神筆使いと錫の兵隊 (ファイターおじ)
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0話 神筆使い

新兵ちゃんカワイイと思ったので衝動に突き動かされて
書いてしまいました。

【注意】作者は白書を購入していませんのでキャストの設定や呼称が
違う可能性があります。

wikiで確認しながら進めますが念の為、独自設定のタグを登録しています。

※Wonderland Wars-七つ色の-冒険譚ロマンス- 冒険譚モードのストーリー内容
を含む可能性があります。まだプレイしてなくて、ネタバレが無理という方はこの作品を
読まないように注意をお願いします。




 【Wonderland】

 

 創聖によって作られた舞台

 

 盤上を舞う、語り継がれし主人公

 

 彼らの生きた戦記

 

 本当の【おとぎ話】

 

 

 

 

 【図書館】それはWonderlandに存在する神筆使いを育成する場である。

 

 四人の創聖により導かれ、素質のある者が神筆使いとして日夜訓練に明け暮れている。

その方法は多岐に渡る。ある時は他の神筆使いと共同で訓練を行ったり、またある時は競い合わせながらその力を磨き続けている。

 

 創聖が神筆使いを育成するには理由がある。かつて世界を襲った闇に再び対抗する為、またその闇と戦う者達を操り戦うという才を磨く為である。

 

 

 ここ数年の間で世界を襲う闇は、創聖と数多の神筆使い達が禁書として封じ込めてきた。

 

 そして物語は新しい段階へと進む。

 

 

 

 

 

 【図書館】の一角、広大な本棚に囲まれた場所にポツンと長机が置かれている。本来は誰もいないその場所に一人の男が座っている。本がたくさん積み上げられている様子から、その場所で何時間も本を読んでいたと思われる。その男の瞳は一度も本から離れることはなく、人を近付かせないオーラを纏っていた。

 

 どれ程の時が経ったか、本を読み続ける彼に近づく影が現れた。純白のドレスを纏い、美しい金の髪を揺らしながら優雅に佇むその姿は、人々が思い描くお姫様そのものだった。そんな彼女が身動き一つしない男に声を掛ける。

 

「失礼します、マスター。マメールさんが貴方に話があるそうです」

 

 その言葉を聞き、今まで本に向けられていた瞳が声の主へと向けられる。ふぅと一息つくと、美しい翡翠の瞳と目が合う。男は軽く体を動かしながら本を閉じ、席を立った。

 

「伝言ありがとう、サンドリヨン。片付けたら向かうとするよ」

 

 そう男は言うと片付けを始める。積み上げられた本は十冊以上もあり、元の棚に戻すとなると中々に時間が掛かる。それほどたくさんの知識が集約されたこの図書館は広大であり、神筆使いやキャストにとっては力の源となる場所でもある。

 

 せっせと本を運ぶ男の傍にサンドリヨンと呼ばれた女性が近付く。

 

「私にも手伝わせてください。こう見えてお掃除や片付けは得意なんです」

 

 彼女はそう言うと、本を半分ほど持って本棚の海へと消えていった。そんな彼女を横目で見ながら、男は彼女に負けじと本を片付けていく。男のプライドが彼女よりも早く片付けを終わらせろと叫ぶが、結局サンドリヨンの方が先に片付けを終わらしてしまい、男は頭を掻きながらサンドリヨンにお礼を伝える。

 

 

 

 

 

 お礼もそこそこにマメールの元へ向かいながら男はサンドリヨンと言葉を交わす。

 

「そういえばマメールさんから話の内容とかは聞いてる?」

 

「いえ、ただ貴方に来るようにと。恐らくキャストには言えないことではないでしょうか?」

 

「うーん、何だろうね?新しいキャストとかなら君にも伝えるはずだし…」

 

「新しい舞闘会…とかでしょうか?最近は色々な方法でマスター達に試練や競争をさせているみたいですし」

 

 男は雑談をしながらマメールの元へと向かう。その最中に悪戯好きの女の子にタックルを喰らったり、大きい鬼から森で見つけた果物のおすそ分けを貰ったりして時間が掛かったが無事にマメールに指定された場所へたどり着くことが出来た。

 

「それでは私はこれで失礼します」

 

 サンドリヨンは優雅にお辞儀をしながら、そう言い残すと男とは別の方向へ歩いていく。

 

(サンドリヨンは流石に盗み聞きをするようなお茶目な子じゃないか…)

 

 そんなことを考えながら男は目の前の扉をノックする。マメールに促され入室するとそこには二人の人物が待っていた。

 

 一人はマメール・ロワ。創聖の一人であり、男を神筆使い候補として取り立てた張本人。他にも沢山の神筆使いを取り立て育てているらしい。見目麗しいその姿とは裏腹に、神出鬼没で何処にでも現れる立ち振る舞いと、多数の妖精を使役する姿から魔女等と呼ばれている。本人はあまり嬉しくなさそうだが魔女と呼ばれるのも当然だと男は思っていた。

 

 そしてもう一人、白と黒を基調とした衣装に身を包む、謎の人物。男か女かパッと見ただけでは分からないその振る舞い、そして目立つのは爪や服に刻まれた七つ色の装飾。

 

 男はマメールともう一人の人物を交互に見比べる。そして顎に手を当てながら息を殺しながら様子を伺う。警戒心を向ける男に対して語り掛けたのは、意外にも(くだん)の謎の人物からだった。

 

「よく来てくれたね!君がマメールの推すマスター君だね?ここに鍵は揃った、新しい世界の門が開くとはまさにこのことだね!」

 

 マスターと呼ばれた男は訝し気な表情を浮かべながら謎の人物を見つめる。

 

「悪いけど分かるように言ってくれませんか?何を言っているのかさっぱりわかりませんけど…」

 

「おっと失礼、自己紹介がまだだったね。僕はアナスン、ご覧の通り創立者(アーティスト)さ」

 

「アーティスト?芸術家ってことですか?」

 

「アーティストはアーティストさ。一概に芸術家という括りにまとめて欲しくはないかな。大工や鍛冶師だって素晴らしい技術が使われたり、高い価値が生まれたりすれば芸術家となる訳だしね。新しい何かを創造する者とでも思ってくれたらいいよ!」

 

「お互いの自己紹介は済みましたか?」

 

 今まで話に参加していなかったマメールが話を前へと進める。アナスンが捲し立てるような勢いで話す口調なのに対し、マメールは静かに相手に悟すような口調で語りかける。さながら動と静と言わんばかりの対照的な性格は不思議と調和が取れていた。そしてある程度落ち着いたところでアナスンが切り出した。

 

 

 

 

「さてと、それじゃ本題に入ろう!創聖のみんなと話し合ってね。ある程度成長した神筆使い(テイルマスター)に新しいことに挑戦してもらおうということになったんだ」

 

「その新しいこと、というのがこちらの本、  ()()()  つまり新しい物語を貴方に書き進めてもらいたいのです。」

 

 アナスンとマメールにそう言われた男は首を傾げる。

 

「しかし俺は本は読む専門ですよ。物語なんて書いたこともないし、書こうと思ったこともない。素人には難しいのでは?」

 

 そういうとアナスンはニヤリと笑いながら話し続ける。

 

「ベースは既にあるんだ。そこで、この子を君に預けたい」

 

 アナスンは手元から一枚の紙を取り出す。写真のように鮮明に映る絵がその紙には描かれていた。一風変わった帽子と制服、そして猟銃のような武器を持った女の子が描かれている紙をひらひらさせながら、アナスンは続ける。

 

「錫の新兵、何だって受け入れて成長する、文字通り無垢な器さ。君にはこの子の物語を完成させて欲しいんだ。この子の冒険譚をね」

 

「その冒険譚を書き進めることは俺の成長に関係あるんですか?仲間たちと研鑽を積んだり競い合うだけでは得られない物がそこにはあると?」

 

「それは分かりません。ですがアナスンや私、他の創聖達もこの子の物語には干渉出来ません。この子は特異点足りうる存在です。私たちが干渉は出来ませんが、本来の物語に関係のないキャスト、そして貴方が書き進め記述を深めることによって、この子の物語は完成しキャストとしても完成するのです」

 

「俺は物語を作り出せるような高潔な人間じゃないですよ。普通のどこら辺にでもいる普通の人間です」

 

「それがいいのさ!普通の人間だからこそ、この子の心はより人間に近いキャストへと変わるんだ」

 

「子育ての経験も、恋愛経験すらないですよ。そんな人間がキャストを、ましてや心さえも作れと?」

 

「キャストは様々な知識や経験を吸収します。幸い、貴方の周りには頼れる仲間達が居ると思いますが?」

 

 

 

 

 男は少し迷いながら最後に一つマメールへと問いかけた。

 

「…それは俺にしか出来ないことですか?」

 

「少なくとも私達は貴方が適任だと結論を出しました」

 

 

 

「分かりました。協力します」

 

「よしきた!それじゃ僕は新兵の最終調整をしなきゃいけないから、もう行くね!明日の朝、またここに集合ってことでよろしく!」

 

 そう言うとアナスンは風のように駆け抜けていった。マメールも苦笑いを浮かべながら部屋を出ていく。男はアナスンの置いていった絵をもう一度手に取り、しばらくの間、ぼんやりと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 アナスンとマメールが部屋を出て行って暫くして男は部屋から退出した。ぼんやりと明日からのことを考えながら、行く当てもなく図書館をブラブラとする。途中で着火大好き魔法少女にお茶会に誘われたり、イケメンな森の守護者に狩りに誘われたりしたが、用事があると言って断った。

 

 

 

 

 ブラブラと歩きながらモヤモヤする気持ちの整理をしていると、ふと横から声が掛けられる。

 

「フン、何があったかは知らんが前はしっかり確認しろ。悪戯されるぞ」

 

「前は見ていたさ。上は確かに見てなかったかもしれんが」

 

「最近は多いからな、上だけじゃなく下にも注意を払わなければならん」

 

「注意を払わないといけないのはアンタと俺ぐらいじゃないか?フック?」

 

 軽口を叩き合いながら窓際に座っていた男へと近付く。フックと呼ばれた男はマスターと呼ばれていた男と比べると、倍近く体格に差がある。そして世間的に言うなら強面の男だ。さらに言うと彼の右腕は機械の義手によってさらに威圧感を周りに与えている。傍から見れば不良の親分と下っ端のように見える風体だが、会話の内容から彼らが対等な関係であることが伺える。

 

「なにやら難題を押し付けられたと見たが… どうだ?当たってるか?」

 

「当たりだよ。やっぱアンタには隠せないな」

 

「何年貴様と組んでやってきたと思ってる?それこそ何千という戦いを一緒に戦った仲だ。顔を見れば分かる」

 

「だな、久しぶりに飲むか?」

 

「よかろう、後で俺の部屋に来い。上物のワインがあったはずだ。くれぐれも小僧やガキ共に見つかるなよ」

 

 そう笑いながら言い残すとフックは席を立ち、どこかへ歩いて行った。

 

 

 

(あれは何か食い物でも調達しに行ったな… 声を掛けてくれれば一緒に手伝ったんだが…まぁこっちから手伝うのは野暮ってことかな)

 

 などと考えながら男は自室に戻る。彼の部屋はいたってシンプルな部屋で、机や本棚といったインテリアを中心にベッドが備え付けられた生活感のある部屋である。一方のフックの部屋は海賊の王らしい、豪華な船室風のインテリアで飾られた部屋である。当然のことながら酒を飲むに適した雰囲気なのはフックの部屋となる。

 

 暫くの間、男は部屋の整理をして、軽く時間をつぶし慎重にフックの部屋へと向かう。

 

 彼がコソコソしながらフックの元へと向かう理由はシンプルだ。彼と犬猿の仲であるピーターや悪戯好きな子供にバレると確実に引っ付いてくるからである。そしてフックの部屋に入れてしまった暁には、集めたお宝や家具が大変なことになること間違いなし。

 

 そんな悲しい運命を避けるべく決死の思いでフックの部屋へと向かう男。幸い日が暮れた後だったので無事にフックの部屋へとたどり着くことが出来た。

 

 

 

 コンコンというノックの音が廊下に響く。

 

「入れ」

 

 そう言われサッと部屋へ入る男。

 

「誰にも会ってないから大丈夫、多分」

 

「多分では困るが…まぁいいお前を信じてやる、椅子はそこら辺にあるやつを使え」

 

「あいよ、上物のワインってのは?」

 

「ああ、こいつだ。中々いい香りだろう。城の兵士共から頂戴した」

 

 そう言って自慢げにワイン樽を見せつけるフック

 

「ほどほどにしとけよ。後でマメールに怒られるぞ」

 

「飲めば共犯だ。何かあったら貴様も地獄行きだ」

 

 そう言いながらフックはグラスに並々とワインを注ぐ。

 

「本当はジョッキでいきたいところだがワインにはちと似合わん、足りないワイン分は貴様の話を肴とさせてもらうとしよう」

 

「大した話じゃない。新しい試練みたいなもんだ」

 

 男はそう切り出すと新兵の話やアナスンという人物の話を続ける。フックは特に口を挟むこともなくただ黙々とグラスのワインを飲み話を聞いていた。お互いがグラスを数杯空けた頃、男が切り出した。

 

「まぁ色々あったが、もうやると決めちまった。後には引けない」

 

「そうだな」

 

「新しい物語?新兵?無垢な器? そんな奴とどうやって接すればいいか?そんなこと考えたこともない」

 

「ああ」

 

「俺は出来ると思うか?」

 

「知らん」

 

 その言葉を聞いた男はガックリと肩を落とす。そうしてまたワインを煽る。開けたグラスは五杯を超え、そこそこ酔いが回ってきている。そんな男の様子を見てかフックが男のグラスにワインを注ぐ。

 

「俺たちが会って何年だ?3年、いや4年か。これまでいろんなことがあったが、貴様が闇の軍勢に負けたことはあったか?」

 

「神筆使い同士の鍛錬で負けたことはあったけど、闇の軍勢は何とかなってるな… 今のところは…」

 

 自信なさげに俯く男に向けてフックは言い放つ

 

「ならば今回もそうなるだろう、確証は持てんがな」

 

「そうだな、なるようになるだけだ」

 

「そういうことだ、まぁ何かあったら俺に言え、こう見えて顔は広い」

 

「ああ、頼らせてもらうよ。ワイン旨かった。ありがとう」

 

 そう言って男は席を立つ。夜も遅くなり、早く帰って明日に備えようと思い、扉に手を掛ける。

 

「最後に一言、言っておいてやる。 たとえお前自身が信じられないとしても俺を信じろ。海賊王の俺を。お前という神筆使いを信じる俺を。今までずっとそうだっただろう、()()

 

「分かってるさ。いつも一緒に戦ってきた奴を疑ったことはないよ、()()

 

「ならいい。さっさと帰って寝ろ」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

 

 そう言うと男は扉を開く。夜の図書館は昼の喧騒が嘘のように静かだった。まるで大海原の夜の海のように。

 

 




0話なので新兵は出てきません。

神筆使いはフックがメインキャストのファイター使いという設定です。

一応、究極のフック使い称号を持っているぐらいには一緒に戦場に出たことがあるという設定です。

勝ち負け数は想像にお任せします。



あとフックが神筆使いのことをお前と貴様と二つの呼び方で呼んでいるのは意図的です。


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1話 起動

新兵の名前やマスターの名前はご自身のプレイヤーの名前で脳内変換してください。

マスターは最後まで名前は出さない予定ですが、新兵は名前がないと書きにくいので適当に名前をつけさせていただきます。

被ってる人がいたらゴメンナサイ


 男は夢を見ていた。

 

 厳しくも優しい家族と過ごす夢。家族と囲む食卓。少し教育熱心で口うるさい母と、尻に敷かれるも優しい父。そんな何処にでもある日常。騒がしかったが幸せと呼べる、そんな日常。

 

 声が響く。そして身体が小さく揺れる。

 

 声が鮮明になり意識が覚醒をはじめる。

 

「朝だよー起きてー」

 

 顔の横で甲高い声が響く。天然の目覚まし時計を止めるべく男は手を伸ばす。男がその手を握り締めるとプギュという不思議な音が聞こえる。二日酔い程ではないが酒が入った気怠い体を起こして、手を見てみるとそこには目を回した妖精、ティンクが貼りついていた。

 

 

 

「もう!折角起こしに来たのに酷くない?」

 

「悪かったって、 けど耳元で騒がれたら手を伸ばしたくなるだろ?」

 

「そもそも起きるのが遅いのが悪いよー。今日はマメール様たちとの約束があるんでしょ?そんな日に寝坊するなんて」

 

「時間までには余裕があるだろ?朝食を軽くすれば間に合うさ」

 

 そう言いながら身嗜みを整えた男はティンクと共に食堂へ向かう。普通の人間である神筆使いは食事を摂らなければ餓死してしまう。そんな神筆使い達の為に存在するのが食堂である。ちなみにキャストも偶に利用する。

 

 キャストは物語に紐付けられた存在である為、食事の必要はない。しかし食事すること自体は個人の好みに分かれている。規則正しい生活をするキャスト、食べること自体が好きなキャスト、花嫁修業のために食事を作るキャスト。様々なキャストが食堂をコミュニティの場としている。

 

 

 

 男がティンクと共に食堂に入る。少し遅い時間だった為、ほとんど人はいない。男がいつも食事をする時間には吉備津彦や火遠理といった日本のキャストや、サンドリヨンやミラベルといった真面目なキャストが良く食事をしている。なんでも一日三食、正しいリズムで生活をすることが健全な心身を作り上げるとのこと。

 

 しかし現在、彼らは食堂にいない。既に鍛錬に向かったらしい。そんな人のいない食堂には珍しいキャストがいた。黒を纏うドレスに美しい銀の髪、そしてすべてを射抜くような珍しいバイオレットの瞳。サンドリヨンとは対となる存在のキャスト、アシェンプテルが優雅に紅茶を楽しんでいた。

 

「珍しいじゃないか、マスターがこの時間に来るとは」

 

「俺としてはアンタが部屋から出てきていることの方が驚きだが?」

 

「失礼な、私だって常に鍛錬や戦いに駆け回っているわけではない。お前がどう思っているか知らんが、これでも紅茶を嗜む趣味ぐらいはあるさ」

 

「でもさー、朝一からバウムクーヘンはどーかと思うよ?」

 

 ティンクに指摘されるもアシェンプテルは気にすることもなくカップに口を付ける。

 

「甘いものばっかり食べてたら太るかもよ~」

 

 妖精の言葉にアシェンプテルの眉がピクリと動く。

 

「太らん。キャストだからな」

 

「分かんないよ~?マメール様も“キャストと神筆使いは共に成長していくものだ”なんて言ってるし」

 

 そう言ってティンクは男に視線を向ける。肝心の男の方は、我関せずといった風にさっさと食事を摂っていた。ちなみに食堂に残っていたパンをコーヒーで流し込んでいる。優雅さの欠片もない食事を、ものの数分で片付けた男は約束の時間に遅れないように時計を確認し、移動の準備を始める。

 

 

 

そして男は去り際に一言ボソッと呟く。

 

「ちなみにキャストってのは、作った者のイメージや物語の解釈によって変化するものだそうだ。もしアンタが創聖や、世間一般に食いしん坊キャラだと思われたら…  その…丸くなるかもな…」

 

「…今日のことは誰にも言うな。言ったら斬る」

 

「いやぁ… みんな知ってると思…」

 

 うけど、と言い終わる前にアシェンプテルの剣が首筋に突き付けられる。

 

「ほぅ…私の輝きを貶める者は許せないな…」

 

「オレハ、ナニモミテマセン」

 

 アシェンプテルは剣を仕舞うと、まぁいいだろうと言って、再びお茶を楽しみ始めた。男は結局バウムクーヘンは食べるんだ、と突っ込みたかったが藪蛇になりそうだったのでさっさと退散することにした。

 

 ちなみにその日から暫くの間、食堂のバウムクーヘンの消費量が減ったらしい。

 

 

 

 

 男は昨日アナスンと会った部屋の前に立っていた。昨日は気が付かなかったが、部屋の横に小さくアトリエ(工房)と刻まれていた。意を決してノックをする。すると既に準備は整っていたのか、中にはアナスンや他の創聖も集まっていた。

 

「さぁさぁ、みんなお待ちかねだよ!」

 

 アナスンはそう言って男の腕を掴み、部屋の奥へと引き摺っていく。

 

 部屋の奥には一冊の本、そして一人の少女。本の傍に横たわる少女は、人形の様に微動だにしない。

 

「まずはこの本、冒険譚。そしてこの子が…」

 

「錫の新兵…」

 

「そう!この子を君に預けよう。大丈夫、彼女の調整は完璧だよ。 さぁ前へ。君が起こしてあげてくれ。ほらほら、君がマスターだと認識できるように調節しておいたから」

 

 男はアナスンに背中を押され前へと押し出される。そして少女へとその手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 声が響く。そして身体が小さく揺れる。

 

 彼女の意識が覚醒し始める。彼女は無意識の内に声の主へ手を伸ばす。

 

「ん、マスター……?」

 

 男が少女の手をとり、彼女がゆっくりと目を開く。お互いの視線が合うが、そこに会話はなかった。しばらくお互いに見つめ合った後、男が切り出した。

 

「体は大丈夫か?」

 

「自分は問題ありません。すぐに動けます」

 

 男はその言葉を聞くと一つ息をつき彼女を立たせる。そして一冊の本を手にする。

 

「これが何か分かるな?」

 

「はい、行きましょう。物語の、はじまりの地へ」

 

 こうして彼らの物語が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いざ、勢い良く物語を書き進めようとした男だったが、そんな男にアナスンが待ったをかける。出鼻を挫かれずっこけそうになる男だが、次に言われた言葉を聞いて絶句する。

 

「そうだ、この子にはまだちゃんとした名前がない。君がつけてあげてくれるかい?」

 

「え…?俺が名前を?」

 

「センスいいのを頼むよ!」

 

 そう言われ頭を悩ます男。周りの創聖も興味深そうに彼を見つめる。横を見ると新兵が男を見つめている。その目からは何も感情は感じられない。期待されていないのか、それとも名前そのものに興味がないのか、男には分からなかったが、少しは肩にかかる重圧が減った気がした。

 

「この子の名前は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は一度、工房を後にする。今回、物語を書き進めるにあたり新兵と共に探索をするキャストを連れてくるためである。男は探索を行うメンバーを事前に考えていた。ただアナスンにより探索する際にはヴィランが現れると聞かされた為、当初考えていたメンバーから多少変更することとなった。

 

「おいで」

 

 そう言って新兵の手を取る男。彼女は指示を与えなければ自発的に動こうとはしない。キャストというよりはロボットのような機械的な存在のように感じる。そして決して男の言うことには反発はしない。むしろ反発するだけの感情すら持っていないというべきだろう。

 

 不完全な状態のキャストではあるが、これから共に肩を並べて戦う仲間たちに紹介しなければ筋が通らない。そう思った男は現在、待機中のキャスト達が集まっている場所へと向かう。そこは奇しくも朝に男がひと悶着を起こした場所であった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう!待ちくたびれましたよ!マスター」

 

 部屋に入ると同時に元気な声に迎えられる。その声色から男を責める類のものではなく、信頼感ありきの口撃だといえるだろう。定番の童話、白雪姫のヒロイン、シュネーヴィッツェンが槍を弄びながら男へと近づく。

 

「まぁまぁ、落ち着いて戦いに備えることが出来たと考えましょう」

 

 そう嗜めるのは女性と見間違うほど美しい金の髪の男、ロビン・シャーウッドと呼ばれる男である。座って弓の手入れをしていたロビンは、矢筒を軽く背負うといつでもいけるとアピールをする。

 

「おっ、その子が新しいキャストってやつ?錫の兵隊って聞いてたけど、なんか思ったより小さいんだな」

 

 男は真上から声を掛けられ、一瞬目を丸くするが、すぐに調子を取り戻し声の主に注意する。

 

「人に話しかけるときはちゃんと正面に立って話してくれ、ピーター」

 

「へいへい、おっさんみたいな説教は勘弁してくれよ。それよりもその子だよ、その子」

 

 ピーターと呼ばれた少年は男の上の空間から逆さまの状態で降りてきて新兵に指を向ける。指された新兵は微動だにしない。反応がない新兵を尻目にピーターはあれこれと話しかける。

 

「俺はピーター・ザ・キッド!よろしくな!俺は空の守り人、永遠の国の住人だ!永遠の国っていうのは…」

 

 反応のない新兵を気にすることもなく話しかけるピーター、その横では目をキラキラさせながら新兵を見ているシュネーヴィッツェン。彼女は新兵の反応がない事に頭を捻る。

 

「ねぇマスター、あの子喋れないの?」

 

「いや、多分だけど、どういう反応をしたら良いか分からないんじゃないのかな?シグルみたいな感じだと思うよ」

 

「うーん、シグルは最初からある程度、反応してくれたんだけどなー」

 

「それは君だけだと思うけどね」

 

 男とシュネーヴィッツェンが話しているとロビンが男の肩を叩く。

 

「ところで彼女の名を伺っていいでしょうか?」

 

 その言葉を聞き、男は一瞬目を新兵へと向け、ロビンの方へ戻す。ロビンは一瞬だけであったが、男が言葉にするのを迷う気配を感じ取った。ロビンがその違和感を男に訊ねるよりも先に男が口を開く。

 

「彼女の名は…… ツィン(Tin) 俺が名付けた」

 

 その言葉を聞いたロビンが納得したように笑顔になる。

 

「なるほど、シンプルで良いと思いますよ」

 

「んん、あまりネーミングセンスはないんだ。突っ込まないでくれ」

 

 男の泣き言を聞いたシュネーヴィッツェンはキラキラを三倍増しぐらいにして新兵、ツィンの元へ突撃する。そして途中のピーターを跳ね飛ばしながらツィンに抱き着きながら頬擦りをする。

 

「ああ~かわいい~、ようやく私にも妹分が出来たよ。ありがとうマスター」

 

「妹というには少し、いや、かなり反応が薄いけどな」

 

「その為に私達が居るんでしょ、私に任せて!」

 

「そういうことだな、これを」

 

 そう言って冒険譚と書かれた本を差し出す。

 

「この子の為に手伝って欲しい。頼む」

 

 そう男が頭を下げる。このようなことは今までになかった。神筆使い同士の鍛錬や禁書指定の物語に触れる時も彼は毅然とした態度でキャストを導いてきた。そんな男の意外な姿を見たキャスト達は呆気に取られていた。しかし男の強い思いを感じたキャスト達は、思い思いの言葉を掛ける。

 

「マスターに頼まれなくても困ってる子は助けますよ!だってそれが私の正義だから!」

 

「フッ、かわいらしい妹さんの為に私もお手伝いしましょうか」

 

「おっと俺を忘れちゃ困るぜ、夢を守るのが俺の仕事だからさ」

 

 男は顔をあげると横にいた新兵に目線を合わせ、肩に手を置く。

 

「これから先、様々な敵が君を阻むだろう。俺も神筆使いとしてお前やキャスト達をサポートする。だが迷った時はキャスト達を信じなさい。俺が彼らを信じるように。いいかい?」

 

「はい、マスター。行きましょう、戦う準備は出来ています」

 

「行こう、ティン。 物語を始めるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこか見覚えのある風景、その中をキャスト達が進軍する。数多の兵を倒し、拠点を破壊する。禁書を封じた時と同じような錯覚を覚える。だがその時とは違う不確かな感覚をキャスト達は感じていた。そして現れる巨大な影。

 

 ヴィランと呼ばれる敵役。何処から来て、何をするのか?その存在意義を見出すには余りに不明なことが多すぎる。一説には主人公の箔を付けるため、また一説には世界をリセットさせるため、物語の終着点という説すらある。ただ一つ分かることは、心を手に入れるにはヴィランを倒さねばならないということ。

 

 

 

 

 

 カチッ、カチッと時計の音が鳴り響く。暗い底から飛び掛かる影。水はこの戦場には無いが、暗い水底から襲うという概念が、かのヴィランに恐るべき能力を与えている。

 

 クロックダイバーと呼ばれる一撃必殺の刃がキャストを襲う。

 

「あらよっと」

 

 風を纏ったピーターがヴィランの一撃を躱す。

 

「こいつは何度見てもいい気はしないぜ…」

 

 彼がそう呟いたと同時にヴィランは腕を交差させる。その隙を狙って、ロビンがヴィランの脇から強烈な一撃を加える。

 

「何処を見ている。貴方の相手は私ですよ」

 

 ヴィランが咆哮し、その目がロビンを見据える。キャスト達が分散しているのを理解しているのか、ロビンだけを狙わず尻尾を振り回す。その際に衝撃波が発生し、キャスト達は吹き飛ばされる。

 

 キャスト達がダウンしている隙を狙い、ヴィランは地中深くへ潜り込む。時計の音が鳴り響き、再び獲物に喰らい付こうとするヴィラン。次のターゲットは新兵だった。

 

「危ない!」

 

 そう叫び声が聞こえた時には新兵はシュネーヴィッツェンに突き飛ばされていた。

 

「不滅の心が勝利を呼ぶ!」

 

 新兵を庇い、致命傷と思われたシュネーヴィッツェンだが、その傷は瞬く間に再生し再び戦線に復帰する。

 

「さあ、攻めて行きましょ!」

 

 その言葉を皮切りにヴィランに攻撃が集中する。次第に優勢になる戦況に最後の一押しが加えられる。

 

「自分に記された最高の力、お見せ致します」

 

 新兵がその真の力を解放し、キャスト達に力を与える。

 

「必ず仕留める!」

 

 鋭い声と共に放たれた矢がヴィランの急所を的確に貫く。断末魔の叫び声と共にクロノダイルと呼ばれたヴィランが姿を崩していく。ヴィランが消滅したことで周りの景色が歪み始める。

 

 

 

 

 

 

 次にキャスト達が気がついた時はアナスンの工房だった。冒険譚の本を片手にマスターと呼ばれる男が立っている。

 

「おかえり。無事に戻ってきてくれて何よりだ」

 

「ただいま戻りました。異常ありません」

 

 そう言って男は新兵の頭を撫でる。しかし新兵はされるがままで何の反応も示さなかった。

 

 

 



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2話 宴と新兵

 男と新兵が初めて物語を紡いだ夜、キャスト達主催で歓迎の宴が執り行われた。誰が発案者という訳ではなく、キャストが増える度に行われる行事みたいなものである。

 

 基本的にお祭り好きな日本のキャスト達はここぞとばかりに酒を飲み、踊り騒いで夜を明かす。欧州のキャスト達も立食パーティの様に優雅な夜を過ごす。もちろん他の国のキャスト達も皆、それぞれの楽しみ方で宴を楽しむことが通例となっている。

 

 

 

 

 

 どこか騒がしい図書館の中でみんなが集まる場所、いつもの食堂で今回も宴が行われた。

 

 男は新兵の手を引き食堂へ入る。入ると同時に威勢のいい声が彼らを迎えた。

 

「おっ、主役の登場だ!待ちくたびれたぜ、大将!」

 

 そう声をかけたキャストは怪童丸と呼ばれる男。豪放磊落、発気揚々といった言葉が似合う快男児である。ちなみに大体、日本のキャストで宴を開きたがるのは、この怪童丸を含む三太郎と呼ばれる三人のキャストである。

 

「さぁさぁ、こっちに来て一緒に飲もうぜ!」

 

「待て待て、まずは挨拶からだ。この子の紹介をしないと」

 

「おっと、そうだったぜ。いやぁ、わりぃな大将!」

 

 怪童丸のデカい声で周りのキャスト達も男と新兵の存在に気付いたらしく、視線がこちらに集中する。男は新兵を一歩前に出すと、そっと耳打ちをする。

 

「さ、大丈夫だから自己紹介をしてみて」

 

「…了解しました」

 

 事前にロビンやシュネーヴィッツェンに新兵の心がないことは伝えてもらっている為、キャスト達は静かに彼らを見守っている。

 

「錫の兵隊、ツィンといいます。よろしくお願いします」

 

 シンプルな自己紹介だが、今の彼女にはこれが精一杯だと思った男が真っ先に拍手をする。周りのキャスト達も拍手で彼らを迎える。一息ついたところで男が適当に乾杯の音頭を取り、皆それぞれ自由に宴を楽しみだした。宴の主役たる新兵は当然引っ張りだこ、となるのだが、珍しくその新兵が男の手を引く。

 

「この宴には何の意味があるのですか?」

 

 新兵の言葉に男は一瞬考え込む。だが男は別に宴に対して無粋な発言をしたとは思わなかった。対人経験も少なく無垢な存在であるが故の疑問だろう、そう考えた男は優しい口調で新兵に語る。

 

「この場でいろんなキャスト達と話してごらん。様々な人と話し、経験を積めば色々な知識や考え方に触れることが出来るんだ。君の心の手掛かりになるかもしれないしね。最初から話すのは難しいと思うから、俺と一緒にまずは聞くことから始めようか」

 

「聞く…」

 

「そう、話すことは難しくても、聞くことは出来るだろう?まずは俺が一緒について回るから、いろんな人から話を聞こうか」

 

「はい、わかりました。マスター」

 

 そう言って新兵の手を取る男。最初に向かったのは食堂の中でも比較的落ち着いた場所、かぐやの居る所だった。

 

 

 

 

 

 宴と聞けば皆、騒いだり談笑したりすることが多いと思うが、中には静かに宴を楽しみたいと思う人も存在する。そんな人たちが自然と集まる場所、それがかぐやの近くとなる訳である。日本の典型的なお姫様のようなかぐやではあるが、本人は賑やかな宴も気にしないタイプである。しかし本人の気質がそうさせるのか。自然と彼女の近くは静かに飲みたい人達が集まる、そんな不思議な空間が出来上がる。

 

「失礼します。かぐやさん、楽しんでますか?」

 

 話しかける男。男の後ろには新兵が無表情のまま立っている。二人の姿を見たかぐやは柔らかく微笑む。

 

「ますたー様も本日はお疲れ様です。私も楽しませて貰ってます」

 

「それは良かった。騒がしい奴が多いからバタバタする前に挨拶しとこうと思って」

 

「まぁ、わざわざお忙しい中、ありがとうございます。そちらの子が?」

 

「ええ、今後一緒に探索することもあるだろうからね。ほら挨拶して」

 

 話を振られた新兵はコクリと頷くと無表情のまま挨拶をする。みんなの前で自己紹介をした時とほとんど同じ内容だったが、かぐやは優しく見守っている。

 

「とても愛らしい子ですね」

 

「まぁもうちょっと愛想がよくなれば100点かな」

 

「あらあら…ふふふ…」

 

 などと新兵が会話に入らずとも和やかな雰囲気が続く。そんな中、ふとかぐやが思い出したかのように口元を袖で隠しながら男と会話をする。

 

「そういえば、まりく様から良き布を頂いたのですが、量が多くて。もしよろしかったら、着物を作る際にあの子の服も作ってもよろしいですか?なかなか鮮やかな色なので着物には合わずに少し困っていたのです」

 

「そっか、さすがに着たきり雀だと可哀想だもんな。女の子だし」

 

 かぐやがうんうん、と頷くが新兵は無表情のまま反論をする。

 

「マスター、服の色の変化しても戦闘能力は変わりません」

 

「戦闘能力は関係ないよ。気分の問題だ」

 

「気分…気分とは何ですか?」

 

 新兵は首を捻る。そして男も首を捻る。その様子を見ていたかぐやが朗らかに笑いながら説明をする。

 

「端的に言えば、その時の感情ですね」

 

「感情?よく分かりません」

 

「あなたが抱く気持ちといいましょうか…  例えですが、色にも感情がございます。暖かい色、冷たい色。それは様々な経験によって、その人自身の価値観によって決まるものでございます。貴方がこれから日々の生活の中で貴方の価値観を見つければ、自ずと感情やその色が分かるかもしれませんね」

 

 かぐやらしい表現であるが新兵には難しかったらしく、頭に?マークを浮かべている。男は新兵の頭を一撫でするとかぐやにお礼を言って席を立つ。

 

「色々教えてくれてありがとう。改めて俺がこの子に教えることを理解できた気がするよ」

 

「いえ、もう少し分かりやすく説明できればよかったんですが…」

 

「色の感情か…教養のあるかぐやならではの視点だな。流石だよ。ありがとう」

 

 そう言い残すと男は新兵を連れて別のキャストの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「で、余の元へ来たという訳か…」

 

「お邪魔だったかい?」

 

 次に男と新兵が訪れたのはマリクのところ。この食堂に、何処か中東らしさを感じる椅子やテーブルを持ち込んで独特な雰囲気を醸し出している。当のマリクは王らしく、豪華な椅子に座りながら優雅に杯を傾けている。

 

「まぁ余も退屈していたところだ。飲み物でもどうかね?」

 

 そう言いながら水差しを手に取ろうとするマリク。しかしそれよりも前に、こっそり近付いていたジーンがその水差しを奪う。

 

「おーこれは中々の値打ちもんだぜ。貰っていいかい?」

 

「…貴様、どうやら滅されたいらしいな…」

 

「いいじゃねーか。どうせお宝なんて腐るほどあるんだろう?」

 

 そう言って言い争う二人。根っこは同じはずの人物だが何故かそりが合わない。男は彼らの持つ【願い】の違いが彼らを対立させているのだろうと考える。しかし、なんだかんだ言い争いながらも二人が一緒にいる時間は多い。そんな彼らの言い争い(じゃれあい)を止めるために男は話題を逸らす。

 

「そういえばかぐやに布を送ったんだって?彼女がお礼を言ってたぞ」

 

 その言葉を聞いたマリクはまんざらでもない様子で頷く。

 

「フン、どうせ我が持っていても使わぬからな。ただの観賞用の布より、有効活用できる者に渡すのが道理だろう」

 

「確かにな。そのおかげでこの子の服も作ってくれるそうだ。感謝するよ」

 

「ほう…その子が先程の子か…」

 

 その言葉を聞いた男が新兵の肩をポンポンと叩く。新兵もなんとなく分かってきたようで、かぐやと同じように自己紹介をする。機械的な自己紹介だがジーンもマリクも特に気にすることはなかったようだ。

 

「しかし小さいなぁ。そんな体で戦えるのか?」

 

 そう言うジーンは訝し気に新兵を見る。だがそれを遮ったのは意外にもマリクだった。

 

「その子を身体的特徴で判断するのは良くないことだ。適材適所という言葉がある、その子も何か得意なことがあるのであろう」

 

「珍しいな。お前が人を褒めるなんて。明日は雪が降るかもな」

 

「王たるもの、その人と価値を見極めばならん。その点、その娘は底が知れぬ。それだけの事よ」

 

「どうやら素質ありって感じかい?」

 

 そう問いかける男に対して、マリクは一つ頷くと、改めて真剣な表情で男に問いかける。

 

「時にマスター、その娘はお前にとってどのような存在だ?」

 

 そう問われた男は少し考えて、少し恥ずかしそうに答える。

 

「娘というには少し年が近いかな。まぁ形式的には娘になるんだろうけど。となると、少し年の離れた妹のような存在かな」

 

 少し照れながら言う男に対して、マリクは一度深く頷くと椅子から立ち、男と新兵の元へと歩み寄る。

 

「助けが必要ならば余を呼べ。お前の願い、王たる余が叶えてやる」

 

 そう言い切ったマリクを見たジーンは眼を丸くして驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も色々なテーブルを回る男と新兵。宴も終盤に入り、皆落ち着いてきたところだが、唯一騒がしい場所がある。どうやら宴も終盤に入っているが、日の本のキャスト達は疲れ知らずらしい。

 

「宴の音頭はわしに任せよ!」 「舞い踊ります!」

 

 酒が入って水芸を披露している火遠理やオトを横目に男と新兵は挨拶を開始する。吉備津彦や怪童丸は酒の飲み比べをしているようで、とても挨拶のできるような状態ではない。吉備津彦のお供達が様子を見ているので大丈夫だとは思うが心配である。

 

 ちなみに怪童丸と邪道丸が飲み比べをしており、同じ存在でも決着が着くのか、違う所で興味がそそられる男だったが彼らを放置し、まともそうなキャストへ話しかける。

 

「その…今、大丈夫?」

 

 話しかけたその先には、ものすごい勢いで食べ物を食べている温羅と必死に食べ物を運ぶヤシャオーこと多々良がいた。

 

「ますたーカ?コッチ来イ。タベモノ、ドレモウマイゾ!」

 

「じゃあ失礼して…」

 

 そう言って新兵にアイコンタクトする。何度も同じことを繰り返すうちに自然とするべきことを理解した新兵が自己紹介をする。

 

 温羅は食べ物に夢中になりながらもしっかりと新兵の言葉は聞いていたようで、多々良を呼び男と協力することを約束する。

 

「オマエ、カラダ、小サイ。モットタクサン食ベロ。食ベレバ、強クナレル!」

 

「この子はもうさっき食べたからお腹一杯だって。温羅がその分食べて良いよ」

 

「ますたー、オマエ、良イヤツ! ワシ、モット食ウ! ソレデモット、オマエ達ノチカラニナルゾォ!」

 

 多々良が持ってきた食料を片っ端から食べる温羅を見ながら、男はふと感じた疑問を温羅にぶつける。

 

「そういえば温羅は鬼だけど飲み比べには参加しないの?」

 

「ウーン ワシタチ、鬼ハサケ強イ。デモ、ソレ、フコウヘイ」

 

「邪道丸も鬼のような気がするけど?」

 

「アイツ、モトハニンゲン。ワシ達トハ、チガウ」

 

「そっか… でも参加できないのは寂しくはないかい?」

 

「ココノミンナ、楽シンデル。ワシ、マンゾク」

 

 そう語る温羅は、戦いの時に見せる怒りの表情ではなく、穏やかな表情だった。その見つめる先には多々良や阿曽媛、新兵の姿がある。どうやら男と温羅が話している間に仲良くなったらしい。

 

「ほーらちっこいの!ヤシャオーで遊んでやるぞ!」

 

「ほら、おはぎ!こう見えて、料理は得意なんだ」

 

 そう言いながらヤシャオーで新兵の気を惹こうと努力する多々良だが、新兵は微動だに反応しない。どちらが遊ばれているのかは明白である。そんな様子を見て阿曽媛が爆笑している。

 

 多々良達が楽しんでいる様子を見ながら、温羅は彼らしからぬ口調で静かに語りだした。

 

「ワシ、ナカマ、守レナカッタ。ダカラ、次ハゼッタイ、アイツラ守ル」

 

「そっか、そうだよな。俺もあの子達の為に頑張らないとな」

 

「キャスト達、タイセツナモノ、無クシテルヤツ多イ。ダカラミンナ、オマエニ協力スル」

 

「ああ… そういうことか…」

 

「ン? ドウシタ?」

 

「いや、気難しい奴が何故あんなに協力的だったのか、分かった気がしてさ」

 

 そう言って男は酒をグッと煽る。どこかスッキリとした表情で男は温羅の杯に酒を注ぐ。

 

「ほら、飲み比べは出来ないけど一緒に飲もう。一人より二人の方がおいしいだろ?」

 

「グフフフ…ソレ、イイゾォ!」

 

 その後、宴が終わるまで温羅と男は酒を飲み続けた。もちろん先に男が潰れたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろー ヤシャオーで叩き起こされたいか?」

 

「ヤシャオーに目覚まし機能も付いてるのか?」

 

「物理的に起こす機能なら何時でも付いてるぞ!」

 

「悪かった。起きますよっと」

 

 そう言って気怠い体を起こす男。宴は既に終わっており、後片付けに入っている。ぼんやりと寝ぼけ眼を擦りながら周りを見渡す。

 

「あの子は?」

 

「あそこ。サンドリヨンに言われて食器を運ぶ係になってる」

 

 目を向けた先には皿を運んでいる新兵の姿。まだ料理の残ってる皿も一緒に運んでいる気がするが、とりあえず置いておく。

 

「なんだ、意外と溶け込めてるじゃないか」

 

 そう言いながら感心する男。

 

「悪い奴じゃないけど、融通が効かないよ」

 

 そう言う多々良だが口元は笑っていた。

 

「ま、生まれてからすぐだから。そこは眼をつぶってくれないか?お姉さんだろう?」

 

「そ、そうだな!お姉さんだもんな!   お姉さん…ムフフ…」

 

 チョロいな、などと思いながら男は多々良に別れを告げ、新兵の元へ向かう。どうやら片付けも一段落したらしくお開きとなる。

 

 

 

 

 

 キャスト達がそれぞれ、自分の住処へ戻っていくのを確認して男と新兵は帰路に就く。

 

 工房へ向かう途中、男は今日話したキャスト達の言葉を改めて噛み締めていた。

 

(俺はどうすればこの子を守ることが出来るだろうか。)

 

 キャストとは違い、直接力を振るうことが出来ない男はモヤモヤした気持ちを抱きながらも未来のことを考える。

 

(心を得た時、この子は力のない俺を何と思うだろうか? 親?兄?神筆使い?それとも他人?)

 

 男の思考が迷宮に入りそうになる。不安な気持ちを隠すように男は新兵の頭をポンポンと撫でる。すると珍しく新兵が反応し、こちらに目を向ける。青の瞳がこちらをジッと見つめる。何かを訴えるその瞳を男が見つめていると新兵は何故か頷く。

 

「錫の新兵です。よろしくお願いし」

 

「だぁー違う!違う! 今のはそういうのじゃないって!」

 

 虚空に向かって自己紹介し始めた新兵を止めながら、真面目に考えていた自分が馬鹿らしくなって男は笑った。

 

(まぁ良いか、今はこのままで)

 



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3話 黒き錫の兵隊と青の瞳

 錫の新兵が前へと進む。既にいくつもの戦いを経験し、その足取りに一切の迷いはない。戦場を駆け、敵の兵を撃ち抜き、拠点を破壊する。これまで何度も経験した戦いのはずだった。彼らが現れるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いね」

 

 新兵に軽く挨拶をするスカーレット。今回の探索で共に行動するキャストである。ヴィランが現れる戦場では拠点が二つある為、二手に分かれて行動することが多い。今回の場合、スカーレットは新兵と。もう一つのチームはサンドリヨンと美猴である。

 

「よろしくお願いします」

 

 新兵の機械的な反応に対してクールなスカーレット、だが既に彼女は戦闘モードに切り替わっていた。暗殺者と呼ばれる彼女は、まるで作業の様に相手の命を奪う。普段の生活は優しい少女のようなスカーレットだが戦闘となれば話は別。物静かで似たところのある二人は戦闘となれば相性は良い。敵の兵士を新兵が倒し、相手の大将格のキャストをスカーレットが切り刻む。それぞれの役割を理解しているからこそ、力が発揮できる二人組である。

 

 戦いの火蓋が切って落とされる。ほどなく敵の城から兵士が現れ、いつも通り新兵が兵士を撃ち倒していく。しかし今回はいつもとは少し様子が違っていた。

 

「…いつもと様子が違うわね…」

 

 異変に気付いたスカーレットだが、視線は敵兵から逸らすことはない。その鋭い視線の先には敵の異様なキャストの姿があった。

 

 「正面より敵『黒き錫の兵隊』、来ます」

 

 新兵がその姿を見て呟く。スカーレットはその呟きを聞くと頷き、その身を隠す。新兵はスカーレットが姿を隠したことを確認すると手にした銃を構える。その銃口は黒き錫の兵隊に向けられていた。

 

 

 

 

 

 新兵は敵に狙いを定めつつも思考が定まらないでいた。何故か彼らに違和感を感じていることを新兵は自覚していた。そもそも何故、彼らが『黒き錫の兵隊』だと知っていたのか?その答えを考えている間に戦闘は既に始まっていた。

 

「恐れが貴方を竦ませる…」

 

 スカーレットが黒き錫の兵隊に殺意の刃、デスセンテンスをぶつける。この刃に当たった者はスカーレットのターゲットとなり、彼女の刃にさらなるダメージが上乗せされる。普通はデスセンテンスが当たった者は委縮してしまう。しかし今回は様子が違っていた。

 

「ッ!」

 

 スカーレットの予想とは裏腹に黒き錫の兵隊は殺意を浴びようが問答無用で進軍する。まるで何も考えない、何も感じてないかの様に。

 

 その黒き錫の兵隊の足を止めたのは新兵の銃弾だった。新兵は黒き錫の兵隊を守るように展開していた兵士たちを薙ぎ払う。すると意識が新兵に向いたのか、新兵の銃撃の隙に対して黒き錫の兵隊は槍を突き出す。風を裂く様な鋭どい一撃を紙一重で躱す新兵。新兵の体勢が整う前に黒き錫の兵隊は、その酷使され傷ついた槍を突き立てようと構えを取る。しかし大振りになったその動きを暗殺者は見逃さなかった。

 

「この距離なら!」

 

 背後から忍び寄ったスカーレットの奇襲の一撃が黒き錫の兵隊を引き裂いた。スカーレットによって急所を切り裂かれた黒き錫の兵隊は断末魔の叫びをあげることもなく、崩れ落ちる。

 

「ありがとうございます」

 

 間一髪のところで横槍に入ってくれたスカーレットにお礼を述べる新兵。だがスカーレットは既に次のターゲットに目を向けていた。

 

「気にしないで… このまま進みましょう。今、ここで止まる訳にはいかないわ」

 

 そう言うと、再びスカーレットは隠密状態に入る。そして黒き錫の兵隊が撤退した敵の拠点は統率が取れず、なすすべもなく崩壊した。

 

 新兵とスカーレットが拠点を破壊した頃、サンドリヨンと美猴も敵の拠点を破壊していた。全ての拠点を破壊し、残すはヴィランのみとなったが黒き錫の兵隊は歩みを止めない。まるで誰かに操られているかのように。

 

 

 

 

「ここは俺様とサンドリヨンでやる。お前らは先に行け!」

 

 そう言うと美猴は如意棒を片手に黒き錫の兵隊二人を相手に大立ち回りを演じる。突き出された槍を時に躱し、時には如意棒で弾きながら黒き錫の兵隊にダメージを与えていく。美猴がダメージを与え作り出した隙をサンドリヨンは逃さなかった。

 

「踊りましょう、貴方のために!」

 

 力を込めた双剣からの強烈なドローショットが周りの兵士諸共、黒き錫の兵隊を吹き飛ばす。サンドリヨンの一撃を浴びて地に伏した黒き錫の兵隊。しかし彼らは幽鬼の様に起き上がりこちらを攻撃しようとする。

 

「どいつもこいつも!しゃらくせぇんだよぉ!」

 

 そう勇んだ美猴は再び、如意棒を担ぎなおすと改めて黒き錫の兵隊と対峙した。

 

 

 

 

 

 一方その頃、新兵とスカーレットも黒き錫の兵隊の一人と対峙していた。スカーレットが姿を消し、黒き錫の兵隊の隙を窺う。新兵は敵の隙を作る為、銃口を黒き錫の兵隊へと向ける。新兵の瞳が黒き錫の兵隊に向けられる。こちらへと向かってくる黒き錫の兵隊の装備はボロボロで色も褪せていた。

 

 しかしそんな色褪せた兵隊の中でも一点、かの兵隊が首から下げている首飾りが黄褐色の輝きを放っている。黒一色の兵隊の中で異彩を放つ琥珀の首飾りは見る影もないほどボロボロになっていた。

 

 新兵はその首飾りを見て違和感を感じる。その違和感を振り払うように銃の引き金を強く引く。決して長い時間ではなかったが一瞬の惑いが手元を狂わせた。幸い、弾丸は黒き錫の兵隊の首筋に当たり倒すことが出来た。

 

 

 

「これは…」

 

 銃弾が黒き錫の兵隊の首筋を貫いた時、吹き飛んだ首飾りを拾い上げる新兵。違和感の正体が分からないままその首飾りを見つめていると、突如として身に覚えのない映像が瞼の裏に流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

 新兵の意識が明確になったのは、ほんの数秒の後だった。モノクロの風景が一瞬でカラーに変わるように周りの景色は一変する。周りの変化と同時に新兵にも変化が表れていた。その変化とは自身の意思とは別に体が動いていることである。

 

 見覚えのない仲間や友人らしき人から声を掛けられ、心の奥では戸惑う新兵。だが心とは裏腹に自然と体が返事を返していた。

 

とりわけ仲間たちの中でもよく声を掛けてきた青年が印象的だった。恋人を持ち、自分達と守るべき者の為に戦う青年を新兵は眩しく感じてしまう。自慢げに彼女からもらったプレゼントを見せるその表情は兵隊とは思えないぐらい優し気な雰囲気だ。感情に乏しい新兵の瞳にその姿はとても新鮮に映った。

 

 彼女からのプレゼントである琥珀の首飾りの美しさについて話す兵隊。その饒舌な演説にうんざりしてきたところで話は新兵の視界の主へと飛び火する。あまり心配を掛けないように念を押される。その饒舌な兵隊が指で指し示す先には一人の踊り子がいた。美しい衣装に身を包んだ踊り子へ声を掛けようとした瞬間、再び世界が暗転した。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 首飾りを手にした新兵が目を見開く。長い夢を見ていた感覚だが、周りの戦況から見るとほんの僅かな間の出来事だったらしい。しかし戦場ではその一瞬が命取りとなる。新兵が意識を取り戻した時には、既に黒き錫の兵隊の槍が目の前に迫っていた。

 

「気が付きましたか!?」

 

 声の主はサンドリヨン。間一髪のところで新兵へと突き立てられそうになっていた槍を双剣で受け止めている。迷いを払った新兵は武器を構え、黒き錫の兵隊を撃ち抜く。

 

「助力に感謝を。このまま突破しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

「気に入らねぇ。まるで人形だぜ、全く暴れ足りねぇ」

 

 美猴は肩に担いだ如意棒を片手にひとりごちる。黒き錫の兵隊二体を相手取っていた美猴は早々に敵を片付けるとサンドリヨン達と合流した。

 

「そっちも終わったようですね」

 

 双剣を軽く振るい、汚れを落とすような優雅な仕草で話しかけるサンドリヨン。

 

「おう、あと一人は何処に行った?」

 

 キョロキョロと周りを見渡す美猴。森の中に存在する戦場の為、視界が悪く普通の人影でも視認しずらい。そんな影に紛れるようにスカーレットが背後から出現する。

 

「こちらも片付いたわ」

 

「うぉほぉ!突然背後から話しかけるな!」

 

 気配を殺したスカーレットに話しかけられ跳ね上がる美猴。その様子を見ていたサンドリヨンは彼らを一瞥すると新兵へと目を向ける。新兵は手にした首飾りを見ていた。一瞬とはいえ、油断したことを注意しようとサンドリヨンが足を踏み出した時、透き通るような女性の声らしきものが響く。

 

「随分と調子が良さそうじゃぁないか」

 

 戦場に出るにはしては軽い鎧を纏い、戦場に相応しくないロングスカートの女性。この女性の特徴的な部分はその顔を覆い隠す黒のヴェールである。異質な存在である彼女は、明らかにヴィランや黒き錫の兵隊とは違う雰囲気を撒き散らしながら堂々と進軍する。

 

「貴方が自分たちの敵ですね」

 

 そう言って銃を構える新兵。敵の大将が自らその身を晒している好機を逃すにはいかない。狙うは敵の急所。躊躇うことなく引き金を引く。頭部を狙って放たれた弾丸は狙いを僅かに逸れる。

 

「……おや?私が分からないのか?」

 

 確実に狙ったはずの弾丸が逸れたことよりも女性のその言葉に違和感を感じる新兵。弾丸の引き起こした風がヴェールを薄く引き裂く。

 

 その奥に輝く青。その光を見た時、新兵は次弾を装填する手を止めていた。時と体が縛られたかのように停止する。

 

 

 

 

 周りから見れば一瞬、もしくは数日の出来事だったかもしれない。しかし新兵が動き出すときには戦闘は終わっていた。既に敵の兵士もヴェールを纏った女性も姿を消していた。キャスト達も姿を消し、残されたのは戦いの残滓のみだった。

 

 戦いの跡を辿りつつ新兵はヴェールの奥に見えた青の瞳を思い出していた。

 

「あの瞳…」

 

 以前何処かで見たことがあった、そんな気持ちを抱えつつ新兵は戦場を後にする。過去の記憶も感情も持たない新兵はどれだけ考えても答えは出なかった。

 

 

 

 

 アナスンによって作られた錫の新兵。無垢な存在として作られた自分の物ではない記憶らしき光景。それが一体何を意味しているのか?答えは出ないまま錫の新兵は進軍を続ける。その答えを求めるために。



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