じゃあアレやるよ。」

 

りみ「うん……任せて。」

 

りみはワイヤーをゆりの足に巻きつけ思い切り振り回した。

 

あこ「な、何あれ!?」

 

ゆり「あこちゃん!燐子ちゃん!!これが私とりみの最後の攻撃だよ。これを防いだらあなた達の勝ち!」

 

りみ「おりゃあぁぁぁぁぁ!!!」

 

回転数はどんどん上がり小さな竜巻と化し波がさざめき立つ。

 

あこ「あこの力の本質は盾!その勝負受けて立つよ!ねぇ、りんりん!」

 

燐子「うん…!勝負です!」

 

ゆり・りみ「「いっけぇぇぇーーー!!牛込大車りーーーーん!!!」」

 

ワイヤーを一気に伸ばして真横からあこ達目掛けてゆりが一本の大剣と化して襲いかかってくる。

 

あこ「りんりんを守る力を貸して!"和入道"!!」

 

燐子「あこちゃんを守る力を貸して…"雪女郎"…!!」

 

木盾が2倍、3倍と巨大化し炎の壁、氷の壁と三重の盾がゆりの大剣を受けきる為に待ち構える。

 

ゆり・りみ・あこ・燐子「「「いっけぇぇぇーーー!!」」

 

大車輪は氷と炎の壁を容易く打ち破り最後の盾、木盾との一騎討ち。

 

あこ「うぎぎぎ……っ!」

 

ゆり「ぐぬぬぬ……っ!」

 

 

 

 

その時だった--

 

 

 

 

ゆり・りみ「「っ!?」」

 

2人の脳裏に見た事が無いある光景が流れて込んでくるのだった--

 

 

--

 

 

?「はぁ……はぁ…--はりん--を守るって---のに……!」

 

?「あれ……ここは…?」

 

?「……もぅ。--りんみたいな女の子が夜遅くに----ってるって……何かあ--らどうするの?」

 

?「ごめんね--ちゃん……。本を--でたら、眠っ--って…。」

 

 

--

 

 

ゆり「こ…れは…?」

 

りみ「2人の……女の子?」

 

次に浮かんでくるのは、夜の公園で黒髪の女の子が眠っている所に、もう1人ツインテールの少女が駆け寄ってくる光景--

 

 

--

 

 

?「もしり---とあ-が姉---たら、-こがお姉ちゃん--。」

 

?「そうかな……?私の方が、背-高いよ…?」

 

?「ぐっ…。--の方が先輩だもん。だから、--り-は妹!」

 

?「そうだね…。きっと、私が妹で…--ちゃんがお姉さん…。」

 

?「でしょー!」

 

?「--と----は世界一の---姉妹だよ!!」

 

 

--

 

 

りみ「この2人はまさか……。」

 

ゆり「あこちゃんと燐子ちゃん…。」

 

 

--

 

 

あこ「大丈夫!?」

 

?「………。」

 

あこ「安心して。あこが必ずあなたを…えーっと…。」

 

燐子「燐子…。白金燐子…です…。」

 

あこ「じゃあ、りんりんだね!安心してりんりん、これからはあこが守ってあげるから!」

 

 

--

 

 

ゆり「2人の…記憶が……。」

 

りみ「どうして……私とお姉ちゃんに…?」

 

 

--

 

 

あこ・燐子((生まれ変わっても…また…。今度はきっと…本当の……姉妹…に。))

 

 

--

 

 

ふと気がつくと2人の瞳から一筋の雫が。

 

ゆり「あ、あれ……。どうして…。」

 

りみ「なんで…涙が止まらない…。」

 

 

--

 

 

ゆり「……はっ!?」

 

ゆりの意識が現実に引き戻されると、気付けば2人の渾身の一撃はあこ達が防ぎ切った後。2人は砂浜に仰向けになって横たわっており、あこ達に介抱されているところだった。

 

ゆり「私は……何が…。」

 

あこ「大丈夫ですか、ゆり先輩?」

 

燐子「力を限界まで出し切ったから…倒れてしまったんですよね…?」

 

ふとゆりが隣を見るとまだりみは気絶している。

 

ゆり「う〜ん……何か夢を見てた気がするんだけど…思い出せない…。だけど、私達の攻撃は防がれちゃったんだね。」

 

あこ「どんなもんだい!」

 

ゆり「流石は先輩勇者様。"参りました"。」

 

ゆりが降参を宣言。直後神官が勝者の名前を叫ぶ。

 

神官「模擬戦、第三回戦。勝者は宇田川あこ様、白金燐子様です。」

 

 

---

 

 

地下二階、有咲vs千聖--

 

千聖が二刀流になった事で勝負は千聖に傾きつつあった。片方の銃剣を銃メインで活用し遠距離で牽制。有咲が怯んだ好きに一気に接近戦に持ち込む。不利だと悟ればまた距離を置き遠距離から攻める。単純に手数が有咲の倍になったのだ。

 

千聖「あら?さっきの元気が段々無くなってきたんじゃないの?」

 

有咲「くっ……調子に乗りやがって…。だぁっ!」

 

 

--

 

 

観覧席にゆり達の試合を見ていた高嶋達がやって来る。

 

高嶋「おっ、こっちの勝負は中々均衡してるね。」

 

日菜「高嶋ちゃん。2人とも実力は一緒。流石はライバルだよねぇ。」

 

紗夜「ですが、市ヶ谷さんはまだアレを使っていないのでしょう?」

 

花音「アレって?」

 

 

--

 

 

試合開始から既に2時間が過ぎようとしていた。さすがの2人も体力が既に底を尽きようとしている。

 

千聖「はぁ…はぁ……。しぶといわね…さっさと倒れて楽になったらどうなの…?」

 

有咲「はぁ……何言ってんだ……。こっちはやっと…はぁ……体が温まってきたところだ…。」

 

千聖「強がっちゃって…。」

 

この場にいる誰もが予測していた。お互い次の一撃で全てを終わらせるつもりだと。

 

有咲「………。」

 

千聖「…………。」

 

有咲・千聖「「……っ!」」

 

互いに叫びをあげ駆け上がり、すれ違いざまに各々が持つ二本の武器を振り切った。さながら武士の斬り合いの如く。両者共に武器を振り切ったまま動かない。先に動いたのは千聖だった。

 

千聖「やるじゃない……。私の動きを一瞬止めるなんて……。」

 

千聖が有咲を切りつけようとした瞬間、突如千聖の腕に鎖が巻き気を取られた千聖の動きがほんの一瞬だけ止まったのだ。

 

有咲「それが私の精霊"鬼童丸"の力だ。」

 

千聖「流石…私の好敵手だ…わ……。」

 

膝から崩れ落ちる千聖。死闘を制したのは有咲だった。

 

有咲「………ふぅ。千聖も十分凄かったよ…。」

 

神官「白鷺千聖様が戦闘続行不可能により、模擬戦、第四回戦。勝者は市ヶ谷有咲様です。30分のインターバルを挟んで地下一階にて模擬戦、最終戦を行います。」

 

 

---

 

 

千聖「………ここは?」

 

有咲「やっと目が覚めたか。」

 

千聖は有咲に介抱されながら目を覚ます。それに気付いた彩達も千聖を労う為に駆け寄ってきた。

 

彩「千聖ちゃんお疲れ様。」

 

花音「最後まではらはらしたよぉ。」

 

日菜「ドンマイだよ、千聖ちゃん。」

 

イヴ「見事な戦いでした…。」

 

千聖「彩ちゃん…みんな……ありがとう。」

 

みんなが千聖に抱きつく。それを見た有咲は邪魔にならないようこっそりその場を離れるのだった。

 

有咲「……良い仲間持ったな、千聖。」

 

 

---

 

 

地下一階--

 

神官「これより模擬戦、最終戦。花園たえ様vs湊友希那様の試合を始めます。」

 

神官の合図で互いが訓練場へとやって来る。だが、そこでたえがある提案をするのだった。

 

中たえ「ちょっと良いですか?」

 

神官「何でしょう。」

 

中たえ「この試合、私達の本来の武器でやらせてもらっても良いですか?」

 

神官「両者の合意があれば構いませんが、湊はどうされますか?」

 

友希那「………何か意図があるのでしょう?構わないわ。」

 

合意が得られ、たえと友希那はそれぞれ自身の武器を手に取った。最終戦の舞台は樹海を模したフィールド。2人にとってこれ程戦いやすい空間はなかった。

 

 

--

 

 

香澄「頑張れおたえーー!!」

 

リサ「友希那も頑張ってー!」

 

 

--

 

 

互いを応援する声援が響き渡る中、先祖と子孫、最終戦の火蓋が切られる。

 

 



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意地と本気の張り合い〈後編〉

模擬戦最終戦です。たえvs友希那。神世紀最強勇者と西暦最強勇者の闘いは互いに"満開"同士のぶつかり合いへと広がっていく--




 

 

模擬戦、最終戦直前--

 

中沙綾「…いよいよおたえの出番だね。」

 

中たえ「そうだね。」

 

中沙綾「緊張してる?」

 

中たえ「凄く。」

 

中沙綾「してるように見えない。」

 

中たえ「隠すのは昔から得意だから。」

 

中沙綾・中たえ「「…………。」」

 

会話が続かない。勇者の御役目に就いてから紆余曲折あったものの1番傍にいた2人、それなのに言葉が途切れ途切れにしか出てこない。

 

中沙綾「………。本当にそれで良かったの?

 

中たえ「うん。心配してくれてありがとう。だけど、これは私の覚悟。前に言葉では伝えたんだ。だから今度は実力で御先祖様と語りたい。」

 

中沙綾「……そっか。頑張って!」

 

中たえ「うん!」

 

訓練場へと赴くたえ。その背中はいつもより少しだけ大きく感じた。

 

 

---

 

 

一方--

 

リサ「まさか友希那を指名するなんてね。」

 

友希那「別に、予測出来た事よ。模擬戦が始まる前から花園さんの視線や気合いがひしひしと感じられていたわ。それに……。」

 

リサ「それに?」

 

友希那「私を安心して送り出す為でもあると思うわ。」

 

リサ「成る程ねぇ。負けないでよ、友希那。」

 

友希那「負けるつもりは毛頭無いわ。何事にも全身全霊で。例えそれが模擬戦だとしても。」

 

 

---

 

 

訓練場--

 

友希那から了承を得た事でたえは槍を手に持ち友希那は生太刀を構える。試合開始の合図が宣誓されても2人は構えを崩さず互いが互いを見合ったまま動かない。

 

中たえ「………。」

 

友希那「………。」

 

1分程睨み合いが続き、先に仕掛けたのはたえだった。ジグザグに動き狙いを付けにくくしながら友希那へと接近し槍を乱れ突く。

 

友希那「ふぅ……はっ!」

 

対する友希那は必要最小限の動きで槍捌きを避け様子を伺いつつ煽る。

 

友希那「攻撃が単調じゃないかしら?」

 

中たえ「まだまだ、これからです。」

 

槍を軸に回転し回し蹴りが炸裂、しかし友希那はこれを鞘で受け止める。

 

友希那「今度はこちらから行くわよ。」

 

そう言った直後、友希那の姿が消え地面が擦れる音が響き渡る。凄まじい速度で移動しながら樹海を足場に縦横無尽に懸ける友希那。たえの虚をついて完璧に背後を取り切りかかった。

 

友希那「先ずは一本よ!」

 

中たえ「甘いですよ。」

 

友希那「っ!?」

 

通常なら完全に入った筈の友希那の一撃が何かに阻まれる。精霊バリアだった。一太刀をバリアで受け止めたたえは振り向きざまに回し蹴り、それが友希那の腹部へ命中。

 

友希那「くっ!」

 

最初に一撃を喰らわせたのは子孫の花園たえ。この一瞬の攻防に応援している勇者達は息を飲んでいた。

 

友希那「………成る程ね。武器が元に戻ったのだから当然よね。してやられたわ。」

 

中たえ「えへへ。御先祖様に褒められた。」

 

友希那「だけどまだまだよ。私の速さはこの程度では無いわ!」

 

一瞬で目の前から友希那が消える。直後現れた場所はたえの目の前。

 

友希那「はぁっ!」

 

中たえ「よっ!」

 

刃と柄がかち合う音が響き渡る。どちらも一歩も引かない。しかし高速で動き回る友希那に対し、たえはのらりくらりと槍を振り回して友希那の攻撃をいなしている。体力の差が開き始めるのも時間の問題だとこの場にいる誰もがそう感じていた。

 

友希那「………。」

 

中たえ「………ぐっ。」

 

事実たえも友希那の持久力が落ちるのを計算に入れてこの立ち回りをしていた。いくら勇者といえど、休まず動き続けていれば誰だって体力は僅かながらに落ちる。

 

 

--

 

 

小沙綾「いくら友希那さんと言えどもあの速さをずっと保ち続けるなんて無理だよ…。」

 

赤嶺「確かに…。速攻で決め切るつもりでもたえちゃんは確実に攻撃を見切ってるよね。」

 

紗夜「ええ。自暴自棄にでもなったのでしょうか……。」

 

 

--

 

 

そこから10分が経過しようとしていた--

 

赤嶺「………つぐちん。もうあれから10分くらい経ってるよね…。なのに…。」

 

つぐみ「うん。全然速度が落ちてない…。それどころか攻撃が少しづつ鋭く、重くなっていってる……。」

 

 

--

 

 

全員が目を疑った。友希那は息切れ一つせず速度を保ち続けている。

 

中たえ「……うっ!……っ!」

 

そして逆にたえの方がリズムを乱され呼吸が激しくなっているのである。そして遂に--

 

友希那「はぁぁぁあっ!!」

 

中たえ「うわっ!?」

 

友希那の一撃がたえに届く。重い一撃に速さが加わり威力は凄まじくたえが叩きつけられた場所にクレーターが出来る程だ。

 

中たえ「うぅ………な、何で…。」

 

友希那「私は以前の戦いで思い知ったの。今のままでは大切な人を守る事が出来ないと……。だから私はそれから死に物狂いで自分を鍛え上げてきたわ!それに…--」

 

徐々に友希那の口調が強くなり、たえに向けて生太刀を突きつける。

 

友希那「花園さん……あなたは今まで何かに本気になった事はあるかしら?」

 

中たえ「え……。」

 

友希那「さっきからのあなたの動きもそう…。のらりくらりと立ち回りその場を上手くやり過ごそうとしてる感じが伝わってくるわ。」

 

中たえ「…………。」

 

友希那の言葉にたえは反論出来なかった。沈黙は何よりも雄弁である。友希那の問いかけに沈黙してしまった事で疑惑が確信に変わってしまった。

 

友希那「たかが模擬戦……。練習試合で死ぬ事は無い。心の片隅でそんな事を思っていたんじゃない?……正直言って失望したわ。あなたも私の血を引いているのならば何事にも全力になってみなさい!!」

 

そう叫び友希那は左手を天に掲げ、精霊の名を叫んだ。

 

友希那「来なさい、"義経"!!」

 

確信を付く友希那の言葉が突き刺さり、たえはその場を動く事が出来ない。だが、友希那は立ち直るまで待ってはくれない。気を許せば喉元へ神速の刃を突きつけられる。

 

友希那「いくらあなたがそのスタンスを貫こうとも構わない。…………だけど私はあなたを"殺す気"で行くわよ?」

 

 

---

 

 

花園たえは昔から料理以外は何でも出来た。勉強に運動、楽器の演奏から幅広くだ。初めての御役目でもそうだ。周りを広く見渡す目、状況をいち早く察知し対策を立てる回転の速さ、果ては寝ながら授業の内容を頭に入れる事が出来る。そんな神童だった。

 

だから他人の目からしてみれば本気も出さず何でも熟している様に感じてしまうのも無理はなかった。

 

 

---

 

 

友希那「来なさい、"義経"!」

 

その身に"義経"を憑依させる友希那。敵を倒す事に躊躇いがなくなったからかその身から迸る神威がたえの体を硬直させる。

 

友希那「願うは速さ……覚悟なさい!」

 

地面を素早く何度も蹴り上げ縦横無尽に樹海を八艘飛びで駆け抜ける。

 

中たえ「くっ………うっ!?きゃあああっ!!」

 

一・二撃を受け切るだけで精一杯。精霊バリアで辛うじて守られてはいるものの、衝撃は凄まじくピンボールの様に弾き飛ばされてしまう。しかしたえも負けじとすぐさま立ち上がるも、目の前に現れたと思いきやすぐ右側から生太刀が振り下ろされる。

 

中たえ「はぁっ!」

 

槍を傘状に展開させ防御。だが、樹海の根を背にし友希那の攻撃を前方へと制限させて凌ぐ方法しか真理を突かれたたえの頭の中には無かった。

 

 

--

 

 

小沙綾「たえさん……。」

 

小たえ「………。」

 

握る手に思わず力が入る。悔しさからくるものだった。今目の前で戦っている人は未来の自分。さっき友希那が発した言葉は自分に言われているのと同義なのだから。

 

中沙綾「大丈夫?たえちゃん。」

 

小たえ「大丈夫……って言ったら嘘になるかもしれないです。たえさんは……私がカッコいいって思っているたえさんはそんな人なんかじゃない。ちゃんと頑張ってるし努力してる事を知っています!私だから知ってるんです。」

 

中沙綾「…そうだね。ちゃんと頑張ってる事を知っている私達が黙ってちゃダメだね。」

 

夏希「ああ!なら一生懸命応援しないと!」

 

 

--

 

 

中たえ「……ふぅ……ふっ……ぅ…。」

 

一向に手を緩める事が無い友希那の猛攻が続く。身動きが取れず体力は減っていき、遂には肩で息をするのも苦しくなっていた。だけれどたえは槍を決して離す事なく友希那の攻撃を防ぎ続けていた。

 

友希那「もう"参った"と降参したらどう?」

 

思考が鈍る。考えが纏まらない。思わずその言葉を口にしてしまいそうになる--

 

 

 

その時だった--

 

 

 

 

夏希「負けるんじゃ無いぞ、おたえーー!!」

 

中たえ「っ!?」

 

途切れそうな意識の中、微かに聞こえてきたのは掛け替えの無いズッ友の声。

 

夏希「のらりくらりでやるのが何だってんだよ!!おたえはそんなところでやられる奴だったのか!」

 

小沙綾「そうです!たえさんはこの世界に来た時もずっと頑張ってきてたじゃないですか!」

 

中沙綾「そうだよおたえ!おたえが頑張って来た事は私が……私達がちゃんと見てるんだよ!」

 

支えてくれた友の声がたえに立ち上がる気力を与える。打ち倒す為の力をくれる。

 

中たえ「そう……だよね…。このまま何にも出来ないんじゃ…私の気持ち、御先祖様に伝える事…出来ないもんね。」

 

ふらふらと足元が覚束ないながらも何とか立ち上がり再び構えをとる。

 

友希那「そう……その気概は認めてあげるわ。だけど…これで終わりよ!!」

 

神速。光の如き速さで突撃する友希那。高く振り上げた生太刀の斬撃がたえの眼前に迫る。

 

中たえ「私は………!」

 

 

--

 

 

生太刀は確実にたえを捉えていた。しかしこの場にいる誰もが目を疑った。たえは無傷、それだけならまだしも--

 

小たえ「私が……もう1人増えた…。」

 

戦っているフィールドには2人のたえ。姿形も瓜二つの"もう1人のたえ"が友希那の斬撃を槍で防いでいたのである。

 

友希那「この力は…!?」

 

中たえ「私の精霊…"両面宿儺"の力。」

 

友希那「くっ……。」

 

未知の力と相対し、友希那は危険を察知して一旦たえと距離を置く。

 

中たえ「ここから巻き返すよ、私。」

 

中たえ『りょーかい、私。』

 

たえ達は左右に分かれて友希那を挟撃する為走り出す。

 

友希那「2人になったところでやる事は同じよ。」

 

友希那も八艘飛びで樹海を駆け回る。

 

中たえ「はぁっ!!」

 

友希那「甘いわ!」

 

再び鍔迫り合う2人、だが今回は状況が違う。

 

中たえ「甘いのは友希那さんだよ。」

 

友希那「っ!?」

 

中たえ『隙あり!』

 

友希那「きゃあっ!!」

 

片方が友希那を引きつけて抑え、もう片方がその隙に攻撃を仕掛ける。単純だが1番効果的な戦術。

 

友希那「くっ、これならどうかしら?」

 

生太刀を一旦鞘へ戻したえに再接近。そして一気に居合抜きを仕掛けた。友希那が最も得意とする戦法。しかし、

 

中たえ「はっ!」

 

神速の友希那の居合をたえはそれを上回る速さで上空へ飛んで避けたのだ。

 

友希那「躱された!?」

 

中たえ「一撃くらえ!」

 

友希那の上を取ったたえはそのまま槍を振り下ろす。

 

友希那「大振り過ぎるわ。受け止める!」

 

槍を生太刀で受け止める友希那だったが、受けた瞬間に違和感を感じた。最初の攻撃より槍の一撃が重いのだ。

 

友希那「くっ………!これは!?」

 

中たえ「だりゃああぁぁぁ!!」

 

友希那「ぐっ!?」

 

一撃を受け止めきる事が出来ず友希那は樹海へ叩きつけられてしまう。

 

友希那「い、一体この短時間で何が……。」

 

中たえ「辺りを見てください。何か違和感がありませんか?」

 

言われるがまま辺りを見回す友希那。すぐ気がついた。さっきまでいたもう1人のたえが姿を消していたからだ。

 

友希那「もう1人の花園さんがいない…。」

 

中たえ「そうです。"両面宿儺"の力は単純に分身を作り出す力じゃ無いんです。"2倍"にする力です。」

 

友希那「2倍に…!?」

 

もう1人のたえを生み出したのは花園たえという"1人の存在を2倍にしたから"。神速の居合を交わしたのは"自身の速さを2倍にしたから"。重い一撃を喰らわせたのは"力を2倍にしたから"なのだ。

 

中たえ「2倍に出来る事は1つしか無理ですけど、その都度使い分ける事で臨機応変に対応出来るんです。」

 

友希那「……やるじゃない。やっとあなたの本気が見れそうよ。」

 

 

--

 

 

"両面宿儺"の精霊の力を巧みに駆使したえは友希那と互角の攻防を繰り広げる。

 

中たえ「やぁっ!!」

 

中たえ『いくよっ!」

 

友希那「そこよっ!!」

 

自身を分身させ陽動、速度を上げながらかく乱、友希那の攻撃を受け流しながら出来た隙に力を上げて反撃。友希那も変幻自在のたえの攻撃に即座に対応してはいるものの、少しづつ押され始めてきた。

 

友希那「八艘一閃!!」

 

中たえ「きゃあぁぁっ!」

 

生太刀の一撃がたえにクリーンヒット。樹海に叩きつけられるが、たえは不敵な笑みを浮かべる。

 

友希那「なっ!?しまった!?」

 

自分を囮にしたのだ。大きな技を出した後には大きな隙が出来る。自分が敢えて攻撃を受ける事で、その隙にもう1人のたえが友希那へ槍を振り上げ上空へ突き上げた。

 

友希那「ぐはっ……!」

 

中たえ『麗槍百華刃!!』

 

散る蓮の花の如く、槍の乱舞が空中で身動きが取れない友希那へ降り注ぐ。

 

友希那「ぐっ……うっ…がはぁ……!!」

 

もう1人のたえが消滅し、両者地に伏せ身動きを取らない。

 

 

--

 

 

リサ「友希那!」

 

高嶋「友希那ちゃん!」

 

香澄「おたえ!」

 

りみ「おたえちゃん!」

 

 

--

 

 

2人が動かなくなってから1分程経過した時、両者指が微かに動き息を乱しながらゆらゆらと立ち上がり構えをとる。両者まだ勝負を諦めていないのだ。

 

友希那「はぁ…やるじゃない……花園さん…。はぁ…はぁ……だけどあなたももう満身創痍…"両面宿儺"もデメリットがあるようね……。」

 

中たえ「ふぅ…ふぅ……そうですね…。自分を増やす事に関して言えば…単純に使う力も2倍になりますし……疲労やダメージも2倍になりますね……。」

 

友希那・中たえ「「…………。」」

 

無言で向き合い、2人は自身の装束に付いているゲージにそっと手を置いた。

 

中たえ「……2人とも考えてる事は同じみたいですね…。」

 

友希那「……そのようね。血が繋がっているだけはあるわ。」

 

 

--

 

 

2人の考えに1番最初に気がついたのは沙綾とリサだった。

 

中沙綾「っ!?みんなここから離れて!」

 

香澄「さーや?」

 

リサ「2人は"満開"するつもりだよ!」

 

紗夜「いくら何でもやり過ぎでは!?」

 

神官を残し勇者達全員は巻き込まれない様に階下へと避難をする。

 

リサ(大丈夫だよね……友希那。)

 

中沙綾(おたえ……。)

 

 

--

 

 

全員が離れた事を確認する友希那とたえ。

 

友希那(ありがとう…リサ。)

 

中たえ(沙綾……私、ちゃんと伝えるよ。)

 

意識を集中し、ゲージが徐々に光り出す--

 

たえ・友希那「「"満開"!!」」

 

 

---

 

 

訓練場、地下二階--

 

2人の本気の闘いに巻き込まれない様階下へ避難した勇者達。2人の様子は記録用のドローンを通じてモニター越しで観戦していた。

 

高嶋「リサちゃん、大丈夫なの?模擬戦で満開までするなんて…。」

 

蘭「そうですよ。これで2人に何かあったら…。」

 

リサ「大丈夫。友希那を信じて。友希那はたえの全力に全力で応えようとしてる。多分たえの真意にも気が付いてると思う。」

 

燐子「花園さんの真意……ですか…?」

 

中沙綾「おたえは以前友希那さんに伝えたんです。"自分は今を幸せに生きている"って。だから今度は実力を友希那さんに見せて安心して自分の世界に帰ってもらうよう伝えるつもりなんです。」

 

あこ「だったら何で友希那さんはおたえを煽る様にしたんだろう…。」

 

有咲「ワザとだろ。自分では分かっていても相手は御先祖様なんだ、無意識に攻撃を躊躇ってたんだろう。それに気付いた友希那は焚きつけたんじゃないか?」

 

千聖「なら、此処からが本番の様ね……。」

 

 

---

 

 

訓練場、地下一階--

 

友希那「行きなさいっ!」

 

中たえ「行っちゃえーー!!」

 

友希那が放つ小刀状のビットと、たえが放つ槍状のビットが互いにぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響き爆発。

 

友希那「せぇぇぇいっ!!」

 

中たえ「シールド展開!」

 

初撃は互角。友希那は間髪入れずに周囲に展開する左右3本ずつの巨大な刀を全方向からたえ目掛けて振り下ろされるも、たえは自身の周囲にシールドを展開。6本の斬撃を防ぎきる。

 

中たえ「ぐぅぅ……!衝撃が凄い…。手数は向こうの方が有利…なら!!」

 

方舟を動かすたえ。シールドを展開しながら突貫するのが狙いだ。

 

友希那「面白い……こちらも行くわよ!」

 

方舟同士が激突。大爆発が巻き起こり両者の方舟が消滅。煙が晴れた時2人は互いに激しい斬り合いへと移っていた。

 

中たえ「私はいつでも本気なんです!友希那さんが言った様に見られがちですけど、信念は友希那さんと一緒です!!」

 

なりふり構わず自分の言葉をぶつける様に吐き出す。

 

友希那「言葉だけなら何度でも言えるわ!私の言葉が間違っているというのなら、私を打ち伏せてみせなさい!実力で証明してみせなさい!!」

 

もう友希那もたえの攻撃を防御する事はせず、生太刀を振り回して斬り合いを繰り広げる。

 

中たえ「私は…ぐっ……負けない…!勇者になって辛い事や苦しい事、いっぱいあって…挫けて達観するようになっちゃったかも知れない。だから友希那さんからすると本気になっていないように見えるかもしれません。たけど私は勇者部と出会って…御先祖様に会って……私はいつでも全力なんです!私は勇者で…湊友希那の子孫の花園たえだから!!"満開・捌佰萬滅槍刃(やおよろずめっそうじん)"!うわぁぁぁぁっ!!!」

 

友希那「来なさい!あなたの全力この湊友希那が受け止めるわ!!"満開・生生之大太刀(しょうじょうのおおたち)"!てやぁぁぁぁっ!!」

 

すれ違い様に両者が最後の力を振り絞り斬り合う。一瞬の静寂の後2人の満開が消滅。互いに武器を振り切ったまま動かない。

 

 

--

 

 

中沙綾「おたえ!」

 

リサ「友希那!」

 

つぐみ「どっちが勝ったの!?」

 

 

--

 

 

友希那「あなたの……花園たえの覚悟…しかと受け取っ…たわ………。」

 

先に力尽き地に倒れたのは友希那だった。

 

中たえ「ありがとうございます……友希那さん。前にも言いましたけど、私今とっても幸せです…!生きていて本当に、今はとってもとっても楽しくて嬉しい……!」

 

神官「湊友希那様が戦闘続行不可能により、模擬戦、最終戦。勝者は花園たえ様です。」

 

勝利の知らせを聞いた香澄達がたえを労う為に一斉に駆け寄って来る。

 

香澄「おたえー!本当にお疲れ様!」

 

りみ「私感動しちゃったよぉ!」

 

小たえ「やった!流石未来の私です!」

 

中たえ「ありがとう…みんな……。みんなの声援届いたよ……。」

 

そう言い残し、文字通り全てを出し切ったたえは抱きしめるみんなに体を預けるように疲れて眠ってしまった。

 

中沙綾「伝えられて良かったねおたえ…今はゆっくり休んで。」

 

模擬戦を通じ様々な経験とスキルアップが出来た勇者達。勇者部の御役目はまた新たなステージへと進む--

 

 



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襲いかかる闇の……

模擬戦が終了し勇者達はみんなでパーティを企画する。しかし六花が提案した催しがとんでもない事態を引き起こす事に--





 

 

神官「湊友希那様が戦闘続行不可能により、模擬戦、最終戦。勝者は花園たえ様です。」

 

ふらふらと覚束ない足取りのたえに香澄達が駆け寄り惜しみない賛辞を送る。

 

ゆり「もう……本当に無茶しすぎ。」

 

中たえ「えへへ……すみません。」

 

中沙綾「言いたい事は言えた?」

 

中たえ「………うん。」

 

みんなの肩を借りながらたえは友希那の元へと歩いていく。同じく友希那もリサの肩を借りて立つのが精一杯であり肩で息をしている。

 

中たえ「御先祖様……。」

 

友希那「まずは謝らせて頂戴。あなたの事を蔑んだ様に焚きつけてしまって。」

 

中たえ「謝らないでください。本当の事ですから…。」

 

友希那「でも…。」

 

中たえ「自分でも分かっていたんです。いつもみんなより一歩下がってしまう自分に。初めての御役目で体の殆どを散華してしまった時、私は終わる事の無い連鎖に諦めを抱いていたのかもしれません。」

 

友希那「花園さん……。」

 

中たえ「だけど、私は1人じゃない。今はこうして楽しい事や苦しい事を分かち合える大切なズッ友がいます。勿論御先祖様だってそうです。御先祖様との試合で私はその事を思い出せました。本当にありがとうございました。」

 

お礼を言って手を差し伸べるたえ。友希那は笑ってたえの言葉を受け取り、その手を握るのだった。

 

神官「皆様、模擬戦大変お疲れ様でした。闘われた勇者様は後日検査の為に病院へと向かわれてください。本日の戦闘データを解析し、今後の御役目に役立てる様、私共大赦一同、全身全霊で取り組んで参る所存でございます。」

 

そう言い残し神官は訓練場を後にした。

 

中たえ「頼りにしてます。安芸先生…。」

 

香澄「ん?おたえ、何か言った?」

 

中たえ「ううん、何でもないよ。」

 

ゆり「よーし、みんな注目!」

 

香澄「どうしましたか?ゆり先輩。」

 

ゆり「今日はみんな体を休めて、明日みんなで模擬戦お疲れパーティをしようと思うんだけど、どうかな?」

 

紗夜「それは構わないですが、模擬戦を行なっていない私達が参加しても宜しいんですか?」

 

ゆり「そんな細かい事は気にしなくて大丈夫だよ!みんなでパーっといこう!!」

 

勇者部一同「「「おーーー!!!」」」

 

パーティと聞き楽しさで胸躍らせる勇者達。しかし、この時は誰も思っていなかった--

 

 

 

このパーティが模擬戦以上に熾烈を極めるものになるとは--

 

 

---

 

 

翌日、勇者部部室--

 

ゆり「みんな、試合の疲れはとれたかな?」

 

香澄「バッチリです!」

 

友希那「問題無いわ。」

 

ゆり「よし、じゃあこれからパーティの準備をするんだけど…何か食べたいものとかあるかな?」

 

夏希「はいはい!どうせだったら何か変わった物が食べたいです!」

 

小沙綾「変わった物?満漢全席とか?」

 

夏希「まんかんぜんせき?うーん……何かこう普段食べた事ない珍味…とか。」

 

夏希の言葉でみんなが一斉に珍味について考える。

 

燐子「珍味というと……鮒鮓とかカラスミ…とかですか…?」

 

千聖「コノワタとかクチコとかもあるわね。」

 

あこ「1つも分かんない…けど、何か美味しそう!」

 

蘭「分からないのに美味しそうって…その判断危険だよ。」

 

日菜「でも珍味って結構な値段するよ?」

 

中沙綾「そうですね。それに手に入れるのも大変そう。」

 

イヴ「でも、私も少し興味があります。」

 

みんなが二の足を踏む中、1人の人物がある提案をする。

 

六花「…それなら1つ面白い催しがあるんですよ。」

 

千聖「何かしら?六花ちゃん。」

 

六花「………"闇鍋"です!」

 

勇者部一同「「「"闇鍋"!?」」」

 

闇鍋--

 

 

それは明かりを遮断した暗い部屋の中でそれぞれが持ち寄った食材で鍋をするというスリル満点の鍋である。

 

 

中たえ「何を食べるか分からないからドキドキだね。」

 

高嶋「何だか面白そう!私それやってみたい!」

 

誰もが初めて経験するという事も相まってか1人、また1人と六花の意見に賛成する人が現れパーティは"闇鍋"という事で万事決定する事となった。

 

六花「それでは、ルールを説明しますね。」

 

 

--

 

 

1.持ち寄る食材は1人一品まで。

 

1.食べられる物に限る。

 

1.うどんや蕎麦等の麺類は禁止。

 

1.生きている物は禁止。

 

1.液状の物も禁止。箸で掴める物に限る。

 

1.具材を投入したら絶対にかき混ぜてはいけない。

 

 

--

 

 

六花「以上です。」

 

淡々と説明する六花。一同はそのルールに唖然としていた。

 

つぐみ「食べられる物に限るって……当たり前だと思うんだけど…。」

 

六花「前にやった時に、鍋の中に下駄やカエルを入れた人がいたんです。」

 

その話に更に唖然となる一同。

 

香澄「カエルって食べられるの!?」

 

有咲「そこかよっ!!」

 

薫「生きている物はダメなんだね…儚い。」

 

りみ(か、薫さん…何を入れようと思ったんだろう…。)

 

以上のルールを踏まえ、一同は買い出しを開始するのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

必要な物を全て準備し部室を暗幕で暗くして一切の光を遮断。今この場を照らしているのはコンロの淡い炎のみ。光源から離れてしまえば表情さえも分からなくなってしまう。

 

小たえ「あはは!暗くて何か面白いよ。」

 

鍋の出し汁は煮干しとカツオ、そして昆布の合わせ出汁。そしてつけダレはポン酢に胡麻ダレ、エスニック等豊富なバリエーションで揃えている。

 

六花「では、まずは1人づつ買ってきた食材を鍋の中へ入れます。前にも言いましたがその際絶対にかき混ぜたりしたらダメです。」

 

1人づつ慎重に鍋の中へ具材を投入。軽めの音や重たい音等様々な音が響き、部室内に緊張がはしる。

 

友希那「……何か凄そうな物が入った音がしたわよ。」

 

りみ「な、何かが何切れも入ってる音がするよ!?」

 

花音「日菜ちゃんが持ってきたカツオじゃない?」

 

日菜「ちょっとー花音ちゃん!詮索はダメだよ。」

 

 

--

 

 

数分後--

 

鍋の中の具材が丁度良く煮立った頃、部室に匂いが広がっていく。

 

イヴ「良い匂いがしてきました。」

 

あこ「もう良いんじゃない?早く食べようよ!」

 

六花「それでは、予め決めておいた順番で食べ始めます。実食開始です!」

 

トップバッターは香澄。

 

香澄「1番、戸山香澄。いただきまーす!じゃあ……これだ!」

 

具材を箸で取りポン酢につけて口へと運ぶ。

 

香澄「もぐもぐ……もぐ?んんん?」

 

夏希「ど、どうですか?香澄さん……。」

 

香澄「歯応えがコリコリしてて舌に滑らか……あっ、"イカ"だ!誰か入れた?」

 

六花「…あっ、それは多分"タコ"ですね。私が入れた"たこ焼き"だと思います。」

 

香澄「でも、衣が無かったよ?」

 

小沙綾「出汁を吸った事で崩れて分離したのかもしれませんね。」

 

蘭「それじゃあ"たこ焼きの衣"だけ食べる人も出てくるんだよね……。」

 

つぐみ「それに視覚が遮断されてる暗闇だと、味や食感も普段とは違ってくる筈だよ。」

 

千聖「これは……意外と感覚を研ぎ澄ませる訓練になるんじゃないかしら。怪我の功名ね。」

 

美咲「何で怪我する前提なんですか……。」

 

みんなが考察を進めていく中、順番はたえへと移る。

 

中たえ「次は私ー。……これっ!もぐもぐ……むむっ!?」

 

燐子「ど、どうしたんですか……!?」

 

中たえ「これ"カツオ"だ。胡麻ダレにつけちゃったよ…。ポン酢で食べたかったな。」

 

引き当てたのはカツオ。みんなの視線が自ずと日菜へ集まった。

 

日菜「……ん?何だか色んな視線を感じるけど、入れたのは私じゃないよ?」

 

つぐみ「入れたのは私です。子孫と見せかけて先祖。日菜さんが警戒させるのを読んで私が入れたんです。」

 

日菜「わぁ〜!流石御先祖様だ!」

 

友希那「成る程ね…。食材が不明だと、つけダレとの組み合わせも判断がつかないと言う訳ね。」

 

蘭「何かちょっと燃えてきたかも。」

 

モカ「何でやる気になるか分からないなぁ…。」

 

次の順番はあこ。あこはお玉を手にして大きな具材を一気に掬い上げた。

 

あこ「あーん!ん?ぶぇあ〜。これ"ミカン"だよぉ〜!かーのーんー!!」

 

花音「あっ、同郷のあこちゃんが引き当ててくれるなんて何だか嬉しいな♪美味しいでしょ。」

 

あこ「美味しくなーーい!皮ごとだし生煮えだし、胡麻ダレにつけちゃったから舌触りゾるゾるだよ……。」

 

紗夜「……胡麻ダレだけは遠慮しておきます。」

 

次は有咲の番。無難にポン酢を手に取りなるべく小さい具材を選び取っていく。

 

有咲「……これだっ!」

 

箸で摘むが何故か重たく中々持ち上がらない。

 

有咲「重っ!ぐ、ぐぬぬ……。何だこれ。パク…ッ。」

 

中沙綾「有咲、大丈夫?」

 

有咲「ん…こぇ…モッチャ……モッチャ……"お餅(おもひ)"だ。モッチャ……モッチャ……色々くっついてぅ。誰だ!」

 

ゆり「私だよ。美味しい?」

 

有咲「おいひぃけど!らいたぃ……フモッ。あんひゃぁ……モッチャ……モッチャ……。」

 

喋りたいのに餅で口が塞がれて上手く話す事が出来ない。

 

美咲「なっ!?餅でツッコミのエースがツッコミ封じの状態事態に!」

 

つぐみ「次は私だね。無心で一気に箸で摘んで……一気に食べる!」

 

イヴ「どうでしょう、つぐみさん。」

 

つぐみ「…………ふっ、ふふふ。これは……これは、中々…。」

 

食べてすぐつぐみは悶え始めてしまう。そして額には自然と汗が滲みだしてくる。

 

日菜「御先祖様?何食べたんだろう。ちょっと貰うね?あーん。…………うわっ!?辛いよこれ!」

 

つぐみ「ふっふっふっ…………ゴクゴクゴクゴク。」

 

あまりもの辛さでつぐみは笑いながらコップの水を勢い良く飲みほした。

 

高嶋「何か水を飲む音が凄いよ!」

 

赤嶺「つぐちんがこんなになるなんて……。何を食べたんだろう?」

 

美咲「多分だけど、私が入れた"鷹の爪入り餃子"かな。」

 

モカ「混ぜるの禁止なのは、そういう物が入ってるからだったんだね…。」

 

リサ「みんな汁!汁を揺らしちゃダメだよ!そっと取って!」

 

部室内が一気に戦々恐々とする。まだ闇鍋は始まったばかりである。

 

 

---

 

 

夏希「やっと私の番だ!お腹ペコペコだよ。ひょいと取って……パクッ。んんん……んん!?ほぎゃーーーーっん!すっぱ辛すっぱーーーーい!"うめぼひ"ーー!」

 

小沙綾「あっ、私が入れた"梅干し"だ。」

 

エスニックのタレにつけてしまったせいで辛さと酸味のなんとも言えないマリアージュが口の中に広がる。

 

千聖「次は私ね。私はポン酢で……。んん……もぐもぐ…も………ぐ。んぅぐ…っふ…あ、ぐぅぅ……甘ぃ…あ…"あんこ"…。」

 

ポン酢に浸して食べるあんこ。日常では決して出会う事の無い組み合わせに脳が混乱してしまいそうになる。

 

香澄「それ私が入れた"ぼた餅"だ!」

 

燐子「ぼ……"ぼた餅"ですか……。」

 

香澄「だって美味しいんだもん。」

 

ゆり「あ、あんこ……。私には当たりませんように。」

 

頬を叩き気合を入れたゆりは震える手で鍋に箸を入れる。

 

ゆり「ぱくっ……。もぐもぐ………うぼぁあ!?甘ぁああーーーバナ…"バナナ"!?」

 

薫「おや、ゆりが食べてくれたんだね。儚い味だろ?」

 

ゆり「バカーーーーー!少しは考えてよー!うぐぐ………。」

 

そして順番は友希那へと回ってくる。

 

友希那「次は私ね。箸先に集中して……無難な物が良いけれど。………これは"イチゴ"ね。甘酸っぱいわ。」

 

彩「私が入れた物だ!大好きなんだ♪」

 

ミカンにバナナにイチゴ。やけに果物率が高いこの闇鍋。スタートしてから1時間程が経過し、一同は闇鍋の真の姿に恐怖する事となる。

 

 

--

 

 

紗夜「………時間が経ってきた事で鍋が煮立って甘い匂いが強くなってきましたね…。」

 

六花「そうなんです。後になればなる程出汁が煮立ってきて匂いが変化するのが闇鍋の醍醐味なんです。さて、次は誰ですか?」

 

モカ「私でーす。どれにしよーかな…これ!もぐもぐ………おっ、"椎茸"だ……けど…確かに甘い汁で味が斬新。」

 

最早普通の食材ですら果物の甘い汁を吸ってしまいなんとも形容し難い味へと変化してしまっている。

 

イヴ「では、参ります。もぐ…………これは"お肉"で………す。」

 

イヴ「うげっ……何だこの味!?責任者出てこい!!」

 

王道である肉ですら、イヴが思わずもう1人の人格に変わってしまう程残念な味へと変化してしまった。もう1人のイヴの怒号がこだまする中、迫りくる順番に恐怖する者が1人。

 

りみ(ど、どうしよう………。このままだとどんどん美味しくなくなってきちゃう……。)

 

赤嶺「続けて大丈夫なのかな……。これ以上煮詰ったら大変なこ……。」

 

その時、ガスが切れコンロの火が消え部室が真っ暗闇に包まれてしまう。

 

花音「ふぇえええ〜〜!?真っ暗で甘い匂いで死んじゃうよぉ〜!!」

 

ゆり「すぐ変えるから、ちょっと待ってて。」

 

暗闇の中置いた場所を思い出しながら手探りで探しガスを交換。再びコンロの火がつき淡い光が広がった。ここまで約30秒程の出来事である。

 

ゆり「よし、じゃあ次は誰かな?」

 

六花「やっと私の番ですね。では……いただきます。………うん、皆さん大袈裟ですね。普通に美味しいですよ。もぐもぐ……。」

 

流石の立案者。顔色声色1つ変えずに美味しそうに食材を堪能している。

 

燐子「………そうですか?極限まで煮詰まって…却って美味しくなったんでしょうか……。」

 

蘭「…よし、この流れで私も当たりを引き当てる。…………もぐ。"ソーセージ"だ。」

 

 

 

その時だった--

 

 

 

急に蘭の声がピタッと止み、バタンと"何か"が倒れる音が響く。

 

モカ「蘭?味の感想、もう終わったの?」

 

そして順番は紗夜へと移り--

 

紗夜「次は私ですね。ではこれをいただきます。………もぐ…本当ですね。意外と……--」

 

 

 

そして今度は紗夜の声が止んで、再びバタンと倒れる音が。

 

 

 

高嶋「紗夜ちゃん?何食べたの?美味しかった?不味かった?」

 

高嶋が紗夜に尋ねるが紗夜から返事は返ってこない。そして魔の手は六花にも--

 

 

 

六花「お二方とも味の感想はさいろまれはっきぃ……れれ?変…れすね……。舌らひびれ…れ………ゴハぁ……ッ!」

 

聞いた事も無い程の断末魔をあげながら六花も倒れてしまったのだ。流石に異常を感じ闇鍋を一旦中止して部室の電気をつけるとそこに広がっていたのは3人が白目を向いて気絶しているとんでもない現場だった。

 

紗夜・蘭・六花「「「あああ……あううううう…あうぁぁぁ……。」」」

 

言葉にならない呻き声で3人の体が小刻みに震えている。

 

有咲「白目向いて3人倒れてるぞ!?一体何があったんだ!?」

 

千聖「まさか、さっきの暗闇に乗じて誰かが鍋に毒を持ったんじゃ……。」

 

あこ「まさかバーテックスの仕業!?」

 

全員が狼狽る中、1人の人物が自白する。

 

りみ「ごめんなさい!ごめんなさい!!私がやりました!!!」

 

ゆり「りみ!?」

 

そう。りみはコンロの火が消えたたった30秒程の間に、こっそり鍋に調味料を注ぎ足して味を整えようとしていたのである。

 

小たえ「本当だ。調味料とタレの瓶が"全部空"になってます。」

 

つぐみ「で、でも!それはおかしいです。たかが調味料とタレを全部入れただけでこんな風になっちゃうなんて。」

 

つぐみがそう反論するのも当たり前である。だがそれがりみには出来てしまうのだ。りみは壊滅的に料理が出来ないから。

 

中たえ「あ、あはは……それが出来るんだよ。」

 

ゆり「どうして………10回に1回は普通に美味しい物が作れるまでになってたのに……。」

 

夏希「確率が低い!」

 

紗夜・蘭・六花「「「あああ……あううううう…あうぁぁぁ……。」」」

 

千聖「まるで魔女の儀式ね……。」

 

高嶋「紗夜ちゃん!みんなもしっかり!目を開けて、意識を保って!!」

 

1番先に意識が回復したのは六花だった。ふらふらと起き上がり、狂った様に笑いながら話す。

 

六花「ふ………あはは…あはは!面白くなってきましたね…。勝負はまだこれからです!」

 

彩「ま、まだ続けるの!?」

 

六花「勿論です!ですが今からは明かりをつけたままです。普通に危険ですから。」

 

花音「ふぇえええ〜!?こんなの闇鍋じゃなくて地獄鍋だよぉ〜!!」

 

六花「お残しは許しません!甘いの辛いの、みんなが得意な物を食べるんです。」

 

蘭「そそそそそそうです。たたた食べ物をををそそそそ粗末にしたらららババチがあたたたた。」

 

紗夜「ああああう…あうううう……あうぁぁぁ………。」

 

りみ「うああああーーーーーん!ごべんだざーーーーい!」

 

ゆり「だ、大丈夫!何とか修復してみせる!見えてるならどうって事ない筈!」

 

香澄「そうですね!"成せば大抵何とかなります"!」

 

 

 

その後勇者達は各自が好きな味を担当し、闇鍋をキチンと残さず全部食べたのだった。

 

 

 



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反撃の兆し

物語は終わりへと動き始め、ここから勇者達の反撃が始まります。





 

ゴールドタワー--

 

ここは大赦から少し離れた所に聳え立つゴールドタワー。この世界では立ち入りが禁止されているその場所の一室で、1人の神官がパソコンを叩いている。画面にはよく分からない数式や難しい言葉の羅列が所狭しと表示されていた。しばらく時間が経過し扉をノックする音が聞こえ、2人の少女が入室する。

 

神官「御足労かけて申し訳ございません。」

 

声からして模擬戦で審判をした神官である事が分かった。最敬礼の姿勢で神官は2人の少女を招く。それもその筈、2人の少女はこの大赦にて最高の権力を持つ人物。

 

リサ「研究は順調に進んでますか?」

 

神官「はい、問題なく。模擬戦と"凶攻型"のデータを解析しある程度は目処が立ちました。これなら今井様と花園様が考えているシステムも機能すると思われます。」

 

中たえ「ありがとう、一時はどうなるかと思ったよ。確かに"鎮花の儀"は"凶攻型"に対する今のところ唯一の対抗手段。だけど……。」

 

リサ「それは被害を先延ばしにするその場凌ぎの手段にしかならない…。それじゃあ"中立神"は納得してくれない。」

 

中たえ「これは御役目であると同時に中立神からの試練…。私達は"凶攻型"を倒し鎮めるなければならない。人の可能性を見せる為に。」

 

記憶を持ち越す手段を探す事も大事な事ではある。だがそれと同時に中立神が天の神側につく事を防ぐ、静観してもらうようにする事が勇者としての御役目。造反神が最後に天の神を模して出てきた時、たった1柱の神ですら地を裂き理を変える程の力を持つ存在。それに加えて中立神の力も加わってしまえば勇者達に勝ちの芽は無くなってしまう。

 

神官「はい。ですがシステムとして確立させるにはもう少し時間が必要です。」

 

中たえ「分かってる。それが完成するまでは"鎮花の儀"で凌ぐよ。これからも"凶攻型"は出現する筈。力を合わせて戦いながら"凶行型"のデータも録るよ。」

 

神官「それに……。」

 

神官は何かを言おうとしたが、リサがそれを遮る。

 

リサ「良いの。これは"私達"が決めた事だから。」

 

神官「………くれぐれも無理はなさらぬ様。」

 

中たえ「……分かってる。帰りを待ってくれる人達がいるんだもん。」

 

神官「………。」

 

それ以上言葉は言わなかった。2人の間には今でも変わらぬ繋がりがあるから。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

同時刻、巫女を除く勇者達もこの先"凶攻型"に立ち向かっていく為に話し合いをしていた。

 

千聖「1番厄介なのは精霊の力を封じられてしまう事ね。」

 

有咲「ああ。動きを止める攻撃も厄介だが、それ以上に精霊を封じられたら対抗する術がねぇ。」

 

燐子「あの攻撃も封じられる範囲がある筈です……。その距離を見極めて私達後衛が攻めるのが一番だと思います…。」

 

赤嶺「それが1番だろうね。」

 

"鎮花の儀"が有効だと判明してからすぐさま大赦は小学生組を除いた勇者システムにオミットされた"鎮花の儀"のシステムを組み込んだ。これで今のところ倒せはしなくとも、誰でも多大なダメージを与える事が出来ればバーテックスを撤退させる事が可能となった。

 

美咲「後は"満開"が出来る8人を中心に戦っていくしか無いか。」

 

紗夜「そうでしょうね。それにしても、あの"凶攻型"の硬さの源は何なのでしょうか。」

 

小沙綾「確か神官の方が言ってましたね。"未知の物質"……"負の力"だって。」

 

その時樹海化警報が鳴り、会議は中断される。

 

ゆり「みんな、気を抜かないで。いつ"凶行型"が出てきても大丈夫なように行こう。」

 

香澄「分かりました!」

 

 

---

 

 

樹海--

 

樹海へ着き、勇者達は端末で敵を確認する。

 

燐子「敵の数は……大体2000程度といったところでしょうか…。」

 

あこ「何か最近敵の数やけに多くなってるよね。」

 

薫「この御役目も大詰めまで来てるって事じゃないかな。」

 

蘭「それなら良いんですけど…。」

 

中沙綾「"爆発型"、"飛行型"は後衛が相手します。」

 

友希那「前衛は"蟷螂型"、"防御特化型"、"超大型"を相手するわよ!」

 

友希那の号令を合図に香澄達は前へ出る。1箇所に全員が固まらないよう常に3人から4人のチームを組んでバーテックスを倒していく。

 

高嶋「トリプル!」

 

赤嶺「勇者…。」

 

香澄「キーーーック!」

 

模擬戦や訓練を通し勇者達も強くなった。最初は手も足も出なかった"蟷螂型"に対してもタイマンで破るまでになっている。

 

イヴ「おらぁぁぁっ!来た当初は散々いたぶってくれたなぁ!」

 

"蟷螂型"に並々ならぬ執念を燃やしているのはもう1人のイヴ。防人と赤嶺が飛ばされた夜の樹海で花音を逃す為に1人戦いボロボロにされた記憶が蘇る。

 

イヴ「ぶちかますぞ"雷獣"!くらいなっ!」

 

銃剣の鋒に電気を流し"蟷螂型"の脚を一刀両断。分厚い鎧も関係なく一撃で叩き伏せた。

 

千聖「やるじゃない、イヴちゃん。」

 

イヴ「当然だ!もう文字通り蟷螂同然だ!」

 

 

--

 

 

一方では--

 

有咲「うりゃあぁぁぁ!」

 

星屑を切り刻みながら"防御特化型"を相手取る有咲。突出しすぎないよう周りを常に確認しながら攻め続けていた。

 

美咲「市ヶ谷さん、援護いる?」

 

有咲「いらねーよ!こんな相手、私だけで十分だ!行くぞ"鬼童丸"!!」

 

そう叫ぶと有咲の傍にフードを被った小さな小鬼が現れる。

 

有咲「雁字搦めだっ!」

 

刀を地面に刺すと、"防御特化型"を取り囲むかのように躑躅の紋様が出現し、そこから"防御特化型"目掛けて鎖が伸び巻きついたのだ。

 

有咲「締めるぞ!」

 

鎖が"防御特化型"をどんどん締め上げミシミシと音を立て堅牢な装甲を砕き脆弱な部分が露わになる。

 

有咲「これが進化した完成型勇者の実力だぁ!」

 

もう一振りの刀で脆弱な箇所を切り裂き一撃で葬り去る。

 

香澄「有咲凄い!」

 

有咲「どんなもんだ!」

 

大分数を減らして来た勇者達であったが、彼方からは湯水の如く星屑が襲いかかってくる。大きな力を持たない星屑だが、その数に目に物を言わせて攻め立てる人海戦術が星屑の最も嫌らしい戦術である。

 

美咲「ったくぅ……際限ないね、この敵は。」

 

あこ「勇者は根性だ!"成せば大抵何とかなる"んだよね、沙綾ちゃん!」

 

中沙綾「そうそう。あこも大分勇者部に染まってきたじゃん。」

 

疲れた体に鞭打ち、勇者達は星屑掃討戦へ挑んでいく。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

リサ「遅れてごめんね!」

 

勇者達が樹海へ移動してから10分程が経ち、リサが部室に勢い良く入って来た。

 

彩「大丈夫だよ、リサちゃん。今のところ変わった事は起きてないから。みんな頑張って戦ってる筈だよ。」

 

モカ「そうです。それにリサさんには大事な役目があるんですから。」

 

六花「そうですね。今井さんに大役を押し付けてしまってすみません。」

 

リサ「良いよ良いよ気にしないで。みんなの気持ちは同じでしょ。"勇者達を助けたい"って気持ちはさ。」

 

その一言に3人の巫女達はゆっくり頷いた。

 

リサ「大丈夫。まだ"アレ"は間に合わないけど、"鎮花の儀"で時間稼ぎは出来る筈だから。」

 

六花「問題は中立神が痺れを切らさないかどうかですね…。」

 

目下の問題が山積みではあるが、今の巫女達に出来る事は勇者達の無事を祈り、帰ってきた時の万全のケアだ。

 

リサ「私達が今出来る事を精一杯やろう。」

 

彩「そうだね。みんなが帰って来た時の為に、うどんと蕎麦いっぱい茹ででおかないと。」

 

モカ「賛成ー。」

 

六花「やりましょう!」

 

4人は家庭科室へと足を運ぶのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

戦いが始まってから40分程が経過した。周りのバーテックスは大方殲滅する事が出来、残りは未だ牙を剥き出し襲い来る星屑の集団。

 

あこ「んもぅーーー!うじゃうじゃとしつこいよーー!」

 

小沙綾「あこさん、愚痴が出るうちはまだ大丈夫です。」

 

あこ「それは分かってるけどさぁ。何かもっとこう………必殺技でズガーーーン!とか出来ないの?」

 

燐子「ダメだよあこちゃん……。まだ"凶攻型"が出て来てない…。下手に大技を使うとその時に対処出来なくなる…。」

 

後衛が肝心な時に動けなくなってしまうと最初の作戦が全て水泡と化してしまう。長期戦になっても燐子は冷静に周りを見ながら戦況を分析していた。そして遂にその時がやって来る。

 

燐子「……!?皆さん…来ます…!」

 

周りの空気が重く張り付くのが分かった。まだ目視では確認出来ないが、それなのにその圧倒的な威圧感を肌で感じる。

 

高嶋「これが……"凶攻型"…。」

 

薫「この感覚…まるで深海にいるかの様な息苦しさを感じるね。」

 

前回三手に分かれた際、西側で戦っていた高嶋達だけは"凶攻型"に遭遇しておらず、今回が初対面となる。

 

友希那「全員あの中心のコアの明滅に気をつけて!」

 

注意喚起した直後、"凶攻型"のコアが鈍い光で明滅しだし、自身の周囲を無差別に爆発させた。

 

花音「ふぇえええ〜〜っ!?!?何これ死んじゃうよぉ〜!!」

 

紗夜「飛んでる星屑も関係なしですか。」

 

その後も"凶攻型"は周囲を爆撃しながら目の前の勇者達を歯牙にも掛けず神樹に向かって前進し続ける。

 

有咲「みんな、反撃の隙を与えんな!りみ、りみのワイヤーと私の"鬼童丸"で足止めするぞ。」

 

りみ「うん!」

 

2人は"凶行型"の左右に位置取り、りみはワイヤーで、有咲は鎖で"凶攻型"を雁字搦めにする。

 

りみ「う……うぅ…!」

 

有咲「ぐぬぬぬ………!」

 

渾身の力を込めて縛り上げ若干移動速度が低下するが長い時間は保たないと見ている誰もが分かった。

 

香澄「有咲!りみりん!」

 

有咲「構うな!攻撃の手を緩めるなっつっただろ!」

 

高嶋「行こう、戸山ちゃん!行くよ"一目連"、"酒呑童子"!!」

 

二重憑依で駆け上がる高嶋。突風で加速させながら嵐の如くパンチの連打を"凶攻型"に浴びせかける。

 

高嶋「うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃうりゃぁぁ!!」

 

赤嶺「私達も続くよ、つぐちん!来い"山本"!」

 

つぐみ「うん!力を貸して"玉藻前"!」

 

続け様に呪いの力を源とする2人の蹴りと斬撃が命中。並のバーテックスならこの一撃で消滅する筈なのだが、"凶攻型"にはびくともしない。

 

つぐみ「くっ……!やっぱり呪いの力が負の力に相殺されてる…!」

 

決定打を打てない勇者達。そして再び"凶攻型"のコアが明滅を始め今度は周囲を光が包み込んだ。

 

有咲「まずい!みんな離れろ!」

 

光を放った直後、"凶攻型"に巻きついていたワイヤーと鎖が消滅。精霊の力を封じてきたのだ。

 

紗夜「高嶋さん!」

 

高嶋「紗夜ちゃん来ちゃダメ!紗夜ちゃんも精霊が使えなくなっちゃう!」

 

今精霊の力が使えないのは"凶攻型"の周囲にいる有咲、りみ、高嶋、赤嶺、つぐみの5人。その5人に"凶攻型"からの爆撃光撃が炸裂する。

 

有咲・赤嶺「「ぐわぁぁぁっ!」」

 

りみ・高嶋・つぐみ「「「きゃぁぁっ!」」」

 

バリアも封じられた5人は攻撃をモロに受け吹き飛ばされてしまう。しかし5人の犠牲は無駄では無かった。分析した燐子が後衛から指示を送る。

 

燐子「10m…10mです……!満開が使えない人はその距離を保って攻撃してください…!」

 

5人が決死の覚悟で燐子に渡した情報。このチャンスを無駄にする訳にはいかなかった。

 

中沙綾「香澄!ゆり先輩!おたえ!友希那さん!夏希!私が援護するから攻めて!!」

 

香澄「分かった!みんな、行くよ!」

 

6人「「「"満開"!!」」」

 

満開出来る6人は先のバーテックスとの戦闘でゲージが溜まりきっている。一斉に満開し"凶攻型"に反撃を開始する。沙綾は後衛から砲撃し、たえと友希那はそれぞれ中衛から槍状と刀状のビットを展開しオールラウンドに攻撃。残りの3人は白兵戦で"凶攻型"との戦闘を繰り広げていた。

 

香澄「反撃の隙は与えない!」

 

ゆり「みんなが作ったこのチャンスを逃さない!」

 

満開が使えない勇者達は邪魔してくる星屑を加勢させないように"凶攻型"と一定の距離を保ちながら迎撃していく。

 

夏希「このぉっ!」

 

ゆり「負けるかぁ!」

 

大剣と4本の鉤爪が"凶攻型"をしっかりと捉えた。

 

ゆり「巨重斬!」

 

夏希「天墜の斧鉞!」

 

地を砕く程の一撃が"凶攻型"に炸裂するも、損傷箇所を直ぐに修復してしまう。

 

香澄「まだまだぁ!勇者パーーーンチ!!」

 

すかさずゼロ距離からコア目掛けての勇者パンチが命中するがバチバチとコアを守るバリアに阻まれる。が、"凶攻型"を大きく後退させる事には成功する。

 

香澄「くっ………見るからに弱点っぽいのに…。」

 

ビームを放ちながら前進する"凶攻型"。香澄は追加された両肩の巨大な手で前へ行かせない様必死で押さえ込む。

 

香澄「ぐっ………うぅぅ……!」

 

友希那「はぁぁぁあっ!」

 

中たえ「いっけぇぇぇぇっ!!」

 

中衛で援護していた2人も前衛へ上がり攻撃を続ける。

 

中沙綾「ダメージは蓄積されてる!もう少しです!」

 

あと一息。だが"凶攻型"にはもう一つの手が残されていた。"凶攻型"が再度光を放つと香澄、たえ、友希那の動きが止まる。

 

友希那「ぐっ…動けない……。」

 

香澄「力も入らない……。」

 

動けない香澄達を爆発で吹き飛ばし"凶攻型"は神樹に向かって一直線に突き進んでいく。

 

中沙綾「もう満開が保たない…。」

 

沙綾が前へ出ようとしたその時、有咲が沙綾を止める。

 

有咲「沙綾はそこから援護!私とりみでやる!」

 

りみ「うん!いけぇぇぇぇぇっ!」

 

意識を取り戻し満開したりみが無数のワイヤーで"凶攻型"を繭の様に包み込む。抜け出そうと"凶攻型"はビームを放とうとするのだが、何故かビームは発射されなかった。

 

ゆり「これは……"雲外鏡"の力?」

 

有咲「そうだ。"雲外鏡"の跳ね返す力で今アイツは自分で自分を攻撃してるんだ。」

 

バーテックスの負の力と勇者の正の力は反発し合ってしまう。なら負の力と負の力がぶつかったらどうなるだろうか。反発し合う事なく、互いが互いを傷付けるのだ。やがて自分自身の攻撃を受けた"凶攻型"は動かなくなってしまう。

 

りみ「有咲ちゃん、今だよ!」

 

有咲「任せろ、りみ。四双瞬滅突!」

 

ワイヤーを一部緩めコアを露出させたりみ。有咲はそこ目掛けて4本の刀をコア目掛けて突いた。

 

有咲「この前の仕返しだぁぁぁ!!」

 

バリアが突撃を阻むが、自身の攻撃で耐久力も落ちていた為、バリアを貫き刀がコアに命中。貫きはしなかったが大打撃を与える事に成功する。そして遂に全勇者システムに再搭載された"鎮花の儀"が発動するのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

辛勝だった。ほんの僅かでも気を緩めればどうなっていたか分からない。だけどあの"凶攻型"に対し初めて一矢報いる事が出来たのだ。この事実が勇者達に一時の頑張る力を与える。

 

千聖「みんな……無事かしら?」

 

有咲「あぁ。何とか追い返したぞ。」

 

彩達は疲れ切った勇者達に、うどんを振る舞いながら傷の手当てをする。

 

彩「千聖ちゃん、大丈夫?」

 

千聖「ええ。私は大丈夫よ。私より前線で戦ってた香澄ちゃん達を見てあげて。」

 

六花「結構やられたね、2人とも。」

 

赤嶺「流石は中立神ってとこだね……痛てて。」

 

つぐみ「何とか私達でも戦える手段があれば良いんだけどね。」

 

追い返す事が出来たとはいえ敵は"凶攻型"たった1体。1体相手に満開が使える勇者8人がかりで満身創痍に成る程の相手。一時は勝利を噛み締めていた勇者達だったが、突きつけられた現実は非常に重たいものだった。

 

リサ「………みんな、聞いて欲しい。」

 

リサがみんなに話し始める。

 

リサ「今の状況が続けば、いずれ中立神は痺れを切らして天の神側についちゃう。」

 

友希那「悔しいけれど、リサの言う通りね。"鎮花の儀"をいくら使った所でそれは私達の力じゃない。私達の実力でこの状況を打ち破らなければこの先勝機は……無い。」

 

リサ「今回の襲撃で中立神はきっと"凶攻型"の数を増やしてくる……だから、今大赦ではそうなった時の為に打開策を計画してる。」

 

香澄「打開策?」

 

中たえ「そう。ゴールドタワーでね。」

 

千聖「ゴールドタワーですって!?」

 

リサ「作ってるシステムの名前は"ヤチホコ"。"凶攻型"を覆っている未知の物質。あれは"負の力"を纏っている。赤嶺とつぐみが持つ精霊の力が相殺されるなら、逆に"正の力"で中和出来るんじゃないかって思ったんだ。」

 

つぐみ「確かに赤嶺ちゃんの"山本"と私の"玉藻前"の呪いの力は相殺されてた…。」

 

赤嶺「でも正の力をどうやって……ってまさかリサちゃん!?」

 

正の力は清らかな力。それを持つ事が出来る者は--いや、者達は巫女において他ない。

 

リサ「うん。今度は"私達"がみんなを助ける番。もう……誰も傷付けさせないから。」

 

 



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本当の家族

頑張る前の小休止です。イヴ誕生日会からの続きのお話。

いつも読んでくださりありがとうございます。ブックマーク感謝しております。




 

 

"ヤチホコ"--

 

"八千矛(ヤチホコ)"と書かれる様に数多の矛を意味し、"大国主"の別名とも言われている。矛は攻撃に使う槍の矛では無く、祭祀に用いられる道具の事。

 

ゴールドタワーを巨大な送信機として使い地下にある装置に巫女が入り、巫女の祈りによって高まった巫力を自身の肉体を回路としてバーテックスに放射するシステムである。

 

一度発動出来れば"凶攻型"といえど負のエネルギーを相殺される事により急激に弱体化すると予測されるが、強力過ぎるエネルギーの負荷に何の力も持たない巫女が受け止めなければならないのだ。

 

友希那「エネルギーの負荷を受け止めるって……まさかリサが!?」

 

リサ「そうだよ。モカや彩、六花にも負担がかかるけど……私達は決めたんだ。これ以上友希那達に重荷を背負わせたくないって。」

 

蘭「本気なの、モカ!?」

 

モカ「うん、もう決めたんだ。私も一緒に戦うよ。今までずっと蘭の背中を見てたけど……今度は私も蘭の横で戦うから。」

 

千聖「彩ちゃんも……なの?」

 

彩「黙っててごめんね。もし話したら千聖ちゃんは絶対に反対すると思ったから……。」

 

千聖「当たり前じゃない!」

 

彩「でも!でも……"凶攻型"が出てくる度に千聖ちゃんやみんながボロボロになって帰って来る……。それなのに私はただみんなが無事であります様にって戦いの度に祈るだけ。そんなのはもう………嫌なんだ。」

 

赤嶺「ロックも同じ考えなの?」

 

六花「はい。赤嶺さんやつぐみさんだけに辛い思いはさせません。私も背負わせてください……いや、背負います!」

 

巫女達の決意は固かった。今更止めるよう説得したところで逆効果になってしまうだろう。

 

ゆり「分かった。だけどこれだけは約束して。自分自身の命を最優先にして。自分を犠牲にしようだなんて絶対に考えないで。」

 

リサ「……分かりました。それにみんななら、私達に負荷をかけすぎない様に素早く殲滅してくれるって信じてるから。」

 

友希那「……言ってくれるじゃない…。」

 

蘭「当たり前ですよ。」

 

千聖「勿論よ。犠牲は絶対に出さない。出させない!」

 

リサ「うん!完成まであと少し。その時は頼りにしてるよ。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

それから1週間程経った。バーテックス襲来の神託も無く、勇者達は緊張に包まれながらも久々に年相応の学校生活を送る事が出来ていた。

 

美咲「はぁ〜やっと1週間が終わったよ。寮に戻ってゆっくりテレビでも見ようかな。それじゃあまた明日。」

 

花音「週末に敵が来ませんように…。それじゃあ、私も帰るね。」

 

香澄「みんなお疲れ様。私も帰ろっと。さーや、行こ!」

 

中沙綾「うん。今行くね、香澄。」

 

友希那「今夜は何を食べましょうか?何か食べたいものはあるかしら?」

 

中たえ「ハンバーグ!」

 

友希那「そうしましょうか。」

 

リサ「それじゃあ、今日はリサさんが腕によりをかけて作っちゃうよ。たえちゃん、行くよ。」

 

小たえ「待って待ってー!おいてかないでー!」

 

それぞれが家路に着く中、仲睦まじくしている友希那達の姿をジッと見つめている1人の少女がいた。

 

イヴ「……………。」

 

紗夜「あら?若宮さんはまだ帰らないのですか?」

 

イヴ「たえさん達は………一緒に晩ご飯を食べるのでしょうか?」

 

紗夜「あぁ……。湊さん達は最近週末によくあの様に集まっているそうですよ。側から見れば家族の様ですね。」

 

イヴ「そう………ですか…。」

 

心の奥に秘めたモノを感じ取った紗夜。紗夜はイヴの誕生日を祝って以来、自分と同じ境遇を持つ彼女にシンパシーを感じていたのだった。

 

紗夜「……………若宮さん。もし宜しければ、今日--」

 

イヴ「…………?」

 

紗夜はイヴを連れある人の家へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

 

牛込宅--

 

ゆり「はーい、どちら様………って、あれ?紗夜ちゃんとイヴちゃん。2人ともどうしたの?」

 

呼び鈴を鳴らすとゆりが自宅の扉を開け2人を出迎える。そして紗夜はゆりにこんな頼み事をする。

 

紗夜「突然押し掛けてしまい申し訳ありません。突然なのですが………今夜、一緒に過ごさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 

ゆり「え?」

 

イヴ「………………。」

 

突然の事に驚くゆりだったが、イヴの様子を見たゆりは紗夜の意図を理解したのか、申し出を快く承諾する。

 

ゆり「大丈夫だよ。さ、入っ………?」

 

招こうとした時、ゆりの端末に薫からメールが入る。

 

ゆり「ごめんね、メールだ。…………薫からか。」

 

 

---

 

 

差出人:瀬田薫

―――

宛先:牛込ゆり

―――

件名:儚い子猫ちゃんへ

―――

やあ、ゆり。元気にしているかい?今日、とても儚い魚が釣れたんだ。是非、ゆりに捌いて欲しくてね。構わないかい?

 

 

---

 

 

ゆり「丁度良い。りみー!ちょっと来てー!」

 

りみ「どうしたの、お姉ちゃ……あれ?紗夜さんにイヴちゃん!?こんにちは。」

 

ゆり「今からイヴちゃん連れてお使い頼めるかな。途中で薫と合流して、一緒に帰って来て。」

 

りみ「分かった。」

 

イヴ「え………?」

 

すんなり内容を飲み込んだりみに対して未だに状況が飲み込めていないイヴ。

 

紗夜「私は行かなくて良いのですか?」

 

ゆり「紗夜ちゃんは私の手伝いをお願いね。今日は海鮮鍋だよ。」

 

りみ「やったぁ!行こう、イヴちゃん。」

 

イヴ「え………は、はい。」

 

りみに手を引かれイヴはスーパーがある方角へと消えていった。

 

ゆり「さて、薫に返信して………りみには買い物リストを送信……と。これでオッケー。」

 

紗夜「いつもながら迅速な対応ですね。」

 

 

---

 

 

スーパー--

 

薫と合流したりみとイヴはゆりから送られてきたリストを頼りに材料の買い出しを始めていく。

 

薫「そうか……今日は海鮮鍋を。丁度良かったよ。」

 

りみ「いえ。薫さんが魚を捕まえたからそうなったんだと思います。ね?イヴちゃん。」

 

イヴ「え?そ、そうですね…。」

 

りみ「えーっと………足りない調味料は、これと、これ……で、"後は適当にお願い"って、お姉ちゃんったら。」

 

薫「イヴちゃん。好きな食べ物はあるかい?」

 

イヴ「私は………何でも。」

 

りみ「今夜は他に何が食べたいかとかある?」

 

イヴ「分かりません……。特に…無いです。」

 

話が続かない。会話が途切れ途切れになってしまう。

 

りみ「あっ、そっか。防人はゴールドタワーに食堂があるって言ってたから、自分でメニューを考えないんだ…。」

 

薫「防人になる前はどうしていたんだい?やはり、家族と一緒かい?」

 

イヴ「…………独りでした。いつも菓子パンとかピザとかを適当に食べてました。」

 

りみ「えっ!?毎日!?」

 

イヴ「はい………。」

 

仕方のない事だった。防人以外では紗夜にしか話した事がない自分自身の過去について。

 

薫「それは……体には良くないね。」

 

イヴ「お腹が満たされればそれで良かったんです。何でも………食べられれば。」

 

りみ「で、でもラーメンは好きなんだよね?」

 

イヴ「はい。ラーメンは独りでも温かいですから。どんぶりの中だけを見ていられるので大好きです。」

 

2人は敢えて深くは立ち入ろうとはせず、それでもイヴに寄り添うように話を続けた。イヴもそれが何故かとても心地良いと感じるのだった。

 

薫「…………なら、この中華麺を買おう。海鮮鍋の最後はラーメンだね。」

 

りみ「そうですね!」

 

イヴ「最後………?鍋の後に入れるんですか?」

 

りみ「みんなで食べるラーメンも美味しいよ!後、デザートも買って帰ろう!」

 

薫「他にお菓子も幾つか買って帰ろうか。」

 

りみ「ですね♪イヴちゃん、選んで選んで!」

 

イヴ「私が……選んで良いんですか?」

 

薫「勿論さ。イヴちゃんが選んだお菓子を、みんなで食べよう。」

 

イヴ「わ、分かりました!えっと……えっと……これが良いでしょうか……?それとも………。」

 

2人の事を忘れて夢中でお菓子を選び出すイヴ。その姿はまるで宝探しをする子供の様。側から見ればこの3人は家族の様に見えるのだった。

 

 

---

 

 

一方、牛込宅--

 

紗夜「こんな感じでしょうか………。」

 

ゆり「うんうん、いい感じだよ。大分上手くなってきたね。」

 

2人はりみ達が帰ってくるまで、鍋に入れる具材の下拵えをしていた。まだ不器用ながらも紗夜の料理スキルは以前とは見違える程だ。

 

紗夜「そうですか……?包丁はまだ少し慣れませんね。」

 

ゆり「大丈夫、上等上等!」

 

紗夜「…………………。」

 

具材と睨めっこをしている紗夜にゆりは前に2年生が林間学校に行った際、家に無理矢理連れてきた事を交えながら話しかける。

 

ゆり「…………紗夜ちゃんが次に来る時は、高嶋ちゃんを連れて来るものだと思ってたよ。」

 

 

--

 

 

紗夜「ええ……美味しいです。………家族の食卓って、こんな感じなんですね。騒々しいですが………なんだか楽しいです。いつか……高嶋さんとも……こんな感じになれたら…良いですね…。」

 

ゆり「またいつでも来てね。今度は高嶋ちゃんと一緒に。」

 

紗夜「………ええ、是非。フフッ。」

 

 

--

 

 

紗夜「確かにあの時はそんな事を言いましたね。………何故だか若宮さんを放っておけなかったんです。」

 

ゆり「……………変わったよね、紗夜ちゃん。」

 

紗夜「私が…ですか?」

 

ゆり「うん。すっごく周りが見えてて、自分に出来る事を判ってきたって感じがするよ。黙々と1人でゲームしてると思ってたら、ちゃんと先輩らしくなってるよ。」

 

彼女はこの世界に来る事で変わる事が出来た。自分だけでは無く他人を思いやり、思いやられ--先輩として接する事で凍りついていた彼女の心は徐々に溶けていった。

 

紗夜「そ、そんな事は………。ただ……若宮さんは私と似ている部分がありますから。若宮さんも知っていた方が良いと思ったんです。穏やかな空気と言いますか……。」

 

ゆり「ありがとね、紗夜ちゃん。」

 

紗夜「どうしてゆりさんが……。お礼を言うのはこちらの方です。」

 

その時、自宅の呼び鈴が鳴りりみ達が帰って来る。

 

ゆり「お、帰ってきたね。はいはーい!お帰り。」

 

イヴ「…………はい。」

 

ゆり「こらこら、"はい"じゃなくて、お帰りって言われたら"ただいま"でしょ。」

 

イヴ「あ……………………た、ただぃ…………ま。」

 

りみ・薫「「ただいま。」」

 

ゆり「よろしい!早く入ってうがい手洗いね!すぐにご飯にするよ。」

 

イヴ「……………………。」

 

"ただいま"。何気ない一言なのに、それが何故かイヴの胸をキュッと締め付ける。

 

りみ「イヴちゃん?どうかした?」

 

イヴ「私…………初めてです。」

 

りみ「ん?何が?」

 

イヴ「家に帰って、誰かに……"お帰り"と言われた事が。」

 

誰にとっても当たり前の事がイヴにとっては当たり前の事では無かった。誕生日を祝われた時もそうだった。当たり前を感じれる事。それが何よりもイヴにとっては新鮮で嬉しいものなのだ。

 

りみ「イヴちゃん……………。行こう。アイスとデザート冷蔵庫にしまわなくちゃ!」

 

イヴ「……はい!」

 

 

--

 

 

りみ「大きなクーラーボックスがあると思ったら……。」

 

ゆり「まさか……幻の魚、クエを持ってくるなんて!」

 

薫「小ぶりでも大きいから、ぶつ切りにして持ってきたよ。」

 

イヴ「凄いです……!」

 

紗夜「こんなに沢山あるのでは、食べきれないかもしれませんね。」

 

ゆり「フッフッフ。そう思う?甘いよ!いっただきまーす。」

 

一目散に鍋に箸を伸ばすゆり。見る見るうちに鍋の具材がゆりのお腹の中へと消えていってしまう。

 

りみ「はっ!皆さん、早くしないとお姉ちゃんに全部食べられちゃいます!」

 

紗夜「若宮さん、適当に取り分けたので食べてください。」

 

薫「うん……アジのつみれも儚くて最高だよ、イヴちゃん。」

 

イヴ「いただきます……パク。ハフハフ…ッ!」

 

口に入れた途端魚介の出汁が染み込んだクエの濃厚さが口いっぱいに広がった。野菜も出汁を吸っていてまさに最高の一品。

 

りみ「イヴちゃん、どう?」

 

イヴ「…………美味しいです。とっても美味しくて……温かいです。」

 

ゆり「うん、美味しいは正義!みんなもどんどん食べて!」

 

りみ・紗夜・薫「「「いただきます。」」」

 

りみ「っ!この帆立甘くて美味しいです!サザエもコリコリでめっちゃ美味しい!」

 

紗夜「本当ですね。お刺身も新鮮で歯応えがあります。瀬田さんに感謝ですね。」

 

薫「みんなで囲む食卓に温かい食事……この時をみんなで味わう事が出来て私も嬉しいよ。」

 

りみ「イヴちゃんイヴちゃん!ご飯の後はデザートもあるからね!」

 

イヴ「……はい!」

 

ゆり「そうだね。デザートを食べながら映画でも見て今日はリビングに布団敷いてみんなで雑魚寝だね。」

 

イヴ「?あの………どうして私はここに泊まるんですか?」

 

りみ「今日からイヴちゃんも名誉姉妹だからだよ!」

 

イヴ「名誉姉妹………ですか?」

 

紗夜「私もそうなんです。どんどん増えますね…牛込さんの家族。」

 

イヴ「家族?血が繋がっていないのにですか?」

 

薫「血縁なんて小さな事さ…。」

 

イヴ「そうなんですか?」

 

薫「ああ。この世界では………これが本当の家族でも別に良いんじゃないかい?」

 

イヴ「これが………本当の…………。」

 

イヴは周りを見回す。周りには紗夜、薫、ゆり、りみ。みんながイヴを笑顔で、温かい笑顔でゆっくり頷いた。自分を受け入れてくれた--イヴはそれがたまらなく嬉しかったのだ。

 

イヴ「あ、あの………!」

 

ゆり「ん?どうしたの、イヴちゃん。」

 

イヴ「私………私は……また…ここに、帰って来ても良いんですか?」

 

ゆり「……当たり前でしょ?ほらほら、もっと食べて!おかわりは?」

 

イヴ「…………はい!いただきます!」

 

満面の笑顔で笑うイヴ。そんなイヴの笑顔を紗夜は嬉しそうに眺めるのだった。

 

 



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勝利への祈り

遂に起動する"ヤチホコ"。勇者達は起動までの時間を稼ぐ為に決死の戦いに挑む。そして、新たなチカラが咲き誇る--

今期毎週水曜日23時半に"結城友奈は勇者である"が再放送されていますので気になった方は視聴してみて下さいね。



 

 

花咲川中学、体育館--

 

1人で自主練をしている友希那。そこへリサが差し入れを持ってやって来る。

 

リサ「やっぱりここにいたね、友希那。」

 

友希那「リサ。どうしてここに?」

 

リサ「何年一緒にいると思ってるの?友希那の考えてる事なんか私にはお見通しなんだから。………大方私達の為に躍起になって稽古してるんでしょ?」

 

友希那「………そうよ。正直"凶攻型"一体だけでもあれだけ苦労した。今のままじゃリサを守りきるなんて……。」

 

リサ「……そっか。でも私は友希那を信じてるよ?」

 

友希那「リサ?」

 

リサ「だって友希那はここ1番じゃ誰よりも負けない力を発揮してるじゃん。それに……。」

 

その時体育館のドアが開き、誰かが入ってくる。

 

千聖「あら……友希那ちゃんもいたのね。」

 

蘭「湊さん。それにリサさんも…。」

 

友希那「美竹さんに白鷺さん。」

 

千聖「丁度良かったわ。友希那ちゃんも私達の特訓に付き合ってくれないかしら?」

 

蘭「お願いします。」

 

2人も考えは友希那と同じだった。口ではああ答えたが、いざ1人になって考えると恐怖と不安で押し潰されてしまいそうになる。迷いを払拭する為に2人はここへ来たのだった。

 

友希那「勿論よ。私からもお願いするわ。リサ、ごめんなさい。話の続きはまた後で。」

 

リサ「うん、分かった。頑張ってね、友希那。」

 

友希那「ええ!」

 

体育館を出る瞬間に後ろを振り返る。友希那は2人と三つ巴の組み手をしていた。

 

リサ(大丈夫。友希那は1人じゃない……。みんなが支えて、支えられて。その想いがみんなを何倍も強くさせるんだから。私達がみんなを守る。)

 

 

---

 

 

翌日、勇者部部室--

 

バーテックスの総攻撃が始まると巫女達に神託が下り、勇者達に緊張がはしる。

 

ゆり「それじゃあ、大方の作戦は前回と同様。固まり過ぎず、前衛は3人くらいで纏まって迎撃していくよ。」

 

リサ「私達4人はゴールドタワー地下の装置がある部屋で待機。私達の祈祷でタワーに設置されてる"ヤチホコ"にエネルギーが溜まったら、私が端末で香澄に知らせるよ。」

 

中たえ「そして香澄とリサさんが持つ2つのスイッチを同時に押した瞬間に、スイッチをマーカーとして"ヤチホコ"からエネルギーが放出されるんだ。」

 

燐子「戸山さんが目印という事ですね……。」

 

紗夜「つまり、戸山さんは何としても生き残らないといけないという訳ですね。」

 

あこ「あこに任せて!香澄にくる攻撃は全部あこが防いで見せるから!」

 

香澄「頼りにしてるね、あこちゃん。」

 

千聖「それじゃあ行きましょう!犠牲はゼロに、何としても全員無事に戻ってくるわよ!」

 

全員「「「おーっ!!」」」

 

 

---

 

 

樹海--

 

樹海に降り立った勇者達は周りを見て唖然とする。

 

香澄「これ…全部敵なの……!?」

 

空を覆い尽くす程の星屑と"飛行型"の群れ。そして彼方からは"超超大型"がゆっくりと近付いていた。

 

美咲「これが全戦力だと良いんだけど、そうもいかないよね。」

 

燐子「まだ"凶攻型"が見えません……増援もあり得ますね…。」

 

友希那「リサ、そっちの準備は大丈夫?」

 

リサ『うん、問題なし。頼んだよみんな。』

 

香澄「やりましょう!」

 

勇者達は各方面へと散り、雑魚の掃除へと向かった。

 

 

--

 

 

中沙綾「ビット展開!」

 

香澄「かっとべ!勇者キック!」

 

沙綾を中心に据え、香澄が地上の敵を薙ぎ倒す。ビットの遠隔操作で香澄を援護し、無防備になる沙綾を美咲が守りつつ空から来る敵もしっかりカバーする。

 

美咲「守りは気にせずやっちゃって!」

 

中沙綾「背中は任せるよ。」

 

美咲「言ってくれる。じゃあ私も張り切っちゃうよ!うりゃうりゃうりゃうりゃーーー!」

 

投槍を文字通り投げやりに投げる美咲。右も左も敵がいるこの状況。何処へ投げても何かしらの敵に命中する程にバーテックスが密集している。

 

香澄「やるよ、"火車"!勇者ーーー火柱!」

 

"天の逆手"で樹海を叩くと、"火車"の力で炎の柱が幾つも香澄の周りに立ち昇った。爆発が広がって一面にいたバーテックスが雲の子を散らす様に消滅してしまう。

 

香澄「さぁ、どんどん来ーーーい!」

 

 

--

 

 

紗夜「来なさい"七人御先"!」

 

方々に散りながら死神の如く星屑を鏖殺していく。

 

紗夜「沙綾さん、たえさん、海野さん、背中は私の分身が守ります。思い切りやってください!」

 

それぞれ2人づつ紗夜の分身が小学生組の背後をカバーし、3人は息のあったコンビネーションで更に互いをカバーしながら戦っていた。

 

小沙綾「おたえ、右から星屑3体!」

 

小たえ「任せて!うわっ!?」

 

沙綾「足元がお留守ですよ、たえさん。」

 

小たえ「ありがとうございますぅ……。」

 

夏希「あはは!気をつけなよ、おたえ!」

 

小たえ「夏希、後ろから爆弾飛んでくる!」

 

夏希「うわうわうわーー!!」

 

紗夜「はぁっ!!」

 

飛んでくる爆弾を分身の紗夜が切り刻み爆発。巻き込まれてしまうが分身の為紗夜本体は当然無傷であり、すぐさま新たな分身が現れる。

 

夏希「助かりました、紗夜さん。」

 

紗夜「全く……口より手を動かしてください。」

 

 

--

 

 

ゆり「せいっ!たぁーーーっ!」

 

大剣で1匹ずつ処理していくゆりだったが、いつまでたっても減らない星屑に対し徐々にフラストレーションが溜まっていく。

 

ゆり「んもーーーーっ!!面倒臭い面倒臭い!りみ!ちょっとワイヤーで網作って!」

 

りみ「網!?えっと………こう?」

 

即席でワイヤーで網を作り上げるりみ。

 

ゆり「薫!りみの反対側のワイヤー持って星屑捕まえるよ!こういうの得意でしょ!」

 

薫「あぁ……地元でよくやった投網漁を思い出すよ。」

 

ゆり「感情に浸るのはまた今度!一気に捕まえちゃって!」

 

薫「いくよ、りみちゃん。」

 

りみ「はい!」

 

薫「やぁーーーーーーっ!!」

 

ワイヤーの長さに際限は無い為、何処までも大きくなる網に星屑や"飛行型"が次々と捕らえられていき一纏めに集まっていく。

 

ゆり「逃がさないでしっかり持っててね!出番だよ"鎌鼬"!」

 

薫はバーテックスで大漁の網を地面に置き、その上でゆりは大剣を振り回し巨大な竜巻を作り出す。

 

ゆり「全部まとめて吹き飛べ!!」

 

そして大剣を振り下ろし作り出された竜巻が網目掛けて降り注ぐ。

 

りみ「うぅーーーーっ!お姉ちゃんやり過ぎやぁーー!」

 

薫「バーテックスが一気に塵と化していく……あぁ…儚い。」

 

 

--

 

 

花音「ふえぇぇ〜〜〜そこら中にバーテックスがいるよぉ〜〜!!」

 

叫び声を上げながら戦場を駆け回るのは花音だった。護盾を体前面に展開しながら突進してくる星屑の攻撃を防御している。

 

日菜「ちょっと花音ちゃーん、走り回ってるだけじゃなくて敵を攻撃してよー。」

 

花音「む、無茶だよぉ〜!死んじゃうよぉ〜!!守って"波山"!!」

 

護盾に"波山"を憑依させその場に蹲る花音。それを見つけた星屑や"新型"は待ってましたと言わんばかりに花音目掛けて襲いかかるが、

 

花音「ひいぃ〜〜!」

 

直後護盾から凄まじい炎が吹き出し花音を護る様にドーム状に展開。そのまま突っ込んできたバーテックスが勢いよく燃やし尽くされてしまう。

 

日菜「あー………まっ、良っか。」

 

イヴ「やるじゃねえか松原!おい氷河、ありったけの火薬空にぶち撒けろ!」

 

日菜「オッケー。日菜ちゃんにお任せ!」

 

ポケットから事前に持って来ていた火薬入りの小袋を幾つか空に投げ上げる。

 

イヴ「巻き込まれない様に気を付けろよ。"雷獣"!!」

 

"雷獣"を憑依させたイヴは銃剣を指針として小袋目掛けて雷を落とす。すぐさま火薬に引火し真っ暗な空が爆炎で真っ赤に染まりその爆発にバーテックスも巻き込まれ一網打尽となる。

 

花音「この世の終わりだぁ!?!?」

 

日菜「凄い凄い!このままどんどん行っちゃおー!」

 

 

---

 

 

ゴールドタワー地下--

 

地下の一室、床に祝詞が描かれた4つの魔法陣があり、その真上で巫女が祈りの姿勢をもって待機していた。

 

リサ「樹海での戦闘が始まった。みんな準備は良い?」

 

3人が無言で頷き祝詞を唱える。

 

六花(みんなで笑いあえる様に……。)

 

六花「掛巻くも畏き神樹、産土大神 、大地主神の大前に恐み恐みも白さく……。」

 

 

 

彩(みんなが無事であります様に……。)

 

彩「捧奉りて乞祈奉らくを平らげく安らげく聞し召して……。」

 

 

 

モカ(みんなに奇跡が起きます様に……。)

 

モカ「神樹の高き広き厳しき恩頼に依り、禍神の禍事なく……。」

 

 

 

リサ(みんなに勝利が訪れます様に……。)

 

リサ「身健やかに心清く、守り恵み幸へ給へと恐み恐みも白す……。」

 

 

 

唱え出すと、魔法陣の祝詞が白く輝きだし、光の粒子が上へ上へと次々に上昇していく。

 

 

---

 

 

樹海--

 

 

リサ達が祈り始めた頃、全勇者の端末に連絡が入りゲージとパーセンテージが表示される。

 

友希那「みんな、ここから先が本番よ!このゲージが溜まりきるまでここを死守するわ!」

 

蘭「俄然やる気が湧いてきましたよ。行こう、高嶋さん。」

 

高嶋「うん、蘭ちゃん!友希那ちゃんも!」

 

友希那「ええ。"義経"!」

 

高嶋「"一目連"!」

 

友希那は高速で移動、高嶋は突風を発生させてその風を纏い友希那にも負けない速さで樹海を駆け抜ける。

 

蘭「そのまま突っ走ってください!"覚"の能力で敵の位置を知らせます。」

 

高嶋「私は右行くから、友希那ちゃんは左側ね。」

 

友希那「任されたわ。」

 

夜空に駆ける2つの流星が縦横無尽に駆け巡る。"爆発型"が爆発した爆風ですら置き去りにしてしまう。

 

蘭「高嶋さん、右から"飛行型"3体!その後左下から"蟷螂型"が待ち構えてる!」

 

高嶋「りょーかいーっ!!」

 

"飛行型"3体をパンチの三連撃で弾き飛ばし、勢いそのままに"蟷螂型に接近。掌で風を圧縮し、圧縮した風の塊を"蟷螂型"目掛けて投げ飛ばす。"蟷螂型"が叩き斬ろうと鎌を振り下ろすも、圧縮された風の球は高密度に圧縮されている為に刃が通らない。

 

高嶋「弾け飛べーーーーっ!!」

 

合図と共に圧縮された風が拡散。烈風に上半身を持っていかれ動かなくなってしまう。

 

蘭「湊さんは3メートル先左右から星屑の群れが突っ込んでくる!左右に牽制して右下で固まってる"爆発型"に突っ込んで!」

 

友希那「分かったわ。」

 

蘭の言う通りに左右から星屑が突進を仕掛けてくるが友希那は出鱈目な軌道でそれを振り払い"爆発型"に迫る。

 

友希那「自ら間合いを詰める居合も中々のものね。」

 

すれ違いざまに"爆発型"を居合で一閃。爆発に星屑が巻き込まれ一網打尽の結果となる。

 

友希那「この調子で"凶攻型"を引っ張り出すわよ。」

 

"ヤチホコ"充填率15%--

 

 

--

 

 

有咲「くっ!キリねーなこの数!」

 

千聖「あら?もうバテたのかしら?」

 

有咲「完成型勇者舐めんじゃねーぞ!やっと体が温まってきたとこだ。はぁーーっ!!」

 

小刀を四方八方に投げつけ星屑を射抜く有咲。更に突っ込んでくる星屑を足場にしながら宙を駆け上がり"飛行型"を数体十字に斬りつける。

 

有咲「見たか、千聖!これで100体目だ!」

 

千聖「…………。」

 

千聖は何故か有咲に向け銃剣を構えている。

 

有咲「ちょまっ!?」

 

次の瞬間有咲の頬のすぐ横を銃弾が横切り、真後ろから迫っていた星屑を撃ち抜いた。

 

千聖「私はこれで101体目よ、有咲ちゃん?」

 

有咲「まだまだこれからだぁー!!飛ばすぞ"鬼童丸"!」

 

千聖「模擬戦の借りを返すわよ"尊氏"!」

 

互いをライバル視しているからこその戦い方。そんな2人を横目でみながら近くでは赤嶺とつぐみが"超大型"の大群と戦っていた。

 

赤嶺「あの戦い方。何だか私達を見てるみたいだね。」

 

つぐみ「そうだね。私達も負けてられないよ。」

 

赤嶺「勿論。火色舞うよ"山本"。」

 

紫色のオーラを纏い、天の逆手が"超大型"の頭部に入る。途端に悲鳴にも似た唸り声を上げて消滅。

 

つぐみ「借りるよ、赤嶺ちゃんの力。」

 

赤嶺「オッケー。」

 

精霊刀が"山本"の力を吸い上げ刀身が紫色のオーラを放つ。

 

つぐみ「せぇぇぇーーーーいっ!」

 

近付けるさせまいと"超大型"はつぐみ目掛けて一斉にミサイルを発射するが、精霊刀でそれを捌きつつ身軽なフットワークで接近、片腕を斬り落とした。そして、

 

赤嶺「はい、バトンタッチ。」

 

つぐみ「力を貸して"玉藻前"!」

 

今度はつぐみが"玉藻前"をその身に降ろし、九つの尾に狐火を灯した。

 

赤嶺「つぐちん!その狐火まとめて真上に飛ばして!」

 

つぐみ「分かった、それっ!」

 

9つの小さな炎が1つの大きな炎へと変化し、赤嶺はその炎目掛けて蹴り込んだ。

 

赤嶺「勇者………シュート!」

 

サッカーの要領で狐火を"超大型"にシュート。"超大型"は炙られ消滅してしまう。

 

つぐみ「ナイスシュート、赤嶺ちゃん。」

 

赤嶺「充填率も三割。もう少しだ……っ!?」

 

突如樹海全体が大きく揺れだした。そして樹海の彼方からゆっくりと巨大な黒い影が3つ。

 

千聖「とうとうお出ましのようね。」

 

紗夜「ここからが正念場です。」

 

中沙綾「香澄は絶対に守り通す。」

 

"ヤチホコ"充填率37%--

 

 

---

 

 

ゴールドタワー地下--

 

 

彩「っ!?リサちゃん!千聖ちゃんから連絡が!」

 

リサ「私の方も友希那から来たよ。"凶攻型"が3体……モカ、充填率はどのくらい?」

 

モカ「むむむ……46%です。」

 

六花「皆さん………もう少し持ち堪えてください。」

 

 

---

 

 

ゆり「受け止めるっ!!」

 

りみ「ここは通さない!」

 

満開し大剣を真横に伸ばしこれ以上進ませないように1人で3体の"凶攻型"を押さえつけるゆり。りみはそれをサポートするようにワイヤーを樹海に巻き付けて壁状に展開。満開が出来ない勇者達は、"凶攻型"の攻撃を自分自身へ誘導させる。この瞬間勇者達は倒すのでは無く、何としても時間を稼ぐ為にと動いていた。

 

中たえ「充填率残り三割切った!何があっても死守するよ!」

 

 

--

 

 

中沙綾「友希那さん、私達も!」

 

友希那「ええ!」

 

大剣を押さえる為にたえ、沙綾、友希那の3人が乗っている方舟を使って"凶攻型"を押し返す。みんなが戦っている最中、香澄はただ1人指定された場所でじっと耐えていた。

 

香澄「………っ!?」

 

みんなが傷付き、"凶攻型"の攻撃に吹き飛ばされながらもその先の勝利の為に耐える。香澄にとってこれ程辛い瞬間はなかった。

 

香澄(みんな……もう少し…もう少しだけ!)

 

黒い雷を撒き散らし"凶攻型"は争い、空からは自分の身をも顧みない星屑の特攻。いくら精霊バリアがあるからとはいえ、完全には攻撃を防げない。攻撃の1つ1つが鉛をぶつけられたような衝撃を持っている。血だって流れるし、気を緩めてしまえば意識すら失ってしまう程である。

 

日菜「もう…限界だよ!?」

 

千聖「まだなの、たえちゃん!?きゃあっ!?」

 

 

 

充填率87%--

 

 

 

夏希「うぐぐぐぐ………も、もう満開が…!」

 

紗夜「動ける人は負傷者を下がらせてください!攻撃を避ける事に専念して!」

 

 

 

充填率91%--

 

 

 

間も無く完了するその時、3体いる"凶攻型"のうち1体のコアが激しく点滅し突如大爆発を巻き起こす。その身を犠牲に周囲の勇者達を吹き飛ばし、残った2体を逃す為に自爆したのである。

 

勇者達「「「きゃあぁぁぁーーー!?」」」

 

香澄「さーや!?みんなぁ!!」

 

 

--

 

 

友希那「うっ………。」

 

蘭「捨て身の戦法って……。」

 

満開も解除され疲労で体が言う事を聞いてくれない。邪魔が出来ないと判断したのか地に伏せた勇者達に目もくれず残る2体の"凶攻型"は神樹を目指して進みだす。

 

香澄「くっ………うわぁぁぁぁっ!!」

 

作戦とは言え友達が傷付くところを見てるだけしか出来なかった香澄は歯を食いしばり震える拳で"凶攻型"に飛びかかろうとするが、

 

燐子「落ち着いて…ください…!」

 

あこ「まだあこ達が残ってるよ。」

 

既に精霊を降した燐子が冷気で香澄を拘束したのだった。後方支援で残っていた2人は自爆の範囲外にいた為巻き込まれずに済んだのである。

 

燐子「後少し……時間は私達が稼ぎます…!あこちゃん…!」

 

あこ「あこに任せて!てりゃあぁぁっ!」

 

投げた旋刃盤は"凶攻型"の周囲を回転しながら炎の壁を作り出し、2体を閉じ込める。そして更にその外周を燐子が作り出した氷の壁で二重に囲った。

 

燐子「充填率94%……もうすぐ…!」

 

だが"凶攻型"のコアが赤く点滅した瞬間2人の精霊憑依が解けてしまう。精霊を無力化する力で無防備になった2人にビームが飛んでくるもあこが燐子の前に立ち旋刃盤を楯にしてビームを受け止める。

 

香澄「あこちゃん!燐子さん!」

 

あこ「ぐぬぬぬぬ………っ!りんりんはあこが守る!」

 

燐子「あこちゃん!無茶だよ…!」

 

あこ「無茶…じゃない!あこはりんりんもみんなも守る!そしてバーテックスもいっぱい倒す!あこは………戦う楯になる!」

 

 

 

その時だった。首元にある姫百合のゲージが光り輝いたのである。

 

 

 

燐子「こ…これって……。」

 

あこ「うん!"満開"!」

 

樹海から光があこに降り注ぐ。その光は姫百合を型取り、勇者装束は白を基調とした羽衣が、背中に光輪が追加され神々しさを増す。どことなく女性らしさを感じる清廉さを漂わせていた。

 

姫百合の花言葉は2つある。1つは"可憐な愛情"。漢っ気勝りなあこには若干似つかわしく無い花であるが、燐子の様になりたいという願いを体現しているのかもしれない。そしてもう1つが"誇り"。この戦いを通し、誰かを守り通す事を覚悟したあこに相応しい花といえるだろう。

 

あこ「かっこいい………!」

 

燐子「あこちゃん、前…!」

 

燐子の声であこが前を向くと眼前には2つのビームが螺旋に合わさった極太のビームが迫っていた。

 

あこ「りんりん下がって!」

 

あこは宙に浮き、旋刃盤を構え力を込める。すると旋刃盤がどんどんと巨大化し極太のビームを弾き返したのだ。

 

燐子「ゆり先輩の"満開"に似てる……。」

 

燐子の推察は当たっていた。あこの満開に特別特殊な能力は追加されていない。そして旋刃盤もこれといった変化はない。あこの"満開"の真価は守る事にある。守りたい思いがある限り、旋刃盤はどんな攻撃でも跳ね返す強靭な楯となる。

 

あこ「下がれぇーーー!!」

 

今度は旋刃盤をディスクの様に投げ、2体をいっぺんに吹き飛ばした。そしてそれと同時に端末から充填完了のアラームが鳴り響きリサから連絡が入る。

 

香澄「貯まりきった!」

 

リサ『香澄、準備は良い?』

 

香澄「大丈夫です!」

 

リサ『3……。』

 

香澄「2……。」

 

リサ『1……。』

 

香澄・リサ「『"ヤチホコ"起動!!』」

 

 

---

 

 

ゴールドタワー地下--

 

モカ「うっ………ぐぅ…目標確認…オッケー。」

 

六花「はぁ………はぁ…全回線異常……無しです。」

 

部屋全体が輝き出し、タワーの壁面や内部の壁など、あらゆる所に祝詞の文言が浮かび上がる。祝詞が浮かび上がる度に巫女の体に電気が流れた様な衝撃が走った。リサ達はその衝撃を少しでも緩和する為に耐火性能に優れた"羽衣"と呼ばれる物を改良し、衝撃吸収に優れた装束を身に纏っている。にもかかわらず、その身に奔る衝撃は鍛えていないリサ達にとっては大きな負担となる。

 

リサ「うぐ……っ!」

 

彩「み、みんなの為……頑張るよ、千聖ちゃん……。」

 

そしてタワー屋上に設置されたアンテナ状の設備が青白く光り、唸る様な音を発し出す。そしてタワーの建っている周辺の地面が光り始め、その光は束となって、アンテナから放出され光は虚空へと消えていったのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

 

香澄がスイッチを押した数秒後神樹の方角から光の束が接近し、戦闘が繰り広げられている上空で光の束は粒子へと変化し、戦場へと雪の様に降り注ぐ。粒子の一粒が香澄の頬に触れる。それはほんのり温かく柔らかな光。そしてその光に触れた"凶行型"や他のバーテックスの動きが鈍り、"凶攻型"に至っては漆黒の体躯が他のバーテックス同様白く変化し出したのである。

 

香澄「今しか無い……"満開"!!」

 

ゲージが輝き香澄は満開する。そして左右の巨大なアームを振りかぶり"凶攻型"へ一撃をお見舞いする。

 

香澄「効いてる!」

 

今までは"満開"時の攻撃ですら、擦り傷程度のダメージしか与える事が出来なかったのだが、"ヤチホコ"の力で負の力が祓われた為かパンチの一撃で身体にヒビが入る程のダメージを与える事が出来ていた。だが"凶攻型"も一筋縄では行かず、損傷した部分をバーテックスを吸収して再生させようと試みるのだが、

 

中沙綾・友希那「「させない(わ)!!」」

 

香澄「さーや!」

 

あこ「友希那先輩!」

 

満身創痍だった沙綾達が周りのバーテックスを殲滅し回復を阻害させたのである。"ヤチホコ"の温かな光はバーテックスを弱体化させるだけで無く、勇者達の体力や気力も回復させたのだ。

 

中沙綾「決めちゃって、香澄!」

 

友希那「あこ、かましなさい!」

 

香澄・あこ「「うん(はい)っ!!」」

 

香澄「満開・勇者パーーーーーーンチ!!」

 

あこ「焔纏(えんてん)の巨刃・瞬旋!!」

 

香澄の渾身の一発が"凶攻型"の核を貫き光となって消滅。同時にあこが投げ放った焔を纏った巨大な旋刃盤が"凶攻型"を核ごと真っ二つに切り裂き、切り口から灰塵と化すのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

"ヤチホコ"による回復効果のお陰もあってか、自爆による爆発の怪我もある程度は回復する事が出来ていた。

 

千聖「みんな良く無事だったわね。」

 

花音「本当にあの時は死んじゃうかと思ったよ……。」

 

みんなで怪我の手当てをしながらこの戦いを振り返る。

 

あこ「りんりん、どうだった?あこの"満開"。カッコ良かったでしょ?」

 

燐子「うん…。すっごくカッコ良かったよ、あこちゃん……。」

 

あこ「でしょでしょ!あの必殺技の名前もずっと温めておいたんだー。」

 

えっへんと大きく胸を張って自慢するあこ。そこへゴールドタワーに行っていた巫女達が帰ってくる。

 

友希那「リサ、本当に助かったわ。あなたがいなかったらどうなっていたか分からなかったわね。」

 

リサ「私……力になれた?」

 

友希那「ええ。」

 

リサ「その言葉だけで私には充分過ぎるご褒美だよ。」

 

友希那「大袈裟ね。」

 

りみ「香澄ちゃんもお疲れ様。」

 

香澄「りみりん!りみりん達が頑張って押さえつけてくれてたお陰だよ。ゆっくり休んでね。」

 

リサ「"ヤチホコ"はまだ改良の余地があるかな。次に備えてもう少し充填速度の短縮が出来るよう大赦に頼んでおくよ。だけど、今は勝利の余韻に浸ろうか。」

 

香澄「そうですね。巫女の皆さん含めて、みんなで掴んだ勝利です。」

 

みんなで乗り越え、みんなで掴んだ勝利。そしてこの後、勇者達にとって最大の転機が訪れる事となる。

 

 

 



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笑顔のかたまり

春のお花見編です。
久々の勇者部活動の帰り、高嶋は学校に貼ってあったとあるチラシに目がいくのだが--

そして香澄が夢の中で出会った人物とは--



 

 

何処かの神社--

 

香澄は見知らぬ神社に1人で立っていた。

 

香澄(………あれ?ここ何処かな?夢……でも見てるのかな…?)

 

視界が朧げな中彷徨っていると、1人の制服を着た少女が香澄の目の前に現れる。

 

香澄(……誰…だろう?)

 

よく目を凝らしてみようとするが、ぼやけてしまい上半身が分からない。辛うじて黒髪が少しとすかーと、そして腰に刀を帯刀している事が分かった。すると香澄の脳裏に声が届く。

 

?(……もし、何かを守る為に…命を投げ出さないといけなかったら…………そうしないと守れないとしたら……あなたなら、どうする…?)

 

香澄(えっ……!?)

 

それだけ言い残し、その少女は姿を消し香澄は現実へと引き戻される--

 

 

--

 

 

戸山宅、香澄の部屋--

 

香澄「っ!?」

 

目を開けて飛び起きる香澄。夢だった事に安堵しつつその夢に妙な鮮明さ、そして懐かしさがあった事を訝しんだ。

 

香澄「今の夢は………。」

 

"命を投げ出さなければならない"。その言葉が何度も頭の中で繰り返される。

 

香澄「もし、私だったら………。」

 

 

---

 

 

巫女達の尽力もあり、見事"凶行型"を"打ち破る"事に成功した勇者部。あれから慌ただしかった毎日が嘘の様に穏やかな日が続いていた。気付けばもう間も無く4月、四国でも桜が咲き始める季節となった。

 

商店街--

 

蘭「今日の部活はこれで終了ですね。モカ、皆さんもお疲れ様でした。」

 

モカ「お花屋の手伝いなんて初めてだったから緊張したな。何とかなって良かった良かった。」

 

蘭「何だかんだモカの接客丁寧だったしね。」

 

紗夜「そうですね。一時はバナナの叩き売りかと思いましたが、美竹さんがフォローして何とかなっていましたね。」

 

高嶋「元気があって楽しかったけどね。お店の人も喜んでたし。」

 

蘭「それなら良かったです。」

 

現在勇者部はいくつかの班に分かれ、ホームページに寄せられた依頼をこなしている最中。蘭達4人はたった今花屋からの依頼を終え、報告の為に部室へと戻るところである。

 

高嶋「接客も楽しかったけど、色んなお花の世話が出来たのも楽しかったよね。」

 

紗夜「そうですね。普段しない事をするのも新鮮で良い経験になりました。」

 

蘭「私達も普段野菜の花は良く世話してましたけど、1から花を育てて見るのも悪くないと思いました。」

 

モカ「畑に空きスペースが出来たらまたやってみるのも良いかもね。」

 

蘭「そうだね。今度野菜の苗を仕入れに行く時に、花の種も見てみよう。」

 

 

--

 

 

花咲川中学、渡り廊下--

 

学校に戻って来た4人。早速完了報告をしに部室へと向かっていると、掲示板に貼ってある1枚のチラシが高嶋の目に止まった。

 

高嶋「あれ?」

 

紗夜「どうかしましたか?」

 

高嶋「見て!このチラシ。」

 

モカ「ふむふむ。夜桜ライトアップイベント…。」

 

蘭「この場所って…確か毎年花見に行く近所の公園ですよね。夜桜かぁ……。夜の桜も悪くないね。」

 

紗夜「ええ。夜桜は風情があります。」

 

みんなが釘付けになっていると、高嶋がある事を思いつく。

 

高嶋「そうだ!このイベントに勇者部のみんなで行ってみるのはどうかな?」

 

蘭「良いですね。みんなも行きたそうにすると思います。」

 

モカ「予備のチラシがあったから1枚持って行きましょー。」

 

高嶋「うん!みんな絶対に行きたいって言ってくれるよね!楽しみ!」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

一方その頃、部室ではちょうどお花見の話でみんなが盛り上がっているところだった。

 

有咲「そういや、今年もそろそろ花見の季節だな。」

 

夏希「そうですね!今年もみんなでお弁当持って盛大に繰り出しましょう!」

 

中たえ「楽しみ楽しみ。でも、折角やるなら今までとは違うお花見してみたい。」

 

つぐみ「そうだね。私達はまだこの世界でお花見した事ないし。」

 

六花「それなら、何か面白いお花見してみたいです!」

 

赤嶺「面白いって?」

 

そんな事を話している中、高嶋達がチラシを持って部室へ戻って来た。

 

高嶋「お花屋さんの手伝い組、ただいま戻りました。」

 

ゆり「お帰りなさい。どうだった?ちゃんと出来た?」

 

紗夜「はい。お店の方も喜んでくださり、また依頼したいと言っていました。」

 

ゆり「そっか。それなら良かったよ。」

 

高嶋「それはそうとゆりさん、それにみんなもこのチラシ見てください!」

 

満面の笑みで高嶋はチラシを天に掲げる。

 

有咲「夜桜ライトアップイベント?場所は……いつものあの公園だな。」

 

中たえ「夜桜かぁ。いつもとは違って良いね。」

 

つぐみ「何か想像しただけで素敵だね。」

 

夏希「じゃあ、今年は夜桜でお花見で決まりですか?」

 

ゆり「ちょっとまって!ただお客として参加するだけじゃ勇者部らしい花見じゃないよ。」

 

美咲「と言いますと?」

 

ゆり「実は今さっき、このイベントのお手伝い依頼が勇者部宛に届いたんだよ!昼間は桜を見ながらイベント設営を手伝って、夜は自分達で準備したライトアップで夜桜見物!勇者部らしくて良いよね?」

 

香澄「それ凄く良いと思います!私は賛成です!」

 

いの一番で香澄が食い付き手を挙げた。

 

つぐみ「人助けとお花見が同時に出来るなんて、素敵です!私も賛成します。」

 

他のみんなも次々とゆりの提案に賛成する。

 

ゆり「よし!じゃあこの依頼、引き受けちゃうね。それじゃあ早速、この依頼のリーダーを決めようと思うんだけど、そうだなぁ……高嶋ちゃん、やってみない?」

 

高嶋「わ、私ですか!?」

 

ゆり「1番最初にこのチラシに気付いてイベントの事を見つけたのは高嶋ちゃんでしょ?どうかな。」

 

高嶋「え、えーと…ちょっと緊張しますけど、折角だからやってみます!みんな、ふつつかなリーダーですが、宜しくお願いします!」

 

こうして高嶋をリーダーとして、勇者部のライト設営の依頼が始まるのだった。

 

 

---

 

 

公園--

 

高嶋「それじゃあみんな、それぞれのグループに分かれて機材の設営を始めてくださーい!」

 

一同「「「はーーい!」」」

 

夏希「高嶋リーダー!このでっかいライトってこの辺に置けば良いんですか?」

 

高嶋「えへへっ。リーダーなんて呼ばれ慣れてないからちょっと照れちゃうね。」

 

紗夜「高嶋さん、恐縮する必要なんてありません。皆さんあなたを頼りにしているので大丈夫ですよ。」

 

高嶋「紗夜ちゃんありがとう。えっと、ライトの位置は資料によるともうちょっと右だね。」

 

小たえ「高嶋代表!照明機材の配線はこれで合ってますか?」

 

美咲「高嶋代表って……どこかの議員さんみたいになってるよ。」

 

高嶋「今、配線の図面をチェックするね。えーっと………このケーブルはこっちと繋ぐみたいだよ。」

 

小たえ「成る程です…。確認ありがとうございます!」

 

最初は出来るか不安がっていた高嶋であったが、いざ作業が始まると的確な指示を出し、滞りない作業をする事が出来ていた。

 

高嶋「他のチームの方はどうなってるかなぁ。ちょっと見に行ってみよう。」

 

 

--

 

 

あこ「むっ………うぐぐぐっ……!重たい!でもあこは負けないよ!」

 

2つ目のチームの様子を伺う高嶋。そこではあこが重たい機材を1人で運ぼうと奮闘している最中だった。

 

高嶋「わっ!?あこちゃん、そんなに一気に運んで大丈夫!?」

 

燐子「高嶋さんすみません…危ないから半分ずつ運ぼうと言ったんですけど……。」

 

あこ「りんりんに力仕事をさせる訳にはいかないよ。うぐぐぐ………っ!」

 

流石のあこでも自分の倍以上の荷物運びに苦戦していた。

 

燐子「あこちゃん…やっぱり私も手伝うよ…。ほら、後ろの方を持つよ…。」

 

あこ「ごめんね、りんりん。怪我しない様に気をつけてね。」

 

友希那「あこ、仲間同士での遠慮は無用よ。次の荷物を運びましょう。」

 

あこ「そう言う友希那さんだって、リサ姉の荷物持ってたよ。」

 

リサ「そうだね。だから私は友希那の分まで細かい配線作業を引き受ける事にしたよ。」

 

高嶋「うんうん。こっちもチームワークを活かしてやってくれてるみたいだね!」

 

自分が口出すまでも無いと判断した高嶋が他のチームを見に行こうとした時、紗夜がやって来る。

 

紗夜「高嶋さん、こっちの照明の設置が完了しました。」

 

高嶋「紗夜ちゃんすごーい!もう出来たんだね。そうだ!試しに1つ点灯確認してみようよ!」

 

紗夜「そうですね、やってみましょう。高嶋さんはお客様の位置に立ってみてください。」

 

高嶋「分かった!桜の下に立ってみるね。」

 

2人はそれぞれの持ち場へと移動した。

 

紗夜「それでは点灯します。」

 

高嶋「うわぁ!お昼だけどライトがしっかり当たると眩しいね。」

 

紗夜(桜をバックに佇む高嶋さん。昼間でも十分綺麗ですが……。これが夜桜なら、さぞかし美しいでしょうね。夜が俄然待ち遠しくなってきました。)

 

 

--

 

 

それから約1時間が経過--

 

高嶋「すごーい!みんなの頑張りのお陰でこのエリアの準備は終わりが見えてきたね。」

 

紗夜「高嶋さん、こちらのエリアの手伝いはもう大丈夫ですから、他の方々の様子を見てきても良いんですよ。」

 

高嶋「ホント!?それじゃあ、ちょっと行ってくるね!」

 

高嶋に固執していた事が多かった紗夜も、ここで色々な経験をしていく内にいつしかそっと背中を押して見送る事も多くなってきた。駆け足で走り出す高嶋だったが、途中で後ろを振り返り紗夜に向かって手を振る。高嶋の笑顔がいつもより眩しく感じる紗夜なのだった。

 

 

--

 

 

高嶋「おーい、こっちのチームの調子はどう?」

 

様子を見にきた班は防人の班だった。

 

千聖「お陰様で順調に進んでいるわよ。大方終わりが見えてきたわ。」

 

花音「一時は日菜ちゃんが氷河家同士で記念撮影大会始めちゃうんじゃないかって心配したけどね。」

 

イヴ「つぐみさんは別の班で頑張ってます。」

 

 

日菜「そんな事ないよー!私だって身を粉にして働いたよ。」

 

高嶋「そっかぁ!みんなで協力して頑張ったお陰で早く出来たんだね。じゃあ、他のチームはどうかな……。」

 

準備が滞りなく出来ている事を確認した高嶋は次の班の元へと向かおうとした時、蘭達の班が声をかけた。

 

蘭「高嶋さん、丁度良かった。今、私達の班の作業が全部終わりました。」

 

高嶋「えっ!?もう終わったんだね!凄いよ。」

 

夏希「みんなで気合いいれて頑張りましたから。」

 

小沙綾「ですが、凄いのは速さだけではないですよ。」

 

小たえ「桜が綺麗に見えるように、照明の角度に拘ってみたんです。」

 

モカ「みーんな頑張ったから夜になるのが楽しみですな。」

 

高嶋「そうなんだ!私もワクワクしてきたよ。」

 

そこへ更に、赤嶺達の班も完了報告の為に高嶋を探しにやって来た。

 

赤嶺「高嶋先輩、私達のチームも何とか終わったよ!」

 

これにより全ての班の作業が終了した事となる。

 

高嶋「みんなすっごく早かったね。朝から本当にお疲れ様でした!」

 

ゆり「おーい、みんなー!」

 

作業していた全員が戻ってきたところに依頼主と話し合いをしていたゆりが両手に大きな鍋を抱えて戻ってくる。何故か薫も大きな袋を持って一緒にいた。

 

中たえ「ゆり先輩?」

 

小たえ「クンクン……何か良い匂いがする。」

 

中沙綾「うどんの出汁の香りだね。」

 

千聖「ゆりさん、それに薫も、どうしたんですか?その大量のうどんは。」

 

ゆり「依頼人の方から差し入れだよ!みんなが良く頑張ってるからご褒美にだって。」

 

薫「さぁ、冷めないうちに食べようじゃないか。」

 

赤嶺「ありがとうございます。お姉様の運んでくれたうどん、大事に味わっていただきます!」

 

青空の下、鍋をみんなで囲んでうどんパーティが始まる。

 

六花「体を動かした後のうどんは本当に美味しいですね。」

 

つぐみ「達成感があるからいつもより美味しく感じるね。」

 

高嶋「みんなすっごく頑張ってたもんね。ライトアップが始まったら、絶対にみんなで見にこようね!」

 

一同「「「賛成!」」」

 

 

---

 

 

そしてライトアップの夜--

 

夜を待ち遠しにしていた勇者部は胸を弾ませて公園へとやって来ていた。日中は日差しもあり暖かい日和ではあるが、夜はまだ少し肌寒い。

 

高嶋「ゆりさん、勇者部全員集合しました。」

 

ゆり「みんな、昼間の設営作業で疲れてるのに、時間通りに集まってくれてありがとう。」

 

紗夜「ですがライトアップ開始の時間はもう少し先ですよね?何故こんな半端な時間に?」

 

紗夜の言う通りライトアップが始まる時間までは後1時間程ある。紗夜の質問にゆりは含んだ笑みを浮かべながら答える。

 

ゆり「ふっふっふ、それじゃあ発表しちゃうよ!なんと……設営のお礼と、機材確認の意味も込めて、先にライトアップを見せてもらえる事になったんだ!」

 

高嶋「えー!本当ですか!?」

 

紗夜「高嶋さん、良かったですね。」

 

高嶋「うん!すっごく嬉しいよー!」

 

友希那「一旦、作業用の照明を落としてからライトを点灯するそうよ。準備は良いかしら?」

 

リサ「それでは、一旦消灯!」

 

合図でぼんやり明るかった周りが一気に暗闇に包まれた。

 

高嶋「わぁ!真っ暗になっちゃった!紗夜ちゃん、はぐれないように手を繋いで待とう!」

 

紗夜「はい。高嶋さんの手、しっかり握りました。」

 

次の瞬間、一気に照明が点灯し闇夜にライトアップされた桜の木々が勇者部の目の前に現れた。

 

高嶋「わぁーーーー!綺麗!」

 

紗夜「本当に綺麗ですね。桜が闇夜に浮かび上がっています。」

 

高嶋「紗夜ちゃん、写真撮ろう!ライトの綺麗に当たってる所で!」

 

興奮のあまり握っていた紗夜の手を引っ張って高嶋は桜の木の下へと駆け出す。

 

紗夜「良いですね……っと、どうやら先客がいるようです。」

 

高嶋「え?」

 

2人が見つめる先にはいつも以上にはしゃいでいる日菜達の姿が。

 

日菜「るるるるんっ♪って来るよ!!これはいつも以上に綺麗な写真が撮れそうだよ!」

 

あこ「じゃあ日菜ちん!あことポーズ対決だよ!りんりん、ポーズを決めたところで撮って!」

 

日菜「良いねぇ、望むところだよ!」

 

あこ「負けないよ!」

 

燐子「………撮れたよ…。どうかな…?」

 

赤嶺「……あははっ、何これ!あこも日菜も変なポーズ!」

 

日菜「えー!そうかなぁ。」

 

リサ「みんな楽しそうだねぇ。友希那、私達も写真撮らない?」

 

友希那「そうね、この景色は滅多に見れないものね。」

 

みんなが思い思いに夜桜を楽しんでいる。そんな姿を見て口元が綻んでしまう紗夜。

 

紗夜「……皆さん、良い笑顔をしています。」

 

高嶋「そうだね、見てるこっちが嬉しくなっちゃう。リーダーなんて最初は出来るかちょっと不安だったけど、最後までやりきれて良かったよ。」

 

そこへ高嶋を探しにゆりがやって来た。

 

ゆり「あっ、いたいた。高嶋ちゃん、依頼人の方が高嶋ちゃんにお礼を言いたいんだって。」

 

高嶋「私にですか!?」

 

依頼人「中心になって頑張ってくれてありがとう。これ、良かったらお礼に受け取ってちょうだい。」

 

そう言って小袋を手渡す。中に入っていたのは花の種だった。

 

高嶋「すっごく嬉しいです!大事に育ててみます。」

 

紗夜「高嶋さん、良かったですね。」

 

高嶋「うん!何処に植えようかなぁ……。」

 

考えていると、高嶋は商店街での花屋の依頼を思い出す。

 

高嶋「そういえば、蘭ちゃんとモカちゃんが花を育てるのも楽しそうって言ってたし、後でプレゼントしよう。」

 

紗夜「ふふっ、高嶋さんは本当に優しいですね。」

 

写真を撮る事も忘れてすっかり話し込んでしまった2人。そうこうしている間に桜の木の下では撮影会が盛り上がりをみせていた。

 

あこ「おーい!香澄も紗夜さんもあこ達と一緒に写真撮りましょーー!」

 

日菜「そうそう。今回の成功の立役者が来ないと盛り上がらないよー!」

 

高嶋「うん、今行くよー!紗夜ちゃん、行こう!」

 

紗夜「ええ。」

 

紗夜(高嶋さん、楽しそうで本当に良かったです。今年もまた、最高のお花見になりましたね。)

 

手を引かれ紗夜と高嶋は駆け出す。桜の木の下では沢山の笑顔が咲いていたのだった。

 

 



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遠方の友を思う

前回からの続きのお話。久しぶりに蘭とモカが主役です。
タイトルは百日草の花言葉。

そして次回、再びあの刀を携えた少女達がやって来る--




 

 

花咲川中学、渡り廊下--

 

夜桜のお花見から翌日、蘭とモカは昨日の事を振り返りながら廊下を歩いていた。

 

モカ「昨日のお花見、楽しかったね。」

 

蘭「そうだね。昼間のライトアップの設営も楽しかったし、夜桜を囲んでの花見も盛り上がったよね。そういえばモカ、花見の後に高嶋さんから花の種を貰ったよね。」

 

モカ「そうだね。」

 

手に握られていたのは昨日高嶋が、依頼人から貰った花の種が入った小袋。

 

モカ「百日草っていう花の種らしいんだよね。一緒に育ててみよーよ。」

 

蘭「うん、折角の機会だしやってみようか。……って、言いたいところだけど、その種モカが育ててみたらどう?」

 

モカ「私?でも、こういうのは蘭の方が得意なんじゃ……。」

 

蘭「私が教えてあげるから大丈夫だよ。それに、この間花屋の手伝いした時も言ってたでしょ?花を育てるのも楽しそうだって。折角チャンスが舞い込んできたんだから、やってみると良いよ。」

 

モカ「確かに良い機会だとは思うけど……。種から花を育てるなんて小学生以来だから出来るかなぁ。」

 

蘭が背中を押すも、中々踏ん切りがつかないモカ。

 

蘭「一度でもやった事あるなら問題ないじゃん。」

 

モカ「でも、その時育てたのは朝顔なんだよねー。種類が違えば育て方も全然違うだろうし、やっぱ自信無いかも……。」

 

蘭「相変わらずモカは心配性なんだから。何事も前向きにやってみないと。私もフォローするからさ。」

 

モカ「蘭がそこまで言うなら、やろうかな。」

 

蘭「そう来ないと。」

 

モカ「ちゃんと花が咲くように頑張るよ。」

 

蘭「じゃあ、最初はこの種をよく知る事から始めよう。」

 

モカ「そだね。野菜の時と同じ様に、植物の特徴とか育てる時の注意点とか事前に知っておかないと。」

 

2人は百日草について調べる為に図書室へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

図書室--

 

蘭「モカ、『花の育て方大辞典』っていうのがあったよ。」

 

モカ「おー。分厚い本の中に花の育て方が沢山書いてありますなー。」

 

蘭「野菜と同じ様に、花も中々育て方が奥深いんだよね。」

 

早速2人は辞典で百日草の項目を調べる。

 

蘭「百日草………このページだね。」

 

モカ「ふむふむ……丁度この時期に種を撒けば、夏頃には花が咲くんだね。それに、上手く育てれば名前通り長い期間花が咲くらしいね。」

 

蘭「百日も咲くなんてなんかロマンあるね。初心者にも安心って書いてあるし、安心して種蒔きに臨めるよ。種蒔きに必要な植木鉢と土は私の畑にあるのを好きなだけ使って良いよ。」

 

モカ「ありがと、蘭。じゃあこのまま畑に行っても良い?」

 

蘭「もちろん、行こうか。」

 

2人は図書室を後にするのだった。

 

 

---

 

 

花咲川中学、渡り廊下--

 

畑に行こうとしていた道中、2人は巫女達3人と出会った。

 

リサ「蘭にモカじゃん。奇遇だねぇ。」

 

モカ「リサさん?それにロックに彩さんも。巫女が集合だなんて何かあったんですか?」

 

彩「帰ろうと思ってたら、たまたま会ったんだよ。」

 

六花「ここまで来たらモカさんにも会うんじゃないかってさっきまで話してたところだったんです。お2人は何をしてたんですか?」

 

蘭は3人にここまでの経緯を話した。

 

彩「種蒔きかぁー!」

 

六花「折角ですし、私達も一緒に行きませんか?」

 

リサ「それ良いね!2人とも、一緒について行っても良い?」

 

蘭「良いですよ。それじゃあ、みんなで畑に行きましょう。」

 

 

---

 

 

美竹農園--

 

モカ「………取り敢えず土を植木鉢に入れてみたけど、ちょっと多くない?」

 

蘭「私が野菜の種蒔きをする時の経験からして、これくらいが丁度良いと思うよ。」

 

植木鉢に少しこんもりと土を盛った後、指先で種の入る穴を掘り、種を何粒か蒔いた。

 

彩「種蒔きも色々とコツがあるんだね。奥が深いよ。」

 

そして種の上に薄く土を被せ、じょうろで水を撒く。

 

六花「モカさん、とってもいい感じです!」

 

リサ「後は芽が出てくるのを待つだけだね。手伝える事があれば何でも言って。」

 

モカ「ありがとうございます。」

 

 

---

 

 

翌朝、勇者部部室--

 

昨日種を植えた植木鉢を両手に持ちながらモカは部室へとやって来た。

 

モカ「よいしょ……っと。ゆりさん、おはようございますー。」

 

ゆり「あれ、モカちゃんどうしたの?植木鉢なんか持って。」

 

事の経緯をゆりに話すモカ。

 

モカ「……という事なんです。ここは日当たりも良いし、すぐに世話出来るから芽が出るまで置かせてもらっても良いですか?」

 

ゆり「大歓迎だよ!それで、芽はいつ出そうなの?」

 

モカ「昨日からずっと観察してるんですけど、今のところ変化は全く無しですねー。」

 

そこへ蘭がやって来た。

 

蘭「モカ。そんなすぐに芽が出る訳無いでしょ。1週間ぐらいはかかるって本にも書いてあったじゃん。」

 

モカ「だよねー。昨日蒔いたばっかりだもんね。」

 

3人で話していると次々と部員が部室に集まってきた。

 

夏希「あれ?モカさん何やってるんですか?」

 

小沙綾「植木鉢……何か植えるんですか?」

 

モカ「ふふーん。ここには既にモカちゃんの種が植ってるんだよ。」

 

夏希「モカさんの種!?ってまさかモカさんの正体は植物……。」

 

小沙綾「そんな訳無いでしょ。モカさん、種を蒔いて育ててるって事ですよね?」

 

モカ「そうとも言うね。」

 

夏希「花かぁ……私達も育てた事あるよね。」

 

小沙綾「そうだね。」

 

モカ「おぉ……じゃあ2人は花育ての先輩ですなぁ。」

 

小沙綾「そう言っても、私達が育てたのは朝顔ですから参考にならない事も多いですよ。」

 

蘭「へぇ……沙綾ちゃん達も朝顔だったんだね。」

 

モカ「私も朝顔だけなら育てた事あるよ。」

 

ゆり「懐かしいなぁ。私も小学生の頃は朝顔育てたよ。」

 

夏希「何でみんな朝顔何ですかね?世の中には色んな花の種類があるのに。」

 

小沙綾「そう言われると不思議だね。」

 

良く良く聞いてみると、ここにいる大半の人達は一度は朝顔を育てた事があるという。

 

因みに、小学生が朝顔を育てる理由は初めてでも育て易く、水さえあげれば成長する植物であり、基本的な育ち方の途中で真っ直ぐに伸びない蔓に四苦八苦しながら支柱で支えなければならない事を学び、種が出来たらその種を次の下級生がその種を育てる事が出来るから。つまり生命のリレーをしている訳である。

 

 

---

 

 

そして更に数日後--

 

植木鉢への水やりはモカの毎日の日課となっていた。

 

モカ「………よし、今日も朝の水やりはこれで良しと。害虫もいないね。」

 

リサ「毎日精が出るね、モカ。」

 

モカ「そーなんですけど、まだ芽が出ないんですよねー。やる事は全部やってるんですけど。」

 

もう少し日当たりの良い場所に移すべきなのか等と試行錯誤を繰り返すモカに対し、蘭は達観した感じで眺めていた。

 

蘭「モカ。そんなに心配しなくてももう少し待てば芽出る筈だよ。」

 

彩「蘭ちゃんの言う通りだよ。」

 

六花「そうですね。あんまり水をあげすぎてもダメだと聞いた事がありますよ。」

 

リサ「後はみんなで芽が出るように祈ろりながらゆっくり待とうよ。巫女なんだからさ。」

 

そんな時だった。

 

小たえ「ちょっと待ったぁぁぁっ!」

 

蘭「ちょっと待ったコール!?」

 

中たえ「それなら植物だけじゃなくて、人間もお日様を浴びた方が良いんじゃない?」

 

モカ「人間って、私達?」

 

小たえ「そうです。花を育てるモカさんがお日様を浴びて元気にしていれば、種もきっと元気になります。」

 

モカ「そういうものー?」

 

中たえ「見ているだけじゃ芽は出ないよ。ほらほら、みんなお外にゴー!だよ。」

 

たえ達にせっせと連れられた5人はグラウンドへと出るのだった。

 

 

---

 

 

グラウンド--

 

7人がやって来たのはグラウンドの脇にある花壇。普段は園芸部がここで様々な花を育て世話をしている場所である。

 

蘭「今の季節にぴったりの花が沢山咲いてる。」

 

モカ「私が蒔いた種も、いつかこんな風に咲いてくれると良いなぁ。」

 

香澄「あれ?モカちゃんに蘭ちゃん。それにみんなも、どうしたの?」

 

花壇では何故か香澄が土まみれになりながら花の手入れをしているところだった。

 

蘭「そういう香澄はどうしてここに?」

 

香澄「私?私は園芸部の手伝いでよくここの花壇を手入れしてるんだよ。」

 

勇者部の活動において最初の頃から香澄が1番力を入れている事がここの花壇の手入れである。故にここに咲いている花の世話をしているのは香澄という事になるのだ。たえはそれを知った上でモカ達をここに連れて来たのである。

 

モカ「そうなんだねー。実は--」

 

モカは香澄に育てている種の芽が中々出ない事を伝える。

 

中たえ「だから香澄なら何か良いアドバイスくれるんじゃないかって連れてきたんだ。」

 

香澄「そうだなぁ。いつ芽が出るかは分からないけど、心を込めてお世話をすればきっと花は咲く筈だよ!私もここの花をお世話する時は、愛情込めてやってるもん。」

 

彩「それでこんなに綺麗な花が沢山咲いてるんだね。」

 

香澄「モカちゃんも、毎日心を込めてお世話してるんだから絶対に大丈夫だよ!うん、絶対!」

 

全く根拠の無い自信からくる言葉ではあるが、香澄が言うと何故か本当にそうなるような気がしてくる。

 

中たえ「やったね!香澄の太鼓判が出たよ。」

 

小たえ「モカさん。香澄さんもこう言ってるんですから、きっと大丈夫ですよ。」

 

モカ「うん。みんな、ありがとね。」

 

 

---

 

 

そしてそれから更に数日後、勇者部部室--

 

モカ「今日も芽は出てないねぇ。」

 

彩「モカちゃん、じょうろに水を入れてきたよ。」

 

リサ「もっと日当たりが良い場所を片付けたから、こっちに移動すると良いかも。」

 

六花「今日も沢山パワーを送りますから、みんなで頑張りましょう。」

 

ここ数日ですっかり植木鉢の世話が板についてきた巫女一同。

 

モカ「ありがとです。種蒔きしてから大体1週間くらいで芽を出すのが多いので、そろそろだと思うんですけどねー。」

 

すると部室のドアが空き、蘭に連れられた香澄と沙綾が入ってきた。

 

中沙綾「役に立てるか分からないけど。」

 

香澄「モカちゃんの力になりたくて様子を見に来たよ。」

 

蘭「いつも手伝ってくれてる2人がいればモカの助けになると思うよ。」

 

モカ「おぉー、これは強力な助っ人登場ですな。」

 

中沙綾「事情は蘭から聞いてるから、状況確認からしようか。」

 

香澄「普段はどんなお世話をしてるか聞いても良い?」

 

モカはこれまで自分達がやってきた事を事細かに香澄達に伝える。

 

 

--

 

 

香澄「成る程……特に問題無さそうに思えるけど、他に出来る事っていえば……。」

 

中沙綾「鉢の下に受け皿を置いて、そこから土に水を吸わせるって方法も有効かもよ。」

 

香澄「そうだね。後は腐葉土を少し混ぜて土に栄養をあげるのも良いかも。」

 

リサ「そうなんだ…。流石は勇者部初期メンバー。」

 

モカ「それじゃあ早速その方法を試してみますか。」

 

香澄「うん。私達もこまめに様子を見にくるから、分からない事があったら何でも聞いてね。」

 

そうして2人は部室を後にするのだった。

 

蘭「役に立ったみたいだね。」

 

モカ「蘭にも感謝感謝。」

 

 

---

 

 

そしてそこからまた更に数日後、勇者部部室--

 

モカ「おはよーございまーす。」

 

部室には誰もいない。どうやらモカが来るのが1番早かったようだった。

 

モカ「今日は芽が出てると良いけど、本に書いてあった日数より時間がかかってるから大丈夫かなぁ?」

 

目を閉じて薄目で植木鉢を覗いてみる。

 

モカ「おっ………おおっ!芽が出てる!」

 

そこにはちょこんと可愛らしい百日草の芽が土に映える若緑色の顔を覗かせているのだった。

 

蘭「おはよう、モカ。」

 

モカ「蘭、見てよこれ。」

 

蘭「あっ…やっと芽が出たんだね。モカの百日草。じゃあ、花壇に植え替えてのびのび育てないとね。昼休みにみんなを呼んで植え替えようか。」

 

モカ「そうだね。」

 

 

---

 

 

昼休み、花壇--

 

彩「モカちゃーん!」

 

リサ「やっと芽が出たんだね。私達も手伝うよ。」

 

六花「本当に良かったですね。あっ、香澄さんが花壇の空いてる所を自由に使って良いと言ってましたよ。」

 

彩「この辺りが空いてるみたいだけど、どう?」

 

モカ「日当たりも良さそうだし、手入れされていて土の状態も抜群だね。」

 

蘭「それじゃあ手分けして、土を柔らかくしてから苗を移そう。」

 

5人で花壇を耕し、苗をそっと花壇に植え替える。30分もかからない一瞬の出来事だった。

 

 

--

 

 

モカ「皆さんが手伝ってくれたので、すぐ終わりました。ありがとうございます。」

 

リサ「夏にはここにモカの花畑が出来るんだね。」

 

彩「きっと綺麗な花が咲くんだろうね。」

 

六花「勿論です!モカさんが心を込めて育てたんですから、綺麗な花が咲くに決まってます。」

 

モカ「気が早いなぁ。でも、今回の事で花を1から育てる難しさが身に染みて分かったよ。」

 

六花「これからが大変ですよ。」

 

彩「私達も色々手伝うから、立派な花が咲くまで頑張ろう!」

 

蘭「良かったね、モカ。」

 

モカ「そだね。これからが大変になるよ。」

 

百日草の花言葉は"幸福"、"絆"、"遠方の友を思う"。そして"いつまでも変わらぬ心"。

 

長い年月を重ねても、どれだけ遠く離れていても、人は過ぎ去った日々の事を振り返り、ずっと互いを思い続ける。大切な親友との絆を。そんなこの花は蘭とモカの2人によく似合う花なのだった。

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

部室の窓からモカ達が苗を植え替えている姿を見ていた香澄と沙綾。

 

中沙綾「モカが育てた種、芽が出て良かったね、香澄。」

 

香澄「そうだね。すっごく嬉しそうだよ。」

 

中沙綾「……それで、少し前に香澄が話してくれた夢の話なんだけど。」

 

香澄「うん。」

 

中沙綾「昨日私も似たような夢を見たんだ。」

 

香澄「さーやも?」

 

中沙綾「香澄とはまた違う夢だったんだけど、夢に出てきた女の子が香澄の夢に出てきた人と少し似てたんだ。」

 

香澄「何かの予兆なのかなぁ……。」

 

中沙綾「悪いものじゃないと良いんだけどね…。」

 

 



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蘇りし記憶の燈火

第1章から続いてきたこのお話も本編残り11話で終わりとなりました。

この世界に、再び刀を携えた巫女がやって来ます。




 

 

?(もし、何かを守る為に命を投げ出さないといけなかったら……そうしないと守れないとしたらあなたなら、どうする?)

 

 

--

 

 

戸山宅、自室--

 

香澄「またあの夢……。だけど前より少し鮮明になってる…。」

 

暫く前から香澄は毎晩同じ夢を見ていた。少女が投げかける問い。"何かを守る為に自分の命を投げ出す覚悟"。それはまるでこの先の自分の事を暗示しているかの様な--

 

香澄「私は…知っている様な気がする……。あの人を…違う、あの人に似た誰かを…。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

勇者達は記憶をどうにかして持ち帰る術を今までずっと探してきた。しかし未だにその方法が分からない。

 

リサ「大赦も調べてはくれてるけど、手がかりすら全く掴めないよ。」

 

中たえ「心にずっと残るような思い出を作り続ける……これしか無いのかな…。」

 

リサ「前みたいにまた神樹様との対話を試みるしか…。」

 

友希那「それは本当に最終手段よ、リサ。一度失敗して酷い目にあったでしょ。」

 

リサ「そう…だね。」

 

遅々として解決方法は見つからない。その時、全員の端末から聞いた事が無いアラームが鳴り響く。

 

 

ノイズが混じったアラームが--

 

 

---

 

 

樹海--

 

樹海に降り立った勇者達を待ち構えていたものは、いつもの白く蠢く星屑では無かった。

 

赤嶺「何あれ…?」

 

千聖「バーテックス……なのかしら…。」

 

赤銅色をした昆虫の体に般若の顔を持つ有象無象。バーテックス程のグロテスクさは無いが、それでも見る者にとっては恐怖を感じるだろう。

 

花音「ふえぇ〜〜っ!?な、何これ!?」

 

沙綾は端末で確認する。するとそこにはバーテックスのとは違うマーカーがびっしりと樹海全体に示されており、"荒魂"と名前が振られていた。

 

中沙綾「荒…魂…。バーテックスじゃない?っ!?」

 

荒魂の名前を沙綾が呟いた途端、樹海にいる勇者達全員に頭痛が走る。

 

美咲「痛っ!何この頭痛!?」

 

友希那「頭が…っ!」

 

中たえ「荒魂……私達はこの名前を知っている…!?」

 

一同は頭の痛みを振り払い、眼前に蠢く荒魂の大群を殲滅する為に行動に移った。

 

香澄「勇者パーンチ!!」

 

動きはそれ程速くはなかった。正面から香澄の勇者パンチが炸裂するも、

 

香澄「くぅ……!この敵硬い…。」

 

逆に攻撃した香澄の拳がダメージを受けてしまう。他の勇者達の攻撃も同じだった。全く攻撃が通らないという事は無いのだが、殆どダメージを与える事が出来ていない。

 

燐子「この硬さ……"凶攻型"と同じです…!」

 

友希那「それなら……!」

 

友希那は端末からリサに"ヤチホコ"の使用を通達する。"凶攻型"と同じであるなら"ヤチホコ"の弱体化が通用する筈だと踏んだのだ。初めて"ヤチホコ"を起動して"凶攻型"を倒すのに成功した後、大赦では更に"ヤチホコ"に改良を加えており充填時間がより短縮する事に成功していた。

 

その為起動の指示をしてから10分程でリサ全員の端末に充填完了の通知が届く。

 

リサ『香澄、準備は良い?』

 

香澄「大丈夫です!」

 

タイミングを合わせ、2人が同時に"ヤチホコ"起動のスイッチを押し、光の粒子が樹海全体に降り注いだ。

 

あこ「動きが鈍くなったよ!」

 

燐子(やっぱり……この敵は"凶攻型"と似ている…?)

 

攻撃が通用するようになり、士気が上がる勇者達。しかし攻撃が通るがトドメを刺すことが出来ずにいた。

 

日菜「どういう事!?弱ってるのは確かな筈なのに全然倒せないよ!」

 

どんなに威力が高い攻撃でも、力を合わせた連続攻撃でも、勇者達の攻撃でトドメを刺す事が出来ない。攻めあぐねている中、更に敵増援のアラームが鳴る。

 

高嶋「奥からまた荒魂が来るよ!」

 

 

 

その時だった--

 

 

 

?「はぁっ!!」

 

?「ふっ!」

 

突如何処からともなく現れた5つの影が荒魂を次々に斬り伏せていったのだ。

 

?「数が多い…。」

 

?「仕方ない"S装備"を使う!」

 

?「ここは任せて"姫和"ちゃん!」

 

?「面倒くせーがやるしかねー。行くぞ"エレン"。」

 

?「では、ミッションスタートデス!」

 

1人をその場に残し4つの影は方々へ散開し荒魂を瞬く間に殲滅していく。

 

?「ふぅー。後は姫和ちゃん達がやってくれるかな。私ももっと戦いたいけど……。」

 

その場で戦っていた少女は一息つくと勇者達の方を振り返った。

 

?「また会えたね。友希那ちゃん、みんな!」

 

 

 

その少女--

 

 

 

 

衛藤可奈美は笑顔で話しかけるが、

 

友希那「私を……知っているの?」

 

蘭「湊さんの知り合いですか?」

 

友希那「いえ……。」

 

感動の再会の筈だったのだが、予想外の反応に可奈美は狼狽えてしまう。

 

可奈美「えっ!?えぇーーっ!!忘れちゃったの!?友希那ちゃん、私だよ!私!」

 

友希那「ごめんなさい…。」

 

困惑している中、遅れてもう1人可奈美と同じ服を着た少女が走ってやって来る。

 

?「可奈美ちゃーん!」

 

可奈美「"舞衣"ちゃん!偵察ありがとう!」

 

舞衣「はぁ…ふぅ…。皆さん、お久しぶりです。」

 

可奈美「それなんだけど、友希那ちゃん達私達の事覚えて無いみたいなんだよ!」

 

舞衣「えっ!本当ですか!?」

 

ゆり「ごめんなさい。どんなに記憶を手繰ってもあなた達の事が思い出せないんだ。」

 

可奈美「どうしてなんだろう…。"刀使"達みんな忘れちゃったなんて…。」

 

可奈美が"刀使"という言葉を発したその時、再び勇者達にあの頭痛が起こった。

 

香澄「痛っ!まただ…。」

 

紗夜「一体なんなのでしょう、この頭痛は…。」

 

友希那「うっ……!私は……知っている…!?」

 

 

--

 

 

可奈美「改めて、私の名前は衛藤可奈美。」

 

沙耶香「糸見沙耶香……。」

 

友希那「湊友希那よ。」

 

 

--

 

 

舞衣「改めて先ずは私達の事についてお教え致します。私達は"刀使"……正式名称"特別祭祀機動隊(とくべつさいじきどうたい)"と呼ばれる組織に属しております。」

  

燐子「機動隊……という事は警察みたいなものでしょうか?」

 

舞衣「それに近いですね。警察の組織の1つで、主に蔓延る"荒魂"を専門に扱っています。」

 

姫和「"荒魂"は"ノロ"と呼ばれる負の神性を帯びたチリの事で、それが集まったものが"荒魂"だ。」

 

益子「オレ達は巫女って立場もある。だから"刀使"ってのは女しかなる事が出来ない。そしてその全員が"御刀"ってもんを持ってる。」

 

 

--

 

 

勇者達全員の脳裏に鮮明な映像がフラッシュバックされていく--

 

燐子「これは……。」

 

 

--

 

 

赤嶺「"満開"の力でも…決定打にはなってない……!?」

 

可奈美「"荒魂"の力がバーテックスの治癒力を強めてるんだよ。」

 

姫和「あいつを完全に滅ぼすには"荒魂"を完全に滅さないと無理だ。」

 

美咲「でも、どうすれば……。」

 

舞衣「刀使だけではバーテックスの威力に耐えられない……。」

 

燐子「勇者の力じゃ決定打にかける……。」

 

友希那・可奈美「「簡単(だ)よ!」」 

 

燐子・舞衣「「えっ……?」」

 

友希那「私達の力を合わせれば良いのよ。」

 

可奈美「そうだよ!友希那ちゃん、私をその船に乗っけて!」

 

友希那「ええ。」

 

姫和「私も!」

 

 

--

 

 

中たえ「この記憶は……私達の…。」

 

中沙綾「うん、紛れもなく…。」

 

記憶のピースが1つ1つはまっていき知らず知らずに涙が溢れ始める。

 

 

--

 

 

舞衣「短い間でしたが、とても有意義な時間を過ごす事が出来ました。」

 

沙耶香「うん…。楽しかった。」

 

リサ「これ、あっちで食べてよ。」 

 

沙耶香「ありがとう…!」

 

舞衣「良かったね、沙耶香ちゃん。」

 

沙耶香「うん……!」

 

益子「あんたらの事、"忘れない"。」

 

薫「あぁ……。」

 

可奈美「……忘れないよ。」

 

友希那「え?」 

 

可奈美「私が、私達が覚えてる。この世界での思い出や出来事を。例えみんなが覚えて無くても、私達が覚えていれば………みんなは"いる"から…。」

 

舞衣「ええ……。」

 

沙耶香「忘れない……。」

 

益子「忘れたくても忘れらんねぇよ。」

 

姫和「そうだな…。」

 

友希那「衛藤さん……。さよならは言わないわ。また会いましょう。」

 

可奈美「うん!約束!」

 

 

--

 

 

そして勇者達は全ての記憶を思い出す--

 

友希那「約…束。」

 

薫「あぁ。また会うと約束した。」

 

可奈美「友希那ちゃん?」

 

友希那「忘れてしまってごめんなさい、衛藤さん。」

 

中沙綾「まさかまた会えるなんて思ってもみませんでした、舞衣さん。」

 

可奈美「みんな…思い出してくれたの?」

 

香澄「勿論です!」

 

感動の再会に涙している最中、向こうで戦っていた刀使達が戻ってきた。

 

益子「向こうは片付いたぞ……って何抱き合ってんだ!?」

 

エレン「ハグは友情のシルシデスネ。」

 

高嶋「益子さん…と、隣の方は誰ですか……?」

 

益子「あぁ、あんた達は会うの初めてだよな。エレン。」

 

金髪ロングの少女は挨拶をする。

 

エレン「古波蔵エレンデス!Nice to meet you!」

 

燐子「が、外国の方…でしょうか……。」

 

益子「ハーフなんだ。」

 

赤嶺「古波蔵って言うと……沖縄に多いよね、お姉様。」

 

薫「確かにそうだね。海は好きかい?」

 

エレン「Yes!大好きデス!」

 

薫「おぉ……私は今儚さに打ち震えているよ!」

 

エレン「ハカナイデスネー!」

 

赤嶺を含んだ3人で謎の盛り上がりを見せている。

 

沙耶香「何か意気投合してる…。」

 

姫和「っと、なに遊んでる!まだ奥からゾロゾロやって来るぞ!」

 

2人も1度みんなと合流する為に戻って来た。姫和は見慣れない鎧の様な外装を纏っている。

 

千聖「沙耶香ちゃんに姫和ちゃんも久しぶりね。ところで、姫和ちゃんが着ているその鎧は何かしら?私達防人の戦衣に似ているけれど。」

 

姫和「これは"S装備(ストームアーマー)"だ。」

 

花音「ストームアーマー?」

 

あこ「カッコいいー!!」

 

"S装備"。正式名称を"ストームアーマー"。刀使の身体能力や筋力等を向上させる効果がある荒魂殲滅用の強襲装備。ただし制限時間あり、稼働時間が短く時間切れになると鎧そのものが消滅してしまう。

 

説明していた途中で時間が来てしまい鎧は消滅してしまった。

 

香澄「どうして私達こんなに大切な友達の事をずっと忘れてたんだろう…。」

 

中たえ「それを散策するのは後にしよう、香澄。今は目の前の敵だよ。」

 

香澄「おたえ…そうだね。今度はみんなで力を合わせて行こう!」

 

友希那「そうね。私達も強くなったわ。それを見せてあげましょう。」

 

可奈美「わぁ!見たい見たい!手合わせもしてみたい!」

 

姫和「ちょっと待て!私が先だぞ!」

 

ゆり「それじゃあ全員突撃ー!!」

 

一同「「「おぉーーっ!!」」」

 

 

--

 

 

薫「打ち上げるっ!」

 

ヌンチャクを振り回し上空へ荒魂を打ち上げ身動きを取れなくさせる。

 

エレン「八幡力・二段メデス!」

 

そして上空の荒魂をエレンが御刀で次々と切り倒していった。見かけによらずパワーファイターな戦法を取るエレンに圧倒される勇者達。

 

蘭「人は見かけに寄らないって言うけど…。」

 

美咲「あれはちょっと予想外。」

 

エレン「薫サン、ドンドン行きますヨ。」

 

薫「任せてくれ。」

 

益子「いやーエレンがいるお陰で楽出来るな。」

 

 

--

 

 

舞衣「……どうなってるんでしょう。荒魂の動きが鈍って、色も若干淡くなってますね。」

 

後衛で"明眼"を使いながら戦況を分析しているのは舞衣。

 

燐子「それは…"ヤチホコ"の力です…。」

 

舞衣「"ヤチホコ"……ですか?」

 

燐子「"凶攻型"というバーテックスを倒す為に、巫女の皆さんが作り上げたものです…。何故だか荒魂にも通用するので、もしかしたら荒魂と"凶攻型"には何かしらの共通点があるのかもしれません……。」

 

舞衣「成る程…それは興味深いですね。」

 

沙耶香「舞衣、よそ見しないで指示頂戴…。」

 

舞衣「ごめんね、沙耶香ちゃん。右から3体、左から5体来るよ!」

 

纏まってやって来る荒魂に対し沙耶香はそのまま敵の中へと突っ込んでいく。

 

あこ「防御も何もしないで良いの!?」

 

舞衣「心配ありません。私達には"写シ"があります。少しくらいのダメージは問題無いです。」

 

燐子「"写シ"……?」

 

燐子が目を凝らすと沙耶香が薄らと白い膜の様なもので包まれていた。荒魂の引っ掻き攻撃が沙耶香の左肩に当たるも、ダメージを受けた様子は無く、代わりに攻撃の当たった部分の白い膜が消えていた。

 

沙耶香「全て切り裂く…!」

 

"写シ"とは刀使の基本戦術であり、最大の防御術。御刀を媒介として肉体を一時的にエネルギー体へと変質させ、"写シ"で防御している間は、わずかな痛みと精神疲労を代償に、実体へのダメージを肩代わり出来るのである。ダメージを受けると、その部分は消失するが、"写し"を解除するまで実体へのダメージはない。

 

舞衣「お疲れ様、沙耶香ちゃん。」

 

沙耶香「後でクッキーね…。」

 

舞衣「はいはい。」

 

 

--

 

 

可奈美「てやっ!」

 

姫和「はっ!」

 

香澄「連続勇者パンチ!からの……。」

 

高嶋「連続勇者キーック!!からの……。」

 

赤嶺「えっ!?…れ、連続勇者……チョップ!」

 

香澄「良いね良いね赤嶺ちゃん!」

 

高嶋「香澄トリオ絶好調だね。」

 

駆け寄る2人の香澄に抱きつかれ顔が赤くなってしまう赤嶺。

 

赤嶺「うぅ……何度やっても恥ずかしい…。」

 

可奈美「見て見て、姫和ちゃん。香澄ちゃん達前よりすっごく強くなってるしコンビネーションも抜群だよ。」

 

姫和「そうだな。それがどうした?」

 

可奈美「私達もやろうよ!」

 

姫和「うっ………一回だけだぞ。」

 

照れ臭そうに姫和は可奈美と背中合わせになり御刀を構え"迅移"を発動する。

 

姫和「遅れるなよ。」

 

可奈美「勿論!名付けて〜……ふたつの太刀!」

 

千鳥が荒魂を微塵に切り裂き、小烏丸が弾丸の様に荒魂を穿っていく。1段階でも常人の2倍以上の速さがある為通り過ぎる度に風を巻き上げた。

 

つぐみ「凄いね、あれ…。あの子達は何者なの?」

 

赤嶺「そっか。つぐちんは初めて会うんだよね。って言う私も今の今まで記憶に無かったんだけど。戦いが落ち着いたら紹介するね。」

 

 

--

 

 

勇者が弱らせ、刀使が鎮める。適宜自分達が出来る最善の行動を行なっていく。やがてレーダーに荒魂の反応は無くなり戦闘は終了する。

 

ゆり「一時はどうなるかと思ったけど…。」

 

香澄「可奈美ちゃん達が来てくれて助かったよ。でもどうやってまたここに来られたの?」

 

舞衣「それが私達も良く分からないんです。"スペクトラム計"を辿って調査をしていたらいつの間にかまたここへ。」

 

中たえ「神樹様の意思って事かも。何か意味があって刀使をもう一度この世界へ呼び寄せたんじゃないかな。」

 

そうこう話しているうちに樹海化が解け始めていく。

 

友希那「詳しい話は部室でしましょう。リサ達にも神託が降りてるかもしれないわ。」

 

可奈美達の後ろ姿を見て何かを考え込む香澄。

 

中沙綾「香澄ー置いてっちゃうよ。」

 

香澄「あっ、待ってさーやー!!」

 

香澄(夢に出てきた女の子……服装は少し違うけど、あの刀は姫和ちゃんの刀に似てたような……。)

 

一度は別れた筈の道がまた繋がり、勇者と刀使が再び出会った。これは何を意味するのか。香澄の夢に出てきた少女は一体誰なのだろうか--

 

 



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禍いの女神

バーテックスと荒魂に立ち向かう勇者と刀使の前に立ち塞がるのは三女神の1柱。
刀使ノ巫女に登場する三女神の親は"素戔嗚尊"。つまりはこちら側の世界で言う造反神の子供という事です。




勇者部部室--

 

部室へと戻ってきた勇者達をリサ達が出迎える。巫女達も神託によって再び刀使がやって来た事を察知し、今までの記憶を取り戻していたのだった。

 

リサ「みんなお帰り。そしてまた刀使のみんなに会えるなんて思ってなかったよ。」

 

彩「本当だね。何で今まで忘れてたんだろう。」

 

中たえ「多分この世界から出て行ったからだと思う。前に造反神を倒す前に赤嶺さんが言ってたでしょ?"御役目が終われば元の世界に戻れる。ここでの記憶を全て失って。"ってね。」

 

勇者達がずっと模索してきた最大の問題である元の世界に戻れば記憶を失ってしまうという点。刀使がこの異世界を離れた為に今の今まで勇者達は共に戦ってきた記憶を失っていたのだ。

 

燐子「でも…こうしてまた思い出す事が出来たという事は…。」

 

あこ「記憶を残す事は出来なくても、思い出す手段はあるって事?」

 

中たえ「多分ね…。」

 

刀使が再びやって来た事により一筋の光明を見出す事が出来た勇者部一同は早速詳しく探ろうとするが、

 

六花「あの……質問なんですけど、刀使とはなんなのでしょう。」

 

つぐみ「私もさっきから気になってました。」

 

香澄「そっか。2人は初めて会うんだよね。紹介しなくちゃ!」

 

香澄達は事情を知らない2人に前に出会った事について説明をするのだった。

 

 

--

 

 

つぐみ「成る程…さっきの荒魂は元々は可奈美ちゃん達の世界の敵って事なんだね…。」

 

六花「戦える巫女……巫女にも色んな種類があるんですね。」

 

友希那「事情を知ってもらえたところで……古波蔵エレンさんだったかしら?あなたの事を教えてもらえるかしら?」

 

薫「そうだね。是非とも教えてくれないだろうか。」

 

初めて出会う刀使、エレンは勇者部に自己紹介をする。

 

エレン「分かりました!皆さん Nice to meet you!私の名前は古波蔵エレンデス。好きな人はグランパとグランマで流派は"タイ捨流"デスネ!」

 

夏希「おたえ、"タイ捨流"ってあの大赦?」

 

小たえ「違うよ。タイ捨流はね、大きく言えば総合格闘術みたいなもので、"タイ"だけカタカナになってるのは"体"、"待"、"対"等色んな漢字を意味してるんだ。」

 

小沙綾「おたえ詳しいね。」

 

小たえ「ちょっと前に図書館で読んだ本に書いてあったんだ。」

 

可奈美「エレンちゃんは金剛身が得意でね、2人のコンビネーションは抜群に良いんだよ。」

 

エレン「それ程でもあったりしマス。」

 

益子「少しは謙遜をしろ。」

 

花音「金剛身って、前に沙耶香ちゃんが私に使ったものだったよね。」

 

沙耶香「そう…。普通なら二段目か三段目くらいまでしか出来ないけど、エレンは刀使の中で唯一金剛身が五段目まで使える…。」

 

千聖「それは凄いわね。花音、今度も期待してるわよ?」

 

不敵な笑みを浮かべ千聖は花音を見つめる。

 

花音「お、お手柔らかにぃ〜!」

 

 

--

 

 

ある程度の思い出話も盛り上がってきた中、先程の戦闘中で何かを感じた燐子が話を変える。

 

燐子「皆さんは荒魂に何か思うところがありませんでしたか…?」

 

あこ「うーん……あこは分かんなかったけどなぁ。」

 

夏希「私もです。」

 

中沙綾「荒魂に私達の攻撃が殆ど通らなかった事……そして"ヤチホコ"が効いたという事ですか?」

 

燐子「その通りです…。刀使の皆さんの話によれば荒魂は"ノロ"と呼ばれる負の神和性を持っていると言ってました…。」

 

その言葉に何かを察した者が何人か。

 

リサ「"凶攻型"に似てるね…。」

 

燐子「そうなんです…。前に大赦へと行った時、神官さんが言ってましたよね…"凶攻型"には"未知の物質"の反応があったと…。」

 

香澄「確かにそう言ってましたね。」

 

燐子「その"未知の物質"が"ノロ"なんじゃないでしょうか…。」

 

一同「「「っ!?」」」

 

可奈美「そんな事ってあるの!?」

 

燐子「分かりません……。ですが、前に刀使の方々がこの世界にやって来た時は"獅子型"と"乙女型"がノロと融合しました…。その際に中立神はノロという負の神和性を持つ物質を学び、それを用いて"凶攻型"を作り上げた……。」

 

赤嶺「確かにそれが本当なら今までの事は全部辻褄が合うね…。」

 

紗夜「一体何の為に?」

 

日菜「私達の力を測る為じゃないかな。火事場の馬鹿力とかいうし。」

 

千聖「全く…神様という存在は随分と身勝手にやってくれるわね……。危うく犠牲が出るところだったわよ。」

 

姫和「それなら、私達はその中立神とやらが操っているノロを回収する為に再びこの世界に呼ばれたという事なのか?」

 

舞衣「恐らくは。今までの話から推測するとそうなると思われます。」

 

この世界のノロを全て回収するという事、即ちこれが成功すれば"凶攻型"が現れる事はほぼ無いという事になる。

 

有咲「今まで散々苦渋を飲まされてきたけど、これで最後だ。」

 

香澄「そうだね。俄然やる気が湧いてきたよ!」

 

ゆり「よし、それじゃあ大まかにやる事は決まったから取り敢えず今日は解散!決戦に備えてみんなゆっくり休んでね。」

 

刀使達が滞在する用の寮を案内し、勇者部一同は解散するのだった。

 

 

---

 

 

翌日、勇者部部室--

 

寝ぼけ眼であくびをしながら益子が部室へとやって来た。どうやらエレンを探しているようだ。

 

高嶋「あっ、益子さんおはよう。」

 

益子「あぁ…。なぁ、エレン知らねぇか?」

 

りみ「エレンさんなら薫さんと赤嶺さんと一緒に浜辺へ出かけてますよ。」

 

益子「すっかり意気投合した様だな。」

 

その時、何処からともなく牛鬼が部室の窓の外からやって来た。

 

益子「うぉ!?……なんだ牛鬼か…。」

 

りみ「あれ?香澄ちゃんも鍛錬しに浜辺に行ってるのにどうして…。」

 

牛鬼はじゅるりとヨダレを垂らしながら益子の頭に乗っているねねを見つめている。

 

ねね「………っ!?」

 

益子「だぁーーーっ!齧るなよ!ねねは食い物じゃねーんだ!」

 

高嶋「牛鬼ダメだよ。」

 

叱りながら高嶋は部室にストックしてあるビーフジャーキーを取り出し牛鬼に食べさせた。

 

益子「牛がビーフジャーキーって……共食いだな…。」

 

 

---

 

 

浜辺--

 

薫「………海が囁いている…。」

 

赤嶺「浜辺に腰を下ろし海を眺めるお姉様…カッコいいです!」

 

エレン「カオルは海が似合いますネ。」

 

薫「そうかい?沖縄の海は言わずもがな儚いけれど、四国の海も中々に儚い。エレンの世界での海はどの様な風景なんだい?」

 

エレン「鎌倉の海デスカ?それはそれはここに負けないくらいの美しさデス。波が穏やかなのでサーフィンをする人が沢山いて賑やかデスヨ。」

 

薫「そうか……。」

 

浜辺に目をやる。子供が砂で山を作りトンネルを掘ったり、日光浴をしている人がいる。堤防では釣りをしている人がいる。当たり前の日常、平和が薫達の目の前には広がっていた。

 

赤嶺「どうしたんですか、お姉様?」

 

薫「私達は守ってこられたんだね、この風景を…。」

 

赤嶺「………そうですね。」

 

薫「最後まで御役目を果たそう。」

 

赤嶺「はい…。」

 

 

--

 

 

一方で薫達がいた浜辺から少し行った先では可奈美、姫和、千聖、美咲、香澄が鍛錬を行っていた。

 

香澄「さっき勝手に牛鬼が出てきてどっかに行っちゃったけど、どうしたんだろう…。」

 

美咲「何で私まで……こんな事やらないといけないんだろう。」

 

足場の悪い砂浜で走り込みをしながら美咲は愚痴をこぼす。

 

香澄「たまには良いじゃん。みんなで体を動かそう!」

 

可奈美「良いね、香澄ちゃん!この後模擬戦しようね。」

 

香澄「はい!」

 

可奈美「その後は美咲ちゃん相手になってくれる?」

 

美咲「え?私もですか?いやいや、私なんかじゃ相手になりませんよ…。」

 

姫和「そうか?私の見る目だと、美咲も中々にやり手のように見えるがな。明眼で見るには結構な身体能力してるぞ。」

 

千聖「鋭い観察眼ですね。美咲ちゃんは勇者部でも隠れた切り札なんですよ。」

 

美咲を弄ぶかのように千聖は笑いながら言った。

 

美咲「ち、ちょっと白鷺さん……!嘘ですよ!?嘘ですからね!」

 

香澄「謙遜しなくても良いのに。」

 

美咲「戸山さんまで……。」

 

ふと香澄は昨日樹海で思っていた事を姫和に尋ねる。

 

香澄「姫和さんのその御刀って……以前に違う人が使ってた事ってありますか?」

 

何気なくしたその質問に姫和と可奈美は驚いた。

 

可奈美「どうして香澄その事知ってるの!?」

 

姫和「刀使達が知っているのは兎も角、何故別の世界にいる香澄が知ってるんだ!?」

 

香澄「刀使の皆さんがやって来る少し前から見る様になった夢に女の子人が出てくるんですけど、その女の人が携えてた刀が姫和さんが持ってる御刀にそっくりだったんです。」

 

姫和「…………。」

 

千聖「この2人の反応から察するに、香澄ちゃんの言ってる事は当たってるみたいね…。」

 

姫和は鍛錬を中断し香澄達に小烏丸の前の持ち主、十条篝について話し始めるのだった。

 

 

--

 

 

姫和「私の母、十条篝…旧姓は柊。この小烏丸の元々の持ち主は母だったんだ。私が小学生の頃に荒魂にやられ亡くなってしまったけどな。」

 

香澄「そうだったんだ……。」

 

美咲「でもその人はどうして戸山さんの夢の中に出てきたの?」

 

姫和「それは--」

 

姫和が何かを伝えようとしたその時、端末からノイズ混じりのアラームが鳴り響いた。

 

千聖「っ!樹海化が始まるわ。向こうに薫達がいたからそっちと合流しましょう。」

 

香澄「はい!」

 

駆け出す香澄達。その時、香澄を姫和が呼び止めた。

 

姫和「香澄!」

 

香澄「どうしたんですか?姫和さん。」

 

姫和「さっき香澄が話してくれた夢の内容……私には心当たりがある。」

 

香澄「えっ!?」

 

姫和「私の母はとある荒魂を鎮める為に、自らの命を賭して鎮めようとしたんだ……世界を守る為に。」

 

その話を聞いて脳裏に蘇るのは夢に出てきた少女、柊篝が口にしたあの言葉。

 

 

--

 

 

篝(……もし、何かを守る為に…命を投げ出さないといけなかったら…………そうしないと守れないとしたら……あなたなら、どうする…?)

 

 

--

 

香澄「………。」

 

姫和「何故母が香澄の夢に出てきたのか分からないが、役に立てたなら幸いだ。」

 

香澄「…はい。ありがとうございます!」

 

思うところは沢山あるが、今は目の前の事に集中する為、夢の話は一旦頭の隅に置いておき、香澄達は薫達に合流する為に走るのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

樹海では荒魂と星屑の群れが跋扈しており、それに加えて今まで見た事がない大きな岩のようなものが浮遊していた。

 

あこ「見た事ない荒魂がいるよ?」

 

舞衣「あれは(あらがね)型の荒魂です。足元からの攻撃に気をつけてください。」

 

花音「岩に角と口がついてるっ!?」

 

勇者達を察知したのか一斉に敵が向かってくる。

 

可奈美「荒魂は私達に任せて!」

 

香澄「バーテックスの相手は私達が!」

 

目まぐるしく戦っていく構図はさながら戦国時代の合戦の如く。お互いの死角をカバーし合いながら戦場を駆け抜けていく。

 

蘭「いくら多数の戦闘が得意だからって…はあっ!この数は骨が折れそ…うっ!」

 

紗夜「全く持って同感です。」

 

圧倒的な物量が星屑が持つ最大の特徴であり、最も厄介な点だ。いくら勇者とはいえ体力にも限界がある。

 

あこ「りんりん!香澄!イヴ!ここで"アレ"やっちゃうよ!」

 

高嶋「"アレ"だね!」

 

イヴ「おう!」

 

燐子「やってみよう…!」

 

あこの号令で四人はそれぞれその身に精霊を宿す。"和入道"、"雪女郎"、"雷獣"、"一目連"。炎氷雷風四つの力を放出する広範囲攻撃だ。

 

イヴ「巻き込まれたくなかったら下がってな!」

 

高嶋「行くよ、必殺!」

 

あこ・燐子「「"四大精霊の四重奏(エレメンタル・カルテット)"!!」」

 

獄炎、吹雪、雷撃、竜巻と天変地異と見まごうような自然の力がバーテックスを次々と消滅させていく。

 

花音「ま、巻き込まれるぅ〜!?」

 

 

--

 

 

一方で荒魂と戦っている刀使達。

 

可奈美「すっごい爆発音だなぁ。私達も負けられないよ!とぅっ!」

 

姫和「元からそのつもりだっ!やぁっ!!」

 

"鉱型"の攻撃を避ける為に常に動き回りながら攻撃を仕掛ける。"蟲型"荒魂は基本近接攻撃しか持たない為近付いてきたところをカウンターで切り裂いて倒していく。星屑と比べればそこまで数が多くないので殲滅するのに時間はかからなかった。

 

沙耶香「まだ何が起こるか分からない…気をつけて…。」

 

エレン「be carefulデス。」

 

舞衣「……何かがおかしいです。一度勇者の皆さんと合流しましょう。」

 

一度可奈美達は離れて戦っていた香澄達と合流する為に集まるのだった。

 

 

--

 

 

燐子「………少し変です…。」

 

舞衣と同じ様に燐子も樹海に漂う違和感を感じ取っていた。

 

中沙綾「どうかしましたか?」

 

可奈美「おーい、みんなー!」

 

そこへ刀使達も合流する。

 

舞衣「皆さん、何かが起きようとしてます。」

 

益子「何かって何だよ。」

 

舞衣「それは分かりません……。ですが、警戒を怠らないでください。」

 

樹海化がまだ解ける様子がない。それは即ちまだバーテックスが残っている事を意味している。すると端末にバーテックスの反応が1つ、"凶攻型"だった。

 

友希那「みんな、本命が来たわよ。」

 

黒い流線型の体躯に真っ赤なコア。"凶攻型"の姿が現れた時、刀使達が持つスペクトラム計も微かに反応を示した。

 

姫和「反応がある……。やはりあの"凶攻型"にはノロが取り込まれてる。」

 

可奈美「じゃあ、アレを倒せばミッション完了だ!」

 

香澄「可奈美さん、コアの明滅に気をつけてください。」

 

可奈美「分かった、まずは私達が仕掛ける。行こう姫和ちゃん!」

 

姫和「ああ。」

 

2人は迅移で隠世へと移動。"凶攻型"を覆っているノロを切り裂き弾き飛ばす。2人の攻撃により"凶攻型"からノロが剥がされ、体の一部が黒から白へと変わっていった。

 

ゆり「みんな、ノロが剥がれた部分を攻撃するよ!」

 

薫「はっ!!」

 

夏希「どりゃあっ!!」

 

有咲「切り裂ーーーくっ!」

 

有咲率いる一番槍達が攻撃を仕掛けダメージを与えていく。"凶攻型"からの反撃はあこの旋刃盤と花音の護盾が退ける。

 

花音「怖いよぉ〜〜!!」

 

 

--

 

 

可奈美「ふぅ……。」

 

姫和「どうだ…。」

 

ノロが剥がされ強固な防御力を失った"凶攻型"は全体の八割程を損壊させられてはいるが、まだ消滅はしていなかった。

 

イヴ「こいつしぶといったらありゃしねぇ。」

 

赤嶺「でもこれで終わらせる。」

 

一同はトドメを刺すべく身構えるが、燐子と舞衣は未だに違和感を拭う事が出来なかった。その時、端末から無数のバーテックスの反応が。

 

香澄「星屑があんなに沢山!?」

 

中たえ「どうしていきなり…。」

 

それと同時に反対側から先程とは比べ物にならない数の荒魂が姿を現したのである。

 

可奈美「荒魂も!?」

 

益子「何がどうなってんだ!?」

 

応戦する勇者と刀使だったが、星屑と荒魂はそれぞれを無視してボロボロの"凶攻型"向かって突っ込んで行ったのだ。

 

燐子「"凶攻型"に無数の星屑と荒魂が融合していく……。」

 

紗夜「これは……"凶攻型"が更に進化しようでもしてるのですか!?」

 

粘土の様な塊へと変化した"凶攻型"だった物体は荒魂という負のエネルギーを取り込みその姿を変化させる。更に巨大化するのではなく、圧縮--その姿は人型に近い姿と化し両手に刀、白い巫女服を纏った少女の姿に変貌する。

 

益子「あ、アイツは…!」

 

驚愕したのは勇者達ではなく刀使達だった。何故ならその姿を刀使達は知っていたのだから。

 

燐子「刀使の皆さんはアレを知ってるんですか…。」

 

沙耶香「忘れる筈がない……。」

 

姫和「………"タギツヒメ"。」

 

可奈美「どうして…分かり合えた筈なのに……。」

 

目の前に顕現していたのは勇者の敵では無く刀使の敵--タギツヒメだったのである。

 

 



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剣の会話

"凶攻型"の力を振うタギツヒメに圧倒される勇者と刀使。力を合わせ立ち向かう中、タギツヒメにある変化が--

いつも拙い小説ご愛読してくださりありがとうございます。完結まであと少し、頑張りますので宜しくお願い致します。




 

 

"多伎都比売命(タギツヒメ)"--

 

荒魂より上位の存在である"大荒魂"であり、刀使達の世界でかつて篝達によって封印された存在。紆余曲折あり、可奈美と姫和によって討たれ理解し合えた筈だったのだが、バーテックスという神の眷属を依代とし、この世界に満ちる高濃度のノロが結びつき、本来現れる筈がなかった勇者達の世界に顕現してしまったのである。

 

燐子「中立神は…これを狙う為に技と大量の星屑と荒魂を呼び寄せた……。」

 

舞衣「"凶攻型"というのも全ては"タギツヒメ"を顕現させる為の練習台という訳ですね…。」

 

美咲「"タギツヒメ"ねぇ……。中立神も中々酔狂な事してくれますね。」

 

あこ「どういう意味?」

 

美咲「"タギツヒメ"は宗像三女神(むなかたさんじょしん)の1柱でね、他にも"タキリヒメ"、"イチキシマヒメ"がいるんだ。」

 

姫和「そうだ。それぞれが人間の持つ怒り、支配欲、存在意義を原動力としている。私達は死闘の末に分かり合えた筈だった……。」

 

美咲「神話の世界ではその三女神は"素戔嗚尊"と"天照大神"……つまり私達の世界で言う造反神と天の神の誓約(うけい)によって生み出されたんだよ。」

 

あこ「えぇっ!?それって私達の敵じゃん!」

 

美咲「そう言う事。今から私達が相手にしないといけない敵は前回の御役目の最後と同じ。ラスボスさんが相手って事に等しいんだよ。」

 

タギツヒメ「………ここは何処ぞ…我は誰ぞ。我は………。」

 

顕現したばかりで混乱している隙を突き一番槍のイヴ達が先制攻撃を試みる。

 

イヴ「先手必勝だ!」

 

薫「いくよ……っ!」

 

有咲「おりゃあっっ!」

 

タギツヒメ「我は………神ぞ!」

 

斬りかかる3人を両手の刀で軽々受け止めてしまう。

 

イヴ「なっ!?」

 

タギツヒメ「神である我に触れる事は何人たりとも許されん。」

 

有咲・イヴ・薫「「「ぐう……っ!」」」

 

赤子でも捻るかの如く3人は吹き飛ばされてしまう。

 

イヴ「つ…強え……。」

 

益子「いくぞエレン!」

 

エレン「OKデス!」

 

益子「はぁっ!」

 

身の丈よりも大きな袮々切丸を振り回し豪快に攻め立てる益子とそれとは真逆の細身の刀である越前康継で応戦するエレン。

 

タギツヒメ「ほう、少しはやるようだ…。」

 

益子「面倒臭せぇが、最初から飛ばすぞエレン!」

 

エレン「分かりました…金剛身・五段目!せえぇぇぇいっ!」

 

益子「八幡力・五段目!だりゃああっ!」

 

防御力が上がったエレンが金剛身を用いて前衛でタギツヒメの攻撃を受けつつ、益子がその隙を縫って八幡力で力を上げた一撃を振り下ろして攻撃する。これには流石のタギツヒメでも防戦一方と化してしまう。

 

タギツヒメ「一撃一撃が重い……それが其方達の力か…面白い。」

 

益子「はっ!この状況でまだそんな軽口が出るなんてな。」

 

エレン「随分と余裕なんですね…!」

 

攻撃を受け流すので精一杯のタギツヒメだったが顔色一つ変えずに余裕のある立ち回りで2人の攻撃を受け続けていた。

 

益子「ガードを上げろ、エレン!」

 

エレン「ふ……っ、はっ!!」

 

上から肩目掛けて御刀を振り下ろすがそれをタギツヒメは冷静に二刀をクロスさせ受け止めようとする。

 

エレン「その判断の良さが甘いデス。」

 

寸前で御刀を止め下からタギツヒメの腹部を蹴り上げる。意表を突く足技により持っていた刀を一本落としてしまう。

 

益子「貰った!」

 

ガードが空いた隙を突き袮々切丸の一振りがタギツヒメに迫る--

 

 

 

 

益子「なっ!?」

 

エレン「か、身体が動かないデス……!」

 

かに思えたが、タギツヒメの両の眼が赤く輝き2人の動きが止まってしまったのである。

 

可奈美「薫ちゃん!エレンちゃん!」

 

姫和「馬鹿な……タギツヒメにそんな力は無かった…。」

 

困惑する刀使達だが、今度は逆に勇者達にはこの状況が理解出来ていた。

 

高嶋「紗夜ちゃん……これって…。」

 

紗夜「はい…これは"凶攻型"が持っていた私達の動きを止める力です…。」

 

タギツヒメ「ほう……この様な力が備わるとは……さっきまでの威勢はどうした?」

 

益子「くっ……そ……!」

 

動けない益子とエレンを煽るかの様にタギツヒメは落とした一刀を拾い上げ、無防備な2人に刃を向ける。

 

タギツヒメ「少々物足りないが…準備運動にはなった。礼を言うぞ、見知らぬ剣士達よ。」

 

そう言い捨て、タギツヒメの刃が2人を切り裂き吹き飛ばされ、樹海の根に叩きつけられるのだった。

 

益子「かは………っ!」

 

エレン「きゃあぁぁぁぁっ!?」

 

写シを使っているにも関わらずそれを一撃で消し去る程のダメージを2人は受けてしまう。金剛身を使っていたお陰でエレンは益子程ダメージは受けていないが、それでもタギツヒメの攻撃は一瞬で2人が戦闘不能になるほどの威力だった。地に伏せ動けなくなった2人に見向きもせずタギツヒメは次の獲物を見定める。

 

タギツヒメ「次は誰が相手をしてくれる?それとも全員でかかってくるか?」

 

不敵に笑いタギツヒメは右手を掲げると彼方から夥しい数のバーテックスと荒魂が襲いかかってくる。

 

燐子「戸山さん…"ヤチホコ"の起動準備を…!"凶攻型"を媒介にしているなら多少なりとも効果はある筈です……!」

 

香澄「分かりました!」

 

沙耶香「2人はタギツヒメを…。」

 

舞衣「行ってください。」

 

可奈美「沙耶香ちゃん、舞衣ちゃん。」

 

舞衣「一度は分かり合えたんです。だから……。」

 

可奈美「………そうだね。行こう、姫和ちゃん。」

 

姫和「ああ。」

 

無数の荒魂を2人に任せ、可奈美と姫和はタギツヒメへと駆け出した。

 

タギツヒメ「向かってくるか……それも善哉。」

 

中沙綾「香澄、おたえ行って!」

 

香澄「分かった!」

 

中たえ「ここは任せたよ。」

 

紗夜「湊さんもです。ここは私達だけで十分ですから。」

 

高嶋「蘭ちゃんも!友希那ちゃんのサポートお願い!」

 

友希那「……頼んだわよ。行きましょう、美竹さん。」

 

蘭「1人で突っ走らないでくださいね。」

 

小たえ「夏希も根性根性!」

 

夏希「りょーかい!」

 

イヴ「白鷺、ほらよっ!」

 

動けない自分のかわりに銃剣を千聖へ投げ渡した。

 

千聖「…っと。行ってくるわ。」

 

対する勇者達も香澄達6人をタギツヒメの元へ向かわせ、残りの人数でバーテックスや進化型を相手取っていくのだった。

 

 

--

 

姫和「くっ…速い…っ!」

 

可奈美「前に戦った時より強い!」

 

さっきとは打って変わり、2人の刀使相手にまるで未来が見えているかの様に攻撃を躱し、一瞬の隙を突いて斬りかかる。一瞬の判断ミスが致命傷に繋がる一進一退の攻防が繰り広げられている最中、香澄達6人の勇者が合流する。

 

タギツヒメ「ほう……まだ楽しみ甲斐がある。」

 

姫和「何処を向いているっ!!」

 

香澄達に一時気を取られている隙に姫和が小烏丸で穿ちにかかるが、再び瞳が輝き姫和の動きが止まってしまう。

 

姫和「なっ……!?」

 

タギツヒメ「折角の楽しみを邪魔するな。」

 

無防備な姫和に斬りかかろうとするが、範囲外にいた可奈美が間に割って入りタギツヒメの攻撃を防いだ。

 

可奈美「忘れちゃったの、タギツヒメ!怒りで御刀を振るっちゃいけない!斬り結びは楽しいものなんだよ!」

 

タギツヒメ「愉悦……ああ、我は愉悦に満ちているぞ……!獲物を斬り伏せるこの瞬間にな!」

 

可奈美との鍔迫り合いを力で捻じ伏せようとするタギツヒメ。その瞳は獲物を屠る猛獣のよう。

 

可奈美「うっ……。」

 

香澄「勇者パーンチ!!」

 

タギツヒメ「っ!?」

 

背後からの香澄の攻撃を察知し鍔迫り合いを止めタギツヒメは距離をとる。

 

可奈美「香澄ちゃん!」

 

友希那「私達も助太刀するわ。」

 

タギツヒメ「斬り甲斐がある獲物が増えたか…。何人増えようが同じ事。全員まとめて相手をしてやろう。」

 

刀を擦り合わせタギツヒメは跳躍。一瞬で香澄達の目の前へとやって来て刃を振り下ろす。

 

千聖「はぁっ!」

 

だが香澄達はそれを躱し、更に着地点を予測していた千聖は真横から腕を狙い斬り返しすも表面を覆っているノロにより剣撃が弾かれる。

 

千聖「硬いわね……。」

 

タギツヒメ「其方も二刀を扱うか。」

 

千聖「あら、私だけに気を取られてて良いのかしら?」

 

タギツヒメ「何?」

 

千聖がタギツヒメの視線から外れる。そして入れ替わるように夏希が双斧で攻撃した。

 

夏希「おらぁっ!」

 

タギツヒメ「ふむ…最初の剣士もそうだったが、刀が大きいだけに一撃が重い。幼き身体でそのような二振りを良く振り回す。」

 

夏希「三振りだっ!」

 

"鈴鹿御前"を憑依させる夏希。精霊憑依によって斧がもう一振り増え三刀流で応戦する。

 

タギツヒメ「精霊の力……中々のもの。だがまだ甘い!」

 

瞳が光り夏希の精霊憑依が解けてしまう。"凶攻型"が持つ精霊を封じる力だ。

 

タギツヒメ「吹き飛べ。」

 

夏希「うわっ!」

 

足蹴りが腹部に決まり吹き飛ばされる夏希。だが夏希は飛ばされながらも不敵な笑みを浮かべる。

 

夏希「それを待ってたよ!」

 

タギツヒメ「何?」

 

可奈美・姫和「「"迅移・三段速"!!」」

 

蹴りあげた直後で次の動作に移れない隙を突き、可奈美と姫和が迅移でタギツヒメへ一瞬で近付き体を御刀で切り裂いた。初めて被弾したタギツヒメは驚きを隠せない。

 

タギツヒメ「ぐ………っ。」

 

中たえ「"凶攻型"の力は分かってる。動きを止める力と精霊を封じる力は同時に使えないから。」

 

タギツヒメ「やるではないか。なら動きを止めるまでよ!」

 

香澄達の動きを止めようとタギツヒメが瞳を光らせようとしたその時だった。今度は背後から鞭が飛んできてタギツヒメを妨害したのである。

 

タギツヒメ「何!?」

 

蘭「甘いよ、その力は使わせない。"覚"の力であんたの考えは手に取るように分かるから。はぁっ!」

 

能力が届かないギリギリの距離から蘭が鞭を伸ばしてタギツヒメに力を使わせないように攻撃を仕掛ける。

 

タギツヒメ「僭越な手を……。」

 

蘭「あんたが人型で助かったよ。バーテックスよりは全然読みやすいからさ。」

 

動きを封じる力を使えば、蘭が精霊の力を用いてそれを使わせまいと妨害し、逆に精霊を封じる力を使えば可奈美達の攻撃を受けてしまう。

 

タギツヒメ「そうであれば、力で捻じ伏せるまでよ!」

 

香澄「そうはいかないよ。これで終わらせる!」

 

"ヤチホコ"の充填が完了したのだ。端末で"ヤチホコ"を起動させると樹海が温かな光に包み込まれ始めた。

 

可奈美「体がぽかぽかしてきた…。」

 

姫和「力が…戻っていく…。」

 

タギツヒメ「ぐっ……体が…っ!?」

 

動きが鈍るタギツヒメから黒い靄が上空へと昇っていく。"ノロ"が"ヤチホコ"によって浄化されているのだ。

 

夏希「これで形勢逆転だ!」

 

姫和「もう一度終わらせる。」

 

タギツヒメ「まだ……だ。まだだ!」

 

突如タギツヒメの体が青黒い炎に包まれ、上空へ消えた筈の"ノロ"が再びタギツヒメの元へと戻っていく。

 

タギツヒメ「我はタギツヒメ……我は人間への怒りを原動力とする禍神であるぞ!」

 

怒りを糧とし怒りによってその力を増すタギツヒメ。その怒りが"ヤチホコ"の聖なる力ですら振り切り、タギツヒメの姿を変化させるのだった。

 

 

--

 

 

一方で前線で戦っている沙綾達勇者と沙耶香、舞衣--

 

数で押されかけていた勇者と刀使も"ヤチホコ"が起動した事により形勢が逆転、後続も現れなくなりその数を徐々に減らしていく。

 

中沙綾「"ヤチホコ"が起動した!これでタギツヒメの力も封じれる筈ですよ。」

 

舞衣「………だと良いんですけど…。」

 

勝機を確信している勇者達に対して刀使の2人は浮かない顔をしていた。

 

燐子「何か…あるんですか…。」

 

沙耶香「普通の荒魂ならこれで一気に弱体化出来るかもしれないけど、タギツヒメは一筋縄じゃいかない…。」

 

中沙綾「え?」

 

益子「はぁ……あいつはただの荒魂じゃねえ……大荒魂だ。内包している"ノロ"の量が違う。用心した方がいい。」

 

回復した益子がそう話した途端、香澄や可奈美達がいる方角で爆発音が響く。

 

一同「「「っ!?」」」

 

紗夜「向こうで何かあったみたいですね。早く残りを殲滅させて合流しましょう!」

 

 

--

 

 

千聖「まだこれ程の力を残してたなんて…。」

 

姫和「これがタギツヒメの真の姿だ…。」

 

姿を現したタギツヒメ。目を引くのは解かれた髪に大きな赤黒い瞳が浮かび、その髪から大きな2本の黒い手が伸びている事だった。

 

蘭「マズい!」

 

"覚"で危険を察知したのかすぐ様タギツヒメ目掛け鞭を伸ばす蘭。しかしその攻撃を髪から伸びている手で防いでしまう。

 

友希那「美竹さん!うっ!」

 

可奈美「タギツヒメ!あっ!?」

 

友希那が蘭のフォローに入り、可奈美と姫和がタギツヒメへ駆け出した瞬間体が動かなくなってしまう。

 

蘭「……やってくれるじゃん。」

 

タギツヒメ「座興はこれにて終い……散れ。」

 

増えた手からどす黒い光球、そして御刀からは黒い光刃を動けない香澄達に向かって放ち大爆発が巻き起こる。

 

一同「「「きゃあぁぁぁぁぁっ!!!」」」

 

 

--

 

 

姫和「うぅ………。」

 

香澄「けほ……っ。」

 

"ヤチホコ"でも抑える事の出来ないタギツヒメの攻撃で倒れてしまう香澄達。タギツヒメは虫の息になっている8人にトドメを刺すべく追撃に迫ろうとしていた。

 

可奈美「ま……まだまだぁ!」

 

しかし、満身創痍になりながらも可奈美は立ち上がりタギツヒメの前に立ち塞がる。

 

タギツヒメ「ほう…まだ我に抗う力が残っているか。」

 

可奈美「言った筈だよ……斬り結びは楽しむ為のものだって…!心が躍るものなんだよ……そんな邪な力で刀を振るっちゃダメなんだ!そうでしょ、タギツヒメ…。」

 

タギツヒメ「心が……躍る………っ!?」

 

突如タギツヒメが膝を突き頭を抱えて呻き声をあげる。

 

友希那「何が起こってるというの…。」

 

タギツヒメ「な……何だ…!我の頭に流れ込んでくるこれは……!?」

 

突然の出来事に8人は唖然となってしまった。

 

タギツヒメ「ぐぅ……!あぁ……っ!」

 

 

--

 

 

タギツヒメ「面白い奴だ。お前は、我を楽しませる為に永遠に近い、この刹那の牢獄の中で、我と剣を合わせ続けるつもりか。」

 

?「違うよ、私の楽しみの為だよ!剣が教えてくれるんだ!タギツヒメの事!」

 

?「タギツヒメはこの斬り合いを楽しんでいると言うのか………?」

 

?「うん、同じだよ!御刀での斬り合いも、みんなとの立ち合いも……全部、剣を通しての会話なんだ!」

 

タギツヒメ「剣の会話……いいだろう。その剣の会話とやら、存分に楽しませて貰おう!」

 

 

--

 

 

タギツヒメ「ふ……ふふ……そうか。そうであったな"千鳥の刀を持つ娘"よ。」

 

可奈美・姫和「「っ!?」」

 

その一言で可奈美と姫和はタギツヒメに記憶が戻った事を察するのだった。

 

姫和「信じられない……。」

 

可奈美「戻ったんだ…。」

 

タギツヒメ「確かに記憶は流れ込んできた。だが、仮初の体故……自由は効かぬ。」

 

千聖「バーテックスを媒介としてるから中立神の意のままって事ね。」

 

可奈美「なら、戦って解放してあげるよタギツヒメ!だけど……今はこの斬り合いを楽しませてもらうよ!」

 

タギツヒメ「ああ……我もだ。さぁ、存分に会話とやらを楽しもうではないか!」

 

香澄「私達も行くよ、可奈美ちゃん!」

 

可奈美「うん!成せば大抵何とかなるもんね!」

 

友希那「ええ。」

 

タギツヒメを中立神の呪縛から解放するべく、8人は体に鞭打ち最後の戦いに臨む。

 

 



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御刀に煌く満開の花

刀使達を思い出したタギツヒメとの最後の戦いが始まった。両者一歩も引かぬ攻防を繰り広げる中、友希那と可奈美は1つの作戦に打って出るのだった。

勇者と刀使の物語完結--





 

 

8人を一気に相手取るタギツヒメ。しかしその瞳は幼い子供の様に輝かせており、口からは本人も自覚しないままに笑みがこぼれ落ちる。

 

タギツヒメ「まだだ……もっとだ!もっと来い!もっと会話を楽しもうではないか!」

 

千聖「くっ……化け物かしら。会話なのだから少しは手加減くらいして欲しい…わねっ!」

 

香澄「だけど……私何だか今、すっごく楽しいです。」

 

千聖「え?」

 

香澄「拳を合わせる度に、タギツヒメの気持ちが流れ込んでくる様な感じがするんです。心の奥底ではタギツヒメは寂しくて……今こうして戦っている事が本当に嬉しい。そう言ってる気がするんです。」

 

香澄は感じていた。怒りを原動力に、怒りのままに暴れていたタギツヒメではあったが、その根底にあったものは根源的な孤独感。その孤独を埋めたいという対話を求めての渇望。一緒に遊んで欲しいという子供の様な純粋な気持ちがタギツヒメとぶつかる度に共有されていく。

 

友希那「……私も分かる気がするわ。」

 

可奈美と姫和、友希那が高速で動き回りタギツヒメを牽制しながら、香澄達が四方八方から攻撃を繰り出すも、タギツヒメも二刀と二本の腕でその攻撃を防ぎながら反撃する。

 

タギツヒメ「ぐっ……そうか…満たしてくれるか。はぁぁぁぁっ!」

 

腕を使いタギツヒメは上空へと飛び上がる。

 

千聖「くっ、銃でも届かない距離に…!」

 

タギツヒメ「"黝刃焱"!」

 

そして上空から炎を纏った青黒い刃を何発も飛ばす。

 

友希那「行くわよ、花園さん!」

 

中たえ「はい!」

 

中たえ・友希那「「満開!」」

 

中たえ「通さないよ!」

 

2人は満開し、たえが槍の刃を展開し防御壁を作り、友希那は箱舟でタギツヒメの元へ接近。更に上空へ位置取り真上から生太刀を振り下ろす。

 

友希那「"生生之大太刀"!」

 

タギツヒメ「ぐぅ……っ!!」

 

巨大な刃をまともに受けたタギツヒメは上から地上に叩き落ちてしまう。

 

タギツヒメ「やるでは…ないか。」

 

怯むタギツヒメに可奈美と姫和の追撃が迫る。

 

可奈美「"太阿之剣"!」

 

姫和「"雷神剣・無明"!」

 

技の威力に加え迅移の速さが加わり樹海を抉る程の斬撃が決まり更に吹き飛ばされる。

 

タギツヒメ「ぬわぁぁぁぁっ!!」

 

夏希「やったか!?」

 

蘭「それフラグだって…。」

 

タギツヒメ「心が……躍るなぁ。以前よりも大分力をつけているではないか。」

 

可奈美「当然だよタギツヒメ。私達は日々切磋琢磨して己を高め合い、その度に分かり合って強くなってきた。」

 

姫和「ああ。そして今私達は勇者という新たな仲間とも心を通わせた。」

 

タギツヒメ「成る程……それが其方らの力の源という訳か。」

 

友希那「そうよ。何度も打ちのめされながらも最後には超えてみせる。私達は決して絆を諦めたりしない。」

 

香澄「あなたを鎮め(救っ)てみせる。孤独を埋めてあげるよ。私達は勇者部!勇んで人の為になる事を進んで行うんだから!」

 

敵だったタギツヒメにすら救いの手を差し伸べる。タギツヒメは今まさに自身が相手をしている存在の計り知れない大きさを目の当たりにしていた。ふらつく体を起こし、タギツヒメは再び刃を勇者、そして刀使達に向け構える。

 

タギツヒメ「我を人とみなすか……。ならば我の心を満たして貰おう!試合……いや死合いとでも言うべきか……。我はタギツヒメ……我を打ち倒してみるがいい、刀使……そして勇者よ!」

 

 

--

 

 

中沙綾「はぁ…はぁ……香澄、おたえ!」

 

舞衣「可奈美ちゃん、十条さん!」

 

それから数分が経過し、前線でバーテックスと荒魂を全て倒し終えた勇者と刀使達がタギツヒメと戦っている香澄達とようやく合流する。

 

ゆり「…状況は?」

 

沙耶香「互角…いや、若干可奈美達が押している……。」

 

友希那とたえの満開が時間により解除、香澄と夏希が満開し、タギツヒメ相手に互いに引かぬ戦闘が続いていた。遠距離から攻撃出来る蘭、千聖が距離を取って"凶行型"の能力を牽制し、6人が攻め立てる。

 

夏希「おらぁぁぁっ!!」

 

中たえ「やぁーーーっ!!」

 

タギツヒメは可奈美と姫和の斬撃を喰らうまいと必死に二刀で受け流し続ける。"ヤチホコ"で幾分ノロが剥がれているからとはいえ、勇者の攻撃は効きにくい為多少は受けても構わないと思っているのだろう。逆に可奈美達の攻撃を受けてしまえばノロが祓われ、バーテックスを依代としているタギツヒメにとっては勇者の攻撃も致命傷になってしまう。

 

タギツヒメ「どうした……千日手か…?」

 

可奈美「ふぅ…はぁ……なんの、まだまだだよ……。」

 

可奈美(確かにこのままだと埒があかない…。そうだ…!)

 

可奈美「友希那ちゃん!」

 

姫和に戦線を託し可奈美は友希那の元へ駆け寄り1つの作戦を伝えた。

 

友希那「………分かったわ。」

 

タギツヒメ「我を斬り伏せる陥穽(かんせい)は決まったか?」

 

可奈美「とっておきがね。行くよ!」

 

タギツヒメ「来るがいい!」

 

姫和「はぁっ!"雷神剣・絶空"!」

 

雷撃を纏った小烏丸を前に突き出し、迅移の速度を上げ槍の如く姫和はタギツヒメに向かって突進する。

 

タギツヒメ「効かぬ効かぬ!」

 

タギツヒメは2本の腕でその突きをガード。しかしその余波で激しい雷撃がタギツヒメの目を眩ませる。

 

可奈美「取った!」

 

怯む隙を狙い可奈美が懐に駆け寄り、胸を狙って斬りかかる。しかしタギツヒメはそれすらも読みきっており、二刀を樹海に突き刺し、それを支えに体を浮かせて可奈美の斬撃を避けきったのだ。

 

友希那「はぁっ!!」

 

刀使2人の攻撃を全て防ぎきったタギツヒメは、勇者である友希那の攻撃は大したダメージにならないと踏み、敢えてその攻撃を受ける。

 

タギツヒメ「効か……うぐっ!!」

 

ダメージは少ない筈だった。勇者の攻撃であればノロの防御力で防ぎきれる。タギツヒメは今までの戦いの経験からそう思っていた。しかし今、タギツヒメは信じられないという形相で攻撃を受けた箇所に目をやる。

 

タギツヒメ「なん……だと…。」

 

友希那が突き付けた刀はノロを祓い、鋒がタギツヒメへ刺さっていたのである。

 

タギツヒメ「勇者の攻撃が何故……。」

 

友希那「今よ、戸山さん!」

 

香澄「はい!いっけぇーーーっ!満開・勇者パーーーーンチ!!」

 

巨大な拳が突き刺さった刀の柄底を叩き、タギツヒメに刀が深々と突き刺さり貫通。ノロが祓われ露わになったバーテックスの依代に、勇者の力を纏ったパンチが叩き込まれた。

 

タギツヒメ「ぐはぁ………っ!?」

 

貫通した刀を見てタギツヒメは何が起こったのか全てを察する。

 

タギツヒメ「この刀は……"千鳥"…!」

 

友希那「ご明察よタギツヒメ。あの時、衛藤さんが私に駆け寄った時に刀を交換したのよ。」

 

可奈美「そう。今私が持っている刀は友希那ちゃんの生太刀。今までタギツヒメはずっと私と姫和ちゃんの攻撃ばかりを受けまいと必死になってた。だから敢えて友希那ちゃんと刀を交換したんだ。」

 

タギツヒメ「これ程までに錬磨された勇者と刀使の調和……見事だった。あぁ……心躍る斬り合いだったぞ……礼を言う… 勇者達……よ…。そして刀使…いや、衛藤可奈美……十条姫和。」

 

初めて可奈美と姫和の名を呼び、元の巫女服の姿に戻るタギツヒメ。二刀を手放し膝から崩れ落ち仰向けで倒れ光となって消滅、直後樹海が光の洪水で満たされるのだった。

 

香澄「きゃあっ!?」

 

 

---

 

 

見知らぬ神社--

 

香澄「………あれ?」

 

光が収まり周りを見回すといつの間にか樹海化は解けており、そこは来た事もない名もしれぬ神社だった。桜の花が満開に咲いている事から季節は春だというのが分かった。

 

香澄「可奈美さーん、友希那さーん。さーやー!!」

 

見知った仲間達を探し歩き回るも、仲間どころか人1人神社には見られない。

 

香澄「誰もいない……。四国に帰ってきたと思ったんだけど…。」

 

すると背後から1人少女が姿を現した。

 

?「……まだ人が残っていたのね。」

 

黒い制服に身を包み、肩まで伸びた黒髪の少女。そして1番目を引くのは腰に帯刀している日本刀だった。その姿はどことなく姫和に似ている様な気もする。

 

香澄「それは……御刀?っていう事は刀使の方ですか?」

 

?「そうだけど……っ!?」

 

少女が何かを察知し御刀を握る。付近に荒魂が出現したのである。

 

香澄「あれは荒魂!?」

 

?「分かっているなら早く逃げなさい。ここは危険よ。」

 

香澄「いえ、私にも手伝わせてください!」

 

?「手伝うと言われても……あなた一般人よね?」

 

香澄「大丈夫です!荒魂なら樹海でも沢山相手してきましたから!」

 

?「樹海…?」

 

香澄の怯えがない真っ直ぐな目を見た少女は香澄を避難させる事をやめ、自分の名前を告げる。

 

篝「……私は、柊篝。」

 

香澄「っ!?」

 

その名前を聞いた香澄は驚きを隠せなかった。それは姫和から聞いた名前だったから。柊篝--つまり今香澄の目の前にいる少女は姫和の母親であり、そして今まで夢に度々現れた少女その人だったから。

 

香澄「私は戸山香澄…勇者です!」

 

篝「勇者?」

 

香澄「はい!バーテックスからみんなを守ってるんです。」

 

篝「バー…テックス……?」

 

篝(空想の話?……いえ、佇まいから戦い慣れた雰囲気を感じる…。嘘を言ってる訳ではない…?だったら……。)

 

香澄「篝さん?」

 

篝「……1つ聞いて良いかしら?」

 

香澄「何ですか?」

 

篝が投げかけた質問に香澄は再び驚いてしまう。

 

篝「もし、何かを守る為に命を投げ出さないといけなかったら…そうしないと守れないとしたら。あなたなら、どうする?」

 

夢で何度も聞いたあの質問。香澄が見た夢は正夢だったのだ。

 

香澄「…………難しいです。簡単に答えられないくらい、難しいです。」

 

篝「………うん。」

 

香澄「でも、そういう場面があるっていうのは分かってます。」

 

篝「…………。」

 

篝(まるで、そういう場面に遭遇した事があるかの様な顔ね……。)

 

その夢を見てから香澄はずっと考えていた。その質問の意味を。命の大切さを香澄は痛い程知っていたから。バーテックスとの戦いにはいつも死が隣に待っている。命をかけて世界を守り抜いた少女達の事も、友の為に命と世界を天秤にかけた少女の事も知っているから。

 

香澄「そんな時、私だったら……。私だったら、相談します。」

 

篝「相談?」

 

香澄「勇者部五箇条!一つ、悩んだら相談です。自分だけじゃどうにもならなくても…誰かに相談したら、きっとどうにかなります。」

 

篝「…もし、相談出来る人がいなかったら?」

 

香澄「その時は困っちゃいますけど……篝さんは友達いますか?」

 

篝「親しくさせてもらっている人ならいるわ。何かと絡んでくる、鬱陶しい先輩とか…。」

 

香澄「だったらその鬱陶しい先輩に相談すればいいんです。1人よりは、絶対2人!きっと、良いアイデアを出してくれる筈です。」

 

篝「美奈都先輩には無理だと思うけど……。」

 

香澄「っ!美奈都先輩!私にも同じ苗字の人がいるんですよ。」

 

篝「美奈都は名前なんだ。」

 

香澄「そうなんですね…すみません。でもその人がダメでも、きっと大丈夫な人がいます!篝さんの力になれるような、そんなアイデアを出してくれる人が。」

 

"悩んだら相談"--勇者部の心得、その在り方を香澄は篝に繋ぐ。それが香澄の導き出した答え。きっと力になってくれるだろうと信じて。

 

篝「………そうなると良いわね。ありがとう、戸山さん。こんな質問に真剣に答えてくれて。」

 

香澄「これくらいなら全然です。ずっと考えてましたから…。」

 

篝「え?」

 

香澄「な!?何でもないです!」

 

篝「ふふっ、不思議な人。」

 

その時篝が持っていたスペクトラム計が反応する。

 

篝「荒魂が近づいてくる!」

 

香澄「私も戦います!」

 

篝「いいえ、助力は必要無いわ。」

 

そう言って篝は帯刀していた御刀、"小烏丸"を構えた。

 

香澄(やっぱり姫和さんと同じ御刀…。)

 

篝「はぁっ!!」

 

やって来る巨大な荒魂を篝は一太刀の元斬り伏せる。

 

香澄「凄い……あんなに大きな荒魂を一太刀で!」

 

篝「この程度の荒魂、物の数じゃない。すぐ終わらせるわ。はあああああああっ!!」

 

瞬く間にその数を半分以下に減らす荒魂。対して篝は疲れを全くみせていなかった。

 

香澄「わぁ……。あっ!」

 

その時、突然香澄の周囲が光で満ちる。いや、香澄の体自体が光っていた。

 

香澄(体が……消える!お別れを言いたかったけど、無理そうだな。ありがとう、篝さん。)

 

心の声で別れの言葉を告げ、香澄はその場から姿を消してしまうのだった。

 

 

--

 

 

数分後--

 

篝「これで……最後!」

 

最後の荒魂を切り裂き、辺りは静寂に包まれる。

 

篝「ふぅ、終わったわ、戸山さん。戸山さん?」

 

辺りを探すもそこに香澄の姿は既になかった。

 

篝(何処にもいない………。帰ったのかしら。突然現れたと思ったら突然消えて…勇者を名乗る不思議な子だったわね。)

 

晴れ渡る青空を見つめながら篝は呟く。

 

篝「でも、あなたと話せて良かった。いつかまた………会えたら良いわね。」

 

神社の桜が風に吹かれ、花びらが舞い上がり篝を包み込むのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

?「……すみ、香澄!」

 

香澄「……う、うーん……ここは…?」

 

目を覚ました香澄がいた場所はもとの異世界。タギツヒメを鎮めた後戻ってきたは良かったものの今まで何故か香澄だけが目を覚さなかったのである。

 

りみ「香澄ちゃん、大丈夫?全然目を覚さなかったから心配したんだよ。」

 

香澄「ごめんごめん…なんかずっと夢を見ていたような感じだったよ……。」

 

燐子「どうして戸山さんだけが……。」

 

舞衣「タギツヒメの最期に溢れ出てきた光を一番間近から浴びてしまったから……ではないでしょうか。」

 

ゆり「取り敢えず何ともないようで良かった。念の為後で病院で診てもらってね。」

 

香澄「分かりました。」

 

リサ「本当にみんなお疲れ様。」

 

六花「先程神託があってこの世界に残っていたノロは全て刀使の皆さんによって祓われたとの事です。」

 

高嶋「やったぁ!これで"凶攻型"はもう現れないね。」

 

紗夜「そうですね。長い戦いでしたが漸く苦労が報われましたね。」

 

大赦や巫女、そして刀使の力を借り勇者達は中立神が課した一つの壁を打ち破る事を成し遂げた。そして探し求めていた記憶を残す手掛かりも--

 

中たえ「そして刀使の皆さんが再びこの世界にやって来た事で、記憶を残すヒントが分かった気がするよ。」

 

中沙綾「だね。無くなってしまった記憶も何かの切っ掛けがあれば思い出せる。」

 

 

--

 

 

大橋跡--

 

たえ「あ…………ふふっ。そのリボン、似合ってるね。」 

 

沙綾「このリボンは…あなたがくれたんでしょ?」

 

たえ「はっ……!思い…出したの…?」

 

沙綾「まだほとんどは思い出せない。時々夢に出て出てきたり、頭痛がした時に走馬灯のようにふわっと浮かんでは煙のように消えていくけど…あなたがくれたのは思い出したから…。ありがとう。花園さん。」

 

 

--

 

 

造反神からの試練の際でも挙がっていた1つの可能性。香澄と沙綾が大橋跡でたえと会った時、沙綾は自身が持っていたリボンをたえが贈った物だと思い出した事があった。

 

千聖「仕組みは分かったけど、それをどうやって成し遂げれば良いのかしら…。」

 

可奈美「合言葉みたいなのを決めとくってのはどう?」

 

一同「「「それだぁ!!」」」

 

つぐみ「物が持って帰れないならそれが一番じゃないかな。」

 

出会いは突然だった。決して交わる事の無かった二つの世界が見えない大きな力で交わりその裾野を広げていく。勇者と刀使--その存在は神の力をも凌駕しいつか新たな未来を切り開く事となるだろう。そして別れの時がやって来る。

 

姫和「花びらが……。」

 

益子「俺達の役目も終わりって事だな。」

 

沙耶香「うん……やらなきゃいけない事は全部やったから…。」

 

夏希「もうお別れなんて寂しいです…。」

 

舞衣「僅かな時間でしたが、また皆さんに会えて嬉しかったです。」

 

薫「海を見たら、私達を思い出してくれ。」

 

エレン「YES!お互い頑張りましょうネ!」

 

有咲「ちょっと待て!こうして刀使達が消えちまったら、それまで話してた記憶を残す方法も忘れちまうんじゃねーか?」

 

可奈美「それなら私に考えがあるんだ!友希那ちゃん、生太刀借りていい?」

 

友希那「ええ…。」

 

可奈美は友希那から生太刀を借りると、紙とペンを取り何か書き始める。そして生太刀を強く握って少しの間目を瞑り、書き終わった紙を机に置き、その上から生太刀を突き刺した。

 

花音「机が貫通したぁ〜〜!!」

 

ゆり「な、何やってるの可奈美ちゃん!?」

 

可奈美「私達は刀使、"神の力を祓う巫女"。香澄ちゃん達のとこの神樹様っていうのも神様でしょ?」

 

姫和「……考えたな。」

 

荒魂も神樹も、正の力と負の力の違いはあれども、大きくみればどちらも神様である事には変わりない。可奈美は生太刀に刀使の巫力を宿したのだ。神樹の力を祓う為に。

 

可奈美「生太刀が刺さってる理由は忘れちゃうかもしれないけど、こうして私が書き残した言葉は消えない筈。後はこれから先を作っていくみんな次第だよ!頑張って、香澄ちゃん!」

 

香澄「はい!本当にありがとうございました!また会いましょう!」

 

可奈美「勿論!きっと……また会えるよ!」

 

 

 

そうして刀使の6人は自分達の世界へと戻って行ったのだった--

 

 

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

香澄「……あれ?どうして私達部室に集まってるんだろう……。」

 

有咲「あーー!!刀が机に刺さってるぞ!」

 

ゆり「え?本当だ!」

 

リサ「これって友希那の生太刀だよね?友希那がやったの?」

 

友希那「わ、私じゃないわよ…。」

 

みんなが机に生太刀が貫通している摩訶不思議な状況に驚いている最中、香澄はそこに刺さっていた紙に書いてあった文字を読んだ。

 

香澄「…………ふふ。友希那さんの仕業じゃないですよ。」

 

リサ「え?」

 

香澄の言葉を聞いて全員がその紙を読む。そこにはこう書かれているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

可奈美『ありがとう。あなた達に出会えて、言葉で表せない程に大切で掛け替えのない思い出を貰えたよ。また会おうね、勇者のみんな!!         刀使ノ巫女 衛藤可奈美』

 

 

 

 



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史上最強の胃袋

勇者部最大の決戦に3名の選ばれし勇者が挑む。彼女達はこの世紀の一戦に勝利する事が出来るのだろうか。

全てをかき込み、バトンを繋げ--




 

 

勇者部部室--

 

冬の寒さもすっかり消え失せ桜も散り、段々と夏の足音が聞こえ出してきた今日この頃、勇者部にとある招待状が届いた。

 

リサ「ゆりさんの食べっぷりを聞きつけて、なんと大食い大会から招待状が届いたよ!」

 

香澄「おぉ〜!!」

 

毎年行われている商店街の催しの1つであり、三人一組の出場が条件で、それぞれが各条件の食べ物を食べる決まりになっている。

 

中沙綾「今回は"辛味"、"甘味"そして"うどん"だよ。」

 

有咲「何だその分け方。"辛い味"、"甘い味"ってきて何で最後だけ"うどん"なんだ!?」

 

モカ「なになに……一戦目の辛味と二戦目の甘味は、各1キロずつで、最後のうどんは食べた杯数を競うんだって。」

 

高嶋・紗夜「「1キロ!?」」

 

彩「だけど、ギブアップの場合は次の選手と交代出来るから、"辛味"と"甘味"は少し楽かな。」

 

千聖「だけど、それだとアンカーに負担がかかるから結局最後はピンチになってしまうんじゃない?」

 

六花「交代は何回も出来ないんですか?」

 

彩「うん、バトンタッチは1回だけで次の選手のみ、って条件なんだ。」

 

友希那「うどんは……既に"27杯"の驚異的な記録を持っているゆりさんだとして、他の二つはどうするの?」

 

りみ「もう出る事は決定したんですね…。」

 

1キロもの量を食べ切れる猛者がこの中にいるのか、みんなで話し合いが始まった。

 

 

--

 

 

中たえ「結構食べるのは夏希かあこだけど…。」

 

あこ「あこは辛いの苦手だよ…。ベロがすぐ痛くなっちゃう…。夏希は?」

 

夏希「私もです…。1キロなんて経験ないですし、甘すぎるのも胸焼けしてダメなんですよ。」

 

ゆり「食べる量だけじゃなくて、味もネックだよね。」

 

紗夜「……辛いのは若宮さんが得意ではなかったでしょうか。」

 

イヴ「もう1人の私がその時出てくるか分かりません…。多分今聞いてしまったので多分無理ですね…。」

 

その時、千聖がある事を思い出す。

 

千聖「そういえば、奥沢さんが辛いのが好きだと前に言ってなかったかしら?」

 

美咲「ギクッ!あはは……覚えてましたか…。言うんじゃなかったなぁ…。」

 

それは以前勇者部で闇鍋をやった時だった。美咲はその時に具材として鷹の爪入りの餃子を持ち寄ったのである。

 

薫「きっと美咲の舌は大人なんだろうね。」

 

香澄「美咲ちゃん!"辛味"で出てくれる?勇者部の代表として!」

 

美咲「いやいや無理だよ無理!私、満腹超えて食べるの好きじゃないし、代表って柄じゃないよ。それに、そういう辛味は多分超激辛だよ?」

 

つぐみ「中々冷静な分析だね。」

 

高嶋「そういうつぐみちゃんはどう?」

 

つぐみ「私?出来るよ!氷河家に不可能は無いんだから。」

 

その一言で期待の眼差しを向けられる中、驚きを隠せない人物が2人。

 

赤嶺・六花「「えっ……?」」

 

日菜「流石は御先祖様だ!」

 

リサ「オッケー。じゃあ、どっちの味にする?」

 

2人を他所に話はどんどんと進んでいく。

 

つぐみ「どっちでも大丈夫!勇者部の代表として、全力で食べるよ!」

 

自信しかないその言葉に美咲はそわそわし始める。

 

美咲(ま、参ったなぁ……。後から来た人に快諾されたら、私1人が我儘言ってるみたいだよ…。)

 

小沙綾「でも、無理に出場させるのは……。」

 

美咲(お、おぉ……流石は沙綾ちゃんだ。)

 

蘭「なら、公平にくじ引きかジャンケンで決めるのは?」

 

美咲(うわっ……それはダメだよ!?もし彩さんに当たりでもしたら、私が居たたまれないよ!)

 

彩「そ、そうだね!そうしよう!公平が1番だよ…。」

 

緊張で若干声が上ずってしまう彩。その一言で何かを察した美咲はとうとう観念するのだった。

 

美咲「わぁーーー!?それフラグです!出ます出ます!もうヤケだ、私が出ますーー!」

 

こうして大食い大会に出場する3名が出揃い、当日を迎える事となる。

 

 

---

 

 

大食い大会会場--

 

あこ「やって来ました大食い大会!司会はなななんと!花咲川中学勇者部の宇田川あこがババーンとやっていくよー!!」

 

何故か司会に抜擢されたあこ。どうやらこの大会の主催者側からの直々のオファーとの事。

 

有咲「どっからどう伝わったんだよ!街の人達勇者部を上手いこと使いすぎだ!」

 

あこ「さぁ、前年度の優勝チームの登場だよ!食いしん坊の現役力士トリオだぁ!!」

 

あこに呼ばれ、会場からは歓声と拍手が巻き起こり、割腹の良い力士が強者のオーラを纏いながら入場する。

 

夏希「相撲取り!?あんな人達に勝てる訳ないよ!」

 

りみ「で、でも……お姉ちゃん達を信じるしかないよ。」

 

あこ「それでは、一回戦が始まります!勝負のメニューは…………トム・ヤム・クーン!!」

 

参加者の元に巨大な器に入った熱々のトム・ヤム・クンが運ばれてくる。

 

あこ「このスープの辛味にはなんと!キ、キャラ……キャロ…ん?キャラレ……ン?」

 

美咲「っ!?」

 

美咲(ま、まさか…キャロライナ・リーパー!?無理だよ無理!世界最強の唐辛子じゃん!)

 

キャロライナ・リーパーとは--

 

人の手により作り出され、悪魔とも形容される世界で一番辛い唐辛子である。辛さを表す単位はスコヴィル値と言い、一般的なタバスコなら1500〜2500スコヴィル。それに対しこのキャロライナ・リーパーは220万スコヴィル(水で220万倍に薄めれば辛くないという意味である。)という尋常じゃない程の数値を叩き出しているのである。

 

あこ「それでは試合開始ぃ!!」

 

美咲「うわぁ…凄い量。1キロって普通に考えたら拷問だよね……湯気立って熱そうだし。」

 

ゆり「美咲ちゃん!緊張は胃が縮んじゃうよ!食事は楽しく楽しくね。」

 

美咲「まぁ、やるだけやりますけどね…。」

 

恐る恐るスプーンで一口啜る。

 

美咲「あれ…割と平気?ンな訳無いよねぇーーー!かかか辛い!後から来るやつ!激辛あるあるだよねぇーーー!」

 

辛すぎて悶える美咲に香澄達の声援が届く。

 

美咲(応援は有り難いけど……簡単に頑張れだなんて言わないで欲しいなぁ…。)

 

あこ「おおーーっと!力士チームの辛ノ花は早くもスープを半分近く飲み干したぁ!」

 

負けじと辛さを堪えて飲み続ける美咲だったが、中々スプーンを持つ手が口に進まない。

 

美咲(うぅ…もう舌が痛くなってきた。とっととギブアップしちゃおうかなぁ…。)

 

ゆり「美咲ちゃん!苦しかったらつぐみちゃんにバトンタッチして!最後は私が引き受けるから無理しないで!」

 

美咲「ぶ、部長…どうしてそんな風にいつも自分ばっかり……。そんな事言われちゃったら……ね。いくら私でも少しは気合入れなきゃって思っちゃいますよ。こうなったらヤケだ!!」

 

自分の身より部員達の身を案じる部長のゆり。その言葉が美咲を奮起させる。

 

あこ「ここで花咲川中、美咲選手のスピードが上がった!追撃だ行っけぇええーー!!」

 

美咲「…………くっ、イタタタ!でも、私が食べないと最後の先輩に負担が……。無理するなって言ってくれた先輩に…ハフハフ!私が無理させちゃ元も子もないじゃん!」

 

滝の様な汗をかきながら美咲は手を止めず、一心不乱でトム・ヤム・クンを飲み進めていく。

 

薫「あんなに必死な美咲は初めて見るね…。」

 

美咲「ゴク…ゴク……うぅっ、い、胃が……。胃がキリキリする…でも、飲まなきゃ…!」

 

その時だった。

 

つぐみ「美咲ちゃん、もう十分だよ。」

 

無理して飲み続ける美咲をつぐみが止めたのだ。

 

美咲「ど、どうして……。私はまだ…いっ、イタタタタ……。」

 

つぐみ「美咲ちゃんは本当に頑張ったよ。だから、後は私が引き継ぐから心配いらないよ。」

 

美咲「……………すみません。後は……お願いします。」

 

トム・ヤム・クンの残りは約400グラム。志し半ばで美咲はギブアップを宣言。後をつぐみに託すのだった。

 

あこ「花咲川中学、ここで選手交代!この采配……えーっと…鬼と出るか蛇と出るか!」

 

リサ「あこ、そこは吉と凶だよ!鬼と蛇じゃそう変わらないよ!」

 

日菜「御先祖様頑張ってーー!!」

 

六花「………ダメでしょうね。」

 

赤嶺「うん……。つぐちん、普通に小食だもんね。」

 

一同「「「えーーーーっ!?」」」

 

応援する香澄達を他所に、羽丘組の2人から思いもよらぬ言葉が出るのだった。

 

 

--

 

 

千聖「小食って……だったらどうして出場したのよ!」

 

赤嶺「強い使命感……かな?つぐちんって極度の負けず嫌いだから。」

 

六花「新しい仲間に強い自分を見せつけたかったんじゃないでしょうか。なんて言ったって氷河家ですから。」

 

イヴ・花音「「あぁ………。」」

 

その言葉で日菜と彩を除く防人組は妙に納得してしまう。そしてここで力士チームがトム・ヤム・クンを飲み終わり、次の課題である"甘味"へとコマを進める。

 

彩「つぐみちゃーーーん!頑張ってーー!」

 

つぐみ「うん!こんなスープなんか氷河家の力で………ズズズ………………うん。」

 

スープを一口飲んだ瞬間、つぐみの手が止まった。

 

夏希「早い!!」

 

つぐみ「………これは驚異的な辛……美味しさ。これくらいならいくらでも………ズズ……うん。」

 

一口飲んでは止まり、また一口飲んでは動きが止まる。まるで機械の様に淡々と。

 

友希那「ひょっとして量だけでなく、辛いのも苦手じゃないのかしら?」

 

日菜「御先祖様!味変だよ、味変!」

 

つぐみ「………何だか天国から子孫の声が聞こえる…味変?………そうだ!甘味もここに持ってきてください!」

 

まさか過ぎるつぐみの要求に主催者側が緊急会議を開くが、主催者側はその要求を了承。つぐみの元に1キロもの超巨大パフェがやって来る。

 

中たえ「まるで山だね……。」

 

パフェが運ばれて来るや否や、つぐみはパフェを口の中に頬張った。

 

つぐみ「……うん、これなら行ける!全然味がしないよ!」

 

有咲「もう舌がやられてるだろ!」

 

つぐみ「でもそのお陰で、もたつく生クリームがまるでスープの様に喉を通っていくよ。………ゴクゴクゴクゴク。」

 

六花「つぐみさん!それはパフェじゃありません!スープですスープ!辛い方の本当の飲み物ですよ!!」

 

辛さで錯乱してしまったのか、幸か不幸かその勢いのままつぐみは残りのトム・ヤム・クンを全て飲み干してしまった。

 

香澄「凄い!そのままパフェも一気にやっつけちゃえ!!」

 

つぐみ「うん!パクパクパク!モグモグモグモグ!パクパクモグモグモグ!」

 

りみ「凄いよ!全部麻痺して満腹中枢も壊れてくれたのかな。」

 

つぐみ「………………うっ、くぅ……。」

 

りみの願いも虚しく満腹中枢は無事だった。

 

花音「………うん、果てしなく氷河家の人って感じがするね…。」

 

日菜「頑張れ御先祖様!頑張ってぇーー!!」

 

つぐみ「う……ん。頑張る…よ!氷河家にとって……パフェなんてデザートも同然なんだから!」

 

燐子「大抵の人にとってもそうだと思います…。」

 

ここで力士チームの2番手甘欧州が超巨大パフェを食べきり、最終ステージの"うどん"へと移っていった。それを見たつぐみは更にスプーンを動かす手を早めていく。

 

つぐみ「モグ………モグ。ま…まだだよ…。氷河家の底力は……こんな所じゃ…。」

 

既に極限状態に達しており、目が虚になりながらもつぐみは手を止めずにパフェを放り込んでいく。その矢先、赤嶺は何かを察知する。

 

赤嶺「っ!つぐちん!それ以上、いけないっ!」

 

つぐみ「…………………………………。」

 

赤嶺「つぐちん?あぁ……つぐちん。既に……こと切れていたんだね………。」

 

気を失いながらも倒れる事なくその場に立ち尽くす姿は正に氷河家として相応しい立派な幕引きだった。超巨大パフェを約700グラム残し、バトンは最終走者のゆりへと引き継がれる。

 

 

--

 

 

ゆり「よく頑張ったよ、つぐみちゃん!後は私に任せて!はぁああ…………っ!」

 

あこ「ここで、満を持して勇者部部長の登場だぁ!!!スプーンを持った手が高速で動いていくぅ!」

 

食べ始めてからまだ1分も経たない矢先、いきなり凄まじい音が響いたと思ったら次の瞬間、突然会場にいた観客が静まり返ってしまう。

 

小沙綾「あ、あれ……?一体何が…。」

 

周りを見回す勇者部。観客は目が点になっていた。何故ならまだ700グラム以上残っていたパフェが瞬く間にゆりの胃袋へと消えてしまったからだ。

 

あこ「う………嘘でしょ…半分以上も残ったパフェが一瞬にして消えちゃったぁ!?」

 

空になったグラスを静かに置き、ゆりは呟く。

 

ゆり「おやつの時間は終わりだよ。さぁ…本当の食事を始めようか。」

 

 

--

 

 

その後もゆりはわんこ蕎麦を食べるが如き速さでうどんをすすり、杯数を稼いでいった。

 

ゆり「ズズッ!おかわり下さい♪」

 

あこ「他の選手が5.6杯を彷徨う中、勇者部と力士チームは既に2桁台を突破したぞぉ!」

 

饂飩龍「し、信じられんですたい!ズゾゾーーーッ!」

 

徐々に後ろに迫って来るゆりを引き離さんとばかりに力士チームの殿、饂飩龍は食べるスピードど上げていく。

 

香澄「スピードが上がった!?ゆり先輩!」

 

ゆり「くっ………まだたったの18杯だというのに、速度が上げられない……どうして…!」

 

あこ「どうしてだぁ!え、どうして………?りんりーん!」

 

燐子「え…えっと……。ゆりさんは既に約700グラム分のパフェと18杯のうどんを食べているのと……相手のスピードに合わせてしまっているのが原因じゃないかな……。」

 

あこ「それはダメなの?」

 

燐子「大食いと早食いは違うから…。大食いは自分のペースを守る事が基本…。勝ちを焦ってしまっては身体がついていかないんだよ……。」

 

相手のペースに呑まれ自分の全力が発揮出来ていないゆり。その後をおかわりを続けていくが、1杯食べ終わるまでの間隔が開いていく。

 

ゆり「おかわり下さい♪……ぐっ、ズズー。」

 

有咲「何やってんだ!それでも……それでもあんたは勇者部のトップなのか!」

 

夏希「負けないでゆり先輩!27杯も食べたっていうのは嘘だったんですか!」

 

リサ・モカ・彩「「「神樹様…満腹のお腹をどうか空腹に……。」」」

 

イヴ「な、何やら怪しげな儀式が始まりました……。」

 

ゆり「っ!?部員のみんなにここまでさせて…引くわけにはいかないよ!ズズーズズーーッ!ズ…………ぅぅ。」

 

勇者部の声援を背に受け必死でうどんを食べ進めていく。しかし、遂に恐れていた事態が起きてしまったのだ。

 

友希那「そ、そんな………有り得ないわ…!」

 

蘭「ゆりさんの………箸が…止まった…!」

 

ゆり「くっ………こ、こんな……っ。私が倒れちゃったら……ここまでの…2人の頑張りが………。」

 

美咲「ゆり先輩……もう良いですよ。ゆりさんだけ無理しないでください!でも……でもごめんなさい……私………私…っ!先輩には勝ってほしい……我儘だけど、先輩には負けてほしくないんですよ!!」

 

つぐみ「覚えたてですけど、言わせてもらいます!勇者部五箇条!よく食べ、よく喋る!です。」

 

香澄・中沙綾「「ゆり先輩!!!」」

 

薫「ゆり………頑張るんだ!君の死は……勇者部の死なんだ!」

 

りみ「お姉ちゃーーーーん!!負けないでーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時不思議な事が起こった--

 

 

 

 

 

 

ゆり「勇者部のみんなが…………りみの声が………私を……私を空腹にさせる!うぉおおおおおおっ!!」

 

瞳に生起を宿し、ゆりの胃袋は限界突破を果たす。止まっていた箸が動き出しとんでもない速さでうどんを食べ進めた。

 

ゆり「ズズーーーーッ!!ズズーッ!おかわり下さい♪」

 

あこ「勇者部部長の胃袋は宇宙なのかぁ!!現在1位の力士チームの背中が見えたきたぞーーー!」

 

饂飩龍「ふっ……もう遅いでごわす!既に7杯の差がついとる。もう無理しても絶対に勝てもはん!!」

 

ゆり「それでも……私は諦めない!勇者部ぅうううう五箇条ぉおおーーー!」

 

勇者部一同「「「成せば大抵何とかなる!!」」」

 

ゆり「おかわり下さーーーい!!」

 

 

--

 

 

あこ「な……何という事でしょう…。あまりのデッドヒートに、用意していたうどん玉が底を尽きてしまいました……。その為勝負はまさかの引き分け!最終杯数はお互いに、34杯でしたぁーーーー!」

 

全力を出し尽くした2人は駆け寄り硬い握手を交わし讃えあう。

 

饂飩龍「ゆりはん。驚いたでごわす。是非、来年も同じ土俵で戦わせてくんせ。」

 

ゆり「こちらこそ、宜しくお願いします!部員を鍛えて、次回こそ勝ちますよ!」

 

美咲・つぐみ「「ええっ!?」」

 

あこ「感動をありがとうお相撲さん!そして勇者達に栄光あれーーー!!」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「ばんざーい!ばんざーい!!ばんざーい!!!」」」

 

紗夜「本当に凄まじい勝負でした。これでは当分は何も食べたくないでしょうね…。」

 

蘭「見てるこっちがお腹いっぱいになりましたよ。きっと3日くらいは満腹のままなんじゃないですか。」

 

 

---

 

 

しかしその日の夜、ゆりは夜ご飯にカレーライスを4杯おかわりしたのであった--

 

 

 



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紡いだ軌跡の諧調

中立神の御役目が終わりに近づく中、これまでの自分達を労う為に、前と同じくパーティを開く勇者達。その中で勇者達はここまで歩んできた軌跡、紡いできた絆を振り返るのだった。




 

 

勇者部部室--

 

ゆり「いつの事だったか、思い出してみて。」

 

中たえ「あんな事や、こんな事が。」

 

中沙綾「てんこ盛りにあったよね。」

 

神妙な面持ちで話し続ける神世紀勇者部の6人。

 

有咲「嬉しかった事や、面白かった事。」

 

りみ「いつになったって、忘れないよ。」

 

香澄「という訳で、ドジャーーーン!」

 

あこ「あれ?これって………デブジャだ!」

 

燐子「デジャブだよ、あこちゃん……。でも、確かに前もこんな事があったような…。」

 

千聖「造反神の御役目がもうすぐ終わる頃にやったパーティと同じ話しの切り出しかたじゃないかしら?」

 

美咲・花音「「それだ!」」

 

イヴ「千聖さん、良く分りましたね。」

 

千聖「勿論よ。だってあの時は私達防人組がドレスを着たんだもの。」

 

労いの意味も込めてやったパーティ。千聖の心には今でもその思い出が残っていた。

 

彩「そうだったね。確かにあの時のみんなはとっても綺麗だったよ。」

 

高嶋「うん!それに赤嶺ちゃんのもね!」

 

つぐみ・六花「「え?」」

 

その話をされた途端、赤嶺の顔がみるみるうちに真っ赤になりだした。

 

赤嶺「ぁ……い、いやその……いいでしょ、昔の話は!」

 

千聖「ゆりさん、中立神の御役目も終わりが見えてきました。ですから、これを機にまたパーティを開きませんか?」

 

ゆり「そうだね。赤嶺ちゃん達羽丘中組も加わった事だし、それも兼ねてまたやるつもりだよ。」

 

香澄「はい!今回は赤嶺ちゃん達を中心にやっていきましょう!」

 

友希那「そうね。造反神の御役目では敵対していたけれど、今となっては赤嶺さんも勇者部の一員。感慨深いわね。」

 

赤嶺「き、気持ちは嬉しいけど…恥ずかしいな。」

 

六花「でも、私達だけでなく、皆さんと一緒にお祝いしましょう。」

 

つぐみ「そうだね。ここまで頑張って来れたのはみんなの力があってこその事だから。」

 

あこ「もっちろんだよ!御馳走で大盤振る舞いだよ!」

 

内容ば前回のパーティと同じ形式、基本は崩さず今まで通りにやっていく事が決まった。

 

薫「そういえば、前は商店街でパレードがあったが…。」

 

りみ「それなんですけど、今年は日程が合わなくて一緒に出来ないみたいなんです。」

 

モカ「それは残念。」

 

蘭「意外だね、モカ。モカの口からそんな言葉が出るなんて。」

 

モカ「やっぱみんなの笑顔を見てたらね。またやりたかったなって。美咲ちんが作ってくれた衣装もエモかったし。」

 

美咲「嬉しい事言ってくれるね。じゃあ今回も何か張り切らないと。」

 

日菜「見て見て、御先祖様。これが前に私達がドレスを着た写真だよ。」

 

そう言うと、日菜は端末から撮った写真をつぐみに嬉しそうに見せる。

 

つぐみ「うわぁ……すっごい綺麗だね!」

 

イヴ「今回は赤嶺さん達がドレスを着る番です。」

 

赤嶺「わ、私は前に着たからもう大丈夫だよ。ロックとつぐちんだけでどうぞ。」

 

燐子「赤嶺さんの写真はないんですか…?」

 

中沙綾「写真?それなら……。」

 

沙綾が端末から以前に撮った赤嶺のドレス姿の写真を探し始めるが、

 

赤嶺「撮ってないよ!撮らなかったんだぁ。だから写真なんて無い無い!」

 

香澄・高嶋「「でもすっごく可愛かったよ?」」

 

中沙綾「そうだね。」

 

紗夜「確かに、見惚れてしまうくらいでした。」

 

つぐみ「沙綾ちゃんと紗夜さんは見たんですね。」

 

中沙綾「うん、ちょっとした事があってね。」

 

千聖「でも、パレードが無いとするならその代わりに何かするのかしら?」

 

前回は商店街の人々に勇者部からの感謝を表す為に商店街主催のパレードに参加したのだ。勇者部全員が衣装を着て商店街を練り歩く。とても好評だったそうだ。

 

香澄「今回もそういう事が出来たら良いんだけど…。」

 

燐子「取り敢えず…パーティとパレードは分けて考えてみませんか…?」

 

千聖「そうね。勇者部内々のお祝い事と周囲への感謝は別物だもの。」

 

美咲「1部は羽丘中組のドレスアップ。第2部だけ考えれば良いんですよね。」

 

イヴ「お三方とも、それでよろしいでしょうか?」

 

六花「はい、楽しそうなので私は構いませんが、赤嶺さんはそういう事苦手ですよね?」

 

赤嶺「うん…。それに私は前に着たし、今年は裏方で準備を手伝いたいな。」

 

小たえ「ええ〜?」

 

つぐみを私は赤嶺ちゃんにドレス着て欲しいなぁ。」

 

赤嶺「な、何言ってるのつぐちん。私は裏方やりたいんだってば!」

 

高嶋「赤嶺ちゃん、気持ちは嬉しいけど、準備は私達に任せてくれない?」

 

香澄「そうだよ。今年こそちゃんと、みんなにもドレス姿をお披露目しないと!」

 

しかし頑なに赤嶺はドレスを着る事を香澄達と敵対していた事を理由に拒んでしまう。

 

紗夜「そんな事を考えていたんですか…。何というか驚きです。」

 

六花「はい。赤嶺さんは変なところ律儀なんです。」

 

蘭「色々あったけど、今はもう立派な仲間じゃん。償いなんて誰も求めてないよ。」

 

友希那「そうよ。だから、何も気にせず楽しめば良いわ。」

 

赤嶺「だけど、それじゃ私の気持ちが……。」

 

ゆり「仕方ないか。あの手を使おう。」

 

香澄達がここまで行っても渋る赤嶺に痺れを切らしたゆりは前にもやった作戦に打って出るのだった。

 

ゆり「部長命令!香澄ちゃん、高嶋ちゃん!赤嶺ちゃんを力尽くでドレスショップに連れていきなさい!」

 

香澄・高嶋「「ラジャー!」」

 

赤嶺「えぇ!?またぁ!?」

 

つぐみ「凄い。すばしっこい赤嶺ちゃんを見事にロックして連れて行っちゃった。」

 

六花「感心してる場合じゃないですよ。私達も行きましょう。」

 

 

---

 

 

ドレスショップ--

 

六花「す、凄いです……ここはまるで異世界ですね…!」

 

赤嶺「はぁ……また来ちゃった…。」

 

とうとう観念したのか、赤嶺も連れてこられた途端に抵抗するのをやめてしまった。

 

香澄「それじゃあ、後は任せたよ!」

 

赤嶺「え、帰っちゃうの?」

 

高嶋「うん。本番の楽しみにしたいから。素敵なドレスを選んでね!」

 

そう言って2人の香澄はドレスショップを後にする。

 

赤嶺「もぅ……。」

 

六花「さてと、これで水入らずですね。」

 

つぐみ「香澄ちゃん、さっきからどうしたの?」

 

六花「敵だった頃の事を思い出してたんですか?」

 

赤嶺「勇者部の人達、みんな良い人だから。本気で全部許してくれてるとは思うんだけど。」

 

つぐみ「みんなが良いって言ってるんだから、みんなの気持ちを疑うのはそれこそ失礼に当たっちゃうよ?」

 

赤嶺「え?」

 

つぐみ「私はこう思うな。贖罪するならみんなの願いに反するよりも、みんなの願いを叶えてあげる方が良いんじゃない?」

 

赤嶺「つぐちん……。そんな事で本当に良いのかな…。」

 

六花「そうですよ。あの皆さんに深読みはダメです。素直になりましょう。私達は現世での御役目が御役目でした。悪い癖がついてしまってるんです。疑いに慣れすぎたらよくありません。」

 

赤嶺「そっか……。私、まだまだ勇者部員にはなりきれてなかったみたいですね……。ありがとう!勇者部のお祝い、私、全力で頑張るよ!」

 

2人が説得してくれたお陰でやる気を取り戻した赤嶺。そんな3人を先に帰った筈の2人が店の外からこっそり覗いていた。

 

香澄「赤嶺ちゃん、やる気になってくれたみたい。心配する事なかったね。」

 

高嶋「うん。やっぱり同じ香澄仲間だよ。」

 

滞りなく進む事を確信した2人は改めてその場を後にする。

 

 

 

 

 

しかし、2人が覗いていた事を赤嶺達は気が付いていたのである。本当に帰った事を確認した3人は目の色を変えて話しだした。

 

赤嶺「ふぅ………。やっと本当に帰ったかぁ。何とか誤魔化せたみたいでホッとしたよ。」

 

つぐみ「ここまで……お互いに絆を深め合うのには充分過ぎる時間だったよね。」

 

六花「その勇者達の安心しきった微笑みが焦燥に変わるまで、後もう一踏ん張りですね……。」

 

赤嶺「少し予定が狂ったから、計画を練り直そう。失敗は許されないよ…。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

一方その頃、残ったみんなは赤嶺の頑なに拒む態度について話し合っていた。

 

りみ「赤嶺さん、本当に大丈夫かなぁ。あのままだったらどうしよう……。」

 

有咲「香澄達がついて行ったから大丈夫だろ。」

 

中たえ「もしかして、祝われるのが好きじゃないのかな?」

 

あこ「そんな人いるの?」

 

美咲「少数ながらもいるんだよ。自分が中心になるのが苦手な人がね。気を遣っちゃうんだと思うよ。」

 

小沙綾「折角のパーティなのに、そんな気分のまま無理させるのは本末転倒じゃないでしょうか……。」

 

紗夜「やはり、何か他の事を考えた方が良いのではないでしょうか…。」

 

みんなが赤嶺に対して思い悩む中、沙綾が一つ赤嶺の態度に違和感がある事を口にする。

 

中沙綾「でも、あの態度はちょっと不自然じゃないかな。」

 

リサ「確かに。ドレスが苦手ってのは本当だと思うんだけど、それで裏方をやりたいって言うのは何か腑に落ちないんだよねぇ。」

 

燐子「ストリートダンスが趣味で…人前に出るのも好きな人なのに……変ですよね…。」

 

疑問が残る中、香澄達がドレスショップから帰ってくる。

 

香澄「香澄と香澄、ただいま帰還しました!」

 

ゆり「お疲れ様。どうだった?」

 

高嶋「問題ないです。つぐみちゃんと六花ちゃんのお陰で、赤嶺ちゃんもやる気になってくれました。」

 

香澄達からの報告を聞き、杞憂だったと判断した勇者達は気を取り直してパーティの準備に取り掛かる。

 

蘭「それじゃあ、料理で使う野菜を収穫してくるよ。」

 

千聖「防人組は集合して頂戴!私達はパーティで使うテーブルクロスや食器の準備よ。」

 

友希那「あこと海野さん、瀬田さんは私と来て頂戴。美竹さんの畑を手伝いに行くわよ。」

 

中沙綾「他の人達は2班に分かれて献立の組み立てと、買い出しに取り掛かろう。」

 

ゆり「あぁ……この連帯感と流れるような連携プレー。ここで過ごしていくうちに築き上げてこられた最高のチームプレーだよ。私もスピーチ原稿書かなくちゃ。」

 

紗夜「今度は最後まで聞いてもらえると良いですね。」

 

 

 

---

 

 

ドレスショップ--

 

六花「幸い、記念パーティで勇者達は心の底から浮かれてます。隙だらけですね……。」

 

赤嶺「当初の計画が頓挫しかけて少し焦ったけど、戸山ちゃん達が上手く立ち聞きしてくれた。」

 

つぐみ「これで今頃勇者部のみんなは嬉々として準備に取り掛かってるだろうね。」

 

赤嶺「驚くだろうなぁ…あの子達。だってもうすっかり私達の事………。」

 

六花「信じてますからね……。ふふっ…!」

 

赤嶺「ロック…クールに行こうね。裏切りの舞台に笑いは必要無いから………。」

 

 

---

 

 

パーティ会場--

 

赤嶺達の裏切りに誰も気付く事なく、パーティ当日を迎える勇者達。今舞台ではゆりがマイクチェックを行っている最中である。

 

有咲「入念にやり過ぎだな…。」

 

あこ「うぅ……。あこは朝から何も食べずに来たんだよ。早く始めてくれないと、また野獣になっちゃうよ!」

 

香澄「赤嶺ちゃん達、どんなドレスを選んだんだろう。すっごく楽しみだよ!」

 

今回のパーティの主役である羽丘中の3人を心待ちにしながら、パーティ開始の時間となった。

 

ゆり「えー……只今より、勇者部による記念パーティを始めたいと思います。それでは、いきなりですが、本日のメインメンバーであ羽丘組の3人の登場です!」

 

盛大な拍手に包まれる中、突如として会場の照明が全て消えてしまい、会場は暗闇に包まれてしまう。

 

千聖「っ!?照明が消えた?まさか、停電!?」

 

 

 

 

 

その時だった。暗闇から突如赤嶺の声が会場に響き渡る。

 

赤嶺「勇者部のみなさーん、注目だよー。」

 

その声を合図に消えていた照明が元に戻り、舞台に赤嶺達羽丘中の3人が立っていたのだ。勇者装束と巫女服の姿で。

 

一同「「「えっ!?」」」

 

高嶋「赤嶺ちゃん、つぐみちゃんに六花ちゃんもその格好は……。ドレスはどうしたの……?」

 

赤嶺「悪いけど、これが私達の正装だよ。ドレスじゃ戦えないからねぇ。」

 

モカ「戦う?今からパーティなのに。敵の気配でも感じ取ったかなぁ?」

 

何が起こったのか理解出来ない勇者達に赤嶺達は冷たく言葉を言い放った。

 

六花「何言ってるんですか……。私達が戦うのは、あなた方ですよ。」

 

燐子「ど、どういう事ですか……?まさか戦闘訓練ですか…?」

 

赤嶺「訓練?違うよ。これから始めるんだ。本当の戦いってやつを、私達とあなた達で。」

 

彩「どうしてそんな!?仲間同士で戦うなんて……!」

 

つぐみ「いつから仲間だと錯覚してたの?」

 

中沙綾「錯覚…?」

 

つぐみ「この世界にどうして私達が召喚されたのか分からない?あなた達勇者を、徹底的に殲滅する為だよ!」

 

美咲「………それじゃあ、今までのは、私達に溶け込む為の演技だったって事?」

 

勇者達の顔が徐々に青ざめたものへと変わっていってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筈だったのだが--

 

六花「……良い顔です。焦り、驚き、怒りの入り混じった何とも言えない表情ですよ……ふふっ。」

 

つぐみ「驚くがいい!私達の足元に跪き許しを乞うんだよ!泣け喚け!ヒヒンと嘶け!!」

 

小沙綾・小たえ・夏希「「「え?えぇ……。」

 

六花「ぷっ………あはは!ヒヒンって…!馬ですか……!」

 

赤嶺「ダメだこりゃ。ロックが限界だ。さぁ………始めるよ!」

 

次の瞬間、赤嶺達が装束と巫女服を脱ぎ捨て、赤嶺は赤と黒を、つぐみは青と白、六花は黄色を基調とした華麗に着飾ったドレス姿へと早変わりしたのである。

 

赤嶺・つぐみ・六花「「「なーんてね!」」」

 

一同「「「はあああああ!?」」」

 

赤嶺「驚いた?サプライズだよ。」

 

つぐみ「私達が本当に裏切ると思った?甘いよ。蜂蜜漬けの砂糖菓子の様に甘いよ。」

 

有咲「ドッキリかよ……ま、まぁ!私は最初から気が付いてたけどな!!」

 

中には腰を抜かして立てなくなってしまう人もいた。

 

りみ「び、びっくりしましたぁ……。兎追いし花園よりも何倍も……。」

 

イヴ「な、なんて事しやがる……。俺が出ちまう程驚いたじゃねーか…。」

 

六花「あはははっ!大成功ですね!」

 

赤嶺「ごめんねぇ。どうしても何か1発やりたかったんだぁ。驚いたでしょー。」

 

香澄「ううん、ぜーんぜん!赤嶺ちゃんの事信じてるもん。ドレス姿、とっても綺麗だよ!」

 

赤嶺「ありがとう。でも残念。やっぱり戸山ちゃんは騙せなかったかぁ。」

 

リサ「ホントにもう、驚かさないでよ!でも、3人ともすっごく綺麗だよ。」

 

友希那「やってくれたわね……。流石というか何というか。心臓に悪いわ。」

 

あこ「でも、思いもよらないど迫力のパフォーマンスだったよ。じゃあ役者も揃った訳だし、みんなでかんぱーーい!!」

 

一同「「「かんぱーーい!!」」」

 

乾杯する一同。その中で1人がとある事を思い出す。

 

ゆり「って、私のスピーチは!?折角徹夜で原稿書いたのにーーーー!」

 

そんな事は誰一人気にせず、勇者達はこれまでの自分達を労うのだった。

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

赤嶺達のド派手な余興から始まったパーティもそろそろ終盤へと差し掛かろうとしていた頃。

 

夏希「ふぃ〜。お腹いっぱいだぁ。」

 

あこ「デザートはまだかなぁ。」

 

燐子「あこちゃん…まだ食べるの…?」

 

食事も殆ど食べ終えた頃、赤嶺達が元の制服に着替えて戻ってくる。

 

香澄「赤嶺ちゃん達もう着替えちゃったんだ。」

 

六花「食べ過ぎてドレスがキツくなってしまって…。もうお腹パンパンです。」

 

つぐみ「よくこんなに沢山料理が用意出来たね。」

 

中沙綾「手伝ってくれる人達の腕も上がってきたから、手早く沢山作れるようになったんです。」

 

小沙綾「最初に比べたら、私達もかなり楽させてもらってます。」

 

六花「最初って言うと、ここに来てすぐの頃ですか?それじゃあ、この料理はこの世界での経験の集大成って事ですね。」

 

六花のこの言葉で香澄達はこの世界に来てからの様々な出来事を思い出していた。

 

モカ「思えば、ここに来てから随分と時間が経ったよねぇ。」

 

蘭「そうだね。長いようであっという間だった気がする。」

 

高嶋「御役目は辛い事もあったけど、毎日が楽しくてすぐ1日が終わっちゃう感じだもんね。」

 

友希那「時々、騒がしくなる時もあるから退屈しない毎日だわ。花園さん?」

 

中たえ・小たえ「「え?」」

 

リサ「2人には感謝してるんだよ?友希那も、私も。それにみんなも。」

 

ゆり「そうだね。なんだかんだ言っても、常に笑いが絶えない毎日だし。」

 

つぐみ「みんなの話を聞いてて思うんだけど、勇者部のみんなは最初からこんなにドタバタしてたの?」

 

りみ「そ、そうだね…。」

 

美咲「私、ここに来た当初は警戒してたんだけど、過ごしていくうちにコロっといっちゃいました。」

 

六花「それ、分かります。」

 

薫「勇者部のみんなは、海のように美しく暖かい。だから私達は強くいられるんだ。」

 

紗夜「心の安定が強さに直結すると、私はここへ来てそれを学びました。」

 

千聖「心の安定……そうね。思えば訓練生時代に私が足りなかったものは、きっとそういう所なのかもしれないわね。」

 

イヴ「解るぜ、白鷺。お前は昔より今の方がずっと強えぇ。強くなったんだ。ここでな。」

 

千聖「イヴちゃん……。」

 

次第に思い出話へ変化して、しんみりした空気になってしまう。

 

リサ「中立神の御役目もそろそろ終わりを迎えるし、ゆっくりと過去を振り返るのも良いかもね。」

 

赤嶺「そうだね。私もみんなをずっと監視してた訳じゃないから、思い出話、聞きたいな。」

 

花音「私も!私達が合流する前の事とか聞きたかったんだ。」

 

香澄達はこの世界での今までの思い出を振り返る事にするのだった。

 

 

--

 

 

中沙綾「最初は、神世紀花咲川中組の私達がいる所に突然、樹海化警報が鳴ったんだよね。」

 

ゆり「私達の御役目は終わった筈なのに、突然端末からアプリが起動した時は本当に焦ったよね…。」

 

 

--

 

 

花咲川中学、勇者部部室--

 

りみ「こ、このアラームって…お姉ちゃん!」

 

ゆり「な、なんで…もう勇者に変身するアプリはみんな持ってない筈なのに……。」

 

有咲「ゆ、夢じゃないよな…。この眺め、完全に樹海だぞ。」

 

沙綾「いつのまに端末が…。どう思う、おたえ。……おたえ?」

香澄「おたえがいないよ!」

 

 

--

 

 

中たえ「それに最初は私の端末が調整中だったから変身出来なくて、みんなに迷惑かけたよね。」

 

有咲「そんな中で、最初に合流したのがリサだったな。巫女って存在が加わったのは大きかった。」

 

りみ「神世紀では巫女は大赦に常駐で傍にいなかったですから、最初は少し戸惑っちゃいました。」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

リサ「みんな、御役目ご苦労様。私は今井リサ、宜しくね。」

 

有咲「んなっ!?今井って…!大赦の巫女の中でも最高の発言力を持ってるって言うあの"今井家"!?」

 

たえ「あっ、そう言えばそうだね。見落としてたよ。」

 

有咲「おいおい…"今井家"と"花園家"は大赦のツートップだろうが。」

 

 

--

 

 

リサ「そういえばあの時、勇者部の新人は隠し芸を披露するのが当たり前だって言ってたっけ。」

 

その言葉に友希那が過剰に反応する。

 

友希那「隠し芸!?リサがやったの!?」

 

リサ「さぁ、どうだろうね?」

 

つぐみ「成る程…。最初は西暦からリサさんだけが1人で来てたんだね。」

 

ゆり「そして小学生組が来て、次に西暦組、そして諏訪組が来たんだよ。」

 

美咲「そしてその次に私と薫さんが来たんです。あの時は自分の他に勇者が大勢いると知って驚きました。」

 

薫「それはそれは儚かったよ…。」

 

夏希「私、最初は西暦組の人達に緊張してました。何たって初代勇者、西暦の風雲児ですし!」

 

あこ「あこも夏希と初めて会った時の事は良く覚えてるよ。」

 

高嶋「私はやっぱり戸山ちゃんにびっくりしたかな。自分でも双子かと思ったもん!」

 

紗夜「2人が入れ替わったりした事もあったけれど、私と山吹さんの目は誤魔化せなかったです。」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

?「目隠しをしてるのはどーっちだ?」

 

紗夜(これは……外せません!)

 

紗夜「この手は………高嶋さんですね?」

 

高嶋「正解!!」

 

友希那「……さすがは紗夜ね。」

 

中沙綾「次は私の番だよ!」

 

香澄「良いよ!手加減しないよ、さーや!」

 

中沙綾「分かった。この手は香澄だね。」

 

香澄「凄い!!正解だよ、さーや!」

 

 

--

 

 

友希那「そして私は、声しか聞いた事が無かった諏訪の勇者である美竹さんとここで対面する事が出来たわ。」

 

蘭「あの時は、夢じゃないかと思いました。感激でした。あなたに会えて……湊さん。」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

友希那「この声……まさか、美竹…さんなの?」

 

蘭「私を知ってる?その声は……まさか。」

 

友希那「湊……友希那。湊友希那よ!美竹さん!!」

 

蘭「本当に…湊友希那さん…。うどんと蕎麦、優れてるのはどっち?」

 

友希那「うどんよ。」

 

蘭「間違いなく、湊さん…!!こうした形で会えるなんて。」

 

 

--

 

 

思い出話は募りに募っていく--

 

高嶋「夏には紗夜ちゃんの水着がバーテックスに奪われちゃったんだよね!プンプン!」

 

 

--

 

 

水着を買った帰り道--

 

中沙綾「きゃっ!何、今の!?」

 

紗夜「っ!?ありません!買ったばかりの水着が……!」

 

香澄「あーーーーっ!!あそこ!すっごく早い敵が逃げていく!!」

 

ゆり「バーテックスが……バーテックスが……水着泥棒!?」

 

 

高嶋「何で紗夜ちゃんの水着盗ったの!?返してよーーーーっ!!」

 

 

--

 

 

紗夜「そ、その話は……はっ!?」

 

その時、紗夜の視線が赤嶺の元へゆっくり動いた。

 

紗夜「まさかあれは赤嶺さんの指示ではないでしょうね?」

 

赤嶺「えぇっ!?み、水着泥棒って……知らないよ、そんなの!」

 

ゆり「その後の海での戦いじゃ、薫が珍しく熱くなってたよね。」

 

薫「あの時はつい我を忘れて連携を乱してしまったね……。友希那まで突き飛ばして、すまない。」

 

友希那「あの時は、私も瀬田さんを信じ切れてなかったと反省してるわ。」

 

 

--

 

 

樹海--

 

薫「はぁ…はぁ…。次は誰だい…?」

 

中沙綾「気合いが入り過ぎて、怖いくらいだね。」

 

香澄「薫さんは大好きな海を守りたいんだよ。だから、この戦いはすっごいやる気なんだ。」

 

りみ「そうだったんだ。道理で…。」

 

薫「そこっ!!」

 

友希那「待って、瀬田さん!前に出すぎよ!」

 

薫「どいてくれ!」

 

友希那「うっ!」

 

高嶋「友希那ちゃん!」

 

薫「あっ…す、すまない…。」

 

友希那「良いのよ。普段は冷静なあなたがここまで我を忘れるなんて、余程の事なのでしょう?」

 

薫「それは……。」

 

友希那「だけど、少し考えて。あなたの後ろには仲間がいる。共闘すれば敵を取り逃がしたりはしないわ。」

 

高嶋「そうだよ、薫さん。私達にも手伝わせて。同じ勇者なんだから、気持ちは一緒だよ。」

 

薫「気持ちは…一緒…。」

 

友希那「1人で突っ込めば隙が生まれてしまう。ここは、チームプレイで確実に当たりましょう。」

 

薫「……友希那の言う通りだ。少し頭に血が昇っていたようだね……。」

 

 

--

 

 

千聖「みんなでも息が合わない事があったのね…。今では考えられないわ。」

 

香澄「ここで過ごしていく内に互いの事が少しずつ分かってきて、喜びや悲しみ……色々な気持ちを共有していく事が出来たから今の私達があるんです。」

 

ゆり「他にも色々な事をやって来たよね…。」

 

夏には--

 

 

--

 

 

神社、境内--

 

香澄「わああ……。」

 

リサ「……掛まくも畏き、恐み恐み白す……。」

 

モカ「……諸々の禍事、罪、穢れを有らむをば、祓い給へ、清め給へ……。」

 

中沙綾「……幸え給へと白す事を、聞こし食せと、恐み恐みも白す……。」

 

ゆり「これが……、巫女の力…。」

 

香澄「さーや……綺麗。」

 

 

--

 

 

香澄「夏祭りでのさーやの巫女姿、本当に綺麗だったよ。」

 

中沙綾「香澄ってば……。」

 

 

--

 

 

神社、境内--

 

高嶋「紗ー夜ちゃん!」

 

紗夜「あ…あぁ……ま、眩しい…です。」

 

高嶋「えへへ。」

 

紗夜「た、高嶋さん…!来てくれたんですね。」

 

高嶋「約束したでしょ?遅れちゃってごめんね!」

 

紗夜「いえ…。それよりも…その浴衣は…?」

 

高嶋「戸山ちゃんが貸してくれたんだ!着付けは沙綾ちゃんが。」

 

紗夜「そうだったんですね…。それより、お腹…空いてませんか?」

 

高嶋「もうペッコペコだよ!みんなが言ってた物みんな食べちゃいたいくらい!」

 

紗夜「ふふっ…。私もです。高嶋さん…あのっ!」

 

高嶋「ん?どうしたの?」

 

紗夜「浴衣……とても似合ってますよ。」

 

高嶋「ありがと!紗夜ちゃん!!」

 

 

--

 

 

紗夜「高嶋さんの浴衣姿も、とても眩しくて……良く似合ってました。」

 

高嶋「ありがと、紗夜ちゃん。」

 

そして秋--

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

香澄達全員「「「ハッピーハロウィン!」」」

 

夏希「あ、あれ⁉︎サプライズの筈だったのに!」

 

小たえ「お菓子がいっぱいだ!」

 

有咲「あれだけカボチャがどうの、ハロウィンがどうの言ってれば、バレバレだっつーの。」

 

ゆり「今日は年下組を目一杯甘やかすよ!お菓子も手作りだからね!…………お疲れ、りみ。」

 

りみ「お姉ちゃん………!うん!思いっ切り甘えるね!」

 

香澄「さーやちゃん、そのコスプレすっごく可愛いよ!」

 

あこ「確かに、闇の力が凄そう!」

 

美咲「大胆だね、こりゃ。」

 

薫「ああ……儚い!」

 

小沙綾「うぅ………!」

 

中沙綾「4人とも、今日は思いっ切り楽しんでね。」

 

 

--

 

 

小沙綾「最初は少し抵抗がありましたけど、やってみるととっても楽しかったですね。」

 

リサ「そういえば殺人事件もあったよね。」

 

花音「ふ、ふえぇ〜!?誰か殺されたの!?」

 

有咲「あれは事故だ!不慮の事故でバーテックスと接触しただけだ!」

 

 

--

 

 

旅館、厨房裏口-- 

 

ゆり「あ…あぁ…ぁ…ぁ……。」

 

りみ「お姉ちゃん?」

 

美咲「さっきのリサさんと同じ対応……まさか!?」

 

ゆり「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!あこちゃんが……あこちゃんが死んでるーーっ!!」

 

夏希「あ、あこさん!?嘘だ!あこさんが!あこさんが……!!」

 

燐子「あこちゃん!しっかりして、あこちゃん…!!」

 

友希那「燐子!息はしてるの!?怪我は!?」

 

燐子「え…?何…これ…?あこちゃん、なんか濡れ…て…。」

 

高嶋「そ、それって……血!?」

 

小沙綾「あこさん、何処かに傷を!?」

 

燐子「………これって…本当に呪い……?そ、そんな……!いやぁああああああーーーーーっ!!!」

 

 

--

 

 

あこ「たまたまあこと有咲ちゃんの2人が犠牲になっただけで何でもないんだよ!」

 

燐子「摘み食いはダメだよ…。あの時はすっごく心配したんだから…。」

 

香澄「有咲は飛び蹴りに失敗して頭を打っちゃったんだっけ?」

 

有咲「香澄はなんでそんな事ばっか詳細に覚えてるんだ!?」

 

そして冬が来て--

 

 

--

 

 

花咲川中学、校庭--

 

夏希「よーし!それじゃあ行くよ、おたえ!!」

 

小たえ「任せて!」

 

夏希「よいっしょー、よいっしょー!!」

 

小たえ「ぺったんぺったん!」

 

夏希「よいっしょー、よいっしょー!!おっ、段々餅っぽくなってきたよ。」

 

小たえ「ぺったんぺったん!夏希、そろそろ味見してみようよ。」

 

夏希「……美味しい!!これがつきたてのお餅の味かぁ!」

 

小たえ「……ホントだ!何も味が付いてないのにほんのり甘い。お米の甘さがしっかり出てるよ。」

 

 

--

 

 

夏希「あの時に突いたお餅は最高に美味しかったです!」

 

小たえ「またやりたいなぁ。」

 

小沙綾「お正月には晴れ着を着ましたね。」

 

イヴ「はい。でもあの時は焦りました…。」

 

 

--

 

 

寄宿舎、夏希の部屋--

 

夏希「……でも、みんなも着物だから恥ずかしくは無いかな。と言うか、イヴさんが凄く美人だ!おたえ、やるじゃん!」

 

小たえ「それ程でもあるかな。」

 

イヴ「皆さんもとっても似合ってます。」

 

小沙綾「私達に付き合ってもらってありがとうございます。」

 

夏希「強引に話を進めちゃってすみません。」

 

イヴ「とっても楽しかったですよ。……神樹館でも、もっとこうして夏希さん達と遊べてたら良かったです…。」

 

夏希「これからやれば良いんですよ!この先もまだまだ楽しい事はたくさんあるんですから!」

 

イヴ「……そうですね。」

 

 

--

 

 

赤嶺「みんなマメだねぇ。年中行事をちゃんとやってて。その上、落ち葉履きや幼稚園へサンタとして出向いたりやってたんでしょ?」

 

りみ「どうして赤嶺が知ってるんですか!?」

 

赤嶺「監視はしてなかったけど、チラ見はしてたから。だから"兎追いし花園"になれたんだから。」

 

つぐみ・六花「「"兎追いし花園"?」」

 

それはエイプリルフールの出来事だった--

 

 

--

 

 

花咲川中学、屋上--

 

中たえ・小たえ「「正体を現せーー!!」」

 

兎追いし花園「うわっ!」

 

赤嶺「く……っ!」

 

全員「「「えーーーっ!!!」」」

 

薫「あ、赤嶺香澄………!」

 

赤嶺「あーあ、バレちゃったかぁ。」

 

ゆり「な、なんでこんな事を!?」

 

赤嶺「勇者部って、いつも何かしらイベントやってるでしょ。だから、私も真似してみたんだ。でも残念。勇者同士が相打ちになれば、この先バーテックスを派遣する手間が省けたのになぁ。」

 

あこ「こんな事考える方がよっぽど手間かかるよーーーーっ!」

 

中たえ「そうだねー。ちょっとやりすぎだよ。」

 

赤嶺「そう?花園さんをずっと観察してそれを忠実に真似してみたつもりなんだけど。」

 

中たえ「うーん。こういうのは微妙な匙加減とセンスが必要なんだよ。」

 

有咲「お前がそれを言うのか……。」

 

香澄・高嶋「「でも、とっても楽しかったよ!」」

 

彩「赤嶺さん。もし良かったら、これからも一緒に、色んなイベントを楽しんでみない?」

 

赤嶺「は、はぁ……?な、何言ってんのかな……。こんなの、もうやらないよ。じゃあね……。」

 

 

--

 

 

日菜「懐かしいねぇー!悪役になってみんなと戦ったよね。」

 

夏希「"兎追いし花園"は赤嶺さんがたえさんの変装をした時の名前なんです。」

 

リサ「あれは見事な演技だったよね…。」

 

高嶋「演技って言えば、今日のも!3人ともすっごく演技が上手だったよ!」

 

赤嶺「当初はあんなに芝居がかった事をする予定なんて無かったんだ。ね、ロック。」

 

六花「そうですね。赤嶺ちゃんが素直に裏方になってれば、パイ投げとかタライ落としとかで済んでたんですけどね。」

 

赤嶺「そういうのを仕込むのは私なら簡単に出来るから。でも、私までドレスを着る流れになっちゃって…。しょうがないから計画を変更して、少しブラックな感じにしたんだ。」

 

六花「あの演技は今しか出来ないですから。」

 

薫「どうしてだい?」

 

六花「私達との間に信頼関係が深まってしまうからです。」

 

長く一緒に居れば居る程に赤嶺達と香澄達に絆が芽生えてしまう。だからこの世界に来て、勇者部の仲間になったばかりでないとこの芝居は出来ないのだ。

 

美咲「流石は対人関係のプロですね……。痛い所突いてくる。人が悪いですよ。」

 

そして勇者部が赤嶺達の芝居に引っかかってしまったのは、まだ仲間になってから日が浅い3人の事を心の底から信じ切れていないからこそ引っかかってしまったのである。

 

美咲「今の段階じゃ、心の何処かに"やっぱり"って疑う気持ちがどうやったって少しは生まれちゃうんだよね。」

 

友希那「くっ……恥ずかしい事ね。口では仲間だと言っておきながら、私にもそんな気持ちがあったなんて…。」

 

紗夜「危険なジョークですね。私達の誰かが怒り出したらどうするつもりだったんですか?」

 

その心配ですら、六花は見透かした様に論破してしまう。

 

六花「怒られませんよ。勇者は騙された事よりも、疑った自分の気持ちを恥じる人達ですから。」

 

夏希「すっごい……。」

 

彩「でも、赤嶺ちゃんは計画を変更したのにあまり怒ってないんだね。」

 

赤嶺「そんな事は…無いけど……。」

 

段々と赤嶺の顔が赤くなっていく。

 

リサ「赤嶺も本当は3人でドレスを着られて嬉しかったんだよね?」

 

赤嶺「うぐっ……!?」

 

どうやらリサの図星のようである。

 

あこ「結構可愛いところもあるんだね、赤嶺ちゃんって!ツンデレって事?」

 

燐子「騙されたからって、煽るのはダメだよ……。」

 

ゆり「安心して、あこちゃん。勇者部はやられたままじゃ終わらないんだから。」

 

赤嶺「え?」

 

ゆり「この借りは絶対的な信頼を築く事で取り戻すんだから!」

 

香澄「感動しました、ゆり先輩!」

 

ゆり「うぅ……スピーチ。徹夜の原稿…うぅぅ…。」

 

中沙綾「あぁ、ゆり先輩!しっかりしてください。部長の威厳が台無しです!」

 

赤嶺「あはははっ!やっぱり勇者部って凄いや!」

 

つぐみ「うん!この勢いで最後まで御役目をやり切ろう!」

 

六花「そうですね。私達なら、絶対に出来る筈ですから。」

 

違う時代と場所から集まって来た勇者達と結んできた、確かな絆が今ここにしっかりと存在している。きっとそれは赤嶺達3人にも固く結びつく事になるだろう。

 

 



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感謝の気持ちをあなたに

最後の日常回です。残り5話、最後まで楽しんで頂けたら幸いです。

ここまでやってこれたのは読んで下さる皆様のお陰なので、本当に感謝です。




 

 

勇者部部室--

 

パーティを終えた勇者部はパレードに変わる新たな催しを相談する為に部室へ集まっていた。

 

ゆり「パーティも滞りなく終わったし、第二部の相談をしていくよ。」

 

赤嶺「今度こそ、何でも手伝いますよ。お茶汲みでも裏方でも、何でも!」

 

つぐみ「確か第二部では、街の人達へ感謝の気持ちを伝えるんだったよね。」

 

美咲「前は楽団と一緒にパレードしたけど、今回は日程が合わなくて無理になっちゃったんだよね。」

 

千聖「商工会の人達に手伝っていただくのはどう?」

 

友希那「感謝を示したい私達が、街の人達の手を煩わせてパレードを見せるというのは趣旨が違うんじやないかしら。」

 

六花「そうですね…。若干恩着せがましい感じがします。」

 

薫「私達が校庭を周回して練り歩くのを、見に来てもらうというのはどうだろうか?」

 

小たえ「盆踊りですか!?」

 

 

--

 

 

その後も色々な意見が挙がるが、中々しっくりくる提案が見つからないまま時間だけが過ぎていく。そんな時、彩からこんな意見が出る。

 

彩「あの……お礼参りっていうのはどうかな?」

 

千聖「まさか……彩ちゃんからそんな言葉が。リサちゃんと長く居すぎたせいで、冥府魔道に……。」

 

リサ「ちょっと、それどういう意味!?」

 

彩「来てもらうんじゃなくて、私達が普段お世話になった人達へ出向くって感じで…。パレードも勿論良いけど、やっぱ私は、1人1人の目を見て、手を握って心からの感謝を伝えたいって思うんだ!」

 

ゆり・夏希・有咲「「「て、天使だ…。」」」

 

その意見に全員が感動して納得する。

 

蘭「………どうやら、私達は本来の目的を見失ってたみたいだね。」

 

中沙綾「そうだね…。"感謝したい"から、いつの間にか"楽しみたい"って気持ちになっちゃってた。」

 

リサ「彩のお陰で、基本に立ち返れたよ。」

 

彩「えへへ……。私は自分がやりたい事を言っただけだよ…。」

 

中たえ「それで、具体的にはどうする?」

 

あこ「う〜ん……今まであこ達が関わった人達の家に行って、ハムでも渡すとか。」

 

有咲「暮れの挨拶かよ!」

 

日菜「この人数で押しかけるのは迷惑じゃない?」

 

夏希「でも、ハムは良いと思います!ハムって美味しいし。」

 

高嶋「お礼にハムって贈って良いんだっけ?」

 

花音「悪くわないと思うけど…。」

 

美咲「多分予算オーバーかな。あこが言うハムって箱に入った太いヤツだよね。ああいうのって結構高いんだよ。」

 

ハムを贈る案は予算オーバーの為却下されてしまう。

 

香澄「だったらお花をプレゼントするのはどうかな?」

 

モカ「良いですなぁ。私も最近花を育てたばかりだし。」

 

紗夜「良い案ですね。花が嫌いな人はいませんし、私達にも合ってると思います。」

 

燐子「服装は…どうしましょうか…。」

 

千聖「パレードでは衣装を褒めて下さった人が沢山いたわね。みんな笑顔だったわ。」

 

薫「いつも私達のイベントではそうだったね。」

 

思い返してみれば、勇者部のイベントでは、ほぼ衣装を作ったり仮装したりしていた。

 

りみ「勇者部って言ったら仮装みたいな所ありますよね。」

 

有咲「じゃあ、何かの仮装をして花を渡す。これで決まりだな。」

 

概ねの趣旨が決まったところで、感謝祭の構想は衣装作りへと移っていく。

 

 

--

 

 

美咲「さて、衣装となれば私の出番ですね。燐子さんもお願いします。」

 

燐子「頑張ります…。」

 

美咲「とは言え、今回はいつもとは勝手が違うので、基本案は皆さんが出してください。」

 

赤嶺「方向としては、人に笑顔になってもらえる格好だよね。」

 

紗夜「笑顔になってもらうのは、相手の方が何を望んでるかによりますね…。」

 

大方の予想通り、ここでも意見が纏まらずどんどん最初の趣旨とはかけ離れていってしまう。

 

薫「さっき、少し出ていたのだが…。先に行き先とメンバーを決めてみたらどうだろうか。」

 

蘭「そうですね。相手に合わせないといけないのに、それが誰だか分からないんだと、アイデア出せないですから。」

 

美咲「確かに……。ゆりさん、その辺りはどうなってるんですか?」

 

ゆり「お礼参りの案はさっき出たばっかりだから、まだ何も……。」

 

中沙綾「それなら、勇者部の住所録から、先に関係者を打ち出しましょう。」

 

りみ「それがあれば、少しは楽になるね。」

 

彩「香澄ちゃん、持っていく花は何が良いか、図鑑の中から選んでもらっても良いかな。」

 

香澄「そうですね!花言葉辞典も使って一緒に見ていこう!モカちゃんも!」

 

モカ「腕がなりますなぁ。」

 

こうし衣装作りの構想もまとまり、勇者部はお礼参りの準備を進めていくのだった。

 

 

---

 

 

数日後、空き教室--

 

全員が総出で衣装作りを始めている。型通りに生地を切る人、ミシンで縫い合わせる人、細かいところを手縫いしたり、衣装につけるアクセサリーを作ったり。

 

六花「皆さんテキパキやられて上手なんですね。」

 

夏希「最初は全然でしたよ。でもやっていく内に自然と出来るようになってきました。」

 

燐子「大体イベントの時は衣装作りをしてますから……。」

 

りみ「やってる事の基本は同じだからね。」

 

六花「これじゃあ、私が手伝う隙間がありませんね…。」

 

六花があたふたとしている中、つぐみは持ち前の集中力で黙々と何かを作っていた。

 

つぐみ「…………………。」

 

中たえ「つぐみは1人で何作ってるんだろう。」

 

中沙綾「デザインから裁断、縫製も1人でやるなんて、かなり手慣れてる感じだよね。」

 

六花「つぐみさんはどの能力も頭一つ抜けているんです。たまにおっちょこちょいなだけで…。」

 

 

---

 

 

それからまた数日後、勇者部部室--

 

衣装作りも終わりが見え始めてきた頃、お礼参りの流れについて話し合う勇者部。結局、個別の訪問は厳しいとなった為、特定の会場で催し、そこへ街の人達に来てもらう事になった。

 

イヴ「これは……このリストですが、紗夜さんと高嶋さんの所だけハテナマークが付いてますね…。」

 

日菜「本当だ。よく見ると、香澄ちゃんと沙綾ちゃんの所にも付いてる。担当場所はもう決まった筈なのにね。」

 

紗夜「あ、あぁ……きっと消し忘れではないでしょうか。」

 

高嶋「色んな事考えてたから、いっぱい書き直してゴチャゴチャになっちゃったんだよね。」

 

蘭「私は行きたい所が2箇所あったけど、仕方なく片方はモカに行ってもらう事にしたよ。」

 

赤嶺「私はお姉様と一緒の所で大満足!」

 

場所分けやそこでやる事も各々決まり、後は当日を待つのみとなる。

 

千聖「当日は全力で楽しみ、街の皆さんにも楽しんでもらえるようにしましょう。」

 

 

---

 

 

そしてやって来るお礼参り当日。お礼参り参りが行われる場所は全部で7箇所。4人1組と3人1組に分かれての恩返しが始まろうとしていた。

 

大赦--

 

ここでは友希那、リサ、たえ達の4人が弁慶と牛若丸を題材にした劇を披露している真っ最中。

 

中たえ(牛若丸)「千本目にして狙うた刀が貴様の不運。この牛若丸が、成敗してくれようぞ!」

 

小たえ(弁慶)「ははぁ〜……恐れ入りました…。」

 

友希那(源義経)「これが根性の別れ……。死の間際、きっと瞼に其方の舞が。耳には唄が浮かぼうぞ……。」

 

リサ(静御前)「嫌、嫌です……お傍を離れるのだけは!義経様!!」

 

勇者達の見事な演じっぷりに大赦の神官達は頭を下げ深く感謝の意を表していた。4人が感謝の気持ちを届ける相手は神官達。劇が終わると4人は用意した花を神官達へ配り、日頃の感謝を述べた。

 

友希那「本日は、日頃からお世話になっている大赦の皆様へ、勇者部より感謝の心を届けるわ。」

 

神官A「な、なんと勿体なき御言葉……神官一同、見に余る光栄に存じまする!」

 

神官B「初代勇者様の凛々しき鎧武者姿、誠に有り難く拝見させて頂きました!」

 

中たえ「はい、お花をどうぞ。」

 

神官C「た、たえ様からお花を……うぅ…グスッ……!」

 

リサ「どうやら、感謝の気持ちは十二分に伝わったようだね。」

 

神官達が歓喜し咽び泣いている中、1人のお婆ちゃんが友希那達の元へやって来た。

 

お婆ちゃん「あらあら……何やら賑わっていると思って来てみたら、こんなに可愛いお嬢ちゃん達がお花を配っていただなんてね。」

 

小たえ「どうぞ!荷物にならないように一輪挿しにしました。」

 

お婆ちゃん「綺麗なお花だねぇ…ありがとう。大切に飾っておくよ。」

 

中たえ「お婆ちゃん、家まで送って行きましょうか?」

 

お婆ちゃん「いいえ、良いんだよ。年寄りの相手なんかお嬢ちゃん達には退屈だもの。」

 

その言葉を聞いて何かを思いついたのか友希那は神官達に声をかける。

 

友希那「…………神官の皆さん。」

 

神官A「ははっ!」

 

友希那「お礼参りと言うのに、頼み事は心苦しいのだけれど、1つ私からの提案を聞いてくれないかしら?」

 

神官B「初代勇者様のお頼みとあれば、なんなりと。」

 

友希那「大赦の何処かを、お年寄りと市民の為に毎日解放してくれないかしら。身寄りのない人々や、友人の居ない子供達が、此処に来れば誰とでも語り合えるような……そんな場所を作って欲しい。」

 

リサ「ゆ、友希那……。」

 

神官C「な、何という……深い慈愛の御心。此度の御命令、しかと承りました!」

 

友希那「べ、別に命令という訳ではないのだけれど……。」

 

中たえ「うんうん。お茶やお菓子もあると良いよね。勿論無料で。」

 

神官達「「「ははぁーーーっ!!」」」

 

お婆ちゃん「まぁ……お嬢ちゃん達はまるで本物の勇者様みたいだねぇ……。」

 

中たえ・小たえ「「あははっ!!」」

 

友希那「未来も明るくなりそうね。」

 

中たえ「任せてよ、御先祖様。御先祖様達が未来に託し残してきた事を、私達がちゃんと繋いでいくから。人々は前を向いて歩いていけるって事を神様に見せてあげないと。」

 

友希那「そうね。繋がって人は強くなっていく………。私達はそう信じている…。」

 

 

---

 

 

かめや--

 

此処は勇者部がいつもお世話になっているうどん屋のかめや。此処にお礼参りに来ているメンバーはゆり、りみ、蘭、美咲の4人。

 

ゆり「いつも美味しいうどんのみならず、蕎麦やラーメンまでもありがとうございます!」

 

りみ「勇者部一同より、日頃の感謝を込めてお花を贈らせて頂きます!」

 

店主「どうもありがとね。商売なのに、何だか悪いねぇ。」

 

蘭「また、本日はお店を使わせて下さるお礼に、私達が皆さんへ食事を作ります。」

 

美咲「プロの方には恐縮ですが、子供の手料理だと思って召し上がっていただけると幸いです。」

 

そう言ってゆり達は厨房を借りて料理を開始する。因みにりみはウェイターだ。

 

ゆり・蘭・美咲「「「はぁぁぁっ!!」」」

 

かめやの店員に料理を振る舞い出したその時、店の扉が勢いよく開き、ぞろぞろと割腹の良い大男達が店の中へ入ってきた。饂飩龍率いる大食い力士軍団である。

 

力士達「「「全部10杯ずつドスコーーイ!」」」

 

 

--

 

 

数分後--

 

蘭「き、キツすぎる!作っても作っても追いつかないよ!?」

 

りみ「お、お姉ちゃん!どうしてこんなにお相撲さん達がいるのーーー!?」

 

ゆり「大食いライバルの饂飩龍を招待したら、相撲部屋全員で来ちゃったんだよーーー!」

 

美咲「ライバルに感謝して花束をあげるのは勇者っぽいですけど、少しは相手を考えてくださいよ!」

 

饂飩龍「食いっぷりもさることながら、牛込どんのうどん打ちは職人顔負けでごわす!」

 

店主「本当だよ。うどんもだけど、蕎麦もラーメンもみんな、上手だねぇ。」

 

3人は必死こいて料理を作るのだが、作った途端に料理は全てお腹を空かせた力士達の胃袋へと収まっていく。

 

りみ「持っていったそばから中身がなくなっていくよぉ!」

 

蘭「蕎麦だけに?」

 

美咲「あはは…もうダジャレでさえ笑けてくるよ…。」

 

りみ「こうやって楽しい事をやって疲れるのって良いね、お姉ちゃん。」

 

りみ「そうだね、りみ。こんな当たり前の日々がずっと続くように、私達の手で終わらせないとね。」

 

力士達「「「おかわり10杯ドスコーーイ!」」」

 

ゆり・りみ・蘭・美咲「「「ひえぇぇーーん!!」」」

 

かめやに嬉しい悲鳴がこだまするのだった。

 

 

---

 

 

海岸--

 

此処に来ているメンバーは小沙綾、夏希、薫に赤嶺の4人。花を配っていると、そこに以前夏希の夢を叶える為に結婚式を開いた際に手伝ってくれたカメラマンやブライダルコーディネーターがやって来る。

 

夏希「あの時は、結婚式の撮影なんて貴重な経験をさせて頂きありがとうございました!」

 

小沙綾「この花束は勇者部から、心ばかりの感謝の気持ちです。」

 

コーディネーター「いえいえ。あの写真のお陰で大人達の結婚の夢も膨らんだんですよ。私達こそ感謝です。」

 

カメラマン「ところで、今日もまた素敵な衣装ですね。どうしてそういった扮装を?」

 

薫「海に感謝する為の儚い衣装さ。」

 

赤嶺「今日は勇者部のメンバーが色んな人や場所に感謝をしに行く日なんですよ。」

 

カメラマン「自然にも人にも感謝を……ですか。良いですね。私達も見習います。」

 

コーディネーター「友達、恋人、夫婦。全ての繋がりにおいて感謝の気持ちは大切ですからね。」

 

夏希「私達も、皆さんとの繋がりに感謝してます!」

 

小沙綾「今後とも御指導御鞭撻宜しくお願いします。」

 

カメラマン「こちらこそ。また宜しくお願いしますね。」

 

赤嶺「繋がりかぁ………。私も持てたかなぁ。」

 

薫「勿論さ。繋がりは持とうとして持てるものじゃない。自然と一緒に過ごしていく中で、紡がれていくものさ。だろ?」

 

夏希「はい!もうとっくに私と赤嶺さんとの間には繋がりがしっかりと固く結ばれてますよ!」

 

小沙綾「だね!」

 

赤嶺は胸に手を当てる。

 

赤嶺「そっか………そうだね!私とお姉様との間には固くて太い赤い糸がガッチリと結ばれてますもんね!」

 

薫「あぁ………儚くね。」

 

小沙綾「何か間違ってないかな……。」

 

夏希「良いじゃん何だってさ。」

 

小沙綾・夏希・薫・赤嶺「「「あはははっ!!」」」

 

 

---

 

 

美竹農園--

 

この場所ではモカ、彩、つぐみの3人が畑を手伝ってくれる農家の方々や贔屓にしてくれる八百屋へ花を配っていた。

 

モカ「お世話になっておりますー。畑仕事を手伝って下さり、ありがとうございます。」

 

彩「今日は感謝の気持ちを届けにやって来ました!」

 

つぐみ「いつもお疲れ様です。お花をどうぞ!」

 

農家の人「へぇ…綺麗だねぇ!野菜の花しか見たことなかったけど、良いもんだ!」

 

モカ「今日は蘭が居なくてすみません…。」

 

八百屋「なぁに、宅配モカちゃんも立派なもんだよ!物事は何でも、最後の一押しがあってこそさ!それにしても、何で今日はそんなに可愛い格好をしているんだい?」

 

つぐみ「パイナップルってなんかカッコいいですよね?」

 

彩「この衣装は美味しい野菜を作る畑への感謝の表現なんです。あっ、私は苺がモチーフなんですよ!」

 

農家の人「畑への感謝かぁ。素敵な気持ちだよ!大地と人は持ちつ持たれつ。」

 

八百屋「人と人ともだよねぇ。勇者部さん、いつもありがとう!」

 

つぐみ「こちらこそ!」

 

彩「勇者がいるから巫女が頑張れる。逆も同じだよね。」

 

モカ「そうですね。それが頑張れる源ですから。」

 

 

--

 

 

畑でお礼参りをしている3人を有咲、燐子、千聖、花音が遠くから眺めていた。4人はお礼参りの会場である幼稚園へ行く途中に行列が出来ている事に気がつき、それを辿って来たのである。

 

燐子「青葉さん達の方では、農業関係者の方々が沢山集まっていますね……。」

 

花音「彩ちゃんも頑張ってるね。」

 

有咲「野菜をモチーフにするなんて2人が考えそうな事だよな。」

 

千聖「無理矢理な感じもするけど、畑で働く人達は喜んでるようで何よりね。私達も負けないように頑張りましょうか。」

 

花音「すっごいやる気だなぁ…。私なんか心配でお腹が痛くなってきたよ……。」

 

千聖「何がそんなに心配なの?」

 

花音「私には荷が重いと言うか……柄じゃないかも…。」

 

有咲「勇者部でもウケたんだから大丈夫だろ。」

 

花音「ふえぇ……。本番の相手は、勇者達より何倍もシビアだと思うよぉ〜。怒られるならまだしも、泣かれちゃったりしたらどうしよう、千聖ちゃん〜。」

 

千聖「そんな事、私に聞かれても分からないわ。どうしたら良いのかしら、有咲ちゃん。」

 

有咲「いやいや、私だって知らないぞ!」

 

3人の視線は自ずと燐子へと移っていく。

 

燐子「そんな時は…スキンシップです…。ギュっと抱きしめれば……万事解決ですよ…。」

 

有咲・千聖・花音「「「な、成る程…。」」」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

一方その頃、部室では香澄、沙綾、高嶋、紗夜の4人が慌ただしく何かの作業をしているところだった。そんな最中、沙綾の端末にゆりから電話がかかってくる。

 

中沙綾「ゆり先輩…沙綾です。はい……ドレスショップと喫茶店は滞りなく…え!?お相撲さんが10人以上ですか!?」

 

香澄・高嶋「「お相撲さん!?」」

 

紗夜「は、話が見えません……。」

 

中沙綾「そ、そうですか……お疲れ様です…はい、失礼します。」

 

香澄「さ、さーや、ゆり先輩どうしたの!?」

 

中沙綾「そ、それが……前に大食い大会でゆりさんと最後まで争った饂飩龍が仲間達を引き連れてかめやに来てくれたみたいで……。」

 

高嶋「じゃあ、用意した材料、足りなかったね。蕎麦とラーメンを合わせても全然……。」

 

中沙綾「でも、それを理由に引き上げようとしたら、お店と相撲部屋の材料を全部提供されて…。」

 

紗夜「そ、それは……ご愁傷様ですね…。」

 

高嶋「ゆりさんも美咲ちゃんもギリギリまで他の人を手伝ってたのに、大変だぁ……。」

 

中沙綾「私達も、最後を有終の美で飾れるよう頑張らないと。」

 

香澄「そうだね!沢山話した、みんなの気持ちがこのイベントにはギュッと詰まってるんだもん!」

 

沙綾「いつもながら脱線して、中々纏まらなくて…それでも全員がちゃんと真剣に考えて……。必ず良い形に着地するのが私達、勇者部ですから。」

 

高嶋「ね、戸山ちゃん。私達、歳は取らないのに成長してる感じしない?」

 

香澄「する!不思議だなぁ。」

 

高嶋「私、思うんだ。人の心って、神様にも計れないとっても凄いものじゃないかって。だから、私達はどんどん強くなって、優しくなって………前よりもっともっと仲良くなった。」

 

香澄「うん。ここで出会った仲間とも、街の人達とも!この繋がりは絶対に消える事の無い私達の大切な宝物になる!」

 

中沙綾「……………さっ、頑張って手も動かそう。熱い思いは全部、行動で示さないと。」

 

香澄「そうだね、さーや!しんみりしてる場合じゃないや!」

 

4人は再び忙しなく動き回りとある準備を始めるのだった。

 

 

---

 

 

幼稚園--

 

この幼稚園は以前に紗夜と花音、友希那の3人がクリスマス会の手伝いにやって来た場所。園児達は花音を見つけるや否や脱兎の如く駆け寄って来た。他にも園児達の家族もこの場所に沢山訪れている。

 

男の子「あーーー!かのんだぁーー!かのんが来たーーー!」

 

女の子「うわぁ……!お姫様達が来てくれたよーーー!」

 

先生「こちらがお礼に伺わないといけないのに、逆に感謝をして頂くなんて……感激です!」

 

千聖「小さな子供達と触れ合える機会は中々無いので、勇者部一同いつも楽しみにしているんですよ。」

 

花音「ふ、ふえぇ〜〜〜!?リンゴが欲しいって、私は白雪姫で魔女じゃないよぉ!?」

 

有咲「花音が揉みくちゃにされてるぞ!?」

 

先生「ふふっ、微笑ましいですね。あなた方は、本当に素敵な部活です。」

 

有咲「あっ……はい。勇者部は最高です!」

 

お母さん「以前にやった人形劇の続編、また見せて下さい!昼ドラよりも全然面白かったわ。」

 

お母さんが言っているのは、勇者部が二班に別れ、此処とは他の二ヶ所の幼稚園で行った人形劇の事。最後の方は滅茶苦茶になってしまったが、一部の層には大いにウケたと噂になっていたのである。

 

燐子「あの魔女と勇者の愛憎劇ですか…!解りました……相談してみます…。」

 

千聖「有咲ちゃん……あれは何の話かしら……。」

 

有咲「止めてくれ……私は何も聞かなかった…。」

 

花音は相変わらず園児達に囲まれていた。クリスマス会で手品と見せかけて変身した事が園児達の心を今でも鷲掴みにしていたからだ。

 

男の子「かのんーーーまた手品で変身しろよーー!変身してドラゴンと戦えーーー!」

 

花音「ダメダメダメ!お姫様はか弱いの!誰かに守ってもらわないとダメなんだよーー!」

 

女の子「りんこちゃーん、抱っこーー!」

 

燐子「はい……!うふふ……やっぱり小さい子は可愛いですね……。」

 

有咲「2人も楽しんでるし、やっぱりこの格好で正解だったな。」

 

千聖「ええ。こんな風に、大人とも子供とも絆を結べるなんて、訓練生時代には想像も出来なかったわ。未来の事なんて、解らないものなのね……。」

 

有咲「そうだな。でも、確かな事もあるぞ。」

 

千聖「何かしら?」

 

有咲「この先、何があったとしても勇者部は、私達は絶対に負けないって事だ!」

 

 

---

 

 

商店街--

 

六花「商店街の皆さん、花咲川中学勇者部が感謝とお花を届けに参りました!」

 

日菜「あははっ!お礼参りがちょっとしたパレードみたいになっちゃった!るんっ♪てするよ!」

 

あこ「気合を入れてありがとうーーー!」

 

イヴ「私も頑張ります!」

 

商店街にやってきたのはあこ、日菜、イヴ、六花の4人。既に他の場所で始まっていたお礼参りの噂を聞きつけて商店街には沢山の人達が集まっていた。

 

商工会員「いつもありがとな!俺達の方こそ、いつも助かってるよ!」

 

お菓子屋「お得意さんに感謝してもらえるなんて、商売人冥利につきるよ!」

 

六花「今後とも宜しくお願い致します。」

 

お肉屋「お礼も良いけど、パーっとやっちゃってよ!」

 

日菜「良いの!?それじゃあ……行くよ!」

 

イヴ「よっしゃあっ!祭りは勇者部の華だぜ!」

 

商店街中に軽快な音楽が鳴り響き、4人は踊り出し、街の人達もそれにつられて踊り出す。その踊りが更に通りかかった人達の目に留まり、踊りの輪は広がっていった。

 

あこ「感謝感激雨あられだよーーーっ!」

 

おじいちゃん「賑やかで嬉しいのぉ。こんなに笑ったのは久しぶりじゃて。」

 

日菜「どんな人達にも元気を与えるのが勇者部!今日は倒れるまで楽しんじゃうから!」

 

あこ「そうだね!しみじみするのも良いけど、やっぱりあこ達にはこんな風に笑って楽しむのが一番だよ!」

 

六花「この気持ちがある限り、私達は決して負けません!楽しむ心が私達の武器なんですから。」

 

 

---

 

 

夕方--

 

かめやでの予想外の出来事になんとか対応しきったゆり達4人はヘトヘトになりながら帰路についていた。

 

美咲「はぁ……はぁ…。疲れた…。楽しかったけど、限界………。」

 

蘭「みんな満腹になったのは良かったけど、もう腕がパンパン……。」

 

小たえ「あっ、ゆりさん達だ!」

 

そこへ大赦へ行っていたたえ達が合流する。

 

リサ「お疲れ様。みんなも今帰り?」

 

ゆり「そうだよ……。もう疲労困憊…全身が筋肉痛だよ……。」

 

友希那「どうしてそんな事に?」

 

経緯を伝えていると、今度は幼稚園へ行っていた有咲と畑に行っていた彩達も合流する。

 

有咲「お疲れ。私達も、今終わったところだ。」

 

花音「幼稚園は大成功でしたよ!」

 

彩「こんなに集まるなんて偶然だね!」

 

モカ「蘭、畑の人達とっても喜んでたよ。」

 

あこ・夏希「「おーーーい!」」

 

そして更に商店街担当のあこ達、海岸担当の夏希達も合流した。

 

ゆり「みんなそれぞれ、満足したような顔してるよ。疲れたけど、やって良かったっていう証拠だよね。」

 

赤嶺「あれ?戸山ちゃん達はまだ現場にいるの?」

 

りみ「もうとっくに終わったって聞いてたけど……。」

 

千聖「一足先に部室へ戻ってるんじゃないかしら?」

 

それぞれが担当していた箇所で起こった事を話しながら部室へと戻る最中、遠くから香澄がみんなを呼ぶ声が聞こえる。

 

香澄「おーーーーい、みんなーー!」

 

つぐみ「この声は、戸山ちゃん?」

 

その時だった。彼方から神輿に乗った4人が現れクラッカーを鳴らし始めたのである。

 

中沙綾・紗夜「「頑張った勇者部のみんなに………!」」

 

香澄・高嶋「「お疲れ様と感謝の花吹雪を!」」

 

そして頭上からは夕陽に照らされキラキラ輝く花吹雪が降り注がれる。

 

小沙綾・夏希・小たえ「「「わぁ………!」」」

 

蘭・彩・花音「「「綺麗………!」」」

 

薫「空から降り注ぐ、色とりどりの花びら………!私達の為に準備してくれたのかい?」

 

六花「これは………サプライズドッキリですね…。」

 

高嶋「すっごく頑張っているみんなを見てたら、どうしても何かしたくなったんだ!」

 

紗夜「街の皆様だけでなく、いつも共にいる皆さんにも、感謝の気持ちを伝えたかったので。」

 

ゆり「うぅ………香澄ちゃん達ったら……立派になっちゃって…。」

 

有咲「こりゃ……今日ばっかりは泣いても良いな…。」

 

香澄「ゆりせんぱーーーーい!おたえーーーー!美咲ちゃーーーーーん!!みんなみんなみーーーーんな!!」

 

香澄・中沙綾・高嶋・紗夜「「「「いつも本当にありがとう!!!」」」」

 

香澄達の心意気に感動してか、イヴが珍しく声を大きく叫ぶ。

 

イヴ「香澄さん達もーーーーー!」

 

千聖「あら?もう1人の方では無くて、イヴちゃんが声を上げるなんて…。」

 

友希那「みんな、今までありがとう。残りの時間も宜しくお願いするわ。」

 

人は繋がりがあって強くなれる。楽しい事や苦しい事だって共有出来る。改めて絆を再確認した勇者達。そして、間もなく彼女達に別れの時が訪れようとしていた--

 

 

 



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雑草の底力


次々に倒れていく勇者達。残されたのは千聖含めたった4人。
絶対絶滅のその時、千聖に新たな力が宿る。




 

 

樹海--

 

有咲「このぉーーーっ!!」

 

千聖「消えなさいっ!!」

 

広範囲に渡る襲撃を受け、勇者部は4班に別れてバーテックスを迎撃していた。

 

日菜「ここ最近は落ち着いてたけど……っ!中立神も容赦しなくなってきたね…っと。」

 

イヴ「おらおらおらぁ!来るなら来いよ!片っ端から消し炭にしてやらぁ!!」

 

花音「ふぇええええっ!?死んじゃう!死んじゃうよぉ!!」

 

今この場でバーテックスを迎え撃っているのは防人組と有咲。"遠距離型"の砲撃を掻い潜り、千聖と有咲が"遠距離型"を先に潰す為に日菜達とは離れて行動している。

 

千聖「見えた!」

 

有咲「ああ。だけど、"遠距離型"を守ってるバーテックスがうようよいるな。」

 

千聖「ここまで接近すれば狙撃される心配は無いわ。それに、あの程度の数で手も足も出なくなる有咲ちゃんじゃないでしょ?」

 

有咲「当たり前だ!完成型勇者だからな。」 

 

千聖「ふふ。じゃあお手並み拝見といきましょうか。」

 

 

--

 

 

有咲「行くぞ"鬼童丸"!」

 

"鬼童丸"の能力で"蟷螂型"を縛り上げ動きを封じる。そこへ"尊氏"を憑依させた千聖が節を一気に両断。バーテックスの数は着々と減ってきていた。

 

有咲「残りは"遠距離型"だけだ。一気に行くぞ。」

 

千聖「ええ。」

 

有咲・千聖「「はぁぁぁぁっ!!」」

 

根元から"遠距離型"を斬り伏せ、イヴ達に雨の様に降り注いでいたレーザー攻撃も止み、辺りに静かさが戻る。

 

千聖「これでこの辺りのバーテックスは全て殲滅出来たかしら?」

 

有咲「警戒を怠るなよ。索敵しながらイヴ達と合流だ。」

 

千聖「ええ。」

 

樹海が解けそうな雰囲気は無い。即ちまだバーテックスが残っているという証拠にもなる。樹海の根を飛び移りながら周りを警戒していると、突如端末に花音から連絡がはいる。

 

花音『ち、千聖ちゃん!?』

 

千聖「どうしたの、花音!」

 

花音『バ、バーテックスが、こっちに……っ!ふぇええええっ!!!』

 

直後端末越しに爆発音が聞こえ、前方からも爆風が発生。花音からの通信が途絶えてしまった。

 

千聖「花音……花音!返事しなさい、花音!」

 

狼狽る2人に追い討ちをかけるかの様に、更に彼方から複数の爆発音が樹海に響き渡った。

 

千聖「あの場所は……他のみんなが戦ってる場所だわ…。」

 

有咲「一体何が起こった……。兎に角急ぐぞ!」

 

千聖「ええ!」

 

 

--

 

 

数分後--

 

千聖「花音!イヴちゃん!日菜ちゃん!」

 

2人が戻り目にしたものは、戦衣がボロボロになり樹海に倒れている3人の姿だった。

 

有咲「このありさまは……"爆発型"が爆発した跡なのか……。」

 

イヴ「うぅ………うっ!」

 

日菜「はぁ……はぁ……っ!」

 

通常の爆発なら戦衣がボロボロになっている理由も納得がいくが、倒れている3人は一向に目を覚まさず苦しそうに呻き声をあげ続けている。

 

千聖「3人の様子がおかしい。ただの爆発じゃないわ。」

 

目の前の状況に混乱している2人。その時、別の場所で戦っていた沙綾から連絡が入った。

 

千聖「沙綾ちゃん?」

 

小沙綾『あっ、千聖さんは無事だったんですね!』

 

千聖「落ち着いて、沙綾ちゃん。何があったの?」

 

小沙綾『夏希や他の皆さんが倒れたまま動かないんです!勇者装束がボロボロになってて……苦しそうに唸ってて目を覚まさないんです!』

 

有咲「こっちと同じ状況だな……。」

 

千聖「取り敢えずそこを動かないで辺りを警戒しておいて頂戴。今からそっちに向かうわ。」

 

小沙綾『わ、わかりました!』

 

次に千聖は部室にいるリサに連絡し、状況を説明してこちらに来てもらうよう頼んだ。一度に全員を運ぶ事が出来ないので"カガミブネ"で運んでもらう為である。

 

リサ『分かった、すぐそっちに行くよ。他の2箇所でも同じ事が起きてるみたい。無事なのはつぐみと美咲だけだって。』

 

千聖「辺りにバーテックスはいないと思うけど気をつけて。」

 

通話を切ろうとしたその時だった--

 

 

 

 

有咲「っ!?やばいっ!」

 

有咲は何かに気が付き咄嗟に千聖を思いっきり突き飛ばした。

 

千聖「きゃあ!?何するの有咲ちゃ……っ!?」

 

直後、大爆発が巻き起こり、その爆発に有咲が巻き込まれてしまう。

 

千聖「有咲ちゃん!!!」

 

有咲「が………はっ………!」

 

装束はイヴ達同様ボロボロになり、うつ伏せに倒れ苦しそうな声をあげながら動かなくなってしまう。

 

千聖「私を庇って……。」

 

千聖は焼け野原になった樹海を見回す。そこには有咲同様倒れたまま動かないイヴ、日菜、花音。この光景は、幾度となく犠牲ゼロを掲げて戦ってきた千聖の心を折るのに充分過ぎる程だった。

 

 

--

 

 

有咲が倒れてから数分が経ち、リサが息を切らしながら千聖の元へやって来る。リサは大赦が開発した"羽衣"を改良したものに身を包んでいる。

 

リサ「そんな……有咲まで………。何が起こったの!?」

 

千聖「……………。」

 

リサの問いかけに答える気力も無く、千聖はその場で動かない。そんな呆然と立ち尽くす千聖の頬をリサは思い切り叩いた。

 

リサ「しっかりして!」

 

千聖「リサちゃん………でも…私は……守れなかった…。」

 

リサ「まだそうと決まった訳じゃない!息だってしてるし、目を覚ます可能性も充分にある!まだ犠牲は出てないんだよ。」

 

叩かれた跡がヒリヒリと痛む。だが、そのお陰で千聖は幾分か冷静さを取り戻す。

 

千聖「そうね……まだ何とかなる。取り敢えずまずは他のみんなと合流しましょう。」

 

リサ「だね!」

 

倒れてる4人を近くで寝かせ"カガミブネ"で部室に運ぶ2人。有咲を運ぼうとした時、千聖は有咲の手に端末が握られている事に気がついた。

 

千聖(私がリサちゃんと連絡を取っていた時には、有咲ちゃんは持っていなかった筈だけれど……。)

 

深く考える事は後に回し、千聖は有咲の端末を回収する。そして沙綾、つぐみ、美咲達が待機している場所へと"カガミブネ"で出立するのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

倒れた勇者達はすぐさま大赦の病院へと運ばれ、モカと六花が付き添いとして向かった。

 

リサ「何とか撤退出来たみたい……。バーテックスの侵攻も止まったって神託が。」

 

彩「みんなに何が起こったの?」

 

千聖達は情報の擦り合わせをする為、各場所で起こった事の情報を出し合った。

 

 

--

 

 

全ての情報が出揃ったが、挙がった情報に新しいものは無く、爆発が起こり、ボロボロになって倒れてしまい苦しい声をあげながら動かなくなってしまうという全く同じ状況だった。

 

小沙綾「私が後方で星屑と戦っていた時に前衛で大爆発が起こったんです。」

 

美咲「精霊バリアがあるのにあそこまで深傷を負うなんて……。ただの攻撃じゃないですね。」

 

つぐみ「今までに同様な状況はあったんですか?」

 

千聖「一度も無かったわ。"爆発型"とは何度も戦ってきたけど、ここまで傷を負わせるとなればかなり巨大でないと無理よ。」

 

リサ「"乙女型"は?アレも爆弾を飛ばすけど…。」

 

千聖「確かに"乙女型"であればあそこまでの威力を叩き出す事は出来ると思うわ。だけど、攻撃を受けた全員が目を覚まさず苦しんでるのは不可解よ…………っ!」

 

平行線を辿る中、千聖は有咲が持っていた端末の事を思い出す。

 

千聖(もしかしたら………。)

 

端末を操作する千聖は、その中に不可思議なメモを発見した。

 

千聖「これは………。」

 

千聖はそのメモをみんなに見せた。そこには2つの単語"けむり"と"やぎ"の文字。

 

小沙綾「………攻撃を受けた皆さんは煙を吸ったって事でしょうか。」

 

美咲「……それくらいしか無いだろうね。多分その煙に何か毒みたいなのが入ってたんだと思う。」

 

つぐみ「でもこの"やぎ"って単語は……。」

 

千聖「十中八九"山羊型"でしょうね。確かあのバーテックスは可燃性のガスを撒く事が出来た筈よ。他にも様々な効能を持ったガスを撒けても不思議じゃないわ。」

 

彩「じゃあ今回の親玉は"乙女型"と"山羊型"の2体って事だね。」

 

敵は2体の"完全型"バーテックス。しかし、千聖は何か腑に落ちない点があった。

 

千聖「敵が2体だったら、もっと広範囲に煙を撒けば良いと思わない?それならもっと簡単に私達を行動不能に出来た筈よ。」

 

美咲「……それもそうですけど…。」

 

千聖「それに辺りにバーテックスの姿は見えなかった。そんな遠距離から何らかの毒ガスを撒けば私達ならすぐ気付くと思うわ。」

 

リサ「それってつまり……。」

 

ここまでの情報と状況を分析した千聖は1つの答えを導き出す。

 

千聖「敵は1体。"乙女型"と"山羊型"の"融合型"じゃないかしら。ベースは"乙女型"で発射される爆弾に毒ガスが詰まってる。それが爆発して爆発のダメージと共に煙を吸い込んだ者の動きを封じてしまう。これなら全部辻褄が合うわ。」

 

状況を分析し早速対策を練り始めようとする4人だが、中立神は待ってはくれない。再び樹海化警報が鳴ったのだ。

 

つぐみ「早い……。まだ対策立ててないのに…。」

 

美咲「爆弾に気をつけるしかないですね。行きましょう。」

 

彩「無事に帰ってきてね、千聖ちゃん。」

 

千聖「勿論よ。犠牲は出さない。必ず帰ってくるわ。」

 

彩の頭を優しく撫で下ろし、4人は樹海へと消えていった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

小沙綾「敵は"融合型"1体。辺りに星屑や他のバーテックスは見られません。」

 

千聖「沙綾ちゃんと美咲ちゃんは遠距離から援護して頂戴。私とつぐみちゃんで攻めるわ。1箇所に集まらない様に注意して。」

 

美咲「ラジャー。」

 

つぐみ「うん!」

 

千聖とつぐみは端末で敵の位置を確認しながら樹海をジグザグに移動。敵に自分達の位置を気取られないようにする為である。"融合型"は約10メートル先で動かずに勇者達を待ち構えていた。

 

千聖「随分と余裕があるみたいね。沙綾ちゃん、美咲ちゃん、まもなく会敵するわ。」

 

美咲『了解です。』

 

端末で連絡を取り合い遂に2人は"融合型"を目の当たりにした。外見は"山羊型"をベースとしており、尻尾と思われる箇所に"乙女型"が持つ爆弾を発射する器官が備わっていた。"融合型"は千聖達を見つけるや否や爆弾を無差別に発射し始める。

 

つぐみ「来るよ!」

 

千聖「散開して!」

 

着弾した箇所が大爆発を起こし、それと同時に紫色の煙が巻き上がる。この煙が皆を戦闘不能にさせた根源なのだろう。しかし当たらないと判断したのか爆弾を飛ばす事を止め、頭頂部にある突起から雷撃を撒き散らし始めた。

 

つぐみ「うわっ!」

 

千聖「くっ!ならその源を断つまでよ!」

 

"尊氏"を憑依させ、銃剣で狙いを定め千聖は雷撃の発生源である突起を打ち抜いた。

 

美咲「怯んだ隙は逃さないよ!」

 

小沙綾「はい!」

 

攻撃が止まった隙を突き、沙綾と美咲の遠距離攻撃が"融合型"の頭部に直撃。後ろに後退するが、傷は回復してしまう。

 

美咲「威力が足りないか……。」

 

千聖「動きが止まれば充分よ!食らいなさい!!」

 

"融合型"の体を駆け上がった千聖は首の比較的細い箇所を銃剣で斬り落とした。

 

小沙綾「一刀両断!?凄いです千聖さん!」

 

千聖「少しはみんなの痛みが分かったかしら?

 

切り落とされた首が樹海に落ちる。しかし斬られた筈の首から再び頭部が再生し、更に斬り落とされた首からは逆に体が生えてきたのである。

 

つぐみ「分裂した!?」

 

千聖「まずい!一旦離れて!」

 

2体に増えた"融合型"は再び尻尾から爆弾を発射。しかし先ほどの爆弾とは違い、着弾した次の瞬間に巨大な火柱が立ち昇る。

 

千聖・つぐみ「「きゃあああああっ!!」」

 

美咲「可燃性のガスで爆発の威力が!」

 

小沙綾「千聖さん!つぐみさん!」

 

千聖「2人とも来ないで!言った筈よ、1箇所に纏まるのは危険だって!」

 

小沙綾「でも……!」

 

美咲「"コシンプ"!白鷺さんに力を貸して!」

 

美咲は"コシンプ"を召喚し、千聖に憑依させる。"融合型"は次の攻撃に備えている。じっとしていたら袋のネズミだ。2人は体に鞭打ち立ち上がる。

 

千聖「つぐみちゃん……まだ行ける?」

 

つぐみ「全然……このくらい、香澄ちゃん達が受けた傷に比べればへっちゃらですよ…!」

 

千聖「私の攻撃じゃ数を増やすだけになってしまう…。つぐみちゃん、片方は私が引き付けるから、もう片方をお願い。」

 

つぐみ「はい。願うは消滅……行くよ"玉藻前"!」

 

 

--

 

 

つぐみが"融合型"と1対1で戦っている最中、千聖、そして美咲と沙綾は加勢させないようもう1体の"融合型"を足止めする。

 

千聖「何処を見ているの!お前の相手は私よ!」

 

分裂させないよう最小限の攻撃でつぐみが倒し終わるまでの時間を稼ぐ3人。爆弾を飛ばしたらすかさず、銃弾や矢を飛ばして着弾させる前に爆発させる。千聖は今全神経を張り巡らせていた。

 

千聖(元の時代を思い出すわね……。今出来る事を精一杯やり切る。だけど、今は1人じゃない……。共に肩を並べて戦う仲間がいる!)

 

千聖「っ!?」

 

小沙綾「千聖さん……凄い…!」

 

美咲「私達も足手まといにならないよう頑張るよ。」

 

 

--

 

 

一方、つぐみは徐々に"融合型"を追い詰める。"玉藻前"を宿した精霊刀での攻撃では"融合型"の分裂能力は発動せず、体力は持っていかれるが、終始優位に立っていた。

 

つぐみ「はぁ…はぁ……。これで、トドメ!」

 

精霊刀を投げつけ、刀身が"融合型"に深々と突き刺さりそこを中心に魔法陣が展開された。

 

つぐみ「破滅の一撃!くらえっ!」

 

そして柄を掴み真横に一閃。"融合型"は真っ二つになり、切り口から赤黒い炎が迸り分裂せずに消滅するのだった。

 

 

--

 

 

小沙綾「つぐみさーん!」

 

美咲「大丈夫ですか!?」

 

ふらふらと立ち上がるつぐみの元へ沙綾と美咲がやって来る。

 

つぐみ「ちょっと力使いすぎちゃったけどね……。」

 

美咲「だけどこんな状態じゃ、後1体はどうやって……。」

 

つぐみ「大丈夫……まだ行けるよ!」

 

千聖「無理しないでつぐみちゃん!」

 

つぐみ「でも、このままじゃ……。」

 

美咲は千聖から何かを察知したのか、つぐみを後ろに下がらせ"コシンプ"の憑依を解いた。

 

美咲「任せて良いんですね……。」

 

千聖「ええ、任せて頂戴。絶対に帰ってくるから。」

 

そう言うと美咲はつぐみに肩を貸し、千聖と距離を置くのだった。

 

小沙綾「本当に大丈夫なんでしょうか…。」

 

美咲「大丈夫だよ。私の予想が当たってれば、このままあそこにいたら、私達が足を引っ張っちゃうから。」

 

つぐみ「まさか、千聖ちゃんも……。」

 

 

--

 

 

美咲達が危険の及ばない場所まで下がった事を端末で確認した千聖は深呼吸して気持ちを整える。

 

千聖「………こうやってバーテックスと面と向かって戦うのはいつぶりかしらね……。正直うんざりしていたのよ。神か何だか知らないけれど、試練だとかで私達防人を別の樹海に飛ばしたりして自らは高みの見物。天の神もそうだけど、神って存在は傲慢なのよ!私は神を許さない!元の世界でもそう!罪のない人が犠牲になる歪な世界は……この私が壊す!」

 

そう言い放ち、千聖は戦衣の右肩にある薺の紋様に手を置き叫ぶ。

 

千聖「…………"満開"!!」

 

樹海全体から緑色の光が千聖に集まり、戦衣がその姿を変える。その光は遠く下がった美咲達の目にも鮮明に映っていた。

 

小沙綾「この光は……。」

 

つぐみ「千聖ちゃんが"満開"を!?」

 

この異世界では防人のシステムも勇者と同様に最新型にアップデートされており、精霊も追加されている。そしてシステムが同じという事は"満開"も勇者同様に備わっているという事。千聖は1人で"融合型"を抑えている際、薺の紋様が光った事に気が付き"満開"が出来ると悟ったのである。

 

千聖(力が湧いてくる……。これなら、届かなかった所にも手が届く気がするわ…。)

 

勇者達の満開とは異なり、戦衣に身を包んだままだが、ヘルメットがなくなり、結んだ髪が顕となっている。そして両手には大型化した銃剣が二丁握られている。

 

千聖「みんなが受けた痛みを味わいなさい!」

 

左手に持った銃剣から黄緑色のレーザーが"融合型"向けて撃ち放たれ、轟音と共に"融合型"の左半身が消し飛んでしまう。それでも動きを止めず"融合型"は爆弾を撒き散らし幾つもの炎の柱が樹海に立ち上り反撃をしてきた。

 

千聖「なりふり構ってられないようね。だけど、まだこんなものじゃないわよ!」

 

炎の柱を避けながら空中に浮かび上がる千聖。そして今度は右手に持った銃剣を横に薙ぎ、斬撃を飛ばす。その斬撃は炎の柱を切り裂きながら"融合型"に向かっていき、爆弾を飛ばす尻尾を切り落とした。

 

千聖「これで翼をもがれた鳥も同然ね。」

 

しかし、それでも動き続ける"融合型"は最終手段に出たのか、身体中から紫色のガスを撒き散らし始めたのである。

 

千聖「悪足掻きも甚だしいわね。逃げて回復の時間を稼ぐつもりかしら?これで終わらせるわよ。」

 

二丁の銃剣の銃口を"融合型"に定め、千聖は今必殺の一撃を放つ。

 

千聖「消え去りなさい!"雷霆放如"!!」

 

稲妻の如き轟音と速度で銃口から発射された光は、ガスを吹き飛ばし"融合型"を飲み込み爆発。その姿を一瞬で散らせるのだった。

 

千聖「放ちたるは雷霆の如し……ってね。」

 

 

--

 

 

満開を解いた千聖の元に美咲達が駆けつける。

 

つぐみ「千聖さん、凄いです!」

 

美咲「やってくれると思ってましたよ。」

 

千聖「ありがとう、私の考えていた事が伝わってたようで助かったわ。さぁ、みんなの事が心配だから早く戻りましょうか。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

千聖達が戻るや否や、彩が千聖に抱きついた。

 

彩「無事で良かったよ千聖ちゃん!」

 

千聖「言ったでしょ、必ず帰ってくるって。」

 

リサ「さっきモカ達から連絡があったよ。みんなも意識が戻ったって。取り敢えず数日は検査も兼ねて入院するけど、身体の方には問題ないってさ。」

 

小沙綾「良かった……。」

 

美咲「いやー、一時はどうなるかと思いましたけど、一件落着ですね。」

 

千聖「そうね。でも、中立神の動きも増してきてる感じがするわ。そろそろ前みたいに中立神本体がやってくるんじゃない?」

 

その時だった。以前と同じ様に部室がキラキラと光り出したのである。

 

つぐみ「これは……。」

 

リサ「どうやら千聖の言う通りかもしれないね。間も無く中立神の試練が終わる合図……。」

 

彩「そのうち神託も降りるかもしれないね。」

 

千聖「ええ…。私達はここまでやって来れた。この先も誰も犠牲を出さずに乗り越えてみせるわ。」

 

最後の試練が間も無く動き出そうとしていた--

 

 



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最後の御役目

始まる最後の試練。突如姿を消した5人の前に中立神が姿を現し--

本編残り4話。最後まで読んで頂けると幸いです。




 

 

勇者部部室--

 

千聖が"融合型"を倒した事で勇者達の体調も徐々に回復し、検査も問題無く終了。退院して部室に戻って来る。そして、香澄達はリサ達から間も無く中立神の御役目が終了する事を知らされる。

 

香澄「部室がキラキラ輝いてるって事は…。」

 

リサ「そう、造反神の試練と同じ。間も無く中立神の試練が終了する。」

 

有咲「確か試練の内容は神樹を守りきるって事だったよな。」

 

薫「ああ。確かに私達は今まで守りきる事に成功している。」

 

美咲「って言う事はつまり……。」

 

考えている事は全員一緒だった。最後の御役目、造反神と同じく、そこには中立神自らが出てくるのではないかと。

 

あこ「中立神ってどんな姿してるんだろう?」

 

千聖「前と同じ様に天の神を模した姿で出てくる可能性もあるわね。」

 

つぐみ「造反神の姿と力はどんな感じなんですか?」

 

燐子「姿形は花文鏡……鏡の様な姿でした…。」

 

中たえ「そしてその能力は、全てのバーテックスの技が使えるって事かな。」

 

六花「全てですか!?そんなに強大な造反神をどうやって鎮めたんですか?」

 

その時の事を香澄は思い出す。

 

 

--

 

 

香澄「みんな!こんな所で諦めちゃダメだよ!!私は……私達は………勇者なんだから!!!」

 

一同「「「っ!?」」」

 

友希那「そうよね……。私達は勇者よ。例え何があってもこの世界を守り抜かなきゃいけないのよ!!」

 

千聖「私は勇者じゃない……勇者になれなかった…。でも、今はそんなの関係ない!ここでみんなと戦う限り、今この瞬間は私も勇者よ!!」

 

蘭「そうだよ……。こんな所で寝てる訳にはいかないよ……。私の夢の為にも…みんなの希望の為にも……勇者がここで諦める訳にはいかない!!」

 

ゆり「みんな、立って!!勇者部五箇条!!」

 

一同「「「成せば大抵何とかなる!!」」」

 

薫「これは……。」

 

日菜「私達の精霊が……。」

 

有咲「香澄の体が……。」

 

中たえ「これは……"満開"?」

 

中沙綾「違う……これは"満開"じゃない…。」

 

香澄「感じる……みんなの思いが、みんなの力が…。"満開"を超えた"満開"……名付けるなら、そう……"大満開"。」

 

 

--

 

 

六花「"大満開"……。」

 

全員の気持ちが一つとなり、思いの力を具現化した奇跡の現象。それが"大満開"。

 

夏希「また"大満開"が出来れば敵無しなんですけどね…。」

 

中沙綾「それだけに頼ってちゃ中立神は納得してくれないかもしれない。」

 

赤嶺「私達の心の強さを見せつければ認めてくれるかもしれないね。」

 

最後の御役目を前に、気持ちを高め合う一同。そしてその時は訪れる。樹海化警報とは違う、特別警報がけたたましく鳴り響いた。

 

小沙綾「来ましたね……。」

 

彩「みんな……。」

 

リサ・モカ・彩・六花「「「行ってらっしゃい!」」」

 

涙は見せない。巫女達は笑って、また戻ってくる事を信じて勇者達を送り出した。

 

友希那「必ず戻ってくるわ。みんな、行きましょう!」

 

一同「「「はいっ!!」」」

 

 

---

 

 

樹海--

 

樹海へと到着する勇者達、しかし異常事態が発生する。

 

りみ「……あれ?」

 

高嶋「そんな……。」

 

周りを見渡す勇者達。確かに全員で樹海にやって来た筈だったのだが、人数が足りない。

 

中沙綾「香澄….香澄がいない!?」

 

紗夜「湊さんもです!」

 

日菜「千聖ちゃんもだよ!」

 

香澄、友希那、千聖、そして蘭と夏希の5人が樹海から姿を消していた。端末を確認するも近くに5人の反応も見当たらない。何が起こったか分からない勇者達に追い討ちをかけるように、彼方から無数の星屑が勇者達に狙いを定めて襲いかかってくる。

 

有咲「くっ!5人を探すのは一旦後だ!今は迎撃に専念するぞ!」

 

赤嶺「そうだね。戸山ちゃん達はそう簡単にやられたりしない筈だよ。」

 

中沙綾(香澄………無事でいて…!)

 

 

---

 

 

見知らぬ空間、香澄サイド--

 

香澄「っ!?」

 

一方で香澄達5人も突然見知らぬ空間にバラバラに飛ばされた事に驚きを隠せないでいた。

 

香澄「さーや!?ゆり先輩!?りみりん!有咲!おたえ!!みんな!!」

 

周りは樹海ですらない真っ暗闇の空間。360°どこを見回しても一点の光すら見つける事が出来ない。

 

 

 

---

 

 

友希那サイド--

 

友希那「ここは一体……。」

 

 

---

 

 

蘭サイド--

 

蘭「……端末もダメ…。何がどうなってるの…?」

 

 

---

 

 

夏希サイド--

 

夏希「樹海じゃない空間…。みんなーー!!」

 

声を張り上げて叫んでも返事は帰ってこない。ただ虚しく虚空に消えてゆくだけ。

 

 

---

 

 

千聖サイド--

 

千聖「くっ……これも中立神の仕業だとでもいうの……。」

 

 

 

 

 

香澄・夏希・友希那・蘭・千聖「「「っ!?」」」

 

その時、突如脳内に鮮明なビジョンが映し出される。そこに映っていたものは、樹海で戦っている他の勇者達の映像。

 

香澄「さーや!?」

 

蘭「みんな戦ってる……これは現実の映像なの!?」

 

一体何が起こっているか分からない5人。映像は1分程で消えてしまった。そして消えた直後、5人の前に人魂の様な淡い光が現れ今度は声が響く。5人はその声に聞き覚えがあった。

 

 

---

 

 

千聖サイド--

 

?「ここは……我の空間………。」

 

千聖「この声は!?」

 

 

---

 

 

夏希サイド--

 

?「最後の御役目を担うのは汝……。」

 

夏希「御役目って事は…中立神!?だけど…。」

 

 

---

 

 

蘭サイド--

 

?「造反神の試練では汝の力を見せてもらった……。そして我はその力の源に興味を持った……。」

 

蘭「って事は今目の前の光は中立神って事だよね。」

 

 

---

 

 

友希那サイド--

 

?「どんな逆境にも立ち向かい、どんな高い壁すらも乗り越える汝のその強さ……。その心の力を我は知りたい……。」

 

人魂が人型に姿を変える。その姿はまさに自分達と同じ姿。さっきから聞こえていた声も自分達の声だった。

 

友希那「その姿は…私……、いや、中立神が私の姿を模してるだけでしょうね…。」

 

 

---

 

 

香澄サイド--

 

香澄?「汝は運命を乗り越える力を持ちうる存在……。」

 

香澄「それって……因子の事かな…。」

 

香澄?「時は満ちた……。今ここに…最後の試練を開始する……。」

 

 

---

 

 

樹海--

 

空を埋め尽くす程の星屑が絶え間なく樹海に取り残された勇者達に襲い掛かる。

 

あこ「キリがないよ、この数!うわぁ!?」

 

赤嶺「くっ……他の人のカバーに入れない!」

 

ミサイルの如く突進しては撃退される星屑。命を顧みないその攻撃、圧倒的な物量で押しつぶさんとする様は、最も単純明快であり、最も勇者達に効果的な攻撃方法だった。

 

燐子「はぁ……はぁ…!」

 

りみ「私がみんなの分まで頑張らないと……!」

 

今この場を支えているのは、今この場にいる勇者達の中で最も攻撃範囲が広いりみと"雪女郎"を憑依させている燐子。星屑も本能でそれを察知しているのか、狙いがこの2人に集中していた。

 

紗夜「白金さん、無茶はしないでください!」

 

燐子「はい……でも、私が……頑張らないと……皆さんが…!」

 

つぐみ「私もカバーします!」

 

そう言ってつぐみは燐子に触れると、持っていた精霊刀の刀身が白く染まっていき、"雪女郎"の力を吸収して放出する。

 

つぐみ「これで…少しは負担が減りますから…!」

 

燐子「ありがとうございます……!」

 

ゆり「みんな!りみと燐子ちゃんを中心に纏まって!香澄ちゃん達が戻って来るまで持ち堪えるよ!」

 

一同「「「はいっ!!」」」

 

 

---

 

 

中立神の空間--

 

蘭「心の強さ?」

 

蘭?「そう……。汝の心の強さは共に戦う仲間がいてこそ、真の力を発揮する…。その力の強さは汝が1番良く知ってるのではないか…?」

 

蘭「確かにね…。元の時代では絶対に有り得なかった。湊さんに会えて…色んな人と繋がり合えたから。」

 

蘭?「その力を知っていながらも、汝は元の時代に戻る事を選択するか…?汝は既に知っている筈…造反神の勇者だった者から汝の未来の一部を…。」

 

蘭「……。」

 

 

---

 

 

夏希サイド--

 

夏希?「生きる力は偶発的に凄まじい力を齎す……。」

 

夏希「生きる力?」

 

夏希?「汝は既に知っている筈…造反神の勇者だった者から汝の未来の一部を…。」

 

夏希「っ!?」

 

 

---

 

 

蘭サイド--

 

2人の脳裏に蘇るのは赤嶺から言われた言葉の数々。"自分達は元の時代に戻れば死んでしまう"。2人には絶えず死という概念が隣に立っている。

 

蘭「確かに覚えてる。でも言った筈だよ、薄々気付いてたって。」

 

蘭?「大した信念を持つ……。」

 

 

---

 

 

夏希サイド--

 

夏希「未来なんて変えて見せる!私はそう2人に誓ったんだ!」

 

夏希?「だが、運命という巨大な大河の流れを、人でしかない汝に変える事は出来ない……。」

 

 

 

 

 

夏希?・蘭?「今汝に見せよう……その未来の一端を……。」

 

夏希・蘭「「っ!?」」

 

中立神が手を翳す。すると2人の脳内に再びとあるビジョンが映し出された。それは2人の--

 

 

--

 

 

樹海--

 

夏希「化け物には分からないだろ、この力!!」

 

夏希「これが…これこそが、人間様の!」

 

夏希「気合と!!」

 

夏希「根性と!!」

 

夏希「魂ってやつよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たえ「夏希が本当に追い払ってくれたんだね!」

 

沙綾「凄い…凄いよ、夏希!本当に…………?」

 

沙綾・たえ「「……………?」」

 

沙綾「夏希……。もうすぐ樹海化が解けるよ。そしたら一緒に病院へ行こう。ね………?」

 

たえ「そ、そうだよ……。お土産だって弟くんに渡さなくちゃ…。」

 

沙綾「あっ……………。」

 

たえ「うっ……………。」

 

たえ「私、お料理教えてもらうって…。」

 

沙綾「そうだよ…。っ…次の日曜日に3人でって…。ねぇ、夏希…。」

 

沙綾「夏希…………。」

 

たえ「っ……!」

 

沙綾・たえ「「うあああああああああああっ!!!!!」」

 

 

--

 

 

諏訪大社--

 

蘭「モカ……。」

 

モカ「なに……?」

 

蘭「モカが一緒にいてくれたから…私は今日まで頑張ってこれたよ……。」

 

モカ「うん……。最期まで一緒にいるよ、蘭………。ずっとここで見てるから………。」

 

蘭(ありがとう………モカ……。)

 

 

--

 

 

中立神の空間--

 

流れ終わった直後、2人は体が震えだしその場に崩れてしまう。

 

蘭「こ、この映像は……諏訪…!?」

 

蘭?「これは未来の史実……。拭い去れない絶対の真実……。」

 

 

---

 

 

夏希サイド--

 

夏希「わ、私の死ぬ未来の………。」

 

夏希?「この先の汝を待っている未来……。その勇敢な強さも、実際の未来を目の当たりにすれば揺らぎもするだろう……。」

 

2人は返せる言葉が出ない。当たってしまっているからだ。死を目の当たりにすると、心に一本の芯として立っていた信念すらもぐらついてしまうものなのかと、2人はむざむざと中立神に突きつけられてしまう。

 

夏希「わ、私は………。」

 

 

 

 

 

蘭「くっ………!」

 

夏希?・蘭?「「見せてもらおう……死に行く者の……それでも尚立ち上がろうとする……勇者としての汝の心の強さを……!」」

 

 

---

 

 

友希那サイド--

 

友希那?「始まったようだ……。」

 

友希那「何がかしら?」

 

友希那?「………さて、汝に問おう。汝の力の源は何だ?」

 

友希那「……共に戦ってくれる仲間達。私の帰りを待ってくれている大切な人。そして、この世界に生きる全ての人々よ。1人では勇者にはなれない……。側に誰かがいる事によって初めて、勇者は生まれる…私はそう思っている。」

 

独りよがりの強さでは勇者にはなれない。勇者とは称号であり、誰かに認められてこそ人は勇者へとなれる。

 

友希那?「繋がり……それが汝の力の源という訳だな……?」

 

友希那「そうよ!」

 

神に対し怯む事なく言い切ってみせる友希那。そして中立神は2人と同じ様に、友希那にとあるビジョンを見せるのだった。

 

 

--

 

 

樹海--

 

あこ「えふっ……。」

 

燐子「がはっ……。」

 

友希那「っ……!?あこ………燐子………。」

 

高嶋「あこちゃん!!!燐子ちゃん!!!」

 

あこ「り…ん…り……ん…。」

 

燐子「あ…こ……ちゃ…ん……。」

 

 

--

 

 

中立神の空間--

 

そのビジョンに流れている光景は、友希那にとって大切な仲間の今際の際の光景。

 

友希那「あこ……燐子……。」

 

友希那?「受け入れろ……これが汝を待ち構えている現実だ……。」

 

友希那「嘘よ!そんな筈は無いわ!」

 

崩れかけた脚で踏ん張り立ち上がる。生太刀を握り締め、まやかしだと必死で自分に言い聞かせる友希那。そんな友希那に中立神は更なるビジョンを見せつける。

 

 

--

 

 

丸亀城--

 

紗夜「湊………さん……………。」

 

紗夜「私は……あなたの事が…嫌い………です……。」

 

紗夜「………でも……………。」

 

紗夜「嫌いなのと……同じくらい…あなたに……憧れて………。嫌いなのと……同じくらい…あなたの事が………。」

 

紗夜「好き…………でし………た……………。」

 

友希那「紗……夜………。」

 

友希那「紗夜っ……………!!」

 

 

--

 

 

樹海-- 

 

高嶋「はぁ……はぁ………くっ!!」

 

高嶋「神樹…様……。」

 

高嶋「……よかっ………た………。……間に…………合っ………。」

 

 

--

 

 

中立神の空間--

 

友希那「そん……な……。紗夜…香澄まで……。」

 

体に力が入らない。握り締めていた生太刀が手から離れ落ちる。

 

友希那?「汝の周りから人が消える……。仲間の屍の上で汝は生きていくのだ……。」

 

友希那「嘘よ!!嘘………よ。」

 

友希那?「見定めさせてもらおう……。繋がりが途切れ孤独になろうとも……それでも尚立ち上がろうとする……勇者としての汝の心の強さを……!」

 

 



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勇気のバトン

絶望に飲み込まれる香澄達4人。その4人を救ったのは、勇者に選ばれなかった者、"防人"である千聖の言葉だった--

次回、きらめきの章完結--




 

勇者部部室--

 

巫女達は静かに祈り続けていた。彼女達に戦う力は無い。神樹の意思を言葉にし、無事に戻って来られるよう祈る事しか出来なかった。

 

モカ(蘭……信じてるから…。)

 

モカは蘭の無事を祈り続ける。見つけた夢を共に叶える為に--

 

 

 

 

彩(千聖ちゃん……みんな……神樹様、どうか御加護を…。)

 

彩は勇者の、防人の無事を祈り続ける。大好きなみんなの為に、そして千聖自身の目標の為に--

 

 

 

 

六花(香澄さん…つぐみさん……2人なら、必ず…。)

 

六花は鏑矢の勝利を祈り続ける。四国の戦いの無い平和な日常を守る為に--

 

 

 

 

リサ(あこ…燐子…紗夜…香澄……そして友希那……。私待ってるから。みんななら必ずやってくれるって……。)

 

そしてリサは祈り続ける。奇跡を起こす為に、愛する人の為に--

 

 

---

 

 

樹海--

 

燐子「はぁ……はぁ……っ!」

 

りみ「香澄ちゃんだって頑張ってる筈……!だから私だって……!」

 

つぐみ「……流石に苦しくなってきたかな……。」

 

樹海に降り立ってから20分程が経過していた。りみ、つぐみはまだしも、精霊を憑依し続けている燐子は体力の限界が近づいている。

 

紗夜「白金さん!無茶はしないでください!」

 

高嶋「そうだよ!私達はまだ頑張れるから、少し休んで!」

 

下がるよう促すが、燐子は聞かず冷気を放出し続ける。

 

あこ「りんりん!!!」

 

燐子「ごめんね……あこちゃん…皆さん……。これは私の我儘なんです…。まだ…やれます…!やらせてくだ…さい!」

 

赤嶺「つぐちんも無理しないで!」

 

つぐみ「ありがとう、香澄ちゃん……。でも、心配要らないよ……香澄ちゃんが頑張ってるだから…ライバルである私が先に倒れる訳ない…よ。それに、子孫が見てるんだもん。カッコいいところ見せないとね。」

 

日菜「御先祖様……!」

 

限界を超えて力を出し続ける3人。しかし状況は更に悪くなる。星屑に加え、"超大型"、"爆発型"、"蟷螂型"といったバーテックス群が迫ろうとしていたのだ。

 

ゆり「あはは……開いた口が塞がらなくなっちゃうよ…。」

 

有咲「バテたなら私に任せて休んでても良いんだぞ。」

 

ゆり「冗談キツいよ、有咲ちゃん……!やっと体が温まってきたところ……。後輩を差し置いて先輩が休める訳ないでしょ。りみも頑張ってる……部長の力舐めないで!」

 

イヴ「相手してやるよ……どっからでもかかってきやがれ!!」

 

 

---

 

 

拭い去る事の出来ない死への現実に押しつぶされそうになる夏希、蘭、そして友希那。残された千聖と香澄にもその魔の手が迫ろうとしていた。

 

香澄「夏希ちゃん!蘭ちゃん!!」

 

千聖「友希那ちゃん!」

 

3人が崩れ落ちていく様を香澄と千聖も見せつけられている。

 

 

---

 

 

中立神の空間、香澄サイド--

 

香澄?「汝は他の為に自らの命を賭けられるか……?」

 

香澄「!?」

 

その質問には聞き覚えがあった。刀使である少女、柊篝から聞いたあの言葉。

 

香澄「………………。」

 

香澄?「問い方を変えよう……汝の命で世界が救われるとしたら……汝は自らの命を差し出せるか……?」

 

香澄「…それで確実に世界が救えるんですか?」

 

香澄?「然り……。」

 

香澄「その前に、仲間に相談します。」

 

香澄?「では誰にも相談出来ないとしたら……?呪いの類を用い……。」

 

答えが出ない。勇者部五箇条を誰より信じてきた香澄に、最大の障壁が迫ろうとしている。頭を抱える香澄に、中立神は不敵に笑って香澄の頭に手を翳しビジョンを見せつけた。

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

 

香澄「えっと、じゃあ、あのね!じつは私、あの日……。」

 

香澄「っ!?」

 

 

 

浮かび上がる炎の刻印--

 

 

 

香澄「っ……!っ!!」

 

沙綾「どうしたの、香澄?」

 

香澄「う、うん…やっぱ何でもないや。」

 

 

 

 

車に跳ねられるゆり--

 

 

 

 

香澄「あっ…ああっ……。」

 

香澄(あの時、私がゆり先輩に相談しなければこんな事にはならなかった…。私のせいだ。私のせいで…。)

 

 

 

 

 

香澄「ゆ、勇者部5箇条!なるべく諦めない。私はみんなが助かる可能性に賭けてるんだよ!」

 

ゆり「あなたが生きる事を諦めてるじゃない!」

 

香澄「勇者部5箇条!成せば大抵何とかなる!成さないと何もならない!」

 

ゆり「香澄ちゃん!!5箇条をそういう風に使わない!!!」

 

香澄「私は、私の時間のあるうちに私の出来る事をしたいんです!だからこうしてみんなにきちんと相談しました!」

 

たえ「これじゃあ報告だよ、香澄。相談しなきゃ…。」

 

香澄「相談してるよ!!!」

 

有咲「香澄、その…とにかく、無理すんな……。」

 

香澄「無理してないよ!!」

 

有咲「ご、ごめん…。」

 

香澄「勇者らしく、私らしくしてるよ!!」

 

りみ「待って…。」

 

ゆり「香澄ちゃん!みんながここまで言って、まだ分からないの!?」

 

香澄「だから!他に方法がないからこうなっているんです!!」

 

りみ「待ってよ…。なんで…なんでこんな……、ケンカなんて…っ…うぅっ………。」

 

香澄「私は……。私には本当に時間が無くて…。もう…。っ!?あぁ……っ…!?」

 

 

--

 

 

中立神の空間--

 

香澄「今の光景は!?」

 

香澄?「未来の一部だ……。汝が話せば代わりに親しい仲間が傷付く……。」

 

香澄「そんな……!」

 

絶望に打ち拉がれる中、香澄は六花が言っていた言葉を思い出していた。

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

六花「勇者は騙された事よりも、疑った自分の気持ちを恥じる人達ですから。」

 

 

--

 

 

それに似たようなものだ。勇者部にいる全員が自分が傷付く事より、他人が傷付く事が許せない。しかも自分が原因で仲間が傷付く。何よりも残酷で心が抉られる程の痛みに香澄の胸は締め付けられる。

 

香澄「はぁ……はぁ…!」

 

香澄?「汝はそれでも相談するのか……?友を犠牲にしてまで……。」

 

香澄「嫌だ……嫌だよ!私のせいでみんなが傷付くなんて!私は………私……は…。」

 

 

---

 

 

 

中立神の空間、千聖サイド--

 

千聖?「汝の強さとは何だ?何がそこまで汝を駆り立てる?」

 

千聖「……………。」

 

千聖?「勇者ですら無い汝は、何故そこまで抗おうとするのだ……?」

 

千聖は静かに目を閉じる。中立神からの問いが頭の中を駆け巡った。

 

千聖(………ここまで数えきれないくらい沢山の出来事があったわね……。)

 

頭の中にはこれまで千聖が辿ってきた道程が蘇って来る。

 

千聖(勇者候補生として血の滲む様な特訓を重ね、勇者に選ばれず挫折を味わった……。怒りに囚われた私を待っていたのは"勇者"では無く、"防人"と呼ばれる傘下に入り、勇者の下請けの様な御役目の日々……。)

 

千聖?「どうした……?答えられな--」

 

 

 

 

 

 

 

 

千聖「………ちょっと黙ってなさい。」

 

千聖?「何……?」

 

千聖「何度も……何度も何度も何度も!!何上から目線で全てを悟った様な物言いしてるのよ!」

 

 

 

神の意思に従う勇者では無いから--

 

 

 

 

決して神を認めず、神を信じない千聖だから--

 

 

 

 

千聖「その傲慢な態度が気に食わない!人間はね、神が引いたレールで誘導されなくても、自分達の意思で道を選び歩けるの!未来に進んで行けるの!」

 

人には無限の可能性がある。幾つにも枝分かれする道を人は自分で選び突き進んでいく。その選択肢が人知を超えたチカラを齎す事だってある。それを時には運命、時には奇跡と呼んできた。

 

千聖「たかが人でもね……それが何十人も集まれば、大きな力を生み出すの!昔の私じゃ絶対にそれに気が付けなかった……。」

 

たった1人で、余計なものを全て捨てて、我武者羅に突き進んだ千聖を待っていたのは何もない空っぽの自分だった--

 

千聖「だけど、イヴちゃんと出会って……日菜ちゃんと出会って…花音と出会って…彩ちゃんに出会ってその力の強さを知った。そしてこの異世界で更に多くの仲間と呼べる人達と出会い、繋がってきた。さっき言ったわね……私の強さが何なのかって。繋がり、思いを託し託される事よ。その力で私達はあなたを、神の想定を超える力を生み出せるの!!」

 

千聖?「繋がり……。それが断たれればどうなる……?簡単に切れる脆弱なものに過ぎないのではないか……?現に汝以外の勇者はどうだ……。」

 

再びビジョンが現れる。そこに映っていたのは蘭、夏希、友希那、そして香澄が力無く震え絶望している瞬間。

 

千聖「香澄ちゃん!みんな!!」

 

千聖?「叫んでも汝の声は届かない……。」

 

それでも中立神の忠告も無視し、千聖は4人を呼び続ける。

 

千聖「あなた達の………あなた達の繋がりはいなくなったら切れてしまう……そんな軟弱なものだったの!?」

 

張り上げた声が闇の中に虚しく響き渡る--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしその時、小さな奇跡が起こった--

 

 

---

 

 

中立神の空間、友希那サイド--

 

友希那「…………これ…は……?」

 

目に留まったのは落としてしまった生太刀。その生太刀から今にも消えてしまいそうだが淡く、温かな光を放っている事に気が付いた。

 

友希那?「何……?」

 

友希那「……っ!」

 

手に取るとじんわりと温かな光が友希那を包み、それを通して微かに声が聞こえた。それは届く筈の無かった千聖の声--

 

 

 

 

千聖「胸に手を当ててみなさいよ!!みんなが託した繋がりは……思いは…"そこ"に確かにあるでしょ!?」

 

 

そっと胸に手を当ててみる。すると浮かんでくる大切な人の姿と声。

 

 

 

 

亡くなってしまった友希那のクラスメイト達--

 

 

友希那(そうね……それが私が戦い続ける理由……。)

 

 

 

自分の子供に友希那と名付けた母親--

 

 

 

 

友希那(その名に恥じないよう、格好悪いところを見せる訳にはいかないわ……。)

 

 

 

生太刀に帯びる光が徐々に明るさを増していく。

 

 

 

 

諏訪の英雄、美竹蘭--

 

 

 

友希那(美竹さんがあの時託してくれた覚悟と思い……確かに私の心にあるわ……。そしてあこ、燐子、紗夜、香澄、リサ……そしてこの世界で出会えた大切な仲間達………。沢山の思いが、絆が繋いで繋ぎ合わさって、1つの輪になって……。)

 

 

友希那?「この力は……まさか……!」

 

 

そして友希那は立ち上がる。その顔に絶望は最早存在しない。輝きに満ちた瞳で、自分の姿を模した中立神に生太刀を突き付けた。

 

友希那「見失うところだった……。私は独りなんかじゃない。"ここ"に!私の心には託してくれた人達が生きている!例え死んでしまったとしても……託した思いが誰かの心にある限り、決して死ぬ事は無いのよ!そしてこの力もそう!」

 

"義経"を呼び出す友希那。すると"義経"に生太刀から発せられていた光が集まり、その姿を変えていく。

 

友希那「この"刀使"の力も託された繋がりの力よ!!」

 

衛藤可奈美が元の世界に帰る際に、生太刀に込めた刀使の力。その力が"義経"に新たな力を宿す。そして姿が変わった"義経"の名を叫び、憑依させる。その名は--

 

 

 

 

 

 

友希那「降りよ、"大天狗"!!」

 

 

 

爆炎を纏った翼を羽ばたかせるその姿は、まさに魔王そのもの。その翼で宙に飛び上がった友希那は生太刀で大きく何もない空間を切り裂いた。その瞬間何かが軋む音が響き、何も無い空間に幾つものヒビが入り始めたのである。

 

 

--

 

 

異変は他の場所でも起こっていた。

 

 

中立神の空間、蘭サイド--

 

蘭?「馬鹿な……。」

 

蘭「これは……この声は湊さんの…!」

 

 

---

 

 

中立神の空間、夏希サイド--

 

夏希?「空間が……破壊される……!」

 

夏希「友希那さん……そうだ…私の胸には!」

 

 

---

 

 

中立神の空間、香澄サイド--

 

香澄?「神を祓う力……!」

 

空間にヒビが入り、隙間から光が差し込み闇を明るく照らし出す。

 

香澄「温かい光……可奈美さんの?ううん、この可奈美さんだけじゃない……!」

 

 

---

 

 

中立神の空間、千聖サイド--

 

千聖?「有り得ない……!一体何故……!?」

 

千聖「分からないのかしら?これが人間が生み出せる奇跡の力。今人間の力が、あんた達神の想像を超えたのよ!」

 

今、空間を隔てていた壁が壊され、バラバラになっていた5人が1カ所に集まった。

 

 

---

 

 

中立神の空間--

 

 

夏希「蘭さん!香澄さん!」

 

蘭「白鷺さん!そして湊さんも!」

 

香澄「友希那さん……その姿は…!」

 

千聖「見失っていたものに気付けたようね、友希那ちゃん。」

 

友希那「ええ……。白鷺さんのお陰よ。」

 

役目を終えたのか、"大天狗"の憑依が解け、生太刀に帯びていた光が収まっていく。

 

千聖「そう。防人の私が支える事になるなんて……。これじゃあどっちが勇者か分からないわね。」

 

夏希「えへへ…手厳しいですね……。」

 

蘭?「崩れかけていた心が元に戻っている……これが繋がりの力……!」

 

蘭「そう……例え私がいなくなったとしても……その意思は誰かにきっと受け継がれていく。誰かが絶対にゴールしてくれるって信じてるから。」

 

夏希?「汝は……汝らは……それを信じられるというのか……?」

 

夏希「当たり前だ!私の一歩が誰かの背中を押せるのなら、怖いものなんか何もない!」

 

託されたバトンは繋がり、未来へと受け継がれていく。

 

友希那「小さな力が束になって、大きな力を生み出した。時代も時間も違う私達が、この場所に会している事も奇跡なのでしょうね。」

 

友希那?「汝が新たな力を開眼した事ですら有り得ない程の"奇跡"な筈……。」

 

千聖「そうね。防人のシステムで"満開"が出来た事も。これはもう"奇跡"とは呼べないわね。」

 

香澄?「"必然"だとでも言うのか……。」

 

香澄「勇者部五箇条"なるべく諦めない"!!そして勇者部五箇条"成せば大抵何とかなる"!!諦めなければ打開の道はきっと切り開けるから。」

 

その言葉を聞き、5人を模した光は徐々にその姿を散らしていった。そして真っ暗闇の虚空から無機質な声が響き出す。何かを悟ったかの様に。

 

中立神「それが……汝らの強さか……。あやつを打ち倒すだけの事はある……。今の汝らから伝わってくる……これが……そうか……。」

 

夏希「あっ!身体が光った!?」

 

千聖「みんなの元に帰れるのかしら。」

 

5人を包む光が強くなり、この世界から姿を消すのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

高嶋「きゃあっ!?」

 

紗夜「高嶋さん!くっ!」

 

侵攻してくるバーテックスは更にその勢いを増していき、その圧倒的な物量に押し潰されていく勇者達。

 

美咲「"爆発型"を狙うよ、沙綾ちゃん!爆風で他のバーテックスも巻き込める筈!」

 

小沙綾「了解しました!」

 

あこ「りんりん、これ以上はりんりんが!」

 

燐子「はぁ………ぐっ……!」

 

侵攻開始からもうすぐ1時間が経とうとしている。遂に燐子に限界が訪れ、"雪女郎"を解除。力無く樹海に倒れ込んでしまう。解除された事でつぐみが吸収していた"雪女郎"の力も解けてしまった。

 

つぐみ「まずい!」

 

薫「燐子ちゃん!」

 

吹雪の壁が消えた事で、バーテックスは一斉に攻撃を動けない燐子に定め出す。その時だった--

 

 

 

 

 

上空を爆炎が包み辺り一帯のバーテックスがその姿を一瞬で散らしてしまう。

 

中たえ「この力は……まさか。」

 

友希那「流石よ、燐子。よくここまでみんなを守ってくれたわね。」

 

バーテックスを屠ったのは"大天狗"の爆炎だった。倒れている燐子を友希那はそっと抱きかかえる。

 

あこ・高嶋・紗夜「友希那さん!!」「友希那ちゃん!」「湊さん!」

 

友希那「待たせてごめんなさい。」

 

小たえ「御先祖様が来た……って事は!」

 

全員が端末を確認すると少し遅れてやって来る香澄達4人の位置がはっきり示されていた。

 

香澄「おーーーい!さーやーー!みんなーーー!」

 

中沙綾「香澄!!」

 

小沙綾「夏希!良かった…。」

 

夏希「ごめんごめん!ヒーローは遅れてやって来るってね!」

 

花音「ふえぇぇぇっ!!!千聖ちゃーーーん!今度こそ本当に死んじゃうかと思ったよぉーー!」

 

千聖「はいはい、よく頑張ったじゃない。」

 

美咲「美竹さんも、無事だったんだね。」

 

蘭「何とかね。それにしても、湊さん…速すぎますよ。」

 

再会の感動も束の間、バーテックスの侵攻はまだ止まっていない。彼方から再び空を覆い尽くす様な大群が向かって来ていた。

 

千聖「みんな、あの大群を退ければ全ての御役目完了よ。」

 

夏希「全員揃ったんです!絶対にやり遂げて見せます!」

 

蘭「ここまでみんなが繋いできた思い、絶対に無駄にしない。」

 

友希那「ええ。神に今見せてあげましょう。人間は守るべきものがあれば、無限に強くなれる事を!」

 

香澄「最後の戦いだ!私達はどんな時でも絶対に諦めたりなんかしない。私達は勇者だから!!」

 

 

 



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花結いのきらめき

第1章から紡がれた物語、次回で最終回となります。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!

香澄達の物語は次のエピローグで終了となります。




 

樹海--

 

千聖「みんな、あの大群を退ければ全ての御役目完了よ。」

 

夏希「全員揃ったんです!絶対にやり遂げて見せます!」

 

蘭「ここまでみんなが繋いできた思い、絶対に無駄にしない。」

 

友希那「ええ。神に今見せてあげましょう。人間は守るべきものがあれば、無限に強くなれる事を!」

 

香澄「最後の戦いだ!私達はどんな時でも絶対に諦めたりなんかしない。私達は勇者だから!!」

 

 

--

 

 

友希那「燐子、氷河さん、助かったわ。暫く休んでて頂戴。」

 

燐子「分かりました……。」

 

つぐみ「はい。でも、私の分もとっておいてくださいね。」

 

友希那「勿論よ。」

 

中沙綾「中立神側に何かあったのか、バーテックスの供給が止まってます!」

 

夏希「って事は今残ってるバーテックスを殲滅すれば私達の勝ちだ!」

 

千聖「防人は前線へ行くわよ!ついて来て!」

 

尻込みする花音を無理矢理引っ張り、防人4人は前へ飛び出す。

 

 

--

 

 

イヴ「最後のひと暴れだ!覚悟しろよ、バーテックスども!」

 

突進してくる"超大型"へ銃口を向け、雷の力をチャージする。

 

千聖「思いっきり行きなさい!」

 

イヴ「レールガンだ!喰らいなぁ!!」

 

轟音と共に雷が発射され、射線上のバーテックスに風穴が空いた。

 

千聖「花音はイヴちゃんの援護!日菜ちゃん。」

 

日菜「ん?」

 

千聖「私の背中、任せたわよ。」

 

日菜「……りょーかい!星屑1匹通さないんだから!」

 

千聖「当てにしてるわ。」

 

 

--

 

 

夏希「3人のチームワークを見せてやる!」

 

小沙綾・小たえ「「うん!!」」

 

3人が相手をしているのは"蟷螂型"の群れ。前衛の夏希がダメージを蓄積させていき、後衛の沙綾が弓矢で急所を射抜いていく。

 

小たえ「行くよ"鉄鼠"!敵の攻撃は私が引き受けるから、2人は気にせずやっちゃえーー!」

 

槍を傘状に展開し、"蟷螂型"の鎌をガード。そして屈んだ瞬間に"蟷螂型"の眼前に双斧が現れ殴り飛ばした。

 

夏希「今だ、沙綾!!」

 

小沙綾「任せて!」

 

後方で矢を引き絞り、吹き飛ばされガラ空きになった腹部に矢を乱れ打つ。

 

夏希「ナイスチームワーク!」

 

小沙綾・小たえ「「いぇーい!!」」

 

 

--

 

 

蘭「来るよ!左右から4体づつ!」

 

薫「右側は私が行こう!」

 

美咲「なら、左は私が!」

 

"覚"を憑依させた蘭の予測を頼りに、薫と美咲は左右に展開。迫りくる"飛行型"と2体"超大型"に攻撃を仕掛ける。

 

蘭「気をつけて!あの"超大型"は前に戦った片方倒してもすぐ復活するタイプです!」

 

薫「問題ないさ。今の私達なら息をするかの様にタイミングを合わせられる筈だよ。」

 

美咲「そうですね。これだけ一緒に過ごして来たんです。見せてやりましょう!」

 

薫「やぁっ!!」

 

樹海の根を足場に宙を駆け上がりヌンチャクで"飛行型"を叩き落としていく。

 

薫「空を飛んでるからって有利になるとは限らないよ。飛ばしていこうか、"水虎"!」

 

ヌンチャクが水を纏い、頭上で振り回すと水が唸りを上げ巨大な渦を作り出した。

 

薫「鳴門の渦潮………とはいかないけれど、見事だろ?受けるといい!」

 

空を飛んでいる"飛行型"が次々と渦に呑まれ、光になって消滅していく。

 

美咲「やりますね、薫さん。よーし、私だって!薫さんが渦潮なら、私は槍の雨だ!」

 

次から次へと、我武者羅に槍を投げつける。

 

美咲「おりゃおりゃおりゃおりゃーー!出血大サービスだぁ!」

 

避けられない程の面の攻撃が"飛行型"の体や羽を貫いて地上に落下。そして動けない"飛行型"を見下ろしながら、トドメの一撃を下す。

 

蘭「"超大型"来るよ!」

 

指揮していた蘭も前線へ上がり、3人の目の前に2体の"超大型"が姿を現した。

 

薫「蘭ちゃん、大まかな指示をお願いするよ。私達は前だけ見るよ。」

 

蘭「分かりました。正面、1時の方角からミサイル!!」

 

美咲・薫「「りょーかい!」」

 

蘭「瀬田さん!奥のヤツが力を溜めてます!今のうちに後ろに回り込んで攻撃してください!美咲は11時と2時の方角から触手が伸びてくる!脆いから避けずに切り裂いて突っ込んで!」

 

美咲「そんな事まで解るの!?たぁっ!!」

 

薫「その一撃、放たせる訳にはいかないな!はっ!」

 

蘭「瀬田さん、後ろから触手来ます!美咲は左方向に気をつけて!そしてそのまま張り付きながら一か所に集めて!一気にトドメ行きますよ!」

 

美咲・薫「「吹っ飛べ!!」」

 

2体の巨体が打ち上がり、空中でぶつかった。

 

美咲「行くよ!!」

 

薫「これが諏訪と沖縄と北海道の!!」

 

蘭「絆の力の必殺技!!」

 

 

 

 

美咲「"古潭伝槍"!」

 

薫「"海山双流"!」

 

蘭「"トリニティストライク"!!」

 

 

重なりあった2体の"超大型"を、螺旋の水流、鞭、巨大な槍といった3人の連携攻撃が巨体を2体纏めて貫通し大爆発を起こすのだった。

 

薫「うん……3人が織りなすマリアージュ…。とても儚いね。」

 

美咲「あはは…確かにこれは儚いです。」

 

蘭「ノリで叫んだけど、これ恥ずかしい……。」

 

 

--

 

 

赤嶺「つぐちん……やぁっ!もう動けるの?」

 

つぐみ「せいっ!少し休んだから大丈夫。あれ?」

 

赤嶺「どうかした?」

 

つぐみ「香澄ちゃん、笑ってる。」

 

赤嶺「不思議なんだ……。体もヘトヘトで、立ってるのだってやっとなのに、なんだか楽しくてしょうがないんだよ。」

 

つぐみ「私も……あれだけ精霊の力を借りて使ったのに、なんでだろうね。」

 

2人は星屑を撃退しながら他愛もない会話をしていた。

 

赤嶺「……っと!みんなと仲良くなれたから…かな。初めは敵だったのに…そんな事無かったかのように私を受け入れてくれて…みんな明るくて、優しくて……。」

 

つぐみ「そうだね…私この世界に来れて良かったって思う。」

 

赤嶺「私も。さぁ、お喋りはここまでにして、残りを一気にやっつけちゃおうか。」

 

つぐみ「だね。あっ、因みに私ここまでで150体倒したよ。」

 

赤嶺「嘘ぉ!?……じゃあここから巻き返しちゃうから!」

 

 

--

 

 

紗夜「皆さん、守りは気にせず戦ってください。皆さんの後ろは私の"七人御先"でカバーします。」

 

紗夜の分身6体のそれぞれが友希那達1人1人に付き、索敵しながら周りの星屑を切り裂いていく。疲労がまだ残っている燐子に対しては念の為2体の分身がカバーしていた。

 

燐子「後方から"遠距離型"の狙撃が来ます……!」

 

あこ「させないっ!みんなはあこが守る!」

 

高嶋「ありがとう、あこちゃん!守りであこちゃんの右に出る人はいないね。」

 

あこ「へへーん!」

 

友希那「あこ、ついて来て。2人でまずは"遠距離型"から処理するわよ。」

 

あこ「はい!」

 

高嶋「じゃあ、私は紗夜ちゃんと"超大型"を倒しちゃうよ!燐子ちゃん、指示お願い!」

 

紗夜「了解です!」

 

燐子「任せてください…!」

 

高嶋「まずは"一目連"で閉じ込めるーーー!勇者ーーータツマキ!!」

 

巨大な暴風壁を展開し、その中に"超大型"を閉じ込めるが脱出するべく、"超大型"はミサイルを乱発射し打ち破ろうと画策する。

 

高嶋「今の私は気合充分!その程度の攻撃じゃびくともしないよ。」

 

燐子「そのまま維持してください…。そうすれば"超大型"が目指す場所は1つです……。」

 

燐子の予測は当たっていた。破れないと悟ったのか、"超大型"は壁に覆われていない上を目指し上空へと浮かび上がったのだ。

 

紗夜「落ちなさい!」

 

大葉刈を振り下ろし、刃が"超大型"に突き刺さる。そしてその勢いのまま全体重を乗せ、紗夜は"超大型"を押し込み、一緒に樹海に落下。地鳴りが響いた。

 

紗夜「このまま行ってください、高嶋さん!」

 

高嶋「分かった!行くよ"酒呑童子"!!」

 

"一目連"を憑依したまま"酒呑童子"も憑依させる高嶋。精霊の二重憑依だ。

 

高嶋「おおおおおっ!!勇者パーーーンチ!」

 

"酒呑童子"の力に"一目連"の速さが加わり、全ての呪詛を砕く鉄拳が"超大型"に炸裂。紗夜ごと"超大型"を消し飛ばしてしまった。

 

紗夜「とんでもない力ですね……。分身で良かったですよ。」

 

高嶋「えへへ……分身だから全力出せたんだよ。」

 

 

--

 

 

あこ「へっ!?後ろで物凄い音がしましたよ!?」

 

友希那「香澄達でしょうね。ふふ、頼もしい限りだわ。」

 

一方で"遠距離型"の砲撃を掻い潜り距離を詰めていく2人は目標を目の前に捉えていた。対する"遠距離型"は近付けさせまいとビームをまるで雨の様に発射し続ける。

 

あこ「友希那さん!ビームの雨ですよ!?」

 

友希那「焦る必要は無いわ。………まだ大丈夫そうね…。」

 

あこ「ゆ、友希那さん!?え、え!?ひょえぇぇぇ!?」

 

"大天狗"を降ろし、あこを抱えビームの雨の中を高速で駆け抜ける。"遠距離型"の元へ辿り着くと、刀使の力を使い果たし"大天狗"は"義経"の姿へと戻った。そして友希那は"義経"を憑依させる。

 

友希那「さぁ、行くわよあこ。」

 

あこ「うっぷ……は、はい…!」

 

"遠距離型"からの攻撃を友希那が引きつけ、その間あこは"和入道"の力で旋刃盤に炎を纏わせヨーヨーの要領で攻撃していく。

 

友希那「これで終わらせる!合わせるわよ、あこ!」

 

あこ「はい、友希那さん!」

 

生太刀と旋刃盤が"遠距離型"を十字に切り裂き炎を巻き上げ大爆発。"遠距離型"は消滅するのだった。

 

 

--

 

 

ゆり「やあっ!!」

 

有咲「だりゃあっ!」

 

最前線で戦っている香澄達6人。手強いバーテックスはいないが星屑が際限なく湧き出て襲ってくる。香澄達は星屑を他の場所に行かせない様必死で足止めをしていた。

 

中沙綾「キリがない!」

 

りみ「でも私達が頑張らないとみんなが…。」

 

数の暴力によって少ないながらも疲労やダメージは蓄積されていく、それでも香澄達は戦い続けた。諦めなければ奇跡が起きると信じて。そしてそれはすぐ起きる事となる--

 

 

 

 

 

 

蘭「そうだよ、りみ。私達はまだ戦える。」

 

りみ「蘭ちゃん!」

 

千聖「あなたはこんな所でへばる人じゃないでしょ?」

 

有咲「千聖か……!」

 

夏希「私達がついてる!みんなの力を合わせれば出来ない事なんてない!」

 

中沙綾「夏希……。」

 

中たえ「……そうだね!」

 

各箇所で戦っていたみんなが援護する為に駆けつけて来たのである。

 

 

紗夜「部長であるあなたが先に倒れる……なんて事はないですよね?」

 

ゆり「勿論……!女子力見せちゃうんだから。」

 

赤嶺「今こそ私達の力を合わせる時だよ。神を討ち滅ぼす者として……香澄としての指名を!」

 

手を翳す戸山、高嶋、赤嶺、3人の香澄。それぞれが持つ天の逆手に光が宿り、その光が輝きを増し勇者達1人1人に降り注ぐ。

 

高嶋「1人1人が持つ花が満開に咲き誇り……。」

 

赤嶺「それが集まって花結いとなり……。」

 

香澄「そして、その力は未来を照らすきらめきの光になる。」

 

その時、全員の装束に描かれていた満開ゲージが光り出す。

 

花音「ふえぇ!?私のも光った!?」

 

美咲「って事は……。」

 

香澄「みんな、行くよ!」

 

一同「「「満開!!」」」

 

樹海から無数の光が勇者達に集まっていき、色とりどりの花が咲き乱れる。その様相はまさに花結(はなむすび)

 

花音「綺麗……。」

 

つぐみ「まさか私も"満開"出来るなんて思っても見なかったな。」

 

1人に力を集めた"大満開"では無く、1人1人が手を取り合い、未来に進んで行く大きな力と決意に満ちた希望の力が今花結び、きらめきに溢れていた。

 

香澄「これで決める!はぁぁぁぁぁっ!」

 

一同「「「はぁぁぁぁぁぁっ!!」」」

 

全員が拳を天に掲げ、力を込める。きらめきが拳に集約され、無限の力が今、炸裂する。

 

 

 

 

 

勇者部一同「「「勇者パーーーーーーーンチ!!!」」」

 

 

全員が一斉に飛び上がる。上空で大爆発が巻き起こり、無数に飛び交っていた星屑全てが光に飲まれ、姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて爆発は収まり、樹海を静寂が包み込む。

 

小沙綾「はぁ……はぁ………敵増援見られません。私達の勝利です!」

 

香澄「……見てくれましたか?これが私達の強さの源です。この力があれば、どんな壁だって乗り越えていける。私はそう思うんです。」

 

紗夜「樹海化が解除されます。」

 

蘭「…………って事は、それぞれの時代に帰る時が来たんだね。」

 

中たえ「延長戦ももう終わり…。」

 

泣きそうになる気持ちを抑える。それでも悲しい気持ちは胸に押し込んで前を見据えた。

 

香澄「戻ろう、私達の部室へ。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

香澄達が戻ると、リサ達がうどんや蕎麦を作って出迎える。キラキラと輝く光は樹海へ赴く前よりも若干ではあるが明るさを増していた。

 

リサ「みんな、お疲れ様!さぁ、疲れた身体にはうどんが1番だよ!」

 

彩「さっき神託があったんだ。中立神は私達の力を認めてくれたって!」

 

中たえ「じゃあ、これで中立神は天の神側につく事を止めてくれるって事だね。」

 

モカ「うん。私達の御役目もこれで全部完了だよ。」

 

六花「神樹様の計らいで、元の時代に戻る前に少しだけ時間を頂けました。細やかですが祝勝会です!」

 

あこ「やったー!あこもうお腹ペコペコだよ!」

 

夏希「私もです!」

 

リサ「沢山あるから遠慮なく食べてね。」

 

ゆり「おかわり!」

 

有咲「早っ!もう食べてるのかよ!」

 

ゆり「ふふふ……食事は戦争だよ?早い者勝ちだぁ!」

 

りみ「皆さん!早くしないとお姉ちゃんに全部食べられちゃいます!」

 

香澄「あははっ!だね、りみりん。よーし、食べるぞぉ!」

 

彼女達のここでの御役目は終わった。僅かな時間だが、今この一時は勇者である事を忘れ、普通の中学生として最後の思い出作りに花を咲かせるのだった。

 

 

--

 

 

祝勝会のたけなわも過ぎ、前回同様に余った時間は今まで使ってきた部室を綺麗に清掃し、元の時代に戻るその時を待っていた。

 

ゆり「この場所に27人も集まるなんて、最初は全然考えられなかったな。」

 

有咲「そうだな。足の踏み場も無いけど、悪くなかった。」

 

六花「少しの間でしたが、勇者の巫女としてお役に立てた事は私達の誇りです。」

 

つぐみ「そうだね。なんたって私達の時代じゃ伝説の人達ですから。」

 

あこ「えへへ……。なんかそんな風に言われると照れるなぁ。」

 

燐子「そうだね…あこちゃん……。私達が拓いてきた道の先に…こんなに素晴らしい人達がいるんです…。私達がやってきた事は無駄じゃなかったんですね…。」

 

蘭「そうだね。例え私に出来なくなって、湊さん達がここにいるみんなの意思を継いでくれる。」

 

小沙綾「………未来は変えられるんでしょうか……。」

 

紗夜「…変えるのではありません。」

 

小沙綾「え?」

 

紗夜「作っていくんです。」

 

リサ「そうだよ。今この瞬間からでも未来はいくつもの可能性に分岐してる。」

 

小たえ「パラレルワールドですか?」

 

リサ「うん。もし大切な人がいなくなってしまう世界があったとしても、きっと何処かでは全員が笑顔で笑い合っている世界もある。その未来を守れるって考えれば………ね。」

 

小沙綾「そう……ですね。」

 

夏希「じゃあ、勇者以外の正義のヒーローがいる世界もあるって事ですか!?」

 

中たえ「男の勇者だっているかもしれないし、すっごくおっきなヒーローだっているかも。」

 

千聖「そもそも勇者がいない、みんなが平和に暮らしている世界だってあるかもしれないわね。」

 

赤嶺「そんな世界を、私達人間の手で作っていけたら良いね。」

 

 

 

これからの話に花が咲く中、遂に別れの瞬間がやって来た。部室に満ちていた光の輝きが収まり、香澄達から花びらが舞い散り始め徐々に体が透けていく。

 

赤嶺「前回はバラバラだったけど、今回は全員一斉なんだね。」

 

蘭「湊さん……今度こそさよならです。」

 

友希那「ええ……泣きはしないわ。そしてさよならでもない……。」

 

蘭「………そうですね。また会いましょう。」

 

友希那「きっと会いに行くわ。」

 

 

 

 

ゆり「あこちゃん、燐子ちゃんと仲良くね。」

 

あこ「勿論です!仲の良さじゃ、ゆりさんやりみに負けませんよ!来世でもきっと!」

 

燐子「うん……。私達の絆は永遠だよ…あこちゃん。」

 

りみ「燐子さん達なら……その想いはきっと実を結ぶ筈です。」

 

 

 

 

 

赤嶺「お姉様。お姉様と過ごした時間、私にとってかけがえのない宝物です。」

 

薫「それは何よりだ。辛い事もあるだろうが、お互い未来の為に頑張ろうじゃないか。」

 

つぐみ「任せてください。私がいるからには香澄ちゃんを辛い目に合わせたりなんかしないです!」

 

六花「私もついてます。ちょっとおっちょこちょいなところもありますから。」

 

赤嶺「ロック、酷いなぁ〜!」

 

 

 

 

 

イヴ「楽しい思い出を沢山……ありがとうございました。」

 

夏希「それはこっちの台詞ですよ。元の時代に戻ったら、いの一番にイヴさんに声かけて、絶対に友達になります!」

 

イヴ「そりゃあ、楽しみだ。ズッ友として仲良くしてやってくれ。………負けんじゃねぇぞ。」

 

 

 

 

 

ゆり「忘れないで。時代も、場所も、どんなに離れていたって………紗夜ちゃんは私の名誉姉妹なんだから。」

 

紗夜「はい………。沢山学ばせてもらいました。私がこの気持ちを持てる事が出来たのは………ここにいる皆さんのお陰です。」

 

高嶋「良かったね、紗夜ちゃん。」

 

紗夜「もう、元の時代に戻る事に不安はありません。高嶋さんや………仲間が隣にいますから。」

 

高嶋「うん……うん!ずっと一緒だよ!」

 

 

 

 

 

日菜「御先祖様!短い間だったけど、会えて良かった!」

 

つぐみ「私もです。日菜さんの様な子孫が未来にいるなら、氷河家の復興もきっと成し遂げる事が出来るって信じてる。」

 

日菜「それが出来たら……真っ先に報告しに行くから!」

 

つぐみ「それは楽しみです!でも、これだけは忘れないで。ちゃんと自分も幸せになって。例え復興が出来たとしても、日菜ちゃん自身が幸せじゃなかったら………意味が無いから。」

 

花音「心配には及ばないよ。私がついてますから。」

 

イヴ「私だって。」

 

彩「私も!」

 

千聖「そうね。私達が日菜ちゃんをそんな目に合わせたりはしないわ。友達だもの。」

 

日菜「千聖ちゃん………みんな……!」

 

つぐみ「ふふっ……!」

 

 

 

 

 

モカ「なんだかんだリサさんにはお世話になってばっかでしたね。」

 

リサ「何言ってんの、モカ。私だって何度もモカに助けられたじゃん!私が言うのもあれだけど、モカももう一人前だよ。ちゃんと自信持ちなね?蘭を頼んだよ。」

 

モカ「はい。」

 

 

 

 

美咲「あーあ。今度こそ本当にさよならになっちゃうのかぁ……。」

 

薫「おや?美咲はまだ帰りたくないかい?」

 

美咲「本音を言っちゃうとそうですね。」

 

薫「でも、随分と笑顔じゃないか。」

 

美咲「あはは…出てました?………"ここ"に、みんなは……私の友達はちゃんといますからね。ぎゅうぎゅうで逆に暑いくらいですよ。」

 

 

 

 

有咲「ここからは私らが走って行かないとな。」

 

千聖「そうね。今を生きる私達が、みんなの思いを繋ぐ番よ。」

 

有咲「ああ。でも、もう誰かに託したりはしない。私達がゴールを切るんだ。」

 

千聖「完成型勇者だから?」

 

有咲「勿論!」

 

 

 

 

 

中沙綾「夏希………!」

 

中たえ「また会えて本当に嬉しかったよ。」

 

夏希「私もです!きっとまた会えるよ。」

 

中沙綾・中たえ「「………………。」」

 

小沙綾「私が夏希を守ります!」

 

中沙綾「ありがとう……夏希を宜しくね!」

 

小たえ「3人のチームワークは最強なんですから。ね、たえさん?」

 

中たえ「………そうだね!3人揃えば無敵だもん。夏希を支えてあげて、もう1人の私。」

 

夏希「前も言ったけど、湿っぽいのは無し!笑顔笑顔!…………またね。」

 

中沙綾・中たえ「「うん、またね。」」

 

 

 

 

香澄「私勇者になって本当に良かった。」

 

赤嶺「突然どうしたの?」

 

香澄「だって、こんなに素敵な人達に出会えたんだもん。」

 

高嶋「それは私もそう思う!みんなの笑顔を見てると、私の歩いてきた道は間違ってなかったんだなって思うんだ。」

 

香澄「これも因子?ってやつの導きなのかな?」

 

赤嶺「それはちょっと違うと思うな。」

 

香澄「え?」

 

赤嶺「因子にそういった力は無いと思うな。因子は道標の様なもの。大事なのは道を選び歩いていく力じゃないかな。それは誰もが当たり前に持っている力で、私達香澄はその力が他の人より少し優れているだけだと思うんだ。」

 

香澄「おぉ………なんか赤嶺ちゃんが言うと凄く説得力があるよ。」

 

赤嶺「しっかりしてよ?戸山ちゃんが先頭なんだから。私達が繋いできたバトンを引き継いで、あなたがゴールするんだよ?」

 

香澄「………うん!」

 

 

 

 

 

 

 

友希那「ありがとう。私はあなた達に出会えた事、決して忘れないわ。」

 

蘭「未来が幸せになる事を、祈ってるから。」

 

夏希「本当にありがとうございました!」

 

千聖「この先も犠牲は絶対に出さない!私達の力で未来を切り拓いていくわ!」

 

香澄「私達ならどんな困難でも乗り越えて行ける!さようなら!みんなが託してくれた思いを胸に…………行こう、未来へ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者部一同「「「勇者部、出動!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

神樹が作り出した異世界が光につつまれ、消滅していく。彼女達は今、それぞれの未来へ歩み始めた--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦から神世紀へと、時代を越えて繋ぎ続けた努力が実を結び、託された勇気のバトンは遂にゴールへと繋がる--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神世紀301年--戸山香澄達、花咲川中学勇者部は天の神を打ち倒し、神樹はその役目を終え、人に未来を託した。勇者達はその手に平和を掴み取ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして世界が平和を取り戻し、15年の月日が流れる--

 

 

 

 



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明日の勇者へ

香澄達の物語はこのエピローグで最終回となります。ここまで続けられて本当に良かったです!

最後まで読んでいただきありがとうございました!!




 

 

何処までも、晴れ渡る青空が広がっている。

 

公園では子供達の笑い声が聞こえ、商店街には人が賑わいを見せる。

 

四国を覆っていた壁は消え去り、その向こうは幻想の世界ではなく、正真正銘の外の世界が映し出されていた。

 

 

 

 

 

神世紀316年--

 

 

 

あの戦いから15年の月日が経った--

 

 

香澄達花咲川中学勇者部が天の神を打ち倒し、結界外の炎も鎮静化され理が書き換えられる前の状態に戻った。その結果神樹は姿を消す事になってしまったが、大赦は神の手を離れ、その意志を引き継いで結果外の復興に尽力している。

 

 

---

 

 

大赦--

 

 

たえ「………ふぅ。段々と結界の外は以前の姿を取り戻して来たけど、人が住めるようになるにはまだまだかかりそうだなぁ。」

 

千聖「随分と(しお)らしいじゃない、たえちゃん。」

 

たえ「千聖さん。遠征から帰ってきてたんですね。」

 

千聖「丁度今し方ね。有咲ちゃんも一緒よ。」

 

たえ「お帰り、有咲。」

 

有咲「おう。ったくー……いつまで続くんだろうな……。」

 

花音「でも、戦う事も無くなったし、こうした時間がいつまでも続くと嬉しいね。」

 

イヴ「そうですね。未来の為に、今を全力で頑張りましょう。」

 

今の大赦のトップは"花園家"の元勇者であるたえ。そして有咲と千聖はたえを補佐すると同時に、結果外の調査や四国外の復興を担っている"防人"の陣頭指揮を担当している。花音とイヴの2人も"防人"として自分が今出来る事を全力でやっていた。

 

大赦は事後処理として、バーテックスと勇者の存在を公表、街は混乱に包まれると思いきや、人々はその事実をすんなりと受け入れた。この事に関してたえは神樹が最後の最後に人々が前へ進めるよう働きかけたのだろうと推測していた。

 

千聖「そういえば彩ちゃんはどうしてるかしら?」

 

たえ「彩さんなら多分"英霊之碑"じゃないですか?いつもこの時間はそこに行ってますから。」

 

千聖「そう。後で行ってみるわ。」

 

有咲「そういえば、ついさっき北海道のあたりで生存反応が見つかったらしいぞ。」

 

たえ「本当!?こうしちゃいられないね。早速人員を調整して派遣しないと。」

 

花音「今まで反応なかったのに、今になって!?」

 

イヴ「地下に穴でも掘って生き延びていたんでしょうか?」

 

たえ「千聖さんは彩さんに会いに行ってきても大丈夫ですよ?」

 

千聖「いいえ、私も行くわ。世界は平和を手にしたんだもの。いつでも会いに行けるわ。」

 

有咲「そうと決まったら休んでる場合じゃねぇな!急いで向かうぞ!」

 

千聖・花音・イヴ「ええ!」「うん!」「はい!」

 

 

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英霊之碑--

 

彩「……………。」

 

その頃、たえが言っていた通り彩は"英霊之碑"へ御参りをしていた。天の神との戦いが終わった後、自分の道を失いかけていた彩は千聖達"防人"の帰ってくる居場所となるべく、大赦で遠征に向かう千聖達を笑顔で送り出し、迎えている毎日を繰り返していた。

 

壊れてしまった大橋は、これまでの事を後世に伝えていくべく、モニュメントとしてそのままの姿で残っていた。

 

彩「皆様のお陰で、今日の平和を掴み取る事が出来ました……。本当にありがとうございます……。」

 

そこへ彩もよく知る人物がやって来る。

 

日菜「あっ、彩ちゃんも来てたんだね。」

 

沙綾「おたえが言ってました。毎日この時間にここに来てるみたいですよ。」

 

彩「日菜ちゃん!沙綾ちゃん!2人ともどうしたの?」

 

日菜「私は御参りしに来たんだ。………2人の御先祖様に。」

 

沙綾「私は日菜さんの付き添いで来たんです。まだ仕事まで少し時間があったんで。」

 

石碑に刻まれている家名は"湊家"に"花園家"--

 

 

 

"今井家"."宇田川家"."白金家"."高嶋家"--

 

 

 

 

"美竹家"."青葉家"--

 

 

 

 

"瀬田家"."奥沢家"."赤嶺家"."朝日家"--

 

 

 

 

そして--"氷川家"."氷河家"である。

 

たえの計らいにより歴史からその姿を消していた2人の勇者の功績を称える為に、日菜の先祖である両家名も名を刻む事が出来ていたのである。

 

彩「そっか…。時間はかかっちゃったけど、ようやく勇者として認められたんだもんね。」

 

日菜「うん!」

 

日菜は2つの碑前へ手を合わせる。

 

日菜(御先祖様………。やっと…やっと報われる時が来ました………。2人の功績は私が必ず伝えていきます。だから……。)

 

彩「そうだ。りみちゃん達はどう?」

 

沙綾「りみりんなら今頃ベースを頑張って弾いてると思いますよ。ゆり先輩はりみりんのマネージャーとして一緒について行ってる筈です。」

 

日菜「りみちゃんも自分の夢を掴み取ったんだね……。」

 

 

---

 

 

コンサート会場--

 

ボーカル「ベース、牛込りみ!」

 

〜♪

 

客席「「きゃー!!りみりーーん!!」」

 

黄色い歓声が会場全体を包み込んでいる。今となっては、りみは日本で1番人気のバンドメンバーの1人としてイベントやテレビに引っ張りだこの毎日をおくっていた。ゆりはそんなりみを支える為にマネージャーとして、スケジュール管理や身の回りの世話等、その他全てをこなしている。

 

ゆり「りみーー!!流石私の妹だよーー!!」

 

お手製の団扇を両手に持ちながら、舞台袖で観客にも引けを取らない声援を送るゆり。

 

りみ(あはは……。お姉ちゃんが1番目立ってるよ。)

 

ボーカル「それでは最後の曲行ってみよーー!!!」

 

観客「「わぁーーーーっ!!」」

 

 

--

 

 

コンサート終了後--

 

ゆり「りみお疲れ様!本当にカッコ良かったよ!」

 

りみ「ありがとう、お姉ちゃん。」

 

ゆり「毎回思うけど、りみの夢が叶って本当に良かった。ここまで色んな事があったけど……諦めずに頑張ってきたね。お姉ちゃんも鼻が高いよ。」

 

りみ「みんなのお陰で、私は夢を叶える事が出来たんだよ。」

 

ゆり「そんな事ないよ。私達達は支えてきただけ。夢を掴み取ったのはりみ自身。間違いなくりみの力だよ。」

 

りみ「だけど……それでも言わせて。ありがとう、お姉ちゃん。」

 

ゆり「う………うぅ……こんな姉思いの妹を持って……お姉ちゃんは世界一幸せだよぉ!!」

 

りみ「大袈裟だよ、お姉ちゃん。そういえば、今日香澄ちゃんが花咲川中学に赴任してくるみたいだよ。」

 

ゆり「そういえばそうだね。いやぁ……あの香澄ちゃんが先生だなんて、元部長も鼻が高いよ。」

 

 

---

 

 

花咲川中学--

 

先生「戸山先生はどうして教師を目指したんですか?」

 

香澄「教師って未来を担う子ども達を教えるすっごい職業だと思ったからです!それに……昔私がここで培う事が出来たキラキラドキドキな経験を、みんなにもさせてあげたいなって。」

 

先生「確か戸山先生はここの卒業生でしたね。」

 

香澄「はい!」

 

廊下を2人で話しながら歩いている途中。そこへ香澄も知る人物がやって来る。

 

?「香澄ー!」

 

香澄「あっ、さーや!」

 

先生「山吹校長。」

 

沙綾は今となっては花咲川中学の校長として、未来を担っていく子供達を指導する立場にあった。創立以来、最年少の校長である。

 

沙綾「引率ご苦労様でした。後は私が案内するので大丈夫ですよ。」

 

先生「わざわざありがとうございます。分かりました。では、失礼します。」

 

香澄「ありがとうございました。」

 

先生と別れ、2人で再び廊下を歩き出す。校内も香澄達がいた頃と殆ど変わってなく、見渡せば昔の思い出が次々に溢れてくる。

 

香澄「さーやが花咲川の校長になったって聞いた時は本当に驚いちゃったよ。だから私がここに呼ばれたんだね。」

 

沙綾「そうなんだ。」

 

香澄「でもどうして呼んだの?」

 

沙綾「それはね……。」

 

すると沙綾はとある教室の前で立ち止まった。

 

香澄「ここは………。」

 

沙綾「思い出さない?ここは"勇者部"の部室だよ。」

 

香澄「本当だ!懐かしい家庭科準備室……変わってないなぁ…。」

 

数年ぶりに見る勇者部の部室。見ていると今まで過ごしてきた懐かしい思い出の数々が湯水のように溢れ出て来るのが分かった。

 

香澄「……少し覗いても良いかな?」

 

沙綾「勿論!」

 

 

 

 

 

 

 

香澄がドアに手を伸ばそうとした直後、勢い良くドアが開き、飛び出してきた1人の少女とぶつかってしまう。

 

?「痛ったぁ〜〜!」

 

香澄「あっ、ごめんね。大丈夫だった?」

 

?「誰だか知らないけど、ちゃんと気をつけなさいよね!」

 

そう言い残し、煮干しを咥えたツインテールの少女は立ち去ろうとするが、

 

?「ちょっと待ちなさーーい!人にぶつかったならまずは謝る事が第一でしょ!?それに廊下は走るなーー!」

 

後ろから小走りでやって来た金髪の少女が、香澄の横を通り抜けて行き、後を追いかけるように部室から出て行った。

 

香澄「有咲……ゆり先輩?」

 

その姿に2人の面影を感じた香澄だったが、気を取り直し部室へ入ろうとすると、今度は小学生の様な外見の気弱な少女が話しかけてきた。

 

?「あ、あの……すみません…。お姉ちゃんと夏凛さんが迷惑をかけたみたいで…。」

 

香澄「りみりん…?」

 

?「りみ…りん?私は花咲川中学1年、犬吠埼樹って言います。お姉ちゃん…犬吠埼風と夏凛さんがすみません…。」

 

香澄「全然大丈夫だよ。私が前を見てなかったのがいけなかったんだし。怪我もしてないから大丈夫。そっかー樹ちゃんに風ちゃん、夏凛ちゃんって言うんだね。」

 

樹「あの…先生はどなたですか?初めて見ますけど……。」

 

香澄「私は戸山香澄。今度この花咲川中学に赴任するんだ!私はここの卒業生でね、ここ勇者部の部員だったんだよ!」

 

樹・?「「「そうだったんですか!?」」」

 

元部員だったという香澄の言葉を聞きつけ、部室の奥から更に2人、香澄の顔を見に駆けつける生徒がいた。

 

園子「うわー先輩だったんですねー。私、乃木園子って言いますー。2年生ですー。この子はサンチョでーす。」

 

香澄「宜しくねーサンチョ。そして園子ちゃ……。」

 

サンチョと呼ばれる猫の様なぬいぐるみを持った園子は、香澄に挨拶した途端に立ったまま寝てしまう。

 

香澄「えー!寝てるよー!」

 

?「こら、そのっち。先生に失礼でしょ。すみません、そのっちはいつもこうなんですけど、悪い人ではないんです。」

 

香澄「あはは…そうなんだね…。えっと……あなたは?」

 

美森「っ!?すみません、申し遅れました。私は東郷美森と言います。花咲川中学の2年生です。」

 

自己紹介をすると美森は、園子に変わってそれはそれは見事な土下座を香澄に披露するのだった。そこへ先ほど出て行った風が夏凛を連れて部室に戻ってきた。

 

夏凛「こ、こら風!猫みたいに摘むのは止めなさい!」

 

風「猫の様に軽やかに出て行ったのは何処のどいつよ!」

 

樹「あっ、こちらがさっき話していたお姉ちゃんと夏凛さんです。」

 

夏凛「あっ、さっきぶつかった人。」

 

風「こりゃ!先にそれを謝らんかい!」

 

軽く夏凛の頭を小突いた風は、強引に夏凛の頭を下げさせ謝らせる。

 

夏凛「痛たたたっ!こんの馬鹿力がぁーー!そんなんだから女子力が無いのよ!」

 

風「なにをーー!?」

 

美森「まぁまぁ、風先輩も夏凛ちゃんも落ち着いて。はい、ぼた餅どうぞ。」

 

園子「やったぁーー!!」

 

香澄「………ふふっ。」

 

樹「あれ?どうしたんですか、先生?」

 

香澄「ごめんごめん!あんまりにも見ていて楽しかったからつい…。」

 

沙綾「こらこら。新任の先生の前ではしゃぎすぎないの。他の生徒もそうだと思われちゃうよ。」

 

香澄「あはは!良いじゃん。これが子どもの本来の姿なんだから………。沢山笑って沢山遊ぶ。それが子どもの仕事だよ。」

 

沙綾「香澄………。」

 

風「そうだ、自己紹介がまだでした。私は3年の犬吠埼風です。この樹の姉であり、この勇者部の部長をしています。ほら、夏凛も挨拶。」

 

夏凛「分かってるわよ……。コホン…。三好夏凛よ。花咲川中学の2年。宜しく。」

 

風「随分淡白な挨拶ねー……。」

 

園子「あだ名はにぼっしーでーす。」

 

夏凛「ちーがーうー!!」

 

香澄(……やっぱり有咲に似てるかな…。そして園子ちゃんはおたえ。美森ちゃんはさーやに。だったら……。)

 

沙綾「どうしたの、香澄?随分笑顔だけど。」

 

香澄「ううん。何となくさーやが私をここに呼んだ理由が分かったからさ。」

 

沙綾「そっか。」

 

風「あの……お二方はお知り合い何ですか?さっきから結構フランクに話してますけど。」

 

沙綾「そうなんだ。私と香澄は同級生だったんだよ。」

 

美森「という事は校長先生も元勇者部という事なんですね。」

 

沙綾「何を隠そう、そうなんだよ!」

 

香澄「さーや、言ってなかったんだね。」

 

沙綾「香澄を呼ぶまで内緒にしてたんだ。」

 

香澄「これで勇者部の部員は全員?」

 

樹「いえ、後2人いるんですけど……まだ来てないんです。」

 

園子「多分1人は来る途中で困ってる人を助けてるんじゃ無いかなー?」

 

風「まさに勇者部の鑑よね…誰かさんと違って。」

 

夏凛「私を見ながら言うなぁ!」

 

美森「多分もうすぐ来る筈なんですけど……って言ってたら来ました。」

 

後ろを振り返ると勢い良く部室のドアが開き、1人の少女が息を切らせて駆け込んで来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美森「随分慌ただしいわね………銀。」

 

銀「えへへ……。ちょっと人助けしてたら遅くなっちゃった…。三ノ輪銀、ただ今到着です。」

 

香澄「三ノ輪……銀ちゃんか……。」

 

銀と名乗ったその少女に、香澄はかつて沙綾とたえから聞いた夏希に姿を重ねる。

 

銀「はい…そうですけど…って、校長先生!?それに……どちら様ですか?」

 

沙綾「こちらは今度花咲川中学に赴任してくる戸山香澄先生です。」

 

香澄「宜しくね、銀ちゃん!」

 

銀「宜しくお願いします!」

 

美森「全く……銀は本当に困ってる人を放っておけないんだね。」

 

銀「だって……。」

 

風「まぁまぁ。勇者部として困っている人を放っておく事は出来ないでしょ?偉いわ、銀。」

 

銀「ありがとうございます!」

 

風「もう1人は今、他の委員会を手伝ってるんですけど、もうすぐ来る筈ですよ。あっ、そう言ってるうちに来ました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアを開けてやって来たのは、桜色の髪をした少女。彼女はドアを開けるなり、元気いっぱいに報告する。

 

友奈「結城友奈、ただ今美化委員会の手伝いから戻って参りました!」

 

樹「友奈さん、お疲れ様です。ちょうど友奈さんが来ないかなって話してたところなんですよ。」

 

友奈「え、私の!?あっ、校長先生!こんにちは!」

 

沙綾「こんにちは。今日も元気だね、友奈ちゃん。」

 

香澄「友奈ちゃん………。良い名前だね。」

 

友奈「あ、ありがとうございます!」

 

美森「そうだ、友奈ちゃん。このお二方、実は元勇者部の先輩方なんだよ。」

 

友奈「えぇ〜〜〜〜!そうなんですか!?そうだ!お二方はアレについて何か知ってますか?」

 

友奈が指差した先にあったのは香澄もよく知っているものだった。

 

香澄「勇者部六箇条………勿論知ってるよ。私達が作ったものだからね。」

 

友奈「本当ですか!?私あれを見た時ビビッと来たんです!勇者部って名前の響きも良かったんですけど、その勇者部六箇条を見た瞬間にこの部に入ろうって。」

 

 

--

 

 

一・挨拶はきちんと

一・なるべく諦めない

一・よく寝て、よく食べる

一・悩んだら相談!

一・なせば大抵なんとかなる

一・無理せず自分も幸せであること

 

 

--

 

 

勇者部六箇条。それは約15年前、香澄達が最初の五つを作り、その後天の神を打ち倒し全てが終わった際に一条が追加された、香澄達勇者部にとっての信条、道標、心の支えだったものーー

 

その言葉に香澄は何度助けられてきただろうか。時が経っても色褪せずにその場所に飾られているのは過去の勇者部の部員達が絶えず新しくしてくれていたからだろう。

 

香澄「……そう言ってくれると本当に嬉しいな。私達をキラキラドキドキさせてくれた魔法の言葉達だよ。」

 

友奈「へぇ……そうだったんですね…。もっと昔の勇者部の事教えてください!えっと…………。」

 

キラキラと目を輝かせる友奈に、香澄は自分の姿が重なって見えた。

 

香澄(私と同じだ………。あの時の私と同じ目をしてる。)

 

 

 

--

 

 

ゆり「あなた達にオススメの部活があります!」

 

香澄・沙綾「「?」」

 

沙綾「どちらの勧誘ですか?」

 

ゆり「私は牛込ゆり。勇者部の部長だよ。」

 

香澄・沙綾「「勇者部?」」

 

沙綾「何ですか、それ?」

 

香澄「わー凄いキラキラドキドキする響きです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆり「悩んだら相談っと。」

 

香澄「こういう5つの誓いみたいなの、良いですね。」

 

ゆり「何か引き締まる感じがするでしょ。」

 

沙綾「ゆり先輩、残り1つは何にしましょう。」

 

ゆり「最後だからビシッと締めたいよね。」

 

香澄「成せば大抵何とかなる……とか。」

 

ゆり・沙綾「「それに決まり!」」

 

 

--

 

 

友奈「あれ?あの〜…………もしもーし。」

 

 

香澄「あっ、ごめんね。ちょっと当時の事を思い出してたんだ。友奈ちゃんには自己紹介してなかったね。私は今度ここに赴任してくる事になった戸山香澄。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄「そして………花咲川中学勇者部の顧問だよ!」

 

 

 

 




これにて

"戸山香澄は勇者である"

は完結となります。


まずは第1章からここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

だらだらと書き続けて参りましたが、ここまで続けられたのは一重に読んでくださった皆様、いいね、ブックマークのお陰です。

このエピローグの構想は、最終章を始める前から大方決まっていました。香澄達が紡いできた勇者部の物語は友奈達が受け継いでくれる事でしょう。

本編はこれで完結となりますが、外伝である

"戸山香澄は勇者である〜今井リサの章〜"

は不定期ですが第二部、第三部と続けていく予定です。

最後に、もう一度お礼を言わせてください。

初心者でぐずぐずの小説を最後まで読んでいただき、心よりありがとうございました!!


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未来、その先に


全てが終わったその後のお話です。
これまで"戸山香澄は勇者である"を読んで頂いて本当にありがとうございました。




 

 

神世紀316年、かつて滅亡の危機に瀕していた世界も平穏な時を取り戻し、無垢な少女が犠牲になる事がない、いつも通りの日常が戻っている。

 

戸山香澄が花咲川中学校に赴任してから3ヶ月の時が経った。かつての勇者達はそれぞれが自分で決めた生活に戻り、少し遅めの青春を謳歌している。

 

顧問を担当している勇者部も香澄がいた時と変わらず、日々のボランティア活動や幼稚園で演劇を行う毎日が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄「みんな今日もお疲れ様!」

 

香澄が部員達に労いの言葉をかける。

 

友奈「はい!香澄先生もお疲れ様でした!」

 

風「すみません、休日なのにわざわざ来ていただいて。」

 

香澄「気にしないで、私は勇者部の顧問!そして元勇者部なんだよ!悩んでる人には手を差し伸べなきゃ。」

 

銀「う〜っ、先生カッケー!」

 

今日は休日なのだが、こうしてみんなが集まっていたのには訳があった。なんでも、友奈が大赦について詳しく学びたいと言うのだ。

 

15年前の神世紀301年、神樹が消え、人が自らの足で歩いていかなければならなくなった時、大赦はこれまで人類に秘匿していた情報を全て開示、隠蔽を全て無くした上で、また一からみんなで世界を作っていこうと世界に発信した。

 

だから当然、友奈達は香澄が元勇者である事を知っているし、バーテックスという存在がいた事も記録から知っている。

 

夏凛「と、いうより、ぶっちゃけ大赦ってより勇者が知りたいのよね、友奈は。」

 

友奈「えへへ……この部活に入部した時から気になってたんだ。」

 

美森「でも、勇者という御役目は私達の想像を絶するものだというわ。」

 

園子「うん。自らの命を賭して世界を守る……。」

 

樹「しかも私達と同じ中学生で……今考えてみても背筋が凍りそうです…。」

 

友奈「うん……。だけど、香澄先生はやり遂げた。今私達がこうして生きているのは、香澄先生達のお陰って言っても良いくらい。だから私は知りたいんです。この四国の事を、勇者の事を、そして香澄先生の事を。」

 

香澄「ふふっ……そう言われると何だか照れるなぁ。分かった、今度の週末に大赦にみんなで行こう。社会科見学だ!」

 

友奈「先生……ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

週末、大赦へ訪れる日、香澄達は大赦入り口に集合していた。

 

沙綾「やあ、みんな。待ってたよ。」

 

入り口で待っていたのは香澄と同じ元勇者部であり、現在は花咲川中学の校長先生でもある山吹沙綾。

 

香澄「ごめんね、さーや。急に連絡しちゃって。」

 

沙綾「全然。我が校の生徒の為だからね!」

 

友奈「ありがとうございます、校長先生。」

 

夏凛「ここが大赦か……。」

 

銀「なんか空気が違う気がするよ。」

 

荘厳な神社のような見た目の外観から、中に入ればこの世からは隔絶された雰囲気に全身が包まれる思いとなる友奈達。

 

樹「ここがかつての世界の中心だったんだよね。」

 

沙綾「そうだね。とは言っても、私達が勇者だった頃はここに来たことは数えるくらいしか無かったんだけど。」

 

友奈「そうなんですか?」

 

香澄「うん。ここはゆり先輩や有咲の様な大赦に所属してる人とか、おたえのような名のある家系、巫女ぐらいかな。」

 

二人は話しながら歩き出す。

 

沙綾「おたえには話し通してあるから、まずはそこに向かおう。」

 

園子「"花園家"のたえさんかぁ。私初めて会うよ。」

 

香澄「ふふっ、案外園子ちゃんと気が合うかもね。」

 

 

 

 

 

 

大赦三階の貴賓室へやってきた一同。中に入ると、既に花園たえがいた。現大赦のトップであり、初代勇者である湊友希那の子孫。

 

たえ「やあ、君達が花咲川中学勇者部だね。こんにちは、私は花園たえ。おたえって呼んでね。」

 

一見無防備な佇まいだが、そこから発せられるオーラのようなものは歴戦の猛者を漂わせている。

 

たえ「あまり時間は取れなかったけど、どうぞ座って。」

 

沙綾「私はちょっと寄る所があるから、また後でね。」

 

たえ「うん、ありがと沙綾。」

 

香澄達は着席し、早速友奈がたえに質問をする。

 

友奈「おたえさんは、どうして勇者になったんですか?」

 

夏凛(待って待って、いきなり直球過ぎるでしょ!)

 

友奈の問いに、たえは少し考え話す。

 

 

 

 

 

 

 

たえ「私の場合は、"なった"って言うより"なるしかなかった"って感じかな。」

 

風「初めから選択肢が無かったってことですか?」

 

たえ「そうだね。なんたって私は"花園家"。"花園家"は元を辿れば"湊家"だから。」

 

美森「授業で習いました。"湊家"の初代勇者、湊友希那様………聡明な方だったと。」

 

たえ「うん。だから18年前にバーテックスが襲来した時、私には勇者になるのが運命付けられてた。」

 

たえは淡々と話し続ける。友奈達はそれを静かに聞いていた。

 

園子「怖くなかったんですか?」

 

たえ「怖くなかった……って言えば嘘になるかな。だけど、私には一緒に戦ってくれる友達がいた。」

 

香澄「さーや……。」

 

たえ「バーテックスの大侵攻の時、私は大切な友達と世界を守るため、"満開"を繰り返して守りきった……自分の体を犠牲にして。」

 

樹「どうして……どうしてそこまで出来たんですか?」

 

たえ「うーん………。」

 

少し考え、たえは言う。

 

たえ「御役目だから………って言ってもみんなは多分納得しないよね。…………私は、ただ大切な友達が傷付く姿を見たくなかっただけだよ。そこに理由なんていらない。助けたい人を助けるのに理由なんかいらないでしょ?」

 

たえが言う言葉に友奈達は呆然としていた。すると、誰がの啜り泣く声が聞こえる。

 

香澄「うぅ………おたえぇ…流石はおたえだよぉ………うぅ…。」

 

香澄が大粒の涙を流していたのだ。

 

夏凛「どうして先生が泣いてるんですか!!」

 

たえ「あはは、流石は香澄だねー。うん、私の話しはこれくらいかな。そうだ、今日は防人のみんなが練習してる筈だから、そっちにも行ってみると良いよ。」

 

友奈「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

たえ「気にしないで。それじゃあ香澄、後はよろしくねー。」

 

香澄「うん。時間作ってくれてありがと、おたえ。」

 

たえは貴賓室から出るや否やどこかへ電話をかけ始めた。世界が平和になっても、大赦のトップは忙しいのだろう。

 

たえから聞いた話を友奈達はメモに書き留め、一行は訓練場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

有咲「おりゃあっ!!」

 

千聖「甘いわよっ!!」

 

訓練場では、市ヶ谷有咲と白鷺千聖が模擬戦を行なっている。バーテックスは消え、人類の脅威は無くなったが、防人達は日夜の訓練を欠かしていない。

 

中でもこの二人は実力が拮抗しており、模擬戦になると一進一退の攻防が毎回繰り広げられ、その長さはどんなに短くても1時間は続いている。

 

園子「ほぇー……。」

 

友奈「凄い……手が見えないよ。」

 

友奈達が二人に見入っていると、香澄に気が付いたのか何者かが声をかけてきた。

 

日菜「あっ、やっぱり香澄ちゃんだ!ヤッホー。」

 

香澄「あっ、日菜さん。お疲れ様です。それに花音さんにイヴちゃんも。」

 

花音「久しぶりだね、香澄ちゃん。」

 

イヴ「たえさんから聞いてました…。そちらが香澄さんの教え子ですか…?」

 

声をかけてきたのは二人の模擬戦を見ていた防人の面々だった。

 

香澄「彩さんは一緒じゃないんですか?」

 

花音「彩ちゃんは今"英霊之碑"じゃないかな。毎日の日課だよ。」

 

日菜「私達の話しを聞きにきたんだよね?ちょっと待っててね。おーい!」

 

日菜が模擬戦を中断させ、全員は訓練場の隅にあるベンチへと腰掛けた。

 

有咲「いやー、わりーわりー。つい夢中になってたよ。」

 

千聖「有咲ちゃんとの模擬戦は毎回良い刺激になるわ。」

 

二人はあれだけ激しく動いていたにも関わらず、全く息を乱していない。これも日々の賜物なのだろう。

 

千聖「で、何を聞きたいのかしら?」

 

風「はい、私達は今勇者について調べているんです。そうしたらたえさんから防人の話も聞いてみると良いよって。」

 

 

千聖は最初に防人についての情報を友奈達に教える。

 

千聖「ーーつまり、私達防人は所謂勇者になれなかった者の集まりなの。みんなも知っているだろうけど。」

 

美森「ですが、有咲さんは勇者だったんですよね?」

 

有咲「ああ。当時は私の方が適正が高かった。だから勇者に選ばれた。それだけだな。もしかしたら千聖が勇者になってた可能性だってあったかもしれない。」

 

銀「千聖さんは、勇者になれなかった時、悔しくなかったんですか?」

 

千聖「それは悔しかったわよ。あの頃の私は勇者になる事だけが全てだった。自分の人生を全て捧げたの。」

 

その結果、千聖に残ったものは、空っぽの自分だった。

 

千聖「だけど、今はそんなものどうでも良くなってしまったわ。」

 

風「何が千聖さんを変えたんですか?」

 

千聖「それは……。」

 

千聖は照れ臭そうに周りを見つめる。

 

千聖「仲間よ。」

 

香澄「ふふっ……。」

 

千聖「昔の私はずっと一人で何でもやろうと思ってたの。勇者の下請けみたいな仕事ばかりやる防人も最初は嫌っていたわ。」

 

少し笑いながら、千聖は続ける。

 

千聖「でもね、イヴちゃんが。日菜ちゃんが。花音が。そして有咲ちゃんが私を変えたくれたのよ。そして私も思うようになった。一人じゃ出来ない事もあるってね。後もう一つ、自分がやってきた事に無駄な事なんか一つも無かったって分かったことかしらね。だから、これだけは覚えておいて欲しい。仲間を信じるのも大切だけれど、自分を信じることも大切だということをね。」

 

夏凛「仲間を……自分を信じること…か……。」

 

何か思い当たる節があるかのように夏凛は呟いた。

 

有咲「そうだな。私も今なら千聖の言うことが分かる気がするよ。」

 

夏凛「有咲さんはどうして勇者に?」

 

有咲「ん?あぁ……そうだな…最初は自分のため…だったかな。完成型勇者。それになるために最初は頑張ってたんだけど……。」

 

話している途中で、有咲の顔が若干赤くなる。

 

有咲「御役目をこなしていく途中で変わったんだ。自分がいる居場所を守ろうって。"勇者部"、それが私の居場所だったからな。」

 

香澄「んもぅーー!あーりーさーー!」

 

急に香澄が有咲に抱きついてくる。

 

有咲「んがっ!?だから毎回言ってるだろ!急に抱きついてくるなって!」

 

香澄「だって、有咲が勇者部の事をそう思っててくれたことが嬉しくてーー!」

 

園子「あはは!香澄先生、子供みたい。」

 

するとそこへ沙綾が戻ってきた。

 

沙綾「香澄は全然変わらないね。」

 

香澄「あっ、さーや!」

 

美森「どうしたんですか、校長先生?」

 

沙綾「ゆり先輩とりみりんがこっちに戻ってきてるみたいなんだ。だからさっき連絡して話が聞けないかスケジュール合わせてたんだよ。」

 

風「ゆりさんと言ったら……勇者部を作った偉大なる先輩ですよね!」

 

沙綾「そうそう。"英霊之碑"で待ってるって言ってたから、みんなで行こうか。見学も兼ねて。」

 

花音「それじゃあすぐにーー」

 

有咲「私達はまだ訓練の途中だからここでさよならだ。」

 

千聖「そうね。まだ模擬戦の途中だもの。次は私とやるわよ、花音。」

 

黒い笑みを浮かべながら、千聖は花音を連れて行ってしまう。

 

花音「ふぇえええっ!!」

 

日菜「あはははっ!るんっ♪って来るよね!待ってよ千聖ちゃーん!」

 

イヴ「"英霊之碑"には彩さんもいると思います。彩さんに宜しくお伝えください。」

 

香澄「みんなー!またねー!!」

 

風「なんだか賑やかな人達だったわね。」

 

銀「でも、すっごくカッケーって思いました!」

 

目を輝かせながら銀は言う。

 

夏凛「そうね。」

 

防人達に別れを告げ、香澄達は"英霊之碑"へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

英霊之碑ーー

 

ここは歴代の勇者や巫女達が祀られている場所。広場からは壊されてしまった瀬戸大橋が今もそのまま残っている。

 

友奈達は、各石碑に書かれている家名を見ながら、それぞれ思いを馳せていた。

 

石碑は円形状に並べられており、一番手前には、"湊家"、"花園家"、"今井家"、"高嶋家"、"宇田川家"、"白金家"、"美竹家'、そして"氷川家"の家名が刻まれた石碑が立っている。

 

友奈達が中央広場へ進んでいくと、一人の巫女が祈りを捧げていた。防人の巫女であった丸山彩である。彩は足音に気が付いたのか、祈りを止め後ろを振り返った。

 

彩「あっ、香澄ちゃん、沙綾ちゃん。」

 

香澄「彩さん、お久しぶりです。」

 

彩「久しぶり。後ろにいる子達は……香澄ちゃんの生徒さん?」

 

香澄「はい。"勇者部"のみんなです。」

 

友奈達は彩に自己紹介をした。最後である銀が自己紹介を終えた時、ゆりとりみがやって来る。

 

ゆり「ごめんごめん、香澄ちゃん!道路が混んでてさ…。」

 

りみ「時間大丈夫だった?」

 

沙綾「タイミングバッチリだよ、りみりん。」

 

香澄「丁度彩さんに自己紹介してたところです。」

 

風「初めまして、私は"勇者部"の部長をやっています、犬吠埼風です。ゆりさんの事は香澄先生から色々伺っていました。会えてとても嬉しいです!」

 

目を光らせながら、風はゆりに挨拶をした。

 

ゆり「あなたが今の部長なんだね。ちゃんと引っ張ってくれてるらしいじゃん。」

 

風「みんなのお陰です。」

 

ゆり「うんうん、青春だねぇ。」

 

園子「あはは、風先輩が借りてきた猫みたいだ。」

 

美森「こら。からかわないの、園っち。」

 

主役が到着したところで、友奈達は早速ゆりとりみにインタビューをするのだった。

 

風「お忙しいところ時間をいただきすみません。」

 

りみ「気にしないで。内容は沙綾ちゃんから聞いてるよ。可愛い後輩のためだもん。」

 

風「では……ゆりさんはどうして勇者になったんですか?」

 

ゆりは少し考え、一瞬りみを見た後答える。

 

ゆり「最初は凄く単純な理由だったんだ。両親の仇をとる。それだけだった。私の両親はバーテックスの侵攻による事故で亡くなったから。」

 

そう言いながら、ゆりは壊れた瀬戸大橋を見る。"瀬戸大橋の戦い"。その戦いに牛込夫妻は巻き込まれて命を落としたのだ。

 

美森「それならりみさんはどうして勇者に?危険な御役目で命を落とす事だって…。」

 

ゆり「勇者の候補生は各地の学校にいたんだ。花音ちゃんには会った?あの子も最初は候補生だったんだよ。だけど、私達が勇者として選ばれて、結果的にりみを巻き込む形になっちゃった。」

 

りみ「うん。だけど、私は勇者になった事後悔しなかったよ、お姉ちゃん。」

 

ゆり「そうだね。りみは誰よりも強かった。"散華"で指が動かなくなっても、自分の夢を諦めずに、今こうやって自分の夢を叶えたんだから。」

 

樹「………私もりみさんみたいになれるかな…。」

 

りみ「樹ちゃんの夢は何?」

 

樹「私の夢は………歌手になる事です。」

 

少し震えながら言う樹に、りみは自分の姿を重ねる。

 

りみ「…………うん、なれるよ、樹ちゃんなら!だって、勇者部五箇条ーー」

 

樹「"成せば大抵何とかなる"……ですもんね!」

 

りみ「うん!」

 

風「樹が……樹が自分で夢を語る時が来るなんてぇ……お姉ちゃん嬉しい!」

 

泣きながら、風は樹に抱きついた。

 

樹「お姉ちゃん…苦しいよぉ……!」

 

香澄達「「「あはははっ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が落ちかけてきた頃、友奈は部室で一人、今日見聞きした事についてをまとめていた。いつも賑やかな部室だが、こうして一人でまじまじと作業をしていると静けさが一層際立っていくのが感じられた。

 

友奈(今日話を聞いてみて、勇者になるってことへの思いにも色々あるんだって感じだったな…。)

 

勇者になるのが決まっていた人、憧れた人、なれなかった人、躊躇った人。

 

色んな感情が混ざり合い、勇者として世界を守り続けてきた人達。だが、一貫して同じだった事は、勇者だった人達は、勇者になったことに対して後悔していないということである。

 

経緯はどうあれ、結果として世界を守り抜いた少女達。そこまでの覚悟が果たして自分にはあるだろうか。

 

動かしていた手を止め考え耽っていると、部室のドアが開き、美森がやって来た。

 

美森「やっぱりここにいたんだね、友奈ちゃん。家に行ってもまだ帰ってないって聞いたから心配したよ。」

 

友奈「東郷さん。ごめんね、心配させちゃったね。」

 

美森「まだ今日の事をまとめてたの?風先輩がまた明日やろうって言ってたのに。」

 

友奈「うん。どうしても、今日の事は今日まとめておきたかったんだ。」

 

美森「………友奈ちゃんはどう思った?勇者のこと。」

 

その質問に友奈はすぐ答えることが出来なかった。まだ自分でもまとまっていないから。それを考える為に、友奈は部室に戻ってきたのだから。

 

友奈「……まだちゃんとした答えはまとまってないかな。もし自分が勇者になって世界を守る為に、自分を犠牲に出来るかって考えるとさ……。」

 

美森「私もそう。きっと怖くて足がすくんで動けなくなっちゃうかも。」

 

そんな風に二人で話していると、再び部室のドアが開いた。やって来たのは香澄と沙綾だった。

 

香澄「あれ?二人ともまだいたの?てっきり続きは明日やるんだって思ってたよ。」

 

友奈「すみません。何だか考えがブワーって溢れてきちゃって…。」

 

美森「香澄先生、校長先生、もう少しだけこの部室を使わせて頂いても良いでしょうか?」

 

沙綾「うん、構わないよ。帰りは私達が送ってくから。」

 

香澄「いっぱい考えて、納得する答え見つければいいよ!」

 

友奈・美森「「ありがとうございます!」」

 

 

 

 

 

 

 

友奈「………そうだ。まだ、香澄先生と校長先生には聞いてなかったです。」

 

沙綾「どうして勇者になったか?」

 

友奈「はい。」

 

美森「確か校長先生もたえさんと同じで二回勇者になったんですよね……。」

 

沙綾「…………少し酷な話になると思うよ?」

 

沙綾は二人にそう忠告し、勇者だった時の出来事を話した。大切な友達の事、その友達が命をかけて世界を守った事、記憶を失った事、再び勇者になった事、そして消せない罪を犯した事。口にするだけでも凄惨だった過去を二人は、そして香澄は何も言わずにただ聞いていた。

 

美森「死と隣り合わせなのに…どうして校長先生は勇者になって戦ったんですか…?」

 

沙綾「………大切な人の隣にいたかったから…かな。」

 

美森「大切な人……ですか?」

 

沙綾「美森ちゃんにもいない?そんな人。」

 

そう言われ、美森は横目で友奈を見る。

 

沙綾「ふふ……。私の大切な人はね、みんなを守る為なら、身を挺して手を差し伸べてくれる。包容力があって、いつも笑顔で、私達を引っ張ってくれるんだ。だから私は守るって決めたの。その人が傷付いて周りを守るなら、私がその人を守ろうって。確かに最初は怖かった。だけど、そう思ったら……怖さなんていつの間にか消えちゃったんだ。」

 

友奈「校長先生も、やっぱり勇者になって後悔はしてないですか?」

 

沙綾「最初はあったと思う。理不尽だって何度も思ったよ。だけど、得てきたものと比べたら、すっごくちっぽけなものだって……今は思えるかな。」

 

友奈「香澄先生もそうですか?」

 

香澄「勿論。勇者部に出会ってなければ、私達はこうして出会うことも無かっただろうし。でも、私が勇者になるのは決まってた運命なんだろうけど。」

 

友奈「え?」

 

香澄「友奈ちゃんは知ってるでしょ?私の"香澄"って名前がどんな意味を持つのか。」

 

"香澄"の名は神を討ち倒す勇者の名。西暦の勇者である高嶋香澄に肖り、逆手を打って産まれた子に付けられる特別な名前。友奈達も授業で習っているので、当然この事についても知っている。

 

香澄「私も戦いが終わってから大赦にこの話を聞いて、びっくりしたんだ。」

 

美森「香澄先生は大赦に対して怒りは無いんですか?勇者にされて、命を危険に晒したのに。もし私が……。」

 

香澄「二人に聞きたいんだけど、もし道で困ってる人がいたらどうする?」

 

友奈「それは勿論声をかけて助けますよ。」

 

美森「私もです。」

 

香澄「うん。そういう事なんだよ。」

 

香澄の言葉に、二人は困った顔をする。

 

香澄「困っている人がいたら、手を差し伸べてあげる。勇者っていうのはそういう事なんだ。勇んで何かを進んで行う者。それが勇者。世界が危険に晒されて、私達にはそれを防げる力があった。だから私達は戦ったんだよ。そこに理由なんていらない。おたえだって言ってたでしょ?助けるのに理由なんかいらないって。」

 

純粋な心を持ち、手を差し伸べ助けてあげられる。そんな優しい少女だったから、香澄達は神樹から世界を守る力を与えられたのだ。香澄達はその事を不幸だとは思わないし、自分達にしか出来ないから、自ら進んで戦ってきたのである。

 

香澄「どんな事だって良い。悩んでる人がいたら、勇気を出して声をかけてあげる。そうすれば、その人の悩みを解決出来るかもしれない。勇者部六箇条、"成せば大抵何とかなる"。私はずっとそう信じてきたんだ。あ、勿論一人じゃダメだよ。友奈ちゃんに美森ちゃん、風ちゃん、樹ちゃん、夏凛ちゃん、園子ちゃんに銀ちゃん。助けてくれる友達と一緒にね。大丈夫。もう誰かが命をかける事は無いんだから。」

 

そう言って香澄は友奈の頭を優しく撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後、友奈達七人は部室で昨日の事についてまとめていた。まとめると言っても、学校で発表する訳でも無いし、新聞にして掲載する訳でも無い。完全なる自己満足だ。

 

銀「やっぱり有咲さんカッケーよなぁ!私大きくなったら、有咲さんみたいになりたい!」

 

夏凛「そうか?私は千聖さんの方が格好良かったと思うわ。"防人"になるのも良いかもね。園子は?」

 

園子「私はたえさんみたいになりたいかも。」

 

風「乃木なら本当に大赦のトップになりそうよね。」

 

園子「それほどでもー。」

 

樹「私はりみさんみたいになって、お姉ちゃんをもっと支えていきたいな。」

 

風「樹ぃ……!そう言ってもらえて、お姉ちゃんは嬉しいよぉ!!」

 

美森「ふふ。今日もみんな賑やかだね、友奈ちゃん。はいこれ、ぼた餅。」

 

友奈「ありがとう東郷さん!……う〜ん!今日のぼた餅もすっごく美味しいよ!」

 

美森「友奈ちゃんへの愛が沢山詰まってるからよ。」

 

 

勇者とは何か。香澄は言った。勇者とは勇んで何かを進んでやる者だと。

 

それはどういう事か。何でも良い。例えば、困っている人に手を差し伸べる事。ボランティアでも良いだろう。

 

つまりは友奈達も一概に言えば勇者なのだ。特別な力があるから勇者なのでは無い。元からそういう勇んだ事を行っていた少女達に、特別な力が宿っただけのこと。友奈は昨日の体験で、実際に勇者だった人達の話を聞いてそうだという考えに至った。

 

勿論それは一個人の考えに過ぎない。人の数だけ、考え方は変わるだろう。

 

ふと友奈は書いている手を止め、顔を上にあげた。目に留まったのは勇者部六箇条の"無理せず自分も幸せになること"の項目。

 

美森「?どうしたの、友奈ちゃん?六箇条に何かあった?」

 

友奈「沢山の人を助ける為には、自分も大切にしなきゃなって思ったんだ。勇者も体が一番だから。」

 

美森「そうだね。体は資本よ、友奈ちゃん。」

 

友奈「うん!」

 

部室の扉が開き、香澄が入ってくる。手には今日やる予定の商店街でのゴミ拾いの資料が。

 

香澄「全員いるね。じゃあ今日やるゴミ拾いについての説明をしていくよ。」

 

友奈「はい!結城友奈、今日はゴミ拾いの勇者になーーる!!」

 

全員「「「あははははっ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

神世紀316年。新たな勇者達は今日も四国を守る活動を続けていくーー

 

 

 





これまで303話も読んで頂いて本当にありがとうございました。

この話をもちまして"戸山香澄は勇者である"の執筆は最後になります。

約2年半に渡り、拙い小説にここまでついて来てくださり感謝しかありません。

間も無く本家も3期が始まりますので、興味が有れば是非ご覧になってくださいね。



気が向けば、"大満開の章"も書くかもしれません(笑)






最後になりますが、本当にありがとうございました!

楽しんでいただけたのなら幸いです。


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思い出のアルバム



これは、その先の話の少し先のお話ーー




 

 

神世紀316年。暑かった夏が過ぎ、間も無く秋の足音が聞こえてくる頃。勇者部顧問である戸山香澄は花咲川中学校の校門近くの花壇に水を撒いていた。

 

側から見れば、何の変哲もない日常の一コマ。その行動に疑問を覚える者は誰一人いないだろう。

 

友奈「香澄せんせーーーい!!」

 

そこへ一人の少女がやって来る。明朗活発に駆け寄って来る少女は部員である結城友奈。声に気付いた香澄が振り返ると、友奈は急に駆け寄る足を止めた。

 

香澄「ん?どうしたの、友奈ちゃん?」

 

友奈「うーーーーん………。」

 

突如唸りを上げたかと思いきや、友奈はまじまじと香澄の顔を観察し始める。

 

友奈「香澄先生……なんか嬉しそう。」

 

友奈は見逃さなかった。香澄の口角が少し、ほんの少し上がっている事に。

 

香澄「よく分かったねぇ。」

 

友奈「分かりますよ!香澄先生は私の尊敬する勇者だったんですから!」

 

自慢気に語る友奈。すると友奈は香澄の左手にある本のような物に目が留まる。メモ帳やノートよりは分厚く、教科書というには少し小さいサイズ。更に少しこんもりと膨らんでいるようにも見えた。

 

香澄「これはね、私の"思い出のアルバム"なんだ。」

 

友奈「思い出のアルバム?」

 

疑問に思う友奈に、香澄は水やりの手を止め、友奈にそのアルバムの1ページを見せた。

 

友奈「これは………押し花ですか?」

 

香澄「そう。これは桜でしょ……こっちは朝顔でしょ……。」

 

そう言って香澄はパラパラとページを捲っていった。

 

友奈「綺麗な花ですね!でも……花しか無いんですね。」

 

1ページ毎に1つの押し花。周りの余白にはこれがどんな押し花なのかの説明も書かれておらず、ただページの真ん中に押し花が並べられているだけの、"思い出のアルバム"にしては少し簡素な作りだった。

 

香澄「仕方なかったんだよね。"記憶を残すのには出来るだけ少ない情報にしないとダメだったから"…。」

 

友奈「………………記憶を残す…?」

 

香澄「うん。ややこしい話だから、友奈ちゃん達には言ってなかったんだけどねーー」

 

香澄は友奈にこことは異なる世界、神樹の中の世界に行った事、そこで何があったのかを掻い摘んで説明するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友奈「ほえー…………。」

 

あまりの壮大な話でぼーっとしてしまう友奈。それもそうだろう。西暦時代や神世紀初期の勇者達との邂逅、現実世界に戻ったらその世界での出来事は全て忘れてしまう等の話など、話したところで絵空事だといって笑われるのがオチだからだ。

 

友奈「でも、香澄先生はどうしてそこの世界の出来事を覚えてるんですか?」

 

香澄「覚えてたって言うよりは、思い出したって言うのかな。」

 

友奈「っ!そのきっかけになったのが、このアルバムなんですね!」

 

香澄「そう!このアルバムはね、向こうの世界にいた時に、みんなでタイムカプセルを作ってこの花壇に埋めたんだ。なるべく神樹様にとってはくだらない物を入れて………だけど私達にとっては大切な思い出の品。戻って花壇の手入れをしてた時に見つけて中身を見た時に全部思い出したんだよ。」

 

そして香澄は再び友奈に語り始める。その時の思い出をーー

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

神樹の世界ーー

 

時期は赤嶺香澄との一騎打ちが行われる少し前。防人組との友情も深まりつつあった、とある日の事。

 

 

 

香澄「タイムカプセル埋めてみたい!」

 

勇者部「「「えっ!?」」」

 

放課後に香澄は何の脈絡もなくその言葉を口にした。その発言に大抵の者は条件反射で口を開いたが、沙綾だけは賛成していた。

 

あこ「タイムカプセルって何?」

 

燐子「タイムカプセルはね…思い出の物を入れた容器を地面に埋めて…何十年か後にまた掘り出して昔を懐かしむって物だよ……。」

 

高嶋「それ聞いた事ある。卒業記念とかでやるやつだよね?」

 

香澄「そうそう!それそれ!」

 

ゆり「それは分かったけど…どうして急に?」

 

香澄「昨日、テレビで観たんです!」

 

ゆり「そ、そうなんだ……。」

 

満面の笑みで返され、それ以上の理由が無い事を察し、みんなが苦笑を浮かべていた。だが、

 

夏希「私もその番組観ました!」

 

薫「私もだ。」

 

その後も何人か、同様の番組を観たと言い出す人がおり、その番組について話し始めるのだった。

 

花音「結構感動的な話だったよね。」

 

香澄「勇者部でもやらない?みんなで埋めたらきっと楽しいと思っ…………あれ?」

 

勇者部「「「…………………。」」」

 

ウキウキと語る香澄に反し、みんなの反応が思っていたものと違っていた為、香澄はキョトンとしてしまう。数秒の後、有咲が口を開く。

 

有咲「はぁ………ちょっとは考えろよ、香澄。私達がタイムカプセルを埋めたとして、いつ掘り出せるってんだ?」

 

香澄「え?だからそれは、十年とか二十年とか経ってか………あぁーーーーーーっ!!」

 

ここで漸く香澄は気が付いたのか、他のみんなが芳しくない表情を浮かべていた理由を理解する。

 

そう、例え今、タイムカプセルを埋めたとしても、次に掘り出すのは十年数年後。再びタイムカプセルをこの勇者部で開けられる未来は存在しない。何故なら、造反神との決着後は、全員が元の時代へ返されるという運命が確定しているからだ。

 

香澄「そうだった………ごめん、みんな。」

 

みんなと過ごす毎日が自然で、あまりにも楽しすぎて、香澄は自分の身にもはめられている枷をすっかり忘れてしまっていたのかもしれない。

 

蘭「別に謝る事じゃないよ。」

 

モカ「蘭?」

 

友希那「ええ、そうね。戦いが終わって戸山さん達が元の世界に戻った時には、神世紀という同じ時間を生きている花咲川中学勇者部と防人のみんなで集まって欲しいわね。私達に気兼ねなく……ね。」

 

風雲児である友希那がそう口にするが、ただ一人、美咲だけがそれに異を唱える。

 

美咲「それは…出来ないですよ。」

 

あこ「どうして?」

 

美咲「そもそも埋めたところで、誰一人覚えてないでしょ。忘れちゃうんだから。」

 

勇者部「「「あ……。」」」

 

香澄「忘れる事も忘れてたーーーーー!!」

 

2回目の悲鳴が部室にこだまする。この世界から元の時代に戻る時、ここで過ごしてきた記憶は全て消去されてしまう。それは、出会うはずのなかった勇者達に突きつけられた、神樹からの無慈悲な勅命。その前提がある以上ら未来に戻る者にも、タイムカプセルを埋めたという記憶は残らないのだ。

 

香澄「うぅ………本当にごめんね、みんな…。」

 

中沙綾「元気を出して、香澄。」

 

肩を落とした香澄を、沙綾は慰める。だが、そこに更に追い討ちがかかる。

 

小沙綾「それに…記憶を失うのもそうなんですけど、元の時代に戻る時、タイムカプセルも神樹様に消されてしまうんじゃ…。」

 

千聖「そうよね………。この世界の物を残すのは、神樹の思惑に則してない筈よ。」

 

日菜「えーー!それって私がここで買った物も!?」

 

高嶋「リサちゃん、どう?沙綾ちゃんや千聖ちゃんが言ってた事って本当?」

 

リサは勇者部の中で神樹や大赦と最も多くやり取りを重ねている巫女だ。それ故、リサの返答に勇者部全員が黙って注目していた。

 

リサ「そうだなぁ……。多分だけど、日菜の買った物とかは、そのまま残る可能性がある…かな。」

 

日菜「そうなの!?」

 

リサ「それは記憶が消える妨げにならないから。未来への驚異にならない物は、元の世界で買ったとか、元々持ってた物って記憶に置き換えられる可能性があるね。これも個人的な希望が入った意見だけどね。」

 

とどのつまり、仲間達の存在を示唆する物ーー例えば写真や手記は消えてしまうが、あり得ない邂逅の記憶を揺さぶらない微々たる日用品等は元の世界に残る可能性が無きにしも非ずという事になる。

 

イヴ「でしたら…タイムカプセルはありですか?」

 

イヴの問いかけに、みんなはまた互いに、視線を合わせる。

 

あこ「なら、あこはこのお菓子にします!」

 

いの一番であこが高らかに宣言し、それに続いて夏希も叫ぶ。

 

夏希「流石はあこさん!なら私はこのお菓子です!」

 

ゆり「いや、待ってーーー!」

 

即座に駆け出した二人の襟足をゆりは掴み叱る。

 

ゆり「食べ物はダメだよ!」

 

りみ「そこなの!?」

 

ゆり「あはは……でも、どうでも良い物でも意味ないよね?だってタイムカプセルって、思い出を懐かしむものだし…。」

 

香澄「でも、思い出のある物だと、消されちゃうんですよね……。」

 

ゆり「残念だけど……。」

 

そこへたえが初めて口を開いた。

 

中たえ「なら、神樹様にとってだけ、くだらない物を入れるっていうのは?」

 

彩「神樹様にとってだけ?」

 

中たえ「例えば、このお菓子は、神樹様から見れば単なるお菓子だけど、あこや夏希にとってはそうじゃないと思うんだよね。」

 

その言葉に香澄の顔が明るくなる。

 

香澄「それだよ!私達とか戦いとかと直接関係は無いけど、少しの思い出っていう物だったら、もしかすると………!」

 

友希那「そうね……神樹の目溢しがどれだけのものかは不明だけれど。」

 

高嶋「やろうよ!未来に残せる可能性がゼロじゃ無いんだから!」

 

紗夜「そうですね……。」

 

たえの言葉がきっかけとなり、満場一致でタイムカプセルを埋めようという結論に至ったのである。

 

 

 

 

さて、決まったは良いが、今度はあれを入れたい、それはダメだ等で大騒ぎになってしまう。みんながワイワイと話し相談している時、沙綾は香澄に尋ねた。

 

中沙綾「香澄は何を入れたいの?」

 

香澄「私はね……これだよ!」

 

そう言って取り出したのは、押し花のアルバムだった。

 

香澄「これには文字とか書いちゃったから、また新しく作り直さないといけないんだけどね。名前とか書いてあったら消されちゃうかもだし。」

 

中沙綾「見ても良い?」

 

香澄「勿論!」

 

何気なく開いたページを見た沙綾は、驚いた様子で固まってしまう。その様子に気付いた他のみんなもアルバムの中を覗き込んだ。

 

有咲「押し花ねぇ………ってなぁっ!?」

 

唐突に有咲の顔が真っ赤になる。そこにはサツキの押し花があり、その側にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

『有咲♪照れ屋だけど、すっごく優しいんだ。』

 

 

 

 

 

このアルバムにはどうやら、1ページにつき一輪の押し花と、勇者部メンバーの名前、そしてその人の特徴や長所が書かれているようだった。

 

千聖「これ……まさか全員分?」

 

千聖は口にせずにはいられなかった。長い時間を共にした勇者達のみならず、途中から合流した防人達のページもあったからだ。

 

香澄「そうですよ?」

 

季節によっては手に入らない花もあるだろう。それを考えれば、恐らく香澄はタイムカプセルの件を思い付くずっと前からこれをつくっており、ここに記されている通りの目で、勇者部のみんなを見詰め続けてきたのだろう。

 

香澄「あ、そうだ。後、カプセルは花壇に埋めれば完璧だと思うんだ!」

 

有咲「何がどう完璧なんだよ!」

 

まだ耳まで赤い有咲が叫ぶと、香澄は自分の周りに集まっていた一人一人の顔を見ながら言う。

 

香澄「だって花壇なら、カプセルがもし埋まってれば、手入れをしてた時に見つかるかもしれないし。そしたら、このアルバムを見た私は、きっといっぱい考えると思う。まるで私が作ったみたい。ひょっとしたら私が作ったのかな?って。それできっと、もしかしたら…………ううん!絶対に思い出すと思うんだ。この花は誰で、こっちは誰で………それで、みんなが……大勢の友達が、私の側にいたんだって事を。絶対に!!」

 

香澄の言葉に、勇者達はただただ耳を傾けていた。香澄の一人一人に寄せた、厚く深い想いに胸を打たれたからである。香澄がそれほどまでに考えて、未来への希望をタイムカプセルに籠めようとしている。生半可な物を入れる事は出来ないと、勇者部全員が考えるのだった。

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

友奈「そんな事が……。」

 

香澄「うん。ずっと忘れちゃってた記憶……。だけどもう二度と忘れたりなんかしない。ここに載せた花はね、全部が私達勇者の衣装のモチーフになった花なんだ。このアルバムのお陰で私達は最後までやり遂げて、今こうして幸せに過ごす事が出来てるんだ。」

 

香澄からアルバムの事を聞いた友奈。だがここでまた一つ疑問が浮かぶ。

 

友奈「あれ?ならなんで今香澄先生はそのアルバムを持ってるんですか?」

 

香澄「ん?ちょっと待ち合わせしてるんだ。多分もうそろそろ………あ、来た来た。おーーーい!」

 

香澄が手を振る方を見ると、そこへゆりがやって来る。

 

ゆり「ごめんね、香澄ちゃん。待った?」

 

香澄「大丈夫ですよ。丁度友奈ちゃんとこのアルバムについて話してたところでしたから。」

 

ゆり「話し……あぁ、友奈ちゃん。英霊之碑以来だね。元気してた?」

 

友奈「お久しぶりです、ゆりさん。勿論!勇者部としてバリバリ活動してます!」

 

待ち人が来たにも関わらず、香澄はまだ周りを見回していた。どうやら待っていたのはゆりだけでは無いようだ。

 

香澄「あれ?有咲は?」

 

ゆり「有咲ちゃんはちょっと遅れてくるって。連れがどうたら……って言ってたっけ。なら丁度良いし、私もそのアルバム…ってよりタイムカプセルについての話しでも友奈ちゃんにしようかな。」

 

友奈「本当ですか!?是非聞きたいです!」

 

こうして有咲達が来るまでの間、ゆりはタイムカプセルについてのとある出来事について話し始めるのだった。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

タイムカプセルを埋めると決まった放課後、ゆりは夕飯の買い物を済ませて家路に着いていた。商店街を通り、公園を抜けた時、ゆりはため息を吐きながら歩いているイヴを見かける。

 

ゆり(あれは……イヴちゃん?)

 

トボトボ歩いているイヴ。イヴには、初めからタイムカプセルに何を入れようかアイデアがあった訳ではない上、香澄の話を聞いて、尚更どうして良いか分からなくなってしまったのだ。

 

イヴ「どうしましょう……。」

 

ゆりがイヴに駆け寄ろうとした時、ゆりより先にイヴに声をかける人がいた。

 

紗夜「かなりの難題ですよね。」

 

イヴ「え……。」

 

紗夜「ごめんなさい。驚かせてしまったかしら。」

 

背後から声をかけられ振り向くイヴ。そこには少し苦笑いをした紗夜が立っていた。

 

その姿を見たゆりは、出かかった足を戻し、距離を置きながら二人の様子を見守る事にする。

 

イヴ「どうかしましたか?」

 

紗夜「私も、何も思いつかないんです。」

 

そう言って、紗夜はイヴの隣に並んで、二人は歩き始めた。

 

紗夜「慣れてないんですよ……。」

 

イヴ「アイデアを出す事がですか?」

 

紗夜「思い出を残そうとする行為にです。」

 

紗夜の視線はひたすら自分の靴の先でも見ているかのように下ばかり向いていた。

 

紗夜「忘れたい事しかしなかったんです…私は。」

 

イヴ「そうですね……。」

 

二人の境遇は似ていた。イヴは、かつてイヴともう一人の自分しかいなかった時の事を思い出す。そこには、明日に繰り越したいような記憶は存在せず、ただただ今日という辛いだけの、苦痛でしかない一日が早く過ぎ去る事だけを願って膝を抱える自分しかいなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

紗夜「…………綺麗ですね。」

 

イヴ「え……?」

 

いつの間に上を向いていたのか、紗夜が空を見て言ったのだと気がつく。真っ赤な夕陽が一面の景色を染めていたから。

 

ゆり(本当に綺麗……。)

 

紗夜「私は………元の世界では、夕焼けなんか嫌いでした。今日が終わるよ、明日が来るよ、って言われているみたいで。いつも私は、明日なんか来なければ良いって、ずっと思ってたんです。」

 

忌々しげな言葉とは裏腹に、穏やかな表情の浮かんだ横顔をイヴは黙って見ていた。

 

紗夜「ですが………今は、早く明日が来ないかしらって…毎日そう思っているんです。」

 

イヴ「はい…私もです。」

 

その想いはイヴも同じだった。

 

 

 

明日になったら何をしよう?ーー

 

 

明日は何処へ行こう?ーー

 

 

明日は誰と何を話そう?ーー

 

 

 

戦いを強いられ、この世界が怖くて嫌で仕方がない筈なのに、昔と違って明日が楽しみで仕方がない。何故なら、明日も明後日も、苦しい事や嫌な事より、楽しくて嬉しい事のほうがずっと沢山あるんだと、勇者部のみんなが教えてくれたから。

 

紗夜「勝手なものですよね、人間って。」

 

その時、夕焼け小焼けのメロディが鳴り響き、そのメロディに合わせて、幼い子供達が歌を歌いながら二人の横を駆け抜けていった。

 

その笑顔は眩しい夕陽に照らされ、素敵な明日が来る事を信じて疑わない、幸福の色に輝いている。

 

イヴ「………見つけられるでしょうか。未来へ送る物。」

 

紗夜「ええ。見つけられるでしょう。多分他の人より時間はかかってしまいますけど。」

 

子供達の歌声が遠ざかっていく。街を包む旋律が夕焼けをなぞり行くのを聞きながら、イヴと紗夜は小さく笑い合った。

 

紗夜「帰りましょうか、私達も。」

 

イヴ「はい!」

 

先程の子供に習ったのか、イヴははにかみながら紗夜の指先を自分の指で引っ掛け軽く揺らした。

 

紗夜「えっ……?」

 

少しだけ驚いた紗夜だったが、それを嫌がるでもなく自然と歩き出す。

 

ゆり(もう……二人は大丈夫だね…。流石私の名誉姉妹だよ。)

 

 

手を繋ぎ歩く二人の姿を、ゆりは何も言わず姿が見えなくなるまで見続けていたのだった。

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

 

香澄「ふふっ……イヴちゃんと紗夜さんらしいな。」

 

ゆりが話し終わった丁度すぐ、遠くから有咲の声が聞こえた。

 

有咲「わりーー!遅くなったー!!」

 

香澄「遅いよ、有咲ーー!」

 

集合時間より遅れたのにも関わらず、のんびりやって来た有咲に向かい、頬を膨らませてぶーぶーと詰め寄る香澄。

 

有咲「ごめんって。お詫びにシュークリーム買ってきたからさ……って、友奈もいたのか。」

 

友奈「こんにちは!たまたま香澄先生と会ったので、アルバムについての話を聞いてたんです。」

 

有咲「そっか…。なら付き合わせたお詫びに一個やるよ。………って早く入って来いって!」

 

箱からシュークリームを一つ友奈に手渡しながら、有咲は言った。どうやら有咲の後ろにいる人物に声をかけているようだ。その声の後、その人物が校門の影から姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「あはは………いざってなったらちょっと緊張しちゃってさ…。」

 

香澄「まさかまた会えるなんて思ってなかったよ…………美咲ちゃん!!」

 

友奈「ええ!?あなたは確か西暦の勇者だった奥沢美咲さん!?どうして!?」

 

その人物はかつて西暦時代に北海道の旭川で孤軍奮闘していた勇者、奥沢美咲その人だった。美咲の姿を見つけるや否や、香澄は駆け寄り美咲に抱きついた。

 

美咲「うわっ……!自分でもまさか神世紀に生きてるなんて夢にも思わなかったよ。英霊之碑?だっけ、あまさか自分の家名が書かれた石碑を見るなんて思わなかったよ……。炎に包まれて死んだと思ってたんだから。」

 

ゆり「まさか地面に穴を掘ってたお陰で、理が再度書き変わった時に戻ってくるなんてね。」

 

香澄「確か有咲は防人のみんなと北海道に行ってたよね。」

 

有咲「ああ。それより積もる話もあるだろうけど後にしよーぜ。」

 

香澄「うん!美咲ちゃんには話したい事や見せたいものがいっぱいあるんだ!今日は長い一日になるよ!さぁ、行こう行こう!!勿論友奈ちゃんもね!」

 

友奈「はい!」

 

美咲「戸山さん!そんなに引っ張らないでよー!」

 

香澄「成せば大抵何とかなーーる!!先ずは今の勇者部を案内するから!」

 

 

神樹の世界でみんなが埋めたタイムカプセル。それは神樹の意志を越え、元の世界へ送られて平和な未来へと紡がれていったのである。奇跡の再会という思いがけない宝物を加えて。

 



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番外編〜思い出の章〜
思い出のアルバム〜カッコ良い御先祖様〜


本編も完結したのでまったり番外編でも書いて行きます。

基本は神樹の記憶編同様に最終章中に入りきれなかったお話です。




 

勇者部部室--

 

中たえ「……………はぁ。」

 

リサに召集され、部室に集まった勇者部一同。しかし、たえは曇った表情を浮かべながら端末を操作していた。

 

中沙綾「……?」

 

リサ「みんな注目だよ、注目!!友希那に注目だよーー!」

 

日菜「いきなりみんなを呼んでどうしたの、リサちー?」

 

蘭「湊さんに何かあったんですか?」

 

友希那「ええ。実は昨日大赦から書状が来たのよ。祭事で流鏑馬をやって欲しいとね。」

 

小沙綾「それは凄いですね!」

 

モカ「来週の祭事は厄除けと平和祈願の為のもので、流鏑馬を神樹様に奉納するんだって。」

 

昔から神に祈りや踊りを捧げる事で、神樹が持つ力は大きくなると信じられてきた。神樹の力が強くなると言う事は、相対的に勇者達の力も強くなると言う事である。

 

有咲「成る程なぁ。確かにそれは伝説の初代勇者に相応しい御役目だな。大赦が頼んでくるのも納得だ。」

 

リサ「そうでしょう、そうだよね!!はぁ〜……友希那の流鏑馬!異世界でも見られるなんて、感激しかないよ!」

 

夏希「流石風雲児様カッコいい!!ところで………やぶさめ?……って何?」

 

薫「やぶさめ………。とんでもない大きさのサメだろうね…。」

 

赤嶺「違いますよ、お姉様。走る馬上から的を鏑矢で射る儀式です。」

 

彩「私達も当日は巫女舞を奉納するんだ。だからみんなも見に来てね。」

 

花音「勿論!彩ちゃんの晴れ舞台だもん。千聖ちゃんも行くでしょ?」

 

千聖「ええ。防人組は全員で観に行くわ。」

 

あこ「あこ達も行くよ!友希那さん、頑張ってくださいね!」

 

高嶋「盛り上がってきたね!私達にも何か手伝える事ある?何でもするよ!」

 

ゆり「勇者部の依頼じゃないけど、平和の為なら全員で協力しよう。」

 

祭事の事で盛り上がる勇者達。ところがそれを他所にたえは相変わらず時々ため息をつきながら端末と睨めっこをしていた。さっきからそれが気になっていた沙綾はたえに話しかける。

 

中沙綾「おたえ?さっきからどうしたの?何かあった………?」

 

中たえ「え?う、ううん……何でもないよ。」

 

中沙綾「隠さないで話して。何があったの?」

 

真っ直ぐ自分の目を見つめる沙綾にたえは口を開く。

 

中たえ「………実はね。」

 

中沙綾「えっ!?お見合い!?」

 

中たえ「しーっ。正式なものじゃないんだよ。ただ、将来のお相手候補と1度顔合わせを………ってさっき連絡が来たんだ。」

 

中沙綾「でも、正式なものじゃないとしたって……ゆくゆくは…って意味じゃないの?」

 

中たえ「多分ね………。でも、友希那さんには言わないで。水を差したくないから…。」

 

中沙綾「そんな……。」

 

2人が話している最中、リサと友希那は祭事の打ち合わせの為に部室を後にする。祭事は来週の日曜日。その日まで部室は慌ただしくなるだろう。

 

香澄「あれ?2人ともどうしたの?」

 

中沙綾・中たえ「「………………。」」

 

香澄「?」

 

 

--

 

 

2人は香澄に今までの出来事を話す。

 

香澄「え……?それって本当の話?冗談じゃなくて……?」

 

中たえ「残念ながら本当の話だよ。」

 

有咲「ちょっと、何こそこそ話してんだ………って何だこの重い空気は!?」

 

中沙綾「おたえ、友希那さんにはともかく、みんなには話しておいた方が良いんじゃないかな。」

 

中たえ「………………うん。」

 

たえは包み隠さず全員にお見合いの事について話し始めるのだった。

 

 

--

 

 

一同「「「お、お見合いーーー!?」」」

 

紗夜「まだ中学生ですよ!?縁談なんて……。」

 

日菜「おたえちゃんは"花園家"だよ。由緒正しき大赦の中で最高位の名家だもん。そんな話があったって不思議じゃないよ。」

 

小たえ「私……に…?」

 

中たえ「ごめんね、まだ知らなくていい話だったのに。」

 

暗い雰囲気が広がる中、美咲は不思議そうに話す。

 

美咲「みんな暗くない?ここは異世界なんだし、あんまり問題ないっていうか…。」

 

燐子「そ…そうですよ…。元の世界に戻れば、ここでの出来事は無かった事になる筈です…。」

 

赤嶺「でも、だからって現実では有り得ない事だって言い切れないよ。」

 

イヴ「ここで起きた事は、元の世界でも起こるかもしれないって事ですか…?」

 

赤嶺「全く同じじゃないと思うけど、可能性は高いね。ましてやそれが"花園家"の伝統なら、尚更だと思うよ。」

 

千聖「じゃあ、これは現実のたえちゃんにも起こり得るかもしれないって事?」

 

高嶋「友希那ちゃんはこの事知ってるの?」

 

中たえ「言う事無いよ……だって、これは神世紀の…私の問題だし、それに…それに……ね。今までそんな事、全く思ってなかったんだけど私………友希那さんに会って感じたんだ…。この人の血を絶やしちゃいけないって。だから…………これで良いんだよ。」

 

薫「……好きでもない人と結ばれる事が本当に良い事なのかい?」

 

あこ「そうだよ!!もうちょっと良く考えた方が良いよ!」

 

夏希「まだ子供なんだから、別に恋愛結婚でだって……。」

 

小たえ「…………………。」

 

中たえ「本当にごめんね。でも…でもね、会ってみたら意外と好きなタイプで一目惚れするかもよ?」

 

蘭「それで、そのお見合いはいつあるの?」

 

中たえ「それが……来週の日曜なんだ。」

 

香澄「その日って…友希那さんの流鏑馬の日!」

 

中たえ「うん…だから、この事は友希那さんには内緒。余計な心配かけたくないから……。」

 

中沙綾「おたえ……。」

 

りみ「お、お姉ちゃん…どうするの……?」

 

ゆり「そうは言っても……当事者がそう言うんじゃ、私達が勝手な事する訳にはいかないよ…。」

 

小たえ「私……どうなっちゃうの?」

 

中たえ「さぁ……どうなるんだろうね。それは、私にも分からないよ…。」

 

様々な思いが駆け巡る中、時間だけが過ぎていき、祭事当日がやって来る。

 

 

---

 

 

祭事当日、大赦--

 

広場には沢山の仮面を被った神官が並んでおり、若干の不気味さを感じてしまう。そして見物客もいつにも増して集まっており、一際賑わいをみせていた。

 

日菜「伝説の勇者を一目見ようと今日は人がすっごいね〜。」

 

赤嶺「無理もないよ。だって現実の世界じゃ絶対に会えない人なんだから。」

 

リサ「はぁ〜!白馬に跨る友希那……素敵すぎて動悸が…!」

 

馬とのコミュニケーションを終え、降りた友希那に神官が声をかける。

 

神官「友希那様、恐れながら間もなく祭事が始まりますので、お召し替えの方を…。」

 

友希那「分かったわ……。」

 

準備に移ろうとする友希那だったが、ふと周りを見回すとたえの姿がない事に気が付いた。

 

友希那「あら?花園さんの姿が見えないようだけれど……。」

 

有咲「ちゃえ!?た、たえは…アレだ!アレで急に……ね!ゆり!」

 

ゆり「あっ………たえちゃんはアレだよね!アレに違いないよ!そうだよね、りみ!」

 

りみ「ひゃいっ!え、えっと……おたえちゃんは………あの……。」

 

挙動不審な3人を見て、友希那はたえがまた何か企んでるのではないかと勘繰り出した。必死で部員全員で取り繕うも、我慢出来なくなった高嶋は口を開く。

 

高嶋「ごめん、みんな………。私、友希那ちゃんには知る権利があると思う。私達よりもずっと…。」

 

リサ「え?たえの身に何かあったの?」

 

中沙綾「ここまで隠してきたから、せめて祭事が終わってからと思ってたんですが……。」

 

友希那「…………?構わないわ。聞かせて頂戴。」

 

沙綾は今までに起こった事を全て友希那とリサに話し出したのだった。

 

 

--

 

 

友希那「お見合い!?」

 

リサ「どうしてそんな大事な事を内緒にしてたの!?」

 

香澄「おたえの意志なんです…。友希那さんには心配かけたくないからって。」

 

友希那「それでその……結婚候補というのは…一体誰なのかしら?」

 

薫「相手とは今日初めて会うそうだ。」

 

友希那「初対面!?」

 

燐子「かなり歳上だと言ってました……。」

 

小たえ「…………御先祖様…私、怖いです。たえさん、私じゃないみたいだった…。」

 

友希那「一体どうして花園さんは急にお見合いなんて……。」

 

紗夜「あなたの為です。"花園家"……いや、"湊家"の血を絶やさない為ですよ。」

 

友希那「……っ!?」

 

そうこうしている間に流鏑馬開始の時間はもうすぐそこまで迫っていた。

 

神官「友希那様。間も無く神官長の祝詞が終わります。そろそろお召し替えを…何卒!」

 

友希那「…………。」

 

困惑する友希那。だが、その背中をリサは優しく押した。

 

リサ「友希那、後の事は任せて。自分の気持ちに正直にね。」

 

友希那「…………ごめんなさい、リサ。全く……!」

 

友希那は馬に跨り、その足で会場を背に駆け出して行った。たえがいる場所に向かって。

 

神官「友希那様!どちらへ!?」

 

リサ「予定は変更です。先に私達の巫女舞を今日はサービスでたっぷり踊っちゃうよ。」

 

神官「い、今井様!?そのような御冗談を仰っている場合では……。」

 

リサ「………良い?」

 

リサの目からハイライトが消える。これには神官も従わざるを得ない。何故ならば相手は"花園家"と双璧を成す"今井家"なのだから。

 

 

---

 

 

とあるホテルのテラス--

 

同時刻、ここでは今まさにお見合いが始まろうとしていた。

 

仲人「しきたりの下に両本人と私、仲介人の初顔合わせを行います。どうぞごゆるりと御対話のほどを。」

 

中たえ「花園たえです。宜しくお願いします。」

 

西園寺「お初にお目にかかります。西園寺薫子と申します。お会いできるのを楽しみにしておりました。私は来年には父の会社を継ぐ予定ですが、家庭も大切にしたいと考えております。」

 

中たえ(堅実そうな人だなぁ……。寝室にオッちゃんは持ち込めなさそう。)

 

仲人「見れば見るほどお似合いのお2人。お世継ぎはさぞや美形になる事でございましょう。」

 

西園寺「神樹様と大赦の御期待に沿えるよう、精一杯の努力を惜しまぬ所存でございます。」

 

中たえ「左様ですね……。」

 

話していると、ふとたえは相手の様子がどこか変な事に気がつく。その時だった。やけにホテルの外が騒がしくなり、人の悲鳴も聞こえだす。

 

仲人「何やら外が………って、えぇーーーっ!馬ぁーーーーっ!?」

 

友希那「花園さんはいないの!?」

 

たえを探しに友希那が祭事会場からやって来たのである。

 

中たえ「友希那さん!?」

 

友希那「はぁ…はぁ……その見合い、ちょっと待ってくれないかしら…!」

 

友希那がテラスに降り立ったと同時に、反対側から更に騒がしい声が聞こえ出した。ウェイターが必死で止めるも、その静止を跳ね除けもう1人、見合いの席に乱入する。

 

?「薫子!薫子はどこ!?」

 

その人はどうやら薫子の知り合いのようで--

 

薫子「麗華!?どうしてここに…!」

 

彼女の名は本令院麗華。彼女もまた友希那と同じで、薫子の見合いを中止せんとするべく乱入してきたのである。

 

麗華「薫子が誰かの物になるなんて耐えられない!私と一緒に逃げましょう!」

 

薫子「そ、そんな……私だって気持ちは同じ。でも…だけど………。」

 

中たえ「あっ、良いんです、行ってください。そういう事ならお気になさらずに。」

 

友希那「行くわよ!」

 

中たえ「……はい!友希那さん!」

 

友希那は強引にたえの手を引っ張り、馬に跨りその場を後にするのだった。

 

薫子「あぁ……たえ様…あなたにも愛する方が。もう迷わない、麗華!私もあなたと共に!」

 

仲人・ウェイター「「…………………えぇ…?」」

 

 

---

 

 

山道--

 

ホテルから飛び出した2人は再び祭事会場へと馬を走らせていた。

 

中たえ「友希那さん……どうして?流鏑馬は…?」

 

友希那は馬を止め、たえに話しかける。

 

友希那「よく聞いて、たえ。望まない婚姻でしか繋げない血の繋がりに、何の意味があるのかしら。あなたが愛せない相手と無理に結ばれるくらいなら、"湊家"の…"花園家"の家名なんて絶えて構わないわ!」

 

中たえ「ゆ、友希那さん………。」

 

中たえ(やっぱり友希那さんはカッコ良いな……。今ならリサさんの気持ち、分かるかも。)

 

 

---

 

 

祭事会場--

 

中沙綾「おたえ!友希那さん!」

 

香澄「おたえーーー!心配したよぉー!」

 

ゆり「大赦の方!大赦の方ーー!風雲児様がやっと戻りましたよー!」

 

2人が戻ってきた事に安堵しつつ、今の状況を説明しだす勇者部一同。

 

蘭「モカ達が、延々と巫女舞を踊って時間を稼いでますから湊さん、早く!」

 

友希那「ええ。すぐに行くわ!」

 

小たえ「大丈夫でしたか……?」

 

中たえ「うん。少なくとも、今回の話は無かった事になると思うよ。」

 

あこ「あこ達も一安心だよ!」

 

そこへ時間を稼いでいた巫女達が戻ってくる。

 

モカ・彩「「「はぁ……はぁ…はぁ。」」」

 

六花「て、でら……しんどい……。」

 

リサ「お帰り、たえ!無事で何よりだよ。」

 

中たえ「リサさん……みんなもありがとう。友希那さんに助けて貰っちゃったよ。」

 

燐子「流石は友希那さんです……!決める時にはしっかり決めるその姿……まるで…。」

 

紗夜「白馬の王子様って事でしょうかね……。」

 

中たえ「その気持ち、すっごく分かります!カッコ良かったですから。」

 

有咲「珍しいな。顔が真っ赤じゃねーか。」

 

夏希「もしかして、自分の御先祖様にグッと来ちゃったんですか?」

 

中たえ「子孫のハートを鷲掴みにするなんて友希那は流石だなぁ。」

 

一同「「「あははっ!!!」」」

 

 

こうして、てんやわんやの1日が幕を閉じる。今日を通じて、結婚するなら友希那さんみたいな人が良いなと思うたえなのだった。

 

 



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思い出のアルバム〜きっと大丈夫だから〜

1人じゃない。あの人がいたから、私はここまで来る事が出来た。だからきっと、あなたも大丈夫。




 

近くの公園--

 

晴れ渡る青空の下、小学生組の3人が公園で遊んでいた。ジャンケンをして勝った人が階段を上がっていく遊び。この風景だけを切り取ると、そこにいるのは戦いなど知らない純真無垢な少女達。

 

小沙綾・小たえ・夏希「「「じゃんけんぽん!」」」

 

夏希「勝った!パ・イ・ナ・ツ・プ・ル!」

 

小沙綾・小たえ・夏希「「「じゃんけんぽん!」」」

 

小沙綾「私の勝ち!チ・ヨ・コ・レ・ー・ト!」

 

小たえ「むぅ〜、私も負けないよ!」

 

小沙綾・夏希「「あははは!」」

 

そんな小学生組を少し離れた所で見守っている人達がいた。中学生の沙綾とたえだ。

 

中たえ「楽しそうだね。」

 

中沙綾「私達も混ざる?」

 

中たえ「ううん、このまま見ていよう。」

 

中沙綾「え?」

 

中たえ「だってね、沙綾。あの子達に混ざっても………今の私はもうあんな風に笑えないって思っちゃうんだ。」

 

中沙綾「おたえ………。」

 

今目の前にいる3人は2人の過去。まだ残酷な運命を突きつけられていない、平和な日常を歩いてきた自分自身の姿。

 

小沙綾・小たえ・夏希「「「じゃんけんぽん!」」」

 

小たえ「グーで勝ったよ!えっと、グーは確か……グ・ミ!」

 

夏希「おたえ、勝ったのに全然進んでないぞ!」

 

小たえ「あはは……まだまだぁ!」

 

3人の笑顔がたえにはとても眩しく見えた。

 

中たえ「楽しかったね…….あの頃は本当に。」

 

中沙綾「……そうだね。」

 

中たえ「たった2年前なのに…昔の自分はとっても眩しいよ。」

 

中沙綾「私達3人が輝いて見えるね。」

 

中たえ「ちょっと辛気臭くなり過ぎかな。」

 

中沙綾「たまには良いんじゃない?」

 

中たえ「沙綾も言うねぇ。」

 

 

--

 

 

20分後--

 

夏希「よーし、次はダルマさんが転んだをやろう!」

 

小沙綾「ふっふっふ……。私必勝法を編み出したから負けないよ!」

 

小たえ「2人も一緒にやりませんか?」

 

笑顔でやって来た自分を見て、たえは笑う。

 

小たえ「あれ?どうして笑ってるんですか?」

 

中沙綾「おたえ、眠いんでしょ。私、混ざってくるね。夏希、沙綾ちゃん!いーれーて!」

 

そう言って沙綾は夏希達の元へ駆け出した。2人きりにする為に。

 

中たえ「沙綾に気を使わせちゃったかな。」

 

小たえ「たえさん、何か私に言いたい事でもあったりします?」

 

中たえ「流石は私。でも、特に話があるって訳でもないんだ。」

 

小たえ「?」

 

中たえ「それじゃあ、取り敢えず私達はお昼寝でもしようか。」

 

踵を返した瞬間、小学生のたえがふと口を開く。

 

小たえ「たえさん、私ずっと思ってた事があるんですけど、言っても良いですか?」

 

中たえ「え?勿論だよ。なになに?」

 

小たえ「私、このまま同じ毎日を過ごしたところで、2年後にたえさんになる訳じゃないよね?」

 

中たえ「え?」

 

単なる偶然かもしれない。しかし小学生のたえは2年後の自分の姿を見て、今の自分と未来の自分に違和感ある事に直感で気付いたのだ。

 

小たえ「ただ2年たっただけじゃ、私はたえさんにはならないなって思ったんです。」

 

中たえ「……そっか。」

 

小たえ「何かが……あったんですよね?私が私に言おうかどうか迷っちゃうくらいの何か…凄い事が。」

 

--

 

2年で色々な事があった。夏希が亡くなり、沙綾を守る為にたった1人で20回以上も満開を繰り返し、身体の殆どを神に捧げ、それでも死ぬ事さえ出来ずにただベッドの上で過ごす毎日ーー

 

数々の悼ましい出来事は、たえの心境を変えてしまうには充分過ぎる程だった。

 

中たえ「………びっくり。自分なのにね。今、今の私は……たえちゃんみたいに、そんな真っ直ぐ純粋に人の目を覗き込む事は出来ないな。」

 

小たえ「………………。」

 

たえは考える。言うべきかどうかを。言ったところで記憶に残るかどうかは分からない。だけど、言えば"何か"は変わるかもしれない。

 

中たえ「あの……ね。」

 

言おうとしたその時だった。」

 

小たえ「大丈夫ですよ。」

 

中たえ「え?」

 

小たえ「言わなくて大丈夫です。」

 

中たえ「………どうして?聞くのが怖い?」

 

小たえ「それもありますけど……私、大丈夫だと思うから。」

 

中たえ「何が?」

 

小たえ「きっと……大変な事が2年間であったっていうのは解るんだ。でも、たえさんが今ここにいるから。だから、私だって大丈夫です。」

 

未来は変えられるかどうかは分からない。だけど、未来の自分が今こうして目の前に存在している。だから頑張れる。

 

小たえ「たえさんが乗り越えられたんです。私だって乗り越えて見せます。私だけがズルしたら、夏希や沙綾に叱られちゃいますから。」

 

中たえ「たえちゃん……大人だなぁ。私ってこんなに大人だったかなぁ。」

 

小たえ「偉い?」

 

中たえ「うん、偉いよ。偉いよ私。私より偉いよ私!」

 

自分で自分を褒めあっている光景。側から見ればこれ程までに違和感がある光景はないだろう。

 

夏希「あの2人は何やってるんだ?」

 

小沙綾「さあ?」

 

中沙綾「ふふっ、2人にしか分からない事があるんだよ。きっと……。」

 

?「おーい!」

 

その時、遠くから小学生組を呼ぶ声が耳に届く。その声の主はあこだった。きっと夏希を探しに来たのだろう。

 

あこ「探したよ、夏希。これからアイスを買いに行くんだけど、みんなも行く?」

 

夏希「あこさん!アイス?勿論行きます!」

 

中たえ「私達も行こっか。」

 

小たえ「行こう行こう!」

 

中沙綾「私は少し休憩するよ。白熱しちゃったから。」

 

小沙綾「私も休憩します。」

 

夏希「2人共、もう疲れたの?」

 

あこ「だったらあこ達が買ってくるから、ちょっと待っててね!」

 

中沙綾「ありがと。行ってらっしゃい。」

 

あこ達4人は2人の沙綾を残し、コンビニまでダッシュで駆け出していくのだった。

 

 

--

 

 

公園--

 

残った2人は近くのベンチに腰を下ろした。外は暑いが木陰に入れば日差しも抑えられ、時折吹き抜ける風が気持ちが良い。

 

小沙綾「全く……夏希は元気だなぁ。」

 

中沙綾「ふふっ…。」

 

小沙綾「どうかしましたか?」

 

中沙綾「ううん、何でもないよ。」

 

暫しの沈黙が続き、ふと沙綾が口を開いた。

 

小沙綾「沙綾さんって……時々大人みたいな顔しますよね。」

 

中沙綾「え?そうかな。」

 

小沙綾「そうです。たった2年しか違わないのに、何だか……。」

 

奇しくも沙綾が口にした事は、先程たえが口にした内容と全く一緒の質問だった。

 

中沙綾「うーん……私は自分が大人だなんて少しも思ってなんだけどなぁ。」

 

小沙綾「たった2年で私は沙綾さんみたいになれるんでしょうか……。なれなくてがっかりされたら…。」

 

頭の中で自分の考えをまとめ、未来の自分は過去の自分に話しかける。

 

中沙綾「沙綾ちゃん……。これから先、沙綾ちゃんの身には大変な事が、沢山やってくる。その度に…もう、駄目かもしれない…立ち上がれないって、何度も何度も思うんだ。」

 

共に過ごしてきたかけがえのない記憶を失い、歩けなくなり、変わり果てた友人と再会し残酷な真実を突きつけられ、涙を流す事が沢山あったーー

 

中沙綾「だけどね………。沙綾ちゃんは乗り越える。必ず、乗り越えられるんだ。」

 

小沙綾「どうやって……?どうして沙綾さんはそんなに強いんですか?」

 

中沙綾「うん、それはね………。」

 

頭に浮かぶのはもう1人の掛け替えのない存在。失意の淵に立たされても、自らを顧みず、闇の中から必ず自分を探し出してくれる星の様な輝きを持つ存在。

 

?「おーーーーい!さーやーーー!」

 

その名を口にしようとした時、丁度その当人がやって来た。

 

小沙綾「香澄さん……?」

 

中沙綾「ふふ……その内分かる時が来るよ。でも……それが私の時より、早く来て欲しいって思うのは、我儘過ぎる望みなのかな…。」

 

香澄「じゃじゃーん!2人にアイスのお届けものだよ!」

 

中沙綾「ありがと。でも、どうして香澄が?」

 

夏希「コンビニで偶然会ったんです。それで一緒に食べようって事に。」

 

あこ「やっぱり美味しいものはみんなで食べるのが1番だよね!」

 

中たえ「あこ、もう食べてる。」

 

小沙綾「そんなに勢いよく食べたら汚れちゃいますよ。これ使ってください。」

 

香澄「さーやちゃん気が利くなぁ。」

 

眩しく笑いかける香澄。それを見た沙綾の頬が少し赤くなる。

 

小沙綾「そ、それ程でもないですよ……。ありがとうございます。」

 

小たえ「おやつ良ければ全て良し!アイス美味しいね、夏希、沙綾。」

 

夏希・小沙綾「「うん!」」

 

1人で駄目でも、仲間と一緒ならきっと大丈夫。どんな困難だって乗り越えられる。だって掛け替えのない存在がそれを証明してくれたから。

 

 

 



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思い出のアルバム〜2人のリーダー〜

珍しく2人きりで語り合うゆりとたえ。奇しくもそれはかつてのあの日と一緒だった。2人のリーダーの思いとは。




 

勇者部部室--

 

ある日の昼下がり、部室にあるパソコンがとあるメールを受信する。

 

香澄「あれ?さーや、パソコンにメールが届いてるみたいだよ。」

 

中沙綾「新しい依頼のメールかな。」

 

有咲「どうせまた幼稚園からの依頼じゃないのか?」

 

中たえ「有咲、顔がにやけてるよ。」

 

有咲「に、にやけてねーし!」

 

りみ「ふふっ、有咲ちゃんは子供達に人気だもんね。」

 

有咲「そんな事ねーよ。私はただ……どんな事でも完璧にやってるだけで…。って、依頼は何なんだ、沙綾。」

 

気不味くなったのか、有咲は咄嗟に話を元に戻した。

 

中沙綾「メールの依頼主によると……。」

 

読もうとしたその時、タイミング良くゆりが部室に入って来た。

 

ゆり「みんな、注目だよ!某有名旅館のPRに、私達勇者部にご指名が入ったんだ。」

 

中沙綾「それって……。」

 

奇しくも勇者部に送られてきたメールも全く同じ内容だった。

 

ゆり「メールでも来てたんだね。私には一足先に電話で連絡が来てたんだけど。」

 

中たえ「温泉のPRって事は、ポスターとかになるって事かな?」

 

夏希「すっごい!勇者部からスター誕生ですね!」

 

小沙綾「それにしても、老舗旅館に全員招待なんて太っ腹ですね。」

 

しかし、ここで一つの大きな問題があった。

 

ゆり「みんなー、盛り上がってるところ悪いんだけど、ここで残念なお知らせだよ。」

 

りみ「どうしたの?お姉ちゃん。」

 

ゆり「老舗旅館はここから遥か遠く、高知にあるんだよ。」

 

香澄「それなら、"カガミブネ"を使えば良いんじゃないですか?」

 

ゆり「確かにそれを使えばすぐなんだけど、基本は戦闘時に使うものだから、私的で利用するのはね……。」

 

中沙綾「"カガミブネ"が使えないなら、長期間全員でここを離れるのは危険ですよね。」

 

ゆり「そうなんだよね…。」

 

各々意見を出し合うものの、これと言った名案が出ないまま時間だけが過ぎていく。

 

千聖「それなら、私達防人組が居残りを担当します。いざという時でも、勇者の力があれば半日もかからず戻って来れる筈です。万が一敵が本気で襲ってきたとしても、防衛に長ける私達なら、持ち堪える事が出来るわ。」

 

有咲「確かに千聖の案は合理的だけど……。」

 

香澄「ダメです!」

 

千聖「香澄ちゃん?」

 

香澄「勇者だからとか、防人だからとか関係なく、今はみんなで勇者部なんですから。」

 

有咲「確かに香澄の言う通りだな。」

 

ゆり「流石香澄ちゃん!それじゃあ、折角の良い話だけど、今回は諦めて、いつも通り活動しようか。」

 

仕方なく勇者部は今回の依頼を断るという選択肢を選ぶのだった。

 

 

---

 

 

翌日、勇者部部室--

 

次の日、ゆりは大赦から呼び出しがあった為朝早く大赦へと足を運んでいた。

 

りみ「お姉ちゃん、何しに大赦へ行ってたの?」

 

ゆり「それがね、昨日の老舗旅館PRの件、大赦が許可するから全員で行ってきて良いって!」

 

ゆりの一言に全員が驚いた。

 

千聖「本当に良いんですか?」

 

ゆり「大人達が許可してるんだから大丈夫だよ。折角なんだから楽しもう!」

 

 

ーーー

 

 

バスの中ーー

 

彩「大赦に貸切バスを出してもらえるなんて、流石はゆりさんですね。」

 

千聖「彩ちゃん、山道でバスが揺れるけど、乗り物酔いは大丈夫?」

 

彩「大丈夫だよ!」

 

一方で、

 

あこ「ぬわーーーーっ!」

 

紗夜「宇田川さん、挙動が単純だわ。ババを持ってるのはあなたですね。」

 

高嶋「流石紗夜ちゃん!」

 

リサ「負けた人は罰ゲームだからね!友希那も頑張って!」

 

はたまた一方で、

 

夏希「あっ、ここのバスカラオケがついてる!香澄さん、何かテンションの上がる曲、歌ってください!」

 

香澄「うん!盛り上げちゃうよ!」

 

楽しい時間はあっという間に過ぎ、バスは旅館へと到着するのだった。

 

 

---

 

 

旅館--

 

小沙綾「立派な旅館ですね!」

 

ゆり「取り敢えず大部屋に荷物を置いて、宿の人に挨拶したら、自由行動タイムね。」

 

一同「「「はーい!!」」」

 

あこ「りんりん!お土産見に行こう!」

 

燐子「いきなりお土産は早いよ……あこちゃん。」

 

美咲「ここの売店、中々充実してたよ。私も一緒に行きますかね。」

 

蘭「モカ、温泉に行ってみよう。」

 

モカ「オッケー。」

 

各々は時間が来るまでそれぞれの時間を満喫する為に行動を開始する。

 

 

--

 

 

1時間後--

 

ゆり「あれ?あれは最新型のマッサージチェア!日々の疲れを癒すのにはもってこい………と思ったら先客がいるね。」

 

中たえ「ゔ〜〜〜……この小刻みに打ち付ける揉み玉……至高の時間だよぉ〜〜〜。」

 

先に来ていたたえがトロトロに溶けそうな顔をしながらマッサージチェアに座っていた。

 

ゆり「お隣失礼するね。」

 

中たえ「あ゛〜〜〜ゆりざん〜〜。気持ちいいですよぉぉぉ〜〜。」

 

ゆり「どれどれ……成る程…ご、ごれは………くはぁ……。」

 

体に合わせたマッサージは瞬く間にゆりを至高の世界へと誘っていった。

 

ゆり「こうしてると、あの時の事を思い出すね。」

 

中たえ「私の歓迎会をした時でしたっけ。」

 

ゆり「そうそう。あの時は色々と2人きりで話したよね。」

 

2人はその時の出来事を思い出すーー

 

 

ーー

 

旅館ーー

 

沙綾の心を救い、"融合型"を打ち倒した勇者部。その結果香澄はその身体の殆どを散華させてしまった。

 

しかし、湊友希那の精霊に導かれ、香澄は意識を取り戻し束の間の平和が戻った。そこへ同じく散華から回復したたえが勇者部に所属する事となる。今勇者部はこれまでの労いとたえの歓迎会も兼ねて以前訪れた旅館へ再び来ていたのだ。

 

ゆり「いや〜それにしてもこのマッサージは気持ち良いなぁ。」

 

たえ「本当ですねぇ〜〜。」

 

ゆり「あれ?たえちゃん。寝たんじゃなかったの?」

 

たえ「そうなんですけど、有咲が抱きついてきて目が覚めちゃったんです。」

 

ゆり「あぁ、有咲ちゃんって抱きつき癖があるからね。前にここに来た時も抱きつかれちゃったっけ。」

 

たえ「ん〜、その時はゆりさんが抱きついてたって前に香澄から聞きましたけど……。」

 

ゆり「そうだったかなぁ……。そういえば、たえちゃんは今回の件、ご家族には何か言われなかった?」

 

たえ「大丈夫でした。楽しんできなさいって。」

 

ゆり「良かった。入部して間も無いし、初めての外泊だったから。」

 

たえ「すぐ馴染めたのはみんなのお陰です。」

 

ゆり「そう?それはたえちゃんの性格って気がするけど。」

 

たえ「そうでもないです。………それにしても、ゆりさんは凄いです。」

 

ゆり「何が?」

 

たえ「ゆりさんはいつもみんなの事考えてるんですね。今回の歓迎会もみんなの為ですよね?戦いは終わったって一区切りつける為に。」

 

ゆり「大それたものじゃないけど、折角の機会だったから。」

 

散華した全員の身体機能は回復した。そして香澄も意識を取り戻した。今回の歓迎会は戦いと日常を切り離す為の一種の儀式の様なもの。

 

たえ「きっとみんな喜んでますよ。うーん……ゆりさんと比べると、昔、勇者をしてた時の私は、あまりリーダーっぽくなかったかも。」

 

ゆり「そんな事ないよ。バーテックスを退けて世界を守ったんでしょ?たえちゃんは誰にも文句を言われる事ないくらい、頑張ったよ。それに……私だって、リーダーとして立派だったかなんて聞かれたら…簡単には頷けない。」

 

たえ「どうしてですか?」

 

ゆり「自分から誘った勇者部の……本当の目的を最初に打ち明ける事が出来なかった。あの時は、私達が勇者に選ばれなかったら、このまま話さないでおこうって思ってた。それに、勇者に選ばれた後も……りみの指が動かなくなって、もう元には戻らないって思った時は………。」

 

自分がりみの夢を奪ってしまったーー

 

そう思ってしまったゆりは自分を抑える事が出来なくなり、大赦を潰そうとするまでに至ってしまった。自分が切っ掛けで他人を巻き込んでしまった事が、ゆりはどうしても許す事が出来なかったのだ。

 

ゆり「あの時は香澄ちゃん達が止めてくれなかったら、本当に何をしてたか分からない。」

 

たえ「ゆりさんは悪くないです。」

 

ゆり「え?」

 

たえ「大事な家族が…友達が傷付いたら……"満開"の危険性が分かってて秘密にされたら、怒って当然だと思います。」

 

ゆり「たえちゃん……。」

 

たえ「私達の時は、幾つもあるグループから勇者が覚醒するんじゃなくて、初めから勇者になる人間として選ばれたんです。」

 

2年前、たえ達3人は戦う事の危険性や御役目の重さも理解していた。今みたいに"精霊"も実装されていない中、御役目で命を失う可能性がある事も。

 

ゆり「…………。」

 

たえ「だから夏希が死んじゃった時も、凄く…すっごく悲しかったけど、理不尽だとは感じなかった。」

 

だからこそ、たえはあの時沙綾にあえて真実を話し"選ばせた"のだ。"知っている"という事の重要性を、たえは誰よりも理解していたから。

 

たえ「大赦はもっとゆりさんや香澄を信頼すべきだった。きっと、"満開"の危険性を知ってても、みんなは戦ってただろうし。」

 

ゆり「………香澄ちゃんも同じ事を言ってた。」

 

たえ「…香澄らしいな。それに、戦いの危険を知ってるからこそ、日常をより大切にする事が出来る。友達と一緒に笑い合える時間が、掛け替えの無いものだって分かるから。だから、どんなに危険でも、酷い事でも………大赦はみんなに全部を話しておくべきだった。」

 

ゆり「うん………。」

 

たえ「ねえ、ゆりさん…。戦いが終わって、ゆりさんは…この日常が凄く大切だって、前よりもずっと思うようになりましたよね?」

 

ゆり「………うん、今は前よりももっと、みんなと過ごす時間が大切だって思える。」

 

たえ「きっと、勇者部のみんなもそう思ってる筈です。だから、私達は、もっともっとこの日常を楽しまないといけないと思うんです。だから………ゆりさんは自分の事を責めて暗い顔をしないで、ずっと笑顔でいた方が良いって思います。」

 

ゆり「………ふふっ、何か私が慰められてるみたい。私の方が歳上なのに。」

 

たえ「歳上でも、勇者としては私の方が先輩ですから。」

 

ゆり「先輩か………。」

 

この時、ゆりは不思議な気持ちになった。思えば最年長でずっとみんなを引っ張っていったゆり。ゆりには今のように自分の愚痴を聞いてくれる様な先輩がいなかったのだ。

 

ゆり「ありがとね………たえちゃん。」

 

 

--

 

 

旅館--

 

中たえ「ちょっとしたリーダー談義でしたね。」

 

ゆり「だね。」

 

そこへ沙綾を探していた香澄がやって来る。

 

香澄「おーい、さーやー!何処行ったんだろう……って、あれ?ゆり先輩におたえ。」

 

ゆり「香澄ちゃん。誰か探してるの?」

 

香澄「はい。さーやを探してたんです。」

 

中たえ「沙綾なら少し前に向こうの中庭で見たよ?」

 

香澄「本当!?ありがとう!あれ?おたえ何か良い事でもあった?」

 

中たえ「どうして?」

 

香澄「……何か笑顔だから。」

 

中たえ「ふふっ……。」

 

たえとゆりは互いに顔を見合わせる。

 

中たえ「秘密。」

 

ゆり「秘密だね。」

 

香澄「?」

 

 

---

 

 

旅館、ゲームコーナー--

 

紗夜「……………。」

 

鋭い目で真剣にゲームの筐体を動かしているのは紗夜。それをキラキラした目で高嶋が見ていた。

 

高嶋「紗夜ちゃん凄い!結構古いゲームなのに、どんどん敵を倒してる!」

 

紗夜「私もこれは久しぶりに見ました。昔のゲームはシンプルですが、不思議な味わいがありますね。」

 

 

---

 

 

旅館、レクレーションルーム--

 

有咲「はあっ!」

 

千聖「せいっ!」

 

一方こちらでは勇者達による卓球勝負で盛り上がっている。今試合をしているのは有咲と千聖。互いに一進一退の勝負を繰り広げていた。

 

有咲「くらえっ!完成型スマッシュ!!」

 

千聖「させないわっ!」

 

コーナーギリギリのスマッシュを千聖はバックハンドで弾き返す。

 

花音「ふえぇぇぇっ!?球が早すぎて目で追えないぃ〜〜〜!」

 

彩「千聖ちゃんも有咲ちゃんも頑張って!」

 

もう一方の卓では日菜とリサが勝負をしていた。

 

日菜「ていやーーーっ!」

 

リサ「あはは……。日菜、卓球は球が卓にバウンドしないと得点にならないよ?」

 

友希那「サーブ交代よ。」

 

リサ「じゃあ、いっくよぉ……はいっ!」

 

日菜「絶好級!くらえっ!日菜ちゃんるんっ♪てきたスマーッシュ!!」

 

猛烈なスピードで球がネットに突き刺さる。

 

リサ「ほい、私の勝ちだね。」

 

日菜「えぇ〜〜〜っ!?」

 

 

---

 

 

旅館、廊下--

 

イヴ「薫さん……。」

 

夏希「バスタオルにお風呂セット。ひょっとして、薫さんも温泉ですか?」

 

薫「あぁ。折角旅館に来たんだ。温泉に入らないと勿体ないからね。」

 

夏希「私達もです。折角ですから、私達もご一緒していいですか?」

 

薫「勿論だよ。沙綾ちゃんとたえちゃんは一緒じゃないのかい?」

 

夏希「2人は温泉街に行っちゃったんです。1人で行くのもなんだから、イブさんを誘ったんです。」

 

イヴ「私も行こうと思っていたので丁度良かったです。」

 

3人は早速脱衣所へ行くと、どうやら先客がいたようだった。

 

蘭「瀬田さんに、夏希、イヴも。」

 

モカ「3人とも温泉?」

 

りみ「良かったら、一緒にどうですか?」

 

薫「是非ご一緒させてもらおう。」

 

6人は早速温泉に浸かる。全身をお湯が包み込み、身体の芯から温まってくるのが分かる。

 

夏希「薫さん………覚悟!」

 

突然夏希が薫目掛けてお湯をかける。

 

薫「ふっ……それをやってしまったら、やり返される覚悟があるとみた。」

 

すかさず薫もお湯を夏希にかけ返す。

 

夏希「あはははっ!薫さん、やりますねぇ!じゃあ次は、潜水で勝負してください!」

 

薫「沖縄の海で育った私に潜水で勝負するとは、中々勇気があるね。手加減はしないよ?」

 

夏希「臨むところです!イヴさん、審判お願いしますね。」

 

イヴ「任せてください。2人とも楽しそうです。温泉は凄いですね!」

 

この後、薫は温泉の中に10分潜り続け、夏希に格の違いを見せつけるのだった。

 

 

 



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思い出のアルバム〜恐怖の予防接種〜


誰にでも苦手な物の1つや2つあるものです。それは勇者だって例外じゃありません。もしかしたら、本能が嫌がってるかも。まるで未来を暗示しているかの様に。




 

 

勇者部部室--

 

ゆり「--という訳で、明日の予防接種は小学生から順番に体育館で……。」

 

風邪が流行る季節になってきた。今勇者部では、明日から行われる一斉予防接種についての説明がされている最中である。

 

りみ・小たえ・花音「「「はぁ〜〜〜〜ぁ。」」」

 

しかし部室内には重苦しい空気が流れていた。

 

美咲「溜息が深い!どうしたんですか?」

 

花音「どうもこうも……はぁ……。」

 

りみ「憂鬱ですね……。」

 

イヴ「はぁ………。」

 

日菜「イヴちゃんまで?珍しいね。」

 

イヴ「痛いのは……苦手です。」

 

中沙綾「注射が怖くて気が沈んでたんだね。」

 

モカ「まぁ、好きな人はいないから仕方ないけど、病気の予防の為だし我慢我慢。」

 

千聖「そうよ。身体を壊してしまったら辛い状態が長く続くのだから、一瞬で済む注射は耐えるべきよ。」

 

花音「千聖ちゃんの言う事も一理あるんだけど………。」

 

有咲「どう考えても病気で何日も寝込むより、一瞬の痛みの方が楽だろ。」

 

花音「人っていうのは非合理な物なんだよぉ?一理なんかじゃ納得出来ない人もいるんだよぉ………。」

 

蘭「何だか大袈裟ですね。もっと気を強く持った方が良いんじゃないですか?」

 

ゆり「はいはい。それで、明日はお風呂に入れないから、気になる人は朝にシャワーを浴びてきてね。」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「分かりました!」」」

 

注意事項を言い終わった時、あこが真剣な表情で手を挙げる。

 

あこ「はいはーい!」

 

ゆり「どうしたの?あこちゃん。」

 

あこ「あこ達はいつ襲撃を受けるか分からないです!だから激しい運動が禁止になっちゃう予防接種は無理だと思います!」

 

あこの言う事にも一理あった。予防接種後に激しい運動をすると、熱を出す危険性があるからだ。ましてや世界を守る為に命をかけて戦う勇者達はその危険性が一般の人より高いのは明白である。

 

あこ「それに注射の後で戦ったら、汗まみれになっちゃいます!なのにお風呂に入れないのはばっちいです!」

 

友希那「確かに、あこの言う事は筋が通っているわね……。」

 

あこ「だから………大赦に言って、勇者部は予防接種免除って事に……。」

 

ゆり「ダメだよ。」

 

珍しく最もらしい理由を振りかざすあこ。しかし、ゆりは食い気味で意見を却下する。

 

あこ「どうしてですかぁ!」

 

ゆり「病気が蔓延して勇者部全員が倒れちゃったら、それこそ大問題なんだから。」

 

小沙綾「あこさん、何だか様子が変ですね。」

 

中たえ「もしかして、注射が怖いの?」

 

あこ「………………………。」

 

徐々にあこの顔が青くなり、小刻みに身体が震えだす。どうやら図星だったようだ。

 

彩「あこちゃん、顔が真っ青だよ!?」

 

六花「あこちゃんも注射が苦手なんですか?」

 

赤嶺「何かちょっと意外。」

 

あこ「あこはこう見えても結構繊細なんだよ!」

 

小たえ「うぅ……分かります。注射って、痛いのと怖いのがミックスされてて、凄く嫌なんです。」

 

中たえ「成る程ねぇ。」

 

美咲「…………あれ?」

 

ここで美咲がある事に気がつく。同じたえでも、小学生のたえは注射を怖がっているのに、中学生のたえは怖がっていないのである。

 

美咲「同一人物なのに、どうしてなんだろう。」

 

中たえ「私は…………もう慣れちゃったから。」

 

高嶋「慣れかぁ……。うん!怖いのは慣れでカバー出来るかも!」

 

つぐみ「明日の本番に向けて、注射の練習をするって事?」

 

あこ・花音・イヴ「「「絶対イヤ!」」」

 

 

--

 

 

千聖「そもそも注射の練習ってどうやるの?腕にコンパスでも刺すとかかしら?」

 

りみ・小たえ「「ひえっ!?」」

 

モカ「それは……誰だって嫌ですよ。」

 

香澄「気は心って言いますからね。だったらまず軽いところからこうして………チックン。」

 

香澄は花音の腕を軽く突いた。

 

花音「香澄ちゃんの指注射?………うん、これなら全然平気だよ!」

 

香澄「りみりんにチックン!たえちゃんにチックン!」

 

りみ「痛くない!」

 

小たえ「これなら怖くないです!」

 

紗夜「はぁ……。こんな緩い練習で痛みと恐怖が克服出来るとは到底思えません。」

 

高嶋「紗夜ちゃんには私がチックン!」

 

紗夜「あ………ぁぁああ………はぁ……。」

 

有咲「滅茶苦茶効果的面じゃねーか!!」

 

友希那「この際、あこも受けてみたらどう?」

 

あこ「違うんです、そうじゃないんです!痛いのより、怖さの方が問題なんです!」

 

首を横に大きく振りながら、あこはみんなに怖さを力説する。

 

日菜「痛いのが怖いんじゃないの?」

 

小沙綾「先端恐怖症とかですか?」

 

あこ「怖いのは………注射オバさんなんです!消毒液を塗る看護師の人がすっごくおっかないんです!」

 

りみ「分かるよ。マスクで顔を隠してて、鋭い目が光って……。」

 

小たえ「腕を掴まれたかと思ったら、次の瞬間にグリグリって冷たい何かを塗り込まれる……。」

 

花音「ふえぇ〜〜〜っ!これはもう怪異だよぉ!」

 

ゆり「こらこら、看護師さんはお仕事でやってるんだよ。何百人も捌くのは大変なんだから。」

 

リサ「そうだよ。それに怪異だなんて……。」

 

夏希「なら、消毒液を塗る練習をしたらどうですか?」

 

あこ「ひぃ〜〜〜っ!ヤダヤダヤダーー!」

 

中沙綾「最初は平気な人が手本を見せたらどうかな。」

 

彩「じゃあ、私がやるよ!」

 

千聖「彩ちゃん、大丈夫?」

 

燐子「なら……私が看護師の役をしますね…。」

 

 

--

 

 

彩「お仕事お疲れ様です。よろしくお願いします。1年、丸山彩。今朝の体温は36度5分で平熱でした。」

 

燐子「そ…そうですか……。」

 

余りの手際の良さに若干燐子は狼狽えてしまう。

 

彩「お手間だと思うので、血管は自分で浮かせますね。えぃ、えぃ!」

 

蘭「流れがスムーズ過ぎる……。」

 

紗夜「丸山さんの背中に、白い羽根が見えます……。」

 

あこ「これは真似出来ないよぉーーー!」

 

薫「注射は、子供の頃は誰だって怖いものさ。」

 

友希那「そうね。私も昔はそうだったわ。」

 

リサ「懐かしいなぁ……。私が友希那の手を握ってたっけ。」

 

友希那「り、リサ!?それは内緒って話しでしょ!?」

 

ゆり「小さい頃は仕方がないけど、もう中学生なんだから。」

 

有咲「まさか泣いたりするのか?」

 

あこ「あこは泣かないよ!暴れるくらいだよ!」

 

燐子「それはダメだよ…あこちゃん……。」

 

次の瞬間、あこは自身の身に起こった衝撃の事実を口にする。

 

あこ「だって………前に歯を食いしばって我慢したら……力みすぎちゃって、注射の針が折れた事があって………。」

 

一同「「「えーーーーっ!?」」」

 

美咲「そんな事ってある!?」

 

あこ「あるある!痛みに耐える為に腕に力を入れたら、バキッて!それで折れた瞬間に針から血がピューって迸って、お医者さん達がみんな絶叫したんだから!」

 

想像の斜め上をいく事実に、今まで平気だった人達までも顔色が真っ青になってしまう。

 

千聖「確か蚊が血を吸い上げている最中に、力を込めると、口が抜けなくなって死んでしまうと聞いた事があるわ。」

 

中沙綾「じ、じゃあ……これは本当の話なの……?」

 

あこ「本当だよ!あの時は血で針がヌルヌル滑って中々抜けなくて………。痛いし、怖いし、床が血塗れで大変だったんだもん!」

 

りみ・小たえ・花音「「「う…あ……ぁぁ…。」」」

 

六花「な、何だか私も怖くなってきました………。」

 

香澄「わ、私も……。どうしよう…もしもそんな事になっちゃったら………。」

 

有咲「あ、あのさ………なんて言うか…その……明日の予防接種は…先送りに…とか。」

 

殆どの人の目から光が消え、身体の震えが止まらなくなる。

 

ゆり「うぅ……今そう言おうと思った…けど、ダメだよ………やるしかないんだよ。」

 

燐子「最初は…怖くなかった人達まで顔面蒼白になってます……。」

 

彩「だ、大丈夫。大丈夫だよ!一瞬で終わるんだから!」

 

あこ「その一瞬が大惨事に繋がっちゃうんです!血みどろの衝撃映像なんですから!」

 

夏希「ヤダヤダヤダヤダーーー!注射反対!!」

 

紗夜「掘り下げなければ良かったわね……。」

 

日菜「見事に藪を突いて、蛇がうじゃうじゃ出てきちゃったって感じだね。」

 

この後、リサが1時間半かけて全員を説得し無事に全員予防接種を受けましたとさ。

 

 



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思い出のアルバム〜プレゼントは真心を込めて〜

この世界で2回目となるリサの誕生日。時間は流れていないので歳は変わらないが、ここで過ごした時間は確実に彼女達の力になる事でしょう。




 

花咲川中学、体育館--

 

友希那「………………。」

 

1人体育館で座禅を組んでいる友希那。しかし、ある事が頭に浮かんでは消えを繰り返し、中々集中出来ないでいた。

 

友希那「…………まただわ。瞑想しているのに余計な雑念はいらない……。」

 

再び目を瞑るが、今度は声が聞こえてくる。

 

リサ「ゆーきな。」

 

友希那「リサ?そこにいるの?」

 

周りを見回すも、そこにリサの姿はない。

 

友希那「幻聴?まだまだ私も修行不足ね。もう一度最初から………。」

 

しかし、意識しないようにすればする程、頭の中にリサの声が次々と響いてきてしまう。

 

友希那「やればやるだけリサの声が聞こえてきてしまう………。はぁ……きっともうすぐリサの誕生日なのが原因かしらね。」

 

8/25日はリサの誕生日。1番の幼なじみである友希那がそわそわしない筈が無かったのだ。

 

友希那「だけど、今は修行中。リサの事は忘れて無心に………………ダメね。考えれば考える程にもう顔まで浮かんでしまう。………もう人は無心になる事は出来ないという事なのかもしれないわね。」

 

無心になる事を諦めた友希那は、今度は反対に有心、湧き上がる思念を受け入れる事へと切り替える。

 

友希那「溢れ出る思念を受け止める………。」

 

そんな中、たえが友希那を探して体育館へとやって来た。

 

小たえ「御先祖様、凄く集中してる……心の修行中かなぁ?」

 

友希那「………そこにいるのは誰?」

 

小たえ「たえです。小の方の。何をしてたんですか?」

 

友希那「少し考え事をしてたの。………近くにいる人を集めてもらって欲しいのだけれど…。」

 

小たえ「分かりました。」

 

すぐさまたえは部員を呼びに体育館を飛び出して行った。

 

 

--

 

 

数分後--

 

たえに呼ばれ何人かが、体育館に集まった。

 

ゆり「どうしたの、友希那ちゃん。」

 

友希那「突然の呼び出しごめんなさい。実は、意見を貰い事があるの。」

 

美咲「意見ですか?珍しいですね、友希那さんが私達に聞くなんて。」

 

紗夜「………今井さんの誕生日の事ですか?」

 

友希那「紗夜の言う通りよ。リサに贈るプレゼントの事でみんなの意見が欲しいのよ。」

 

すると友希那はみんなから少し離れ、木刀を手に持ち剣舞を披露する。

 

一同「「「……………。」」」

 

友希那「……どうかしら?これを贈ろうと思うのだけれど。」

 

一同「「「それは無い。」」」

 

友希那「ダメかしら……。」

 

紗夜「全くです。私なら高嶋さんにもっとマシな物をプレゼントします。」

 

友希那「リサへなのだけれど……。」

 

小たえ「因みに紗夜さんなら、高嶋さんにどんなプレゼントをあげますか?」

 

紗夜「ポエムです。」

 

りみ「ちょっと、重いです………。」

 

美咲「私は熊の羊毛フェルトですかね。」

 

ゆり「私ならやっぱり鍋焼きうどんかな。」

 

友希那「………相談相手を間違ってしまったようね…。」

 

 

---

 

 

花咲川中学、廊下--

 

友希那達はゆりの提案で、学校を探索していた。

 

友希那「急に校内を探索だなんて、どうしたんですか?」

 

ゆり「私達だけでダメなら、他の人の意見も聞いてみるのがベストでしょ。あっ、おーい!」

 

見つけたのは日菜と赤嶺の2人。ゆりは2人に事情を説明する。

 

日菜「リサちーの誕生日プレゼント?ならやっぱりカツオだよ!高知のカツオは美味しいもん!」

 

ゆり「日菜ちゃんはブレないね……。」

 

赤嶺「筋肉体操のDVDしかないよ!」

 

ゆり「ここにも趣味全開の人がいたね……。」

 

友希那「そうかしら?剣舞もカツオもDVDも名案だと思うのだけれど…。」

 

すっかり迷宮に迷い込んでしまった友希那。するとそこに彩がやって来た。

 

彩「話は聞かせてもらっちゃったよ。リサちゃんの誕生日のお祝いは私にとっても他人事じゃないよ。リサちゃんが喜ぶプレゼントを一緒に考えさせて。」

 

その一言で友希那は見失っていたものに気がつく。

 

友希那「はっ……!リサが喜ぶプレゼント……。そうね、1番大切な事を忘れるところだったわ。」

 

赤嶺「そうだね。貰う相手が1番喜ぶ物。プレゼントの基本だもんね。」

 

方向性が見えたところで、友希那達は更なるアドバイスを求めに部室へと足を運ぶのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

中沙綾「あれ?どうしたんですか?こんなに大勢で。」

 

ゆり「実は、リサちゃんの誕生日プレゼントの事で相談があるんだ。」

 

中沙綾「成る程……これまでの流れは大体分かりました。なら答えは1つです。」

 

友希那「それは……。」

 

中沙綾「パンです!」

 

ゆり「やっぱり!?」

 

中沙綾「というのは冗談で、リサさんが1番喜ぶプレゼント………友希那さんを贈るのが1番なんじゃないですか?」

 

友希那「私自身……それよ!これが正解だったのね。」

 

目を輝かせて飾り付けの紐を探す友希那を全員が必死で止める。

 

りみ「落ち着いてください、友希那さん!」

 

ゆり「そうだよ。みんなに止められるのがオチだよ!」

 

友希那「難しいわね……私自身がダメなら一体どうすれば…。」

 

りみ「少し原点に立ち返ってみたらどうですか?探すのはリサさんが喜ぶプレゼントですよね?だとしたら、気持ちを込めて手作りしたものなら、リサさんはどんな物でも嬉しいんじゃないですか?」

 

りみの言葉に全員がハッとする。

 

ゆり「りみ……成長したね。頭を撫でてあげる。よしよし。」

 

友希那「ありがとう、牛込さん。お陰で目が覚めたわ。早速行動に移しましょう。」

 

ゆり「え……?」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

友希那「………ふぅ。大まかな形はこれで大丈夫かしら?」

 

美咲「はい。中々手際が良いですよ、友希那さん。まさか熊の羊毛フェルトを教える事になるなんて思ってませんでした。」

 

ゆり「友希那ちゃん!手打ちうどんの材料も揃ったよ!」

 

友希那「今行くわ。」

 

日菜「友希那ちゃん、今朝漁師さんと一緒に釣ったカツオが届いたよ!」

 

友希那「助かるわ。」

 

友希那が導き出した1つの答え。それは今までに出た案を全て自分の手で作り用意し、リサへのプレゼントにする事だった。

 

りみ「まさかみんなの提案全部をやるなんて……。」

 

中たえ「一度やると決めたら最後までやり通す……流石御先祖様だね。」

 

紗夜「ポエムも最初はどうなるかと思いましたが、意外と悪くない出来でした。」

 

赤嶺「どの提案にも真剣に取り組んでるんだね。筋肉体操のDVDも中々の出来栄えだったな。」

 

彩「どれも友希那ちゃんの愛情がたっぷり詰まってる素敵だけど、まだ何か悩んでるように見えるよ。」

 

友希那「羊毛フェルト、うどん、カツオ、DVD、ポエム………全てに全力で取り組めば、その先に私でしか到達出来ない答えが見つかると思い、取り組んではみたものの……何故かしら…リサの望む答えがまだ見えないわ………。」

 

悩む友希那。するとそれを察知したかのように樹海化警報が鳴り響いた。

 

友希那「………そう。そうだったのね。バーテックス……バーテックスが私の答え!お前をリサに捧げてあげるわ!」

 

ゆり「ちょっと待って!それだけは絶対に違うよ、友希那ちゃん!!」

 

樹海へと駆け出した友希那をゆり達は必死で後を追いかけ、友希那を何とか宥めたのだった。

 

 

---

 

 

誕生日当日、寄宿舎、リサの部屋--

 

朝早くリサは窓の外から聞こえる音で目を覚ました。

 

リサ「………窓に手紙?何だろう。」

 

書かれていた内容は至極シンプルなもの。手書きの地図と"この場所に来て頂戴"という一文のみ。リサは早速地図に記されていた場所へと足を運んだ。

 

 

---

 

 

旅館--

 

リサ「友希那ってば、こんな時に全然連絡つかないんだから……。結局1人で来ちゃったけど、本当に大丈夫かな……。」

 

内心ビクビクしながらも、リサは旅館の戸を叩いた。

 

リサ「すみませーん。手紙を貰って来ました今井です。」

 

すると戸が開き、中から出てきたのは友希那だった。

 

友希那「よく来てくれたわね、リサ。待っていたわ。」

 

リサ「友希那!?友希那がどうして……?これって、まさか。」

 

友希那「早速入って頂戴。会場に案内するわ。」

 

リサは友希那に案内された場所のふすまを開くと、勇者部が総出でリサの誕生日を祝った。

 

一同「「「お誕生日おめでとう!!」」」

 

リサ「わぁ………!」

 

友希那「リサの誕生日パーティーよ。まずはこれを受け取って頂戴。」

 

取り出した箱をリサに手渡す。

 

リサ「これは……。」

 

美咲「前に張り切って狩ってたバーテックスって事はないよね?」

 

りみ「大丈夫。バーテックスは倒したら消えちゃうから……。」

 

箱を開けると、中から出てきたのは大きなドンブリに入った具沢山の筑前煮。

 

リサ「友希那………私の為にわざわざ用意してくれたの?」

 

友希那「リサが好きなものでしょ。みんなに手伝ってもらって作ったの。食べて頂戴。」

 

リサ「ありがとう!早速いただきます。あむ……うん!味がちゃんと染み込んでて最高に美味しいよ、友希那!」

 

友希那「良かったわ。リサが好きそうな味付けを私なりに考えたから口に合うか不安だったのだけれど……。」

 

リサ「全然!流石友希那だね。私の好みをちゃんと理解してるよ。」

 

友希那「ふふっ……。これでもリサとはずっと一緒だったから。」

 

リサ「ありがと、友希那。」

 

香澄「リサさん、プレゼントはこれだけじゃないよ!」

 

夏希「じゃじゃーん!これは友希那さんと美咲さんが一緒に作った熊の羊毛フェルトです!」

 

中沙綾「友希那さんと私で作ったパンも沢山ありますよ。」

 

高嶋「これ、友希那ちゃんがリサちゃんに宛てたポエムだよ!私と紗夜ちゃんで額に入れたの!」

 

蘭「湊さんが日菜さんと釣ったカツオも、私が作った野菜を添えてカルパッチョにしました。」

 

赤嶺「友希那ちゃん考案の筋肉体操のDVDだよ!2人でやってみてね!」

 

リサ「みんな………。心のこもったプレゼント、本当にありがとう。友希那のお陰で最高の誕生日になったよ。これからも宜しくね!」

 

また1つ勇者部に掛け替えのない思い出が増えた。それは勇者達に大きな力を与えてくれるだろう。

 



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思い出のアルバム〜大赦季刊誌異世界号〜

勇者部がいつもお世話になっている何かと秘密の多い大赦。今宵、その知られざる大赦神官の1日の一部が今明かされ……る?




 

勇者部部室--

 

中たえ「………………。」

 

ある日の勇者部、部室の片隅でたえが真剣に何かを読んでいる。

 

ゆり「あれ?随分静かにしてると思ったら、雑誌を読んでたんだね。寝てるかと思ってたよ。」

 

中沙綾「今日はずっとあの調子なんです。」

 

香澄「何か面白い記事でもあるの!?」

 

有咲「おっ、何だ?おたえ、ちょっと見せてくれよ。………って、何なんだこの雑誌は!?」

 

たえが真剣に読んでいた雑誌には"大赦季刊誌・異世界号"と書かれていた。

 

一同「「「ええっ!?」」」

 

中たえ「あ〜〜、まだ途中だったのに。」

 

ゆり「大赦季刊誌って何!?」

 

一同が知らないのも無理はない。この雑誌は大赦向けに製作された、大赦職員が普段読んでいる雑誌で、大赦外に流れる筈のない代物だからだ。

 

リサ「あはは……。私も存在は知ってたけど、実際に見るのは初めてだよ。」

 

りみ「そんな物をどうしておたえちゃんが持ってるの?」

 

中たえ「え?だって私、この雑誌で日記を掲載してるから。」

 

その一言に再び一同は驚いた。

 

有咲「日記って何だよ!?」

 

あこ「そもそも、それってどんな雑誌なの?」

 

中たえ「季節の行事とか、人事異動とか、活動報告なんかが載ってるよ。」

 

その他にも、大赦内の様々な部署の紹介や、コラム、川柳等も載っている。

 

紗夜「大赦職員が………コラムや川柳ですか?」

 

美咲「どうしよう……すっごく読みたい。」

 

中沙綾「異世界って書いてあるのは、この世界に来てから作ったって事だよね。」

 

中たえ「そうだよ。元の世界じゃ大赦は厳しかったけど………どうやらこっちの世界に来て、何か色々とはっちゃけちゃった人が多くてね。」

 

六花「別世界での恥は掻き捨て……って事なんですかね…。」

 

蘭「ねえ、たえ。その雑誌って私達が読んでも構わないの?」

 

中たえ「大丈夫だと思うよ。別に機密情報は載ってないから。」

 

赤嶺「読んでみたい!」

 

一同は早速季刊誌に目を通すのだった。

 

 

--

 

 

神官『入赦2年目を迎えた神官でございます。本日は祭事担当神官の1日を御説明させていただきます。』

 

夏希「堅苦しいなぁ。全然はっちゃけてないよ?」

 

小沙綾「それは仕方ないよ、夏希。あくまでも、大赦発行の雑誌だし。」

 

神官『神官の朝は、5時に起床し身支度を整える事から始まります。朝の清掃を終えると、全神官が神樹様への祝詞を1時間唱え、その後に朝食となります。』

 

あこ「朝早すぎるよ!」

 

つぐみ「大赦の人達って何食べてるのかな?」

 

小たえ「あっ、隅っこに1週間分のメニューが載ってますよ。」

 

有咲「給食かよっ!」

 

薫「朝はめざし、お浸し、素うどん。昼は煮物、サラダ、素うどん………。」

 

燐子「とっても…質素なんですね……。」

 

神官『朝食後は祭事担当の私の場合、行事の日程確認、備品の手入れ、進行見直しの会議及び…巫女様方との相談の上、今後の方針と祭事の規模等を決定して参ります。これは余談となりますが……かつて瀬戸大橋に無数の風鈴を括り付けたのが、先任の祭事担当神官様達だと伺いましてーー』

 

夏希「っ!?ち、ちょっと待ってください!あ、あの風鈴って1個1個手で付けてたんですか!?」

 

夏希達が御役目を担っていた神世紀298年は、勇者システムに備わっている樹海化警報の代わりに、瀬戸大橋に括り付けられていた風鈴が鳴り響き、樹海化を知らせていた。

 

小沙綾「確かに考えてみれば……手作業の他に方法が無いのに、誰がやったかなんて気にした事無かったよ。」

 

小たえ「凄い労力!祭事の担当って、大変なんだね。」

 

紗夜「先程から、祭事担当と出てきてますが、他にも部署があるんですか?」

 

中たえ「はい。他の部署の記事もありますよ。特に面白かったのは……。」

 

そう言ってたえはサイバー課のページを見せる。

 

一同「「「サイバー課!?」」」

 

赤嶺「そんな部署まであるの!?」

 

神官『私共サイバー課は、主に神樹様のバイオデータを管理させていただく1係。大赦の機密データ管理の2係。そして勇者様がお使いになる勇者端末の調整管理の特殊係と、勇者システムの開発係に分かれます。』

 

香澄「勇者システム!いつもお世話になってます!」

 

りみ「当たり前だけど、人の手でやってたんだね…。」

 

彩「神樹様の力を、人が技術的に利用出来るよう、尽力してくれてるんだね。」

 

神官『また、紙面をお借りして恐縮ですが、本日は我々からお詫び申し上げたい事がございます。現在も稀に起きる事が確認されております、勇者端末におけるハッキングの件……動作異常から復帰するまでが非常に短時間の為ハッカー特定に困難を極め、解決の目処もなく、勇者様並びに関係各部署には御不便をおかけし大変申し訳なく思っております。』

 

有咲「………なぁ、これって……。」

 

ゆり「……もしかしなくても、そうだよね…。」

 

この件に関しては思い当たる事があった。香澄の誕生日近くに端末から聞いた事もない警報が流れた事があったからだ。そして犯人が誰なのかも大方の検討がついていた。

 

有咲「沙綾……だよな…。」

 

中沙綾「…………あはは…。」

 

中たえ「他には、質問コーナーもあるよ。例えば……。」

 

質問『異世界に召喚された時のお気持ちは?』

 

回答『選ばれた事に誇りを感じ、神世紀に生まれながらも歴代の勇者様方は勿論…特に、初代様に御仕え出来ます事栄誉をひしひしと感じずにはおられませんでした。』

 

友希那「そのように思ってもらえると、こちらも身が引き締まる思いね。」

 

質問『この御役目で心掛けている事は?』

 

回答『全ての神官がそうであるように、外敵と戦っておられる勇者様が、お健やかに穏やかにあられるよう、感謝の心と祈りを忘れぬ事です。』

 

ゆり「………うん、何だか大赦には色々と思う事もあるけど、こうして神官個々の言葉を聞いちゃうと…。」

 

中沙綾「感謝せずにはいられないですね…。」

 

大赦の考えに思うところがあったゆり達だったが、各々は勇者達の事を思って行動しているのだと改めて認識した一同は、大赦と神樹に向かって拝んだ。

 

美咲「ところで、この雑誌ってフルカラーなんだね。写真なんかも載ってるの?」

 

中たえ「あるよ。祭事や懇親会の集合写真とかだけど。」

 

写真が載っているページを開くと、そこには全員が同じ服装で同じ仮面を被った謎の集合写真が載っていた。

 

千聖「全員同じ仮面なのに、写真を撮る意味ってあるのかしら……。」

 

中たえ「あっ、あとね、今季の川柳募集のお題が"勇者"だったんだよ。」

 

ゆり「どれどれ……。」

 

 

『勇者服 デザイン巡り 揉めに揉め』

 

 

燐子「いきなり…俗っぽくなりましたね……。」

 

美咲「勇者服のデザインって、神樹の意思とかじゃなくて大赦のデザイナーが決めてたの!?」

 

 

『樹海化の 時間停止に 物思う 老化も止まり 若い美のまま』

 

 

蘭「タイムラグが積もりに積もると、年齢差って出るの……?」

 

中たえ「色々あるけど、私が注目したのは次の作品だよ。」

 

 

『日々上がる 戦闘データを 拝謁し 数字に見るは 妹の成長』

 

 

中たえ「名前は記載しないって決まりだけど、この妹って有咲の事だよね。」

 

有咲「は………はぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

中沙綾「会えなくても、戦闘データを通じて見守ってるんだ。良かったね、あーりさ。」

 

香澄「良かったね、有咲!」

 

有咲「ちょまっ!?ななななな何言ってんだよっ!?そ、それより、たえが書いてる日記を見せろよな!」

 

中たえ「良いよ〜…………じゃーん!」

 

一同「「「おおっ!……………おお?」」」

 

堂々と開いたページに書かれていた日記には、飼っているウサギの事について、見開きに延々と書き連ねてあるそれはそれは濃厚な内容だったそうだ。

 



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思い出のアルバム〜思いがけない発見〜

ゆゆゆ第3期が発表されましたが、楽しみですね。この調子でのわゆのアニメ化もしてくれると良いんですが……。

アプリ、アニメ、小説と未だに広がり続けるゆゆゆワールドに感服致します。




 

 

樹海--

 

リサ『敵が全方向からランダムな速度で接近中!数名に分かれて対処して!』

 

勇者部は只今御役目の真っ只中。神樹に迫ろうとする、万を超える程の星屑の群れと戦っていた。

 

有咲「くそっ、数が多過ぎる!どの方向からも大群が押し寄せてくるぞ!」

 

ゆり「各自、敵の攻撃を避けつつ散開して!」

 

全員「「「了解!!」」」

 

勇者達はグループを作り、広範囲をカバーしつつ展開していった。

 

千聖「まずは出前の雑魚から蹴散らしていくわよ!」

 

小たえ「任せてください!たぁーーーっ!」

 

 

 

香澄「さーや、援護お願い!」

 

中沙綾「常にそのつもりだよ!」

 

 

 

紗夜「左右は気にせず、高嶋さんは真っ直ぐ進んでください!」

 

高嶋「解った!勇者パーーンチ!!」

 

 

 

薫「誰か一緒に前へ出てくれないかい?」

 

イヴ「よっしゃあ、俺が行ってやるぜ!」

 

 

 

小沙綾「日菜さん、三時の方角へ同時射撃を!」

 

日菜「オッケー!おやつの方角だね!」

 

 

 

燐子「あこちゃん…上空にも注意して…!」

 

あこ「助かったぁ……ありがとう、りんりん!」

 

友希那「まだまだ来るわ!対処中の方角へ向かって、全員で攻めるわよ!」

 

全員「「「了解!!」」」

 

 

---

 

 

森の中--

 

千聖「ふぅ………どうやら殲滅完了したようね。お疲れ様、たえちゃん。」

 

小たえ「千聖さんもお疲れ様でした。」

 

2人はふと周りの様子を見回す。しかし、辺りに他の仲間はおらず、森の中には千聖とたえの2人しかいなかった。

 

千聖「他のみんながいないわ。」

 

 

---

 

 

草原--

 

薫「どうやら終わったようだね……。」

 

イヴ「そのようですね…。」

 

薫「近くに仲間は見当たらないようだ。」

 

イヴ「逸れてしまったのでしょうか…。」

 

 

---

 

 

河原--

 

日菜「やっと終わったぁ……。」

 

小沙綾「助かりましたけど……ここは?」

 

日菜「樹海で別れて行動してたから、みんなバラバラに戻っちゃったのかな。」

 

小沙綾「端末の地図機能を使えばすぐ戻れる筈です……。」

 

どうやら他のみんなも同じ様に、樹海からバラバラな場所に戻されてしまったようだった。幸い全員花咲川中学からさほど遠くない場所だったのだが、戻ろうと歩き出した直後、突如雷が鳴り出し大雨が降り出してしまう。

 

 

---

 

 

森の中--

 

千聖「雨宿り出来る木があって助かったわね。」

 

小たえ「そうですね。でも……。」

 

再び雷が唸りを上げて轟いた。

 

小たえ「きゃあっ!」

 

千聖「たえちゃん!」

 

千聖(いけないわ……たえちゃんはまだ小学生。雷が怖いのは当然の事だわ。私がなんとかしないと。)

 

小たえ「ビックリしたぁ……。」

 

千聖「たえちゃん、何か楽しい話でもしましょうか。例えば……。」

 

千聖は必死で話題を頭の中で考える。今時の小学生が楽しくなるような話題を。鍛錬以外全てを切り捨ててきた千聖にとってそれは至難の業だった。

 

千聖(考えるのよ白鷺千聖…!小学生の女の子が楽しくなるような話題を………っ!)

 

千聖「お菓子…!甘くて美味しいお菓子や可愛いケーキとかは好きかしら?」

 

小たえ「好きです!"アプフェル・シュトロイゼル"とか美味しいですよね!」

 

千聖「アプ……え?」

 

たえから帰ってきた予想外の一言に、千聖の脳内にハテナマークの嵐が巻き起こる。

 

小たえ「千聖さんは、"ベルリーナー・プファンクーヘン"とどっちが好きですか?」

 

千聖「え…あ、あの……えっと…ごめんなさい、分からないわ。」

 

小たえ「そうですかぁ……。」

 

寂しげな顔を浮かべるたえ。

 

千聖(くっ……こんな事なら、もっと日菜ちゃんに付き合っていれば良かったわ…。)

 

お菓子の話題を止め、再び千聖の脳内で会議が始まる。

 

千聖(お菓子はダメ……それなら他には……っ!)

 

千聖「動物!可愛い動物は好きかしら?」

 

小たえ「好きです!"イルリピカ"とか!」

 

再び知らない単語の羅列が千聖に襲いかかる。

 

千聖「……ピカ?」

 

小たえ「あ〜〜でも最近は、"クリーム・デ・アージェント"を飼いたいなって思ってるんです。」

 

千聖「…………ごめんなさい、それも分からないわ。」

 

小たえ「そうですかぁ……。」

 

千聖(何なのそれ!そうだわ、端末で検索すれば良いじゃない。)

 

勝機を見出した千聖は端末を操作するが、何故だか端末は繋がらなかった。

 

千聖「……変ね。」

 

小たえ「もしかしたら、さっきからの雷で通信基地局に異常が出てるのかもしれないですね。」

 

千聖「確かにそうかもしれないわね。迂闊だったわ…これじゃあ巫女に迎えに来てもらう事も出来ない……。」

 

雨は更に勢いを増していき、雷も鳴り響く回数が増えてきた。

 

小たえ「きゃあっ!」

 

千聖「大丈夫よ、たえちゃん。私がついてるわ。何をしたら気が紛れるかしら…。」

 

小たえ「じゃあ、お言葉に甘えて…歌でも聞かせてくれますか?」

 

千聖「歌……歌ね。」

 

その言葉を聞いて千聖は少し微笑んだ。こちらの世界に召喚されて身に付けたもの。その1つが歌だったから。防人達と"Pastel✽Palettes"を結成した経験が生きた瞬間である。

 

千聖「任せてちょうだい。」

 

小たえ「やったぁ!千聖さんの歌だぁ!千聖さんと一緒に逸れて得しちゃった。」

 

千聖「ふふ。損はさせないわよ。」

 

 

---

 

 

草原--

 

薫「びしょ濡れになってしまったね。」

 

イヴ「……ヘクシッ!」

 

薫「大丈夫かい?この上着を貸そう。」

 

イヴ「それもビショビショです……。」

 

薫「そうだったね…。」

 

辺りに雨を凌げるような場所は見当たらない。このままでは2人とも風邪をひいてしまう。

 

イヴ「雷…怖いです。」

 

薫「金属は外した方が良さそうだ。仕方ない、海まで急ごう。」

 

イヴ「どうして海なんですか?」

 

薫「ここだと落雷の危険がある。濡れた体ではひとたまりも無いからね。」

 

イヴ「海には雷は落ちないのでしょうか?」

 

薫「落ちる。だが、潜っていれば平気さ。海中までは通電しないからね。」

 

イヴ「私潜れません……。もし、浮いていたらどうなるでしょうか?」

 

薫「……………感電して、死んでしまうだろうね。」

 

イヴ「ひっ!?」

 

その言葉を聞いた直後、イヴの人格が変化し怒鳴り散らす。

 

イヴ「おい、こらっ!イヴをビビらせてんじゃねーぞ!」

 

薫「これは事実なんだ。腕1本でも水面に出ていると、全身感電してしまう。……雷は怖く、儚い………。急ごう。」

 

イヴ「待て待ておい!潜ったって息継ぎで上がった時に落ちたらどうすんだ!?」

 

薫「それは……だが…。」

 

イヴ「だがじゃねーよ!雷なんざ怖くねぇ!ドーンと構えてりゃ良いんだよ!」

 

そんな大見得を切るイヴの耳に、先程より大きな音で雷が轟く。

 

イヴ「うわーーーーーっ!?!?」

 

勢い余って、近くにいる薫に抱き付くイヴ。

 

イヴ「び、ビビってねーーぞ!」

 

薫「そんな事より早く海へ急ごう。」

 

イヴ「も、もうこうなったらヤケクソだ!鬼でも蛇でも何でも来いよーー!」

 

 

---

 

 

河原--

 

一方の日菜と沙綾は、運良く近くにあった洞窟へ避難していた。

 

日菜「洞窟があってラッキーだったね。」

 

小沙綾「不幸中の幸いでした。」

 

しかし、雨は凌げても雷の落ちる音は防げない。寧ろ轟音が洞窟に反響して更に大きな音になってしまう。

 

小沙綾「きゃあーーっ!」

 

日菜「大丈夫、安心して。私がついてるから。お臍を守ってれば心配なし!」

 

小沙綾「うぅ……そこまで子供じゃないですよぉ…。」

 

日菜「でも、中学生が小学生を守るのは当然だよ?」

 

小沙綾「それでも大丈夫です。30分もすれば、治まる筈ですから。きゃあーーーっ!」

 

日菜「あらら………。」

 

小沙綾「い、今のは…!単純に大きな音に驚いただけです!」

 

日菜「解ってる解ってる。解ってるよ、沙綾ちゃん。」

 

小刻みに肩を震わせ、我慢する日菜。

 

小沙綾「絶対解ってないですよね…。」

 

日菜「ごめんごめん。そうだ。こんな時にしか出来ない遊びを教えてあげる。」

 

小沙綾「遊び…ですか?」

 

日菜「雷って、まず光ってから音が鳴るでしょ?だから、タイミングが計れるんだ。」

 

小沙綾「はい……。」

 

日菜「遊びっていうのはね、雷が落ちる瞬間に、日頃は口に出せないような事を大声で叫ぶって物。」

 

小沙綾「どうしてそんな事を?」

 

日菜「言えない事を大声で叫ぶのってストレス発散になるし、るんっ♪てするでしょ?」

 

話をしていると丁度良いタイミングで空が光り出した。

 

日菜「習うより慣れろってね。見てて……っ!」

 

光り出してから数秒後、雷鳴が轟いた。

 

 

 

日菜「千聖ちゃんの頑固者!分からず屋!へそ曲がりーーーーっ!」

 

 

 

小沙綾「あの……千聖さんには内緒にしておきますね。」

 

日菜「えっ!?ぜ、絶対だよ?絶対だからね!」

 

小沙綾「ごめんなさい。全部聞こえちゃいました……。」

 

日菜「くうぅ……タイミングを間違えちゃったかぁ。じゃあ、次は沙綾ちゃんね。」

 

小沙綾「いえ、私は遠慮しておきます。」

 

日菜「まぁまぁ、そんな事言わないで。物は試し。何事も経験してみない手はないんだからさ。」

 

小沙綾「はぁ…。」

 

日菜「沙綾ちゃんも秘密喋ってよぉーー!私だけじゃ不公平だぁーー!」

 

次第に駄々を捏ね始める日菜。そんな日菜に沙綾は折れる事にした。

 

小沙綾「分かりました。そこまで言うなら1回だけやります。」

 

日菜「待ってました!」

 

小沙綾「タイミングを見計らって………っ!」

 

 

 

小沙綾「夏希はもっと時間を守って!ランドセル空のまま持ってこない!おたえは授業中は寝ない!私もオッちゃん抱きたーーーーい!!」

 

 

日菜「おぉ………。」

 

言い終わると肩の荷が下りたのか、晴れやかな笑顔で日菜に話しかけた。

 

小沙綾「はぁ〜〜〜!本当にすっきりしました!日菜さんの言う通りでしたね。」

 

日菜「良いね良いね!沙綾ちゃんのその笑顔るんっ♪てくるよ!」

 

すると次第に雨音が小さくなり、雷の音も治まりはじめてくる。

 

小沙綾「あっ、段々雨雲が引いてきたみたいですね。もう1回くらいやりたかったんですけど、残念でした。」

 

日菜「そっかぁ、残念。」

 

小沙綾「こんなに楽しい遊びが出来るなんて、雷や遭難も悪い事ばっかりじゃないですね。」

 

日菜「でしょでしょ!」

 

小沙綾「帰ったら、沙綾さんにも教えてあげよっと。」

 

日菜「あはは……過激になり過ぎないと良いけどね……。」

 

 



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思い出のアルバム〜大乱闘香澄シスターズ〜

部室を訪れた沙綾と紗夜。ドアを開けようとしたその時、中から何やら香澄達の叫び声がしてーー
そして何故か始まるプロレス大会。部室はどうなるの?


 

勇者部部室前--

 

中沙綾「あっ、紗夜さん。今日は高嶋さんと一緒じゃないんですね。」

 

紗夜「はい。今日は戸山さんと赤嶺さんと何やら約束をしているようで。」

 

中沙綾「2人とも……いや、赤嶺さんが来てからは3人で過ごす事が増えましたよね。」

 

紗夜「ヤキモチですか?心配はいりません。あの3人は姉妹みたいなものですから。」

 

中沙綾「それは勿論分かってますよ。私もちゃんと心に余裕を持ってい……。」

 

その時、何やら部室から声が聞こえ始める。

 

香澄「んん……あぁーーーっ!!」

 

中沙綾・紗夜「「っ!?」」

 

2人は外から耳をすましその声を聞いた。

 

高嶋「戸山ちゃん、大丈夫?痛い?もう止める?まだ続ける……?」

 

赤嶺「あぁ……そうやって焦らすのが、高嶋先輩の手なんだよね……ふふっ。」

 

高嶋「焦らしてなんか!じゃあ戸山ちゃん、もう一気にいっちゃうよ?」

 

中沙綾・紗夜「「……………。」」

 

徐々に2人の瞳からは光が消え始める。

 

香澄「う、うん………高嶋ちゃん。ちょっと怖いけど、思いっきり来……。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

中沙綾・紗夜「「くぁwせdrftgyふじこlpーーーっ!!!」」

 

次の瞬間、2人は訳の分からない言葉を発しながら部室に突撃。そこで見た光景は香澄と高嶋の2人がマットの上で取っ組み合っている場面だった。

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「え?」」」

 

 

--

 

 

中沙綾・紗夜「「関節技の練習?」」

 

香澄「昨日、プロレス中継を観てたら、ちょっとやりたくなっちゃったんだ。」

 

高嶋「私達3人は武器とか無いし、いい練習になると思って、私と赤嶺ちゃんも一緒に。」

 

赤嶺「体育館から柔らかいマットまで借りて、本当よくやるよ……。」

 

香澄「えへへ……。だって、関節技だけじゃなくて、投げ技とかもやってみたいんだもん。」

 

高嶋「うんうん!パワーボムとかバックドロップとか!」

 

中沙綾「練習だっていうのは分かったけど、本当に安全?怪我とかしない?」

 

赤嶺「平気だよ。この2人はそれなりに武術の経験あるし、加減はしてるから。」

 

2人が話している間にも、香澄と高嶋はプロレスを続けている。

 

香澄「いっくよー!ドロップキーーーーック!」

 

高嶋「くはぁっ!!」

 

香澄の蹴りが命中し、高嶋はマットに叩きつけられる。

 

紗夜「本当に大丈夫なんですか!?」

 

中沙綾「それより制服が大変だよ!スカートは危ないって!」

 

紗夜「何を言ってるんですか、山吹さん!心配するところはそこじゃ無いですよ!?」

 

中沙綾「じゃあ、紗夜さんは高嶋さんのスカートが心配じゃないって言うんですか!?」

 

恐る恐る紗夜は高嶋の方を見た。

 

高嶋「やったなぁ、戸山ちゃん!お返しの、フライングボディアターーック!」

 

ジャンプした高嶋が香澄に覆いかぶさった。

 

紗夜「あぁ……確かにそれは確かに…確かに!高嶋さんダメです危ないです危険です!」

 

中沙綾「でも、このまま2人を見てるのも悪くないかも……。」

 

紗夜「そうですね……それならいっその事…。」

 

香澄・高嶋「「勇者パンチ!!」」

 

中沙綾・紗夜「「勇者パンツ!?」」

 

赤嶺「言ってない。おかしいでしょ……。山吹さんと紗夜さん…思考がやらしい。エッチ。」

 

中沙綾・紗夜「「なっ………!?」」

 

香澄「よーし、次はいよいよ合体技の練習するぞー!」

 

中沙綾「駄目駄目駄目駄目!!がががが合体は禁じ手だよ!!」

 

紗夜「合体は常に成功するとは限りません…。下手をしたら合体事故が起きてあんな事やこんな事に……!」

 

赤嶺「はぁ………。これは2人を押さえておく役が必要だね……。」

 

 

--

 

 

それから数分後--

 

有咲・蘭・千聖「「「何この状況………。」」」

 

遅れてやって来た有咲達は、眼前にある光景に頭の処理が追いつけていない。

 

あこ「さぁさぁ、今宵もやって来ました!香澄プロレスの時間だよ!!実況はお馴染み宇田川あこと!」

 

薫「儚い……瀬田薫が務めさせていただくよ。」

 

部室にはりみの武器であるワイヤーで作られたリングが鎮座しており、部室の片隅には同じワイヤーでぐるぐる巻きにされた沙綾と紗夜の姿が。

 

中沙綾・紗夜「「くっ………。」」

 

赤嶺「ところで、合体技って何を試したいの?」

 

香澄「やっぱり最初はダブルラリアット!高嶋ちゃんと2人でズバーーンって!」

 

友希那「それなら、相手が必要になるわね。」

 

夏希「はいはいっ!私やりたいです!」

 

燐子「危なくないでしょうか……。」

 

夏希「心配無いです、燐子さん。」

 

そう言って夏希はリングに入り、2人の香澄と相対した。

 

モカ「ゴングでーす。」

 

モカがフライパンを叩きプロレスの幕が上がる。

 

あこ「試合開始ーー!さぁ、最初は香澄が夏希の両手をがっしり掴んだぁーー!」

 

夏希「おぉぉっ!?」

 

香澄はそのまま夏希をワイヤーに投げ飛ばし、飛ばされた夏希はワイヤーの反動で香澄の元へ帰ってくる。

 

香澄「行くよーーー!」

 

香澄・高嶋「「香澄ズ・ラリアーーーット!」」

 

夏希「にょわぁぁぁぁぁっ!!」

 

凄まじい衝撃が夏希を襲う。そのまま夏希は吹き飛ばされ、リング外に転げ落ちてしまった。

 

薫「流石だね。息がピタリとあっているよ。」

 

蘭「流石の威力だね。私が変わるよ、夏希。」

 

夏希「は、はい。タッチです、蘭さん。」

 

バトンタッチし、夏希の代わりに蘭がリングに入る。

 

あこ「さぁ、蘭ちゃんはどう動くのかぁ!」

 

香澄「どっからでもかかってこーい!」

 

蘭「香澄だからって手加減しないよ。はぁっ!」

 

日々の農作業で鍛えられた下半身から繰り出される鋭い蹴りが、香澄に襲いかかる。

 

香澄「うっ!」

 

あこ「蘭ちゃんの鋭い蹴りが炸裂だぁ!薫、今の技は?」

 

薫「ローリング蕎麦ットだね。」

 

高嶋「戸山ちゃん、ダッシュだよ!」

 

香澄「うん!香澄ズ・クロスボンバー!」

 

対する香澄達も、今度は自身がワイヤーの反動を使い、蘭目掛け前後から渾身の一撃をお見舞いする。

 

蘭「ぐはぁ……わ、悪くない一撃だよ…。」

 

あこ「見事な一撃で蘭ちゃんが撃沈だぁぁぁぁっ!!」

 

赤嶺「1対1ならいざ知らず、2人の香澄に1人で挑むなんて無謀だよ。」

 

香澄「さぁ、次は誰かな?」

 

次に名乗りを上げたのは--

 

千聖「私よ!」

有咲「私だ!」

 

あこ「これは勇者と防人の夢のタッグだよ!」

 

薫「この勝負は呼吸の合わせ方が鍵だね。千聖と有咲ちゃんに出来るかい?」

 

有咲「ふっ、当たり前だろ!さぁ、投げるぞ、千聖。」

 

千聖「何をかしら?」

 

あこ「早速合ってなーーい!」

 

有咲「だから!香澄をマットに投げて、そこを上からプレスするんだよ!」

 

千聖「そ、それくらい最初から分かってたわ。で、どっちを投げれば良いのかしら?」

 

有咲「どっちでも良い!あぁ、焦ったい!私が投げる!香澄、覚悟!!」

 

痺れを切らした有咲が香澄に向かって突進してくる。それと同時に千聖は高嶋の袖を掴みにかかる。

 

千聖「勝手に進めないで頂戴!高嶋さん、覚悟してもらうわ!」

 

しかし、香澄達はそれをものともせず、2人をリング中央目掛けて投げ飛ばした。

 

香澄・高嶋「「えいっ!」」

 

有咲「ちょまっ!?」

千聖「きゃあっ!?」

 

中央で有咲と千聖が衝突。そのまま2人はマットに伏せてしまった。

 

薫「秒殺とは……儚いね。」

 

花音「ふえぇ……何でみんな戦いたがるの…。」

 

友希那「見ていると、何故だか身体が熱くなって疼いてくるのよ。」

 

すると、そこへ更に遅れてやって来たたえ達がやって来る。

 

中たえ「あれ?リサさん達と遅れて来たら、なんか面白そうな事やってる。」

 

小沙綾「沙綾さん!?紗夜さんも!どうして縛られてるんですか!?」

 

中沙綾「うぅ……許して沙綾ちゃん。もう私達が戦うしかないのかもしれない。」

 

あこ「おっとぉ!遂にダブル沙綾が参戦だぁ!香澄達はこの挑戦を受けるのかぁ!」

 

香澄「踏まれても汚れても、野に咲く白い花が好き!そんな私は………笑顔の香澄マスク!」

 

高嶋「嵐にも耐えてきた、リングに咲く花一つ!そんな私は………怒りの香澄マスク!」

 

赤嶺「貴女から私へ、私から貴女へ。贈る引導………悲しみの香澄マスク!」

 

中沙綾「もう香澄達を止められるのは私達だけ……はぁぁぁぁっ!!」

 

紗夜「山吹さん……あなただけに頼りはしません。私も…はぁぁぁぁっ!!」

 

次の瞬間、凄まじい地鳴りと共に沙綾と紗夜は自らの力でりみのワイヤーを引きちぎったのである。

 

りみ「う、嘘!?どうして生身の2人が素手でワイヤーを引きちぎれるの!?」

 

更に2人の闘志を受け、倒れていた有咲達も再び起き上がる。

 

千聖「流石は勇者ね。でも、防人も一撃で終わる程ヤワじゃないの!もう一度やらせてもらうわ!」

 

有咲「そうだ!これが技の練習なら、私達全員で相手するのが当然だろ!」

 

蘭「勇者の敵は常に複数。なら、シミュレーションも対大勢じゃないと意味ないよね!」

 

夏希「さぁ、ここからがメインイベントです!」

 

有咲達の先導を受け、次々に選手達がリングへと上がり始める。

 

モカ「これじゃあ、誰が敵だか味方だか分からないね。」

 

イヴ「バトルロイヤルとは、中々いかすじゃねーか。全員ぶっ倒してやるよ!」

 

リサ「友希那ー!蝶の様に舞って、蜂の様に刺しちゃってーーー!」

 

燐子「………それはボクシングです…。」

 

中たえ・小たえ「「みんな頑張れーー!!」」

 

部室にいる殆どを巻き込んだバトルロイヤルが今、始まろうとしていた。

 

 

--

 

 

数分後--

 

夏希「ぎゃふん!?」

 

1人、また1人と香澄達に挑んでいった者達が倒れていく。対する香澄達は全く疲れをみせていなかった。

 

友希那「やはり無手の勝負だと、香澄達に敵う人はいないのかもしれないわね。経験の差がありすぎるわ。」

 

千聖「それでもやるべきよ。香澄ちゃん達の練習になれば、それだけ敵の討伐が楽になるわ。」

 

蘭「そうですね。この身が仲間の役に立つなら、喜んでどんな技だって受けとめる。来なよ。」

 

紗夜「そうです。高嶋さんの為なら……私は笑いながらマットに沈みましょう!」

 

中沙綾「紗夜さん……流石です。さぁ、沙綾ちゃん。私達も心を鬼にするよ、香澄の為に!」

 

小沙綾「ど、どうして私まで!?」

 

残った6人が一斉に香澄達に飛びかかる。流石の3人もこれには怯んでしまう。

 

高嶋「わわわ!こんなに大勢いっぺんに!?」

 

香澄「2人とも!こうなったらもうアレしかないよ!香澄ズ・三位一体!」

 

次の瞬間、香澄の掛け声と共に、3人の香澄が一つに重なり合いーー

 

 

 

中沙綾・紗夜「「っ!?」」

 

 

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「秘技!香澄神拳!!」」」

 

 

 

有咲「えっ!?」

 

千聖「あっ……!」

 

蘭「何!?」

 

紗夜「はぁぁ……!」

 

中沙綾「ひゃふ!」

 

小沙綾「ふぁぁぁ!」

 

6人の秘孔を突いたのだ。突かれた6人は恍惚な表情でその場に倒れ込んでしまう。

 

りみ・花音「「ええっーーー!?」」

 

モカ「ん?これは終わったよね?ゴング鳴らしまーす。」

 

フライパンの音が試合終了の鐘を告げた。

 

あこ「試合終了ーーー!勝者はトリプル香澄チームだぁーーー!!」

 

薫「見事な試合運びだったね。」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「ウィーアー!」」」

 

赤嶺「はぁーー!良い筋肉にいっぱい触れて満足満足!」

 

こうして異種過ぎる格闘技大会は幕を下ろすのであった。

 

 

--

 

 

それから30分後--

 

美咲「はぁ!?じゃあ、部室がしっちゃかめっちゃかになってるのは、そのプロレスごっこのせいだって事!?」

 

彩「良かったぁ。みんなが喧嘩したのかと思ったよ…。」

 

別件で戻ってきた美咲、彩、そしてゆりが戻って来るや否や、部室の惨劇を見て驚きを隠せないでいた。

 

ゆり「成る程ねぇ、投げ技や関節技の練習ねぇ。今までやってこなかったもんね、そういう事。」

 

有咲「だ、だろ?香澄達は素手で戦う貴重な勇者なんだし、充分に練習させておかないと!」

 

香澄「そ、そうなんです!だって練習しないと、樹海で上手く出来ないですから!」

 

彩「ホントそうだよね!あの大きいバーテックスを投げ飛ばすのには、何回も練習しないと無理だもん。」

 

ゆり「そうだよねぇ。でも知らなかったな。バーテックスにも関節や秘孔ってあったんだねぇ。」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「うっ……!」」」

 

ゆり「あははは……中々良いところに注目さたね……って笑って許されないよこれは!!」

 

香澄・高嶋「「ごめんなさーーーい!!」」

 

千聖・夏希「「すみませんでした……。」」

 

あこ「そ、それではテレビをご覧の皆様。いつかまた白いマットのジャングルでお会いしましょう!」

 

薫「また会おう、子猫ちゃん達。瀬田薫でした。あぁ……儚い。」

 

 



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思い出のアルバム〜絆と誇り〜

日々の特訓の無理が祟り体調を崩してしまった燐子。そんな燐子を治す為、あこはかつて体験した記憶を頼りに愛媛の山へ行こうとするのだがーー

誇りは姫百合の、絆は紫羅欄花の花言葉。




 

 

勇者部部室--

 

中沙綾「香澄、パン食べる?」

 

香澄「食べる!いっただきまーす!モグモグ……うーん!美味しいなぁ!」

 

彩「千聖ちゃんも食べる?」

 

千聖「え?わ、私は大丈夫よ。」

 

彩「そっかぁ………。」

 

千聖「……やっぱりいただこうかしら。」

 

束の間のひとときが流れている。御役目がなければ、年相応の中学生としての日常を送っている香澄達。しかし、何やら燐子の様子がおかしかった。

 

燐子「………………。」

 

あこ「どうしたの、りんりん?」

 

燐子「……へ?別に何でもないよ…あこちゃん。」

 

いつもなら笑顔を見せるのだが、今日の燐子は何処か上の空だった。

 

りみ「何処か具合が悪いとか…。顔色も良くない様に見えますよ?」

 

燐子「大丈夫ですよ…。」

 

あこ「気分が悪いの?熱は?今日はもう寮に戻った方が良いよ。」

 

燐子「うん…そうするね……。」

 

あこに促され、燐子は部室を後にする。部室から出る燐子をあこは心配そうに見つめていた。

 

赤嶺「風邪でも引いたのかな?」

 

あこ「……………。」

 

つぐみ「風邪には、生姜にニンニク。ネギなんかも効くよ。」

 

六花「心配ですね……後でお見舞いに行ってみよう?」

 

あこ「うん……。さて!あこの分のパンは何処かなー。いっただっきまーす!」

 

みんなからの心配を他所に、あこはいつも通り元気に振る舞っていた。

 

友希那「…………。」

 

 

---

 

 

翌日、燐子の部屋--

 

その後燐子の具合が悪化し、ベッドから起き上がる事が出来ない状態にまで深刻化してしまっていた。

 

イヴ「燐子さん、大丈夫でしょうか……。」

 

千聖「熱も上がってしまってお粥も喉を通らないみたい。今は取り敢えず水分だけ与えているわ。」

 

燐子「はぁ……はぁ……み、皆さん…すみません……。」

 

高嶋「気にしないでゆっくり休んで。みんなが交代で看病するから。」

 

蘭「果物を絞ったジュースでビタミンを摂らないとね。」

 

みんなが心配して部屋にやって来た中、いつもなら真っ先に居るであろうあこはこの場にいなかった。

 

紗夜「こんな時に宇田川さんは何処へ行ったのかしら?」

 

夏希「私も探したんですけど、朝から姿が見当たらないんです。」

 

小沙綾「いつものあこさんだったら、ずっと付きっきりで傍にいる筈なのに……。」

 

ゆり「このまま回復しないようなら、病院に連れて行かないとだけど…。」

 

美咲「これじゃあ歩くのは無理ですね。みんなで支えるかしないと…。」

 

中たえ「じゃあ、いつでも車出せるように手配しておくよ。」

 

燐子「はぁ…大丈夫です……。病気とかでは…多分…ないので……。」

 

花音「病気じゃない筈ないよ!こんなに辛そうなのに……。」

 

中沙綾「誰かがこうなる事は、想定しておくべきだったかもしれない……。」

 

赤嶺「どうして?何か思い当たる節があるの?」

 

沙綾が語るに、中立神の試練が始まって以来、夜の時間が長くなり、日照時間が今までよりずっと少なくなってしまっていた。人は日光を浴びる事によって生きている為、日照時間が少なくなれば、自律神経が乱れ、体調不良になってしまう事もあるのだ。

 

まして、元々身体が強くない燐子は、少しの事で体調を崩してしまう。その反動が来てしまったのだ。

 

香澄「どうしたら良いんだろう……。」

 

 

---

 

 

花咲川中学、渡り廊下--

 

一方その頃、あこはと言うと、リサ達巫女と話をしていた。どうやらあこは切羽詰まっているようだった。

 

あこ「無理を承知で頼んでるんです!大赦には内緒にしておけば良いでしょ!?」

 

リサ「そうはいかないよ…。何度も言ってるけど、"カガミブネ"の私的利用は禁止されてるんだから。」

 

あこ「そこを何とかお願い、リサ姉!」

 

あこは土下座までしてリサ達に"カガミブネ"を使わせて欲しいと頼み込んだのだ。

 

モカ「土下座までするなんて、一体どうしたの?」

 

彩「そこまでして"カガミブネ"を使おうとするなんて、何処へ行こうとしてるの?」

 

あこ「愛媛の山まで連れてって欲しいんだよ!」

 

リサ「それはまたどうして?理由を教えてよ。」

 

あこ「その山に行けば、りんりんを治せる物が手に入るかもしれないんだよ!」

 

六花「かも…って、確かな事じゃないの?」

 

あこ「う……。確実…とまでは。」

 

リサ「困ったなぁ…。大赦へ話を通すにしても、それじゃあ説得力に欠けちゃうし……。」

 

あこ「大赦を説得してる暇なんて無いよ!こうしてる間にもりんりんは苦しんでるのに!」

 

親友を助ける為に、あこはどうしても譲らなかった。しかし、巫女も大赦所属の身。独断で即決する事は出来ない。

 

彩「そう……だよね…。とにかく行ってみて、大赦には後で連絡するっていうのは…?」

 

六花「ダメです。無許可で"カガミブネ"を出して、使っている最中に複数箇所で敵が出てきたらどう言い訳するんですか?」

 

あこ「うぅ………わ、解ってる。けど!」

 

六花「解ってるとは思えないよ、あこちゃん。頭に血も登ってるみたいだし。」

 

モカ「あこちん…とにかくもう少し待ってよ。私達の判断だけじゃどうしようもーー」

 

あこ「うぅぅぅ………。もう良いよ!!」

 

そう言って、あこは走り去ってしまった。

 

彩「あこちゃん!ど、どうしよう、リサちゃん。」

 

リサ「大赦へ行こう。どこまで出来るか解らないけど、やれる事は全力でやるべきだから。」

 

 

---

 

 

駅--

 

学校を飛び出し、あこは自力で愛媛の山へ向かう為、駅へと来ていた。しかし、切符を買おうにもカードの残高が不足しており、切符を買えずにいた。

 

あこ「大赦支給のお小遣い使いすぎちゃった!」

 

途方に暮れている最中、あこに声をかける人物が。

 

友希那「切符代は私が出すわ。」

 

あこ「友希那さん!?どうして…。」

 

友希那「必死の形相で学校を飛び出して行くのだもの。後をつけて正解だったわ。リサも承知よ。」

 

あこ「ありがとうございます!」

 

友希那「さぁ、行くわよ。急いでいるのでしょう?」

 

友希那の助けを借り、あこは愛媛へと出発した。

 

 

---

 

 

愛媛、とある山奥--

 

あこ「確か……この辺りだったような…。もっとあっちだったかな……。」

 

2人はかれこれ2時間近く山奥を歩いているが、目的の物はまだ見つかっていなかった。

 

友希那「せめて、何を探しているのか教えてくれないかしら?」

 

あこ「腰の曲がったお婆ちゃんか、泉を探してください。」

 

友希那「人なのか泉なのかどっちなの?」

 

あこ「この山は、あことりんりんが勇者になったばかりの頃に来た事があったんですけど……。」

 

足を止め、あこはその時の事を友希那に話すのだった。

 

 

--

 

 

2015年、8月某日--

 

夏の日差しが照りつける中、あこと燐子は愛媛の山奥を歩き回っていた。

 

燐子「はぁ…はぁ……。あこちゃん、待って…。さっきから同じ所をばかり周ってるよ…。迷ってないかな…?」

 

あこ「ま、まっさかぁ!あこが迷う訳ないよ。それにしても何だか不気味な森だね。」

 

その時、木陰から急に声が聞こえる。

 

老婆「不気味とは失敬じゃのぉ。」

 

あこ「うわぁーーー!ビックリしたぁ……。」

 

老婆「こんな所で人に遭うなんて珍しいねぇ。お前さん方、こんな山奥で何をしとるんじゃ?」

 

あこ「トレーニングだよ。りんりんに体力をつけてあげようって思って。」

 

燐子「お婆さんは…お一人でハイキングですか…?」

 

老婆「いやぁ、山菜採りに来たんじゃけど、滑って足を挫いてしまってのぉ。少し休んどった。」

 

あこ「そっかぁ。だったらあこがおぶってあげるよ。ほら、乗って!」

 

老婆「構わんどくれ。今は世の中が危険な時じゃ。いずれ年寄りは邪魔になる。気にしなさんな。」

 

あこ「何言ってるの!歳なんか関係ないよ?目の前で困っている人がいるのに放っておけないよ!」

 

燐子「そうです…。それに…邪魔だなんて事ありません…。お年寄りの知恵は…私達子供世代の宝なんですから…。」

 

この言葉に関心したのか、老婆は風呂敷から竹筒を取り出しあこに手渡した。

 

老婆「ええ子らじゃ。お礼に秘密の霊水を分けてやろう。」

 

燐子「霊水…?」

 

老婆「この山には、万病に効く水の湧く泉があってな、ワシだけがその場所を知ってるんじゃ。ワシは化け物と戦う事も、お前さん方を守る事も出来んけん、せめてそれくらいはなぁ。」

 

あこ「お礼なんて良いんだよ!その水はお婆ちゃんが飲んで、早く良くなってね!」

 

燐子「そうです…。私達はそのお話だけで…今日が素敵な思い出になりますから…それで充分です…。」

 

老婆「ハハハ、欲が無いのぉ。じゃがこの先、もし困ったら、いつでもこの霊水を汲みにおいで。」

 

 

--

 

 

愛媛、とある山奥--

 

友希那「万病に効く霊水……。」

 

あこ「りんりん、もう半月くらいずっと具合が悪かったんです。」

 

友希那「っ!?でもそんな素振りは少しも…。」

 

あこ「無理してたんです…。りんりん、みんなよりずっと体力ない事を気にしてて…ずっと自主トレしてたんです。」

 

燐子はずっと気にしていたのだ。他の人より病弱で、体力も無い自分がみんなに追いつけるよう。みんなをもっと守れるよう、中立神の試練が始まってからずっと人目につかず鍛えていたのである。

 

あこ「だから、りんりん前よりずっと強くなったでしょ?」

 

友希那「ええ。てっきり戦闘慣れしたのかと思っていたけれど、燐子なりに努力してたのね。だけれど……。」

 

あこ「解ってます…。水で病気なんか治る筈がないって。でも……あこ思うんです!あの日に聞いた霊水だって言えば、きっとりんりんも元気になるんじゃないかって。」

 

友希那「それはそうだけれど…あこ、あなたさっき言っていたわよね?"勇者になったばかりの頃"だって。」

 

ここは異世界だけれども、時代は神世紀。あこの話は西暦なので、少なくともそれから300年は経ってしまっているのだ。泉はとうに枯れ果てているのかもしれないのだ。

 

あこ「え………?あぁぁぁぁぁ!!!どうしよう!このままりんりんの体調が戻らなかったらどうしよう!?」

 

友希那「落ち着いて、あこ。」

 

あこ「りんりん、元々身体が弱くて子供の頃は入院もしてて……それがずっとりんりんの負い目だったんです…。自分も勇者だからって弱音は吐かないし、自主トレの事も恥ずかしいから黙っててって……。だからあこも今までよりりんりんと外に行くようにしたし、りんりんも部屋で本を読んでるより楽しいって言ってくれて…それが良い事だって思ってました。だけど……あんな風に寝込んだりして…もし、また入院って事になったら…。」

 

友希那「確かに、西暦時代よりも燐子は明るく活発になったわ。だけど、どこか無理がかかっていたのではないかしら?」

 

あこ「体力が無くて勇者失格だって言われるのをりんりんは怖がってるんです。だから具合が悪いのを隠してまで……。最後まで一緒に戦うんだって。足を引っ張らないで技も磨いて…とにかく頑張るって……言ってたんです。でも、りんりんは体力が無くたって頭も良いし!こんな事で勇者失格だなんて事ないですよね!」

 

縋り付くように必死で話すあこ。しかし友希那はこう言い放つ。

 

友希那「………………失格だとしても構わないわ。この世界には他に何人もの勇者がいるのだから。」

 

あこ「なっ………!?友希那さん!それでもリーダーなんですか!!りんりんを見捨てるんですか!!?」

 

冷たく言い放つ友希那に対し、あこは友希那に掴みかかろうとする。しかし友希那はこう付け加えた。

 

友希那「……無理をして勇者どころか、普通の生活もままならなくなったらどうするの?」

 

あこ「え……?」

 

友希那「大切なのは1人の戦闘員では無く、私達の友人である白金燐子の存在じゃないの?」

 

あこ「友希那さん……。」

 

友希那「それともあこは、燐子が勇者だから大切にしてるとでも?」

 

あこ「それは絶対に違います!あこはりんりんがりんりんだから!りんりんがりんりんなだけで大好きなんです!!どんなに弱くても、どれほど強くなっても、りんりんはあこが守る!ずっと守るってあの時から誓ったんです!!」

 

友希那「………なら早く帰って傍に居てあげる事よ。それが燐子にとっては1番の薬の筈でしょ?」

 

あこ「友希那さん………そう…ですね。そうします!」

 

その時、友希那の端末にリサから通信が入った。しかし電波が悪いのか雑音が酷く聞き取れない。

 

友希那「通信が乱れてる?あこ、ちょっとここに居て頂戴。もしもし、リサ…?」

 

友希那はリサと通信する為に1人移動した。1人になったあこ。すると辺りが急に暗くなり始めたのだ。

 

あこ「あれ?急に暗く……。」

 

そして突然あこの後ろから声が聞こえる。

 

?「嬢ちゃん。」

 

あこが振り返ると、そこにいたのはあの時に出会ったお婆さんだったのだ。

 

あこ「お婆ちゃん!?」

 

老婆「そんなに心配しなさんな。きっと元気になるけんねぇ。」

 

あこ「どうして!?……でも、そんな筈は……。」

 

突然の事で頭がこんがらがってしまうあこ。それもその筈、300年も経っているのに、目の前にいるお婆さんは以前遭った時となんら変わっていないのだから。

 

老婆「これからも………どうか四国の事を頼みしたよ……勇者殿。」

 

あこ「えぇっ!?何であこが勇者だって事を……。」

 

するとあこの声を聞きつけ、友希那が走って戻ってきた。

 

友希那「どうしたの?あこ。」

 

あこ「友希那さん!変なんです!このお婆ちゃんが………っていない!?」

 

あこが再び振り返ると、既にお婆さんの姿はなかった。そして何故かあこの手には、さっきまで持っていなかった竹筒が握られていたのである。

 

あこ「この竹筒……水が入ってる。まさかこれって!」

 

友希那「さっきから何を言っているの?リサが大赦を説き伏せたから、今から"カガミブネ"で迎えに来てくれるそうよ。」

 

あこ「友希那さん!りんりんは絶対に良くなります!そして今までよりもっと強くなります!この水で!」

 

友希那「………そうね。」

 

あこ「きっと勇者の味方の神様が霊水をくれたんです!あこ、その事をりんりんに教えてあげるんです!」

 

友希那「さぁ、早く行きましょう。あこのその笑顔があれば燐子もすぐに良くなるわ。」

 

あこ「はい!!りんりーーん!今行くからねーー!!」

 

霊水をくれたお婆さんが誰なのか、そもそもそれは本当に霊水なのか、それは誰にも分からない。しかし、後日燐子は元気を取り戻し、今までよりも元気になった。

 

これは互いを想い合い続ける2人に起こった、少し不思議な、だけど本当にあったお話--

 

 



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思い出のアルバム〜心から求めてたもの〜

1人が好きだった美咲。しかし、何故だか心が休まらない。それは自分でも気が付かなかった心の変化があったからだった。




 

 

市ヶ谷宅、有咲の部屋--

 

美咲「はぁ……静かだなぁ…。」

 

有咲から合鍵を貰ってからというもの、美咲は度々有咲の家に訪れてはこうして1人過ごしていた。

 

美咲「1人の時間を持てるっていうのは、幸せだよ。市ヶ谷さん、こうして私が来る時は必ず外出してくれてるし、お婆さんも出かけてるし気使わせ過ぎちゃってるかも。」

 

ソファーに寝転び天井を見上げる。外界から隔絶されたこの空間には物音1つ立たず、静かさが辺りを包んでいる。横に顔を向けると、そこには有咲が書いたいつもの書き置きが。書き置きは美咲が来る時には必ず置いてあった。

 

美咲「いつもはそんな当たり障り無い書き置きだけど……"別宅に行ってくる"って……別宅って何だ?愛人でもいるの?」

 

笑い声が壁に反響する。この世界に来るまで美咲はいつも1人だった。1人が楽だった。誰の顔色を伺う必要もないし、気を使う必要もない。美咲にとってはこれ以上最高な空間はなかった。

 

 

 

なかった筈なのに--

 

 

 

美咲「……………はぁ。いつもなら落ち着ける筈なのにね…。」

 

 

---

 

 

牛込宅前--

 

一方で、有咲は"別宅"であるゆりとりみの家の前まで来ていた。手には紙袋が1つ。

 

有咲「ふふーん。ちゃんと手土産を持参する辺り、私の女子力も捨てたもんじゃねーな。りみはチョコケーキ、ゆりはきっとモンブラン取るだろ。休みの日に急に訪ねたから、びっくりする顔が目に浮かぶな。」

 

ほくそ笑みながら、有咲は呼び鈴を鳴らす。数秒してドアが開いた。しかし、中から出てきた人物はゆりでもりみでもなかった。

 

薫「おや?どちら様だい?」

 

有咲「へ…?」

 

薫「あぁ、有咲ちゃんじゃないか。ゆり、有咲ちゃんが訪ねて来てくれたよ。」

 

有咲「ど、どうして……?」

 

 

--

 

 

牛込宅、リビング--

 

中に入り有咲は更に驚く事になる。薫に加え、彩と燐子もいたからだ。

 

有咲「どうなってんだ…?」

 

ゆり「驚かせてごめんね。テストが近いから…。」

 

りみ「1年生3人で一緒に勉強しようってなったんだ。」

 

ゆり「そのついでに、仄かに成績が芳しくない、薫の勉強も見てあげようってね。」

 

薫「世話になっているよ。」

 

ゆり「勇者部から落第者を出す訳にはいかないから。」

 

薫「あぁ……ゆりの優しさが身に染みるよ。」

 

ゆり「や、やめてよ…。これは…その…部長としての義務感で……。」

 

有咲「ふ、ふーん。そっか。なら私がいたら邪魔だよな。帰るわ。」

 

折角の時間に水を刺したと感じ、帰ろうとする有咲だったが、

 

ゆり「何で帰っちゃうの?折角だから晩御飯でも作って行って。」

 

有咲「私は別にご飯を食べに来た訳じゃ……って、なっ!作れ!?」

 

ゆり「だって、有咲ちゃんは勉強出来るし、手が空いてるから来たんだよね?」

 

有咲「…………そ、そんなに言うなら仕方ねー。手伝ってやるか。」

 

ゆり「ありがとう。りみ達は夜ご飯まで勉強。薫もちゃんと問題集やってね。」

 

燐子「分かりました…。」

 

薫「任せてくれ。」

 

 

--

 

 

1時間後--

 

有咲「えっと……キュウリは確か…塩で揉むんだよな…。」

 

不器用ながらも、着々と料理をこなしていく有咲。

 

ゆり「有咲ちゃん、随分料理の腕前上がってきたよね。」

 

有咲「ま、まあな…ゆりがやってるのを見て、自然に覚えたって感じだ。」

 

ゆり「偉い偉い。」

 

有咲「ちょまっ!包丁持ってるのに危ねーだろ!」

 

薫「うん……幸せな家庭の風景じゃないか…儚い。」

 

りみ「薫さん…どの立ち位置なのかな…。」

 

燐子「…お父さん……でしょうか。」

 

彩「?それって……あぁ、家族ごっこだね!」

 

燐子「それじゃあ私達は…3人姉妹かな……。」

 

りみ「でも、そしたら有咲ちゃんは……。」

 

勉強そっちのけで、家族ごっこの話しに華が咲く3人なのだった。

 

 

--

 

 

そこから更に2時間後--

 

全員「「「ご馳走様でした!」」」

 

薫「至福の時間だったよ。眠気が私を包み込もうとしているね……。」

 

有咲「まだ寝るには早いぞ。問題も全然解けてなかったし。」

 

ゆり「後片付けはしちゃうから、先にお風呂に入っておいで。」

 

有咲「お風呂って……みんな泊まってくのか!?」

 

彩「うん!今日はお泊まり会でもあるんだ。」

 

りみ「お姉ちゃん。私達3人で入るね。」

 

ゆり「3人で?流石に3人じゃ狭いんじゃない?」

 

彩「みんなで洗いっこするんだ♪」

 

燐子「楽しみです……。」

 

心なしかいつもより燐子のテンションが高いのが伝わってくる。

 

ゆり「あんまり長く入ってのぼせないように気をつけてね。」

 

りみ・燐子・彩「「「はーい♪」」」

 

ゆり「さて。じゃあお皿洗って、3人が上がってきたらデザートにしよっか。」

 

有咲「うっ……アポを取らなかったのは失敗だったな。ケーキ、3つしか買ってきてねーんだ。」

 

ゆり「そんなの気にしなくて大丈夫だよ。ケーキはりみ達にあげて、私達3人は果物でも食べよう。」

 

薫「果物か…どれ、私が切り分けよう。」

 

ゆり「薫は勉強が残ってるでしょ。私達でやっとくから大丈夫だよ。」

 

薫「いや、ゆりには日頃から料理を振る舞ってもらっている。それくらいはやらせてくれないか?」

 

有咲「日頃から……?」

 

ゆり「いやいやいや!毎日じゃないよ!?たまに!たまーーにだからね!」

 

顔を真っ赤にしながら、ゆりは顔を横に振って訂正する。

 

薫「そう……3日に1度くらいにお弁当をね。」

 

有咲「それもう頻繁すぎるぞ!」

 

ゆり「だ、だってほら!薫は放っておくと、魚しか食べないから!」

 

薫「魚だけではないさ。海藻も食べているよ。」

 

有咲「あんま変わんねーよ!」

 

薫「それは置いておいて…今日はゆりの為に、私がパイナップルを切り分けるよ。」

 

薫は冷蔵庫に入っていたパイナップルを取り出し微笑む。

 

有咲「ぐぬぬ……わ、私だってゆりの為にバナナの皮ぐらい剥いてあげれるっつーの!」

 

何故かそれに対抗心を燃やした有咲も、冷蔵庫からバナナを取り出した。

 

ゆり「それは猿でも出来るよ?」

 

有咲「ううううるせーー!だったら勝負だ、薫!」

 

ゆり「えっ、何で!?」

 

薫「良いだろう。」

 

ゆり「良いの!?」

 

有咲「どっちが美味しく果物を切れるか勝負だ!」

 

ゆり「何その勝負!?ジャッジが難し過ぎるよ!」

 

有咲「ぐぬぬ………!」

 

薫「………!」

 

互いが一歩も譲らぬ一触即発状態。

 

ゆり「何これ……何これーーーーっ!!」

 

 

--

 

 

1時間後--

 

彩「はぁ…….良いお湯だった。お先にありが……っ!?」

 

りみ「ええっ!?」

 

燐子「これは……何でしょうか……?」

 

お風呂から上がった3人が目にした光景。それはキッチンで有咲と薫が唸り声を上げながら、沢山の果物を切り分け、その横でゆりが慌てふためいている地獄絵図。

 

りみ「有咲ちゃん、薫さん、これは一体……。」

 

薫「はあぁぁぁぁっ!デザートを!」

 

有咲「作ってるんだあぁぁぁぁぁっ!!」

 

その時だった。呼び鈴の音がりみの耳に入ってきたのだ。

 

りみ「だ、誰か来た……!」

 

慌てて玄関へ行き、ドアを開けるとそこにいたのは美咲だった。

 

りみ「み、美咲ちゃん!?」

 

美咲「帰りがてらに市ヶ谷さんにお礼を言おうと思って寄ったんだけど…。何この音。」

 

りみは美咲を招き、事の経緯を説明するのだった。

 

 

--

 

 

牛込宅、リビング--

 

美咲「うん、ごめん。全然情報が頭に入ってこないや。っていうか……。」

 

ゆり「美咲ちゃん!?丁度良いところに!2人を止めてよーー!」

 

美咲「ふふっ……あはは!1人になりたかったのに…私ったらおっかしいなぁ…。こんな光景を見てると、やっぱりみんなと一緒に過ごせば良かったかもって思っちゃうな。」

 

有咲・薫「「出来た!!」」

 

お皿に乗って出てきたものは、最早形を留めていない果物だったものだった。

 

ゆり「何これ!これじゃあ、ただの山盛り細切れフルーツだよ!!」

 

美咲「あははははっ!ゆり先輩ナイスツッコミです!あはは!」

 

りみ「パイナップルにマンゴー、桜桃、バナナにグレープフルーツ……。」

 

燐子「黄色ばっかりですね……。」

 

彩「全部ゆりさんの勇者服の色だね!」

 

ゆり「ふ、2人とも……そんなに私の事を思って…!」

 

有咲「いや…全部家にあったやつだぞ!」

 

薫「あぁ。黄色しかなかったね。」

 

ゆり「うっ……。と、ところで美咲ちゃん。もう遅いし、せっかくだから美咲ちゃんも泊まっていけば?」

 

美咲「え?良いんですか?市ヶ谷さんも泊まるの?」

 

有咲「わ、私は泊まるなんて一言も!」

 

ゆり「え?今から帰るの?1人で?ふーん、そうなんだぁ……。」

 

有咲「くっ………そ、そこまで言うなら泊まっていってあげない事もないぞ。」

 

ゆり「そんなには言ってないけど…。」

 

有咲「う、うるせーー!泊まるーー!」

 

美咲「あはははっ!絶対明日お腹が筋肉痛だよ!」

 

美咲(1人の時に感じてたあのモヤモヤ……その原因…何だか分かった気がするな…。それはきっと……みんなの事が好きになったから…。)

 

りみ「あれ?どうしたの、美咲ちゃん。考え事?」

 

美咲「へ?いや、逆かな。考えてた事が解けたんだ。ありがとね、りみ。みんなのお陰だよ。」

 

あの時には感じられなかったものが、今は部屋いっぱいに満ちている。それは美咲が心から求めていたものだった。

 

 



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思い出のアルバム~新入部員花園たえ~

以前に香澄達に会った事のある花音。ふと花音は部室にいた香澄、沙綾、たえの3人に、自分が会う以前のたえが勇者部に入部した時の事についてを尋ねるのだった。




 

勇者部部室--

 

香澄「戸山香澄、ただいま到着でーす!」

 

中沙綾「今日も元気だね、香澄。」

 

中たえ「そうだね。私初めてここに来た時もそんな感じだった。」

 

花音「そうだったんだぁ。私、香澄ちゃん達とは会った事あったけど、たえちゃんが入部した時ってどんな感じだったの?」

 

千聖「私も気になるわ。」

 

香澄「うーん…今なら他に誰もいないから話しちゃっても大丈夫だよね?」 

 

中沙綾「大丈夫だよ。」

 

香澄「それじゃあ--」

 

香澄はたえが勇者部にやって来た時の事を話し始めるのだった。

 

 

---

 

 

神世紀300年秋--

 

香澄達勇者の活躍によって、"融合型"は倒され当面の危機は去った。神託からも暫くはバーテックスの侵攻は収まると確認されている。大赦は沙綾によって壊された壁を修復し、香澄達勇者も散華によって捧げられていた身体機能も徐々に取り戻し、世界に休息の時が訪れる。

 

文化祭でのバンドも大成功し、勇者達はいつもの日常を取り戻した。

 

 

--

 

 

文化祭から数日後--

 

香澄と沙綾はいつもより早く家を出て、通学路を歩いている。

 

香澄「うーん!気持ちのいい朝だね!さーやのフットワークも機敏になったから、朝起きが捗るよ!」

 

沙綾「香澄には沢山助けてもらったから、少しでも恩返しして行かないとね。」

 

香澄「そんなそんな!私は今でもさーやに助けられっぱなしだよ。」

 

沙綾「香澄、身体の具合は大丈夫?」

 

香澄「うん、時々クラっとするけど、大丈夫だよ。」

 

1人だけ回復するのが遅かった香澄。"御霊"に直に触れた事によって身体の多くを散華してしまい、戻ってきた機能がまだ身体に上手く馴染んでいない為だ。

 

沙綾「変化があればすぐに言ってね。悩んだら相談だよ、香澄。」

 

香澄「さーやもね。悩んだら相談。」

 

沙綾「……うん。」

 

香澄「……。」

 

突然沙綾の事をじっと見つめる香澄。

 

沙綾「……私の頭に何か付いてる?」

 

香澄「ううん!何でもないよ。…さーやと立って並んだ時の目線が斬新っていうかね。」

 

そんな時だった。2人の前に黒い高級車が1台止まる。サイドには大赦の印が付いている。

 

沙綾「……。」

 

沙綾は息を呑んだ。沙綾はあの時に壁を破壊した。後に修復されたが、大赦からはその事で一切のお咎めが無かったから。ドアが開くと、沙綾に耳馴染みの声が聞こえてくる。

 

?「こんにちは、2人共。」

 

香澄・沙綾「「っ!?」」

 

たえ「じゃじゃーん!花園さんちのたえだよ!驚いた?」

 

花園たえが花咲川中学の制服を身に纏い立っていた。

 

たえ「今日から同じクラスメイトだよ。よろしくね!」

 

沙綾「おたえ…。」

 

たえ「へいへい、沙綾。たえだよ!」

 

沙綾「おたえっ!」

 

沙綾はたえに抱き着いた。

 

たえ「驚いてる驚いてる!サプライズは大成功だね!」

 

 

---

 

 

花咲川中学、教室--

 

たえ「Zzz……。」

 

教室に入るや否や、たえは早速寝息を立てていた。

 

沙綾「転入初日に寝ちゃうなんて、やっぱり本物のおたえだね。」

 

有咲「はぁっ!?ど、どーなってんだ!?」

 

少し遅れてやって来た有咲もこれには驚く。

 

香澄「やっぱり有咲も知らなかったんだね。さーやも聞いてないんだって。」

 

クラスメイト1「それにしても美人だね…。」

 

クラスメイト2「小学校はあの神樹館だよ?お嬢様だよ。」

 

クラスメイト3「っていうか、山吹さんも神樹館だったんだね…。」

 

 

---

 

 

放課後、勇者部部室--

 

部室には既に全員が集まっていた。そこへたえがやって来る。

 

 

 

たえ「勇者部に入部希望の花園たえです。2年前、大橋の方で勇者やってました。改めて、よろしくお願い致しまーす。」

 

りみ「わぁ。」

 

有咲「何で伝説の勇者がこんな所に!?」

 

たえ「リハビリが済んで、ある程度動けるようになったから、通学する事にしたんだ。だったらこの花咲川中学を希望するしかないよね。」

 

有咲「そんな理由かよ!」

 

たえ「後私、小学校中退だしねー。」

 

有咲「そんな重い事をしれっと!?」

 

沙綾「またおたえと勉強出来るようになるなんてね。」

 

たえ「授業中に寝ちゃってたら注意してね。」

 

沙綾「しない様に気を付けなさい。」

 

ゆり「御役目から解放された花園さんは普通の生活に戻る事を大赦に要請したの。」

 

ゆりが経緯を説明する。

 

たえ「まさか普通の生活に戻れるなんてね。」

 

ゆり「偉大な先輩勇者を歓迎します、花園さん。」

 

たえ「花園とかたえで良いですよ。ゆり先輩。よろしくね、有咲。お兄さんとは大赦で何度も会ったよ。」

 

有咲「おっ、おう…。」

 

たえ「後は…りみに香澄だね。」

 

香澄「よろしくね、おたえ。」

 

りみ「こちらこそよろしくね、おたえちゃん。」

 

たえ「……確かに似てる所あるね、夏希に。」

 

沙綾「…そうだね。散華した時も、自分より私達の事を心配してくれたんだ。そういう所も似てるよ。」

 

有咲にかつての仲間だった夏希の面影を見たたえ。

 

たえ「あっ、それでねーこの子がオッちゃん。」

 

たえは持ってきたウサギのぬいぐるみ兼枕を紹介する。

 

りみ「不思議な人だね、お姉ちゃん。」

 

たえ「そっかー。みんなこんな風に青春してたんだね。」

 

香澄「おたえ。」

 

たえ「ん?」

 

香澄「勇者部へようこそ!」

 

たえ「うん、これから私も青春するんだ。」

 

 

---

 

 

かめや--

 

勇者部の6人は、歓迎会と称し景気良くかめやでうどんを食べていた。

 

たえ「うーん。やっぱりうどんはいつ食べても美味しいな。」

 

香澄「味が分かるのってやっぱり最高だよ!」

 

たえ「だね。」

 

有咲「たえは、何処から通ってるんだ?」

 

たえ「駅の近くのマンションを大赦が借りてくれたんだ。だからそこに住んでるよ。」

 

りみ「おたえちゃん、実家は大橋の方だもんね。1人暮らしになるの?」

 

たえ「お手伝いさんが来てくれるから大丈夫だよ。」

 

沙綾「おたえも供物が返ってきたから、もう祀られてる訳じゃないんだよね?」

 

たえ「うん。でも家が家だし、勇者の素質アリだし。だけどみんな良くしてくれてるよ。」

 

有咲「そりゃ、花園家は大赦の最高権力を持ってんだからな。そうだ、大赦から何かメッセージとか来てるか?」

 

たえ「"今まで通りに生活を。"だって。」

 

有咲「そっか。私の方もそんな感じだったな。」

 

香澄「そういえば、おたえの精霊って何だったの?」

 

たえ「"鴉天狗"だね。後は"枕返し"とか"獏"とかいっぱいいたよ。」

 

ゆり「……さ、流石に先代勇者ともなると格が違うね…。」

 

精霊の多さは散華の多さ。それだけで大橋での戦いがどれだけ悲惨だったかという事が分かる。

 

たえ「まぁまぁ。今はそんな事は気にせずうどん食べましょう。」

 

ゆり「そうだね。じゃんじゃん食べるぞー!」

 

おかわりしつつの、長い歓迎会になるのだった。

 

 

---

 

 

山吹宅--

 

歓迎会の後、たえは沙綾の家に来ていた。香澄も沙綾とたえに気を使い2人を送り届けて帰って行った。

 

たえ「何ていうか……沙綾らしい部屋だね。」

 

沙綾「そんなに変わった所は無いと思うんだけどね…。」

 

この後2人は積もりに積もった話をした。

 

 

今までの事--

 

 

そして、かけがえのない友達の事--

 

 

そして、沙綾はたえが知ってる限りの大赦情報を聞く事が出来た。いずれ時期が来たら話す事になる、これからの事についても。

 

それは暗い話題では無いとはいえ、急速時期の今、慌ててみんなに話す必要は無かった。

 

神世紀300年の秋。新たな仲間が加わった勇者達は普通の中学生としての束の間の生活を過ごすのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

花音「へぇ……何だか素敵だね。」

 

中たえ「そう。沙綾や香澄。有咲にりみ、ゆり先輩。みんなに会えて、私すっごく幸せなんだ。」

 

千聖「幸せね……分かるわ、その気持ち。それに、私の知らなかった有咲ちゃんの様子が知れた事も中々の収穫ね。」

 

中沙綾「あはは。まだこれはほんの一端に過ぎないんですよ。」

 

有咲の事について話そうとした時、部室のドアが開きみんなが次々に入ってくる。

 

ゆり「あれ?みんなここに居たんだ。結構探しちゃったよ。」

 

香澄「どうしたんですか、ゆり先輩?」

 

ゆり「新しい依頼が来たからみんなに召集をかけたんだ。」

 

中たえ「ホントですか!頑張っちゃいます。」

 

ゆり「たえちゃんがそこまでテンション上がるなんて珍しいね。何かあったの?」

 

中たえ「ふふ…内緒です。」

 

中たえ(私…この部活が……みんなが大好き。)

 

 

 



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思い出のアルバム〜隣の芝生は青い〜


"一口ちょーだい"。全てはこの一言から始まった。
たかが唐揚げ一つ、されど唐揚げ一つ。この世界は常に等価交換で成り立っているのである。




 

 

勇者部部室ーー

 

中沙綾「只今より、緊急裁判を開廷します。」

 

部室内に重苦しい空気が流れている。何故こうなってしまったのか。それは少し前に遡るーー

 

 

 

ーーー

 

 

かめやーー

 

花音「♪〜。このお店って、麺類以外にも色々あって、選ぶの迷っちゃうな。」

 

つぐみ「私は……おかめうどん。あっ、やっぱり梅カツうどんに。」

 

六花「私は山菜うどんと釜飯のセットにします。」

 

香澄「うーん…今日は卵とじうどんと、シューマイにしよっと!」

 

香澄達は本日の依頼が終わったので、うどんを食べかめやへとやって来ていた。

 

蘭「注文し終わって、待ってる間はなんか侘しいよね。」

 

 

ーー

 

 

数分後ーー

 

全員の目の前に注文したうどんがやって来る。

 

全員「「「いただきまーす!」」」

 

赤嶺「シューマイ美味しそうだね。一口ちょーだい♪お返しに、私のコロッケ、一口どーぞ♪」

 

香澄「ありがとー!モグモグ…美味しいね!みんなでご飯食べるの大好き!」

 

赤嶺「彩ちゃんの玉ねぎサラダ、一口ちょーだい♪お返しに私の海藻サラダ、一口どーぞ♪」

 

彩「ありがとう!うん、とっても美味しいよ!」

 

赤嶺はみんなで食事をする時、いつも"一口ちょーだい♪"と言って、おかずの交換をしていた。殆どがそれを好意的に受け取っているのだが、1人だけは違っていた。

 

あこ「うぅ…………!」

 

イヴ「あこさんは、どうして唸ってるんですか?」

 

りみ「な、何でだろう……。」

 

一通り堪能した赤嶺が次に狙いを付けたのは、あこだった。

 

赤嶺「あーこちゃん、その唐揚げ一口ちょーだい♪」

 

あこ「えー、唐揚げ一口って丸々一個だよ。食べたいなら、もう一皿頼めば良いのに。」

 

赤嶺「んー。でも、それだとお腹いっぱいになっちゃうかもだし、ちょっと味見したいだけなんだもん。」

 

あこ「味見って、何度もここの唐揚げ食べてるじゃん!」

 

赤嶺「けど、一回の食事で色んな味を楽しみたくない?ほら、私のもあげるから、分けっこしよーよ♪」

 

そう言って、赤嶺が差し出したのはキュウリの浅漬けだった。

 

あこ「キュウリの浅漬けと唐揚げじゃ、釣り合わないよ!!」

 

赤嶺「そうかな?さっぱりするし、相性良いと思うよ?分けっこするにはぴったりの料理でしょ?」

 

あこ「あこは分けっこしなーーーーい!!あこの唐揚げはあこだけの物だよ!!!」

 

鬼の様な形相で、あこは唐揚げが乗ったお皿を抱え込む。

 

燐子「あこちゃん……大きな声はお店に迷惑かかっちゃうよ…。」

 

あこ「唐揚げは4個しかないんだよ!?一個あげたら3個になっちゃうじゃん!」

 

紗夜「引き算が出来るなんて凄いですね、宇田川さん。」

 

花音「でも、あこちゃんが言ってる事もちょっと解るかも……。これは微妙な問題だよね。」

 

美咲「確かに、唐揚げと浅漬けじゃ等価交換にはならないかも。」

 

赤嶺「わ、解ったよぉ。そんなに唐揚げが好きならもう良い。ケチンボだなぁ、あこちゃんは。」

 

あこ「あこはケチじゃないよ!大っきいお皿にのってるなら別だけど、この唐揚げは4個しかないから、4個食べたいんだもん!」

 

ゆり「いい加減にしなさい、2人とも。」

 

側から見れば、何とも幼稚な子供の喧嘩である。

 

小沙綾「はぁ……仮にも勇者なんですけどね…。」

 

千聖「情けないし、恥ずかしいわ…。」

 

友希那「あこが申し訳ないわ……。はぁ…。」

 

 

ーーー

 

 

それから数日後、勇者部部室ーー

 

あこ「ふざけるのもいい加減にしてよーーー!!」

 

今日もあこの怒号が部室内に響き渡った。

 

リサ「ど、どうしたの!?あこ。」

 

赤嶺「ちょっと聞いてみただけじゃん、ケチ。」

 

薫「一体何の騒ぎだい?」

 

紗夜「またですか、宇田川さん。頭がガンガンしてきます。」

 

中沙綾「喧嘩してる理由は何?」

 

赤嶺「あこがね、アイス食べてたから私が一口ちょーだいって言っただけ。」

 

千聖「また……。一口ぐらい良いんじゃないかしら?」

 

あこ「これは絶対ダメなんです!」

 

全員が赤嶺の味方をするので、あこはその元凶となったアイスをみんなに見せる。すると、何人かの目の色が変わったのだった。

 

あこ「今食べてたアイスは、"雪目だいふく"だったからだよ!!」

 

夏希「なっ………そ、それなら納得です!」

 

有咲「"雪目だいふく"は1パックに2個入り…流石にそれを一口っていうのは中々…。」

 

あこ「そう!そうなんだよ、夏希!これは正気の沙汰じゃないよ!!"雪目だいふく"は買う度に小さくなってる非情なアイスなんだよ。」

 

友希那「丸々一個とは言ってないのでしょ?少し怒りすぎじゃないかしら?」

 

花音「でも、"雪目だいふく"は確かに考えちゃうなぁ。"ペノ"ならまだしも。」

 

"ペノ"とは1パックに6個入りのアイスである。食べやすく、分けやすいのでこちらも非常に人気のアイスなのだ。

 

あこ「"ペノ"でも絶対ヤダよぉーー!」

 

香澄「まぁまぁ、友達なんだし分けてあげようよ。」

 

あこ「あこは分けっこしないのーー!」

 

ゆり「アイスの1つや2つ、また買えば良いでしょ?赤嶺ちゃんも、欲しかったら買えば良いのに。」

 

赤嶺「そこまでは食べたくないです。一口欲しいだけだし。」

 

あこ「赤嶺の方がおかしいよねぇ!」

 

六花「ですが、しょうがないですよ。香澄族なんですから。」

 

中沙綾・紗夜・つぐみ「「「うんうん。」」」

 

あこ「うぅ………あこは赤嶺を訴えるんだからぁーーーー!!」

 

こうして、何故だか分からないが、勇者部にて緊急裁判が開かれる事となったのである。

 

 

ーー

 

 

中沙綾「只今より、緊急裁判を開廷します。」

 

ゆり「勇者部内での"一口ちょーだい"について。まず、各々の言い分を聞くね。」

 

花音「ふえぇ……。まず、あこちゃんは"一口ちょーだい"の全面禁止を求めています…。」

 

小たえ「一方赤嶺先輩は、あこ先輩の頑なな態度で心に深い傷を負い、処罰を望まれています。」

 

赤嶺「あこちゃん、絶対に誰にもくれないんですぅ。こういうのって良くないと思いまーす。」

 

あこ「ぐぬぬぬぬぅ………。」

 

イヴ「裁判長、一言宜しいでしょうか…。」

 

ゆり「発言を許可します。」

 

イヴ「私、あこさんが一口あげたところを見た事があります…。」

 

赤嶺「え!?それ本当?」

 

イヴ「はい。燐子さんにです。」

 

今のこの発言で陪審員達に大きな衝撃が走る。

 

美咲「それじゃあ、あこは赤嶺さんだけにあげないって事?」

 

中たえ「それは意地悪だよ。」

 

あこ「あ、あこが意地悪!?」

 

友希那「意義ありよ!あこはそんな子ではないわ。」

 

あこ「ゆ、友希那さん……ありがとうございます!」

 

友希那「あこは赤嶺さんに意地悪している訳ではなく、単に燐子に甘いだけよ。」

 

燐子「友希那さん……。」

 

あこ「ちょーーー!友希那さん、それじゃあ、あこの心証が悪くなっちゃいますよ!」

 

日菜「なんだ。やっぱりケチじゃん。」

 

あこ「ケチじゃなぁーーーい!!」

 

あこに部が悪くなってきたその時、彩と沙綾が妥協案を提示する。

 

彩「大皿料理にだけ"一口ちょーだい"を許可したらどうかな?」

 

赤嶺「大皿料理はみんなのものでしょ?それをわざわざ"一口ちょーだい"って言う?」

 

高嶋「でも、あこちゃんがこんなに嫌がってるんだし…。赤嶺ちゃん、あこちゃんにはやめてあげない?」

 

リサ「そうだね……世の中には回し飲みや、他の人の手作りが苦手な人だっているし、強制は良くないかな。」

 

赤嶺「そっか……うん、そうだね。分けっこが苦手な人がいてもしょうがないのか…。確かにそうかも。」

 

他人の考えを聞き、すんなりと理解を示す赤嶺。

 

紗夜「案外すんなりと納得するんですね。」

 

中沙綾「流石は香澄の名を持つ人。」

 

香澄「えへへ……。」

 

有咲「そこ、あんたの照れるところじゃ……いや、良いのか。ん?良くないのか?」

 

赤嶺「悪かったよ、あこちゃん。私、もう"一口ちょーだい"って言わないから安心して。」

 

あこ「う、うんうん、解ってくれれば良いんだよ。」

 

2人は仲直りの握手を交わし、勇者部内での裁判は閉幕するのだった。

 

 

ーーー

 

 

それから更に数日後、勇者部部室ーー

 

リサ「前に荷下ろしの手伝いをしたお店から、勇者部にお礼のお菓子が沢山届いたよ。」

 

ゆり「それぞれ中身が違うみたいだから、みんな好きなの一個持っていって良いよ。」

 

夏希「一人一箱!?やったー!」

 

美咲「じゃあ、私は……これ。おっ、クランチチョコだ。」

 

千聖「これ美味しいわよ、彩ちゃん。食べてみる?」

 

彩「良いの!?じゃあ、一口……うん!甘くて美味しいよ!」

 

リサ「友希那もはい、どーぞ。」

 

香澄「さーやの美味しい!!はい、これはお返し♪」

 

中沙綾「香澄のも美味しいね!じゃあ、もう一回お返し♪」

 

みんながみんなそれぞれのお菓子を分けっこしながら味わっている。そんな中だった。

 

あこ「………美味しい!あこのも凄く美味しいよ、りんりん!」

 

燐子「良かったね、あこちゃん……。でも、あこちゃんとは交換しない決まりになっちゃったよね……。」

 

あこ「え?りんりんは良いんだよ?」

 

燐子「私だけ特別扱いは…ダメだよ……。」

 

あこ「…………へへーん。あこのが1番美味しいんだからね!」

 

精一杯の強がりを見せるあこ。

 

中たえ「分けっこすると、一粒で二度も三度も美味しいね。」

 

イヴ「凄く得した気分です。……たえさんのも美味しいですね。」

 

みんなが交換し合っているのをあこは見ているだけ。流石のあこも羨ましさの方が勝ってきてしまう。

 

あこ「ゴクリ……。ね、ねぇ……誰かあこと……。」

 

赤嶺「あこの美味しそう……ぁあ、ダメダメ!ごめんね!もう欲しがらないって約束だもんね。」

 

あこ「い…いや……その……。」

 

全ては自分で巻いてしまった種。それが芽を出して、今自分の首をゆっくりと締め付けているのだ。

 

 

 

その時、樹海化警報が部室に鳴り響くーー

 

友希那「モグモグ…ほぅいん……ゴクン、失礼。総員出撃よ!」

 

 

ーーー

 

 

樹海ーー

 

あこ「てやーーーっ!だりゃあーーー!!」

 

日菜「なんだ。嫌なタイミングで来たわりに、雑魚ばっかりだったね。」

 

あこ「よし、全部倒したね!それじゃあ帰る!!」

 

あっという間に全てを片付けてしまった勇者達。息づく間も無く、あこは踵を返して部室へと戻ってしまった。

 

りみ「早い!?」

 

薫「もう姿が見えなくなってしまったね。」

 

その理由はすぐさま解る事となるーー

 

 

ーーー

 

 

勇者部部室ーー

 

 

全員「「「お菓子が……全滅してる……!」」」

 

リサ「ご、ごめんね…。」

 

彩「止めはしたんだ……。」

 

六花「勢いが凄すぎて…巫女の力じゃどうにも出来ませんでした…。」

 

部室には散乱したお菓子の空箱。そして満足そうに横たわっているあこの姿。

 

あこ「あ…余りにもみんなのが美味しそうで………我慢出来なかったよ…。」

 

美咲「我慢出来なかったって……あの量を全部一人で!?」

 

紗夜「はぁ……呆れて物も言えませんね。」

 

あこ「うぅ……あこも悪い事してる自覚はあったんだけど…欲望に負けちゃったんだよぉ…!」

 

友希那「だからって、この件でみんながどれだけ時間を割いたと思っているの!」

 

殆どの人があこを責め立てる中、ただ一人あこを庇う人物がいた。

 

赤嶺「みんな、あこちゃんを責めないであげて!私には解る。他人の物って、すっごく美味しそうに見えるもんね。」

 

あこ「あ、赤嶺……許してくれるの…?こんな自分勝手に食べちゃったあこなのに…。」

 

赤嶺「うん、許すよ!これからはお互いを尊重して分けっこ出来るよう、仲良くやっていかない?」

 

あこ「うぅ………うぅぅぅぅっ!あこ、あこ!これからは分けっこするよ!ありがとーーー赤嶺ーーー!!!」

 

赤嶺「あーこちゃーーーん!!これからは私達、分けっこ友達だよーー!!!」

 

2人は涙を流しながら、固く抱き合うのだった。

 

花音「こう言ったらアレなんだけど……クールな赤嶺ちゃんが何だか懐かしく思えてくるよ…ね?」

 

有咲「やっぱり、赤嶺も香澄の名を持つ者なんだな……はぁ。」

 

 

 

 

 

この後、ゆり達が全てを食べ尽くしたあこに対してブチ切れるのだが、それはまた別のお話。

 



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思い出のアルバム〜心の色〜


奥沢美咲の休日は優雅なコーヒータイムから始まる。誰にも邪魔されず、1人静かに香りを嗜む。これこそが最高の時間。

だったのだがーー刺すような視線、急に流れ出すナレーション。誰かが美咲をストーカーしている!?




 

 

日曜日、とある喫茶店ーー

 

 

美咲「ふぅ……この季節になると、昼間でも大分寒くなってきたよねぇ…。まぁ、北海道ほどじゃないけど。」

 

試される大地、北海道とまではいかないものの、12月の四国も中々に寒い。今、美咲はウィンドウショッピングの休憩がてら、イネスの喫茶店へと1人やって来ていた。

 

美咲「ブレンド…あ、やっぱ違う。今日はカフェオレ下さい。この雑誌読んでも良いですか?ありがとうございます。」

 

?「北の勇者、奥沢美咲は休憩を兼ねて喫茶店へと足を運ぶ。」

 

美咲「はぁ……良い香り…。」

 

?「芳しい珈琲を飲みながら、ファッション誌に目を通し、流行をチェックするのが楽しみだ。」

 

美咲「う〜ん、何か食べようかな…。フレンチトー……いや、フルーツサンド下さい。」

 

?「辛味好きだからとは言え、朝から決して激辛ラーメンを食べたりするような事はしない。何故なら……奥沢美咲はでらオシャレさんなのですから。」

 

美咲「ちょっと!さっきから何なんですか!?勝手にナレーションしないで!」

 

美咲は声色を上げると、陰に隠れてナレーションをしていた人物が顔を出した。

 

六花「バレてしまいましたか……。」

 

美咲「流石にバレますよ!何でさっきから私の事をつけ回してるんですか!理由は何ですか?」

 

六花「目的ですか?……これと言って無いんですけどね。」

 

ペロッと舌を出して六花は笑う。

 

美咲「無いんですか!?」

 

六花「強いて言うなら……興味本位…ですかね。」

 

美咲「はぁ……私なんかつけ回しても、面白くも何とも無いですよ。そういう訳で、失礼します。」

 

フルーツサンドとカフェオレを一気に口に含み、そそくさと美咲は喫茶店から出ようとするが、六花はそれを遮った。

 

六花「ま、待って下さい!」

 

美咲「私よりも尾行しがいがある人は沢山いますよ。」

 

六花「とある偉人さんもこう言ってますよ。"面白き こともなき世を 面白く"って。」

 

美咲「貴重な休日が台無しになりそう……。」

 

 

ーーー

 

 

イネス、洋服屋ーー

 

美咲「……………。」

 

一歩も引かない六花に美咲が遂に折れ、渋々美咲は他の店を勝手に回る事にしていた。

 

六花「軽食を済ませると、奥沢美咲は洋服を見て回る。色とりどりの洋服に癒される時間。彼女はオシャレさんの自分を取り戻していた。」

 

美咲「だから…ナレーションはいらないって。」

 

六花「と、奥沢美咲はひとりごちた。」

 

美咲「1人じゃないし!せめてストーカーするなら黙っててください。」

 

2人が押し問答をしていると、生地屋の店員が美咲を見つけ駆け寄って来た。

 

店員「あぁ、奥沢さん。良い時に来たわね。この前言っていた生地、入ったわよ。」

 

美咲「え?本当ですか。早速見せてもらっても?」

 

店員「勿論!さ、どうぞどうぞ。」

 

六花「ふむ………。」

 

 

ーー

 

 

数分後ーー

 

美咲「よし、買います。お約束通り半額にしてもらっても良いですか?」

 

店員「ええ。その代わり、作った服は後でマネキン用に頂くって事で契約成立ね。」

 

美咲「すみません、助かります。」

 

美咲は以前からこのお店で生地を買い、その生地で作った服を展示用にあげているのだ。お金は一切貰わない。完全に自分の趣味でやっている事。数々の勇者部イベントで培われた裁縫テクニックをここで活かしているのである。

 

店員「奥沢さんの服評判良くって、レイヤーさん達に聞かれるの。これは作ってくれるのかって。ねぇ、本当に売ってみない?良ければうちの店が間に入るけど。」

 

美咲「いえいえ、まだ中学生ですし。それに、期限内に完成出来る自信もないですから。」

 

店員「そっかぁ、残念。でも良いわ。勇者部で何かある度に、恩恵受けさせてもらってるしね。」

 

美咲「持ちつ持たれつって事で。今後もお願いします。」

 

店員からの勧誘をやんわりと断り、美咲は店を後にするのだった。

 

 

--

 

 

六花「成る程………。」

 

美咲「……何か?」

 

六花「しっかりしてますねぇ。成る程、そうやって勇者部のイベント衣装は出来てたんですね。」

 

美咲「ま、まぁね。」

 

六花「ゆりさんは知ってるんですか?」

 

美咲「知らないと思いますよ。言った事無いですし。」

 

六花「どうして言わないんですか?」

 

美咲「言う必要も無いから。もう観察は終わりました?私、もう帰りますよ。」

 

その場を急いで去ろうとする美咲の腕を、六花はギュッと握る。

 

六花「待って下さい!」

 

美咲「何なのぉ!?」

 

 

ーーー

 

 

イネス、フードコートーー

 

美咲「もぐもぐ……で、本当に何でストーカーしてるんですか?」

 

2人はフードコートへと移動していた。お店でたこ焼きを買い、食べながら六花は遂にストーカーをしていた理由について話し出す。

 

六花「実はですね……もぐもぐ………私、奥沢さんに興味があるんです。」

 

美咲「まぁ、そうでしょうね。そうでもない限りストーカーなんかしないだろうから。」

 

六花「勇者部の中で、奥沢さんだけが変わった"オーラ"をしてるんです。」

 

美咲「オーラ?」

 

六花「私、見えるんです。巫女ですから。」

 

美咲「ほ、本当?」

 

六花「はい。他の皆さんは色とりどりなんです。赤に青、オレンジ、黄色、紫と様々。でも、奥沢さんだけは違ってました。"白"。色が無かったんです。」

 

美咲「…………っ!」

 

六花「だから気になったんです。どうしてかなって。」

 

美咲「雪国育ちだったから……ってオチは無しですよ?」

 

六花「違います。何でしょう……もっと………怒らないでくださいね?"寒い"感じなんです。」

 

美咲「……………。」

 

美咲は黙って六花の意見に耳を傾けていた。

 

六花「皆さんと違って、奥沢さんはいつも客観的なんです。常に一歩引いて物事を考えています。クールって言ってしまえば聞こえは良いですが、常にどこかで罪悪感が付き纏っている………違いますか?」

 

美咲「……。」

 

六花「それが第一印象でした。ですが、ある時その色が変わった事があったんです。大食い大会の日でした。突然、奥沢さんのオーラに燃えるような色が付いたんです。ですが、終わった途端にまた元の白に戻ってしまいました。そんな人普通いますか?」

 

美咲「知らないですよ…。」

 

六花「興味深かったんです。奥沢さんはどちらかと言えば、勇者より鏑矢に向いています。」

 

美咲「そうかも……ですね。私、他人を信用するのはまだまだ初心者だから。」

 

六花「………出来れば聞かせてもらっても良いですか?」

 

美咲「………分かりました。」

 

そうして美咲はこの異世界に来る前の出来事、北海道での寒い日々について六花に語るのだった。

 

 

ーーー

 

 

六花「………成る程。北海道はそれほど過酷な環境に…。それなら客観的視点が身につくのも道理です。」

 

美咲「そうは言うけど、朝日さん。あなたも私と同類ですよね?案外目の奥は笑ってない時がたまにありますよ?」

 

六花「むっ……まぁ、仕方ないですね。類は友を呼ぶって言いますし。」

 

美咲「巫女な分余計にタチ悪いと思いますよ。勇者を扇動出来るんですから。」

 

煽る用に美咲は六花に言うが、六花は何かを思い出すかの様に顔色が変わってしまう。

 

六花「扇動…ですか……。私にそれが出来てたんですかね……。」

 

美咲「え?」

 

六花「鏑矢の御役目です。つぐみさんが失敗してしまったと聞いて、私結構凹んだんです。香澄さんにつぐみさん、そして私……強固な一枚岩だった筈の私達が、どこで間違ったんだろう………私の読み違いかなって。」

 

美咲「あ………いや、それは…。」

 

六花「だから私は、せめて此処では失敗しないよう、前よりも注意深く皆さんを観察する事にしたんです。どんな人なのか。何が出来ないのか。何に揺らいでしまうのか……。出来るだけ把握していないと、最後に泣くのは自分ですから。」

 

美咲「その一環で私をつけてたって事か…。それは理解しました。それで?何か解りました?」

 

六花「そんな事、すぐには解りませんよ!」

 

美咲「解らないの!?」

 

美咲・六花「「ふっ………ははははっ!!」」

 

六花「ですが、思い違いには気付きました。白は色が無いって事じゃない。白も立派な色なんだなって。」

 

美咲「色………。」

 

六花「熱いのも冷たいのも、対極にあれば反対が恋しくなってしまうのが道理です。奥沢さんが独りでいたかったり、仲間といたいって思う事は、我が儘ではなくて、真っ当な事なんです。白はどんな色にだってなれるんですから。」

 

美咲「朝日さん………。」

 

六花「難しく考えたらダメです。私達はまだ子供なんですから。」

 

美咲「そうですね。」

 

六花「私、今度から何かあったら奥沢さんに相談しますね。だからその視点、変えないでください。」

 

美咲「え?」

 

六花「奥沢さんの目にしか見えないものがあるかもしれませんから。」

 

そう言い残し、六花は去って行った。1人残された美咲は胸に手を当てて目を閉じる。

 

美咲「全くもう………。こういうのも、案外悪くないかもな。」

 



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思い出のアルバム〜ホント ノ ココロ〜


面と向かっては言えない本当の心。
だけど、それをちゃんと言えたなら、また一歩、心の距離は縮まるだろう。




 

 

勇者部部室--

 

それはある晴れた日の事だった。突然ゆりが深刻そうな顔をして部室のドアを開け入ってきた。

 

ゆり「鈴木さん家の九官鳥が逃げちゃった……。」

 

香澄・中沙綾「「え?」」

 

ゆり「と、言うわけで、今日の依頼は九官鳥探しだよ!捜索対象の名前はキューちゃん!」

 

開口一番依頼の説明をすると、みんな準備に取り掛かる。

 

美咲「九官鳥飼ってる人って、何でみんなキューちゃんって名付けるんだろう?」

 

彩「情報は名前だけなんですか?」

 

ゆり「後は、何種類か言葉を喋る事かな。鈴木さん、かなりのご高齢で、凄く気落ちしてなさったから、あんまり色々聞けなくて…。」

 

赤嶺「それは可哀想ですね……。きっと、可愛がっていたペットがいなくなって、寂しい思いされてますね…。」

 

友希那「そうね。ここは、何としてでも探し出さないと。」

 

紗夜「ですが……逃げてしまったのは、飼われたくなかったという事なのでは…。」

 

リサ「ともかく、お年寄りの方が悲しんでるんだから、見捨てておけないよ。探しに行こう。」

 

とは言うものの、探す相手は小さな動物。更には空を飛んで移動するのだ。勇者部は少数でいくつかの班を作り、広範囲を探す事にするのだった。

 

ゆり「じゃあ……日菜ちゃん、六花ちゃん、美咲ちゃん、彩ちゃんがA班。そして、友希那ちゃん、紗夜ちゃん……。」

 

班分けをしている時だった。友希那と紗夜が同じ班に入れられる瞬間。

 

紗夜「……私は湊さんとは別の班にしてください。」

 

友希那「え?」

 

小たえ「紗夜さん、どうしたんだろう?」

 

モカ「いつになくハッキリ言いましたねー。」

 

高嶋「紗夜ちゃん、鳥を探すの反対なの?」

 

紗夜「そうではありません…。ですが……湊さんとは別の班にして頂きたいだけです。」

 

異世界での御役目を通していく中で、段々と軟化した態度をとっていた紗夜だったのだが、今日はまるで異世界に来る前と同じ様なサバサバとした態度に戻ってしまっていた。

 

日菜「友希那ちゃんと何かあったの?」

 

蘭「最初の頃はこのやり取りも多かったし…すぐに仲直りするんじゃないんですか?」

 

薫「あぁ。2人とも、本当は仲が良い事は皆が知っているさ。」

 

紗夜「ソレとコレとは話が別です!兎に角……湊さんとは同じ班にはなりたくないんです!」

 

友希那「紗夜、その言い方はないと思うわよ。」

 

一触即発の中、高嶋が間に入り紗夜からこうなってしまった経緯を聞き出す。

 

高嶋「紗夜ちゃん、何かあったの?良かったら、私に話して…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紗夜「湊さんが………私の…私の……!大切なセーブデータを消してしまったんです!!」

 

あこ「な…何ですってーーーー!?つまりどういう事なんですか?」

 

それは昨日の事だった。紗夜が充電の為に、コンセントに繋いであったゲーム機を、偶然通りかかった友希那が蹴飛ばしてしまった。その衝撃が原因で、ゲームのデータが全て消えてしまったのである。

 

紗夜「そうなんです!」

 

友希那「それは何度も謝ったわ!それ程大事な物を、床に置いておくのも悪いんじゃないかしら?」

 

紗夜「くっ……開き直りましたね…!いつも神経を研ぎ澄ましている湊さんが、自分の足下も見えていないなんて…。」

 

友希那「ぐっ………。」

 

美咲「君子危うきに近寄らず……。」

 

香澄「で、でも!そのデータって、ゲームを進めていけば取り戻せるんじゃないですか!?」

 

高嶋「そうだよ、紗夜ちゃん!私も手伝うから、最初からプレイし直そう!」

 

紗夜「……もう、取り戻せません。」

 

高嶋「へ?」

 

通常ならば、やり直せばまた取り戻せるだろう。しかし、今回のデータは違った。そのデータの中には、全キャラクターのレベルカンストデータ。そして、西暦の時代に期間限定で入手した、特別コンテンツまで入っていたのだ。だから、例えやり直したとしても、元の時代に戻ったとしても、もう同じデータは手に入らないのである。

 

あこ「あ、あちゃー……。」

 

薫「大体理由は分かったよ。それで、紗夜ちゃんはその事で、友希那をずっと恨み続けるのかい?」

 

小沙綾「薫さん!?」

 

薫「謝っても許さないと言うのは、そういう事なのさ。」

 

紗夜「べ…別に過失その物は許します。ただ、遺恨が残ってるだけです……。」

 

りみ「そ、それは許してるって言うんですか……?」

 

蘭「だけど、もう二度と戻ってこないっていうのは……中々重いね。」

 

ゆり「………2人の事は分かった。だけど、これこそソレとコレとは話が別。まずは依頼が先決なんだから。」

 

有咲「そうだな。九官鳥探し……中々難しい依頼だし。」

 

千聖「そうね。相手は空を飛ぶ鳥なのだから。」

 

中沙綾「取り敢えず、鈴木さんの家から全方位へ広がって捜索しましよう。」

 

 

ゆり「それらしい鳥が見つかったら、各自連絡を取り合って、なるべく早く捕獲する事。いい?」

 

香澄「了解です!!」

 

友希那・紗夜「「……………。」」

 

2人の遺恨は残ったまま、勇者部の九官鳥探しの依頼が始まるのだった。

 

 

---

 

 

海岸沿いの道--

 

美咲「うーん……。犬とかだったら、下だけ見てれば良いけど、相手は鳥。上も見ないとだから大変ですよ。」

 

彩「それに、飛んでたら捕まえるのも難しいよね…。」

 

日菜「パンでも撒いてみる?」

 

六花「鳩と雀しか来なそうです…。」

 

そんなやり取りをしながら、暫く歩いていた。そんな時だった。

 

日菜「ねえ、彩ちゃん。九官鳥って何色だっけ?」

 

彩「黒じゃないかな。」

 

日菜「そっかぁ。じゃあ、あれは?」

 

彩「あれは……………カラスだね。」

 

美咲「よく見る筈なのに、どうして間違えるんですか……。」

 

日菜「だってー。九官鳥なんて普段見ないし。」

 

イヴ「ですが、カラスは良く見ます。」

 

日菜「ちょっとしたうっかりだってばー。でも、この辺りって結構カラスいるんだね。ほら、あそこにもいるし。」

 

日菜が指差した方向を美咲達は見る。すると--

 

カラス?「チョーテン ヘ クルイザケ!」

 

日菜「ええっ!?カラスが喋ったよ!」

 

六花「あ、あれはキューちゃんです!早く捕まえましょう!」

 

日菜「オッケー!すぐに変身して……!」

 

六花「だ、ダメですダメです!!奥沢さん、お願いします!」

 

美咲「なら、私の槍で……!」

 

六花「もっとダメですーーー!!」

 

すると、六花の大声に驚いたのか、九官鳥は何処へと飛び去ってしまった。

 

日菜・美咲「「あ。」」

 

六花「あ、じゃないです!早く他の班に連絡しないと!」

 

すぐに日菜はキューちゃんが飛んで行った方向付近を探している友希那達の班に連絡を入れる。

 

日菜「もしもし、友希那ちゃん!?キューちゃんがそっちの方向に飛んでいったよ!」

 

友希那『分かったわ。』

 

 

---

 

 

住宅街--

 

一方の友希那達B班は、住宅街を必死に走り回ってキューちゃんを探していた。

 

友希那「はぁ…はぁ……。キューちゃんは何処?」

 

キューちゃん「キューチャン!」

 

すると、友希那へキューちゃんの鳴き声が耳に入る。

 

友希那「この鳴き声は…!」

 

声の聞こえた方向を頼りに、友希那は公園へと入るのだった。

 

 

---

 

 

公園--

 

その頃、友希那が向かった公園では、先に紗夜が来ており、既にキューちゃんと相対している所だった。

 

キューちゃん「チョーテン ヘ クルイザケ!」

 

紗夜「えっ?………早く逃げなさい。逃げないのなら、捕まえるしかないですよ?」

 

紗夜は捕まえるか否か、未だに悩んでいた。その時、キューちゃんが再び言葉を叫ぶ。

 

キューちゃん「ヤサシイココロ!」

 

紗夜「え?」

 

キューちゃん「ヤサシイココロ ハ イイココロ!」

 

そんな事を叫ぶキューちゃんに対し、紗夜は自分の思いを吐露する。

 

紗夜「…………私の心は、狭いんです。狭くて、捻くれていて、他人に優しくする事が出来ない。そんなダメな心なんです…。」

 

キューちゃん「ゴメンネ!ゴメンネ!」

 

紗夜「ふっ………あなたが謝ってどうするんですか…フフフッ。」

 

そんな時、キューちゃんを探していた友希那がやって来る。

 

友希那「紗夜………あなた、笑っているの…?」

 

紗夜「み、湊さん!?立ち聞きですか!?」

 

友希那「あなたが勝手に喋っていただけでしょ?私はキューちゃんを探しに来ただけ…っ!」

 

再び一触即発の雰囲気が漂う最中、キューちゃんが口を開いた。

 

キューちゃん「ナカヨクシヨーネ!」

 

友希那・紗夜「「え…?」」

 

偶然なのか、キューちゃんが2人を仲裁したのである。

 

キューちゃん「キューチャン タカラモノ!ナカヨクシヨーネ!」

 

友希那「……飼い主にいつも言われていたのかしらね。あなたは宝物、仲良くしようね……と。」

 

紗夜「……………どうやら私の意見は完全に言いがかりだったようです。あの……湊さん……。」

 

キューちゃん「ゴメンネ!」

 

紗夜「っ!?……私はあなたに、いつまでも腹を立てて申し訳ありませんでした…。」

 

友希那「私こそ、売り言葉に買い言葉で突っかかってしまって、ごめんなさい…。」

 

キューちゃんに促される様に、2人は自分の非を認め、謝った。

 

友希那「だけど、私はあなたが、心の狭い人間だとは思っていないわ。きっと他のみんなだって…。」

 

紗夜「や、やっぱり聞いていたんですね!?」

 

友希那「紗夜は日頃から自己評価が低すぎるわ。」

 

紗夜「それは本当の事です。取り立てて秀でたところもない……。暗くて、頑固で、つまらない人間なんです……私は。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友希那「私の仲間を、そんな風に言わないでちょうだい。」

 

紗夜「えっ……?」

 

友希那「氷川紗夜は勇者よ。それを悪く言う事は、仲間の私が許さないわ。例えそれが、あなた自身の言葉でもね。」

 

紗夜「湊さん……………。」

 

友希那「さぁ、早くキューちゃんを捕まえて、依頼を完了しましょう。」

 

紗夜「……そうですね。」

 

キューちゃん「ヒカワサヨ ハ ユーシャダ!」

 

友希那「フフッ……一度聞いただけなのに、言葉を覚えてしまったのね。」

 

紗夜「みたいですね。宇田川さんより頭が良いんじゃありませんか?」

 

友希那「だけど、勝手に新しい言葉を覚えさせてしまったわね……。どう謝ればいいかしら…。」

 

紗夜「私にも責任はあります。一緒に謝りに行きましょう。」

 

友希那「ありがとう、紗夜。」

 

キューちゃんを預かっていた籠に入れ、公園を後にする2人。

 

キューちゃん「ヒカワサヨ ハ ユーシャダ!ヒカワサヨ ハ ユーシャダ!」

 

2人が鈴木さんの家に行くまで、キューちゃんはこの言葉をずっと叫んでいたのだった。

 



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思い出のアルバム〜泥沼の恋愛模様〜


ある時、3人の香澄は紗夜が友希那に告白している場面に出会してしまった。

"好き"。その言葉が、全ての悲劇の引き金だったのだ。




 

 

花咲川中学、校庭の花壇--

 

今、ここでは3人の香澄達が園芸部の手伝いで鉢植えに植わった花の植え替えを手伝っている。

 

香澄「……これで最後かな。」

 

高嶋「広い花壇に移って、何だかお花も喜んでるみたいだね。」

 

赤嶺「花の植え替えなんて初めてやったけど、案外楽しいものだねぇ。」

 

最後に水を撒いて手伝いは終了。以前モカが植えた百日草もしっかりと育っていた。

 

香澄「よし、じゃあ部室に戻ろうか……あれ?」

 

帰ろうとしたその時、香澄は校庭を走っていく紗夜の姿を見つけた。

 

紗夜「………。」

 

香澄「紗夜さん?どうしたんだろう?」

 

高嶋「校庭で見かけるなんて珍しいけど、体育当番なのかも。手伝いに行こっか。」

 

香澄・赤嶺「「りょーかい!」」

 

3人は紗夜の後を追って用具倉庫まで行くのだった。

 

 

---

 

 

用具倉庫外--

 

香澄「用具倉庫だ。ここに入ったのかな?紗夜さ--」

 

香澄が紗夜を呼ぼうとした瞬間、赤嶺が香澄の口を塞いだ。

 

香澄「むぐぐ!?」

 

赤嶺「待って!何か話し声が聞こえる。」

 

3人はドアの外から耳を澄ませた。するとどうやら中には紗夜の他にもう1人いるようだった。

 

?「どうしたのかしら、急に改ったりして。」

 

話し方から察するに友希那だった。

 

 

--

 

 

用具倉庫内--

 

紗夜「こんな事は良くないと……解ってはいるんです……。」

 

友希那「何の話かしら?」

 

紗夜「ですが、ずっと悩んでばかりで…ベッドに入ってからもこの事ばかりを考えてしまうんです……。」

 

友希那「どういう意味なの?」

 

紗夜「あの…ですね………湊さん……。あ、あなたが…………………"好き"。」

 

友希那「なっ!?」

 

 

--

 

 

用具倉庫外--

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「えっ!?」」」

 

驚くのも無理はない。少し前まで2人はセーブデータの件でかなり険悪な雰囲気になっていたからだ。驚きを隠せない3人を他所に、中での会話は進んでいく。

 

 

--

 

 

用具倉庫内--

 

友希那「紗夜、あなたが何を言ってるか解っているの?今更そんな事を言うなんて……。」

 

紗夜「仕方ないじゃないですか……。」

 

友希那「仕方ない?私を困らせて、どうするの。」

 

紗夜「解っています!それでも無理なんです……。お願いします…湊さんが………"好き"。」

 

 

--

 

 

用具倉庫外--

 

香澄「こ、これって……あのー……。」

 

赤嶺「高嶋先輩……?」

 

2人は高嶋の方を見る。すると、高嶋の目からハイライトは消え、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

高嶋「えっ!?あぁ………えっ?あぇっ?」

 

2人は気が動転している高嶋を、何とか部室まで連れて帰るのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

部室に戻った香澄達は、すぐに今までの事を部室にいた人達に報告する。

 

燐子「そんな……氷川さんが湊さんを……!?」

 

中沙綾「何か理由があるかもしれないよ。だって………それって…。」

 

香澄「そそそそそそれでどどどどどどどうしよう!?やっぱり、りりりりりりさリサさんに報告………。」

 

イヴ「ひっ……。」

 

有咲「香澄!!お前死ぬ気か!?」

 

美咲「たまたま巫女が大赦に行ってるから良かったけど、軽率すぎるって!」

 

花音「ふえぇ〜〜〜!わ、私今日は早退します〜!!」

 

当然の事ながら、部室も大荒れになってしまっていた。逃げ惑う者、目を閉じ、神樹に祈りを捧げる者。阿鼻叫喚とは正にこの事だった。

 

千聖「花音、落ち着きなさい。扉1枚隔てていたのでしょう?聞き間違いって事もあるかもしれないわ。」

 

赤嶺「それは無いよ。だって私も聞いたんだから……。」

 

つぐみ「そ、そうだね……。私達鏑矢は諜報に長けてるから…。赤嶺ちゃんが聞いたなら、聞き間違いなんて有り得ないよ…。」

 

あこ「じ、じゃあ………ホントって事ですか!?」

 

部室にいる全員が高嶋へと視線を向ける。

 

高嶋「や、やだなぁ……みんな。紗夜ちゃんにだって、好きな人の1人や2人や……10人や………100人。」

 

りみ「高嶋さんがこんな事になるなんて、初めての事ですよ……!」

 

香澄達は取り敢えず今後の事について話し合いを始めるのだった。

 

 

--

 

 

小沙綾「それで……これから私達はどうすれば……。」

 

薫「紗夜の最後の台詞に、友希那は何て答えたんだい?」

 

日菜「そ、そうだよ!友希那ちゃんが断ってれば、リサちーだって命までは獲らない筈だよ!」

 

赤嶺「それは……その…。」

 

3人は事の顛末を最後まで聞いてはいなかった。何故なら、気が動転してしまった高嶋をその場から引き剥がすので精一杯だったから。

 

イヴ「流石に断る一択だろ!大体アイツらちょっと前まで仲悪かったじゃねーか!」

 

中沙綾「それだったら、どうして告白なんて?」

 

高嶋「告………白…………?」

 

あこ「でもでも、セーブデータの件はもう仲直りしたみたいだし……それに、その後は紗夜さんと友希那さん、なんだか2人でいる事多くなってる気がしませんか?」

 

燐子「あ、あこちゃん……こういう時は鋭いんだね……。」

 

その後も話し合いは展開されていくが、堂々巡りしていくだけで時間は過ぎていった。

 

 

--

 

 

千聖「これって、私達だけで話し合っても答えなんて出ないんじゃないかしら?」

 

美咲「確かに……私達が紗夜さんを諫める事も、湊さんに苦言を呈する事もおかしな話ですけど…。」

 

千聖「どうせ聞かなかった振りをするのなら、話し合いなんて無意味よ。」

 

有咲「合理的な正論だけど、人間味無いな。」

 

千聖「え?」

 

そう言って、有咲は高嶋の方に目線を向ける。

 

高嶋「……………………へっ!?あ…あぁ!私なら、全然平気!なーんて♪」

 

花音「それじゃ全然平気じゃないよぉ!」

 

その時だった。巫女達が大赦から戻って来てしまったのである。

 

リサ「ただいま!」

 

香澄達「「「ぎ、ぎゃあぁぁぁっ!?」」」

 

リサ「な、何事!?」

 

モカ「緊急事態ー?」

 

香澄「大変な事が!!」中沙綾「何でもないんです!!」

 

リサ「い、今何て?」

 

彩「ど、どうしていっぺんに喋るの!?」

 

中たえ「これは……西暦組に任せるしかないかな。付き合いの長さを武器にしてもらって。」

 

あこ「ず、ずるいよぉ〜!!」

 

意を決して、燐子がリサに質問を投げかける。

 

燐子「あ、あの……今井さん…。例えば……あくまで例えばなんですけど…誰かが湊さんにその………愛の告白をしたとしたりしたら……どうなさったりなられられますか…?」

 

美咲「燐子先輩の日本語がおかしくなってる……。」

 

リサ「はあ?急にそんな質問するなんてどうしたの?」

 

燐子「す、すみません……冗談なんですすみません…!!」

 

リサ「そうだなぁ……告白するなら個人の自由で、当然の権利だと思うよ?」

 

燐子「で、ですよね……。」

 

リサ「だけど……。」

 

香澄達「「「っ!?」」」

 

見た目からしたら普段のリサとは何ら変わらない。しかし、香澄達は本能で感じ取ってしまった。リサの内側から漏れ出る邪悪な気配を。

 

リサ「どこの誰がしたのかは、把握しておきたいかな。」

 

あこ「それで…仮にですけど……仮にですよ!?もし、友希那さんの答えが……私もす--」

 

リサ「私も?」

 

あこ「ひえぇぇぇ!?違います違います!もしも保留にした場合はどうするんですかぁ!?」

 

リサ「それは、友希那が満更でもないって事だよね?うーん……。」

 

花音「まさか、吊るすって事は……。」

 

リサ「それは無いよ。」

 

花音「だよね…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リサ「抹殺だね。」

 

花音「ふえぇぇーーー!だよねーー!」

 

リサ「紗夜にお願いして、あの鋭い鎌でサックリ……なんてね。」

 

あこ「うわぁぁぁぁぁっ!そんなの相手がその紗夜さんだったらどうするんですかぁ!?」

 

遂に禁断の言葉を口にしてしまったあこ。同時にリサの顔から笑顔が消えた。

 

リサ「え?」

 

イヴ「ば、馬鹿野郎!恐怖のあまり妙な事を口にするんじゃねーよ!!」

 

リサ「何だかみんな変だよ?あれ?どうかしたの?香澄。」

 

高嶋「………………………………。」

 

香澄「た、高嶋ちゃんはいつもこんな感じですよ!?」

 

美咲「それは流石に無理があるよ……。」

 

 

--

 

 

それから数分、沈黙の時間が続いていた。何人かがリサと話して気を逸らしている内に、残った人達で今後について集まって話し合いをしている。

 

有咲「ど、どうすんだ?そのうち2人とも帰ってくるぞ!?」

 

りみ「ど、どうするって言われても……臨機応変に対応するしか…。」

 

ゆり「そうだよね…最終的にどうなったのか分からないんじゃ……結果を待つしかないよ。」

 

中たえ「でも、もしその結果が最悪だった場合は?万が一に逃げ道確保しときます?」

 

中沙綾「それって、友希那さんと紗夜さんが"付き合う"って事!?」

 

有咲「馬鹿!声がデカい…………ひぇ!?」

 

中沙綾「えっ……?」

 

次の瞬間、沙綾は背後に寒気を感じる。恐る恐る沙綾は後ろを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リサ「今………何て言ったの?」

 

そこには薄ら笑いを浮かべたリサが、音も立たずに立っていたのだ。

 

中沙綾「ひいぃ……!!」

 

流石に隠しきれなくなった為、燐子とあこは急いで友希那と紗夜に連絡を取り、部室まで来てもらう事にするのだった。

 

 

--

 

 

数分後--

 

紗夜「これは一体何事ですか?」

 

リサ「…………。」

 

花音「リサちゃんが黙ってると……怖いよぉ……。」

 

リサ「……喋ってても怖いんだよね?」

 

花音「っ!?」

 

美咲「湊さん、隠し事はやめてください。私達、もう全部知っちゃったんです。」

 

友希那「どういう事?」

 

紗夜「私達はこれからやる事があるので、急いでいるんですが。」

 

美咲の言っている意味が分かっていない2人。

 

燐子「やる事……まさか…かけ落ちですか……!」

 

友希那・紗夜「「えっ!?」」

 

あこ「それは……あまりに勝手すぎますよ!せめて…香澄には一言あって然るべきじゃないんですか!?」

 

高嶋「良いのあこちゃん!友希那ちゃん、とっても素敵だし、カッコいいし、魅力的だから!だから………好きになったって当然だよ…。」

 

紗夜「なっ………そんな……!?ま、まさか高嶋さんまで、そんなにも湊さんの事を………くっ………うぅっ……あぁぁぁぁ!!」

 

リサ「……………友希那と……紗夜が…………アハハ……紗夜と………友希那が……………。」

 

高嶋の思いがけない一言により、事態は更に混迷を極める事となってしまう。

 

ゆり「今度は、紗夜ちゃんと高嶋ちゃんが友希那ちゃんの取り合いに!?り、リサちゃんが何か唱えてるーーー!!」

 

 

 

 

 

 

しかし、事態はすぐに解決する事となる。この場にいない人物が1人だけいた。その人物が痺れを切らしてやって来たからだ。

 

 

 

 

 

 

蘭「ちょっと!どれだけ私を待たせるつもりなんですか!?」

 

モカ「あ、蘭だ。」

 

蘭「陽の高い内にって約束しました…よ……ね…?って、何ですかこの重たい空気。」

 

彩「そ、それが……紗夜ちゃんと友希那ちゃんがね--」

 

彩は事の顛末を蘭に話す。それを聞いた蘭、そして友希那と紗夜も驚愕するのだった。

 

 

友希那・紗夜・蘭「「「愛の告白!?」」」

 

赤嶺「だって、言ったよね?紗夜さん。友希那さんに、"好き"って。」

 

紗夜「それのどこが告白なんですか!」

 

りみ「それはいくらなんでも、言い訳にはなってない気が…。」

 

蘭「ちょっと、紗夜さん。話が違いますよね?確か私は、紗夜さんに"鋤"を頼んだ筈ですけど。」

 

友希那「そうよね。それなのに、紗夜は直前になって"鍬"を担当するって言ってきたのよ。」

 

紗夜「よく考えたら、私は"鋤"なんて持った事も使い方もよく知らないんです。しょうがないじゃないですか!」

 

友希那「私もそうよ!」

 

これによって全ての点が繋がり線となった。紗夜があの時言っていた"好き"とは、愛しているという意味の"好き"では無く、畑仕事で使う"鋤"だったのだ。

 

高嶋「"好き"じゃなくて"鋤"………。」

 

蘭「そう。先週、ボードゲームで賭けをしてて、私が勝ったから2人に農作業の手伝いを頼んだんです。」

 

香澄・赤嶺「「じゃあ告白じゃなかったの!?」」

 

香澄達の勘違いだと分かり、一気に身体の力が抜けたのか、勘違いしていた全員が腰を抜かしてしまう。

 

リサ「あは……あははははっ!!そーんな事だろうと思ってたよ!」

 

リサは1人、高らかに笑いながら友希那に抱きついた。

 

あこ「う、嘘ですよ……!絶対に紗夜さんをヤル気だった筈です…!」

 

紗夜「ええっ!?」

 

高嶋「紗夜ちゃん、ゴメンねゴメンね!私のせい!私が変な感じになっちゃってたから!」

 

慌てて紗夜に駆け寄る高嶋。一連の事態はこれにて終了--かと思いきや。

 

 

 

 

六花「あの、高嶋さん。さっき友希那さんの事を褒めてましたけど、あれは本心なんですか?」

 

六花の一言で紗夜とリサの瞳から光が失われる。

 

リサ・紗夜「「そういえば……。」」

 

高嶋「あっ………えっと……なーんてっ!テヘッ♪」

 

燐子「お、お願いですから……今日はもう…休ませてください………。」

 

その後2人を鎮める為に、高嶋は紗夜と。友希那はリサとデートをする事になったのだが、それはまた別のお話。

 



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思い出のアルバム〜配信!"勇Tube"〜


人数が増え大所帯になった勇者部。しかしその事で活動費が足りない問題が起きてしまった。

お金を稼ぐ為に勇者達が取った行動とは--まさかの動画配信だった!





 

 

勇者部部室--

 

それは突然の事だった。

 

ゆり「ぐわぁーーっ!!」

 

中沙綾「どうしたんですか、ゆり先輩!」

 

急に叫び声を上げて崩れ落ちるゆりの周りに沙綾達が集まる。

 

ゆり「よ、予算が………ない…。」

 

有咲「は?予算って、勇者部の予算?」

 

ゆり「部員が増えた事は喜ばしい事なんだけど、それに伴って部費が枯渇してる……。」

 

香澄「でも、勇者部の予算は大赦がサポートしてくれてるんじゃ…?」

 

香澄の言う通り、大体の経費は大赦がサポートしている。但し、それは心身を安定させられ為の旅行や催し事に限っての事。あくまで"勇者部"とはここ花咲川中学の"部活"の一つに属している。だから純然たる部活動としての予算は、他の部活と同じ額しか使えないのである。

 

りみ「"ゴミ拾い"や"演劇"、"コンサート"にしたって、軍手やゴミ袋、衣装に小道具なんかのお金も必要だもんね。」

 

千聖「予算は年度毎に見直されるとしても、勇者部の部員は不定期に増えていくから、不足も無理ないですね…。」

 

この世界に来る前、勇者部は6人だった。しかし今となっては人数が27人、5倍近くも増えている。流石にどれだけ切り詰めても限界が来てしまう。

 

美咲「こうなったら、当分の間は活動休止にするしかないかな。ボランティアは一般の人にだって出来るんだから。」

 

ゆり「ダメダメダメ!活動しないと、生徒会に報告出来ないし、実績が無かったら部が潰されちゃう!」

 

小沙綾「それじゃあ、どうしたら……。」

 

みんなが考えている中、紗夜が声をあげる。

 

紗夜「それでは……"My-Tube"をやってみたらどうですか?」

 

イブ「何ですか、それは?」

 

"My-Tube"とは、ネットにある自由動画配信サイトの一つであり、視聴者数が増えると、スポンサーが付きお金が入ってくるのである。小学生でもやっている事があり、特に年齢制限は設けられていない。

 

高嶋「それなら、私達でもお金を稼ぐのにピッタリだよ!さっすが紗夜ちゃん!」

 

紗夜「そ、それ程でも……。」

 

ゆり「成る程……。法律にも触れず、大赦にも怒られずに活動費を増やせるのなら、それは良い提案だね。」

 

赤嶺「だけど、視聴者数を稼ぐのは大変だって聞くよ?人を惹きつける動画をどうやって作るの?」

 

友希那「それは、そんなに難しいものなの?」

 

紗夜「それはそうです。激戦としか言い表せないですね。配信者は、それを考えて毎日頭を悩ませるくらいですから。」

 

中たえ「My-Tubeの勇者チャンネル……否、"勇Tube"のアイデア……閃いた!」

 

リサ「おぉ、早速たえに天啓が降りたよ、友希那!」

 

友希那「何故かしら…危ない雰囲気が漂っているのだけれど…。」

 

 

--

 

 

中たえ「"My-Tube"の人気動画は"料理"、"大食い"、"実況"、"○○やってみた"なんだ。」

 

中沙綾「料理なら私達が出来るね。ね、沙綾ちゃん。」

 

小沙綾「はい!」

 

小たえ「中でも人気なのは、オムライスなんかの、カワイイ簡単チョイむず料理なんだって。」

 

小沙綾「簡単で可愛くてチョイむず……パン作りはダメでしょうか…。」

 

花音「難しくないパンだったら伸びそうだよね。」

 

燐子「"実況"とはどう言うものなんですか…?」

 

赤嶺「ゲームをプレイしながら、その様子を実況する事だね。特に良い声の人が人気らしいよ。」

 

高嶋「ゲームだったら、紗夜ちゃん!!」

 

紗夜「それは無理です!高嶋さんも、知ってますよね!私がゲームに夢中になってしまうと、黙ってしまうんです。」

 

 

 

有咲「さっき、大食いって言った?なら勇者部には適任の人物がいるじゃねーか。」

 

有咲の一言で、全員がゆりの方を向いた。

 

りみ「お姉ちゃん、やってみたら?」

 

ゆり「わ、私!?でも……そんな人様に見せる程のレベルじゃ…。」

 

夏希「ゆりさんが思う大食いのレベルってどれくらいなんですか!?いつかの大食い大会で食べた、パフェ700グラムにうどん34杯は既に爆食いですよ!」

 

りみ「お姉ちゃんはその後に夜ご飯でカレーを4杯食べたよ?」

 

全員「「「んなっ!?」」」

 

中たえ「それはそうとして、私が考えているのは、勇者部にしか出来ない唯一無二のアイデア!学園ドラマ制作だよ!!」

 

小たえ「配役も勿論考えています!だけど、人数を増やしても、元が取れなきゃ意味ないので、6人に出てもらいます!」

 

選ばれた人は、友希那、紗夜、薫、沙綾(小)、蘭、千聖の6人。

 

薫「なんて儚い企画なんだ…。勿論参加させて頂くよ。私達が入った事で逼迫してしまった勇者部の予算は、この身で補填するのが筋だからね。」

 

彩「薫さんだけのせいじゃ…。」

 

友希那「それはそうだけれど、元々は6人だった勇者部に私達が入ったのが原因だもの。」

 

蘭「働かざる者食うべからず…異論は言えないかな。」

 

中たえ「そうと決まれば、早速取り掛かるよ!!」

 

ゆり「あ、あれ……?私の大食いは?」

 

 

ーーー

 

 

花咲川中学、屋上--

 

たえ達は早速屋上でドラマ撮影に取り掛かった。

 

紗夜「また来たのかよ……。説教なら御免被るぜ、山吹。」

 

小沙綾「どうしてそう不真面目なんだ、君は。今日という今日は引き摺ってでも……!」

 

紗夜「へぇ………どうするって?」

 

不意に紗夜は、沙綾の顎をクイッと引き寄せた。

 

小沙綾「な……っ!氷川君何を……!?離せ!」

 

紗夜「お堅い生徒会長様を……この俺が、とろけさせてやるよ…。」

 

中たえ「はいカットです!!次回に続くよ!」

 

カットの合図と同時に鳴り止まない拍手が沸き起こったのだった。

 

紗夜・小沙綾「「…………。」」

 

 

ーーー

 

 

数日後、花咲川中学、廊下--

 

薫「風紀委員長。お前のその頑なな、その心。必ずこの私が……溶かしてみせるよ。」

 

千聖「よして…。私の心は彼の手によって摘まれたいの。花咲く前にね……湊!」

 

友希那「やめろ、白鷺。お前になど興味はない。俺の身も心も、既に農業番長のものだ。」

 

蘭「解ってるさ……湊。お前はこの農業番長が大切に育ててやるぜ。」

 

小たえ「カーーーットです!!第6話終了!続く第7話は後日お届けしまーーす!」

 

モカ「毎度毎度混沌とした内容なのに、登録者数は刻一刻と増えてますね。」

 

彩「でも、内容はとっても面白いよ!早く次回が待ちきれない!」

 

リサ「はぁ………友希那の気品と色香で……もう…はふぅ。」

 

 

 

ーーー

 

 

一方その頃、家庭科室--

 

ゆり「もぐもぐもぐ……ぱくぱくぱく…ん〜

おかわり!」

 

こちらでは、丼物を食べる大食い動画を配信している真っ最中。ブラックホール並みの胃袋を持つゆりに、料理を作る手が追いつかなくなってくる程だった。

 

中沙綾「食べる勢いに盛り付けが追いつかない!」

 

日菜「香澄ちゃん達!早くどんぶりご飯頂戴!」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「わっせ!わっせ!わっせ!」」」

 

有咲「最初のうどん、2回目のハンバーガー。そして今回の親子丼……。配信する度に

視聴者がどんどん増えてるぞ…。」

 

りみ「その度に、次に食べて欲しい物がリクエストされてるよ。」

 

イヴ「焼肉にジャンボパフェ……太巻きなんかもありますね。」

 

あこ「ゆり先輩がんばれーー!!」

 

そんな中、日菜が何かを見つけゆりの手が止まる。

 

日菜「あれ、ゆりさんのそれって……ニキビ?」

 

ゆり「えっ……!?」

 

その時、樹海化警報が鳴り響いた。

 

香澄「警報だ!みんな、出動だよ!」

 

日菜・イヴ・赤嶺「「「おぉーーー!」」」

 

続々と樹海へ消えていく勇者達。しかしゆりの足取りは重かった。

 

りみ「あれ、お姉ちゃんどうしたの?早く行かないと!」

 

ゆり「う、うん……。」

 

 

ーーー

 

 

バーテックスを撃退し、部室へ戻ってきた勇者達。しかし、戻ってきて早々に友希那の怒号が部室に響いた。

 

あこ「ど、どうしたんですか友希那さん!」

 

無言で友希那はあこに手を差し出す。そこには台本が握られていた。

 

あこ「どれどれ……ってえええぇぇぇっ!?」

 

台本に書かれていた内容は、"体育倉庫のマットに友希那を押し倒す千聖"、"苦しげに涙を零す千聖に絆され、その唇を受け入れてしまう友希那"という文字。視聴者から"キスが待ちきれない"という指摘を受け、ネタがなくなってしまった事も相まっての内容だった。

 

小沙綾「さ、ささささ流石にキスなんて…。」

 

中たえ「大袈裟に考えすぎだよ。ちょっと……ちょっとチューって。」

 

リサ「残念だけど、ここまでだよたえ。一回やっちゃったら、なし崩しで他の人までやらなきゃいけなくなっちゃう。」

 

千聖「内容もそうだけれど、最近動画の更新に追われて出撃が遅れたり、戦闘時に気が散ってしまっているのも問題よ。」

 

彩「部費の為とはいえ、御役目に支障がでちゃ神樹様に申し訳が立たないよね…。」

 

以上の事を鑑みて、ドラマの動画配信はこれにて終了となるのだった。しかし、まだ希望はある。同時並行で行われているゆりの大食い配信もあるからだった。

 

蘭「まだゆりさんの大食いが残ってるよね?今配信してるみたいだからちょっと行ってみよっか。」

 

 

--

 

 

家庭科室--

 

ゆり「もぐ……もぐ………。」

 

その場にいる全員が感じていた。明らかにゆりの食べるスピードが遅いからだ。

 

有咲「どうした?いつもの勢いが無いぞ?」

 

ゆり「………ご馳走様でした。」

 

赤嶺「ゆり…さんが…….箸を置いた…!?」

 

香澄「まだ6杯目ですよ!?ご飯は3升も炊いてあるのに!」

 

ゆり「あ…のね……もう、私……普通の女の子に戻ります!!」

 

イヴ「普通の女の子はご飯を6杯も食べません…。」

 

日菜「一体全体どうしちゃったの、ゆりさん?」

 

 

 

 

 

 

ゆり「…………………太っちゃったの!!その上肌は荒れるし、動きは鈍るし!!」

 

美咲「それはそうですね……。あれだけ毎日食べてれば…。」

 

しかし、悪い知らせはそれだけではなかった。今までに入ってきた動画の収入より、ゆりの食事への出費の方が、大幅に上回っていたのだ。

 

高嶋「えっ!それじゃあ赤字!?」

 

"勇Tube"の配信はこうして呆気なく幕を下ろすのだった。

 

 



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思い出のアルバム〜巣立ちの時〜


弱い自分を守る為に生まれたもう1人の自分。

だけど、ふと思う。自分が強くなったら、もう1人の自分はどうなってしまうんだろう?




 

 

樹海--

 

彼方から湯水の如く湧いてくる擬似バーテックスの群れ。勇者達は互いに死角を補いながら戦線を維持している。

 

中沙綾「"超大型"の背後に敵影接近中!ここからは狙えないです!」

 

ゆり「っ!?前衛から誰か回り込んで!!」

 

りみ「私は無理!星屑が多すぎるよ!」

 

高嶋「友希那ちゃん!そっちから行ける!?」

 

友希那「くっ……!ダメ…阻まれて間に合わない!」

 

勇者の数が20人以上に増えたとはいえ、数で押してくるバーテックスを相手取るにも限界が来てしまう。

 

香澄「パンチじゃアイツに届かない!っ!?ビームが来るよ!?」

 

あこ「ならあこの旋刃盤で!」

 

燐子「あこちゃん…ダメ……!薙ぎ払われたら防ぎきれない…!」

 

"超大型"の影に隠れていた"大型"バーテックスは離れた距離から勇者達に狙いを定め、今まさにビームが撃たれようとしていた。その時、1人の勇者、いや、防人が前に出る。

 

 

 

 

 

イヴ「そこ………です!」

 

前に立ったのは、"雷獣"を憑依させたイヴ。"大型"バーテックスの発射口目掛け銃剣で狙いを定める。

 

引き金を引くと同時に爆音が鳴り響いた。雷で銃弾を加速させたレールガンが命中。"大型"は爆発し、その爆風に他のバーテックスも巻き込まれる形で消滅するのだった。

 

花音「ふえぇ…イヴちゃん凄いよ!トドメの1発が見事に決まったね。」

 

イヴ「ふぅ…間一髪でした。」

 

千聖「良くやったわ、イヴちゃん。最近、腕を上げたようね。」

 

ここ最近では、イヴの成長は目を見張るものがあった。最近の戦闘ではもう1人のイヴも4回に1回程しか現れていない。

 

有咲「もう1人に負けず、鍛錬を怠ってないみたいだな。」

 

蘭「良い傾向だね。やるじゃん、イヴ。」

 

イヴ「そんな事はありません…。」

 

香澄達がイヴを持て囃している中--

 

 

 

日菜「………………イヴちゃん?」

 

日菜だけが、イヴの態度に違和感を感じているのだった。

 

 

ーーー

 

 

勇者部部室--

 

赤嶺「ふぅ…。自分で操ってるのと、前に回って戦うのじゃ、やっぱ勝手が違うね。」

 

あこ「でしょでしょ!あのビームをドバーン!って撃ってくる敵なんか最悪だよ!」

 

中たえ「ゴチャゴチャしてて見えないと、正面から当たっちゃうもんね。」

 

小たえ「でも、今日はイヴさんのお陰で助かっちゃいました。」

 

ここでも全員がイヴを褒め称えている。しかし、肝心のイヴ本人の姿は部室になかった。

 

蘭「あれ……そのイヴは?」

 

花音「そういえば……日菜ちゃんもいないよ?」

 

千聖「変ね………。」

 

 

ーーー

 

 

花咲川中学、屋上--

 

同時刻、イヴは屋上で黄昏ていた。

 

イヴ「……………はぁ…。」

 

そこに日菜がやって来る。

 

日菜「やっぱりここにいたね、イヴちゃん。」

 

日菜はイヴの隣にやって来て、暖かい紅茶が入ったコップを渡した。

 

イヴ「これは……紅茶ですか?」

 

日菜「そう!身体が温まるよ。」

 

イヴ「…………。」

 

コップを手に持ち、風で揺れる水面をじっと見つめるイヴ。

 

日菜「………どうしたの?そんな顔で考え事なんかして。」

 

イヴ「私が……私が強くなって、自分一人で戦えるようになったら……もう1人の私はどうなるんでしょうか…。」

 

日菜「え?もう1人のイヴちゃん?」

 

イヴ「もう1人の私は、私を守ってくれています。ですが……私が守られる必要の無い人になったら…。」

 

イヴは気にしていたのだ。元々は自分が弱かったから。痛みを受け続けていたから。そこから逃れる為に、イヴはもう1人の自分を生み出した。

 

しかし、この世界に来てイヴは強くなった。もう1人のイヴに頼る必要もない程に。だからイヴは自分が強くなる度に気にしていた。このままだと、もう1人の自分がいつの間にか自分の中から消えてしまうのではないかと。

 

日菜「それを気にしてたの?まぁ、まずは紅茶飲んでよ。あったまるよ。」

 

イヴ「はい……。ゴクッ……少し苦いですね。」

 

イヴのコップに砂糖を入れながら、日菜は自分の考えを話す。

 

日菜「もう1人のイヴちゃんの事を心配する必要は無いと思うよ?」

 

イヴ「どうしてですか?」

 

日菜「だって……はっ…はっ………はっくしょんっ!!」

 

話そうとした直後、日菜のくしゃみがイヴにかかってしまい--

 

イヴ「だぁーーーっ!何やってんだテメー!!」

 

日菜「ご、ごめんねぇ、イヴちゃん!!」

 

もう1人のイヴが現れ、日菜に掴みかかったのだった。

 

 

--

 

 

数分後--

 

イヴ「ったく……散々な目に遭ったぜ……。」

 

日菜「そ、それはこっちの台詞だよ……。」

 

日菜は身嗜みを整え、改めてイヴに向き合った。

 

日菜「でも、イヴちゃん。さっきの私達の話は聞いてたでしょ?」

 

イヴ「あぁ……。俺はよ……俺が必要なくなるってんなら、それはイヴにとって、良い事じゃねーかって…。」

 

もう1人のイヴはそう呟きながら、紅茶を一口啜る。

 

イヴ「甘すぎるな。砂糖入れ過ぎだ。」

 

日菜「でも、イヴちゃんはもう1人のイヴちゃんを大切に思ってるよ?それでも、自分が消えた方が良いって思うの?」

 

イヴ「…………俺みたいなのは、いねえ方が……健全だろ。」

 

日菜「健全ねぇ……もう1人のイヴちゃんからそんな言葉が出るなんて意外。」

 

イヴ「るっせーな!!………俺は、イヴの弱さをカバーする為のバリアみてーなもんだ。その俺が消えるって事は、イヴの前から辛い事や痛い事が無くなるって事だろ?だったら、アイツにとっちゃ、それが1番幸せで真っ当な事なんじゃねーか?」

 

日菜「そんなものかな……?」

 

イヴ「俺はな、イヴに味方が1人もいなかった時に生まれたんだ。身体の痛みも、心の痛みも肩代わりしてアイツを守って、救ってやるためだけにな……。」

 

日菜「………。」

 

そしてもう1人のイヴは、日菜に防人になるまでの経緯を話す。日菜はここで初めてもう1人のイヴが出来た経緯を知る。最初は少し驚きはしたが、日菜はイヴの言葉をしっかり噛み締める様に聞き続けていた。

 

イヴ「俺だけがイヴの味方で、イヴの友達で、俺だけが、イヴの理解者だった……。でも今は違うだろ………俺だけじゃねぇ。勇者部の連中がいるしなぁ……。俺が守らなくたって、イヴを大切にしてくれる奴らがそこら中にいて、超サイコーってやつだ。そろそろ用済み。お役御免って事でもそいつぁ、喜ばしいってもんじゃねーか。」

 

もう1人のイヴの考えを全部聞いた後、日菜は口を開く。

 

日菜「イヴちゃん……。前から思ってたけど、ちょっと抜けてるところあるよね。」

 

イヴ「んだとテメーーー!?」

 

日菜「もう1人のイヴちゃんは何も解ってない!」

 

掴み掛かろうとするイヴに対し、凛とした態度で日菜は吐き捨てる様に言い--

 

イヴ「なっ…………!?」

 

優しくイヴを抱き締めるのだった。

 

イヴ「な、何しやがる!離しやがれ!」

 

顔を赤くしながら、離れようともがくが、それでも日菜は抱き締める事を止めない。

 

日菜「もう1人のイヴちゃんは、イヴちゃんを通してずっと私達を見てきたんでしょ?だったら……解って当然だと思うよ。」

 

イヴ「何をだよ……。」

 

日菜「千聖ちゃんをはじめ、防人のみんな。共に戦ってくれる勇者や、巫女のみんなが、イヴちゃんだけじゃなく………もう1人のイヴちゃんの事も大好きなんだって事。」

 

イヴ「…………っ!!」

 

日菜「私は許さないよ。簡単に消えた方が良いなんて口走る事は絶対に。」

 

イヴ「けどよ………俺がいる限りイヴは本当に強くなれーんじゃねえか……。」

 

日菜「だから、そうやって割り切ったふりで誤魔化そうって?勝手に消えるなんて絶対にダメだからね。もう1人のイヴちゃんも、勇者部の仲間なんだから。」

 

イヴ「お……俺も…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、屋上のドアが開き、千聖達防人のメンバーがやって来る。

 

千聖「日菜ちゃんの言う通りよ。」

 

イヴ「し、白鷺……!」

 

千聖「2人とも突然いなくなるんだもの。探すのに苦労したわ。」

 

花音「日菜ちゃんの言葉、すっごくカッコ良かったよ。」

 

彩「うんうん!日菜ちゃんは私達が思ってた事をちゃんとイヴちゃんに伝えてくれたんだね。ありがとう!」

 

千聖「イヴちゃん。もう1人のあなたの存在が良いか悪いか、私達には判断出来ないわ。でも、一つだけ言えるのは……イヴちゃんも、もう1人のイヴちゃんも………掛け替えのない私達の大切な仲間よ。」

 

イヴ「なっ……!」

 

次の瞬間、顔を真っ赤にしたもう1人のイヴは引っ込み、イヴが表に出てくる。

 

イヴ「………どうして顔が熱いのでしょうか…。」

 

日菜「イヴちゃん、安心して。もう1人のイヴちゃんは突然、消えたりなんか絶対にしないから。」

 

イヴ「そう……なんですね…。ありがとうございます…日菜さん。私……もっと強くなります…なってみせます!もう1人の私に、痛みだけじゃなくて…楽しい事も沢山味わって欲しいですから。」

 

日菜「うん!私達も同じ気持ちだよ。だよね?」

 

千聖「ええ。」

 

花音「だね!」

 

彩「うん!」

 

掛け替えのない仲間が周りには沢山いて、そして自分の中にもいる。イヴは高鳴る胸に手を置き、目を閉じるのだった。

 



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思い出のアルバム〜思い巡らすバレンタイン〜


今年もこの季節がやってきた。1年に1度の相手に想いを伝えるその日が。

しかし、今年は一味違う。無人島でそれぞれがそれぞれの想いを伝え合う。まるで異世界での御役目が終わる事を暗示しているかの様に。




 

 

勇者部部室--

 

中たえ「ねぇ、みんなー。今地図見てるんだけど、そろそろ慰安旅行でもどう?」

 

あこ「それ良いね!旅行して沢山遊んで、美味しいもの沢山食べれば、あこの士気も右肩上がりだよ!」

 

つぐみ「私も賛成かな。」

 

リサ「そだね。久しぶりの慰安旅行は、きっと大赦も許してくれる筈だよ。」

 

季節は2月の頭。幸い勇者部への依頼も落ち着いており、出かけるには絶好の機会だった。

 

香澄「やったー!今度は何処に行けるんだろう?」

 

蘭「どうせなら、初めて行く所が良いかな。」

 

美咲「あと、温泉は外せないかな。」

 

中たえ「分かった。場所選びと大赦への説得は任せて。」

 

そして各々は準備をする為に解散する。この時、この旅行が波瀾万丈なものになる事は、数名を除き知る者はいなかった。

 

 

ーーー

 

 

寄宿舎、赤嶺の部屋--

 

日課のトレーニングを済ませ、寝ようとしていた時、赤嶺の端末に着信が。

 

赤嶺「はい………またその話?何度も言う様だけどそんな簡単には…………え?今なんて……!?しょうがないなぁ。でも、覚悟しておいてね。アレは相当難しい事なんだから……。はぁ………。」

 

仕掛け人の準備は水面下で着々と進んでいた。

 

 

ーーー

 

 

翌日、勇者部部室--

 

友希那「…………。」

 

部室に入ってくるや、神妙な顔つきで友希那は両手に抱えていた基盤を机に広げた。

 

千聖「友希那ちゃん、これは……何かしら?」

 

友希那「これは部室に仕掛けられてた隠しカメラと盗聴器よ。見覚えはない?」

 

そう言うと、友希那はたえ達の方を向く。

 

中たえ・小たえ「「な、何の事でしょう…?」」

 

イヴ「………2月…そうでしたか。」

 

そう。時期は2月--もうすぐやってくるのだ。バレンタインが。

 

紗夜「今年はもう動いていたのですか。ですが、湊さん。成果をあげたのに、どうして渋い顔をしてるのですか?」

 

友希那「少なすぎるのよ。部室だけじゃなく、校舎中を探したのだけれど、これしかなかったわ。」

 

詰め寄るも、たえ達は知らぬ存ぜぬな顔をしている。

 

友希那「シラを切り通すならそれでも良いわ。………今日からバレンタインまであなた達2人は簀巻きよ。」

 

りみ「それはいくらなんでも早すぎないですか!?まだ2月が始まってすぐですよ!?」

 

友希那「みんな、今年はバレンタインの行事は廃止するというのはどうかしら?」

 

唐突な友希那の提案には、当然反対する者が名乗りを上げてくる。

 

燐子「2月14日は大事な日です……!チョコに想いを込めて贈る大事なイベントなんです……!日頃、恥ずかしくて口に出せない、淡く甘酸っぱい本当の気持ちを振り絞れる唯一の日なんです……!」

 

友希那「り、燐子……珍しく饒舌ね…。」

 

中沙綾「燐子さんの言う通りです。友希那さんは何も分かってません。私達勇者は、いつどうなるか分からないんです。それが異世界だとしても。今日にも明日にも、御役目で倒れるかもしれない。だからこそ!今この想いを伝えたいんです!」

 

友希那「山吹さん……あなたも?」

 

中沙綾「私達のいるこの世界は、いつ終わるかも分からない。この奇跡はいつ終わってもおかしくないんです!だから、想いを伝える事を後悔したくないんです!」

 

リサ「友希那。たえ達の事と、みんなの気持ちは分けて考えなきゃ。人を愛する事は罪じゃないんだよ?」

 

友希那「何故、そこで愛なの?」

 

彩「……私感動しちゃった!みんなの愛の力で、神樹様は一層パワーアップする事間違いなしだよ!」

 

沙綾達の怒涛の説得により、首の皮1枚繋がったたえ達。しかし、中学生たえの様子に少し変化が。

 

小たえ「あれ?たえさんどうしたんですか?」

 

中たえ「……………ううん、何でもないよ。」

 

様々な想いが渦巻く中、バレンタイン当日がやって来る。

 

 

ーーー

 

 

バレンタイン当日--

 

リサ「友希那……友希那ってば……!」

 

友希那「…………リサ?」

 

友希那が目を覚ますと、起床時には絶対に聞かない音が辺りに響き渡っていた。

 

ゆり「………え?」

 

千聖「…………私達は夢でも見てるのかしら…。」

 

見回すと、そこは海。

 

友希那「ここは何処なの!?」

 

殆どの人があり得ない出来事に困惑している最中、リサ達はとある場所まで全員を連れて行くのだった。

 

 

--

 

 

とある島、キャンプ場--

 

小たえ「やって来ました!バレンタインジャーニーです!!」

 

友希那「これは一体どう言う事なの!?」

 

モカ「たえ達の指示で私達巫女が、みんなが寝てる間に"カガミブネ"でここまで運んだんです。」

 

友希那「"カガミブネ"って………リサもグルだったの!?」

 

リサ「ごめんね、友希那。これが最善の策だったんだ。」

 

六花「前みたいに友希那さんのファンクラブが押し寄せるから、リサさんも心配だったんです。」

 

リサの言い分に口をつぐんでしまう友希那。しかし、1つ問題があった。バレンタインのチョコを当日に作ろうと思っていた人も勇者部には何人かいたという事だ。

 

日菜「あちゃー……当日に作ろうと思ってたのになぁ。」

 

小たえ「それは心配ないですよ。チョコを作るのに必要なものは一通り揃ってますから。」

 

燐子「手回しの良さは流石ですけど……そもそもここは一体何処なんでしょうか…。」

 

中たえ「ここはですね……花園家が所有する、瀬戸内に浮かぶ無人島です!」

 

美咲「あぁ………流石は大赦トップ…。」

 

蘭「ならこれはバレンタインと慰安旅行のドッキングって事…?」

 

中たえ・小たえ「「そうなんです!!という事で……今年もやってきましたバレンタイン!!皆様思う存分想いを伝えてください!」」

 

友希那「………端末を渡しなさい座りなさい手を後ろに回しなさい息を止めなさい。」

 

たえ達が高らかに宣言したところで、友希那は2人を座らせ簀巻きにする。

 

中たえ・小たえ「「あーれー!!」」

 

こうして今年も混沌渦巻くバレンタインが、この無人島で開催されるのであった。

 

 

ーーー

 

 

無人島、森の中--

 

蘭「そこかしこに果物が自生してるんだね……凄いなここ。」

 

あこ「ホントだ!沢山食べられるね!」

 

燐子「あこちゃんも、美竹さんも順応するのが早いですね……。」

 

りみ「あっ、そうだ蘭ちゃん。今年は蘭ちゃんにバレンタインのチョコあげるね。」

 

蘭「ありがと、りみ。」

 

りみのチョコを受け取った蘭。ここで蘭は恐る恐る気になっている事を質問する。

 

蘭「このチョコって……りみの手作り?」

 

りみ「このチョコは3日前にお姉ちゃんと作ったんだ。ね、お姉ちゃん!」

 

ゆり「そうそう。ちょっとズルいけど、私達2人はその時に交換しちゃったんだ。1人2個の縛りって中々キツくてね。」

 

燐子「そうだったんですね……。」

 

勇者部の人数も増え27人になっている。その中で2人だけに想いを伝える事は結構大変な事だった。

 

ゆり「それで、私のチョコは…はい、あこちゃん。」

 

あこ「ゆり先輩からあこに!?ありがとうございます!」

 

燐子「良かったね、あこちゃん……。私のは…りみさん……貰ってくれますか?」

 

りみ「ありがとうございます!私ももう1つは燐子さんにあげようと思ってたんです!どうぞ。」

 

燐子「嬉しいです……!私……りみさんとゆりさんみたいな姉妹に憧れてたんです…もう、ずっと前から……。」

 

あこ「あこもなんだ!あことりんりんは約束してるの。生まれ変わったら絶対、本当の姉妹になろうって!」

 

ゆり・りみ「「っ!?」」

 

あこの言葉を聞いたその時、2人の頭の中に以前の模擬戦の風景が浮かび上がってきた。

 

 

--

 

 

あこ・燐子((生まれ変わっても…また…。今度はきっと…本当の……姉妹…に。))

 

 

--

 

 

ゆり(何であの記憶が……?)

 

りみ(どうして……?)

 

理由は分からないが、その言葉に何故か2人の胸は締め付けられる感覚があった。

 

あこ「どうしたんですか、2人とも?」

 

ゆり「…ううん、何でもない。………なれるよ、きっと。あこちゃんって子供っぽい所もあるけど、燐子ちゃんに対してはお姉ちゃんしてるしね。それに、なんか親近感もあるし。」

 

あこ「ホント!?やったぁ!りんりん!あこ、絶対にすっごいお姉ちゃんになるからね!」

 

そう言って、あこは燐子にチョコを渡すのだった。

 

燐子「うん…!今年もチョコありがとう……あこお姉ちゃん…。私のチョコも食べてね…。」

 

あこ「り、りんりん……!食べる!食べるよ!」

 

燐子「ふふ……照れ臭くて無理だと思ってたけど…勇者はいつ何があるか分からないもんね…。」

 

蘭「そうですね。想いは胸に秘めてるだけじゃダメなんです。言える時に言っておかないと……。」

 

モカ「良かったですなー。」

 

あこ「りんりんの事はあこが絶対に守るから!何があってもね。」

 

燐子「うん…頼りにしてるね…。私の大好きな……あこお姉ちゃん…。」

 

互いにチョコを渡して抱き合う2人。側から見れば、2人は本当の姉妹の様だった。そんな最中、茂みの奥から赤嶺がやって来る。

 

赤嶺「あー、良いんだぁ。あこに燐子ちゃんってば。無人島で開放感たっぷりって感じ。」

 

りみ「あっ、赤嶺さん。1人ですか?」

 

赤嶺「うん。お姉様を探してたところ。誰か見なかった?」

 

あこ・蘭「「海じゃない?」」

 

ゆり「………そうだ、私も探してこようかなぁ…。」

 

挙動不審になりながら、ゆりの視線がりみに動いた。

 

りみ「私を見なくても大丈夫だよ。いってらっしゃい、お姉ちゃん。」

 

赤嶺とゆりの2人は薫を探しに海の方へ歩いていくのだった。

 

 

ーーー

 

 

無人島、川辺--

 

ここでは夏希、沙綾、イヴ、美咲の4人が川辺を散策していた。

 

夏希「うわぁ…ザリガニが沢山いる!」

 

美咲「どうしてバレンタインに無人島までやって来て川辺なんだろう……。」

 

夏希「川をみたら、あこさんの誕生日パーティーの事を思い出したんですよね。あの時は私身体張ったなぁ……。」

 

小沙綾「あぁ……あの時はザリガニを鼻に挟ませてたんだよね…。」

 

夏希「名誉の負傷だよ……って、イヴさん!?」

 

思い出に浸っている中、イヴを見ると今まさにイヴの鼻をザリガニが挟んでいたのである。

 

イヴ「痛ててて!このエビ野郎!離しやがれぇーーー!」

 

美咲「言ってるそばから何やってるの!?もう1人のイヴ出ちゃってるし!」

 

もう1人のイヴはザリガニを川に投げ捨て、鼻を摩りながら夏希にチョコを手渡した。

 

夏希「これって……チョコですか!?」

 

イヴ「おう。………オメーに身体張らせるくらいなら、俺が代わりにやってやるから……いつでも言えよ。」

 

美咲「こらこら、あなただってダメダメ。どっちも大事な勇者で、大事な身体。はいこれ。」

 

イヴ「奥沢が俺に?」

 

美咲「私はあなたが心配なの。あなたって、自分はどうなっても良いタイプでしょ?そんな人が、今ではイヴだけじゃなくて、他の人まで守ろうと頑張っちゃってるんだから。」

 

イヴ「お、俺じゃねえよ……イヴが守りてぇって思ってるからだ。アイツの大切な物は俺が守んねーと……。」

 

美咲「それは分かってる。でも、言っておかないと後悔しそうだから言ったの。無茶はやめてよ?」

 

イヴ「無茶じゃねーよ!それでお前らを守れるなら……そんなん……ちっとも無茶じゃねー…。」

 

その時、川上から薫を探しにやって来た赤嶺とゆりがやって来る。

 

赤嶺「カッコいい事言うね、イヴ。思わずキュンってきちゃったよ。」

 

イヴ「ばっ……そんな事……!」

 

イヴ「そんなカッコいい事は言ってませ…あ、戻ってしまいました…どうしてでしょうか……鼻が痛いです。」

 

小沙綾「さっきザリガニに鼻を挟まれてましたから…。」

 

ゆり「何やってるの!大丈夫?……良かった。何ともない。」

 

イヴ「ありがとうございます…。それで……ゆりさんにコレを…。ゆりさんは、初めて私に言ってくれた人ですから。」

 

ゆりに頭を撫でられ、顔を赤くしながらイヴはチョコをゆりに渡す。

 

夏希「隅におけないですね、ゆりさん。何て言ったんですか?」

 

イヴ「はい……"お帰り"って……言ってくれたんです。」

 

 

--

 

 

ゆり「お、帰ってきたね。はいはーい!お帰り。」

 

イヴ「…………はい。」

 

ゆり「こらこら、"はい"じゃなくて、お帰りって言われたら"ただいま"でしょ。」

 

イヴ「あ……………………た、ただぃ…………ま。」

 

 

--

 

 

胸に残るのは温かかった"お帰り"という言葉。イヴは以前ゆりから言われたその言葉をずっと胸にしまっていたのである。

 

ゆり「そっか……。チョコありがとう、イヴちゃん。いつでも帰ってきて良いからね。待ってるから。」

 

イヴ「はい……!」

 

赤嶺「ところで、誰かお姉様を見なかった?」

 

夏希「薫さんは……海じゃないですか?」

 

小沙綾「多分というか、絶対そうだと思います。」

 

赤嶺「ありがとう、行ってみるね。」

 

そう言い残し、2人は川下の方へと歩いて行った。

 

イヴ「私も一緒に行きます。薫さんにも渡したいんです…家族ですから。」

 

イヴも2人の後を追って走って行った。

 

夏希・小沙綾・美咲「「「家族!?」」」

 

 

 

想い伝え合うバレンタインの1日はまだ始まったばかりであった。

 



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思い出のアルバム〜後悔しない為に〜


チョコを渡し想いを伝え合う勇者部達。それぞれの感情が絡み合いバレンタインは続いていく。

そしてその中で、とある計画も水面下で着実に進んでいるのだった。




 

 

無人島、キャンプ場--

 

日菜「むーーーん……。ぬーーーん……。」

 

他の人がチョコを渡したり、作ったりしている中、日菜は未だにチョコのアイデアが浮かばないでいた。

 

友希那「花園さん達を他の所に移す事は出来ないかしら?」

 

リサ「下手に動かしたら、その隙に逃げられちゃうかもよ?」

 

紗夜「成る程……。私と高嶋さんを調理場で目覚めさせたのは、既に自分が捕まる事を織り込み済みだったからですか。」

 

高嶋「でも、別に作るところを見るくらいなら許しても良いんじゃないかな。」

 

紗夜は溜め息を吐きながら、高嶋は苦笑いをしながらチョコを作っている。

 

友希那「香澄はともかく、紗夜も手作りなの?」

 

紗夜「な、何なんですかその顔は……悪いですか?」

 

友希那「いいえ…つくづく私は紗夜にとって力不足なリーダーだなと思ったのよ。あなたはこの世界に来て、ここで出会った仲間達に、良い意味で…変えてもらったのね。」

 

紗夜「…………余計なお世話です。」

 

照れ臭そうに紗夜は答えた。

 

友希那「そうね……ごめんなさい。」

 

高嶋「…………ねぇ、友希那ちゃん。チョコの中に何を入れたら良いと思う?」

 

友希那「………そうね…私はアーモンドが好きよ。」

 

紗夜「…………。」

 

リサ「香澄、フォローありがとね。こーれ、私からのお礼。衝突を回避させる香澄の気遣いには、いつも本当に助けられてるよ。」

 

コソコソと高嶋に話しながら、リサはチョコを高嶋に手渡した。

 

高嶋「私は何もしてないから、お礼なんて……。でも、チョコはいただきまーす!」

 

 

--

 

 

一方で日菜はまだ悩んでいる。

 

日菜「あーーー!カツオも柚子も無いよー!どうやって作ろう…。」

 

小たえ「足りないものがありました?だったら……沙綾さん!」

 

中沙綾『こちら山吹。りょーかい、カツオと柚子を迅速にお願いします。』

 

たえに言われ、沙綾はトランシーバーで何処かに連絡をいれる。

 

日菜「沙綾ちゃん、何処に連絡してたの?」

 

中沙綾「大赦です。すぐに材料が来ると思いますよ。」

 

そしてものの数分で、空から大きな段ボールが落ちてくるのだった。

 

日菜「早い!もう来たよ!?」

 

香澄「凄い!これでチョコが作れますね、日菜さん。」

 

 

ーーー

 

 

無人島、海岸--

 

有咲「何で海なんだ……。」

 

薫「見知らぬ場所へ来たのなら、まずは海に行かないとね…。」

 

有咲「海は何処だって海だろ………って、入って行くなーーっ!」

 

薫「おや?だが、ワカメを……。」

 

有咲「ワカメは良いだろ!」

 

薫「いや、私は考えたんだ。今年はチョコフォンデュを……そして具材は海の物はどうかと……。」

 

有咲「それ、絶対美味しくないと思う。………思えば、この世界で随分長く過ごしてきたな。」

 

薫「そうだね。………有咲ちゃん、チョコ渡すんだろ?」

 

有咲「なっ!?だ、誰に!」

 

薫「………誰にだろうね。」

 

有咲「………私はまだ迷ってる所かな。薫は…今年もゆりか?」

 

薫「そうだね…。」

 

有咲「ブレないな。全く、ゆりの何処が良いんだ?」

 

薫「何処が…か……。」

 

有咲「まっ、どうせ海っぽい所とか言うんだろ?」

 

薫「いや…。」

 

有咲「違うのか?」

 

薫「ゆりの良いところは、有咲ちゃんの方が沢山知ってるんじゃないかい?」

 

その言葉で、有咲の顔が真っ赤になった。

 

有咲「ちょまっ!?そ、そんなの知るわけないだろ!?」

 

薫「そうかい?」

 

有咲「そ、そうだ!大体幽霊のユの字で気絶するし、うどんなんか34杯食べるし!すぐ泣くし、スピーチ長いし!お節介だし!依頼受けすぎだし!兎に角……ゆりはとんでもなく……!」

 

そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 

ゆり「…………とんでもなく…何?」

 

有咲の背後にはにこやかな笑顔のゆりが立っていた。

 

有咲「と……とととと飛んでも10分歩いて100分……ってなっ!?」

 

赤嶺「お姉様!やっと見ーつけた!」

 

ゆり「有咲ちゃーん………有咲ちゃんが私をどう思ってるか…よーく分かったよ。」

 

有咲「こ……これは…あはは……。」

 

薫「なんて仲の良い2人なんだ…。」

 

ゆり・有咲「「何処がだー!!」」

 

 

--

 

 

それから数分、2人は足元の悪い砂浜を走り回りヘトヘトになってしまっていた。

 

イヴ「薫さん……コレをどうぞ。」

 

薫「おや?私にくれるのかい?」

 

イヴ「はい。……家族と言ってくれて、ありがとうございました。」

 

薫「気にする事ないさ。こちらこそ、家族になってくれてありがとう。」

 

"お帰り"と"家族"。この2つの言葉は今でもイヴの心の中に残っている大切な言葉。

 

赤嶺「お姉様……あのぉ…一緒に調理場に行ってくれませんか?」

 

そこにさっきまで口論していた有咲が戻ってくる。

 

有咲「はースッキリした。それじゃ赤嶺、イヴ、行くぞ。」

 

赤嶺「えっ…まだ私お姉様に用が…!」

 

有咲「良いから行くぞ!」

 

そう言いながら、有咲は赤嶺の服を引っ張り、薫とゆりを残して去ってしまった。

 

ゆり「ちょ……っ!はぁ…行っちゃった…全く元気だよね、みんな。」

 

薫「………そうだね。」

 

照れを隠す為に、ワザとらしい演技をするゆり。

 

薫「すまない、ゆり。」

 

ゆり「どうしたの?」

 

薫「まだ何も捕れていないんだ。」

 

ゆり「捕れてないって何が?」

 

薫「魚や貝、海藻さ。」

 

ゆり「それ捕る必要ある?もしかして、夜ご飯の心配してる?」

 

薫「いや……それでチョコフォンデュを、とね。」

 

ゆり「なんで全部海の幸なの!それ、絶対美味しくないから!」

 

周りには誰一人いない、2人だけの時間が流れている。

 

薫「ふふ…有咲ちゃんも同じ事を言っていたよ。」

 

ゆり「そうなんだ……。ねぇ、薫。私ね…勇者部のみんなが本当に好きなんだ。みんなは私の大切な宝物。だから誰にも後悔なんかさせたくない。」

 

薫「そうだね。ゆりは、思っている事を全力でやればいい。みんなも、勿論私も、全力で支えついて行くさ。そうすれば、後悔なんてする筈ない。絶対にさせない……戦いでも、日常でも。」

 

ゆり「うん。ふふっ……誰かにそう言ってもらえると、力が湧いてくる。いつもありがとう、薫。あなたに出会えて、本当に良かった。はい、これは私の気持ち。」

 

ゆりは薫にチョコの箱を手渡した。箱を開けると、中には三つ叉の槍を模したチョコが。

 

薫「ありがとう。……これはフォークかい?」

 

ゆり「三つ叉の矛だよ。ほら、街の皆さんに恩返しに行く時、薫はポセイドンの仮装してたでしょ?あれがさ……なんて言うか…か、カッコ良かったから。」

 

薫「それは嬉しいね。」

 

ゆり「やっぱり薫は海が似合うし、何か海関係の物あげたかったしさ。それで、今チョコフォンデュの材料探してるんでしょ?さっき通って来た山道に果物沢山成ってたから、それを使えば良いんじゃない?」

 

薫「本当かい?それは儚い知らせだ。」

 

ゆり「さて、それじゃあ早速準備に取り掛かろっか。」

 

薫「それも良いが……。」

 

ゆり「どうしたの?」

 

薫「もう少し、このまま海を見ていたい。ゆりと2人で。」

 

ゆり「っ!?………しょうがないなぁ…じゃあ、後少しだけね。」

 

薫は手を差し出し、ゆりはその手を取る。そうして2人は暫くの間海を見続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤嶺「………っ!?何あれ何あれ!どうしよどうしよ…何とかしなきゃ……。でないと………!」

 

 

---

 

 

無人島、キャンプ場ーー

 

キャンプ場の調理場では小学生組がチョコのバラエティパックを開けパーティを始めていた。

 

リサ「楽しそうで良いね。」

 

夏希「はい、去年六花さんがバラエティパックを使ったって聞いて、天才だって思ったんです。」

 

六花「参考になって何よりです。」

 

その一方で、日菜は今度は送られてきたカツオの活用方法に悩んでいた。

 

日菜「うーーーーーん!!カツオを送ってもらったのは良いんだけど、丸々1匹のカツオをどうすれば良いのー!?」

 

つぐみ「日菜さん、氷河家に弱気は禁物です!作りましょう!最高のオリジナルチョコを!」

 

 

---

 

 

無人島、公園ーー

 

ここはキャンプ場から離れた小さな公園。千聖と彩は散策の途中、休憩の為にこの公園に寄っていた。

 

千聖「無人島なのにこんな公園があるなんて……驚いたわ。」

 

彩「さっき案内板を見たんだけど、他にも色んな施設があるみたいだよ。」

 

千聖「騙された感はあったけど、これは案外普通に旅行も楽しめそうです良かったわ。」

 

彩「千聖ちゃん……騙してごめんね。」

 

千聖「気にして無いわ。今日はバレンタイン。楽しみましょ。」

 

千聖はバツが悪そうにしている彩にチョコを渡す。

 

彩「ありがとう、千聖ちゃん。私からもどうぞ。」

 

千聖「ありがとう。実を言うと、彩ちゃんのチョコ、楽しみにしてたの。一緒に食べましょうか。」

 

2人は包みを開け、チョコを口に運んだ。

 

彩「う〜〜〜ん!!千聖ちゃんのチョコ、イチゴ味で美味しい!!」

 

千聖「彩ちゃんが作ってくれたチョコも美味しいわ。そのチョコは色とカタチを工夫してみたの。種に見立てて細かく砕いたピーナッツを混ぜてあるわ。」

 

彩「凄い!私のチョコはミルクティーを混ぜたんだ。」

 

千聖「ふふっ、彩ちゃんも随分と料理が上手くなったわね。」

 

 

---

 

 

無人島、キャンプ場ーー

 

日菜「でろ〜〜アイデアでろ〜〜〜。」

 

つぐみ「友希那さん、これ私からのチョコです。どうぞ。」

 

友希那「私に?ありがとう。でも、どうして私に?」

 

つぐみ「なんたって伝説の勇者ですから。尊敬する人に塩を贈るつもりで、塩チョコです。」

 

友希那「頂くわ。もぐもぐ………確かにチョコの甘さと塩のしょっぱさが…絶妙に混ざっているわね。」

 

つぐみ「伝説の勇者である友希那さんに、そう言ってもらえて嬉しいです。」

 

つぐみの友希那を尊敬する姿勢は、何処となく夏希に似ていた。

 

友希那「氷河さん……伝説というのは、後世の人が創り上げた物語に過ぎないんじゃないかしら?あなたの信念とその剣の腕なら、すぐに私なんかを超えてしまうわ。」

 

つぐみ「え?」

 

友希那「氷河さんが私を越え…その後輩が氷河さんを越える……。その繰り返しで未来はより良く平和になるのだから。」

 

リサ「はぁ〜〜〜〜友希那……カッコいい!カッコ良過ぎてもう無敵!」

 

夏希「器が大きいなぁ、友希那さんは。やっぱ憧れちゃいます。」

 

小たえ「流石は御先祖様。」

 

つぐみ「その言葉、胸に刻んでおきます。ところで……さっきから赤嶺ちゃんの姿が見えないんだけど?」

 

夏希「赤嶺さんなら、さっき川辺で見ましたよ。多分もうすぐこっちに来ると思います。」

 

つぐみ「そっか。じゃあもうちょっと待っててみようかな。」

 

 

ーー

 

 

数分後、キャンプ場に赤嶺と有咲、そしてイヴの3人が戻って来る。

 

赤嶺「離してよぉ!私、まだお姉様に用事がーーー!」

 

リサ「ちょっとちょっと、これは何の騒ぎ?」

 

イヴ「赤嶺が瀬田とゆりの邪魔をすっから、拉致ってきたんだ。」

 

有咲「お姉様お姉様って、薫の事となると人が変わりすぎだ!」

 

赤嶺「フンっだ。有咲とイヴが強引過ぎるんだもん!」

 

つぐみ「でも丁度良かった。赤嶺ちゃん、そろそろ甘い物が欲しくなってくる頃でしょ?はい、私からのチョレート。」

 

チョコを渡そうとするつぐみ。しかし、赤嶺は何故か中々つぐみからのチョコを受け取ろうとはしなかった。

 

赤嶺「え?あー……後でも良いかな?私、忙しいし。」

 

つぐみ「…………受け取ってくれないの?」

 

赤嶺「だって何で今なの!?少しは空気読んでよぉ……。」

 

つぐみ「どうしてもチョコ受け取ってくれないの?」

 

赤嶺「そこまでは言ってないよ!?受け取る!受け取るよ!どうもありがとう!」

 

何故か焦る赤嶺はつぐみからチョコを受け取った。しかし、今度は中々食べようとはしなかった。

 

つぐみ「食べてくれないの?」

 

赤嶺「え?」

 

高嶋「こ、こういうのって人前だと食べにくいよね、赤嶺ちゃん。」

 

赤嶺「う、うん……すっごく見られてるし。恥ずかしい……。」

 

つぐみ「…………………そっか。」

 

するとつぐみは踵を返し、キャンプ場を後にしてしまう。

 

赤嶺「あっ、つぐちん!?」

 

六花「つぐみさん!待ってください!」

 

つぐみの後を追いかけるように、六花もその場を後にする。

 

中たえ「あーあ……赤嶺さん、この落とし前はちゃんとつけないと、後が怖いよ?」

 

赤嶺「わ、分かってるよ!」

 

日菜「る…………るるるん………るん…?」

 

イヴ「おいおいおい……氷河、大丈夫かよ!?」

 

日菜「大丈夫大丈夫。ただ、すこーしだけ悩んでるだけだから。」

 

イヴ「ちっとは休憩しろよ?これでも食って休め!」

 

イヴは照れ臭そうに、チョコの箱を日菜に向かって投げる。

 

日菜「うわっ!?イヴちゃん…これって…。」

 

イヴ「前にお前、俺に説教しただろ。それがよ……割りかし何つーかよぉ……その…。」

 

まごまごしながらイヴは思い出す。それは以前日菜がイヴに話してくれた事ーー

 

 

ーー

 

 

日菜「もう1人のイヴちゃんは何も解ってない!」

 

イヴ「なっ…………!?な、何しやがる!離しやがれ!」

 

日菜「もう1人のイヴちゃんは、イヴちゃんを通してずっと私達を見てきたんでしょ?だったら……解って当然だと思うよ。」

 

イヴ「何をだよ……。」

 

日菜「千聖ちゃんをはじめ、防人のみんな。共に戦ってくれる勇者や、巫女のみんなが、イヴちゃんだけじゃなく………もう1人のイヴちゃんの事も大好きなんだって事。」

 

イヴ「…………っ!!」

 

日菜「私は許さないよ。簡単に消えた方が良いなんて口走る事は絶対に。」

 

イヴ「けどよ………俺がいる限りイヴは本当に強くなれーんじゃねえか……。」

 

日菜「だから、そうやって割り切ったふりで誤魔化そうって?勝手に消えるなんて絶対にダメだからね。もう1人のイヴちゃんも、勇者部の仲間なんだから。」

 

 

ーー

 

 

イヴ(頑張ってください…もう1人の私……。)

 

イヴ「あぁ……。何つーか、刺さってよぉ……。だからアレだ…あ……あんがと…な…。」

 

日菜「イヴちゃん……。」

 

イヴ「おめーのそんな真っ直ぐなところ…俺、嫌いじゃねーからさ……。」

 

日菜「ありが………っ!?」

 

その時、日菜に電流が走る。

 

日菜「るるるるんっ♪てきたぁぁぁー!!」

 

 

---

 

 

 

無人島、森の中--

 

あこと燐子と別れた蘭とモカは、途中やって来た美咲と共に森の中である物を探していた。

 

蘭「無いなぁ……。」

 

モカ「探してはいるけど、カカオってどんな木なの?」

 

美咲「私も。それに、カカオの木なんてそこら辺に生えてるもの?」

 

蘭「分からないけど、チャンスだから。たえの島なら取り放題だし。カカオがあればチョコ作れるじゃん。」

 

蘭はこの無人島でカカオを見つけ、それを自分の畑で育てようと画策していたのだ。するとさっきキャンプ場を飛び出したつぐみと六花に出会う。

 

つぐみ「仮にカカオがあっても、そこからチョコを作るのに38時間はかかるよ、蘭ちゃん。」

 

蘭「つぐみ……そうなんだ…。まぁ、カカオを探して育てれば来年は自家製チョコが出来るかも。」

 

モカ「蘭はもう次の事考えてるの?来年もここにいるか分からないのにさー。」

 

蘭「未来の事を考えてれば、絶対に死ぬ訳にはいかないって思えるでしょ。種を撒けば芽が出て、実を結ぶのが見たくなる。だから私は、畑に種を撒き続けるのかもしれないね。」

 

モカ「もー蘭らしいなぁ。私も一緒に見るからね。いつも蘭と一緒に、沢山実のなった畑を。」

 

六花「………何て感動的なんでしょうか…!」

 

モカ「およよ?ところで、つぐ達は赤嶺さんとは別行動なの?」

 

つぐみ「……………赤嶺ちゃんなんて知らない!」

 

赤嶺の事を聞かれ、つぐみは頬を膨らませそっぽを向く。

 

美咲「一体何があったの?」

 

六花「それが……。」

 

つぐみに代わって六花が事の経緯を説明した。

 

 

ーー

 

 

蘭「赤嶺がチョコの受け取りを渋った?」

 

六花「そうなんです。それでつぐみさんは怒って飛び出して…。」

 

つぐみ「私はそれで怒った訳じゃないし、そもそも怒ってない!」

 

美咲「それにしても、赤嶺はどうしたんだろう?ダイエット中とか?」

 

つぐみ「それは無いよ。赤嶺ちゃん、この日の為に1ヶ月前から体を絞ってたから。」

 

モカ「虫歯とかー?」

 

つぐみ「それも無いよ。赤嶺ちゃんには毎日仕上げの歯磨きをしてるから。」

 

蘭「嘘……湊さんとリサさんを越えかねないよその行動………。」

 

つぐみ「でも、私が気になってるのは赤嶺ちゃんの態度じゃないよ。どうしてふーー」

 

薫「おや?こんな所で子猫ちゃん達に会うなんて奇遇じゃないか。」

 

つぐみが何か言いかけたところに、海からキャンプ場へ向かっていた薫とゆりがやって来る。

 

つぐみ「薫さん……。」

 

六花「そうです!赤嶺さんは、薫さんのチョコを1番に食べたかったからじゃないですか?」

 

美咲「ちょ……っ!仮にそうだとしても、氷河さんの前でそれ言っちゃう!?」

 

薫「私のチョコかい?私のチョコなら……美咲、君に。」

 

美咲「ええっ!?私に?しかも今!?」

 

薫「私は、美咲には覚えていておいて欲しいんだ。ここに仲間がいた事。共に戦った事を、私も美咲も故郷に持ち帰り、最後まで戦い抜こう………美咲。」

 

美咲「この想いを…持ち帰る。まぁ忘れたら後悔してもしきれないですからね……刻みつけておきますよ。」

 

 

---

 

 

無人島、キャンプ場ーー

 

ゆり「ただいまー。誰か果物使いたい人いる?いっぱい採ってきたよ。」

 

薫「子猫ちゃんにここへ来てくれと言われたのだが……。」

 

両手に果物を抱えたゆりと薫がキャンプ場へと戻って来た。早速赤嶺が薫にすり寄って来る。

 

赤嶺「ねぇ、お姉様。友希那さん1人じゃ大変そうなので、たえをがっちり抱き締めておいてくれませんか?」

 

中たえ「えっ!?」

 

友希那「確かに何を仕出かすか分からないけれど………今のところは私が見ているし、そこまでは…。」

 

紗夜「いいえ。しておいて頂けると助かります。是非強めに拘束しておいてください。」

 

薫「………これで良いかい?」

 

薫はたえを後ろから羽交い締めにする。

 

中たえ「え………っ、な…何かイメージと違う……っ!?」

 

紗夜「これで安心ですね。さて、高嶋さん、行きましょう。」

 

高嶋「う、うん……。」

 

邪魔者が動けなくなり、2人は森の方へ行ってしまう。

 

赤嶺「良し……頑張ってね、たえちゃん…。」

 

キャンプ場にいる全員がたえ達に気を取られている中、赤嶺もこっそりキャンプ場から抜け出し姿を消すのだった。

 

 

---

 

 

無人島、森の中ーー

 

紗夜「ふぅ……やっと花園さん達を気にする事のないバレンタインがやってきました。」

 

高嶋「今年は一緒にチョコ作りが出来て、もう私は充分楽しかったけど。」

 

紗夜「私もです。ですが、高嶋さんの為に作ったので、驚きはしなくても受け取って欲しいです。」

 

高嶋「勿論受け取るよ!それに私、ビックリより安心の方が好き。穏やかな時間って良いよね。」

 

2人は互いに作ったチョコを渡し合った。紗夜からすれば、去年は邪魔され想いを伝えられなかったバレンタインだったが、今年は無人島。周りに2人の邪魔をする者はいない。今年こそ紗夜は高嶋に思いの丈を伝えようと意を決する。

 

紗夜「そうですね。高嶋さん……私は…毎年後悔していたんです。いつも肝心な事をあなたに伝える事が出来なくて。だから今年こそはと、ずっとそう思っていました。」

 

高嶋「紗夜ちゃん?」

 

紗夜「聞いてください………。私はこの世界に来る前も、ここに来てからはもっと、ずっとずっと………高嶋さん…あなたの事が……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高嶋「あっ、チョコ溶けてきてる、大変だ!紗夜ちゃん、あーん♪」

 

紗夜「ぁむ……もぐもぐ………ほ、ほうじゃらくて……。」

 

高嶋「ねぇ、紗夜ちゃん………………幸せだね!」

 

紗夜「ほ、ほぅれふね……たかひまひゃん……♪」

 

高嶋「私にも食べさせてくれる?」

 

高嶋の行動はワザとなのか故意なのかは分からない。咄嗟の事で有耶無耶になりそうだったが、紗夜は引き下がらない。今年こそはと決めたのだ。

 

紗夜「喜んで!あっ………違います……今年こそは言うと決めたんです…どうか聞いてください、高嶋香澄さん!」

 

意を決した紗夜は高嶋を木に押し倒す。壁ドンならぬ木ドンの構えだ。

 

高嶋「はっ………紗夜ちゃんが…壁ドン……。っていうより……木ドン……。」

 

紗夜「は、初めて出会った時から、ずっと……ずっと…!私はあなたの事が大好ーー」

 

その時、思いも寄らない光景が2人の視界に入る。木の上から人が落ちてきたのだ。

 

高嶋「何!?」紗夜「何ですか!?」

 

?「痛たたた………。」

 

落ちてきたのはなんと赤嶺だった。

 

高嶋「赤嶺ちゃん!?どこから落ちてきたの!?」

 

赤嶺「ご、ごめん……邪魔しないように木の上を通ろうとしてたら、木ドンの衝撃で……痛い。」

 

高嶋「大丈夫!?すぐ手当しなきゃ!」

 

またしても邪魔され、想いを伝える事が出来なかった紗夜。その目は光を失い虚ろになっていたのだった。

 

 

 

 

紗夜「呪いです……私はバレンタインに呪われているんです…………!」

 

 



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思い出のアルバム〜世界が壊れても一緒にいたい〜


波乱のバレンタインが続く中、些細な綻びから次第に真相が明らかになり始める。

皆がチョコと一緒にこの世界で感じた想いを伝える中、遂にたえは夏希に本当の気持ちを叫ぶーー




 

 

無人島、キャンプ場ーー

 

お昼を過ぎ、日が傾きかけてきている。たえ達2人は未だにしがみつかれた状態で拘束されていた。

 

つぐみ「それにしても、たえちゃん達はまだ何もしてないのに、常に拘束状態だなんてちょっと厳しいんじゃ……。」

 

薫「それも一理あるね。」

 

薫は少し手の力を緩める。するとたえはすぐさま拘束から抜け出し駆け回った。

 

中たえ「やったーーー!!あっ……!」

 

しかしすぐさま薫はたえの背後を取って、再び羽交い締めにしてしまう。

 

中たえ「むぎゅぅ………。」

 

あこ「緩めた途端に暴れたらそうなるよね。」

 

日菜「出来たーーーーー!」

 

直後、厨房から日菜の歓喜の声があがる。ようやくチョコが完成したのだ。

 

日菜「千聖ちゃん!早速このカツオチョコを受け取ってよ!」

 

千聖「え?…………え!?」

 

そこにあったのは実物大のカツオの形をしたチョレート。目元やヒレ、口元まで事細かに再現された見事なまでのカツオチョコ。

 

千聖「色はチョコだけれど……パッと見たら本物のカツオと見紛う出来だわ。」

 

日菜「私の情念を全て注ぎ込んで作ったチョコだよ!さ、割ってみて。」

 

千聖「情念を割って良いの?………じゃあ遠慮なくいくわね。はっ!」

 

割ってみると、内部まで拘っておりホワイトチョコで出来た骨が入っていた。

 

千聖「感動に言葉も出ないわ……ありがとう、日菜ちゃん。」

 

日菜「喜んでくれて良かったぁ!」

 

つぐみ「流石です、日菜さん!氷河家たる者、どんな困難でも機転を利かせて乗り越える。氷河家に相応しいチョコでしたよ。」

 

日菜「ありがとう、御先祖様!」

 

 

ーー

 

 

夏希「あっ、有咲さん!赤のよしみでこのチョコ貰ってください!」

 

有咲「赤のよしみ……?あぁ、勇者服のか…。」

 

夏希「初めて有咲さんの勇者服を見た時からずっと思ってたんです。私のと似てるなって。」

 

似ていて当然だった。有咲が使っている勇者システムの前の使用者は夏希だったから。

 

有咲「…………そうだな。私もそう思ってた。だから……夏希から貰えて凄く嬉しい。」

 

彩「夏希ちゃんと有咲ちゃんは、魂の性質も似てるからね。とっても勇敢で、仲間思いのところが♪」

 

夏希「随分遅くなっちゃいましたけど、伝えられて良かったです。」

 

有咲「私も……言えて良かった。先輩勇者の夏希に、ありがとう………ってな。」

 

そこへ高嶋と紗夜、そして赤嶺の3人が戻って来る。

 

彩「あっ、赤嶺ちゃん戻ってたんだね。これ、私からのチョコ。どうぞ。」

 

赤嶺「あー……彩ちゃんが私にくれるなんて意外だなぁ。どうもありがとう。」

 

彩「作った日から大切に枕元に置いておいたんだ。食べてみて。」

 

その言葉で、また一瞬赤嶺が動揺する。

 

赤嶺「え?あぁ……ごめん。実は今、ダイエット中で身体を絞ってるから、今度にするよ。」

 

モカ「およよ?まだダイエット終わってなかったの?」

 

蘭「ダイエットはバレンタインにチョコを食べる為だって聞いてたけど。」

 

赤嶺「え、あ、うん。まぁ、それは確かにそうだけど……。でも何て言うか、今は気分じゃなくて………。」

 

その一言が、防人達の逆鱗に触れてしまう。

 

千聖「赤嶺ちゃん……あなた対人専門なのに、人の気持ちが分からないようね…。なら、こちらにも考えがあるわ……。」

 

赤嶺「ええ!?違う!違うんだよ!!」

 

花音「何が違うのかな?彩ちゃんを泣かせたら許さないよ?」

 

イヴ「松原の言う通りだ…。赤嶺、うちの丸山を泣かせたら、ただじゃおかねーぞ!」

 

赤嶺「えぇ………何でそうなるかなぁ…。」

 

赤嶺はチラッとたえの方を見た。

 

中たえ「食べなよ、赤嶺。この状況で食べないのは、流石にマズいよ……。」

 

赤嶺「食べても……良いのかな?」

 

中たえ「半分くらいは、良いんじゃない?」

 

友希那「………待って。赤嶺さん、まさかあなたも花園さん達に一枚噛んでるんじゃないかしら?」

 

赤嶺「ええっ!?そ、そんな事無いよ!」

 

千聖「だったら、彩ちゃんから貰ったチョコを食べるべきよ!」

 

次第に語尾が荒くなっていく勇者達。終いには、全員を巻き込んでの口論に発展してしまっていた。

 

全員「「「ガヤガヤガヤガヤガヤ…………!!」」」

 

総勢20人以上が一斉に口論している中、赤嶺はこっそりその輪から抜け出し、とある人物に声をかける。

 

 

 

 

 

 

 

赤嶺「夏希ちゃん、しぃーっ。」

 

夏希「え……赤嶺さん…?」

 

 

 

全員「「「ガヤガヤガヤガヤガヤ…………!!」」」

 

 

 

口論の最中、赤嶺がいない事に最初に気がついたのはつぐみだった。

 

つぐみ「ちょっと待って!赤嶺ちゃんは何処?」

 

六花「本当です!赤嶺さんがいません!」

 

日菜「夏希ちゃんもいないよ?」

 

辺りを見回すつぐみ。そして微かな違和感に気付くのだった。

 

つぐみ「…………はっ!?薫さん、たえちゃんから離れてください!」

 

薫「……分かった。」

 

たえから手を離す薫。すると、それに代わるようにつぐみがたえを羽交い締めにする。

 

中たえ「ぐわああぁ………!」

 

つぐみ「……これは…友希那さん!」

 

友希那「何かしら?………そんなまさか!?」

 

そしてつぐみに言われ、友希那がたえの腕を触った瞬間、友希那も違和感に気が付いた。

 

中たえ?「うっ…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つぐみ「もう限界だよ………赤嶺ちゃん!」

 

なんと、今まで羽交い締めにされていたたえは赤嶺による変装だったのだ。

 

赤嶺「くっ…………。」

 

全員「「「ええーーーーっ!?」」」

 

りみ「どういう事!?じゃあ、本物のおたえちゃんは何処に!?」

 

赤嶺「はぁ………参ったなぁ。赤嶺香澄が、花園たえだよ。」

 

つぐみ「説明して、赤嶺ちゃん。」

 

赤嶺「……たえに変装術の指南を頼まれたんだ。前に私はたえに変装したからさ。その逆も出来るんじゃないかって。」

 

その台詞でみんなは思い出した。かつてエイプリルフールに、赤嶺がたえに変装し対人戦闘訓練と称し近づいてきた事を。

 

赤嶺「一度は断ったんだけど……強く食い下がるから、どうしようもなくてさ…。」

 

花音「何を貰ったの!?バレたら大変な事だよ?見返りもなくこんな事しないよね?」

 

赤嶺「そ、それは…その……お姉様と一緒に過ごす時間を作ってくれる……って。」

 

2人はここに来てからずっと入れ替わっていた。だから送られたチョコを食べる訳にはいかなかったのである。

 

美咲「とんでもない事するけど、チョコを食べなかったのは良い判断だと思うよ。勇者の正義感が裏目に出ちゃったね。」

 

赤嶺「…………ごめんなさい。」

 

友希那「それで、こんな事をした理由は何かしら?」

 

赤嶺「それは…………言えない。」

 

千聖「この期に及んで、そんな事が許されると思う?もうバレたのだから、白状しなさい。」

 

赤嶺「言わない。たえにとって大事な事だから。私の失敗で、計画を台無しにしたくないから。」

 

どんなに理由を聞かれても、赤嶺はそれ以上の事を答える事はなかった。

 

友希那「無人島まで連れて来られたみんなの事を考えたの!?それを……!」

 

つぐみ「待ってください、友希那さん。謝ってくれたから、許してあげてください。後の事はたえちゃんから聞きましょう。」

 

高嶋・紗夜「「……………。」」

 

赤嶺「ありがとう………つぐちん。」

 

友希那「早速花園さんを探しに行きましょう。」

 

紗夜「私も同行します。花園さんには私も煮え湯を飲まされてきましたから。」

 

全員は何組かに別れて、たえと夏希を探しに行くのだった。

 

 

---

 

 

無人島、山中ーー

 

友希那と紗夜は山の中でたえ達を探していた。

 

友希那「紗夜、端末のGPSはどう?」

 

紗夜「ダメです……電源を切っていますね。」

 

友希那「地の利は花園さんにあるわ。こうなったら……。」

 

紗夜「止めておきましょう。」

 

突如紗夜は友希那を静した。自分から友希那に同行し探しに行ったにも関わらず。

 

友希那「紗夜…?」

 

紗夜「私は聞いたんです。花園さんの理由というものを……。」

 

それは少し前に遡るーー

 

 

---

 

 

無人島、森の中ーー

 

赤嶺「ごめんね、肩貸してもらっちゃって。」

 

赤嶺は木の上から落ち、その衝撃で足を捻ってしまっていた。

 

高嶋「無理は禁物だよ。あれ……って、ええっ!?」

 

紗夜「これは……っ!?」

 

キャンプ場まで戻る途中、2人は驚くものを目にする。赤嶺の頭がズレていたのだ。

 

赤嶺?「えっ………あわわわっ!?」

 

紗夜「カツラ!?それに……あなたは花園さん!?」

 

中たえ「バレちゃったかぁ……。」

 

高嶋「凄い……声はたえちゃんだけど、見た目は赤嶺ちゃんだ!」

 

紗夜「遂に覗きの為にここまで……湊さんに引き渡します。」

 

懐からロープを取り出す紗夜。しかし、たえはいつになく真面目な声で2人に話し頭を下げた。

 

中たえ「怒るのも無理はないけど、出来れば今回は見逃してくれませんか………。やる事があるんです。」

 

高嶋「やる事?」

 

そしてたえは2人に今回の計画について全て話すのだった。

 

中たえ「最初はこの計画、友希那さんの目を欺くものとして考えてた。だけど………沙綾の言葉が胸に刺さって…。」

 

 

ーー

 

 

中沙綾「私達勇者は、いつどうなるか分からないんです。それが異世界だとしても。今日にも明日にも、御役目で倒れるかもしれない。だからこそ!今この想いを伝えたいんです!」

 

中沙綾「私達のいるこの世界は、いつ終わるかも分からない。この奇跡はいつ終わってもおかしくないんです!だから、想いを伝える事を後悔したくないんです!」

 

 

ーー

 

 

中たえ「私はこのまま後悔しないのかなって考えた。私は、今まで何度か死んだも同然の目に遭って………今をしっかり生きようって思ってた筈なのに、実際は何も解ってなかった。だから今年は……自分の気持ちに向き合う為に行動したいんです。し過ぎた後悔を、1つだけ減らす為に。」

 

 

---

 

 

無人島、山中ーー

 

友希那「花園さんがそんな事を………。」

 

紗夜「元の時代に戻れば私達も相当な目に遭うとは思います。私達にその実感はありませんが………花園さんにはあります。だから私は……何も言えませんでした。」

 

友希那「……………………。」

 

紗夜「湊さん、あなたはどうですか?後悔する恐ろしさを理解出来ますか?」

 

友希那「……私は後悔しない様、日々を生きているつもりよ。」

 

紗夜「そうでしょうね……湊さんはそういう人です。あなたは私とは違いますから。」

 

友希那「どういう意味?」

 

紗夜は一呼吸おき、友希那に箱を手渡した。

 

紗夜「これは………湊さんへ。入れておきましたよ……アーモンド。」

 

友希那「紗夜…?」

 

紗夜「感謝とか頼っているとか、そんな事ではありません。そんな事は私なりにですが、伝えてきたつもりです。ですが…それでも心の何処かに燻る何かがあって………湊さん、私はあなたに嫉妬していたんです。」

 

友希那「………っ!」

 

初めて友希那と出会った時、紗夜は友希那が嫌いだった。友希那はいつも正しくて、強くて、自分に自信があって、みんなの中心にいたから。

 

紗夜「強く、優しく、皆に愛されるあなたが羨ましかった。私はずっと湊さんに憧れていたんです。」

 

自分とは正反対だった。友希那の正しさが、強さが、人気が、自信が、紗夜はずっと妬ましかった。 しかしその裏返し、結局紗夜は友希那にずっと憧れていた。何故なら、紗夜がなりたい自分を、そのまま体現した存在が湊友希那だったから。

 

紗夜「あなたになりたいと何度も………何度も思いました。ですが……それはもう終わりです。この世界で私はみんなに、"氷川紗夜として"受け入れてもらって、幸せになれました。あなたになれなくても……私自身を見てくれる皆さんに出会えたから………もう、満足です。」

 

初めて吐露した自分自身の本当の言葉。その声にあの頃のトゲは無く、優しさに満ち溢れていた。

 

友希那「そう……。」

 

紗夜「湊さん……大嫌いだったあなたが、そんなに嫌いではなくなって、いつの間にかもうとっくに…………好きになっていました。」

 

友希那「…………ありがとう。」

 

紗夜「"好き"と言われて"ありがとう"とは、モテる人の常套句ですね……呆れてしまいます。」

 

友希那「愛しているわ、紗夜。」

 

紗夜「っ!?」

 

友希那「親友として、仲間として、あなたを大切に想うわ。好きになってくれてありがとう。」

 

紗夜「……………………ええ。」

 

友希那「これは私からのチョコレートよ。初めて互いに渡し合えたわね。」

 

紗夜「……今井さんには内緒にしてあげます。」

 

友希那「え…?じゃあ、香澄には?」

 

紗夜「う、五月蝿いですね……!」

 

 

---

 

 

無人島、アスレチック公園--

 

ここはキャンプ場から正反対にある大きな公園。赤嶺に変装したたえと夏希はそこへ来ていた。

 

夏希「ええーー!?私達の時代に遠足で行く予定だった公園にそっくりだ!!ここで遊ぼうって事ですか?赤嶺さん!」

 

赤嶺?「ごめんね、わたしは赤嶺じゃないんだ。」

 

夏希「へ?」

 

赤嶺は変装を解き、目の前にたえが現れる。

 

夏希「ええーーー!?たえさん!?どういう事!?」

 

中たえ「ビックリさせちゃったね。でも、どうしても言いたい事があったから。」

 

いつもと違う雰囲気のたえ。その感じを夏希も感じ取っていた。

 

夏希「どう…したんですか?」

 

中たえ「うん。あのね……これあげる。」

 

そう言って差し出したのは2つの箱。中身は両方ともチョコだった。

 

夏希「チョコ……だけど2つありますよ?」

 

中たえ「良いんだ。私の気持ちは、全部夏希にあげたかったから。」

 

夏希「え?だけどそんな事って……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中たえ「ねぇ、夏希。守ってあげられなくてごめんね。」

 

夏希「………………。」

 

中たえ「私は、その事をずっと後悔していたけど、それを言う事も出来なくて、それにも後悔した。沙綾が堪えきれなくなるのを傍で慰めて、しょうがないなっていつも笑ってた。折角この世界で会えたのに、私はこのまま夏希に取り繕った自分しか見せないのかな…………。」

 

徐々にたえの声が震えてくる。涙を堪えているのが夏希にも分かった。

 

中たえ「それで私は、夏希が守ったこの世界で、また後悔しながら生きていくのかなぁ…………。」

 

夏希「たえさん……。」

 

中たえ「夏希がいてくれたから沙綾とも友達になれて、本当に毎日が楽しかったね。」

 

そしてたえは遂に自分の本当の気持ちを夏希にぶつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中たえ「夏希………………………………3人でいようよ。ずっとずっと3人で、このままここに。この世界の最後まで一緒にいてよ……。」

 

夏希「………っ!」

 

中たえ「一緒にいたいよ夏希!世界が壊れても私は夏希と沙綾と一緒にいたいよ!!」

 

夏希「………………ぁ。」

 

たえの目からは大粒の涙が止めどなく流れていた。

 

中たえ「とうとう言っちゃった………。ごめんね。こんな事急に言われても困っちゃうよね。忘れちゃって良いから。これは私の寝言だから…………あはは…。」

 

目に涙を浮かべながらも、精一杯の笑顔でたえは取り繕う。

 

 

 

 

 

 

 

 

夏希「…………忘れない。忘れないよ、おたえ。」

 

夏希はそんなたえを優しく抱きしめる。

 

中たえ「………………!」

 

夏希「おたえの本気を私が忘れる訳ないでしょ。本当の気持ちをありがとう。」

 

中たえ「夏希………………うぅっ……!」

 

夏希「泣け泣け。やってる事は子供なのに、おたえはちょっと大人過ぎるんだよな。」

 

中たえ「それは夏希だよぉ………うぅぅ。」

 

夏希「嬉しかった。やっと本音で喋ってくれて。それに私、解ってるから。今の言葉が本心だったとしても、おたえは絶対に……勇者として正しい事をするってさ。」

 

中たえ「どうしてそんな事が解るの?私出来るよ……夏希の為だったら世界だって裏切る…。」

 

夏希「出来ないよ。」

 

中たえ「だから……どうして?」

 

夏希「おたえが私のズッ友だからだよ。」

 

中たえ「………………あぁ、無理だよ。そんな事言われたら………ズルいよ…夏希……。」

 

夏希「ズルいのはそっちでしょ!?こんな島ずっと隠しててさ!それにこの公園は何!?」

 

中たえ「私ね、この島に自分の好きな場所を全部コピーしてる最中なんだ。」

 

夏希「うぇ!?何それ!?」

 

中たえ「本物はいつか都市開発とかで無くなっちゃうでしょ?保存して残しておける……立体アルバムみたいな?」

 

夏希「うひゃぁ……流石"花園家"。まっ、良いや。ちょっと遊んで行こうよ!」

 

中たえ「そうだね………痛っ…!」

 

その場に座り込むたえ。木から落ちた衝撃で挫いた足が痛み出したのだ。

 

夏希「おたえ!怪我してるの!?」

 

中たえ「うん、ちょっと足首をね…。でも、大丈夫だよ。」

 

夏希「大丈夫じゃないでしょ。ほら、私が支えてあげる…………みんなの所までちゃんとね。」

 

中たえ「うん…………………ありがとう………夏希。」

 

2人は支え合いながら、キャンプ場へと戻って行ったのだった。

 

 

---

 

 

無人島、キャンプ場ーー

 

リサ「はい、お仕置きの時間だよ♪」

 

キャンプ場に戻ったたえは再び簀巻きにされ、今まさにお仕置きされる真っ只中。しかし、たえは笑顔だった。

 

燐子「どうしてお仕置きされるのに笑顔なんでしょうか……。」

 

リサによるお仕置きが執行されようとした時、友希那が声をあげる。

 

友希那「その事なんだけど、リサ。今回はこれくらいで良いんじゃないかしら?」

 

全員「「「えっ!?」」」

 

あこ「急にどうしたんですか、友希那さん。」

 

友希那「やらかしたにはやらかしたけれど…今回はいつも被害に遭っている人から進言があったのよ。」

 

中たえ「あの……今回はごめんなさい。勝手に連れて来て、巻き込んで…反省してます。」

 

小たえ「たえさんだけのせいじゃないんです。この島のアイデアは私のだし……ごめんなさい。」

 

中たえ「私、いつもとは違う意味でバレンタインを利用しました。罰はちゃんと受けます……。」

 

深々と頭を下げる2人。その素直な行動に若干引き気味の勇者部。その理由を知る人物は少ない。

 

有咲「なんたたえがいつもと違うぞ……。また誰かが変装してるんじゃねーか?」

 

赤嶺「私じゃないからねー。」

 

夏希「あの!私は旅行に来れて楽しかったです!沢山遊べましたし。」

 

日菜「そう言えば……チョコ作りに夢中で旅行の事すっかり忘れてたよ。」

 

薫「もう良いんじゃないかい?たえちゃん達はちゃんと謝った。誠意は伝わったよ。」

 

つぐみ「そうですね。」

 

中たえ「みんな……。」

 

小たえ「お詫びの印に、私達が御馳走の配達の手配をしておきました。」

 

あこ「本当!?御馳走って事は……!」

 

中たえ・小たえ「「満漢全席だよ!」」

 

中たえ「それからホテルも開けておいたし、温泉も入れるようになってます。」

 

六花「至れり尽くせりですね。」

 

彩「やったぁ!それじゃあ、ここからが本当の慰安旅行だね!」

 

高嶋「楽しもうね、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「そうですね、高嶋さん。」

 

リサ「今年は邪魔も入らず、良いバレンタインになったね。」

 

りみ「邪魔……ですか?」

 

リサ「友希那のファンクラブだよ。毎回捌くのにかなり時間がかかるんだから。」

 

友希那「いつもありがとう、リサ。これは私からのチョコよ。」

 

リサ「ありがと、友希那。これは私からだよ。」

 

友希那「ええ。こんな平和な日がずっと続くと良いわね。」

 

リサ「そうだね……。」

 

こうして長いバレンタインの1日は幕を閉じる。そして、それと同時にこの世界で過ごす日々に終わりの足音が近付いていた--

 



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思い出のアルバム〜香澄達の休日〜


因子を受け継ぎ、神に愛される少女である"香澄"。御役目に選ばれた世界を守る為に戦う少女も、普段は年相応の女の子。

その笑顔の裏に、とてつもない苦難が待っているとは、誰も想像出来ないだろう。




 

 

海沿いの道ーー

 

季節は春、空は晴天。戸山香澄は海沿いの道をスキップしながら駆けていた。今日は前から約束をしていてずっと待ち望んでいた日だったからだ。

 

香澄「今日は初めてのトリプルデートだ!待ち合わせ場所はもうすぐそこ!楽しみだなぁ♪」

 

 

---

 

 

待ち合わせ場所ーー

 

香澄「お待たせー!」

 

高嶋「ヤッホー戸山ちゃん♪」

 

赤嶺「遅い遅い。」

 

香澄「えっ、ホント?待たせちゃった?」

 

高嶋「ううん。赤嶺ちゃんも数秒前に来たばっかりだよ。」

 

香澄「高嶋ちゃんは?」

 

高嶋「私は………えへへ、10分前に着いたんだ。」

 

香澄「えー!ごめんねー!」

 

高嶋「良いんだよ。私が勝手に興奮して早く出ちゃっただけだから。」

 

香澄の待ち合わせ相手は高嶋香澄と赤嶺香澄。何の因果かこの異世界で出会い、同じ香澄の名前を持ち、瓜二つな3人の少女。

 

赤嶺「にしても、トリプルデートってさぁ……3組でじゃなく3人でなんだね。」

 

香澄「組?あっ、もしかして赤嶺ちゃん、つぐとデートしたかった?」

 

赤嶺「そ、そうは言ってないでしょ!?」

 

高嶋「え?じゃあ、他の誰を想像したの?」

 

赤嶺「もう…高嶋先輩の意地悪……。」

 

香澄・高嶋「「あはは!!」」

 

世界には同じ顔を持つ人間が3人いると言う。側からこの光景を見ると、それが本当だと勘違いしてしまうのは想像に難くなかった。

 

赤嶺「それで、これから何処へ行く?」

 

香澄「あれ?決めてなかったっけ?」

 

高嶋「私は決めてないよ?」

 

赤嶺「戸山ちゃんが決めてたんじゃないの?」

 

香澄「え?私そんな事言ってたっけ?」

 

高嶋「言ってはいないと思うけど、何となく?言い出しっぺだから?」

 

香澄「でも決めてないし、どうしよっかぁ?ハイ、みんなで提案提案!」

 

赤嶺「ジムなんかはどう?それかアスレチック公園!」

 

高嶋「ショッピングとか、映画は?」

 

顔は似ているのに、嗜好や趣味は三者三様な香澄達。

 

香澄「どれも楽しそう!じゃあ、棒が倒れた方に行かない?」

 

高嶋・赤嶺「「うん、良いよ♪」」

 

高嶋「けど戸山ちゃん、棒は?」

 

香澄「あっ……棒無いや!」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「あははは!!!」」」

 

 

---

 

 

ゲームセンターーー

 

結局その後、香澄達は誰も提案しなかったゲームセンターへ最初に立ち寄った。

 

赤嶺「何でゲームセンター?」

 

香澄「あれ?誰か言ってなかった?」

 

高嶋「言ってないと思う。あっ、でもちょっとは言おうと思ったよ。」

 

香澄「そっか、紗夜さんがここ来るの好きなんだもんね。」

 

赤嶺「ふーん。高嶋先輩もよく来るの?」

 

高嶋「そんなにだけどね。」

 

香澄「赤嶺ちゃんは、つぐとゲームセンター来る事ある?」

 

赤嶺「無いねー。ゲームってあまりしないかも。やってもどうせ、つぐちんが勝つし。」

 

香澄「つぐって上手いんだね。」

 

赤嶺「最初は私の方が上手いんだけど、つぐちんは何でもすぐ上達しちゃうから。」

 

高嶋「へぇ〜!でも、それって良い事だよね?」

 

赤嶺「良くないよ。だって私、勝てないと悔しいし。」

 

高嶋「紗夜ちゃんも上手くて、私勝てないけど、それでも楽しいよ?」

 

赤嶺「高嶋先輩はそうかもしれないけど……。」

 

高嶋「えへへ。ゲームしてる紗夜ちゃんはね、とってもカッコいいんだよ!」

 

赤嶺「堂々と惚気すぎだよ……。」

 

香澄「さーやもカッコいいよ!」

 

高嶋・赤嶺「「ゲームで?」」

 

香澄「うん!何回もズバーーってゾンビを全滅させてたんだ!」

 

高嶋「あー、そういうの得意そう!」

 

赤嶺「中学生なのに、どうしてあそこまで銃の扱いが上手いんだろうね……。」

 

そんな惚気話しに花を咲かせながら、ゲーセン内を歩き回っていると、ふと香澄の目にプリクラの機械がとまった。

 

香澄「あ、ねえねえ。プリントシール撮ろうよ!」

 

高嶋「賛成!トリプル香澄ズ初めてのプリシーだね♪」

 

 

ーー

 

 

撮影前ーー

 

赤嶺「ど、どんな顔すれば良い?」

 

高嶋「え?どんなってどんな!?」

 

赤嶺「変顔とか、キメ顔とかあるでしょ!?早く早く!カウント始まってるよ!」

 

香澄「じゃあじゃあじゃあ!えーっと……お、美味しい物食べた時の顔!3.2.1ーー」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「オーーイシーー!!」」」

 

 

---

 

 

フードコートーー

 

楽しい時間は過ぎるのが早い。あっという間にお昼の時間になり、香澄達はフードコートへ寄っていた。

 

高嶋「3人で食べると美味しいね♪」

 

赤嶺「あはは!2人とも、プリシーと同じ顔して食べてる。」

 

香澄「そういえば、つぐって料理上手いよね!」

 

赤嶺「山吹さんだってそうじゃん。」

 

高嶋「2人とも凄いよ。どこで勉強したのかなぁ。」

 

今度は料理談義に花を咲かせる香澄達。

 

赤嶺「独学じゃない?拘りが強い人って、何でも突き詰めちゃうみたいだから。」

 

香澄「紗夜さんは?高嶋ちゃんは紗夜さんとお弁当交換とかする?」

 

高嶋「交換はしないなぁ……。」

 

赤嶺「交換"は"って…だったら高嶋先輩が作ってあげちゃってるとか?」

 

高嶋「うーん………えへっ♪」

 

少し考えて、笑顔で高嶋ははぐらかす。

 

赤嶺「あ、誤魔化す。ズルいんだ〜。」

 

高嶋「じゃなくてじゃなくて!1食丸ごとは作ってあげた事無いなーってだけだよ!おかずあげたりはしょっちゅうしてるけど。私、そんなに料理出来る訳じゃないしね。」

 

香澄「でも、作ってあげたらきっと喜ぶよ!」

 

高嶋「でも、何か悪いし………。」

 

赤嶺「悪いって、何が?」

 

高嶋「だって、紗夜ちゃん優しいから、不味くても無理して美味しいって言いそうでしょ?」

 

さりげなくまた惚気る高嶋。これには香澄と赤嶺も口元が緩んでしまう。

 

香澄・赤嶺「「えへへ…。」」

 

高嶋「へ?」

 

赤嶺「またそうやって、さりげなく惚気るぅ。」

 

高嶋「だって本当の事だもん♪」

 

香澄「あはは!じゃあ、今度3人でお弁当会しよっか!」

 

高嶋「面白そう!私達3人で、紗夜ちゃんと沙綾ちゃんとつぐみちゃんに、お弁当を作る日!」

 

香澄「あー!どうしようどうしよう!中身は何にしようかなぁ。」

 

赤嶺「ブロッコリー!」

 

高嶋「と?」

 

赤嶺「鶏肉?」

 

高嶋「え?調理法は?」

 

赤嶺「茹でる?」

 

香澄「だけ?味付けは?」

 

赤嶺「塩?」

 

暗雲立ち込める矢先、高嶋が手を挙げ提案をする。

 

高嶋「隊長!本屋さんへ行く事を提案します!私達には今、料理の本が必要であります!」

 

香澄「その提案を許可しま……許可?議決?決定しるであります!シルじゃないスル!」

 

高嶋・赤嶺「「あははは!!」」

 

香澄「えへへ…。」

 

お昼ご飯を食べ終えた香澄達は、その足で本屋へ向かうのだった。

 

 

---

 

 

洋服店ーー

 

香澄達は無事本屋で料理の本を買い、次に洋服店へとやって来ていた。

 

高嶋「戸山ちゃん、それすっごく似合う!可愛いよ!」

 

香澄「本当?て事は……2人にも似合うって事だね!」

 

赤嶺「同じ顔ってこういう時便利だよね。けどさぁ、私達の普段着ってあんまり被ってないよね。」

 

高嶋「そうだね。どうしてかなぁ?」

 

香澄「やっぱり、少しずつ違うから?」

 

高嶋「育ってきた環境が違うから?」

 

赤嶺「好き嫌いは否めないしねぇ…。」

 

赤嶺のファッションは動きやすさに重点が置かれており、香澄は手軽さ重視の服装が多い。対する高嶋はーー

 

高嶋「私は……何だろ?」

 

赤嶺「あー。また言うんでしょ?"紗夜ちゃんに合うの重視"って。」

 

高嶋「い、言わないよー!」

 

香澄「あはは!」

 

高嶋「でも……そういうのって大事?」

 

赤嶺「そういうのって?」

 

高嶋「一緒にいる人に合わせるの。」

 

そう言いながら高嶋は思い出していた。紗夜の事を。そして、かつて自分を四国まで送り届けてくれた恩人と故郷である奈良で出会ったあの少女の事を。

 

高嶋(詩船さん……レイヤちゃん……。)

 

香澄「えー!?勇者部全員と合う服って難しそう!」

 

赤嶺「何で全員と合わせようとするの!?戸山ちゃんは山吹さんとだけ。」

 

香澄「さーやと一緒かぁ……。別にそれはいいかな。」

 

高嶋「え、どうして?」

 

香澄「何かの記念日とか、バンドをする時とか、特別な時にお揃いを着るのが大好きだから。だから普段は我慢我慢!」

 

高嶋・赤嶺「「おぉ〜!」」

 

香澄「あ、でも小物とかはいつでも良いかも!お揃いの筆箱とか。」

 

高嶋「あー、例えばこんな感じのシュシュとか?」

 

香澄「わぁ!それ可愛い!買っちゃう!」

 

高嶋・赤嶺「「じゃあ、私も。」」

 

3人は好きなシュシュを手に取った。3人とも別々な色のシュシュ。だけど香澄達の手にはそれぞれ2つのシュシュが握られていた。

 

香澄「あれ?2人とも2個ずつ?」

 

赤嶺「そういう戸山ちゃんだって、自然に2個持っちゃってるじゃん。」

 

香澄「えへへ…1個はさーやへのお土産♪」

 

高嶋「私も紗夜ちゃんに♪」

 

赤嶺「私は……つぐちんが欲しがるかも…だし…。」

 

香澄「赤嶺ちゃんは照れ屋だね。」

 

高嶋「耳まで真っ赤だよ♪」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「あはははは!!」」」

 

香澄「あー笑い過ぎて楽しいよ!もしかしたらこの先、私達以外にもまた同じ顔をした香澄に出会えるかもしれないね。」

 

赤嶺「そうなったら勇者部のみんながもっと困惑しちゃうよ。」

 

高嶋「でも楽しそうだね♪」

 

香澄「これからも時々3人で集まって何処か行こうね。」

 

高嶋・赤嶺「「うん、約束♪」」

 

香澄「約束!」」

 

店内に3人の、全く同じ声が響き渡るのだった。

 



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思い出のアルバム〜差し伸べられた手〜


猫探しの依頼で仔猫を探す紗夜と高嶋。いつもの様に猫缶で誘い出そうとするが、野良猫に餌をあげていると子供達に勘違いされてしまいーー

次回から外伝第3部が始まります。




 

 

住宅街ーー

 

女性「うちの大切な家族なので助かりました!勇者部の皆さんには感謝しかありません!」

 

友希那「礼には及ばないわ。無事で何よりね。それでは、私達はこれで失礼するわ。」

 

感謝する依頼人を背に、友希那達は住宅街を後にする。ただ今勇者部は逃げてしまった猫を探す依頼を完了したところだった。

 

高嶋「役に立てて良かったね。猫ちゃんも元気だったし!」

 

あこ「それにしても、勇者部は猫探しの依頼が多く来ますよねー。あこ達、もう猫探しのプロフェッショナルって名乗れるかも。」

 

勇者部にはひと月に約20件程の依頼をこなしている。その中でも大体1/3が猫探しの依頼だ。何故猫探しが多いのか。その理由は至極簡単だった。

 

日菜「だって友希那ちゃん、この辺りにいる猫の事は大体知ってるでしょ?この前も公園の隅で猫に餌あげてるの見たし。」

 

友希那「うっ……日菜、何故その事を……見てたのね…。」

 

高嶋「あははは♪」

 

友希那「そ、そんな事より依頼が終わった事をゆりさんに連絡しましょう。」

 

友希那が端末を手にした丁度その時、リサの端末に着信が入った。ゆりからだった。

 

リサ「あっ、丁度ゆりさんから電話だ。もしもーし、丁度今連絡を………え?また猫が!?………分かりました…了解です。」

 

友希那「どうしたの?猫って聞こえたけど…。」

 

リサはみんなに説明する。どうやら今度は仔猫が逃げ出してしまったらしい。

 

日菜「噂をすれば……って良く言うけど、本当にそうなるなんてね。」

 

あこ「また!?もー、ペットを飼うならちゃんとしないと!」

 

イヴ「ですが、頼まれた依頼なら全力で解決しましょう。」

 

友希那「そうね。それじゃあ、手分けして事に当たりましょう。」

 

友希那の一言で各々が散らばって行ってしまった。仔猫の特徴や何処で逃げたのかも聞かないままに。

 

紗夜「皆さん、どう分かれるのかも聞かないままに行ってしまうなんて…。」

 

リサ「まあまあ。さっ、私達も探すよ、友希那。」

 

友希那「り、リサ!?あまり引っ張らないで頂戴……!」

 

友希那とリサも行ってしまい、この場に残ったのは紗夜と高嶋の2人だった。

 

高嶋「みんな行っちゃったね。私達はどうしようか?」

 

紗夜「どうもこうもありません……どんな仔猫なのか、どんな名前なのかも聞かされていないというのに…。湊さんを始め、勇者部の皆さんはせっかち過ぎます…。」

 

高嶋「そんな事言って、本当は友希那ちゃんの事大好きなんでしょ?」

 

紗夜「なっ…高嶋さん!?それは大きな勘違いです!」

 

高嶋「え、そう?私、紗夜ちゃんと友希那ちゃんが仲良くなってきて、嬉しかったんだけど……。勘違いだったのかな…何かごめんね…でも、ちょっと残念だな。」

 

紗夜「だ、大丈夫ですよ高嶋さん!べべべ別に私と湊さんは仲違いしてるとかではあああありませんから。」

 

高嶋「そうなの?良かったぁ♪みんな仲良くが1番だもんね!」

 

紗夜「ええ……そうですね、高嶋さん。」

 

友希那にチョコを渡して以来、友希那の事が嫌いでは無くなっていた。だけど、いざ面と向かって言われると、やっぱりどこか照れてはぐらかしてしまう紗夜なのだった。

 

 

---

 

 

商店街ーー

 

高嶋と紗夜は早速商店街で聞き込み調査を開始する。すると、すぐ有力な手掛かりが手に入った。

 

おばあちゃん「え?仔猫かい?そうさねぇ……そういえば、この先の公園で小っちゃいのを見た気がするよ。」

 

高嶋「本当ですか!因みにどんな毛色か覚えてますか?」

 

おばあちゃん「茶色の……何て言うんだっけ、あれは…。」

 

紗夜「茶トラですか?」

 

おばあちゃん「そうそう、それ!その仔猫が公園で蝶を追っかけてるのを見たよ。」

 

高嶋「ありがとうございました!紗夜ちゃん、早速公園に行ってみよう。」

 

紗夜「はい。」

 

2人はその公園へ足を走らせる。途中でコンビニに立ち寄り、仔猫を誘い出す為の猫缶を買っていった。

 

 

 

ーー

 

 

公園ーー

 

公園にたどり着いた2人は、早速園内を探す。しかし、それらしい姿は見当たらない。

 

高嶋「うーん……それらしい仔猫は見当たらないなぁ…。」

 

紗夜「ちょっと待ってください、高嶋さん。メールが届きました。勇者部への一斉連絡のようです。」

 

メールに書かれていた内容は"白猫とハチワレ"のみ。どうやら先程のおばあちゃんが言っていた仔猫は探している茶トラではないようだった。

 

高嶋「茶トラじゃないんだね…。」

 

紗夜「そうみたいですね。どうしますか?」

 

高嶋「取り敢えず、買った猫缶で誘い出してみよう。きっと、お腹空いてる筈だよ!」

 

猫缶を開け公園のベンチに置き、2人は少し離れた木の後ろに隠れて様子を伺った。すると、すぐに茂みからガサゴソと音がして、2匹の仔猫が顔を出す。その仔猫達は丁度さっきメールで送られてきた白とハチワレの仔猫だった。

 

高嶋「あっ、あの子達だよ!紗夜ちゃん静かにね……餌に夢中になってる隙に私が捕まえるから。」

 

紗夜「分かりました。」

 

猫缶を夢中で食べるハチワレの仔猫。しかし、白猫の方は中々食べようとはしなかった。

 

紗夜「………あの仔猫を見ていると、宇田川さんと白金さんの様に見えてきますね…。」

 

高嶋「…こうなったら一気に行っちゃおう!突撃だよ、紗夜ちゃん!」

 

紗夜「はい!」

 

高嶋の合図で2人は木陰から飛び出し、仔猫目掛けて駆け寄る。しかし、その勢いに驚いたのか仔猫達は驚いて逃げ出してしまう。

 

高嶋「あーーーー!逃げたよ!私、白い子追うから!」

 

一目散に駆け出していく高嶋。

 

紗夜「じゃあ私はハチワレを……って、もういない!?高嶋さんの姿も見えない……何やってるんでしょうか、私は…。」

 

どうしようか途方に暮れていると、何処からやって来たのか2人の少年と少女が紗夜に話しかける。

 

女の子「ねーねーお姉ちゃん、その猫缶はお姉ちゃんの?」

 

紗夜「え?えぇ……そうですが…。」

 

男の子「野良猫に餌をあげちゃいけないんだよ?餌をあげるといっぱいになっちゃうってママや先生が言ってたよ?」

 

至極当たり前の事だ。餌をあげると野良猫が居付き騒音や糞等の被害も出てしまう。紗夜はその事は勿論知っていた。だが、少し考え紗夜は2人に尋ねた。

 

紗夜「では……猫がお腹を空かせてしまうのは良いんでしょうか?」

 

女の子「それは……可哀想だけど…。餌をあげるとさぁ…自分1人で生きていけなくなっちゃうんだよ?」

 

紗夜「……………そうですね。偉いですね、あなた達は。教えてくれて、ありがとうございます。」

 

女の子・男の子「「うん、バイバーイ!」」

 

女の子の言葉を聞き、紗夜は微笑み謝った。1人になった紗夜。頭の中にはさっきの女の子の言葉が反芻している。

 

紗夜「餌を貰うと1人では生きていけなくなる………ですか。私も、以前は同じ事を考えていました。動物には動物の世界があって、私達人間は干渉するべきではない……と。」

 

この異世界に来た当初の紗夜は猫探しに消極的だった。今でもそう思う時は多々ある。しかし、今の紗夜には何か分からないモヤモヤとした気持ちが胸の中に残っていた。

 

紗夜「………っ!?」

 

ボーッとベンチに座っている紗夜。すると猫缶を置いていた場所からペチャペチャと音がする。音のする方を見ると、そこにいたのは最初に探していた茶トラの猫だった。

 

紗夜「茶トラの仔猫!?」

 

呆気に取られているうちに、茶トラは残っていた猫缶を全て食べ、食べ終わると満足した様に大きな欠伸をするのだった。

 

紗夜「全部食べたんですか……。これで、あなたも数日は生きていけますね……。」

 

欠伸をした後、茶トラは紗夜に擦り寄ってくる。茶トラはすっかり警戒心を解いていた。

 

紗夜「…人間を恐れなくなってしまったら、もう野良ではやっていけませんよ。だから簡単に野良猫に餌をあげてはいけないんです………ごめんなさい。明日からあなたは、また1人で餌を取らないといけません。今日だけが特別な1日だったんです。今日の事は夢だと思って忘れてください。」

 

紗夜は茶トラを自分の姿と重ねていた。最初は警戒し、餌を貰うと警戒心を解いて懐いてしまう。その姿は少しこの世界で過ごしてきた紗夜に似ていた。

 

紗夜「………私もここでの御役目が終われば元の世界に……またあの厳しい現実に戻るしかありません。厳しくて…寂しいだけの現実に。あなたは、その覚悟が出来てますか?」

 

茶トラ「ニャーン?」

 

紗夜「私は……………。」

 

茶トラ「ニャーン♪」

 

質問を投げかける紗夜を一切気にもせず、茶トラは自分のペースで動き、紗夜の膝の上へ乗っかった。

 

紗夜「だ、誰が膝の上に乗って良いなどと………!」

 

茶トラ「ニャーン!ニャーン!」

 

紗夜「私も…….同じですね。差し出された手に縋り、仲間だと言ってくれる人達に甘え………もう、皆さんの温もりが無いと生きていけないんではないかって……この温もりが無くなったら、きっと私は壊れてしまうんじゃないかって……いつもいつも不安で…ですが、かと言って自分ではその温かい手を振り払えない……。私はいつからこんな臆病になったんでしょうか……。この気持ちは、どうすれば良いんでしょうか……。」

 

そんな独白を吐露する紗夜。すると何処からやって来たのか大きな犬が紗夜に近付いて来る。しかし、茶トラが紗夜を庇うかの様に立ち上がり威嚇したのだ。

 

茶トラ「シャーーーッ!!」

 

紗夜「何やってるんですか!私を庇う必要なんかありません!」

 

茶トラ「フギャーーーッ!!」

 

紗夜の事を無視して威嚇を続ける茶トラ。その気迫に怖気付いたのか、犬は踵を返してまた何処かへ走り去ってしまった。

 

 

ーー

 

 

紗夜「さっきは守ってくれてありがとうございました。ですが、命知らずは長生き出来ませんよ?」

 

茶トラ「ミャーン?」

 

紗夜「もし、あなたが人間だったら、間違いなく勇者になっていたでしょうね。私の仲間達の様に、弱い者を守る為なら身を挺して敵に立ちはだかる勇者に。」

 

その時、背後から声がする。

 

?「紗夜ちゃんだって、そうでしょ?」

 

紗夜「高嶋さん……。」

 

そう言ってやって来た高嶋の両手には、白猫とハチワレが抱えられていた。

 

高嶋「仔猫、2匹とも捕まえたよ♪ほら、白猫ちゃんとハチワレちゃん。」

 

白猫・ハチワレ「「ミャー!ミャー!」」

 

すると、2匹の仔猫の声を聞いた茶トラが反応し、2匹に駆け寄ったのだ。

 

紗夜「あら………?この3匹は知り合いなのでしょうか。」

 

高嶋「電話で確認したらね、仔猫達が開いた窓から飛び出していっちゃったみたいなんだけど、それを見てすぐ茶トラが追いかけたんだって。2匹のお姉ちゃんみたいだよ、この子。」

 

紗夜「そうだったんですね………ふふっ、だから仲間を守る強さが身についていたんですね。」

 

高嶋「それは紗夜ちゃんも同じでしょ?」

 

紗夜「え…………?」

 

高嶋「紗夜ちゃんは臆病なんかじゃないよ。後、甘えてるのは私も一緒。手を振り解こうなんて考えないで。守ったり守られたりで、良いんじゃない。」

 

紗夜「さっきの独り言…聞いていたんですか!?」

 

高嶋「守られて弱くなったんじゃないよ、紗夜ちゃんは。温もりを受け入れて、ずっと強くなったの。ずっと紗夜ちゃんを近くで見てきた私が言うんだから絶対間違いない!」

 

紗夜「高嶋さん…………ありがとうございます。」

 

茶トラ・白猫・ハチワレ「「「ニャーーン!」」」

 

突然紗夜の膝元に、3匹の仔猫が乗ってくる。

 

紗夜「なっ……3匹いっぺんは困りますよ!?」

 

高嶋「ははっ。良いなー紗夜ちゃん。猫ちゃん達にモテモテ♪」

 

紗夜「もう………しょうがないですね…。飼い猫なだけあって、人に良く慣れています。」

 

高嶋「この子達にも解るんだよ、きっと。紗夜ちゃんが優しい人だって。」

 

紗夜「そんな事………ありません。」

 

高嶋「あるよ。私の言う事信じてくれないの?」

 

紗夜「そんな!………いつだって、信じてます。」

 

高嶋「良かった…。さぁ、みんな。帰って飼い主さんにごめんなさいしようね。キミ達の家族、すっごく心配して今友希那ちゃんに泣きついてるって。」

 

紗夜「湊さんの困った顔が目に浮かびますね。」

 

高嶋「どうする?紗夜ちゃん。3匹とも私が抱っこして行こうか?」

 

紗夜「そうですね………いえ、この茶トラは私が抱えて行きます。」

 

茶トラ「ニャー♪」

 

2人は仔猫を抱えて立ち上がる。

 

高嶋「あはは!可愛いね。すっごく懐いてるよ。ねぇ、紗夜ちゃん……。」

 

紗夜「どうしました?」

 

高嶋「丸亀城でも飼えるかな?」

 

紗夜「猫をですか?」

 

高嶋「うん!ここから戻ったら、一緒に猫飼いたいなーって。」

 

紗夜「い、一緒にですか!?…………はい、そう出来たら良いですね。高嶋さんと……ふふっ。」

 

誰かの手を取る事は弱さじゃない。強くなる為の過程である。紗夜は感じていた。この強さがある限り、自分はもっと強く、優しくなれるんだと。

 



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思い出のアルバム〜ときめきなメモリアル〜


花咲川中学ーー
ここにはとある言い伝えがあった。
伝説の木の下で告白し結ばれると、その人と生涯大親友になれるというーー


そんな嘘のような嘘のお話ーー



 

 

花咲川中学ーー

 

多くの学生が集う学舎、花咲川中学。ここには、とある言い伝えがあった。伝説の木の下で告白され、結ばれた2人は永遠に大親友として幸せになれるというーー

 

 

生徒「はぁ……それなのに私は…貴重な中学の3年間を漠然と過ごし……告白される事も、する事もなく卒業の日を迎えてしまった……。」

 

深い溜め息をつきながら教室を後にしようとしたその時だった。何処からともなく声が聞こえてきたのである。

 

?「そんなお前に、中学2年へ戻るチャンスを与えよう……。」

 

生徒「えっ!?だ、誰…?」

 

周りを見回すが、教室には生徒1人しかいない。廊下へ出て確認してみるも、人一人いない。ここにいるのは自分だけだった。

 

伝説の木「ふっふっふ……私はあなたの夢枕に生えた神………いや、伝説の木だよ。」

 

生徒「えぇ!?」

 

頭が追いつかない。困惑する生徒をお構いなしにその声は話を続ける。

 

伝説の木「あなたは"勇者部"の新人として入って、沢山の少女達と目眩(めくるめ)く素敵な時間を過ごすんだ。」

 

すると辺りが突然光に包まれ、生徒は姿を消すのだったーー

 

 

ーーー

 

 

勇者部部室ーー

 

光が収まる。生徒が立っていた場所は家庭科準備室。花咲川中学では"勇者部"という部活動がここを部室として使っていた。どうやらあの声が言っていた事は本当の事だったらしい。

 

?「ちょっと、聞いてる?新人ちゃん。」

 

突然の声で生徒は現実に引き戻された。

 

ゆり「しっかりしてね。自己紹介の最中なんだから。」

 

生徒「自己…紹介……?」

 

香澄「私、2年生の戸山香澄です!新人ちゃん、仲良くしてね!」

 

生徒「よ、宜しくです……。」

 

生徒はほっぺを抓って確認する。痛みがある。どうやら夢では無いようだった。しかし生徒は再び驚いた。香澄の自己紹介が終わると、何とその後ろから、今自己紹介した香澄と全く同じ顔をした2人の少女が現れたからである。

 

高嶋「私は高嶋香澄でーー」

 

赤嶺「私は赤嶺香澄だよ。」

 

高嶋・赤嶺「「戸山ちゃんと間違えないようにね♪」」

 

生徒「えぇ………。」

 

再度抓ってみた。じんじんする痛みがやはり現実だという事を教えてくれる。

 

有咲「しかし、こんな時期に新しい"勇者"だなんてな。足引っ張らないように気をつけろよ。」

 

彩「"巫女"の丸山彩です。これから、宜しくね。」

 

生徒「"勇者"………"巫女"……?」

 

次々に知らない単語が飛んできてしまい、そっけない反応を返してしまう。

 

六花「興味ありますか?良かったら明るい校庭から、今度一緒に念を送りましょうね!」

 

生徒「はぇ……?ちょっと意味が…。」

 

燐子「あの…勇者部で分からない事があったら…遠慮せずに何でも聞いてくださいね…。」

 

自己紹介が次々と進んでいく中、生徒は段々と今自分が置かれている状況を理解し始めていった。

 

生徒(勇者部……。そっか…私は今から、中学2年の時をやり直すんだ……!でも、こんな可愛い子ばっかの部活で、誰かと大親友になれるかな…。)

 

そんな事を思いながら生徒は香澄を見ていると、1人の少女が話しかけてくる。

 

中沙綾「さっきから香澄を見つめて何かあった?」

 

生徒「あっ、いや……。」

 

中たえ「大丈夫?緊張してる?」

 

イヴ「ここは優しい人ばかりですので、心配する事はありませんよ。」

 

花音「そうだよ。時々は怖い事もあるけど、少しずつ慣れて危険を回避してね?」

 

生徒「怖い事あるんですか!?」

 

千聖「花音、あんまり怖がらせないの。新人さん、良ければこれから一緒に鍛錬なんかどうかしら?」

 

赤嶺「ズルいですよ、千聖さん。まずは私と一緒にトレーニングしよ?」

 

日菜「ズルいズルい!私もるんっ♪て来ちゃったから、一緒にお喋りしよーよ!」

 

夏希「お喋りより、私達小学生組と一緒に外で遊びませんか?」

 

生徒「し、小学生!?」

 

ここに来て何度驚いただろうか。此処は中学校である。それなのにどうして小学生が混じっているのか。冷静になりかけた頭の中がまたもや混乱し出した。

 

小沙綾「説明を聞いていなかったんですか?勇者部には私達もいるんですよ。」

 

小たえ「もしかして居眠りしてましたか?私と一緒ですね!」

 

生徒(随分変わった部活なんだなぁ……。)

 

友希那「まあ、いきなり溶け込むのは無理だとは思うわ。徐々についてくればそれで良いから。」

 

生徒「は、はい……!」

 

話しかけてくれた友希那に一瞬目移りしてしまう生徒。だが、そこに鉄壁の壁が立ち塞がる。

 

リサ「友希那は……あげないからね?」

 

生徒「え………。」

 

その言葉、語尾に一瞬の寒気を感じるのだった。

 

美咲「君子危うきに近寄らず。この言葉覚えてた方が良いよ。」

 

ゆり「まぁ、こんな賑やかな部活だけど、気負わないで頑張ってね。」

 

生徒「はい…頑張ります!」

 

生徒(頑張る……青春を取り戻すんだ!)

 

 

ーーー

 

 

花咲川中学、渡り廊下ーー

 

それから数日が経った。新入部員として勇者部に入った生徒は勉強も鍛錬も頑張り、部員の人達とも少しずつ打ち解けていった。

 

生徒「今日の放課後は何をしようかな……って、うわ!?」

 

考え事をしながら廊下を歩いていると、前から走って来たあことぶつかってしまう。

 

あこ「おわぁっ!?ごめんね、大丈夫?ちょっと急いでるからじゃあね!」

 

生徒「き、気をつけてね…。」

 

あこが走って行った方向を見ていると、またしても誰かとぶつかってしまう。

 

蘭「うっ、なんだ新人か。」

 

生徒「ごめんなさい…。」

 

蘭「まぁ良いけど。これから畑に行くんだけどどう?」

 

生徒「そっか、美竹さんは野菜作りが趣味なんだっけ。」

 

モカ「らーん、いきなり誘うのは迷惑だよ。うちの蘭がすみませんねー。」

 

ここで生徒にとある考えが浮かんだ。

 

生徒(廊下でぶつかるのって、ラブコメとかの王道的な展開だよね……。もしかしたらここから関係が発展するかも…。)

 

生徒「あの…私も畑に……わわっ!?」

 

蘭からの誘いを受けようとした瞬間、また誰かとぶつかってしまう。これで3度目だ。今度ぶつかって来たのは薫だった。

 

薫「やぁ、子猫ちゃん。海に行かないかい?」

 

同時に2人に誘われ戸惑ってしまう生徒。悩んだ結果、生徒は2人の誘いを断ってしまう。

 

生徒「あ……また今度で…。」

 

蘭「なんだ。じゃあまたね。」

薫「了解した。また今度声をかけさせてもらうよ。」

 

生徒(え、選べないよぉ……。)

 

 

ーー

 

 

放課後、校庭ーー

 

2人の誘いを断ってしまった事に悩んでいる中、生徒は校庭に沙綾の姿を見かける。

 

生徒「あっ、山吹さんだ。山吹さーん!」

 

中沙綾「お疲れ。どうしたの?」

 

意を決して声をかける生徒。するとそこへ香澄と高嶋の2人がやって来る。

 

香澄「さーやに新人ちゃん!2人とも今帰り?」

 

生徒「そうなんだ。良かったら一緒に帰らない?」

 

香澄・高嶋「「うん、良いよ♪」」

 

生徒「じゃあ、帰ろっか。」

 

これは完全に僥倖だった。最初は沙綾に声をかけるつもりだったが、香澄達なら大丈夫だろうと生徒はそう考えたのだ。

 

中沙綾「…………………。」

 

香澄達と校庭を後にする生徒。すると一瞬、ほんの一瞬だが背中に寒気を覚えた。殺気とでもいうのだろうか。

 

香澄「よーし、競争だよ!」

 

高嶋「良いね!負けないよ!」

 

しかし急に駆け出す香澄達を見て、生徒も駆け出す。走り出した時、既にその事は頭から消えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中沙綾「………。」

 

1人残された沙綾。そこへ隠れて見ていた紗夜がやって来る。

 

紗夜「…………新人…。」

 

 

ーーー

 

 

生徒の自宅ーー

 

家に帰り一息ついていると、スマホに着信が入った。

 

生徒「誰からだろう…。」

 

電話の主は花音だった。花音はか細い声で話し出す。

 

花音『花音です。ちょっと言いにくいんだけど……新人ちゃんの事で悪い噂が流れてるんだ…。』

 

生徒「えっ!?」

 

花音『普段の言動に気をつけてね!それじゃあね。』

 

それだけ言うと電話は切れてしまう。

 

生徒「どういう事だろう…。」

 

今までの事を思い出すが、思い当たる節は見当たらなかった。取り敢えず生徒は花音の助言を頭に入れ、慎重に行動する事を心掛ける。

 

生徒「積極的に掃除でもして、みんなに信頼してもらおう。」

 

 

ーーー

 

 

翌日、勇者部部室ーー

 

生徒は朝早く部室に来ていた。まだ誰もいない時間を見計らって部室を掃除し、みんなの信頼を得ようとしたのだ。早速取り掛かろうとすると、部室のドアが開き彩がやって来る。

 

彩「おはよう!掃除するの?それじゃあ私も手伝うよ♪」

 

生徒「丸山さん!おはよう。」

 

彩「新人さんも掃除が好きなんだね!私もそうなんだ!」

 

生徒(早く来て良かったなぁ……。)

 

そんな事を思いながら、生徒は2人で部室の掃除をするのだった。

 

 

ーーー

 

 

その日の夜、生徒の自宅ーー

 

今日の事を思い返していると、再び着信がなった。電話の主はまたも花音だった。だが今回は以前とは違い大分慌てているようだ。

 

花音『新人ちゃん!色々とマズイ事になってるよ!?』

 

生徒「えっ!?」

 

花音『人間関係にはもっと気を配らなきゃダメ!危ないし危険だよ!じゃあね!』

 

生徒「どういう事だ……?」

 

花音が言っている事がさっぱり分からない生徒。頭の中は伝説の木の下で告白し大親友を作る事でいっぱいになっていた。

 

生徒「勇者部の人達はみんな良い人ばっかりで選べないなぁ……。みんなと順番にデートして仲良くなって、それから1人に絞るのは大丈夫かな?うん、それが良い!明日も頑張ろう!」

 

 

ーーー

 

 

それから1年があっという間に過ぎた。勇者部での奉仕活動や課外清掃。みんなとお喋りしたり遊んだりと生徒は出来る限りの事をやっていった。だからこそ生徒は迷っていた。

 

生徒(私は誰が1番好きなんだろう?誰を大親友に選べば良いんだろう?)

 

そして生徒は意を決した。ある日の休み時間、とある人の机の中に手紙を入れたのだ。自分の想いを込めた手紙。それを読んでくれる事を願って。

 

 

ーーー

 

 

伝説の木の下ーー

 

手紙の最後に書いたのは"伝説の木の下で待ってます。"手紙を読んでくれれば、その人はきっとここに来てくれる筈。そう思い生徒は1人、伝説の木の下で待っていた。そしてその時がやって来る。

 

香澄「あれ?新人ちゃん?もしかして、この手紙は新人ちゃんが書いたの?」

 

生徒「香澄ちゃん、来てくれたんだね!嬉しい……。」

 

香澄「あはは。どうしたの?そんな真面目な顔して。」

 

一先ず胸を撫で下ろし、生徒は香澄の目を見て話す。

 

生徒「この1年、勇者部でホント楽しかった。先輩に後輩、同級生に囲まれてさ。」

 

香澄「うん、私も!新人ちゃんと仲良くなれてすっごくキラキラドキドキした1年だった!」

 

生徒「あ、ありがとう。それでね……香澄ちゃん。私、あなたともっと仲良くなりたいんだ。だから、この伝説の木の下で告白します!私っ、勇者部で1番あなたの事がすーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「おのれーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

謎の場所ーー

 

 

 

 

 

突然大きな音が鳴り響き、目の前が真っ暗になってしまう。生徒が周りを見回すがそこは伝説の木の下ではなく、何も無い真っ暗な空間。

 

生徒「……………………え?」

 

暫くすると、辺りが少しずつ明るくなり、空間が光に包まれる。光が収まると、そこは色とりどりの根で覆われている謎の場所。広大なその場所の奥には、微かに大樹の様なものが見える。

 

生徒「ここは……?」

 

呆気に取られていると、頭の中に以前聞いた声が聞こえてくる。

 

伝説の木「どうやら失敗………いや、爆発しちゃったようだね。」

 

生徒「爆発……?」

 

伝説の木「勇者部の人間関係にもっと気を配って、上手く立ち回るべきだったんだよ。」

 

生徒「そんな……じゃあ、私は結局誰とも大親友になれないまま終わるんですか!?」

 

伝説の木「可哀想に………それじゃあ、私と結ばれる?」

 

生徒「えっ?」

 

その言葉と共に、生徒の体が光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

伝説の木「さぁ………いらっしゃーーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

体験版のご利用ありがとうございました。

完全版の"ときめきの章"では、あなたが1年生として入学する所から始まります。

 

あなたは勇者部の一員として3年間過ごし、誰か1人と大親友になってください。

 

永遠の関係になるため、目眩く時を有意義に使い、思う存分にときめきましょう。

 

 

ーーー

 

 

 

 

勇者部部室ーー

 

紗夜「何なんですか、このゲームは!!」

 

紗夜の怒号が部室に響き渡る。

 

高嶋「紗夜ちゃん、どうしたの!?」

 

紗夜「これだから恋愛シミュレーションという物は………。」

 

燐子「どんな内容なんですか…?」

 

紗夜「それがですねーー」

 

紗夜は体験版のゲームで起こった事を一通り説明するのだった。

 

 

ーー

 

 

友希那「紗夜がそういったジャンルを遊ぶのは珍しいわね。」

 

紗夜「手を出した私が愚かでした……。」

 

つぐみ「人生はゲームとは違いますからね。」

 

日菜「おっ、御先祖様はきっと恋愛経験も豊富なんだろうね♪」

 

つぐみ「えっ………?」

 

日菜「違うの?」

 

六花「そうだったんですか!?それは聞き捨てならないです!」

 

赤嶺「そうだねぇ……つぐちん、あるの?」

 

つぐみ「うっ……………!?」

 

顔が赤くなったつぐみは部室から駆け出す様に出て行ってしまう。

 

赤嶺「あっ!待ってよ、つぐちーん!」

 

今日も騒がしい勇者部。こんな日がずっと続けば良いなと思った香澄達なのだった。

 



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思い出のアルバム〜たとえ散ったとしても〜


まさかアプリの方でも刀使達が本当にやって来るとは……。

ショートアニメも始まりましたし、まだまだゆゆゆいは続きそうですね。




 

 

勇者部部室ーー

 

香澄「とぉりゃあーーー!」

 

あこ「むむむ…悪の手先め!死んじゃえーーー!」

 

イヴ「るせーー!死ぬのはテメーだぁーー!」

 

休日でも勇者部は騒がしい。午前の依頼が終わり疲れているのにも関わらず、香澄達3人が部室でプロレスごっこをしていて暴れていた。これには流石のゆりも堪忍袋の尾が切れる。

 

ゆり「やめなさーーーい!静かにしろーー!!」

 

最年長の怒号が響き、流石に3人は大人しくなる。

 

香澄・あこ・イヴ「「「ご、ごめんなさい………。」」」

 

花音「叱られる時にイヴちゃんが出るなんて、もう1人のイヴちゃんの意味無いような……。」

 

夏希「…………………。」

 

そんな中、3人の姿を夏希は何か思う所があるかの様に見つめていた。

 

彩「みんなー、そろそろ3時だからおやつの時間だよ♪」

 

あこ「はぁー、遊んだ遊んだ。夏希、おやつの鯛焼き買いに行こー。」

 

あこは夏希を呼ぶが、夏希からは返事が無い。

 

あこ「おーい、夏希。夏希………?夏希!」

 

夏希「……………えっ。あ、ハイ!何ですか、あこさん。」

 

あこ「鯛焼きだよ鯛焼き!買いに行くから一緒に行こ?」

 

いつもであれば食いつく様について行く夏希だったが、今日の夏希はいつもと様子が違っていた。

 

夏希「あ………えっと、私今日は止めておきます。あんまりお腹減ってないんで。」

 

あこ「そうなの?でも鯛焼きの1つや2つペロって食べられるでしょ?」

 

夏希「いえ………あ、今日は寄りたい所があるので、先に失礼します。」

 

あこの誘いを断り夏希は部室を後にするのだった。あこの誘いを断ったのは後にも先にもこれが初めてだ。

 

小沙綾「どうしたんだろう、夏希。おやつの誘いを断るなんて。」

 

小たえ「多分今日発売の本でも買いに行くんじゃないかな。前から楽しみにしてたみたいだし。」

 

小沙綾「そうなの?なら心配する事ないかな…。」

 

ゆり「……………。」

 

夏希が出て行った後のドアを見つめ考え事をしているゆり。

 

リサ「ゆりさんどうかしました?もうすぐおやつが来ますよ。」

 

ゆり「………私、ちょっと行ってくるね。」

 

千聖「行くって何処へです?」

 

ゆりが部室を後にしようとしたその時、薫がゆりを引き止めた。

 

薫「ゆり、私が行こう……。」

 

ゆり「えっ、でも……。」

 

薫「私も少し思うところがあってね。行かせてくれないか?」

 

ゆり「そう………それじゃあ、任せたよ。」

 

薫「あぁ。」

 

薫の気持ちを汲み、ゆりは薫に任せる事にし、薫は部室を出て行く。

 

燐子「どうかしましたか…?瀬田さんはどちらへ……?」

 

小沙綾「あの……もしかして、やっぱり夏希が何か。」

 

小たえ「夏希に何かあったんですか?」

 

ゆり「うーん……まだ何とも言えないけどね。私達は、私達の出来る事をしよう。」

 

小沙綾・小たえ「「…………?」」

 

深みを持たせて答えるゆり。沙綾とたえにはゆりの考えている事が分からなかった。

 

 

ーーー

 

 

海岸ーー

 

部室を後にした夏希は海に来ていた。浜辺に腰を下ろし、水平線をじっと見つめている。そこへ薫がやって来た。

 

夏希「……………薫さん?」

 

薫「やぁ。隣良いかい?」

 

夏希「あ……はい。」

 

2人は無言のまま風に揺れる波を眺めている。日は落ちかけ、夕暮れが辺りを包み込んでいた。

 

薫「波の音は……落ち着く。」

 

夏希「ですね……。」

 

薫「何かあったのなら、私に話して欲しい。夏希の気持ちを聞かせてくれないかい?」

 

薫に言われ、夏希は口を開く。

 

夏希「……………何かその…急に自分が嫌になっちゃって…。」

 

薫「嫌に?」

 

夏希「その………私達、一度は元の時代に戻るところまで行ったじゃないですか…。」

 

薫「あぁ。」

 

夏希「私………みんなには"運命変えてみせる"なんてカッコつけて言ったくせに………帰されなくて実は……安心してた事に気付いちゃったんです……。」

 

 

ーー

 

 

河原ーー

 

夏希「たとえ頭が覚えてなくたって……心が覚えてる!!確かに私だって2人と離れたくはない!だけど、2人には笑ってこれから生きて行って欲しい!!未来はどうなるか分からない。私は最後まで抗ってみせるよ!!」

 

中沙綾「はっ!?」

 

夏希「どうよ!」

 

中沙綾「頭で覚えてなくても、心が覚えてる……か。」

 

夏希「2人も私を信じて!!笑って現実に送り出せってね!運命変えてみせるから!」

 

 

ーー

 

 

それは造反神との決戦直前、勇者達同士で河原で戦った時、夏希が元の時代に帰る事を拒んだ沙綾とたえに向かって言い放った言葉。

 

元の時代に戻れば夏希は死んでしまう未来が待っている。だけど夏希は世界を、友達を守る為に敢えて戻る事を選択したのだった。

 

しかし今、再び異世界に戻った事で夏希の気持ちは揺らいでしまっていた。

 

夏希「そしたら…………。」

 

何故揺らいでしまったのか。薫にはそれが分かっていた。だからゆりの代わりに夏希を追いかける役目を買って出たのだ。

 

薫「遊びで"死ね"や"死ぬ"という言葉を聞いて…………辛くなったんだろう?」

 

夏希「……………………すいません。私もずっと普通に言っていたのに、勝手ですよね…。」

 

薫「そんな事ないさ。」

 

夏希「"死ぬ"とか"死ね"って言うのが、不謹慎だって思ってる訳じゃないんです。けど……みんなもいつ傷付くか、この世界でだって死んじゃうかもしれないのに………私を含めて、そういうの……口に出して大丈夫なのかな……って。」

 

自分の本音を薫にぶつける夏希。薫はそれをすぐに肯定も否定もせず、突然自分が元の時代にいた時の出来事を話し始める。

 

薫「……………こうして静かな海を見ていると、いつもこころを思い出すんだ。」

 

夏希「こころさんって………薫さんが以前話してくれたあのこころさんですか?」

 

薫「あぁ。こころと私は、丁度こんな夕焼けの海で出会ったんだ。」

 

薫は思い出す。初めてこころと出会ったあの日の事をーー

 

 

ーーー

 

 

沖縄、南城市外れの海岸ーー

 

薫「はぁ………。」

 

それはまだ薫が小学生だった頃だった。幼い頃の薫は内気で、話す事が苦手だった。その為友達と呼べる存在もおらず、いつも1人で過ごしていた。

 

何かあると薫はいつも海に入り、潜ったり漂ったりしていた。海は優しく、身も心も包んで自分を癒してくれる。薫はそんな海が小さい頃から大好きだった。

 

しかし、海にずっといる事は出来ない。海から上がると、再びやり切れない、空っぽになった喪失感を抱えてしまう。そんな時だったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「あら?どうしてあなたはそんなに悲しい顔をしてるのかしら?」

 

薫「え……?」

 

薫が顔を上げると、そこには太陽の様に明るい笑顔をした少女が立っていたのだ。

 

こころ「悲しい顔なんかしないで、あなたも笑いましょう!私は弦巻こころ!世界中を笑顔をする事が私の夢!だからあなたも笑って頂戴!」

 

それがこころと初めて出会った瞬間だった。薫とは正反対の少女に薫は何も言えず、思わずどもってしまう。

 

薫「えっと……。」

 

こころ「あなたの名前を教えて!」

 

薫「薫……瀬田薫…。」

 

こころ「薫!とっても良い名前ね!友達になりましょ!」

 

薫「……………うん!」

 

そう言ってこころは手を差し出す。そして薫もその手を握り握手を交わした。こうして薫に初めての友達が出来たのだ。

 

そこから薫の人生は大きく変わった。こころを通じ笑顔が増えたからなのか、以前とは違う明るい性格になり友達も増えた。

 

薫「あぁ。海は良い。誰も拒まず、全てを包み込んでくれる母なる恵だからね。」

 

こころ「そうね!この海で獲れる魚を食べるとみーんなが笑顔になるものね!」

 

何処へ行くにも2人は一緒だった。薫とこころ、2人はいつも一緒に遊び、笑って過ごしてきたのだ。

 

 

ーーー

 

 

海岸ーー

 

夏希「薫さんの話だけで伝わってきます。そのこころさんはとっても素敵な人だったって事が。」

 

薫「私とこころはいつも一緒だった。私が勇者になってからもね。私はこころに何度も助けられたんだ。勇敢さや優しさ……大切な事は全てこころから教えてもらったよ。」

 

夏希「だからこそ……亡くなってしまった時は寂しかったですよね…。」

 

薫「こころは私を庇って亡くなってしまった。だが、こころは私の中で生きている。」

 

そう言いながら薫は胸に手を当てる。

 

薫「"世界中を笑顔に"というこころの意思は私が受け継いでいるんだ。そしてこころも私の傍でずっと見守ってくれている……そう私は思っている。」

 

夏希「え……?」

 

薫「たとえ死が訪れたとしても、気持ちは誰かに受け継がれ残っていく。絶対にね。」

 

夏希「死んでも………気持ちは残る?」

 

薫「あぁ。肉体は消えてしまう。だが、こころは自分の想いが私に残る事を解っていた……。だからこそ、私の傍でずっと一緒に居続けてきたんだ。」

 

薫は笑顔で話し続ける。しかし、その瞳はうっすらと潤んでいる様にも見えた。

 

薫「私達もいつか何処かで散ってしまうかもしれない。だが、その魂はと共に戦った仲間達の中で生き続ける。リレーの様に、想いのバトンは受け継がれていく。だから恐れる事は無いよ、夏希ちゃん。死は……終わりではない。」

 

夏希「薫……さん…。」

 

薫「それに、私は思うんだ。"死ぬ"や"死ね"と口に出す事は……そんなに悪い事では無いのではないかとね。」

 

夏希「どうしてですか?」

 

薫「死が近くにあればある程、どんな楽天家でもそんな言葉は怖くて口に出せなくなる。だけど、今はそれを感じていないからこそ……死を笑い飛ばしていられる。この日常は、誰から不謹慎と言われようが…誰から咎められようが…私達勇者にとっては良い状況なんだからね。死など………遊びだと笑っていられる方が良い。私達にはまだまだ来ないと、そう思ってれば良いんだ。その気持ちの強さと笑顔がきっと………死を遠ざけるに違いない。私はそう思うよ。」

 

その言葉は薫自身に訴えている様な気もした。だけど、夏希の不安はその言葉で何処かへと消えてしまった。緊張が解けたのか、夏希は肩の荷が降りたかの様に大きく笑う。

 

夏希「は………はは、は。あははははは!凄いなぁ、薫さんは。モヤモヤしてた私の気持ち、今ので吹き飛んじゃいました。」

 

薫「力になれて幸いだ。」

 

夏希「ありがとうございました!もう、あんまり怖くない。死んでも、絶対みんなにくっついて行ってやります!」

 

薫「その意気だ。さぁ、みんなが待ってーー」

 

?「「おーーーーーい!!」」

 

戻ろうとした時、彼方から2人を呼ぶ声が。沙綾とたえだった。2人の後ろからゆりもやって来る。

 

小たえ「おーーーい、夏希ーーー!」

 

小沙綾「ご飯の時間だから帰って来てーーー!」

 

ゆり「薫もねー!今日は寮でお鍋だよーーー!」

 

夏希「はーーーーい!今行きまーーーす!行きましょっか、薫さん。」

 

薫「そうだね。」

 

夏希は駆け出し、少しした所で立ち止まり振り返る。

 

夏希「薫さん。」

 

薫「ん?なんだい?」

 

夏希「話してくれてありがとうございました!私も頑張ってみます。"世界を笑顔に"する事!」

 

夏希は笑顔で言った。薫にはその笑顔が一瞬こころに重なって見えたのだった。

 

 



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思い出のアルバム〜謎のヒーロー〜


最近巷で噂になっている謎のヒーローについて調査する事になった勇者部。その時、香澄はとある人物に出会うのだった--

舞台が同じだからこそのコラボ?でしょうか。




 

 

花咲川中学--

 

香澄「授業も終わったし、部室に行こっ……ん?」

 

教室を出ようとした時だった。何やら廊下が騒がしい事に気がつく香澄。廊下に出てみると、何やら掲示板に人が集まっているようだった。

 

香澄「何の人だかりだろう………?」

 

遠目から掲示板を覗く。どうやらみんなの視線は、張り出されている校内新聞にいっているようだ。この新聞は新聞部が毎月掲示しているもので、勇者部も何度も取り上げられており学内でも有名な新聞だ。覗いたものの、遠目からだった為、肝心の内容まで見る事は出来なかったのだが、

 

生徒A「また現れたらしいよ?」

 

生徒B「またって、何が?」

 

生徒A「知らないの正義のヒーローだよ!」

 

生徒B「正義のヒーロー!?ヒーローって、あの悪者と戦うあの?」

 

生徒A「そうそう!これでもう3回目だよ。今回はひったくりを捕まえたんだって。」

 

香澄の隣にいた生徒2人の話から香澄は新聞の内容を理解する。

 

香澄(へぇ……私達の他にもそんな事してる人がいるんだ……って、部活に遅れちゃうよ!)

 

そんな事を考えている内に時間が押していた為、香澄は踵を返し部室へと急いだのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

香澄「戸山香澄、ただ今到着です!」

 

結局ギリギリ時間に到着した香澄。これで全員が部室に集まった。

 

りみ「珍しいね香澄ちゃん。遅かったけど、何かあったの?」

 

香澄「ごめんね、りみりん!あのね--」

 

香澄はさっき見聞きした内容をみんなに伝えた。

 

 

--

 

 

リサ「正体不明の謎のヒーローねぇ……。」

 

あこ「ヒーロー!?カッコいい!!」

 

美咲「その新聞私も見たよ。何か結構信憑性に欠けるけど。」

 

中沙綾「でも、実際に助けられた人がいるって話だよ?」

 

香澄から聞いた事で議論する勇者部。するとゆりがみんなの話を遮り声を上げる。

 

ゆり「丁度良かった。今回の部活内容はまさに香澄ちゃんが言ってくれた事についてだよ。」

 

香澄「謎のヒーローについてですか?」

 

ゆり「そう。正確には新聞部の手伝い。今新聞部はそのヒーローについての情報を集めててね、勇者部にもその情報収集を手伝って欲しいんだって。」

 

燐子「人海戦術という事ですね……。」

 

ゆり「取り敢えず、何組かに分かれて聞き込みをしよう。何人かは情報整理の為に部室で待機してて。それで情報が集まったら逐一連絡。2時間後に一旦集まろう。良い?」

 

香澄「了解です!」

 

こうして四国を守るヒーローについての調査が始まるのだった。

 

 

---

 

 

商店街--

 

香澄達は商店街で聞き込みを開始する。しかしこれといって有力な情報は集まらなかった。

 

イヴ「あまり情報は得られませんでした……。」

 

友希那「そろそろ約束の2時間ね。一旦部室に戻りましょう。他の人達が情報を得ているかもしれないわ。」

 

香澄「そうですね。じゃあ、戻る前に連絡……っと。」

 

香澄は待機している沙綾に連絡をした。

 

香澄「もしもし、こちら猫さんチーム。さーや?」

 

中沙綾『お疲れ、香澄。何か手掛かりは得られた?』

 

香澄「それが商店街はさっぱりだったよ……。人が多いから何か知ってる人がいるかと思ったんだけど。」

 

中沙綾『これまで謎のヒーローは3回現れてる。そのどれもがひったくりだった……だから逆にあんまり人が多い所には現れないのかも。』

 

香澄「成る程……それじゃあ一旦部室に戻るね。」

 

中沙綾『はーい、お疲れ様。』

 

友希那「連絡も済んだ事ですし、戻りましょうか。」

 

イヴ「はい。」

 

友希那とイヴが歩き出し、香澄も2人を追って行こうとしたその時、香澄は誰かに呼び止められた。

 

?「おい、落とし物だ。」

 

香澄「へ?あっ、本当だ!」

 

香澄が落としたハンカチを拾い手渡そうとしてきたのは青年だった。その青年は背が高く、ジージャンを着て、額にバンダナを巻いた少し古風な格好をしている。

 

香澄「このハンカチ、友達から貰った大切な物だったんです。あっ、私戸山香澄って言います。花咲川中学の2年生です。拾ってくれてありがとうございました!………えっと…。」

 

?「霞………のジョーだ。」

 

香澄「ノジョウさんですね!ありがとございます!この御恩は忘れません!さよなら!!」

 

ジョー「霞のジョーだ!………って、もう行っちまったか。」

 

その青年が訂正する間も無く、香澄は走って行ってしまった。

 

ジョー「…………あの少女……いや、俺の気のせいか。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

香澄達が戻ると、先に戻っていた人達が既に状況整理を行なっている。戻ってないのは有咲達のチームだけだった。

 

中沙綾「皆さんから集まった情報を纏めると……。」

 

中たえ「ひったくられた直後に男性に話しかけられた、一瞬当たりが光に包まれる、物凄く速くて黒い何かがひったくりをやっつけた。こんな感じですね。」

 

香澄「知ってる人達いたんだね。こっちは収穫ゼロだったよぉ……。」

 

千聖「それはしょうがないわ。」

 

有咲「遅れてごめん!今戻った。」

 

少し遅れて有咲達のチームが戻ってきた。

 

紗夜「何か情報はありましたか?」

 

六花「はい。あのですね--」

 

 

--

 

 

有咲達から話を聞いたものの、先に上がっていた情報とほとんど似たようなものだった。

 

高嶋「これだけの情報じゃ、少なすぎるね。」

 

有咲「……………あっ!」

 

すると有咲が何かを思い出したかのように声をあげる。

 

中沙綾「どうしたの?」

 

有咲「そういや、ここに戻ってくる間際に聞いたんだけど、ひったくりが起こった周辺で白いライダースーツを着てた男を見たって言ってたな……。」

 

彩「それって結構重要な手掛かりだよ!」

 

ゆり「お手柄だよ、有咲ちゃん!」

 

有咲「ま、まあな!」

 

ゆり「よし、それじゃあ明日はその手掛かりをもとに男の人を探しながら情報をもっと集めよう。」

 

香澄「了解です!」

 

 

---

 

 

翌日、住宅街--

 

友希那「それじゃあ、手分けして情報を集めましょうか。」

 

香澄・イヴ「「分かりました。」」

 

 

--

 

 

数分後--

 

香澄「あれ……あの人は確か…。」

 

住宅街を捜索していると、香澄は見覚えのある人を見かける。その人は昨日ハンカチを拾ってくれたあの人だった。

 

香澄「あのー!ノジョウさん?」

 

香澄の声でその青年は後ろを振り返った。

 

ジョー「ん?あんたは確かあの時の…。」

 

香澄「はい、戸山香澄です!覚えててくれたんですね。」

 

ジョー「まあな。あんたは特別だからな……。」

 

香澄「特別?」

 

ジョー「いや、気にするな。こっちの話さ。そんな事より俺の名前は霞のジョーだ。」

 

香澄「カスミ・ノジョウさんですよね?私も香澄なんですよ!親近感湧きますよね!」

 

ジョー「はぁ……好きにしろ。そんな事より何か俺に用なのか?」

 

香澄はこれまでの経緯を伝え、白いライダースーツを着た男性について質問するのだった。

 

ジョー「成る程な……大体解った。」

 

香澄「え?」

 

ジョー「その男なら見覚えがある。"コウタロウ"って名前だった筈だ。」

 

香澄「本当ですか!?ノジョウさんはその人について何か知ってますか?」

 

ジョー「大体な。あいつは根が真面目なんだ。困ってる人を見ると放っておけないんだろう。」

 

香澄「どうしてコウタロウさんはそんな事をしてるんですかね?」

 

ジョーはそう言う香澄を見つめ、答える。

 

ジョー「多分だが………あんたと同じだと思うぞ。」

 

香澄「え、私?」

 

ジョー「香澄はどうして勇者部に入ったんだ?」

 

香澄「それは……何かキラキラドキドキ出来そうって思ったから…。」

 

ジョー「まぁ、初めはそんなもんだろうな。だけど、今は違うだろ?」

 

香澄「………はい。困っている人を助けたい。人の為になる事を勇んでやる!これが私達勇者部のモットーです!」

 

ジョー「あいつもそういう奴なんだ。誰かを救う為なら自分を犠牲にする。全く……危なっかしいったらありゃしない。」

 

香澄「凄い人なんですね!まるで勇者みたい!」

 

ジョー「勇者?」

 

香澄「あっ、例えですよ。例え。」

 

ジョー「…………。」

 

香澄「それで、そのコウタロウさんは何処にいるかノジョウさんは知ってますか?」

 

ジョー「さあな。風の向くまま気の向くまま、もしかしたら"この世界"にはもういないかもしれないな。話はそれで終わりか?それじゃあ俺は行くぞ。」

 

香澄「……あなたは一体誰なんですか?」

 

ジョー?「だから言っただろ。俺は霞のジョー……………いや、通りすがりの"仮面ライダー"だ。」

 

そう言い残し、ジョーは去って行ってしまった。

 

香澄「あっ………行っちゃった…。」

 

友希那「戸山さん、ここにいたのね。」

 

去りゆく背中を見つめていると、そこへ友希那とイヴが戻ってくる。

 

イヴ「特別新しい手掛かりは見つからなかったので、一先ず部室に戻りましょう。」

 

香澄「友希那さん……イヴちゃん…。」

 

友希那「ボーッとしてるけど、どうかした?」

 

香澄「ううん、何でもありません。じゃあ戻りましょうか。」

 

イヴ「そうですね。」

 

香澄(何だか不思議な人だったな……。あの時は気に留めなかったけど、あの人、首からカメラをぶら下げてた。写真家の人だったのかな………。)

 

そんな疑問を抱きつつ、3人は花咲川中学へ戻っていくのだった。

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

戻ってきた香澄は、住宅街で体験した事をみんなに伝えた。

 

蘭「何かその人凄く怪しい雰囲気なんだけど。」

 

紗夜「ですが、その人は謎のヒーローの知り合いだという事は間違いないんじゃないでしょうか?」

 

高嶋「だよね。これだけ探しても手掛かりが見つからなかったのに、その人は詳細な事まで知ってたんだもん。」

 

花音「でも何だか隠れて人助けをするって格好良いよね。」

 

千聖「あら?それなら私達だってやってるじゃない?」

 

友希那「そうね。バーテックスから人々を守る為、私達も日々戦っているわ。」

 

モカ「それなら、私達もその謎のヒーローって事になるよね?」

 

薫「そうだね。世に潜み悪を倒す正義のヒーロー………中々に儚い響きじゃないか。」

 

ゆり「調子に乗らないの。それじゃあ取り敢えず活動はこれくらいにして、この情報は新聞部に伝えようか。」

 

全員「「「了解です!!」」」

 

活動を終え、皆解散する中、香澄は1人窓の外を見つめ感慨に耽っていた。

 

中沙綾「どうしたの、香澄?窓の外をボーッと見つめちゃって。」

 

香澄「あっ、さーや。今日会ったノジョウさん、何か不思議な感じがしたんだよね。なんか言葉では言い表せないけど。」

 

中沙綾「へぇ……私も会ってみたかったかも。その人に。」

 

香澄「また会えるかなぁ………。」

 

 

---

 

 

同時刻、花咲川中学校門前--

 

香澄が耽ってたのと同じ頃、霞のジョーも花咲川中学へ訪れていた。

 

ジョー?「此処が花咲川中学……"勇者"がいる学校か……。」

 

そう呟き、首からかけていたカメラで学校の写真を撮る。現像された写真はぼやけており、お世辞にも上手いとは言えない。

 

ジョー?「この世界には勇者がいる。だから俺達のような存在は必要ないだろうな……。あの香澄とか言う少女、何処となくアイツに似ていた。……………確か結城友奈って奴だったか…。」

 

写真を撮り終えた青年が手をスッと上げると、目の前に灰色のカーテンが出現。その青年はカーテンの中へ消えてしまった。カーテンを潜った直後、青年はジージャンにバンダナという格好から、一瞬にしてスーツに着替えていた。

 

士「俺はまだ旅の途中。また何処かで会えると良いな、勇者戸山香澄………。」

 

 



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思い出のアルバム~神世紀時代劇〜

【最高の誕生日を(前編)】

とあるジェラートショップ--

中たえ「んん~、弾けるレモンの香り!このお店のジェラートは美味しいね!」

中沙綾「そうだね、バス移動もあって少し遠かったけど、はるばる足を運んだ甲斐があったよ。」

香澄「年に一度のさーやの誕生日を、こんなに楽しくお祝い出来て嬉しいよ!」

中たえ「うんうん!夏希達にもお礼言わないとね。」

中沙綾「夏希にたえちゃん?」

中さえ「そっか、沙綾には言ってなかったね。話は遡る事3日前なんだけど、私と香澄は夏希達から、とある重大な相談を受けたんだ。」

中沙綾「重大な相談って…どうして私にはしてくれなかったんだろう…。」

香澄「ごめんね。でもさーや達の誕生日の話だったから。」

中沙綾「そうだったんだ。」

香澄「沙綾ちゃんが喜びそうなアイデアを出したら、そのお礼にって、このお店を教えてくれたんだ!」

中たえ「沙綾が絶対に気にいる筈だってね。」

中沙綾「そうだったんだね。確かに、全部私の好きな味ばっかりだった。」

中たえ「なーんて話をしてる間に、誕生日特典のミニジェラートが届いたよ!」

中沙綾「可愛い!ちゃんと蝋燭も付いてるね。」

香澄「これもお店からの特別サービスなんだって。」

中沙綾「素敵なお祝いありがとね、2人も。後で夏希とたえちゃんにもお礼を言っておかなきゃ。」

香澄「そうしてあげて!」

中たえ「じゃあじゃあ、ジェラートが溶けちゃう前に、改めて……。」

香澄・中たえ「「お誕生日、おめでとう!!」」

中沙綾「どうもありがとう。今年も素敵な誕生日になったよ。」





勇者部部室--

 

とある晴れた日、依頼も落ち着きまったりとした時間が流れていた。

 

中沙綾「ねえ、沙綾ちゃん。昨日やってたあの番組見た?」

 

小沙綾「"暴れんぞ将軍"ですよね?勿論です!」

 

あこ「暴れないの!?なになに?テレビの話?」

 

蘭「2人が見てる時代劇ってどの時代なの?」

 

小沙綾「え?江戸時代ですけど……。」

 

高嶋「へぇ~。神世紀でも時代劇って江戸時代が主流なんだね。」

 

燐子「そこは西暦の時代と同じなんですね…。」

 

よくよく考えてみれば、これは結構不思議な事なのである。神世紀から見れば西暦の時代も"時代劇"レベルの昔だからだ。

 

モカ「でも、西暦だと、生活様式があまり変わらないしね。」

 

薫「そうだね……髷は大事さ…。」

 

夏希「じゃあ、西暦組の人達が観てた時代劇も侍、忍者、チャンバラがメインなんですか?」

 

友希那「そうね。立ち回りは必ず盛り込まれていた気がするわ。」

 

リサ「そうとも限らないよ?"大奥"がテーマの物も人気だったしね。」

 

彩「……"おおーく"って?」

 

小沙綾「一言で言えば、女性の園の話です。」

 

あこ「んー?一言じゃ分からないなぁ。もう少し詳しく。」

 

中沙綾「大奥はね、将軍の御世継ぎを産む為に集められた女性が暮らしてた場所だよ。」

 

中たえ「徳川の将軍の為のハーレムって事だね。」

 

夏希「へー。女の人ばっかりじゃチャンバラは無さそうですね。」

 

燐子「でも大奥は…将軍の寵愛を獲得したい女性の情念渦巻く魔窟なんだよ?ドロドロの人間ドラマ、水面下での戦い、愛憎、陰謀、不義密通…!」

 

珍しく燐子が饒舌に喋っている。

 

小たえ「所謂ひとつの、女性のチャンバラって事。」

 

夏希「うーん……いまいち面白さが想像出来ないな…つまりどんな感じなんだろう?」

 

燐子「じゃあ、私が説明してあげます…!大奥というのは--」

 

 

---

 

 

大奥--

 

香澄(おかす)「山吹の方様!素敵な御着物でございますね!」

 

中沙綾(山吹の方)「そう思うか?おかす。将軍様のお目に留まるであろうか?」

 

リサ(リサ様)「待ちゃ!」

 

山吹の方「ぐ…っ!あっ!?御正室の…リサ様!」

 

リサ様「山吹……そなた、側室の分際で、図に乗るでないわ…。」

 

そう言いながらリサは沙綾の足をさりげなく踏みつける。それも小指だけを。

 

山吹の方「くぅぅ…手前が何をしたと仰るのですか。」

 

リサ様「お黙りゃ!御世継ぎを産むは、この妾。武家出身の田舎者は土間にでも控えておれ。」

 

山吹の方「い、言わせておけば……!」

 

リサ様「妾に文句があるのかえ?ならば言ってみよ。ほれ、ほぅれ!」

 

山吹の方「ぐぬぬぬぬぬ………。」

 

紗夜(紗夜殿)「ふん………正室だからと偉そうに。将軍様の御寵愛は我のものじゃ……。山吹の方に気を取られている今こそ、奴の茶に一服盛ってくれるわ…ふふふ。」

 

高嶋(おたか)「紗夜殿、何をなされておりまする?」

 

紗夜殿「お、おたか!こ、これはその……。」

 

あこ「将軍様のーーーおなーーーりーー!」

 

襖が開き、その場にいる全員が平伏する。

 

友希那(将軍)「どれ。今宵は、どの蝶に伽を命じよう。おや………?その方、名は何と申す。」

 

おかす「はい、腰元のおかすと申します。」

 

将軍「おお、中々に愛い奴じゃ。そちに夜伽を命ずる。我が褥へ来るが良い。」

 

その一言に、山吹の方、リサ様、紗夜殿の3人は驚きを隠さないでいた。

 

おかす「わ、私がでございますか!?」

 

将軍「案ずることはない、おかす。たっぷりと可愛がってやるぞ。」

 

おかす「あっ………そんなお戯れを。い、いけません………。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

中沙綾「ちょっとちょっとちょっとストーーーーーーップ!!!」

 

香澄・友希那「「……………………?」」

 

リサ・紗夜「「…………………………。」」

 

燐子「………私の配役…間違ってましたでしょうか……。」

 

モカ「えっとー……配役と言うか…キャラクター付けがですねー…。」

 

中沙綾「夏希、もう分かったよね?充分だよね?大奥、もう良いよね?」

 

夏希「へぅ!?は、はい………。」

 

美咲「山吹さん、気に入らないからって、回想を途中でぶった切るのはちょっと…。」

 

りみ「なんか、大奥って昼ドラみたいな感じなんだね。」

 

小沙綾「大奥の物語は人間模様が主体ですから、どうしても……。」

 

中たえ「だったら平安時代はどう?」

 

燐子「そ、そうですね…!平安良いですよね…!平安の話をしましょう……!」

 

 

--

 

 

燐子「平安時代と言えば…源氏物語ですかね…。」

 

小沙綾「光源氏ですね。高貴な身分で恋が多い人です。」

 

夏希「その人、そんなにモテるんだ。」

 

中沙綾「光源氏は帝の子で、その美しい風貌から女性に不自由なかったんだ。」

 

中たえ「でも、思い出のお母さんが忘れられなくて、毎晩違う女性の元に行くんだ。」

 

 

---

 

 

平安の宮中--

 

薫(光源氏)「はぁ……毎日が虚しい。今宵は誰がこの身を温めてくれるのか…。」

 

ゆり(葵の上)「またお出かけでございますか。殿方は気ままで結構なこと…。」

 

光源氏「皮肉か、葵……。」

 

葵の上「いえ、別に…。」

 

光源氏「はぁ、妻が冷たい。そうだ…あの人の所へ行こう。」

 

--

 

紗夜(六条御息所)「お若い貴方はいずれ、年増の私をお忘れになるのでしょうね……。」

 

光源氏「何を仰る……。またお逢い出来る日を待ち焦がれずにおられようか…。」

 

六条御息所「嘘つき……。嗚呼…憎い……憎い……。光君の正妻が羨ま恨めしや………。忌々しい葵の上……。あの女…呪ってやる……呪い殺してやる……。」

 

光源氏「…………はぁ…。」

 

 

--

 

 

光源氏「はぁ……探せど探せど、私の心を満たしてくれる女人はおらぬ……ん?」

 

彩(紫の上)「しくしく……くすん…。」

 

光源氏「幼子よ。何故泣いている?」

 

紫の上「しくしく……私の雀が逃げてしまったんです……。」

 

光源氏「あっ……………なんと美しい姫だ…。私の亡き母上によう似ておる…。」

 

紫の上「きゃっ!何をするの!?」

 

光源氏「一緒に来るのだ…。お前を私の色に染め上げてやろう……。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

燐子「あ…あの…!ちょっと……これ以上はこの物語は止めましょう……!」

 

あこ「どうして?」

 

燐子「あ…あのね、あこちゃん……登場人物が多すぎるし…えっと…色々と不適切な事も……。」

 

小沙綾「そうですね。光源氏の物語はここで話すには色々な問題が…。」

 

紗夜「どうして私が六条御息所なんですか………。」

 

彩「燐子ちゃん。この後紫の上はどうなっちゃうの?」

 

燐子「え…!?む、紫の上は……光源氏と…あのぅ……幸せに暮らすんです。」

 

彩「ハッピーエンドなんだね?良かったぁ!」

 

燐子「うぅ…………。」

 

美咲「無垢で純粋なものを前にすると、人は良心の呵責を感じるものなんですね。」

 

夏希「なんか結局よく分からなかったです。おおーくもへーあんも難しくて。」

 

香澄「ねえねえ、私思ったんだけど!もしかしたら……。神世紀の今も、いつかは"時代劇"って呼ばれる物語になったりするのかな?」

 

小沙綾「素敵ですね。神世紀時代劇!」

 

小たえ「異世界を舞台に繰り広げられる、勇者達の冒険活劇!」

 

あこ「それカッコいい!あこ達が主人公だ!」

 

高嶋・紗夜「「私達が主人公………!」」

 

夏希「カッコいいです!未来の人達がワクワクしながら観るんだろうなぁ。」

 

リサ「あはは!それって何だかおかしいね。」

 

彩「だね。その時代劇を、私達はもうこの目で見れてるんだから。」

 

友希那「私達西暦組にとっては、未来劇になるのだけれどね。」

 

薫「過去にも未来にも、恥じぬ戦いをしていこうじゃないか…。」

 

 




【最高の誕生日を(後編)】

たえの部屋--

夏希・小たえ「「お誕生日、おめでとう!!」」

小沙綾「2人共、ありがとね。」

夏希「じゃーん!これは私達からのプレゼント!」

小沙綾「凄い!パンが沢山入ってる!」

小たえ「パンに良く合う紅茶も入れたよ。」

小沙綾「ありがとう。とってもいい匂い。」

夏希「さあ、遠慮しないで好きな物からどんどん食べて!」

小沙綾「それじゃあ……まずはこのチョココロネから。……はむ。美味しい!今まで食べた物とは全然違うよ!どこのお店の?」

小たえ「えへへ……それはね…。」

夏希「パン工房、夏希&おたえ特性のパンなんだ!」

小沙綾「夏希とおたえ……ってもしかして!」

小たえ「夏希と2人で手作りしてみたんだ。」

小沙綾「そうだったんだ!まさか2人がこんなに本格的なパンを作ってくれるなんて。」

夏希「私も、さすがに2人だけじゃ無理じゃないかって思ってたんだけど、香澄さんとたえさんがね。」

小沙綾「香澄さんにたえさん?」

小たえ「うんうん。沙綾の誕生日に何をしたらいいか2人に相談してたんだ。そしたら……。2人の手作りならきっと喜んでくれる筈だってね。」

夏希「それで、香澄さん経由で、沙綾さんのパンのレシピを借りて作ってみたんだ。」

小沙綾「沙綾さんの作り方で!?それは全然気が付かなかった。」

小たえ「同じレシピで作ったのに、全然違う味になっちゃうなんて、どうしてだろうね?」

夏希「私達はまだまだ修行不足って感じかな。」

小沙綾「そんな事ないよ!確かに沙綾さんのパンは美味しいけど、私はこのパンが一番美味しい。」

夏希・小たえ「「本当!?」」

小沙綾「うん!2人の気持ちがいっぱい入ってるから。だから美味しいんだろうね。夏希、おたえ、今年も素敵なお祝い、どうもありがとう!」



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思い出のアルバム〜みんなに出来る事〜

お久しぶりです。

久々に描きたくなったので、丁度良い感じのものを挟んでみました。


 

 

〜♪

 

 

花咲川中学勇者部。主な部活内容は困っている人たちを助ける仕事。だが、その裏で彼女たちは今日も人知れず襲い来るバーテックスから四国を守る為、戦いを続けている。

 

今日も今日とて突如樹海化警報が鳴り響き、勇者たちは樹海へと消えていった。

 

 

 

 

 

彩「神樹様……今日も勇者たちをお守りください。」

 

モカ・リサ・六花「「「戦闘中に怪我しないように、どうかお願いします…。」」」

 

残された巫女たちは、命をかけて戦う勇者たちの無事を神樹に祈っていた。

 

 

 

 

 

彩「巫女の人数も増えてきて、少し賑やかになったね。」

 

数分の祈りの後、彩がそうこぼす。

 

リサ「うんうん。何よりも心強いし神樹様に感謝だね。」

 

 

 

 

 

 

樹海ーー

 

一方の樹海では、"防御特化型"のバーテックスに勇者たちは苦戦していた。

 

千聖「くっ……中々に硬いわね!」

 

友希那「陣形が崩れているわね。前衛は一旦下がって体制を立て直すわよ!」

 

燐子「前衛が下がります…!後衛は左右に分かれて援護射撃を……!」

 

前衛と後衛、2人の指揮のもと勇者たちはバーテックスから距離をとる。

 

中沙綾「撃ちます!!」

 

追撃してくる星屑を後衛が蹴散らしながら前衛は後退するが、逃しまいと今度は"大型"が攻め込んできた。

 

高嶋「"大型"がっ!?誰か手を貸して!」

 

中たえ「私が上がる!この先へは行かせないから!」

 

たえが殿を務め、勇者たちはなんとか体制を立て直すことに成功。そしてトドメの一撃が入る。

 

友希那「全員総攻撃!これでトドメよ!!」

 

 

 

 

 

勇者部部室ーー

 

なんとかバーテックスを打ち倒した勇者たちは部室へと帰還。巫女たちがそれを出迎えていた。

 

リサ「みんな、今日もお疲れ。」

 

友希那「ええ。リサたちもありがとう。……ふぅ。」

 

ここまで苦戦したのは久しぶりだったのか、勇者たち全員が大きく息を吐き出した。中には床に腰を下ろす人までいる。

 

モカ「大変だったんだね。今お茶持ってくるから。」

 

有咲「………みんな、ここ数日何か変じゃないか?」

 

ゆり「そうだね…敵が強くなってきてる。」

 

2人が感じている通り、ここ数日バーテックスの襲ってくる頻度が増し、更にその度に敵が強くなってきているのだ。今までは何とか退けられているが、これが続けば流石の勇者たちもタダでは済まなくなってしまうだろう。

 

彩「そうなの?私はてっきり人数も増えて、みんなの戦いがスムーズになるかと思ってたのに……。」

 

六花「……原因はそのせいなんだと思います。」

 

彩「え!?」

 

六花「私達羽丘中の3人が増えました。巫女も増えて祈りの力も上がった筈です。祈りの力は神樹様と勇者の力に直結します。だけど、それ故に敵もまた……。」

 

当然そうなれば自然と中立神側も戦力を上げて対抗してくる。勇者たちが苦戦するのも当然だった。

 

つぐみ「私達の増援が敵の強化になってしまうのは癪ですけどね……。」

 

リサ「だけど、3人が来てくれなかったら中立神が本気を出した時に一瞬でやられてたかもしれないよ。」

 

紗夜「そうですね。言い換えれば、敵の思惑通りのタイミングで本気を出されなくて良かったと思っておきましょう。」

 

日菜「だけどこれからどうやって戦っていこうか。今日は何とか勝てたけど、連戦になったらどうなるか…。」

 

花音「連戦!?ふえぇ〜連戦は無理だよぉ…。」

 

みんなが今後の対策を考える中、1人浮かない顔をしている人物がいた。

 

彩「…………………。」

 

千聖「……?」

 

 

 

 

リサの部屋ーー

 

その日はこれ以上の戦闘は無く、無事に1日が終わろうとしていた。日も落ちかけた頃、リサの部屋を誰かがノックする。

 

リサ「ん?どうぞー。」

 

彩「……。」

 

入ってきたのは彩だった。彩は未だに浮かない顔をしていた。

 

リサ「彩?」

 

彩「ごめんね……今日の事でリサちゃんに相談したい事があるんだけど、良いかな?」

 

リサ「勿論。どうかした?」

 

彩「あれからみんなは、戦力強化の特訓をするって言ってたんだけど、今でもみんなは沢山頑張ってる。だけどすぐにこれ以上強くなるなんて事は………。」

 

リサ「確かにね。ここまでレベルを上げてきた結果が今日の事だから……すぐには無理だろうね。」

 

勇者たちはこれまでに満開の力を手にし、模擬戦を経て"凶攻型"を打ち倒しここまでやって来た。その結果が今日の苦戦だったのだ。

 

彩「そうだよね……。でも、それなら巫女がもっと頑張らないとだよね?あっ、だけど私たちが祈れば敵も強くなるし…。」

 

徐々に彩の顔から焦りの色が見え始める。

 

彩「リサちゃん……私はどうしたら良いんだろう?」

 

リサ「…………彩はどうしたいの?」

 

彩「私は……千聖ちゃんの…勇者たちの力になりたい。少しでもみんなが傷付かずに済むように、もっともっと力をつけて、役に立ちたい…!」

 

リサ「巫女の強化は、恐らくこの戦いにおいて一つの分岐点になると思う。アタシたちの強さが敵より勝ってれば、自然と戦況は優位になると思う。」

 

彩「…………っ!そ、それって…もし……巫女の力が少しでも弱かった場合は……。」

 

リサ「彩…弱気は禁物だよ。」

 

彩「そう…だよね……。だけど、私……あれからずっと頭に…。」

 

彩の声が震え出す。

 

リサ「え?」

 

突然彩はリサの腕を掴み、急くような声色で訴えかけた。

 

彩「リ、リサちゃん!私、強くならないと。強くなるにはどうしたらいいの!?」

 

リサ「そうは言っても、巫女の力も勇者の力と同じですぐに磨き上げる事は……。」

 

彩「………………そう、だよね……。」

 

掴んでいた手を離し、彩は俯いてしまった。それを見たリサは1つの事を提案する。

 

リサ「でも、このままだと不安だろうからアタシがやってる修行を試してみる?」

 

彩「えっ…うん!リサちゃんと同じの……是非やらせて!」

 

さっきまで暗かった彩の表情が一気に明るくなった。

 

リサ(力の増強はともかく、彩には明るく前向きでいてもらわなきゃ……。それは巫女の力よりも、勇者にとって何よりも大切で必要な事なんだから。)

 

彩「私頑張る!一生懸命修行して、神樹様と勇者たちを助けるために!」

 

 

 

 

 

次の日、大赦修練場ーー

 

ここは大赦にある巫女たちの修練場。巨大な滝があり、大赦の巫女たちは毎日滝に打たれながら祝詞を唱え修行に励んでいる場所である。そこに彩の姿があった。

 

彩(頑張らないと………頑張らないと…。)

 

冷たい滝に打たれながら、彩は精神を集中させる。すると突如辺りが静かになり、何処からか声が聞こえてくるのだった。

 

?『何をそんなに頑張るの……?』

 

彩(修行をして魂を綺麗にしないと、みんなの役に立てないから……!)

 

?『でも、そんな事で役に立てるのかな…?本当に私で大丈夫なの?』

 

彩(そ、それは……え!?)

 

段々と辺りが鮮明になっていく。そして彩の目の前に自分と同じ姿をした"何か"が立っていたのだ。声はその何かーー"丸山彩"から発せられていたのだ。

 

彩?『ちょっと考えたんだけど、私の力ってそれ程高いわけじゃ無いと思うんだ。潜在能力じゃモカちゃんには敵わないし、リサちゃんみたいに物事を深く考えるのも苦手だもんね。』

 

彩(……うん。)

 

彩?『だったら、急に修行してもあんまり意味無いんじゃないかな?』

 

彩(そんな事無いよ。ちょっとだけでも底上げ出来れば、何か良くなる筈だよ。)

 

彩?『もし、それが誰かの迷惑になったら?』

 

彩(えっ……迷惑に…?)

 

そこでもう1人の彩の声は途切れ、同時に彩の意識も途切れてしまった。

 

 

 

 

 

千聖「……ちゃん。彩………ん。……………して、彩ちゃん。」

 

彩「…………千…聖ちゃ……ん?」

 

目が覚めた彩は千聖に担がれているところだった。

 

千聖「良かった、気が付いたのね。」

 

彩「どうして、千聖ちゃんにおんぶなんて…?」

 

どうやら修練場で気を失っていたところを千聖が見つけ、運んでいるようだった。

 

千聖「良いから大人しくしてて。寮まで連れて行くから。」

 

彩「私………どうしたんだろう。」

 

千聖「水垢離の最中に気を失ってたのよ。きっと体が冷えてしまったのね。」

 

彩「あ…………。」

 

千聖「リサちゃんの修行を実践してるって聞いて様子を見に来たんだけど、良かったわ。」

 

彩「ごめんね………千聖ちゃん。」

 

千聖「謝ること無いわ。気分はどう?どこか痛みは?」

 

謝る彩に千聖は攻めるでも問い詰めるでも無く、優しい声をかけた。

 

彩「大丈夫だよ…。」

 

千聖「そう、良かった。」

 

その時、彩の内にあの言葉が蘇る。

 

 

ーーー

ーー

 

彩?『もし、それが誰かの迷惑になったら?』

 

 

ーー

ーーー

 

 

彩「っ!?」

 

千聖「彩ちゃん?」

 

彩「な、何?」

 

千聖「体調が悪い時は、水をかぶっちゃいけないわね。修行は自分のペースでしないと。」

 

彩「うん………頑張る…よ。」

 

千聖「少し眠ってなさい。」

 

そう言って千聖は眠った彩を寮まで送り届けるのだった。

 

 

 

 

彩の部屋ーー

 

ベッドに彩を寝かせた後、千聖はリンゴを彩のために剥いていた。すると彩が目を覚ます。

 

彩「ごめんね…………千聖ちゃん。」

 

千聖「良いのよ、彩ちゃん。これくらいなら私でも出来るから。」

 

彩(本当だったら、巫女である私が千聖ちゃんの世話をしないといけないのに…。)

 

彩「いつも逆にお世話してもらっちゃって…こんな事じゃダメだよね………。」

 

千聖「出来たわ。中々上手いものでしょ?寝たままで良いわ。はい。」

 

千聖は寝ている彩の口にウサギの形に切ったリンゴを運んだ。

 

彩「もぐもぐ……リンゴのウサギ…。冷たくて美味しい……。」

 

千聖「そう。調子が悪くても、出来るだけ食べないとね。」

 

リンゴを食べると、彩は段々とうとうとしていき目をつぶってしまうが、寝まいと頑張って起き続けようとしていた。

 

千聖「大丈夫よ。眠くなったらそのまま眠っても。」

 

彩「そ、そんなのダメだよ……。こんなにしてもらってるのに。」

 

千聖「良いから気にしないの。手を握っててあげるから、安心して休んで。」

 

彩「で、でも……。」

 

中々寝ようとしない彩に対し、千聖は少し昔話をするのだった。

 

千聖「……内緒なんだけど、私、小さい頃は熱を出すのが少し楽しみだったのよ。」

 

彩「え?どうして?」

 

千聖「いつもは寡黙で口数の少ないパパが……その時だけは頭を撫でたり手を握っててくれて…心配してくれてるんだって、実感できたの。今思うと、何だか恥ずかしいんだけれど。硬くてゴツゴツとした職人の手。だけど、とっても優しくて温かい手……。それが、凄く安心できたの。」

 

彩「千聖ちゃんの手も、いつも私を凄く安心させてくれる………いつだって。」

 

千聖「でも、彩ちゃんは申し訳なく思ってるんでしょ?」

 

彩「うん……でも、それは私が不甲斐なくて……情けないせいで…。」

 

千聖「具合が悪いと、誰だってそう思ってしまうものよ。でもね、"そんな事もある"って、大きな手でリンゴを剥きながらパパは言ってくれたわ。」

 

彩「このウサギのリンゴはお父さんから?」

 

千聖「そう。それが私なんかよりもずっと上手でね。やっぱりパパは凄いって思ったものよ。」

 

彩「千聖ちゃんだって……とっても凄い…よ。誰よりもずっと……だから私…。千聖ちゃんの力にもっとなれるように…早く強くならなくちゃ………。」

 

千聖「私も熱を出した時は、迷惑をかけたと感じて謝ってたわ。だけど、パパは黙ってそんな私を抱きしめてくれたわ。お互い照れ臭くて、顔も目も見れないのに体温だけが妙に心地良くて………本当にまいったわ。」

 

彩「ふふっ。お父さんには会った事ないけど、なんだか目に浮かぶ気がするよ。」

 

千聖「パパがした事はたったそれだけなのに、私にとってはそれが物凄い活力になった。パパにとっても、私が生きて元気でいる事がきっとエネルギーその物だったのかもしれないわね。」

 

彩「エネルギーその物……。」

 

 

〜♪

 

 

そんな話をしている最中、また樹海化警報が鳴り響き、彩の表情が一気に緊張してしまう。

 

千聖「連日の戦闘ね……。彩ちゃんはここで休んでて。約束よ。」

 

そう言いながら、千聖は彩に小指を差し出した。

 

彩「千聖ちゃん……。」

 

千聖「また起きて倒れたら、今度はいくら彩ちゃんでも容赦無く雷を落とすわ。じゃあ、行ってくるわね。」

 

彩「気を付けて………。」

 

彩も小指を出し、2人は指切りを交わし千聖は戦いへと赴くのだった。

 

彩「千聖ちゃんにもそんな頃が……。お父さんにとっての千聖ちゃん…。」

 

 

 

 

 

樹海ーー

 

つぐみ「案の定、畳み掛けるような連戦だね。このままなら安心だよ。」

 

安堵するつぐみとは正反対に赤嶺は慌てていた。

 

赤嶺「なんで!?このままどんどん来られたら、押し負けちゃうよ!」

 

美咲「いや、時間を空けずに来たのはここで私たちを仕留めたいって焦りの現れだよ。」

 

中たえ「そうだね。つまり現状、敵にはこれ以上激しい戦略や隠し球が無いってこと。」

 

あこ「それなら、この戦闘で敵を一気に片付ければ決着がつくんだね!」

 

それを聞いた勇者たちの士気が一気に上がり始める。

 

友希那「みんな、行くわよ!!」

 

勇者たち「「「おーー!!!」」」

 

 

 

 

 

 

彩の部屋ーー

 

一方、彩は夢の中で再び自分の幻影に会っていた。

 

彩?『私が成長していないせいで、みんなが負けちゃったらどうしよう………。誰かが怪我でもしたら私は…。』

 

彩(大丈夫……きっと大丈夫…。あの暗いビジョンは、私の弱さが見せた幻なんだから…。)

 

彩?『どうしてそんな事が言えるの?何の根拠があるの?どんな自信があるの?』

 

彩(私には無いよ…何も無い………だけどね、千聖ちゃんの手………私を撫でてくれるあの手……何度もマメを作っちゃって硬くなった手が言ってた。絶対負けたりしないって。だから信じてって。だから私は信じる。信じられるんだ。私なんかに出来る事は、千聖ちゃんを……これまで頑張り続けてきたみんなの歩いてきた道を信じて、一生懸命祈り続ける事。迷ったり悩んだりする事も大切だけど、それが祈りの邪魔になったら意味ないと思うから。)

 

絶対帰る。大切な人がそう言ってくれたから。自分の力をまだ信じる事は出来ない。だけど、大切な人が言ったその言葉は信じられる。だから彩は信じてただ祈り続ける。

 

すると幻影の彩の様子に変化が現れた。

 

彩?『あぁ……本当だね。本当にそうだ。私、どうしてこんなに焦っちゃったんだろう……?』

 

さっきまでそこにいた暗く哀しい顔をした彩は居らず、代わりに目に光を宿し、明るく微笑む彩が立っていた。

 

彩(それは…多分私が自分を他の人と比べちゃったから。でも、それをさせてくれて……ありがとう。)

 

彩?『え?あなたをいっぱい悩ませちゃった私にどうしてお礼なんて?』

 

彩(あなたと向き合えなかったら、私はいつまでもみんなに迷惑かけてばっかりだったから。)

 

彩?『そっか。私も、あなたの心に私みたいな気持ちがあるんだって、知ってもらえて良かったよ。』

 

彩(自分のやり方、考え方じゃないと、私の力は出せない。千聖ちゃんが私にしてくれるように……私のやり方で。)

 

彩?『うん………そうだね。』

 

そうしてもう1人の彩の幻影は消えていった。そして彩の意識もそこで途切れしまうーー

 

 

 

 

 

 

 

彩の部屋ーー

 

千聖「………ちゃ…ん。彩…………ちゃ…ん。」

 

日菜「彩ちゃん、しっかりしてーー!!」

 

彩「はぅあ!?」

 

日菜の声に驚き、彩は言葉にならない声を上げ起き上がった。

 

イヴ「氷河テメー声がデカすぎんだ!!病人の耳元で何してんだよ!」

 

花音「ふえぇ〜、良かったよ彩ちゃん!!寝てる顔が安らか過ぎるから心配しちゃったよぉ!」

 

千聖「お早う、具合はどう?」

 

熱も下がり、体調はすっかり良くなっていた。

 

彩「うん、良くなったよ。それで、私少し考えたんだけど……。私に出来る事はやっぱり、祈る事。みんなを信じて…信じて。信じる事なんだって。」

 

千聖「そう……ふふっ。彩ちゃんにそう思ってもらえれば、私はどんな敵にも絶対負けないわ。」

 

イヴ「まぁ、巫女って奴はよ、どっしり構えてっから心強いんだが、丸山にはそのまんまいてほしいもんだぜ。」

 

イヴ「彩さんは私たちみんなの天使なんですから。」

 

日菜「さて、彩ちゃん。少しは食べれそう?私たち防人特製の出汁粥の準備が出来てるよ!」

 

彩「ありがとう、日菜ちゃん。実は……お腹ペコペコなんだ♪」

 

千聖「沢山食べて、早く元気になってね。そうすればきっと、思うように修行も出来るから。」

 

彩「うん!千聖ちゃん、これからもお父さんみたいに私を優しく見守っててね。」

 

千聖「………勿論よ。」

 

そう言って、千聖は彩を抱きしめた。

 

彩「………温ったかい…。それにとても安心する…。」

 

千聖「彩ちゃんは、貴重な安らぎをくれる巫女。あなたこそ、私たちの大切なエネルギーよ。だから……。」

 

彩「うん、もう絶対に無理はしない。みんなの為に元気でいるって約束する。」

 

彩(焦らずに……それでも頑張る。私もやっと、みんなの気持ちに追いつけた気がするな…。丸山彩。防人の巫女として、これからもきっと成長していくよ。だから見守っててね、千聖ちゃん……。)

 

 



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思い出のアルバム〜部長を支えるのは〜

りみは悩んでいた。姉であり、大所帯の勇者部をまとめる部長でもあるゆりは毎日忙しなくしているという事に。

そんなりみを見た有咲は、りみの為に一肌脱ぐのだった。




 

勇者部部室--

 

りみ「う〜ん………。」

 

スマホと睨めっこをしながら唸っているのはりみ。何やら真剣な表情で調べ物をしている。そこへ有咲がやって来た。

 

有咲「何やってるんだ、りみ?」

 

りみ「あ、有咲ちゃん。……内緒。」

 

有咲「何でだ?……どうせゆりの事だろ?」

 

どうやら図星らしく、りみは急に慌て出した。

 

りみ「ど、どうして分かったの!?」

 

有咲「勘だ。言ってみるもんだな。」

 

りみ「あっ………。」

 

有咲「で、何をしてたんだ?」

 

りみ「それは…………薫さんとの友好度について調べてたんだ。」

 

有咲「ふーん…………はぁ!?何でそんな事急に?」

 

りみ「お姉ちゃんは勇者部の全員と満遍なく仲が良いでしょ?部長って立場もあるけど。だけど、お姉ちゃんにも香澄ちゃんと沙綾ちゃんみたいな親友がいた方が良いなって思ったんだ。私は妹だけど未熟だし……出来たら同年代でお姉ちゃんを支えてくれる人が欲しいなって。」

 

有咲「だからって、どうしてピンポイントで薫なんだ?3年生なら他にもいるだろ?」

 

そう言った有咲は頭の中で他の3年生を思い浮かべた。紗夜、日菜、六花……。

 

有咲「あー……ゆりがテンパる様子しか想像出来ねー…。」

 

りみ「………だから薫さんがお姉ちゃんの親友として、部長補佐になってくれたら…。お姉ちゃんだって、みんなに言えない気持ちや私に見せたくない弱さだってある筈だし…。」

 

有咲「りみ………。」

 

りみ「って思ってみたんだけど、どうやってそんな関係になったらいいか分からないから調べてたんだ。」

 

そんなりみの言葉に何かを思ったのか、有咲は机を叩き、りみに近付いた。

 

りみ「有咲ちゃん!?」

 

有咲「りみの気持ちは良く分かった!でも、一つ言わせて欲しい。歳なんか関係ない!」

 

りみ「え?」

 

有咲「ゆり………いや、勇者部部長補佐ならこの完成型勇者に任せろ!」

 

りみ「有咲ちゃんに?」

 

有咲「ああ!他ならぬりみの頼みだ。しょーがねーから、私が大親友になってやる!」

 

りみ「え……でも……。有咲ちゃん、お姉ちゃんの事好きなの?」

 

有咲「ああ!」

 

りみ「えっ!?」

 

有咲「ええっ!?あっ!いやっ、ちょまっ……!す、好きなんかじゃねーー!!」

 

りみ「嫌いなの?」

 

有咲「いやっ、じゃなくて……っうわああああ!兎に角私に任せておけーーーー!!」

 

そう言い残し、有咲は部室を飛び出していくのだった。

 

 

---

 

 

樹海--

 

ゆり「前衛は中央を開けて左右に展開!後衛は"爆発型"に一斉攻撃!」

 

中沙綾「分かりました!」

 

沙綾達後衛の一斉射撃により、"爆発型"は爆発四散。その爆発の余波に他のバーテックスが巻き込まれ道が開く。

 

友希那「今のうちに斬り込むわよ!!」

 

夏希「了解です!!」

 

開かれた道から友希那達前衛が"超大型"目掛けて突っ込む。しかし、"爆発型"の爆発で吹き飛ばされた星屑達が、勇者達の射線上から外れ、外側からゆり目掛けて突っ込んできたのだ。

 

美咲「ゆりさん!狙われてます!」

 

ゆり「しまっ……!」

 

薫「させない!」

 

しかし、寸前のところで薫が間に入り星屑をヌンチャクで吹き飛ばした。

 

ゆり「ありがとう薫。危ないところだった。」

 

薫「安心して指揮を続けてくれ。ゆりの背中は私が守る。」

 

ゆり「あ……う、うん。ありがとう…。」

 

そこへ有咲もやって来る。

 

有咲「待って!」

 

ゆり「有咲ちゃん?」

 

有咲「だったら、私はゆりのお腹を守る!」

 

ゆり「お腹って……。」

 

 

--

 

 

樹海、ゆり達から少し離れた所--

 

あこ「薫達は何やってるんだろう?」

 

紗夜「分かりません。市ヶ谷さんと瀬田さんがゆりさんにくっついてるように見えますが…。」

 

りみ「はぁ……なんだかおかしな方向に進んでる気がするなぁ…。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

戦闘が終わっても勇者部は忙しなく動いている。ここ最近は依頼が沢山あったり、色々と立て込んでいるのだ。

 

中沙綾「ゆり先輩。先日来ていた問い合わせの件はどうしましょう?」

 

ゆり「そうだった。私がやっておくよ。」

 

リサ「ゆりさん、大赦が先月の会計報告を提出してくれって言ってきてます。」

 

ゆり「あ〜忘れてた。後でメールしておくよ。」

 

有咲「…………………。」

 

モカ「ゆりさーん、蘭の野菜は何処に置いておけば良いですか?」

 

ゆり「おっと、家庭科室の冷蔵庫いっぱいだったね。ちょっと待って、今考えるから。」

 

彩「ゆりさん、あこちゃんのつまみ食いで今日のおやつが足りないんです。どうしたら……。」

 

この様に、ゆりは何かとみんなから相談される事が多く、常に忙しく駆け回っている。

 

有咲「……………ちょっとなぁ!」

 

薫「ゆり、何か手伝おう。」

 

有咲「…あっ。」

 

ゆり「ん?あー……うん、ありがとう。でも一人の方が早いから大丈夫。」

 

薫「そうかい…。」

 

ゆり「ごめん、ちょっと職員室行ってくるね。予定表のコピーを提出しておかないと。」

 

有咲「…………くっ。」

 

ゆりが部室を出た直後に、有咲もその後を追って部室を飛び出したのだった。

 

 

---

 

 

廊下--

 

有咲「ちょっと待って!」

 

ゆり「どうしたの?ちょっと忙しいから出来れば後にして欲しいんだけど。」

 

有咲「そんなに忙しいんなら、何で手伝いを断るんだよ。全部一人でやるような事じゃないだろ?」

 

ゆり「そうだけど、今日は朝から戦闘もあったし、みんな疲れてるでしょ?」

 

有咲「それはゆりだって同じだろ。そんなだからりみが……。」

 

思わず有咲は口を滑らせてしまう。

 

ゆり「え?りみがどうかしたの?」

 

有咲「あっ……いや、何でもない。」

 

ゆり「りみに何かあったの!?有咲ちゃん、話して!」

 

有咲「うわぁ!?……り、りみがゆりの為に補佐役を探してるんだよ。」

 

ゆり「補佐?どうして?」

 

有咲「部長だからって、何でも一人で背負い過ぎなんだよ。りみが心配してたんだ。3年で、周りは歳下ばっかりだから同年代が良いって……。りみのオススメは薫だってさ。薫にゆりの親友になって欲しいんだと。」

 

ゆり「親友?」

 

有咲「考えてみれば、ゆりは無駄に忙しいから補佐役は必要だよな。なのに、黙って見てれば、折角手伝うって言うのを断るって、何なんだよ!」

 

ゆり「何なのって言われても……。」

 

有咲は気付いていた。ゆりが明らかに他所優しい事に。特に薫の事に関すると、それが顕著に現れている。

 

有咲「もしかして、ワザと避けてるのか?特に薫に関して。」

 

ゆり「え……。」

 

有咲「一定以上に仲良くなる事、無意識に避けてるだろ。」

 

ゆり「………………。」

 

ゆりは黙ってしまう。どうやら図星のようだった。

 

有咲「りみも心配してる。な、なれば良いんじゃねーか?薫と親友にさ。」

 

それとなく促す有咲だったが、ゆりは小さく首を横に振るのだった。

 

ゆり「…………嫌だよ。」

 

有咲「え?」

 

ゆり「………………西暦の人でしょ。」

 

有咲「…………ぁ。」

 

その言葉には悲しみが詰まっていた。

 

 

---

 

 

花咲川中学、屋上--

 

有咲「馬鹿野郎!!」

 

ゆり「わざわざ大声で怒る為に屋上に来るなんて……。」

 

有咲「西暦の人間だからって友達になれないって何だよ!?ゆりがそんな狭い了見だったのにはがっかりだ!!」

 

ゆり「有咲ちゃんに私の考えなんて分からないでしょ!」

 

有咲「そんな事ぐらい分かる!!いつか来る別れが怖いんだろ!?」

 

ゆり「…………っ。」

 

有咲「いくら仲良くなっても、西暦の勇者達は元いた時代に必ず帰っていく。だからって、仲良くなるのを我慢するとか……ワザと距離を取るなんて、そんなの………そんなのただ逃げてるだけだろ!臆病者!!」

 

ゆり「…………それは認めるよ。自分が弱い事はあの時から知ってるから……。だけど、失う事で傷付く事は……もう、嫌なんだよ。」

 

有咲「そんなの分かってる!だけど……だからこそ支えが必要なんだろ!?孤独を気取って最後まで踏ん張れるつもりか?誰もそんな事ゆりに望んでない!」

 

ゆり「……………。」

 

有咲「一人上等だった私を勇者部に巻き込んだくせにゆりが…………ゆりが仲間を拒むなよ!!」

 

掴みかかり、叫ぶ有咲の目には涙が溜まっていた。元々有咲は一人だった。勇者部に入った事だって、大赦からの指示で、自分の意思じゃなかった。

 

御役目を通してゆり達と触れ合って、仲間と思える存在を有咲は生まれて初めて手に入れる事が出来た。だから有咲は誰よりも知っている。一人で生きるより誰かと手を取り合って、助け合って生きていく事の大切さを。

 

ゆり「有咲ちゃん……泣いて…。」

 

有咲「泣いてない!これは……花粉症!完成型花粉症だ!」

 

ゆり「はい……ハンカチ。」

 

有咲「……そんなに言うなら使ってやるよ。」

 

ゆり「ははっ……確かに情けないや。臆病風に吹かれて人と向き合わないのは、誠実な態度とは言えないしね。」

 

有咲「あんたは勇者部のトップなんだから……。」

 

ゆり「……じゃあ、有咲ちゃんは…さ……。私が薫ともっと親密になって守ってもらった方が良いと思う?」

 

有咲「え……それは………。」

 

ゆり「りみだけじゃなくて、有咲ちゃんもそう思ってるならきっと、その方が良いんだろうね……。」

 

有咲「薫は……悪い人じゃないし、ゆりの事……多分嫌いじゃないし……だから…。」

 

ゆり「………そっか。じゃあ、これからは遠慮無く、薫には私の背中を守ってもらおうかな。」

 

有咲「…………好きにすればいいだろ。」

 

ゆり「だから……お腹の方は宜しくね、有咲ちゃん。」

 

有咲「ああ、任せろ……って、ちょまっ!?それどう言う意味だよ!?」

 

ゆり「だって、樹海でお腹担当に立候補したじゃん。」

 

有咲「そ、それは……その場の勢いって言うか……。」

 

ゆり「あははっ!そうそう、有咲ちゃんはそうでなくっちゃ。変にシリアスだと調子狂っちゃうから。」

 

有咲「く、くぁあ〜〜〜!!ああ、そうだよ!どうせ私はゆりの事が大好きだよ悪いか!?」

 

ゆり「えっ……ちょっ……え!?」

 

有咲「うぇっ!?わ、私今何て言った!?ち、違う違う!買い言葉でつい……!」

 

ゆり「なにこれなにこれおかしいって!?有咲ちゃん完成型でしょ!なんとかしてよーーー!!」

 

有咲「し、知らねーーーー!今日の記憶まるまる消滅しろーーー!!」

 

真昼の花咲川中学、2人の狂乱する叫び声が校内に響き渡ったのだった。

 



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思い出のアルバム〜思い出の味〜

ゆゆゆのゲームアプリのサービス終了が決まりましたね………。5年も続いたのは大成功と言っても過言じゃ無いですよね。

最期の思い出として2話、書き残して終わりにしたいと思います。


 

 

大赦ーー

 

大赦神官「こういう案件が民間企業から上がって参りまして、協議を重ねた結果…………勇者様方にどうかと。」

 

大赦神官「内容を見る限り、これは勇者様の精神に負担をかける恐れも………しかし、我々としてはその…。」

 

神妙な言葉遣いで、神官たちが話し始める。手に持っているのは数枚の資料。渡された資料をたえとリサはじっと読み進めていった。

 

リサ「何?はっきり言って良いよ。アタシとたえに打診する理由をね。」

 

大赦神官「皆様が記憶を残す手がかりを探している事は承知しております。ですが………。」

 

中たえ「ですが、何?良いよ、言葉を選ばなくて。」

 

大赦神官「ですが、手がかりが見つからず、ここで過ごしてきた記憶が消えてしまうとなったら………問答無用で全てを取り上げられてしまうのは、余りにも理不尽なのではないかと………。」

 

記憶を持ち帰えれる可能性は見つかった。だが、それが成功するかは分からない。ここで過ごしてきた思い出が全て無くなってしまうのを、大赦神官たちも理不尽な事だと思っていたのである。

 

大赦神官「元の世界では勇者様方の姿を見る事の無かった我々が、今は度々生身の勇者様方のお姿を拝見させて頂いており………それ故、無に帰す事に対し、見ぬ振りを通すのは……………心が痛むのです。申し訳ありません。」

 

大赦神官「ですから、我らのみで論決するのではなく、此度は御二方に判断を仰ごうと相成りました。」

 

2人は顔を見合わせ、一つの結論を下した。

 

 

 

 

 

 

勇者部部室ーー

 

リサは部室に全員を集合させる。総勢27人が集まると、部室はすし詰め状態である。

 

リサ「集まってくれてありがとう。実は、勇者部に大きな依頼が来たんだ。」

 

あこ「大きな依頼?何なの、リサ姉。」

 

中たえ「詳しくは後で言うんだけど、依頼は大赦からなんだ。」

 

千聖「これはまた意外な所からね。」

 

リサ「で、ここからなんだけど、大赦が今回の依頼の前御礼って事で食事会を開いてくれるんだって。」

 

夏希・あこ「「食事会!?」」

 

2人の目が突如として輝いた。

 

香澄「ですけど、それならメールとかで伝えれば良かったんじゃないですか?」

 

リサ「そうなんだけど、そこでアタシは考えたんだ。食事会の料理は私たちが作ろうってね。」

 

中たえ「今まで私たちは勇者部として色んな人の役に立ってきたけど、大赦の人たちにはあんまり出来てないなって。」

 

りみ「それ良いですね!」

 

みんなが賛成する中、彩が一つの案を出す。

 

彩「私も賛成!だったら、いつものご飯はどうかな?」

 

千聖「いつものって、私たちが毎日食べてるような食事って事かしら?」

 

彩「私ね、普段みんなが作る料理が大好きなんだ!」

 

美咲「けど、華やかさには少し欠けちゃいますよ?」

 

彩「ずっと大赦にいた私にとって、ここでの普段のご飯がキラキラドキドキの思い出が詰まった特別な味なんだ。だから、アルバムみたいに思い出の味を楽しみながら昔を振り返るのも楽しいんじゃないかなって。」

 

紗夜・イヴ「「思い出の味………。」」

 

中たえ「彩さん………賛成です。」

 

リサ「アタシも。記憶の中にあるみんなの味を共有出来るのって楽しそうだし。」

 

蘭「なら決まりだね。その食事会では私たちが各自の思い出の味を振る舞うって事で。」

 

そして数日後、大赦にて各々の思い出の味がみんなに、そして大赦神官たちに振る舞われる事となったのだった。

 

 

 

 

 

大赦大広間ーー

 

小沙綾「それでは、以前に決めた通り、今日の料理は各自がこれだと思って作った思い出の逸品になります。」

 

中沙綾「それらを順番に味わいながら、どんな感慨が込められているかを聞いていきたいと思います。」

 

小たえ「あ、因みに大赦の神官さんたちは別室で食べてもらう事になってます。」

 

一番初めに机に並べられたのは骨つき鶏の"ひな"と"おや"。これを作ったのは友希那とあこだ。

 

あこ「"ひな"と"おや"の違いに注目してみんな味わってね!」

 

いただきますの掛け声と共に、みんなが一斉に骨つき鶏に齧り付く。

 

美咲「モグモグ…………うわっ!ひなの方凄くジューシーだ!」

 

薫「おやも美味しいね。歯ごたえがあって、噛めば噛むほどに儚い味が広がっていくよ…。友希那たちはどうしてこの料理を?」

 

友希那「元の時代で、私の不甲斐なさでみんなを傷付けてしまった事があったの。そして仲間との連携を深める為に、あことコスプレショップに行ったのよ。」

 

あこ「うんうん!その帰りに友希那さんと一緒に食べたのがこの骨つき鶏だったんだ!食事って凄いよね!うどんでも骨つき鶏でも、一緒に食べると一緒に楽しくなれるんだから。」

 

友希那「一緒に食事をする事で深まる絆もある。私はそれを学んだわ。」

 

千聖「確かに2人の言う通りね。同じ釜の飯を……なんて言葉もあるくらいだもの。」

 

みんなが骨つき鶏を食べ終わり、次に出てきた料理はおにぎり。これを作ったのは高嶋だった。

 

高嶋「次は私!ちょっと恥ずかしいけど、頑張って作ったんだ。」

 

出てきたおにぎりには、海苔でそれぞれの顔と名前がくっ付けられていた。

 

りみ「めっちゃカワイイ♪」

 

高嶋「私ね、幼稚園の頃、どうしてなのかお弁当のおかずばっかり食べて、ご飯は残しちゃってたんだ。そしたらお母さんが、小さなおにぎりをこうやって可愛く作って持たせてくれて……。それからは楽しく一回も残さないでお弁当を食べられたんだ。」

 

つぐみ「お母さんはちゃんと食べてもらえるように、一生懸命努力したんだね。」

 

高嶋「この世界に来てから、自分でもお弁当を作る機会あると頑張って作ろうとしたんだけど、海苔で文字を作るのって本当に大変でね、作る度に"お母さん、ありがとう"って思うんだ。」

 

そう話している中、紗夜の様子がおかしい事に何人かが気が付く。

 

紗夜「は…はぁぁ………あぁぁぁぁっ……。」

 

身を捩りながら悶える紗夜。おにぎりをよく見ると、そこには"紗夜ちゃん♡"の文字が海苔で作られていた。

 

紗夜「あぁぁぁぁっ〜〜〜た、食べられません……勿体無くてとても!!」

 

六花「そこは食べましょうよ……。」

 

高嶋「あははっ♪」

 

 

 

 

 

 

蘭「次の料理は………うん、カレーの良い匂い。これは燐子さんですか?」

 

次に出された料理は燐子が作ったカレー。だがライスは付いてなく、ルーのみのカレーだった。

 

日菜「ライスが無いね?」

 

燐子「はい…私の思い出のカレーには、ライスもパンも無いんです…。私はあこちゃんとこれまで何度もキャンプに行きました……。今は慣れたんですけど、初めの頃は気持ちが昂って…教えてくれた事も上手く出来なくて失敗ばかりしてたんです……。そんなある時、飯盒でご飯を炊く事を任されたんですが…火加減を間違えて焦がしてしまったんです。」

 

日菜「それじゃ、あこちゃん怒っちゃうよ。」

 

燐子「そう思いました…。だけど、あこちゃんは少しも慌てずに…カレーシチューが出来てるから一緒に食べよって……笑顔で言ってくれたんです。私はそれまで入院生活が長くて外で食べるご飯の美味しさなんて知りませんでした…。勿論失敗した時の起点の利かせ方なんかもです……。だから、その時のあこちゃんの優しさと頼もしさが凄く印象に残ったんです……。」

 

あこ「むふふー。でしょでしょ!あこカッコいいでしょ?」

 

燐子「うん……あこちゃんは私のヒーロー。また、私をキャンプに連れてってね……。」

 

アツアツのシチュエーションの中、次に料理を出したのはリサだった。

 

リサ「次はアタシの番だよ。さ、みんな食べて食べて。」

 

目の前に運ばれたのは質素なお粥。リサにしては意外な料理だった。

 

モカ「これはお粥…ですよね…。」

 

一口食べると、塩味が口の中に一気に広がり、水分が欲しくなる程だった。

 

六花「これは…その……少ししょっぱいですね…。」

 

巫女たちの評価はイマイチだったのだが、

 

千聖「そう?私には丁度良いわよ。」

 

有咲「そうだな。白粥だから見た目は地味だけど、味はしっかりしてる。」

 

勇者たちにとっては丁度良い塩加減で美味しいとの声が沢山上がったのだ。そして友希那はある事に気が付くのだった。

 

友希那「このお粥は……リサ…。」

 

リサ「そう。このお粥は、アタシが友希那のお婆ちゃんから教えてもらった料理なんだ。友希那は小さい頃からお婆ちゃんに朝から晩まで鍛錬をつけられてたんだ。」

 

友希那「思い出すわね……その頃は体力も無くて、夜にはフラフラでそのまま床に倒れ込んでしまった事ばかりだったわ。」

 

リサ「そんな時、固形物なんか喉を通らないし、かと言って何も食べないのもダメだからって……アタシが狼狽えてたらお婆ちゃんがこのお粥を持ってきてくれたんだ。」

 

友希那「大量に汗をかいた身体に染み渡る塩分と水分。そして後から感じるお米の甘み………懐かしいわ。思えば、あんなに小さい頃からリサは私を気遣ってくれたのよね。」

 

つまり、運動をあまりしない巫女たちにとっては塩辛く感じてしまうお粥だが、勇者たちにとってはこの上ない栄養食だったのである。

 

中沙綾「愛情が深すぎる……。」

 

紗夜「とても私には真似出来ないわ。」

 

友希那「久しぶりにこれを食べて思い出したわ、リサ。今の私がいるのはあなたのお陰よ。ありがとう。」

 

リサ「気にしないで。友希那が元気なら、それだけでアタシは幸せなんだから。」

 

ゆり「はぁ………今日は何回ご馳走様って言わなきゃいけないんだろうね…。」

 

 

 

 

 

 

香澄「次の料理は誰ですか!?お粥のお陰でお腹も絶好調!」

 

紗夜「次は私です。」

 

そう言って準備が出来た紗夜が出した料理は野菜サラダだった。

 

蘭「うん、良い野菜ですね。」

 

紗夜「正直に言って……私は家庭の味なんて知りませんし、思い出の味もありません。ですから、記憶にある味だという事ならカップうどんでも出そうかと思っていました。私にはそれが口にした事のある味の全てでした。簡単に作れますし、美味しいですし………。ですが、初めてこのサラダを前にした時、ふと湧いた感情が忘れられないんです。あれは、2年生が林間学校へ行ってしまった時の事でした。」

 

 

ーーー

ーー

 

 

牛込宅、リビング--

 

紗夜「こ、これは…。」

 

ゆり「お腹が減っては笑顔になれぬ!さ、いっぱい食べてね!」

 

紗夜「料理上手なのは知っていましたが、これは……凄いですね。」

 

りみ「いくらなんでもこれは作りすぎだよ、お姉ちゃん。私も紗夜さんも少食なのに。」

 

ゆり「私が食べるから大丈夫!紗夜ちゃん、手は洗った?」

 

紗夜「え、ええ…。」

 

ゆり「なら、オッケー!冷めないうちに食べてね。」

 

 

 

 

りみ「あ、紗夜さん。ドレッシング取ってもらえますか?」

 

紗夜「はい、どうぞ…。」

 

ゆり「口に合うかな?」

 

紗夜「ええ……美味しいです。………家族の食卓って、こんな感じなんですね。騒々しいですが………なんだか楽しいです。」

 

 

 

 

紗夜「いつか……高嶋さんとも……こんな感じになれたら…良いですね…。」

 

ゆり「またいつでも来てね。今度は高嶋ちゃんと一緒に。」

 

紗夜「………ええ、是非。フフッ。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

紗夜「こんな何気ないやりとりが家庭の食卓で、家庭のご飯で………そう漠然と思いました。知らない事なのに、妙に納得してしまったんです。だってそれが、とても心地良かったから。その時は他に色々な料理をいただいたのですが、私が作れるのはこの野菜サラダくらいでした。皆さんには申し訳ないですが、これが私の初めて知った温かい食事だったんです。」

 

美咲「そんな素敵な事があったんですね、林間学校の裏で。こっちはある人のお陰で大変でしたけど。」

 

香澄たちが一斉に沙綾の方を見る。

 

中沙綾「えっ………はい…。」

 

蘭「はいはい、今度は私の番。私の思い出の味はこの辛味蕎麦だよ。」

 

そう言って提供されたのはいつものざる蕎麦に大根おろしが薬味としてトッピングされた蕎麦だった。

 

小たえ「大根おろしと一緒に食べるんですね……モグモグ……っ!?辛〜〜〜〜い!!」

 

花音「ふえぇぇ〜!!鼻にツーンと来るよぉ!」

 

蘭「私も小さい時はそう思ったよ。この辛味蕎麦は両親の好物だったんだ。小さい頃に食べた時は辛すぎてダメだったんだけど……今こうして自分で蕎麦を作ると、なんだかこの味が美味しく感じるんだ。それだけ大人になった、遠くに来たって証拠なんだろうね。」

 

リサ「うん………美味しいよ、蘭。家族団欒の風景が浮かんでくるよ。」

 

蘭「これで私の話は終わり。蕎麦は時間が命だからね。モカにバトンタッチするよ。」

 

モカ「ほいほーい。私はねー、諏訪の名物のくるみ餅だよ。学校帰りのおやつにお婆ちゃんがよく出してくれたんだ。」

 

出されたのはくるみで作った餡がたっぷりかかったお餅。

 

蘭「畑仕事してた時とかにも色んな人が作ってくれたっけ。」

 

モカ「そう。だからこれは私と蘭との思い出の味でもあるんだ。沙綾が自分でチョココロネ作ってるのを見て、私も自分で作って見たいなって思ってたんだけど、割と上手く出来た割にはなーんか味が違うなーって気がして。」

 

燐子「そうなんですか…?充分美味しいですけど…。」

 

モカ「うーん……作り方はお婆ちゃんに教えてもらった通りなんだけどなぁ。」

 

モカが悩んでいると、沙綾が声をかけた。

 

中沙綾「それはね……。」

 

紗夜「何か気が付いたのですか?」

 

中沙綾「ふふっ、後で教えますね。」

 

何やら含んだ笑顔を見せる沙綾。そうこうしている内に、美咲の番が回ってくる。

 

美咲「次は私だね。」

 

日菜「何これ?」

 

イヴ「これは……豚肉に赤みがかったソースがかかってますね。」

 

美咲「これはね、チャップだよ。」

 

香澄・高嶋「「勇者ぁーーーー……。」」

 

赤嶺「それはチョップね。」

 

彩「うーん、とっても良い匂いがするよ。これにはどんな思い出があるの?」

 

美咲「ある日、お父さんが突然これを作って出してきたんだ。普段料理なんてしないのに。理由を聞いたら、居酒屋で食べたのが美味しかったから作ってみたんだって。それで初めての手料理として出したんだよ。」

 

ゆり「モグモグ……この味付けは…ケチャップと……なんだろう。この甘辛いタレはどこかで……。」

 

美咲「これ焼き鳥のタレなんですよ。笑っちゃいますよね。だけどこれが意外にハマりまして。それから毎週日曜になると、毎回チャップ作ってって、ねだったんです。」

 

美咲の気持ちは他のみんなが分かるようだった。あれだけ料理を食べたのにも関わらず、みんなの手は止まることなくチャップを食べ続けていたのだから。

 

あこ「本当にこれ美味しいよ!」

 

美咲「だよね。だけど、肉を炒めてケチャップとタレを絡めただけのこんな簡単な料理を………良く手料理って言えたものですよ。なのに……モグモグ………やっぱ美味しいや。」

 

食べている美咲の目から、一粒の涙がこぼれた。

 

美咲「最後にこれ食べたのはいつの日曜日だったっけ……。あの化け物が来たのは何曜日だったっけか……。1人になりたい時に、よくこれを作っては食べてた。簡単に作れちゃうのって問題ですよね………いつでも思い出せちゃうんだから。」

 

有咲「簡単なのに問題って……訳が解んねーよ。モグモグ……訳解んねーのに…美味しい。」

 

六花「本当に美味しいです。良いお父さんだったんですね。」

 

美咲「バカですね……私の感傷に付き合うことなんてないのに……冷めないうちに食べてくださいね。」

 

次に薫の番となり、薫はガサゴソと大きな袋を取り出し、中から大量の植物の茎を取り出してみんなに手渡した。

 

薫「私からはこのサトウキビを。儚い甘さを是非ご堪能あれ。」

 

皮を歯で剥き、茎をしゃぶって甘い汁を啜る光景は、さっきの感動シーンとは真逆の滑稽さを若干醸し出していた。

 

ゆり「ぐぎぎぎ………甘い。これが薫の思い出の味?」

 

薫「ああ。それと紅芋が私のおやつだったのさ。」

 

有咲「ならせめて芋の方を出してくれよ……。」

 

薫「大きなサトウキビ畑でこころとはぐみと遊び、時には畑仕事を手伝ってね。そのお礼にサトウキビをよくいただいたものさ。そして甘さに飽きてしまったら海で魚を取る毎日………。この世界でも、波の音を聞けばあの海を思い出し、目を閉じれば瞼にあの光景が浮かぶのさ…。」

 

ゆり「沖縄かぁ……良い所なんだろうなぁ。」

 

薫「あぁ。とても良い所さ。」

 

赤嶺「わ、私も沖縄由来の物を作ってみました!つぐちんとロックに手伝ってもらってだけど……。」

 

六花「最初は何がしたいのかさっぱりでしたけど…。」

 

つぐみ「"何でもとにかくいっぱい"だけじゃ分からなかったですしね。」

 

そう言われながら出された物は、具がたっぷり入ったお味噌汁だった。

 

赤嶺「沖縄のお味噌汁ってこんな感じなんだ。だから初めてこっちのを見た時は、みんなお腹空かないのかなって思っちゃったくらいだよ。お姉様もそうですよね?」

 

薫「確かに……だが、今はゆりが作ってくれた味噌汁が一番好きさ。」

 

ゆり「毎回ワカメ持って来るからよ。全く……。」

 

紗夜「はい、ご馳走様です。」

 

 

 

 

 

 

つぐみ「私とした事がまさかの失態でした……。」

 

出した料理は具無しのお粥。リサのものと全く同じだったからである。しかも味も同じく塩味が強いものだった。

 

つぐみ「本当だったらこのまま下げるのが妥当なんだけど、少し昔話をするね…。これは私が鏑矢として訓練してた時、香澄ちゃんと一緒に毎日絶え間ない特訓をしてたんだ。とある教官のもとで。」

 

赤嶺「覚えてるよ。つぐちんは一日のノルマをクリアしても、もっともっとと食い下がった。」

 

六花「そんなだから、教官もこれでもかってくらいつぐみさんを指導してました。」

 

つぐみ「その訓練はとても過酷で、終われば床に倒れて動けなくなる程に。無力感で打ちひしがれてたそんな時だった。教官がこのお粥を差し出して言ったんです。これさえ食べられなければ死んでしまうわと。そうして食べたこのお粥は、これまで食べてきたものの中で一番に美味しいものだった。だから私はこの味を絶対に忘れない……忘れちゃいけないんです。」

 

リサ「………………。」

 

千聖「羨ましいわね。それ程熱心に鍛えてくれる指導者が側にいてくれた事は。」

 

友希那「そうね。それ程までにあなたの事を慕っていたのね。」

 

つぐみ「え?」

 

友希那「ん?」

 

話が若干噛み合わない2人。それを遮るように次の料理を出したのは夏希だった。

 

夏希「私が作ったのはこれです!卵ボーロ!」

 

リサ「これはまた可愛いね。」

 

千聖「これは…赤ちゃん用のお菓子よね?市販では見たことはあるけど。」

 

夏希「自分でも作れるんですよ。」

 

薫「いただこう……これはまた儚い甘さで、赤子は喜ぶだろうね。」

 

ここで沙綾は夏希がこの料理を作った理由に気が付いた。

 

中沙綾「これは……弟のためだね。」

 

夏希「はい。離乳食なんかはお母さんが作ってたんですけど、私も何か作ってあげたくて。最初は形が上手くいかなくて何回も作っては食べてを繰り返したけど、綺麗に丸く出来た時は嬉しかったなぁ。この事があって、料理に興味が出て少しづつ色んな物を作るようになったんです。」

 

小たえ「この世界で、もう何度も一緒に色んな物を作ったよね。」

 

小沙綾「一人でするより、誰かと一緒にする方が何倍も楽しいよね。」

 

小たえ「そんな訳で、次は私と。」

 

中たえ「私の番!2人で作ったのはこれだよ!」

 

2人のたえが作った料理は相も変わらずに焼きそばだった。

 

夏希「だろうと思ったよ。」

 

中たえ「私は自分で料理するって事今まで無かったから。」

 

小たえ「夏希も沙綾も料理出来るのに、何で私だけ出来ないんだろうってショックだったよ。」

 

中たえ「でも、もうその頃とは全然違うよね。ここで色んな経験をして成長したんだから。料理だって何だって、私よりもずっと上手に出来るようになってる。2人のお陰で。」

 

夏希「だね。元の世界に戻ったら、次の日曜日に料理教える約束だったし。」

 

小たえ「そうだった!楽しみだなぁ!」

 

小沙綾「私もみっちり教えてあげるからね。」

 

小たえ「お手柔らかにぃ〜!」

 

中たえ・中沙綾「「…………………。」」

 

3人のそんな会話を聞きながら、目頭を熱くする沙綾とたえなのだった。

 

 

 

 

 

残りの料理も少なくなってきたところで、防人たちの番になった。最初に千聖が持ってきた料理はーー

 

千聖「私の料理はこれよ。」

 

有咲「………え?」

 

千聖「スルメよ。」

 

一同「「「スルメぇ!?」」」

 

千聖「ええ。これが私の思い出の味。パ………お父さんは仕事を終えるといつも七輪でスルメを焼いてビールを飲むのが日課だったわ。私はいつもその横にくっついて火で丸まっていくスルメをじっと見つめていたの。暫くして良い匂いがしてきたスルメを太い指で細く割いてくれたそれを、私も食べた………。ビールは飲めなくても、何だか大人になったような……お父さんと一緒に何か出来てる感覚があって嬉しかったわ。」

 

彩「良いお父さんなんだね、千聖ちゃん。私も会いたいなぁ。」

 

千聖「ええ。戻ったら紹介するわ。」

 

花音「それじゃ、次は私。」

 

あこ「花音はやっぱりミカン?」

 

花音「残念。私が用意したのは………お子様ランチだよ。この世界に来てから子供たちと接する機会が増えたから、また食べたいなぁって時々思ってたんだ。小さい頃、家族とお出かけしたら、デパートで毎回食べてたから。」

 

日菜「量は少ないけど、エビフライにハンバーグ、チキンライスにサラダ…結構バリエーション豊富なんだね。」

 

花音「あっ、アイスクリームだ。これは誰の料理?」

 

イヴ「私です。是非召し上がってください。」

 

薫「あぁ………これはあの時ののだね。」

 

イヴ「はい。あの時薫さんが教えてくれたものです。私も紗夜さんと同じで、家族と一緒にご飯を食べた事ありませんでした……。だから初めてゆりさんの家で食べたあの鍋が、私の思い出の味なんです。あの時の料理全てが凄く美味しかったのですが、私には到底作れなかったので、このデザートにしたんです。」

 

 

ーーー

ーー

 

 

牛込宅ーー

 

イヴ「…………美味しいです。とっても美味しくて……温かいです。」

 

ゆり「うん、美味しいは正義!みんなもどんどん食べて!」

 

りみ・紗夜・薫「「「いただきます。」」」

 

りみ「っ!この帆立甘くて美味しいです!サザエもコリコリでめっちゃ美味しい!」

 

紗夜「本当ですね。お刺身も新鮮で歯応えがあります。瀬田さんに感謝ですね。」

 

薫「みんなで囲む食卓に温かい食事……この時をみんなで味わう事が出来て私も嬉しいよ。」

 

りみ「イヴちゃんイヴちゃん!ご飯の後はデザートもあるからね!」

 

イヴ「……はい!」

 

ゆり「そうだね。デザートを食べながら映画でも見て今日はリビングに布団敷いてみんなで雑魚寝だね。」

 

イヴ「?あの………どうして私はここに泊まるんですか?」

 

りみ「今日からイヴちゃんも名誉姉妹だからだよ!」

 

イヴ「名誉姉妹………ですか?」

 

紗夜「私もそうなんです。どんどん増えますね…牛込さんの家族。」

 

イヴ「家族?血が繋がっていないのにですか?」

 

薫「血縁なんて小さな事さ…。」

 

イヴ「そうなんですか?」

 

薫「ああ。この世界では………これが本当の家族でも別に良いんじゃないかい?」

 

イヴ「これが………本当の…………。あ、あの………!」

 

ゆり「ん?どうしたの、イヴちゃん。」

 

イヴ「私………私は……また…ここに、帰って来ても良いんですか?」

 

ゆり「……当たり前でしょ?ほらほら、もっと食べて!おかわりは?」

 

イヴ「…………はい!いただきます!」

 

 

ーー

ーーー

 

イヴ「ゆりさんたちが私の家族………血が繋がってなくても家族なんだと、心がじんわりしました。」

 

りみ「うちのご飯が一番の味かぁ………。」

 

ゆり「うん、良いんだよ。今はそれで。」

 

日菜「はいはーい、次はこの日菜ちゃんの番だよ!」

 

日菜が出した料理がカツオじゃなかった事で、再び一同が驚いた。

 

花音「カツオじゃないの!?」

 

高嶋「これは……白っぽい…何だろう?」

 

日菜「これはね、"ぐる煮"だよ。」

 

ぐる煮とは、根菜類やこんにゃく等をサイコロ状に切って煮た高知県の郷土料理の事である。

 

日菜「良く家では食べてたんだけどね、防人になってからこのぐる煮を食べてるとふと思うんだ。このじっくり煮込んだぐる煮みたいに、旨味というパワーをその身に閉じ込めて、いつか羽ばたいて氷河家復興の夢を叶えてみせる!ってね。」

 

つぐみ「うん!流石は日菜さんです!その夢が叶う事を私も願ってますから!」

 

日菜「御先祖様………うん、ありがとう!」

 

有咲「次は私が行く。」

 

千聖「あら?順番的には彩ちゃんじゃないの?」

 

彩「あ、私はもう少し後にするよ。」

 

彩を後に回し、有咲が出した料理はスパゲッティのミートソースだった。そして少し顔を赤らめながら有咲は話し出す。

 

有咲「私も花音と同じでさ……小さい頃に家族で行ったレストランの光景が思い出深かったんだ。ほら、あるだろ。食品サンプルでフォークがスパゲティを持ち上げてる形のヤツが。それを私はさ……魔法か超能力かだと思っちゃってた訳。それで自分にも出来るかもって、注文した後に延々と真似したんだ。巻き取っては、空中でフォークを離して、何度も何度もさ。当然凄く怒られたよ。それでもめげずに、家でもスパゲティをねだっては試して失敗して、また叱られて……。親も呆れてたけど、兄だけが最後まで付き合ってくれて…バカだよな。」

 

中たえ「有咲のお兄さんは今でもやってるよ?別室で。妹を笑顔にしたいから………ってね。」

 

有咲「はあぁぁぁっ!?嘘だろ!?良い歳して何やってるんだよ!!」

 

中たえ「あははははは!本当だったら面白かったのにね!」

 

有咲「ちょまっ………!花園たえーーーー!!!本当だったら奇行すぎて大赦クビになるわーーー!!」

 

 

 

 

 

 

香澄「はい!次は私だよ!じゃじゃーん!アメリカンドッグ!」

 

あこ「ん?香澄にしては珍しいね。てっきりフライドポテトかと思ってたけど。」

 

香澄「それも迷ったんだ〜。このアメリカンドッグはね家ではクリスマスに作ってもらってた物なんだけど、私も有咲と同じで、これをお母さんが作ってる時に魔法使いだ!って思ってたんだ♪私にとってクリスマスはお母さんがキラキラドキドキな魔法を使う日。サンタさんより素敵な魔法使いの日なんだ。」

 

燐子「メルヘンチックで素敵な話ですね……。」

 

中沙綾・小沙綾「「次は私たちです。いつも通りなんですけどね。」

 

大方の予想通り沙綾が出した物はチョココロネ。

 

小たえ「勇者部の定番のおやつだ!」

 

中沙綾「私がチョココロネを作り始めたのは香澄と出会ったのが切っ掛けでした。」

 

蘭「そうなんだ。」

 

中沙綾「正確にはそれまでも試した事はあったんだけど、自分が納得する出来栄えにはならなくて。」

 

小沙綾「そうなんです。実家でも何度か試したんですけどね。」

 

中沙綾・小沙綾「「でも、上手くいかなくて諦めてしまった……。」」

 

小沙綾「その時は自分がまだ子供だったからと思ってましたが、どうしてまた挑戦を?」

 

中沙綾「香澄がチョコが好きって言ってくれたから。」

 

美咲「切っ掛けは分かったけど、それだけで出来なかった事が出来るようになったの?」

 

中沙綾「再挑戦して気付いたんだけど、お菓子作りは優しい気持ちで拵えないと美味しい甘さにはならないんだ。例えば怒りながら大根おろしを擦ると辛くなったりするんだけど………。甘い物も一緒。作り手の気持ちや感情を反映するんだよ。」

 

小沙綾「そうか……そうだったんですね。誰の為にどんな思いで作るかが、料理には最も重要…。」

 

香澄「さーやのチョココロネが美味しいのは、私がさーやの事が好きで、さーやがその想いに応えてくれたからなんだね!」

 

ハグをする2人を見ながら、一同は思った。このチョココロネは甘すぎる、と。

 

有咲「甘さに大満足だな。で、次は誰だ?」

 

りみ「はい、私だよ♪」

 

りみの一言で会場全体に緊張が走るのだったーー

 

 

 

 

 

 

まだ料理を出してない人はりみと彩だけとなった。皆が緊張な面持ちの中、次に料理を持ってきたのはりみだった。

 

蘭「…………。」

 

有咲「…………。」

 

花音「……………。」

 

みんなが息を呑む。

 

りみ「私が用意したのはこれです。」

 

りみが持ってきた料理を見て、一同は驚く。何故なら、お皿の上は空で料理が乗っていなかったのだから。

 

あこ「え?………空?」

 

りみ「私の思い出の料理は、もうみんなが何回も食べてるお姉ちゃんのご飯です。両親が亡くなってから、ずっと毎日お姉ちゃんが料理を作ってくれました。だけど、一度だけ。たった一度だけ、お皿が空で出てきた事があったんです。」

 

ゆり「……………あっ。」

 

りみ「その日、何が気に入らなかったのか、お昼ご飯の時に……絶対に言っちゃいけない事を言っちゃったんです。食べたくない。お母さんの味と違う…………って。そしたらその日の夜、ご飯は出てこなかった。」

 

ゆり「ぁ………私は私で腹立てて…でも怒ってた訳じゃ…。自分が不甲斐なかったんだ。その頃は両親を奪った大橋の事故とか、大赦の態度とかにもイライラしてて。でも、りみの為に頑張らなきゃ、耐えなきゃって思って踏み止まってた気持ちが爆発しちゃって……。」

 

りみ「だけど、その次の日からお姉ちゃんの指には絆創膏が増えて……増え続けていって……でも暫くすると今度はその絆創膏が一枚ずつ減っていって、とうとう無くなって……傷も消えて……そうしたら、ご飯が………お母さんの味になってた。ただのワガママだったのに……お母さんの味…に………。」

 

りみの話にみんなが涙を流している。

 

りみ「お姉ちゃん、ごめんね。私…あの時の事ずっと後悔してて……謝りたくって…。」

 

ゆり「良いんだよ……良いの。ほら、もう泣かない。そんな事とっくにお見通しなんだから、お姉ちゃんは。」

 

りみ「うぅ………皆さんこんな思い出でごめんなさい…。」

 

香澄「謝る事なんてないよ、りみりん。とっても素敵な姉妹の思い出だよ。」

 

ゆり「私はね、思うんだ。沙綾ちゃんが言ったように、手を通して料理に移る想いは凄く大切なものなんだって。紗夜ちゃん。イヴちゃん。あなたたちがうちのご飯を良い物だって思ってくれて私は嬉しい。美味しいって言ってくれて、健康でいてくれるだけで私は嬉しいんだから。」

 

リサ「ゆりさんの想いは、りみもアタシたちみんなもちゃんと解ってます。」

 

ゆり「なんか湿っぽくなっちゃったけど、最後は私と彩ちゃんから。」

 

イヴ「そう言えば、彩さんの料理は後回しになってましたね。」

 

彩「前にも言ったように、私にとってはここでのご飯が全部キラキラドキドキした素敵な思い出なんだ。」

 

ゆり「だから私たちからはみんなが今まで食べてきた素敵な料理を大放出だぁ!!」

 

一同「「「えぇ〜〜っ!!?」」」

 

彩「ふふっ、実は内緒で調理班の人たちにお願いして作ってもらってたんだ。」

 

つぐみ「彩さんだって手伝ってくれましたよ。さぁ、マイクをどうぞ。」

 

つぐみからマイクを受け取った彩は、一呼吸置いた後に話し出した。

 

彩「えっと……今まで貰ってたばかりの私が、料理に興味を持ったのは…みんなの食べてる時の顔がキラキラに輝いてたからです。私にも料理が出来たら、一緒に食べるだけじゃなくて、作ってみんなを楽しませてあげられる。そんな自分になりたいって思ったのが切っ掛けでした。そして、やっと今日……私、デザートを一人で作れたんだ!イチゴムース!良かったら食べてみて!」

 

みんなが用意された沢山の料理を食べながら、ゆりが今回の本題である大赦からの依頼内容について口を開いた。

 

ゆり「さて、じゃあ食べながら今回の依頼内容について話していこうか。」

 

薫「そう言えば、本題はそれだったね。」

 

リサ「りょーかい。これは元々民間企業から大赦に来てた案件でね、それを勇者部で受けてはどうかって相談されたんだ。」

 

蘭「珍しいね。どんな内容なの?」

 

中たえ「簡単に言うと、VRシステムの開発におけるサンプルテスト……って言ったところかな。」

 

紗夜「それはゲームですか?」

 

中たえ「残念ながら違います。神世紀のVR技術はゲームより医療の方面に特化してて、既に様々な医療に活かす実用に向けての実験が繰り返されてるんです。」

 

例えば、手が動かない人に自分の手が動く映像を見せて、脳を錯覚させる。そうして現実での機能改善を図ったり、脳に障害を負ったり、認知症になった人に失ってしまった記憶を追体験させる事で、脳機能を復活させたり等である。

 

中沙綾「記憶……。」

 

リサ「だけど、成果を上げるのはかなり難しくて…実用化にはまだ一歩足りないんだよ。」

 

赤嶺「聞いただけで難しそうな内容だけど、私たちで何か役に立てるの?」

 

リサ「先方が研究してるのは、指定されたあらゆる映像をVR上で具現化して体験させる事なんだ。」

 

中たえ「私たちの望んだ妄想でも現実でも、とにかく映像化して見せる実験をして、データを取りたいんだって。大人だとどうしても発想に自分でブレーキをかけちゃって、実験データとしては不十分……。」

 

リサ「でも、アタシたちなら行きたい所や、したい事が現実非現実問わずに無限に出てくるでしょ?出来る事、出来ない事を見極めて、仮想体験をした人の脳や身体にどんな影響があるのか、それがかなり大事な要素になってるって聞いてる。」

 

ゆり「正直難しい話だけど、それが医療の発展に役立つなら受けても良いかなってね。」

 

香澄「私たちが困ってる人を助けられるんですね!頑張って期待に応えようよ、みんな!」

 

満場一致で、今回の依頼を受ける事が決定する。

 

千聖「それで、具体的に私たちは何をすれば良いのかしら?」

 

リサ「まず、何組かに分かれて"見たい世界"を詳細に教えて欲しいんだ。」

 

りみ「見たい世界?平和な世界とか楽しい世界とかですか?」

 

中たえ「それだとちょっと漠然としすぎかな。もっと細かい方が良いよ。」

 

薫「海の中とかかい?」

 

中たえ「そうです。もし見たい世界が過去の現実なら、昔の写真や映像を送ってくれても良いそうです。」

 

蘭「それが現実みたいに再現出来るなんて……神世紀はやっぱり未来だね。」

 

紗夜「ですが、そのくらいなら西暦の時代にも出来たと思いますが……何が違うのでしょう。」

 

中たえ「あっ、後出来れば着たい服とか持ち物も細かく具体的に教えて欲しいって。」

 

あこ「服も!?」

 

リサ「あこが持ってる物だって良いし、雑誌の切り抜きでも良いんだって。」

 

彩「見たい世界っていうのは、アニメや絵本の世界でも良いの?」

 

中たえ「大丈夫ですよ。」

 

有咲「へぇ〜にわかには信じ難いな。そんなのプログラムするだけで何年もかかりそうなのに。」

 

リサ「それが短期に出来る程の……世が世なら国家機密レベルの特許技術らしいよ。」

 

日菜「国家って言っても一つしか無いのにね。」

 

小沙綾「では、グループに分かれるならある程度、希望の統一が必要ですね。」

 

小たえ「そうだね。同じ世界を見たい人同士で相談しないと、変な世界になりそう。」

 

夏希「なら沙綾は今回私と一緒のチームね。」

 

燐子「珍しいね……何かアイデアが?」

 

夏希「はい。ちょっと思いついちゃったんです。まだ内緒ですけど。」

 

各々がグループを作り始めたり、どんなアイテムを揃えようかと話し始め、会場が賑やかになってくる。そんな姿を見ながら、少し離れた所でリサとたえは安堵していた。

 

リサ「…………良かった。今の所はみんな楽しんでくれてるね。」

 

中たえ「はい。きっと最後の良い経験になります。そう信じましょう。」

 

こうして、勇者部一同は自分たちの考えを形にしながら、依頼日当日を迎えるのだった。

 

 

 

 

 



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思い出のアルバム〜願い〜



彼女たちは願っていたーー選ばれなかった未来を。戦いの無い世界を。


彼女たちは叫んだーー自らの願いを。夢を。


 

 

依頼日当日ーー

 

ここは大赦にあるサイバー課の研究施設。只今勇者部一同は最初のグループが思い描く映像を目の当たりにしていた。通常のVRなら映像は専用のゴーグルを着けている人にしか見れないが、技術が進んだ神世紀では、専用のコンタクトレンズを付ければ、付けた当人にも同じ映像を見る事が出来るのである。

 

赤嶺「えっ!?これVR映像なの!?当事者以外にも立体視出来てるなんて、どういう事!?」

 

夏希「すっごい……コンタクトレンズ付けただけで見れちゃうんだ…。」

 

有咲「技術は兎も角、この映像は何なんだよ!」

 

みんなが観ている映像は、超高層ビルが立ち並んだ街並みにぽつんと浮かぶ法廷。

 

高嶋「マジカマジカ!敵を見つけたマジー!魔女っ子たちでやっつけるマジー!」

 

紗夜「クリクリクリクリ!敵さん敵さん、魔法の鎖で括りましょ♪ギュシャーーー!」

 

りみ「敵さん敵さん、地獄の業火にトゥインクル〜♪ボジャーーー!」

 

ゆり「何処かで聞いた台詞だと思ったら、りみが昔見てたアニメの"魔女っ子チュリプア トゥインクル"だね。」

 

美咲「紗夜さんのは確か西暦時代にやってた"魔女っ子チュリプア"!」

 

小たえ「高嶋先輩のは、それに出てくる魔法生物だね。」

 

千聖「じゃああっちのは何なのかしら?」

 

モカ「おうおう、炎に鎖が何だってんだい!こんなのが裁判なのかい?こんなのが正義なのかい?」

 

花音「ふえぇ〜!?ベーゴマが飛んで………VRだから大丈夫だね。」

 

燐子「ベーゴマで分かりました……。モカさんのは西暦時代にテレビでやっていた人気学園ドラマの"スケバン検事"ですね…。」

 

あこ「アニメとドラマが合体してるの!?」

 

友希那「それにしてもこの目の前に広がる風景は……まるで本当に特撮番組を観ているかのようね。」

 

あこ「あこも思いました!紗夜さんたち、あれ浮いてますよね!」

 

燐子「鎖とか炎も急に出てきて、本当に魔法のようです…!」

 

暫くした後、異様な光景は消え、元の空間へと戻った。

 

イヴ「元に戻りましたね。」

 

中たえ「面白かったよ!正に異世界のヒーローの夢の共演ってやつだね!」

 

有咲「あの現実にはあり得ない光景も、キラキラした演出もVRなのか!?」

 

つぐみ「作り物と思ってたけど、これは侮れないね。」

 

リサ「重たい器具やヘッドセットも無しにこれだけの世界が見られるなんてね……。」

 

夏希「やってる本人にはどんな感じに見えたんだろう?」

 

小沙綾「そうだね…特に宙に浮いてた人たち。」

 

あこ「これは……自分でやるのが楽しみになってきたよ!」

 

薫「あぁ。自分の世界もだが、他の人が選んだ世界もとても気になるよ。」

 

次のグループは場所を変える必要がある為、一同はバスに乗り目的の場所まで移動するのだった。

 

中沙綾「VRなら何処でも同じなのに場所を移動するなんてね。」

 

 

 

 

 

 

バス内ーー

 

日菜「驚いちゃった。正直VRを舐めてたよ。」

 

りみ「憧れのチュリプアになれたなんて夢みたいです!ね、紗夜さん!」

 

紗夜「そ、そうですね。恥ずかしかったですが、浮遊しているという感覚は悪くなかったです。」

 

高嶋「面白いよね!地面に立ってる筈なのに、視点は高い所にあって、飛んでる気分なんだから!」

 

赤嶺「やっぱそういう風に見えてたんだ!?」

 

友希那「ところで、このバスは何処へ向かっているのかしら?」

 

リサ「それなんだけど……今日は再現する世界によっては、適切な場所があるみたいなんだよね。」

 

バスが向かっている先は市民病院。次のVR体験は病院の一室を使って行うとのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

市民病院ーー

 

次のグループが準備に入り、少し経ってから香澄たちは入室する。一同の目に映ったのは、ドクター姿の燐子、六花とメイクアップアーティストに扮した美咲だった。

 

あこ「りんりんとロックはお医者さん!?美咲のは……?」

 

美咲「私は所謂病人専属のメイクさんってとこですね。患者さんにお化粧したり、綺麗な服を着せてあげると症状が改善する事があるって聞いたから。」

 

高嶋「それ分かるかも。体調悪い時の青白い顔を鏡で見ると、気が滅入ってきちゃうし。」

 

美咲「沈んでるお婆さんも、口紅一つでパッと笑顔になってくれるんだ。世界を笑顔に………薫さんのあの言葉、私も叶えたくなりまして。」

 

薫「あぁ…美咲にとってもピッタリな職業だよ。」

 

友希那「燐子はナースを選ぶと思っていたわ。」

 

赤嶺「ロックもそうだと思ってた。」

 

燐子「ありがとうございます……。でも、今回は将来の夢の一つとしてこれを選んだんです。私は入院していた頃、治療自体が怖かったせいで、お医者さんの事も苦手になっていました…。だから、もし可能なら私は…子供の患者さんに優しく接する、怖くないドクターになりたいなと……。」

 

六花「私も、燐子さんの夢を聞いて、その手助けになればなって…。」

 

あこ「りんりんは優しいし頭も良いから絶対なれるよ!」

 

この世界が今体現している映像。それはそれぞれの将来の夢を映したものだった。

 

中たえ「これはみんなの夢なんですね……。」

 

燐子「はい。神世紀のVRが医療に特化していると聞いて思いついたんです…アナログかもしれないですけど。」

 

美咲「機械以外のアプローチもまだまだきっと出来る筈。人間自身の力も病気の人には絶対必要だし。おっと……。」

 

屈んだ拍子に筆が何本か散らばってしまう。

 

香澄「あー!今拾うね美咲ちゃん。」

 

有咲「バカだな、VRの映像だぞ。拾えるわけーー」

 

拾おうとする香澄を静止させようとするが、香澄は筆を手に取り全部拾ってしまったのである。

 

紗夜「どういう事です!?…………これは…ベッドにも壁にも…見えている物全部に触れます!」

 

花音「それって当たり前なんじゃ?」

 

紗夜「当たり前じゃないです。これはVR、見えている物は現実とは………はっ!」

 

これこそが今回のVR体験で病院を使った大きな理由なのだ。

 

中たえ「ちょっと場所を移して説明するね。」

 

 

 

 

 

 

病院の中庭ーー

 

中たえ「最初のりみたちの世界は過去の映像を元にして作ったんだ。昔とは言え、放送されてた番組だから実際の映像が残ってたから。」

 

紗夜「それは何となく分かります。派手なエフェクトや効果音がゲームの応用でしたし……。ですが、先程の映像に触れるとか病院で病院の映像を見せる事には理解が…。」

 

VR映像の最大の利点は今いる場所で、他の場所の映像を映し、体感出来る事である。だが先程の病院での出来事は、病院で病院の映像を映している。これは寧ろVRの利点を活かせていないという事になってしまう。

 

紗夜「VRの欠点は、自分たちがいる空間の物体が物理的に没入感を邪魔してしまう事ですよ?」

 

夏希「それって、VR内じゃ何も無い所でも、実際は家具があってぶつかるとかですか?」

 

紗夜「そういう事です。あくまで見えているのは映像で、身体は現実の世界に存在しているんです。」

 

リサ「それがね、最新の技術だと現実の物体と架空の物体をミックスして投影出来るんだって。」

 

紗夜「えっ!?」

 

美咲「私は現実で筆とかを持ってて、その筆が映像にも反映されていたって事です。」

 

中たえ「その応用で、現実の障害物を仮想世界にありそうな物に置き換えて投影する事も可能なんだって。」

 

千聖「つまり………現実では本棚だった所も、設定した世界が山なら、VR映像でそこを岩壁に見せてくれるって事かしら?」

 

中たえ「正解です。」

 

つぐみ「だから現実と仮想の差異を狭める為に設定した舞台と同じ場所が望ましいんだね。」

 

リサ「現実と仮想の融合がどのレベルまで可能なのか、それをする方が良いのか悪いのか……そういったデータも、アタシたちの反応から取りたいんだって。」

 

紗夜「本当に惜しいですね………。これ程ゲーム向きな技術なのにゲームに使われていないんですから。」

 

高嶋「ゲームにするとどう楽しいの?」

 

紗夜「例えば、自分の家や学校等の間取りを全部インプットさせて、それをVR映像上で廃墟化させるとしましょう。」

 

高嶋「うん。」

 

紗夜「そこをステージにしたFPSゲームは楽しそうだと思いませんか?壁も階段も障害物もギミックも、実際と同じ形や大きさで見た目だけが変わるのなら、臨場感抜群なVRアクションが、何処にも身体をぶつけずに楽しめるんですから!」

 

あこ「くぅ〜〜っ、それすっごく楽しそうです、紗夜さん!」

 

花音「何となく分かったけど、でも……それってちょっと怖いかも。」

 

千聖「と言うと?」

 

花音「現実との区別がつかなくなって、架空の世界に行ったっきりになっちゃうとか……。」

 

中たえ「だからゲームじゃなくて医療だけに許された技術なんだと思います。」

 

リサ「いずれにしろ、メリットやデメリットのデータは今後の課題に活かされる筈だよ。」

 

全員が納得したところで次の場所に移ろうとした一同だったが、先程から何かを考えていた友希那が口を開いた。

 

友希那「………少し良いかしら?この機械は人の記憶を取り戻す治療に向けての開発と言っていたけれど、言い換えればそれはかなり強い刺激を脳や身体に与える事になるわよね…。だとすると、逆の効果が得られる可能性もあるんじゃないかしら?」

 

薫「逆とは?」

 

友希那「例えば、これで植え付けられた記憶は通常よりも強烈で、消去が不十分になる………とか。」

 

その一言に全員がある可能性に気が付くのだった。

 

美咲「それって……消される筈の私たちの記憶が、残るかもしれないって事ですか!?」

 

中沙綾「実は私も、この話を聞いた時に同じ事を思ってました。どうかな、おたえ。友希那さんの見解は。」

 

中たえ「………………あるかもしれない…だけど、断言は出来ない。だって私たちの行動は全部神樹様が見てるから。」

 

六花「結局は神のみぞ知るって事ですね。」

 

リサ「そうそう。アタシたちはただこの稀有な体験を素直に思う存分楽しめば良いだけだよ。」

 

友希那「そうね………ごめんなさい、みんな。糠喜びをさせてしまって。」

 

あこ「そんな事ないです!楽しい上に、記憶が残せる可能性まであるなんて、楽しみ過ぎます!」

 

そんな一抹の希望を抱えながら、一同は次の場所へと移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

大赦大広間ーー

 

香澄「次はどんな世界か………あこちゃん!?」

 

日菜「いやーこんな格好一度はやってみたかったんだよねー♪」

 

つぐみ「実際には少し恥ずかしいけど、VRでならこんなドレスも良いかも。」

 

目の前に広がる世界は、さながら英国の様な宮殿の大広間で行われている社交会。豪華絢爛なドレスを着飾った日菜、つぐみ、あこの姿だった。

 

燐子「あこちゃんにしては珍しいね……。」

 

あこ「日菜さんに誘われたんだ。美味しいご馳走が出るからって。」

 

日菜「確かにそう誘ったけど、本当に食べられるなんてね。」

 

あこ「どれもこれも美味しい!けど、このケーキは食べられないよ?」

 

中たえ「多分、何種類かだけ本物で、後は映像なんだろうね。」

 

花音「お嬢様、飲み物をどうぞ。」

 

そこにウェイターに扮した花音もやってくる。

 

千聖「あれは花音だったのね。髪色や瞳の色までも自由自在なのね…。」

 

日菜「さぁ、御先祖様。折角だし一緒に踊ろうよ!」

 

つぐみ「そうですね。」

 

優雅に踊る二人だが、日菜が見えない何かにおでこをぶつけてしまう。

 

日菜「痛〜い…!ここ壁だぁ……。」

 

リサ「いくら広い宮殿を再現しても、現実の部屋の広さには限界があるからね…。」

 

中たえ「柱とか置物に置き換えるのも限度があるし、ちょっと危ないからストップします。」

 

たえの合図でVRが解除され、宮殿が元の大広間へと戻っていった。

 

日菜「現実に戻ったらおでこの痛みもひとしおだよぉ…。」

 

千聖「でも、そのお陰でより強く記憶が刻みつけられたんじゃないかしら?」

 

ゆり「現実と映像のミックスをするのは良いけど、見分けがつかないのは問題だね。」

 

 

 

 

 

 

 

海岸ーー

 

薫「私と一緒で良かったのかい?」

 

ゆり「うん。私の夢だったし。」

 

次の世界は沖縄の海が広がる世界。現実の海に映像を投影して、沖縄の海を再現している。波打ち際を歩いている薫とゆり。薫はそこで思いもよらぬ体験をする事となった。

 

?「……………。」

 

薫「………っ!?あの姿は……まさか…!こころ…なのかい!?」

 

目の前に現れたのは、紛れもなく亡くなった筈の弦巻こころの姿だったのである。すぐさま薫はこころにかけ寄り抱きしめた。

 

夏希「どういう事………こころさんが、生きて動いてる。」

 

高嶋「こんな事まで……出来ちゃうの!?」

 

薫「あぁ……分かっている。これは現実じゃない……だけど、どうしてだい?目の前にいるのは……やっぱり…。」

 

友希那「どういう事?あれはCG?でも、実際に触れられているようだわ……。」

 

中たえ「簡単に言うとね、薫さんが提供してくれた写真からテクスチャを作って、同じくらいの背丈の人にそれを貼ったんです………。」

 

リサ「ただ……生きている物に関しては、どんなに似た身代わりを用いても、本物とは性格や動きが異なる恐れだってあるし……ましてや人だから声までは真似出来ないから喋れないんだ。」

 

あこ「それって……違和感があったらショックを受けちゃうんじゃ………。」

 

リサ「そうかもしれない。だけど、こころがいる世界を望んだのは薫自身なんだよ。」

 

有咲「ほら、そんなに抱きついたらこころが苦しいだろ?」

 

薫「す、すまない…。」

 

こころ「………。」

 

赤嶺「あぁ………これが沖縄……ここが私のルーツ……。初めてなのに、なんて心地良いんだろう…。」

 

ゆり「綺麗……。青くて透明で、遠くの魚まで見える。これが……薫の愛した沖縄の海なんだね。」

 

薫「そうさ………。こうしてみんなでここに来られるなんて……まるで…。」

 

ゆり「夢みたい……願いが一つ、叶ったんだ……。」

 

有咲「現実では有り得ない場所に立ってるのに、感覚や気持ちは本物で………不思議な気分だ。」

 

薫「いつも心にある風景……瞳を閉じれば思い出す。それだけで充分だと思っていた……だが、それをこうして眼にして、肌で感じただけで、こんなにも気持ちが……揺さぶられるなんてね…。」

 

赤嶺「お姉様、大丈夫ですか?辛かったらもう……。」

 

薫「いや、辛いんじゃない…。上手く言えないんだ、この気持ちをね……。」

 

薫の瞳から涙が溢れ落ちる。その涙をこころが拭ってあげるのだった。声は聞こえないが、思いは確かにここに存在しているのだろう。薫にはそれが伝わってきていた。

 

こころ「……………。」

 

薫「……そうだね、こころ。君が教えてくれた事を、私が違えてはいけないね。」

 

紗夜「現実は四国の海ですが、潮風の匂いや砂の感触を得られる分、室内よりは効果的なんですね……。」

 

あこ「薫……穏やかな顔してるね。身代わりっていうのが複雑だろうけど………それでもね。」

 

イヴ「記憶喪失の場合は忘れてた人とかの事を、こういう刺激で思い出すのでしょうか……ですが、それは………辛くないのでしょうか…。」

 

イヴ「忘れたなら、忘れたままの方が良い事だってあるんじゃねえのか………世の中には。」

 

中沙綾「そうかもしれない…その人が置かれた状況によってはね。でも………自分の中の欠けた部分が何なのか分からないまま生きるのは、とても辛い事だから…私は思い出せて良かったって思う。例え、辛い出来事だったとしても、大切な人の記憶だったから………。」

 

美咲「そうだね。だから私たちはここでの事を忘れたくないんです。例えそれが神樹の意志だとしても。」

 

彩「だ、だけど…神樹様はそうする事が多分みんなにとっても良い事だっていう考えで……。」

 

紗夜「私たちが全て忘れて、同じ歴史をまた繰り返すのが果たして最善の策だと言えるのでしょうか?」

 

彩「そ、それは……。」

 

香澄「あの……さ!私は難しい事は全然分からないけど、今はこの機械を良くする為に楽しんでるんですよね?私たちが体験して、一生懸命考えて………病気や怪我をした人、思い出が消えちゃった人に使われる時には万全になるように…だったら"今"を頑張ろうよ!だって勇者は自分より人を助ける為にいるんだから!」

 

中たえ「香澄………。」

 

美咲「参ったなぁ…人の為世の為、戸山さんに言われると、自分が恥ずかしくなるよ。」

 

中沙綾「見て……薫さん、とっても幸せそう。私たちも今は与えられた状況を精一杯楽しもうよ。」

 

 

 

 

 

 

薫たちの体験が終わり、次のグループのVR映像が広がった。一同の眼前に広がるのは、巨大な艦隊が何隻も。

 

中沙綾「総員、敵襲に備えて配置に付けーーー!!」

 

千聖・香澄「「了解!!」」

 

香澄「よーし、さーやと一緒に世界を獲っちゃうぞー!!」

 

セーラー服を靡かせた香澄が高らかに拳を突き上げ叫び、

 

中沙綾「白鷺千聖兵長!今こそ出陣の時!!」

 

軍服に身を包んだ沙綾が兵士の格好の千聖に指揮を下す。

 

千聖「お任せを!皆の者、私に続けぇー!!」

 

ゆり「香澄ちゃんはまぁ分かるけど、なんで千聖ちゃんがあそこまでノリノリなの……?」

 

花音「沙綾ちゃんに台本を渡されて、その気になっちゃったみたい……。」

 

香澄「海軍の我はー海にてー!!」

 

千聖「陸軍の我はー陸にてー!!」

 

香澄・千聖「「我が身燃え尽きるまで戦い抜く所存!!」」

 

中沙綾「主砲、敵影に向かって構えっ!撃てーーーー!!」

 

有咲「文明の利器を沙綾に与えるのはダメだな……はぁ。」

 

 

 

 

 

 

美竹農園ーー

 

バスは再び走り出し、次に到着したのは蘭の畑だった。

 

イヴ「ここは……蘭さんの畑ですね。」

 

燐子「わざわざここを使って何をするんでしょう……。」

 

一同の目の前に広がったのは、畑が広がる世界だった。

 

あこ「畑使って畑の景色だーーー!!」

 

蘭「どう?モカ。様になってる?」

 

彼方からトラクターを走らせた蘭がやって来た。

 

モカ「ばっちし。そのトラクター似合ってる。」

 

蘭「こういうのに乗れば、今よりもっと沢山収穫出来るよ。大人になったら絶対免許取るって決めてたから、今乗れて気分が上がるよ。」

 

中沙綾「大人に……なったら…。」

 

中たえ「牛に……ヤギに……ニワトリにウサギ!!動物大集合だ!」

 

赤嶺「畑にウサギは場違いなんじゃ……。」

 

花音「この風景っていつもと変わらないよね?蘭ちゃんたちはそれで良いの?」

 

友希那「そんな事は無いわ。だってここは………諏訪の畑なんですから。」

 

蘭「私はトラクターに乗れれば満足だったんですけど、湊さんがどうしてもって。」

 

友希那「ええ。叶うのなら、美竹さんの故郷をこの目で見てみたかったの。もし戦いが無い平和な世界だったら、刀では無く、こうして鍬を握っていたのかもしれないわね……。」

 

中たえ「こうして動物と触れ合ってると、生きてるって感じがヒシヒシ伝わってくるよ。」

 

リサ「そうだね。こうして友希那とたえと同じ夢を見られて、アタシも幸せ。」

 

友希那「付き合わせて悪いわね、リサ。あなたにはあなたの見たい世界があった筈なのに。」

 

リサ「良いんだよ、友希那。アタシは何処だろうと、友希那の側にいれる以上の望みなんか無いんだから。」

 

赤嶺「伝説の勇者と巫女………戦いさえ無ければ、こうして幸せに暮らしてたんだろうね…。」

 

薫「それは、私たちみんなに言えることさ。」

 

 

"勇者にさえならなければ"ーー

 

 

"神樹様に選ばれなければ"ーー

 

 

誰しもがこの気持ちを抱き、それぞれの時代を生きてきた。あったかもしれない幸せな未来。今目の前に広がっている世界は、そんな可能性の世界だった。

 

蘭「……………私はさ。諏訪にいた時は、野菜はただ食料で、とにかく食べられれば良いって思いが強かったんだ。あの頃は必死で、助けを求めて集まる人たちを、何とか飢えさせない事が最優先だったから。でも、この世界に来て、味とか形とか………色んな事に欲が出て……最初の頃は、早く御役目を終わらせて帰らなきゃって焦ってたけど、みんなが喜んで野菜を食べてくれて、一緒に畑仕事をしてくれて……それがいつしかいつも通りの毎日になって…楽しくて。だから、私は神樹様には感謝してるつもり。」

 

ゆり・中沙綾「「っ!?」」

 

友希那「美竹さん……。」

 

みんなが言葉に詰まる中、遠くから夏希の声が響いた。

 

夏希「私もですよーーー!!蘭さーーん!!!」

 

声がする方へ振り向くと、そこには最後のグループが思い描く世界が広がっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

中沙綾「あ………ぁ。あぁ……。」

 

中たえ「夏……希………。」

 

一同の目の前に広がったのは、桜が咲き誇る学校の校門。どうやら高校の入学式を再現しているようだった。

 

中沙綾「この光景は……。」

 

中たえ「こんな事って……。」

 

イヴ「どうでしょう?」

 

夏希「えへへ…未来の私たち、高校生です!」

 

校門の前に並んでいるのはイヴ、彩、沙綾、たえ、夏希の5人。見た目も若干大人びており、高校の制服を身に纏った姿をしている。

 

千聖「彩ちゃんが大きくなってる……。」

 

彩「どうどう?千聖ちゃんより大人になっちゃった。」

 

日菜「イヴちゃんも似合ってるよ!!」

 

小沙綾「沙綾さんより年上の私なんて想像も出来なかったですけど、こんな感じになるんですね。」

 

小たえ「今の私はたえ先輩より先輩だから、たえ(大)先輩だよ!」

 

赤嶺「そのフレーズ………うっ、頭が……。」

 

夏希「私の事は、夏希パイセンと呼ぶように!なんちゃって。」

 

中たえ「これが、夏希が見たかった世界………。夏希の……夢……。」

 

中沙綾「とっても素敵だけど………これは、余りに残酷過ぎる………。」

 

リサ「うん、まさに大赦もそこを心配してたんだ。」

 

 

ーーー

ーー

 

大赦ーー

 

大赦神官「ですが、手がかりが見つからず、ここで過ごしてきた記憶が消えてしまうとなったら………問答無用で全てを取り上げられてしまうのは、余りにも理不尽なのではないかと………。」

 

大赦神官「元の世界では勇者様方の姿を見る事の無かった我々が、今は度々生身の勇者様方のお姿を拝見させて頂いており………それ故、無に帰す事に対し、見ぬ振りを通すのは……………心が痛むのです。申し訳ありません。」

 

大赦神官「ですから、我らのみで論決するのではなく、此度は御二方に判断を仰ごうと相成りました。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

ゆり「大赦が私たちの心配を?」

 

思いもよらない言葉に、驚いてしまうゆり。

 

中たえ「この世界にいる神官たちは、実際に生身の勇者たちと何度も接してるから……情が湧いたんだと思う。」

 

リサ「その人たちが、未来が叶わない事を知っている勇者たちに、儚い夢を見せるのは酷なんじゃないかって……。」

 

中たえ「だけど、それでも是非って私とリサさんがお願いしたんだ。」

 

二人は大いに悩みながら考え、一つの結論を出したのである。"夢を見たいと欲する心"、"素敵な未来があって欲しいと願う気持ち"が、勇者たち全員の力になると信じたから。

 

中たえ「朧げに思い描いていた光景を、五感と全身に刻みつければ一欠片の記憶でも残せるんじゃないかって……。」

 

六花「……………素敵です先輩方!!新生活も応援しますよ!」

 

夏希「えへへへ。こんなの希望するなんて、考えてみれば可笑しな話ですよね。勉強なんて好きじゃないのに!」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「あはは!」」」

 

夏希「それに、私はもう……本当よりもずっと長く余計に学校に通わせてもらったっていうのに……それでもまだ…学校行きたいだなんて。」

 

中沙綾・中たえ「「……………………。」」

 

夏希「私も蘭さんと同じで、神樹様には感謝してます。そんなのもう、いくらしてもし足りないくらい。自分のこの手で、大事な家族や友達を守れて、ムカつくバーテックスを倒す力をくれて!こんな夢みたいな事が出来る世界に連れてきてくれて………。そんなの、勇者の私たちだけだから。それに私、神樹様や世界の為に戦うの嫌いじゃなかったし。今も昔も、辞めたいと思った事なんて一度も無い。けど………だけど……。」

 

段々と夏希の声が震えていく。

 

友希那「海野さん……。」

 

蘭「夏希……。」

 

夏希「今ここにいることがもう贅沢な事で、これ以上我儘なんてダメだっていうのは分かってるけど、でも…………。ごめんなさい。私まだ、本当はもっと学校に行きたいんです。」

 

それは夏希の心からの願いだった。

 

夏希「小学校卒業して、中学にも通って卒業して、それが終わったらこんな風に高校にだって………行きたい。それでそれが終わったら大学にだって行きたい。行きたい……本当は…もっと…もっと………"いきたい"んだあぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

友希那・リサ・蘭「「「…………………。」」」

 

香澄・中沙綾・中たえ「「「……………。」」」

 

ゆり・りみ・有咲「「「………………。」」」

 

夏希「……………っ!ご、ごめんなさい、大きな声出しちゃって……VR壊れてないよね…あはは……。」

 

夏希の想いの叫びを受け取った友希那は、天を仰ぎ力強く叫ぶ。

 

友希那「……聞こえたかしら、神樹。聞いていたかしら!!今、あなたが選んだ最も幼い勇者が放ったこの言葉こそ、私たちの偽りのない本心よ!!」

 

友希那の叫びに続くように他のみんなも天を睨み言葉を続ける。

 

紗夜「記憶を消失させ歴史を変えない事が、神の思惑で例えそれが最善の策だったとしても。」

 

高嶋「人は……人として最後まで足掻く!この世界でも元の世界でも!生き抜く為に!」

 

あこ・燐子「「今よりもっと良い、友の未来を作る為に!!」」

 

友希那「それで地獄を見る事になっても後悔はしない!それが私たちの………勇者部の総意よ!!」

 

蘭「ありがとう神樹様。他の神様や精霊たちも。私はこの世界こそ運命を変える可能性……チャンスだと思ってる。だから、思い出は忘れない。石に齧りついてもね。」

 

中たえ「大いなる神への感謝と反抗の混在。これが人間の本質なんだよ………神樹様。」

 

中沙綾「私たちはあなたと違って、記憶を残す事こそがより良い未来への鍵だって信じてる!」

 

中たえ「思ったよりもずっと強いでしょ、私たち…………神樹様のお陰で、こう………なれたんだよ?驚いたでしょ!私たちは、夏希は!あなたの想像を超えてるんだから!!」

 

ゆり「色んな想いがあるのは確か。想いがありすぎて、恨みも感謝もごちゃ混ぜだよ………ホント。でも、この世界で得た物はとっても大きい。長い時間をかけて私たちは見て、感じてきた。」

 

千聖「応援してくれる人たちや……。」

 

りみ「動物や精霊や………。」

 

あこ・燐子「「神様を……。」」

 

美咲・薫「「得難い仲間たちを………。」」

 

ゆり「なのに、この世界を創り出した存在に、お礼の一つも言えないんじゃ勇者部の名が廃っちゃう。でもね……大赦の神官たちだって変わったんでしょ?だったら神樹様。あなただって変わるって信じさせてよ!!」

 

香澄「神樹様ーーーー!!何百年も長い間、見ててくれてありがとーーー!だけどお願いです!お願いします!もうあなたは一回見ちゃった歴史かもしれないけど、また最初に戻るのヤダって思うかもしれないけど……もう一回!あと一回で良いからーー!友希那さんたちの時代から始まる、勇者の歴史をまた見ててくださーーーーい!!!」

 

有咲「香澄………。」

 

香澄「そしたらきっと!絶対!瞬きしないで見ててくれたら………っ。ちょっとだけかもしれないけど、前とは絶対に過去だって未来だって変わるから………!変えてみせるんだから!あなたに選んでもらった勇者達(私達)がーーーー!!」

 

夏希「香澄さん凄い………。なんかパワーに圧倒されちゃった……。」

 

赤嶺「……………ん?これって、外部からの依頼なのに神樹様とか勇者とかって言ったら…………。」

 

その一言で、さっきまでとは打って変わって大慌てしてしまう勇者たち。

 

香澄「あーーー!!どうしようどうしようどうしよーーー!!」

 

リサ「だ、大丈夫!今日のデータは、一旦大赦の検閲を通ってから業者に渡されるから。」

 

香澄「検閲あるんですね!良かったぁ……。」

 

有咲「検閲良かったってなんだよ!!あれだけ啖呵切っといて最後にそれか!?」

 

夏希「あははははは!でも本当に良かったです。本気の本音………最後に口に出せて。聞いてもらえて。沙綾さんやたえさんは、この世界で私としっかり向き合ってくれたのに、私だけが本心隠してお別れしたんじゃズッ友って言えないもんね!」

 

薫「実に儚く……良い体験になった。この事は確実に私たちの魂に刻み込まれた筈さ。」

 

リサ(神樹様……慈悲あればこの願い、どうか聞いてください。勇者たちにどうか一片だけでも温かな思い出を……。命を賭す勇者たちに、僅かでも安らぎを……後悔の無い生をお与えください………。)

 

香澄「みんな!大きな声出してスッキリしたし、このまま街の人たちに会いに行きませんか?」

 

日菜「良いねぇ!やっぱり勇者部として最後に挨拶しておかないと。」

 

香澄「それじゃあみんな行くよーーーーー……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員「「「勇者部、出動ーーーー!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

無垢なる彼女たちの願いは聞き届けられるのかーー

 

 

それは神樹のみが知っているーー

 

 

 

 

神樹は今日もただ静かに、彼女たちを見守っているのだろうーー

 

 

 

 

 



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思い出のアルバム〜奇跡の軌跡〜


今回のお話を含め、番外編は3話、外伝は4話、最後に1話で"戸山香澄は勇者である"の執筆は終了となります。

結城友奈は勇者であるも今秋に3期を控えてますので、もしかしたら復活するかも。




 

 

勇者部部室--

 

赤嶺・つぐみ・六花「「「こんにちわー。」」」

 

赤嶺達3人が部室にやって来る。部室内では香澄達数人が集まっており、なにやら分厚い本を読んでいるようだった。

 

つぐみ「何を読んでるんです?」

 

香澄「あっ、つぐみちゃん。これはね……思い出のアルバムだよ。」

 

そう言って香澄は適当なページを開いてつぐみ達に見せた。そこにはこれまでこの世界で香澄達が過ごし体験してきた日々の思い出の写真が沢山飾られている。

 

つぐみ「わぁ……楽しそうな写真が沢山!そっか、みんなはもうこの世界に来て随分経ってるんだよね。」

 

中沙綾「そうだね。歳はとらないから全然実感は湧かないけど。」

 

赤嶺「確かあのパーティの時にも見せてもらったけど、あれから更に増えてるんだよねぇ。」

 

リサ「勿論!さっ、赤嶺達も一緒に見ようよ。」

 

六花「良いんですか!それじゃあお言葉に甘えて。」

 

香澄達はアルバムのページをめくっていった。

 

香澄「あっ、これは確かさーやと沙綾ちゃんの誕生日の時だよね。」

 

有咲「サバゲーやったんだっけか。迫撃砲まで使ったんだから規模でけーよな。」

 

六花「迫撃砲ですか!?」

 

 

--

 

 

塹壕フィールド--

 

有咲「うっ………。」

 

蘭「っ!?有咲!!」

 

有咲「ま、まさかいきなり迫撃砲なんて…恐れ入った……ぜ…ガクッ。」

 

あこ「あ……ああ、有咲ぁーーーーーー!!」

 

蘭「有咲がやられるなんて…。」

 

中たえ「ほどほどにって言ったのにー。」

 

美咲「これは、戸山さんの言う通り、さっさと突撃しないとすぐ全滅だよ。」

 

香澄「よし、行こうみんな!」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

赤嶺「いくらなんでもやり過ぎじゃない?」

 

香澄「さーやの誕生日だもん!」

 

千聖「にしても、この有咲ちゃんの顔は面白いわね。」

 

有咲「わ、笑うなぁーー!」

 

六花「あはは…この写真はいつのですか?」

 

友希那「これは……確か林間学校の時ね。」

 

紗夜「………っ!?こ、この写真は……!」

 

林間学校の写真を見た瞬間、紗夜の目の色が変わった。

 

 

--

 

 

旅館、B班の部屋--

 

中沙綾「クスン…クスン……香澄……香澄ぃ…。」

 

高嶋「山吹さんっ。私なんかじゃ、戸山ちゃんの代わりにはなれないと思うけど……。この林間学校の間だけは、私を戸山ちゃんだと思って、甘えてほしいな。はい、ア~ン♪」

 

中沙綾「え……?あ、あ~ん……………美味しい。」

 

有咲「そりゃそうだ。みんなで頑張って作ったんだからな。」

 

中沙綾「あの……すみませんでした。どうしても……香澄がいないと……私。」

 

リサ「解るよ、沙綾。その気持ちは……。痛い程良く解る。」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

友希那が示した写真は沙綾が高嶋からあーんをされている瞬間のだった。

 

紗夜「林間学校の話は高嶋さんから聞いていましたが、実際の写真を見る………見る見ると……。」

 

高嶋「紗夜ちゃん!?目が!」

 

燐子「早く次をめくりましょう……!」

 

 

--

 

 

牛込宅--

 

紗夜「こ、これは…。」

 

ゆり「お腹が減っては笑顔になれぬ!さ、いっぱい食べてね!」

 

紗夜「料理上手なのは知っていましたが、これは……凄いですね。」

 

りみ「いくらなんでもこれは作りすぎだよ、お姉ちゃん。私も紗夜さんも少食なのに。」

 

ゆり「私が食べるから大丈夫!紗夜ちゃん、手は洗った?」

 

紗夜「え、ええ…。」

 

ゆり「なら、オッケー!冷めないうちに食べてね。」

 

りみ「あ、紗夜さん。ドレッシング取ってもらえますか?」

 

紗夜「はい、どうぞ…。」

 

ゆり「口に合うかな?」

 

紗夜「ええ……美味しいです。………家族の食卓って、こんな感じなんですね。騒々しいですが………なんだか楽しいです。いつか……高嶋さんとも……こんな感じになれたら…良いですね…。」

 

ゆり「またいつでも来てね。今度は高嶋ちゃんと一緒に。」

 

紗夜「………ええ、是非。フフッ。」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

千聖「これは、紗夜ちゃんがゆりさんとりみちゃんの家でご飯を食べてる写真ね。」

 

ゆり「紗夜ちゃんが初めて家に来た時だね。今ではすっかり名誉姉妹だもんね。」

 

イヴ「そうですね…私も名誉姉妹です。」

 

香澄達は思い出話しに華を咲かせていく--

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

六花「この部室に置いてあるアルバムは、皆さんが自由に写真を貼っていってるんですよね?」

 

中たえ「そうだよ。だから少し見ない間に新しい写真が増えてて面白いよね。」

 

あこ「どれどれ……この写真は!?」

 

 

--

 

 

家庭科室--

 

夏希「よし、特性焼きそばの出来上がり!」

 

小沙綾・小たえ「「わぁー!!」」

 

小たえ「良い匂い!いっただきまーす!モグモグ……美味しい!!」

 

小沙綾「うん!流石夏希の焼きそばだね!モグモグ……香ばしい出汁の香りが堪らない!!」

 

夏希「どれ、私も。モグモグ……ん!我ながら上出来!!」

 

小たえ「私も焼きそば作れるようになりたいなぁ。」

 

夏希「それくらいなら私が教えてあげるよ。」

 

小たえ「本当⁉︎ありがとう、夏希!」

 

小沙綾「そうだ!おたえが作れる様になったら、これを私達の恒例にしない?文化祭の打ち上げは焼きそば!」

 

夏希「良いけど、毎年だと飽きない?」

 

小たえ「賛成!夏希の焼きそばずっとずっと毎年食べたーい!!みんなで焼きそばの食べさせ合いっこだ!」

 

夏希「ははっ!そう言ってもらえると嬉しいよ。よし!それじゃあ来年も焼きそばだね!」

 

小沙綾「約束!」

 

小たえ「約束!」

 

夏希「約束!」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

あこが目にしたのは夏希達小学生組が仲良く焼きそばを食べている写真。

 

夏希「懐かしいなぁ。確かここから、毎年文化祭の締めは焼きそば作ろうってなったんだよね。」

 

小沙綾「うん。おたえももう焼きそば作れるようになったもんね。」

 

小たえ「えへへ。」

 

中たえ「……………そっかぁ。」

 

中沙綾「約束…叶ったね、おたえ。」

 

中たえ「うん!」

 

笑顔で話す夏希達を見て涙ぐむ中学生の沙綾とたえ。

 

友希那「もう長い付き合いをしているけれど、こうして写真を見ると知らない表情がまだ沢山あるわ。」

 

薫「そうだね。自分以外の人に向けられている顔を見れるのは、写真ならではだ。」

 

赤嶺「んもぅ……言ってくだされば、お姉様には私のどんな顔だって見せちゃうのに。」

 

美咲「はーい、次行ってみよー。」

 

 

--

 

 

花咲川中学、屋上--

 

ゆり「うぅ……っ。うぅぅ………!」

 

薫「そんなに泣かないでくれ……。」

 

ゆり「誰が泣かせてるのよ………。」

 

薫「私は戻って来るよ……。300年、ゆりの誕生を待って…待って…待って……そうしたら………また…逢おう。」

 

ゆり「…………薫。」

 

薫「安心してくれ。ゆりの背中は私が守る……。いつも………傍にいるから……。」

 

ゆり「…………約束…だよ。」

 

薫「あぁ……。」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

次のページにあった写真は、ゆりと薫が抱き合っている写真。

 

ゆり「えええぇえぇ!?なんでこの写真がここに!?」

 

薫「私が入れたのだが、ダメだったかい?」

 

赤嶺「な、何ですかこれ……。」

 

りみ「これどうやって撮ったんだろう……。」

 

あこ「それをいうなら、これもだよね。」

 

 

--

 

 

夜の公園--

 

高嶋「わぁーーーー!綺麗!」

 

紗夜「本当に綺麗ですね。桜が闇夜に浮かび上がっています。」

 

高嶋「紗夜ちゃん、写真撮ろう!ライトの綺麗に当たってる所で!」

 

紗夜「良いですね……っと、どうやら先客がいるようです。」

 

高嶋「え?」

 

日菜「るるるるんっ♪って来るよ!!これはいつも以上に綺麗な写真が撮れそうだよ!」

 

あこ「じゃあ日菜ちん!あことポーズ対決だよ!りんりん、ポーズを決めたところで撮って!」

 

日菜「良いねぇ、望むところだよ!」

 

あこ「負けないよ!」

 

燐子「………撮れたよ…。どうかな…?」

 

赤嶺「……あははっ、何これ!あこも日菜も変なポーズ!」

 

日菜「えー!そうかなぁ。」

 

リサ「みんな楽しそうだねぇ。友希那、私達も写真撮らない?」

 

友希那「そうね、この景色は滅多に見れないものね。」

 

紗夜「……皆さん、良い笑顔をしています。」

 

高嶋「そうだね、見てるこっちが嬉しくなっちゃう。リーダーなんて最初は出来るかちょっと不安だったけど、最後までやりきれて良かったよ。」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

夜桜の下で高嶋と紗夜が写っている写真。2人の後ろには他の人達も小さく写っている。

 

紗夜「言われてみればそうですね。確かこの時、いつも写真を撮ってくれる今井さんは近くにいませんでしたし。」

 

リサ「あぁ、それね。それは巫女の力で念写したやつだよ。」

 

香澄・りみ・あこ「「「ええっ!?」」」

 

リサ「あはは……嘘。係の人にカメラを渡して、こっそり撮ってもらったんだ。」

 

彩「ビックリしたぁ……。」

 

香澄「次が最後の写真だね。」

 

 

--

 

 

公園--

 

沙綾「香澄、誕生日おめでとう!」

 

香澄「うわっ!ビックリしたぁ!誕生日、覚えててくれたんだね!」

 

中沙綾「当たり前だよ!1年で1番大切な日だもん。」

 

紗夜「山吹さんにとって…ですけどね。」

 

友希那「いえ…私達みんなにとって、1人1人の誕生日は大切なものよ。戸山さん、おめでとう。」

 

 

--

 

 

勇者部部室--

 

最後の写真は香澄の誕生日に、全員で撮った写真。後ろには色とりどりの薔薇の花が咲いている。

 

香澄「私の誕生日の時の写真だ!確かここって珍しい薔薇が咲いてたんだよね。」

 

中沙綾「そうだね。この青い薔薇、昔は"不可能"って花言葉だったんだ。だけど、今は"夢叶う"って花言葉が追加されたんだよ。なんだか素敵だよね。」

 

中たえ「うん。この世界は、私が不可能だって思ってた事が幾つも叶った奇跡の場所。沙綾達に御先祖様…………そして夏希。みんなに会えた奇跡が、このアルバムには集まってる。」

 

夏希「何言ってるんですか。まだまだこれから!もっと沢山集めなきゃ!」

 

香澄「そうだね!きっとこれからも楽しい事がいっぱいある筈だもん!」

 

友希那「神樹は私達を無慈悲な戦場に誘った……けれど、有り得ない邂逅という宝物も与えてくれたわ。いつまで続くか分からない限りのある時だけれど、この運命に感謝しないとね。」

 

中たえ「アルバムが分厚くなって、部室が写真でいっぱいになるくらい、みんなで思い出を積み重ねよう。」

 

香澄「そうだね。これからも、勇者部のみんなで!」

 

たとえ持って帰れないとしても、せめて今この瞬間は刻みつけておこうと勇者達は誓う--

 

 



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思い出のアルバム〜偽りの記憶と本物の幸せ〜


例えそれが偽物でも、私たちはこの思い出をきっと思い出す。

強く、深く心に刻まれているんだからーー


 

 

 

寮、談話室ーー

 

よく晴れたある日の事、寮の談話室で小学生の三人が物陰から何かを観察していた。

 

小沙綾「………やっぱり、こんなの良くないんじゃない?」

 

夏希「すっごい!!あんな技初めて見た!」

 

覗き見に罪悪感を示す沙綾を横目に、夏希はテレビの画面を目を輝かせながら見ている。

 

小たえ「二人とも、静かに。」

 

そしてそんな二人に声をかけながらメモ帳にペンを走らせているのがたえだ。三人の目線にある光景とはーー

 

 

 

 

 

高嶋「わわっ!紗夜ちゃん、助けて!!」

 

紗夜「すぐ行きます、高嶋さん。任せてください!」

 

鮮やかなコントロール捌きで次々とゾンビを打ち抜き倒れていく。紗夜と高嶋がテレビゲームをしている光景だった。

 

高嶋「ありがとう!流石は紗夜ちゃんだね!」

 

紗夜「これくらいなんて事ありません。回復薬をどうぞ。」

 

 

 

 

小たえ「さらさらさら………と。出来た♪」

 

二人がテレビに釘付けになっている間にたえは書き終えたのか、書き上げたメモを二人に見せた。

 

 

 

 

『神を讃美する女神。その存在に胸の高鳴りを抑える事が出来ないが、知られる訳にはいかない。これは心に留めておかなければならないのだから。』

 

 

 

夏希「…………何これ?」

 

小沙綾「新しい曲の歌詞とか?」

 

小たえ「そう!そんな感じ!」

 

夏希「けど、この内容って……。」

 

小沙綾「だね…若干高嶋さんと紗夜さんに似てるような…。」

 

普段は興味が色々と移り気なたえだが、このメモ帳に何かを書く時だけは異様な集中力を見せている。だから気が付かなかった。三人の後ろに高嶋が近寄ってきていた事を。

 

高嶋「何してるの?」

 

小沙綾、小たえ、夏希「「「うわぁっ!!」」」

 

高嶋「なになに………女神に手出しする事は何人たりとも許されず、犯せば大鎌でその身が塵と化す……?」

 

その声は当然紗夜の耳にも届く。

 

紗夜「大鎌……?っ!?わ、私の事ですか!?」

 

ゲームをしらながらも紗夜の肩と声はカタカタと震えていた。

 

高嶋「え?これって私達の事なの?」

 

夏希「わーーっ!!これは違います!!あのー…そのー……なーんて♪でーーす!!」

 

夏希は即座に二人の腕を掴みながら談話室を一目散に出ていった。嵐が去った後のように静まり返る談話室。

 

高嶋「…………なーんて♪かぁ。」

 

残されたのは笑顔の高嶋と顔面蒼白な紗夜、そしてゲームオーバー画面だけだった。

 

 

 

 

 

海岸ーー

 

夏希「はぁはぁ……何やってるの、おたえぇ……。」

 

小たえ「でも、メモ帳の意味解ってくれた?」

 

どうやらこのたえの行動は、普段持っているメモ帳の使い方講座のようなものだったらしい。

 

小沙綾「解んないよ!それに、夏希もこんなとこまで走るなんて…。」

 

人気の無い場所を目指して走った夏希は無意識に海まで来てしまったようだ。三人は息を整えながら周りを見渡す。すると三人の少し先から何かを打ち合っている音が聞こえた。

 

有咲「甘いぞ、千聖!」

 

千聖「それはこっちの台詞よ、有咲ちゃん!」

 

相も変わらず有咲と千聖が鍛錬をしている姿だった。だが、この場には似つかない人物も今日はそこにいた。

 

有咲「りみも遠慮しないでどんどん打ち込んでこい!」

 

りみ「そ、そんな事言われても、全然隙が無いよぉ!」

 

そこにいたのは、オロオロしながら木刀を持って狼狽えているりみだった。

 

 

 

 

『好きに打ち込む。それは好きな人の方にって意味なのか。私の気持ちに気付かない愚かな魚。』

 

 

 

 

夏希「急にどうしたの!?」

 

即座にメモを取るたえに夏希がツッコむが、たえの眼差しは既に違う標的を捉えていた。

 

ゆり「おっ、何か手応えが!」

 

薫「大丈夫かい、ゆり。手を貸そう。」

 

その目線の先には、釣り竿を握るゆりを後ろから支える薫の姿が。

 

 

 

『竿を握らないとお前を養えない。竿を握ったままだとお前を抱きしめられない。』

 

 

 

小沙綾「唐突!でも、そう書かれると、そんな感じに見えなくも……。」

 

夏希「……あの二人だもんね。」

 

二人から見れば、中三でも立派な大人なのだ。そんな中で鍛錬の方に動きがあった。

 

彩「千聖ちゃん。冷たい飲み物持ってきたよ!頑張ってね!」

 

千聖「ありがとう、彩ちゃん。」

 

有咲「余所見してる場合か!」

 

その僅かな隙を見逃さない有咲を、たえは見逃さない。

 

 

 

 

『天使を見るなら私を見て。釣りだってそう。釣るなら私を釣って欲しい。』

 

 

 

 

夏希「これはもう巫山戯てるよね?」

 

小沙綾「おたえには有咲さんがどう見えてるの?」

 

小たえ「うーん……やたらと気が多い人?」

 

疑問形で答えるたえ。それを聞いた二人は有咲をまじまじと見つめ声を揃えて叫んだ。

 

小沙綾、夏希「「有咲さんも頑張ってくださーい!!」」

 

有咲「ちょっ!?へ?お、おう……!」

 

後輩達の声援に頬を赤らめた有咲は隙丸出しになるが、千聖は含みのある笑みを浮かべ攻撃の手を止めて待っているのだった。

 

小たえ「さぁ、場所を変えよっか。二人には私のメモ帳の使い方をマスターしてもらわないと。」

 

夏希「おーっ!」

 

小沙綾「はぁ……。」

 

やれやれとため息をついた沙綾。夏希は解らないなりに乗っているが、沙綾はうんざりしているようだった。だが、先に歩き出した二人に置いて行かれたくないので結局ついて行く事には変わりない。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

美竹農園ーー

 

小たえ「大物がありそうな予感がする。」

 

小沙綾「私は嫌な予感しかしないよ……。」

 

案の定そこにいたのは蘭とモカの二人。

 

蘭「見てよモカ。トマトが沢山採れたよ。」

 

モカ「ホントだねぇ。」

 

 

 

『王と王妃。二人は仲睦まじくトマトの様な赤い頬をツンツンし合う。』

 

 

 

夏希「あ、これは割と事実だね。」

 

小たえ「事実は小説よりも……だからね。」

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、三人が歩いていると、公園のアイスクリーム屋が目に入った。偶然そこでは日菜と花音、イヴの三人がアイスを買っていた。

 

日菜「たまにはこんな店にフラッと寄って食べるアイスも美味しいね。」

 

花音「そうだね。何かこう、特別感があるよ。」

 

イヴ「友達と食べれば、どんな物でも特別感があります。……っ!」

 

イヴ「冷てぇ!頭がキーンてくるぜ!」

 

アイスクリーム頭痛がキッカケでもう一人のイヴと交代する。

 

イヴ「こんな時はラーメンが食いてぇな!熱々の!」

 

花音「ふえぇぇっ!それは順番が逆じゃないかな!?」

 

日菜「あははっ!るんっ♪てくるねぇ、イヴちゃん!良いじゃん!行こうよ!」

 

騒がしい会話を聞きながら夏希はたえに尋ねる。

 

夏希「流石にこれは無いよね?」

 

小たえ「ふっふっふ……甘いよ、夏希。」

 

既にたえはその使命を終えた後だった。

 

 

 

 

『本当は貴女というラーメンを啜りたい。だけど二つは無理。お腹がいっぱいになっちゃうから。』

 

 

 

 

小沙綾「何だか私まで頭痛が………。」

 

 

 

 

 

 

 

花咲川中学、倉庫ーー

 

一方その頃、倉庫では美咲達が今まで催しもの等で作ってきた衣装の虫干しを行っていた。とは言え、それ用の衣装は新しく買う為の生地の割引と引き換えに殆どが美咲によって生地屋に提供されており、そうでなければまた別の衣装に作り替えられたりしていたので大掛かりな作業ではなかった。その為手伝いに来ていたあこに燐子、そして六花が時折コスプレと称して着たりして暇を弄んでいた。

 

あこ「どう、りんりん。似合う?」

 

燐子「ちょっと大きいけど、似合ってるよ…あこちゃん。」

 

六花「馬子にも衣装って感じだよ!」

 

あこ「えへへ……そうかなぁ!」

 

燐子「朝日さん…それは褒め言葉じゃないです……。」

 

あこ「んなーーー!!!」

 

この世界に来た当初なら、この騒がしさに煩わしさを感じていたかもしれないが、今の美咲はこの騒がしさが程よく心地良かった。

 

六花「………ん?美咲さん、それは何ですか?」

 

六花は美咲が持っていたクッキーの空き缶に入れられていた布切れを見て尋ねた。

 

美咲「衣装を自作した時に余った布の切れ端だよ。こればっかりは引き取ってもらえないし、何かに使えるかもって取っておいたんだ。」

 

六花「凄い枚数ですね。」

 

差し詰めそれは勇者部の辿って来たこれまでの思い出そのもの。着飾る勇者たちの花びらの様なもの。

 

美咲「私、これをタイムカプセルに入れようと思ってるんだ。」

 

その言葉を聞いて、六花は少し前に香澄が言っていたという計画を思い出す。

 

 

ーーー

ーー

 

 

勇者部部室ーー

 

香澄「タイムカプセル埋めてみたい!」

 

勇者部「「「えっ!?」」」

 

あこ「タイムカプセルって何?」

 

燐子「タイムカプセルはね…思い出の物を入れた容器を地面に埋めて…何十年か後にまた掘り出して昔を懐かしむって物だよ……。」

 

高嶋「それ聞いた事ある。卒業記念とかでやるやつだよね?」

 

香澄「そうそう!それそれ!」

 

ゆり「それは分かったけど…どうして急に?」

 

香澄「昨日、テレビで観たんです!」

 

ゆり「そ、そうなんだ……。」

 

夏希「私もその番組観ました!」

 

薫「私もだ。」

 

花音「結構感動的な話だったよね。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

六花「その話、リサさんから聞きました。結局、その後に中立神の試練が始まって、私達が来て先延ばしになってたんですよね。」

 

美咲「先延ばしなのは良いんだけど、いつになるんだろーねぇ……。」

 

大切そうにクッキー缶に蓋をして独りごちていると、満足したのか燐子達も話に加わってきた。

 

燐子「実行のタイミング……難しいですよね…。」

 

あこ「だよね…。また人数増えるかもしれないし、その度に埋め直ししないとだし。…………なら個別で埋めるのはどう?」

 

六花「それだと学校が穴だらけになっちゃうかも。」

 

倉庫に笑い声が響くが、一瞬で静けさが周りを包んだ。

 

あこ「でも、あこ……埋め直しが大変でも、ここでの思い出残したいよ…。」

 

燐子「そうだね…出来る事なら戸山さんが言ってくれたみたいに……。」

 

 

ーーー

ーー

 

 

香澄「そしたら、このアルバムを見た私は、きっといっぱい考えると思う。まるで私が作ったみたい。ひょっとしたら私が作ったのかな?って。それできっと、もしかしたら…………ううん!絶対に思い出すと思うんだ。この花は誰で、こっちは誰で………それで、みんなが……大勢の友達が、私の側にいたんだって事を。絶対に!!」

 

 

ーー

ーーー

 

 

あの時香澄は言った。"絶対に思い出す"と。その力強い言葉は、今でもみんなの原動力になっている。

 

 

 

 

 

夏希「………まだ時間あるよね?決戦まで。」

 

小沙綾「それは……分からない。」

 

倉庫の外で、沙綾達が膝を抱えて座り込んでいた。外から戻ってきた三人は倉庫から賑やかな声が聞こえた為足を運んだのだが、思わぬ方向に話が進んでいった為、中に踏み入るタイミングを損なっていたのだ。

 

小たえ「こればっかは流石にね……。」

 

夏希「タイムカプセル……早くやった方が良いのかもね。急に最後の戦いが来たら、私達ならすぐに倒しちゃうだろうし!」

 

精一杯の空元気で話す夏希だが、沙綾の顔は晴れない。

 

小沙綾「戦いは終わって欲しい……でも…。」

 

言葉が続かない。中立神を倒せば各々は元の時代に戻る。それは同時に、これから起こる過酷な運命と再び向き合わなければならないという事だ。

 

小たえ「沙綾……。」

 

夏希「…………あーーやめやめ!考えてもしょうがない!頭より身体を動かしに行こう!」

 

夏希は元気に立ち上がる。二人が悲しむ顔を夏希は見たくないから。そしてその事を二人も知っている。三人は体育館へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

体育館ーー

 

小沙綾、小たえ、夏希「「「えぇ………。」」」

 

元気よく体育館へ向かった三人は絶句した。何故ならそこには仁王立ちの友希那と、その前で正座をしている中学生のたえ。更に赤嶺とつぐみ、香澄と中学生の沙綾までいたのだから。

 

リサ「おっ、三人ともどうしたの?」

 

後ろからリサの声が聞こえてきた。状況が状況なだけに、今はその笑顔が何故だか不気味に感じてしまう。

 

夏希「あの……これはどういう…。」

 

友希那「いつかのバレンタインの時もそうだったけど、どうしてメモを取るのかしら?」

 

静かに怒る友希那の言葉で三人はこの状況の理由に検討がついてしまった。

 

赤嶺「そうだよ、たえ。私がつぐちんと友希那さんの仲を疑ってヤキモチを焼くなんて有り得ない!だよね?つぐちん。」

 

つぐみ「そうだね、赤嶺ちゃん。」

 

中学生のたえは小学生のたえの二年後の姿。当然メモ帳も年季が入っている。

 

中沙綾「おたえ、流石に今日はーー」

 

香澄「うんうん、おたえは流石だよ!さーやの家に隠し部屋があって、壁一面に私の写真があるなんて!」

 

中沙綾「それは嘘だよ、香澄!!」

 

香澄「解ってる♪それってさーやが犯人のミステリー小説でしょ?夜な夜な私の家に忍び込んで何時間も寝顔を観察するなんて、絶対に有り得ないし♪」

 

中沙綾「そ、そうだよおたえ……私がそんな事する訳無い無い!」

 

友希那「熟年夫婦とはどういう意味かしら?花園さん。私たちはまだ中学生よ?」

 

小沙綾、夏希、小たえ「「「そこ!?」」」

 

三人が一斉にズッコケた。

 

リサ「あははっ!まぁまぁ良いじゃん、友希那。それ程アタシ達が馴染んでるって意味だよ。」

 

リサが笑って友希那を宥める中、好機と見たたえが反撃に出る。

 

中たえ「私はメモには誰の名前も書いてないんですけど、どうしてみんなは自分達の事だって思ったの?」

 

友希那達「「「なん………だと……!?」」」

 

この言葉に全員が言葉を失い、怒りと羞恥心が頭を駆け巡り思考停止で言葉が出なくなってしまうのだった。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

寮、夏希の部屋ーー

 

小沙綾「あの逃げ方は狡いよ。おたえもたえさんも内容は出鱈目だけど、誰だか解るように書いてるんだから。」

 

カオスに陥った体育館から逃げ出した三人は、夏希の部屋で今日の出来事を振り返っていた。

 

小たえ「特定の名前を書いたら歌詞じゃないからね。」

 

夏希「バレた時の言い訳用じゃないの?」

 

小たえ「そう。"最初"はね。」

 

小沙綾、夏希「「最初?」」

 

含みのある言い方に二人は困惑する。

 

小たえ「でもあの日……タイムカプセルを埋めようってみんなで決めたあの日。私とたえ先輩は思ったんだ。名無しでしかも内容が事実と違うメモなら、神樹様も残してくれるんじゃないかって。」

 

小沙綾、夏希「「あっ………。」」

 

あるはずの無い記憶を呼び覚ます事が出来る方法。それもあの時の話し合いで導き出されていた一つの希望的推論だった。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

中たえ「なら、神樹様にとってだけ、くだらない物を入れるっていうのは?」

 

彩「神樹様にとってだけ?」

 

中たえ「例えば、このお菓子は、神樹様から見れば単なるお菓子だけど、あこや夏希にとってはそうじゃないと思うんだよね。」

 

香澄「それだよ!私達とか戦いとかと直接関係は無いけど、少しの思い出っていう物だったら、もしかすると………!」

 

友希那「そうね……神樹の目溢しがどれだけのものかは不明だけれど。」

 

高嶋「やろうよ!未来に残せる可能性がゼロじゃ無いんだから!」

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

小沙綾「そんな手間をかけてまでどうして……。」

 

小たえ「みんながどんなに仲良しだったか、どんなにみんなが愛情に溢れた人たちだったか………それが消えちゃうなんて嫌だから。どんな形でも残したかったから……。」

 

小沙綾「おたえ……。」

 

夏希「けど、いつもはたえさんとやってたのに、何で今日は私たちとなの?」

 

小たえ「二人にも書いて欲しくって。」

 

たえは悟っていたのかもしれない、もうすぐこの世界が終わってしまう事を。だからたえは自分だけでなく、二人にも二人から見た大切な思い出たちの姿をタイムカプセルに入れたかったのかもしれない。

 

小たえ(そうすれば絶対……!)

 

小たえ「思い出すよ、私。メモを見れば花園たえは絶対に思い出す。沙綾と夏希と、勇者部のみんなで過ごした毎日を。これはその為の嘘。だけど本当の大切な記憶。」

 

悪ふざけで書いていたメモにこんなにも真摯な想いが込められていたとは誰が思っただろうか。

 

小沙綾「……書くよ、私も。」

 

一番に言い放ったのは意外にも沙綾だった。

 

夏希「ええっ!?真面目な沙綾が!?」

 

小沙綾「馬鹿にし過ぎ。私だって本気を出せばちゃんと真面目に巫山戯られるんだから。」

 

小たえ「ありがとう、沙綾。」

 

夏希「………よし、だったらこの私も一肌脱がなきゃね!」

 

悪戯な笑みを浮かべながら、夏希はたえを抱きしめた。

 

夏希「人のばっかりじゃなくて、たえの事も書かれてないとダメでしょ?愛してるよ、おたえ♪」

 

小たえ「私もだよ、夏希♪さぁ、沙綾!書くなら今だよ!早く早く!!」

 

小沙綾「えっ!?ちょっと待って………もう、二人だけなんてずるい!!」

 

焦る沙綾が自分もと、ズッ友の間に笑顔で挟まった。くっつき合って笑う仲良しの三人組。

 

 

 

 

山吹沙綾ーー

 

海野夏希ーー

 

花園たえーー

 

 

 

彼女たちは過酷な運命を背負った特別な少女である。

 

 

 

だがこれは、何処にでもいる様な子供同士の戯れであり、友達同士の何処にでもある幸せな姿だった。

 

 

 

 

例え三人が勇者であっても、きらめく笑顔は永遠に心から消える事は無いだろうーー

 

 

 

 

 



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思い出のアルバム〜いつか届く花束〜


終わりが近いと実感した小学生組主導の下、タイムカプセルを埋める計画が始まろうとしていた。

例え生きてきた時代がーー場所が違っても、思いはきっと時を越え、届くだろう。




 

 

花咲川中学、花壇前ーー

 

 

ゆり「何日か前に計画の事を言われた時ね、私ちょっとドキッとしちゃったんだ。忘れてた訳じゃないけど、心のどこかでまだ時間はあるって思い込んでた。」

 

リサ「誰かが言い出すかも、いつかやるかもって。いつの間にか甘えが出てたのかもね。」

 

以前に香澄が提案したタイムカプセルを埋める計画。直後に中立神からの試練が始まり、御役目が激化する最中で次第に忘れ去られようとしていた。

 

香澄「3人ともありがとう!お陰で今日こうして実行出来るよ!」

 

小沙綾・小たえ・夏希「「「そんな事ないですよ。」」」

 

しかし小学生組、中でもたえが隠れながら色々な事をメモしていく中で美咲がぽろっと口に出したことでこの異世界での日々が間も無く終わりを告げるのを痛感し、一騒動あった後3人はみんなに声をかけたのである。

 

中沙綾「じゃあ早速タイムカプセルに思い出の物を入れていこうか。」

 

香澄「最初は言い出しっぺの私から!何も書いてない……ただの押し花の冊子だよ。」

 

六花「次は冊子繋がりで私が。私はこの方言冊子を。美濃地方の言葉が沢山載ってるんです!託しましたよ、花咲川の皆さん。」

 

花音「そっか、このタイムカプセルを開けるとしたら香澄ちゃん達だもんね。私はこれを入れておくから、お願いします。」

 

有咲「これって………野菜?」

 

蘭「珍しいですね、花音さんが野菜だなんて。」

 

花音「この野菜はね、あの幼稚園の畑で採れたものなんだ。」

 

イノシシが突っ込んでくるという事件があった幼稚園での出来事。花音の頭の片隅には今でもその時の思い出が残っていたのだ。

 

イヴ「花音さんらしいです。私は……もう一人の私提案のお茶碗にこれを入れる事にしました。」

 

イヴが袋から取り出した物は大きな紙。そこには紙の殆どを埋め尽くした魚拓が。

 

薫「これは……クエだね。初めてゆりの家で鍋を囲んだ時、みんなで食べたのが思い出されるよ。」

 

イヴ「はい。お茶碗だけだと弱いですが、これと一緒なら私だと解る筈です。未来でもまた一緒に………ぁ。」

 

薫「良いんだ。イヴはまた、未来でゆりに"ただいま"と言ってくれるかい?………約束だ。」

 

イヴ「…………はい!」

 

薫「しかし魚拓とはまた……儚いね。私も海の物が良いと思って、海水を瓶に詰めてきたよ。」

 

ゆり「次は私の番。私はこれを入れるよ。」

 

取り出したのはイヴと同じ紙。だけどイヴが持ってきた魚拓よりかは小さかった。どうやら書き初めのようであり、大きく二桁の数字である"34"が書かれていた。

 

モカ「これは何です?」

 

ゆり「前に香澄ちゃんが言った様に、私も断言出来る。この数字を見れば、未来の私はきっと思い出すって!」

 

美咲「この数字………あっ!」

 

ゆり「そう!この数字はこの世界での私の最高うどん杯数。未来の私には、この記録を超えて欲しいんだよ!」

 

高嶋「じゃあ次は私!私が入れるのは……このぬいぐるみだよ!」

 

紗夜「それは…以前私がクレーンゲームで取った物ですね。小さいサイズのぬいぐるみで良かったんですか?」

 

高嶋「うん♫大きいのはずっと一緒に寝てるから。ここに入れちゃうと、今夜から私が寂しいもん。未来の戸山ちゃん達に、いっぱい私と紗夜ちゃんの事伝えてね。」

 

紗夜「高嶋さん……ありがとうございます。それに比べて私の物は何の変哲もないお箸で、恥ずかしいのですが……。」

 

この世界に来て多くの人の優しさに触れて過ごしてきた紗夜。中でもみんなで囲んで食事を摂ることに温かさを感じていたのだった。

 

紗夜「元の世界ではインスタントばかり食べていた私は、特に食器等に拘りもせずお箸もずっと割り箸でした。ですが、この世界で食事の楽しさ、大切さを知り……どうしても自分だけのお箸が欲しくなってしまいましてね。思えば、その時の衝動買いが、今の氷川紗夜になれた最初の一歩だったのかもしれません。」

 

友希那「次は私達が入れて良いかしら?」

 

蘭「友希那さんはうどんのどんぶりとかですか?」

 

友希那「違うわ。私はみんなで演奏した音楽の楽譜よ。」

 

リサ「私は、今日まで此処で過ごしてきた時間分のカレンダーだよ。」

 

中たえ・小たえ「「やっぱり仲が良い二人だね。」」

 

2人の話を聞きながら、2人のたえは脱兎の如き速さでタイムカプセルに何かを入れる。だが、友希那はこれを見逃さなかった。

 

友希那「またそんな事を言って………どさくさに紛れてメモを楽譜の下に入れるなんて全く……ふふっ。」

 

あこ「次はあこだよ!!あこが持ってきたのはコレ!」

 

あこがタイムカプセルに入れたのは傷が付いたマイク。勇者部は異世界に来てたら沢山のイベントをやって来た。中でも商店街を交えたイベントであこは多くの司会をやってきた。このマイクはその度に使っていた物である。

 

美咲「そのマイク……確かにあこちゃん、ずっと使ってたもんね。」

 

あこ「このマイクで沢山のイベントの司会をしてきたなぁって今になってしみじみ思ったんだ!」

 

小沙綾「次は私です。私はこのハロウィンの衣装を。」

 

りみ「あっ、その衣装は確か……。」

 

それはジャック・オー・ランタンを模った衣装。この衣装を作る前、沙綾はハロウィンの衣装をバーテックスを参考にしようとしていた。観察する為に樹海へりみと赴き、そこで沙綾はりみから仲間の大切さを教わったのである。

 

小沙綾「そうです。あの時はりみさんに本当にお世話になりました。りみさんのその芯の強さ、絶対に忘れないです!」

 

りみ「うん!」

 

美咲「じゃあ、そろそろ私行かせてもらいます。何人かにはネタバレですけど、今までに作ってきた衣装の切れ端です。これだけ見ても、ただの布の切れ端。私達には思い出だけど、神樹にとってはゴミみたいなものだよね。」

 

彩「そうかな?私も同じような物を入れるけど、神樹様にもキレイだって思ってもらいたいな。」

 

美咲「彩さんが持ってるものは……ウサギ?」

 

彩「うん。これは私の頑張りが空回りして熱を出した時に千聖ちゃんが作ってくれた物なんだ。」

 

自分に出来ることはないかと必死にもがいた彩。その中で再び思い返した自分に出来ること。このウサギを見ればきっと彩は思い出すだろう。みんなの為に一生懸命祈り続けてきた自分自身のことを。

 

赤嶺「あっ、彩さんそれだと蓋が空いちゃうよ。私が持ってきたダンベルを重し代わりに使って。」

 

燐子「ダ…ダンベルですか…!?5kgって書いてある上に…それが2つも……!」

 

有咲「1個で充分だろ!箱が壊れる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モカ「私が入れるのはコレー。運動会でみんなで繋いだリレーのバトン。この未来へのバトン、託したからね花咲川勇者部の皆々様方。」

 

夏希「次は私です!私が入れるはこのヘラです!!おたえ、未来でも美味しい焼きそば作っていっぱい食べてよ?」

 

中たえ「うん!私いっぱい作って料理上手くなるよ!」

 

燐子「私は…本が人生の教科書みたいなものなので……目を閉じて本棚から選んだ1冊を持ってきました…。未来にも同じ物があるかもしれないですし…これで私を思い出してもらえるもと限りませんが……。」

 

香澄「それで選ばれたのはどんな本なんですか?」

 

燐子「"嵐が丘"です。」

 

りみ「えっと……私は思い出というか、未来の自分に気合を入れたいからこのエプロンを入れます。ポケットに入れた絆創膏は、念の為って言うのと、お姉ちゃんみたいになるって覚悟の証です。」

 

日菜「なら是非このレシピ本も一緒に入れて!御先祖様と一緒に考案したんだ!」

 

つぐみ「はい!是非お役に立てて。」

 

ゆり「凄い……和洋折衷古今東西の料理について事細かに書かれてる……!」

 

つぐみ「日菜さん、氷河家の再興……任せましたよ。」

 

日菜「勿論!」

 

みんなが思い思いの品を一通り入れ終わった中、有咲はまだ入れていなかった千聖に声をかけた。

 

有咲「さ、次は千聖の番だぞ?」

 

千聖「私は何も入れないから、有咲ちゃんどうぞ。」

 

有咲「はぁ!?何も入れないってどういう事だ!?まさか思い出が無いって言うの?」

 

流れを断ち切る千聖の一言に驚く有咲だったが、千聖はすぐさま言葉を続けた。

 

千聖「違うわ。私はね、元の世界でカプセルの開封に立ち会うつもりでいるのよ。失った記憶は自力で取り戻して、カプセルが発見される前に、有咲ちゃん達を訪ねてみせるわ。勿論、その時は防人組を率いてね。だから、私に思い出の品は必要無いわ。」

 

千聖は神様を信じていない。いつだって進む道は自分の手で切り拓いてきた。だからこそ千聖は自分自身の力でコレまでの出来事を思い出し、みんなを連れて花咲川中学までやってくると言い放ったのである。

 

千聖「有咲ちゃんは遠慮しないで、その握ってる木刀の破片を早く入れたらどうかしら?」

 

有咲「わ、私だって、こんな物必要無い!っていうか……寧ろ私なんて絶対忘れる…訳……無いし……な。」

 

中沙綾「それなら2人とも私と一緒に入れない?」

 

有咲「何を?」

千聖「何をかしら?」

 

中沙綾「念だよ♪このタイムカプセルが中身ごと消されず残るよう、強く念を込めて封印するんだ。」

 

だが、その前にまだ入れていなかった蘭が声をかけた。

 

蘭「待って沙綾。実は、私がまだなんだ。」

 

友希那「神世紀の勇者部達と防人組に少し聞いて欲しい事があるの。」

 

2人は目配せをし、香澄にある物を見せる。

 

蘭「今、私の手の中にあるこの植物の種。これをタイムカプセルに入れるよ。」

 

香澄「見た事無い種……これは何の種なの?」

 

蘭「それが分からないんだ。だけど、もしもこのタイムカプセルが現実世界に残って、香澄が手にしたなら……きっと何の種が分からなくても、記憶があっても無くても、必ず土に埋めて世話をしてくれる。そうだよね?」

 

香澄「…………うん!」

 

蘭「種は、土に埋めればいつかきっと芽を出す。そしたら、確かめて欲しい。どんな花が咲くのか。どんな実をつけるのか。出来れば、神世紀のみんなで。」

 

友希那「私達は今、過去の人として未来の勇者達に重荷を課すわ。種を残すのだから、必ず咲かせて欲しいと。此処で過ごしてきた思い出を糧に、発芽し、育ち、強く逞しく、美しく咲き誇り、生き抜いて欲しい。」

 

蘭「信じてる。此処で私達が生きた事に、意味はあったのかって。みんなが、この花を咲かせる事をもっていつの日か証明してくれるのをね。」

 

2人の言葉は今未来の勇者達に託される。思い出せなかったらどうしよう、等という不安は勇者達からは微塵も感じられない。必ず見つけ出し、育て、花を咲かせると香澄達は今此処で固く誓うのだった。

 

友希那「頼んだわよ。未来の勇者と防人達。」

 

香澄達「「「はいっ!!!」」」

 

蘭「うん、悪くない返事。さぁ、言いたい事も言ったし、カプセル埋めちゃわないと。」

 

中沙綾「よし、有咲に千聖さん、こっちに来て手を前に!」

 

千聖「えっと………私はカプセルを溶接する仕事が残ってるから、有咲ちゃんに任せるわ。」

 

有咲「カプセルの蓋って溶接するのか!?」

 

その時だった。久しく聞かなかった音が校庭に鳴り響いた。

 

花音「ふえぇぇぇっ!?何でこのタイミングでぇ!?」

 

香澄「だけど、大事な思いを託された後だから、どんな敵にも負ける気がしないよ!」

 

あこ「あはははっ!結局どんだけしんみりした雰囲気でも、こういうノリが一番しっくりくるね。」

 

リサ「どんな時でもアタシ達らしく、だね。さぁ、ゆりさん。号令お願い!」

 

ゆり「みんな、久々だけど、身も心も準備はオッケーだね?」

 

全員「「「はいっ!!」」」

 

ゆり「本日もいつも通りに…………勇者部出動ーーー!!!」

 

全員「「「おおーーーーーーっ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

花咲川中学の花壇に埋められた、勇者部の記憶が詰まったタイムカプセル。

 

 

 

 

 

そのタイムカプセルは未来に届いたのかーー

 

 

 

 

 

 

 

思いは叶えられたのかーー

 

 

 

 

 

 

 

その時はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつかの未来ーー

 

?「ーーーあれ?花壇の下に何か埋まってる?何だろうーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄「ーーコレって……タイムカプセル?」

 

 



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思い出のアルバム〜想い伝える時間〈前編〉〜

思い出の章、最終回前編です。

中立神の試練も無事乗り越えた勇者達。イヴの提案により、最後に全員での合同ライブを行う事となるのだった。





 

牛込宅--

 

時刻は間も無く夕飯時。今日もゆりは腕によりをかけて晩御飯を作っていた。

 

ゆり「お肉は焼けたし、後は……サラダにうどん……っと。」

 

間も無く完成というところで、誰かの来訪を知らせる呼び鈴が鳴る。

 

ゆり「ん?誰かな?りみーー!ちょっと出てくれるーー?」

 

手が離せない為りみを呼ぶも返事が返ってこない。仕方なく、料理の手を止めゆりが玄関を開けると、そこにはイヴがいた。

 

ゆり「お待たせしました……って、あれ?イヴちゃん?」

 

イヴ「……ただいまです。」

 

ゆり「……お帰り。イヴちゃん1人?お腹空いたの?」

 

イヴ「違うんです……少し相談があって来ました。」

 

 

---

 

 

勇者部部室--

 

香澄「と言うわけで、今回もやって来たよドジャーーーン!!」

 

中立神の試練を無事乗り越えた勇者達。残された時間は僅かしか残っていないが、以前と同じ様に最後の思い出を作ろうとみんなで部室に集まっていた。

 

美咲「造反神の試練の時は、確かそれぞれの組に分かれて思い出を作っていったんだよね。」

 

リサ「今回も同じ様に出来れば良かったんだけど、前より残された時間は少ないみたいなんだ。」

 

千聖「本来であれば、羽丘組の3人も個別で時間を取りたかったのだけれど、仕方ないわね。」

 

赤嶺「あはは、気にしないで良いよ。」

 

つぐみ「そうだね。楽しい思い出はもう充分に堪能させてもらったから。」

 

六花「はい。後は皆さんで楽しみましょう!」

 

薫「それで、今回は何をするんだい?」

 

ゆり「それはね………イヴちゃんから発表するよ!」

 

彩「イヴちゃんが?」

 

ゆりに促され、イヴが黒板の前に立つ。そしてガサゴソとしまっておいた原稿用紙を取り出し、内容を読み始めた。

 

イヴ「……無人島で行ったバレンタイン企画や各所にお礼参りをした際、私には分かった事があります。それは、気持ちを伝えるには勇気がいりますが、伝えた方が絶対に良いという事です。ですから、私はずっと考えていました……。最後には大切な友人に………勇者部の皆さんにちゃんとありがとうを言いたいと。」

 

日菜「イヴちゃん……成長したね!」

 

イヴ「ですので、今回も以前と同じ……いや、それ以上の勇者部による勇者部の為の"勇者部バンドライブ"を提案したいと思っています。」

 

香澄「バンド!?」

 

薫「それは……以前にやった"Glitter*Party"や"Roselia"、"Pastel✽Palettes"の事かい?」

 

イヴ「はい、それの事です!」

 

ゆり「補足するとね、今まではパレードやお礼参りで街の人達を楽しませてたけど、私達自身が仲間への感謝を表す為に、お互いを楽しませようって話。」

 

高嶋「それは凄く良いですね!」

 

友希那「そうね。仲間への感謝の気持ちは、中々面と向かって言えないものね。」

 

千聖「そのアイデアは本当にイヴちゃんが?」

 

イヴ「違うんです。本当はゆりさんとりみさんが……。」

 

ゆり「違うでしょ。イヴちゃんがね、前にやったライブの事が忘れられなくてね。ステージに立つ人も、それを見ている人も両方がすっごく楽しそうだって感じたんだって。」

 

りみ「だから、全員が持ち回りでバンドと裏方とお客さんを全部やったらどうかって結論に。」

 

千聖「イベントの時にそんな事を思ってたなんて知らなかったわね。でも、そういう熱い気持ちを持っていたのは仲間として嬉しいわ。」

 

中沙綾「全員が全員を支えて動く。勇者部の集大成に相応しいね。」

 

燐子「ですが…全員でとなると衣装や小道具も大変な事になりそうですね…。」

 

美咲「衣装に関してなら、一口にバンドと言っても色々ありますし、バンド別にコンセプトを分けてくれれば大丈夫です。同じ衣装を全員分作るとなればモチベーション保たないですけどね。」

 

蘭「流石美咲だね。」

 

美咲「あはは。褒めてくれるのは嬉しいけど、みんなにも手伝ってもらうからね。」

 

ゆり「それじゃ、チーム分けを行なっていくよ。」

 

 

---

 

 

香澄「うーーん……私達"Glitter*Party"や友希那さん達の"Roselia"、千聖さん達"Pastel✽Palettes"は良いとして…。」

 

小沙綾「私達神樹館組も"CHiSPA"ってバンドを組んでます。」

 

この中で残ったメンバーは蘭、モカ、薫、美咲、赤嶺、つぐみ、六花の地方組と羽丘組。

 

蘭「人数的に丁度良いから、地方組でやりませんか?薫さん、美咲、モカ。」

 

モカ「私は蘭と一緒なら全然オッケー。」

 

薫「私も構わないよ。」

 

美咲「いっちょ頑張りますか。」

 

赤嶺「なら私達は羽丘組でやるよ。」

 

つぐみ「そうだね。」

 

六花「頑張ります!」

 

筒がなく組み分けも決まり、香澄達はそれぞれの作業に移るのだった。

 

友希那「このリストの中で得意・不得意はあるかしら?あるのなら予め教えてちょうだい。」

 

赤嶺「私は衣装作りより工作の方が得意かな。」

 

つぐみ「私はどちらでも大丈夫です。」

 

それぞれが自分の得意な事を生かし、作業は順調に進んでいく。そしていよいよ本番当日を迎えるのだった。

 

 

---

 

 

パーティ会場--

 

会場は毎度御用達、大赦が用意したパーティ会場。

 

花音「何度来てもこの会場って凄いよね。」

 

千聖「そうね。大赦っていう組織の大きさを改めて思い知るわ。」

 

会場に入り、少しの歓談時間の後会場の明かりが消え司会者席が照らされた。

 

あこ「ジャジャーーーン!みんな楽しんでる!?司会は勿論この魔界の大魔姫あこだよ!そして今回はもう1人進行を手伝ってくれる人がいます!どぅるるるるるる………バーーーン!」

 

イヴ「一生懸命頑張りますので宜しくお願いします。」

 

あこ「さてさて、いきなりトップバッターの演奏……から行きたいんですけど、今回は趣向を変えて勇者宣誓から行きましょー!」

 

あこに促され、壇上に上がったのは3人の香澄達。

 

香澄「せんせーーーー!我々はぁーー!今回の演奏会でーーー!」

 

高嶋「勇者シップにのっとりー!もてる限りの全力を尽くしー!」

 

赤嶺「自分とみんなを楽しませる事を誓います!勇者部代表!トリプル香澄!」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「ウィーアー!!!」」」

 

あこ「さてさて、皆様に…おかれましては……暫しのご歓談を。最初のバンドはスタンバイをお願いしまーす!」

 

リサ「あはは…あこってばお堅い言葉詰まっちゃってる。」

 

紗夜「それも宇田川さんらしいですね…。」

 

 

--

 

 

数分後--

 

あこ「さあ!さあさあ!只今からメーンイベントの始まりだよ!!トップバッターのバンドはこちらだ!!"Glitter*Party"ーー!!」

 

香澄「みんなーー!まずは私達からだよ!」

 

ゆり「大半の人達がトリだって思ったでしょ?」

 

中たえ「私達の音で震わせてあげる。」

 

りみ「めーっちゃ頑張ったので聴いてください!」

 

有咲「まさかまた演奏するなんて思ってなかったよ。」

 

中沙綾「飛ばしていくから、ハードル上がっちゃったらごめんね。」

 

ゆり「まずはこの曲から行くよ!"Don't be afraid!"」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

一曲目はゆりがメインボーカルとなり、会場を大いに盛り上げる。

 

高嶋「ゆりさんも歌えるんだぁ!」

 

紗夜「前回の対バンの際は歌っていたのが戸山さんだったので、これもまた新鮮ですね。」

 

蘭「"恐れないで"…………か。良いじゃん。」

 

 

--

 

 

ゆり「聴いてくれてありがとう!次は香澄ちゃんが歌うよ!」

 

香澄「はい!次の曲は……私がこの異世界にやって来てから書いた曲です。勇者になって、辛い事や苦しい事沢山ありました。だけど私達は乗り越える事が出来ました。それは1人じゃなかったから。支えてくれる友達がいたから。この世界に来て、私はもっと沢山の友達に出会えました。生きてきた時代は違うけど、手を取り合って………それはいつしか大きな輪になって………私達の大きな力になっていきました。だからこれから先、どんなに辛く苦しい事があっても…下を向かないで周りを見てください。そこにはきっと大切な人がいるはずです!それでは聞いてください!"CiRCLING"!!」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

 

()!心繋がれば

どんなに遠く離れても

夢は(きっと)巡り(回る)

五人(みんな)の中

CiRCLING!

明日(みらい)を待ってる

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

あこ「うぅ……あこ感動しちゃったよ…!」

 

イヴ「"Glitter*Party"の皆さんありがとうございました…!」

 

彩「凄かった…!まだ始まったばっかなのに、写真いっぱい撮っちゃった!」

 

リサ「だね。その写真もまた部室のアルバムに入れよ。」

 

"Glitter*Party"の出番が終了し、興奮も冷めやらぬ中、次のバンドがステージに姿を表した。

 

あこ「次のグループは新進気鋭の小学生バンド!"CHiSPA"だぁーーー!」

 

イヴ「神樹館小学校のオリエンテーションでの演奏も大変好評だったとの話題ですね…。」

 

あこ「そうなの?」

 

イヴ「はい…!実は私もこっそり観てました。」

 

あこ「そうだったんだ!……おっと、準備が出来たようなので、それではお願いしまーす!」

 

夏希「皆さん、初めまして!私達は……せーのっ!」

 

小沙綾・小たえ・夏希「「「"CHiSPA"です!!!」」」

 

夏希「えっと……私達は小学校のオリエンテーションで一回やったきりだし、また曲も1つしかないので楽しませられるか分からないですが…。」

 

小沙綾「精一杯頑張りますので、応援宜しくお願いします!」

 

小たえ「御先祖様ー!中学生の私ー!観てるー?」

 

ステージ上でたえが友希那と中学生のたえに向かって飛び跳ねながら手を振っている。

 

友希那「ええ。しっかり観ているわ。」

 

中たえ「うん……まさかまた"CHiSPA"が観れるなんて思ってもみなかったよ。ね、沙綾。」

 

中沙綾「そうだね………。」

 

夏希「それでは聞いてください。"Be shine, shining!"」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

雨粒が頬を濡らしても

最初の一歩を諦めたくない

今こそ出来る全て

さあ、魅せよう 輝きを

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

今ステージ上では全力のパフォーマンスをしながら、笑顔の3人が輝いている。普段は妹の様に可愛がられてきた3人も、このステージ上では誰よりも大きく、頼もしく見えるのだった。

 

あこ「"CHiSPA"のみんなに盛大な拍手を!!」

 

イヴ「とても素晴らしい演奏でした…!」

 

あこ「それではここで、今回勇者部に届いた祝電の披露に移るよー!代読は各組のリーダーです!」

 

有咲「祝電!?パーティでもないのにそんなのが来てるのか!?」

 

美咲「勇者部の影響力恐るべし…。」

 

友希那「……こほん…いつも本当にありがとうございます。勇者部の皆様による、定期的な清掃活動。地域の環境のみならず、児童や老人、動物への御配慮等には日々頭の下がる思いであります。今後の活躍と皆様の益々の御健勝を祈念致します。讃州市福祉課一同より。」

 

紗夜「福祉課の皆様には毎回お世話になっていますね。」

 

ゆり「私達がいつも困った時1番に浮かぶのは皆さんのお顔です。大人が子供に頼るなんて、情けないとお思いでしょうが、それだけ勇者部が頼れる存在という事。これからも皆さんが、この街を盛り上げてくれると信じ期待しています。讃州市商工会一同より。」

 

有咲「最早お馴染みの商工会だな。」

 

リサ「お祭りや市の行事じゃ、私達の方こそお世話になってるのにね。」

 

薫「あぁ。この儚く熱い気持ちが嬉しいよ。」

 

千聖「勇者部ちゃん、いつも買い物に来てくれてありがとう。みんなの笑顔に、こっちも元気をいっぱい貰ってるよ。これからも健康で頑張っておくれ。八百屋のおばちゃんより。追伸、蘭ちゃん。今度は小洒落た野菜にも挑戦してみないかい?」

 

モカ「八百屋のおばちゃん、いつも顔を合わせてるのにわざわざねぇ……嬉しいね、蘭。」

 

蘭「そうだね。でも、小洒落た野菜って何?」

 

日菜「ロマネスコとか?」

 

中沙綾「ホースラディッシュにスイスチャード、アーティチョークとか。」

 

蘭「あぁ……洋食とかに使う野菜か。有りかも。私もまだまだ精進しないとな…。」

 

友希那「その粋よ、美竹さん。」

 

祝電が終わったところで、会場の明かりが消え次のバンドの準備が完了する。

 

イヴ「皆さん、お待たせ致しました……。次のバンドは羽丘組によるスリーピースバンドです。」

 

あこ「ちょっと前に組んだばかりだけど、どんな演奏を見せてくれるんだろう?あこ、ワクワクするよ!それではどうぞーー!!」

 

赤嶺達3人が壇上に上がる。3人はロックな衣装を身に纏い自己紹介を始めた。

 

赤嶺「みんな、盛り上がってる?私達--」

 

赤嶺・つぐみ・六花「「「"THE THIRD(仮)"です!!!」」」

 

あこ「ざ・さーど?」

 

イヴ「かっこかり……ですか?」

 

香澄「どういう意味なのかな?」

 

赤嶺「私が"3番目の香澄"って事。」

 

香澄「え?3番目って私じゃないの?」

 

赤嶺「戸山ちゃんは4番目……だね。高嶋先輩が1番、私が3番。その間にもう1人"いた"んだ。…………私も詳しくは知らないけど。」

 

中沙綾「(仮)っていうのは?」

 

六花「そこは何となくです。」

 

つぐみ「バンドなんて最初で最後かも知れないからね。」

 

赤嶺「私達もあまり時間がなかったから一曲だけ披露させて貰うね。みんな、準備は良い?」

 

つぐみ「うん!」

 

六花「はい!」

 

赤嶺「それじゃあ………火色舞うよ…"R・I・O・T"!!」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

千聖「これは……。」

 

日菜「凄いね……。」

 

香澄「ロックが……ロックだ…!」

 

キーボードとギターのみながらも、打ち込みも駆使し、曲名通り暴動の様なロックな音楽を奏でる羽丘組の3人。会場のボルテージは最高潮となり、ライブは後半へと続いていく--

 




「いつも見ててね」

戸山宅、香澄の部屋--

中沙綾(…7月13日……23時55分……。香澄の誕生日まで後5分………。)

香澄「ん?さーや、どうしたの?さっきから時計ばっかり見て。」

中沙綾「はっ!ごめんね、香澄。えっと……学校に入ってきた犬の話だったっけ?」

香澄「違うよー。今話してたのは、商店街に出来た新しいパン屋さんの事。」

中沙綾「そ、そうだったね。」

香澄「それでね、そこのクリームパンがね……。」

中沙綾「うん。美味しいよね、クリームパン。」

香澄「さーや?っ!」

香澄(そっか……。日付が変わったら7月14日……!でも、さーやがこっちを見てくれないのは、ちょっと寂しいな。……よーし!)

香澄「さーや。時計じゃなくて、目の前の私を見てほしいな。」

中沙綾「香澄!?」

香澄「0時丁度にお祝いしようと思ってたんだよね?でも、誕生日でもそうじゃなくても、さーやには、いつも私の事を見ていて欲しいんだ。……………なーんて、ちょっと我儘過ぎたかな?」

中沙綾「そんな事ないよ!そうだね、365日いつだって香澄は私の傍にいるもんね。」

香澄「さーや!嬉しいよ!」

中沙綾「私もだよ。」

香澄「あっ、私のスマホにみんなからお祝いのメッセージが来てる!」

中沙綾「いつの間にか、0時になってたんだね。」

香澄「なっちゃったね。」

中沙綾「改めて。香澄、誕生日おめでとう!」

香澄「どうもありがとう!これからもいーっぱい仲良くしようね。」


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思い出のアルバム〜想い伝える時間〈後編〉〜

思い出の章、最終回後編です。

パーティは続いていく--

時には熱く激しく、時にはしっとりとした調べに自分達の気持ちを乗せて。
御役目を忘れ一時の楽しい時間を過ごす彼女達の笑顔は光り輝いていた--



パーティ会場--

 

あこ「さてさて!宴もたけなわになったけど、ここで2回目の祝電披露だよ!」

 

小たえ「勇者部の皆様、お世話になっております。近年は麺その物もそうですが、粉の消費量も右肩上がりなのは、一重に皆様の啓蒙と御尽力のお陰だと実感しています。今後とも、うどんのパワーで勉学、運動等頑張ってください。全国うどん協会一同より。」

 

ゆり・蘭・美咲「「「全国うどん協会!?」」」

 

りみ「そんな大きな所まで……。お会いした事は一度も無いのに…。」

 

友希那「これだけ揃っているんだもの。その協会に知られていてもおかしくないわ。」

 

赤嶺「次読むね……コホン。勇者部さん、部長の牛込ゆりさん、お世話になっております。皆さんの健啖ぶりと精神力、仲間を信じる心は今でも、我々の語り草となっております。またいつの日か勝負し決着を付ける事を胸に、お互い精進を重ねて参りましょう。力士代表・饂飩龍より。」

 

ゆり「饂飩龍さん……あなたも日々胃袋を磨いてるんですね…。」

 

六花「さ、流石は大食い対決でうどんを34杯食べて引き分けたゆりさん……。」

 

千聖「あれだけ食べれば、うどん協会の目に止まるのも納得よね…。」

 

イヴ「因みにですが、うどん協会からは、うどんの無料券、相撲部屋からは、ちゃんこ鍋セットが届いています。」

 

薫「次の祝電は私から読ませてもらおう。勇者部様方が召喚されて早幾年の…………"ユ"?」

 

ゆり「……あぁ、これは"よし"だね"ヨシ"。」

 

薫「成る程…… 勇者部様方が召喚されて早幾年の由、心よりお喜び申し上げます。思い返せば今井様と花咲川中学勇者部との…………。」

 

ゆり「ん?………ぁ、"かいこう"。」

 

薫「成る程……邂逅を皮切りに、神樹様の奇跡の御力で歴代の勇者様方が次々と集結されてゆき、今日(きょう)では……。」

 

ゆり「そこは"こんにち"ね。」

 

有咲「もうゆりが読めば良いだろ!!」

 

ゆり「それじゃあ……今日では総勢27名にもなる勇者様、巫女様方に世界の安寧を支えて頂いております事、誠に感慨深く。日々、我々も己の成すべき御役目に粛々と勤しんでいる次第でございます。今後とも皆様には、御精進と御研鑽を積まれ、必ずや此度の試練に打ち勝たれますようここに御祈念を申し上げ奉ります。大赦。」

 

夏希「やっぱり、やけに硬いなぁって思ってたら大赦からだったね。」

 

彩「忙しいのに、わざわざ電報をくれるなんて…。」

 

ゆり「追伸。」

 

大赦からの祝電が終わったと思いきや、まだ続きがあるらしい。

 

美咲「まだあるの!?」

 

ゆり「花園中たえ様。節目節目の完成型の御写真、有り難く拝見し。また一日千秋、お待ち申し上げております。」

 

りみ・有咲・千聖「「「え…………?」」」

 

紗夜「完成型………それはつまり…。」

 

その言葉で全員がたえの方を向いた。

 

モカ「成る程〜。この祝電を打った神官……もしかして有咲のお兄さん?」

 

蘭「良かったじゃん、有咲。」

 

有咲「ど、何処がだぁ!!!花園たえぇぇーー!!写真の横流しなんていつの間に!?」

 

顔を真っ赤にした有咲がたえを追いかける。

 

中たえ「え?だって有咲のお兄さんが"連絡をくれない"って、仮面の下で泣いてる…気がして……。」

 

有咲「だからってなぁ……はっ!?どんな写真送ったか見せろぉーーー!」

 

中たえ「大丈夫だよ?ちゃんと可愛い写真しか送ってないから。」

 

香澄「うんうん!有咲の写真って、可愛いものが多いからね。」

 

有咲「う……ぅぐわあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

--

 

 

あこ「さぁ、いよいよライブも終盤に差し掛かってきたよ。次のバンドは……--」

 

イヴ「まて、あこ。次は俺に紹介させな。地方組、4人によるバンド……"Afterglow"だぁーー!!」

 

蘭「どうも……。」

 

美咲「いやー覚えるのホント苦労したよ…。」

 

薫「美咲なら大丈夫さ。私が保証するよ。」

 

美咲「いや、薫さんに保証されても……まぁ、良いや。」

 

モカ「モカちゃんがフォローするから任せなさい。」

 

蘭「"Afterglow"です。短いですが一曲聴いてください。"Scarlet Sky"。」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

モカ、薫のダブルギターによる荒々しいサウンドが響き渡る。普段の2人からは到底想像もつかない音色だった。

 

紗夜「奥沢さんは……あれはDJですか?」

 

千聖「随分珍しいわね。」

 

美咲(あはは……やっぱ物珍しげに見るよねぇ…。)

 

 

---

 

 

あこ「うんうん!本当に激しいステージだったね!皆様、ここら辺で冷たい飲み物でもどうぞ!残すところ後2グループとなりましたが、ここでインタビューです。」

 

そう言いながら、あこは水分補給をしているイヴのもとまでやって来る。

 

イヴ「ゴクゴクゴク………ん?どした?」

 

あこ「企画者であるイヴから一言お願い。」

 

イヴ「あん?………なっ!?さてはイヴ、俺が出てくる事を読んでたのか!?」

 

あこ「イヴの想いは最初に聞いてるから、ここはもう一人のイヴにお願いね。」

 

イヴ「あーーーーーっ………。」

 

全員の視線がもう一人のイヴに集まっている。顔を真っ赤にしながら、観念した様にイヴはあこからマイクを受け取り喋り出した。

 

イヴ「……わーったよ。みんな今日は、イヴの提案に乗ってくれて……あ、ありがとな。俺は、お楽しみ会なんざガキっぽくて!別に……楽しいとか………ねーけどよ。お前らが楽しかったなら、良かったんじゃねーの。あ………?バカ、テメーが言え…っ、オイ……っ!」

 

彩「イヴちゃん、どうしたのかな?」

 

薫「恐らくだが、内で揉めているんじゃないかな。」

 

イヴ「あ、あのな………イヴが…イヴがだぞ!?いや、まぁ俺もちったぁ……そう…かもだけど……。つまり何だ…イヴも俺も……テメーらが……その…えっと………だ、だ、だだ……だ…大好きなんだよーー!!!」

 

イヴ「…………はっ。やっと言えたんですね……もう一人の私。」

 

花音「ふぇ?何か今、物凄く貴重な言葉を耳にしたような……。」

 

千聖「録音しておけば良かったわね。」

 

日菜「何言ってるの?私の心にはルンっ♪て響いたよ!」

 

高嶋「イヴちゃん……あんなに真っ赤になって、一生懸命勇気を振り絞って私達に……。」

 

香澄「もう一人のイヴちゃーーーん!聞こえてるーーー?私も大好きだよーーー!」

 

彩「私もだよーー!イヴちゃんももう一人のイヴちゃんも!大大大好きーーー!」

 

イヴ「ふぇ……わ、私もですか……!」

 

蘭「私も、2人が大好きだよ。」

 

友希那「そうね。あなた達が私達を想っているのと同じくらいに。」

 

小沙綾・夏希・小たえ「「「大好きーーー!」」」

 

りみ・赤嶺・つぐみ「「「大好きーーー!!!」」」

 

中沙綾「大好きの大合唱だね。これこそ録音しておきたかったな。」

 

リサ「大丈夫だよ。いつでも言いたくて、いつでも聞ける言葉なんだから。」

 

 

--

 

 

あこ「さて、名残惜しいけど、残すところ後2グループとなってしまいました…。これから準備に入るので、皆様は再び上がった熱を冷ます、アイスクリームをどうぞー。ふぅ……。」

 

一息ついたあこの元に、燐子とリサがやって来る。

 

燐子「あこちゃん…アイス持ってきたよ…。」

 

あこ「りんりん…リサ姉……ありがとう!」

 

リサ「あこ、疲れてない?後ちょっとだから頑張って。」

 

あこ「大丈夫だよ。それより、イヴすっごい喜んでたね。」

 

リサ「そうだね。でも、あこも頑張ってるよ?」

 

燐子「ご飯あんまり食べれてないよね……。あこちゃんの分は全部取っておいてあるから…。」

 

あこ「本当に!?実はメインディッシュを食べ損ねてどうしようって思ってたんだ!あっ、準備が終わったみたいだね!それでは皆さんお待たせしました!5組目は"Pastel✽Palettes"です!どうぞー!!」

 

大勢の拍手に包まれて、ステージに"Pastel✽Palettes"の5人が登壇する。

 

彩「皆さーん!楽しんでますか?」

 

香澄・高嶋・赤嶺「「「楽しんでるよーー!!!」」」

 

千聖「残り僅かな時間だけれど、皆さん盛り上がっていきましょうね!」

 

日菜「今日も日菜ちゃんがこのステージをるんっ♪で包んじゃうよ!」

 

花音「ふえぇぇ……久々だから上手く叩けるかなぁ…。」

 

イヴ「大丈夫です。一生懸命練習しましたから、自信を持ちましょう……!」

 

彩「それではまず一曲聴いてください、"はなまる◎アンダンテ"!」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

大丈夫だよ背中は

温もりが私を

ぴったり守ってくれているから

猫背な心伸ばして

前向いて歩き出そう

願いが集まるその時

君の掛け声で飛び立つから

 

 

--

 

 

イヴ「聴いてくれてありがとうございます!」

 

彩「最後の曲は千聖ちゃんから発表してもらおうかな。」

 

千聖「……そうね。この歌は"象徴"を歌った曲。防人だった私達は勇者という人類の象徴に憧れていたわ。だけれど、この世界で私達もその目指していた象徴というものになれた………と言って良いのかもしれない。平和を守る気持ちは皆同じ。友希那ちゃん達西暦の勇者から始まって、赤嶺さん達羽丘組、夏希ちゃん達神樹館組から受け継がれてきた想い、それを抱えながら私達はこれからわ生きていく。聴いてください、"title idol"。」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

たくさんの輝き

たくさんの想い受け継ぎながら(生きてゆく)

私達は「アイドル」

それぞれの場所でそれぞれに輝け

だからこそ(終わる事は無いの)

素晴らしき(物語は続く)

タイトルが「アイドル」な限り

ずっと

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

友希那「白鷺さん達の思いが伝わってくる……。」

 

赤嶺「絶対に諦めない……私も…つぐちんを…。」

 

有咲「ライバルの存在か……。私も千聖がいたからここまで来れたんだ。」

 

"Pastel✽Palettes"のライブが終わり、いよいよラストの"Roselia"のライブが始まる。

 

 

---

 

 

あこ「さぁ、大トリはあこ達"Roselia"だよ!!」

 

燐子「大トリ……緊張します……!」

 

リサ「落ち着いて、燐子。深呼吸深呼吸。」

 

燐子「は、はい……。すぅー………はぁー………。」

 

あこ「どう?落ち着いた?」

 

燐子「うん…ちょっとだけ…。」

 

準備が整いライブが始まる直前、紗夜がマイクを手に取った。

 

紗夜「曲を始める前に、少しだけお時間をいただいて良いでしょうか。」

 

高嶋「紗夜ちゃん?」

 

紗夜「私も最初は皆さんと距離をとって一線を引いていました。許容範囲が狭くて、事ある毎に頑なな態度を皆さんにとったりもしました。ですが、皆さんはそんな私を決して見捨てる事はせず、それどころか私の周りに寄り添い厚い氷を溶かしてくれて……。」

 

 

--

 

 

無人島、山中--

 

 

紗夜「強く、優しく、皆に愛されるあなたが羨ましかった。私はずっと湊さんに憧れていたんです。」

 

紗夜「あなたになりたいと何度も………何度も思いました。ですが……それはもう終わりです。この世界で私はみんなに、"氷川紗夜として"受け入れてもらって、幸せになれました。あなたになれなくても……私自身を見てくれる皆さんに出会えたから………もう、満足です。」

 

紗夜「湊さん……大嫌いだったあなたが、そんなに嫌いではなくなって、いつの間にかもうとっくに…………好きになっていました。」

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

紗夜「やっと私は………自分でも知らなかった自分に出会う事が出来ました。ただ皆さんが私を待って……ただ、そばにいてくれたから…だから……。これからだって皆さんは、同じ様に誰の事も見守ってくれると、私は信じています。」

 

高嶋「紗夜ちゃん………凄いや。私、本当に紗夜ちゃんを好きになって良かったなぁ……。」

 

紗夜「そんな、私など…………………んっ!?!?たたたたたた高嶋さんいいいいい今今今!?!?!?」

 

友希那「…………コホン。それじゃ、気を取り直してまずは一曲聴いてください、"軌跡"。」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

"ありがとう"

此処で会えた貴方と私の軌跡

一つだって忘れないわ

何時までも熱いままで

 

"ありがとう"

廻る地球 貴方と私は進む

握る手離れても終わらない絆がある

 

幾千も永遠を重ね

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

壮大なバラードが会場を包み込む。荘厳な音色は香澄達の心を震わせた。

 

美咲「凄いね……。」

 

薫「あぁ…。ここまで一緒に手を取り戦ってきたからこそ、この曲が心に染み渡ってくる様だ…。」

 

中たえ「忘れない。忘れたくない。此処で過ごしてきた夏希との思い出を絶対…。」

 

友希那「しんみりとしてしまったけど、最後は私達らしく行くわ。貴方達、"Roselia"に全てを捧げる覚悟はある?」

 

その一言で会場が一気に湧き上がった。

 

友希那「ありがとう。それじゃあ最後の曲、聴いてちょうだい。"ZEAL of pride"。」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

大丈夫よ全てが

私達は此処にいる

満ち続ける心に温かさ

尊き熱の中歌と共に未来は

(解き放たれてゆく)

高みへ眩しく

(この目に映るのは)

美しき真世界

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

日菜「友希那ちゃん達最高だよ!!」

 

夏希「流石は風雲児です!」

 

小たえ「やっぱり御先祖様は格好良いなぁ…!」

 

蘭「流石は湊さんだね…。」

 

大歓声と共に"Roselia"のライブパートの幕が降りる。興奮の熱冷めやらぬまま、ライブはこのまま終了する筈だったが、突如香澄がステージに上がったのだった。

 

中沙綾「香澄?」

 

香澄「最後にみんなにお願いがあります。」

 

あこ「あれ?これは段取りに無かったけどなぁ……。まぁ、良いか。」

 

香澄「最後に、みんなで一曲歌いたいんです。だから、この時の為に曲を作ってきました。」

 

ゆり「香澄ちゃん、何時の間に!?」

 

香澄「えへへ……これが最後だって思ったら、居ても立っても居られなくて…。これからみんなに歌詞のカードを渡します。1番は私が歌うので、2番からはみんなで歌ってください!!」

 

そう言うと、香澄は勇者部全員に歌詞カードを手渡した。

 

香澄「これまでの思いを……気持ちを……忘れない様に。私はこの曲に込めました。いろんな時代のいろんな人が此処に集まった奇跡。その掛け替えのない時間を何時までも…ずっと……残せると願って…。行きます、"Aurora Days"。」

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

一つ一つが

素晴らしい思い出

いつでも目に浮かぶその笑顔

一つ一つが

奇跡なんだ

此処にこうして舞い降りて来たの

So bright

 

一人一人が

掛け替えのない色

纏ってこの大地染め上げる

一人一人が

違う色で

みんな輝く事が出来るんだ

My days

 

 

--

 

 

パーティ会場--

 

香澄「…………ふぅ…。ありがとうございました!」

 

歌い終わった直後、会場に拍手と歓声が響き渡った。数十秒程続いた拍手がやがて鳴り止む。そしてそれと同時に、このイベントも遂に終わりを迎えるのだった。

 

あこ「これにて全バンドが歌い終わりましたが、どうだった、イヴ?」

 

イヴ「本当に最高でした……!勇者部は暖かい………皆さんと居られる事、私も、もう1人の私も本当に幸せです。ありがとうございました!」

 

香澄「この世界でみんなに出会えて本当に良かった!これから先、どんな事が起こっても何とかなるって気がする!」

 

友希那「最後のゴールは任せたわよ、戸山さん。」

 

赤嶺「戸山ちゃんがゴールを切るんだから。」

 

香澄「うん!でも、私だけじゃない……ゆり先輩にりみりん、有咲におたえ。そしてさーや!!それに……。」

 

千聖「私達もね。」

 

香澄「そうですね!」

 

ゆり「じゃあ、最後は全員で記念写真撮るよ!」

 

香澄「了解です!みんな、ステージまでダッシュだぁーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沢山の笑顔が集まった思い出のアルバム。最後に納められたのは今まで以上の笑顔で溢れた香澄達勇者部、総勢27人の笑顔だった。

 

 




これにて番外編は全て終了です。

残すは外伝3部が2話、最終回のその後の話が1話で物語は終わりになります。

自己満足から始まった執筆も、2年も続けられて本当に良かったです。
最後までお付き合い頂けると幸いでございます。


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外伝〜今井リサの章〜
巫女の想い


時系列は第4章。語られる事の無かった巫女としての物語。若干最終章"約束の言葉を胸に"との繋がりがあります。

そしてまさかの新キャラ登場。キーワードは"やりきったかい?"




 

"メメント・モリ"という言葉がある。"自分がいつか死ぬ事を忘れるな"という意味だ。人間は"自分がいつか死ぬ"事を信じていない。何処かの国の哲学者ですら"自分が死ぬという事実を信じる事が出来ない"と述べる程だ。

 

人生は薄氷(うすらい)の上を歩く様なもの。そんな人間が信じていない"死"は、いつもその大きな口を開けて人を呑み込もうとしている。

 

2015年に起こった災害--後に"7.30天災"と呼ばれる大災害。バーテックスと呼ばれる化け物が突如として天から現れ、多くの人の命を奪い去り、四国や諏訪、沖縄、北海道を除く全ての文明を崩壊させた。

 

そんな中、一部の少女達に特別な力が芽生える。バーテックスに対応出来る唯一の力を発現した"勇者"。そしてその勇者を導く為に神託を受ける事が出来る"巫女"である。

 

 

---

 

 

そこから時が経ち3年後の2018年、バーテックスへの対策は、大社と呼ばれる組織が指揮を執っており、5人の勇者をバックアップしている。巫女の数は勇者よりも多く、1人を除き全員が大社の施設内で生活していた。

 

中でも巫女達で特に中心となっている人物が3人。1人は"今井リサ"。勇者達のリーダーである"湊友希那"の親友であり、巫女の中で最も能力が高い。

 

2人目は"宇田川巴"。"氷川紗夜"を発見した人物で、元々は神社の娘だった少女。そして3人目が"戸山明日香"。"宇田川あこ"と"白金燐子"を見つけ出した少女である。

 

先に述べた通り勇者は5人いる。最後の1人である"高嶋香澄"を見つけ出した人物は"都築詩船"という女性。彼女もかつては巫女だったのだが、3人よりもずっと歳上で、巫女としての力は既に失ってしまっている。

 

世界を滅ぼすバーテックスに対抗する勇者。巫女はそんな勇者達をサポートするべく、日夜大社で自分達の力を磨く為努力の日々をおくっていた。

 

 

---

 

 

大社、教室--

 

巫女としての1日は早朝の水垢離から始まる。そしてそれが終わると教室での座学が始まる。授業開始の時間となり、教室に1人の神官がやって来る。彼女が元巫女の都築詩船その人だ。

 

詩船「それでは、授業を始めるよ。」

 

授業とは言っても巫女達の年齢はバラバラで、下は小学生から上は高校生までいる為一律で授業を受ける事は出来ない。基本的には教科書や参考書で自習をして、分からない場所を個別で詩船が教えるスタイルを取っている。詩船が小学生に算数を教えている最中、明日香は隣に座っている巴に話しかける。

 

明日香「勇者達の事心配?」

 

巴「環境は問題無いよ。でもバーテックスがどれだけいるかは分からない。もし紗夜さんに何かあったら……。」

 

明日香「巴さんは心配症だね。大丈夫、勇者達はめちゃくちゃ強いんだよ。」

 

巴「でも紗夜さんは他の勇者達より繊細なところがあるから…。明日香は燐子さんやあこが心配じゃないのか?友達なんだろ?」

 

明日香「大丈夫でしょ。2人も勇者の力を持ってるんだから。」

 

そんな事を話しながら午後には教室での授業は終了し、ここから本格的な巫女としての時間となる。

 

午後は祝詞を覚えたり、神道の知識の勉強、舞いや雅楽等儀式に必要な技能を身につけていく。夜は全員で食堂に集まって食事を摂り、終われば宿舎に戻り就寝時間。そんな1日を繰り返しながら生活している。

 

 

---

 

 

ある日の午後、大社が騒がしくなっているとの事を明日香と巴は耳にした。大社の神官が話してる内容に耳を澄ませるとどうやら諏訪との通信が途絶えたとの事だった。諏訪にも人類の生き残りがおり、僅かに残った人々を勇者"美竹蘭"と巫女である"青葉モカ"が導いていたのだ。

 

2人の顔色は血の気が引いた様に青ざめていく。人は簡単に死んでしまうという事を改めて思い知らされる。バーテックスの圧倒的な物量。諏訪は四国程広くは無いが、それでもたった2人で3年間も諏訪を守りきれた事自体が奇跡と言っても過言では無い。

 

2人は更に耳を澄ませて話を聞く。そして2人は更に驚愕した。リサが神託を受け取り、その神託の内容が近々四国にバーテックスの大群が襲いかかってくるとの事。2人は話を聞くのを止め、すぐさまその場から離れるのだった。

 

巴「諏訪が壊滅してその大群が今度はこっちを襲うって事?」

 

 

明日香「多分……。」

 

 

それぞれが勇者達の事を思い浮かべる。だが自分達に出来る事は何もない。ただ、ひたすらに勇者達の無事を祈る事しか出来ない。天から襲いかかってくる敵なのに天を仰いで祈るとは皮肉なものだった。

 

 

---

 

 

それから数日が経ち、バーテックスが丸亀城を襲撃、5人の勇者達は巧みな連携で襲い来るバーテックスを全て撃退。後にこの戦いは"丸亀城の戦い"として歴史に名を刻む事となる。四国は守られたのだ。そしてしばらくバーテックスの襲撃は無いとの神託を受け、勇者達そしてリサを含めた6人は壁の外を調査する為に調査遠征に向かうのだった。

 

6人が調査に向かったその日、明日香は大社近くにある小さな山に登っていた。次の日も。その次の日も。山の上からは海が見え、そしてその向こうには四国を取り囲むかの様に植物の様な組織で出来た壁が聳え立っている。

 

明日香「あこ……燐子さん……リサさん………。」

 

壁の外には白く不気味な化け物が跳梁跋扈している。その中をいくら勇者達がいるからとは言え、普通の少女と何一つ変わらないリサが旅をしている。明日香はリサの言葉を思い出す。

 

 

--

 

 

リサ「それに……みんなが帰ってくるのをただ待ってるのは、もっと辛いから……。」

 

 

--

 

 

明日香は目を瞑った。目を閉じれば今でも3年前の悲劇が昨日の様に鮮明に思い出される。すぐそこに迫ってくる"死"という概念。待っているより一緒についていく方が何倍も怖いに決まっている。それでもリサは自分より親友の心配を優先したのだ。自分より他人が--大切な人を失ってしまう方がもっと辛いから。

 

明日香「私だったら………。」

 

その時、

 

巴「はぁ、はぁ……ここにいたのか。」

 

声の主は巴だった。肩で息をしながら巴は尋ねる。

 

巴「何してるんだ、こんな所で。」

 

明日香「海が……見たくなってね。」

 

咄嗟にはぐらかす。だが巴にはお見通しのようで、

 

巴「心配なんだな、2人の事が。前に私の事を心配症だって言ったのに、本当は明日香の方が心配症だったか?」

 

明日香「そ、そんなんじゃ……ううん、そう。心配してる。すっごく。」

 

2人は近くのベンチに腰を下ろした。

 

明日香「ねぇ。巴さんはリサさんみたいに、勇者達の傍にいたいと思う?」

 

巴「………どうだろうな…。」

 

明日香「私には、"天恐"の家族がいるんだ。症状が重くてずっと病院に入院してる。本当だったら傍にいてあげないといけないのに、私はずっと大社にいて、殆ど会いに行けてない……。」

 

巴「大社の巫女だから仕方ないさ。もしかして明日香は、家族の治療を優先的に行なってもらう為に巫女になったのか?」

 

巴の推測は正しかった。"天空恐怖症候群"に罹っている人は多くいる為治療の手が足りていないのが現状であり、明日香は身内に大社の巫女がいれば優先的に治療してもらえるかと思い、打算で巫女になったのだ。

 

明日香「でも、本当は巫女になるより、家族の傍にいてあげる方が良かったんじゃないかって思うんだ。それと同じで………私はリサさんみたいに、あこや燐子さんと一緒にいた方が良いのかもなって思うんだよ。」

 

勇者達はバーテックスと日夜戦っている。いつその命を落としてもおかしくないのだ。最悪の事態は想像したくはないが、会えるうちに出来るだけ会っておくべきじゃないかと考える。いつ会えなくなっても不思議ではないから--

 

巴「……何も出来ないだろ。」

 

明日香「え?」

 

巴「明日香には何も出来ない。家族の傍にいても、"天恐"を治療出来る訳じゃないし、勇者達の傍にいても、リサさんみたいに巫女の力が高い訳でもないんですから。」

 

明日香「………。」

 

巴「だから、明日香はここにいて、自分に出来る事をやるべきだよ。それが何より家族の為にも、勇者達の為にもなる。明日香は1番合理的な行動をとってる。」

 

不器用な巴なりの励まし方。だけど不思議とスッと心に染み渡っていく優しさを感じた。

 

巴「"官を侵すの害は寒さよりも甚だし"。」

 

唐突に巴は呟いた。自分の職業を全うする事が重要という意味であり、分を弁えて、それ以上の事を無理にやろうとするのは、寧ろ害悪にしかならないという意味の諺である。

 

明日香「そっかぁ……。」

 

空を見上げる。青く澄み切った青空は、広く、深く、美しい。あの日人類を崩壊寸前まで追い込んだ化け物を降らせたとは到底思えない様な青空が広がっている。今となっては凶々しい憎悪すべきものとなってしまったが、それ以前の空は人類にとって希望や吉祥の象徴だったのだ。

 

明日香「……大変な時代に生まれちゃったね、私達。」

 

巴「私はこの時代に生まれて良かったと思う。」

 

明日香「え?」

 

巴「だって、この時代に生まれたお陰で、私は紗夜さんに会えたんだから。」

 

迷いの無い清々しささえ覚える程の口調で話す巴。ふと明日香は巴に尋ねる。

 

明日香「そういえばさ、巴さんはどうやって紗夜さんと出会ったの?」

 

巴「………。」

 

少しの沈黙の後、巴は口を開いて話し出す。

 

巴「あれは--」

 

 

---

 

 

2015年、7月30日。高知--

 

日本全国にバーテックスが現れたその日の夜、巴は自分でも全く理解出来ない衝動に突き動かされ、自転車で家を飛び出していた。今となっては分からないが、これも巫女としての覚醒で神託を無意識に受け取ったからかもしれない。

 

幸い巴がいた地域では、バーテックスが出現しておらず、時々強い地震が起こり足止めされる程度で危険に遭う事無く移動する事が出来た。

 

 

--

 

 

何かに導かれ、暫く自転車を走らせた巴が辿り着いた場所は、管理する者がいなくなり荒れ果ててしまった小さな神社の社。

 

巴「この神社は………。」

 

社は度重なる地震のせいで既に崩壊していたのだが、その壊れた社の前に、錆びた刃物の様な物を持った、1人の少女が蹲っていたのだ。

 

巴「あの子は一体……?」

 

月明かりの下で蹲る水色の美しい長髪の少女は何故か涙を流していた。その光景は現実離れして見える。整った容姿でありながら、濡れた瞳に酷く暗いものが宿っているせいだろうか--

 

それとも、その手に持っている錆びた刃物が、幼い少女という存在に対して酷くアンバランスだったからか--

 

巴は中々声をかけられずにいた。目の前にいる人物が、まるで神様か天使かの様に見えたからだ。体が緊張で強張り上手く呼吸が出来ない。暫く眺めていると、その彼女は涙を拭って巴の方を振り返った。

 

?「ともえ………?」

 

彼女の第一声に驚いた巴。それもその筈少なくとも巴自身初めて会う少女なのに、その少女は巴の名前を言い当てたからだ。

 

巴「ど、どうして私の名前を……!」

 

心臓の鼓動がどんどんと大きくなり、さっきよりも呼吸が上手く出来なくなる。人は神の前にたった時、その存在に平静ではいられなくなるという。今の巴は正にそんな状況だった。

 

誰もが人類最悪だと感じる日。その日巴は神と出会ったのだ--

 

 

 



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私の神様

巴と紗夜の出会い。それは神秘的で運命的な出会いだった--





 

?「ともえ………?」

 

巴「ど、どうして私の名前を……!」

 

必死で記憶を手繰るが今目の前にいる少女との面識は一度も無い。それなのにその少女は巴の名前を言い当てたのだ。驚きと感動で声が出せない巴にその少女は指を向ける。

 

?「その紋様……。」

 

巴「え?」

 

?「巴紋ですよね…。」

 

少女が指差したは自転車。自転車の籠部分に大きく巴の紋様が刻まれていた。巴はそれを自分の名前を当てた事と勘違いしてしまったのだ。

 

巴「……なんだぁ。本当に神様か何かと思いました。初めて会う私の名前を一発で当てるなんて。」

 

?「ふふ……。」

 

先程まで感慨にふけり涙を流していた少女が少し笑った。

 

巴「でも、この状況……。あなたは本当に神様かもしれませんね。私は巴。宇田川巴です。」

 

?「私の名前は--」

 

 

--

 

 

巴が出会った神秘的な少女、氷川紗夜。神様では無いが、勇者の力を持つ特別な少女。紗夜は大社に保護され、巴は紗夜を見出した巫女になった。

 

巫女--神社等にいる巫女では無く、神の声、神託を聞く力を持つ女性。巴が紗夜と出会う事が出来たのはその巫女としての力のお陰だった。

 

巴はその事を家族に相談するが、最終的な判断は自身に任せると家族は選択を選ばせてくれた。"もう一度紗夜に会いたい。"その気持ちが巴を突き動かし、大社に入る事を即決させる。

 

しかし巫女は大社で暮らし、勇者は丸亀城で生活している。巫女と勇者との間に接点は無かったが、サポートをする立場である為5人の勇者達のプロフィールや生い立ちを教えてもらう事が出来、特に紗夜に関しては見出した立場の為大社が持っている情報は全て教えてもらう事が出来た。

 

生い立ちを知った時、酷く吐き気を催す程劣悪な環境だという事が分かった。父親は子供がそのまま大人になってしまったかの様なクズで、母親は不倫し、紗夜を捨てた。周りの人々はそんな紗夜を蔑み、嘲笑し、忌み嫌った。学校ではイジメを受け、心身ともに虐げられていた。

 

巴「私が……私が傍にいないと…。」

 

これからの紗夜は幸せでなければならない。彼女は勇者に選ばれたのだから。そう巴は心に誓い今日までの日々を送っていた。

 

 

---

 

 

大社近くの山--

 

明日香「そうだったんだね……。」

 

巴「紗夜さんを手助けする為に大社に来たけど、結局その後1度も合わずに3年経ったんだ。」

 

話を聞いているうちに夕日が沈みかけた為、2人は大社へと戻る。そしてその翌日、勇者達は四国へと帰って来たのだった。

 

 

---

 

 

大社、食堂--

 

明日香と巴は食堂で昼食を摂りながら話す。

 

明日香「勇者とリサさん無事で良かったね。誰かが怪我する事も無かったって聞いたし。」

 

巴「そうだな…。」

 

明日香「リサさん達、思ったよりも帰ってくるの早かったね。」

 

巴「そうだな…。」

 

さっきから二つ返事しかしない巴。そして訝しむように続ける。

 

巴「いくら勇者達の移動速度が常人より速いと言っても、あの短期間で日本中を全て回れたとは思えない……。」

 

そう思うのも一理あった。詳しいルートは聞かされていないが、大阪や名古屋、東京といった主要な都市を含め、連絡が途絶えた諏訪、更に生存反応があった北海道まで調べる事になっていたらしい。たった3日程度の時間で、それだけ多くの箇所を調査出来るとは到底思えなかった。その時、隣の席にたまたま座っていた詩船が答える。

 

詩船「途中で引き返して来たんだ。今井に神託が下ったらしいよ。四国に間も無く危機が訪れるから引き返せと。」

 

明日香「え?でも、私達にはそんな神託、無かったと思いますけど……。」

 

詩船「そうだね。大赦の巫女で神託が下った者はいないよ。だけど、今井は神樹に1番気に入られている巫女だからね。彼女にだけ神託が下ったとしてもなんら不思議じゃないよ。」

 

明日香「成る程…。」

 

詩船「取り敢えず大社は、その危機が何なのかって事を調べてる。そして勇者達が遠征で持ち帰ったサンプルの調査もしているよ。まぁ、どれだけの事が出来るか分からないけど、私達もやれるだけの事はやるつもりさ。」

 

そう言い残し、詩船は食事を終えたトレーを持って席を立った。

 

明日香「大人達も大変だね。」

 

巫女達は神樹に仕え、その神託を聞く事が仕事だが、それ以外の事に関してはやはり子供な為大した事は出来ない。調査だとか対策だとかは全て大社という組織が担っているのだ。

 

巴「大社に入って3年以上経つけど……。」

 

ふと巴が不満げに言葉を漏らす。

 

巴「私は未だにこの組織が一体何なのか理解出来ないところがある。私の観点から言えば、この組織は歴史上稀に見るほど歪な組織だよ。」

 

 

---

 

 

大社、食堂--

 

明日香「リサさんが受けた神託の"四国の危機"まだ来ないね。」

 

勇者達が帰って来てから日は経ち、今は2019年の3月末、もうすぐ桜が咲く季節だ。リサが"四国に危機が迫る"との神託を受けてからバーテックスの襲来は1度もない。例え月日が経っても何かが変わる訳では無い。同じ教室で授業を受け、巫女としての修行の日々が続く。生活する宿舎も変わらないし、新しく巫女が入ってくる訳でも無いから周囲の人間関係も変わらない。

 

明日香「そういえばさ、巴さんのお父さんって大社の神官なんだっけ?」

 

巴「ああ、そうだよ。」

 

大社は神職で構成された組織な為、巴が巫女として大社に入るよう求められた時に、一緒に父親にも声が掛かったのである。

 

明日香「結構重要な役職だったりするの?なんたって勇者の巫女の父親だし。」

 

巴「いや、全く要職じゃないよ。父さんは向いてないんだ、大社の神官なんてのは。」

 

家族に対して随分な毒を吐く巴。

 

明日香「それはまたどうして?」

 

巴「父さん自身が向いてないって言ってたんだ。父さんは神職としては優れた人。だからこそ、大社は似合わない。」

 

巴の父親は神社の長たる宮司でありながら、その性質は宗教者ではなく経営者だった。自らの神社を"会社"と考え、そこで働く巫女や神職を"社員"と呼んだ。初詣や七五三等の定期業務をしっかりと盛り上げ、神社として横の繋がりを強める事で営業を行い寄付を募り、地鎮祭等の仕事を貰い、日々の売り上げを上げて社員を養っていたのだ。

 

その結果、立地も悪く観光地でもない小さな零細神社を、廃れさせずに守る事が出来ていた。巴の父親は神社の経営者としては優秀と言えたのだ。

 

 

--

 

 

それは巴が大社に入るよう要請を受けた頃--

 

巴父「巴。神社ってどんな所だと思う?」

 

巴「えっと……。基本的には人が御参りをしたりする所だけど……。」

 

巴父「大まかに言ってしまえばそうだ。だが、神社とはサービス業を行う会社なんだ。」

 

巴に対しいつも口にしている一言だ。科学が隆盛して以降、御祓や呪い(まじない)の効果を本気で信じる人は激減した。しかし信じていない人でさえ、年始には初詣に行き、子供が育てば七五三の儀式を行い、建物を建てる際は地鎮祭を行う。それは平たく言えば結婚式や誕生日パーティーと同じ一種のアミューズメントでありイベントなのだ。

 

巴「成る程ね……。やっぱ考えてる事が凄いよ父さんは。」

 

巴父「だからイベントプランナーである私達が、外敵との戦いで指揮を執ったり、勇者という名の兵士のサポートをしたり等、上手く出来る訳がない。私はそう思ってる。」

 

現代の神職達は、神に関して言えば専門家だが、戦争に関しては全くの素人、門外漢である。だから巴の父親は自分に大社の神官など務まらないだろうと考えたのだが、結局は時代の流れには外れるべきでは無いと判断して大社に入ったのである。

 

大社はバーテックス対策の中で悪手を打ったり、上手く動かなかったりする事が少なくない。それも至極当然の事である。大社に所属する神官達の多くは巴の父親と同じ様に、戦争の為に何をすれば良いのか分からず、手探りで物事を進めているのだから。

 

 

--

 

 

巴「………どうして急に父さんの事を聞いたんだ?」

 

明日香「あはは…。もし巴さんのお父さんが大社の偉い人だったら、私達が知らない情報も知ってるんじゃないかなって思って。リサさんの神託の事で、四国に何か危険な兆候でもあるのかとかさ。」

 

その時、背後から誰かが明日香に声をかけた。

 

詩船「だったら、今井本人に聞いたらどうだい?」

 

声の主は詩船だった。たまたま通りかかったのだろう。

 

詩船「今井が明日、大社に来るらしい。新しい神託があったのか、何かバーテックスとの戦いに変化があったのかを聞いてみたらどうだ。」

 

特にバーテックスとの戦いに関しては"樹海化"のせいで、勇者にしか分からない情報も多い。だからこそ勇者の近くにいるリサは持っている情報量も多いと踏んだのだろう。

 

勇者達の戦いは特殊な環境で行われる。バーテックスが結界を越えて四国に侵入すると、四国の大地や生物達は植物組織へと変化する。これが"樹海化"であり、神樹が人間を守る為に起こしている事だとされている。

 

樹海化した状態では、バーテックスの攻撃を受けても人間が傷付く事はない。しかし樹海化した空間を認識し、行動する事が出来るのは勇者とバーテックスのみ。巫女である明日香や巴、1番近くにいるリサでさえ、勇者とバーテックスの戦いが始まった事にさえ気付けない。そして気付かぬうちに戦いは終わってしまうのだ。

 

明日香「明日、リサさん来るんですね。」

 

声のトーンが少し上がる。リサは巫女のみんなから好かれている為、彼女の訪問を楽しにしている者は多い。それに対して詩船の表情は少し険しかった。

 

詩船「今回の今井の訪問は、あまり喜べる事じゃなさそうだ。良くない報告があるらしい。」

 

 

---

 

 

翌日早朝、大社--

 

リサが大社に到着し、すぐに大人達に勇者の現状報告と相談を行い、すぐさま会議に入った。リサが解放されたのは夕方になってからだった。明日香と巴は昨日の詩船の言葉が気になり、解放されてからすぐにリサの部屋を訪れる。

 

 

--

 

 

リサの部屋--

 

リサ「いらっしゃい、明日香。それに巴も。」

 

朝早くから駆り出され、缶詰状態だったにも関わらず、リサは笑顔で2人を迎え入れる。

 

明日香「リサさんも大変ですね。朝早くに丸亀城からここまで来て、すぐに何時間もぶっ通しで会議だなんて。」

 

リサ「確かに大変だけど、正確に勇者達の事を大社に伝えないと、いざっていう時に問題が起こったりしたら大変だから。少しでも勇者達の助けになるなら、私1人の苦労なんて大した事ないよ。」

 

そう笑顔で言いながらリサは部屋から出て行き、お茶菓子と飲み物を持って来た。

 

巴「リサさん、そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。」

 

リサ「いやいや。巴も座って。良いお茶が手に入ったから、お土産に持って来たんだ。」

 

大人びた振る舞いや雰囲気。巴はお茶を入れているリサを見ながら小さくため息を溢した。

 

巴(はぁ…。リサさんと接してると、やっぱ私はリサさんを嫌いになる事は出来ないなって思うよ……。)

 

 

--

 

 

三年前、大社--

 

巫女になる事を承諾した巴は大社へとやって来た。紗夜と一緒にいられない事には不満を覚えたが、一般人と勇者達との距離を考えれば、巴と紗夜の距離は圧倒的に近い。

 

大社には大勢の巫女がいるが、その中でもリサは特別な存在感を放っていた。小学生とは思えないくらいの落ち着きと聡明さ、そして持ち前の明るさでリサは一瞬で巫女達の中心になってしまったのだ。一通り巫女が揃った後、1人の神官がやってきて告げる。

 

神官「この中の誰か1人に、勇者達と共に生活する御目付役になってもらいます。」

 

神官は付け加えて話し続ける。

 

神官「御目付役は巫女としての能力が高い者。戸山さん、宇田川さん、そして今井さんの誰かが適任だと考えています。」

 

その言葉を聞いた途端明日香はどうしようかと迷い、巴とリサがすぐさま手をあげる。お互いに思っている事は同じのようだった。

 

 

--

 

 

それから数日が経ち、御目付役はリサに決まる。巫女としての能力はリサの方が高く、精神面でもリサの方が安定していると判断されたようだった。

 

もちろん巴は悔しがった。紗夜に近づくチャンスが失われてしまったからだ。それが理由で当初巴はリサの事を快く思っていなかった。劣等感を抱いてたとも言えるだろう。

 

その後はリサは丸亀城で生活するようになり、時折大社へと勇者達の事を報告する為に大社へ訪れた。他の巫女達がリサと接する事が出来る時間はそんなリサが大社へとやって来る時のほんの僅かな時間しかなかった。

 

しかし、その僅かな時間の中で、巴がリサに抱いていた苛立ちや嫌悪感はすぐさま消えてしまう事となる。巫女達は大社に集められたばかりの頃、年齢がバラバラだった事や急な環境の変化によるストレスの為かよく諍いを起こしていた。

 

だが、リサは大社を訪れると、他の巫女達の相談を真摯に聞き、彼女達の間に起こっていた不和を次々に解決していったのである。リサが聡明で問題を解決出来るアイデアをすぐに思い付く事が出来る--それも一理あるが、それ以上にリサが調停役として優れている理由はその姿勢にあった。

 

巫女達の話を真摯に聞き、共感し、どうすれば解決出来るかを真剣に考えてくれる。その為には敢えて自分自身が悪役になって嫌われたり、不利益を被る事も厭わない。巫女達はそんなリサを見ているだけでケンカをしている自分達を恥ずかしく思い、諍い等を止めてしまうのである。

 

そんなリサを見ていると巴の中にあった嫌悪感や劣等感は消え失せ、いつの間にかリサを嫌うどころか好きになってしまったのである。

 

 

--

 

 

巴(今になって思えば、御目付役になったのがリサさんで本当に良かった。私よりもリサさんの方が、間違いなく勇者達の役に立つ事が出来る。その方が紗夜さんにとってもきっと良い事だと思う。)

 

明日香「詩船先生から聞いたんですけど、何か良くない報告があるって聞きましたけど…。」

 

明日香が少し躊躇いがちに質問をし、リサも少し弱々しいトーンで質問に応え始めた。

 

リサ「そう…だね。今日私が大社に来たのも、その報告の為なんだ。」

 

巴「何があったんですか…?」

 

明日香「もしかしてこの前リサさんに神託があった"四国の危機"の事ですか?」

 

リサ「いや。…………先日の結界外遠征の後から、勇者達の様子に少し異変が見られるんだ。」

 

 

 



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永遠の別れ

告げられる残酷な真実--
大切な人との別れはいつ何処で起こるか分からない--




 

 

リサ「…………先日の結界外遠征の後から、勇者達の様子に少し異変が見られるんだ。」

 

明日香「異変?」

 

明日香は聞き返し、巴も目線をリサへと向けた。

 

リサ「あこは原因不明の不調を訴えてる。不調って言っても"体に何か変化な感じがある"って曖昧な感じで、はっきりとした症状が出た訳じゃないんだけど……医者の検査でも体は健康そのものだって。」

 

明日香「あこが………。」

 

明日香は考え込み、黙ってしまう。

 

巴「他の勇者達はどうなんですか?紗夜さんは?」

 

リサ「あこと同じような症状を訴えてる人はいないけど……紗夜はかなり精神的に弱ってるみたい。」

 

巴「精神的に………って?」

 

リサ「口数が少なくなって、険しい表情を浮かべてる事が多くなったんだ。現状に不安を抱えてるのかもしれない。………きっと結界外遠征で、四国の外の様子を目の当たりにしたからだと思う。」

 

大社にいる巫女にも、先日の遠征で勇者達が見た四国外の状態については話が伝わって来ていた。日本各地は悉く破壊されており、神戸や大阪、名古屋といった主要都市ですら生存者は発見されなかった。去年にはまだ生存者が残っていたあの諏訪も、徹底的に蹂躙され尽くした後だったという。

 

明日香「私は……結界の外の話を聞いただけでも、喪失感が凄かった。実際に惨劇を目の当たりにした勇者のみんなは、もっと絶望的だっただろうね………。」

 

勇者達は必死でバーテックスから四国を守る為に、心身を削る程の苦しい戦いを強いられている。それでも戦い続けられるのは、"いつかバーテックスから日常と国土を取り戻す"という想いに支えられているからだ。

 

しかし既に取り戻すべき世界は破壊し尽くされ、生き残っている人もいなかった。心を折られる程の衝撃だっただろう。

 

明日香「紗夜さんやあこ達の不調は、その時のショックが原因かもしれないですね……。」

 

リサは無言で頷いた。言葉が途切れ、3人の間に沈黙が落ちる。戦争に関して大社は素人だ。戦場に出る者達のメンタル面のサポートは、充分に出来ない可能性がある。

 

3人は必死で考える。大社にいる大人達よりも勇者達の年齢に近い分、彼女達に寄り添う事が出来る筈。私達にしか出来ない何かがある筈なのだと。

 

巴「勇者達の精神的な落ち込みが不調の原因なら……何か気晴らしになるような事が出来れば良いんじゃないですか?」

 

ふとそんな事を零す巴。するとリサは少し表情を和らげ、

 

リサ「ナイスアイデア!結局それが1番良いのかも。あっ、そういえば前に友希那の提案でレクレーションと称して勇者達全員で模擬戦を行ったんだ。明日香も知ってるよね?」

 

明日香「……そういえばそんな事ありましたね。私はその後のライブしか見てないですけど、みんな楽しそうでしたね。」

 

バトルロイヤル形式での模擬戦。巴も友希那の事は資料で知ってはいるが実に友希那らしい事だと思った。

 

巴「レクレーションがバトルロイヤルって…。でも、結局優勝したのは湊さんじゃないんですか?リーダーだし、勇者の中では1番強いんですよね。」

 

明日香「いや、最終的に優勝したのは燐子さんだったんだよ。」

 

巴「え!?意外ですねぇ……。どんな作戦使ったんですか?」

 

驚いた表情を浮かべ2人に尋ねる巴。燐子が争う事が得意ではないのは知っていた。だから勇者全体の指揮を取ったり、作戦行動を立案したり等参謀的な役目を担っている。だからこそ巴は燐子が友希那を打ち破った事が不思議でならなかった。

 

リサ「あはは。燐子がどんな作戦を使ったかは秘密だよ。」

 

スマホを手に持ちウインクをしながらサラリと躱すリサ。そして話題を変える。

 

リサ「でも巴の言う通り、気晴らしをするのが1番かもね。遊びなら何でも良いんだよ。そうする事で、少しでも悪い雰囲気が紛れれば………。」

 

ただの現実逃避だと言われれば、否定する事は出来ない。勇者達の気分が晴れようと、現実にバーテックスの侵攻は起こり続けるし、四国の外が壊滅しているという事実は変わらない。

 

リサ(それでも………。)

 

それでも今を生きる者達が、今を楽しめる事自体に価値があるのではないだろうか。

 

 

---

 

 

その後リサは再び丸亀城へと帰って行った。今回は大社に泊まる事はせず、勇者達の精神状態を鑑みて丸亀城から離れている時間を極力減らすつもりらしい。リサが帰った後も、明日香と巴は勇者達の気晴らしについて話し合っていた。

 

明日香「お花見とかどうかな?」

 

巴「それ良いな。丸亀城は桜の名所だし、お花見客とかも多いって聞くよ。」

 

明日香「だね!勇者達と巫女達全員で合同お花見会でも開こうか!」

 

 

--

 

 

そうと決まればすぐさま行動に移す2人。早速この事を詩船へ話した。

 

詩船「……悪くないね。私から上に提案しておこう。けど許可が下りるまで多少時間は掛かるよ。何せそういうイベントは初めてだからね。」

 

明日香「桜の時期は短いですから、散る前にお願いします!」

 

詩船「分かってる、最速で通すよ。2人も企画を立てたんだから最後までやりきりな。」

 

珍しく乗り気な詩船。内心彼女も高嶋の事を心配しているのだろうか。そんな事を思いながら2人はハイタッチをしたのだった。

 

 

---

 

 

翌日、大社厨房--

 

次の日は日曜日。日曜日は授業も修行も無い完全な休日となっている。しかし2人の1日はいつもと変わらない。同じ時間に起きて食堂で朝食を食べて1日を過ごす。しかし朝食を食べ終えた後、明日香は巴から料理を教えてほしいと頼まれ2人で厨房を訪れていた。

 

明日香「珍しいね。どうして急に料理を作りたいだなんて言い出したの?」

 

少し照れながら巴は答える。

 

巴「あー……勇者達とのお花見の時に、せっかくだから紗夜さんに料理を持って行こうと思ったんだ。こういう事頼めるの明日香しかいなくってさー………。」

 

明日香「ナイス提案だよ!出来るところは私が教えてあげるね。」

 

巴「助かるよ!ところで、明日香は料理出来るのか?」

 

明日香「リサさん程じゃないけど、ある程度は出来るよ。どんな料理が作りたいの?」

 

巴「カツオ料理かな。」

 

即答だった。紗夜の出身である高知の名産品であるカツオ。前に紗夜がカツオ料理を好む事はリサから聞いていたのだった。

 

巴「既製品の惣菜を持って行っても良かったんだけど、折角だから手料理も良いよな。」

 

予め料理の練習用にと用意しておいたカツオを厨房の冷蔵庫から取り出した巴。

 

明日香「カツオ料理だね。何を作りたいとかある?」

 

巴「1番美味しい食べ方は、カツオのたたきだと思うけど……朝作って持ってくとなると、生物は避けた方が良いだろ?」

 

明日香「うーん……そうだね。でも、良い方法があるよ。」

 

明日香は端末でレシピを見ながら、いくつかの料理案を提案する。そしてカツオのたたきの竜田揚げ、そしてカツオの照り焼きを作る事に決めたのだった。

 

 

--

 

 

明日香「料理ってね、案外難しい事ないんだよ。基本的にレシピ通りに作れば、ちゃんと出来上がるから。凝った料理じゃなければ、何回か作れば誰だって簡単に作れるようになるんだよ。」

 

そう言いながら明日香は手際良く料理を教えながら進めていく。お手本で作った後に巴も真似をしながら作っていく。少し失敗する事もあったが滞りなく進んでいった。

 

明日香「そういえば巴さんって、紗夜さんとはよく会ってるの?」

 

巴「バーテックスが出現した時には会ったけど。」

 

明日香「その後は?」

 

巴「………一度も会ってない。」

 

明日香「そっか……。どうして会わないの?巴さん、紗夜さんの事大好きなのに。」

 

巴「……………。」

 

その質問に巴は言葉が出なくなってしまう。勇者と巫女は暮らしている場所こそ違うが、全く会えない訳ではないのだ。大社からの許可が下りれば、連休などにお互いに予定を合わせれば会う事が出来る。現に、明日香も年に一度くらいはあこと燐子に会っている。

 

しかし巴は"7.30天災"以降、一度も紗夜に会っていなかった。当初は勇者達のお目付役になってまで傍にいようとしていたのにだ。

 

巴(どうしてだろうな………。)

 

巴「紗夜さんの連絡先知らないから予定を合わせられないし……。」

 

明日香「リサさんに頼めば、間を取り持ってくれるんじゃない?」

 

明日香の言う通りである。今巴が口にした言葉はただの後付けの言い訳にしか過ぎなかった。会えない--会おうとしない理由は自分でも分かっていた。

 

巴「………勇気が、出なかったから…かな。」

 

明日香「勇気?」

 

料理をしていた2人の手が止まる。

 

巴「……紗夜さんを見出した巫女って扱いになってるけど、リサさんや湊さんのように昔からの知り合いじゃない…。バーテックスが現れた日に初めて会って、少し話をしただけなんだよ。私にとって紗夜さんは特別でも、きっと紗夜さんにとって私は……きっと何処にでもいる記憶にも残らない程度の人間かもしれない。そう思い知らされる事が………怖かったのかも。」

 

明日香「…………。」

 

巴「私はリサさんの様に巫力が強い訳でもないし、人間性が優れてる訳でもない…。会って嫌われるかもしれない……。」

 

勇者達のお目付役になろうと挙手をしたあの時、巴は自分が巫女として特別になったのだと思い上がってしまっていた。興奮状態で冷静に物事を見ていなかった。そしてお目付役の選考に落とされ、自分は凡庸な人間だと突きつけられてしまった。そして気付けば--もう、会いに行く勇気がなくなってしまったのである。

 

いつ紗夜に会っても話題に困らない様に、リサから紗夜の色々な話を聞いて、同じゲームをやったりしていたけれど、その知識は役に立つのか--そんな事を思いながらそれでも情報収集を続けていた巴。

 

明日香はそんな後ろ向きな巴の背中を優しく叩き、笑顔で答える。

 

明日香「だったら、これから会う様にすれば良いんだよ。このお花見会を切っ掛けにしてね。大丈夫、美味しい料理を作って行けば、きっと仲良くなれるよ。美味しい料理は人を笑顔にするんだから。」

 

巴「そう……かな……。」

 

明日香「絶対にそう!私が保証する!」

 

確証も無い事を明日香はさらっと口にする。しかし、その言葉は巴にとって背中を押してくれる言葉であり、勇気をくれた言葉なのだった。

 

 

---

 

 

料理も出来るようになり、後はお花見会の許可が下りるだけとなった。しかしその日の夜、2人と数人の巫女が夢で神託を受け取ったのだ。丸亀城にいるリサも同じ神託が下ったとの事だった。

 

それぞれ巫女達が見た神託は内容に誤差があったが、大部分は同じであり、"無数の星が集まり、有り得ない程に巨大化する"という内容だった。大社は間も無くバーテックスの襲来が起こり、未曾有の事態に発展すると結論付け厳戒態勢を取るようになる。

 

戦いはいつ起こるかは分からない。1時間後かもしれないし、数日後かもしれない。もしその戦いで勇者達に何かあれば、お花見どころではなくなってしまう。

 

明日香「戦いは起こらないで欲しい……。」

 

巴「紗夜さん……無事でいてください…。」

 

2人はそう祈る事しか出来なかった。戦いが始まり樹海化が起これば、始まった事にすら気が付けないのだから--

 

 

---

 

 

神託から数日が経った日の夜--

 

明日香と巴は詩船の部屋に呼び出されていた。

 

詩船「今日の午後に、勇者と巫女の合同花見会の許可が下りた。」

 

明日香「本当ですか!?」

 

喜ぶ明日香に対し、詩船は淡々と話し続ける。

 

詩船「丁度勇者側からも花見をやりたいって意見が出てね、それが決め手になったんだ。宇田川あこと白金燐子の2人がね。」

 

明日香「あこと燐子さん!やっぱり2人は私の事分かってるね。」

 

しかし詩船の一言で明日香から笑顔が消える。

 

詩船「だが、ついさっき花見は中止に変更された。」

 

明日香「えっ!?何でですか!?」

 

驚き聞き返す明日香。それでも詩船は無表情に淡々と言葉を続ける。

 

 

詩船「今日の夕刻、バーテックスと勇者達の交戦があった。」

 

 

勇者達の戦いは勇者達にしか認識する事が出来ない--

 

 

 

詩船「襲来したバーテックスの数は、前回の丸亀城の戦いよりも少なかった。」

 

 

 

巫女達もその戦いを知る事は出来ない--

 

 

 

詩船「だが、過去に出現例が無い、大型でとてつもない力を持ったバーテックスが出現した。」

 

 

 

2人が知らないうちに戦いは始まり、そして知らないうちに戦いは終わる--

 

 

 

詩船「勇者達は最善を尽くしたが、歯が立たず--」

 

 

 

だから--

 

 

 

 

詩船「"宇田川あこと白金燐子が戦死したそうだ"。」

 

 

 

 

2人は勇者達が死んだ事にさえ気付く事が出来ない--

 

 



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心の穴

"完成型"を前に散っていった2つの魂。残された者は何を思い、何を成すのか--




 

 

2015年7月30日--

 

明日香は父親、母親、弟と幼なじみの宇田川あこの5人で愛媛県のキャンプ場へと来ていた。だが、その日の夜突如強烈な地震が発生し明日香達は車で避難所として設定されている近くの小学校を目指した。

 

車のラジオからは、災害を伝えるニュースが途切れる事なく流れ、避難を呼びかけていたが車はすぐに進まなくなってしまった。渋滞で道が塞がっていたからだ。住人達の多くが車で移動しているからだろうか。それとも渋滞の先で警察や消防隊が止めているからだろうか。

 

しかし、これらの予想は全て外れていた--

 

道路の先から沢山の人達が悲鳴をあげながら逃げてくるのだ。その時だった。唐突に明日香の体の内側からとてつもない恐怖感が湧き上がってきたのである。

 

明日香(まずい…まずい!この先にいるものはとてつもなく恐ろしい存在だ……!)

 

あこ「どうしたの、明日香?」

 

人間が本能的に恐怖を覚える何か。どうしてそう感じたのかは分からなかったが、明日香はすぐさま4人に伝える。

 

明日香「お父さん、引き返して!別の道から避難所へ行って!私はちょっと行かないといけないところが出来たから!後で必ず行くから、先に逃げてて!!」

 

そう言い残し明日香は車を飛び出してその場から駆け出す。あこも明日香の跡を追って飛び出した。

 

明日香母「待ちなさい、明日香!あこちゃん!どこへ行くの!?」

 

母親が呼び止めるものの、2人は足を止めず振り返らず走り去った。ただ無心で走っていた。何処へ向かってるかなんて分からない。ただただ何かに引き寄せられる様に走り続けた。

 

 

--

 

 

走り続け2人が辿り着いた先は港近くの小さな神社だった。そしてそこで明日香は目にする。異形の化け物を--言葉では言い表し難い白い"もの"。それが目の前の神社の社に体当たりを繰り返し、今にも破壊しようとしていたのだ。

 

あこ「何なんなの、あれ!?」

 

明日香「あこ!あの神社!!」

 

あこ「あの神社がどうしたの?明日香。」

 

明日香「分かんないけど、あの神社から声が聞こえる。」

 

あこ「とりあえず、行ってみよう!走るよ!」

 

不思議な何かに導かれた明日香は咄嗟に道端に落ちていた石を投げ、化け物の気を逸らす。その隙にあこは神社の扉を開けるとそこには鉄か何かで出来た円盤の様な物があったのだ。

 

明日香「とにかくそれ持って!逃げ--」

 

言葉の途中で、悪寒に襲われ後ろを振り返ると化け物が眼前に迫っていた。明日香が死を覚悟する中、あこは円盤を化け物の方へ向ける。その時円盤が光輝き、円盤の周囲から光の羽--いや、刃が出現し、2人と化け物の間を遮る障壁になったのである。

 

明日香「これは………楯…。」

 

あこ「すっごい……!」

 

こうして2人は何とか化け物--"バーテックス"と呼ばれる異形の化け物から逃げる事が出来たのである。

 

明日香があこの元に導かれたのは神託の一種だったのかもしれない。あこと逃げ切った直後、同じ様な不思議な感覚でもう1人助けなければならない少女が近くにいる事を察知する。明日香はすぐさま駆け出そうとしたのだが、さっき逃げた時に足を挫いてしまった為、あこにその少女の事を任せあこは1人でその少女を助けに行った。

 

 

--

 

 

あこ「大丈夫!?」

 

?「………。」

 

あこ「安心して。あこが必ずあなたを…えーっと…。」

 

燐子「燐子…。白金燐子…です…。」

 

あこ「じゃあ、りんりんだね!安心してりんりん、これからはあこが守ってあげるから!」

 

 

--

 

 

その時にあこが助け出した少女が白金燐子だった。2人が明日香の元へ戻って来た後、3人は避難所になっている小学校へ辿り着く。しかし、校庭に入ってみると何かがおかしい事に気付いた。校舎の一階の窓と出入り口の向こう側には、椅子や机が乱雑に積み上げられており、外から開かない様になっていたのである。完全にバリケードになっていた。

 

そして校庭には、赤黒い液体と肉片の様なものが一面にぶちまけられていた。明日香はすぐさまそれが何なのかに気が付き、嘔吐する。

 

明日香(こ、これは……人間…人間だったものだ……!あの化け物に、造作もなく食い殺されたんだ……!)

 

そしてすぐさま今置かれている状況を理解する。あの化け物が既に校内に入り込んでいるという事実を。

 

それはすぐにやって来た。三体の化け物が校舎のドアを突き破り出てくる。明日香は足がすくんでその場から動く事が出来なかった。死を覚悟した--

 

あこ「あこに任せて!!」

 

だが、あこだけは怯える事無く、その化け物に真正面から対峙したのである。円盤を楯にして突進を防いだ後に、その楯をディスクの様にして化け物目掛けて投げつけた。光の刃に化け物は切り裂かれ、それを何度も繰り返しあっという間に化け物を倒してしまったのである。

 

その後3人は校舎の中に入りある程度バリケードを補修して一息ついた。怪我人は多数いたが幸い襲われずに無事だった人も多かった。だが一部の人は外に出る事を極端に恐れた為、残った人と別の避難所へ移動する事が出来なかった。明日香達は校舎の中で救助が来るのを待ち続けた。

 

 

--

 

 

1日が過ぎ、2日が過ぎ--その間化け物が再び襲ってくる事は無かった。校舎にいる間、3人は常に一緒に行動していた。

 

あこ「だけど、あの白いお化けみたいなのは何なんだろうね?りんりん、明日香。」

 

明日香「あんな生き物見た事無いし、微妙に浮いてたよね。」

 

燐子「私…怖いです……また現れたら……。」

 

あこ「大丈夫だよ、りんりん!りんりんはあこが守るから!」

 

あこは強気で言う。どこか姉妹に見える2人を明日香は微笑ましく思うのだった。

 

 

--

 

 

校舎内に避難していた人の一部には、奇妙な症状をみせる者がいた。明日香の弟もその1人である。窓から外を見るとパニック状態に陥り、とにかく窓の見えない場所へ行こうとするのだ。

 

燐子「空を…怖がってるんじゃないでしょうか……?」

 

明日香「空?どういう事?」

 

燐子「明日香さんの弟さんもそうですけど……その症状をみせるのは、白い化け物が空から降って来たのを見た人に限られてるんです……。だから…空を怖がってるんじゃないかと…。」

 

明日香「成る程…そう言われてみれば……。」

 

あこ「りんりん頭良い!あこ全然分かんなかったよ!」

 

何故か自慢げにあこは胸を張る。

 

 

--

 

 

時には怪我をしている人の治療薬や、食糧を調達するべく外へ出なければならない時もあった。その際は3人で出かけた。この中で戦えるのはあこだけだし、明日香は後に神託だと分かる不思議な感覚で化け物の出現を予測出来たからだ。

 

燐子「いつまで…こんな生活が続くんだろう……。」

 

あこ「泣いちゃダメだよ、りんりん!あこがいるから!」

 

明日香「きっとすぐに元に戻るよ。それにしても、ここが学校じゃなくてイネスだったら遊び場とかもあるのにね。」

 

あこ「イネス!?イネスってあのでっかいショッピングモールだよね?あこ、一回しか行った事無いよ。」

 

明日香「映画館とかもあって楽しいよ。それに公民館もあるしね。」

 

燐子「確か大きな本屋さんもあるんですよね……!行ってみたいです…!」

 

さっきまで泣きそうになっていた燐子の表情から暗い陰が消え、目を輝かせていた。燐子は本が大好きなのだ。学校に閉じ込められてる時でさえ、図書室に足を運んでは、本を持ち出して読み漁っている程だ。本人曰く、何もしてないより本を読んだ方が気が紛れ落ち着くらしい。

 

明日香「燐子さんって本当に難しい本読んでますよね…。」

 

あこ「うへー……あこは漫画しか読まないよ!」

 

明日香「自慢する事じゃ無いよね。」

 

燐子「漫画も面白いですけど…小説には小説の面白さがあるんですよ……。外に出る事が出来たら、私が持ってるお勧めの小説を貸します……。」

 

本の話をしている時だけは、燐子は笑顔を見せるのだった。

 

 

--

 

 

学校に閉じ込められていた時間は、長い時間では無かった。1週間は経って無いだろう。その間3人は色々な事を話していた。学校から出たら何をしよう?とか一緒に何処か遊びに行こう、好きなテレビ番組や学校の勉強の事、友達関係やちょっとした悩み事等。短い間だったけれど、3人の友情はより深いものになっていった。

 

やがて校舎の前に神社の神職の様な格好をした人達。"大社"と呼ばれる組織の神官がやって来る。あこと燐子は勇者として大社に組み込まれるという。

 

明日香(燐子さんは気の弱い子だ。そんな子があの化け物と戦えるのかな……。あこは無鉄砲過ぎるから、危険な事して大怪我したり、考えたくも無いけど………命を落としたりする事もあるかもしれない。)

 

そんな事を思いながら、神官に連れられていく2人を見送った。特に明日香はあこに対して危ういものを感じていた。

 

明日香(あこには"恐怖心"ってものが欠けてる気がする……。)

 

痛みや恐怖というものは、差し迫る危険を避ける為に必要なもの。最初に神社を見つけた時だってそうだった。咄嗟に明日香が化け物の気を逸らしていたが、何の躊躇いもなくあこは神社へと駆け出して行ったのだ。恐怖心が無い人間は、危険の中に身を置く事を躊躇わない。命を落としやすい--あこは戦う上では重大な欠陥を抱えている可能性があった。

 

別れ際、明日香は丸亀城へ行く事になった燐子から一冊の本を渡される。それは海外の小説だった。そしてその後明日香も巫女として大社へ入る事となる。元々は神様や宗教に興味があった訳では無かった。だけど、明日香はそれ以来祈るようになった。願う事は世界の平和やバーテックスに対する勝利でも無かった。

 

 

"弟の天空恐怖症候群が治る事"そして"あこと燐子の2人が無事である事"--

 

 

ただそれだけだった。この2つが叶うのならば他に何も要らない。どうか無事でいて欲しい。そうして3年と9ヶ月が過ぎた--

 

 

---

 

 

大社--

 

明日香は自分の部屋のベッドで仰向けに寝転がったまま天井を眺めていた。いつの間にか部屋に入ってきた巴が明日香に声をかける。

 

巴「明日香、起きてるか?」

 

答える気力が無かった。自分が今起きてるのか寝てるのかさえ曖昧な状態だった。巴は続ける。

 

巴「あこと燐子さんの葬儀日程が決まったよ…。2人の死を世間一般に公表しないように、葬儀は大社関係者の一部だけで行われる……。」

 

明日香「……………。」

 

巴「2人の遺体の清めだけど……明日香がやるか?明日香はあこと燐子さんの巫女だから………。」

 

明日香「……………。」

 

巴「無理……だよな。いや、当然だよ。大切な友達の遺体の処理なんて、出来る訳……無い…よ。」

 

明日香「……………。」

 

巴「だけど食事だけはせめて摂ってくれ。でないと、明日香が死んじゃうよ。」

 

いつの間にか巴はいなくなっていた。ぼんやりとした感覚だった。さっきまで巴が話していた事すら思い出せない。自分自身が今何をしているのかさえ分からない。何も考える事が出来ないまま、時間だけが過ぎていった。

 

 

--

 

 

あれからどれくらい経っただろうか。2人の戦死報告を聞いてから大分時間が過ぎた様な気がする。いつの間にか2人の葬儀は終わっていた。明日香は2人の死体を見て泣いていた。だけどそれすら夢だったのか現実だったのか分からない。

 

時間だけが虚しく過ぎていく。明日香は何日も部屋から出なかった。授業も全く受けず、巴が持ってきた食事にすら手を付けていない。

 

明日香(私はどうして、もっとあこと燐子さんの傍にいてあげなかったんだろう?私はどうして間違ってしまったんだろう?リサさんの様な勇者のお目付役じゃなくても、授業や訓練なんかサボって、無理矢理にでも2人に会いに行けば良かった--)

 

 

 

明日香(もっと我儘になれば良かった--)

 

 

 

 

 

明日香(自分の思いを優先させれば良かった--)

 

 

 

 

 

 

明日香(2人の、友達の傍に居たい--)

 

 

 

そんな思いが明日香の中で渦を巻く様に残っていた。ベッドから窓の向こうに目を向けると、桜の花はもうすっかり散ってしまっていた。

 

明日香「今からお花見をしても……もう遅いよね…。」

 

 

---

 

 

ある朝、巴は制服に着替えながら明日香に話しかける。

 

巴「今日も授業には出ない?」

 

毎日巴は明日香に尋ねる。でも明日香に答える気力は無かった。いつもだったら巴はそのまま部屋を出るのだが、今日はまだ授業まで時間があるからなのか話を続ける。

 

巴「明日香は……このままずっと不貞腐れてるつもりか?明日香が何をしてても、あこや燐子さんは生き返らないんだ。」

 

明日香「………………そんな事、分かってるよ。」

 

巴はベッドの梯子を登り、寝ている明日香の顔を覗き込む。

 

巴「いい加減にしろ!」

 

明日香「……………。」

 

覆いかぶさる様に巴は明日香を見下ろして続ける。

 

巴「起きて、ちゃんと"生きて"欲しい。」

 

突き刺さる視線から逃れる様に明日香は顔を逸らす。

 

巴「食事もせず、人と話す事もしない……そのまま自殺でもするつもり?」

 

明日香「……………。」

 

それでも何も言わない明日香に、巴はため息をついた。

 

巴「明日香は私がどうして身体が弱いのか知ってるか?」

 

明日香は首を横に振って答える。

 

巴「小学校低学年の時海で溺れたんだ。そのせいで重い病気になってな、それ以来同年代の人より大分風邪も引きやすいし、身体が弱くなったんだ。」

 

話を聞きながら明日香は海の中を想像する。水の中で息も出来ず、助けてくれる人もいない。何も出来ずに死んでいく--想像するだけで気分が悪くなる。

 

巴「海に沈んでいく間、私は色んな人を恨んだよ。自分がこんなに苦しんでるのに何もしてくれない海岸にいる人達に。泳げなかった自分自身に。私を海に連れてきた家族に。最終的には海の水にすら恨んだよ。でも……最後の最後の瞬間に、そんな気持ちが急に消えてな、その代わりに後に残った人達への心配が心に浮かんできたんだ。」

 

明日香「……心配………?」

 

巴「自分が死んだらきっと家族は悲しむ。でも、私は残された人が苦しむ事は嫌だって思ったんだ。残された人には、せめて前を向いて欲しいからさ……。」

 

明日香「……………。」

 

巴「死を蔑ろにするなって事じゃない。死んだ人を悼む事は必要だけど、それと同じくらい生きる事を蔑ろにしちゃダメなんだ!今の明日香は生きる事を蔑ろにしてる!そんな事、あこや燐子さんが望むはずないだろ!?」

 

明日香「………。」

 

巴「授業には出なくても、食事は食べに来て!」

 

そう言い残し巴は部屋を後にした。出ていった後、明日香は横になったまま呟く。

 

明日香「あこと燐子さんが望むはずがない……か……。」

 

 

---

 

 

夕方--

 

明日香は部屋を出た。何日振りに自分の部屋を出たのだろうか。夕飯の時間になった為明日香は食堂へ入る。何日も授業をサボっていたが、神官達や詩船先生はそれを咎める事はなかった。

 

しかし、何処か食堂の空気がおかしかった。いつもであれば食堂に他の人達の話声が聞こえるはずなのに、今日は全員が押し黙っているのだ。明日香は巴の姿を探すのだが、いる様子は無く代わりにリサを見つける。

 

明日香「今日はこっちに来てたんですね、リサさん。」

 

リサ「うん。……明日香、酷い顔してるよ。顔色が悪いし、少し窶れてるんじゃない?」

 

明日香「あはは……まぁ、しばらく引きこもってましたから。」

 

力なく笑いリサに巴の事を尋ねると、リサは言いづらそうに眉間にシワを寄せながら答える。

 

リサ「ここじゃちょっと………後で話すよ。」

 

 

--

 

 

食事が終わり、2人は食堂から少し離れた廊下で話す。

 

リサ「巴は今、別棟の部屋に隔離されてる。」

 

明日香「え!?な、なんで……?」

 

事態は明日香が伏せている間に目紛しく移り変わっていた。

 

 

 



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魂の行き場所

死んでしまった者は何も答えてくれない。だけど、何かを遺す事は出来る--

それはバトンとなり、人から人へ受け継がれ、やがてそれは後世に大きな意味を持つ事だってあるのだ--




 

 

リサ「巴は今、別棟の部屋に隔離されてる。」

 

明日香「えっ!?……なんで?」

 

リサ「神官と言い争った後、大社を脱走しようとしたからなんだ……。」

 

明日香は言葉に詰まってしまう。言い争ったというのはまだ良く分かる。前から巴は大社に反発的なところがあったのは明日香も知っていた。今まで表立って言い争って反抗したりはしてこなかったが、神官と口論が起こるのは不思議ではないからだ。でも脱走をする理由が分からない。

 

リサ「言い争いの理由は、大社の内部で、紗夜を一時的に親元に帰して休養させようって意見が出たからなんだ。勿論バーテックスが襲来した時は、勇者として戦う事になるけど…。」

 

明日香「実家で休養するだけなのに、どうして巴が怒るの?」

 

リサ「………明日香は、紗夜の家庭環境を知らなかったね…。紗夜の家庭は少し複雑で……親と一緒に過ごす事が紗夜の為になるとは思えない。私も大社の提案には反対してるんだけど、私の意見が聞いてもらえるかどうか……。」

 

巫女として1番の力を持っているリサも巫女としての力を除けば普通の中学生の子供でしかない。どんなに大社内での発言力が高かったとしても、子供の意見が大人に通じるかと言われると甚だ疑問が残る。

 

リサ「それで巴は言い争いになって……。」

 

リサが曰く巴は紗夜を親元ではなく病院などに移し、しばらくの間、完全に戦線から退かせるべきだと大社の神官達に主張したようだ。しかし現在、あこと燐子が戦死し、高嶋は戦いで負った怪我が原因で入院中。そんな状態で紗夜まで完全に戦線離脱させてしまえば、残る勇者は友希那ただ1人になってしまう。

 

樹海化によって人々の命は守られてるとはいえ、バーテックスの侵攻で四国内の建物や街の一部が破壊される等、今でも被害が出ている。例えいくら友希那が強かったとしても、たった1人だけでは戦力が足りない。それでも巴はこう大社の神官達に訴えたのだ。

 

 

--

 

 

巴「被害が出るなら出ればいい。街が破壊されたからって、人が死ぬわけじゃない。いや、勇者を神聖視するのがあんた達神樹教の教義の一つなら、例え人が死んだとしても、何十人か何百人かの命より紗夜さん1人の命の方が重いだろ!」

 

 

--

 

 

明日香「それは……随分と過激だね…。」

 

巴は自分の意見を正直に言う人だ。以前にも"人の価値は全員等価で無い"などと言っていたのを覚えていた。巴にとって、紗夜の価値は他人何百人分よりもずっと重いのだろう。

 

詩船「大社としては、その考え方は当然受け入れられないだろうね。」

 

2人が振り返ると、詩船が話しかけてきた。

 

詩船「もし人間の命が等価で無い……つまり勇者の命が一般人のそれよりも価値が高いのであれば、そもそも勇者は何の為に戦ってるのか分からない。価値の低いものを守る為に、価値の高いものが犠牲になっている事になる。勇者の戦いの意義自体が揺るがされかねない。」

 

リサ「先生……人の命に対して…価値が高いとか低いとか、そういう言い方をしないでください。」

 

口調こそは敬語だったものの、リサの静かな言い方に明日香は気圧されてしまう。それに対し詩船は凛とした態度でそれを受け流し話し続ける。

 

詩船「巴は神官と言い争った後、無断で大社から脱走した。すぐに見つかって捕まったけどね。しばらく頭を冷やさせる為に……それと、巴の考え方が他の巫女達に伝染しない様に、別室で生活させる事になったんだよ。」

 

明日香「……。」

 

詩船「しかし、巴は大社を脱走して何をしたかったのか……それは分からないよ。2人に言っておくが、巴の事はしばらく放っておきな。犯罪をやった訳じゃない。すぐに解放されるだろうから余計な事はしない事だ。」

 

冷たい口調で2人に釘を刺し、その場を立ち去る詩船。

 

明日香「…食堂で巫女のみんながピリピリしてたのは、その事件があったからなんだね…。」

 

ため息を吐くしかなかった。引き篭もっている間に、状況は凄まじい速さで変化していた。丸亀城という前線では勇者がどんどん不利な状況に追い込まれているし、大社もガタガタである。

 

明日香「もう…どうなるんだろうね、私達……。」

 

希望が見えなかった。延々と暗闇の中を歩いている様な感覚。このまま人類が滅んでしまっても仕方のない事なのかもしれない。だけど、リサは明日香を励ます様に笑顔で尋ねる。

 

リサ「明日香。明日、ちょっと出かけない?」

 

 

---

 

 

翌日、羽丘総合病院--

 

明日香がリサに連れられやって来た所は良く知っている病院だった。

 

明日香「ここって……私の弟が入院してる所?」

 

リサ「そう。ここは天空恐怖症候群の治療を主にやってる病院なんだ。」

 

2人は病院の中に入る。今でも天空恐怖症候群に悩まされている者は少なくない。中に入ると、看護師に連れられて病院内を回る事になった。

 

看護師「巫女様にお見舞いに来て頂けるとは光栄です。きっと患者の皆さんも喜ぶでしょう。」

 

そんな言葉に明日香は戸惑った。英雄として祀り上げられている勇者程ではないが、巫女も世間一般からすれば、十分に敬意を払われる存在なのである。

 

そんなこの病院では、通院している患者もいれば、入院している人もいる。天空恐怖症候群の症状は空を怖がり、外出する事が出来なくなるもので、重いものになればバーテックス襲来時の恐怖がフラッシュバックして恐慌状態に陥る事もある。

 

症状の軽い人でも外を歩く事を躊躇うのだが、ここの病院の患者達は症状の重さが同じくらいの者でグループを作り、一緒に病院の庭を歩いたり、病院の周りを散歩したりして過ごしている。

 

看護師「あの患者さん達が外に出られる様になるまで、2年かかりました。」

 

庭を歩いている女の子達を見ながら看護師は教えてくれる。患者達はお互いに支え合い、病に立ち向かって治そうとしている。未来が見えない世の中でも、少しでも前に進もうとしているのだ。

 

嘆いて立ち止まってばかりではない--

 

 

 

諦めたりなどしていない--

 

 

 

 

人間は強いのだ--

 

 

--

 

 

そして最後に2人が向かったのは、明日香の弟がいる病室だった。

 

明日香弟「おねーちゃん!」

 

病院に入るや否や、弟は明日香に飛び付いてきた。ずっと大社にいるので弟に会えるのは年に数回だけ。だから、会った時は弟も喜んでくれた。

 

明日香弟「俺、やっと外に出られるようになったんだ!」

 

弟は嬉しそうに報告する。

 

明日香「本当に!?前は……窓を開ける事さえ怖がってたのに……。」

 

明日香弟「いつの話してるの、おねーちゃんは遅れてるなー!」

 

生意気な弟の言葉に怒るどころか思わず泣きそうになってしまう。"7.30天災"から4年弱、弟やこの病院にいる全ての人達が、バーテックス襲来という天災を乗り越えようとしているのだ。

 

リサ「前を向いて生きようとしてる人がいるなら、私達も諦める訳にはいかないよね。どんなに困難な状況でも、微かな可能性でも……道を切り拓いていかないといけない。そう思うんだ。」

 

明日香「……本当に…本当にその通りだね…。」

 

顔を上げる。前を向いて進んでいかなければならない。2人の為にも生きていかなければならない。

 

 

---

 

 

大社--

 

病院から戻った明日香はお風呂に入っていた。

 

明日香(気持ちを切り替えよう。いつまでも落ち込んでちゃ、あこと燐子さんに笑われちゃう。)

 

お風呂から上がると、部屋を軽く掃除し教科書やノートの準備をする。巴がいない事が少し寂しいが、すぐに戻ってくると言っていた。教科書を探していると、本棚の隅に一冊の本がある事に気がついた。

 

明日香「これ……燐子さんが大社に行く時に貰った小説だ。」

 

貰ったは良いが、結局内容が難しすぎて1度も読まなかった小説。今更ながら読んでおけば良かったなと思いながらページを捲っていくと、あるページの文章に線が引かれているのを見つける。

 

 

--

 

 

『人は死ぬ時、何かを残しておかなければならない、と祖父は言っていた。子供でも、本でも、絵でも、家でも、自作の塀でも、手作りの靴でも良い。草花を植えた庭でも良い。何か死んだ時に魂の行き場所になるような、何らかの形で手をかけたものを残すのだ。そうすれば、誰かがお前が植えた樹や花を見れば、お前はそこにいる事になる。』

 

 

--

 

 

明日香「そうか…….きっと…。」

 

明日香は立ち上がり部屋を飛び出した。

 

明日香(授業に復帰するのは、もう少しだけ延期だな。やらなきゃいけない事が出来たから……。)

 

 

---

 

 

翌日、丸亀城--

 

明日香は丸亀城へ来ていた。昨晩あの後神官達に丸亀城へ行く許可を申請したのである。大社の神官達は勇者のメンタルが安定していないからと反対されたのだが、明日香は一歩も譲らなかった。

 

明日香(もう私は間違えない。大人達や他人に配慮してやるべき事をしないで、全部が終わって後悔するくらいなら、初めから出来る事は全部やろう。それで失敗して後悔しても、私は構わない。)

 

もし行けないなら巫女を辞めるとまで言い、それが決定打となり神官達も反対出来なかったのだ。丸亀城へ行く前、明日香は病院にいるリサと友希那の元を訪ねていた。

 

 

--

 

 

病院--

 

現在勇者はたった3人しかいないが、高嶋は以前入院中、紗夜は精神状態を崩して部屋に引き篭もり滅多に出てこないらしい。勇者として問題なく活動出来ているのは友希那ただ1人となってしまっていた。

 

友希那「久しぶりね、戸山さん。」

 

挨拶をする友希那だったが、明日香は友希那の手に包帯が巻かれている事が目にとまった。

 

明日香「手、怪我してるんですか?」

 

友希那「………これは、ちょっとね…。」

 

友希那は表情を曇らせて言葉を濁した。

 

リサ「それにしても、急に丸亀城に行くって聞いたけどどうしたの?」

 

明日香「燐子さんの魂の行き場所を探すんです。」

 

 

--

 

 

燐子は頭が良い。明日香はあの小説の一節を見た時に気付いたのだ。勇者としてバーテックスと戦わなければならない事を告げられたあの日、いつか自分が命を落とすかもしれないという事を意識していたに違いないと。だからあの一節が燐子にとって深く印象に残り、線まで引いていたんだろうと。

 

明日香「魂の行き場所を……きっと遺してるはず。」

 

燐子の部屋に入ると部屋の半分以上が本棚が占めていて、しかもそれらの本棚は全部本でぎっしりと埋め尽くされていた。

 

明日香「やっぱり活字中毒だったんだな……。」

 

2人の部屋は、殉死した後もほとんどそのままにされているようだった。勇者の遺品は大社の管理物になっていて、家族でも勝手に持ち出したりする事は出来ない。巫女や神官達が遺品を全て確認した後、問題ないと判断されたものだけが家族に返される事になっている。

 

明日香「………。」

 

部屋の中を見ていると、手が止まってしまう。生きていた頃の生活や、あこが燐子の部屋に入り浸っている姿が容易に想像出来てしまうからだ。

 

明日香「……まずは机や家具から調べるかな。」

 

正直、燐子がどんなものを遺してるかは分からなかった。それに、そもそも燐子が何かを遺している確信すら無い。今やっている事は明日香自身が推測している単なる願望に過ぎないのだから。

 

 

--

 

 

机や家具からはめぼしいものは見つからず、次に本棚へと作業を移す。膨大な量の本ではあるが、明日香は一冊一冊取り出して調べていった。

 

そして日も暮れ始めた頃、最後の本棚を探している途中、明日香はシリーズものの大判の百科事典を手に取った時違和感を覚えた。大きさの割に軽く、振るとカサカサと変な音がするのだ。本を開けると、内部のページがくり抜かれていて空いたスペースに小さめのノートが入っていたのである。

 

明日香「これは……。」

 

恐る恐る中を開くと、細かな文字でぎっしりと文章が書かれていた。本などからコピーした文章や図等も貼り付けられていた。内容は勇者達の能力に関する考察。他の勇者達の戦いを燐子自身の目で観察して気付いた事や、神話に基づく推測等が書かれていた。読み進めていくうちにこのノートにはとんでもない事実が書かれている事に気がつくのだった。

 

 

--

 

 

燐子『勇者はバーテックスと戦う際に、"精霊"と呼ばれる存在を自らの身に降ろして、一時的に戦闘能力を上げる事が出来ます。これは勇者の通常の力だけでは倒す事が出来ないバーテックスが出てきた際に使う、切り札的な技となっています。』

 

燐子『ですが、精霊を降ろして戦った後、勇者達の性格にごく僅か、変化が起こっているように思えるようになりました。行動がやや乱雑になったり、苛立っている様な表情を見せる事が出てきます。しかし、それらは意識していても、気のせいだと思う程の僅かな変化です。精霊の影響だと断言する事は出来ません。誰にだってたまには機嫌の悪い日もある筈です。こう言ってしまえばそれまでです。』

 

燐子『私以外の全員が、戦いの中で複数回精霊を降ろして戦っています。なので、私は自分の身を持って実験する事にしました。誰にも知られる事の無いよう、たった1人で精霊"雪女郎"をその身に降ろしてみたのです。』

 

燐子『私の判断は間違っていませんでした。その日から数日間、私の精神に僅かながら変化が起こりました。苛立ちや落ち込み等の負の感情が起きやすくなったのです。特筆すべき事は結界外遠征の後にあこちゃんに起こった変調でした。あこちゃんは遠征中名古屋で一度精霊"輪入道"を使い、そして四国に帰還した後、体への違和感を訴えたのです。病院の検査では異常は無く、あこちゃん自身も気のせいと思っているようですが--』

 

 

--

 

 

この他にも、神話学や民俗学的な観点から、精霊に関して調べた事がびっしりと書かれていた。そのノートを見ながら明日香の手が微かに震える。

 

明日香「精霊が勇者の体に起こす異常……。」

 

そして友希那と会った時の事が脳裏に蘇る。

 

 

--

 

 

明日香「手、怪我してるんですか?」

 

友希那「………これは、ちょっとね…。」

 

 

--

 

 

明日香「あの時友希那さんは手に怪我をしていて、その事に関して言葉を濁していた……。まさか友希那さん達にもその兆候があったんじゃ…!そして今紗夜さんが精神状態を崩している原因は……!」

 

大社は紗夜の精神状態を回復させるために一度親元へ戻す計画を立てていた。今明日香が知った情報は大社の神官ですら知らない事実なのかもしれない。

 

明日香「勇者として戦って、勇者をずっと見てきた燐子さんだから、このごく僅かな変化に気が付けたんだ。」

 

この内容は最早軽はずみに他人に話せるものではなかった。勇者達の不安感を煽り更なる精神状態の悪化を引き出しかねないからだ。だから燐子は様々な事に確信が持てるようになるまでこの事実を誰にも話さなかったのだろう。このノートも部屋に出入りするあこにすら見つからないように、燐子はあこが絶対に手に取らないような本の中に隠していたのだ。

 

他の事典も調べてみると、そこには同じ様に勇者や神樹、バーテックス、精霊等についての考察を書き記したノートが数冊見つかった。燐子は2015年に勇者として大社に入ってから、ずっと記録をつけ続けていたのだ。

 

明日香「これは……すぐ調べてもらったほうが良い。勇者達の為に…!」

 

そのノートを持ち、後片付けも忘れて明日香は燐子の部屋を飛び出し大社へと急いだ。

 

明日香「きっと……きっと役に立つ。未来に……繋がっていく!」

 

途中で急に目の前がぼやけ、自分が泣いている事に気が付いた。

 

明日香「例え死んじゃったとしても……あこも、燐子ちゃんも、確かにここに存在していたんだ!」

 

そして燐子が遺したこのノートは未来に繋がり、後世に意味を持つ事となる。

 

 

---

 

 

その日の夜、明日香は夢を見る。

 

 

--

 

 

イネス--

 

明日香とあこ、燐子はイネスに来ていた。四国で1番の大型ショッピングモール。あこは幼い時に一度しか来た事がない為、その広さと店の多さに興奮していた。

 

あこ「コスプレショップはあるかな!?」

 

そんな事を言いながら、フロアを歩き回り2人はあこに振り回され疲れてしまう。一方で燐子は本屋を見つけると、その場から動かなくなってしまう。

 

あこ「次のお店に行こうよー、りんりんー!」

 

燐子「もう少しだけ……。凄く本の品揃えが良いから、もっと見てたい…!」

 

そんな風に言い合う2人を明日香は笑いながら眺めていた。

 

 

--

 

 

やがて2人も成長していき、大学生になった。その頃にはバーテックスとの戦いも終わっていて、3人は普通の女性として生活している。勇者と巫女だった時みたいに、滅多に会えない状況じゃないし、家も近くに越して自然と一緒にいる時間も多くなるだろう。

 

3人とも同じ大学に入り、

 

明日香「就職活動が大変だよ……。」

 

あこ「あこは自由気ままにやりたい事見つけていくよ!」

 

燐子「私は…自分のやりたい事が見つからないよ……。」

 

明日香「自分のやりたい事が分からず悩む事も青春だよね。」

 

あこ「あこと一緒にゲームしよう、りんりん!」

 

燐子「うーん……本が好きだから、出版とか、司書とかかな……。」

 

あこ「りんりんー!あこをスルーしないでぇー!!」

 

明日香・燐子「「あはははっ!!」」

 

そんなたわいもない話を笑ってする。そしていつか大学も卒業して、社会人になって、大人になって--

 

 

時が経って色々な事があっても、3人でたまに集まったり、一緒に遊びに行ったり、いろんな事を相談し合ったり--

 

 

 

ずっと--

 

 

 

 

ずっと仲良くしていく--

 

 

 

 

 

一緒の時間を積み重ねていく--

 

 

 

 

 

 

そんなとても(かな)しい夢--

 

 

 

--

 

 

朝目が覚め窓を開ける。外は春の空気に満たされていた。夢から醒めたこの世界には、あこも燐子もいない。

 

明日香「きっとこれから先、何度も何度も"ここにあこがいたら"だとか、"今ここに燐子さんがいたら"とかって思う事があるんだろうな。」

 

もし2人が生きていたらという可能性の世界と、2人がもういない現実の世界は、時が経てば経つほど隔たっていく。だから、大切な人を失った悲しみは、時間が経てば経つほどに大きくなっていくのだ。

 

明日香「私は2人の死を乗り越える事なんて出来ない。2人の死を乗り越えて、私だけが前へ進んでいく事なんて出来ない。私はずっと………2人の死を抱えて、一緒に進んでいくよ。」

 

その日から明日香は授業に出るようになり、以前と同じ生活に戻った。しかし、相変わらず巴は別棟の部屋から出てこなかった。

 

 

---

 

 

そしてそんな日が数日経った日の事、いつも通り明日香が教室に入ると、黒板には大きな字で自習と書かれていた。理由を聞く為明日香は近くにいた年少の巫女に尋ねる。

 

明日香「詩船先生、どうして休んでるの?」

 

巫女「大社の人達みんなで、会議をしているみたいです…。」

 

明日香「何かあったの?」

 

巫女「私も良く分からないんですけど……。」

 

一瞬躊躇うように口をつぐんだ後、衝撃の出来事を明日香に伝える。

 

巫女「氷川紗夜様が湊友希那様を殺そうとしたらしいんです……。」

 

 

 



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巴の選択

巴の選択、そして紗夜の選択、それが正しかったのか間違っていたのかは誰にも分からない。

皆さんも気をつけてください。今このご時世、誰もが紗夜さんと同じ状況に陥る可能性があるんですから。




 

 

巴(私は紅く咲き乱れる花々の中にいた。彼岸花--あの人が戦いの時に身に着けている花だ。燃えるように紅く、身体の内に毒を持ち、それでいてどこか弱い--美しい花だ。)

 

巴は辺り一面を埋め尽くす彼岸花の中に腰を下ろしている。そして彼女の腕の中には、目を閉じ動かない愛する人が穏やかな顔で眠っていた。

 

 

 

これは幸せな光景なのだろうか--

 

 

 

 

それとも哀しい光景なのだろうか--

 

 

 

 

 

 

巴にはそれが分からなかった。

 

 

---

 

 

大社、別棟--

 

巴が目を覚ますと、天井が見えた。普段の自室では二段ベッドの下に寝ている為、いつも朝に目が覚めて一番最初に目に入るのは上段ベッドの裏側だった。その上には明日香が寝息をたてているのも聞こえた。しかし、ここ数日はずっと目が覚めてからは最初に天井を見ている。一段ベッドで寝ているからだ。明日香の寝息も聞こえない。

 

数日前から巴は別棟で生活をしている。理由は大社を脱走しようとしたからだ。脱走の理由を取り調べる為に、巴はこの部屋に軟禁されている。起きてからしばらくすると、部屋がノックされ、朝食を持った詩船が部屋に入ってきた。

 

詩船「どうだい、巴。ここで1人で生活しているのも辛いだろ。そろそろ大社から逃げ出した理由を話して、元の部屋に戻らないかい?明日香にも会えなくて寂しいだろ。」

 

巴「そうですね。ですが、1人で生活するのが辛いなんて事ありません。巫女の修行もやらなくて済みますし、以前より快適なくらいです。」

 

皮肉を込めた物言いで詩船に答える巴。軟禁されていると言っても、牢獄ではない。エアコンも付いているし、食事も3食キチンと用意されている。神官と一緒なら、外に出る事だって出来るし、入浴も出来る。唯一の不自由な点をあげるとするならば、テレビが無い事ぐらいだ。

 

詩船「まったく……。神官と喧嘩して、大社が嫌いになったから脱走したのかい?」

 

巴は詩船の問いかけを無視して朝食を食べ始める。

 

詩船「………違うね、あんたはそこまで子供じゃない。それに、大社への反抗を示す為なら、寧ろその事をはっきりと主張する筈だ。反抗は主張しなければ意味が無いからね。」

 

巴「…倫理学では、"トロッコ問題"という思考実験があるそうですね。」

 

朝食を食べ進めている手を止めて巴は呟いた。

 

詩船「あぁ、有名だね。」

 

 

『1台のトロッコが走行中に故障し、停止出来なくなる。トロッコが走る線路の先には、作業中の"従業員5人"がいる。このまま走り続ければ従業員5人は轢き殺されてしまうが、今すぐに線路の分岐を切り替えれば、トロッコは別線路へ進み5人は助かる。しかし、その別線路の先にも"従業員1人"がいて、線路を切り替えればその1人が轢き殺される。あなたは線路を切り替えますか?』

 

 

巴「切り替えなければ、5人はあくまで"事故死"です。助ける事が出来たのに見殺しにしたって後味の悪さは残りますけど。だけど、線路を切り替えれば死ぬ人数は1人に減りますが、明確な"殺人"になる。その1人が確実に死ぬように仕向けたんですからね。」

 

詩船「………。」

 

巴「大社は"線路を切り替える"という考え方ですよね。勇者達を--紗夜さんを犠牲にして、より多くの人間を救うスタンスなんですから。でも、私は思うんです。そのトロッコ問題の中で、元々線路の先にいる5人を私が殺してしまったら…既に救う人間がいなくなれば、線路を切り替える必要はなくなる。」

 

詩船「それは……トロッコ問題の前提を無視しているけども、あんたはそうする為に大社を脱走したのかい?」

 

淡々と、巴が述べた事を咎めるでもなく、事実を確認するかのような口調で詩船は話す。

 

巴「いいえ。ですが、選択肢としてはあり得るという事です。」

 

少しの沈黙の後、詩船は少し笑って答える。

 

詩船「その考え方……私は嫌いじゃないよ。他の神官達は巴には伝えるなと言っていたんだが、やはり伝えておこう。……氷川紗夜が凶行を働いたそうだ。」

 

巴「凶行……?」

 

詩船「帰省中に勇者の力を使い、一般市民を襲撃した。止めに入った湊友希那も殺されそうになったらしい。」

 

その言葉を聞いた途端、巴は頭に血が昇り、反射的に詩船に掴みかかっていた。

 

巴「こうなる事が…こうなる事が分かっていたから!!紗夜さんを帰らせる事に反対したんだっ!!!」

 

しかし次の瞬間、巴は詩船に腕を取られ、関節を極められ壁に押し付けられていた。

 

巴「うぅ………!」

 

詩船「…"分かっていた"とはどういう事だい?」

 

巴「……私は紗夜さんの実家や、その周辺の環境や状況を、あんた達大社以上に把握してるんだ。紗夜さんの地元の子達についてだって、学校の成績や休日に遊ぶ場所、お小遣いの額、その家族が何処で働き、どのくらいの給料を得ているのか、どの病院に通い、どんな病気に罹ってるかまで。」

 

詩船「どうやって……?」

 

ここで初めて詩船が動揺した表情を浮かべる。

 

巴「私がリサさんから、紗夜さんの情報を集めている事は知ってるだろ?」

 

詩船「ああ。巫女も神官も知っている事だ。だが、今井が知っているのは、丸亀城にいる氷川の情報だけな筈だ。氷川の故郷の状況までは知り得ない。」

 

巴「私は……小さな神社だとはいえ、その長である宮司の娘だ。私がお願いすれば、多少は動いてくれる人間がいる。」

 

詩船「…………。」

 

巴「私は大社に入る前から仲が良かった神社の従業員とは、今も連絡を取り続けてます。その人達は定期的に紗夜さんの故郷へ行き、住人から話を聞いて情報を収集してくれるんだ。他にも、自分の小学校の友人とも連絡を取り合い、紗夜さんの故郷について教えてもらってる。」

 

巴「私の実家から紗夜さんの故郷までは、徒歩でも行ける距離だから、こういう情報収集が出来る。それに、私や紗夜さんが住んでいたような小さい田舎村では、住人同士の生活の情報は殆ど共有されてしまう。内部に入り込めれば、細部の情報も簡単に手に入りました。」

 

詩船「………大社には到底出来ない情報収集だね。実際に現地へ行き、住人から話を聞いて得た情報は、そうしない者が持つ情報とは雲泥の差になる。」

 

呆れたように呟き、抑えていた腕を緩める。楽になれたが、抑えられた腕はまだ痛みが残っていた。

 

巴「あの村では紗夜さんを糾弾する空気が作り出されていた。元々紗夜さんの家は、あの村では嫌われ者だった。紗夜さんが勇者に選ばれたからあの家は称賛されるようになったけど、それが無くなれば元に戻ってしまう。」

 

あこと燐子が亡くなり、現在の戦況は決して良くない。四国の様々な地域でも被害が出始めていた。だから四国の一部の人間は手の平を返したように、勇者達を糾弾し始めたのだ。紗夜の村でも勇者を称賛する声は消え、紗夜を"役立たず"や"無能"と非難する声で埋め尽くされている。

 

嫌われ者の氷川家が称えられる事に内心苛立っていた住人も多かっただろう。だから勇者の死という反動で以前よりも更に氷川家は嫌われてしまった。いや、それよりももっと酷い。氷川家は住人の不満の捌け口となってしまい甚振られるようになったのだ。

 

巴「小さく閉鎖的なコミュニティの中で、強いストレスを抱えた人達が、"攻撃しても良い対象"を手に入れた時、その攻撃は常軌を逸したものになる…。人間本来が持つ理性や常識は消え去り、獣の様に相手を貪り喰らってしまう。」

 

この状況は傍から見れば異常だが、コミュニティの中にいる人間はその虐めを当然のものとして扱ってしまい罪悪感すら抱かない。

 

 

 

小さな田舎村という閉鎖的な環境--

 

 

 

戦争状態で不安と不満を抱き、強いストレスに晒された住人達--

 

 

 

そして元々から嫌われ者の氷川家と"四国と人々を守る"という役割を持ちながら、それを果たせない勇者の存在--

 

 

 

 

不幸な事に、あまりにも不幸な事に、悪条件が揃ってしまったのだ。

 

巴「大社は紗夜さんの家があの村の中でどれだけ酷い扱いを受けているか理解してなかった!だから、実家に戻せば良いなんて言えたんだろ?あの村にいれば、紗夜さんが心に傷を負って、最悪な行動に走っても仕方ないだろ!!」

 

詩船「………確かに、氷川の実家に対する大社の認識は甘かった。」

 

巴「私は紗夜さんの実家の状況を神官達にも伝えた。でも、信じてもらえなかった。そんな村ぐるみの虐めなんて現代社会で起こるはずがないと……!」

 

過剰な虐めや村八分等は、実際にそれが起こり得るような地域に住んでいないと、何故起こるのか理解出来ないし共感も出来ない。しかし、コミュニティの特性と社会情勢が悪い形で噛み合ってしまった時、それは容易く起こってしまう。

 

巴「私は紗夜さんが地元に戻る前に、村へ行って状況を改善させれたらって………。」

 

巴は力なくその場に倒れ込む。巴は村へ行って少しでも住人達から氷川家への悪意をなくす為行動に移そうと思っていたのだ。場合によっては、紗夜を誹謗中傷する者を強制的に排除する事も考えていた。その為に大社を脱走したのだ。

 

詩船「……氷川の件に関しては、完全に私達のミスだよ。」

 

巴は詩船を睨みつけるが、彼女は悪くない事など分かっていた。何故なら巴は今の事を詩船には話していなかったからだ。たまたま詩船が用事で不在だったので話すタイミングが無かったのである。

 

巴(私は……もっと多くの人に、紗夜さんの実家の状況を話しておくべきだったんだろうか。)

 

巴が得ていた情報はあまりにも紗夜の個人的な部分に踏み込んだ内容であり、手に入れていた方法も決して褒められたやり方ではない。他人に話せば、協力してくれていた人達が悪い立ち場に立ってしまうかもしれないと心の中で思ってもいたのだ。

 

巴(だけど……もっと多くの人に話していたら…違った結果になったかもしれないな……。)

 

巴「もう…もうこれ以上……紗夜さんを追い込まないでください……。紗夜さんを家族から離して、戦線から外してあげてください…お願いですから………。」

 

もはや巴は詩船の白衣の裾を握り、懇願する事しか出来なかった。

 

巴(紗夜さんが何をしたっていうんだ?どうして紗夜さんばかりが傷つかないといけないんだ?生まれたからずっと傷つけられて……追い込まれて………。)

 

詩船「氷川は前回の凶行が理由で、勇者システムを剥奪された。だから、もう戦線に出る事はないだろう。」

 

巴「そう……ですか。良かった………。」

 

その言葉に安堵する。もう紗夜は戦わなくて済むのだから。

 

詩船「住む場所に関しても、あの村に住まわせ続ける事は出来ないから、どうするか大社で検討している。」

 

そう言いながら詩船は窓の外を見る。空はもう暗くなり始めており、雨が今にも降りそうだった。

 

詩船「巴、もう一つ聞いておきたい事がある。」

 

巴「何ですか?」

 

詩船「公表されていない勇者の戦死の情報がネットに流れているんだが、これはあんたがやった事かい?」

 

巴「流したのは多分、巫女の誰かですよ。大社への反抗でしょう。この事は軽く考えるべきではないです。あこと燐子さんの死を隠したのは良くなかった。あんな事をされれば、巫女達は自分の存在も蔑ろにされるかもしれないと思い、ささやかでも反抗したくなります。もう大社は、巫女達を統率する事さえ出来ていない。」

 

詩船「確かにそうかもしれないね…。」

 

 

---

 

 

大社、宿舎--

 

その後暫くして、巴は別棟から元の宿舎へと戻る事が出来た。

 

明日香「戻ってきたんだね、巴。広い部屋に1人はなんだか寂しかったから嬉しいよ。」

 

巴「心配かけてごめん…。」

 

明日香とは暫く会っていなかったものの、彼女は以前と変わらず巴を出迎えてくれていた。巴にはそれが嬉しかった。

 

巴(紗夜さんも戦線から外された……これでもう傷付く事は無いだろう。紗夜さんの新しく住む所が決まったら、今度こそ会いに行こう。)

 

勇者の資格を剥奪されても、巴の紗夜への敬愛は決して変わらない。紗夜の傍にいて、紗夜の巫女であり続ける。それが巴の全てだから--

 

 

 

 

 

 

 

紗夜が戦死したと伝えられたのは、それから間も無くの事だった--

 

 

 



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永遠に想うは貴方の事だけ

紅い彼岸花の花言葉は"情熱"、"諦め"、"悲しい思い出"。
白い彼岸花の花言葉は"想うはあなた一人"。

第4章で消えた紗夜の遺体は何処へ消えてしまったのか。そして巴の言葉がリサの運命に変化を齎す--




 

紗夜が戦死したと聞かされたその日は朝から強い雨が降り続けていた。リサが丸亀城から大社に来ていて、3人は明日香達の部屋に集まっていた。

 

リサ「最近、四国で発生してる災害はバーテックスの侵攻による影響の可能性があるみたい。一部のバーテックスは神樹を侵食する力を持っていて、樹海が侵食されると事故や災害の形で四国の土地にフィードバックされるんだ。」

 

最近四国は地震や竜巻といった自然災害が何度か起こっているが、バーテックスのせいだとするのなら納得がいく。

 

明日香「……だったら、昨日から降り続いてるこの雨も?」

 

リサ「そうかもしれない……。」

 

会話が続かない。すぐに沈黙がこの部屋を支配してしまう。リサは言葉に迷っていた。だから巴がその沈黙を破った。

 

巴「どうして………紗夜さんは"戦死"したんですか?紗夜さんは勇者の資格を剥奪されて、戦闘から外されていた筈なのに…。」

 

リサ「………紗夜が自ら戦線復帰の志願をしたんだ。友希那だけじゃ戦力が足りないから…大社は少しでも助けになるならって……勇者として戦闘する事を再び許可したんだよ………。」

 

巴「……………うううううううううあああああっ!!!」

 

言葉にならないような唸り声を上げ、巴は何度も何度も床を拳で殴り続けた。

 

巴「何でだっ!何で戦う事を許可したんだよっ!ふざけるなっ!ふざけるなぁ!!うああああああっ!!誰だ、許可を出したのは!殺してやるっ!殺してやるよ!!」

 

涙が止めどなく溢れ床に落ちる。どんなに泣いても嘆いても、怒っても、紗夜が帰ってくる事は無い。でも、この怒りを何処にぶつけていいのかさえ巴には分からなかった。

 

リサ「巴…!」

 

泣き喚く巴をリサが強く抱きしめる。リサの目も涙で濡れていた。

 

リサ「ごめん……ごめんなさい…私は勇者の御目付役なのに……助ける事が出来なかった…………。」

 

巴「……リサさんが悪い訳ではないです…私もこんな風に泣き喚いてすみません…。」

 

リサ「良いんだよ、泣いて。だって……巴は紗夜の巫女なんだから……。」

 

巴「ううう……ううううう………。」

 

泣き続ける巴の頭を、リサは優しく撫で続けた。その手の温かさが、唯一の救いだった。

 

 

--

 

 

あれからどれくらい涙を流したのか分からない。随分泣き続けて、やっと巴は落ち着きを取り戻す。そして巴はリサに向き合い口を開く。今から巴が伝える言葉は大社への呪詛であり、復讐。大社を根底から覆す為の種。それが芽を出すかどうかは今後のリサ次第だ。

 

巴「リサさん……以前から私は大社を歪な組織だと思っています。」

 

リサ「え?」

 

巴「その理由は、部外者の門外漢達がトップに立ち、舵を取ってるからです。」

 

リサ「門外漢…?」

 

巴「そうです。大社の神官達は神樹からの神託を受けている人間じゃない。自らがバーテックスと戦っている訳でもない。それをやっているのは、巫女と勇者です。神官達の多くは元神職--ちょっと神様に詳しいだけの一般人。特殊な能力も、戦争の経験も、統率者としての資質もない人が大多数なんです。」

 

神職から大社の一員になった者は、多少なりともそう思っている者が少なくない筈である。現に巴の父親もそうだった。

 

リサ「それは……。」

 

リサは言葉に詰まってしまう。

 

巴「そしてそんな門外漢で部外者の人間達が、勇者の命を握っている。これが間違いなんです。大社のトップは、バーテックスとの戦いの当事者--勇者のリーダーである湊さんか、最も神樹から敬愛されているリサさんの、どちらかであるべきです!湊さんはこういう事には向かないでしょうから、リサさんが適任だと思ってます。」

 

その言葉にリサは驚きを隠せない。

 

リサ「私が……!?」

 

巴「本当は初めからそうあるべきだった。神が復活し、天からの使いが人類を滅ぼそうとしている今、この世界は太古の神話の時代に戻ってしまったようなものです。神話として語られるような古代では、人間を統率する者は神に愛され、神と意思疎通出来る者でした。この四国において今その立ち場にあるのはリサさんなんです。」

 

リサ「私には、組織をまとめるような力なんてないよ……。」

 

巴「確かにそうかもしれない。私達のような子供が組織のトップに立つなんて難しいと思います。でも、巫女であり、勇者と共に歩んできたリサさんは、部外者で門外漢の大社の人間達よりも勇者に寄り添った判断が出来る筈です。組織を上手く運営出来ていないのは大社の人間も、子供である私達も同じ事。だったら、勇者を守る為の判断が出来るリサさんの方が適任じゃないですか。」

 

リサは目を逸らして黙ってしまう。

 

巴「………どの道、リサさんはやらざるを得ないようになります。」

 

リサ「え……?」

 

巴「だってそうしないと、湊さんを守れないですから。このままだと、いずれ湊さんは大社の誤った舵取りの犠牲になってしまう。紗夜さんと同じように。紗夜さんがいなくなった今、私はもう勇者も、大社も、この世界も、何がどうなっても構わない。だけど、リサさんはそうじゃないですよね?大切な人が生きてるんですから。」

 

リサ「………………。」

 

リサは常に自分より他人を優先する人である。巴もそれは重々理解していた。そういう人は本来であれば組織のトップには立とうとは思いもしない。しかし今、リサの中に存在しなかった新たな選択肢が生まれたのだ。その選択肢を選ぶかどうかはリサ次第。性格を考えれば、巴が提示した選択肢を選ぶ可能性は殆ど無い。

 

 

 

だけど、0でもない--

 

 

 

 

 

巴は0だった可能性を、1%にしただけ--

 

 

---

 

 

宿舎、詩船の部屋--

 

リサが丸亀城へ戻った後、巴は詩船の部屋に呼び出されていた。

 

詩船「氷川紗夜の葬儀は、大社では行われない事になった。氷川を勇者とは認めない--というのが大社の見解だそうだ。」

 

巴「そうですか。」

 

淡々と答える。最早巴にとって大社がどんな判断をしようがどうでもよかった。紗夜が勇者だった事は巴自身が認めていればそれでいい。

 

詩船「ここが氷川の最後の住所だそうだ。故郷に住めなくなった後、丸亀市に引っ越して両親と暮らしていた。」

 

結局最後まで親と暮らす事を強要されてしまった紗夜。"子供は親と一緒に暮らす方が幸せ"、"親が子供を傷つける筈がない"という固定観念が紗夜を蔑ろにさせてしまったのだ。

 

巴「紗夜さんの遺体は?」

 

詩船「大社で葬儀は行わないから、親族に引き渡された。葬儀は氷川の家で個人的に行われる筈だ。」

 

巴「………分かりました。」

 

無表情で答え、巴は部屋を後にするのだった。

 

 

---

 

 

大社、寮--

 

部屋に戻った後、巴はすぐに動きやすい服装に着替える。念の為に財布とスマホも準備した。

 

明日香「あれ?何処かに出かけるの?」

 

怪訝そうな顔で明日香が巴に尋ねる。

 

巴「ああ。」

 

明日香「この雨の中じゃ危ないよ。」

 

巴「すぐに行かないといけない所があるから。」

 

時間的にまだ交通機関が動いている時間。しかしこの大雨の中ではいつ止まってしまうか分からない。

 

明日香「そう……。」

 

これ以上明日香が詮索する事はなかった。止めようともしない。口調や雰囲気から察したのかもしれない。部屋に置いてある傘を手に取った時、明日香が引き止めた。

 

明日香「待って、この雨じゃ傘なんか意味ないよ。これ使って。」

 

差し出したのは生地がしっかりとしたレインウェアとレインブーツ。

 

巴「こんなの持ってたんだな。」

 

明日香「昔、友達がくれたんだ。」

 

少し寂しげに答える。それが誰の事なのか巴には分かっていた。だから何も言わずに巴は頭をさげた。

 

明日香「夜ご飯までには帰ってくる?」

 

巴「………いや、帰らない。」

 

明日香「……そっか。それじゃあ、少しの間みんなを引きつけておくから、その間に行ってきて。でも、無理はしないでね。」

 

巴「…ああ。」

 

明日香「なら、オッケー!」

 

そう言って4年間同じ部屋で暮らしてきた親友は笑顔で巴の肩を叩いて送り出したのだった。

 

 

---

 

 

強い雨が体を打ちつける。傘なんてさしたら一瞬で吹き飛ばされてしまう程だった。大社の宿舎から一番近くのバス停まではかなりの距離がある。

 

巴「はぁ…はぁ……。」

 

元々体が強くない巴。ましてやこの雨の中ひたすら歩き続ける事で体力はどんどんと奪われてしまう。でも、行かなければならなかった。

 

巴(今、会いに行かないと………私はもう二度と紗夜さんには会えない…!せめて……せめて最後に、紗夜さんに会いたい!)

 

 

--

 

 

天気が悪いせいで日中も薄暗かったが、バス停に着いた時には、周りは闇夜に包まれてしまっていた。

 

巴「はぁ、はぁ……。」

 

バス停の時刻表を確認するが、走っているバスの本数自体が少ない為、もう既に最終バスも行ってしまった後だった。

 

巴「ここから歩いて駅まで行くのは……現実的じゃないか…。」

 

駅は遠く、徒歩で行けばどれだけ時間がかかるか分からない。もし体力がもって駅まで辿り着けたとしても、交通機関の乗り継ぎや終電時間を考えれば、今日中に丸亀市へ着く事は難しいかもしれない。大社の目をいつまで誤魔化せるか分からないので早く動きたい。都合よく泊まれる宿が見つかる保証もないし、この雨の中野宿するのはあまりに危険が大きすぎる。

 

念の為にお金は持ってきていた。大社で暮らしているとお金を使う機会があまりないので年始に貰っていたお年玉がまだ残っていた。スマホでここから丸亀城までのタクシー料金を調べるも手持ちのお金だけではとても足りそうになかった。

 

巴「どうすれば……。」

 

レインウェアのポケットから財布を取り出そうとすると、財布とは別に数枚の紙のようなものが入っている事に気がついた。取り出してみると、1枚のメモ用紙に数枚の紙幣。明日香が気を利かせてお金を入れといてくれていたのである。

 

 

--

 

 

明日香『絶対に後悔はしないで。』

 

 

--

 

 

ただ一言だけ。だけどそれが何よりも嬉しかった。

 

巴「私は……世話になってばっかりだな。」

 

 

--

 

 

タクシー会社に連絡し、迎えに来てもらった。夜中に子供が1人でタクシーで長距離を移動する。運転手はかなり訝しみ、何をしてるのかと巴に尋ねてくるので一か八かで答えた。

 

巴「私は大社の巫女です。至急、勇者様がいらっしゃる丸亀市へと行かなければならなくなりました。疑わしいのなら、後で大社へ確認を取ってもらっても構いません。ですが、今は一刻を争います。急いで丸亀市へ向かってください。」

 

勇者達が丸亀市にいる事も、巫女達が少女である事も既に周知の事実であり丸亀市へと行く理屈は通っている。もしもここで本当に大社へ連絡されてまえば終わりだったが、運良く運転手はそれ以上詮索する事無く巴を乗せ丸亀市へと車を走らせた。巴は歩いてきた疲れが出て、車内で眠り込んでしまう。

 

 

--

 

 

目を覚ました時、タクシーは既に停まっていた。時刻はもう深夜に近い時間帯になっていていつの間にか雨も止んでいた。

 

巴「どうして停まってるんですか?何かありました?」

 

運転手が言うには、もう丸亀市の近くまで来ているのだが、市内の一部が洪水状態になってしまい、道が通れなくなってしまったのだ。紗夜の家の住所を伝えると、その周辺は浸水している地域で囲まれており、通れないという情報が入っているという。

 

タクシーの料金メーターを見ると、既に運賃は明日香からもらったお金を合わせてもギリギリの金額になっていた為、巴はタクシーを降り再び紗夜の家に向かって歩き始める。しかし、すぐに足が止まってしまう。道が洪水で沈み、通れなくなっていたのだ。

 

巴「他の道は……!?」

 

地図を見ながら別ルートを探すが、見つからない。何処も同じように浸水してしまっているのだ。巴は水に沈んだ道を前にして立ち尽くしてしまった。

 

巴「どうすれば……。」

 

絶望的な状況だ。水が引くのを待つか--雨は止んでいるから、待てば水が引くかもしれない。でも、どれくらい時間がかかるか分からないし、また雨が降り出すかもしれない。

 

もっと大回りして道を探すか--浸水地域に囲まれている以上、通れる道が残ってる可能性は低いし、徒歩で広範囲を歩き回って探すのは不可能だった。

 

後少しで紗夜の元へ辿り着けるというのに方法が無い。

 

巴「………うぅっ!」

 

1つだけ、たった1つだけ現実的に進める方法が残っている。しかし巴はその1つの方法からずっと目を逸らし続けていた。難しい方法ではない。巴以外だったら簡単に出来る方法--

 

 

 

 

水の中を歩くという方法--

 

 

--

 

 

巴「はぁ、はぁ………。」

 

雨が止み、水の流れもない。プールの中を歩くのと大きな違いはない。注意して進めば出来る筈なのだ。

 

しかし巴の脳裏に溺れた時のトラウマが蘇る--

 

巴「うううう………!」

 

水の中に足を入れてみる。水深は足首が沈むくらいだった。

 

巴「このくらいなら……まだ大丈夫…。」

 

ゆっくりと、1歩1歩、足を進めていく。進むごとに水深は上がっていく。標高が少しずつ下がっているのだろう。

 

巴「はぁ、はぁ…!」

 

水の高さはすぐに脹脛を越え、やがて膝まで沈んでしまう。ここから先、まだまだ深くなるだろう。

 

巴「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」

 

足が震えだす。これ以上進みたくないと体が言う事を聞いてくれない。

 

 

 

巴「うううっ………!」

 

 

 

しかし他に方法が無い。紗夜に会う為にはこの水の中を通り抜けるしか無いのだから。

 

 

 

 

巴「ううううううううっ………!」

 

 

 

 

自分に必死に言い聞かせる。ここまで来れたのだからこの先も進める筈だと。

 

 

 

 

 

 

巴「ううううううううううううううっ………!」

 

 

 

 

 

この足を踏み出しさえすれば--

 

 

 

 

 

踏み出しさえすれば--

 

 

 

 

 

踏み出しさえすれば--

 

 

 

 

 

巴「うううっ、ひぐっ、ぐずっ、ううぅ………!」

 

目からは涙がボロボロとこぼれ落ちる。とうとう巴は水の中たった1人で立ち尽くし動けず泣き出してしまう。

 

巴(駄目だ、怖い…!怖くて仕方ない……!もう一歩も足を踏み出せない。足元に注意してゆっくり進めば出来ると頭では理解していても、体が震えて言う事を聞いてくれない……!)

 

溺れかけた海でのトラウマが頭の中でぐるぐると何回もフラッシュバックする。

 

巴「ごめんなさい、紗夜さん…ごめんなさいごめんなさい……ぐずっ…!もう…もう進めません……ごめんなさい、ごめん…なさい……。」

 

これ以上進めない。引き返すしかない。巴は来た道を戻る為に、踵を返した。

 

 

 

 

 

 

紗夜に背を向けたのだ--

 

 

 

 

 

 

 

巴「あ……あああああああああああああっ!!」

 

巴(駄目だ駄目だ駄目だ!それだけは絶対に駄目だ!紗夜さんに背を向けたら、大社の人間達と同じだ。紗夜さんの事を何も知らずに責め続けた人間達と同じだ!私は……私は絶対に紗夜さんに背を向けたりなんかしない!)

 

巴「私は、紗夜さんの巫女だから……っ!紗夜さんに付き従う人間だからっ………!」

 

紗夜は勇者から除外されてしまった。存在自体を否定され、亡くなったら用済みだとばかりに打ち捨てられた。大社も、紗夜の親も、紗夜に守られてきた一般市民達も--紗夜の死を悼んでる人間がどれだけいるのだろうか。彼女の戦いと功績を認め、彼女が生きてきた事を祝福する人間がどれだけいるのだろうか。

 

巴「せめて1人は……1人くらいは…!紗夜さんは素晴らしい活躍をしたんだと、勇者として褒め称えられる生活を送ったのだと、彼女の傍で声をあげないと駄目なんだよ!!」

 

巴は再び紗夜の家の方向へ足を向け、1歩を踏み出した。前に出すだけで、死にそうな程怖くなってくる。

 

巴「だったら死ねばいい!死ねば紗夜さんの魂の傍に行けるんだから!」

 

嘔吐しようが足を止める事は決してなかった。今までずっと紗夜に会う事を躊躇っていた巴。結局最後まで一度も会う事はなかった。全ては巴自身の臆病さが原因なのだ。紗夜に会えば嫌われてしまうかもしれないと思い込んでしまったからだ。でも、巴はもう躊躇う事はなかった。

 

 

 

---

 

 

氷川宅--

 

紗夜の遺体は、薄汚れた布団に無造作に寝かされていた。寝袋のような袋に入れられ、顔だけが見えるようになっている。死化粧をされている事と、死後2日しか経っていないお陰で、顔は綺麗なままだった。部屋はボロボロになっていた。パソコンやテレビは壊れ、壁は刃物で何度も切りつけたような跡が精神状況の悲惨さを物語っている。しかし巴はこの部屋には不自然なものを見つけて手に取った。卒業証書と書かれた紙。そこには勇者達の名前とリサの名前が書いてあった。どれだけ心が荒んでしまっても、これだけは傷付ける事が出来なかったのだろう。

 

巴(紗夜さんは1人じゃありません……。)

 

そして遺体が置かれた部屋では、男が酔い潰れてテーブルに突っ伏していた。その男は巴の気配に気が付きピクリと目を覚ます。十中八九紗夜の父親だろうとすぐ分かった。

 

紗夜父「あ……?誰だ、あんた?」

 

巴「はぁ……はぁ………。」

 

水の中を歩いてきたせいで、腰から下がずぶ濡れになりながらも巴は眠っている紗夜に近づく。

 

紗夜父「誰だって聞いてるんだよ!!」

 

男の怒鳴り声を無視し巴は紗夜の遺体の傍に正座し、深く頭を下げた。そして傍らに卒業証書を置く。

 

巴「遅くなってすみません、紗夜さん。会いにきました。こんな姿で許してください。」

 

紗夜父「おい、何やってんだ!!」

 

巴「紗夜さんの活躍は大社でいつも聞いてました。紗夜さんが勇者として戦ってくれたお陰で、私含めて沢山の人の命が助かったんです。この功績は誰にも否定出来ない事実です。どうか、安らかに--」

 

紗夜父「おい!」

 

巴「黙れよ……。」

 

殺意を押し殺した目で巴は男を睨みつける。

 

巴「休んでる紗夜さんの前で声を荒げる事は許さない。それに紗夜さんの葬儀はどうしたんだ?」

 

部屋には酒の空き缶や瓶、ゴミがそこら中に散らばっているだけ。葬儀の為の祭壇すら見当たらなかった。

 

紗夜父「はぁ?知らねえよ!」

 

巴「………聞きしに勝るクズだな。」

 

生きている間は傷つきながら化け物と戦い、亡くなった後は葬儀すら執り行われない。紗夜を蔑ろにするにも程があった。巴は紗夜の体を、包んでいる袋ごと抱き上げようとする。その際に触れた感触で、紗夜の右腕あたりが千切れかかっている事に気がついた。

 

巴(痛かったですよね……辛かったですよね…。)

 

巴「紗夜さんは私が引き取ります。私が葬儀をあげますので。」

 

次の瞬間、巴は男に殴られ床に倒れ込んでしまう。

 

紗夜父「お前は大社の人間か!お前らのせいだぞ!このガキが勇者なんかやってたせいで!」

 

そんな事を吐き捨てながら馬乗りになり更に殴りつける。痛みは感じなかった。痛みにも増して紗夜の傍でこんな醜い争いをしている事が申し訳ないという思いの方が勝っていたからだ。巴は近くに落ちていた酒瓶を手に取り、男の頭に叩きつける。

 

紗夜父「あぎゃあっ!!」

 

男は呻き声を上げて倒れ、意識を失い動かなくなった。さながら死にかけの芋虫のように。そして巴は息を整え、再び紗夜の遺体を抱き上げた。

 

巴「……私があなたの立場だったら、全てが違っていたのにな…。」

 

そう男に吐き捨て、紗夜と共に玄関へと向かった。

 

 

---

 

 

家を出たのは良かったものの、途方にくれてしまった。体が弱い巴では、紗夜を抱えたまま長距離を歩く事は出来ない。その時、目の前に刺すように明るい車のライトが視界に入る。降りてきたのは詩船だった。

 

詩船「ここまで来るのは大変だったよ。浸水してない道を探すのに骨が折れた。」

 

巴「……私を連れ戻しに来たんですか?」

 

詩船「いいや。足が必要だろ?お前さんが行きたい所まで送ってあげるよ。」

 

 

--

 

 

巴は紗夜と一緒に、詩船が運転する車の後部座席に座っていた。紗夜の体が倒れないように、シートベルトでずっと固定してあり、念の為走行中は手でずっと支え続けている。

 

巴「私は紗夜さんを弔った後も、大社に戻るつもりはありません。」

 

その言葉に詩船は怒りも驚きもしなかった。

 

詩船「そうかい。別に構わないさ、勝手にすればいい。私はあんたを連れ戻しに来たわけじゃない。大社の指示は何も受けてない。と言うより最初から、他の神官達が寝静まった後、私がお前さんを氷川の家に送ってやるつもりだったんだ。それなのに、早まって勝手に出て行くなんてね。」

 

巴「……すみませんでした………。」

 

詩船「…よくやりきったね。1人で氷川を助け出す事が出来たんだな。やはりお前さんは氷川紗夜の巫女だよ。」

 

巴「はい………。」

 

詩船の言葉に巴は泣きそうになる。

 

巴(私は最後に……紗夜さんを助け出す事が出来たんだろうか。)

 

巴「先生は…どうして私がこんな勝手な事をするのを見逃してくれるんですか?」

 

詩船「……面白いからだ。」

 

巴「……私は4年も先生と同じ大社にで過ごしてきましたが、未だにあなたの事がよく分かりません。」

 

詩船「そうかい。まぁ、私も4年間一緒にいて、お前さんの事が理解出来なかったよ。何でそんなに氷川に入れ込めるのか、全く分からない。殆ど話した事もない、会った事もない人間に対して、どうしてそこまで愛情を注げるのか…。」

 

巴は紗夜の頬に触れながら答える。

 

巴「理由、ですか……。私はこう思うんです。何故その人の事を好きなのかと問われて答える事が出来る理由なんて、全て後付けの言い訳なんだって。優しいからだとか、格好いいからだとか、そんな理由は全部、好きになった後に自分自身の感情に合理的な理由をつける為に無理矢理考え出した言い訳なんです。誰かを本当に好きになったら、そこに理由なんて存在しないんです。」

 

詩船「成る程ね……つまり一目惚れって訳だな。」

 

鼻歌混じりに詩船は車を走らせ続ける。

 

詩船「昔を思い出すよ。」

 

巴「え?」

 

詩船「香澄を乗せて、こうやって車を運転した事があってね。」

 

詩船が運転する車は夜道を走り、巴が目指していた場所へと向かって走り続けていく。紗夜がゆっくりと休める場所、誰も立ち入る事が出来ず、2人がいつまでも共にいれる場所へ--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

そして巴は現在、実家の神社の境内にいた。境内の一面は、巴が植えた無数の紅い彼岸花で覆われている。

 

巴「お休みなさい、紗夜さん……。」

 

紅い彼岸花の中に、一本だけ白い彼岸花を植えた。その下には紗夜が埋まっている。

 

巴「私はいつまでも紗夜さんの味方です。永遠にそれは変わりません……。」

 

 

 



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空っぽの自分

遂に執り行われる奉火祭。犠牲になる巫女達は何を思い、そしてリサはそれを受け止め何を成すのか。

巫女の名前を全員知っていたら、あなたは相当なBanG Dreamマニア。




 

 

リサ(あれはまだバーテックスが襲来する前の事だった--)

 

リサ(私はいつもの様に友希那の家へ遊びに行っていた。その日も友希那は道場で居合の練習をしていた。私は友希那が剣を振る姿を見るのが好きだった。)

 

リサ(道場での練習が終わった後、家の縁側でお茶を飲みながら他愛もない世間話をする。やがて友希那が練習の疲れでうとうとし始めると、私が膝枕をしてあげた。)

 

友希那「ありがとう、リサ。」

 

リサ「良いんだよ。友希那の膝枕を出来るのは、私の特権なんだから。」

 

リサ(幸せな日々だったと思う--私は友希那がいるだけで幸せだった。この平穏な時間がずっと続いてくれれば良いと思っていた。)

 

 

--

 

 

リサ(ふと軒先を見ると燕が巣を作っていた。親鳥が雛達に餌を運んでくる。それを見た雛達は一斉に口を大きく開けて元気に鳴き声をあげた。)

 

友希那「仲の良い親子ね。」

 

リサ「そうだね。」

 

リサ(側から見れば仲睦まじい親子にしか見えないだろう。しかし親子の鳥の行動は、本当は仲が良い証でも愛情でもないという。)

 

 

 

"鍵刺激(かぎしげき)"--

 

一定の刺激に対する反射行動とも言われ、親鳥は雛鳥の口の中の色と鳴き声に反応し、反射的に餌を口の中に入れているだけなのだ。例えば親鳥が卵を温める行動も、子に対する愛情では無い。卵の形や色が鍵刺激となって反射的に行動し温めているだけと言われている。

 

リサ(だったら、鳥達の間に、愛情や感情は無いのだろうか--あの鳥達は、ただ反射を繰り返すだけで、心は只管に空虚なのだろうか--)

 

 

 

リサ(私はどうなんだろうか--)

 

 

 

 

リサ(私の行動には、本当に愛情や感情は伴っているのだろうか--)

 

 

---

 

 

それから数ヶ月後、"7.30天災"が起こりバーテックスが襲来してくる。四国は神樹の結界によって外界と隔絶され、バーテックスの脅威から逃れた。それにより、人々は一先ずの平穏を得たのである。その中で友希那はバーテックスと戦う"勇者"となり、リサは神樹の声を聞く"巫女"となった。

 

勇者達は丸亀城に集められ、巫女達は大社の中に集められる。勇者はたった5人しかいないが、巫女はもう少しだけ数が多い。年齢も小学生から高校生とバラバラで、元々四国に住んでいた人もいれば、四国外から避難してきた人もいた。

 

リサが大社に来たばかりの頃、巫女はみんな暗い顔をしていて、周囲に漂う空気はとても重く息苦しささえ感じた。仕方が無かった。巫女達の中にはバーテックスに襲われ家族や友人を失ったり、自分自身がバーテックスに襲われ命を落としかけたりと、精神が不安定になっている人も多く、大人の様に感情を上手くコントロール出来ないのだから。だから毎日の様に喧嘩が起こり、虐めも多かった。

 

そんな中、リサは少しでもその空気を変えようと必死でみんなの中を取り持ってきた。そのお陰もあってか数ヶ月後には落ち着きを取り戻し、諍いも起こらなくなった。

 

 

--

 

 

そんな中、リサは偶然神官が話していた事を耳にしてしまう。

 

神官A「今井様は何を考えているのかが分からない。我儘も言わないし、自分勝手な行動もした事がない。いつも他人の手伝いをしたり、諍いの仲裁をしたりと、そんな事ばかりしている。」

 

神官B「素直で良い子なのは間違いないが、まだあの年齢の子供が、あんな風に生きられるものだろうか?」

 

神官A「"気味が悪いな"。」

 

神官B「"どこかおかしいのでは?"」

 

リサは彼らが言っている事に怒りや悲しみは感じなかった。それどころか妙に納得してしまうほどだった。

 

リサ(何を考えているのかが分からない--)

 

リサ(私は多分とても空虚な人間なんだな。自分の中に、自分を中心にした欲求が無いんだ。行動の指針が自分じゃなく他人なんだろう。)

 

行動指針を他人に置いておく事を、"優しさ"や"思いやり"だと言ってくれる人もいるだろう。だが実際リサの中に今井リサという自分が無いだけである。それは傍から見れば"気味が悪い"事なのかもしれない。

 

 

---

 

 

2019年、秋--

 

紗夜が亡くなった事や巴が大社から姿を消した事、そして7体の"完成型"バーテックスが襲撃した事もはるか昔のように感じる程に目まぐるしく事態は動いていった。7体もの"完成型"に友希那と香澄が立ち向かい、香澄が戦死し、友希那も大怪我を負った。被害は大きかったが、勇者は四国と神樹を守り通したのである。

 

そして香澄が神樹と一体になった事により結界は強化され、その後バーテックスの侵攻は起こっていない。今、大社ではリサがとある報告を行なっていた。

 

 

---

 

 

大社--

 

リサ「--以上が、私が結界の外で見てきた光景です。」

 

昨日リサと友希那は結界の外に出て、世界の様子を目で確かめてきたのである。結界は強化されたものの、外界では相変わらず無数のバーテックスが蔓延っており、友希那と香澄がその身を犠牲に倒した"完成型"も全く同じ形のものが再び生まれていて、バーテックスは無限に再生を繰り返すという絶望的な事実を目の当たりにするのだった。

 

だが、1番大きな報告は、結界外の世界"そのものが創り変えられてしまった"という事。以前に結界外を調査した時には荒廃していたとは言え、まだ日本という国土だった筈なのだが、2人が結界外に出た瞬間、言葉では言い表し難い現象が起こった。

 

太陽が落ちてきて大地を飲み込み、地表は溶岩と炎に包まれ、空は昼でも夜の様に暗く、太陽も青空も見えない地獄の様な世界が目の前に広がっていったのだ。

 

老神官「神々は攻撃の手を緩めるつもりは無い……という事でしょうな。」

 

神官A「しかし、結界は強化されたのだから……。」

 

神官B「いや、それもいつまで持つかは分からない。」

 

神官C「勇者はもう湊様1人だけになってしまっている。万が一再びバーテックスが襲ってきたら、戦力が足りない。」

 

神官D「新たな勇者が発見されたという報告は無いのか。」

 

神官達は無秩序に話し始めるが、打開策は出てこなかった。やがて、神官の1人が苦渋の声で言った。

 

神官C「やはり………"奉火祭"を執り行うしかないのでは……。」

 

その言葉に誰もが黙ってしまう。

 

詩船「犠牲の重さを理解して言っているのかい?」

 

会議に参加していた詩船が冷たい視線を向ける。

 

 

"奉火祭"--

 

大社の最終手段として、少し前から検討されていた儀式。天の神と、その尖兵バーテックスに対する完全な降伏宣言。6人の巫女を犠牲とし、赦しを乞う言葉を天に届けるもの。人類は敗北を認め、これ以上の攻撃を止めてもらおうという儀式である。

 

リサ「奉火祭によって天に赦しを乞う……それ自体は賛成です。降伏して人々を守れるなら…これ以上の戦いをしないで済むなら……屈辱的でも敗北を宣言して赦しを乞うべき。だけど………。」

 

1番の問題は6人の巫女が犠牲にならなければならないという事--

 

神官C「今井様…….あなたのご判断次第です。」

 

神官達はリサを見つめ首を垂れる。リサは何も答える事が出来なかった。

 

 

--

 

 

会議が終わった後、リサは廊下を歩きながら考えていた。奉火祭が執り行われると決まれば、犠牲になる巫女にリサが含まれる事は確実だったからだ。さっき神官が判断を委ねたのもそれが理由である。

 

今までに前例がない儀式の為、天の神から赦しを得られるかの確信は無い。だから大社は奉火祭を成功させる事に全力を尽くすだろう。犠牲となる巫女も、出来る限り"効果的な人材"を選ぶ筈である。リサは巫女としての適性が最も高く、巫女達の代表と言っても過言ではない。だからそんな人間を犠牲として差し出せば、天の神も人が完全に降伏したと認める可能性が高い。リサは犠牲として最適な人間なのだ。

 

それに神官の一部はリサを快く思っていない者もいる。この機会に消してしまえばいいと考えている者もいるだろう。もしリサが奉火祭を承諾すれば、速やかに執行に向けて準備が動き出すだろう。そして間も無く、奉火祭は実行される。

 

リサ(私以外にも5人の巫女が犠牲になるし、私がいなくなったら友希那はどうなるだろう?勇者のみんなが亡くなって、私も死んだら………たった1人だけ残された友希那はどうなる………?)

 

そんな事を考えているうちに食堂の前を通りかかると、夕食時だったのか明日香や他の巫女達が集まっており、リサを見つけたのか1人の巫女がリサの元に駆け寄ってきた。

 

光「リサさん、来ていたんですね!」

 

巫女の一人である日野光だった。普段は丸亀城で暮らしている為、中々顔を出す事が出来ないが、それでも巫女のみんなはリサに友達として接してくれていた。リサは食堂へ行き、巫女達の輪に加わる。その中に巴の姿がいない事に寂しく感じてしまう。巴の行方は今でも何処にいるのか分からなかった。

 

リサはみんなと話しながら、一人一人顔を見て落ち込んだり調子の悪い人がいないかを確認する。さっき話しかけてくれた巫女は最年少の巫女である中学1年の光。そして中学3年の鈴木佳奈子と仁藤史織。明日香と話している巫女は高校2年の豊崎麻里恵。他にも海老沢成美に真木園水とリサが親しくしている巫女が全員食堂に揃っていた。

 

明日香「今日は何か用事だったんですか?」

 

明日香が訪ねてきたので、大社へ来た理由と結界外の光景について話す。話し合えると、その場の空気が重くなったのが分かった。

 

佳奈子「でも、結界が強化されたんだよね?だったら、もうバーテックスは結界の中に入って来れないし……安全だよね……?」

 

不安そうに言う佳奈子に対し史織が首を横に振った。

 

史織「そうとも限らない。どんなに頑丈な壁でも、いつかは限界を迎えるよ。」

 

麻里恵「そうだね…その限界は数ヶ月後か、数年後か。ううん、もしかしたら数日後の可能性だってあるかもしれない。」

 

神樹の力も無限ではない。それどころか、天の神が本気で侵攻してくれば、結界なんて一瞬で破られるのではないかとさえ思える。これまでの戦いではっきり分かった事は、現状では天の神とバーテックスの力が、地の神と勇者達の戦力を遥かに上回っているという事だ。

 

リサは奉火祭の事は言わなかった。

 

リサ(みんなの中から5人が死ぬ…だなんて言えるわけ無いよ……。)

 

 

---

 

 

 

丸亀城--

 

帰った後もリサは悩んでいた。教室の窓から城郭を眺めると友希那が懸命に素振りをしているのが見える。結界の外を見た後から友希那は今まで以上に厳しい鍛錬を自分に課している。怪我もまだ治っていないのに。まるで自分自身を痛めつけているかの様にも見える。自分以外の勇者達が亡くなってしまった事や友達を守れなかった事を悔やんで罰を与えているかのようだ。

 

リサ(今の友希那の心は、酷く危うい状態にある…。これ以上、友希那の心に負担をかけたら、きっと壊れるだろう。)

 

二人は物心ついた時からずっと一緒にいた。家族と同じくらい--いや、それ以上に、同じ時を過ごし共有してきた。リサにとって友希那は自分の半身の様なものだし、それは友希那にとっても同じ事だ。リサの死は友希那を完全に壊すのに充分だろう。

 

リサ「友希那を守る為に………私は死ぬわけにはいかない……。」

 

 

--

 

 

丸亀城、城郭--

 

リサ「あまり無理しないでよ、友希那。」

 

友希那「分かっているわ。だけど、もう残っている勇者は私だけ……。この世界は、美竹さんと、燐子と、あこと、紗夜と、香澄が命を懸けて守ってくれたものよ。だから私も命を懸けて守らなければならないわ。」

 

最近の友希那は自分が死ぬ事を躊躇っていない。身近な人の死を多く見てきたからだろう。もし次の戦いが起これば、友希那はきっと命を落とす。天の神の力は圧倒的で、死はそれを恐れない人を優先的に呑み込むものだから。

 

リサ(友希那を死なせるわけにはいかない--)

 

 

 

 

リサ(友希那を生かす為には、戦いを終わらせなければならない--)

 

 

 

 

 

 

リサ(私は--)

 

 

--

 

 

翌日、大社--

 

リサ「奉火祭を行いましょう。」

 

リサは会議室で神官達にそう提言する。

 

老神官「犠牲となる巫女の筆頭は今井様と戸山様となりますが、よろしいのですね?」

 

リサ「明日香に関しては、彼女の意見を尊重してください。私が犠牲になる事は受け入れます。」

 

リサ(私が死んだ後、友希那が失意に陥らない様、あらゆる手を打っておこう。暫くは私の死を隠しておいた方が良い。何かの理由をつけて。会えないという事にして。それとも、友希那とわざと喧嘩して、会いたくないという事にしておくか。巫女のみんなに協力してもらえば、私の死を隠しておく事は出来る筈だ。他にも考えられる限りの手を打っておこう。)

 

老神官「承知しました。それでは今井様以外に天の神へ捧げる巫女の選抜を始め--」

 

その時だった--

 

 

 

 

 

?「その必要はありません。」

 

老神官の言葉を遮るのと同時に、巫女達が会議室の扉を開け入ってきたのだ。先頭にいたのは麻里恵だった。麻里恵は一枚の紙を老神官の前に置いた。その紙には目を疑う内容が書かれていた。

 

麻里恵「私達巫女全員で話し合い、奉火祭の犠牲となる者を選びました。皆、了承しています。」

 

なんと麻里恵が提出した紙には、6人の巫女の名前が載っていたのである。

 

リサ「えっ………!?」

 

リサは困惑する。奉火祭の話はあの時には話していなかったのだから。その上紙に書かれた6人の名前の中にはリサも明日香の名前も書かれていなかったのである。当然神官は反発する。

 

神官A「これでは駄目だ。少なくとも今井様の犠牲は必要だ!今井様を残せば、天の神に服従心を疑われるかもしれない。古来、神は人を疑い、試すもの。服従すると決めなのならば、我々は全力で服従の意を示さなければならない!」

 

しかし麻里恵も引き下がらない。その目には強い意志がこもっていた。

 

麻里恵「今井さんを犠牲にすると言うのなら!我々巫女は、誰一人として奉火祭の犠牲になる事を了承しません!そうなれば奉火祭を行う事自体、不可能です!今井さんを除いた奉火祭でも、失敗するとは限らない。その可能性にかけることです。」

 

 

こうして会議は終了し、奉火祭は紙に名前を書かれた6人の巫女を犠牲として執り行われると決まった。

 

 

--

 

 

リサはとにかく困惑していた。奉火祭の犠牲に名乗りを上げた巫女は、豊崎麻里恵、日野光、鈴木佳奈子、仁藤史織、海老沢成美、真木園水の6人。全員がリサと仲の良い人ばかりだった。

 

リサ「………やっぱり人員を考え直そう!私が犠牲になれば、少なくとも1人は犠牲になる人が減る--」

 

光「これで良いんですよ、リサさん。この6人が犠牲になるのが一番良いんです。」

 

そう言いながら、光はにこやかに微笑んでいた。

 

リサ「どうして……。」

 

史織「犠牲者となるのを了承したの6人の巫女は、私含めてみんな自分から立候補したんです。私達6人は、身寄りのない者ばかりですし、死んでも悲しむ人は少ないです。」

 

リサ「でも!でも……私が…私は悲しいよ…。」

 

麻里恵「光は一番年下だからね、私もこんな子が犠牲になるべきじゃないと思うんだけど。」

 

リサ「だったら……私が………!」

 

その言葉を光が遮った。

 

光「リサさんは生きていてください。私は顔も知らない大勢の人々の為に死ねるほど、人間が出来ていません。でも、リサさんの為だと思えば…………私が死ぬのはリサさんを生かす為だと思えば、奉火祭に臨む勇気が出るんです。だからリサさんは生きていてください。」

 

リサ(こんな…こんな悲しい決断の仕方は………。)

 

俯き肩を震わせるリサに麻里恵は冗談っぽい口調で言う。

 

麻里恵「それにさ、今井さんを犠牲にしたなんて言ったら、湊さんが大激怒間違いなしじゃん!生き残ってる勇者はもう湊さんだけだし……湊さんには、今井さんが必要だから。」

 

明日香「私は………。」

 

何も言えなかった明日香もポツリと声を漏らす。本来であれば明日香も適性の高さから、奉火祭の犠牲になる筈だったのだ。

 

麻里恵「戸山さんも生きてないと駄目だよ。」

 

明日香「えっ?」

 

麻里恵「あなたがいなくなったら、あこちゃんと燐子ちゃんの事を語り継ぐ人がいなくなっちゃう。あこちゃんも燐子ちゃんも紗夜ちゃんも、勇者はこの世界の為に真っ先に犠牲になった。そんな勇者の事を語り継げる人は、1人でも多く生きていないといけないんだよ。」

 

 

---

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから数日後、奉火祭は実行された。巫女達が壁の上から結界外の炎の中へ身を投げていくのを、リサはその場で見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 



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私の大切な人

全ては友希那の為に、リサは大赦を掌握する覚悟を決める。

外伝第1部最終回です。




 

 

奉火祭の翌日、残された巫女達に神託が下った。人間側の敗北と服従宣言は天の神に受け入れられ、赦しを得られた。人間が四国の外に出ない事と、勇者が戦う力を放棄する事を条件に、これ以上人間を攻撃する事をやめるという。

 

奉火祭は成功し、和睦が結ばれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

6人の巫女の命を犠牲にして--

 

 

---

 

 

数日後、大社--

 

 

神官達とリサで会議が行われ、停戦が決定した事を大社全体の総意として確認し、リサはその後丸亀城へ戻る為に、荷物を持って廊下を歩いていた。6人の友人の命が一瞬にして失われた。そのショックが大きすぎて、リサは感情が摩耗したように何も考えられなくなっていた。

 

明日香「……大丈夫ですか?手伝いますよ。」

 

リサ「ありがとう………。」

 

偶然通りかかった明日香が荷物を持つのを手伝ってくれた。力なく答える事しか出来ず、明日香も何も言わずに頷いた。宿舎を出ると神官数人が話している声が聞こえた。

 

神官A「上手くやったものだ。」

 

神官B「どうやって手懐けたんだか。」

 

神官C「手懐けたどころか、あれは狂言だろう。今井様の代わりに死ぬなど。」

 

神官D「このような時の為に自分に心酔する者を作っておいたのだとしたら、恐ろしい人だ。」

 

それを聞いた明日香は地面を苛立たしげに踏みつけ、神官達の所へ行こうとする。

 

明日香「あんた達………!」

 

リサ「待って!」

 

明日香「でも!」

 

リサ「気にしないで。行こう。」

 

2人は気づかれないようにその場を後にする。明日香の怒りはまだ収まらない様子だった。

 

明日香「どうして怒らないんですか!?」

 

リサ「怒るも何も……仕方ない事だから。私は巫女達に優しく接する事で、みんなが私に親愛の情を寄せるようにした。その情を利用して、私の代わりに死ぬように仕向けた……そう揶揄する人がいてもおかしく--」

 

明日香「リサさんはそんな事してない!それなのにあんな酷い言い方……!」

 

リサ「案外的を射てるかもしれないよ。私は……そうなるように動いてたのかも。巫女達の歓心を買って、いざという時の為に代わりに犠牲になってくれるよう立ち回ってたのかもしれない。」

 

親鳥の子育ては、周囲から愛情があるように見えても、実際は愛情なんて無いのと同じ様に。リサの行動が本当に善意から来ているかどうかだなんて、リサ自身でも証明する事は出来ない。

 

リサ「明日香。神官達の一部が私に対して抱いてる評価はそのままにしておいて。"今井リサは巫女達の人心を掌握し、彼女達を操り、自分の代わりに生贄になるように仕向けた"って。そうしておく事はいつか何かの役に立つかもしれないから。」

 

明日香「……リサさんは…自分に罰を与えようとしてるんですか?」

 

悲しげに明日香が呟く。

 

リサ「…………。」

 

明日香「……自分が生き残ったから…。」

 

 

 

勇者の友達--

 

 

 

 

巫女の友達--

 

 

 

 

 

 

沢山の人が死んだ--

 

 

 

 

 

 

 

たった数ヶ月で数えきれない人が死んだ--

 

 

 

 

明日香「リサさんは………性格は友希那さんとは全く違うけど、きっとそういうところは似てますよね。自罰的なんですよ。自分が罰せられない事が、自分が痛みを負わない事が許せないんです。私は友希那さんの事は詳しくないですけど、リサさんから聞いた友希那さんの性格も、やっぱりどこか………自罰的です。」

 

その声はやるせなさに満ちていた。

 

 

---

 

 

丸亀城--

 

友希那に奉火祭の執行と人間の敗北を伝えると、友希那は涙を流した。友は亡くなり、奪われた世界を取り戻す事も出来なかった。絶望的な結末だった。それでも、友希那は一晩中泣いて、最後には全てを飲み込んだ。

 

友希那「私達は多くのものを失ったわ…。」

 

リサ「そうだね。」

 

友希那「だけど命は繋いだ。」

 

リサ「うん、私達の戦いはまだ終わってない。」

 

友希那「敵は天の神。バーテックスを、用いて人間を根絶しようとし、人が神の力を使うのを嫌っている。」

 

リサ「対する土地神は力を合わせて神樹様となり、人に神の力を与えた。」

 

友希那「しかし、既に大勢は決し人類は辛うじて命を繋いだ状態。勝つ為にはまず力を蓄えないと…。」

 

リサ「じっくり対策を見つけて行こう。」

 

この頃からリサは、いつか巴に言われた言葉について考える様になっていた。

 

 

--

 

 

巴「このままだと、いずれ湊さんは大社の誤った舵取りの犠牲になってしまう。紗夜さんと同じように。紗夜さんがいなくなった今、私はもう勇者も、大社も、この世界も、何がどうなっても構わない。だけど、リサさんはそうじゃないですよね?大切な人が生きてるんですから。」

 

 

--

 

 

友希那が大社の犠牲になってしまう。それを防ぐ為にはリサ自身が大社を掌握しなければならない--

 

リサ(友希那はこれから、唯一生存している勇者として神聖視され、カリスマ化していくだろう。そして大社はそんな友希那を利用し続ける。どこかで友希那が大社の意向の為に苦しまなければならない時が来るかもしれない。)

 

リサ「私は友希那を守る………絶対に守らないといけない…。」

 

 

---

 

 

翌日、大社--

 

ここ最近大社での会議や報告が多く、リサは連日丸亀城と大社を行き来していた。

 

神官A「それでは、我々は"大赦"と名を改め、暦を表す為に"神世紀"を使うよう正式に提案します。」

 

会議が進んでいくのをリサはどこか上の空で聞いていた。今回の会議の内容は今後の大社と社会をどのようにしていくかについての話し合いだった。大社は今後、"天の神から赦された者"という意味を込めて"大赦"と改名し、暦は西暦から神世紀へと変更する等だ。

 

 

--

 

 

議題も出尽くした頃、老神官が声をあげる。

 

老神官「ところで、今後の大赦の活動は、これまでと異なってくるでしょう。人員整理も行っていかなければならないのでは?」

 

その議題に次々と反対や賛成の声が上がる。神官達の間には派閥のようなものが存在している。今回の会議の中でも、ある派閥が提案した事に対して、別の派閥が反対したり、また別の派閥は両方の顔色を伺ったりと、内容よりも発言力や力関係の競い合いが重視されていた。

 

天の神との戦いは終わったが、その後の世界で誰が権力を持つのか、利益を多く取る立場になるのか。一部の神官達の関心はそこにしかなかった。

 

リサ(こんな人達が--)

 

 

 

リサ(こんな人達が、あこや燐子、紗夜、香澄。そして麻里恵、光、史織、佳奈子、成美、園水……。みんなが命を捧げて守った世界で、こんな人達が権力を振るうのか…。)

 

リサ「………くだらない。」

 

そう小さく呟き、リサは神官達に一声かけ会議室を後にするのだった。

 

 

---

 

 

大社、宿舎--

 

自室へと戻ったリサはスマホに保存されていたみんなの写真を見ていた。最初は友希那の写真だけだった。それが巫女になり丸亀城で暮らしていく中で、あこ、燐子、紗夜、香澄の写真も増えていった。

 

だけど、巫女との写真はあまりない。丸亀城に来てからは大社にいる時間は短かったし、行ったところで報告や会議等でみんなと過ごす時間も無かったからだ。奉火祭で犠牲になった6人との写真も殆ど無かった。

 

リサ「どうして………。どうしてもっとみんなの写真を撮らなかったんだろう…。」

 

後悔しても遅い事は分かっていた。

 

リサ「……………。」

 

リサはスマホを操作し、明日香と詩船にメールを出した。出してすぐ明日香がリサの部屋にやって来て、少し遅れて詩船もやって来た。2人に対してリサは言う。

 

リサ「もう、止めようと思う。」

 

明日香「え?」

 

怪訝そうな明日香に対し、詩船は表情も変えずリサを見ている。

 

リサ「私は今まで、大社に対して基本的には味方であろうとしてきた。だけど、もう止める。あれじゃあ友希那は守れない。」

 

詩船「…………。」

 

リサ「友希那を守れない組織なら、もう……要らないよ。」

 

沈黙が部屋を包み込んだ。

 

詩船「大社を乗っ取るって事かい?後世に悪名を残す事になるよ。それに死んだ友人が帰ってくるわけでもないだろ。」

 

リサ「帰ってこなくても……その遺志を継ぐ事は出来る。悪名なら、寧ろ残してほしいくらいだよ。私は何の痛みも受けてないんだから。あこが死んで、燐子が死んだ。紗夜が死んだ。香澄が死んだ。友希那には身体中に消えない火傷が残っている。四国の人を守る為に、麻里恵が、光が、史織が、佳奈子が、成美が、園水が死んだんだ!私は何もしてない!何の痛みも負ってないんだよ!!」

 

痛みを負っていない人間には、それを負っている人の苦しみを理解する事は出来ない。それじゃあ友希那の隣に立つ事なんて出来ない。友希那を支え続ける事なんて出来ない。

 

リサ「私は友希那を守り、支え続ける。どんな事をしても。多くの友達を犠牲にして生き延びた末に、大切な人さえ守れないのなら、私にはなんの価値も存在しない!」

 

その為に自身を痛みで満たさなければならないのだ。空虚な人間であるリサにならそれが出来る筈だから。

 

明日香「……分かった。私も何でも協力します。リサさんがやりたいようにやってください。」

 

詩船「私も協力せざるを得ないね。今井には4年前の件で逆らえないんだから。」

 

 

--

 

 

その後大社は正式に大赦へと改称される事となり、他にも様々な変化があった。友希那は苗字を"湊"から"花園"と改め、友希那を疑似精霊化して、未来の勇者達に言葉を託すといった事も行った。

 

その間にリサは準備と根回しを始めていた。これから行う事には、巫女達の強固な結束力が必要不可欠だったから。そしてもう一つ、重要なピースが手元になかった。そのピースを見つけたのは、秋も終わりに近づいてきた頃だった。

 

 

---

 

 

高知県、とある神社--

 

リサは小さな神社を訪れていた。この神社は宮司が大赦の神官となった為休業状態になっているのだが、境内は掃除が行き届いており、綺麗に保たれていた。その境内には赤い彼岸花が絨毯の様に一面に咲き乱れており、その中に1人の少女が座り込んでいる。

 

リサ「……やっと見つけたよ、巴。」

 

巴は振り返り驚いた顔を見せた。

 

巴「リサさん……。」

 

リサ「ここは身を隠すのには最適だよね。神官の父親と口裏を合わせれば、大赦に調査される事も少ないし、もし調査が行われる事になっても、事前に時間を伝えておけばその時だけ身を隠せば良いんだから。」

 

リサが巴の居場所を突き止めるのにかなりの時間を費やしてしまった。巴が何をしていたのかも、手引きを行った明日香でさえ知らなかったのだから。

 

巴「どうやってここを突き止めたんですか?」

 

リサ「詩船先生に聞いたんだ。灯台下暗しだよね。問い詰めたら渋々教えてくれたよ。」

 

巴「詩船先生ったら……。」

 

苦笑いをしながら巴はため息をつく。

 

リサ「綺麗な彼岸花だね。手入れをしてたの?」

 

巴「彼岸花は殆ど手を加えなくても強く育ってくれますけど、たまに雑草を抜いたり、手をかけた方が良いんです。」

 

リサ「まるで紗夜みたいだね。じゃあ、その彼岸花の下に紗夜が?」

 

巴「はい。……リサさんは何をしにここまで来たんですか?紗夜さんを奪いに来たんですか?」

 

リサ「巴の返答次第では…かな。」

 

巴「どう言う意味ですか?」

 

リサ「協力してほしい事があるんだ。」

 

リサはこれからしようとしている事を巴に話し始める。それを聞いた巴は笑いながら答えた。

 

巴「中々良いですね。リサさんなら出来るかもしれません。」

 

リサ「協力してくれる?巴は前に、私が大赦を掌握するべきだって言ったんだから。」

 

巴「そうですね。でも、本当に選ぶとは驚きましたよ。思ってた以上に、リサさんは湊さんが大切なんですね。」

 

リサ「そうだね。」

 

巴「分かりました、協力します。ですけど、条件が2つあります。」

 

リサ「何?」

 

巴「紗夜さんを奪わないでください。そして、紗夜さんが存在していた証を……どんな形でもいいから、後世に残して欲しいんです。」

 

リサ「両方とも言われるまでもなくそうするつもりだよ。香澄が亡くなった今、紗夜を一番大切にしてくれるのは間違いなく巴だから……。紗夜の遺体は、巴に預けるよ。大赦には手出しさせない。そして紗夜が存在してた証だけど…すぐには難しいけど、いずれは何らかの形で紗夜の名前を歴史に復活させるつもりだよ。」

 

巴「そうですか……ありがとうございます。」

 

リサは巴に手を差し伸べ、巴はその手を取った。

 

リサ「じゃあ、簒奪を始めようか。」

 

 

---

 

 

その後、巴は大赦に戻り、再び巫女としての役職に就いた。神官達は驚いていたが、巫女達は巴の帰還を何の疑問もなく受け入れていた。リサが予め戻ってくる事を伝えていたからだ。神官達は巫女達の態度の変化に気付く素振りすら見せなかった。

 

 

--

 

 

数週間後--

 

早朝、リサは予告なく大赦を訪れる。

 

リサ「昨夜、神樹様より重要な神託が下されました。急いで神官達を召集してください。」

 

そう告げると大赦にいた神官達が一同に会議室に集まり、全員が注目する中でリサは話し出す。

 

リサ「昨夜下された神託の内容は、非常に明確で、かつてないほど神樹様から強い意志を感じました。この神託により神樹様は、今後人間社会に自らがどのように関わるかを………これまでと関わり方をどう変えられるのかを示されました。差し詰め、これまでの神樹様と人間の関係が"旧約"、今後の関係は"新約"といった感じです。」

 

神官A「神託の内容は……?」

 

リサ「これまでは社会と大赦の運営を人間に任せていたが、今後はその運営を"神樹様ご自身が行う"との事です。これからは神託の頻度を増やし、あらゆる決定を神樹様ご自身が下す。大赦は神樹様の決定に万事従うべし……と。」

 

その言葉に神官達はざわつき出した。リサが言った内容は、即ち神樹がありとあらゆる決定権を神官達から奪うという事と同義なのだ。全ての物事は神樹様の神託通りに行われ、神官は何も口出しできなくなる。

 

神官B「そ……その神託は間違いないのですか、今井様!」

 

リサ「間違いありません。」

 

毅然とした態度で答え、直後会議室の扉が開き、明日香達他の巫女が入室する。

 

明日香「私達にも、昨夜全く同じ内容と思われる神託が下りました。今後は神樹様があらゆる決定を行い、大赦は神樹様の決定を忠実に実行せよと。」

 

巴「神樹様のご意思に反した場合、人間への加護の一切を取り消すとの事です。私達全員に同じ神託が下ったという事は、非常に優先度の高い、厳守すべき御命令なのだと思いますが。」

 

神官C「し、しかし……!それでは……!」

 

リサ「何か問題でも?」

 

神官C「それでは、神託の精査は誰が行うのですか!もし"神託が真実ではなかったら"……!」

 

この場の神官全員が懸念している事は、リサが嘘をついている可能性である。神官には神託を受ける力が無い。巫女が団結して嘘をつけば、それを嘘だと確かめる方法が神官達には存在しないのだ。

 

事実、リサが言った"今後の大赦の運営は全て神樹様が行う"という神託自体が、嘘なのだ。だが、巫女達はこれが嘘だとは神官達には話さない。

 

神官A「神託を、我々神官が精査しなければ……本当に実行すべきかどうかを…!」

 

明日香「必要ありません。」

 

巴「不要です。神託を受ける力が無い人の助けは要らない。無駄なプロセスを増やして、神託の実行を遅らせる事は、神樹様に反する事。精査という行為自体が、神に対する侮辱でしかないんです。」

 

2人が神官の言い分をバッサリと切り捨てる。

 

神官D「ば、馬鹿な事を言うな!お前達は今井様の言いなりだろうが!」

 

怒鳴りつけるが、巫女達には全く響かない。神官の言う通り、巫女全員がリサに全面的に協力している。神官につくか、リサにつくかを選ばせれば100%リサにつくのは目に見えている。それが人格的に優れているかとか、カリスマがあるからだとかではなく、大赦は巫女を道具としてしか見ていないのだ。その反発が今まさに現れているだけである。

 

今後、リサが神託だと言った言葉は、全て本当の神託として扱われるようになる。そして神託で大赦全てが決定出来るなら、リサが全ての決定権を握る事になる。動揺している神官達の中で、いち早く頭を下げた神官が2人いた。1人は詩船。もう1人は巴の父親である。

 

詩船「私は今井に賛成だよ。現実的な問題として、私達には神託を受ける力が無い。神樹に真意を問う事さえ出来ないし、巫女達の言う通りにするしかないだろう。」

 

巴父「私も神樹様と巫女達に従うべきだと思います。奉火祭によって四国を救ったのは巫女達です。私達は何も出来なかった。私達はなんの役にも立たない存在なんだと、あの時に証明されてしまったんです。」

 

巴の父親には、巴を通じて味方するように取り計らっていた。彼は最初から神官の無力さを痛感していたから、巴に言われ素直に協力したのである。他の神官にも密かに根回しをしており、1人、また1人と神官はリサ達に頭を下げていく。そして過半数の神官が巫女に従う意思を見せたのだった。だが、まだ納得していない、最大派閥の神官達がリサ達を睨みつけていると、詩船が神官達に釘を刺す。

 

詩船「お前達の為を思って言っておくが、今井に危害を加えたり、脅迫するような事は止めておいた方が賢明だよ。今井は神樹から愛されているだけじゃない、湊……花園友希那から最も寵愛を受けているんだ。私はそっちの方が恐ろしいよ。勇者の仲間を全て失い、今井まで何かの被害を受ければ、花園は何をするか分からない。それでも、やりきれるかい?」

 

 

---

 

 

その日を境に、大赦は名前だけでなく、体制までも大きく変わった。神官達にあった決定権は、ほぼ全て巫女達に移った。反発していた神官達も妨害や反抗を繰り返していたが、リサが下す神託と、協力してくれる巫女や神官達の協力で、徐々に邪魔な者達を排除していった。

 

やらなければならない事が沢山あった。リサは全ての改革を終えるまで、大赦を少しの時間も離れる事が出来なくなっていた。不在の間に、反対派によって全てを覆される可能性も捨て切れてはいなかったから。大赦の新体制を盤石なものとするまでは、リサは丸亀城に戻る事が出来ず、友希那とも会えない日々が続いていた。

 

友希那自身も、生き残った唯一の勇者という立場上、最早ただの一般人とは言えなくなっていた。天恐の人々への慰問や、バーテックの被害を受けた地域への訪問等、忙しい毎日を送っていた。2人の会話は、メールのやり取りをしたり、たまに電話で会話をするだけだった。

 

 

--

 

 

秋が終わり、冬が訪れる。雪が降る朝、友希那に"雪が積もったね。"と写真付きのメールを送ると、友希那からは"寒さの中で鍛錬をする事で精神的な強さが云々。"等と長文が返ってきて、リサは思わず微笑んでしまう。

 

 

--

 

 

春になり、少しずつ暖かくなってきた。気温が上がった事に油断して風邪を引かないようにと、電話で注意する。

 

友希那「子供扱いしないで頂戴。」

 

と笑いながら答えるも、翌々日"風邪を引いたかもしれない。"とメールが届いた。

 

 

--

 

 

夏、電話で話していると友希那の声がほんの少しだけ弱々しかった。夏バテをしているかもしれない。あれだけの業務だ。忙しい日々で疲れもあるのだろう。

 

 

--

 

 

そしてまた秋が来て、冬が過ぎていって--

 

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

神世紀2年の春--

 

リサは丸亀城の桜の木々の下を歩いていた。空中を舞う花びらの先には、ずっと会いたかった大切な人が待っていた。リサは微笑んで声をかける。

 

リサ「少し背が伸びた?顔つきも大分大人びて、もっとカッコ良くなったじゃん。」

 

それに友希那も笑いながら答える。

 

友希那「ありがとう。リサの方は、もう終わったの?」

 

リサ「うん。全部の改革が完璧に終わった訳じゃないけど、もう反対派に妨げられる事の無い段階まで進んだんだ。これで暫くは、大赦を人々に寄り添った組織に出来ると思うよ。でも、組織である以上、長い時間が経てば、いつかまた腐敗するだろうけど………。」

 

友希那「それはその時代を生きる人達に任せるしかないでしょうね。心配する必要無いわ。きっと未来にも良い心を持った人が生まれて、正しい道を切り拓いてくれる筈よ。」

 

リサ「そうだね…そう信じよう。私はこれからまた丸亀城で暮らすよ。友希那と一緒に。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友希那「そう。--お帰りなさい、リサ。」

 

 

 

 

 

 

そう言って友希那はリサを優しく抱きしめた。リサは久しぶりに友希那の暖かさに包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リサ「ただいま、友希那。」

 

 

 



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英雄の名

外伝第2部。1部から30年程が経過した神世紀29年の四国。勇者とバーテックスの戦いは既に過去のものとなり、人々は平和を謳歌していた。

そこに現れたのはかつての英雄の名を持つ少女だった--




かつて四国の地は滅亡の危機に瀕していた--

 

 

 

西暦の時代、突如として空から災いが降ってきたのだ。街を壊し、人を貪り、全てを蹂躙尽くされ絶望に打ち拉がれる中、大社と呼ばれる組織、そして"勇者"と呼ばれる湊友希那達5人の少女が誕生し、天からの災い--バーテックスを殲滅すべく立ち上がった。

 

しかし、バーテックスが持つ強大な力に1人ーーまた1人と勇者はその命を散らし、人類は天の神に赦しを請い後の世を生きていく事となり、大社も大赦へとその名前を変えた。

 

 

 

終末戦争--

 

 

 

 

後にこう呼ばれる聖戦に人類は敗北したのだ。そして残された神の加護を受け、四国の周りには植物の根のようなもので出来た巨大な壁で覆われ、籠の中で生きていくようになった。

 

当初人々は再び起こるかもしれない恐怖により、怯えて生きていく者も少なくなかった。しかし、時が経てばその恐怖も薄れ、平穏な日常を取り戻し、何不自由無い生活にその身を浸していった。

 

 

 

 

神世紀29年--

 

 

 

大赦は壁の外に関する記録を全て検閲し、"勇者"も雲の上の存在と認識されるようになっていった。そんな仮初の平和が訪れた四国に、再び勇者の名を持つ少女が現れる--

 

 

 

 

 

---

 

 

神世紀29年7月、嶽山山頂--

 

黄昏の空気が満ちた山頂に佇む鳥居。その下に1人の少女が立っていた。ブロンドヘアーで猫の耳の様な髪型、花の髪飾りをつけた少女は後ろを振り返り、やって来るもう1人の少女に微笑んだ。

 

?「待ってたよ。良く私の言葉の意味を理解して此処まで辿り着いたね。」

 

それが芙蓉香澄と倉田ましろの出会いの瞬間だった。

 

 

---

 

 

時間は数時間程前に遡る--

 

その日の朝もいつも通りに倉田ましろは目を覚ます。夏の暑さが部屋中を包み込んでおり、起きるといつも汗だくになっていた。

 

倉田「……そろそろエアコンつけた方が良いかな…。」

 

身支度を済ませキッチンへ行き、パンを焼いてベーコンと卵で軽い朝食を作った。テレビをつけると、丁度天気予報をやっているところだった。

 

テレビ「今日の天気は快晴。日中の気温は30度を越えて真夏日になる見込みです。また、大赦の発表によれば、神樹様と海上の壁に異常はありません。」

 

テレビを聞き流し、パンを食べながらましろは学校から貰った志望校調査票の用紙を見る。用紙はまだ空欄のまま。ましろは取り敢えず用紙に日付を書き込み名前の欄で手が止まる。

 

 

 

 

神世紀29年7月2日  倉田--

 

 

 

倉田「……………はぁ。」

 

 

数秒書く手が止まる。軽い溜息をついて再び名前を書き始めた。漢字で。

 

 

 

 

 

倉田香澄--

 

 

 

 

香澄--

 

 

 

 

 

それがましろの"本当の名前"--

 

 

 

ましろは香澄という名前が嫌いだった。何故ならあたかも"特別な存在"であるかのような"印"だったから。だから普段、友達にはましろという別の名前で呼んでもらうようにし、友達もましろの思いを汲んであげていた。

 

 

倉田(特別な名………か。私は全然そんな存在なんかじゃないのに…。)

 

そんな事を思っていると、母親が自室から大きな欠伸をしながら出てきた。

 

倉田母「おー、おはよう、香澄。」

 

倉田「ご飯出来てるから、顔洗ってきてね。」

 

倉田母「はいはーい。」

 

母親が顔を洗っている間に朝食をもう1人分作っておいた。暫くして洗面所から戻ってきた母親の顔は、目の下にクマが出来ており、目も充血していた。

 

倉田「昨日、夜遅くまで起きてたの?」

 

倉田母「原稿の締め切りが近くてね。でも、明日で終わるから。」

 

ましろの母親の職業は翻訳者。西暦の海外の文献ーー小説から論文まであらゆるジャンルを日本語に翻訳する仕事である。その為作業が夜遅くまで続く事もザラにあるので、朝食はましろが作っていた。一緒に朝食を食べていると、母親が机の上に置いてあった志望校調査票に気がついた。

 

倉田母「志望校?もうそんな季節だっけ?」

 

倉田「目標は早めに決めておいた方が良いんだって。参考程度だけど。」

 

倉田母「そっか。まぁ、公立でも私立でも好きなところを目指せば良いよ。お金の心配はしなくてもいいから。」

 

倉田「…………うん。」

 

背中を押してくれる母親の言葉に頷き、ましろは学校へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

通学路--

 

いつもより少し早めに出たので、まだ始業まで時間があった。ましろは通学路の途中にある琴弾公園へ立ち寄った。琴弾公園は有明浜に接している為、朝早くでも散歩をしている人の姿も多い。ましろは水平線に目を向けた。視界の端から端まで、長く大きな"壁"が四国を取り囲むようにそそり立っている。

 

西暦2015年--

 

突如として海に出現し、瞬く間に四国を取り囲み四国は外界と隔絶された。それ以降、壁の外に出た人間は"勇者"と"巫女"と呼ばれる特殊な女性だけだと言われている。

 

ましろの本名でもある"香澄"は、今から30年程前、バーテックスと言われる化け物から四国を守った勇者の1人に倣って名付けられたものであり、生まれた際に特別な所作をした人に与えられる名前だ。

 

ましろは浜辺に座り込み、再び志望校調査票を見て溜息をつく。

 

倉田「はぁ………。」

 

倉田(進学するより、私は"力"が欲しい。)

 

しかしその力について問われても、ましろは答えられないだろう。

 

倉田(1人で生きていける力?)

 

物心ついた時にはましろの家には父親はいなかった。理由を尋ねても、大人になったら教えると言われごまかされてしまう。

 

倉田(何をもって大人になったっていうんだろう?)

 

1人で子供を育てるという事は、大変だった筈だ。世間からの目や風当たりの悪さも多少なりともはあっただろう。しかし、ましろの母親には"力"があった。語学が堪能で何カ国語も使い熟す事が出来たからだ。神世紀になって以降、翻訳者の数は激減し、母親が持っていた"力"は重宝され、生活が出来る程の収入を得る事が出来ていた。

 

"力"が--"お金を稼ぐ力"があったから、ましろの母親は1人で堂々と生きてこられ、ましろを女手1つで育てる事が出来たのだ。

 

"力"があれば困難な道でも歩いていける。逆に"力"が無かったら、ちょっとした事で躓いて惨めな人生を送らなければならない。

 

倉田(私は"力"が欲しい--進学なんてしてる暇があったら、私は"力"を得る為の行動をしたいんだ。)

 

倉田「ふぅ………。」

 

今日だけで何回溜息をついたか分からない。結局、調査票には何も書く気が起きなかった。ましろは立ち上がり砂を払って学校へ向かった。

 

 

--

 

 

月ノ森中学--

 

ましろが通う学校は月ノ森中学校。しかし四国各地の地名が、近いうちに変更されると言われている為、この中学校も名前が変わると言われていた。ましろの友達曰く、花咲川中学校になるとの噂。

 

校舎に近づくと、ましろの目の前に突如1枚の紙--いや、大量の紙が花びらの様に空から落ちてきた。

 

倉田「………え?」

 

出所を辿りましろは上を向く。すると校舎の屋上の縁に立った小柄な少女が、紙を撒いていたのだ。人形の様に整った顔に、少し赤みがかかったブロンドヘアーで猫の耳の様になっているのが特徴的。遠くからでも分かる程の美少女だった。しかし、ましろのその予想は一瞬で裏切られる。

 

?「倒行逆施!壁と神樹と勇者にまつわる真実の深淵は、私達から遠ざけられている!私達は目を隠された愚民じゃない!深淵を覗くか覗かざるか選択するのは私達であるべきだ!深淵に臨む志を持つ者達よ、私の元に来て!!」

 

その口から発せられた言葉は、その美少女っぷりを打ち消して余りある程、訳が分からないものだったのだ。

 

倉田「な、なんだろう………。」

 

そう思いながら見ていると、教師2人が屋上に姿を現し、捕まってしまった。

 

?「や、やめろーーー!私は弾圧になんか屈しないよ!非暴力不服従!」

 

抵抗する少女を叱りつけながら、教師達は連行していってしまった。

 

倉田「なんだったんだろう…。」

 

呆気に取られながら、ましろはその少女がばら撒いていた紙を手に取り見る。

 

 

『求む!大人達の妄言綺語に抗わんとする者達!連絡は"勇者部"まで  080-××××-×××』

 

 

という内容が書かれてあったが、意味が分からなかった。見なかった事にして、その紙を捨てる事も出来たが、ましろは何故かその紙をカバンにしまうのだった。

 

 

---

 

 

放課後、体育館--

 

クラスメイト「芙蓉さんだよ、それ。今朝騒ぎになったチラシのばら撒き事件でしょ?」

 

女子バスケ部の友達が休憩中に今朝の屋上の少女について教えてくれた。

 

倉田「芙…蓉……?」

 

クラスメイト「知らない?うちの学校じゃ結構有名だよ。二年生の芙蓉香澄さん。」

 

倉田「え………香澄!?」

 

奇しくも全く同じ名前だった。あの英雄の名前を持つ人が自分以外にもいた事にましろは驚く。

 

クラスメイト「まぁ、ましろが気付いてなかったのも無理ないかも。一年の時は学校にあんまり来てなかったし、その時は大人しい子だったんだ。二年になってから学校にも毎日来るようになったんだけど、あんな変な事言うようになったのは、ここ一ヶ月くらい前からかな。なんでも"勇者部"とかいう同好会みたいなものを作って、壁がどうのとか、大赦がどうのとか言い出したの。」

 

倉田「変なんだね……。」

 

クラスメイト「だろうね。でも、ましろが芙蓉さんに気付いてなかった理由って、ましろの性格のせいでもあるよね。」

 

倉田「どういう事?」

 

クラスメイト「ましろって、他人への興味が薄そうだもん。」

 

倉田「…………。」

 

言い返せなかった。薄々自分でも分かっていたからだ。だが実際それは違かった。ましろは自分の事でいっぱいいっぱいだった。どうすれば"力"を手に入れられるか、そればかりを考えている。だから自分と同じ学年にどんな人がいるか等考えた事もなかった。

 

クラスメイト「私も芙蓉さんの事あんまり詳しくないけど。」

 

倉田「そっか……ありがとう。」

 

ましろは踵を返して出口へと向かう。

 

クラスメイト「練習していかないの?」

 

倉田「しないよ。私、バスケ部じゃないから。」

 

クラスメイト「試合にだって出てるのに。」

 

倉田「それはバイト。一試合千円のバイト代を貰ってるもん。」

 

ましろはバスケ部ではないが、時折頼まれてバスケ部の試合に参加する事があった。試合に勝ったら、バイト代として千円貰う密約を部長と結んでいたのだ。同様にバレー部とテニス部でもバイトをしている。

 

クラスメイト「ましろなら、トップを目指せる素質があるよ!それに"香澄"だし!」

 

倉田「…………。」

 

睨み付けるましろ。クラスメイトは少し怯えたように頭を下げて謝った。

 

倉田「"香澄"って名前だけで特別な力がある訳じゃないのに…。」

 

"香澄"は特殊な理由があって名付けられる名前。だから、"香澄"の名を持つ人は、何か特別な"力"がある筈なのだ。実際殆どの人がそう思っている。勇者の活動を知っている30代以上の人は、特にその思い込みが強いし、もっと若い人でも無意識に"香澄"の名前を特別視している。

 

しかし、"香澄"という名前が付けられる理由は、生まれた時にたまたま逆手を打っただけの事。特別な才能や能力がある訳じゃない。

 

倉田「何でもそつなくこなせるだけだよ、私は。」

 

人より若干運動神経が良いだけ。たったその程度の事。バスケだってバレーだってテニスだってましろより上手い人は沢山いるだろう。特別な"力"では無い。最後にましろは一つ質問をする。

 

倉田「………あのさ、芙蓉香澄さんには、何か特別なところはあるの?」

 

クラスメイトは少し考え、

 

クラスメイト「見た目がすっごく可愛いってところ、かな。」

 

またましろは溜息をつき体育館を後にするのだった。

 

 



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運命の出会い

"力"を求める少女と"力"を手にしている少女。正反対の2人が出会う時、それは思わぬ化学反応を引き起こす--




倉田宅--

 

ましろは家に帰ってから、リビングのソファーに座り、今朝撒かれたチラシを眺めていた。自分と同じ"香澄"の名を持つ少女--チラシには"勇者部"と書かれているが、ましろにはそれが何なのかさっぱり意味が分からなかった。名前から部活の内容が全く想像出来なかったからだ。

 

書いてあった電話番号をスマホで入力し、発信しようとして、止める。それを何度か繰り返していると、仕事部屋から母親が出てきた。

 

倉田母「ふぅ…小休止。香澄、晩ご飯作るけど、何が良い?」

 

咄嗟にましろは、そのチラシを丸めてポケットにしまい尋ねる。

 

倉田「……お母さん。香澄って名前の人って、沢山いるのかな?」

 

倉田母「うん?そんなに多くは無いと思うわよ。私もあなた以外に会った事無いし。」

 

倉田「うちの学校にもう1人いたんだ。芙蓉香澄っていう。」

 

その言葉を聞いた途端、母親が驚いた声を上げて言う。

 

倉田母「芙蓉…香澄……って、リリちゃんじゃない!?」

 

倉田「リリちゃん?」

 

母親が何故驚いているのか、ましろには分からなかったが母親はその芙蓉香澄の事を知っているようだった。

 

倉田母「芙蓉・リリエンソール・香澄ちゃん!はぁ〜……同じ学校だったんだ…。」

 

倉田「リリエンソールって、何その名前?それよりどうしてお母さんが知ってるの?」

 

倉田母「香澄は覚えてないかぁ。まだ小さかったもんね。二十歳以上の人は殆ど知ってると思うわよ。」

 

母親が言うには、芙蓉香澄は今から7年程前にテレビで引っ張りだこだった子役タレントであり、その人気は凄まじく、ドラマやCM、バラエティ番組等で見ない日は無い程の少女だったのだ。

 

倉田「子役タレント……。」

 

倉田母「そう。もの凄い美少女でね、しかも名前は"香澄"でしょ。ハーフっていうのも目を引いたし。」

 

倉田「そっか、ハーフだからリリエンソールって…。」

 

前に聞いた事があった。四国が壁に閉ざされるより以前に外国から来た人には、苗字と名前の他にミドルネームというものがある人もいるらしいと。

 

倉田母「リリエンソールは芸名だと思うわよ。壁が出来た後に生まれた子は、ミドルネームは付けられないから。でも、芙蓉香澄っていうのは本名なんだって。大人気だったんだけど、一年くらいで芸能活動を辞めちゃって、その後どうしてるのか知らなかったけど……凄い偶然!同じ学校だったなんて!」

 

未だに興奮が冷めやまない母親。

 

倉田「…………。」

 

ましろは今朝、学校の屋上にいた変人とも言うべきあの少女の事を思い出していた。

 

倉田(有名な元子役タレント……。ハーフ、香澄、美少女と三拍子揃って、殆ど唯一無二の存在だったんだろう。きっと収入だって結構あったよね……。)

 

ましろは芙蓉香澄が羨ましかった。あんなに変人だったのに、彼女は自分よりも立派な"力"を持っていたから。

 

 

---

 

 

翌日--

 

外は良く晴れていた。ましろは昨日芙蓉が撒いたチラシに書かれていた電話番号に発信する。数回コールが続き、その後電話が繋がる。

 

倉田「あっ……えっと…私、あなたが屋上から撒いたあのチラシを見たんですけど…。」

 

芙蓉『……ふふふ、待ってたよ。この番号に電話をかけてくる人を。』

 

たった一言だったが、電話の向こうから聞こえてきた声は、普通の人とはまるで違う存在感を放っている事が分かった。役者特有の聞き取りやすく、脳へ直接響くような声。

 

芙蓉『私の同士たらんとする者よ!私の言葉に導かれよ。私は壁と天を睨む水神として待つ者だよ。目を覆う闇を払わんとする勇者よ、私の元にーー』

 

倉田「………。」

 

思わず電話を切ってしまう。聞き惚れる程の良い声なのに、言葉の内容に癖がありすぎる。危ない人間なのか、危ない人間を演じようとしている自意識過剰なのか。

 

倉田(この事は忘れよう……。)

 

 

 

 

 

そう思っていた--

 

 

 

 

それなのに--

 

 

 

 

数十分後、ましろは芙蓉に会う為に、汗だくになりながら真夏の太陽の下、自転車をこいでいた。

 

倉田「はぁ……はぁ……何やってるんだろう私………。」

 

芙蓉香澄に関わるのはもう止めようと思っていたのに、結局あの後もう一度ましろは芙蓉に電話をかけた。しかし電話は繋がらなかった。そしてましろは考えた。さっき芙蓉が言っていた言葉は暗号なのではないかと。

 

"壁と天を睨む水神として待つ者なり"

 

きっと芙蓉は海の向こうの"壁"が見える場所にいるのかもしれない。そして"天を睨む"と言う言葉は高い場所--山の頂上やビルの屋上だろう。

 

真っ先に思いついた場所は高屋神社だ。稲積山の山頂にあり、"天空の鳥居"と呼ばれる有名な鳥居がある神社である。

 

 

---

 

 

稲積山麓--

 

暫く自転車を走らせ、目的地の麓へ辿り着くき坂道を登る。歩いているだけで汗が額から零れ落ちた。時折バッグから水筒を取り出し、水を飲みながら進んで行く。

 

倉田(はぁ……何なんだろう…。私は芙蓉香澄に会って何がしたいんだろう?"香澄"仲間でも欲しい?"香澄"って名付けられた苦労話を語り合いたい?)

 

そんな事がましろの頭の中を駆け巡る。しかし、芙蓉香澄はましろよりも"特別"で"力"も持っている。それならば、"香澄"と言う名に引け目など感じていないかもしれない。

 

倉田「はぁ…はぁ…………。」

 

息を切らしながら階段を登りきり、ましろは本宮に辿り着く。ましろの予想通り海の向こうには四国を取り囲む壁も見える。しかし、どれだけ探しても芙蓉香澄はいなかった。

 

倉田「はぁ……バカだなぁ、私。」

 

大体芙蓉が言った事が本当に暗号なのか確信もなかった。意味深な言葉を、意味もなく口に出した可能性立ってある、むしろその可能性の方が高い。

 

倉田「……家に帰ろう。今度こそ忘れよう。もう気にしない。」

 

自分に言い聞かせるように言い、もと来た道を戻ろうとしたその時、再び携帯が鳴り始めた。画面を見ると見覚えのある、芙蓉香澄からの着信。

 

倉田「……………。」

 

出るべきかどうか迷った。しかしいつまで経っても着信は鳴り止まず、根負けして通話を繋いだ。

 

倉田「…もしもし?」

 

芙蓉『………あなたは今何処にいるの?』

 

倉田「高屋神社にいます。水神がどうとか言ってたので、ここにいるのかなって。でもいなかったですね。」

 

芙蓉『成る程成る程…やっぱりそっちに行っちゃったかぁ。千荊万棘……。』

 

倉田「もう私は帰りますね。」

 

芙蓉『…っ!?ちょっと待って!一回間違えただけで諦めちゃうなんて薄志弱行だよ。他にも同じ条件に当てはまる場所がある筈。』

 

倉田「…………。」

 

芙蓉『あなたが来るのを待ってーー』

 

ましろは通話を切った。

 

倉田(待っていようがなんだろうが、私はもう帰る!もう気にしない気にしない………。)

 

 

 

 

 

それなのに--

 

 

 

 

 

 

 

倉田「はぁ…………。」

 

 

 

 

 

ましろは今度は電車に乗り、東へと向かっていたのだった。

 

 

---

 

 

 

倉田「何やってるんだろう、私は……。」

 

電車に揺られ、ましろは高松駅に降り、そこで琴平電鉄に乗り換える。今ましろが向かっている先は嶽山。芙蓉香澄はましろの考えを間違っていないと言っていた。その時思ったのだ。もしかすると、山の頂上にあって、海の壁が見える神社は他にもあるのではないかと。

 

スマホで検索すると、検索結果には先程の高屋神社ばかりが出てくるが、かなり下の方に嶽山が出てきたのだ。最寄駅で電車を降り、スマホで道を調べながら歩き続ける。

 

 

---

 

 

嶽山麓--

 

かなりの距離を歩いて、ましろはようやく嶽山の麓に辿り着いた。

 

倉田「はぁ……。」

 

登山口を見た途端にいつものため息がこぼれる。さっきの高屋神社のように気軽に登れるかと思っていたが、嶽山の登山道は人を拒絶するかの如く狭くて薄暗く、そして周りにはましろ以外誰一人いなかった。

 

日が暮れかけているが、ここまで来てしまった。もう後戻りは出来ない。

 

倉田(まぁ、ここにいなかったら、諦めがつくかな。)

 

 

 

諦め--

 

 

 

この感情にふと疑問が生じる。まるで芙蓉香澄に会いたがっているかのようだからだ。確かに同じ"香澄"の名前を持つ人に興味はあった。しかし、どうしても会いたい程の思い入れはなかった筈なのだ。

 

そんな考えを頭の片隅に押し込み、ましろは山道を進み続ける。登り続ける毎に地面は岩を積み重ねた様な道へと変わり、傾斜も急になっていく。日が落ち始め、もしここで転落でもしたら助けに来る人はいないだろう。手摺りの代わりに備え付けられているチェーンを両手で握り締め、ましろは慎重に登っていった。

 

倉田「こんな道、参拝者がいないのも納得だな……。」

 

更に進み続けると目の前に"龍王神社"と書かれた鳥居が立っていた。

 

 

 

 

 

そして--

 

 

 

 

 

空気が夕日の茜色に満ちる中、鳥居の下には少女が立っていた。芙蓉香澄その人だった。

 

芙蓉「待ってたよ。」

 

芙蓉はましろを見て、口の端に笑みを浮かべながら言った。

 

芙蓉「よく私の言葉の意味を理解して、ここまで辿り着いたね。あ…あなたのような人が現れるのを………ま、待ってたん…だからぁ!!」

 

しかしすぐに余裕のあった表情は崩れ、芙蓉は泣きじゃくりながらましろに抱きついてきたのである。

 

倉田「ま、待って!なんで急に泣いてるんですか!?」

 

芙蓉「だ、だって……!ここに登ったのは良いけど、怖くて降りられなくて……!日が暮れてるし、ひぐっ、夜になっても誰も来なかったら…どうしようかって……!うぇえ……!」

 

倉田「………はぁ…。」

 

ましろは直感で理解した。彼女は木に登って下りられなくなった猫と同じなのだと。龍王神社まで登ってきたのは良いが、崖のような傾斜が怖くて、下りられなくなったんだろう。ましろは芙蓉が泣き止むまで、子供をあやすかの様に頭を撫で続けたのだった。

 

 

--

 

 

芙蓉「も、もうダメだぁ!足がガクガク震えてるし、踏み外して落ちるかもしれないよぉ!?」

 

倉田「大丈夫ですから、安心してください。下を見ちゃダメです!」

 

芙蓉「落ちそうになったら受け止めてよ!?」

 

それからなんとか泣き止んだ芙蓉と一緒に下山した。大丈夫だと言い聞かせ悪戦苦闘の末、ようやく2人はなだらかな場所まで降りる事が出来た。

 

芙蓉「………ふふっ、感謝するよ、お陰で助かった。あのまま山頂で夜を明かす事になるかと思った。」

 

安全な場所に来た途端、さっきまで涙目で叫んでいた芙蓉は、急にしゃっきりとした態度で話し出す。

 

芙蓉「さて、あなたの名前は?」

 

倉田「倉田ま--」

 

芙蓉「ま?」

 

すんでのところで言葉に詰まった。本当の事を話すべきかと頭の中で考えが目まぐるしく駆け巡る。

 

倉田「香澄。倉田香澄です。」

 

芙蓉「香澄!?あなたも香澄なの?私と同じ名前だね。同気相求!」

 

ましろは初めて自分から他人に本当の名前を明かした。不思議と芙蓉には自分の事を知ってもらいたかった。そう思ったのである。

 

芙蓉「私が撒いたチラシを見て連絡してきたって事は、私の"勇者部"に入りたいんだね?」

 

倉田「……………。」

 

芙蓉「歓迎するよ、倉田香澄ちゃん!ようこそ勇者部へ!」

 

満面の笑みで、芙蓉はましろに向かって手を差し出してきた。

 

 

 

 

 

 

しかし--

 

 

 

 

 

 

 

 

倉田「いや、私、別にそんな部活に入るつもりはありません。」

 

芙蓉「………………ふえぇ!?」

 

思いもよらぬ回答に、芙蓉の口からは変な声が漏れ出る。そしてこれが2人の香澄の運命の出会いだった。

 

 



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その名は"勇者部"

大赦が全ての真実を隠した事により作られた平和な日常。それはまるで箱舟の様。




神世紀29年、7月某日、うどん屋--

 

その日の放課後、ましろは芙蓉と向き合っていた。

 

芙蓉「今から遡る事30数年前……その頃、まだ四国の周辺の海を囲む壁は存在しなかった。人々は四国の外にある日本の国土全体、それどころか日本の外の"外国"と呼ばれる他の国々まで気軽に移動してたんだ。」

 

ましろは芙蓉の話を聞きながら、割り箸を割った。

 

芙蓉「倉田ちゃんも聞いた事あるでしょ?アメリカ、ロシア、イギリス、中国……日本以外の様々な国の名前を。」

 

2人の目の前には今、うどんの丼が置かれている。トッピングにワカメや蒲鉾、餅の天婦羅が入っている。

 

芙蓉「だけど、西暦2015年。"7.30天災"と呼ばれる天変地異で"星屑"や"バーテックス"と呼ばれる化け物が日本に襲来……四国には"神樹"と言う謎の樹木と"壁"が出現した。化け物は壁の内側には入って来られなかったけど、壁の外は壊滅的な被害を受けた。四国を除く日本の外ーー外国に至っては、状況が全く分からなくなってしまった。」

 

倉田「………。」

 

芙蓉「バーテックス対策機関である"大赦"--その当時は"大社"と呼ばれていた機関が表立って活動を始めて、なんとか四国内の混乱を収めていったんだ。」

 

このうどん屋は学校からは少し離れた場所にあり、月ノ森の生徒もあまりやって来ない。その為、勇者部の秘密の作戦会議には持ってこいなのだと、芙蓉は鼻高々に言っていた。尤も、倉田は勇者部に入ったつもりは無いのだが。

 

芙蓉「西暦2015年に四国の壁が出来てから数年間……壁の外は壊滅的な被害を受けても、壁の内側は比較的平和な時期が続いた。勿論、"7.30天災"の際に四国外から逃れてきた避難民も沢山いて、その人達をどう受け入れるかに関しては、社会的なレベルで混乱があったんだけど、そんな事は四国外の壊滅的被害に比べれば枝葉末節。大きく状況が動いたのは西暦2018年。」

 

倉田(……あっ、このうどん美味しい。)

 

芙蓉「2018年以降、"星屑"や"バーテックス"が壁の内側に侵入するようになった。それらと戦い、四国を守ったのが"勇者"と呼ばれる者達。四国の勇者は丸亀城を拠点にして、全員で"4人"って言われてる。その勇者の1人が"高嶋香澄"。私や倉田ちゃんの名前である"香澄"の嚆矢濫觴たる人なんだ。」

 

倉田「………。」

 

ましろは無言でうどんを啜り続け、口直しにトッピングの天婦羅に口をつける。

 

倉田(……海老ちくわも美味しい…。このお店、今度また行こう。)

 

芙蓉「だけど、勇者達はバーテックスとの戦いの中で次々に命を落としていった。高嶋香澄も、2019年に起こった、歴史上最後のバーテックス襲来の際に命を落としたんだ…。生き残った勇者は、あの花園友希那様だけ。友希那様は今でも御健在で、時々公務で人々の前に姿を見せるよ………って、さっきから聞いてる?倉田ちゃん。」

 

倉田「………え?聞き流してました。うどんが伸びちゃうといけないですし。」

 

その言葉で芙蓉はガクリと肩を落とした。

 

倉田「でも、さっき言ってた事は私も軽くだけど知ってるよ。細かい事までは初耳だけど。芙蓉ちゃんも早くしないと、うどん伸びちゃうよ?」

 

芙蓉「ここからなんだよ!私が問題視してるのは、西暦2019年以降……年号が"神世紀"に改められた後!」

 

そう言うと、芙蓉はスクールバッグからタブレット端末を取り出して、あるページを表示させる。

 

 

『勇者部電子基地〜勇者と壁とバーテックスの真実を探求する部活動〜』

 

 

ブログのページだった。芙蓉はその中にある記事の1つを開いて見せた。

 

倉田「"バーテックスの実在性に関する疑義"………。」

 

ましろが記事を読んでる間に、芙蓉も割り箸を取りうどんを食べ始めた。

 

芙蓉「そこに書いてある通り、全ては大赦の陰謀詭計と権謀術数なんだよ!私達は騙されてる!」

 

目を輝かせながら芙蓉は語る。食べる動作1つとっても美しいのだが、この言動のせいでどこか残念美人感が否めない。

 

芙蓉が見せたページに書かれていた事は、要約すると"勇者やバーテックスが実在するかは疑わしい"という事。陰謀論の類だった。

 

芙蓉「バーテックスが存在した時期からたった30年程しか経ってないのに、これらが存在したっていう明確な証拠は殆ど無いんだよ!公的な記録として見れる写真や映像も無い!勇者とバーテックスが戦っている写真や映像も、何一つ見つける事は出来なかった。」

 

確かに芙蓉の言う事にも一理あった。たった30年。勇者やバーテックスがいたという事実が本当ならば、まだ傷も癒えていない神世紀になってからの記録は何処にも無いのはおかしい。また西暦2019年を境に、四国に攻めて来なくなったのにも疑問が残る。

 

芙蓉「バーテックスはなんらかの理由で死滅したって考えるのが当然だよね。」

 

倉田「でも、バーテックスや星屑が四国へ来なくなったのは、大赦が何か"儀式"みたいな事をやったからってテレビでは言ってますけど。」

 

そう言うと、芙蓉は首を大きく横へ振った。

 

芙蓉「その儀式だって、具体的に何をやったかは公表されてないし、誰もその詳細を知らないんだよ。大体、儀式をやったくらいで解決するのなら、どうして初めからそれをやらなかったの?勇者が戦死して、甚大な被害が出るまでやらなかった理由が無いよ。」

 

倉田「確かに……。じゃあ、どうして大赦はギリギリに追い詰められるまで、その儀式をやらなかったんだろう。」

 

芙蓉「だから思うんだ。バーテックスなんて初めから存在しなかった。そして勇者がそんな化け物と戦ったなんて捏造なんじゃないかって。」

 

倉田「でも、それならなんで四国には未だに壁があって、私達は壁の外に出られないんですか?」

 

その言葉を聞いて、芙蓉は不敵な笑みを浮かべる。

 

芙蓉「ふふふ……倉田ちゃんも壁を巡る陰謀に、興味が湧いてきたんじゃない?」

 

罠だった。この流れだと、自分から興味がありますと言っている様なものだ。芙蓉はしてやったりという顔で手を差し出す。

 

芙蓉「無常迅速だよ。興味が湧いたら、すぐに勇者部に入学しよう!勇者部の活動目的は、四国を囲む壁を越えて、その外へ出る事!壁の外へ出れば、世界の真実は全て明らかになるはず!さぁ入部しよう!」

 

倉田「イヤです。」

 

ましろは素っ気なく断り、うどんを食べ終わって箸を置き、席を立った。

 

芙蓉「あぁ、待ってよぉ!今私も食べ終わるからぁ!」

 

芙蓉も慌ててうどんをかき込み、店を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

2人が店を出た直後、2人が座っていたテーブルのすぐ後ろの客2人が席を立ち退店。そして2人が歩いていった方角を見つめ、呟いた。

 

?「勇者は"4人"か…。仕方がないとはいえ、無かった事になるっていうのは辛いよね。」

 

?「そんな事ないさ。例え全ての人が忘れようとも、私が覚えてる。私の心の中にはいつまでもあの人がいるんだからさ。」

 

?「この世界の真実を知ろうとする者………髪色は違うとは言え、確かにあの子は高嶋さんと瓜二つだね、巴さん。」

 

巴「そうだな、明日香。知らないまま平和に生きていく事。真実を知る事。どっちが幸せなんだろうな。」

 

明日香「それは本人達が決める事だよ。行こう、リサさんと友希那さんが待ってる。」

 

そうして2人は香澄達とは逆の方へ歩いていった。

 

明日香「2人に神樹様の御加護がありますよう……。」

 

 

---

 

 

龍王神社で芙蓉に会ってから数日が経っていた。ましろは毎日のように、芙蓉から"勇者部"に入って欲しいと勧誘を受けている。

 

 

"勇者部"--

 

西暦から神世紀への転換期に起こった様々な事件や、バーテックス、勇者、四国を囲む壁等に関する真実を探求する部活動。

 

しかし、そもそも勇者部は学校からは正式な部活動とは認められていない。

 

部の目的は、壁を越えて四国の外へ出る事。30年程前、勇者は壁の外へ出て四国外調査を行ったと言われていた。その勇者の様に、四国の外に出てやろうという部活動。故に"勇者部"。

 

倉田(だけど、私も芙蓉さんもただの普通の中学生。30年間誰も越えた事の無い壁を越えるなんて、出来る筈がない。そんな事に時間を費やすよりも、私は"力"を得る為の活動をしたい……。)

 

そうは考えるものの、結局何をすれば良いのか、相変わらず答えは見つからなかった。

 

 

---

 

 

8月某日--

 

ましろは朝ご飯を食べながらニュースを見ていた。そこでは、祭礼の一環として剣術の演舞を行う40代ほどの女性が映っている。

 

その女性の名は花園友希那。居合と剣術の達人で、バーテックスと戦った勇者で唯一の生き残り。そして友希那の側には同じ年頃の女性、今井リサが控えていた。"大赦"において友希那は看板的な存在であり、リサは機関運営の実質的なトップだ。

 

友希那の外見は至って普通の女性。対してバーテックスは数十メートルの巨体だと言われている。いくら友希那が剣術の達人だからとは言え、体格差がありすぎる。勇者は特殊な力を授かって戦っていたとも言われているが、その映像も残されていない。だからこそ芙蓉の様に、勇者やバーテックスを陰謀論と唱える者が現れたりするのである。

 

ニュースを見終えた時、当然芙蓉から電話がかかってくる。

 

倉田「もしもし?」

 

芙蓉『………倉田…ちゃん……。』

 

発せられたその声は、今にも消えてしまいそうな程か細かった。

 

倉田「ど、どうしたんですか!?」

 

芙蓉『………うん、何でもないよ…。休みの日にごめんね………。』

 

声がどんどん弱々しくなっていく。その声は助けを求めている様にも思えた。

 

芙蓉『…短い間だったけど………今までありがとう……さようなら…。』

 

このまま電話を切ってしまったら、何が起こるか分からない。ましろは直感でそう思った。

 

倉田「ま、待って!何があったんですか!?今、何処ですか!?」

 

芙蓉『…………。』

 

数秒の沈黙。しかし、そのお陰で電話口の向こうから微かに波の音が聞こえてくるのが分かった。

 

倉田「海……すぐ行くから待っててください!」

 

芙蓉『…………。』

 

返事は返って来ず、通話が切れる。ましろは急いで家を飛び出した。

 

 

---

 

 

有明浜--

 

息を切らしながら、芙蓉を見つけたましろ。芙蓉は1人砂浜に立っていた。

 

芙蓉「延頸鶴望!待ってたよ、倉田ちゃん。早速勇者部の活動を始めよう!」

 

電話越しでの弱々しさは微塵を感じられなく、そこにいた芙蓉香澄は明るく元気いっぱいだった。

 

倉田「…………へ?」

 

芙蓉「勇者部の活動を始めよう!」

 

倉田「さ、さっきの電話は何だったんですか…!?」

 

芙蓉「ああやって言ったら、来てくれるかもしれないって思ったんだ。久しぶりに本気で演技をしてみたけど、案外上手かったでしょ?」

 

失念だった。引退したとは言え、芙蓉は元子役。言葉や雰囲気に感情を乗せる事が異常に上手いのだ。ましろは完全に騙されていたのである。

 

倉田「………帰ります。」

 

芙蓉「わああっ!待って待って!騙す様な事してごめんね!ちょっとだけ話を聞いてよぉ!」

 

倉田「…何ですか?」

 

芙蓉「倉田ちゃんを調べたんだ。倉田ちゃんは何個かの部活で助っ人部員をやってるよね?」

 

この言葉にましろは驚いた。この事は各部長や一部の部員しか知らないからだ。しかも、その人達には固く口止めをしている。その為今までこの事が他人に漏れた事は一度もなかった。

 

芙蓉「その秘密の事で、脅迫したい訳じゃないよ。ただ、倉田ちゃんがアルバイトとして助っ人をしてるのなら、勇者部でも助っ人として活動するのはどう?」

 

倉田「他人の事を探る人の事なんか信用出来まーー」

 

芙蓉「時給1000円。」

 

倉田「…っ!?」

 

芙蓉「助っ人代としてそれだけ払うよ。他の部活じゃ、一試合1000でしょ?割高だと思うな。」

 

ましろはかなり迷った挙句、これを承諾する。時給1000円はかなり魅力的な提案だったからだ。

 

倉田「はぁ……。何か私、段々芙蓉さんの言う事に逆らえなくなってきてる気がする……。」

 

芙蓉「決まりだね!じゃあ、記念すべき勇者部の部活動第一回目だよ!」

 

倉田「一回目?今まで一人で活動してきてたんじゃないんですか?」

 

芙蓉「まぁ……それは…こういう部活動は一人でやるものじゃないって思ってたから………。」

 

目を泳がせながら芙蓉は答える。

 

芙蓉「そ、それよりも今日の部活動の内容だよ!今まで話した通り、私達勇者部の目的は、四国を囲む壁を越えて、その外に出る事。今日はその一歩目として、陸路の壁超えルートを調べよう。」

 

倉田「陸路?」

 

芙蓉「壁ができる前、四国は日本の本州と3つの橋を通るルートで繋がってたんだ。香川の瀬戸大橋、徳島の大鳴門橋、愛媛の来島海峡大橋。そこに行ってみよう。」

 

倉田「行き方は調べてあるんですか?」

 

芙蓉「おおっ!乗り気になってきたね、倉田ちゃん!」

 

倉田「今の私はこの部の助っ人です。雇い主のやりたい事には全力で協力します。」

 

芙蓉「正式な部員になっても良いんだよ?」

 

倉田「それは断ります。」

 

芙蓉「がっくし…。」

 

 

--

 

 

2人は砂浜を歩きながら計画を練っていく。少し歩くと、芙蓉は立ち止まりましろの方を向いた。

 

倉田「どうしました?」

 

芙蓉「私の電話で、心配して来てくれてありがとう。嬉しかったよ。」

 

倉田「っ!?」

 

満面の笑みで芙蓉はましろに言った。ましろはその言葉で頬が赤くなるのだった。

 




勇者部活動報告第0回--

昨日、屋上から部員募集の紙を巻いた事は、先生達に酷く怒られてしまったけど、まど1日しか経っていないのに、もう入部希望の生徒から電話があった。

私と同じ、"香澄"の名を持つ生徒だ。とは言え、世界の真実を探求する我が部である"勇者部"に入るには、閃きと行動力が要求される。中途半端な人を入部させる訳にはいかないからね!

私は倉田さんに入部試験を課した。暗号を解いて、私が指定する箇所に来られるかどうかという試験。

水神という言葉は龍を表し、天を睨むという事は山頂にあり、そして海の壁も見える。私の暗号の答えさ嶽山の龍王神社!

私は嶽山山頂で、倉田さんを待った。暫くして、彼女は暗号を解いて、そこに現れた。想定外な事は起こったけど、私はカッコよく幻想的な雰囲気を演出して、倉田さんを迎える事が出来た!

だけど、倉田さんは入部を拒否してきた。試験をクリアしたのにどうして!?

人間の時間は有限だ。私の人生にどれだけの時間があるのかなんて、誰にも分からない。

生死不定。電光朝露。光陰如箭。いち早く彼女を説得して、勇者部に入れないと。

勇者部の目的は、四国を囲むあの"忌まわしき壁"を超える事。その為の同志は少しでも多い方がいい!

                             7月某日 芙蓉香澄


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拘泥の訳

芙蓉香澄が壁を越える事に拘る理由--
そしてましろの心に小さな変化が芽生える。



 

勇者部活動当日--

 

芙蓉の計画では、土日の2日間で3つの大橋を視察する。土曜日の午前中に瀬戸大橋、午後に大鳴門橋。そして日曜日に来島海峡大橋。今日は一日で香川と徳島を回る為、かなりの急ぎ足で行動しなければならなかった。

 

倉田「宇多津駅?瀬戸大橋に行くんだったら、坂出駅からじゃないんですか?」

 

今2人は観音寺から快速電車に揺られ、宇多津駅に来ていた。本来であれば瀬戸大橋記念公園へ行くバスは宇多津駅の一つ隣である坂出駅から出ているのだが。

 

芙蓉「単純に距離で言うと、坂出駅よりも宇多津駅からの方が瀬戸大橋へは近いんだよ。」

 

倉田「でも、ここからじゃバスは出てませんよ?」

 

芙蓉「バスでの移動は、帰りを逃しちゃったら結構な時間ロスになっちゃうし、私達は記念公園に行くんじゃなくて、瀬戸大橋周辺を調査したいんだ。バスを降りて徒歩で動き回るのは大変だよ。」

 

そう言うと、芙蓉はとある場所を指さした。

 

芙蓉「香川には便利な"足"があるでしょ?」

 

倉田「……成る程。」

 

そこにあったのは自転車。香川ではレンタサイクルのサービスが頻繁に行われているのだ。観光案内所や駅前のホテル、自転車屋、スマホのアプリで借りられるレンタサイクルスポット等。ここ香川と愛媛にはそれが特に多くある。

 

芙蓉はスマホのアプリで電動自転車を二台借り、2人はそれで瀬戸大橋へと向かった。距離にして約5.5㎞。

 

倉田「これは思いつかなかったです。」

 

芙蓉「へへーん。色んな事を調べたら考えたりするのは得意なんだ!」

 

確かに芙蓉は物事を調査する能力にかなり長けている。ましろのアルバイトの件を調べ上げた事といい、頭の回転は速い方なのだろう。

 

 

--

 

 

数十分後--

 

芙蓉「ぜはぁー、ぜはぁー………暑い…足が疲れた…も、もうダメだぁ………。」

 

元気が良かったのは最初だけだった。電動自転車を使っているのにも関わらず、芙蓉は5㎞の距離さえも行けなかった。

 

倉田「体力無さ過ぎです…。」

 

芙蓉「倉田ちゃん……はぁ、はぁ……二人乗りして運んでくれない…?」

 

倉田「ダメです。レンタルしてる自転車を置いて行けません。」

 

芙蓉「うぅ……やっぱりバスにしておけば良かったかなぁ……はぁ、はぁ…。」

 

倉田「もうちょっとです。もう少しで記念公園に着きますよ。」

 

 

--

 

 

瀬戸大橋記念公園--

 

芙蓉を励ましながら、何とか2人は記念公園へ辿り着く。

 

芙蓉「もう…無理……動けない………。」

 

到着するや否や、芙蓉はベンチに倒れ込んでしまった。

 

芙蓉「気息奄々……倉田ちゃん…瀬戸大橋の視察ほ任せたよ………。」

 

倉田「分かりました。けど、視察って何をすれば良いんですか?」

 

芙蓉はリュックの中から、大きな双眼鏡を取り出しましろに手渡す。

 

芙蓉「公園の展望台に登って…瀬戸大橋は壁まで繋がってるのか……それとも途中で途切れてるのか…見てほしいんだ。もし壁まで繋がってたら…瀬戸大橋に入れるかも調べて……。」

 

倉田「はぁ……分かりました。」

 

休む芙蓉をベンチに残し、ましろは展望台へと向かった。

 

 

---

 

 

展望台--

 

展望台はそれ程高くはないが、瀬戸大橋とその向こうの壁を見渡せた。双眼鏡で覗くと、瀬戸大橋は壁まで繋がっている様にみえる。確認したましろは、展望台を下り、自転車で瀬戸大橋の周辺を探索するが、何処も封鎖されており入れる場所は無かった。

 

 

--

 

 

1時間程探索し、ましろは芙蓉の元へ戻った。休んだお陰で体力も回復したらしく、芙蓉の顔色も良くなっている。

 

倉田「瀬戸大橋は壁まで繋がってるみたいですけど、橋に入れる場所は何処にもありませんでした。」

 

芙蓉「成る程……でも、まだまだ一つ目!次に行ってみよう!」

 

元気良く立ち上がるも、すぐさま顔がまた青ざめる。

 

芙蓉「帰りも自転車だった……。」

 

 

--

 

 

芙蓉は死にそうになりながらも、何とか宇多津駅に到着し、その足で徳島の大鳴門橋へと向かう。最寄駅である鳴門駅に着き、今度はバスを使って大鳴門橋へと向かった。

 

芙蓉「瀬戸大橋は橋に立ち入る事が出来なかったけど、大鳴門橋には遊歩道がある。瀬戸大橋よりも壁に近付ける筈だよ。」

 

 

---

 

 

大鳴門橋--

 

停留所に降りた2人は、すぐ近くにある大鳴門橋へと向かう。橋の中には"渦の道"と呼ばれる遊歩道があり、そこから橋の中へと入る事が出来た。遊歩道の一部は床がガラス張りになっていて、真下に見えるのは大きく唸りを上げる海。時折そこから有名な鳴門の渦潮も見えた。

 

倉田「凄い……芙蓉さんもどうです?渦潮凄いですよ!

 

興奮するましろとは正反対に、芙蓉は下を覗き込もうとはせず、足を早める。

 

倉田「………怖いんですか?」

 

芙蓉「ま、ままままままさか、そんな事ないよ!?」

 

芙蓉は結構な怖がり様だった。試しにましろは、芙蓉の背中を軽く押しガラスの上に押し出した。

 

芙蓉「うわぁ!?落ちる!落ちるよぉ!!」

 

涙目になりながら、必死でその場から離れるのだった。

 

 

--

 

 

結局、大鳴門橋の遊歩道も、途中で封鎖されており、壁がある場所までは行けないようになっていた。2人は再びバスに乗り、鳴門駅に戻って駅に併設されていた足湯で一休みする。

 

芙蓉「あぁ……癒される…。今日は足を酷使したから……。」

 

至福の表情を浮かべる芙蓉。

 

倉田「芙蓉さん、ちょっと聞きたいんですけど…。」

 

芙蓉「リリ。」

 

倉田「え?」

 

芙蓉「芙蓉さんじゃなくてリリって呼んで欲しいな。リリエンソールのリリ。クラスメイトにはそう呼んでもらってるんだ。」

 

倉田「リリさんですか…。リリエンソールってミドルネームみたいなものですよね?」

 

芙蓉「そんな感じ。戸籍上の名前は芙蓉香澄だけど、昔、芸能活動をしてた時から"芙蓉・リリエンソール・香澄"って名乗ってるんだ。あっ、私が芸能界にいたって事は話したっけ?」

 

倉田「いえ。でも、知ってます。」

 

芙蓉「リリエンソールはお母さんの旧姓なんだ。倉田ちゃんも別の呼び方が良かったら言ってね。」

 

倉田「私はミドルネームとかも無いし………。」

 

ましろは少し沈黙する。

 

芙蓉「ん?どうしたの?」

 

倉田「何でもありません。今まで通り倉田で構いません。」

 

何故"ましろ"と呼んで欲しいと言わなかったのか。自分でもそれが何故なのかは分からなかった。同じ"香澄"の名を持つからなのだろうか。

 

芙蓉「分かった。」

 

倉田「ねぇ、リリさん。交通費とか私の助っ人代とか、結構な金額になってると思うんですけど、大丈夫ですか?」

 

ここまで、芙蓉はましろの交通費も全部出していた。2人分のレンタサイクル代に電車代、バス代、それに加えましろの助っ人代も含めれば、決してバカに出来ない金額になっているのは明白だった。

 

芙蓉「あぁ、心配しないで。お金は……無駄に持ってるんだ。昔、芸能活動をしてた時の収入が貯金してあるから。」

 

倉田「でもーー」

 

芙蓉「良いんだ。このお金はいくら使っても。」

 

そう言った芙蓉の顔は、少し寂しげだった。

 

 

---

 

 

翌日--

 

芙蓉「実は瀬戸大橋と大鳴門橋は前哨戦。愛媛の来島海峡大橋こそが大本命なんだよ!」

 

倉田「本命って、どうしてです?」

 

愛媛方面に行く電車に揺られながら芙蓉は言った。

 

芙蓉「西暦時代、愛媛には瀬戸内海の島々の間を橋で結んだ道があってね、今から行く来島海峡大橋はその出発点とも言える橋で、その道を通って行けば、本州まで徒歩で渡る事だって出来たんだよ。となると、今でも壁まで道が繋がってる可能性があるかもしれない!」

 

目を輝かせながら芙蓉は話すが、ましろはいまいち懐疑的だった。そんなに簡単に壁の外へ行けるなら、もうとっくに誰かが四国の外へ行っている筈だからである。

 

2人は電車を乗り換え波止浜駅でレンタサイクルに乗り換え橋へ向かった。 

 

 

---

 

 

来島海峡大橋--

 

自転車を走らせる事数十分、2人は大橋の上に入る。左右を見れば、広い海が視界いっぱいに広がっている。綺麗な景色だが、橋の上な為、風が凄まじく強い。

 

芙蓉「こ……これは風に煽られてフラフラする…!結構怖いよ……!」

 

倉田「飛ばされない様に気をつけてください!」

 

芙蓉は気を紛らわせる為に話題を変えた。

 

芙蓉「昔、四国に壁が出来た直後は、海の中の環境や生態系が変わって、四国の海は全く別の姿に変わっちゃうかもしれないって言われてたんだ。」

 

倉田「へぇ…。」

 

芙蓉「昨日見た鳴門の渦潮だって無くなるかもしれないって言われてたし、海は濁って汚れ、殆どの生物が住めなくなるとも言われてた。でも、結局はそうならず、壁が出来る前と同じ環境が保たれてる。大赦が言うには、神樹様の御加護らしいけど。でも、私は神樹の力なんて信じない。きっと科学的に説明がつくって思ってる。」

 

2人は海道を進んでいく。

 

 

--

 

 

やがて2人は自転車を止めた。目の前に鉄柵が立ちはだかり、通れなくなっていたからである。その鉄柵の遥か向こうに四国を囲む壁が見えた。

 

倉田「……無駄足でしたね。」

 

芙蓉「ううん、無駄なんかじゃないよ。」

 

倉田「でも、結局通れなかったですし…。」

 

芙蓉「"通れない"っていう事が分かった。それだけでも充分な収穫だよ。それに、今までで一番壁に近付く事が出来た。」

 

肩を落とす様子も無く、芙蓉は双眼鏡を取り出し壁を観察する。

 

芙蓉「ここからなら、双眼鏡で見ると壁がかなり良く見えるから、発見もあるよ。倉田ちゃんも見てみてよ。」

 

双眼鏡を覗くと、壁は植物の蔦か根の様なものが隙間無く絡み合っている有機物の集合体だという事がよく分かる。ましろが観察している間に、芙蓉は背負っていたリュックから、また別の双眼鏡のような物を取り出した。

 

倉田「それは?」

 

芙蓉「これはレーザー距離計。レーザーを射出して物体に当てて、その物体がどれだけ遠くにあるか、どれだけ大きいかを測れるんだ。」

 

レーザー距離計を使い、芙蓉は壁までの距離と高さを測り、その数字をノートに書き記す。

 

芙蓉「確かに、3つの大橋のどの通路でも、壁を越える事は出来なかった。でも、こうして実際に壁に近付いたお陰で、壁の大きさや材質なんかが分かった。これは貴重なデータだよ。壁を越える為にきっと役に立つ。無駄な事なんか一つも無いんだよ。」

 

倉田「……成る程。」

 

芙蓉「それに、例え何も分からなかったとしても………私は倉田ちゃんとこうして一緒に旅を出来ただけで、充分に楽しかったよ。」

 

倉田「そうですか。」

 

満更でもなかった。2人は自転車で来た道を引き返す。自転車を走らせるましろの足は軽かった。

 

 

--

 

 

愛媛から観音寺に戻ってきた時には、少し日が傾き始めていた。

 

芙蓉「この二日間の助っ人代を渡さないとね。交通費で手持ちのお金を使っちゃったから、私の家に来てくれる?昨日と今日で合わせて活動時間は13時間。助っ人代は13000円だね。」

 

倉田「いや、ですけど……。」

 

芙蓉「心配しないでも良いよ。私の家は倉田ちゃんの家のすぐ近くだから。」

 

倉田「私の家も知ってるんですね。」

 

芙蓉「ものを調べるのは得意だから。」

 

倉田「…………やっぱり助っ人代は受け取れません。」

 

芙蓉「助っ人代がいらない……それって、正式に勇者部に入ってくれるって事!?」

 

芙蓉は思わず身を乗り出した。

 

倉田「ううん、違います。」

 

芙蓉「そっかぁ……。」

 

倉田「昨日も今日も、私はリリちゃんについて行っただけです。そんな大金を貰う程の事はしてませんから。」

 

そう言って帰ろうとするましろの手を掴み、芙蓉は言う。

 

芙蓉「そんな事ないよ。それに……そのお金は、私が持ってても、もう意味が無いんだ。」

 

 

---

 

 

芙蓉宅--

 

芙蓉の家はましろの家から川を挟んで逆岸にあるマンションの一室だった。玄関の扉を開けると、中には誰もいない。

 

芙蓉「ただいま。」

 

芙蓉はそう言って玄関から上がり、リビングを通り抜けてその向こうの部屋へ行く。

 

倉田「お邪魔します。」

 

後に続いてましろも上がる。リビングの奥の部屋には祭壇があり、芙蓉が手を合わせていた。祭壇には綺麗な女性の写真が飾ってある。その顔はどこか芙蓉に似ていた。

 

倉田「それは…?」

 

芙蓉「お母さんの祭壇だよ。少し前に病気で亡くなったんだ。」

 

倉田「………そうなんですね。」

 

芙蓉「お母さんはアメリカの出身だった。2015年に壁が出来た時、たまたま観光旅行で日本に来ててね。それからずっと四国で暮らしてきたんだ。」

 

倉田「…………。」

 

芙蓉「お母さんの親兄弟はアメリカにいて、バーテックが現れた日以降、どうなったのか分からない。日本の中の事でさえ情報が無かったんだから、外国の状況なんて尚更だよね。お母さんは亡くなるまで、故郷の事、親兄弟の事をずっと気にしてた。いつか社会が元に戻って、壁の外にも出られるようになったら………一度故郷に戻りたい……そう言ってたんだ。」

 

芙蓉は祭壇から立ち上がった。

 

芙蓉「さて、助っ人代を持ってくるから、ちょっと待っててね。」

 

リビングに戻り、そこから封筒を持ってきてましろに手渡す。中にはしっかり13000円が入っていた。

 

 

---

 

 

倉田宅--

 

ましろは家に帰った後、自分の部屋で芙蓉から受け取った助っ人代が入った封筒を眺めていた。

 

倉田「リリさんの母親はもう亡くなってた。母親は故郷を気にかけてて……リリさんが壁に拘り、その外に出ようとした理由………。それはきっと……。」

 

ましろはその封筒を鍵付きの引き出しにしまい、鍵をかけた。

 

倉田「……もう少し、その"奇行"に付き合ってみよう。」

 

 



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心の拠り所

壁を越える為に新たな作戦に出る芙蓉とましろ。作戦の為にやって来た場所は、海だった。

そして、ましろは何故"香澄"という名を頑なに嫌うのか--




多くの生物は、生涯を通しての行動圏が非常に狭いと言う。とりわけ、虫の行動圏は狭いものが多い。虫は寿命が短い上に、生涯の殆どを土中で動かずに過ごす種もいるからだ。

 

それでも、彼らは自分達の生涯の生活範囲が狭い事に、不満を持つのだろうか。もっと広い世界を見てみたいと思うのだろうか。

 

多分、そんな事は思わない--

 

 

8月某日--

 

頭上からは真夏の太陽が照り付けている。ましろと芙蓉はとある海水浴場にやって来ていた。周りにはカップルや家族が楽しそうに遊んでおり、真夏という事もあり一際賑わっていた。

 

芙蓉「おかしいよ!全然前に進まないどころか、勝手に体が沈んでいくんだよ!人間の体は水に浮くようには出来てないんだよ!」

 

そう怒りながら、水着姿の芙蓉が海から上がってきた。

 

倉田「そんなはずありません。リリさんはいつも水泳の授業はどうやってたんですか?」

 

芙蓉「ビート板を使えば10メートル位は泳げるよ。後、クロールで3メートルかな。」

 

倉田「それは泳げるとは言いません……。」

 

大抵であれば腕を思いっきり振り回しているだけでも、3メートルは進めるだろう。以前の自転車移動でもそうだったが、芙蓉は運動がからっきしダメなのだ。

 

倉田「分かりました、泳ぎ方を教えます。まずは頭を水の中にちゃんとつける事と、体を水面と水平に保てるようにする事です。それが出来てないから沈んじゃうんです。

 

芙蓉「自分ではちゃんとしてるつもりなんだけどなぁ……。」

 

ましろも海に入り、特訓が始まる。姿勢を整えたり、手を添えたりするだけで芙蓉は10メートル近く泳げるまでに成長した。

 

芙蓉「磨杵作針!このまま練習を続けてれば、目標を達成出来そうだよね!」

 

倉田「多分、この数千倍は泳がないと無理だと思います。」

 

芙蓉「で、出来る!きっと出来るよ!」

 

水平線を見ながら、芙蓉は無理矢理自分を奮い立たせていた。何故こんな事になったのかは、数日前に遡る--

 

 

---

 

 

7月末日--

 

2人はハンバーガー店に来ていた。夏休みに入ってからましろは毎日のように勇者部の活動に付き合っている。その際大抵はうどん屋に集合するのだが、芙蓉の提案でここに訪れていた。

 

芙蓉「たまに無性に食べたくなるんだよね。きっと私の中に流れてるお母さんの血がアメリカを求めてるんだよ!」

 

倉田(それは分からないけど、無性に食べたくなる気持ちは分かるかも…。)

 

心の中でそう思いながら言葉を飲み込む。今日は部活動の他に夏休みの宿題もやる事になっていた。その事を考慮すれば、うどん屋よりハンバーガー店の方が集中出来るだろう。

 

2人はハンバーガーを食べ終えると、問題集と参考書を取り出し、問題を解き始めた。芙蓉は全く躓く事なく、問題をスラスラ解いていく。その上ましろが困っていたら的確なヒントを出してアシストもしていた。

 

倉田「リリさんって、勉強出来るんですか?」

 

芙蓉「出来る方だと思うよ。統一模試で県内二位とった事もあるし。」

 

倉田「……ウソでしょ…。」

 

芙蓉「本当だよ?」

 

この点だけを見れば、妙な陰謀論を振りかざしたり、屋上からビラをばら撒いたりしている奇怪な少女だとは誰も思わないだろう。

 

芙蓉「でも試験の成績なんて壁越えの役に立つ訳でもないから、どうでもいいんだけどね。」

 

芙蓉はつまらなそうに答える。ましろと芙蓉は本当に何から何まで正反対だった。体格は勿論、ましろは運動が出来て勉強が出来ない。逆に芙蓉は運動がダメで成績優秀。

 

芙蓉「よし、学校の勉強はこれくらいにして、今から勇者部活動だよ!」

 

倉田「リリさんのお陰で宿題かなり進みました。それで、今日は何をするんですか?」

 

芙蓉「前のめりになってきたね!その調子で部の一員にーー」

 

倉田「ならないです。」

 

芙蓉「電光石火な返答……。まあいいや。それより今日は壁越えの為に新たな手段を考えたんだ。」

 

倉田「それってなんです?」

 

芙蓉「壁をすり抜けるんだよ!」

 

倉田「…………本気で言ってます?」

 

芙蓉「荒唐無稽なんかじゃないよ!」

 

そう言って鞄から一冊の本を取り出した。タイトルからして聞いた事もないもので、出版社も初めて見る所だった。

 

芙蓉「これに書かれてるんだけどね………ここだ。この本には神世紀初頭頃の様々な謎に関しての考察が書かれててね。壁が出来た以降も四国周辺の海に大きな変化が起こらなかった理由について、いくつか仮説が載ってるんだ。」

 

その内の理由の一つが、壁の上部は密度が高く、逆に海中では密度が低いという説。

 

芙蓉「これで水も魚もほぼ素通り出来る。だから壁があっても、海流や水中の生態系には影響が無かったって事なんだよ。この説が正しければ、泳いで行けば壁を通り抜けられる筈なんだ。」

 

壁に閉ざされた後の四国は、"神樹"という神のような力を持った樹木の加護によって、壁が出来る以前と同じ環境に保たれていると言われている。海も同様だ。その考え方が普通で、人は皆生まれた時からそう教えられてきている。しかし、芙蓉は違った。神樹の加護など存在しないと考えているのだ。

 

倉田「壁をすり抜けられるかはともかく、泳いで海を渡れるんですか?」

 

芙蓉「西暦の時代、イギリスにドーバー海峡という海があってね、そこを泳いで横断するってテレビ番組があったそうなんだ。だから出来るよ!」

 

倉田「リリさんはどれだけ泳げるんですか?」

 

芙蓉「……………これから練習するよ!」

 

今回も壁越えは期待出来そうになかった。

 

 

---

 

 

という訳で、2人は海にやって来ているのだった。その後も練習は続き、始めた頃より大分芙蓉も泳げるようになっていた。

 

芙蓉「はぁ…はぁ………今日一日で随分泳げるようになった気がするよ……。」

 

倉田「そうですね。最初に比べれば、確かに泳げるようになりました。」

 

芙蓉「そうでしょ!よし、夕暮れも近づいてきたし、どれだけ泳げるようになったか試してみよう。もしかしたら、そのまま壁まで到着しちゃうかもね!」

 

倉田「その自信はどこから来るんだろう…。無理しない方が良いですよ。足攣っちゃうかもしれないし。」

 

芙蓉「その心配は杞人憂天だよ。」

 

そう言い残し、芙蓉は泳ぎ始めた。しかし、数メートル進んだ所で、バチャバチャと暴れ始めてしまう。

 

芙蓉「足が……攣った…!」

 

倉田「えぇ!?」

 

慌ててましろが救助に入り、引き上げてビーチパラソルの下に寝かせた。

 

芙蓉「攣った足が痛い……。今日はもう泳げそうにないや…。」

 

倉田「たった1日練習しただけで何メートルも泳げるようになるのは無理です。それこそ何年も訓練しないと。」

 

芙蓉「そうかぁ…そうだよね………。」

 

寝っ転がったまま、芙蓉はため息をついた。

 

芙蓉「そろそろ帰ろうか。」

 

空も茜色に染まり、周りの人達も帰り支度を始めていた。芙蓉も立ち上がる。まだ足は痛そうだったが、歩く事は出来るようだった。

 

 

---

 

 

ドリームタワー周辺--

 

帰り際、2人はドリームタワーというモニュメントを通った。ここには結婚式場のウェディングベルのような鐘が付いていて、カップルが鳴らすと幸せになると言われている。その傍には、神社の絵馬を掛ける場所のように、恋人同士の名前を書いた錠前を掛ける設備があった。中には願い事が書かれた錠前もある。

 

倉田(願い事…か……。)

 

芙蓉であれば、間違いなく壁を越えて四国の外を見る事と書くのだろう。

 

倉田(私だったら……。)

 

芙蓉「倉田ちゃん、その錠前のおまじないに興味があるの?だったら、鍵を買って名前をーー」

 

倉田「ううん、やめときます。私の名前は目立ちすぎるし、自分の名前で目立ちたくないですから。」

 

芙蓉「…そっか。」

 

芙蓉は少しだけ悲しげな顔をした。ましろは踵を返し、その場を立ち去るのだった。

 

 

--

 

 

駅周辺--

 

芙蓉「倉田ちゃんはどうしてそんなに自分の名前を嫌ってるの?」

 

倉田「リリさんは自分の名前、なんとも思ってないんですか?」

 

芙蓉「お母さんから取ったリリエンソールって名前は好きだけど、香澄に関しては特になんとも思ってないかな。有名人と同じ名前ってだけでしょ?」

 

倉田「………私も、ずっと前はそう思ってました。」

 

歩きながら、ましろは芙蓉に昔話を話す。

 

倉田「小学校の頃、女子のミニバスケチームに入ってたんです。その頃から運動は得意で、みんなから慕われてチームの中核だったと思います。今だって子供だけど、その頃の私はもっと子供で、視野が狭くて傲慢でした。小さなミニバスケチームで活躍出来るくらいで、自分には特別な力があるんだって思い込んでましたし。」

 

芙蓉「うん、そんな感じは今までから何となく想像出来るよ。」

 

倉田「でも、ある時、四国の大会に私達のチームは出場したんです。だけど結果は散々でした。一回戦負け。何も出来なくて一方的な敗戦だった。私よりもずっと高い能力を持った選手達が、井の中の蛙だった私を完膚なきまでに蹂躙したんです。それで思い知らされました。自分は特別なんかじゃないって。そして戦った相手チームの選手の1人が、私を見てこう言ったんです…………意外に大した事なかったなって。」

 

芙蓉「どうしてそんな事を。ガツンと言ってあげるよ!」

 

倉田「今更ですよ。それでその時思ったんです。何で意外にって思ったんだろう、どうして他のみんなは私を持て囃すんだろうって。答えは簡単でした。」

 

そう、全ては"香澄"という名前のせい。チームメイトは、そしてその相手選手はましろの"力"を見ていたのでは無く、"香澄"という名前の子供を見ていたに過ぎなかったのだ。"香澄"だから。"勇者と同じ名前を持つ少女"だから実力以上に持ち上げられていただけ。

 

倉田「だからその事に気付いたら、もう恥ずかしくて表に出るのさえ嫌になりました。学校も何日か休みました。私は"香澄"という名前の力を自分の力だと思い込んで、持て囃されて勘違いして……。恥ずかしかったし、悔しかった。香澄じゃない私は、特別な力なんて無い、ただのバカな女。そんな自分が凄く醜い存在に思えたし、今でもそう思ってます。」

 

話している内に、2人は駅へと到着する。

 

芙蓉「……倉田ちゃん。少ししゃがんで。」

 

倉田「え?」

 

芙蓉「いいから!」

 

言われるがままにましろはしゃがむと、芙蓉がましろの頭を抱きかかえるようにして抱きしめた。

 

芙蓉「どう?こうすると落ち着くでしょ?」

 

倉田「……どうして…?」

 

芙蓉「お母さんが生きてた頃、私が泣いたり怒ったりした時に、よくこうしてくれたんだ。」

 

倉田「………本当に私ってバカだな。誰にも話してこなかった事をこうやって話しちゃうんだもん。何となくリリさんと一緒にいる理由が分かった気がします。」

 

芙蓉「そうだね……。私も倉田ちゃんと一緒にいる理由が分かった気がするよ。」

 

芙蓉は屈託のない口調で答えた。

 

倉田「私は……ずっと力が欲しいって思ってます。香澄って名前を恥ずかしくなく思えるように。たとえ名前のせいで過大評価されても、自分はこんな事が出来るんだって自信を持って言えるように……でも、私にはどう考えても、特別な力なんて無い……。」

 

 

自立出来る力--

 

 

お金を稼ぐ力--

 

 

他の人には無い、自分だけの力。何でも良かった。自分が自分を恥ずかしがらず、卑屈にならずに生きていく為の、心の拠り所になれるものであれば。

 

芙蓉「私は倉田ちゃんにはきっと力があるって信じてるよ。最も、例え倉田ちゃんに力があっても無くても、倉田ちゃんがどんな名前だって、何者だって、私は倉田ちゃんの味方であり続けるけどね。」

 

倉田「………ありがとうございます。」

 

芙蓉「どう致しまして。」

 

芙蓉は微笑んで、抱きしめていたましろを放した。

 

芙蓉「ねぇ、倉田ちゃん。倉田ちゃんの話を聞いて、私は改めて壁の外に出なくちゃって思ったよ。」

 

倉田「どうしてですか?」

 

芙蓉「倉田ちゃんみたいな人こそ、壁の外に出るべきなんだよ。」

 

倉田「私が?」

 

芙蓉「人は昔から、生活圏を広げる事で発展してきた。大昔の人間は、一生を自分達が住む村やその周辺だけで終えたんだ。やがて移動手段が発達して、村を離れた遠くの地方まで行けるようになった。西暦の時代には、新幹線っていうとんでもなく速い電車や、空を飛んでいく飛行機で、外国まで一日で行けたし、ロケットを使って宇宙にだって行けた。生活圏が広がって人間が手に入れたもの……それは"可能性"だよ。」

 

倉田「可能性……?」

 

芙蓉「西暦の時代……人が世界中を行き来出来た時代には、四国の中だけじゃ成り立たない沢山の生き方があった。大都市に行けば、四国の中じゃ出来ない仕事や生き方が見つかる"可能性"があった。逆に外国の未開の地へ行っても、やっぱり四国じゃ出来ない生き方が出来た筈なんだよ。私はこの四国も大好きだけど、世界が壁に閉ざされてしまったせいで、人は様々な選択肢と可能性を失ったんだ。」

 

そう言いながら、芙蓉は夕焼けの空をーーいや、きっとその向こうに広がっている四国の外の世界を見つめていた。

 

芙蓉「私は、倉田ちゃんには絶対に特別な力があるって信じてる。でも、私も倉田ちゃんも、それがなんなのか分かってないんだ。そういう人こそ、広い世界に出て様々な選択肢と可能性に触れていかなきゃダメなんだよ。」

 

倉田「……そうしたら、自分の特別な力や可能性を見つけられるかもしれない…って事ですか?」

 

芙蓉「そう。バーテックスがいない事を証明できれば、人は壁の外にまた出ていけるようになる。世界が広がる。可能性と選択肢が増える。きっと倉田ちゃんが持つ特別な力も見つかるよ。そしたら、倉田ちゃんももう苦しまなくていいでしょ?」

 

倉田「……はい、そうですね。」

 

でも、それはきっと叶わない。人類は壁の外に出て行く事は出来ないだろう。だけど、希望を持つ事は悪くない。そう思えた。

 

芙蓉「そろそろ電車が来る時間だね。行こう。」

 

ホームに向かう間際、ふとましろの口から言葉が溢れる。

 

倉田「……リリさんが壁の外に出たいのは、人がまた四国の外で生きられるようにする為なんですか?」

 

唐突に出た疑問だった。しかし、それを聞いた途端、芙蓉の顔は暗く険しいものへと変わったのだ。

 

芙蓉「違うよ。」

 

倉田「え………?」

 

芙蓉「私はただ………あの壁とバーテックスが気に入らないだけ。私にとって、それらの存在自体が不倶戴天なんだよ。」

 

その声は硬質で、冷たかった。

 




勇者部活動報告第1回--

悲憤慷慨!私は幼くなんかない!
今でも思い出したら腹が立ってきたよ。

数日前、女子バレー部の部長から倉田ちゃんの情報を引き出す為に交渉した時、倉田ちゃんの秘密(助っ人活動)を話す代わりに抱きしめさせてほしいと言ってきたけど……あの時彼女は、私を抱きしめて

「可愛い可愛い!中学生なのに小学生みたいな美幼女可愛い!!」

なんて言いながら頭を撫でまくっていた。これも倉田ちゃんとの交渉材料を引き出す為だし、お母さんに似た私の容姿を可愛いと言われるのは悪い気がしないから我慢してされるがままにしてたけど、よく考えたら"小学生みたい"とか"幼女"とか、とてもとても失礼な言葉だよね!!

"女子バレー部の部長はロリコンの気がある"という噂がある事も、私をモヤモヤさせる。

私は確かに背が低い。だけど、小学生みたいに幼くはない筈!大人の女性だもん!急に思い出して腹が立って書き殴っちゃった。

さて、本日は大橋調査の二日目だった。これで瀬戸大橋、鳴門大橋、来島海峡大橋の三つの橋を通るルートの調査を終えた。やはりこれらのルートから四国の外へ出る事は出来ないようだ。とはいえ、これは想定出来ていた事。そんなに簡単に外へ出れるとは思ってない。

しかし、収穫はあった。
来島海峡大橋を通るルートにおいては、歩道・自転車道で途中まで大橋の上を通行する事が出来、壁に少しだけ近付く事が出来た。レーザー距離計を使って、壁の高さを測定した。

壁の高さは、誤差や場所によって高さに違いがあるかもしれないが、200メートル前後。このデータは壁越えの為に、いつか役に立つかもしれない。

勇者部の活動は、まだ始まったばかり。倉田ちゃんは今まで私が一人で勇者部の活動をしていたと思っているようだったけど………違う。この勇者部というものを思いついたのはお母さんが死んだ後。つい最近の事。思いついた後も、実際に活動は行われていなかった。

私は臆病なんだと思う。一人じゃ活動を始められなかった。

まだ助っ人とはいえ、倉田ちゃんが仲間に加わってくれて本当に良かった。

                             7月某日 芙蓉香澄


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猫箱の中身

初めての部活動がない夏休み。ましろは図書館へ行き、そこで思わぬ人物と出会う。

壁の外にバーテックスはいるのか、いないのか。壁を越えるまでその結論は分からない。外界は巨大な猫箱に閉ざされている。





 

芙蓉香澄の本心は分からない。ましろは彼女の演技力をよく知っていた。心の中で思っている事を一切表に出さず、思ってもいない事を飄々と語っていたとしても、きっと誰も彼女の本心に気が付かないだろう。

 

 

壁の外の真実を知りたい--

 

 

バーテックスや勇者のような非現実的な存在を信じられない--

 

 

壁とバーテックスが気に食わない--

 

 

どれも全て芙蓉が言った事だが、どれが本心なのかは、ましろも分からない。ましてやどれも本心では無いのかもしれない。

 

 

---

 

 

8月中旬--

 

ある時、芙蓉からましろにメールが届く。

 

芙蓉『今日の部活動はお休みね。』

 

夏休みに入ってからは毎日のように勇者部の活動で集まっていたので、いきなりの事にましろは少し驚いてしまった。

 

倉田『何かあったんですか?』

 

そう返すと、すぐ返信が返ってくる。

 

芙蓉『ちょっと用事があったのを思い出したんだ。定期的に面倒な事があってね。』

 

何の用事かは分からなかったが、深く詮索する事はせず、ましろは暇を潰す為に図書館へと足を運ぶのだった。

 

 

---

 

 

図書館--

 

以前のましろならこの様な所に来る事は滅多になかっただろう。しかし、芙蓉の活動に付き合ってからは、度々歴史を調べるという名目で連れて来られていた。その為今ではすっかり馴染みの場所になっていた。

 

ましろは歴史関係の本が置かれている場所へ行き、西暦と神世紀の移り変わり頃の出来事が書かれてある本を探し手に取る。

 

背表紙には"大赦書史部公認"と書かれた印鑑が大きく押されていた。この印が押されている本は、普段芙蓉が持ってくる怪しげな本とは違って、ちゃんと大赦が内容を調べて問題ないと判断されたという物。つまりは、"正しい史料に基いた歴史"が書かれている。

 

倉田「………何だか普段の勇者部活動と変わりないな…。」

 

そんな事を呟きながら、本を巡っていく。

 

 

--

 

 

『西暦2015年、突如として星屑やバーテックスと呼ばれる巨大な化け物が出現。星屑もバーテックスも、詳細については"今でも殆ど分かっていない"。生物なのかそうでないのかも分からない。その化け物は日本国土を破壊し尽くし、この出来事は後に7.30天災と呼ばれる。』

 

『それと同時に、四国には神樹と壁が出現。星屑とバーテックスは神樹の御加護で壁の中に入ってこれなかった為、四国内部は破壊から守られた。それらを打ち倒したのが、大赦(当時は大社と表記)に所属した"4人の勇者"達。』

 

『その中でも花園友希那(当時は湊姓)と高嶋香澄は特に高い戦闘力を持ち、多くのバーテックスを討伐した。因みに、当時の勇者とバーテックスの戦闘は"常に一般人がいない場所"で行われ、"大赦関係者以外誰もその戦闘を見ていない"。戦闘の画像等を大赦が保管しているらしいが、一切公表はされていない。』

 

『西暦2019年、大赦が"秘儀"を行い、その後星屑やバーテックスが四国に侵入する事はなくなった。この時までに、花園友希那を除いた勇者は全員が死亡した。そして四国は平和の時を迎え、現在に至っている。』

 

 

--

 

 

倉田「高嶋…香澄……かぁ。」

 

ましろの名前の元になった人物で、勇者の代表として名前が上がる英雄の名。人類の歴史の中でも特別な存在である。彼女はバーテックスと戦って命を落としたと言われている。つまり、四国の人々を守り抜いて命を落としたのだ。

 

倉田「……普通はそんな事出来ないよ…。」

 

自分の命を犠牲にした他者への奉仕。高嶋香澄にしても、他の"勇者"と呼ばれる人達も。一般人には到底真似出来るものではない。

 

倉田「どんな高潔な精神性を持ってれば、そんな事出来るの……。いや、そんな事が出来るから"勇者"なのかな…それともーー」

 

その時だった。ましろの背後から突然女性の声が聞こえたのだ。

 

?「随分と難しい本を読んでるんだねぇ。」

 

倉田「ひぇ!?」

 

ましろは突然の事で変な声を出しながら、後ろを振り返った。そこにいたのは、帽子を目深に被った中年の女性が一人。髪は長く、茶髪でほんのりと良い匂いが漂ってくる。

 

?「若いのに勉強熱心で感心感心。」

 

倉田「え……っと、どちら様でしょうか…。」

 

?「あっ、私?名乗る程の者じゃないよ。ただの通りすがりのお姉さん。」

 

倉田「は、はぁ…。」

 

?「西暦について勉強してるんだね。」

 

倉田「はい。夏休みの自由研究にしようかなって。」

 

?「成る程。」

 

話す声が何処かで聞いた事のある声だったのだが、ましろは中々思い出す事が出来なかった。見た感じ、その女性は西暦から神世紀の移り変わりについて知っている世代かもしれない。意を決してましろはその女性に1つ質問を投げかけた。

 

倉田「あの……質問があるんですけど。」

 

?「ん?お姉さんに答えられる事があれば何でも答えてあげるよ。」

 

倉田「勇者は……どうして自分の命をかけてまで他人を守る事が出来たんでしょうか……。何か"特別な力"があったんですか?」

 

?「…………。」

 

しばしの沈黙の後、その女性は口を開いた。

 

?「特別な力か……。持ってたよ。」

 

倉田「本当ですか!?それは何なんですか!?」

 

?「大したものじゃないよ。誰もが持ってるもの。だけど、殆どの人はそれに気が付かない。」

 

倉田「誰もが……?」

 

?「うん。それはね……"勇気"だよ。」

 

倉田「勇気……。」

 

?「勇者達だって、きっと他の人と何一つ変わらない普通の年頃の少女だったと思うんだ。だけど彼女達は"勇気"を持ってた。あなたは勇者って聞いてどんな人達だって思う?」

 

倉田「それは……すっごく強くて何でも出来て……。」

 

?「ううん。勇者っていうのはね、"いざっていう時に頑張れる人"。みんなこの街や人が好きで、いつの間にか頑張ってて、"勇気"はそれに伴ってくるものなんだよ。」

 

倉田「そういうもの…なんですか…?」

 

?「あなたにもいつか分かる時がくる筈だよ。」

 

そう言って、その女性はましろが読んでいた本に顔を近付け、すぐに引っ込めた。

 

?「"4人"の勇者……大赦の"秘儀"ねぇ…。私がやったんだもん、仕方ない事だけどさ。」

 

小さな声でボソッと呟いた女性。最後の方はましろは聞き取る事が出来なかった。

 

倉田「あ、あの…お姉さん…?」

 

?「勉強邪魔しちゃってごめんね。お姉さんはこれで退散します。神樹様の御加護がありますように……………"香澄"ちゃん。」

 

倉田「っ!?」

 

そう言い残しその女性はましろの頭を軽く撫で、行ってしまう。横を通り過ぎる時、ましろはその女性の目深に被った帽子の奥の顔をチラッと見る事が出来た。そこでましろは気が付く。その女性の正体が一体誰だったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

倉田「今井……リサ…様……。」

 

 

---

 

 

倉田宅--

 

呆気に取られながらも図書館から家に戻り、借りた本を読んでいると、母親が仕事から帰って来る。

 

倉田母「ただいまー。」

 

母親はましろが読んでいる本の表紙を見るや否や怪訝そうな顔をした。

 

倉田母「香澄がそんな本を読んでるなんて珍しいね。歴史の本?夏休みの宿題にでも使うの?」

 

倉田「うん、そんなところだよ。」

 

続けてましろは言葉を濁しながら、母親に質問する。

 

倉田「お母さんはバーテックスとか星屑って見た事ある?」

 

倉田母「私は無いなぁ。子供の時からずっと四国にいたし、バーテックスは四国には殆ど入ってこなかったから。どうしてそんな事聞くの?」

 

倉田「歴史の事を調べてたら、ちょっと興味が出てきたんだ。………バーテックスって本当にいるのかな?」

 

倉田母「え?いるに決まってるでしょ。見た事があるって人は、私の身近にもいたし。」

 

倉田「えっ!そうなの!?」

 

倉田母「"天空恐怖症候群"って知ってる?」

 

倉田「……名前は聞いた事あるよ…。」

 

倉田母「今はもう殆どいないけど、西暦の終わり頃や神世紀が始まってすぐよ頃には、空を見る事を異常に怖がる神経症を患う人達がいたの。星屑やバーテックスは空から現れたらしいから、それに対するPTSDの一種だって言われてたわ。という事は、天空恐怖症候群の人達は、星屑やバーテックスを見た事があるって事でしょ?」

 

倉田「成る程……。」

 

確かに母親の話は理にかなっていた。すると、母親は急に話を変えてきた。

 

倉田母「そういえば香澄、最近リリちゃんと仲が良いの?」

 

倉田「仲が良いって程じゃないけど……一緒にいる事は多いよ。」

 

倉田母「そっかそっか。」

 

そう言って母親は嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。

 

倉田「何で笑うの?」

 

倉田母「だって香澄の口から友達の話が聞けるのって、最近珍しかったから。」

 

倉田「………そうかも。」

 

 

--

 

 

夕食を食べ終えた後も、ましろは自分の部屋に戻り本の続きを読んでいた。

 

倉田「ふぅ……。」

 

一息つき、ふと思い出したかのようにましろは机の引き出しを開ける。そこには今までの勇者部の助っ人代として、芙蓉から渡されたお金が入っている。結局芙蓉から受け取ったお金は、一円も使わずに残してあるが、いくら貯まっているか数えると、15万以上の大金になっていた。

 

倉田「いつまでもこんなお金、貰い続ける訳にはいかないよね……。」

 

そんな独り言を言っていると、ドアをノックして母親が入ってきた。

 

倉田母「香澄、ちょっといい?」

 

倉田「どうしたの?」

 

倉田母「さっきリリちゃんのお父さんから電話があったんだけど--」

 

 

---

 

 

倉田宅近所--

 

ましろは芙蓉を探しに出ていた。母親が言うには、芙蓉と芙蓉の父親がケンカしたらしく、芙蓉が家を出て行ったきり帰って来ないと言うのだ。ケンカの内容は、芙蓉が町や学校で変な事をしていると父親に連絡があり、それを止めさせる為に父親が叱り、芙蓉はそれに反発して出て行ったらしい。

 

倉田「はぁ……。」

 

マンションを出てすぐ、ましろは芙蓉に電話をかける。暫くコールが続いたが、やがて芙蓉が電話に出た。

 

芙蓉『もしもし?どうしたの、倉田ちゃん。」

 

普段通りの声だった。いつもと変わらない声。喋り方からは、落ち込んだり怒っている様子は感じない。だが、ましろは芙蓉が感情を簡単に隠せる事を知っていた。

 

倉田「リリさん、今何処にいるんですか?」

 

芙蓉『それは内緒。今は一人になりたいんだ。』

 

中々口を割らない。そこでましろは奥の手を使った。

 

倉田「やっと気持ちが固まりました。私、勇者部に入ります。」

 

芙蓉『すぐに来て、倉田ちゃん!私は今、琴弾公園にいるから!』

 

簡単に居場所を吐いてしまった芙蓉。ましろは急いで琴弾公園へと向かった。

 

 

---

 

 

琴弾公園、有明浜--

 

芙蓉は、海岸におり、何やら木枝を砂浜に並べて腕を組んで唸っていた。

 

倉田「何してるんですか?」

 

芙蓉「待ってたよ、倉田ちゃん。今ちょうど(いかだ)を作る計画を立ててたんだ。」

 

倉田「筏?」

 

芙蓉「うん。良く考えたら、瀬戸内海を泳いで渡るのは現実的じゃないから、筏で行った方が楽だなって思って。」

 

倉田(それも現実的じゃない気がするんだよなぁ…。)

 

芙蓉「それより、倉田ちゃんはやっと勇者部に入ってくれる気になったんだね!」

 

倉田「………ごめんなさい、それは嘘なんです。」

 

芙蓉「…やっぱそっか……。待ってる時に薄々思ってたよ。もしかして、お父さんに探してきてって頼まれた?」

 

倉田「頼まれてはいないですけど、家に連絡が来たんです。ケンカしたんですか?」

 

芙蓉「そういう事になるね。」

 

そう言って、芙蓉は再び木枝を並べ始める。

 

倉田「…………あの。正直に言うと、私もリリさんのやってる事は無謀だなって思います。」

 

ましろは本心を吐露するが、芙蓉は無視して木枝を並べ続ける。

 

倉田「壁を越える事なんて出来る訳ないって思うし、バーテックスがいないって言うのも無理があると思うし。」

 

芙蓉「どうしてそう思うの?」

 

芙蓉はましろの方を向かず、淡々と尋ねる。

 

倉田「だって………だったら四国の人はみんな騙されてるって言うんですか?星屑やバーテックスが世界を滅ぼして、四国だけは壁のお陰で崩壊を免れて、壁の外はバーテックスがいるから外に出られない……その歴史が全部嘘だって言うんですか?そんな大規模な捏造が出来る訳も無いし、する意味だって無い!リリさんだって本当は分かってるんじゃないですか!?」

 

芙蓉「分からないよ。」

 

感情が昂り声を荒げるましろとは正反対に、芙蓉は抑揚の無い声で即答する。

 

芙蓉「じゃあ、倉田ちゃんは見た事あるの?壁の外を。壁の外の世界に化け物が蔓延っているのを。」

 

倉田「それは………無いですけど…。」

 

芙蓉「私だって見た事ない。バーテックスは確かにいるかもしれない。でもいないかもしれない。それは見てみないと分からない。」

 

倉田「…………。」

 

芙蓉「私から言わせてもらえば、見てもいないものを簡単に信じる事が出来る人達の方が無茶苦茶だよ。それは宗教への狂信と同じ。そして狂信者達はどこかで必ず他人を攻撃して、人を傷つける。私はそれが許せない。」

 

段々と芙蓉の言葉に憎悪が混じっているかの様に、言葉が強くなっていく。

 

倉田「リリさんは……バーテックスの事で何かあったんですか?」

 

芙蓉「何もないよ。私はただ低俗な盲信者を啓蒙したいだけ。自分では何も考えず、狂信と思い込みだけで人を傷付ける無知無能で皮相浅薄な人達をね。」

 

その口調にましろは真夏なのに汗が引き、悪寒がする感覚を覚える。芙蓉は薄ら笑いを浮かべていた。いつも澄んでいる芙蓉の瞳が、今は暗く濁っていた。

 

芙蓉「かつて人間は、天動説を信じていた。何故なら神話や偉い学者達がそう言ってたから。そして地動説を唱えていた人達は、逆に非難され排斥されてたんだ。大赦の言う事を信じている人達は天動説を信じ切っている人達と同じだよ。人は愚かしい事に、その時代から全くもって進歩してないんだ。」

 

吐き捨てるかの様に芙蓉は話し続けている。今、ましろの目に写っている芙蓉の姿は演技なのだろうか。いや、とてもそうは思えない。普段見せている戯けた姿の方が演技で、今の憎悪の澱を纏った今の姿の方が本来の芙蓉だと言われれば、納得してしまうだろう。

 

芙蓉「倉田ちゃんは、私の言う事に納得出来ない?」

 

倉田「………は、はい……。」

 

芙蓉「そっか。」

 

芙蓉は既に日が沈んだ水平線を見ながら、長いため息をつく。そしてもう一度ましろの方を振り返った時には、いつものどこか緩い微笑みを浮かべていた。

 

芙蓉「仕方ないね。………よし、これ以上お父さんを心配させる訳にはいかないから、帰るよ。来てくれてありがとう、倉田ちゃん。もう、大丈夫だから。」

 

砂浜に並べていた木枝を拾い集め、それをビニールシートに包みながら芙蓉は答える。

 

芙蓉「じゃあね、倉田ちゃん。」

 

倉田「ま、待ってください!」

 

ましろの呼びかけを無視し、芙蓉は歩いて砂浜を去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ましろが夏休みに芙蓉に会ったのは、これが最後となってしまった--

 

 




勇者部活動報告第2回--

生物が生息範囲を広げようとする事は、本能だ。植物は花粉を飛ばし、自分の子孫の生息範囲を広げていく。

旧世紀には、他国から生物が入ってきて、問題になる事もあったようだ。そういう問題が起こるくらい、生物が生息範囲を広げる事は本能だし、自然な行動だ。

だから、私は壁の外を目指す。遺憾千万。私達は歪みの中にいる。

倉田ちゃんが名前の事でコンプレックスを持っているのも、私が壁とバーテックスに対して意固地になってるのも、全ては元を辿れば、西暦の終わりに起こった世界の変化……そこから生じた歪みが原因。

一見すると、私達が生きているこの時代は、只々平和。時間は穏やかに過ぎていく。でも、歪みは確実に存在していて、そこに囚われている人達がいる。



今日は定期検診の日だった。
特に悪いところは見つからない。

                             8月某日 芙蓉香澄


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己の道をただ突き進む

芙蓉と会わないまま夏休みを終えたましろは、思いがけない場所で芙蓉と出くわす。

そして芙蓉の口から、母親が亡くなった理由を聞き、ましろはある事を決意する。



月ノ森中学、体育館ーー

 

夏休みが終わり、もう二学期が始まっていた。ましろは今、女子バスケ部の助っ人活動をしている。試合は筒がなく終了し、ましろの活躍もあって月ノ森中学バスケ部の勝利で終わった。

 

バスケ部部長「ナイス、シロ!この試合、何としても勝ちたかったから良かったぁ〜!」

 

倉田「正直勝てるか不安だったよ。」

 

バスケ部部長「そんな心配ミクロン、ミクロン!もっと胸張ろって。こっちの得点の半分近くはシロが決めたんだからさ。」

 

倉田「それは私がアタッカーだからだよ。得点し易い状況で、みんなが私にボールを集めてくれるからーー」

 

部長と話してるその時だった。ましろの目に体育館のキャットウォークにいる少女がチラリと映る。

 

倉田「ごめん、それじゃあまたね!」

 

ましろは部長との会話を打ち切り、その少女ーー芙蓉香澄のもとへと駆け出した。

 

 

ーーー

 

 

体育館、キャットウォークーー

 

階段を早足で駆け上がり、ましろもキャットウォークへ上がって来た。試合が終わり、観戦や応援をしていた生徒達と入れ違いになる一方、芙蓉は柵に手を掛け、ぼんやりとコートを見下ろしている。

 

芙蓉「………。」

 

2人が会うのは約3週間ぶりになる。8月末日に有明浜で会って以来、ましろは芙蓉に会っていない。その為、夏休みに入って毎日のように活動していた"勇者部"の活動も無くなってしまった。それからましろが芙蓉に何度かメールを送るも、返信は返ってこなかった。

 

芙蓉「……あっ、久しぶり、倉田ちゃん!」

 

ましろに気付き挨拶を交わす芙蓉は普段通り、何事も無かったかの様に、ましろに明るく返す。

 

倉田「はい、夏休み以来ですね。」

 

夏休み中、最後に会った時の姿が脳裏に蘇る。

 

 

ーー

 

 

芙蓉「私から言わせてもらえば、見てもいないものを簡単に信じる事が出来る人達の方が無茶苦茶だよ。それは宗教への狂信と同じ。そして狂信者達はどこかで必ず他人を攻撃して、人を傷つける。私はそれが許せない。」

 

芙蓉「私はただ低俗な盲信者を啓蒙したいだけ。自分では何も考えず、狂信と思い込みだけで人を傷付ける無知無能で皮相浅薄な人達をね。」

 

 

ーー

 

 

あの時の憎悪を露わにした、普段の明るさや純粋さなど微塵も感じさせない芙蓉の姿。あれが彼女の本当の姿なのだとすれば、今目の前で明るく話している姿も表情も全て作られた偽物という事になる。

 

芙蓉「バスケの試合、三面六臂の活躍だったね。倉田ちゃんがバレーやテニスをしてる姿も見たくなっちゃったよ。」

 

そんなましろを意にも介さず芙蓉は話を続けている。

 

倉田「…………そんな事より、どうしてメッセージに返信しなかったんですか?勇者部の活動はどうなったんですか?」

 

芙蓉「うーん…倉田ちゃんに有明浜で会った後は、活動してないよ。壁越えの為の作戦を練り直さなきゃなってね。返信出来なかったのは、壁越えの方法が全く思いつかなかったから。完全に閉口頓首だよ。方法が見つかるまで、暫く勇者部の活動は休止かなぁ。」

 

倉田「そうですか……。」

 

少し納得がいかない所もあるが、芙蓉が勇者部の活動をやめる事は良い事だとましろも思っていた。その活動のせいで芙蓉は変人扱いされ、父親とも喧嘩する事になってしまったのだから。

 

倉田「じゃあ、これからは普通に生活するって事ですか?」

 

芙蓉「…そうなる、かな。」

 

 

そうして勇者部の活動はなくなり、ましろは芙蓉と出会う前の生活に戻った。いくつかの部活の助っ人を続けながら、普通の生活を続けている。しかし、以前と同じ生活に戻っただけの筈なのに、どこか時間を持て余していた。2人はクラスが違う。だから普通の生活の中では2人が会う事は殆ど無い。"勇者部"という活動が2人を繋ぐたった1つの接点だった事にましろは今更ながらに気がつくのだった。

 

同じ学校に通っている以上、時々廊下ですれ違ったりはするが、そんな時は最低限の挨拶を交わすだけ。ただ、それだけ。2人は勇者部の活動を除けば、共通の話題だって無い。夏休み直前のあの日、龍王神社で知り合うまでは、2人は一切関わる事なく生活していた。毎日会ってた今までの方がおかしかった。

 

 

ーーー

 

 

9月半ば、月ノ森中学ーー

 

とある放課後、ましろは偶然芙蓉のクラスを訪れる事となった。バレー部の部長が交代し、新部長が助っ人であるましろの処遇についての話し合いをしたいと呼び出され、それがたまたま芙蓉と同じクラスだったのだ。

 

入部の話になったが、ましろはそれを断った。自分の"力"の限界を知っていたし、この先続けても"力"にはならない事が分かってたから。

 

バレー部部長「そっかぁ、ましろさんなら即戦力なのに。」

 

倉田「ごめんなさい。」

 

バレー部部長「謝る事なんてないよ。ましろさんの意思が一番大事だから。」

 

部長の話を聞きながら、ましろは辺りを見回すも芙蓉の姿はない。

 

倉田「リリさーー芙蓉さんはいないんですか?」

 

バレー部部長「あれ?ましろさんってリリちゃんと友達だった?」

 

倉田「ま、まぁ……。」

 

バレー部部長「二学期が始まってから、リリちゃんは放課後になったらすぐ帰ってるよ。彼女、あんまりクラスの人との付き合いないし、特に誰も気にしてないけど。あっ、そうだ。リリちゃんって釣りでもやるの?」

 

倉田「え?いや…そういう話は聞いた事無いですけど……どうしてです?」

 

バレー部部長「この前クラスメイトに、親の仕事が漁師の人はいないかとか、家に漁船かボートを持ってる人はいないかとか、聞いて回ってたから。」

 

漁船にボートーー

 

 

 

夏休み中に芙蓉から壁越えの方法を教えてもらっていたましろにとっては、すぐにそれらの使い道が分かった。どうやら芙蓉はまだ壁越えを諦めてはいないようだった。

 

 

ーーー

 

 

9月末ーー

 

夏の暑さも少し和らいできた頃、ましろは病院の待合室にいた。バスケ部の試合中に突き指をしてしまい、念の為に診察を受けるよう保健室で言われていたからだ。

 

診察はすぐ終わり、骨に特に異常は見られなく問題は無いとの事だった。診察室から出て、治療費の支払いの為に待合室で待っていると、ましろは芙蓉の姿を見かける。

 

倉田(リリさん?どうしてこんな所に…?)

 

倉田「リリさん!」

 

呼びかけると芙蓉は振り向き、ましろの姿を見て顔を顰め驚いた表情を浮かべる。そしてすぐさま芙蓉は気付かなかったふりをして、踵を返してそそくさと病院から出ようとする。しかし、ましろの足の速さもありすぐに捕まってしまった。

 

芙蓉「……や、やぁ。全くもって邂逅遭遇だね、倉田ちゃん。」

 

倉田「どうして逃げようとしたんですか?」

 

芙蓉「いやいやいや、逃げてなんかないよ。倉田ちゃんがいたなんて気がつかなかっただけだよ。」

 

倉田「しっかり目が合ってたのに、気が付かなかったなんて通じません。」

 

芙蓉「い、いやぁ………。」

 

芙蓉が言い淀んでいると、ましろの名前が呼ばれる。診察費の支払いの番が来たのだ。

 

倉田「ちょっとここで待っててください!」

 

芙蓉「うん、待ってるよ。」

 

ましろは窓口へ足を向け一歩歩き、すぐさま後ろを振り返った。芙蓉はまた逃げようとしている。すぐさま再び捕まえた。

 

倉田「待っ・て・て・く・だ・さ・い!!」

 

芙蓉「ま、待ってますー!!」

 

 

ーー

 

 

ましろはすぐに支払いを終え、芙蓉と病院を出る。

 

芙蓉「倉田ちゃんは怒ると威圧感が凄いね。私が本気で演技しても、あの迫力は出せないよ。」

 

倉田「そんな事ないです。」

 

芙蓉「あははは。それじゃあ、また明日ね!」

 

そそくさと芙蓉は立ち去ろうとする。

 

倉田「だから待ってください!リリさん、病院で何してたんですか?」

 

芙蓉「…………ちょっと持病の腰痛で…。」

 

明らかに嘘だと分かった。どうやら演技力は凄くてもアドリブ力は無いようだ。ましろが黙って芙蓉の目を見つめても、芙蓉は語ろうとしない。答える気は無いようだった。

 

倉田「………まだ海を渡って壁を越える事を諦めてなかったんですね。漁船かボートを持ってるクラスメイトを探してたんですよね?」

 

芙蓉「な、なんで知ってるの!?」

 

その言葉に芙蓉ははっきりと動揺する。

 

倉田「リリさん程じゃないですけど、私にも情報網くらいあるんです。リリさん、もう無茶なんてしないで壁を越えるなんて諦めてください。」

 

芙蓉「…………。」

 

芙蓉は黙っている。

 

倉田「私達みたいな子供に出来る訳ないんです。大人にだって出来ないんです。大赦の偉い人なら出来るかもしれないですけど……。リリさんは陰謀論を振り翳して、出来もしない事をやろうとしてる。そんな無駄な事をするより、もっと有意義な生き方をした方が良いんですよ!」

 

芙蓉「……有意義?」

 

倉田「そうです。リリさんは私と違って特別な力を持ってる。タレントや役者として活躍出来る能力があるし、頭の良さだって多分四国でトップクラス。だから芸能界で成功する事だって、勉強してどこかの分野で功績を出す事だってきっと出来る。だから、真っ当な生き方をするべきなんです。」

 

ましろは芙蓉に壁越えをやめさせたかった。そんな事出来る訳ないし、芙蓉がそんな事の為に無茶をして周囲とトラブルを起こす事も心配だった。でもそれだけじゃない。ましろは芙蓉に"真っ当な生き方"をして欲しかった。

 

芙蓉には"力"がある。ましろの様な、中学の部活でそこそこ活躍出来る程度の"力"なんかじゃなく、全国に通用する、大人達にだって通用する本物の"力"が。

 

なのに芙蓉はそれを活かさずに無意味な事ばかりをしている。ましろは芙蓉の"力"が羨ましかった。そしてそれと同時に、それを活かさない芙蓉に苛立っていた。もしましろが芙蓉のような"力"を持っていれば、もっとそれを活かせるような生き方をしていただろう。でも、ましろには"力"が無いーー

 

 

ーー

 

 

暫くの間無言の時が流れ、いつしか2人は家の近くまで来ていた。そんな時、芙蓉は話し始めるのだった。自分の母親についての事を。

 

芙蓉「………私のお母さんが亡くなった事は前にも話したよね。」

 

倉田「え?はい…。」

 

芙蓉「お母さんが亡くなった原因は病気だったんだ。発病したのは私が小学生の頃。循環器系の病気だった。発病してからは、運動も出来なくなったし、外に出る事もあまり出来なくなった。お父さんや私じゃお母さんの世話が難しくて、病院に入院してる事も多かったんだ。お父さんも生活費やお母さんの治療費を稼ぐ為に仕事を頑張らなきゃダメだったから、お父さんが仕事に行っちゃえばお母さんの傍にいてあげられるのは私だけだった。」

 

倉田「………。」

 

芙蓉「私が芸能界に入った切っ掛けはお母さんの治療費を少しでも稼ぐ為だった。だけど、お母さんの病気がもう治らないって分かってからは、お母さんと一緒にいられる時間を増やす為に芸能活動はやめた。学校に行くのも最小限にした。出来るだけお母さんの傍にいようとした。傍にいても何も出来ないってのは分かってたのに。結局、お母さんは去年亡くなった。」

 

ましろは黙って芙蓉の話を聞いていた。

 

芙蓉「私が今日病院に来てたのは定期検診の為だよ。お母さんの病気は遺伝するんだ。私の身体にも、同じ病気を発症しやすい遺伝子があるんだって。だけど、必ず発症する訳じゃないよ。発病しても必ず死ぬ訳でもない。でも………死ぬかもしれないんだ。」

 

芙蓉は近くに流れている川を見つめながら淡々と話を続ける。

 

芙蓉「お母さんが死んだのは39歳だった。私もそのくらいで死ぬ事だってあり得る。人の寿命が90年くらいだとしたら、その半分以下でしかない。だったら私は不覊奔放、今出来る事をやって生きるだけ。」

 

芙蓉の話を聞いて、ましろは何も言えなくなってしまった。

 

芙蓉「今は丸木船を作ってるんだ。」

 

倉田「丸木船?」

 

芙蓉「うん!最初は筏を作ろうとしてたけど、あれよりも丸木船の方がもっと強度もあるし、確実だよ!」

 

そう言いながら、芙蓉はスマホで丸木船を検索してましろに見せる。

 

芙蓉「今はまだ作ってる途中だけど、船が完成したら壁に向けて出発するよ。」

 

 

ーーー

 

 

倉田宅ーー

 

倉田「はぁ……。」

 

結局ましろは何も言えず、芙蓉と別れて家に戻ってきた。それからずっと部屋の中で何度も溜息をつきながらぼんやりとしている。

 

倉田(今までは橋を渡ったり、泳いだりして壁に近付こうとしていたけど、本気で船で渡るつもりだったら洒落にならないかもしれない。海の上で漂流する事だってあり得る。)

 

何とかして芙蓉の無茶な行動を止めなければならなかった。だがましろには芙蓉の暴走を止められる言葉を持ってなかった。芙蓉の行動は、母親の死と自分の命を原動力としている。死と命の持つ意味は酷く重く、そこから起こる人の行動を止める事など、ほぼ不可能だ。

 

 

芙蓉の母親は病で亡くなったーー

 

 

故郷へ帰る事を望みながら、それが出来ずに壁の中でその一生を終えたのだ。それがどれだけ無念だったのかは想像に難くない。

 

倉田「………私のお父さんも早くに死んだんだっけ…。」

 

芙蓉の母親の事を考えていると、普段は意識してない自分の父親について思い出した。ましろの父親が亡くなったのはましろが物心つく前。ましろは父親の顔すら覚えていない。芙蓉の母親同様若くして亡くなった筈だ。

 

倉田「…どうして死んだんだろう。」

 

芙蓉の母親と同じく病だったからなのか。以前母親は、いつかましろが大人になったら父親が死んだ理由を教えると言っていた。

 

倉田「………聞いてみよう。私のお父さんが死んだ理由を。」

 

心の中を整理し、気持ちを落ち着かせ、ましろは母親がいるであろう仕事部屋へと足を運ぶのだった。

 

 



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虚構の絵空事

ましろは思っていたーー芙蓉の"力"が羨ましいと。

芙蓉は思っていたーー自分には"力"なんて無いと。


互いの気持ちを知った時、2人の想いは一つになる。



 

倉田宅、仕事部屋ーー

 

倉田「お母さん、ちょっといい?」

 

部屋に入ると、ましろの母親はパソコンに向かっていた。

 

倉田母「うん、どうしたの?もう夕飯の時間だっけ?」

 

倉田「いや、夕飯じゃなくて……聞きたい事があるんだ。」

 

倉田母「……何?」

 

口調から深刻さを感じたのか、母親はパソコン画面からましろに向き直る。

 

倉田「私のお父さんって、どうして死んだの?」

 

そう尋ねると、母親は暫く黙り込み口を開く。

 

倉田母「………そっか、まだ話してなかったね。なんとなく話す切っ掛けがなくて、ずっとそのままにしてた。そうね、もう香澄も中学生だし、話してもいいけど……。ねぇ、香澄。あなたには味方がいる?」

 

倉田「味方?」

 

突然の事に少し驚いた。

 

倉田母「えっとね、難しい意味じゃないの。あなたに何があっても、力になってくれる人。あなたが落ち込んでたら、励まして支えてくれる人。あなたが苦しんでたら、一緒に隣を歩いてくれる人。あなたが間違った事をしようとしたら、それを止めてくれる人……。勿論お母さんは、どんな時も香澄の味方よ。でも、私以外にそういう人はいる?」

 

母親からそう言われ、1番に頭に浮かんだ人物が1人いたーーそう、芙蓉香澄だった。

 

 

ーー

 

 

芙蓉「私は倉田ちゃんにはきっと力があるって信じてるよ。最も、例え倉田ちゃんに力があっても無くても、倉田ちゃんがどんな名前だって、何者だって、私は倉田ちゃんの味方であり続けるけどね。」

 

 

ーー

 

 

自分の名前が、"力"が無い事が嫌いだと言ったあの日、芙蓉はましろを抱きしめてそう言ってくれたから。

 

倉田「………いるよ。」

 

そう答えると、母親は頷いた。

 

倉田母「そう、だったら話すわ。あなたのお父さんはね、"自ら命を絶った"のよ。」

 

倉田「自……殺…。」

 

倉田母「この前、天恐ーー"天空恐怖症候群"については話したわね?香澄のお父さんもね、それだったの。お父さんはもともとは四国の外からの避難民だった。星屑に襲われて、何とか壁の中に逃れてきた人達の1人…お父さんもまだその時は子供だったから、特に星屑に襲われた時の恐怖が強かったんだと思う。天空恐怖症候群になって……でもね、"殆ど"治ったのよ。」

 

そうして母親は父親が死ぬまでの事を全て話してくれた。父親は小学生の頃に星屑から逃れ、四国の壁の中へと避難し、その時に"天空恐怖症候群"を発症、空を恐れて外に出る事が出来なくなってしまった。

 

神世紀へと移り変わり、バーテックスや星屑が四国を侵攻しなくなった後、大赦のトップとなった今井リサの方針により、天恐の患者の治療に力が入れられ始めた。天恐発症者達の殆どが回復し、父親も症状は良くなり、成人する頃には外に出られるようになった。生活するのにも全く支障がない程だった。実際に母親も結婚した後一緒に暮らしていて、天恐の患者だと全く意識していなかったらしい。

 

しかし、僅かにーー本当にごく僅か、ふとした瞬間にバーテックスに襲われた時の記憶がフラッシュバックし、パニック状態に陥ってしまう事があった。そのせいで1つの勤め先に長く勤める事が出来なかった。何かの切っ掛けでパニック状態に陥るのか分からない事は会社にとってもリスクがあり、天恐の発症者に対する偏見も根強く残っていたから。

 

心理的な病の一種だと医学者が言っても、"天恐は伝染する"という根も歯もない噂が囁かれ嫌悪する人もいたし、天恐患者や壁外からの避難民への誹謗中傷も多かったという。

 

倉田母「お父さんと暮らしてた頃、私も周囲の人から酷い悪口を言われた事があったわ。"あなたの旦那のせいで天恐に感染したらどうするの"とか。ここに引っ越してくる前は、マンションやアパートを借りるのだって何度も断られた事があった。」

 

そう言いながら母親は力なく笑った。結局、父親は仕事も転々とし、周囲から嫌悪と非難の目を向けられ、精神的に摩耗していったのだ。

 

倉田母「それで、香澄が生まれて間もない頃、自ら命を絶ってしまった。」

 

倉田「何で……何で今まで教えてくれなかったの?」

 

そう言うと、母親は机の引き出しを開け、一枚のメモをましろに見せる。

 

 

 

 

 

『私が四国の外から来た事、天恐だった事、そして自殺した事は香澄には黙っておいてくれ。そうすれば香澄は、そしてお前も周囲から悪い目で見られる事もない。あの子は悪くない。あの子にはこんな悲しい思いをさせずに幸せになって欲しいから。辛い役目を押し付けてしまって申し訳ない。』

 

 

 

 

倉田母「お父さんは香澄を守ろうとしたのよ。自分の存在を無くす事で、香澄と私に偏見や誹謗中傷が浴びせられないように……バカなやり方だったけどね。でも、もし香澄が誰かに傷付けられそうになっても、今は味方になってくれる人がいるんでしょ?だったら、もう話しても大丈夫かなって思ったの。」

 

少しだけ母親は微笑んでそうましろに言った。

 

 

 

ーーー

 

 

ましろ達が生きる時代は、バーテックスや星屑との終末戦争が終わって約30年の月日が経っている。ましろは終末戦争前の事は知らないし、その時代の事も知らない。しかし、その頃に起こった出来事は、確実にましろ達に影響を及ぼしている。

 

 

 

 

30年ーー

 

 

 

ましろが生まれてから生きてきた時間の約2倍もの時間ーー

 

 

ましろにとって見れば長い時間。だが、人類の歴史からすれば、一瞬の時間なのだろう。ましろは旧世紀の戦争に未だに縛られているのだ。

 

倉田「はぁ……。きっと、私だけじゃない…リリさんも…。」

 

 

ーーー

 

 

9月下旬ーー

 

ある日の土曜、芙蓉から丸木船が出来上がったとメールが来る。明日の夜に出発するとあったので、ましろは待ち合わせを取り付けるのだった。

 

 

ーーー

 

 

翌日の夕方、仁老浜ーー

 

あれから考えたものの、芙蓉を止める方法は全く思いつかない。2人は詫間駅で待ち合わせをし、バスを乗り継ぎ仁老浜へと辿り着く。

 

倉田「どうしてここへ?」

 

芙蓉「荘内半島は瀬戸内海へ突き出してるから、壁に少しでも近いんじゃないかって思ってね!それに船を作る為には人気の無い所が望ましい。壁に近くて人気が無い……この条件に合う場所を探してたんだ。」

 

意気揚々と話しているが、話している内容はかなり無謀な事である。

 

芙蓉「このあたりはハイキングコースの一部で、歩いてくと一番先に灯台がある。その途中にある関ノ浦って場所が目的地だよ。」

 

倉田「はぁ……分かりました。でも、リリさんがやろうとしてる事には反対です。いざとなったら……。」

 

芙蓉「力ずくでも止める、でしょ?それなら、私は倉田ちゃんがいない時に勝手に行くだけだよ。」

 

強気な口調で答える。今回、芙蓉が海に出る事をましろに伝えたのは、あくまでましろへの義理でそうしただけなのだ。もし自分の行動を邪魔するなら、芙蓉はましろに知らせず勝手に行くだろう。彼女の意思を曲げない限りは結局止める事が出来ない。2人はハイキングコースを歩き続けた。

 

 

ーー

 

 

30分後ーー

 

関ノ浦への道標を見つけ、2人はハイキングコースの道から外れ脇道を進む。そしてその道を抜けた先に、小さな砂浜が現れた。周りには2人以外に人の影は見当たらない。辺りは既に日が沈みかけていた。9月ともなると、日の落ちは早くなり一気に暗くなっていくだろう。

 

芙蓉「いい感じに暗くなってきたね。もし海に警備隊がいたとしても、夜闇の中で小さな船一つ見つけるなんて無理難題だよ!だからこそ壁まで到達出来る可能性は高い!それじゃあ肝心の船を出すよ。」

 

砂浜には漂流してきたと思われる流木や枝等が散らばっていた。そしてそれらに紛れるように、一際大きな木の幹が転がっている。その幹の下には、板と石が差し込まれていた。

 

芙蓉「よいしょ……っと!」

 

芙蓉が全体重を乗せ木の板を踏みつけると、テコの原理で木の幹が動いてひっくり返る。すると、その幹の中はくり抜かれており、その中にはチェーンソーが入っていた。

 

芙蓉「ふぅ……どう?木を隠すなら森の中。丸木船はこうしてひっくり返せばただの一本の木の幹だし、周りの漂着物のせいで目立たない!」

 

倉田「この幹は何処から持ってきたんですか…?」

 

周りを見回すが、これと同じ様な太さの木は生えていない。

 

芙蓉「大変だったよ。この辺りの山林を歩き回って、一番大きな木の幹を見つけて、このチェーンソーで切り倒した。それをここに運んできて、少しずつ内側を削ってくり抜く……。夏休みから毎日ここで作業をしてたけど、結局1ヶ月以上かかっちゃった。えいっ!!」

 

力一杯に押し出し、船は浅瀬へと動き出す。そして船は海に浮かび、芙蓉はオールを持ってその上へ乗る。

 

芙蓉「出港は私だけでやるよ。壁越えは私が勝手に始めた事。倉田ちゃんまでバカな行動に付き合う必要はないよ。」

 

そう言って芙蓉は海へと漕ぎ出していく。ましろは迷っていた。この無謀すぎる行動を力ずくで止めるべきなのかを。完全に自殺行為だった。速度は遅いが、段々と芙蓉は浜から遠ざかっていく。今止めなければ、確実に芙蓉は漂流するだろう。

 

倉田「リリさん!やっぱりやめーー」

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、芙蓉が乗った丸木船は回転して転覆した。

 

 

芙蓉「うわーー!!溺れるうぅぅぅ!助けてぇーー!」

 

倉田「落ち着いてください!今助けます!」

 

ましろは慌てて海へ入り、芙蓉を捕まえて浜に戻った。

 

 

ーー

 

 

芙蓉「げほっ、げほっ………………うぅ…。」

 

芙蓉はずぶ濡れになって砂浜に横たわり、咳き込んだ。

 

倉田「……何だか前にもこんな事あった気がします…。」

 

海水浴場で溺れた時と同じ光景だった。丸木船も波に流され浜に戻ってくる。そんな船を見てましろはある事を思い付く。

 

倉田「………これなら。」

 

倒れている芙蓉を横目に、ましろはチェーンソーを持ち、スイッチを入れる。凄まじい轟音と共に刃が回転し、ましろはそのまま丸木船へと歩き出す。

 

芙蓉「く、倉田ちゃん!?何するの…?」

 

刹那、ましろは刃を丸木船へ振り下ろし、船を真っ二つに切断し始めたのである。

 

 

ーー

 

 

芙蓉「……………。」

 

数分後、芙蓉は無残な姿になった丸木船を見つめ、力無くその場に崩れ落ちる。この船さえ無ければ、無茶な出港も出来ない。そしてもし最初から作るとしても、また1ヶ月半はかかるだろう。

 

芙蓉「う…ひくっ、ぐずっ………うああああああ!うああああああん!」

 

1ヶ月半の努力の結晶が一瞬にして文字通り海の藻屑と化してしまった。泣きたくなるのも仕方ない。だが、芙蓉の無茶を止める為にはこれしかなかった。

 

芙蓉「……船は、壊さなくてもよかったのに…。」

 

倉田「壊さないと、リリさんはまた勝手に海に出ようとします。今は私が助けられたけど、もし私がいなかったらどうするんですか?」

 

芙蓉「……………。」

 

ぐうの音も出なかった。芙蓉は膝を抱えて弱々しい声で話し始める。

 

芙蓉「……倉田ちゃんがいないところで、船出なんてしないよ。私は倉田ちゃんがきっと助けてくれるって思ってるから……倉田ちゃんの存在を保険にしてるから、無茶出来るんだ。倉田ちゃんがいなかったら…私は高所恐怖症だから来島海峡大橋だって渡れないし、泳げないから海に入る事だって出来ない。1人で船出なんて……怖くて出来る筈がないよ…。」

 

倉田「………え?」

 

芙蓉「私は臆病だから……。お母さんが亡くなって、学校に行くようになって……勇者部を作ったけど、倉田ちゃんが仲間に加わってくれるまで、結局活動なんかしなかった……。」

 

そこでましろは思い出す。確かに、初めてましろが勇者部の助っ人として活動した時、芙蓉は"第一回"勇者部活動と言っていた。

 

芙蓉「嶽山で初めて会った時…倉田ちゃんは私を助けてくれたから……倉田ちゃんがいてくれたから、安心感があって…怖い事でも、やれたんだ……。」

 

倉田(それじゃあ、私がいたから……私が協力してたから、リリさんはこんな無謀な事をしてたって事?こうなるまでの原因を作ってたのは…私……?)

 

芙蓉「…私は昔からそうだった。臆病だし、1人じゃ何も出来ない。私には"力"がある?そんな事ないよ!私にはなんの"力"もない!お母さんが生きていた時だってそうだった。私には…何も出来なかった……。」

 

倉田「お母さんの病気の事ですか?医者じゃないんだから、しょうがなーー」

 

 

 

 

芙蓉「違うよ!!!」

 

芙蓉の鋭い声が、夕暮れの小さな砂浜に響き渡る。

 

芙蓉「病気の事だけじゃない。私が物心ついた時には……ううん、私が生まれる前から、お母さんはずっと苦しめられ続けてきた。全部、あの壁のせいだ。」

 

倉田「どういう事です?」

 

芙蓉「お母さんは壁の外からの避難民。私達が生まれる前ーーあの壁が出来た時、四国の外から来た避難民は必ずしも歓迎された訳じゃない。」

 

その言葉に思い当たる節があった。あの時母親が言っていた事ーーましろの父親もそうだったから。

 

芙蓉「当時は壁に囲われた世界での社会的資源は限りがあると考えられてたし、避難民が入ってくることで自分達の生活が変化する事を嫌がる現地住民もいた。まして壁の外から来た人は天空恐怖症候群って未知の病を抱えてた人も多かった。そのせいで外から来た人達は……嫌われ者だった。はっきりと言葉に出して非難する人もいたし、きっと言葉にはしなくても心の中で嫌っている人は多かった筈。」

 

 

 

 

一緒だった。何もかもがーー

 

 

 

 

芙蓉は海の向こうを見つめながら話を続ける。既に水平線の向こうは暗紫色に染まり始めていた。

 

芙蓉「そんな中で、お母さんは病気になった……。お母さんの病気を知って、こう言う人がいたんだーー"あれはバーテックスの呪い"、"壁の外からバーテックス由来の毒素か未知の細菌でも持ち込んできた"ってね。」

 

ましろは言葉を失う。ましろの父親と芙蓉の母親の境遇は殆ど同じだった。

 

芙蓉「みんながみんなって訳じゃないけど、そんな迷信じみた言い掛かりを言う人は多かった。お母さんの病気は難病だったけど、昔から前例があるものだったし、医学的は原因もはっきりしてた。"呪い"だなんて非科学的なものなんかじゃない!細菌やウィルス性の病気なんかでもない!でも、みんなは科学的で合理的な説明なんかよりも、くだらない噂を信じてお母さんに酷い言葉を浴びせたんだ!!お母さんが壁の外からの避難民だって事もあったんだろうね。お母さんを虐めて悦に浸ってたんだよ。私は小学生の頃から、そんなお母さんの姿をずっと……一番近くで見続けてきた…。」

 

力のない声で芙蓉は話し続ける。

 

芙蓉「お母さんは壁の外から入ってきた人だったし、元々身寄りのない人だった。そこに病気が重なったせいで、もっと肩身が狭くなって、引っ越しを繰り返したよ。もう病気が悪化して殆ど病院から出る事が出来なくなるまで、同じ場所に続ける事がなかった。」

 

倉田「…………。」

 

芙蓉「でも、私は……酷い言葉を浴びせ続けられるお母さんの傍にいたのに、何も出来なかった……。くだらない中傷でお母さんを虐める大人達を、殴る事すら出来なかった。言い返す事も出来なかった。怖かったんだ。私よりずっと体が大きくて歳上な大人達が。力でも言葉でも、小学生だった私じゃ、大人達には敵わない!芸能界にいてお金を稼いでも、お母さんの病気は治せなかった。一生懸命勉強して知識を身に着けても、大人の偏見を正す事さえ出来なかった。お母さんを傷つけられても、何も反抗出来なかった。私にはなんの"力"もない!!」

 

海の向こうを芙蓉は睨み付ける。

 

芙蓉「私はあの壁が嫌い。バーテックスと星屑が嫌い。考えなしに人を傷付ける人間が嫌い!そして、何も出来ない私も嫌いだよ……!お母さんを傷付けた人達は、お母さんの病気の事も、バーテックスの存在もろくに調べないで、頭の中に安易な思い込みだけしかなかった。私は自分の命をかけても、アイツらを否定する。バーテックスも星屑も、そんな"迷信"は絶対に否定する。"迷信"を信じる人も否定するんだ!!」

 

前に芙蓉は"自分で見たものしか信じない"と言っていた。ましろ達の世代は、バーテックスも星屑も勇者達の活躍も見たことがない。バーテックスも戦争も、ただ大人達が"あった"と言っているに過ぎない。それと"迷信"の何が違うのだろうか。

 

ましろには、バーテックスの存在や勇者の力を科学的に証明する事が出来ない。当時の戦いの写真や映像も無い。なのに、ただ周りの人間が"あった"と言っているから、ましろはその存在を信じていた。それはましろが迷信を信じていない連中と何一つ変わりない事を意味していた。

 

倉田(そうか……。)

 

日は落ち辺りは闇夜に包まれ、眼前には漆黒の海が広がっている。

 

 

 

 

バーテックスーー

 

 

 

 

勇者ーー

 

 

 

 

壁ーー

 

 

 

 

天空恐怖症候群ーー

 

 

 

 

神世紀ーー

 

 

 

 

約30年前に起こった様々な出来事は、ましろ達の生きる今でも影響を及ぼし続けている。生々しい存在感を持っている。けれど、バーテックスも勇者も私達の生活の中に実際に現れる事はない。

 

 

存在感はあるのに、存在はしないーーまるで幽霊の様に。

 

倉田(そうか……私達の生きるこの時代は……酷く中途半端なんだ…。)

 

ましろは芙蓉が今まで言い続けてきた事を陰謀論だと否定し続けてきた。しかし、バーテックスの存在を肯定する事も否定する事も、"等しく迷信"なのだ。何故なら"ましろ自身何も確かめていない"のだから。

 

重要なのは確かめる事。肯定するにしろ否定するにしろ、自分で考え、確かめ、真実を得る事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉田「ーー分かりました、リリさん。」

 

ましろは座り込んでいる芙蓉の両手を取り、立ち上がらせ涙に濡れる芙蓉の瞳を真っ直ぐ見つめた。

 

倉田("迷信"を捨てる。真実を確かめる。そうしないと、リリさん………あなたはもう止まれないんですよね?今は私も同じ…納得が出来ない……。)

 

倉田「私がリリさんに壁の外を見せてあげます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、2人の香澄を遠くから見つめる女性が1人ーー

 

?「芙蓉さんの母親、倉田さんの父親、その2人が受けてきた悲しみは同じもの。そしてそれは…………。」

 

薄紫の髪の女性は2人の境遇を仲間だった1人の姿に重ね合わせていた。

 

?「平和になっても人の邪な部分は、あの頃と変わりはしないのかもしれないわね……紗夜。」

 

 

 

そう呟き、その女性ーー花園友希那はその場を後にするのだった。

 

 




勇者部活動報告第3回--

事実そのものは重要じゃない。

"確かめる事"。

思考して、努力して、確かめようとする意思を持つ事。

その意思こそが、お母さんを傷付けた人達への否定である。



           8月某日 芙蓉香澄


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歪んだ時代への反抗

壁に辿り着いた2人。芙蓉に真実を見せる為に、芙蓉の願いを叶える為に、ましろは1人壁を登り始める。

そして遂に、あの人物がましろの目の前に--


次回、外伝第2部最終回--




倉田「ーー分かりました、リリさん。私がリリさんに壁の外を見せてあげます。」

 

 

ーー

 

 

倉田宅ーー

 

ましろは自宅に帰ると、すぐさま自分の部屋の引き出しを開ける。そこにあるのは、芙蓉から貰った勇者部の助っ人代。このお金はいつか返そうと思っていた為、今まで1円も手をつけていない。

 

封筒から出し、金額を数える。その額は15万2千円。勇者部の助っ人を始める前から貯金していた分を合わせると、合計は20万を越えていた。

 

倉田(これで資金としては充分かどうかは分からない……けど、まずはやってみる。話はそこからだ。)

 

そこからましろは壁越えの準備に勤しんだ。方や芙蓉は船で海を渡る作戦が頓挫して以降、目立った動きはしていない。とは言え、目の届かない所で何か動いているのかもしれない。しかし、どんな方法であれ、本気で壁を越えようとするなら準備にはそれ相応の時間が掛かる。それより先にましろが壁を越えてしまえば良いのだ。もうすぐ冬がやってくる。準備の為の時間はあまり残されていなかった。

 

ましろは使える限りの時間を準備に費やした。勿論その間にも他の部活からの助っ人を頼まれるが、ましろはそれを全て断った。

 

 

---

 

残暑厳しい9月が終わり、秋が顔を見せ始める10月が過ぎ、季節はもうすぐ冬が訪れてくる11月。これ以上遅くなってしまうと、寒さで壁越えに影響が出てくる可能性があった。決して準備は完璧とは言えない。しかしましろは遂に壁越えの作戦を実行に移すのだった。

 

決行は11月某日の夕方、ましろはスマホで芙蓉に有明浜へ来るよう連絡した。待っていると小さな体にコートを羽織った芙蓉がやって来る。

 

芙蓉「どうしたの、倉田ちゃん。こんな時間に呼ぶなんて。それより、そのおっきなリュックは何?」

 

来るや否や芙蓉は大きなリュックを見つけて、怪訝そうに言う。

 

倉田「壁を越える方法は見つかりました?」

 

その言葉をましろは無視し尋ねると、芙蓉は首を横に振る。

 

芙蓉「土崩瓦解、天歩艱難だよ。船は倉田ちゃんに壊されちゃったし、もう寒くなったから海を泳いで渡る事も出来ないし。」

 

恨めしそうな目をして答える。まだ船を壊した事を根に持っている様だった。

 

芙蓉「そもそも、倉田ちゃんが協力してくれないと私は何にも出来ないんだよ!この何ヶ月、ずっと避けてたんだもん。もうちょっと私に協力してくれるかと思ったよ。」

 

倉田「避けてた訳じゃありません。準備に時間が掛かったんです。あの時言った言葉は本心です。やっと最低限の準備が整いました。」

 

芙蓉「準備?」

 

倉田「今から壁越えをやります。」

 

 

---

 

 

深夜、来島海峡大橋--

 

2人がやって来たのは"勇者部"の初めての活動として訪れた3つの橋の内の1つである来島海峡大橋。その時は自転車で通ったが、今は徒歩で歩いている。

 

芙蓉「倉田ちゃん、この橋を通っても壁越えが出来ない事はあの時に調べた筈だけど……。」

 

芙蓉は仕切りに周りを確認しながらついて来る。時刻は既に深夜。ましろは今日は友人の家に泊まると言って来ている。芙蓉の方は特に何も言っていない。丸木舟を作った時といい、芙蓉が外泊するのは恐らく日常茶飯事なのだろう。

 

暫く歩き続けると橋を遮るフェンスにぶつかる。

 

芙蓉「やっぱりこれ以上は進めないよ、倉田ちゃん。」

 

倉田「大丈夫です。」

 

ましろはリュックを下ろし、そこから小型の電動ノコギリを取り出した。

 

芙蓉「えっ!?」

 

驚いている芙蓉を他所に、ましろは淡々とフェンスを切り、人が通れるだけの穴を作り出した。

 

倉田「これで進めます。」

 

芙蓉「いやいや!確かに通れるようになったけど……こんな事して良いのかな…。」

 

倉田「こんな事より壁越えの方がよっぽど重罪ですよ。」

 

芙蓉「そ、そうだけど……。」

 

倉田「早く行きましょう?」

 

腰が引けている芙蓉の手を掴み、ましろは奥へと進む。ここから先は時間との勝負になる。侵入した事はフェンスを見れば一目瞭然。出来るだけ早く終わらせないといけなかった。

 

 

--

 

 

更に先に進むと、2人は壁の目の前まで辿り着く。大橋は途中から埋まるように神樹の壁に飲み込まれていた。

 

芙蓉「これが…神樹の壁……。」

 

壁の威圧感に2人とも飲まれそうになる。しかし、ましろは恐怖心や躊躇も、意志の力で抑え込んだ。そして背負っていたリュックを下ろし、持って来ていた道具を取り出し、1つ1つ身に付ける。

 

芙蓉「倉田ちゃん、何してるの?」

 

倉田「これからこの壁を登ります。文字通りの壁越えです。」

 

芙蓉「登るの!?本気で?」

 

倉田「はい。」

 

芙蓉「この壁の高さを分かってるの!?」

 

倉田「勿論です。この数ヶ月で、私もレーザー距離計を使って調べました。高さは200mもありません。たったそれさえ登れば、この壁は越えられます。」

 

芙蓉「たったじゃないよ!ゴールドタワーより高いんだよ?登れる訳ないよ!」

 

倉田「だから今日の為に準備してきたんです。夏から今まで、勇者部の助っ人代と私の貯金を、クライミング教室の授業代と登る為に必要な道具の購入に使いました。」

 

芙蓉「な……。」

 

 

壁を越える為の準備と、覚悟と、技術--

 

 

頭で考えるだけなら誰でも出来る。だが、その考えを実行に移す。その最初の一歩を踏み出す事が1番の難関だ。その一歩さえ踏み出す事が出来れば、壁の向こうが見えてくる。

 

ましろは準備し終わり、呆然としている芙蓉に向けて言う。

 

倉田「登り終えたら、スマホのビデオ通話で繋ぎます。私が壁の向こうを見せてあげますから。」

 

そう言い残し、ましろは神樹の壁を登り始めるのだった。

 

 

---

 

 

壁の下--

 

ましろが登っていく姿を芙蓉はただ見つめている。ロープで命綱を張り、壁を登っていく。しかし、ただ一直線に登る訳では無く、ある程度の高さまで登ると降下して、道具を弄って再び登り始める。登っては下りの繰り返し。

 

周りは闇に包まれ、明かりは月と星とヘルメットのヘッドランプのみ。ましろの姿は登る毎に闇に溶け、終いに見えなくなるが、ランプの明かりで何処にいるかは把握出来た。

 

芙蓉「落ちたら危ないよ!降りて来てよ!」

 

倉田「安全確保はしてるから、大丈夫です!骨折くらいで済みますよ!」

 

芙蓉「倉田ちゃんが怪我をするのは嫌だよ!」

 

倉田「リリさん、これはあなたが始めた事なんです!リリさんがやっていた事はこういう事なんです!船や泳ぎで海を渡るなんて壁を登るよりも危険なんですよ!」

 

芙蓉「分かった!もう、分かったよ!ごめんね、倉田ちゃん!だからもう戻って来てよ!」

 

縋るように叫ぶが、返事は返ってこない。それ程までましろは高く登ってしまったのだ。

 

芙蓉(私は何をやってたんだろう……。私が今倉田ちゃんを心配してるのと同じくらいに、私の行動は倉田ちゃんを心配させてたんだ……。)

 

初めて芙蓉は自分がして来た行動の軽率さを思い返す。しかしそんな事をした所で、時間は巻き戻らない。

 

芙蓉(倉田ちゃんがこんな事をしてるのは、私のせい……だ。)

 

 

 

芙蓉(友達を危険に晒してまで、やるべき事だったのかな…分からないよ……。)

 

 

 

 

 

芙蓉(でも………それでも、私にとって壁の外の真実を見る事は…………。)

 

 

--

 

 

神樹の壁--

 

一方でましろは、慎重に一歩ずつ壁を登っていく。下に広がる瀬戸内海も見えず、さっきまで聴こえていた芙蓉の声もなくなった。暗闇の中にはましろただ1人。

 

倉田(私は何でこんな事をしてるんだろう…。意地になって、無茶な事をやってる。)

 

それでもましろは手を動かし登り続ける。

 

倉田(ねぇ、リリさん……私は…私達は……何でこんな事してるんだろう?"壁の外が見たい"。"真実を知りたい"。たったそれだけの事なのに、どうしてここまで命をかけないと出来ないんだろう?)

 

倉田(旧世紀だったら--この壁が出来る前だったら--たった1時間くらい電車に乗れば簡単に四国の外を見れた筈なのに……。何処へだって行けたのに……。)

 

 

 

倉田(私達は、どうしてこんな世界に生きてるんだろう?)

 

 

 

 

倉田(どうしてこんな時代に生まれてきてしまったんだろう?)

 

 

 

 

 

倉田(もう少しだけ昔に生まれてたら、もっと広く自由な世界で生きられた。)

 

 

 

 

 

 

 

倉田(もう少しだけ未来に生まれてたら、きっと旧世紀の事なんて知らずに、籠の中で幸せに生きられた。)

 

 

 

 

 

 

倉田(私達が生きているこの時代は、本当に中途半端なんだ………。)

 

 

--

 

 

どれだけ時間が経っただろう。腕時計を見ると、思っていたよりも登り始めてから時間が経っていた。疲労が溜まり、道具を握る力も落ちてきている。それでもましろは登り続ける。真実を見る為に。芙蓉に四国の外を見せる為に。

 

 

 

その時だった--

 

 

 

倉田「っ!?」

 

右足が滑り、一瞬身体が下がる。左足と両手で何とか体重を支え、滑落を免れる。

 

倉田「はぁ……はぁ……危なかった…。」

 

体制を立て直し、再び登り始める。

 

倉田(本当にこれで壁の上まで登れるのかな…。壁の向こうを見れるのかな……。)

 

 

 

倉田(四国の向こうはどうなってるんだろう。でも、きっと私は壁の外がどうなっていようと、どうでも良いんだろうな。)

 

もし、世界が滅びていなかったら大事件に発展するだろう。逆に、バーテックスが無数に蔓延っている崩壊した世界なら本当だったと納得して終わるだろう。

 

ましろはどちらでも良かったのだ。ただ、ましろが命をかけてまで登っているのは--

 

 

 

芙蓉の願いを叶えてあげたいから--

 

 

 

芙蓉の無茶を止めたいから--

 

 

 

そして、この中途半端でやるせない時代への反抗の為。

 

道具を持つ手が寒さで震える。11月の深夜。気温は下り、低温は体力と気力を奪い続ける。壁の頂上はまだ遠い。落ちたら死ぬかもしれない。少なくとも無事では済まないだろう。

 

倉田(でも、リリさんに言ったんだ、壁の向こうを見せてあげるって。だったらやるしかないよ。顔を上げて腕を動かせ。ゆっくり確実に一歩ずつ進むんだ。)

 

一歩登る毎に自分の精神状態がおかしくなっている事が分かる。死ぬ事を恐れていない。それどころか、死ぬ事を前提として生きている節すらあった。

 

倉田(………そっか…誰かの為に命をかけるって……こういう事なんだ…。)

 

ここに来てましろは芙蓉が抱えていた感覚に共感するのだった。母親が亡くなってしまった原因となった病気がいつ自分にも発症するか分からない。自分が短命となる可能性を知って、芙蓉は死ぬまで全力で生きようとしていた。早く死ぬ事を前提に、今この瞬間を生きていた。

 

倉田「はぁ……。」

 

空を見上げる。そこにあるのは人を見下ろし、冷淡に光り続ける星と月だけがある。それ以外は何も見えない。

 

 

星と--

 

 

 

 

月が--

 

 

 

 

突然身体の重みが消える。

 

 

--

 

 

倉田「ぐっ……っはぁ…はぁ……っ!」

 

内臓を締め付けられる様な感覚が走り、吐きそうになる。一瞬意識が遠のいたが、目を見開きましろは意識を取り戻した。

 

倉田「はぁ…はぁ……はぁ………。」

 

爪の食い込みが甘く、壁を少し滑り落ちた様だった。完全に墜落していたら安全確保していたとはいえ、この程度の衝撃では済まなかっただろう。

 

倉田(やっぱ……無理…なのかな……。)

 

無理だとよぎる。だが、ここから降りる事も難しい。このまま壁に張り付き救援を待つ方法もあるが、ましろはそれでも登り続ける事を選択する。

 

 

 

 

 

するとその時、頭上から凄まじい音が聞こえ始めたのである。顔を上げるとヘリコプターが飛んでいた。

 

直後、ヘリコプターのドアが開き、誰かが--

 

 

 

 

否、女の人が飛び降りたのである。

 

倉田(へっ!?神聖な神樹の壁の前で自殺!?)

 

呆気に取られるましろを他所に、空中を落下して来たその女性は、両手に刀を持っており、その刀を壁に突き刺した。

 

壁に刺さった刀が滑り止めとなり、ましろの真横で、彼女の落下は止まる。そして彼女は刀の柄を手に持ったまま、体操の鉄棒競技選手かの如くクルリと体を回し、2本の刀を足し場にして、空中に立ったのである。

 

倉田(どんな運動神経………っ!?)

 

ましろはその女性に見覚えがあった。と言うより、四国に暮らしている人で、彼女を知らない人はいないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉田「友希那……様。」

 

友希那「倉田香澄ね?無事かしら?」

 

ましろの目の前にいる女性は、四国の最大権力とも言える機関"大赦"のトップの1人、花園友希那その人だったのである。

 



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真実の探求者

外伝第2部最終回。

平和の為に隠した方が良い真実がある。だけど、芙蓉は知りたかった。"本当の世界"を。

歪んだ時代で前に進んでいく為に、2人は今の平和を否定し真実を探究する。


そしてリサは手を差し出し口を開く、"壁の外を見せてあげる。"と--





倉田「友希那……様。」

 

友希那「倉田香澄ね?無事かしら?」

 

今ましろの目の前に立っているのは、あの伝説の勇者。年齢40代ではあるものの、先程の動きからは到底その歳には見えない。その清廉な顔つきは、20代だと言われても思わず信じてしまいそうになってしまう程だった。

 

自分の名前を友希那が知っている毎に驚いている暇もなく、友希那はましろのハーネスにヘリコプターから繋がっているロープを接続し、ヘリに引き上げ救出する。そしてヘリコプターは、橋の上へと着地するのだった。

 

ヘリから降りるましろは更に驚愕する。芙蓉の隣には、友希那と並ぶ大赦のもう1人のトップ--以前図書館で会った今井リサがいた。

 

芙蓉「くくく、倉田ちゃん!無事で良かったよぉ!」

 

降りてくるましろを芙蓉は抱きしめ、すぐさまましろの背中へ隠れてしまう。花園友希那と今井リサという、殿上人の登場で、怖気付いてしまったのだ。

 

倉田「えっと……私達、これからどうなるんですか?」

 

ましろは2人に尋ねる。

 

芙蓉「く、倉田ちゃん!?」

 

倉田「どうせ私達は犯罪者なんです。今更怖気付いたってしょうがないですよ。」

 

芙蓉「それはそう……だけど…。」

 

倉田「今回の壁登りは、私が自分勝手にやった事です。リリさん……この人は私が無理矢理連れてきただけですから、何も関係はありません。悪いのは私だけです。」

 

芙蓉「倉田ちゃん……。」

 

庇うましろを芙蓉は心配そうな目で見つめていた。少し間を置き、困った様に溜息をつきながらリサは話し出す。

 

リサ「2人とも犯罪者になんかならないよ。そもそも、2人を壁に近付けたのは私達なんだから。」

 

芙蓉・倉田「「え……?」」

 

キョトンとする2人を尻目に、リサは話し続ける。

 

リサ「フェンスを壊して通るっていう雑な手口で、壁に近付ける訳ないでしょ。私達は2人がフェンスを越えた事も………いや、今日香澄--ましろが"自宅を出た時から"、"クライミング教室や壁登り用の道具を買ってた時から"。寧ろ、7月に初めて2人が出会った時からずっと行動は観察してたんだよ。」

 

芙蓉・倉田「「んなっ!?」」

 

リサ「こっちの香澄に関して言えば、生まれた時から監視してるよ。だから中学に入ってから壁を越える為の活動をしていた事も、丸木舟を作ってた事も全部把握済み。」

 

ウインクしながら話すリサに、2人は驚きを超えて恐怖すら覚える。

 

リサ「本来なら、フェンスを越えた時に2人は警備員に捕まる筈だったんだけど……友希那が言ったんだ。2人の好きにさせなさいって。」

 

友希那は何も言わず、2人を見守っていた。

 

リサ「2人が壁に近付く事を私達は敢えて見逃してた。だけど、壁を登るなんて向こう見ずにも程があるよ。流石にこれ以上は危険だって判断したから救助したんだ。さてと………。」

 

2人を見るリサの雰囲気がガラリと変わる。さっきまでの明るく喋るのとは訳が違う、組織のトップとしての圧倒的な、それでいて静かなプレッシャーを放っていた。

 

リサ「分かる?私達は2人の行動を全部把握してる。今回は見逃したけど、今度からは実力行使で握り潰すよ。諦めて。あの壁の外に出る事は不可能だよ。」

 

芙蓉はリサの威圧感に気圧され、ましろの服の裾を掴んだまま、全身を強張らせ俯いていた。当たり前である。目の前には四国で最強権力者の2人。そしてその2人から、事実上の攻撃宣言を受けているのだから。芙蓉が怯えきってしまうのも仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ましろは芙蓉の手を握り、その目を見つめ言う。

 

倉田「リリさんの目の前には、また理不尽な事を言う大人達がいます。昔のリリさんなら、そんな大人達が怖くて何も言えなかった。だけど!だけど、今は私がいます。相手が友希那様でも、リサ様でも、大赦でも!!リリさんは私が守りますから。」

 

芙蓉「倉田…ちゃん……。」

 

倉田「リリさん、私は何があってもあなたの味方です。だから安心して言い返しましょう。自分がどう思ってるのか、どうしたいのかを。」

 

ましろは手を強く握りしめ、かつて自分が芙蓉に言われたあの言葉を返した。そしてそれに応えるかの様に、芙蓉も強く握り返し、顔を上げて叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

芙蓉「私は……私は、諦めない!!あなた達になんて言われても、どんな妨害を受けたとしても、私は絶対に諦めない!!百折不撓!あの壁の外に出るまでこの意思は絶対に曲げない!」

 

リサ「…………どうしてそこまで?」

 

芙蓉「……本当の事を知りたいから。私達の時代は--この壁の事も、神世紀以前の歴史も、バーテックスが本当にいたのかどうかも、実際に体験出来ない無知な世代です。でも、他人が言う事を全て無条件に信じ込める程愚かでもないです。真実を見て、本当の事を知った上で、私達自身がこれからどう生きるかを判断したい。この神世紀という閉じた世界を実際に生きている私達には、そうする権利があるはずです。」

 

倉田「私も、リリさんがやる事に全力で協力します。」

 

2人の言葉を聞いて、リサは黙り込んだ。するとリサの肩に友希那が手を置いた。

 

友希那「どう?やはり無理だと言ったでしょ、彼女達を諦めさせる事は。意地になった子供の想いというものは、大人が何を言っても曲げられるものではないわ。昔の私達がそうだった様に。尤も--それを無理矢理曲げる事も、大人の仕事だけれど。」

 

最後の言葉には、どこか冷たい響きがあった。リサは困った顔をし、どこか観念したかの様に2人に手を差し伸べて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リサ「仕方ないか………分かった。じゃあ、2人に壁の外を見せてあげる。」

 

 

---

 

 

 

ヘリコプター内--

 

2人はヘリに乗り込んだ。乗る前に、バッグとスマホは没収されてしまう。そして中には友希那とリサの他に2人の巫女が乗っていた。

 

明日香「あなたが倉田さんで--」

 

巴「あんたが芙蓉だな。」

 

2人の名は戸山明日香に宇田川巴。2人の事をずっと監視していたのはリサから言われ、明日香と巴が中心となってやっていた事だった。

 

明日香「巴さんも無茶してたけど、倉田さんはもっと無茶してたね。見てたこっちがハラハラしたくらいだよ。」

 

巴「全くだ。探究心は人のブレーキを故障させやすい……まぁ、私も昔はそうだったけどな。」

 

芙蓉・倉田「「あっ………はい。」」

 

2人が想像していた大赦務めの人物は、もっと荘厳で厳格のある人物だったのだが、以外とフランクな対応をされ、2人は呆気に取られる事しか出来なくなっていた。しかし、緩んだ気持ちはリサの一言で引き締められる事となる。

 

リサ「さて、これから2人が見聞きする事は、全て他言無用だからね。さっきも言ったけど、私達は2人の生活全てを監視してる。もし2人が少しでも暴露するなら--」

 

そう言うと同時に、リサは芙蓉の上着のポケットを手を伸ばし、その中からボイスレコーダーを取り出して、スイッチをオフにする。それはこっそり芙蓉が記録用として隠していたものだった。

 

リサ「2人自身は勿論、家族や友達、更に現実・ネット上問わず言葉を一度でも交わした事のある人は、全員いなくなっちゃうからね。この国は旧世紀から、行方不明になる人がとっても多いんだ。その数がたった数百人程度増えたところで、誰も気にしない。」

 

芙蓉「………分かりました。リサ様なら本当にやってしまうのでしょうね…。僅か数年で大赦を掌握したあなたの手腕は、私も調べて知ってますから。」

 

芙蓉がそう言うと、リサは軽く笑った。芙蓉の言葉からはリサに対する畏怖の念がはっきりと現れている。リサは成人を迎える前から大赦を統治してきた人物。そんな人の言葉が、空虚な苔脅しである筈がない。これは警告だった。

 

その一方で、友希那は何も言わずただ目を瞑っていた。興味が無いのか、リサに任せているのかは分からないが、逆にその佇まいが浮世離れした雰囲気を漂わせている。

 

友希那「…あなた達を見ていると、私の昔の友人達を思い出すわ。あなた達がやっている事は、世間一般には"悪事"と見なされる。しかも無謀で自発的なね。」

 

ましろを見ながら友希那は淡白に話す。

 

友希那「だけれど、それは切実な想いの現れでもあるわね。私はそれが嫌いじゃないわ。寧ろ好ましいとさえ思う。だけど、流石に今回はやり過ぎたわね。危うく命を落としかねない行為だったわ。」

 

倉田「…………私には。私には、あなた達勇者みたいな"力"がありません。だから…ここまでやらないと、何も成し遂げられないんです。」

 

友希那「"力"がない…ね。あなたの悩みは常にそれだったようね、倉田さん。その悩みは……誰もが多かれ少なかれ抱くものよ。あなたは多少、人より深刻に考え過ぎるきらいがあるようだけれど。」

 

ましろが抱えている悩みすらお見通しな大赦に、ましろは若干の嫌悪感を抱く。

 

友希那「人である以上、いいえ、生物である以上、生きている間に越えられない困難に直面する事が必ずあるわ。その時、人は自分の無力さを感じる。誰もがそうよ。」

 

倉田「友希那様も…ですか?」

 

友希那「ええ。私も今まで生きてきた中で、自分の無力さを痛感した事は何度も何度もあった。あなただけじゃない、人は誰しもが無力よ。だけどね、倉田さん。"力"というものは、その強さや大きさが重要なのではないの。"何の為に使うか"、よ。今回、あなたは友の為に精一杯の力を使った。その結果として、今からあなた達は壁の外を見る事が出来る。あなたは友の願いを実現させたのよ。あなたの持ってる力は……私達勇者や、あるいは天才と呼ばれている人達に比べて小さいかもしれない。だけどその力を振るって成し遂げた事は、"神世紀になって約30年、誰も成し遂げる事が出来なかった偉業"なのよ。それだけに関して言えば、あなたも勇者と同じ……と言っても良いんじゃないかしら?」

 

倉田「私が勇者………そうでしょうか…。」

 

友希那「ええ、そうよ。私の様な大衆にとっての勇者ではない。芙蓉香澄の勇者ってとこね。」

 

友希那はそう言って少し笑うのだった。

 

 

--

 

 

壁の上--

 

ヘリは壁の上へ着地する。ヘリを降り2人は周りを見回すが、広がっているのは闇夜と星空のみ。バーテックスや星屑と呼ばれる化け物の姿はなかった。

 

芙蓉「やっぱり……星屑やバーテックスなんていなかったんだ!世界は滅びてない!私達は四国の外にだって出られる!」

 

叫ぶ芙蓉。しかし、友希那は2人の手を取って、数歩前へと歩き出す。すると、世界は一変するのだった。

 

 

--

 

 

 

眼前に広がる景色は、人が想像する地獄そのもの。大地は溶岩の様なものに覆われて燃え盛り、見たこともない巨大な化け物が空と大地を埋め尽くしている。見渡す限り絶望的な世界。さっきまでの四国の景色とはまるで違っていた。

 

芙蓉「あ………。」

 

愕然とした芙蓉はその場から崩れ落ちる。ましろもその異様な光景に言葉を失っていた。

 

リサ「これが世界の真実の姿。神樹様の御力によって、壁の外の真の光景は、内側から見えない様になってる。だけど、加護から一歩でも外に出ると、本当の世界の姿が露わになる。この世界は--四国を除いて、既に人が住める土地じゃない。滅んでると言ってもいい。私達は壁の外のこの光景やバーテックスの事を、絶対に公開しない。滅んだ世界の凄惨な光景やバーテックスの圧倒的な力を見れば、多くの人は正気を保っていられない。だから四国の安寧を守る為には、隠さなくちゃいけない真実だってあるんだよ。」

 

無慈悲に、冷酷にリサは2人に突きつける。2人は言葉を発する事もなく、崩壊した世界を見つめていた。

 

リサ「落胆した?世界が滅んでた事に。」

 

リサが尋ねると、芙蓉はゆっくり立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は全く絶望などしていなかった。

 

芙蓉「…いいえ。確かに驚きはしましたが、"四国の外は滅びている"という事は、私が子供の頃からずっと聞かされてきた事です。そうでなければいいと願って、信じてましたけど……。希望は叶いませんでしたが、私は満足です。真実を知れたんですから。」

 

芙蓉の目的は初めから"真実を知る事"だった。望んでいた答えとは違っていたとしても、それが真実なら芙蓉は受け止め、受け入れる。希望と違ってるからと言って真実を否定するのなら、それは芙蓉が最も嫌う、迷信に溺れる人達と同じになってしまうからだ。

 

リサ「強いんだね。」

 

リサは微笑んだ。その時、空中を浮遊していた白い化け物の1体が、芙蓉達の存在に気が付いたのか、襲いかかってきたのだ。

 

友希那「戻るわよ!」

 

友希那とリサはそれぞれ2人の手を引いて、結界の中へと移動する。すると再び壁の外側の光景が元に戻り、平和な夜空になった。とある場所を境に、外側の光景は遮断されている。こうやって壁の外の光景は人々の目から隠されているのである。

 

リサ「世界が滅ぼされてから30年程が経った。今はとても不安定な時代なんだ。もっと時間が経てば、旧世紀の世界を実感として知る人はいなくなり、良いか悪いかは別としても、社会にはある種の安寧が齎される筈だよ。だけど、今は丁度古い時代と新しい時代の過渡期。社会にも人の心にも、沢山の歪みが生まれている。2人の家族は、その歪みの被害者と言っても過言じゃない。」

 

倉田「私達の家族の事も知ってるんですね……。」

 

リサ「うん。時代の被害者を完全に無くす事が出来ないのは、私の無力さ故だよ。本当にごめんね。」

 

巴「…………。」

 

明日香「巴さん……。」

 

かつての時代もそうだった。人々が抱くその歪みによって、友希那とリサ、そして巴は大切な友人を守る事が出来なかったのだから。

 

倉田「リサ様みたいな人でも、無力だなんて思うんですね……。」

 

リサ「当たり前だよ。人は常に自分の無力さを受け入れながら、それに抗って生きてくしかないんだよ。2人の名前の由来にもなった高嶋香澄もそう。彼女の身近にいた私達から見れば、自分の無力さに争い続けた無力な人間の1人だったんだから。」

 

ましろは自分の無力さが許せなかった。高嶋香澄に比べて、何も出来ない自分が哀れだった。

 

 

 

 

 

 

 

だけど、世界の英雄でさえ無力なら--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ましろは自分の無力さを許してあげられるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この"香澄"という名前を受け入れる事が出来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

2週間後--

 

あれから2週間が経った。2人が壁に近付いた事も、その外を見た事も、世間一般には知らされていない。日常に変化はなく、ましろ達は次第に冬の冷たさを増していく空気の中で、学校生活を送っている。そして2週間ぶりに、ましろのスマホへ芙蓉から連絡が来た。

 

『放課後、有明浜で待っている。』

 

 

---

 

 

有明浜--

 

ましろが到着すると、既に芙蓉は海の向こうを見つめながら待っていた。

 

芙蓉「倉田ちゃん、来てくれてありがとう。今日は大事な話があるんだ。」

 

倉田「どうしたんですか?」

 

芙蓉「この世界の真実を知ってから2週間、私はずっと悩んでたんだ。これからの勇者部をどうするのか……。」

 

苦渋を顔に滲ませ、深刻な口調で話す。

 

芙蓉「勇者部は壁の外の真実を求める為に活動する部活だった。だけど、その目的は達成された…つまり、勇者部は存在意義をなくしてしまったって事になる。」

 

倉田「そうですね。」

 

芙蓉「倉田ちゃんと2人で活動してきたこの勇者部というグループを、私は大切に思ってる。だけど、存在意義を失ってしまったものが、いつまでも存在してて良いのかな……。」

 

倉田「そうですね。」

 

芙蓉「存在意義を失った組織は、すぐに腐敗しちゃう……。大切な勇者部が、そのように腐敗していく姿を見るのは忍びないよ。」

 

倉田「そうですね。」

 

芙蓉「だから……私は、九腸寸断の思いで宣言するよ……!勇者部は、本日をもって……廃部にするっ!」

 

倉田「そうですね。」

 

芙蓉「ちょっと待ってよ、倉田ちゃん!さっきから同じ返事ばっかりだよ!」

 

倉田「いやぁ……解散も何も…勇者部なんて存在しないですよね?」

 

芙蓉「ええっ!?」

 

本気で芙蓉は焦っていた。

 

倉田「そもそも"勇者部"ってリリさんが勝手に名乗ってるだけで、学校からは認められてないですよね?だから廃部以前に、そもそも存在すらしてないんです。」

 

芙蓉「……そう言えば、そうだった…。」

 

倉田「この前、先生に勇者部の事を聞いてみたんですけど、認知されてないみたいでしたよ?」

 

芙蓉「ええ………。」

 

倉田「つまり存在してない部なんですから、廃部も何もありません。」

 

自分の存在を否定された様な気がして、芙蓉はガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

倉田「……それに、私とリリさんしかいないんですから、勇者部の活動目的や存在意義なんて、無くても良いんじゃないですか?壁の外を見るって目的が無くなっても……私とリリさんがいれば、それだけで今までと何も変わりませんし。」

 

芙蓉「………それもそうだね!私と倉田ちゃんさえいれば、それはもう勇者部だよね。なんなら、勇者部が存在しなくたって今までと同じだね!」

 

さっきまで落胆していた芙蓉は、テンションが180°変わり、顔を上げて目を輝かせていた。

 

倉田「………そうですよ。」

 

ましろも少し照れ臭そうに頷いた。

 

芙蓉「とはいえ、何の目的もないっていうのは、何か寂しいよね。やっぱり何か目標があった方が良いのかなぁ。」

 

倉田「私はどっちでも良いですよ。目的があってもなくても。」

 

芙蓉「うーん………。」

 

腕を組みながら、少しの間芙蓉は考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉「よーし!!なら私達2人の"勇者部"の活動目標は--この世界をなるべく良くする事!」

 

 

 

倉田「曖昧な目標ですね………でも、悪くないです。」

 

 

芙蓉・倉田「「あははははっ!!」」

 

 

 

 

 

 

2人の笑い声が海にこだまする。世界の真実を知った2人の香澄。それでも2人は前を向き、今を生きていく--

 

 

 




勇者部活動報告最終回--

私は絶望なんかしない。前を向いて歩いていく。


"勇者部"は解散するけれど、私と倉田ちゃんがいれば、いつだって活動出来るんだ!

これからの私達の目標は"この世界を少しでも平和にしていく事"。でも、そんなに大袈裟じゃなく、"なるべく、出来る範囲で"。コツコツとやっていけば、大抵の事は何とかなると思うから。


              12月某日 芙蓉香澄


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偽りの巫女

外伝第3部1話目です。
舞台は再び西暦へ。高嶋香澄の訃報を聞いた都築詩船は思い出していた、初めて香澄に出会った"あの日"の事を。

そして"本来の巫女であった"少女の事をーー




 

西暦2019年、大社ーー

 

窓の外から蝉の鳴き声が聞こえる。外は照りつける暑さだが、この室内はそれを感じさせないくらいの涼しさだった。

 

ここは大社内にある都築詩船の自室。そこで詩船は同僚の神官から勇者である高嶋香澄の戦死報告を受けていた。

 

詩船「"酒呑童子"をその身に宿し、"完成型"3体を討伐した後、神樹の付近にて生体反応を消失………。樹海化解除後も、高嶋香澄の生存反応は確認出来ず………か。」

 

渡された報告書を読みながら、持ってきた神官に一瞥する。大社の中で詩船は神官であると同時に"高嶋香澄の巫女"という立場だった。"7.30天災"と呼ばれる2015年のバーテックス出現の日に、勇者である高嶋香澄を見出し、彼女を四国へと導いたからだ。

 

香澄が勇者として大社に所属したのと同時に、詩船も巫女として大社所属となったが、その時は既に巫女の力を失っていた。

 

湊友希那を見出した"今井リサ"にしろ、宇田川あこと白金燐子を見出した"戸山明日香"、氷川紗夜を見出した"宇田川巴"にしろ、全員が巫女の力を発現させたのは十代前半の事。それに反し、詩船は当時既に二十歳を超えている。神樹の巫女としての力は既になくなってしまったのだろう。

 

その為巫女では無く神官となったが、かつて勇者を導いた巫女という実績は大きく、詩船は大社神官達の中では特別視されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"そういう事になっている"--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船「………分かった。暫く1人にしてくれないか。」

 

そう言うと、神官は一礼し部屋を後にする。

 

詩船(………アンタも最後までやり切ったんだね、香澄……。)

 

詩船は思っていた。香澄のあの性格だと長生きは出来ないと。いつの時代だってそうだった。若くして処刑されたキリストにしろ、大往生した釈迦にしろ、世界的大聖人ですら生きた時間の長さはバラバラだ。この差は何なのだろうか。香澄はたった14歳で死んだ。

 

そう頭の中で考えながら詩船は立ち上がる。いつもより体が重く足取りも悪い。最初は夏風邪かとも考えた。しかし、それはすぐに勘違いだと気付く。

 

詩船「そうか………私は…落ち込んでるんだな…。」

 

 

ーー

 

 

深く息を吸い込み、机の引き出しを開けタバコを取り出し一服する。このタバコは大社に来る前に吸っていたものだ。既に賞味期限も切れているし味も香りも最悪だった。

 

ふと視界の端に本棚が映った。そこには大学院時代に書いた研究者や論文集があり、それに混ざってその本棚には不釣り合いな絵本が3冊置かれている。その絵本の作者は"和奏レイ"。

 

詩船「……取り敢えず、アイツにも香澄の戦死は教えてやらないとね。」

 

和奏レイーー

 

詩船が"7.30天災"の時に知り合った少女。楽器を演奏する事が好きであり、また両親がそうだったからなのか、絵本を描くのも得意だった。

 

詩船と香澄が大社に入った後も、レイは年に一冊詩船の元へ自作の絵本を送っていた。最初の一冊は"幸福の王子"。二冊目と三冊目はオリジナルの絵本。

 

今となっては最初の一冊目は、多分2人に対する皮肉、あるいは彼女なりの忠告だったのかもしれない。二冊目以降は分からなかった。

 

詩船はノートを便箋代わりに手紙を(したた)める。電子メールだと記録がデータ上で残ってしまう。勇者の戦死情報を外部に漏らす事は本来であれば言語道断である。事実あこと燐子の戦死は外部に漏れてしまい、それが元となって紗夜の戦死という最悪の事態まで引き起こしている。

 

しかし、レイには"知る権利があった"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"和奏レイこそが、高嶋香澄を見出した本当の巫女なのだから"ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船は手紙を書きながら4年前、香澄とレイに初めて出会った時を思い返すのだった。

 

 

ーーー

 

 

2015年7月30日、奈良県御所市ーー

 

詩船はバイクを走らせている。御所市にある秋津・中西遺跡の調査チームとして現地に向かっている最中だった。走行中、ワイヤレスイヤホンでスマホから流れるラジオのニュースに耳を傾ける。7月に入ってから全国各地で頻発している災害のニュースが流れていた。

 

詩船「近年の異常気象、災害の頻発………地球全体がおかしくなってる。私が生きているうちに、人類が滅びるのを見られるかもしれないね。」

 

そんな事を独り言ちながらバイクを走らせる。奈良周辺では他と比べてそこまで大きな災害は発生していない。小さな地震が1日に数回起こっている程度だ。しかし、このままいけば発掘調査は中止か延期になる可能性もあった。

 

 

ーー

 

 

早朝からバイクを走らせ午後には御所市に着いた。調査チームと合流するのは明日からの為、今日は市内をバイクで走らせながら、地形や遺跡の位置を確認する。

 

詩船「…………。」

 

研究の一環とは言え、自分がやっている事に虚しさと焦燥感を覚える。詩船にはぼんやりとだが自分の生涯という強固なレールの終端が見えていたのだ。

 

 

ーー

 

 

スーパーマーケットーー

 

記録を終えた頃には、日も落ち夜になっていた。詩船はホテルに寄る前に近くのスーパーマーケットに立ち寄っていた。

 

食べ物やお酒をカゴに入れ、レジへ向かおうとしたその時だった。

 

 

 

 

視界が揺れる。いや、揺れているのは地面だったーー

 

 

 

また地震が起こっている。しかし、今回の地震は数日前から続いている小さな地震では無く、かなり大きい。店内の人達が悲鳴を上げ、棚の商品が次々に落ちていく。

 

暫くして揺れが収まったが、店員も客もパニックになっており、レジもまともに機能していない。これでは店から出る事も出来ないと思い、詩船はふと闇夜に包まれた窓の外を見るーー

 

 

 

 

 

次の瞬間、窓ガラスに何かが叩きつけられる。初めは何なのか分からなかったが、叩きつけられた"ソレ"は赤黒い液体を垂らしながら、ズルズルとガラスを滑り落ちていく。

 

 

 

人間の下半身だったーー

 

 

 

上半身は無く、下半身だけが千切れており、吹っ飛ばされて窓ガラスに叩きつけられたのだ。それを見た他の客が先の地震の時より数倍の大きさの悲鳴を上げる。

 

詩船(本物の死体?悪戯か?誰が?何故こんな事を?)

 

頭の中で考えが渦を巻く。目を凝らして外を見ると、何かが動いた。店の外で"巨大な何か"が数匹蠢いているのだ。ヒグマより大きく、闇夜とは対照的な程白く、僅かに浮いている体。

 

その化け物は、店の外にいた人間を巨大な口で飲み込み、噛み潰していった。自動車に逃げ込んだ人も、車ごと噛み砕き捕食していく。

 

客「人が……食われてる!?」

 

客「いやあああ!!」

 

悲鳴が店中に響き渡る。1人の男性が、慌てて店から出て行った。車に乗り込もうとするが、目の前に現れた化け物に食われてしまう。化け物の口から溢れ出た血と肉が無惨に駐車場に落ちる。

 

無策で逃げても化け物の餌食となってしまう。しかし、このまま店に立て篭っていても、車を破壊出来るほどの力があるのなら、いずれ天井や壁を破壊して侵入してくるだろう。

 

詩船はスマホで110番に連絡をかける。しかし、呼び出し音は鳴るが誰も出ない。119番も同じだった。

 

詩船「………なんだ、この状況は…。」

 

一瞬で強固だと思っていた人生のレールが壊れてしまった。訳の分からない化け物が簡単に壊してしまったのだ。

 

窓の外に見える化け物の数は3体。アレが店に入ってくれば、全員タダじゃ済まないだろう。

 

客「おい、そのガキを黙らせろ!」

 

声がする方を向くと、恐怖から泣いている子供とその母親を男性が怒鳴りつけていた。

 

詩船(……丁度良い、利用させてもらうよ。)

 

男性客が手をあげようとした瞬間、詩船は男の腕を掴み、軽く捻って関節を極めつつ、ポケットに入れておいたポールペンを首筋に突き立てた。

 

詩船「クズが。どんな状況であれ、弱者に手を出すのは感心しないね。」

 

男性は一瞬詩船を睨みつけるが、暴れたり抵抗したりはしなかった。

 

客「分かったよ……。」

 

そう呟き逃げるように立ち去って行く。この時店の中の空気が変わった。この瞬間、詩船は周囲からの信頼と尊敬を得たのだ。

 

詩船「みんな、聞いてくれ。提案がある。」

 

発言力が高まったところで詩船は呼びかける。

 

詩船「あの化け物どもは、いずれ店内に侵入するだろう。車さえ噛み砕く力も持ってる。バリケードも無意味だ。」

 

客「じゃあ、どうすれば……。」

 

詩船「今すぐにでもこの店を出て、助けを呼ぶべきだ。」

 

客「でも、出たらあの化け物に殺されるわよ!」

 

詩船「幸いにも奴らはたった3匹だ。幾つかのグループに別れ、それぞれ別々に逃げれば生き残れる可能性は高い。」

 

客「だけど……逃げ延びられる人もいるだろうけど、殺される人もいるんじゃ……。」

 

詩船「心配無い。みんなが逃げられるよう、私が囮になる。」

 

 

ーー

 

 

詩船は次の様な作戦を伝えた。

 

 

・詩船が囮となり60秒時間を稼ぐ。

・店を脱出するのは、体に問題が無く運動が出来る人のみ。

・子供や老人、病人等はここに残り脱出者が救助を呼んでくるのを待つ。

・逃げる人数は1グループ5人。

・60秒経ったら、そこから20秒毎に1グループずつ店から脱出する。

 

 

最初に詩船が脱出し、囮となって化け物を誘き寄せる。さっき店から出て行った客がいきなり襲われたのは、あの化け物が人間を見つけた瞬間に迷いなく襲いかかっているからだと詩船は推測した。

 

あの化け物は店から脱出した詩船に躊躇なく襲いかかってくるだろう。60秒、それだけあれば化け物を店から離れた場所へ誘導出来る。

 

作戦を伝え終え、詩船は覚悟を決め一気に入り口から外へ飛び出した。

 

詩船(………ふっ。)

 

詩船「こっちに来な、化け物ども!」

 

わざと声を上げながら走る。案の定推測した通り、3体の化け物は詩船目掛けて追ってきた。速度は化け物の方が圧倒的に速いのは分かりきっていた。だから詩船は突き飛ばされ駐車場に無造作に転がっている車の間を縫う様に走り続け少しでも時間を稼ぐ。

 

しかし、化け物は車をおもちゃの様に押し除けたり噛み砕いたりしながら近付いて来た。

 

 

ーー

 

 

詩船「はぁ……はぁ…はぁ………。」

 

駐車場を抜け、フェンスを飛び越え火葬場の墓石群の中に逃げ込んだ。化け物は墓石もお構いなしに進んでくる。

 

逃げ始めて30秒程経った。楽しい時程時間が経つのは早く、逆もまた然りと言うが、これ程60秒が長いと思った事はない。

 

墓石群を抜け道路へ飛び出す。詩船のスピードは落ち始めていた。その時、化け物2匹が踵を返しスーパーマーケットの方へと戻り始めたのである。

 

詩船「くっ……化け物め…。」

 

追い続けてくる1匹から逃げつつ、詩船は再びスーパーマーケットまで駆け戻る。店内には人間達が我先にと脱出し始めている。この化け物は中々捕まらない1人を追いかけるより、残った大勢を襲う為に戻ったのだ。

 

詩船「かなり知能が高い…だけどね!」

 

追われるのが1匹になった事で、対処はしやすくなった。詩船は駐車場に停めていた自分のバイクに跨りエンジンをかける。バイクの速度なら逃げ切れるだろう。

 

店内にいた人達が60秒以上待っていれば、詩船が化け物からの距離を充分に離し、彼らは逃げ切れ、詩船は殺されていただろう。

 

 

 

しかし、彼らは待てなかったーー

 

 

 

 

恐怖心と焦りを抑えきれなかったーー

 

 

 

店内から逃げた人達は、化け物に追われて殺されるだろう。詩船はそう予期しスーパーの方を振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには予想外の光景があったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

?「はぁああああああっ!!!」

 

攻撃を受けていたのは店から逃げ出した人達ではなく、あの化け物の方だったのだ。店から逃げ出した人達と化け物の間に立っていたのは1人の少女ーー

 

 

 

 

高嶋「私がみんなを守るんだ!!」

 

 

 

 

 

それが詩船と高嶋香澄の最初の邂逅だった。

 



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震える程の悦楽


2話目。邂逅を果たす詩船と香澄、そしてレイヤ。
崩れ去った日常の中で光輝く1人の少女に詩船は何を見たのかーー




 

 

高嶋「この人達には絶対に手出しさせない!」

 

誰もが一目見ただけで恐怖のあまり逃げ出すだろうその化け物相手に果敢に拳を振るうその少女、高嶋香澄。彼女の動きからは格闘技の経験があるのだろうと見てとれた。しかし彼女の年齢は小学生くらいであり、化け物との体格差は数十倍にもなるだろう。本来であれば彼女の拳では化け物に傷一つ付ける事は出来ない筈だった。

 

 

 

 

本来であればーー

 

 

 

 

だが彼女の拳を受けた化け物は、肉体の一部が崩れ落ち、果ては少女から逃げるように距離を取る。攻撃が効いているのだ。

 

?「香澄ちゃん!気をつけて!」

 

そう叫んだのは彼女から少し離れた所にいる中学生くらいの少女。彼女は店から逃げようとした人達の傍へ走って行き、叫ぶ様に言う。

 

?「あの!お店の中に戻ってください!香澄ちゃんの戦いの邪魔にならないように!」

 

しかし余りに突然の出来事で困惑している人達は動く事が出来ない。

 

詩船(情けないヤツらだ。……あの子達の方がよっぽどしっかりしてる。)

 

詩船「………気が変わったよ。」

 

バイクを急発進させ、追ってきた1匹の化け物を躱し、戦っている少女の方へ向かう。詩船は彼女達に興味が湧いたのだ。

 

少女は化け物相手に善戦してはいるが、形勢は良くなっていない。化け物は2匹。1匹と戦っている間にもう1匹が少女の背後を狙い突進してくる。

 

高嶋「はっ!?」

 

少女は背後からの攻撃に気が付くが、遅かった。このままでは避ける事が出来ない。同時に前からの噛み付き攻撃も迫っている。

 

詩船「そのままじっとしてな!」

 

高嶋「え!?」

 

次の瞬間、轟音と共に背後から迫っていた化け物が鉄の塊に吹き飛ばされる。鉄の塊はバイクだった。詩船はスピードを緩めず化け物に向かって突進、ギリギリのところでバイクから飛び降り化け物にバイクを激突させたのである。

 

詩船「前から来るよ!」

 

高嶋「っ!おりやぁぁぁぁっ!!」

 

前から来る化け物に少女のパンチが炸裂。結構なダメージを負ったのか化け物は溶けるように消えてしまった。

 

詩船「くっ………私もバカだね…。」

 

地面に飛び降り転がった衝撃でライダースーツはボロボロになり、体は衝撃で痛みが走る。

 

高嶋「だ、大丈夫ですか!?」

 

詩船「あぁ、ちょっと擦り傷が出来ただけさ。」

 

詩船は立ち上がり、残った化け物達の方を見る。バイクをぶつけ方は全くダメージを受けていなかった。どう考えても少女のパンチよりダメージも衝撃も大きな筈なのに。

 

詩船「お前さんはどうしてあの化け物と戦えるんだい?」

 

高嶋「えっと……分からないです…。でも、これをつけると戦える様な気がして…。」

 

少女の拳に目をやると、古びた手甲が付けられている。少女のか弱い手には似つかない程の無骨で錆びた鉄の手甲だった。

 

詩船(こんな物であの化け物を……?信じ難いが、今目の前で起こっている状況そのものが信じ難い事だ。今はどんな事でも受け入れるしかない…か。)

 

高嶋「助けてくれてありがとうございます!大丈夫です、今度はあのお化けをやっつけますから!」

 

少女は臆せず拳を構える。

 

詩船「………一つアドバイスだよ。」

 

高嶋「え?」

 

詩船「敵を殴る時は足で地面をしっかり踏むんだ。腰の回転を意識して、自分の体ごと相手にぶつかる気持ちで撃ち込んでみな。何発も撃たなくていい。一撃の威力を重視するんだ。」

 

高嶋「は、はい!やってみます!」

 

詩船「やりきって見せな。」

 

普通の人ならたったこれだけのアドバイスでどうにかなるものではないだろう。しかし詩船は直感した。彼女になら出来るだろうと。事実その見立ては正しかった。少女の拳の振るい方は、さっきの言葉で劇的に変わったのだ。

 

高嶋「吹っ飛べーーーっ!」

 

少女の拳は一撃で化け物を粉砕する。彼女は間違いなく格闘技の才能があった。

 

高嶋「これで最後!!」

 

少女の小さな拳は残った化け物を全て撃ち倒す。周りには無残な死体の山が転がるだけだった。

 

 

ーー

 

 

スーパーマーケットーー

 

化け物がいなくなり、2人はスーパーマーケットの中に戻る。

 

?「香澄ちゃん、大丈夫!?」

 

先程の中学生くらいの少女が、心配そうに声をかける。

 

高嶋「大丈夫!この人が助けてくれたから。」

 

詩船は再び110番に連絡をするが、今度は呼び出し音すら鳴らない。助けは期待できそうになかった。

 

?「あの……香澄ちゃんを助けてくれて、ありがとうございました。怪我は、大丈夫ですか?」

 

詩船「服が破れただけさ。擦り傷は負ったが、大きな怪我はない。」

 

一旦落ち着いた後、少女達は自己紹介をする。

 

高嶋「私、高嶋香澄って言います。あなたは?」

 

詩船「都築詩船だ。」

 

レイ「私は和奏レイです。」

 

互いに自己紹介を終え、詩船はSNSを繋ぐ。SNS上では、ここの他にも先程の化け物に遭遇したという情報が出回っていた。書き込みを見れば、何処の被害が大きく、逆に被害が少ない場所の情報も絞り込める。

 

詩船「…………四国だな。」

 

レイ「え?」

 

被害が少ない場所の1つが四国だった。その他にも長野や沖縄、北海道も被害が少ないが、その中でもここから1番近い場所が四国だった。

 

詩船「四国へ向かう。そこが安全らしいからね。2人とも、家族や親御さんはどうした?」

 

高嶋「途中で逸れちゃって……。」

 

香澄の方は表情を曇らせて言う。一方のレイは俯いたまま何も答えない。

 

詩船「四国が安全地帯だったら、2人の家族もそこへ向かってるかもしれないね。私と一緒に来るかい?」

 

2人は少し考え、互いに顔を見合わせて頷くのだった。

 

 

ーー

 

 

駐車場ーー

 

詩船はぶつけたバイクの元へ来ていた。無残にも壊れていたが、中の荷物は無事だった。荷物の中から服を取り出し着替える。

 

高嶋「詩船さんは科学者なんですか?」

 

香澄は詩船が着ている白衣を見て物珍しげに尋ねる。

 

詩船「いや、科学じゃない。大雑把に言えば、歴史研究者の見習いといったところだ。」

 

理系とは違い文系の研究者は白衣を着る必要は無い。この服は何となく人とは違う事をやってみたくて着続けているだけの物。かつての詩船は平穏な生活に飽きて、"人とは違う変わった行動"を何でもやってみる人だった。犯罪以外の事なら思いつく限りの事はやってきた。何なら2人が嫌悪感だって抱き兼ねない事だって何度もやっている。

 

白衣を着るという事は、その頃に始めた"変わった行動"の1つだった。今では"変わった行動"がルーティンとなってしまい、"変わった行動"と"普通の行動"の境目があやふやになってしまっていた。それから"変わった行動"は控えているが、白衣だけは惰性で着続けている。

 

高嶋「研究者……じゃあ、頭が良いんですね!」

 

香澄は目を輝かせて詩船を見ている。

 

詩船「学者ってのはね、この世の中でトップクラスに無能な集まりさ。自分の専門分野以外については何も知らないんだから。」

 

そんな事を吐き捨てる様に言い、詩船は最初に店を飛び出し食われてしまった男の死体の側まで行く。

 

レイ「う…………。」

 

レイは死体を見るのが辛いのか、途中で立ち止まり目を背けた。

 

詩船「キツイなら、それ以上近付くんじゃないよ。」

 

レイ「は…はい、すみません……。」

 

レイは死体から離れた場所に立ち止まり、心配した香澄も側に寄り添った。

 

詩船「………あった。」

 

詩船は人の形を留めていない死体のズボンから車の鍵を見つける。その鍵で車を開け、エンジンを確認した。エンジンは問題なくかかりガソリンの量も充分に残っていた。車を動かし、2人の元に停める。

 

詩船「乗りな。これで四国へ向かうよ。道に問題が無ければ、半日もあれば着く筈だ。途中で警察署にも寄ってみるつもりだが、この状況だ、救助は期待できそうにないが。」

 

しかし香澄は首を横に振り、乗ろうとはしなかった。

 

高嶋「駄目です!」

 

詩船「何がだい?」

 

高嶋「私達だけで逃げるのは駄目です。スーパーに残ってる人も一緒じゃないと。」

 

詩船「………簡単に言ってくれるね。」

 

スーパーにはまだ数十人程の人がいる。この車ではどう考えても全員を乗せる事など不可能だった。

 

詩船「まさか大人数で移動する気かい?集団行動は危険が大きすぎる。」

 

高嶋「でも、店の中にいる人達を放っておけないです。みんなと一緒じゃないなら、私は行けません。」

 

香澄はどうしても譲らなかった。道中でまたあの化け物に遭遇する可能性だって大いにある。あの化け物を対処出来る人物はこの中で香澄ただ1人しかいない。詩船は渋々香澄の提案を受け入れた。

 

詩船「……仕方ない、分かった。この辺りの車から使えそうなやつを何台か選んで分乗していくしかないだろうね。」

 

レイ「あの……。」

 

その時レイが顔色を伺う様に手を上げ、ある場所を指差す。

 

レイ「アレを使うのはどうですか?」

 

指差した場所には、乗り捨てた様にマイクロバスが一台停まっていた。

 

 

ーー

 

 

バスの中に入ると、1人の女性が頭から流血して倒れていた。脈を測るが既に事切れているようだった。運転席を確認すると、幸いにもエンジンキーは刺さったままだ。これならここに残っている全員を四国まで乗せる事が出来る。

 

詩船はバスの中から女性の死体を運び出し、駐車場に横たえさせる。その瞬間、レイは口元を押さえ、地面に膝をついた。

 

レイ「うっ……はぁ…はぁ……!」

 

みるみる顔は青ざめ、息は過呼吸の様に激しくなっている。

 

高嶋「あっ、いけない!」

 

香澄は慌てて、頭から流れている死体の血を拭き取った。

 

レイ「ごめん、香澄ちゃん……ありがとう…。」

 

血が見えなくなると、レイの呼吸は落ち着きを取り戻した。

 

詩船「どうしたんだ?」

 

高嶋「"レイヤ"ちゃんは、血を見るのが苦手で…。」

 

詩船「"レイヤ"?」

 

高嶋「あっ、私が勝手に付けてるあだ名なんです。」

 

きっと何かトラウマになるような出来事があったのだろう。この惨劇だ、そう考えるのが妥当だった。

 

レイ「その女性は…?」

 

詩船「バスの中で倒れていた。死んでるよ。」

 

レイ「死っ……!」

 

詩船「殺されたのかもしれないね。こんな状況だ。恐怖心やパニックから人間同士で争いが起きて、殺人にまで発展する事も充分あり得る。この死体はーー」

 

詩船はポケットからタバコを取り出し火をつけた。

 

詩船「未来の私達かもしれないよ。大人数で移動すれば、内部で争いが起こるリスクを常に抱えなければならない。」

 

高嶋・レイ「「…………。」」

 

詩船「だが、取り敢えずは内部争いより、あの白い化け物の方が脅威だ。どれくらいの数がいるのか分からない……。SNSを見た限りじゃ、日本中で遭遇してる人はかなり多い。」

 

高嶋「もしあのお化けがまた出てきたら、私が戦ってみんなを守ります。それに、レイヤちゃんもいますから。」

 

詩船「和奏がいると、何かあるのかい?」

 

高嶋「レイヤちゃんは、"あのお化けの居場所が分かる"んです。」

 

レイ「はい、一応…。」

 

香澄が化け物を倒す戦士ーーいや勇者なら、レイは化け物の居場所を探すレーダーの役割を果たしていた。それが本当だったら、この2人は相当お人好しな性格だと言える。

 

何故なら、2人にとって一番安全な方法は"2人だけで逃げる"事だからだ。

 

 

ーー

 

 

その後、詩船は店の中にいた人達に四国へ向かう事を話した。四国が安全な場所なのか疑う人もいたが、バスで全員一緒に移動する事に反対する人はいなかった。あの化け物と戦えるのは高嶋香澄ただ1人、彼女に着いて行く事が最も安全な方法だと全員が分かっているだろう。

 

全員がバスに乗り、詩船はバスを発進させる。香澄とレイは運転席のすぐ後ろの座席に座っていた。バスを走らせるとすぐ、香澄はウトウトして眠ってしまい、レイの肩に頭を預け、寝息を立て始めた。さっきまであの化け物と戦っていたとは到底思えない、あどけない顔をしている。

 

香澄が眠ると、レイが詩船に尋ねてきた。

 

レイ「詩船さんは……あの時、どうして"笑ってた"んですか?」

 

詩船「あの時?」

 

レイ「私と香澄ちゃんがスーパーマーケットに来たのは、丁度詩船さんが最初に1人で店から出て来た時だったんです。」

 

それは詩船が囮となりスーパーから出た時だ。香澄達はその時詩船と入れ違いになるようにスーパーにやって来ていたのだ。

 

レイ「1人で囮になって、あの化け物を引きつけて店の中のみんなを逃がす作戦なのかと思ったんです。凄い…勇気のある人だと思いました。でも……。」

 

途中でレイは言葉を濁らせた。

 

詩船「どうした?言いたい事があるならはっきり言いな。」

 

レイ「…………"囮になって逃げている時"も…"あの化け物達が方向転換して店から逃げた人達に襲いかかった時"も……詩船さん、"笑ってました"………。」

 

詩船「……気のせいだよ。」

 

レイ「…………。」

 

詩船「笑うわけないだろう。あの時、私は殺されかけたんだ。全然笑える状況じゃないさ。」

 

レイ「そう、ですよね……。見間違いですよね。すみません、変な事言って。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船(察しが良いね、この子は………。)

 

運転をしながら、あの時の事を思い返す。

 

 

 

ーー

 

 

詩船(………ふっ。)

 

詩船「こっちに来な、化け物ども!」

 

 

ーー

 

 

確かにレイの言った通り詩船はあの時笑っていた。そして再びタバコに火をつけ、また詩船から笑みが溢れる。それを見たものは誰もいない。

 

詩船(私は…楽しいんだろうね、今この状況が。強固だった生涯のレールをいとも簡単に打ち壊してしまう程の…この状況が。)

 



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善と悪の天秤

外伝3部3話目です。

もう間も無く通算300話目に突入します。もう少しだけお付き合い頂けると幸いです。




詩船(私が暮らしている町では、夕方になると"夕焼け小焼け"が流れていた。どの地域にもある子供の帰宅を促す様な音楽。その音楽が鳴り始めると、子供達はみんな家に帰り始める。男の子や女の子、姉妹で遊んでいる子、一人っ子、お金持ちの子やちょっと貧しい子も。みんなが"また明日"と言って笑顔で帰っていく。)

 

詩船(ある時、そこに1人だけ中々帰らない子がいた。私が話しかけるとその子はこう言った。"みんなと同じ行動を取るのが嫌"だと。)

 

詩船(その子供の言った事に私は凄く親近感が湧いた。私もその子と同じ気持ちを持っていたからだ。同じ行動を取る人に嫌悪感を抱き、それに従うしかない自分にも嫌悪感を抱いた。)

 

詩船(いつだったか、仲の良かった友達を言いくるめ、日が暮れた後も遊んだ事があった。みんなと同じ行動を取る事に対しての嫌悪感を少しでも払拭しようとしたのだ。)

 

詩船(その日は夜遅くに笑顔で別れたが、翌日その友達に頬を(はた)かれた。彼女は夜遅くに帰った事を親から咎められ叱られていたのだ。その時は何度も謝り仲直りしたが、結局その子との関係は長く続かなかった。)

 

詩船(私は昔から要領が良かったから、友達がいなくなり孤独になる事はなかった。だが、付き合いが長く続く相手はいなかった。思えば、生まれてからこの方、私に本当の"友達"はいたんだろうか………。)

 

 

--

 

 

マイクロバス--

 

奈良をマイクロバスで出発した詩船達の道程は、決して順調ではなかった。道路が破壊されていたり、乗り捨てられた車が道を塞いでいたりと、何度も引き返したり遠回りをしながらの旅路だった。

 

今いる場所から四国へ入る為には、兵庫の明石海峡大橋へ行き、そこから淡路島、大鳴門橋を通って徳島に入るルートが最も近い。順調に行けば5時間程で行ける距離なのだが、既に奈良を出て半日以上が経っている。

 

外の光景はまさに地獄絵図だった。倒壊したビルや住居、道路に散らばった人間だったもの、暗い空を赤く染める程の火災。その異様な光景にバスに乗っている同乗者は言葉を失っていた。

 

詩船、香澄、レイを含めバスに乗っているのは19人。年齢層は上は70は越えているだろう老人から、下は幼稚園くらいの子までと幅広く怪我人もいた。

 

 

--

 

 

駅のロータリー、バス車内--

 

バスを暫く走らせ、詩船達は何処かの駅のロータリーにバスを停めていた。座りっぱなしはキツいだろうし、トイレに行きたいという人も出てくる。詩船はみんながそれぞれ休憩を取っている間に、香澄の足の怪我のガーゼを取り替える。バスに乗る前に白い化け物と戦った時に負った傷だった。ガーゼや傷薬は道中の薬局から持ってきた。

 

高嶋「ありがとうございます、詩船さん。」

 

詩船「私に出来る事は応急処置ぐらいだ。さっき医者が診て、大きな問題は無いと言ってたから、大丈夫だろう。」

 

同行者の中には医者の青年も乗っている。彼は今もバスの後方に座っている老夫婦の体調に問題はないか問診していた。医者がいた事は不幸中の幸いだった。ふとレイはカバンから腕時計を取り出し、辺りを見回す。

 

レイ「おかしい……この時間なら、もうとっくに空は明るくなってもいい頃なのに…。」

 

バスの外は未だに夜の様に暗い太陽が登らない世界。最早この世界は7月30日を皮切りに何かが決定的に壊れてしまったのかもしれない。

 

高嶋「ちょっとトイレに行ってくるね。」

 

そう言って香澄はバスから降りていく。その動きから見るに足の怪我の影響は無さそうだった。香澄が出て行った後、詩船とレイだけがその場に残される。2人の間に会話は殆どなかった。出発してすぐに一度会話をした以外はレイから話を振る事はなかった。詩船の方からも話す事は無く、共通の話題も無い。

 

しかし、詩船はなんとなくレイと話してみたくなった。レイは人見知りするタイプで、詩船の様な親しくもない相手と話すのは苦手だと捉えている。詩船は"なんとなく"レイの心を逆撫でしてみたくなったのだ。

 

詩船「なぁ、和奏。高嶋は昔から、あんな化け物と戦える力があったのかい?」

 

レイ「えっと……分かりませんけど…多分、違うと思います。」

 

詩船「分からないってのはどういう意味だ?」

 

レイ「私と香澄ちゃんも、出会ったばかりなんです。昨日……凄く大きな地震があった時に、神社で出会ったんです。あの地震が起こる前に、急にその神社に行かないといけない気がして………。」

 

レイはその時の事を話し出すのだった--

 

 

---

 

 

7月30日、奈良県某所--

 

全国各地で地震や大雨等の災害が報道され、奈良県内でも小さな地震が何度も起こっていた。テレビやラジオで住人の避難場所が伝えられ、レイが住んでいる地域では自宅近くの高校が避難場所に指定されていた。

 

その時、ふとレイは避難場所の確認をしなければならないという思いに駆られ、夜1人で高校へ出かけたのだ。

 

 

---

 

 

避難場所近く--

 

高校まで目と鼻の先まで来たレイは、何故か横道に逸れ、近くの神社へと辿り着く。その直後大きな地震が起こり、空から突如として白い化け物が降ってきたのである。神社にはレイだけでなくもう1人少女がいた。化け物はその少女を執拗に追い回し、少女は逃げる様に石段を駆け上がっていく。レイもその少女が気になり後を追って行った。

 

?「やあーーーーっ!」

 

レイ「っ!?」

 

石段を上がった境内ではその少女が化け物相手に立ち向かっている最中だった。手には古い鉄の手甲を付け化け物を追い払っている。

 

?「はぁ…はぁ……これで全部かな…?」

 

肩で息をしながらその少女は周りを見回し、物陰から見ていたレイに気付き駆け寄ってくる。

 

高嶋「隠れてたなんて知らなかったよ!私は高嶋香澄。大丈夫だった?この近くにはもういなさそうだから取り敢えずは安心安心。」

 

その少女、高嶋香澄は自分の怪我の心配もせず、いの一番にレイの安否の確認をする。

 

レイ「私は和奏レイ……。」

 

高嶋「レイ……じゃあレイヤちゃんだ!」

 

何気ない会話をする2人だったが、突如レイの頭の中にイメージの様なものが過ぎる。

 

レイ「あっ!?」

 

高嶋「?」

 

レイ「スーパーで人が襲われてる…!」

 

レイは直感でそう口にする。すると香澄はすぐ様立ち上がり--

 

高嶋「助けに行こう。」

 

その一言にレイも迷いながら頷くのだった。

 

 

---

 

 

バス車内--

 

レイ「あのスーパーマーケットに行く前に、香澄ちゃんの家に行ったんですけど……家の中には香澄ちゃんの家族はいなくて…。もう避難したのか…それとも……。」

 

詩船「そうか…お前さんの家族は?」

 

レイ「同じ様な感じです……。」

 

休憩を終え、詩船は再びバスを走らせる。走らせている間、走っている車や人の姿を見かける事はなかった。

 

 

---

 

 

明石海峡大橋付近--

 

明石海峡大橋が目前まで迫った頃、香澄が突如詩船にスケッチブックのページを険しい表情で見せてきた。どうやらレイが描いたらしい。バスを停めて見ると、そこにはこの付近の地図が描かれており、先にある舞子トンネルの途中が黒く塗り潰されていた。

 

詩船「これは何だい?」

 

高嶋「この黒い部分が、あのお化けがいる所みたいです。」

 

この先の明石海峡大橋を渡るには、舞子トンネルを避けて通る事は出来ない。

 

詩船「まずいね……この道が使えないなら、明石海峡大橋から四国に入るのは無理だ。あの化け物はずっとここを占拠しているのか?」

 

レイ「分かりません……すぐにいなくなるかもしれないし、もしかしたらずっといるかも……。」

 

詩船「……そうか………。」

 

詩船が考え込んでいると、バスの中の同行者達から声が上がり始める。

 

男「なあ、なんで停まってるんだ?」

 

女「どうかしたんですか?」

 

ざわめき出す車内、すると黒シャツの男が座席から立ち上がり運転席の方までやって来る。その男は前にスーパーマーケットで子供を黙らせろと言ってきた男だった。

 

黒シャツ男「なんでいつまでも停まってるんだ?さっさと進んでくれ。」

 

男は苛立ちながら話しかける。

 

詩船「この先の明石海峡大橋に向かう途中の道に、例の化け物がいるらしい。このルートから四国へは行けない。」

 

黒シャツ男「いるらしいって……なんで分かるんだよ?」

 

詩船「この子は化け物の居場所が分かるんだ。」

 

そう言うと、男はレイに視線を移した。

 

黒シャツ男「なあ、本当なのか?なんで分かるんだよ?」

 

レイ「い、いえ……なんとなくです…。」

 

ガラの悪い黒シャツ男に怯え、レイの答える声も小声になる。

 

黒シャツ男「なんだよ、なんとなくって!じゃあ、いるかどうか分からねぇだろ!なあ!本当にいるのかよ!!」

 

男は幼い子供相手に吠え立てる。しかし、男が言っている事にも一理ある。香澄が化け物を倒せる事は、スーパーでの出来事で証明されていた。しかし、レイの化け物を感知する能力は誰も見ておらず、その力は詩船にすら確信がなかった。

 

詩船「………なら、このまま進んでみるか?」

 

レイ「えっ!?」

 

詩船「もし本当に化け物がこの先にいるのなら、この子の言っている事は本当だってのが分かるだろ?だが危ない距離までは近付かない。遠くから確認するだけだ。」

 

 

---

 

 

舞子トンネル--

 

バスは舞子トンネルに入り、途中でバスを停車させた。予めバスを方向転換させておきいつでも逃げられる準備をし、詩船は黒シャツ男に言う。

 

詩船「和奏によれば、この先あたりに例の化け物がいる。私が行って確認するが、勿論お前さんも来るだろ?自分の目で確認しないと、私が嘘を言う可能性だってあるんだ。お前さんが最初に言い出したんだ。最後までやりきってみせな?」

 

黒シャツ男は一瞬怯むが、承諾する。ここまで来た以上引き下がれなかったのだろう。

 

レイ「止めておいた方が良いです……本当にいますから…。」

 

弱々しい声でレイが言うも、2人を静止する力は無い。すると--

 

高嶋「私も行きます。」

 

レイ「え!?香澄ちゃん、危ないよ!」

 

高嶋「でも、あのお化けが襲ってきたら、私が戦わないと。」

 

レイ「けど………!」

 

詩船「じゃあ決まりだね。私と高嶋、そしてお前さんの3人で行く。」

 

詩船はレイの制止の声を封じ、3人はトンネルを進んで行くのだった。

 

 

--

 

 

数十分後--

 

トンネルは途中で天井が崩落し、地上が見えるようになっていた。スマホのライトで辺りを照らしながら確認するが、周囲に化け物の姿はない。しかし崩落の瓦礫で道が塞がれており、どの道このトンネルを通り抜ける事は出来なかった。詩船は慎重に瓦礫の山を登っていく。

 

高嶋「何処に行くんですか!?」

 

詩船「地上に出てみるんだ。この辺りに化け物はいない。だが、和奏の感知が当たっているとするなら……。」

 

瓦礫の山のお陰で、地上までの足場が出来ている。地上に出ると、もう明石海峡大橋は目と鼻の先だ。近くには警察署や学校もある。

 

香澄も詩船の後に続き瓦礫の山を登って行く。1人取り残される事を嫌い男もそれに続くのだった。

 

 

--

 

 

地上--

 

詩船「………いるね。」

 

地上には白い化け物が数匹、学校近くの路上に集まっている。これでレイの感知能力は本当だという事が証明された。3人は近くの建物の陰に身を隠す。化け物の周辺は、風化した血で赤黒く染まり、千切れた腕や脚等の部位がそこかしこに散らばっていた。隠れて様子を伺っていると、化け物の1匹が詩船達の方へ近付いてくる。

 

詩船「あいつら…人を探知する力でも持ってるのか?逃げるよ!」

 

詩船はすぐさま香澄の手を引いて、地上からトンネルに戻る。男も情けない声を上げながらついてくる。

 

 

--

 

 

舞子トンネル--

 

3人は必死で逃げるが、男女とでは体力に差が出てしまう。それに加えて詩船は香澄の手を引いている。差は一目瞭然だった。

 

詩船「くっ………。」

 

段々と詩船達と男の距離が離れていく。このままいけば、先に化け物の餌食になるのは詩船達だ。このままでは--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船は男のシャツの後ろ襟を掴み、一瞬だけ体重をかけて体勢を崩し、仰向けに転ばせた。香澄が化け物に気を取られ、詩船の方を見ていないたった数秒の出来事--

 

男は何が起こったか分からない様な表情で路上に転倒する。間も無く化け物は追いついて、倒れた男を喰い殺すだろう。すぐに立ち上がっても、もう間に合わない。

 

詩船は一応"置いて行かれそうになり、焦って男を転ばせてしまった"という体を装う。男が喰い殺されても、香澄が一部始終を話してくれれば、詩船を責める者は誰もいないだろう。不可抗力で犠牲者を出しただけだし、女子供を置いて逃げようとした男にも責められるべきところはあるからだ。

 

詩船(さよならだ………。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、男が殺される事はなかった。香澄が立ち止まり、詩船の手を振り払って倒れた黒シャツ男の前に立ちはだかり、追ってくる化け物相手に拳を構えたのだ。

 

高嶋「私が守る!!はあああああーーっ!!」

 

拳を突き出し、化け物の体が崩れるが、突進の勢いを殺し切れず、香澄は吹き飛ばされ転がってしまった。

 

高嶋「うぅ………まだ……!」

 

だが香澄はすぐさま立ち上がり、構え直す。受け身を取った為重傷ではないが、頬と腕に傷が付き、血が流れている。

 

高嶋「まだまだぁ!てやあああああ!!」

 

再び化け物に香澄渾身の一撃が叩き込まれる。化け物は体が完全に崩れ空気中に散らばる様に消えてしまった。

 

高嶋「はぁ…はぁ…………もう…大丈夫ですよ……。」

 

香澄は倒れている黒シャツ男に手を差し出す。男は不貞腐れた様に目を逸らし、香澄の手を取らずに立ち上がる。

 

詩船「はぁ…………。」

 

思わず口から溜め息が溢れた。

 

詩船(余計な事をしてくれるじゃないか……。折角ここでこの男を消せるとこだったのにね。この男は集団の輪を乱す。私らに同行すべきじゃない……。今殺しておかなければ、いずれ大きな害悪となる可能性だってある。だから、ここで脱落して貰おうと思ったが…………まぁ、良いだろう。最も--)

 

香澄の手を取り詩船はバスの方へと歩き出す。

 

詩船(この男が害悪と成り果てた時、善良な高嶋と和奏がどんな反応をするのか…………それも見てみたいがな。)

 

 




廷臣達は私を幸福の王子と呼んだ。実際、幸福だったのだ。もしも、快楽が幸福と言うのならば。

私は幸福に生き、幸福に死んだ。死んでから人々はこの高い場所に置いた。

ここからは町の全ての醜悪な事、全ての悲惨な事が見える。

私の心臓は鉛で出来ているけど、泣かずにはいられないのだ。


      オスカー・ワイルド『幸福の王子』


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当ての無い旅路

四国を目指す旅路は続く。崩れ去った日常の中で、高嶋香澄は人々を助ける事を諦めない。たとえ自分の体が傷付こうとも--




 

詩船達はトンネル内の暗い道を戻っていく。香澄は歩きながら、傷の血を服で丁寧に拭っていた。血が苦手なレイの為だろう。

 

 

--

 

 

バス--

 

バスに辿り着いた詩船達は、同行者達に化け物を探知するレイの力が本物だった事を告げ、加えてこの先の崩落の事も伝えた。

 

詩船「明石海峡大橋で四国に入るルートは諦めるしかないか…。」

 

レイ「………すみません……。」

 

高嶋「レイヤちゃんが謝る事じゃないよ!あのお化けが出てくるのはレイヤちゃんのせいじゃないから!」

 

詩船「他に本州から四国へ渡るルートは2つある。瀬戸大橋か、しまなみ海道かだ。この2つだと瀬戸大橋の方が近い。そっちに行こう。」

 

詩船はバスを走らせ、瀬戸大橋の方へと向かうのだった。

 

 

---

 

 

道中、コンビニ--

 

暫くバスを走らせ、詩船は無人のコンビニにバスを停める。ここで詩船とレイが3時間ずつ交代で仮眠を取る事にしたのだ。6時間のタイムロスにはなるが、必要な時間だった。2人はここまで殆ど寝ていない。みんなの足となるバスを運転出来る詩船、化け物を探知出来るレイ。化け物を倒せる香澄と同様に、2人も重要な役目を担っている。少しのミスが全員の命取りとなる為、充分に能力を発揮出来る状態にしておかなければならなかった。

 

詩船「もし化け物の接近を感知したら、すぐ叩き起こしてくれ。」

 

レイ「分かりました。」

 

そう言伝し、詩船はバスのシートを倒して仮眠を取った。

 

 

--

 

 

3時間後--

 

時間きっかりに詩船は目を覚ます。窓の外は未だに暗かった。バスの中を見ると、同行者達の殆どが外に出ているようだった。車内に残っているのは、70歳ぐらいの老夫婦に医者の青年、幼い少女、そしてレイだけ。レイはケースから楽器を取り出し少女に歌を聞かせていた。

 

詩船「何やってるんだい?」

 

レイ「え!?あ、いえ……。」

 

声をかけると、起きてきた詩船に気付き、気不味そうに顔を伏せる。レイの代わりに少女が答えた。

 

少女「おうたをうたってもらってたんだ。」

 

楽しげに少女は答える。

 

詩船「へえ……。」

 

レイ「はい……少しでもこの子の気晴らしになればなって…。」

 

少女「あとね、おねーちゃんはえもうまいんだよ!」

 

そう言って少女は詩船にスケッチブックに描いた絵を見せた。

 

詩船「ほう、上手いじゃないか。地図を描けるだけじゃなかったんだな。」

 

レイ「………はい。」

 

目を合わせずレイは返事をする。どうやらレイは詩船の威圧感を感じ取っているようだった。

 

少女「おねーちゃんはしょうらい、えほんをかくひとになるんだって!」

 

詩船「そうなのかい?」

 

レイ「えっと……はい。本当は音楽もやっていきたいんですけど…。」

 

詩船「良いじゃないか。夢を持つ事は良い事だ。今はこんな状況だが、安全な場所へ避難出来て、普通に暮らせるようになったら、また絵を見せてくれ。」

 

レイ「っ!?…………ありがとうございます。」

 

詩船がそう言うと、レイは驚いた様な顔をし、照れ臭そうに頬を染めた。

 

詩船「さあ、今度は和奏が仮眠する番だ。ちゃんと寝れる時に寝ときな。あの化け物を感知出来るのは和奏だけだからね。」

 

そう言って詩船はバスから降りようとすると、レイが声をかけた。

 

レイ「詩船さん、香澄ちゃんの事で……。」

 

詩船「高嶋がどうかしたか?」

 

レイ「香澄ちゃんが……出来ればあの化け物とあまり戦わないようにしたいんです。仕方ない時もあるんですけど……。」

 

詩船「どうしてだ?」

 

レイ「香澄ちゃんの体…傷だらけなんです。香澄ちゃんはあの化け物を倒せる力があるけど…………戦ったら傷付きます。香澄ちゃんみたいな小さな子が傷だらけになってまで戦うなんて………。」

 

詩船「…………確かにそうだ。」

 

ここにいるのは家族でもないし友達でもない。ただの他人だ。他人の為に自分の命を掛けて化け物と戦う子供など普通はいない。

 

詩船「分かった。私も出来るだけ高嶋が戦わないで済むよう気をつける。」

 

レイ「ありがとうございます。」

 

詩船「さあ、さっさと寝な。3時間後に起こしてやるから。」

 

レイ「あの…。」

 

詩船「何だい?まだ何かあるのか?」

 

レイ「私の事はレイって呼んでくれませんか?」

 

詩船「………そうかい。じゃあ、これからはそうするよ。」

 

レイ「ありがとうございます。」

 

レイは少しだけ柔らかい微笑みを浮かべた。それは詩船が初めて見たレイの笑顔だった。

 

 

---

 

 

駐車場--

 

詩船はバスから降りると、タバコを取り出し火をつける。

 

詩船(やはり………ある程度までなら人と仲良くなるのが上手いと我ながら思うね。)

 

少し会話をすれば、レイも多少なりとも詩船に心を開いてくれた。しかし"ある程度"以上には決してならないだろう。そもそも2人とは相性が良くない。香澄やレイは善良な人間だが、詩船はそれとは程遠い人間なのだから。

 

高嶋「はあ!えいっ!」

 

駐車場の奥から香澄の声が聞こえた。よく見ると、香澄は武術の練習をしているようだ。

 

詩船「練習か、香澄。」

 

声をかけると、香澄は少し驚いた様な顔をした。

 

詩船「ん?どうかしたか?」

 

高嶋「香澄って……。」

 

詩船「え?」

 

高嶋「今まで高嶋って呼んでたのに、さっきは香澄って……。」

 

先程レイから下の名前で呼んでくれと言われた為に、何となく香澄の事もそう呼んでしまったのだ。

 

詩船「嫌だったか?」

 

高嶋「いえ、良いですよ!私も詩船さんって呼んでますし!」

 

詩船「そうか。」

 

高嶋「そう言えば、詩船さんは何か格闘技でもやってたんですか?」

 

詩船「ああ。護身術として身につけた程度だ。

 

高嶋「詩船さんは凄いです!詩船さんの言った通りに戦ったら、凄くあのお化けを倒しやすくなりました。」

 

詩船「年齢的に考えても多分私の方がお前さんより格闘技を習ってた期間が長いだろうし、試合以外での実戦経験も多い。だから状況に応じた戦い方が分かるってだけだ。」

 

詩船はある程度要領良く生きているが、それでも詩船の生き方には敵を作る事も多かった。格闘技はそんな自分を守る為に習い始めたのだ。実際、絡まれたりする事も多かったし、喧嘩をする事も何度かあった。

 

詩船「そう言えば、レイが香澄の事を心配していたぞ。あまり戦わせたくない、とね。レイの言う事も一理ある。子供が大人を守る為に危険を冒して戦うのは、あまり良い事では無いしな。普通は逆だ。」

 

高嶋「でも、私しかあのお化けを倒せないみたいですから。私だって戦うのは怖いですけど……それでも他の人を守れるんだったら戦います。」

 

その一言に詩船は内心かなり驚いていた。高嶋香澄という少女は物事の中心に自分を置いていないのだ。本当は足がすくむ程の怖さでも、他人を守る為に自分を犠牲にして立ち向かう。誰かが傷付くのなら、自分が傷付いて他の人を救おうとしているのだ。この少女は本当に子供なのだろうかと常々思う。

 

詩船「どうしてお前さんはこんな妙な子供になったんだろうね。」

 

高嶋「妙なって……ひどいです。変なのかな、私。」

 

詩船「そうだね。普通の子供なら、お前さんみたいな行動は出来ないさ。親と逸れて、化け物と戦って………普通は泣いたり喚いたりするくらいしか出来ない。」

 

高嶋「私は体を動かす事くらいしか出来ないですから……。変な事が起こって、お化けも出てきて、凄く困った事になってますけど、私は頭が良くないから考えてもどうすれば良いか分からないですし、ひたすら体を動かそうって思ったんです。」

 

詩船「……………。」

 

高嶋「私の家の近くに神社があるんです。そこの神主さんが言ってました。"人はいつか死ぬ。悲しい事は誰にでも起こる。長い人生も短い人生でも、自分にいつどんな事が起こっても、後悔しない様にいつも一生懸命に生きなさい。"って。なんだか上手く説明出来ないですけど、戦う事が私の一生懸命。私は詩船さんみたいに車の運転は出来ないし、レイヤちゃんみたいにお化けの居場所は分からないから。」

 

話を聞く程に香澄の精神性は常軌を逸している事が分かる。強いから化け物相手に立ち向かえるのでは無い。立ち向かえる心があるから香澄は強いのだろう。ベクトルは違うが、その異質な内面に詩船は一種の親近感の様なものを感じ取るのだった。

 

詩船「…………香澄は友達が少ないだろ。」

 

その言葉は今までの香澄を見てきた事による推察から出たものだった。この少女は生まれてこの方全員を分け隔てなく大切にしてきているのだろう。だが、それは裏を返せば誰も大切にしていないと同義だ。"大切にする事自体を大切にしてしまっている"のだ。だからその行為の向かう先である相手を香澄は見失っているのかも知れない。

 

高嶋「え?うーん……どうかな…分からないです。」

 

詩船「私には分かるさ。私にも友人はいないから同じ様なものだけどね。」

 

高嶋「詩船さんは友達がいないんですか?」

 

詩船「ああ。」

 

そう答えると、香澄は少し考えて手を差し出して言った。

 

高嶋「私は詩船さんと友達になりたいです。」

 

その行動に詩船の口角が少し上がる。

 

詩船「そうかい、ありがとね。」

 

詩船はその手を握る。今まで詩船は誰かとの友人関係が長く続いた事はなかった。きっとこの関係も長くは続かないのだろう。

 

しかし、考えるとこうした"何日も友人と一緒に旅行する"という事は初めての経験だった。それならば、今まで築いた事のない関係を香澄やレイと築いていけるのかもしれない。香澄の心は凄く繊細だと感じる。ならばいつかこの子にも、それに相応しい"本当の親友"というものが出来るかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイ「詩船さん!香澄ちゃん!!」

 

バスの中で仮眠していた筈のレイが焦りながらバスから出てきた。

 

レイ「あの化け物が近付いてるみたい!すぐに逃げないと!」

 

そう言った途端、道路の向こう側から白い化け物が姿を現した。香澄はすぐ大声で駐車場やコンビニにいる同行者達に向けて避難の指示を出す。

 

香澄の声を聞いた同行者達は慌ててバスに戻って行く。詩船もバスに戻りエンジンをかけ、いつでも発進出来る状態にしていた。しかし、1人の女性が声に気付くのが遅れ、化け物はその女性に狙いを定めたのだ。

 

高嶋「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

香澄が走り出し、手甲を付けた拳で化け物を攻撃する。レイに戦うなと言われたのに、結局香澄は戦ってしまう。

 

香澄は化け物の一体を吹き飛ばし、女性を連れてバスの方へ歩いていく。

 

レイ「香澄ちゃん!」

 

心配で香澄に駆け寄ろうとバスから降りてきたレイ。それを見た香澄は慌てて叫んだ。

 

高嶋「レイヤちゃん、来ちゃダメ!!」

 

襲われそうになった拍子で転んでしまった女性は足を酷く擦りむいていたのだ。皮が破れ、拭っても血が止まらない。

 

レイ「あ…………。」

 

それを見た途端、レイの顔は青ざめ、ガタガタと震え始めたのである。

 

レイ「ああぁ、はぁっ………す、すみません、すみません!私の……私のせいで……はぁ………はぁ……!」

 

 

--

 

 

運転席から近いバスの出入り口付近で、レイが青ざめて蹲っていた頃、詩船は車内にいる一部の人達からの強い視線を感じていた。黒シャツ男やその取り巻き達のものだった。その視線に込められていたものは怒りや苛立ち、焦り、不安、焦燥感といった負の感情。

 

とりわけ黒シャツの男は同行者の中でもかなり強いストレスに晒されているようだった。彼は元々バスの進みが遅い事に苛立っていた上に、これまでに三度も化け物に襲われている。しかもそのうちの一回は、危うく死にかけたのだ。

 

あの時の事が理由で、黒シャツの男は詩船に対しては憎悪も抱いているだろう。彼が抱えている感情は、少しでも突けば爆発しそうな程に膨張している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船(……………今はまだやめておこう。まだまだ旅は長いんだ。)

 

そういう人間を見ると煽りたくなるのが詩船の癖だった。だから詩船は争い事に巻き込まれやすい。

 

ふと頭の中に夕焼け小焼けのメロディが浮かんでくる。しかし、それが流れたところで詩船達には帰る必要がないし、帰る場所もない。

 

 

彼女達は何処に向かっているのだろうか--

 

 



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あの日の後悔

のらりくらりと描き続け、300話まで来ました。外伝も残り5話。最後まで見ていただけると幸いです。

外伝3部5話。
目を閉じると蘇るあの日の光景。自分の身勝手な行動で大切な人が死んでしまったあの日の光景。

何も出来なかった自分が嫌だった。神様は残酷だ。何も出来ない自分を生かしたのだから。




 

レイ(私は凡人だ--)

 

 

 

レイ(平凡な両親の間に生まれ、平凡な家庭で育ってきた。特別な過去なんて無いし、特別な秘密だって無い。特別な能力も無い。)

 

 

 

 

 

レイ(私は凡人だ--)

 

 

 

 

 

 

 

レイ(絵に描いた様な凡人だ--)

 

 

 

 

 

 

レイ(香澄ちゃんとは違う。詩船さんとだって違う。あの日、白い化け物が現れた日、私は大切な人を助ける為に何も出来なかった。)

 

レイ(化け物の居場所を感知する力だって、香澄ちゃんの化け物を倒す力に比べたら、全然特別なんかじゃない。)

 

レイ(香澄ちゃんだったら、きっと私のお父さんとお母さんを助ける事が出来たんだろう。詩船さんだって化け物を恐れずに、的確に立ち回れる頭脳と運動能力を持ってるから、助ける事が出来たかもしれない。)

 

レイ(あの2人は特別だ。どうして私は香澄ちゃんや詩船さんみたいに特別じゃないんだろう?)

 

 

 

 

 

 

 

レイ(どうして私は特別じゃないんだろう?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイ(どうして私はこんなにも力が無い凡人なんだろう?)

 

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

マイクロバス、車内--

 

詩船「両親が化け物に殺された?」

 

高嶋「はい……。」

 

瀬戸大橋へ向けてバスを運転しながら、詩船は香澄と話をしていた。レイは気絶する様に眠っている。今まであまり寝ていなかった上に、"血を見る"という苦手な行為によって精神的に摩耗したのだろう。

 

 

--

 

 

レイ「あ…………。」

 

レイ「ああぁ、はぁっ………す、すみません、すみません!私の……私のせいで……はぁ………はぁ……!」

 

 

--

 

 

あの時の、怪我をした女性の流血を見たレイの反応は、余りにも過剰に思えた。血が苦手な人は珍しくない。しかし、レイの血に対する反応は、単純な苦手とは一線を画すものだった。

 

詩船が香澄にその事を尋ねると、香澄は言いづらそうに目を逸らす。話すよう促すと、香澄は仕方なく話し始めるのだった。

 

高嶋「レイヤちゃんのお父さんとお母さん……あの白いお化けに殺されたみたいなんです。私は亡くなってるところを見た訳じゃないんですけど………初めて私がレイヤちゃんに会った時、レイヤちゃんは血塗れで、目も虚で……目の前でお父さんとお母さんが白いお化けに殺されたって……。」

 

以前詩船は、レイから香澄と出会った時の事を聞いたが、それとは話の内容が違っていた。レイはあの時自分の両親が殺された事は話していない。

 

 

 

目の前で起こった両親の死という悲劇--

 

 

 

 

レイの血に対する異常な恐怖心は、これが原因なのだろう。2人が話していると、医者の青年が詩船に話しかけてきた。

 

青年「すみません、そろそろ……。」

 

医者である青年はここまでの移動中ずっと同行者達の健康状態を気遣っていた。こうしてこまめに休憩を挟んでいるのはこの青年の提案だった。

 

詩船「ああ、そうだね。」

 

詩船は近くのコンビニの駐車場にバスを停車させる。ここ暫くは約30分毎にバスを停めて休憩を取っていた。

 

女「ねえ、また停めるの?」

 

運転席付近に座っていた茶髪の女が不満げな声で尋ねてくる。

 

青年「私達の中には高齢者や怪我人もいます。出来る限り、休憩を取りながら移動するべきですよ。」

 

医者の青年は優しく諭す口調で説明するが、女は反論した。

 

女「でも、それじゃあ四国に辿り着くまでにどれだけ時間が掛かるか分からないじゃん。出来るだけ早く安全な場所に行って、バスから降りて休めるようにした方が体にも良いんじゃないの?」

 

彼女の言う事も決して間違ってはいない。休憩を挟みながらゆっくり進む事、休憩を取らずに早く目的地に着く事。どちらが良いかは今の時点では分からないからだ。

 

青年「私は医師としての判断を--」

詩船「私の判断だよ。」

 

詩船は青年の言葉を遮った。

 

詩船「このバスを運転してるのは私だ。どういう方針で進むかは私が決定する。不満があるなら、降りて一人で行けば良いさ。」

 

そう告げると、茶髪の女は口をつぐみ黙り込むのだった。

 

 

---

 

 

コンビニ内--

 

詩船はバスから降り、コンビニに入った。奈良を出発してから、既に3日以上経っている。奈良を出立してから生きている人間には一度も出会っていない。しかし、コンビニの棚を見ても、商品は殆ど残っていなかった。休憩の度に、こうしてコンビニやスーパーに立ち寄っているが、ここ暫くは店内に物が殆ど残ってない事が多くなっている。

 

蛇口を捻ってみても水すら出ない。食べ物が無くても最悪人は耐えられるが、水が無ければ人は1日すら耐えられない。このまま四国へ着くのが遅れれば、食糧不足は死活問題になってくるのは目に見えていた。

 

コンビニのバックヤードに足を運ぶと、先に来ていた黒シャツの男とその取り巻きが、残っていたペットボトルの飲み物をスーパーの袋に詰めている。

 

詩船「他の人の分も残しておくんだね。」

 

男「分かってる。独り占めする気はねぇよ。」

 

詩船が釘を刺しながらミネラルウォーターを3本取ると、男は不満げにそう答えるのだった。その瞳は黒く濁っており、人を殺しそうな目をしているのが側からでも分かった。

 

 

---

 

 

マイクロバス、車内--

 

詩船はバスに戻る。休憩時間は、それぞれが自由に過ごしているのだが、ここ数時間は休憩になってもバスから外に出てくる人が減っているようだった。疲労が蓄積して、外に出るのさえ億劫になっているのかもしれない。

 

詩船「香澄。」

 

ペットボトルを1本香澄に手渡す。

 

高嶋「ありがとうございます。」

 

詩船「流石のお前さんでも疲れが溜まってきたか?」

 

高嶋「あはは…はい。でも、なんだかそれだけじゃなくて……。」

 

乾いた笑いを浮かべ、何かを言いかける香澄。

 

詩船「何かあったか?」

 

高嶋「気のせいかもしれないんですけど、なんだか変なんです。バスに乗ってる人達が……。」

 

詩船「変?」

 

詩船は運転中は運転席から動けない為、車内全体の動向を把握する事が出来ない。しかし、香澄は時々バスの中で席を移動し、他の同行者とも話をしているようだった。

 

高嶋「休憩中でも、外に出たがらない人が増えてるんです。」

 

詩船「そうだね。それは私も分かっていた。ただ単に疲れが溜まっているだけじゃないかい?」

 

高嶋「なんだか、それだけじゃないみたいなんです。疲れてるというか……"外に出る事を怖がってる"みたいで…。」

 

香澄の言う事が正しいなら、疲れているとは話が違ってくる。確かに化け物を怖がり外に出ないという事は心理的には理解出来る。だが、奈良を出立したばかりの頃は、外に出る事を"怖がる"人は1人としていなかった。

 

詩船(私が気付いてないところで、何かが進行してるのか……?)

 

空を見上げて詩船は呟いた。漆黒の空は何も答えてはくれない。

 

 

---

 

 

ガソリンスタンド--

 

そこからまたバスを走らせる事30分、詩船はガソリンスタンドにバスを停車させた。燃料補給の為だった。バスを停めた振動でレイが目を覚ます。

 

レイ「ここは……?」

 

詩船「バスの中だ。お前さん、意識を失って倒れてたのさ。そんな長い時間じゃないがね。バスはまだ兵庫を抜けてない。」

 

高嶋「レイヤちゃん、大丈夫?水を飲んでね。詩船さんが持ってきてくれたから。」

 

香澄はレイにミネラルウォーターを手渡した。

 

レイ「ありがとう……。」

 

バスの中にいた数人が外へ出て行くが、香澄の言った通り、以前より外出する人が減っていた。バスに残っている人は、殆ど全員が暗い顔をして俯いており、窓の外さえ見ようとしていない。

 

詩船「レイ。起きてすぐに悪いが、この辺りにあの化け物はいるかい?」

 

レイ「えっと……いないと思います。多分………。」

 

詩船「だったら暫く寝ておけ、香澄。お前さんがいざって時に力を発揮出来なければ、私達は全滅だ。」

 

高嶋「……はい、分かりました。」

 

香澄はレイの事を心配しているようだったが、自分の役目は自覚していた。香澄はシートを傾けて目を閉じる。

 

 

--

 

 

詩船は燃料補給の為外へ出た。空は相変わらず暗い。燃料補給の準備をしているとレイがバスから降りてきた。

 

詩船「バスから降りて大丈夫か?」

 

レイ「はい……まだ、気分は悪いですけど。」

 

詩船「気分の問題じゃない。バス内にいる人達が、外に出る事を怖がり始めているからね。」

 

レイ「そうなんですか…?」

 

詩船「ああ。奈良を出立した頃には、そんな症状は無かった。人の心は予測が出来ない。お前さんが両親の死について嘘をついたのも、どういう心理か分からないしね。」

 

レイ「…………香澄ちゃんから聞いたんですね。」

 

詩船「ああ。香澄はあまり話したくなさそうだったが、私が強く訊き出した。両親を目の前で殺されたんだってね。」

 

燃料を補給しながら詩船は尋ねると、レイは口を開くのだった。

 

レイ「……はい…………。あの白い化け物が現れた時…避難場所を確認しに行くって言った時、夜だったから両親に止められたんです。それも当然でした。避難場所に指定されたのは家の近くの学校だったから、確認する必要も無かったし、奈良では他の地域ほど大きな災害は起こってませんでしたから………。夜中に外に出る必要はなかった。普通に考えれば分かる筈なのに、あの時の私は………どうかしてたんです。」

 

詩船「…………。」

 

詩船は燃料を補給しながら黙ってレイの話に耳を傾けている。

 

レイ「どうしても外へ出ようとする私に、両親は根負けして、3人で外へ出ました。」

 

詩船「娘が勝手に出て行こうとするのなら、両親はついて行こうとするだろうね。」

 

レイ「3人で外へ出て……学校の近くに来た時…地震が起こって、あの化け物が現れたんです。その化け物は私の目の前で大きな口を開けて……お父さんは私とお母さんを逃す為に私達を突き飛ばして……………--」

 

レイは目を閉じる。目を閉じれば今でも鮮明にその時の光景が目に浮かんでくる。

 

レイ「お父さんの身体は噛み砕かれ…骨も内臓もぐちゃぐちゃでした。悲鳴の様な声を上げながら、逃げろって叫んでたんです。私とお母さんは、お父さんの口や裂けたお腹から出た血を被って………お母さんは私に逃げろって言って、私は逃げて……お母さんは、お父さんを助ける為に、あの化け物に向かって行って………助けられるわけないって分かってるのに………。」

 

詩船「そうか……。」

 

レイ「結局私だけ生き残りました。両親は私に付き添っただけなのに……あの夜、私が外に出ようとしなければ……お父さんとお母さんは死ななくてよかったかもしれない…私のせいで………。」

 

詩船「あの夜は全国各地に化け物が出てきていた。別にお前さんに同行していなくても、化け物に遭遇していた可能性は高い。」

 

レイ「…………………。」

 

詩船「香澄の手甲--あれを身に着けた時、香澄は身体能力も高まっているらしい。私も試しに着けてみたが、何の変化もなかった。あれは香澄専用なんだろうね。香澄が使うからこそ、化け物に致命的なダメージを与える事が出来る。あの手甲を見つけたのはお前さんなんだろ、レイ?」

 

レイ「…………はい……。」

 

詩船「両親のお陰でお前さんが生き残ったから、香澄に手甲を渡せたんだ。香澄が化け物を倒す事で、沢山の人の命が救われてる。ここにいる人達は、香澄とお前さんに命を助けられたんだ。両親の犠牲で、多くの人が救われた。」

 

レイ「でも………。」

 

詩船「納得出来ないかい?人は命の重さを単純に数で考える事は出来ないからね。」

 

レイは俯いたまま小さく呟くのだった。

 

 

 

レイ「……私だけが化け物に殺されてればよかった…。」

 

 

--

 

 

その後レイは、ふらふらとバスの中に戻って行った。詩船の方も燃料補給が終わり、戻ろうとしたところで、一人の女性がキョロキョロと辺りを見回しているのに気が付いた。その女性は、以前転倒し足を怪我した人だった。

 

詩船「何してる。怪我してるんだ、あまり動き回らない方が良い。」

 

女性「でも、あの……娘がいなくなったんです。」

 

詩船「いなくなっただと?」

 

女性「はい。私が怪我で休んでいる間に、娘だけでバスの外に出て行って……。いつまで経っても戻らないから、心配になって探してるんですが、見つからないんです。」

 

その言葉を聞き詩船は周囲を見回した。詩船達が今いる場所は山の麓にあるガソリンスタンド。周囲は民家と森林のみ。隠れる場所はいくらでもあった。

 

詩船「その子がバスを出て行ったのはいつ頃だ?」

 

女性「20分程前だったと思います。リボンを付けてる5歳の子です。道に迷って戻って来れなくなったのかも……。」

 

その少女は前にレイが絵を描いてあげていたあの少女だった。

 

 

--

 

 

マイクロバス、車内--

 

詩船はバスに戻り、同行者達に事情を話す。レイは酷く動揺していた。

 

レイ「すぐに探しましょう!もしあの化け物がまた来たら……。」

 

焦燥感の混じる声で言うレイだったが、他の同行者達の反応は鈍かった。車内の騒めく声で香澄が目を覚ます。

 

高嶋「…あの、何かあったんですか?」

 

レイ「一緒に来てた女の子がいなくなっちゃったの。一人でバスの外に出て、迷子になって帰れなくなっちゃったのかも…。」

 

レイの説明を聞き、香澄は慌てて座席から立ち上がった。

 

高嶋「大変だ!すぐ探さないと!」

 

レイと香澄、女性はバスの外に出て行く。しかし、他の人達は座席から立ち上がらない。

 

青年「私も探そう。」

 

少し間が空き、医者の青年が立ち上がった。詩船は青年の後に続き外へ出るのだった。

 

 

---

 

 

ガソリンスタンド--

 

詩船「あんたはまだ比較的、判断力が残ってそうだね。聞きたい事がある。」

 

青年「………何ですか?」

 

詩船「バスの乗客達が、次第に外に出なくなってきている。疲れて動くのが辛くなってるだけかもしれないが、"外に出るのを怖がっている"という意見もあった。あんたから見てどう思う?」

 

青年は暫く黙り込み、言葉を選ぶようにして口を開いた。

 

青年「…………そうかもしれません。体力がない高齢者だけでなく、若い人も外に出たがらなくなっています……。あの化け物に遭遇する度に、その傾向が強くなっているようにも思えます。」

 

"恐怖心"--

 

あの化け物に対する恐怖心が同行者達に広がっているようだった。

 

詩船「分かった。他に車内で気になる事はあったか?」

 

青年「……そうですね…食べ物を貰いましたが……。」

 

詩船「食べ物?」

 

青年「はい。座席の後ろに座ってる黒いシャツの男性とその友人達が、休憩場所から持ってきた食べ物を、他の人達に分けて配ってるようなんです。その時はやたらと愛想が良くて、以前とは別人のようでしたけど……。」

 

青年がそう言うと、詩船はその黒シャツ達の行動の意味を考えるのだった。

 

 




ずっと向こうの小さな通りに貧しい家がある。窓が一つ開いていて、テーブルについたご婦人が見える。顔は痩せこけ、疲れている。彼女の手は荒れ、縫い針で傷付いて赤くなっている。彼女はお針子をしているのだ。

その婦人はトケイソウの花をサテンのガウンに刺繍しようとしている。そのガウンは女王様の一番可愛い侍女の為の物で、次の舞踏会に着る事になっているのだ。

その部屋のベッドでは、幼い息子が病の為に横になっている。熱があって、オレンジを食べたいと言っている。母親が与えられるものは川の水だけなので、その子は泣いている。

「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん。私の剣の柄からルビーを取り出して、あの婦人にあげてくれないか。両足がこの台座に固定されているから、私は行けないのだ。」


オスカー・ワイルド『幸福の王子』


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命の釣り合い


外伝第3部6話。

自分のせいで失ってしまった2つの命。それを埋めるかの様に、レイは目の前で消えそうな小さな命を救おうと躍起になる。
彼女もまた、この変わり果てた日常によって壊れてしまった1人なのかもしれない。




 

 

ガソリンスタンド周辺--

 

香澄、レイ、少女の母親、医者の青年、詩船の5人で30分程周辺を探し回ったが、少女の姿を見つける事は出来なかった。少女を探しながら、ふと詩船は思い付いたかの様にレイに尋ねる。

 

詩船「レイ、お前さんの力で見つける事は出来ないかい?」

 

レイ「え?」

 

詩船「化け物の居場所を察知するみたいに、あの少女がいる場所を察知する事は出来ないか?」

 

レイ「多分、無理だと思います……。あの不思議な力は"いつ起こるか分からない"んです。私自身が自由に察知出来る訳じゃなくて……それに、あの白いお化けに関わる事以外は、何も分かりません………。」

 

詩船「そうか……。」

 

自力で探すしかなかった。少女を探し回っているうちに、母親の足の怪我が悪化し、歩く事が難しくなった為、詩船達は一旦バスへ戻る事にした。

 

 

---

 

 

マイクロバス、車内--

 

高嶋「すみません、まだ女の子が見つからないんです!もう少しだけ待っててください!」

 

バスの中で香澄が中にいる人達に対し頭を下げる。だが、茶髪の女は声を荒げて叫んだ。

 

女「良い加減にしてよ!いつまで待てば良いの!?もう出発してよ!またいつあの化け物が来るか、分かんないでしょ!!」

 

女の怒号で車内は静まりかえる。

 

レイ「そ、それって…あの子を置いて出発しろって事…ですか…?」

 

女「そうよ。だってどこに行ったのかも分からないんでしょ?見つける方法も無いんでしょ!?探すったって、いつまで探すのよ!何時間!?いいえ、何日もかかるかもしれない!そんなに待ってられないの!!私達は1秒でも早く安全な場所に行きたいの!!」

 

車内に女の言葉を諌める者はいなかった。彼女の言葉は、多くの同行者達の代弁だったのだろう。

 

女性「ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさい………。」

 

少女の母親は泣きそうな声で、車内のみんなに謝り続けていた。香澄が助けを求める様に詩船の方を見る。しかし、詩船が言葉を発するよりも先に、黒シャツの男が会話に割り込んだ。

 

男「なあ、ここにいる奴ら全員の意見を聞いてみからどうだ?その子供が見つかるまで探し続けるのか、その子供はもう諦めて先へ出発するのか。なあ、どうだ!?」

 

高嶋「待ってください!」

 

香澄は止めようとするが、茶髪の女が香澄の言葉を無視して話を進める。

 

女「そうね!ねえ、みんな!このまま女の子が見つかるまでここで待ち続ける方が良いと思う人は立ってよ!見つかるまで何日かかるか分からない!いつ化け物が出るか分からない!でも子供が見つかるまでずっと探した方が良いって人はいる!?多数決を採りたいから、探したい人は立ち上がってよ!」

 

車内にいる人達は、お互いの顔色を伺うように視線を彷徨わせていた。他の人はどう動くのかを見計らって迷っている。迷っている人は答えを出せず、立ち上がる事が出来ない。

 

女「ほら、立ち上がる人いないじゃん!探そうって人は誰もいない!!さあ、早く行きましょうよ!いつ化け物が出てくるか分からないし!ほら、さっさと車を出しなさいよ!」

 

鬼の首を取ったかの様に言いながら、茶髪の女は詩船に詰め寄った。

 

男「これ以上、時間を無駄にするなよ。怪我人や高齢者だっているんだぞ!怪我が悪化したり老人が体調を崩したりしたらどうすんだ!」

 

黒シャツの男も正論を吐く。少女の母親は涙目になりながら、しかし何も言えずにただ俯いている。

 

高嶋「でも…………!」

 

香澄は車内の人達と詩船を何度も見比べていた。2人の意見に賛同する人達からの不満げな声、諦めの声が周囲から聞こえ始める。

 

女「分かったでしょ?早くバスを出せって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった--

 

 

 

 

 

レイ「だ………。」

 

声を震わせながら、レイが弱々しい声で反論したのだ。

 

レイ「駄目です。あの子は見捨てて行けません。見つかるまで探します。絶対に探します。見つかるまで……。」

 

男「おい……。」

 

黒シャツの男が睨みつけながらレイに手を伸ばそうとした瞬間、詩船が2人の間に入った。

 

詩船「待ちな。さっきからお前達が提案した"多数決"ってのはフェアじゃないね。」

 

女「何よ?」

 

詩船「お前は"化け物がいつ出るか分からないが、少女が見つかるまで探したい人は立て"って言ってたね?質問の内容がデメリットのみを強調してて、質問者が回答を恣意的に誘導してるんだよ。それに、"立たなかった人"はバスを出発させたい人だけじゃない。答えを出せずにいた人達も含まれてる。例えば…そうだね……。」

 

詩船は辺りを見渡しながら話を続ける。

 

詩船「"自分が助かりたいから、少女を見殺しにしてバスを出発させたい人は立て"って質問でも……やはり立たない人が多かったんじゃないかい?」

 

男「うっ………。」

 

女「それは……。」

 

黒シャツの男と茶髪の女は言葉に詰まる。

 

詩船「それと、お前達は最大に勘違いをしている。このバスの中において"多数決なんて全く意味を成さない"のさ。何故なら高嶋香澄と和奏レイ、そして私の意見こそが絶対だからだ。化け物と戦ってお前達を守ってくれているのは他でもない香澄であり、安全地帯へお前達を運んでやっているのは私とレイだからね。保護されてるだけのお前達が、私達に何かを強制する事は出来ないって事を理解しておきな。今、香澄とレイがあの子を探すと言った。だったら、結論は既に出ているんだよ。」

 

 

---

 

 

どうにか少女を探す事に決まったが、積極的に手伝おうとする人は少なかった。子供を探すのは、先ほどの5人に加え数人の人だけ。ガソリンスタンドの周辺を探している途中、レイは詩船に話しかける。

 

レイ「さっきはありがとうございました。私が子供を探したいって言った時、味方になってくれて……。」

 

詩船「私としてはどちらでも良かったが、お前さんが必死だったからね。」

 

レイ「………どうしても、見捨てるのが嫌なんです。」

 

詩船「両親への贖罪のつもりかい?」

 

レイ「……………。」

 

詩船「お前さんは自分のせいで両親が死んだと思っている。だから、死んだ両親の代わりに誰かの命を助けたいとでも考えてるんじゃないか?」

 

レイ「……はい…。だって………そうじゃないと釣り合いが取れないじゃないですか…。私のせいで誰かが死んだのなら、私が誰かを助けないと……。」

 

詩船「馬鹿だね。両親が死んだ理由はお前さんのせいじゃないし、命に釣り合いも不釣り合いも無い。死んだ分だけ誰かを救うなんて、そんな数字的なプラスマイナスで語る事は出来ないよ。」

 

レイ「だけど……私は、自分が許せないんです。」

 

これ以上は、最早レイの気持ちの問題でしかないのだろう。

 

 

--

 

 

捜索を開始して1時間程が経過した。少女は見つかる気配が無い。以前テレビで似たような事件があったが、そこでは何日も捜索隊が探す事で漸く見つかった程だ。それに加え今は化け物がいつ何処から来るか分からない状況、時間はかけられない。

 

詩船「……………。」

 

レイ「詩船さん…。」

 

詩船「どうした?」

 

レイ「………いえ…何でもないです。」

 

詩船「そうだ、レイ。あの化け物はこの周辺にはいないのか?」

 

レイ「はい……いないと思います。」

 

詩船「一番近くにいるのはどの辺りだい?」

 

レイ「えっと……少し前に感知したんですけど…。」

 

そう言いながらレイはスケッチブックを取り出して地図を描き出した。詩船はその地図とスマホのマップアプリとを照らし合わせる。

 

詩船「ありがとね。私は暫くここを離れるけど、気にするな。数時間で帰ってくる。」

 

レイにそう言伝を残し、詩船はバスの方へ向かって行くのだった。

 

 

--

 

 

詩船が去るのを見送ったレイは思い返していた。

 

レイ(さっき話した時も…………詩船さんの口元は、笑いを我慢している様にも見えた。見間違いかもしれないけど…。)

 

レイは奈良を出立した直後の詩船の姿が今も頭の片隅に残っていた。あの笑顔の詩船が。そしてさっきの会話でも同じ様に感じていた。

 

レイ(詩船さんは、きっと悪い人では無いんだろうけど、いまいちよく分からない。バスでの意見の対立だって、私の味方をしてくれていた。だけど、人を説得する時の言い方は、不必要な程に攻撃的だった。詩船さんは頭が良い人だからもっと波風が立たない言い方で説得する事だって出来たと思う。それなのに………。もしかしたら、詩船さんは…。)

 

そこまで考え、レイはその考えを一蹴した。今は少女を探す事が最優先事項だから。

 

高嶋「レイヤちゃん、大丈夫?きっと見つかる!もうちょっと探そう!」

 

別の場所を探していた香澄が戻って来ていた。その言葉でレイはやる気を取り戻す。

 

レイ(私は平凡な人間だ。いてもいなくてもどうでも良い人間。今はあの化け物の居場所を感知出来る少しだけ"特別"な力を手に入れたけど、そんな後付けの力以外は何もない。)

 

レイ(それなのに、いてもいなくてもどうでも良いような、私のせいでお父さんが、お母さんが死んでしまった。)

 

 

 

 

レイ(マイナスを取り返さないといけない--)

 

 

 

 

 

レイ(何かのプラスで埋めないといけない--)

 

 

 

 

 

レイ(そうでないとバランスが取れない。)

 

 

 

ふとバスを見る。窓からレイ達を見ている人達の顔が見えた。疲れ切って濁ったような目でレイ達を見ている。

 

レイ(私はあの人達に迷惑をかけている。)

 

 

 

 

レイ(でも、それでも、私は誰かを助けたい--)

 

 

 

 

 

レイ(目の前で誰かが死ぬのは嫌だ--)

 

 

 

 

 

レイ(もう誰にも死んで欲しくなんかないから。)

 

 

 

---

 

 

あれからどれだけ探し続けただろうか。歩き過ぎてレイの足の豆が潰れてしまった頃、森の奥から香澄の声が響く。

 

高嶋「見つけたー!レイヤちゃーん!見つかったよーー!!」

 

少女はガソリンスタンドから数百メートル離れた林の中に、座り込んでいた。

 

レイ「見つかって良かった…。こんな所に一人でいちゃ駄目だよ。帰ろう。」

 

少女の手を握るが、少女はレイの目を見ようとはしなかった。

 

少女「かえるって……どこに?」

 

レイ「何処って、バ--」

 

"バスに"。そう答えようとした瞬間言葉に詰まった。バスに帰るのはおかしい。本当なら帰るべき場所自分の家なのだ。この少女にとっては出発地点だった奈良にあろう家が帰るべき場所なのだから。

 

少女「おばあちゃんはびょうきでうごけないからいえにいるの……おとうさんはかいしゃにいっててどこにいるのかわからない…。いえにかえりたい……くらくなったらいえにかえりなさいっていわれてたのに………。」

 

少女は声を震わせながら答える。この少女は母親と一緒に奈良からここに来て、実家に高齢の家族を残し、父親と連絡が取れなくなっているのだろう。そして母親と2人だけでここまでやって来た。この少女は、ここから自分の家に帰ろうとしただけなのかもしれない。奈良にある自分の家まで。到底歩いて帰れる距離ではないのに。

 

レイ「大丈夫。帰れるよ。きっとすぐに家に帰れる。今は色々とおかしくなってるけど、いつか全部元に戻る。大丈夫。きっと家に帰れるから……。だから、今は行こう?少しの間だけ、安全な場所に行っていようね。」

 

そう言ってレイは少女を優しく抱きしめるのだった。

 

 

---

 

 

ガソリンスタンド--

 

レイは少女をおんぶし、香澄と一緒にガソリンスタンドまで戻ってきた。母親は少女の姿を見て、涙を流しながら少女を抱き締める。

 

詩船「レイ、お前さん達が見つけたのか?」

 

いつの間にか戻っていた詩船がレイに尋ねる。

 

レイ「はい…香澄ちゃんが見つけてくれて。」

 

詩船「そうか。私はさっきまで少し離れた所を探していたが、見つかって良かった。」

 

レイ「そうですね…。」

 

詩船「レイ、あの子はお前さんが救ったんだ。お前さんがあの子を探そうと強く主張しなかったら、私達はあの子を置いて出発してただろう。だから、あの子はお前さんが救ったんだ。だが、それで両親が死んだ事への後悔は、少しでも晴れたかい?」

 

レイ「………………いえ。」

 

詩船「だろうね。この世界は、マイナスをプラスで埋める事なんて出来ないのさ。だけど、お前さんがいた事でプラスがあった事は確かだ。一人の少女が救われた。」

 

レイ「お父さんとお母さんが犠牲になってまで……私が生き残った意味はあったんでしょうか…。」

 

詩船「お前さんのお陰で救われた命があった以上、意味はあったさ。私はそう信じてるよ。」

 

レイ「………ありがとうございます…。あの子は…自分の家に帰りたいって言ってました。」

 

詩船「そうかい。」

 

レイ「今は世界がおかしな事になってますけど…きっと……いつか戻れますよね?今は一時的に四国へ避難しても……きっと家に帰れますよね?」

 

詩船「お前さんはどう思ってるんだい?」

 

レイ「私は……お父さんもお母さんも死んでしまって、戻る場所なんて無いですから、家に帰りたいとは思わないです……。だけど、元の日常にって意味でなら、帰りたいです。あの化け物が出てくる前みたいな日々に帰りたいって………。」

 

詩船「……そうかい…。」

 

詩船はそう呟きながら、陽が昇らない真っ暗な空を見上げていた。

 

 

---

 

 

マイクロバス、車内--

 

詩船達は瀬戸大橋へ向けて、再びバスを走らせ始める。少女が見つかって良かったと言いたいところだが、そう全てが丸く収まる訳ではない。この騒動で何時間も足止めされてしまい、車内の空気はひたすらに重苦しかった。車内にいる人達の詩船達への視線は、より険しいものへと変わり、疎ましげに思っている者も更に増えているだろう。

 

高嶋「…どうすれば良かったのかな……。」

 

ぽつりと香澄が呟いた。

 

高嶋「見捨ててはおけなかったけど、ここにいる人達には迷惑かけちゃいましたし…。」

 

詩船「気にする事じゃない。全部がそう上手く収まる事なんてない。それより少し寝ておくんだね。」

 

高嶋「はい……。」

 

そう返事はするものの、目は瞑らず、香澄はじっと自分の拳を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女「はぁっ、はぁ……はぁ…はぁ……っ!?」

 

その時、唐突に車内から苦しげな声が聞こえた。声の主は、さっき詩船達と言い争った茶髪の女からだった。

 

レイ「どうしたんですか!?」

 

心配して声をかけるも、女は青ざめた顔で、目には涙を浮かべながら頭を抱えてうわ言の様に声を漏らすだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

女「怖い……空が………………怖い…。」

 

 

 

 

 

 

少しずつ、でも確実に車内に異変が起こり始めていた--

 



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空への恐怖

外伝3部第7話。
四国への旅が続く中、一人の女が異常をきたした。空を恐れるその姿に香澄達は驚きを隠せない。

バスはもうじき四国へ辿り着こうとしている。だが、そこで香澄達を待ち受けていたのは思いもよらぬものだった。




マイクロバス、車内--

 

女「はぁっ、はぁ……はぁ…はぁ……っ!?」

 

レイ「どうしたんですか!?」

 

女「怖い……空が………………怖い…。」

 

茶髪の女が突如として"空が怖い"と言い出し、車内がざわめき始める。詩船はバスを停め、女が座っている座席まで行った。

 

女「はぁ…はぁ……ひぃぃっ!?」

 

彼女の状態は普通では無く、顔は青ざめ、呼吸は乱れ、額にはびっしりと脂汗が浮かんでいる。更に"空を恐れている"せいか、バスの窓から少しでも離れようとし、席を立った直後に足がもつれ床に転んでしまった。

 

高嶋「大丈夫ですか!?」

 

転んだ女を助けようと香澄が手を伸ばすが、女は香澄の手を乱暴に振り払う。

 

女「ひぃっ!?うわぁぁあ!」

 

直後女は悲鳴の様な声をあげながら立ち上がり、香澄の首に手をかけ、締め始めたのだ。

 

高嶋「あ、ぐ……や、やめ……。」

 

詩船「止めな!」

 

すかさず詩船が女の手首を掴み、香澄の首から手を引き剥がす。

 

女「ひぃっ、ひぃっ………ああぁっ!!」

 

女は呼吸を荒げ、奇声をあげながらその場に蹲ってしまう。

 

詩船「レイ、運転席に置いてあるバッグの中に結束バンドとガムテープがあるから持ってきてくれ。」

 

レイ「は、はい!」

 

詩船に言われるがまま、レイは慌てて運転席に向かい、結束バンドとガムテープを持ってくる。これは道中のコンビニで手に入れた物だった。

 

詩船「………ふっ!」

 

蹲っている女の背中を押す様に蹴り、床にうつ伏せに寝転がせる。起き上がれない様に膝で背中を押さえつつ、両腕を後ろ手にバンドで縛った。女は抵抗して足をバタつかせるが、詩船が両腕で足を押さえつけている間に、レイに足首を縛らせる。その後、更にガムテープを体と足に巻き付け、完全に動きを封じた。

 

詩船「席を空けてくれ。この女はそこに座らせておく。」

 

そう言って詩船は後方の座席に拘束した女を押し込むのだった。

 

高嶋「ど……どうしちゃったんでしょうか……?」

 

拘束された女を心配そうに香澄が見つめる。

 

詩船「空が怖いと、この女は言ってたね。この"空を怖がる"という傾向は、他の人にも起こり始めている。」

 

レイ「何が起こったんでしょうか……。」

 

詩船「さあね。しかし、この女だけで終わるとは思わない方がいい。」

 

 

--

 

 

それから数分後--

 

淡々とバスを走らせてはいるが、車内の同行者達の状況は刻一刻と悪くなっていた。先程の女の様に暴れる人はいないが、他にも"空が怖い"と口にする人は増えていった。その人達は、外が見えない様に車内のカーテンで窓を覆い始める。しかし、それだけではまだ不安だったのか、バスが停車すると休憩場所のコンビニから持ってきていた新聞紙を窓ガラスに貼り付け始めたのだ。そしてその新聞紙にお経や梵字の様な訳の分からない文字の羅列を書き殴っている。バスの後方は完全に外が見えない状態になっていた。

 

怯える人達は、暗い後方の座席に集まり、縮こまっている。香澄は車内の状態を不安そうに見守り、レイはその異常な雰囲気に怯えていた。

 

詩船「…………そろそろ限界なのかもしれないね。」

 

レイ「え?」

 

詩船の言葉にレイは怪訝そうな顔をする。

 

詩船「車内の人間の精神状態が悪すぎる。このまま行けば暴動が起こりかねない。精神状態が異常な人間は、力ずくでもここで降ろした方がいい。」

 

レイ「お、降ろすって……見捨てて置き去りにするって事…ですよね……?」

 

詩船「ああ、そうだ。まだ周囲に暴力を振るうほどの症状を見せているのは茶髪の女だけだが、他の人もいずれはそうなる可能性が高い。この狭い車内で暴れる人間が何人も出れば、もう運転どころの騒ぎじゃない。」

 

レイ「……………。」

 

レイは詩船の言う事に否定が出来ないのか、唇を噛み締めながら俯いていた。

 

レイ「見捨てる事は……--」

高嶋「見捨てる事なんてしたくありません。もし暴れる人がいたら、私が押さえます。」

 

レイの代わりに香澄が言った。

 

詩船「力ずくで、かい?」

 

高嶋「………はい。」

 

迷っている口調ながらも、香澄は頷く。

 

詩船「そうかい。だけど、大量の同行者達を抱えている事の問題はそれだけじゃない。」

 

高嶋「他にもあるんですか?」

 

詩船「食糧だ。お前さん達も気付いてるだろうが、ここ暫く立ち寄ったコンビニやスーパーで食べ物が殆ど手に入らなくなっている。本来なら奈良から四国へ車で行くのに、それほど時間はかからない。食糧不足なんて本来なら起こるはずがないのさ。だが、想像以上に時間がかかってしまっている。」

 

高嶋「……。」

 

詩船「空への恐怖が増大している者達に、これから先は更に食糧不足という恐怖が迫る…………地獄になるよ。」

 

高嶋「詩船さんは、バスの中の人達を……降ろすべきだって思ってるんですか?」

 

香澄は不安げな表情で見つめるが、詩船からは意外な言葉が返ってきた。

 

詩船「………実のところ、私はどちらでも構わない。バスの乗客を降ろしても、このまま全員を抱えながら進んでもね。」

 

 

---

 

 

詩船はどちらでも良かった。どちらの選択肢を選んだとしても、香澄とレイはきっと苦悩する筈なのだから。

 

詩船は"選択肢を提示する"事によって香澄とレイの2人に"何かを選んで何かを捨てる"、"何かを犠牲にする"という決断を下させたいのだ。2人が苦悩し、混乱し、平静を失って、普通ではない行動を取る。それが見たいのだ。何もせずただぼんやりとバスを走らせるよりも、その方が何倍も面白いから。

 

 

---

 

 

瀬戸大橋付近--

 

瀬戸大橋が目と鼻の先という所まで来た中、バスが再び停車する。休憩の為では無く、バスの車内で数人が言い争いを始めていたからだ。話している内容から察するに、飲み物の取り合いのようだった。

 

高嶋「喧嘩は止めてください!」

 

香澄は席を立ち止めに入り、レイもそれに続く。香澄は自分で言った通り、諍い等は自分で止めるつもりらしい。しかし、頭に血が上った大人は、子供の言葉では鎮める事が出来ない。言い争いから暴力沙汰にまで発展すれば、香澄も腕力で止めなければならないだろう。

 

詩船はそれを期待して一部始終を見ていたが、諍いはそこまで大きくなる事はなかった。黒シャツの男の取り巻きが仲裁に入ったからだった。取り巻き達が何かを話している。内容は詩船の耳には入らなかった。

 

暫くして、香澄とレイは安堵の表情を浮かべながら、詩船がいる運転席まで戻ってくる。

 

詩船「争いは止まったようだね。何があった?」

 

レイ「飲み物の取り合いが原因で喧嘩が起こってたんですけど、まだ沢山飲み物を持っている人がいたから、分けてくれたんです。」

 

詩船「………………成る程。」

 

レイの言葉で詩船は察する。どうやら黒シャツの男とその取り巻き達は、着実にこのバスで勢力を広げているようだ。

 

ひと段落した途端、ふらふらと一人の男が運転席に近付いてくる。詩船ば身構えるが、その男は詩船の横を通り過ぎ、手に持っていた新聞紙をフロントガラスに貼り付け始めたのだ。

 

詩船「何馬鹿な事をしてる!」

 

すかさず詩船はその男を取り押さえた。その男は譫言(うわごと)の様に同じ言葉をただ繰り返す。

 

男「外が見えるんだ………外が……外が……外が……。」

 

詩船は茶髪の女と同じ様に結束バンドとガムテープで拘束し、男を後部座席に押し込む。車内の状況は刻一刻と悪くなる。まだ比較的メンタルが正常な人達ですら、顔に疲労の色が強く出ていた。その時だった--

 

 

 

 

 

 

レイ「っ!?」

 

突如レイがスケッチブックを取り出し、そこに地図を描き始める。その地図は瀬戸大橋周辺の地図を表しており、大橋へ行く途中の道を黒く塗り潰したのだ。今までよりも念入りに黒く。

 

詩船「何か感知したのかい?」

 

レイ「はい……瀬戸大橋へ行く道の途中に………。」

 

レイが化け物を探知出来る様に、化け物もまたこちらを探知出来るのではと錯覚する程に、化け物はこちらの行手を遮るかの様に現れる。

 

詩船「詳しく道を調べてみないと分からないが、これでは瀬戸大橋も使えな--」

 

男「なあ!」

 

迂回する判断を取ろうとした矢先、運転席までやって来た黒シャツの男が詩船の言葉を遮った。

 

男「さっきから聞いてたが、まさかまた迂回する気か?なあ!?」

 

詩船「…………そうなるかもしれないね。」

 

男「あんたも分かってるだろ!なあ!このバスに乗ってる奴らさみんなもう限界だ!これ以上回り道なんか止めてくれ!もう無理なんだ!頼むよ!!なあ!!!すぐに瀬戸大橋へ向かってくれ!」

 

声を荒げる男に、車内の視線が集まる。少し前に同じ様に迂回を否定した時、車内の人達の視線の多くは、彼に対して否定的だった。しかし、今は違う。徐々に黒シャツ男に賛同する声が増えていったのだ。車内の人達は、それ程までに切羽詰まっていたのだ。

 

高嶋「行きましょう、詩船さん。」

 

詩船「香澄……。」

 

高嶋「大丈夫です。あのお化けが出てきても、私が戦いますから。」

 

香澄の口調には強い意志が感じられた。

 

男「そうだぜ、この子はあの化け物をぶっ倒せる力があるんだ!この子が化け物を倒してくれりゃ進めるんだ!」

 

黒シャツの男も香澄に賛同するが、レイが言い辛そうな口調で声をあげる。

 

レイ「………少し問題があります。」

 

詩船「問題?」

 

レイ「この瀬戸大橋近くを塞いでいる化け物………今までのとは少し違う気がするんです…。今までのより、何だか……怖い…嫌な感じがするんです。香澄ちゃんでも戦ったら無事じゃ済まない……かも………。」

 

言葉を選ぶ様にして話すレイに対し、男は苛立たしげに睨みつける。詩船は男が言葉を発する前に言う。

 

詩船「今までの化け物とは違う…か。確かめてみるしかないね。」

 

 

---

 

 

瀬戸大橋付近、瀬戸中央自動車道--

 

レイが察知した化け物の居場所は、瀬戸大橋を車で通る為の道路である、瀬戸中央自動車道の上だった。詩船と香澄、レイの3人は、児島の小さな山の上にある神社に来ていた。

 

バスを出る際、黒シャツの男も誘ったが、男は怯えた顔をして首を横に振るだけだった。以前、化け物を見に行って死にかけた事がよっぽどトラウマになっているようだ。

 

詩船は神社の屋根に上がり、道中で手に入れた双眼鏡を覗く。

 

詩船「………いたね。」

 

そこにいたのは、自動車道の上を浮遊している数匹の白い化け物に加え、躯体が大きく今まで見た事がないタイプの化け物も混じっていた。

 

香澄「どうですかー、詩船さーん!」

 

詩船「ああ、レイの言った通りの場所にいる。それに見た事がない形の化け物も--」

 

言葉の途中で詩船は神社の屋根から飛び降りた。それと同時に、轟音と共に神社の屋根が爆発する様に破壊されたのだ。

 

レイ「っ!?え、な、何が……。」

 

2人は目の前の状況が理解出来ず困惑している。

 

詩船「化け物の一匹から攻撃を受けた。初めて見るタイプだね。遠距離攻撃が出来るようだ。」

 

その見た事が無いタイプの化け物は、今まで見てきた化け物よりサイズが大きく、頭に赤い一本の角を持っていた。その角を射出し、神社の屋根を攻撃してきたのだ。化け物がいる場所からここまではまだ数百メートル程離れているのだが、正確に撃ち抜いてきた。

 

詩船「逃げるよ!」

 

詩船は2人を促し、山を降り始める。直後3人がいた場所に、二撃目の角が直撃し地面が抉られる。

 

レイ「きゃああああっ!」

 

3人は急いでバスに駆け戻り、バスを発進させる。幸い、その化け物はバスまで攻撃はしてこなかった。

 

 

--

 

 

マイクロバス、車内--

 

バスの搭乗者達は、先程の轟音について不安げな表情で尋ねてくる。今までにない香澄やレイの狼狽えぶりからも、それがただ事ではないと感じたのだろう。

 

詩船「化け物からの攻撃を受けた。今まで私達が遭遇してきた化け物よりも、はるかに強力で厄介な新種が瀬戸大橋の前に集まっている。あれと戦うのは危険すぎる。瀬戸大橋は使えない。」

 

その言葉を聞いて、車内に絶望的な雰囲気が広がる。

 

男「ま、待てよ、勝手に決めんな!」

 

黒シャツの男は叫んで、香澄を指差した。

 

男「化け物はこのガキが倒せるんじゃねえのかよ!行けよ!瀬戸大橋に行け!」

 

香澄は詩船に言う。

 

高嶋「大丈夫です、詩船さん!私が戦って倒します!瀬戸大橋に向かってください!」

 

レイ「ダメだよ!!」

 

すぐさまレイが声をあげた。

 

レイ「遠くから攻撃出来る化け物がいるんだよ!香澄ちゃんは化け物に近付かなきゃ戦えないのに!危なすぎる!大怪我したら………もしかしたら死んじゃうかもしれない!」

 

男「俺達だって限界なんだ!このガキに戦わせろ!」

 

レイ「止めてください!!香澄ちゃんがいくら強くても、戦えば怪我をします!あなたは恥ずかしくないんですか!?こんな小さな子供を戦わせて、危険な目に遭わせるなんて!!」

 

男「………っ!」

 

黒シャツの男は今にも襲いかかりそうな目で、レイを睨みつけていた。事実レイの言う事が一番正しい。香澄には拳で殴るという攻撃方法しか持っていない。遠距離攻撃を持つ敵に対しては圧倒的に不利だ。それに加えあの化け物は何百メートルも離れた場所から、正確に狙いを定め、こちらを撃ち抜く事が出来るのだ。香澄がいくら戦おうとしても、避けられず、近付く前に撃ち殺される可能性が高い。

 

詩船「四国へ行く方法が無くなったわけじゃない。しまなみ街道が残っている。そこへ向かおう。」

 

そう言って、詩船はバスを走らせるのだった。

 




それからツバメは幸福の王子の所に飛んで戻り、やった事を王子に伝えました。

「妙な事に、こんなに寒いのに僕はとても温かい気持ちがするんです。」とツバメは言いました。

「それは、良い事をしたからだよ。」王子は答えます。小さなツバメは考えましたが、やがて眠ってしまいました。

考え事をするとツバメはいつも眠くなるのです。

オスカー・ワイルド『幸福の王子』


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狂った歯車の中で

外伝3部第8話。
瀬戸大橋を諦め、しまなみ街道を目指す一行。だが度重なる方向転換に乗客は遂に痺れを切らし--

そして、レイの心根を知った詩船は衝撃の真実を2人に告げるのだった。




 

詩船達は瀬戸大橋を抜ける事を諦め、しまなみ街道を目指していた。瀬戸大橋からしまなみ街道までは百キロ強ある。その間も休憩を何度も挟む為、四国到着まではかなりの時間がかかる。

 

バスで移動する中、香澄はずっと思い悩んだ様な顔をしていた。

 

詩船「やはり自分が戦って、瀬戸大橋を進んでおけば良かったと思っているのかい?」

 

高嶋「はい……。だって私が戦えば…それで四国へ行けるなら、それが一番だと思いますし……。」

 

詩船「自己犠牲の塊だね、香澄は。」

 

高嶋「ジコギセイ……?」

 

詩船「他人の為に自分が犠牲になろうとする心の事さ。お前さんはそんなに傷だらけになりながら、何の為に戦っているんだい?自分には何の得も無いのに。それを"自己犠牲"と言うんだ。」

 

改めて香澄に目をやってみる。香澄の服はボロボロで、その体には今までの戦いの傷が目立っていた。香澄は落ち込んだままの声で答える。

 

高嶋「そういうのとは、違う気がします。そういう綺麗な考え方とは、多分違います。私は………人が争ったり、苦しんだりする姿を見るのが嫌いだから……それが一番の大きな理由なんです。今、このバスの中にいる人達はみんな苦しそうで、イライラして怒ってて…………そういう中にいるのが、私は嫌で、耐えきれないんです。私が戦うのは、私の勝手な理由です。だから私が怪我する事なんて気にしないでください……。」

 

レイ「勝手な理由なんかじゃないよ。」

 

香澄が話した直後、レイが優しい声で香澄を抱きしめた。

 

レイ「香澄ちゃんが戦うのは、やっぱり自己犠牲だよ。どんな理由でも、自分が傷付いても他人の為に行動するのなら、それは自己犠牲だよ。このバスの中の状況だって、香澄ちゃんの責任じゃないんだから。」

 

高嶋「………………。」

 

香澄の表情は晴れない。レイの言葉は、どんなに優しくても、きっと香澄には届かないのだろう。

 

詩船「まあ、お前さんがどんなに戦いたくても、今は止めておくんだね。飛び道具を使う化け物がいる状況じゃ、お前さんの力では突破出来ない。香澄が化け物に接近しようとした時点で、このバスを撃ち抜かれて終わりさ。お前さんがあの化け物の攻撃を避けられたとしても、バスは小回りが効かない。一人で戦ってどうにかなる状況じゃないよ。」

 

詩船はそう言いながら、香澄とレイの間に存在する大きな溝について考えていた。

 

 

---

 

 

マイクロバス、車内--

 

これでもう何度目の休憩になるだろうか。バスはしまなみ街道に向かう途中のスーパーの駐車場に停まっていた。

 

詩船は二人に仮眠を取るよう言った。香澄は寝息を立てていたが、レイは眠れずただ目を閉じて考え事をしていた。

 

その時、黒シャツの男がレイに声をかけた。レイが目を開けると、無表情な男が横に立っていた。感情の無いその顔は得体の知れない雰囲気が漂っている。

 

レイ「な、なんですか……?」

 

男「ちょっと話がある。バスの外に来いよ。」

 

男は囁く声でレイを誘う。その行為が隣で寝ている香澄を起こさない為だとレイが悟ったのは、既にバスから降りた後だった。

 

 

---

 

 

スーパーマーケット、駐車場--

 

レイがバスから降りると、黒シャツの取り巻き達二人と、他にも険しい顔つきの人達が立っていた。黒シャツの男はレイの腕を掴み、逃げられないよう、バスから数十メートル離れた場所まで移動する。

 

移動した後、黒シャツの男はその場にいる人達に対し声をあげた。

 

男「なあ、みんなの意見を聞きたい!俺はしまなみ街道へ向かうより、瀬戸大橋から四国に入るべきだと考えてる!俺達の体力は限界だ!怪我をしている人だっているし、体調を崩してる人だっている。何よりももう食糧が底をついてる!俺達に時間的猶予はない。お前達もそう思わないか!?少しでも早く安全な場所へ着く為に、瀬戸大橋へ行くべきだと思うやつは言ってくれ!!」

 

黒シャツの男の言葉に、その場にいる全員が賛同し始める。それはさながら怒りと苛立ちが声になって漏れ出てきているようだった。男は更に続ける。

 

男「白い化け物と戦える高嶋香澄ってガキは、瀬戸大橋へ行く事に賛成している!運転手の都築って女も明確に反対はしていない。結局反対してるのは、このガキだけなんだよ!こいつが瀬戸大橋へ行く事に賛成すりゃ、俺達は安全な四国へ行けるんだ!こいつさえ賛成すりゃあな!!だから--」

 

男はレイに目線を向ける。

 

男「このガキが生意気に俺達に逆らったり出来ねえようにしてやればいいんだ。なあ、ちょっと痛い目な遭わせてやりゃ、従順な良い子になるだろうよ。」

 

 

--

 

 

同時刻--

 

タバコを吸い終え駐車場に戻ってきた詩船は興味深い現場に遭遇していた。バスの外でレイが黒シャツの男達に囲まれている場面だ。

 

詩船は駐車場に乗り捨ててあった車の陰に身を隠し、状況を見る。黒シャツの男がレイの腕を掴み、レイはその手を振り解いて逃げようとする。

 

レイ「止めてください!!」

 

男「騒ぐんじゃねえよ!!」

 

男はレイの頬を叩き、腹に蹴りを入れる。

 

レイ「あっ、げほっ、えほっ………。」

 

レイは腹を押さえてその場に蹲ってしまう。

 

レイ「うぅ……げほっ…痛い……ぐっ…。」

 

男はレイの髪を掴み、顔を上げさせる。レイの目には涙が溜まっていた。

 

男「さて、どうしてやろうか………。」

 

嗜好的な表情を浮かべる黒シャツの男。それに対し詩船は、レイを助けにいく様子は全くない。

 

まだ致命的な状況は起こっていない。もっともっと、取り返しのつかない事態が起こって欲しい。そうなった後のレイや香澄はどんな表情を浮かべどんな反応をするのか。

 

今の詩船には、それしか頭になかった。

 

レイ「ま……待って…………。」

 

涙を流しながらレイは必死に声を絞り出す。詩船は思っていた。助けてくれと懇願するのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、詩船の思惑は外れていた。

 

レイ「こんな事……しちゃ駄目です…。あなた達がやろうとしてる事は…犯罪です……。今は警察も法律も、全然意味が無いですが、もしまた"元の平和な世界"に戻った時…………四国が本当に安全な場所だったら……自分が罪を犯した事をきっと後悔します。だから、止めてください……!」

 

その言葉に詩船は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船(何を言ってるんだ?元の平和な世界に戻った時?四国が安全な場所だったら?真っ当に生きていく?…………正気かい、この子は…。元の世界に戻る筈がないだろ。今の日本に安全な地域が無事に残っているかは分からないが、少なくとも関東圏や関西圏はほぼ壊滅しているんだ。日本の中心と呼べる地域が消えた今、この国は既に終わっているんだよ。)

 

詩船(例え四国や他にも僅かな地域が無事に残っていたとしても、以前と同じ生活は取り戻せない。元の世界に戻る筈がない。レイはその事に気付いているのか?それ程愚かなのか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイ「今はこんなにメチャクチャな世界になっても……きっと人間は、頑張って、元の世界を取り戻せます。そうなった時、もう真っ当に生きていく事が出来なくなるんですよ!」

 

絞り出す様にレイは訴える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船(なんだい、それは………。レイは気付いていないんじゃない。信じてるんだ。願ってるんだ。人類がどれだけ傷付いても、元の世界を取り戻せると………必ず自分達は元の世界に戻る事が出来ると………強く強く信じている。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男「黙れよ!」

 

黒シャツの男はレイの頬を殴った。何度も殴った。だが、レイは決して男には屈しなかった。"平和な世界になったら"、"元の世界に戻ったら"と戯れ言を言い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船(私は……………高嶋香澄と和奏レイを並べた時、高嶋香澄こそが私の対極な人間だと思っていた。だが、違うね。和奏レイこそが私と真に対極。…………和奏レイは私の前から消さなければならない。)

 

詩船は車の陰から出る。

 

詩船「何やってるんだい?」

 

その声に黒シャツの男達が動揺する。レイも呆然としながら詩船を見ていた。

 

レイ「し、詩船さん……。」

 

詩船「レイ、目を閉じてな。」

 

レイ「え?」

 

詩船「いいから目を閉じるんだ!私が良いと言うまで、目を開けるんじゃないよ。」

 

レイ「はい……。」

 

詩船はレイが目を閉じたのを確認し、黒シャツの男の取り巻きの一人に近付き、彼の耳を掴んだ。同時に隠し持っていた果物ナイフで耳を切り、千切った。千切れた耳は地面に捨て靴で踏み潰した。

 

男は絶叫しながら、地面をのたうち回る。黒シャツの男はその様子を見て、引き攣った様な声をあげ、情けなく尻餅をつく。

 

詩船「お前ら、こうなりたくなければ、今すぐ車内に戻りな。」

 

血に濡れたナイフを見せつけて詩船は話す。

 

詩船「大方お前らは、この黒シャツの男に食べ物や飲み物を分けてやるとか言われて、協力しているだけだろ?本心でレイに暴行したいと思ってる奴はいるか?いるなら手を上げな。」

 

当然挙手する者など誰一人おらず、全員が青ざめた顔で俯いていた。

 

詩船「いないようだね。安心しな。この黒シャツどもが集めてる食糧と水は、私が責任持って分けてやる。もうこの男に従うメリットも無い。分かったら、さっさと車内に戻りな!」

 

その一言で集まっていた人達は逃げるようにバスに戻っていく。詩船は果物ナイフを投げ捨て、結束バンドとガムテープでのたうち回っている男を拘束し、耳をガムテープで覆って見えなくさせる。

 

詩船「もう目を開けて良いぞ。」

 

目を開けたレイは、苦痛に悶える男を見ながら震えていた。

 

レイ「し、詩船さん………なんて事……。」

 

目は閉じていても、耳で周囲の音や悲鳴を聞いていたレイはすぐ詩船が何をしたのかを察したのだろう。

 

詩船「相手の方が人数が多かった。正面から挑めばこちらが負ける。だから派手に危険性をアピールして引き下がらせたらのさ。大体耳を切られたぐらいじゃ死にやしないよ。バスの中に包帯と消毒薬はある。医者だっている。」

 

そう言いながら、詩船は腰を抜かしていた黒シャツの男を結束バンドとガムテープで拘束する。

 

詩船「さて……と。私はこの男を"処理"してくるよ。」

 

レイ「処理って…………何を……?」

 

それには答えず、駐車場に乗り捨てられている車を調べて、キーが付いたままのものを探し出し、拘束した黒シャツの男を後部座席に押し込め走り去ってしまった。

 

詩船が戻ってきたのは、それから1時間程してからの事だった。

 

 

---

 

 

戻ってきた詩船は黒シャツの男の髪を掴み、自動車の後部座席から引き摺り下ろしてバスまで戻ってきた。

 

男「ああっ、ああ………ひっ、ひっ……ひいぃ………っ!」

 

戻ってきた男は顔が真っ青になっており、顔中に汗を浮かべている。まるであの時におかしくなってしまった茶髪の女と同じ状態だった。

 

高嶋「詩船さん、その人どうしたんですか!?さっきも、詩船さんに刃物で耳を切られたって人が……一体何があったんですか!?」

 

詩船は香澄の質問には答えず、黒シャツの男を近くの空いている座席に押し込む。そして運転席に座りバスを発進させるのだった。

 

高嶋「詩船さん!」

 

香澄が叫ぶように強く言うが、返事は返ってこない。詩船は香澄には答えず、ハンドルを握りながらレイに声をかけた。

 

詩船「レイ、お前さんに聞きたい。仮に四国が安全で平和な場所だったとして、そこに到着してどうする?平和に戻った後、どう生きるつもりなんだい?」

 

レイ「……え、あの、そんな事話してる場合じゃ……。」

 

詩船「いいから答えな。」

 

有無を言わせぬ口調だった。

 

レイ「……………普通に暮らしたいです。私は、両親が死んでしまったので…きっと全く以前と同じ生活は出来ないと思いますけど……それでも、出来るだけ前と同じ様に……。」

 

詩船「普通だね。」

 

詩船は吐き捨てる様に言った。

 

レイ「はい………普通です。」

 

詩船「まったく、呆れるくらい普通だよ。お前さんは世界滅亡に等しい事態を経験して、化け物の居場所を探知出来る超常的な力を手にして、それでそんな普通な生き方しか求められないのかい?」

 

レイ「……………はい。」

 

詩船「(おぞ)ましいくらいに普通だよ。」

 

レイ「…………………はい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船「ああ、本当にお前さんは普通だ。普通に良い奴だ。普通に生きる。それを望んで、そして最後までやり切れる人間は何よりも素晴らしい。とても、とても素晴らしく尊い事なんだ。」

 

無感情に詩船は話し続ける。

 

詩船「もう奈良を経ってどれだけの時間が過ぎたか分からないが、空を怖がったり、異常な恐怖心に囚われてメンタルを崩す人間が出てきている。よくよく観察していれば、共通している事は全員あの白い化け物と遭遇した後に、メンタルを崩している。あの化け物に対する恐怖心が影響しているんだろうね。だから--」

 

レイ「………っ!?」

 

突如としてレイは背筋が凍る程の悪寒に襲われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船「実験してみたのさ。」

 

レイ「実験………。」

 

それは香澄達がいなくなってしまった少女を

探していた時にまで遡る--

 

 

--

 

 

ガソリンスタンド周辺--

 

詩船「……………。」

 

レイ「詩船さん…。」

 

詩船「どうした?」

 

レイ「………いえ…何でもないです。」

 

詩船「そうだ、レイ。あの化け物はこの周辺にはいないのか?」

 

レイ「はい……いないと思います。」

 

詩船「一番近くにいるのはどの辺りだい?」

 

レイ「えっと……少し前に感知したんですけど…。」

 

詩船「ありがとね。私は暫くここを離れるけど、気にするな。数時間で帰ってくる。」

 

 

--

 

 

マイクロバス、車内--

 

詩船「そうだ。あの茶髪の女だ、レイ達がガソリンスタンドの近くで、迷子を探していたあの時に、私は茶髪女を連れて化け物がいる場所まで行ったのさ。」

 

レイ「えっ!?」

 

 

--

 

 

ガソリンスタンド周辺--

 

レイと話した後、詩船は茶髪の女を連れ、車を走らせていた。

 

女「あ、あんた何する気なの!?こんな所まで連れてきてもしあの化け物に遭遇したらどうするのよ!!」

 

詩船「………ああ、心配ないさ。」

 

女「え?」

 

詩船「もう遭遇している。」

 

次の瞬間近くの茂みが激しく音を立て、白い化け物が二人の眼前に姿を現したのだ。

 

女「きゃああああああああっ!!??」

 

 

--

 

 

マイクロバス、車内--

 

詩船「あの時レイが化け物の居場所を教えてくれたから、車を使ってすぐに行く事が出来た。あの化け物の近くを車で走って、化け物に追いかけられはしたが、なんとか逃げ切れた。あれは楽しかった!化け物を振り切った後、茶髪女はすっかりメンタルがやられていたよ。あの化け物は、恐らくただの"脅威"以上の恐怖心を人間に生じさせる。これは恐らく本能的で根源的な恐怖なんだろうね!」

 

一連の出来事を聞いて、レイは言葉を失ってしまう。詩船は構わず話し続ける。

 

詩船「さっき黒シャツの男にも同じ事をしてやったのさ。ああ……とても良かった。私は化け物に襲われるスリルを味わえるし、恐怖で喚き立て、狂っていく人間の姿も同時に見る事が出来るのは本当に面白い!こういう事態でもなければ、こんな体験は出来ないだろう。その上、私自身が直接手を下すわけでもなく、勝手に狂っていくだけだから、人一人潰したとしても罪悪感がほとんど無い。」

 

香澄「詩船さん………どうしてそんな事を……。」

 

香澄・レイ「「あっ!?」」

 

突如バスのスピードが上がる。詩船がアクセルを踏み込んだのだ。香澄とレイは危うく倒れそうになってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船「聞きな!」

 

詩船はバス全体に響くような大きな声で告げる。

 

詩船「このバスは四国へは向かわない!永遠に安全地帯になど………辿り着きはしないよ!」

 

 




幸福の王子は言いました。「下の方に広場がある。そこに小さなマッチ売りの少女がいる。マッチを溝に落としてしまい、全部ダメになってしまった。お金を持って帰れなかったら、お父さんが女の子をぶつだろう。だから女の子は泣いている。あの子は靴も靴下も履いていないし、何も頭に被ってない。私の残っている目を取り出して、あの子にやってほしい。そうすればお父さんからもぶたれないだろう。」

ツバメは言いました。「もう一晩、あなたの所に泊まりましょう。でも、あなたの目を取り出すなんて出来ません。そんな事をしたら、あなたは何も見えなくなってしまいます。」

王子は言いました。「ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん。私の命じた通りにしておくれ。」


オスカー・ワイルド『幸福の王子』


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普通の幸せ


外伝3部9話。
「四国へは向かわない。」と本心を露わにした詩船。狂行を止めるべく香澄が立ち向かうが、人を傷付ける事に躊躇ってしまう。

そして詩船の思いを知ったレイは遂に詩船と相対するーー

次回、外伝完結ーー





 

 

 

詩船(周りからみんなの騒ぐ声が聞こえる。私は地面に突っ伏している筈だが、体の感覚が無い。)

 

暗くなっていく視界の中で、周りに広がっていく赤黒い液体が見える。意識ははっきりしていた。

 

詩船(これは………あまり楽しくないね…。)

 

普通ではない事をやれば楽しめると思っていたが、どうやらそうではないらしい。かつて友人を、門限を破らせ怒らせた事を思い出す。

 

詩船(私は…………彼女を怒らせたかった訳では無かったんだ………。)

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

マイクロバス、車内ーー

 

詩船「このバスは四国へは向かわない!永遠に安全地帯になど………辿り着きはしないよ!」

 

その言葉に対し、バス内が騒めく。唖然とする者、怪訝そうな顔をする者、沸騰する様に顔を赤くする者と反応は様々だ。

 

香澄「な、何を言ってるんですか、詩船さん!?」

 

香澄が詩船に詰め寄った。

 

詩船「何を言っている、だと?言葉通りだよ。このバスは四国には辿り着かない。私は初めから安全地帯に行くつもりなんて無いのさ。」

 

香澄もレイも、まだ詩船の考えを理解出来ていない。眉間に皺を寄せるだけで、言葉を発することも出来ない。詩船はアクセルを踏み締めながら言う。

 

詩船「そもそもおかしいとは思わなかったのかい?奈良から四国まで行くのに、こんなに時間がかかる訳ないじゃないか。普通に行けば半日もしないで辿り着ける距離だ。」

 

レイ「それは……道が塞がれていたら、危険そうな道を避けて遠回りしていたから…。」

 

絞り出す様にレイが答える。

 

詩船「勿論、それも理由の一つでもある。だが………"本当に必要だから遠回りしていたのか"を、誰も検証していなかった。」

 

レイ「え……?」

 

詩船「私が"不必要な"遠回りを繰り返し、わざと四国に辿り着けないよう車を運転してたとしても、誰も気が付かなかった。私が本当に四国へ行こうと思っていたら、お前さん達は半日で辿り着いていたかもしれないねえ。」

 

その言葉にレイは愕然とする。

 

レイ「な………なんで……?なんでそんな事を…?詩船さんは何がしたいんですか……!?」

 

詩船「それはこっちの台詞さ!!」

 

香澄・レイ「「っ!?」」

 

怒鳴りつけた詩船の言葉に、二人はびっくりする。

 

詩船「お前さん達こそ、安全な場所に行って何がしたいんだい?安心安全平和な世界に何がある?言ってみな!!それで何が得られる!」

 

レイ「な、何がって……。」

 

詩船「……ネットはもう既に繋がらなくなっている。今の四国の状況は分からない。数日前は安全地帯だったようだが、今はもう他の地域同様に崩壊しているかもしれない。だが、万が一四国だけが何らかの理由で安全を保たれていたとしたら、もうこの旅は終わりだ。化け物どもと戦って生き抜く楽しい時間は終わりだ。」

 

レイ「終わって良いじゃないですか!楽しい時間なんかじゃないです!」

 

詩船「レイ。確かにお前さんにとってはそうだろう。だが、香澄にとってはどうだろうね?」

 

香澄「え?」

 

詩船「こいつは私と同じだ。いや、私なんかよりも、はるかに異常者だよ。こんな年端もいかない子供が他人のために自己犠牲の精神で化け物と何故戦う?しかも人間が束になっても敵わない化け物を、あっさりと拳一つで捩じ伏せるんだ。こんな子供がまともな訳がない。きっと普通の人間達の間で生きれば、必ず不幸になる。周囲の人間が異常者を排斥しようと動くからね。香澄は平和な世界で生きるより、化け物に溢れた世界で生きる方が幸せだ。性に合っているんだよ。」

 

レイ「そんなことないです!平和な世界で生きる方が幸せになれるに決まってます!」

 

レイは訴える様に言う。香澄は言葉を失っていた。だが、香澄はすぐに我に帰り、また聖人のような人間性が顔を出す。

 

香澄「わ……私の事はどうだって良いです!このバスには、安全な場所へ行きたいって人が沢山乗ってるんですから!バスを停めてください!四国へ向かってください!」

 

詩船「断る。」

 

詩船が嗜虐的な笑みを浮かべて言うと、香澄はバス内の同行者に向かって叫んだ。

 

香澄「皆さん!近くにあるものにしっかり捕まってください!今から揺れます!」

 

それと同時に、香澄は横から詩船が握っているハンドルを掴み、無理矢理に回した。そしてバスは進路を曲げ、道路脇のコンクリート壁に車体を擦り付ける。

 

同行者達からの悲鳴が上がる。車体の摩擦でバスの速度が落ち、詩船は仕方なくブレーキをかけて停車させた。

 

詩船「くくく………こんな力技で停止させるなんてねえ…。」

 

苦笑しながら、詩船は香澄の手首を取って捻り、床に倒す。

 

香澄「うわっ!」

 

そしてそのままバスのドアを開けて外に出るのだった。

 

 

 

ーー

 

 

 

レイ「待ってください!どこに行くんですか!?」

 

詩船「逃げる訳じゃないさ。狭い車内より、外で話そうと思っただけだ。」

 

詩船は荒廃した道路で香澄とレイと向き合った。

 

詩船「…………さて、バスを運転出来るのは私だけだ。つまりあの同行者達を四国へ連れて行くためには、私の力が必要になる。香澄、もし同行者達を助けたいと思うのなら、無理矢理にでも私に言うことを聞かせるしかないよ。お前なら、力で私を屈服させて命令することも出来るだろうねえ。………やってみな、香澄。戦って私を従わせてみな。」

 

レイ「待ってください!何で香澄ちゃんと詩船さんが喧嘩しないといけないんですか!?」

 

詩船「面白いからだ。私の行動原理は常にそれだ。私は混沌とした状況の中に身を置くことが楽しい。その楽しみの為なら、何でもやる。高嶋香澄と戦うのも、また一興だ。」

 

そう言って詩船は身構える。

 

詩船「香澄、お前さんはどうする?お前さんがどういう反応を取るかは分からない。それが楽しい。化け物を葬れる力で、一般人に過ぎない私を捻り潰すか、それともやはり、一般人には拳を振るえないか?」

 

香澄「…………………分かりました。少しだけ、痛い目にあってもらいます……。」

 

香澄も拳を構える。

 

詩船「そうかいそうかい、成程ねえ。」

 

香澄「……………。」

 

香澄は拳を構えたまま、中々手を出してこなかった。睨み合ったまま、時間だけが過ぎていく。

 

詩船「迷ってるね、香澄?」

 

香澄「え……?」

 

詩船「お前さんはこう考えているんだろ?もし自分の拳で相手を殺してしまったら?お前さんの拳はあの化け物を殺せるだけの力がある。そんな拳を一般人に振るえば殺してしまうのではないか?お前さんは束縛系の技は使えないだろ。あくまで打撃が中心だ。上手く手加減して、殺さないように相手を殴って、屈服させることが出来るかい?」

 

香澄「……………。」

 

香澄は何も答えない。詩船は構えを解き、無防備に香澄に近付いていく。

 

詩船「あの化け物を粉砕出来る拳なら、軽く当たっただけでも人間程度は殺してしまうかもしれない。人体をぐちゃぐちゃに破壊して、見るも無惨な肉塊に変えてしまうのではないか?人殺しは怖いかい、香澄?」

 

香澄「うっ…………。」

 

そう言いながら詩船はもう香澄の目の前まで来ていた。香澄の目には迷いと躊躇いがある。香澄は人を傷付けることが不慣れすぎるのだ。

 

詩船「戦うことが出来ないのなら、もう止めておきな。私と一緒に世界を巡り続けよう。お前さんのような特別な力を手に入れた人間が、普通の世界で生きて何の意味がある?その力を振るえる環境に身を置くこと、それがお前さんの最も有意義な生き方だ。」

 

香澄「…………うわぁぁぁっ!」

 

香澄は苦し紛れに拳を突き出す。だが詩船はそれを避け、香澄が拳を振るう力を流しつつ足を払い、体を地面にうつ伏せに倒した。

 

香澄「きゃあっ!」

 

そして詩船は結束バンドを取り出し、倒れた香澄の両手を後ろ手に縛る。

 

詩船「……やはりお前さんは人間相手に全力を振るえないようだね。あの化け物どもを相手にしている時とは比べ物にならない程、動きに精彩が無い。」

 

香澄「うぅ…………。」

 

詩船「さて、バスに戻ろう。私と一緒に、この世界が終わるまで、化け物どもに溢れた世界を生きよう。」

 

詩船は香澄を担ぎ上げ、バスへ向かう。

 

レイ「ま、待ってください!」

 

その時、レイが詩船を引き止める。詩船は足を止め、香澄を地面に下ろして振り返った。

 

詩船「………なんだい?」

 

レイ「………………。」

 

詩船「レイ、私はもうお前さんに用は無い。これから先はお前さんを連れて行くつもりは無いからね。」

 

レイ「え?」

 

詩船「お前さんはこれから四国へ送ってやる。お前さんのような普通過ぎる人間はもう必要ない。」

 

レイ「何を………言ってるんですか?」

 

詩船「私はもうお前さんには干渉しない。だからお前さんも私達に干渉するな。」

 

レイ「干渉とか、そういう事じゃないでしょう!?香澄ちゃんを返してください!香澄ちゃんは私達と一緒に四国へ行くんです!!」

 

レイは詩船に掴みかかるが、詩船はその手を掴んで、背中に回した。

 

レイ「い、痛い……!」

 

詩船「弱いねえ……凡人が。」

 

レイ「うぅ………。」

 

詩船「私と香澄とお前さん。お前さんは香澄と同じ側だと思って、私だけが外れていると思っているようだが、全く違う。香澄はもともと私と同じ側さ。外れているのは寧ろお前さんの方だ。」

 

レイ「私が……香澄ちゃんや詩船さんと違って、平凡だってことは分かってます……!化け物に立ち向かえる力も無い……。」

 

詩船「違う、これは精神性の問題さ。お前さんと香澄は精神性が離れ過ぎている。その証拠に、今までお前さんが香澄にかけてきた言葉は、何一つ香澄に響いてなかっただろ。」

 

レイ「…………!」

 

ショックを受けたかの様にレイは目を見開いた。地面に転がされている香澄は、どこか悲しげにレイを見ている。

 

詩船「お前さんと、香澄や私との最も大きな違いは、この世界を受け入れているかどうかだ。化け物どもが人を殺し、そして私達は化け物どもと戦っていかなければならない。そんな世紀末の様な世界を受け入れているか否かだ。香澄はそれが出来ている。だからこそ、泣き言一つ言わずに化け物と平然と戦える。しかし、お前さんは化け物と共存する世界を受け入れることが出来るかい?お前さんは化け物がいない世界を望むだろ?」

 

レイ「…………。」

 

詩船「お前さんと香澄は盤面の表と裏程に隔たっている。お前さんより私の方が、香澄を有効活用してやれる。お前さんは用済ーーぐっ!?」

 

次の瞬間、足の甲に激痛が走る。詩船が視線を下ろすと、レイが足を力一杯に踏みつけていたのだった。

 

踏みつけるのと同時に、レイの平手打ちが頬を打つ。大した力では無かったが、完全な不意打ちで視界が一瞬揺らいだ。

 

レイ「そんなのは分かってる!!」

 

レイは小さな体で揺らいだ詩船に体当たりし、地面に押し倒す。そして馬乗りになって襟首を掴んだ。

 

レイ「言われなくても分かってる!私の言葉が香澄ちゃんに届いてないことも、本当は私と香澄ちゃんが全く違うって事も!!それでも、普通に生きる方が良いに決まってます!香澄ちゃんも、そして詩船さんも、普通に生きる方が良い!!普通に生きることを悪い事みたいに言わないでください!!!」

 

詩船はレイの片手の人差し指と中指を掴み、勢いよく曲げる。

 

レイ「あああっ!?」

 

指が折れる程の激痛が走り、乗っていた体が浮く。その隙を突き詩船はマウントを取り返した。

 

詩船「悪い事?そんなつもりはない。……………寧ろ、お前さんが羨ましいよ、レイ。」

 

レイ「うぅ……。」

 

マウントを取ったまま、詩船は少しずつ手に力を込め、首を絞めていく。

 

詩船「普通に生きられるというのは、素晴らしい事だ。私はお前さんを四国に送ってやると言っているんだ。お前さんは普通に生きれば良い。私達はそちら側には行かない。それで良いじゃないか。何故それが分からない?」

 

レイ「詩船さんこそ………どうして分からないんですか……!」

 

詩船「………。」

 

レイ「良いわけ無いじゃないですか……!化け物達がいる世界で生きるより…危険の中で生きるより……平和に生きる方が良いに決まってるじゃないですか……!詩船さんこそどうして分からないんですか!?」

 

首から手を離した詩船は、レイの両手を押さえつけ、結束バンドで拘束する。

 

レイ「外して!外してよ!!」

 

腕に力を入れるが、結束バンドは簡単に外せる物ではない。下手をすれば流血してしまう。レイは血を見るのが苦手だ。そこまでの無茶はしないだろう。そのまま詩船は香澄の方へ向かった。

 

レイ「うわああああっ!!」

 

詩船「ぐっ!」

 

その時、後ろからレイが詩船の背中に体当たりし、危うく倒れそうになってしまう。

 

レイ「香澄ちゃんを連れて行くな!連れて行かないで!!」

 

詩船「五月蝿い!」

 

詩船はレイの足を払い倒した。だが、レイはすぐに立ち上がり再び体当たりする。両手が塞がれている状態では、体当たりぐらいしか出来ないのだ。大したダメージにはならないが、何度もやられれば鬱陶しくなる。詩船はレイの腹部を膝で蹴り、顎を掌底で打った。

 

レイ「ぐっ……げほっ…げほっ……!」

 

地面に倒れてお腹を押さえて苦しむレイ。詩船はそのまま脚も結束バンドで縛った。これで立ち上がることも出来ないだろう。

 

レイ「げほっ…はぁ……はぁ………。」

 

背後からレイの声が聞こえる。

 

 

詩船は無視して歩き出す。

 

 

 

両腕両脚を縛られた状態では、レイは立つ事さえ出来ないーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船「ぐああああっ!!」

 

突然腕に凄まじい痛みを感じた。脳を貫くような激痛。この痛みには覚えがあった。刺された時の痛みである。詩船の左腕上腕部が、背後からボールペンで刺し貫かれていたのだ。

 

詩船「ぐっ…………!」

 

痛みで意識が一瞬遠ざかり、倒れそうになるがギリギリで踏ん張りを効かせて意識を繋ぎ止める。

 

詩船(誰が刺した……?)

 

背後にいたのはレイだけだ。だが、そのレイは両腕両脚を縛られていたから、立つ事も歩く事も出来ない筈である。詩船は後ろを振り返った。

 

詩船「………なっ!」

 

そこにいたのは縛られていた筈のレイだったのだ。両腕両脚を縛っていた結束バンドが何故か外れている。

 

詩船(どうゆう事だ……?)

 

レイ「はぁ、はぁ、はぁ……うぅ……。」

 

レイは息を荒げている。殴られたダメージに加え、腕から流れる血を見ているせいだろう。

 

レイ「うわあああああ!」

 

叫ぶ様な声を上げ、レイは詩船の顔面を殴る。今度は平手打ちでは無く、拳の一撃。一瞬意識が途切れ、気が付いた時には詩船は地面に仰向けに倒れ、暗い空を見上げていた。

 

詩船(くっ……駄目だね。腕の痛みのせいで、闘いに集中出来ない………素人丸出しの拳でさえ、捌けない…。)

 

レイは詩船の体に馬乗りになり、詩船の腕に刺したペンとは別のペンを喉元に突き付けた。

 

レイ「四国へ…向かってください……!詩船さんも、香澄ちゃんも、バスの人達も……みんな安全な場所へ行くんです………!」

 

詩船「レイ……どうやって、拘束から抜け出したんだい………?」

 

レイ「はぁ…はぁ……、以前に詩船さんが、学者は専門外の事については無知だって言ってましたけど……本当にそうなんですね。結束バンドは…はぁ、はぁ………手を縛られても、やり方さえ知っていれば、案外簡単に千切ることが出来るんです。手の拘束が外れれば、脚のバンドを外すのも難しくありません……。」

 

詩船「…………ははっ、そうなのかい。それは知らなかった。」

 

恐らくレイは、初めからこの不意打ちの一撃だけを狙っていたのだろう。結束バンドを解く方法を知っていながらも、最初からそうせず体当たりを繰り返していたのは、詩船を油断させて不意打ちを成功させる為だったのだ。

 

詩船(何という……在り来たりで、凡人らしい作戦なんだ……。)

 

レイ「もう………良いじゃないですから詩船さん……四国へ行きましょう。」

 

詩船「………………。」

 

レイ「安全な場所で良いじゃないですか。平和な。世界で良いじゃないですか……。」

 

もう詩船からレイを攻撃しようとする意欲は失われていた。

 

詩船「私は………お前さんのことが羨ましいと言った。これは本心だ。普通に生きることを幸せだと思えるのなら、それが一番なのさ。私は………………お前さんのようになりたかった。お前さんのように、普通に生きることを幸せだと思える人間にね…。」

 

 

 





それからツバメは王子の所に戻りました。

「あなたはもう何も見えなくなりました。」とツバメは言いました。
「だから、ずっとあなたと一緒にいることにします。」

「いや、小さなツバメさん。」と可哀想な王子は言いました。
「あなたはエジプトに行かなきゃいけない。」



オスカー・ワイルド『幸福の王子』


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それぞれの答え


遂に四国の目と鼻の先に辿り着いた香澄達は大社の巫女である今井リサと対面する。

詩船の想い、レイの想い、そして香澄の想いーー

残酷な真実を前に、3人が導いた答えはーー


外伝3部10話。そして外伝通しての最終話となります。




 

 

マイクロバス、車内ーー

 

香澄の手を縛っていた結束バンドを解き、3人はバスに戻る。同行者達は、傷だらけになっている3人を見て驚いていた。

 

詩船「これから四国へ向かう。」

 

そう一言だけ告げ、詩船はバスをしまなみ海道へと走らせる。刺されたのが左腕だった為、なんとかハンドル操作が出来ている。一応、左腕の傷は医師の青年に応急処置をしてもらった。

 

香澄はバスに戻ってから、口数が少なくなっており、以前にもまして香澄の本心は見えなくなっていた。

 

 

ーー

 

 

しまなみ街道が近付いてきた頃、レイがポツリと呟いた。

 

レイ「私は……詩船さんが悪い人なのかどうか、ずっと考えていました。」

 

詩船「………。」

 

レイ「あなたがやっている事は、人を傷付けるし、苦しめます。でも……….考えれば、詩船さんはいつも一線は超えないようにしてましたね。」

 

詩船「と言うと?」

 

レイ「詩船さんが手を下したのは、そもそもバス内で他人を傷付けようとした人や、誰かを見殺しにしようとした人だけでした。私と喧嘩した時だって………詩船さんだったら、本気を出せば私程度すぐに殺せた筈です。こんな世界で法律だってもうまともに機能してないんです。殺しても何の問題も無かった。でも、そうしなかった。」

 

詩船は何も答えない。

 

レイ「それどころか、このバスでの旅で、詩船さんに救われたことだって何度もありました。」

 

詩船「…………私はね、"予想通り"とか"平穏"っていうことが怖いのさ。同じ日常や決まりきった出来事が繰り返されるのがどうしようも無く怖い。」

 

香澄「どうしてですか……?」

 

二人の話を聞いていた、香澄が尋ねてくる。

 

詩船「説明は出来ない。高所恐怖症の人が高い所を怖がる様に、閉所恐怖症の人が狭い所を怖がる様に、本能的な怖さだ。気が狂いそうな程我慢ならない。私はただ状況を掻き回したいだけさ。それ以外には何も無い。」

 

レイ「迷惑な人ですね……。」

 

レイが吐き捨てるように言う。

 

レイ「でも……それ以上に、可哀想な人です。そういう生き方しか出来ないのは、とても息苦しくて窮屈です。」

 

詩船「昔、友人を騙して傷つけてしまった事があった。だが、私は彼女を傷付けたかった訳じゃないんだ。」

 

詩船はただ、普通で無いことに憧れて、明日が今日と同じ日でないことを願う。子供っぽさが抜けない出来損ないの大人に過ぎない。そんな詩船をレイ憐れむ様な目で見ていた。

 

レイ「詩船さんは、きっと"悪"ではないんですね。ただ、"人間にとって有害"なだけで。」

 

詩船「悪では無いが、有害………そうかもしれないね。」

 

香澄「……詩船さん。四国に行った後、もしも同じ毎日の繰り返しが嫌になったら、私とレイヤちゃんと3人で会いましょう。会って、何でもいいから、一緒に遊びましょうよ。そしたらきっと………詩船さんが言うような平穏への怖さも、いつか消えるんじゃないかって思います。」

 

香澄は詩船が今までやった悪事を全て赦すかの様に、笑顔を向けていた。やはり香澄の精神性は常人では無い。過去に人類の歴史に名を刻んだ聖人にも匹敵するだろう。詩船は苦笑して言う。

 

詩船「そんなに簡単に行くとは思えないよ…馬鹿だね……。」

 

それからしまなみ海道に到着するまでは、殆ど時間はかからなかった。

 

 

ーーー

 

 

しまなみ海道は、瀬戸内海の島々と、それらを結ぶ七つの大橋で構成されている。途中一度だけ化け物との戦闘があったが、香澄が難なく倒してくれた。

 

半分まで差し掛かった頃、路上にポールコーンの様に大幣(おおぬさ)が幾つも立てられ、道が塞がれていた。

 

詩船「なんだい、あれは……。」

 

当然異様な雰囲気に包まれる。そして詩船は大幣の向こうに、神社の神主や巫女のような格好をした人々が何人も立っているのを確認する。

 

詩船はバスを停め、外に出る。香澄とレイも後に続いた。

 

 

 

ーー

 

 

しまなみ海道ーー

 

大幣の向こうにいた神職らしき人達が、3人の前に近付いてくる。その集団の中にいたのは、香澄と同じくらいの少女だった。幼い少女を、大人達が自らの主人のように扱っている様子は、言葉では言い表せないような不気味さを感じさせる。

 

神主の服を着た老齢の男が、幼い少女に小声で耳打ちする。何を言っているかは聞き取れなかった。

 

?「はい。神託でそうありましたから。」

 

そう言って、少女は集団の中から抜け出し、3人の前に来て頭を下げた。

 

リサ「初めまして、今井リサって言います。本州からこの四国に避難しに来たんだと思うんだけど、道中に色んな現象に遭遇したんじゃないかな。」

 

先程までとは打って変わって少女から不気味な神聖さが消えた。神主達と立ち振る舞いを変えているのだろうリサは説明を続けた。

 

リサ「まず、この世界で起こってる事を、私達が分かってる範囲で話すよ。まだ一般公表はされてないから、言えない事も多いけど。」

 

 

 

ーー

 

 

それからリサと名乗る少女は、3人に様々な事を話してくれた。白い化け物の正体は分からないが、7月30日に日本各地に出現し、明確に人間に対する敵意を持って人類を虐殺し尽くした。四国には化け物が入ってこられない結界のようなものがあり、ごく少数の化け物が侵入しただけで、被害は少ないと言う。

 

四国のような結界がある地域は、他にも存在する可能性があるが、それ以外は壊滅的な状態となった。四国外からの避難民がかなり流れ込んでおり、現在四国内では彼らの生活をどのように保護するかの話し合いが行われているらしい。

 

そして、リサが話してくれた最も重大な事は、"勇者"と"巫女"という存在である。

 

勇者とは、天から現れた白い化け物を倒せる力を持った少女。即ち、香澄のような存在。

 

巫女とは、土地神からの神託を受ける者。神託によって化け物の出現を察知したり、神からの指示を受け取ったり出来る。即ち、レイのような存在。

 

勇者と巫女は、香澄とレイ以外にも少数ながらいるらしい。今目の前にいる今井リサもまた、巫女の一人である。

 

リサ「今、この世界は未曾有の危機にあります。天から現れたもの正体は、未だに不明………それらに対抗するためには、勇者と巫女の力が不可欠なんだ。」

 

リサの話を聞きながら、詩船はとある事に気が付く。リサは詩船のことを一切見ていないのだ。リサが見ているのは香澄とレイだけ。だが、リサの後ろにいる神職の格好をした人人々は、全員詩船に注目している。

 

リサだけが、香澄とレイの重要性にーー二人が"勇者"と"巫女"であることに気が付いているのだ。

 

リサ「化け物に対抗するため、今この国は組織として勇者と巫女達を探し、集めてる。勇者と巫女が四国に到着することを神託で知って、迎えにーー」

詩船「ちょっと待ってもらおう。」

 

詩船がリサの言葉を遮った。

 

詩船「少し私と今井だけで話がしたい。」

 

その言葉に、神職風の人々は、迷うような表情を浮かべる。この様な提案は想定していなかったのだろう。ましてや、巫女であるリサは彼らにとって重要な存在の筈だ。そんな少女を、始めて会った人と二人きりにする事への不安は当然あるだろう。

 

リサは再び子供離れした聡さで、神職達の不安を取り除き、安心させる。

 

リサ「大丈夫です。彼女に私を害する意思はありません。神樹様の神託で分かってます。少し話をさせてください。」

 

レイ「待ってください!」

 

詩船とリサの間に入ったのはレイだった。レイは香澄の手を取り言う。

 

レイ「二人だけじゃ駄目です。私と香澄ちゃんも聞きます。」

 

リサ「…………分かったよ。」

 

 

 

ーー

 

 

 

四人は神職達とは少し離れた所まで移動した。ここなら話を聞かれないだろう。

 

詩船「お前さんはこの二人が巫女と勇者だってことに気が付いているんだろう?」

 

リサ「………はい。」

 

詩船「こっちは勇者、高嶋香澄。こっちが巫女の和奏レイだ。そして私は都築詩船。何でもない、ただの一般人だよ。今井。お前さん巫女と勇者を集めてると言ってたね。」

 

リサ「いえ、私が集めてるんじゃ無くて、この国が集めてるんです。」

 

詩船「そんな事はどっちでも良い。お前さんに見つかって招集された巫女と勇者はどうなるんだい?何をやらされる?」

 

リサ「それは……分からないです。またはっきりとは決まってないんだと思います。いざという時の為に、特別な力を持つ人を集めてるんじゃないかな?」

 

リサは言葉を選ぶような口調で話す。次第にリサが置かれている立場が推測出来た。リサは何らかの組織の中で重要な立場にある。だが、その立場の重要さに反して、組織全体の意思決定に対し、何の影響力も持っていないのではないか。

 

詩船「分からないというのは嘘だろ?頭の良いお前さんなら、確信しているんじゃないかい?勇者と巫女はあの化け物と戦わせる為の兵士だ、とね。」

 

リサは無言のまま、詩船の言葉を受け止めている。

 

詩船「この四国は化け物の侵入から守られているらしいが、いつまでその状況が続くかは分からない。もしかしたら明日には突然、あの化け物が四国に侵入し、人間を虐殺するかもしれない。そうなった時の為に、化け物と戦える力が必要だ。」

 

リサ「……………。」

 

詩船「何が"対抗する為"だい。もっとはっきり言えばいい。"戦わせる為"だろ?もし化け物が侵攻してきたら、民衆を守る為に危険な戦いに出陣させ、犠牲にする為だ。」

 

リサ「それは………否定しないです。」

 

悲しげで、申し訳なさそうな口調だった。

 

詩船「お前さんが罪悪感を抱く必要はないさ。お前さんもその犠牲となる人間の一人だ。私のような一般人は、今後お前さん達の犠牲によって守られる。むしろ怒って、恨んで、私を殴っても良い立場さ。」

 

リサ「そんな事はしないです……。勇者になった私の一番の友達は、戦える力を持つ者が人を守る為に戦うのは当然だって考える人だから。私もそれに従う。」

 

二人の会話を聞いていたレイが、驚いて声を上げた。

 

レイ「ちょっと待ってください!戦わせるんですか?また香澄ちゃんや私達はあの化け物と戦わないといけないんですか!?」

 

詩船「今井が言う組織に入ればね。」

 

レイ「…………。」

 

レイは拳を握り締め、体を小さく震わせている。理不尽への怒りだろう。

 

リサ「勿論、それはいざって時の話。今の四国は平和だから……。」

 

そう言いながらも、リサの口調はやはり罪悪感に満ちていた。恐らくリサは、その"いざという時"がいずれ来ることを確信しているのだろう。

 

リサは根が優しすぎるのだろう。化け物が現れたのはリサの責任では無いし、勇者や巫女を集めている事だって彼女自身の意志ではないだろう。現状に対し、リサは何も悪くない。リサは目に見えない大きな流れに呑まれているだけだ。リサが罪悪感を感じる必要は全く無いのだが。

 

レイ「そんな……私達は、ここに来たら安全だって思ってたのに…。もうあんな化け物と戦ったりしなくて良いって思ってたのに………。香澄ちゃんはまだ子供です!リサさんだってそうですよね!どうしてそんな子供が先頭に立って戦わないといけないんですか!?リサさんの周りにいる大人達は、どうしてそれを良しとしてるんですか!?」

 

リサ「大人達は大人達で出来る事をやってる……。ただ、あの化け物に対抗する為には、私達にしか出来ないから……。」

 

レイは黙り込む。香澄も俯いたまま、何も言葉を発さない。

 

レイ「…………私は……ダメです。あなた達の組織には入りません!」

 

そう言いながら、レイは香澄の手を握る。

 

レイ「香澄ちゃんもそうだよね!?"勇者"になんかなっちゃダメだよ!」

 

香澄「…………私は………。」

 

香澄は口を開くが、すぐに言葉が止まってしまう。

 

詩船「………さて、今井。ここからが話の本題だよ。」

 

突然の事できょとんとするリサに、なんと詩船は頭を下げたのだ。

 

詩船「頼む。レイでは無く、"私を巫女という事"にしてくれないか?」

 

香澄・レイ「「えっ!?」」

 

二人は驚いた声を上げる。リサも困惑しているようだった。

 

リサ「顔を上げてください。でも、どうしてそんな事を………?」

 

詩船「確かに、レイは素質的に"巫女"だろう。だが、中身はどこまでいっても一般人なのさ。お前さん達と同じ活動をするのは無理だ。寧ろ私の方が向いている。お前さん達の活動に、ポジティブに向き合える自信がある。私はそういう生き方の方が好きだからね。」

 

リサ「……………。」

 

詩船「私と香澄をその組織に入れればいい。香澄は精神的には組織側の人間だ。問題はないだろう。」

 

レイ「な、何言ってるんですか、詩船さん!香澄ちゃんは………!」

 

掴みかかってくるレイを無視し、詩船は香澄に尋ねる。

 

詩船「香澄、お前さんはどうしたい?"勇者"として戦うか、それとも断るか。」

 

 

 

 

香澄「…………私はーー」

 

 

躊躇いがちに口を開く。

 

 

 

 

 

レイ「香澄ちゃん、ダメだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

レイの訴えるような声が虚しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄「ーー私は、"勇者"になります。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香澄はそう言った。分かりきっていた答えだった。

 

レイ「どうして……どうして自分から犠牲になろうとするの………?」

 

香澄「私が戦えば、少しでも傷付く人を減らせるから。」

 

淡々とした口調で答える香澄の言葉に、レイは震えながら口を噤んだ。結局、レイの言葉は最後まで、一度たりとも香澄には届かなかったのだ。

 

詩船「さて、これで香澄はお前さん達に合流して問題無い。あの神職達の様子を見ても、誰が勇者で、誰が巫女なのか気付いているのは今井だけだろう。だったら、お前さんが口裏を合わせて、私を巫女だと言ってくれればそれで良い。」

 

リサ「……でも、そんな事は………。」

 

詩船の言葉に、まだ躊躇いを見せるリサ。すると詩船は道路の上に膝と両手を付いて、地面に額が付くまで頭を下げたのだ。

 

詩船「………和奏レイは普通の人間なんだよ。大義よりも身近な幸福が重要で、見ず知らずの他人が傷付くことには鈍感でも自分や身内が傷付くことには敏感で、未来の大きな幸せよりも今のちょっとしたことが重要な………そういう普通の人間なんだよ。私は、それが素晴らしくて尊い事だと思っている。レイには変わらないでほしい。」

 

これは詩船の紛れもない本心。だからーー

 

詩船「レイをお前さん達のやっている事に巻き込まないでくれないか。」

 

リサ「…………。」

 

何秒か詩船を見つめ続け、やがて小さくため息をついた。

 

リサ「分かりました。少し大変だけど、誤魔化してみます。でも、失敗する可能性もあるので、その時は諦めてください。じゃあ、高嶋香澄を勇者として、都築詩船を巫女として伝えます。和奏レイは一般の避難民として、保護施設預かりとさせてもらうよ。」

 

詩船「ああ、それで良い。」

 

レイ「待って………待ってください!何勝手に決めてるんですか!私は………!」

 

詩船「レイ。お前さんはここまでだよ。」

 

レイ「私も一緒に行きます!」

 

詩船「お前さんには無理だ。」

 

レイ「どうして…………!?」

 

詩船「もし、いつか香澄が戦わなければならなくなった時、お前さんは香澄が傷付いていく姿を目の前で見ることにきっと耐えられない。」

 

レイ「………っ!」

 

詩船「それに、お前さんには夢があるだろ?お前さんなりの生き方と目標があるのなら、それを一番に大事にしな。世界がどんなに変容しても、お前さんがそれに付き合う必要は無い。」

 

レイ「…………私は、一体何だったんですか………。」

 

レイは俯き、体を震わせる。

 

詩船「勘違いするんじゃないよ。お前さんが今まで香澄の側にいた事は……巫女として力を持っていた事は、決して無意味じゃない。あのバスが安全地帯の四国まで辿り着けたのは、間違いなくお前さんの力だよ。」

 

その言葉でレイが救われることはないだろうが、詩船は続ける。

 

詩船「それにな、レイ。私はお前さんのような人間になりたかったよ。お前さんは私がなりたかった私だ。だから変わらないでくれ。」

 

きっとレイに詩船の言葉は届かないだろう。詩船とレイと香澄の関係は、どこまで行っても一歩通行の平行線なのだ。詩船の言葉はレイには響かないし、レイの言葉は香澄には響かない。そして香澄の言葉は詩船には響かないのだ。

 

香澄「レイヤちゃん……。」

 

香澄は優しく、明るさを絞り出すようにレイに言う。

 

香澄「心配しないで。私はきっと大丈夫!もし、この四国にもあの白いお化けが出てきたら、やっつけるから。そしたら、レイヤちゃんを守る事にもなるから。」

 

 

 

 

ーー

 

 

 

リサは誤魔化せるか分からないと言っていたが、どのような手腕を使ったのか、大人達を騙し切り、詩船を香澄の巫女として"大社"へと参入させた。

 

リサ「これは大きな"貸し"ですよ、詩船さん。いざっていう時に貸しは返してもらいます。もし私に逆らったら、この嘘は全部暴露されてレイは巫女としてすぐに呼び戻されますから。」

 

笑ってリサは言う。その笑いの中に、本気さが伺える。詩船は巨大な蜘蛛の巣に囚われてしまったのだろう。そしてその状況を詩船は楽しんでいた。

 

詩船「分かっているよ。お前さんが必要とする時、例えどんな事でも私はお前さんに協力するさ。」

 

こうしてリサと詩船の共犯関係が出来上がった。

 

詩船(レイが普通の生活を続けられるよう、最後までやりきってみせるさ……。)

 

 

 

ーーー

 

 

 

大社、詩船の自室ーー

 

それから三年以上の時が経ち、高嶋香澄は戦死し、詩船は和奏レイへの手紙を書いている。

 

あの日以来、詩船はレイに一度も会っていない。香澄がいつか言っていた3人で遊ぶ約束も遂には実現しなかった。

 

とは言え、本棚に置かれている絵本のせいで、レイの事を忘れたことは一日だってなかった。香澄の戦死を知らせる手紙を書き終えた詩船は、大社に外出届を出して山を下り、市街地へと向かう。

 

その間、詩船は香澄が大社に入ってから戦死するまでの日々について考えていた。

 

 

 

香澄が大社に入った事はら本当に正しかったのだろうかーー

 

 

 

 

香澄は何を想いながら戦っていたのだろうかーー

 

 

 

 

民衆の為に自らの命を擦り減らす事を、どう思っていたのだろうかーー

 

 

 

 

自分と同じ役目を負わされた友人達と、何を考えながら察していたのだろうかーー

 

 

 

 

 

彼女の内心は、他人には決して分からないだろう。同じ勇者達でさえ、香澄の心を深く理解出来る者はいなかった筈だ。詩船でさえ高嶋香澄という少女について、何も説明することは出来ない。

 

だが、そんなこの世の誰よりも分かりにくい少女について、たった一つだけ確信していることがある。

 

 

 

 

 

 

"香澄は大社に入った事を、きっと後悔していなかっただろう"ということだ。

 

 

 

傷付き、ボロボロになって闘い続け、命を落とす最期の最期まで。香澄は良くも悪くも、そういう人間なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市街地のコンビニの前にあるポストに辿り着き、詩船はレイ宛の封筒を投函する。

 

ふと、感傷が胸のうちを過ぎる。

 

 

 

レイは今、どうしているだろうか?

 

 

 

ちゃんと普通に生きているだろうか?

 

 

年に一冊送られてくるだけの絵本では、彼女の今の生活は分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船「…………会いに行ってみるとするか、レイに。」

 

ポストに背を向け、独りごちる。

 

 

 

 

傾いた真夏の日差しが、静かに照りつけるのだったーー

 

 



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平穏無事な世界の下で


外伝の後日談。
時代は神世紀29年。最後に別れてから約30年。詩船はずっと会えていなかったレイに再び会いに行こうと決意するーー




 

 

神世紀29年、冬ーー

 

 

 

冷たい夜空に、吐いた息が白く広がる。空を見上げると、夜明け前の暗い冬空に、月と星々が煌々と輝いていた。

 

それは三十年程前のあの日、三人で奈良から四国へ向かう途中では見えなかった星々。今はただ顔を上に向けるだけで見ることが出来る。

 

だが、この星々は本物ではない。世界の真実の姿を覆い隠す為に神樹が作り出している"偽りの景色"だ。西暦が神世紀に移り変わり、この時代を生きる人々には、もう本物の星空を見ることは出来ないのだろう。

 

そう頭の中で思いながら、都築詩船はタバコを取り出して口に咥えた。

 

?「タバコは吸いすぎないでくださいよ?」

 

背後から聞こえた言葉にハッとし、詩船は振り返る。後ろに立っていたのは、当然の事だが、猫耳の様な髪型が特徴的なあの幼い勇者では無かった。大社の巫女ーー否、今や大赦の中核を担っている今井リサである。

 

詩船「これはタバコ型のチョコだよ。私が昔住んでた地域の名物さ。」

 

リサ「面白い物が名物なんですね。」

 

そう呟き笑顔を見せるリサ。初めて出会った時から底が知れなかったが、神世紀になり大赦の中心の立場になってからは、より本心が見えにくくなっていた。笑顔を見せても、心の底から笑っているのかどうかは分からない。

 

詩船「タバコは巫女になった日に止めたさ。巫女は清浄なことを良しとされる。タバコみたいな体を穢すものを摂取するべきじゃないと神官に言われたからね。」

 

そうは言うが、高嶋香澄の訃報を聞いた時に一本吸ったことは伝えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「ここにいたんですね。探しましたよ。巫女と神官達の定例報告会がもうすぐ始まりますよ。」

 

?「リサさんがいないと始まらないんですから。」

 

そう言いながらやって来たのは、戸山明日香と宇田川巴である。

 

リサ「今行くよ。」

 

リサは少し微笑み大赦の社殿へと足を向ける。西暦の時代が終わり、神世紀になってからは、リサを中心とした巫女達が大赦の中核を握り、全ての決定権を持つようになった。神官は巫女達の神託に従い、あらゆる物事を進めている。

 

明日香と巴は、リサの両腕の様な立場に収まっている。リサは巫女達の中核にしてカリスマだが、大赦の最高位という立場になってからは、仕事が増えて巫女達全員にまで目が行き届かなくなってしまった。リサが多忙な時は、明日香が巫女達をまとめている。宇田川あこと白金燐子が戦死した後は随分と落ち込んでいたが、時間が心の傷を癒したのか、以前の明るさを取り戻していた。そして親友の死を乗り越えたことで、精神的にも成長し、強くなったようだ。

 

一方、巴は神世紀になった後、本格的に宗教学や民俗学の勉強を始め、今やプロの学者にも引けを取らない程の知識を持っている。その知識を武器に、巫女達から主導権を取り戻そうとする神官達に対しては、巴が表立って抵抗している。議論と知識の戦いで巴が負けることは一度も無かった。

 

リサ、明日香、巴の三人は、大赦の巫女達の中核である。勇者を導いた巫女という肩書きに相応しい立場に収まったと言えるだろう。

 

 

 

 

詩船(もし、レイが大赦の巫女になってたら、彼女もこの三人と肩を並べていたのかね……………いや、無理だろう。)

 

 

 

レイはリサと並び立てるような性格では無いし、寧ろ敵対する立場になっていたかも知れない。

 

明日香「詩船さんも報告会に出席しますか?」

 

詩船「今回は遠慮しとくよ。どうせ老人達が形式通りの定期報告を行うだけだろ?それに、ちょっと用事を思い出してね。」

 

巴「用事ですか?詩船さんが言うと、ロクな事じゃない気がしますね。」

 

詩船「全く……私は信用されてないようだね。」

 

巴「当然です。信用される要素がどこにあるんです?」

 

手厳しい言葉を巴は詩船にぶつけてくる。

 

詩船「それもそうだね。ともあれ、今回はお前さん達には全く関係無い事だよ。古い友人に会いに行こうと思ってね。私に外出許可を出してくれ、今井。」

 

香澄が死んだ時、レイに会いに行こうと思っていたのだが、結局会いに行っていなかったことを、今更ながら思い出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイとは随分長い間会っていないが、彼女の住所は大赦のデータベースを使って簡単に調べることが出来た。リサを通じて外出許可を貰った詩船は、車を運転してレイが住んでいる町へと向かった。

 

詩船「あの時は何ともなかったが、今となっては長距離のドライブは来るものがあるね。」

 

かつてレイと香澄を乗せてバスを運転していた時は、ほとんど寝ていなくても何時間でも運転出来ていたが、あの時はその状況が楽しくてどこかハイになっていた部分があったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなり時間はかかったが、正午よりも前に、詩船はレイが今住んでいる家へと辿り着いた。周りは森や畑が多くある田舎の一軒家。大きくもなく小さくもなく、和洋折衷で如何にも特徴が無い家。そんな家を見て詩船は思わず胸が踊った。

 

詩船(如何にもレイらしい、普通過ぎる家だね。)

 

インターホンを押すと、家の中から返事が聞こえ、数秒の後に玄関ドアが開き、中から一人の女性が現れた。その女性は詩船の顔を見て、一瞬キョトンとしている。目の前にいる人物が誰なのか分かっていない様子だった。

 

詩船「久しぶりだね、レイ。」

 

そう言うと、その声でレイはやっと目の前に立っている人物が誰なのか分かったようだった。そしてレイは警戒するように身構える。

 

レイ「詩船さん………!?どうしてここに?」

 

詩船「大赦の情報網を甘く見るんじゃないよ。お前さんが何処で暮らしてるかなんて、調べればすぐに分かるさ。そう警戒するな、別にお前さんにちょっかいを出そうと思ってきた訳じゃない。」

 

レイ「じゃあ、何しに来たんですか?今頃になって………。」

 

詩船「お前さんに私の好物を食べさせてやろうと、ふと思い至ってね。」

 

レイ「詩船さんの好物……?人の苦しむ顔とか、血と暴力とかですか?」

 

詩船「お前さんは私にどんなイメージを持ってるんだい?いや、そう思われても仕方ない事をしてきたからね。」

 

やれやれと言った様子でため息を吐きながら、詩船は手に持っているバッグをレイに見せる。中にはお好み焼きの材料が入っていた。

 

詩船「お好み焼きさ。丁度昼食の時間だろ?」

 

 

 

 

 

 

詩船はレイの家のキッチンを拝借し、お好み焼きを作り始める。出来上がったお好み焼きを食べたレイは、目を丸くした。

 

レイ「美味しいです……!悲鳴と暴力が大好きな詩船さんにこんな特技があったなんて。」

 

詩船「私を煽ってるのかい?私は仲良くなった相手には、手作りの料理を振る舞うことにしてるのさ。お前さんにはまだ作ってなかったからね。」

 

レイ「仲良くなった相手…?」

 

詩船「私はそう思ってるよ。お前さんの事が好きだからね。」

 

レイ「嬉しくないです。今でも私はあなたの事を恨んでいますから。」

 

詩船「お前さんから巫女の立場を奪ったからかい?」

 

レイ「…………。」

 

レイはお好み焼きを食べながら、何も答えない。

 

詩船「お前さんに大社の巫女なんて立場は似合わないと思ったからさ。尤も、私がお前さんから巫女の立場を奪ったのは、単純に私が楽しみたかっただけだからね。」

 

レイ「………分かっていますよ。あなたは本当に最低ですね。」

 

詩船「ふふ、そうだね。お陰で平穏平和な一般人として暮らすより、随分と様々な非常識体験を楽しめたよ。バーテックスが四国に侵攻する度に大慌てする神官達、恐怖や焦燥感で異常な行動を始める奴も多かったな。勇者という子供を戦地に立たせざるを得ない歪な状況だったから、勇者達もしょっちゅうトラブルを起こしていた。最終的には中学生の少女に過ぎない今井が大赦を牛耳るってイベントも見れた。事実は小説よりも奇なりとは言うが、まさにこの事だ。笑を堪えるのに相当苦労したさ。」

 

レイ「リサさんが大赦を牛耳ったのは、どうせ詩船さんが裏で引っ掻き回したんじゃないんですか?」

 

詩船「いいや、私は何もしてないさ。と言うより、あの今井リサという破格の女に、私ごときが影響を与えられる訳がないだろう。今井は私を利用し、私は喜んで利用された。ただそれだけの事だよ。」

 

レイはそんな詩船の感想を聞き流しながらお好み焼きを食べ終え、箸を置く。

 

レイ「ご馳走様でした。美味しかったです。」

 

詩船「満足してくれたなら幸いさ。お前さんのお陰で私は大社に潜り込めたんだから。この程度じゃお返しにもならないよ。お前さんにはいくら感謝してもし足りないくらいだ。恨みも甘んじて受け入れるよ。」

 

レイ「詩船さん。」

 

レイは詩船を睨んだ。

 

レイ「恨んでいるのは、巫女の立場を奪ったからじゃありません。香澄ちゃんが勇者になるのを止めなかったからです。」

 

詩船「…………あいつは自分から望んで勇者になったんだぞ?」

 

レイ「それでも止めるべきでした。香澄ちゃんはあの時、まだ十歳程度の子供だった!子供が間違った事をしようとしていたら、止めるのが大人として当然です!」

 

詩船「香澄が勇者になったのは、間違った事だった………と?」

 

レイ「はい。」

 

その口調には一切の迷いが無かった。恐らくレイは香澄と別れてから今まで、何度も何度も、気が遠くなる程繰り返し考え続けたのだろう。そして何度考えても、"香澄が勇者になったのは間違いだった"という結論にしか至らなかったのだろう。結論を繰り返す度に、レイの考えは強固なものになっていったに違いない。

 

詩船「大赦の神官達が聞いたら、卒倒しそうな意見だね。」

 

レイ「卒倒でも何でも勝手にすれば良いです。間違っていたのは事実なんですから。」

 

詩船「香澄が勇者として戦ってくれたお陰で多くの命が救われたんだ。今、四国の人々が平和に暮らせているのは、香澄のお陰でもある。」

 

レイ「………私は大社の内部で起こった沢山の事の詳細は知りません。あくまで一般人として知っている事をもとに言います。結局勇者はバーテックスという化け物に敗北しました。花園ーー湊友希那様以外は全員殉職。バーテックスが四国への侵攻を止めたのは、奉火祭とかいう儀式が行われたからです。香澄ちゃんは、奉火祭を行うまでの間の時間稼ぎとして死んだんですか?ただの時間稼ぎにしか過ぎないんだったら…………香澄ちゃんが犠牲になる必要は本当にあったんですか!?犠牲にならなくても、四国の平和は保たれてたんじゃないんですか………?」

 

確かにそれはレイの言う通りかも知れなかった。だが、それはあくまでも未来の今の時点から過去を振り返って出せる意見であり、現在進行形で事件が起こっていた当時は、香澄達勇者が戦うことが最善だった。

 

レイ「大社にさえ入らなければ……勇者にさえならなければ…香澄ちゃんはもっと長く生きて、今の四国を生きる人達と同じ様に、幸せな生活を送ることが出来た筈です。」

 

詩船「………長く生きたかもしれないが、それが幸せかどうかは別さ。香澄だけに限らず、勇者っていうのはみんな自分より他人を優先する奴ばかりだったからね。」

 

 

 

 

 

湊友希那ーー

 

戦う理由に私怨は混じっていたが、いつも集団の先頭に立って戦い、自分が傷付くことを厭わなかった。

 

 

 

 

宇田川あこーー

 

妹のように可愛がっていた燐子を、自分の命を犠牲にして守ろうとし、殉職した。燐子を守ろうとしていなければ、あこだけは生き残れたかもしれなかった。

 

 

 

 

白金燐子ーー

 

肉体的にも強くなく、戦うことにも消極的な彼女が勇者として戦い続けたのは、あこの事を心配していたからだろう。燐子が死んだのも、ある意味であこの為と言える。

 

 

 

 

氷川紗夜ーー

 

他の勇者のような明確な自己犠牲精神は見えなかったが、最後には友希那を庇って殉職した。

 

 

 

 

 

 

 

詩船「勇者というのは誰もが、自分の命を軽視しているように見えたよ。香澄もそうだ。だから香澄がもし勇者にならなかったら………その事を一生後悔し続けただろうね。」

 

レイ「…………。」

 

レイは何も言い返さず、膝の上に置いた自分の拳を見つめていた。

 

詩船「私は大赦にいる間、勇者やその周辺の人間達をずっと見てきた。勇者だけじゃない、その周辺にいる人間達も、癖の強い奴ばかりだったよ。中学生で強大な組織を牛耳った今井リサ。一度しか会ったことのない人間に強い崇拝を抱き続けた宇田川巴。激流のような時代の中で、自分を保って強く在り続けた戸山明日香。」

 

そしてレイは知らないだろうが、奉火祭の生贄になった六人の巫女達の意志の強さもまた、常人を逸脱していた。

 

詩船「勇者、巫女だけじゃない。浅ましい醜さも持っていたが、慣れない立場の中で、この国を守ろうと立ち回っていた大赦神官達も、常人離れの努力家達だと私は思うよ。なぁ、レイ。私は昔、お前さんのことを普通だと言った。だけど、思えば世界が崩壊し、人智を越えた力を持ったお前さんが"普通"を保てた事自体が、異常だったんだ。普通と普通じゃない事の境界はどこにあるんだろうね。」

 

レイ「そんなものありませんよ。」

 

レイはそう断言した。普通と異常の境界。レイはその事にも、二人と別れた時からずっと考えていたのだろう。長く深く考えた者のみが持つ、揺るぎなさをレイの口調から感じる。

 

レイ「詩船さんも異様な人ですけど、世の中にはあなたよりも変な人だって掃いて捨てるほどいます。人間は多面性を持ちますから、誰だってどこかが普通で、どこかがおかしいんです。誰もが異常で、誰もが普通なんですよ。」

 

詩船「随分文学的な事を言うじゃないか。流石は絵本を書いて私に送ってくれているだけはあるね。」

 

レイ「あなたが巫女という立場を奪って、私を大赦から排除したお陰ですよ。」

 

そんな問答を繰り返しながら、使い終わった食器を片付けていると、家の玄関ドアが開く音がするのだった。

 

 

 

 

 

?「ただいまー!」

 

早足で廊下を歩き、リビングに入ってきたのは一人の少女だった。詩船が出会った頃のレイと同じくらいの年齢の子供。その少女は詩船の姿を見て、頭を下げる。

 

?「ごめんなさい、お客さんが来てるとは知らなかったので!………別の日にしてもらった方が良いかな…。」

 

少女がそんな事を独りごちていると、玄関の方から別の少女達の話す声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「和奏レイさーん!私達"勇者部"に聞風喪胆(ぶんぷうそうたん)たる取材の許可を!」

 

?「リリさん、声が大きいよ!和奏さんにもご近所にも迷惑だよ。それにもうご結婚されてるんだから和奏さんじゃーー」

 

両方共聞き覚えのある声だった。少し前にリサと友希那から相当脅されたであろう、二人の香澄ーー

 

 

 

 

 

 

 

?「あの子達、シロちゃんとリリちゃんは私の知り合いなんだけど、西暦の時代について調べて回ってるんだって。どうやって調べたのか分からないけど、お母さんが四国に来る時、高嶋香澄様に同行してた事を知ったらしくて。それで話を聞きたいって……でも、お客様が来てるなら、断ろうかな?」

 

リビングに入ってきた少女が、少し困った顔で言う。

 

レイ「大丈夫だよ、なな。入ってもらいな。」

 

レイは柔らかな口調で言う。娘に対する母親としての愛情が声だけで伝わるのが分かった。

 

レイ「芙蓉さんと倉田さんでしょ?倉田さんのお母さんは私の友達だし、彼女達が来る事は聞いてたから。」

 

?「良いの?」

 

詩船「構わないよ。私はそろそろ帰ろうと思ってたところさ。それに、客というほどの人間でもない。」

 

詩船は椅子から立ち上がり、玄関に向かおうとした時、二人の少女がリビングに駆け込んできた。

 

芙蓉「和奏レイさん!あなたが"7.30天災"の生き証人である事は分かっています!真実の声を取材させてください!」

 

倉田「だから和奏さんじゃないって……それにまだ許可をもらってないのに入っちゃダメだよ!」

 

レイは微笑んで二人を迎え入れた。

 

レイ「ふふっ、どちらでも構わないわよ。芙蓉・リリエンソール・香澄さんと倉田か……ましろさんだよね?霧絵さん……倉田さんのお母さんから話は聞いてるから。」

 

倉田「香澄で構わないですよ。前よりは私の名前に自信を持てるようになりましたから。」

 

詩船はレイが少女達と話している間に、部屋から出て行こうとしたが、レイに手を掴まれて止められてしまう。

 

レイ「詩船さんもいてください。芙蓉さん、倉田さん、この人は大赦の神官だよ。しかもあの高嶋香澄様を導いた巫女なんだから。私よりももっと面白い話を聞けると思うよ。」

 

その言葉を聞いた芙蓉は、目を輝かせて詩船を見た。

 

芙蓉「驚天動地!高嶋香澄と言えば、誰もが知る大英雄!是非話を聞かせてください!」

 

倉田「………高嶋香澄様の事は、私も興味があります。私とリリさんの名前の由来になった人だし…。」

 

その言葉を聞いて、レイは怪訝そうにましろを見る。

 

レイ「あれ?倉田さん、もしかしてお母さんから聞いてないの?芙蓉さんの場合は詳しくは知らないけど、倉田さんの場合は単純に高嶋香澄様が由来って言えないんだよ。霧絵さんが自分の名前………"きり"から最初は"かすみ"ってつけようと考えてたんだけど、生まれた後に逆手を打ったから、折角だからって"香澄"にしたんだから。」

 

この二人の"香澄"に関しては、大赦も身辺調査を行っていたから、ましろの名前の由来についても当然調べられている。レイの言う通り、元々ましろの母親は娘に"かすみ"と付けようとしていたらしい。もし当初の名前が"かすみ"ではなかったら、ましろの母親は娘に"香澄"と名付けることを拒否するつもりだったようだ。

 

レイ「つまり、倉田さんの本当の名前である"香澄"は、高嶋香澄様から半分、お母さんの霧絵さんから半分貰った名前なんだよ。」

 

レイの言葉を聞き、ましろと芙蓉は一瞬言葉を失っていた。そして少しの間が空いた後、芙蓉が口を開く。

 

芙蓉「えぇ!?旧世紀の事を聞きに来て、まさか倉田ちゃんの事を知るなんて!」

 

倉田「私も驚いたよ……知らなかった。」

 

レイ「倉田さんの名前の由来は、詩船さんも知ってるのでは?大赦の神官で、お偉い立場なんですし。」

 

レイが横目で詩船を見る。詩船は無視しようかとも思ったが、この歳になっても収まらない悪い癖が出てきそうになる。大赦の調査情報を一般人にこっそり横流しするのも面白いかも知れないな、と。

 

詩船「さっきレイがいった事は真実だよ。大赦神官として断言する。その事実は私達が調査確認済みさ。」

 

そう言うと、二人はますます詩船達に興味を示したようだった。

 

芙蓉「凄い!お二人は私達が知らない事を、もっと沢山知っていそうです!話を聞かせてください!」

 

倉田「リリさん、興奮し過ぎだよ。」

 

そうして詩船とレイと、レイの娘と、二人の香澄。五人でリビングの中で話を始める。三人と話をしているレイの姿を見て、詩船は安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、何時間くらい話をしただろうか。日が暮れ始める前に、二人の香澄達は家に帰った。ここから自宅まではかなりの距離があるようで、早めに帰らなければならないらしい。

 

二人が帰った後に、詩船もレイの家を出た。玄関から外に出ると、既に空は黄昏色に染まっていた。見送りにまで来てくれたレイに、詩船は尋ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩船「お前さんは今、幸せかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイ「はい。幸せです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一点の迷いもない答えが返ってきた。

 

詩船「………それなら良かった。」

 

その言葉だけで、レイを大赦から逃した甲斐があると詩船は思う。

 

詩船「私はお前さんの生き方は嫌いだが、その生き方を邁進しているお前さんは気に入っているよ。今度はお前さんが死ぬ間際にでも会いに来るとするか。お前さんのくだらない人生は幸せだったかと尋ねる為にね。」

 

レイ「詩船さんの方が先に亡くなりそうですけどね。もうとっくに還暦越えてるんですから、無理しないでくださいよ。」

 

苦笑気味にレイは言った。

 

レイ「それにーー」

 

詩船「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイ「ーーいつ来ても私の答えは変わりません。死ぬ間際でも、笑顔で"幸せだった"って答えてあげます。」

 

詩船「………そうかい。なら、その時を楽しみに待ってるとしようかね。」

 

その言葉を最後に詩船はその場を後にする。その姿をレイは、見えなくなるまで見つめているのだった。

 

 

 



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記録の語部

外伝第4部の1話目。

時代は再び神世紀に戻る。リサと友希那達大赦により壁の外の真実を知った芙蓉と倉田、二人の香澄。

仮初の平和が築かれようとする世界で、二人は"勇者部"として何を見て、何を成して行くのかーー



 

 

神世紀30年、倉田宅ーー

 

透き通った空気の中、除夜の鐘が鳴り響いている。

 

倉田「除夜の鐘だ。去年はなんだか妙に大変な一年だったなぁ……。」

 

寒空から隔離された暖かい部屋の中から窓の外を眺める。真夜中だというのにかなり離れた自宅の中からでも"それ"は良く見ることができた。

 

海に聳え立っている大きな植物でできた壁。昨年の秋頃、ましろはその壁を登り、芙蓉香澄と共に壁の外の真実を知った。

 

世界の外側は炎の大地と化しており、四国だけが神樹の加護によって守られている。人々がこの真実を知る事は無く、仮初の平和を謳歌しているのだ。

 

ふと手にしているスマホに目をやる。それと同時にとある人物からの着信が入った。画面に表示された名前を見るや否や、ましろの口から息が漏れる。

 

倉田「リリさんから…?」

 

通話に出ると、何やらスマホの向こうから息を切らしながら今にも事切れそうな芙蓉の声がする。

 

倉田「もしもし。」

 

芙蓉『はぁ……はぁ…倉田ちゃん…絶体絶命…断崖絶壁……はぁ…私はもう…ダメかもしれない……。』

 

倉田「そうですか。それじゃあ。」

 

そう言ってましろはすぐに通話を終了させる。するとすかさずまた着信が入った。

 

倉田「もしもし。」

 

芙蓉『はぁ……いきなり切るなんて冷酷無情じゃないか……!これが…最期の会話かもしれないのに…ゴホッゴホッ…。意識が薄れてきたよ……。』

 

倉田「そうですか。切りますね。」

 

芙蓉『倉田ちゃんと出会って、半年くらいだね…幸せだった…よ……。もっと沢山一緒の時間を過ごしたかったな…ゴホッゴホッ……目の前が暗くなってきた…。』

 

倉田「もう寝たらどうです?」

 

芙蓉『最期に…少しだけ希望を持ってるんだ……倉田ちゃんが助けに来てくれるかもって……。』

 

そう言い残し今度は芙蓉側から通話が終了された。

 

倉田「…………まぁ、どうせいつもの演技だよね…。」

 

すると今度はメールの受信音が。メールには丁寧に自分が今いる場所の地図が添付されていた。これが益々の演技臭さを実感させる。

 

倉田「リリさんの演技にはこれまで散々引っかかってきた……もう騙されないよ!」

 

スマホを机に置き、ベッドに横たわる。

 

倉田「どうせ演技だから…危機に陥ってるように見せかけて私を呼び出す算段なんだから……そう、演技に決まってる。」

 

窓の外からは除夜の鐘が鳴り響く。今の電話は芙蓉の演技だとましろは必死で自分に言い聞かせる。だが、一方で一抹の不安もあった。以前の病院での出来事である。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

芙蓉「私が今日病院に来てたのは定期検診の為だよ。お母さんの病気は遺伝するんだ。私の身体にも、同じ病気を発症しやすい遺伝子があるんだって。だけど、必ず発症する訳じゃないよ。発病しても必ず死ぬ訳でもない。でも………死ぬかもしれないんだ。」

 

芙蓉「お母さんが死んだのは39歳だった。私もそのくらいで死ぬ事だってあり得る。人の寿命が90年くらいだとしたら、その半分以下でしかない。だったら私は不覊奔放、今出来る事をやって生きるだけ。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

芙蓉の母親は病気で亡くなり、その病気に芙蓉自身も罹ってしまう可能性があるのだ。万一の事があるかもしれない。その可能性がましろの判断を鈍らせていたのだ。

 

倉田「演技……だよね……。うぅ〜……………もうっ!」

 

徐に起き上がり、スマホを手に持ち部屋を飛び出した。

 

倉田「分かった!行けば良いんでしょ!行けば!」

 

その声を聞き、自室で仕事をしていたましろの母である霧絵がドアを開けましろに尋ねる。

 

霧絵「どうしたの、香澄?」

 

倉田「ちょっとリリさんに会ってくる!お母さんは先に寝てて良いから!」

 

霧絵「リリさん……?」

 

 

 

 

 

 

自転車を走らせながら、ましろは必死に自分に言い聞かせていた。

 

倉田「別に騙されて行くんじゃない……リリさんはいつも無茶ばっかりするし、万が一本当に病気で倒れてたりするかもしれないし……無事だったらそれはそれで良い。確かめないでモヤモヤするより、その方がスッキリする。そう、私がスッキリする為に行くんだ。リリさんが心配だからじゃないし、騙されて行く訳でもない。」

 

 

 

 

 

 

暫く自転車を走らせたましろは、送られてきた地図に示されていた神社へと辿り着いた。

 

倉田「リリさんがいるのはここ……。」

 

その神社では初詣の真っ最中で、真夜中だというのに人も多く、辺りは賑わいを見せていた。すると、社務所の方から一人の巫女がましろの方へ駆けてきた。一連の元凶である芙蓉香澄である。

 

芙蓉「倉田ちゃーーん!!来てくれたんだね!延頸挙踵(えんけいきょしょう)して待ってーー」

 

言葉を言い終える前に、突然ましろは芙蓉の事を抱きしめた。

 

芙蓉「っ!?急にどうしたの?」

 

倉田「リリさん……本当に良かった……!」

 

次の瞬間、背中にあったましろの両手が芙蓉の頬へと移動し、芙蓉の柔らかい頬を摘み上下左右へと動かされる。

 

芙蓉「い、いへへへ!いはいよふらはひゃん!!」

 

倉田「全く……どうして生きてるんです!?」

 

芙蓉「倉田ちゃん、酷い!!?」

 

倉田「死にかけてる電話だったじゃないですか!」

 

芙蓉「ふふっ……倉田ちゃんは純粋無垢だなぁ。何度も私の演技に引っかかってくれる。」

 

倉田「帰ります。」

 

踵を返した途端、今度は芙蓉がましろに抱きついてきた。

 

芙蓉「待って!すぐ帰らないで!!」

 

倉田「………何ですか?」

 

芙蓉「じゃーん、まず私を見て何か言う事があるんじゃないかな?」

 

両手を広げ、自身の格好をましろに見せびらかす芙蓉。

 

芙蓉「普段と違わない?ほら……ほら!!」

 

倉田「う〜〜〜〜ん…………何もありませんね。」

 

芙蓉「こらぁ!!この白衣と緋袴が目に入らないの!?友達として、可愛いとか似合ってるだとかは無いの!?」

 

倉田「似合ってます。可愛いですね。」

 

それに対してつっけんどんな態度で芙蓉を突き放すましろ。

 

芙蓉「うぅ………心が篭ってない…これを見せる為に呼び出したのにぃ……。」

 

倉田「………。」

 

だが、ましろは表面上ではああいう態度を取ったものの、正直なところ芙蓉の巫女服姿は正反対にかなり似合っていると言っても良い。実際、隣を横切る人々は芙蓉の姿を横目で見るなり、"綺麗"や"似合ってる"などの言葉を口にしている。

 

ハーフであり人目を引く美少女でもある芙蓉。加えて昔は子供タレントとしても活躍していた経緯もあり、ましろもその巫女姿を見てドラマのワンシーンかと見まごう程であった。

 

倉田「それで、リリさんはこんな所で何をしてるんです?」

 

芙蓉「知り合いの伝手で神社の手伝いをしてるんだ。ほら、"勇者部"の活動目標は世界をなるべく良くする事でしょ?ボランティア的な活動も勇者部の目的に合ってるんじゃないかなって。」

 

倉田「勇者部って……まだあったんですね。」

 

その一言に芙蓉は相当のショックを受けてしまう。

 

芙蓉「倉田ちゃん!?私と倉田ちゃんがいれば、いつでも何処でも勇者部だって………倉田ちゃんが言ったんだよ!?」

 

その言葉に違和感があったましろは一瞬その時の事を思い出す。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

倉田「……それに、私とリリさんしかいないんですから、勇者部の活動目的や存在意義なんて、無くても良いんじゃないですか?壁の外を見るって目的が無くなっても……私とリリさんがいれば、それだけで今までと何も変わりませんし。」

 

芙蓉「………それもそうだね!私と倉田ちゃんさえいれば、それはもう勇者部だよね。なんなら、勇者部が存在しなくたって今までと同じだね!」

 

倉田「………そうですよ。」

 

芙蓉「とはいえ、何の目的もないっていうのは、何か寂しいよね。やっぱり何か目標があった方が良いのかなぁ。」

 

倉田「私はどっちでも良いですよ。目的があってもなくても。」

 

芙蓉「うーん………。なら私達2人の"勇者部"の活動目標は--この世界をなるべく良くする事!」

 

倉田「曖昧な目標ですね………でも、悪くないです。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

倉田「………それ言ったのは私じゃないと思いますよ?」

 

落胆する芙蓉。そこへ他の巫女さんが芙蓉を呼びにやって来る。

 

巫女「芙蓉さん。ちょっと社務所の方を手伝ってくれる?」

 

芙蓉「あっ、はい!分かりました。倉田ちゃん、もう少しだけここで待ってて。後30分くらいで私の仕事時間は終わるから。」

 

そう言い残し、芙蓉は社務所の方へと駆けて行った。

 

倉田「はぁ……仕方ないか…。」

 

嵐が過ぎ去ったような感覚に陥ったましろは取り敢えず、神社で時間を潰すことにするのだった。

 

 

 

 

 

 

神社の入り口近くで芙蓉を待っているましろ。スマホを見ながら、時折初詣に来ている人の様子を眺めていた。

 

倉田「楽しそうにしてるなぁ……。」

 

和気藹々としている人を見ながら、ましろは再び思い出していた。あの壁の外の光景を。

 

倉田(平和な世界……だけどそれは仮初の姿。あの時今井リサ様も言っていた…。残酷な真実を突きつけられるのなら、何も知らずに平和に生きてた方が幸せなのかな……。)

 

 

ーーー

ーー

 

リサ「これが世界の真実の姿。神樹様の御力によって、壁の外の真の光景は、内側から見えない様になってる。だけど、加護から一歩でも外に出ると、本当の世界の姿が露わになる。この世界は--四国を除いて、既に人が住める土地じゃない。滅んでると言ってもいい。私達は壁の外のこの光景やバーテックスの事を、絶対に公開しない。滅んだ世界の凄惨な光景やバーテックスの圧倒的な力を見れば、多くの人は正気を保っていられない。だから四国の安寧を守る為には、隠さなくちゃいけない真実だってあるんだよ。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

真実ほど人を魅了するものは無い。だけど真実ほど人に残酷なものも無いんだとましろは大赦に会うことで痛感もしていた。

 

 

 

 

 

 

それから言われた30分程が経ち、仕事を終えた芙蓉が戻ってきた。手には神社の人がくれた缶コーヒーが握られている。

 

倉田「仕事終わったんですね。」

 

芙蓉「……ぷはぁ。廃寝忘食して仕事した後のコーヒーは格別だよ!」

 

半分ほどコーヒーを飲んだ後、芙蓉は持っていた缶コーヒーをましろに手渡す。

 

芙蓉「あとは倉田ちゃんにあげるね。」

 

倉田「ありがとうございます。」

 

芙蓉「さて、私が今日倉田ちゃんを呼び出したのには理由があるんだ。」

 

唐突に芙蓉は話を切り出した。

 

倉田「え?巫女服を見せたかったからじゃないんですか?」

 

芙蓉「それもある!それもあるけど、私は私が働く姿をみせる事で今の勇者部の活動に警鐘を鳴らそうとしてたんだ。」

 

倉田「警鐘?」

 

芙蓉「そう!勇者部は世界をなるべく良くするって目的で昨年に生まれ変わった。だけど!その活動は停滞していると言わざるを得ない。」

 

倉田「停滞って……今だってリリさんは勇者部の活動として神社の仕事をしてたんじゃ?私も他の部活の助っ人する事だってあるし、それも勇者部の活動って言えるんじゃないですか?」

 

芙蓉「倉田ちゃん……部活の助っ人の報酬、今も貰ってるでしょ?」

 

倉田「うっ……。」

 

手痛いしっぺ返しを喰らってしまう。芙蓉の言う事は当たっていた。ましろの反応で芙蓉の予想は確信に変わった。

 

芙蓉「やっぱり!貰ったんだね!私以外の人から………浅ましいよ、倉田ちゃん!今まで外巧内嫉(がいこうないしつ)を保ってたけど、堅忍持久も限界だよ!お金が必要なら私があげるって言ってるのにーー!!」

 

倉田「あれは報酬では無いです!お昼ご飯代の奢りとして貰ってるだけです!」

 

芙蓉「貰わなければ良いじゃん!」

 

倉田「依頼してきた部の部長が勝手に渡してくるから…。」

 

必死に取り繕うましろだったが、終いに芙蓉は泣き出してしまった。幼気な少女が涙を流す姿は当然参拝客の目に止まる。側から見ればましろが芙蓉を虐めてる様に見えてもおかしくはないだろう。

 

芙蓉「うぅ……酷いよ、倉田ちゃん……。」

 

冷たく突き刺さる視線に恐怖したましろは必死で芙蓉を慰めながら他の部からお金を貰わない事を誓うのだった。

 

倉田「わ、分かりましたリリさん!もうお金は貰いません!それで良いですか?」

 

芙蓉「うん!それで良いよ!」

 

さっきの涙が嘘の様な笑顔を見せる芙蓉。いや、それどころか涙一つ流していなかったのだ。流石は元子役といったところだろう。

 

芙蓉「話を戻すよ。勇者部は今や倉田ちゃんが他の部の助っ人をしたり、私が地域のボランティアをやったりしてるだけ。果たしてそれで世界を良くする活動って言えるだろうか!」

 

倉田「でもそもそも単なる中学生の私達に世界をどうこうなんて無理があります。」

 

芙蓉「子供にだって出来る事はあるよ。その為にも、もっと明確で具体的な活動内容を定めた方が良いと思うんだ。」

 

倉田「………例えば?」

 

芙蓉「神社の手伝いをしながら、ふと思いついたんだけどね……。旧世紀……西暦時代の記録を保存して、残していく活動はどうかな!」

 

それは如何にも芙蓉らしい内容だった。

 

倉田「西暦時代の記録を!?」

 

芙蓉「そう!四国を囲む壁ができる前の世界がどうなっていたのか、旧世紀と新世紀の狭間で何が起こったのか……私達でさえ良く知らないんだよ。私達より年下の人達はもっと知らなくなる。私達が調査して、記録を残す事で後世の人々の為に役に立つ筈だよ!」

 

倉田「リリさんが………凄く良い事を言ってる…。」

 

芙蓉「私の凄さが分かった?」

 

倉田「だけど……記録出来ない事もありますよね?壁の外の事とか…。」

 

壁の外がどうなっているか、それは大赦トップである今井リサによって絶対に口外しないようにと口止めされている事。もしそれを破ったらどうなるか、その一端を二人は壁登りの際に痛いくらいに体験していた。特に芙蓉は相当堪えたようで、ましろがリサの名を口にした途端に震え出してしまう。

 

芙蓉「うっ……!い、今井…り、リサ……様……!?」

 

倉田「あまり好き勝手にやってると、また突然現れるかも。」

 

芙蓉「い……嫌!嫌だぁ!!あの人の前には……立ちたくない……!」

 

倉田「完全にトラウマになってますね…。」

 

芙蓉「本当に怖かったんだよぉ……。」

 

以前のヘリコプター内ではましろの助力もあり、威圧に怯まず立ち向かった芙蓉だったが、内心はこれ程までに怯えていたのだろう。

 

芙蓉「落ち着け落ち着け私……大丈夫だよ、倉田ちゃん。壁の外に触れるような真似はしないよ……。あくまで歴史を調べるだけだからさ……。」

 

倉田「声と足が震えてますけどね………。」

 

芙蓉「これは武者震いだよ!!」

 

倉田「そうですか…。」

 

芙蓉「さ、さて!私達が調査して記録すべき旧世紀の真実を幾つかスマホのメモにリストアップしてみたんだ。」

 

そう言うと、芙蓉はスマホのメモ帳をましろに見せる。そこには箇条書きで幾つかの走り書きがありーー

 

 

 

 

・神樹の正体、宇宙人が残したオーパーツ説を検証。

・大赦、古事記に記されし人類誕生以前の秘密結社説。

・花園友希那様、産まれた時からクローン影武者七人いる説。

・旧世紀の四国は呪術的に世界の中心だった説。

・旧世紀、年越しうどんはマイナーだった説。

 

 

 

倉田「…………。」

 

言葉を失ったましろとは対照的に、満面の笑みでスマホを見せている芙蓉。

 

芙蓉「どうかな、倉田ちゃん?」

 

倉田「全部怪しい都市伝説じゃないですか!」調べるまでもなく嘘だって分かりますよ!」

 

芙蓉「いやいや、そうとも限らないよ?」

 

倉田「はぁ………リリさんは全然変わりませんね…。」

 

最早反対意見を言う気力も無くなってしまった。メモ帳を閉じようとしたその時、ましろはメモ帳の下にもう一つの走り書きに目が止まった。

 

 

 

 

・"香澄"という名前に関する説。

 

 

 

 

芙蓉「ん?あぁ、そのあたりはまだ構想段階というか……調査内容を決めてないんだ。」

 

倉田「…………取り敢えず、全部却下です。去年のようにリリさんの言う都市伝説や陰謀論に付き合う気はありません。」

 

芙蓉「そんなぁ……!一緒に調査しようよぉ!!」

 

倉田「私はもう帰りますよ!」

 

そう言い残し、ましろは芙蓉を置いて神社を後にするのだった。

 

芙蓉「待ってよ、倉田ちゃーーーん!!」

 

芙蓉の声を無視して帰路に着くましろ、だがその途中とある言葉がずっと頭の中で反芻しているのだった。

 

倉田("香澄"の名前………か…。)

 

 

 

 

 

それから数日が経った。

 

ましろは今日もバスケ部の助っ人として試合に参加している。ましろが的確にスリーポイントのシュートを決め続け、試合は月ノ森中学の勝利で終わる。試合が終わり、バスケ部の部長がましろに話しかける。

 

バスケ部部長「やるじゃん、シロ。今回もシロのお陰で勝てた勝てた!やっぱりシロはバスケ部に入るべきっしょ!」

 

倉田「何度も言うけど、遠慮するよ。」

 

バスケ部部長「相変わらず連れないねー、シロは。今回の助っ人代は後で渡すから。」

 

倉田「あ……それなんだけど、もう助っ人代は貰わない事にしたんだ。今後は無償で。」

 

そう言ってましろは体育館を後にしようとしたその時、スマホに芙蓉からの着信が入る。

 

倉田「もしもし。」

 

芙蓉『倉田ちゃん!』

 

芙蓉の口調は何やら興奮気味だった。まるで新発見を早くましろに教えたいかの如くソワソワしているのが電話越しでも伝わってきた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉『咄咄怪事(とつとつかいじ)だよ!もう一人の"香澄"が見つかったかもしれない!』

 

 

 

 

 



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私の成し遂げた証

外伝4部の2話目。
真相を確かめる為、"深沼香澄"なる人物を探す二人はネットの情報網を頼りに愛媛の中学へと向かった。

そこで会った人物は、かつてましろの自信を打ち崩した者だったーー



 

 

ーーー

ーー

 

 

倉田(私は、自分の名前が嫌いだった。バーテックスと呼ばれる化け物と戦って四国を守った"4人"の勇者の一人、高嶋香澄という名に因んだ"香澄"という名前が。香澄という名前は産まれた時に特別な動作をした人に付けられる。その動作が何の意味を持つのかは知らない。)

 

倉田(ただ、香澄という名を付けられた子供は……ほんの少しだけ特別であるかの様に見られてしまう。その視線は"呪い"だ。私を増長させ、狂わせ、貶め、焦らせ、苛立たせ……苦しめた。でも、私はリリさんとそして………あの人、花園友希那様に出会ったお陰で"香澄"という名前と、私に向けられる視線の呪縛を受け入れる事が出来た。何があったのかは………まぁ、色々あったんです。だけど、もしも私達以外にも"香澄"という名前を持つ人がいたら……その人はどう生きているんだろう。"香澄"の名前はどう思っているんだろう………。)

 

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

 

 

うどん屋ーー

 

芙蓉・倉田「「いただきます!」」

 

芙蓉「感慨無量だよ!やっぱりこのお店のうどんは美味しいねぇ!」

 

一口毎に食レポをしながら舌鼓を打っている芙蓉に対し、ましろはいつもの様に無心で食べ続けている。

 

倉田「ずずっ……ずずっ………。」

 

倉田(あぁ……頭の中を空っぽにして、食べ続けてたいな……。)

 

否、ましろも頭の中で食レポをしながら食べていた。

 

芙蓉「このお店はね、旧世紀の頃から香川県産の小麦を使ってるんだって。私達が追っている旧世紀の資料に残しておくべきだね!」

 

食べながら芙蓉がうんちくを披露している間に、ましろはうどんを完食してしまった。

 

倉田「ぷはぁ……ご馳走様です。」

 

芙蓉「早い!」

 

倉田「それでーー」

 

食べ終わるや否や、ましろは昨夜あった芙蓉からの電話の話題を切り出した。

 

 

ーーー

ーー

 

芙蓉『咄咄怪事(とつとつかいじ)だよ!もう一人の"香澄"が見つかったかもしれない!』

 

 

ーー

ーーー

 

 

倉田「もう一人の"香澄"が見つかったかもしれないっていうのはどういう事です?」

 

芙蓉「ま、待って待って!今食べ終わるからぁ!」

 

慌てて残りのうどんを頬張る芙蓉。

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後ーー

 

芙蓉「はぁ……美味しかったぁ…。さて、今回の件について、まず"香澄SNS"について話さないとだね。」

 

倉田「"香澄SNS"………ですか?」

 

芙蓉「その通り。文字通り、香澄の名を持つ者だけが入れるSNSの事だよ。」

 

倉田「そんな物があるんですか!?」

 

芙蓉「ふふーん、私が作ったんだ!」

 

倉田「……………へ?」

 

芙蓉「実はね、倉田ちゃんと出会った頃にふと思ったんだ。もしかしたら私達の他にも結構な数いるんじゃないかって。」

 

香澄という名は産まれた時に逆手を打った子供に付けられる名である。偶然逆手を打った子供や、ましろの様に最初から"香澄"と名付けられた子供もいる可能性は0ではない。

 

芙蓉「だからサーバーを立てて、オープンソースのツールを使って"香澄"しか入れない完全招待制のSNSを作ってみたんだよ!」

 

倉田「自作でSNSを!?」

 

芙蓉「凄いでしょぉ!………でも、加入者は全然いなかったんだけどね……。」

 

倉田「私のお母さんも香澄の名前を持つ人はそんなにいないって前に言ってたっけ……。」

 

芙蓉「千慮一失……私はその後、SNSの存在自体を忘れてたんだ。だけど、昨日久しぶりに見てみたらなんと加入依頼の連絡が来てたんだ!」

 

この芙蓉の話が本当であれば、この四国にもう三人目の香澄がいるという事になる。ましろのテンションは若干の上昇を見せた。

 

倉田「それで、どんな人なの?」

 

芙蓉「"深沼香澄"っていうみたい。」

 

倉田「…………!」

 

芙蓉「だからすぐにその人にメッセージを送ったんだ。だからすぐ返事が来る筈だよ!」

 

笑顔で鼻高々に説明する芙蓉。自分の名前について何か分かる事があるかもしれない。そんな淡い期待を抱えながら次の日を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日ーー

 

芙蓉「返信が来ない!!」

 

ファーストフード店でハンバーガーを頬張りながら芙蓉は不貞腐れていた。

 

芙蓉「慷慨憤激(こうがいふんげき)!返事が来ない!どうして!!深沼香澄は私達の仲間に入りたくないの!?」

 

倉田「そんなに急いでハンバーガーを食べると喉に詰まらせちゃうよ?」

 

芙蓉「もぐもぐ………私は半分アメリカの血が流れてるから……もぐもぐ……言わばソウルフードなんだよ?喉に詰まらせるなんてありえ……っ!?」

 

次の瞬間、苦悶の表情を浮かべながら芙蓉は胸を叩き出した。案の定ハンバーガーが喉に詰まってしまったのだ。

 

倉田「っ!?早くジュース飲んでください!」

 

ましろが手渡したジュースを急いで飲み出す芙蓉。一気に飲み干し、何も無かったかの様に彼女は話を続けた。

 

芙蓉「………だけど、どうして返事が来ないんだろう。」

 

倉田「まだ一日しか経ってないし、もう少し待ってみたらどうです?」

 

芙蓉「…そうだね…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日ーー

 

芙蓉「今日も来ない!!切歯扼腕(せっしやくわん)!だけどうどんは美味しい!!」

 

今日はうどん屋でうどんを食べている二人。まだ返信が無い事に苛立っているのか、芙蓉のうどんを啜る様子も若干の荒々しさを見せている。

 

倉田「怒るのか食べるのかどっちかにしたらどうです?まだ二日目です。もう少し待ってみましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日ーー

 

芙蓉「来なーーーーーい!!!張眉怒目(ちょうびどもく)!たこ判は美味しい!!」

 

倉田「もぐもぐ………。たこ焼きの様でいて、この食べ応え……上にかかったマヨネーズに青海苔、削り節…この食べ物はたこ焼きの進化系か…お好み焼きの亜種か……。いつも私を迷わせる……。」

 

芙蓉「うんそうだねぇ……って!食べ物より私の怒りを聞いてよぉ!!」

 

あれから三日経ったがまだ連絡は来ない。芙蓉の痺れもとうとう限界まで来ようとしていた。

 

倉田「冷める前に食べたいんです!たこ判は一個200円もします。滅多に買い食い出来ないんです!」

 

芙蓉「今度私が奢ってあげるからぁ!!………そんな事より、どうして返事が来ないんだろう。」

 

倉田「ちょっと気になったんですけど、リリさんはその香澄SNSを放置してたって言ってましたよね?その深沼香澄さんから連絡が来たのはいつなんですか?」

 

芙蓉「えっとねぇ……二ヶ月前だよ。」

 

倉田「…………………え?」

 

芙蓉「二ヶ月前。」

 

その言葉にましろの怒りが一気に頂点にまで達したのは言うまでもないだろう。

 

倉田「二ヶ月ですか!?二ヶ月も放置して今更返信したところで反応なんてある訳ないじゃないですか!!」

 

芙蓉「えぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?どうして!?」

 

倉田「そんな胡散臭いSNSに加入申請して返信が無かったらイタズラか詐欺サイトかって思いますし、二ヶ月経ったらとっくにその人も忘れてるに決まってるじゃないですか!!」

 

芙蓉「胡散臭い!?」

 

倉田「諦めましょう。多分深沼香澄からは今後一切ありません。」

 

芙蓉「そ、そんな…………。」

 

倉田「まぁ、私も"香澄"って名前の人には興味がありますけどね……。」

 

芙蓉「……ふっ………ふふふっ……ふはははっ……!」

 

香澄の名が知れる機会を失い、若干の落胆を見せたましろ。だが、芙蓉は違った。このどん底の状況が逆に芙蓉の執念に火をつけてしまったのだ。

 

倉田「ど、どうしたんです?」

 

芙蓉「私は諦めない………百折不撓だよ!!倉田ちゃん、今から私の家に行くよ!」

 

そう言って芙蓉はましろの腕を掴み、半ば強引に芙蓉の家に連行するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉宅ーー

 

芙蓉「ただいまー!」

 

倉田「お、お邪魔します。」

 

二人は芙蓉の自室入ると、芙蓉は自分の机に置いてあるパソコンを起動、徐にキーボードを叩き始めた。

 

倉田「何するんです?」

 

芙蓉「私の香澄SNSを発見するくらいなんだから、きっと深沼香澄は多少なりともネットの知識に詳しいんだと思う。となると………。」

 

パソコンの画面上には次々と色々なSNSのサイトが。短文投稿型SNS、日記系SNS、画像メインのSNS、動画投稿SNS等々。一口にSNSと言っても数多くの種類があり、人々は自分に合った一つのSNS、若しくは複数のSNSを楽しんでいる。芙蓉はそれらの中から"深沼香澄"という名前を検索にかけていたのだ。すると"深沼香澄"という名前の複数のアカウントが見つかった。

 

倉田「幾つか出てきましたね。」

 

芙蓉「そして、短期間にアカウントの名前を変更したのはきっと本名じゃないから、それらは除外。次に投稿内容だけど……同一人物だったら異なるSNSでも似た様な文体や思想がある筈だから………ふふっ。」

 

倉田「リリさんの邪悪な笑み……初めて見た…。」

 

それらを加味して、篩にかけて行くと、やがて一つのアカウントが芙蓉の目に留まった。

 

芙蓉「複数のSNSに出てくるこの"深沼香澄"……多分これは同一人物の筈。きっと彼女こそ私達に連絡を送ってきた人に間違いない!」

 

目星をつけたアカウントに対し、芙蓉は更にそこに載せられている写真を分析する。投稿された写真の風景、電柱、マンホール、民家から芙蓉は住所を特定。更にそこに写っている人の瞳やメガネに映った物をAIの情報検索にかけ、投稿時間を分析して行動パターンの予測、挙げ句の果てには投稿内容から年齢や行動範囲、生活ルーティンを推測するにまで至った。

 

芙蓉「ふむふむ…………成る程、どうやら彼女は随分な高嶋香澄フリークみたいだね。」

 

倉田(リリさんが怖い……どんどんSNSから情報を抜き出してる…。敵に回すのは絶対に止めよう。)

 

芙蓉「倉田ちゃん、分かったよ!」

 

倉田「な、何がです?」

 

とうとう突き止めた芙蓉は、今度は画面に地図を映し出す。示された範囲は愛媛県のとある地域だった。

 

芙蓉「どうやら年齢は私達と同じくらいだから学校も特定出来そうだよ。SNSのフレンド一覧から交友関係も分かりそう。」

 

倉田「そんな事まで分かるんですね……………あれっ?」

 

フレンド一覧の中から、ましろはとある人物の名前に気がつく。

 

芙蓉「どうしたの?」

 

倉田「この名前は…。」

 

芙蓉「知り合い?それなら都合が良い!その人を通じて深沼香澄に近付けるかもしれない!」

 

倉田「知り合いって程じゃないけど……。」

 

その人はあの時たった一回会っただけ。だけどその人の名前と雰囲気は今でも鮮明に覚えていた。

 

 

 

ーーー

ーー

 

?「意外に大した事なかったわね…。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

倉田(あの時の私は世間知らずだった。旧世紀を知っている大人は香澄の名前を高嶋香澄に結びつける人も多い。だから少しスポーツが出来る私も注目されて、私はそれを自分の力だって勘違いした。その勘違いを打ち崩したのが、その人とそのチームメイト達だった。私がその人達と会ったのはたった一回だけだけど、その後も人伝いにチームの活躍は聞いていた。)

 

 

 

 

 

 

 

 

愛媛県、とある中学校前ーー

 

そして次の日、二人は深沼香澄が通っているであろう中学校の前まで来ていた。情報を調べ終わった後、ましろが深沼香澄のフレンドの人に連絡を取り、会う事を取り付けていたからだ。待つ事数分後、校門からその人が姿を現した。

 

?「待たせたわね、倉田さん。」

 

倉田「久しぶり。あの時の大会以来ですね、八潮さん。」

 

瑠唯「ええ、そうね。隣の方はどなたかしら?」

 

芙蓉「私は倉田ちゃんの大親友の芙蓉香澄です。あなたが八潮瑠唯さんですね。バスケの大会で倉田ちゃんをコテンパンにした。今日はそのリベンジに来た!」

 

瑠唯「そうなの?」

 

倉田「違います!!何を言ってるんですか!」

 

ましろは出会い頭に出まかせを言う芙蓉の口近くの頬を両手で摘み、そのまま上下左右に激しく動かした。

 

芙蓉「()ひはひよふらはひゃん(痛いよ倉田ちゃん)……ふえらはいれ(抓らないで)………!」

 

瑠唯「急にあなたから連絡が来て少し驚いたわ。どうして私の連絡先が分かったのかしら?」

 

芙蓉「とある人を調べてたら偶然あなたの名前のSNSアカウントを見つけたんだ。この学校にいる深沼香澄って人を知ってる?」

 

瑠唯「深沼香澄………えぇ。」

 

芙蓉「知ってるんだね!」

 

瑠唯「同じクラスですから。」

 

芙蓉「是非合わせてほしいんだ!」

 

瑠唯「……………。」

 

少しの間瑠唯は考えた後、二人にとある提案を出すのだった。

 

瑠唯「ええ、良いわ。ただし、倉田さん。あなたが私にバスケで勝ったらの話しよ。」

 

倉田「えっ!?」

 

瑠唯「あなたが勝ったら連れてくるわ。」

 

その提案を受け入れたましろは体育館へと移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体育館ーー

 

芙蓉「頑張れー!頑張れー!倉田ちゃーーーん!!」

 

1on1で対峙するましろと瑠唯。ましろが攻撃側で瑠唯が守備側。ましろが瑠唯からゴールを決めればましろの勝ち。ましろの攻撃を防げば瑠唯の勝ちとなる。

 

瑠唯「ねぇ、倉田さん。何故あなたはバスケ部を辞めたのかしら?」

 

倉田「…………っ!」

 

瑠唯「あの試合の後、倉田さんがバスケ部を辞めた事を人伝いで聞いたわ。私達に負けて、心が折れでもしたかしら?案外脆いのね。」

 

挑発をかけ揺さぶる瑠唯。だがこの勝負の決着は一瞬で着くこととなる。

 

瑠唯「っ!ここでフェイント……!」

 

倉田(隙を作った!ここからなら……!)

 

前へ切り込むと見せかけてバックステップで下がったましろは、そのまま3ポイントラインからシュートを放つ。放物線を描くボールはそのままゴールへと吸い込まれて行く。勝負はましろの勝利で幕を下ろすのだった。

 

瑠唯「…………私の負けよ。流石ね、倉田さん。」

 

倉田「たまたま運が良かっただけだよ。」

 

瑠唯「私達があの時の試合に勝てたのも運が良かっただけよ。…………もう一度聞くわ。どうしてバスケ部を辞めたのかしら?」

 

倉田「あのまま続けても、成果が出ないと思っただけだよ。」

 

瑠唯「成果………ね。あの時のチームメイトも同じ事言って殆ど辞めていったわ。第一もしこのまま四国でトップになってもそこで打ち止め。旧世紀には日本全国とか世界を目指していたけれど。」

 

倉田「今の時代にはもう無いもんね。」

 

瑠唯「そうね………この世界は狭すぎる。………約束通り彼女を連れてくるわ。久々に試合が出来て楽しかったわ、倉田さん。」

 

体育館を後にする瑠唯に向かって芙蓉は叫んだ。

 

芙蓉「瑠唯ちゃーん!世界だろうと日本全国だろうと何処で活躍するかは関係ないと思う!自分がやってきた事は、必ず自分にも周囲にも意味を齎すから。世界だろうと四国内だけだろうと関係ない!自分が成し遂げてきた事そのものが、何よりも大きくて重要な成果だよ!」

 

倉田「リリさん……。」

 

"成し遂げてきた事"ーー

 

ましろはその言葉が今でも心の中に残っていた。何故ならその言葉はあの初代勇者である友希那が言っていた言葉だったから。自分の力を認めてくれた言葉だったから。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

友希那「だけどね、倉田さん。"力"というものは、その強さや大きさが重要なのではないの。"何の為に使うか"、よ。今回、あなたは友の為に精一杯の力を使った。その結果として、今からあなた達は壁の外を見る事が出来る。あなたは友の願いを実現させたのよ。あなたの持ってる力は……私達勇者や、あるいは天才と呼ばれている人達に比べて小さいかもしれない。だけどその力を振るって成し遂げた事は、"神世紀になって約30年、誰も成し遂げる事が出来なかった偉業"なのよ。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

瑠唯「芙蓉さん…。その言葉、心に留めておきます。呼んでくるので此処で待っててください。でも、多分二人が思ってる人とは違うと思うけれど。」

 

そう言って瑠唯は体育館から去って行くのだった。

 

倉田「どういう意味だろう……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数分後ーー

 

?「あの………るいるいに此処に来るように言われたんですけど……。」

 

倉田「あっ……。」

 

芙蓉「やっと来たね……ってーー」

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉・倉田・?「「「えーーーーーーーーっ!!!!」」」

 

七深「シロちゃん!?」

 

倉田「な、七深ちゃん!?」

 

体育館にやって来た人物はピンク色の髪をした短いサイドテールの少女。二人が驚くもの無理はない。何故なら深沼香澄の正体は、以前に二人が会った事のある人物だったからである。

 

 

 



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価値のある体験

外伝4部の3話目。

二人の前に現れた人物は、かつて旧世紀時代の話を聞きに訪ねた人物の娘である広町七深だった。

久々の再会を懐かしむ三人。その中で芙蓉は七深にとある提案をする。



 

?「あの………るいるいに此処に来るように言われたんですけど……。」

 

倉田「あっ……。」

 

芙蓉「やっと来たね……ってーー」

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉・倉田・?「「「えーーーーーーーーっ!!!!」」」

 

七深「シロちゃん!?」

 

倉田「な、七深ちゃん!?」

 

二人が驚いたのも無理はない。現れた人物は以前とある人物から旧世紀の話を聞く為、知り合いになった広町七深だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

うどん屋ーー

 

三人は公園で話し込むのは難だからとうどん屋へ行き、久々の再開を喜びあっていた。

 

七深「まさかまたリリちゃんとシロちゃんに会えるなんて夢にも思わなかったなぁ。………うどん美味しい。」

 

倉田「私もだよ。アカウント名が"深沼香澄"だったからてっきり初対面の人だと………うん、ここのうどんも美味しいね。」

 

七深「あはは……高嶋香澄様を調べているうちにどんどん沼にハマっちゃってね。そこから自分の名前から取って"深沼香澄"って名前にしたんだぁ。」

 

芙蓉「そうだったんだね。………あっ、そう言えば確か七深ちゃんと初めて会った時もこうしてうどん食べてたよね。」

 

倉田「言われてみれば…。」

 

七深「そうそう。最初はちょっとギスギスしてたかも。」

 

三人はうどんを食べながら初めて会ったあの時の事を思い出すのだった。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

数ヶ月前、うどん屋ーー

 

三人が知り合ったきっかけは、芙蓉からの情報が最初だった。"どうやら愛媛の方で高嶋香澄について調べて回っている人がいるらしい。"とのタレコミがあったらしい。

 

その情報を元に、二人は愛媛を虱潰しに探し、聞き込みして回り広町七深へと辿り着いたのだ。

 

七深「二人って"香澄"の名前だけど、全然高嶋様に似てないよねぇ。笑顔もカリスマ性も。」

 

芙蓉「七深ちゃんは高嶋様に会った事もないでしょ!」

 

七深「私は高嶋様の事だったら何でも知ってるつもりだよ?」

 

静かな口調ではいるが、このままいけば軽い口論になってしまうだろうとましろは察し止めに入る。

 

倉田「ちょっとちょっと二人とも。店の中だと迷惑になっちゃうよ!」

 

芙蓉・七深「「むむむむ…………。」」

 

二人はましろに宥められ、落ち着き再びうどんを食べ進める。

 

 

 

 

 

 

七深「……ご馳走様でした。それじゃあ私は帰るね。折角高嶋様の事が知れると思ったんだけど、当てが外れちゃったみたいだし。」

 

そう言い残し、七深はうどん屋を後にするのだった。

 

倉田「………行っちゃったね。」

 

芙蓉「ごめんね倉田ちゃん。今回は単純に私の調査ミスだったよ。」

 

倉田「でも、何だか不思議な人だったね。少し話しただけで高嶋香澄様へのこだわりが強いって分かったよ。」

 

芙蓉「そうだね……。高嶋香澄様が載ってた記事をスクラップにしたり、出ているテレビ番組とかは全部録画してるって言ってたし。」

 

倉田「重度の高嶋香澄信者……。まるで戦国時代の武将ファンみたいだよ。そもそも勇者のファンってそんな感じがするもんね。」

 

そんな事を二人で話していると、芙蓉は何か気になる点があるようだった。

 

芙蓉「うーん…………。」

 

倉田「どうしたんです?」

 

芙蓉「広町七深………じつは気になる事があるんだ。」

 

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

七深「そうそう、確かに最初はそんな感じだった。でも私が帰った後にそんな事話してたんだね。」

 

芙蓉「それから数日は七深ちゃんの事を色々と調べたりしてたんだ。」

 

七深「気になる事があるって言ってたもんね。私はその後の二人の話が気になるなぁ。」

 

倉田「そうだね………確かあの後ーー」

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

二人が七深に出会ってから数日が経った頃の夜、ましろのスマホに芙蓉からの着信が入った。

 

倉田「もしもし、リリさん?」

 

芙蓉『倉田ちゃん!!』

 

電話口から聞こえてきた芙蓉の声はいつもの倍は大きな声であり、きっと大発見があったのだとましろもすぐに理解する事が出来た。

 

芙蓉『新事実だよ!!』

 

倉田「何がです?」

 

芙蓉『七深ちゃんの母親は、あの"7.30天災"の時四国の外から避難してきた避難民だったんだ!』

 

倉田「え、そうなんですか!?」

 

芙蓉『九分九厘間違いないよ。あらゆる伝手と方法を使って調べたんだから。』

 

倉田「リリさんのその調査能力は本当に凄いですね……。」

 

そんな事を話していると、突如電話口のリリから困惑の声が聞こえた。

 

芙蓉『あれ……?』

 

倉田「どうしたんですか?」

 

芙蓉『……………なんか窓の外から人の気配がしたような……。いや、多分気のせいだね。だってここはマンションの6階なんだから。」

 

倉田「…………………今井様とか?」

 

芙蓉『い、いやいやいやいや!!そそそそそそんな筈はなななななない!!!亀毛兎角(きもうとかく)だよよ!!?』

 

倉田「落ち着いてください、リリさん!冗談ですよ。風か何かじゃないですか?それより七深さんの事ですけど…。」

 

芙蓉『あぁあっ!そうだね!…………どう?少しは興味が湧いた?広町七深ちゃんは私達と全く同じ境遇なんだよ。』

 

倉田「四国外からの避難民の子供………。」

 

芙蓉『避難民だった私のお母さんと倉田ちゃんのお父さんはもういないけど、七深ちゃんのお母さんはまだ生きている。当時の話を聞けるかもしれない。』

 

倉田「…………。」

 

実際これまでの芙蓉がしてきた"勇者部"の活動に対しましろは未だに懐疑的だったが、いざ西暦時代の話が聞ける可能性がちらつくと手を伸ばしてみたい衝動にかられてしまいそうになる。

 

芙蓉『私は七深ちゃんのお母さんから話が聞きたい。もう一度七深ちゃんに会ってみよう!』

 

倉田「…………そうですね。」

 

芙蓉『……………ところでなんだけど。』

 

倉田「まだ何かあるんです?」

 

芙蓉『………やっぱり外の気配の事が気になるから、今晩は倉田ちゃんの部屋に行って寝ちゃ駄目?』

 

倉田「一人で寝てください。」

 

芙蓉『倉田ちゃーーーん!!!』

 

芙蓉の断末魔の叫びの途中でましろは通話を終了させる。その後でふとましろは思った。今井リサ様なら有り得ない話ではないと。

 

芙蓉がこの世に生を受けた時から監視しつづけ、ましろが芙蓉と接触した後は二人を監視し続けた。壁の調査をした時も、芙蓉が丸木舟を作った時も、ましろが壁を登っていた時もだ。大赦のトップであり外の世界の真実を隠し続けると決めたリサなら十分その可能性がある。

 

倉田「………そんな筈ないよね。」

 

そんな事を思いながら、ましろは眠りにつく準備をするのだった。

 

 

 

ーー

ーーー

 

 

芙蓉「あの時は確かに怖かったよ……結局明け方まで眠れなかったし…酷いよ、倉田ちゃん。」

 

倉田「もう中学生なんですから一人で寝れるようになりましょうね。」

 

七深「あはは……でも、そこからすぐ私をまた見つけたんだよね。シロちゃんも言ってたけど、リリちゃんの調査能力には感服しました。」

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

芙蓉から電話があった次の日、二人は来島海峡大橋を訪れる。水面が夕日を反射し、海がまるで光り輝いてあるようだった。遠くの方に人影が見える。その姿は広町七深その人だった。

 

芙蓉「やっぱりここにいたね、七深ちゃん。」

 

七深「………また来たんだ。」

 

倉田「うん、色んな人に七深ちゃんの容姿とかを聞き込みして、よく夕方にここに来てるって情報をね。見つけられて良かったよ。」

 

七深「今度は何の用事?」

 

芙蓉「単刀直入に聞くね?七深ちゃんのお母さんは西暦時代、四国外からの避難民だったよね?」

 

その言葉に七深の瞳孔が大きくなり、息を呑んだ。どうやら図星の様である。

 

七深「………どうやってその事を?」

 

芙蓉「それは極秘だよ。私達は"勇者部"。旧世紀の真実を記録し、保存する活動をしてる。是非七深ちゃんのお母さんから旧世紀の話が聞きたいんだ。」

 

七深「……勇者部?よく分からないけど、それは無理だよ。」

 

芙蓉「どうして?」

 

七深「お母さん、当時の事は話したがらないから。私にも絶対に話してくれない。」

 

そう言って、七深は来島海峡大橋を指差した。

 

七深「この来島海峡大橋は旧世紀に四国と本州を繋いでいたしまなみ海道の一部……お母さんは2015年の夏、あの橋を通って四国に来た。私がもっと小さかった頃、お母さんは時々ここに来てあの橋を眺めていた。橋を見に行った日は何故だかいつもより優しくて、私の好きなおまけ付きのお菓子を買ってくれた。だから私は今でもこの大橋が好きなんだ。でも、お母さんが何を思っていたのか……きっと昔、あの場所で何かがあったんだと思う。…………私も、本当はお母さんからもっと話を聞きたい。でも……。」

 

俯く七深。その時、芙蓉が七深の手を握り力強く答える。

 

芙蓉「私達に任せてよ!きっと七深ちゃんのお母さんから当時の話を聞き出してみせるから!」

 

倉田「そうです!普段はポンコツなリリさんですけど、いざとなったら凄いんですから!」

 

芙蓉「ポ、ポンコツーーー!!??それはちょっと酷いんじゃないかな、倉田ちゃん!!」

 

倉田「事実を言ったまでです!」

 

芙蓉「なにをーー!!!!」

 

七深を蚊帳の外にほっぽり出し砂浜で追いかけっこをする二人の香澄。だが、それも芙蓉の体力がすぐに底を付き終了となった。そんな二人の姿を見て、七深は吹き出し笑い出してしまう。風も無く穏やかな海岸に七深の笑い声が響いた。

 

七深「あはははははっ!!二人とも面白い!面白いよ!!真剣に悩んでた私が馬鹿みたいに思えてくる!」

 

倉田「へ?」

 

芙蓉「へぇ……ふぅ………はぁ……な、何を笑って……?」

 

七深「分かった、良いよ。二人ならきっとお母さんから話を聞けると思う。」

 

こうして二人は七深のお母さんとの面会の約束を取り付けてくれる事になったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの電車内ーー

 

芙蓉「愛媛となると、移動だけでもかなり時間が掛かるね。」

 

倉田「リリさん。七深さんは説得出来ましたけど、七深さんの母親から本当に話は聞けるんですかね?」

 

芙蓉「もし聞けなくても、会えるだけで意味はある筈だよ。七深ちゃんは少し不思議だけど、心は歪んでない。前向きに明るく生きている。それは七深ちゃんのお母さんが強く真っ当に生きているからだと思う。」

 

倉田「………うん、そうですね。」

 

芙蓉「"7.30天災"の事を話したがらないのは、多分何か辛い事があったから。でも、七深ちゃんのお母さんはそれを精神的に乗り越えたんだよ。そんな人と話す事は、きっと価値がある事だと私は思う。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその次の日、二人は愛媛にある七深の自宅を訪れるのだった。七深の母親である和奏レイは意外にも気さくで明るく、旧世紀の終わり頃にあった様々な事を三人に話してくれたのだ。

 

三人が特に驚いた事は、和奏レイが高嶋香澄と一緒に四国にやって来たという話だった。その事を話すレイの口調はずっと迷いが無かった。芙蓉とましろはその姿にリサの姿を重ねていた。全てを乗り越えた上で前を向いている人のそれだった。

 

もう一つ驚いた事があった。レイとの面会の場に大赦の巫女である都築詩船の姿があった事だ。詩船とレイからの話を聞いている中で芙蓉はとある事に勘付く。二人は何か大事な真実を隠しながら話しているという事に。その中で二人は倉田香澄の名前の由来を知ることが出来たのだった。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

レイ「あれ?倉田さん、もしかしてお母さんから聞いてないの?芙蓉さんの場合は詳しくは知らないけど、倉田さんの場合は単純に高嶋香澄様が由来って言えないんだよ。霧絵さんが自分の名前………"きり"から最初は"かすみ"ってつけようと考えてたんだけど、生まれた後に逆手を打ったから、折角だからって"香澄"にしたんだから。つまり、倉田さんの本当の名前である"香澄"は、高嶋香澄様から半分、お母さんの霧絵さんから半分貰った名前なんだよ。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

それからまた暫くの日が経ち、二人はレイから聞いた話を一冊のノートにまとめていた。

 

倉田「凄いね、リリさん。ここまで細かく覚えてるなんて。」

 

芙蓉「発蒙振落(はつもうしんらく)だよ。まさか都築詩船さんまであの場にいたなんてね。」

 

倉田「あの人は何だったんだろう。高嶋香澄様の巫女だったらしいけど。」

 

芙蓉「あの人は色々と伝説を持ってるらしいよ。巫女随一の武闘派で、逆らう神官100人を一人一人素手で殴って今井様に従わせたとか、巫女なのに勇者より強かったとかね。」

 

倉田「流石にそれは嘘なんじゃないかな……。」

 

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

七深「話してた雰囲気を見るに、詩船さんは結構老獪な人だよね。…………ふぅ、ご馳走様でした。」

 

芙蓉「確かに。だけど、七深ちゃんのお母さん……レイさんと話してる時は所々に笑顔が見えたりもしてたけど。………美味しかったぁ。」

 

倉田「そうですか?あの笑いは絶対含みのあるヤツですって。大赦の人しか知らない情報とか言ってたし……絶対困った顔見て笑うタイプだと思いますよ。…………ここのうどんは出汁が少し違いましたね。」

 

食べ終えた三人はうどん屋を後にし、七深は二人を見送る為に、芙蓉とましろは帰る為に最寄り駅へと向かっていた。

 

七深「そう言えば、二人はどうしてまた私を探してたの?」

 

倉田「……そうでしたね。結局"香澄SNS"の加入依頼のが発端でしたけど………どうしましょう、リリさん。」

 

芙蓉「それなんだけどね……さっき考えたんだけど、七深ちゃん。」

 

七深「ん?」

 

芙蓉「"勇者部"に入らない?」

 

倉田「え?き、急すぎますよリリさん!唐突過ぎて絶対にはいっーー」

 

七深「良いですよ!」

 

倉田「即決!?良いんですか?七深ちゃん!」

 

七深「だって、リリちゃんとシロちゃんは旧世紀の事を調べてるんでしょ?だったらそれについて行けば高嶋様の情報も色々と知れるだろうし。」

 

芙蓉「勿論!それはそれは大船に乗ったつもりでいて大丈夫だよ!」

 

倉田「前みたいに転覆しないと良いですけど。」

 

芙蓉「倉田ちゃーーーん!!」

 

七深「あはははははははっ!やっぱこの二人は面白いなぁ!!」

 

新たな仲間が加わり賑やかさが増した"勇者部"。彼女達はその目で何を見て、何を残していくのだろうかーー

 

 



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あの日の当事者

外伝4部、4話目。

情報収集の足掛かりとしてインフルエンサーへの道を進み出した"勇者部"。
するととある人物からのコンタクトがありーー




 

 

芙蓉(昔私がまだ芸能の仕事をしていた頃、『バナナフィッシュにうってつけの日』という小説を読んだ事があった。最初から最後まで文章ら理解出来るが、主旨が朦朧模糊(もうろうもこ)という奇妙な小説で、物語は主人公の青年が唐突に自殺して終わるという何とも言えないものだった。彼が何故死んだのかは旧世紀の文学界に於いて有名な未解決問題だったらしい。)

 

芙蓉(青年の自殺には、きっと作者には明確な動機付けがあったのだと思う。だけど、それは作中には書かれていない、実に不親切な小説だろう。でも、現実の出来事の多くも同じ事なんだろう。あらゆる物事のバックグラウンドは決して表面には出てこない。人の行動も言動もその真意を他人が完全に理解する事は絶対に出来ない。探偵小説の様に丁寧に全てが説明される事は無い。それは親子や兄弟、はたまた親友といった親しい間柄においても同じだ。真実は決して分からない。でも、だからこそそれを理解しようとする事は、時としてとっても大切な事なんだろう。)

 

芙蓉(最終的に、その真実を知れなかったとしてもーー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"勇者部"に新たな仲間広町七深が加わり今までとは違った賑わいを見せる様になった芙蓉とましろ。三人は今日も今日とてうどん屋に来ており、うどんを啜りながらこれからの事について話し合っていた。

 

七深「う〜ん!!私がいつも食べてるうどんとはまた一味違った味がする!愛媛と香川で違いがあるのかな?」

 

芙蓉「もぐもぐ………それは興味深い感想だね。各地のうどんについても旧世紀からの歴史に残しておきたいね!七深ちゃん、今日は七深ちゃんの歓迎会も兼ねてるから遠慮しないで食べてね!」

 

倉田「それよりも七深ちゃん、本当に"勇者部"に入る気なの?」

 

七深「うん。と言っても、家が遠いから基本土日だけの参加になっちゃうけどね。」

 

芙蓉「全然構わないよ!不定期参加でも、学校が違っても、私達は同志なんだから!」

 

七深「旧世紀の情報を集めれば、高嶋様の功績について更に知れるかもしれないしね!それで………"勇者部"って普段どんな活動をしてるの?」

 

芙蓉「良く聞いてくれたね!旧世紀と神世紀の間に起こった様々な真実を記録して、語り継ぐんだよ!」

 

七深「それは知ってるんだけど、具体的には?」

 

芙蓉「ぐ、具体的に………?」

 

七深「この前私のお母さんに話を聞きにきてたけど、あんな風に"7.30天災"の当事者に話を聞いていくって感じかな?」

 

芙蓉「そ、それは……そのぉ……。」

 

倉田「いいえ、実際に話を聞きに行ったのはあの時が初めてだよ。」

 

七深「え?じゃあいつもは何をしてるの?」

 

芙蓉「えっとぉ…………うどんを食べたり…ハンバーガーを食べたり?」

 

七深「何もしてないよね、それ。」

 

芙蓉「うぅ……弧掌難鳴(こしょうなんめい)!情報提供者は滅多に見つからない暗中模索してるんだよぉ!」

 

倉田「そんな訳なんで、大きな目標を抱えてるだけで実際は何にもしてないんです。」

 

芙蓉「でもでも、束手無策を続けるつもりはないよ!情報収集をする為の足掛かりを作り始めたんだから!」

 

そう言うと芙蓉はリュックから徐にタブレット端末を取り出して、二人にあるサイトの画面を見せる。

 

芙蓉「じゃじゃーん!これを見てよ!新生勇者部のホームページを作って、各種SNSにアカウントも作った!ここで呼び掛ければすぐに情報が集まる筈!!」

 

七深「それは凄い!それで、その成果は出たの?」

 

七深の鋭いナイフの様に尖った質問に芙蓉は再び狼狽えてしまう。

 

芙蓉「えぇ〜っとねぇ………今の所はまだ…。」

 

倉田「全然ダメじゃないですか!!」

 

芙蓉「うぅ〜………じゃあどうすれば良いのぉ!!」

 

うどんを食べるのも忘れるほど頭を抱えて困っている芙蓉。すると七深はある提案をするのだった。

 

七深「そうだなぁ………このSNSのサイトとホームページ、私に管理させてくれないかな?」

 

芙蓉「七深ちゃんに?」

 

七深「うん。ネットを使って情報収集がしたいなら、まずは知名度を上げなきゃ。私が立ち上げた高嶋香澄様のファンサイトは月間のPVが20万を超えてるんだ。」

 

倉田「ファンサイトって………え、20万!?」

 

芙蓉「す、凄い!凄いよ!私の作ったホームページの2万倍も!?」

 

倉田「雲泥の差じゃないですか………。」

 

七深「私がこの勇者部サイトの知名度を上げて、情報を入れ食い状態にしてみせます!早速行動に移しましょう!!」

 

こうして芙蓉とましろは七深に言われるがまま、お会計を済ませて近くの公園へと移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園、噴水広場ーー

 

七深「じゃあそこで回って笑顔。手はハートの形を作ってね。」

 

倉田「は、ハート?」

 

七深「リリちゃんは足が上がってないよ。シロちゃんはは笑顔が硬いから動きを合わせてね。」

 

辺りを通りすぎる人達のなんとも言えない視線が刺さる中、訳が分からないまま二人は数分間のダンスを何回か踊るのだった。

 

芙蓉「はぁ……はぁ………く、倉田ちゃん…どうして私達は公園でダンスしてるの?」

 

倉田「分かりません……全然分かりません…。」

 

体力が無くその場にへたり込む芙蓉。対してましろは普段から部活の助っ人をしている事からもあまり疲れを顔に見せていない。が、ましろはまた違った疲れを見せているようだった。そんな二人に対し、七深はこう言い放つ。

 

七深「二人にはこれからインフルエンサーになってもらうよ!」

 

芙蓉・倉田「「インフルエンサー?」」

 

七深「そうだよ。だから踊るの。」

 

倉田「どうしてダンスに繋がるの!?」

 

芙蓉「成る程……私達の可愛さで"勇者部"の知名度を上げる作戦だね?」

 

七深「ふっふっふ………リリちゃんは元子役なだけあって、自分の価値を分かってますねぇ。かつて高嶋香澄様が国民の関心を集めたのは、勇者というだけじゃなく、自身についても大きく報道されたから。メディアは有効に活用するべきです。二人の色んな動画をネットにアップして注目を集めるんです。」

 

確かに七深の言う事には一理ある。現状ホームページは機能していないと言っても良い。アクセス数が増えればそれだけ情報も集まりやすいからだ。足掛かりとしての最初の一歩としてはかなり大きいだろう。だが、ましろは大きく頭を横に振った。

 

倉田「ちょっと待って!私はやらないよ!さっきはつい流れで踊っちゃったけど……恥ずかし過ぎてもう絶対にやらない!!」

 

目立つ事を嫌うましろの意思は固い。どんなテコでも動かないだろう。だが七深は違った。違うアプローチでましろに揺さぶりをかける。

 

七深「シロちゃんがそこまで言うなら、リリちゃんだけにやってもらおうかなぁ………そしたらリリちゃんが有名になって、いずれ変なファンに粘着されちゃって、ストーカーされちゃって…………危険な目に遭うかもしれないね…。」

 

倉田「な、何言ってるの七深ちゃん……。」

 

ましろに漠然とした不安がのしかかる。自分の事だけならまだ良かった。だが、友達が危険な目に遭うかもと聞かされたましろの心は大きく揺らいだ。更に追い討ちをかける様に芙蓉がましろに語りかける。

 

芙蓉「大丈夫だよ倉田ちゃん、七深ちゃん。私は危険でも一人でやっていくよ。」

 

倉田「うっ…………うぅ〜〜…分かった!分かりました!私も一緒にやります!」

 

芙蓉・七深「「チョロいっ!!」」

 

互いを見合い小さくガッツポーズを作る芙蓉と七深。

 

倉田「また私は乗せられてしまった……。」

 

七深「それじゃあダンスの練習を再会しましょう!」

 

 

 

 

 

 

こうして"勇者部"の新たな活動が始まった。四国一のインフルエンサーを目指すべくダンスだけでは無く、歌を歌う動画を撮ったりーー

 

芙蓉「見てよ、倉田ちゃん!私が歌った動画の再生回数を!コメントも沢山付いてるよ!」

 

七深「リリちゃんが子役時代に歌った歌を今のリリちゃんが歌う…これが伸びない筈がありません!」

 

倉田「歌も出来るなんて、リリさんは芸能活動の才能には溢れてますね…。」

 

 

 

 

 

 

ASMRの動画を撮ったりーー

 

倉田「本当にこんな動画で大丈夫なのかなぁ……。」

 

七深「うんうん、その咀嚼音が脳に効くんだよ!」

 

動画によって二人の知名度が上がっていくにつれて、ホームページの閲覧数は日に日に伸びていった。動画の再生数も右肩上がりに増えていく。そして何回かの生放送も行い、同接も平均4000人を超えるにまで至ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫く経ったとある週末、集まって早々に七深は二人にとある報告をする。

 

七深「なんと、私達のホームページの先月のPV数が30万回を突破して、SNSの総フォロワー数も7万人を超えたんだよ!もう"勇者部"は立派なインフルエンサーと言っても過言じゃないです!」

 

芙蓉「凄い………凄いよ七深ちゃん!遂に私達はインフルエンサーになれたんだね!」

 

倉田「………………。」

 

喜び万歳三唱する芙蓉と七深に対し、放心状態のましろ。

 

倉田「………ーーない。」

 

芙蓉「え?」

 

倉田「こんなんじゃないでしょ、リリさん!!私達はインフルエンサーになりたい訳じゃない!"勇者部"の当初の活動を思い出してくださいよ!!!」

 

芙蓉「………………あーーーーーーーっ!!!釈根灌枝(しゃくこんかんし)…私は今まで何を……?七深ちゃん、私達はどうしてこんな事をしてたんだろう?」

 

七深「落ち着いてください。知名度が上がれば、情報も集まりやすくなる筈です!」

 

芙蓉「そうだそうだ!その為の活動だったね。私達宛に何か来てない?」

 

七深「えっとー……………ん?これは……。」

 

何かないかと探していた七深の指が止まる。

 

倉田「何か来てたの?」

 

七深「リリちゃん、シロちゃん……これ見て。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、徳島県のとある喫茶店ーー

 

芙蓉「凄い!この喫茶店からは大鳴門橋が一望出来るね!」

 

倉田「七深ちゃん、メッセージをくれた人はまだ来てないの?」

 

七深「えっとねぇ…………書いてあった特徴の人らしき姿はまだないかな。」

 

芙蓉「まぁ、待ち合わせ時間も場所も間違ってないんだからそのうち来る筈だよ。」

 

倉田「それで…詳しい事は聞いてなかったんだけど、どんな人なの?」

 

七深「"7.30天災"の時に四国の外から避難してきた人みたい。」

 

倉田「七深ちゃんのお母さんと同じ境遇だ……。」

 

芙蓉「ふっふーん♪動画活動で私達が有名になったからこそ情報提供者が現れたんだよ!」

 

七深「そのメッセージにはね………"動画で広町七深さんという方を見てーー"……って書いてあるね。」

 

芙蓉「あれー?」

 

倉田「私達はあまり関係無さそうだね…。」

 

確かに七深も時々動画にアシスタント役として映った事もあった。嘆く芙蓉に七深は更に続ける。

 

七深「リリちゃん、待って。まだ続きがあるんだ。"また、芙蓉さんとお話ししたいと思い連絡させていただきました。"だって。」

 

倉田「…………?つまり、リリさんと七深ちゃんの両方の関係者って事?」

 

七深「私とリリちゃんに共通の知り合いなんていなかった筈だけど………。」

 

芙蓉「そうだね…。」

 

それから数分の後、とある女性が喫茶店に入店し辺りをキョロキョロと見回しながら三人の元に近付いてきたのである。女性は三人を見つけると七深に尋ねるのだった。

 

?「あの……もしかして貴女は広町七深さん?」

 

七深「あっ……はいそうです。」

 

?「そしてこちらが芙蓉香澄さんで、こちらが倉田……ましろさんかしら?それとも香澄さんと呼べばいいかしら?」

 

芙蓉「はい。」

 

倉田「どちらでも構いません。」

 

?「七深さん………やっぱりどことなくあの人の…そして……香澄さん……そうなのね…………。」

 

七深「メッセージをくださった方ですか?」

 

?「あっ、ごめんなさい。挨拶が遅れてしまって…。初めまして。私、牛込と言います。」

 

会釈を交わし席に着いた牛込と名乗る女性。彼女は三人に驚くべき事を口にするのだった。

 

牛込「"7.30天災"が起きて四国へ避難してる時、私は高嶋香澄様と和奏レイさん………貴女のお母様に助けて頂いたんです。」

 

 



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母の涙

外伝4部、5話目。

連絡を取り3人が会う事になった人物、牛込るり。
かつて高嶋香澄と和奏レイに助けられた事があるその女性は芙蓉にとある物を託しにやって来たのだがーー


次回、外伝4部最終回ーー


 

 

ーーー

ーー

 

 

芙蓉(私の中にある一番古い記憶は、お母さんが泣いていた場面だった。物心付く前の記憶なんて殆ど忘れてしまっているのに、何故かその光景だけははっきりと覚えている。泣いている理由は分からない。物心付いた後の思い出の中ではお母さんはいつも私に笑顔を見せていたから。だから泣いている姿なんて後にも一度も見ていない。)

 

芙蓉(だけど、そのたった一つの記憶の中ではお母さんは別人の様に弱々しく涙を流していた。私がお母さんと過ごした時間はとても少ない。お母さんは早くに亡くなってしまったし、生前も殆ど全ての時間を病院かベッドの上で過ごしていたから。私は、お母さんの事を何処まで理解してたんだろう………。)

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

徳島県のとある喫茶店内ーー

 

牛込「あっ、ごめんなさい。挨拶が遅れてしまって…。初めまして。私、牛込と言います。"7.30天災"が起きて四国へ避難してる時、私は高嶋香澄様と和奏レイさん………貴女のお母様に助けて頂いたんです。」

 

その言葉に驚きを隠せない3人だったが、芙蓉はその女性、牛込るりに険しい剣幕で話しかける。

 

芙蓉「牛込さん………聞かせていただきましょうか…。どうして私より先に、七深ちゃんが貴女の目に留まったのかを…!」

 

牛込「そ、それは………。」

 

芙蓉「奇怪千万!!あの動画の中で常に目立ってたのは私と倉田ちゃんです!なのにどうして……貴女の目には真っ先に七深ちゃんが目にーー」

 

倉田「良い加減にしてください!!」

 

じりじりと詰め寄る芙蓉の脳天に、ましろのチョップがクリーンヒット。芙蓉は頭を抱えて悶絶する。

 

芙蓉「くぅ〜〜っ!!倉田ちゃん!ツッコミが強過ぎるよぉ!!」

 

倉田「リリさんが刑事ドラマみたいな事をしてるからです!牛込さんも困ってるじゃないですか!」

 

芙蓉「だけど真実を追求するのが"勇者部"の使命だよ!?」

 

倉田「それとこれとは別です!」

 

店内だというのに水かけ問答を繰り返す二人を見て、思わずるりから笑みが溢れた。

 

牛込「ふふっ……二人は仲が良いんですね。」

 

倉田「え?仲は……まぁ、そうですね。」

 

牛込「さっきの芙蓉さんの質問だけど、最初に言った通り七深さんのお母さんは私の命の恩人なんです。」

 

七深「それはどういう……?」

 

牛込「私は四国へ避難してくる時、七深さんのお母さん……和奏レイさんにとてもお世話になったの。まさか娘さんを見つけられるとは思わなかったわ。名前じゃ気が付かなかったけど、何て言うのかしら………雰囲気がね。」

 

七深「お母さんに………。」

 

牛込「近いうちにレイさんにご挨拶させてちょうだいね。」

 

七深「はい…それは良いですけど……四国へ来た時って事は高嶋様とも一緒だったんですか!?」

 

牛込「ええ……まだ私は幼かったけれど、朧げにその時の事は覚えてる。」

 

そうしてるりは僅かに覚えていた時の事を3人に話すのだったーー

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

高嶋「見つけたー!レイヤちゃーん!見つかったよーー!!」

 

レイ「見つかって良かった…。こんな所に一人でいちゃ駄目だよ。帰ろう。」

 

牛込「かえるって……どこに?おばあちゃんはびょうきでうごけないからいえにいるの……おとうさんはかいしゃにいっててどこにいるのかわからない…。いえにかえりたい……くらくなったらいえにかえりなさいっていわれてたのに………。」

 

レイ「大丈夫。帰れるよ。きっとすぐに家に帰れる。今は色々とおかしくなってるけど、いつか全部元に戻る。大丈夫。きっと家に帰れるから……。だから、今は行こう?少しの間だけ、安全な場所に行っていようね。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

七深「そうだったんですね………。」

 

牛込「それで話は変わるけれど、今日の目的は芙蓉さんに会う為だったの。」

 

芙蓉「私ですか?」

 

牛込「そう。私、芙蓉さんのお母さんとは友達だったから。」

 

倉田「友達?」

 

それからるりは3人に"7.30天災"の後に起こった様々な事について話すのだった。避難の際に家族とは離れ離れになってしまった事。避難民は天災の後の混乱の中で、住む場所も働く場所も少なく苦しい生活を余儀なくされてしまった事。そして、一部の人間から差別に近い迫害を受けた事。それは芙蓉の母親やましろの父親が体験してきた事と殆ど同じだったのだ。

 

牛込「ーーそしてその時期、四国の外から避難してきた人達は互いに助け合う為、様々な互助団体を作ったの。私と芙蓉さんのお母さんはその団体の一つに所属していたんです。途中から彼女は会合には来なくなってしまったけれど………。」

 

芙蓉「お母さんは病でしたから……。症状が重くなってからは殆ど病院から出られなくなっていましたし。」

 

牛込「そうみたいですね……。そのうち私も仕事の都合で引っ越して、会う機会も無くなってしまった。でも、最後に会った時に受け取った物があるんです。」

 

芙蓉「え?」

 

そう言って牛込はカバンから一冊の本を取り出し、テーブルの上に置いた。

 

牛込「これは彼女が書いた日記です。芙蓉さんが産まれる前から書いていたものだったみたい。」

 

倉田「牛込さんが私達に会いたかった理由は、これをリリさんに見せる為ですか?」

 

牛込「えぇ…そうなんだけれど……正直迷ってるんです。」

 

倉田「迷ってる……?」

 

牛込「芙蓉さん、あなたはお母さんの事が好き?」

 

唐突に投げかけられた質問。芙蓉は迷わず首を縦に振り答える。

 

芙蓉「はい、勿論です!」

 

牛込「………そう。」

 

るりはテーブルに置いた日記から指先を離さなかった。まるでこの日記を見せることに渋っているかの様に。

 

七深「…どうかしましたか?」

 

牛込「あなたのお母さんが日記を私に預けたのは、彼女自身がこの日記を娘に見せるのを躊躇っていたから。娘にはこれを見せたくない……嫌われてしまうから…って。」

 

芙蓉「……え?」

 

るりはテーブルに置いた日記をまたカバンに戻して言葉を続ける。

 

牛込「すぐに答えを出さないで…数日考えてみてほしいの。これが私の電話番号。答えが出たら連絡をください。この日記の本来の持ち主はあなたであるべき。だけど、彼女の気持ちの問題もあるから……。」

 

そう言ってるりは喫茶店を後にするのだった。嵐が過ぎ去った後の様な静けさが3人を包む。それから暫くして3人も喫茶店を出て帰路に着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

電車内ーー

 

倉田「どうするんですか、リリさん?」

 

芙蓉「うん…………。」

 

七深「当然貰いましょう!貰うべきだよ!」

 

倉田「だけどリリさんのお母さんが見せたくないって………実の娘でも、そんなに軽々しく見て良いのかな…。」

 

七深「それは……そうだね…。」

 

芙蓉「ともかく、牛込さんから言われた通りに少し考えてみるよ。」

 

倉田「それが良いです。」

 

 

 

 

 

 

 

数日後、倉田宅ーー

 

3人がるりと会って3日が経った日の夜、ましろが携帯を見ながら窓の外を眺めていると家の前に人影がいる事に気が付いた。

 

倉田「あれは………リリさん?」

 

玄関を開けると、感慨に耽った表情で芙蓉はましろの元に近付いてきた。その時の表情は前に四国を囲む壁の調査をした日々の時と少しだけ似ている気がした。

 

倉田「どうしたんです、リリさん?」

 

芙蓉「ちょっと倉田ちゃんと話がしたくて。……良い?」

 

倉田「私は構いませんよ。」

 

芙蓉「此処だとアレだから場所を変えよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

有明浜ーー

 

芙蓉「前にも此処で倉田ちゃんと話した事あったね。」

 

倉田「ですね。前にリリさんが家出した時でしたよね。」

 

芙蓉「そのつもりは無かったんだけど…。」

 

倉田「親と喧嘩して家を出たのなら、それは立派な家出です。それで、話って何ですか?」

 

芙蓉「あれから考えてみたけど………やっぱり私はお母さんの日記を受け取る事にするよ。」

 

倉田「…………そうですか。」

 

芙蓉「倉田ちゃんは日記を受け取る事に少し反対してたよね。……ごめんね。」

 

倉田「別に反対な訳じゃないです。亡くなった人が秘密にしていた意味を考えるべきだって意味です。私の両親も私にずっと秘密にしてた事がありました。話さないという事は話さない理由があるんですよ。」

 

芙蓉「倉田ちゃん………。」

 

倉田「だけど、リリさんがしっかり考えて出した答えなら……私はそれに賛成します。前にも言ったじゃないですか。私は何があってもリリさんの味方です。」

 

それはリサと友希那、二人の伝説の人物と対した芙蓉にましろが言った言葉。その言葉は今でも芙蓉の心の支えとなっている。

 

芙蓉「………ありがとう、倉田ちゃん。私にはね、一つだけどうしても分からない事があるんだ。」

 

倉田「何ですか?」

 

芙蓉「物心付く前の思い出でお母さんが泣いていた……。理由は分からない。だけど私のお母さんは強い人で、その記憶以外で泣いている姿なんて見た事無いんだ。あれは私の記憶違いだったのか…もしそれが本当だったら、どうして泣いてたのか………。」

 

倉田「その日記を読めば、その時の事が分かるかもしれない………。」

 

芙蓉「うん、そう思う。」

 

翌日、芙蓉はるりに電話をかけた。再び会う約束を取り付け、今度の休みに芙蓉とましろ、七深の3人は徳島の喫茶店へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

徳島県のとある喫茶店ーー

 

牛込「そう………日記を受け取る事にしたんですね。」

 

芙蓉「はい。」

 

牛込「分かりました。だけど、一つだけ条件があります。」

 

倉田・七深「「条件?」」

 

牛込「ごめんなさい。私にもまだ少し迷いがあるの。それを消す為だと思って。」

 

芙蓉「分かりました!それで、条件というのは……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香川県、高屋神社入口ーー

 

芙蓉「まさか……条件が高屋神社で御百度参りだなんて……。」

 

るりが提示したとある条件。それは高屋神社を御百度参りする事。御百度参りとは字の如く神社を百回参拝する事。百日かけてゆっくり参拝しても良いし、一日で百回参拝しても構わない。

 

芙蓉「下の宮から上の宮まで徒歩で4〜50分ってところかな。」

 

七深「この神社は有名な神社なの?」

 

倉田「香川じゃかなり知られた神社だよ。でも、るりさんがどうして此処を指定したのかは分からないね…。」

 

七深「リリちゃんの家の近くだからかな?」

 

芙蓉「それは後でるりさんに聞いてみれば良いよ。高屋神社の御百度参りなんて阿轆轆地(あろくろくじ)に終わらせて見せるよ!!」

 

意気揚々と高屋神社に足を踏み入れる芙蓉。だがその元気は瞬く間に打ち砕かれる事となるのは自明の理だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後ーー

 

芙蓉「ぜぇ…………だぁ…………ばぁ……ひぃっ!もう……もう駄目だぁ…!!!」

 

階段を登ってからたった数分で芙蓉の顔から笑顔が消える。体力が雀の涙もない芙蓉にとって、御百度参りは最早拷問だろう。

 

ましろ「さっきの威勢はどうしたんですか……。」

 

七深「はい、これお水だよ。まだやっと中宮を通り過ぎた所だよ。」

 

芙蓉「ごくっ………ごくっ……ぷはぁ!もう少し頑張るよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後ーー

 

芙蓉「うぎゃあぁぁぁぁっ!目の前に上の宮までの270段の石段がぁぁぁぁ!!!」

 

何とか上の宮最後の関門まで辿り着いた3人。芙蓉に待ち受けているのは最後にして最大の難関である急な石段。此処を登りきれば上の宮、ゴール地点である。

 

ましろ「石段がある事は最初から知ってますよね!?」

 

七深「此処でこの高い石段はリリちゃんの心を折にきてるね。」

 

粉骨砕身の気概で芙蓉は一段一段ゆっくり登っていき、遂にゴールへ辿り着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

高屋神社、上の宮ーー

 

芙蓉「はぁ〜〜〜…………やっと登りきったよぉ……。」

 

七深「うわぁ……眺めが良いねぇ。瀬戸内海が一望出来るよ。」

 

倉田「リリさん、大丈夫ですか?」

 

芙蓉「疲労困憊………半死半生………残息奄奄(ざんそくえんえん)…………もう…動けない………。」

 

その場でへたり込む芙蓉。この後降りるのにも時間が掛かった事は言うまでも無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉宅ーー

 

泥の様に眠っている芙蓉。そこへ一件の着信が。

 

芙蓉「…………ん?こんな夜明け前に電話……うっ!?き、筋肉痛が……!倉田ちゃんから……?もしもし?」

 

倉田『出るのが遅かったですね。寝てましたか?』

 

芙蓉「昨日の御百度参りの筋肉痛で動けなくて……こんな時間にどうしたの?」

 

ましろは昨日の労いの言葉をかけると思いきや、その口から放たれた言葉は芙蓉の想像を絶するものだった。

 

倉田『高屋神社へ行きますよ。』

 

芙蓉「へえっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

高屋神社、中の宮ーー

 

芙蓉「うぅっ…………!!ひぐぅ………!!もう……無理ぃ!!!!身体は痛いし、寒いし、眠いし……どうして真冬の早朝の高屋神社にぃ……!?」

 

倉田「当然参拝する為です。」

 

芙蓉「せめて……せめて2日に一度にぃ……!!」

 

倉田「御百度参りですよ!?それじゃあどれだけ時間が掛かるか分からないです!」

 

七深「ファイトだよ、リリちゃん!」

 

倉田「そうです。七深ちゃんも応援しに来てるんです。気合い入れましょう!」

 

芙蓉「はぁ……はぁ…………な、七深ちゃん…どうやって此処に……?」

 

七深「始発の特急です!」

 

芙蓉「七深ちゃんが……そこまでする必要は…無いんだよ……?」

 

七深「リリちゃん……私は義理堅いんだ。二人には感謝してもしきれないくらいだよ。お母さんから昔の話を聞けたのは、二人のお陰だから。だから今度は私がリリちゃんの力になるよ。……って言っても、今はこうやって一緒に登って応援するくらいしか出来ないけど。」

 

芙蓉「七深ちゃん………!」

 

倉田「私もですよ、リリさん。私もリリさんには色々感謝してるんです。リリさんのお陰で前より学校も生活も楽しいですし。」

 

ましろは少し照れながらそう芙蓉に言葉をかけ、七深と二人でぐいぐいと先へ進んで行ってしまう。

 

倉田「さぁ、どんどん登りましょう!!」

 

七深「レッツゴーだよ、リリちゃん!」

 

芙蓉「ま、待ってよ二人ともぉ〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

高屋神社、上の宮ーー

 

七深「上の宮に到着〜!早朝の眺めも良いねぇ。流石天空の社。」

 

芙蓉「ぜぇ………ぜぇ……はぁ……………。」

 

倉田「大丈夫ですか?」

 

芙蓉「槁木死灰(こうぼくしかい)……死んだ…………私は死体だ……。」

 

倉田「喋れるならまだ大丈夫ですね。放課後も登りますよ!」

 

芙蓉「う…………うわぁーーーーーーん!!倉田ちゃんの鬼ぃーーーーーー!」

 

早朝の高屋神社に芙蓉の魂の叫びがこだまするのだった。

 

 

 

 



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私の宝物

外伝4部、最終話。

御百度参りを成し遂げ、日記を託された芙蓉。
そこに書かれていたものは母親が辿ってきた悲しい軌跡だったーー

母親の過去を知り、芙蓉香澄は何を思うのかーー




 

 

牛込るりが持つ芙蓉の母が書いた日記を手に入れる為、芙蓉達3人は高屋神社の御百度参りを淡々とこなしていた。

 

始めてから数日が経過し、冬の寒さも大分和らいで来ている。ましろは兎も角、七深に関しては御百度参りをやる度に電車を乗り継いで朝早くからやって来て芙蓉の応援をしていた。

 

 

 

 

 

 

高屋神社ーー

 

芙蓉「はぁ………はぁ………。」

 

倉田「大丈夫ですか、リリさん。少し休んだ方が…。」

 

芙蓉「ありがとう、倉田ちゃん……でも、もう少しで上の宮だから頑張るよ……。」

 

七深「………凄いね、リリちゃん。この数日は一度も休憩しないで参拝してるよ。」

 

倉田「リリさんはああ見えて努力家なんですよ。私と出会う前から"勇者部"なんて変な部活を立ち上げて、たった一人で活動してた。周りの白い目なんてものともせずに……。」

 

七深「うん……本当に凄いよ!」

 

芙蓉「はぁ……はぁ………はぁ…………!」

 

初めのうちはぶつぶつと文句を垂れていたものの、いざ御百度参りを始めると芙蓉の目に曇りは無く、頂上へ向けて一心不乱に足を踏み進めている。

 

ゆっくり、小さくても一歩ーーまた一歩と彼女の足は止まらない。そこが芙蓉の強さなのだ。長く険しい階段を登りながら芙蓉は毎回母親に関しての思いを巡らせていた。

 

芙蓉(高屋神社の御百度参りを始めてどれくらい経っただろう。私はもうずっとお母さんの事を考えている。家族を失い、異国の地で様々な辛い目に遭い、重い病を抱えて暮らす。苦しみに満ちた日だった筈だろう。暗く重く……辛い毎日だった筈だ。それでも、お母さんは前向きに生きていた。どうして…………どうしてそんなに強くあることが出来たのだろう……。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高屋神社、上の宮ーー

 

芙蓉「だぁ………ばぁ………ぐぅ………と、到着ぅ!!」

 

今日も何とか険しい石段を登り切った芙蓉。登り終えた安堵と同時にその場にだらしなく座り込んでしまう光景も最早見慣れたものである。

 

七深「ふぅ〜今日も登ったねぇ。疲れたけど、やっぱり朝の高屋神社の景色は最高だよ!」

 

倉田「うん、そうだね!」

 

山から見下ろす景色は何度見ても開いた口が塞がらなくなる程に綺麗なものだった。春の訪れも近いのか、桜の蕾も開こうとしているのが見てとれる。

 

倉田「もうすっかり春だね。」

 

 

 

万物流転、有為転変ーー

 

 

季節は巡っていく。

 

 

冬が終わり、春が訪れる。

 

 

 

 

そして3人の時間も、止まる事なく流れていくーー

 

 

 

 

 

望むと望まざるとに関わらずーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

徳島県、とある喫茶店ーー

 

牛込「驚いたわ……本当に御百度参りを終えたんやね!」

 

芙蓉「はい!」

 

七深「私達が証人です!」

 

あれから数日が経ち、とうとう芙蓉達3人はるりから言われていた条件である高屋神社での御百度参りを完遂させたのだ。そしてその事をるりに伝え、今に至っている。

 

牛込「やり遂げるとは思っていたけれど、早すぎて驚いているわ!」

 

倉田「朝と夕方の一日二回、春休みには一日三回以上は参拝しましたから。」

 

芙蓉「もぅ……倉田ちゃんは鬼だったよ……。」

 

倉田「……牛込さんって、関西出身だったんですか?」

 

牛込「あっ、ごめんなさいね。そうなんですよ。興奮したりテンションが上がったりするとたまに出ちゃうんです。」

 

七深「そうだったんですね。それよりどうしてるりさんはリリさんに御百度参りをさせようと思ったんですか?」

 

牛込「そうやね………これを読んで考えてみて。」

 

そう言ってるりはカバンから日記を取り出し、芙蓉の目の前に置いた。

 

牛込「これがお母さんの日記。芙蓉さん、これからは貴女が持っていて。」

 

芙蓉「…………はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉宅ーー

 

その日の夜、芙蓉は早速受け渡された日記を開いて読み始める。そこに綴られていた文字はお世辞にも綺麗な字とは言えず、才色兼備だと思っていた母親からは思っても見ない程子供の様な字だった。

 

芙蓉「…………やっぱり私はお母さんの事何も知らないんだな…。」

 

日記にはこう綴られていたーー

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

2月20日ーー

 

今日から日記を書き始める事にした。

日記をつける事は心の安定を保つ為に有効だと聞く。

互助会の友人の勧めだ。

躡足附耳(じょうそくふじ)な言い方をしていたが、私のメンタルが不安定になっているのを彼女も察していたのだろう。

とは言え、何を書いたら良いのだろうか。

先ずは私の愚かさから書こうか。

 

幼い頃の私は、傲慢で甕裡醯鶏(おうりけいけい)だった。

早熟で、心配する親の声も無視して年上の従姉妹と共にアジア諸国を旅して周っていた。

道中で出会った人は明るく親切で、世界はあらゆる希望と可能性に満ち溢れていた。

そんな時、あの"7.30天災"が起こったのだ。

 

私達はその時日本に滞在中で運良く四国に避難出来たが、日本はほぼ壊滅してしまった。

国外からの救助も来ないという事は、恐らく他の国々もーー

 

私達は狭い籠の中の鳥になり、家族と離れ離れになった。

未来のあらゆる希望や可能性も消え去った。

ついさっきまで親切だった人々は次々にその優しさをかなぐり捨てた。

 

私は勘違いをしていたのだ。

旅行中に出会った人々が優しくしてくれていたのは私が通りすがりの他人だったから。

資源も食べ物も限られた中で、土足で自分達の土地に入り込んできた居候に優しくする人間などいない。

 

8月の終わり頃、従姉妹が自殺した。

絶望感に潰されてしまったのだろう。

彼女の死を弔ってくれる人はいなかった。

彼女は焼かれ、骨を冷たい骨壷の中に押し込められ、無機質に、産業廃棄物の様に処理されていった。

 

私は一人になった。

その後は、孤独と苦痛だけが続いた。

社会は次第に落ち着きを取り戻していったが、私達避難民に対する偏見や迫害は残った。

私が結婚して家族を作ったのは、そんな孤独を紛らわす為だったのかもしれない。

 

結局、何も変わらなかったけれどもーー

 

 

 

 

 

 

 

2月23日ーー

 

起き上がれない。

数ヶ月前から毎日こんな状態が続いている。

元々身体が弱いのだ。

医者からはストレスを避けるようにと言われた。

他人事のように言うものだ。

 

 

 

 

 

 

 

2月28日ーー

 

辛い。

 

 

 

 

 

 

3月5日ーー

 

苦しい。

 

 

 

 

 

3月10日ーー

 

何も書く事がない。

 

 

 

 

 

 

3月20日ーー

 

こんな世界、"7.30天災"で滅びれば良かったのにーー

 

 

 

 

 

 

3月30日ーー

 

もうすぐ子供が産まれてくる。

私はこの子を愛せそうにないーー

 

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

翌日の夕方、有明浜ーー

 

芙蓉は水平線に沈みゆく夕陽をただただ眺めているだけだった。本来であれば今日は部活動の日だったのだが、芙蓉は二人に連絡を入れずここへ来ていた。

 

数分経った頃、部活動に顔を出さなかった芙蓉を探しにましろと七深がやって来る。ましろの勘から芙蓉がここにいるだろうと推測して探しに来たのだ。

 

七深「やっぱここにいたんだね、リリちゃん。シロちゃんの言った通りだったよ。」

 

倉田「リリさーん!!」

 

芙蓉「倉田ちゃん……七深ちゃん………。」

 

芙蓉の口から出る言葉に元気が感じられない。

 

七深「今日は部活動の日だったのに待ち合わせ場所に来ないから何かあったんじゃないかって…!」

 

芙蓉「ごめん……部活を休むって連絡を入れれば良かったね…。」

 

覇気がないその言葉にましろはすぐ勘付いたのか日記の事を口にする。

 

倉田「………日記について何かあったんですか?」

 

芙蓉「………うん。日記を読み進めていくのが段々と怖くなってきて…。」

 

七深「……え?」

 

芙蓉「文章から見えてくる人が、私の知ってるお母さんとは違い過ぎて……。私が知っているお母さんは強くて、優しくて、明るい人だった。でも、あの日記を書いている人は………酷く弱くて、周りをただ憎んでいて………それに多分…私の事も好きじゃなかったのかも…。」

 

七深「そんな事無いよ、きっと!」

 

芙蓉「だけど、この先を読み進めていく事が怖くてたまらないんだよ……。」

 

久々に見る弱々しい芙蓉に対し、大きくため息をついたましろ。そして芙蓉の目を見ながら伝える。

 

倉田「全く……臆病なところは変わらないんですね。リリさんの事を嫌っていたのなら、いつもリリさんの前で明るく出来る訳ないじゃないですか。リリさんが見てきたものが、リリさんのお母さんの本当の姿ですよ。」

 

芙蓉「でも………!」

 

七深「ねぇリリちゃん!一人で読むのが怖いなら、私達も一緒に読むよ!勿論リリちゃんが許してくれるならだけど…。」

 

倉田「最後まで読めば、全部分かる筈ですよ。」

 

芙蓉「…………うん!」

 

 

二人の掛け替えない親友に背中を押され、芙蓉は再び日記を開き、続きを読み始めるのだった。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

5月5日ーー

 

数年振りに日記を開いた。

今日は娘の四歳の誕生日だ。

ケーキを用意して、細やかながらお祝いをした。

 

芙蓉香澄ーーそれがこの娘の名前。

 

詳しい理由は分からないけれど、私の娘は大赦から"香澄"という名を授かった。

私は香澄を可哀想に思う。

避難民である私の娘というだけで、この娘はずっと言われのない非難を浴び続ける事になるだろう。

この世界には未来も希望も無い。

壁に閉ざされたこの狭い土地の中では、明るい将来なんて思い描く事は到底出来ない。

 

こんな時代に産まれてきたこの娘が余りにも哀れで、泣きそうになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

6月9日ーー

 

夜に泣いていたところを香澄に見られてしまった。

「どうしてお母さんは泣いてるの?」と香澄が尋ねる。

私は何も答えられなかった。

香澄は私の頭を撫でてくれた。「痛いの痛いのとんでけ。」と。

私はもっと泣いてしまった。

この娘は本当に優しい子に育ってくれた。

この世界には希望は無く、千辛万苦(せんしんばんく)に満ちている。

だけど、香澄がいてくれているお陰で少しだけ輝いて見える。

 

 

 

 

 

 

10月29日ーー

 

病院で検診を受けた。

以前から持っていた病気が最近になって悪化してきているらしい。

 

 

 

 

 

2月6日ーー

 

入院することになった。

 

 

 

 

 

 

2月13日ーー

 

今回は短い期間で退院出来たが、またいつ容態が悪化するか分からないらしい。

不安でたまらない。

この病が香澄にも遺伝していたらーー

 

私がもしこの病で命を落としたらーー

 

香澄はこの先どうなるのだろう。

 

 

 

 

 

 

3月9日ーー

 

古来、日本には百度参りという文化があるらしい。

願いを叶える為に、寺社仏閣に百回も参拝するという。

私はそれをやる事に決めた。

勿論医者には秘密だ。

絶対に止めるだろうから。

 

参拝する場所は、高屋神社。

 

 

願う事は、私がいなくなっても香澄が幸せで暮らしていけますようにーー

 

 

 

 

 

 

3月10日ーー

 

百度参りの2回目。

 

 

 

 

 

3月12日ーー

 

百度参りの3回目。

 

 

 

 

 

3月30日ーー

 

やっと10回目。

 

 

 

 

 

5月28日ーー

 

30回目。

百度参りを始めて、二ヶ月以上が経った。

今まで参拝の途中何度も倒れそうになり、その場にいた人に助けられた。

私は本当に自分の愚かさに気が付いた。

天災後の人々は優しさを失い、醜い本性を現したと思っていた。

 

だけど思えば、まだ幼い子供だった私がこの崩壊後の世界で生きていけたのは、周りの人々が助けてくれたからに他ならない。

 

四国へ避難した時ーー

 

食べ物が無い時ーー

 

従姉妹が死んで一人になった時ーー

 

いつも周囲の人が私を助けてくれた。

他人の優しさに目を向ける余裕が私に無かっただけだったのだ。

 

天災で変わってしまったのは私の方だった。

 

 

この日記は香澄には到底見せられるものじゃない。

私の醜さと脆さで満ちている。

 

 

 

 

 

 

9月27日ーー

 

67回目。

身体が重い。

体調の悪化が激しい。

 

 

 

 

 

 

2月19日ーー

 

81回目。

途中で脚が動かなくなり、参拝に4時間も掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

9月1日ーー

 

98回目。

今日で私の御百度参りは終わりのようだ。

先日の長期入院明けで、脚が弱って自力で歩ける事が出来なくなってしまった。

100回の参拝は出来なかったけれど、神様は願いを叶えてくれるだろうか。

 

 

香澄ーー

 

 

産まれた時は私はこの娘を愛せないだろうと思っていた。

だけど今は違う。

この世界がどんなに辛くても、この娘がいてくれれば私はどんな時も笑顔でいられる。

 

私がいなくなった後の世界で、この娘はどのように生きていくのだろう。

 

 

 

どうかーー

 

 

 

こんな世界でも、あなたが幸せに生きていけますようにーー

 

 

私が"あなた"という宝を見つけられたように、この狭い世界でもあなたの宝物が見つかりますようにーー

 

 

 

私はただそう願うーー

 

 

 

 

ーー

ーーー

 

 

日記はここで終わっていた。

 

七深「……………。」

 

倉田「るりさんがリリさんに高屋神社で御百度参りさせた理由………何となく分かった気がします。リリさんのお母さんが同じ事をしていたから…なんですね。」

 

芙蓉「うん…………大変だったけど、やって良かったと思う。」

 

七深「お母さんが成し遂げられなかった事を、リリちゃんが受け継いでやり遂げたって感じかな。」

 

母親から受け継がれたバトン。託された願いが今叶っているのだと、日記を読み終えた芙蓉は今心の底から実感していた。

 

芙蓉「えへへ……そう言われると、嬉しいね。やっぱり、日記を最後まで読んで良かったよ。ありがとう、倉田ちゃん………七深ちゃん……。」

 

倉田「うん。リリさんのお母さんがリリさんの前で明るかった理由も分かった……。」

 

芙蓉「そうだね………。」

 

その時、遠くの方から"家路"の音楽が流れてくる。この音楽を聴くと何故か家に帰りたくなる気がする。最早身体がそう覚えてしまっているのだろう。

 

七深「そろそろ帰らないと。」

 

二人に別れの挨拶をして砂浜を後にする七深は去り際に振り返り話し出す。

 

七深「ねぇ、リリちゃんにシロちゃん。明日の活動は何をするの?」

 

倉田「特に新しい情報提供者は出てきた訳じゃ無いもんね。」

 

芙蓉「う〜〜〜ん…………。じゃあ思いついたんだけど、明日から四国の各地を巡ってみない?神世紀30年の今の四国をこの目で見ておく事も、歴史を保存しておくことになると思うんだ。」

 

七深「うん、良いねそれ!」

 

倉田「私も賛成です!」

 

芙蓉「よーし!じゃあもう今日は遅いから解散!!」

 

こうしてこれからの目標を決めた3人はそれぞれの家路へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電車内ーー

 

帰りの電車の中で、七深は今日の事について思い返していた。

 

七深(リリちゃんのあの日記に書かれていた事………旧世紀の中で、勇者だけじゃない、全ての人間が懸命に生きていた。全ての人間がこの世界の主役で、全ての人が願いと思いを抱えて生きていたんだ………。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道ーー

 

そしてましろもまた今日の出来事についての思いを巡らせている。

 

倉田(閉じられた箱庭の世界と今に至るまで人々が過ごしてきた時間、時代。リリさんのお母さんの日記を読んだからなのかな………今夜はお母さんと話してみようと思う。旧世紀と神世紀の狭間の事を聞いてみよう。たまにはそんな時間があっても良いと思う。)

 

 

 

 

 

 

 

 

有明浜ーー

 

二人の姿が見えなくなってからも芙蓉は砂浜で海を眺めていた。陽はほぼ沈み、間も無く偽りの星々が空を埋め尽くすだろう。

 

暫く海を眺める芙蓉。それは満足したのか帰ろうと踵を返そうとした矢先の事だったーー

 

芙蓉(………うっ!?)

 

背中に感じたのは以前ましろと電話していた際に感じたあの視線だった。

 

ただし、以前と違うのはその時よりもはっきりと感じ、何よりもはっきりと感じた為なのか、芙蓉にはこの視線の人物の事を良く知っていたのだ。

 

?「こんな時間に何黄昏ちゃってるの、芙蓉香澄ちゃん。」

 

芙蓉「うぐっ!?あははははそそんなことなななないでですよよよ……今井リサ様。」

 

突如芙蓉の背後から現れた人物は、現大赦の全ての実権を握っている巫女、今井リサその人。以前のトラウマからか怯えて呂律が回らなくなってしまう芙蓉だったが、すぐに以前のリサとは雰囲気が違うという事に気が付いた。

 

以前のリサは真実を知ろうとする者には容赦無く鉄槌を下そうとする威圧のような雰囲気を醸し出していたが、今芙蓉の目の前にいるリサからはそれが感じられない。寧ろ優しく全てを包み込むような柔らかな雰囲気と言っていいだろう。

 

リサ「そんな警戒しなくても大丈夫だよ。別に詩船さんやレイから昔の話を聞いたから粛清しようだとか、その日記を回収しようだとか、人知れずこの世界から抹消しようって訳じゃないからさ。」

 

芙蓉「目が全然冗談に見えないんですけど…………本当ですか?」

 

リサ「寧ろ逆かな。今日はお願いがあって来たんだ。芙蓉・リリエンソール・香澄さん、貴女には"語部"になって欲しいんだよ。」

 

芙蓉「………"語部"…ですか?」

 

リサ「そう。芙蓉ちゃんもこれまで経験してきた事や自分の目で、心で素直に感じた事。それをどんな形でも良いから……後世に伝えていって欲しいんだ。」

 

リサのーー大赦の考えがどういう事なのか、芙蓉には想像することも出来なかった。だけど一つだけ芙蓉にも分かる事、それは大赦もなるべく出来る範囲でこの世界を良くしようとしているという事だった。その点だけに関して言えば"勇者部"となんら変わらないと言えるかもしれない。

 

リサの提案に、芙蓉は迷う事無く快諾の返事をする。

 

芙蓉「その話、承りました。丁度さっき倉田ちゃんと七深ちゃんとも今の四国を見て回ろうって決めたばかりだったんです。期待に添えるかどうかは分かりませんが……成せば大抵何とかなると思います!」

 

リサ「うん………それでこそ"香澄"の名を持つ者だね。それじゃあ遅くならないうちに帰るんだよ。また何処かで会えると良いね。」

 

そう言い残し、リサは夜の闇へと消えてしまったのだった。

 

余りにも突拍子で、一瞬の出来事に芙蓉は大きく深呼吸をした。そして落ち着きを取り戻し、空を見上げこれまでの、そしてこれからの事を思い浮かべた。

 

芙蓉(………将来、この鳥籠の世界がどうなっていくのかは分からない。私がどんな人生を送るのかも分からない。私の前には多くの人々の人生があって、私の後にも沢山の人の人生があるのだろう。その中で、私はただ生きていく。)

 

芙蓉(お母さんは日記の最後で私の幸せと、私が人生の宝物を見つけられるようにと願っていた。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉「その願いは………ちゃんと叶ってるよ、お母さん!私のそばには倉田ちゃんと七深ちゃんがいて、今の私は………とても幸せだから!」

 

家路に着く芙蓉。その足取りはこれからの未来に期待を膨らませるかの様に軽かった。

 

 

 



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人としての姿


外伝4部のその後のお話。

突然七深に届いた謎のメッセージ。
"人としての高嶋香澄"を感じるべく、三人は彼女の軌跡を追体験しようと試みるーー


 

---

ーー

 

 

七深(私が初めてその人の姿を見た時、胸が締め付けられるような感じがした。TVの特番で映った、猫耳の様な髪型が特徴的な少女。カメラに向かって若干の恥ずかし気に笑う姿。桜色の装束を纏って凛々しく立っている姿ーー。)

 

七深(その人は高嶋香澄ーー一目惚れだった。四国を、世界を、多くの人々を守り抜いた歴史的な英雄。だけど、悲劇の英雄でもある。まだ10代前半でありながら、過酷な戦いに駆り出され、傷付き、命を落とした。)

 

七深(この人の偉大さを、悲劇を、栄光を、奇跡を私は世間に広めないとダメなんだ。それが私の天命なんだって悟った。)

 

七深(だけど、私が高嶋様の事を話すと、お母さんはいつも苦い顔をする。"高嶋香澄は大人に利用された哀れな子供で、英雄だなんて言ってはいけない"ーーと。どうしてそんな酷い事が言えるんだろう?私はお母さんと仲は良いが、この一点だけに関しては全く意見が合わなかった。)

 

 

ーー

---

 

 

 

 

観音寺市のとある音楽堂ーー

 

人のざわめきが彼方此方から聞こえる。小学校の体育館程の広さであろうこの音楽堂に見ただけでも100人以上は集まっていた。

 

芙蓉「おー!盛況してるなぁ!この音楽堂で漫画の即売会が行われるなんて!」

 

扉を開けるや人の多さに圧倒される芙蓉。彼女が此処へやって来た理由は七深に呼ばれたからである。

 

芙蓉「倉田ちゃんも誘ったんだけど、昨日から全然電話に出てくれないんだもんなぁ…。」

 

そんな事を呟きながら、芙蓉は人混みの中から七深を探し歩く。彼女を見つけるのにそんなに時間は掛からなかった。

 

芙蓉「あ、いた!七深ちゃーん!」

 

七深を見つけた芙蓉は足早に駆け寄るが、七深の隣にいた人に驚き足を止めた。七深の隣にいたのはましろだった。

 

芙蓉「倉田ちゃん!?」

 

倉田「リリさん。」

 

芙蓉「どうして此処に!?誘おうと昨日から何度も電話したのに!」

 

七深「ごめんね、その時からシロちゃんには同人誌作りを手伝ってもらってたんだ。シロちゃんのお陰で助かったよ。」

 

芙蓉「成る程ねぇ。ところで、同人誌って何?聞いた事はあるけど、見るのは今日が初めてなんだ。」

 

芙蓉が疑問を投げかけると、七深は得意げに一冊の本を取り出し語り出す。

 

七深「じゃじゃーん!これが今回の新刊なんだ!私のサークルはね高嶋香澄様に関する漫画が専門でね、絵も文章も全部私が書いて、印刷所に入稿して本にしたんだ!」

 

七深が渡した漫画をペラペラと読み進める芙蓉。話はともかく絵はとても上手く、一般販売されている漫画と比べても肩を並べる程の出来だった。

 

芙蓉「凄い上手な絵だよ!そっか、確か七深ちゃんのお母さん、和奏レイさんは絵本を書いてたんだっけ。」

 

七深「そう。仕事じゃないんだけど、どうしてか何年かに一冊絵本を描いては何処かに送ってるらしいんだ。」

 

七深のサークルでは高嶋香澄がいかに偉大だったかを世間に広める事を第一に活動しており、文章が苦手な人でも読める様にと漫画を書いているらしい。

 

七深「何とか頑張って普及に励んでるんだけど、いまいち何かが足りない気がするんだよねぇ……。」

 

漫画の売れ行きも絵の上手さが後押しとなり上々なのだが、七深はこれといった手応えを感じていない様子だった。

 

倉田「なら、新しいネタとか探しに行きます?」

 

芙蓉「それは良い案じゃないかな、倉田ちゃん!"勇者部"の活動も出来て一石二鳥だよ!」

 

七深「本当に!?ありがとうシロちゃん、リリちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、丸亀駅ーー

 

即売会の翌日、三人は丸亀駅へとやって来ていた。高嶋香澄の足跡を辿る為だ。

 

七深「高嶋様は大社に所属した後、ここ丸亀で暮らしていたんだ。だから此処に来れば何かある筈だよ。」

 

芙蓉「確か勇者達は丸亀城を基地にしてたんだよね。訓練や日常生活もそこで送ってたとか。」

 

七深「そう!それと二人にまだ言ってなかったんだけど、昨日の夜に変なメッセージが届いたんだ。」

 

倉田「変なメッセージ?」

 

七深はスマホを取り出し、そのメッセージを二人に見せる。

 

 

 

 

 

 

『貴女の同人誌、毎回興味深く拝読させていただいております。貴女は勇者の高嶋様に関して大変多くの知見を持っているようですね。ですが、"人としての高嶋香澄"に関してはどうでしょうか?人としての高嶋香澄を知らずして真に高嶋香澄を理解したと言えるのでしょうか。』

 

 

 

 

 

 

倉田「何これ…。」

 

七深「私が思うに、このメッセージは高嶋様のファンだよ。私が知らない高嶋様の事を知っているというマウント取りのメッセージだよ!」

 

倉田「そ、そうなのかな…?」

 

七深「だけど、このメッセージの言う事も一理あるんだ。私は勇者としての高嶋様にばっか目を向けて、人としての高嶋様を見てなかった。だから今日この丸亀で高嶋様が過ごした日常を追体験して、もっと高嶋様の理解を深めるんだよ!!」

 

芙蓉「確かに………興味津津だよ。日常生活に関してはTVや本じゃあまり取り上げられない事だし。」

 

七深「という事で………先ずはあそこに行くよ!!」

 

そう言うと、七深は意気揚々と歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うどん屋ーー

 

七深「もぐもぐ………ここは奈良出身の高嶋様が、初めて本格的な香川のうどんを食べたうどん屋だよ!」

 

芙蓉「ずるずる……うん、美味しい!!」

 

七深「汁まで一滴も残さないよ!………ぷはぁっ!」

 

倉田「七深ちゃんのテンションがいつになく高い…。」

 

七深「ごちそうさまでした!さぁ、食事についての理解を深めたら次は買い物だよ!」

 

芙蓉・倉田「「ちょっ……早すぎる!!」」

 

息つく暇も無く七深は店を飛び出し、それに置いて行かれたまいと二人は残りのうどんを口へと頬張るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

商店街ーー

 

七深「此処は丸亀通町商店街!生前、高嶋様が湊様と今井様と一緒に、この商店街を楽しげに歩いていた姿が目撃されてるんだ。」

 

芙蓉「ひっ……今井リサ様ぁ!?」

 

リサと言う言葉を発しただけで芙蓉に悪寒が走り震え上がってしまう。

 

七深「リリちゃん、どうしたの?」

 

倉田「あはは……リリさんは今井様の名前を聞くと怯える病気……みたいなものです。」

 

七深「ん………?お大事にね。」

 

芙蓉「ああああぁっ、今井様、今井リサ様、私は何も悪い事はしてないですからねーー!」

 

そんな話をしながら買い物を済ませた三人は目の前に聳える大きな城へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

丸亀城、三の丸ーー

 

色々な場所を巡った三人は最後にこの丸亀城へとやって来ていた。

 

倉田「まさか入れるなんてね……。てっきり大赦に管理されてて入れないかと思ってたのに。」

 

七深「普段は立ち入り禁止だけど、お花見の為に春のこの時期だけは一部解放されてるんだ。もう散りかけてるけど、まだ入れる。この三の丸までだけどね。」

 

倉田「天守閣まで行かなくても、だいぶ高いね。」

 

芙蓉「この丸亀城は旧世紀から石垣の高さが日本一だったらしいからね。」

 

静かに丸亀の町を見ながら、七深は過去に思いを馳せていた。

 

七深「………高嶋様もきっと此処から町を見下ろしてたんだろうね。だけど、その頃の町は今とは違ってた…。」

 

倉田「そうだね…。景色はあまり変わってないだろうけど、人は今みたいに平和に暮らしてなかっただろうし。」

 

リリ「………それで、七深ちゃん。今日一日丸亀を見て回ってどうだった?」

 

その質問に返ってきた言葉は意外にもあっさりしていた。

 

七深「うーん……分からないかな。」

 

倉田「随分とあっけらかんとした答えだね。」

 

七深「やっぱり分からないものは分からないや。………だって私達はあの時代を生きた訳じゃないから。」

 

倉田「終末戦争、狭間の時代………か。」

 

七深「うん。私達がいくら想像しても、追体験しようとしても、結局その苛烈な時代を知らない私達は高嶋様の本当の気持ちは分からない。」

 

倉田「………そうかもね。」

 

七深「でも、一つだけ思う事は………高嶋様が、今のこの平和な時代を見ることが出来なかったのはとても残念。高嶋様が守り通した世界なのに……。」

 

仮初ではあるが、この平和な時代に高嶋香澄が生きていたら、彼女はきっとどんな生活を送っていたのだろうか。

 

 

友希那の様なカリスマになっていただろうかーー

 

 

リサの様な矢面に立つリーダーだっただろうかーー

 

 

 

それともーー

 

 

 

芙蓉「案外、普通の人になって、平凡な生活を楽しんでたのかもしれないね。」

 

七深「あははは!それが一番高嶋様っぽいかも。」

 

そんな事で話に花を咲かせていると、七深のスマホから着信音が鳴った。どうやらメッセージのようである。

 

七深「これは……。」

 

七深は内容を一読し、目を泳がせた。文面的にこのメッセージはあの時と同じ人物が送ったものだろう。

 

 

 

 

 

 

『高嶋香澄について色々知ろうと努力したようですね。だけど、分からなかったでしょう?

…………当然だ。"同じ時代"に彼女の身近で生きている人でさえ人としての高嶋香澄をほぼ理解出来なかったんだから。それはあいつ自身が、自分について殆ど何も語らなかったからさ。だが、私は人としての香澄を理解しようとする者が増える事を望み、人としての香澄に目を向ける者が多くいて欲しいと願うよ。"お前さん“の母の様にね。

もしお前さんが人としての高嶋香澄のことをもっと深く理解しようと望むなら、最も良い方法を提案しようか。

 

 

大赦に入ることさ。

 

 

 

そこには高嶋香澄が過ごした日々に関して、最も多くの情報がある。』

 

 

 

 

 

七深「……………。」

 

倉田「どうしたの、七深ちゃん?」

 

芙蓉「何か考え事?」

 

七深「……ううん、大した問題じゃなかったよ。次の同人誌について印刷業者からの連絡メッセージだったよ。」

 

七深は敢えて二人にこのメッセージの事は伝えなかった。

 

七深「それじゃあ今日の事を纏める為に、うどん食べて力をつけよう!」

 

芙蓉「レッツゴー!!」

 

三の丸を後にする三人。

 

 

 

 

三人がいなくなった後、物陰から一人の老齢な女性が先程まで三人がいた場所に姿を表した。

 

詩船「…………結局お前さんを理解出来る人は存在するんだろうかねぇ。因子を受け継いだあの子達なら……もしかするかもね………なぁ、香澄。」

 

そう呟きながら都築詩船は晴れ渡る空を仰ぐ。

 

詩船「後は自分達で決めることさ。"勇者部"としてーー"語部"としての活躍に期待だ。」

 

ポケットからタバコの箱を取り出し、詩船はその場を後にするのだった。

 



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禁章〜----の章〜
刎頚の友




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[鏑矢][カルト集団自殺事件][神世紀72年][赤嶺香澄]




ーー記録を再生します--





 

時代は神世紀71年ーー

 

 

世界を滅ぼそうとする人類の敵、バーテックスがいたらしいーー

 

 

 

バーテックスから人類を守護する、勇者がいたらしいーー

 

 

 

 

 

 

戦争と平穏の間の時代を生きてきた"語部"と名乗る1人の女性が各地で勇者達の伝承を伝えて廻っているという噂も囁かれてはいるが、危機が過ぎ去り平和な時間を生きている人達にとってみればそれは最早空想上の伝説になっていた。

 

 

 

しかしそれはこの世の理の表層に過ぎない明るい部分。世界の深層にはまだ黒い闇が残っている。

 

 

 

"大赦"はそれを駆逐すべく、全ての悪を悉く穿つ矢を作らんとしていた。

 

 

 

 

そして白羽の矢が立ちたるはーー

 

 

 

 

 

 

ーー家の家系である心優しい少女とーー

 

 

 

 

 

"香澄"の名を持つ無垢な少女だったーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

象頭町--

 

ここは香川県の西部、象頭町。赤嶺香澄は大赦の命を受け、羽丘中学校へ入学する為にこの町へとやって来ていた。

 

赤嶺「ここが象頭町かぁー。ジムとかあるのかな?後で見に行ってみよっと。」

 

赤嶺は時計を確認する。一緒に入学する人と羽丘中学の先輩と待ち合わせをしていたからだ。

 

赤嶺「集合時間まで後15分。……ちょっと早く来過ぎちゃったかなぁ。」

 

集合場所のすぐ近くの公園に寄り、赤嶺はポケットからスマホを取り出し音楽をかける。

 

赤嶺「折角だから、少し体を動かそっかな。」

 

スマホから軽快な音楽が鳴り響き、赤嶺は軽やかにステップを踏む。

 

少女「あ、なんか踊ってる人がいるー。カッコイイ!」

 

少年「お姉ちゃん、今の動きもう一回!」

 

その踊りに魅せられたのか子供達が1人、また1人と赤嶺の元へ集まってくる。

 

赤嶺「ありがとう!じゃあもう一回見せちゃう、ね!」

 

少女「すごーい!!」

 

いつしか赤嶺の周りには大きな人だかりが出来ていた。そこへやって来るとある人物が。

 

?「ん?何でしょう、あの人だかり……。ストリートダンスなんて珍しいですね…ってあれは赤嶺さん!?」

 

青っぽい髪形に赤いシュシュ、黒縁メガネが特徴的なその少女、朝日六花は赤嶺を見つけて驚いた顔をしていた。そしてそこへもう1人やって来る。

 

?「あそこで踊ってる人凄いですね。バランスも良いですし筋力もあります。」

 

六花「ひゃあっ!?び、びっくりした…。えっと……氷河つぐみさんですよね?私は迎えに来た朝日六花です。」

 

つぐみ「そうです。宜しくお願いしますね。あ、これは挨拶代わりのプレゼントです。」

 

そう言ってつぐみは六花に手作りのクッキーを手渡した。

 

六花「あ、わざわざありがとうございます。」

 

つぐみ「ところで、来るって言っていたもう1人は何処でしょうか?」

 

六花「その人なら今そこで踊っています…。集合時間までもう少しあるからこのまま踊らせてあげましょう。」

 

六花が指差した方向にはさっきよりも沢山の人に囲まれた赤嶺の姿。

 

つぐみ「成る程……あの人が私と同じ御役目に選ばれた人ですね…。」

 

六花「そうです。だから選ばれたんでしょうね………"鏑矢"に。」

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて集合時間となり、赤嶺はダンスを終了。惜しみない拍手を送られながら2人の元へとやって来る。

 

赤嶺「ごめんね。待たせちゃったかな?」

 

六花「大丈夫ですよ。時間ぴったりです。」

 

赤嶺「良かった!改めて自己紹介だね。私は赤嶺香澄。」

 

つぐみ「っ!?香澄、なんですか………!大赦から贈られるという名前の。私は氷河つぐみです。」

 

六花「私は朝日六花、この先の羽丘中学校の2年生です。それではそろそろ私達の寮に行きましょうか。」

 

赤嶺香澄、氷河つぐみ、朝日六花--

 

これが3人の初めての出会いであり、ここから3人は御役目に就く事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羽丘中学、寮--

 

六花「ここが寮の中でお2人が使う部屋です。相部屋なので仲良く使ってください。」

 

赤嶺「わぁ、広いなぁ。ありがとうございます、朝日さん。」

 

六花「ここの真上が私の部屋なんですけど、廊下に出なくてもこの押し入れから上の階に行けるんですよ。」

 

そう言って六花は押し入れの天井の一部を開ける。すると梯子が降りてきた。

 

つぐみ「面白いですね。隠密のようです。」

 

六花「ですよね!ワクワクしますよね!」

 

六花は天井を元に戻そうとした次の瞬間だった。

 

六花「きゃあっ!?」

 

押し入れから足を踏み外し落っこちてしまう。幸い怪我は無かったようだ。

 

赤嶺「朝日さん、大丈夫ですか!?」

 

六花「痛てて……私のおたんちん……。」

 

つぐみ「おたんちん…?」

 

赤嶺「確かその言葉使いって…。」

 

六花「ああ…かつての美濃地方の方言です。たまに出るんですけど気にしないでください。」

 

赤嶺「あはは!何か仲良くなれそうです!親しみ込めて…えっと……ロックって呼んで良いですか?」

 

六花「構いませんよ。その方が距離感縮まりますしね。」

 

赤嶺「氷河さんは……つぐちんって呼ぶね!」

 

つぐみ「分かったよ。けど、何かむずむずするね。」

 

六花「じゃあ次は役割分担を決めましょうか。」

 

つぐみ「それなら私が色々やりますよ。」

 

赤嶺「そんな、つぐちんばっかにお願い出来ないよ。」

 

つぐみ「赤嶺ちゃん、大雑把な性格でしょ?」

 

つぐみは部屋の隅に目をやる。そこには乱雑に置かれた赤嶺の荷物の数々。

 

赤嶺「うっ……それは否定出来ない…。それに比べてつぐちんの荷物はピシッとしてるなぁ。」

 

つぐみ「それに私そういうの好きだから任せて!」

 

赤嶺「うん…それならお願いしようかな。でも手伝える事があったら何でも言ってね。」

 

つぐみ「うん。」

 

六花「まとまったようですね。それなら早速制服に着替えましょうか。」

 

3人は支給された制服に着替え始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

赤嶺「おお…何だか大人っぽい。」

 

黒を基調としたスマートで動き易い制服に3人は着替えた。

 

つぐみ「気に入りました。」

 

六花「闇に紛れ易い制服になってます。これは1つ1つ特注で仕事服も兼ねているんです。」

 

赤嶺「この格好で御役目をこなすんですか?」

 

六花「そうです。すぐに鍛錬が始まります。私は"巫女"として、お2人は"鏑矢"として。」

 

赤嶺「"鏑矢"………。」

 

つぐみ「ある程度は説明を受けてきましたけど、まだ謎が多いです。」

 

六花「歓迎会をしながらそのあたりの事を話しましょうか。」

 

赤嶺「良いですね、歓迎会!」

 

六花「では歓迎会とくれば、ご馳走です。お金は大赦から頂いているので買い出しに行きましょうか。」

 

赤嶺「料理出来る人いるの?」

 

六花「え…っと……。」

 

つぐみ「私料理出来るよ。良く手伝ってたから。」

 

そう言うとつぐみは徐に冷蔵庫を開けて中に入っていた小松菜を使って料理を始めた。

 

赤嶺「いきなり料理を始めたけど、手慣れた手つきでびっくり!」

 

六花「手つきは凄いけど、問題は味だよね…。」

 

赤嶺「でもすっごい包丁捌きだよ。それに良い匂いもしてきました。」

 

ものの数分でつぐみは何品か作り上げ、2人は味見をする。

 

つぐみ「味には自信があるけど、どうかな?」

 

赤嶺「うわぁー!小松菜がこんなに美味しく感じたのは初めてだよ!」

 

六花「沢山種類がある細巻きも可愛いし、飽きないです!」

 

つぐみ「六花さん。この寮ではある程度自炊する必要があるんですよね?」

 

六花「そうですね。朝は食堂でご飯が出ます。」

 

つぐみ「じゃあ、私が食事をつくるね。香澄ちゃん、良いかな?」

 

赤嶺「えーっ。良いの?な、何だか全部やってもらってる雰囲気だけど。」

 

六花「雰囲気じゃなくて実際そうなんですけどね…。」

 

赤嶺「流石に全部任せっきりは良くないよ。私も手伝える事があれば手伝うから。」

 

つぐみ「ありがとう。何かあれば言うね。」

 

赤嶺「う、うん。」

 

赤嶺(何だろう……。何だかじっと見つめられるとドキドキするなぁ。)

 

つぐみ「ん?どうしたの?」

 

赤嶺「な、何でもないよっ!」

 

真っ赤になった頬をつぐみに見せない様に赤嶺は顔を必死に晒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、象頭橋--

 

歓迎会の次の日、六花は2人を連れて羽丘中学近くの象頭橋へと来ていた。

 

六花「今回、私達が選ばれたのは特別な御役目の為です。私は"巫女"として、2人は"鏑矢"としてです。」

 

つぐみ「……私達が行う事は神事と聞いています。」

 

六花「そう。私達が行う事は妖魔を退散させ、五穀豊穣や無病息災を祈願する神事です。」

 

赤嶺「大赦で時々やってますよね。」

 

六花「それは普通の神事ですね。こう、弓の弦を鳴らして穢れを祓ったりするやつです。でも、私達は違います。」

 

赤嶺「違う……?」

 

六花「"物理的"に矢を放つ。そして妖魔を退散させます。その放たれた矢は"鏑矢"と呼ばれます。つまりお2人の事ですね。」

 

赤嶺「え?私達は妖魔と戦うんですか!?……あの、"伝説の勇者"の様に?」

 

六花「違いますよ。そんな敵はもういません。私達の敵は………平和を脅かす"人間"です。」

 

赤嶺・つぐみ「「っ!」」

 

六花「だから勇者様の様に装束を纏う事もありません。ただ粛々と、目標を射抜くんです。」

 

つぐみ「穢れを祓う大変な御役目だとは聞かされてましたけど……。」

 

赤嶺「そ、それを中学生の私達が……。」

 

六花「神樹様に選ばれた無垢な少女は、その体に大きな力を宿せるんです。祝詞で、その力を2人に付与させるのが私の役目。そして、その超常的な力で、厄を祓うのがお2人。決して表には出せない御役目です。」

 

つぐみ「厄を…祓う……。つまりそれは…。」

 

六花「……神の力を振るわれた人間は昏睡状態に陥るそうです。その人間が最終的に助かるのか、神罰が下るのか……それは神樹様が決める事。2人は気にせず矢として役割を全うしてください。」

 

眈々と説明する六花を他所に、つぐみは何か思うところがあるようだった。

 

つぐみ「………。」

 

赤嶺「つぐちん……。」

 

六花「いきなり言われても絶句でしょうね。より詳しくは大赦の人が説明してくれます。言える事は一つだけ。これからの平和を守る為に神樹様が私達を選んだんです。」

 

赤嶺「神樹様の…御意志……。」

 

つぐみ「……それは、名誉な事です。」

 

六花「ちなみに、2人の訓練には"あの御方"も見てくださるそうです。」

 

 

"あの御方"--

 

 

今の時代でそう呼ばれる人物はただ1人しか存在しない--

 

 

赤嶺「あ、あの御方って……!まさか…!」

 

つぐみ「うん…。西暦の時代、終末戦争を生き抜いた伝説の勇者……!」

 

赤嶺「花園…友希那様……!」

 

 

 

 

花園友希那--

 

 

西暦の時代、5人の勇者と共に四国を護り抜いた伝説の勇者。神世紀71年の今、齢85歳になった今でもその実力は衰えておらずその存在は四国に住んでいる人なら誰もが知っている。本来の名前は湊友希那なのだが、西暦の終わりにとある理由から花園へと名を変えている。

 

 

 

 

 

 

 

六花「それだけ"鏑矢"が大事だって事です。平和になった筈なのに、再び終末戦争に巻き戻るような時間が起ころうとしている…。それを止める為の手段が"鏑矢"…私はそう聞いています。」

 

赤嶺「もし、そんな事が起これば…。」

 

つぐみ「放ってはおけないね……。」

 

 

 

 

 

 

 

大赦、訓練場--

 

2人が訓練場に入ると、そこには大赦の神官が壁に沿うように座っており、最奥には1人の老齢の女性が瞑想をしていた。

 

赤嶺「あ、あの御方が……。」

 

つぐみ「は、花園様…。」

 

友希那「2人ともそんなに畏まらないで頂戴。楽にして良いわ。」

 

2人は緊張な面持ちで友希那の前に座った。

 

友希那「これからあなた達2人を指導する湊--」

 

赤嶺「湊?」

 

友希那「…ごほん、花園友希那よ。早速だけれど、これから1年であなた達を徹底的に鍛え上げるわ。来るべき時に備えて。あなた達、覚悟はあるかしら?」

 

赤嶺・つぐみ「「……はいっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

氷河つぐみは覚悟を決めれば、それを貫き通す強い意志があった。だが、それに引き換え赤嶺香澄には、つぐみ程に精神が強固という訳ではなかった。

 

"鏑矢"という役目に於いて、その役目をこなす時にはその優しさが命取りになりかねない。それは当の赤嶺自身も分かっている事だった。

 

 

 

 

 

翌日、寮ーー

 

 

六花「ルーティンを作る?」

 

つぐみ「その一言を口にすれば、任務のみに没頭する……切り替えスイッチの様なものだね。」

 

赤嶺「武道とかでは良く聞くでしょ?祝詞を唱えたり、印を結んだり。」

 

六花「それで、どんな台詞をスイッチにするんです?」

 

赤嶺が頭の中で思い描いている言葉は既に決まっていた。

 

赤嶺「私ね、焚き火を見ると不思議と落ち着くんだ。パチパチって音とかも凄く集中出来るし……だから、そこら辺をイメージした言葉に決めたんだ。真っ暗な闇の中に、熱い火の粉が舞っているみたいに………この言葉を口にしたら、何も迷わない。成すべき事を、成すよ。」

 

つぐみ「すばり、その言葉とは?」

 

赤嶺「それはねーー」

 

 

 

 

 

 

 

そこから暫く経ち、赤嶺香澄、氷河つぐみ、朝日六花は"鏑矢"とその巫女としての御役目を遂行していった。粛々と、そして着実に目標を射抜いていく。

 

だがとある夜、二人は御役目の最中で想定外の敵と遭遇する事となるのだったーー

 

 

 

 

 

象頭町、とある町外れの広場ーー

 

赤嶺「まったく………私達が選ばれた理由が今はっきりと実感出来たよ。」

 

つぐみ「そうだね。」

 

二人の眼前には赤黒い人型の"なにか"。辺りは夜、街灯も少ないのにも関わらずその"なにか"の周辺はぼんやりと明るさを帯びていた。

 

つぐみ「こんなものを倒せるのは、神の力を得ている私達だけなんだろうね。」

 

赤嶺「これって、"妖魔"っていうんじゃないのかな。ロックは確か前に妖魔はいないって言ってたよね。」

 

つぐみ「妖魔と言えるほどの形を保ってないよ。何者でもないって感じがする。良くない気の集合体……って感じ。

 

人の形をしているが人では無い。目や耳、鼻や口も無いその顔からは感情すら読み取る事は出来ず、その"なにか"は二人を何かの感覚で見つけると止めていた足を動かし二人の方へ近付いて来る。

 

つぐみ「赤嶺ちゃん、どんな敵でも冷静にーー」

 

赤嶺「火色舞うよーー」

 

その一言で赤嶺の頭が切り替わる。雑念を振り払い、赤嶺は一目散に"なにか"へと駆け出す。

 

つぐみ「余計な気遣いだったかな。」

 

少し遅れてつぐみも赤嶺に続くのだった。二人の鋭い連撃を前にその"なにか"は成す術もなく吹き飛ばされ、赤嶺が追撃を入れようと体勢を整えた瞬間、光の粒子となり跡形もなく消えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が遭遇した"なにか"は六花を通じてすぐさま大赦へと報告された。これを受け、3人は大赦から秘匿とされていた色々な事実を知らされる事となる。

 

西暦の時代ーー終末戦争と呼ばれる勇者とバーテックスとの戦いがあった時代、人々は"天空恐怖症候群"というものが蔓延していた。

 

空から突如やって来た神の眷属であるバーテックスの襲撃を受けた人々がそのトラウマから空に恐怖を抱いてしまうといったものだ。

 

しかし、人々がバーテックスという存在を見て受けたものは恐怖という感情だけでは無かったのだ。恐れは畏れ。あろう事かバーテックスの存在に畏怖を感じ、その災厄を放った天の神を崇拝するという人々が出始めたのである。

 

圧倒的過ぎる力は恐れを超え、人を魅了する。

 

 

"神樹に集った神様よりも、天の神の方が優れている。故に大人しく天の神による運命を受け入れるべき。その方が最終的には救われることとなる。天の神が望む事は人類の根絶。ならば全員根絶すべし。"

 

 

その様な主題を掲げその人々は動いていた。

 

赤嶺達"鏑矢"はそういった思想を持つ人々を射抜く為、今日までの御役目を遂行していったのだった。

 

 

赤嶺「一つ疑問なんだけど、どうして今になってその人達は活動を始めたんだろう。神世紀の初頭とかならまだ分かるんだけどさぁ。」

 

つぐみ「疑問はまだあるよ。そんな極端な考えの人々なのに、ちゃんと組織として機能してる事だよ。畏怖を持った人もいたにはいたと思うけど、少数の筈……そんなに人って集まるもの?」

 

六花「大赦での権力争いとかで負けた人達が集まってるみたいなんです。そんな負の部分が固まってるってことだよ。それに………"大赦の内部で大きな力を持っていた人が亡くなられた"というのも一つあります。ですが、その人は後の事もある程度予測して手は打っていました。だから今こうして対処出来てるんです。」

 

つぐみ「そしてその組織は、望みを実行出来る力を手に入れた………。」

 

赤嶺「だから今になって動き出したんだね。」

 

つぐみ「力………それは昨日の夜に私達が遭遇した"なにか"…。」

 

六花「そうです。それはかつて"精霊"と呼ばれたものです。終末戦争の最中、勇者様達が体の中に入れて使っていたもの。それを実体化させて操る力。まぁ完全には実体化出来てないみたいですけどね。」

 

つぐみ「………………。」

 

赤嶺「平和だと思っていてても、裏じゃ全然そんなことなかったんだね。」

 

 

 

 

 

 

赤嶺香澄と氷河つぐみも、厳しい訓練の中で、その腕を鍛えていった。香澄は接近戦を主体に。つぐみはそれを補佐する形でめきめきと力をつけていく。

 

赤嶺「くっ……なんでこっちの攻撃が全然当たらないの!?」

 

友希那「当てる気が無いから当たらないのよ!」

 

つぐみ「はぁ……はぁ…そんな事言われても…どうすれば良いのか…。」

 

友希那「稽古で出来ない事が実践で出来るとは思わないで!!」

 

試行錯誤を繰り返す二人。その時、偶然息が合ったのか友希那の剣撃をつぐみが弾いた隙を付き、赤嶺の拳が友希那の胸を突くーー

 

 

 

 

赤嶺「はぁ…はあ………!」

 

寸前、赤嶺の拳は動きを止める。赤嶺はわざ拳が当たる直前で寸止めしたのだ。

 

友希那「………何故止めたの?」

 

赤嶺「はぁ……勝負あり……です…。」

 

しかし友希那は剣を納めるどころか、蹴りで赤嶺をつぐみ諸共吹き飛ばす。

 

赤嶺「かはっ……!」

 

つぐみ「うっ……!」

 

友希那「さっきも言った筈よ!稽古で出来ない事が実戦で出来ると思うなと!命を刈る気が無い刃で敵を倒せると思わないで!!」

 

赤嶺「で、でも友希那様が怪我を……。」

 

友希那「怪我をするのは自分のせいでは無いわ。避けられなかった方に咎がある。いかなる稽古に於いても、それ自体が常に戦いである事を覚えなさい。あなたが持っているその驕りは今此処で全て捨て去るの!!」

 

赤嶺「……火色舞うよ。ありがとうございます、友希那様!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

寮ーー

 

 

赤嶺「はぁ………今日は特にきつい稽古だったね……つぐちん。」

 

つぐみ「そうだね…だけど、得たものも多かったよ。」

 

六花「二人とも、お疲れ様でした。」

 

赤嶺「ロックこそ、巫女の鍛錬は精神使うって聞くよ。」

 

六花「そっちに比べれば随分マシですよ。花園友希那様直々の稽古なんですから。」

 

赤嶺「実践に出てから今日まで、厳しく付き合ってくださった意味が分かるよ。友希那様は私達が御役目で死なない様に厳しく鍛えてくださってるんだなって。」

 

つぐみ「うん、私達は精霊もどきとも戦って行かなくちゃならないんだから。」

 

六花「二人がその気持ちなら安心です。花園友希那様はもう大赦の運営からは退いてます。時間は沢山あるんです、またと無い機会に沢山鍛えてもらいましょう。

 

赤嶺「でも、少し気になる事もあるんだ。」

 

六花「気になる事?」

 

赤嶺「友希那様は稽古の前とか後とか、どことなく目線が遠い時があるんだよね。なんだか、遠くを見られているというか……あんなに体もお元気で、ハキハキ喋られるのにどこか、とても儚いんだよ。」

 

つぐみ「そうだね、赤嶺ちゃんが言いたい事分かるよ。」

 

六花「終末戦争を戦い抜いて、それ以降でもずっとずっと平和の為に動いてきた御方です。天の神を崇める人々をなんとかすれば四国の中に完全な平和が訪れる。外の対策が済んで、中も纏まって、大赦も次代の人達が動かして軌道に乗って、あらゆるやるべき事が済んで漸くあの御方の肩の荷が降りると思うんです。もしそんな日が来れば、花園友希那様には笑って過ごして欲しいですね。」

 

 

 

 

 

 

花園友希那は二人の稽古をつけ始めた頃からよく夢を見たそうだ。

 

宇田川あこーー

 

 

白金燐子ーー

 

 

高嶋香澄ーー

 

 

氷川紗夜ーー

 

 

 

そして、今井リサーー

 

 

 

みんなが居た、あの頃の夢をーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜ーー

 

 

赤嶺「つぐちん、起きてる?」

 

つぐみ「赤嶺ちゃん、眠れないの?」

 

赤嶺「ちょっと内緒話したいなって。」

 

つぐみ「…………赤嶺ちゃんに気を遣わせちゃったね。私の最近の様子に違和感を覚えたんだよね?」

 

赤嶺「違和感っていうより、なんか深く考えてる時があるなーって。」

 

つぐみ「うん…考えてる。」

 

赤嶺「つぐちんが何を考えてるのか、難しい事だったら分かんないけど、知りたいな。つぐちんが私に話さずに一人で悩んでるのって、なんか嫌なんだ。」

 

つぐみ「私が考えてるのは、"鏑矢"の役目の事だよ。……これから私達は天の神を崇める人達全てを射抜く事になる。その中には多分…私や赤嶺ちゃんと同じくらいの年齢の人、それより幼い子だっている筈。」

 

赤嶺「………っ!?」

 

つぐみ「精霊を使う事が出来る人………それは無垢な少女しかいないんだから。私達で覚悟を決めた人なら、例え同世代だって私は容赦はしないつもり。だけど、その人が大人達の意のままに動くだけの無垢な子だった場合………その子を射抜く事は、私の正義じゃない。これまで標的にされて射抜かれ、後日目を覚ました人は今までいなかった。つまり、標的となってしまったからには………射抜けば助からない。」

 

赤嶺「……大丈夫、そんな操られてるだけの人は、初めから標的から外されてるよ。」

 

つぐみ「そうかもしれない……でも、そうじゃないかもしれない。赤嶺ちゃん…赤嶺ちゃんはそんな現実に直面した時、同世代の標的を射抜ける?」

 

赤嶺「…………出来ると思う。その為のスイッチだから。火色が舞ってる時の私は、そういう私だから。だって、もし躊躇したせいで、つぐちんの身が危なくなったら?そのせいでみんなの平和が脅かされたら………だから私はやれるよ…。」

 

つぐみ「赤嶺ちゃん……。」

 

赤嶺「怒った?」

 

つぐみ「一つの答えだよ。責任を持った、立派な決断。だけど私は、そんな人がいるなら救いたい。それが私には出来る筈。」

 

赤嶺「うん。救えるならそれが一番なんだから。だからそういう人は標的にしないって、私達からもちゃんと言っておこう。大赦も分かってくれるよ!」

 

つぐみ「そうだね………自問自答してたって始まらないよね。ありがとう、赤嶺ちゃん。」

 

 

 

これから先の運命を、まだこの二人は知る由もない。しがし彼女達の立場がどうなろうとも、三人の友情は決して変わらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから二人は稽古と御役目を繰り返す毎日を繰り返していた。稽古の最初は友希那に触れる事すら出来なかった2人だった。毎日鍛錬が始まる時間よりも早くから自主練、そして鍛錬が終わった後も夜遅くまで残り復習をする。二人は友希那からの教えを反復し自分なりの技術に落とし込み、次第に友希那の動きに着いて行ける様になった。そして半月が経った頃には漸く数発の攻撃が通るようになるまでに成長する。

 

 

 

 

 

そして時は流れ、1年後の神世紀72年。

 

 

 

運命の日がやって来るーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦、訓練場--

 

友希那「今日であなた達を教えるのは最後になるわ。今日まで良く着いて来れたわね。私が教える事はもう何も無いけど……最後に1つ。」

 

赤嶺・つぐみ「「?」」

 

友希那「西暦の時代、私は友人である美竹蘭からバトンを受け取り、終末戦争を生き抜いてきた。それは長く険しい、終わりが見えない道で私はその中で多くの友を失ってきたわ。私含め全ての勇者達が、時に恐怖して、悩んで、苦しんで……守りたいものの為に戦っていき、そして半ば降伏に近い形で今の平和な世の中がある。あなた達もこの先同じ事が待っているかもしれない。」

 

赤嶺・つぐみ「「………。」」

 

友希那「今、私はそのバトンをあなた達2人に託す。」

 

つぐみ「友希那様からの……。」

 

赤嶺「バトン……。」

 

友希那「そのバトンの名は"勇気"。または"希望"、"願い"とも言える……。信じて欲しい。あなた達の後ろには、バトンを引き継いできた沢山の人達がいる事を。見回して欲しい。あなた達の隣には、今まで一緒に過ごしてきた友達や家族がいる事を。決して1人では無い事を知って欲しいの。私が最後に贈る言葉は、"戦いなさい"や"頑張りなさい"でもないわ。」

 

友希那「"生きて"--」

 

赤嶺・つぐみ「「えっ?」」

 

友希那「大切な人がいるのなら、その人の事を思い出して欲しいの。あなた達が生きるのを諦めてしまったら、その人が悲しむ事を思い出して欲しい。私は多くの大切な友達を失ってしまった。あなた達の大切な人に、私と同じ思いをさせないで。その人のところへ、必ず戻ってあげて。」

 

言葉1つ1つの重みが違う。激動の西暦を生き抜き、その中で培ってきた本当の思いがこの言葉に溢れている。

 

赤嶺「……分かりました。その御言葉、しかとこの心に刻み、」

 

つぐみ「そのバトン確かに私達が受け継いでいきます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦、とある部屋--

 

二人を見送った稽古場で見送った後、友希那は大赦の一室へ足を運んでいた。雨の日も雪の日も、友希那は毎日同じ時間にこの部屋を訪れている。友希那以外は立ち入る事が禁じられているこの部屋。そこでは1人の友希那と同じくらい老齢の女性がベッドで眠っていた。まるで眠っているだけで、声をかければ今にも起きておはようと返事をしてくれるかの様なーーそんな安らかな顔をしていた。

 

友希那「……待たせたわね、リサ。今日で訓練も終わり。これで私の役目も終わる。バトンは未来の鏑矢………いや、"勇者"に託したわ。」

 

友希那「赤嶺香澄という少女。まるで香澄の姿そっくりだったわよ。名前も香澄で一緒。本当に生まれ変わりと思ったくらいよ。腕も確か。これからの大赦を引っ張っていくのはあの子でしょうね。」

 

友希那「そしてもう1人の氷河さん。苗字からもしやとは思ったけれど、どうやら紗夜の子孫の様よ。紗夜と同じで愚直で真っ直ぐ。赤嶺さんに何かがあってもちゃんとサポートする筈よ。だけど心に迷いがあるのも紗夜と同じ………。それを御する事が出来るかどうかはあの子次第。」

 

 

友希那「此処まで長く険しい道のりだった……リサ、貴女が側にいてくれたから私は勇者でいられた。どんなに辛くても頑張る事ができた。全てをかけて……走り続けたわ……。」

 

 

 

友希那「美竹さん、燐子、あこ、香澄…紗夜……そして、リサ……長い事待たせてしまったわね……。この続きは…一緒に……話し………ま…しょ……う…。」

 

 

 

 

神世紀72年--

 

 

"神事"が始まる一方でバーテックスの襲来を実体験した最後の生き残りが老衰で死去。

 

 

それを2人が知る事は無いだろう--

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、象頭橋--

 

六花「いよいよ今夜から大規模の"神事"が始まります。」

 

つぐみ「全ては万人の暮らしの為に…。」

 

赤嶺「火色舞うよ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

3人が目指す場所は象頭橋近くのとある集会場。大赦からの情報ではここに大規模な天の神の信仰集会が開かれているとの事だ。3人は天井裏から様子を伺っていた。

 

赤嶺「段取りは大丈夫?」

 

つぐみ「オッケーだよ。」

 

六花「掛巻くも畏き神樹、産土大神(うぶすなのおおかみ)大地主神(おおとこぬしのかみ)の大前に(かしこ)み恐みも(まを)さく、捧奉りて乞祈奉(こひのみまつらく)を平らげく安らげく(きこし)召して、神樹の高き広き厳しき恩頼(みたまのふゆ)に依り、禍神の禍事なく、身健やかに心清く、守り恵み(さきわ)へ給へと恐み恐みも白す。」

 

赤嶺「行くよ。3.2.1…今!」

 

赤嶺の合図で2人は会合中のど真ん中へ降り立った。

 

教祖「な、なんだ!?」

 

赤嶺「あなた達な恨みは無いけれど、これも世界の平和の為だから…。」

 

つぐみ「あなた達の行く末を決めるのは神樹様…神に祈る事です。最も、その神は神樹様の敵ですけどね。」

 

2人は信者達を次々に拳で殴打していく。そして殴られた信者は昏倒して倒れていった。また混乱に乗じ何体もの精霊もどきが二人の行手を阻むが、二人は意に介さず蹴散らしてゆく。

 

倒れた信者の行く末を決めるのは神樹だ。青年や老人、同年代や年端もいかない子供もいる。その全てが粛清対象であり、赤嶺は粛々と御役目を遂行していく。あの時の言葉通り、"赤嶺は"全ての者を等しく粛清した。自分の感情を押し殺してまでも。

 

つぐみ「…。」

 

 

 

悲鳴がこだまするーー

 

 

 

つぐみ「うっ……!」

 

 

逃げ惑う雑踏が響くーー

 

 

 

つぐみ「…………っ!」

 

 

 

友希那からの教えを何度も反芻するーー

 

 

 

つぐみ「はぁ……はぁっ……!」

 

 

 

 

自分の心臓の鼓動が早まるのが分かったーー

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

 

つぐみ「精霊を使う事が出来る人………それは無垢な少女しかいないんだから。私達で覚悟を決めた人なら、例え同世代だって私は容赦はしないつもり。だけど、その人が大人達の意のままに動くだけの無垢な子だった場合………その子を射抜く事は、私の正義じゃない。これまで標的にされて射抜かれ、後日目を覚ました人は今までいなかった。つまり、標的となってしまったからには………射抜けば助からない。」

 

赤嶺「……大丈夫、そんな操られてるだけの人は、初めから標的から外されてるよ。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

今ならまだ助かる人がいるーー自分なら助けられるーー

 

 

 

つぐみ「………………っ!?」

 

 

つぐみの動きが明らかにおかしい。赤嶺と六花の二人もそれは分かっていた。だけど何も言わなかった。二人の考えは同じだった。

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

つぐみ「そうかもしれない……でも、そうじゃないかもしれない。赤嶺ちゃん…赤嶺ちゃんはそんな現実に直面した時、同世代の標的を射抜ける?」

 

赤嶺「…………出来ると思う。その為のスイッチだから。火色が舞ってる時の私は、そういう私だから。だって、もし躊躇したせいで、つぐちんの身が危なくなったら?そのせいでみんなの平和が脅かされたら………だから私はやれるよ…。」

 

つぐみ「赤嶺ちゃん……。」

 

赤嶺「怒った?」

 

つぐみ「一つの答えだよ。責任を持った、立派な決断。だけど私は、そんな人がいるなら救いたい。それが私には出来る筈。」

 

 

ーー

ーーー

 

 

 

 

教祖「ま、待ってくれ……!お、御慈悲を………。」

 

赤嶺「……それは神樹様が決める事だよ。」

 

赤嶺は粛々と射抜き続ける。最後に残った教祖の言葉も耳にせず殴打、御役目遂行を完了させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かに思えた--

 

 

 

 

 

 

 

 

つぐみ「はぁっ………くっ……!」

 

つぐみは拳を突き出す寸前で動きを止めていた。その眼前には1人の少女が震えて縮こまっている。彼女の親も既に昏倒している大勢の中に混じっているだろう。

 

赤嶺「つぐちん……その子で最後だよ…御役目を遂行しないと。」

 

つぐみ「……分かってる……分かってる!けど………この子は教祖に魅せられた親に着いて行っただけかもしれない。」

 

赤嶺「その少女が今回精霊を操ってたんだよ?」

 

つぐみ「やらされただけかもしれない……!」

 

赤嶺「つぐちんが敢えて子供や同年代の少女に御役目を遂行してないのは分かってた。けど……。」

 

つぐみ「私は救いたい!自分が救える力を持っていて……自分にしかそれが出来ないのなら……それが氷河家の矜持だから!!」

 

赤嶺「それを決めるのは私達じゃない……神樹様だよ。」

 

六花「…………。」

 

六花は2人の様子をただ見ていた。横入りする気は無い。全てを二人に委ねるつもりだった。

 

 

 

 

 

赤嶺「どいてつぐちん…。つぐちんがやらないなら私がやるよ。」

 

動かないつぐみを押し除け、赤嶺は少女に向かって歩みを進める。その目に迷いは無い。

 

赤嶺「火色舞うよ……。」

 

つぐみ「待って赤嶺ちゃん!」

 

赤嶺「………ごめんね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神世紀72年某月某日深夜、鏑矢により大規模テロ未遂鎮圧--

 

 

集会参加者473名全員が粛清を受け昏睡。そしてそこから1時間後に全員の死亡を大赦が確認--

 

 

 

 

 

"赤嶺家"はその功績を買われ大赦での地位を確実なものへとしていきーー

 

 

 

 

 

一方"氷河家"は大赦から私情が混ざったと判断、鏑矢の御役目から外され、その後徐々に衰退。"赤嶺家"との地位が開いていった。

 

 

 

そして後にこの御役目の真実は大赦により検閲ーー"カルトの集団自殺事件"として世に知れる事となる。

 

 

 

 

 

 



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資料館
勇者達の軌跡 その1


きらめきの章に向けての復習を兼ねて今更ながらのキャラ紹介です。

本編では語ってなかった事も散りばめているので、新たな発見が見つかるかもされません。


初めは神世紀勇者組の7人です。




 

きらめきの章に向けて今更ですが、キャラ情報でも載せていきます。

 

 

 

一から読むのが億劫な方でもこれを読んで頂ければ、最低限の情報は得られると思われます。

 

 

 

ここで初出しになる情報も有ります。

 

 

 

 

 

---

 

〈戸山香澄〉

 

・花咲川中学2年生 誕生日7月14日

・勇者装束:ピンク

・勇者装束モチーフ:山桜

・勇者武器:天の逆手

・精霊:牛鬼(第1章、第3章、第6章、最終章)、火車(第1章、第6章)

・逆手を打って産まれた為香澄という名を授かる。これは逆手を打ち産まれた少女には香澄と名付ける風習が四国に根付いているから。

 

中学1年の時、ゆりに誘われて山吹沙綾と共に勇者部へ入部。

 

勇者部五箇条は香澄が作った物で、香澄はそれを必ず心に留めて毎日を過ごしている。

勇者になった時、バーテックスの声を聞く事が出来るが、それは"香澄"の因子を受け継いでいるから。

 

"香澄"因子とは西暦時代、高嶋香澄が最終決戦の際ボロボロになって神樹に辿り着き倒れた際、偶然にも神樹と"神婚"した事によって神樹に刻まれた因子である。

 

勇者としての武器は"天の逆手"これは天の神の呪詛を弾き滅する力が込められている為、バーテックスに対して触れただけでダメージを与える事が出来る。満開すると両肩部分に巨大な腕が追加され、4本の腕でバーテックスを殲滅する。

 

 

--

 

 

第1章では満開を始めて使った際に散華で味覚を供物として捧げ新たな精霊"火車"が増える。

 

最終決戦では2度目の満開で両足の機能を捧げてしまうが、諦めない心で生身で満開を行う。

 

戦いが終わった後はその代償として魂を捧げてしまい、高天原へと行ってしまうが、そこで青い烏を模した精霊湊友希那の助けを借り沙綾達の音楽を道しるべに勇者部の元へ戻る事が出来た。

 

しかし、高天原へ行ってしまった為全身殆どが"御姿"と同じ状態になってしまう。

最後は文化祭で"Glitter*Party"として演奏をして第1章は幕を閉じる。

 

 

--

 

 

第3章では前述通り"御姿"に限りなく近い存在になってしまった為、天の神が施した沙綾への呪いを代わりに引き受けてしまい春まで生きられない身体になってしまう。

 

更に自らが話してしまうとその呪いが他の人にも伝染してしまう状況になり、大切にしていた勇者部五箇条を自ら破る形になってしまう。

 

それに加え神樹の寿命が近くなってしまい、大赦からの懇願により自分の気持ちを押し殺し神樹と"神婚"しようと決意、それが原因で勇者部と喧嘩をしてしまう。

 

終盤助けに来た沙綾に自分の気持ちを正直に叫び、友希那含め歴代勇者達の力を借りて"神婚"完了間際で助け出される。

 

その後友希那と少しの会話を交わした後、神樹自身が満開した事により得た力"大満開"の力で八咫の鏡を模した天の神"天照大神"を退ける事に成功。

 

全てが終わった後勇者の力は失ってしまったが、勇者部として復興の為のボランティアの日々を送っている。

 

ある時勇者部の活動でとある山にある施設に迷い込んだ際、何故か心が安らぐ思いをする。後に判明したのは、その施設はかつて赤嶺家が訓練をする為に作られた施設だと判明した。

 

 

--

 

 

第6章では異世界でもう1人の香澄である高嶋香澄、更に造反神"素戔嗚尊"の勇者である赤嶺香澄や歴代の勇者と出会い絆を深めていく。

 

中でも美咲とは美咲が心に秘めた思いを知ってから気にするようになり、全てが終わり帰る際には美咲に抱きついて涙を流した。

 

赤嶺とは何度も戦い、最終戦では一騎打ちを行う。一度は赤嶺に押されるも、異世界で出会った仲間達の声援を力に変えて赤嶺に勝利する。

 

終盤、帰るか残るかで分裂した際には赤嶺から死ぬと明言された勇者達を思い異世界に残る事を選択、帰る側と気持ちをぶつけ合い戦った。

 

造反神"素戔嗚尊"との最後の戦いでは、勇者として最後まで諦めない心が奇跡を起こし、全勇者と防人達の精霊の力を借りて"大満開"をして造反神を鎮める事に成功。

 

全てが終わり赤嶺から異世界での真実を聞いた後は記憶を失っても心は覚えていると信じ過酷な未来に向かって歩き出した。

 

 

--

 

 

最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始、再び勇者部と共に異世界で御役目に臨んでいく。しかし、その最中現れた"凶攻型"バーテックスにより初めての敗北を喫してしまう。

 

その後は戦力増強の為以前使用していた精霊である"火車"が加わり、レベルアップを兼ねて大赦にて高嶋香澄と試合を行う。試合の中で香澄は精霊の二重憑依を成し遂げ、"牛鬼"の本来の力を発揮し高嶋に勝利。

 

試合のデータを元に大赦と巫女が完成させた"ヤチホコ"の起動を任され、仲間が"凶攻型"により倒れていく中、ギリギリで"ヤチホコ"を起動、"凶攻型"の無力化に成功しこれを打ち倒した。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により、この先の未来を見させられ絶望する中、勇者でない白鷺千聖に励まされ、最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、受け継いできたバトンを次に託す為に元の時代へと戻っていった。

 

そして、天の神を打ち倒してから15年後。香澄は先生として花咲川中学に戻り、勇者部の顧問として明日の勇者達を見守っていくのだった。

 

 

---

 

 

〈山吹沙綾〉

 

・花咲川中学2年生 誕生日5月19日

・勇者装束:青

・勇者装束モチーフ:朝顔

・勇者武器:スナイパーライフル(第1章、第2章終盤、第3章、第6章、最終章)、弓矢(第2章終盤まで)、短中距離銃(第1章中盤から)、ファンネル(第1章終盤、特別章)

・精霊:青坊主(第1章、第2章終盤、第3章、第6章、最終章)、刑部狸(第1章)、不知火(第1章)、川蛍(第1章中盤、最終章)

 

・香澄の家の隣に住んでいる少女で香澄の大親友。物語開始時は車椅子で生活していたが、それは散華の影響によるもの。

 

パン作りが得意で学校にもパンを持ってきて香澄や勇者部のみんなに振舞っている。勇者部ではパソコン業務を中心で担っており、勇者部のホームページは沙綾が更新、管理している。

 

勇者としてだけでなく巫女としての素養を持つただ1人の勇者であり、香澄と同様に重要なポジションについている。

 

戦闘スタイルは後半支援が主であり、遠距離からスナイパーライフルで狙撃する事が大半。近距離では手持ち銃に切り替えたり、終盤はファンネルが追加され、星屑程度なら自動で狙撃して倒してしまうほど。

 

満開時は巨大な戦艦が出現し、数多くの砲門を自在に操って砲撃を繰り出す。最大出力は"獅子型"の火球を相殺する程である。

 

 

--

 

 

第1章では当初バーテックスの戦いに恐怖を抱いていたが、香澄のピンチを救う為勇者に変身する。変身した際、何故か身に覚えのない記憶がフラッシュバックする。歩けないのをサポートする為、勇者装束には歩行を助ける補助サポーターが付いている。

 

中盤満開をした際に散華で左耳の聴力を供物として捧げるも、その異変にすぐ気が付き独自で調査をする。

 

その次の戦いの後、花園たえの呼びかけで壊れた瀬戸大橋へ香澄と共に飛ばされそこでたえから満開の真実と代償について聞かされ、更に時折フラッシュバックしていた記憶がたえとのものだという事を思い出す。

 

たえから聞かされた真実を確かめる為あらゆる自殺を試みるもその全てを精霊に防がれ、たえの言う事が真実である事を知る。

 

その後1人で再びたえに会いに行き、バーテックスと壁の外の真実を聞かされ絶望、これ以上勇者部の犠牲を防ぐ為敢えて壁を破壊し、バーテックスを神樹の元へと誘導、勇者部と敵対してしまう。

 

香澄の必死の説得により考えを改め、勇者部と和解し、バーテックスを退ける事に成功。神樹が散華した部分を新たに作り出した為第1章最後では自分の足で歩く事が出来るようになり、記憶も取り戻す。

 

 

--

 

 

第2章では神樹館小学校6年生の沙綾が主人公。同じクラスメイトであるたえと海野夏希の3人で勇者として御役目についていた。

 

この時代の勇者システムは終盤まで満開機能が実装されておらず、精霊もいない。当初は弓矢で戦っていた。

 

初めは自分が2人を引っ張っていかないとという重圧から御役目を遂行するのにもギリギリの状態だったが、担任で大赦の神官である安芸先生の言葉の意味を理解する事で、自分の思いを吐露し2人との絆を深めていった。

 

オリエンテーリングでは3人でバンド"CHiSPA"を結成する。

 

第1章の頃よりも真面目な性格であり、遠足前日に枕と見まごうくらい分厚いしおりを徹夜で作ったりもする。

 

遠足の帰りでの御役目で重傷を負ってしまい、その最中夏希を失ってしまう。だが、それでも御役目は続き、夏希の死を受けて勇者システムがアップデート、第1章と同様の勇者システムになりたえと2人で最後の戦いに赴く。

 

実装された満開を使いバーテックスを殲滅していくも、散華によって両足の機能を捧げてしまう。この状況を怪しむも、バーテックスを倒すには満開しか残されていない為、直後2回目の満開を行う。

 

しかし、連続しての満開は定着が浅い為、すぐ2度目の散華が訪れ、沙綾は供物として2年間の記憶を捧げてしまう。これにより戦線離脱せざるおえなくなり、たえからお守りとしてリボンを巻いてもらい、1人立ち向かっていくたえを見ながら気絶。第1章でフラッシュバックしていた記憶はここの出来事である。

 

その後目を覚ますと病院におり、やがて再び訪れる戦いの為に、勇者適正値の高い戸山香澄の隣に引っ越し、そこで香澄と出会い第2章は終了する。

 

 

--

 

 

第3章では、第1章終盤で壁を壊してしまった償いから自ら奉火祭の生贄として魂が高天原に囚われてしまい、香澄含め勇者部達の記憶から沙綾の記憶が消えてしまう。

 

その後、たえと一緒に記憶を取り戻した香澄達の尽力で救出する事に成功するも、その呪いが香澄に降りかかる。

 

香澄が自暴自棄になる中、最後まで香澄を助け出す事を諦めず、終盤神樹内部で湊友希那の力を借り香澄を助け出す事に成功、そこで夏希の魂とも再開を果たす。

 

全てが終わった後は勇者部としての活動を再開し、ボランティアなどを行なっている。

 

 

--

 

 

第6章では過去の自分と邂逅。更に死別した夏希とも再会、夏希にこれから起こる未来を隠しながら異世界で御役目をこなして行く。

 

勇者部では唯一勇者として"カガミブネ"を制御出来る為、敵から狙われやすい。

 

終盤、赤嶺から真実を暴露され、勇者部が分裂した際は夏希の事を思い異世界に残る事を選択、帰る組の勇者達と河原で本音をぶつけ合う。

 

夏希の未来を変えてみせるという固い意思を目の当たりにし、夏希を信じて帰る事を選択、造反神との最後の戦いに赴く。

 

御役目が完了し、それぞれが元の時代へと帰る際、夏希との別れに涙するも、"またね"の挨拶を交わし、これからの未来へと踏み出して行った。

 

 

--

 

 

最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

中盤、戦力増強の為以前使用していた精霊である"川蛍"が加わり、レベルアップを兼ねて大赦にて奥沢美咲と試合を行う。試合の中で地形とファンネルを上手く使いながら善戦するが、最大攻撃が撒き散らした瓦礫によって威力が下がり、詰めきれず敗北してしまう。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった香澄達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、受け継いできたバトンを次に託す為に元の時代へと戻っていった。

 

そして、天の神を打ち倒してから15年後。沙綾は花咲川中学の校長となり、先生になった香澄を花咲川へ赴任させる。

 

 

---

 

 

〈牛込ゆり〉

 

・花咲川中学3年生 誕生日5月1日

・勇者装束:黄色

・勇者装束モチーフ:オキザリス

・勇者武器:大剣

・精霊:犬神(第1章、第3章、第6章、最終章)、鎌鼬(第1章、最終章)

 

 

・勇者部の部長であり、香澄と沙綾を勇者部に引き入れた張本人。

 

実は大赦から派遣された人物であり、勇者部とは勇者適正値の高い人物を引き入れ、いずれ来るバーテックスとの戦いに備えていた。

 

しかし、自分の所が選ばれるとは思っておらず、いざ御役目が始まった際は香澄達や妹の牛込ゆりを勇者部へ引き入れた事を後悔していた。

 

両親を事故で亡くしており、たった1人でりみを育ててきた為、りみに対して異常な程過保護になっており、明日の準備などりみがする事の殆どをゆりがやっている。

 

料理はかなり得意であり、りみが嫌いな食べ物を上手く料理に混ぜ込み食べさせようとする。

 

勇者としては大剣を武器にバーテックスに立ち向かっていき戦闘力はかなり高い方である。また、大剣はゆりが想いを込める事によって大きさが自在に変化し威力は面の部分で御霊を押しつぶせる程である。

 

満開時は武器に特別能力が追加される訳ではないが、大剣の大きさが更に巨大になり、バーテックスを薙ぎ倒して戦う。

 

 

--

 

 

第1章では勇者部の部長としてみんなを引っ張っていき、初めての御役目では右も左も分からない香澄とりみに御役目のやり方を教える。

 

途中で勇者部に入部した有咲とは同じ大赦から派遣された者同士、話す事が多い。

 

中盤"水瓶型"の水球に閉じ込められた際、初めて満開を発動。勝利に貢献するも、散華で左眼の視力を供物として捧げてしまう。病院や大赦からはいずれ良くなると言われ、その後は眼帯をして生活をする。

 

しかし、たえの元から戻って来た香澄と沙綾から満開の真実を聞かされ、大赦への疑心暗鬼が募り、後日沙綾に呼ばれたえの話が事実である事を知り、絶望。追い討ちをかけるようにりみの夢であった音楽をやっていきたい事を知り、更にはオーディションにも受けていた事、自分が勇者部に入れた事でりみの夢を奪ってしまった事、真実をひた隠しにしてきた大赦への怒りから大赦を潰す事を宣言、有咲、引いては香澄と対立する。

 

香澄が必死に説得するも、ゆりの怒りは頂点に達していた。しかし、そこへりみがやって来て今の想いを告白、ゆりのせいでは決して無い事を話し、ゆりは攻撃を止め、慟哭するのだった。

 

最後の戦いでは香澄が沙綾を説得する為の時間稼ぎを引き受け、見事バーテックスを退ける事に成功する。

 

その後は神樹により捧げられた部位を作り直してもらい、視力は無事回復。文化祭当日"Glitter*Party"のリードギターとして舞台に立つのだった。

 

 

--

 

 

第3章では香澄が天の神の呪いの事を話してしまったが為に、車に跳ねられてしまい入院する事になる。病室でりみと話していた会話を香澄が聞いてしまい、それが香澄が神婚を決める決定打となってしまう。

 

香澄を救い出す為、沙綾と共に神樹の元へ急ぐが、道中"天秤型"の邪魔に会い、何とかこれを退けるも、今度は神樹が樹海を使って行く手を阻んでくる。そこでゆりは最後の力を振り絞り、大剣を長く伸ばし沙綾に後を託す為神樹までの道を切り開いた。

 

全てが終わった後は勇者部の部長をりみに指名して引退するも、勇者部へはかなりの頻度、ほぼ毎日と行っていいほど顔を見せにやって来る。

 

 

--

 

 

第6章では異世界から集まって人数が増えた勇者部の部長としてみんなをまとめ上げている。戦闘力の高さは友希那や薫からも認められており、実力派相当高い模様。

 

何故が薫に意識されており、薫の言動にたじろいでしまう事がある。

 

宇田川あことは後輩ながらも他人とは思えない様な感覚を覚える事が時折あるが、これはあこの生まれ変わりがゆりだからである。

 

 

終盤、赤嶺の策略で勇者部が分裂した際は未来で死にゆく勇者達の為に、異世界に残る事を選択、帰る組と河原で戦う事で本音をぶつけ合う。

 

 

--

 

 

最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

中盤、戦力増強の為以前使用していた精霊である"鎌鼬"が加わり、レベルアップを兼ねて大赦にてりみと共に宇田川あこと白金燐子と試合を行う。お互いの力が拮抗し合う中、最大出力の攻撃がぶつかり合うその時、ゆりはあこと燐子の記憶を垣間見る。それが隙となってしまいあこ達に押し切られ敗北してしまった。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった香澄達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、受け継いできたバトンを次に託す為に元の時代へと戻っていった。

 

そして、天の神を打ち倒してから15年後。夢を叶えたりみのマネージャーとして日夜駆け回る日々を送っている。

 

 

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〈牛込りみ〉

 

・花咲川中学1年生 誕生日3月23日

・勇者装束:緑

・勇者装束モチーフ:鳴子百合

・勇者武器:ワイヤー

・精霊:木霊(第1章、第3章、第6章、最終章)、雲外鏡(第1章、最終章)

 

 

・花咲川中学1年生であり、勇者部の中では最年少。牛込ゆりは姉である。

 

何でもゆりがやってくれる為、買い物に行くのもゆりと一緒に行っている。

 

料理は壊滅的であり、レシピを見ずに作ろうとしたり、調味料を計らないで入れようとするのでキッチンが地獄絵図となる。

 

沙綾が作るパンが大好物であり、食べるパンはチョココロネと決まっているので、沙綾もりみの為にチョココロネを沢山作って部室に持って来る。

 

戦闘では自在に伸びるワイヤーを用いて戦う。このワイヤーは様々な用途に用いる事が出来、りみの力量次第で網になったり、敵の攻撃を防ぐ盾にもなったりする。またワイヤーを相手に絡みつけて一気に締めて細切れにする等殺傷能力に関してはずば抜けて高く、死神と恐れられている。

 

満開時は背後に鳴子百合の花を模した発射口が円形になっており、その花から無数のワイヤーを発射する事が可能。攻撃範囲なら勇者部で1番。

 

最終章では"雲外鏡"の能力も加わり、盾に展開させたワイヤーを鏡にし、相手の攻撃を威力そのままで跳ね返す事が出来る。

 

 

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第1章ではゆりの妹という事で勇者部に入部、勇者としての御役目に参加する事になる。最初の御役目が終わった際、ゆりから秘密があったらどうすると聞かれるも、りみはゆりについて行く事を選び戦いに身を投じて行く。

 

中盤ゆりを助ける為、満開し散華として指の身体機能を供物として捧げてしまう。その事で自分の夢であったバンド活動を諦めざるを得なくなるが、事前に送っていたオーディションに受かっていた事をゆりが知ってしまう。

 

りみの夢を奪ってしまった事で大赦を潰そうと香澄と有咲に手をあげるゆりを背後から抱きしめ、ゆりのせいでは無い事、自分が夢を持てたのは勇者部に入ったからであり、ゆりは決して悪くないという事を伝え、涙を流すゆりを抱きしめた。

 

最後の戦いでは戦えないゆりを守らながら襲いくる星屑を相手に戦うも、途中でゆりが復帰。香澄が沙綾を止めるまでの時間稼ぎをしてバーテックスを退ける事に成功する。

 

戦いの後は捧げていた指の身体機能が回復し、またベースを弾く事が出来るようになる。そして文化祭では"Glitter*Party"のベースとして舞台に立つのだった。

 

 

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第3章では香澄がゆりに天の神の呪いを話してしまったが為に目の前でゆりが車に跳ねられてしまう。その後お見舞いに行くも、そこでの会話を香澄に聞かれてしまい、これが香澄が神婚を決意する事になる。

 

最後の戦いでは沙綾とゆりが香澄の元に辿り着くまでの時間稼ぎとして天の神と"蠍型"を相手に奮闘する。

 

全てが終わった後、ゆりから勇者部次期部長に任命され、地域復興ボランティアとして勇者部を動かして行く事になる。

 

 

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第6章ではお姉さんとして小学生組を引っ張って行こうと頑張るも、自分との実力差に自信を失ってしまう場面も見られる。しかし、宇田川あこや奥沢美咲、香澄の教えによってワイヤーを盾や投槍、拳に自由自在に変化させる術を獲得、戦闘力が大幅に上がり、単独で赤嶺と数分の間やり合うまでに成長し赤嶺を驚かせた。

 

同年代である白金燐子とは何か他人とは思えないような雰囲気を感じるのか、よく一緒に行動する事が多い。それもそのはず、燐子の生まれ変わりがりみだからである。

 

終盤、赤嶺の策略で勇者部が分裂した際は未来で死にゆく勇者達の為に、異世界に残る事を選択、帰る組と河原で戦う事で本音をぶつけ合う。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

中盤、戦力増強の為以前使用していた精霊である"雲外鏡"が加わり、レベルアップを兼ねて大赦にてゆりと共に宇田川あこと白金燐子と試合を行う。お互いの力が拮抗し合う中、最大出力の攻撃がぶつかり合うその時、ゆりはあこと燐子の記憶を垣間見る。それが隙となってしまいあこ達に押し切られ敗北してしまった。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった香澄達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、受け継いできたバトンを次に託す為に元の時代へと戻っていった。

 

そして、天の神を打ち倒してから15年後。バンドマンの夢を叶え、マネージャーのゆりと共に日夜駆け回る日々を送っている。

 

 

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〈市ヶ谷有咲〉

 

・花咲川中学2年生 誕生日10月27日

・勇者装束:赤

・勇者装束モチーフ:山躑躅

・勇者武器:日本刀二本、脇差

・精霊:義輝(第1章、第3章、第6章、最終章)、鬼童丸(最終章のみ)

 

・物語途中から勇者部に入部する事になる少女であり、大赦から派遣されてきた勇者である。

 

自らを完成型勇者と自負しており、その名の通り、戦闘力は他の勇者と比べて頭一つ抜きん出ている。

 

また、鍛錬も毎日欠かさずやっており、自宅にはトレーニング器具が沢山ある。

 

祖母と一緒に暮らしており、鍛錬をしながら趣味である盆栽いじりをする日々を送っている。

 

先頭スタイルは日本刀の二刀流で戦いながら、脇差を投げて遠距離でも対応して戦っている。

有咲が使う勇者システムは先代勇者である海野夏希が使っていたものであり、それを有咲様にカスタムしたもの。現に夏希と同じ二刀流の武器であり、勇者装束の色が似ている事からも見て取れる。

 

満開時は両肩部に四本の腕が出現、それぞれが刀を持っており、計6刀で戦う。また、脇差もその腕から無数に飛ばす事が可能である。

 

最終章では新たに"鬼童丸"が加わる。その力は鎖による相手の拘束。自分を拘束する事で攻撃による反動を耐えたり、吹き飛ばされないようにする事も出来る。

 

 

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第1章では"牡羊型"を単独で封印して見せ、格の違いを勇者部に見せつける。満開の事も知っているが、実際には使った事は無い。

 

最初は大赦の勇者として、勇者部の活動にも消極的だったが、香澄がグイグイ来る為仕方無く部活に顔を出している。

 

中盤で他の4人が満開を使い疲弊する中、自分だけが満開を使わず無事だった事に情けなく思ってしまう。だが、1人だけ満開を使わず有咲に後遺症が残らなかった事が沙綾が散華を知る手がかりとなった。

 

大赦からゆりの精神が不安定な事を受け、ゆりのマンションを見張っていたが、直後ゆりが暴走し、有咲はゆりを追いかけ止める為に戦った。

 

最後の戦いではゆりが戦えず、りみがゆりを守り、沙綾が壁を壊し、香澄が変身出来ない中、復活した5体のバーテックスを止める為、たった1人勇者部の勇者として戦いに臨む。

 

満開して戦い一体倒すも、"蠍型"の攻撃で満開が解け両足を捧げてしまう。その後も満開を繰り返し左腕、聴力、視力を失ってまでもバーテックスを倒す事に成功するも沙綾を止めに行く事は出来ず、助けに来た香澄に後を託して戦線離脱したが、"獅子型"の最大火球を止める為に更に満開して駆けつけた。

 

戦いが終わった後は捧げた供物を作り直してもらい日常生活を送る事が出来る様になる。

 

そして文化祭では"Glitter*Party"のキーボードとして舞台に立つのだった。

 

 

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第3章では香澄が悩んでいる事に気付き、港で打ち明ける様に話すも、話すと呪いが伝染してしまう性質から香澄は話す事が出来ず有咲は傷付いてしまう。後に香澄の勇者御記を読みその思いを知った有咲は涙を流し香澄に謝った。

 

最後の戦いでは沙綾とゆりが香澄の元に行くまでの時間稼ぎとして天の神と"蟹型"に立ち向かう。辛くも"蟹型"を倒すが、体力の限界が訪れ倒れてしまい、ゆりとたえに保護される。

 

全てが終わった後は勇者部次期副部長として部長であるりみをサポートして行く事となった。

 

 

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第5章にも少し登場しており、夏希の勇者システムを受け継ぐ為の勇者選抜に参加、そこでライバルである白鷺千聖と競い合う事になる。氷河日菜もこの場にいたのだが、有咲は覚えていなかった。

 

自分を研鑽していく傍らで他の候補生に教えたりする事もあり、そこが千聖との違いとなり勇者システムを受け継ぐ事となる。

 

第3章時、香澄の呪いを解く方法を探しに壁の外へとやってきた際に久し振りに千聖と再会、千聖から情けないと叱責され千聖と相対する事となる。勝負はやや有咲が優勢で進んでいき戦いを通して千聖は有咲の本音を吐き出させ激励、有咲は最後の戦いへと臨む事になる。

 

 

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第6章では勇者の先輩である夏希と共に勇者部の一番槍的ポジションを担っていく事になる。また貴重なツッコミポジションであり、同じ立場の美咲とは合鍵を渡す程仲が良い。

 

中盤、赤嶺の策略で自分自身と対話する事となるが、勇者部で過ごしてきた出来事は自分にとって大切なものである事を叫び打ち破る事に成功する。

 

終盤、赤嶺の策略で勇者部が分裂した際は未来で死にゆく勇者達の為に、異世界に残る事を選択、帰る組と河原で戦う事で本音をぶつけ合う。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

中盤、戦力増強の為新たな精霊である"鬼童丸"が加わり、レベルアップを兼ねて大赦にて白鷺千聖と試合を行う。お互いの意地がぶつかり合い互角の戦いを繰り広げる中、最後の斬り合いの寸前に"鬼童丸"の力で一瞬だけ千聖の動きを封じ勝利する。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった香澄達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、受け継いできたバトンを次に託す為に元の時代へと戻っていった。

 

そして、天の神を打ち倒してから15年後。大赦に勤め、千聖と共に"防人"のリーダーとなり花音、イヴと四国外の復興や大赦のトップとなったたえの補佐に力を入れている。

 

 

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〈花園たえ〉

 

・花咲川中学2年生 誕生日12月4日

・勇者装束:紫

・勇者装束モチーフ:青薔薇(第2章)、睡蓮(第3章、最終章)

・勇者武器:槍

・精霊:烏天狗(第2章終盤、第3章、第6章、最終章)、両面宿儺(最終章のみ)"枕返し""獏""ガシャドクロ""鉄鼠"その為諸々合計21体

 

・第1章終盤で沙綾と香澄を壊れた瀬戸大橋へと呼び寄せた謎の人物。その正体は沙綾夏希と共に御役目に就き世界を守った香澄達の先代勇者の1人であり、大赦の最高権力者である"花園家"の勇者である。

 

"花園家"の前身は"湊家"であり、たえは初代勇者である湊友希那の子孫にあたる。

 

物語開始時から既に精霊が21体もいる。満開をすると精霊が1体ずつ増えていく為、たえは20回満開して散華してまで戦ってきたのである。その為、戦闘力はこれまでのどの勇者よりも高く、勇者が暴走した時の抑止力として大赦に"御姿"として祀られていた。

 

戦闘スタイルは自由自在に形を変える槍を武器として使い、槍を傘状に変化させて敵の攻撃を防ぐ事も出来る。

 

満開時は巨大な方舟を出現させ、周囲に浮遊する羽状のファンネルを自在に動かしてバーテックスを殲滅していく。また、ファンネルを翼に見立てて不死鳥を模した突貫攻撃も可能。

 

最終章では新たな精霊として"両面宿儺"が加わる。その力は何かを2倍にする事。これにより、力やスピードを2倍にしたり、果ては自分自身の存在を2倍にする事が可能。しかしデメリットとしてその分受けるダメージや疲労感も2倍になってしまう。

 

 

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第1章では終盤に登場。20回散華した事によりほぼ全ての身体中を供物として捧げた為"御姿"として大赦に祀られていた。沙綾と香澄を呼び寄せて満開の真実と散華について語る。その時、沙綾は朧げにフラッシュバックした記憶を取り戻しそれを伝え、たえは涙を流した。

 

後日再び沙綾を招き、今度はバーテックスと壁の外の真実を伝えその後の選択を沙綾達勇者部に託した。

 

前述通り、たえは勇者が暴走した場合の抑止力であるが、実際ゆりが暴走した時は大赦の意向を無視し、勇者部が選択する流れに身を任せている。

 

戦いが終わった後は包帯を外し、自らの足で立って歩き、青く広がる世界を見つめ、夏希の事を思った。

 

 

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第2章では先代勇者として沙綾と夏希の3人で世界を守る御役目に就いていた。

 

当初はチームワークが全くなっておらず、沙綾からはどうすれば良いか分からないとまで言われていた。

 

その後、安芸先生からリーダーに任命され、合宿を通してチームワークを研鑽させていく。

 

よく昼寝をするのだが、寝ている状態でも周りの事は把握出来てるらしく、授業中に当てられた時でもすんなり答える事が出来ていた。

 

いつもオッちゃんと呼ばれるぬいぐるみ兼枕をまた歩いており、寝る時はそれを枕にしている。

 

オリエンテーリングでは3人でバンド"CHiSPA"を結成する。

 

遠足の際に夏希と帰ったら焼きそばの作り方を教えてもらうと約束したが、遠足の帰りでの御役目で夏希が命と引き換えに世界を救った事で叶わぬ夢となってしまう。

 

告別式の帰りに安芸先生が2人を慰めた際、夏希含めた3人が勇者なんだと涙ながらに訴えた。

 

夏希の死を受け、勇者システムがアップデートされた際、新たに精霊"烏天狗"を授かる。

 

沙綾と2人で夏祭りに来た際、射的で大きなぬいぐるみをゲットするが、3つのキーホルダーに変えてもらい、それぞれ沙綾と夏希の友情の証として大切に持ち歩く。

 

そして訪れた最後の戦いでは、満開を使ってバーテックスを倒すも散華により右眼の視力を捧げてしまう。その後2回目の満開を繰り出し、沙綾が"獅子型"の火球を相殺し跡を託して倒れた後、"御霊"となった"獅子型"を追いかけ壁の外へ出てしまう。

 

その直後2回目の散華で心臓の機能を捧げてしまうも死ぬ事は無く、たえは外の真実を知る事となった。

 

外の世界は真っ暗な空に灼熱の大地が広がっており、そこには無数の星屑、そして倒した筈のバーテックスが再生している地獄の光景だった。

 

たえは自分の胸に手を当てて考えるも、心臓が動いてない事に気付き、全ての答えに辿り着いてしまった。勇者は決して死ぬ事は無い、生かされているのだと。

 

外の真実を沙綾伝える為に戻るも、沙綾は先の散華で2年間の記憶を捧げてしまった為たえが誰なのか、今の状況を理解する事が出来なかった。

 

たえは沙綾の手首に自分のリボンをお守り代わりに結んで、きっとまた会えると言い残したった1人無数のバーテックスの群れに満開して飛び込んでいく。

 

 

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第3章では捧げられた供物も元に戻り新たに花咲川中学に転入し、勇者部に入部する。

 

瀬戸大橋跡に作られた英霊之碑にある夏希の墓に作れるようになった焼きそばを備えるも何故か1人分多めに作ってしまった事に疑問を持ち、1番最初に記憶が改ざんされている事に気がついた。

 

沙綾を助ける為に勇者部に再び勇者システムを差し出し新たにアップデートされた勇者システムについて説明をしながら沙綾救出へと向かう。

 

道中ですぐさま満開をして方舟で香澄を高天原へと送り届け、沙綾救出に成功。しかし、その代わりに香澄が天の神の呪いを引き受けてしまう。

 

香澄の挙動に怪しさを感じ、たえは独自で原因を調査、それが天の神の呪いで話すと伝染してしまう事も突き止めた。

 

終盤英霊之碑に呼び出され対峙した神官をかつての先生だった安芸だと見破り香澄を助け出す為に天の神と対峙する。

 

先行していた有咲がかつての夏希と同じ危険に陥った際は以前とは違い間に合って有咲を助ける事に成功する。

 

全てが終わった後は安芸先生と香澄達や防人達の経過観察や大赦の改革を行なっている。

 

 

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第6章では過去の自分や先祖である友希那と邂逅する。

 

途中まで最後のとっておきとして戦いに参加する事は出来なかったが、赤嶺が部室を狙ってきた際に変身出来るようになる。一度だけ、夏希を助けたい思いを神樹が受け取ってくれた為変身出来た事もある。

 

夏希と再会した際は真実を隠す為に沙綾と口裏合わせして本当の事は伏せておく事にした。

 

物事を柔軟に考える事が出来るので、赤嶺の作戦やこの世界の真相についても薄々感づいていた。

 

中盤友希那と今井リサを自宅に招き、私は幸せに生きている、寂しくないから大丈夫だという事を改めて先祖に伝えた。

 

 

終盤、赤嶺から真実を暴露され、勇者部が分裂した際は夏希の事を思い異世界に残る事を選択、帰る組の勇者達と河原で本音をぶつけ合う。

 

夏希の未来を変えてみせるという固い意思を目の当たりにし、夏希を信じて帰る事を選択、造反神との最後の戦いに赴く。

 

御役目が完了し、それぞれが元の時代へと帰る際、夏希との別れに涙するも、"またね"の挨拶を交わし、これからの未来へと踏み出して行った。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

中盤、戦力増強の為以前使用していた精霊である"両面宿儺"が加わり、レベルアップを兼ねて大赦にて湊友希那と試合を行う。しかしたえには別の思惑もあり、自分の強くなった姿を友希那に見てもらい、安心して自分の時代に帰ってほしいと伝える為でもあった。

 

自分ののらりくらりとした戦い方に友希那が怒り本気で倒しにかかるも、"両面宿儺"の力を駆使しなんとか食らいつく。交える中で思いを受け取り、また伝えた両者は本気の全力を出し尽くす為"満開"を披露。闘技場を揺るがす戦いの中勝利したのはたえだった。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった香澄達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、受け継いできたバトンを次に託す為に元の時代へと戻っていった。

 

そして、天の神を打ち倒してから15年後。"花園家"として大赦のトップに立ち、歴史から葬られていた"氷川家"の名を英霊之碑に刻み、"氷河家"の再建も手伝った。

 

 

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〈海野夏希〉

 

・神樹館小学校6年生 誕生日11月10日

・勇者装束:赤

・勇者装束モチーフ:牡丹

・勇者武器:双斧

・精霊:鈴鹿御前(第6章、最終章)

 

・沙綾とたえと共に戦った香澄達の先代の勇者の1人で、明るく元気な少女。

 

トラブル体質であり、外を歩いてると様々なトラブルに出くわし、見過ごさずに助けてあげる為学校や待ち合わせなどはかなりの頻度で遅刻している。

 

冬樹と春樹という2人の弟がいて、家にいる時はいつも面倒を見ている。

 

イネスというショッピングモールが大好きであり、特にそこのフードコートにある醤油豆ジェラートがうどんと同じくらい大好物。

 

戦闘スタイルは双斧を使った前衛の特攻隊長で、前線で戦う為1番危険が大きい。沙綾とたえが夏希のサポートをして夏希はトドメを刺す形で戦っている。

 

第6章では氷川紗夜から精霊の憑依方法を教わっており"鈴鹿御前"を憑依させて戦う事もある。憑依すると斧がもう一振り増え、その斧は空中を浮遊しており、夏希の意思で自在に動かす事が可能であり、三刀流で戦う。

 

既に亡くなっており、その死は沙綾やたえ、防人で同じ小学校に通っていた若宮イヴの心に深く刻まれている。

 

夏希の死後、残った勇者システムは選抜を突破した有咲の手に渡っており、有咲や選抜に最後まで残った千聖にも影響しているとも言える。

 

最終章では"満開"の力を解放。斧の爪を持つ、四足歩行の台座に乗り、炎を纏い敵を縦横無尽に殲滅する。

 

 

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第2章では初めての御役目の時、"水瓶型"の水球に囚われるも、中の水を全て飲み干すという荒業をやってのけ、沙綾に引かれていた。

 

ぎこちないチームワークだったものの、合宿を通して2人との距離が縮まり、休みの日は3人で遊ぶほどの仲にまでなっている。

 

将来の夢はお嫁さんであり、休日にたえの家に来た際は2人に色々な格好をされて遊ばれている。

 

遠足の帰りでの御役目の際、"蠍型""蟹型""射手型"の三体のバーテックスが出現。バーテックスのコンビネーションで沙綾とたえが戦闘不能になり、夏希は2人を残してたった1人で止めに向かった。

 

戦況は絶望的で、"射手型"の針に腕や脚を貫かれ、"蠍型"の尻尾に痛めつけられ、"蟹型"の反射板にやられながらも人間としての魂の力を見せつけ三体のバーテックスを退ける事に成功する。

 

その後2人が目を覚まし夏希を探しにやってくるも、夏希はボロボロで右腕が無くなりバーテックスがやってきた方を向いて立ったまま12歳という短い生涯を終えてしまう。

 

しかし何も知らない市民には夏希の死は英雄視され、死を名誉だと喜ぶ者までも現れる。

大赦も勇者の死を重く見た為に勇者システムのアップデートが検討され、精霊バリアと満開が実装される事となる。

 

 

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第3章ではたえと沙綾が見る夢の中で、中学生になった夏希が出てくる。

 

これはたえが見た理想の未来であり、たえが夢である事に気付くと別れを告げて去っていってしまった。

 

 

 

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第6章では過去の時代から夏希がやって来て中学生になった沙綾とたえと一緒に御役目を果たしていく。

 

来た当初、何故中学生の自分がいないのか疑問に思っていたが、大赦勤めだと信じ物語は進んでいく。

 

特に仲が良いのはあこと紗夜であり、あこは似たような性格からか、常に一緒におり、紗夜はゲームが得意な事で夏希は尊敬していて、一緒にゲームをしたりする仲だ。

 

それで仲が深まった事もあり、中盤に紗夜から精霊憑依のやり方を教えてもらい以降は憑依も駆使して戦っていく。

 

終盤赤嶺により、夏希が死ぬ事を暴露されてしまうが、夏希は沙綾やたえの言動から薄々感付いていた。

 

戻るか残るかで揉めていた勇者部だったが、夏希は死ぬ未来を聞かされても、未来は自分の手で変えると宣言し帰る事を選択。中学生の沙綾とたえと対立するも、それでも自分の信念は曲げず河原での戦いで2人の考えを変える事に成功。勇者部も1つにまとまり遂に御役目を完遂する。

 

元の時代に戻る際、2人にズッ友である事を改めて宣言し、"またね。"の一言で自分の時代に戻って行った。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。その最中現れた"凶攻型"に仲間が倒されていく中、遂に"満開"の力を発現。爆発的な力で"凶攻型"を抑え押し返し、"鎮花の儀"により初めて"凶攻型"を一時的だが退ける事に成功する。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により、自分の未来を見させらる。以前赤嶺香澄から聞かされた事で頭では分かっていたが、いざ目の前にすると絶望してしまう夏希。そんな中、勇者でない千聖に励まされ、最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、受け継いできたバトンを次に託す為に元の時代へと戻っていった。

 



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勇者達の軌跡 その2

キャラ紹介その2、今回は西暦組の勇者達6人についてです。

こうして書いていくと物凄く長い事に気付き呆然としております。
その1を読んでくださった皆様に最大の感謝を。




今回は西暦の勇者達と巫女の紹介。

 

暇つぶし程度に読んで頂ければ幸いです。

 

バーテックスや用語の説明も出来たらなと思っています。出来たらですけど……。

 

西暦組勇者の特徴として神世紀組との最大の違いは"満開"システムや精霊バリアが無く、代わりには精霊をその身に憑依させて戦闘力を上昇させる術を持つ。

 

しかし、穢れもその身に宿してしまう為、憑依させすぎると疑心暗鬼に陥り人間不信になったりしてしまう。

 

また、戦闘力にも大きな差があり、"御霊"を持たない"完成型"バーテックスには全くと言っていい程敵わず、禁忌の精霊を憑依させるしか対抗する術を持たない。

 

その為多くの勇者達がその命を散らし、大社(大赦の前身)は奉火祭で6人の巫女を生贄とした儀式で天の神の許しを請い、つかの間の平和を手にする事しか出来なかった。

 

 

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〈湊友希那〉

 

・中学2年生 誕生日10月26日

・勇者装束:青

・勇者装束モチーフ:桔梗

・勇者武器:生大刀

・精霊:義経(第4章、第6章、最終章)、大天狗(第4章終盤、最終章終盤)

 

・初代勇者であり花園たえの先祖にあたる人物。何事にも全力で行い西暦組を引っ張っていくが、物事に集中しすぎると周りが見えなくなってしまうのが欠点。

 

"恩義や情けには報いを。攻撃されたら報復を"を信条としており、"7.30天災"で多くのクラスメイトが星屑の犠牲になった時はただただ星屑を殲滅する事だけを考え、見境が無くなるが、丸亀城の戦い時に克服する。

 

戦闘力は西暦組の中でも群を抜いており、模擬戦ではあるが高嶋香澄と氷川紗夜の二人掛でも冷静に状況を判断し勝利している。しかし、不意打ちには弱く、白金燐子の作戦に引っ掛かってしまいやられる事もある。

 

"義経"憑依時は高速戦闘を可能とし、目にも止まらぬ速さで攻撃する"八艘飛び"を駆使して戦う。終盤"大天狗"憑依時は空を飛ぶことが出来、風や炎を纏った生大刀で相手を切り刻む。その威力は一振りで"完成型"を殲滅する程であるが、その分消耗も激しい。

 

最終章では"満開"を披露。たえと同じく箱舟に乗り、左右に出現した巨大な6本の刀を使い相手を殲滅する。

 

 

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第1章では描かれてはいないが、戸山香澄が魂を散華し高天原へ行ってしまった際、青い烏として香澄の前に現れ、香澄を勇者部の元へ帰す手助けをした。これは第4章で描かれる勇者システムを改良する際に勇者がピンチに陥った時に自らが精霊として現れる様システムを組んでいたからである。

 

 

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第3章では山吹沙綾が香澄の神婚を止める手助けをした。その際魂の状態で香澄と沙綾の元に現れ、僅かな時間会話をし、自身の子孫が花園たえである事を2人に話した。2人が最後の戦いの為離れた後、香澄の精霊である"牛鬼"として存在していた高嶋香澄の魂と再会。少し会話をした後、香澄達に未来を託して消えて行った。

 

友希那が香澄達の前に現れる事が出来たのは神樹の内部だったから。勇者は死後に神樹と一体になるから出来た事である。

 

 

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第4章では生前の友希那が描かれる。小学5年生の時、修学旅行で島根へ行った際"7.30天災"に巻き込まれる。幼馴染のリサを助け星屑に挑むも成す術が無く、あわや殺される寸前でリサが巫女として覚醒、リサの指示で祠から"生大刀"を取り、星屑を殲滅。多くのクラスメイトが犠牲になるが、生き残った人々と一緒に四国へ逃げる事に成功する。

 

そこから3年後、丸亀城で生活しながらいずれ来るバーテックスの進行に備え、勇者である宇田川あこ・白金燐子・氷川紗夜・高嶋香澄そして巫女である今井リサと共に鍛錬の日々を送る。

 

時を同じくして長野の諏訪にも勇者が存在し、諏訪の勇者である美竹蘭といつも決まった時間に定時連絡で状況を報告し合ったり、うどんと蕎麦のどちらが優れているかで討論したりしている。

 

そして迎えた最初の戦闘では今までの恨みを晴らすかの様に"義経"を駆使して"進化型"を倒し、御役目を成功させる。しかし、2度目の戦いの際他の勇者と分断されてしまうも殺されたクラスメイト達の恨みを果たすべく、指示を聞かず戦闘を続け、その結果助けに来た高嶋は怪我を負ってしまい、紗夜からリーダー失格と宣言されてしまう。

 

その後リーダーとは何かを考えるも、答えが出ずリサに請うも自分で考えるべきだと言われてしまう。一向に答えが見つからない友希那だったが、燐子に誘われ散策をした際、かつて自分が島根で救った女性が親となり、子供を産んで自分と同じ友希那と名付けた事を知る。自分が助けた命が未来に繋がっている事を知った友希那は死んだ人ではなく、今を生きている人の為に戦う事を胸に誓ったのだった。

 

帰った直後、リサから蘭から連絡が入った事を知り、急いで通信室に向かうも、諏訪はバーテックスの大侵攻によって壊滅寸前であり、蘭は最後の定時連絡をしそれを最後に諏訪と通信は出来なくなってしまった。同時期に南と北に生存反応があったと連絡があった為、友希那は丸亀城への侵攻を撃退したら壁の外へ調査に向かう事を決める。

 

侵攻の直前に仲間達と過ごし絆を深めていった。紗夜からは本当に変わったと驚かれる程。

 

丸亀城の戦いで燐子の指示で戦う友希那はチームワークを考えるようになり交代にも素直に応じるようになる。そして戦いの終盤"融合型"が現れた際は"義経"を憑依させ自らが仲間の為に道を切り開き、後を託した。

 

外の調査では大阪の地下で生存者の日記を見つけ、諏訪に辿り着いた時は蘭が友希那に向けて残した手紙を読んで涙を流し、形見である鍬と野菜や蕎麦の種を四国に持ち帰った。

 

バトルロイヤルで優勝した燐子の願いでバンド"Roselia"を結成、ボーカルとして歌った。そして紗夜の為に卒業式を行う。

 

2度目の大侵攻時、突如現れた"完成型"に手も足も出ず、敵に阻まれあこと燐子の助太刀が出来ず2人を失ってしまう。高嶋が禁忌の精霊である"酒呑童子"を憑依させ事なきを得たが、引き換えに高嶋は入院する事となった。2人の死は勇者たちに暗い影を落とす事となる。

 

紗夜が暴走した時はいの一番で駆けつけ被害を最小限に防ぐも、少し経った後の戦闘時、紗夜から強襲され、戦うが紗夜の勇者システムが突如機能停止し、迫り来る星屑がら紗夜を守りながら戦いを続ける。しかし、次第に押されはじめ死角からの攻撃させる直前紗夜が友希那を庇い瀕死の重傷を負う。なんとか撃退するものの、紗夜を助ける事は出来なかった。

 

離反によって紗夜が勇者の資格をはく奪されるものの、友希那は会見で紗夜は確かに勇者だったと宣言。はく奪を撤回する事に成功する。

 

最後の戦いでは新たな精霊"大天狗"の力で"完成型"と戦い満身創痍で勝利し、生き残る。病院で目を覚まし、その戦いで高嶋が命を落とした事を聞き、絶望。勇者が自分一人になっても戦いの為に鍛錬を続けていたが、大社の奉火祭で戦う力を手放せば見逃すという天の神からの要求を大社はのみ、友希那はやりきれない気持ちになるも、いつか来る戦いの為に勇者システムの改革を決意。リサと2人で未来の為に抗っていく事を決意する。その際改名する事を打ち明け、"湊家"では無く散っていった勇者達を忘れない様に、勇者装束のモチーフが花である事をから取って"花園家"として生きていく事をリサに話した。"湊家"は消える事となるが、大赦トップのリサの計らいで"湊家"、そして"美竹家"はその功績を讃えて石碑に名を刻まれる事となる。

 

勇者システムの改革として勇者がピンチに陥った際に友希那の声で勇者達を励ますシステムを組み込む事を決め、巡り巡ってそれは300年後の勇者を助ける事となった。

 

 

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第6章では序盤から参戦。いきなり樹海に転送され戦闘をするも勇者部とはすぐに打ち解ける。自分の子孫である花園たえを見て心配する場面もあるが、オーラや考え方は似通っている点がみられる。

 

戦闘力は市ヶ谷有咲と瀬田薫と並びトップクラスである為、戦闘時は部長の牛込ゆりに変わって指揮を任されている。

 

中盤赤嶺香澄の策略で自分自身と対話するも、既に過去の事は克服しており、難なくこれを打ち破る。

 

子孫の事を思い幸せかどうか悩むも、たえはその事に気付いていたようで、たえの自宅に招待されたえの口から幸せだと言われる。

 

赤嶺との最終決戦では西暦勇者と共に徳島を守りきり、続く赤嶺との戦いでは有咲・蘭・白鷺千聖の3人を退けた赤嶺と戦い決定打を撃った。

 

勇者部が分裂した際は、帰る事を選択し残る組の勇者と戦った。

 

全てが終わった後、今までの経験を胸に、未来の勇者たちに感謝して元の時代へと帰っていく。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

途中他の異世界からやって来た刀使達と共闘する中で、遂に"満開"の力を覚醒。脅威を一時的に退ける事に成功する。その後更なる増援として赤嶺と同じ時代から増援が来るとの神託があり、赤嶺から神世紀72年の出来事を聞く。そこでは友希那はまだ存命しており、鏑矢として選ばれた赤嶺と氷河つぐみを鍛え上げた師匠である事が語られる。

 

中盤、"凶攻型"を打ち倒すべく戦力増強の為、神世紀勇者達のレベルアップを兼ねて大赦にて花園たえから指名を受け試合を行う。

 

たえの思いを汲んで戦いに挑むものらりくらりとしたたえの戦い方に怒り、"義経"の長高速剣技で本気で倒しにかかる。交える中でたえの思いを受け取り、また伝えた両者は本気の全力を出し尽くす為"満開"を披露。闘技場を揺るがす戦いの中、勝利したのはたえだった。

 

終盤、中立神自らの最後の試練によりこの先の未来、仲間が死んでいく姿を見させられ絶望する中、勇者でない白鷺千聖に励まされる。そして、生太刀に込められ刀使達が残した"神の力を祓う力"が"義経"を"大天狗"へと進化させる。中立神の空間を打ち破りそのまま最終決戦へ突入。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来を守る為に自分達の時代へと戻っていった。

 

 

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外伝第2部では、終末戦争を生き抜いた伝説の勇者として四国内で講演を行ったり等、大赦のシンボルとして活動。その中で再び現れた"香澄"の名を持つ芙蓉と倉田を監視していた。

 

終盤、神樹の壁を登る倉田の危機に丸腰でヘリコプターから飛び降り、日本刀を使って助けに来るというとんでもない身体能力を披露。2人に壁の外の真実を見せ、倉田に力とは何なのかを説いた。

 

 

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〈今井リサ〉

 

・中学2年生 誕生日8月25日

・巫女

 

・西暦時代の巫女の1人であり、友希那の幼馴染。常に周りを気遣う潤滑油的な存在であるが、友希那の事となると暴走してしまう事が多々ある。

 

友希那の写真をいつも撮っており、部屋には沢山のカメラやメモリーカード、アルバムが置かれている。

 

巫女としての能力は高く、神樹からの神託も滅多な事が無い限りは鮮明に受け取ることが出来る。

 

現大赦二代トップの1つである"今井家"出身であり、すべてが終わった後は大赦の実質的なトップに立ち大赦を改革する。

 

 

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第4章では小学5年生の時、修学旅行で島根へ行った際"7.30天災"に巻き込まれる。友希那が殺される寸前でリサが巫女として覚醒。多くのクラスメイトが犠牲になるが、神樹からの神託を頼りに生き残った人々と一緒に四国へ逃げる事に成功する。

 

友希那の事を親身になって考えており、友希那がリーダーについて悩んでいた時は敢えて突き放し自分で見つけさせようとした。

 

バトルロイヤルで審判を任された際、燐子によって買収される等お茶目な部分も目立つ。そのバトルロイヤルで優勝した燐子の願いでバンド"Roselia"を結成、ベースを演奏する。そして紗夜の為に卒業式を行う。

 

多くの仲間が命を散らせていく中、祈る事しか出来ない自分に不甲斐なさを持ちながらも、決して弱音は吐かず友希那の隣を歩き続けた。

 

全てが終わった後、大赦を改革していくと宣言、実質的なトップに立つがその為には紗夜を勇者から抹消しなくてはならなくなってしまうも、紗夜の名は形を変え神世紀まで残っていく事となる。

 

第5章で防人の拠点となっている"ゴールドタワー"は別名"莎夜殿"と呼ばれているが、これは紗夜の名前から取られている。

 

その後は勇者システムの改革を友希那と共にやっていく事になるが、その途中友希那がいつまで経っても教室に来ない事で、死への恐怖が出てしまい、友希那が現れた際には今まで押し殺してきた思いを友希那に吐露した。

 

 

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第6章では物語の最初から登場し、香澄達神世紀の勇者部を異世界に呼び出した張本人。ここから物語は始まっていく。

 

巫女達のリーダーであり、勇者部はリサ達が受け取る神託を元に行動していくので、途中神託に背いて攻めようとした際は否定的な意見を出している。

 

勇者達が戦っている際は、帰って来た時の為にお茶や食べ物を用意しながらみんなの帰りを祈っている。

 

中盤たえの自宅に招かれた際は、たえの気持ちを受けて言葉にしてあげないと友希那には伝わらないと助言を出した。

 

友希那への献身具合は第4章の時よりも顕著に出ており、花咲川の女生徒から友希那宛の手紙やプレゼントを受け取っては1人1人にお返しをする徹底ぶり。その所為か、他の女生徒は中々友希那に思いを伝える事が出来ない。

 

終盤勇者部が分裂した際は、神樹を裏切る事は出来ないと、造反神を倒して帰る事を選択。

 

全てが終わり帰る際は一番最初から頑張っていたとして沙綾からねぎらいの言葉を受け、元の時代へと帰っていった。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。大敗を喫した"凶攻型"を打ち倒すべく、大赦とたえと協力し"ヤチホコ"を完成させ、香澄と共に"ヤチホコ"の起動を任される。

 

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外伝第1部ではリサ視点から大社での姿が描かれる。戸山明日香、宇田川巴と共に勇者を見出した巫女として大社内では大きな存在となる。また巫女からの信頼も厚く、報告として丸亀城から大社に訪れた際は、大勢の巫女から出迎えられている。それに反して大社の神官からは自分を中心として行動していないとして、不気味がられている場面も見られるが、これはリサ自身も自覚しており、それを"鍵刺激"に準えていた。

 

勇者達がバーテックスに敗れ、あこと燐子に続き紗夜も死んでしまった中、巴からこのままいけば友希那も同じ目に遭ってしまうと言われる。そんな最中、天の神の怒りを鎮める為に大社は奉火祭を執り行い、リサが生贄に選ばれる寸前、仲間である6人の巫女が自ら立候補しその命を捧げてしまう。

 

仲間が死に自分だけが生き残る。何も出来ない自分に無力さを感じる中、友希那だけでも守り抜く為、リサは遂に大赦を簒奪する計画を明日香、巴、詩船と計画。神託と称し全ての実行権を巫女が握る事で、実質的に大赦のトップへと上り詰める。

 

その後、約1年かけて大赦の改革を推し進め、神世紀2年の春、桜並木の下で再会した友希那と抱き合うのだった。

 

第2部では、大赦のトップとして四国内で講演を行ったりする中、勇者やバーテックス、壁の外の記録を検閲し、知ろうとする者を排除する等して四国内の平和を守り続けていた。その中で再び現れた"香澄"の名を持つ芙蓉と倉田を監視、図書館では素性を隠し倉田の前に現れ様子を伺う場面もあった。

 

終盤、倉田が登る神樹の下で待っていた芙蓉の前に現れ、友希那に助けられた倉田と共にヘリコプターで神樹の壁の上へ連れていき、2人に真実の光景を見せる。

 

その中で、この中途半端な時代を作ってしまった自分の力の無さを2人に謝り、例え伝説の勇者や巫女でも大層な力は持っていないと芙蓉に呟くのだった。

 

第3部では、大社に入り勇者達のお目付け役になる前のリサが少し描かれる。四国に避難してきた詩船と高嶋、和奏レイの前に現れ、四国の現状とこれから起こるであろうバーテックスの襲撃に対し勇者や巫女に選ばれた少女を大社へと勧誘する。その際詩船が本来の巫女では無く、レイこそが本当の巫女である事をすぐさま見抜いており、詩船の懇願もあり神官達に嘘を付き詩船を巫女として大社に参入させる。この事もあり、詩船はリサに逆らう事が出来なくなった。

 

第4部でも終盤に登場。芙蓉とましろがレイと詩船に西暦時代の事を聞きに来ていた事や、芙蓉の母親の日記の事についても特殊な方法でずっと監視していたようで、日記を読み終えた芙蓉の元に突然現れた。

 

だが、特に何をするのでも無く逆に芙蓉に"語部"として今の四国見聞きし語り継いでいって欲しいと願いを託し去って行った。

 

 

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〈高嶋香澄〉

 

 

・中学2年生 誕生日1月11日

・勇者装束:ピンク

・勇者装束モチーフ:桜

・勇者武器:天の逆手

・精霊:一目連(第4章、第6章、最終章)、酒呑童子(第4章中盤、第6章、最終章)

 

・見た目は戸山香澄に瓜二つな少女であるが、血の繋がりは一切ない謎が多い部分がある。

 

出身は奈良県でよく遊び場として神社に訪れていた際"酒呑童子"に出会いその身に宿す。

 

自らについて話す事は滅多に無く、他人の話を聞く事が多い。その点は自らも直さないとと理解しており、第4章終盤で自らについて友希那とリサに話す。

 

特に仲が良いのは紗夜であり、紗夜が心を開いている唯一の人物である。

 

戦闘スタイルは拳で戦うインファイターであり、当初は拳のみで戦っていたが、友希那のアドバイスで蹴りも使うようになる。自室で格闘技のビデオを見ながら練習しており、空手やボクシング、カポエイラなど様々な格闘技を複合させたスタイルで戦う。

 

"一目連"憑依時は風の力を身に纏い、パンチの威力を高めたり、高速でラッシュ攻撃を行う。"酒呑童子"憑依時は天の逆手が大きく変化し、頭には角が生え、さながら鬼の様な姿に変化し、強化された手甲から繰り出されるパンチは当初誰も傷一つ付ける事が出来なかった"完成型"を一撃で葬っており、格の違いを見せつけるも、その分反動も桁違いで、パンチ一発で骨が悲鳴を上げ血が噴き出てしまう程。またその身に宿す穢れも桁違いであり、使用者が心が強い高嶋でなければすぐさま精神が崩壊してもおかしくない程である。

 

 

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第3章終盤神樹の中で魂として出てきた友希那の前に"牛鬼"として現れ、その"牛鬼"が高嶋へと変身する。この事は友希那も知らなかったようで、高嶋もすぐ教えたかったのだが、高嶋が目を覚ました時には既に神世紀となっていた為伝える手段がなくなっていた。

 

この事から分かるように、第1章から登場している戸山香澄の精霊"牛鬼"は高嶋の魂が変身した姿である。高嶋の肉体は第4章の最終決戦時に神樹と一体となりそれが偶然"神婚"と同様だった為神樹に"香澄"因子が生まれる。そして残った魂が"牛鬼"として生まれ変わったのである。現に沙綾が香澄を助け出す際、過去の勇者達手助けしてくれるが、その場に高嶋はいない。

 

そして"香澄"因子を持った少女は必ず逆手を打って産まれ、風習により香澄と名付けられる。戸山香澄と赤嶺香澄が高嶋香澄に瓜二つなのは2人とも"香澄"因子を持っているからであり、高嶋香澄は先祖とはいかないまでも2人の誕生に影響を及ぼしている。

 

 

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第4章では紗夜の心の支えとして紗夜を支えたり、気まずい空気を持ち前の明るさで吹き飛ばす等自分の事は二の次で誰かの為に全力で生きている。

 

紗夜とは小学5年生のクリスマスの時に出会っており、紗夜が生まれて初めて体験するクリスマスパーティで友達になった事で好かれるようになる。

 

2回目の御役目の際、1人で突っ走ってしまう友希那の後を追い、星屑の群れを強行突破しながら友希那を助けた為、戦いが終わった際に倒れてしまい病院へ運ばれる。

 

バトルロイヤルで優勝した燐子の願いでバンド"Roselia"を結成、紗夜と一緒にギターを演奏する。そして紗夜の為に卒業式を行う。

 

"完成型"が現れ、目の前であこと燐子が殺された時、初めて怒りをぶちまけ禁忌の精霊である"酒呑童子"を憑依させて"怒りのまま"完成型"を一撃で葬り去る。それでも2人を失った悲しみと怒りを晴らす事は出来ず、残った星屑を1人で全て殲滅するもその代償として全身から出血し入院を余儀なくされる。

 

退院した後は再び壁の外にいる"完成型"と戦う為、無理を押して"酒呑童子"を再び宿し戦うもパンチを繰り出す直前に身体が耐え切れず気絶し海に落下。再入院となる。

 

再入院の際、大社から憑依の代償を聞かされ、紗夜が心配になり電話をかけるも繋がらず、友希那に紗夜の事を託すが、紗夜は友希那を庇って命を落としてしまった。

 

その後紗夜をちゃんと弔ってあげようと紗夜の家に行き、無傷だった手作りの卒業証書を見つけ、涙を流した。

 

気晴らしに友希那とリサと出かけた時は、初めて自分の気持ちを2人に伝え、自らの事を日が暮れるまで話した。

 

最終決戦では"酒呑童子"を憑依させ全力で3体の"完成型"を相手するも、体力の限界が訪れ倒れてしまう。戦う事に疑問を持ってしまうも、散っていった仲間の事を思い勇者だからだと奮い立たせて立ち上がり、3体の"完成型"を倒す事に成功。神樹の元に満身創痍で辿り着くも糸が切れたように倒れてしまう。すべてが終わった時そこに高嶋の姿は無かった。

 

前述の通り、意図せず"神婚"と同じ状態になってしまったからであり、神樹が高嶋を取り込んだ為に神樹の結界は強化されその後300年の束の間の平和が訪れる事となる。この事からリサは高嶋の事を"現人神"の様だと言っていた。

 

 

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第6章では序盤から登場し、戸山香澄と瓜二つな事を勇者部から突っ込まれていた。声質もそっくりで目隠しでは見分けはつかないのだが、沙綾と紗夜はその状態でも違いを見抜きしっかり見分ける事が出来ている。

 

中盤赤嶺の策略で自分自身と対話した際は友達の定義について問われ、本音を話すことに恐怖していると突っ込まれるも、自身はその事は自覚しておりみんなとなら話せると断言、打ち勝つ事に成功する。

 

赤嶺との一騎打ちの際は審判についており、先輩として2人の行く末を見守った。

 

勇者部が分断した際は、未来で死にゆく勇者の事を思い残る事を選択。帰る組と河原で本音をぶつけ合った。

 

全てが終わり帰る時は念願の香澄3人での声掛けをして、元の時代へと帰って行った。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

複数箇所で同時進行が起こった際、"一目連"の力を使い、風のドームを展開。その中に自分と一緒に星屑の群れを閉じ込め、他の勇者達のサポートを行った。その時点で唯一2体の精霊を持つ高嶋は、その戦いの中"一目連"と"酒呑童子"を二重憑依させ、2体分の精霊の力で敵を蹂躙する。他の場所で"凶攻型"が現れ勇者達が敗れた時は、手薄になった場所を守る為、二重憑依の反動で動かない身体に鞭打ち奮闘する。

 

中盤、"凶攻型"を打ち倒すべく戦力増強の為、神世紀勇者達のレベルアップを兼ねて大赦にて戸山香澄から指名を受け試合を行う。互いの精霊の二重憑依による攻撃が拮抗する中、"牛鬼"の力を覚醒させた香澄に一歩及ばず吹き飛ばされ負けてしまう。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった友希那達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来を守る為に、自分達の時代へと戻っていった。

 

 

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外伝第2部では、新たに香澄の因子を受け継ぐ芙蓉香澄、そして英雄である高嶋香澄の名にあやかられて付けられたもう1人の香澄である倉田香澄が登場。特に倉田は香澄の名にコンプレックスを持っており、香澄の名から英雄視される事に嫌気がさしており、それが自分だけの力を探すという事に繋がっている。

 

3部では地元の奈良から四国に来るまでの経緯が描かれる。"7.30天災"の際、何かに導かれる様に神社で天の逆手を手にした高嶋はそこで同じく導かれた和奏レイと共に安全な場所まで避難しようとする。訪れたスーパーで星屑の襲撃に遭い、これを退け偶然出会った都築詩船と共に他の生存者と安全だと言われている四国への旅路が始まった。

 

途中レイの巫女の能力で星屑を避けながら四国へ向かう中、中々辿りつかない不安から生存者による暴動、詩船の暴走もあり何とか一行は四国の手前まで辿り着く。そこで大社の巫女であるリサによって勇者として大社に迎えられる。レイは必死で高嶋を止めるが、一貫して高嶋は"自分が戦う事で周りが傷付くのを防げる"という自己犠牲のスタンスを崩すことは無く勇者として大社に入る事を決意するのだった。

 

 

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〈氷川紗夜〉

 

・中学3年生 誕生日3月20日

・勇者装束:紫

・勇者装束モチーフ:彼岸花

・勇者武器:大葉刈

・精霊:七人御先(第4章、第6章、最終章)

 

・西暦組の中で唯一の中学3年生。出身は高知県の田舎であり、友希那達と出会う前は母親が"天空恐怖症候群"に罹り、父親は看病に疲れ荒れており悲惨な家庭環境で、学校ではイジメを受けており身体には消えない大きな傷が記憶と共に残っており、いつもゲームに没頭していた幼少期を過ごしていた。

 

イジメのレベルも軽いものではなく、石を投げられたり、突き落とされたりなど度を超しており、村八分状態だったが勇者に選ばれた事で周りの目が一変。村の人々誰もが勇者として紗夜を敬う事となり紗夜は勇者でない自分には存在価値が無いとまで思いこんでしまっている。

 

唯一心を許せる友達が高嶋であり、高嶋の事となると周りが見えなくなってしまう。

 

戦闘スタイルは大葉刈を使い遠距離や近距離にバランスよく対応し戦っていくもので、後述の精霊憑依と合わさって様々なタイプの敵にも順応できる。

 

"七人御先"憑依時は紗夜が7人に分身するのだが、そのどれもが紗夜本人であり、本人ではない。それぞれが1/7づつ本物の紗夜であり、全員がいっぺんに倒されないと紗夜自身死ぬ事は無い。誰か1人でも残っていれば、すぐさま7人に戻るので戦いにおいて紗夜は不死身に近い。ただし、戦闘力は上昇しないので、あくまで紗夜が敵わない相手には全く通用せず、実際獅子の"完成型"と相手した際は紗夜の攻撃は全く通じておらず、一度の攻撃で分身が6体倒されてしまっている。

 

 

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第4章では当初から蚊帳の外にいて、友希那と言い合ったりするなど険悪な状態が続いていた。そして友希那と助けに駆けつけた高嶋が傷付き倒れてしまった際は友希那をリーダー失格だと怒鳴ってしまう。

 

休暇をもらって実家に帰った際、荒れ果てた家族を見て絶望、村を歩けば勇者様と崇め奉られ、勇者でない自分に価値はないと自分自身を追い詰めて行ってしまう。

 

友希那がリーダーとして自分を見つめ直した時は、その変わりように驚き友希那にゲームをプレゼントした。

 

壁の外へ調査に出た時、大阪で生存者の日記を見てから死に対して異様な恐怖を抱くようになり、憑依の副作用も相まって死にたくない一遍で御役目をこなしていく。

 

バトルロイヤルで優勝した燐子の願いでバンド"Roselia"を結成、高嶋から誘われ一緒にギターを演奏する。そして自身の為にみんなが作ってくれた手作りの卒業証書受け取り涙を流した。

 

"完成型"との戦いでは、目の前であこと燐子が命を散らせた事により死への恐怖が再燃。そして何も知らない市民が掲示板に書かれた市民を守る為に死んだ2人を侮辱する書き込みを見た紗夜は怒りを爆発させ勇者として一番合ってはならない守るべき市民に手を出そうとしてしまう。寸前のところで友希那が止めに入るも紗夜の怒りは収まる事は無く友希那に手を上げるが、神樹の意思によって紗夜の勇者システムが機能を停止。その場は収まった。

 

後日友希那とリサはこの原因が精霊憑依の副作用であることを知り、紗夜の家に訪れるも、紗夜の姿は無く、自室の電子機器は全て壊され、ベッドも無残な状態になっていた。

 

友希那の演説を見ていた紗夜もう一人の紗夜の幻影に絆され、友希那がいなくなればみんなが自分を見てくれると思い、構成した振りをして勇者システムを返してもらう。そして、御役目の際に友希那を強襲するが再び変身が解け、再変身も出来なくなってしまう。愕然とする紗夜を余所に、紗夜を庇いながら戦う友希那を見て、自分がやってきた事が間違ってたと気付き、友希那が襲われる寸前に押して友希那を庇い致命傷を受けてしまう。

 

敵を退けた友希那が駆けつけるも時既に遅く、紗夜は事切れる寸前だった。紗夜は最後の力を振り絞って友希那に自分の思いを伝えて息絶えてしまう。

 

紗夜の生き様は友希那の心に深く残る事となり、演説を通して勇者除名の撤回を訴え、その意見が通る事となる。しかし、リサが大赦のトップに立つ際、反対勢力から邪魔されない様に仕方なく紗夜は勇者から除名され、その記録は全て抹消される事になるも、紗夜の名前は形を変えその後も残っていく事となった。

 

 

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第5章では氷河日菜から紗夜が歴史に葬られた勇者である事が語られ、日菜の家には検閲を免れた紗夜の勇者御記が幾つか残されている事が判明する。

 

また、防人の拠点となっている"ゴールドタワー"は別名"莎夜殿"と呼ばれているが、これは紗夜の名前から取られている。

 

 

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第6章では序盤から参戦。小学生組である海野夏希と山吹沙綾から慕われ、交友関係が広がっていった。

 

中盤赤嶺の策略で自分自身と対話した際は高嶋について問われるも、高嶋の事を紗夜はしっかりと理解しており誰にでも優しい所が大好きだと告白する。精霊もこの事には驚いており、異世界で出会った勇者たちが紗夜の心を変えていったとまで言わしめている。事実この世界で一番変わったと言っていいのが紗夜であり、中でも慕ってくれる存在がいてくれた事が大きい。

 

終盤、赤嶺から氷川家について語られる。赤嶺の相棒であった日菜の先祖である氷河つぐみは"氷河家"が"氷川家"の時に取った養子であり日菜は紗夜の子孫である事が判明した。紗夜の勇者御記が日菜の家にあったのもこれが原因であり、日菜と紗夜が似ているのもその為である。

 

勇者部が分断した際は、未来で死にゆく勇者の事を思い残る事を選択。帰る組と河原で本音をぶつけ合った。

 

全てが終わった後は小学生組の2と別れを惜しみ、高嶋がいるから自分は進むことが出来ると思いを吐露して元の時代へと帰っていった。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった友希那達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来を守る為に、自分達の時代へと戻っていった。

 

 

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外伝第1部では、紗夜を見出した巫女として宇田川巴が登場。"7.30天災"の際、高知の神社で2人は邂逅する。そこで紗夜は偶然巴の名前を言い当てた事により、巴から一方的に神様として崇められる事になる。

 

しかし、結局紗夜はこれ以来一度も巴に会う事はなく、亡くなってしまう。大罪人として大社から存在を抹消される事になるも、リサ達の反対により一時保留になるも、葬儀をあげられる事なくその遺体は実家に置かれていた。

 

その遺体はその後、会いにきた巴により回収されており、巴の実家の神社に埋葬。埋められた場所には白い彼岸花が植っている。

 

リサが大社を簒奪するにあたって、紗夜の存在は抹消される事となってしまうが、巴はリサの簒奪に協力する条件として遺体を奪わない事と、紗夜が生きていた証を何処かに残す事を条件に大社に戻る事となる。

 

第2部では、芙蓉が調べたデータや図書館内の歴史の本からも紗夜の存在が抹消され、勇者は"4人"だった事が四国内には伝わっている。

 

 

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〈宇田川あこ〉

 

・中学2年生 誕生日7月3日

・勇者装束:オレンジ

・勇者装束モチーフ:姫百合

・勇者武器:旋刃盤

・精霊:火車(第4章、第6章、最終章)

 

・天真爛漫な少女であり、中二病じみた話し方を好む。アウトドアやコスプレが好きで、休日はコスプレショップへよく行っている。

 

何故か同学年の友希那にはさん付けで呼び、リサに至っては姉さん呼びであり基準は謎である。

 

中でも燐子とは特に仲が良くりんりんと呼んでおり、何があっても燐子は自分が守ると豪語しており燐子を妹の様に慕っている。

 

戦闘スタイルは旋刃盤での防御が主体だが、ワイヤーを使って旋刃盤をヨーヨーの要領で投擲して戦う事も出来る。また旋刃盤は神屋楯比売の加護があり、守りたいという思いによって防御力が増していく特性がある。

 

"火車"憑依時は旋刃盤が炎を纏い攻撃力が増し、炎の力で広範囲の敵の攻撃を防ぐ事も出来る。また、旋刃盤を大きくする事で仲間を乗せて運ぶ事も可能。

 

最終章では"満開"を披露。ゆりと同じく自身の守りたいという想いの力によって旋刃盤が巨大化し、時には敵の攻撃を防ぐ盾となり、時には敵を切り裂く刃と化す。また炎を纏って威力を上げる事も可能。

 

 

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第4章では生前のあこが描かれ、燐子とは"7.30天災"の時に偶然出会う事となる。その時あこは友達の戸山明日香とキャンプに来ており、明日香が巫女へ覚醒し明日香の指示で逃げている途中だった。自分が持ってないものを持っている燐子を見て自分が守ってあげないとと言う使命を持つようになり一緒に四国へ逃げ帰った。

 

御役目では後方で指揮をする燐子の傍で襲ってくる敵を排除するのが主となっているが、初めての御役目の際は燐子と共に前線に立ち2人の精霊を駆使して"進化型"を打ち倒す事に成功する。

 

丸亀城の戦いでは長期戦の為他の勇者とバトンタッチしながら前線で戦う場面もあった。現れた"融合型"に近付く為に旋刃盤の上に仲間を乗せて近付き勝利に貢献する。

 

壁の外の調査の際名古屋で星屑の卵を発見し突如怒りに身を任せ精霊憑依で卵を焼き尽くす。燐子はコレが決め手となり精霊憑依の副作用を早期に突き留める事が出来た。

 

バトルロイヤルで優勝した燐子の願いでバンド"Roselia"を結成、ドラムを演奏する。そして紗夜の為に卒業式を行う。

 

"完成型"との戦いで燐子と共に全身全霊の攻撃を放つも傷一つ与える事が出来ず、"完成型"の一撃を食らってしまう。気絶した燐子を守る為に足の骨が砕けながらも燐子を逃がす為に旋刃盤で守り抜くが、燐子は逃げる事を拒否し一緒に戦うと言い放つ。燐子の思いを受け取ったあこは"完成型"の攻撃を受け続けるが、次第に旋刃盤にひびが入り、遂に砕け、"完成型"の刺突攻撃が2人を貫通。互いに手を繋ぎながら生まれ変わったら本当の姉妹になる事を夢見て息を引き取った。

 

2人の死は残った勇者や巫女達に暗い影を落とす事となる。大社は2人の死を隠蔽するもそれが市民に知られてしまう事となり罵倒を浴びせる市民の書き込みを見た紗夜は凶行に走る事となる。

 

 

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第6章では序盤から西暦組として参戦。似た性格を持つ夏希とは意気投合しあこは夏希を舎弟の様に慕っている。

 

部長である牛込ゆりとは他人とは思えない様な感覚を覚える事が時折あるが、これはあこの生まれ変わりがゆりだからである。

 

中盤赤嶺の策略で西暦組が自分自身と対話する事となるが、あこだけは性格が明るい為か赤嶺の狙いから除外されている。

 

愛媛奪還の際は香川の被害を無くす為にあえて神託には従わずに攻め込むべきだと提案しみんなに驚かれている。

 

りみの特訓に付き合いワイヤーを盾として使うりみに防御のやり方を伝授した。

 

勇者部が分裂した際は前述の様に神樹の上を行くべきだと言い、帰る事を選択。残る組と河原で思いをぶつけ合った。

 

全てが終わった後は夏希との別れを惜しみながら元の時代へと帰っていった。

 

 

ーー

 

 

最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

中盤、"凶攻型"を打ち倒すべく戦力増強の為、神世紀勇者達のレベルアップを兼ねて大赦にて燐子と共にゆりとりみから指名を受け試合を行う。お互いの力が拮抗し、最大出力の攻撃がぶつかり合うその時、ゆりとりみはあこと燐子の記憶を垣間見る。それが隙となり、あこ達は押し切りこの試合に勝利する。

 

"ヤチホコ"起動の要である香澄を燐子と2人で"凶攻型"の攻撃から守る中、遂に"満開"の力が発現。守りたい想いで巨大化した旋刃盤に炎を纏わせ"凶攻型"を吹き飛ばし、"ヤチホコ"起動まで香澄を守り抜いた。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった友希那達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来を守る為に自分達の時代へと戻っていった。

 

 

ーー

 

 

外伝第1部では、あこと燐子の2人を見出した巫女である明日香との出会いが描かれる。あこは家族と明日香とキャンプへ行く途中で"7.30天災"に巻き込まれる。そして勇者として覚醒し、自分を呼ぶ声に導かれ車を飛び出し旋刃盤が祀られていた神社へとやって来た。その後明日香はもう1人の勇者の存在を神託で受け取ったのだが、来る途中で足を挫いてしまい代わりにあこが向かう事となり、あこはそこで燐子と出会った。

 

3人は徒歩で四国へ戻る途中、バーテックスから隠れる為に襲われた後である学校に逃げ込み、明日香の神託を頼りに生き抜いていった。そこから3日後、大社からの迎えがやって来て四国へ戻る。明日香曰く、あこは恐怖心が欠如しており、自分の命を軽んじる可能性がある傾向がある。

 

その後明日香とは年に1回しか会えておらず、勇者と巫女の合同で花見が開かれようとする最中、"完成体"によりその命を奪われてしまう。

 

 

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〈白金燐子〉

 

・中学1年生 誕生日10月17日

・勇者装束:白

・勇者装束モチーフ:紫羅欄花

・勇者武器:金弓箭

・精霊:雪女郎(第4章、第6章、最終章、外伝)

 

・西暦組唯一の中学1年生であるが、歳は友希那達と同じである。これは幼少期は身体が弱く、特に小学3年生の時は入院生活が長かったため、同じ学年を1年やり直したから。

 

人と話す事が苦手で奥手ではあるが、自分の意見はしっかりという事が出来る。

 

あことは特に仲が良く、あこを姉の様に思っている。

 

戦闘スタイルは後方支援が殆どで金弓箭で前衛が撃ち漏らした敵を狙い撃つ。また勇者たちの司令塔の役目を果たしており作戦立案や状況に応じ臨機応変に対応して戦っていく。また、分析力も高く、敵の特徴や弱点を冷静に分析する。

 

精霊憑依の副作用にいち早く気付いており、"完成型"との戦いの前にはなるべく憑依は使わないよう指示している。そして生前独自に精霊憑依についての文献を残しており、大赦はそれを参考にして神世紀の勇者システムを作り精霊を体内に入れないよう"満開"システムを作り上げた為、神世紀勇者システムの基礎を作った人物でもある。

 

"雪女郎"憑依時は冷気を操る事に長けており、攻撃範囲で言えば西暦勇者の中でも最大規模を誇る。広範囲に冷気を放って周りの星屑を凍結させたり、金弓箭の矢に冷気を纏って当たったものを凍らせる事も可能。

 

 

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第4章では生前の燐子が描かれ、あことは"7.30天災"の時に偶然出会う事となる。燐子は家族でキャンプに来ており、そこで偶然金弓箭を手にし勇者へと覚醒する。当初は身体が弱く弱気な自分が勇者に選ばれた事への不安で逃げ回っていたが、そこであこと出会い、自分に無いものを持っているあこを見てあこの様になりたいと思うようになる。その後は、巫女として覚醒した明日香の導きで四国に戻って来る。

 

リーダーとしての答えが出せない友希那を誘って街を散策し、今まで守ってきたものが未来へと続いている事を友希那に気付かせ友希那の迷いを断ち切る事に貢献する。

 

壁の外の調査ではその逆に勇者として悩んでいる所を友希那に励まされ自信を付けた。名古屋であこが感情に身を任せ精霊憑依を行った事により、精霊をその身に宿す事への副作用に注目、いち早く精霊憑依の代償に気が付き他の勇者へと注意を促し、独自のレポートを残した。

 

バトルロイヤルではあこと組んで自らは隠れ、リサを友希那の写真で買収し友希那を打ち取った後、友希那を倒した余韻に浸っていたあこを打ち取り優勝する。以前からバンドに興味があり願いとしてバンド"Roselia"を結成、キーボードを演奏する。そして紗夜の為に卒業式を行う。

 

2度目の丸亀城侵攻の際は事前に精霊憑依を控える様促すも他の勇者達より憑依を使っていない燐子は"雪女郎"をその身に憑依させ広範囲に冷気を放ち周りの星屑を殲滅する。しかし直後現れた"完成型"には手も足も出ず、"完成型"の攻撃を避けた際尾針が右手を掠め、毒で動かせなくなってしまう。更に尾に叩きつけられ樹海に転落し気絶、その拍子で憑依が解けてしまう。目を覚ますとあこ足の骨が砕けながらも燐子を庇って"完成型"の刺突攻撃を一心に受け続けていた。あこに逃げる様促されるがあこを置いていけないと言い残って戦う事を選択。動かせる左手で矢を放つも"完成型"にダメージを与える事が出来ず、遂にあこの旋刃盤が砕け"完成型"の刺突攻撃が2人を無残にも貫き、互いに手を繋ぎながら生まれ変わったら本当の姉妹になる事を夢見て息を引き取った。

 

2人の死は残った勇者や巫女達に暗い影を落とす事となる。大社は2人の死を隠蔽するもそれが市民に知られてしまう事となり罵倒を浴びせる市民の書き込みを見た紗夜は凶行に走る事となる。

 

 

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第6章では序盤から西暦組として参戦。同じ1年生であるりみや彩と意気投合する。中でもりみとは何か他人とは思えないような雰囲気を感じる事が多いが、それもそのはず、燐子の生まれ変わりがりみだからである。

 

中盤赤嶺の策略で自分自身と対話をする。その際バーテックスが襲ってきたのは行幸、バーテックスがいなければあこと出会う事も無かったと言われるが、燐子はそれを否定。バーテックスがいなくてもあこと出会っていたと強く言い放ち打ち破る事に成功する。

 

勇者部が分裂した際はあこの言う事に賛同し、帰る事を選択。残る組と河原で思いをぶつけ合った。

 

全てが終わった後はりみや彩との別れを惜しみながら元の時代へと帰っていった。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

中盤、"凶攻型"を打ち倒すべく戦力増強の為、神世紀勇者達のレベルアップを兼ねて大赦にてあこと共にゆりとりみから指名を受け試合を行う。お互いの力が拮抗し、最大出力の攻撃がぶつかり合うその時、ゆりとりみはあこと燐子の記憶を垣間見る。それが隙となり、燐子達は押し切りこの試合に勝利する。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった友希那達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来を守る為に自分達の時代へと戻っていった。

 

 

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外伝第1部では、あこと燐子の2人を見出した巫女である明日香達との出会いが描かれる。旅行に来ていた燐子はその途中"7.30天災"に巻き込まれ、何かの声に導かれるように金弓箭が祀られている神社へやって来る。そして襲いかかって来る星屑に恐怖し逃げていた最中、あこに出会うのだった。

 

3人は徒歩で四国へ戻る途中、バーテックスから隠れる為に襲われた後である学校に逃げ込み、明日香の神託を頼りに生き抜いていった。そこから3日後、大社からの迎えがやって来て四国へ戻る。巫女として大社へ行く明日香に、燐子は自分が読んでいたお気に入りの小説を別れ際に手渡した。

 

その後明日香とは年に1回しか会えておらず、勇者と巫女の合同で花見が開かれようとする最中、"完成体"によりその命を奪われてしまう。

 

勇者になってから精霊の研究を独自にしており、自分の身を使って実験する事で、精霊が持つ重大な副作用を発見。そのノートは丸亀城の自室の本棚に隠す様に残されていた。そのノートは燐子から貰った小説に記されていた一節で気付いた明日香により発見され、神世紀の勇者システムの発展に役立っていく事となる。

 

 



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勇者達の軌跡 その3

今回は物語に出てくる用語の紹介です。

裏設定って知るとなんかワクワクしますよね。




今回はこの"戸山香澄は勇者である"で登場した用語を解説していこうと思います。

 

流し読み程度で読んで頂ければ幸いです。

 

用語をより詳しく知ると、物語が深く楽しめるかもしれません。

 

 

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〈勇者〉

 

・バーテックスを倒せる唯一の戦士。地の神に選ばれた、心優しく無垢な少女達が変身する。

 

彼女達がバーテックスと戦う事は、総じて"御役目"と呼ばれている。

 

勇者システムというアプリを使用して変身し、神の力を宿した専用の武器を携えて戦う。

 

当初は勇者装束を纏って変身するという概念が無く、私服の状態で勇者の力を振るっていたが、大社が勇者システムを開発したことにより、勇者毎に勇者装束が存在するようになった。

 

西暦の時代は四国以外にも勇者は存在したのだが、ほんの数年で四国以外の勇者は全滅、四国では神樹が展開する樹海で戦う事になった事や、やがて世界の真実が隠された事も重なり、時代が進むにつれて"人知れず戦う戦士"となっていった。

 

 

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第2章では、"神樹様の大切な御役目がある勇者"である事だけが周囲に知られている。

 

 

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第5章では"人知を超えた天災や事件が起きた時に、神樹様から力を授かって立ち向かう存在"とぼかした表現で勇者の候補生に説明されていた。

 

 

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〈勇者システム〉

 

・この物語に登場する勇者の変身や戦闘の根幹を担うシステム。神樹の力の科学的、呪術的な研究成果が形となったものである。

 

時代ごとに差異はあるが、共通してスマートフォンのアプリ"NARUKO"の形を取っており、普段はごく普通のSNSアプリとして機能しているが有事の際は専用の画面をタップする事で勇者へと変身できる。ただし変身には使用者の精神が安定している必要があり、不安定だと霊的回路が形成できず変身できない。

 

神樹の考えに背いたり、離反したりすると強制的に勇者の能力が剥奪され、変身出来ないようになるセーフティも備わっているが、これは後にある出来事がきっかけで削除されている。

 

また、勇者をサポートする存在として精霊が備わっている。

 

使用できるのは、神樹によって選ばれた勇者の素質が高い者のみで、誰が選ばれるのかは実際の戦闘が迫る直前になるまでわからない。

 

ただ、あくまでもスマホを介して認識しているらしく、既に他の勇者が使用していたものを譲渡する形ならば、神樹に選ばれるのを待つ事なく勇者になれる。故にこれを賭けて、二人の勇者候補生がしのぎを削り合う事となった。

 

勇者達の装束にはモチーフとなる花が存在する。

 

第7章にて語られた所によると、勇者システムの本体は大赦の本拠地内に存在している。

 

 

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第1章では装束のデザインが脇が露出しているという共通点がある。

 

基本性能では第2章終盤のシステムと変わりはないが、システムアンロックには戦う意志を示すだけでよくなり、専用の祝詞を唱える必要はなくなった。

 

"完全型"の弱点たる御魂を封印する"封印の儀"が可能になり、封印の際は祝詞を唱える事になっているが、必ずしも唱える必要はない。この際、御魂の分離と同時にカウントダウンが開始され、この間に御魂を破壊する必要がある。

 

樹海化警報以上の脅威が迫った場合に発令される"特別警報"という機能があり、終盤に発令された。

 

 

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第2章では、装束のデザインが黒を基調としたインナー服を纏うという共通点がある。

 

第4章から200年以上のブランクがあったせいか、以前と比べるとレーダーや樹海化警報が存在しないなど劣っている部分があるが、代わりに基礎性能、特に攻撃力の向上が見られ、変身者の回復能力を向上させる能力もある。

 

一方で防御面ではさほど進歩は見られない。

 

この時期のシステムでは初回のみ、システムアンロックには専用の祝詞を唱える必要がある。

 

ただしそれでも"完全型"を完全に倒す事は不可能であり、ダメージを与えて神樹による"鎮花の儀"で撤退させるしかない。

 

また、使用武器は変身に合わせて自動で出現するようになり、スマートフォン自体も変身中は直接携帯せず使用する時のみ呼び出せるようになった。

 

終盤にはレーダーと樹海化警報が復活した他、精霊を連れ歩く事で攻撃の補助や新たな能力の付加、致命傷となり得る攻撃を自動で防ぐ"精霊バリア"の発動が可能になり、攻撃・防御双方の弱さが解決すると共に"満開"が実装され、装束のどこかに"満開ゲージ"が追加された。

 

この精霊の力によって激しい鍛錬が必要なくなり勇者の選定の幅が広がる一方、神樹の力を大きく消費するため、勇者の数は5、6人が限界とされている。

 

 

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第4章では装束のデザインが、総じて靴のヒールが高いという共通点がある。

 

基本的なシステムはこの時点で確立されているが、武器は各地の神社に奉納されていた神の力を宿す武器であり、システム開発前から存在していたため、別に持っている必要がある。また、スマートフォンは左臀部に直接携帯している。

 

身体能力は向上するものの、初期型故に性能は決して高くなく、星屑には何とか対処できるが"完成型"の前身とも言える"進化型"への対処はそのままだと困難。

 

故に、この時代独自の機能として神樹の記録にアクセスして精霊の力を一時的に自身に宿す"切り札"が存在するが、肉体に大きな負荷がかかり、更に当初は知られていなかったが、使い過ぎると精神が不安定になりやすくなることもあり、大社からむやみな使用を禁じられている。

 

しかも、一部の超強力なものを除き、切り札である精霊を使っても"完成型"には傷一つ付けられないことも多々あった。

 

他にも、他の勇者やバーテックスの位置を示すレーダー、樹海化を知らせる樹海化警報が実装されている。

 

終盤天の神と講和を結んだ際に勇者の力を手放す事を条件とされた為、最終的にこの時代の勇者システムは封印される事となった。

 

 

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第5章では、防人が使用する、量産型の勇者システムと言えるものが登場。

 

変身手段こそ同じだが纏う装束は"戦衣"と呼ばれる共通のもの。

 

銃剣付きライフルを持った銃剣型、巨大な盾を持った護盾型、武器は銃剣付きライフルだが火力と防御力は若干高い指揮官型の3種類に分けられる。

 

戦衣のモチーフは薺で、勇者のものと比べると、どことなく鎧のような印象を与える。

 

精霊はなく集団戦を想定している事もあり性能は大きく劣るが、それでも西暦時代の勇者システム並みの能力はある様子。

 

また、灼熱の環境である壁の外での活動を前提としているため、耐久性は正式な勇者のものを上回っている。

 

 

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〈精霊〉

 

・神樹には地上のあらゆる伝承が概念的な記録として蓄積されており、その記録にアクセス、抽出することで具現化された存在が精霊である。

 

その多くは妖怪がモチーフとなっているが、稀に歴史上の人物も含まれている。

 

勇者システム自体が西暦と神世紀で仕様に違いがあるように、精霊も時代ごとにそれぞれ性質が異なるものの、勇者を何らかの形でサポートする存在である点は共通している。

 

基本的に勇者には忠実で、例え勇者同士の内輪揉めが起きようとも勇者の行動に直接干渉する事はない。

 

 

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第2章中盤までの勇者システムは当初、精霊を使役することができない仕様になっていた。しかし、勇者の戦死という事態を重く見た大赦によって、西暦の勇者である白金燐子が遺した研究結果を基にアップデートが行われ、精霊の使役が可能となった。

 

2年後の第1章と地続きの第3章に登場する勇者システムも、これとほぼ同じ仕様である。

 

西暦時代の反省を踏まえて、神世紀の精霊は勇者の肉体には憑依させず、外側に具現化し、勇者のパートナーとして戦闘をサポートする。

 

実体化した精霊はいずれもデフォルメされたゆるキャラのような外見で、体のどこかに勇者の姿に連動した花のマークがあるのが特徴。

 

精霊は任意で自分の姿を現したり消したりでき、主人の意思に反して勝手に動き回るものもいる。

 

精霊を連れ歩く事で攻撃の補助(扱う武器に対応)や新たな能力が勇者に付加され、さらに致命傷となり得る攻撃から自動的に防御する"精霊バリア"の発動が可能になっており、西暦時代の勇者に比べて攻撃力・防御力の脆弱さが解決されている。

 

一方で、勇者自身が行う自傷行為に対しても発動するため、勇者は御役目に就いている間、自殺しようとしても精霊に必ず阻止されることになる。

 

この時山吹沙綾は精霊が勇者の意思とは関係なく動いており、勇者を守るだけでなく、死なせずに御役目に縛り付けるための存在であると考察している。

 

"満開"を行った勇者には、回数に応じて1体の精霊が追加される。

 

第1章で沙綾が初変身の時点で3体の精霊を所有していたのも、かつての御役目で2回の"満開"を経験しているからであり、花園たえに至っては21体の精霊を所有している。

 

 

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第4章では勇者の"切り札"として登場。勇者本人が意識を集中させることで、神樹内にある概念データに接続して戦況に合わせ自ら選び出し、具現化する。

 

召喚した精霊は勇者の肉体に憑依することでその力を顕現させ、ある種の強化形態のように行使する。 人身に人外の存在を宿すという意味では一種の降霊術に近い。

 

しかし、これらにはどれも危険が伴い、人と人ならざる者との境界は時として曖昧になり、"切り札"はその境界の先に半身を浸すようなものである。

 

このように、精霊を身体の中に入れる行為を続けてしまうと、体内に穢れが溜まり、精神に悪影響を及ぼすというデメリットが存在する。

 

具体的には、不安感、不信感、攻撃性の増加、自制心の低下、マイナス思考や破滅的思考への系統などで、精神が不安定となって危険な行動を取りやすくなる。

 

一方でこれには個人差があるようで、作中では高嶋香澄が自身の精神力の強さで跳ね除けた。また、宇田川あこのみ精神への影響を受けた描写が見られない。

 

これらの性質は燐子が生前に遺した研究結果を書き留めたノートによって判明し、神世紀にも語り継がれている。

 

 

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〈満開〉

 

・神世紀の勇者システムに存在するようシステムであり、勇者の衣装の何処にある5段階ゲージ"満開ゲージ"を貯めることによって使用される、二段変身。

 

服装は羽衣が追加された白を基調としたものになるなど通常とは容姿が変わり、武装も更に強力なものとなる。さらに、使用の度に勇者は新たな武器の追加などで強くなっていく勇者の切り札である。

 

しかし、その強力な力にはある秘密がある。

 

第6章や最終章では神樹が作った異世界であるという理由から後述のシステムは備わっておらず、強い肉体の疲労感のみが残るだけとなっている。また、この異世界では勇者システムが神世紀と同じ最新鋭の物になっている為、"満開"システムが備わっていない西暦勇者達や夏希達、果ては勇者ですらない防人も条件が整えば"満開"を使う事が出来る。最終章までに"満開"を使った人物は香澄・沙綾・りみ・ゆり・有咲・たえ・友希那・夏希・あこ・千聖の10人。

 

 

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〈散華〉

 

・神世紀の勇者システムに隠されていた"満開"には代償がある。

 

勇者は"満開"を使用すると"散華"と呼ばれる現象を起こして身体の機能の一部を損失する。

 

どの身体機能を失うのかは実際に"散華"するまでわからない。

 

失われた身体機能は勇者達を守護する神樹に供物として捧げられる。

 

更に、散華の度に増える精霊によって、勇者は死ぬ事ができなくなる。 勇者は戦いの果てに体の機能を失っていくという生き地獄を味わう宿命が待っている。

 

それに加えて、勇者達を支え神樹様を祀っている"大赦"は、これを隠したまま勇者達を戦わせようとしていた。

 

たえ曰く、大赦なりの気遣いだったようだが、結果としては勇者達を騙して戦わせていた事になる。

 

ただ、"散華"の度に精霊が増える関係上"満開"を行う度に新たな能力を得るので、"満開"をし続けると勇者としての能力は格段に上がっていく。

 

事実、満開を20回も行ったたえは、体の大半の機能を失う代わりに強大な力を得ている。

 

また、"満開"が実装する前に戦っていた過去の勇者達は、戦闘によって多数の戦死者を出していた事を踏まえると、精霊により致命傷を負わなくなり、死ななくなる事が一概に悪いとは言えない部分もある。

 

 

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第1章では全ての戦いで全員が最後の満開をした後は散華が起こらず、その後捧げられていた身体機能も回復した。しかし、これは返されたのではなく神樹によって作り直されたものである。

 

 

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第3章では"散華"がなくなった代わりに、精霊は最初の1体のみになって増えなくなり、最初から溜まった状態の満開ゲージが精霊バリアを使うごとに消費する形式になり、満開は満開ゲージが満タンの状態(つまり精霊バリアを一度も使っていない状態)でなければ使用できなくなった。

 

逆に言えば、満開の使用後は精霊バリアが使えなくなる。しかもゲージは変身しなおしても回復しないので、満開は一回しか使えない。

 

精霊バリアは変身していない時に使用してもゲージを消費するので、牛込ゆりは交通事故に遭った際ゲージを一つ消費してしまい満開を使用できなかった。

 

終盤では、人として生きる勇者達の思いを受け取った神樹が、自ら満開・散華する事を選び、香澄に最後の力を与えた。

 

 

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〈神樹〉

 

・四国に恵みをもたらし、人類を守護する地の神の集合体。

 

西暦2015年にバーテックスを送り込み人類を粛清しようとする天の神に反した土着の神々が、残された人類を守るために集まったものであり、天孫降臨を主導した高天原側と国譲りに反抗した葦原中国側の対立構造となっている。

 

人々が生活できるのは神樹の恵みがあってこそであり、故に人々からは"神樹様"と敬われ、信仰の対象となっている。

 

しかし神と人との認識や価値観には大きな差があり、それ故勇者達が望まない行動をとったりすることもある。

 

その為か作中では神樹が必ずしも人類の味方をしているわけではないと考えている節もあるが、後述するように最後は自分の身を犠牲にしてでも人類を生かそうとしている。

 

約束を反故にされることを嫌う厳格な天の神に対し、実はどこまでも人類の我が儘につきあってくれる存在であったりする。

 

平常時はさほど巨大ではない樹木の姿をとるが、バーテックスの侵攻から四国を守るために樹海を展開する際は樹海にそびえ立つ大樹へと変貌する。

 

この物語の四国は神樹による結界に覆われて外界と隔離されている。

 

その外については表向きには"死のウィルスで覆われている"事になっており四国から見る限りでは何の変哲もない世界が広がっているように見えるが、実際は太陽の表面のごとく炎に包まれた世界が広がっており、外から見ると炎の中で神樹の姿をした結界だけがぽつりと立っている形になっている。

 

なお、四国へ恵みを与えている関係で守りに全ての力を注ぐ事はできないため、わざと結界に弱いところを作ってバーテックスを通している。バーテックスが必ず瀬戸内海側から現れるのはこの為。

 

勇者システムを介し勇者に力を与える他、巫女は神託として神樹の声を聞く事ができる。

 

神の集合体故、最終章では元は天の神側にいた強力な神が造反神となって反乱を起こす事態が発生。神樹の力そのものが大きく弱まる危機に陥り、季節こそ流れるが時間そのものは止まっている特別な空間を作りあらゆる時代から勇者を呼び寄せる事になる。

 

その寿命は数百年とされ、第3章では300年という時を経て遂に寿命が迫りその力が弱くなり始めた。

 

その対策として、人間を神の眷属とするべく香澄との"神婚"が行われる事になる。

 

しかし勇者達が人として生きる事を選んだ事で、自らを供物にして香澄に満開の力を授け、天の神を打ち破ると世界を元の姿に再生する代わりに散華し、人々の前からその姿を消した。

 

枯れた崩壊した樹体は石油となって降り注ぎ、最後まで人類に恵みを残した。

 

 

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〈大赦(大社)〉

 

・神世紀の四国を守る神樹を祀る組織。バーテックスに対抗するため、勇者システムを開発・導入し、勇者を送り込み支援しているのも大赦である。

 

その為、総理大臣をしのぐ権限を持つとされており、その気になれば中学生を留年させることも可能。

 

すなわち神世紀時代の四国は、大赦の意向が各所に影響する宗教国家となっている。

 

職員は複数の伝統ある家系と神官が中心となって構成されており、"花園家"(かつての"湊家")と"今井家"がツートップを成す。

 

神官は全員が仮面で素顔を隠している。

 

勇者を支援するとは言っても、それは最優先目的である人類の生存圏維持のためであり、目的のためには非情な処置も辞さない組織の冷徹な面が、見え隠れする。

 

組織全体の勇者に対する方針が世界を救う為の生贄というものであり、"満開"の大きな代償を勇者達に隠して戦わせていた事で、複数の勇者の暴走や反抗を招いた事もある。

 

勇者に限らず、巫女、防人らに対しても、その基本方針は変わらない。故に犠牲にされる少数のことも考えられない姿勢に対し、防人のリーダーである白鷺千聖は強く反発している。

 

徹底した秘密主義を取っており、勇者の詳しい活動内容については勇者自身にも口出しを禁じており、それを知った者は大赦に消されるという噂まで流れているほど。

 

バーテックスの存在や四国以外の世界の状況が隠されていたのも大赦の意向と思われる。

 

書物も例外ではなく、例え勇者が記した"勇者御記"であっても重要機密に関わる部分は容赦なく検閲で塗り潰している。

 

 

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第4章では"大赦"の前身である"大社"が登場する。

 

西暦時代は勇者やバーテックスの存在が一般にも知られているなど、事情が違う事もあり、神世紀時代ほど秘密主義な組織ではなかった。

 

ただ、人々の不安を煽るまいと情報操作を行ったり、勇者の神秘性を保ちたいという名目である勇者の存在を隠蔽しようとした等、この頃から秘密主義の姿勢が見え隠れしている。

 

西暦の戦いの終結時に、戸山明日香や有力な巫女達を率いて組織改革に着手した"今井家"によって現在の名に改められる。

 

これには、ほぼ降伏に近い形での和睦で人類の命脈を辛うじてつなぐことができたことから"敵に人類の存続を赦れた"という屈辱を忘れないため、という意味合いがあった。

 

しかし、長い時の中でその改名の意味が薄れ、組織が硬直化・劣化していく可能性はこの時点から危惧されており、そして大きな秘密を守らなければならないという掟が、300年という長い時間で隠蔽体質の強化に繋がり、歪になっていったのである。

 

 

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〈バーテックス〉

 

・名称の由来は全生命体の"頂点"から名付けられる。

 

その正体は、たえ曰く"天の神が人類を粛清するために遣わした存在"、リサ曰く"神樹様が人類に原因があると御告げになった"とのこと。

 

西暦2015年7月30日、突如として全世界に出現し人類の殺戮を開始。四国や長野県(諏訪)、北海道(旭川市カムイコタン)、沖縄県(南城市)など一部の地域を残して、人類を絶滅寸前にまで追いやった。この出来事は"7.30天災"と呼ばれる。

 

通常兵器は通用せず、バーテックスに応戦した陸上自衛隊の歩兵部隊と戦車部隊は全滅した。

 

また、空から襲来するバーテックスを目の当たりにした人間は"天空恐怖症候群"という精神の病を発病してしまい、記憶の混濁や自我崩壊にまで至ってしまう事もある。

 

神樹が樹海化により人々からバーテックスを隔離するのも、大赦がバーテックスの存在を隠蔽しているのも、これを防ぐ事が理由である。

 

なお、人間以外の動物や植物は攻撃の対象とはならない。

 

全世界に対する侵攻を開始してから3年後の西暦2018年に四国へ再侵攻を開始。

 

その後は一貫して神樹の破壊を目的に襲撃しており、これは神世紀においても変わらない。

 

西暦の終わりごろに行われた奉火祭によって講和が結ばれるとバーテックスは一度姿を消したが、神世紀270年ごろに再び壁の外で姿が見られるようになり、さらにおよそ30年後となる神世紀298年にて再び侵攻を開始した。

 

 

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バーテックスには様々な状態があり、それぞれ、

 

"星屑"→"進化型"→"完成型"→"完全型"と姿が変わり強くなっていく。

 

 

また、"進化型"の中にも様々な種類が存在していて、"新型"."飛行型"."爆発型"."防御特化型"."融合型"."大型"."超大型"."超超大型"と枝分かれしている。

 

最終章では更に"蟷螂型"と"長距離型"が登場した。

 

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(星屑)

 

・最初に出現したバーテックス。

 

白色の袋のような身体に、触手と巨大な口のような器官が備わっている。

 

顎の力は強力で、人間を捕食し、戦車の装甲化された砲搭をさえも噛み砕く。

 

物理攻撃が通用せず、銃弾や鋭い木片を刺しても全く手応えがない。

 

とにかく数が多く、千体以上で襲撃してくることもあり、第4章では数の多さ故勇者たちは苦戦している。

 

尚、全滅させても再び出現し、無限に増え続ける。大量に集まり融合することで"進化型"に成長する、いわばバーテックスの幼体や細胞といった存在。

 

この段階でもすでに知能はそれなりに高く、西暦の時代には"立てこもった人々をあえて襲わず籠城戦に持ち込んで内部の人間が仲間割れで自滅するのを待ち、さらにわざわざ彼らが内側から破ったバリケードの裂け目から内部に侵入し皆殺しにする"という悪辣なことも行っている。

 

 

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(進化型)

 

・複数の"星屑"が融合し形成される。鋭い槍のような物を飛ばすもの、蛇のようなもの、複数の関節を持つムカデのようなものなどがある。

 

強さは西暦勇者が頑張って一人で倒せるレベルである。

 

 

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(完成型)

 

・"進化型"と同じく無数の"星屑"が融合して形成される。

 

モチーフは"黄道十二星座"と"拷問器具"。

 

大きさは様々だが、大半が50メートル級の巨体を持ち、"獅子型"に至っては全高100メートルもある。またダメージを受けても、高い回復能力で体を修復する。

 

強さが桁違いであり、第4章では"切り札"を使った勇者二人掛かりでも傷一つ付ける事が出来ない程で、禁忌の力である"酒呑童子"を憑依させた高嶋が多大な反動を受けてやっと倒せるレベルである。

 

第5章でも登場しており、千聖クラスの指揮官型防人が囮となり他の防人達を逃す為の時間稼ぎしか出来ない程。

 

 

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(完全型)

 

・見た目は"完成型"と全く変わらないが、一番の違いは"完全型"には核となる"御霊"が存在するという点。

 

"御霊"という逆四角錐型のコアが存在しており、バーテックスを封印の儀で拘束、御魂を露出させこれを破壊するか、"満開"によって破壊する以外倒す方法はない(融合が不完全ならこの限りではないが)。

 

"御霊"は"完全型"毎に異なる特性があり、それによって"御霊"を露出させても破壊に手間取ってしまう。

 

第2章では神樹の作り出した結界である"壁"の外に追い出すので精一杯だったが、終盤で満開機能を追加、"御霊"の破壊が可能になった。

 

それにより第1章では前述の通り、"満開"を使用しない状態での御霊の破壊が可能になった。

 

 

 



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勇者達の軌跡 その4

キャラ紹介その3、今回は防人組達5人についてです。

残りの4人はまた次回となります。

いつも読んでくださってありがとうございます。




今回は防人組の紹介。

 

 

〈防人〉

 

防人とは一言で言えば"量産型の勇者"の事である。

 

第1章での出来事を踏まえ、勇者の適性がありながら勇者に選ばれなかった候補生達が集められ防人となった。その主任務はバーテックスの討伐ではなく、四国を覆う結界外の世界の調査、そして神代の国造りの儀式を再現した反抗作戦の実施であり、大赦お抱えの秘密工作部隊という側面が強い。

 

勇者システムの量産化を知っていた花園たえでさえ、その存在を知らなかった。

 

第5章では32人の防人が登場。その全てが実力順にナンバリングされており、最上位の8人が指揮官を務める(他は銃剣隊が16人、護盾隊が8人)。大赦側は当初から犠牲が出る事を想定して運用していたが、実際には4人が最初の御役目の後リタイアして入れ替わっただけで戦闘での犠牲は一切出さなかった。

 

上述したように任務が任務なこともあって、大赦からは軽視されがちであった。

 

神世紀300年12月には神官から勇者への昇格の手続きが行われている事が伝えられるが、千聖からは防人の士気を挙げ、大赦への信頼を上げるためではないかと疑われた。

 

ゴールドタワーを拠点としていて、このタワーは大赦によって改装され、教室や防人達の個室が設置されており、周囲の遊戯施設も訓練場へと作り変えられている。

 

 

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〈白鷺千聖〉

 

・中学2年生 誕生日4月6日

・勇者装束:黄緑

・勇者装束モチーフ:薺

・勇者武器:銃剣

・防人番号:1番

・精霊:尊氏(第6章、最終章)

 

・防人達のリーダーであり、第5章の主人公。努力家で負けず嫌いな性格で、どんなことでもそつなく平均以上にこなす。これらの点は第1章に登場した市ヶ谷有咲と共通するが、口では文句を言いながらもなんだかんだで周囲を気遣わずにいられない有咲とは対照的に、他人との馴れ合いを「甘い」と切り捨てるなど、極端なまでに己を殺し、他人から遠ざかるストイックな人物。

 

戦い方は合理的かつ無駄が無い戦い方であり、生き残る事を第一優先としている為御役目が達成されれば、目先の敵に捕らわれず撤退を促す等指揮官としての器量も持ち合わせている。

 

第6章と最終章では新たな力として精霊の"尊氏"が追加される。その力は持っている銃剣の能力の強化。打った弾は貫通力を増し、剣は鋭さを増して敵を切り裂く事が出来る。また、最終章では"尊氏"の更なる力が覚醒し、銃剣をもう1つ作り出し二刀流で戦う事も可能になった。

 

 

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第5章ではかつて海野夏希が残した勇者システムの後継者を決める為の候補生の1人として同じ候補生の有咲と氷河日菜と争った。

 

結果的に勇者に選ばれたのは有咲であり、その際は自分の方が勇者として相応しいと神官に食ってかかった。それもその筈、千聖は幼い頃からずっと勇者になる為に他の事を切り捨てて生きてきた為、勇者になれない自分に価値はないと西暦時代の氷川紗夜と似たような考え方を持っていたから。その後1年間は無機質な中学生生活を送っていたが、再び大赦からお呼びがかかる。

 

当初は必要になったら助けを借りる大赦に嫌悪感しか持っておらず、いざ防人の説明を女性神官から受けた際は怒りを勇者の使い走りだと怒っていた。

 

防人の隊長として選ばれ、最初の御役目から戻ってきた際に辞めた防人の補充がすぐに追加された事から、使い捨てとしてしか見られていない事を受け、"部隊の誰も殺させない。犠牲ゼロ"の目標を掲げていく事となる。これは隊長としての任務を完璧に全うして自分を勇者と認めさせる為、そして理不尽な仕打ちをした神への反発心という面が強い。

 

しかし、御役目の中で出会った巫女の丸山彩や日菜、松原花音、若宮イヴと交流していく中で、徐々に何も無かった日常に彩が加えられ、"仲間"というものを意識していく様になった。そして防人達から"防人達にとっての勇者"として慕われるようになっていく。

 

終盤、順調に御役目をこなしていく中、壁の外の温度が急上昇。山吹沙綾が結界の壁を破壊した事や、大赦が進めていた反攻作戦が天の神側に露見したことが重なり、怒れる天の神によって勢いを増した結界の外の炎が四国を焼き尽くしかねないという緊急事態が発生。この危機を回避するために大赦はかつて西暦の終わりにも天の神の怒りを鎮めた"奉火祭"と呼ばれる儀式を執り行うことを決定。その生贄となる六人の巫女の一人に彩が選ばれてしまう。

 

それに加え、種の回収任務の際に日菜が負傷。防人を逃がす為に殿を務め、かつて勇者候補生だった頃の様に銃剣の二刀流で"完成型"を退ける事に成功。この時自分が今までやってきた事は決して無駄な事では無く、回り巡って自分に帰ってきていた事を痛感する。

 

結果的に御役目は成功し、日菜も大事には至らず、"奉火祭"も沙綾が自ら生贄に名乗り出た為彩も難を逃れる。

 

自らが決めた通り、全ての任務を戦闘で誰一人欠ける事なく果たす事に成功するが、この一件で大赦の"「全体を生かす為に小数を犠牲にする」というやり方を思い知らされた千聖は、自身の「誰も犠牲にしない」という信念が大赦のそれとは決して相容れないものである事を痛感させられることになる。

 

全てが終わった後、それまでの働きを評価した大赦の女性神官である安芸から勇者の予備人員候補として推挙する話を持ちかけられるが、「"大赦の求める勇者"は自分の理想とする勇者とは違う」とこれを拒否。"誰も犠牲にしない勇者"になる事を目指し、防人であり続ける道を選ぶのだった。

 

その後、壁の外で有咲と偶然再会し、彼女から危機に陥っている大切な友達を救おうとしている事を聞かされ、彼女と武器を交えながら激励。出来る事があれば何でも力になると告げ、また会ってゆっくり話す約束を交わして去っていく有咲を見送った。

 

そして来る天の神との最終決戦では、ゴールドタワーのてっぺんで迫り来る星屑の群れと戦いながら、天の神に一太刀浴びせる為の"莎夜砲"発射までの時間を稼ぐ。防人全員が一致団結し、天の神に一矢報いその後の戦況を当代勇者達に任せる事となる。

 

天の神打倒後は神樹がいなくなり、心の支えを失ってしまった彩に対して、自らがずっと傍にいると伝え励ました。そして、防人最初の仕事として、炎が収まった壁の外の調査をし、人間の力だけで生き抜いてみせると誓った。

 

 

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第6章では物語の終盤である徳島奪還から参戦。防人達の装備も勇者と同等の力を扱えるまでにアップデートし、新たに精霊"尊氏"と共に"犠牲ゼロ"を掲げ御役目をこなしていく。

 

戦闘時は精霊憑依を瞬く間に使いこなす。"尊氏"の能力は武器の性能を上げる事であり、銃剣の剣は鋭さを増し、触れた敵を豆腐の様に切り裂いていく。そして銃の弾丸も貫通力を増す等の力を使いこなし戦っていく。

 

その後最終決戦時は防人組として最前線である高知で赤嶺率いるバーテックスからの猛威を打ち払った。

 

終盤勇者部が分裂した際は、造反神を倒して帰る事を選択。残る組、主にそっちを選んだ花音と河原で思いをぶつけ合った。

 

全てが終わり帰る際は神世紀勇者部から同じ時代を生きている仲間としてまた会えると言われ、元の時代へと帰っていった。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。造反神の試練では終盤で招集された事もあり、中立神の試練開始時は防人達と赤嶺香澄と共に夜の樹海に囚われその力を試されていた。

 

中盤、"凶攻型"を打ち倒すべく戦力増強の為、神世紀勇者達のレベルアップを兼ねて大赦にて市ヶ谷有咲から指名を受け試合を行う。互いにライバル同士負けられない戦いが続き、"尊氏"の力を引き出し互角に戦いが進むも、最後の斬り合いの寸前に"鬼童丸"の力で一瞬だけ動きを封じられ、その隙を突いた有咲に惜敗。

 

"融合型"による超長距離爆撃に勇者達が1人、また1人と倒れていく中自身も爆撃される寸前に有咲に庇われ難を逃れる。その後、有咲が残した手掛かりを頼りに敵の謎を解き、戦う最中"満開"の力が覚醒。圧倒的な力で"融合型"を消し飛ばす事に成功する。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により香澄達がこの先の未来を見させられ絶望する中、ただ1人神に唾棄する者として千聖だけは中立神に屈する事なく、香澄達にエールを送り勝利への切っ掛けを作り出す。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来を守る為に自分達の時代へと戻っていった。

 

そして、勇者達が天の神を打ち倒してから15年後。大赦に勤め、有咲と共に"防人"のリーダーとなり花音、イヴ、日菜と四国外の復興や大赦のトップとなったたえの補佐に力を入れている。

 

 

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〈丸山彩〉

 

・中学1年生 誕生日12月27日

・巫女

 

・防人達に付き添う巫女の一人であり、千聖達と行動を共にする。

 

敬虔な神樹信仰の家に育ち、自身も神樹をただまっすぐに信じている。とても純粋な性格で、千聖達のチームの清涼剤。彼女達の動向を常に気にかけ、支えになろうとする。

 

防人達の任務前には安全祈願の祝詞を唱えたり、神樹に防人達が無事に御役目を全うできるように祈っている。また物語中盤の命にかかわる危険な御役目にも、本心では怖がりつつも必死に耐え、逆に気遣う芯の強さも持っている。

 

趣味は掃除であり、とても上手なだけでな、他人の部屋を掃除しても「どこに何が置かれているのか分からなくなる」という事がないほど整理してくれる為、ほとんどの防人達が自室の掃除を任せるほど人気である。

 

 

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第5章では千聖達が防人としてゴールドタワーの展望台に集められた時に登場。ゴールドタワー内では千聖達と行動を共にしており、千聖達も最年少の彩を妹の様に可愛がっている。中でも千聖とは仲が良く、大浴場で千聖が弱音を吐いた際は親身になって話を聞いてあげ抱きしめている。

 

物語中盤に特殊な種を芽吹かせるのに必要な存在として、防人達と専用の巫女装束を纏い壁の外へと赴く。これが実行される事になった時、千聖ら防人達は危険すぎると反発したものの、彩自身は「何も出来ずにただ待っているだけのお飾りでいるより嬉しい」と語った。

 

終盤、天の神の怒りを鎮める為の奉火祭の生贄に選ばれる事になるが、沙綾が代わりに御役目を引き受ける事になった為難を逃れている。神樹が散華した事で自身の支えになっていた存在を失ってしまい途方に暮れていたが、千聖達仲間の支えを受け、前に進んでいく事を決意した。

 

天の神との最終決戦時は大地のエネルギーを送る回路として"莎夜砲"の心臓部となるタワーの一室で千聖達の無事を祈っていた。その際信仰心の強い彩は本来であれば、他の神官同様に稲へと姿を変えてもおかしくはなかったのだが、"莎夜砲"の回路の一部となり、外界から遮断されていた為無事だった事が安芸の口から語られる。

 

 

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第6章では、千聖達防人よりも一足早く異世界に召喚されており、巫女として勇者部を支えていく事となる。

 

当初は周りが勇者ばかりだった為、誰に対しても様付けや敬語で接していたが、同学年のりみと燐子と打ち解けていく中で、それが抜けて行った。

 

勇者が御役目で樹海に行く際は、ただ祈る事しか出来ない自分が情けないと思っていたが、そこは先輩巫女である今井リサや青葉モカの助力もあり、考え方を改めていった。

 

終盤勇者部が分裂した際は、千聖についていく事を選び残る事を選択。勇者達同士の戦いを見守った。

 

全てが終わり帰る際は神世紀勇者部から同じ時代を生きている仲間としてまた会えると言われ、元の時代へと帰っていった。

 

ーー

 

 

最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。造反神の試練では終盤で招集された事もあり、中立神の試練開始時は防人達と赤嶺と共に夜の樹海に囚われその力を試されていた。

 

大敗を喫した"凶攻型"を打ち倒すべく、大赦とたえと協力し作り上げた"ヤチホコ"に祈りの力を込め、反動に耐えながらも"凶攻型"を退ける切っ掛けを作り出す。

 

そして、勇者達が天の神を打ち倒してから15年後。大赦に勤め、巫女として千聖達防人を手伝う日々を送りながら、毎日決まった時間に英霊之碑でこの世界を守り抜いてきた勇者や巫女達に祈りを捧げている。

 

 

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〈松原花音〉

 

・中学2年生 誕生日5月11日

・勇者装束:黄緑

・勇者装束モチーフ:薺

・勇者武器:護盾

・防人番号:32番

・精霊:波山(第6章、最終章)

 

・32人の防人達の1人であり、自分に自信の持てないネガティブな性格で、何事も悲観的に考えがち。他人に対しても臆病で、怖そうな人を見れば「イジメられるのではないか」と怯える性分。そのため常にクラスや組織で一番ヒエラルキーが高い人物に取り入り、守ってもらうのが彼女の幼少期からの処世術。防人のリーダーである千聖に、何かと「私を守って」と主張して近づいたのも、そういった下心によるもの。

 

そんな処世術に対して、周囲から「格好悪い」「媚びへつらっている」といった陰口を叩かれる場合もあり、本人もそんな自分の姿に自己嫌悪を抱いている。その為、自分がなぜ勇者候補生、そして防人に選ばれたのか理解出来ていない。

 

花音自身ははっきり自覚はしていないが、「生き残る道を見つける事」に非常に長けており、攻撃された際には当たる際に無意識に盾を構え攻撃を受け流したりと最小限の動きで敵の攻撃を防ぎきっている。その点は千聖からも評価されていて、戦闘で花音がいる場所は安全地帯とまで他の防人達から言われている。

 

防衛に特化した"護盾隊"の1人であり、防人の番号は32番、すなわち大赦からは32人の防人の中で最弱と評されているが、前述の通りの方法で過去に勇者3人を死に至らしめた"蠍型"の刺突攻撃も防ぎきっていて、防人の御役目に貢献している。また、普段は千聖に対して「守って」と言いつつも、実戦では自分から積極的に千聖を守ろうと行動する事が多い。

 

第6章、最終章では新たな精霊として"波山"が加わっている。精霊の中で唯一自身にでは無く物に憑依させる事が可能で、花音は護盾に"波山"を憑依させ、そこから発生する炎で勇者達を守っていた。

 

 

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第5章では戦闘能力が一番高い千聖にいち早く目を付け、守ってもらうようにいつも一緒に行動している。何かと「ふえぇー!」と叫ぶのが特徴で、御役目の際は花音の悲鳴が警報装置の様な役割を果たしている事が多い。

 

中盤、千聖が勇者に相応しい人物について悩んでいる際、一度だけ花咲川中学に行って当代勇者達に合った事があると話し、千聖達にその事について話した。

 

中学1年の時、当時ヒエラルキーが一番高い先輩が所属する同好会に属していたが、1年後に突如その同好会が解散。その先輩に問いただすと、その先輩は牛込ゆりと同じく大赦からやって来た人物である事を知り、自分達は勇者に選ばれなかったことをその先輩から聞く事になる。その時勇者に選ばれた人物が気になり花咲川中学へと学校を休んで花咲川中学勇者部に接触した。

 

当初は隠れて見ていたが、有咲に見つかり、問いただされた為勢いで「どうすれば勇気が持てるか」と依頼する。そして同時進行で行っていた迷い猫を保護する依頼に同行し、屋上でその猫を発見。香澄が保護しようとするが、突如風が吹き香澄が屋上から転落。その中で花音は咄嗟に身体が動き香澄の手を掴むが一緒に落下してしその時感じた直感で香澄に強く抱きついた。

 

目を覚ますと2人は怪我も無く無事であり、その際花音は香澄の傍にいる牛の様な生き物と薄い膜が出現した事に気が付くのだった。そして勇者部から勇気とは何なのかについて学ぶ事となった。

 

御役目終盤、殿として残った千聖の元へ駆けつけるが、負傷した日菜を運ぶ役目を受け"完成体"の猛攻を躱しながら逃げ続けた。その際、涙ながら「犠牲ゼロの為に頑張っている千聖を死なせない為に自分は千聖を守る。こんな自分が他人の為に役立てている事が嬉しい。」と叫び、最後まで生き残る事に成功する。

 

天の神との最終決戦では千聖達第1班の護盾隊として、迫り来る無数の星屑の群れを最後まで見事防ぎ切り、後を当代勇者に託した。

 

 

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第6章では物語の終盤である徳島奪還から参戦。防人達の装備も勇者と同等の力を扱えるまでにアップデートしたが、守ってもらおうとする精神は相変わらずそのまま。

 

追加された精霊は"波山"。名前に似つかず火の鳥の精霊であり、現時点で唯一自身ではなく武器に憑依させる精霊。憑依した武器に炎の力を纏わせ、攻撃力や防御力を上昇させることが出来る。

 

その後最終決戦時は防人組として最前線である高知で赤嶺率いるバーテックスからの猛威を打ち払った。

 

終盤勇者部が分裂した際は、防人組の中で唯一残る事を選択。千聖の怒りを買い、河原で執拗に痛めつけられる事になってしまった。

 

全てが終わり帰る際は神世紀勇者部から同じ時代を生きている仲間としてまた会えると言われ、元の時代へと帰っていった。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。造反神の試練では終盤で招集された事もあり、中立神の試練開始時は防人達と赤嶺と共に夜の樹海に囚われその力を試されていた。持ち前の危機察知能力を駆使し、何処までも広がる夜の樹海で迷う事なく逸れた仲間達と合流する。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった千聖達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来を守る為に、自分達の時代へと戻っていった。

 

そして、勇者達が天の神を打ち倒してから15年後。大赦に勤め、有咲や千聖、イヴ、日菜と共に"防人"として四国外の復興や大赦のトップとなったたえの補佐に力を入れている。

 

 

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〈若宮イヴ〉

 

・中学2年生 誕生日6月27日

・勇者装束:黄緑

・勇者装束モチーフ:薺

・勇者武器:銃剣

・防人番号:8番

・精霊:雷獣(第6章、最終章)

 

・32人の防人隊の1人であり、普段からあまり話さず大人しい性格。御役目でも戦う事は無く、壁の外の土や溶岩の採集をするのは彼女の役目である。千聖達と出会い、自ら率先して話したりする事も増えてきた。

 

一番の特徴は二重人格であり、内にもう一人のイヴが存在している。性格は真逆で好戦的で荒々しい性格であり、千聖も最初は中々手懐けられなかった。好戦的な性格なのは宿主であるイヴを守る為であり、危機やストレスを感じ取った時に表に出てくる(ただしその基準はあいまいで、千聖達が意図的にストレスをかけてみても出てこなかったと思えば、大掃除の時に出てきた事もある)。一度表に出てきてしまうといつ元の人格に戻れるのか本人にも分からないらしく、粗暴な性格の為、彼女が表に出ている時でも、誰とも仲良くなれなかった。

 

この時の彼女は戦いの天才であり、どう戦って何処を攻めれば良いのかが本能的に理解できる。防人番号が8番なのはこの為であり、イヴは指揮官型を除く銃剣隊の中ではトップクラスの強さを誇る。

 

小学生の頃は先代勇者の3人と同じく神樹館小学校に通っており、勇者の噂を聞いてこっそり覗きに行った際に夏希と会話している。夏希の死についても知っており、告別式の際に死について恐怖を抱くようになってしまった。

 

第6章と最終章では新たな力として精霊の"雷獣"が追加される。雷の力をその身に宿し、高速移動や広範囲への放電、果ては銃剣をレールガンの様に使う事が出来る等、幅広い運用が出来る。

 

 

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第5章では当初あまり目立たなかったが、2回目の御役目の際に死が頭を過りもう一人のイヴへと覚醒。1人で"完成型"を退ける成果をあげる。

 

その後もイヴに戻る事無く過ごしていたが、あまりにも協調性が無い為しびれを切らした千聖はもう一人のイヴと決闘。千聖が勝ったらおとなしく千聖の指示に従う。イヴが勝ったら余計な口出しはしない約束の元決闘を行った。

 

その際、イヴは当時の沙綾達に「勇者って奴らはカッコよかった。尊かった」と憧れにも近い感情を抱いていた。その為、「勇者になる」事に執拗にこだわる千聖の事を「あいつらはギラギラしてなかった。お前みたいに勇者になりたいって駄々をこねてた訳じゃなかった」、「今のお前は他人の芝生を見てヨダレ垂らしてるガキ。格好悪い奴」とバッサリ切り捨てている。しかし千聖の実力に一歩及ばず、結果は千聖が僅差で勝利し、戦いを通して千聖を気に入りそれ以降はおとなしく千聖の指示に従う様になっていく。

 

その後の御役目では戦闘になった際なもう一人のイヴと交代しバーテックスと戦う方へとシフトしていった。

 

みんなの名前が書かれた南京錠を見に夜中屋上に行った際に千聖と出くわし、自身の過去について語った。悲惨な家庭環境から逃げる為にイヴはもう一人のイヴを生み出し、自分を守ってきた。しかし、千聖と出会った事で変わる事が出来たと2人のイヴはこの時感謝している。

 

最後の御役目の際、襲ってきた3体の"完成型"と交戦中に"乙女型"が放った爆弾を前に死を悟ったが、突如日菜が間に割って入り事なきを得る。その後は千聖に殿を任せ、日菜を抱えた花音と一緒に撤退、無事生還する事が出来た。

 

天の神との最終決戦では第1班としてゴールドタワーてっぺんで星屑の猛攻を防ぎ切り天の神に一矢報いて、後を当代勇者に託す事となった。

 

 

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第6章では物語の終盤である徳島奪還から参戦。防人達の装備も勇者と同等の力を扱えるまでにアップデートし今まで以上に前線で戦うようになる。

 

追加された精霊は"雷獣"であり、精霊憑依すると身体と武器に電撃を纏い、その力でバーテックスを内側から殲滅していく。その為"防御特化型"とはかなり相性が良い。また電撃を纏っているので移動速度や反射速度も極限まで上昇しており、目にも止まらぬ速さで樹海を蹂躙していく。

 

似たような暗い過去を持つ紗夜が気にかけており、お互いの過去を話し分かち合う。また、夏希の死について知っている為召喚された当初、中学生の沙綾とたえと話、夏希には内緒にしておくと約束している。

 

最終決戦時は防人組として最前線である高知で赤嶺率いるバーテックスからの猛威を打ち払った。

 

終盤勇者部が分裂した際は、千聖の指示に従う姿勢で帰る事を選択。残る組と河原で思いをぶつけ合った。

 

全てが終わり帰る際は神世紀勇者部から同じ時代を生きている仲間としてまた会えると言われ、元の時代へと帰っていった。

 

 

ーー

 

 

最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。造反神の試練では終盤で招集された事もあり、中立神の試練開始時は防人達と赤嶺と共に夜の樹海に囚われその力を試されていた。当初は花音と2人で千聖達を探していたが、"蟷螂型"に襲われ花音を逃し、危機察知能力で千聖達と合流させる事を提案、1人時間を稼ぐ為に"蟷螂型"の群れと戦った。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった千聖達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来を守る為に、自分達の時代へと戻っていった。

 

そして、勇者達が天の神を打ち倒してから15年後。大赦に勤め、有咲や千聖、花音、日菜と共に"防人"として四国外の復興や大赦のトップとなったたえの補佐に力を入れている。

 

 

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〈氷河日菜〉

 

・中学3年生 誕生日3月20日

・勇者装束:黄緑

・勇者装束モチーフ:薺

・勇者武器:銃剣

・防人番号:20番

・精霊:座敷童(第6章、最終章)

 

・32人の防人隊の1人。目立ちたがり屋で"氷河家"再興の為躍起になっているが、能力は凡庸。しかし千聖のトレーニングに付いて来られるので身体能力そのものは高い。戦闘では無謀なまでに前に突っ込んでばかりいる。

 

かつての"氷河家"は勇者として"英霊之碑"に名前が刻まれる程の名家だったが、神世紀72年の"四国全土で発生した大規模テロ事件"(この事件は大赦の情報操作によって隠蔽され、カルトの集団自殺事件とされている)の際、御役目に失敗した事によってその地位は失墜。反対に"赤嶺家"はその名を刻む事となった。それが「英雄の血筋」として日菜の自尊心になっている。

 

防人番号は20番とあまりぱっとしない位置にいるが、それは先述の通り無鉄砲に突っ込んでしまうからであり、中盤以降千聖の指示で戦う様になってからは突出する事もあまり無くなりきちんと戦果をあげている。

 

第6章と最終章では新たな力として精霊の"座敷童子"が追加される。憑依させる事で自身が透明になり敵から感知されなくなる。また触れている仲間や物体も透明にする事が出来、暗殺能力に優れた鏑矢向きの能力となっている。

 

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第5章ではかつて海野夏希が残した勇者システムの後継者を決める為の候補生の1人として同じ候補生の有咲と千聖と争っていたが、2人はその事については全く覚えていなかった。千聖においては防人として再開した後日菜に言われ思い出しており、その時千聖は日菜が年上な事も覚えていなかった。

 

戦闘に関しては一貫して"氷河家"を復興する為の手柄を立てる為に戦っていたが、千聖と一緒に戦っていく中で、徐々に負けたくないという思いも芽生え始め、早朝に1人トレーニングするようになる。

 

千聖が勇者にならなければ意味が無いと考えてると知った時は、地味な任務でも実績を積み重ねていけばいつか上が見えてくると言い、地味な任務に徹する事に苛立っていた時は、「自分達にとって"下らない任務"は存在しない」と珍しく年上らしく一喝した。

 

退院してからの早朝トレーニングの際、千聖に"氷河家"について詳しく話す。没落した理由と"氷河家"で見つかった大赦からの検閲を免れた"氷川紗夜の勇者御記"の事を話したのだが、この時は何故紗夜の勇者御記があったのかまでは解らなかった。

 

最後の御役目の際は、"乙女型"の放った爆弾からイヴを守る為に間に割って入り、爆発に巻き込まれ負傷してしまう。それは"氷河家"の生きざまであり、犠牲をゼロにするという千聖の願いから来るものだった。

 

その後奇跡的に意識を取り戻し、千聖の願いは果たされる事となる。

 

天の神との最終決戦では第1班としてゴールドタワーてっぺんで星屑の猛攻を防ぎ切り天の神に一矢報いて、後を当代勇者に託す事となった。

 

 

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第6章では物語の終盤である徳島奪還から参戦。樹海で一番最初に出会ったのがまさかの"赤嶺家"だった為、嘘を吹き込まれ香澄達を襲ってしまうも、有咲の事を知っていた千聖に止められる。防人達の装備も勇者と同等の力を扱えるまでにアップデートし今まで以上に前線で戦うようになる。

 

追加された精霊は"座敷童"であり、憑依すると自分の姿が敵から認識されなくなり、敵は攻撃を受けても日菜の存在には全く反応しない。また、銃剣の弾も消える為隠密行動に非常に適している。その為、"爆発型"とは非常に相性が良い。

 

赤嶺との最終決戦時、赤嶺は"氷河家"についての隠された真実を語る。神世紀72年での赤嶺のパートナーは"氷河つぐみ"であり、つぐみは"氷河家"の実子ではなく、子宝に恵まれなかった"氷河家"が引き取った子供だった。

 

つぐみを引き取る際に何故子宝に恵まれなかったのか考えた"氷河家"は苗字に原因があるという結論に至る。"氷河家"は改名した後の名であり、"氷河家"となる前は元々"氷川家"であった事が赤嶺の口から語られる。

 

"氷川家"の紗夜の勇者御記が何故"氷河家"にあったのかの真実がそれであり、日菜は紗夜の子孫である事が判明。更に"氷河家"が失墜した理由も判明しそれを聞いた日菜は呆気にとられるのだった。

 

最終決戦時は防人組として最前線である高知で赤嶺率いるバーテックスからの猛威を打ち払った。

 

終盤勇者部が分裂した際は、"氷河家"を再興する為に帰る事を選択。残る組と河原で思いをぶつけ合った。

 

全てが終わり帰る際は赤嶺を仲間として受け入れ、円陣の際に隣に招き入れた。そして神世紀勇者部から同じ時代を生きている仲間としてまた会えると言われ、元の時代へと帰っていった。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。造反神の試練では終盤で招集された事もあり、中立神の試練開始時は防人達と赤嶺と共に夜の樹海に囚われその力を試されていた。当初は彩と2人で千聖達を探していた。戦えない彩を守る為に"座敷童子"の能力を駆使しながら千聖達と合流するまで耐え抜いていた。

 

中盤、増援として"氷河家"の祖先である氷河つぐみと邂逅。自身の胸の丈や、家名の再興という目標を伝える。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった千聖達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来を守る為に、自分達の時代へと戻っていった。

 

そして、勇者達が天の神を打ち倒してから15年後。大赦に勤め、有咲や千聖、花音、イヴと共に"防人"として四国外の復興や大赦のトップとなったたえの補佐に力を入れている。

 

 



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勇者達の軌跡 その5

キャラ紹介その4、最後となります。今回は地方組と造反神側。
そして最後にはきらめきの章から登場予定の新キャラの紹介が少し--

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。




今回で紹介は一旦最後になります。

 

残りの勇者5人と巫女1人+αの紹介です。

 

 

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〈美竹蘭〉

 

・中学2年生 誕生日4月10日

・勇者装束:黄色

・勇者装束モチーフ:金糸梅

・勇者武器:鞭

・精霊:覚(第6章、最終章)

 

・西暦の時代に四国とは別の場所、長野県の諏訪地域を守っていた勇者。諏訪湖を中心とする地域をたった一人で守り続けてきた少女である。

 

戦闘スタイルは諏訪大社の祭神である"建御名方神"の持っていた藤蔓と同じ力を有する鞭を巧みに使い1対多での戦闘に長けている。この鞭には天の神の眷属が触れると忽ち腐食してしまう作用がある。

 

諏訪ではバーテックスが諏訪大赦に設置されている結界を維持する為の柱である"御柱結界"を常に狙ってくるので、蘭はそこを死守しながら諏訪を守ってきた。しかし、度重なる侵攻に押され、4本あった"御柱結界"のうち2本が破壊され、諏訪の住民が生活できる区域は諏訪湖の東南の一帯だけとなっている。

 

それに加え、諏訪の勇者システムはかなりアナログであり、勇者アプリの端末は存在せず、諏訪大社に祀られている勇者装束を手動で直接着替えて変身する。その勇者装束も土地神の加護があるとはいえ攻撃・防御の両面において脆弱で、仲間や精霊のサポートも一切ない。それでも3年間もの間一人の犠牲も出さず諏訪を守り続けて来れた事から蘭の実力の高さが伺える。

 

趣味は生け花と農作業であり、中でも農作業は筋金入りで、蘭の生きがいと言っていい程に生きる為の一部になっている。これは諏訪が星屑に襲われた時、生きる希望を無くした人々に希望を与える為に蘭が始めた事がきっかけである。

 

 

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第4章では四国の勇者である湊友希那と定期的に通信を取って状況を互いに報告し合っている。その中でいつもうどんと蕎麦のどちらが優れた食べ物であるかという熱い討論を交わすのが日課になっていた。

 

諏訪を守る事が出来るたった一人の存在であるにもかかわらず、人々と同じ目線に立って、率先して行動していく事によって諏訪の人々を元気づけ、諏訪全体が農業で自給自足が出来るまでに引っ張ってきた。

 

巫女である青葉モカとは幼い頃からの親友であり、蘭はモカの事を一番大切な存在だと認識しており、モカも蘭の事を同様に思っている。

 

畑を耕し、バーテックスが襲ってきたら戦いに赴き、四国との定時連絡も欠かさず、それが終わったらまた畑を耕す。蘭は日常を忘れない為にこのいつも通りのルーティーンを大切にしている。

 

やがて、諏訪へのバーテックスによる一斉侵攻が行われる事を神託で受け取ったモカから聞かされるも、怯える素振りを一切モカや諏訪の人々には見せず、いつも通りの生活を続けていた。

 

そして侵攻の日、蘭はボロボロになりながらも"御柱結界"を守りながら戦うも、バーテックスの圧倒的な物量に次第に押されはじめる。傷付いた身体に鞭打ちながらも蘭はいつも通り四国へ定時連絡を行う。ノイズが酷くまともな会話が出来ない中で友希那に自分の想いを託す事を伝え、通信機を壊し、モカと最後のひと時を過ごす。そこでモカから自分達諏訪の勢力が"四国の勇者達が戦う準備を整えるまでの時間稼ぎの囮"にすぎないと聞かされるが、その事は薄々察していた。

 

結界が今にも破られそうな中、蘭はモカの将来の夢を聞き、それを守り抜く為結界を破って襲い掛かってくるバーテックスの大群に単身突っ込んで行った。

 

その後時間が経ち、壁の外の調査の為諏訪を訪れた友希那たち四国の勇者は荒れ果てた諏訪を探索し畑に埋まっていた蘭の手紙と鍬を発見。蘭の手紙はその後の勇者達の願いのバトンとなり、神世紀の勇者達に受け継がれている。

 

諏訪から帰還後、友希那の意思により、蘭への感謝の意味を込めて瀬戸大橋の石塔に"美竹家"の名が名誉家名として刻まれることとなり、300年後にもその家名が伝えられている。また、丸亀城に金糸梅の花が植わっている。

 

 

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第6章には序盤から召喚され御役目に参戦している。勇者システムが端末1つで出来る事に時代の流れを感じていた。戦闘時には新たに精霊"覚"が追加されており、その能力は周りの考えている事が手に取るように分かってしまうもの。仲間が入り乱れる混戦には脳に負担がかかりすぎる為不向きであるが、1対多での戦闘時には真価を発揮し、目を瞑っていながらでも相手を補足、攻撃、回避することが出来るので、1対多での戦闘に長けている蘭にはこの上ない力となる。

 

中盤、赤嶺の精霊攻撃には屈託のない心の強さからか、すぐさまこれを跳ねのけており赤嶺を追い詰めていた。

 

赤嶺との最終決戦では薫、美咲の3人で愛媛を3人という一番少ない人数ながらも無事に守りきった。

 

終盤、赤嶺から御役目が終わった後、諏訪に戻った際に自分が死ぬ事を告げられるも、その顔に恐怖は微塵も無く、死ぬと分かっていながらも元の世界に戻る事を選択。その心の強さは多くの勇者達から称賛された。

 

全てが終わった後、一番最初に元の世界に帰る事となる。その際、友希那に会えた事を感謝し、モカと手を繋いで諏訪へと帰っていった。

 

 

ーー

 

 

最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

夜桜のライトアップを手伝った際、依頼人からお礼にと貰った百日草の種をモカと一緒に花咲川中の花壇に植え、花が咲き誇る花壇の姿をモカと2人で想像するのだった。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により、自分が死ぬ未来を見させられ絶望する中、勇者でない白鷺千聖に励まされ、最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、自分が先頭を切ってバトンを託す為に、自分達の時代へと戻っていった。

 

 

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〈青葉モカ〉

 

・中学2年生 誕生日9月3日

・巫女

 

・長野県の諏訪地域周辺を担当する巫女であり、諏訪の勇者である蘭とは幼い頃からの親友である。

 

何事にも淡々とこなしていく蘭とは正反対にややネガティブで、自分に自信が持てない引っ込み思案な性格で、感受性が非常に高いという特性を持っていながらそれを自覚しておらず、"自分はたまたま巫女に選ばれただけ"だと思っている。

 

それでも御役目の際は蘭を心配して戦いの様子を見に行く事があり、その姿が蘭に勇気を与える事に繋がっている。

 

また、定期的な四国との通信で楽しそうに友希那と話す蘭の様子を見て嫉妬しているようなそぶりを見せる事もあった。

 

大侵攻の神託を受け取った際、自分が死ぬという事に恐怖するも、蘭の一言によって最後まで蘭と一緒にいる事を決意する。

 

そして大侵攻の際、蘭に蘭が作った野菜を届けるという配達屋が自分の夢である事を伝え、その夢を守ると決め飛び出して行った蘭の雄姿を一歩も動かずに最後まで見守った。

 

 

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第6章では1人できつくなったリサを手伝う為に蘭と一緒に召喚される。

 

リサとは巫女の先輩として教えを請いながらも、献身的にサポートしていった。

 

この世界に来た事によって精神的に成長しており、後に召喚された彩対して"巫女は待つだけの無力の存在じゃない""自分達が待っている事で、勇者のみんなは安心して思い切り戦える"と力強い言葉をかけている。

 

終盤、赤嶺から諏訪が壊滅し蘭が死ぬ事を聞かされた際は恐怖するも、蘭から最後まで一緒についてきて欲しいと言われ、元の時代に戻る事を心に決める。

 

最後は蘭と手を繋ぎ、何処までも一緒にいると言って元の時代へと帰っていった。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

大敗を喫した"凶攻型"を打ち倒すべく、大赦とたえと協力し作り上げた"ヤチホコ"に祈りの力を込め、反動に耐えながらも"凶攻型"を退ける切っ掛けを作り出す。

 

夜桜のライトアップを手伝った際、依頼人からお礼にと貰った百日草の種を蘭と一緒に花咲川中の花壇に植え、花が咲き誇る花壇の姿をモカと2人で想像するのだった。

 

 

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〈瀬田薫〉

 

・中学3年生 誕生日2月28日

・勇者装束:白

・勇者装束モチーフ:ギンバイカ

・勇者武器:ヌンチャク

・精霊:水虎(第6章、最終章)

 

・友希那や蘭らが生きた西暦の時代に、沖縄県南城市の海で戦っていた勇者。海をこよなく愛する少女であり、何かあればすぐに海に入りたがる。「儚い」が口癖であり、その使用方法は多岐にわたる。

 

世界を笑顔にする為に戦っているが、これは元の時代での出来事に起因している。

 

顔面偏差値がとても高く、最終章では多くの女生徒を虜にしている。

 

戦闘スタイルはヌンチャクを用いた沖縄武術を駆使した接近戦を得意とし、最終章で追加された精霊"水虎"を憑依させると、ヌンチャクに虎の爪を模したオーラが纏われ、攻撃威力がさらに増す。最終章では、友希那・有咲に次いで高い戦闘力を持っていると言われる程。

 

 

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第2章では終盤、瀬戸大橋の石碑に"瀬田家"の名前が確認できる。

 

 

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第3章では終盤、神樹の内部で香澄と沙綾を助ける為に魂の状態で駆けつけた。

 

 

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第4章では中盤に北と南で生存反応があったとあるが、その内の1つ南での生存反応が薫である。

 

 

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第6章では、序盤に奥沢美咲と共に異世界に召喚される。本来は戸山香澄達とは加護を受けている土地神の系統が異なるのだが、今回は神樹と北海道・沖縄の神々が同盟を結ぶことになった為、その流れで参戦。召喚された日の夜に美咲から他の人には秘密にする事を条件に自分の元の世界での出来事を聞く事になるが、石紡ぎの章でその約束を破ってしまう。

 

赤嶺からはお姉様と呼ばれているが、これは、かつて赤嶺香澄の祖先である"赤嶺家"が海路で四国に亡命しようとした際、その護衛として赤嶺家の人々を守ったのが薫だったからで、薫は赤嶺家からすれば命の恩人に当たる為敬意を込めて呼んでいるのである。

 

美咲の心の闇にはいち早く気が付いており、何かと美咲を気にかけている。

 

勇者部が分断した際は、この世界に残る事へのリスクを懸念してか戻る事を選択。帰る組と河原で本音をぶつけ合った。

 

全てが終わり、元の時代へ帰る際に赤嶺から祖先を助けてくれた事を感謝され、赤嶺を笑顔に出来た事に満足し、元の時代へと帰っていった。

 

 

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第7章で薫の元の時代での出来事が語られる。元いた時代では弦巻こころ、北沢はぐみという親友と共に過ごしており、"7.30天災"の時突如海の底で何者かの声を聞いた事により勇者として覚醒。同じくして巫女になったこころと協力して南城市を守っていた。

 

おばあが薫を勇者として奉った事で市民による信仰が生まれ、市民同士での争いは無かったが、ここに残るか、他の勇者がいる四国へ海路を使って逃げるかで意見が分かれていた。

 

薫の世界を笑顔にする為に戦う心情はこころがいつも口癖のように言っていた事に起因している。

 

そのこころは御役目の最中、薫の助けも間に合わず命を落としてしまうが、こころと最後に交わした世界を笑顔にする約束を守り続ける為に薫は今まで戦い続けていた。

 

元の時代へと戻る少し前、美咲に元の時代の事を話してしまった事を詫びるが、美咲は既に気にしていなく、互いに会えた事を喜び夜空の下固い握手を交わす。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった香澄達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、自分達の想いを未来へ繋ぐ為、自分達の時代へと戻っていった。

 

 

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〈奥沢美咲〉

 

・中学2年生 誕生日10月1日

・勇者装束:藍色

・勇者装束モチーフ:ペチュニア

・勇者武器:投槍

・精霊:コシンプ(第6章、最終章)

 

・友希那や蘭らが生きた西暦の時代に、北海道旭川市のカムイコタン周辺で戦っていた勇者。笑顔は絶やさないが、普段の言動は飄々としていて掴みどころがない。座右の銘は"ギブアンドテイク"で、裏ではかなりクレバーで計算して立ち回る事が多く、本人も"勇者って性格じゃない"ということは自覚している。

 

自分が中心になるのが苦手という一面もあり、参入直後は仲間達の輪の中に積極的に入ってこようとしていなかった。

 

戦闘スタイルは遠距離であれば、投槍を投擲して相手を倒し、接近戦なら槍のリーチを生かした戦い方をする遠近両方に対応できるバランスの取れた勇者であるが、自身は前に出たがらない為専ら後方支援に徹している。

 

精霊である"コシンプ"は神樹を構成する神々とは系統が異なる為、勇者の中で唯一精霊とテレパシーで会話し、意思疎通を図る事が出来る。また、戦闘時でも他の精霊とは一味違い、"コシンプ"は美咲に憑依するのではなく、他人に憑依し、潜在能力の底上げを行う支援型の精霊である。

 

 

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第2章では終盤、瀬戸大橋の石碑に"奥沢家"の名前が確認できる。

 

 

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第3章では終盤、神樹の内部で香澄と沙綾を助ける為に魂の状態で駆けつけた。

 

 

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第4章では中盤に北と南で生存反応があったとあるが、その内の1つ北での生存反応が美咲である。

 

 

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第6章では、序盤に瀬田薫と共に異世界に召喚される。本来は香澄達とは加護を受けている土地神の系統が異なるのだが、今回は神樹と北海道・沖縄の神々が同盟を結ぶことになった為、その流れで参戦。召喚されたその日の夜に薫を呼び出し、元の世界での出来事を吐露する。

 

元の時代では"7.30天災"の時に山中の史跡を見に行っていた美咲は、山のカムイから力を授かり勇者となる。しかし、既に旭川の被害は大きく、バーテックスの襲来早々に両親を無くしてしまう。

 

孤軍奮闘する中で、保身のために弱者を切り捨てようとしたり勇者さえ利用しようとする醜い大人達に内心失望しており、自分が一人生き残る為に密かに避難用の洞窟を掘っていた。そして、バーテックスのキリがない数の暴力を前に、遂には御役目を放棄しようとしてしまう。

 

しかし、1人助けた少女の笑顔が頭から離れず、美咲はバーテックスの大群に果敢に戦いを挑むのだった。

 

御役目をこなしていく中で、造反神の正体に薄々感づいている場面があり、何事にも打算的な態度を取るようになっていく。やがて異世界での勇者部の仲間達との日常に愛着を抱くようになるが、その反面、それが却って元の西暦世界に対する想いを薄れさせている節も見られ、香川での戦いが最終局面に差し掛かる頃には元の世界に戻りたくないと思う様になってしまう。

 

その思いを赤嶺に聞かれてしまい、最終局面で赤嶺が暴露した事によって勇者部と険悪な雰囲気に陥ってしまう。真っ先に異世界に残る事を選択し、戻る側と河原で思いをぶつけ合う事となる。その中で、死ぬ事が運命つけられている蘭と夏希の想いを受ける事で自分の考えが子供のわがままと同じだという事に気が付き、潔く事に戻る時になったら戻ると決める。

 

全てが終わり、元の時代へ帰る際心に刻み込む様に、神世紀勇者部の名前を口ずさみ、"もう、寒くない。"と笑顔で言い残し帰っていった。

 

 

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最終章では造反神の試練が終わった直後、勇者達に興味を示した中立神による試練が開始。

 

中盤、"凶攻型"を打ち倒すべく戦力増強の為、神世紀勇者達のレベルアップを兼ねて大赦にて山吹沙綾から指名を受け試合を行う。1人で戦い抜いてきた経験を存分に活かし沙綾を寄せ付けない戦い方をしていくが、沙綾も負けじと策を巡らせ対抗する。ファンネルによる攻撃で舞った瓦礫を目眩しにされ、沙綾の最大攻撃を受けるが、その目眩しが皮肉にも盾の役割も果たしてしまい威力が減退、後一歩のところで倒すまでに行かず、沙綾のギブアップにより試合に勝利する。

 

終盤、中立神自らの最後の試練により消えてしまった香澄達に変わり、彼女達が戻るまで樹海で際限なく沸き続けるバーテックスの群れと戦い続けた。最後は全員の満開による勇者パンチで中立神を退け、未来に希望を託す為に元の時代へと戻っていった。

 

 

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〈赤嶺香澄〉

 

・中学2年生 誕生日10月8日

・勇者装束:赤

・勇者装束モチーフ:?

・勇者武器:天の逆手

・精霊:?

 

・声と顔立ちは戸山香澄や高嶋香澄に似ているが、纏う雰囲気は全く異なる3人目の香澄。名家"赤嶺家"出身であり、その素性は謎に包まれている。香澄の事は後輩と呼び、高嶋の事は全ての始まり、先輩と呼んでいる。

 

小悪魔的な雰囲気を醸し出しており、十数人の勇者を前にしても常に余裕の態度を崩さずつかみどころがない。加えて普段の口調がややおっとりしている、策士な面もあるなど他の香澄二人と性格はあまり似ていないが、説明が苦手で擬音交じりの曖昧な表現になってしまう点は共通している。

 

戦闘力も2人の香澄に負けず劣らず、有咲、蘭、千聖の3人と同時に相手取れる程の強さ。

 

香澄の秘密もある程度知っている素振りがあり、戦う先々で少しずつ情報を公開していった。

 

赤嶺が生きていた時代は、神世紀初期であり、神世紀72年の大規模テロ事件にも関わりがある。

 

薫の事をお姉様と呼んでいるが、これは沖縄から四国へ脱出する際に船を守っていたのが薫であり、"赤嶺家"からすれば薫は命の恩人に当たるので敬意を込めてお姉様と呼んでいる。

 

 

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第2章では終盤、瀬戸大橋の石碑に"赤嶺家"の名前が確認できる。

 

 

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第3章では香澄達がとある施設に迷い込む事になるが、その施設はかつて"赤嶺家"が訓練の為に使っていた場所であり、人工精霊を使って戦闘訓練を行っていたとされていた。その中で香澄だけは何故か居心地が良かったと発言している。

 

 

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第6章では薫と美咲が召喚された際、同時期に造反神によって召喚された。薫の事や愛媛に入った勇者達の事をずっと監視していた視線の正体。

 

造反神側の勇者である為疑似バーテックスを操る事が出来、様々な疑似バーテックスを使って勇者部の行く手を阻むが、負けを認めたら自身の情報を少しずつ明かしていくなど妙に律儀な所もあり、勇者達を試しているような素振りがある。

 

序盤では勇者システムの端末に備わっている瞬間移動機能"カガミブネ"の出発地点に巫女がいなければ使用できないという特徴に目を付け、巫女としての素養も持つ山吹沙綾をバーテックスに執拗に狙わせる。中盤では疑似精霊を使って勇者達に自分自身との対話と称した攻撃を仕掛けるものの、勇者達が予想外に迷いを振り切っていた事で敗北。取り餅を使った作戦も戦力が最も低いと踏んでいたりみにしてやられ失敗。遂に香澄同士の一対一の勝負になるが、香澄達勇者部の想いの力に押され敗北してしまう。その際勇者部の可能性を見せてもらうと意味深な発言をする。

 

後が無くなってきた赤嶺は部隊を5つに分けた最終侵攻を行うも、同じく5つに分かれた勇者部にそれぞれで敗北、遂に最終決戦になる。

 

その際赤嶺は神世紀72年の大規模テロの真相、その御役目に就いていたのは自分自身である事とパートナーと呼べる氷河つぐみの事、そして子孫である氷河日菜と氷川紗夜との関係について打ち明ける。"赤嶺家"は所謂スパイ的な事を専門としてきた家であり、72年の大規模テロ事件も相まって対人戦にとても長けている。またその時代では勇者の力だけを神樹から授かっていただけであり、勇者と呼べるようになったのは造反神に召喚されてからである。

 

最終決戦にて破れた事で、遂に赤嶺は造反神を倒したらどうなるかを語り、夏希と蘭が命を落とす事を暴露し勇者部を分裂させた。そして赤嶺は勇者達に造反神を鎮めて元の世界に戻るか、倒さずここに残り続けるかの究極の2択を突き付ける。

 

だが、勇者部は互いの想いを再確認し、全員一致で戻る事を選択。遂に赤嶺は降伏し味方になる事を宣言するが、赤嶺はそもそも敵対する気などなかったのである。今までの戦いは天の神打倒の為の演習であり、赤嶺は造反神共々敵役を演じていただけに過ぎなかった。全てを話した赤嶺は勇者部と協力して造反神との最後の戦いに挑む事となる。

 

全てが終わった後、盟友の子孫である日菜に誘われ円陣の輪の中に入り、最後に"友奈の真相"である"香澄因子"について話しこの世界を去っていった。

 

 

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〈氷河つぐみ〉

 

・中学2年生 誕生日1月7日

・勇者装束:?

・勇者装束モチーフ:?

・勇者武器:?

・精霊:?

 

・赤嶺や日菜の話の中で登場した少女であり、神世紀72年に赤嶺のパートナーとして御役目に就いていた茶髪が似合う少女。

日菜曰く、偉大なご先祖であるが、日菜とはあまり似ていない。

 

実は"氷河家"の実子ではなく、養子として"氷河家"に連れて来られた存在であり、旧姓は"羽沢"。神世紀72年の大規模テロを鎮圧する為に御役目に就いていたが、最後の最後で私情が出てしまい御役目に失敗。それによって"赤嶺家"との地位は開いてしまい"氷河家"は衰退してしまう。

 

しかし、赤嶺曰く、人間性としてはつぐみの方が正しく、赤嶺はつぐみの事を誇りに思っている。

 

 

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〈?〉

 

・中学3年生 誕生日3月10日

・巫女

 

・神世紀72年に赤嶺とつぐみと共に御役目に就いていた巫女。最終章から登場予定。

 

青っぽい髪形に赤いシュシュ、黒縁メガネが特徴的だが、その全ては未だ謎に包まれている。

 

 

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以上で勇者と防人、巫女、用語の説明は終了となります。

 

 

何か他に知りたい事があれば感想に書いて頂ければ説明しようと思っております。

 

 

最後に紹介した新キャラである巫女の少女、勘の良い方なら誰だか分かるのではないでしょうか。

 

 

それでは、5パートに渡って読んで頂きありがとうございました。

 

 

 



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勇者達の軌跡 その6

本編も終了したと言う事で、新たに登場したキャラクター達や用語の情報を載せました。

最後には外伝二部から登場する新たな人物も--




 

 

本編が終了したという事もあり、特別章や外伝で登場したキャラクター達や用語の情報を載せて参ります。

 

 

 

 

〈赤嶺香澄〉

 

・羽丘中学2年生 誕生日10月8日

・勇者装束:赤

・勇者装束モチーフ:稲

・勇者武器:天の逆手

・精霊:山本五郎左衛門(特別章)

 

 

特別章より勇者部として参戦する。香澄の名に能わず明るくコミュニケーション能力も高い。しかし、御役目となると、周りを見て状況判断をする冷静さも持ち合わせている。

 

中立神の試練の際は防人組と一緒に別空間へ飛ばされてしまい、そこで半年間行動を共にしていく中でお互いに仲を深めていった。

 

趣味はストリートダンスとトレーニングであり、何かとすぐに筋肉の話をしたがり、その際はかなりの饒舌になる。

 

精霊は山本五郎左衛門。防人組が手も足も出なかった"蟷螂型"を勇者パンチ1つで消滅させてしまう程の力を持っている。その力は一種の呪いの力で、天の逆手同様、天の神に対する呪詛により、バーテックスに対して絶大なる力を誇る。その一方で、その力の大きさから長時間の憑依は難しく、身体を鍛えている赤嶺ですら、短時間しか憑依させる事が出来ず、解除後は疲労が蓄積されてしまう。

 

 

 

 

 

特別章では赤嶺の口から神世紀72年の詳細な出来事が語られる事になる。神世紀71年、赤嶺は"勇者"としてではなく、"鏑矢"として羽丘中学に編入する。そこで同じく鏑矢として選ばれた氷河つぐみと2人の巫女である朝日六花と出会った。

 

鏑矢として修行をしていく中で、赤嶺とつぐみは西暦の終末戦争を生き抜き、伝説の勇者として崇められていた花園友希那からも指導を受ける。

 

そして迎えた神世紀72年。大規模なテロを鎮圧するべく、赤嶺は集まっていた首謀者達をその手で次々と鎮めて行くが、完了間際につぐみが子供に手を下す事を躊躇ってしまう。それでも赤嶺は御役目として、私情を捨て去り御役目を完遂。赤嶺家はその後大赦の地位を上げていく事になった。

 

たえによる心理テストの結果、他の2人の香澄達と共通点は余り多くなく、中身、特に他人との関係における自分の在り方が共通している事が分かった。たえはこれも香澄が持つ"因子"が関係しているのではないかと推測している。

 

中盤、造反神でも作り上げる事が出来なかった新たなバーテックスである"凶行型"が現れ、精霊や動きを封じる力に為す術もなく、戦闘不能になってしまう。トドメを刺される寸前、"凶行型"が不完全だった為、消滅し難を逃れた。

 

終盤、全員の絆の力により勇者達全員が満開。全員の力が合わさった勇者パンチにより中立神が送り込んできたバーテックスを鎮め御役目を成し遂げ、元の時代へと帰っていった。

 

 

 

 

 

〈氷河つぐみ〉

 

・羽丘中学2年生 誕生日1月7日

・勇者装束:白

・勇者装束モチーフ:カサブランカ

・勇者武器:精霊刀

・精霊:玉藻前(特別章)

 

 

特別章中盤より参戦。赤嶺と同じく神世紀72年から召喚された"鏑矢"の1人であり、防人の氷河日菜の先祖でもある。とある理由により氷河家の汚名を払拭する為に養子であり、旧姓は羽沢。"鏑矢"として赤嶺、六花と共に神世紀72年の大規模テロを鎮圧するが、完遂一方手前で子供を手にかける事に躊躇してしまう。この事が切っ掛けとなり徐々に赤嶺家との地位に差が開いていってしまい、最終的に氷河家が没落してしまう遠因となってしまう。

 

同じ鏑矢である赤嶺に何かとライバル意識を感じており勝負をしたがるので、常に赤嶺の体調管理に気を使っており、元の時代では赤嶺の食事は全てつぐみが管理していた程。

 

"鏑矢"としての鍛錬で西暦の終末戦争を生き抜いた伝説の勇者、花園友希那から教えを受けており、太刀筋が若干友希那と似ている。

 

武器の精霊刀は通常では刀身が無いのだが、戦闘時になると出現し、進化型のバーテックス程度は一刀両断する事が出来る。1番の大きな特徴は、他の勇者が持つ精霊の力を吸収、刃に投影する事で様々な能力を模倣出来る。

 

精霊は"玉藻前"。所謂九尾の妖狐であり、高嶋が持つ"酒呑童子"、友希那の"大天狗"同様三大妖怪に数えられる大妖怪であり、その名に恥じぬ強力な力を備えている。その力は香澄達が持つ天の逆手とはまた違った呪詛、呪いの一種であり、その力を受けたバーテックスは跡形もなく一瞬で消滅してしまう。また、九つの尾から狐火を放つ事も可能で、作中では狐火を巨大な火の玉にし、それを赤嶺が蹴る事で広範囲を焼け野原にしている。

 

 

 

 

 

特別章の中盤、赤嶺が神世紀72年の顛末を話し終えた後に巫女である朝日六花と共に召喚される。子孫である日菜と出会うも、物怖じせずに、出会ってすぐに手作りのクッキーを周りに振る舞った。

 

最初は子孫である日菜とは全然違うと勇者部一同から驚かれるが、氷河家の名に恥じぬ強い使命感は相変わらずであり、大食い大会の際は、率先して手を挙げ出場を決意するも、実際は小食であり、勇者部一同を驚かせている。

 

しかし御役目になると、打って変わって赤嶺との息の合ったコンビネーションを見せており、そのコンビネーションを遺憾なく発揮して御役目完了に貢献する。

 

終盤、全員の絆の力により勇者達全員が満開。全員の力が合わさった勇者パンチにより中立神が送り込んできたバーテックスを鎮め御役目を成し遂げ、元の時代へと帰っていった。

 

天の神が倒され、全てが終わってから15年後、新しく大赦のトップとなった花園たえ達の尽力により、氷河家は歴史から抹消されていた氷川家と共にその地位を取り戻し、英霊之碑にその家名が刻まれ、夢は果たされる事となった。

 

 

 

 

 

〈朝日六花〉

 

・羽丘中学3年生 誕生日7月17日

・巫女

 

 

赤嶺とつぐみより1つ年上であり、2人のまとめ役でもある。普段は丁寧な口調で話しているが、興奮したりするとかつて住んでいた場所の言葉である岐阜弁が出る時がある。

 

平和が続いていた神世紀生まれではあるが、巫女としての力は高く、赤嶺達"鏑矢"の巫女として神世紀72年の大規模テロ鎮圧に貢献した。

 

この時代の巫女としての仕事は神事で御祓いをしたり祭事的な側面が強かったが、"鏑矢"の巫女としては神樹の力を"鏑矢"に付与させ、それを矢に見立てて物理的に相手を粛清する事を請け負っている。この力を受けた者は昏睡状態に陥り、そこから目が覚めるか、永遠の眠りにつくかは神樹が決める。

 

暗殺の様な御役目にも割り切っている節があり、感情を優先してしまったつぐみに対しても何も言わず、その後の御役目も真っ当し、大赦でもそれなりの地位についており石碑にも家名が刻まれている。

 

 

 

 

 

特別章の中盤、赤嶺が神世紀72年の顛末を話し終えた後に、鏑矢である氷河つぐみと共に召喚される。

 

頭がきれる人物でもあり、バレンタインの際はたえ達が決めたルールの穴を突き、バラエティパックを持ってくるという奇策を打ち他の人達を驚かせたり、勇者部でパーティを行った時は勇者達を"騙された事よりも、疑った自分の気持ちを恥じる人達"と的確に分析しているが、これも全ては元の世界での御役目で培った観察力である。

 

また勇者部の催し物として闇鍋を提案するなどユーモアも持ち合わせているが、その時はそれが仇となりりみの料理の餌食となってしまった。

 

 

 

 

 

〈鏑矢〉

 

神世紀72年、バーテックスが出現しなくなり、勇者システムが封印されていた事もあって本当の意味での勇者は存在しなかった。その中で神樹から力を授かった勇者に近しい者は存在。それが鏑矢である。

 

その役目は"対人用の勇者"。世界の平和を脅かす人間を人知れずに討伐する、スパイ等と同じ役目である。鏑矢に力を振るわれた人間は昏睡状態に陥り、直接死ぬ事はないが、そこから助かるのか神罰が下るのかは神樹次第である。

 

また、その職務柄のため勇者のように目立つ装束は存在せず、代わりとして着ている制服に仕事着としての機能が備わっている。

 

英霊之碑には勇者達の名と並んで家名が刻まれているので、勇者と同じ様に扱われ、それに準ずる功績は残していた。

 

 

 

 

 

〈凶攻型〉

 

中立神が偶然他の時代から異世界にやって来た"ノロ"と呼ばれる物質をバーテックスと掛け合わせる事で作り上げた異質のバーテックス。通称"レクイエム・フォルテ"。

 

その姿は非常に濃いノロにより真っ黒な身体で、中心に赤い核が備わっている悪魔にも似た姿。赤嶺や造反神も以前の御役目で似たようなバーテックスを作り上げようとしたが、断念してしまう程。

 

負の神和性を持つノロに身体が覆われているので、勇者達の攻撃が殆ど効かず核から発射されるレーザーや光撃で幾度となく勇者達を苦しめ、最初に姿を見せた際は不完全ながらも香澄や赤嶺等の強者達を戦闘不能寸前まで追い詰めている。

 

特筆すべき1番の能力が"精霊の力を封じる事"と"身体の動きを止める事"。前者の力により、精霊を憑依させて戦う事が出来ずその力の前では精霊バリアですら無意味なものとなってしまう。一方でこの2つの力を同時に使う事は出来ず、また"満開"は封じる事が出来ない。そしてもう一つ、"鎮花の儀"が通用すると言う点。この力を使って勇者達は"凶攻型"を倒す為の切り札である"ヤチホコ"の完成までの時間を稼いだ。

 

終盤、同時に3体の"凶攻型"が現れるも、"ヤチホコ"を起動させる事に成功した勇者達はその力で"凶攻型"を退けるのでは無く倒す事に成功。最終的には再び異世界にやって来た刀使達によって、この異世界に残っていたノロを全て回収された事で完全に消滅する。

 

 

 

 

 

八千矛(ヤチホコ)

 

特別章終盤で登場した勇者達の武器。ゴールドタワーの一室に作られ、巫女の祈りを樹海に送り、その力でバーテックスを弱体化させる力を持つ。"鎮花の儀"で撤退させるしか"凶攻型"を倒せない勇者達の為にたえとリサが大赦と協力して作り上げた。

 

その名前は大国主が持つ矛の名前から取られており、文字通りに"凶攻型"を倒す決定打を作った矛となった。

 

当初は巫女の祈りを異なる時間である樹海に届ける負荷が巫女達にかかり友希那始め勇者達は使う事を躊躇っていたが、巫女達の自分達も戦いたいと言う願いを聞きいれる。

 

起動方法は樹海にいる勇者とゴールドタワーにいる巫女が、エネルギー充填が完了した際に同時に起動スイッチを押す事で、溜められた祈りの力が樹海に降り注がれる。その力は凄まじいものであり、巫女達にかかる負担は大きいが、バーテックスの動きを鈍化させ"凶攻型"に至ってはノロが中和され、大幅に弱体化し身体の色が白くなる程。

 

その後は改良が重ねられ、エネルギー充填までの時間が短縮され、巫女にかかる負担も若干少なくなっている。

 

 

 

 

〈戸山明日香〉

 

・中学3年生

・巫女

 

 

西暦時代の巫女の1人であり、"7.30天災"の際にあこと燐子を勇者として見出した巫女。

 

"7.30天災"当日はあこ一家と一緒にキャンプに来ており、帰りの車中で巻き込まれる。避難所に行く際に神樹からの神託を受け取った明日香は車を飛び出し、それを見たあこも跡を追って飛び出した。そして何かに導かれる様に古びた神社に辿り着き、そこに奉納されていた旋刃盤をあこが手に取って勇者として覚醒する。

 

その後もう一つの気配を辿ろうとするも、途中で足を挫いてしまい、その役目をあこに託した。その際にあこが出会ったのが燐子である。

 

燐子達と合流した明日香は避難所である小学校に辿り着くも、既にそこはバーテックスに襲撃された跡であった。両親を亡くしてしまうものの、弟だけは生き延びており再会するが、弟は天空恐怖症候群に陥ってしまう。

 

そこで約1週間程立て篭り、やがて大社から神官がやって来て2人は勇者として、自身は巫女として大社へ赴く事になる。

 

それからは年に一度は2人に会うようにしており、親睦会も兼ねて丸亀城の勇者達と巫女とでお花見を企画するが、その少し前に2人が"完成型"との戦いで戦死してしまう。

 

放心状態になった明日香だったが、巴からの叱責やリサが連れてってくれた病院で天空恐怖症候群から回復しつつある弟の頑張りを見て前を向いて生きていく事を決めた。

 

その後、かつて燐子から貰った小説の一文を見た事が切っ掛けとなり、丸亀城へ向かい殆ど手付かずだった燐子の遺品を整理する。そこで明日香は燐子が密かに研究していた精霊に関するノートを発見した。このノートが後の勇者システムに生かされていく事となる。

 

大社にそのノートを託した夜、明日香は2人と一緒の時間を積み重ねていく夢を見る。目が覚めた後、明日香は前を向いて歩くのではなく、2人を失った悲しみを抱いたまま進んでいく事を心に決めるのだった。

 

その後は元の生活に戻り、巴が大雨の中紗夜の自宅へ行くと飛び出そうとした際は巴にあこの形見であるレインウェアとブーツ、そしてもしもの時の為のお金を巴に託し、外へ出る為の時間稼ぎをした。

 

奉火祭が行われようとした際、当初明日香も供物となる筈だったのだが、巫女の1人である麻里恵からあこと燐子の勇姿を語り継ぐ役目があると諭され、供物の為の6人の巫女から外れる事となる。

 

奉火祭が終わった後、リサの大赦掌握計画に賛同し、協力。リサを大赦のトップに立たせるべく尽力した。

 

 

 

 

外伝2部では、大赦のトップとなったリサの指示の元、巴と共に"香澄"の名を持つ芙蓉と倉田の2人を監視する役目を担う。その中で仕方ないとは言え抹消された勇者である氷川紗夜の事を思う描写もみられ2人の行く末を神樹に祈った。

 

その後は2人を壁の上まで連れて行くヘリコプターの中で2人の香澄と邂逅。無茶をする倉田をかつての巴と重ねていた。

 

 

 

 

 

〈宇田川巴〉

 

・中学2年生 誕生日4月15日

・巫女

 

 

西暦時代の大社の巫女の1人であり、"7.30天災"の際に紗夜を勇者として見出した巫女。実家は小さな神社であり、その為宗教的な事柄に詳しく、大社の事を"歪な組織"であると評し快く思っていない。父親も大社の神官であるが、要職には就いていない。

 

過去に海で溺れ死にかけた事が切っ掛けで身体が弱く、更に水恐怖症になってしまった為、大社での滝行を特例で免除されている。

 

"7.30天災"当日、神託に導かれ自転車を走らせる巴は古びた神社で錆びた鎌を持ち、涙を流している少女に出会う。この少女こそが紗夜であり、その美しさに見惚れてしまう。巴の姿を見た紗夜は偶然ながらも巴の名前を口にする。それ以来巴は紗夜を神様だと慕うようになるが、これ以来紗夜とは一度も顔を合わせていない。

 

丸亀城からリサが来る時は必ずといっていい程リサから紗夜の情報を聞き、紗夜がやった事と同じ事をしたりしている。

 

明日香が花見の計画を立てた際は紗夜に手料理を振る舞う為に、明日香と一緒に料理の練習をするが、直後の御役目であこと燐子が戦死し花見は中止になってしまう。

 

放心状態の明日香を見た巴は、前を向いて生きるようにと明日香を叱責する。しかし、紗夜の精神状態が不安定となり、大社は紗夜を故郷で療養させる事を提案。紗夜が故郷で酷い仕打ちを受けている事を知っていた巴はそれに猛反発するも、子供の訴えだと大社は耳を貸さず巴は別棟に隔離されてしまう。そこでも必死で止めるよう訴える巴だったが、聞き入れられる事無く、更に巴の予想通り紗夜は友希那を殺そうとする凶行に走ってしまう。

 

勇者システムを剥奪された事で紗夜は戦線に出ないと分かり安堵する巴。隔離も終わり普段の日常が戻る筈だったが、直後巴に舞い込んできたのは紗夜が戦死したという悲しい事実だった。

 

紗夜の死を知らせる為にやって来たリサに、大社の歪さやこのままでは友希那が紗夜と同じ道を辿る事を説き、リサが大社を掌握させる為の切っ掛けを植え付ける。そして葬儀が実家で個人的に行われると知った巴は、独断で遺体を引き取るべく大社を離脱し大雨の中紗夜の実家へ向かった。ところが実家が目と鼻の先という所で道路が浸水して先に進めなくなってしまう。一時は紗夜に背中を向けてしまう巴だったが、もし死んでしまっても紗夜と同じ所へ行けると躍起し水の中を進み実家へ辿り着く。

 

実家で紗夜の遺体を一方的に引き取った巴は、言いがかりをつけて来た紗夜の父親を酒瓶で殴り、実家へ帰ろうとするもそこへ詩船が車でやって来て実家まで乗せてもらう。そして実家の神社で紗夜の葬儀をし埋葬。一面には真っ赤な彼岸花を、紗夜が眠っている場所には白い彼岸花を植え、いつまでも紗夜の巫女であり、味方だと呟きずっと傍にいる事を誓った。

 

その後は静かに紗夜の側で暮らしていたのだが、詩船から巴がいる場所を聞いたリサがやって来る。リサから大社を掌握する決意を聞いた巴は"紗夜を奪わない事"と"どんな形でも紗夜が生きた証を残す事"を条件に大赦に復帰、リサの大赦掌握に貢献する。その際父親にも協力するよう伝えた。

 

 

 

 

外伝2部では、大赦のトップとなったリサの指示の元、明日香と共に"香澄"の名を持つ芙蓉と倉田の2人を監視する役目を担う。抹消された勇者である紗夜の事を聞かれた際は皆が忘れてしまっても自分がいつまでも憶えていると、今でも紗夜の事を大切に思っている。

 

 

その後は2人を壁の上まで連れて行くヘリコプターの中で2人の香澄と邂逅。無茶をする倉田をかつての自分と重ねていた。

 

 

 

 

 

〈都築詩船〉

 

・年齢不詳

・元巫女、大社神官

 

 

西暦時代の大社の元巫女、現神官であり、"7.30天災"の際に高嶋香澄を勇者として見出した。その過去は高嶋同様謎に包まれており、自身の口からは車で高嶋を乗せた事があると言っているのみ。また、かつてリサに恩があるのか、リサには逆らえない節が見られる。

 

西暦2019年時では大社神官であり、巫女達の先生として教鞭を取りながら大社に勤めている。何かと感情を表にする事は無く、冷静に物事を見極めている為か大社内には詩船を快く思っていない神官もいるが、巫女達には慕われており、親睦を深める為に明日香が提案した花見もすんなり許可している。

 

別棟に隔離されている巴の元を訪れた際は、巴からトロッコ問題を引き合いに出しつつ"市民の命より、紗夜の命の方が重い"事を訴える巴に対し"価値の低い者を守る為に、価値の高い者が犠牲になる事は、勇者の戦いの意義が揺るがされかねない"と指摘する場面もあった。

 

紗夜の死後、葬儀が実家で行われると知った巴に対し、密かに引っ越し先の住所を教えたり、遺体を抱えた巴を実家に送り届ける等、巫女の味方として動いている場面が多く見受けられる。

 

リサが大赦を掌握する際は前述の恩からリサに協力、巴の父親と共にリサの為に尽力した。その際、それでも従わない神官に対しリサを怒らせたら友希那が黙ってないと釘を刺す。

 

 

 

 

第2部では姿を見せなかったが、第3部では主要人物として登場。実は高嶋香澄を見出した巫女では無く、ただの一般人である。

 

考古学研究の為奈良に赴いていた際に"7.30天災"に遭い、突如現れた星屑に襲われていたところを高嶋友奈と和奏レイに助けられた。単純な二人への興味から生き残った者たちと一緒に、バスを使い安全だと噂されている四国への避難の旅が始まった。

 

道中星屑を避けていく為に、バスは大幅な回り道をするも順調に移動していたが、いつ襲われるかもしれないという不安、中々目的地に辿り着かない憤り、そして尽きかける食糧、他の生存者たちは徐々に憔悴しきっていた。

 

そんな中、休憩中に母親が連れていた子供が行方不明になってしまう。他の生存者たちが見捨てて先へ進めと迫る中、香澄とレイは見つかるまで探すと宣言。声を上げる生存者たちを詩船は言葉上手く収めるのだった。

 

子供も無事に見つかり、再びバスを走らせる中突如何人かの生存者たちが"天空恐怖症候群"を発症し、車内は一時パニックに陥るも、これも詩船は力づくで沈めてしまう。そしてここに至るまでにレイは詩船の内に秘める狂気に気付き始めていた。

 

何度目かの休憩中、レイが不満を募らせた生存者たちから暴行を受けてしまう。最初はレイがどう切り抜けるか様子を見ていた詩船だったが、最後まで抵抗せず暴力を止めるよう訴え続けていたレイを見て、自分と対極にいる者として排除しなければならないという考えに至る。取り敢えずその場は、ナイフを使い強引に事を納め、耳を切り落とした首謀者を強引に別の車に乗せ何処かへ走らせてしまう。

 

数十分後、帰ってくると一緒に連れていた首謀者が"天空恐怖症候群"を発症していた。再びバスを走らせる。その異様な状況に香澄とレイは詩船に問い詰めるが、詩船は無視してバスのスピードを上げ、レイをあまりにも普通過ぎると吐き捨て真実を告げる。詩船は実験と称してこれまで何人かの生存者たちを使って、星屑にわざと追い詰められ"天空恐怖症候群"を故意に発症させていたのである。

 

その事を知り、バスを止めるよう詩船に言うも、詩船はますますバスのスピードを上げ、他の生存者たちとレイを四国へ置いたら香澄と二人で変わり果ててしまった世界を旅し続けると宣言。だが、香澄がバスのブレーキを踏みバスは停止。詩船を力づくで屈服させる為香澄は戦いを挑むが、人を傷付ける事が出来ない香澄は詩船に制されてしまう。

 

そのまま詩船はレイも制し拘束するが、機転を効かせたレイにボールペンで手痛い反撃を食らってしまい降参を宣言。四国へとバスを走らせた。

 

四国が目前に迫ったしまなみ街道で詩船を待っていたリサたち大社と邂逅。話を聞くが、詩船はたとえ今は安全な四国でも、近い将来に四国も星屑に襲われるだろうという事、そしてそこで香澄は再び戦わなければならなくなってしまう事をリサに問う。否定しないリサに対しレイは拒否を示すも、詩船はリサに一つの提案をする。それは自身が香澄を見出した巫女だと偽ることでレイをこの状況から離脱させる事だった。

 

当然反論するレイだったが、これまでの経験から詩船はレイが大社の方針には従えないだろうという事が分かっていた。そして香澄は星屑を倒す事が出来る唯一の存在、人を守りたいと願い、それを可能にする力がある香澄は大社に加わるだろうという事も詩船は見抜いていた。詩船リサに頭を下げ、何よりも普通を願い生きてきたレイを素晴らしい人間であり、自分が成りたかった人間だと言い香澄と二人で大社の軍門に降ったのだった。

 

この時の大きな借りの為、詩船はリサに逆らう事が出来ず、外伝1部へと繋がっていく。

 

 

 

 

外伝後日談では、香澄の訃報を知らせにレイの元へ訪れ、久方ぶりにレイと再会。レ当時より大分丸くなったものの、詩船が下した判断は今でも間違っていると言うレイに対しても飄々とした態度で接していた。

 

そこへレイをインタビューしに来た芙蓉香澄と倉田ましろと邂逅。レイに高嶋香澄を見出した巫女である事を話され、インタビューの矛先が詩船に向いてしまい、詩船は話題に上がっていた2人の香澄の名前の由来を説明した。

 

数時間のインタビューの後2人が帰り、帰る詩船を見送るレイに詩船は一つ尋ねた。今は幸せかと。レイは幸せだと答え、詩船は自分があの時選択した事は間違いなかったと、レイの生き方が好きだと言い去るのだった。

 

 

 

 

 

 

〈豊崎麻里恵、日野光、鈴木佳奈子、仁藤史織、海老沢成美、真木園水〉

 

・巫女

 

 

大社の巫女であり、奉火祭で生贄になった6人の巫女達。麻里恵は高校2年生、光は中学1年生、佳奈子と史織は中学3年生、成美と園水は中学2年生である。

 

奉火祭で生贄になる筈だったリサと明日香を勇者の巫女として後世に語り継がせる役目があると諭し、代わりに生贄となった。

 

尊い犠牲により、願いは聞き届けられ束の間の平和を掴み取るものの、その犠牲はリサを大赦掌握へと突き動かす事となる。

 

名前の元ネタは全員香澄達のクラスメイトから取られている。

 

 

 

 

〈芙蓉香澄〉

 

外伝第2部に登場する人物。終末戦争が終わり平和になった世界で誕生した4人目の香澄(時系列で並び替えれば彼女が2番目)。バーテックスも勇者も存在しなくなった世界で彼女が見たものは何なのかーー

 

 

 

 



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勇者達の軌跡 その7

外伝第3部に向けてと言う事で外伝第2部の登場人物と時代背景の情報を載せました。

そして最後に外伝第3部に登場する人物の情報もーー




 

外伝も残すところは3部のみ、この物語で私が今まで書き記してきた"戸山香澄は勇者である"は終わりとなります。

 

その前に以前と同様2部の時代背景と登場人物の紹介を載せておきます。それに伴い"勇者達の軌跡その六"も更新致します。

 

 

 

 

 

〈終末戦争〉

 

・西暦2018年〜2019年にかけて起こったバーテックスと勇者達の戦いの総称。"7.30天災"を機に勇者の力を手にした湊友希那達"5人"の勇者はその命を賭して人類を天の神の脅威から守り抜いてきた。

 

しかし、バーテックスの力は人類の想像を上回るものであり勇者達は1人、また1人とその命を散らしていく。最終的に湊友希那を除く全ての勇者が死亡、高嶋香澄はその身を捧げ偶発的に神樹と神婚を行い四国を覆う結界が強化。バーテックスの侵攻は一時的に収まった。

 

大社は天の神から赦しを得る為、その名前を大赦へと変更し奉火祭の実施を敢行。生け贄として今井リサ、戸山明日香らが選ばれるが、6人の巫女が自ら志願し、その命と引き換えに人類は勇者の力を手放す事を条件の元、天の神から赦されるのだった。

 

 

 

 

 

〈神世紀29年〜30年〉

 

・外伝第2部と4部の舞台。そんな終末戦争から約30年、終末戦争の傷跡は漸く癒えようとしている。大赦は終末戦争時の記録を全て検閲し、情報を統制。四国内には終末戦争を知らない世代も増え勇者は空想上の存在になりかけていた。

 

終末戦争の悲惨さを実感してきた人々、そしてその見た事も無いバーテックスと勇者の戦いという"迷信"を信じている人々が入り混じる歪な世界。この時代は酷く中途半端であり、閉じられた箱庭だったのだ。

 

 

 

 

 

〈芙蓉香澄〉

 

・中学2年生

 

 

伝説の勇者である高嶋香澄と同じ"香澄"の名を持ち、姿も瓜二つな少女。日本人の父と外国人の母を親に持つハーフであり、本名は芙蓉"リリエンソール"香澄。

 

幼少の頃は芸能人として活躍しており、四国内では顔の知れた人物。現在は芸能界を辞めてしまったが、その容姿は端麗。しかし背が低い為、所謂"そっち"の気がある人にかなり人気がある。

 

月ノ森中学で"勇者部"を立ち上げる為、屋上から自作のチラシをばら撒いたり等の奇行により学校でもそれなりに名は知られている。そのチラシを同じ香澄の名を持つ倉田香澄が目にした事により、物語は大きく動き始める。

 

読書が好きで、良く話し言葉に四字熟語を使いがち。更にオカルトも好きで西暦時代の出来事や終末戦争についてもブログを立ち上げ、ネットを駆使しながら独自で調べ上げている。

 

幼い頃、母親が壁の外から来た人物だという事だけを理由に人々から虐げられ、その中で病気に罹りそれを"バーテックスの呪い"等と揶揄され、弱り亡くしてしまうという悲劇を目の当たりにし、それに対し何も出来なかった自分にも、この閉じられた世界そのものも憎む様になってしまった。

 

自分で見もしないものを簡単に信じてしまうこの世界の現状を撃ち破る為、芙蓉は"勇者部"を立ち上げ壁の外の世界を見る為に奔走する。

 

同じ香澄である倉田香澄と会った事で、幾度となく倉田を勇者部へ誘うも断られてしまう為、芙蓉はアルバイトと称して勇者部の活動を倉田に手伝ってもらう事に。

 

倉田香澄とは何もかもが正反対であり、頭脳明晰であるが身長が低く、また運動神経も悪い。芙蓉の作戦は悉く失敗に終わり、遂には危険を冒してまでも丸木舟を作り海を渡ろうとする。当然この作戦も失敗し、丸木舟も倉田によってチェーンソーで真っ二つになってしまう。しかし、ここまでの行動で倉田も芙蓉の決意を目の当たりにし、この世界が酷く歪で中途半端な存在だという事に気が付き、芙蓉に手を差し伸べる。

 

実は芙蓉は生まれた時からずっと"香澄"の名を持つという理由で大赦から監視されており、今までの壁越えと称する行動も全て知られていた。そして芙蓉達はずっと2人を監視し続けてきたリサと友希那の手により壁の外の景色を目の当たりにする。それは言われていた通りの残酷な世界だった。

 

しかし、芙蓉は絶望する事はなく、寧ろずっと迷信だと思っていた事が真実だったという答えを得られた満足感に満ちていた。外の世界を知った芙蓉は勇者部を解散しようとするが、倉田の言葉により存続を決意。"世界をなるべくだけ良くする事"を目標に活動していくのだった。

 

 

 

 

外伝後日談でも登場。倉田の母親伝いでアポを取った西暦の出来事を知っている和奏レイを訪ねにやって来る。そこに偶然来ていた詩船からレイが当時高嶋香澄と一緒に行動していた事を知り、目を輝かせながらレイにインタビューをする。

 

 

 

 

外伝第4部では"勇者部"としての活動に迷いながらも、突如自作の香澄SNSに深沼香澄なる人物からのメッセージが届いていた事に気付いたことから、倉田と一緒にその人物を探すことになる。

 

持ち前の頭の良さを駆使しSNSを探し遂にその人物の元に辿り着くも、深沼香澄の正体は以前尋ねたレイの娘である広町七海だった。

 

うどんを食べながら七海と初めて出会った事を回想していく内に、芙蓉は七海を"勇者部"へと勧誘。七海はこれをすぐに了承するのだった。

 

その後は情報収集の為、七海の力を借りながら香澄SNSの知名度を上げる為に様々な動画を投稿、知名度もそこそこ上がった頃一人の女性からのメッセージを受け取る。待ち合わせ場所で出会った人物はかつて高嶋とレイに助けられた牛込るりと名乗る女性だった。

 

るりは芙蓉の母親と親しく、芙蓉に母親から預かっていた日記を渡す為に現れたのだが、渡す為の交換条件として高屋神社での御百度参りを課すのだった。

 

倉田と七海の協力もあり、何とか御百度参りをこなした芙蓉。受け取った日記には母親の壮絶な過去が書き記されていた。

 

母親の過去を知った芙蓉。母親もかつて娘の幸せを願って病の体で御百度参りを行っていた事を知り、母親が成し遂げられなかった事をやり遂げた満足感に浸っている最中、突如現れたリサに気が動転するも、リサの"語部になってほしい"という願いを承諾し、"勇者部"として次の目標を見つけ、母親に自分は今とっても幸せだと言うことを呟くのだった。

 

 

 

〈倉田ましろ〉

 

・中学2年生

 

 

本名は倉田"香澄"。母親は有名な翻訳家で父親は幼い頃に亡くしてしまっている。幼い頃の経験から自分の"香澄"をという名前にコンプレックスを抱いており、普段はましろと名乗っており、月ノ森の友達をその思いを汲んでいる。普段はアルバイトと称し様々な部活の助っ人をしている生活を送っていたが、ある日学校で"勇者部"募集のチラシを拾った事から倉田の運命が大きく動く事となった。

 

倉田は力を持つ事を望んでおり、同じ香澄の名を持つ芙蓉にも何かしらの力がある事を踏んで接触するも、チラシを見て来たという背景から"勇者部"に勧誘される。乗り気ではなかった為断るが、アルバイトとして雇われる事で仕方なく勇者部の活動を手伝っていく事となった。

 

芙蓉香澄とは何もかもが正反対であり、頭は悪いが高身長、また運動神経も抜群である。芙蓉と一緒に行動していく中で、彼女の行動原理に触れ次第に芙蓉の力になってあげたいと思うようになる。そして自らも前へ進む為に、母親から父親の死の真相尋ねる。

 

父親は西暦の時代に天空恐怖症候群に罹っており、母親と暮らしていく中で徐々に症状は改善されていったのだが、それでも時折発症してしまう。天恐を良く思っていない者も四国内には一定数おり、自分のせいで家族が冷たい目で見られる事を避ける為、自ら命を絶ったのだった。

 

正反対の2人だったが、親を亡くした理由は似たようなものだった。父親と芙蓉の母親の死因を知り、この世界の中途半端さに気が付いた倉田は遂に芙蓉の手を取り、芙蓉に壁の外を見せると断言。今まで芙蓉から貰ってきたアルバイト代を全て使って壁を登る計画を立てる。

 

登っている途中、落ちそうになった倉田を友希那が助ける。実は当初は監視対象外だったのだが、倉田が芙蓉と接触した事で対象となり大赦に監視されていた。ヘリコプターで壁の上へ移動している最中、倉田は自分の力の無さについて友希那に吐露するが、友希那から力の在り方について説かれ、神世紀になって誰もなしえなかった事をやってのけたと倉田の力を讃えられる。

 

そして遂に壁の外の景色を目の当たりにする。世界を救う事が出来なかったと自分達の無力さを嘆くリサを見て、あの勇者ですら大層な力は持っていなかったんだと認識するに至り、以前よりは自分の"香澄"という名を許せるようになった。

 

勇者部は解散する事になる筈だったが、元々存在してなかった事を芙蓉に伝え、改めて2人で勇者部として活動していく事となる。今度はアルバイトとしてではなく、正式な部員として"世界をなるべく良くする"事を目標に活動していくのだった。

 

 

 

 

外伝後日談では芙蓉の付き添いで和奏レイの元へ訪ねた。そこで自分の名前のルーツをレイから知る事となる。

 

 

 

 

外伝第4部では"勇者部"としての活動に迷いながらも、突如自作の香澄SNSに深沼香澄なる人物からのメッセージが届いていた事に気付いた芙蓉から連絡が届き、一緒にその人物を探すことになる。

 

深沼香澄の知り合いを見つけた二人だったが、倉田はその名前に見覚えがあった。以前バスケの試合で自分を打ち負かし、"香澄"という名に負い目を感じる事となった遠因であった八潮瑠唯その人だったからだ。

 

深沼香澄なる人物を教える条件として1on1で勝つ事を条件として提示する瑠唯。倉田は再び瑠唯と相対し、あの時の気持ちを互いに吐露する。倉田は勝負に勝ち、瑠唯は深沼香澄を呼びに行ったが、その正体は以前尋ねたレイの娘である広町七海だった。

 

うどんを食べながら七海と初めて出会った事を回想していく内に、芙蓉は七海を"勇者部"へと勧誘。七海はこれをすぐに了承するのだった。

 

その後は情報収集の為、七海の力を借りながら香澄SNSの知名度を上げる為に様々な動画を投稿、知名度もそこそこ上がった頃一人の女性からのメッセージを受け取る。待ち合わせ場所で出会った人物はかつて高嶋とレイに助けられた牛込るりと名乗る女性だった。

 

るりは芙蓉に母親から預かっていた日記を渡す為に現れたのだが、渡す為の交換条件として高屋神社での御百度参りを課す。倉田は七海と共に芙蓉の御百度参りを監視も兼ねて最後まで付き合うのだった。

 

倉田と七海の協力もあり、何とか御百度参りをこなした芙蓉だったが、想像を絶する内容が記されていた為途中で読む勇気がなくなってしまう。部活にも来なくなってしまった芙蓉を心配し、七海と共に芙蓉を探しに行くのだった。

 

日記に書かれていた芙蓉の母親の過去を知った倉田は、芙蓉に自分が今まで見てきた母親の姿が本当の姿だと言って聞かせ、3人で日記の続きを読み進めていく。

 

全てを読み終えた倉田は帰り道、旧世紀と神世紀の狭間の時代の事を母親に聞いてみようと思うのだった。

 

 

 

〈和奏レイ〉

 

・中学2年

 

 

外伝3部に登場する人物。出身地は奈良県であり、同郷である高嶋香澄、そしてその香澄を見出した都築詩船と共に四国へと旅をする事となる。

 

特技は絵とベース。

 

"7.30天災"の際に両親を目の前で星屑に食い殺されており、その事が激しいトラウマとなり血をみるとその時の出来事がフラッシュバックしてしまう。

 

自分の事を何の能力も持たない普通の人間だと知覚しており、実際に詩船からも平凡な人間だと言われる。

 

高嶋香澄を見出した本当の巫女であり、バーテックスの存在を察知出来る存在。スケッチブックを活用し簡易地図を作成しバスを四国まで安全に移動するのに使っている。

 

中盤、幾度の進路変更や食糧難などのストレスによって苛立つ人たちから暴力を振るわれてしまうが、それでもレイは暴力はいけない事だと必死で訴え、法も秩序も無くなってしまったこの世界でただ一人自分の信念を貫き通していく。だが、その信念が詩船を凶行へと誘う原因にもなってしまう。

 

終盤、四国へは向かわずこのまま旅を続けようとする詩船を止められなかった高嶋にかわり、詩船と相対する。抵抗できず返り討ちにされ、結束バンドで拘束されてしまうが、機転を効かせて脱出し、詩船の腕を持っていたボールペンで突き刺し血へのトラウマに抗いながらも詩船を止める事に成功する。

 

詩船を説き伏せ四国が目前まで迫る中、一向を待っていたリサ率いる大社神官たちと邂逅。勇者となってしまった高嶋に待ち構える過酷な運命を知り、高嶋を大社から引き離そうとするが、高嶋は自らの意思で大社に行く事を決意。最後まで高嶋を心を変える事が出来ず、巫女としてこの過酷な運命に耐えられないと危惧した詩船により、詩船が巫女と偽ることでレイは巫女としてでは無く、一避難民として四国に入り戦線離脱する事となる。

 

その後は大社から引き離された生活を送るも、詩船には毎年一冊自作の絵本を送っている。

 

 

 

外伝後日談では神世紀29年に再び詩船が会いにいく形で登場。この物語の中で唯一結婚しており、養子である七海と共に平凡な家に暮らしている。詩船が訪ねてきた少し後に、西暦の話を聞きに芙蓉と付き添いの倉田も訪ねてきた。その中でレイは倉田の本名である香澄の名の由来を話した。

 

全てが終わった今になってもレイは高嶋の大社入りを止めなかった詩船のことを快く思っていないが、そこは年相応の対応をしている。

 

帰る詩船を見送る中、幸せかと尋ねる詩船に対し、以前とは違う真っ直ぐに幸せだと語るレイの言葉で外伝は幕を下ろす。

 

 

 

 



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勇者達の軌跡 その8


"戸山香澄は勇者である"の時系列を纏めたものになります。

年号横の()はその内容が載っている章になりますので、そこだけ知りたい方はその章を読んでくだされば幸いです。




 

 

 

時系列

外伝3部・4章・外伝1部→外伝2部→外伝4部→2章→1章→6章・7章→最終章(最終話を除く)・番外編→5章・3章→最終章最終話

 

 

 

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西暦2015年7月30日(第4章、外伝1部、外伝3部)

・日本各地で天変地異が発生。天の神の眷属であるバーテックスが襲来し、人類の半分が犠牲となる。湊友希那、宇田川あこ、白金燐子、氷川紗夜、高嶋香澄、瀬田薫、奥沢美咲、美竹蘭が勇者の力に目覚め、今井リサ、戸山明日香、宇田川巴、和奏レイ、弦巻こころ、青葉モカが巫女の力に目覚める。

 

・地の神が四国にて神樹を形成。防衛の為の巨大な結界を張る。

 

・友希那、リサは島根から何人かの生き残りと共に四国へ。

 

・あこ、燐子、明日香は愛媛にて廃校に籠城。後に大社に連れられ四国へ。

 

・高嶋、レイは奈良から都築詩船達と共にバスを使い四国へ。

 

 

 

西暦2018年7月(第4章)

・3年ぶりにバーテックスが襲来。友希那達5人の勇者の初陣。

 

 

 

西暦2018年11月(第4章)

・諏訪がバーテックスの襲撃により陥落。

 

・バーテックスが四国へ向け攻め入るが、友希那達はこの襲撃を防ぐ。後にこの戦いは"丸亀城の戦い"として神世紀に語り継がれていく。

 

・北海道と沖縄に生体反応をキャッチし、友希那達"勇者部"による四国から北海道への壁外調査実施。道中生存者は発見されず。諏訪到達時、リサが四国へ再襲撃の神託を受け取り"勇者部"は帰路へ。

 

 

 

西暦2019年3月(第4章、外伝1部)

・完成型のバーテックスが四国に襲来。その圧倒的な力の前に辛勝するも、あこ、燐子が死亡。

 

・燐子が残した本が切っ掛けとなり、明日香が丸亀城の燐子の部屋から精霊についての調査記録を発見。これにより大社に精霊憑依の副作用が知られる事となる。

 

 

 

西暦2019年6月(第4章、外伝1部)

・造反により大社は紗夜の勇者システムを剥奪。その後バーテックスの襲撃により友希那を庇い紗夜が死亡。以降勇者システムの改善がなされ、自分の意思に反して勇者システムの解除が出来ないようになる。

 

・巴が大社を抜け、紗夜の遺体を引き取り自宅の神社へ埋葬。

 

 

 

西暦2019年7月(第4章、外伝1部)

・西暦時代のバーテックス最後の襲撃。高嶋が神樹と偶発的に神婚を行い生死不明に。友希那のみが生き残る。

 

・天の神が"天沼矛(あめのぬのぼこ)"により世界の理を書き換える。四国を残し世界は火の海に包まれ、壁の外はバーテックスが跋扈する世界へと変貌。

 

・大社は奉火祭を敢行。豊崎麻里恵、日野光、鈴木佳奈子、仁藤史織、海老沢成美、真木園水の6人の巫女が火の海へ生贄として捧げられ天の神から赦しを得る。勇者システムを放棄する事を条件に人類は四国の中でのみ生存を赦された。

 

 

 

神世紀元年(第4章、外伝1部)

・"大社"は名前を"大赦"に改名し、元号を神世紀に変更。それに伴い内部組織の大幅改革が行われる。

 

・最後の勇者である友希那を守る為、リサが大赦の掌握を決意。それに伴い巴が大赦へ復帰。巴の父と詩船等の協力を受け、リサが大赦の実権を掌握。

 

・リサの主導により紗夜の記録が検閲され歴史から抹消される。

 

・友希那、リサが後の勇者達の為に勇者システム内に音声データを残す。

 

・湊家が花園家へ名前を変える。

 

 

 

神世紀2年(外伝1部)

・反対派を全て排斥し、リサが大赦の指導者へ。

 

 

 

神世紀15年(外伝2部)

・芙蓉家に高嶋と瓜二つな少女が誕生。逆手を打って産まれたその少女は、英雄である高嶋の名に(あやか)り、香澄と名付けられた。大赦は芙蓉の監視を敢行する。

 

 

 

神世紀29年7月(外伝2部)

・芙蓉と倉田香澄が月ノ森中学にて邂逅。これに伴い大赦は倉田の監視も並行して行う。

 

 

 

神世紀29年8月(外伝2部)

・四国の外を見るべく芙蓉が"勇者部"を立ち上げる。倉田は雇われる形で芙蓉と行動を共にしていく。

 

・"勇者部"の活動として瀬戸大橋、大鳴門橋、来島海峡大橋の調査を実施。

 

 

 

神世紀29年9月(外伝2部)

・海を渡り壁を目指す為、芙蓉は丸木舟を製作。行動に移すも失敗。

 

 

 

神世紀29年11月(外伝2部)

・倉田が神樹の壁登りを敢行。危うく滑落しかけるが、友希那の助けにより事なきを得る。その後芙蓉と倉田は友希那、リサに連れられ壁の外を目の当たりにする。

 

・倉田が正式に"勇者部"へ加入。壁の外の真実を知った2人は世界をなるべく良くする事を目標に"勇者部"の活動を続けていく。

 

 

神世紀29年12月(外伝最終話、外伝4部)

・詩船がレイと再び邂逅。そこへ芙蓉と倉田、二人の香澄が西暦での出来事を聞きにレイの元へとやって来る。

 

・倉田は香澄因子を持っておらず、偶然生まれた時に逆手を打った事が判明。

 

・芙蓉と倉田が深沼香澄なる人物をSNSで見つけ素性を探り、その人物が以前に会ったレイの娘である広町七深だと分かる。

 

・以前の事もあり七深が勇者部に入る。

 

 

神世紀30年2月(外伝4部)

 

・勇者部の3人は芙蓉の母親の友人だった牛込るりと出会い、るりが持っている母親の日記を渡す条件として高屋神社での御百度参りを実行。

 

 

 

神世紀30年4月(外伝4部)

 

・御百度参りを完遂し、るりから日記を託され芙蓉は母親の想いを知る。

 

・リサにより芙蓉が"語部"として認定され、今の四国を見聞きする事が勇者部の目標となる。

 

 

 

神世紀71年(最終章)

・大赦の命により赤嶺香澄、氷河つぐみ、朝日六花が羽丘中学へ入学。"鏑矢"になる為花園友希那から指導を受ける。

 

 

 

神世紀72年(最終章)

・友希那が老衰により死去。これによりバーテックスの襲来を実体験した最後の1人が亡くなる事となった。

 

・赤嶺達"鏑矢"の3人により大規模テロを鎮圧。この時つぐみは子供を手にかける事が出来ず任務に失敗。これが切っ掛けとなり"氷河家"は没落し、対象に"赤嶺家"は大赦の地位を確実なものとする。大赦によりこの事件は検閲され、"正常な思考を失ったカルト教団が、四国の全人民を巻き込んで集団自殺を図った"という記録だけが後世に残る。

 

 

 

神世紀100年(第4章)

・平和の時代となって100年を迎えた事により、大赦はバーテックスや勇者等の記録を全て検閲。人々の精神的安寧を守る為に、"危険度の高いウイルスによって四国外は壊滅した"という説を流布し、後世に定着させて行く。

 

 

 

神世紀270年頃(第5章)

・壁の外で再びバーテックスの発生を確認。

 

 

 

神世紀298年4月(第2章)

・再びバーテックスが四国へ襲来。神樹館小学校の山吹沙綾、花園たえ、海野夏希が勇者に選ばれる。

 

 

 

神世紀298年7月(第2章)

・3体の完成型バーテックスが襲来。追い返す事に成功するも、夏希が死亡。

 

・夏希の死により勇者システムの改良が行われる。西暦時代に燐子が残した記録を基に精霊システムを実装。それに伴い"満開"が追加される。

 

 

 

神世紀298年10月(第2章、第5章)

・再び3体のバーテックスが襲来。沙綾とたえは"満開"を駆使しこれを退けるが、沙綾は2回の"散華"により両脚の機能と2年間の記憶を。たえは20回の"散華"により右目、左腕、心臓の機能他17箇所の身体機能を失う。この戦いは後に"大橋の戦い"として語り継がれる。

 

・"大橋の戦い"で牛込夫妻が死亡。牛込ゆりが大赦所属となる。

 

・死亡した夏希の勇者システムを引き継ぐ為、大赦にて勇者の選抜が行われる。市ヶ谷有咲、白鷺千聖、氷河日菜を含めた約20人による選抜が行われ、最終的に夏希の勇者システムは有咲へ引き継がれた。

 

 

 

神世紀299年4月(第2章)

・バーテックスの次の襲来に備え、戸山香澄の家の隣に沙綾が引っ越してくる。

 

・香澄、沙綾が花咲川中学勇者部へ入部。

 

 

 

神世紀300年4月(第1章)

・ゆりの妹である牛込りみが勇者部へ入部。

 

 

 

神世紀300年5月(第1章)

・バーテックスが再襲来。花咲川中学勇者部が勇者として覚醒する。

 

 

 

神世紀300年6月(第1章)

・有咲が勇者部へ合流。

 

 

 

神世紀300年7月(第1章)

・7体の完全型バーテックスが襲来。有咲を除く4人の勇者が"満開"を使い撃破。これにより12体の完全型バーテックスを全て打ち破る。

 

 

 

神世紀300年9月(第1章、第5章)

・香澄と沙綾がたえと邂逅。勇者部は大赦が今まで隠していた"散華"について知る事となる。

 

・大赦に不信感を抱いたゆりが造反。大赦に襲撃するも、寸でのところで香澄と有咲、りみがこれを止める。

 

・たえから壁の外の真実を聞かされた沙綾が神樹の壁を破壊。バーテックスの軍勢が襲撃するも勇者部の活躍により撃退に成功する。しかし、生身で御霊に触れた事で香澄の魂が高天原に飛ばされる。

 

・神樹が各勇者の散華した身体機能を再生。

 

・千聖、日菜、若宮イヴ、松原花音を含めた32人が"防人"としてゴールドタワーに召集。壁外調査の任務を開始する。

 

 

 

神世紀300年10月(第1章、第6章、第7章、最終章、番外編、第3章)

・勇者部の尽力や友希那の助けにより香澄の魂が現世へ戻ってくるも、神樹の力で"御姿"となる。

 

・たえが花咲川中学に編入、勇者部へ入部する。

 

・造反神の試練により勇者部が神樹中の世界へ召喚され、様々な時代の勇者達と邂逅する。

 

・中立神の試練が開始。

 

・神樹の壁を破壊した事が天の神の逆鱗に触れ、壁外の温度が急激に上昇。"防人"の任務を一時凍結し、大赦は再び奉火祭を実行に移す。生贄として丸山彩含めた6人の巫女が選ばれるも、6人の代わりに沙綾が生贄に志願。

 

・香澄達勇者部が沙綾救出の為に高天原へ。救出に成功し奉火祭を防ぐも、天の神の呪いが香澄に降りかかる。

 

 

 

神世紀301年1月(第3章、第5章)

・大赦が神婚を敢行。香澄が神樹の元へ。

 

・天の神が襲来。防人達はゴールドタワー改め莎夜殿防衛と同時に天の神に一撃を入れる。勇者部は香澄を救う時間を稼ぐ為に天の神と対峙。

 

・歴代の勇者と巫女の力を借りた沙綾達の意思を汲み取り、神樹が香澄を解放。全ての精霊の力を借り香澄が"大満開"。勇者部、そして夏希の力を借り天の神の撃退に成功。

 

・神樹がその身を使い国作りを行う。理を再度書き換え壁外が崩壊前の状態に戻る。

 

 

 

神世紀316年(最終章)

・たえが大赦のトップとなり、千聖、日菜、イヴ、花音、有咲は防人として壁外調査を行っている。

 

・彩は巫女のトップとして、大赦を支えている。

 

・りみは夢を叶え、バンドのメンバーとして各地を回っており、ゆりはそのマネージャーとしてついて行っている。

 

・沙綾は花咲川中学の校長として後進の育成をしている。

 

・香澄は先生となっており、沙綾からの指名で花咲川中学の先生として、そして"勇者部"の顧問として赴任。"勇者部"には結城友奈、東郷美森、犬吠埼風、犬吠埼樹、三好夏凛、乃木園子、三ノ輪銀の7人が今も香澄達が作った勇者部6箇条を守り続けている。

 

 

 



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