とある飛空士への召喚録 (創作家ZERO零)
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登場航空機

未完成ですが、随時追加予定。


 

オリジナル機体あり。原作でのスペックが分からない機体は独自考察を踏まえて設定を作成。

 

 

 

機械文明国

 

神聖レヴァーム皇国

空軍機

『アイレスV』

『アイレスII』

『ロス・アンゲレス』

『サン・リベラ』

『グラナダⅡ』

『グラナダⅢ』

『サンタ・クルス』

 

 

帝政天ツ上

海軍機

真電改(しんでんかい)

連星(れんせい)

天水(てんすい)

彩風(さいふう)

瑞風(ずいふう)

水上機

七式飛空艇(ななしきひくうてい)

陸上機

流水(りゅうすい)

 

 

ムー

海軍機

『マリン』

『マリンⅡ』

『マリンⅢc1』

『スカイ』

『フレイム』

『サンダー』

陸上機

『テンペスト』

『テンペストⅡ』

『ストラス』

『ラ・ボムダ』

 

 

 

 

グラ・バルカス帝国

海軍機

『07式アンタレス型艦上戦闘機』

『シリウス型爆撃機』

『リゲル型雷撃機』

『スタークラウド型艦上偵察機』

水上機

『アクルックス型水上戦闘機』

陸上機

『ベガ型双発爆撃機』

 

 

魔法文明国

 

神聖ミシリアル帝国

陸海軍両用機

『エルペシオⅢ』

『ジグラントⅡ』

『ジグラントⅢ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機械文明国

 

神聖レヴァーム皇国

神聖レヴァーム皇国の航空機は生存性を重視して作られており、技術力の高さにものを言わせて高い出力のモーターに生産性と生存性を長所として大量生産、数で天ツ上を押していた。

 

『アイレスV』

神聖レヴァーム皇国が中央海戦争終盤に開発した最新鋭戦空機。天ツ上の真電に対抗すべく、高出力のモーターを搭載しており、防御力も高い。さらに天ツ上に先駆けて開発さた自動空戦フラップのおかげで真電を上回る格闘性能を得ている。

新世界大戦でもレヴァームの主力戦闘機として長らく第一戦で戦った。グ帝側コードネームは『スレイプニル』。

 

乗員:1名

全長:10メートル

全幅:12メートル

発動機:DCモーター2400馬力

最高速度:720キロ

航続距離:1200キロ

武装:

翼内20ミリ機関砲2門

機首20ミリ機関砲2門

 

考察:本作に登場するのは『恋歌』に登場したアイレスV。外見のモデルはイギリス空軍のテンペストかと思われる。自動空戦フラップを装備しており、空戦性能は真電改を凌駕している。

 

 

 

 

 

『アイレスII』

神聖レヴァーム皇国が運用する旧式戦闘機。数だけはかなりあったので、小国に売り払われたり戦闘爆撃機に改造されたり、護衛空母に載せられたり、練習機として使用されたりと様々な運用がなされている。グ帝側コードネームは『グラニ』。

 

乗員:1名

全長:9.8メートル

全幅:12.2メートル

発動機:DCモーター1280馬力

最高速度:523キロ

航続距離:750キロ

武装:

翼内20ミリ機関砲2門

機首7.7ミリ機関砲2門

 

考察:本作に登場するのは『追憶』に登場したアイレスII。外見のモデルはイギリス空軍のハリケーンだと思われる。中央海大戦開戦時の最新鋭戦闘機と有るが、シャルルが幼少期の頃の回想でエル・バステルと出てくる。10年近く前の戦闘機だと思われるのだが……まさか、レヴァームは10年間余裕こいて戦闘機開発をしなかったのだろうか?

 

 

 

 

 

『ロス・アンゲレス』

神聖レヴァーム皇国の急降下爆撃機。最大750キロの航空爆弾を搭載することができ、搭載重量が高い。設計当初から引き込み脚を採用するなど、当時の急降下爆撃機としては画期的なスペックであった。しかし最近は機体の旧式化が目立って来ており、後継機の確保が必要となりつつある。グ帝側コードネームは『フギン』。一般飛行士は普通に『LAG』と呼んでいる。

 

乗員:2名

全長:11メートル

全幅:12メートル

発動機:DCモーター 1200馬力

最高速度:406キロ

航続距離:1700キロ

武装:

500キロ爆弾または750キロ爆弾1発

14ミリ後方旋回機銃1挺

 

考察:モデルは原作の挿絵から判断するにアメリカ海軍の艦上爆撃機ドーントレスかと思われる。

 

 

 

 

 

『サン・リベラ』

神聖レヴァーム皇国の雷撃機。1900馬力の大出力モーターを備えることで大型の航空魚雷を搭載することができる様になり、機体強度も高く、翼端に10人乗ってもたわまなかった。皇軍の兵士から「頑丈なトラックの様だ」と称されている。グ帝側コードネームは『ムニン』。

 

乗員:3名

全長:12メートル

全幅:16メートル

発動機:DCモーター 1900馬力

最高速度:414キロ

航続距離:2200キロ

武装:

航空魚雷1発

機首14ミリ機銃2門

14ミリ後方旋回機銃1挺

爆弾1000キロ

 

考察:モデルはアメリカ海軍の雷撃機アヴェンジャー。

 

 

 

 

 

『グラナダⅡ』

神聖レヴァーム皇国の爆撃機、非常に強固な爆撃機として知られ20ミリ機銃にも耐えれると言われている。ただしこれは目測を誤ったパイロットが当ててないだけで、20ミリ砲弾を食らえば致命傷は避けられないとも言われている。グ帝側コードネームは『アウズンブラ』。

 

乗員:10名

全長:22メートル

全幅:30メートル

発動機:DCモーター 1300馬力×4発

最高速度:460キロ

航続距離:2800キロ

武装:

爆弾5800キロ

15ミリ旋回機銃12挺

 

考察:モデルはB17フライングフォートレス。武装を15ミリ機銃に強化している。

 

 

 

 

 

『グラナダⅢ』

神聖レヴァーム皇国において、六式陸攻に相当する機体。爆弾搭載量や航続距離で劣るものの、防弾設備が充実し防御機銃も多い機体。但し護衛戦闘機が居なければ、六式陸攻と大差無い被害が出る。

魚雷による雷撃や対潜攻撃も行える上、機首に75mm砲を搭載した機体も存在する。75mmは浮上潜水艦や輸送船の驚異となった。

 

乗員:5名

全長:16メートル

全幅:20メートル

発動機:DCモーター 1700馬力×2発

最高速度:438キロ

航続距離:2170キロ

武装:

爆弾1360キロ

15ミリ旋回機銃12挺

 

考察:モデルはB25ミッチェル。武装を15ミリ機銃に強化している。

 

 

 

 

 

『サンタ・クルス』

神聖レヴァーム皇国の水上偵察機。フロートを格納するなどの当時の画期的な新設計を採用している。水偵としての安定性を保つためにH型尾翼を採用し、レヴァーム機にしては長い航続距離を誇る。

グ帝側コードネームは『ヴェズル』。一般飛行士は『カモメ』と呼んでいる。

 

乗員:2名

全長:10メートル

全幅:11メートル

発動機:DCモーター 1900馬力

最高速度:620キロ

航続距離:3100キロ

武装:

13ミリ後方旋回機銃1挺

 

考察:モデルは不明。原作、コミック版、劇場版とそれぞれ外見が異なる。本作のモデルは劇場版、H型尾翼と逆ガル翼を備えた形状をしている。

 

 

 

 

 

 

帝政天ツ上

レヴァームに比べて技術力に劣る天ツ上は、性能を工夫で極限まで高めた機体に練度の高い飛空士を乗せることで補っていた。現在では、レヴァームとの同盟でその溝は埋まりつつある。

 

『艦上戦闘機 真電改(しんでんかい)

帝政天ツ上の主力戦空機。中央海戦争時に開発された真電を元に、発動機を大出力モーター「頂」に換装。武装を強化したモデル。特徴的な逆ガル翼は、全高が高くなり脚部が高くなることを防ぐために逆ガルの頂点にタイヤが来る様にする措置である。さらに、二重反転プロペラを採用することによって、反トルクを打ち消すことにも成功している。

グ帝側コードネームは『ガルム』。

 

乗員:1名

全長:9メートル

全幅:11メートル

発動機:DCモーター 2400馬力

最高速度:750キロ

航続距離:3300キロ

武装:

機首30ミリ機銃2門

機首15ミリ機銃4門

 

考察:モデルは日本海軍の局地戦闘機である震電、ただしこちらは純粋な戦闘機である。本作の真電改は劇場版「追憶」の真電改、逆ガル翼の理由は主脚を短くするため。これは日本海軍の攻撃機「流星」の逆ガル翼を参考に考察。

 

 

 

 

 

『艦上爆撃機 連星(れんせい)

帝政天ツ上の主力艦上爆撃機。天ツ上の技術では珍しい液冷モーターを搭載しており、高い出力と高速性能、さらには急降下耐性を兼ね備えている。

グ帝側コードネームは『グラム』。

 

乗員:2名

全長:10メートル

全幅:11メートル

発動機:DCモーター 1500馬力

最高速度:530キロ

航続距離:3000キロ

武装:

胴体250キロまたは500キロ爆弾1発

最大750キロまで搭載可能

機首13ミリ機銃2門

13ミリ後方旋回機銃1挺

 

考察:モデルは日本海軍の爆撃機「彗星」で、エンジンは液冷式。原作での模写が少ないので性能が判断できないため、ほとんど独自考察。

 

 

 

 

 

『艦上攻撃機 天水(てんすい)

帝政天ツ上の攻撃機。配備当初は旧式攻撃機とほぼ変わらない性能しか発揮できず、防弾性能も低く武装も想定していた魚雷が乗せられなかった不具合があった。後期型ではそれらの問題も解決され、現在でも主力攻撃機として活躍している。

グ帝側コードネームは『グングニル』。

 

乗員:3名

全長:10メートル

全幅:14メートル

発動機:DCモーター 1800馬力

最高速度:480キロ

航続距離:3000キロ

武装:

13ミリ旋回機銃1挺(機体上部)

13ミリ旋回機銃1挺(機体下部)

爆弾1000キロ

 

考察:モデルは日本海軍の雷撃機「天山」。原作での模写が少ないので性能が判断できないため、ほとんど独自考察。

 

 

 

 

 

『高速偵察機 彩風(さいふう)

直線的な細長い胴体と大径プロペラ、長い主脚が特徴のスマートな機体で、艦載機という条件の中で、高速性能を持たせた設計に特徴がある。

中央海戦争では後期から艦載偵察機として活躍。とある海戦では迎撃にあたった当時の最新鋭であるアイレスⅣを楽々振り切り、「我に追いつく追い風(アイレスの意)無し」という有名な打電を残した。

 

乗員:2名

全長:11メートル

全幅:12メートル

発動機:DCモーター 1990馬力

最高速度:672キロ

航続距離:5000キロ

武装:

機首13ミリ機銃1門

 

考察:モデルは日本海軍の偵察機「彩雲」、乗員を3名から2名に変更している。

 

 

 

 

 

『両用偵察機 瑞風(ずいふう)

帝政天ツ上で少数配備されている水陸両用偵察機。その実は神聖レヴァーム皇国の「サンタ・クルス」の輸入品。両国が友好国になってから輸入され、天ツ上でも高い評価を受けている。

サンタ・クルスに前方機銃が無かったのを懸念し、瑞風では翼内に20ミリ機関砲を増設。これにより、準戦闘機としても機動することができる。

グ帝側はこの機体をサンタ・クルスと同じ機体と考えている為、コードネームはサンタ・クルスと同じ。なお一般飛行士は『黒緑カモメ』と呼んでいる。

 

乗員:2名

全長:10メートル

全幅:11メートル

発動機:DCモーター 1900馬力

最高速度:620キロ

航続距離:3100キロ

武装:

20ミリ翼内固定機銃2挺

13ミリ後方旋回機銃1挺

 

 

 

 

水上機

七式飛空艇(ななしきひくうてい)

中央海大戦時に、天ツ上の飛行場建設能力の低さを補う為に開発された機体。要求性能が非常に高く完成困難と言われていたが、天ツ上の技術者がその力を振り絞り製作した。現代飛行艇に匹敵するバケモノである。

『とある飛空士の夜想曲』では国民的人気歌手の水守美空を乗せて、前線まで慰問に来た。

グ帝側コードネームは『ヨルムンガンド』。

 

乗員:13名

全長:28メートル

全幅:38メートル

発動機:DCモーター 1850馬力×4発

最高速度:470キロ

航続距離:8223キロ

武装:

20ミリ機銃5門

7.7ミリ機銃4挺

爆弾2000キロ

 

考察:モデルは二式大型飛行艇。

 

 

 

陸上機

流水改(りゅうすいかい)

中央海戦争時、六式陸上攻の後継機として生み出された機体。四発のDCモーターと、親子フラップによって離陸する。多数の爆弾搭載量と速さから、陸上攻撃機としては世界最高クラスの性能を誇る。

 

乗員:7名

全長:23メートル

全幅:33メートル

発動機:DCモーター 2000馬力×4発

最高速度:600キロ

航続距離:7400キロ

武装:

20ミリ機銃6門

13ミリ機銃4挺

爆弾4000キロ

 

考察:モデルは大日本帝国海軍の攻撃機「連山」。

 

 

 

 

 

 

ムー

ムーも初めはワイバーンを使っていたのだが、ワイバーンに対抗する機械として飛行機を発明した事により、飛行機械を重視している。その結果、世界で唯一飛行機械を製造運用することのできる国家として名を馳せることとなった。

 

『Do.38マリン』

ムーの主力戦闘機。世界でも選りすぐりの空戦性能を誇り、最高時速、格闘性能、火力全てでワイバーンロードに勝っている。艦上機型と陸上機型の二つがある。

 

乗員:1名

全長:6メートル

全幅:10メートル

発動機:600馬力

最高速度:380キロ

航続距離:850キロ

武装:

機首7.92ミリ機関砲2門

 

考察:ムーが独力のみで開発した主力戦闘機。列強のワイバーンロードに対抗するために作られたと見られる。ただし、性能はミシリアルの天の浮船やアンタレス戦闘機に負けていて、完全にやられ役になってしまっている。

 

 

 

 

 

グラ・バルカス帝国

転移前、ライバルのケイン神王国との距離が離れていたグ帝は航続距離を伸ばした航空機を作る傾向にある。グラ・バルカス帝国の技術と工業力により、製造性が高く、飛行士の練度も高い。まさしくユクド世界最高峰の航空戦力と言える。

殆どの航空機が天ツ上と同じ見た目な上、同じ性能なので、誤射や誤認が相次ぎ、友軍機だと思って並走したら敵だったと言う事もあった。新型機を完成させたら何故か同じ物が出来ると言う謎現象も起こる。

 

『07式アンタレス型艦上戦闘機』

グラ・バルカス帝国の主力戦闘機。信頼性の高い1000馬力級エンジンを搭載し、徹底的な軽量化を図った結果、ユクド世界最強の格闘性能と速度を手に入れた機体。登場から四年経っても未だ現役でいる。

 

乗員:1名

全長:9メートル

全幅:11メートル

発動機:1130馬力

最高速度:550キロ

航続距離:3472キロ(増槽あり)

武装:

機首7.7ミリ機銃2門

翼内20ミリ機関砲2門

 

考察:零戦52型に類似している戦闘機。ただし性能はオリジナルよりも上手で航続距離や防弾性能、最高時速で上回っている。見た目は52型だが、性能はどちらかというと零戦21型に似ている。これは、グ帝のエンジン製造技術が高いため余裕あるからと見られる。

零戦52型と同じく1130馬力の癖して、本来の52型より速度は15キロ遅く航続距離は100キロ短い。52型は7.7mm防弾が施されていたのでそれ以上の防弾が有るのか。もしくはF6Fの様に根元で折り畳めるようになっているのかと考察が捗る。

 

 

 

 

 

 

『シリウス型爆撃機』

グラ・バルカス帝国が保有する艦上爆撃機、開発・製造はゲールズ社。細身の機体に1500馬力の空冷二重星形14気筒エンジンを搭載しており、最高速度は530キロに達する。グラ・バルカス帝国では『高速艦爆』として使われている。

連合国コードネームは『ジュディ』。一般飛空士は普通にシリウスと呼んでいる。

 

乗員:2名

全長:10メートル

全幅:11メートル

発動機:1500馬力

最高速度:530キロ

航続距離:2900キロ

武装:

胴体250キロまたは500キロ爆弾1発

最大750キロまで搭載可能

機首7.7ミリ機銃2門

7.7ミリ旋回機銃1挺

 

考察:日本海軍の急降下爆撃機『彗星』に類似している爆撃機。彗星といっても性能は11型だが、外見は空冷なので33型がモデルになっている様子。

 

 

 

 

 

 

『リゲル型雷撃機』

グラ・バルカス帝国の保有する艦上攻撃機、開発・製造はカルスライン社。大直径の発動機に合わせて太い胴体を採用しているが、爆弾槽は無い。

連合国コードネームは『ジル』。

 

乗員:3名

全長:10メートル

全幅:14メートル

発動機:1800馬力

最高速度:481キロ

航続距離:3000キロ

武装:

13ミリ旋回機銃1挺(機体上部)

7.92ミリ旋回機銃1挺(機体下部)

爆弾1000キロ

 

考察:本作では日本海軍の雷撃機『天山』をモデルにしている。名前の由来はオリオン座β星、全天21の1等星の1つにして冬のダイヤモンドを形成する恒星、リゲルからだと思わる。

 

 

 

 

 

『スタークラウド型艦上偵察機』

グ帝版彩風と言うべき機体で、速度が彩風より速いのは単純に馬力が大きいからある。彩風も戦時中に鹵獲したスタークラウドを真似て真電の2700馬力DCモーターを搭載する事になった。

一等星ではなく天体用語なのは、特殊な機体と言う説と、名前が少なくなった説の二つが有るが不明である。

 

乗員:3名

全長:11メートル

全幅:12メートル

発動機: 2400馬力

最高速度:697キロ

航続距離:4500キロ

武装:

機首13ミリ機銃1門

 

考察:モデルは日本海軍の偵察機「彩雲」。

 

 

 

 

 

水上機

『08式アクルックス型水上戦闘機』

 

乗員:1名

全長:10メートル

全幅:12メートル

発動機:1130馬力

最高速度:450キロ

航続距離:1150キロ

武装:

20ミリ機銃2門

7.7ミリ機銃2門

爆弾60キロ二発

 

 

 

 

 

陸上機

『24式ベガ型双発爆撃機』

天ツ上の六式陸攻と塗装以外ほとんど瓜二つな為非常に紛らわしく、よく誤射を受けている。

 

乗員:7名

全長:19.63メートル

全幅:24.88メートル

発動機:1850馬力×2発

最高速度:437キロ

航続距離:2500キロ

武装:

20ミリ機銃5門

爆弾2500キロ

 

考察:本作では日本海軍の一式陸上攻撃機をモデルにしている。名前の由来はこと座α星、全天21の一等星の一つであるベガ。

 

 

 

 

『グティマウン型戦略爆撃機』

 

乗員:13名

全長:46メートル

全幅:63メートル

発動機:6000馬力×6発

最高速度:780キロ

航続距離:19400キロ

武装:

20ミリ機銃10門

爆弾20トン

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法文明国

 

神聖ミシリアル帝国

古の魔法帝国の『天の浮船』を世界で唯一実用化している。世界最強の空軍戦力を持っているが、その実は古の魔法帝国の模倣のため様々な問題点が上がっている。

 

『エルペシオⅢ』

ミリシアルの制空戦闘機『エルペシオシリーズ』の3機目。魔法帝国の機体が元になっているが、ミリシアルの技術不足によってあまりに速度が出ないため、ムーからインスピレーションを得たテーパー翼を採用している。そのため、オリジナルからはかけ離れている。

この機体には新規開発の魔導噴射装置、いわゆるアフターバーナーが装備されている。これにより従来より遥かに加速性能が上がったが、F6Uの様に30秒の余熱が必要である。

 

乗員:1名

全長:8.5メートル

全幅:12メートル

発動機:魔光呪発式空気圧縮放射エンジン一基

最高速度:530キロ

航続距離:1200キロ

武装:

翼内7.62ミリ魔光銃4門 

胴体7.62ミリ魔光砲2門

 

考察:色々とミ帝クオリティが詰まった駄作機。書籍版のデザインから察するにエアインテークはYe-8のようなフィンがあるのが特徴。一見はまぁかっこいいが、どことなく違和感が漂う見た目をしている。この書籍版のデザインを考えた高野氏は、本当にすごいと思う。

本作ではある理由により、機体後部のテールコーンやコンダイノズルが存在しない。そのため機体後部の開口部が非常に大きい。

 

 

 

 

 

『ジグラントⅡ』

マルチロール戦闘機としてミリシアルで採用されておる旧式機。750キロの爆弾も搭載でき、それを捨てた後は制空戦闘もこなせる。まさに、マルチロールといった機体でミリシアルから万能機として重宝されている。

その性能の良さから、エンジン改良型が世界各国に輸出されている。『アイレスII』とはライバル関係にある機体。

 

乗員:1名

全長:10メートル

全幅:12メートル

発動機:魔光呪発式空気圧縮放射エンジン一基

最高速度:510キロ

航続距離:2000キロ

武装:

翼内7.62ミリ魔光砲4門

爆弾750キロ

 

考察:マルチロール機としてマグトラ沖海戦に初登場した機体。おそらく、「せめてこいつじゃなくて、エルペシオⅢがあれば……」という台詞と型番号から、それなりの旧式機であると予測される。

 

 

 

 

 

『ジグラントⅢ』

ジグラントⅡの後継機として開発された新型マルチロール機。改良されたエルペシオⅢ+と同じエンジンを搭載することにより、950キロまでの爆弾を懸吊できる世界最強の艦上攻撃機となった。

ジグラントⅡと同じマルチロール機で、ミリシアルでは爆撃機としても戦闘機としても使われている。

グ帝側コードネームは『チャレンジャー』。

 

乗員:1名

全長:12メートル

全幅:14メートル

発動機:魔光呪発式空気圧縮放射エンジン一基

最高速度:502キロ

航続距離:2800キロ

武装:

機首20ミリ魔光砲2門

翼内7.62ミリ魔光砲6門

爆弾950キロ

 

考察:F4ジェット戦闘機となんら遜色のない先進的な風防フレームとキャノピー、鋭い機首にダイバータレス超音速インレットを備えたエンジン吸気口を持っている。そして翼形状は、まさかのジェットエンジンで利点皆無の逆ガル翼とH字尾翼という、奇跡の機体(キメラ)となっている。

今作では先のエルペシオの様にコンダイノズルとテールコーンが無い。

そして吸気口は、F4Uの様なのが主翼の付け根に装備されている。

 

 

 

 

 

 



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登場艦艇

アンケートの結果を踏まえて投稿します。
未完成ですが、物語が進むごとに追加する予定。

2020/10/08
グ帝編がもうすぐなので、ネタバレ範囲外の船を全て追加。


オリジナル艦艇あり。

両原作で細かなスペックが分からない艦は、独自考察を交えて設定を予測しています。

物語開始時点で撃沈済みの艦艇(原作とある飛空士シリーズで撃沈された艦艇)には×を付けています。

 

 

 

 

機械文明国

 

神聖レヴァーム皇国

『エル・バステル級飛空戦艦』

『エルクレス級飛空戦艦』

『サン・タンデール級飛空戦艦』

『スセソール級飛空母艦』

『グラン・イデアル級飛空母艦』

『ボル・デーモン級重巡空艦』

『アドミラシオン級軽巡空艦』

『アギーレ級駆逐艦』

『LST-1級戦車揚陸艦』

『LCI級歩兵揚陸艦』

『LCVP級揚陸艇』

『デル・ガラパゴス級潜水艦』

 

 

 

帝政天ツ上

飛騨(ひだ)型飛空戦艦』

紀伊(きい)型飛空戦艦』

薩摩(さつま)型飛空戦艦』

阿蘇(あそ)型巡空戦艦』

新鶴(にいづる)型飛空母艦』

雲鶴(うんかく)型飛空母艦』

飛鷹(ひよう)型軽飛空母艦』

龍王(りゅうおう)型重巡空艦』

高蔵(たかくら)型重巡空艦』

筑後(ちくご)型軽巡空艦』

井吹(いぶき)型重雷装巡空艦』

島風(しまかぜ)型高速駆逐艦』

(うめ)型駆逐艦』

燦雲(さんうん)型高速駆逐艦』

伊58(いごじゅうはち)型潜水艦』

『あかつき丸』

『コ号対地掃討空中艦』

『第百一号型輸送艦』

『飛空大発動艇』

 

 

 

ムー

旧式艦

『ラ・カサミ級戦艦』

『ラ・ヴァニア級航空母艦』

『ラ・デルタ級装甲巡洋艦』

『ラ・グリスタ級巡洋艦』

『ラ・ホトス級巡洋艦』

『ラ・シキベ級軽巡洋艦』

『ラ・レランパゴ級小型艦』

 

 

 

 

グラ・バルカス帝国

『グレート・アトラスター級戦艦』

『ペルセウス級戦艦』

『ヘルクレス級戦艦』

『オリオン級戦艦』

『ペガスス級航空母艦』

『サジタリウス級航空母艦』

『カプリコーン級軽空母』

『アウリーガ級護衛空母』

『ダスト・オーシャン級大型巡洋艦』

『アリエス級重巡洋艦』

『タウルス級重巡洋艦』

『レオ級重巡洋艦』

『キャニス・メジャー級巡洋艦』

『シグナス級防空巡洋艦』

『レプレス級駆逐艦』

『キャニス・ミナー級駆逐艦』

『エクレウス級駆逐艦』

『スコルピウス級駆逐艦』

『パラス級護衛駆逐艦』

『シータス級潜水艦』

『デルファイナス級潜水艦』

 

 

 

 

魔法文明国

 

神聖ミシリアル帝国

『改ミスリル級魔導戦艦』

『オリハルコン級魔導戦艦』

『ゴールド級魔導戦艦』

『マーキュリー級魔導戦艦』

『ロデオス級航空魔導母艦』

『ゴールド級軽航空魔導母艦』

『シルバー級護衛空母』

『ヒヒイロカネ級航空魔導母艦』

『シルバー級魔導巡洋艦』

『シルバー級魔砲艦』

『ブロンズ級魔砲艦』

『クリスタル級小型艦』

空中艦

『空中戦艦デス・キマウラ』

『空中戦艦巡洋艦パル・キマイラ』

 

 

 

 

アニュンニール皇国

『アダマン級戦艦』

 

 

 

 

 

 

 

機械文明国

機械文明において海を走る巨大な鋼鉄の船は抑止力として分かりやすく、大いに役立っていた。しかし、機械文明の全てが転移国家である以上、この世界では異質とみられることが多い。

推進方法には主に二つあり、ディーゼル機関や蒸気タービンをはじめとした燃料推進と、水素電池と揚力装置を用いた飛空推進が存在する。どちらが優位かと言えば、水や海水から燃料を無限に作り出す水素電池と鋼鉄の戦闘艦を空に飛ばす揚力装置を持った飛空艦の方が、他の推進方法より圧倒的に有利である。

 

神聖レヴァーム皇国

天ツ上の軍拡を警戒して建造競争を行ってきた為、飛空艦洋上艦合わせて1700隻以上の戦闘艦を保有している。その工業力、建造技術は世界一で、海軍空軍は天ツ上にとっての長らきライバルであった。

 

『エル・バステル級飛空戦艦』

神聖レヴァーム皇国の最新鋭戦艦。18インチ三連装砲を4基搭載しており、低速な代わりに火力と手数で他の戦艦を上回っていた。建造当時はレヴァーム最大最新の戦艦であり、その記録は飛騨型の全損によって更新された(それは同時に戦艦が新たに建造される時代は終わった事を意味している)。

二番艦エル・バステルはレヴァーム遠征艦隊である第7艦隊の旗艦として有名。転移時から新世界大戦にかけて、常に最前線に立っていた武勲艦である。

 

スペック

基準排水量:6万5000トン

全長:270メートル

船体幅:36メートル

全幅:108メートル

機関:揚力装置5基

武装:

主砲18インチ三連装砲4基12門

副砲6インチ連装砲6基12門

5インチ連装高角砲10基20門

40ミリ四連装機関砲16基64門

20ミリ機関砲20門

同型艦:3隻

 

考察:本作に登場するのはアニメ版『恋歌』に登場したエル・バステル。三枚の主翼と4基の18インチ三連装砲を備えた戦艦。モデルは主砲を18インチに強化したモンタナ級と思われる。

『追憶』にて本来のエル・バステルは第八特務艦隊に徴用されたため、既に艦隊ごと撃沈されている。そのため、作中に登場するのは『エル・バステル』の名を冠せられた同型艦で軍を上げての隠蔽工作をしている(皇家ェ……そこまでメンツが大事か……)。

 

艦名

・初代エル・バステル ×

とある飛空士シリーズ大1作の『追憶』にて第八特務艦隊の旗艦を務めて、艦隊もろとも撃沈された艦。おそらく2代目エル・バステルと同型の戦艦だったと思われる。

 

・2代目エル・バステル

二番艦、本作の主役級戦艦。

 

・グラン・ビクトリア

三番艦、中央海戦争後に建造。

 

 

 

 

 

『エルクレス級飛空戦艦』

神聖レヴァーム皇国の一世代前の飛空戦艦。46センチ砲を三連装3基搭載しながらも高い速力を誇るため、空母機動艦隊の護衛を務めることが多い船。

元々は天ツ上の阿蘇型巡空戦艦に対抗する為の戦艦であり、天ツ上海軍から最重要ターゲットとしてマークされていた。しかし中央海戦争では一隻も沈めるに至らず、本級の性能の高さが窺える。

 

スペック

基準排水量:4万8000トン

全長:270メートル

船体幅:32メートル

全幅:96メートル

機関:揚力装置4基

武装:

18インチ三連装砲3基9門

5インチ連装両用砲10基20門

40ミリ四連装機関砲15基60門

20ミリ単装機関砲60基

同型艦:6隻

 

考察:モデルはアイオワ級戦艦、主に空母機動艦隊の護衛を担うため艦隊決戦以外には出番が少ない船である。

 

艦名

・エルクレス

 

・エスペランサ

 

・エストラル

 

・ペレスタル

 

・アドラーゼ

 

・アレンザード

 

 

 

 

 

 

『サン・タンデール級飛空戦艦』

神聖レヴァーム皇国の2世代前の飛空戦艦。薩摩型に対抗するため18インチ砲を三連装砲で装備、薩摩型飛空戦艦を圧倒している設計となっている。元々は水上戦艦であったが、中央海戦争の末期に大瀑布を越えるために飛空艦へと改造された。

優れた船体防御力を誇り、全体的に頑丈な船であるものの、建造当初は揚力装置が異常振動し亀裂が入るという問題が発生していた。その振動問題のせいで2隻が損失しているが、問題を解決した6隻が現在でも現役。

 

スペック

基準排水量:3万5000トン

全長:207メートル

船体幅:32メートル

全幅:96メートル

機関:揚力装置4基

武装:

18インチ三連装砲3基9門

5インチ連装両用砲8基16門

40ミリ四連装機関砲68門

20ミリ連装機銃78門

同型艦:8隻(残存6隻)

 

考察:モデルはアメリカ海軍の戦艦サウスダコタ級戦艦。

 

艦名

・サン・タンデール

 

・ラスティマ

 

・フェルナンド

 

・グラン・タマルタ

 

・グラン・ルイス

 

 

 

 

 

『スセソール級飛空母艦』

中央海戦争で全滅したレヴァーム空母を補充するために生み出された新型空母。新機軸を多数盛り込んだ設計を採用しており、かつてのグラン・イデアルよりも大型で試作されたばかりのカタパルトを装備している。

なお実は前級のグラン・イデアル級と違い、飛行甲板に装甲を張っている。前級は格納庫の床に装甲を張っていたが、スセソール級は中央海戦争の戦訓を活かして飛行甲板に張った。

 

スペック

基準排水量:4万5000トン

全長:290メートル

船体幅:30メートル

全幅:90メートル

機関:揚力装置8基

兵装:

5インチ連装両用砲4基8門

5インチ単装両用砲20基20門

40ミリ四連装機関砲多数

カタパルト4基

装備:

蒸気カタパルト2基

搭載機数:136~145機

同型艦:24隻(予定)

 

考察:スセソールの意味は「後継者」。「とある飛空士の恋歌」ではクライマックス時に、なんと双胴空母が映っている。まさかスセソールは………。

 

艦名

・スセソール

 

・グローリア

 

・プロタゴニスタ

 

・メントル

 

・サン・マルティン

 

・サン・ミゲル

 

・スエーニョ

第7艦隊所属

 

・ガナドール

第7艦隊所属、シャルルの乗艦

 

 

 

 

 

 

 

『グラン・イデアル級飛空母艦』

中央海戦争時のレヴァーム最新鋭航空母艦。第一機動艦隊、通称「バルドー機動艦隊」旗艦を務めていた。従来型の1.75倍という高い出力を持つ新型揚力装置を8基装備することで、従来の正規空母よりも大型化・重武装化を達成している。

 

基準排水量:3万3000トン

全長:260メートル

船体幅:28メートル

全幅:84メートル

機関:揚力装置8基

兵装:

6インチ連装砲4基8門

40ミリ四連装機関砲多数

搭載機数:120機

同型艦:20隻

 

考察:モデルは戦時中に20隻建造されていることからエセックス級と思われる。ただし、搭載機数は120機とエセックス級よりも多い。バルドー艦隊全体で2400機は航空機を保有していると思われる。対空砲が一つもなく、対空戦闘は艦隊を組む前提で作られている(そんな装備だから魔犬様に直上で宙返りされるんや……)。

 

艦名

・グラン・イデアル ×

中央海戦争時、バルドー機動艦隊の旗艦を務めていた船。飛騨と摂津の殴り込みにより砲弾が直撃し、三つに折れて轟沈。

 

・同型艦19隻 ×

飛騨と摂津の殴り込みにより全て撃沈。

 

 

 

 

 

『アルマダ級軽飛空母艦』

神聖レヴァーム皇国の軽空母、アドミラシオン級軽巡空艦の船体を流用しており、意外と上手くいった軽空母。護衛空母としても使われている。

転移後に建造され始めたが、レヴァームには正規空母としてスセソール級が存在する為、そのほとんどは輸出用として諸外国にて運用されている。

 

基準排水量:1万1000トン

全長:190メートル

船体幅:33メートル

全幅:99メートル

機関:揚力装置6基

兵装:

5インチ単装両用砲2基

40ミリ連装機関砲8基16門

搭載機数:33機

同型艦:30隻

 

考察:モデルはインデペンデンス級航空母艦。

 

・アルマダ ×

ヴィクトリア沖海戦で戦没

 

・バレンシア ×

ヴィクトリア沖海戦で戦没

 

・フェロル→ロデニウス

クワ・トイネ公国海軍に売却

 

・イビサ→ギム

クイラ王国海軍に売却

 

・トラファルガー→ジン・ハーク

ロウリア王国海軍に売却

 

・ガダルカナル→エスシラント

パールネウス共和国海軍に売却

 

・サイオン

 

・カンタブリア

 

・エスト・ミランダ

 

・ヴィクトリア

 

・シエラ・カディス

 

・トレバス

 

・アワジマ

 

 

 

 

 

 

『ボル・デーモン級重巡空艦』

【挿絵表示】

中央海戦争時、天ツ上の神出鬼没をモットーとする天ツ上機動艦隊に対抗するために作られた快速の重巡空艦。高性能のレーダーを装備し、快速の速力と優秀な自動装填装置によって高い射撃精度を誇る巡空艦。

高速航行時でも射撃精度が非常に高く、新世界大戦時にはグ帝艦艇を速力で圧倒しつつアウトレンジ攻撃を繰り返し、グ帝海軍から「射程外の悪魔」と恐れられた。

 

基準排水量:1万4000トン

全長:205メートル

船体幅:23メートル

全幅:69メートル

機関:揚力装置4基

兵装:

主砲8インチ三連装砲5基15門(上部3基、下部2基)

副砲5インチ連装砲8基16門

対空機関砲多数

同型艦:16隻

 

考察:モデルはボルチモア級とデモイン級。天ツ上の機動艦隊には対抗する船が存在していると考えて作成。とある飛空士シリーズの巡空艦以下は軒並み下部にも主砲があるため、本級も下部に砲がある。

 

艦名

・ボル・デーモン

本作における第二の「しきしま」ポジション。レオナルド艦長の下、使節団艦隊に組み込まれたりして活躍している。

 

・サブライム・パレンティア

 

・サン・ヘレス

 

・シウダ・レアル

 

・カディス

 

・ディエルマ

 

・グラナデロ

 

・アタカンテ

 

・アルソビスポ

 

・フランコ・ティラドール

 

 

 

 

 

『アドミラシオン級軽巡空艦』

発達する駆逐艦に対抗するため、前級から両用砲を増やして設計された軽巡。更には三連装砲を多数搭載しており、自動装填装置も搭載。高いレートで駆逐艦をタコ殴りにするのがコンセプト。

さらにはボル・デーモン級と同じく強力なレーダーと射撃管制装置を搭載しており、命中精度は世界一。新世界大戦では重巡とも同格に戦える船として酷使された。

 

スペック

基準排水量:1万2000トン

全長:185メートル

船体幅:20メートル

全幅:60メートル

機関:揚力装置4基

武装:

6インチ三連装砲6基18門(上部4基、下部2基)

5インチ連装両用砲8基16門

40ミリ四連装機関砲8基32門

40ミリ連装機関砲8基16門

同型艦:42隻

 

考察:モデルはクリーブランド級軽巡洋艦。

 

・アドミラシオン

 

・ピエダー

 

・サン・タフェ

 

・サン・アンドレス

 

・タルスタ

 

・メルガード

 

・ソルダート

 

・メンサヘロ

 

・インファンテリーア

 

・センティネーラ

 

 

 

 

 

 

『アギーレ級駆逐艦』

神聖レヴァーム皇国の主力駆逐艦。レヴァームの駆逐艦として初めて2000トンを超える排水量を誇る事になった船。優れた船体とバランスの取れた設計が評価されており、中央海戦争時に200隻以上が建造されている。

機関出力は梅型や燦雲型よりも高め。しかし航続距離は燦雲型よりも短く、その上武装過多が原因で不安定な艦である。

 

スペック

基準排水量:2100トン

全長:114メートル

船体幅:14メートル

全幅:42メートル

機関:揚力装置4基

武装:

5インチ単装両用砲9基9門(上部5基下部4基)

五連装空雷発射管2基

爆弾槽2基

四連装40ミリ機関砲2基

二連装40ミリ機関砲6基

同型艦:200隻以上

 

考察:モデルはフレッチャー級駆逐艦。レヴァームの駆逐艦の種類を減らすために全てこの駆逐艦に統一されている設定。

 

・アギーレ

 

・インファンテ

 

・オサンドン

 

・サン・ペドロ

 

・オペラシオン

 

・ガセール

 

・ラッセン

 

・ラッセル

 

・ラーゼル

 

・ペルメナンテ

 

・ヘルテル

 

 

 

 

 

 

『LST-1級戦車揚陸艦』

ビーチングにより戦車を揚陸させるための特化型輸送艦。中央海戦争での反撃作戦の輸送能力として大量建造され、主にレヴァーム陸軍や海兵隊に配備されている。

 

スペック

基準排水量:1600トン

全長:100メートル

全幅:15メートル

機関:揚力装置2基

武装:

40ミリ連装機関砲2基

40ミリ単装機関砲4基

20ミリ単装機関砲12基

積載量:

戦車550トン

またはLCVP級揚陸艇2~6隻+兵員220名

同型艦:2000隻

 

 

 

 

 

『LCI級歩兵揚陸艦』

非常に大型のLST-1を補完すべく建造された揚陸艦。歩兵しか運ばない輸送艦だが、コストがとても安い。なお一部では24連装ロケット砲を10基も搭載して火力支援に特化した艦も存在する、ただし正面しか砲撃出来ない。

 

スペック

基準排水量:234トン

全長:48.3メートル

全幅:7メートル

機関:揚力装置2基

武装:

20ミリ単装機関砲4基

積載量:

兵員210名

同型艦:1800隻

 

 

 

 

 

『LCVP級揚陸艇』

レヴァーム版飛空大発動艇と言うべき船。洋上からLST-1の艦首より発進したり、輸送船の舷側に吊り下げられて運ばれたりと様々。天ツ上と違い、歩兵か軽トラックしか運ばないと割り切っている。

 

スペック

基準排水量:8.2トン

全長:11メートル

全幅:3メートル

機関:揚力装置1基

兵装:

7.62ミリ機関銃2門

積載量:

資材3.6t

または兵員約36名

 

 

 

 

 

 

『デル・ガラパゴス級潜水艦』

神聖レヴァーム皇国海軍の主力潜水艦。飛空艦の対潜攻撃能力の進歩を見越して、より水深深くまで潜行出来るようになっている。しかし、高い水圧に耐えられる水素電池は製造コストが掛かるため、それほどの量産は叶わなかった。(飛空潜水艦の数自体は、保有潜水艦の三分の一程度との説がある。挙げ句中央海海戦で天ツ上の空母4隻撃沈の大金星を上げたのは、通常潜水艦とすら言われている。)

 

スペック

基準排水量:2400トン

全長:110メートル

船体幅:10メートル

全幅:15メートル

機関:小型揚力装置4基

武装:

空雷魚雷両用発射管10門(艦首6門、艦尾4門)

127ミリ単装砲2基

20ミリ機関砲2基または40ミリ単装機銃2基

潜水時間:168時間

同型艦:20隻

 

考察:とある飛空士シリーズの潜水艦は、水素電池の恩恵により航続距離と潜水時間が長いと考察。そして、大瀑布を超えての通商破壊任務に就くために揚力装置を追加、結果かなりのチート艦になってしまった。

 

 

 

 

 

帝政天ツ上

中央海戦争時、レヴァームに比べて工業力で劣る天ツ上は、その保有艦艇数の差を質で覆そうとした。戦艦は大艦巨砲主義の限界まで突き詰め、空母やその飛空機には性能の高い戦空機を積んだ。その類稀なる練度のおかげで、初期の中央海戦争では連戦連勝の記録を持つ。現在の総保有艦艇数は500隻程。

転移後艦艇の三分の一を占めていた洋上艦を飛空艦に改装したが、充電を行う為に水上航行しているとグ帝海軍艦艇とよく間違えられ誤射が多発している。

 

飛騨(ひだ)型飛空戦艦』

帝政天ツ上史上最大の超弩級戦艦。艦艇数で勝るレヴァームを質で覆すため、天ツ上の技術の推を集めて建造された戦艦。驚異的な威力を誇る50センチ砲を搭載しており、その口径は両国の戦艦の中で最大。天ツ上の艦艇にしては居住性が重視されており、『飛騨ホテル』と比喩されている。

 

スペック

基準排水量:6万5000トン

全長:260メートル

船体幅:38メートル

全幅:76メートル

機関:揚力装置6基

武装:

主砲50センチ三連装砲3基9門

副砲20.3センチ三連装砲2基6門

12.7ミリ連装高角砲上下8基、計16基32門

40ミリ三連装機関砲多数

カタパルト中央2基

後部着艦口1基

艦載機:水上偵察機7機

同型艦:4隻(予定)

 

考察:モデルは日本海軍の戦艦大和型。しかし、主砲が50センチになっていたりと強化されている。しかし、基準排水量や大きさは同じ。不思議である。

 

艦名

飛騨(ひだ) ×

摂津とともにバルドー機動艦隊に殴り込む。後に自沈。

 

摂津(せっつ) ×

飛騨とともにバルドー機動艦隊に殴り込む。再突入した太刀洗湾にて、敵艦からの17発の直撃弾を受けて撃沈。

 

秋津洲(あきつしま)

異世界転移後(グ帝戦直前)に就役した3番艦。

第一連合艦隊旗艦候補。

 

日高見(ひたかみ)

異世界転移後(グ帝戦の数ヵ月後)に就役した4番艦。

 

 

 

 

 

紀伊(きい)型飛空戦艦』

元々は水上戦艦として建造された、飛騨型を除く天ツ上最大の戦艦。元々は水上戦艦だったが転移後の改造にて飛空艦として就役。飛騨型がいない中天ツ上海軍の打撃力を担っている。主砲は天ツ上戦艦で初めて三連装砲を採用しており、手数は申し分ない。この船の主砲塔データが後の飛騨型の開発につながった。

新世界大戦時はグ帝海軍のペルセウス級戦艦と艦影が瓜二つだった為、よく誤射を受けている。対策として天ツ上は紀伊型を含めた艦艇の主砲塔に対空識別塗装を塗っている。

 

スペック

基準排水量:4万3800トン

全長:252メートル

船体幅:33メートル

全幅:66メートル

機関:揚力装置6基

武装:

46センチ三連装砲3基9門

15.5センチ単装砲16基16門

12.7センチ連装高角砲上下8基、計16基32門

25ミリ三連装機関砲48基144門

カタパルト中央2基

後部着艦口1基

艦載機:水上偵察機7機

同型艦:2隻

 

考察:モデルは原作日本国召喚外伝に登場した紀伊型戦艦。主砲を46センチ砲に変更した以外はそのままの出演である。二番艦の尾張の読み仮名は本来ならば『おわり』だが、『終わり』だと語呂合わせが悪いという事で『おあり』になっている。

 

艦名

紀伊(きい)

 

尾張(おあり)

 

 

 

 

 

 

薩摩(さつま)型飛空戦艦』

レヴァームの16インチ砲搭載艦に対抗するため、初めて18インチ砲(46センチ砲)を搭載した国産戦艦。建造から長らく帝政天ツ上海軍の象徴として崇められ、天ツ上の子供たちに「好きな戦艦は何か?」と聞けば必ずこの型が出るほどの人気ぶりであった。飛騨型が出るまで天ツ上海軍の総旗艦を務めていた古株戦艦である。

 

スペック

基準排水量:3万3800トン

全長:225メートル

船体幅:35メートル

全幅:70メートル

機関:揚力装置4基

武装:

46センチ連装砲4基8門

15.5センチ単装砲18基18門

12.7センチ連装高角砲上下8基、計16基32門

25ミリ三連装機銃60基

カタパルト中央1基

後部着艦口1基

艦載機:水上偵察機3機

同型艦:4隻

 

考察:モデルは46センチ砲を搭載した長門型戦艦、諸事情により対空兵装を増やしている。

 

艦名

薩摩(さつま)

中央海戦争後の天ツ上海軍総旗艦を務めている船。総旗艦としての任務に忙しいため、ほとんどの任務は二番艦の敷島に任せている。

 

敷島(しきしま)

原作における「巡視船しきしま」の生まれ変わり。艦長の瀬戸の下、活躍する。

 

豊後(ぶんご)

 

肥前(ひぜん)

 

 

 

 

 

阿蘇(あそ)型巡空戦艦』

帝政天ツ上の古株の巡空戦艦。41センチ砲に対空兵装多数搭載していて、空母の護衛ができる性能を持っている。また、3番艦の『比叡』は飛騨型飛空戦艦の艦橋設計テストの役割を担っている。中央海戦争では圧倒的な火力でレヴァーム側の重巡達を多数葬ってきた為、レヴァーム軍に最も警戒されていた艦として有名。

 

スペック

基準排水量:3万2000トン

全長:219m

船体幅:31メートル

全幅:62メートル

機関:揚力装置4基

武装:

41センチ連装砲4基8門

12.7センチ連装高角砲上下6基、計12基24門

25ミリ3連装機銃36基108門

装備:

カタパルト中央1基

後部着艦口1基

艦載機:水上偵察機3機

同型艦:4隻

 

考察:モデルは天城型巡洋戦艦と金剛型巡洋戦艦のミックス。

 

艦名

阿蘇(あそ)

 

鶴見(つるみ)

 

比叡(ひえい)

 

霧島(きりしま)

 

 

 

 

 

新鶴(にいづる)型飛空母艦』

帝政天ツ上の新型空母。中央海戦争時の天ツ上空母からの戦訓を生かし、分厚い装甲が甲板などに張り巡らせる事で防御力を向上、抗堪性も非常に上がった。同じ装甲甲板であるスセソール級よりも防御力は高め。

8基の揚力装置はレヴァーム製の新型になり、旧式の1.75倍の出力を誇る。このおかげで新鶴は全長260メートルを超える巨体を手に入れた。しかし、装甲空母のためコストが高く付き、搭載機数もサイズに反して少なめである。

 

スペック

基準排水量:3万5000トン

全長:260メートル

船体幅:33メートル

全幅:66メートル

機関:揚力装置8基

装甲:

飛行甲板20mmDS+75mmCNC鋼

機関室舷側 55mmCNC等

武装:

12.7センチ連装高角砲上下6基、計12基24門

25ミリ三連装機銃17基51挺

搭載機数:54〜74機

同型艦:8隻

 

考察:モデルは日本海軍の新型航空母艦『大鳳』。天ツ上の空母は中央海戦争で全滅しているため、新しく建造したのがこの空母。

 

艦名

新鶴(にいづる)

一番艦、ネームシップである。

 

白鶴(しらづる)

二番艦。

 

凰龍(おうりゅう)

三番艦。

 

神龍(しんりゅう)

四番艦。

 

白鷹(はくよう)

五番艦。

 

翔鷹(しょうよう)

六番艦。

 

 

 

 

 

 

 

雲鶴(うんかく)型飛空母艦』

中央海戦争時の天ツ上海軍の正規空母。80機を超える戦闘機、爆撃機、雷撃機を搭載可能で、天ツ上の主力正規空母を担った。

 

スペック

基準排水量:3万3000トン

全長:250メートル

船体幅:33メートル

全幅:66メートル

機関:揚力装置8基

武装:

15.5センチ連装4基8門

12.7センチ高角砲上下連装8基、計16基32門

25ミリ二連装機関砲12基

搭載機数:80機

同型艦:2隻

 

考察:モデルは日本海軍の航空母艦『赤城』『加賀』と思われる。搭載機数は80機で史実の赤城よりも多い。劇中では『夜想曲』に登場し、千々石武雄の乗艦として活躍していた。

艦首に艦橋と15.5センチ?二連装砲塔を搭載しており、砲撃力もあると見られる。映画版とある飛空士への追憶の広告では二段空母になっている。

 

艦名

雲鶴(うんかく) ×

天ツ上海軍の正規飛空空母。「とある飛空士への追憶」にも、海猫作戦阻止のため登場する。淡島沖海戦で三好艦隊の旗艦を務めて、囮として撃沈。

 

真鶴(まなづる) ×

雲鶴と同型の航空母艦。エスト・ミランダ沖海戦を雲鶴と共に生き残る。三好艦隊の中核を握り、囮として撃沈。

 

 

 

 

 

 

飛鷹(ひよう)型軽飛空母艦』

帝政天ツ上の量産型軽空母。天ツ上はレヴァームのような国力がなくとも空母の集中運用を可能にするため、航空母艦2隻を伴う艦隊に軽空母も2隻づつ付けている。その為の量産型軽空母がこの飛鷹型。

軽い船体は潜水艦母艦の船体をベースとしているからであり、量産性も高くコストも安い。艦隊決戦だけでなく地方警備などにも使われる、天ツ上の万能空母。

しかしある欠点がある、この艦は水上で充電しながら潜水艦を補給する事を想定した潜水母艦が元となっている為、なんとグラ・バルカス帝国のカプリコーン級軽空母と酷似しているのだ。

 

スペック

基準排水量:1万2000トン

全長:205メートル

船体幅:21メートル

全幅:42メートル

機関:揚力装置4基

武装:

12.7センチ連装高角砲上下8基16門

25ミリ三連装機銃16基48挺

12センチ噴進砲4基

搭載機数:30機

同型艦:20隻

 

考察:天ツ上がレヴァームとの国力差を埋めるために作った軽空母。これと新鶴型航空母艦をペアで運用する事で、レヴァームのタスクフォース編成に対抗している設定。

艦名こそ飛鷹だが、モデルは瑞鳳型である。卵焼きは一応作っている艦が居る。

 

艦名

飛鷹(ひよう)

 

大鷹(たいよう)

 

神鳳(しんほう)

 

雲鷹(うんよう)

 

隼鳳(じゅんほう)

 

海鷹(かいよう)

 

瑞鳳(ずいほう)

 

龍鷹(りゅうよう)

 

 

 

 

 

龍王(りゅうおう)型重巡空艦』

【挿絵表示】

帝政天ツ上の最新鋭重巡空艦として建造された、重武装の巡空艦。大型の武装を隈なく船体に詰め込んでいる。中央海戦争前に建造された前期型と戦後に建造された後期型があり、5番艦以降は艦首の形状が違う後期型。

 

基準排水量:1万6000トン

全長:202メートル

船体幅:20メートル

全幅:40メートル

機関:揚力装置4基

武装:

20.3センチ連装砲8基16門(上部5基、艦前部下部3基)

12.7センチ連装高角砲8基16門

25ミリ三連装機関砲18基

三連装空雷発射管4基(両舷に装備)

装備:

カタパルト中央2基

後部着艦口1基

艦載機:戦闘機or偵察機10機

同型艦:12隻

 

考察:モデルは重巡洋艦時代の最上型重巡洋艦を、航空機が運用できるように少し改良。

 

艦名

龍王(りゅうおう)

一番艦、ネームシップ。

 

開聞(かいもん)

二番艦。

 

九重(くじゅう)

三番艦。

 

尾鈴(おすず)

四番艦。

 

市房(いちふさ)

五番艦、以降後期型

 

祇園(ぎおん)

六番艦。

 

皇海(すかい)

七番艦。

 

稲星(いなばし)

八番艦。

 

普賢(ふぜん)

九番艦。

 

矢筈(やはず)

十番艦。

 

野町(のま)

十一番艦。

 

越敷(こしき)

十二番艦。

 

 

 

 

 

高蔵(たかくら)型重巡空艦』

神出鬼没をモットーとする天ツ上機動艦隊の

護衛を務めるために作られた艦。空母に随伴できる高速性と重武装を両立しており、飛空機に追いつきながら対空砲火を浴びせたり肉薄してくる巡空艦などを迎撃する役割を持つ。

中央海戦争時、初め主砲口径15.5センチだったが、レヴァームの軽巡の攻撃力増加と8インチ砲重巡に対抗する為に、20.3センチ連装砲に改装した

 

スペック

基準排水量:1万3000トン

全長:203メートル

船体幅:20メートル

全幅:40メートル

機関:揚力装置4基

武装

20.3センチ連装砲9基18門(上部4基、下部5基)

12.7センチ連装高角砲計8基16門

三連装酸素空雷発射管2基6門

25ミリ連装機関砲14基(上部4基、下部10基)

装備:

カタパルト中央2基

艦載機:水上偵察機4機(格納庫無し)

同型艦:8隻

 

考察:モデルは不明。映画版とある飛空士への追憶でシャルルに網を張った巡空艦に名前をつけたもの。下部にも主砲があり火力は高いとみられ、砲塔は上は4基、下部は5基となっている。

映画でシャルルは「重巡!?」と言っているが、これはとある飛空士シリーズの世界では史実でいうロンドン海軍軍縮条約がないため、15センチ砲搭載艦でも「重巡」と呼んでいるからと考えられる。

 

艦名

高蔵(たかくら)

一番艦、ネームシップ。

 

高千穂(たかちほ)

二番艦。

 

国見(くにみ)

三番艦。

 

行縢(むかばき)

四番艦。

 

足立(あだち)

五番艦。

 

田原(たわら)

六番艦。

 

久千部(くせんぶ)

七番艦。

 

白岩(しらいわ)

八番艦。

 

 

 

 

 

筑後(ちくご)型軽巡空艦』

帝政天ツ上の軽巡。元々は潜水艦母艦として建造された艦艇を、軽巡空艦として再設計、量産したのが本級。砲撃能力はレヴァームのアドミラシオン級に劣るものの、その分雷撃能力に長けている。天ツ上らしい攻撃的な軽巡空艦。

龍王型と同じく船体下部が格納庫となっている為、着水時にここを魚雷で攻撃されると一気に浸水する。

砲撃を受けやすい場所の為、炎上による被害が拡大する可能性がある。

 

スペック

基準排水量:8200トン

全長:192メートル

船体幅:16.6メートル

全幅:33.2メートル

機関:揚力装置4基

武装:

15.5センチ三連装砲4基12門(艦上部3基、艦前下部1基)

12.7センチ連装高角砲6基12門

四連装酸素空雷発射管4基16門

25ミリ三連装機銃8基24門

艦載機:戦闘機or偵察機6機

同型艦:12隻

 

考察:モデルは大淀型の主砲と阿賀野型の配置を組み合わせたオリジナル艦。

 

艦名

筑後(ちくご)

一番艦、ネームシップ。

 

矢部(やべ)

二番艦。

 

大淀(おおよど)

三番艦。

 

松浦(まつうら)

四番艦。

 

吉野(よしの)

五番艦

 

木津(きず)

六番艦

 

 

 

 

 

井吹(いぶき)型重雷装巡空艦』

元々は筑後型以前の旧式軽巡空艦。酸素空雷と酸素魚雷の開発成功により、艦隊決戦を優位に進めるため改造された。固定式の空雷発射管を40門備えており、駆逐艦以上の雷撃能力を持っている。

改造にこの軽巡空艦が選ばれた理由としては軽巡空艦としての利便性、立案当時でもかなり長い艦歴であった当艦の有効な活用方法、早急な改装工事を行う為、などが挙げられる。

 

スペック

基準排水量:5500トン

全長:162メートル

船体幅:15メートル

全幅:30メートル

機関:揚力装置4基

武装:

15.5センチ連装砲4基8門(上部2基、下部2基)

固定式空雷発射管40門

25ミリ連装機関砲10基

同型艦:4隻

 

考察:モデルは球磨型重雷装巡洋艦。名前はとある飛空士シリーズの原作者様の最新シリーズ『プロペラ・オペラ』の重雷装駆逐艦『井吹』から名前を拝借。本来ならば改造されたのは2隻だが、本作では4隻が改造されている。

 

艦名

井吹(いぶき)

 

菊池(きくち)

 

本明(ほんみょう)

 

五ヶ瀬(ごかせ)

 

 

 

 

島風(しまかぜ)型高速駆逐艦』

梅型の性能不足を補うために建造された高性能駆逐艦。梅型とのハイ・ローミックスのハイにして、レヴァームとの保有艦艇数の差を埋めようとした超高性能駆逐艦。全体的なスペックもアギーレ級をさらに越している高性能駆逐艦で、大きさは3000トン以上の世界最大の駆逐艦。

 

スペック

基準排水量:3100トン

全長:129メートル

船体幅:11メートル

全幅:22メートル

機関:揚力装置3基

武装:

主砲12.7センチ連装両用砲7基14門(上部4基下部3基)

五連装酸素空雷発射管3基15門

25ミリ連装機関砲8基16門

25ミリ単装機関砲8基

爆雷投射機

対空レーダー

ソナー

KMX磁気探知機

曳航ソナー

同型艦:30隻

 

考察:モデルは島風型駆逐艦と秋月型駆逐艦、それを大幅に武装強化したもの。

 

艦名

島風(しまかぜ)

 

天霧(あまぎり)

 

春風(はるかぜ)

 

(いかずち)

 

(いなづま)

 

初明(はつあかり)

 

豊栄(とよさか)

 

細雪(ささめゆき)

 

淡雪(あわゆき)

 

五月雨(さみだれ)

 

高波(たかなみ)

 

涼月(すずつき)

 

 

 

 

 

(うめ)型駆逐艦』

燦雲型駆逐艦の後継として作られた駆逐艦。エスト・ミランダ沖海戦での駆逐艦の被害と戦訓を受けて設計されている。量産性、対潜性、高速性を重視して作られ、量産性にものを言わせて大量建造されている。特に対潜性能は新型の磁気探知機や曳航ソナーを装備しているため、空を飛びながらの探知が可能。

 

基準排水量:1500トン

全長:100メートル

船体幅:9メートル

全幅:18メートル

機関:揚力装置2基

兵装:

主砲12.7センチ両用砲5門(上部単装1基連装1基3門、下部単装2基2門)

四連装酸素空雷発射管2基8門(回転式、甲板上に装備)

爆弾槽2基(爆雷投射機としても使用可能)

25ミリ連装機関砲8基16門

25ミリ単装機関砲8基

ソナー

KMX磁気探知機

曳航ソナー

同型艦:98隻

 

考察:名前のモデルは松型駆逐艦。燦雲型の後継艦として作られたと言う設定のため、名前は植物から来ている。

 

艦名

(うめ)

 

(たけ)

 

(まつ)

 

紫陽花(あじさい)

 

朝顔(あさがお)

 

向日葵(ひまわり)

 

 

 

 

 

燦雲(さんうん)型高速駆逐艦』

帝政天ツ上の飛空駆逐艦。現在は後継艦が登場しているため、若干旧式化しているが、まだまだ現役の船が多い。電流を並列繋ぎから直列つなぎに変更するなど、当時の画期的な新技術が盛り込まれている。

 

基準排水量:2000トン

全長:118メートル

船体幅:10メートル

全幅:20メートル

機関:揚力装置3基

兵装:

主砲12.7センチ連装両用砲5基10門(上部3基6門、下部2基4門)

三連装酸素空雷発射管4基12門(固定式、両舷に装備、片舷6門)

25ミリ連装機関砲8基16門(上下ともに4基づつ)

25ミリ単装機関砲8基

爆雷投射機

ソナー

KMX磁気探知機

曳航ソナー

同型艦:48隻

 

考察:映画にて8隻が登場した帝政天ツ上海軍の飛空駆逐艦。本作のモデルは陽炎型駆逐艦。全面に鉄鋼装甲(と言っても7.7mm弾や15mm前後の弾丸を防ぐ程度かと思われる)が施されているが、高速駆逐艦という名に違わず「図体の割には速度が速い」とシャルルに評されている。

それもそのはず、なんとこの駆逐艦、最高時速620キロのサンタ・クルスと併走するシーンがある(ただし巡航速度のサンタ・クルス、およそ350キロと思われる)。

そして、主砲のモデルはなぜか10センチ高角砲である。今作では「航空機の発達に対抗するため、飛空駆逐艦には両用砲を搭載している」と言う設定を用いる。

 

艦名

・燦雲

一番艦、ネームシップ。

 

・竜巻

12番艦、艦長は米秋。

 

 

 

 

 

『|伊58型潜水艦』

帝政天ツ上の主力潜水艦。長い航続距離と水上機による偵察能力の高さが売りだが、大型潜水艦の為に建造数が少ない。前級の伊8型潜水艦、伊19型潜水艦、伊26型潜水艦、伊47型潜水艦と続く天ツ上潜水艦のマイナーチェンジであり、順々に簡略して行ったとも言える。なお後続の伊66型潜水艦もマイナーチェンジである。(なお飛空潜水艦の数は必死になって建造したかいがあり、保有潜水艦の三分の二程度保有している)

 

基準排水量:2230トン

全長:108メートル

船体幅:9.3メートル

全幅:14メートル

機関:小型揚力装置4基

兵装:

空雷魚雷両用発射管艦首6門

15センチ単装砲1基

25ミリ連装機銃1基

艦載機:水上機1機

潜水時間:200時間

カタパルト中央1基

艦載機:水上偵察機1機

同型艦:10隻

 

考察:モデルは巡潜乙型。

 

 

 

 

 

『あかつき丸』

天ツ上陸軍の丙型特種船。世界初のドック型揚陸艦で、他にも大発動艇の搭載を可能にしている。上陸部隊の支援を目的とする全通飛行甲板使用した航空機運用能力を有す世界的にも極めて先進的な揚陸艦であり、レヴァームにも衝撃を与えた。

 

スペック

基準排水量:9100トン

全長:152メートル

船体幅:19メートル

全幅:38メートル

機関:揚力装置2基

武装:

12センチ単装高角砲4基

25ミリ単装機関砲8基

艦載機:

真電改8機

または連絡機10機

積載量:

兵員1000名以上

飛空大発動艇27隻

同型艦:20隻

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の強襲揚陸艦の先駆け、あきつ丸。

 

 

 

 

『コ号対地掃討空中艦』

河川や島への上陸作戦の際の上陸支援を担当する小型飛空艦。高速で移動しながら機関砲やロケット弾を撃ち込み上陸を支援する兵器として開発され、主に陸軍に配備されている。

 

スペック

基準排水量:180トン

全長:38メートル

船体幅:7メートル

全幅:14メートル

機関:揚力装置2基

兵装:

76ミリ砲1基

25ミリ連装機関砲4基

127ミリ30連装ロケット砲2基

 

考察:陸軍が運用する事のできる小型艦として作成。現代で言うガンシップ。原作「とある飛空士への恋歌」にも、小型の上陸支援艦が登場するため、同じような運用目的で作られたと仮定。

 

 

 

 

『第百一号型輸送艦』

天ツ上版LST戦車揚陸艦。あかつき丸では足りない戦車輸送力を補うために作られ、主に中戦車などを輸送する役割を持つ。

 

スペック

基準排水量:810トン

全長:80メートル

船体幅:10メートル

全幅:20メートル

機関:揚力装置2基

兵装:

8センチ高角砲一門

25ミリ三連装機関砲2基6門

積載量:

戦車133トン

兵員320名

 

考察:モデルは大日本帝国の第百一号型輸送艦。

 

 

 

 

『飛空大発動艇』

陸軍の揚陸作業を容易にするために作られた、揚陸艦搭載型飛空艇。戦車を一台積めるほど大型で、揚力装置を搭載しているため荷物を載せて空を飛空できる。

 

スペック

基準排水量:64トン

全長:25メートル

全幅:4メートル

機関:揚力装置2基

兵装:

20ミリ二連装機関砲2基4門

37ミリ単装砲一門(一部の発動艇のみ)

積載量:

八式中戦車一台

兵員約120名

 

考察:モデルは大日本帝国の大発動艇、それに小型の揚力装置を取り付けた物。

 

 

 

 

 

 

 

ムー

この世界唯一の機械文明国家として、ディーゼルエンジンを使用する艦艇を多数保有している。艦艇保有数は400隻以上に上り、ムー海軍は列強二位として、近隣の海魔の駆逐や領海の警備などを担っている。

 

『ラ・カサミ級戦艦』

ムーの最新鋭戦艦、リグリエラ・ビサンズ社製。戦列艦に搭載する砲の大きさの限界を突破するため、回転砲塔といった最新式の機構を採用している。これにより、30.5センチといった超巨大砲(ムー視点)を搭載することが出来るようになり、いままでの戦列艦とは比べ物にならないほどの砲撃力を身につけた。

なお新世界大戦時は、旧式艦艇群は専ら武装を変えずに練習艦となるか、新型兵装搭載や主砲射程延長の改造を受けるか、武装を変更して工作艦(スパイ艦艇ではなく、艦船をその場で修理する方)、機雷敷設艦に改装されたり、ムー以下の国々に安値で売り払われるかであった。

 

スペック

排水量:約1万5000トン

全長:131メートル

機関:1万5000馬力

最大速力:18ノット

兵装:

主砲30.5センチ連装砲2基4門 

副砲15.2センチ単装砲14門他

・改修後

30.5センチ連装砲2基

10センチ連装高角砲6基

機銃多数

同型艦:10隻

 

考察:ムーが独力のみで作り上げた前弩級戦艦。日本海軍の戦艦『三笠』に機関以外の全てが類似している。前弩級だが、これを一国で作り上げたとなれば相当である。

 

艦名

ラ・カサミ

 

 

 

 

『ラ・ヴァニア級航空母艦』

ムーが建造した航空母艦。他国から見れば大分旧式だが、護衛空母として見ればある程度優秀な空母。旧式戦艦や装甲巡洋艦等が他国に払い下げの憂き目にあう中、護衛空母として活躍できた。

 

スペック

基準排水量:1万2000トン

全長:190メートル

全幅:22メートル

機関:ディーゼル機関2基

武装:

艦載機:30機

同型艦:

 

 

 

 

 

『ラ・デルタ級装甲巡洋艦』

ムーが保有する装甲巡洋艦、装甲巡洋艦ではあるがラ・カサミ級と同じ火力を持ち、前ド級巡洋戦艦とも言える艦艇である。ラ・カサミ級より優速なのを活かして、オールマイティーな運用がなされている。

 

スペック

基準排水量:1万3750トン

全長:137メートル

全幅:23メートル

機関:ディーゼル機関2基

武装:

30.5センチ連装砲2基

15.2センチ単装砲12基

12センチ単装砲12基

・改修後

30.5センチ連装砲2基

10センチ連装高角砲6基

機銃多数

・工作艦改造

7.5センチ単装高角砲2基

・敷設艦改造

15.2センチ単装砲4基

10センチ連装高角砲2基

機銃多数

機雷800個

爆雷100個

同型艦:

 

考察:モデルは筑紫型装甲巡洋艦

 

 

 

 

 

『ラ・グリスタ級巡洋艦』

最も装甲巡洋艦と呼ぶに相応しい艦艇は、この艦とラ・ホトス級かと思われる。戦艦よりも速度が速いが、戦艦より火力と装甲がワンランク下の巡洋艦は、ラ・デルタ級の就役により装甲巡洋艦から格下げされたと言える。

 

スペック

基準排水量:9800トン

全長:123メートル

全幅:20メートル

機関:ディーゼル機関2基

武装:

20.3センチ連装砲2基

15.2センチ単装砲14基

・改修後

20.3センチ連装砲2基

10センチ連装高角砲6基

機銃多数

・敷設艦改造

15.2センチ単装砲4基

10センチ連装高角砲2基

機銃多数

機雷600個

爆雷80個

同型艦:

 

考察:モデルは出雲型装甲巡洋艦

 

 

 

 

 

『ラ・ホトス級巡洋艦』

ラ・グリスタ級巡洋艦より一つ古い巡洋艦。とは言うものの最新鋭艦と何ら代わり無いスペックであり、ラ・グリスタ級は本艦のマイナーチェンジと言えるだろう。

 

スペック

基準排水量:9700トン

全長:134メートル

全幅:20メートル

機関:ディーゼル機関2基

武装:

20.3センチ連装砲2基

15.2センチ単装砲14基

・改修後

20.3センチ連装砲2基

10センチ連装高角砲6基

機銃多数

・敷設艦改造

15.2センチ単装砲4基

10センチ連装高角砲2基

機銃多数

機雷600個

爆雷80個

同型艦:

 

考察:モデルは浅間型装甲巡洋艦

 

 

 

 

 

『ラ・シキベ級軽巡洋艦』

小型艦が竣工する以前はこの艦が最速を誇っていた軽巡洋艦。遠洋では小型艦(駆逐艦)の様な任務や、巡洋艦らしく偵察を行っている。

 

スペック

基準排水量:4200トン

全長:110メートル

全幅:14メートル

機関:ディーゼル機関2基

武装:

15.2センチ単装砲4基

12センチ単装砲8基

・改造後

13.8センチ連装高角砲2基

37mm連装機銃8基

その為機銃多数

爆雷60個

同型艦:

 

考察:モデルは吉野型防護巡洋艦

 

 

 

 

 

『ラ・レランパゴ級小型艦』

警備目的やあまり離れていない遠洋で用いられる小型艦。何故この様な艦艇が必要かと言えば、運用コストの問題である。少しでも燃料の消費が抑えれるのであれば、抑えるのに越した事はない。そう言う事情が見え隠れするのが小型艦なのだ。

 

スペック

基準排水量:345トン

全長:67.2メートル

全幅:6.3メートル

機関:ディーゼル機関2基

武装:

10.5センチ単装砲4基

5.7センチ単装砲4基

改修後

7.6センチ単装砲1基

5.7センチ単装砲5基

45センチ単装魚雷発射管2基

同型艦:

 

考察:モデルは雷型駆逐艦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラ・バルカス帝国

グラ・バルカス帝国の艦艇はケイン神王国との戦争のために、790隻以上の艦艇を保有している。主力となる戦艦は30隻にも上り、空母に至っては正規空母を26隻、軽空母、護衛空母を含めると100隻近くになる。

 

『グレート・アトラスター級戦艦』

グラ・バルカス帝国最大最強の超大型戦艦。ケイン神王国の戦艦を圧倒するために46センチ砲を主砲とし、速力を捨てて強力な火器を積んだ結果、ユクド世界最大級となった大型戦艦。

グラ・バルカス帝国海軍の顔として5隻が建造され、グ帝海軍最新鋭戦艦として君臨。実戦では戦艦が投入される場面が新たにできた事で他戦艦が投入される中、燃費事情の関係から温存気味。

しかし一番艦の『グレート・アトラスター』は監査軍に配属され、様々な戦いに従事した。『グレート・アトラスター』は、その後も政治に左右されながらも新世界大戦を戦い抜く事になる。

 

スペック

基準排水量:6万4000トン

全長:260メートル

全幅:38メートル

機関:重油専焼蒸気タービン4基

武装:

主砲46センチ三連装砲3基9門

副砲15.5センチ三連装砲2基6門

10センチ連装高角砲8基16門

40ミリ三連装機関砲多数

同型艦:5隻

 

考察:日本海軍の大和型戦艦によく似ている戦艦。ただし、強力な電探を装備していたり近接信管を使用していたり性能的には大和より一枚上手。

 

艦名

・グレート・アトラスター

一番艦、グラ・バルカス帝国監察軍所属、グ帝側の主人公艦。レイフォルを単艦で滅ぼしたりと、異世界から恐怖の象徴になるまでに活躍している。

 

・シュバルツシルト

二番艦、グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊旗艦。

 

・プロミネンス

三番艦、グラ・バルカス帝国海軍西部方面艦隊旗艦。

 

・アトモスフィア

四番艦、グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊の所属。

 

・オールト

五番艦、グラ・バルカス帝国海軍西部方面艦隊の所属。

 

 

 

 

 

 

『ヘルクレス級戦艦』

グラ・バルカス帝国海軍の主力戦艦。帝国海軍の中で初めて40センチ砲を搭載、それまで35.6センチ砲搭載の戦艦しかいなかったのを全て廃艦にさせ、本級に代用している。船体構造がかなり頑丈で、特に二番艦「ラス・アルゲティ」は新世界大戦で二回も大破したが、その都度帰還している。

グレート・アトラスター級を出し渋るグ帝海軍で代わりに酷使され、正面から連合軍と戦い続けた。

 

スペック

基準排水量:3万3000トン

全長:215メートル

全幅:31メートル

機関:重油専焼蒸気タービン4基

武装:

41センチ連装砲4基

15.5センチ単装砲20基

12.7センチ連装高角砲4基

40ミリ三連装機関砲多数

同型艦:10隻

 

考察:日本海軍の長門型戦艦に似ている戦艦。長門型譲りの船体防御力があり、パル・キマイラのシビル爆弾の直撃を食らっても船体は崩壊しなかった、という熱い展開を繰り広げた。

 

艦名

・ヘラクレス

 

・ラス・アルゲティ

 

・スメルオリトス

 

・バルサー

 

・コルネフォロス

 

・マシム

 

・クヤム

 

・ヘラクレスII

 

 

 

 

 

『オリオン級戦艦』

グラ・バルカス帝国海軍の高速戦艦。元々は巡洋戦艦だったが、「巡洋戦艦」という艦種の廃止により戦艦に格上げされた。グ帝海軍の艦艇の中ではかなり旧式に入る戦艦であるが、その高速性能と信頼性からいまだに現役を務めている。

射程外で空を飛ぶボル・デーモン級に射程で対抗できる船でもあり、重巡を守る為の旗艦としても運用されていた。レヴァーム空軍からもライバル視された、現役の老兵。

 

スペック

基準排水量:3万2000トン

全長:222メートル

全幅:31メートル

機関:重油専焼蒸気タービン4基

武装:

35.6センチ連装砲4基

15.5センチ単装砲16基

12.7センチ連装高角砲6基

40ミリ三連装機関砲多数

同型艦:10隻

 

考察:日本海軍の金剛型戦艦に似ている戦艦。グラ・バルカス帝国でも「高速戦艦」として運用されており、速力の速さにミ帝が驚いている。

 

艦名

・オリオン

 

・ベテルギウス

 

・プロキオン

 

・メイサ

 

・ベラトリックス

 

・アル・タビット

 

・アル・タージ

 

・ピート

 

・リカータ

 

・リゲルII

 

 

 

 

 

『サジタリウス級航空母艦』

 

 

 

 

 

『ペガスス級航空母艦』

グラ・バルカス帝国軍の航空母艦。搭載機数84機の標準的な航空兵装に、高い速力と対空火器、そして優れた量産性のバランスがちょうどよく纏まったスペックをしている。グラ・バルカス帝国海軍の主力中型空母として大量建造されている。

 

スペック

基準排水量:25000トン

全長:257メートル

全幅:26メートル

機関:蒸気タービン4基

武装:

12.7センチ連装高角砲8基

40ミリ三連装機関砲多数

搭載機数:84機

同型艦:26隻

 

考察:翔鶴型航空母艦がモデル。

 

艦名

・ペガスス

 

・マルカブ

 

・アルゲニブ

 

・エニフ

 

・ホマン

 

・マタル

 

・ビハム

 

・サダルバリ

 

・オシリス

 

・シェアト

 

 

 

 

 

『カプリコーン級軽空母』

グラ・バルカス帝国海軍の量産型軽空母。正規空母を動かす程でもない戦場や、監査軍の地方艦隊などの場面で酷使された。

天ツ上の飛鷹型軽空母と同じく潜水母艦を元にして設計してあるので、水上充電中の飛鷹型はカプリコーン級軽空母とよく間違われる。

 

スペック

基準排水量:12000トン

全長:205メートル

全幅:20メートル

機関:蒸気タービン2基

武装:

12.7センチ連装高角砲4基

40ミリ三連装機関砲多数

搭載機数:30機

同型艦:40隻前後

 

考察:瑞鳳型航空母艦がモデル。

 

艦名

・アルゲディ

 

・ダビー

 

・ナシラ

 

・デネブ・アルゲディ

 

・アルシャト

 

・アルゲティII

 

・ナシラIV

 

 

 

 

 

 

 

『タウルス級重巡洋艦』

グラ・バルガス帝国の主力重巡洋艦。戦艦に次ぐ準主力艦として、高い艦隊指揮能力を持ち、ユクド世界では他国の巡洋艦より強力な兵装を備えて恐れられた。それ故、帝国海軍の傑作巡洋艦として大量建造されている。

 

スペック

基準排水量:1万2200トン

全長:200メートル

全幅:20メートル

機関:蒸気タービン4基

武装:

20.3センチ連装砲5基

12.7センチ連装高角砲4基

40ミリ三連装機関砲多数

※三連装魚雷発射管4基(改装後撤去)

※三連装空雷発射管4基(改装後に搭載)

同型艦:15隻

 

考察:日本海軍の重巡最上をモデルにしている。

 

艦名

・タウルス

 

・アルデバラン

 

・エルナト

 

・アイン

 

・アルキオーネ

 

・ケラエノ

 

・エレクトラ

 

・タイゲタ

 

・アステローペ

 

・メローペ

 

・アトラス

 

・プレイオネ

 

・プリマヒヤドゥ

 

・セクンダ・ヒヤドゥ

 

・アマテル

 

 

 

 

 

『レオ級重巡洋艦』

グラ・バルカス帝国海軍の主力巡洋艦の一つ。戦艦に次ぐ主力艦らしい艦隊指揮と統制の為、艦橋が大きく堅牢な作りになっている。雷装と砲撃能力に重点を置かれており、防御力などは二の次。ただし弾薬庫や機関室の防御力は非常に高く、容易に爆沈しない設計。

 

スペック

基準排水量:1万3000トン

全長:203メートル

全幅:20メートル

機関:蒸気タービン4基

武装:

20.3センチ連装砲5基

10センチ連装高角砲4基

40ミリ三連装機関砲多数

※四連装魚雷発射管4基(改装後に撤去)

※四連装空雷発射管4基(改装後に搭載)

同型艦:10隻

 

考察:日本海軍の高雄型に似ていると思われる軽巡洋艦。

 

 

艦名

・レオ

 

・レグルス

 

・デネボラ

 

・アルギエバ

 

・ゾスマ

 

・アダフェア

 

・シェルタン

 

・アルテルフ

 

・ラサラス

 

・ベルナンテ

 

 

 

 

 

『キャニス・メジャー級巡洋艦』

グラ・バルカス帝国海軍の最新鋭軽巡洋艦。コストダウンと早期建造の為、船体設計はタウルス級そのままを流用している。

軽巡ではあるが大型の船体を持っている為、ポテンシャルは重巡にも匹敵。機動艦隊の護衛としても役に立つ15.5センチ三連装砲を搭載しており、かなりの数が建造された。

 

スペック

基準排水量:1万1000トン

全長:200メートル

全幅:20メートル

機関:蒸気タービン4基

武装:

15.5センチ三連装砲5基

10センチ連装高角砲4基

40ミリ三連装機関砲多数

※三連装魚雷発射管4基(改装後に撤去)

※三連装空雷発射管4基(改装後に搭載)

同型艦:36隻

 

考察:日本海軍の最上型に似ていると思われる軽巡洋艦。本作では、軽巡時代の最上型がモデル。

 

 

艦名

・キャニス・メジャー

 

・シリウス

 

・ミルザム

 

・ムリフェイン

 

・ウェズン

 

・アダラ

 

・フルド

 

・アルドラ

 

・アボリジニ

 

 

 

 

 

 

『キャニス・ミナー級駆逐艦』

エクレウス級駆逐艦をさらに発展させ、量産性と駆逐艦としての対艦能力、そして対空能力の全てをバランス良くまとめた駆逐艦として大量建造されている。その半分以上がケイン神王国との戦争、そして転移後に就役している。

 

スペック

基準排水量:1800トン

全長:118メートル

全幅:10メートル

機関:艦本式タービン2基

武装:

10センチ連装高角砲3基

25ミリ三連装機銃6基

※四連装魚雷発射管2基(改装後に撤去)

※四連装対空魚雷発射管2基(改装後に搭載)

同型艦:180隻

 

考察:日本海軍の陽炎型駆逐艦に似ていると思われる駆逐艦。

 

・プロキオン

 

・ゴメイサ

 

・ルイテン

 

・ゴメイサⅦ

 

 

 

『エクレウス級駆逐艦』

スコルピウス級を発展させた駆逐艦。重量物だった過剰な対空装備を一部撤去し、量産性を上げた駆逐艦。船体構造のトップヘビー問題があり、主力には至らず量産は打ち切りに。本級から航空機の発達を見越して「10センチ連装長砲身砲」が装備され、スコルピウスにも改装で搭載されている。

「10センチ連装長砲身砲」は装填装置と装填手の負担がレヴァームと天ツ上の「12.7センチ高角砲」よりも軽い為、連射能力が高い。その上威力の小ささを高初速・長砲身による高精度により補っている。駆逐艦相手ならば10センチ砲でも有効なダメージを与えられるのだ。

 

スペック

基準排水量:1600トン

全長:118メートル

全幅:10メートル

機関:重油専焼蒸気タービン2基

武装:

10センチ連装高角砲3基

25ミリ三連装機銃6基

※三連装魚雷発射管3基(改装後に撤去)

※三連装対空魚雷発射管3基(改装後に搭載)

同型艦:10隻

 

考察:日本海軍の暁型駆逐艦に似ていると思われる駆逐艦。

 

・キタルファ

 

・フェラサウベル

 

 

 

 

『スコルピウス級駆逐艦』

グラ・バルカス帝国は小型艦である駆逐艦を大型化する事で他国の駆逐艦を凌駕し、主力艦にも一撃を与える事を目的として本級を建造した。この船の影響や衝撃は大きく、後のケイン神王国の大型駆逐艦開発につながった。

 

スペック

基準排水量:1600トン

全長:118メートル

全幅:10メートル

機関:重油専焼蒸気タービン2基

武装:

10センチ連装高角砲3基

25ミリ三連装機銃6基

※三連装魚雷発射管3基(改装後に撤去)

※三連装対空魚雷発射管3基(改装後に搭載)

同型艦:24隻

 

考察:日本海軍の吹雪型駆逐艦に似ていると思われる駆逐艦。

 

艦名

・レサト

 

・アクラブ

 

・ジュバ

 

・サルガス

 

・ギルタブ

 

・シャウラ

 

・アルニヤト

 

・フユエ

 

・グラフィアス

 

・ジャバト・アル・アクラブ

 

 

 

 

 

 

 

『シータス級潜水艦』

グラ・バルカス帝国が誇る最新鋭潜水艦。ユグド世界一の潜水艦技術を持つベルディエンチェ社が開発した、航空機を三機も搭載できる潜水母艦とも言うべき艦で、驚異的な航続距離を誇る。

新たな仮想敵の出現を受け、ベルディエンチェ社の努力により最新鋭ソナー、防振ゴムが搭載され、消磁が行われた。

 

スペック

基準排水量:3530トン

全長:122メートル

全幅:12メートル

機関:ディーゼル機関4基

武装:

艦首53センチ魚雷発射管8門

14センチ連装高角砲1基

25ミリ三連装機銃3基

艦載機:アウルックス3機

同型艦:77隻

 

考察:伊400型潜水艦がモデル。

 

 

 

 

 

『デルファイナス級潜水艦』

シータス級が高価過ぎた事を受け、それの廉価版として建造された潜水艦。それでも能力としては申し分無く、連合国相手に猛威を振るう。

 

スペック

基準排水量:2620トン

全長:113.7メートル

全幅:11.7メートル

機関:ディーゼル機関4基

武装:

艦首53センチ魚雷発射管6門

14センチ連装高角砲1基

25ミリ三連装機銃2基

艦載機:アウルックス2機

同型艦:120隻

 

考察:伊13型潜水艦がモデル。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法文明国

魔法文明の艦艇にはネームシップという概念がなく、帯魔性装甲材に何を使用しているかを明示したのが、魔導艦艇における実質的な艦級となっている。

さらに魔導艦艇の呼び名は機械文明と異なり、

戦艦→魔導戦艦

航空母艦→航空魔導母艦

重巡洋艦→重魔導巡洋艦

軽巡洋艦→魔砲艦

駆逐艦→小型艦

となっている。

 

神聖ミシリアル帝国

世界最強の国家として君臨しているミリシアル帝国は、海軍も充実している。保有艦艇数は600隻を超えているが、艦艇の信頼性が悪く小型艦は魚雷も対潜能力も無かった。しかし、レヴァームと天ツ上の出現によりその艦艇達を大幅に強化し始めており、世界一の名に恥じない海軍となっている。

 

『ミスリル級魔導戦艦』

神聖ミシリアル帝国の最新鋭戦艦。ミスリルが素材の帯魔性装甲材を装備していて、この装甲は魔法により硬度を強化でき、装甲が纏った魔法障壁の属性を可変させることで榴弾や徹甲弾など、さまざまな弾種への防御能力を自在にコントロールすることが可能。

 

スペック

基準排水量:3万8000トン

全長:227メートル

全幅:31メートル

機関:魔導タービン4基

武装:

霊式38.6センチ三連装砲3基

第二世代型連装対空魔光砲24基

同型艦:5隻

 

考察:ミシリアルの最新鋭戦艦として召喚世界で名を轟かせている戦艦。三連装魔導砲3基を前部2基、後部1基搭載していて砲塔配置は先進的。

対空砲は充実しているが、射撃指揮装置などもないため各砲座の目視照準。しかも練度も低いため対空能力はないに等しい。装甲強化の能力があるが、それでもグ帝の250キロ爆弾が貫通していたりと防御力に不安がある。そもそもの防御力も、装甲強化をしない限りヤワな可能性もある。色々とミ帝クオリティな船。

 

艦名

・コールブランド

 

・クラレント

 

・カレドヴルフ

 

 

 

 

 

『ゴールド級魔導戦艦』

神聖ミリシアル帝国海軍の主力魔導戦艦。前級のマーキュリー級と比べて最大速力が向上し、全体防御力も強化効率がアップ。主砲も前級のマーキュリー級から進化しており、ミスリル級を作る前の試験として38.1cm砲を搭載している。

 

スペック

基準排水量:2万7000トン

全長:242メートル

全幅:30メートル

機関:魔導タービン4基

武装:

霊式38.1センチ連装魔導砲3基6門

10.2センチ三連装高射砲4基12門

10.2センチ連装高角砲4基

八連装40ミリ対空魔光ポンポン砲16基128門

同型艦:

 

考察:モデルはレナウン級。

 

艦名

・ガラティーン

 

・ティソン

 

・バリアント

 

・フリルラ

 

・カーテナ

 

 

 

 

 

『マーキュリー級魔導戦艦』

神聖ミリシアル帝国海軍の旧式魔導戦艦。スペックは旧式そものもであり、ミリシアル海軍内では地方隊に払い下げられるほど二戦級と化している。

ちなみに建造元はルーンポリス魔導学院造船部、彼らが三番目に建造した船で同造船部初の戦艦。その後前任の造船所が潰れたこともあり、以後はルーンポリス魔導学院造船部がミリシアル帝国の造船のほとんどを担っている。

 

スペック

基準排水量:2万1000トン

全長:203メートル

全幅:28メートル

機関:魔導タービン4基

武装:

霊式34.3センチ連装魔導砲4基8門

15.2センチ単装高角砲6基6門

八連装40ミリ対空魔光ポンポン砲20基80門

同型艦:

 

考察:モデルは不明。

 

艦名

・べガルタ

 

・フォガ・フォガブラギ

 

・ブリューナク

 

・ルーン

 

 

 

 

 

『ロデオス級航空魔導母艦』

神聖ミリシアル帝国の主力航空母艦。二胴空母で艦載機数を稼いでいたが、改修により真っ二つに分けられた。製造、開発は神聖ミリシアル帝国ルーンポリス魔導学院造船部。改修前は8隻、改修後は16隻を抱えており、神聖ミリシアル帝国の艦隊航空戦力を担っている。

飛行甲板両舷には竜母の様に風神の涙が設置され、艦首にはなんと風神の涙を用いた空気式カタパルトが設置されている。戦闘機専用とは言え、普通の空気式カタパルトと違い電力をチャージすれば短期間で発進できる。

 

スペック

基準排水量:3万2000トン

全長:235メートル

全幅:31メートル

機関:魔導タービン4基

武装:

20.3センチ連装砲3基

10.2センチ連装高角砲8基16門

第三世代型八連装40ミリ対空魔光ポンポン砲12基96門

艦載機:56機(新型艦載機の場合60機前後、66機載せた事もある)

同型艦:16隻

 

考察:ミリシアルの双胴船体航空母艦。これはおそらく艦載機が翼が折り畳めない為、その分の艦載機数を胴体を増やす事で水増ししていると思われる。新型艦上機の開発により双胴船体である必要がなくなり、真っ二つに分ける改造が施された。それにより総艦艇数が2倍となった。

 

艦名

・シェキナー

 

・ハーキュリーズ

 

・プーミア

 

・キューピッド

 

・アイジェク・ドージ

 

・サジタリウス

 

 

 

 

 

 

『シルバー級魔導巡洋艦』

ミリシアル帝国海軍の広い領海を警備するための航続距離の長い巡洋艦。相手が格下ばかりだったので魚雷も搭載していないが、戦艦を使う必要のない場面での活躍が多かった。

 

スペック

基準排水量:9500トン

全長:192メートル

全幅:21メートル

機関:魔導タービン4基

武装:

20.3センチ連装魔導砲4基8門

10.2センチ高角砲、単装又は連装4基

八連装40ミリ対空魔光ポンポン砲10基80門

同型艦:14隻

 

考察:モデルはケント級。

 

艦名

・ゲイボルク

 

・ゲイ・アッサル

 

・アラドヴァル

 

・オールラスラッハ

 

・ムンゼルグ

 

・ガエ・ブアフネッフ

 

 

 

 

 

『ブロンズ級魔砲艦』

神聖ミリシアル帝国海軍の魔砲艦。魔砲艦はシルバー級よりも小さく多い目標を射撃するため、火力投射数を意識して建造されている。主砲塔を前級から一基減らし、コスト削減とともに改造の余地を残した。それが後に魚雷搭載を可能にし、ミリシアル帝国海軍初の水雷戦隊の旗艦を務めることとなる。

 

スペック

基準排水量:8500トン

全長:180メートル

全幅:20メートル

機関:魔導タービン4基

武装:

霊式15.5センチ三連装砲3基9門

10.2センチ単装高角砲4基

八連装40ミリ対空魔光ポンポン砲10基80門

53.3センチ三連装魚雷発射管2基

同型艦:16隻

 

考察:モデルはアリシューザ級軽巡洋艦とタウン級。

 

艦名

・ムンゼルグ

 

・ガエ・ブアフネッフ

 

・キニェル

 

・クリヴァル

 

・コスクラハ

 

・フォガ

 

・ドゥバッハ

 

・ピサール

 

 

 

 

 

『クリスタル級小型艦』

大型、中型艦艇の補助と護衛のために建造された文字通りの「小型艦」。魚雷のなかったミリシアルでは小型艦の需要は巡洋艦以下の運用コストによる哨戒、警備、海魔撃退の他に、列強以外の文明国家への威圧、対空戦闘など様々である。魚雷の伝来により魚雷発射管を無理してまで増設。水雷戦隊の主力を担うことになった。

 

スペック

基準排水量:1800トン

全長:108メートル

全幅:11メートル

機関:魔導タービン2基

武装:

12.7センチ連装砲4基8門

第二世代型20ミリ連装対空魔光砲6基12門

53.3センチ四連装魚雷発射管1基

同型艦:45隻

 

考察:モデルは、雷装がないとの事なのでトライバル級駆逐艦。

 

艦名

・タガー

 

・ダーク

 

・スティレット

 

・プギオ

 

・マン・ゴーシュ

 

・スペツナズ

 

・トレンチ

 

・カタール

 

・グルカ

 

・カラムビット

 

・ジャック

 

・ククリ

 

 

 

 

空中艦

『空中戦艦巡洋艦パル・キマイラ』

 

 

 

 

 

 

 




レヴァームの艦艇の名前はスペイン語やスペインの地名から。
天ツ上の艦艇は九州の地名から取っています。原作とある飛空士シリーズの天ツ上の地名も、原作者様の出身地である北九州からとっているそうです。


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登場陸上兵器

登場陸上兵器

オリジナル兵器あり。

 

機械文明国

 

神聖レヴァーム皇国

『M1自動小銃』

『M1カービン』

『M24小銃』

『サンプソンマシンガン』

『30口径オートマチックライフル』

『45口径拳銃』

『コブラマグナム』

『50口径機関銃』

『60mm対戦車ロケット砲』

『50口径76ミリ対戦車砲』

『Mk.18 75mm榴弾砲』

『Mk.24 105mm榴弾砲』

『Mk.13 155mm榴弾砲』

『Mk.10 155mm重カノン砲』

『Mk.12 155mm重高射砲』

『ティグレ中戦車』

『レオパス軽戦車』

 

 

 

 

帝政天ツ上

九式自動小銃(きゅうしきじどうしょうじゅう)

四式短小銃(よんしきたんしょうじゅう)

97式対戦車(きゅうじゅうななしきたいせんしゃ)ライフル』

100式機関短銃(ひゃくしきたんきかんじゅう)

『7式自動拳銃』

8式軽機関銃(はちしきけいきかんじゅう)

8式13ミリ機関銃(はちしきじゅうさんみりきかんじゅう)

九式七糎噴進砲(きゅうしきななせんちふんしんほう)

九式九糎噴進砲(きゅうしききゅうせんちふんしんほう)

57口径57ミリ対戦車砲』(/link)

50口径37ミリ対戦車砲』(/link)

九一式榴弾砲(きゅういちしきりゅうだんほう)

九六式榴弾砲(きゅうろくしきりゅうだんほう)

八式中戦車(はちしきちゅうせんしゃ)

六式軽戦車(にしきけいせんしゃ)

一式軽装甲車(いちしきけいそうこうしゃ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機械文明国

 

神聖レヴァーム皇国

飛空艦と航空機が猛威を振るうと言えど、飛空士の世界では陸軍の活躍が全く無いと言う事は無い。空軍海軍より華が無いとは言え、最後に敵地を制するのは陸軍の仕事である。

神聖レヴァーム皇国陸軍の兵器はどれも量産性に優れ、尚且つ性能や整備性が高い事で有名である。半自動小銃を主力に据えた歩兵を筆頭に、その工業力で敵陸軍を圧倒する。

 

『M1自動小銃』

レヴァームで採用されている半自動小銃。自動小銃としては世界初で、高い性能を誇っていた。天ツ上がコスト面から自動小銃の配備を遅らせる中、レヴァームでは正規歩兵師団から警備師団に至るまで全員装備しており、狭い諸島や市街地戦などで活躍した。

中央海戦争後に、着脱式マガジンモデルを開発。以後は全ての小銃がこれに変換されている。

 

スペック

口径:7.62ミリ×51共通弾

銃身長:610ミリ

装弾数:20発

作動方式:ガス圧利用

全長:1210ミリ

初速:毎秒848メートル

有効射程:500メートル

 

考察:モデルはM1ガーランド。ただしマガジンを装備しているため、装填がしやすく設計されている。

 

 

 

『M1カービン』

レヴァームで開発された、M1自動小銃の対となるカービン(騎兵)銃。主にバイク兵やパトロール兵、空挺部隊に配備されているが、その携行性の高さと撃ちやすさから一般歩兵や海兵隊にも配備されている。フルオート機能を付けるつもりだったが、反動抑制に疑問を持たれたので案が廃止された。

 

スペック

口径:7.62ミリ×33カービン弾

銃身長:458ミリ

装弾数:15発

作動方式:ガス圧利用

全長:904ミリ

初速:毎秒600メートル

有効射程:300メートル

 

考察:モデルはM1カービン。

 

 

 

『M24小銃』

M24と付いているが、M1自動小銃より前に製造されたボルトアクション式のライフル。今ではもっぱら狙撃用途として使用されているが、中央海大戦初期ではこの銃が主力であった。

改良する程欠点が有るわけでも無い平凡な銃なので、スコープを取り付ける位しか変更点が無い。

第三文明圏では歩兵銃として、四式短小銃共々ありがたがられている。

 

スペック

口径:7.62ミリ×51共通弾

銃身長:610ミリ

装弾数:5発

作動方式:ボルトアクション

全長:1115ミリ

初速:毎秒823メートル

 

考察:モデルはスプリングフィールドM1903。作中でイーネが使用していたり、パーパルディア皇国の反乱軍がこれを小銃として使用している。

 

 

 

『サンプソンマシンガン』

レヴァーム陸軍から道端のギャングにまで広く愛されているサブマシンガン。レヴァームらしい頑丈な構造となっており、ストッピングパワーのある45口径拳銃弾を至近距離で乱射される為、天ツ上兵が鹵獲して使用する事もあった。

 

 

スペック

口径:11.43ミリ×23ミリ拳銃弾

銃身長:267ミリ

装弾数:20発、30発、50発

作動方式:シンプルブローバック

全長:851ミリ

発射速度:600~1200発

初速:毎秒285メートル

有効射程:150メートル

 

考察:モデルはトンプソン・サブマシンガン。現実のアメリカ軍モデルであるM1A1では50発用ドラムマガジンが使用できないが、このサブマシンガンでは運用可能。

 

 

 

『30口径オートマチックライフル』

レヴァーム陸軍が軽機関銃として使用している。開発から既に40年近く経過しているが、改良を踏まえつつ未だに現役。しかし小銃としては重すぎ、軽機関銃としては発射速度が遅い、装填出来る弾薬が少ないと言う苦情が出ている。

 

スペック

口径:7.62ミリ×51共通弾

銃身長:610ミリ

装弾数:20発

作動方式:ガス圧・オープンボルト

全長:1214ミリ

発射速度:300~650発

初速:毎秒805メートル

有効射程:548メートル

 

 

 

『45口径拳銃』

レヴァーム皇国で最もポピュラーな自動拳銃。45口径の大威力拳銃弾を使用しており、中央海戦争当時は天ツ上から「ハンドキャノン」と恐れらた。

 

スペック

口径:11.43ミリ×23拳銃弾

銃身長:127ミリ

装弾数:7+1発

作動方式:シングルアクション

全長:216ミリ

初速:毎秒253メートル

有効射程:50メートル

 

考察:モデルはコルトガバメント45口径拳銃。作中ではアルタラス国王が愚か者相手に使用した。

 

 

 

『コブラマグナム』

神聖レヴァーム皇国で市販されているマグナム拳銃。元々は狩猟用の拳銃であったが、中央海戦争にて私物として使用する士官が多く、その実用性が発揮された。

天ツ上でも購入できるが、その費用はかなり高い。「拳銃界の高級自動車」とも比喩されているが、その各種の性能から支持し続ける天ツ上人も多め。親が工場の社長である岡真司伍長もこれを購入、コブラマグナム支持者の一人となった。

 

スペック

使用弾薬:9×33ミリマグナム弾

銃身長:102ミリ

装弾数:5発

作動方式:シングルアクション

全長:2.5インチ/4インチ/6インチ/8インチ

初速:毎秒253メートル

有効射程:50メートル

 

考察:モデルはコルト・キングコブラ。作中では岡真司の危機を悉く救ったキーパーソン的な拳銃だが、残念ながらアニュンニール皇国に奪われ、かの国が天ツ上とレヴァームに危機感を持つ一因となってしまった。

 

 

 

『50口径機関銃』

軽車両や黎明期の戦車を撃破する為に、30口径機関銃の設計を元にして開発された機関銃。

使い勝手が良すぎる為か航空機用機関銃にされたり、天ツ上にデッドコピーされたりした。

 

スペック

使用実包:

12.7mm×99弾

銃身長:1143ミリ

装弾数:ベルトリンク

作動方式:ショートリコイル

全長:1645ミリ

重量:58000グラム

発射速度:毎分850発

初速:毎秒887メートル

有効射程:2000メートル

 

考察:モデルはM2ブローニング機関銃。実はボブ軍曹が作中で使用してたりする、戦車には必ず取り付けられてるからである。

 

 

 

『60mm対戦車ロケット砲』

神聖レヴァーム皇国陸軍が用いる携行対戦車火器。天ツ上に先んじて開発されたロケット砲であり、中戦車程度を破壊する事が可能。ただしシュルツェンを装備した戦車相手だと、威力が激減されて効果が薄い。

 

スペック

口径:60ミリ

装弾数:1発

作動方式:電池式電気発火装置

全長:1380ミリ

初速:毎秒91メートル

有効射程:137.16メートル

装甲貫通力:76.2mm~88.9mm

 

考察:モデルはM1 2.36インチ対戦車ロケット発射器、元ネタと同じく威力不足に苦しんでいる設定。

 

 

 

『50口径3インチ対戦車砲』

レヴァームで開発された対戦車砲。元々は艦載砲であったものを転用した形で改良している。

 

スペック

口径:76ミリ

砲身長:3800ミリ

重量:1544キロ

初速:毎秒1000メートル

有効射程:8000メートル以上

発射速度:毎分12発

装甲貫通力:

徹甲弾914mにて92mm

高速徹甲弾914mにて157mm

 

考察:モデルはM5 3インチ砲、ただしこの砲が中戦車に使われていたりと異差はある。41話でアルタラス海軍が使っていたのはこの対戦車砲。

 

 

 

『Mk.18 75mm榴弾砲』

レヴァーム海兵師団や陸軍山岳師団、陸軍空挺師団の主力を担う軽榴弾砲。山砲として開発された砲で、分解して輸送する事が可能。

発砲音が戦車砲に酷似しており、グ帝兵が戦車が接近してきたと勘違いしたエピソードがある。

射程こそ8925メートルあるが、成形炸薬弾は直線に飛ばす必要が有るので最大射程は1000m程である。

 

スペック

口径:75ミリ

砲身長:1200ミリ

重量:650キロ

初速:毎秒381メートル

最大射程:8925メートル以上

発射速度:毎分10発

装甲貫通力:

成形炸薬弾、射程1000m以内

貫通力86mm

 

 

 

『Mk.24 105mm榴弾砲』

レヴァーム皇国陸軍の主力榴弾砲。歩兵砲としても使用されており、レ皇らしく堅実な作りで扱いやすい。一応対戦車用に成形炸薬弾が装備されているが、対戦車は普通に対戦車砲に任せた方が良いだろう。

レヴァームのみならず第三文明圏にも輸出され、天帝もライセンス生産を行うか模索している。

 

スペック

口径:105ミリ

砲身長:2360ミリ

重量:2300キロ

初速:毎秒472メートル

最大射程:11160メートル以上

発射速度:毎分16発

装甲貫通力:

成形炸薬弾、射程1500m以内

貫通力102mm

 

 

 

『Mk.13 155mm榴弾砲』

 

スペック

口径:155ミリ

砲身長:3780ミリ

重量:5700キロ

初速:毎秒563メートル

最大射程:14600メートル以上

発射速度:毎分4発

 

 

 

『Mk.10 155mm重カノン砲』

 

スペック

口径:155ミリ

砲身長:6970ミリ

重量:13880キロ

初速:毎秒853メートル

最大射程:23700メートル以上

発射速度:毎分1.5発

 

 

 

『Mk.12 155mm重高射砲』

レヴァーム皇国の一般的な重対空高射砲。敵航空機ではなく飛空艦を相手にする事を想定しており、射程と貫通力が高い。しかし、あまりに装置が大きすぎるため装填に時間がかかる上、運ぶには分解した上で馬力の高い牽引車が必要である。

 

 

 

『ティグレ中戦車』

レヴァームの主力戦車、天ツ上の軽戦車に対抗するために初めて対戦車砲を積み、星型エンジンの出力で高い機動性を誇る中戦車。

車体装甲がそこまで厚くなく、重点的にそこを狙われて貫通される(ハウンドの47mmにすら500メートル以内で車体正面を貫通される)ので、乗員達は「ストーブ」と揶揄している。しかしその高い量産性と信頼性から4万両以上が生産され、「世紀の凡作」と称える声もある。

 

スペック

車体全長:5.84メートル

全幅:2.62メートル

全高:2.67メートル

重量:30トン

速度:時速40キロ

砲塔装甲(前/側/背):90ミリ/51ミリ/51ミリ

車体装甲(前/側/背):51ミリ/38ミリ/38ミリ

武装:

50口径76ミリ対戦車砲1門

12.7重機関銃1挺

7.26ミリ機関銃2挺

 

考察:モデルはM4シャーマン中戦車。

 

 

 

『レオパス軽戦車』

レヴァームの軽戦車、天ツ上やグラ・バルカス帝国の軽戦車を圧倒し重量はハウンド中戦車にも迫る、星形エンジンを搭載した高い機動性の戦車。ただし軽戦車としては最強でも所詮は軽戦車である。主に偵察部隊に配備されており、その機動性を発揮する。

他国輸出も行われており、ミリシアル帝国の戦車兵はその信頼性の高さから『ハニー』と愛称を付けている。魔法文明圏国家では魔石燃料を使うので、ミリシアルが発電機をライセンス生産し、それでバッテリーを充電する。

 

スペック

車体全長:4.53メートル

全幅:2.24メートル

全高:2.64メートル

重量:12.9トン

速度:時速58キロ

砲塔装甲(前/側/背):51ミリ/25ミリ/25ミリ

車体装甲(前/側/背):38ミリ/25ミリ/25ミリ

武装:

53.3口径37ミリ対戦車砲1門

7.26ミリ機関銃3挺

 

考察:モデルはスチュアート軽戦車、異世界大戦では最強の軽戦車である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝政天ツ上

帝政天ツ上は連携出来ない程では無いにしろ、とても仲が悪い事で有名である。予算の話になるとそれは顕著に現れ、結局陸軍側が折れる形で決着が付くこともしばしば。

機動力を重視した軍らしく(それしか戦法を取りようがない)、比較的軽量な火砲や戦車が数多く開発されている。

レヴァームを見習い半自動小銃を主力に据えようと目論んでいるが、その資源の無さと予算の関係上、上手く進んでいるとは言い難い。

 

九式自動小銃(きゅうしきじどうしょうじゅう)

帝政天ツ上海軍が開発、陸軍でも運用されている半自動小銃。レヴァームのM1自動小銃のコピー品で、中央海戦争時に開発された。当時はストリッパー・クリップを二つ使用するが、レヴァームでのM1自動小銃の改良に伴い後期型はマガジン式になった。

 

スペック

使用実包:

7.62mm×51共通弾

7.7mm×58弾

銃身長:610ミリ

装弾数:12発

作動方式:ガス圧利用

全長:1210ミリ

初速:毎秒848メートル

有効射程:457メートル

 

考察:モデルは大日本帝国海軍が開発した四式自動小銃。ただし着脱マガジンを使用している架空の小銃となっている。

なお7.7×58ミリ弾はグラ・バルカスと弾丸を共通化出来てしまう。

 

 

 

4式短小銃(よんしきたんしょうじゅう)

九式自動小銃が配備される前の主力小銃。現在も生産が継続されており、数の上では主力でもある。レヴァームの使用弾薬と共通化出来るよう改造された個体もある。中央海大戦では本小銃を用いた狙撃兵が、レヴァームの士官を射殺して回った。

 

スペック

使用実包:

7.62mm×51共通弾

7.7mm×58弾

銃身長:657ミリ

装弾数:5発

作動方式:ボルトアクション

全長:1118ミリ

初速:毎秒730メートル

 

考察:モデルは99式短小銃

 

 

 

97式対戦車(きゅうじゅうななしきたいせんしゃ)ライフル』

帝政天ツ上軍の主力対戦車ライフル。垂直に着弾した場合射程220メートルで30ミリ、420メートルで25ミリ、700メートルでも20ミリの装甲板を貫通することができる。

グラ・バルカス帝国では類似品として37型対戦車ライフルが存在する。

 

スペック

口径:20ミリ

銃身長:1200ミリ

装弾数:7発

作動方式:ガス圧利用

全長:2000ミリ

初速:毎秒750メートル

有効射程:1000メートル

装甲貫通力:

徹甲弾700mにて20mm

 

考察:モデルは日本陸軍の対戦車ライフル、97式自動砲。

 

 

 

100式機関短銃(ひゃくしきたんきかんじゅう)

天ツ上で開発された短機関銃。銃本体の重量はかなり軽く、持ち運びがしやすい銃として知られている。後期型は銃剣も装着可能で、口径もレヴァームと同じ9ミリに改良されている。

 

口径:9ミリ

銃身長:230ミリ

装弾数:30発

作動方式:オープンボルト

全長:870ミリ

重量:3700グラム

発射速度:毎分800発

初速:毎秒334メートル

有効射程:150メートル

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の百式機関短銃。ただし、口径がレヴァームと同じ9ミリに改良されて、威力上昇と補給のしやすさを実現している。

なおこの短機関銃も、と言うより9mm×19拳銃弾はグラ・バルカス帝国と共通できてしまう。

 

 

 

『7式自動拳銃』

天ツ上で開発された拳銃、比較対照が45口径拳銃なので何かと見劣りするが、低反動で扱いやすく、小型軽量なので携行性が高い。

低コストなので、基本的に貧乏気味な少尉と言った士官に人気な拳銃。

 

スペック

使用実包:

8mm×22共通弾

9mm×19弾

銃身長:95ミリ

装弾数:

6+1発(8mm×22弾)

5+1発(9mm×19共通弾)

作動方式:シングルアクション

全長:187ミリ

初速:毎秒284メートル

有効射程:50メートル

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の94式拳銃。現実と違って9mm×19弾が使用できる設定。

 

 

 

8式軽機関銃(はちしきけいきかんじゅう)

天ツ上陸軍のオーソドックスな軽機関銃。信頼性と命中精度が高く、時々スコープを装着して使用される事もあった。マガジンが上部に付いてる事が一番の特徴。

 

スペック

使用実包:

7.62mm×51共通弾

7.7mm×58弾

銃身長:483ミリ

装弾数:30発保弾板

作動方式:ガス圧利用

全長:1190ミリ

重量:11400グラム

発射速度:毎分800発

初速:毎秒715メートル

有効射程:1000メートル

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の99式軽機関銃。レヴァームともグラ・バルカスどちら共と弾薬が共用できる。

 

 

 

8式13ミリ機関銃(はちしきじゅうさんみりきかんじゅう)

レヴァームの50口径機関銃をデッドコピーした品物。元が良い銃であったため、航空機用機関銃としても使用されている。

なおグラ・バルカス帝国にも類似品が存在する。

 

スペック

使用実包:

13.2mm×99弾

銃身長:900ミリ

装弾数:ベルトリンク

作動方式:ショートリコイル

全長:1500ミリ

重量:58000グラム

発射速度:毎分800発

初速:毎秒780メートル

有効射程:2000メートル

 

考察:モデルは大日本帝国海軍の3式13.2mm機銃。

 

 

 

『九式七糎噴進砲』

天ツ上がレヴァームの60mm対戦車ロケット砲をコピーした兵器。貫通力は低めだが命中率が高めのロタ弾、レヴァームのロケット弾をそのままコピーした貫通力高めの有翼弾の二種類がある。掲載値は有翼弾のもの。

 

スペック

口径:74ミリ

装弾数:1発

作動方式:電池式電気発火装置

全長:1500ミリ

初速:毎秒100メートル

有効射程:200メートル

装甲貫通力:94mm~110mm

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の四式七糎噴進砲。砲弾を変更して強化した物。

 

 

 

『九式九糎噴進砲』

天ツ上が装備が弱小な空挺兵の為に開発した七糎噴進砲の改良型。強力ゆえに一般師団にも配備された。

 

スペック

口径:93.5ミリ

装弾数:1発

作動方式:電池式電気発火装置

全長:1200ミリ

初速:毎秒106メートル

有効射程:200メートル

装甲貫通力:120mm~138mm

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の試作九糎空挺隊用噴進砲。砲弾を変更して強化したもの。

 

 

 

『57口径57ミリ対戦車砲』

天ツ上の主力対戦車砲。初速が結構速い為貫通力に優れるが、そろそろ陳腐化しそうな兵器である。榴弾を使用してのトーチカ破壊とかも行えるので、歩兵砲として運用される事もある。

グラ・バルカス帝国に類似品がある(38型57口径57ミリ砲)、弾薬も共用可能

 

スペック

口径:57ミリ

砲身長:3255ミリ

重量:1540キロ

初速:毎秒920メートル

有効射程:8000メートル以上

装甲貫通力:

徹甲弾1000mにて91mm

高速徹甲弾1000mにて143mm

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の試製機動57mm砲。

 

 

 

『50口径37ミリ対戦車砲』

天ツ上の主力対戦車砲その2。此方はほぼ完全に陳腐化してしまっており、倒せる戦車は軽戦車程度である。

歩兵連隊にばら蒔かれているが、用途は専ら歩兵砲である。

グラ・バルカス帝国に類似品がある(36型50口径37ミリ砲)、弾薬も共用可能。

 

スペック

口径:37ミリ

砲身長:1850ミリ

重量:335キロ

初速:毎秒800メートル

有効射程:6000メートル以上

装甲貫通力:

徹甲弾1000mにて45mm

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の一式37mm砲。

 

 

 

九一式榴弾砲(きゅういちしきりゅうだんほう)

天ツ上の一般的な榴弾砲。師団砲兵の主力を努め、75mm野砲の代わりに、射程低下を妥協して威力を求めた為に換装した。

グラ・バルカス帝国では18号10cm軽榴弾砲として使用されている。

射程こそ10800メートルあるが、成形炸薬弾は直線に飛ばす必要が有るので最大射程は1000m程である。

 

スペック

口径:105ミリ

砲身長:2090ミリ

重量:1750キロ

初速:毎秒454メートル

最大射程:10800メートル以上

発射速度:毎分15発

装甲貫通力:

徹甲弾500mにて71mm

成形炸薬弾、1000mまで

貫通力120mm

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の91式10cm榴弾砲。

 

 

 

九六式榴弾砲(きゅうろくしきりゅうだんほう)

天ツ上の一般的な15cmクラス榴弾砲。師団砲兵のみならず、軍直轄の独立野戦砲兵大隊、独立野戦砲兵連隊にも配備されている。

グラ・バルカス帝国では、18号15cm重榴弾砲として運用されている。

射程こそ11900メートルあるが、成形炸薬弾は直線に飛ばす必要が有るので最大射程は1000m程である。

 

スペック

口径:149ミリ

砲身長:3523ミリ

重量:4140キロ

初速:毎秒540メートル

最大射程:11900メートル以上

発射速度:毎分4発

装甲貫通力:

徹甲弾1000mにて100mm

成形炸薬弾、距離1000mまで

貫通力180mm

 

考察:モデルは大日本帝国陸軍の96式15cm榴弾砲。

 

 

 

八式中戦車(はちしきちゅうせんしゃ)

天ツ上が中央海戦争時に開発し、レヴァームの技術提供を受けて改修された中戦車。レヴァームの戦車に対抗して搭載した75ミリ砲は、弾薬共有の関係から中央海戦争後に76ミリに換装されている。天ツ上の主力戦車として前線各地に配備され中核を担うが、新世界大戦では同格以上の三号戦車ルプスに苦戦する。

 

スペック

車体全長:6.34メートル

全幅:2.87メートル

全高:2.87メートル

重量:30トン

速度:時速45キロ

砲塔装甲(前/側/背):75ミリ/50ミリ/50ミリ

車体装甲(前/側/背):75ミリ/35ミリ/50ミリ

武装:

50口径76ミリ対戦車砲1門

または52口径75ミリ対戦車砲1門

7.62ミリ機関銃2丁

または7.7ミリ機関銃2丁

 

考察:原作には登場しなかった本作オリジナルの戦車、グ帝の戦車に対抗するために登場。外見や性能は四式中戦車に類似、ただし主砲は76ミリ。

初登場は第22話、天ツ上陸軍の新型戦車として登場した。

 

 

 

六式軽戦車(ろくしきけいせんしゃ)』《link:#koko》△

中央海大戦時、レヴァーム皇国陸軍を翻弄した軽戦車。あまりにも軽快に動き回り、何処にでも居るので業を煮やしたレヴァームがティグレ中戦車を使用してオーバーキルに走った。

大型グライダーに載せれる程に小型軽量で、飛行場に強襲降下してくる事が有ったらしい。

普段は偵察か歩兵支援ばかりしている。

 

スペック

車体全長:4.11メートル

全幅:2.12メートル

全高:1.82メートル

重量:7.2トン

速度:時速50キロ

砲塔装甲(前/側/背):16ミリ/16ミリ/10ミリ

車体装甲(前/側/背):12ミリ/12ミリ/8ミリ

武装:

46口径37ミリ対戦車砲1門

7.62ミリ機関銃2丁

または7.7ミリ機関銃2丁

 

考察:モデルは日本陸軍の二式軽戦車ケト。

 

 

 

《link:#type1》『一式軽装甲車(いちしきけいそうこうしゃ)

2人乗りの小型戦車。偵察部隊の主力装備として開発されたが、小型で使い勝手が良いので、航空基地防衛部隊、市街地防衛部隊、警備部隊なども装備していた。

グラ・バルカス帝国では一号軽戦車ヴルペクラと言う名前で、奇しくも一式軽装甲車と似たような名前で運用されていた。

 

スペック

車体全長:3.7メートル

全幅:1.9メートル

全高:1.79メートル

重量:4.75トン

速度:時速42キロ

砲塔装甲(前/側/背):12ミリ/16ミリ/10ミリ

車体装甲(前/側/背):12ミリ/10ミリ/8ミリ

武装:

36口径37ミリ対戦車砲1門

または7.7ミリ機銃

または7.62ミリ機銃

 

考察:モデルは日本陸軍の97式軽装甲車。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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各国登場人物集(ネタバレ注意)

まだ未完成ですが、話が進むたびに追加します。
オリジナルキャラには「オリジナル」と記入しています。
一部人物名に関しては、Red October様、凡人作者様に許可をいただいております。ありがとうございました。


各国登場人物集

オリジナルキャラには概要を記入

 

 

神聖レヴァーム皇国

政府関係者

『ファナ・レヴァーム』-神聖レヴァーム皇国執政長官

『マクセル・キングス』-総務大臣

『アメル・ハルノート』-オリジナルの外交官

空軍関係者

『セスタ・ナミッツ』-レヴァーム軍総司令官

『ライムンド・スプルーアンス』-オリジナル、海軍大将でマルコスの上官。

『マルコス・ゲレロ』-第71任務部隊司令官

『ラモン・タスク』-マルコスの右腕

『アントニオ・ヴェルト』-オリジナル、サン・ヴリエル飛空場歴代基地司令

『クラウディオ・ポーロ』-オリジナル、飛空母艦ガナドール艦長

『狩乃シャルル』-レヴァームのエースパイロット、今作の主人公

『オクタビア・アレス』-古株エースパイロット、シャルルの列機

『メリエル・アルバス』-オリジナル、シャルルの列機

『ターナケイン・ベトリアル』-元ロウリア王国竜騎士、後にレヴァーム空軍へ

『ムーラ』-元ロウリア王国竜騎士、後にレヴァーム空軍へ

『レクマイア』-元皇国監察軍東洋艦隊所属の竜騎士、後にレヴァーム空軍へ

『クリスチーナ・メテル・アヴァローテ』-神聖レヴァーム皇国憲兵

陸軍関係者

『ダカラス・ラッカーサー』-オリジナル、陸軍元帥

『ボブ・オックスマン一等軍曹』-レヴァーム陸軍戦車兵、フィーリー号の乗員

『ブライアン・パーキンソン伍長』-フィーリー号の運転手

『ナオミ・ボードウィン二等軍曹』-フィーリー号の砲手

『ユージン・フィリップス伍長』-フィーリー号装填手

『アリサ・サマーヘイズ一等兵』-新人機銃手

 

 

 

帝政天ツ上

皇族

『聖天ノ宮』-第一皇太子

政府関係者

『朝田泰次』-外交官

『篠原』-朝田の補佐

海軍関係者

『松本五十子』-海軍総司令官

『八神武親』-第一連合艦隊司令官

『草加雄介』-第一連合艦隊の参謀長

『荒木正次郎』-第一艦隊司令官

『笠井隆顕』-第二艦隊艦隊司令官

『田中一清』-第二艦隊の参謀長

『風之宮源三郎』-第三艦隊司令官

『村井龍之介』-第三艦隊の参謀長

『白之宮イザヤ』-第2空雷戦隊司令官、少将

『黒之宮クロト』-海軍大佐、イザヤの主席参謀

『風之宮リオ』-海軍大佐、イザヤの旗艦「矢部」の艦長であり幼馴染

『戸隠ミュウ』-海軍少佐、イザヤの通信参謀

『小蔵アオト』-海軍少佐、砲術参謀

『小蔵アオイ』-海軍中佐、水雷参謀

『瀬戸衛』-飛空戦艦「敷島」艦長

『千々石武雄』-天ツ上のエースパイロット、裏の主人公

『波佐見真一』-天ツ上の飛空士、少佐

陸軍関係者

『西條英一郎』-陸軍総司令官

『昔村均』-帝政天ツ上陸軍中将

『神田昌花』-帝政天ツ上陸軍第17軍の女性指揮官、大内田の先輩

『大内田和樹』-陸軍第七師団長

『岡真司』-陸軍伍長

 

 

 

ムー

政府関係者

『ラ・ムー』-ムー連邦国王

『ラ・ボリス・ジョンソン』

-ムー連邦第66代大統領。

海軍関係者

『レイダー・アクセル』-第Ⅰ艦隊司令官

『ミニラル・スコット』-戦艦ラ・カサミⅡ艦長

『レスター・アイレス』-軽巡ラ・ガリソニエール艦長

その他軍関係者

『マイラス・ルクレール』-ムー連邦軍技術士官

『ラッサン・デヴリン』-ムー連邦軍戦術士官

 

 

グラ・バルカス帝国

皇族

『グラ・ルークス』-皇帝

『グラ・カバル』-第一皇太子

政府関係者

『カーツ・デリスター』-帝王府長官

『オルダイカ・フォン・ベラクス』-帝王府副長官

『ギー二・マリクス』-内閣総理大臣、タカ派議員連盟の長

『ゲスタ・カーレポンティ』-外交官

『シエリア・オウドウィン』-外交官

『ダラス・クレイモンド』-外交官

軍関係者

『サンド・パスタル』-軍本部本部長

『バミダル』-情報局職員

『ナグアノ』-情報局職員

海軍関係者

『アルメダ・ホーキンス』-グ帝海軍総司令官

『カイザル・ローランド』-「帝国の三将」の一人。海軍東部艦隊司令長官

『ガルディオ・ガリデー』-西部方面艦隊司令官

『ハイドム・フォン・オルアース』-南部方面艦隊司令長官

『ディンゴ・ブライエン』-北部方面艦隊司令官

『ミレケネス・アンネッタ』-「帝国の三将」の一人。海軍特務軍(旧監察軍)司令長官

『アルカイド・ローレンス』-海軍東征艦隊司令官

『ゼム・フォン・スターダスト』-海軍第44任務部隊司令官

『カオニア』-海軍第一打撃群司令官

『ラクスタル・エルカナーデ』-戦艦「グレードアトラスター」艦長

『アレックス・ネメシス』-オリジナル、グ帝のエースパイロット。

『アストル』-アンタレス戦闘機のパイロット。

陸軍関係者

『ジークス』-「帝国の三将」の一人。帝国近衛軍司令官。

『ガオグゲル・キンリーバレッジ』-陸軍第八軍団長

『ボーグ・フリッツ』-陸軍第四装甲師団長

『パース』-陸軍航空隊空将

『マキナ』-陸軍航空隊空将

企業関係者

『エルチルゴ』-カルスライン社社員

その他

『マリー・エルカナーデ』-ラクスタルの一人娘

 

 

 

 

神聖ミリシアル帝国

皇族

『ミリシアル8世』-皇帝

政府関係者

『ペラクス』-外務大臣

『リアージュ』-外務省統括官

『アルネウス』-情報局局長

『ライドルガ』-情報局局員

魔帝省関係者

『ヒルカネ・パルペ』-古代兵器分析戦術運用部部長

『メテオス・ローグライダー』-古代兵器分析戦術運用部、パル・キマイラ2号機艦長

軍関係者

『シュミールパオ』-軍務大臣

『アグラ・ブリンストン』-国防省長官

『アルパナ』-軍務省軍務次官

『パーシャ』-国防省防衛局情報管理部

海軍関係者

『クリング』-西部方面艦隊司令長官

『バッティスタ』-第零式魔導艦隊司令官

『クロムウェル』-魔導戦艦コールブランド艦長

『アーサー』-

『アリス』-

『エレイン・ペンウッド』-第零巡洋艦戦隊司令官

『パテス』-南方地方艦隊司令

『シルベスタ・エリオン』-第七制空中隊隊長

『オメガ・クローヌ』-第五攻撃中隊隊長

 

 

 

 

クワ・トイネ公国

政府関係者

『カナタ』-首相

『リンスイ』-外務卿

軍関係者

『モイジ』-西部方面騎士団長

『パンカーレ』-公国海軍第2艦隊提督

『ブルーアイ』-海軍軍人

『ノウ』-陸軍司令官

『イーネ』-陸軍狙撃大隊長

 

 

 

クイラ王国

『メツサル』-外交担当の貴族

 

 

 

ロウリア王国

王族

『ハーク・ロウリア34世』-ロウリア国王

『パタジン』-ロウリア王国軍将軍

『シャークーン』-ロウリア王国海将

『パンドール』-三大将軍の一人

『アデム』-パンドールの副将

 

 

 

 

パーパルディア皇国

皇族

『ルディアス』-皇帝

『レミール』-皇女

政府関係者

『エルト』-第1外務局所長

『カイオス』-第3外務局所長

『カスト』-在アルタラス大使

軍関係者

『アルデ』-軍総司令官

『バルス』-海軍海将

『マタール』-バルスの作戦参謀

『ベルトラン』-陸将

『ヨウシ』-ベルトランの参謀

『ポクトアール』-皇国監察軍東洋艦隊司令官

その他

『シルガイヤ』-エスシラント市長

 

 

 

アルタラス王国

『ターラ14世』-国王

『ルミエス』-アルタラスの王女

『リルセイド』-ルミエスの護衛

 

 

 

エスペラント王国

『エスペラント・ザメンホフ27世』-現国王

『セイ・ザメンホフ』-王宮科学長

『サフィーネ・ジルベニク』-遊撃隊隊長

『サーシャ・リョーシャ』

『ジャスティード・ワイヴリュー』-王国正騎士

『ザビル』-銃士

『ランザル』-鉄砲鍛冶

 

 

 

 

『イルネティア王国』

王族

『イルティス13世』

『エイテス』

『ビリー』

『ライカ』

『イルクス』

 

 

 

 

アニュンリール皇国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神聖レヴァーム皇国

政府関係者

『ファナ・レヴァーム』

「私は神聖レヴァーム皇国執政長官、ファナ・レヴァームです」

神聖レヴァーム皇国の執政長官を務める女性皇族。年齢24歳(中央暦1639年時点)。

中央海戦争開戦時にはサン・マルティリアの統治者の娘であったが、開戦により天ツ上に命を狙われた。当時からレヴァーム皇子カルロ・レヴァームと婚約しており、次期レヴァーム皇妃となるため、海猫作戦によりレヴァームにまで送り届けられた。今でもシャルルの事を想っている。

中央海戦争末期に無能だった皇王カルロに代わる実権を掌握して執政長官の座についており、千々石の活躍に乗じた形で中央海戦争を休戦へと導く。その容姿は「光芒五里に及ぶ」と評されるほどに美しく、異世界の人々にも大袈裟に喩えられている。

異世界の国々に対しても圧力をかけることなく、なるべく対等な輪を広めるべく活動している。しかし、転移してから過労気味で視力も落ちており、周りから休暇をせがまれるほどの職業依存になってしまった。が、そのおかげでレヴァームの天ツ上や異世界各国との関係がより深まったのも事実。

 

 

 

『マクセル・キングス』

「戦争というのは、いつの世も愚かな事だ」

神聖レヴァーム皇国議会の総務大臣。年齢52歳(中央暦1639年時点)。

総務大臣とは、レヴァーム議会の最高権力を持つ職務で、軍事以外の政治を司っている役職。

中央海戦争時に連戦連敗の責任を取らされ、更迭される形で指揮官を降りた為、ナミッツとは仲が悪い。出会えば必ず言い争いが起きるほどの犬猿の仲で、ファナも手を焼いている。

軍事ではあまり有能さを発揮できなかったが(実際ではとても有能なのだが、開戦初期は天ツ上の攻勢が速すぎて対処しきれなかった)、政界ではその地位をあっという間に上り詰めさせ、更迭されてからたったの5年で総務大臣にまでのし上がるほどの有能さを持つ。そのため、ファナも素性ではなく能力で選んでいる。

中央海戦争以前は天ツ人を見下しつつも、天ツ人に生理的嫌悪を持つヴィルヘルム・バルドーを同族険悪で嫌っていた。しかし戦争後はその感情が消え失せており、天ツ上とは対等に接している。

 

 

 

 

『アメル・ハルノート』

「あなた方は私どもの事を何も知らない。知ろうともしていない」

神聖レヴァーム皇国の外交官。若干29歳(中央暦1639年時点)にして様々な国との接触や交渉で、レヴァーム代表を務めるほどの逸材。豊かな教養と高度な知性を携え、外見も優美な為、女性のファンが多い。

しかし、交渉や外交の場で必ず引っ張り出されるため、若干過労気味。そのためお酒が入ると仕事の愚痴や鬱憤がただ漏れで流れる為、彼にはお酒を飲ませないようにするのが外交官達の決まりだった。

 

 

 

空軍関係者

『セスタ・ナミッツ』

「この戦争は中央海戦争以来の現代戦です、我々も損害を覚悟しなければなりません」

神聖レヴァーム皇国軍総司令官。中央海戦争時、連戦連敗の責任を取って更迭されたマクセル大将に代わって総司令官に就任した。組織内政治に長けたマクセル大将とは対照的な、戦争に強い司令官。

マクセルとは犬猿の仲だが、自分から喧嘩を仕掛けることはあまりない。中央海戦争時には「伊予島の戦い」で勇敢に戦った天ツ上の兵士達を労う神社を残すほど、他人に対する人情に長けている。

モデルはアメリカ海軍太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ。

 

 

 

 

『ライムンド・スプルーアンス』

「重要なことは常に状況を作る立場になり、敵に主導権を与えないことだ」

神聖レヴァーム皇国第7艦隊司令官、階級は大将。レヴァーム随一の知将として有名であり、中央海戦争で活躍したヴィルヘルム・バルドーとは同期。

今までは後方勤務として指揮をしていたが、戦争の機運が高まるにつれ大艦隊を指揮する立場として前線に復帰。その手腕でカイザル・ローランドと並ぶ新世界大戦の名将の1人として数えられることになる。

バルドーからも「性格や頭脳において、極めて優れた人物である」と評価されており、彼とは仲が良かった。しかしバルドーが皮膚病によるストレスなのか、彼由来の性格のせいなのか、部下を鼓舞する為なのか、レヴァーム人の普遍的な意識のせいなのか、敵を打倒すると言う意識の為なのか、天ツ上人に対してヘイトをぶつけていた事に関しては何とも言えないといった思いを抱いていた。

大のコーヒー好きで紅茶嫌い。コーヒーの事を「黒き人生の燃料」と称す代わりに、紅茶の事を「前世紀の遺物」呼ばわりするほど毛嫌いしている。

元ネタはレイモンド・スプルーアンスと銀英伝のヤン・ウェンリー。

 

 

 

 

 

 

『マルコス・ゲレロ』

「戦況というのは、女心のように読みにくいものです」

神聖レヴァーム皇国空軍、第71任務部隊指揮官。階級は中将。

レヴァーム海軍における戦艦用兵の第一人者で、砲術の権威。何度も戦艦部隊を指揮しており、実力から最新鋭戦艦「エル・バステル」の艦長を兼任している。

狩乃シャルルと面識があり、海猫作戦の時シャルルから手柄を取り上げるレヴァーム皇家や海猫作戦を内心苦々しく思っていた。そこでファナがシャルルとの最後の別れの挨拶をするために甲板に出ることを許可するなど、周りに理解のある寛容な人物。

作戦指揮に関しては、敵に対して容赦のない攻撃を仕掛けるものの、漂流者を助けるなど自分なりの正義感を持つ。

原作キャラだが、戦艦部隊の指揮官という立場のモデルはウィリス・A・リー中将から。

 

 

 

 

 

『ラモン・タスク』

「海猫は好きです。が、彼だけに頼っては戦争には勝てないのは分かっています」

 

 

 

 

 

『アントニオ・ヴェルト』

「ようこそ、サン・ヴリエル飛空場へ」

神聖レヴァーム皇国空軍司令官。中央海戦争時にはいつも最前線基地の司令官を務めているほどの逸材で、歴代サン・ヴリエル飛空場の司令官を務める。

理知的で寛容な人物で、問題を起こした飛空士にも更生の余地を与えるほど。シャルルに対しても信頼を寄せており、上司として彼に命令する傍ら、戦果よりも帰還を願っている。

 

 

 

 

『クラウディオ・ポルロ』

「行かせてやれ、彼の為だ」

神聖レヴァーム皇国空軍の軍人、階級は大佐。飛空母艦ガナドールの艦長を務める。マルコスに次ぐレベルでの指揮官であり、マルコスの後任は彼であると噂されている。理知的で寛容な人物であり、黙って出撃するターナケインを無言で行かせて黙認した。

 

 

 

 

『狩乃シャルル』

「かかって来い……全員叩き落としてやる……!」

神聖レヴァーム皇国空軍の軍人、転移当時の階級は大尉。レヴァームで唯一「イスマエル・ターン」を扱える飛空士である。

天ツ人の母とレヴァーム人の父を持つ混血児(ベスタド)であり、幼少期は両親の死により浮浪者生活をしていた。10歳のとき飢えと寒さでいよいよ死にそうになっていたところをアルディスタ正教会の神父に救われる。

以降、神父に養育され、やがて教会仕事を通じて飛空士たちと関わるうちに見よう見まねで飛空機の操縦を覚え飛空士となる。幼い日の夏にデル・モラル家で一度だけ会ったファナに励まされた思い出を、辛いときに引き出してきた。

その後、中央海戦争でファナをレヴァームにまで送り届ける「海猫作戦」に参加。たった1機で数多くの困難を乗り越えて成功させる。さらにその後、ヴィルヘルム・バルドーの下でエース飛空士として活躍。千々石との一騎討ちで負けたものの、エース飛空士としての名は消えなかった。

異世界に転移してからもエースとして活躍。その名は異世界中の国々に知れ渡るほどであり、遠く離れたグラ・バルカス帝国にも知れ渡っている。

武器を持つ飛空機に乗る道を自ら選び、多くの撃墜スコアを誇り、また自らが撃墜されることに凄まじい屈辱を感じる軍人であるが、あまり敵を撃ち殺したくはないらしい。ただ「空を飛ぶのが好きなだけ」だと言う。

 

 

 

 

『オクタビア・アレス』

「やっぱ、おチビちゃんは戦争に向いてないな」

 

 

 

 

『メリエル・アルバス』

「シャルルさん!」

メリエルの列機として彼の部下になっている女性飛空士。中央海戦争後に入隊し、その後は観測機や戦空機などを乗り換えては実力を上げていった。その後、戦争停戦後にシャルルの部下として配属。彼の下でメキメキと実力を伸ばしていっている。

シャルルのことを慕っており、彼のことを「さん」付けで呼んではいつもくっ付いている。性格は乙女らしく、プライベートでは化粧やおしゃれなどにも気を使っている。しかし、ターナケインに説教をするなど、意外に男らしい場面もある。

お酒に弱く、一度飲んでしまうと人が変わったかのように泥酔して愚痴を言いまくる。さらに戦空機ではなく車に乗ると性格が凶暴になるなど、多様な面がある。

 

 

 

 

『ターナケイン・ベトリアル』

「お前だけは、絶対に殺してやる……!」

 

 

 

 

 

『ムーラ』

「艦爆ってのは度胸だ!!」

 

 

 

 

 

 

『レクマイア』

「銃座も私もピンピンしてますよ!!」

元パーパルディア皇国監査軍東洋艦隊所属の特A級竜騎士。以前は自身の腕や皇国の国力に自信を持っており、他国や他の竜騎士を見下す側面があった。

しかし、天ツ上軍に撃墜されて、レヴァームと天ツ上の技術力を垣間見て以降は、レヴァームと天ツ上に対して尊敬の意を抱きレヴァーム軍によるスカウトも受け入れることになった。以後、レヴァーム空軍の艦爆乗りとしてムーラの後席で活躍する。しかし本音はパイロットとして活躍したいと思っている。

 

 

 

 

 

 

『クリスチーナ・メテル・アヴァローテ』

「憲兵の仕事は貴方達を監視することです、下手な事はしないでくださいね?」

 

 

 

 

 

 

陸軍関係者

『ダカラス・ラッカーサー』

「あの小男には私を首にする勇気があった。だから好きだよ」

本作オリジナルキャラ。レヴァーム陸軍元帥としてレヴァーム陸軍をまとめ上げている。中央海戦争時はサン・マルティリアの陸軍司令官を務めていたが、サン・マルティリア陥落に伴い潜水艦で脱出。その後マクセルに更迭されたが、有能さを発揮して指揮官に復帰している。

厄介事に対して有能な能力を発揮できる人物で、中央海戦争後に天ツ上占領計画にて占領軍の総司令官を務める予定だった(計画は休戦により白紙になっている)。その手腕を買われ、エスペラント事変での処理と国際刑事警察機構の事務総局局長に任命される。

モデルはダグラス・マッカーサー。

 

 

 

 

『ボブ・オックスマン一等軍曹』

本作オリジナルキャラ。レヴァーム陸軍戦車兵でフィーリー号の車長。中央海大戦からのベテランで、戦車を指揮する者として、とても優秀なタンクエース。

 

 

 

 

『ブライアン・パーキンソン伍長』

フィーリー号の運転手。

 

 

 

 

『ナオミ・ボードウィン二等軍曹』

フィーリー号の砲手。

 

 

 

 

『ユージン・フィリップス伍長』

フィーリー号装填手。

 

 

 

 

『アリサ・サマーヘイズ一等兵』

フィーリー号新人機銃手。

 

 

 

 

 

 

 

 

帝政天ツ上

皇族

『聖天ノ宮』

「世界が……変わるかもしれんな」

帝政天ツ上の第一皇太子、まだ二十歳にもなっていない若い人物。

容姿端麗で女性と見間違える程の美貌を持つ。先見性と知識力、そして判断力に長けており、将来の天ツ上皇帝として期待されている。また、行動力もかなりあり、第二使節団艦隊では自ら大使として乗り込むなどしている。

しかし反面、女性に対しては自分の心を打ち明ける事が中々できないなど、精神的に未熟な面がある。

 

 

 

政府関係者

『朝田泰次』

「人間はな、愛情が無ければ育たないんだよ!!!」

帝政天ツ上の外交官。中央海戦争の停戦交渉にも携わっており、新世界でも交渉にあたるが、一部の国の傲慢さに呆れ果てる。 意図的に怒らせるような物言いが必要と判断し、策略的に行動ができる外交官。経験も豊富なため多くの交渉の場に赴いている。

 

 

 

 

『篠原』

「私は……あの悲劇を繰り返させはしない!」

 

 

 

 

 

海軍関係者

『松本五十子』

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かず」

 

 

 

 

 

『八神武親』

「私は英雄などではない……」

 

 

 

 

 

『草加雄介』

「正しい選択をし、多くの人民を救う。私の目的はそれだけです」

 

 

 

 

 

『荒木正次郎』

「」

艦隊決戦の為に集められた最精鋭の第一艦隊を指揮する中将。だが、肝心の艦艇は何時も第二艦隊と第三艦隊に貸し出される。おまけに第一艦隊はホテルだのなんだのと妬まれるので、胃痛が酷くなっている。なお天ツ上の番号艦隊はレ皇とグ帝と違い、司令官に中将が任命される。

 

 

 

 

 

 

『笠井隆顕』

「貴様ら!一体何をしたか!!」

 

 

 

 

 

『田中一清』

「提督、決断を!」

 

 

 

 

 

『風之宮源三郎』

「力のある者が正義。だからこそ、我々は協力しなければならない」

第三艦隊の司令長官、階級は中将。皇族軍人であり、『矢部』艦長の風乃宮リオ大佐の父親である。左様せい様であり、参謀長や参謀からは自分の意見が通り過ぎて逆に怖いと思われている。そして参謀達の知らぬ所で決断する事も有るので、色々と苦労を掛けている。『天才は他人と意識が違う』と言う評を受けている。

 

 

 

 

 

 

『村井龍之介』

「私は長官がどう選択し、どう行動なさるかを伺いたいのです」

第三艦隊の参謀長、階級は少将。胃潰瘍予備軍で、風乃宮中将が何をしでかすか一喜一憂している。自分を除け者にしての秘密会議をした時には大きな溜め息を付いていた。

調子に乗る部下の参謀や、行動が不透明な風乃宮中将に常識論を説いて冷や水を吹っ掛ける役割を持ち、他人からは『歩く小言』と言われている。

モデルは銀河英雄伝説のムライ中将と、第三艦隊参謀長だった草鹿龍之介少将。

 

 

 

 

 

『白之宮イザヤ』

「フッ……やはり空雷は同一調停に限る!!」

第2空雷戦隊司令官、少将。

 

 

 

 

 

『黒乃宮クロト』

「つまらん事を……直ぐにでも空雷をぶち込んでやる……!!」

海軍大佐、イザヤの主席参謀。

 

 

 

 

 

『風之宮リオ』

「もちろんやるよね? イザヤ………あっ司令!!」

海軍大佐、イザヤの旗艦「矢部」の艦長であり幼馴染。のほほんとした性格と物言いで、軽巡洋艦「矢部」の乗組員からは母親の様な人物と思われている。重要な場面では芯が強いので、尚更そう思われている。かなりの巨乳であり第三種軍装(日本海軍の緑色の軍服)を着た時には、ボタンが弾け飛びそうな事になっていた。

皇族なので、聖天之宮と親戚である。

 

 

 

 

 

『戸隠ミュウ』

「」

海軍少佐、イザヤの通信・航海・水雷参謀。皇族を代々守護する暗殺者の出身で、とても暗い雰囲気を持つ寡黙な人物。イザヤに不埒な者を人知れず成敗する人物で、無論その矛先は第2空雷戦隊にも向けられており、お仕置きを受けるのではないかと恐れられている。小蔵アオイと結託している為、イザヤの周囲は硬い。普段は軍人として第三種軍装を着ているが、イザヤの休日ではメイドなのでメイド服を着ている。

何故三種類も参謀として役割が有るのかと言うと、空雷戦隊のスタッフが艦隊よりも少ないからであり、艦隊だと通信参謀、航海参謀、水雷参謀とちゃんと分けられている。

 

 

 

 

 

『小蔵アオト』

「」

海軍少佐、機関参謀。小蔵アオイの弟で、彼女を追って入ってきた形である。イザヤの熱烈なファンで、盲目的に彼女の指示に従っている。時々第2空雷戦隊の将兵とクロトと共に悪巧みをする事があり、その度に実の姉とミュウに折檻される。第2空雷戦隊17隻の機関の調子を調べる事に長けており、最適な速度の出し方を指示できる。

 

 

 

 

 

『小蔵アオイ』

「クロト大佐はイザヤ少将を甘やかし過ぎです……もう少し厳しくですね……」

海軍中佐、砲術・作戦・航空参謀。元々は村井の元で勤務しており、常識論を唱える人物が必要と考えている人物。自分の弟を含めて第2空雷戦隊の面々が暴走気味なのを受け、なおさら常識な者が必要だと思っている。性格的にはクロトと同じなのだが、彼女的には上司に向かってタメ口のクロトには呆れ果てている。同じ様な役割を持っている戸陰ミュウとは仲が良い。

 

 

 

 

 

『瀬戸衛』

「戦死より重い懲戒処分は無いだろう?」

帝政天ツ上海軍飛空戦艦「敷島」の艦長を務める軍人、階級は大佐。艦長として優秀で、中央海戦争でも数多くの海戦を生き延びては戦果を上げてきた。

人物としては部下に好かれるタイプ。上司の信頼もあるがそれ以上に部下に信頼されており、「敷島」をまとめ上げるにふさわしい人物である。

新世界大戦開戦時には少将に任命され、「敷島」を旗艦とする第2戦隊の指揮を取る。

 

 

 

 

『千々石武雄』

「……見敵必殺」

 

 

 

 

 

『波佐見真一』

「久しぶりに戻ってきたと思えば、相変わらずの態度だな……千々石」

帝政天ツ上海軍のパイロットにして、戦闘飛行隊の指揮官を勤める大尉。パーパルディア戦より少佐に昇格し、36機前後の戦闘機を空中指揮する。

天ツ上撃墜王千々石武雄の評では、指揮はとても上手いが空戦がとても下手だとの事(一機で500機以上もの戦闘機を相手にする御仁にとっては、天才パイロットでも無い限り下手扱いだと思われる)。

 

 

 

 

 

陸軍関係者

『西條英一郎』

「君主の為、祖国の為に闘うは、其即ち武士道なり……だ」

帝政天ツ上陸軍の総司令官。

 

 

 

 

 

『昔村均』

「市民の保護を最優先! 全部隊には正当防衛のみ許可だ!!」

帝政天ツ上陸軍ムー北部方面軍指揮官。

人情に溢れた人物であり、元軍人のとある漫画家からは、「今まであった人物の中で最も暖かそうな人物だ」と評されている。

エスシラントの戦いにも参加。レ皇陸軍とレ皇海兵隊が混乱する中、上手く立ち回りつつ市民の保護も平行して行った事で表彰されている。

モデルは日本陸軍の今村均。

 

 

 

 

『神田昌花』

「別に、私は彼奴等のやり方が気に食わないだけよ」

帝政天ツ上第17軍の女性指揮官、大内田の先輩。天ツ上陸軍でも数少ない女性指揮官であり、男社会気質のある天ツ上陸軍を実力でのし上がった。

ムー戦線勃発時には最上級士官であり、天ツ上陸軍を統括指揮していた。

モデルは百武晴吉と神田正種。

 

 

 

 

『大内田和樹』

「人生にたらこスパゲティは必須だよ」

帝政天ツ上陸軍第7師団長、階級は中将。年齢は40代後半で、「イケおじ様」と評されるなかなか整った容貌の人物。

帝政天ツ上陸軍のベテラン猛将であり、中央海戦争時は常日野の攻略に赴いていた。その手腕はかなりのもので、レヴァーム陸軍を物ともせずに突き進み、突破し続けたことで「サン・マルティリアの鬼神」と呼ばれたほど。

戦争後期には淡島でレヴァームの上陸に備えており、伊予島の戦いの情報を元に陣地を築き上げていた。淡島沖海戦で千々石の通信を八神に繋いだのも彼である。

軍人としてもそうだが、人間としても優秀で虐殺や戦争犯罪を許さない。好物はたらこスパゲティ、ほぼ毎日食べている。

 

 

 

『岡真司』

「自分はッ!! 人を守るために軍に入った人間ですッッ!!」

帝政天ツ上陸軍軍人、階級は伍長。天ツ上の東都にある帝国工業専門学校出身で、在学時に火薬の製造や銃の構造を調べたため詳細な知識を持つ。

中央海戦争末期に入隊した為、実戦経験は僅かしかない。しかし、たった一人で遭難したエスペラント王国にて、様々な知識を披露して行くことになる。

士官教育を受けさせて、陸軍兵器局に送り込んだ方が能力を活かすにも、仮にも一国の王族と結婚させるのだから箔が付くだろうと思われている。

陸軍大学以外の一般大学出身でも、幹部候補生として予備士官として任官するなり出来た筈なのだが、彼はそれを行わなかった。中央海戦争戦争末期の上、彼自身人を率いるのはプレッシャーだったのだろう。

30代頃には大佐になるよう士官教育と指揮官教育が詰め込まれる為、彼の今後は前途多難かもしれないが、幸福である事には間違いは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

ムー連邦

政府関係者

『ラ・ムー』

「グラ・バルカス帝国は強大……あの脅威を、団結して排除せねば」

ムー連邦の国王。獣人と人間のハーフであり、一部に王族以外の血が流れているがその分長生きをしている。

ムーでは大統領と国王が同時に存在しているが、国王は国の象徴であり政治軍事には干渉しない仕組みである。しかし彼の発言は大統領にも影響を与える事があり、時には連邦を導くことも。

 

 

 

 

『ラ・ボリス・ジョンソン』

「我が国は民主主義である。他国の皇帝からの命令など、到底聞き入れることはできない」

ムー連邦第66代大統領。

 

 

 

 

 

海軍関係者

『レイダー・アクセル』

「」

 

 

 

 

 

『ミニラル・スコット』

「諦めるな! ムーは……俺たちが守るんだ!!」

 

 

 

 

 

『レスター・アイレス』

「突撃しろ!一にも二にも突撃あるのみ!!」

ムー連邦海軍の海軍大佐、軽巡ラ・ガリソニエール艦長。

 

 

 

 

 

その他軍関係者

『マイラス・ルクレール』

「ムーは強くならなければならないのだ……グラ・バルカス帝国を退けられるくらいに……!」

ムー統括軍所属情報通信部の情報分析課技術士官、後に将校。 上官から「ムー軍随一の技術士官」と紹介されるほどの逸材で、先見性や技術考察力に長けている。

レヴァームと天ツ上との接触にも立ち合い、彼らの技術力を把握するほどの逸材。それ以来はムーきってのレヴァーム天ツ上通となり、他の部下に「贔屓」と言われているほど。

レヴァームと天ツ上の技術力の高さを垣間見た為、その後は少佐に昇進してムー連邦統治軍の増強に努めている。ムー側の主人公。

 

 

 

 

『ラッサン』

「作戦参謀……その任は重い」

ムー統治軍所属情報通信部の戦術士官、後に参謀長にまで昇進する。

以前はレヴァームと天ツ上のような文明圏外国家を見下す感性の持ち主だったが、彼らの技術力や戦術を間近で見て以来、マイラスに次ぐレヴァーム天ツ上の理解者になる。

戦術や戦略面での観察力に優れており、作戦立案で彼の右に出るものはいないとされている。若いながらも優秀さを認められ、マイラスと同じく出世コースをまっしぐらである。

 

 

 

 

 

 

グラ・バルカス帝国

皇族

『グラ・ルークス』

「この世界は我々に何を求める?」

本名はルークス・ベルガ・フリュム・ヘリア・レーゲルステイン・ハバルト・フォン・グランデリア。

帝都ラグナの帝王府にて公務を行っており、国家の将来を決定する帝前会議に出席している。国内において広く声望を集める人物のようで、帝国側の人物の多くがその名を口にする場面がある。

また、自らの掲げる思想として「帝国主義」を提唱しており、帝王に相応しい大器と慈悲深さを備えた人物。

皇太子時代の「冬戦争」では自ら複葉機を操り、戦場で戦うエースパイロットだった。様々なアクロバット技を生み出しており、「コメット・ターン」の産みの親でもある。

 

 

 

 

『グラ・カバル』

「たとえ1か10しか選べなくとも、俺はその両方を救いたい。そんな君主に、俺はなりたいんだ…………」

グラ・バルカス帝国第一皇太子。本名はカバル・エルーエ・ルキ・フォアデム・ハローバ・エリドル・フォン・グランデリア。

皇室としての度量と器量を持ち、体格と知識に優れて多くの帝国国民に慕われている。その上子供と触れ合うフランクな性格も持ち合わせている。

物覚えも良く、新聞やテレビ、本などに書かれた内容にすぐに共感する。しかし反面、それを絶対視するあまりに違った視点の意見を通さず、周りの言うことを聞かない悪癖がある。

レヴァームと天ツ上の戦いを経験する内に、君主とは何か祖国とは何かを思考し始める。

 

 

 

 

『カーツ・デリスター』

「この世界の野蛮国は、自身の国力を理解出来ぬ者が多すぎる」

 

 

 

 

 

『オルダイカ・フォン・ベラクス』

「私に皇室に対する忠義があるか、と? 答えはもちろん否だよ」

 

 

 

 

 

『ギー二・マリクス』

「我らは神に選ばれた。帝国はこの世界を浄化する必要がある神の国だ」

グラ・バルカス帝国の内閣総理大臣。転移直後からグラ・バルカス帝国が世界を支配する「異世界浄化論」を主張している急進右翼思想の持ち主で、過激過ぎるが平民出身の為市民からの支持がある。

政治だけでなく軍事や軍需産業系企業とも太いパイプを有し、特に海軍幹部との繋がりが強い。その汚職気味な素質のせいで、内閣以外の政治家からも険悪されている。

 

 

 

 

 

『ゲスタ・カーレポンティ』

「この計画なら、彼らは我々に従わざる得ないでしょう」

 

 

 

 

 

 

『シエリア・オウドウィン』

「我が国は文明国です。蛮族のような事はしませんよ、ご安心を」

グラ・バルカス帝国の外交官、20代後半の女性で、メガネをかけている。外務省東部方面異界担当課長を務めており、「外務省のアイドル」と呼ばれているほどだが、ケイン神王国との交渉経験もあり非常に有能。

映画鑑賞が趣味。かなりのマニアらしく、レヴァームや天ツ上でも映画やドラマが多数作成されている事を知るや、「是非見てみたい」との衝動にかられている。仕事にかまけて、男性と付き合った経験はない。

 

 

 

 

『ダラス・クレイモンド』

「あまりにもあなた方現地人の基準が低すぎて、笑わざるを得ないのですよ」

 

 

 

 

 

軍関係者

『サンド・パスタル』

「まあ、私はこの戦争もなんとかなると思っているよ? 余裕だよ」

グラ・バルカス帝国軍軍本部本部長。つまりはグラ・バルカス帝国軍の総トップ。軍に関する命令や作戦などは全て彼を通しており、グラ・バルカス帝国軍を統括している。

のんびりとした性格でいつも陽気。だが仕事に関しては楽観的過ぎるほどであり、相手を侮る事も多い。限りなく無能に近いが何故か首になっていない。不思議であり、その裏に政治界とのコネがある事を誰も知らない。

 

 

 

 

『バミダル』

「どんな些細な事でも報告するのが、我々情報局の仕事だ」

 

 

 

 

 

『ナグアノ』

「情報戦は戦争を左右する、いわば戦略行為です」

 

 

 

 

 

海軍関係者

『アルメダ・ホーキンス』

「私はカイザル君を信用している。これは信頼ではないがな」

グラ・バルカス帝国海軍の総司令官。東西南北方面艦隊、12個の艦隊全てをまとめ上げる立場であり、三大将軍には数えられていないものの、彼の発言は政治すら動かす大きな影響力がある。

目的達成のために戦力を出し惜しみしない主義であり、貴重な戦力ですら使い潰す。その点周りに対しては厳しめで、どんなに有能な人材でも「信用」はせども「信頼」はせず、友好関係を築こうとしないハリネズミのような性格。

アメリカ海軍のアーネスト・キング元帥の様な人物である。

 

 

 

 

 

 

『カイザル・ローランド』

「もしこんな発明が実在して、小規模でもある程度の数がそろってた場合……キツいであろうな、この戦」

帝国三大将軍の一人、海軍東方艦隊司令長官。階級は大将。 帝国の軍神とも呼ばれ、彼の言葉にはグラ・バルカス軍部も一目置くほどの発言権を有する。

どんな状況にあっても、予想外の事態が起きようとも動じずに柔軟な指揮をとる事で有名。

しかし重度のロマンチストであり、「戦場には未だロマンがあり、時にはそれが脅威になる」と考えている。そのため不確定要素にも理解を示し、シャルルのようなエース飛行士の事を警戒。「エースというのは時に戦場を塗り替えてしまう」と言っている。

ミレケネスとは軍学校の同期だが、性格が真逆なところもあり釣り合わない事もしばしば。時には彼女に乗せられる事もある。

 

 

 

 

 

『ガルディオ・ガリデー』

「」

西部方面艦隊司令官、階級は大将。猪戦士と呼ばれ、カイザルに負けず劣らずの戦歴を持つ歴戦の軍人。しかし西部方面艦隊は東部方面艦隊よりもワンランク劣ると言う評価を付与されており、帝国西部出身者と帝国東部出身者の確執が海軍にも現れている。

肥満体であり海軍軍人らしくない容貌であるが、性格は豪胆であるが野卑であり、清廉潔白を由とするカイザルとは真逆の性格をしている。

政界にも顔が利き利用する所も、海軍軍人たらんとするカイザルとまた真逆である。

 

 

 

 

 

『ハイドム・フォン・オルアース』

「」

南部方面艦隊司令長官、階級は大将。海軍の賢者と呼ばれ、海上護衛の第一人者として有名。彼の海軍大学の講義は分かりやすく人気がある。立場上前線部隊である東部方面艦隊や西部方面艦隊と仲が悪く、役割も被る特務軍とも仲が悪い。ハイドム自身も前線から軽空母や駆逐艦を引っこ抜くのでお互い様ではある。

眼鏡の奥は神経質な目をしており、細身で大学教授と見間違う容貌をしている。その容姿に見合うくらい神経質で、正論と論破を至上と考えている為か他の方面艦隊司令長官と仲が悪い。

 

 

 

 

 

 

『ディンゴ・ブライエン』

「」

北部方面艦隊司令官、階級は大将。暗殺者の異名を持つ人物。洞察力や戦略面の視点に優れており、的確に輸送路を見破る特技を持っている。潜水艦隊出身であり異様な雰囲気を纏い、その出身故かとても寡黙な人物。何処か抜けた事を話すかと思えば、誰しもが思い付かない様な突飛な提案を出す事もあり、ヒートアップした議論を冷ます特技も持っている。

海軍軍人らしい引き締まった体をしているが、いつも眠たそうな目をしている。

 

 

 

 

 

 

『ミレケネス・アンネッタ』

「カイザル、貴方は戦場にロマンを見過ぎよ」

帝国三大将軍の一人。帝国海軍特務軍(旧監察軍)司令長官。 目尻の上がった妖艶ながらも凛とした雰囲気を漂わせる女将軍で、その雰囲気から海軍にはファンも多い。

ロマンチストのカイザルとは対象的に、超がつくほどの現実主義者で、戦場にロマンを見出そうとしない。そのためエース飛行士の事を脅威とも想っておらず、ケイン神王国のエースやシャルルを恐れる軍上層部に対して、「お化けを恐れる子どもと一緒」と言ったことがある。

作戦立案や指揮も現実主義者らしく、不確定要素を気にしようとしない。しかし、念には念を入れるスタイルで、少し過剰ともいえる戦力を投入する事が多い。

 

 

 

 

 

『カオニア・ルクゼンブルク』

「馬鹿めと言ってやれ!」

第11任務部隊第1打撃群の司令、階級は少将。髭がとても濃い老練の司令官で、帝国最強の水上部隊の一員である。

意外にも熱血漢で、自らの実力を持って敵を正面から叩き破るエリートである。その意思は彼の部下にも表れており、粘り強い戦闘を可能としている。

 

 

 

 

 

『アルカイド』

「虹だ、虹の麓にミリシアルの戦艦がいる!」

帝国特務軍東征艦隊司令長官、階級は大将。

広範囲に展開する帝国特務軍のナンバー2と言ってもよい人物で、飄々としつつも仕事は完璧にこなす施政者的な一面もある。

不条理を何よりも嫌う男で、政治的要素が強い戦いを嫌うのだが、それを敢えて抑えて任務をこなす。

 

 

 

 

 

『ゼム・フォン・スターダスト』

「敵艦隊を露払いだ、主力艦隊に朝食の時間を与えてやれ」

 

 

 

 

 

『ラクスタル』

「帝国の興廃はこの一戦にある……この台詞を何度も聞きましたな」

グラ・バルカス帝国海軍の軍人、戦艦グレート・アトラスターの艦長を務める。いかにも歴戦の軍人で、ケイン神王国との戦争では数多くの戦艦を葬り去り、今世界でもレイフォルの陥落などの伝説を作った人物。

元々は自分なりの正義を持った人物であったが、妻を殺されてからは敵に対して容赦ない性格になっており、虐殺まがいの事も厭わなくなってしまった。

軍事に関しては理性的な判断力を持ち、レヴァームと天ツ上の飛空艦を侮る声が多い中、いち早く飛空艦の優位性を見抜いて警戒している。

グ帝側の第二の主人公。

 

 

 

 

 

『アレックス・ネメシス』

「海猫……か。この世界もなかなか楽しく戦えそうだ」

本作オリジナルキャラクター、グ帝側の主人公。

グラ・バルカス帝国一のエース飛行士で、グ帝海軍の中で唯一「コメット・ターン」を扱える飛行士。グラ・バルカス帝国内では負け無しの最強飛行士ではあるが、ケイン神王国のエース飛行士に一度負けて以来、ライバルとなる敵のエースを探し求めるようになった。そのため海猫の情報を聞いて以来、彼といち早く戦う事を夢見ている。

自らの正義感の下、正々堂々と空戦をするスタイルであり、卑怯な不意打ちを嫌う。そのため列機は付けず、ほとんど一人で戦う事が多い(別に彼の部下が技術不足かと言うとそうでもなく、ましてや卑怯者でも無い。上司と同じく正々堂々のスタンスである)。

また、軍事に関しては理性的な人物であり、敵の航空機の性能や国力、飛空艦の優位性見抜いた。一卒の飛行士だが、彼のその発言力は航空機開発に影響を与えている。

 

 

 

 

 

『アストル』

「ここが貴様らの墓場だ!!」

 

 

 

 

 

 

陸軍関係者

『ジークス』

「近衛の仕事は帝国の守護。それ以上は口を出さんよ」

帝国近衛軍の総司令官、階級は大将。総勢38個師団を擁する帝国第四の軍である近衛軍の指揮官であり、帝国三大将軍の一人。同じ三大将軍のカイザルやミレケネスとは軍学校時代からの友人、良き相談相手。

しかし陸軍関係者とは仲が悪く、役割が同じであり優秀な兵士を引き抜かれる為相当妬まれている。

 

 

 

 

 

『ガオグゲル・キンリーバレッジ』

「これからの時代、装甲師団の役割はさらに増えるだろう。我々は忙しくなるぞ」

第8軍団を指揮する中将。原作ではアルーで暴虐の限りを尽くしたが、今作では上司であるクレイグ・アポロ上級中将が存在するので、仕方無く現地で愛人を作るか売春婦に行くかである。戦車による次世代戦を最も理解している人物である。

 

 

 

 

『ボーグ・フラッツ』

「全く……異世界は広いですな」

第4装甲師団を指揮する少将。原作では相手が日本であった為に録に活躍出来なかったが、今作では同程度の陸軍戦力が相手なのでその真価を発揮する。第七師団と接戦を繰り広げ、大内田のライバルとなる。強い敵を欲するバトルジャンキー。

 

 

 

 

 

『パース』

「現代戦となれば我々にも被害を覚悟しなければなりません、ましてや消耗戦なら尚更です」

 

 

 

 

 

 

『マキナ』

「」

陸軍航空隊空将

 

 

 

 

 

 

 

企業関係者

『エルチルゴ』

「戦争経済というのは国を潤します、無論私の財布の中も」

 

 

 

 

その他

『マリー』

「御父様は御母様が死んでから戦争のことしか考えてないじゃない!!!」

ラクスタルの一人娘、異世界大戦開戦時にはライカと同じ17歳である。海軍大佐の娘であるため、立場的には令嬢。家では家庭教師を付けて貰っての英才教育ばかりで、父親も帰ってこなくなってた為に退屈していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

神聖ミリシアル帝国

皇族

『ミリシアル8世』

「我が国は世界最強の国家、それは重要だ。だが、そうであると同時に威厳を示さなければならないのだ」

第一文明圏の強国にして、世界最強と名高い神聖ミリシアル帝国の皇帝。フルネームはルキウス・エルダート・ホロウレイン・ド・ミリシアル。血の薄い町エルフとしては異例の4000年以上と非常に長い時を生きており、王座にも500年以上着いている。

常に冷静沈着で、世界最強の頂点に立っていると言う自覚がある。さらには他者への威圧をできるだけ避けるように配慮する心配りをしており、そうした行為から「賢王」といつの間にか呼ばれるようになっていた。

レヴァームと天ツ上に対して多大な興味を持っており、「文明圏外」という色眼鏡を拭い去り、客観視的な視点で見ている。

 

 

 

 

政府関係者

『ペラクス』

「我が国は世界最強の国家、世界の平和を乱す者には鉄槌を下すべきです」

 

 

 

 

『リアージュ』

「矢面に立って説明しなくていい国防省長官は気楽だな、簡単に言ってくれる」

 

 

 

 

『アルネウス』

「私はライドルガ君を信頼している。だからこそ言っているのだよ」

 

 

 

 

 

『ライドルガ』

「レヴァームと天ツ上から手に入れた戦術……これで我が国はもっと強くなれるはずだ」

 

 

 

 

『ヒルカネ・パルペ』

「察しろと申されましても……私は未熟者ですので……」

 

 

 

 

『メテオス・ローグライダー』

「私を馬鹿と罵った罪は重いよ!!!」

魔帝対策省の職員。古代兵器戦術運用対策部運用課所属。徹底した合理主義者で、プライドが高い。しかし、それ以上に敵に対しても偏見なく評価しており、絶対的権力をもつ皇帝が徹底報復を宣言した敵性国家を大国として扱うよう進言することを考えた上で、徹底した安全策をとっている。

そもそも文明圏外などというレッテル張りの考えはくだらないと考えており、レヴァームと天ツ上に対しても理解が深い。

 

 

 

 

軍関係者

『シュミールパオ』

「グラ・バルカス……やはり侮れんと言うことか」

 

 

 

 

『アグラ・ブリンストン』

「大臣、何も我が国一人で戦うわけではありません。彼らに押し付けることもできますぞ」

 

 

 

 

『アルパナ』

軍務省軍務次官

 

 

 

 

『パーシャ』

国防省防衛局情報管理部

 

 

 

 

 

海軍関係者

『クリング』

西部方面艦隊司令長官

 

 

 

 

 

『バッティスタ』

「ノー、サンキュー。私は責任を取る立場にある」

 

 

 

 

『クロムウェル』

「艦長が艦と運命を共にするのは無益だが、コールブランドを一人にしたくないしな」

 

 

 

 

『アーサー』

「私が……指揮を……」

 

 

 

 

 

『アリス』

「こんな船、誰が『不沈戦艦』なんて名付けたのかしら……」

 

 

 

 

『エレイン・ペンウッド』

第零巡洋艦戦隊司令官、階級は少将。

冷酷そうな見た目な上、厳しい口調で近寄り難い雰囲気を持っているハーフエルフの女性だが、実際に話してみたり私生活を見てみると案外ポンコツな人物。戦闘指揮は本当に冷静かつ冷酷で、一切合切妥協しない。

実は王家の血を引いている人物で、ミリシアル8世の遠い親戚である。

 

 

 

 

 

『パテス』

南方地方艦隊司令

 

 

 

 

 

 

『シルベスタ・エリオン』

「負けてたまるかよ……!」

第七制空中隊隊長、階級は大尉

 

 

 

 

 

 

『オメガ・クローヌ』

「生き残った奴が勝手に歴史を書くんだ。そう簡単には死なねえよ」

第五攻撃中隊隊長、階級は大尉

空戦では制空戦闘機よりもワンランク劣ると評価されているジグランドパイロットの中で、数少ないエースパイロットと評価されている人物。明るい冗談好きで、格下や平民と蔑まれがちな整備士と賭け事にも応じ、数多の女性と交遊関係を持つ三枚目な人物。

部下の教練がとても上手く、その生活態度が無ければ完璧だろうにと上官達に嘆かれている。

シルベスタ・エリオンとは同じ空母の同僚で、もし魔帝と戦うならばどうするかを念頭に置いた戦術を研究しあっている。異種機混合でも通用する戦法を開発した事で各国の空軍士官に一目置かれる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クワ・トイネ公国

政府関係者

『カナタ』

「皆の者。これらの報告についてどう思う?」

 

 

 

 

『リンスイ』

「お呼びでないわ!」

 

 

 

 

軍関係者

『モイジ』

「先に行くがよい!我らがギムの布石とならんことを!」

 

 

 

 

『パンカーレ』

「頼みの綱は……彼らか……」

 

 

 

 

『ブルーアイ』

「それではパンカーレ提督、行ってまいります」

 

 

 

 

『ノウ』

「くっ!攻撃するまでが早すぎるぞ!!」

 

 

 

 

『イーネ』

「海猫……」

 

 

 

 

 

 

 

クイラ王国

『メツサル』

「そんな国とは関わりたくないものです!!」

 

 

 

 

 

 

 

ロウリア王国

王族

『ハーク・ロウリア34世』

「我が代でついにこのロデニウス大陸が統一され、忌々しい亜人どもを根絶やしにできると思うと、余は嬉しいぞ!!」

 

 

 

 

軍事関係者

『パタジン』

「ロウリア王、準備は全て整いました」

 

 

 

 

 

『シャークーン』

「いい光景だ。美しい」

 

 

 

 

『パンドール』

「落ち付きたまえアデム君……」

 

 

 

『アデム』

「なぜだぁ!!!なぜ住民が誰一人といない!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国

皇族

『ルディアス』

「私の名はルディアス、栄えあるパーパルディア皇国の皇帝である。以後、お見知り置きを」

五代列強にして、第三文明圏の大国パーパルディア皇国の若き皇帝。世界を征服してその支配者となることを、本気で望む野心家。 かつては『我が国こそ世界を支配すべき国だ』『世界は恐怖で支配されるべきだ』『我が国が世界を支配すれば、世界は平和になるのだ』と思っているような、傲慢な男であった。

その一方で、死罪を免れないほどの失態・規則違反を犯した者であろうと、酌量の余地があれば最大限に汲んで、時には降格や減棒程度で罰を済ませることもある。寛大さも併せ持った、支配者たるに相応しい人物でもある。

 

 

 

『レミール』

「約束します、あなたをこのように変えてしまったあの女狐を必ずや地獄に叩き落として見せると!!」

パーパルディア皇国の皇族。外務局監査室所属。 銀髪の美女で年齢は20代後半。性格は非常に高慢、かつ独善的で、「見せしめという最小の犠牲で相手の心を折り、戦争を回避させ、弱小国を皇国の怒りという滅亡から救う慈悲」として虐殺を多数行ってきた過去があり、カイオスや周りの国から「狂犬レミール」の名前で恐れられていた。

その点嫉妬深く、同じ皇族の女性を罠に嵌めたり、スキャンダルを持たせたりして陥れてきた。特に、意中のルディアスの周りの女性相手に対する嫉妬は深い。

 

 

 

 

政府関係者

『エルト』

「皇帝陛下はこの案件どう思われますか?」

大きめの目をした女性で黒髪黒目。傍目には若作りで、本人的にも若かりし頃の容姿には自信を持っていた様だが、目元のシワが隠せなくなりつつある年齢。政府高官故の多忙の為か未だに独身で、結婚願望はある様だが年齢的に半ば諦めつつある。

パーパルディア皇国第1外務局長。カイオスとは第1外務局の元同僚であり、課長だった彼を差し置いて当時課長補佐だった彼女が局長に抜擢されたという過去がある。 もともと第3外務局からの叩き上げであり、ルディアスの人員配置の才能が活かされた形だった。

性格は温厚でかつ冷静。知見性もあり、実はレヴァームと天ツ上の実力を早期に見破っていた。しかし、自分が軍事に関して素人なため、軍人やレミールには進言しなかった。

 

 

 

『カイオス』

「あんな相手を怒らせては、皇国の運命が危ない!」

パーパルディア皇国第3外務局局長。皇国内で最初にレヴァームと天ツ上に接触し、その実力に気づくことになる。それ以降は、パーパルディア皇国を救おうと努力する。

軍事や戦略の見極めにも優れており、これは彼が第3外務局の傘下の監査軍を率いる司令官だからである。ルディアスの人選はここでも発揮された形となっている。

 

 

 

 

『カスト』

「ああ!?なんだその反抗的な態度は!!」

パーパルディア皇国第3外務局員、駐アルタラス大使。品行方正とは死んでも言えない人物であり、作中ではアルタラス王国国王であるターラ14世に対して、敬語を使わなかったどころか罵声を浴びせることもあった。

パーパルディア皇国の腐敗を体現したかのような人物で、レミールの命令があったとはいえ、アルタラス王国に魔石鉱山の献上に加えて、私利私欲のためルミエスの奴隷化を要求するほどの傲慢な人物。

 

 

 

 

軍関係者

『アルデ』

「全滅ですかぁ……蛮族相手に全滅、監察軍は皇国の恥ですなぁ」

パーパルディア皇国皇軍総司令官。文明圏外に対する見下し感覚があり、皇国軍が世界最強の軍隊であると自惚れている。野心がかなりあり、いずれはさらに上の地位に立つことを夢見ていた。

しかし反面、メンタル面は弱く罵倒や正論、激務や立て続けの悪い報告に対して弱い側面を持ち、最後の最後は職務を放棄した。

 

 

 

 

『バルス』

「こんな人間が海将だと? 笑わせる」

パーパルディア皇国の海軍総司令官。責任感の強い人物で、自身の死より部下や兵士たちの死の方を恐れているほど。

シルガイヤの同級生で、士官学校時代を共に過ごした旧友達の中では一番出世していたが、「戦死が怖くないのか」との問いに、本当は死が怖いのにもかかわらず虚勢を張ってしまうなど、自身の才覚には疑問を持つ側面もある。

 

 

 

 

『マタール』

「皇国の荒廃はこの一戦にかかっています」

パーパルディア皇国海軍の作戦参謀長。

皇国の頭脳とも呼べる程の優秀な参謀で、文明圏外との戦争で数多くの戦果を上げて、叩き上げでのし上がってきた。優秀な働き者で、皇国海軍の基本戦術構築や戦略、兵器開発にも尽力している。

 

 

 

 

『ベルトラン』

「来い! この平原でなら勝てる!!」

パーパルディア皇国陸軍の将軍。アルタラスに配置されている上陸部隊の指揮官とも言える人物で、アルタラス島で悲劇を生んだ張本人。

性格はサディスト気味で、部下に殺戮や惨殺をさせる様子を見て笑い、その様子を見ながらフライドチキンを食べる程の異常人物。しかし反面、戦闘に関しては理知的で先見性のある見方ができるほど、有能な人物。

 

 

 

『ヨウシ』

「ベルトラン様! ベルトラン様っ!!」

ベルトランの参謀。性格は捻くれ者かつ小物であり、ボソボソとした軍人らしくない話し方をする。そのため、ベルトラン以外の周りの人間から気持ち悪がられていた。

しかし、参謀としての才能は確かであり、数多くの上陸作戦や陸戦などで多数の戦果を上げていった。また、戦術に関しては発想力があり、ワイバーンを隠して運用するなどの行動も思いついていた。

 

 

 

 

『ポクトアール』

「進軍だ!進軍せよ!!このまま軍祭に突入し、天ツ上艦隊を焼き払うのだ!!」

パーパルディア皇国監察軍東洋艦隊司令官。野心があり、根っからの皇族に対する信者。そのため、カイオスの命令ではなくレミールの命令に従った事もある。

 

 

 

 

 

その他

『シルガイヤ』

「バルスは……こんな軍をどう思うだろうか……」

パーパルディア皇国の皇都、エスシラントの市長。軍学校時代のバルスの旧友で、彼とは今も仲がいい。しかし、軍では実力を発揮できず、出世していくバルスとの間の差に耐えきれずに辞めてしまった。

その後は政治界に入り、その手腕を発揮して市長にまで一気に上り詰めた。本人は「軍事より政治に向いていたんだろう」と思っているものの、軍に対する未練がある。

 

 

 

 

 

アルタラス王国

『ターラ14世』

「これは正気なのか?」

アルタラス王国の国王、温和的で他人に優しい国王で、周りから慕われている。ルミエスに対しては少々甘く、優しすぎる。しかし、「指導者としては失格」と思いつつも、ルミエスをレヴァームに留学させて逃すなど、良き父親である。

 

 

 

『ルミエス』

「国賊の統治に苦しんで来た人々よ!! 今が動く時です!!!」

アルタラス王国王女、20歳の細面で長い黒髪の美女。清楚で理知的、さらには客観視的思考も持ち合わせており、アルタラスで実質的な外交官を務めていた。儚げながらも気丈でおしとやかな女性と言う印象が強く、過酷な環境に耐えるだけの強さを持つ。

しかし、その素はかなりお茶目。箱入り娘であるためか、初めて乗ったレヴァームの地下鉄の発進時に顔面から転ける程の重度の運動音痴、パフェ12杯を平然と平らげる極度の甘党、咄嗟に攻撃魔法でゴキブリ退治をしてしまう程の虫嫌いである。

そのためか、女王になったときには婿探しに苦労したというが、最終的には『とある王子』と結ばれている。

 

 

 

 

『リルセイド』

「ルミエス様ったら……全く……」

 

 

 

 

 

 

エスペラント王国

『エスペラント・ザメンホフ27世』

「……岡よ、そなたの力を見せてはくれぬか?」

 

 

 

 

『セイ・ザメンホフ』

「いやいやいや、すごいねオカ君!」

 

 

 

 

『サフィーネ・ジルベニク』

「そういうところが、シンジのみんなから尊敬されるところだと思うよ」

 

 

 

 

 

『サーシャ・リョーシャ』

「貴方は救国の戦士として、十分に人々を救っています」

 

 

 

 

『ジャスティード・ワイヴリュー』

「そうだ……私とて人を助けるために騎士を目指したのだ!あの男のように……!」

 

 

 

 

『ザビル』

「ハハハッ、凡人は大変だね」

 

 

 

 

『ランザル』

「お前はワシの下で何年修行してきた!?」

 

 

 

 

 

 

イルネティア王国

王族

『イルティス13世』

「国が存続できる道はあるのか?」

 

 

 

 

 

『エイテス』

「私は国のために尽くす王子です!」

 

 

 

 

 

『ビリー』

「強くなった我が国なら、グラ・バルカスであろうと耐え凌げる……!」

 

 

 

 

 

『ライカ』

「行くよ!イルクス!!」

 

 

 

 

 

『イルクス』

「僕が……ライカを守るんだ!」

 

 

 

 

 

 

アニュンリール皇国

 

 

 




主人公が多いですが、これは本作が「とある飛空士への誓約」のような偶像劇をモチーフにしているからです。本作は様々な国の若者たちが、切磋琢磨して行く物語なのです。


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第1章《転移召喚編》
第1話〜接触〜


中央暦1639年1月24日午前8時

 

クワ・トイネ公国軍 第六飛龍隊 哨戒任務中の竜騎士

 

空。

 

透き通るような青い空。文字通りの快晴、視界はまっさらな青に染まり目を彩っていた。雲は遠くに見えるのみで透明度が高くはっきりと見えていた。

 

その空に、一際勇ましい姿をした生き物が羽ばたいていた。漆黒の胴体に、鋭い尻尾。手と一体化した巨大な翼。そして炎を吐き出さんとするような大きなトカゲのような口。

 

現代のものがそれを見たならば、『飛竜』と呼ぶだろう。クワ・トイネ公国の竜騎士マールパティマは、『ワイバーン』と呼ばれるその飛竜を操り、公国北東方向の警戒任務に就いていた。

 

 

「!?」

 

 

竜にまたがり警戒任務についている彼は、海原の向こうに何か光るものを見つけた。

 

 

「なんだ、あれは!?」

 

 

自分以外に誰もいるはずのない空に、何が見えた。緊張が高まる隣国のロウリア王国からここまで、ワイバーンでは航続距離が絶対的に不足している。そのため、先に哨戒に出た友軍騎以外には考えられない。やがて、光の粒のように見えた飛行物の全容が明らかになる。それが近づくにつれ、いよいよ味方のワイバーンでないことを確信した。

 

 

「羽ばたいていない……?」

 

 

遠目に見える翼は、全く羽ばたいていなかった。カモメの翼を逆向きにしたような翼のシルエットは、まるで滑空する渡り鳥のように動いていない。

 

 

『我、未確認騎を発見。これより要撃し、確認を行う。現在地は……』

 

 

彼は迷わず通信魔法具を用いて司令部に通信をする。これから未確認騎への接触を行うことを手短に伝える。幸いにも、未確認騎との高度差はほとんどない。こちらのことを知ってか知らずか、真っ直ぐ裏庭を散歩するような飛び方で進んでいる。

 

彼は未確認騎と一度すれ違ってから距離を詰める作戦を立てた。そして、竜騎士は未確認騎と高速ですれ違った。接触は相手の方から避けてくれた為、空中衝突することはなかった。近くから見れば、その騎の異様さが伝わる。

 

ピンッと貼ったカモメの様な翼に、真っ青な海に溶け込む体色。青色の胴体に盾に剣が携えられたマークが描かれ、翼を羽ばたかせずに飛び、鼻先についた四枚の風車が高速で回転していた。尻尾は尖っておらず、代わりに水平の羽を挟み込む様な垂直の二枚の羽が付いていた。彼はすぐさま愛騎を羽ばたかせて反転し、そして一気に距離を詰める……はずだったが、全く追いつけない。

 

 

「速すぎる……!」

 

 

ワイバーンの最高速度は時速235キロ。生物の中では改良種を除いてほぼ最速を誇り、機動性に富んだ正に『空の王者』だったはずだ。しかし、それが全く追いつけなかった。最早、相手が生物なのか怪しかった。

 

 

「くっっ……!なんなんだ、あいつは!!」

 

 

驚愕の一言であった。

 

 

『司令部!司令部!我、未確認騎を確認しようとするも速度が違いすぎて追いつけない!!未確認騎は本土『マイハーク』方面へと進行!繰り返す、マイハーク方向へ進行した!!』

 

 

やがて、竜騎士は完全に振り切られてしまった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖レヴァーム皇国空軍 とある水上偵察機

 

レヴァーム空軍水上偵察機サンタ・クルスは巡航速度で大陸に入っていった。島と呼ぶには大きすぎる陸地。真昼間の暖かな日差しから降り注ぐ太陽の元、穀倉地帯らしき畑群が色とりどりの穀物を咲かせている。

 

 

「凄いですね、辺り一面畑だらけだ」

 

 

興奮鳴り止まない後部座席をなだめるより先に、操縦席に座った狩乃シャルルは驚愕で固まっていた。現在地はレヴァームのシエラ・カディス群島から()()()()()()()()()南側へ約1000キロ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

神聖レヴァーム皇国。

 

帝政天ツ上。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()この世界において、その二つの強大な国家の存在を知らぬ者などいない。そもそも、人類は大瀑布を隔てたその二つの国家にしかいないはずだ。そのほかに国家はもちろん、大陸などもあるはずがなかった。世界は東方大陸と西方大陸の二つしかなく、残りは果てのない海と端のない滝だけである。それが世界の常識だったはずだ。

 

 

「凄いなぁ、さっきの竜といい、あの地平線といい、本当に()()()に来ちゃったのかな?」

 

 

水上偵察機、サンタ・クルスの後部座席に座っているメリエル・アルバスは少々興奮気味にるんるんと語り始める。

 

メリエル・アルバス、彼女は若干20歳ながらもレヴァーム空軍のエースパイロットに入る逸材だ。その明るい性格で他の飛空士達とも仲の良い。元水偵乗りで、サンタ・クルスにも乗ったことがある。

 

今回、彼女がサンタ・クルスの後席に選ばれたのは、彼女の水偵乗りとしての技量を買われたからだ。メリエルとシャルルは顔見知りで、メリエルの方からよく絡んできており、シャルルのことを「さん」付けで呼んでくれている。

 

 

「シャルルさん?聞いてますか?」

「え?あ、うん……聞いてるよ。にしても勝手に領空侵犯をして本当に大丈夫なのかな?」

「仕方ないですよ、命令では「領空侵犯をしてでも情報を持ち帰れ〜」と言っていましたから」

 

 

そう、彼らが勝手にこの国の領空内に入っているのは、上官からの命令に尽きる。世界がまるっきり変わってしまった以上、周辺の情報を模索する必要があったからだ。

 

 

「にしてもあの竜かっこよかったなぁ、見た目はレヴァームの竜に似ていたけど……」

 

 

キラキラと目を輝かせて語るメリエルに、シャルルは少し引き気味だ。彼女の言葉のその中には興奮の模様が映し出されている。そして、シャルルの目線の先。遠い遠い大陸の向こう側は空と陸地の色で隔てられている。これは、()()()()にはないはずだった地平線だった。

 

 

「?」

 

 

その視線の先、わずかに空気で霞む空に小さな点がポツポツと見え始めた。目を凝らしてよく見れば、それらは編隊を組んで羽ばたきながらこちらへ向かってくる。シャルルの天性の視力は一万メートル離れていても見つけられる。先ほどの竜の仲間だろうか?

 

 

「前方、距離一万にさっきのと同じ飛竜がいる」

「了解、確認しますね」

 

 

メリエルが双眼鏡を取り出して前方のひらけた空を見据える。ぽつんぽつんと見える大きな鳥のようなものが12、サンタ・クルスと同高度で相対している。

 

 

「数は12機、いや『12騎』か。真っ直ぐに接近してきます」

「迎撃?」

「いえ、それはないと思いますよ。さっきの竜騎士、通信機なんてものは持ってなかったですし」

 

 

シャルルもメリエルと同じくスクランブルだとは考え辛かった。相手の装備から察するに、遠く離れたこの場所まで即座に情報を伝達できる代物があるとは思えなかった。

 

12騎は速度を変えずにそのままサンタ・クルスめがけて隊列を組んだ。ドラゴン達は相対速度を変えないまま正面に相対する。ドラゴン達の鱗と模様まで見て取れる。しかし。

 

 

──避けろ。

 

 

「!?」

 

 

どこからか、そう囁くかの様な声が聞こえた。まるで、自分以外の誰かがシャルルに危険を知らせにきた様な感覚だった。理屈ではない、シャルルの周りの何かがあのドラゴンが敵意を向いていることを察知したのだ。直感の様なものだった。

 

 

──今すぐ避けるんだ!

 

 

一瞬目を凝らして相手のドラゴン達をよく見れば、口の中に光り輝く炎の様が光っていることに気づいた。

 

 

「メリエル!捕まって!!」

 

 

後席の返事を待つことなく、シャルルはサンタ・クルスを翻した。シャルルは一瞬のうちに操縦桿を左胸に引き寄せると、右フットバーを思いっきり蹴りつけた。その操作に補助翼と操舵翼が反応してサンタ・クルスは反時計回りに急横転した。

 

 

「うわぁ!!」

 

 

あまりに急な出来事であったため、メリエルはわけもわからず振り回される。その機体の真横を、火球達が12個。サンタ・クルスを炙る様に横切って行く。こちらを撃ち落とさんとばかりに12個の弾幕達が、さっきまでサンタ・クルスのいた場所を通り過ぎて行く。

 

 

「いきなりどうしたんです!!」

 

 

メリエルの疑問に満ちた声が伝音管に轟く。サンタ・クルスの後部座席は前席と向かい合っているために前方から見えるドラゴンの様子がわからなかった。

 

 

「攻撃してきた!あのドラゴン、こっちを撃墜しようとしている!!」

「嘘!?」

 

 

シャルルは後方を振り返らずにそう答える。メリエルにも、ドラゴン達が一斉に反転して追撃の体制に入っているのが目に入った。

 

 

「後方から竜が追尾してきます!」

「捕まってて!!」

 

 

報告を聞いたシャルルの反応は早かった。スロットル把柄に手を掛けて最大まで上げる。フルスロットルを超えたサンタ・クルスのオーバーブーストが作動し始めた。プロペラが唸り、排気管から青白い排気炎と白煙を噴出する。

 

 

「ちゃんと電力数えてるんですか!?」

「もしもの時はフロートで着水するから!」

「そんな!?」

 

 

メリエルの呆れと驚愕が混じった声に返す暇はなかった。シャルルは操縦桿をまっすぐにしてとにかく機速を上げることに集中していた。そして、シャルルは手頃な雲を見つけた。快晴の空の中にポツンとあった大きめの雲だ。迷わずそこに突っ込んで行く、水滴が風貌に取り付き、小さな雨の中にいるかの様だ。

 

 

「くっ!!」

 

 

雲中飛行は水偵に乗ったシャルルの十八番。かつての中央海戦争のあの作戦で頻繁に潜った雲の中、空間失調症になることはまずない。やがて雲が晴れる。雲中飛行にしては短い長さだった。オーバーブーストは続いている。後方の空に一直線の排熱の煙が立ち上り、飛行機雲の様な形を作り出す。

 

振り返ると後ろにあのドラゴンは一匹もいない、振り切ったのだろうか?シャルルは前から新しいドラゴンが出てこないか見張りながら全速飛行を続ける。

 

 

「!?、あれは……」

 

 

すると、遠目の地上に城か砦の様なものが見え始めた。地上の陸地に敷設させられた赤土の滑走路とテント作りの建物。一目見たなら、飛空場だと確信するであろうその施設。その赤土からまた新たに数騎のドラゴン達が滑走して行く。新たな迎撃騎がシャルル達を出迎えていた。

 

 

「お出ましだな……!」

 

 

サンタ・クルスの腹めがけて一気に上昇する構えだ。おそらく迎撃の第2波、またドラゴン達に弾幕攻撃を受けるだろう。やけに情報伝達が早い。先ほどの迎撃といいまるで通信設備があるかのような迅速さだ。おそらく、何らかの力による通信設備が整っていると考えていい。

 

 

「シャルルさん!!」

「分かってる!!」

 

 

ならば、逃げ延びる手段はただ一つだ。シャルルは操縦桿を前に一気に押し倒す。機体が地面に向かって急降下して行く。高度を下げたことによって機速はむしろ増している。

 

おそらく相手機はすれ違うほんの一瞬で攻撃を仕掛けてくるであろう。ならば、その照準を狂わせるためにまっすぐに突っ込んで相対速度を上げるしかない。

 

降下角度は60度。急降下爆撃もかくやという角度と速度だ。機速はスペック上の最高速度をゆうに超えており、サンタ・クルスのジェラルミンがガタガタと揺れる。シャルルの腕でなければ、あっという間に空中分解する機速だ。その手前、空を登っている竜に乗った飛空士の目が見開かれるのが見えた。

 

サンタ・クルスとドラゴンは高度二千メートルですれ違った。横目に飛空士の唖然とした様子を流しつつ、すぐに引き離す。時速は700キロを超えている。

 

すれ違ったのを確認したシャルルは、操縦桿を一気に引き戻して大ぶりの上昇をし始める。上昇角度30度、速度がガタンと落ちる。しかし、続けていたオーバーブーストにより機速を保っている。

 

 

「このまま一気に6000まで登る……!」

 

 

プロペラとDCモーターの電気音に身を包み、サンタ・クルスはぐんぐんと高度を上げて行く。後方を振り返っている暇はない、あのドラゴンがどこまで速度が出るかわからない以上、一心不乱に逃げ続けるしかないだろう。

 

 

「!?、シャルルさん!」

 

 

後席から伝音管越しにメリエルの声が聞こえる。同じ水偵乗りで目のいい彼女は、また新手のドラゴンを発見したのかもしれない。シャルルはじっと彼女の報告に耳を貸す。

 

 

「ドラゴンが追いつけていない様です……」

「え?」

 

 

だが、その報告は拍子抜けたものだった。思わず上昇をやめて水平飛行に移る。高度は約5000メートル。呆気にとられて後ろを見る。振り返った先には驚異と見なしていたドラゴンの姿は全くない。

 

 

「えっと、高度4000メートルあたりで息が切れている様です。これ以上登ってこれないみたいですね」

「4000でスタミナ切れって事?」

「多分そうですね。速度も200キロくらいしか出ていませんし、どんどん引き離されています」

 

 

なんと拍子抜けな。どうやら相手のドラゴンはシャルルが警戒したのよりもずっと『生物』という単位に縛られていたらしい。たしかに生物なら飛空機械と違い、空気の濃さも関係なしに高度4000まで上がればそれでスタミナが切れるだろうし、風の影響をもろに受けるから速度も出そうとしても出せない。

 

 

「これじゃあ、オーバーブーストは使わない方が良かったね……」

「ですね……」

 

 

今の空戦機動で電力残量がかなり減ったと後悔する、今となっては遅いことだったが。一応、サンタ・クルスは着水すれば電力を補給できるようにはなっているとは言え、やはり電力残量は心配の種だ。

 

 

「?」

 

 

シャルルが前方に何かを見つけた。大陸の小麦色の穀倉地帯とはまた違う、優しい色の文明の影であった。

 

 

「都市だ……」

「え?」

「海の向こう側に都市が見える」

 

 

観音寺もその方向へと目を向ける。後方から振り返る形だが、目が鍛えられたメリエルにはそれでも十分見えている。海の向こう側なので、機体の高度からも見えやすい。

 

 

「本当だ、街が見えますね」

「うん、行ってみよう」

 

 

シャルルはサンタ・クルスを翻す。翼の揚力を頼りに突き進む。その都市は経済都市マイハークと言った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ロデニウス大陸の北東に位置するクワ・トイネ公国。

 

超農業大国の北東に位置する経済都市マイハーク。古びた洋風の建築物が立ち並び、市街地の中央部を走るメインストリートは石畳で舗装され、馬車や陸鳥が行き交い活気には触れている……普段は。

 

突然、大きな音とともに扉が開かれ、中から20代半ばくらいの女性が血相を変えて飛び出した。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 

女性は体型にフィットしたぴっちりの鎧を着ており、腰に帯剣しつつ背中にも弓を背負い、帯剣したのとは逆側の腰には弓矢を携えている。その勢いの女性の後ろには、部下と思わしき若者達が続く。平和な街での異様な光景。全員が鎧を装備し、顔は緊張に包まれていた。彼らはマイハーク城の片隅にある城壁の上に走って並ぶ。鎧をつけた彼らは、息を整えながら上空を見上げた。

 

 

「まもなく未確認騎がこのマイハーク上空に飛来する!第六飛竜隊からの報告によると未確認騎はワイバーンよりも早い速度で侵入してくるぞ、総員配置につけ!!!」

 

 

騎士団の面々は左手に弓を持ち、矢をつがえて再び上空を見上げる。

 

 

((防衛と言っても、どこまで対応できるのか……)

 

 

イーネは心の中でそう呟いた。防衛隊、と言っても本来はこんな飛竜相手に立ち向かう様な勇気のある者達ではない。そもそも、歩兵はワイバーンには勝てない。

 

ワイバーンはたった一騎で万単位の騎士団を足止めでき、火炎弾や火炎放射で歩兵を焼き尽くす。弓やバリスタで対抗しようにも外皮は厚く、とても通らない。ワイバーンに対抗するにはワイバーンしかいないのだ。

 

 

「来たぞーっ!!」

 

 

東方向を監視していた棟の騎士団員が大声で叫ぶ。一斉に視線が東方向に集まる。粒の様に見えたそれは、やがて全容を表す。やがて「オオオン」という聞きなれない音があたりの空に響いた。

 

 

「あれは……」

 

 

しばらくすると騎がワイバーンの届かない高度を悠々と飛行してやってきた。マイハーク上空にたどり着いて見えてくるそれは、まるで渡り鳥の様だった。

 

 

「敵襲ーっ!!」

「うわぁぁ!!」

「退却だ!退却しろ!!」

「留まれ!持ち場を離れるな!!」

 

 

聞きなれない音と見慣れないシルエットに、騎士団はパニックに陥った。かろうじてイーネとその周りの若い騎士は平然を保っているが、不気味な音は神経を逆なでする。

 

 

「この音は何だッ!?」

「精神魔法かもしれん!耳を塞げ!!」

 

 

イーネほ手に持った矢をつがえて上空へ向ける。矢の向かう先は海、ここからなら撃って外れても民間人に当たることはないだろう。そして、ひょう、とつがえた矢が放たれる。しかし、無情にも矢は届く前に落ちて行き海に落ちる。

 

 

「無駄か……」

 

 

ワイバーンなら攻撃手段はあるにはあるが、第六飛竜隊は先程二回も緊急発進し、戻ってくる途中。現時点での対抗手段は地上からの弓による射撃しかなかったが、明らかに届かなかった。

 

 

「あ……あれは一体なんだ!?」

「ワァァーッ!化け物だ!!化け物が攻めてきたぞ!!」

 

 

イーネは城壁の内側の街並みを見据える。街の人々の顔は恐怖でひきつっていた。住民達が逃げ惑い、路上は隠れる場所を求めて走り回る人々で騒然となる。家にいるものは窓と扉を次々に閉めた。家の中で耳を塞ぎ、子供を抱き抱えて震えているものもいるだろう。

 

パニック状態の住民や騎士団を尻目に、イーネは未確認騎の全容を見据える。空に溶け込む青い騎体。そして羽ばたかない翼はカモメの翼のようなシルエットをしていた。あの体色、そして海の向こうからやってきたあの騎体はまるで……

 

 

「海猫……」

 

 

長い長い海を旅し、鳥のくせに猫みたいにみゃあみゃあと鳴く鳥。その騎の葵い見た目に思わず美しいとさえ思った。平和な街並みに恐怖をもたらした物体だっが、何をするでもなく要所要所を旋回したら満足そうに北東に飛び去っていった。

 

 




メリエルは聞いての通りのオリキャラですね。
誰がモチーフになっているかは御察しの通りです。


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第2話〜消失の大瀑布〜

彼らがなぜクワ・トイネの空へやってきたのか、話は3日ほど前に遡る。

 

夜空。

 

真っ黒な夜空。空を見上げれば星々がきらめき、手を伸ばせば吸い込まれてしまいそうな漆黒の黒。

 

水面は静かに揺れ、海面は透明度が高く泳ぐ魚群が目に映る。トレバス環礁からサイオン島に掛けてのヴィクトリア海は透明度が高く、このように空から魚群を見下ろすことができる。

 

そのまっさらな夜空の最中に蒼の飛翔物が海の上を悠然と飛んでいた。回るプロペラ、DCモーターの電動の心地よい音、蒼穹の蒼に染まってしまいそうな優しい色のジェラルミンの翼。

 

それだけで、かの飛翔物が飛空機械であることがすぐにわかる。青い塗装、優しく回る4軸のプロペラ、ジェラルミンの翼に光を受けて飛んでいる。小さく、しかしそれでいて力強い雰囲気を出す単座戦空機『アイレスV』。

 

神聖レヴァーム皇国の最新鋭戦空機として、今も現役のその機体は青い海を駆け抜けて飛ぶ。透明で仕切りが少ない涙滴型風防に身を包み、優雅な飛行を楽しむ飛空士がそこにはいた。

 

 

「大瀑布にかけての飛行経路は異常なし、今日も良い夜空です」

 

 

トレバス環礁の基地に定時連絡を入れ、通信機を置く若い飛空士。レヴァーム人にしては珍しい黒髪を携えた若者の名は狩乃シャルル。シャルルの今回の任務は大瀑布空域の偵察任務だった。大瀑布を越えた先にある帝政天ツ上、その軍の動向を探るための早期警戒任務だ。

 

シャルルにとっては平時のいつもの任務。もう天ツ上とはすぐに戦争が起こるわけでは無い、安心した気持ちで空を飛んでいる。まもなく大瀑布を超え、天ツ上の領空へと顔を出す。シャルルはこの海域を懐かしむように見ていた。

 

 

「よし、これが出発前の最期の飛行だ。気分良く行こう」

 

 

そう、シャルルにとってはこれが終わればしばらくはトレバス環礁には帰ってこない。かつての敵とも仲良くなり、暇を持て余したレヴァーム軍は新しい計画を立てていた。

 

聖泉方面の探索である。

 

聖アルディスタ教における創造神話、その記述にある世界の中心である『聖泉』。そこが本当にあるのか確かめるべく、レヴァーム主導で大規模な探査計画が立案された。

 

暇を持て余していた軍はこれに飛びつき、聖泉方面探索艦隊が編成されて大規模な探索が行われる予定だった。出発は明後日。シャルルもその計画に参加することが決められており、正規空母『ガナドール』に乗って果てへ向かって旅立つ。今回の偵察はその前日における最後の飛行だった。

 

そんな考えにふけっていると、シャルルの目に世界の境界線が見え始めた。この二つの国を隔てて分ける神秘の滝が、シャルルの眼に映る。

 

──大瀑布。

 

この世界を隔て切り裂く巨大な滝。トレバス環礁の大瀑布はレヴァーム側に抉れており、近い距離にある。長く、高く、果てのない滝は海を裂くように割れている。海水の流れ落ちる重い音がアイレスVの風防からでもわかる。

 

世界を隔てる大瀑布。

 

シャルルにとって何も見るのは初めてではない。しかし、世界を二分するかのように隔てられたこの滝を見るたびに、世界の神秘を確信する。その大瀑布を超えた海域、その少し先に何やらピカリと光る光源がシャルルの眼に映った。

 

魚かと見間違える魚影が一つ、大瀑布の先の空に鎮座していた。アイレスVよりも大きく、小さめの主砲などの上下の構造物をもつ空飛ぶ船のような出で立ち。

 

 

「天ツ上の駆逐艦だ」

 

 

燦雲型高速駆逐艦。

 

かつての戦争で神出鬼没として恐れられていた天ツ上機動艦隊の中核をなしていた駆逐艦だった。かの戦争で多くの戦没艦を出してしまっていたが、戦後は大瀑布の警備に使われている。

 

天ツ上もレヴァームと同じく、停戦条約が結ばれた後も大瀑布近辺の警備を行なっている。昔は帰還不可能と言われた単座戦空機による夜間飛行も、こうして各所にピケット艦を配置することによって帰られるようになった。

 

予定では、この駆逐艦を頂点にこのままトレバス環礁まで戻る事になっている。これ以上は天ツ上の領空。事前に単機の飛空機械が大瀑布を超える許可は出ていたため、任務を終えたら速やかに反転して飛空場まで戻る予定だ。

 

 

「挨拶をしておこう」

 

 

シャルルはそんな気さくなことを思いつく。あの船には戦争の時に散々お世話になっていたからこその、ちょっとした遊び心である。スロットルを調節し、大瀑布に対して平行に進んでいた駆逐艦の真上を通り過ぎる。途端、天ツ上の飛空駆逐艦の乗組員たちが飛び出して手を振ってきた。シャルルの飛び方を讃えるかのように帽子を振るっている。

 

そして半ロールを打って機体を反転、飛空駆逐艦の右側面に着く。飛空駆逐艦は素早いため、飛空機械とも並走できるのが売りだ。駆逐艦の艦橋の乗組員たちが敬礼する。シャルルも風防の中でレヴァーム式の敬礼をして挨拶をする。

 

 

『こちら天ツ上海軍所属、飛空駆逐艦『竜巻』。本日の天気はほぼ晴天、トレバス環礁までの雲量は七。時刻は00:00を過ぎている、時刻通りだね』

 

 

飛空駆逐艦の艦長がシャルルに挨拶をかける。シャルルも機内の無線機を手に取り、話を返す。

 

 

「ありがとうございます艦長殿」

 

 

シャルルは緩やかに操縦桿を引いて再び上昇。高い高度から大瀑布付近の空を見据える。高空の空は真っ黒に染まり、満天の星空が夜空を支配している。そんな空に、シャルルは少し綺麗だと感じた。

 

異変はその時起こった。

 

 

「?」

 

 

一瞬、空のダークブルーが濃くなったように感じた。何かの見間違いかと思い、アイレスVの操縦に戻ろうとした時であった。瞬転──夜空が光に満ちた。

 

 

「な!?」

 

 

シャルルの目が見開かれる。夜空の真っ黒は消え去り、一瞬で昼間のように明るくなった。

 

 

「あれは!?」

 

 

それは一瞬の出来事だった。たったの数秒、それだけでかの夜空は昼間のように晴れ渡り、そして元に戻った。

 

 

「…………」

 

 

シャルルの口が開いたまま塞がらない。一瞬でハッと戻り、アイレスVの計器類に目を通す。高度計、電力計、平行器、全て異常はない。

 

シャルルは周りを見渡す。場所はさっきと変わっておらず、相変わらずの海の上を通っている。よく見れば、闇に染まったと思っていたのよりも少しだけ明るく、空を見れば月と数多の星が眼に映る。

 

横にはさっきの駆逐艦が月夜に染まって黒く光り輝いていた。場所が変わったわけではなさそうだ。ならば、この現象は一体なんなのか?夜空が一瞬昼間のように明るくなるなんて聞いたこともないし、あってはならない。一体全体何が起きているのかシャルルには分からなかった。

 

 

『こちら飛空駆逐艦竜巻!今の現象は一体なんなんだ!?夜空が光で昼みたいに照らされたぞ!!』

 

 

どうやら今の現象は竜巻の方でも起こっていたようだ。艦長が慌てた様子でシャルルに説明を求める。

 

 

「わかりません!とにかく今はレヴァームと天ツ上に連絡を取ってください!」

 

 

シャルルにも不可解すぎる現象だ。原因はわからない、とにかく本国に問い合わせて真偽を問うしかない。しばらくすると、すぐに艦長から連絡が入った。

 

 

『飛空士殿、たった今天ツ上とレヴァーム両方との連絡がついた』

「本当ですか!?」

『ああ、本国でも同じ現象が起きていて大パニック状態らしい。とにかく、今は現時点での航路を維持せよと指令が来ている』

「わかりました、本国との連絡がついたなら安心です。ありがとうございます」

 

 

考えられていた最悪の結果は避けられたようだ。本国との連絡がついたということは、駆逐艦の通信機器の間にレヴァームと天ツ上が存在するということだ。よもや、自分たちだけが知らない場所に転移させられたということではないようだ。

 

 

「?」

 

 

少し安心して、周りの状況を確認し始めたシャルルに異常が聞こえ始める。そこにはアイレスVのモータ音と駆逐艦の揚力装置の音だけで、大瀑布の滝の音が一切聞こえなかった。シャルルの天性の勘が、異常な空を空から見据えるようにあらわにする。

 

 

「まさか……」

 

 

シャルルはまさかと思い、アイレスVを翻す。高度二千メートルから大瀑布方向に向かって一直線に進む。しかし、いつまでたっても滝が現れない。水面は滝など鼻っから存在しなかったかのように悠々と照らされている。

 

高度二千メートル。大瀑布を超えたならば高度計は一気に七百メートルに切り替わる筈だ。しかし、いつまでたっても大瀑布を超えた証拠が現れない。

 

 

「大変だぞ……これは……」

『どうした!?いきなり高度を下げたら大瀑布に突っ込むぞ!』

 

 

そのシャルルの不可解な機動に危機感を感じた米秋艦長が怒号を散らさせる。シャルルは異変の真偽を確かめるべく、竜巻に連絡をつける。

 

 

「艦長殿、大変です!大瀑布が見つかりません!!」

『何!?どういう事だ!?』

「わかりませんが、サーチライトを大瀑布に向けてください!暗闇でよく見えないだけかもしれません!」

 

 

一瞬光が照りつけたため、目が慣れていない。シャルルの勘違いという可能性も考慮し、竜巻にサーチライトで大瀑布を探ってもらうしかない。

 

竜巻の乗務員たちが探知灯に取り付き、自慢の大電力から繋げられた大口径のサーチライトを向ける。約数キロ先まで照らすことができるそれは強力な光を持ってして大瀑布を照らそうとする。しかし、何も映らない。ただっ広く何もない平野のような海が、はるか先まで続いているだけだった。巨大な果てのない滝は見る影もない。

 

 

『大瀑布が無いぞ!?』

『どこにも見当たりません!』

『そんな馬鹿な……』

 

 

竜巻の乗務員も、これには唖然を通り越してちょっとしたパニック状態だった。空で見据えるシャルルにも、その動揺が伝わってくる。

 

 

「これは一大事だぞ……」

 

 

シャルルはそれだけしかつぶやくことしかできなかった。大瀑布は、どこにも存在していなかった。その衝撃が、シャルルの脳裏に混乱を生む。

 

まるであの滝が初めからなかったかのようにまっさらに消えていたのだ。




『大瀑布の消失』
今作では、これが原因でレヴァームも天ツ上が転移した事を知ります。


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第3話〜決断〜

 

「…………報告ご苦労であった」

「はい、ありがとうございます」

 

 

狩乃シャルルはトレバス環礁の飛空場で航空基地司令官であるアントニオ大佐に自分が見てきたことの全てを伝えた。

 

アントニオ大佐はシャルルのことを信頼している。シャルルが海猫であることを知っている数少ない人物であると同時に、彼の空戦技術をこの基地で最も信頼していたからだ。そんな彼が嘘をつくとは思っていないのだろう。まとめられた報告書にはしっかりと大瀑布が消滅したことが記載されている。

 

 

「しかしなんとも信じられん……本当に大瀑布が消えてしまうとは……」

「残念ですが大佐、私はこの目でしっかりと見ました。さらに天ツ上の駆逐艦竜巻もその現象に遭遇しています」

「…………はぁ、上が信じるかどうか……」

 

 

何度も言うが、アントニオ大佐はシャルルのことを疑ってはいない。だからこそ、どう報告すれば良いのか分からずじまいであったのだ。

 

 

「そうだな、ひとまず君は休みたまえ。あんな現象を目の当たりにしては精神的に疲れただろう?」

「…………お言葉に甘えさせていただきます」

 

 

そう言ってシャルルは敬礼を返して司令室を去っていった。一人取り残されたアントニオ大佐はおもむろに席を立ち上がり、窓の外から星空を眺める。

 

 

「一体何が起きている……?」

 

 

アントニオ大佐はそれだけ呟いた。今後の疑問をぶちまけるように。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一方、シャルルは基地の宿舎の扉をあけて月夜に輝く外へと出て星空を見上げる。

 

かつての中央海戦争にて天ツ上に占拠され、美都原飛空場と名付けられていたこの飛空場は二つの滑走路を持つ。真東に向かう滑走路と北東に横切る滑走路が基地の南側にある。それぞれ戦空機用と爆撃機用に分かれているため機能的だ。

 

その飛空場の戦空機用の滑走路に堂々と居座ると、夜に染まった星空を見上げてたそがれる。見える夜空の星々は星の形、位置、明るさなどがまるっきり違っていた。

 

 

「星の形が違うことも報告書に書いたほうがよかったかな……」

 

 

そんな後の祭りを呟きながら、シャルルは滑走路の真ん中でランプをつけた。今あの現象のせいで飛空場は実質閉鎖状態であるためこのように居座っても何も言われない。シャルルは久しぶりにお酒でも飲もうかと、宿舎から持ってきたボトル入りのバーボンを開けようとする。

 

 

「あ、いたいた!シャルルさん〜!」

 

 

開けようと思った瞬間、シャルルの後ろから明るめのメリエルの茶髪の声が聞こえてきた。どうやらバーボンはしばらくお預けのようだ。

 

 

「心配しましたよ!夜がピカッて光ったと思ったら、大瀑布がない!だなんて報告が上がってきて基地は大パニックだったんですから」

「そうだったのかい?見た所静かだけど……」

「アントニオ司令のおかげで混乱が治ったからですよ。それよりよかったです!シャルルさんが無事に帰ってきてくれて!」

 

 

メリエルの心配声を苦笑いでごまかし、シャルルは星空を見上げる。メリエルはシャルルの隣で立ったままで同じ星空を眺める。

 

 

「星の形が全然違う。ほんと、何が起こっちゃったんですかね……」

「分からないよ。でも大瀑布がなくなっちゃっているって事は、もしかしたら世界がまるごと変わっちゃっているのかもね。国ごと異世界転生、みたいな?」

「い、異世界って……」

「もしかしたら異世界人が攻めてきたりして」

「そ、それはないと思いますよ……あはは」

 

 

メリエルは笑いながらも飛空服の上から肩を震わせて縮こまる。別に寒いわけではなく、むしろトレバス環礁は暑いくらいなのだが。

 

 

「…………もしそうなったら流石の()()()()でも太刀打ちできますか?」

「…………」

 

 

海猫。その言葉にシャルルは俯いたままだ。何も答えることをせずに、何やら回答に困っているような出で立ちだ。

 

 

「分からない。でも、この世界がどうなろうと僕はこの空を飛んでいたいな。いつまでも、平和に……」

 

 

その平和が崩れるかもしれないのに、何も呑気なことである。それはシャルル自身が一番理解している。空は真っ黒で引き込まれそうなほど暗かった。月は三日月、天ツ上の紋章と一緒。もしかしたら、これから起こる事はレヴァームと天ツ上の一番の試練になるかもしれない。そう予感できた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

神聖レヴァーム皇国 皇都エスメラルダ

 

レヴァームが建国されて以来、長らく首都を務めていたエスメラルダ。巨大な湖のほとりにあるこの街は、いくつかの行政区によって構成されているが、大きく分けて二種類に分けられる。

 

まず、北側にある新市街地。比較的新しいこの地区は開発がかなり進んでおり、真新しい高層ビルが立ち並び、公園には観光名所のタワーがそびえ立つレヴァームの発展の象徴である。

 

そして、湖の大きな入江を挟んで南側にある旧市街地。ここは王宮や宮殿などの歴史的建造物が集まり、観光スポットとしても栄えている。レヴァームの政治の中心地でもあり、レヴァームの建国700年の歴史を感じられる。

 

その旧市街地の中心部に位置する巨大な城。その一角の巨大な装飾に彩られた会議室。ここに、レヴァーム皇国のトップたちが集まって会議を行っていた。

 

理由は言わずともがな、あの光る現象についてだ。レヴァーム皇国のエスメラルダでも夜が一瞬昼間のように輝く現象は確認されており、急遽国のトップ達が集まった。

 

 

「状況はどうなっていますか?」

 

 

凛とした声が会議室に響く。口をまず最初に開いたのはこのレヴァーム皇国の現トップ。神聖レヴァーム皇国執政長官、ファナ・レヴァームだ。

 

光芒5里に及ぶと称された美しさを誇る小さな口が、確かな重みを持って言葉を放つ。王室での多忙な仕事に追われる彼女も、あの現象を目の当たりにしていたのだ。

 

 

「エスメラルダだけでも相当な混乱が広がっており、様々な憶測が広がっております。現在警察だけでなく近衛兵を動員して治安維持に勤めています」

「他の都市でも同様の混乱が広がっており、早急な対応が必要となります。しかし、あの現象を目の当たりにした者も多く、多くの混乱が広がる恐れがもあり注意が必要です」

 

 

城の外、皇都エスメラルダは大混乱にあった。ある者は家に閉じこもり、またある者はさらなる混乱に備えて略奪が横行。これに対し、警察やエスメラルダの政府機関の警備として編成された近衛軍を動員して治安維持に勤めていた。騒ぐ皇国民に対し、治安維持隊は一触即発の事態にまで発展していた。

 

 

「皇国民には事態の説明と今後の方針をラジオなどで早急に伝えてください。また民間人の暴動が起こった場合は、なるべく穏便に対応することを心がけるように」

「分かりました、銃器等の使用は原則禁止と命令いたします」

 

 

今この状況を打開するには、まず皇国民を安心させる他ない。憶測やデマを排除し、真実だけを浸透させて国民の恐怖をなだめなければいけない。

 

 

「天ツ上の様子は?」

「天ツ上軍は混乱が収まるまで付近の海域に展開していた海軍、空軍の飛空機械を本土まで撤収させるそうです。おそらく天ツ上の国民も、エスメラルダと同じく混乱が広がっているのでしょう。しかし一応、レヴァーム全土の陸海空軍を厳戒態勢に置いて臨時となればすぐさま出動する構えをとっております」

 

 

レヴァーム軍最高司令官セスタ・ナミッツが口を開く。中央海戦争から総司令官を務めているこの勇将は、戦後においてもレヴァーム軍を引っ張っている。政治家としては少し抜けているが、軍人としては至極真っ当な性格で戦争に強い司令官だ。

 

 

「天ツ上とはこの四年間、友好的な関係を取ってきました。ここで彼らを警戒させて不信感を募らせることのないように」

「了解です。全軍には専守防衛を厳守とさせ、不必要な行動は控えさせます」

 

 

ファナとしても、天ツ上とは戦争になるとは思えない。天ツ上と講和条約が結ばれて戦争が終わってからと言うもの、天ツ上とは仲良くなるばかりだ。ファナとしても、その平和をこの不測の事態で傷つけることだけはしたくなかった。

 

 

「この現象の原因は掴めたのですか?」

「現在、天文学者や物理学者を中心に現象の原因を探っております」

 

 

担当のマクセルが答弁する。彼はもともとナミッツの前にレヴァーム軍の総司令官を務めていた人物だ。しかし、中央海戦争での度重なる敗北の責任を取って更迭。その後、政治手腕を買われて今や政治家として活躍している。

 

 

「しかし、星の位置がまるっきり違うなど不可解な現象が相次いでおり、原因究明は時間がかかるかと……」

 

 

この不可解すぎる超常現象に対し、レヴァームは国民を納得させるために早急な原因解明が行われ始めた。しかし、全く成果は現れない。

 

 

「原因は分からないと?」

「はい、あまりに不可解な出来事ですのでもはや科学で証明できる現象なのかも怪しいところです」

 

 

ファナが現状何も言えなかった。いくら皇妃として教養があるとはいえ、流石に物理現象や天気の現象についてはファナは知識がない。全く知らないことに対して口出しをするものではない。ましてや皇国民に混乱が広がっている中、国のトップたる自分が憶測を広めてはならない。

 

 

「……分かりました。引き続き調査をよろしくお願いいたします。原因がわかり次第、報告を」

 

 

その時、会議室のドアをノックして一人のスーツ姿の人物が入ってきた。「失礼します」の一言も言う暇もなく、ナミッツに直接報告を耳打ちする。

 

 

「何事です?」

「……哨戒中の戦空機と飛空艦から直接報告がありました」

「それは……?」

 

 

マクセル大臣は少し深呼吸をして息を整える。たかが報告一つにこれだけ緊張するとは、一体どう言う内容なのだろうか。ファナ達レヴァームのトップ陣は固唾を飲んで報告を待つ。

 

 

「みなさん、これはかなり重大な報告です。まず、レヴァーム領海内を訓練中だった艦隊から『遠くの海が空に沈み込んでいるように見える』と報告がありました」

「……う、海が沈み込んでいる?と言うことは、地平線と言うことですか!?」

 

 

その憶測にその場の全員が目を見合わせた。

 

 

「はい、哨戒中の飛空艦からの観測ではっきりと地平線が現れたと確認されました」

「!?」

 

 

途端、その憶測が的中する。会議室の面々が氷像のように真っ青になって固まった。

 

 

「地平線なんて今まで観測されてませんでしたよね……?」

「ど、どう言うことだ……?いきなり星が丸くなったわけでもあるまい……」

 

 

この星は地平線などない。それが今までの常識だった。世界はどんな形をしているのだろうか?それは古今東西様々な冒険家達が突き止めようとしていた難題だった。レヴァームと天ツ上のいる星は平面惑星であるとすでに証明されている。地平線も見当たらず、星の自転による影響も起こらない。

 

地上はどこまでいっても真っ直ぐで、丸い星の証である地平線はどこにも存在しない。この惑星は平面惑星である。それがこの世界の常識だったはずだ。

 

それが今、あっさりと崩された。

 

もちろんいくら平面惑星説が大きくとも、世界の真の姿は謎のままだった。そして世界の真相を確かめるべく、聖泉方面への探査が計画されていたのだが、出発は明後日だった。世界の真相を確かめる前に起こったこの現象。その現象の規模の大きさは、どうやら計り知れない規模のようだった。

 

 

「それから……大瀑布付近を飛行していた哨戒戦空機が帰還、報告がありました」

 

 

まだ報告があるのかと会議室の面々がざわつき始める。一応ファナは一応平然を装っていたが、動揺は広がっている。

 

 

「その飛空士はトレバス環礁から大瀑布へ向けて飛び立ち、大瀑布の真上で暗転現象に遭遇しました。そして、その現象の後『大瀑布の音が聞こえない』ことに気づいたそうです」

「大瀑布の音が聞こえない……?」

 

 

再び会議室の全員が顔を見合わせる。

 

 

「真相を確かめるべく、付近を航行していた駆逐艦に頼んで探知灯による付近海域の捜索を行いました。その結果……大瀑布が完全に消失したことを確認したそうです」

「!!!!????」

 

 

戦慄の報告にその場にいた全員がぴしゃりと固まった。その場にいた全員が息を飲み、キョロキョロと顔を見合わせて目配せをする。

 

大瀑布が消えた。

 

レヴァームと天ツ上を隔てるように高く高くそびえ立っていたあの神秘の滝が、なんの前触れもなしにいきなり世界から消失するなんてこと、あり得るはずがない。

 

 

「……それは本当なのですか?」

 

 

ファナは思わず質問する。

 

 

「はい……その飛空士からの報告は本当です。腕もよく、信頼できる証言とのことでさらには付近を航行していた天ツ上の駆逐艦も目撃しています」

「その飛空士の名は?聞かせてもらえますか?」

「はい、狩乃シャルル大尉と言うそうです」

「…………」

 

 

ファナが一番よく知っている名前が出てきた。思わず戦慄するが、その彼が嘘をつくとは到底思えない。さらに言えば、天ツ上の駆逐艦には百人単位の目撃者がいるだろう。つまりこの報告はまぎれもない真実だった。

 

 

「……分かりました。その飛空士には直々にお礼を申し上げて下さい」

「分かりました。伝えておきます」

 

 

他の一部の大臣達が一瞬顔を見合わせる。ファナのようなレヴァームのトップが、一介の飛空士に対して直接礼の一つを与えるとは少し不自然に思えるが、それどころではないとなんとか押しとどめる。

 

 

「い、一体どう言うことです?地平線が見え、大瀑布まで消えるとは……」

「もはやそれは、原因が解明できる事象なのですか!?」

「……現在国家を挙げての原因究明の最中です。我々軍人には理解できない事象ですので口を挟めません」

「本当にその報告は正しいのかね?」

 

 

場違いなほど嫌味ったらしい声が聞こえてきた。会議室の全員が声の方向に振り向く。ずんぐりとしたマクセルがナミッツをにらんでいた。

 

セスタ・ナミッツとマクセルは非常に仲が悪い。

 

マクセルは大臣に向いているものの、もともとは軍人を目指してそれを本職としていた。中央海戦争でその座を奪ったのが意見が合わずにいざこざがあったナミッツであった。恨むのも納得がいく。

 

 

「…………報告は事実です」

「信じられんな。君の言う通り、こう言う事象は軍人には理解できん事象だ。と言うことは、天文学者でもない一介の軍人が君の練度不足のせいで見間違えたのではないかね?」

 

 

マクセルはナミッツに対して相当ないちゃもんをつけてきた。まず「君の言う通り〜」と人の揚げ足を取り、そのあとでなんだかんだ言って「お前の責任では?」と一気に責任を転嫁してくるこの言い分は、嫌味にしか感じられない。

 

 

「こんな時にも嫌味かねマクセル?そんないちゃもんをつけてまで、私を侮辱したいのか!?」

 

 

売り言葉に買い言葉、売られた喧嘩はなんとやら。ナミッツは普段は音圧な性格だが、正義感が強いがために自分を侮辱するものには容赦なく噛み付いてしまう事がある。

 

 

「これは多数の報告が上がっている事実なのだぞ!現実を受け止めろマクセル!!」

「フッ、問題はそこではない。そもそも『大瀑布が消えて、地平線が現れました』なんと言う、そんな大それた事をどうやって国民に示すのかね?地平線の存在など今までなかったくせに」

「!?」

 

 

しかし、口喧嘩はマクセルの方が一枚上手。揚げ足を取った後に、こうやって反論できない質問を投げかける事で相手を黙らせる事が得意だった。やはり、マクセルは大臣に向いている。

 

 

「そ、そうだ……これが事実だとしたらどうやって皇国民に説明すれば良いのだ!?」

「さらなる混乱が広まるぞ!!」

「そもそも信じるのか!?デマを吐いたと王宮の信頼が傾くぞ!!」

 

 

ああでもない、こうでもない。会議室は一瞬にして言葉の大乱闘場へと変貌した。政治家達の怒号が飛び交い、貴族達の下品な罵りが返ってきて、軍人の責任転嫁が飛び交う。

 

まさに言い争い、会議は踊るされど進まず。

 

そんな中で一人、ファナ・レヴァームは席に座ったままその大乱闘を見据える。政治家、貴族、軍人達がそれぞれの責任をなすりつけるかのように言葉を投げ合う。その途端、ファナの手が勢いよく机を叩いた。

 

 

「!?」

 

 

木製の高級なテーブルがぐらりと揺れるほどの大きな鈍い音が響いた。見れば、執政長官の席に座ったファナが両手の手のひらを机に勢いよく叩きつけていた。

 

 

「静粛に!!!!今は会議中です!皇国民達に混乱が走る中、国のトップたる我々が平然を保たなくてどうするのですか!?」

 

 

ファナは声を荒げて会議の場にいるもの全員に問いを投げかける。皇妃たるファナ・レヴァーム直々のお叱り、流石にこれには会議の場の全員がしゅんと静まり返る。彼女の言っていることはごもっともだからだ。

 

 

「この国の……いえ、これは全人類の緊急事態です!世界の緊急事態の中で言い争いなど時間の無駄です!恥を知りなさい!」

 

 

会議室の中をファナの荒げた声がこだまする。

 

 

「長官の言う通りだ。皆落ち着こう……」

 

 

ナミッツは彼女の言うことをごもっともだとか解釈し、言い争いの場を鎮める。興奮して席を乱雑に立ち上がっていた会議室の面々が静かに着席する。マクセルもこれにはかなわず、叱られた子供のような表情で席に戻る。

 

 

「……今回の案件、急を要するかもしれません。人類の歴史上、最大の危機が訪れています。そこで、この窮地を乗り越えるためには味方が一人でも多く必要です」

「み、味方ですか?」

 

 

ファナは質問を投げかけた大臣に頷き、言葉を続ける。

 

 

「はい。中央海戦争で戦い、我々に自分たちがいかなる民族かを教えた心強い味方が東の海にいます」

「ちょ、長官……それはつまり……」

 

 

言葉の先を察したナミッツが驚きの声を上げる。

 

 

「レヴァームは帝政天ツ上との早急な同盟を提唱します!」

 

 

レヴァーム史上、最大の決断が下されようとしていた。



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第4話〜混沌〜

 

「これはひどい…………」

 

 

大刀洗湾にどりついた飛空駆逐艦『竜巻』の艦長、米秋の第一声はそれだけだった。飛空駆逐艦竜巻から見下ろす淡島の港、そこにあったのは立派な軍民兼用の立派な港……ではなく、もはや港だった何かだ。

 

大刀洗湾の港は散々な光景であった。コンクリート固めの桟橋はまるで抉られているかのように断崖絶壁となり、周りの自然でできた海岸線すらもぶっつりと切り取られたように崖が切り立っていた。

 

海の海抜は深く沈み込み、断崖絶壁と合わさって登れなくなってしまっている。洋上の軍艦や民間の船舶たちがその深い海に浮かんでいるが、乗務員たちは乗り降りができずに困り果てていた。

 

中には混乱の影響なのか、船同士で衝突を起こして転覆しているものもいた。死者がいなければいいが。さらに悲惨だったのはドックにいた船たちだ。ドックから海へとつながる桟橋はぶっつりと切り取られた崖になっており、これではもう海に下ろすことはできないであろう。

 

 

『クレーンを使って乗組員を救助しろ!なんとしてでも助け出せ!!』

『海流がまだ乱れてる!洋上艦は衝突に注意するんだ!!』

 

 

通信回路からは怒号が飛び交っている。

 

 

「一体何が起きているんだ……」

「わかりません。情報によればあの現象の後、光が覚めてみればこの有様だったと。さらに海流も乱れ、衝突する船が相次いだそうです」

 

 

原因は不明、それが現実だった。十中八九あの現象による被害の一つだと思われるが、一体全体どうしたらこうなるのかがつかめない。

 

 

「艦長、司令部より新たな命令を受信しました」

 

 

先ほどの現象の不安や混乱が残る中、それを打ち破ったのは竜巻の通信士官の一報だった。米秋艦長は「うむ」と答えると、電報の紙を抱えた士官が艦長のいる上部艦橋まで登って内容に耳を貸す。

 

 

「はい、『飛空駆逐艦竜巻はドックに入港、補給の後、天ツ上政府の外交官を乗せてレヴァームへと出航せよ。なお、レヴァーム政府からの許可は下りている』……との事です」

「外交官を乗せてレヴァームまで行けと?」

「はい、なんでもこの事態に対して共同で対策を取るとのことで……」

「そうか、……目的地は?」

「行き先はトレバス環礁。外交官はそこから民間の飛空機に乗り換えるようです」

「了解した、全艦にこの命令を通達。着陸の後、再びの出航準備にかかれ」

「はっ!」

 

 

その号令とともに、竜巻は淡島のドックに到着した。港は大騒ぎだが、陸上にある飛空艦のドックは無傷で残っている。竜巻はそのドックへ向かってだんだんと降下して行く。飛空機械が滑走路に着陸するかのような出で立ちとやり方だ。

 

 

「高度100、降下率異常なし」

「降下率そのまま!」

「降下そのまま、ヨーソロー!」

 

 

飛空艦の着陸手順は簡単だ。着水と違い、わざわざ揚力装置のプロペラを垂直にする必要がないし、プロペラを縦にしたままゆっくりとドックに降下すればいい。

 

 

「高度50、40、30、20」

「ランディングギヤ下ろせ」

「ランディングギヤ下ろします!」

 

 

まず着地用のランディングギヤが竜巻の4面から下され、着陸態勢に入る。同時に空気抵抗も上がり、降下率が上昇する。そして高度がだんだんと下がって行く。陸上に設けられた飛空艦ドックの四角い箱庭がしっかりと真下に映る。

 

 

「ペラ停止、フラップ下ろせ」

「ペラ停止!フラップ下ろします!」

 

 

高度がある程度下がったところでプロペラを停止、ここは地表なのでわざわざ揚力装置のプロペラをフェザリグする必要はない。同時にフラップを下ろし、失われた揚力を補いながら降下する。

 

 

「着地します」

 

 

キキッというタイヤの音とともに竜巻が着地する。衝撃はほとんどない、見事なまでの地表着陸だった。着陸した後、竜巻は補給作業に入る。燃料となる海水を補給して、乗務員に束の間の休憩を与える。この後すぐに次の任務が待っているので、少しは休ませておいたほうがいい。

 

米秋艦長は副長と一部士官とともに竜巻の艦橋上部にまで登ると、太刀洗港を見下ろした。相変わらず酷い有様で、洋上の船たちは皆海岸線にできた断崖絶壁のせいで使い物にならなくなっていた。

 

 

「これでは洋上艦は全滅だな」

「はい。飛空艦などは被害が無い模様なので、今後は飛空艦しか動かせないでしょう」

「……おそらく原因は」

 

 

米秋艦長は海の向こうを見据える。その先には、遠く遠くの海が沈み込むように見えなくなり、青空との境界線を作っていた。

 

 

「あの地平線か……」

 

 

あの現象の後に現れ始めた海原が沈み込む現象。丸い球体惑星で地平線と呼ばれる現象だった。少なくとも、あの地平線がこの現象の全ての原因と天ツ上では言われている。

 

今の今まであんな地平線は自分たちのいる惑星には現れていなかった。自分たちのいる惑星は今まで平面惑星だと言われてきたからだ。しかし、そんな平面惑星にいきなり地平線が現れた。

 

今まで平面だった大陸が、いきなり球面惑星に歪んだらどうなるだろうか?湾曲した面に対し、平面の大陸。海岸線は崖となり、大陸の海抜は高くなる。大変な地殻変動が起きていないだけマシというが、それでも大変な事態だった。

 

しかし、普通は平面惑星がいきなり球面惑星になることなどあり得ない。そうなれば大陸も地殻変動が起きて形が丸くなるはずだがらだ。ならばこんなことが起こるのなら、可能性は一つしかない。

 

 

「まさか……大陸が転移したのか…………」

「私もそうとしか考えられません……」

 

 

大陸が別の惑星に転移した。職業軍人が証明できるものではないが、あくまで仮説だ。しかし、それならばいきなり地平線が現れたのも頷けるのが恐ろしい。

 

 

「どうなることやら……これは我々に対する試練なのか……」

 

 

米秋艦長は空を仰ぐ。空は天球のような形に歪み、天ツ上全体を包み込むような光景であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

一時は「世界は暗闇に閉ざされて、朝はもうやってこない」とまで騒がれたが、日の出は普通にやってきた。

 

日が昇ったのはあの現象から6時間後の朝6時であり、両国の国民は安堵した。世界が闇に閉ざされるなんてオカルトな結末は起こらずに済んだと。しかし政府からは原因は全く発表されておらず、またさらなる混乱が予想されていた。それはこの国でも同じであった。

 

帝政天ツ上。

 

大瀑布に隔てられたこの世界において、この国家の名前を知らぬ者はいないであろう。大瀑布に隔てられた海の向こう側、人々が東海と呼んでいた場所にある大陸国家。かつての中央海戦争にて十倍の国力を持つレヴァームに戦争を仕掛け、善戦したサムライの国。

 

戦争後は、レヴァームから歩み寄りを始めたおかげで双方の仲は良くなっていた。かつてお互いを差別し合っていたとは思えないくらいの歩み寄りであった。

 

その間に天ツ上は経済を発展させ、戦後復興の名目のもと天ツ上はかつてない大成長を遂げていた。天ツ上製の質のいい製品が大瀑布を超えてレヴァームへと輸出される貿易によって彼らの経済は発展し、レヴァームとの国力の差も五分の一になるまで成長している。

 

そんな天ツ上もあの現象と大瀑布消失のニュースを聞き、大パニックとなっていた。人々は「この世の終わりだ」や「神々が怒っている」等々の根拠なき憶測が広まり、首都東都の街は大混乱に陥った。

 

 

「全くとんでも無いことになった……」

「ええ……」

 

 

帝政天ツ上外務省庁舎、立派な煉瓦造りの庁舎にて外交官の朝田と田中はそう呟くことしかできなかった。外交官、と言っても彼らの相手はレヴァーム皇国しか今のところいない。普通なら一度に様々な国を相手に交渉をする外交官だが、相手がたった一国しかいないために暇な職業だった。

 

そして、彼らも国家の緊急事態として深夜にもかかわらず召集された。しかし、彼らのやることは不安を押しのけて窓の晴れ渡る空を見上げることだけだった。物理学者でも天文学者でもない彼らにとっては、何かをしたくても何もできないのが現状であった。

 

 

「天ツ上全土が大混乱になっているというのに……何もできないとは……」

 

 

その時、朝田たちのいる執務室の扉がバタンと勢いよく開かれた。外交官仲間が焦った口調で報告をする。

 

 

「大変です!レヴァームに新たな動きがありました!」

「なんだと!?」

 

 

外交官の報告に、朝田は目を見開いて驚きしかなかった。

 

今まで彼らはレヴァームの動向に対して迅速に対応できるように待機を命じられたのだ。この不可解な現象に乗じて、レヴァームに動きがあるかもしれない。その時、すぐさま交渉のテーブルを用意できるのは彼らだけだからだ。

 

そして、そのレヴァームに直接的な動きがあった。何かの軍事行動だろうか?それとも停戦条約の破棄だろうか?もし本当ならば、それだけでも緊急事態だ。

 

 

「何にが起きたんです?レヴァームの動きとは……?」

「そ、それが……」

 

 

外交官仲間は息を整えて報告をする。

 

 

「レヴァームから直接連絡がありました。レヴァームは天ツ上と同盟を結びたいとおっしゃっています」

「!?」

「ど、同盟ですか!?」

 

 

朝田たちは信じられない思いで溢れかえった。

 

レヴァームとは朝田たちの交渉により、戦争から四年で停戦条約を結んでいる。それはつまり戦争が停止している状態であり、実質的な敵であることには変わりはない。まだ戦争は終わっていないのだ。

 

レヴァーム側が友好的とは言え、二国間は緊張状態。そんな相手に講和条約も結んでいないのにいきなり同盟を持ちかけるとは、朝田は信じられなかった。

 

 

「いきなり同盟を……?」

「ええ、講和条約の締結も望んでいるようで相当な譲歩に走ったようです。なんでも、この不測の緊急事態に対し、共に解決へ導くための親愛なる友人が欲しいと言っております」

「親愛なる友人か」

 

 

たしかにこの謎の現象と大瀑布の消失は天ツ上どころか、人類全体の危機に等しいと考えてもいい。その解決のためには、天ツ上と手を結ぶほかないと。レヴァーム側は相当な大決断をしたようであった。

 

 

「それに対し、政府はなんと?」

「はい、直ちに外交官はレヴァームとの交渉のテーブルに着くように命令が来ています」

「……政府の要求は?」

「政府もあの戦争を繰り返したくないようです。なので、講和条約に肯定的で同盟関係の締結も視野に入れているとのことです」

「政府側も譲歩したか……」

 

 

朝田は納得する。この四年間で経済を発展させたとは言え、まだレヴァームとの国力の差は五倍に近い。またあの勝てるかもどうかわからない戦争を繰り返したくない政府は、レヴァーム側から来た願っても無い譲歩のチャンスに飛びつく形だ。

 

 

「わかった、今すぐ出発しよう」

「はい、政府が飛空駆逐艦を用意しています。淡島まで飛空機で移動してそこから出発します」

「?、いくらなんでも飛空艦でいくのか?せっかく大瀑布がなくなったんだから洋上艦でもいいんじゃないか?」

「それが……」

「?」

「現在、天ツ上全土の洋上艦の港が使い物にならなくなっているんです……」

 

 

そう、彼の言う通り天ツ上の港は全て断崖絶壁に変化してしまい、使い物にならなくなっていた。洋上艦は接岸できないので実質全滅、その中で唯一使えたのが空を飛ぶ飛空艦であったのだ。

 

 

「そ、そうなのか……わかった。飛空駆逐艦のいる淡島まで急ごう」

「はい!」

 

 

朝田は部下を連れ、会議室の扉を勢いよく飛び出していった。外交官市庁舎の前の車に乗り込み、そのまま東都の飛空場までノンストップで向かって行く。

 

東都は混乱状態にあった。民衆が暴徒化寸前であり、政府に対してこの事態の説明を求めている。政府庁舎には数万人規模の民衆が集まり、プラカードを掲げたり、暴言を吐いたりと混沌としている。さらに、道行く東都の街もかなり乱れている。ところどころで略奪が行われたのか店のガラスが破られ、チラシが紙吹雪のように舞っている。

 

 

「ひどい有様だ……」

 

 

朝田は思わず呟いた。そして、一行は飛空機械に乗って淡島まで乗り継いだ。太刀洗港で待っていた飛空駆逐艦敷島に乗ると、彼らはすぐさま交渉のテーブルへと出発した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

大瀑布があったであろう場所を超え、トレバス環礁のドックに迎え入れられると、朝田たちはレヴァームの用意した旅客機に乗り換える。ちなみにこの旅客機、レヴァーム空軍の爆撃機グラナダⅡを改造したものだ。

 

数時間のフライトののち、朝田たちが皇都エスメラルダの飛空場に着くとそこは彼らにとって見慣れたエスメラルダの姿でないことにすぐに気づいた。

 

 

「どうやらここでも混乱が広がっているようですね……」

「ああ……」

 

 

朝田の補佐としてついてきた篠原が思わず呟く。車に乗り換えた一行が車窓から見ているのは経済の中心として栄えたエスメラルダの新市街ではなく、混乱と略奪による爪痕の残るボロボロの姿だった。

 

今エスメラルダは戒厳令が敷かれているため、もう暴動などが起こる気配はない。しかし、これは天ツ上の東都でも起きていた事だった為、他人事ではない。

 

一行は、そのまま橋を越え旧市街の宮殿まで直接案内された。外交の場とはいえ、直接宮殿まで案内するのはどう言った意図があるのかは分からなかった。が、それほど急務という事であろう。そのまま彼らは交渉の場として使われる来賓用の交渉室に案内されて身構えていた。

 

 

「いよいよですね……」

「ああ、俺たちの交渉次第でレヴァームと天ツ上の命運が決まるかもしれない……」

 

 

朝田は緊張する。それだけ今回の交渉はそれだけ重大な責任を背負っていた。やがてガチャリという音がして扉が開くと、レヴァーム側の人間であろう数人の人物が入ってきた。その面々に、朝田たちは思わず立ち上がって礼をする。その中になんとレヴァームのトップ、ファナ・レヴァーム執政長官が含まれていたからだった。

 

 

「こ、これは執政長官殿!わざわざおいでくださるとは……」

 

 

朝田たちがぴっちり45度で礼をする。天ツ上において、目上の人に対してする最上位の礼の仕方だった。レヴァームのトップと呼ばれる人間がわざわざ外交の場に出でくるとは、朝田たちも思っていなかった。光芒5里に及ぶと呼ばれる美貌が少し微笑む。

 

 

「頭をお上げください、今回の交渉の場は対等な立場なのですから」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

というものの、ファナ長官の前では思わず恐縮してしまう。そんな一幕とともに、交渉は始まった。

 

天ツ上側は朝田、田中、篠原他数名。朝田の補佐の篠原は会談の内容を本国に伝える裏方の仕事に就く。レヴァーム側はファナ執政長官、マクセル、ナミッツ他数名、人数は天ツ上側と一緒だ。

 

お互いが名乗りあって社交辞令を交わすと、交渉が始まった。

 

 

「別の星に転移……ですか?」

「はい、わたくしどもはこの現象をそう考えております」

 

 

交渉が始まってすぐ、ファナ・レヴァームからそんな突拍子も無い言葉が出てきた。朝田たちはとてもじゃないが、信じられない現象だった。

 

 

「今回の現象。まず地平線の出現と海岸線の起伏、これはこの世界が急に球面惑星になったと考える他ないでしょう。そうでなければ、この一連の現象は説明できません。大瀑布がなくなったのも重大な証拠です」

「確かに……言われてみればこの現象は別惑星への転移と考えても良い……」

 

朝田たちは信じられない雰囲気だったが、改めて証拠を並べられるとこれで納得してしまうのも恐ろしい。

 

 

「にしても、レヴァームと天ツ上が一緒に転移とは……」

「はい、二国間が一緒に転移したことが幸いでした。片方のみではこの窮地を脱することが出来たかどうか分かりませんから」

 

 

ファナ執政長官はそれを言うと少し目を閉じて呼吸を整える。そして、いよいよ本題へと入った。

 

 

「二国はこうして転移してきました。この世界は謎だらけです、どんな窮地が訪れ、どんな困難が待ち受けているのかわかりません」

 

 

そこで、とファナは続ける。

 

 

「わたくしどもはレヴァームと天ツ上の間で早急に講和条約を締結させ同盟を結び、共にこの困難を乗り越えて行きたいと思っております」

 

 

ファナ・レヴァームは強くしっかりとその意思を伝えた。五里の光芒の目がキリッとしまりつけ、彼女の決意をあらわにしている。

 

 

「わかりました、今私は天ツ上より全権を預かっております。この場であの下らない戦争を終わらせましょう」

 

 

交渉というゲームの中で、あの愚かな中央海戦争が終わりを告げようとしていた。

 

交渉は着々と進む。まず、レヴァームと天ツ上の間で起こった中央海戦争の完全終結を宣言、正式な講和条約を結んだ。もはや、二つの国の間に憎悪など存在しない。これであの戦争は終わり、お互いを人間として認め合うことができるようになった。

 

次に、レヴァームと天ツ上の間で平等な安全保障条約を結ぶ。実質的な同盟のような内容のそれは、この世界を生き抜くために必要となる。

 

途中、両国軍の管理や処遇。さらには軍事バランスをどうするかなどで協議された。その結果、両国軍の軍事バランスを調節する条約が締結された。さらには両国が持っていた軍事技術などを技術交流会などを用いて隔たりをなくす措置がとられた。

 

これで天ツ上の持つ酸素空雷、レヴァームの持つ近接信管などの中核技術などが両国に輸出され、軍事バランスが整えられる。そうすれば、もう両国の間で戦争は起きなくなるだろう。

 

交渉は休憩を挟んで丸2日かかった。いや、それしかかからなかった。国の行く末が決まる交渉が数日単位で終了することは少ない。それだけレヴァームは天ツ上と同盟を結びたがっていたということだった。

 

その進展は天ツ上政府に伝えられ、交渉が着々と進んでいることに安心した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央歴1639年1月23日

 

クワ・トイネ公国海軍の軍船ピーマの上でミドリ船長は焦っていた。クワ・トイネ公国の領海周辺に濃い霧が発生、視界は百メートルもかくやというほどの濃霧だった。

 

公国北東方面、そんな濃い霧に覆われた海を哨戒していたら遠くの空の上に真っ黒い物体を発見したのだ。それがなんなのかを確かめるため、近づいてみればそれは異形だった。

 

空に浮かぶ船、異形をなんとか形容するならばそんな感じであろう。黒光りする船体に、ピーマをも超える大きさの巨体。まるでクジラを思わせるような魚影だ。

 

そして、霧でよく見えないが、帆が付いていないのだ。船体の横には何の用途かわからない風車が付いている。そして、何より奴は空を飛んでいたのだ。

 

 

「一体なんなのだ……あれは……」

 

 

ミドリ船長は思わず呟く。船が空を飛ぶなど第二文明圏の飛行船でもなければ無理な話だが、あれはどう見ても飛空船の規模ではない。飛行船を見たことのある彼は、そもそも基本的な構造自体が全く違うことを感じ取っていたのだ。というか、プライドの塊の多い第三文明圏の飛空船が、こんな場所までやってくるなんて考えられなかった。己の憶測では推測しきれない。

 

 

「船長……どうしますか?」

「……魔信で司令部まで連絡しろ。とりあえずは接触だ……臨検をするぞ」

「了解です!速度上げるぞ!よーそろー!!」

 

 

そう言ってミドリ船長は部下に指示をし、ピーマを加速態勢に入らせる。船底からオールが飛び出し、立派な帆を張って速度を上げる。太鼓の音ともにオールがリズムよく漕ぎ出して、ピーマは向かって行く。その間で、ミドリ船長は考えに耽る。一体あの船はどこのどいつのものなのだろうか?

 

 

「!?、所属不明船が加速しました!」

 

 

魚影が動き出したのを見張員が確認した。ミドリ船長も双眼鏡を手にそれを確認するが目を疑う。速さが異常なまでに早いのだ。

 

 

「な、なんて速さだ……!」

 

 

あの巨体でありながらピーマよりも早く動いて接近してくる。一体どこの所属の船なのだろうか?この世界は広い、自分たちが把握している範囲の外から未確認国家が新たに誕生したのかもしれない。

 

あの巨大飛行船を作れるほどの国はそうそういないだろう。下手をすれば列強であるパールパルディア皇国の国力、いやもしかしたら神聖ミシリアルをも技術で超えているかもしれない。

 

そんな国と衝突してしまったら……今緊張状態にあるロウリア王国どころではない。やがて両者が一定の距離に近づくと、魚影は速度を緩めてピーマに取り付く。まるでこちらを見下し、蔑むかのように魚影が見下ろしてくる。

 

 

『我々は帝政天ツ上海軍である!貴船は天ツ上の領海内に侵入している!所属と目的を明らかにせよ!』

 

 

魚影から人の声とは思えないほどの大音量が響き渡る。思わず耳を塞いでしまうほどの声の大きさだ。おそらく、魔法で声を増幅しているのだろう。恐怖で顔が疼くむ。しかし、彼らは腐っても軍人。意味不明なことを言う魚影に対しては断固として祖国の海を守る義務がある。

 

 

「我々はクワ・トイネ公国海軍である!領海に侵入しているのは貴船の方だ!所属と目的を明らかにせよ!」

 

 

拡声器にも頼らずに勇ましく声を荒げて訴えかける。この飛行船を作ったのがどこの国かは分からないが、それでも軍人としての責務を果たさなければならない。たとえ相手がパーパルディア皇国のようなプライドの塊であってもだ。

 

一触即発の状況が続く、片方が動けば必ず戦端は開かれる。しかし、しばらくすると魚影の方から動きがあった。

 

魚影は艦首の向きを変えてゆっくりと霧の向こう側へと速度を上げていったのだ。ミドリ船長は追尾しようとしたが、全く追いつけない。もはや船とは思えない、ワイバーンもかくやと言う速度であっという間に振り切られてしまった。

 

 

「所属不明船……去って行きます……」

「一体なんだったんだ……」

 

 

魚影が霧の向こうに消えて行く様は、ミドリ船長に不気味に映った。まるでその向こうに何かがあるかのように見えた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

天ツ上軍は警戒網を元に戻して外洋に飛空艦を出していた。港は使えないので、洋上艦は使えず飛空艦のみなので警戒網は前よりも少ない。そんな事情の天ツ上軍の梅型駆逐艦『梅』は天ツ上領土の南側、元々大瀑布があった場所を南下しながら警備をしていた。

 

梅型駆逐艦は燦雲型駆逐艦の後継として作られた天ツ上最新鋭艦で、中央海戦争を経ても数多くが生き残っている。梅はその一番艦であった。

 

 

「艦長、無視してよかったのですか?」

「馬鹿を言え、俺たちは領海侵犯したんだぞ」

 

 

梅の艦長である実篤中佐と副館長はそんなやりとりをする。実篤中佐は天ツ上人にしては珍しい長身で身長は190センチを超える巨漢だ。彼から発せられる言葉は一つ一つに重みがある。

 

霧雲は周りの海に霧が発生した事を察知したが、進路を変えずにそのまま南下していた。そして、レーダーが小さな艦影を捉えたのだ。最初は暗礁かの思ったが、それは動いて加速しており船だと言うことがわかった。

 

そして、接触してみればそれは教科書に出てくるかのような小さく古めかしいガレー船であったのだ。

 

しかし、それよりももっと大きな問題があった。不明ガレー船がやって来たのは南側、ガレー船の航続距離からしても天ツ上からここまでやって来れるはずがない。ならば、その船は南側からやって来たと言うことである。

 

西海と東海に挟まれた南側には人の住める場所はない。大陸どころか島すら存在していなかった筈だ。人類は東方大陸と西方大陸しかない筈だった。しかし、それが覆っている。南側から船がやって来たと言うことはそこに人の住む土地があると言うことだった。

 

 

「すぐに司令部に報告をしろ、南側から不明船がやって来たとな」

「はっ!」

 

 

実篤艦長はすぐさま通信士官に連絡を頼んだ。そして、艦長席にて杖をついてうなだれる。

 

 

「これは……大変なことになったぞ……」

 

 

南側に人のいる土地がある。それだけでも大変な事実だ。考えられる原因はただ一つ、実篤艦長は手元から書類を取り出す。天ツ上から届いた電報であった。そこにはこう書かれていた。

 

 

『大瀑布が消失し、地平線となるものが現れたことに対しレヴァームと天ツ上両政府の憶測は一致した。神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は異世界へと転移したと正式に認めるものとする』




『梅とミドリ船長の接触』
今まで文明のかけらもなかった地域からガレー船がやってきたことによって、彼らはクワ・トイネの存在を知ることになります。


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第5話〜接触前夜〜

 

「これで、わたくしどもは対等な立場になれましたね」

「はい!ありがとうございます」

 

 

レヴァームと天ツ上は歩み寄った。講和条約は無事結ばれ、両国は和解した。もうお互いを差別しあい、罵り合って戦争にまで発展することはないだろう。

 

朝田とファナは熱い握手を重ねる。それはレヴァームと天ツ上が新たに築いた絆を表しているかのようであった。くだらない戦争は終わり、両国は同盟関係に至った。天ツ上政府も喜ぶことであろう。

 

しかし、問題はこれからだった。

 

突然起きた別の惑星に転移するという謎の現象。これを解決するには、両国がともに困難を乗り越えて行く必要がある。二人三脚で進むその先のゴールまで。

 

会談が終わり、しばらく経った後にその一報は訪れた。訥々に、突然開かれた扉とともに、朝田の補佐である篠原がやってきた。篠原は天ツ上に交渉が成立したことを伝えに行ったはずだが、篠原はそのまま朝田に耳打ちをすると朝田はその内容に戦慄する。

 

 

「どういたしましたか?」

「……それが、天ツ上海軍の駆逐艦から報告があったのです。それも、とても不可解な案件です」

「天ツ上から?」

 

 

その知らせにファナだけでなく、マクセルやナミッツも疑問符を浮かべる。

 

 

「はい。シエラ・カディス群島付近、南方960キロ地点にて、哨戒中だった駆逐艦梅が謎のガレー船を発見したとの報告がありました」

「!?」

 

 

その報告に、会場の皆が戦慄する。それもそのはず、ガレー船の航続距離から考えてそんな遠く離れた場所にガレー船ごときがたどり着けるはずがないからだ。

 

 

「なぜ、そんな場所に船が出現したのだ?」

「不明です、現在は天ツ上政府からの続報を待つしか……」

 

 

不明船の出現、なんとも不気味な案件である。今まで南側には人の住む土地などなかったはずだ。世界は西方大陸と東方大陸の二つしかなく、人類はそこにしか住んでいないはずだった。ならば、考えられるのはひとつだけ。

 

 

「南側に……人の住む土地がある……」

 

 

ファナは確信したかのように呟いた。その一言に交渉室の全員がくるりと振り返る。

 

 

「ガレー船の出現場所からして、考えられるとすればそれしかありません。別の惑星に転移したということは、新たな新興国家があってもおかしくはないはずです」

 

 

ファナは落ち着いた表情で淡々と推測を語る。学者でもないのにこの推察力はずば抜けている。さすがはレヴァーム政府の執政長官を任されるだけはある。

 

 

「ナミッツ提督、聖泉方面探索隊は出発することができますか?」

「え?ええ出来ますが、一体どうするおつもりですか?」

 

 

ファナ・レヴァームは一呼吸置いて、大きく息を吸って指示を出した。それは今後のレヴァームと天ツ上の命運を握ることになる重大な命令だった。

 

 

「聖泉方面探索隊に外交官を乗せて、今すぐに南側への調査に向かわせてください。あわよくば、その新生勢力との国交成立も視野に入れてください。これは、レヴァーム皇妃の第一級命令です」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

あの現象から丸3日が経過した。

 

その日、レヴァーム政府から皇国民に対してある報告が行われた。まず第一報はあの謎の現象についてだった。ラジオにて、レヴァーム政府は正式に別惑星に転移したことを認めてそれを国民に報告した。

 

そして、この未曾有の危機を乗り越えるために天ツ上と急遽同盟を結び、ともにこの星で歩んで行くことを決意したことを表明したのだ。

 

この報告は、天ツ上でも同様に行われており国民は固唾を飲んで放送を見守ったそうだ。幸いにも暴動は起こらなかった、情報統制により国民がパニックにならないように伝えられており、両国民も原因がわかり納得した。

 

そして。

 

おんおんと揚力装置の高鳴りが空に響く。その度に、飛空艦たちはずんずんと空の歩みを進める。その度に空は揺れ、空気が振動する。民衆は彼らを不安そうな目で見上げていた。応援の声を上げて彼らの士気を保とうとする者もいる。

 

聖泉方面探索隊は、皇都エスメラルダ上空を通過してゆく。本来あった聖泉あろう場所ではなくそのまま南側へと。それは新たな親交を結ぶためであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

二つの大陸の南側に人の住む土地がある。その報告を聞いて、執政長官ファナ・レヴァームはエスメラルダに集まっていた聖泉方面探索隊に調査と国交成立を命じた。

 

聖泉方面探索隊として編成されていた艦隊は『特別使節団』と名前を変えて道なる大陸の探索に向かうこととなった。編成は探索隊の時と同じ、戦艦『エル・バステル』と正規空母『ガナドール』を含めた護衛艦6隻の艦隊だ。

 

聖泉方面への探索隊としては未曾有の規模だったが、使節団としても大規模だ。特別使節団はまず南側に大陸がある事を確かめるためにシエラ・カディス群島へと向かって行った。動員した人員、飛空士は一万名以上。トレバス環礁からやって来たシャルルもその中にいた。

 

 

「まさか、こんな形で出発する事になるなんてね……」

 

 

狩乃シャルルはそのようにポツリと呟く。艦隊はエル・バステルとガナドールを中心とした輪陣形を組み、ずんずんと歩みを進める。

 

もともとシャルルも聖泉方面探索隊に志願していた。もう平和になったレヴァームと天ツ上の間ではなく、もっと広い空を飛んでみたい、そう思ったから志願した。しかし、その探索もこの転移現象によって無に帰った。それは悲しいが、艦隊はまた新たな任務を帯びて新しいスタートを切っている。

 

 

「この群島は懐かしいな……」

 

 

シャルルはエル・バステルの甲板からシエラ・カディス群島の全容を見渡す。ヤシの木が生え、暖かな気候に覆われた群島はシャルルにとっては懐かしい場所だった。

 

あの作戦で、ファナと一緒に2日の楽しげな日々を過ごした名残惜しい島々だった。艦隊はシエラ・カディス群島に着くと、空で揚力装置を止めて空中に静止していた。上空から見れば、地平線が遙か遠くに見えている。青い海の向こう側が不気味に沈み込んでおり、空と奇妙な境界線を作っている。

 

 

「あ、シャルルさん!」

 

 

後ろからメリエルの明るめな声が聞こえた。彼女とは階級が一緒のため、わざわざ敬語を使うことはない。

 

 

「艦隊司令官がお呼びです!私たちと一緒に来るようにと」

「マルコス中将が?」

 

 

シャルルは彼女の声に従ってガナドールの司令室に赴く。「失礼します」の一言とともに、司令室の木造の扉をゆっくりと開いた。

 

 

「来たか、シャルル大尉」

 

 

マルコス・ゲレロ中将は後ろに手を組んだまま窓の外を眺めていた。そのままシャルルとメリエルに向き直ると、自分の司令官席に座り込む。

 

マルコス・ゲレロ中将。彼は前機動艦隊司令官ヴィルヘルム・バルドーがいなくなったために、艦隊司令官に任命された逸材だった。かつてはこのエル・バステルの艦長も務めており、というか今も艦長兼艦隊司令官を任されている。

 

 

「君たちには、新大陸のあるであろう場所で偵察を行って欲しいのだ」

「偵察……ですか?」

「ああ、そうだ」

 

 

中将は言葉を続ける。

 

 

「この世界の新興勢力との接触を果たすため、まずは本当にその勢力が存在するのかどうか?どんな文明レベルを築いているのかなどを詳細に調べて欲しい」

 

 

艦隊の任務はこの世界の新しい新興勢力との国交を開く事だ。そのためにレヴァームと天ツ上両方の使節団を乗せており、交渉の準備は万端だ。

 

しかし、新興勢力との接触の前に、その勢力が本当にいるかどうかを確かめる必要があったという事だ。

 

 

「偵察機はシエラ・カディス群島の南側に集中投入する、不明ガレー船が現れた場所だな。ガナドールからもそうだが、このエル・バステルの水偵も使う事になった」

「なるほど……」

「いくつかのルートに分けて、千キロほど行ったら戻ってくる。それが飛行ルートになる。詳しくは航空参謀長から聞いてくれ」

「あの?その場合、領空侵犯になる可能性があるのでは……?」

 

 

思わずメリエルが質問する。

 

 

「構わない、と命令が来ている。今回は多少の領空侵犯をしてでも情報を持ち帰る事に重点を置いて欲しい」

 

 

領空侵犯しても構わない、普通の偵察行動なら戦争中でもない限り発せられない命令だ。どうやら、レヴァーム政府は相当に焦っているようだ。

 

 

「わかりました。それでは、我々は出発いたします」

「頼んだ、ちなみにペアはもうすでに決まっている」

「はっ!失礼します」

 

 

こうして特別使節団艦隊は、新しい新大陸の真偽を確かめるためにあの不明ガレー船の出現した南側へと偵察機を出す事にした。

 

シャルルたちはそのまま扉をあけて執務室の外へと出る。おそらく、ペアはメリエルと決まっているのだろう。彼女は元水偵乗り、その腕前はシャルルとの相性もいい。

 

航空参謀長の元で詳しい飛行ルートを聞かされると、シャルルはそのままエル・バステルの格納庫まで向かう。エル・バステルは戦艦だが、直掩用に30機ほどの機体を格納することができる航空戦艦だ。

 

もちろん、水上偵察機も積んである。飛空服を羽織って格納庫に行ったシャルルが目にしたのはピカピカに磨かれた一機の青い機体が後部甲板のカタパルトに取り付けられていた。

 

水上偵察機サンタ・クルス。

 

普段は戦空機乗りをしているシャルルであったが、今回は任務のために水偵であるサンタ・クルスに乗り換えていた。シャルルにとっては馴染みの深い機体であった。

 

 

「懐かしいな……」

「?、シャルルさんはサンタ・クルスに乗ったことがあるんですか?」

「え?う、うん……訓練で水偵に乗ったことがあるから……」

 

 

ちょっとした嘘で誤魔化すシャルル。気づかていないが、ボロが出てしまうのは気をつけなければならない。

 

かつてこの機体で大空を駆け、一万二千キロの一大作戦を実行した事はメリエルには知られていない事実だった。彼女はシャルルが海猫であることは知っていても、海猫作戦のことまでは知らない。

 

おそらく、知られてはいけないだろう。公家のメンツもあるが、シャルル個人的には偉業であるもののの、あまり自慢したくはない。そもそも、中央海戦争でもこれのせいで経歴を隠されていたくらいなのだから。

 

シャルルたちはそのままサンタ・クルスの扉をあけて操縦席と後部座席に着く。シャルルは飛空眼鏡を下ろし、開けっ放しの風防から片手を突き出して地上員へ合図を送った。

 

 

「スタック始動っ!!」

 

 

電池スタックが水素タンクからの水素と空気中の酸素を取り込んで発電を開始する。そこで発生した電力がDCモーターを稼働させる。

 

蒸気カタパルトが水圧を上げてずんずんと圧力を上げる。そして、ついに限界になった時圧力が解放された。

 

 

「っ!!」

 

 

心地よいGと共に、サンタ・クルスが勢いよく打ち出される。サンタ・クルスはそのままエル・バステルを離れ、青く染まった空に溶け込むように飛び上がっていった。

 

 

「……行こうか。異界の空へ」

 

 

シャルル達はサンタ・クルスを翻して飛び上がる。いくつかの方向に分けて、ガナドールから発艦した水上偵察機たち。美しい海猫たちが南側へ向かってずんずんと飛んで行く。

 

その中で、新大陸を発見したのはあのシャルルとメリエルのペアの機体であった。



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第6話〜接触その2〜

話を中央暦1639年1月に戻す。

 

 

「全く面倒な事になった……」

 

 

エル・バステル艦橋楼頂部、射撃指揮所の四面に貼られた分厚い防弾ガラス越しに、マルコス・ゲレロ司令はそう呟いた。この海は白波の立たない大海原。まっさらな蒼に、陽の光が銀箔のように散りばめられて光散らしていた。

 

あまり波が立たないと確認されたように、この波は小さな船でも難なく航行できそうな海域であるが、それでも海の上を進む船にとっては揺れは免れない波の量であった。

 

しかし、エル・バステルの船体が揺れることは全くない。白波の影響どころか風の影響すらも受けていない。それはエル・バステルが全長260メートルの巨体を持ち合わせているからだろうか?それは違った。

 

現在のエル・バステルの()()は海面から2()0()0()()()()()。そう、この船は空を飛んでいるのだ。特別使節団艦隊はシエラ・カディス群島を出発し、南側、この星で言う西南方向へと歩みを進めていた。水上偵察機が発見したという新大陸へ向けての新たな門出だった。

 

 

「我々とは異なる世界、ここで我々に何を求める?…………鬼が出るか、蛇が出るか」

 

 

ふと呟いてみた。

 

 

「海上戦力が出現します」

 

 

事務的な答えがすぐ傍から返ってくる。マルコスは自分の思考を遮られたことに少し眉がピクリと動く。そして不満そうな表情を声の主へ流した。

 

すらりとしたスリムな体型。背の高い頭の位置はマルコスよりも少しだけ高い。外交官の将校服を上に追っていくとその整った顔立ちがよく見える。

 

一直線に堅く引き結ばれた口元、くっきりとした鼻筋に知性をたたえた海緑色の眼差し、うしろでぞんざいに束ねられたコーヒー色の髪。整った顔立ちからは少しだけ中性的な美容を醸し出すが、体のどこにも膨らみはなく彼が男性であることを知らしめている。

 

──アメル・ハルノート

 

弱冠二十九歳にして今回の使節団のレヴァーム代表を務めることになった才媛である。豊かな教養と高度な知性を携え、外見も優美。そんな文字通りの才色兼備へ、マルコスはまずため息をついて話す。

 

 

「貴方に足りないのはロマンだ、アメル外交官」

「公務には必要ありませんので」

「貴方は外交官では?柔軟な対応が求められる職業だ」

「柔軟にするべきなのは対応だけです。公務に関係ないことは私の勤務外ですので」

「………まあ、問題ないだろう。にしてもえらいことになったものだ、見てみたまえ」

 

 

マルコスの指差す防弾ガラスの向こう側、まっさらな蒼の先に広がる海。その先、はるか彼方の海の蒼が空の青と溶け合い隔てられていた。

 

地平線。

 

前の世界ではなぜか目にすることがなかった球面惑星の特徴が、そこにはあった。

 

 

「今まで観測できなかったものがいきなり現れたのだ、不自然すぎる。だがこれで、異なる惑星にやってきたと信じれる」

「ええ、大瀑布も消えているので尚更別の惑星に転移したことが確信できます」

 

 

今いるのは大瀑布の真上だった場所だ。しかし、神秘の滝は全く見当たらない。ロマンチズムのかけらもないアメルでも、現物を見せられたら流石に信じざるおえないだろう。

 

 

「司令は元の世界はどのような姿をしているとお考えになっていましたか?」

「うむ、私は地政学者ではないから分からないが、平面惑星であったことは事実だろう。どこまでいっても地平線は見えず、砲撃の際に発生するであろうコリオリ力の影響も確認されていない。紛れもなく平面惑星だった、だろう」

「たしかに、そのように考えるのが妥当でしょう」

 

 

アメルはそうぶっきらぼうに呟くと、彼はマルコスの隣に来て地平線を隣で眺め始めた。

 

 

「では、この世界は球面惑星でしょうか?」

「だろうな、あの通り地平線が現れているのが確固たる証拠だ。学者の観測ではコリオリ力も観測されているらしい」

「…………だとすると、少し疑問が残ります」

「なんだね?」

「地殻変動が起きてません」

 

 

アメルはおもむろにそんな疑問を口に出した。マルコスはわずかに考えにふけると、彼の言っていることをやっとのこさ理解した。

 

 

「ああ、確かに不思議だな。平面にあった大陸がいきなり球面惑星に押さえつけられたのだから、地殻変動が起こらない方がおかしい」

「ええ。ですが、地震や地割れの報告は二国間の間では一切報告されていません」

 

 

そう、彼らの言う通りかなり不自然であった。

 

平面と球面というのは別な図形であるため、面積の特徴が大きく異なる。平面に描いた紙の絵を手頃なサッカーボールに貼り付けてみればわかる。必ず歪みが生じるのだ。

 

紙がくしゃくしゃになったり、果てには破けたりと平面の図形を球面に貼り付けるのは困難なことである。球面惑星の地形を描いた世界地図に、必ず歪みが生じてしまうのも同じ理屈だ。

 

ちなみに、小さい球体から大きな球体に面を貼り付けるときも同じである。野球ボールを丸く包んだ紙を、サッカーボールに移してみれば表面の歪み方がちがう。もし小さな惑星から大きな惑星に転移した、という事象があればこのような必ず歪みが生じるはずなのだ。

 

事実、海岸線が球面になったことによって洋上の港は大混乱になったのは記憶に新しい。あれは、今まで平面だった海と港が急に球面になったことによって海抜が変わってしまったのだ。しかし、地殻に関してはなんの変化も訪れていなかった。

 

 

「大陸が球面に押さえつけられずに、そのままの形で転移したと……」

「それが不自然なのです。この世界が球面惑星なら必ずそういった地形の歪みが起きても……いえ起きない方がおかしいのです」

「うむ……確かに不自然だな。海に関しては歪みが生じたのに……」

 

 

現在、海の歪みによって洋上艦は全て使い物にならなくなってしまっていた。その代わりとして、この特別使節団艦隊を含めた飛空艦だけが使える状態にある。

 

 

「うーむ……いきなり球面惑星に転移したとすれば、他にどんな問題が予想される?」

「まずコリオリ力によって飛空艦や飛空機械の進路に悪影響が出てしまいます。航路がずれたり、進路が間違ってしまったりなど。偵察隊はなんとか帰ってきましたが、あれは優秀な誘導装置のあったお陰です」

 

 

そう、コリオリ力が発生するということは空中に浮かぶ飛空機械や飛空艦などの進路にも悪影響を及ぼす。

 

今回、新興国家への偵察任務に水上偵察機であるサンタ・クルスを使ったのもそんな緊急時にでも、着水して発電できる機能が備わっているからだ。つくづく、水素電池スタックを発明した人物たちには頭が上がらない。

 

 

「最も致命的のは砲撃戦です。コリオリ力が発生しているとなれば、その影響も砲撃計算に組み込む必要があります。今までそんな計算はしてこなかったので、再訓練が必要です」

「やはりな、これではこの世界で海上戦力に出くわしても有効な反撃をすることができないということか……」

 

 

マルコスはうなだれる。砲撃訓練をやり直す必要があるということは、それだけこの世界での脅威に遭遇した時の対処法がないということだ。せっかく使える飛空艦も再訓練で使い物にならなくなるだろう。

 

その時、艦橋の水密扉が勢いよく開かれて中からレーダー士官が現れる。

 

 

「報告!海上レーダーにごく小さな反応を検知。ガレー船レベルの反応です」

「距離は?」

「ここから12時の方向におよそ十キロ先であります!」

 

 

マルコスはうむ、と頷くと近くにあるマイクを取った。放送は通信を通して艦隊全艦に通じている。

 

 

「これより、我々は対象民族との接触に入る!接触は相手を刺激しないよう外交官を『ガナドール』に移させる!ガナドール乗務員はくれぐれも高圧的態度を取らぬよう、客人を迎え入れよ!」

 

 

放送が終わり、マルコスはマイクを握っていた手を離してマイクを置く。前の地平線に向き直るように見据える。

 

 

「いよいよだな……」

「ええ……」

 

 

いつも冷静なアメルでも、こればかりには少し緊張気味だ。なんせ未知の勢力との初接触、一体何が起こるのか分かったものじゃない。不安に押しつぶされぬよう、エル・バステル艦橋からから離れて、ガナドールに移っていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ミドリ船長が困惑するのは2度目だった。

 

クワ・トイネ公国海軍第二艦隊所属の軍船ピーマは、遠くの空に揺らぐような不審な影を発見した。

 

2日前に出くわしたあの飛行船事件以降、クワ・トイネ海軍の警戒レベルは上がっていった。そして、あの謎の飛行機械が現れてからというもの警戒レベルは最大にまで引き上げられた。

 

そして、その影響を受け軍船ピーマを含む様々な船が外洋にて哨戒を行なっていた。警戒網は平時よりもかなり大規模になっている。そして、ミドリ船長はまたもあの空飛ぶ魚影に出くわした。また領海侵犯をしてきたのかと思ったら、今度はその概要に驚いた。

 

それらは全て、空飛ぶ船であったのだ。前回見た時よりも数でもかなり多く優っている。数えられるだけでも8隻の超巨大船が宙に浮いて、その場で停止している。

 

 

「一体何なのだ……あれは……」

 

 

ミドリ船長の2日前の記憶が蘇る。あの時は霧に紛れて概要がよく見えなかったが、この艦隊はあの時と比べても規模が違う。そのあまりの大きい飛空船たちが、空を「ぐわんぐわん」と不気味な音を立てながら宙に浮いている。

 

 

「……副船長あれはもはや飛空船の水準を超えていないか?」

「はい……それどころか水上艦の領域をも超えています。あんなものが空を飛んでいるだなんて信じられません……」

 

 

見た感じは空飛ぶ小島だ。自分が前回見た船よりもさらに巨大な何かが宙に浮き、自分たちを見下ろしている。

 

 

「あ!甲板の広い船が高度を下げています!」

 

 

しばらく膠着してようやくそのうちの一つの船が海面に向かって高度を下げているのが見えた。魚影はそのまま水を掻き分けながら着水すると、軍船ピーマに向かって少しずつ近づいてきた。

 

 

「あの船が臨検対象でしょうか?」

「恐らくそうしろといっているのだろう」

「前回のような領海侵犯だったら……?」

「その時でも軍人としての責務を全うするまでだ」

 

 

軍船の何倍もある船が空を飛び、海に着水する姿に驚きながらもミドリたちはなんとかその会話を絞り出した。

 

近づいてくる巨影、飛空船から大型船になった船の上から数十人の人間がピーマに向けて手を振るう。どうやら敵対の意思がないことを伝えているようだ。

 

 

「これより、同船の臨検を行う。諸君は私の指示、もしくは攻撃を受けない限り、決してこちらから攻撃してはならない!いいな!」

「はい!!」

 

 

ミドリ船長はピーマの歩みを進めて不明船へと近づく。しかし、その度に驚愕で開いた口が塞がらない。

 

 

「これは……船なのか?まるで城塞ではないか……」

 

 

ただただ驚きだった。喫水や全高はこの軍船よりもずっと高く、船体の3箇所には3対の風車のようなものが取り付けられている。

 

ひとりでに降りた板から上部甲板に上がってみればそこは騎馬試合ができてしまうのではないかと思われるほど広く、自分の前には武器を一切持っていない奇妙な服の者たちと、おそらく自分と会話するであろうパリッとした服を着た担当者が二名ら前に立つ。

 

 

「わ、私はクワ・トイネ公国第二艦隊所属ら軍船ピーマ船長ミドリです。ここは我がクワ・トイネ公国の近海であり、このまま進むと我が国の領海に入ります。貴船の国籍と、航海目的を教えていただきたい」

 

 

相手の担当者と、その周辺の者たちの顔が一瞬驚きに満ちる。そのまま顔を見合わせるが、担当者の中の一人が歩みを進めてきた。

 

 

「……安心しました。どうやら天ツ上語が通じるようですね」

 

 

一瞬女性かと見間違えるが、膨らみのない体つきから彼が男性だということがわかった。彼は一瞬安心したような笑みを浮かべると、自己紹介をしてきた。

 

 

「失礼、私は神聖レヴァーム公国外務省のアメル・ハルノートと申します。こちらは、帝政天ツ上の田中外交官です」

「帝政天ツ上外務省、田中と申します。貴国はクワ・トイネ公国という国名なのですね。我々レヴァームと天ツ上両政府は、貴国と交流を持ちたいと考えております」

「状況によっては国交締結まで視野に入れております。貴国の担当者にお取り次ぎいただけると幸いです」

「貴君らは国の使者、というわけですね」

「はい、そうです。緊張なされているようですが、安心してください、我々に敵対の意思はありません」

 

 

ミドリの部下たちの緊張が多少ほぐれ、わずかに肩が下がった。外交の場で相手を緊張させるのはご法度だ、ここは疑われてでも「敵対の意思はありません」としっかり丁寧に教えた方が良いのだ。

 

 

「わかりました。その旨、本国に報告いたします。一つ質問などですが、先日私が接触した領海付近を航行していた空飛ぶ船と、マイハーク上空に現れた未確認騎は、貴国の騎士でしょうか?」

「騎士……?天ツ上の飛空駆逐艦とレヴァームのサンタ・クルスの事でしたら、後日両国から改めて公式に謝罪の旨をお伝えします」

 

 

アメルが発した『ひくうくちくかん』や『さんたくるす』という単語は、やはりミドリたちが聞いたことがないものだった。

 

訝しむミドリたちの前でアメルが一呼吸置き、ミドリたちにとって信じがたい話を始める。

 

 

「我々二国は、突然この惑星にやってきました。なにぶん、前の世界ではレヴァームと天ツ上の二国しか存在しなかったものですから、飛空駆逐艦からの不明船発見の旨は驚きました。

そして、この世界がどうなっているのか確かめるために多方面に哨戒機を飛ばし、そのうちの一機が貴国の領空を侵犯してしまったようです。ご迷惑をおかけしました」

 

 

ミドリの部下たちが互いに顔を見合わせて困惑するのが、ガナドールの乗務員にも見えた。無理もない、国ごと惑星を移動するなどあり得た話ではない。

 

しかし、彼のいっている真剣な表情からは嘘は読み取れない。ミドリはひとまず、今聞いたことをありのまま報告することにした。

 

 

「……なるほど、事情は把握しました。その旨を本国に伝えますので、しばらくお待ちください」

「はい。何日ほどまでば良いのでしょうか?」

「あ、いえ。今すぐ魔信で本国に連絡し、判断を仰ぎますので、少々お待ちいただくだけで結構です。このよつなことは、私だけでは判断しかねますゆえ」

「ほう……通信手段があるのですね」

 

 

こうして、異世界の住民とのファーストコンタクトは無事にことを運んだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

クワ・トイネ公国 政治部会 蓮の庭園

 

ここは国の代表が集まるには随分とメルヘンな場所だ。水の貼った蓮の庭園の真ん中に、堂々とテーブルが設けられ、会議はそこで行われている。

 

そのメルヘンの中で首相カナタは悩んでいた。その理由は言わずともがな、超大型飛空船と謎の未確認騎についての軍務卿からの報告だった。

 

両方とも所属はまったく不明、飛空船には三日月を模した国旗が描かれており、未確認騎には剣と盾の国旗が描かれていたが、そんな国旗の国などこの世界には存在しない。

 

 

「皆の者。これらの報告についてどう思う?」

 

 

カナタは口火を切った。

 

 

「まず謎の飛空船らしき物体についてですが、同物体はパンドーラ大魔法公国などの一部の国でしか実用化されていない代物です。大きさは150メートルほどで、速度はワイバーンよりも遅いとのことです。そして、空中での制止は出来ません。しかし、目撃者であるミドリ船長によると船は飛行船とは思えないほどの高速で移動し、空中で制止していたとの報告があります。明らかに不可解です」

 

 

報告は以上だった。

 

 

「なるほど、未確認騎の方はどうだ?」

「分析班によれば、同物体は西方の第二文明圏の大国『ムー』が開発している、飛行機械に類似しているとのことです。しかし、ムーの飛行機械は、最新のものでも最高速力が時速350キロらしく。今回の飛行物は明らかに600キロを超えています。ただ……」

 

 

情報分析部長は言葉を詰まらせる。

 

 

「ただ……なんだ?」

「はい。ムーの遥か西、文明圏から外れた西の果てに自らを『第8帝国』と名乗る新興国家が出現し、圧倒的に武力にて付近の国家に対して侵略戦争を行い、猛威を振るっているとの情報があります。第二文明圏の大陸国家郡に対して宣戦を布告したと、昨日諜報部から報告がありましたが、彼らの武器についてはまったく不明です」

 

 

会場にわずかな笑いが巻き起こる。いくら猛威を振るっているからといっても、文明圏から外れた新興国家が第二文明圏全てを敵に回したというのは無謀にもほどがあるからだ。

 

 

「しかし、第8帝国はムーから遥か西。ムーからの距離でさえ、我が国から二万キロ以上離れています。いくらなんでも今回の二つの物体が、彼らのものであるとは考えにくいのです」

 

 

──彼らは知る由も無いが、水素電池に航続距離など関係ない。海水さえあれば、無限に飛行することが可能だ。

 

とにかく会議は振り出しに戻る。結局わからないことには変わりはない。ただでさえロウリアとの緊張状態が続き、準有事体制のこの状況で、未確認騎だの飛行船だの、不確定要素が首脳部を悩ませた。

 

 

「お待ちください、部会に任命されていない方はお通しできません!」

 

 

困り果てた様子の声が会議場に響いた。入り口を見張っていたエルフの公務員であった。彼は困り果てた様子で誰かを止めようとするが、その人物は葉巻の煙を公務員に被せさせるとその隙に蓮の葉を伝って会議の場へと向かって行く。

 

 

「何事か第二艦隊司令官!?お呼びでないわ!!」

 

 

突然の乱入者に、思わず外務卿が怒鳴りつける。その乱入者はマイハーク港の海軍を管理するノウカ司令であった。

 

 

「おやめなさい、外務卿。急務の案件とお見受けします」

 

 

カナタがぐぬぬと言う外務卿を制止すると、ノウカ司令の報告に耳を貸す。

 

 

「現在、第二艦隊の検閲中の大型飛空船が神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上と名乗り、転移国家であることを主張しています」

 

 

突然のことであった。あまりにも突拍子もない話で会議室の誰もが信じられない思いであった。

 

国ごと転移というのは神話に登場することはあっても、現実にはありえないはずだ。例えば、ムーは一万二千年前にこの世界へとやってきたと伝えられているが、他の国はお伽話だと思っている。

 

 

「そして、マイハークへの領空侵犯と領海侵犯を公式に謝罪したいと仰っております」

「転移国家だと!?嘘をつけ!」

「あのような敵対行動を取っておきながら、公式に謝罪だと!?どういった了見だ!?」

「レヴァーム!?天ツ上!?知らんな、追い返してしまえ!!」

 

 

会議場が怒号で包まれる。それもそうだろう、領海侵犯と領空侵犯を同時にした。このよつな敵対行動を取ったのなら敵である可能性が高い。それなのに二国揃って公式に謝罪など、彼らの価値観からしたら野蛮すぎる。

 

 

「とは言いますが、我が国を取り巻く状況。隣国であるロウリア王国が武力圧力をかけている中、我が国にレヴァームと天ツ上という二つの国を相手取る余力などありませんよ」

 

 

言われてみれば、彼のいっていることも正しかった。同盟国のクイラ公国は飛龍を持たない貧しい国だが、天然の防壁と山岳戦闘に長けた獣人部隊を率いており、難攻不落。

 

それに対し、ロウリアは近年軍船を大量増強して国境付近に圧力をかけている。そんな中でレヴァームと天ツ上という正体不明の国家との戦争をする余力はクワ・トイネにはない。

 

 

「首相、ご英断を」

 

 

ノウカ司令は首相に迫る。会議室の全員がカナタに向き直る、彼の決断にこの国の運命がかかっているかもしれない。

 

これに対し、カナタ首相の決断は…………




飛行機の航続距離とかカナタ首たちが話しているけど、水素電池の前では無駄な話なんだよなぁ……

というわけで、飛空艦の航続距離を生かして原作より早めにこの世界の国々との接触を果たしたいのですが、いかがでしょうか?


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第7話〜使節団その1〜

ランキング90位以内に載っていてびっくりしました、本当にありがとうございますm(_ _)m
モチベが上がったので、連続投稿です!


 

 

「ヤゴウ!レヴァームと天ツ上とかいう新興国に、使節団の一人として行くらしいじゃないか!羨ましいな!」

 

 

クワ・トイネ公国外務局、各国外務官や自国の大使館との外務を取りまとめるこの場所では、レヴァームと天ツ上との国交を開くための事前準備に追われていた。

 

レヴァームと天ツ上を名乗る新興国家が現れてから数日しか経っていない。カナタ首相の決断は早かったのだ。首相は外交官たちと話を交えるためにひとまず顔合わせをした。

 

その中で、彼の二国との会談の中で「お互いのことをよく知らない」事が判明したのだ。それを理由に、カナタ首相はある提案をした。

 

 

「交換で両国に使節団を派遣すればいい、そして本当にレヴァームと天ツ上の実力が本物かどうかを見極めさせてほしい」

 

 

というわけで、このように特別使節団がクワ・トイネ公国で編入されたのだ。別段、使節団派遣は珍しいことではない。数多の国が存在すること世界では、国の主権者の入れ替わりや国の産まれ滅びは日常茶飯事だ。

 

それは裏を返せば世界情勢が安定的とは言えない証拠でもあり、国家体制を更新した現地では治安が悪いことが多く、使節団に加わることは皆が嫌がる仕事であった。

 

その意味では、さっきの同僚の発言は嫌味を含めているのかもしれない。

 

しかし、今回の使節団が派遣される対象となる国は色々注目を集めている国だ。この使節団にはなんと首相たるカナタも含まれており、彼がいうには「この二国は異常である、私が直接交渉の場に着きたい」とのことである。

 

国家元首である首相が危険を冒してまで現地に赴くということは、それだけ異例中の異例。ヤゴウには首相がそこまでこだわる理由が分からなかったが、事前に配布された資料に目を通すとその理由が見えてくる。

 

ワイバーンより速く、高い高度を飛行する鉄竜。260メートルを越す大きさの鉄でできた飛空船。これらを運用するほどの超技術。カナタ首相が念を押すほど、本件は慎重を要しているらしい。

 

 

「信じられんな……」

 

 

ヤゴウは思考を巡らす。飛空船は魔法文明国で実用化されている空飛ぶ船だ。一般的なものではなく、パンドーラ大魔法公国などごく一部のみの国しか運用していない。しかも、軍事技術としては特にワイバーンとの相性が悪くて、もっぱら輸送用だ。

 

しかし、資料がいうにはレヴァームと天ツ上の飛空船はもっぱらの戦闘用で、鉄竜との同時運用というパーパルディアの竜母のような使い方もしているらしい。そもそも大きさが260メートル越えで、鉄でできているだけでも信じがたい。

 

そんなとんでもないものを実際に飛ばして運用しているなんて、第二文明圏のムーや中央世界の神聖ミシリアル帝国でも無理ではないだろうか。信じられないような報告の数々に、ヤゴウはレヴァームと天ツ上に対して興味を強く抱き始めた。

 

 

(今回の使節団の派遣……私はクワ・トイネの歴史に名を刻むかもしれないな……)

「これより会議を始める。集まれ」

 

 

彼の思考は不意の号令により中断させられた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

小さな会議室で、使節団たちが集まった。今回派遣されるメンバーは8人、そのうち五人が外務局員の肩書きを持つものだが、そのうちカナタ首相を含めた3人は別の局からの出向だ。

 

 

「今回の我々の一番の目的は、レヴァームと天ツ上が我が国の脅威となるかを判断することにある。知っての通り、我が国の防空網はレヴァームの鉄竜によってあっさりと破られた。今のところ、我が国に鉄竜を防ぐ手段はない。我が国と国交を結びたいとの意思を示しているが、彼らが覇権国家であることを隠していないか、もしくはロウリアのように亜人に対する極端な差別意識を持っていないか、なんのために我が国と国交を結ぼうとしているのか、真意を調査する必要がある」

 

 

その言葉に皆が頷く。

 

 

「レヴァームも天ツ上もどの程度の発展度なのかは不明だが、両国とも高い技術力と相当な軍事力を持っていることは間違いない。理解しているとは思うが、毅然とした態度で接するだけでなく、相手を刺激しないように言動には十分配慮すること。あと一点、レヴァームと天ツ上はどのような関係なのか、何が強くて何が弱いのかを調べ、我々に対して優位に立てる部分を探してもらいたい。それでは、皆に配布した要網を見て欲しい」

 

 

使節団員たちが新たに配布された資料に目を通すと、怪訝な表情に変わる。そこにはあまりにも突拍子も無いことが書かれていたからだ。

 

 

「…………『国ごと転移』?」

「彼らの言い分によれば、ある日突然、二つの国家ごとこの世界に飛ばされたそうだ。真偽は定かでは無いが、今回は相手を刺激しないように疑いの態度は慎むように心がけるように」

 

 

ヤゴウは頷きながらも、頭の片隅で考えていた。

 

 

(国ごとの転移……まるでムーの神話みたいだ)

 

 

第二文明圏の列強国『ムー』には「一万二千年前に大陸大転移が起きた」とされる神話が残っている。当時の政府記録として正式に残っており、ムーの人々は信じているが、他の文明圏の人々はただのおとぎ話と相手にしていなかった。

 

 

「要網の通り、今回はレヴァームから移動手段として飛空艦?というのを用意してくれるそうだ。出発は一時間後、もう準備は整えているはずだ。船にいる時間はレヴァームと天ツ上における常識を学んでもらう。

出発から1日で神聖レヴァーム皇国の首都エスメラルダに到着し、そこでレヴァーム政府要人との会談が行われる。そのあと、今度は天ツ上の客船に乗り換えて天ツ上へと向かい…………」

 

 

おかしい、時間計算がおかしい。クワ・トイネとレヴァームには最低でも千キロ、エスメラルダという都市までは千キロ以上の距離があるそうだ。船を使うなら、たったの1日で到着する距離では無い。

 

さらに、資料にはレヴァームと天ツ上の距離が記されており、今回のルートでは最低でも一万二千キロも離れている。それを1日で行き来するとはどういうことか?

 

 

(どうやら、我々の常識が通用しない国のようだ)

 

 

頭の中に次々に浮かぶ疑問に、ヤゴウをはじめとした団員たちは思考を放棄した。こうして会議は終わった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一時間後。

 

快晴その空は高く、綺麗な青空が広がり、少し涼しい。使節団はマイハーク港に集まっていた。集合場所である外務局所有の事務所前で、パリッとした服を着る人物が話し始める。

 

 

「お集まりの皆さん、本日は神聖レヴァーム皇国へ使節団として来訪していただけるとのこと、喜びの極みです。私は皆様の視察の案内役を任されました、アメル・ハルノートです。不明な点があれば、遠慮なくお申し付けください」

 

 

事務的な言葉だが、清々しい笑顔に使節団は毒気を抜かれる。

 

 

「船旅か……」

「はい、憂鬱ですね……」

 

 

そんな中、憂鬱な顔をした使節団員が約2名、ハンキ将軍とイーネであった。ハンキ将軍は軍事顧問として派遣され、イーネは実際に鉄竜をその目で見た事からレヴァームと天ツ上の軍事情報を集めるために顧問として派遣されたのだ。

 

 

「ハンキ将軍、イーネ団長、顔色がすぐれませんがどうされましたか?」

「ああ、ヤゴウ殿……今は外務局の身、将軍はやめてくれたまえ」

「承知いたしました。それで、何か気にかかることでも?」

「いや、今から船旅の事を思うと気が重くてな……船旅はいいものではない」

「ええ、私も憂鬱です……」

 

 

ハンキたちがため息をつくのも納得がいく。船旅というのは常に危険と隣り合わせだ、いつ転覆するかわからない上、船の中は光が届かないので暗く、湿気も多く居心地のいいものではない。しかも、長旅になると疫病の心配も出てくる。食べ物は保存食しか食べられないから塩辛いのもしか食べられない、喉が乾いても水は節約だ。

 

 

「まあ、レヴァームは1日でつくと言っているらしいがの。それくらいなら我慢も短くて済むが……正直たったの1日というのは、外務局とレヴァームの間でなんらかのミスがあったと儂は思っておるよ。そんな日数であの海域まで行くのは、到底無理じゃ」

 

 

ハンキ将軍が言っているのは、事前の会議で配られたスケジュール資料のことだ。それによると、レヴァームの用意した飛空艦によってレヴァーム首都のエスメラルダまでたったの1日で着くとのことだ。ヤゴウたちにはその早さがとても信じられなかったのだ。

 

 

「ええ、私も時間計算がおかしいと思っています……たったの1日で二千キロを行けるはずがない……」

「いや、それはないと私は思っている」

 

 

不意に、後ろから澄んだ声が聞こえてきた。振り返れば、彼らの不安を懸念したのかカナタ首相が立っていた。

 

 

「こ、これは首相!使節団の愚痴を聞かれてしまい申し訳ない……」

「いや、良いのだ。レヴァームと天ツ上は巨大な鉄の飛空船を飛ばす国だ。もしかすると我々の常識では考えられない移動手段があるのかもしれんよ」

 

 

そう言って、カナタ首相はみなの不安を振り払う。やがて集合時間となり、港へ移動するとカナタ首相の言葉が正しい事が証明された。

 

 

「な……なんだあれは!?」

「でかい!しかも空を飛んでいる!!」

 

 

巨大な船はマイハーク港の沖合で宙に浮いて停泊していた。真っ白で美しい船体に、光るような風車が特徴的な美しい船だった。さらにその周りには、その船よりもさらに巨大な船たちが輪陣形を描いて空を悠々と飛行していた。

 

この白い船はレヴァーム皇家の所有する豪華客船で、大瀑布を超えての観光や使節団派遣などに使われる立派な豪華飛空艦だった。今回、使節団が派遣されるとのことで特別に使われることとなった。

 

さらに周りにいるのは護衛として引き続き派遣された戦艦エル・バステルをはじめとする旧聖泉方面探索隊の艦隊である。彼らはファーストコンタクトの時と同じ編成で、客船を護衛する形で一緒にレヴァーム本土まで帰る。

 

 

「やはりな……さすがはレヴァームだ……」

 

 

周りの使節団が驚きに満ちる中、カナタ首相は確信したかのように頷いた。飛空客船はマイハーク港から離れた沖合に着水すると、あとはボートで客船まで乗って移るようだった。ちなみに、そのボートと客船に帆がないことが一番驚かれた。あまりの不可解さに、ハンキが質問を次々と投げかける。

 

 

「アメル殿……あの船たちは一体どういう原理で空を飛んでおるのじゃ?まさか、第三文明圏の魔導飛空船のようなものか?」

「第三文明圏の魔導飛空船というものがどのようなものかは存じあげませんが、あの船らは揚力装置によって飛空しています」

「ようりょくそうち?」

「はい、海水からエネルギーを取り出す水素電池を介し稼働し、プロペラを回すことによって生まれる反重力によって空を飛び、推進しています」

「海水からエネルギーを!?その水素電池とやらは新しい魔導装置か何かなのか!?」

「いえ、魔法などには一切頼っておらず全てカラクリで出来ております。水素電池は錬金術師が初めて発明したものです」

「う、うーむ……よく分からんが、すごいのう」

 

 

桟橋に接岸した小舟に分乗した一行は、豪華飛空船へと向かう。大型飛空船の船内へ踏み入ると、使節団全員が驚きのあまりに絶句した。明るい。しかも床も綺麗で湿気など全く感じられない。出発前に心配していた全ての懸念が討ち払われた事に、使節団は驚愕の一言だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その日のヤゴウの日記より

 

なんという事だろうか、私は驚きを隠せない。このような巨大な船は見たことも聞いたこともないし、文献で読んだこともない。そんなものが、空を飛ぶことのできると言うのだから失神しそうだ。

 

しかも、中は快適で明るく、信じられない事に温度が一定に保たれている。装飾も豪華で、まるで宮殿のようであった。しかも、食事も豪華で我々クワ・トイネ公国の食文化にも匹敵する旨さだった。

 

このような大きな船にもかかわらず、空の上を飛んで、矢のような速度で進んで行く様には驚きしかない。二千キロを1日で移動すると言うのはあながち嘘ではないようだ。

 

こんなものを作り出してしまうレヴァームと言う国とは、一体どのような国なのであろうか?

 

外務局の中には「新興国の蛮国に違いない」と言うものもいたが、今のところ……言いたくないし、認めたくもないが……彼らから見た我々の方が蛮族に映っているのではないだろうか?

 

もしかしたら、レヴァームと天ツ上は文明圏の列強国に匹敵する力を持っているかもしれない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

1日後。豪華客船と使節団護衛艦隊は皇都エスメラルダに到着した。ヤゴウたち使節団を乗せた豪華飛空艦はなんと、三百万人の都民の大歓声とともに迎え入れられた。

 

 

「こ、これは……」

「これほどまでの大歓迎とは……」

 

 

ヤゴウとカナタ首相が思わず言葉を漏らす。ヤゴウたちの耳を、三百万人のエスメラルダ住民たちの歓声が包み、打ち上げられた数万発の花火たちが船の下を七彩に彩った。

 

ここまでの大歓迎を受けたのには理由がある。これまで、彼らの世界ではレヴァームと天ツ上の二つの国しか存在しないと言われていたのだ。その周りは全て果てのない海と、端のない大瀑布だけだと言われていた。

 

そんな中、彼らは無意識のうちに世界に二つの国で取り残されたかのような孤独を感じていたのだ。そんな中、突然起こった転移現象。そして見つかった新しい国家。無意識の孤独を感じていた彼らが歓迎をしないわけがなかった。

 

新たな世界からやってきた、新たな人類たち。そんな名目のもと、彼らは熱烈過ぎる歓迎を受けていた。

 

そんな事を知ってか知らずか、ヤゴウたちは歓迎のこと以外に驚いていた。皇都エスメラルダの発展の模様だ。豪華な宮殿のような白の建物もそうだが、湖の入江を挟んだ向こう側にあるエリアは建物が天を貫く摩天楼のように連なっており、湖の上には巨大な橋が渡されている。

 

 

「なんと言う事だ……まるで中央世界の首都ではないか……」

 

 

これほどまでの発展具合は異常だ。例え文明圏の国家が全力をあげて作り上げても、ここまでの栄えた街を作るのは不可能だろう。

 

そして、軍事顧問であるハンキ将軍とイーネは別のことに驚いていた。彼らの視線の先には、レヴァーム空軍の飛空艦隊や戦空機隊などが綺麗な隊列を組んで歓迎式典を彩っていたのだ。

 

 

「あれがレヴァームの飛空船……」

 

 

レヴァーム空軍は三戦隊からなる一個艦隊を飛翔させ、客船の左右を挟み込み、絶えず祝砲を放って歓迎式典に華を添えている。ここまで先導してきたマルコス・ゲレロ率いる旧探索艦隊が先陣を切って、皇都をちょっとした軍事パレードにさせている。

 

その雄姿にハンキ将軍は腰が抜けそうであった。てっきり、あの飛空船たちは特別に作られたものだとばかり思っていたが、このパレードを見てレヴァームは飛空船を大量に配備していると言うことが分かったからだ。

 

 

「あ、アメル殿……あの飛空船たちはレヴァームだけが持っているものじゃろうか?」

「いえ、あの規模の飛空艦は天ツ上にも大量に配備されています。少し前の戦争で疲弊しましたが、まだ両国には大量の飛空艦艇が存在しています」

 

 

なんと言う事だろうか、聞けばあの船たちは元々天ツ上の持つ同クラスの船に対抗するために作られたものだと言う。撃っているのは魔導砲だと推測できる、だとすればレヴァームはあの大きさに見合うだけの大砲を積んだ飛空船の戦闘力は計り知れないだろう。そんなものを大量に配備して対抗し合う、ハンキ将軍はレヴァームと天ツ上の国力の大きさに驚きしかなかった。

 

 

「すごい……あの鉄竜があんなに大量に……」

 

 

一方で、イーネの目線は空に集中していた。目線の先はパレードに参加しているいくつもの戦空機隊達だった。彼らは色とりどりのスモークや紙吹雪を舞わして空を着飾っている。

 

 

「アメル殿……あの葵い鉄竜はなんと言うのです?」

「あれは我が国の最新鋭戦空機『アイレスV』です。最高時速は700キロ、最高到達高度は一万メートルを超えます」

「「「「「!!!!????」」」」」

 

 

その答えに、イーネたち使節団全員が驚きに満ちた。あの鉄竜は明らかクワ・トイネのワイバーンなんか目じゃないほどの性能を有している。それが、この国では空を埋め尽くすほどの数を配備している。マイハークに侵入してきた鉄竜は脅威であったが、あれですら目でもない性能を有しているのだ。

 

圧倒的過ぎる、ヤゴウたちはそう思った。もし戦争になれば、まずワイバーンたちはあの鉄竜たちに駆逐され、飛空船たちで空から一方的にやられるだけであろう。

 

その時、一機の青いアイレスVとやらが後ろから近づき、客船の近くを過ぎて通っていった。思わず目を凝らすと、その機体はパレードの一番真ん中でまるで舞い踊るかのような遊覧飛行を開始した。

 

使節団が見上げれば、その機体は空の天界を埋め尽くしていた青の只中を悠々と飛行していた。プロペラの推進力と重力の働きを巧みに利用し、空中にステップを刻むかのような細かい左右の機動。直進しつつ、首尾線を軸にして両翼端を柔らかい円弧を描く微横転。蒼い機体はパレードの中心にいる使節団を楽しませるかのように、悠々と空のダンスを踊っていた。

 

 

「綺麗……」

 

 

思わず、乙女らしい台詞がイーネの口からこぼれ落ちる。客船の船首から全容を見る使節団の全員がその美しい軌道に目を奪われ、考えることも忘れて目で追っている。

 

 

「アメル殿……あの竜騎士は随分と腕の立つようですが、一体何者なのですか?」

 

 

思わずイーネは質問する、他の面々は口をあんぐりと開けたままだ。

 

 

「そうですね……あの飛空士の名は明かせませんが『海猫』と称しておきます」

「海猫……?」

「ええ、彼はレヴァーム随一の腕前を持つとさえ言われるエース飛空士です。そういえば、マイハークの上空に現れたサンタ・クルスに乗っていたのも彼なのですよ」

 

 

そう言ってアメルも海猫の描く軌道に目を戻す。あれほどの急横転や急旋回などを繰り返せるアイレスVと言う鉄竜も凄まじいが、それを体のように自在に操る腕の立つ竜騎士がいることも驚きだった。

 

 

「海猫……」

 

 

思わずその名を復唱する。尽きることのない祝福が、天と地を結んで、歴史的邂逅に立ち会えた喜びが使節団とエスメラルダに満ちていた。

 



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第8話〜使節団その2〜

アンケートの結果ですが、ロウリア戦後に反映いたします。


 

青空へ沸き立つ歓声は、レヴァーム皇家の住まうエスメラルダ宮殿上空に客船が達した際に頂点を迎えた。

 

客船はそのまま近くの飛空艦基地に迎えられ、使節団一行は豪華なリムジンを使って地上のパレードに降り立った。そして、エスメラルダ宮殿の広場に着くと神の眷属たるレヴァーム皇家の面々が勢ぞろいして、異世界からの同胞を待ちわびていた。

 

 

「アメル殿、アメル殿。今から謁見するファナ・レヴァームというお方は、どのような方なのでしょうか?」

「そうですね、言うなれば『西海の聖母』です。二十代にしてこの国の実権を握る若く、聡明なお方です。その美貌も美しく『光芒五里に及ぶ』と形容されます」

「ほほう……それは楽しみになりますな」

 

 

カナタ首相はアメルからファナ執政長官についての情報を聞き出すが、流石に『光芒五里に及ぶ』の部分は信じてもらえなかったようだった。

 

美しき王子王女はこの世界にだって沢山いる。しかし流石に光芒が五里にまで及よぶという形容は流石に盛りすぎだと言うことである。しかし、彼らの懸念がすぐに驚愕に変わるのをアメルは知っていた。

 

 

『さあ、皆さま!ファナ・レヴァーム皇妃のご登場です!!』

 

 

会場のアナウンスと共に、真っ白のドレスと宝石に身を包んだ美しき皇妃が現れる。使節団はその美貌に呆気にとられ、全員が口を開けてその場でひれ伏しそうになった。

 

それだけ、ファナの美しさはもはや地上の存在を超えた天上美であった。「あやうく彼女の足元にひれ伏し許しをこうところだった」その日のヤゴウの日記には、大真面目にファナの美貌がそう評されていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

使節団はエスメラルダ宮殿の応接室に迎え入れられると、そのまま会談が始まった。応接室は豪華なきらびやかな装飾が施され、机も椅子も豪華で座り心地が良い。

 

会議では、レヴァーム皇国のトップたちが集まりクワ・トイネ公国からのカナタ首相を含めた8人全員と会談する形だ。ここにカナタ首相がいるのは、レヴァーム皇国とのトップと直接会談するためである。

 

 

「改めて、はじめまして。神聖レヴァーム皇国執政長官、ファナ・レヴァームと申します。以後、お見知り置きを」

「こ、こちらはこそはじめまして。私はクワ・トイネ公国首相のカナタでございます……」

「わ、私はクワ・トイネ公国使節団のヤゴウと申します……」

「私は……」

 

 

お互いに社交辞令を交わすが、なにぶんぎこちない。それもそのはず、近くで見ればファナの美貌は改めて天地を超えた存在だと痛快させられる。彼らにとっては、その美しさの前に立っているのが申し訳なく感じるレベルであり、思わずへりくだった言い方をしてしまう。

 

 

「そこまで緊張なさらずとも大丈夫です。わたくしどもには敵対の意思はありません」

 

 

と、そんな使節団を見かねてファナは安心させるための微笑みを交わす。その微笑みがより一層彼女の美しさを引き出させており、緊張がほぐれるが余計に揺さぶられる。

 

クワ・トイネ側としては、この会議の場はレヴァームが何を要求したいのかを決める重要な場として事前に言われており、もっとも警戒していた。

 

そのため、彼女がどんな要求を突きつけてくるのか心配でたまらなかった。笑顔で返されいるが、やはり警戒心は解けない。鉄の飛空船、戦闘用鉄竜、首都エスメラルダ、圧倒的な文明力を見せつけられた後でどんな要求が来るかはわからない。

 

もしかしたら、服従か、植民地か……

 

悔しいことだが、クワ・トイネ公国はレヴァームに対して逆立ちしても勝てそうにない。もはや最初の頃の「蛮族」呼ばわりをするものは一人もおらず、まさに蛇に睨まれたカエル状態だった。

 

特に、ファナ・レヴァームの美貌の前では縮小してしまう。さて何がくるのか、クワ・トイネ公国の使節団の面々は、不安がしんみりと伝わってきた。

 

 

「世間話はここまでにして、本題に入りましょう。マクセル大臣、お願いいたします」

「はい長官。私は大臣を務めていますマクセルと申します。単刀直入に申し上げますと我々が求めているのは食料です、レヴァームと天ツ上の食料自給率は100パーセントを超えています」

「?、少しお待ちを。自給率が100パーセントを超えているのになぜ食料を求めるのですか?」

「はい、実は食料に関しては貴国の食料の質は我が国の倍はあることが判明しました。レヴァームの食料よりも美味いと、高級料理のように美味しい貴国の食料を求める声が国民や貴族から上がっているのです」

「つまり、彼らの要望に答えると?」

「はい、特に貴族や政治家軍人の要望は我が国の情勢に大きく関わってくるのです」

 

 

なるほど、どうやらレヴァームは貴族や軍人たちの声に耳を傾けざるをえない事情があるようだ。これはレヴァームの階級制度が影響している。レヴァームでは国民が厳しく階級化されており、ファナ・レヴァームの努力によって改善しているが、まだまだ貴族や政治家の発言力は強かったのだ。

 

貴族や政治家はより美味い料理を求めるだろうし、軍人だってなるべく美味い料理を食べて任務に就きたいと考えるのは納得が行く。何より、自分たちの国の食文化がレヴァームよりも美味いと褒めてもらえるのはカナタ首相たちにとっては嬉しい事だった。

 

 

「もちろんレヴァームの農業産業を守るために高い関税をかけさせていただき、高級料理扱いさせていただきますが、それでも求める声は高まるでしょう。要求させる量に関しては、資料の2ページをご覧ください」

 

 

資料には、レヴァーム側が要求する各種食料項目を記載されているが、文字が通じないのはすでに情報が共有されていたため、口頭で読み上げる。

 

前の接触した時の会議の時、天ツ上語が通じるので文字も通じるのではと考えて天ツ上語の資料を配布したのだが、全く読めないと言われたために問題になっていたのだ。今回は、その問題を口頭で説明することで解決している。

 

 

「年間総トン数1200万トンですか……」

「はい、貴国は農業が非常に盛んな国と伺っております。どのくらい輸出可能なのか、知りたいと思っていますが、いかがでしょう?」

「そうですね……いくつか見慣れない農産物がありますが、それ以外でしたら輸出は可能です。ただ……」

「ただ?」

「我が国には、これほどの食料を貴国へ輸出する手段を持ち合わせておりません。船などを総動員しても足りませんし、何より農地からレヴァームまで運んでくるまでに腐ってしまう可能性もあります」

 

 

そう、クワ・トイネ公国の文明レベルからして、これほどの食料を大量に輸出する手段を持ち合わせてはいなかった。中世レベルの文明国に、いきなりこれほどの量を輸出させることは不可能に近い。

 

 

(交渉がうまいな)

 

 

そんな中、一人交渉席に座るアメルはカナタ首相の発言は、上手い交渉の仕方だと感心していた。彼らは輸出できない事を言って、何か別なものを要求しようとしているのだ。何かしら、例えば食料を輸出するための輸送技術だったりインフラだったりと色々予想される。

 

食料が輸出できないことを言い訳に、援助を求めようとする。これはアメルが事前に予想していた事だった。ならば、こちらにも良いカードを切ることができる。そんな思考の後、ファナ・レヴァーム執政長官がその美貌の口を開いた。

 

 

「でしたら、レヴァームがクワ・トイネ公国の開発援助という名目で輸送手段の援助を致しましょう。もちろん、費用はわたくしどもが負担いたします」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 

その言葉に、クワ・トイネ側は心底驚いた。水と食料はタダ同然と言われるクワ・トイネ公国にとって、それを輸出するだけでインフラ整備をレヴァームが行ってくれるというのはどれほどの好条件だろうか。これほどまでの好条件を提示してくれた理由を、マクセル大臣が説明し始めた。

 

 

「実は、我が国の建設業界が転移現象によって新天地を求めているのです。新しい開発の場は、国の経済を豊かにしますので今回のインフラ整備には大変興味があります」

「な、なるほど……そうでしたか」

 

 

マクセルが言うには、今までレヴァームと天ツ上の二国しか存在しないと言われていた中で、建設業界が新たなる新天地を求めてクワ・トイネ公国の開発援助を求めていたのだ。

 

港が転移によって使えなくなったために、しばらくは飛空船による輸送が主流になるだろう。レヴァームの港をこの惑星の環境に対応させることも含めて建設業者は忙しくなりそうだった。その後も話は進み、いくつかの項目を協議して会議は良好に進んでいった。そして話題は、同盟の話に移る。

 

 

「…………と言うように、我が国の隣国ロウリア王国が近年国境付近に圧力をかけて、緊張状態が続いております。彼らは亜人廃絶をスローガンに掲げており、我が国としては非常に苦しい状況下にあります」

「…………」

 

 

レヴァーム側の面々が、真剣な表情で説明を聞く。軍事顧問のハンキ将軍がロウリアとの状況を地図を交えて伝え、レヴァーム側にも真剣さが伝わる。

 

地図には、近年のロウリアが激しい軍拡を行なっていてもし戦争にでもなればクワ・トイネ側に勝ち目がないことが事細かに記されている。

 

 

「なるほど、失礼ですが「亜人」というのは?」

「人間以外の種族の事です。我が国は多民族国家で人間以外にもエルフやドワーフなどの他種族が入り混じって住んでいます」

「なんと……あなた方の国にはエルフなどが実在するのですね……」

「ええ、レヴァームには人間以外の種族が初めから存在しないことは存じ上げております。理解できないでしょうが、ロウリアは人間至上主義を掲げて亜人に対して迫害をしているのです」

「なるほど、それで戦争になった時のために我が国と安全保障を結びたいと?」

「はい、我が国としてはそのように考えております」

 

 

カナタたちの言葉がだんだんと重苦しくなる。亜人を人間以下の汚物と見なしているロウリアにとって、多民族国家のクワ・トイネ公国や隣国のクイラなどは邪魔である。戦争でも起これば、彼等は軍拡をした戦力を持ってして亜人を廃絶するであろう。

 

それはレヴァームにとっても他人事ではない。この人間至上主義を掲げるロウリアは、かつてのレヴァーム人の天ツ上人に対する態度そのものだった。

 

天ツ上人を人間以下と見なし、排除や差別をしてきた歴史と一致する。ファナ・レヴァームの努力によって法律の下の差別制度は無くなっているが、かつての自分たちを思わせるロウリアという国には脅威を感じる。だからこそ、ロウリア王国の人間至上主義は許せなかった。かつての自分たちのような愚かな考えをレヴァームは繰り返したくはなかった。

 

 

「なるほど、事情はわかりました。本件に関しては前向きに協議いたしましょう」

「そ、それでは……」

「はい、我が国は隣国の天ツ上とすでに同盟を組んでいます。その同盟の中に入る形で協議いたしましょう」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 

西海の聖母は満面の笑みで彼等の要望に対して答えた。聖母の心は広い、かつての自分たちの愚行を繰り返さないためにも、クワ・トイネとの同盟に前向きな姿勢を見せた。10日後。クワ・トイネ公国ならびに神聖レヴァーム皇国における同意事項が結ばれた。

 

1:クワ・トイネ公国はレヴァームに対して必要量の食料を輸出する。

2:レヴァームはクワ・トイネ公国のマイハーク港の拡張、マイハークから穀倉地帯へのインフラ整備を行う。

3:レヴァーム、クワ・トイネは天ツ上を加えた3カ国で同盟に関する協議を継続する。

 

先ず、レヴァームとクワ・トイネ公国は良好な関係を結ぶことができた。今後も切っても切れない友好関係を結ぶであろう。同日、ホテル・エスメラルダのスイートルームにて、ヤゴウとハンキたちが話をしていた。内容は言わずともがな、このレヴァームについてだった。

 

 

「なあ、ヤゴウ殿」

「なんでしょうか?」

「レヴァームの事、どう思う?」

「そうですね……一言で表すなら『豊かな聖母のような国』ですね……宮殿は豪華で中央世界にも負けてません。しかも、あの大型飛空船と同様に温度が一定に保たれている。これほどの建物を温めるのに、どれほどの燃料がいるのか……

それだけではなくひねるだけで水やお湯が出る機械もあり、いちいち火を起こさなくてもお湯に浸かれる。トイレなんて匂いすらしない」

 

 

ヤゴウたちはこれまでに体感した居住設備だけで、驚くという感覚自体が麻痺を起こしそうになっていた。あの歓迎パレードで後頭部を殴られるような衝撃を受けた後も、ホテルに戻って夜を迎えてからさらに未知の世界を体験している。

 

 

「このエスメラルダという都市だけでも驚くほど発展していて、建物は天を貫くかのような摩天楼になっている。夜も大通りは街灯が灯っていて明るいのでカンテラがなくても歩けるし、治安も警察という組織によって守られている。我が国に比べ、全ての生活基準の次元が違う。悔しいですが、国力の違いを感じます。特に、あのパレードに出ていた飛空船や鉄竜には正直驚きました。圧倒的な差を見せつけられた思いです、あれほどの軍事力を持ったレヴァームは敵に回してはいけないと思いました」

「やはり同じ思いか……あのアイレスVとか言う鉄竜の前には、ワイバーンの空中戦術は役に立たんじゃろうと儂も思う。明日は天ツ上に出発じゃな、レヴァームは心臓に悪かった」

「私も恐ろしいですが、同時にワクワクしていますよ。このような国が突然近くに現れ、しかも自分たちを見下しきっている文明圏よりも高い文明を持っている。その最初の接触国が我が国とは……彼等に覇権を唱える性質がないのが幸運です。しかも、聖母のような広い心を持っていて我が国との同盟にも良い顔をしてくれました、もうなんと礼をしたら良いのか……」

 

 

ヤゴウとハンキたちは深夜まで語り続けた。それはまるで、レヴァームとクワ・トイネの友好な行く末を物語っているかのようであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

次の日、一行は天ツ上の飛空客船に乗り換えて一路天ツ上へと向かった。大瀑布はないが、飛空艦しか使えない今は東海へ向かう航路でも飛空艦使う。

 

使節団一行は常日野と呼ばれる場所にまで辿り着いた。そこでも一行はレヴァームにも負けないくらいの大歓迎を受けることができた。しかし、使節団の面々の顔は疑問に満ちる。この土地は、なんだか複雑でレヴァーム人と天ツ上人らしき人物たちが入り混じるかのように点在していたからだ。

 

 

「田中殿、田中殿」

「はい、なんでしょうか?」

 

 

使節団のヤゴウは思わず、アメルに変わって一行を率いていた田中外交官に質問を投げかける。

 

 

「この土地はレヴァーム人と天ツ上人が点在しているようなのですが、ここは天ツ上の土地では?なぜ両方の民族が入り混じっているのでしょうか?」

「ああ、それですか」

 

 

歓迎を受けるリムジンの中で、田中は思い出すように答え始めた。

 

 

「実はこの土地は60年以上前にレヴァームによって最近まで占領されていた土地なのですよ。最近の戦争で天ツ上領に戻りましたが、長らくサン・マルティリアと呼ばれていたために今でも多くのレヴァーム人が住んでいます」

「そ、そうだったのですか!?というか、二国は昔に戦争をしたことがあるので?」

「はい、お恥ずかしい話ですがほんの数年前までは共に敵対していたのです。互いを差別し、憎しみ合っていました。ですが、今ではこの通りです」

 

 

そう言って田中はリムジンの窓の外を指差して少し微笑む。そこでは、レヴァーム人と天ツ上人の間に生まれた子供たちが使節団に両国の国旗を片手に手を振っている微笑ましい光景が映っていた。

 

 

「あ!見て見て、クワ・トイネの人たちだ!!」

「ほんとだ!本物のエルフさんだ!!」

「みんな、お国の偉い人に手を振って挨拶しなきゃね」

「「はーい!!」」

 

 

そんな様子が、ゆっくりと走るリムジンの中でもわかる。もし互いの国が憎み合っていたらあんな子供達は生きては行けないだろう。しかし、彼等は楽しげにこの土地で生きていることがわかる。それだけもレヴァームと天ツ上の仲が随分と改善していることが分かる。

 

 

「そうでしたか……ですがもう二国は仲が良くなっているのですね」

「はい、この常日野はレヴァームと天ツ上における架け橋のような役割を今でもしています。そのため、建物もレヴァーム式が多いのです」

「なるほど……」

 

 

そう言って田中はリムジンの外の建物を指差す。建物はエスメラルダほどではないが立派な白い石造りの建物が多く、栄えているのがよく分かる。かつての中央海戦争で失業者が溢れたサン・マルティリアからここまで改善した。一行は、そのまま常日野の駅にまでたどり着き、そこから機関車に乗り換える予定だった。

 

 

「それでは皆さま、これより東都へ向けて出発いたします。スケジュールは…………」

 

 

 

 

 

 

ワァァァァン──ッッ!!──ドンッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

その時物と物が激しくぶつかる音がした。一瞬、周りの時が止まったかのように耳鳴りがする。激しい衝突音と人々の短い悲鳴が周りに轟いた。ヤゴウが駅から外を見ると、路面電車と呼ばれる乗り物に車と呼ばれる乗り物が衝突していた。

 

 

「路面電車が事故を起こしたぞっ!!!」

 

 

誰かが叫ぶ。最近の常日野では新設された路面電車による事故が相次いでおり、田中も顔をしかめて「また事故か……」と怪訝そうに呟いた。事故にあった路面電車の方はなんともないが、車の方は悲惨だった。車はエンタク(1エンで都市内どこまでもいけるタクシーの事)のようで、運転手は無事だが乗客の一人が衝撃で頭から血を流していた。

 

 

「まずい!早く治療せねば!!」

 

 

ヤゴウは思わず駆け出そうとする。

 

 

「お待ちください!すぐに助けが……」

 

 

ヤゴウは田中の制止を振り切り、駅を飛び出して倒れている乗客へと駆け寄る。田中は立場上、外国の使節団の人物にけが人の手当をさせるわけにはいかなかった。ヤゴウの後を追って、事故現場へ走る。乗客はうなだれており、頭から開いた傷から血が滴っている。

 

 

「これはいかんな……『vmtaiba……』」

 

 

ヤゴウが何かを唱え始めると、乗客の男性の頭にかざしていた両手が淡い光を放つ。するとどうだろう、乗客の男性の傷口がみるみるうちに塞がって行く。

 

 

「!!!!」

 

 

そして、ついに傷口が完全にふさがり乗客は意識を取り戻した。頭の傷は跡も残らず消え去っており、完全回復していた。その光景に駅の周りが一瞬で人だかりができる。次に、燃え盛る車と路面電車にヤゴウが近づく。何かの呪文を唱えると燃え盛る炎の中で巨大な水が弾け飛び、炎は消えていった。

 

 

「す……すごい!!見たか!?今の!!」

「見た!あの人が何かを呟いたら傷が塞がって、炎も水で消えた!!」

「……信じられない。まるで魔法みたいだ!!」

 

 

人だかりの中の誰かが叫ぶ。

 

 

「?魔法ですが、何か珍しいですか?」

「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

 

何気なく答えたヤゴウの答えに、人々たちが沸き立つ。キョトンとするヤゴウは、歓喜に包まれた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一行はそこから『機関車』と呼ばれる長距離移動の乗り物に乗り換えて一路、天ツ上の首都東都を目指した。来賓専用に特別に手配されたものらしく、内装は豪華でレヴァームの客船やホテルにも負けていなかった。

 

 

「いやはや驚きました。資料には書いてありましたが、実際に魔法をこの目で見ることができるとは……いやぁ素晴らしい」

 

 

田中は興奮鳴り止まないように褒めちぎる。

 

 

「天ツ上やレヴァームでは治療系の魔法は珍しいのですか?」

「いえ、治療系も何も、魔法そのものが二国にはありませんから」

「「「え!?」」」

 

 

田中のあっさりとした一言は、使節団たちが仰天する意味を持っていた。

 

 

「し……しかし、飛空艦と地上のやり取りは、通信魔法でなければ何なのですかな……?」

「あれは電波を使用しています……なんと申し上げれば良いのか。前にもアメル外交官が説明しましたが、レヴァームと天ツ上の技術は全て科学が基礎となっているのです」

「す、全て……!?では、この機関車とやらも、飛空艦とやらも鉄竜も全て……?」

「はい。我々の元いた世界では万物のあらゆる現象の原因を突き止めるべく、他分野に渡って学問が発展していました。電波も機関車も飛空艦も飛空機も、万物の理りを研究する物理学や飛空力学から得た技術です」

 

 

クワ・トイネにはない学問と概念。国家機密級の情報が使節団員たちにもたらされた瞬間だった。

 

 

(いや、待てよ……魔法がないということはこちらの魔法に関する技術を輸出できるのではないか?それならば、天ツ上との交渉は有利にことが運ぶことができるかもしれない。逆に天ツ上の教育システムを輸出することを求められそうだが、彼らの高い教育制度を得られるのなら願っても無い!!)

 

 

それを見ていたカナタ首相はうまい交渉の兆しを感じていた。そんな一行をよそに、高級列車はガタゴトと東都へと歩みを進める。

 

鉄道での五日間、一行は天ツ上での常識を叩き込まれた。レヴァーム同様、交通ルールというものを守らなければ『車』と呼ばれる乗り物に轢かれてしまうことや、レヴァームと違い先ほどの路面電車と呼ばれる乗り物にも気をつけるようにと注意された。

 

5日後の涼しい朝。雲は高く、空気は澄んでおり、遠くまでよく見える。豪壮な煉瓦造りの東都駅を降りるとそこは、人口150万人を超える東方大陸随一の大都会だった。

 

石造りの建物が大通りの両側にそびえ立ち、通りの真ん中を路面電車や軍の輸送トラックなどが走り抜ける。使節団はエスメラルダと同程度の発展模様を見せる東都の模様に、驚きしかなかった。この国もレヴァームと同じ国力を持っていると感じさせられる。時折上空を通過して行く飛空艦や飛空機編隊を立ち止まってじっと見上げている。軍事力でも天ツ上はレヴァームと同レベルのようだった。

 

一行は、そのまま外務省の宿舎までリムジンで案内されそのまま天ツ上との交渉に入った。要求内容はレヴァームの時とほぼ同じ、彼らも同盟に関して前向きな態度をしてくれた。

 

いくつか違ったのは、最近の天ツ上では経済発展により農村の過疎化が進み、食料自給率が低下していることが指摘されていた。数十年後には自給率は100パーセントを下回ると言われており、天ツ上はクワ・トイネ公国の食料をレヴァームより多く輸入することになった。

 

さらに、魔法に関しても天ツ上とレヴァームが研究を開始することになった。さらに言えば、その代わりとして天ツ上の教育システムがクワ・トイネに輸出されることになり、子供たちは質の良い教育をほぼ無償で受けられるという。

 

10日後。クワ・トイネ公国ならびに帝政天ツ上における同意事項が締結された。

 

1:クワ・トイネ公国は天ツ上に対して必要量の食料を輸出する。

2:天ツ上はクワ・トイネ公国に対して教育システムの輸出を行う。

3:クワ・トイネとの同盟締結のため、レヴァームを交えて交渉を続ける。

 

そして、天ツ上とクワ・トイネ公国は良好な関係を結ぶことができた。レヴァームも含めて今後も切っても切れない友好関係を築いてゆき、運命共同体となってこの世界を歩んで行くことになった。




『クワ・トイネの食料を高級料理扱い』
レヴァームと天ツ上は今まで二国間だけで生きてきたので、両方とも食料自給率は100パーセントを超えていると考えたので、食料輸入の理由を変更しました。クワ・トイネの食文化はレヴァームよりも発展している設定です。

『早めの同盟を締結』
もちろん、対ロウリア戦用です。というか、レヴァームと天ツ上はこの世界でグイグイ行かせます。

『天ツ上は教育システムを輸出』
天ツ上のモデルとなった第二次世界大戦時の大日本帝国は、高い教育システムによって識字率が世界随一高かったらしいです。その教育システムが手に入れられるとなれば、クワ・トイネも喜ぶでしょう。


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第9話〜クイラ王国接触〜

クワ・トイネとの外交成功はレヴァームと天ツ上にとって、この世界で生きていく上での大きな一歩となった。

 

クワ・トイネはレヴァームで言う所の中世レベルほどの文明しか持っていないが、レヴァームによる開発が進めば、いずれは生活基準が追いつくだろうと言われている。

 

神聖レヴァーム皇国、皇都エスメラルダの宮殿の会議室では国のトップたちが一同に介し、会議を行っていた。全員を見渡せる位置にいるのはレヴァームのナンバーワン、ファナ・レヴァーム執政長官である。

 

 

「……以上により、帝政天ツ上もクワ・トイネ公国との友好関係を模索することに成功し、近いうちには同盟も結ぶ可能性が出てきました」

「おお……」

「これで、レヴァームも天ツ上もしばらくは安泰ですな」

 

 

会議室の面々が、笑顔に包まれて安心に囲まれる。レヴァームにとってこの新しい世界で生きていく以上、新たな親愛なる友人は必須であった。その彼らとレヴァームが友好関係を結べたことはそれだけ良い影響が大きかったのだ。

 

 

「はい。先ず、質のいい食料を手に入れられたことによって皇国民もうれしい限りでしょう。今後は二カ国の他に文明圏の国家、中央世界と呼ばれる列強国家との繋がりも、私としては模索しております」

 

 

ファナは今後の方針を模索するために、中央世界との接触も視野に入れていた。この世界ではレヴァームと天ツ上は新参者、この世界で生きて行くためにとにかく手探りで探って行くしかない。

 

 

「文明圏に中央世界ですか……大それた名前ですな……」

「ええ、さすがは異世界です」

「長官、その接触に関してなのですが……」

「ナミッツ司令。どういたしましたか?」

「はい。実はその使節団の接触に飛空艦を使おうと思っているのです」

「飛空艦を?空軍の戦力を使ってですか?」

 

 

ファナが疑問の声を投げかける。使節団の派遣に、飛空艦を使うなんてことは今までなかった用途だ。しかも、軍が協力をするのだからなおさら気になる。

 

 

「はい。この世界でも飛空艦は水素電池を使えば航続距離は実質無限です。そのため、やろうと思えばこの惑星を世界一周する事もできます。その航続距離を生かしてこの世界の国々と早めの接触を行おうと思っています」

「だが、それでは砲艦外交になるのではないかね?」

 

 

それに対して反論したのはマクセル大臣だった。またも、ナミッツに対していちゃもんでもつけようとしているのだろうか?懲りない人物である。

 

 

「…………いえ、むしろ我々の実力を知ってもらうためにも必要なことかと。この世界では我々の常識は通用しません」

 

 

ナミッツは一呼吸置いて続ける。

 

 

「そもそも、我々はこのような多数の国が集まる国際社会に対して無知です。実際、クワ・トイネ公国の隣国で緊張の高まっていると言われていたロウリア王国へ使節団を派遣したところ、クワ・トイネ公国との国交を開いていたという理由だけで服従を要求してきました。この世界では我々の常識は通用しないのなら、我々のことを知ってもらうしかありません」

 

 

ナミッツが言っているのは、ロウリア王国との接触の際に起きた事件のことだ。その時レヴァームと天ツ上の使節団は陸路で行ったのだが、ロウリアは緊張の高まるクワ・トイネ公国と国交を開設していたというだけで服従を要求されるというとんでもない対応をされていた。その教訓として、このような野蛮な対応をする国に対して砲艦外交を行い実力を知ってもらおうという寸法をナミッツは建てていた。

 

 

「それが砲艦外交と言うのだ、君はペリルが過去にやった天ツ上への砲艦外交の繰り返しをしたいのかね?」

 

 

マクセルが言っているのは100年以上前、当時まだレヴァームと天ツ上が互いの存在を大瀑布によって知らなかった時のことの話だ。時の艦隊司令ペリルは当時の天ツ上幕府に大瀑布を超えて飛空艦で砲艦外交をし、警戒させてしまった。

 

 

「…………マクセル大臣の言うことも一理あるでしょう」

「ちょ、長官!?」

「しかし、早期的な接触が必要なことには間違いありません。飛空艦を使った使節団の派遣は、とりあえずはクワ・トイネ公国と隣国のクイラ王国との同盟が締結し、ほとぼりが冷めてからにいたしましょう」

「わ、分かりました。ありがとうございます」

 

 

こうして会議は順調に進んでいった。そのうちで現在洋上の港の整備が整い始めており、数ヶ月後にはこの球面惑星に対応できることも明らかにされた。

 

その派生で、現在飛空艦しか使えない状況から、洋上艦を改造しての飛空艦の増強が提案された。なんでも、洋上艦と飛空艦の二つの違う艦艇戦力を抱えていることは非効率的であると研究結果が出たとのこと。

 

後に使節団の派遣を行うのであれば、なおさら飛空艦は必要になるであろうことを見越しての決断でもあった。飛空艦は強力な分水素電池や揚力装置などが重なるため建造コストが高いが、その件はとある国との国交開設で解決しそうだった。

 

その国の名はクイラ王国。先ほどの話題で上がったクワ・トイネの隣国であり友好国である国だ。なんでも、クワ・トイネ公国の使節団から面白い話を聞けた。そこでは、価値もなく使い物にならない屑鉱石が大量に取れるとのことだった。

 

その屑鉱石とは、水素電池の触媒に使われるレアメタルの事だったのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

クイラ王国 王都バルラート

 

乾いた土地、乾いた風、周りを見渡しても森は見当たらない。あたりは砂漠だらけで都市も、街も、村も全てが砂漠に閉ざされている。もちろん、農業なんて起こるはずがない。

 

クイラ王国は貧しい国だ。他国からは蛮国の通称だけでなく「貧国」だなんて比喩されている。人々はあまりの貧しさで日々の暮らしに絶望し、生きることに必死である。「今日より明日を良くするために頑張って働こう」などとは微塵も思わない。それは、どこかの戦艦島を思わせる。

 

この国に生まれたものは隣国のクワ・トイネ公国に出稼ぎに出る。国家を挙げての一大人材派遣、それで外貨を得てなんとか食料を輸入している状況だった。

 

クイラ王国の外交を司る王宮貴族メツサルは、『急な要件』ということで会談を希望してきたクワ・トイネ公国の大使を部屋で待つ。

 

 

(急な案件とは何なのだろうか?まさかロウリア王国に異変が?)

 

 

ロウリア王国は、人間種以外の種を亜人と蔑む人類至上主義の国である。特に最近はクワ・トイネを含めて国境線で緊張状態が続いている。

 

メツサル自身もドワーフと呼ばれる種なので、もしロウリア王国の支配に陥ればどうなるかわかったものではない。なので、ロウリアの動向には気を配っていた。

 

会談内容について思いを巡らせていると、部屋の扉が開いた。クワ・トイネ公国の外交官ペインが清々しい趣で入室してくる。二人は挨拶を交わすと、会談に入った。

 

 

「急な案件とは一体何でしょうか?」

「実は『神聖レヴァーム皇国』と『帝政天ツ上』という新興国家が我が国へ来訪し、我々は使節団を派遣しました」

「ほう」

 

 

彼の言ってきたのは新興国の解説の話であった。それは別段珍しいことではなく、急な案件になるとは思えない。

 

 

「質問なのですが、その二国が一体どうしたのですか?」

「はい、我が国はレヴァームと天ツ上と国交を結びました」

「なるほど……」

「そのレヴァームと天ツ上ですが、クイラ王国とも国交を結びたいらしく、我が国に仲介してほしいと頼んで来たので参りました」

 

 

 まだ『急な要件』とは言えず、それが引っかかっていたメツサルが切り出した。

 

 

「して、当初お急ぎのお話だったようですが……何か特異な事態ですか?」

「実は、その二国は我が国との同盟に非常に前向きな姿勢で協議してくれました」

「なんと!?と言うことは同盟を締結すると言うことですか!?」

 

 

ロウリア王国との緊張状態が続く中、味方が一人でも増えるのは嬉しい事だ。そんな二つの国がさらにクイラ王国とも国交を結びたいと言っている。それならば、急な案件と申すのも納得が行く。

 

 

「はい。現在協議中ですが、同盟締結は確実だそうです。それと、その国家は少し異常なのですよ」

「と、言うと?」

 

 

ペインは突如飛来したレヴァーム所属の飛行物体と、大使を乗せてやってきた超大型船の存在を話した。曰く、前者は羽ばたかずに時速600kmで飛行し、後者は全長260mほどもある鋼鉄製の飛空船だったと言う。

 

メツサルはにわかに信じられず、目を剥いた。それが本当ならば、その国は相当な軍事力と技術力を持っている筈だ。そんな国がクイラのような貧しい国と国交を結びたいとは一体どう言う事だろうか?

 

 

「信じられません。その話が本当だとすると、文明圏内国家……いや、列強国と同等……もしかしたらそれすら超える国ということになる。そんな国が今まで知られなかったはずがない!!」

「その通りです。しかし彼らは『突如、異世界から国ごと転移してきた』と申し立てているようです。が、彼らの実力は本物です。使節団は実際にかの国々の実力が事実であることを確認しました」

「そうなのですか……ありがとうございます。しかし新たな脅威ですな、レヴァームと天ツ上の種族構成はどのようになっているのかはご存じでしょうか?」

 

 

メッサルは思わず聞いてみる。種族構成については亜人を迫害しているロウリアの件もあるので要注意な案件だ。人間種の比率が多い国の場合、他種を迫害している可能性も考慮する必要があるからだ。

 

 

「はい。レヴァームと天ツ上は両国とも人間種のみで構成されているようです」

「な……なんと!!ではドワーフや獣人族、エルフは存在しないというのでしょうか?」

「はい」

「もしかしたらロウリア王国のように人間種以外は迫害しているのか、もしくは攻め滅ぼしたのかもしれません。そんな国とは関わりたくないものです!!」

 

 

メツサルの強まった語気を、ペインは穏やかに制する。それは、レヴァームと天ツ上を信頼しているかのような自信に満ち溢れた言葉だった。

 

 

「ご安心を、彼らの国々には初めから亜人が存在しなかったそうです。亜人に対する差別意識もありません。そして彼らは我々に興味を示しているという事実があります。ロウリア王国とレヴァーム、天ツ上、3つの国と敵対したら、国は持ちませんよ」

「む……少々熱くなりすぎたようです。では私どもも、レヴァームと天ツ上の使者を受け入れ、まずは話だけでも聞いてみようと思います。ありがとうございます」

 

 

後日レヴァームと天ツ上はクイラ王国とのファーストコンタクトとして、会談の場が設けられることとなった。一週間後、レヴァームと天ツ上の使者がやってきた。両国は事前にクイラ王国に許可を取って船で上陸してきた。それは、空を飛ぶ舟で巨大でかつ魔導船のように離陸滑走が必要ないものだった。

 

 

「な、なんと……」

「飛空船……!?にしては大きすぎる!!」

 

 

クイラ王国の軍民たちは初めてみる飛空艦の大きさに驚き、驚愕に包まれる。それを見下ろすかのように重巡空艦と呼ばれる艦種の船はクイラ王国の砂漠に垂直に降り立っていった。場所をクイラ外務局の応接室に移し、レヴァーム外務局と天ツ上外務省の担当者と正式に挨拶を交わして、会談が始まった。

 

 

「改めまして、神聖レヴァーム皇国外務局のアメルと申します」

「帝政天ツ上外務省の宇田です。このたび貴国との国交開設を目的とした事前協議に参りました」

 

 

いまだ警戒心を解かないメツサルは、人間種を相手に片眉を軽く吊り上げる。

 

 

「クワ・トイネ公国から、あなた方は技術力の高い国だと聞きました。我々のような貧しい国に何を望むのでしょうか?」

 

 

 二国が「生贄のための人的資源がほしい」や、「政治体制に対する介入」もしくは「領土的野心」があれば、お引き取り願うつもりでいた。一番先に口を開いたのは、アメルという中性的な外見を持つ男性からだった。

 

 

「まず第一に、我々は友人に貧しさや豊かさを求めていません。とにかく多くの国々と国交を開設しておきたいのです」

「ほほう、国交をですか?」

「はい、その上でお伺いいたします。クワ・トイネ公国からお伺いしたのですが、あなた方の国には貴国には使用価値のない『屑鉱石』が大量にあふれているそうですね」

「はい。なにぶん、ダイヤのような値打ちのないものなので使い道に困っています。それが一体どういたしましたか?」

「はい、単刀直入に申し上げますと我々神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上はその鉱石を求めております」

 

 

その要求は、あまりにも単刀直入で清々しいくらいだった。これは、先手譲歩と呼ばれる交渉手段で、相手に自分の要求を包み隠さず言うことで相手の信頼を得ようとする手段だった。

 

 

「もちろんタダではとは言いません。その条件として、我々は貴国に『インフラ』を輸出いたします」

「条件はこちらでいかがでしょうか?」

 

 

そう言って宇田と言う外交官が上質な紙を差し出した。一枚はメツサルが読めない字で書かれていたが、もう一枚は大陸共通言語のいくつかが記載された対訳表らしく、レヴァームと天ツ上は本来言語が違うのだと初めて気づく。

 

対訳に沿って読み進めると、その条件はクイラ王国にとって苦痛の種であった各種インフラの整備内容が書かれ、にわかには信じられないような好条件の内容だった。

 

 

(これは……使えない屑鉱石の鉱山を数個差し出すだけで、国が相当に豊かになる……)

 

 

メッサルはただただ驚愕の一言であった。電気、水道、ガス、さらには交通関係など。彼らの輸出しようとしているインフラはそれほどクイラ王国を豊かにするものであった。

 

 

「この好条件は本当なのですか?あの屑鉱石にそれほどの価値があるようには思えませんが……」

 

 

メッサルはついに疑問に思っていたことを質問する。

 

 

「…………そうですね。結論から言えば、その屑鉱石はあるものを作るのに必要なのです」

「あるもの?」

「はい、我々がここにやってくるときに乗ってきた飛空艦は見ましたか?」

「はい……あれほどの規模の飛空船が存在しているとは驚きでしたが……」

 

 

アメルは続ける。

 

 

「実は、あれらの飛空艦を作るには水素電池と呼ばれる機械が必要なのですが、その水素電池には値段の高い触媒金属が必要になります」

「なるほど……」

「その触媒というのが、貴国の持つ屑鉱石なのです」

 

 

そこまで説明されて、メッサルはやっと納得した。彼らの使っている飛空艦は特別なものではなく、量産されているものだという。しかし、それを作るには高い触媒が必要。それが、クイラ王国に溢れているとなれば欲しがるのも納得が行く。

 

 

「それで我が国にこれほどの好条件を……」

「はい、我が帝政天ツ上も要求は一緒です。今回、その鉱山はレヴァームと天ツ上で分け合って採掘いたします」

「つまり、その採掘権を条件にインフラを輸出すると?」

「はい、その通りです」

 

 

メッサルはその内容に彼らが驚くほど譲歩をしていることが分かった。自分たちの要求を包み隠さず伝えてくるのはとても信用できる。ここまできて、メッサルはいよいよ彼らのことを信用し始めた。

 

 

「ここに、レヴァームと天ツ上についての資料をお持ちいたしました。ご参照ください」

 

 

そう言って彼らはいくつかの魔写(魔法を使った写真の事)を見せてくれた。そこに写っていたのは、天を貫く摩天楼の都市たち、多数の飛空艦や鉄竜、そして豊かな自然たちであった。

 

どれもこれも見たこともないような風景、技術であり、『レヴァーム』と『天ツ上』という国が、世界の列強国に匹敵するほどの国だと理解するに至る。

 

人間種以外の種族は元々国内におらず、差別が原因ではないと知って、メツサルはようやくクイラ王への上申を決めた。

 

後日、クイラ王国はレヴァーム、天ツ上と国交を結び、有り余るほどの支援を得て、クイラ王国史始まって以来の豊かさを手にした。世界の貧国だった同国はクワ・トイネ公国に並ぶレヴァームと天ツ上の友好国として、世界に名を轟かせることとなる。

 

そして、クイラ王国にも同盟締結の波がやってきた。

 




『クイラ王国から水素電池の触媒が出る』
化石燃料がいらないレヴァームと天ツ上にとって、一番必要なのは水素電池の素材だと思いました。今後も軍事的資源国として重宝されるでしょう。


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第2章《ロウリア王国編》
第10話〜動乱〜


レヴァームと天ツ上が転移してきてから二カ月が経とうとしていた。その二ヶ月は、クワ・トイネにとってこれまでの歴史上最も発展した二ヶ月であったとされている。

 

レヴァームと天ツ上はクワ・トイネ公国ならびに、隣国のクイラ王国とも接触し、双方と国交を結んで安全保障条約──実質的な同盟──が結ばれた。

 

その同盟は「4カ国同盟」と呼ばれ、もしクワ・トイネ公国もしくはクイラ王国のどちらかが危機に瀕した場合、レヴァームと天ツ上が戦争に加わる形になる。実質的な軍事同盟だった。もちろんこれは隣国のロウリア王国を警戒しての措置である。

 

一方で、レヴァームと天ツ上はこれらを輸入する代わりにあらゆるものを輸出した。

 

大都市間を結ぶつなぎ目のない道路。天ツ上本土にあったような鉄道と呼ばれる大規模輸送機能。さらには飛空艦たちが発着可能な湾岸設備が整えられた。

 

そして、一番大きかったのは電気の存在だ。これはクワ・トイネ公国、クイラ王国の生活様式を根本から変えるものであった。夜でも昼のごとく明るく辺りを照らせる事によって、夜でも外出でき治安も改善した。

 

これらの電力は港の湾岸施設に並行して作られた水素電池発電施設の恩恵がある。水素電池は海水から電力を無限に生み出す、いくら大規模な発電施設を建てようが燃料費はタダだ。

 

このレヴァームと天ツ上に第二の産業革命をもたらした偉大すぎる発明は、クワ・トイネ公国とクイラ王国の魔導師たちを失神させ、救急搬送させるほどの衝撃があった。首相のカナタも初めて聞いた時には目玉が飛び出るかのような凄まじい発明品だと感じた。この水素電池のサンプルを見た経済部の担当者は放心状態でこう言った。「国がとてつもなく豊かになる」と。

 

 

「すごいものだな、レヴァームも天ツ上も。明らかに三大文明圏を超えている。もしかしたら我が国の生活基準も、三大文明圏を超えるやもしれぬぞ」

 

 

カナタは興奮冷めやらぬ語気で秘書に語りかける。使節団として戻って以来、彼はずっとこの調子で興奮しっぱなしだ。

 

その分、かなり仕事が増えて多忙な毎日を送っているがそれでも満足そうだ。それだけ、レヴァームと天ツ上は凄まじいということだろう。

 

 

「辺境国家が文明圏内国を超える生活基準を手に入れるなど、世界の常識からすれば考えられないことですが、使節団からの報告書……何度読んでも信じられません。もしも、これが全て本当なら国の豊かさは本当に文明圏を凌駕すると私も思います」

 

 

カナタと秘書は、この国の行く末を見据えて期待に胸を躍らせていた。彼女もまた、レヴァーム製の質の高い化粧品に身を包んでその美しさに磨きをかけている。

 

 

「しかし、彼らが平和主義で助かりました……彼らの技術、国力で亜人廃絶を唱えられていたかと思うとゾッとします」

 

 

その言葉にカナタは少しだけ顎を抱えると、怪訝そうな顔をする。

 

 

「いや、そうでもないぞ」

「え?どういうことですか?」

「……なんでもレヴァームと天ツ上は数年前まではお互いに敵同士で、共に差別をし合っていたらしい」

「え!?そうなのですか!?二国はかなり仲が良いように見えますが……」

「それはレヴァームのトップのファナ・レヴァーム殿の努力のお陰であり、数年前まではお互いを『猿』や『豚』とよんで人間以下として差別をしていたらしい。そして、それは果てには戦争にまで発展したらしいのだ」

 

 

カナタの口から語られる昔のレヴァームと天ツ上の関係は、とても今の関係からは想像できない壮絶なものだった。

 

他人を人間以下と勝手に区別して、差別して迫害する。やっていたことはロウリア王国と同じであった。そんな事をかの二つの国々は行なっていたのだろうか。

 

 

「彼らはその戦争を『中央海戦争』と呼んでいるらしい。その戦争で、今まで見下されてきた天ツ上人は自分たちが猿ではなく『サムライ』だとレヴァームに知らしめたのだ」

「サムライ……?」

「天ツ上における騎士のようなものだそうだ。ともかく、彼らはその戦争を経てお互いを認め合い、差別をやめて歩み寄っているのだよ……」

 

 

語られる壮絶な真実。あれほどの強大な力を持つ国同士がぶつかり合う様子など、秘書にはとても想像できなかった。

 

 

「ロウリアとも、それくらい仲良くできれば良いのだがな……」

 

 

美しい夕日が、穀倉地帯の広がる地平線に落ちて行く。その向こうにはロウリア王国があった。彼の国とも、レヴァームと天ツ上が歩み寄ったように仲良くできないだろうか?カナタは叶えられない平和な願いをその夕日に込めた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ロウリア王国 王都ジン・ハーク

ハーク城 御前会議

 

 

「ロウリア王、準備は全て整いました」

 

 

ロウリア王国にとっては世界最大の都市ジン・ハーク。これからも、この先もロデニウス大陸最大の都市として栄えるであろうその都市で、この国の行く末を決める会議が行われていた。

 

その中枢たるハーク城の中で筋肉が鎧の上からでも確認出来るほどのマッチョで黒髭を生やした30代くらいの男、将軍パタジンはそう報告した。威厳を持つ34代ロウリア王国大王、ハーク・ロウリア34世に対して頭を下げる。

 

 

「うむ、皆の者。これまでの準備期間、ある者は厳しい訓練に耐え、ある者は財源確保に寝る間を惜しんで背走し、またある者は命をかけて敵国の情報を掴んできた。皆大儀であった。亜人……害獣どもをロデニウス大陸から駆逐することは、先代からの大願である」

 

 

亜人を駆逐するのが夢、全くとんでもなく迷惑な大願である。が、それを何年もロウリアは本気で取り組んできた。王の言う通り、大変なことであった。

 

 

「その遺志を継ぐ為、諸君らは必死で取り組んでくれた。まずは諸君らの働きに礼を言おう」

 

 

列強のパーパルディア皇国に頭を下げ、屈辱的な要求ですら飲み、六年間でここまでの戦力を揃えた。そのことに対して、ロウリア王は礼を言いたかった。

 

 

「おお……」

「なんと恐れ多い」

 

 

皆が恐縮する中、王は続ける。

 

 

「では諸君……会議を始めよう」

 

 

会議場を静寂が満たす。これまでの戦争とは一味違う、初めて開始した侵略戦争のような極度の緊張に包まれる。

 

 

「まず質問ですが将軍、二国を同時に敵に回して、勝てる見込みはありますか?」

 

 

宰相マオスは今回の作戦の全責任者であるパタジン将軍に向かって話し始めた。

 

 

「一国は、農民の集まりであり、もう一国は不毛の地に住まう者、どちらも亜人比率が多い国などに、負けることはありませぬ」

「わかりました、ありがとうございます」

 

 

自信満々の将軍パタジンとは逆に、宰相マオスに懸念事項を確認する。

 

 

「宰相よ、1ヶ月ほど前接触してきたレヴァームと天ツ上とか言う国の情報はあるか?」

 

 

宰相は外交のトップでもある。レヴァームと天ツ上は先んじてクワ・トイネ公国と国交を結んでいた為、敵性勢力として門前払いしてきた。

 

 

「二国とも、ロデニウス大陸のクワ・トイネ公国から北東に約1000kmの所にある、新興国家です。クワ・トイネとクイラとの4カ国で同盟を結んでいるようですが、1000kmも離れていることから軍事的に影響があるとは考えられません。また、奴らは我が部隊のワイバーンを見て『初めて見た』と驚いていました。竜騎士の存在しない蛮族の国と思われます。情報はあまりありませんが」

 

 

ワイバーンはこの世界における唯一と言っていいほど差し違いない軍隊の航空戦力だ。そのワイバーンがいないとなれば、地上、洋上における火力支援が受けられず不利になる。そのためロウリア王国はレヴァームと天ツ上の事をワイバーンのない弱小国家と見下していた。

 

 

「そうですか。では万が一、クワ・トイネ公国がその二国に助けを求めたとしても、大したことないでしょうな」

 

 

パタジンは口の端の片方を釣り上げてそう言った。

 

 

「しかし、我が代でついにこのロデニウス大陸が統一され、忌々しい亜人どもを根絶やしにできると思うと、余は嬉しいぞ!!」

 

 

ハーク・ロウリア34世が嬉しそうに発言する。それを遮るようにわざとらしい気持ちの悪い声が王の耳に入った。

 

 

「大王様〜?統一の暁にはあの約束もお忘れなくですよ〜?クックックッ〜」

 

 

この真っ黒のローブを被った男が、今回の作戦会議に参加させるようにと、パーパルディア皇国から念を押されていた使者だった。声の主は、特に気味の悪い男で王の神経を逆なでる。

 

 

「わかっておるわ!!」

 

 

王の怒気をはらんだ声が会議室に響く。

 

 

(ちっ……三大文明圏外の蛮地と馬鹿にしおって……!ロデニウスを統一したら、国力をつけておまえらにも攻め込んでやるわ!!)

 

 

本来の王の性格であれば、この気味の悪い男をその場で切り捨てるところだ。しかし本作戦はパーパルディア皇国の軍事支援を受けているため、使者をそんな風に無下に扱うことはできない。

 

 

「コホン……将軍、作戦概要の説明を頼みます」

「はっ、説明いたします」

 

 

マオスが場の空気を変えようと咳払いを挟んだ。席を立ったパタジンは会議室の中央に進み出ると、一段低くなった床に置いてあるロデニウス大陸の地図が広げてあるテーブルに駒を並べる。

 

 

「今回の作戦用総兵力は50万人、本作戦では、クワ・トイネ公国に差し向ける兵力は、40万、残りは本土防衛用兵力となります。クワ・トイネについては国境から近い人口10万人の都市、ギムを強襲制圧します」

 

 

ロウリアの領土に置いた騎士団を表す五つの大きな駒。そのうちの4つをギムへと移すパタジン。クワ・トイネ側にも同じような駒はあるが、どれも一回り小さい。

 

 

「ギム制圧後、その東方55キロの位置にある城塞都市エジェイを全力攻撃します。540キロ離れた首都クワ・トイネは我が国のような町ごと壁で覆うといった城壁を持ちません、せいぜい町の中に建てられた城程度です。籠城されたとしても、包囲するだけで干上がります。クワ・トイネ公国で最も堅牢なエジェイを攻略さえすれば、あとは町や村を落としつつ、進軍するだけで終わります」

 

 

ギムに置いた駒で首都を包囲すると、クワ・トイネ側の駒を片付けて倒す。ちなみに兵站については、あの国はどこもかしこも畑であり、家畜でさえ旨い飯を食べているため現地調達する。次に、串で高さをつけた駒と船の駒を動かしながら説明を続ける。

 

 

「かれらの航空兵力は、我が方のワイバーンで数的にも十分対応可能です。それと平行して、海からは、艦船4400隻の大艦隊にて、北方向を迂回。マイハーク北岸に上陸し経済都市を制圧します。食料を完全に輸入に頼っているクイラ王国は、この時点で干上がりますので脅威ではなくなります」

 

 

パタジンは駒の一つを半分に割り、クイラ国境へと置いた。

 

 

「クワ・トイネの兵力ですが、彼らは全部で5万人程度しか兵力がありません。即応兵力は1万にも満たないと考えられます。今回準備してきた我が方の兵力を一気にぶつければ、小賢しい作戦も圧倒的物量の前では意味をなしません。この6年間の準備が実を結ぶことでしょう」

「そうか……」

 

 

王は先代からの悲願が達成されると信じ、高揚のあまり歯を見せた。

 

 

「今宵は我が人生最良の日だ!!クワ・トイネ公国、並びにクイラ王国に対する戦争を許可する!!!決行は一週間後、各人の検討を祈る!!!!」

「ははーっ!!」

 

 

ロウリア王国の御前会議場は、王の戦争開始の許可とともに終了した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「……と、言うわけで。我が国とロウリア王国との国境付近で軍事演習を行い、ロウリア王国にレヴァームと天ツ上の実力を示してもらいたいのです」

 

 

神聖レヴァーム皇国皇都エスメラルダ、そこで開催されていた4カ国同盟の会議にてカナタ首相はそう発言した。レヴァームと天ツ上、そしてクワ・トイネとクイラの4カ国が同盟を組んだ今、対ロウリア王国への対策として4カ国のトップが一堂に会して話し合いをする場だった。

 

 

「なるほど、ロウリアとの戦争を避けるにはそれが一番の方法かもしれませんね」

 

 

四等分された丸いテーブルを挟んで出席していた天ツ上外務省キャリアの田中もその案に賛成であった。クワ・トイネ公国はレヴァームと天ツ上との同盟があるものの、やはりロウリア王国との全面戦争は避けて仲良くしたかった。

 

レヴァームと天ツ上はロウリアに門前払いされた今、二国の実力を示すには国境付近のギムという都市の近くで大規模な軍事演習を行い、ロウリア王国を警戒させる。これでロウリア王国が警戒してくれれば、戦争をせずに済む。さらにこれは、軍事同盟の結束力強化にもつながる良い案であると皆が思った。

 

 

「軍を駆使して威嚇するのは誠に遺憾ですが、我がレヴァーム皇国もその案に賛成です。戦争をあらかじめ止めるには、わざと威嚇する方法も行うしか無いでしょう」

 

 

ファナもロウリア王国との戦争は望んでいない。そのために軍を使うのは遺憾であったが、それでロウリア王国を止められるのであれば致し方ないと考えていた。

 

かくして、4カ国同盟のすべての国が参加してギムの近くで軍事演習を行うことが決定された。ロウリア王国による宣戦布告まで、あと4日を残しての決行だった。

 

 

「ありがとうございます。決行は3日後を考えております。レヴァーム、天ツ上がどんな国かを知らしめてやりましょう

 

 




『ギムでの軍事演習』
対ロウリア王国用に威嚇をすることにしました、この世界ではレヴァームと天ツ上はじゃんじゃんやらせます。


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第11話〜サン・ヴリエル飛空場〜

ここからはシャルル視点が多くなると思います。




 

戦空機の乗り心地は最高だ。

 

座り心地は長い飛行時間を考慮して良いものが多いし、高い高度を飛ぶから暑さも気にならない。何より、戦空機の場合は操縦を他人に委ねるという不安感から解放されるのが一番である。

 

狩乃シャルルはアイレスVの操縦桿を握り、収穫日和の穀倉地帯の上空を飛んでいた。クワ・トイネ公国上空の天気は晴れ、雲量は2から3で快晴に近い。

 

晴れ渡る空を見上げると、この土地が毎月のように収穫日和を迎えている理由がわかる。土地は栄養価の高い肥えた土地が広がり、晴れ間が多く穀物にとっては十二分すぎる環境だ。それもこれも、この土地が大地の神に祝福されているからなのだと言う。

 

ますますこの世界が異なる世界だと実感できる。

 

今回、シャルル達はクワ・トイネ公国のギム付近で執り行われる軍事演習に参加する予定だった。本日の朝方、正規空母ガナドールにいたシャルルが率いる飛空隊に連絡が入り、彼ら空母要員も訓練に参加することとなった。

 

まだ異動命令は出ていないので、所属はガナドールのままで一時的に地上の飛空場に身を置くことになる。

 

飛空隊はサン・ヴリエル飛空場というクワ・トイネ公国に新しく出来た飛空場を中継地点としてギム周辺空域まで飛空し、そこでエル・バステルと合流して訓練を行う手はずだ。

 

そしてしばらく穀倉地帯を飛べば、シャルル達の新しい宿がその視界に映った。

 

 

「あれが、サン・ヴリエル飛空場……」

 

 

エジェイと呼ばれる城塞都市を視界の西に映し、そこから5キロほど離れた場所にそれはあった。

 

サン・ヴリエル飛空場。レヴァーム神話における『聖なる最前線』を意味するこの飛空場は、城塞都市エジェイから東に5キロのダイタル平野の真ん中に作られた飛空場だ。

 

ここはレヴァームと天ツ上が共同してクワ・トイネ公国からこの土地を租借した土地で自由に使える土地だ。この飛空場には二つの滑走路と、二つのエプロン、二つの駐機場があり、それぞれレヴァーム側と天ツ上側に分けられて使われる。地上には両国陸軍の陣地もあり、砲兵陣地や対空陣地が築かれているため陸戦の準備も万端である。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ちなみに、天ツ上側では遠野飛空場と呼ばれている。これは、天ツ上の文化圏における昔話から取られた名前だ。

 

この基地には二つの飛空隊が編成されており、それぞれレヴァーム軍(皇軍)の飛空隊と天ツ上軍(帝軍)の飛空隊に分けられる。

 

皇軍の飛空隊の名前は『ネクサス飛空隊』、かつての中央海戦争での最前線基地にいた飛空隊の名前を引き継いでいる。帝軍の飛空隊の名前は『音無飛空隊』、これもかつての中央海戦争での最前線基地の飛空隊から名前を取ってある。

 

最前線基地に努める飛空隊の名前として引き継いでいる。これからも、何か戦争が起こればこの両飛空隊は編成でもされることになるだろう。

 

シャルルは飛空場に向かって西から入るように管制塔から指示された。ぐるりと一周回って迂回し、その間に基地の全容を確認する。

 

皇軍と帝軍とで共同で使うため、敷地面積としてはかなり広大だ。滑走路が合わせて二本、平行に作られており、レヴァーム側と天ツ上側で分けて使える大きさだ。

 

長めの滑走路なので、爆撃機や輸送機も発着できるだろう。後々には飛空艦のドックまで作る予定で、現在も急ピッチで建設が進んでいる。

 

シャルルはいよいよ着陸態勢に入る。列機のメリエルもそれに従い、だんだんと高度を下げて行く。ある程度高度が下がったところでランディングギアを下げ、さらに下がったらフラップを着陸の体勢にする。

 

機体を水平にし、ギアを地面のコンクリートに押し付ける。ギュルルという音と共に、地面をこすり、跳ね上がることなく着地する。そしてブレーキをかけてそのまま減速する。いつも通りの完璧な着地だった。

 

シャルル達は駐機場の機体達を避け、機体を皇軍の敷地の格納庫に入れると、アイレスVを降りた。

 

そこにいた元気な地上整備兵達と挨拶を交わすと、シャルルはメリエルを連れてこの基地の司令官に挨拶に出かけた。

 

皇軍の敷地の中で、一際目立つ巨大なコンクリート造りの庁舎の中に入る。階段をいくつか登って、チカチカと光る蛍光灯の明かりの下に照らされた基地司令官執務室を目の前にする。

 

 

「失礼します」

 

 

と二人で雑多な挨拶を交わしてドアをノック、そのままガチャリと中に入ると一人の男性がイスのそばで窓の外の飛空場を眺めていた。

 

 

「ようこそ、サン・ヴリエル飛空場へ。狩乃シャルル大尉、メリエル・アルバス中尉」

 

 

そこにいたのは、トレバス環礁の飛空場でお世話になったアントニオ大佐であった。今回、この飛空場の開設のためにあの飛空場から異動してきたのだ。

 

アントニオ大佐は中央海戦争からの歴戦の指揮官だ。ガルディア飛空場、トレバス環礁の飛空場、といつも最前線で現場を指揮していた人物だ。ここサン・ヴリエル飛空場はもしもロウリアとの戦争状態に突入した場合、最前線基地になることになる。ならば、最前線の現場でいつも指揮をしていた人物は適任だろう。

 

 

「まあ、立ち話もなんだ。二人とも、そこのソファにでも腰掛けて話をしよう」

 

 

そう言って、アントニオ大佐に言われた通り執務室のソファに腰掛けると、彼らはテーブルの上の地図を挟んでアントニオ大佐が腰掛ける。

 

 

「さて、君たちはロウリア王国については知っているかね?」

「はい、ロウリア王国については聞いております。なんでも、クワ・トイネ公国との緊張状態にあると……」

「ああ、そこで今回の軍事演習が執り行われる事になったのだ」

 

 

今回の軍事演習は明日に控えていた、決定からわずか2日しか経っていない。それほど、ロウリア王国の脅威は高いということだろう。

 

 

「国境線付近でわざわざ軍事演習を行うのだが……疑問に思うことはないかね?」

「ロウリア王国が警戒してしまう可能性、でしょうか?」

 

 

そうメリエルの言う通り、シャルル達の疑問はそれにあった。

 

ロウリア王国との国境線付近で大規模な軍事演習を行えば、彼らが警戒をしてしまうのは当然の成り行き。そうしてまで今回の演習を強行する理由がシャルル達は知りたかった。

 

 

「そうだ。実はな、今回の軍事演習はわざとロウリア王国を警戒させることが目的なんだそうだ」

「わざと警戒させる?」

「ああ。ロウリア王国は『亜人廃絶』とか言っているが、クワ・トイネはロウリアとの戦争を望んでいない。それどころか仲良くしたいと思っている」

「そうだったのですか」

 

 

メリエルが思わず一言漏らす。亜人廃絶を掲げる危ない国とですら、なるべく仲良くしたいと考えることが意外だった。それだけクワ・トイネの心が寛大なのか、それともただ単に戦争をしたら負けることを知っていてのことか、それはわからない。

 

 

「そのため緊張状態にある国境線付近で軍事演習を行い、威嚇をする事になった。それが今回の軍事演習だ」

「威嚇を?」

「ああ。ロウリア王国は中世レベルの文明力しか持っておらず、飛空艦や戦空機の脅威を知らない。彼らとの戦争を未然に防ぐには、我々の実力を知ってもらうほかない」

 

 

アントニオ大佐は続ける。かの国とは一度国交を開設しようと使者を派遣したが、門前払いを受けたと聞く。なんとも野蛮すぎる対応だと思っていたが、それならば彼らはレヴァームと天ツ上がどんな国かを知らないはずだ。

 

 

「飛空艦や戦空機を用いて軍事演習で我々がどんな国かを知らしめる。そしてクワ・トイネに戦争を仕掛ければ、レヴァームと天ツ上が戦争に参加してくることを知らしめる。それが今回の演習の真の目的だ」

「なるほど。分かりました」

 

 

そこまで説明されて、シャルル達は今回の軍事演習の目的を知ることができた。今回の演習はロウリア王国との戦争を望んでいるどころか、むしろ実力をチラつかせて戦争を抑止する目的があるようだ。

 

たしかに、事前に戦争を抑止できればロウリア王国と歩み寄ることもできよう。亜人廃絶を掲げているとはいえ、中には良い人たちもいるかもしれない。レヴァームや天ツ上も彼らを虐殺する真似をしたくはないのだ。

 

 

「そういうことだ。君たちは今回の演習で飛空機隊を指揮してもらう事になっている。よろしく頼むよ」

「「はっ!」」

 

 

そう言ってアントニオ大佐との挨拶は終わった。さらに彼が言うには、シャルル達は今は正規空母ガナドールの所属だが、いつの日にかはこの基地に異動してくる日も近いという。備えておくことは重要だろう。

 

これからは忙しくなりそうだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その夜、シャルル達は飛空場の完成祝いを兼ねた歓迎会に参加する事になった。

 

シャルル達はすぐにガナドールに戻るかもしれないから、と断ろうとしたがレヴァームと天ツ上両国の飛空士に連れてこられて参加させられていた。

 

会場は皇軍の敷地の格納庫内。テーブルやらなんやらを飛空機を退け、だだっ広げに広げて食事を楽しんでわいわいと騒いでいた。シャルル達もお酒やジュースを片手にその会話に参加していた。

 

 

「……と言うわけで、今回の軍事演習にはロウリア王国を警戒させる目的があるらしいんだ」

「へぇ、そうだったんですか」

「知らなかったな」

 

 

皇軍と帝軍の飛空士達にシャルルは今回の軍事演習の目的を説明した。この件は別段、機密事項ではないので、こうして広めてしまっても問題はないらしい。

 

 

「まあ、飛空艦と戦空機の威容を見ればロウリアの奴らだってすぐさま逃げ出すだろしな!レヴァームと天ツ上、この二つの国が相手なら向かうところ敵なしだ!」

 

 

比較的若い天ツ上の飛空士が、自信ありげに腕まくりをして鼻息を荒くした。それを見て、周りの飛空士達が笑いに包まれ、その飛空士を茶化す。

 

 

「そういえば、この世界でメジャーだって言う『ワイバーン』ってどんな生き物なんですか?」

 

 

茶化し合う光景が一通り治ると、1人の飛空士がふと疑問に思っていたことを質問した。ワイバーン、それはクワ・トイネ公国軍(クワ軍)やロウリア王国軍(ロ軍)などが使っている航空戦力となる生き物の事だった。

 

いわゆる飛竜の一種で、この世界ではクワ軍やロ軍だけでなくこの世界の様々な国で航空戦力として使われているらしい。

 

 

「調査によると、ワイバーンは雑食性で獣肉や魚、大型の虫、植物、海藻、穀物などを食べるらしいです」

「なんでも食べるんだな」

「まさか……人間も食べるんですか?」

「あーどうでしょう。調査では上がっていませんが、牙があるので食べれるかもしれませんね……」

「…………」

 

 

その言葉に、他の飛空士達は若干引き気味だった。

 

 

「あー……それで、ワイバーンってのは戦闘能力としてはどうなんだ?」

 

 

場の雰囲気をなんとか変えようと皇軍の飛空士が話の話題を変える。

 

 

「えっと、ワイバーンは飛び道具として『火炎弾』って言うのを撃つことができるらしいです。撃つときは首と胴体を一直線に伸ばす必要があって、横や後方には撃てないそうです」

「つまり、前にしか撃てないって事か」

「そうですね。体を曲げようにも揚力を保つために曲げられないらしいですし、離陸滑走だって必要みたいです」

 

 

皆がその解説に、なるほどと耳を傾ける。ワイバーンの生態はレヴァームと天ツ上が生物学者を派遣して解析を行っており、対策も練られている。

 

それによると、攻撃である『導力火炎弾』を発射する時は、体内の粘性のある燃焼性の化学物質に火炎魔法で点火し、炎を風魔法で包み込んで発射するらしい。この際は首と胴体を一直線に伸ばす必要があり、そのため横や後方には短射程な火炎放射しかできない。

 

つまり、ワイバーンと戦うときは巴戦で決着をつけるしかないのだ。体が曲がることを懸念する声もあったが、ワイバーンは揚力を得るために常に前に進むしかないので垂直離着陸やホバリングはできないのでその心配はない。

 

 

「確か速度も200キロくらいだろう?真電やアイレスの敵じゃないな」

 

 

と、自信ありげに1人の帝軍の飛空士がそう言った。たしかに、ワイバーンは真電改やアイレスVに比べたらその性能はあまり高くないと言える。

 

ワイバーンに対して最高速度、旋回性能、最高到達高度などすべての要素で真電改はそれを上回り、アイレスVはそのさらに上を行く。戦空機がワイバーンにやられる事はないだろうというのが若い飛空士達の結論だった。

 

 

「そうですよね。シャルルさんはどう思います?」

 

 

その言葉に安心したメリエルも、シャルルに質問してくる。

 

 

「うーん……分からないけど、僕は油断はしないよ。油断してたらワイバーンに羽を食い千切られるかも知れないからね」

「そ、そんな事あるんですかね……?」

 

 

先ほどの天ツ上の飛空士も、思わずたじろいでしまう。

 

 

「そうだぞ、貴様らは油断しすぎだ」

 

 

と、不意にどこからか声がしてきた。振り返ると、天ツ上海軍のの制服を着た、割と大柄な男性がそこに立っていた。

 

 

「うちの者が失礼した。音無飛空隊編隊長、波佐見真一中尉と申します」

 

 

ピシッとした天ツ上流の敬礼で、波佐見はシャルル達に挨拶をしてきた。波佐見真一、彼は新生音無飛空隊を率いることになった新しい飛空隊長だ。その彼もこの飛空場の完成祝いにこの宴の場に来ていたようであった。

 

 

「神聖レヴァーム皇国空軍正規空母ガナドール所属、狩乃シャルルです」

「お、同じくメリエル・アルバスと申します!」

 

 

ピシッとしたレヴァーム流の敬礼で返すシャルルと、ちょっとだけ慌てて敬礼をするメリエルの二人で挨拶を交わした。

 

 

「彼のいう通り、お前達は油断し過ぎだ。相手が中世レベルの文明しか有していないとはいえ、それでも何を仕掛けてくるかわかったものじゃない。常に油断せず、自分たちと同レベルの相手と戦う意気込みでやれ。わかったな?」

「は、はい!!」

 

 

波佐見は若い飛空士達に注意を促す。さすがは最精鋭の音無飛空隊を率いる編隊長なだけはある。彼らを導く技量と人間性にあふれていた。

 

 

「そういえば、貴様らは何の話をしていたんだ?」

「はっ!もっぱらワイバーンについてのことであります!」

「ああ、あの飛竜の事か」

「あの、確か中尉殿は絵が得意だと聞きました!今ここでワイバーンの絵を描いてもらえませんか!」

「な!?俺が絵を描けるわけないだろ!?」

「え?ですが中尉殿は元々漫画家を目指していたと聞きましたが……」

「知らん!絵なんて描けんし、俺は初めから飛空士目指していた!」

 

 

一通りの説教が終わると、今度は波佐見の方が追い立てられる側であった。絵が描けると信じていた若い飛空士に、ワイバーンの絵を強要されるというなんともシュールな光景の出来上がりだ。

 

 

「た、大変ですね……」

「ああ……部下を持つ人間というのは大変なもんだ。にしてもこんな噂誰が広めたんだ……?戦争終わった頃からずっと言われてるんだが、まさか千々石か?」

「……?」

 

 

一瞬、知っている人間の名前が出た気がするが、それを聞く時間はシャルルにはなかった。波佐見はすぐさま部下達にまた囲まれると、質問責めにあってしまったからだ。部下達の檻に囲まれた波佐見に聞ける暇はない。

 

シャルルはそんな彼を尻目に、格納庫内から一歩外へ出て星空が輝く夜の飛空場に出て行く。星々は転移する前のは打って変わり、全く違う形の星座が出来上がっていた。

 

シャルルはきらめく星々を眺めながら、思考を凝らす。

 

 

「ロウリア王国か……」

 

 

ロウリア王国、クワ・トイネやクイラの亜人達を廃絶せんと躍起になっている差別主義国家。その面影は、かつてのレヴァームの天ツ上人に対する差別感情に似ている。

 

だからこそ、シャルル自身は彼の国のやっていることが許せない気持ちでいる。自分がベスタドで天ツ上人にも、あの一度も会話したことのない友人のような良い人間が溢れていることを考えると、ロウリア王国のやっていることはあまりいい気持ちはしない。

 

 

「戦争だけは……起きて欲しくないな……」

 

 

シャルルの願いは平和だけ。できれば、今回の演習でロウリアが自分たちを警戒してくれるとありがたい。できれば、シャルルも戦争はしたくはなかったからだ。

 

シャルルはそんな願いを込めながら、変わってしまった星空を見上げて願う。

 

 




『サン・ヴリエル飛空場』
今作で度々登場することになる飛空場です、というかまだ1代目なのでこれからも登場します。


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第12話〜軍事演習〜

アデムさんってナンバーズらしいですが、ロウリア戦で殺しちゃって良いんですかね……?ご意見があればお願いいたします。


 

ギムの空に異空の音調が鳴り響く。

 

異界より来たりし鉄竜達が空を支配していた。流れるDCモーターの駆動音とプロベラの風切り音を空に響かせながら、レヴァームのアイレスVと天ツ上の真電改がそれぞれ入り混じるかのように交差して行く。

 

アイレスVが真電改の背後を取った。四門の20ミリ機銃が一斉に火を噴く。統一された口径の機関砲は、安定した火力を誇る。

 

機関砲の弾が真電改に突き刺さる。しかし、炎が照りつけることはない。弾丸は翼に当たった瞬間砕け散り、ピンク色の塗料を撒き散らすだけであった。撃墜判定、真電改はそのまま空戦空域を離脱して行く。

 

天ツ上の飛空士達も、このままやられはしないと戦術を柔軟に変えて対応してくる。その中で一人、アイレスVに乗る狩乃シャルルは空を傍観するかのように悠々と飛行を続けていた。

 

前方を見れば、三機の真電改が前方から高度を下げながら上から奇襲してくる。さらに後方をみれば4機の真電改がアイレスVを追い立てる。

 

 

「前と後ろから挟み撃ちか」

 

 

そう呟いた途端、シャルル機に向かって閃光の嵐が一気にほとばしる。シャルルは驚くこともなく、そのまま機体を翻し、急横転を打って悠々と回避する。

 

そして、二つの編隊がすれ違うとその隙を狙って急横転のまま下方へと一気に降下する。4機がそれを追い立て、3機は上昇してから体勢を立て直そうとしている。

 

しかし、それはブラフだ。

 

シャルルは急降下すると見せかけて一気に操縦桿を引く。するとアイレスVはスッと真電改達の視界から消えてしまった。

 

その隙に、シャルル機は急上昇をしてそのまま宙返りの体制に入る。その途中で、先程上昇体制に入った三機の真電改の大きな背中が目に映る。

 

上昇中で、しかもご丁寧にも被弾面積が大きい背面体勢に入っている。シャルルの腕前で外すものなどいない。

 

瞬間、シャルル機の四門の20ミリ機銃が一気に火を吹き、ペイント弾がほとばしる。端にいた一気を撃ち落とすと、フットバーを右に蹴りつけて背面飛行のまま撃ち落とす。さすれば、あっという間に3機ともペイント弾に汚れてピンク色に光っていた。

 

 

「どうしたの?僕はまだ自動空戦フラップを使ってないよ」

 

 

シャルルは人殺しをしないで済む空戦に胸を躍らせながら、彼らを少々煽ってみた。それで頭に血がのぼる人間は天ツ上の飛空士にはいないが、通信からは驚きと驚嘆の声が騒ぎ始めていた。

 

その後も空はシャルルの独壇場となり、天ツ上の真電改は全て撃墜判定をもらって退散していった。

 

 

「シャルルさん凄いです!15機も撃墜しましたよ!」

 

 

列機として付いてきていたメリエルが通信越しに興奮鳴り止まない声根でシャルルを煽てる。

 

 

「ありがとう。でも列機である君の援護のおかげだよ」

「いえいえ!それよりあの挟まれた時の回避行動は凄かったです!まるでひらひら舞い落ちる木の葉のような機動で……」

 

 

シャルルの褒め言葉を聞き流しながら、メリエルは興奮鳴り止まない。

 

ギムの周辺でレヴァームと天ツ上、そしてクワ・トイネとクイラの4カ国合同演習が始まっていた。地上での訓練と空中での戦空機達の模擬空戦が幕を開けていた。

 

この訓練は、4カ国の連携を密にすることを目的としているがそれは表向き。本当はこの訓練でレヴァームと天ツ上の実力を証明して、ロウリア王国を警戒させることを目的としていたのはアントニオ大佐から聞いていた。

 

訓練場となったギムの平原には、地上車両が多数ひしめき合い、レヴァームの戦車が砲撃訓練を行っている。そして空ではレヴァームと天ツ上の戦空機達が模擬空戦を行っていた。

 

しかも、ギムの向こう側にあるロウリア王国との国境線近くに布陣させ、まじまじと見せつけている。

 

ここまでくると、ロウリア王国側の反応がいささか心配になってくる。恐怖やトラウマを植え付けられてシェルショックみたいな事になったら少し哀れだと思う。レヴァームと天ツ上にとってはそれが一番いい展開なのだろうけど。

 

今回の演習の目的はロウリア王国を警戒させて、戦争をあらかじめ抑止する効果を期待している。こいつらと戦争をしたら自分たちが痛手を請うぞ、というのをロウリアに教え込むのだ。

 

すると、空に異形の音調が鳴り響き始めた。アイレスVのプロペラの轟とも違う、もっと力強く強力な空気を震わせる音調であった。

 

振り向けば、雲の波間が逃げ惑うようにして黒がこちらへ向かっていた。ギムの方向、かなり遠目の方角に巨影が空を支配していた。

 

 

「エル・バステルだ」

 

 

飛空戦艦エル・バステル、それがかの船の名前だ。5基の揚力装置を轟かせ、空を震わせてギムの周辺を悠々と飛行している。

 

やがて、エル・バステルの4基の主砲塔がギムの国境線付近の方向を向く。地上、空の上にいる演習に参加した全員がそれをまじまじと見てエル・バステルの轟を待っていた。

 

そして、空が明るく爆ぜた。

 

4基12門の46センチ主砲が火を吹いた。その場にいた全員が思わず耳を塞ぐほどの轟だ。46センチ砲の主砲弾12発が国境線に向かって飛翔して行く。

 

そして、砲弾が地面に突き刺さる。

 

瞬間突き刺さる手前で信管が作動し、通常より質量が重い炸薬が炸裂した。火山の噴火のように地面を砕き、着弾点を更地に変える。噴火の爆煙と炎が標的となった案山子達を煤煙に変え、帰らぬものとする。

 

砲弾は明らかに命中し、そして着弾する前に炸裂した。エル・バステルの砲弾には近接信管が内蔵されており、地面につく前に照射された電波で距離を測って適切な距離で信管が作動するようになっていた。今回はその新型砲弾のテストを兼ねていた。

 

 

「凄い衝撃だ……」

「はい、さすがは戦艦です」

「うん、ちゃんとコリオリ力も計算に入れられているみたいだね」

 

 

今回、エル・バステルがわざわざ砲撃訓練をしていたのには訳があった。

 

転移現象でレヴァームと天ツ上が球面惑星に転移したことにより、以前の惑星では無かったコリオリ力が観測されるようになったのだ。

 

コリオリ力は戦艦の砲撃にも影響を与える。今までコリオリ力を視野に入れていなかった為にレヴァームと天ツ上の戦艦はこの世界での環境で砲撃戦が出来なくなってしまっていたのだ。

 

そこでコリオリ力を数値化し、再訓練をこの二ヶ月で行い、その真価をこの場で試すためにエル・バステルはこの軍事演習で砲撃訓練を行ったのだ。

 

 

「これで、エル・バステルも戦える」

 

 

新たに戦艦が使えるようになり、レヴァームと天ツ上は着々とこの世界での環境に慣れ始めている。このまま平和が続けばそれが一番なのだが……

 

 

「さてどうするのかな?ロウリアは」

 

 

これで戦争が起きるかどうかはロウリア王国の決断にかかっていた。願わくば、ロウリアの王様が懸命な判断をしてくれることを願うばかりだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ななな、なんなのですかぁ!あれは!」

 

 

ギムの近くに陣取っているロウリア軍先遣隊、副将アデムは双眼鏡を片手に部下に問いただしていた。それも血気溢れんばかりの顔つきで。

 

彼の目線の先には、謎の爆裂魔法によってまっさらに破壊されたギムの国境線付近の標的が写っていた。そのさらに先には、爆裂魔法を放ったと思わしき巨影が空を飛んでいた。

 

ありえない。

 

そんな言葉がパンドールの心の底から飛び出してくる。あの巨影は見たところ全長が200メートルはあろう巨大な船だ。それが空を飛んでいるだけでもあり得ないのに、これ見よがしに爆裂魔法を次々と放ってきている。

 

一体あれはなんなのか?一体どこの船なのか?まさか古の魔法帝国の物ではないか?

 

先遣隊の面々は恐怖に駆られて騒ぎ出している。そんな中で冷静を保っていられるのは彼ら指揮官だけであった。

 

 

「わ、分かりません!げ、現在調査中でございます!あの空飛ぶ船が何なのか、依然情報が錯綜しておりまして……」

「具体的どのような方法で調査しているのですかぁ!!!!!」

 

 

騒ぎ始めたアデムの声が聞こえている。さらにその飛行船の周りには得体の知れないワイバーンの様な飛行物が、空を鳥の様に飛び回っている。

 

パンドールの疑問は尽きない。一体、あれほどの爆裂魔法を投射するには一体何万人規模もの魔道士が必要なのだろうか?いや、例えその規模の魔導師を集めてもあんな威力の魔法は放てない。そもそも魔導師の情報によれば周りに魔力は全く感じられないというではないか。

 

では、一体何者なのだ?どうやって船を空に飛ばして爆裂魔法を放っている?

 

その時、船に付いた棒状のものが一斉に火を噴くと、しばらくの金切り音と共に地面に爆裂魔法が炸裂した。

 

 

「ひっ!!!!」

 

 

恐怖の副将アデムの顔が、恐怖に歪む。今の一撃はこれ見よがしに国境線ギリギリのところに放たれた。つまり、奴らはやろうと思えば国境線に配置されたこちらを爆破する事が可能という事だ。それを知ったアデムの顔がさらに歪む。

 

 

「今すぐこの事を本国に連絡するのだ!魔信だけでは足りん、魔写も撮って王都に直接伝令しろ!」

 

 

その号令一下、パンドールの周りの部下達が一斉に動き出す。一方で、アデムは恐怖に歪んで立ちすくむだけであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「一体なんなのですかこれは!?」

「どこの勢力のものだ!?クワの蛮族共がこんなものを作れるはずがないだろう!!」

 

 

ロウリア王都ジン・ハーク。そのハーク城の一室にて、先遣隊からの伝令で届いた魔写の画像を見た重役達が野次を飛ばしながら騒ぎ始めた。

 

原因は言わずともがな、送られてきた魔写の画像だ。そこには、200メートルクラスの巨大な鉄の船が空を飛び、強力な爆裂魔法を放って地面を更地に変えている魔写であった。

 

対クワ・トイネ戦を間近に控えたロウリア王国に、先遣隊から直接伝令が駆け込んで来た。慌てたような口ぶりと、支離滅裂な表現しかしない伝令に対し、何が起こったのかと問いただしたら、この魔写を持ってきたのだった。

 

魔写の内容のありえなさに対し、ロウリア王国の重役達が一堂に会して緊急会議を行うことになったのだ。魔写の内容を見た幹部達の反応は、この通りである。

 

 

「200メートルを超える鉄の船が空を飛ぶなどありえん!何かの間違いだ!!」

 

 

運営責任者である将軍パタジンが怒号を上げて魔写の内容を全力で否定する。

 

彼のいうことは正しいと思える。いくら技術が高くても200メートルを超える船などまず作れるはずがないし、それが鉄で出来ているなど信じられない。まず浮かぶはずがないからだ。

 

しかも、そんなものが空を飛んでいるだと?あり得るはずがない、天地がひっくり返っても鉄で出来た船を空に浮かべる事など不可能。パタジンはそう思っていた。

 

 

「しかし、魔写に写っているこの巨大船は事実ですぞ!それに、先遣隊からわざわざ伝令が駆け込んで来たのですぞ!」

 

 

比較的冷静なマオスがパタジンの意見を否定する。

 

 

「もしや何処かの国が支援をしているのでは!?列強国のどこかがクワ・トイネを支援しているに違いない!」

「ならパーパルディア皇国か!?使者殿!貴様我々を支援するといいつつ、クワ・トイネにも支援を行っていたのか!?」

「い、いえ……我が国にとっては知らぬ事でございまして……」

 

 

問い詰められたパーパルディアの使者は、たじろいでごにょごにょと冷や汗をかいているだけであった。

 

先日のハーク・ロウリア34世に向かって無礼な態度をとった時とは一転、疑いの念をかけられてローブの下を汗だくにすることしか出来ないでいる。実に無様だった。

 

 

「だとしたら、これらは一体どこの勢力のものなのです……?」

「ほ、報告では船のマストの上に剣と盾の国旗が掲げられていたとの事です……」

「剣と盾?」

 

 

マオスが思わず復唱する、彼にはその剣と盾の国旗に心当たりがあった。何週間か前にジン・ハークの外務局の門を叩いたとある国の使者達。

 

クワ・トイネと国交を開いていたため、外交権を与えられていた自分が直々に追い返したあの国の使者は、剣と盾の国旗を携えていた。ハッと思い出した。

 

 

「レヴァーム!!!!!!」

 

 

その名が大きく会議場に轟いた。

 

 

「そうです!これは神聖レヴァーム皇国の飛空船なのです!!」

「レヴァームだと!?あのワイバーンすら知らない蛮族がか!?」

「あの国はワイバーンなど必要ないから、見たことがないのですぞ!事実!この船は空を飛んで爆裂魔法を投射したのです!ワイバーンなど必要ありますか!?」

 

 

各人から野次が飛ぶが、マオスはレヴァームの実力を思い知ったかのように引き下がらなかった。

 

 

「……それよりヤミレイ殿。これほどの船を空に浮かべて、なおかつ強烈な爆裂魔法を投射するとなれば、どれ程の魔力が必要となりますかな……?」

「…………はっきり言って不可能です、船を浮かべるだけでも天文学的数字の魔力が必要でありまして、なおかつ爆裂魔法ともなればどれほどの魔力が必要になるのか見当もつきませ…………はっ!!もしや」

「もしや、なんです!?」

 

 

手元の資料をにらんでいたヤミレイが、何かに気づいたかのように目を見開く。ヤミレイは冷や汗をぬぐい、慎重に言葉を進める。

 

 

「この空を飛ぶ巨大船……もしや、レヴァームという国は古の魔法帝国なのでは!!??」

 

 

その言葉に、会議場に衝撃が轟く。

 

この世界で知らぬ者はいないと言われる、伝説の超大国『古の魔法帝国』。

 

人間の上位種達の国であり、自らの種族以外を家畜同然に扱い、その優れた技術にものを言わせて神にすら弓を引いたと言われている。

 

それに激怒した神は、魔法帝国のある大陸に対して隕石を落とし、これを沈めんとした。勝てないと判断した魔法帝国は大陸ごと時間転移魔法で転移し、未来へと消えていった。

 

『復活の刻来たりし時、世界は再び我らにひれ伏す』という絶対に壊れない石碑を残して……

 

その古の魔法帝国でなければ、こんな空飛ぶ兵器を生み出すことは不可能だろう。古の魔法帝国には『天の箱舟』と呼ばれる巨大な飛行兵器が存在していたというではないか、これはその天の箱舟ではないのか?

 

 

「だ、だとしたら勝ち目がないですぞ!奴らはクワ・トイネと同盟を組んでいる!攻め込めば必ず援軍を送って来ますぞ!!」

「いや!古の魔法帝国ならば、周辺国と同盟を結ぶことなどしない!!何かの間違いだ!!」

「そもそもなんでこんな国家が急に現れた!!マオス殿、貴様が門前払いをしなければ奴らの情報が手に入ったはずなのに、どうしてくれる!!!」

 

 

会議場はまたも怒号に包まれた、もう荒れに荒れて手がつけられていない。新興国であったはずのレヴァームと天ツ上がまさかこんな兵器を生み出して私役している事に、彼らはこのまま戦争を仕掛けて良いのかはっきりとしなかった。

 

戦争をすればレヴァームが援軍を送って来ることを危惧する者、古の魔法帝国である事を否定する者、門前払いをしたマオスの責任を問う者。

 

会議場はもはや阿鼻叫喚、地獄のような怒号で壁も耳もはちきれそうであった。しかし、そんな中で一人微動だにしない佇まいを持つ人物がいた。ハーク・ロウリア34世であった。

 

 

「皆の者!!」

 

 

今まで何も喋らずに傍観していただけに見えたハーク・ロウリアが立ち上がって怒号をあげた。

 

 

「ここで怒号を撒き散らして何になる!?我々が苦渋を飲んで行ってきた準備はなんだ!?たとえ古の魔法帝国であろうが、そうでなかろうが、今の王国ならば全てを打ち倒せようぞ!!ここで戦争を止めようなどと、貴様らは敗北主義者なのか!?このたわけ供が!!!」

 

 

ハーク・ロウリアは声に怒気をはらんで声を上げる。

 

6年間、6年間も準備を重ねてきた。パーパルディアに頭を下げて支援を受け、ロデニウス大陸を支配できるほどの戦力を整えた。ここまできて戦争を止めるなどと弱腰の対応をしようとする重役達が、ハークにとっては許せなかった。

 

思わず、重役達が一斉に頭を下げて許しをこう。彼のいう通り、ここまできてのこのこと戦争を止める気などまっさらない。

 

 

「クワ・トイネとの戦争は明日決行する!!相手が古の魔法帝国であろうと殲滅せよ!!亜人供をこのロデニウス大陸から駆逐するのだ!!!!!」

「はっ、ははあ!!」

 

 

一度は戦争をしない方向に傾いたが、ハーク・ロウリア王の演説の一言によって、結局無理やり戦争が継続されてしまった。

 

ああ、現実は何と無情であろうか。

 

 




『結局戦争は起こった』
やっぱり今回もダメだったよ…………


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第13話〜開戦〜

 

その合図は、一筋の赤い狼煙だった。

 

ガチャガチャと鎧の間から鳴る足音を立て、一挙に進軍して行く巨大な軍勢、人一人が人馬の波となって押し寄せてくる人の津波だ。

 

クワ・トイネ公国西部、国境線の街ギムへ向けてロウリア軍(ロ軍)は歩兵2万、重歩兵5千、特化兵1500、遊撃兵1000、魔獣使い250、魔導師100、そして竜騎兵150を一挙に進軍させてきた。

 

宣戦布告はない、完全なる奇襲であった。彼らの一糸乱れぬ一通りの陣形は進行速度が速く、クワ・トイネ軍(クワ軍)の体制を整える時間を少なくさせる。

 

 

「ロウリアからの通信はないか?」

「ダメです!魔信は届いているはずですが、全く応答がありません!」

 

 

西部方面騎士団団長モイジは、焦りを感じていた。西部方面の兵力は兵力5000、飛竜24騎などとあまりに少ない。多少の兵力差なら作戦次第で負けない戦いはできる。しかし、今回は圧倒的すぎる兵力差がそれを阻む。

 

 

「ロウリアめ……レヴァームと天ツ上の軍事演習が終わった直後に仕掛けおって……」

 

 

クワ・トイネ政府からは宣戦布告が起こったという情報は全く入っていない。レヴァームと天ツ上の軍事演習、それが終わって彼らが帰還したところを見計らった奇襲攻撃だった。宣戦布告なしに攻撃を仕掛けるという卑劣極まりない戦の手段。ロウリアはそれだけ焦っているということだろう。

 

 

「あの演習が裏目に出たか……住民の避難は!?」

「現在、飛空艦の最後の便が到着。残りの住民の収容作業に入りました!」

 

 

この事態に、レヴァームと天ツ上も黙っていたわけではない。現在、戦闘可能な飛空艦はマイハーク港にて補給作業を行なっているため、出撃するには間に合わない。散々砲撃をしたり、高速での艦隊機動を行なって電力を使い果たしたのが仇となった。

 

しかし、レヴァーム天ツ上本土からやってきていた輸送飛空艦はその限りではなかった。彼らは積荷を下ろし、空っぽの状態でマイハーク港に停泊しており、格好の輸送手段だった。飛空艦なら陸地など関係なしに輸送任務が行えるため、今現在彼らは全力を持って住民の避難作業に加わっている。

 

 

「よし。第一、第二飛竜隊直ちに離陸し敵ワイバーンに当たれ!それからレヴァームと天ツ上の飛空艦に連絡!住民の乗艦作業を急ぐよう伝えろ!!」

「はっ!!」

 

 

モイジの的確な指示の下、周りの兵士たちが弾け飛ぶようにそれぞれの持ち場に着く。近くの滑走路からはワイバーン達が飛び立ち、一矢報いようとするがそれはブラフである。

 

モイジは防衛を命令したが、彼らを含めたギムの全員はこのギムを放棄することを決定していた。そのため、あらかじめ住民達の何人かは疎開をしており、残っているのは飛空艦の最後の便で連れて行く人々だけであった。

 

そしてギムにいる兵士達は決して捨て駒ではない。この戦いをしのげば、彼らも飛空艦で撤退する手はずとなっていた。

 

彼らはギムの住民が逃げる時間を稼ぐために奮闘した。先遣隊の150という圧倒的数字に対し、クワ軍のワイバーン隊は多勢に無勢の中、あの演習で培った空戦技能でロ軍ワイバーン達を翻弄した。

 

ワイバーン隊のほとんどがレヴァーム製の散弾銃などで武装していた、レヴァーム軍が少しでもワイバーン隊の戦術を広げるための武器提供であった。

 

ワイバーン隊は空を飛び回りながら竜騎士やワイバーンに12ゲージのショットシェルを浴びせまくった。未知の武器に混乱して行くロ軍ワイバーン隊は完全に混乱状態になった。

 

しかし30分後、残っていたのはロ軍のワイバーンだけであった。クワ軍のワイバーンは奮戦した、そのおかげでギムの住民達は順調に飛空艦へと収容されていったからだ。

 

戦いは陸戦へと移る、ワイバーンを全滅させられたクワ軍であったが、陸軍にも機関銃や小銃などが大量に配備されており、それらが猛威を振るって先遣隊を足止めした。彼らは訓練期間を全て全うしていなかったが、それでもこのギムを守りたいその一心でこの地に居残った。

 

ワイバーン隊が彼らを足止めしても、彼らはむしろ機関銃でワイバーンを何騎か撃ち落とし、小銃の一斉射撃で軽歩兵達を撃ち倒した。

 

しかし、彼らに配られた武器弾薬はわずか少数。多勢に無勢でどんどん劣勢に追い込まれていった。

 

しかし、彼らは一歩も引くことも撤退することもなかった。飛空艦に乗ろうとすれば乗れたのに、乗り込んで逃げる気配すらない。たまらず飛空艦の艦長がモイジ将軍に撤退を進言するが、彼らは清々しい声でこういった。

 

 

「先に行くがよい!我らがギムの布石とならんことを!」

 

 

彼らの勇気を支えていたのはただ一つ、このギムにいる愛する家族達を守りたい、その一心であった。自分たちはクワ軍の騎士団、子供や老人を守るのが自分たちの仕事。それを全うして死ねるのであれば、彼らにとっては本望に近かった。

 

苦渋の末、飛空艦の艦長はギムの住民全員が飛空艦に乗ったのを見計らい、撤退することにした。飛空艦が垂直離陸をしてギムの町から離れていったのと、ギムにいた守備隊が玉砕したのはほぼ同時であった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なぜだぁ!!!なぜ住民が誰一人といない!!!」

 

 

怒りに任せて剣を空振りしているのは先遣隊の副将アデムであった。彼の目線の先には猛将と謳われたモイジが腕と足を縄で縛られてアデムの前に座らせられている。

 

彼が怒りをあらわにする理由、それはギムの住民が誰一人としていないからだ。彼はギムを落とす前、先遣隊に抜擢されギムの亜人を達を嬲ることができることを楽しみにしていた。

 

しかし、蓋を開けてみればギムはもぬけの殻。いたのは騎士団の連中だけで、楽しみにしていたギムの住民達は人っ子一人いなかった。

 

アデムは性格が悪い。人格は残忍な方向に歪んでおり、弱いもの達を男女問わず嬲る事を何よりも楽しみとして生きている人間だ。それ故に今回のギムへの侵攻で男女を嬲れる事を楽しみにしていた。しかし、結果はもぬけの殻というわけのわからない現実だけであった。だが、アデムが怒っているのはそれだけが理由ではない。

 

 

「住民達はどこだぁぁぁぁ!?さっきの空飛ぶ船は一体なんだぁぁ!?この魔導杖はどこから入手したぁぁ!!答えろぉぉぉぉぉぉ!!」

「ふん、貴様らに教えるわけがなかろう」

 

 

挑発的な態度でしらばっくれるモイジ。アデムが怒号をあげて質問する内容は、確実にわかっているはずだが、彼はまったく答えようとしない。

 

手足を縛られているにもかかわらず、飄々とした態度でこちらにニヤリと笑っている。ギムにいる兵士は玉砕し、完全に負けているのにまるで挑発するかのような態度はアデムの癪に触る。

 

 

「殺すっ!!殺してやる!!私を侮辱した貴様は最も残忍な方法で殺してやるっぅぅぅぅ!!」

「ああそうか、ならば好きにするがいい」

「ぐぬぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 

アデムは怒りのあまり地団駄を踏んで何もない地面を踏みにじる。アデムの顔はくしゃくしゃに歪みきっており、頭に血が上って顔全てが真っ赤に膨れ上がっている。

 

アデムは思わず自分の剣の柄を握りしめると、上段からモイジの首めがけて一気に振り下ろした。モイジの首がいとも簡単に吹き飛び、近くに転がる。痛みが神経を伝達するよりも早い速度で振り下ろした、屈辱もなく残忍でもないまっさらな殺し方だった。

 

 

「この死体は私の魔獣に食わせる!!首はそこらへんの道にでも飾っておけ!!」

 

 

アデムは残忍に殺すと言いつつ、あっさりと首を放ってしまったことに苛立ちながら、そこらへんの部下に命令する。

 

 

「アデム君、落ち着きたまえ……」

「分かってます……!分かってますともぉぉぉぉ!!」

 

 

アデムがここまで激怒しているのにはこれの他にも理由があった。アデムが先程まで怒号をあげてまで問いただしていたのは、ギムで見た全てのことだ。

 

まず一つはギムの守備隊やクワ軍のワイバーンとの戦闘でいくつか見られた謎の光弾を放つ魔導杖の存在。これのせいでワイバーンが10騎も撃墜されて、地上兵にも死者が出ている。

 

それが何なのか?一応魔導杖らしきものの鹵獲はしてあるが、魔導士に調べさせてもまったく分からないらしい。証拠人であるモイジは話さなかったし、そもそもさっきアデムが首をはねてしまった。

 

自分の配下の兵たちにいたずらな死傷者を出して出血を敷いた事がアデムの癪に触る。本来ならば、ほとんど死傷者を出す事なくギムを占拠して、そこにいる若い男女を嬲る楽しみを味わえたはずだ。しかし、それも叶わなかった事がさらに癪に触る。

 

しかし、本来ならばアデムはそれどころではなかった。

 

それは昨日アデムの目にもしっかりと確認された巨大な空を飛ぶ船、強力な爆裂魔法、そして黒と青の鉄竜達の存在だ。

 

アデムはあの空を飛ぶ巨大船を見てからいつもこうして癇癪を起こしている。それが何なのか、正体がつかめない。得体の知れないものを相手にしているかのような何かしらの怖さが、アデムから滲み出ている。

 

 

──アデムは怒りの裏に恐怖と焦りを抱えている。

 

 

パンドールにはそれが見抜けていた。それを癒すためにギムでの虐殺で心を穏やかにして、また虐殺でもしようかと気味の悪い妄想をしていたのだが、それも叶わなかったので焦りと恐怖の裏返しでこのように癇癪を起こしている。

 

 

「我らは何を相手にしようとしてるんだ……」

 

 

とは言え、怖がってばかりでは始まらない。こちらとしても本国に調査を依頼したりしたが、帰ってきた答えはなく、ただギムに侵攻して戦争を開始せよという指示だけだった。

 

本国が頼りにならない以上、自分たちで対処するしかない。パンドールはひとまず、エジェイ方面にまで侵攻する事を考えながらも、空飛ぶ船の正体がわかるまで警戒を怠らないように命じた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「現状を報告せよ」

「はっ!ギムの住民はレヴァームと天ツ上の飛空艦によって輸送され、全員無事です。ただ……ギムにいた守備隊は全滅し、現在ギム以西は、ロ軍の勢力圏となっております」

 

 

中央歴1639年4月22日、クワ・トイネ公国政治部会、軍務卿が感情を込めて発言する。ロウリア王国の宣戦布告なしの突然の侵攻に対し、一度は焦った部会の面々であったが、ギムの撤退戦がうまくいったことにより落ち着きを取り戻している。

 

 

「そうか……守備隊の奮闘には敬意を表しよう……そのほかの状況は?」

「諜報部の情報によると、ロ軍の作戦兵力は50万に匹敵します。また航空戦力では500騎以上のワイバーンを投入しており、海上では4000隻以上の艦隊が港を出港したとの報告がありました」

 

 

ギムでの撤退戦が成功し、レヴァームと天ツ上との軍事同盟があるとは言え、相手は自分たちの軍よりも十倍の兵力を有する本気の相手。彼らは本気で国を取りに来ている、それを自分たちに防げるかどうかは分からなかった。

 

 

「そうか……油断はできん状況だな。にしてもそれだけの戦力をロウリアはよく取り揃えたな、どこからか軍事支援があるのだろうか……?」

「情報ではパーパルディア皇国が彼らに軍事支援をしているとの未確認情報もあります」

「パーパルディアか……なるほど、それならばこれだけの兵力も納得がいく。それより、レヴァームと天ツ上はこの事態にどう反応した?」

 

 

カナタの言葉に対し、外務卿が発言をする。

 

 

「レヴァームおよび天ツ上両国政府は『ロウリア王国の宣戦布告なしでの軍事侵攻は見過ごすことはできない。同盟により、レヴァーム、天ツ上両国政府はクワ・トイネ政府に対し()()()()()()()()()()』との声明を出しております」

 

 

その言葉に、政治部会のメンバー全員が「おお……」と言葉に包まれる。自国だけでは絶対に勝てないであろうロウリア王国、それに対して援軍を送ってくれるのであれば、願っても無い幸運だ。そのための同盟だ、絶望の淵を静かに朝日が照らそうとしていた。彼ら全員の目がより一層煌びやかに光が灯り、覇気を取り戻す。

 

 

「よし!すぐにレヴァームと天ツ上に()()()()()をしろ!そらから全軍にレヴァームと天ツ上との全面協力をするように伝えろ!」

「はっ!了解しました!!」

 



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第14話〜ロデニウス沖大海戦その1〜

「壮観な風景だな」

 

 

クワ・トイネ公国海軍、第二艦隊提督パンカーレは、ずらりと並ぶ軍船が並ぶ海を眺めていた。ロウリア王国海軍が大艦隊を出航させたという情報が伝えられた。それに対してクワ軍はマイハーク港に基地を置く第二艦隊を集結させていた。

 

 

「しかし、敵は4000隻を超える大艦隊……彼らは何人生き残ることができるだろうか……」

 

 

思わず本音を漏らした。ロ軍の総数は約4400隻、稀に見る大艦隊であった。そんな相手にたった50隻しかいないこの第二艦隊でどれほど対抗できるのやら。

 

 

「頼みの綱は……彼らか……」

 

 

パンカーレは頼みの綱を見据えて空を見上げる。そこには、船が空を浮いていた。神聖レヴァーム皇国軍(皇軍)所属の飛空艦9隻が、空を支配している。あまりに大きなものがそこに浮いていて、パンカーレが許容するには未だ及ばない。

 

旗艦は、エル・バステルとかいう()()()らしい。280メートルを超える巨体に、12門の主砲、多数の副砲。そして、それらを空に支える五つの風車がついた揚力装置と、3対の前に向いた翼で構成された超巨大艦だ。

 

飛空戦艦『エル・バステル』

スペック

基準排水量:6万5000トン

全長:270メートル

全幅:36メートル

機関:揚力装置5基

武装:

主砲18インチ三連装砲4基12門

副砲6インチ連装砲5基10門

5インチ連装両用砲10基20門

40ミリ四連装機関砲16基64門

20ミリ機関砲20門

同型艦:2隻

 

彼らは昨日からいるが、マイハーク市民はエル・バステルの巨大さに慣れず、未だに空をぽかんと見上げているものが多い。連絡用のワイバーンが2騎ほど空を往き交い、なんとか自己主張しているが到底及ばない。

 

さらには後方には『正規空母ガナドール』とかいう鉄竜を運ぶ船を旗艦とした『機動艦隊』とやらに分けられた艦隊が、洋上に着水して待機している。今回クワ軍に参戦した皇軍の総艦艇数は20隻を超える。

 

正規空母『ガナドール』

スペック

基準排水量:4万5000トン

全長:290メートル

全幅:30メートル

機関:揚力装置8基

兵装:

主砲6インチ砲4基

40ミリ四連装機関砲多数

カタパルト2基

搭載機数:120機

同型艦:20隻(予定)

 

これと同時に、帝政天ツ上軍(帝軍)の方でも艦隊の準備が整えられているらしいが、パンカーレとしてはこれ以上彼らが空を支配する光景が想像できなかった。

 

 

「ブルーアイ、彼らをどう思う?どのような戦力になりそうだ?」

 

 

側近であり、パンカーレの隣で空を仰ぐ若き幹部ブルーアイに思わず質問する。

 

 

「そうですね……空を飛んでいるのでまず攻撃を受けること自体がないでしょう。空を飛んでいますので敵に乗り込まれることなく一方的に増援を送ることも考えられますし」

「確かにな……あの大きさだ、乗っている水兵の数は計り知れんだろう……」

 

 

そう言って、彼らは知識のある限りを尽くしてなんとかエル・バステルを理解しようとした。その時、遠くから「オオオン」という異邦の音調が轟いた。羽虫が飛ぶヴーンという音にも聞こえるそれを見れば、巨大船が支配する空に一筋の青い光がほとばしり始めた。よく見れば、蒼いカモメのような胴体をした竹とんぼみたいな飛行物がこちらに向かってきている。どうやら迎えが来たようだった。

 

 

「それではパンカーレ提督、行ってまいります」

「ああ、気をつけて行って行きたまえ」

 

 

お互いに別れの挨拶をすませると、ブルーアイは集合地点となった海の桟橋にまで歩みを進める。彼は今回の戦闘で、レヴァーム空軍に観戦武官として派遣されることになっていたのだ。これは、レヴァーム側からの要請でレヴァームの海戦の仕方をこの世界の人々に学んでもらおうという寸法だった。飛行物は、カモメのような翼部分から丸い筒のようなスキー板のような物体を出すと、そのまま水上に滑るように着地して行った。

 

 

「なんだあれは!?」

「新しいワイバーンか!?」

「水上を滑っているぞ!!」

 

 

その光景に、周囲には人だかりができて一目見ようと水夫たちや住民、兵士総出で海の方を眺めてその飛行物体を眺めていた。ブルーアイ自身も、事前に知らされていたとはいえ、ワイバーン以外に空を飛ぶ手段を実際に見た衝撃から言葉を失っていた。

 

そのまま水上を滑るように移動すると、ブルーアイがいる桟橋にまで近づいた。胴体の上の扉が開いてブルーアイは恐る恐る、空を飛ぶ乗り物『サンタ・クルス』に乗る。

 

ふわふわの後部のシートに座ると、再び前に付けられた風車が回転し、水上を滑るとそのまま飛び上がって行った。滑らかな上昇、ほとんど揺れずに飛翔するこの乗り物は、ワイバーンより速く快適だ。

 

 

「これは……素晴らしい。一体どの様な構造をしているのか理解不能だが……」

 

 

母船であるエル・バステルまでの飛行の最中、サンタ・クルスの速さと快適さに舌を巻き感嘆しっぱなしであった。

 

それと同時に、エル・バステルが進行方向の向きを変えてマイハーク港を出港し始めた。海上を見ればガナドールの方にも動きがあり、風車のような物体──揚力装置というらしい──を真上に向けて海原を離れて離水して行った。

 

汽笛がマイハーク港に轟く。揚力装置の音が空に轟き、あたりの空気を震わせる。艦隊はそのまま空中を飛翔すると、旋回するサンタ・クルスを囲むかのような輪陣形を二つに分けると、そのまま鉄の船とは思えないくらいの速さで汽笛を鳴らして出港して行った。

 

 

「なんという速さだ!!」

 

 

ブルーアイは驚愕しっぱなしである。

 

 

「我が軍の帆船最大速度をはるかに凌駕している!!いや、空を飛んでいるから当たり前か……しかし、空を飛んでいるとはいえ他の艦との距離が遠すぎるな。密集する必要はないのか?」

 

 

艦隊は速度40ノットで西へ向かう。

 

やがてサンタ・クルスはエル・バステルの後部甲板に位置を合わせると、大きな鉄の腕のような物体──クレーンと言うもの──に吊り上げられるとそのままエル・バステルに収容された。飛空船と違いサンタ・クルスは空中で静止できないためこのように船と速度を合わせないと収容できないらしいため、わざわざ艦隊を動かしたそうだ。

 

ブルーアイは後部甲板のカタパルト付近に降り立つと、改めてエル・バステルの巨大さに驚く。特に、後部甲板に取り付けられた2基の大型魔導砲の大きさに驚いた。

 

 

(こ、これは……パーパルディア皇国の戦列艦の魔導砲よりも口径が大きい!!これだけ大きければ威力も絶大なはず……なるほど、12門しかないのは一撃の威力に割り振っているからか……!)

 

 

そして、甲板を踏みしめると木製の木の板が張られた箇所以外は全て硬かった。木製の木の板の上でもギシギシといわない、どうやら鉄の甲板の上から木の板を貼り付けているようだった。

 

 

(これは……鉄でできているのか?どうやって空に浮かんでいる?どんな魔法だ?海上の船でも普通は木製だろう……)

 

 

鉄でできた船が存在し、さらにそれが空を飛んでいることに理解が追いつかず、ますます混乱を強める。この船を浮かしている揚力装置なるカラクリの仕組みや、どんな魔法が使われているのか気になるところだが、理解できる範疇ではなかった。そして中に入ると、その異様さがさらに増す。

 

 

(中が……明るい。何かを燃やしているのか?いや、光の魔法?これは魔導船か?)

 

 

城の中と錯覚するほど広い艦内を案内され、ブルーアイはいよいよこの艦隊の司令官と対面することになった。艦橋の扉を開け、中に入ると分厚いガラスに覆われた鋼鉄の艦橋が目に入る。その中に、体の後ろに手を回してどっしりと構えた一人の初老の男性と対面する。

 

 

「クワ・トイネ公国海軍観戦武官のブルーアイです。このたびは、援軍感謝します」

 

 

今度は遅れぬようにと、ブルーアイが敬礼した。

 

 

「クワ・トイネ派遣艦隊司令官マルコス・ゲレロです。我々はすでにロ軍艦隊の位置をピケット艦と呼ばれる哨戒艦によって把握しています。ここより西側500キロの位置、5ノット程度と非常に遅くはありますが、こちらに向かっております。そこで我々はロ軍艦隊と対峙し、全て排除する予定ですので、明日までには艦内でごゆっくりとおくつろぎください」

 

 

今この司令官は何といっただろうか。4000隻をも超える艦隊を全て排除といったか、何かの聞き間違いだろうかとブルーアイは思わず聞き返した。

 

 

「全て排除……ですか?」

 

 

そんな馬鹿な。レヴァームの20隻、たったのそれだけでロ軍の4400隻を相手にできるわけがない。数でももちろん、練度でも物量でも相手にならない数字の差だ。船が空を飛んでいるとはいえ、勝てるわけがない。

 

 

はい。降伏、もしくは撤退に及んだ船以外は全て排除する予定でおります。我々はこのまま戦闘海域に突入しますが、ブルーアイ殿の安全は保証します。ご安心して仕事をなさってください」

 

 

ブルーアイは改めて驚く。あまりにも無謀すぎる数と物量の差、それに対して彼らはクワ軍の力を借りずに自分たちだけで立ち向かうつもりだったのだ。

 

その日のブルーアイの日記より

 

私はクワ・トイネ公国の民として、無事神聖レヴァーム皇国の空を飛ぶ船『エル・バステル』に乗り込んだ。

 

船までの『サンタ・クルス』という空を飛ぶ乗り物の乗り心地は非常によく、金属でできた規格外に大きい船も艦内の温度が一定に保たれ、そして艦内が夜でも明るい。そして、そんな規格外の船が空を飛んでいる。何もかもが常識はずれでとても驚かされる。

 

司令官であるマルコス・ゲレロ殿と謁見した際、彼らはロ軍の軍船4400隻を相手に、たったのは20隻で挑むと聞かされて、最初は自殺行為だと思った。しかし、艦内を見学させてもらうに、これほど大きく、そして金属でできていれば、確かにバリスタでは破壊できないだろうと納得がいった。

 

そもそも空を飛んでいるならば、攻撃は当たらないからだ。一方で空を飛んでいるならば高空から打ち下ろされる矢は敵にあたるだろう。そして、船に取り付けられた12門の魔導砲は口径が大きく、破壊の一撃をもたらす。

 

たったの20隻で挑むと聞いて絶望したが、敵の攻撃がこちらに通じない可能性すらある。レヴァームはこの戦いに絶対の自信を持っているようである。

 

これほどまでに緊張する観戦武官の任は、生まれて初めてだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「いい光景だ。美しい」

 

 

海将シャークンの言葉通り、とても美しい艦隊が帆をいっぱいに風を受けて大海原を突き進む。海が見えない、その海は見渡す限りが船であった。6年間、6年間も苦渋の条件を受け、パーパルディア皇国からの軍事援助を経て作り出された大艦隊。数えるのも億劫になるほどの数は物量にて相手艦隊を圧倒する。これだけの艦隊を防ぐ手立ては、ロデニウス大陸にはない。もしかしたら、援助を行ったパーパルディア皇国ですら制圧できそうな気がする。

 

 

(……いや、パーパルディア皇国には『砲艦』という船ごと破壊できる兵器があるらしいな。やはり出来すぎた野心か……)

 

 

シャークンは一瞬出てきた野心の炎を、理性で打ち消す。やはり第三文明圏の列強国に挑むのは、やはり危険が大きい。

 

 

(それに、レヴァームと天ツ上とやらの国々の情報もある……彼らが援軍を送ってくるのは間違いないだろう)

 

 

シャークンは最も警戒すべきと判断していた国々の名前をあげる。出港前の港で噂が流れていたクワ・トイネ公国の同盟国で、本国は彼らの外交官とやらを門前払いしていた事はシャークンも聞いていた。

 

本国からの情報では彼らが援軍を送ってくるのは確実だという。しかし、肝心のレヴァームと天ツ上の()()の情報は全く送られてこなかった。シャークンはその不明情報を聞き、嫌な予感がしていたのだ。

 

 

(……ん?)

 

 

彼は東の空を見据える、すると見慣れないものがポツンと浮かんでいた。雲か?と思ったがそれは影でもないのに黒い色をしていて、しかも見間違いか、こちらに近づいているようにも見える。しばらく近づくと、シャークンは我が目を疑った。

 

 

「なな、なんだあれはっ!?」

 

 

そこには、空を飛ぶ船が存在していた。悠然と空を飛ぶ物体、見える限りで数百メートル級の巨艦だ。数は10程で、それらが皆空に浮かんでいる。いや、飛んでいるだけじゃなくてこちらに近づいている!?しかも、それらは帆で風を受けずにずんずんと進み、しかも材質は木ではなく真っ黒に光る事から鉄で出来でいると分かる。一体あれはなんだ!!

 

 

(なんなんだあれは!?鉄でできた船が空を飛ぶなんてありえん!しかも、まだ距離が離れているのにもかかわらず相当巨大だぞ!?)

 

 

シャークンの心にかなりの恐怖心が芽生えた。それらが海上の光景ならばある程度は受け入れられたのかもしれないが、目の前の船は空を飛んでいる。明らかに自分たちの常識のは範疇を超えていた。

 

 

『こちらは神聖レヴァーム皇国空軍、クワ・トイネ公国派遣艦隊司令官マルコス・ゲレロだ』

 

 

突然、船に取り付けられた魔信に初老の男性の声が轟いた。魔信に対する割り込みのようで、通信し返す事はできないオープンチャンネルのものだ。と同時に船達の上部、又は下部に取り付けられた長い棒らしきものが全てこちらを向く。何かと思い、疑問に思ったが答えはない。

 

 

『宣戦布告なしにギムへ侵攻したその蛮行、決して許される行為ではない。我々神聖レヴァーム皇国はこれを持ってロウリア王国に対して攻撃を開始する!!全艦撃ち方始めっ!!

 

 

途端、長い棒らしきもの達から一斉に炎が吹き出た。シャークンは船が勝手に燃えたのかと思った、その瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

海が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

海にマストよりも大きい水柱が轟く、最前方を走る帆船がいきなり大爆発を起こす。爆散した木片や船の部品、人だったものが海に撒き散らされ、周囲の味方にバラバラと降り注ぐ。

 

密集隊形が仇となり、小さな水柱ですら帆船を壊し、マストを壊して航行不能に陥るものもいる。中には油壺に引火して地獄の業火に焼かれる船もある。体に木片の刺さった兵士たちのうめき声が、隣の船から聞こえてくる。あっという間に何十隻という船達が木片となり、砕け散った。敵船に乗り移る前に、鍛え上げられた兵士たちが死んでゆく。

 

 

「な……なんだあれは!?攻撃なのか!?あの距離から当てやがったのか!?」

 

 

経験したことのない攻撃と、とてつもない威力に船団の乗組員全員が目を剥く。シャークンはそれが列強の魔導砲と関連付けたが、明らかに威力が過大すぎる!

 

 

「こ、これがレヴァーム……!!」

 

 

シャークンは恐怖に駆られた。相手は空を飛んでいるため、バリスタも届かない。乗り移るなんて芸当も出来やしない。このままでは一方的にやられる!

 

 

「はっ!?いかん!!通信士!ワイバーン部隊に上空支援を要請!!『敵主力と交戦中』と伝えろ!!」

 

 

シャークンは一途の望みをかけて、ワイバーンに希望を託すことにした。無敵の空の王者、ワイバーンならきっと空を飛ぶ船であろうと撃滅できるだろうと。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

敵主力艦隊発見の報を受け、ロ軍のワイバーン本陣では上空支援のためワイバーンが出撃準備に入った。

 

「敵船が空を飛んでいる!」という無頓着な報告に一部の者はその報告を疑ったが、将軍パタジンはその報告を聞いて開戦前の会議で話題に上がった神聖レヴァーム皇国のことを思い出し、慌てた。

 

将軍パタジンは「戦力の逐次投入はすべきではない!」とし、ワイバーン全騎の出撃を敢行した。先遣隊にワイバーンを150騎差し向けている為、本陣からワイバーンが居なくなることを示唆する者もいたが、あのレヴァームを相手にしたことによる焦りからパタジンは聞く耳を持たなかった。

 

結果ワイバーン250騎全騎が出撃することとなり、何も知らされていない竜騎士団達はこれから大戦果を挙げることに期待を胸に寄せ、舌なめずりをしていた。

 

彼らは力強く滑走路を前進して行くと、ふわりと飛び上がる。これだけのワイバーンがいれば、クワ軍に負けることはないだろう。

 

彼らはそう思っていた。

 




レヴァームの船はそれぞれ性能のモデルがありそうなんですよね。

エル・バステル=モンタナ級
グラン・イデアル=エセックス級

砲の大きさや搭載機の数に違いはありますが、原作から推測するとモデルはこんな感じでしょう。特にイデアルなんか戦時中に20隻も作られてますからエセックス級そのものですね。

本作のエル・バステルは恋歌のエル・バステルなので46センチ砲搭載です。三連装4基もあるのでモンタナ級がモデルだと思ってます。


???「久しぶりの戦じゃー!!」
???「バステル、落ち着いて……」


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第15話〜ロデニウス沖大海戦その2〜

シャルル無双開始です。


正規空母ガナドール

 

 

『戦空機隊、発艦!繰り返す、戦空機隊発艦!!』

 

 

ついに命令が訪れた。ガナドールの格納庫内を飛空士達があたふたと駆け回る戦空機隊の発艦準備が始まった。その中で、狩乃シャルルはガナドールにあらかじめ並べられたアイレスVに乗り込むと、水素スタックの電源を入れてDCモーターを回し始めた。

 

 

「相手は250騎か……」

 

 

ロ軍艦隊に対して先回りさせたピケット艦によれば、敵の数は250騎という大編隊らしい。これに対しガナドールの搭載機数120機の中で戦空機の数は40機。残りは雷撃機と爆撃機だ。ワイバーンがいくら戦空機より劣っているとはいえ、数では負けている為油断はできない。

 

そして、モーターが温まるとシャルル機はガナドールのカタパルトにフックを繋いだ。ガナドールはグラン・イデアルの後継艦、今までの旧式空母と違い新しくカタパルトを装備している。

 

そして繋げられたカタパルトの出力が最大になり、勢いよくシャルル機は打ち出された。隣でメリエルの機体もほぼ同時に打ち出される。普通なら少し歯をくいしばるほどの衝撃だが、シャルルは慣れた感覚で顔色を変えない。

 

アイレスVが空に打ち出される。青い群青色の空が明るく迎え、上空1000メートルに浮かぶガナドールの船体を彩っている。他の戦空機隊と合流すると、シャルル機は編隊長として他の機体達を導いた。

 

空を駆け抜ける、上空6000メートル。

 

巡航速度でアイレスVが空をかける。やがて現在ロ軍との戦闘が行われている海域に到着すると、それは見えてきた。

 

 

「ロ軍のワイバーンだ」

 

 

シャルルの天性の視力が、アイレスVの広い視界から見える黒点のようなものを見つけた。上空3000メートル付近を飛行している羽ばたく鳥のような黒点が、いくつか見当たった。

 

 

「誘導する、我に続け」

 

 

通信を開き、味方編隊全体に指示を送る。ワイバーンは見事に艦隊につられてきた、これでロ軍のワイバーンを一網打尽にできる絶好のチャンスは出来上がっていた。

 

途中に砲撃戦が止んでいるエル・バステルの上を通ると、翼を振るって直掩についたことを合図した。エル・バステルのカタパルトからも戦空機隊20機が発艦してシャルル隊達と合流。その総数は60機にまで膨れ上がる。

 

編隊を6500、6000、5500の三段階に分けるように指示すると、ワイバーンがほぼ同高度に見え始めてきた。相手のワイバーンは横一列に広がった編隊を組んでいるが、その相手の顔は未知の鉄竜への驚愕と疑問に満ちていた。標準器を覗く、視界いっぱいにワイバーンが広がった。その途端、シャルルはアイレスVの機銃レバーを思いっきり押し込んだ。

 

 

「喰らえ!」

 

 

瞬間、三段のアイレスVから猛烈な弾幕が激しく迸った。轟く噴火の火線のような噴煙が、ロ軍のワイバーンを襲う。ワイバーンは生物とはいえ、案外高い防御力と生命力を持つ。しかしそれは中世レベルの価値観基準であり、アイレスVの4門の20ミリ機銃の弾丸はワイバーン達の鱗を貫通し、確実に命を刈り取って行く。

 

1騎、2騎、3騎、4騎とどんどんワイバーン達が削られていって行く。生命が刈り取られ、血しぶきをあげて墜ちて行く。中には竜騎士がやられて、ワイバーンだけが残されて行く騎体もいた。

 

瞬転、アイレスVとワイバーン達がすれ違った。猛スピードで空を駆け抜けるアイレスVの乱した気流に、ワイバーン達が驚いて編隊が乱れた。

 

 

「全機上昇!ここままワイバーンを片付ける!!」

『了解!!』

 

 

そこからシャルル機達は降下のエネルギーを保持したまま上昇、ここからは巴戦に入る。アイレスVに取り付けられた自動空戦フラップが作動し、最適なフラップ位置を保ち続けている。宙返りを打つかのような空戦軌道の途中に見えた相手のワイバーンの影を素早く標準する。シャルルは発射レバーを引いた。

 

 

「堕ちろ!」

 

 

アイレスVの20ミリの銀色の曳光弾が、ワイバーンに炸裂した。徹甲弾と炸裂弾、そして焼夷弾で構成された弾頭達がシャルルの手さばきによって最小限の数でロ軍のワイバーンに撃ち込まれ、絶命した。

 

シャルルはそのまま機体を翻し、ゆっくりと縦旋回に入る。自動空戦フラップの機能により、空戦の補助を得たアイレスVの機動性にワイバーンは敵わなかった。

 

宙返りの要領で機体を水平に戻すと、乱戦に入り混乱してあたふたしている一匹のワイバーンを照準に収める。四つの火線が、シャルルの機体から猛烈に迸った。容赦のない一撃、相手はすぐさま絶命した。

 

 

「まだまだ!」

 

 

途端、シャルルは機体のフットバーを右に踏みつけて、その隣にいたワイバーンも素早く撃ち墜とす。あっという間に『世界最強の航空戦力』とまで言われたワイバーン達が、どんどんと数を減らしていっていた。そこにはただ科学と飛空力学だけが支配する空の戦場、現代戦にワイバーンの出番はない。

 

シャルルは列機のメリエルに目をやる。彼女もまたアイレスVを巧みに操って、ワイバーンを撃墜して見せていた。たまにワイバーンと正面衝突しようとするような危なっかしい操縦だが、なんとか撃墜数を稼いでいる。

 

空はシャルル達の独壇場であった。空を舞うかのような悠々とした飛空で辺り一面の空を舞い、踊るかのようにワイバーンを次々と落としていった。機銃が火を吹けば、ワイバーンが一騎、また一騎と面白いように落ちて行き、空が血飛沫に彩られる。

 

十分とかからずに、皇軍の戦空機隊はワイバーンをほとんど壊滅させた。その中でシャルルの撃墜数は80を超え、たった一回の空戦でこれまでにない大戦果を挙げていた。

 

 

『なんなんだよこいつら!!』

『後ろにぴったりついてくる!助けてくれ!!』

『鉄竜が!鉄竜が後ろに!ぐわぁ!!』

 

 

ロ軍の味方が次々と落とされて行く中、魔法通信を拾えるように改造された新型通信機には、ロ軍の竜騎士達の悲鳴が轟いていた。

 

 

『くそぉっ!あのデカイ船に向かって突撃だぁ!!仲間の仇を討つぞぉぉぉ!!』

『おう!』

 

 

そう言って、ロ軍のワイバーンのいくらかが艦隊に向かって突撃をしていった。大きな船が浮いているから、的になるとでも思ったのだろう。撃ち減らされたワイバーンのうち、生き残り全てがアイレスVを無視して旗艦のエル・バステルに向かっている。

 

 

「無駄だよ」

 

 

シャルルはそう呟くと、全ての機体達にすぐさま上昇を命じた。艦隊の攻撃に巻き込まれないようにするための措置である。これ以上ワイバーンを追尾すると、フレンドリーファイヤで艦隊の熾烈な対空砲火に巻き込まれかねない。

 

ワイバーンはそのままエル・バステルに迫り来る。真っ直ぐに上空から急降下して、上空1000メートルで滞空するエル・バステルを狙って降下する。

 

艦隊とて黙って見ているわけではない。艦隊の輪形陣から火山が噴火したと見間違う、噴きあげる高角砲の対空砲火が空を紅に染める。そして、火線がワイバーンの下腹に到達した瞬間──

 

 

 

 

 

 

火線が爆発した。

 

 

 

 

 

 

火の玉が蛸の足のように伸びて行く。幾千もの炎に絡め取られてワイバーンの柔らかな体が千切れ、散って行く。竜騎士が破片にぶつかり、絶命する。

 

 

『うわぁ!!』

『なんだこれはっ!?』

『回避しろっ!回避だぁっ!!』

 

 

まるで炎熱の投げ縄だ。しかもこの投げ縄はあらかじめ測っていたかの様にワイバーンの直前で網を広げて待っている。ワイバーンに待っていたのはレヴァーム製の近接信管の応酬であった。近くに球がかすめるだけで爆発して破片を撒き散らす、ワイバーンにも対応した凶悪な夢の兵器だ。この科学の結晶の前では、いかなる竜騎士でも避けようがない。

 

 

『くそぉ!喰らえ火炎弾!!』

 

 

一人の竜騎士が、ワイバーンを操り首を真っ直ぐにして射程距離外から導力火炎弾を放った。この降下なら、重力により射程が伸びるとでも思ったのだろう。

 

しかし、竜騎士は絶望することになる。火炎弾はエル・バステルの砲塔に着弾した。しかし、炎を上げることなく全くビクともしていない。

 

 

『な、なんだとぉ!?』

 

 

全てを焼き尽くすはずのワイバーンの火炎弾、それが全く効いていない。それを見届けて絶望感に打ちひしがれた時、近接信管が彼の目の前で炸裂して竜騎士は絶命した。

 

ここに、ワイバーン250騎全てが撃滅された。

 

 

「…………」

 

 

シャルルとて、この悲惨な光景を黙って見ていることしかできなかった。それで何も感じないシャルルではない、空を散って行くワイバーンの残骸を鳥瞰すれば、少しだけ哀れが感じられる。

 

シャルルが今回撃墜したワイバーンの数は80を超える。それはつまり、同じ数だけのワイバーンと竜騎士を殺したことになる。それぞれに家族がいて、人生があり、努力があったはずだ。哀れでしか無かった。

 

その後に、上空を急降下爆撃機と雷撃機が空を飛んできた。制空隊が空を支配したのを見計らってガナドールから発艦した攻撃隊だ。ロウリア王国海軍の命運はここで尽きたようだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

静寂が大海原を支配する。あたりは砲撃の音と水柱の音、そして乱れる波の音だけであった。誰もが目の前で起きたことを信じられず、誰一人として声が出せずにいた。

 

ワイバーンは一騎落とすだけでも至難の業。同じワイバーンでも落とすのに苦労する。しかし、それが見えている範疇で200騎以上、謎の青灰色の鉄竜によって一方的に狩られた。夢ではない。夢ならば、どれほど、よかったでしょう。

 

 

「これが……レヴァームの力……」

 

 

なんと表現していいかわからない。空に異形の音調が鳴り響く、大海原を揺らし、謎の風車を回して一騎の青灰色の騎体が空を悠々と支配する。まるで勝ち誇ったかのようなその騎体は、ワイバーンを最も多く撃墜していたのをシャークンは見ていた。その騎の胴体には、綺麗に翼を広げる一羽の鳥が描かれている。あの鳥は、海の人間であるシャークンには馴染み深いものだった。

 

 

「海猫……」

 

 

海猫は圧倒的だった。何もかもが自分たちの常識を外れていき、崩れ去って行く。空を飛び、そして圧倒的な魔導を投射続けている空飛ぶ巨艦。ワイバーンを物ともしない青灰色の鉄竜。

 

そのうちにシャークンの手足が震え、恐怖に顔が歪んで行く。ワイバーンをあっという間に片付けてしまった海猫に対する恐怖が、シャークンを支配した。

 

 

「て、鉄竜が来たぞー!!」

 

 

そのうちに、空に新しい鉄竜が大量に現れた。ワイバーンの居なくなった大空を我が物顔で空を駆ける新たな鉄竜にシャークンは絶望した。青灰色の騎体とは違う、青い色をした二種類の騎体が大空を震わせて空中を支配している。そのうちの一部が一斉に降下し始めた。

 

 

「何をする気だ!?」

 

 

ロ軍艦隊にとって不運だったのは降下してきたそれが、皇軍の急降下爆撃機「LAG(ロス・アンゲレス)」であったことだ。腹に6発もの100キロ爆弾を詰め込んだLAGは、一気に急降下爆撃をけしかけたのだ。

 

そしてLAGは一発を降下しながら一つ、また一つとポトリ、またポトリと落として行く。金切り音を放ちながらそれらは、皇軍の飛空士の腕前によって必中の高度で落とされてゆく。

 

 

「あれは……!?」

 

 

帆船にとってはそれだけでも一撃必殺だった。黒が船を突き抜けて、船底の海面に衝突すれば、パッと炎が吹き出て海底火山の噴火に巻き込まれたかのように爆散してゆく。

 

 

「うわぁ──っ!!!!」

「ギャァ──ッ!!」

 

 

全ての黒を投棄したLAGはそのまま高度を一気に上げて離脱してゆく。まるで炎熱の爆発に興味がないかのようなそぶりで上空に登ってゆく。

 

 

「なんなんだよ!あれはぁ!?」

「逃げろぉ!!あんな鉄竜に勝てるわけがねぇ!!」

 

 

途端にパニックになるロ軍艦隊。統率は乱れ、勝手に逃げ出す船が現れて周りの海は大混乱に陥った。統率が取れていないまま、彼らは自分勝手に生き残ろうと船を動かす。あちこちで衝突し、それがまた自滅を呼び起こす。

 

それをみすみす見逃す皇軍ではない。混乱して固まったところを狙い撃つかのように砲弾が迫り来る。上空を見れば、飛空機械が暴れまわる上空を鳥瞰するように『サンタ・クルス』が着弾観測をしている。情報は随時エル・バステルや巡空艦、駆逐艦に伝えられて正確な砲弾を叩き込む。

 

さらに不運は続く、艦隊を囲むように雷撃機の『サン・リベラ』が高度を落として艦隊に対して水平になった。そのうちに、ある程度まで近づくと腹に抱えた細長い魚雷を投下した。

 

 

「提督!!水中から白い線が!!」

「何!?」

 

 

その報告を聞くと、シャークンは手に持った望遠鏡で海面を見据える。水中に白い線が轟き、水中を抉るかのように進んで行く。水中を進む攻撃など聞いたことがないが、シャークンはさっきまでの謎の攻撃から、それらも攻撃であると本能的に察知した。

 

 

「あれは攻撃だ!避けろぉ!!」

 

 

届かぬ思いを魔信に伝える。しかし、彼の指示はあまりに遅すぎた。白い線が船の船底を突き破り、バリバリと音を立てて突き破ってゆく。船底を突き破られ、一気に浸水が始まり船が転覆する。

 

白い線は船を突き破ってそのまま艦隊の中央を駆け抜け、艦隊を周りから囲むように放たれた。幾千もの魚雷達が水中を突き抜け、船をえぐり、海中を我が物顔で突き進んで行く。

 

戦空機たちも黙って見ているわけではない。皇軍の『アイレスV』達が一斉に降下し始め、機銃の射程に船を収める。雷鳴のような発射音共に4門の20ミリ機銃達が一斉に火を吹き、船のありとあらゆる場所を貫いてゆく。船の甲板が穴だらけになり、マストに被弾し、不運にも船員に当たって四肢を撒き散らす。

 

火災を起こすための銃撃だ。機銃弾には焼夷弾と炸薬弾が含まれており、マストや甲板から次々に出火する。油壺を貫かれて余計に燃え広がりやすかったのが不運だった。辺りは狩場の様相を呈し、ロ軍艦隊は恐慌に陥っていた。

 

 

「ちくしょう!化け物どもめ!あんなのにかてるわけがねぇ!うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 

一隻、また一隻と時間を追うごとに、信じられない速度で味方の船が撃沈されてゆく。

 

 

「ダメだ、勝てるわけがない……」

 

 

海将シャークンは絶望を通り越し、忘我の境地に立っていた。どうやっても勝てない。奴らは空を飛び、こちらの攻撃を寄せ付けない場所から一方的な攻撃を仕掛けてくる。三種の鉄竜が降下してくれば、船が破裂したり、船底を突き破られたり、燃え上がったりしてゆく。

 

 

「……ん?」

 

 

すると、あたりが静まり返り、爆裂魔法の音がやんだ。不意に思い辺りを見れば、こちらに攻撃を向けていた空飛ぶ船も、周りを囲んで空の檻を作る鉄竜達も、物事を鳥瞰するかのように攻撃をやめていた。

 

 

『こちらは神聖レヴァーム皇国空軍、クワ・トイネ公国派遣艦隊司令官、マルコス・ゲレロだ』

 

 

またも、魔力通信のオープンチャンネルに初老の男の声が轟いた。今度も返信できない、一方的な通信であった。

 

 

『ロウリア王国海軍に告ぐ、降伏せよ。繰り返す、降伏せよ。降伏するならばマストに白い旗を掲げ、武器を下ろせ』

 

 

突然の降伏勧告であった。周りの兵士たちにどよめきが走り、混乱した海が静まり返る。シャークンはその言葉を何度も噛み締めた。

 

このままでは部下をいたずらに死なせるだけであった。ロデニウス大陸の歴史上最大の大艦隊の、最大の大敗北。国に帰ったら死刑は免れないだろう。歴史書には無能の将軍として名が残るであろう。しかしそれでも、これ以上部下を死なせるわけにはいかない。彼に残された道は、降伏の二文字だけであった。

 

 

「全軍降伏せよ。我々の負けだ……」

 

 

魔力通信で降伏に従う指示を出す。恐怖に歪んでいた水夫たちは、自らの下着をマストに掲げて白旗とした。ロ軍は1600を超える船が撃沈され、1400隻が降伏した。残りの1400隻は勝手に逃げ出していた。こうして、ロデニウス沖大海戦と呼ばれた海戦が終わった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「敵艦から降伏の印が上がりました!」

「よし、全艦撃ち方やめ」

 

 

鋭く命令が飛ぶ。旗艦エル・バステルの寵楼艦橋で、マルコス・ゲレロは腰の後ろに手を回したままどっしりと構えて命令を弾く。

 

 

「これより生存者の救助に入る。全艦着水せよ」

 

 

途端、その言葉を聞いた艦隊が着水体制に入る。エル・バステル達飛空艦隊は現在高度1000メートルを飛行して一方的なワンサイドゲームを展開した。生存者を救助するには着水しての作業となる。

 

 

「高度100、降下率異常なし」

「降下率そのまま!」

「降下そのまま、ヨーソロー!」

 

 

飛空艦の着水手順は着陸とは大きく違う。海面は抵抗となるため、プロペラをフェザリングしなければプロペラが折れてしまうのだ。

 

 

「プロペラをフェザリング」

「フェザリング確認!水中スクリュー始動!」

 

 

フラップを下ろしスクリューを回転させて着水態勢に入る。同時に空気抵抗も上がり、降下率が上昇し、そして高度がだんだんと下がって行く。

 

 

「ペラ停止、フラップ下ろせ」

「ペラ停止!フラップ下ろします!」

 

 

高度がある程度下がったところでプロペラを停止。同時にフラップを下ろし、失われた揚力を補いながら降下する。

 

 

「着水します」

 

 

ザバァと海面を掻き立てながら艦隊が着水する。大津波のような波が海を掻き立て、海面をえぐる。

 

『エル・バステル』の艦橋に同乗していたブルーアイは、何が起こっているのか、今ひとつ理解できなかった。艦橋でマルコス司令官が指示を飛ばせば、船が火を噴くかのような轟きとともに破壊の一撃が撒き散らされ、他の船からも大小の魔導砲が撃ち出される。

 

そしてワイバーンが空を飛べば、後方から幾多もの鉄竜が現れ、ワイバーンを一方的に駆逐していった。特に、エル・バステルの艦橋からも海猫のマークをつけた鉄竜が空を遊ぶように飛び回りながら一番多くワイバーンを倒していったのは印象的だった。

 

何もせず、傍観しているだけで海戦が終わってしまった。ロ軍艦隊が降伏したと聞いた時、初めて実感が湧き始めた。彼らはこの強大な艦隊に恐怖して降参したのだと。圧倒的勝利に終わったことだけが、理解できた。

 

その日のブルーアイの日記より。

 

観戦武官としての任、レヴァームの力をある程度は測ることも私の使命だった。しかし、何ということだろうか、戦いは一方的に進んでいった。

 

船から放たれるとてつもなく強烈な爆裂魔法は、ロ軍の船達を粉砕して行き、粉々に打ち砕いていった。

 

後方から飛来した鉄竜達は、増援に駆けつけたワイバーン達を全て狩り尽くした。特に、胴体に海猫の絵を描いた騎体は、空の王者たるワイバーンを裏庭を散歩するかのような足取りで数多く撃墜したのは印象的だった。

 

全ての救助作業が終わった後、ロ軍のワイバーン250騎と軍船1600隻を粉砕して勝利したことを教えてもらった。レヴァームの艦隊がいくら巨大で強力でも、たったの数十隻で、たったの一回の戦いで、ごく短時間での戦果とは思えなかった。こんなことは前代未聞である。

 

列強のパーパルディア皇国でさえも無理ではないだろうか。

 

そして、気になった私はマルコス司令官に思い切ってあの海猫の鉄竜について聞いてみた。聞くに、その竜騎士はレヴァーム随一の腕前を持つ凄腕なのだという。

 

私はこの戦いの報告書のことよりも、彼の美しい機動が頭の中で繰り返され、美人を目の前にしたかのように見惚れていた。

 



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第16話〜反応〜

評価って0以外だと付かないのか……知らなかった……
というわけで評価の情報を修正しておきました。


 

「な、なな……なんなんだあれは!?」

 

 

パーパルディア皇国の観戦武官ヴァルハルは軍船の中で震えていた。彼の船は勝手に逃げ出した船であった為、運良く撃沈されなかったが、周囲にいた幾多の軍船が、次々に撃沈されて行く光景を目の当たりにしたからだ。

 

彼はロウリア王国の4400隻の艦隊がどのようにクワ・トイネ公国を蹂躙するのか、その経緯を記録するためこの任務についていた。蛮族にふさわしいバリスタや火矢、切り込みと言った原始的戦法でも、これだけの数を揃えたらどうなるのか、個人的興味もあって彼はこの任務に自ら着いていた。

 

しかし、現れた敵艦は常軌を逸脱していた。かの船は空を飛んできたのだ。しかし、これは違う。パーパルディア皇国の勢力圏にも空を飛ぶ船は存在する。

 

飛空船だ。

 

属国同然のパンドーラ大魔法皇国などの魔法技術が高い国々が持っている、文字通りの空飛ぶ船だ。木造船をそのまま空に浮かべたかのような外見をしており、速度も速い。

 

しかし、それは船としてであって、総合的に見れば効率が悪い。飛べるとはいえ船は船なので、あくまで停泊するのは水の上。直接地上に降りたり、断崖絶壁に接岸したりというようなような芸当はできない。そのため魔導港というそれらを叶える施設が必要なくらい不便だ。

 

問題はかの敵はそれらすら逸脱していたことだ。

 

巨大で、目測で200メートル以上の船が空を飛び、大小の大きさをした大量の飛空船達が敵として現れたのだ。しかも、材質は鉄で出来ているときた。これは一体何なのか!?

 

それだけではない、普通の飛空船は空を飛ぶための魔素の量との兼ね合いから大砲を積むにはまだ()()()()()()はずだった。しかし、現れた敵艦は100門級戦列艦よりも大きい船体に、明らか超巨大な12門の魔導砲を積んでいた。

 

そして、その威力も最早冗談と思えるレベルであった。大砲は早々当たるものではないはずなのだが、彼らは1000メートルの上空から一方的に当て続けた。しかもその大きさに似合うほど高威力で、一撃で簡単に沈む。

 

さらに驚くべきはワイバーンを退けた謎の鉄竜のことだ。我が軍であれば、竜母を使用し、ワイバーンにはワイバーンをもって対抗する。蛮地で生産された個体よりもはるかに性能が良いため、簡単に勝つことができる。

 

しかし、今回現れた鉄竜はそのワイバーンを簡単に退けた。250対40ほど、数の違いが圧倒的であるのにもかかわらず、まるでものともしないかのように一方的にワイバーンを片付けた。

 

特に、騎体に海猫のマークを付けた鉄竜の活躍は凄まじかった。たった一騎で80騎は撃墜し、他のワイバーンをも寄せ付けない勢いでどんどん駆逐していった。

 

あの機動には、我が国のワイバーンロードすらも敵わないだろう。あの海猫がパーパルディア皇国のワイバーンロードを駆逐して行く姿を想像すると、ゾッとする。

 

彼らは自分たちのことを『神聖レヴァーム皇国』と名乗った。彼らの存在を知らずに進めると、パーパルディア皇国でさえも脅かすかもしれない!

 

 

「今すぐ本国に報告しなければ!!!!」

 

 

ヴァルハルは魔信を通じ、見たまま、ありのままを本国に報告した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「──以上がロデニウス沖大海戦の、戦果報告になります」

「おお!!」

 

 

先日26日、神聖レヴァーム皇国がロウリア王国海軍を撃退した時の戦いの模様が、参考人招致したブルーアイの口から報告されていた。

 

彼はレヴァームの戦いをその目で間近で見たことによって、政治部会に召集がかかっていた。圧倒的な戦力でロウリア王国を撃退してみせたレヴァームの活躍に、政治部会の国の代表達は真剣に聞いている。

 

 

「レヴァームにはなんと感謝して良いのやら……お陰で敵の上陸は防がれた」

「ええ、彼の国には感謝しかありません。彼らがいなければ北の海に沈んでいたのは我々の方だったでしょう」

 

 

彼の言うことも一理あった。今回の海戦、レヴァームに先頭を任せっきりで、クワ軍には出番すらなかった。

 

それは逆に言えば、レヴァームの力無くして勝つことは不可能であったと言うことである。それではクワ・トイネの面目が立たない。「今後も何かあった時はよろしくお願いします」では、面子が立たない上、レヴァームと天ツ上の信頼にも背くことになる。

 

やはり、何かあった時は自分たちの力で対応できる方がよっぽど良いのだ。

 

 

「まあ、いずれにせよ海軍の強化は宿命だな。予算はこちらで組むことにしよう。して、陸の方はどうだ軍務卿?」

「現在ロウリア側陣地は、ギム周辺に陣地を構築しています。しかし、ギムでの撤退戦に成功したことから「ギムの兵は捨て駒だったのでは?」と言う憶測が立ち、警戒して電撃作戦は無くなったとみて良いでしょう」

 

 

これは彼の国に派遣したクワ・トイネ公国のスパイの情報である。ギムの兵は自らの意思であの場所に居残って戦ったが、ロウリアはそれを捨て駒だと見て警戒していた。そのため、ギムの守りを固めてから再度進行するまでの時間がかかっていた。

 

 

「また、レヴァーム軍はエジェイの後方にあるサン・ヴリエル飛空場に本陣を移し、そこを拠点に活動する予定でいるそうです。そして、天ツ上軍の方では海軍の飛空艦隊の準備を行なっているようで、到着は……」

 

 

その後も会議は続いた。ロウリアに対する反撃の狼煙はすでに立ち上っていた、あとは時が来るのを待つだけだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「…………」

 

 

ロウリア王国第34世国王ジン・ハークは激怒していた。いや、若干忘我の淵にいると言ってもいい。彼は将軍パタジンからあのレヴァームによって被害を被ったと伝えられていたからだ。

 

ワイバーン250騎、軍船1600が撃沈、軍船1400隻が降伏し、帰ってきたのは1400隻のみである。未曾有の大被害であった。しかも、こちらから相手に対する被害は確認されていない。まさかの完全敗北である。

 

 

「なぜだ……なぜレヴァームに海戦で負けたのだ!!!」

「…………」

 

 

その言葉に、答えられるものは会議場に誰一人としていなかった。レヴァームの参戦を受けて急遽開かれた会議、それに集められたロ軍のトップたち。将軍パタジンも、魔導士ヤミレイも、マオスも、誰もが口を閉ざして暗い表情を浮かべていた。

 

 

「今の王国なら、列強国相手であろうとここまで惨敗することはなかったはずだ!それどころか古の魔法帝国ですら勝てるはずだ!しかしなぜだ!なぜレヴァームに負けたのだ!」

「か、海軍からの情報があまりにも信用できないため、現在原因の調査と報告の信憑性の確認を……」

「たわけが!!」

 

 

ハーク王は言葉を詰める、パタジンは言葉に詰まる。今回の戦争、ロウリア王国はレヴァームが参戦してくることを最も警戒していた。巨大な鉄の船を浮かべ、強力な爆裂魔法を放ち、鉄竜を私役する。そんな強力な力を持ったレヴァームを一番警戒していた。

 

しかし、こんな早くから参戦してくるとは思っても見なかったのである。彼らとの距離は大陸から1000キロ以上も離れているはずだ。それがこんなにも早く参戦してくるなんて聞いていない。

 

しかも、報告の内容だってまるで阿鼻叫喚だ。曰く、巨大な鉄の空飛ぶ船が爆裂魔法を発射し、ワイバーンを灰青色の鉄竜が一方的に退けたという。

 

鉄の船に至ってはパタジンたちも魔写を見ていたため信用できる。いや、するしかない。パタジンたちはそれが文明圏の持つ『飛空船』だと推測していた。鉄でできていたり、爆裂魔法を投射したりと色々と異差はあるが、それしか考えられない。

 

しかし鉄竜は、戦闘中にワイバーン隊の魔信を聞いたり、海軍の撤退中にワイバーンの亡骸を発見したのが根拠となっているため信憑性が低い。そのためこの情報には精査が必要だ。

 

 

「しかもワイバーンを250騎も失うとは……『海猫』だのなんだの、誰であろうと蹴散らせたはずだ!それがなぜ……」

「…………」

 

 

更に、彼らを悩ませたのが一騎の鉄竜の情報だ。『海猫』、そのマークをつけた騎体はたったの一騎でワイバーンを80騎近くも撃墜したらしいのだ。

 

とんでもないエース竜騎士だ、信じられない。しかし、海軍の生き残りが数多く見ているため、信憑性が高いのが信じられない。本当にこんなことをしてのける竜騎士が存在するのかと、生き残りたちは怯えていた。

 

 

「パタジンよ……」

「は、はっ!」

「今回の戦、レヴァームが参戦してきても勝てるのだろうな!?」

「ははっ!問題ありません、陸戦に関しては数が物を言います。レヴァームの陸軍がいくら強かろうと、以降の作戦は万全を期しております。陸上部隊だけでも公国を陥落させることは可能でしょう……」

 

 

いつになく、パタジンにしては弱気な声であった。若干震えており、萎縮している。その恐怖の対象はレヴァームなのか、それともハーク王なのか。

 

 

「また飛空船に関しては、あの船は水上にしか着水できませんので、陸地まで持って来られる可能性も低くございます……」

「そうか分かった。パタジンよ、この度の戦はそなたにかかっておる。期待を裏切ることのないように頼むぞ!」

「は、ははっ!ありがたき幸せ!!」

 

 

質と戦術が物を言う空と海。しかし、陸では数が物を言う。陸戦ならばなんとかなるかもしれない、かのレヴァームが参戦してきたとしても……

 

その日、ハーク王はまさかの敗北に苛まれて眠れなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ヴィルハラが持ってきた報告書は読んだか?」

「いえ、これからです。読ませていただきます」

 

 

薄暗い部屋にほのかなオレンジ色の光が付いている。薄暗い部屋をあやしげに照らすガラス玉の光は、暖かい色なのにもかかわらず何やら不気味だ。光源は聖霊の力で輝かせており、その光は二つの影を映し出している。

 

 

「えーと……な!?なんなんですかこれは!?」

 

 

そこに書いてあったのはあまりにも夢中説夢な内容であった。

 

曰く、飛空船が強烈な魔導砲を撃ってきた!

曰く、ワイバーンが鉄竜に駆逐された!!

曰く、たった一騎で80ものワイバーンを撃ち落とした凄腕の『海猫』がいた!!!

 

一体どうしたらこのような無頓着な内容の報告書が出来上がるのだろうか?彼は一体何をみてきたのだろうか?

 

 

「……一体これはなんです?もしかしてヴィルハラさん、精神疾患にかかりましたかね?」

「分からん。あいつは長い間蛮地で暮らしていたから、その可能性はなくもないが……お前はこの報告書をどう思う?」

「いえ、如何にもこうにも突拍子もなくてありえませんね。この『海猫』とやらの竜騎士については特に……数の差もあるのに、たった一騎で80騎以上の敵騎を撃ち落とすなど不可能ですよ」

 

 

それもそうだ。いくら竜騎士が強くても、数の差は圧倒的だったはずだ。それすらも覆して戦局を塗り替えてしまうのはどんな竜騎士でも、どんな高性能のワイバーンに乗っていても不可能だ。

 

 

「だろうな……例えば、我が国のワイバーンロードがロウリア王国のワイバーンと戦えば、同じようなことになるか?」

「改良種は普通のワイバーンより速度、旋回性能、スタミナ、火炎弾の威力、すべてで優っています。数が少なくても負けることはないでしょう」

「そうだろうな、だがこの海猫とやらが卓越した竜騎士であることは間違いなさそうだ」

 

 

そう言って上司は報告書に目を写し、じっくりと見回す。びっしりと書かれたその内容に目を通せば、ヴィルハラの書いた報告書は八割がこの『海猫』のことについて書かれていたのがわかった。

 

 

(そんなにすごいのか?この『海猫』とやらは)

 

 

彼の描いた機動、そして卓越した技術の数々が事細かに記され「今後の皇国の脅威になる!」としっかりと記されていた。まるで恋い焦がれたかのような、濃い内容の報告書だが、上司の心はあまり動かせていなかった。

 

 

「それより、レヴァームとかいう国なんてここで初めて聞いたぞ。どういった国だ?」

「えーと……ロデニウス大陸の北東に1000キロの位置にある新興国家のようです。その隣には同盟国の天ツ上という国も存在するようです」

「ん?待て、そんな近くにあるのなら我が国が今まで気づかなかったわけがないだろう?どうなっている」

「あの海域は海流が乱れており、船が近づけないので渡航を禁止しておりました。なので、今まで気づかなかったのでしょう」

 

 

実際に海流が乱れているのは事実であり、戦列艦のような巨大艦でも、荒れ狂う波の上を進むことは難しいため近寄らないようにしていたのだ。

 

 

「そうか。にしても『神聖』だの『帝政』だの蛮族のくせに生意気な名前をしおって……」

「ええ、しかも我が国と同じ『皇国』を名乗っているのも癪に触りますね……」

 

 

上司はそう言って愚痴を漏らす。国名などどうでも良いのだが、上司にとっては身の程をわきまえない蛮族が神聖だの帝政だのを名乗るのは気に入らなかった。彼らには自分たちよりも下の国々を見下すかのような何やら野蛮な精神が宿っていた。

 

 

「ところで、ロウリアが負けることはあるまいな?我々の資源獲得の政策に支障をきたすぞ」

「あの国は昔から()()()()()多い国です。海戦で負けても、陸戦では負けることはないでしょう」

 

 

ロウリア王国は人間の質は悪いが、人口だけはとにかく多い。この6年間でなんとか教育を施したらしいが、それでも数だけが取り柄の国であった。

 

 

「なるほど、わかった。この報告書は信用に値しないため今すぐ破棄しろ。それから陛下への報告も保留だ、いいな?」

「了解です」

 

 

そうして彼らは手に持った報告書を、近くの暖炉にぶち込む。あっという間に燃え広がり、報告書は真っ黒な煤となって消えていった。証拠は隠滅した、しかし上司の目の裏には『海猫』のことが気がかりになっていた。

 

 

「フンッ、『海猫』か……たかが海鳥程度に何ができる」

 

 

途端、フッとオレンジ色の光が消えた。

 



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第17話〜エルフの疎開〜

今回、この物語で重要となる伏線が登場します。


 

 

「はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!」

 

 

走る……走る……走る……

 

名もなきエルフの村の村人ちが、息を切らして東へと向かっていた。エルフたちの村は外界と隔離されているため、情報も滅多に入って来ないのが仇となり、ロウリアのギム進行の方が届くのが遅れた。

 

エルフたちは必死になって疎開を開始したが、時はすでに迫っていた。すでにここはロウリア王国の支配圏にあり、いつ見つかって殺されてもおかしくはない。彼らは亜人殲滅を望む虐殺集団、エルフである彼らは格好の獲物だ。

 

村人の数は200名、その誰もが疲れ切っていた。彼らが進むのは背丈の低い緑草が生える大地だ。草を牛が食べており、とてものどかな風景……それはその分見つかりやすい。

 

少年パルンは、幼い妹の手を引いて歩いていた。彼の家系は幼い頃に母を病気で亡くし、父と男手一つで3人暮らしをしていた。父はクワ・トイネ軍の予備役であった為に、戦争の機運が高まるとエジェイの方面に召集されてしまった。パルンの脳裏に、父の笑顔が焼きつく。

 

 

『パルンよ、アーシャを頼んだぞ。お兄ちゃんなんだからな』

 

 

進行速度はなかなか速くならず、パルンは焦りを覚える。集団の後方では、若者たちが警戒に当たっている。クワ・トイネに徴兵制度はないが、軍に志願した若者が多い為、その人数は10人とかなり少ない。

 

 

「ロウリアの騎馬隊だ!!」

 

 

突然、誰かが悲鳴をあげた。パルンが振り返ると、土煙を上げて何頭もの馬たちがズンズンと進んでいた。ロウリアの騎馬隊だ、その数100人が後方3キロから迫っていた。

 

 

「あ、あれは赤目のジョーブ!?」

 

 

目のいい村人が、騎兵の旗を見つけた。赤目のジョーブは山賊、海賊上がりの荒くれ者の集まりだ。捕まったらどうなるかわかった物じゃない。

 

村人たちが悲鳴をあげて走り始めた。しかし、騎兵の速度に勝てるはずもなく、脅威はどんどんと迫っていた。パルンはアーシャの手を引いて、懸命に走った。

 

 

「大丈夫、お兄ちゃんがいるからな!心配するなよ!」

「うん!」

 

 

気さくに振舞うパルンだったが、その内心は恐怖に満ちていた。相手は赤目のジョーブと呼ばれる残忍な性格の持ち主だ。パルンも男の子だが、まだ幼く嬲りがいのある見た目をしている。捕まれば、何をされるかたまったものではない。そもそも彼らは亜人殲滅をスローガンに掲げる殺戮集団だ、どのみち殺される。

 

 

(こわい!こわいよ!!僕たちが何か悪いことをしたのか!?神さまは助けてくれないのか!?なんとかしなきゃ!せめて……アーシャだけでも……!)

 

 

死が確実に近づく中、パルンは母が夜に話聞かせてくれてことを思い出した。遠い遠い昔の話だった。

 

 

──遠い昔、北の大陸グラメウス大陸に魔王が現れた。

 

魔王は強力な魔物を配下に従え、フィルアデス大陸に侵攻を開始すると、数々の集落が消え、支配されていった。

 

エルフ、人間、獣人達は、個々の力で魔王軍に抗うことができず、各種族は手を組んで『種族間連合』という組織を作り、各々の長所を生かして魔王軍に対抗した

 

しかし魔王軍は人々が束になっても敵ぬほどに強力で、フィルアデス大陸の大半は魔王軍の手に落ち、彼らは海を越えてロデニウス大陸に侵攻する。

 

種族間連合は後退を重ね、やがてエルフの聖地、エルフの神が住まう神森にまで追い詰められてしまった。

 

魔王軍は、魔力が高く厄介な存在として認識していたエルフの殲滅のため、神森に攻撃を仕掛ける。

 

エルフの神である『緑の神』は我が子同然の種族を守る為、自分たちの創造主でもある『太陽神』に祈りを捧げた。

 

しかし、太陽神は長い魔王軍との戦争で神力が衰え、とても祈りに応えられる状態ではなかった。そこで太陽神は()()()()()()()『聖アルディスタ』に願いを込めた。聖アルディスタは、自身で作った『箱舟』と呼ばれるとある星を管理する、太陽神と同じ位にいる神様であったそうだ。

 

寛大な聖アルディスタは太陽神の願いを聞き入れた。結果、自分の使者をこの世に遣わし、救世主とした。

 

聖アルディスタの使者達は()()()()()に乗って現れ、天翔ける箱舟や、空を飛ぶ神の鉄竜に乗って、風を自在に操る『風呼びの少女』と共に、魔族を討ち払った。

 

しかし、彼らとて無傷ではない。数多くあった天翔ける箱舟の一つは故障し、痛手を負った。しかし、魔王軍との熾烈な戦いによって傷つき、その度に成長していった一人の王子がいた。

 

彼と、風呼びの少女の活躍によって、聖アルディスタの使者達はロデニウス大陸中の魔族を駆逐、さらにはフィルアデス大陸を支配していた魔王軍をも討ち滅ぼし、魔王は勇者達によって封印された。

 

エルフ達は助けてもらったお礼に、金銀財宝を王子たちに渡そうとした。だが、その王子は決して受け取らずに、笑顔で風呼びの少女と共に聖アルディスタの管理する『箱舟』へと帰っていったそうだ。エルフは富も名誉も受け取らずに助けてくれた王子達を崇拝した。

 

故障した天翔ける船は、この地に残され、今では失われた古代魔法である時空遅延式保管魔法をかけられ、クワ・トイネ公国国内の聖地リーン・ノウの森の祠の中に大切に保管されているらしい。

 

 

 

 

 

 

そして、母はその話の最後にこういった。

 

 

 

 

 

 

「本当にあった話だよ」と

 

 

 

 

 

 

(緑の神様!!太陽神様!!聖アルディスタ様!!本当にいるのなら助けてください……!)

 

 

パルンは、走りながら祈る。この世界のありとあらゆる神様に、そしてその親友である聖アルディスタに。しかし、現実は無情にも何も起こらない。

 

 

「ひゃはははは──ッッ!!」

「そらそら!ギムでできなかった虐殺だ──ッッ!!」

「ぼやぼやしてると殺しちまうぞぉ!!」

 

 

野蛮な声が聞こえる。死が、確実に迫っている。まだ見渡す限りの草原で、どこに逃げる場所がない。誰もがあきらめ、その場にへたり込む。その中でパルンは諦めまいと、天に向かって叫ぶ。

 

 

「カミサマァァァ──ッッ!!オウジサマァァァ──ッッ!!助けてぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

その時、空を轟かせる雷鳴が聞こえた。

 

刹那──

 

 

 

 

 

 

 

地面が砕けた。

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

パルンは何が起こったのかわからず、辺りを見回した。そして、それが現れた。

 

空に──飛竜がいた。

 

空気を切り裂くと音と共に、雷鳴のごとく一騎の飛竜が現れた。数は数十、飛竜は甲高い音を轟かせると、そのまま降下しながらナニカを放った。

 

飛竜は青かった。

 

青が放ったナニカがロウリア兵の足元で砕けると、直後に耳をつんざく轟音と衝撃波で周囲が砕け飛んだ。ロウリア兵士たちの四肢が砕け、ちぎれ飛び、悲鳴とともに消し飛んで行った。

 

 

「え?」

 

 

わけがわからず、その言葉だけが絞り出された。パルンは飛竜に目を向ける、見たことのない騎影であった。飛竜の胴体は青く塗られ、下側は灰色に塗られている。

 

パルンはその飛竜の一つに、一際目立つマークを見つけた。高く空を飛ぶ、鳥の絵であった。あれは──

 

 

「海猫……」

 

 

かっこよかった。

 

パルンは海猫をあの話の王子と重ねた。自分もあのように高く、美しく飛べたらどれだけいいだろうか。その後、海猫達はなんども往復しながら攻撃をけしかけた。見とれながら時間が経てば、ロウリア兵達は一人残らず消し飛び、全て吹き飛んでいった。

 

そして──

 

 

「あ……あれは……?」

 

 

後方、自分たちが目指していたクワ・トイネの勢力圏の方向から、ナニカが大量に現れた。鋼鉄の、地竜であった。

 

パルンは思い出す。聖アルディスタの使い達は、空を飛ぶ神の鉄竜に乗り、鋼鉄の地竜をも私役したという。

 

パルンは思わず駆け出した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その後、皇軍の機械化歩兵部隊が装甲車や戦車を伴って村人達を助けた。ここはロ軍の支配地域だが、ガナドールからサン・ヴリエル飛空場に向かっていたアイレスVの部隊達が、ロ軍の部隊を片付けてくれた為脅威はない。

 

だが、村人達の顔は恐怖に満ちて、こちらを警戒していた。これでは、救助活動はままならない。しかし、そのうちの一人の少年が興奮鳴り止まない様子でこちらに駆け寄ってきた。

 

 

「あ、あの……あなた達は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──聖アルディスタ様の使いの方々ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

その言葉に、皇軍の兵士たちの顔が驚愕に満ちる。指揮官の驚愕が下級の兵士たちにも伝わり、どよめきが走る。

 

 

「せ、聖アルディスタ様の使いだと!?」

「神の鉄竜に鋼鉄の地竜……間違いない!!エルフの神が再び祈り、聖アルディスタ様が使いをよこしてくれたのだ!!!」

 

 

更にどよめきが走る。聖アルディスタ教の名前はレヴァームと天ツ上の間でしか浸透していない。全く違う世界であるこの地の人々が、何故?

 

 

「何故……聖アルディスタのことを知っているんだ……?」

 

 

指揮官達の疑問は、尽きなかった。しかし、エルフ達は自分たちを崇拝しているだけで、答えられる状態ではない。皇軍の兵士たちが誤解を解くのに時間がかかったのは、関係ない話だろうか。

 



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第18話〜ギムの戦いその1〜

やっとのことで日本国召喚一巻から5巻まで買い揃えました!
いや〜どの挿絵もかっこいい……特に4巻、まさにグレート。

お、お気に入りが80件……
ご登録をしてくださった方々、ありがとうございます!


 

 

シャルルがサン・ヴリエル飛空場に配属されたのはロデニウス沖大海戦から2日が経った日であった。シャルル達はガナドール飛空隊を離れ、ネクサス飛空隊へと正式に入隊することになった。このような大規模な作戦があれば、自ずと異動は多くなる。

 

飛空場へ向かっている途中に、逃げ遅れたエルフの村の住人達をロ軍の騎兵団から守るために時間を取られたが、人助けをできたことに皆喜んでおり、特に後悔はなかった。なんども降下をして機銃掃射をして行く中で、一人だけ目を輝かせてこちらを見ていた少年がいたことは少し気になることだが。

 

 

「知ってるか?もうすぐロウリアに対する反抗作戦が開始されるそうだぞ」

 

 

飛空場の兵舎、その食堂。他愛もない会話とごちゃごちゃと食べ散らかす音が響き渡る。木製のテーブルと質素な椅子に腰掛けてパンとスープを口に運べば、口の中でスープのとろみがパンに染み渡って味を出す。

 

集まっている飛空士たちの話題はもっぱら、これからはじまる作戦会議についてで埋め尽くされていた。航空参謀から夜8時に作戦司令部へ集まるように指示があったのだ。

 

 

「反抗作戦ですか……シャルルさんはどんな作戦になると思いますか?」

 

 

内容をあまり予想できないメリエルがシャルルに質問する。

 

 

「僕たちの仕事はもっぱら制空戦だろうね。まだロウリア軍には数百騎近くのワイバーンが残っているらしいから、制空権を奪わないと陸軍だけじゃ心配だ」

「じゃあ、それが終わった後はどうなるんでしょうか?」

「各地の制圧はレヴァームと天ツ上の陸軍の仕事だろうね。僕たちは爆撃機乗りじゃないけど、地上支援もしたりするかも」

「機銃掃射ですか?あれって難しいんですよね……」

「うん、僕もあまり乗り気じゃないよ……」

 

 

メリエルの言う通り、シャルル達は地上への支援はあまり乗り気ではなかった。そもそも地上をスレスレを飛行して、空からは見えにくい目標に対して機銃を浴びせ続けるのは難易度が高い。

 

先日エルフ達を助けた時のように、シャルルやメリエルは出来る方だ。しかし、戦闘機乗りとしては地上の人間へ20ミリ弾を浴びせる仕事はやりたいとは思わない。そして何より

 

 

(地上で何もできない人を一方的に撃つのは、気がひけるしね……)

 

 

シャルルとて、虐殺が目的で飛空士になったわけではない。敵を一方的に撃ち落とすことも、あまり好きではない中、空に対して抵抗できない人間を殺すのは好きではない。エルフ達を助けた時は、単に危ない目にあっている人たちを助けたい一心で行った善意だ。それでも、無抵抗の人間を機銃掃射するのは気が引けた。

 

 

「それより師団長、またスパゲティを頼んだのですか?好きですね『それ』」

「ああ、大学の頃にレヴァーム料理店で食べに行ったのが忘れられなくてね。人生にタラコスパゲティは必須だよ」

 

 

ふと見れば、がやがやと騒ぎ立てる皇軍飛空士達の中で数人の天ツ上の軍人が箸を立ててタラコスパゲティをつまんでいるのが見えた。見たことのない顔ぶれだ、天ツ上軍人のようだがここは皇軍の敷地である。

 

 

「シャルルさん、あの方達は……?」

「天ツ上陸軍の人達だよ、アントニオ司令と会談してきたみたいだね」

「へぇ〜にしてもあの人、すっごいイケおじ様……」

 

 

メリエルの言う通り、天ツ上軍人の顔は整っていた。見た目は40代から50代といった年齢だ。顔立ちは端正な顔立ちをしていて全体的に整っていて、イケおじ様といった印象だ。

 

 

「もうすぐ8時だ。急がなくちゃ」

 

 

シャルルの言葉にハッとしたのか、メリエルと一緒に夕食のパンとスープ、そしてハンバーグを一気に掻き込む。クワ・トイネ産の本国では高級料理扱いされている食材だが、シャルル達に味わっている暇はなかった。

 

食べ終わり、宿舎を出ると渡廊下の空には三月下旬の冬晴れの空があった。気候はなぜか転移前と変わらないため、レヴァームと天ツ上の季節と暦がそのまま通じる。

 

 

「爆撃機が多くなりましたね」

 

 

メリエルがそう言った。彼女の言う通り、爆撃機の数が多い。『LAG』などの艦上爆撃機などもガナドールから運ばれてきたようであり、さらに奥には左右4つのDCモーターを持つ『グラナダⅡ』大型爆撃機の姿もちらほら。アイレスよりも目立つ大型爆撃機は駐機場のほとんどを占拠している規模である。

 

 

「うん。近々大規模な作戦があるんだよ、きっと」

 

 

これだけ爆撃機が多いと言うことは、それだけロウリアに対する進行作戦が近いと言うことだろう。滑走路を挟んだ天ツ上側の飛空場でも爆撃機の数が多くなっていることから、共同作戦なのかもしれない。

 

作戦会議が行われる場所は皇軍の敷地の作戦司令部宿舎から駐機場を見渡せる渡廊下を歩いて作戦司令部へと足を運ぶ。

 

そこでは、数十人の飛空士達が集まっていた。部屋を埋め尽くすほどの人数で、天ツ上の飛空士の姿もある。どうやら共同作戦なのは確実なようだ。

 

 

「これより、作戦会議を始める。皆席についてくれ」

 

 

アントニオ司令の号令一下、騒ぎ立てていた飛空士達がシンと静まる。シャルル達も簡素なパイプ椅子に腰をかけて説明を聞いている。

 

 

「まず、今回の作戦はレヴァーム、天ツ上の両陸軍との共同作戦となる。紹介させてくれ、帝政天ツ上陸軍のオオウチダ中将殿だ」

「帝政天ツ上陸軍第7師団長、大内田和樹中将です。よろしくお願いします」

 

 

大柄なイケオジ様が敬礼をする。まさか、中将クラスの人間が足を運んでくるとは思わなかったのか、飛空士達が立ち上がって一斉に敬礼をする。

 

 

「まず、我々の最終目標はロウリア王国首都ジン・ハークの攻略。ロウリア王国軍を降伏に陥れることが、戦争の勝利条件となります。その前の前哨戦として我々は目先の脅威であるギム周辺に陣を構えているロウリア王国軍と対峙、これを排除いたします」

 

 

地図を貼った黒板に、チョークでカツカツと陣地を描き込む大内田中将。蛍光灯に照らされる真っ黒の板に、真っ白の地図が書き込まれて出来上がってゆく。

 

 

「本作戦は、クワ・トイネ陸軍のノウ将軍と共同で行い、ロウリア軍と対峙いたします。クワ・トイネ陸軍の戦力は4万人、我々は後方にて彼らの支援を行います」

 

 

出来上がった陣地は、異質であった。ロウリア軍38万人に対して、クワ・トイネ軍の戦力が飛び出すかのように前に突き出ており、それを一直線に北から南へ伸ばしている。

 

クワ・トイネ軍にもレヴァーム製の小銃などが配備されていると聞いたが、どうやら火線が集中しやすいように戦術まで鍛え直したらしい。

 

なお、エル・バステル率いるレヴァーム艦隊は、ロデニウス沖大海戦での予想外の弾薬消費量に対して補給を行なっているため、出撃できない。そのためこの作戦は陸軍と空軍のみで行う。

 

 

「師団長殿。質問よろしいでしょうか?」

 

 

シャルルは思わず、気になった事を質問することにした。

 

 

「君は?」

「神聖レヴァーム皇国空軍、ネクサス飛空隊所属、狩乃シャルル大尉です」

 

 

さらりと自己紹介を済ませて本題に入る。それは、空に縛られた飛空士であるシャルルにすらもわかる、簡単な問題であった。

 

 

「この作戦、図面を見れば分かりますがクワ・トイネ軍が前に出過ぎています。レヴァームと天ツ上の陸軍はその後方で待機、これではクワ・トイネ軍の4万人は38万人と戦わなければいけません」

 

 

確かしそうだ。クワ・トイネ軍の陣地は北から南へ一直線に伸びて、防波堤のようにロウリア軍と対峙している。その後ろにレヴァームと天ツ上の陸軍の陣地。これでは、戦闘に参加できるのはわずか4万人しかいない。

 

 

「自分は空軍の所属ですが、それでもわかります。いくらレヴァーム製の装備を身につけているからと言っても、これは無謀です」

「…………」

 

 

大内田中将は意外な目つきでシャルルを見た。そのうちに、しばらく首を垂れて悩むと口を開く。

 

 

「実はこの作戦は、ノウ将軍が考えた作戦なのです」

 

 

えっ?とレヴァーム、天ツ上の両軍の飛空士達から疑問の声が上がる。そのうちにざわざわと話し合う声が聞こえてきた。どうやら共同作戦なのは知っていたが、こんな無謀な作戦をクワ・トイネの将軍自らが思いついたとは思わなかった。

 

 

「今回の作戦はクワ・トイネからの要請に基づいて行なっています。そのため、指揮権はクワ・トイネ側にある。どうやらノウ将軍は自軍の装備と練度に絶対の自信があるようで「負けはしない」と思っているようです」

 

 

無謀だ。いくら装備が整っており、後方支援もあるとはいえたったの4万人で38万人を相手どれるわけがない。

 

 

「ノウ将軍は我々に対して『後方支援に徹するように』と通達しました。我々はそれを守るつもりでいます」

 

 

ノウ将軍は無謀な作戦が大好きなようだ。どうやら彼は自分達の装備に絶対の自信があり、負けることはないと自負しているらしい。だからこその作戦のようだ。

 

──ロウリア軍を甘く見過ぎだ。

 

陸戦に対しては全くの素人であるシャルルにもわかる話だ。現代戦でも、陸戦は数が物を言う時がある。質だけで優っていたロデニウス沖大海戦とは違う。あまりにも自惚れた作戦に、シャルルは呆れる。

 

 

「ですが、もちろんこれはただの後方支援ではありません。我々には数百もの火砲と、この基地の航空戦力を揃えてある。つまり……」

「つまり後方支援から出ずに、敵を叩く。と言うわけですね」

「そう言うことだ。納得してくれたようでなによりだよ、若き飛空士君」

 

 

そう、そう言う事だ。陣地から出られなくとも、現代戦では遠くの敵を倒す手段が満ち溢れている。火砲、野砲さえあればいくらでも戦果を稼ぐことは可能だ。

 

 

「君たち飛空隊達には、敵ワイバーンの排除と爆撃機によるエアカバーを支援してもらいたい。反撃の開始さ」

 

 

アントニオ司令も、思わずニヤリとうなずいた。空さえ支配できてしまえば、後の戦いの流れはこちらに持って来れる。差し詰め『後方支援』ならぬ『航空支援』だ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「何故エジェイまで一気に進行しないのですかぁ!!!!」

 

 

ロ軍東部方面隊代表会議で、副将アデムは怒鳴っていた。

 

ロ軍はギムの町を落とし、同場所を拠点として陣を築いていた。残念ながら先遣隊だけではギムを落とせなかった為、アデムに与えられるはずであった権限はなく、指揮系統はそのまま東に勢力を伸ばす前に陣の防御を固めている。

 

彼らがこうして足止めされているのも、全てギムで見たあの飛空船に起因する。会戦前日にこれ見よがしに見せつけられた飛空船達、それは日が過ぎればどこかへと消えてしまっていた。

 

ギムでの戦いでは、まるで捨て駒にされたかのような兵士たちが玉砕覚悟で逆進軍して行き、ロ軍先遣隊を打ち減らして、結果として本隊との合流でやっと討減らせた。

 

玉砕覚悟で戦っていたギムの守備隊、彼らはギムの守備隊は捨て駒にされ、あのような突撃を繰り返していたと思い込み、今後の逆侵攻を警戒して進行速度を遅らせざるをえなかった。

 

更にその後も事件は続く。ホーク騎士団に占拠したギム周囲の偵察の要請を入れたのだが、威力偵察に出たホーク騎士団第15騎馬隊の約100名が行方不明となったのだ。前触れもない音信不通。魔導士によると、辺りにワイバーンほどの魔力行使は一切探知されなかったことも頭を悩ませる。

 

戦闘があったとしても一人くらいは帰ってきていいはずである。騎馬隊という機動性に富んだ部隊が壊滅させられることは考えられなかった。あまりに不可解な事象、予想外の被害、原因のわからない謎の失踪。本国からは以前として連絡がないままで、幸先の不安がアデムたちの焦りを生んでいる。

 

 

「奴らがまたやって来ないうちに一直線に侵攻して、エジェイを落とすのです!!」

「落ち付きたまえアデム君……我々とて情報収集に精を尽くすしかないのだよ」

「そんな情報を待ってどうするのです!?そもそもどのような方法で調査しているのですかぁ!?」

 

 

アデムは焦っている。このままここでのんびりしていれば、必ず奴らはこちらに牙を向けてくる採寸なのは彼でもわかる。その前にカタをつけたかったが、それも叶わない。

 

 

「とにかくです!!我々は奴らが戻って来る前にクワ・トイネの亜人どもを殲滅しなければならないのです!!さもなくば……さもなくば我々は……!」

「…………」

 

 

人間が正常な思考を保てなくなり、冷静でいられなくなるのは三つの時だ。一つは食事を十分にとっていない時、二つ目は睡眠をとっていない時。そして三つ目は精神的なストレスを感じた時だ。

 

こうして見ると、アデムの場合はストレスに当たる。あの恐怖の副将と呼ばれたアデムも無様なもの。弱い男女を嬲ることを趣味とし、その残忍な性格で周りを恐怖に陥れて従わせてきたアデムですら、焦ればこのように取り乱す。

 

 

「とにかく、今は先遣隊だけでも派遣するわけにはいかないのだ。彼らがホーク騎士団のように行方不明になっては困るからな」

 

 

その言葉に、会議に参加していた先遣隊を取りまとめるジューンフィルア伯爵はホッとため息をついた。彼とて、情報も何もないのに難攻不落の要塞と呼ばれたエジェイにまで行くこと気が乗らないし、はっきり言って嫌だからからだ。

 

そんな自分の意見を聞かない様子に苛立ちを覚えて、アデムはジューンフィルアをキッと睨む。蛇に睨まれた蛙のジューンフィルアは気まずそうに目をそらすことしかできなかった。

 

 

「くぅぅぅ!!わ、分かりました……!では情報が集まるまでは先遣隊は派遣しません……」

 

 

アデムもついに折れ、ゆっくりと自分の席に戻って座った。重い足取りの力のない動きであった。

 

 

「にしてもまさか、クワ・トイネの連中があのような兵器を持っているとは想定外でした。まさか彼らがあれ程の力を付けていたとは……」

「ワイバーン十騎が落とされ、こちらにも2万以上の被害が出ている……何かおかしいと思わないか?」

「私もそう思います。クワ・トイネの連中があのような魔導兵器を持っているはずがございません。今回の戦争、あまりに不可解なことが多すぎます。特にあの飛空船は恐ろしい……」

 

 

ジューンフィルアや魔導士ワッシューナ達がそれに答えた。今回の戦争、何かがおかしいと彼らは感じていた。ギムの守備隊の謎の兵器たち、ギムでこれ見よがしに直接見せつけられたあの巨大飛空船といい、あんなものをクワ・トイネの連中が持てるはずがない。ならばなんなのか?

 

 

「いや……まさか……」

「どうしたワッシューナ?何かあるなら構わんから申せ」

「……最近魔導士の間で噂されていたのですが、この戦争にレヴァーム、天ツ上とかいう国が参戦したそうです」

「レヴァーム?天ツ上?」

 

 

その国の名に、その場にいた全員が首をかしげる。全く聞いたことのなかった国名達だ。クワ・トイネの近くに現れたのだろうか?

 

 

「なんでも、彼らはクワ・トイネの北東に現れた新興国家だそうです。そして、彼らによってマイハーク侵攻部隊の船団が1400隻を除いて全滅。さらに敵船に向かっていたワイバーン250騎も殲滅され、マイハーク侵攻作戦は失敗に終わったそうです……」

「「「「「は?」」」」」

 

 

その言葉に彼らは絶句した。ロデニウス沖大海戦における一連の大敗北は、前線の士気低下を懸念して、最前線の兵士たちには完全に隠蔽されていた。しかし、人の口に戸は立てられない、今こうして情報が漏れることもある。管轄外ということもあり、戦闘報告を知らされていなかった彼らにとっては、まさに寝耳に水であった。

 

 

「ぜ……全滅!?」

「ワイバーン隊が殲滅されただと!?」

「あれだけの兵力が負けたですとぉ!?たかが新興国家ごときに!?」

 

 

あのギムでの光景で見慣れたつもりだったが、それでもあまりにも現実離れした話でジューンフィルアやアデム達は信じられない。彼らとて、数々の戦を切り抜けてきた身。たかが新興国家ごときに敗れるはずがないと分かっている。

 

 

「それが……ギムで見たあの飛空船は全てレヴァームと天ツ上のものなのです。あれほどの魔力投射が、ロウリア艦隊に襲いかかったのです!!」

 

 

絶句、それだけが会議場に響き渡った。あのギムで見た飛空船を浮かべるほどの魔力投射量、計り知れない爆裂魔導の暴力が兵器としてロウリア艦隊を襲ったのだと理解したからだ。それならば、ロデニウス沖大海戦の敗北も頷けるのが恐ろしくてたまらない。

 

 

「な、なんと……あの飛空船がついにロウリアに牙を剥いたのですか!?」

「ど、どうすればいいのだ我々は!?それが本当ならあのワイバーンを全滅させた飛空船と戦わなければいけない!どうすればいいんだ!?」

 

 

会議室は一気に恐慌状態に入る。進行前にギムで見せつけられたあの巨大飛空船。それを兵器として私役している国が、突然この戦争に参戦してきたのだ。あれほど強力な魔導を放つ飛空船を退けるすべは知らない。少なくとも、歩兵達にはないため一方的に撃ち減らされることは目に見えている。ならばどうすればいい!?

 

 

「失礼します!緊急事態です!」

 

 

突然、ノックもせずに伝令兵が会議室に駆け込んできた。顔色が優れず、遠くから見ても真っ青に染まっており、冷や汗が滴り落ちている。

 

 

「どうした!?何があった!?」

「て、偵察隊より連絡がありました!ギムからおよそ10キロの地点にクワ軍の軍勢4万が進軍しています!!」

「なんだと!?」

 

 

絶句。それは総兵力4万人の軍勢がギムを目指していると言う凶報であった。ロウリアにとっては不幸、クワ・トイネにとっては反撃の狼煙。ロデニウス大陸の歴史は、確実に動き出していた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ぐぅぅぅぅ!!ノウめ!小癪な真似を……!!」

 

 

アデムは焦っていた。会議中にクワ軍が攻め込んできたと言う情報を聞き、外に出てみれば敵はもうすでに平野から見える位置にいた。ギムから東へ5キロの位置に布陣しているようである。

 

明らかに敵の進軍速度が速い、ここからではよく見えないが馬やら馬車やらを徴用しているのだろうか。それにしても、たった数時間でこの進軍速度は異常だった。

 

奴らが先遣隊なのは百も承知。問題は夜に敵の『馬が引かない謎の荷馬車』の部隊達が10台ほどやってきては兵士を下ろして陣地の前で怒号をあげ、去っていくと言う挑発行為を繰り返していることだ。

 

ギムは城塞都市ではないため、街に篭っても安心はできない。本格進行かどうかの判断もつかず、仕方なく兵を常に陣地を布陣させて警戒するしかなかった。そのせいで士気は目に見えて下がっている。

 

ワイバーンを強襲しようにも、ワイバーンは夜間飛べない上に、着陸時を敵ワイバーンに狙われたら終わりだ。ロデニウス沖大海戦での敗北により、先遣隊のワイバーンが50騎も本陣に引き抜かれていたのが不運であった。

 

このままでは本隊が着くまでに兵がもたない。敵将は旗から見てノウ将軍と思われているが、まさかこんな卑怯な手を使ってくるとは思っていなかった。

 

 

「パンドール殿!我々は38万も居るのですぞ!なぜ攻撃しないのです!!」

「……そういうわけにもいかん、奴らがギムの守備隊と同じ兵器を持っていたらこちらにも相当の被害が出る」

「そんなに怖気付いている場合ですかぁ!!」

 

 

パンドールとアデムはまたも言い争う、この場合は慎重意見のパンドールの方が正しいかもしれないが、「戦に勝つ」という観点ではアデムの意見の方が正しい。周りのジューンフィルアなどの高官達は、初めて見るクワ・トイネ側の装備に目を見開いている。

 

 

「なんだあの陣地は……まるで攻め込むより守るかのようだ……」

「奴ら地面に溝を掘って隠れるつもりですよ。これでは戦いになりません」

 

 

ジューンフィルアを含む数人の部下たちが、クワ軍の異様な陣地構成に疑問を呈する。クワ軍は平野の地面を掘ってそこに隠れるかのように塹壕に孕っている。これでは、ロ軍の38万人という数字の前で通用する戦術とは思えない。

 

 

(しめた!敵が隠れこもっているならば、この際奴らに対して副将権限で攻撃してやる!パンドールの臆病者の許可を得る必要もないわ!!)

 

 

その夜のうちに、アデムは破滅へ向かう第一歩を踏み出してしまった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「くっ!攻撃するまでが早すぎるぞ!!」

 

 

翌日、敵襲を知らせる鐘の音がクワ・トイネの塹壕陣地に轟いた。新装備を持つ以前から変わらない金属製の鐘の音が、寝ていた兵士たちを叩き起こして飛び上がらせる。兵士たちは塹壕を行き来して、なんとか陣地を整えようとして慌ただしく動いている。

 

その中で、将軍ノウは敵の進軍スピードに苦虫を噛み潰したような表情をする。眼下に広がる平野には、ガツガツと音を立てながら騎士の鎧に身を包んだロ軍の軍勢が攻めん込んできた。それも、38万人全員でだ。しかも、空には100騎近くのワイバーンが見える。

 

当初、この塹壕陣地は敵の少数を引き付けて、それを各個撃破するための布陣であった。そのために、時々装甲車に兵士を乗せて十両ほどを向かわせて陽動作戦に出た。

 

新しくレヴァームから輸入した装甲車は、クワ・トイネの陸軍に革命をもたらした。鋼鉄でできた馬の必要ない荷車が、騎兵など目じゃない速度で走り回れるのだ。しかも、兵士たちを乗せることもできるという。

 

これを購入した陸軍はクワ・トイネ陸軍初の機甲部隊を成立。この二ヶ月で鬼のような……それこそ天ツ上で言う『月月火水木金金』と呼ばれる超過密な訓練プログラムで徹底的に鍛え上げた。

 

その真価は発揮された。しかし敵を煽りすぎたのか、結果は38万人全員が攻め込んでくるという明らか小銃だけしかないクワ軍4万人のキャパシティを超えた軍勢であった。

 

 

「将軍!天ツ上陸軍から電報が届いております!」

「よこせ!」

 

 

レヴァームと天ツ上には前もって『後方に引っ込んでろ』と言ってしまったため、この緊急事態にどう対処するのか正直不安であった。そしてその内容は『進軍している軍勢はロ軍部隊で間違いないか?なければ“コウホウシエン”を開始する』であった。

 

 

「今更後方支援をしてなんになる!!!」

 

 

微かな期待は裏切られた。いや、この場合は自分で言ったのに期待してしまったノウ将軍が悪いのだが。そんなこともつゆ知らず、ノウは電報の紙をビリビリに破いた。

 

 

「ええい!もうレヴァームも天ツ上もあてにならん!戦闘用意だ!!」

 

 

ここに、ギムの戦いと呼ばれる一大決戦の幕が開けた。

 

 




『天ツ上に転生した大内田さん』
基本、天ツ上の人たちは原作日本国召喚のキャラから取っています。自衛隊の人は階級を軍隊式に変えています。


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第19話〜ギムの戦いその2〜

皆さま台風は大丈夫でしたか……?
私は日本国召喚第4巻のノーズリーブ姿のシエリアさんにドキッとしていました。


 

クワ軍第13狙撃中隊隊長のイーネは、狙撃銃を片手に平野に土で盛られた小さな高台で部下に戦闘準備の指示を出した。ここからでも開かれた戦端が目に映る。彼方、平野の遥か向こうに地面を埋め尽くさんばかりの軍勢が押し寄せ、一列に行進している。まるで人の津波のようであった。

 

その津波の中で一際速い軍勢が押し寄せている。ぱかりぱかりと馬音を鳴らし、軽めの鎧に身を包んで一身に突撃をしてくる集団。ロ軍の騎兵団であった。

 

 

「全員!構え!!」

 

 

ノウ将軍の号令一下、塹壕に隠れたクワ軍の兵士たちが小銃や機関銃を構える。イーネたちの役割は狙撃、制圧力は少ないがピンポイントで敵兵を抑えられるポジションだ。敵の制圧、各個撃破は他のポジションの役割となっている。

 

クワ軍がレヴァームと天ツ上によって近代化したことによって、イーネたちの装備は弓から狙撃銃に変わった。イーネの射撃技術は弓の頃から高かったが、武器が小銃になってからもその腕は健在で、狙撃銃を持てば百発百中も彼女にとっては夢物語ではない。

 

その射撃技術を買われ、今こうして狙撃中隊に配属されている。射撃がうまい騎士団の頃からの部下たちも一緒だ。彼女たちは迫りくる騎兵たちに臆することもなく、狙撃銃を構える。六倍の倍率スコープの中で、はるか先にいるはずの騎兵が拡大される。

 

 

「撃ぇ!!」

 

 

瞬間、火花たちが散りばめられた。火山の噴火のような火線が、幾千もの銃弾となってロ軍に襲い掛かる。銃弾は一つ一つが一撃必殺の威力を持って騎兵たちを貫き、歩兵をズタズタにする。

 

イーネたちも狙撃銃の引き金を引く。狙うは一番先頭にいる騎兵たち。撃鉄が銃弾を突き、中の火薬たちが爆裂しする。肩にかかる鋭い反動とともに必中の弾丸が放たれる。

 

銃弾は馬の足に命中した。痛みに耐えきれず、足を崩して馬は転倒。うずくまった馬を避けきれずに後続の騎兵たちも足を取られて転げ回る。

 

機関銃と違い、一発ずつしか撃てない狙撃銃で相手を足止めするには、馬の足を撃って足止めするのが一番だ。足をやられた馬はもう2度と立ち上がることはできないし、もう脅威ではない。しかも、敵の指揮官らしき人物を狙えば指揮系統も混乱する。

 

イーネは素早くボルトをコッキングして次弾を装填する。連射性能が低いのが悔やまれる。狙撃銃なら問題はないが、他の兵士たちが持っているのも自分と同じ『ボルトアクション』と呼ばれる機構の銃のために、いちいちボルトを引かなくてはいけない。機関銃のような大群に対する制圧力が少ないのだ。

 

レヴァームには単発の弾丸を引き金を引くだけで撃てる『半自動小銃』という小銃があるらしいが、クワ軍に配備してもらえたのは旧式のボルトアクションであった。今更それを悔やんでも仕方がない。イーネはまた素早く騎兵に照準を向け、馬の足を正確に貫く。

 

 

「くっ!数が多い!!」

 

 

やはりというべきか、狙撃銃では数百もの騎兵たちを全て足止めすることは叶わない。機関銃たちも再装填に入っており、しばらくは撃てない。

 

 

「進め!!敵の魔導は切れている!今がチャンスだ!!!」

 

 

その間に未知の武器である小銃を恐れないロ軍の騎兵たちが迫ってくる。後続には歩兵たちもずんずんと迫ってくる。

 

 

「!?」

 

 

その時、戦場の空にバサバサと空を切る音が耳に入った。反射的に上を見る、太陽を覆い尽くす巨大な影、羽ばたく大きな翼。そこには自分達を殺さんと翼を広げるワイバーンがいた。

 

 

「しまった!」

 

 

地クワ軍は地上にばかり気を取られていた、機関銃も全て敵陣に向けられており、今更対空機銃について上に向けようとしても遅い。眼上に広がるワイバーンは巨大な翼を広げて火炎弾を放とうとしていた。イーネは慌てて狙撃銃のスコープをのぞいてワイバーンの竜騎士を狙う。しかし間に合わない、腰に掲げた銃を取り出すよりも先にワイバーンの口元が光照り始めていた。

 

イーネは死を覚悟した。このまま自分はこいつに焼かれて死ぬんだと。しかしそれでも諦めない。イーネは狙撃銃のスコープを竜騎士に向けた。

 

その時だった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──眼上のワイバーンが爆ぜた。

 

 

「え?」

 

 

イーネは思わず、間抜けな声を出した。敵のワイバーンは体を貫かれ、100メートルの上空から一気に骸となって落ちていった。

 

 

「え?」

 

 

まだ狙撃銃の引き金は引いていない。指は引き金に手をかけたままで、竜騎士を狙っていた。にもかかわらず爆散したのはワイバーンの方であった。何が起こったのか空を見上げてみれば、異形のドップラー音が轟いた。

 

頭上を通り過ぎる疾風。

 

ワイバーンなんかよりも速いそれは、イーネたちの頭上をフライパスして通り過ぎる。戦場に青い影が舞い降りる。イーネにとっては、一度見たことのあるシルエットだった。あれは──

 

 

「海猫」

 

 

羽ばたく海猫のイラストを描いた、鉄竜たちが空をすべていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

上空2000メートル、高空から戦場を見下ろす。そこまで高くない高度だ、戦場がよく見渡せる。戦端はたった今開かれたばかりのようであり、まだクワ軍に被害らしきものは確認されていない。敵軍が塹壕陣地の手前で押し留められているからだ。

 

しかし敵は強大だ、すでにロ軍のワイバーンがクワ軍の陣地を荒らし回ろうとして近づいてきている。この世界で一番の航空戦力であるワイバーン、それが100騎近くいる。

 

 

「行こう、攻撃開始だ」

『はい!奴らに目に物見せてやります!!』

 

 

シャルルはメリエルに通信で合図を送ると、シャルルたちはついに攻撃を開始した。操縦桿を押し倒して機首を下げ始める。風が強く風防に叩きつけられて、機体のジェラルミンが揺れる。高空から一気にダイブしたアイレスVたちは、ワイバーンたちに襲い掛かる。

 

上空2000メートルからのダイブ、時速は一気に600キロまで上がって、ワイバーンの追従を許さない。照準器の中でワイバーンがずんずんと大きくなる。今まさに火炎弾を放とうとしているワイバーンに対して、発射レバーを押す。

 

銀色の曳光弾が軌跡を引く、放たれた20ミリ弾がワイバーンを貫く。ワイバーンの内臓、翼、頭を貫いて絶命させる。ワイバーンが浮力を失って砕け、墜ちてゆく。竜騎士は100メートル上空から墜ちたワイバーンに踏み潰されて間も無く死んだ。

 

シャルルはそれを見届ける暇もなくそのまま操縦桿を引いて愛機を持ち上げる。ダイブにより上がっていた機速のおかげで高度を上げるのも容易い。

 

 

『な、なんだあれは!?』

『ワイバーンだと!?どこからやってきた!?』

『怯むな!今更ワイバーンを投入したからといって恐れるに足らん!』

 

 

竜騎士たちの戸惑いの声が広がり始める。声根が怖がり、疑問と恐怖に満ちている。それは世界最強の生物であるワイバーンを、いとも容易く落とした異形への恐怖だろうか。しかしそれでも、ワイバーン達は勇敢にアイレスVたちについてくる。アイレスV20機はそのままワイバーンとの格闘戦に持ち込んだ。

 

 

「メリエル!カバーを頼んだよ!」

『了解です!』

 

 

アイレスVを翻し、ワイバーンを追いかける。上空の旋回戦であっという間にワイバーンの背中に食らいつくと、容赦なく20ミリ弾を放って落とす。

 

 

『な、なんだと!?』

 

 

相手の練度は高い。下手な飛空士ならばどこから撃たれたかわからずにキョロキョロと見渡すだけだが、ロ軍の竜騎士はしっかりとアイレスVの位置を捉えていた。だからこそ驚愕した、世界最強の生物であるワイバーンがあっという間に後ろを取られたことを。

 

アイレスVの20ミリ弾をモロに浴びたワイバーンは血飛沫を上げてそのまま墜ちてゆく。生物では最強でも、兵器としては中途半端。戦空機にワイバーンは勝てないことはもう証明されている。

 

 

『くそっ!食らいやがれ!!』

 

 

真正面から5騎のワイバーンが向かってくる。敵ワイバーン達はそのまま火炎弾を放ってくるが、シャルルは操縦桿を左斜めに引きながら右のフットバーを蹴り付け、急横転して回避する。火炎弾は急横転の中心線を通り過ぎて行き、ワイバーンとはそのまますれ違う。

 

シャルルはすれ違うのを確認すると、そのまま操縦桿を目一杯引き付ける。機体の機首がぐわんと持ち上がり、アイレスVの液冷カウリングが地面に対して垂直にまで持ち上がる。

 

機体はあまりの垂直上昇に速度がついて来れずに失速する。機体がガタガタと震え、ついには耐え切れずに機体が進行方向とは逆向きにターンした。そこでシャルルはオーバーブーストを数秒だけ起動して失った機速を回復させた。

 

 

『なんだ今の機動は!?』

 

 

ストールターン。失速時、機体の翼が揚力を失うのを利用して垂直上昇から空中に静止し、そのまま真横に失速反転する機動。シャルルは一気に5騎の真後ろを取った。

 

 

『に、逃げ……!』

 

 

その後は容赦ない、放たれた20ミリ弾は銀色の軌跡を残しながらワイバーンを貫き、散開する前に5騎全てを撃ち落とした。

 

 

『ちくしょう!化け物め!!』

 

 

機速が遅くなったアイレスVの真後ろに、1騎のワイバーンが食らいついた。素早く火炎弾を放って来ようとする。今度はそうなる前に垂直尾翼を立てて、左ラダーを踏み込み、バレルロール気味に速度を落として相手の後ろにつく。相手のワイバーンは全力飛行で追従していたために、そのままオーバーシュートしてしまう。

 

 

『な、嘘だろ!?』

 

 

シャルルはそのまま操縦桿の発射レバーを引いた。単連射された弾丸がワイバーンに殺到する、銀色の軌跡が銀の糸を引いてワイバーンの命を潰しにかかる。しかし、相手のワイバーンは少しだけ横に羽ばたき、ヨー気味に射弾を避けた。シャルルはハッとした、相手は腕がうまい。エース飛空士だからこそわかる、腕前を感じされる機動であった。

 

 

『ち……ちくしょう……!どこまで行ってもついてくる!!』

 

 

シャルルは気を引き締めた。腕前がいいからこそ、この場で仕留める。必死になって引き離そうとする相手のワイバーンを離さないように食らいつき続ける。そのうちに、照準器に腕の立つ竜騎士が収まった。

 

 

『死んで、たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 

相手の竜騎士の悲鳴が風防越しに聞こえてくる。それでも照準器には相手の竜騎士を捉えて離さない、逃がさない。容赦なく、シャルルが発射レバーを引こうとしたその瞬間──

 

 

 

 

 

 

──銀色の光が目を遮った。

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

一瞬、その眩しさに目を瞑って発射レバーを引いてしまう。初弾がずれ、曳航弾の軌跡がぐにゃりと曲がる。放たれた20ミリ弾は射線がずれ、竜騎士を避けてワイバーンの胴体に降り注いだ。

 

運が良かったようだ。どうやら何かの金属片か何かが風防をかすめて飛んできたらしい。思わず目を瞑ってしまったが、ワイバーンは墜とせた。相手の竜騎士はそのままフラフラと高度を下げ、クワ軍の陣地の地面に激突していった。竜騎士は無事だろうが、ワイバーンはもう助からないだろう。その後、ワイバーン達はアイレスV20機に全て狩り尽くされた。まるで蜂を啄む鳥のような一方的な試合であった。

 

 

『シャルルさん、こっちは片付け終わりましたよ』

 

 

メリエルの声が通信機越しに響いてくる。勝ち誇った明るい声だ。見れば、上空のワイバーン達は恐慌状態に陥り、順々に落とされていっている。もう10騎も残っていない。

 

上空は制圧した、後は──

 

東の方角から、異形の音調が響き渡り始めた。アイレスVのとは違う、未知の形状のシルエットをした戦空機達が空域に到着した。翼が屈折し、前方ではなく後方にプロペラが付いている。

 

 

「真電改」

 

 

少し遅れての到着、そのわけはすぐに分かった。真電改達は機体の下部に涙滴型の真っ黒の物体を吊り下げている、爆装してやって来たのだ。

 

 

『こちら音無飛空隊隊長波佐見真一中尉だ。制空戦ご苦労だった、我々の出番は無さそうだな』

「いいえ。爆装していらっしゃるなら、まだやれる事はありますよ」

『了解した。全機、爆撃開始だ!!』

 

 

そう言って波佐見中尉率いる音無飛空隊達の真電改は、上空2000メートルから一気に高度を落として爆撃体制に入る。大軍を効率よく駆逐するために、扇の陣形を敷いて制圧力を高めて250キロ爆弾を落としてゆく。

 

ワイバーンを落とされて恐慌状態に入っていたロ軍の部隊達は、上空から放たれた250キロ爆弾を何かの糞かと思っただろう。しかし真電改から放たれたそれは、そのような嫌がらせではない。相手を殺す気で襲いかかる、爆裂の塊だ。

 

瞬間、炸裂の炎がロ軍の部隊達を包み込んだ。250キロにもなる鋼鉄の塊の中に収められた火薬達が、一斉に炎を放って爆発した。ロ軍の兵士達が吹き飛び、馬が転げ回り、重歩兵ですら何十メートル先まで吹き飛ばして命を断つ。

 

爆弾を放ち終わった真電改達はそのまま上昇して反転。戻ってくると、機首についた30ミリ機銃弾をロ軍の陣地に向かって掃射した。アイレスVよりも火力のある大口径弾が、強力な盾を持った部隊ですら吹き飛ばして殺してしまう。それらを防ぐ手立てはロ軍にはない。

 

途端、何もない地面がいきなり爆裂した。炸裂した150ミリ重砲砲弾が、破片を伴って後方の陣地を吹き飛ばす。遅れて始まった、皇軍と帝軍の砲兵部隊の攻撃であった。指揮官は大内田中将だろうが、後方支援にしてはやり過ぎである。着弾観測は上空3000メートルに居座る『サンタ・クルス』行っている。

 

正確無慈悲な砲撃は、面制圧力を持ってクワ・軍に殺到しようとしていたロ軍部隊達を削り取る。あたりはもはや業火に焼かれた地獄のような模様であった。

 

ロ軍の不運は続く。東の後続から、帝軍の急降下爆撃機の『連星』60機が続いてきて、降下を開始した。腹には100キロ爆弾6つを抱えている。もう、彼らの運命は決まったかのような物である。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんてこと……」

 

 

その様子を見ていて一番呆然としたのは、窮地を救われたはずのクワ軍の兵士たちであった。イーネは火山の噴火のようなギムの平原の様子に、呆然としている。

 

鉄竜達が降下してゆくたびに、地面が爆ぜて、兵士達が機銃で砕かれる。これはなんなのか?小銃と機関銃がクワ軍の戦い方を変えたが、レヴァームと天ツ上はそれ以上ではないか。

 

 

「おい!これはどういうことだ!?レヴァームと天ツ上は『後方支援』しかしないはずではなかったのではないか!?」

「そ、それが……」

「どうした?電報は来ているはずだ、読め!」

「え、えっと。大内田中将によりますと『はて?”後方支援“は“航空支援”の間違いではないのか?』だそうです……」

「…………」

 

 

やられた。どうやら大内田中将は『後方支援』のふりをして『航空支援』を開始しているようであった。まさか、嫌味を言われるとは思っていなかったノウ将軍のプライドは、ズタズタに引き裂かれた。

 

その一方で、狙撃中隊のイーネは上空を優雅に飛ぶアイレスVを見つめていた。最も多くのワイバーンを落とし、空戦で優雅に飛び回りながら圧倒的な実力を見せつけていた機体だ。彼のノーズアートに目が移る。翼を広げ、海を飛び続ける一羽の鳥の絵であった。

 

 

「海猫……」

 

 

使節団としてエスメラルダに派遣された時のあの機動が、目に焼き付けられる。兵士たちの間では、レヴァームには凄腕の竜騎士がいると噂になっていた。どうやらそれは、間違いでも幻想でも、戦場伝説でもなかった。

 

 

「噂は本当だったんだな」

 

 

確かに彼はそこにいる。海猫の伝説が、広まり始めようとしていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんということだ……」

 

 

アデムたちは炸裂する砲弾と爆弾の中で呆然としていた。

 

 

(どうする!?どうすればいい!?あれだけの爆裂魔法を投射するならばいずれここにも被害が来る!!!逃げねば!!!!)

 

 

アデムは必死に思考を凝らして生き残ろうと考えを練る。練って練って、それでもやはり選択肢は「逃げる」の一言のみであった。パンドールたちを見捨ててでも、自分だけでも生き残る。

 

アデムの自分勝手な選択肢により、アデムは近くの馬へと駆け寄ることにした。馬ならば、それもたった一騎ならば目立たずに逃げ切ることができる。足も速いので逃げることもできるはず!アデムは隣で口を開いてガタガタと震えているパンドールたちを尻目に、震える足を踏ん張らせて馬に辿り着いた。

 

 

「!?、なんだ!?」

 

 

その時であった。断末魔が奏でるギムの上空にまた新たな音色が轟き始めた。上空を見上げれば、ワイバーンを駆逐した青い鉄竜とまた違った、巨大な銀色の翼を持った巨竜が十騎もやってきた。

 

東の空からやってきたそれは腹を開き、さっきの鉄竜と同じ何かわからない黒い物体を落とした。一つ、二つ、目に見える限りで空を埋め尽くす真っ黒の雨だ。それがこちらに向かって一直線に落ちてくる。

 

アデムは本能的な死を感じた。迫りくる人生の終わりに抵抗するべく、アデムは馬に駆け寄るのも億劫になって、自分の足で逃げ出した。しかし、遅かった。

 

 

「なんだあれは!?何かを落としたぞ!!」

 

 

誰かが声を上げる

 

 

 

ゆっくりと

 

 

 

確実に

 

 

 

破滅が見える

 

 

 

自分に死が迫る

 

 

 

瞬間──

 

 

 

──光

 

 

 

灼熱の業火が地上を襲う。

 

 

 

それは、一瞬の出来事であった。

 

 

 

アデムは遅れてやってきた『グラナダⅡ』の十機編隊が放った絨毯爆撃によって、この世を去った。パンドールもジューンフィルアもワッシューナも、全てが殲滅されて散っていった。

 

それを見ていたノウ将軍は「まるで兵たちが火炎魔法で蹴散らされる蟻の如きであった」と語っている。それほどまでに、レヴァームと天ツ上の爆撃と砲撃は容赦が無かった。

 

ロ軍はこの戦いで38万人の兵全てを失った。もちろん、捕虜もいるが38万人の内8割が全滅した。

 

ロウリアの大陸統一の野望は、ここで閉ざされることになったのだ。

 




シャルルに撃ち落とされたムーラさんは一応生きていて、クワ軍に捕虜になりました。また登場するかも。



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第20話〜反撃の狼煙〜

爆撃機から黒い雨が降り注ぐ。地上に降り注げば、信管が作動して何十キロにも及ぶ炸薬を破裂させて地面に破壊をもたらす。

 

重歩兵の目の前で250キロ爆弾が破裂した、重歩兵はすぐに吹き飛ばされ、四肢をまき散らして即死する。巨大な破壊の爆弾の前では、いかなる鎧も意味をなさない。

 

『グラナダⅡ』の容赦ない絨毯爆撃と、『連星』による残党狩りによりロ軍の兵士たちに戦意はもはや無いに等しかった。次々と降伏し始め、クワ軍に捕らえられる。それ以外の者は爆撃の嵐にさらされる。あまりに凄絶なロ軍の最後であった。

 

 

──空戦では負ける気はしない

 

 

風車板の向こう側の地獄を鳥瞰しながら、戦果を確認したシャルルはアイレスVの機首をエジェイの方向、サン・ヴリエル飛空場に向けた。

 

 

──空戦ではね……

 

 

ほのかな思考を漂わせながら、操縦桿を握り直してそれを振り払う。季節はすっかり春に近く、4月の終わりは同時にこの戦争の終わりも近いことを感じさせていた。水平線の向こうには、戦争など関係ないかのように幾千もの春の雲達が伸び伸びとしている。

 

緑の穀倉地帯を飛翔して乗り越え、左手に城塞都市エジェイが見え始めてきたのと同時に、基地であるサン・ヴリエル飛空場が見えてきた。何度か異動を繰り返したコンクリートの滑走路に、シャルルは無事に降り立った。航空指揮所に赴き、アントニオ大佐に撃墜数を報告する。

 

 

「敵ワイバーン25騎を撃墜いたしました」

 

 

シャルルの報告に、アントニオ大佐はにこやかに笑う。

 

 

「君のこの世界での撃墜数が100を超えたよ」

「はっ」

「この二回の戦闘の合計が100、この世界に来てからも腕は衰えていないようだね」

「恐縮です。しかし、戦空機でワイバーンと相手するにはあまりに性能差が大きく、飛空士の腕が鈍りそうです」

「ふむ、確かにそれは懸念材料だ。内地に戻ったら幾らか訓練を積ませるべきだろう」

 

 

顎を自身の右手で撫でながら、アントニオ大佐はシャルルの懸念材料を精査する。シャルルの心配通り、ワイバーンと戦空機では性能差がありすぎてパーフェクトゲームになりかねない。そのせいで飛空士の腕が鈍ったり、油断が出来てしまったりしてしまいかねない。

 

 

「ちょうど、本国ではクワ軍や捕虜になったロ軍の竜騎士を空軍に入らせる計画があるそうだよ。君にはその教官を務めてもらうことになりそうだ、もしかしたら列機も増えるかもしれないね」

 

 

それはそれで意外な情報であった。今までシャルルはちゃんとした列機がおらず、もっぱら何度も入れ替わる隊の人間と飛空隊を組んできた。メリエルが移動してきてからは列機の立場が確実になってきたが、シャルルにとっては列機が増えるのはありがたい事だった。

 

夜。周りの飛空士達はギムでの勝利に因んで、ちょっとした宴会を開いて集まっていた。基地には灯火管制も敷かれておらず、夜にこうして光の下に集まっても叱られることはない。

 

サン・ヴリエル飛空場を拠点に活動しているネクサス飛空隊は、戦空機隊、爆撃機隊、雷撃機隊、整備隊、その他地上隊からなる3000名ほどの航空部隊だ。ロウリアが相手とはいえ一応最前線なので、飛空士達は選りすぐりの飛空士達が集められている。

 

シャルルはどこを目指すでもなく、基地のエプロンでブランデーの酒を少しずつ飲みながら月の出ている空を眺めていた。草原からは鈴虫の声根が流れ、月の登っている夜空を染め上げている。

 

この辺りは元々ダイダル平原と呼ばれていたらしく、農地には向かないものの家畜達を放し飼いにするにはもってこいの場所だったという。戦争がなければのどかな風景が見られたかもしれないが、今はレヴァームと天ツ上が飛空場を建設し、ロ軍を相手にして血に濡れた飛空士達を迎え入れている。

 

シャルルだって人を殺して何も感じないことは無いわけがない。例えエースと呼ばれていても、中身は葛藤のある人間だ。

 

中央海戦争が始まって間もない頃は、ただがむしゃらに戦うだけだった。しかし、当時優勢であった天ツ上に追い立てられるうちに、いつの間にか生き残ることに必死になっていた。

 

戦争はそのうちにレヴァーム優勢になって行き、そのたびにシャルルは何人かを殺していた。今回の戦争も、圧倒的なテクノロジーの差から一方的にロウリアの兵士たちを殺して回ってしまっている。

 

 

──100騎を撃墜したって事は。

──少なくとも100人殺した事になる。

 

 

シャルルの胸を撫でるのは、虚しさだけであった。自分の手をじっと見つめる。地上だけでなく、海上の船や地上の敵兵も20ミリで撃ち殺している。おそらくこの世界で殺した人間の数は200を超えるかもしれない。

 

 

──大量殺人鬼か……

 

 

その事実がだんだんと理解できる。中央海戦争を含め、自分は一体何人殺してきたのだろうか?己の弱さを悔やむ。殺さなければ殺されるだけ、それは分かっていても自分は人を殺す事に躊躇いを持っている。空戦の時はがむしゃらのエースでも、地上に降りればただの弱い一人の人間だ。

 

 

「シャルルさん、どうしたんですか?」

 

 

後ろからそっと声をかけるように、メリエルの心配そうな声が聞こえる。彼女には思い悩んでいる事は知られていないだろうが、それでも自分の弱いところを見せて心配をかけてしまったのは申し訳が立たない。

 

 

「……なんでもないよ」

 

 

そう言ってシャルルは夜空を背に、メリエルに振り向いた。歩みを進めようとしたところで、立ち止まる。眼上の月を眺める。

 

 

──あなたなら、どう考えますか?

──ビーグル。

 

 

その声は、何処へ届くやら。遥か彼方の天ツ上本土にいるであろう、会ったことのない親友へと疑問の声を投げかけた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央歴1639年5月10日 ロウリア王都 ジン・ハーク

 

緩やかな丘に作られたこの王都は、外から見れば丘に城が張り付いているように見える。頂上に、王の住う城ハーク城がそびえ立っている。丘の上に立っているために街の中からもその優美な佇まいを見ることができ、王都に住まう人々は自分たちが特別であると自惚れることができた。

 

街の周りは三重の城壁に囲まれ、それぞれ外側から20メートル、25メートル、30メートルの高さに分かれ、それぞれの城壁が外敵を足止めして弓矢で撃退する戦法を想定している。

 

この大袈裟な城壁のおかげで、ロウリア王国の首都は鉄壁の守りを築いていた。例え奇襲的に何処かの国が王都を奇襲しようとも、この城壁を破る事はできないだろう。これだけの城壁ならばもしかしたら、文明圏の国ですらも退けられるかもしれない。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

そのハーク城の内部では、軍事会議が行われていた。出席しているメンバーは、開戦前に行われた御前会議と同じである。その他にも軍の幹部が多数着席している。王都防衛騎士団、王都防衛歩兵大隊長、近衛龍騎士団等、国防の要が勢揃いしている。黒いローブをかぶった男も、傍観者として席につく。

 

しかし、会議に出席している面々の顔色は重い。そして暗い。理由は言わずともがな、戦争の戦況についてである。

 

 

「そ、それでは会議を開催します」

 

 

司会進行役が、会議の開催を宣言する。この司会進行役、顔はこのプレッシャーに完全に負けてしまい、タジタジである。

 

 

「パタジン将軍、現状説明をお願いします」

 

 

司会に促されてパタジン将軍が立ち上がって前に立つ。しかし、いつも自信に満ち溢れていた彼の顔は、今や見る影もない。相当疲れ切っている。

 

 

「……皆の者、緊急会議に集まっていただき感謝いたす。クワ・トイネ公国侵攻作戦の現状を説明する………我が軍はクワ・トイネ公国の国境線の町ギムを初戦で占領に成功した。だが想定していたのよりも被害が大きく、苦戦してしまったそうだ。我が軍はその勝機を逃さずに、軍船4400隻をマイハーク港へ差し向けた……ここまでは良かった」

 

 

彼は重々しい空気と自身に降りかかったプレッシャーに耐えきれず、一呼吸おいてため息をつく。

 

 

「この時点で、レヴァームと天ツ上は我が国に宣戦布告。戦争状態に入った」

「…………………」

「艦隊がマイハークに向かう途中のクワ・トイネ公国領海にて、我が軍の軍船4400隻と、レヴァームの艦船20隻が衝突。敵に被害を与えることができずに我が方の軍船1600隻が撃沈、1400隻が敵に降伏した。生き残ったのは1400隻のみだ」

「…………………」

「制空支援に派遣した竜騎士団250騎も同時に失ってしまい、その光景を見てしまった海兵たちは士気を喪失し、しばらく使い物になりそうにないとの報告も受けている」

「…………………」

 

 

軍幹部たちは思わず「そんな戦力差あってたまるか」と言いたかったが、この場で正式発表される被害の数々に絶望した。この会議で正式発表されるという事は、その被害は事実であるという事だからだ。

 

 

「ギムを占領した陸軍だが、陣地を整えていた最中にクワ・トイネ軍とレヴァーム、天ツ上の連合軍の強襲を受けてた。通信からレヴァームと天ツ上は巨大な鉄竜を駆使していたと推測している。ギムにいた精鋭38万人は鉄竜からの爆裂魔法の投射により全滅した……」

「……………………」

 

 

重苦しい空気が会議場に漂う。

 

 

「やはり……やはり無謀だったんだ!あんなデタラメな鉄竜や飛空船を作ることのできる国と戦争を仕掛けるなんて、初めから無理だったんだ!!!!」

 

 

誰かの、悲鳴に似た叫び声が轟いた。ふとみれば、ギムにいた生き残りの作戦参謀が座り込んで小刻みにガタガタと震えている。

 

 

「馬鹿者!お主は我がロウリアが負けるとでも思っているのか!?」

「なら逆にどうやって勝つんですか!?兵のほとんどを失った今、奴らは必ずこの王都に攻め込んでくるはずだ!あんなものを防ぐ手立ては我々にはない!!」

「そうだ、この戦争は初めから無理な戦争だったんだ……もうロウリアはおしまいだ!!!」

 

 

恐怖が伝染したのか、他の幹部たちにも座り込んで発狂し始める。そのうちに主戦派の人間に追い立てられ、発狂した人物たちは会議場を追い出された。

 

 

「……とにかく、このままではレヴァームと天ツ上の軍が王都に攻め入ってくる可能性が大きい。皆の者、何か意見はないか?」

「それについては私めに考えがございます」

 

 

防衛騎士団の作戦参謀が手を挙げた。

 

 

「ジン・ハークは知っての通り、三重防壁を突破しなければ王都内部に入れません。城壁は外縁から内部に侵入するほどに攻略が難しくなる構造です。もはや『鉄壁』……いや、『神壁』と言っても過言ではありません。街の外は平原で見通しも良く、敵の早期発見が可能です。まずは監視体制を24時間の交代制に強化いたしましょう」

 

 

敵部隊が揃って攻撃を開始するには時間がかかるものだ。早期警戒網を敷いておけば、早期に兵を出動させることも可能というわけだ。作戦参謀は完璧な自分の考えに酔いしれており、自信たっぷりだ。

 

 

「飛空船や鉄竜の対策はどうするのだ?奴らが上空から爆裂魔法を投射すれば、我らはひとたまりもないぞ」

「飛空船と言えど、元は船です。奴らは海の上にしか着水できないので、陸地まで運び込まれる事はまずないでしょう。たとえ運び込まれたとしても、我ら近衛竜騎士団のワイバーンを用いれば撃滅が可能です」

 

 

今度は近衛竜騎士団長が口を添えた。彼も作戦参謀と同じく、自分の持つ軍隊に自信を持っており、まさか世界最強の生き物であるワイバーンが負けるとは思っていないらしい。

 

 

「それから鉄竜については、通信から不意打ちの攻撃が原因で被害を被ったと推測できます。そのため第1から第3竜騎士団を警戒態勢に移行させ、いつでもスクランブルができるようにしておきます。警戒は怠らせません」

 

 

彼らは通信から、ワイバーンが全滅したのは不意打ちを受けたからだと思っていた。ロデニウス沖大海戦、そしてギムの戦いでもワイバーン隊はレヴァームの鉄竜に不意打ちを食らっていた。

 

 

「王都の守りは堅いです。たとえレヴァームと天ツ上の軍が王都攻略に現れようと、このジン・ハークが落ちる事はありません。兵はかなりの損害を受けましたが、まだまだ手の打ち用があります。王都にたどり着くにはいくつかの街を抜けなければならず、その各所に兵を配置しているので問題はありません」

 

 

作戦参謀は自信たっぷりに完璧な防衛体制の戦略を述べ続けた。ここまで兵を失った以上、もう侵攻作戦は不可能に近い。ならば、もはや防衛に徹するだけであろう。

 

しかし、この戦争を終わらせるにはいったいどうすればいいのか?その答えは会議では上がらなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

見渡す限りの大小の軍船たちが、港をひしめき合って占拠している。空にワイバーンがいたら、そこから見える風景はため息が出るほど壮観だろう。1400隻もの軍船が整然と並び、どんな相手だろうと負けるはずがないという自信が溢れ出てきそうだ。

 

 

「…………」

 

 

しかし、海将ホエイルの顔色は優れなかった。不安げな表情が表に出ており、見渡す限りの軍船の光景を見ても安心しきれていない。彼は、ロデニウス沖大海戦を思い出していた。

 

 

──あれは海戦などではない。

──ただの虐殺だ。

 

 

自分たちの飛ぶことのできない高さから、自分たちが攻撃できない距離から、一方的に撃破される屈辱。鍛え上げた海兵たちも無意味だと言っているかのような、あまりに無残な敗北。

 

彼の上司である海将シャークンも、レヴァームとの海戦により消えた。彼が生きているかどうかはまるでわからない。

 

そして、彼はワイバーンを最も簡単に退けたあの青灰色の鉄竜を思い出す。海猫のマークをつけ、世界最強の生物であるワイバーンを赤子の手をひねるかのように簡単に殺して回った、あの海猫。

 

 

──どうすれば、あの化け物たちに勝てる……

 

 

彼は思考を巡らす、しかし答えは出ない。帰ってくるのは1400隻の軍船と数万の兵を用いても「勝てる気がしない」という絶望だけであった。

 

 

「?」

 

 

突然、ホエイルは異変に気付く。

 

 

「空が……震えている?」

 

 

直感がそのことを告げた。高空の空が、まるで化け物に追い立てられる小鹿みたいに震え上がっている。胸騒ぎがする、嫌な予感が──いや、嫌な予感しかしない。彼はいつか味わった時のような空気を、ピリピリと感じていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

初めは魚影と思わしき影であった。

 

雲が燦々と生い茂り、あたりの青い空のところどころを雲海で包む。その雲海が、あたかも追い立てられた小動物のように蹴散らされた。海を遮る黒い影、空さえも黒に消える。天空を統べるのは、飛翔する鋼鉄機械の群れだった。

 

帝政天ツ上の飛空艦隊が、海を遮り、光を閉ざし、雲を蹴散らして、揚力装置の駆動音で海上の動物や魚たちを恐怖に貶める。

 

帝政天ツ上海軍八神武親中将率いる巨大艦隊が、ジン・ハーク港を目指して飛翔していた。薩摩型戦艦『敷島』を含む戦艦2、空母2、飛空揚陸艦、護衛の軽重巡空艦、駆逐艦を率いて悠々と空を泳ぐ。

 

今回クワ・トイネに派遣された帝軍の戦闘可能な艦艇数は54隻を数える。これに帝軍の本気度がうかがえる。

 

彼らはロウリア王国攻略のため、首都ジン・ハークへの攻撃を敢行しようとしていた。この戦争を終わらせるためである。空母の数は少ないが、数的にはかつての中央海戦争の八神機動艦隊に匹敵するレベルの大艦隊だ。ロウリア王国首都ジン・ハーク攻略のため、彼らはずんずんと空の歩みを進める。

 

作戦はこうだ。まずジン・ハーク北に位置するジン・ハーク港に存在しているロ軍残存艦隊を撃滅し、同時に空からの攻撃で敵ワイバーンを釣り上げる。

 

釣り上げたワイバーンを、ギム周辺に待機させたマルコス・ゲレロ中将率いる皇軍艦隊から発艦したアイレスV部隊が王都上空でワイバーンを駆逐する。これにて制空権を奪取するのだ。

 

あとは、北と東側から揚陸艦を伴った皇軍と帝軍の艦隊を、飛空艦であることを生かし、陸地を無視してジン・ハークに直接乗り上げさせて包囲する。

 

飛空艦を陸にあげるという前代未聞の作戦。その一大作戦のために、天ツ上には新たな正規空母が配備されている。正規空母『新鶴(にいづる)』それがこの船につけられた名前である。新しい鶴と書いて、新生天ツ上海軍の空母を担って誕生した新しい空母だ。

 

正規空母『新鶴』

基準排水量3万トン

全長260メートル

全幅33メートル

搭載機数

90機

 

中央海戦争時の天ツ上空母と違い、分厚い装甲が甲板などに張り巡らされている。8基の揚力装置はレヴァーム製の新型になり、旧式の1.75倍の出力を誇る。このおかげで新鶴は全長260メートルを超え、かつてのグラン・イデアルに匹敵するレベルの巨艦になっている。

 

その寵楼艦橋で、八神司令は手信号を放った。その合図は攻撃開始。瞬間、機械式のサイレン音が轟き、甲板を慌ただしく飛空士達が駆け回る。その中には、音無飛空隊から異動してきた波佐見真一中尉の姿もあった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

空を駆ける。

 

『真電改』の操縦席から、異世界の空を眺める。彼方の空に地平線が見えること以外は、自分たちが元いた世界と変わらない。空気は澄んでおり、内地のゴタゴタとした海ではない。

 

水素電池が発明されてからというもの、化石燃料を使う機関はほぼ衰退したために、黒煙が環境を汚染したりする事はなくなった。飛空艦も黒煙は吐いていないし、そもそも煙突がない。そのため、空気は内地でも澄んでいるのだが、それでも漁船も船も何もない海は飛空士たちにとっては新鮮であった。

 

海も透明度が高く、かつてのサイオン島の海を思い出す。時々鯨よりひと回り大きい異世界生物が、呼吸のために顔を出す。

 

 

──やはり異世界なのだな。

 

 

しかし、世界がまるっきり変わろうと波佐見たちの任務は変わらない。波佐見の乗る『真電改』の後ろには急降下爆撃機の『連星』や雷撃機の『天水』の部隊が続いている。やがて──

 

 

「見えたぞ」

 

 

後部に取り付けられたDCモーターの駆動音を背に、『真電改』を駆ける。真南にずんずんと空の歩みを進めれば、湾曲したジン・ハーク港が見えてくる。『新鶴』内部で散々説明された攻撃目標のジン・ハーク港である。

 

 

「全機、攻撃開始だ」

 

 

飛空隊隊長として、全ての機体たちに攻撃指示を出す。無線機器を手に取って指示を出すと、待ってましたと言わんばかりに狩りが始まる。

 

先陣を切るのは急降下爆撃機の『連星』だ。彼らは総勢60機、1400隻の軍勢を質の暴力で押しつぶす。腹に大振りの爆弾を積み込んだ連星たちは、降下角度60度の急降下で軍船に向かってゆく。しかし、対空砲火はない。まるで「どうぞ爆弾を落としていってください」と言わんばかりに空には何も打ち上げられていない。

 

そして、海面ギリギリで連星が高度を一気に上げる。するとその背中に、海底火山の噴火のような水しぶきがいくつも上がり、たちまち軍船は大破して沈み始めた。その炎は止まる事を知らず、海全体に広がって炎の地獄を作り出した。まるで、海に燃えた油水を流されたかのようによく燃えている。

 

ただの爆弾ではない、この木や木材などを燃やすために作られたこの凶悪な爆弾は、皇軍から付与されたナパーム弾であった。木製でできた軍船の集団を燃やし尽くすにはうってつけであり、こうして帝軍によってロ軍艦隊を燃やし尽くしている、

 

たちまち軍船の集団は火の手を上げ、港は煤と炎に包まれて黒煙を上げる。煤煙と炎の熱が、上空を統べる真電改の風防にも伝わってきそうであった。

 

 

「よし。雷撃機隊、攻撃開始だ」

 

 

お次の攻撃は、雷撃機隊の『天水』であった。一気に高度を下げ、海面ギリギリの場所から時速400キロものスピードに乗って魚雷が投下された。数十機もの天水から放たれた酸素魚雷は、幾千もの白い線となってロ軍の軍船に襲いかかる。

 

ナパーム弾によって瀕死になっていた軍船たちは、酸素魚雷によって喫水線を貫かれ、そのまま反対側へと抜けていった。木製のため信管が作動せずに、そのままバリバリと木造の船底突き破って反対側へと抜けてゆく。何十もの軍船たちを貫いた魚雷は、港の桟橋に突き当たってようやく爆発した。

 

『真電改』たちも黙っていられないとばかりに、燃え盛る軍船に向かって機銃を降り注がせる。真電のプロペラのない機首から正確に放たれる30ミリ弾が、幾多もの軍船の腹を突き破って燃え盛る。

 

30ミリの焼夷弾は、軍船に積まれた油壺を貫通してさらなる火災を引き起こしてゆく。真電シリーズは前方のプロペラを排除したおかげで前方に火力を集中させることができる。その真価が、ロ軍の艦隊を次々と穴だらけにしている。

 

 

「よし、効果を確認。帰還するぞ」

 

 

波佐見は最後まで指揮官として上空からその様子見守っていた。機首を翻して、新鶴へと戻ってゆく。反撃の狼煙はもうすでに上がっていた。

 

 




『飛空空母新鶴』

???「淡島に散っていった姉様たちの分も、一生懸命頑張ります!」


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第21話〜とある竜騎士その1〜

マブラヴオルタがアニメ化……だと……!!


 

『海軍本部から王都防衛本部!海軍本部から王都防衛本部!現在攻撃を受けている!空からの攻撃に対処できない!竜騎士団の上空支援を求む!』

 

 

魔力通信で王都防衛本部に応援要請がなされる。要請はすぐさま受理され、王都防衛本部では竜騎士団に緊急発進指示を出した。けたたましい鐘の音がロ軍基地内のあちこちに鳴り響き、緊張を高める。

 

指示を受けた第1から第3までの竜騎士団は迅速に竜舎に向かって走り始める。王都防衛の任務に就く第2竜騎士団の新人竜騎士ターナケインも、緊急の指示を受けて出撃の任務に就いた。

 

ワイバーンの足に配慮して石畳で舗装されていない土の地面を蹴り、竜舎へと走る。竜舎には多数のワイバーンが待機しており、竜騎士それぞれに相棒となるワイバーンが振り分けられている。

 

 

「クゥン、クンクン」

 

 

自分の相棒のワイバーンから甘えた声が出る。このワイバーンは一見すると怖い顔をしているが、実際はかなりの甘えん坊である。

 

 

「相棒、今日もよろしくな」

 

 

手綱を付けると、ワイバーンの顔つきが一層引き締まった。外を見れば、すでに待機状態にあった先輩のワイバーン達が離陸を開始していた。

 

 

「出遅れたか」

 

 

ワイバーンの腿に足をかけ、背中に急いで乗る。ワイバーンの出撃には少しだけ時間がかかるものだ。ワイバーンはデリケートな生き物のために常に鞍などの装備をつけておく事ができないため、このように新人は遅れやすい。

 

自分は竜騎士。王国の守護者、剣となる者。自分がこの国を守るのだと思うと胸が熱くなっていくのを感じる。

 

今回の攻撃は空からワイバーンで奇襲攻撃を仕掛けてきた。おそらくクワ軍が海戦で負けないように奇襲攻撃を仕掛けてきたのだろうと誰もが思っていた。ターナケインも、自分の腕があれば敵などあっさりと撃退できると自負している。

 

 

「いけっ!!」

 

 

ターナケインの竜が滑走路にたどり着き、離陸を開始する。つまずかないように作られた土の滑走路を、土煙を上げて蹴り飛ばした。

 

相棒の翼が揚力を得る、翼を広げて空に向かってふわりと浮かぶ。そして、透き通るような青い空に向かって彼らは飛び出していった。

 

高度を上げ、大空を舞うと第2、第3竜騎士団は王都上空を警戒する旋回飛行に入った。100騎ものワイバーン達が空をかける姿は壮観で、王都の民達はその雄姿を見ようと街に溢れて空を見上げている。

 

自分の活躍が、王都の民達に見てもらえているとなると、ターナケインは気分が高揚する。きっとここで手柄を立てれば、民衆は若い自分のことを囃し立てて英雄のように扱ってくれるだろう。そう思うだけで気持ちが昂ぶった。

 

ターナケインは幼い頃を思い出す。

 

幼い頃、彼は家族と森に出かけた末逸れてしまって迷子になった。何日もさまよい、食料もなく、道もわからず、森を抜けることすらできなかった。倒れそうな空腹に耐えしのぎ、それでも諦めずに徘徊をしていた時、危険な猛獣ルアキューレに遭遇してしまった。

 

ルアキューレは一回の歩兵程度では討伐できず、退治するには騎士団一個中隊が無ければ勝てない相手だった。幼いターナケインは死を悟り、その場で震えることしかできなかった。

 

 

──きっとこの猛獣に襲われて、自分の人生は終わる。

 

 

死を覚悟し、猛獣が襲いかかろうとした瞬間、空から人を乗せた巨躯の怪物が現れた。人を乗せたワイバーンだった。ワイバーンは口から火炎放射をするとルアキューレは炎に飲まれ、やがて悶え苦しみながら絶命した。

 

ターナケインのもとへ降りてきた乗り手の竜騎士は、笑顔で優しく撫でてくれた。かっこよかった、幼いターナケインには彼が勇者に見えた。その時から彼は竜騎士になることを志し始めたのだ。

 

やがて彼は成長し、幾度の挫折と困難を負いながらも、それらを乗り越えて今竜騎士になることができたのだ。竜騎士になったターナケインは竜に好かれた。竜と一体化した機動に秀でており、新人にして第2竜騎士団、王都防衛の花形に抜擢された。

 

 

──逃げろ……

 

 

どこらかそんな声が聞こえた。ターナケインは周りを見渡すが、誰もいきなり「逃げろ」だなんていっていない。魔信を確認してみたが、通信をした経歴もない。

 

 

「ん?」

 

 

すると一瞬、何かの影がぽつぽつと見えた気がした。自分から見て正面、ワイバーン隊は王都上空をぐるりと旋回する機動で旋回しつつ、辺りを警戒している。その周回が、ちょうど王都の東に位置したときにそれは見えた。

 

王都の東の空を見据える。空を統べる雲とこれほどまでの青空が、高空の空を支配する。その中に、何やらポツポツと光る物体を見つけた。太陽の光を反射しているのか、一瞬だけキラリと光った。

 

 

「あれは……?」

 

 

おそらく雲ではない。雲であるならば、太陽の光を反射するなんてことはないからだ。そもそも自分はあんなポツポツとした点のような雲を見たことがない。

 

ワイバーンの指揮官もそれに気づいたのか、魔信で一部の騎に確認を促した。数騎のワイバーンが、空をかけて東へ向かう。上空3000メートルから見下ろす滑空の空よりも、奴らは上を飛んでいる気がした。

 

嫌な予感がする。

 

情報では、敵ワイバーンは北の港を襲っているという。それならなぜ、あれらは王都の東からやってきたのだろうか?回り込むには時間がかかるはずである。

 

そんな思考の最中、確認に行ったワイバーン数騎が黒点に接触した。目測距離からして1キロほど離れている、確認に行った竜騎士は未確認騎の全容を確認することができたであろう。しかしその時、東へ向かったワイバーンがいきなり爆ぜた。

 

 

「え?」

 

 

目のいいターナケインは、竜騎士が貫かれる瞬間を見てしまっていた。ぐしゃり、と何かに押しつぶされるかのように竜騎士は潰され、何かの光るものが辺りを飛び散り、ワイバーンをも貫いた。

 

 

「え?」

 

 

一瞬、何が起こっているのかわからなかった。世界最強の生物であるワイバーン、それがまるで足で簡単に踏みにじられる蝶の如く、潰れていった。

 

肉片が空を舞い、手綱の切れた竜騎士がそのまま地面へ真っ逆さまに落下してゆく。ワイバーンと竜騎士の肉片が、四肢が、ほつれて散り散りになってゆく。

 

 

「な!?」

 

 

思わず目を見開いた。まさか、ロ軍の竜騎士の中で最も最精鋭である近衛龍騎士団がいとも簡単にやられるなんて、考えられなかった。それを見ていた周りの竜騎士たちにも、一気に動揺が広がる。

 

 

─ ─逃げろ!今すぐ逃げるんだ!!

 

 

どこからかそんな声が聞こえる。未確認騎がだんだんと近づいてその姿を現した。自分たちの真正面に、騎影が映る。空に溶け込む蒼の体色、ピンッと貼って羽ばたかない翼、鼻先につけた高速で回っている風車。どれも見たことがなかった。だが、確実に言える事は──

 

 

「あれは……ワイバーンじゃない!!」

 

 

周りの竜騎士たちが不意を突かれたその瞬間。空が火花で散らされた。光の弾が、上空で交差して飛び散り合い、すべてを蹴散らしてゆく。それに当たれば、ワイバーンはいとも簡単に潰されて、空から落ちてゆく。

 

 

「なっ!?」

 

 

あり得ない、あり得ない筈だ。世界最強の生物であるワイバーンが、いとも簡単に落とされるなんてあり得るはずがない!

 

そして、相手の騎体とそのまますれ違った。青灰色の色と、一瞬見えた白い鳥。それがなんなのか、ターナケインにはまだはっきりとは分からなかった。

 

 

「あれは……!」

 

 

すると突然、相棒のワイバーンがターナケインの制御を離れて、勝手に降下し始めた。竜騎士を無視しての急降下、目の前の地面が壁のように反り立っているほどの急角度だ。

 

 

「おい!勝手に動くな!!」

 

 

ターナケインは愛騎と一体になる素晴らしい機動技術を持っていた。しかし、彼はまだ未熟、戦場において飛竜が本能的に恐怖した場合の対処法は知らなかった。そもそも、ワイバーンは根性のある生き物であり、ターナケインはこんな事が起こるなど予想だにしていない。

 

 

「くっ……!!空の王者ともあろうお前が怯えているのか!!」

 

 

ターナケインの叱咤を全く聞かず、構わず急降下をし続けるワイバーン。どんどん地面が迫り、激突する寸前にワイバーンは態勢を立て直して勢いを殺すが、そのまま王都の一番内側の城壁内部の内部へと転がり回って着地した。

 

 

「ぐわっ!」

 

 

手綱が切れて地面を転がるターナケイン。皮の鎧を着ているとは言え、かなり痛い。目や口に砂埃が入ってシャリシャリと音を立てている。

 

 

「痛たた……ち、ちくしょう!!相棒、何を勝手に……」

 

 

相棒へと詰め寄るターナケイン。しかし、ワイバーンは全く聞く耳を持たずに高空の空を見上げてガタガタと震えていた。その様子はまるで、ルアキューレに出会した幼い頃のターナケインの姿と似ていた。

 

ターナケインも上空を恐る恐る見上げる。周りの声が静まり返り、辺り一面を支配していたのは異空の音調であった。

 

 

「な……何っ!?」

 

 

彼らの目線の先にいたのは、悲惨な光景であった。青い空が真っ赤な血に染まって、真紅に染め上げていた。悲惨な光景は、味方のワイバーンたちに振り掛かる。

 

ターナケインの仲間たちが、青灰色の鉄竜に次々と狩られていた。高空の空を幾千にもわたって縦横無尽に駆け巡り、光り輝く光弾を放ってワイバーンたちだけを正確に貫いてゆく。

 

 

「なんなんだあれは!?」

「うわぁぁぁ!!ば、化け物だぁぁぁぁ!!!」

「いやぁぁぁぁ!!!!」

 

 

鉄竜を指差して驚愕の声を上げる男性、鉄竜に対する恐怖のあまりにへたれ混む商人、悲惨な光景に耐え切れずに金切り声を上げる女性。その光景を見ていた王都全ての人間が、大混乱に陥った。

 

 

「ば……バカな……!!夢なら早く覚めてくれ!!」

 

 

ターナケインは戦う気力を失い、その場にへたり込んだ。すると、ターナケインの上空スレスレを、1騎の鉄竜が通り過ぎていった。青灰色の鉄竜は、ワイバーンなど目でもない速度で上昇してゆき、ワイバーンを狩り始めた。

 

ターナケインにはそれが、先ほど上空ですれ違った鉄竜だと理解できた。なぜなら一瞬だけ、ターナケインの目線に何かのイラストが描かれているかのように見えたからだ。鉄竜の胴体に、揺らめくような青い鳥。海を渡り、鳥のくせにみゃあみゃあと鳴く白い鳥。あの鳥の名は──

 

 

「海猫……!!」

 

 

海猫は、圧倒的であった。彼が振り向けば、その先にいるワイバーンは打ち砕かれて墜とされる。何も振り向く間も無く、後ろに着かれて光弾を叩きこまれる。味方がかろうじて追いつけば、ぐるりとワイバーンじゃ考えられない機動で、あっという間に後ろに着き返す。

 

 

「なっ……!?」

 

 

そのあとは悲惨だ。誰も海猫の前には立ち向かうこともできずに、赤子の手をひねるかの如くやられてゆく。抵抗できない、腕も、竜の性能も圧倒的すぎた。

 

ターナケインは危機感を感じた。奴を撃ち落とさなければと、本能的に感じ取った。名誉や地位のためではない。彼が初めて、本能的に脅威を感じた初めての相手であった。

 

 

「ち、ちくしょう!!相棒、動け!!」

 

 

その願いを叶えるべく、ターナケインは動かない相棒に喝を入れて再離陸しようとする。しかし、相棒は頑なに応じない。彼も海猫に恐怖を感じているようであり、首を振ってその場から動こうとしない。

 

 

「動け……!動けよ……!!」

 

 

ターナケインの努力をよそに、海猫は満足したかのように王都の空から東へ去っていった。まるで、自分たちには興味がないとばかりの素っ気無い態度だった。ワイバーンたちは、王都の空から消えた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

高空に浮かぶアイレスV。その機体に海猫のマークを描いた狩乃シャルルは、ロ軍ワイバーンとの戦闘に入り、そのままワイバーンを全滅させた。

 

この戦争が始まって以来、いつも通りの掃除の時間であった。こうやって一方的に相手を嬲るのは好きではない。ただでさえ人殺しを躊躇うシャルルは、それを軍人としての理性で押さえて戦っている。

 

 

「全ワイバーンの排除を確認、離脱します」

 

 

できれば、対等な相手と空を統べて戦える相手はいないだろうか?かつてのあのビーグルのように、空戦技能を競って互角に立ち向かえる相手がいれば……

 

 

「?」

 

 

その時、王都の城壁内部の街に一騎のワイバーンが倒れんこんでいるのを見つけた。ワイバーンとヘッドオンをした時に、一騎だけいきなり急降下をし始めた騎体がいたことを思い出す。

 

いい判断だと思ったが、まさか地面まで急降下していたとは思わなかった。あれはあれで命拾いしたと言えるだろう。

 

シャルルは考える。今ここで彼を機銃掃射で撃ち殺してしまう方が、軍事的には正しい。しかし、シャルルの良心や道徳心、ためらいがそれを阻む。

 

 

「見逃しておこう」

 

 

シャルルは最終的にそう決断した。たまには敵を見逃すのも悪くはない筈だ。それに、たとえこの後の戦いで復活しても、たったの1騎ではどうにもならない。

 

この時のシャルルはそう思い、ギムの周辺で待つ空母『ガナドール』へと機首を向けた。DCモーターの駆動音だけが、思考を支配していた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一方、海将ホイエルは言葉を失っていた。

 

港に攻撃を仕掛けた黒の鉄竜は、港の船たちに甚大な被害を与えたあとに急速に離脱していった。第一龍騎士団がやってきた頃には、もう何も残っていなかった。

 

しかし、彼らが戻ろうとした矢先にまた高空の空から黒い鉄竜がやってきた。風車を後ろにつけた蚊みたいな鉄竜は、そのままワイバーンたちを圧倒的な機動で翻弄。ものの十分とたたないうちに全滅してしまった。

 

あり得なかった。たったの十分、たったの十分足らずで海軍の龍騎士団は部隊消滅した。龍騎士団に攻撃を加えで撃滅した『それ』は、軍船に攻撃を加えた騎によく似ていた。

 

 

「こうなったら……」

 

 

ホイエルは思考を照らす。まだこちらには数万の兵と1000隻にものぼる艦隊がある。炎上中の船を除けば、まだ出航できる船はある。ならば話は早い、海上では絶対に話にならないのなら、このまま艦隊を出航させてクワ・トイネへ侵攻すると見せかけてレヴァーム本土に進撃し、夜間のうちに上陸。一気にレヴァーム本土に攻め入る。

 

海上や空では勝てないが、あらゆる戦術で翻弄できる陸上ならば……援軍を次々と送るレヴァームを直接叩けるし、国内に兵を引き上げさせればロウリアへの攻撃も弱まるはずだ。

 

 

「あ……あれは……レヴァームの艦船だぁ──ッッ!!」

 

 

そう考えていた中で、誰かの悲鳴のような声が轟いた。水兵たちが沖を指差して足をガタガタと震わせて恐怖の表情を浮かべていた。思わず、ホイエルも沖に目を向ける。港の沖にある島の陰から、幾つもの黒い雲があらわになった。

 

高空に陣を取り、空を震わせてずんずんと歩みを進める何十もの黒い空飛ぶ陰。間違いない、色は違うがあんな空飛ぶ鉄の飛空船を作れるのはレヴァームしかいない。

 

 

「あ、あいつが……」

 

 

見覚えのある船。何度も何度も悪夢に見た、破滅をもたらす雲の船。たったの20隻で1600もの軍船を撃沈した、憎い憎いあの黒い雲。その恐怖の姿がそこにいた。

 

奴らは港から8キロといったところを悠々と飛行している。上空100メートルほどの空をワイバーンがいないことをいいことに我が物顔で高空を統べている。奴らはこの距離にいても、攻撃を当ててくる強大な敵だった。

 

しかし、何もできない。ホイエルは思考を加熱させて何か対策を練るものの、やはり無駄だった。なぜなら海の上にいるならまだしも、上空に陣取られているようでは手の出しようがない。ワイバーン達はもうすでに全滅していて、航空戦力はない。空に浮かんでいるため、乗り移ることもできない。

 

何もできない、それだけがホイエルの脳裏を支配していった。ホイエルは絶望して、その場にへたり込んだ。

 

 

「に、逃げろぉぉ!逃げるんだぁぁ!!あんな奴らに勝てるはずがない!!港は狙われるぞ!海でも街でもいい!皆逃げるんだぁぁぁぁ!!!」

 

 

叫び、狼狽、恐慌。「逃げる」それだけが彼にできた最善の策であり、それだけしか策がないという現実の裏返しだった。

 

すると次の瞬間、船から破壊が投射され、港で強烈な爆発が起こる。とてつもない威力の爆裂魔法が艦隊から港へ投射され、残っていた軍船もろとも湾岸施設を破壊し始めた。

 

破壊の嵐は次々と勢いを増してゆき、陸地にの爆風だけでなく、海上にも水柱が何度も何度も吹き荒れた。飛空艦に勝てないことを悟った海将ホイエルは、強烈な光とともにあの世へ旅立った。

 

帝軍八神艦隊の戦艦、巡空艦、駆逐艦による艦砲射撃により、ロウリア王国の湾岸施設は灰燼に帰した。海上戦力の完全喪失を確認した彼らは、揚陸艦を伴ってゆっくりと南へと歩みを進めた。その先には、ロウリア王都ジン・ハークがあった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

夕刻。

 

ターナケインはガタガタと震えて動こうとしない相棒のワイバーンをなんとか基地まで引っ張っていこうと奮闘していた。

 

ワイバーンの基地は王都の防壁の内部にあり、ハーク城からほど近いところに存在する。基地まで行くには第三防壁の中に入る必要があるのだが、ターナケインのワイバーンは未だに落下地点の町の内部からろくに動けず、大通りを塞いでいた。

 

 

「ええい!もう敵軍はいないだろう!!仲間が殺されて悔しいとは思わないのか!!歩きでもいいから動け!」

 

 

ターナケインは少々虐待とも取られかねない扱いでワイバーンを引っ張っていた。そうでもしないと、こいつは動こうとしないからだ。

 

ワイバーンは仲間の断末魔に恐怖を植え付けられ、トラウマができていた。先ほどの青灰色の鉄竜は仲間のワイバーンを一方的に殺して周り、そのまま立ち去っていった。奴らはワイバーンだけを狙って攻撃してきているかのようにも見え、姿を晒せばいつ殺されるかわからないという恐怖がワイバーンに植えつけられていた。

 

 

──あの鉄竜は、ワイバーンに恨みがあるに違いない。

 

 

ワイバーンはそう考え、一歩も動くこともできずにその場でうずくまることしかできなかった。

 

 

「ええい、くそ!動けってこの!!」

 

 

ターナケインが奮闘しているのを見た防衛騎士団員が、手伝いにやってきてくれた。どうやら生存者を探している最中に、街の騒ぎを聞きつけてやってきたようであった。

 

彼らの協力を得て、日の沈まないうちにワイバーンを竜舎に入れることができた。疲れ切ったターナケインは汗を脱ぐんでお礼を述べる。

 

 

「ありがとうございます。ご協力感謝します」

「いや、構わんよ。貴重な竜騎士の生き残りだ」

「しかし……とんでもない敵でしたね。私がワイバーンを制御していたら、一矢報いれたのに。先輩方には後で絞られるでしょう、見た限りでは、ずいぶんと被害を受けているようでしたから……」

 

 

ターナケインは悲痛な顔で心情を語った。ターナケインは相棒のワイバーンの敵前逃亡に救われた感じだが、それを言い訳にすることはできない。竜騎士界ではワイバーンを制御できないのは己の未熟と同じである、つまりはターナケインの責任だ。

 

 

「その心配は……多分しなくていいと思うぞ」

「?、何故ですか?」

「第2、第3龍騎士団は、君を除いて一騎残らず全滅したよ。湾岸防衛に向かっていた第一龍騎士団も殲滅された。君が一騎いたところで……な」

「え!?」

 

 

ターナケインはしばらくその言葉の意味が分からずにいた。目をぱちくりさせて、徐々に『部隊消滅』の四文字の言葉の重みを実感し、心が砕けそうになってゆく。

 

 

「バカな!!そんなバカな!!竜騎士が被害を受けるだけでなく全滅するなんて!!ワイバーンは文字通りの世界最強の生物ですよ!!そんなにたやすくあんな鉄竜に負けるはずがない!!」

 

 

ターナケインはその衝動から、思わず防衛騎士団員の肩を掴み、激しく揺さぶって食いかかった。

 

 

「全部で150騎、150騎も居たんですよ!?文明圏内国が相手でも……いや、たとえ列強国を相手にしても、全滅するなんて考えられません!!相手は東から何百騎できたというのですか!!!」

「確認されているだけでは、東からの敵は 40 だ」

「え……?」

「今回の戦闘は王国民も見ていたから、戦果は隠せない。あまりの被害の多さに、王国民は絶望に打ち拉がれて『古の魔法帝国と戦っているのではないか』と噂されているほどだ」

「そ、そんな……」

 

 

ターナケインは絶望に打ち拉がれる。たったの40騎にワイバーン150騎が全て全滅した。その言葉がこの世界でどれだけ非現実的で絶望だらけのことか、理解できるだろうか?

 

ターナケインの脳裏にあの青灰色の鉄竜が目に浮かぶ。悔しかった、自分たちが何もできずに一方的に蹂躙され、果てには全滅してしまうという事態に、怒りすら感じる。

 

そして、ターナケインはその数多ある鉄竜の中から、一騎の鉄竜を思い出した。たった1騎で、世界最強のワイバーンを狩って狩っての殺戮を繰り広げたあの海鳥。仲間たちを最も多く殺して回ったあの鉄竜に怒りの矛先を向けた。

 

 

「海猫……」

 

 

ターナケインはその名を呟く。

 

 

「あいつを撃ち落とさなければ……王国は危ない……!」

 

 

ターナケインは決心する。必ずや、海猫を……奴だけでも撃ち落として見せなければ、ロウリアの未来はない。自分は、奴を撃ち殺すためだけに生まれてきた竜騎士だ。

 

絶対に、撃ち落として見せる。




『天ツ上の艦隊をレヴァーム艦隊と誤認』
ホエイルさんはロデニウス沖大海戦でレヴァームとしか相手していないため、八神艦隊をレヴァームの艦隊と勘違いしています。

『シャルルをターゲットにするターナケインさん』
最も活躍していたシャルルをターゲットにするターナケインさん。今回が初登場、これから結構活躍してもらいます。


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第22話〜とある竜騎士その2〜

 

ロ軍王都防衛騎士団の管轄下にある城壁監視塔は、第三防壁の一番外側に18箇所ある。そのすべての塔が、現在では24時間体制で監視員を増員していた。普段は当直勤務で交代、塔も一つ飛ばしに監視員を置く形式で夜間警備にあたっているが、先日の王都及び港の奇襲で緊急体制に入った。

 

18箇所も監視塔があるおかげで王都の周りのありとあらゆる場所を見渡すことができ、死角は全くない。周りも平野のため、見晴らしが良く防衛に適している場所となっている。その中の北側の監視塔に監視員マルパネウスが交代に向かっていた。

 

 

「あー……眠い……」

「お、交代の時間か。ご苦労さん」

 

 

マルパネウスの先輩監視員が朝早くから交代にやってきた事を労う。東の地平線は白く濁り始めており、建物が薄い影を作っている。しかし、鳥が起きるにはまだ早い。

 

 

「今日は視界が悪いですね……」

「そうだな、これでは敵の発見に時間がかかる……」

 

 

周囲を見渡すと、あたりは真っ白な靄に包まれて視界が悪く、平地に近い城壁付近は白い霧に包まれている。監視する立場の人間としては、霧の発生は視界が遮られるので最悪と言っていい。せっかくの早期発見も、この視界ではままならないからだ。

 

この霧は、川の水から蒸発した水蒸気を含む空気が夜に一気に冷え、空気中に水分が溢れ出す現象だ。太陽が出て外気が暖められれば霧は治るだろうが、それでもあと2、3時間は消えない。

 

 

「それにしても、昨日のあの戦闘を見ましたか?」

「ああ、見たさ。にしても俺たちの国はいったい何をしたのだ?神の怒りに触れるような事をしたのだろうか……?」

「いえ、あの鉄でできた青灰色の竜は人が乗ってました。どう見たって兵器です」

 

 

マルパネウスは目がいい。監視員に配属されるだけの視力を備えているため鉄竜の中に人が乗っていることも見ることができていた。

 

 

「兵器?あれが兵器だとしてあんなワイバーンよりも早く飛び回る伝説級の兵器を持っている国なんてあるのか?」

「それがあるから、こうやって被害を受けているんでしょうね」

「なるほどな。だが、これは俺たち王都に住まう人間にとっては生きるか死ぬかの問題だ。上の奴らは口が固いが、今回の港の攻撃に使用された爆発攻撃から魔力量を計算するととんでもない量になるらしい。それこそ古の魔法帝国レベルのな」

「そんな……古の魔法帝国に匹敵するレベルの魔法文明を持った相手と、ロウリアは戦争をしてしまったのですか……」

「そういうことになるな」

 

 

唖然、マルパネウスは祖国がとんでもない相手と戦争に突入してしまった事を今知った。今まで自分は監視員の為戦争には参加できないと思っていたが、どうやら戦局の後退からここ王都が戦場になる日も近いのかもしれない。そう思うと、ロウリアの未来が不安視される。

 

 

「にしても、我々はどんな存在と戦っているのですか?」

「…………噂によれば、レヴァームと天ツ上という新興国家がこの戦争に参加してきたようだ」

「レヴァーム?天ツ上?」

「ああ。ロデニウス大陸の北東側にある二つの国家だそうだ。クワ・トイネとクイラの連中にあれだけの軍事力は無い事を考えると、彼らの力だと見ていいだろう」

「嘘ですよね……?その場所には群島しかないと聞きました。集落が集まってできた程度の小国が、我が国に泥を塗ることなど出来るんですか?」

「だとしたら、一体何なんだ?」

 

 

その言葉に、マルパネウスは答えることができずにうなだれる。新興国家ごときが、我が王国を戦争でここまで滑稽に扱うことなどできるはずがないと思っている。ならば、いったい何が起こっているのか、王国は誰と戦っているのか。疑問は尽きなかった。

 

 

「……ん?」

 

 

その時一瞬だけ、霧の向こうに何が見えた気がした。霧の向こう側、空が震えるかのような轟と共に、何かとてつもない嫌な予感がし始めた。霧にまみれた空の中。霧の中に何やら真っ黒い物体が現れ始めた。

 

 

「なんだ……あれは……?」

 

 

初めは雲の一つかと思われた。しかし、次第にそれは大きく巨大になっていき、霧のもやに隠れながら近づいてきている。一つや二つではない、北側から幾つもいくつも現れてきた。距離は10キロほどであろうか。それらは空を飛び、船のような形をして何本もの角を生やしている。

 

 

「ま……まさか!まさか!!」

「お、おい!早く連絡しろ!!」

 

 

クワ・トイネ公国に攻め込んだ主力軍の敗北、そして先日の港と王都上空を襲って、海軍と竜騎士団に甚大な被害を与えた、レヴァームと天ツ上の存在が脳裏に浮かんだ。異形に気づいた先輩も、慌ててマルパネウスに魔導通信による報告を催促した。マルパネウスは魔信のスイッチを力一杯押し込み、送信機に向かって吠えた。

 

 

『第17監視塔より王都防衛本部!北側第一城壁から約4キロの地点の上空に正体不明の物体を多数確認!!繰り返す──』

 

 

その時、まだ監視塔にいたマルパネウスはとてつもない嫌な予感が全身を支配し始めた。突然、すべての生存本能が全力で警告を鳴らし始めたのだ。確かな死の予感がしてくる。

 

しかし、隣の先輩を見捨てて逃げるわけにはいかなかった。その時、前方の真っ黒の物体が角から突然炎を吹き出した。こちらに向かって爆風を浴びせるかのように。

 

それが確かな死の予感の正体だと分かると、マルパネウスは先輩の首根っこを掴んで無理やり引いて走り出した。しかし遅い。突然体を後ろから押されるかのような感覚と共に、彼の意識は永遠に失われたからだ。

 

ロウリア王国王都防衛騎士団所属の監視員マルパネウスは、北からやってきた天ツ上飛空艦艦隊の巡空艦の放った203ミリ榴弾の直撃を受け、先輩もろとも爆風と共に四散してこの世を去った。

 

203ミリ榴弾は城壁に食い込むと、内部でその威力を解放した。強固に作られた筈の石壁は内部でたやすく粉砕し、閃光と共に監視塔を含む第一城壁が粉砕され始めた。天ツ上艦隊による監視塔を狙った艦砲射撃だった。

 

艦砲射撃の轟音は王都ジン・ハーク全域に響き渡り、王都に住う人々命の危機を感じて飛び起きた。緊急事態を告げる鐘の音が王都中に鳴り響き、町中に人々が逃げ場を求めて溢れ始め、喧騒に包まれた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「何だ!何が起こっている!!」

 

 

一方、将軍パタジンも爆発音を聴くなり一瞬で飛び起き、鎧を着込む間も無く廊下に飛び出した。マルパネウスの報告から爆発まで時間が短すぎたために、情報は何一つ伝わっていなかった。

 

何の情報も伝わっていなかったパタジンは、寝巻き姿のまま音のした方向の北側廊下を走り、バルコニーから景色を見て愕然とする。

 

 

「な……」

 

 

最も外側にある城壁の一部、それも監視塔の辺りから燃え盛るような炎が照りつけていた。朝霧に包まれた真っ白な景色に、黒い煙がもうもうと上がっていた。

 

 

「王都奇襲だと!?バカな!!ビズールを無視してきたというのか!?」

 

 

クワ・トイネの国境線からここ王都ジン・ハークにまでくるには、途中でいくつかの街を抜けなければならない。その途中にある街の中で最も重要な工業都市ビズールは、武器や装備の生産などを担っているため戦略上重要だった。

 

そのため、必ずここを攻めるだろうという予測のもと、主力軍はビズール方面に出払っていた。その穴を突かれた形での奇襲であった。

 

パタジンはそのまま鎧に身を包んで作戦室にまで向かって走り出した。作戦室内では、すでに各方面の幹部たちが集結しており、各方面の将校に魔信で招集をかけたりと忙しく走り回っている。

 

 

「パタジン様!」

 

 

当直司令から現場を引き継いだであろう若手の軍幹部が、パタジンの姿を見るなり駆け寄ってきた。

 

 

「状況は!!」

「はっ!本日未明、第17監視塔の監視員が平原上空に展開する敵艦船を発見致しました。深夜から霧が発生しており、発見に出遅れました」

 

 

パタジンはいきなり敵の飛空船が現れたことに驚きの声を上げた。今まであの飛空船は陸地には持って来られないだろうという先入観の下、作戦を練っていた。しかしそれすらも打ち破られた今、作戦は一から精査し直す必要が出てきた。

 

 

「その後、第17監視塔を含む北側すべての監視塔が敵艦の攻撃で崩れ落ちました。状況から敵の攻撃と予測します」

「なっ!?第一防壁の一部に大穴が開いたというのか!!」

「残念ながら……」

「なんということだ……敵の狙いは王都陥落か。総力戦になるぞ……!!現在投入可能な兵力は?」

「ジン・ハーク内の全兵力が出陣可能です!!」

「よし、奴らを叩き潰す!出陣だ!奴らにこの王都に来たことを後悔させてやれ!!」

 

 

こうして、ロ軍王都防衛騎士団は全ての兵士たちが招集されて出陣を開始した。騎兵、歩兵、重歩兵などなど全兵力を合わせるとおよそ5万。数は主力軍の半分ほどで少ないが、圧倒的に少ない相手を叩きのめすのには十分すぎる数であろうとパタジンは思っていた。

 

一方帝軍八神艦隊は飛空揚陸艦を地上に下ろして、陸軍の戦力をジン・ハークの平原に展開し始めた。その中には、新型戦車や装甲車、そして3万人の兵士たちが一同に介して集まっていた。

 

兵力はロ軍の方が有利。これならば戦術次第でどうとでもなる、勝てる、とパタジンは思っていた。が、しかし現実は無情であった。

 

 

「全軍突撃!重騎兵を前にして一気に進め!!」

 

 

パタジンは城の会議室から指揮を取るため城壁にまで移動した。崩れかけの城壁から身を乗り出し、指揮を取るパタジン将軍。

 

まずは重騎兵を前に出して撹乱しながら、相手に対して接近戦を挑む。重騎兵は盾や防具などをみに纏った騎兵で、機動性は下がるがその分弓などにも耐えうる強力な兵科だ。

 

彼らは勇猛果敢に敵陣地へと向かって突撃してゆく。400にもなる騎兵の馬の足音がパカリパカリと蹄を鳴らし、戦場を駆け抜ける。軍馬はいいなき、人々は雄叫びを上げて突撃してゆく。敵陸軍兵との距離は4キロほどにまで迫っており、まずは進行しながら騎射で相手の出方を見ながら撹乱する。全騎が、背中にある矢を手に取る。

 

4キロほどあれば、5、6分で敵陣に到達する。彼らは爆裂魔法を警戒してジグザグに動き回りながら、城壁から2キロほどを超えた地点でさらに速度を上げる。

 

 

「ん?」

 

 

その様子を見ていたパタジンの目に、何かが映る。敵の鋼鉄で出来ているであろう魔獣が、鼻先から火を吹いたのだ。そこから光の弾が放たれ、騎兵に飛んでいった。

 

光弾が地面に弾けると、騎兵達が馬ごと吹き飛び、さらに体はズタズタに引き裂かれていった。

 

 

「なっ!?」

 

 

それだけではない。光弾は地面に当たるとまるで火山が噴火したかのように炸裂していき、土煙を上げて爆発を起こした。見間違えるはずがない、あれはあの飛空船から放ってきた爆裂魔法。それそのものであった。

 

 

「そんなバカな!?あれではまるで魔獣のブレスではないか!!」

 

 

それらは天ツ上の新型戦車の75ミリ榴弾の砲撃であった。中央海戦争時、皇軍の戦車に対抗すべく作られた新型戦車は、ここで初めて投入されたがその戦果は圧倒的であった。さらに不運は続く、榴弾の威力に屈することなく駆け抜けて何とか近づこうとした騎兵たちも、車載機関銃や装甲車の重機関銃が光弾を放ってその餌食となった。

 

光弾が騎兵にあたれば、分厚い鎧ごと貫通して馬もろともバラバラに引き裂かれる。鉄の盾を構えて進んでいた騎士ですら、盾ごと上半身を粉砕され馬から崩れ落ちた。

 

流れ弾の光弾が、戦場に赤い線を引くように騎士団を貫通すると、地面や第一城壁に当たって土や粉砕した石の噴煙を上げた。

 

 

「な……何という攻撃だ!!」

 

 

勝てる、と思っていた希望はあっという間に絶望に塗り替えられた。敵の魔獣達は騎兵を殲滅するだけでは飽き足らず、そのまま歩みを進めてじりじりと近寄ってゆき、魔導を放ちながら後方の歩兵達にも被害を与え始めた。

 

 

「ば……バカな!!」

 

 

と、その時。パタジンの耳に聴き慣れない音調が響き渡り始めた。オオン、という空気を切り何かを回すかのような音が戦場の平原に響き渡った。

 

 

「パタジン様!東の空を!!」

「!?、あれは!」

 

 

パタジンの目に、豆粒のような小さな点達が映り込んだ。真っ直ぐに飛ぶ蒼い体色の空飛ぶ異形。それは、昨日の夜に王都の住民達の目に焼き付けられた姿であった。

 

 

「まずい!空からの攻撃が来るぞ!気を付けろ!!」

 

 

青灰色の鉄竜、それがあの異形にロ軍がつけた名前であった。ワイバーンすらも凌駕し、目にも止まらぬ速さで空を駆け抜ける超兵器に、パタジンは恐怖した。あれは昨日、100騎近くのワイバーン達を経ったの40騎で撃滅した、破壊をもたらす鉄竜だからだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

破壊の鉄竜こと、アイレスVはレヴァームの飛空士達を乗せてジン・ハークの戦場にたどり着いた。『アイレスV』の数は40機、その後ろに『LAG』が40機、『サン・リベラ』は40機。飛空空母ガナドールの全力出撃であった。

 

自分たち戦空機乗りの役目は地上への攻撃。下で戦っている天ツ上陸軍に対する上空支援であった。戦艦の主砲はどうにも味方を巻き込みかねない、そのためソフトターゲットを潰すことのできる自分たちの出番だ。

 

爆撃機はもちろん、雷撃機にも陸用爆弾を積んでの出撃。さらにアイレスVにも二発の60キロ爆弾が搭載され、地上を埋め尽くす兵士たちを焼き尽くす役目がある。

 

 

「全機、突撃!」

 

 

ロ軍にワイバーンはもういない。それならば、後はいくらでもやりようがある。シャルはアイレスVを翻して高空1200メートル付近から一気に降下し始めた。爆弾を担架しているため、通常よりも操縦が鈍い。緩めの急降下爆撃の要領で爆弾の照準を定め、ここぞというところで投下レバーを倒した。

 

眼下には人海戦術の如くロ軍兵力がごった返しており、どこに落としても当たりそうであった。二発の60キロ爆弾はものの見事にロ軍兵士たちの頭上で炸裂し、一度に何十人もの命を奪っていった。

 

シャルルはそのまま操縦桿を引き上げ、上昇をする。爆弾を捨てたので、後の武装は機銃弾のみである。そのため今から一撃離脱戦法に切り替えて一気に敵地から離れてゆく。

 

スロットルを叩き、上空600メートルにまで上り詰めたところで反転。今度は緩めの角度から低空を這うように歩みを進める。機銃掃射は低角度から強襲をする方がよっぽど効果が高い。

 

シャルルの視界はあたり一面土煙に塗れ、周りが見渡せないでいる。帝軍の戦車や装甲車が放った砲弾が土煙を巻き上げて辺りを焦がしていたからだ。

 

そんなことはお構いなしに、シャルルは照準器を覗いて機銃の照準をつける。あたりに漂う土煙が、シャルルの視界を塞ぎ──土煙から1騎のワイバーンが現れた。

 

 

「っ!?」

 

 

ワイバーンはシャルルのアイレスV目掛けて、大口を開けて迫り来る。シャルルは有無を言わずに操縦桿を翻していた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ワイバーンの正体は竜騎士ターナケインであった。王都防衛竜騎士団の中で唯一の生き残りである彼は、蒼い鉄竜が攻めてくるのを確認するなりこみ上げてくる恐怖を押し殺し、仲間に死をもたらす青灰色の鉄竜に勝負を挑んだ。

 

狙うはただ一人、たった一騎で数多くのワイバーンを殲滅して見せたあの憎き海鳥。跨がるワイバーンから見える高空の空、そこに悠々と空を飛ぶ一騎の騎体が遠くから見えた。あれは──

 

 

「海猫!」

 

 

ワイバーンも彼の決意に応えるかのように呼応した。ワイバーンはあの後、ターナケインの覚悟に後押しされるかのように自信を奮い立たせて覚悟を決めた。あのトラウマを克服したようにも見えるその勇姿は、どんなワイバーンよりも強いだろう。

 

だが、奴らにはそれでも勝てるかどうかは怪しい。海猫は圧倒的な力でワイバーンをねじ伏せていた、腕でも機体性能でも勝てるかどうか自信がない。だが、それでもやるしかない。自信とは自身の力で作るものだ。覚悟を決めた身で今更引き返すわけにはいかない。

 

 

「行くぞ!相棒!!」

 

 

自らを奮い立たせ、彼らは空をかける。空が震えるかのようにぐわんぐわんと音が轟く。低空に配置された敵の空飛ぶ船から発せられる音だった。彼らは仲間の船から地上部隊を下ろし、戦場を作り出していた。

 

ターナケインはその戦場を地面につくほどの低空スレスレを飛行し、侵攻を開始した。時折地面や味方の頭にワイバーンの鉤爪が当たりそうなほどの低空飛行だ。

 

その先、高空の空に青い光が一筋。ポツリと浮かぶようにその空に青灰色の影が見える。その中で一際、胴体に海猫のマークを描いて自己主張をしている目立つ騎体がそこにいた。長いようで短い間、ずっと探し求めて夜も眠れなかった仇。海猫だ。

 

 

「もう少し……もう少し……」

 

 

あと少しで射程距離に入る。海猫からこちらは煙に遮られて姿を確認するのは難しいが、風下の関係でターナケインからははっきりと見えている。相棒の手綱を引き、導力火炎弾のチャージをワイバーンに命じた。すると彼は大きく口を開き、口内に火球を形成し始めた。

 

 

「喰らえ、海猫ッ!!」

 

 

ターナケインは上昇の合図を出して、敵騎と一直線上になる。すぐさま火炎弾を、全身全霊を込めて発射した。当たる。ターナケインはそう確信していた。煙から出た瞬間に放ったこの一撃は、近射程距離ギリギリから放たれており、ほぼゼロ距離に近い。

 

しかし海猫はどこまでも凄腕であった。海猫はいきなり機体の角度を一気に上げてぐわん左方向に機体を傾けた。青灰色の機体はいう事を聞き、そのまま回避行動で火炎弾を避けて行った。

 

ターナケインの目に、驚きが映る。当たると確信していた攻撃が外れた、あの機動性はワイバーンをも凌駕している。その事を思うと、冷や汗が背中に染み渡る。

 

 

「ちくしょう……化け物め……!」

 

 

しかし、怯むことはできない。ここで海猫を仕留めなければ、ロウリア王国の未来は闇に伏せるのと変わらない。自分のため、王国のため、ターナケインはワイバーンを操り海猫とすれ違う。

 

 

「いっけぇぇぇ!!!!」

 

 

その瞬間、ターナケインは相棒のワイバーンの口を思いっきり開く動作を命令し、炎の余韻の覚めぬ熱々の口を開けた。そして海猫とすれ違う時に、翼に噛み付いた。

 

ぱきん。そんな音が聞こえてくるかのような、ひっそりとしたすれ違いであった。海猫から発せられた物凄い風圧がワイバーンの纏う合成風と共にターナケインに襲いかかる。

 

一瞬、鉄竜の胴体にある透明な膜の中に一人の竜騎士らしき人物が見えた。若い、ターナケインとは1、2歳ほどしか歳が離れていないと見える。まさか、こんな若い竜騎士が自分の仇だったとは意外であった。

 

そのままターナケインと海猫はすれ違い、後ろを振り返る。海猫はターナケインのワイバーンよりもフラフラと飛行しており、バランスを崩していた。ターナケインの一撃が、見事に海猫の片翼を折り潰していたからだ。

 

 

「やったぞ!!」

 

 

微かな喜びの声を上げる、二段構えの不意打ちが決まったことにより化け物に一矢報いることができた。やれる、仕留められる。あいつは不死身のお化け鳥なんかではない!

 

 

「行けっ!!」

 

 

ターナケインはふらりふらりとバランスを崩しながら飛行する海猫に向かい、反転した。その姿を確認した周りの鉄竜たちが、仲間をやらせはしないと慌てて高空から突っ込んでくるのが見えた。しかし、彼らに構う暇はない。差し違えてでも、ここで海猫を殺さなければ王国の未来は危うい。

 

それに気づいた海猫は、傷ついた足を引きずるかのようなフラフラとした足取りで、なんとかバランスをとっていた。敵ながらあっぱれな操縦技能だ。

 

 

「だからこそ、ここで仕留める!」

 

 

ターナケインの覚悟は海猫に届いただろうか。途端、海猫はいきなり機体を上昇に転じ始め、大ぶりの上昇をし始めた。ターナケインもその後に続く。この軌道は自殺行為だ、翼が片方ない状態での宙返り機動は隙が大きく、さらに被弾面積も大きくなる。相手は死地を悟って混乱しているのか、そんなことすらも忘れているようだ。

 

ターナケインの顔が、勝利の顔に移り変わる。あと少し、あと少し近づけば、海猫を仕留められる射程距離に入る。その時が、海猫の終わりだ。

 

ターナケインは手綱を引いて火炎弾をチャージし始める。相手はやや斜めの軌道を描いて空を駆け上がってゆく。まるであえて敵機を呼び寄せているかのような、緩慢な海猫の動作だった。

 

仕留めた。ターナケインはそう確信して、最大威力の火炎弾を放った。海猫は上昇の頂点に到達しようとしていた。瞬転──海猫が、視界から消えた。

 

 

「──え?」

 

 

ふわり、と空中に静止するかのように海猫が視界から消える。思わずそれを目線で追いかける。海猫はあたかも重力から切り離されたかのようにその場にとどまっていた。

 

 

「え?」

 

 

火炎弾は空を切った。海猫は火炎弾に焼かれるそぶりなど見せずに、片翼のまま空中にとどまって見せた。そして──踊る海猫が真後ろを取った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

油断した。シャルルは煙の中から飛び出してきたワイバーンに片翼をもぎ取られ、アイレスVはこの世界に来て初めて傷つけられた。

 

通信回路からメリエルたちの心配する声が聞こえる。そこでシャルルは自身の油断を恥じた、ワイバーンは脅威ではないと自身のどこかでそう思っていたのだろう。背後には1騎のワイバーンがしっかりと食らいついている。片翼の状態では加速もままならず、バランスを常に取らなくてはならない。引き離すことはできない、そう確信した。

 

 

「ついてくるか」

 

 

相手は相当腕がいいのだろう。兜に隠れて顔立ちは見えないが、相手の竜騎士は相当な凄腕だ。何せプロペラ戦闘機相手に、ワイバーンで追従してきているのだから。

 

だからこそ、ここで仕留める。

 

相手に容赦はかけてはいけない、竜騎士は殺す気でこちらを追ってきている。手加減はできない、しかしシャルルはそのことがむしろ嬉しかった。この世界に来て初めて痛手を負わされた、慢心していた自分を正してくれた。それほどの凄腕とこうして空戦できることが何より嬉しかった。

 

 

「なら、とっておきを見せてやる」

 

 

シャルルはアイレスVを翻し、操縦桿をわずかに引き寄せて大ぶりの上昇をし始めた。やや斜め気味の宙返りだ。相手のワイバーンもピタリと付いてくる。

 

これからやろうとしているのはシャルルにとっての最後の手段であった。戦空機乗りは敵を早く発見し、気づかれぬように忍び寄って一撃で仕留めるのが空戦の理想であり、相手に追従を許してしまってから繰り出すのは奥の手の中の奥の手だ。相手が凄腕だからこそ見せる、最高の技だ。

 

 

「ここだ」

 

 

相手ががっしりと追従してくるのを確認して、シャルルは宙返りの頂点で左フットバーを緩め、右フットバーを蹴り付けた。

 

機体が横滑りし、その地点で操縦桿を微妙に倒し、右翼を微妙に下げる。損傷しているのは右翼なので、バランスの関係でロールが早い。回転しすぎで切り揉みしないよう、細心の注意を払う。

 

すると反転した機体が、あたかも空中にピアノ線で吊り上げられるような浮遊状態となり、ドリフトのようにゆっくりと空中を横滑りした。

 

竜騎士の表情が驚愕に歪む。追従していたワイバーンが前へのめる。空中に静止するかのような軌道で、シャルルは前方へ押し出される敵の脇腹を見ていた。

 

 

「イスマエル・ターン」

 

 

シャルルが繰り出したのはレヴァーム空軍におけるS級空戦技術、通称「イスマエル・ターン」であった。元の世界では、洋の東西を問わず、現在の飛空士にとって最高難易度と言われる大技だった。

 

驚く竜騎士を横目に、敵ワイバーンの真後ろについた。敵との距離はわずか、機首の20ミリ機銃にとっての必中距離であった。

 

慌てて逃げようとするワイバーンを、逃しはしないと引き金を引く。容赦のない20ミリ弾が、銀色の栄光弾と共に放たれワイバーンに殺到してゆく。機首から放たれた弾丸は、次々とワイバーンに着弾して血飛沫を上げた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ターナケインは悔しくてたまらなかった。相手の光弾は運良くターナケインには当たらなかったが、相棒のワイバーンは皮膚に大きな穴が開き、血飛沫を撒いていた。もはや、相棒が助からないことは理解できた。

 

 

「ちくしょう……ちくしょう……!!」

 

 

理解できなかった。あの鉄竜はワイバーンでは絶対にできないであろう軌道をとった。ふわりと空中に浮かぶ軌道だなんて聞いたことがない。まるで空中に止まっているようではないか。空でこんな無茶苦茶なことができるだなんて、まるで──

 

 

「まるで空に愛されているみたいじゃないか!!」

 

 

ワイバーンの高度が下がる。落ちゆく彼の視線は海猫を見やる。彼は片翼をもぎ取られてもなお、悠々と空を飛んでいた。あのとでもない浮遊軌道でワイバーンを仕留めて、してやったりの表情を浮かべているようであった。それが悔しくて悔しくてたまらない。

 

落下速度が急激に高まり、地面が近づく。相棒は最後の力を振り絞り、なんとかターナケインを助けようと翼を羽ばたかせていた。

 

思えばこいつは幼い頃から一緒にいた仲だった、愛する相棒を助けようと力を振り絞るのもターナケインには納得できた。だからこそ、両目の目頭から熱いものが込み上げてきた。

 

ワイバーンの力はもう残っておらず、土が剥き出しになった地面に派手に激突する。ワイバーンの墜落に土煙が上がり、ターナケインも地面を転がった。

 

 

「く……くそっ……体が動かない……」

 

 

全身が痛む。身体中が砂や埃に塗れ、防具を着ていないところからは肌をすりむいて出血してしまっている。全身を負傷していたが、頭だけは防具で守られていた。

 

 

「!?……相棒!!」

 

 

 

痛む体を無理やり持ち上げ、自身の相棒に駆け寄る。相棒のワイバーンは身体中に穴を開け、そこから並々ならぬ量の血を流している。もう、助からない。

 

 

「そんな……」

 

 

思えばどれだけ一緒にいただろうか。竜騎士訓練兵として配属された時、まだ幼かったこいつを引き取って世話の訓練も一緒に行った。その時から、ワイバーンはターナケインに懐いてくれた。

 

その大切なワイバーンが、今ここで息耐えようとしている。その事実が、ターナケインの目頭に涙を流させた。自分の未熟さで、自身の油断で、自分の相棒を失ってしまった。

 

 

「…………いや、違う」

 

 

ターナケインは即座にそれを否定した。空を見上げる。そこには、青灰色の鉄竜がターナケインの周りを小馬鹿にするように鳥瞰し、旋回してきた。

 

止めは刺されない。いや、むしろ刺す価値もないと思われているのかもしれない。そのあまりに無礼な奴に、自分のワイバーンは殺された!

 

 

「海猫」

 

 

握り拳をギュッと血でにじませる。爪が食い込むほど、手のひらを傷つけて悔しさと怒りをあらわにする。

 

 

「お前だけは、絶対に殺してやる……!」

 

 

ターナケインは決心した。必ずや、いつかどんなことが起ころうとも、自分の大切な相棒を殺した海猫だけは同じ目に合わせてやると。ターナケインは自身の心の中で決心した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

十分後。王都ジン・ハークから少し離れた後方の平原に配置された飛空空母ガナドールでは、慌ただしい騒ぎが巻き起こっていた。整備兵が甲板を駆け回り、エレベーターを使って甲板上の機体を内部に片付け回っている。

 

 

『急げ急げ!甲板を開けろ!!』

『ここじゃ着水できない!風上に向かって全速航行しろ!』

 

 

その様子は、隣を航行するエル・バステルの艦橋からも見て取れた。敵が来たわけでもないのに蜂の巣を突いたかのような騒ぎになったのには訳がある。

 

 

「司令、彼は戻ってこれるでしょうか?」

「……彼なら問題はない、私はそう思う」

 

 

マルコス司令は、不安を押し除けながらシャルルの帰りを待っていた。海猫こと狩乃シャルルの機体が損傷を負ったという報告が来たのが、つい先ほど。そこから、レヴァーム随一の腕前を持つ彼を失わせないようにと、マルコス艦隊総出でシャルルの救出作戦が始まったのだ。

 

 

「来ました!青いアイレスV、狩乃シャルル機です!」

「来たか」

 

 

彼の帰りを待っていたマルコス司令はレーダーで追っていたシャルル機が、ようやく目視圏内に入ったことを確認した。レーダー観測員の指し示す方向を双眼鏡で見ると、豆粒のようなアイレスVがよろめきながら高度1200メートルほどを飛翔していた。

 

 

「被弾したのは右翼か……」

 

 

見れば、機体の右翼が三分の一ほどもぎ取られてそこからわずかな煙を吹き出している。何が起こったのか、確か敵のワイバーンは全て殲滅し終えた筈だ。疑問は尽きない。

 

海猫は味方識別のバンクを振ることもできずに、傷ついた身体を引きずるようにして誘導コースに入った。

 

 

「すごいですよ……!フラップとエルロンの加減だけで重心を保ってます……!」

「確かにすごいな……だがあれでは着艦は至難の技だ」

 

 

航空参謀達が口々にシャルルの力量に舌を巻く。しかし片翼での着艦例など、レヴァームでは前代未聞だ。中央海戦争の時天ツ上のとある飛空士がそれを成功して見せたらしいが、レヴァーム空軍にはまだ例として存在していなかった。

 

海猫が艦首方向に首尾線を合わせ、パスに乗った。右翼のフラップを下げて足りない揚力を補い、左翼エルロンで当て舵を当てながら、スロットルの開閉だけで飛翔している。それだけでも神業だ。しかし海猫は、最も難関な着艦までこなそうとしている。

 

海猫の傾いた機体が接近してくる。着陸装置は両方とも出ており、片翼でも装置に問題はなさそうだ。スロットルが絞られ、向かい風を受けて機体が減速する。ふわり、と機体が一瞬宙に浮くかのように静止して──

 

艦隊の乗務員全てが固唾を飲んで見守る中、彼はあたかも滑り降りるかのように、優雅に着艦した。皆の心配をよそに、見事すぎる着艦をして見せた。

 

マルコス長官に安堵のため息が出る。艦橋にいる周りの参謀達も、わっと喜びを噛み締めて沸き立ち始めた。

 

 

「ガナドールに付けてくれ、海猫に会いたい」

 

 

艦橋の操舵士にそう頼むと、ガナドールと協力して速力を合わせ、左右を合わせてドッキングした。飛空艦には飛空時のお互いの連絡用に、このような接続機能が存在している。内火艇は飛空時は使えないからである。

 

エル・バステルから伸びた連絡用のタラップを伝ってガナドール内部に入り、そこから階段を上がって飛行甲板に入った。そこではもうすでに海猫こと狩乃シャルルがレヴァームの飛空士や整備兵に囲まれていた。

 

しかし、様子がおかしい。何食わぬ顔でアイレスVを降りたシャルルは、これ以上ないほど晴れやかな笑顔で笑っていた。

 

 

「一体何があったのだ?」

 

 

シャルルを問い詰める。この世界でアイレスVに遅れをとる航空戦力など存在しない筈であった。ならばなぜ、海猫ほどの飛空士が被弾するなんてことが起こるのか。

 

するとシャルルはマルコス司令に笑顔で振り返り、ビシッと敬礼をすると、なんとあろう事か──

 

 

「ワイバーンに食べられました!」

 

 

いかにもあっけらかんとした、無邪気すぎる答えを返した。

 

 

「え?」

 

 

ピキリ、と甲板上の空気が凍りついた。周りを取り囲んでいた飛空士達もこの答えにはたどり着けなかったようで、目をパチクリさせてその言葉を復唱している。

 

 

「り、竜にやられたというのか!?」

「はい」

「何故だ!?戦空機がワイバーンに遅れをとることなどあり得ないだろう!」

「油断しました」

「君ほどの飛空士がか!?」

「戦場の土煙に紛れて低空で近づかれたので、気づきませんでした」

 

 

シャルルはあっけらかんとして、まるで全力試合に負けたスポーツマンのように清々しい表情で答えた。

 

 

「いい腕でした。()()()を使ってやっと倒せました。この世界にも、あんな竜騎士がいるとは驚きです」

 

 

驚きたいのはこっちだと、何度言いかけた事か。シャルルの『奥の手』つまりはS級空戦空戦技術のイスマエル・ターンを繰り出してやっと倒せたという事だ。なんという事だろうか、この世界にも、そんな凄腕の竜騎士がいるとはマルコス司令は信じられなかった。

 

 

「私はどんな処罰でも受けます。ですが、あの竜騎士とだけは是非とも会ってみたいと思っております」

「…………」

 

 

マルコス長官はもう言葉が出なかった。シャルルほどの飛空士に、ワイバーンで不意打ちを喰らわせることのできる竜騎士が存在することを報告とし、各飛空士達に警告する報告書を書かなければならないだろう。

 

そんな彼の苦労を知ってか知らずか、シャルルは青空を笑顔で仰いていた。まるで、また新たな戦友ができたかのような嬉しそうな、満足そうな顔であった。

 



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第23話〜ロウリア王国の終焉〜

 

空が震えている。あたりの空気全体が太鼓に叩かれたかのように震えて音を放ち、地上に住う人々を震え上がらせる。あたかも、空全体がある種の恐怖に怯えているかのようであった。

 

ロウリア王国王都ジン・ハーク。その城壁はもはや意味を成していない。空は敵の兵器に支配され、王都の城壁を取り囲んで威圧を加えている。ジン・ハークの空を統べるのは、鋼鉄の飛空機械の塊であった。

 

 

「何ということだ……」

「こ、この世の終わりだ……」

 

 

住民も、この王座の間にいる軍幹部達も同じ感想を抱いていた。空は黒い雲に覆われ、王都は鋼鉄の鯨達に囲まれている。太陽の光すらも黒に遮られ、一角鯨達の角のような棒状の物体が全て王都に向けられていた。一目見れば、この世の終わりのような光景がその空に広がっている。

 

 

「何故だ……何故あんな無茶苦茶な国が急に現れたのだ!!」

 

 

パタジン将軍は机に向かって握り拳を叩きつけ、そう言った。装備にしても強さにしても、何もかもが常識外れの強さを持つ国が、急に立ちはだかった事を理不尽に感じている。彼も度重なる戦闘で多くの部下を失っており、彼にとっては耐えがたい苦痛であった。怒りの矛先は空に浮かぶ鋼鉄機械に向けられているが、それが届くはずもない。

 

 

「あれ程の国が急に現れさえしなければ、我々は目的を達成でき、ロデニウス大陸を統一できたのに……!!」

「…………」

 

 

それが一番悔やまれる事だった。たしかに敵を侮りはしたが、それでここまで被害を被る事は考えてもいなかった。たとえ列強国を相手にしてもここまで泥を塗られる事は考えられない。それほどまでに敵は強大であった。何もこんな強すぎる敵が現れる事はあまりにも理不尽極まりない。

 

 

「一体、一体どうしたら奴らに勝てるのか……」

「大変です!!」

 

 

突如として、会議室の扉が開かれた。それも、バタンという大きな音を立てて慌てた表情で飛び込んできた。皆の目線がその人物に集中する。

 

 

「何事だ!?今は会議中だぞ!!」

「失礼しました!で、ですが大変です!先程レヴァームと天ツ上の両国の使者が王宮宛にこのようなものを送りつけてきました!!」

 

 

そう言って、飛び込んできた彼は手元に握られていた丸められた紙を会議室にいたパタジンに手渡す。やけに上質な紙にはっきりと見える濁りのない黒色の文字が、大陸共通言語で書かれていた。

 

 

「こ、これは……!」

 

 

それを見たパタジンは絶句した。そこに書かれていたのは、追い詰められたロウリア王国に対する慈悲の心であった。

 

我々レヴァーム、天ツ上、クワ・トイネ、クイラ四国は我々の数億の国民を代表し協議の上、ロウリア王国に対し戦争を終結する機会を与えることで一致した。

 

1. 4ヶ国の軍隊は増強を受け、ロウリアに最後の打撃を加える用意を既に整えた。この軍事力は、ロウリア王国の抵抗が止まるまで、同国に対する戦争を遂行する一切の連合国の決意により支持され且つ鼓舞される。

 

2. ロウリアが、無分別な打算により自国を滅亡の淵に追い詰めた亜人廃絶主義者を引き続き受けるか、それとも理性の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ。

 

3. 我々の条件は以下の条文で示すとおりであり、これについては譲歩せず、我々がここから外れることも又ない。執行の遅れは認めない。

 

4. ロウリア国民を欺いて亜人廃絶主義を浸透させた過ちを犯させた勢力を永久に除去する。理不尽で傲慢な差別思想が駆逐されない限りは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである。

 

5. 新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、ロウリア国領域内の諸地点は占領されるべきものとする。

 

6. ロウリア軍は武装解除された後、各自の家庭に帰り平和・生産的に生活出来る機会を与えられる。再軍備に関してはレヴァーム、天ツ上両国の許可が必要。

 

7. 我々の意志はロウリア人を民族として奴隷化し、またロウリア国民を滅亡させようとするものではないが、ロウリアにおける略奪を含む一切の戦争犯罪人は処罰されるべきである。ロウリア王国はロウリアにおける民主主義的傾向の復活を強化し、これを妨げるあらゆる障碍は排除するべきであり、言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立されるべきである。

 

8. ロウリア国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める。この項目並びにすでに記載した条件が達成された場合に占領軍は撤退するべきである。

 

9. 我々はロウリア王国が全ロウリア軍の即時無条件降伏を宣言し、またその行動についてロウリア政府が十分に保障することを求める。これ以外の選択肢は迅速且つ完全なる全滅があるのみである。

 

 

「なんなんだこれは!?」

「じ、事実上の降伏勧告では無いか!!」

 

 

慈悲、と呼ぶにはあまりにも屈辱的な内容であった。まず『亜人廃絶主義者を引き渡せ』というのはことのつまりハーク王などの重役を引き渡せと言っているのと同じである。国の象徴であり、トップであるハーク王を差し出すなどどれだけの屈辱であろうか。

 

二つ目に『それが達成されるまでは占領する』とあるが、これでは植民地と何ら変わらない(実際には違うが、彼らにはそう見える)こんな屈辱的な条件を飲めという方がおかしなものである。

 

 

「徹底抗戦だ!こんな降伏するくらいなら戦って死んだ方がいい!!」

「だが待て!一体どうやってあの飛空船に勝とうというんだ!!」

「無理だ、勝てるはずがない!」

「何のために奴らが攻撃を待ってくれていると思っているんだ!これはレヴァームと天ツ上の慈悲だ、ここで徹底抗戦を叫べば怒りでロウリアは滅ぼされるぞ!!」

 

 

好戦派と降伏派が分かれ、共に争い合う。降伏派の意見も一理ある。このまま戦争を続ければ、ロウリア王国は確実に負け、滅ぼされる。それならば屈辱的な条件でもいいから降伏した方がいいと考えるのも理にかなっている。

 

それを見ていたハーク王は、しばらく考え込む。自身の引き起こした戦争を、どうやって落とし前を付けるべきかと。元はと言えば自分が始めた戦争、そのせいで民が苦しみを味わい、多くの者が死んでいった。これ以上、苦しみを増やさないためには……

 

 

「皆の者、降伏しようではないか」

 

 

突然、ハーク王が立ち上がってそう言った。皆の視線が、ハーク王に集まって周りがピタリと止まる。

 

 

「そもそもこの戦争は間違っていたのだ。本当ならば私は、レヴァームと天ツ上の情報が出てきた時にもう少し慎重になるべきであった……」

 

 

ハークはそう言って下を向いた。俯く表情からは、何やら申し訳なさそうな感情が見えてくる。

 

 

「私はあの時、6年間の準備をしてきた我らなら必ず勝てると思い込んでいた。しかし、現実は違った。相手は圧倒的な武力を持ってジン・ハークを包囲するにまで至っている」

 

 

ロウリア王は王都攻撃で崩れた壁から外を見る。そこには、鋼鉄の飛行機械達が唸りを上げてジン・ハークを威圧していた。奴らに対抗する術は、ロウリア王国にはない。

 

 

「もう王国は負けたのだ、降伏しよう」

「国王様……」

 

 

ロウリア王はそう言って言葉を締めくくった。素直に負けを認め、講和を開く王の意思。その言葉を聞いた軍幹部達に様々な感情が沸き起こり始めた。悔しさのあまりに泣き出すもの、王国の未来を案じて床を拳で叩く者。

 

彼らは皆、降伏という条件がどれだけ屈辱的であるかを知っていた。あの列強のパーパルディアの例もある通り、降伏して負けた国は相手国に何をされるか分かったものではない。服従、もしくは属国化。挙げ句の果てには国の解体ということもある。

 

ロウリア王もそれをわかっていた。しかし、これ以上戦争を続ければ状況はさらに悲惨になる。相手が降伏を勧告してきたのなら、もはやそれに従うほかなかろう。

 

元はと言えば自分が始めた戦争だ。あの飛空船の情報が出てきた時に察しておけばよかった。これでは勝てないと。ロウリア王は静かにそれを悔やんだ。

 

 

「先王達よ……お許しください。私はこの国を守れませんでした……」

 

 

王座の間で悔やむ者達の側、ロウリア王はひっそりとそう呟いた。ロウリア王国は使者を城外の飛空艦まで連れて行き、正式に降伏の印を明け渡した。『ロデニウス大陸戦役』それがこの戦争につけられた名前だ。4月12日の開戦から5月12日の僅か一ヶ月での降伏であった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

とある国の国家戦略局。ほのかなオレンジ色の光が、薄暗い部屋の中を照らす。暗い目に悪い部屋の中には二人の男性の影が映り込み、部下らしき人間が上司に向かって報告をしている最中であった。

 

 

「ロウリア王国が負けただと!?」

 

 

薄暗い部屋が雷でパッと明るくなるのでは?と言うくらいの怒気をはらんだ声が、部下のパルソをぴくりと震わせる。パーパルディア皇国国家戦略局職員、課長イノスは額に血管を浮き上がらせながら声を震わせた。

 

彼が怒るのも仕方がなかろう。今回パーパルディア皇国はロウリア王国のロデニウス大陸統一戦争に多額の支援をしていた。国家予算の1%に始まり、数万の陸軍、200騎のワイバーン、さらには旧式で魔導砲を積んでいない物とはいえ軍船の建造支援もしていた。

 

その額はロウリアから見てもパーパルディアから見ても膨大で、これで負けると言う方がおかしいと自信を持たれていた。ロウリア王国のロデニウス大陸統一の暁には大陸内の資源などで利益を得て、功績を残せるはずであった。

 

しかし、結果は失敗。これがどれだけの不利益を生み出すか彼らは分かっていた。国家予算を無断で使ったのは自分たちの独断、責任は全て彼らが背負わなければいけなくなる。そうなれば自分たちの首すら危なくなる。

 

 

「本当です!ロウリア王国は本日5月12日に正式に降伏条件を飲みました。ロウリア王国はレヴァーム、天ツ上という国の保護国となり、完全な敗北です!」

「馬鹿な!ロウリアが降伏だと!?あの国はロデニウスではかなりの規模を持つ国だったはずだ、我々の支援もあったのに文明圏外国家などに敗れるはずがないだろ!!」

 

 

思わず声を荒げるイノス、その言葉には焦りと不安が見え隠れしている。

 

 

「現在のところ原因を調査中です。ですが、諜報員からすでに奇妙な報告が……」

「奇妙な報告?」

「はい、なんでもロウリア王国が降伏する直前の戦闘でワイバーンとは似ても似つかない鉄竜のようなものを見たと。なんでも、それは列強ムーの飛行機械に似ているとのことです。そして、次の日には王都上空を取り囲むように巨大な飛空船が現れたとのことです」

「巨大な飛空船に飛行機械だと?」

「はい、その証言がロデニウス沖大海戦でヴァルハルさんが見たものとほぼ一致しているのです」

 

 

ヴァルハルは精神疾患を疑われて現在本国の病院で診察中である。初めは彼の証言を疑っていたものの、他の諜報員まで同じものを見たということはどういうことだろうか?

 

 

「まさか……ヴァルハルが見たのは本当のことだというのか?」

「少なくとも飛行機械を使役しているということは、ムーの支援があるのかもしれません。そして、その中には『海猫』のことも書かれています。どうやら奴が実在するのは事実のようです」

「海猫……か」

 

 

イノスはしばらく考え込む。個人的にも海猫という竜騎士の情報は気になるところだが、これ以上模索して自分たちの立場が危うくなっては困る。

 

 

「うーむ、これ以上調べても無駄だろう。ロウリア王国への支援の履歴は全て消却するんだ、我らの関わりを一切残すな」

「はい、分かりました」

「だが、レヴァームと天ツ上がムーの支援を受けているかもしれないという情報は残しておきたいな。『我らの諜報員が偶然見かけた』ということにして事実創作をしてくれ」

「いいんですか?履歴は全て抹消するのでは?」

「我が国と程近い場所にある文明圏外国家が、小癪にもムーの支援を受けているかもしれないのは十分な脅威だからな。仕方がないだろう。皇帝陛下への報告は見送るが、機会をみて伝えることにする」

 

 

こうして、ロウリア王国を支援していたパーパルディア皇国国家戦略局は、自分たちが支援していたという事実を抹消した。証拠隠滅はどの時代でも徹底的である。

 

しかし、もしもの時の保険として戦争の一部始終は保管されて残された。操作の手が入らないように事実を改ざんし、金庫に機密書類として厳重に保管された。何事も、保険があった方が安心できるからだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

レヴァームの会議は「会議は踊る、されど進まず」という状態になることはあまりない。何事もファナ・レヴァーム皇女が取り仕切り、意見をまとめ、皆が納得のいく意見を出してくれるからだ。唯一、転移直後の混乱の最中の緊急会議は紛糾したが、状況がイレギュラーすぎるのでファナの有能さを持ってしても混乱を避けることはできなかった。

 

 

「では、ロウリア王国の処遇は現政権の解体と近代化による新政権の樹立。それが達成されるまではレヴァームと天ツ上の分割統治とします。よろしいですね?」

 

 

ファナ皇女が会議室の面々に質問すれば、皆から「異議なし」の回答が返ってくる。答えは決まったようだ。ファナは「ロウリア王国の処遇案」と書かれた書類をまとめ、一番上の紙を取ると自身のサインを万年筆を用いてすらすらと書く。万年筆から少しずつ染み込んでくるインクが上質な紙に書き込まれ、ファナのこれでもかというほど綺麗な字が書き写される。

 

 

「にしても、何事もなく降伏してくれて本当に助かりました。この世界での初の戦争、何が起こるか正直不安でしたから」

「ええ、この世界では魔法と言った我々の世界にはなかった要素もありますからね」

 

 

この世界での初の戦争は、レヴァームと天ツ上の勝利に終わった。唯一懸念されていた魔法に関する技術も、ロウリア王国が文明圏外であることのおかげでほとんど脅威にならなかった。

 

レヴァームと天ツ上の魔法関係に関する研究はまだ多くが進んでおらず、謎のままだ。魔法で引き起こされる現象に関する研究は一通り終わったのだが、その根元のエネルギーに関する研究が進んでいない状況だ。

 

そのため、魔法を一番の脅威として見なしていた。その心配は杞憂に終わったが、この世界はまだまだ広い。文明圏と呼ばれる土地では魔法が強力に発達しており、まだまだ魔法を軽視できない状況だ。

 

 

「にしても近代化ですか、果たしてうまくいくでしょうか……」

「なんとかするしかないです。民の声に耳を傾けることができれば、ロウリアも成長してくれるでしょうから」

 

 

ロウリアの処遇として当てた近代化、それは理性的で人権のある国家としての歩みを求めるためのものであった。憲法を発布させ、国民の声を身近から聞くことのできるよう国会を設置させ、レヴァームと天ツ上が歩んできた近代化の道を進ませるものだ。

 

一応国王という仕組みは近代化により存続している、早い話が立憲君主制である。だが、現ハーク王の処遇は裁判を待たなければならない。おそらく、良い結果にはならないだろう。そのため、新しく王を立てる必要が出てきたということだ。幸いハーク王には子供が多かったため、王子なり女王なり何でも立てることができる。

 

そして軍備。分割統治の間は軍備を認めていないが、いずれは復活させる予定である。そのため元ロ軍軍人や竜騎士などはレヴァームと天ツ上がしばらく身を預かる仕組みを確立させた。身を預かっている間は訓練に励ませる予定である。これなら、しっかりと訓練された近代軍人を再軍備の時にそのまま編入させることができるからだ。

 

 

「それとファナ長官、パーパルディア皇国という国からロウリア王国に向けて外交文書が届いております」

「外交文書ですか?」

 

 

マクセル大臣が、外交文書の件を話す。ファナはパーパルディアという国の名前を聞いてはいた。なんでも、フィルアデス大陸にある『列強』と呼ばれる強大な国力を持った国なのだという。レヴァームと天ツ上の転移位置から程近いこともあり、ファナはその存在を記憶に留めていた。

 

 

「はい、内容は『ロウリア王国に当てていた支援の借金を返せ』という趣旨のものです」

 

 

パーパルディア皇国が求めてきたのはロウリア王国に当てていた支援金の返金要求である。レヴァームと天ツ上は、パーパルディアが6年もの間ロウリア王国を支援していたことを証拠隠滅をされる前に掴んでいた。ある程度は予想していたものの、やはりタイミングが早い。

 

ロウリア王国の借金というのはかなり膨大で、今後数十年規模のローンだった。それを、ロデニウス大陸統一により得られる利益(奴隷や鉱山など)で補うとしても半分ほどは残る計算だ。残りは永遠と返し続けなければならない。「見通しが甘いにも程がある」それが計算をした財務大臣の感想であった。

 

 

「断りましょう。パーパルディア皇国当てに拒否の返事の文書を」

「分かりました」

「なるべく丁寧にですよ、まだパーパルディア皇国とはまだ国交開設すらしていません。最初から関係を乱すことのないよう、お願いします」

「分かっています、お任せください」

 

 

もちろん、そんな膨大な借金などレヴァームと天ツ上は払ってやる筋合いはない。こうして、パーパルディア皇国からの要求はやんわりと断られることになる。

 

曰く『ロウリア王国はもうすでに我が国の保護下であり、貴国のものではない。他国の借金を支払うつもりはない』という趣旨をオブラートに包んで返事されたという。これを受け取ったパーパルディア皇国の国家戦略局のとある人間が、歯軋りをしながらそれを握り潰したのはまた別の話。

 

 

「戦いはひと段落しましたが、まだまだやることが多いですね……」

 

 

とナミッツ総司令は言う。彼もかなりの激務に見舞われているのか、目の下にクマができている。実際、彼はロウリア王国攻略のプランを立てたり、その事後処理をしたりしていた。

 

 

「統治も戦いの一つです。戦争は戦って終わり、などと言うさっぱりしたものでは無いのですから」

 

 

ファナが言うと、何故だかその言葉に説得力が増す。彼女も中央海戦争で天ツ上との講和を取りまとめた一大貢献者であるからだろう。

 

彼女の言う通り、戦争は戦って終わりなどと言う生温いものでは無い。中央海戦争の時だって、皇軍が行った天ツ上の民間人に対する虐殺行為に関する責任をまとめたりするのには苦労したものだ。憎しみの残る両国を取りまとめたのは、誰を隠そうファナの功績によるものである。

 

今回も、ロウリアが民主化をする事でクワ・トイネやクイラなどと歩み寄りをしやすくなるよう計らいをしている。特にクワ・トイネは元々ロウリアと仲良くしたかったのだから、民主化することで和解をしてくれればそれが一番良いと言うことである。

 

 

「それからナミッツ司令、例の計画はどうなっていますか?」

「飛空艦による国交開設計画ですね。現在、クワ・トイネからもたらされた世界地図をもとにルートを作成しています。数週間以内には出発できます。こちらが、計画書です」

 

 

ファナは世界地図に描かれた矢印のルートが添えられた計画書を受け取る。ファナが質問をしたのは飛空艦艦隊による国交開設計画である。戦争前に行われた会議でナミッツが考えを示した砲艦外交であるが、最終的にファナの一声で採用される運びとなったのだ。

 

 

「やはり中央世界との国交開設が第一目標ですか?」

「はい。現在考えられているルートでは、第一文明圏と第二文明圏に向けてそれぞれ艦隊を派遣します」

「なるほど。もし国交開設で相手国が使節団を派遣したい、という要請があった場合はどう致しますか?」

「その場合は帰りの飛空艦隊に使節団を乗せ、そのまま本国まで帰港します。それから、星の東側については天ツ上の艦隊が調査をいたします。なんでも、北東部にあるグラメウス大陸は『魔物』と呼ばれる危険生物で溢れかえっているらしく、危険が多いとのことです。天ツ上では陸戦隊を艦隊に編入したりと入念な準備が進められているようです」

 

 

計画書には天ツ上の艦隊の情報についても書かれていた。国交開設の艦隊にはレヴァーム、天ツ上の両国の外交官を乗せるが、星の西側と東側では担当する艦隊が違うことになっている。

 

この話は天ツ上も乗ってきており、その結果天ツ上は星の東側や北側のグラメウス大陸の調査を行う運びとなったのだ。あの地方はほとんどが海であるらしいため、国交開設よりも調査を主目的としている。

 

 

「分かりました。では、艦隊の派遣を許可します」

 

 

戦いが一つ終わった。そして、世界は開けようとしている。中央歴1638年、世界は着実に動き始めていた。この世界でレヴァームと天ツ上はどう動くのか、それは彼ら次第である。



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第24話〜海猫と英雄〜

 

ロデニウス大陸統一を目論んだロウリア王国のロデニウス戦役は、失敗に終わった。突如としてロデニウス大陸の東に現れた新興国家、神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の二国によってロ軍は壊滅的被害を受け、最終的にはロウリアの降伏となった。

 

パーパルディア皇国への借金返済とクワ・トイネへの賠償金により王国の国力は大きく失墜した。亜人廃絶主義者も捕らえられ、もはやかつての覇権国家としての風格はもうない。

 

ロウリア王国は憲法を発布し、立憲君主制と制度を改め、新たな王を迎えて再出発しようとしている。

 

そして、戦争終結から数週間後。

 

薄暗い牢獄、冷たい石畳の床が足から体温を奪ってゆく。辺りに日はほとんど差さずに薄暗いじめっとした雰囲気が漂っている。

 

 

「くそっ!こんなところで足止めを食らっている場合じゃないのに……」

 

 

竜騎士ターナケインは牢獄の中でたった一人、そう呟いた。ターナケインはあの海猫との激闘の後、墜落した地点で天ツ上陸軍の兵士達に捕らえられた。抵抗することも考えていたが、海猫への復讐を考えるならここで死ぬわけにはいかず、そのまま大人しく捕まることにした。

 

しかし、捕虜として運ばれたのはクワ・トイネ国内の捕虜収容所。そこで何日も捕らえられたままずっと足止めを喰らってしまっていた。

 

──自分は『海猫』に復讐を果たさなければいけないのに、こんなところでのんびりとしている場合ではない。

 

そう思い何度か脱獄を計画しようとしたが、このクワ・トイネの収容所はレヴァームが作ったらしく、非常に厳重な警備が敷かれており脱獄は難しかった。

 

 

「ちくしょう……何とか出られないのか……」

 

 

それがターナケインには悔しくて悔しくてたまらなかった。自分の愛すべき相棒の命を奪い、空を蹂躙したあの海猫に一矢報いなければ自分の気が治らない。

 

 

「こちらです、この青年がお探しの人物です」

「了解しました。ありがとうございます」

 

 

と、考えにふけるターナケインの前に、鉄格子を挟んで一人の人物が前に出た。細身の背の高い身体に真っ黒で地味な色合いをし、ぴっちりとした式典の制服のような服装を着た一人の人間が立っていた。

 

 

「貴方が元竜騎士ターナケインさんですね?」

 

 

その人物はレヴァーム人の男だった。よく見ると、その服装は収容所でちょくちょく見かけていたレヴァーム軍人の制服とよく似ている。軍人なのに地味で色合いのない制服だな、と印象に残っていたのを思い出した。

 

とりあえず、質問をされたので答えを返さなければならない。何をもって自分を訪ねてきたのか分からないので警戒したいが、人間同士の会話というものはそういうものだ。

 

 

「はい、私がターナケインですが……」

 

 

そういうとその軍人は「ふーむ」と、地べたに腰掛ける自分を品定めするように眺めた。ますます意味がわからない、こんな負けた国の兵士に戦勝国の軍人が一体何の用だろうか?

 

 

「単刀直入に言おう、神聖レヴァーム皇国が君を探している」

「え?」

 

 

軍人は突然そんなことを言った、訳がわからず頭が真っ白になった。レヴァームの鉄龍に唯一有効打を与えた兵を、レヴァームが探している。その意味は、ターナケインにはっきりと分かっていた。

 

身柄の引き渡し。

 

これが出てくる時は本当にろくなことが無い。ようは、戦争犯罪者として裁こうとすることがほとんどだ。つまり、あの戦争で唯一被害を与えた兵士を処刑でも何なりとでもしようとしているのだ。

 

 

「そんな……」

 

 

ターナケインに絶望が映った。相棒を殺された恨みを、海猫に晴らすのが自分の目的だ。しかし、それを達成できずにこのままレヴァームに裁かれて殺されるかもしれない。そう思うと、ターナケインの目から色彩が消えてゆく。

 

 

「こちらが案内になる。大丈夫だ、君のような英雄を我が国は手厚く扱うことになっている。安心してくれ」

 

 

そう言って甘い言葉で誘導しようとしているのは丸わかりだ。事実、歴史上でこういった甘言で要人を誘い出して処刑した例はいくらでもある。暗い表情でターナケインは将校から手紙を受け取った。

 

数日後。

 

ターナケインは牢獄を出て、レヴァームの『自動車』と呼ばれる乗り物へと移された。ターナケインはそれにただただ驚きしかない。何せ馬が引いていない、それなのに荷馬車のない馬よりも早く軽快に地面を疾走していっている。そのことには驚きしかなかった。

 

しばらく進むと荒れ果てた大地を抜け、緑が見えてきた。クワ・トイネの国境線沿いを辿ってたどり着いたギムの街だ。広大な穀倉地帯が姿を現し、ロウリア王国とはまた別の自然豊かさを感じさせる。

 

しかし、その中に異様な物体を見つけた。大量の墓地だった。一つ一つに十字架が刻まれ、名前のような者がいくつも刻まれている。

 

 

「あ……あれは?」

「ギムの兵士たちのものです。ギムのために勇敢に戦った兵士たちのために作られた慰霊碑です」

 

 

レヴァーム人の運転手は、そう教えてくれた。聞くところによると、ロウリア王国がこれまでに侵略戦争を繰り返していたらしく、その中でロウリアの侵攻を食い止めるために犠牲になったギムの兵士のためにあの墓標は作られたのだという。

 

ターナケインはクワ・トイネにも勇敢な兵士たちがいたことを痛快し、いたたまれない気持ちになった。

 

と同時に、ますます自分の身の安全が保障されなくなってきたことを実感していた。侵略戦争をしていた相手の国の兵士をそうやすやすと生かしておくわけにはいかない。ターナケインは「これはいよいよ命はない」と悔しく思い始めた。

 

城塞都市エジェイに到着し、皇軍の基地で一泊したターナケイン。今度は『飛空機』と呼ばれる物体に乗せられ、レヴァーム国内に向かって飛行していた。眼下には地面に張り付くような雲が見え、凄まじい高度と速度で飛行していることを実感する。

 

絶対迎撃不可能領域。

 

おそらくは列強国ですら、この乗り物を墜とすことは不可能であろう。身をもって感じる国力差である。こんなものを作ることのできる国と、戦争をしていたのだとターナケインは実感した。それと同時に疑問が生じ始めた。

 

 

──なぜ、このような国が急に現れたんだ?

 

 

ターナケインの疑問はそこに集中していた。こんな国がなければ、ロウリアはこの戦争に勝てたはずだ。まるで神が仕向けたかのようなタイミングでこいつらは現れ、相棒を殺していった。

 

それが酷く理不尽に思えた。

 

やがて、大きな島が窓の外に広がってきた。神聖レヴァーム皇国、トレバス暗礁。それがこの島の名前らしい、透き通るような綺麗な海にポツリと浮かぶ美しい島。ターナケインは疑問のことを少しだけ忘れてその美しさに見惚れていた。

 

そして、王国では考えられないほど長大な滑走路に飛空機は着陸していった。美しい島の中に作られた長めの滑走路だった。そして、巨大なワイバーン基地が目に映る。何騎もの青灰色の鉄竜が飛行場を埋め尽くし、レヴァームの国力を物語っている。

 

 

「…………」

 

 

終始、ターナケインは黙ったままであった。いよいよ、同乗者が飛空機から降りる準備を始めターナケインは感情を無にしてそれに従った。ガコンッという音とともに、飛空機の重厚な扉が開かれる。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

太陽の光が強く差し込み、ターナケインは目を細めた。そして、飛空機の下では盛大な拍手と歓声が湧き起こる。

 

 

「──え?」

 

 

訳がわからなかった、自分は今から処刑されぬのではなかったのだろうか?それなのに突然、レヴァーム人の歓迎を受けたターナケインは驚いてしまう。

 

 

「ようこそレヴァームへ、さあ、どうぞこちらへ」

 

 

何の用途かわからない連続した閃光を浴び、まるでお祭りパレードのような雰囲気の中をターナーケインは進んでゆく。

 

 

『今回のロウリア事変で、単騎でアイレスVに突入し、一矢報いたロウリア王国の竜騎士……ターナケインさんです!!』

 

 

大きな拡声器で声が流れる。まるで、飛行場全体が彼を歓迎しているかのような雰囲気であった。そして、しばらく歩みを進めると見覚えのある鉄竜を見せつけられた。

 

 

「!?」

 

 

青灰色の体色に、胴体に描かれた海猫のイラスト。それを見間違うようなターナケインではない。もがれた片翼は直されているようだが、あれは間違いなく、自分が戦った海猫の機体だった。

 

その隣に一人の青年が立っていた。彼はにこやかな笑顔をターナケインに向けると、晴れやかな表情で歩み寄ってきた。

 

 

「貴方があのときの竜騎士さんですか?」

「……はい」

「勇敢な方ですね。まさか私にイスマエル・ターンを使わせるとは、思っていませんでした」

「!?」

 

 

ここでようやく気づいた。彼は、あの時の戦いのことを知っている。あの空中に止まるような機動のことを彼は知っていた。なぜなら、彼が海猫の張本人だからだとターナケインは理解した。

 

彼は握手を差し伸べる。ターナケインはそれを虚な目で握り返した。それを見た周りの閃光がより一層激しく光り、点滅する。

 

 

(そうか……お前が海猫だったんだな……)

 

 

ターナケインは静かにその憎悪を滾らせる。それはまるで、煮えたぎるマグマのような、ワイバーンの火炎弾のような憎しみであった。

 

 

(俺がお前をこの手で殺してやる……!)

 

 

これは好都合だ、海猫から自分に近づいてくるのなら復讐だってたやすい。おそらく海猫は自分を追い詰めた相手を部下としてそばに置いておきたいのだろう。なら、その油断しきった後ろ首を断ち切るまで。

 

ターナケインは静かに覚悟をそう決めた。にこやかな笑顔を絶やさない海猫とは裏腹に、彼に対する憎悪を滾らせて。

 

この時、ターナケインはとある計画のためにレヴァーム皇国と呼び出されていた。その計画は、ターナケインのような有能な竜騎士を飛空士にしようというものだった。それは、彼の運命を大きく変えることとなる。復讐すべき相手が一番近くにいる中、ターナケインは静かに覚悟を決めた。

 



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第25話〜異界の大帝国〜

間も無く第三章ですが、後1話を投稿したら第三章に入ります。


 

 

第二文明圏、ムー大陸西方。43隻にもなる恐怖の艦隊が進軍してきた。彼らは第二文明圏で列強国として名の高いレイフォル海軍の艦隊だ。

 

そのほとんどが魔導式の火砲を積み込み、それを何百もの数を有している強力な軍艦『百門級戦列艦』である。命中精度の悪い戦列艦の先込め式魔導砲を多数積み込むことにより、数を持って命中率を上げている船だ。

 

しかし、それらは全てその数時間後に消し飛んでいった。たった一隻の戦艦『グレート・アトラスター』によって。

 

巨体が海の水を押し除ける。まるで船体が海を押しつぶすかのようだ。レイフォル艦隊を相手にしていたグラ・バルカス帝国海軍の超巨大戦艦『グレート・アトラスター』は、46センチ三連装砲3基を誇らしげに水平線に向けていた。

 

重圧な装甲に包まれた上部構造物は、まるで城を思い起こす。空へ向けられたいくつもの高角砲が空を向き、ハリネズミのように連なっている。

 

対空砲の砲弾はグラ・バルカス帝国で最近開発された近接信管が搭載されている。ケイン神国の熾烈な航空攻撃に対抗すべく生み出されたこの信管は、それまでの時限式信管を大きく凌駕する命中精度を誇り、近づくだけで飛行物は墜ちてゆく。その威力は、レイフォルのワイバーンロードを全て葬り去ったほどだ。

 

さらに46センチ三連装砲にはレーダー照準射撃機能を備えており、命中精度も向上。たったの数発で散布界を狭めることができる。飛翔距離は40キロにもなり、前世界においてもこの世界においても、最大最強の戦艦に違いない。

 

 

「最後の敵艦を殱滅」

「……哀れな最後だったな」

 

 

グレート・アトラスター艦長ラクスタルは、副長にそう言って哀れみを敵に向けた。彼らはもうすでに海の底だが、最後の最後で悪あがきしてくるとは思わなかった。

 

もっとも、黒色火薬程度の威力しかない砲撃などゼロ距離から放たれてもグレート・アトラスターには効かないが。

 

 

「残弾はどうだ?」

「各砲門、70発程度です」

「そうか……たしか敵国の主要都市は全て海に面していたな?」

「え? はい、各都市は海に面しています。首都ははここから東へ350キロほどでしたが……」

 

 

副長は艦長ラクスタルの眼差しに、少し疑問に思う。わざわざ敵を全滅したのだから、後は強襲上陸をすれば敵国は降伏する筈だ。だが、ラクスタル艦長はそれだけでは我慢ならないようだった。

 

 

「東へ向かうぞ。都市を砲撃で殲滅だ」

「わ、わかりました」

 

 

そう言ってラクスタル艦長は敵国首都への砲撃を部下たちに命令した。グレート・アトラスターの進路が変わり、レイフォリアへと舳先が向けられる。

 

 

「アリシア……仇はとるぞ……」

 

 

そんな艦橋の中、ラクスタルは一つのロケットを握りしめる。パカリと開くと、そこにはラクスタルと一人の美しい女性が写真に写っていた。

 

彼女はラクスタルの妻アリシア。外交官としてグラ・バルカス帝国外務省に勤めていた彼女は、パンガダ王国へ向かって行ったきり、帰ってこなかった。パンガダ王国の傲慢な態度により、皇族もろとも処刑されたのだ。

 

愛妻を殺されたラクスタルの怒りは、グレート・アトラスターの砲撃となってレイフォリアへと降り注ぐことになる。

 

そして──

 

その日の夕方、レイフォルの首都レイフォリアは戦艦グレート・アトラスターの全力砲撃により煤塵となった。レイフォル皇帝は砲撃に巻き込まれて死亡、民間人にも万人単位の死傷者が出た。

 

レイフォルの軍部は無条件降伏し、グラ・バルカス帝国はレイフォルを自国領土に編入、入植が始まった。

 

戦艦グレート・アトラスターはたったの一隻でレイフォル艦隊を撃滅し、国を滅ぼしたとしてこの世界に激震を走らせた。グレート・アトラスターはレイフォルを滅ぼした生ける伝説としてその名を轟かせる。

 

そして、いつしかこんな噂が流れ始めた。

 

グレート・アトラスターには愛妻を殺されたことにより、異世界に対して恨みと憎しみを抱くようになった恐怖の艦長がいると。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

並べられた通信回路、散りばめられた情報ネットワーク。この国はレヴァームと天ツ上から約3万キロ以上西に巡ったところにある大国である。彼の国には、かつて7つの国々が入れ替わり立ち替わりで巡ってきた。それら全てが『帝国』を名乗り、血で血を巡る争いで雌雄を決してきた。

 

八番目のその国は自らを『グラ・バルカス帝国』、又の名を『第八帝国』と名乗る強大な国家だ。彼らは自分たちの国に誇りを持っていた。その国の栄えある首都『帝都ラグナ』の軍事施設の一角。そこはグラ・バルカス帝国軍(グ帝軍)の軍人達が、『諜報課』と呼んでいる組織のネットワークが集まる施設であった。

 

 

「閣下。ロデニウス大陸での一件について、先日潜水艦によりロデニウス大陸から諜報員が帰還しました」

「ご苦労だった、報告を聞かせてくれ」

 

 

その施設の中でとある将校の執務室にて、きらびやかでスッキリとした黒い制服の男性が、閣下と呼ばれた上司に報告を始めようとしていた。

 

 

「まず、ロデニウス大陸の情勢を報告いたします。ロウリア王国のクワ・トイネ公国並びにクイラ王国への侵攻は、神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の介入により、失敗に終わった模様です。最終的にロウリア王国は降伏、ロウリアはレヴァームと天ツ上により占領されたとのことです」

「何だと!?我々の予想では、ロウリア王国が圧勝し、ロデニウス全域がロウリアの領地になる見込みだったが……レヴァーム、天ツ上という国は聞いたことがない。何か情報はあるか?」

 

 

そう言われると、部下らしき人間は作成されたレポート用紙を上司に手渡す。上司はそれを見ながら、部下から説明を受ける。

 

 

「工作員からの報告では、まずロウリア王国の4400隻の大艦隊はレヴァームの艦隊によって撃破されました。そして、地上でも無傷で敵を撃破し、最終的にはロウリア王国の首都ジン・ハークをレヴァーム、天ツ上共同で包囲するに至りました。降伏まではたった一ヶ月です」

「なるほど、共同で戦争を行ったあたり、二つの国は同盟国か何かなのだろうな。一ヶ月という数字もなかなかに早い」

「それから閣下……レヴァームと天ツ上の武装ですが……」

 

 

そう言って部下は指揮官にある写真を手渡す。レヴァームと天ツ上の武装についてまとめられたレポート写真だ。

 

 

「こ……これは!?」

 

 

そこに映っていたものに、驚愕する指揮官。目を見開き、冷や汗を流して驚愕する。あたかもあり得ないものを見て転げ落ちそうなほど、それは衝撃をはらんでいた。

 

写真に映っていたのは、鋼鉄の機械だ。戦艦、と呼ぶべき代物だ。洋上を支配し、敵を大艦巨砲主義の一撃で葬り去る決戦兵器。レヴァームがそれを所持していたというだけだが、驚くべきはそこではない。その戦艦は、()()()()()()()のだ。

 

 

「閣下、合成ではなく紛れもない事実です。大きさは全長260メートル以上、主砲は40センチ以上の三連装4基。紛れもない戦艦です」

「バカな!!大きさ、排水量からして我が国の『グレート・アトラスター』並みの戦艦が空を飛んでいるだと!?一体どういう事だ!?」

 

 

指揮官の疑問は最もだ。飛行船ではない代物が、純粋な戦艦が空を飛ぶなどあり得るはずがない。写真はマイハーク沖で撮られた3枚翼を持つ巨大な飛行戦艦のものだ。

 

 

「それはレヴァームの物らしいのですが、他にも1万トンクラスの巡洋艦、千トンクラスの駆逐艦、3万トンクラスの正規空母まで空を飛んでいたそうです。さらには王都包囲の際にはこれらの飛行戦艦が王都を包囲しており、同様のものを天ツ上も所持していることを確認しました」

「空母まで保有しているとは……両方とも紛れもない転移国家だな。にしても戦艦を飛ばすとは、仕組みはもとより、どんな理由で空を飛ばす必要があったんだ……?」

 

 

やはり、いちばんの疑問はそこに集中する。わざわざコストのかかるような飛行戦艦や空母を、わざわざ作らなければいけない理由がどこにあるのだろうかと。

 

 

「おそらくですが閣下、戦艦や空母を陸地に上げる必要があったのではないでしょうか?戦術的価値のある戦艦や空母を陸に上げられれば、戦術の幅が広がります。どうやら彼らは随分と戦争慣れした世界から来たようです」

「うーむ。空飛ぶ戦艦といい、レヴァームと天ツ上は我が国の戦略に対して大きな脅威となるな。だが、なんとか味方に引きずり込めれば……あるいは……」

 

 

突然の転移国家の出現、もしかしたらグラ・バルカス帝国の行く末を左右するかもしれない。

 

 

「!、待て。空母があるということは艦載機はどんなものだったのだ?」

「はい、こちらになります」

 

 

そう言って、部下は二つの写真を上司に手渡した。一つはジン・ハーク港強襲の時の写真、もう一つは王都包囲の時の戦闘記録だ。

 

 

「まず天ツ上の飛行機械ですが、ジン・ハーク港強襲の際に撮られた写真になります。こちらは天ツ上の戦闘機とみられる写真です」

「なんだこれは……まるで後ろ向きにに飛んでいるようではないか」

 

 

指揮官が見ていたのは天ツ上の真っ黒な飛行機械だった。全身が黒塗りで塗りたくられ、翼の部分が後ろに流れるようになっている。これは後退翼と呼ばれるグラ・バルカス帝国ではまだ実用化していない翼形状だった。

 

 

「いえ閣下、これはプロペラが後ろについている推進式の飛行機械なのです」

「推進式だと……後退翼を実用化しているのは驚きだが、なぜこんな変な飛行機械を作っているんだ?」

「それはわかりません、ですがこのような飛行機を作れることは十分な脅威です。そして、レヴァームの戦闘機ですが……」

 

 

指揮官はもう一つの写真を見比べる。

 

 

「こっちはかなり洗練されている形状だな……」

「はい、レヴァームの戦闘機は翼と胴体に機銃を搭載した単座単発、テーパー翼と液冷エンジンを採用した、単座戦闘機にしてはかなり洗練された機体です」

 

 

彼らが洗練されていると称したレヴァームの戦闘機は、単座戦闘機の中ではかなり先進的な部類に入る。まるで、戦争に明け暮れた末に生まれた、究極の機体のようなものだろう。

 

 

「しかし、アンタレスとの比較材料がないな。飛行機械としての性能はアンタレスほどではないと見ていいだろうが……」

 

 

彼が言うアンタレス、正式名称『アンタレス型艦上戦闘機』はグラ・バルカス帝国の主力戦闘機である。信頼性の高い千馬力級エンジンと、研ぎ澄まされ軽量化された機体のおかげで時速は550キロにもなり、前世界一の格闘性能を誇っていた。その戦闘機より強いことは、流石にないだろうと指揮官は考える。

 

 

「しかし閣下……まだ続きがあります」

 

 

そう言って、彼は一つの写真を指揮官へと手渡す。そこに映っていたのは、レヴァームの戦闘機に海猫のマークをつけた1機の青灰色の戦闘機であった。

 

 

「こいつは?」

「この機体の飛行士は王都包囲の際に、最も多くのワイバーンを撃墜していました。おそらく、レヴァームのエース飛行士だと思われます」

「エースだと……実力は?」

「それが……」

 

 

部下は重々しく口を開こうとした。

 

 

「この飛行士は王都包囲の際に、コメット・ターンを披露してワイバーンを撃墜したとのことです」

「何!?」

 

 

情報部の将校はその言葉に目を見開く。コメット・ターン、空軍に詳しくないこの男でもその技名くらいは知っていた。だからこそ、ありえないという考えが頭をよぎって冷や汗を流す。

 

 

「バカな!あの技は超々級難易度の大技!まともに使える飛行士はほとんどいない!ありえん、何かの間違いだ!」

 

 

コメット・ターン。『彗星のターン』の名がつくそれは、彼らのいた前世界ユクドにて『超々級空戦技術』として知られていた大技だった。宙返りの頂点にて無重力状態のようなふわりとした機動を取る機動で、そのまま敵の背後に横滑りを打つ機動だ。

 

しかしその技はあまりに難易度が高く、失敗すればストール、空中分解、飛行士の失神などの致命的な代償がつく超難易度の空戦機動であった。

 

そのため、彼らが転移する前にいた前世界のユグドにおいても、グラ・バルカス帝国とケイン神王国の間でわずか3名しかまともに扱える人間はいなかった。その空戦機動があっさりと披露されたそうだった。将校はそのことに驚きしかない。しかも、機体の片翼がもがれた状態で成功させたという。

 

 

「しかし閣下、この海猫のマークをつけた飛行士はそれをやってのけました!残ったワイバーンに不意打ちを食らって片翼がもがれた状態で、成功させて見せたのです!!」

「なっ!しかも片翼でだと!?だとしたらこの飛行士はとんでもないエースだぞ……!」

 

 

指揮官は写真に描かれた海猫のマークを睨みつける。戦場に似合わないお洒落たマークだが、底知れぬ実力を秘めているかのように指揮官は見えた。

 

 

「…………これは緊急会議を開かなければならないな。レヴァーム、天ツ上という国の情報がもっと知りたい。よし、また諜報員を派遣して、さらなる情報を集めてくるんだ!」

「了解しました!」

「頼むぞ……特にこの飛行士はいずれグラ・バルカスの脅威になる。早期に対策を立てなければ!」

 

 

そう言って指揮官は写真を見比べて、熱心に部下に命令する。これらの情報が正しいなら、グラ・バルカスはこの世界でのあり方を見直す必要もあるかもしれない。そんな多大な責任の下、彼らはさらなる情報収集を開始した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ほう……レヴァームという国にコメット・ターンを披露した飛行士が居るのか?」

 

 

グラ・バルカス海軍の正規空母『ペガスス』の格納庫。そこにいた細身の男1人の飛行士に、港から乗り込んできた諜報課の人間が情報を伝えた。

 

 

「はい、それも片翼状態で機体を安定させて行ったとのことです」

「ほほう、それは素晴らしい……」

 

 

そう言って相手の飛空士は口の端を釣り上げて、歯を見せて笑った。諜報員がこの飛行士に海猫の情報を与えたのには訳がある。彼は、グラ・バルカスの飛行士の中でも一二を争うトップレベルの飛行士だった。

 

レヴァームと天ツ上を新たな脅威とみなし始めたグラ・バルカスは、このトップエースに直接情報を与えて早めの対策を練ることを目標にしていた。

 

 

「まさか、私以外にコメット・ターンができる飛行士がいるとは思わなかったな。フッ……いつか手合わせをしてみたいものだ」

 

 

その細身の飛空士、彼は笑いながら自身の戦闘機に向き直った。彼はそんな対策よりも自分と同じレベルの飛行士がいることに微笑みを浮かべて、楽しげに笑っていた。それはなにかを楽しみにしているかのような戦い好きの感覚であった。

 

そして彼の前には一機のアンタレス戦闘機が、大きなツノを持った馬の星々のイラストと共に鎮座していた。一角獣座、南の空に見えるツノを持った架空の馬の星座だ。

 

 

「海猫……か。この世界もなかなか楽しく戦えそうだ」

 

 

飛行士は笑う。この世界にやってきてからまともな相手と戦っておらず、腕が鈍りそうであった。そんな中で見つけた新しいエース。グラ・バルカス帝国のエース、アレックス・ネメシスはその彼をこの手で撃ち落としてやりたいと、期待に胸を躍らせた。

 

 

 




原作との変更点

『コメット・ターン』
とある飛空士といえばこの機動、イスマエル・ターン。比較のため、ユクド世界にも存在するという設定を新たに加えてコメット・ターンと命名。この作品はパイロットと飛行機が主役なので、こういう要素も無ければ。

『シャルルを脅威とみなすグラ・バルカス』
コメット・ターンという設定を加えたのはシャルルの強さをわかりやすくするため。侮らせず、全力で挑ませるつもりです。



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閑話休題〜夜想曲〜

 

 

荒々しい海に、噴き出た城のような異形の島陰があった。

 

周囲は分厚い石垣とコンクリートで敷き詰められ、海原を埋め立てている。剥き出しの鉄筋コンクリート製と建物の偉容が、あたかも戦艦の如くそそり立ち、壁面は波をかぶって黒くにじんでいる。

 

──戦艦島。

 

前世界では天ツ上で良質な石炭が取れる海底炭鉱として栄え、採掘のために大企業が資本投下を行って歪に発展した異形の島である。

 

島の周りは鉄筋コンクリート製の高層住宅が強引に詰め込まれ、街の中には労働者達が敷き詰められている。炭坑労働者達は毎日崩落やガス爆発など常に危険と隣り合わせの中で働いており、粉塵は肺を壊し、目を蝕んでゆく。

 

彼らは常に命の危険と隣り合わせの中で暮らしており、中には子供ですらその炭鉱にいた。誰もが生きる希望を失い、「今日より明日を良くするために頑張って働こう」とは微塵も思わないし、思えない。それはかつてのクイラ王国を思わせる。

 

しかし、彼らもレヴァームと天ツ上の転移現象の影響を受けることになった。

 

転移の日、その日は夜も更けていたため炭鉱には誰もおらず、そのまま転移現象を目の当たりにした。そして、彼らにも光る夜を見ていたものもいたが、それを気にする余裕はなくそのまま炭鉱の仕事に戻ろうとした。しかし、その時に事件は発覚した。

 

 

「炭坑が塞がっている」

 

 

それは、突然の出来事だった。今までリフトでまっすぐ下に繋がっていたはずだった炭坑が、ぶっつりと真新しい岩で塞がっていたのだ。混乱する労働者、困惑する取締役。その答えは天ツ上政府から正式に国が別の惑星に転移したことを発表された時に思い知らされた。

 

──別の惑星に転移したから、炭坑が無くなった。

 

経営者はそう結論付けた。地層を調べてみたところ、かつて掘り進めていた炭鉱の地層ではないことが判明し、それを裏付けた。幸いにも、転移時は炭坑は休みの時間で誰もおらず、行方不明になった者がいなかったのは幸いだろう。

 

しかしその地層を掘ってみても、もう石炭も取れなくなっていた。これに取締役は落胆してしまった。何せ、事業であった石炭掘りが転移によってできなくなってしまったのだ。もう、この戦艦島には価値はない。そう言って大企業は早々にこの島から撤退しようとした。

 

しかし、労働者達は満足いかなかった。何せ、訳の分からない転移現象で炭鉱が無くなった挙句、取締役からも見放される羽目になったのだ。我慢ならない。取締役達は他の炭坑があるかもしれないが、労働者達は我が身もすがる思いでこの島にやってきたのだ。

 

 

「もう一度炭坑を掘らせてくれ!」

 

 

労働者達はそう言って取締役を説得した。もちろん、取締役はそれで何かが見つかるとは思っていない。だがそうでもしないと、労働者達の不満が爆発しそうで不味かっただけである。だが、その期待は良い意味で裏切られることになる。

 

 

「おいみんな!これを見ろ!!」

「こ、こいつは……!」

「親分!来てくれ!!」

 

 

炭鉱労働者の誰かが、光るものを発見した。

 

 

「間違いない……これはダイアモンドだ!!!!」

 

 

光る鉱石、透明な石炭。神秘の光を放つダイアモンドがその地層から見つかったのだ。労働者達が沸き立つ、抱き合ってその身を喜び合い、希望を持った。

 

さらに幸運は続く。炭鉱を深く掘り進めてみればさらに大量の、それもかなり良質で巨大なダイアモンド達がザクザクと出てきたのだ。尋常な量ではない、何十年、何百年という単位での埋蔵量が予測された。大企業はその話を聞いて、戦艦島に掌を返して舞い戻ってきたそうだ。

 

それから、戦艦島の運命は変わった。ダイアモンドは本土で高い値で売れ、その利益は労働者達の待遇改善をするだけの余裕を作り上げた。労働者達の生活は良くなり、次第に希望を持てるようになった。

 

さらに、その話を聞きつけて一攫千金を狙って労働者達はさらに集まった。鉄筋コンクリート製の建物はさらに増え、島の面積も大きくなり、人口は増えて豊かになっていった。

 

以後、戦艦島はダイアモンドの一攫千金を狙う労働者達が集まる夢の島になった。戦艦島という希望を持てなかった島は、転移がもたらした透明な石炭によって救われたのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

クワ・トイネ国内のとある海軍学校、クワ・トイネとの協定によってレヴァーム、天ツ上主導の元建てられた学校は数知れず。レベルの高い教育制度を受けられるとあって、学校には多くの学生が集まって勉強をしていた。

 

その中で、将来の海軍の卵達を育てるために作られたこの学校は、クワ・トイネの海軍増強計画に則って全力で教育が進められている。

 

今回の授業はレヴァーム、天ツ上における海軍史の勉強。いわば戦史の勉強だ。レヴァーム、天ツ上のいた世界の戦争の話を聞けるとあって、連日講義に多くの学生が参加する人気の授業だ。

 

 

「さて、教科書の340ページを開いてほしい。今回やる授業は前回の続き、中央海戦争の終結と淡島沖海戦だ」

 

 

天ツ上から派遣された天ツ上人の教授が、この戦史の授業を担当している。彼は整った顔立ちをしていて、生徒に人気の教授であった。

 

 

「中央海戦争、淡島沖海戦。中央海戦争の決着をつけることとなったこの戦いは、今の歴史に残っている。今日の授業は、この戦いの経緯を順を追って説明しよう。

 

中央海戦争と呼ばれる神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の全面戦争は、序盤天ツ上の優勢で電撃的侵攻を続けていた。

 

しかし、エスト・ミランダ沖海戦で帝軍は正規空母……前回話した飛空機械を載せてた発艦着艦ができる飛空艦のことだな……それを6隻のうち4隻を失う大損害を蒙り、熟練飛空士を多数失って敗走してしまった。その後は、国力に勝るレヴァームがこの戦争の主導権を握り始めた。

 

何せ、当時のレヴァームの国力は天ツ上の十倍。天ツ上が戦争に勝つにはレヴァームが本気を出す前に電撃戦で肩をつけるしかなかったけれど、正規空母を失っては敗走するしかなかったんだ。

 

ここまでは前回の授業で話したよな?今のはおさらいだ。

 

そしてついに、ヴィルヘルム・バルドー率いる皇軍バルドー機動艦隊は、天ツ上本土攻略に動き出した。既に攻略した伊予島を足がかりとして、天ツ上最大の拠点淡島の攻略を開始した。これに対し、帝軍大本営は『急一号』作戦を発動。陸軍と海軍総出で防衛体制を整える事にした。

 

けれど、天ツ上はエスト・ミランダ沖海戦やトレバス環礁防衛戦にてすでに正規空母や熟練飛空士を失っていて、バルドー艦隊と真正面から艦隊決戦を挑めるほど満足いく戦力は揃えられていなかった。

 

残された希望は生き残った正規空母の『雲鶴』『真鶴』、そして超弩級戦艦『飛騨』『摂津』だけ。とてもじゃないが、普通の戦いでは確実に負けてしまう。

 

そこで帝軍は淡島、太刀洗湾への上陸作戦を開始しようとするバルドー艦隊へ対し、まず第三艦隊『雲鶴』『真鶴』が囮となって淡島の南方海域へ航空戦力を釣り上げて、その隙に『飛騨』『摂津』を中心とする第一遊撃艦隊が太刀洗湾へ突入し、皇軍艦隊を一掃して、海兵隊の乗る輸送艦隊を撃滅するという作戦をとったのだ」

 

 

教授は教科書を開きながら解説を続ける。

 

 

「先生。質問ですが、その作戦では帝軍側にもかなりの被害が出てしまうのではないでしょうか?」

 

 

海軍学校のエルフ耳の生徒が、思わず質問した。

 

 

「良い質問だな。その通りだ、唯一残った二隻の正規空母を囮にして、虎の子の弩級戦艦二隻を水上特別攻撃に使うのは、もはや連合艦隊に選択肢が残っていなかった証拠でもあるんだ。

 

バルドー機動艦隊には勝てない。しかし、相打ちになら持ち込める。帝軍は初めから勝てる見込みを捨てるしか、道が残されていなかったんだ。

 

話を続けよう。バルドー艦隊はアイレスVや爆撃機、雷撃機を含む1500機にもなる航空部隊を淡島に向けて攻撃を開始した。太刀洗飛空場から飛び立った真電改50機を30分かけて倒し、三日に渡って太刀洗要塞や市街地に攻撃を仕掛けた。

 

そして、無力化した太刀洗湾へ、まず皇軍護衛艦隊を突入させた。飛空戦艦4、重巡空艦6、軽巡空艦6、駆逐艦10にもなる大艦隊だ。上陸船団に先駆けて湾内に展開すると艦砲射撃を二日間かけて満遍なく投射した。

 

そして、いざ上陸部隊が上陸しようとした時に皇軍の哨戒機から旗艦グラン・イデアル戦闘指令所へ、「帝軍機動艦隊発見」の一報が入った。それは、三好司令官率いる帝軍第三艦隊だったんだ。

 

三好艦隊はわずか13機の真電改と共にバルドー艦隊に向かっていった。わずかしかない戦力、その隙に『飛騨』『摂津』を含む水上特別攻撃戦隊、第一遊撃艦隊こと『八神艦隊』は刻々と決戦海域に突入していった。

 

ここまでは作戦は異常だが、その運びは至って普通だったんだ。

 

三好艦隊に食らいついたバルドー艦隊は1500機全ての攻撃隊を三好艦隊に差し向けて、直掩機だけを残した。そして、そのバルドー艦隊に三好艦隊から発艦した13機の真電改がバルドー艦隊に到達した。

 

けれど、ここでバルドーは愚策を取ってしまったんだ。なんと、バルドーは敵戦空機隊をあえておびき寄せる格好で布陣を取り、ショーを開始したんだ。

 

直掩機戦空機隊を、空に檻を作るかのように布陣させ、戦空機隊をおびき寄せた。それは、バルドーが天ツ上人が死ぬのをこの目で見たいからだけではなかったんだ。

 

帝軍には、とある腕利きの飛空士がいた。異名を『ビーグル』と言って、戦争序盤から多くの戦果を挙げていた撃墜王だ。バルドーは彼と皇軍のエース飛空士である『海猫』とどちらが強いか試してみたくなったそうだが、真相はわからない。

 

そして、海猫とビーグルの一騎打ちが始まった。戦闘は飛空機械の性能で若干上回っていた海猫が優勢だった、追い立てられるビーグルに海猫は食らい付いていった。

 

前の授業で行ったが戦争序盤は真電はその圧倒的な性能で皇軍飛空隊を追い詰めていった。けれど、戦争終盤で皇軍機は自動空戦フラップの導入で真電改を凌駕する性能を得ていたんだ。

 

その空戦は騎士同士の決闘のようだったと生き残りの海兵は語っている。互いが逃げられない檻の中で雌雄を決し合う、そんな戦いが現代戦で起きたんだ。

 

けれど、ビーグルは不利な中でも諦めなかった。そして、最後は二人の大技である『左捻り込み』を繰り出して合って空戦技能を競い合ったんだ」

 

 

生徒達はいつの間にか、その戦闘の模様を食い入るように聞いていた。クワ・トイネでもまだ騎士の文化が残っている、レヴァーム、天ツ上の世界で飛空機械を使って騎士の決闘が行われた事に皆静かに興奮している。

 

 

「そ、それで……どちらが勝ったのですか?」

 

 

思わず、ドワーフの生徒が質問した。

 

 

「最後はビーグルが勝った。ビーグルは左捻り込みを3回も繰り返して海猫の後ろを取り、一撃をたたき込んだんだ。

 

それだけじゃない、海猫を倒された皇軍にもはやビーグルを止める術はなかった。直掩機は落とされ、近接信管付きの砲弾は届かず、誰も予想できなかったビーグルの勝利にバルドー艦隊は支配されていったんだ。

 

そして、ビーグルは最高の嫌がらせをバルドーにけしかけた。なんと、太刀洗湾に突入しようとしていた『飛騨』『摂津』を呼び込んだんだ。八神司令は苦渋の決断ののち、ビーグルを信じて反転してバルドー艦隊を追ってきてくれたんだ。

 

そのあとは壮絶だ、ビーグル自らが着弾観測を行なってバルドー艦隊を襲い始めた。飛騨、摂津の50センチ砲弾はグラン・イデアル級空母では耐えきれず、一撃で轟沈していったそうだ。

 

そこから戦いの女神様は運命を変えていった。

 

飛騨、摂津は護衛艦隊からの攻撃を受けながらも懸命に砲撃を続けて、なんと()()()()()()()()()()()()()()()()()その間に飛騨、摂津はかなりの被弾をしていたが、それでも懸命に砲撃を続けていった。

 

そして、空母二十隻全てを沈められた皇軍残存艦隊は退却し、一目散に逃げ帰っていった。そして、飛騨、摂津は損傷しながらもまた太刀洗湾を目指して進軍していったんだ。

 

そして、太刀洗湾で皇軍護衛艦隊と熾烈な砲撃戦に入り、17発の直撃弾を受けて摂津が沈んでいった。それと同時に皇軍護衛艦隊は弾丸がなくなり、あとは飛騨率いる帝軍艦隊に一方的に全ての艦艇を海に沈められていった。

 

そして、飛騨の砲門が逃げ惑っていた輸送船団に向けられ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

けれど飛騨も無傷ではなくて、飛騨は損傷が激しすぎてまともに航行するのですらままなってしまった。仕方なく、帝軍は戦闘が終わった後に弾薬庫に残った砲弾を爆発させて()()()()()()()()()乗組員達は涙を流しながら飛騨の最後を見送ったそうだ。

 

こうして、バルドー機動艦隊の壊滅とヴィルヘルム・バルドーの死が皇国に伝えられると、実権を握っていたファナ・レヴァーム執政長官は天ツ上外務省へ休戦を申し出たんだ。これにて、中央海戦争は終結した」

 

 

生徒たちが唖然とした。まさか、圧倒的に不利だった状況から、まさかここまで善戦するとは彼らからも想像できなかった。それほどまでに、レヴァームと天ツ上のいた世界は壮絶だったのだと思い知らされた。

 

 

「その……ビーグルという飛空士の名はなんというのです?」

「ビーグルの名前か?その飛空士の名は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──千々石武雄という」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

春風が漂う春の空、季節は夏に近づきつつあり気温は上がって雲も大きくなってきている。春ももう直ぐ終わり、次は夏だ。季節の移り変わりはこの世界に転移してきても変わっていない。

 

帝政天ツ上の大牟田飛空場にひとり、清楚な佇まいの女性が佇んでいた。水色のブラウスに白のスカート、麦わら帽子。すらりとした肢体にきりりとした顔立ちの、美しい女性。

 

彼女は天ツ上の国民的歌手、水守美空。本名を吉岡ユキという女性である。

 

ユキはじぃっと滑走路に立って、空を見上げていた。五月である。レヴァームと天ツ上がこの世界に転移してきてから四ヶ月が経とうとしていた。

 

ユキの傍には帝軍複座偵察機『彩風』があった。ユキはこの機体に思い入れがある、いつの日かトレバス環礁でとある飛空士と共に遊覧飛行をしたのと同じ機種だからだ。程なくして、彼女は待ち合わせをしていた飛空士が大股で歩み寄ってくるのを見かけた。

 

 

「タケちゃん、遅い!」

「すまない、待たせたか?」

「もう十分ってくらい待ったよ。さあ、行こうよ」

「ああ」

 

 

『タケちゃん』と呼ばれた飛空士、武雄は彩風の前席に乗り込み、ユキの手を引いて彼女を後部座席に乗り込ませた。そして、彼女につられるようにして幼い子供が1人、ユキの後部座席にちょこんと座った。

 

前席の武雄がDCモーターのプロペラを轟かせた。彩風はゆっくりと滑走に入る。異世界の空に、武雄達はゆっくりと舞い上がった。心地よいプラスGが三人の体にのしかかる、高らかなプロペラ音を三人のファンファーレのように轟かせ、彩風はゆったりと高度を上げていった。

 

高度3500メートルで武雄は巡航に移った。眼下には、異世界の海が青々と光り輝き、見たこともない生物達が海を泳いでいる。改めて、ここが異世界だと実感できる。

 

やがて、その海のはるか彼方に一つの島が見え始めてきた。断崖絶壁のようにそびえ立つ、一つの戦艦のような島であった。

 

 

「見えたぞ、戦艦島だ」

「わぁ……」

 

 

見えた戦艦島は、彼らが13年前に過ごしていた時と打って変わっていた。島の面積は大きくなり、鉄筋コンクリート構造の建物も真新しくなっている。眼下に見下ろす街には活気あふれる人々が行き来している。

 

 

「戦艦島も変わっちゃったね」

「ああ」

「でもタケちゃんは変わってない。世界がまるっきり変わっちゃったのに、タケちゃんはあの時のまんま」

「そのほうがいいだろう、ころころと心変わりがするよりはいい」

「ふふっ、それもそうだね」

 

 

そう言ってユキは膝の上で子供を抱きながら、そうしみじみと語った。

 

 

「ねぇ、タケちゃん?」

「なんだ?」

「なんで天ツ上は異世界に来ちゃったのかな?あの世界でも生きていけたはずなのに、どうしてこの世界に来ちゃったんだろ?」

 

 

ユキはひっそりと疑問を口にした。

 

 

「そうだな……原因は分からんが、これは俺たちに対する試練なのかもな」

「試練?」

「ああ。俺たちが後世の人々に誇れるくらいに生きれるかどうか、試しているのかもな。俺たちが、その子達の為にあの戦争で戦ったのと同じように」

「…………」

 

 

そう言って、バックミラー越しに武雄はユキの膝の上で手遊びをする子供を見た。そして微笑む、後部座席で向かい合わせだが、自分の子供というのは見てると自然と笑顔が溢れるものだ。その子の名は吉岡武雄、まだ幼い無口で幼い頃の武雄によく似ている。紛れもなく、その子は千々石武雄と吉岡ユキの子供であった。

 

かつての撃墜王、千々石武雄はユキと結婚していた。淡島沖海戦のあの時、千々石はグラン・イデアルの艦橋に突っ込む前に、ユキの歌声が聞こえたのだ。それから運命の神様は千々石の運命を変えた。

 

彼は、艦橋に突っ込む直前で真電改を降りてそのまま海に飛び込んでいったのだ。体はもうぼろぼろだったが一命を取り止め、皇軍に救出されていった。

 

それから数年。千々石武雄はユキと仲慎ましい家庭を築き始めていた。

 

 

「ねぇ、タケちゃん」

「なんだ?」

「プロペラって、今止められる?」

「少しなら、問題ない」

 

 

そう言われるまま、武雄はプロペラを止めた。彩風はゆったりと翼を広げ、大空を滑空する。澄み切った青空が、風防越しに重なっている。かつて千々石武雄が愛した、自由で優雅な空だった。ユキは目を閉じる。

 

 

わたしが空を飛べたら あなたのいる海へ

かもめにあなたの居場所を尋ねて いくつもの雲の峰を越え

あなたの船を見つけたら こっそり帆影で憩うわ

背中だけ見てる 言葉はかけない つれない返事しかもらえないから

あなたが見ているのは水平線と 果てのない空ばかり

だから祈りだけ あなたへ届けよう

 

あいしてる

あいしてる

 

永遠に

 

あいしてる

 

 



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第2章作中年表(ネタバレ注意)

需要あるかどうかは分かりませんが、作中年表を作ってみました。
今後需要があれば他の章の年表や原作とある飛空士シリーズの年表も作ります。


ロデニウス戦役年表(ネタバレあり)

 

 

 

主な出来事

 

 

中央暦1639年4月2日

クワ・トイネ公国、天ツ上からの経由でロウリア王国が戦争準備を整えていることを知る。

 

 

中央暦1639年4月4日

カナタ首相、4カ国同盟の会議でギムにて軍事演習を行いロウリア王国を牽制する事を進言。

 

 

中央暦1639年4月10日

狩乃シャルル、サン・ブリエル飛空場に一時配属される。

 

 

中央暦1639年4月11日

神聖レヴァーム皇国軍(皇軍)、及び帝政天ツ上軍(帝軍)連合、ギム近郊で軍事演習を行う。

 

 

中央暦1639年4月12日

ロウリア王国軍(ロ軍)、威嚇により予定より早くクワ・トイネ公国に侵攻。第一次ギムの戦いが勃発、同日ギムが陥落。

 

 

中央暦1639年4月13日

神聖レヴァーム皇国及び帝政天ツ上、クワ・トイネ側に参戦することを決定。神聖レヴァーム皇国軍(皇軍)、クワ・トイネに駐留する艦隊に出撃命令を下す。

 

 

中央暦1639年4月25日

ロデニウス沖大海戦勃発。ロ軍艦隊は4400隻中1600隻が撃沈、1400隻が降伏、ロ軍艦隊は敗走。

 

 

中央暦1639年4月27日

エジェイ近郊にて、ロウリア軍ホーク騎士団第15騎馬隊が皇軍のアイレスⅤ部隊と交戦して全滅。皇軍、エルフ避難民約200名を保護。同日、シャルル飛空士がサン・ヴリエル飛空場に異動。

 

 

中央暦1639年5月5日

逆侵攻したノウ率いるクワ陸軍約4万と皇軍アイレスⅤ20機が、ギムに駐留中のパンドール率いるロ軍と交戦、第二次ギムの戦いが勃発。ロ軍はアイレスⅤに制空権を取られ、陸上部隊はグラナダⅡにより全滅、連合軍の勝利。

 

 

中央暦1639年5月10日

帝政天ツ上軍(帝軍)八神艦隊がジン・ハーク港を強襲、以下第一次ジン・ハーク防衛戦勃発。ロ軍残存海軍戦力を撃滅し、一路ジン・ハークへ向かう。

同日、第一から第三竜騎士団がジン・ハーク上空で皇軍アイレスⅤ部隊と交戦。ターナケイン一騎を残して299騎が全滅する。

 

 

中央暦1639年5月11日

ジン・ハークへ帝軍八神艦隊が、直接王都ジンハークへ強襲。第二次ジン・ハーク防衛戦が勃発。投入された帝軍陸上部隊とロ軍が衝突し、ロ軍が敗走、以後篭城戦に移る。

同日、生き残ったターナケイン騎が狩乃シャルル機と交戦、片翼をもぎ取る損害を与えるも、イスマエル・ターンにより撃墜される。ターナケイン、シャルルへ復讐を誓う。

 

 

中央暦1639年5月12日

ロウリア王国、レヴァーム天ツ上連合に対して降伏。ロデニウス大陸戦役、一ヶ月で戦争終結。

 

 

 

 

 

 

主な戦役

 

第一次ギムの戦い

日付:中央暦1639年4月12日

 

交戦勢力:ロウリア王国東方征伐陸軍vsクワ・トイネ公国騎士団

 

指導者/指揮官:

ロウリア王国東方征伐陸軍

東部方面軍将軍パンドール

副将軍アデム

 

クワ・トイネ公国騎士団

西部方面騎士団団長モイジ

 

戦力:

ロウリア王国東方征伐陸軍

歩兵2万人

重歩兵5000人

特化兵1500人

遊撃兵1000人

魔獣使い250人

魔導師100人

ワイバーン150騎

 

クワ・トイネ公国騎士団

兵力5000人

ワイバーン24騎

 

損害:

ロウリア王国東方征伐陸軍

歩兵2000人

重歩兵3000人

ワイバーン10騎

 

クワ・トイネ公国騎士団

兵力5000人玉砕

ワイバーン24騎全滅

 

戦闘経過:

・ロウリア王国軍、宣戦布告無しにギムへ侵攻、戦闘開始。

・ロウリア王国軍とクワ・トイネ軍両軍のワイバーンによる空中戦勃発。ショットガンなどの猛攻によりロウリア王国軍ワイバーンを10騎撃墜。

・地上戦開始、銃器などを駆使したクワ・トイネ軍が奮戦するが、損害を与えた後に弾薬切れ。最終的に玉砕。

・ギムにいた民間人、レヴァーム天ツ上連合の飛空輸送艦により避難成功。

・副将軍アデム、戦闘終了後にモイジに民間人のありかを問いただすが、はぐらかせれる。アデム、激情してモイジの首を跳ね飛ばす。戦闘終了、クワ・トイネ公国軍の敗走。

 

 

 

 

ロデニウス沖大海戦

日付:中央暦1639年4月25日

 

交戦勢力:

ロウリア王国東方征伐海軍vs神聖レヴァーム皇国空軍

 

指導者/指揮官:

ロウリア王国東方征伐海軍

海将シャークン

 

神聖レヴァーム皇国空軍

マルコス・ゲレロ中将

 

戦力:

ロウリア王国東方征伐海軍

軍船4400隻、ワイバーン250騎

 

神聖レヴァーム皇国空軍

エル・バステル級飛空戦艦1隻

スセソール級飛空母艦1隻

ボル・デーモン級重巡空艦2隻

アドミラシオン級軽巡空艦4隻

アギーレ級駆逐艦14隻

航空機120機

 

損害:

ロウリア王国東方征伐海軍

軍船1600隻以上撃沈、1400隻以上降伏

ワイバーン250騎

 

神聖レヴァーム皇国空軍

損害無し

 

戦闘経過:

・港を出港した神聖レヴァーム皇国空軍艦隊、ロウリア王国東方征伐海軍と接触、魔信にて宣戦布告を行い、砲撃開始。

・敵主力艦隊の出現の一報をシャークンから受け取った将軍パタジン、飛空艦隊の存在を警戒してワイバーン250騎全てを出撃させる。

・ピケット駆逐艦によりワイバーンの出撃は探知され、飛空母艦ガナドールから発艦したアイレスⅤ部隊が発艦する。

・艦隊上空で航空戦勃発、シャルル率いるアイレスⅤ隊にワイバーンは空戦性能で付いていけず、壊滅。一部の騎が艦隊に向かうも、近接信管の対空能力により全滅する。

・制空権を取ったレヴァーム空軍、ロウリア海軍艦隊に向けて艦載機と艦砲射撃の応酬を行う。結果、海将シャークンは降伏を決意、ロウリア王国海軍は敗走する。

 

 

 

 

第二次ギムの戦い

日付:中央暦1639年5月5日

 

交戦勢力:

ロウリア王国東方征伐海軍vs神聖レヴァーム皇国空軍、帝政天ツ上軍、クワ・トイネ陸軍

 

指導者/指揮官:

ロウリア王国東方征伐陸軍

東部方面軍将軍パンドール

副将軍アデム

 

神聖レヴァーム皇国空軍

基地司令アントニオ大佐

 

帝政天ツ上軍

大内田和樹中将

 

クワ・トイネ陸軍

陸軍将軍ノウ

 

戦力:

ロウリア王国東方征伐陸軍

兵力38万人

ワイバーン50騎

 

神聖レヴァーム皇国空軍

アイレスⅤ20機

グラナダⅡ10機

 

帝政天ツ上軍

真電改30機

連星60機

 

クワ・トイネ陸軍

歩兵4万人

装甲車30台

 

損害:

ロウリア王国東方征伐陸軍

兵力35万人

捕虜3万人

 

神聖レヴァーム皇国空軍

損害無し

 

帝政天ツ上軍

損害無し

 

クワ・トイネ陸軍

歩兵50人重症

 

戦闘経過:

 

 

 

 

第一次ジン・ハーク防衛戦

日付:中央暦1639年5月10日

 

交戦勢力:ロウリア王国軍、ロウリア王国王都防衛隊vs神聖レヴァーム皇国空軍、帝政天ツ上海軍八神艦隊

 

指導者/指揮官:

ロウリア王国海軍

海将ホエイル

将軍パタジン

 

ロウリア王国王都防衛隊

竜騎士団長アルデバラン

 

神聖レヴァーム皇国空軍

マルコス・ゲレロ中将

 

帝政天ツ上海軍

八神武親中将

 

戦力:

ロウリア王国海軍

軍船1400隻

 

ロウリア王国王都防衛隊

ワイバーン300騎

 

神聖レヴァーム皇国空軍

アイレスⅤ80機

 

帝政天ツ上海軍

薩摩型飛空戦艦2隻

新鶴型飛空母艦2隻

飛空揚陸艦多数

軽重巡空艦多数

駆逐艦多数

 

損害:

ロウリア王国海軍

軍船1400隻

 

ロウリア王国王都防衛隊

ワイバーン299騎

 

神聖レヴァーム皇国空軍

損害無し

 

帝政天ツ上海軍

損害無し

 

 

 

 

 

第二次ジン・ハーク防衛戦

日付:中央暦1639年5月11日

 

交戦勢力:ロウリア王国王都防衛隊vs神聖レヴァーム皇国空軍、帝政天ツ上海軍八神艦隊、帝政天ツ上陸軍

 

指導者/指揮官:

ロウリア王国王都防衛隊

将軍パタジン

 

神聖レヴァーム皇国空軍

マルコス・ゲレロ中将

 

帝政天ツ上軍

八神武親中将

大内田中将

 

戦力:

ロウリア王国王都防衛隊

歩兵10万人

ワイバーン1騎

 

神聖レヴァーム皇国空軍

アイレスⅤ80機

 

帝政天ツ上海軍

薩摩型飛空戦艦2隻

新鶴型飛空母艦2隻

飛空揚陸艦多数

軽重巡空艦多数

駆逐艦多数

陸軍機甲師団第七師団約2万人

戦車20台

 

損害:

ロウリア王国王都防衛隊

歩兵9万人死亡

ワイバーン1騎

 

神聖レヴァーム皇国空軍

シャルル機大破

 

帝政天ツ上海軍

損害無し

 

 

 

 




作ってみたけど、これネタバレにならないだろうか……?
作中年表だけ見て、本編を見てくれないんじゃ……


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第3章《新世界接触編》
第26話〜広がる世界〜


中央暦1639年9月1日

 

空が影に包まれる。

 

盛大な歓声が皇都エスメラルダを包み込む。あたかも、空全体にまで広がっていくような大歓声はそのまま天高く登っていく。雲が震え、青空が染まり、人々は湧き立つ歓声にその身を包んだ。

 

空には、民衆の声をかき消すほどの巨大な影が君臨していた。上空を支配しているのは、巨大な飛空機械だった。巨大な船の方をした影に、ハリネズミのような対空砲塔。撃てば全てを破壊しそうな巨大な46センチ砲。島すら吹き飛ばしそうな揚力装置。

 

飛空戦艦エル・バステル以下25隻にもなる飛空艦艦隊は、朝日を受けて優雅に皇都の空を駆けていた。地上には神の眷族たるレヴァーム公家の面々が一堂に集い、その勇姿を見守っていた。

 

ついに、新世界の国々に対する接触計画が発動された。この接触艦隊に軍艦である飛空艦が組み込まれているのには、訳がある。

 

早い話が砲艦外交である。砲艦外交とは軍事力の威嚇的な行使を背景として圧力をかけながらも外交交渉で合法的に政治的目的を達成しようとするという強制外交の一種であると言えるものだ。

 

そもそも飛空艦には陸空部隊にはない特徴を備えている。治外法権や各種外交特権などから生じる国際政治における象徴性、各種指揮統制システムと海洋の移動能力から有し得る機動性を有していおり、また飛空艦そのものが物資集積所として機能する上に水素電池による洋上補給などを行えば非常に長期に亘って航行し続けることが出来ることから、この外交政策に最も適していた。

 

と言っても、今回の派遣は相手国を威圧する目的ではない。むしろ、舐められないように済ませるためのものである。

 

レヴァームと天ツ上がロウリア王国に接触しようとした時、真っ先に舐められたことの教訓だ。ロウリア王国はレヴァームと天ツ上の国力を知っておらず、侮ってしまった。例えば「ワイバーンを知らなかった」などの案件が目立つ(最も、飛空艦の脅威を見せつけた後でも戦争は起こってしまったが)

 

さらに言えば、列強のパーパルディア皇国などの例がある通り、この世界ではかつてのレヴァームのように相手国を無意識のうちに下に見る風潮があるらしい。これでは、ただ外交官を派遣するだけではろくな対応をしてもらえない。

 

そのため、以後そんなすれ違いが起きないようにレヴァームと天ツ上では多少強引な姿勢もやむなしととられた。

 

今回の艦隊の編成は以下の通り。

 

第一使節団艦隊

旗艦 飛空戦艦エル・バステル

戦艦1

重軽巡空艦5

駆逐艦16

空母2

計25隻

 

編成は完全な戦闘艦隊のそれである。これは、道中何が起こるかわからないという不測の事態に対処するための措置である。

 

空母や戦艦を組み込んでいるのは、この世界の多くの国々がまだ帆船レベルの技術力しか有していないこともある。飛空船の空飛ぶ船はこの世界にもあるが、鋼鉄でできた飛空船は威圧感がある。

 

戦艦の巨砲はその威力が簡単に想像できるし、甲板上に並べられた飛空機械は外からも見え、その偉容を見せつけることが出来る。まさに完璧な砲艦外交だ。

 

彼ら25隻は、悠々と空を泳ぐ。その舳先はこの星の西側を向き、揚力装置を轟かせて進んでゆく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

第一文明圏、通称『中央世界』にある、誰もが認める世界最強の国がある。その名は神聖ミリシアル帝国。その名を聞けば誰もが『世界最強の国家』とうたい、敵対すればその身を震わせる。神聖ミリシアル帝国はこの世界で自他に認める正真正銘の世界最強国家だ。

 

そんな帝国の南端に、交流や交易の拠点となっている港町カルトアルパスがある。ここは年がら年中、各国の商人たちで賑わっている。

 

世界を飛び回る彼らの話は、各国の内情を語る生き証人だ。そのため、諜報源としても有益であり、商売情報だけでなく国の諜報員までが商人に扮してこの町で暗躍している。

 

そして、そのとある酒場では、今日も酔っ払いたちが自分たちの情報を交換していた。その中の樽瓶のような飲みっぷりをする、白い髭を生やした男が豪快に話している。

 

 

「しっかしよ、最近の衝撃的なニュースといえば、やはり第二文明圏の列強レイフォルが、西の果てに現れたという新興国、『第八帝国』とやらに敗れたニュースだよなぁ。誰か、『第八帝国』について知っているものはいないか?」

 

 

と、その彼の隣に座っていた人物が手を上げた。彼はローブをかぶった、青白い顔色をしているが、決して風邪をひいているわけではない。種族的な特徴だ。

 

 

「『第八帝国』ってのは通称で、本名はグラ・バルカス帝国っていうらしいぞ」

「ほほう?それは興味深い話だ、聞かせてくれ」

 

 

太った豪快な男がカウンターに合図して酒を持ってこさせた。こういった話はタダではない、それ相応の対価が必要だ。顔色の悪い男は、それを受け取ってグビッと飲むと、口を開いた。

 

 

「俺はレイフォルの首都レイウォリアで香辛料の販売をしていた。あの日は恐ろしかった、今でも忘れられない……ある日突然、首都全域の警備が激しくなったんだ。レイウォリアの海岸線に多数の魔導砲が配置され、大量のワイバーンロードたちまでもが飛来してきて、まるでこれから戦争でも始まるかのような雰囲気だった」

 

 

いつのまにか、酒場に集っていた酔っ払いたち全員が彼の話に注目していた。誰もがシンと静まり返り、レイフォルの模様を聞いている。

 

 

「兵士に話しても、はぐらかされて答えてくれない。『どこかの国が攻めてきた』とその時からみな勘付き始めたけれど、列強の勝利は疑っていなかったしら不安になるものもいなかった。けれど、その自信は次の日の夕方に崩れ去ったんだ」

 

 

顔色の悪い男が、カクテルを一口飲む。その指は小刻みに震えており、いまだに拭えない恐怖を物語っているようであった。

 

 

「何度も何度も海へ飛び立っていったワイバーンロードたちが、一騎も帰ってこなかった。今思えば、その時点で何かに気づくべきだったなぁ……そしてその数時間後、奴が現れた」

「何が?」

「馬鹿でかい戦艦だよ、小山のような戦艦。そして陸地からもはっきり見えるほど巨大なデカイ砲を積んでいた。……俺は、あんなでかい船は生まれて初めて見た」

 

 

戦艦と聞き、あるものは巨大な戦列艦を、またあるものは神聖ミリシアル帝国の魔導戦艦を思い浮かべる。

 

 

「戦艦はレイウォリアの沖合6キロくらいに停船した。そして、それは砲撃を放った。一隻の砲撃など、たかが知れていると思ったが、その威力は火神でも作り出せないのでは無いかと思うほどの威力があった。台場の魔導砲は一発で消滅した」

 

 

静まり返っていた酒場がその言葉で一気にざわつき始める。ありえない、いくらなんでもたかが一隻の船如きで台場の砲台が吹き飛んだなんて、信じられるはずがなかった。

 

 

「レイフォリアに対する無差別砲撃は、それはそれは怖かった。逃げて逃げて逃げたよ。やつらは、とてつもなく強い。たった一隻で、列強の首都を消滅させたのだ!!列強ムーもあれには負けるぞ。世界はグラ・バルカス帝国に支配されるだろう……」

「待て待て、レイフォルに勝ったのなら確かに強いだろうが、魔導超文明を持つ神聖ミリシアル帝国に勝てる訳がないだろう。格が違いすぎる」

「機械文明のムーも、ミリシアル帝国に準ずる強さがあるからなぁ。永世中立で平和主義だ何だと言っても、文明圏外の蛮国如きにムーがそうそう簡単に遅れをとるはずがないだろう」

 

 

酒場の面々は、そう言って彼の話の一部を否定する。

 

 

「その巨大戦艦みたいなのなら、俺も見たぞ」

 

 

と、その時。商人の誰かがそう言って話題を変えた。酒場の面々の目線が一気に彼に集中する。

 

 

「どういうことだ?詳しく教えてくれ」

 

 

そう言って、太った豪快な男はコインをその男に向かって弾いた。黒いローブをかぶったその男は、弾かれたコインを掴み取ると対価をもらって話を始める。

 

 

「東の果てに、ロウリア王国ってあっただろう?」

「東の蛮国か?あの、人口だけは超列強な国だろう?」

「ああ、俺が交易にいった時期に、隣のクワ・トイネ公国に喧嘩を売ったんだよ。亜人の殲滅を訴えてな」

「亜人の殲滅?無理に決まってるだろう。さすが蛮族の国!」

 

 

そう言って、商人の1人はロウリア王国を馬鹿にして罵倒した。実際、ミリシアル帝国は多民族国家であり、人間族だけでなくエルフやドワーフも多数いる。彼らはミリシアルの国中に根付いて人間族と共存しているので、彼らを殲滅しようとなんて思わない。

 

 

「それでな、ここからが本題だ。その戦争に神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上って国が参戦してきたんだ。でも、ロウリア王国はロデニウス大陸ではそこそこの大国だし、そんな新興国家如きに負けることはないだろうとみんな思っていたんだ。けれど、それは間違いだった」

 

 

それを聞いて、皆がゴクリと唾を飲む。

 

 

「ある日、ロウリアの王都にいた俺の上空に、大量のワイバーンたちが群れて飛び始めたんだ。おそらく、北の港あたりが奇襲されたのだとみんな思っていたけれど、それは違った。東の空から、オオオンって甲高い音を鳴らしながら何が飛んできたんだ。何だと思う?飛行機械だよ、青と灰色の見た目をした立派な飛行機械たちがワイバーンたちを狩って狩って狩りまくって全滅させたんだ」

「ひ、飛行機械だと!?」

「嘘だ!飛行機械は列強のムーにしか作れなかった筈だぞ!」

「ああ、俺もそう思って何度も頬をつねったよ。だけれど、それは消えなかった。その中でも、あの海猫のマークをつけた奴はすごかった。たった一機で何十ものワイバーンたちを喰らい尽くして叩き落としていった。おそらく空であいつに勝てる奴はいないと見えるね」

「そんなことより、巨大戦艦の話はどうなった?」

 

 

面白い話ではあるが、少々無秩序である。

 

 

「ああ、ワイバーンが全滅させられた次の日、それは現れた。その日の夜の明け方、突然爆発音が聞こえて俺は飛び起きた。そして、宿の窓から外を眺めてみたら、そこには巨大な飛空船たちが空を支配していたんだ!」

「今度は飛空船だと!?」

「それもただの飛空船じゃない、あれは最早()()()()って言ったほうがいい。馬鹿デカくて鉄でできていて、そんでもって遠目でもわかる巨大な砲を積んでいた!」

「嘘だろ!?飛空船は鉄じゃ作れないし、砲なんて積めるわけがないだろう。何かも見間違いじゃ……」

「本当だ!その飛空戦艦たちは王都を包囲して、そのまま何日も事を構えた。そして、しばらくすると戦艦は立ち去っていった。その日、ロウリア王国はレヴァームと天ツ上に対して降伏したんだ。おそらく、あの巨大飛空戦艦の偉容に耐えきれなくなったんだろうよ」

「…………」

 

 

あまりにも無茶苦茶な話。その話に誰もがついていけず、判断材料がなくて会話がなくなる。飛行機械を持っていたというだけでも、ありえない話なのに巨大な飛空船、それも戦艦サイズのものを持っているとは俄かに信じられなかった。

 

 

「レヴァームと天ツ上は世界に名を轟かせると思う。いずれ、ミリシアルにも接触してくるかもな」

 

 

そう言って、彼は言葉を締めくくった。

 

 

「ま、まあ……グラ・バルカス帝国や神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上がいくら強かろうと、神聖ミリシアル帝国とは格が違うさ。絶対に勝てないよ!結局、中央世界はいつまでたっても安泰さ!古の魔帝が復活でもしない限りな……」

 

 

酔っ払いどもの気楽な世間話は夜更まで続いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

第二文明圏、列強国ムー。この国は、魔導文明が主流となっているこの世界において、ほぼ唯一と言っていい純粋な科学文明国家だ。科学技術に有用性を見出し、機械や科学技術の発展に力を注いでいる。

 

その国の情報分析課は、そんなムーの諜報機関であり、情報の分析を専門にしている部署である。しかし、彼らは一般軍人からは『何をやっているのか分からない部署』や『無意味な仕事をしている部署』と忌み嫌われ、腫れ物扱いされている。

 

それは故に、この世界の情勢から来るものだろう。この世界は国々の技術力に大きな隔たりが存在している、はたやロウリア王国のような文明圏外国や列強と呼ばれる教国。そしてムーやムーが仮想敵国にしている最強のミリシアル帝国など。

 

そのため、彼らにもこの世界の列強国ほどではないが無意識に他国を見下す意識が芽生えている。そのため、『情報などいらない、必要なのは軍事費である』と言わんばかりの風潮がムー軍には浸っている。

 

その中で、情報分析官にして技術士官であるマイラスは、レイフォリア襲撃の際に魔写された、グラ・バルカス帝国の超巨大戦艦『グレート・アトラスター』の写真を分析して、冷や汗をかいていた。

 

 

「まずいな……」

 

 

信じられないことだが、グラ・バルカス帝国はムーよりも科学技術が進んでいるのかもしれない。マイラスがムーの中で『逸材』と呼ばれている天才なだけではない。それだけ、この写真に写る戦艦は凄まじかったのだ。

 

例えばこの戦艦を我が国の最新鋭戦艦『ラ・カサミ級』と並べてみる。それだけでも、技術力の差がはっきりわかる。

 

 

戦艦『ラ・カサミ』

排水量約1万5000トン

全長131メートル

機関1万5000馬力

最大速力18ノット

兵装 

主砲30.5センチ連装砲2基4門 

副砲15.2センチ単装砲14門他

 

 

これぞムーが誇る最新鋭戦艦だ。戦列艦に搭載する砲の大きさの限界を突破するため、回転砲塔といった最新式の機構を採用している。これにより、30.5cmといった超巨大砲を搭載することが出来るようになり、いままでの戦列艦とは比べ物にならないほどの砲撃力を身につけた。まさに戦艦、軍艦の中の軍艦だ。

 

この船は中央世界、ミリシアル帝国の魔導戦艦とも互角かそれ以上に渡り合える実力を秘めている。レイフォルやパーパルディアの戦列艦に遅れを取らないのは言うまでもない、機械文明国であるムーは列強として別格であり、この世界で唯一ミリシアル帝国に近づけるとさえ言われている。

 

しかし、この船はラ・カサミを上回る。

 

まず大きさ、この戦艦グレート・アトラスターの全長は目測で260メートル以上と推測されている。これだけの大きさの戦艦を作り出すことは、ムーには不可能だ。そこだけでも造船技術の歴然とした差を感じてしまう。

 

さらに主砲、全長が260メートル以上ともなれば基準排水量は七万トンにものぼると考えられる。その場合、この主砲は砲も38センチか、もしかしたら40センチくらいあるのではなかろうか?長砲身であり、おそらく命中精度でも負けているだろう。ラ・カサミは砲撃戦能力でも負けている事がよくわかる。

 

そして機関、この船は情報によると30ノットほどの速度で進んでいた。七万トンにもなる巨大な船を30ノットで航行させるには、単純計算で15万馬力くらい必要だ。

 

大きさ、砲撃、機関の製造技術だけでムーが負けている事がよくわかる。特に砲撃は砲口径の3乗に比例する。この船とラ・カサミがぶつかり合えば確実に負ける。奇跡でも起きない限り、叩き潰される。

 

 

「魔写を見ただけで負ける事が解るとは……これは……技術レベルが50年くらい開いていないか!?」

 

 

マイラスはそう言ってムーの行く末を案じる。さらに問題はある、同じグラ・バルカス帝国の兵器を写したもう一つの写真だった。高空の空にポツンと空飛ぶ一つの鋼鉄の塊、蒼々とした空に翼を広げて優雅に飛ぶそれは、ムー国では飛行機械と呼ばれている。

 

 

「て、低翼機……だと……」

 

 

写真に写っていたのはグラ・バルカスの主力戦闘機と思わしきもの、その名もアンタレスだ。

 

ムーにも戦闘機がある、それも立派な飛行機械だ。その名も『マリン』、二枚重の主翼からなる複葉機である。最高時速は時速380キロを超えており、あのワイバーンロードよりも勝る。機銃も7.7ミリ機銃を二丁備え付けれてあり、戦闘機としては申し分ないどころかムーではミリシアルの天の箱舟に次いで最強と言われている。

 

ムーのマリンが複葉機なのは、単純に翼の強度問題だ。エンジン出力の関係から飛行機械は基本布と木でできており、金属部品は骨組みだけだ。

 

そんな翼では一枚だけでは飛ぶ事ができない。重たい機体とエンジンを飛ばすには少しでも軽くある必要があるのだが、その分強度が減ってしまっている。技術力の限界もあり、マリンに搭載されているエンジンを超えるものは、ムーでは開発されていない。

 

二枚の主翼は空気抵抗を発生させ、機体の機動性に大きな悪影響を与えている。いずれはエンジン出力が大きくなり、機体は金属になり、主翼は一枚になると見積もられているが、それも50年ほど先と見られている。

 

しかし、この飛行機械はどうだろうか。このアンタレスはその50年先を行っていた。主翼は一枚で低翼、さらには翼からも棒状の機銃が見えている。つまりはこの機体の機銃は胴体と合わせて最低でも四丁という事になる。この機体、明らかにムーよりも優れている。

 

 

「航空機技術でも負けているとは……!」

 

 

マイラスはもうグラ・バルカス帝国のことについて考えるのも嫌になり、資料を机の端に放り投げた。机にもたれかかれば、ほんのりとした木の香りが鼻腔を貫く。うつ伏せになって寝ようとした時、反対側の机の上に新たな資料があるのを見つけた。

 

それは、ムーと距離が離れ過ぎているため脅威にならないと判断された資料だった。東の果てのロデニウス大陸、そこで起きたロデニウス戦役と呼ばれるロウリア王国とクワ・トイネ公国との戦争。誰もがロウリア王国の圧勝と捉えていたその戦争は、とある二つの国の参戦により覆った。

 

その名は神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上。

 

グラ・バルカス帝国と同じく謎の多い国家だ。彼の国は東の果てに急に現れたかと思うと、ロウリア王国を蹴散らしてわずか一ヶ月で降伏に追い込んだ。そのレヴァームの戦闘機である『アイレスV』の写真をマイラスは手に取った。

 

 

「こいつは……」

 

 

そこには、アンタレスと遜色ない立派な飛行機械が写っている。アンタレスと同じ低翼単発単葉単座。色はアンタレスと違って緑色ではなく青色に塗られているが、その造形はどことなく似ている。しかし、このアイレスVとやらの戦闘機の方がカウルが細く、洗練されているように見える。

 

 

「ん?」

 

 

と、マイラスの目が少しだけ見開いた。魔写はカラーで精度は機械式のアナログカメラよりも鮮明だ。そのため、この機体の両方の翼の端までよく見える。その先端から何やら不思議な出っ張りが飛び出している。

 

不思議に思い、ほかのアイレスVの写真を見比べる。するとその写真にもその出っ張りは写っていた。しかも、先ほどとは角度が若干違っているようにも見える。

 

 

「うーん……なんなんだこれ?」

 

 

答えのわからないまま、マイラスは次の写真に移る。それは、マイハーク港で撮られたという戦艦の写真だ。名を『エル・バステル』というらしい。

 

 

「こ……これは!?」

 

 

そこに映っていたものに、マイラスは驚愕した。目測で260メートル以上、そして砲口径40センチ以上の超巨大戦艦が()()()()()()()()()()

 

 

「なんなんだこれは!?」

 

 

ありえない、そんな感情がマイラスの頭を支配していっだ。しかし、疑うことはできない。魔写は合成や切り抜きができない代物で、それをする技術はどの国にもない。そもそも諜報員がそれをする利益はない。つまり、この空飛ぶ戦艦は本物だということだ。

 

 

「なんなんだ!?一体どういう原理で空を飛んでいる!?目測でグレート・アトラスターと同レベルの戦艦が空を飛んでいるなんてありえないぞ!!」

 

 

明らかに飛行力学を無視したものが空を飛んでいることに驚愕するマイラス。彼の憶測や苦悩はとある国が接触してくるまで続いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「いよいよ出発だな」

「はい、これはレヴァームと天ツ上の威信をかけた計画です。そうそう簡単には失敗できません」

 

 

神聖レヴァーム皇国外務局の外交官アメル・ハルノートは艦隊司令官であるマルコス・ゲレロ中将にそう語った。

 

今回の艦隊派遣、レヴァームと天ツ上の威信がかかった一大計画だ。彼のいう通り絶対に失敗はできない、何としてでもこの世界の列強国と一国でも多く国交を結ばなければいけない。それが、この世界でレヴァームと天ツ上が生きていくための必要手段だからだ。

 

今回の艦隊には両国の外交官が乗り合わせている。アメルの他に帝政天ツ上外務省からは柳田、中井、御園、佐伯などの有能なメンバーが同行している。朝田とともに中央海戦争の停戦条約を結んだ凄腕の敏腕たちだ。

 

 

「行きましょう、新たな世界へ」

「ああ、全艦!速度40ノットで西へ迎え!」

 

 

こうして、新たな世界へ踏み出した神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上。彼らの歩む道は何処へやら、それは茨の道かそれとも……




コインを弾いて掴むってエモくないですか?


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第27話〜アルタラス〜

UA17800越え……!ご愛読ありがとうございます!


 

艦隊司令官マルコス中将の航海日誌

 

航海1日目、飛空艦の速力を持って出発から1日足らずでシオス王国とアルタラス王国と接触する事ができた。幸先は順調だ、今のところ目立ったトラブルは起きていないし、船員に不満もない。

 

アルタラス王国と接触する際、我が艦隊はアルタラスをなるべく刺激し過ぎないようにアルタラス海軍と接触してからは重巡空艦『ボル・デーモン』に外交官を乗せてアルタラスの首都ル・ブリアスへと向かうことになった。アルタラスとの交渉は今夜も続いているだろう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

視界に6騎のワイバーン達が羽ばたきながらその存在をアピールしている。

 

重巡空艦艦長、レオナルドはワイバーンが好きだった。というか、ドラゴン全般が好きである。この世界に来て初めてワイバーンを見た時、無機質で何も言わない飛空機械や飛空艦とはまた違った勇姿を彼の目に焼き付けたからだ。

 

この世界に来てから何度も見慣れた光景だが、やはり戦う生物というものは勇ましい。だが、この船だってカッコよさでは負けていない。レオナルド艦長は自分の分身同然であるこの重巡空艦に、そっと語りかける。

 

 

──お前も勇ましさでは負けていないぞ。

 

 

もちろん、性能では近接信管を用いた両用砲を多数搭載したこの船の前では、ワイバーンなどハエのようなものだろう。だが、それでもレオナルド艦長はあのワイバーンに憧れのようなものを抱いている。

 

 

「先導のワイバーン、離れます」

 

 

航海士がそう報告すると、バサリと翼を羽ばたかせてワイバーン達が離れていった。巨大な翼を羽ばたかせて空を舞う勇姿は、残念ながらこの船には負けている。

 

『重巡空艦ボル・デーモン』

 

それがこの船の名前だ。この船が建造された経緯は、中央海戦争まで遡る。中央海戦争時、皇軍は天ツ上の神出鬼没をモットーとする天ツ上機動艦隊に手を焼いていた。機動艦隊は空母を担い、残りを飛空駆逐艦などで固め、雲間を縫って現れては消え、現れては消えを繰り返して皇軍にダメージを与えていった。

 

そんな厄介な敵に対抗するために、快速の機動重巡空艦が作られることになったのだ。それがこのボル・デーモンだ。『悪魔』の名がつくように、この船は天ツ上にとっては悪魔になるはずであった。高性能のレーダーを装備し、快速の速力と優秀な自動装填装置によって高い射撃精度を誇る巡空艦だ。

 

 

スペック

重巡空艦『ボル・デーモン』

基準排水量1万4000トン

全長205メートル

兵装 

主砲8インチ三連装砲5基15門(上部3基、下部2基)

副砲5インチ連装砲12基24門

 

 

しかし、建造のリソースがグラン・イデアル級空母の建造に集中した為、ボル・デーモンの建造は遅れに遅れた。そのため、この船が戦場に出れたのは中央海戦争の最終決戦である淡島沖海戦である。その最後にバルドー機動艦隊が天ツ上のとある飛空士の策略によって超弩級戦艦『飛騨』『摂津』が殴り込みをしてきた時に、バルドー艦隊を死守せんと戦艦相手に勇敢に立ち向かった。

 

しかし、重巡空艦では戦艦に太刀打ちできず、せいぜい炎上せるのが限界であった。彼女に霊が宿っているのであれば、それを悔やんでいるかもしれない。そんな彼女も、中央海戦争が終わってしばらくは暇を持て余していた。それが今、満を辞してこうして新世界の接触艦隊に加わることとなったのだ。

 

 

「艦長、ル・ブリアスの港に到着いたしました」

「よし、着水用意」

「着水用意!高度を下げろ!」

 

 

重巡空艦ボ・デーモンはそのまま垂直に高度を下げてゆく。その姿は、まるで翼を羽ばたかせて着陸するワイバーンの勇姿のようであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

──かつてここまで自分の常識が崩れていく事は、今まであっただろうか?

 

 

アルタラス王国の国王、ターラ14世は心の中でそう呟いた。文明圏外国、アルタラス王国。この国は第三文明圏の中心となる大陸フィルアデス大陸の南側に位置する、大陸と海を隔てた島国である。

 

文明圏外、といえばロウリア王国やクワ・トイネ公国のような文明が発達していない国々のことを指すが、アルタラス王国は一味違う。

 

この国は列強のパーパルディア皇国と距離が近い。アルタラス海峡を挟めば両国の首都が一直線に向かい合っているほど近いのだ。そのためパーパルディアを仮想敵国としており、この国の軍事力は文明圏のリームに匹敵する。

 

軍艦は魔導戦列艦を有し、歩兵にもフリントロック式の銃が配備されている。文明圏外でありながらそこまで対パーパルディア用に軍事力を鍛え上げられていたのは、一重にこの国が資源大国であるからだ。

 

この国は魔石と呼ばれる魔素を大量に含み、魔力として放出する性能を持った鉱物を大量に有している。その埋蔵量は指折りであり、その中でもシルウトラス鉱山は世界でも五本の指に入る。

 

どの世界でも、資源大国というのは豊かなものだ。そんな事情があるため、アルタラス王国は仮想敵国であるパーパルディア皇国から旧式の装備や戦列艦などを譲ってもらっていた。仮想敵国から援助を受けるとは、なんとも皮肉な話である。

 

そして、資源大国は豊かだ。この国の人口は1500万人を超え、文明圏外の国としては規格外の国力を有している。王都ル・ブリアスにある建物は、白色の円を基調としたデザインを積極的に採用しており、穏和な国民性を表しているかのようである。

 

しかし、その王都に住う民達ですら口を大きく開けてぽかんとしていた。その正体は、ル・ブリアスの海の上の空に漂っている。

 

灰色の鯨が、空を飛んでいた。

 

そう表現するのが一番正しいかも知れない。空を飛んでいたのはワイバーンではなく、巨大な飛行機械だ、鋼鉄でできた船がそのまま空を飛んでいる。

 

別段、この世界では空を飛ぶ船がないわけではない。飛空船と呼ばれるものがこの世界に存在するからだ。その名の通り、空を飛ぶ船であり外見は「空飛ぶ木造船」そのものである。その多くは基本的に木造で、大きなものでも全長150mほどの十二分な大きさを誇る。

 

しかし、やはり船は船。あくまで停泊するのは水の上。直接地上に降りたり、断崖絶壁に接岸したりというような芸当はできない。そして、着水には滑走が必要だ。そして、軍事兵器としても使えない。なぜなら砲を搭載するには一歩至らないからだ。そのため、飛空船はもっぱら輸送用、それがこの世界での飛空船の常識だった。

 

しかし、目の前のそれはどうだろうか?

 

重々しい見た目の鋼鉄は、船体全てを覆い尽くし、木造のかけらも存在しない。船体全てが鉄でできているようだ。それだけじゃない、船の航行する速さも誘導していたワイバーンに追従しているほどの速力を持っている。

 

さらに船体の上部には三連装の魔導砲らしき物体がそびえ立つ。数は戦列艦に比べて少ないが、これだけでも十分すぎるほどの戦力となる。空を飛ぶ船はそれだけで陸地を無視して内陸部まで侵攻してくる、そのまま海上戦略としても使える。そんなものに砲を積めば、海上戦力としても航空戦力としても陸上戦力としても使えるのだ。

 

そして、極め付けは着水時に現れた。その飛空船はアルタラス王国軍の誘導によって港に入ると、飛空船は何と垂直に高度を下げてそのまま着水していったのだ。まるで、湯船にそっと足をつけるかのようなゆったりとした着水であった。

 

飛空船は垂直に着水することはできない。しかし、彼らは平然とそれをやってのけた。「こんなこともできますよ」と知らしめられたかのように。

 

 

「お父様……」

 

 

隣で娘の王女ルミエスが不安げな眼差しでそれを見つめていた。

 

 

「……ルミエスよ、アルタラスは変わるかも知れんぞ」

 

 

ターラ14世はルミエスを不安にさせないよう、そう語った。王女ルミエス、彼女は若いながらも聡い人物だ。この年齢で外交官も務めており、列強や文明国の装備や技術などをよく知っている。しかし、そんな彼女でもあの存在は飛空船は見たことがなかった。

 

アルタラスの歴史が、変わるかも知れない。2人はそう感じて、不安と期待の眼差しをその鋼鉄の塊へと向けている。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ターラ14世と王女ルミエスは部下と共にそのまま応接室にて待ち合いを続けていた。臨検に当たった海軍からの情報では、あの船には神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の二つの国の使者が乗っており、アルタラスと国交を結びたいと語っていたらしい。

 

国交開設の使者は別段この世界では珍しくなく、アルタラスでは比較的丁寧な接触をしている。しかし、今回の国は格が違った。明らかな軍艦、それも空を飛ぶ鋼鉄の軍艦に乗っており、明らかな砲艦外交を仕掛けてきた。

 

懸念はそれだけではない、アルタラスにはあの飛空船に対抗する術がないのだ。海軍の戦列艦は上空に陣取る飛空船を仕留められないし、鋼鉄でできているならおそらくワイバーンでも沈められないだろう。

 

そんな戦力を提げてやってきたレヴァームと天ツ上、彼らが何を望むのかも懸念の一つだ。何もかもが未知数の国。しかし、アルタラスでは勝ち目がない。何を要求してくるのかわからない、もしかしたら服従か、植民地化か……

 

 

「失礼します」

 

 

そう悪い方向に考えていた時、会合の準備ができたのかアルタラスの文化圏に合わせた上質な扉がノックされる。

 

 

「お初にお目にかかります。神聖レヴァーム皇国外務局のアメルと申します」

「帝政天ツ上の柳田と申します。こちらは補佐の中井です」

「中井です。今回はアルタラス王国との会談を受け入れてくださり、ありがとうございます」

 

 

と、またもターラ14世達が面食らった。こう言った砲艦外交を仕掛けてくる相手はもっぱら列強、我々のような文明圏外国に対しては威圧的な態度をとることが多い。しかし、彼らはどうだろうか?威圧感など全くなく、きちんとした姿勢と誠意を持って接してくれている。こんな国は初めてだ。

 

 

「こちらこそ。私はアルタラス王国国王ターラ14世と申します。こちらは外交官を務めている娘のルミエスです」

「こんにちは、外交官を務めていただいておりますルミエスです」

 

 

おしとやかな黒髪の女性が挨拶をする。比較的若く、清楚な雰囲気を醸し出す。隣にいるルミエスの部下リルセイドの紹介をすると、一同は着席した。

 

 

「今回は遠いところからご足労いただき感謝いたします。貴国はどのようなご用件で我が国にいらしたのでしょうか?」

 

 

ターラ14世が進行を促しながら彼らとの話を進める。こう言った場でも、相手が相手でも、怖気付くこともそれを表に出すことのないターラ14世は外交慣れしている。普段からパーパルディア皇国のような傲慢な国家と対峙しているだけはある。

 

 

「第一に、我が国は貴国に対して野心的な野望は考えておりません。我々神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は貴国と国交を締結したいと思っております」

「ほほう、国交をですか」

 

 

意外な要求に、彼らはひとまずほっと一息つく。だが、まだ油断はできない。口先だけで実は野心がありました、なんてことがないとは考え切れないからだ。

 

 

「はい、貴国とは貿易や交流も視野に入れております。条件については、こちらをご覧ください」

 

 

そう言って彼らは上質な紙質の資料を手渡してきた。ターラ14世達はそれを読みながら、相手国の要求を見据える、そして身構える。一体どんな要求が来るのかが、今回の協議の一番の懸念だからだ。

 

しかし、その心配は杞憂に終わる。その内容は至って普通の条件だったのだ。はたや「領地をくれ」や「奴隷を求める」などは一切書かれていない。ただ交易や貿易を求める通商条約だけであった。しかも、それらはアルタラスにとってかなり好条件で割譲されている。

 

 

「なるほど、しかしなぜ今まで我が国に接触してこなかったのでしょうか?」

「はい、それはレヴァームと天ツ上は中央暦の一月にこの世界に突然転移してきたからになります」

「て、転移……ですか?」

 

 

あまりに突拍子もない話に、思わずルミエスが質問する。国ごと転移してきたと彼らは言っているが、そんなこと信じられる話ではない。

 

 

「はい、我々レヴァームと天ツ上はこの世界に突然転移してきました。我々の情報は、資料をご用意しております。これを見ていただければ、信じていただけるかと」

 

 

そう言ってアメルは上質な紙質の新しい資料をアルタラス側に配った。今度は魔写付きのカラー資料で、アルタラスの言語でわかりやすく書かれている。

 

 

「こ……これは!?」

 

 

そこに映っていたものに、ターラ達は驚愕する。魔写で映されたそれは、自分たちが知る限りの国の中で最も発展していた。天を貫かんとする摩天楼、高速で地を走る列車、そして先ほどの飛空船と同規模の船が海を覆い尽くしている観艦式の写真だ。

 

これを見てターラ14世は確信した。この国はパーパルディア皇国を超える国力を持っている、と。

 

こんな国が今までアルタラスの近くにいた記録はない。いたらすぐさま列強入りだ。もしかしたら、彼らの言う『転移国家』というのはあながち間違いではないかもしれない。

 

 

「なるほど……どうやら転移国家というのは本当のようですな。しかし貴国はなぜ軍艦で我が国にやってきたのです?」

 

 

まだ警戒心を解かないターラ14世は、ついに一番疑問に思っていたことを質問した。相手の国に軍艦を連れてくるのはこの世界ではよくある。しかし、国交開設の場にあんな軍艦を持ってくるのは少し疑問が残る。

 

 

「はい、それは我が国の特殊な事情が絡んでおります。我が国はロデニウス大陸の近くに転移してきたのですが、ロデニウス大陸のロウリア王国と接触しようとしたときに門前払いを受けてしまいました」

「それはなんとも……」

「はい、ロウリア王国にロクな対応をしてもらえなかったのは、我が国のこと全く知らなかったことが原因と考えられています。そのため、『レヴァームと天ツ上は蛮族ではない』ということを知ってもらうため、軍艦を派遣しました。貴国に対して威圧を与える目的ではありませんのでご安心ください」

 

 

そこまで理由を言われたら、アルタラス側は反論する手立てを失った。どうやら転移国家であり、威圧が目的でやってきた訳ではないようだ。

 

 

「分かりました、ご丁寧にありがとうございます。我々アルタラス王国は貴国との国交解説の交渉を行うことにします。どうぞよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 

こうして、アルタラス王国とレヴァーム、天ツ上との国交開設に向けた協議が始まった。その中で一人、王女ルミエスは父の勇姿とレヴァームと天ツ上の使者の温和な態度に心惹かれていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「美しい国だ」

 

 

重巡空艦ボル・デーモンの艦内で、レオナルド艦長はそう呟いた。ボル・デーモンの艦橋は広い。この船は爆撃機隊との随伴行動も視野に入れて設計されているため、対空戦闘がしやすいように艦橋も視界が広く作られている。

 

夜空に染まるル・ブリアスの街は、白い壁に月明かりが照り付けて街の明かりとともに幻想的な雰囲気を醸し出している。西方大陸のどこにもなかった様式の建物は、レヴァーム人からしても新鮮だ。

 

 

「ええ、これほどまでに綺麗な都市は初めてです」

 

 

ボルト・デーモンの副艦長も、レオナルド艦長の言葉に共感する。

 

 

「……だがこの国は『列強』と呼ばれるパーパルディア皇国と目と鼻の先。いつも脅威に晒されているような国だ」

 

 

レオナルド艦長は艦橋から北の海を見据える。果てしなく続く地平線、月明かりに照らされてる月を照り返している。その先にはまだ見ぬ列強、パーパルディア皇国が存在する。

 

 

「レヴァームと天ツ上の接触で、運命が変わるといいが……」

 

 

レオナルド艦長はそう言って空を仰いだ。

 

その後、何日かの協議を経て神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上はアルタラス王国と国交を成立させた。さらに同時に接触をしていたシオス王国とも接触を果たし、使節団艦隊は一気に二つの国と国交を結ぶことに成功した。

 

幸先は順調だ。しかし、順風満帆の航海はまだ始まったばかりである。そして、使節団艦隊は外交官を乗せてアルタラス王国を離れるのであった。

 

 




『重巡空艦ボル・デーモン』
本作オリジナルの艦艇、今後も活躍してもらう予定。名前と性能はアメリカ海軍のボルチモア級とデモイン級を足して二で割りました。名前がデモインじゃなくてデーモンなのは気にしないでください。

とある飛空士シリーズの巡空艦って爆撃機と一緒に行動するくらいなので、相当な速度が出そうなんですよね。大体200ノットは出せそう。本作では細かな設定が分からないので保留にしておきます。


レオナルド艦長「お前も勇しさでは負けてないぞ」
???「ありがとう艦長、私もドラゴンは好きよ」



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第28話〜ムーその1〜

ムー編は二つに分けます。
パーパルディアとの接触を後回しにしていますが、この理由は後々。


艦隊司令官マルコス中将の航海日誌

 

我々はアルタラスでの4日間の滞在ののち、駆逐艦一隻と外交官の一部を残して再出発した。一路、西へと向かい続けて航海5日目には第一文明圏と第二文明圏との間の海域に到達することができた。

 

我々はそこで今後の艦隊の進路について会議を開くことにした。我々にはある程度の独自行動圏が与えられている。ここで、二つの文明圏に同時に接触するのが吉だと私は思っている。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「艦隊をここで二分しようと思う」

 

 

航海5日目。戦艦エル・バステルの艦隊会議室にて、マルコス長官はそう言って艦隊の方針を語った。

 

 

「どういうことでしょうか?ここで艦隊を二つに分けるのですか?」

 

 

ボル・デーモン艦長、レオナルドが思わず質問した。ここで艦隊を二つに分けるのは、彼から見たら得策ではない。そもそも必要がないからだ。この艦隊が砲艦外交を目的としている以上、大艦隊である必要が常にある。相手国に舐められないようにするのがこの艦隊の役割であり、それを二分するとすれば威圧感は半減する。そんなリスクを冒してまで艦隊を二つに分ける必要があるのだろうか?

 

 

「ああ、そうだ。実はな、アルタラス王国と接触した時、アルタラスの海軍にかなり警戒されてしまったんだ。25隻にもなる大艦隊は少し過剰すぎた、私は今後相手を威圧しすぎないように艦隊を二つに分ける必要があると思っている。この艦隊は相手から舐められないようにするための艦隊で、相手を威圧するためのものではない。二つに分けても、存在感は変わらないからな」

 

 

と、マルコス長官はそう言って理由を語った。いくら砲艦外交が目的とはいえ、相手を不用意に威圧しすぎて戦闘にでもなったら外交チャンスはなくなってしまう。それでは逆効果だ。25隻にもなる大艦隊は少し過剰すぎた、半分に分けるというのも納得がいく。

 

 

「それに、艦隊を二分すれば第一文明圏と第二文明圏の二つと同時に接触できる」

 

 

そう、二つの文明圏に同時に接触できるというメリットもある。そこまで理由を聞かされて、反対するものは艦隊にいなかった。全員が「異議なし」と答え、第一使節団艦隊は二分されぬことになった。

 

 

編成

 

第一使節団艦隊第一分隊

第一文明圏行き

戦艦エル・バステル

空母1

重軽巡空艦3

駆逐艦7

 

第一使節団艦隊第二分隊

第二文明圏行き

戦艦1

空母1

重軽巡空艦2

駆逐艦8

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

空。

 

蒼穹の蒼き空、この空は自分たちのものだ。ムー機動部隊第二艦隊所属の飛行隊長、メルマティアは『マリン』を操ってこの空を飛ぶのが好きだった。まるで、この蒼く青く染まったキャンパスを自分たち1人で独り占めしているかのような錯覚に落ち入れるからだ。

 

空をキャンパスに例えるのはなんとも粋な比喩だと思う。果てしなく広がる無限の青い空には分厚い雲が浮かび、その隙間から青々とした美しい海が見え隠れする。

 

メルマティアはこの光景が好きであった、幼い頃から空に憧れていた彼は飛行機械がムーで発明されてからというもの、あっという間に空を飛んでいた。それだけ、彼を突き動かした空は魅力的であったのだ。

 

 

「こちらメルマティア隊、付近に異常なし。演習飛行を続けます」

 

 

マリンに搭載された無線で母艦であるラ・ヴァニア級航空母艦『ラ・トウエン』に連絡を入れる。遠く離れた場所にまで通信できるこの無線機は、たまに雑音が入るものの精度が良く重宝されている。この通信機は、列強の魔導通信機に触発されて作られたものだ。ムーは列強の魔導技術もある程度研究しているため、このような装置も存在している。

 

ラ・ヴァニア級航空母艦は、ムー海軍が列強の竜母に対抗するため作られた海上戦力だ。この世界で唯一と言っていい科学技術式の戦闘機を搭載するためにムーが開発した近代的な航空母艦で、本級は前級のラ・コスタ級航空母艦のマイナーチェンジ版である。マリン戦闘機を30機積むことができ、艦隊の防空はバッチリである。

 

今回、彼らは第二艦隊の演習航海に先立ち、マリン戦闘機を用いての演習飛行に入っていた。メルマティアにとって初めて隊を率いての飛行、少しだけ緊張する。

 

 

「?」

 

 

メルマティアはその自分たちだけの空に、ポツンと黒い影を見つけた。太陽の光を反射しているのか、ぴかりと光っている。

 

 

「なんだあれ?」

 

 

この海域には、自分たちの隊以外には飛んでいる者はいないはずだ。そらなら、あれはなんだろうか?海鳥にしては大きすぎるし、なんだか早く近づいているようにも見える。

 

 

「こちらメルマティア隊、所属不明機を確認。これより確認する」

『了解、貴隊は接触されたし』

 

 

なんだか見当がつかない、この辺りにはワイバーンは飛んでいないし、航続距離も足りない。それに、さっきの光は金属反射によるものだと推測できる。それならば、あれは生物ではない。いよいよ見当が付かなくなってきた。やがて、光の粒のように見えた飛行物の全容が明らかになる。

 

 

「あ、あれは……!」

 

 

それは、鋼鉄の塊であった。ピンと貼ったカモメのような翼に、真っ青な海に溶け込む機体色。青色の胴体に盾に剣が携えられたマークが描かれ、鼻先についた四枚の風車が高速で回転していた。尾には水平の羽を挟み込む様な垂直の二枚の羽が付いている。間違いない、あれは──

 

 

「飛行機械!!!」

 

 

その飛行機械とすれ違う。とんでもない風圧が野ざらしの操縦席に降りかかり、飛行眼鏡に吹き付ける。

 

なぜだ?飛行機械はムーでしか発明されていないし、使われていないものだ。あの飛行機械は見たこともない形状をしていて、見慣れた複葉機ではなく単葉機だ。それだけでも驚きを隠せない。

 

 

「こちらメルマティア隊!確認した未確認機は飛行機械だった!繰り返す!飛行機械だ!」

『なんだって!?メルマティア隊、現状を報告せよ!』

「未確認飛行機械は東へ逃走!早すぎて追いつけない!!」

 

 

驚きはそれだけではなかった、未確認機はそのまま東へ逃走すると、マリンの追従を許さない速度で引き離していった。あのムーが誇るマリン戦闘機が、追いつけないなんてこと、あり得るのだろうか?

 

 

「くそっ!あっちの方向は艦隊が……」

 

 

メルマティア隊は全ての機体総出でその未確認機を追った。しかし、やはりというべきか追いつけない。と、もやもやしていたところに特徴的な機械音が響いた。機体に搭載している通信機の電子音だった。

 

 

『あーあー、こちら神聖レヴァーム皇国使節団艦隊所属サンタ・クルス二号機。ムー海軍飛行隊、聞こえたら応答願う』

「へ?」

 

 

メルマティアは呆気にとられた。その接触が、ムーの歴史を変えることになるとは尺も思わず。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

晴天。

 

雲はまばらに浮かんでいるだけで、視界は極めて良好である。ムーはまもなく秋になり、木枯らしが吹き始めていた。獣達は冬眠の時期に入り、人間達はそろそろ上着を重ね着し始める時期だ。

 

そんな寒空の下、技術士官のマイラスは、軍を通したムー外務省からの呼び出しを受けていた。寒空の下でスーツを身に纏い、白い暖かな息を吐きながら、機械文明ムーが発明した『自動車』と呼ばれる内燃機関搭載車両に乗り込む。

 

呼び出し先は、空軍基地が敷設されている民間空港、アイナンク空港だった。列強のムーには民間の航空会社が存在する。もちろん旅客機も存在しており、保有数こそ少ないが結構な規模を誇る。しかし、ミリシアルの民間飛行船舶会社には規模で負けており、飛行機はまだまだ富裕層のみが使用するものであった。

 

因みに、民間の航空会社はマイラスの知る限り神聖ミリシアル帝国とムーだけが成り立たせている。これはもはや、列強上位国の証のようなものだ。

 

車で揺られること数時間、空港の周りの市街地にはもうすでに秋の空模様が滲んでおり、紅葉が目立つ。そして、アイナンク空港の控え室に到着するとそこには軍服を着た人間種の男、マイラスの上司にあたる人物が外交官を伴って入ってきた。

 

 

「おお、来たかマイラス君……紹介します、彼が技術士官のマイラス君です」

「はじめまして、技術士官のマイラスと申します」

「我が軍一の技術士官で、この若さにして第一種総合技研の資格を持っています」

 

 

マイラスは慣れない笑顔を作って外交官に挨拶する。こういう愛想笑いは本当に慣れないものだ。普段は日陰者の諜報機関に所属している都合上、こうやって他の人間と挨拶することは少ない。改めて、情報通信部という不遇の部署を少し恨む。

 

 

「かけたまえ」

 

 

一同はそこそこ上質なソファに腰をかける。

 

 

「君を呼び出した理由だが、端的に言うと、とある国の技術水準を探って欲しいのだよ」

「……()()()ですね」

「そう、()()()だ」

 

 

そう言って、彼らは窓の外を全員で見た。そこには、巨影が晴天の空を覆い尽くしていた。晴天の青々とした空は巨大な影に塗りつぶされ、巨大な鉄の塊が悠々と空を支配している。空を総ていたのは、鋼鉄の飛行機械だ。

 

先日、ムーの東側の海上にて謎の艦隊が姿を現した。航空母艦と戦艦を1隻づつ伴う立派な大艦隊であった。その日、ムーは建国以来の大騒ぎとなった。接触した海軍機からの情報で空母には甲板上に航空機が多数配置されているのを確認しており、艦隊は完全武装をしていると見られたからだ。

 

更に、情報は熾烈を極めた。その空母艦隊は空を飛んでいたのだ。そう、文字通り空を総ていた。まるで飛空船のような偉容で空を悠々と泳いでいたのだ。

 

ムー軍司令部は更に混乱した。飛空船のような空母を伴っての艦隊行動、これは明らかな宣戦布告だとそう捉えた。そしてついには付近で演習をしていたムー海軍第二艦隊に全力攻撃命令を出そうとする寸前まで行った。

 

しかし、その命令は次の報告で取りやめられることになった。

 

 

「神聖レヴァーム皇国、帝政天ツ上と名乗る二つの国が国交開設を求めている」

 

 

それが、接触をしたメルマティア隊の報告だった。これにより熱が覚めた軍司令部はひとまず、第二艦隊にかの艦隊の臨検を命令するにとどめた。

 

そして、臨検してみれば更に混乱は広まってゆく。何と、その艦隊からは魔力探知機が一切反応しなかったのだ。飛空船といえば魔法文明で使われているもののみで、ムーには初めから浮かぶ設計で作られた()()()しかない。しかし、その艦隊は飛空船のように船そのものを浮かべている外見をしており、そしてどこからどう見ても鉄でできていると言う。

 

鋼鉄でできた飛空船が存在し、あまつさえ魔力探知機に反応しないとはどう言うことか?答えは一つしかない、かの船は機械動力で空を飛んでいると言う事だ。

 

更に混乱は続く。軍司令部からのパスを受けて外交対応をした外務省は、ムーの技術的優位を見せつけるために会談場所をここアイナンク空港に指定した。直接対応をした軍部と違って、外務省の面々は空飛ぶ飛空船の事は聞かされておらず、「ワイバーンのいない蛮族」と考えていたのだろう。技術的優位を立てるためにアイナンク空港を指定したのはそれが原因だ。

 

しかし、彼らはいくつかの質問をすると、何と空母のうちの一隻をそのまま回航させたのだ。空港の規模や設備から着陸できるだろうと思われていたために回航してきたらしい。しかし結局アイナンク空港に飛空船空母を駐機しておく場所がなく、仕方なく近くの敷地外に止まることにしたのだ。これには、外務省の面々は度肝を抜かされた。

 

そして、その空母は今もアイナンク空港に留まっている。その偉容は待合室にいるマイラスからもよく見える。

 

 

「マイラス君、君はあの巨大飛空船をどう見る?」

「そうですね……号外が出てから何日も考え込みましたが、どう考えても飛行力学を無視しています。どうやって飛んでいるのかはわかりません」

 

 

この出来事はムーの号外にデカデカと載っていた。はじめ、マイラスがこの記事を読んだときはあの時魔写されたエル・バステルという飛空船を思い出し、椅子からひっくり返った。しかも、接触してきた国の名前はレヴァームと天ツ上という。まさしく正真正銘自分達が調べていた国の名前だとわかり、今回の命令ではすぐさま飛んでいった。

 

その間もあの飛空船が科学のみでどうやって空を飛んでいるのかを考えていたが、答えは出なかった。どう考えても飛行力学を無視しているし、それができるのは魔法文明だけだ。もしかしたら、マギカライヒ共同体のように魔法と科学を併せ持った文明なのかもしれないが、それでもわずかな反応ですらないのは首を傾げる。

 

 

「うーむ、そうか。大使の説明では、レヴァームと天ツ上は第三文明圏フィルアデス大陸の更に東に位置するらしい。だとすると文明圏外だが、あの飛空船の技術はパーパルディア皇国を明らかに超えている。相手国との会談が行われるまで、彼らを観光に案内し、彼らの技術力を探って欲しいんだ」

「分かりました、やってみます」

 

 

正直言って胃が痛かった、科学文明のみであれほどの飛空船を作れる相手ともなれば、技術力はムーよりも高い可能性がある。そんな相手の技術力を探ってくれと言われても、あれをみればレベルはわかるはずだ。

 

だが、前向きに考えてみれば技術者魂がそそられる仕事である。ムーでもたどり着けなかった空飛ぶ船という境地に、彼らは踏み込んでいる。その技術力を間近で見れるとならば、技術者として意欲がそそられないわけがない。

 

空港に出ると、そこには昨日から人だかりができていた。整備班の技師、飛行機関開発主任、管制官など、基地の要員が全て集まっているように見える。

 

 

「本当に空を飛んでいるな……」

 

 

情報分析の時にも写真で見ていたが、実物を見るとやはり本物だと理解できる。甲板がやけに広く作られているあれは、おそらく空母なのだろう。話によれば、小型艦クラスや大型艦クラスの艦艇も空を飛んでいた事からかなりちゃんとした艦隊を組めるようだ。

 

よくみれば、飛空船の側面に垂直に立てられたプロペラのようなものが回転し続けている。まさかと思うが、あんなプロペラで空を飛ばせているのだろうか?だとしたらとてつもない出力のエンジンが必要になる。それを製造できるとなれば──

 

 

「何という技術力!!」

 

 

それだけ彼らは高い技術力を持っているということの証拠になる。マイラスは思わず冷や汗を流してその場に立ち尽くした。

 

 

「あの?どう致しましたか?」

 

 

と、傍から声をかけられた。振り返れば、そこには飛行服を着た1人の飛行士らしき人間がキョトンとした表情でそこに立っていた。どうやら自分の叫びを聞かれてしまったようだ。マイラスは少し赤面しながらその飛行士に向き直った。

 

 

「あなたは……」

「失礼しました。自分はムー海軍第二艦隊所属メルマティア飛行隊長メルマティアです」

 

 

メルマティアと名乗るその飛行士は、ビシッとした敬礼でマイラスに挨拶をした。研ぎ澄まされた、いかにも軍人らしい敬礼であった。

 

 

「ああ、あの艦隊と接触したという」

「はい、少しでも役立てたらと思い、情報を伝えに参りました」

 

 

彼は、直接使節団の艦隊と接触を果たし、艦隊を誘導してきたらしい。その飛行士から生の情報を得られるというのは、事前情報としては申し分ない。

 

 

「こちらが、あの空母を上空から写した写真になります」

「こ、これは……!」

 

 

その写真には、平べったい飛空船空母が映し出されていた。その甲板上にいくつもの飛行機械達がきれいに載せてある。その飛行機械達に、マイラスは見覚えがあった。諜報部からもたらされたレヴァームの写真にあったアイレスVとかいう戦闘機だ。

 

 

「やはりそうだったか……」

「?、何がです?」

 

 

と、また独り言を聞かれてしまったようだった。マイラスは少し恥ずかしく思いながらも訂正する。

 

 

「い、いえ……なんでもありません。それよりも、この飛行機械と戦うことになったら、あなた達は勝てますか?」

「…………」

 

 

と言うと、メルマティアは黙り込んでしまった。不安げに腕を組み、項垂れる。

 

 

「……わかりません。最初に接触した偵察機でさえマリンを凌駕する速さを持っていました。戦闘型となれば、どんな性能を秘めているのか分からないです。ですが、ムー海軍の意地をかけてあの飛行機械に()()()()()()()()()

「…………」

 

 

マイラスはその言葉に絶句した。「勝って見せる」と言うことは相手の性能が上すぎて、精神論に頼らなければならないと言うことに等しい。間近で見ていた飛行士ですらこうなのだ、マイラスは相手の技術力は計り知れないと感じた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

空軍詰所の応接室へ向かうマイラス。しかし、彼の足取りは重く感じている。原因は言わずともがな、あの飛空船と甲板上の飛行機械達である。

 

あれだけの飛空船を機械動力だけで浮かす事は、ムーではエンジン出力の不足で作ることは不可能だ。少なくともエンジンの製造技術力は彼らの方が高い。それは、認めなければならない。

 

おそらく、最新鋭戦艦『ラ・カサミ』ですらレヴァームのあの写真に写っていた『エル・バステル』よりも劣るだろう。しかしムーにはまだ超高層ビルやマリン戦闘機、そして極めて優秀な飛行士達がいる。まだ勝算はある、自分のやれることはある。そう前向きに考えてマイラスは応接室の扉をノックした。

 

 

「どうぞ」

 

 

マイラスが扉をゆっくりと開けると、3人の人間種の男性がソファから立ち上がって挨拶をしてくれた。

 

 

「はじめまして。会議までの間、ムーをご紹介させていただきます、マイラスと申します」

「神聖レヴァーム皇国外務局、アメルと申します。ムー国をご紹介していただけるとのことで、大変嬉しく思います。こちらは、帝政天ツ上の……」

「帝政天ツ上外務省の御園です。こちらは補佐の佐伯です」

 

 

お互いに握手を交わす。文明圏外国といえば、なにかと傲慢な態度を示したり、相手を下に見るような言葉遣いが多く見られる。しかし、彼らは文明圏外とは思えないほどの丁寧で、落ち着いた態度だった。そのことについてマイラスは安堵する。

 

 

「それでは、我が国のご案内をさせていただきます」

 

 

マイラスは彼らを連れて空軍基地の格納庫に連れて行った。格納庫に入ると、そこには1機の飛行機械が佇んでいた。全体が白く、青のストライプが施され、細部まで磨かれてよく整備されている。今回の紹介にあたり、対抗心を燃やした整備士たちによって特別に整備したマリン戦闘機であった。

 

 

「こちらは、我が国で『飛行機』と呼んでいる飛行機械です。この飛行機は我が国最新鋭戦闘機の『マリン』と言います。最高時速はワイバーンロードよりも速い380キロ。前部に機銃……あー、火薬の爆発力で金属の弾を飛ばす武器ですね。これを二丁搭載し、1人で操縦可能なように設計されています。格闘性能もワイバーンロードよりも上です」

 

 

文明圏外国の人間にもわかりやすい、自信満々の説明であった。おそらく無駄な気遣いだろうが、これなら飛行機や機銃のことを分からなくても何となく「凄い」と理解することができる。

 

しかし、彼らは口をぽかんと開けると、「ほぉ〜」と感心したような言葉を発している。この反応は一体なんだろうか?

 

 

「ほほう、複葉機なのですか」

「御園さん、アメルさん、見てください。空冷の星形エンジンを搭載した飛空機ですよ!六十七式艦戦やアイレスⅡ以前の複葉戦空機を見れるなんて!このレトロな感じがいいですねぇ。きれいに整備されているなぁ〜」

 

 

感心したような言葉遣いのアメルと、興奮したような感情を表に出す佐伯。3人の反応はそれぞれ違っていた。

 

途中、飛行機のことを「飛空機」と呼んだり「戦空機」という聴き慣れない単語が出たが、どうやら方言の違いなのだろう。

 

それよりもマイラスには佐伯が言っていた「六十七式艦戦」や「アイレスⅡ」という単語に引っかかった。さらに、「以前」や「レトロ」という、まるでマリンのような最新鋭戦闘機がまるで旧式であるかのような物言いも気になる。

 

 

(なるほど、レヴァームと天ツ上では飛行機の事を飛空機と呼ぶんだな。しかしまるでマリンが古いかのような物言いだ。まさか、あの低翼機は本当に存在するのか?)

 

 

マイラスの脳裏に、あの蒼い低翼機が浮かんだ。気になったマイラスは思わず質問してみる。

 

 

「アイレスⅡとは一体なんでしょうか?レヴァームと天ツ上にも、戦闘機があるのですか?」

「はい、アイレスⅡは我が国の旧式戦空機になります。六十七式は天ツ上の旧式機ですね」

 

 

レヴァームの外交官のアメルが、その質問に対応した。

 

 

「なるほど……あの、失礼ですがあの空母の甲板上に乗っていた飛行機は……」

 

 

それを聞くと、アメル達3人が互いに目配せをして伺っている。

 

 

「……どうしましょう?」

「マリンの性能を開示していただいたので、こちらも開示するのが最善かと」

 

 

アメルは御園にそう促した。

 

 

「あれはアイレスVと言いまして、レヴァームの最新鋭戦空機になります。最高時速は720キロ、武装は20ミリ機銃を四丁ですね」

「え!?」

 

 

御園の口から、とんでもない性能が絞り出された。720キロ、というのはもはやプロペラ機が出せる限界速度に近い。それを飛ばすためにどれだけの高出力エンジンが必要なのだろうか?計り知れない。計算によっては二千馬力は必要なのではないだろうか?

 

 

(やはり高性能エンジンを所有しているのか!!)

 

 

驚いてばかりではいられない、これは探りを入れた甲斐があった。マイラスはさらに深く掘り下げることにする。

 

 

「ははは……どうやら貴国は相当な高性能エンジンを所有しているようですね……」

「はい、我が国には飛空機のDCモーターや飛空艦の揚力装置など、様々なエンジンを所有しています。国交開設の暁には、それらの技術の輸出も検討しておりますゆえ」

 

 

DCモーター?、今彼はモーターと言っただろうか?聞き間違いかも知れないのでマイラスはもう一度質問した。

 

 

「モ、モーターですか?それは……コイルの磁気で回転するあの……」

「はい、モーターです。レヴァームと天ツ上の戦空機は電気で空を飛びますので」

「で、電気ぃぃぃ!!??」

 

 

アメルの衝撃的な言葉に、マイラスは戦慄した。ムー国のマリンなどの飛行機械は、内燃式レシプロエンジンを使用している。これは、出力と重さの兼ね合いによるものだ。出力の高い蒸気機関は、あまりに重く構造が複雑、しかも燃料に水と石炭が必要でさらに重くなるなど、飛行機械を飛ばすのには向いていない。そこで、軽くて軽くてそれなりの出力を出せる内燃式レシプロエンジンが最適なのだ。

 

しかし飛行機械が、電気で空を飛ぶなんてあり得た話ではない。ムーのモーターはもっぱら小さなものを動かすためのもので、ムーのモーターでは自動車ですら動かせない。それなのに、飛行機械を動かすにまで至るとは、レヴァームと天ツ上の技術力は尋常ではない。

 

 

「で、電気で空を飛ぶということは、電池はどうなっているのですか……?」

「電池は水素電池というものを使用しています。これはエネルギーを消費することなく海水を酸素と水素に分解できる触媒を内蔵し、蓄電・発電の双方が可能で……まあ、簡単に言えば海水から燃料を無限に作り出すことができます」

「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!????」

 

 

思わず大声を出してしまうマイラス。あまりの大声に使節団の3人は耳を塞ぎ、驚いたような表情で目を見開いた。

 

 

「も、申し訳ありません……あまりに驚いてしまいつい……ですが、なんなんですかそれは!?海水から燃料を作り出すなんて、船に搭載すれば無限に航行できるじゃないですか!?兵站の概念が壊れますよ!!」

 

 

思わず敬語を忘れて技術者魂全開で質問をするマイラス。その表情は驚きどころの話ではない顔をしており、身体中から冷や汗が滴っている。

 

ムー国にも燃料兵站の概念がある。ムーの戦艦ラ・カサミは内燃機関を搭載しているので、燃料は石炭ではなく重油になる。それでも航行能力としては燃費が悪く、航続距離もそれ相応に短い。レシプロエンジンを搭載したマリンも、液体燃料を使用しており、燃料費や燃料の補給はかなり重要だ。

 

しかし、今話された水素電池はどうだろうか?タダ同然にそこらへんの海に散らばっている海水から燃料を作り出し、それで発電して飛行機や戦艦を動かせるのなら、もはや燃料屋はあっという間に要らなくなる。船は無限に航行できるようになり、補給の必要もなくなる。そこらへんの海から燃料が取れるから、石油を採掘する必要もなくなる、戦争時に残りの燃料の心配をしなくて済む。

 

 

「はい、錬金術師が発明したこの水素電池はレヴァームと天ツ上に革命をもたらしました。我々の飛空艦はそれを搭載しているので、数万キロ離れたこの第二文明圏にもたどり着けたのです。おそらく貴国でも、革命が起きると思いますよ」

「な、な……な」

 

 

もはや言葉が出ない。彼らはその水素電池の恩恵を用いて遠く離れた第二文明圏にまでやってきたのだという。たしかに、報告では艦隊に補給艦は存在しなかったことが明記されており、航続距離が足りるのか疑問に思っていた。その答えが、まさかこんなめちゃくちゃな発明によるものだとは思っても見なかった。

 

衝撃的な発言でフリーズした頭を直し、格納庫の外へと誘導していった。格納庫で視線を技師達に移すと、顔が真っ青に染まっているのを見てなんともいえない気持ちになった。

 

空港の外には、ムーが誇る『自動車』を待機させていた。馬を使わない車両で、ガソリンを使用する内燃機関を搭載した、列強ムーの技術力の結晶だった。

 

しかし、彼らは驚くことなく飄々と乗り込んだ。やはりと言うべきか、レヴァームと天ツ上にも自動車が存在するのだと言う。それも、ムーからしたら想像もできない数だった。車で道路がいっぱいになるのではと思ったが、レヴァームと天ツ上には信号機と呼ばれる交通システムが存在するらしく、交通整理が発達しているという。

 

一行はそのままムー国内の高級ホテルに彼らを連れると、次の日にムーの歴史と海軍の一部を案内することを約束として、3人を見送った。

 

 



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第29話〜ムーその2〜

 
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次の日。アメル、御園、佐伯の3人はホテルから車で1時間ほど揺られて次の目的にへと向かう。目的地はムーの歴史資料館だ。豪勢な煉瓦造りの建物のロビーに入り、マイラスは館内を一通り案内しながら説明を始めた。

 

 

「まず、我が国の歴史を語るにはとある前提を話さなければいけません。各国にはホラ話と言われてなかなか信じてもらえていませんが、我々の祖先はこの星の住民ではありません」

「「「え??」」」

 

 

突然のカミングアウトに、開いた口が塞がらない3人。この反応は他の国でもよくある事だ、いきなり「自分たちは転移国家です」と言われても何を言っているのか想像できない。

 

 

「時は1万2000年前、大陸大転移と呼ばれる現象が起きました。これにより、ムー大陸のほとんどはこの世界へ転移してきたのです。これは、当時王政だったムーの正式な記録によって残されています」

 

 

マイラスは歴史資料館職員が用意した旧世界の世界地図と一つの丸い物体を取り出した。丸い物体には地図のようなものが張り巡らされており、周りは海で囲まれ、いくつかの大陸が存在している。

 

 

「それは……何でしょうか?」

「こちらは地球儀と呼ばれる天体図です。これに描かれている惑星こそが、我が国の祖先が暮らしていた前世界、『地球』になります」

 

 

意外にも、彼らはムーの歴史に食らいついてくれた。しかも地球儀に驚いている、これは出し抜けたとマイラスは少し自身にあふれる。

 

 

「御園さん……あれは……」

「ああ、間違いない……球面惑星だ」

(?、惑星が球面であることを知らないのか?)

 

 

微かな疑問が生じたが、マイラスは構わず説明を始めた。転移時期の古代史から近代、そして現代に至るまでの歴史を事細かに語っていく。

 

1万年以上前に転移してきたムー。

 

かつては優れた文明を持ち、鋼鉄の機械で空を飛び、車を走らせ、海を渡り、果てには宇宙にまで到達していたという。おそらくだが、かつてはレヴァームと同等かそれ以上に発達した文明を持っていたのだろう。

 

隣国の『アトランティス』という国と星を二分し、睨み合いを続けていたらしい。しかし、ムーはその平和主義に則り、自ら戦争を仕掛けることはなかった。そして、数多ある国の中に『ヤムート』と呼ばれる友好国もある事を説明された。ヤムートの文化や様式から想像するに、天ツ上とよく似ている国であったのかもしれない。

 

だが、彼らの栄華も転移現象によって潰えた。

 

転移したことによって大陸各地の発電施設が故障し、深刻なエネルギー不足へと陥った。それにより政府は機能しなくなり、食料は生産できなくなってしまい、多くの餓死者や犠牲者が出てムー国民が犠牲になった。

 

さらにはその混乱に乗じてムー大陸に魔法文明の国家が攻め込んできた。技術体系の違う魔法文明の電撃的侵攻に敗れ、ムーは大陸の半分を失う結果となったのだ。

 

それでもムーは滅びずにこの世界に適応していった。異世界の人種を受け入れ、多民族国家として歩み始めたムー。かつての技術は混乱によって失われているが、それを取り戻そうとする研究も行われている。

 

そして、彼らはいつしかこの世界唯一の機械文明国家として名を轟かせ、世界第2位の国家へと成長していった。ここに至るまでは、苦難の歴史だったようだ。

 

 

「なんと……」

「……失礼、カルチャーショックが強すぎて言葉が詰まりました」

 

 

御園とアメルは大きなカルチャーショックにより、衝撃を受けていた。突然の転移現象、そして国家の混乱と侵略。これは狩猟民族国家であるレヴァームでも類を見ない波乱万丈の歴史であった。

 

 

「いかがでしたでしょうか?今話したことは全て事実です。我が国が転移国家である事は信じていただけるでしょうか?」

「ええ、もちろんです。まさか、我々とあなた方に共通点があるとは思っていませんでした」

「え?」

 

 

アメルは丁寧な口調でそうはっきりと言った。アメルはそのまま鞄に手を伸ばしてその中から一枚の丸められた紙を取り出した。テーブルの四隅に重石を乗せてそれを広げると、何やら地図のようなものが広がった。

 

 

「これは……」

「我々の旧世界の()()()()()()()()()()()()()()()()()

「きゅ、旧世界!?」

「はい、そうです。我が国も転移国家なので、この世界は我々の住んでいた世界になります」

 

 

アメルはそう言って地図を指さした。まず大きい方の大陸がレヴァーム皇国のある西方大陸。そしてその東側にある大陸が天ツ上のある東方大陸だと。しかし、マイラスは大きな違和感を覚えた。レヴァームと天ツ上以外の国が見当たらないのだ。それ以外は全て海で覆われ、レヴァームと天ツ上の間に何やら線のようなものが広がっているだけである。

 

 

「あの……この地図、レヴァームと天ツ上以外の国や大陸はないのですか?」

「いえ、ありません。我々のいた世界は西方大陸と東方大陸のみで、後は果てしない海だけで出来ていました」

「え!?」

 

 

マイラスはその発言に心底驚いた。たしかに、この地図には大陸が二つしかなく、その他はまっさらで何もない海ばかりでできている。

 

 

「それから、このレヴァームと天ツ上の間を隔てるこの線は、大瀑布の地形です。大瀑布とは高低差1300メートル以上の巨大な滝で、両国を隔てるように布陣しておりました。それを飛び越えるために生まれた飛空艦が登場するまで、レヴァームと天ツ上はお互いの存在を知らなかったほどです」

「な…………」

 

 

アメルの口から次々と飛び出してくる、レヴァームと天ツ上のいた世界の衝撃的な全容。それは、至って普通の球面惑星に住んでいたムーの人間であるマイラスにとっては信じられない世界図である。

 

 

「それから、球面惑星に住むあなた方からすれば信じられないでしょうが、我々の世界は地平線ですら観測されていませんでした。学者たちの予想では平面惑星だったと推測されています。が、真相は分かりません。なぜなら世界の真相を解き明かす前に、そのままこの世界に転移して来てしまったのです」

「…………」

 

 

もはや頭の思考回路が追いつかない。大瀑布?世界が海と滝だけ?レヴァームと天ツ上しかいない?平面惑星?マイラスはパンクしそうな頭を抱えて言葉を絞り出した。

 

 

「し、信じられません……我が国でも天文学は進んでいますが、平面惑星が存在するだなんて……どうやら、あなた方の世界は想像を絶する姿をしているのでしょうね…………」

 

 

そう言って、マイラスは疲れたかのようにその場にへたり込んだ。なんとか立ち上がり、近くのテーブルに頭を抱えて押さえ込む。頭痛が痛い、想像を絶する情報量に耐えきれず、脳がキャパシティオーバーを起こすことは生まれて初めてだ。

 

 

「マイラスさん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫ですアメル殿……それよりも我が国はもっと頑張らなければ……」

「いいえ、あなた方は十分頑張っていますよ」

 

 

マイラスにはアメルの言っていることが分からなかった。国力、技術力、世界の衝撃ですら上回っていたレヴァームと天ツ上。しかし、彼らは勝者としておごることなくむしろ敗者をねぎらっているように見えた。

 

 

「あなた方には、昔の我々にはなかった価値観や倫理があります。あなた方はそれを誇るべきです」

 

 

アメルはマイラスの肩に手を置くと、そのまま語り始めた。

 

 

「すこし、我々の世界の歴史を話しましょう。飛空艦を発明したレヴァームは大瀑布を超えて天ツ上と出会いました。しかし、あろうことかレヴァーム人は大瀑布の下にいた天ツ上人を見下し、理不尽な要求を飲み込ませてしまったのです。世界でたった一人の友人を、我々は猿とみなして見下したのです」

 

 

アメルの口から、また新たな歴史が語られる。またペラペラと自慢されるのではと思ったが、彼の口調はとても物悲しく、悲壮感に溢れていた。

 

 

「要求を飲み込まされた天ツ上は『臥薪嘗胆』を合言葉にレヴァームと事を構えるにまで成長し、ついには全面戦争にまで発展してしまいました」

「そうだったのですか……」

「はい、愚かなことです。世界にはレヴァーム人と天ツ上人しかいないのに、共に分かち合うことが出来なかったのです……」

 

 

アメルの口から溢れでたのは、祖国に対する失念と、レヴァーム人と天ツ上人に対する哀れみであった。どうやら、彼らの世界の歴史も一筋縄ではいかなかったらしい。

 

 

「我々がこのように共に歩めるようになったのは、つい最近のことです。ですが貴方々は違います。敵対する国がいながらも睨み合うだけで戦争を起こさず、それどころか友好国まで存在していた」

 

 

アメルの口から、今度はムー国に対する敬意と畏敬が迸った。旧世界で戦争を起こさず、比較的平和に暮らして、あまつさえ友好国まで築いていた。レヴァームと天ツ上の血に濡れた歴史とは大違いだった。

 

 

「それに、この国はこの世界でも車や飛空機械などをたった一国で発明しています。その努力と人情を、我々は羨ましく思います」

「アメル殿……」

 

 

そう言って彼は言葉を締めくくった。そう、国家として誇れるのは力や歴史、技術力だけではない。もっと国家として大切な、アイデンティティ。そして、国民の人としての人情など。

 

国力だけが全てではない、レヴァームと天ツ上はムーより優れてても、人としては失墜していた時期があった。しかし、ムーの努力や情は中央海戦争時のレヴァームと天ツ上を遥かに超えている。そう言葉を締め括られて、マイラスは救われたかのような晴れやかな気分になり、表情を戻せた。

 

 

「ありがとうございます……アメル殿。私には誇らしいものが一つできました」

「ええ、こちらこそ。お互いに歩んでいきましょう」

 

 

二人はそう言って、熱い握手を交わしていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

海猫が空を飛びながら、その特徴的な鳴き声を響かせる。海原は青く光り輝き、秋風の涼しい風景と相まって港町らしい雰囲気を醸し出している。

 

その港に、大きな威厳を放つ鋼鉄の塊がいた。巨大な戦艦だ。30センチにもなる二連装の主砲を前後に2基搭載し、副砲も多数配置させている。

 

 

「こちらが、我が国の最新鋭戦艦『ラ・カサミ』です。どうでしょうか?」

 

 

どうせこれよりも凄いものがあるのは知っている。と、マイラスは若干やけくそ気味であった。マイラスは諜報部の人間、レヴァームと天ツ上の情報は事前にある程度入手している。その中であの飛空船戦艦『エル・バステル』の威容が脳裏に浮かぶ。あの戦艦は目測40センチ以上の砲を主砲とする大戦艦だ。

 

おそらく、ラ・カサミでは勝てない。正直あのグレート・アトラスターよりも強いかもしれないエル・バステルの偉容の前では、彼らの反応などたかがしれているのだ。

 

 

「おお!戦艦じゃないですか!やっぱり戦艦は男のロマンだなぁ」

「前弩級戦艦ですね、なかなか立派なものです」

 

 

と、興奮する佐伯と感心したような感情を漏らすアメル。これはマイラスの予想とは少し違った反応だった。てっきり、ラ・カサミ級の偉容を見て「この程度か」と馬鹿にされると思っていたのだが、帰ってきたのは褒め言葉だった。

 

 

「レヴァームと天ツ上にも、戦艦は存在するのですか?」

「あ、はい。まだ中央海戦争が終結したばかりなので、レヴァームと天ツ上は戦艦を多数保有しています」

 

 

その質問には、佐伯が遅れて対応してくれた。

 

 

「ですが……今現在は新しい戦艦の建造はあまりありませんね。もっぱら空母優先です」

「え?そうなのですか?」

 

 

少し意外だった。ムーからしたら艦隊決戦の主力は戦艦であり、空母は艦隊の防空を担うだけの補助艦艇に等しい。これは、飛行機械の装備までは戦艦などの軍艦を撃沈できないからに起因する。爆弾を積もうにも軽いものしかマリンには積めず、そんなちゃちな爆弾ではラ・カサミなどは撃沈できない。そのため、ムーでは空母には戦闘機しか積んでいないし、保有数も少ない。

 

しかし、レヴァームと天ツ上ではその補助艦艇である空母を何よりも優先して建造しているらしい。艦隊の防空程度にしか役に立たない空母を最優先するとは、いったいどういう意図があるのだろうか?

 

 

「この世界は弱肉強食です、なぜ戦艦を作らないのですか?」

「作れるには作れるのですが……やはり中央海戦争で両国が保有していた全ての空母が撃沈されてしまっているのが大きいですね」

 

 

佐伯はそう言って答えてくれた。これは探りを入れた甲斐があった。どうやら彼らの世界で起きた全面戦争にて、レヴァームと天ツ上は保有していた空母全てを失ってしまっているらしい。

 

 

(なるほど、戦艦よりも空母の方が損失が大きいなら補充しなければならないのも頷けるな。考えてみれば空母は戦艦に勝てない、おそらく海戦での遭遇戦でやられてしまったのだろうな……)

 

 

マイラスはそう思って一人でに納得していた。空母は戦艦に勝てない、それがムーでの考えだった。が、後に彼はそのドクトリンが大間違いであることを思い知らされる。

 

マイラスは一通り案内を済ませてら翌日にはムー首脳陣に報告書を書き上げた。同じ転移国家であることや、水素電池の存在など信じてもらえるかどうか分からなかったが、先進的な技術を持っていることは重く見てもらえた。

 

グラ・バルカス帝国の脅威がすぐ近くに存在する状況下にて、ムー首脳陣は無能な決断はしなかった。無事、彼らとの国交締結を済ませて二ヶ月後には通商条約の調印を終えた。

 

そして、彼らは他の第二文明圏の国々とも国交を開いた。

 

 



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第30話〜イルネティア〜

 

重巡空艦ボル・デーモン艦長レオナルドの航海日誌

 

我々第二分隊はムー大陸の第二文明圏の国々を回りながら国交開設の協議を重ねている。ボル・デーモンはムー大陸の外れ、イルネティア王国という国を訪問した。

 

残念ながら第二文明圏の列強、レイフォルという国はすでに滅んでいるので、国交開設はできなかった。支配をしている『第八帝国』と呼ばれる国家をレヴァームと天ツ上は警戒しており、接触は後回しにするように通達されているからだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

イルネティア王国。第二文明圏、ムー大陸から西側におよそ500キロ離れた位置にイルネティア島と呼ばれる島がある。総面積は天ツ上領土の淡島ほどの大きさで、自然にあふれている。

 

かのパンガダ王国と同様に、古くから西方国家群と第二文明圏をつなぐ要所として栄えている。しかし、パンガダのようなレイフォルの保護国ではなく独立した国家であることが大きな違いだ。

 

千年もの長い歴史を誇り、国民は比較的穏やかで穏和。王都キルクルスは交易品が行き交い、経済状況も豊かで街は活気にはあふれている。

 

 

「これより、王前会議を始めます」

 

 

その中心地、ランパール城の大会議室において、国の行末を決める会議が行われようとしていた。

 

 

「すでに資料には目を通していただいていると思いますが、記載の通り、我々の把握している西方国家群の半数以上がグラ・バルカス帝国の支配下にあります。パガンダ王国やレイフォルですら敗れ、さらに彼らは第二文明圏全体に対して宣戦布告をしています」

 

 

それを聞いて、何人かの重役達からため息が出る。このグラ・バルカス帝国の存在は各所で問題になっている。イルネティアは文明圏外だが、第二文明圏全体に宣戦布告をしているとなれば、その横暴さから言ってイルネティアにも戦火が及ばないとは考えられない。彼らが文明圏という枠組みを守るかどうかわからないからだ。

 

このグラ・バルカスの暴走の原因を作ったのはパガンダだ。グラ・バルカスは第二文明圏の国々と国交を締結しようとしたが、全て「レイフォルに行け」と門前払いを受けた。そしてレイフォルに行けば、「まずはパガンダに行け」と門前払いを受け、そして最後にパガンダに行けばなんと多額の賄賂を要求されたのだ。

 

これを拒否したところ、パンガダは帝国の皇族を含む数人を処刑した。それで堪忍袋の尾が切れた帝国はパガンダ王国を電撃的侵攻で占領、占領後帝国はパガンダ国民を軍民問わず虐殺をして周り、民族浄化をして回っている。余計なことをした自業自得だと、誰もが恨み節だった。

 

 

「グラ・バルカス帝国の使者が接触してくるのは時間の問題でしょう。レイフォルを落とすほどの実力を備えた国です。我が国はどのような対策をとるべきか、意思決定を行いたいと思います」

 

 

司会進行役の前説が終わると、イルティス13世が口を開いた。

 

 

「まずは西部方面軍に問いたい」

 

 

名指しされた西部方面軍ニズエルは、イルティスに顔を向ける。

 

 

「猛将と呼ばれた貴君に、私は信頼を置いているり貴君から見て、グラ・バルカス帝国が仮に侵攻してきた場合、どの程度戦える?遠慮なく頼む」

「はい、まず海軍に関しては……正直勝てると思わぬ方がいいでしょう。あのレイフォルですら敗れた国です、グラ・バルカス帝国に関しては我々は無知で、情報も少なく、正直言って作戦の立てようがありません」

「うーむ……そうか……」

「しかし、陸なら別です。陸上戦力は『地の利』と『数』が戦局を大きく左右します。地の利を得られれば、列強との兵器性能差もカバーできるでしょう。簡単に負けるつもりはありません」

 

 

彼の言っていること、それはつまり本土決戦である。上陸されることを前提に作戦を練り、本土にて戦う。そんな作戦だ、ただし大きな犠牲は避けられない。

 

 

「国が存続できる道はあるのか……?」

「…………」

 

 

王は重役達に疑問を投げかける。猛将ニズエルが厳しいというのであれば、正直言って勝てると思えない。防衛もできないかもしれない。不安に押しつぶされ、重役達は口をつぐむ。

 

 

「陛下、よろしいですか?」

「ビーリー卿?何か案があるのか?」

 

 

外交担当貴族であるビーリーが手をあげた。彼は貴族達の中でも有能な人材で、先見性に溢れている。外交官として国外にも顔が利き、一族代々イルネティア王家に仕え、王国が交易の要点として発展するように尽力してきた。その手腕を疑う者はいない。

 

 

「はい、我が国だけでグラ・バルカス帝国の侵攻を阻止することは、ニズエル将軍の話からしても至難の技なのでしょう。そこで、一国で無理ならばら他国を巻き込むのです」

「と言うと?具体的にどうやって巻き込むと言うのだ?」

「二つ案があります、一つは基地の提供。基地を提供した場合、その国は初期対応を早くできると言うメリットがあります。二つ目は軍事同盟の締結。もし第二文明圏や第一文明圏の国々を攻略する場合、グラ・バルカス帝国はまず我が国を攻めるでしょう。そこで我が国がわざと盾になって凌ぐことによって第一、第二文明圏の防波堤になるのです」

 

 

会議場に感化の声が響いた。今現在のところ、思いつく最善の策をビーリー卿が出してくれた、王国が救われる道がある、と誰もが希望を持ち始めた。

 

 

「して、どの国を巻き込むのだ?」

「それはですね……」

 

 

と、その時。会議室内の魔法照明がチカチカと点滅し始めた。それはまるでモールス信号のように一定のリズムを刻み、部屋を明るくしたり暗くしたりしている。

 

 

「ん?魔力切れか……?」

「違います!これはッ!!」

 

 

ニズエルが鋭く叫んだ。これは、緊急時に点灯する点滅信号だった。それが会議室内で点滅していると言うことは、場内全域で点滅しているはずだ。室内が騒然とする中、一人の兵士が駆け込んできた。

 

 

「何事か!!」

「報告します!王国北の沖合130キロにて巨大な飛空船が現れました!」

「ひ、飛空船!?」

 

 

会議室が一瞬で静まり返る。突然のイルネティアへの飛空船来訪。しかも、情報によればそれは鋼鉄でできていて空を飛んでいると言う。

 

 

「ま、まさか……グラ・バルカス帝国がもう攻めてきたのでは……!」

「まずいぞ!ニズエル将軍!我が軍で追い払って見せようぞ!!」

 

 

血気盛んな若手達が憤慨する。それも無理はない、何せグラ・バルカス帝国の兵器は未知数。空を飛ぶ兵器を所有していてもおかしくない。しかし、ニズエルは兵士からの報告の続きを聞いた。

 

 

「それで、どうなった?」

「はっ!海軍が臨検したところ、彼らは『神聖レヴァーム皇国』と『帝政天ツ上』の使者を名乗り、我が国と国交を開設したいと申しております」

 

 

それを聞いて、将軍達はシンと静まり返った。どうやら懸念していたグラ・バルカス帝国とは違うらしい。

 

 

「レヴァーム?天ツ上?」

「どこの国だ?聞いたことないぞ……?」

「こんな時に新興国家か……」

 

 

落胆、唖然。国の行く末を決めるかもしれない重要会議の途中で、面倒くさい相手が来てしまった。これで時間を取られれば、グラ・バルカス帝国対策は遅れてしまう。

 

 

「なるほど、新興国家か……会談を受け入れるように伝えよ」

 

 

しかし、彼らを追い返すわけにはいかない。イルティス13世はひとまずレヴァームと天ツ上の使者を受け入れることにした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

イルネティア王国、王都キルクルス。その郊外にて一人の娘が果実を運んでいた。ふんわりとした林檎の香りが、箱いっぱいに詰め込まれて鼻腔を突く。

 

運んでいる少女ライカはまだ14歳の年頃の娘だ。粗末で質素な格好、しかしそれでいて動きやすい服装を見に纏い、比較的短めに切りそろえられた髪形。全体的にはつらつとした印象を受ける。14という若さにしては、凛とした気高さを湛えていた。

 

 

「♪〜」

 

 

軽く鼻歌を歌いながら、果実を満載した箱を抱えて運び続ける。この箱は意外と重いのだが、こうして楽しそうに歌を歌えば気にならない。不思議なことである。

 

細身であるが、案外鍛えられた彼女の腕は白くふわりとしていて、すらりとした印象を受ける。年頃の少年がいれば真っ先に惚れるであろうその美貌だが、残念ながら彼女にその縁はない。

 

ライカが向かう先は王都郊外にある、とある竜舎だ。ライカにとってそこにいるとある竜の世話をするのが彼女の日課になっている。それほどまでに、彼女にとっては大切な存在なのだ。

 

 

「イクルス?ご飯を持ってきたわよ」

『あ、ライカ!わぁい〜ご飯だ〜!」

 

 

時刻は昼頃、生き物は食事の時間である。果物を持ってきて嬉しがるようにライカに語りかける風竜「イルクス」は頬をライカにすりかける。白くふわりとした羽毛に、巨大で立派な翼を持った生き物だった。

 

ライカはイルクスの世話をする人間であると同時に、イルクスの親友でもあった。イルクスが幼竜であった頃に彼女に助けてもらい、それ以来一緒に暮らしている。

 

幼竜はイルクスと名付けられ、成長してゆくにつれてなんと人間の言葉を覚えるに至った。今こうして念話でライカとイルクスは会話をすることができている。

 

 

「たくさん食べてね」

 

 

ライカは嬉しがるイルクスに果実の入った箱を与えると、イルクスは待ってましたとばかりに果実に食らいつく。雑食の風竜は果実であろうと何でも喜んで食べる。ライカはイルクスの食事バランスに気を使い、肉だけでなくこのような果実も与えている。

 

 

「?」

 

 

と、ライカの耳にイルクスが果実を頬張るシャキシャキとした音と共に、何やら聴き慣れない重低音が聞こえてきた気がした。ぐわんぐわん、まるで空を震わせるかのような大きな音であった。

 

 

「何かしら?」

 

 

ライカはたまらなくなって、外に出てみた。外の空は陽が照り付けて秋にしては暖かく、さらさらとした風が吹き付けている。しかし、その風の音が急に強くなったような気がした。まるで、空が何かに怯えて逃げ出したかのような。

 

 

「あれは……」

 

 

その時、空が影に満ちる。

 

太陽が遮られ、陽が指さなくなる。あたかも空全体が恐怖に震えるかのように強張り、風が吹き付ける。地上が震え、小動物たちが怯えて巣穴に隠れる。巣穴の中で空を震わせる謎の轟に見を震わせ、小さな穴からそれを見つめていた。

 

ライカも空を見上げる、空の影を見据える。そこにいたのは巨大な鉄の塊、高空を統べるのは鋼鉄の塊であった。それは、船の形をしている。鋼鉄でできた巨大な空を飛ぶ船だった。

 

 

「なに……あれ……」

 

 

王都上空を通過する鋼鉄の塊、風車を回転させて進む姿は悪魔の巡航を思わせる。突然現れた悪魔たち、王国の王都キルクルスに向かって真っ直ぐ進撃してゆく。何を目的としているかは彼女には分からなかった。

 

その瞬間思った。

 

何か、王国にとって良くないことが起こるのではないか?

 

ライカはそう思い、不安げに空を見つめるしかなかった。しかし、彼女はまだ子供。一人の少女に国の行く末を左右することはできない。彼女はただ不安げに空を見上げるしかなかった。

 

 

『ライカ?』

「イクルス、出てきちゃダメ、隠れてて……」

 

 

イルクスが竜舎から出てきた。どうやら聴き慣れない重低音が気になって出てきてしまったらしい。しかし、彼らがなにをするかわかったものではない。彼女は親友同然のイルクスを竜舎に戻そうと促す。

 

 

『ライカ……大丈夫だよ、あの人たちは僕たちをひどい目に合わせようとしていないよ』

「どうしてわかるの?」

『あの人たちの雰囲気を見ればわかるさ。なんだか穏和な雰囲気を感じるよ』

 

 

イルクスはそう言ってライカたちを優しく安心させた。イルクスは優しい性格だ、それでいて知能が高い。噂では予知能力があるのかもしれないと噂されているほどだ。そんな彼の勘が、友好を感じ取ったらしい。

 

 

「王国は……どうなるんだろう……」

 

 

少女ライカはイルネティア王国の行く末を案じて空を見上げた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんなんだあれは!?」

「もはや飛空船の領域なのか!?」

「空飛ぶ戦艦ではないか!!」

 

 

国の重役達が一斉に驚愕の声をあげた。誰もが空を見上げ、その異形が浮かぶ空を見据えている。

 

王都キルクルスについたレヴァームと天ツ上の船は、海軍の検閲が終わるとワイバーンの先導の下まっすぐ南下してきた。陸地を無視しての大飛行、王国の北側に住うすべての人々がその姿を目に焼き付けたことだろう。

 

王都にたどり着いた飛空船は、なんとそのまま垂直に降下し始めて、ワイバーン基地の上に着地した。飛空船には到底できない芸当、はじめはイルネティアに魔導港がないことが懸念されたがそれも杞憂だったようだ。まるで「こんなこともできるぞ」と見せびらかされたように。

 

 

「なんと言うことだ……また新たな脅威国が増えてしまったではないか……」

 

 

イルティス13世は懸念を抱えたままであった。いきなり現れた巨大飛空船を所有する国家の登場、もしかしたらイルネティアに対して牙を向くかもしれない。

 

 

「しかし、王。これはチャンスではありませんか?」

「チャンス?」

「はい、あれほどの飛空船を作り出す国です。もしかしたら、グラ・バルカス帝国の侵攻にも互角に戦えるやもしれません」

 

 

ビーリーには考えがあった。先ほど話した「他国を戦果に巻き込む」と言うもの、あの機械動力飛空船は列強上位国のムーでも作れない。ならば、かの国はムーよりもよほど強いかもしれない。そんな国を味方につけられれば、グラ・バルカス帝国対策も考えがつく。

 

 

「確かにな……ではビーリー卿、なんとか味方に引き込めるチャンスを逃さぬよう、頼むぞ」

「はい、お任せください」

 

 

そう言ってビーリー卿を含む外交担当達は会議室に向かって行った。いまだに驚きの声を上げている将軍達を尻目に。

 

数時間後、レヴァームと天ツ上の使者との会談準備が整った。上質な扉がノックされ、ガチャりと扉が開かれる。その外から3人の人間種の人物が現れた。

 

 

「はじめまして、イルネティア王国王都キルクルスへようこそ。私は外交担当の長であるビーリーと言います」

「お初にお目にかかります。私は神聖レヴァーム皇国外務局、アメルと申します。こちらは帝政天ツ上の……」

 

 

お互いに自己紹介をし、座席についた。その後、数時間の会合ののち彼らは無事国交を成立させることができた。ビーリー卿の手腕もあり、彼らが比較的温和なことから会議は順調に進んでいったのだ。

 

そして、イルネティア王国とレヴァーム、天ツ上は通商条約を締結した。これが、この国の未来を変えることになるとは梅雨知らず。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

次の日の昼、王都キルクルスのランパール城にて、華やかなパーティーが開かれた。壁や天井に煌びやかな装飾が施され、豪勢な料理が並べられている。

 

この日は国王イルティス13世主催でレヴァームと天ツ上の使節団の歓迎式典を行なっていた。ボル・デーモンからも、人員を交代交代で地上におろして式典を満喫している。ボル・デーモン艦長レオナルドもその歓迎式典の夕食会に招かれていた。

 

 

(流石に胃に堪えるな……)

 

 

レオナルドは少し辛そうに胃を抑える。豪勢な料理たちはどれも脂っこく、胃がもたれかねない。こういう時はもっぱらフルーツを食するのが一番良いと、レオナルドはデザートたちに手をつけながらなんとか凌いでいた。

 

 

「ほほう、レオナルド殿はドラゴンやワイバーンがお好きなのですね」

「はい、この世界で初めてワイバーンを見た時から惚れました。やはり戦う生き物というのはロマンがあります」

 

 

目の前で会話をしているのは王都防衛隊長レネリアだ。軍部に詳しい彼との会話はレオナルドにとっては新鮮だった。レオナルドのドラゴン好きは、この世界の人々とも話が弾む。

 

 

「あのような立派な飛空船を操る立場でも、やはり憧れがあるのでしょうか?」

「はい、無機質でなにも言わない飛空艦より、生で生きているドラゴンやワイバーンの方が私は好きですね」

 

 

それがレオナルドがワイバーンが好きな理由であった。飛空機も飛空艦も全て機械だ。鋼鉄の機械は意思を持たないし、会話をすることはできない。触れ合うことすらもできない、触れてもあるのは冷たい鋼鉄の塊だけ。そんなものよりも戦う生き物の方がかっこいいと思っている。

 

彼が空軍軍人として皇軍に入ったのは単に空に憧れたからだ。空を飛ぶドラゴンのように優雅に空を満喫したい。そんな感情が彼の中にあり、空軍へ後押ししたのだ。

 

 

「でしたら、特別に我が国一の竜騎士とお会いしてみてはいかがでしょうか?」

「良いのですか?」

「はい、既に手配は済んでおります。我が国唯一の()()使いです、きっと満足していただけるでしょう」

「ありがとうございます。是非とも」

 

 

そう言って彼らはパーティー会場から席を少し外す。副艦長をついでに連れてきて、護衛と共にキルクルスの郊外へゆく馬車に乗る。

 

馬の引くゆったりとした馬車に数十分揺られると、郊外にイルネティアの国家予算で建てられた立派な竜舎が聳え立っていた。

 

 

「おお、ここに……」

 

 

滑走路の芝生はよく手入れされ、竜舎も真新しい木造でできている。獣くささは全くなく、新鮮な緑の空気が辺りを漂っている。と、レオナルドが周りを見渡していると、一人の少女と目が合った。どうやら果実を運んでいたようで、竜舎に向かっていた。

 

少女は驚いたかのような表情をすると、箱を置いて竜舎の中に駆け寄った。疑問に思って目で追っていると、竜舎の中から一人の老婆を伴って少女が出てきた。

 

 

「ようこそおいでくださいました、私はこの竜舎を管理しているものです」

「神聖レヴァーム皇国空軍ボル・デーモン艦長レオナルドです。今回は急な訪問を歓迎してくださって、誠にありがとうございます」

「おお、あなた方が噂のレヴァームの方ですか……お噂は王都中に広まっておりますよ」

 

 

お互いに社交辞令を交わし、お互いの間を狭める。文明圏外の国とは思えない礼儀正しい姿勢は、穏和な雰囲気を感じ取らせる。隣にいるライカにもそれは伝わっていた。

 

 

「?、貴方は?」

「はじめまして、私はイルネティア第一級竜騎士のライカと申します」

「おお、貴方がこの国一の竜騎士でしたか……」

 

 

レオナルドはそう言ってライカに感心したような感情を向けた。竜騎士、と聞いてレオナルドは屈強な騎士を思い浮かべたが、ライカはそれなりに鍛えられていても14歳と若かった。別段、レヴァームと天ツ上では女性兵士は珍しくない。数は少ないものの、性別だけでは兵士や飛空士になることの支障にはならない。そのため、驚いたのはその若さだったのだ。

 

二人はそのまま竜舎の中に案内されていく、ストレスのないように広く作られた竜舎の内部は秋でも暖かく、獣臭さは感じられない。そしてその竜舎には、ふさふさの羽毛と立派な翼を携えた一匹の竜が、威風堂々居座っていた。

 

 

「やあ、君がイルクス君だね?」

『うん、そうだよ。貴方が今日来る予定のお客さん?』

「!?」

 

 

レオナルドは念話でイルクスが語りかけたことに驚愕する。それもそのはず、レオナルドはイルクスが喋れないことを前提に語りかけたのだ。人間が犬を可愛がる時に名前を呼ぶ感覚に近い感じで語りかけたら、案の定返事をしてきたとなれば驚くのは無理もない。

 

 

「しゃ、喋れるのか……?」

『うん、僕は頭がいいから!』

 

 

えっへん!と言わんばかりに目を瞑って自慢顔を見せるイルクス。イルクスはまるで「当然のことだ」と言っているようで呆気にとられる。

 

 

「念話と言って、相手の頭に直接語りかけるんですよ」

「そ、そうなのか……」

 

 

なんでも、念話を初めて聞いた人間の反応というのは軒並みこうだという。念話は普通の会話と違い、相手の脳に直接波動を送って喋りかける。その感覚は普通の会話と全く違うので驚くのも無理はない。

 

 

「はじめまして、イルクス君。私はレオナルド、飛空船の船長を務めている」

『へぇ、船長か……じゃあ、あの時空を飛んでいた船に乗っていたのはレオナルドさんだったんだね!』

「そうだとも、お騒がせして悪かったね」

『ううん!それよりもよろしくね、レオナルドさん!」

 

 

そう言ってイルクスは自身の前足を差し出し、レオナルドの前に置いた。どうやら握手を求めているらしい。レオナルドは右手を差し出すと、ふさふさとした感触のレオナルドの手より大きな前足がそっと優しく握り返す。知能が高いだけでなく、性格も優しいようだ。

 

 

「すごいですねレオナルドさん、イルクスとこんなに仲良くなれるなんて」

「いやいや、私は昔から動物に好かれやすい体質でね」

 

 

少し冗談を交わすと、ライカはクスリと笑った。年頃の少女らしい、陽だまりのような笑顔である。どうやらお互いに警戒心はないようだ。一行はそのまま写真撮影をするため、一列に並ぶ。

 

 

「よかったね、イルクス。いい人そうで」

『うん、新しい友達ができて嬉しいよ!』

 

 

そう囁きながらライカはそっとイクルスの額を撫でる。そこには、風龍にはないはずの紋章が現れていた。シャッターが切られる、カメラのレンズが情景を映し出す。だが、写真には紋章は写っていなかった。

 



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第31話〜中央世界〜

だいぶ悩みましたが、こうなりました。


艦隊司令官マルコス中将の航海日誌

 

我々は艦隊を二分し、一路第一文明圏、中央世界へと向かった。そして9月7日、ついにこの世界でもっとも国力があると言われている神聖ミリシアル帝国との接触に成功した。

 

しかし、我が艦隊は帝都ルーンポリスの魔導港にてしばらく足止めを被ることになった。今頃帝都では大騒ぎとなっている事だろう。穏便に交渉のテーブルが開かれることを願うのみだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年9月7日

 

魔法文明の頂点に立つ神聖ミリシアル帝国。その中で最も栄える帝都ルーンポリスは世界の富が集まる世界で最も発展した魔導都市である。数十メートルにもなる巨大な、白く滑らかな壁面の高層建造物がそこかしこに立ち並び、摩天楼を作り出している。道路は煉瓦による舗装で均一に慣らされ、魔導車両が行き来している。

 

魔導機関車や鉄道車両なども都市のあちこちに張り巡らされ、街灯には熱を持たない魔法式の装置が夜を照らす。あまりに明るいその模様から、『眠らない魔法都市』の異名がついている。

 

 

「これより、緊急御前会議を開始します」

 

 

そんな栄華を極めた都市の中心。神聖ミリシアル帝国皇帝ミリシアル 8世の居城アルビオン城にて、国の行末を決める会議が始まった。豪勢な作りの一室に、煌びやかな装飾をつけられた大議事堂はこの国の行く末を決めるにふさわしい。

 

その中に、ここに呼ばれたことを理解できないでいた人物が一人いた。対魔帝対策省、古代兵器分析戦術運用部部長のヒルカネである。彼にとって、国防の緊急案件である今回の会議に呼び出されるのは不思議なことであった。本来ならば管轄外である。

 

対魔帝対策省。

 

『省』の名前がつくように、それなりの地位を有しているこの部署は、古の魔法帝国に対する対策のために設立された省である。神聖ミリシアル帝国は古の魔法帝国の転移後、その技術を糧に発展していった国だ。来るべき魔帝復活の時に備え、何百年も前から存在している対策本部だ。

 

その中でもヒルカネのいる部署はその古代兵器の分析と運用を専門とする部署で、重要度が高い。しかし、自分は部長という立場であり、重ね重ね言うが本来ならば大臣や長官クラスが一堂に会するこの場にいる事自体がおかしいのだ。

 

やけに緊張する。ヒルカネは一部長の立場の割に重要な部署にいるためか、身分がずっと上の人物との会話が多い。そのたびに緊張をしてしまうのだ。

 

 

「概要を説明します。本日午後未明、帝都ルーンポリス東側約1500キロの地点にて、第七魔導艦隊のエルペシオⅢが所属不明の飛行機械を発見。領空侵犯のため、臨検したところ当機は『神聖レヴァーム皇国』『帝政天ツ上』を名乗り、我が国との国交開設を飛行目的としているとの回答をいただきました」

「レヴァーム?天ツ上?なんだそれは、聞いたことないぞ」

「一体どこから飛んできたんだ……?」

 

 

総裁や各大臣たちから疑問の声が出てくる。その疑問はごもっともだろう、今までそのような名前の国は見たことも聞いたこともない。

 

しかも、飛行機械という一文に疑問が生じる。この世界で飛行機械を開発して運用できるのは列強のムーだけであり、それ以外では飛行機械を運用どころか発明することはできていない。そんな飛行機械が飛んできただけでも驚きなのだ。

 

 

「彼らの説明によると航空母艦から飛んできたようで、哨戒飛行をしていたとの事です。そして、海軍が所属不明機の誘導で西側に向かったところ、鋼鉄製の飛空船艦隊と接触いたしました」

「今度は飛空船!?しかも鋼鉄製だと!?そんなバカな!!」

 

 

今度は外務大臣のペラクスが怒鳴り声を上げた。彼がそういうのも無理はない、飛空船は魔法で空を飛ぶ船で構造はもっぱら木造。鋼鉄でできた飛空船は空を飛ぶことはできないのだ。

 

 

「いえ、事実です。こちらが第七魔導艦隊が撮影した魔写になります」

 

 

説明を行なっていた国防長官のアグラが、手元のスイッチを押すと議事堂のスクリーンに灯が灯る。これは魔法文明特有の水晶を用いた液晶テレビのようなものだ。これによりカラーで鮮明な画像を提示しながら説明を行うことができる。

 

画像が提示されると、会議室から驚きの声が上がる。ヒルカネも思わず目を見開いた。鮮明な画像に映し出される高空の空、それらを覆い尽くすかのようにそれは布陣していた。空を覆い尽くしていたのは鋼鉄の飛空船だ。

 

船体は鋼鉄で出来ており、巨大な主砲を携えている。かろうじて船の原型を保っているそれは、空を飛ぶ鯨のような偉容を醸し出す。その偉容は、栄えある神聖ミリシアル帝国海軍の魔導戦艦『ミスリル級』をそのまま空に浮かべたかのようだった。

 

 

「臨検をしていた海軍の証言によると、飛空船は四種類いたそうです。まず100メートルクラスの小型艦クラス、200メートルクラスの巡洋艦クラス、そして……」

 

 

アグラが画面を操作する。画像が次々と移り変わり、それぞれの写真をじっくりと見せつける。

 

 

「260メートルクラスの戦艦クラス、そして同じ大きさの空母クラスが艦隊の中に組み込まれていました」

「に、260メートル!?」

 

 

緊張から今までなるべく静かにして黙っていたヒルカネは、思わず声を荒げる。ヒルカネだけではない、会議室にいた誰もがその巨大さに驚いて狼狽していた。

 

 

「ア、アグラ様……その大きさはかの古の魔法帝国の古代兵器、パル・キマイラに匹敵します。そんな物を持った国は今までありましたでしょうか?」

 

 

ヒルカネはたじろいだ敬語でアグラに問いかける。一応、アグラの方が同じ部署の場合上司にあたるので、敬語は必須である。

 

 

「彼らの説明によると、転移国家であるとの説明を受けています。真相はどうかはわかりませんが……」

「そんな戯言を信じろと言うのか……」

 

 

思わず軍務大臣のシュミールパオそう嘆いた。転移国家、その言葉を聞くのはムーの神話以来だ。この世界には魔法という便利なものがあるが、それでも国家と国土をそのまま転移させるなど、古の魔法帝国以外に例はない。そんな戯言を信じろというのは無理な話だ。

 

ちなみに呼び名が『長官』と『大臣』と分かれているのはミリシアルの政治体制に起因する。神聖ミリシアル帝国では貴族・文官出身が『大臣』、平民・軍人出身が『長官』と呼ばれている。あくまで形式上の呼び名の違いであり、表面上の違いや扱い、地位の格差はない。

 

 

「ですが、彼らは我々ですら所持していなかった鋼鉄製の飛空船を所持しています。このような戦力を持った国が今までありましたでしょうか?」

「うーむ、確かにそうだが……」

 

 

そう言って、シュミールパオは歯切れが悪そうに言葉を閉じた。

 

 

「問題は、二つあります。まず、戦艦と空母を艦隊に組み込んでいることから彼らは我が国に対して砲艦外交を仕掛けてきています。これは、我が国の安全保障上の問題であります」

 

 

彼のいうことはもっともだ。レヴァームと天ツ上を名乗る二つの国家は、使節団の艦隊に空母と戦艦を組み込んでいる。これは明らかな威圧行為であり、神聖ミリシアル帝国の安全保障上の大問題だ。

 

 

「そしてもう一つ。先ほどヒルカネ君が言った通り、この戦艦は我が国の秘密兵器である『空中戦艦パル・キマイラ』と同等の大きさを持っています。このような物を運用するレヴァームと天ツ上は、古の魔法帝国である可能性も否定できません。そこでヒルカネ君、この飛空船に関してどう思う?」

 

 

ここでようやくヒルカネは自分が呼ばれたことの意味を知った。彼らはレヴァームと天ツ上が古の魔法帝国の生まれ変わりではないかと懸念を示している。そこで、対魔帝対策省の自分が召喚されたのだ。

 

対魔帝対策省となのある通り、自分たちの職業は来るべき時に復活するであろう魔帝に対する情報や対策を集める、専門家の集まりである。そして、今まで魔法帝国の兵器を研究してきたヒルカネがこの件について一番詳しい。

 

 

「……大いに可能性はあります。古の魔法帝国には『()()()()』と呼ばれる空を飛ぶ船が存在していることは発覚しています。飛空船を発達させた文字通りの空を飛ぶ魔導軍艦で、パル・キマイラもその一つになります」

 

 

昨今の研究によると、古の魔法帝国は空を飛ぶ船まで運用していたことが発覚している。

 

その名も天の箱舟。

 

天の箱舟はミリシアルが運用している制空機エルペシオⅢのような『天の浮船』とは違う。どちらかというとミスリル級のような魔導戦艦を空に浮かべた軍艦に近い兵器だ。

 

今回、接触してきたレヴァームと天ツ上の船はそっくりそのまま天の箱舟その物である。ミリシアルにも古の魔法帝国の遺跡から発掘した天の箱舟『空中戦艦パル・キマイラ』があるが、レヴァームと天ツ上の戦艦クラスはそれとほぼ一緒の大きさだ。ますます怪しい。

 

 

「260メートルを超える飛空戦艦と空母。私共も古の魔法帝国の天の箱舟に関しての研究を進めていますが、動力として『反重力エンジン』を持ってして浮いていることしか分からず、構造の解析には至っておりません。それと同じような物で浮いているとしたら、あまつさえそれを量産しているとしたら、古の魔法帝国抜きにしてもレヴァームと天ツ上はかなりの脅威です。もし、本当に古の魔法帝国だとしたら……」

「ちょっと待って下さい」

 

 

ここで、情報局長のアルネウスが手を挙げて発言権を得た。自分の発言が遮られたことにヒルカネは少し眉を潜めるが、仮にも上の立場の人間のため、静かに息を潜める。

 

 

「もしレヴァームと天ツ上が古の魔法帝国なら、我が国と国交開設の交渉を求めたりはしないでしょう。彼の国はそういう国です、温和な態度を接している限りは古の魔法帝国の可能性は低いのではないでしょうか?」

 

 

ヒルカネはそっとアルネウスを睨んだ。「それを言われたら私が呼ばれた意義はなんなんだ」と思ったが、ヒルカネはその言葉を思いっきり飲み込んだ。

 

 

「確かに、彼の国が脅威であること事実です。我が国でも実用化していない鋼鉄製の飛空船を所持しており、国力は我が国と同レベルの可能性すらあります。ですが、彼らが交渉を求めている以上は、まずそれに応じるべきではないでしょうか?」

 

 

しんと静まり返る会議室、誰もが頭を抱えて悩み節である。と、そのタイミングで外務省総括官のリアージュが手を挙げて質問権を得た。

 

 

「ちなみに、彼らの本国の位置は何処だと言っていましたか?」

「はい、ロデニウス大陸の東方約1000キロの地点に二国は存在するようです」

「でしたら文明圏外ですね。文明圏外如きの国に、わざわざ我が国が下手に出る必要はないかと思います」

 

 

そう言ってリアージュは熱が冷めたかのようにそっと言った。

 

 

「情報局局長のアルネウス君はレヴァームと天ツ上の情報が欲しいのかもしれないですが、我が国は世界最強の国家です。このような砲艦外交を仕掛けてくる文明圏外の相手には、我が国の威厳を示すためにも交渉には応じるべきではないでしょう」

 

 

彼のいうことは、もっぱらミリシアルのプライドに起因する理由であった。ミリシアルは自他に認める「世界最強の国家」だ。わざわざ相手が文明圏外からやってきたとは言え、砲艦外交を仕掛けてきている。そんな相手に屈して交渉に応じてしまえば、ミリシアルは「文明圏外国に威圧されて折れた」というレッテルがついてしまうかもしれない。

 

それは、ミリシアルの国益だけの問題だけではなく、世界のパワーバランスにも影響を与えることになる。「世界一の国家」という敬称は、世界に影響を与えているのだ。

 

 

「皆の者、説明ご苦労であった」

「は、はっ!皇帝陛下!」

 

 

今まで黙っていた議事堂の中心に居座る人物が声を上げた。彼はミリシアル8世、この世界一の国力と技術を持つミリシアル帝国の皇帝にふさわしい、威厳にあふれる人物だ。長く蓄えた髭と、厳しくシワのよった顔はむしろ厳格があらわになっている。

 

彼は先見性にあふれた人物だ。エルフ族の長寿の恩恵もあり、年齢相応の知識と政治的考えを持っている。世界一の国だろうと決して奢らない、そんな皇帝だ。

 

 

「……つまりはだ。話をまとめると彼の国は古の魔法帝国である可能性は低く、そして我が国に対して交渉を求めていると。それで良いな?」

「はい、皇帝陛下。しかしながら、相手が砲艦外交を仕掛けていることは我が国の安全保障上の脅威と言えます。ここは、ミリシアルの品格を落とさない為にも、諸外国の砲艦外交に屈するべきではありません。交渉については応じるべきではないかと」

 

 

そう言ってリアージュは自分の主張をまとめあげた。簡潔でわかりやすい主張の仕方だ。内容はともかくとして彼、リアージュがそれなりに言葉上手なことが窺える。しかし、その主張はプライドに満ちている。

 

 

「そうか……だが、仮にも世界最強の国家が諸外国を無礼に扱うのはどうなのだ?」

「え?そ、それは……」

 

 

と、そこまで言われてリアージュは固まった。ミリシアル8世に不意を突かれたかのようにリアージュは呆け顔をさらけ出している。元々リアージュは文明圏外の国に対して何かしら見下すかのような偏見がある節がある。ミリシアル8世はそれを見抜いており、このような質問を投げかけたのだ。

 

ミリシアル8世は完全に固まってしまったリアージュに小さくため息をつくと、そのまま言葉を進める。

 

 

「良いか?我が国は世界最強の国家、それは重要だ。だが、そうであると同時に威厳を示さなければならないのだ。ここでレヴァームと天ツ上の外交官を無礼に扱えば、後で諸外国からなんと言われる?」

 

 

世界一の国家であるということは、弱々しい態度を示すべきではないことも確かだが、それでいて寛大である必要がある。世界一だからこその威厳という物を、相手に示す必要もあるのだ。そもそもこの世界では砲艦外交など日常茶飯事で、先進国11カ国会議なんてその最たる例だ。なんら気にする必要もない。

 

 

「プライドは持ちすぎないのが重要だ。相手が文明圏外だろうと、砲艦外交を仕掛けていようと、無礼に扱ってはならぬ」

 

 

そう、ここでレヴァームと天ツ上の外交官をぞんざいに扱って無礼を働けば、神聖ミリシアル帝国の威厳は丸潰れだ。これではあのパーパルディア皇国と変わらない。ミリシアル8世はその矛盾を見抜いていた。

 

 

「そこで余は、レヴァームと天ツ上との国交開設に向けて交渉をするべきだと考えている……もしやすると、彼の国は来る古の魔法帝国との戦において役に立つかも知れぬ。彼らを試そうではないか」

「な、なるほど……分かりました、申し訳ありません」

 

 

ミリシアル8世は今度は外務省の面々に向き直る。

 

 

「外務省、かの国との交渉を許可する。彼の国に対して徹底的に探りを入れ、少しでも情報を集めるのだ」

「はっ!陛下!!」

 

 

ミリシアル8世は立ち上がり、杖をついて声を上げた。こうして、栄えある神聖ミリシアル帝国の帝前会議は幕を閉じた。眠らない魔法都市は、今夜も深夜まで眠らなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央世界の列強国、エモール王国。神聖ミリシアル帝国の北側、第一文明圏の大陸の中央部に位置するこの国は小さいながらも列強国に名を連ねている。

 

その最たる理由は彼の国が竜人族で構成されている単一種国家であることに起因する。亜人(差別的な意味ではなく、分類としての亜人)の中でも希少種に入る竜人族は魔力適性がハイエルフ並みに高く、強力な魔法を使える種族だ。

 

さらにはこの国が私役している竜種たちとの意思疎通もでき、相性がいい。特にこの国が私役している『風竜』は竜種の中で強力な部類に入り、一心同体の機動は空中で他者を寄せ付けない。

 

それらの理由が他国が不可侵を決め込み、本来の国土より大きい地域を支配するエモール王国が列強国たる所以だろう。

 

北壁であるアクセン山脈から湧き出て湧き出て、神聖ミリシアル帝国のルーンポリスにまで流れ着く大河の水源近く。国土のほとんどが森林と渓谷で構成されているこの国の竜都、ドラグスマキラはそこにあった。人口のほとんどが、この竜都ドラグスマキラとその周辺に集まっている。

 

ドラグスマキラ北部に位置するウィルマンズ城最北の別棟において、薄暗いドーム状の屋根を持つ部屋に、国民の中から集められた、竜人の中でも特に魔力の質が高い30人の魔導士が揃っている。さらには竜王ワグドラーンと国家の重役、空間の占い師アレースルがいた。

 

『空間の占い』

 

今から執り行われる空間の占いとは、国に影響があると思われる重要事項の有無を調べ上げ、早期に障害を排除することを目的としている儀式だ。たが儀式と侮るなかれ、この占いの的中率はなんと98%を超えるのだ。

 

しかし、本来ならばこの儀式は中央暦1640年3月1日に行われるはずであった。今回、その儀式が前倒しで執り行われることになっている。その理由は単純──

 

 

「嫌な予感がする」

 

 

それが、空間の占い師であるアレースルの言った言葉であった。空間の占いをせずとも、彼の予感はよく当たる物だ。それに、国から認められたほどの実力を備えたアルースルの言葉は重く感じるべきである。竜王ワグドラーンはその言葉を受け、空間の占いの時期の前倒しを決定して今に至る。

 

 

「──空間の神々に許しを請い、これより未来を視る」

 

 

ドームに集められた魔導士たちから魔力が宿り、それがアレースルの両手に集まってゆく。やがてそれは淡い光を灯し出し、ドーム状の天井に星のようなものが映し出される。

 

一同に緊張が走る。万が一、国に不幸がもたらされるなどと結果が出れば、死力を尽くして全力で阻止しなければならない。アレースルもそうだが、重役たちの緊張度も高い。

 

 

「──なっ!そんな!!……そんなバカな!!」

「どうした!?何が見えた!?」

 

 

アレースルの狼狽に、ワグドラーンたちも焦りを見せる。

 

 

「……魔帝なり」

「なっ!!」

「なんだって!?」

「魔帝だと!そんな!それが本当なら、我々に対抗手段はないぞ!」

 

 

占い師たちも、魔導士たちも、国の重役たちも元から青い肌をさらに青白くさせる。

 

 

「そう遠くない未来……古の魔法帝国が……神話に刻まれし、ラティストア大陸が──復活する!!」

「な……なんということだ!!」

「時期は!?時期はいつになる!?」

「……読めぬ」

「では、場所はどこだ!?」

「それも読めぬ。空間の位相に歪みが生じている……場所も時期も読めぬ。見えたのは『魔法帝国が復活する』という未来のみ」

 

 

王を含めた国の重役たちが全員で戦慄した。エモール王国にとって、魔法帝国は因縁の相手である。

 

『古の魔法帝国』

 

かつての神話の時代、他種とは隔絶した圧倒的な魔力と技術力を持って全世界を支配した史上最強の帝国。()()()()()()、ラティストア大陸にまたがり、幾つもの()()()()()を私役して空を支配していたという帝国だ。

 

その力は強大で、かつ横暴である。エモール王国の前身である『インフィニティドラグーン』という国があった。ある時、魔法帝国は竜の神々に対して配下の竜人族を毎年一定数差し出すように要求した。

 

その理由は「竜人族の皮は丈夫で美しく、なめして装飾雑貨や軍用品に利用したい」という、とんでもない理由であった。つまりは「竜人族の皮でバッグを作りたい」ということである。しかも、既に試したという暴挙だった。

 

神々は烈火の如く怒り狂い、我が子同然の竜人族を守るため断固として拒否。その結果、のちに『竜魔大戦』と呼ばれる大戦争に発展した。戦いは熾烈を極め、魔法帝国はついには『コア魔法』と呼ばれる究極兵器を使用するまでに至った。

 

栄華を極め、魔法帝国に並ぶほどの国力を持ったインフィニティドラグーンの都市は灰塵と化し、竜人族は世界中に散り散りになっていった。

 

そして、魔法帝国が大陸ごと転移したのちに竜人族が再び集まってできたのが現在のエモール王国となっている。そんな歴史があるため、エモール王国にとって魔法帝国とはトラウマのような物である。そんな国が帰ってくる。お呼びでない国の再来に、重役たちは恐怖する。

 

 

「して……我が国を含め、すべての種が再び膝を折るのか?」

「否、読めぬ……未来は不確定なり」

「不確定だと!?一体どういうことだ!?」

 

 

過去に一度も、未来が見えないということは全くない。皆は恐怖を煽られて困惑を強める。

 

 

「言葉の通り、未来は強い光に包まれて視えぬ」

「では、滅びや従属から逃れる手段はあるのか?」

「──ある!!!」

 

 

アルースルは目を閉じてそう言い切った。

 

 

「それはなんだ!?」

「新たな……国……の出現。この強き光……これは……?」

「新たな国?新興国か?」

「否……別世界からの転移……転移国家……」

「転移国家だと?」

「ムーの神話の再来だというのか?」

 

 

国の重役たちが困惑する。転移国家というのはムーの神話の中だけの話だと思われていた。そんな国が、現れると。

 

 

「『占い』で出た以上、もはや荒唐無稽なお釈迦話と侮るなかれ。これは国儀ぞ。で、何処だ?なんという国の名前だ?」

 

 

ワグドラーンは一縷の望みを逃すまいと、真剣な表情で尋ねる。額から汗を流しているが、それでも希望の光が見えるのなら安い物だ。

 

 

「ム……ウウ……ゥゥ……!」

 

 

両手の赤い光がますます強くなり、周囲の魔導師たちも辛そうな表情をする。相当な負荷がかかっているのか、アルースルは顔から汗を流している。

 

 

「東……第三文明圏の……フィルアデス大陸より、さらに東にある二つの大陸……人間族の治めし国……」

「人間族だと!?相手は古の魔法帝国だぞ!」

「わからぬ、何ができるかはわからぬが……これは………そう、この強い光は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖アルディスタの子供達なり!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せ、聖アルディスタだと!?」

「そんなバカな!?」

 

 

国の重役たちがその名前に戦慄した。

 

 

「ムウウ!……聖アルディスタの子供達の治めし国、その名は『レヴァーム』『天ツ上』なり!!」

 

 

と、そこまで予測してアルースルは床に倒れ伏した。全身汗まみれで、相当な負荷がかかっていたことがわかる。

 

 

「『レヴァーム』に『天ツ上』!!よくやったぞアルースル!!」

「この二国こそが……魔法帝国に対抗する、唯一の鍵となろう……」

「少し休め。おい、医師団!!」

 

 

王の命令を受け、待機していた医師たちがアルースルに駆け寄って担架に運ぶ。

 

 

「鍵……か。そのレヴァームと天ツ上がどんな国かはわからんが無礼には扱えん。よし、即刻レヴァームと天ツ上について調べあげよ!人間族の国であろうと、徹底的に調べ上げて国交を結べ!」

「仰せのままに!」

「……その……必要なし」

 

 

と、その時。アルースルが担架の上でそう呟いた。

 

 

「レヴァームと天ツ上は……向こうから接触してくる……現在、ミルキー王国の……砂漠の上を渡っておる……」

「……そうか、それは好都合だ。ミルキー王国というと24番の国境の門だな。よし、門番に門前払いしないように伝えておけ」

「はっ!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんだあれは!?」

「飛空船か!?だが鋼鉄で出来てるぞ!!」

 

 

エモール王国とミルキー王国との国境線、第24番の門。一面を覆い尽くす砂漠の中に鎮座する青い門、これがエモール王国とミルキー王国との国境線だ。

 

他種族に対する差別意識が強いエモール王国では国境線を通過する際は一列に並ばせて一人一人受付をしていく。優遇されるのはハイエルフや同じ竜人族のみであり、人間族や亜人は冷遇されている。だが、今日は様子が違った。

 

東の空から現れて空を渡り、轟く風車を回転させて空を進む鋼鉄の飛空船。砂漠を渡る為の砂船の停泊地近くに着地したそれは、天ツ上の燦雲型高速駆逐艦であった。本来ならば停泊しているルーンポリスから陸地を渡って来たかったが、ミリシアルが飛行許可を出さなかった為に、中央世界を迂回してミルキー王国からやってきたのだ。

 

 

「ななななななな、なんなんですかあれは!?」

 

 

そう言って声を荒げたのはリーム王国の使者だった。リーム王国はエモール王国と国交を開きたかったが、中流国として冷遇されていたのだ。何回もエモールに来た末に見た物が、まさかのこれである。

 

飛空船は港に停泊すると、中から数人のぴっちりとした服を着た人間種の男性が数人出てきた。

 

対して、門からは2メートルほどの身長を持ったガッチリとした護衛と、彼らに守られた上質な民族衣装を見に纏ったいかにも偉そうな人物が出てきた。

 

 

「私はモーリアウ、エモール王国の外交貴族である。そなたらがレヴァームと天ツ上の使節で間違い無いか?」

「はい、帝政天ツ上から派遣されて参りました。私は代表の荒尾と申します」

「おお、お待ちしておりましたぞ!ささ、我に続かれよ。国交締結を前提にした交渉の席をご用意しております」

「感謝します」

 

 

モーリアウルは手を差し出し、荒尾の手を握って共に握手をした。予想だにしていなかった展開に、周囲の者たちもポカンと口を開ける。

 

 

「ま……待たれい!!」

 

 

これに黙っていられなかったのは、リーム王国の使者であった。こちらの都合など考えもなしに、話しに割って入る。

 

 

「我は、第3文明圏の文明国リーム王国の使者である。我々は、貴国と国交開設のための再交渉に参った。我が国は文明国であります。対応をお願いしたい」

 

 

竜人族モーリアウルは溜め息をつく。聞こえよがしの大きなため息であった。

 

 

「リーム王国はたしか、ただの中流国家でしょう。そのまま列にてお待ちくだされ」

「なっ!!!」

「さっ、レヴァームと天ツ上の方々よ。まずは我が国の首都、ドラグスマキラへとご案内いたそう」

 

 

モーリアウルトラはリーム王国の使者にはそれ以上の興味を示さなかった。彼はそのままレヴァームと天ツ上の使者を連れて門を潜る。

 

後日、レヴァームと天ツ上は竜人族で構成される国、列強エモール王国と国交を開設することになる。

 



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第32話〜派遣〜

「これより、会議を開催いたします」

 

 

ムー国、首都オタハイトの政治部会会議室にて、ムー国の重役達が集まった重大会議が開催された。軍部はもちろんの事、政治界からも首相や各大臣などが集まって議題を追求しようとしている。今回は緊急案件として、重役達は急に集められた。各人ともに仕事や私用などがあっただろうが、今回ばかりは仕方がない。

 

 

「概要を説明します。本日、レヴァームと天ツ上との条約の協議中にて我が国に対して視察団の派遣についての話題が上がりました。この件に関して、我が国は人員を派遣するべきか否か、検討をしたいと思います」

 

 

今回の会議の内容は、レヴァームと天ツ上に対する視察団の派遣についてであった。これはアメルから変わって交渉を担当していたレヴァーム人の外交官から伝えられたもので、ムーに対して「レヴァームと天ツ上に視察団の派遣をしないか?」との打診があったのである。

 

ムーとレヴァーム、天ツ上は既に国交を成立させているが、まだ開設したばかりで各条約の締結にはまだ至っていない。そんな相手に視察団を派遣するのは、異例とも言えよう。

 

 

「情報部局長です、私としては賛成です。彼の国は異常であり、早急に情報が必要かと思われます。その状況下での今回の提案、彼らの技術力を探るチャンスです」

 

 

情報部局長が意見を言う。それに頷くもの、首を横に振るもの、約半々の面々が意見を真っ二つに分ける。

 

 

「海軍大臣としては反対です。かの国は我が国に対して砲艦外交を仕掛けて脅威を見せつけてきました。今は穏和ですが、いずれ牙を剥くかもしれない。そもそも第一に、国交を成立させたばかりの国に対して貴重な人材を派遣するのは不安が残ります」

 

 

海軍としては反対である、と言わんばかりの意見であった。彼の言うことは一理ある、ムー海軍はかの飛空船の脅威を間近で見せつけられており、海軍内部にはレヴァームと天ツ上を危険視する声が上がっている。要は、海軍はあの飛空船に対してトラウマを抱いているのだ。

 

 

「にしても、第三文明圏外にこのような国が現れるとは……」

「空を飛ぶ超大型戦艦……グラ・バルカス帝国の脅威が迫っている中で、異常なことが起こりすぎている」

 

 

各大臣達の感想は、疑問と驚きであった。彼らの手元に配られた資料には戦艦を含めた空を飛ぶ軍艦達の写真が見開きで写され、次のページには空母の甲板上の飛行機械達の写真が貼り付けられている。

 

 

「戦闘機だけでも時速700キロ越え、飛行機は電気で動いて、電池は……水素電池」

「海水から燃料を作り出すだなんて、なんなんだこのデタラメな発明は……兵站の概念が崩れ去るぞ……」

「ああ、我が国としてはこの水素電池だけでも欲しいところだな。これさえあれば我が国の火力発電所は必要なくなり、海水から無限に電気を生み出すことができる。もうエネルギーに困らなくても済むぞ」

 

 

彼らが見ているのは技術士官のマイラスが徹夜でまとめたレポートであった。それには、レヴァームと天ツ上の使者から伝えられた水素電池の存在も書かれており、彼らの飛空船や飛行機械はこれを用いて飛んでいる事が記載されている。

 

 

「今回、レヴァームと天ツ上からの外交官によれば、本土に帰還する際の軍艦達に乗り合わせても良いと言われております。我々情報部としては、グラ・バルカス帝国の脅威がある以上、自国を少しでも強くするためにレヴァームと天ツ上の力を借りるべきです」

 

 

情報部の部長にそう説かれて、重役達はやっと納得したのか全員で首を縦に振った。会議の内容は次の段階に移り、今度は誰を派遣するのかについての話し合いが行われた。

 

 

「我々情報部は戦術士官のラッサンと技術士官のマイラスを派遣するのが最適かと思います。二人とも優秀ですし、ラッサン君なら我々の知らない兵器があったとしても分析することができるでしょう」

「ん?待て。マイラス君は倒れ込んだと聞いているが、大丈夫なのか……?」

「…………一応は健康状態に問題はありませんでした。それに、彼からの強い要望がありますので…………」

 

 

そう言って情報部部長は、病院での一幕を思い出した。それが彼にとって頭痛の種なのか、頭を抱えて目を逸らす。

 

一方のマイラスは、レヴァームと天ツ上の使者が来てから興奮鳴り止まない状態で飛空船を観察したり、なんとかして技術を真似できないか模索したりとしていて、寝ず食わずで倒れてしまったらしい。だが、そんな状態にもかかわらず彼はレヴァームと天ツ上への使節団派遣に加わることを希望しているのだ。相変わらずの技術馬鹿である。

 

 

「では、我が国から派遣するのはマイラスとラッサンの二人でよろしいでしょうか?」

「異議なし」

 

 

そうしてムー国はレヴァームにマイラスとラッサンを派遣することを決定した。彼らは第二文明圏に集合した使節団艦隊に便乗することになった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖ミリシアル帝国、帝都ルーンポリス、アルビオン城。

 

神聖ミリシアル帝国の栄華を極めるルーンポリスの中心地に、アルビオン城は存在する。真っ白な純白のアルビオン城は、芸術的な建築物としても有名で、政治的にも象徴的にもミリシアル帝国の中心地となっている。

 

その栄えある城の内部で、対魔帝対策省古代兵器分析戦術運用部のヒルカネ部長がコツコツと歩みを進めていた。彼は普段は対魔帝対策省の建物の中で仕事をしているはずだが、今回はミリシアル8世からの直々の呼び出しを受けて皇城を訪れていたのだ。

 

彼には一体何事か、何用で自分が呼ばれたのか理解ができないでいた。自分は部長という立場であり、陛下が直々に呼び出されるほどの重役ではない。

 

あまりに上の人物からの呼び出しに戦々恐々としながら、皇帝のいる部屋にまで案内された。ここまで案内してきた従者が扉をノックすると、中から返事があって内側から扉が開いた。

 

中にはテーブルと椅子が用意してあり、テーブルの上には帝国名産品の紅茶を入れたポットが用意されていた。ミリシアル8世はその椅子の一脚に座っていた。

 

 

「かけるが良い、茶でも飲みながら話そう」

「あ……ありがとうございます」

 

 

ミリシアル8世に言われるまま、ヒルカネは皇帝と対面の椅子に腰掛ける。従者がすかさず紅茶を注ぎ、豊潤な香りを部屋に漂わせる。

 

 

「さて、お主を呼んだ訳だが、何かわかるか?」

「古の魔法帝国の件についてですか?」

「…………いや、違う」

「…………?」

 

 

ミリシアル8世はヒルカネに察しを求めているのか、それ以上語らなかった。ヒルカネにはますます訳が分からなかった。

 

 

「レヴァームと天ツ上という国のことは知っておるな」

「ええ」

「前に帝前会議で話題が上がったから知っておって当然だな。では、お主が前の会議に呼ばれた理由は分かるな?」

「ええ、彼の国が古の魔法帝国の因子を組むものではないか意見を求められました」

「なら、今回呼ばれた意味もだいたい察せるだろう」

「え?」

「…………」

 

 

沈黙。部屋に気まずい空気が流れ込み、二人とも口を詰むんで語れなかった。耐え兼ねたミリシアル8世はヒルカネの察しの悪さに落胆すると、単刀直入に切り出した。

 

 

「実はな、彼の国の使者が我が国に対して視察団の派遣を提案してきたのだ」

「視察団の派遣?」

「そうだ、これはチャンスだ。魔法文明ではないのに、空を飛ぶ軍艦を製造できる技術力。それを探ることができる」

「で、ですが陛下……なぜ視察団の件を私に……?」

 

 

ミリシアル8世は思わずため息が出そうになるのを堪えた。ヒルカネの相変わらずの察しの悪さに、落胆どころではなく失望しそうである。

 

 

「帝前会議であの飛空船を見ただろう。空を飛ぶ船、古の魔法帝国でしかなし得なかった領域だ。だからこそ、パル・キマイラとの比較のために君の部署から一人派遣をしようと思っている」

「!?」

「そうだな……たしかメテオスという職員がいただろう。彼に戦術の勉強をしてもらうためにも、今回の視察団に派遣するのが良いと考えている」

 

 

メテオス、とは魔帝対策省の職員で古代兵器戦術運用対策部運用課所属のヒルカネの部下だ。人間種でありながら、かなり偉い立場にいる人間でそれなり優秀だ。しかし、やはり役人的な面があり、パル・キマイラを運用するだけの戦術知識を備えていないことが問題とされている。

 

そんな彼に、レヴァームと天ツ上の飛空船に乗らせてパル・キマイラとの比較をしてもらうと同時に戦術の勉強をさせようというのだ。どうやらミリシアル8世は考えが深いらしい。

 

 

「……分かりました。メテオスをレヴァームへと派遣いたします」

 

 

こうして、神聖ミリシアル帝国からはメテオスを含む数人の人材が派遣されることになった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「──以上により、我が国とレヴァーム、天ツ上は無事国交を成立させることができました」

「おお!」

 

 

イルネティア王国、王都キルクルス、ランパール城、大会議室にてビーリー卿は各諸侯たちに報告をしていた。内容はレヴァームと天ツ上との国交開設の協議の進展であった。

 

協議は順調、特に問題もなく淡々と進んでいった。アメル達外交官が穏和な態度を取ってくれているのもそうだが、ビーリー卿の努力も凄まじい。

 

 

「それから、王。レヴァーム、天ツ上側からある提案があったのですが」

 

 

ビーリー卿はイルティス13世にレヴァーム側からの提案の内容を伝える。

 

 

「提案?どんな内容だ?」

「はい、我が国とレヴァームとの間でに交換留学生を共に派遣したいとの提案です」

 

 

その内容に、王は髭毛を撫でながら「ほほう」とうなずいた。交換留学生、これは両国の関係性をさらに深めるための使節団に近いという。留学を通して、レヴァームのことについて知ってもらい、イルネティアはレヴァームの優秀な人材を得ることができる。両国にとって有益な利益が発生し、どちらかが損をすると言うことはない仕組みだ。

 

 

「なるほど、留学生か……」

「はい、我が国からも優秀な人材を派遣したいと思っておりますが、いかがいたしましょう?」

「そうだな……ならばビーリー卿、エイテスはどうだ?連れていくことは可能か?」

 

 

と、イルティス13世はビーリーにとって考えられなかった名前を繰り出した。エイテス王子、彼はイルティス13世の一人息子で、次期国王として崇められている。まだ17歳だがルックスもよく、期待の王子としてイルネティアの象徴のような存在となっている。

 

 

「王子をですか?ですが、いくらレヴァームからの提案とはいえ、かの地にて何があるかは分かりません。よろしいのですか?」

「フッフッフッ……エイテスは軟弱には育てておらんよ、厳しい旅にも耐えられるだろう。それに、この留学は大いに勉強になることだろう」

「かしこまりました、レヴァーム側に伝えましょう」

 

 

こうして、イルネティア王国からはエイテス王子がレヴァームへと留学することになった。彼らは帰りのボル・デーモンに便乗すると、そのまま艦隊に合流していった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

アルタラス王国、王都ル・ブリアス、アテノール城。王女ルミエスはコツコツと凛々しい足音を立て、真っ直ぐ伸びた背筋を正しながら父であるターラ14世の居室へと向かっていた。

 

ルミエスには、父が自分を呼んだ意味があまり分からなかった。国王としての仕事に忙しい父から、直々のお呼び出しである。ルミエスには心当たりがなかったので不思議であった。

 

 

「お父様。ルミエス、参りました」

 

 

娘の声にピクりと反応し、振り向くターラ14世。その目はなぜか真剣な表情をしていて、真っ直ぐルミエスを見つめている。しかし、ルミエスの姿が見えるとその表情は柔らぎ、優しい父親らしい笑顔を灯す。

 

二人は居室の中のソファに腰かけると、使用人に紅茶を持って来させた。豊潤な紅茶の香りが部屋全体を包み込み、鼻腔をくすぐる。

 

 

「ルミエスよ、レヴァームと天ツ上に留学をする気はないか?」

「留学……ですか?」

 

 

ターラ14世から飛び出した意外な案件に、ルミエスは思わず聞き返した。

 

 

「それは……レヴァームと天ツ上の使者が言っていた親善留学の件についてですか?」

「ああ、そうだ。この留学に私はルミエス、お主を連れていくべきだと思っている」

「…………」

「二国の国力を知るいい機会だ。あれほどの飛空船を作れる国家、それほどの大国をこの目で見ればお前の成長につながると思っている」

「…………」

 

 

そこまでの理由を、ターラ14世は笑顔で説明を続けた。彼が言っている親善留学はレヴァームの外交官が語っていた、両国の関係を築くための訪問になる。レヴァームの大学で何年間か留学し、そこでレヴァーム式の教育を受ければ、アルタラスの政治に役立てるというアルタラスにもメリットがある内容だった。

 

 

「レヴァームと天ツ上の民は噂では穏和で優しい民族のようだ。心配はいらない」

 

 

もちろん、レヴァームにアルタラス人が行くだけでは不平等なので、アルタラスにもレヴァーム人が留学する。決して人質にはならないという内容だった。

 

 

「お父様……本当は違う理由があるのでしょう?」

 

 

しかし、ルミエスは父の目に若干の嘘が見え透いているのを見抜いていた。外交官としての立場上、人の嘘を見抜くのはお得意だった。

 

 

「…………なるほど。やはり、娘には見抜かれるか」

 

 

ターラ14世は苦笑いをし、諦めたかのように両手を上げて降参のポーズを取った。

 

 

「……実はな、ルミエス。私はこの留学を利用してお主を逃そうと思っている」

「え?」

 

 

ターラ14世から飛び出してきたのは、ルミエスの予想の斜め上をいく理由であった。てっきり、レヴァームと天ツ上に何か弱みを握られ、自分は人質としていくのかと思った。しかし、全く違う理由に肩透かしを喰らう。

 

 

「最近、隣国のパーパルディア皇国は拡張政策を行っておる。我が国にも、その魔の手が襲い掛からないとも限らない」

「…………」

「私は近々パーパルディアと戦争になると思っている。だからルミエス、お主だけは逃したいのだ」

 

 

ルミエスは父の恩義に心を打たれ、衝撃を受けていた。ルミエス自身も外交官としてパーパルディアの脅威は前もって知っている。国力ではアルタラスはパーパルディアに勝てない、戦争になれば確実に負けてしまう。

 

そうなればパーパルディアは王族を全て処刑するだろう。ルミエス自身も地獄の苦しみを味わうことになる。それだけは、父であるターラ14世にとって許せないようだ。

 

 

「で、ですがお父様……それでは民を見捨てて私だけ逃げることになります。私には……そんなこと……」

「ルミエス」

 

 

そこまで躊躇して、父の厳格な声根がルミエスの耳を貫いた。父の目はいつに無く真剣で、ルミエスをじっと見つめていた。

 

 

「ルミエス、お主だけには生きていて欲しいのだ。お主は亡き母の残した大切な娘だ、我らの生きた証として、死なせるわけにはいかぬ」

 

 

いつにない、真剣な言葉であった。ルミエスは父のこの声を聞くのは久方ぶりであった。まだ小さい頃に悪戯をして、その時に真剣な目で叱られた時と似ている。しかし、今度はルミエスのためを思っての説教であった。

 

 

「ルミエス、お父さんの言うことを聞きなさい」

 

 

ターラ14世はそう言って、言葉を締めくくった。いつに無く真剣な目は、じっとルミエスを見つめている。

 

 

「…………わ、分かりました。お父様もどうかお元気で……」

「ああ。愛しているぞ、ルミエス」

 

 

ターラ14世とルミエスは肩を抱き合い、ルミエスは久方ぶりの父の温もりに心を癒された。後日、ルミエスは身支度を整えて護衛と共にアルタラスを出発することになった。帰還してきた使節団艦隊に便乗して、ルミエスはアルタラスを離れた。

 



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第33話〜パーパルディアその1〜

今回の話では「え?」となる部分がありますが、物語の展開上しょうがない事になったのでそのまま投稿します。
















よろしいですね?


今回の使節団の派遣で、接触が後回しにされた国がいくつかある。

 

まず一つ目は『第八帝国』、この国は列強レイフォルを滅ぼして植民地として支配している国家である。レヴァームと天ツ上はこの国に関する調査を行なっているが、いかんせん質の良い情報は入ってこなかった。

 

何せ彼らが猛威を振るう第二文明圏は、レヴァームと天ツ上の転移位置から何万キロも離れた場所にある。そのため、情報は第三文明圏にまでは入ってきにくい。

 

だが、それでもレヴァームと天ツ上の情報部の涙ぐましい努力によっていくつかの情報は入ってきた。その一つに「巨大戦艦」の目撃情報があった。

 

 

「巨大な戦艦がレイフォルの首都レイフォリアを砲撃した」

 

 

この情報が入って来たのは、実は第二文明圏ではなく第一文明圏のカルトアルパスであった。レヴァームからクワ・トイネへ、クワ・トイネからロウリアへ、そこから第三文明圏を経由して神聖ミリシアル帝国にまで商人のふりをして向かった諜報員が仕入れた情報だ。

 

カルトアルパスの町の酒場では、商人達がこぞって集まり情報を交換する場ができていた。諜報員はたまたまその場所に居合わせていたため、第八帝国の情報を手に入れることができたのだ。

 

諜報員はその日のうちに報告をレヴァームに送信した。そして、レヴァームと天ツ上はこの情報に戦慄したのであった。もともとクワ・トイネ経由で情報のあった第八帝国だが、その第八帝国がまさか巨大戦艦を持っていることはレヴァームと天ツ上の情報部にとってはまさに寝耳に水であった。

 

 

「第八帝国はレヴァーム、天ツ上と同レベルの国力を有している」

 

 

それがわずかな時間の間で情報部で出された結論であった。奇しくもその情報が入ったのは、使節団艦隊がアルタラス王国方面に向かって出発した日であったため、レヴァームと天ツ上は自分たちと同レベルの技術力を持った第八帝国を「要注意対象」として捉えて、接触を見送る様に艦隊に通達した。

 

そして、ムーと接触したときに技師のマイラスがレヴァームと天ツ上の技術力に熱中しているため、ムー政府の許可を取ってとある裏取引をしたところ、その戦艦の具体的な情報を教えてもらえた。その戦艦は名を『グレート・アトラスター』と言い、単艦でレイフォルを滅ぼすにまで至った第八帝国の超戦艦なのだという。そして、技師のマイラスからは具体的な予想スペックも手に入った。

 

それによると全長は260メートル以上、主砲は40センチ以上の口径を三連装3基という超弩級戦艦であった。このスペックは中央海戦争後のレヴァームと天ツ上の間で最大級の戦艦である「エル・バステル級戦艦」に匹敵するスペックだった。

 

いよいよこの国は危ない、何せこの国は第二文明圏全体に対して宣戦布告しているのだ。レヴァームと天ツ上とほぼ同じ技術力を持った国が、覇権国家の様なことをしている。レヴァームと天ツ上の両政府に危機感を抱かせるには十分すぎた。そして、レヴァームと天ツ上は第八帝国を「要注意対象」から「危険対象」にランクを上げた。

 

これを持って、レヴァームは使節団艦隊のマルコス長官に第八帝国との接触を禁じる命令を出したのだ。

 

そして、天ツ上の方ではグレート・アトラスターの性能に対抗するために、中央海戦争時に戦艦から空母に改装しようとして放置していた、幻の飛騨型飛空戦艦三番艦の建造再開に踏み切ったのであった。

 

 

 

 

 

そして、二つ目に接触が後回しにされた国はパーパルディア皇国だ。

 

この国の情報が出てきたのはロウリア戦後で、ロウリアがパーパルディアから軍事支援を受けていた事が判明したところから名前が出てきた。クワ・トイネからの情報では、この国は第三文明圏の中で73か国の国を属国として従え、恐怖政治で押さえつけているらしい。

 

しかも、新興国や文明圏外国に対しては徹底的にしたに見下し、高圧的な態度を平気でする様な国であることを教えてもらえた。まさに自分中心、自分ファーストな国であるという分析も出でいた。

 

そこで、レヴァームと天ツ上はパーパルディア皇国との接触は後回しにして慎重な接触をするべきだという意見が出てきた。

 

しかしそれでは、レヴァームと天ツ上の外交官が派遣されてもぞんざいに扱われて終わるだけである。使節団艦隊の様に、砲艦外交で自分たちの力を見せつけてから交渉のテーブルにつかせるべきだという意見も一理あったのだ。

 

会議は紛糾した。慎重派と砲艦外交派の意見はどちらとも一理ある意見であるため、どちらがおかしいとも言えなかったため、意思決定に時間がかかり、パーパルディアとの接触は後回しになっていったのだ。しかし、その両者の意見を束ねる凛とした声が会議室に轟いたのだ。

 

 

「では、わたくしが直接パーパルディアに出向きましょう」

 

 

そう言ったのは、なんとレヴァームのトップであるファナ・レヴァーム執政長官であった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

照りつける朝日を背に、東から西へ悠々と艦隊が進む。その偉容は神々しい神の軍勢にも見える。帝政天ツ上の飛空艦艦隊総勢22隻が威風堂々、パーパルディア皇国の領海を目指して高度200メートルを40ノットで飛空していた。

 

戦艦1、空母2、軽重巡空艦7、駆逐艦12、稀に見る大艦隊である。中央に空母を、先頭に戦艦と駆逐艦を並べて上を巡空艦で挟み込む、飛空艦特有の立体陣形だ。全ての艦で巨大な輪陣形を作り出し、全周囲を警戒している。その偉容はこの世界の人々を恐怖に陥れることだろう。

 

彼らはある任務の前哨任務としてパーパルディア公国に派遣されることになった。それは、使節団としての任務であった。

 

本来、この艦隊はフェン王国へと向かうことになっていたが、その前に砲艦外交の一環としてパーパルディア皇国へと砲艦外交に向かうことにしたのだ。

 

天ツ上でも使節団艦隊の計画は練られており、第三文明圏とグラメウス大陸を回るルートが構築されている。ならばその足でまずパーパルディア皇国へと出向くのが最善と結論づけられたのだ。

 

名付けられた名は第二使節団艦隊。艦隊司令官の八神中将を中心とした、第二の使節団艦隊であった。

 

そして、今回の作戦でこの上なく栄えある任務を与えられた船がいた。艦隊の先頭をゆき、巨大な砲門を携えてハリネズミの様な対空砲を張り巡らせた、巨大な戦艦だ。

 

薩摩型飛空戦艦『敷島』

 

この戦艦は薩摩型戦艦の二番艦として有名な艦である。薩摩型戦艦は天ツ上がレヴァームの40センチ砲搭載艦に対抗するために作り上げた世界初の46センチ砲搭載艦だ。

 

薩摩型飛空戦艦『敷島』

基準排水量:3万3800トン

全長:215メートル

全幅:28メートル

機関:揚力装置4基

武装:

46センチ連装砲4基8門

12.7センチ単装砲18基18門

12.7センチ連装高角砲8基16門

25ミリ連装機銃30基

 

本来ならばこの任務は一番艦の「薩摩」に任せるべきなのだが、中央海戦争で連合艦隊総旗艦だった飛騨型を失った天ツ上は「薩摩」を天ツ上連合艦隊の総旗艦として徴用したのだ。

 

そのため、薩摩は旗艦としての任務に忙しい。そこで、代りにこの敷島が本任務の旗艦を担当することになったのだ。

 

そして、その敷島の最も高い位置である寵楼艦橋にて、艦隊司令官八神武親中将率いる艦橋の面々は緊張に包まれていた。理由は、艦橋にいる一人の女性によるものだった。

 

 

「…………」

 

 

凛とした佇まいを醸し出し、清楚な制服を着込み、艦橋に備え付けられた椅子に座っているのは、神聖レヴァーム皇国のトップであるファナ・レヴァーム執政長官であった。彼女は座席に座りながら膝に乗せた薄い紙の資料の束を繰っている。

 

そのせいか、飛空戦艦敷島の艦長瀬戸衛は額に汗を流しながら、極度の緊張に苛まれていた。何せ、この敷島に艦隊司令官である八神中将だけでなく、レヴァームのトップであるファナ執政長官までもが臨席しているのだ。この船を任された軍人として、緊張をしないわけがない。

 

やはり存在感があるのはファナ執政長官の方であろう。彼女は今回の派遣でパーパルディアに直接交渉をすることになったのだ。これは、彼女の大きな意向があったらしいが、天ツ上人の自分には分からない。

 

彼女の美貌は後ろを振り向かずとも伝わってくる。艦橋全体が、まるで美の女神に背後を取られたかのような緊張感で溢れているのだ。だがそれでも、瀬戸艦長はなるべく平然を保つように自分に言い聞かせて業務を執行する。

 

 

「にしても壮観だな」

 

 

艦左舷、少し遠くの空、そこにはほぼ同高度に布陣する飛空機械達が空を悠々と泳いでいた。神聖レヴァーム皇国主催の、第一使節団艦隊であった。両艦隊は、ちょうどこのタイミングで合流し、そのまま一路パーパルディア皇国にまで直接向かう手筈であった。

 

パーパルディア皇国はそう簡単には交渉のテーブルにはつかない。そう考えた両政府は、砲艦外交の効力を高めるために第一使節団艦隊と第二使節団艦隊を合流させてパーパルディアまで向かうという方針をとった。それにより、パーパルディア皇国には全47隻もの艦艇が一同に介することになる。

 

もはや砲艦外交というレベルを超えている、完全なる威圧外交だが、周辺国からの評価が軒並み悪名高いパーパルディアに対してはこれしか方法はないであろう。

 

戦艦3隻と甲板上に飛空機械を並べまくった空母が4隻。これでパーパルディア皇国がこちらを侮るのならば、かの国はロクな戦力分析もできないその程度の国ということになる。

 

 

「司令、パーパルディア皇国の海軍との接触に成功。現在距離10キロの地点に海軍艦艇がいます」

 

 

通信兵の報告に、八神司令は「うむ」と頷くと、このまま前進することを航海士と瀬戸艦長に伝えて艦隊の進路を変更した。瀬戸艦長は外交の成功は間違いないと見て、そのまま業務に戻る。両艦隊はそのまま一路パーパルディア皇国の領海がある北方向へとずんずんと進んでいった。

 

 

 

その一方で、その様子を見守る様に艦橋に備え付けられた椅子に座るファナの思考は、パーパルディア皇国についてで占められていた。

 

彼女が膝の上で読んでいるのは、レヴァームと天ツ上がクワ・トイネやロウリアを経由して手に入れたパーパルディア皇国の資料である。

 

少しでも相手の情報を知る必要がある。レヴァームと天ツ上、そしてパーパルディア皇国もお互いのことを知らなさすぎるのだ。ならば少しでも自分たちを優位にするために事前情報を仕入れる必要がある。

 

これから彼女は交渉の場に着く。それも、悪名高いパーパルディア皇国の本土でである。交渉は難航する可能性がある、ならば少しでも円滑にするためにレヴァームのトップであるファナ自身が赴くことになったのだ。

 

ファナも一応は皇族である。そのため、皇帝を従えているパーパルディア皇国も、礼儀上皇族が直接対応するしかなくなるであろう。その様な目論見のもと、今回ファナが直接パーパルディア皇国に出向くことになったのだ。

 

悪名高いパーパルディア皇国へ国のトップが向かう、それをファナは自ら進んで打診した。これに対してナミッツやマクセルは顔を真っ青にして猛反対していたが、ファナは「相手に私共の事を知ってもらうには、こちらから出向くのが最善です」と答えるだけであった。

 

 

「司令、パーパルディア皇国の海軍が本艦隊に対して臨検を要求しています」

「拒否しろ。こちらにはお客様が乗っておられると伝えてくれ」

 

 

艦長の瀬戸衛と八神司令のやり取りを見据えながら、ファナは完全に内容を記憶した資料の束を閉じ、椅子から立ち上がった。

 

 

「よろしいのですか?相手はただでさえプライドの高い国です、臨検を拒否すれば後でなんと言われるかどうか」

「いえ、皇女様が乗られている船を臨検させるわけにはいきません。対等な立場で話し合いをする以上、こちらにも権利というものがありますゆえ」

「お気遣いありがとうございます」

 

 

八神司令の気遣いに感謝しながら、ファナは歩みを進める艦隊を見据えている。その行く先にはパーパルディア皇国があった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

パーパルディア皇国 皇都エストシラント 

 

栄えあるパーパルディア皇国の首都エスシラント。豪勢な作りをした建築物が立ち並び、これでもかというほど栄えた、パーパルディア皇国の発展の象徴ともいえる都市。

 

この都市に訪れた商人や他国人たちは思うだろう。なんと凄まじい規模の都市なのだと、なんと豊かなのかと、なんと美しい街なのだろうと。

 

その中心地にあるパラディス城にて、緊急の御前会議が行われようとしていた。若く、美しき皇帝、ルディアスを含めた国の重役達が全て立ち並んで集まっていた。

 

会議に参加するのは皇帝ルディアスを含め、皇帝の相談役ルパーサ、第一外務局局長エルト、第二外務局局長リウス、パーパルディア皇国海軍最高司令官バルス、及び各機関幹部職員複数など。さらに、参考人として皇女レミールが参加している。国の重役たちが全て集まった、荘厳な会議である。

 

 

「皇帝陛下、入室!」

 

 

荘厳な衣装を身に纏った、パーパルディア皇国の皇帝ルディアスが入室してきた。彼は、若干27歳ながらもパーパルディア皇国をこの10年間で73か国もの属国を従えるまでの一大国家に成長させた若き立役者である。彼に対して、周りの重役たちは揃って頭を下げて敬意を表す。

 

 

「よい、皆の者席につけ」

 

 

皇帝ルディアスの促しによって、誰もが席についた。そして、国の行末を決める会議が始まろうとしていた。

 

 

「これより、帝前会議を始めます」

 

 

司会進行役のエルトがこの会議を取り仕切る。彼が促すと、そのまま帝前会議が始まった。

 

彼らが帝前会議を開いたのには、訳があった。会議の内容は「神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上について」である。始まりは、とある一人の竜母竜騎士の情報であった。

 

 

「空を飛ぶ飛空船が南の方向からやってきた」

 

 

最初は、どこかの国の飛空船なのだろうと会軍司令部は思っており、下手な確認はしなかった。しかしその時点で確認を取れば良かったものを、そもそも今日パーパルディア皇国の南側からは飛空船がやって来る予定はなかったのだ。

 

 

「巨大な飛空船が50隻以上、艦隊を組んでやって来ている!!」

 

 

それが、竜騎士からの第二の報告であった。それを聞き及んだ海軍司令部は、パニックに陥った。何せ、飛空船が50隻以上も艦隊を組んでやってきたのだ。これはパーパルディア皇国に対する宣戦布告かも知れないと。そして、混乱する海軍司令部にとどめを刺すかの様な報告が轟いた。

 

 

「飛空船艦隊は神聖レヴァーム皇国、帝政天ツ上と名乗り、パーパルディア皇国に国交開設を求めている」

 

 

これにより、レヴァームと天ツ上の存在を知った海軍司令部はそのまま近くにいた竜母艦隊に臨検を命ずるにとど止めたが、さらなる報告がパーパルディア皇国の度肝を抜いた。

 

 

「臨検は拒否された」

 

 

なんでも王族が乗っているらしく、臨検は拒否された。そのまま唖然とする艦隊を通り過ぎて、直接エストシラント沖にその艦隊達が着水し、エストシラントの街全体が見たことも無い飛空船に大騒ぎになったのだ。

 

騒ぎを聞きつけた皇帝陛下たちが飛空船を見たのはすでに着水した後だったが、それでもその異様は皇城からも見据えることができた。

 

 

「臨検を拒否するとは……何という非礼だ!!」

 

 

そう声を荒げたのはパーパルディア皇国海軍最高司令官、バルスである。海軍軍人としてのプライドがある彼にとって、臨検を拒否されたというのは腹立たしい。

 

例え王族が乗っていようとパーパルディア皇国に入る以上は臨検を受けなければならない。それがパーパルディア皇国の外交であるのにもかかわらず、案の定拒否されてしまった。あまりに皇国を舐めきった態度、バルスにとっては許せないことである。

 

 

「まあ待て」

 

 

そう声をあげたのは、皇帝ルディアスであった。

 

 

「臨検を拒否するとは蛮族の王と見る。ならばこの私が直々に叱り付けてやろうではないか」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

栄華を極めたパーパルディア皇国の首都エストシラントの中心地に、皇帝の居城パラディス城は存在する。至る所に装飾が施され、柱の一つにまで匠の技と高価な装飾が集められている。この世の天国を思わせる、鮮やかで優美な庭。宮殿の内装は金銀財宝をふんだんに使用しており、まさに豪華絢爛の一言である。

 

この城を訪れた大使や国王は驚愕のあまりに言葉を失う。なんと凄まじい国力なのだろうか、と。そして、パーパルディア皇国の国力を知り、その国はパーパルディアにひれ伏すのである──

 

──そのはずであった。

 

 

「なんとも派手な城ですね、ファナ様」

「はい、皇都エスメラルダの宮殿に匹敵します」

 

 

荘厳な衣装に身を包んだ、玉の様な女性が歩みを進めていた。その顔は、驚くほど優美で整いすぎていた。最早なんと表現していいかわからない、この世の天美の推を集めて作られた、優雅な女性であった。

 

誘導をする第三外務局のカイオスですら、その美貌を直視すれば倒れてしまいそうな程である。さらに、彼女が身に纏ったドレスには煌びやかな宝石を飾り付けられ、上品なハイヒールを履いてその身の美しさを天井知らずのものにしている。

 

彼女の美貌の前では、まともに顔を直視することができない。周りを固める近衛兵たちも彼女の顔を見るなり失神し、階段を歩いていたものとすれ違えばその人物は階段から転げ落ちてしまった。

 

栄華を極めたパラディス城でも、この女性の目の前では霞んでしまう。パーパルディア皇国の富の推を集めたこの城ですら、彼女の美貌に負けてしまうのである。

 

皇帝陛下のいる玉座の間まで案内をするカイオスの足取りは重い。何せ、蛮族の王族と侮っていた相手が、まさかのこれである。皇帝陛下の目も彼女に釘付けになることは間違いない。

 

だからこそ、足取りが重いのだ。おそらく帝前会議の場では、レヴァームと天ツ上の使者のことを蛮族と侮っているだろう。自分もさっきまでそうだと思っていた。

 

 

──しかし、あれはどうだ。あの空を飛ぶ鋼鉄の飛空船の姿は……!!

 

 

パーパルディア皇国でも飛空船は珍しくもあるが、認知の存在であった。しかし、飛空船はあくまで『船』の領域であり、性能は『船』という単位に縛られる。離着陸は水の上のみで、垂直に降下すると言った芸当は出来ないのである。大きさも150メートルほどと水上船から見れば大きいが、それほどである。

 

レヴァームと天ツ上は話によると飛空船に乗ってやっていたらしく、海軍の臨検は「レヴァームの王族が乗っているから」と言われて拒否されてしまった。

 

 

「わざわざ王族を従えてくるとは、愚かな奴らだ」

 

 

臨検を拒否した話を聞いて、そう思っていたカイオスは、おそらく皇帝陛下に直々に叱咤を受けて恐れ慄くだろうと思っていた。プライドの高いルディアス皇帝陛下は、この様な舐め腐った相手には容赦はしないからだ。

 

少なくともカイオスはそう思っていた。が、彼らが乗ってきた飛空船とやらを見た瞬間、考えが変わった。

 

皇都エストシラントの軍港に直接たどり着いた飛空船は、もはや飛空船の概念を超えていた。全長は小さいものでも100メートル以上、そして大きいものでは何と260メートル以上の大きさを持っていたのだ。それらの外観は鋼鉄でできており、上部に魔導砲を並べて攻撃力を威圧していた。

 

極め付けは、それらの船が50隻近くも存在していたのだ。カイオスの「文明圏外の小国」という認知は、それによって一気に崩れ去っていった。

 

今の皇国では、あの船には勝てない。そもそも論、空を飛ぶ物体を攻撃する手段はパーパルディア皇国海軍にはない。命中率の悪い戦列艦の魔導砲を、空に向けて撃って当てるなど夢のまた夢であったからだ。

 

そして、アメルという外交官とともにやってきた女性は天地の美を貫いていると来た。これにより、カイオスは自らの考え方を変えるしかなかった。

 

 

──あんな相手を怒らせては、皇国の運命が危ない!

 

 

カイオスは皇国の未来を案じる。パラディス城は軍港から離れているため、情報は皇帝陛下に伝わっているとは限らない。皇帝陛下は彼女らを呼んで、そのまま叱咤するであろう。そうなれば、どんな報復が来るかは分からなかった。

 

そう感じてはいたものの、皇帝陛下からの命令には逆らえないため、カイオスは皇帝陛下のいる玉座の間へと案内するしかなかった。

 

 

「陛下、参ります」

 

 

カイオスは外交官のアメルに扉を開けさせる様に促した。相手国の大使にドアを開けさせるなど、もってのほかだがこれがパーパルディア皇国の外交だ。

 

 

「?」

「も、申し訳ありません……自分で開けてもらえますか……?」

「…………分かりました」

 

 

もうすでに頭にきているのではないか、というくらいの間がアメルとカイオスの間に流れた。特に臆する事なくアメルは、隣にいたアサダとかいう外交官と一緒に扉を開けると、中に入っていった。

 

荘厳な玉座が目に入る。見るものを圧倒する美しい皇帝が、その玉座を支配していた。歓迎のファンファーレが鳴り響くわけでもない、静かで殺風景な歓迎。皇国の行く末を案じているかの様であった。

 

 

「お初にお目にかかります。わたくしは神聖レヴァーム皇国執政長官、ファナ・レヴァームと申します。本日はこの荘厳で素晴らしい城に案内していただき、誠に光栄です」

 

 

天地を貫く美しい声根が、パラディス城の玉座の間に響き渡った。玉座の間にいた誰もが、その美しさに驚嘆の声を上げた。あるものは固まり、またある者は口をあんぐりと開けてその場に立ち尽くした。

 

男性だけではない、女性であるエルトやレミールですら同じ反応を示している。カイオスの大方予想どうりであった。

 

 

「美しい……………………」

 

 

と、沈黙の広がる玉座の間を貫いたのは、皇帝ルディアスの呟きであった。次の瞬間、ルディアスは思いがけない行動に出る。

 

 

「度重なる無礼、本当に申し訳ない。私の名はルディアス、栄えあるパーパルディア皇国の皇帝である。以後、お見知り置きを」

 

 

玉座から立ち上がり、ファナに向かってぴっちりとした礼をするルディアス皇帝陛下。その姿はとても文明圏外の国を見下すいつものルディアスではなかった。

 

 

「「え?」」

 

 

カイオスとその声が重なったのは、あろうことか皇女のレミールであった。思わずチラリと見据えるとレミールは口をあんぐりと開けてルディアスを見ていた。

 

 

「ありがとうございます、皇帝陛下。我々神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は、貴国と親善を持ちたいと考えております」

「ぜ、是非とも!我がパーパルディア皇国の長として、貴国を歓迎いたすぞ!」

 

 

国の重役たちが口を開いたのは、今度はルディアスの方であった。

 

 

「まさか惚れたのか?」

 

 

カイオスの予想は、大方的中していた。ふとレミールを見やれば、ワナワナと震えながら拳を握りしめていた。ルディアスのファナへの好意が、パーパルディア皇国の行く末を変えるものだとは知らずに、カイオスはレミールの行動を不思議に思うのだった。

 

 



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第34話〜パーパルディアその2〜

 
さて、今回は心理模写回になります。
主にレミールの。


パーパルディア皇国外務局監査室所属の皇女レミールは、はっきり言って今の状況を面白く思っていない。ワナワナとこみ上げてくる負の感情を押さえつけながら、とある一人の女性を睨み付ける。

 

 

──なんなんだ!あいつは!!

 

 

レミールが睨み付けるその女性は、芸術の推を集めて作った宝石のようであった。いや、最早そんな表現など生温い。なんと表現するべきか、どうしたらこのような人物に対して不敬でないか探るのに時間がかかる。

 

それほどまでに、彼女の美しさは限度を超えているのだ。

 

そして、来賓館正面の荘厳な扉が開かれるとそこに人々の目線が集中する。音楽隊のファンファーレと共に出て来たのは栄えあるパーパルディア皇国の長である皇帝ルディアスであった。

 

化粧で顔を彩り、長い足をすらりと伸ばし、装飾が施された美しい衣装に身を包んだ若く美しい皇帝ルディアス。その姿を見れば、世の女性は目を奪われ、彼と添い遂げたいと考えるであろう。

 

しかし、今回は違った。皇帝ルディアスはそのままとある女性へと歩みを進めた。その女性もコツコツと上品なハイヒールの足音を鳴らしながらルディアスへと近づく。

 

皇帝ルディアスはその美しすぎる女性に近づくと、なんとそのまま跪いて手の甲にキスをした。パーパルディア皇国の文化圏で、相手の女性に対する最上級の敬意の表し方だった。

 

 

──なぜ陛下はこんな文明圏外の女に頭を下げる!!

 

 

それが、レミールにとっては我慢ならなかった。レヴァームは列強でもない新興国。そんな相手に自分がこの上なく尊敬するであろうルディアスが、あろうことか文明圏外の王族の小娘如きに頭を下げている。まるで、自分の愛する男性が何処の馬の骨かもわからない女に汚されたかのような、そんな屈辱がレミールを支配する。

 

 

──なぜ私じゃないのだ!!

 

 

レミールは嫉妬する。本来ならばこのようなパーティでルディアスが愛を誓ってくれるのはレミールの筈だ。自分は愛するルディアスのために尽くして来た。恐怖政治を助長し、アドバイスを提供してパーパルディアの発展に力を注いできた。ルディアスの功績を支えたのは、紛れもなく自分なのだ。

 

 

──何故あんな小娘に!!

 

 

レミールは嫉妬する。残念ながらレミールは彼女には美しさでも人間性でも敵わない。天地を貫くその美貌は、この世のどんな女性でも敵わないだろう。

 

だからこそ許せないのだ。自分がどれだけ努力しても手に入れられなかったルディアスの心を、外見一つで落としてしまったあの小娘のことを。

 

 

──そもそもなんなんだ!この面子は!!

 

 

レミールは歯軋りをする。彼女の不機嫌をさらに煽る事象が、目の前で繰り広げられている。

 

文明圏外のアルタラス王国の王女ルミエスと、同じく文明圏外のイルネティア王国の王子エイテスが、このパーティーに出席していた。彼らだけではない、さらに列強1位の神聖ミシリアル帝国の使節団や同じく列強ムーの視察団が、一堂に集まってルディアスを囲んでいた。全員、ルディアス皇帝が頭を下げて跪いているのを驚いたような表情で見ている。

 

列強の国々はしょうがない。そもそもこのパーティーはルディアス皇帝の鶴の一声で始まったもので、たまたま居合わせた彼らがこの歓迎パーティーに呼ばれるのも納得がいく。

 

しかし、文明圏外国は違うだろうに。高々文明圏外、アルタラスなんてパーパルディア皇国よりも格下、イルネティア王国なんて聞いたことないほどの辺境国家だ。そんな国の人間がルディアスが小娘に頭を下げているところを見ている。格下の国に栄えある皇国の皇帝が頭を下げているところを見られている。それが腹立たしくてしょうがない。

 

 

──何故私と皇国がこのような扱いを受けなければならない!!

 

 

レミールはワナワナと拳を震わせ、ハンカチを噛み締めて怒りをあらわにするしか無かった。彼女は愛するルディアスと皇国に、このような仕打ちを仕掛けた神聖レヴァーム皇国に対しての怒りが募っていくのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

優雅な音楽と共に、きらびやかな装飾を施された迎賓館。この世の優美を全て集めた迎賓館の内部には様々な人物たちが、彩りある食事に手をつけていたり、世間話に花を咲かせたりしている。

 

その中に一人、一際周囲の目線を集めている人物が一人いた。従者と護衛に身を守られた、神聖レヴァーム皇国のトップ、ファナ・レヴァーム執政長官であった。

 

誰もが、彼女と親善を保とうと話しかけようとするが、その美貌の前に立ち尽くしてしまう。あまりの美しさに、開いた口が塞がらなくなり、その場で呆然としてしまうのだ。男性だけではない、女性までもが同じ反応を示し、ただ彼女を遠目で見るしかなくなる。

 

ファナはルディアス主催の神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上を招いた歓迎パーティーに呼ばれていた。悪名高かったはずのルディアスは、ファナを見るたびに態度を変えた。そして、ルディアスはそのまま使節団を招いてその日のうちにパーティーを開くと言ったのだ。

 

準備は熾烈を極めたらしく、たった1日でエスシラント中の著名な料理人、芸術家、音楽隊などを招いて執り行われた。パーパルディア皇国の皇族も呼ばれて、荘厳な雰囲気のもと豪華な式典が行われている。たった1日でここまで豪華絢爛なパーティーを開く事ができるのだから、パーパルディア皇国はやはり富にあふれた列強なのだ。

 

 

「あ、あの……ファナ皇女様でいらっしゃいますか?」

「?」

 

 

そんな思いにふけっていると、後ろから声をかけられた。従者たちが安全と判断した相手なのか、道が開けられてその人物の全容が見える。特徴的な赤い民族衣装を見に纏い、天ツ上人のような長い黒髪を携えた、凛とした佇まいの女性であった。

 

 

「失礼しました。私はアルタラス王国の王女ルミエスと申します。ファナ皇女様、お会いできて光栄です」

 

 

彼女はルミエス、アルタラス王国からレヴァームへ留学する予定のアルタラス王国の王女である。彼女はアルタラス王国から飛空艦に乗って艦隊に合流した後、寄り道をしたパーパルディア皇国にて、なんとこのパーティーに呼ばれていた。

 

ファナを見るなり態度を変えたルディアスはレヴァームと天ツ上の使節団を呼んだパーティーを開いたが、呼ばれた中には彼女も含まれていたのだ。

 

ルディアスが使節団の乗ってきた飛空艦艦隊たちにルミエスや各国使節団が乗っていることを知ると、そのまま招待したからだ。最初は各重役たちも反対していたそうだが、ルディアスの強い意向でそのまま開催となった経歴がある。

 

 

「ああ、あなたがルミエスさんでしたか。こちらこそよろしくお願いします」

「はい。今回は私のレヴァームへの留学を許可していただき、ありがとうございます」

 

 

彼女はそのままファナに対して礼をする。ぴっちりとした、それでいて優雅な頭の下げ方であった。彼女の黒髪が重力に逆らわずにそのまま下に下がり、礼の規律正しさを物語っている。

 

 

「いえいえ。わたくしも王女自らが留学してくださるとはありがたい限りです」

 

 

ファナはそう言ってルミエスに感謝の言葉を投げかける。彼女も王女だ、育ちはいいし今回留学することになったときはまさかと思ったが、国王であるターラ14世からの直々の推薦であることから全てを悟った。

 

ターラ14世は彼女をレヴァームへと逃がそうとしてるのだと。アルタラス王国はパーパルディア皇国と目と鼻の先の国、いつ侵略を受けるかわからない、そんな国だ。ファナはこの留学を通してルミエスをレヴァームへと逃がそうとしているのを感じたのだ。父親と離れて過ごさなければならないことに、ファナはルミエスに同情の気持ちが湧き出てくる。

 

 

「あ、あの……」

「?」

 

 

と、その時。話がひと段落した彼女らの後ろからもう一人の声が聞こえて来た。振り返る。するとそこには端正な顔立ちをし、白地に黄色の布が被された民族衣装を見に纏った一人の青年がいた。

 

ファナはわずかな間で記憶を探り出す。白地に黄色、この衣装はたしかイルネティア王国の民族衣装だ。たしか、彼もルミエスと同じ理由でこのパーティーに招待されていたはずだ。

 

 

「あなたは……?たしかイルネティア王国の……」

「は、はい。はじめまして、私はイルネティア王国の王子、エイテスと申します」

 

 

エイテスと、名乗った王子は礼儀正しく片手を腹に添えてお辞儀をする。たしか、これはイルネティア王国の文化圏で最上級の礼の仕方だったはずだ。

 

 

「あなたがエイテス王子殿でしたか。私はルミエス、アルタラス王国の王女です」

「こ、こちらこそ……よろしくお願いします」

 

 

辿々しく頭を下げて挨拶をするエイテス王子。その両頬はルミエスを見やるたびに赤く火照り染まり、何やらもじもじと恥ずかしげに体を縮こませている。何やら不思議なエイテス王子の行動だが、彼はルミエスと目を合わせようにも恥ずかしがって合わせられないでいる。

 

そこまで見て、ファナは彼の不思議なもじもじとした行動の理由を悟りはじめた。これは惚れた相手と恥ずかしがって目を合わせられない現象だ。年頃の男性によく見られる。思えばエイテスは17歳、ルミエスはより年下だが年頃は年頃。やはりルミエスのような美人を目の前にして思うところがあるのだろう。ファナはそんなウブなエイテスにクスリと笑みが溢れる。

 

 

「どうされたのですか?」

「い、いえ……ファナ皇女様がいらっしゃったので、挨拶をしておこうと。この度は私の留学を許可していただき、ありがとうございます」

「いえいえ」

「ありがとうございます……にしても、まさか第三文明圏にまで足を運んで、列強パーパルディア皇国の歓迎パーティーに出席することになるとは思っていませんでした。思いがけない体験ですよ」

 

 

エイテスが呟くようにそう言った。彼のいる国と文明圏外国、パーパルディア皇国のような列強の大国の催し物に出席することなどできない立場であったのだ。それが、遥々第三文明圏にまでやってきたら招待されたのだ。彼にとっては思いがけない体験でだ。

 

 

「私もです。まさかこのような形でパーパルディアを訪れることになるとは思っていませんでした。まさかあのルディアス皇帝が、このような催し物を開くとは……」

 

 

ルミエスも同じような反応だった。彼女自身、パーパルディアとは今の段階では可もなく不可もない友好関係を保っているものの、本来ならば最も警戒するべき相手であった。そんな国が自分を招待するなど、思っても見なかったのであろう。

 

 

「そこまでなのですか?」

「ええ、ルディアス皇帝は文明圏外や諸外国を見下すかのような感情を持っております。新興国はやれ、蛮族蛮族だの言って理不尽な要求を突きつけるものです」

「…………」

「なので、本来ならばこのような歓迎パーティーを執り行われるはずなどないのです。何か、彼に気変わりがあったのではないかと思っております」

「気変わりですか……」

 

 

心当たりがないわけではない。実際、ルディアスはファナの姿を見るなり事前情報の横暴さからは思えないくらい誠実な態度を取ってくれた。そして、この催しを開くにまで至ったのだ。気変わりがなければおかしい。

 

 

「おそらくですが、ルディアス皇帝はファナ皇女様に惚れたのだと思いますよ」

 

 

と、3人の後ろから声をかけられた。振り返れば、そこには数人の人物たちがぴっちりとしたスーツ姿でファナたちを見据えていた。

 

 

「あなた方は?」

「私は、神聖ミリシアル帝国外務省外交官のフィアームという。以後、よろしく頼みます」

「私は情報局情報官のライドルカです。ファナ皇女様、お会いできて光栄です」

 

 

彼らは神聖ミリシアル帝国からの使者の一部だった。彼らはレヴァームと天ツ上の飛空艦でこの第三文明圏に寄っていたが、列強国としてこの歓迎パーティーに招待されている。側には、ムー国の視察団の人間もいた。

 

 

「私は、ムー国より派遣されてまいりました、技術士官のマイラスです」

「同じく、戦術士官のラッサンです」

「ああ、あなた方が神聖ミリシアル帝国とムー国の使者でしたか。よろしくお願いします」

 

 

お互い丁寧なため、挨拶を交わす。その中で一人、フィアームはファナに近づくとかなり近くで話始めた。

 

 

「私はルディアスはファナ様に惚れたのだと思っております。何せ、ファナ様の美しさは天地を超えておりますから、惚れない男はいないでしょう」

 

 

そう言ってフィアームは薄ら笑いを浮かべてファナに語りかけた。たしかにルディアス皇帝はファナに惚れたのではないか、と言う推測は正しいかもしれない。ファナは決して奢るわけでないが、人より美しいと言う自覚がある。何せ、周りの人物が自分の姿を見るなり階段から転げ落ちたり失神したりするのだ。自分の夫であるカルロがそうであったように、自分に一目惚れする人間は多いのも証拠の一つだ。

 

正直言ってこれはラッキーだったと言えるだろう。パーパルディアとの交渉は難航すると予想されていた。このような形で円滑に進むのであれば、レヴァームと天ツ上にとってはありがたい。

 

 

「ここだけの話。まさかあのプライドの高いパーパルディアがこのような催しを執り行うとは思っていませんでした」

 

 

そう言って、フィアームはファナに近づいて耳打ちをする。同じ女性同士とはいえ、王族相手にここまで近づいて耳打ちをするというのは、とてもじゃないが少し品格を疑ってしまう。が、ファナは特に気にすることもなく彼女の話に耳を貸す。

 

 

「この国は……はっきり言って卑しい国です。役人や皇族は甘い汁を吸うために躍起になり、周辺国を恐怖政治で威圧し、国内外に多くの不満を抱えています。その歪みの権化が、あのルディアスなのです」

「お噂は聞いておりましたが、それほどとは……」

「はい。なので、この国と付き合うときは皇女様も気をつけた方がよろしいかと思います。まあ、ルディアスがファナ様に惚れてらっしゃるのなら、交渉は円滑に進みそうですが」

 

 

そう言って、彼女はパーパルディア皇国への偏見をあらわにした。たしかに、彼女の言っていることは一部正しい。パーパルディアが周辺国を恐怖政治で威圧しているのは事実であり、それによって不満による綻びがて初めているのも事実だ。

 

ファナはパーパルディア皇国の横暴さについては資料で知っていた。パーパルディア皇国は皇帝がルディアスに変わってからと言うもの、ここ10年で拡張政策に力を入れているのだ。周辺国を威圧し、理不尽な要求を突きつけるのだと言う。

 

特に、新興国は厳しい目にさらされる。列強でもない国はやれ蛮族だ蛮族だと罵られ、パーパルディアの国力にものを言わせて要求を突きつけてくるのだとか。

 

思えば、かのロウリア王国もその拡張政策の犠牲者だったのかもしれない。ロウリアに借金をさせることによって、進攻する口述を作り、ロデニウス大陸ごと攻め滅ぼすつもりだったのだろう。

 

あまりに非効率なやり方だとファナは思う。このような力でねじ伏せるやり方は短期的には利益を得られても、長期的に見れば不利益をもたらす。レヴァームに理不尽な要求を突きつけられて、臥薪嘗胆をスローガンに掲げて戦争にまで発展したレヴァームと天ツ上の例があるように。

 

おそらくルディアスはそのことに気付いていない。これが最善のやり方だと思っていて、長期的な反乱が起きることを考えていないのだ。

 

 

「ありがとうございます。ですが、卑しいと決めつけるのはどうかと思いますよ」

 

 

ファナは小さな声でフィアームに耳打ちを仕返す。フィアームのこの発言の根元にあるのは格下の国への偏見と見下す卑しい感情であることは、ファナには隠し通せなかった。

 

 

「あなた方ミリシアル人がそうであるように、この国の人間にもさまざまな人間がおります。気高いものや卑しいもの、善あるもの、悪しきもの、善悪の入り混じったもの。彼らを一括りに卑しいと決めつけるのは、とても列強一位の座を占める者の発言ではありませんよ」

「そ、それはそうですが……」

 

 

そこまで言われてフィアームは黙り込む。ファナにとっては、フィアームの言う「卑しい」と言う意味が決めつけを仕掛ける発言に聞こえた。このような輩は、そうでないことをしっかりと示せば、黙り込んでしまうのだ。これを機に、彼女が格下の国への偏見をなくしてくれるといいのだが、伝わっただろうか。

 

 

「ルディアス皇帝陛下のおな〜り〜!」

 

 

と、その時。パーティー会場となっている迎賓館の上の階の扉が開いた。迎賓館は二層構造になっていて、一階が巨大な吹き抜けとして作られ、二階とは巨大なレッドカーペットが敷かれた階段で繋がれている。

 

扉が開くと、中からパーパルディアで皇帝レベルしか着込むことのできない上質な衣装に身を包んだルディアス皇帝が姿を現した。上質な化粧に顔を包み、すらりとした足を伸ばして階段を降りる。

 

本来ならば、女性の誰もがルディアスに目を奪われ、添い遂げたいと思うであろう。しかし、今回は違った。ルディアス皇帝はそのまま階段を降りると、ファナに近づいて来た。そして、膝をついてひざまずくと、手の甲にキスをした。

 

 

「ファナ殿。パーパルディア皇国へようこそおいで下さった。我がパーパルディア皇国の長として、歓迎致す」

 

 

と、ルディアスがひざまずくとファナの周囲にいた人物たちが皆驚嘆の声を上げた。パーパルディア人だけではない、ルミエスやエイテス、フィアームやライドルカ、マイラスやラッサンまでもが口をあんぐりと開けて驚嘆した。

 

 

「ありがとうございます、皇帝陛下。頭をお上げください、参りましょう」

「ええ」

 

 

ファナはルディアスに立つように促した。ルディアスの豹変ぶりに、思わずファナはフィアームに「ほら、言ったでしょう」という笑みを浮かべた。彼女の顔は赤面した困り果てた顔になっていたのは、ファナの笑いを誘った。

 

 

「!?」

 

 

と、ファナに向かって負の感情が向けられている感覚を感じた。ふと周りを見れば、一人の女性がこちらを物凄い覇気でファナを睨みつけていた。あれはたしか、外務局監査室のレミールと言っただろうか。

 

 

「彼女は……?」

 

 

ファナはレミールの抱く感情がどんなものなのか知らずに、ルディアスに促されてダンスを踊り始めた。パーティー会場は一気にダンス会場に早変わりし、催しは深夜まで続いた。そんな中、レミールはファナへの怒りを募らせていった。その感情がパーパルディア皇国をゆらがずものだとファナは知らずに。

 

 




パーパルディア皇国にルミエスとエイテスが一同に会しました。こういう展開は召喚二次でもなかなかないと思います。

フィアームがファナに敬語を使っているのは、相手が皇女という立場であることを理解しているからです。それを差し置いてもファナに対しては敬語を使いたくなりますからね、美しさ的に。

それと、活動報告にて新しい艦名を募集しております。
よろしければ、是非。


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第35話〜船の中で〜

原作弄るって楽しいです。
原作にないエピソードや展開を考えるのって、二次創作の醍醐味ですよな。

あと『神聖レヴァーム皇国』って打とうとしたら『神聖レミール皇国』って出てきて草生えました。


空を泳ぐ鋼鉄の塊。鉄でできているとは到底思えない程の大きさのものが、空を飛ぶ鯨のように優雅に空を飛ぶ。水上艦の約二倍ほどの速さで歩みを進めるかの船達は、ゆったりと東へ向かっていた。

 

旗艦エル・バステルを筆頭とした使節団艦隊は、空母と戦艦を中心とした輪陣形を描き、高度1000メートルで周囲を圧倒していた。この世界の人々がこの艦隊を見れば、たちまち腰がすくむであろう。だが、彼らの役割はひとまずは終わったのであった。

 

25隻にもなる大艦隊は、第二使節団艦隊と離れてレヴァーム本土に帰ろうとしている第一使節団艦隊であった。パーパルディアでのパーティーを終え、彼らは外交官の一部を第二使節団艦隊に便乗させて一路レヴァーム本土に帰還している。

 

その道中、旗艦である飛空戦艦エル・バステルの甲板上。いくつもの大口径の砲門とハリネズミのような対空砲たちが連なる木製の板の上。そこに1人のミリシアル人の人間が立っていた。

 

 

「こうして見れば、本当に空の上を飛んでいるのだと痛感する。我が国の魔導戦艦と同じレベルの船がこうして空を飛んでいることが本当に信じがたいよ」

 

 

そう言って詩人のような驚嘆の呟きをあげたのは、神聖ミリシアル帝国から派遣された対魔帝対策省、古代兵器分析戦術運用部のメテオスであった。

 

しかし今回、彼はこの肩書でこの船に乗っているわげではない。ミリシアルにとっては対魔帝対策省の中で、古代兵器分析戦術運用部は極秘中の極秘。他国に情報が漏れるどころか、自国ですら構成員の情報は秘匿されて普段は顔がバレないように仮面をつけるくらいだ。

 

彼には()()()()()()()()という偽の肩書が付与されて、この任務についている。メテオスは偉い立場のミリシアルの魔導技術者という、バックストーリーも用意されてだ。

 

そんな秘密の部署からメテオスが派遣された理由は、一重に彼が乗っている神聖レヴァーム皇国の飛行戦艦にあった。

 

ミリシアルでは、来る魔法帝国の再来に備えている。そもそもミリシアルは魔帝が大陸ごと去っていった後に残された技術を吸収して発展していった国なのだ。来るべき傲慢な魔法帝国の再来を防ぐのはミリシアルにとっての国是的なことであり、ミリシアルの存在意義と言ってもいい。

 

そんなミリシアルがレヴァーム、天ツ上と国交を結んだときに見せつけられた飛行戦艦。自国の魔導戦艦並みの戦艦が空を飛んでいるという事実に、ミリシアル中が驚愕した。古の魔法帝国の発掘兵器『天の浮舟』に匹敵する巨大な戦艦を保有している国がいきなり現れたのだ。慌てないわけがない。

 

ミリシアルには発掘兵器として『空中戦艦パル・キマイラ』が存在する。この飛行戦艦と同レベルの大きさを備えた、空飛ぶ軍艦だ。しかし、ミリシアルはその力の数パーセントも引き出せる状況ではない。何せ、技術力が違いすぎて模倣が追い付かないのだ。そのためパル・キマイラは自国に7隻しかおらず、まともに運用できるのは5隻ときている。

 

だが、レヴァームと天ツ上の使者に探りを入れてみれば、なんとこの飛行戦艦は量産されている物だという。これにより、いよいよミリシアルは慌て始めた。

 

自国ではその規模の飛行物体は未だに追い付く気配の見えない古の魔法帝国の発掘品しかない。だが、相手の飛行戦艦は新造できる。ここに大きな技術格差が生まれてしまっているとミリシアルはプライドをかなぐり捨ててやっと理解した。

 

そこで、自国の兵器の模倣に少しでも近づけるように、あわよくばパル・キマイラとの比較をするために、対魔帝対策省の中で、古代兵器分析戦術運用部を束ね、パル・キマイラのうちの一機の艦長を務めるメテオスを派遣することにしたのだ。

 

 

「風が心地いい。パル・キマイラの中は装甲で覆われているからね」

 

 

空を飛ぶ戦艦の上で物思いにふけるメテオス。彼の中にはレヴァームと天ツ上に対する興味であふれていた。

 

ミリシアルの上層部の中には発掘兵器を模倣できない自分たちと、飛行戦艦をいくらでも新造できるレヴァームと天ツ上を比べてしまい、プライドが打ち砕かれた人間もいるかもしれない。悔しかったかもしれない、嫉妬もあったかもしれない。ミリシアルはパーパルディアほどではないが、プライドが高い国なのだ。

 

しかし、メテオスは違ったのだ。彼はこの船に乗り込み、初めて空を飛んだ日から考えを早々に変えていた。自分たちでもたどり着けていない飛行戦艦という領域に、彼らは機械文明だけで到達している。メテオスにとっては機械文明は自分たちよりも下という感覚だったが、それも変わった。

 

それはこの数日間で尊敬に変わっていった。認めなければならない、彼らは自分たちよりも上なのだと。メテオスは合理的だが、それでいて文明圏外という括りは下らないと思う論理的な面もある。その彼に言わせれば、飛行戦艦を新造して平気で運用しているレヴァームと天ツ上は、自分たちが辿り着くべき師匠のような存在と見えるようになった。

 

 

「だけど、彼らの技術の推が見えないね。彼らが魔法を使わない機械文明なのもあるけど、やはり『揚力装置』とやらは謎が多い」

 

 

実はレヴァームの意向でエル・バステルの艦内は見学が自由だった。これは、おそらくだがレヴァームは自国の技術力の高さを他国アピールをしたいからだと思っている。そこで、このチャンスを逃さずこの船のことについてメテオスなりに分析してみた。

 

それによると、この船は「揚力装置」と呼ばれる純粋な科学で作られた装置によって反重力を生み出し、空を飛ぶことが可能になっているという。ミリシアルのパル・キマイラは「魔導反重力エンジン」によってあの巨体を浮かせているが、この船はその揚力装置を5基積んでいる。そのため、揚力装置は魔導反重力エンジンと同じような作用をすると判断していい。

 

ならば仕組みはどうかというと、この揚力装置というのがネックであり、どう言った方法でこの数万トンもする巨船を浮かせるだけの反重力を生み出すのか分からなかった。調べてみようとしたが、見学自由でもさすがに機密の場所もあるのか、機関室には立ち入らせてくれなかった。

 

 

「まだまだわからないことが多いね」

 

 

そう言ってメテオスは甲板上を移動し、今度は艦前方に2基搭載された主砲塔の目の前へと移動した。

 

 

「これは……パル・キマイラの15センチ主砲よりも口径が大きいね」

 

 

そう言って目でじっくりと見ているのはこのエル・バステルという戦艦が誇るであろう主砲であった。見たところ、火薬式の非魔導砲と思われるが、口径はミスリル級の主砲並みの大きさはある。

 

 

「つまりは、ミスリル級がそのまま空に浮かんでいるみたいなものか」

 

 

メテオスの結論はそんな感じであった。純粋な船とは形がかけ離れているパル・キマイラと違い、まだ船としての面影が残っているこの飛行戦艦は、言うなれば空飛ぶ魔導戦艦だ。パル・キマイラと直接戦わせたわけではないが、力の差は互角と言っても良い。メテオスはそう分析している。

 

 

「…………」

「?」

 

 

と、メテオスが主砲塔を観察していると近くでぶつぶつとした声がボソリと聞こえてきた。

 

 

「なるほど、この主砲塔は口径が40センチ以上……となるとこれだけでも我が国のラ・カサミ級の口径よりも格段に大きい……!しかも、砲弾は自動装填装置を実用化している!すごいぞレヴァーム……!凄すぎる!」

 

 

その方向に目を向けると1人のスーツ姿の人間種の男性が、一番前方の主砲塔を観察しながら何かを呟いている。

 

 

「やあ、どうかしたかね?」

「!?」

 

 

その人間種の男性は両眼を見開いて、驚いたかのような表情でこちらを見ていた。どうやら急に声をかけられた事に驚いたらしい。

 

 

「あ、すみません……つい興奮してしまって独り言が出てしまいました」

「いやいや、別に気にしてないよ。ところで君は?」

「はい、私はムー国より派遣されてまいりました、統括軍所属情報通信部情報分析課技術士官のマイラスと申します」

 

 

比較的若い男性、マイラスは礼儀正しく自身の所属を名乗って自己紹介をしてくれた。

 

 

「なるほど君がムーの技術士官だね、よろしく頼むよ。私は神聖ミリシアル帝国()()()()()()()()のメテオスだ」

 

 

こちらも気さくに態度を崩して自己紹介をする。もちろん、偽造した身分を名乗ってだ。

 

 

「ところで、何を熱心に見ていたのかね?」

「はい、この船の主砲を見ていました。すごい技術ですよ、口径40センチ以上、砲弾の推定重量は1トン、それほどの物体を撃ち上げる主砲。同じ機械文明である我が国から見ても、卓越した建造技術です」

 

 

この国は自分たちに比べて卓越している、それがマイラスの分析のようだった。これは魔法文明の自分たちよりも機械文明のムーの方が詳しいかもしれない。少し聞いてみようと、メテオスはマイラスにいくつか聞いてみる事にした。

 

 

「なるほどね。ところで、君はこの船についてどう思う?同じ機械文明からして」

「そうですね……はっきり言って素晴らしいとしか言いようがありません。まさか、空を飛ぶ船を機械だけで作り上げるとは、とんでもない技術力ですよ」

「そうだろうね。私も魔法の観点から揚力装置とやらについて考えてみたが、分からないことが多すぎるのだよ」

「私もこの船には驚かせっぱなしです。機械だけで反重力を作り出す揚力装置……我が国にも是非とも欲しいところ……いや、是非ともその構造を知りたいです!」

 

 

メテオスは彼と会話していくらか分かった。どうやら彼はかなり研究熱心な性格なようだ、現にこの飛行戦艦を見て子供のように目を輝かせてその性能を理解しようとしている。自分はある程度歳を取ったが、このような若者は初めて見た。

 

 

「フフッ、どうやら君は相当研究熱心なようだね」

「ええ、これがムーのためになるのなら出し惜しみはしませんよ」

 

 

そう言ってマイラスは自身の気持ちをそう言ってまとめた。

 

 

「そうか。ところで、これらの飛行戦艦は運用面や戦術面からみたらどう思う?君の意見を聞きたい」

 

 

メテオスはそう言ってマイラスに質問を投げかけた。彼が派遣された理由には、自分に戦術面の勉強をして欲しいというミリシアルからの意向もある。そのため、詳しい人物からパル・キマイラと似たこの飛行戦艦の運用に関して、いろいろ意見を聞きたかった。

 

 

「戦術面ですか?私は技術屋なので分かりかねますね……あ、ですが私と一緒に派遣されたラッサンなら何か予想がついているかもしれません」

 

 

彼自身は技術屋なので分からないそうだが、どうやら彼の友人なら何か分かるかもしれないとのことだ。メテオスはさらに探りを入れる。

 

 

「そうか……今ラッサン君はどこに居るのかね?」

「ああ、それなら私が案内しますよ。ちょうど艦内全てを回ったところでして、ラッサンにも報告してやりたいんです」

「そうか、ありがたいね」

 

 

マイラスはそこまで会話すると、メテオスをラッサンのいるであろう場所にまで案内するため甲板上を歩き始めた。木が貼られた甲板を歩き、重圧な扉を開いて艦内に入る。マイラスに案内されていくつかの区画を抜けていくと、艦内の資料室らしき場所にまで案内された。いくつもの書物がガラスケースの中に入れられ、自由に観覧できるようになっている。しかし、いくつかの本棚は空っぽで、どうやら機密にあたる書物はあらかじめ抜き取られているようだった。

 

 

「ラッサン?調子はどうだ?」

「ああ、マイラスか。ん?そっちの方は?」

「紹介するよ、彼は……」

「私は神聖ミリシアル帝国の国家魔法技術士官のメテオスという。よろしく頼むよ」

 

 

メテオスはラッサンと呼ばれた若者に自己紹介をした。

 

 

「ミリシアルの人か、親しくなったのか?」

「ああ、同じ技師のよしみとして少しだけな」

「なるほどな。ところでどうして戻ってきたんだ?」

 

 

ラッサンは疑問に思っていたことをマイラスに投げかけた。

 

 

「メテオスさんがこの飛行戦艦について戦術面から意見を聞きたいって言っていてさ。何かここの書物を読んでわかった事はないか?」

「ああ、それならあるぞ。ちょうどこの飛行戦艦の運用について書かれた書物を読んでいたんだよ」

 

 

そう言ってラッサンは戦術が書かれた書物を広げた。大陸共通言語で翻訳されて書かれた、レヴァームが作った書物であった。一眼でわかる上質な紙に、写真付きの文字がびっしりと書かれている。

 

 

「それによると、飛行戦艦の戦い方としてはいかにアウトレンジから敵艦を叩くか、ということが大きいらしい」

「アウトレンジから?」

「ああ、それはムーの戦艦の思想にはなかったものだ。この飛行戦艦……レヴァームと天ツ上では『飛空艦』って言っているらしいが、飛空戦艦同士の戦いでは相手より高所を取ることが重要とされているそうだ」

「ほほう。相手より高所を、ね」

 

 

メテオスはラッサンの分析に感心した。書物を読んだ知識とはいえ、この短時間でここまでの分析をしてのける彼は、間違いなく優秀だ。

 

 

「なんでも、高所を取れば高空から砲弾を撃ち上げられるから有利になるらしい。高さがあればその分射程距離が延びるし、位置エネルギーを確保できるため貫通力も劇的に高まるそうだ」

「ってことは水上艦相手だと無敵じゃないのか?」

「ああ、レヴァームと天ツ上では飛行戦艦は水上艦に対して無敵と言われている。何せ、相手は高さの因子まで計算しなくちゃいけないから、射程が短くなるし当てづらくなる。海上戦では無敵と言って良いな」

 

 

メテオスは彼らの分析を頭の中で整理し、記憶に留めた。どうやら、飛行戦艦は高所から一方的に砲弾を叩き込む方が良いらしい。たしかにそれなら、安全圏から一方的に叩くことができる。

 

 

(なるほど……パル・キマイラを水上艦相手に使うときは相手の射程外の高所から一方的に砲弾を叩き込んだ方がいいかもしれないな。これは勉強になった)

 

 

メテオスは新たな知識を蓄えて、パル・キマイラの運用方法を模索していくのであった。

 

 

「それから、こいつはすごいぞ。レヴァームと天ツ上では飛行機械がすごく発達しているんだが、その飛行機械から戦艦を守るために新しい艦隊陣形を考え出したそうだ」

「新しい艦隊陣形?」

「その名も『輪陣形』。空母や戦艦などの主力艦を中心にして、それを守るように外側に駆逐艦、内側に巡洋艦などを入れて対空砲火を敵航空機に当てやすくしているそうだ。

レヴァームと天ツ上では過去に200隻近い大艦隊を組んだことがあるらしいんだが、その時はこの輪陣形を五つ組んで、それを十字形になるように展開させたんだ。これなら、輪陣形の輪陣形となって艦隊の防空はさらに強力になるそうだ」

 

 

と、ラッサンはまた新たな戦術を語り出した。

 

 

(なるほど、十字に陣形を組んで防空を強力にするのか。パル・キマイラが5隻いればそれも可能だね)

 

 

メテオスの知識がまた新たに一つ増えた。パル・キマイラには強力な対空火器が積んである。それを最大限に発揮するには陣形を組むのが一番良いだろう。

 

 

「2人ともありがとう。2人の話を聞いていたら色々勉強になったよ」

「ええ、こちらこそありがとうございます」

 

 

マイラスはそう言ってメテオスに頭を下げた。

 

 

「にしても私たち、いろいろ話が合いますね」

「そうだね、同じ技師であるからだろうか?魔法と科学、形態は違ってもやはり分かり合えるところはあるようだね」

「ええ、お互い祖国のために頑張りましょう!」

 

 

そう言ってマイラスはメテオスに右手を差し出した。メテオスはそれを右手で掴むと、共に握手を交わした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

夜。

 

戦艦エル・バステルの来賓室。豪華な装飾と荘厳な家具が置かれたエル・バステル随一の居住設備を誇る区画の一部だ。ここにいれば、この部屋が戦艦エル・バステルの中で最も重圧に作られている重要区画である事ですら忘れてしまう。

 

レヴァームの戦艦の設計思想は、天ツ上とは少し違う。巡空艦や戦艦は偉い貴族の人間を乗せることがあるので、このような来賓室は他の区画よりも装甲が重圧に作られることが多い。天ツ上では設備は良くても装甲は他の区画と同じである。そこに、レヴァームと天ツ上の国体の違いが見受けられる。

 

 

「それでは、乾杯」

「「乾杯」」

 

 

その来賓室にて、ファナはルミエスとエイテスと共に居た。3人の手にはシャンパンやジュースが入ったグラスが入れられており、それぞれで乾杯をした。ちなみにエイテスだけはレヴァームの法では未成年のため、ジュースであった。

 

3人はそれぞれ入れられた飲み物の香りを堪能し、少しだけ口につける。豊潤な香りと共に甘い飲みのの味が舌を包み込む。シュワシュワとしたシャンパンの味が感覚全てで美味を感じさせる。

 

ちなみに、ファナはお酒をあまり控えて飲むフリをしている。父に似て、ファナは超がつくほどの酒豪である。そのため飲み過ぎると性格が豹変してしまうのを分かっているため、飲みすぎないようにしている。

 

 

「乗ってみていかがでしたか?このエル・バステルは」

「はい、何から何まで驚きの連続です。このような巨大な船が空を飛ぶという事は、アルタラスでは考えられませんでした」

「私もです。このような立派な船に乗せていただき、誠にありがとうございます」

 

 

そう言ってルミエスとエイテスは感謝の言葉とともに礼をした。彼らがここにいるのは、単にファナの好意であった。彼らがファナとほぼ同年代である事を知っているファナは、彼らが問題なければ来賓室にて一緒にお話をしたいと申し出たのだ。

 

彼らは快く了承。彼らは使用人の誘導でこの来賓室にやってきて、今こうしてお酒を飲み交わしている。レヴァームの文化圏では夜に飲むお酒はシャンパンやワインが多い、彼らの文化圏ではない炭酸のお酒にルミエスは舌鼓をする。

 

 

「綺麗な船でしょう。この船はわたくしにとっては思い出深い船なのです」

「そうなのですか?」

 

 

ファナはエイテスの疑問に、少しだけ微笑んで見せた。ファナの言う通り、この船はファナにとって思い出深い船である。

 

 

「はい。わたくしがもう少し若かった頃、当時レヴァーム領だった天ツ上の常日野という場所から、レヴァームにこの船に乗って航海をしたのです。それは良い旅でした」

「なんと、そうでしたか」

 

 

ファナはそう言って()()()()()()()()()。本当はこの船に乗ったのはサイオン島であり、常日野から乗ったわけではない。しかもそれは戦争中の出来事であり、おまけに常日野から乗ったのは水偵であるサンタ・クルスだ。そう、ファナにとって最愛のあの人の──

 

 

「?、ファナ殿下?」

「!?、いえ……大丈夫ですよ。少し考え事をしておりました」

 

 

と、少しだけ物思いにふけっていたのか、ファナは気を取り直す。ファナはルミエスには難しい話だと思って海猫作戦のことは言わなかった。知られたらまずいことも無いのに、と少しだけ罪悪感が募る。

 

その後、ファナはこの船について少しだけ創作した話を聞かせた。初めて見る大砲に心躍らせて親に叱られた話、艦内の食事がとても美味しかった話など、全て創作なのが少し悔やまれる。

 

 

「お話ありがとうございました、ファナ殿下」

「こちらも、ファナ殿下の意外な一面が聞けました。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 

話し終えたファナの表情は少し俯いていた。やはり、嘘をつくのは少しだけ罪悪感が募る。本当はあの水偵が遊覧飛行をした話もしたかったが、海猫作戦についてはレヴァームの極秘であるため話せない。それが本当に悔やまれる。

 

 

「あの……ファナ殿下」

「なんでしょうか?ルミエス殿下」

 

 

と、ファナが罪悪感が少し募っていた時に、不意に声をかけられた。

 

 

「はい、私たちはこれからレヴァーム、天ツ上と良い関係を築いていきたいと思っております。そこで……」

 

 

ルミエスはエイテスと少し目を合わせると、少しだけ微笑んだ。

 

 

「わたくしどもと、お友達になっていただけませんか?」

 

 

その後、ルミエスとエイテスを含めた各国使節団一行は、そのままレヴァーム皇国と帝政天ツ上を回って行くことになる。それが国の発展に大きな影響を与えることになるとは知らずに。

 




『メテオスとマイラス、ラッサンが親しくなる』
メテオスが役人じみていて、軍人としての知識がないことがバルチスタでの敗因だと考え、それを防ぐためにマイラスとラッサンから戦術の勉強をさせてもらいました。これがどうバルチスタに影響するのかお楽しみに。


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第36話〜天ツ上の皇太子〜

今回は短めです。


使節団一行はレヴァームに到着した後、レヴァームでの様々な視察を終えて一泊した後にレヴァームを旅立った。エスメラルダの飛空艦の港で豪勢な豪華客船に乗り換えると、そのまま天ツ上の領空へと向かっていった。

 

客船の中で豪華な料理に舌鼓しながら、各国使節団たちは10日ほどで常日野にまで到着した。そして、彼らは来賓用の機関車に乗り換えると、一行は天ツ上の首都東都へと5日間の旅を経た。

 

着いた先にあったのは、エスメラルダに引け劣らない規模の発展具合を見せる、東方大陸随一の大都会であった。そこでムーとミシリアルの使節団は東都の造船場を見学するために一旦別れ、ルミエスとエイテスは護衛の下リムジンに乗り換えた。

 

技術士官のマイラスは、東都の造船所へ別のリムジンに乗って移動していた。海の入江が近い東都では、飛空艦の建造が盛んで海軍の司令部があるくらいの軍港都市だそうだ。飛空艦が生まれる前は港町になるなんて想像もしてなかったらしく、それほど飛空艦の恩恵はレヴァームと天ツ上を豊かにしているのだと理解した。

 

やがて、マイラスたちが造船所に着くとそこにはこれでもかというほどの巨大な船たちがドックにひしめき合っていた。それも、ラ・カサミなんて比べ物にならないレベルの大きさの船すらある。

 

 

「なんでことだ……ラ・カサミよりもでかい船があるじゃないか!!」

 

 

マイラスとラッサンは驚きっぱなしであった。口をあんぐりと開けて造船所にある船たちを見ている。

 

 

「あの……東殿、レヴァームと天ツ上では戦艦はあまり作られていないと聞いたのですが……あのドックにあるのは戦艦では?」

 

 

マイラスは思わず、この飛空艦造船所の責任者である東に質問を投げかけた。たしか、レヴァームと天ツ上と初めて接触したときに彼らから「戦艦よりも空母の建造を優先している」と聞いていたので、気になったのだ。

 

 

「いえ、あれは護衛の巡空艦、そちらでいう巡洋艦クラスです。あれは最新型である龍王型の5番艦ですね」

「「!?」」

 

 

マイラスはラッサンと一緒に目を見開いた。あの船は確かにラ・カサミよりも全長が長く、それでいて連装砲を備えており、強力そうだ。なのに、あれが巡洋艦クラスとはどういうことだろうか?

 

 

「え……?ですがあれは連装砲を多数装備していますし、戦艦では……」

「あれは20.3センチ砲です。排水量的に天ツ上の基準で重巡洋艦に当たりますね」

 

 

絶句。どうやらレヴァームと天ツ上ではあの規模の大きさの船でも巡洋艦に分類されるほど、それ以上に大きな船が存在するということだ。そこに建造技術の差を感じる。

 

やがて、一行はそのままこの造船所の中で最も大きなブロックにまでやってきた。そこにいたのは巨大な船体を持った、平べったい形をした空母であった。

 

 

「こちらは、現在建造中の新鶴型飛空母艦の6番艦、翔鷹(しょうよう)です。現在進空式と命名式を終え、艦装の取り付け。つまりは建造の最終段階に入っています」

 

 

東がこの船の説明をしてくれている。各国の視察団は今回の派遣が技術交流を含めているためか、皆必死にメモを取っている。

 

 

「新鶴型空母は帝政天ツ上の最新鋭飛空母艦で、最大の特徴は甲板や側面を装甲で覆った装甲空母である点です。全長260メートル、搭載機数は90機以上、最高速力は空中で60ノットです」

「「「「!?」」」」

 

 

東の説明に、その場にいた全員が驚きの表情を見せた。

 

 

「ば、化け物……」

「我が国のロデオス級ですら双胴航空母艦として設計してやっと50機ちょっとなのに……」

 

 

思わず、ミシリアルのライドルガとアルパナがそう呟いた。ミシリアルのロデオス級航空母艦は、スペースの確保のために双胴艦として設計されている。が、この空母は単胴体でロデオ級の艦載機数を遥かに超える数を持っていた。

 

 

「と、搭載機90機以上ですか!?一体どうやって機体を中に押し込んでいるんです……?」

「レヴァームと天ツ上の艦載機には主翼を折りたたむ機能がついています。それにより、限られたスペースを有効活用することができるようになりました」

 

 

と、東の説明が全員の耳に響いた。ムーとミシリアルでは、主翼を折り畳んで格納する技術と発想がまだなく、空母の艦載機数を減らしている原因になっていたのだ。特にミシリアルは魔帝の技術を模倣しているところがあるため、コピーし切れていないのである。

 

 

「なるほど……主翼を折り畳めればいいんだな……我が国のマリンは複葉機だから難しそうだが、単葉機が生まれればなんとかいけるかもしれない……!」

 

 

と納得するマイラス。彼は帰還したらムー軍の改革に力を注ぐかもしれない。

 

 

「なるほど、主翼を折り畳んで収納スペースを有効活用しているんだね。我が国の空母は限られたスペースを広げるために双胴化したが、わざわざあのようにする必要はないわけだな」

 

 

と、メテオス。同じ技術屋としての本分が発揮されている。彼らはその後、天ツ上海軍のいくつかの巡空艦を見学させてもらいながら、その日は終了した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

そして、ルミエスとエイテスが向かった先は東都の中心にある天ツ上風の城であった。豪勢な木製の天守閣で作られた異風の城に、ルミエスとエイテスは驚嘆する。そこは、天ツ上の帝政の中心地。帝政天ツ上で最も重要な場所となる、天ツ上の皇帝が住う皇城であった。

 

 

「ようこそおいでくださいました、ルミエス殿下、エイテス殿下。わたしは帝政天ツ上の皇太子、聖天と申します。本日は急なお誘いにもかかわらず、ご了承してくださり誠にありがとうございます」

 

 

その一角の来賓室。豪勢な天ツ上風作りの木製の部屋に、豪華なテーブルと椅子が並べられている。ルミエスらをそこに招待したのは白い優雅な衣装に身を包んだ、紫色の髪色を後ろで束ねた少年であった。

 

歳はエイテスとほぼ同じくらいか、一歳年上ほど。女性のような長い紫色のさらさらとした髪を後ろで結っているその姿は、女性にも見えるほど美しい。が、彼は『皇太子』である。そう、彼は男性なのである。

 

天ツ上の皇太子は絶世の美少年として有名である。そんなこんなで何故か家族である皇族から女性物の着物を着せられたりと小さい頃は遊ばれていたというエピソードもあるくらいだ。そんな容姿の彼も、国民は「彼の個性」として受け入れており、女性からの人気も高い。まさに国民の象徴のような存在なのだ。

 

 

「アルタラス王国王女ルミエスと申します、よろしくお願いします」

「イルネティア王国の王子、エイテスと申します。本日はお招き頂き有難うございます、聖天殿下」

 

 

今回、ルミエスらが呼ばれたのは一重に聖天殿下からの御所望があったからである。使節団の中にほぼ同年代の王女と王子がいることを知った彼は、是非とも会ってみたくなったらしく、この会談の場が設けられたそうだ。

 

 

「お二人ともどうぞお掛けください。我が国のお茶と菓子をご用意いたしました、ご賞味いただければと思います」

 

 

そう促すと、ルミエスとエイテスが椅子に座った。彼らの手元に、侍従が煎じた抹茶を用意した。本当ならばしっかりとした場でお茶会を開いてみたかったのだが、異文化を味わうとはいえいきなり2人に正座をさせるのはどうかということで、このようなテーブルに座ってのお茶会となった。

 

 

「緑色のお茶ですか、珍しいですね」

 

 

ルミエスは珍しい緑色の抹茶の見た目に驚き、恐る恐る口をつける。豊潤な抹茶の香りと甘くほろ苦い緑色の味が口いっぱいに広がっていく。

 

 

「おお、これは美味しい……」

「ええ、心穏やかになりますね」

 

 

2人は味わったことのない抹茶の味に舌鼓をする。アルタラスとイルネティアでは味わったことのない天ツ上風の文化に驚かされっぱなしだ。

 

 

「ふふっ、お口に合ったようで何よりです」

 

 

聖天殿下の微笑みが来賓室全体に行き渡った。美しさではファナ皇女には及ばないものの、彼女とはまた違った神秘的なオーラを感じられる。

 

 

「これは、ケーキの一種でしょうか?」

「いえ、それは『カステラ』というものです。ケーキとは少し違いますよ」

 

 

ルミエスが見つめていたのは「かすてら」と呼ばれるお菓子であった。美味しそうな黄色の生地と茶色い焦げ目が印象的なお菓子だ。ルミエスはフォークを手に取り、一切れを口をつけてみる。豊潤な卵でできた生地の甘い味が口いっぱいに広がり、すぐさま溶けてなくなる。名残惜しいほど、甘い味であった。

 

 

「美味しい……」

「これは……柔らかい生地がなんとも甘いです」

 

 

初めて食べるカステラの味に、舌を喜ばせる2人。特にルミエスは女性であるからか、このようなお菓子には詳しいつもりだったが、それでも食べた子ののない美味であった。

 

 

「素晴らしい天ツ上の菓子をありがとうございました。とても美味しかったです」

 

 

思わずお礼を言ってしまうルミエス、これほどまでに楽しいお茶会は初めてであった。

 

 

「フフッ、ありがとうございます。ですがそれは天ツ上のお菓子ではなくレヴァーム発祥のお菓子なのですよ」

「え?そうだったのですか?」

「はい。その昔、レヴァームと天ツ上の交流が始まった時に、レヴァームから伝わったものなのです。どうでしょう、美味しいでしょう」

「はい、とても美味しかったです。このようなお菓子があるということは、やはりレヴァームと天ツ上は仲がよろしいのですね」

 

 

と、ルミエスがそこまで言うと、聖天殿下は少し下を俯いて黙り込んでしまった。

 

 

「?、どうされましたか?」

「いえ、実は……」

 

 

聖天はそう言って下を俯いたまま、ルミエスとエイテスに向き直った。

 

 

「……実は、レヴァームと天ツ上は昔は今ほど仲が良くなかったのです」

「え!?そうだったのですか……」

 

 

これはまずい事を聞いたかもしれないと、ルミエスは少し後悔した。が、聖天はルミエスをそっと制すると、話を始めた。

 

 

「その昔、両国を隔てる巨大な滝『大瀑布』を超えてやってきたレヴァーム人は、大瀑布の下に住む天ツ上人を自分たちよりも下だと見下しました。そして、理不尽な要求を突きつけ、差別をしていったのです。

レヴァームだけではありません、天ツ上の人々もレヴァームの人々を見下し、嫉妬して差別をしました。両国の民はお互いを憎み、下に見下して争いあったのです」

 

 

明かされる驚愕の事実にルミエスとエイテスは驚いた。彼らはレヴァームと天ツ上の交流具合を見て、初めから仲が良いとどこかしらで思っていたのだ。が、それは違ったようだ。

 

聖天殿下は言う、レヴァームと天ツ上がやってきたことは、かのパーパルディア皇国が抱いている他者を見下す感情と一緒なのだと。かつてのレヴァームと天ツ上がパーパルディア皇国と同じような事をしていたことに、ルミエスとエイテスは驚いた。

 

 

「そして、ついにはその憎しみは戦争にまで発展しました。今では終結していますが、それはそれは激しい戦いでした……当時14歳だった私も命の覚悟を決めたほどです」

 

 

明かされる衝撃の事実。このような他者を圧倒するような強力な技術力を持った国同士が、憎しみあって戦争をしていただなんて、ルミエスとエイテスには想像できなかった。

 

 

「その……よからぬ事を聞いてしまって申し訳ありません」

「いえ、わたしは隠し事をするのは良くないと思ったまでです。両国の負の面を隠すのは、気が引けますから」

 

 

そう言ってルミエスに謝る聖天殿下。その表情は悲壮感に溢れているものの、隠し事を話せた清々しい表情をしていた。

 

 

「あの……では何故今のレヴァームと天ツ上はこうして仲が良くなっているのですか?」

「それは単に、レヴァームのトップであるファナ・レヴァーム殿の努力のおかげです。彼女が歩み寄ってくれたおかげで、今のレヴァームと天ツ上の関係があるのです」

 

 

エイテスの質問に、聖天殿下はそう答えた。実際、今のレヴァームと天ツ上の関係が改善されたのは、ファナのおかげである。彼女が戦争をやめて差別制度を禁止し、天ツ上に歩み寄り始めてから両国の関係は変わり始めたのだった。

 

 

「そうだったのですか……」

「はい、ファナ殿下は私の最も尊敬する人物でございます。彼女がいなければ、レヴァームと天ツ上は良くない関係が続いていたでしょう」

 

 

そこまで言われて改めて、ファナ殿下はものすごい事をしたのだとルミエスとエイテスは理解した。彼女のすごいところは単なる美貌だけでなく、政治家として優秀なところであったのだ。

 

その後、気を取り直してお茶会がまた始まった。両国の文化との違いや、お互いの国の行末について会話が広がっていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

有意義なお茶会が終わり、聖天殿下と2人は皇城の中を案内されていた。木製の廊下をギシギシと風情ある音を立てながら歩み進める。辺りには立派な庭園が広がっており、優雅な時を過ごせる。

 

そんな中、エイテスはルミエスのことをチラチラと物恥ずかしそうに見つめていた。それを見かねた聖天は、エイテスにこっそりと話しかける。

 

 

「エイテス殿」

「は、はい!なんでしょうか、聖天殿下?」

 

 

聖天殿下はいたずら心あふれる子供のような笑みを浮かべると、エイテスにこっそりと耳打ちした。

 

 

「私と護衛はここで離れますから、ルミエス殿下と2人っきりで皇城をご堪能ください」

「え?で、ですがしかし……」

「気になるのでしょう?ルミエス殿下のこと」

 

 

そこまで言われて黙り込むエイテス、どうやら聖天殿下にはバレバレだったようだ。確かにエイテスから見たらルミエスは魅力的だ、美しいし、外交官としても優秀である。エイテスから見たらルミエスはとても尊敬できる相手である。

 

しかし、同じ王族でもアプローチをかけるのは少し勇気が足りない。エイテスはまだ17歳で、こう言った色恋沙汰にはあまり知識がないのだった。

 

 

「ここで勇気を出した方が男らしいですよ」

「うぅ……わ、分かりました。勇気を出してみます!ありがとうございます、聖天殿下」

「フフッ、この先を進めば天ツ上風の庭園があります。2人っきりで過ごすにはうってつけですよ」

 

 

そう言って聖天殿下はルミエスに「急な予定ができたから護衛と共にここを離れる」ことを伝えると、振り向き様にエイテスに向かってウィンクをして離れていった。2人っきりになったところで、すかさずエイテスはルミエスに声をかけた。

 

 

「あ、あの……この先に綺麗な庭があるそうです。ご一緒に行きませんか?」

「まあ、そんな所があるのですね。喜んで、さあ行きましょう」

 

 

とりあえず第一段階はクリアした、とエイテスは心の中でガッツポーズをとった。ふと後ろを振り返れば、柱の陰から聖天殿下がひょっこりと顔を出し、親指を立ててエールを送っている。

 

 

「わぁ……綺麗……」

 

 

少し歩いて辿り着いたのは、池といくつかの植物に囲われた立派な天ツ上風庭園であった。池には真っ赤な木製の橋がかかり、あたりの植物は手入れをされていてとても綺麗だった。小道の外れには砂で作ったらしい幾何学模様が描かれており、風情あふれる雰囲気を醸し出していた。

 

 

「さあ、行きましょう。エスコートします」

「ありがとうございます、エイテス殿下」

 

 

ルミエスはそう言って恥ずかしながらエイテスの手を取った。少し顔を赤面させながら、エイテスもルミエスの手を取り、エスコートをし始める。その様子を木の陰からこっそり見ていた聖天殿下はガッツポーズをとって喜びをあらわにするのであった。

 




天ツ上の皇太子はオリジナルキャラですが、要望があったので作成しました。アイデアをくださった方、ありがとうございました。ちなみに、今回のエイテスとルミエスのデートを仕組んだように、彼は案外気さくな性格をしています。


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第37話〜竜騎士から飛空士へ〜

 
今更気づいた事。
とある飛空士シリーズって「恋と空戦」がテーマじゃないですか?
この作品に「恋」ってあったっけ……?
まあ、私は恋愛模写って苦手なんですけどね……
 


ターナケインがルアキューレに襲われ、助け出された夜。助け出してくれた竜騎士のことをかっこいいと思いながらも、ターナケインは自分を恐怖に陥れたルアキューレのことを許せないでいた。

 

それに、あいつは今まで他の動物や人間を襲ってきたはずだ。それを思うと、あいつを退治したくなってくる。竜騎士に憧れたターナケインは母親に自分が竜騎士になることを言った。なんで?と理由を聞かれたらターナケインはこう答えた。

 

 

『竜騎士になって悪い魔物を殺してやりたい』

 

 

そう答えると、母親は怪訝な顔をしてターナケインを叱りつけた。初めはターナケインが竜騎士になることを叱られたのだと思っていたが、母親は生き物を殺すために竜騎士になろうとしたターナケインに怒っていたのだと理由を話してくれた。そして母親はこう言った。

 

 

『あなたが許せば、きっと光が見えてくるわ。だからこれからは、どんなことがあってもその人を許してあげて』

 

 

ターナケインには意味がわからなかった。酷いことをしてきた相手を、自分が許せるはずがない。その日、ターナケインは生まれて初めて葛藤した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

空。

 

真っ青に染まった美しい空。ちぢれた雲があたり一面に広がり、すっかり秋の空に染まっている。季節は9月の終わり、まもなく10月に入る秋晴れの空であった。

 

ここはクワ・トイネ公国のラ・ヴリエル飛空場上空、空には数多くの雲が一面に広がっている。その青い空に、いくつかのオレンジ色の翼が翻った。

 

 

『ライアン!後ろに着かれているぞ!!』

『くそっ!振り切れねぇ!!』

 

 

いくつものオレンジに塗られた翼を翻していたのは、神聖レヴァーム皇国の単座戦空機である『アイレスⅡ』であった。すっかり旧式化し、練習機として払い下げられていたこの機体は、オレンジ色に塗られて若年の訓練兵にとっての愛機となっている。

 

敵役の1機のアイレスⅡが練習生のうちの1機の背後を取り、食らいついて逃さない。練習生の機体はどこに敵がいるのか分からずにあたふたと周りを見渡すが、相手はどこにも見えない。未熟な訓練生らしいミスであった。

 

そして、敵役はとどめを刺すべくアイレスⅡの操縦桿の引き金を引いた。いくつものペイント弾が訓練生の機体をかすめ、何発も着弾して色とりどりの無様な模様を作り出す。

 

 

『ライアン機、撃墜判定です』

『くそっ!やられた!!』

 

 

ライアンと呼ばれた機体が戦線を離脱する。訓練生らしいおぼつかないフラフラとした操縦で戦線を離れると、彼はそのまま遠くの空に消えていった。

 

 

「くそっ!本当に同じ機体なのかよ!?」

 

 

アイレスⅡのうちの1機に乗った訓練生、ターナケインはそう毒づいた。眼下でライアン機を叩き落とした青い機体が、猛スピードでターナケイン機とすれ違った。すかさず目で追いかける。相手を見失わないように追いかける、空戦をするときの基本である。それを教えてもらったのは──

 

 

「海猫……!」

 

 

一機だけ、青く塗られたアイレスⅡを目に焼き付ける。機体はターナケイン機とすれ違うと、そのままパンクしながら反転し、戻って来ようとする。

 

 

「くっ!!」

 

 

ターナケインは捕らえられまいと、少し遅れてバンクして反転機動に入る。海猫とは逆方向、急旋回による旋回戦だ。体にのしかかるGに耐え、機動を維持し続けたものが勝つ単純明快な空戦であった。しかし

 

 

「!?」

 

 

あろうことか、海猫の方がどんどん旋回の内側を辿っていっている。旋回半径が短いのだ、同じ機体、同じ急旋回で戦っていたはずなのに海猫の方が早く旋回している。

 

 

「くそっ!!」

 

 

毒づいて、ターナケインは旋回戦を早々に諦めた。そのまま機体を翻して逆方向に翼を翻すと、海猫が後ろにぴったりと付いてくる。

 

射撃音がすれば、すぐさまフットバーを蹴り付けて右に回避した。こうなれば、愚直にこの同じ回避機動をこなすしかない。下手に別の機動を取れば、それが隙となって今の間際の手向になってしまうからだ。

 

あっという間に後ろを取られた悔しさと、海猫に対する敵対心がターナケインを諦めさせない。最後の最後まで飛び続けると誓い、回避行動を続ける。

 

こうなれば、なんとかして後ろを取ろうとするしかない。ターナケインは後ろを取るためスロットルを引いて速度を落とし、操縦桿を左に引いて右ラダーを踏みつけた。機体がゆっくりと急横転して視界が回転する。

 

ゆったりとした機動を乗り越え、目が回りそうな機動を耐え抜く。そうすれば、急横転が終わる頃には海猫の後ろをとれるはずだ。しかし──

 

 

「なっ!?」

 

 

勝利の女神はターナケインに微笑むことはなかった。視界にいるはずの海猫が見る影もなかった。辺りに広がるのは、まっさらな雲だけだ。

 

 

「後ろか!?」

 

 

ターナケインは即座に海猫の位置を悟った。背後を見れば、海猫が上方からこちらにかけて真っ直ぐ突っ込んで来るではないか。あれは確かハイ・ヨーヨー、相手より自分の方が速度が高い時にオーバーシュートをさせないための機動だったはずだ。それをこの短時間で咄嗟に行うだなんて。

 

 

「海猫!!」

 

 

射弾が機体の横をかすめる。とっさにフットバーを蹴り付けていなかったら撃墜判定をくらっていたところだった。

 

 

「くっ!!」

 

 

なんとしてでも追尾してくる海猫を引き剥がさなければならない。こうなればもうアレしかない、海猫に勝つには奥の手を使うしかない!

 

ターナケインは勇気を振り絞った。スロットルを叩き、失われた機速を回復させる。ターナケインは機体を持ち上げ、宙返りの体制に入った。海猫はぴったりと追尾してきた。こちらの機体のやや斜め気味の宙返りの航跡をしっかりと辿りながら、なんの疑いもなく宙返りの頂点までそのまま付いてきた。

 

 

──かかった!!

 

 

さんざん打ちのめされたが、今度は自分の番だ。ここで主導権を握り返す。ターナケインは左フットバーを緩め、代わりに右フットバーを軽く蹴飛ばした。これで、海猫の後ろをとれる──が──

 

 

「!?」

 

 

突然、ガクンと機首が下がった。機体がガタガタと軋み、翼がたわむ。途端、機体の高度がぐんぐん下がっていき、高度3000メートルから一気に急降下し始めた。

 

 

「しまった!!」

 

 

これは失速(ストール)だ。焦ってターナケインはスロットルを叩く。スイッチを入れながら最大にまで押し込み、オーバーブーストを点火する。すると失われた機速が回復し、機体の揚力がもとに戻った。高度500まで降下したところで機体を水平に戻す。

 

 

──途端、機体にいくつものペイント弾が飛び散った。

 

 

「!?」

 

 

ふと見れば、こちらが失速から回復したのを見計らって、海猫がペイント弾を撃ち込んでいた。してやったりの表情をしながら、海猫は容赦なく撃墜判定をくらわせた。

 

 

『ターナケイン、撃墜判定。訓練生組全滅、訓練終了です』

 

 

淡々とした声が通信機越しに風防の中に響いた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

ターナケインは悔しさのあまり、風防の強化ガラスを叩いた。それくらいで割れはしないが、代わりにターナケインの手がジンジンと響いた。

 

無様なペイント弾に塗られた訓練生を含めたアイレスⅡの編隊は、そのままサン・ヴリエル飛空場に戻る。その道中、ターナケインの機体だけ妙に減った電力残量がターナケインの心を揺さぶった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ったくあの教官強すぎだろ……」

「本当だぜ……なんだよあの急旋回、人間のできる機動じゃねえよ……」

「俺も見失ったと思ったら急にやられたからな……」

 

 

訓練が終わり、飛空服を着替えるロッカールームにて口々に愚痴を言う訓練生たち。ターナケインは飛空した疲れを癒すために水筒に入れられた水を飲み干すと、そのまま上質なふわふわとした布で身体を拭く。ガッチリとした体型のターナケインにかぶった汗が、タオルで一滴づつ拭き取られていく。

 

 

「にしてもここの訓練過密すぎないか?午後からまた座学だろ?」

「なんでもロウリアとクワ・トイネが飛空士が今すぐ欲しいって言っているみたいなんだ。だから、カリキュラムすっ飛ばして訓練してすぐにでも実践部隊に配備されるそうだぞ」

 

 

と、訓練生の集団のエルフがそう言った。確かに、このサン・ヴリエル飛空場に隣接されたこの飛空学校のカリキュラムは過剰に見えた。この半年で結構な訓練をしてきたが、入って三ヶ月目でいきなり模擬空戦をやれと言われたときは耳を疑った。この学校の訓練は九ヶ月だと聞いていたのだから。

 

 

「本当か?それって大丈夫なのかよ?」

「いや、全部の生徒がカリキュラムをすっ飛ばす訳じゃないらしい。なんでも、特に成績と飲み込みの良い生徒が半年で訓練させられるらしいんだ」

「へぇ、ってことは俺たちは優秀ってことか?」

 

 

と、ロッカールームに陽気な笑い声が響いた。ターナケインはそれを無視しながら、服を着替える。ターナケインにとっては訓練が早くなるのはとんでもない幸運だったと言えるだろう。何せ、自分の腕前を短時間で上げられるからだ。そして、それはいずれ海猫を超えて──

 

 

「あ、ターナケインじゃないか。どこへ行くんだ?」

 

 

ターナケインの思考を中断させるかのように、エルフの青年に声をかけられた。自分はいつの間にか着替え終わり、そのままロッカールームを立ち去ろうとしていた。

 

 

「ああ、このあと座学の授業があるから部屋で勉強しようと思ってな」

「そうか、相変わらず勉強熱心だな」

 

 

ターナケインがそう言って飄々と答えると、エルフの青年は感心したような受け答えをする。

 

 

「ターナケインは今日も最後まで生き残ってたからな」

「ああ、だけどやっぱり『あれ』は無理だったみたいだけどな……」

「『あれ』は教官しかできない超次元の技だよ。俺たちじゃ絶対無理、必ず失速する。あんなの人間業じゃないぜ……」

 

 

そう言って愚痴を楽しむ訓練生を尻目に、ターナケインはそそくさとロッカールームを出ていった。この飛空学校は旧ロウリアとクワ・トイネ、クイラから志願者もしくは元竜騎士を募り、ひとまず戦空機に乗れるようになることを目指して作られた学校だ。

 

その場所はエジェイの近くにあるサン・ヴリエル飛空場に隣接されており、訓練生は現役の飛空士から厳しくも有意義な訓練を受けることができる。

 

校舎は基地の東側に作られ、帝軍、皇軍の基地を拡張した専用のエプロンが設けられている。これにより、軍属の飛空士たちの出撃を邪魔することなく訓練生は飛び立てるのだ。

 

その校舎の一角で、ターナケインは休憩室へと足を運んだ。その中には、レヴァームと天ツ上ではまだ高価な電気冷蔵庫が設置されている。中にはキンキンに冷えた黒い色の炭酸飲料が入っている。そのうちの一つを拝借すると、近くの共用栓抜きで蓋を開けた。

 

炭酸が抜ける心地よい音と共に、シュワシュワとした泡が溢れ出す。ターナケインは瓶を持って口につけると、そのまま半分ほどを飲み干した。

 

 

「お、ターナケインじゃないか」

 

 

ふと、後ろから声をかけられた。振り向くとそこには端正な顔立ちをした、1人の飛空士がいた。

 

 

「ああ、ムーラさん。こんにちは」

 

 

彼はロウリア王国の元竜騎士、ムーラであった。ギムの戦いで撃ち落とされたあと、ムーラはレヴァームと天ツ上の兵士に拾われたらしく、その後レヴァームからの誘いを受けてこの飛空学校に入学したのだという。

 

 

「今日も艦爆の訓練ですか?」

「ああ、前回空母への着艦訓練をしたから、今回は爆撃の訓練だった」

 

 

彼は艦爆や艦攻、つまりは艦上攻撃機の飛空士になることを目指している。そのためまずは本物の飛空空母での着艦訓練をしながら、平地で爆撃の訓練もしている。多忙な訓練生活なのだという。

 

 

「やっぱり難しいですか?着艦は」

「ああ、難しいさ。何せ着艦しようとしたときに飛び跳ねてしまうんだ」

 

 

と話すムーラ。やはり、着艦は発艦の100倍難しいと言う話は本当のようだ。自分も将来は空母への着艦の訓練をするかもしれない、そのため彼から話をいろいろ聞いておきたかった。

 

 

「俺たちがやっているのは洋上に停泊している空母への着艦でな、飛空空母はそれなりに対気速度が出るが、まずは洋上の空母に着艦しなければ話にならないからまずそれを先にやっている」

「なるほど」

 

 

飛空空母は洋上の空母に比べて空を飛んでいるため、速度が速い。風上に向かって最大船速の60ノットで突き進めば、それなりの滑走距離を稼げるのだ。だが戦場は常に変化していく、常に飛空空母が空中にいるとは限らないのだ。時には洋上に停泊している空母に着艦しなければならないこともある。そうなった場合は、ほぼ停止しているのと同然の滑走路260メートルほどの空母に着艦しなければならない。

 

その難易度は熾烈を極める。座学で習ったことだが、空母への着艦は着艦フックを使って着艦するらしいが、それに引っ掛けるのがものすごく大変らしい。未熟な飛空士ではすぐにタイヤが跳ねてしまい、思うように着艦できないのだ。フックに引っ掛けるのも大変になる。

 

 

「爆撃の方はどうでしたか?」

「ああ、それなら聞いてくれ。今回の爆撃は高度400で成功させたんだ」

「それはすごいじゃないですか!」

 

 

ターナケインはそう言ってムーラの技量に感化する。艦爆の急降下爆撃は高い高度から一気に角度をつけてダイブし、爆弾の標準を定めるやり方だ。洋上の敵が相手だと、海面に激突する可能性を考慮して未熟な兵士は高度800程度で爆弾を落とすことが多い。

 

が、ムーラは熟練兵のやる高度400で爆弾を落として成功して見せたという。訓練してから数ヶ月の現段階でそれを成功させるのは物凄い偉業であった。

 

 

「さすがは『艦爆のシード勢』と言われるだけはありますよ」

「よしてくれ、君だって戦空機のシード勢じゃないか」

 

 

シード勢、それはさっきのロッカールームの話でも出てきた極めて優秀な生徒たちのことである。ターナケインを含めた一部の優秀な生徒は、その飲み込みの速さを買われて訓練の内容を前倒しにしてすぐにでも実戦配備できるように仕向けているのだ。

 

なんでもロデニウス戦役が終わり、レヴァームと天ツ上の主導の元軍の近代化をしているクワ・トイネとクイラ、ロウリアが、今すぐにでも使える飛空士を欲しがっているからだそうだ。

 

 

「ところで、やっぱりシード勢とはいえ訓練が過密すぎませんか?」

「ああ、俺もそう思うよ。毎日過密すぎて疲れる……」

「知ってます?仕事が増えたのは俺たちだけじゃない見たいです。レヴァームと天ツ上があたらに国交を開いた国に武器を売るらしくって、軍需産業の作業員たちは大忙しだそうです」

 

 

こうした軍の近代化はロデニウス大陸だけでなく、最近レヴァームと天ツ上が新たに国交を開いたシオスやアルタラス、イルネティアという国でも行われているそうだ。旧式の装備やレンドリース、さらにはモンキーモデルまで多岐にわたる装備を輸出しているそうだ。

 

しかもただ輸出するだけでなく、パーツだけを輸出して現地で組み立てる方式をとることで、技術力を高める試みもあるそうだ。現在は在庫処分を兼ねた旧式品だけだが、いずれは他の装備や海軍艦艇まで輸出されるというらしい。新たな顧客が増えて、レヴァームと天ツ上の死の商人たちはウッキウキだろう。

 

 

「なるほどな、これから俺たちは忙しくなりそうだな……」

「ええ、頑張らなくては」

「あ、ターナケイン君にムーラさんじゃないですか」

 

 

ふと、2人の会話に入ってきた凛とした声が休憩室に轟いた。声のした方向を見れば、栗色の髪をポニーテールに束ねた1人の女性がコーラを片手に立っていた。

 

 

「あ、メリエル教官、こんにちは」

「2人ともこんにちは、お昼休憩中?」

「は、はい、今お互いの訓練内容について語ってました」

 

 

いきなり目の前に女性が現れたことに少しおどおどしながら、ターナケインは返事をした。我ながらあどけなさが残るのが少し情けなく思う。自分は学生時代、竜騎士になる勉強ばかりしていて青春を謳歌したことがなかったからだろう。

 

 

「どうしたの?ターナケイン君?」

「い、いえ……なんでもありませんよ」

「ん?そう?にしても今日もシャルルさんは容赦なかったよね……訓練生相手なんだから少しは手加減を覚えて!ってくらい」

「そんなにキツかったのか?」

 

 

ムーラがターナケインに質問してきた。たしかに、今日の訓練もそうだが海猫の訓練は手加減がない。ターナケインが失速をした時だって、立て直したと思ったらすぐに撃墜判定をもらった。

 

 

「…………たしかに手加減はありませんね。ですが、その方が自分の糧になるのでちょうどいいです」

 

 

そう、それだけ相手が強ければ自分も強くなれるはずだ。そしていずれは海猫を超えて──

 

 

「みんな揃って何やっているんだい?」

 

 

と、飄々とした気の抜けた声が休憩室に轟いた。ふと振り返ると、そこには雑多な書類を抱えた1人の黒髪の青年が立っていた。ロデニウスでは珍しい薄桃色の肌の人間種、ターナケインより少し高い背丈、彫りの深い顔立ち、透き通った水色の目。彼は──

 

 

「シャルルさん!どうしてここに?」

 

 

彼は海猫こと、狩乃シャルルであった。ターナケインは彼の存在を見るなり少し怪訝そうな顔を見せる。

 

 

「今日の訓練の報告書をまとめてアントニオ大佐に提出するところだったんだ。うちの生徒は曲者ばかりだからね」

「…………」

 

 

ターナケインはそう言って淡々と語るシャルルをこっそりと睨んだ。そんなことなど梅雨知らず、シャルルはムーラに向き直る。

 

 

「それよりムーラ、報告書を見たよ!今日高度400で爆弾を落としたそうじゃないか、危ないからやめてくれって艦爆の教官が言っていたよ」

「え!?ですが教官、急降下爆撃で爆弾を落とすのは高度400が一番最適だって」

「それは熟練兵の話。まだ訓練生の君にそんな危ない事させるわけにはいかないから従って。せめて高度600にしてくれないか?」

 

 

そう言ってシャルル教官はムーラに注意を促した。

 

 

「それからターナケイン!君また()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よね?」

「…………」

「あれは君にはまだできないって何度言ったら分かるんだい?とにかく、次やったらシード勢から外すように通達するからね?」

 

 

うるさい。俺がどんな空戦技術を使おうが勝手じゃないか、とターナケインは不貞腐れた。たしかに出来ないような空戦技能を使ったのは悪いかもしれないが、いずれはあの機動を真似して見たいのだ。そう、あの時相棒を殺した、空に浮かぶようなあの機動を──

 

 

「分かりました……」

「よし、2人とも以後気をつけるように」

 

 

だが、今はその時じゃない。奴を殺すのは俺が立派な飛空士になってから、奴が油断し切っている時である。まだ、その時じゃない。

 

 

「それからターナケイン?」

 

 

まだ何かあるのか?と、ターナケインは振り返る。

 

 

「あの時、なぜ同じ機体なのに僕の方が君より早く旋回できたか分かるかい?」

「え?」

 

 

と、自分がさっきの模擬空戦で一番疑問に思っていたことを質問された。ムーラとの話で若干忘れそうになっていたが、どうやら答えを教えてくれるらしい。

 

 

「分かりません……」

「あれは旋回すると同時に同じ方向のラダーを入れていたんだ。そうすると、少しだけ旋回速度が早くなるんだ」

 

 

そうだったのか、とターナケインは納得した。ラダーは今まで横滑りして射弾を回避する時にしか使っていなかったが、どうやらそれ以外の使い方もあるらしい。ターナケインは憎き仇からまた一つ情報を聞き出した。

 

 

「ありがとうございます、今度やってみます」

「うん、ターナケインは飲み込みが早いからね。期待しているよ?」

 

 

と、シャルルはこちらの気持ちなど意図もせず、そうエールを送った。どうやらシャルルはターナケインが恨みを持っていることについて気づいていないらしい。まだこちらのことを部下や生徒だと思っているのだろう。なら──

 

 

「その油断し切った背中にナイフを突き刺してやる……」

 

 

ターナケインは誰にも聞こえない声で、そう呟いた。それが、2人の運命を変えるものになるとは梅雨知らず。

 



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第38話〜軍祭の動乱その1〜

この後のパ皇戦ほんと悩んでる……
レミールの嫉妬をうまく活かさなければ。


パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上と接触を果たしたパーパルディア皇国では、緊急の帝前会議が執り行われていた。内容はレヴァームと天ツ上に対して、これからどう付き合っていくかについての緊急会議だ。

 

 

「あんなものは所詮ハリボテ!大した力などないわッ!」

「そもそも文明圏外の蛮族が作ったものなど、我が皇国からすれば鎧袖一触!あんなデカブツ戦列艦のいい的だわッ!!」

「ではなぜその蛮族が作ったものを我々が真似できない!!あの飛空船は我が国で作れるか!?」

「そもそも戦列艦が空の目標に当てれるか!?出来ぬだろうに!!」

「なんだと!?貴様奴らの肩を持つのか!?」

「お前こそあいつらの船を見て実力が分からぬとは!!相当な馬鹿なんだな!!」

「なんだと!!!」

 

 

その会議はこれでもかというくらい荒れに荒れていた。ここでは第一外務局から第三外務局まで、さらには軍部の人間までもが集まって会議が行なわれていた。

 

なぜ彼らの会議がここまで荒れているのか?それはパーパルディアのプライドが原因である。

 

新たに接触してきた神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上。彼らは東の果ての海の上に存在するらしく、それは彼の国が文明圏外に属することを意味する。文明圏外と文明圏の間には「越えられない壁」と呼ぶべき圧倒的な差が存在し、さらには列強国とでは足元にも及ばない。

 

だから、パーパルディア皇国の面々も新たな文明圏外国をどう料理するか。どんな要求を突きつけて搾取しようかとそれだけしか考えていなかった。

 

しかし、彼らの船が姿を現した時に全てが変わった。彼らの船はあろうことか、()()()()()()()()()()()()

 

空を飛ぶ船、それはパーパルディアでは真っ先には飛空船を思い浮かべる。飛空船とはパーパルディアが属国化しているパンドーラ大魔法公国などで運用されている空飛ぶ木造船だ。

 

だが、それはあくまで空を飛ぶものであって、その実用性は船としての能力に限られる。飛行する時は滑走が必要だし、常に飛行しなければならない。そして何より水上にしか着水できないものだ。当初期待されていた「敵陣の後ろに兵を下ろす」と言った運用はできないものだった。

 

しかし、彼らは違った。不安がる市民を他所に皇都エストシラントに到着したレヴァームと天ツ上の飛空船は、なんとそのまま()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

これにはパーパルディアの面々は面食らった。もちろん、彼らの船に魔導砲が数個しか配置されていないことから「大したことない」と考える人間がいた。列強パーパルディア皇国のプライドが彼らの力を認めさせようとしていないのだ。

 

 

「静粛にしてください!皇帝陛下の前ですぞ!!」

 

 

司会進行役のエルトが波乱に満ちた会議室を制した。今回の会議にはルディアス皇帝陛下も参加している。仮にも皇帝陛下の目の前で無様に口論をするのはあってはならないことだ。

 

 

「…………ここは皇帝陛下に御意見を聞いてみましょう。皇帝陛下」

 

 

そう言ってエルトは皇帝ルディアスに意見を聞いた。皇帝陛下の意思はパーパルディアの意思だ、会議が進まないのなら彼から意見を聞くのが一番手っ取り早い。

 

しかし、当の皇帝ルディアスはというと椅子に腕を組んで座っており、何やら俯きながらぶつぶつと言っている。どうやら耳に入っていないようだった。

 

 

ファナ殿下……ファナ殿下……

「皇帝陛下?」

「ん?ああ、すまない。少し考え事をしていた……」

「そ、そうでしたか。ところで、皇帝陛下はこの案件どう思われますか?」

「え?」

「え?」

 

 

と、間の抜けた疑問の声が重なった。一回目がルディアス、二回目がエルトである。

 

 

「え、えっと……レヴァーム、天ツ上と今後どう付き合っていくかどうかについてです」

「あ、ああ。そうだな……」

 

 

と、皇帝ルディアスは気を取り直して全員に向き直った。

 

 

「余は、レヴァームと天ツ上とは良い関係を築いていきたいと思っている」

「「「「え?」」」」

 

 

会議室にいた面々全員が面食らった。いや、何かの聞き間違いじゃないかとエルトはルディアスに恐る恐る聞き直す。

 

 

「そ、それは皇帝陛下のご意志でしょうか?」

「ああ、そうだ。()()レヴァームとは今後とも対等な関係を築いていこうと思っている」

「……………」

 

 

唖然茫然、会議室にいた全員がそう感じて口をまぬけに開けた。いつものルディアスの考えなら、おそらくいつも文明圏外国にやっているように徹底的に見下し、理不尽な要求を突きつけるだろう。だが、ここ数日のルディアスは様子が変だった。

 

そう、ちょうどあのファナとかいうレヴァームの皇族がやってきときからルディアスはまるっきり変わってしまった。まるで取り憑かれたかのように彼女のことを思い出し、仕事に熱が入らず、いつものキレが無くなってしまった。

 

例えば、こんな事もあった。レヴァームと天ツ上の使者と会談した時、レヴァーム側から「ロウリア王国の借金について」の言及があった。パーパルディア側は何のことやら分からなかったが、すぐに国家戦略局に徹底的な調べが入った。

 

そこで明らかになったのは、国家戦略局が国家予算の数パーセントを着服してロウリア王国に()()()支援を行っていたという事案だった。

 

これがバレ、今までレヴァームと天ツ上について黙って隠蔽していたイノスとパルソは皇帝陛下の真前に呼び出され、周りから徹底的な追及を受けて「どうか自分の首だけはお許しください」の意味を込めた()()()()()()()()

 

しかし、当のルディアスはあまり怒らずに、そのまま聞き流してしまった。そしてあろうことか、国家予算を着服した彼らを許してしまったのだ。もちろん、イノスとパルソが着服分を帳消しにするため自身の給料や資産を突き込んでいたこともあり、許す余地はあったのだが、ルディアスのそれは「慈悲」ではなく「適当」に近かったのだ。

 

ルディアスはファナと出会ってから何か様子がおかしい。それがパーパルディア皇国の重役達の感想であった。

 

 

「結局帝前会議は喧嘩別れで終わり、皇帝陛下は上の空。全く話にならんな……」

 

 

数時間にわたる会議が終わった後、文明圏外を扱う第三外務局所属の局長カイオスは自身の執務室でそう呟いた。結局、あの会議は何の決め事もなく強制終了した。

 

パーパルディア皇国第三外務局。皇宮から離れた施設の外側に位置するこの部署は、レヴァームと天ツ上でいう外務省である。

 

パーパルディア皇国では外務局は三つある。第一外務局は皇宮の内部に存在し、文明圏の五大列強国のみを相手にした外交を執り行う。外務局の中でもエリート中のエリートが集まる部署だ。

 

第二外務局は皇宮の外側に位置し、列強国以外の文明圏に属する国家を相手にする。国力を後ろ盾にし、国益をいかに引き出すかが求められる部署だ。

 

そして、第三外務局は文明圏外の国、いわゆる蛮国相手の仕事である。いかに高圧的に出て、相手から搾り取れるかを競う部署だ。蛮国は数が多いため、外務局人員の6割がここに所属している。

 

 

「まあ、ルディアス陛下があの皇女にお熱なら、戦争が起きるとは思えないが」

 

 

カイオスはルディアスがあのレヴァームの皇女に惚れていることを見抜いていた。そのせいで仕事が手につかない事も、同時に分かる。どんなに威厳と権力があろうと、ルディアスも所詮一人の男。あの美貌を見せられて惚れないわけがない。

 

それは良いのだ、カイオスが懸念していたレヴァームと天ツ上を怒らせるかもしれない案件は、ルディアスがお熱な限り起こらないだろう。なぜならルディアスはファナにぞっこんで、何とかして気に入ってもらおうとするからだ。そのため、レヴァームと天ツ上の怒りを買うようなことはしない筈である。

 

 

「ここは、軍祭への攻撃も訂正する必要があるな。そもそもを中止するべきか、それとも攻撃対象をガハラのように限定するべきか」

 

 

カイオスはそう言って報告書を見る。そこには天ツ上の艦隊がフェン王国での軍祭に招かれたことを示すスパイからの情報があった。

 

フェン王国はパーパルディアの東側にある魔法のない国だ。縦150キロ、厚さ60キロの勾玉のような形をした島国で、カイオスはフェン王国に対し国土拡張政策の一環として、首都アノマキ近くの地帯の献上を求めていたのだ。

 

その場所は森林地帯であり、フェン王国としては使用していない土地を差し出してパーパルディアに忠誠を誓い、準文明圏として認められて技術の提供を受けることができる。これ以上ない好条件だった。

 

しかし、フェン王国は拒否。ならばと第二案として同場所を498年間、つまりは約500年間の間だけ租借する案を出したが、これも拒否された。

 

皇国の顔を潰された。そう判断した第三外務局は指揮下にある監察軍艦隊を派遣してフェンへと懲罰を与える事を計画していた。その日はわざと軍際の日に決められており、各国の武官が集まる中徴罰を加える事で、皇国に逆らった国がどうなるのか見せしめにする予定だった。

 

しかし、天ツ上が参加するなら話は別だ。情報によると天ツ上はレヴァームの同盟国、万が一彼らに攻撃を加えれば、レヴァーム側の機嫌を損ねることは間違いない。そうなれば、攻撃をした自分は首を切られる可能性もある。自身の保身のためにも、攻撃を加えることはやめた方がいいだろうか?

 

と、カイオスがそこまで考えていたところで、突然ノックもなしに執務室の扉が開けられ、職員が飛び出してきた。

 

 

「カイオス様、緊急事態です!」

「何事だ?」

 

 

失礼します、の一言も忘れているのを見る限り、彼は相当焦っているようだった。カイオスはノックもなしに入ってきたことはひとまず置いといて、彼に話を聞いた。

 

 

「先程、皇女レミール様が東洋艦隊に対し『フェンの軍祭へ参加している天ツ上艦隊へ攻撃せよ』と命令したとの報告が!」

「なんだと!?」

 

 

カイオスは冷や汗をかきながら、その言葉に驚愕した。その命令にどんな意図が隠されているかを知らずに、カイオスは執務室を出て行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

天ツ上の艦隊がフェン王国にいた理由は、少し話を遡らなければならない。日時はかの第一使節団艦隊がレヴァームを出航した9月1日、第一使節団艦隊は実は一番最初にレヴァームに一番近いフェン王国を訪れていたのだ。

 

同時に分隊がガハラ神国との接触も果たしており、彼らとの国交も開設できていた。一方、フェン王国の首都アマノキ。そこは古い様式の天ツ上風の建築物が立ち並び、立派な城と天守閣も存在する。その場所で今からレヴァーム、天ツ上の使者と剣王シハンとの会談が行われようとしていた。

 

 

「身が引き締まりますね、この国は」

「ええ、まるでかつての天ツ上のようです」

 

 

国中が厳格な雰囲気に包まれていて、身が引き締まる。それが外交担当として第一使節団艦隊で派遣されたアメルと島田はそんな感想を抱いていた。文化が天ツ上に似ており、所々似ている部分があるほど親和性がある。

 

サムライの治める国、それがフェン王国の第一印象だ。天ツ上が近代化でいつの間にか忘れてしまいそうになっていた、かつてのサムライの生き様。それが感じられる。もちろん、彼らの使っている武器が西洋剣であったり、国民全員が兵士だったりと差異はある。だが国交を開けば、天ツ上人にとっても良い場所になることだろう。

 

 

「剣王陛下の御成り!!」

 

 

側近が襖を開けると、中から1人の壮年の男性が出てきた。アメルと島田は立ち上がって礼をする。どちらもレヴァーム式と天ツ上式に分かれているものの、伝わっているようだ。

 

アメルは数秒の礼を終えると、そのまま剣王に向き直った。飾らない王、それが剣王シハンに対する最初の印象である。着流しの天ツ上風の服に身を包み、壮年らしい白髪と短い白髭を蓄えた古き良き天ツ上人と言った印象だ。

 

 

「そなた達が、レヴァームと天ツ上の使者か」

 

 

迫力のある、ハキハキとした声が轟く。アメル達は1発で彼の技量を読み取った。声は低いが、よく通る声でどこか懐の大きさを感じさせられる。肉体は壮年ながらもよく鍛えられ、この場で斬られようものなら死は避けられないだろうと思う。

 

 

「はい。我々は貴国と国交を締結したく、参りました。ご挨拶として、両国の品々をご覧下さい」

 

 

剣王と側近達の前に、外務省職員達が持ってきた様々な「品」が並べられる。レヴァーム製の小型電化製品だったり、天ツ上で取れた真珠のネックレス、両国の伝統製品、そして西洋剣と東洋刀だ。

 

剣王シハンは真っ先に刀剣に興味を持った。やはり、この国が「剣に生き、剣に死ぬ」国であるからだろうか。剣王シハンは着飾られたレヴァーム製の西洋剣ではなく天ツ上製の東洋刀を手に取った。機能美に溢れた、美しい刀身が鞘から飛び出す。

 

 

「ほう……これは良い剣だ。貴国にも優秀な刀鍛冶がおられるようですな」

 

 

刀身を眺め、惚れ惚れとした表情をするシハン。その傍らで、側近達も思い思いに品物を検分する。

 

 

「着物も見事なものです」

「これは……おお、光がついたぞ!」

 

 

剣王とその側近達はレヴァームと天ツ上の品々を見て感じていた、この国は最近できた新興国家ではないことを。剣王達にはレヴァームと天ツ上の言うレベルの国家であることが信じられないでいた。やれ人口2億1000万だの、建国3000年だの大ホラ吹きもいいところだと思っていた。が、彼らの品々を見てその考えを改めざるを得なかった。

 

 

「失礼ながら、私はあなた方の国をよく知らない」

 

 

島田とアメルはシハンの口調に疑問を感じたものの、黙って耳を傾ける。

 

 

「レヴァームと天ツ上、あなた方の言うことが本当ならば凄まじい国力と対等な関係が築けるし、夢としか思えない技術も手に入る。我が国としては申し分ない」

「それでは──」

 

 

シハンはアメル達の明るい顔を遮るかのように話を続けた。

 

 

「しかし、国ごとの転移などとても信じられた話ではない」

「たしかにそう思われても仕方がないでしょう。ですが、貴国が使者を我々に送ってくだされば分かるかと」

「いや、我が目で確かめたい」

「と申されますと?」

 

 

アメルの問に、シハンは窓の外が見える位置に移動した。窓から見える外は青々とした海が広がり、その海に一隻の船がいた。神聖レヴァーム皇国のボル・デーモンである。

 

 

「貴国ではあのような鋼鉄の飛空船が多数配備されていると聞いた。それらは水軍のように編成されていると聞く」

「はい、我々はあの規模の飛空艦を多数保持しております。飛空艦隊もレヴァームと天ツ上では多数編成されておりますので」

「ふむ、ではそのうちの一つでも親善訪問として我が国に派遣してくれぬか?」

「良いのですか?」

「良い。実は近々我が国で『軍祭』と呼ばれる催し物が執り行われるのだ。そこで貴国の力を見せつけて欲しい」

 

 

アメル達はシハンの言っていることに面食らった。たしかに、レヴァームと天ツ上は砲艦外交の一環としてこの国へとやってきたが、それは力を見せるためではなく舐められないためだ。

 

他国で自分の力を見せるなど、やっていいことではない。何かあれば大問題に発展しかねないし、国同士の仲が険悪になることは間違いない。だが、彼はむしろ自ら「力を見せろ」と言ってきた。

 

それはやはりこの国が剣に生き、剣に死ぬ国であるからだろうか。武人の国では力が全て、力ある人が敬われ、力なきものは権力があっても馬鹿にされる。フェン王国はそんな国だという、その生き様が「力を見せろ」という答えに結び付いたのだろう。

 

レヴァームと天ツ上はその報告を聞いて、近々派遣しようとしていた第二使節団艦隊をパーパルディアに派遣した後にフェン王国に向かわせるとし、軍際の日に間に合うように仕向けた。こうして、天ツ上の艦隊がフェン王国に集まることになったのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年9月25日

 

 

『眩しいな』

 

 

ガハラ神国風竜隊隊長スサノウは、隣国フェン王国の首都上空を飛行していた。フェン王国が五年に一度開催している『軍祭』、今年の軍祭はかつてない盛り上がりを見せていた。

 

スサノウ達は親善として風竜3騎で編隊飛行を披露していた。彼のように、この軍祭では各国の武官が多く参加し、自慢の武具を見せ合っている。各国の軍事力の高さを見せつけることによって、他国を牽制する役割もある。

 

だが、文明圏の国は「蛮国の祭りに興味はない」とし、参加していない。「力を見せるまでもない」というのも本音だろう。

 

スサノウは今回から初めて参加した『天ツ上』という新興国家の船をみやる。常軌を逸脱したかのような巨大船が、空に浮いていた。バタバタと両舷にある風車を回し、空中にピタリと停止している。何隻もの大小様々な大きさの船が空に立ち並び、その中には風竜が着陸できそうなくらい大きい船もある。

 

 

「そうだな、確かに今日は快晴だ」

 

 

相棒の風竜の呟きに、スサノウは反応した。風竜は知能が高く、人の言葉を理解しており、念話による会話も可能だ。

 

 

『いや、太陽ではない。あの巨大な船達全てから、線状の様々な光が高速で照射されているのだ』

「船から光?何も見えないが?」

 

 

そう言ってスサノウは船を見やった。かの船には、マストらしき巨大な構造物の上にくるくると回る物体がついている。

 

 

「フッ……人間には見えまい。我々が遠く離れた同胞との会話に使用する光、人間にとっては不可視の光だ。何が飛んでいるかも確認できる、その光に似ている」

「風竜だからわかるのか?どれくらい遠くまで?」

「個体差がある。ワシは120キロくらいまで見ることができる。あの船が出している光はワシのより少し強い」

「……まさかあの船は遠くの船と魔力通信以外の方法で通信できたり、見えない場所で飛んでいる竜を見つけることができるのか?」

『あそこにいる船の全てがそのようだな』

「天ツ上……何だかすごい国じゃないか」

 

 

スサノウは天ツ上の船を見遣りながら、そう感心した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「まさか、他国の領海内で訓練を行うとは思わなかったな」

「ええ、本当です」

 

 

第二使節団艦隊旗艦、飛空戦艦敷島。その艦橋内で艦隊司令官の八神武親中将と敷島の艦長の瀬戸衛は、外の景色を眺めながらそう言った。

 

前にパーパルディア皇国を訪問した第一使節団艦隊はそのままレヴァーム本土に帰国した。代わりに第二使節団艦隊がこのフェン王国への軍祭に派遣されている。

 

 

「にしても……いつ見ても過剰なほどの大艦隊だな」

 

 

そう言って八神司令は近くの護衛艦たちを見据える。そこには天ツ上最新鋭の重巡空艦龍王型や高蔵型が悠々と空を泳いでいた。

 

高蔵型重巡空艦と龍王型重巡空艦は帝政天ツ上海軍の誇る最新鋭重巡空艦である。高蔵型は神出鬼没をモットーとする天ツ上機動艦隊の中核を握り、艦隊の護衛に担う艦である。そして、龍王型はその後継艦である。

 

重巡空艦『高蔵』

基準排水量:1万3000トン

全長:203メートル

全幅:20メートル

機関:揚力装置4基

武装

15.5センチ連装砲

上部4基8門(前部2基、後部2基)

下部5基10門(前部3基、後部2基)

12.7センチ連装高角砲計8基16門

三連装酸素空雷発射管2基6門

25ミリ連装機銃14基(上部4基、下部10基)

 

 

重巡空艦『龍王』

基準排水量:1万5000トン

全長:200メートル

全幅:20メートル

機関:揚力装置4基

武装

20.3センチ連装砲8基16門(上部5基、下部3基)

12.7センチ連装高角砲8基

25ミリ連装機関砲8基

13ミリ連装機銃12基

三連装空雷発射管4基(両舷に装備)

 

彼らは使節団艦隊と言っているが、その実は調査団に近い。艦隊には有事の際に合わせた空母や戦艦が配備されている。さらには、フェン王国での軍祭が終わったら天ツ上本土でさらに増援が加わる予定だ。

 

これには訳がある。第二使節団艦隊がこれから向かうのは、レヴァームと天ツ上が転移してきた星の東側とグラメウス大陸。つまりは未開拓の地域である。国交締結よりも、そこに国家が存在するのかどうかを確かめるのが本来の目的だ。

 

そのため、何が起こっても良いようにこの規模の艦隊編成となっている。その任務の一環として、このフェン王国にて軍祭にやって来たのだ。

 

 

「それほどこの国は我々の力を見たいのだろうか?」

「おそらくそうでしょう、この国は剣に生き剣に死ぬ国だと言います。その実力主義の観点では、弱い国は相手にできない。だからこそ、我が国の力が見たいと言ってきたのでしょうね」

 

 

瀬戸艦長はそう言って自身の憶測を語った。確かに、この国は実力主義の国だ。魔法がない代わりに国民全員が男女問わず剣を学び、実力のないものは馬鹿にされる。そんな国である。外交も同じように実力のある国が慕われ、実力のない国は馬鹿にする。そんな文化がこの艦隊の派遣を推進したのだろう。

 

 

「…………いや、本当にそうかね?」

「何がです?」

「この国は先日、パーパルディア皇国からの提案を断り、目をつけられていると聞いた」

「そうだったのですか?初耳です」

「ああ、その中でのこの軍祭、おかしくはないか?」

「まさか……フェン王国が我が国を戦争に巻き込むためにこの軍祭に招き込んだと?」

 

 

そう言われた八神中将は、自身の憶測に頷いた。

 

 

「……だとしたらあのシハンという男は相当なキツネですよ」

「あくまで可能性の話だ。確証はないがな……」

 

 

確かに、おかしかった。フェン王国と接触したのはパーパルディア皇国との提案を断ったその日であった。ますます怪しくなってくる。

 

 

「信じられんな……」

「しかし、間違いありません」

 

 

と、彼らの会話が一区切りしたところで電探の観測員が驚嘆の声を上げていた。

 

 

「どうした?」

「ああ、艦長。逆探知機を見ていたのですが、上空の風竜からレーダー波に似た電波が照射されているんです」

「何だって?」

 

 

そう言って瀬戸艦長と八神中将は二人揃って電探の逆探知装置を覗いた。これは神聖レヴァーム皇国から輸入したPPIスコープで、今までの電探の電波の表示画面のような波線ではなく、丸い画面に点を移すものだ。その丸い画面上に点が三つほど写っている。確かに電波が照射されているのは間違いなさそうだ。

 

 

「本当だな……」

「まさか、生物から電波が出ているとは思いませんでした」

「つまりは機上電探のような物か……」

「これは早急に対策が必要だな」

 

 

機上電探。その名の通り飛空機械の上に搭載する電探のことで、レヴァームと天ツ上では陸上攻撃機や爆撃機などの一部の大型の機体にしか搭載されていない。しかし、この世界の生物がそれに似たようなものを持っているとしたら、こちらも対策が必要だ。早急に上に機上電探の配備を具申しておかなければならない。

 

 

「艦長、そろそろ時間です」

「そうか、よし!全艦戦闘配置につけ!!」

 

 

瀬戸艦長の号令一下、敷島の乗組員たちが一斉に艦内を駆け回った。ある者は砲塔につき、またある者は対空機銃についた。僅か三分ほどで全員が戦闘配置につくと、彼らはそのまま艦長の号令を待つ。

 

 

『さあ、これから帝政天ツ上の軍船の力をお見せしましょう!!』

 

 

地上にいる天ツ人の軍人が通信機越しにそう掛け声を上げた。どうやら気合が入っているらしく、いつになく声のトーンが高い。

 

 

「まったく騒ぎおって……艦長、フェン王国に一つデッカイものを見せてやれ」

「はっ!全艦主砲砲撃戦用意!!砲門開け!!目標、右前方の標的艦!!!」

 

 

彼の号令の下、敷島の誇る46センチ連装砲塔が電圧でゆっくりと回転し始める。重さ1000トン近い主砲塔が回転する様はそれだけで見るものを圧倒する。

 

 

『全砲門照準完了!!』

「よし……撃ち方始めっ!!」

 

 

途端、耳を塞ぐような轟音が空気を震わせた。爆裂する雷のような音が、環境にいる人間の耳すら揺らし、頭を揺さぶった。その音は対岸にいたフェン王国の人々の耳を貫き、その轟音は天守閣にいたシハン達にも聞こえていた。

 

撃ち出された46センチ砲弾はそのまま寸分の狂いもなく水平にから撃ち下ろされ、廃棄された標的艦の目の前に着弾すると、信管が反応して爆発。頭を揺さぶるような轟音が、海全体を轟かせた。

 

 

『目標消滅!!』

 

 

目標の軍船はものの見事に消滅していた。爆裂が凄まじすぎて、燃える暇もなく吹き飛んでいたのだ。

 

 

「よし、デモンストレーションは終わった。あとは……」

「艦長」

 

 

と、瀬戸の命令を遮るように通信員が声を上げた。

 

 

「どうした?」

「ピケット艦から報告。ここから西の方角から近づく飛行物体を発見しました。速力350キロにて接近中です」

「…………ここから西といえばパーパルディア皇国でしたね?」

「ああ、悪い予感が当たったようだな」

「どうしますか司令?相手はワイバーンより速い350キロは出ています。おそらく改良種かと思われます」

「改良種であろうとそうでなかろうと、攻撃を加えてきたら正当防衛だ」

 

 

そう言って八神司令は右手を上げて号令を上げた。

 

 

「全艦に通達!対空戦闘用意!上空直掩機、援護に入れ!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

パーパルディア皇国監察軍東洋艦隊所属のワイバーンロード部隊20騎が、フェン王国に懲罰を加えるために首都アマノキ上空に来ていた。竜騎士レクマイアは気分を高揚させながら上がる士気に心躍らせていた。

 

軍祭にいる各国の武官に、フェン王国のような皇国に逆らった愚かな国の末路がどうなるのかを知らしめるため、あえてそこの祭りに合わせて攻撃の日が決定されている。

 

しかし、今回の命令には外務局監察室所属のレミール皇女から、直々に新たな命令が下された。

 

 

『軍祭にいる天ツ上の飛空船艦隊を攻撃せよ』

 

 

レヴァーム、天ツ上という国の情報はレクマイアも聞いてはいた。生意気にも目立つ飛空船で国交開設にやってきた愚かな国なのだという。この軍祭にその艦隊がいる、ならばその艦隊を攻撃せよというのがレミール様のお考えなのだろう。この命令には報酬がたんまりとついてくる、兵士達の士気も高い。

 

 

『ガハラの民には構うな!天ツ上の艦隊を……!?』

 

 

と、飛来してきたワイバーン隊の隊長格が何かを発見した。

 

 

『な、何だあれは……!?』

『飛空船?にしても大きすぎる!!』

『馬鹿な!飛空船が空中に停止しているだと!?』

 

 

目の前に映る光景に、驚嘆の声を上げる竜騎士たち。レクマイアを含めた全員が、その偉容に目を見開く。その飛空船は遠くから見てもわかるくらいとてつもなく巨大だった。そして、船体は黒光しており、まるで鉄でできているかのような偉容である。

 

 

『うろたえるな!栄えある皇国竜騎士団はあんなデカブツには屈しない!!続けぇ!!』

 

 

上空まで到達すると、彼らは一気に降下をし始めた。口に火球を携え、艦隊の一番中央にいる船に向かって全騎が降下してゆく。

 

 

『撃てぇ!!』

 

 

ワイバーンロードの強化された火炎弾が、そのまま巨大飛空船へと殺到していった。あたりが熱に震え、朦々と煙が立ち昇る。

 

 

「やったぞ!!」

 

 

してやったりの表情を浮かべ、レクマイアは喜びの声を上げた。敵の飛空船は炎上、おそらく船体の殆どが砕け散って燃え盛っていることだろう。しかし──

 

 

「!?、そんな馬鹿な!!」

 

 

相手の飛空船はまったくびくともしていなかった。所々炎上しているだけで、まだ悠々と空を飛んでいる。信じられない、空を統べる覇者であるワイバーンロードの火球が効かないなんて。

 

 

「!?、何だあれは!?」

 

 

突然、誰かが太陽を指差してそう言った。レクマイアは快晴の空模様の中を見据える。すると、何やら黒点のようなものがこちらに向かってきているように見えた。目のゴミか?と思ったが、辺りに「オオオオオン」という謎の音が聞こえてきた。それが奴の発する音だと気づかずに一騎のワイバーンが爆ぜた。

 

 

「え?」

 

 

さらに一騎、また一騎と次々にワイバーンロードが光弾に貫かれた。

 

 

「な!?」

 

 

まるで光のシャワーだ。その光のシャワーは狙ったようにワイバーンロードに炸裂し、竜騎士ごとワイバーンロードを貫いていく。

 

 

『さ、散開しろ!!』

 

 

隊長騎からの号令一下、レクマイアは騎体を操って急旋回した。ワイバーンロードの時速は350キロ。それだけの速度が出れば、十分振り切れるだろうと、そう思っていた。

 

 

「なに!?」

 

 

後ろにぴったりと、その黒の異形が付いてきた。黒の異形は後ろに風車を持ち、胴体が蚊のように尖っており、翼は折れたわけでも無いのに折れ曲がっていた。なんだあれは、列強のワイバーンロードに追いつけるなんて、一体なに奴だ!?

 

と、レクマイアのワイバーンロードに光弾が炸裂した。血飛沫を上げ、ワイバーンロードは力尽きてしまい、そのままヘタリと翼の揚力を失って行った。レクマイアはそのままゆっくりと、海へと落ちて行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「敵ワイバーン!全騎撃墜!!」

 

 

瀬戸艦長と八神司令はその報告にひとまず安堵した。ワイバーンに狙われたのは艦隊の中央にいたこの敷島であったが、艦長の気転で事前に甲板作業員を中に収容していたため、負傷者は出なかった。

 

そして、正当防衛として上空で編隊飛行をしていた真電改隊に、ワイバーンの撃滅を指示したら、あっという間に片付けられた。改良種なのでどれくらいの実力があるか分からなかったが、真電改で倒せるのであれば問題はない。

 

 

「なんとか凌ぎましたね」

「ああ、これはフェン王国にはきっちりと説明してもらわねばな」

 

 

瀬戸艦長と八神司令はそう言ってフェン王城を睨みつけた。この攻撃にどんな意味があるかを知らずに、二人はレヴァームと天ツ上の行く末を密かに心配した。

 




『竜騎士レクマイア』
この後も登場します。というか、この人もアレになってもらおうかな〜とね。


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第39話〜軍祭の動乱その2〜

軍祭の後半です。次回と合わせて、レミールがなぜあの命令を出したのかが明らかになります。


『軍祭に参加している天ツ上艦隊に攻撃せよ』

 

 

本当ならば、憎きレヴァームの艦隊に攻撃を加えたかったが、この際仕方がない。パーパルディア皇国の首都エストシラントの宮殿にて、皇女レミールはそう思いながら自身の出した命令を思い返した。

 

 

──天ツ上め、恨むなよ、元はと言えばレヴァームが悪いのだ。

 

 

そう考えてレミールは自身の命令を正当化した。彼女があの命令を下した理由はただ一つ、レヴァームを怒らせるためだ。レミールはレヴァームのことが気に食わなかった。栄えある皇国に対して砲艦外交を仕掛け、威圧的な外交を行った文明圏外国。その文面だけでも怒りが湧いてくる。

 

しかし、問題はそこじゃない。問題はあの女狐(ファナ)であった。彼女は自分がどれだけ努力しても落とし切れていないルディアス皇帝陛下を、美貌だけでかっさらっていった。

 

そして、あまつさえ自分が最も尊敬するであろうルディアスに頭を下げさせた。許せるはずがない。あの場にいるべきは自分であり、あんな美しいだけが取り柄の女狐ではないのだ!

 

天ツ上がレヴァームと同盟を組んでいることはわかり切っている。今回の攻撃はレミールが恨むレヴァームと同盟を組んだ国がどうなるのか知らしめるための犠牲であった。

 

天ツ上にも死者が出るだろう。しかし、文明圏外の国の人間などどうでもいい。ましてや、レヴァームと関係を持っている国に死者が出るなら願ってもない幸運だ。

 

 

──今に見てろよ女狐め……貴様に地獄の苦しみを味わわせてやる。

 

 

そう呟いてレミールは皇都エストシラントを見渡した。その上空に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

フェン王国 王城

 

今回のパーパルディア皇国からの不意打ちに関する説明を待つ為、応接の間で座って待つアメル達外交官の一団。アメルはフェン王国との交渉の為パーパルディアから第二使節団艦隊に便乗していた。王城は華やかさは無いが、外交のための応接の間は奥ゆかしさや風情のある部屋で質素であるが居心地の良い。

 

だが、そんなことは関係ない。フェン王国には今回の件についてきっちりと説明してもらわねばならない。出された茶に手もつけずに待っていると、フェン王国武将のマグレブが現れた。

 

 

「レヴァームと天ツ上の皆様、今回はフェン王国に不意打ちをしてきた不届き者どもを、誠に見事な武技で退治していただいたことに、まずは感謝を申し上げます」

「…………」

 

 

マグレブの話を黙って聞くアメルと島田。何を言っているんだこいつは、という目でマグレブを睨み付ける。一方のマグレブはそれはもううざったらしい程にニッコニコであった。

 

 

「早速、国交開設の事前協議を、実務者協議の準備をしたいのですが……」

「いい加減にしてくれませんか?」

 

 

と、我慢ならなかったアメルの冷たい言葉がマグレブを貫いた。その言葉の覇気に、応接の間にいる重役全員の顔が青ざめる。

 

 

「あなた方の無礼な態度に我々は失望しました。パーパルディアに目をつけられている状況下で、軍祭を無理やり開催し、あまつさえパーパルディアから攻撃を喰らうなど、貴国は危機管理能力が全くないようですね?」

「わ、我が国としてもパーパルディアがあのような行動に出るとは思わず……」

「嘘はやめてくれませんか?あなた方は我々をこの軍祭に呼び込むことで、我々を戦争に巻き込もうとしてましたよね?」

「ぐっ……」

 

 

アメルの的をついた発言に、マグレブは黙り込んでしまった。どうやらそのようだ、八神司令が予測していたように、どうやらこの国はレヴァームと天ツ上をパーパルディアとの戦争に巻き込もうとしているらしい。

 

 

「我々とパーパルディア皇国は今のところ、比較的良い関係を築いております。その関係に対して水を差す、いや汚すかのような貴国の策略。今後の貴国との関係に影響することをご留意ください」

 

 

そう言ってアメルは島田を連れて応接の間を出ていこうとする。それを、焦ったような表情でマグレブが止めに入る。

 

 

「お、お待ちください!!」

「貴国はもう戦争状態にあるのではないでしょうか?我々としては戦争状態にある危険な国とは国交を開設したくないものです。あと、ここから西に150キロの海域に22隻の艦隊が居ます。おそらくパーパルディアの艦隊でしょう。彼らがフェン王国に対してどうするのか、我々は予想が付いていますが、貴国の幸運を祈ります」

 

 

アメルはフェン王国に死ねと言わんばかりの事を言って、そのまま出て行こうとする。が、その時応接の間の扉が掛け声とともに開いた。

 

 

「剣王陛下の御成り!!」

 

 

重圧なふすまを開けて現れたのは、フェン王国の長である剣王シハンであった。重圧な雰囲気を醸し出し、歩みを進めるシハン。彼はそのまま席に座るのかと思ったが、アメルたちの前に来ると深々と頭を下げた。

 

 

「本当に申し訳なかった」

 

 

流石のアメルたちも、これには面食らった。一国の王ともいえるシハンが、そのまま頭を下げるとは思っていなかったからだ。彼はそのまま包み隠さず語り始めた、パーパルディアからの提案を断ったこと、今回の軍祭にパーパルディアがやってくることをあらかじめ予測していた事、そしてレヴァームと天ツ上を戦争に巻き込もうとした事をだ。

 

 

「…………」

 

 

アメルはそれでもポーカーフェイスを隠さない。だが、ここまでされたらアメルと島田の慈悲が動いてしまう。

 

 

「…………頭をお上げください」

「…………」

「我々は貴国の態度を本国に許してもらえるように進言しておきます、それでは」

 

 

アメル達はそれだけ言って応接の間を出て行こうとする。今度は止めるものはいない。止めることはないだろうとアメル達が思っていたときに、島田がアメルに耳打ちをして来た。

 

 

「それから……一つだけ申し上げます」

 

 

アメルはマグレブとシハン達に振り向き言葉を発する。

 

 

「我々に卑怯な攻撃を行った蛮国の海軍は、我々が叩き潰します」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「最後の敵艦を撃滅!」

 

 

パーパルディア皇国国家監察軍東洋艦隊、フェン王国徴罰部隊所属の提督ポクトアールは当然のことだと、その報告に耳を貸すことなく飄々と仕事に戻る。

 

パーパルディア皇国の国家監察軍東洋艦隊フェン王国徴罰部隊の22隻は、フェン王国の首都アマノキを目指して西へ進んでいた。

 

途中、フェン王国の海軍がやってきて抵抗してきたが、やはり蛮族は蛮族。斬り込みと接近戦しか考えていない奴らの船など栄えあるパーパルディア皇国の戦列艦の敵ではない。

 

 

「提督、やはりワイバーン隊との連絡がつきません」

 

 

通信兵がそう言ってポクトアールに報告をした。ポクトアールは怪訝な顔でその報告を頭の中で整理する。当初の作戦では、ワイバーンを乗せられる船である『竜母』という船から発艦したワイバーンロードの飛行隊を用いてアマノキ上空で暴れ回り、そのあと戦列艦の砲撃を以てアノマノキを焼き払うつもりだった。しかし、作戦当日になって出港前の艦隊に追加の命令が発せられた。

 

 

『軍祭に参加している天ツ上艦隊を攻撃せよ』

 

 

それはなんと、外務局監査室所属の皇女レミールからの直々の命令であった。ポクトアールは根っからの皇族信者である、そのため彼女の命令に喜んで乗った。

 

計画を変更し、ワイバーンロード隊に天ツ上の飛空船を攻撃するように伝えて飛び立たせた。そこまではよかったのだが、それからワイバーン隊との連絡は先ほどから一切通じていない。

 

 

「艦長、何が起きたと思う?」

 

 

ポクトアールは状況を整理しながら、なんとか艦長に意見を求めた。

 

 

「ガハラ神国の風竜に迎撃されたのが一番可能性が高いでしょう。あの軍祭にはガハラの風竜が参加しておりました。彼らが迎撃に上がった可能性もありますが……」

「通信もなしにいきなり全滅することは考えにくい……か」

「はい、そうだと思います」

 

 

艦長とポクトアールの予想は的を射ているとは思えなかった。ワイバーンロード隊にはフェン王国にはない魔導通信機を備え付けてある、アマノキからここまで通信することもできるし、報告も可能だ。ガハラの風竜に攻撃されたのなら、それに関する報告が来てもおかしくないはずだ。しかし、通信はない。何かトラブルがあったと見ていいが、その内容が見当もつかない。

 

 

──まさか……天ツ上の奴らに……?

 

 

ポクトアールは思考を凝らし、その可能性を考えた。思えば今回の天ツ上への攻撃、何かおかしいと思った。パーパルディアへの砲艦外交を行った相手だと聞いていたが、それだけで目標を変更するとは思えない。ならば、何かレミール嬢には隠している思惑があるのではないか?

 

 

「ポクトアール提督!」

「なんだ?」

 

 

そこまで思考を凝らしていた時、突然通信兵が魔導通信機を操作しながらこちらに振り向いた。

 

 

「第三外務局局長のカイオス殿が……ポクトアール提督を呼んでいます」

「な、何!?」

 

 

ポクトアールはその報告に目を見開き、青ざめて慌てた。彼が焦ったのには理由がある。本来ならば、正規の命令系統にないレミール嬢からの命令は一度局長であるカイオスに問い合わせるべきであったのだが、ポクトアールはそれをしなかったのである。

 

そんな中でのカイオス局長からの通信。もはや内容は予想できる、十中八九この不当な命令系統による混乱についてであろう。

 

「報告、連絡、相談」という言葉があるように、軍隊に限らず組織というのは上からの命令を報告したり、連絡したり、相談したりする過程は重要視される。そのため、ポクトアールは報告を怠った理由を問い詰められる事を恐れていたのだ。

 

しかし、局長からの直々の通信は拒否できない。恐る恐る、震える手で魔導通信機の受話器を手に取った。

 

 

「と、東洋艦隊提督ポクトアールであります」

『第三外務局局長カイオスだ。作戦中申し訳ないが、提督、一つ聞きたいことがある』

「な、なんでしょうか?」

『先日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が出されたそうだが、なぜそちらからの報告がない?』

「そ、それは……」

『それは?』

 

 

カイオスが言っているのは紛れもなく、レミール嬢からの『天ツ上艦隊を攻撃せよ』という命令に関してだった。案の定、ポクトアールは口をパクパクとさせて言葉を詰まらせる。

 

 

『まさかとは思うが──貴様報酬目当てに奢ったな!?』

「ッ!!」

 

 

図星であった。今回折り返し報告をしなかった理由は二つ、二つとも単純明快である。一つはポクトアールが根っからの皇族信者である事、彼の皇族贔屓が報告を二の次にさせた。

 

そして二つ目、報酬である。この作戦にはレミール嬢から直々に多額の報酬が支払われることになっていた。給与のいい皇族からの直接の報酬、それに目が眩み、ポクトアールは報告をわざと怠ったのだ。

 

 

『今すぐ戻ってこい!作戦は中止だ!!貴様の処罰も相当重いものになると覚悟しておけ!!』

 

 

そう言ってカイオスは一方的に通信を切った。ガチャン、という間の抜けた音とともに通信が切れた音が鳴り響く。船の中の全員がしんと鎮まり返っていた。

 

 

「…………せよ……」

「?」

 

 

ポクトアールが何かを呟き、艦長に向き直った。

 

 

「進軍だ!進軍せよ!!このまま軍祭に突入し、天ツ上艦隊を焼き払うのだ!!」

 

 

ポクトアールは取り乱した様子でそう叫んだ。

 

 

「で、ですが提督……カイオス局長から帰還命令が……」

「黙れぇ!!このまま進軍だ!!天ツ上の艦隊を討ち取って功名をあげるのだ!!」

 

 

艦長の胸ぐらを掴み、怒気を孕んだ声で捲し立てるポクトアール。完全に冷静さは失われており、その目は血走っている。

 

 

「て、提督!!」

 

 

その時だった、見張りの水兵が双眼鏡を覗きながらマストからポクトアールにそう大声で呼びかけた。

 

 

「12時の方向!飛行物体が多数!!」

「何ぃ!?」

 

 

ポクトアールは艦長を突き飛ばし、手持ちの望遠鏡でその方向を見据えた。そこには、空を悠々と泳ぐように飛ぶナニカが居た。

 

 

「な、なんだアレは!?」

 

 

その時だった、艦内に備え付けられた魔信の着信音が鳴り響き、艦内全体に声が轟いた。

 

 

『航行中のパーパルディア皇国海軍に告ぐ!こちらは帝政天ツ上海軍重巡空艦「龍王」である!これより先はフェン王国の領海である!直ちに停船セヨ!!』

 

 

その姿を見た時のパーパルディア皇国海軍は混乱の真っ盛りになった。高空を海を泳ぐ鯨のように悠々と飛び、空を統べるそれらはとてつもなく巨大であった。尋常じゃないほどの速度で近づいてくるそれは、遙か高い空の上を飄々と飛んでいる。突然通信をして来たのは、ポクトアールが攻撃対象にしていた帝政天ツ上海軍であった。

 

だが、奴らを攻撃する手段はポクトアール達にはなかった。戦列艦の魔導砲は上空には向けられないし、当てることは叶わない。ポクトアールは冷静にそれを悟り、焦ったような表情で命令を下そうとする。

 

 

「てっ、撤退だ!!撤退しろ!!」

「え!?」

「いいから早く逃げるんだ!!早くしろ!!」

 

 

しかし、コンマ数秒遅かった。突然、雷鳴の轟のような轟音が鳴り響き、海が爆裂した。あまりに突然の出来事に、艦橋の面々は度肝を抜かれた。

 

 

「や、奴ら魔導砲を……しかもこの距離から……」

 

 

ポクトアールはその正体をすぐさま悟った。遅れて聞こえて来た砲撃音からアレは魔導砲であると知ることができた。奴らとはまだ10キロほど離れているが、その距離から狙って飛んできたのだ。

 

 

『我々帝政天ツ上海軍は貴国の行動を宣戦布告と捉え、殲滅を開始する!』

 

 

飄々とした死刑宣告が、艦橋全体に轟いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

重巡空艦『龍王』艦橋

 

 

「次弾装填!」

 

 

艦橋に砲術長の号令が轟く、16門の20.3センチ砲塔が全てパーパルディア皇国海軍に向けられ、丁字を取って砲撃を続けている。天ツ上海軍はフェン王国に近づくパーパルディア皇国海軍に対して艦隊から重巡空艦『龍王』を含めた龍王型2隻と高蔵型2隻を派遣した。

 

その龍王の艦橋の中で、敷島から乗り替えてきた八神武親中将は命令を下す。それは、パーパルディア皇国への死刑宣告であった。

 

 

「艦長、ここで奴らを撃滅するぞ」

「はっ!」

「全艦!蛮族の海軍を全て撃沈せよ!!!」

『了解!!』

 

 

各艦から返事がすぐさまやってきた。龍王型の20.3センチ砲と高蔵型の15.5センチ砲の砲塔たちが全てパーパルディア皇国海軍に向けられる。

 

 

『主砲、撃てぇ!!』

 

 

途端、龍王の16門の20.3センチ砲弾が撃ち出され、相手の戦列艦に向かっていく。こちらに不当な先制攻撃を加えた蛮族の海軍に、正義の鉄槌が降り注いでいく。

 

先頭を行く戦列艦に龍王の砲弾が降り注いだ。破裂をもたらす20.3センチ砲弾は、戦列艦を飲み込むように降り注ぎ、破壊をもたらした。大砲はそうそう当たるものではない、と思っているであろうパーパルディア皇国にはうってつけのサプライズである。

 

初弾から命中させた海軍の練度に感心しつつ、八神司令はそのまま次の艦を狙うように指示をした。パーパルディア皇国海軍の船たちはそのまま敗走を始め、我先に助かろうとバラバラに散っていった。

 

 

「逃すな!全て撃沈だ!!」

 

 

こちらに不当な先制攻撃を加えた相手に、もはや容赦はいらない。たとえ相手が逃げようとも追いかけるまでである。

 

 

『装填完了!!』

「よし、撃てぇ!!」

 

 

またも、破壊の一撃が戦列艦たちに降り注いだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「戦列艦『パオス』被弾!轟沈!!」

「戦列艦『ガリアス』炎上!!」

 

 

ポクトアールは打ちひしがれていた。あの距離からの一方的な砲撃、しかもそれをほとんど初撃で当てて見せている。

 

大砲はそうそう簡単に当たるものではない。海には波があり、自分が揺れていれば敵も揺れる。だが、相手は空を飛んでおり、その波を全くものともせずに砲撃を仕掛けてくる。

 

それでも砲撃はそうそう当たるものではないはずなのだが、相手は初弾だけでものの見事に撃沈して見せている。それも、こちらは最大戦速で逃げているのに相手は物ともせずにズンズンと追って来ている。どうやら、相手は見逃してくれないようだ。

 

 

「そ、そんな馬鹿な……我が皇国海軍が一方的にやられるなど……」

 

 

相手は空を飛んでいるため、攻撃手段はない。自分たちは何もできないのに、相手は追ってきて、一方的にやられている。ポクトアールはこれまでにないほどの絶望感を味わっていた。

 

 

「つ、通信兵!本国に通信しろ!『天ツ上海軍に攻撃されている』と!」

「了解しました!」

 

 

通信士は急いで魔信を送り始める。その間にも破壊の嵐は続き、戦列艦は次々と撃沈されていっている。

 

 

「送信完了!」

 

 

通信兵が叫ぶのと、乗っている船に砲弾が命中するのはほぼ同時であった。激しい揺さぶりと共に、船が真っ二つに折れ、ポクトアールは海へ振り落とされていった。ここに、フェン沖海戦と呼ばれた一方的な戦闘は幕を閉じた。

 




『ポクトアール』
一応は生きてます。流石にこの人はアレにはなりませんよ。

『龍王と高蔵』
前回スペックを公開したのはこの戦闘のためでした。


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第40話〜二人の皇女〜

メリークリスマス!
ハッピーホリデー!

私はぼっちでした……


パーパルディア皇国の皇都エストシラント。栄華を極めたこの皇都は栄えあるパーパルディア皇国の象徴だ。至る所が美しく発展して、全てが他の文明圏外国の首都とは大違いである。

 

しかし、その発展模様はどこか歪だ。都市計画のかけらもなく、ただ単に栄華だけをかき集めて作られたかのような印象を得られる。そう、ここはパーパルディアの属国から吸い上げた富によって作られた歪な都市なのだ。

 

 

「これより、帝前会議を開始します」

 

 

パーパルディア皇国の中心地、パラディス城にて国の行く末を決めるであろう帝前会議が行われようとしていた。この会議にはパーパルディア皇国の重役達が全て集まっている。レヴァームと天ツ上が初めて接触してきた時の帝前会議とは違い、また新たに第3外務局局長のカイオスとパーパルディア皇国軍最高司令官アルデが新たに加わっている。

 

カイオスは前々回の時にはレヴァームと天ツ上の使者に対して対応していたため、今回新たに加わった。まあ、その前回の対レヴァーム、天ツ上対策会議の時はいたのだが。

 

 

「今回の議題は先日発生した『フェン沖海戦』についてです」

 

 

司会進行役のエルトが声を張って議題について説明する。

 

 

「去る中央暦1639年9月25日、第三外務局直轄の監察軍、その東洋艦隊がフェン王国に対する懲罰のため強襲いたしました。

本来ならば、この攻撃は条約を拒否したフェン王国に対する懲罰であり、それ以外の国には攻撃を加えない予定でした。ですが、東洋艦隊を率いるポクトアール提督は何故か同軍祭にいた帝政天ツ上艦隊を優先的に攻撃、彼らに損害を与えるに至りました。天ツ上の損害については情報がないので不明です」

 

 

そう言ったところで、会議室の何人かからため息が出始めた。監察軍に対する呆れ、罵倒、様々な意味を込めたため息が出始める。

 

 

「その後、カイオス局長は東洋艦隊へ作戦の真偽について説明を求めたところ、ポクトアール提督にはぐらかされてそのまま通信を切りました。そして『帝政天ツ上海軍から攻撃を受けている!』との通信を最後に東洋艦隊との連絡はついていません。おそらく、天ツ上海軍により報復攻撃を受けたと思われます。それから約24時間が経ちましたが、母港であるデュロから艦隊が帰還した報告がないことを見るに、東洋艦隊は全滅したと思われます」

 

 

今度はその報告に会議室の面々が驚きの表情を見せた。

 

 

「全滅ですかぁ……蛮族相手に全滅、監察軍は皇国の恥ですなぁ」

 

 

そう言ってカイオスを睨んで発言したのは、パーパルディア皇国軍最高司令官アルデであった。彼にとっては、旧式の装備と中型竜母で構成された東洋艦隊とはいえ、蛮族である天ツ上相手に敗北したことは恥と言えるだろう。

 

ちなみに、アルデはレヴァームと天ツ上が接触してきた時はパールネウスに視察に出て行っていたため、レヴァームと天ツ上のことをよく知らない。資料をろくに読んでいないところを見ると、相変わらずのようだ。

 

 

「何故だ……」

「?」

「何故天ツ上に攻撃を加えた!?」

 

 

そう言って声を張って覇気をあらわにしたのは、皇帝であるルディアスであった。彼の額には眉間にシワがより、脳の血管がはち切れそうなほど怒りがあらわになっている。

 

 

「本当ならフェン王国に攻撃を加える予定だったのだろう?なぜよりにもよって天ツ上に攻撃を加えたのだ!?」

 

 

ルディアスの怒気を孕んだ声が会議室全体を包み込んだ。

 

 

「…………本来ならばこの作戦は説明にあった通り、フェン王国にのみ攻撃をする内容でした。しかし、作戦当日になり()()()()()()()()()()()()()()()()()()が出され、これをあろうことかポクトアール提督が受理。それにより、東洋艦隊は暴走をしたと思われます」

「おのれ無能めぇぇぇ!!これでは、これではレヴァームとの関係も悪くなってしまうではないか……!!」

 

 

そう言って周りの目を気にすることなく本音を漏らすルディアス。カリカリと爪を噛みながら子供のように地団駄を踏む。カイオスにはすでに見抜けていたが、ルディアスはファナに気に入ってもらうため、あの手この手でレヴァームと良い関係を築こうとしている。そのため、そのレヴァームの同盟国である天ツ上を攻撃した事に怒りを感じていたのだ。

 

 

「…………カイオス殿、『本来の指揮系統から逸脱した不当な命令』とは誰が出したものなのです?不当な命令ということは、カイオス殿が出したわけではないのでしょう?」

 

 

第二外務局局長のリウスがカイオスに質問する。カイオスはその質問に対して、一呼吸だけ深く息を吸うとそのまま回答をし始める。

 

 

「…………レミール皇女様です」

「!?」

 

 

全員がその言葉に目を見開き、狼狽し始める。中にはレミールの方に目線を集めるものもいた。とにかく、会議室にいる全員がその人物名に衝撃を受けたのは言うまでもない。

 

 

「何故だレミール?何故天ツ上へ攻撃を命令したのだ!?」

「…………」

「答えろレミール!!」

 

 

レミールはルディアスの怒気を孕んだ質問に答えることはない。が、しばらくすると思い口をそっと開いた。

 

 

「ルディアス陛下、あなたは変わってしまった」

「!?」

「あなたはあの女と出会ってから、前のルディアス様では無くなってしまった!!」

「な、何を言って……?」

 

 

いきなり訳のわからないことを言い始めるレミール、彼女の目からは光が消え、笑みも引きつっていた。何やら企んでいるかのような笑みを、レミールは浮かべている。

 

その時だった。いきなり会議室の扉がバタンと開けられ、外からサーベルを帯剣をした何人もの兵士達が会議室に入ってきた。中にはマスケット銃を所持しているものもいる。

 

 

「動くな!!」

 

 

その銃口は皇帝ルディアスにまで向けられており、重役たちは何事かと口をパクパクさせていた。その兵士たちの銃口は、何故かレミールとアルデには向けられていない。

 

 

「レミール!?これはどう言うことだ!?」

「そのままの意味です陛下。あなたは変わってしまった、あの女狐と出会ってからあなたは惑わされてしまっている!!」

「は?」

 

 

思わずルディアスは間の抜けた声で聞き返す。

 

 

「外を見てください皇帝陛下……民衆の声を」

 

 

レミールにそう促され、皇城から窓の外を見渡すルディアス。皇城の広い庭越しでもよく聞こえる、民衆たちの怒号が聞こえてきた。

 

 

『弱腰ルディアスは今すぐやめろ!!』

『我が国は列強だ!!新興国家ごときになど屈しない!!』

 

 

民衆たちの怒号は、全てルディアスに向けられていた。デモはたった今始まったらしく、今まで声が聞こえてこなかったのも納得がいく。まさか──

 

 

「レミール……!貴様計りおったな!!」

 

 

クーデター、それがルディアスの出した結論であった。兵と民衆を動かし、クーデターで革命を起こして実権を剥奪する。それがレミールの計画なのだと。

 

 

「ええそうです、ルディアス陛下。アルデ殿に一枚噛んでもらいました」

「アルデ!貴様もグルか!!」

 

 

ルディアスがそう言うと、アルデはフッと不敵に笑うと窓の外を見やった。民衆たちのルディアスに対する罵声はさらにヒートアップしている。

 

 

「民衆たちを見てください陛下。新興国家のレヴァームと天ツ上ごときにヘコヘコ頭を下げるあなたに、民衆は怒りを感じております」

「新興国家でもレヴァームと天ツ上は違う!彼らは転移国家なのだぞ!!」

 

 

レヴァームと天ツ上が転移国家である事は彼らと会談したときに教えてもらっていたが、ルディアスだけが信じていた。アルデやレミールたちは信じておらず、レミールに至ってはそれどころではない。

 

 

「彼らと戦争でもするつもりか貴様ら!?そうなればパーパルディアは滅ぶぞ!!」

「…………陛下、あなたはやはり惑わされている」

「何がだ!?」

「あの女狐に、ルディアス様は騙されているのです!!」

 

 

突然、意味不明なことを言い出すレミール。ルディアスは怒りに任せて振り向き様に怒鳴ったが、レミールの態度は変わらなかった。

 

 

「約束します、あなたをこのように変えてしまったあの女狐(ファナ)を必ずや地獄に叩き落として見せると!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖レヴァーム皇国、首都エスメラルダ。きっちりとした都市計画に基づいて作られ、美しい街並みが広がる旧市街と新市街の融合。歪さなどかけらもなく、新旧の発展と歴史が感じられる美しい首都である。

 

そのエスメラルダの旧市街地の中心地にレヴァームの中枢であり、政治の中心地であるエスメラルダ宮殿がある。その会議室は若干パニックになっていた。

 

 

「パーパルディアの状況はどうなっておりますか?」

「はい。去る今日午後15時頃、パーパルディア皇国の中枢であるエストシラントにて大規模なクーデターが発生しました。首謀者は皇女レミールという人物で、皇帝ルディアスを含む首脳陣の一部が実権を剥奪され、暫定政府が誕生しております」

 

 

マクセルの報告を聞きながら、ファナ執政長官は頭を抱える。パーパルディア皇国でクーデターが発生したことは、現地の諜報員から情報が入っていた。それによると首謀者はレミールとかいう皇女で、参加人員にはパーパルディア皇国の軍最高司令官も含まれているという。大規模なクーデターであったそうだ。

 

 

「現在、抵抗のない重役はそのまま実権を持っていますが、抵抗を見せた人物はそのまま拘束されているという状況です。パーパルディアからの発表では首謀者のレミールが新皇帝として実権を握っているそうです」

 

 

その言葉に会議室の全員がため息をついた。クーデターで新政権が誕生したということは、今まで築き上げてきたレヴァームとパーパルディアの関係はまた一から振り出しに戻ってしまう。

 

今までパーパルディア皇国とは特にトラブルもなく、比較的仲良くやっていけそうであった。しかし、その外交努力もこのクーデターにより全てがお釈迦である。

 

 

「前回の軍祭といい……一体何が起こっているのやら……」

 

 

9月25日の軍祭の日に同盟国である天ツ上艦隊が攻撃を受けたことはレヴァームにも伝わっていた。その時も会議は開かれたが、結局は何故パーパルディアが天ツ上を攻撃をしたのかは不明のままであった。

 

 

「マクセル大臣!!何故パーパルディアのクーデターをあらかじめ察知できなかったのです!!これは外交失策にあたりますぞ!!」

 

 

思わずナミッツ司令がマクセルに噛み付いた。彼にもこの頭痛の種であるパーパルディア皇国と仲良くなれそうな時に、このような事態に陥ったこたは外交失策とも言えた。マクセルは議会の大臣達を束ねる立場であるため、彼にも責任があるのだ。

 

 

「…………普通ならば察知できたでしょう。ですが、今回のクーデターは時期が早すぎた。まだパーパルディアとは接触してから間もないし、情報を察知するにはまだ地盤が固まっていない状況でした」

 

 

それがマクセルの言い分であった。彼の言う通り、パーパルディアとはまだ接触してから日にちが経っておらず、外交も進んでいない。その状態でのこのクーデターは、あまりに早すぎて対処のしようがないと言うのがマクセルの意見である。

 

 

「それでも彼らが何らかの準備を行っていることは察知できたはずでは?」

「相手の準備が早すぎたのです。国交開設前にパーパルディアへ出向いた調査員によると、そのような兆候は全くみられなかったそうです。そのため、我々もパーパルディアと接触するに至りました。その直後から準備が始まったのだとすれば、あまりにも準備が早すぎます」

 

 

そう、彼の言う通りパーパルディアではクーデターの兆候は全くみられなかった。その状況下でのこのクーデター、前もって計画していたならまだしもあまりにも準備が早過ぎる。察知できないのはうなずける。

 

 

「しかしですね!」

「ナミッツ司令」

 

 

と、またも食ってかかろうとしたナミッツをファナが制した。

 

 

「今ここで責任について言い争っても仕方がありません。今後我々はどうするべきかを考えましょう」

 

 

ファナの言っていることはもっともだと皆が納得し、ヒートアップしていたナミッツも引き始めた。

 

 

「今後としては、わたくしはパーパルディアとは今まで通りの関係を続けていきたいと考えております。しかし、クーデターが起こった以上は外交関係は一からやり直しです」

 

 

会議室の面々も、これには項垂れるものが多くなった。誰も良い案が浮かばないのか、頭を抱えている。

 

 

「とにかく、今まで通りの関係を続けるには温和な態度が一番望ましいでしょう」

「新体制のパーパルディアがそれに応じるかどうかは別ですがね」

 

 

マクセルの意見を、またもナミッツが遮った。その後も何回か改善案が出てきたが、どれもはっきりと良いとは言えずに会議が詰まる。結局、レヴァームも天ツ上も何もできないまま二ヶ月が過ぎてしまうのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一方、神聖ミリシアル帝国ではレヴァーム、天ツ上に向かわせていた視察団が帰国し、その報告が済んでいた。視察団が見た彼らの卓越した技術力は、神聖ミリシアル帝国を震撼させていた。

 

 

「そうか……パーパルディアでクーデターが」

「はい、なんでもパーパルディア皇国内で強硬派が皇帝ルディアスの実権を剥奪、暫定政府が誕生している模様です」

 

 

神聖ミリシアル帝国の「眠らない魔都」である帝都ルーンポリス。その中心地のアルビオン城にて、ミリシアル8世を交えた帝前会議が行われていた。今回の内容は『パーパルディアでのクーデターについて』である。

 

列強第一位の神聖ミリシアル帝国が他国のクーデターについて会議を開くのは癪であるが、パーパルディア如きでも列強は列強。その地位は国際関係にまで直結するため、その動向は油断ならないのは事実なのだ。

 

事実、神聖ミリシアル帝国は東側に魔導艦隊を多数配備しており、パーパルディアに睨みをきかせている。列強同士の睨み合いがあるほど、彼らの列強という立場は強い意味を持つのだ。

 

 

「なるほど。して、クーデターの原因はなんなのだ?」

「はい、最近の皇帝ルディアスの弱腰体制に対して反発した民衆と軍部によるクーデターであり『我が国は列強だから新興国のレヴァームと天ツ上ごときに頭を下げるべきではない』という理由だと考えられます」

 

 

ミリシアル8世の問いに、アグラが自身の分析を唱えた。

 

 

「愚かだな」

「ええ、馬鹿にも程があります」

「相手を見くびり過ぎだ」

 

 

そう言って重役のほとんどは口を揃えてパーパルディアを罵倒した。彼らの手には、レヴァームと天ツ上に向かわせた視察団からの報告書が握られている。

 

 

「今回ばかりはその通りだな。にしても東の果てにこのような国家が急に出現するとは、不思議なこともあるな」

 

 

ミリシアル8世の手元にもその報告書が握られている。彼も、今回のレヴァームと天ツ上の報告には目を通していた。

 

 

「ミスリル級と同レベルの軍艦が空を飛んでいるだけでなく、それを多数保持しているだなんて……」

「レヴァームと天ツ上の総艦艇保有数を合わせたら、我が国とムーが合わさっても勝ち目はないのかもしれんな……」

 

 

彼らの資料には、レヴァームと天ツ上の飛空戦艦が大量に量産されて配備されている事が記載されていた。

 

 

「ふむ、彼らが転移国家であることは疑いようがないな。そんな彼らに戦争を仕掛けるつもりなのだろうか?」

「あの国は属領を従える程の力を蓄えたあまりに、自分たちの強さの限界が見えなくなっています。井の中の蛙です。十分あり得るでしょうね」

 

 

そう言ってアグラはミリシアル8世に自身の憶測を語った。

 

 

「ふむ、では事前に決めておきたいが、パーパルディアとレヴァーム、天ツ上が戦争になった時我らはどうするべきだ?」

 

 

今から戦争について語るのはなんともおかしいが、彼らの分析ではパーパルディアがレヴァームと天ツ上に戦争を吹きかけるのは目に見えていたのだ。

 

 

「我々としては観戦武官をレヴァームと天ツ上に派遣するべきだと思っております。なにぶん、パーパルディアではあの国に勝つことは不可能ですから」

 

 

それに対して、うんうんと頷くミリシアルの重役たちであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「パーパルディアでクーデター?」

「左様にございます。現在政府では対策会議が行われておりますが、中々良い案が浮かばないようです」

 

 

お風呂場の湯の湯気、眺める星空、チョロチョロとした水音。皇城内の露天風呂に浸かる美しい肢体をさらりと晒すのは、天ツ上の皇太子である聖天殿下であった。夕方の湯呑の時間、彼は側近からの報告に頭を痛めた。

 

 

「はぁ……せっかくレヴァームと天ツ上はパーパルディアと良い関係になっていたのに……これでは振り出しに戻ってしまうではないか」

 

 

そう言って聖天は深いため息をついた。彼とて政治の権限がないわけではない、若いながらも勉強の一環として外交に関する権限を一部与えられているのだ。その彼の仕事が増えてしまうのは、頭が痛いとしか言いようがない。

 

聖天はため息をつきながら、露天風呂を出ようとする。腰にタオルを巻きながら、従者に連れられて体を拭かれる。

 

 

「いえ、聖天殿下はおそらくパーパルディアとの交渉にはつかないかと思われますよ」

「?、そうなのか?」

「はい、第二使節団艦隊が明後日帰国する予定でおりますゆえ」

「ああ、そういえば僕は親善大使として乗り合わせるんだったね。ありがとう爺や」

「ご準備の方をよろしくお願いいたします」

 

 

そう言って「爺や」と呼ばれた側近はそのまま風呂場をそっと出て行った。

 

 

「世界が……変わるかもしれないね」

 

 

聖天はそのまま、風呂場から見渡せる満点の星空を見ながら、この世の行く末を案じていた。



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第41話〜アルタラスの危機〜

いや〜対パ皇戦の結末が悩みどころですね。
もしかしたらアンケートを取るかもです。

それと、龍王型と高蔵型の登場に際し、設定集を書き加えました。是非、ご覧ください。


中央暦1639年11月5日

 

 

「これは正気なのか?」

 

 

ルミエスがレヴァームに留学してから二ヶ月ほど。アルタラス王国の国王ターラ14世は王城にて頭を抱えていた。理由は手元にあるパーパルディア皇国からの要請文にあった。

 

これは毎年皇国から送られてくるもので、大体「提案」と称した絶対拒否不可能な理不尽な内容の「要求」を突きつけてくる物だ。武力にものを言わせ、都合の良い要求を突きつけてくる、それがパーパルディア皇国であった。

 

しかし、今まではその要求はさほど理不尽なものではなく、割譲地は無難な場所であったり、条件的に双方に理があったりと穏当な場合が多かった。そう、()()()()

 

今回は違った。その要求書には自分の読み違いを疑いたくなるほどの理不尽な要求が書かれていたのだ。

 

・アルタラス王国は魔石採掘場、シルウトラス鉱山をパーパルディアに献上せよ。

 

・アルタラス王国王女ルミエスを奴隷としてパーパルディア皇国に差し出せ。

 

以上2点を2週間以内に実行することを要請する、と言うものだった。これは、アルタラスにとってはこの上ないほどの理不尽な要求である。

 

まずシルウトラス鉱山はアルタラス王国の最大の魔石採掘場であり、国の経済を支える中核だ。その埋蔵量は世界でも5本の指に入るほどである。それを失えば、アルタラス王国の国力は大きく削がれる。

 

二つ目のルミエスの奴隷化については、言うまでもなくアルタラスにとっては利益が何一つない。アルタラスを怒らせるために記述されているとしか思えないのだ。そして、最後に一言──

 

 

──できれば武力を使用したくないものだ

 

 

嘘をつくな、とターラ14世は言いたかった。これは初めからアルタラスと事を構えるために書かれた文章である事は間違いない。つまりは初めから戦争をする気でいるのだ。

 

 

──やはり皇国は野心を抱いていたか。

 

 

ターラ14世はひとまず書類を置いて、真相を確かめるためにル・ブリアスにあるパーパルディア皇国第三外務局の直轄下にある、アルタラス出張所に出向く事にした。

 

王城を出て馬車に揺られ、しばらく町並みをゆくと荘厳な雰囲気で作られたパーパルディア皇国のアルタラス出張所が見えてきた。

 

 

──相変わらずだな、ここは。

 

 

ターラ14世からすれば、この建物はアルタラスから見たらとても不釣り合いに見える。周りとの調和を全く意識しない豪華絢爛な造りは、パーパルディアの自己主張を物語っているように見える。

 

ターラ14世は外交官を共につれ、職員に案内されて館内を歩いてゆく。アルタラス国王が直接きたと言うのに、まるで王の事などどうでも良いかのような雰囲気が漂い、大きな混乱もなかった。

 

 

「待っていたぞ!蛮族の王よ!!」

 

 

いきなりの罵倒と共に出迎えたのは、パーパルディア皇国第三外務局所属のアルタラス担当大使のカストだ。小太りの彼は大胆に椅子に座り、足を組んだまま一刻の王を呼びつける。

 

一方の王は立ったままであり、大使室には大使が腰掛ける椅子の他にはソファのひとつもない。いや、床の一部が変色しているのを見ると、事前に撤去したらしい。

 

 

──なんと無礼な……

 

 

アルタラスの外交官は無礼には無礼で返すため、挨拶などせずに話を始めた。

 

 

「あの文章の真意を確認しに参りました」

「そのまんまの意味だが、それが何か?」

 

 

カストは他にどんな意味があるのかと、わざとらしく両手を上げて挑発する。

 

 

「シルウトラス鉱山は我が国最大の鉱山です」

「それがどうした?鉱山など他にもたんまりあるではないか。それとも何か?え?皇国の意思に逆らうつもりか?あ?」

 

 

品のない表情と暴言。外交官とターラ14世は彼の言い方に呆れつつ、話を進める。

 

 

「とんでもございません、逆らうなど。しかし、これはなんとかなりませんか?」

「ならん!!」

 

 

カストは声を荒げた。と、ここで今まで黙っていたターラ14世が今まで話していた外交官を下がらせ、入れ替わるようにカストの前に踏み出た。

 

 

「では我が娘、ルミエスのことなのですが、何故このようなことを?」

「ああ、あれか。ルミエスは中々の上玉だろうに?だから、俺が味見をしようと思ってな」

「「は?」」

 

 

固まった。カストの信じられない回答に、ターラ14世も外交官も揃って間の抜けた声を出した。開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう、ターラも外交官も思わず腰のホルスターに手が伸びそうになった。

 

 

「……それも、ルディアス皇帝陛下のご意志なのですか?」

「いや、今の皇帝はルディアスではなくレミール様だ」

 

 

ああ、そうだった。パーパルディアでは最近クーデターが起こって政権が変わったのをターラ14世は思い出した。長らくルディアスの時代であったため、忘れていたがこれはレミールの意思らしい。

 

 

──こいつには忠誠心がないな。

 

 

母国でクーデターが起き、長らく愛された皇帝が失脚したのにもかかわらず、こいつは飄々とした態度で何も感じていないようだ。それだけ忠誠心が低く、自分本意なのだろう。

 

 

「では、これはレミール様のご意志で?」

「ああ!?なんだその反抗的な態度は!!皇国の大使である俺の意思は即ちレミール様の意思だぞ!」

 

 

ターラ14世の胸の奥に、怒りが湧いてきた。手が腰のホルスターに自然と伸びる。

 

 

「蛮族風情が、誰に向かって口を聞いて──」

 

 

その時、カストの暴言を甲高い銃声が遮った。銃口から吐き出される硝煙と空薬莢のカラコロという音が、静まりかえった部屋全体を支配した。

 

 

「ギャァーーー!痛い!痛いぃぃぃぃ!!!!」

 

 

カストは腕を押さえながら悶絶する。カストの前には、レヴァーム製の拳銃を構えたターラ14世が手を震わせながら銃を構えていた。

 

 

「き、貴様……今何をした……!!!」

「何をしたかって?え?なんだその反抗的な態度は!?一国の王と王女を侮辱したくせに反省の色もなしか!!」

 

 

さらにもう1発、硝煙と薬莢が飛び散る。

 

 

「あだぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

今度はカストの反対側の腕にレヴァーム製45口径弾がブチ当たり、骨を砕いて体の中に留まった。

 

 

「く、くそっ……!!貴様この俺にたてつくつもりか……!?」

「ああそうだとも、どっちが偉いか教え込んでやる!!」

 

 

そして、ターラ14世はレヴァーム製拳銃を構え、弾倉に詰め込まれた残りの5発を全てカストに撃ち込んだ。何発もの45口径弾丸がカストの体を貫き、内臓を破壊して血みどろを吐き出させる。そして、最後の1発を頭にぶち込むと、カストは息絶えてばたりと椅子から倒れた。そして、全ての弾丸を撃ったターラ14世は唖然とした外交官に向き直った。

 

 

「あの馬鹿大使の死体を皇国に送り返せ!!皇国に要請文の返事で『国交を断絶する』とはっきり書け!!我が国にある皇国の資産も凍結しろ!!」

「はっ!!」

 

 

怒りの収まらないターラ14世はそのまま大使室を出て、連れてきた護衛に王城と連絡を取るように命じた。

 

 

「現時点を持ってパーパルディア皇国を仮想敵国とし、軍の全部隊を動員、予備役を全て召集しろ!速やかに国境封鎖を行え!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年11月12日

 

パーパルディア皇国皇都エストシラント、パラディス城。パーパルディアでのクーデターが成功裏に終わり、皇帝ルディアスが失脚したことによりエストシラントには新政府が誕生していた。

 

新国家元首は皇女レミールが務めることになった。様々な調印式を終え、やっと国家元首としての役割が果たせることになったレミールは、パラディス城の王座の間にいた。かつてルディアスが座っていた玉座を見据えた。

 

 

「ルディアス様、申し訳ありません。しかし、あの女に地獄を味わわせる方法はこれしか無いのです」

 

 

皇帝ルディアスはパラディス城に幽閉され、外部との連絡は取れなくなっている。再びのクーデターに備えている形である。レミールとしては愛するルディアスをこのような目に合わせるのは少し気がひけるが、あの目的を達成するには仕方のない事であった。

 

彼女は実権を剥奪して国家元首になった身。新皇帝としても見ることができる、そのためこの玉座に座ることになった。レミールは意を決して玉座に座ると、頭を下げる重役たちに向き直った。

 

 

「皆の者、表を上げよ!」

 

 

レミールがそう言うと、重役たちが頭を上げてレミールに向き直った。思わず笑みが溢れる。いつもルディアス様はこのような優越感に浸っていたのだと実感し、レミールの自尊心を擽った。

 

 

「皆の者、既に計画はまとまっておるな?」

「ははっ、レヴァームと天ツ上を()()()()()()の準備は着々と進められております。こちらの資料をご覧ください」

 

 

そう言って軍の最高司令官であるアルデがレミールに資料を渡した。彼にはこのクーデターに一枚噛んでもらった、一番の立役者だ。このクーデターは軍のほぼ全てが関与しており、その命令を出したのはアルデだ。彼がいなければクーデターは未遂に終わっていたであろう。

 

アルデはレヴァームと天ツ上を格下だと認識しており、さらに彼には物欲があった。彼ほど使える駒はない、そうレミールは分析してこのクーデターに乗らせたのだ。

 

 

「ふむ……なるほど、概要はわかった。して、どうやって彼らを属国化させる?」

「彼らにはまずレミール様の『あの要求』を突きつけ、属国化を要求いたします。彼らには人質を突きつけて脅しをかけましょう。まあ、飲まないでしょうから人質はレミール様の好きなタイミングで殺してしまっても構いませんでしょう」

 

 

あまりに命を度外視した発言に、重役の何人かが顔をしかめる。特に第三外務局局長のカイオスは良い顔をしなかった。彼らはこのクーデターには反対だった勢力だが、レミールは彼らに脅しを突きつけることによって服従させていた。クーデターの予兆がないか、逐一監視をしている。

 

 

「それで属国化できればなおよし、と言う具合か」

「左様です、そして戦争になった場合は彼らの本土に上陸して徹底的に焼き払います。我々に逆らう国家がどうなるのか、それを思い知らせるのです」

「ふむ、二国を同時に相手して勝てるのか?」

「まずは人口も国土も少ない天ツ上から落とします。そして、準備を整えてからレヴァーム本土に攻め込むのです。それなら、どれだけ人口が多くても勝てるでしょう」 

 

 

確かにアルデの考えたことは完璧に近かった。

 

 

「ふむ、ではレヴァームと天ツ上の飛空船にはどう対抗する?奴らは空を飛んでいて戦列艦の砲撃は当たらないぞ」

「もちろん、()()()()にて対抗する予定です」

「勝てそうか?」

「もちろんにございます。奴らの船はどうせ蛮族が作った見栄を張るだけのハリボテに過ぎません。あの計画が実用化すれば、レヴァームと天ツ上の飛空船など鎧袖一触でしょう」

 

 

レヴァームと天ツ上を落とすには入念な準備が必要だ、そのためにはまずあの国を落とさなければならない。

 

 

「ふむ、良い計画だ。下がって良いぞ」

「ははっ」

「では次に第三外務局のカイオス、何か報告があるであろう?」

「…………」

 

 

カイオスが一歩前に出て、アルデと入れ替わった。その間、アルデはカイオスに対してニヤリと笑いかけて彼を馬鹿にしている。

 

 

「はい、アルタラスへの要請文ですがはっきりと断られました」

「ほう、やはりそうなるか」

「しかも『国交を断絶する』とまで申し出ており、処罰が必要でしょう」

 

 

そう言ってカイオスは渋々ながらその報告をレミールにした。

 

 

「この計画にはアルタラスの魔石が必要不可欠だからな。()()()()()を作り上げるにも魔石が必要だ」

 

 

そう、このレミール主導の軍備拡張計画には大量の魔石が必要不可欠であった。パーパルディア皇国の魔導戦列艦や竜母は、馬鹿にならないほどの大量の魔石を使用する。

 

戦列艦には『風神の涙』や魔導砲に魔石が必要であり、竜母にはワイバーンの離陸を助けるために飛行甲板に等間隔で魔石が配置されている。それらは定期的に整備と交換をしなければならず、魔石の量は多く必要だった。そして、レヴァームと天ツ上の飛空船に対抗するための()()()()にも魔石は大量に必要となる。

 

そのため、まずは魔石が大量に埋蔵されているであろうアルタラス王国を落としにかかるのである。つまりは軍拡のための前哨戦だ。

 

 

「アルタラス王国へ正規軍を派遣せよ、そのかわりフェン王国は無視だ。皇軍の準備はできておるな?」

 

 

レミールは傍に立つ軍の礼服を身にまとった男に問いを投げかけた。彼はアルデの配下の伝令役だ、レミールの命令は彼を経て即座にクーデターに参加した将軍たちに伝えられる。

 

 

「レミール様の命があれば、いつでも出撃できます。アルタラスを滅ぼし、必ずや全ての魔石鉱山を献上いたしましょう」

「任せたぞよ。アルデよ、民間人は殺すな。()()レヴァーム人と天ツ上人は残しておけ。私の計画に必要な()()()

「はっ!承知いたしました」

 

 

その報告を聞き、不敵に笑うレミール。彼女の前哨戦が今始まろうとしていた。5日ほど経て、列強パーパルディア皇国の宣戦布告がアルタラス王国へ伝えられた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年11月24日

 

抜けるようによく晴れた空。南国らしい積乱雲が広がり、風もほとんど吹いていない。海鳥たちは海面で羽を休め、のんびりと浮いている。その海鳥たちが、いきなり何かに怯えるかのように飛び立った。

 

幾つもの白い航跡を引き、波をかき分ける船たち。あたかも海原を支配するかの如きそれは、海を滑る王者のようだ。

 

パーパルディア皇国海軍、その数324隻。100門級戦列艦を含む砲艦211隻、竜母12隻、地竜、馬、陸軍を運ぶ揚陸艦101隻。航空戦力として竜母一隻につきワイバーンロードが20騎ずつ配備されている。

 

中央世界の東側、第三文明圏では他者の追従を許さない圧倒的な海軍。パーパルディア皇国軍(パ皇軍)はアルタラス王国を滅するため、主力となる艦隊を差し向けた。

 

指揮官は将軍シウス。彼は『冷血』『無慈悲』な戦術家という評価を持つ冷酷な人物である。旗艦『シラント』の艦橋で指揮を取る。

 

やがて、ワイバーンを視覚外で発見するため開発された『対空魔振感知器』の反応を元に、竜母5隻から100騎のワイバーンロードが発艦した。彼らはパ皇軍に一矢報いようとしているアルタラス王国軍(ア軍)のワイバーンを迎撃するために南西方向へ向かって行った。

 

そうして、ア軍のワイバーン120騎とパ皇軍のワイバーンロード100騎の空中戦が始まった。積乱雲から飛び出してきたワイバーンロードたちは、対空魔振感知器にかからないように低空飛行していたワイバーン隊を飲み込んで行った。

 

ワイバーンロード隊はスピード差を生かし、一撃離脱を繰り返しては、すれ違い様に導力火炎弾を放って下方へ離脱して行った。アルタラス王国のワイバーン隊とは速度差がありすぎて回避行動も間に合わない。

 

しかし、彼らもやられっぱなしではない。ア軍ワイバーン隊は竜騎士をレヴァームから輸入した小銃や短機関銃、さらには散弾銃などで簡単な武装強化をしており、すれ違い様に彼らに銃弾を撃ち込んで一騎ずつ落として行ったのだ。

 

しかし、多勢に無勢でありワイバーン隊は30分もたたないうちに全滅してしまった。アルタラスのワイバーン隊はよく奮戦したといえよう、彼らはパ皇軍のワイバーンロードを15騎も落としているのだから。

 

制空権を奪ったパ皇軍はワイバーンロードの思わぬ被害に頭を抱えつつも、そのまま地平線の向こうにいるアルタラス海軍艦艇に向かって行った。

 

アルタラス海軍艦艇はパ皇軍と同じ戦列艦である。侮れない敵に対し、パ皇軍は一切の容赦をしなかった。ア軍戦列艦は自軍の戦列艦の射程外から一方的に魔導砲を叩き込まれ、次々と数を減らして行った。

 

しかし、彼らも一矢報いようと虎の子の兵器を放った。戦列艦の艦首に設置された、レヴァーム製の76ミリ対戦車砲だ。十分な射程距離にまで近づいたところで、彼らは一斉にその砲弾を放った。

 

その砲弾は先頭を進んでいた戦列艦に命中し、パーパルディア皇国が誇る対魔弾鉄鋼式装甲を無視して貫通。戦列艦の特徴である大量の弾薬を持った弾薬庫に命中し、破片を撒き散らして戦列艦は吹き飛んで行った。

 

レヴァーム、天ツ上とアルタラス王国が接触してからまだ数ヶ月。この対戦車砲は接触してから輸入したもので練度に問題があり、切り札として取って置いていた。が、その対戦車砲は性能で練度を覆し、見事に戦列艦に命中して爆散した。

 

思わぬ戦果に湧き立つア軍、思わぬ被害に戦慄するパ皇軍。将軍シウスの狼狽は、2隻目の戦列艦が撃破された時にまで続いた。珍しく焦ったシウスは、全ての戦列艦でア軍艦隊を包囲するように命令した。

 

艦首にしか配置されていない対戦車砲の死角から、ア軍艦隊は蹂躙され始めた。その間も、艦首の対戦車砲で次々と戦列艦を沈めていっている。そして、激しい海戦ののち、弾薬庫の砲弾が尽きたのはア軍艦隊の方であった。

 

彼らは必死に戦い、そして散って行った。今までどの国も成し遂げられなかったパ皇軍の戦列艦を10隻も撃破するという、偉業を成し遂げて。それは、後世の歴史にも大きく取り上げられ、称賛されることであろう。

 

思わぬ被害に頭を悩ませつつも、海戦に勝った将軍シウス。そのまま作戦通りに揚陸艦を伴い、アルタラス王国への上陸を開始した。

 

 



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第42話〜悲劇〜

今年最後の投稿になります。皆さま今年度は「とある飛空士への召喚録」をご観覧いただきありがとうございましたm(_ _)m

それと、今回かなりグロテスクな表現が含まれます。
苦手な方はご注意ください。


パーパルディア皇国から見れば、アルタラス王国の玄関口となる海岸線。海岸と荒野だけが広がる、不毛の地がそこにある。塩が混じっているせいで、植物もあまり生えずにまばらに植生するのみ。魔石鉱山もなく、人が根付くには困難を極めるため、土地には名前すら与えられず放棄されている。

 

しかし、海岸線は広く上陸するにはもってこいだった。パーパルディア皇国は海岸線に対するワイバーンによる偵察を何度も敢行し、入念な事前情報のもと上陸を開始した。彼らは特に苦労する事なく1万人の兵を揚陸させることに成功したのだ。

 

この作戦にはパーパルディア皇国の威信がかかっている。レミールの命で兵力は当初の3千人から1万人に増強され、万全の準備を敢行していた。

 

この戦力ならば、無傷でアルタラスを占領できる。海上では手ひどくやられたが、今度は負けやしない。誰もがそう思い、今回の戦いもそのように推移する──はずだった。

 

異変は上陸してから少し経った後に現れた。上陸用のボートたちが浜辺にたどり着き、兵士たちが砂浜に上がった。そこまではいい、その後幾らか進んだ後、その地面がいきなり爆発したのだ。それも、人の足を確実に狙った炸裂弾の応酬であった。

 

さらにはそれらの爆発はただ地面が破裂するだけではない。いくつかの丸い円筒状の物体が宙に跳躍すると、幾つもの鉄球が兵士たちに降り注いだ。

 

彼らを苦しめたのは、ア軍が仕掛けたレヴァーム製の対人地雷だった。普通の地面に仕掛けるタイプと、宙に舞って鉄球を撒き散らす跳躍地雷の二種類がありとあらゆる場所に仕掛けられていた。

 

兵士たちは宙を舞って頭から地面に叩きつけられたり、足を吹き飛ばされて瀕死の重体を負ったりした。跳躍地雷の数は少なかったが、運悪くそれに当たった兵士は鉄球に頭や体を貫かれて脳味噌を撒き散らした。パ皇軍は恐慌状態に入り狼狽し始め、混乱はシウス将軍にまで一気に伝わった。

 

一方の上陸部隊隊長バフラムは何が起こっているのか分からずに、阿鼻叫喚の渦に飲み込まれていった。

 

その渦をさらに広げるかのように、雄叫びが海岸線に響いた。ぱかりぱかりと蹄を鳴らし、大地を揺らして駆けてきたのはターラ14世率いるア軍騎兵隊であった。

 

地雷原の爆発が収まったところを見計らって、彼らは一気に突撃を敢行して来たのだ。混乱の極みにあったパ皇軍上陸部隊たちは恐慌状態に陥り、戦場を騎兵たちにかき乱された。

 

パ皇は戦いの準備が整っていなかった。彼らの装備するマスケット銃は装填に数十秒かかることがあり、直ぐには撃つことが出来ない。上陸して直ぐの戦闘は想定していなかった為、その隙を突かれた形で混乱が広がっていった。

 

一方のア軍の騎兵隊にはレヴァーム製の騎兵銃が装備されていた。レバーアクションによって馬の上でも再装填ができる為、彼らは同じ銃でも相当の差がつけられていたのだった。

 

さらにはターラ14世は王家に伝わる伝統の剣を携えて、接近戦で活躍していた。この距離になると騎兵銃よりもその方が使い勝手が良いからだ。

 

だが彼らの奮闘も限界があった。戦闘の準備を整えたパ皇軍兵士たちは馬に向けてマスケット銃を乱射。馬がやられれば、騎兵は落馬してしまい、重傷を負ってしまう。そこを銃剣を付けたパ皇軍兵士に取り囲まれて戦死した。

 

また、パ皇軍が投入した『リントヴルム』と呼ばれるゾウの2倍近くある大きさの地竜の導力火炎放射器によって、馬ごと焼かれた兵士もいた。炎に飲まれて悶え苦しみながら落馬する兵士にパ皇軍は容赦なくマスケット銃の引き金を引いた。

 

ターラ14世はそんな状況でも必死に斬り込みをかけて、ついには混乱状態にあったバフラム目掛けて一直線に向かっていった。彼の刃は見事にバフラムの喉を貫き、命を絶たせた。しかし、そこで剣が抜けずにパ皇軍に取り囲まれてしまい、銃剣を突き刺されてターラ14世は戦死してしまった。最後にレヴァームに亡命したルミエスの名を呟いて。

 

こうして、パ皇軍はかなりの被害を受けながらもアルタラスに対する橋頭堡を獲得するに至った。その後、ターラ14世が戦死した為さしたる抵抗もないだろうと思っていた彼らは王都までの途中のルバイル平野でまたも地獄を見ることになる。

 

草一本も生えていないルバイル平野。高低差が少なく、遠くまで見渡せるこの荒野で、ア軍1万9千とパ皇軍9千人が激突した。ア軍は塹壕に篭って小銃を構えて待ち構えていた。

 

対してパ皇軍は戦列隊と呼ばれる、マスケット銃を効率よく撃つための戦列歩兵を何列にも渡って組んでいた。それは、小銃にとっては良い的であった。

 

開戦と同時に、パ皇軍はリントヴルムを76ミリ対戦車砲で次々と撃破され、あっという間に丸裸にされた。そして彼らは小銃の餌食に自らかかっていることを知らずに、そのまま恐慌状態のところを撃ち殺されていった。

 

バフラムから代わって陸戦隊の指揮を取り始めていたベルトランは、彼らが使っているのがマスケット銃の類だと気づくと、そのまま突撃を敢行した。パ皇軍にとっては文明圏外の国に対して初めての突撃命令だった。

 

パ皇軍は大きな犠牲を出しながらも、ア軍の陣地にある塹壕まで潜り込み、銃剣同士の殴り合いとなった。ア軍はまだ小銃を使い始めたばかり、それに対しパ皇軍はマスケット銃を使い慣れている。その差は歴然としていた。それでもア軍は、パ皇軍に甚大な被害を与えて戦いの幕を下ろした。これが、アルタラス島の戦いと呼ばれた戦争が終わった瞬間であった。

 

パ皇軍は甚大な被害を出しながらもなんとかアルタラスを占領した。そして捕虜の中にはアルタラスとの条約に基づきアルタラスに残っていた、レヴァームと天ツ上の武官たちとその家族50名が居た。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

第三外務局、その応接室に続く扉まで第三外務局局長カイオスは怪訝そうな表情で歩みを進めていた。彼の両隣には東部担当部長タールと東部島国担当課長バルコが控えている。

 

その先頭をゆくカイオスの顔色は優れない。緊張した趣で、冷や汗を流しながら歩いていた。彼が緊張している理由は、これから会談する国の名前にあった。

 

 

──なんとかして彼らとの戦争を回避しなければ……

 

 

これから、レヴァームと天ツ上の使者との会談が行われる。会談内容は『フェン沖海戦での処遇について』カイオスはまだルディアスが実権を握っていた頃の帝前会議でその話題について触れていた。そのため、被害者であるレヴァームと天ツ上がなんらかの要求を行なってくるのは明白だった。

 

カイオスはクーデターが起きてからはなるべく穏便に事を済ませ、反抗の機会を伺っている。そうでもしなければ、レミールたち過激派に囚われてしまうからだ。

 

レミール達過激派はレヴァームと天ツ上との戦争を望んでいる。まだ囚われの身でない今の段階でなるべく出来ることをし、レヴァームと天ツ上との戦争を回避しなければならない。そうでもしなければパーパルディアは滅んでしまうからだ。

 

 

──彼らは絶対に勝てる存在ではない。

──なんとか穏便にことを済ませなければ……

 

 

カイオスは吹き出る汗を拭い、応接室の扉をガチャリと開けた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

レヴァームの外交官アメルと天ツ上の外交官朝田、篠原の三人は第三外務局の窓口のある建物から出て、別館に案内された。建物の外観は白を基調としており、柱の一本一本に至るまで繊細な彫刻が刻まれている。

 

天井には金で出て来た彫刻が施され、国力を表していた。並の文明圏外国の外交官がここに案内されたら、威圧されて恐れをなしたかもしれない。そんな様子を微塵も見せない彼ら三人は、思い思いに雑談して過ごす。

 

 

「ここはなんだか、レヴァームの歴史ある城の応接室に似ていますね。少し前に旅行で行ったことがあります」

「奇遇ですね、私もそのお城見に行きましたよ。ええと……名前はなんだっかな?」

「それはサン・クリストバルのトリステン城ではありませんか?」

「ああ、それですそれ。かなり豪華な城だったので、印象に残っています」

 

 

まもなく扉がノックされて、窓口職員として彼らを対応したライタと呼ばれる人物が入ってきた。

 

 

「準備が整いました、カイオス殿が入ります」

 

 

ライタの掛け声とともに、何人かの人物たちがこぞって入って来た。彼らは会釈をしながらゾロゾロと応接室に入っては着席する。

 

 

「ここで自己紹介を」

「はい」

 

 

ようやく本題に切り出せそうなところなので、促しに応じて自己紹介をする。

 

 

「帝政天ツ上外務省職員の朝田です。こちらは、私の補佐をする篠原です」

 

 

眼鏡をかけ、ビシッとした髪型の端正な顔立ちをした朝田が品よく一礼した。続いて少し小太りだが、自信に満ち溢れた篠原が礼をする。

 

 

「神聖レヴァーム皇国外務局職員、アメルと申します」

 

 

最後に挨拶をしたのは女性のような顔立ちと髪型をした、これまた端正な顔立ちのアメルだ。その後はパーパルディア側の自己紹介に移る。東部担当部長タール、東部島国担当課長バルコの二人を挨拶させて最後に一番偉いであろう男性が挨拶する。

 

 

「第三外務局、局長カイオスだ。して……今回は何用で皇国に来られたのだ?」

「はい、先日9月25日のフェンでの軍祭における天ツ上に対する攻撃と、フェン沖海戦の件について正式な要求と関係改善に向けた協議をしに来た所存でございます」

 

 

期間が数ヶ月以上空いてしまっているが、今回はフェン沖海戦についての処遇について質問と要求を求めてやって来たのだ。実は、フェン沖海戦が終わった直後からこの会談を打診していたのだが、パーパルディアでクーデターが起きてしまっていたため延期に延期を繰り返していた。そして、やっと話がまとまったのが今日だった。

 

 

「フッ、要求だと?貴様ら文明圏外国が偉そうに何を……」

「よさんかタール……して、フェンに向かった我が国の国家監察軍の消息が掴めていないが、何をした?」

「はい、貴国のワイバーンロードが軍祭に参加していた天ツ上艦隊に対して攻撃を加えたため、天ツ上艦隊は自衛のためワイバーンロードとフェン領海に近づいていた戦列艦を攻撃しました。戦闘の結果、ワイバーンロード20騎と戦列艦22隻を撃破、竜騎士レクマイアとポクトアール提督を捕虜としました」

 

 

カイオスがタールをなだめ、話を進めると彼らはとんでもない結果を言い出した。が、カイオスは予想通りの結果だと思い、頭を抱える。

 

 

「馬鹿な!文明圏外の国が我が国の監査軍を撃破するなど!しかも監察軍に攻撃を仕掛けておいて、何事もなかったかのようなその言動!タダで済むと思っているのか!!」

 

 

今度はバルコが文明圏外の使者に対するいつもの口調で三人を恫喝する。しかし、彼らは涼しい顔で怯んだ様子はない。

 

 

「いいえ、我々天ツ上は降りかかった火の粉を払ったに過ぎません。あくまで自衛の一環です」

「栄えある皇国監察軍を、火の粉呼ばわりとはっ!貴様ら、我々を見下しておるのかッ!!!」

 

 

課長バルコは怒りのあまり、目がすっかり血走っていた。

 

 

「止めろバルコ、話が進まん……して、要求というのは?」

「はい、我々天ツ上政府は被害を受けていないため金銭的な要求はいたしません。ただし、今回の行き違いについて理由を説明し正式に謝罪することを要求いたします」

「貴様我が国に謝罪しろだと!?どの口が言う!!」

「ふざけるのも大概にしろ!即刻捕虜を解放して貴様らこそ我が国に謝罪しろ!!」

 

 

外交の場において、いきなり理不尽な要求を突きつけ返すバルコとタール。外交の場でこの要求はあり得ないが、第三文明圏ではパーパルディアが頂点なのでどんな理不尽も許されていた。彼らはその癖が出てしまったのだろう。

 

 

「止さんか!話が進まんぞ!!……貴国への正式な謝罪となれば、我々だけでは決められない。しかし、捕虜の返還についてはどうするつもりだ?」

「それに関しては……」

 

 

と、その時だった。いきなりノックもなしに扉がばたりと開かれ、扉の外から一人の女性が入って来た。こちらの意思など素知らぬ顔でつかつかと歩いてくる。

 

その女性は線が細く、頭には金の(サークレット)を戴いている。年幅20代後半くらいの美しい銀髪の女性だった。彼女の鋭い視線に睨みつけられたアメルたちは、珍しく一瞬硬直する。

 

 

「レ、レミール様?いきなりどうなされたのですか?」

 

 

アメルたちが呆気にとられている中、レミールと呼ばれた女性はカイオスに向き直る。レミール、聞いたことがある。確かパーパルディアにおけるクーデターの首謀者であり、現政権の主導者的な女性だったはずだ。

 

この数ヶ月間、アメルたちは決して遊んでいたわけではない。その間もパーパルディアに対するカードを増やすために勉強をしたり、パーパルディアについて調べたりしていたのだ。そのため、彼女のことも名前だけは知っていた。確か、クーデターが起こる前は外務局監査室と言う場所に所属していたはずだ。

 

 

「カイオスよ、席を立て。レヴァームと天ツ上との交渉は私が代わることになった」

「え?で、ですが……」

「黙れ!貴様は退席だ!!蛮族に頭を下げるような軟弱者など我が国には要らぬ!!」

 

 

呼び止めようとしたカイオスを、レミールが睨み付ける。そして、彼女はアメルたちが目の前にいる中でそんなことも気にせず胸ぐらを掴んで恫喝した。

 

 

「わ、分かりました……」

「フンッ、ではそこの席を空けろ」

 

 

そう言ってレミールはカイオスだけを退席させて、その席に堂々と座り始めた。呆気にとられるアメルたちは気を取り直して表情を改める。

 

 

「私はパーパルディア皇国の皇女レミールだ。改めてカイオスに代わり、お前たちとの外交を担当する」

 

 

初対面の相手にもかかわらず、高圧的な態度のレミール。外交と呼ぶには無礼で失礼なものであったが、アメルも朝田もこの日で慣れっこだった。

 

 

「改めまして、帝政天ツ上の朝田と申します。こちらは篠原と申します」

「神聖レヴァーム皇国のアメルと申します。局長殿を退席させて、どのようなご用件でしょうか?」

 

 

アメルの質問に、レミールは不敵に笑った。

 

 

「いや、お前たちに面白いものを見せようと思ってな……これは皇女である私の意思だ」

「それはそれは、何を見せてくださるのでしょうか?」

 

 

レミールは使用人に目で合図する。使用人は合図に応じて呼び鈴を鳴らすと、外から扉が開いてそこから横長の水晶の板を貼り付けた、オルガンのような装置がレミールの前に運び込まれた。

 

 

「これは魔導通信機を進化させ、音声だけでなく映像まで見えるようにした先進魔導技術の結晶だ。この映像付きの魔導通信機を実用化しているのは、神聖ミリシアル帝国と我が国くらいのものだ」

「はぁ、そうですか」

 

 

別段驚かなかった。レヴァームと天ツ上でもカラーテレビは実用化しているし発展の理論もあるからだ。一般家庭にも普及しており、天ツ上では「3C」だなんて言われて、車とクーラーと並んで普及し始めている。

 

一方のこちらは筐体が大きすぎるので、いかんせん古臭さが否めない。国力を見せたかったのだろうが、アメルたちにとっては落胆の要素だった。

 

 

「これを起動する前に、お前たちにチャンスをやろう」

 

 

レヴァームと天ツ上の感覚からしたら質の悪い紙が使用人から渡された。その紙には以下の内容がフィルアデス大陸共通言語で記載してあった。

 

・レヴァーム、天ツ上の王には皇国から派遣された皇国人を置くこと。

・レヴァーム、天ツ上内の法を皇国が監査し、必要に応じて改正できるものとする。

・レヴァーム、天ツ上の軍は皇国の求めに応じ、軍事力の必要数を指定箇所に投入しなければならない。

・レヴァーム、天ツ上は今後外交において、皇国の許可なくして新たな国と国交を結ぶことを禁ず。

・レヴァーム、天ツ上は現在把握している資源の全てを皇国に開示し、皇国の求めに応じて差し出すこと。

・レヴァーム、天ツ上は現在知り得ている技術の全てを皇国に開示すること。

・パーパルディア皇国の民は皇女レミールの名において、レヴァーム、天ツ上の国民の生殺与奪の権利を有することとする。

 

 

とんでもない要求が、そこには書いてあった。これはレヴァームと天ツ上を属国以下の扱い、つまりは植民地化すると言うことだ。それに対して朝田と篠原は絶句する。そして、最後にもう一つ──

 

 

・神聖レヴァーム皇国の皇女ファナを奴隷として差し出せ。

 

 

「なんですかこれは?」

 

 

驚きのあまり目を見開いて言葉を失う朝田と篠原を横目に、アメルはあくまで冷静な態度で質問する。

 

 

「なんですかだと?そのままの意味だが何があるのか?」

「我々は独立国家です。貴国に属国にされるいわれはありませんし、このような要求を飲むわけにはいきません」

 

 

ここはキッパリと断るアメル。それもそうだ、この要求は植民地化の要求。かつてのレヴァームが天ツ上に対して行った要求とほとんど一緒だ。一方のレミールはそれを聞いて悪魔のような笑みを浮かべる。

 

 

「ほっほっほ……そう言うと思ったぞ。やはり蛮族には教育が必要だな。どれ、貴様らに更生の余地があるか……再考の機会を与えてやろう」

 

 

アメルたちを名指して「蛮族」と言ったことに対して、さすがに不快感を露わにする。

 

 

「どう言うことですか?」

「これを見るがいい」

 

 

レミールが指を鳴らすと、眼前の水晶の板に質の悪い映像が映し出された。

 

 

「なっ──」

「──っ!!」

「!?」

「こいつらが誰だか、お前たちには分かるな?」

 

 

アメルたちはその映像を見て絶句した。両手足を縄で繋がれ、一列に並べられている人々。その数は50人ほど。ほとんどが軍人の服を着ており、中には子供の姿もいた。老若男女関係なく並べられおり、軍服の服装や顔つきはアメルたちのよく知る人種のものだった。

 

 

「レヴァーム人……」

「あ、天ツ人も!!」

「そうだ。お前たちの返答次第で、こいつらを見逃してやっても良いぞ」

「一体どこで……!?、まさかアルタラス!!」

 

 

朝田は思考を照らし合わせて、その答えを探った。確か、パーパルディアはアルタラス王国に侵略戦争を仕掛けたと聞いた。結果はアルタラスの敗北、しかも現地には逃げ遅れたレヴァーム人と天ツ人の武官たちとその家族が残っていたという。

 

アルタラスからの要請で救出作戦を計画していたが、あまりにパーパルディアの侵攻スピードが速すぎて対処できなかったそうだ。

 

 

「卑怯な事はやめて下さい、彼らは捕虜でありこの件に関しては無関係です。捕虜は丁重に扱うべきです、即刻解放を要求します」

「要求……?蛮族が皇国に要求するだと!?立場を弁えぬ愚か者め!!」

 

 

そう言ってレミールは魔導通信機を持ち──

 

 

「──殺せ」

 

 

一言、そう命令した。

 

 

「止めろ!!」

 

 

朝田の静止を聞かずに、レミールはそう宣言した。途端、無慈悲な刃がレヴァーム人と天ツ人に降り注いだ。軍服を着た男性にナイフが突き立てられた。血飛沫が首元から滴り、僅かな悲鳴とともに絶命した。そのままナイフは下へ下へと肉を抉るかのように突き立てられていった。

 

 

『いやぁ……あなた……いやぁぁぁぁ!!』

 

 

その男性を見て悲鳴を上げた家族らしき人物にも、すぐさま腹部に剣が突き立てられる。内臓を貫いて真っ赤な鮮血で服を汚し、そのまま力無く倒れ込んだ。

 

 

『おかあさん!おかあさん……いや!いやぁぁぁぁ!痛い!痛いぃぃぃぃ!!!』

 

 

その二人を見て怯え切っていたのは一人の少女だった。彼女には目玉にナイフが突き立てられ、そのまま抉り出される。まるで嬲り殺しだ、各々の好みに好き勝手されるかのような、まるで玩具だった。

 

 

「止めろ!止めろぉぉぉ!!」

「こんな……こんなの酷すぎる……」

 

 

朝田はその惨状に激昂し、篠原は倒れ込んで泣き出した。アメルは一人、レミールを睨みつけながら鋭く疑問を投げかける。

 

 

「人の命を弄んで……楽しいですか……?」

「いや、むしろ何も感じないな。貴様ら蛮族をどれだけ殺そうと、私の知ったことではない。ほっほっほ……」

 

 

そう言って扇を口に当ててせせら笑うレミール、それに動じることなくアメルは宣言する。

 

 

「あなたの行動はレヴァーム人と天ツ人約4億人の怒りを買うことでしょう。蛮族、蛮族と罵っていますが、あなた達の方がよっぽど愚かです……!」

 

 

珍しく、怒りをあらわにするアメル。物静かで事務的な彼がここまで怒りをあらわにするのは朝田達にとっては初めてだった。

 

 

「アメルさん」

「……最後に一つだけ言っておきます」

 

 

篠原が声をかける。それに振り向き、最後にアメルはレミールに向き直った。

 

 

「我々はこのような蛮行を許すわけにはいきません。この首謀者とこの国には、必ず()()()償ってもらいます」

「フンッ、何が報復だ。皇国の躾を虐殺だの蛮行だの……これだから文明圏外の猿は」

 

 

「猿」と言う言葉に朝田と篠原が思わず反応した。彼らも怒りの所業でレミールを睨みつけている。

 

 

「お前たちの命は預けてやる。とっとと帰って、今度は我らに土下座しにくるがいい!」

「その言葉、次に言うことになるのは誰でしょうかね?」

 

 

そのまま会議は終了した。この件はレヴァームと天ツ上で大きく報道され、両国の国民を震撼させた。彼らの中で、パーパルディアに対する怒りが沸き起こったのだった。

 

 




今回の話で第3章は終了です、キリのいいところまで書けてよかった……次回からは第4章になります。それでは、良いお年を。


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第4章《パーパルディア編》
第43話〜最後の交渉〜


こんにちは、久しぶりの投稿です。
今回、20日以上投稿が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
遅れた理由としては、実は電撃文庫の公募に応募するためのオリジナル小説を執筆しておりました。
自分が初めて書いたオリジナル小説で、現在半分ほど書き上げております。その執筆の為、本作の投稿が遅れてしまいました。

楽しみにしていた皆様には、誠に申し訳なく思っております。
ですが、自分も頑張って公募で良い結果を出せるように頑張っておりました。もちろん本作の更新も、しっかりと続けていきたいと思います。


アルタラスにおける多数のレヴァーム人と天ツ人の公開処刑は、すぐさま2カ国にて報道された。新聞、ラジオ、さらには普及し始めたばかりのカラーテレビに至るまで。様々な形で両国民に衝撃を与えた。

 

残忍な形で殺された50人のレヴァーム人と天ツ人、その数は決して少なくない。もはや人種など関係ない、誰であろうと殺されたのは何人もの同じ人間だからだ。

 

残忍な方法で無関係の人間を殺し、あまつさえそれが当然であるかのような態度を取ったパーパルディアの横暴さ。そしてレヴァームと天ツ上に突きつけられた理不尽な要求の数々。パーパルディアへの怒りは両国の間で爆発寸前であった。

 

 

『パーパルディアを許すな!!』

『横暴なパーパルディアを殲滅せよ!!』

『滅せよパーパルディア!!団結せよレヴァーム、天ツ上!!』

『悪党レミールに正義の鉄槌を!!』

 

 

両国の首都、東都とエスメラルダでは連日このような標語を掲げた数多くのデモ隊が松明を掲げて行進していた。

 

彼らの怒りは止まる事を知らず、ついには戦争を求める声まで出始めた。両国国民のパーパルディアへの怒りは、かつての世界で共に争い合ってきた両国の血を呼び覚ますのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「フッフッフッ……ハッハッハッハ!!」

 

 

レヴァームと天ツ上の外交官との会談を終えた次の日、レミールは王座の間で高らかに笑っていた。理由は言わずともがな、この状況があまりにも愉快だからだ。

 

自分に屈辱を与えたファナの配下の国民を、残酷な方法で殺してやった事。それが愉快で愉快でたまらないのだ、今思い出すだけでも笑いが止まらない。

 

 

「フッフッフッ……今こそ我がパーパルディアの力を見せつける時だ、今にみておれよ、ファナめ」

 

 

あの女狐を、死ぬよりも恐ろしい地獄の目に合わせる。それが、レミールのこの戦争の目的だ。奴らは今頃怒りに震えてそれを両国の首脳に報告しているだろうが、それで良いのだ。

 

戦争が起きれば、奴らを滅ぼす手立てが揃っている。アルタラスだって落とした今、パーパルディアに並ぶ国は第三文明圏にはない。奴らの飛空船だって、あの計画が実用化すれば屁でもない筈だ。勝てる、この戦争は必ずや勝てる。

 

 

「ハッハッハッハ!ハッハッハッハ!!」

 

 

そう思うだけで、高笑いが止まらない。レミールは何度も何度も、処刑の時の様子を思い浮かべながら笑っていた。

 

 

『レミール様、失礼いたします』

 

 

と、軽快な機械音と共にレミールの手元のリングが鳴った。これは携帯型の魔導通信機で、コストが高いが軍の高官やレミールのような重役が付けて連絡を取るものだ。

 

 

「何事だ?せっかく愉快な気分だったのに……」

『申し訳ありません、レヴァームと天ツ上の外交官が急遽話をしたいと訪問してまいりましたが、如何されますか?』

 

 

と、そこまで聞いてレミールは「ほう」とほくそ笑んだ。奴らめ、どうやらパーパルディアと戦争になるのを恐れて交渉をしにきたのか、面白い奴らだ。これは、あの要求を突きつけるのに最適な機会かもしれない。

 

 

「わかった、すぐ行く。準備しろ」

 

 

レミールはそう言って身支度をして王座の間を去っていった。こうして、最後の交渉が始まる。それがパーパルディアの運命を変えるとも知らずに。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

アメルと朝田、そして篠原は前回とは違う場所のソファに座って待っていた。今回は皇宮には赴かず、意図的に第一外務局を選んで来ていた。

 

と、そこへレミールとカイオスが入室してきた。今回は二人揃っての交渉であった。が、レミールはふんぞり返っているが、カイオスは真っ青であった。

 

 

「急な来訪だな。まぁ、国の命運がかかっているのだ、その気持ちも無理はなかろう。皇国は寛大だ、今回のアポなしの非礼は許して遣わそう」

 

 

一方のアメル達は、完全なる無表情であった。その目は冷たく、一切の感情も見せていない。

 

 

「はい、今回は貴国の要求に関する()()()交渉をしに参りました」

「最後?まあ良い、して、あの要求についてだな。前回のはなかなかハードルが高すぎた、今回はこちらの要求を最低限に変えた。大人しく受け入れる事で君たちは今日中に国へ帰れる」

 

 

尊大な口調だった。アメルはレミールが敵チームの主導権を握っていることを期待しながら微笑んだ。

 

 

「我々もそれを期待します」

 

 

レミールの顔が綻ぶ。ずっとこの女が相手ならやりやすい、とアメルは心中呟く。彼女から飛び出してきたのは、大方予想通りのものだった。

 

 

「貴様らの皇女ファナ・レヴァームを我が国へ奴隷として差し出せ。さもなくば貴様らを一人残らず滅する。選択の余地はあるまい」

 

 

ふんぞり返る皇女レミール。その突き出た腹へ、アメルは微笑んだまま言葉の弾丸を撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

「お断りします」

 

 

 

 

 

 

アメルはピシャリと、そう言い切った。

 

 

「なんだと?」

 

 

レミールはこめかみに血管を浮かべ、アメル達を睨みつける。アメルには冷ややかな笑みが、細い唇に浮かんでいた。

 

 

「あなた方は私どもの事を何も知らない。知ろうともしていない」

 

 

レミールとカイオスは黙り込む、特にレミールはこちらを睨みつけたままだった。

 

 

「ファナ・レヴァーム皇女は執政長官です、レヴァームの主なのです」

 

 

カイオスとレミールが表情を変えた。そして、お互いの顔を強張らせて顔を見合わせる。

 

 

──やはり何も知らない。

 

 

アメルは内心ほくそ笑んだ。アメルはパーパルディアがレヴァームと天ツ上について知ろうとしていない事をあらかじめ知っていた。そうでもしなければこんな馬鹿げたクーデターなど起こさないはずだ。

 

あらかじめレヴァームと天ツ上の実力を示したのにもかかわらず、それを受け付けなかったから、軍と民衆は蜂起を起こした。パーパルディアはそういう国だ。自分たちが全て正しく、自分たちが一番強いと思い込んでいる。アメルはそのパーパルディアの慢心を裏から突いたのだ。

 

 

「主を差し出せ、と言われて差し出す臣下は、残念ながら我々の世界には存在しません。あなた方がそうであるように、我々もまた誇りと名誉を尊ぶ民族であるのです」

 

 

沈黙が到来した、会議室が静まり返る。レミールの顔が徐々に硬直していく。その傍ら、カイオスの顔はすっかり青ざめていた。

 

 

「何故隠した?」

 

 

レミールの凄みを利かせた言葉が沈黙を押し除ける。

 

 

「そちらは当然、知っているものと思っておりました」

「バカけている!子供のやり口と一緒だ!!」

「私も驚いています。あなた方ほどの()()がまさか我々のことを何も知らぬままあの要求をしたとは」

 

 

レミールのこめかみに隠しようのない血管が浮かんだ。美しい顔は恐怖を思わせるほど歪み、先ほどの言葉の威圧と含めて普通の人間に本能的な恐怖を与えている。

 

だが、アメルらはそれに臆することはない。むしろ相手が自分の術中に落ちていることを確認して、微笑んだ。

 

 

「帰れっ!!貴様ら蛮族とまともに話し合おうと思っていた我らが間違っていた!礼儀知らずの蛮族ども、一人残らず殲滅してくれるわ!!」

 

 

激情家ほど扱いやすい交渉相手はいない。アメルは席を立つ。

 

 

「残念です。我々も話し合いで解決できると思っておりました。もはやこうなれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

アメルと朝田、そして篠原は全員席を立ち、そのまま立ち去っていく。隣のカイオスの表情が一気に青みがかかり、冷や汗を掻くのが見えた。

 

 

「お、お待ち下さい!語弊がありました!ファナ皇女を差し出せというのは、言葉のあやです!!」

 

 

アメルは冷たい表情を保ったまま振り返った。

 

 

「ほう、ここまで侮辱しておいて、一体どのようなあやがあるのでしょうか?」

「た、ただあなた方と親善を持ちたいという事です!そのための大使として、ファナ皇女殿に皇国に来ていただきたい!それだけです!」

 

 

方便だ、言葉とはすごく便利なものだとアメルはつくづくそう思う。先程はっきりと「奴隷」と言っておいて、今更そんな方便が通じると本気で思っているなら、こいつらは馬鹿だ。

 

 

「おい、カイオス!勝手なことを言うな!」

「ですが、レミール様!これでは交渉になりませんぞ!と、とにかく、我々はお互いについて知らなさすぎます。前向きに理解し合うべきです。席へお戻りください……」

 

 

アメルはしばらくカイオスを観察してから、踵を返して着席した。朝田と篠原もそれに続く。

 

 

「して、もう一度伺います。そちらの要求は?」

「フンッ、何度も言わせるな。皇女ファナを……」

「レミール様!」

「…………皇女ファナを親善大使としてこちらに招くことだ」

 

 

レミールはカイオスに促されて、渋々要求を変えた。

 

 

「あの時に流されたレヴァーム人、天ツ上人の血では不足だと?」

「ち、血を流したのはあなた方だけではありません……我が国も監察軍の東洋艦隊が全滅しております……」

「我々と親善を持ちたい、とお聞きしたばかりですが?」

「ぐっ……」

 

 

痛いところを突かれたのか、カイオスはそのまま黙ってしまった。

 

 

「くだらん、小手先のごまかしだっ!!さっさとあの女狐を差し出せ!!」

「レミール様、お待ち下さい!」

「私をあれだけ侮辱しておいて、ただで済むと思うなよ!!」

 

 

その言葉を受け、アメルの海緑色の瞳の奥が冷たく光った。

 

 

「侮辱?それは貴方の感情のことですか?」

「ああそうだ!あいつはルディアス様を惑わして、私から奪った!!あいつにはその罰を受けさせなければならんのだ!!!」

 

 

シンと、その場が静まり返った。カイオスはやってしまったと言う顔をして、青ざめていく。その向かい側で、アメルたちは顔を見合わせてにやけた。

 

 

「と、言うことは貴方は国の行く先を私情で決めたのですね?」

「!?」

「呆れました。あなた方ほどの列強が、まさか()()()()の個人的恨みでこのような()()()要求をしたとは……」

「その程度だと……」

「?」

 

 

と、レミールはワナワナと震えて拳をテーブルに叩きつけた。

 

 

「貴様らに何が分かる!ルディアス様を奪われた私の感情を!!貴様ら如きに分かるのか!?」

 

 

激情するレミール。だが、アメルたちの表情は全く変わらない。

 

 

「…………分かるわけないでしょう?」

「!?」

「そんな愚かな嫉妬如きで、国の行く末を決めた愚か者の思考だなんて、分かるわけがありません」

「なんだと!?」

「ファナ皇女様は寛大な方でした。どれだけ自分が相手より優れていようと、相手に対する誠意は欠かしませんでした。それに引き換え、貴方は愚かだ…………男女平等が叫ばれるこのご時世にこのようなことを言うのは癪ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

その言葉を放つアメルの目は、鋭く光っていたに違いない。先ほどのレミールの凄みよりも、よっぽど威圧感がある。

 

 

「無駄かと思いますが、こちらの要求を提示しておきます」

 

 

そう言って、アメルはシミひとつない上質な紙の公文書をレミールに手渡した。

 

・現在アルタラスに展開する、すべての軍を即時撤退させること。

・アルタラス王国に対して損害を与えた為、公式に謝罪して賠償を行うこと。

・レヴァーム人、天ツ人に対する虐殺に関し、公式に謝罪して賠償を行うこと。

・今回の虐殺に関し、レヴァームと天ツ上の刑法に基づいて処罰を行う為、事件に関与した全ての者の身柄を引き渡すこと。

 

 

「こんなもの呑めるわけないだろう!!」

 

 

レミールは癇癪を起こしながら、上質な紙を真っ二つに破り捨てた。それだけでは飽き足らず、さらにその破片ですらビリビリに破り散らかす。散らばった紙の破片が、テーブルに散らばる。

 

 

「そうですか、それは残念です。では、代わりにこちらの文書を」

 

 

そう言ってアメルはレミールとカイオスに文書を渡した。それを見たカイオスの顔から、血の気が引いて真っ青になっていく。

 

 

「正式な宣戦布告文書です、我々レヴァームと天ツ上は、この場で正々堂々と宣戦布告すると宣言いたします。それでは」

 

 

それだけ告げると、アメル達三人は席を立ってスタスタと扉を開けて去っていった。

 

 

「…………戦だ」

「?」

「殲滅戦だ!レヴァームと天ツ上を滅ぼし、国民を全て殺せ!!私をここまでコケにした事、絶対に許すわけにはいかない!!」

 

 

そう言って、レミールは手元の魔導通信機のボタンを押す。

 

 

「アルデ!!」

『はい、なんでしょう?』

「殲滅戦だ!レヴァームと天ツ上を完膚なきまでに殲滅するぞ!準備を進めろ!!」

『かしこまりました、準備を始めます』

 

 

その傍ら、カイオスは冷や汗をかきながら会議室を飛び出していった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「呆れましたね」

 

 

会議室を出て、建物の廊下を歩きながら馬車へと向かうアメル達。その道中で朝田がそう言って心情を語った。

 

 

「ええ、自分たちの置かれている状況が見えないばかりか、私情であの要求を突きつけるとは。国家の風上にも置けません」

 

 

アメルも思わず、率直な感想を述べる。今回の交渉、はっきり言って無駄な時間だった。だが、収穫はある。レミールとか言う皇女は、私情でクーデターを起こしてレヴァーム人と天ツ人を虐殺した事が明らかになった。

 

この事実は、両国の戦争を求める声に拍車をかける事だろう。私情で家族を殺されたなら、もう容赦はいらない。やりたい放題だ。

 

 

「アメル殿!朝田殿!!」

 

 

と、不意に自分たちの後ろから呼び止める声が聞こえた。連れてきた護衛が身構える、今や皇国は完全な敵国なのだ、過激な思想の人物がいてもおかしくはない。

 

が、警戒するアメル達はその呼び止めた人物の姿を見て拍子抜けした。その顔は、パーパルティア皇国第3外務局局長の顔だったからだ。

 

 

「カイオス殿ですか?申し訳ありませんが、レヴァームと天ツ上は貴国と戦争状態に突入しいます。もう申し上げることは何もありません、失礼します」

「待ってくれ!今後戦争がどのように推移するにせよ、双方に話し合いの窓口が全くないのは不幸なことだ。せめて、私と貴国らだけでも連絡手段を確保しておきたい」

 

 

そう言って、カイオスは数字が羅列された小さな紙をアメルに渡した。

 

 

「私の魔信のチャンネルだ、魔信はいつでも空けておく」

「正気ですか?貴国のことです、上に知られたら貴方もただでは済みませんよ?」

「ああ、ただでは済まないだろうな。だが、貴国は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!?」

「皇族の親衛隊には、私の息がかかっている者が何人もいる。通信機を設置するだけ、貴国にとっても悪い取引ではないと思うが」

「なるほど、理解しました。上に報告しておきます、ありがとうございました」

「恩に着る……!」

 

 

そこまで言って、アメルは廊下を歩き始めた。最後に、優しげな表情でカイオスに笑って見せて。そこまで見て、カイオスは安堵からその場でへたり込んでしまった。

 

カイオスの屋敷は皇都の外れにあり、海に面している。敷地も広大であったため、何をするにも都合が良かった。後日、カイオスだけが知る隠し部屋に、レヴァームの潜水艦で通信機と発電機が秘密裏に運ばれ、設置された。

 




原作とある飛空士シリーズを見ている方はわかると思いますが、今回の交渉シーンは「恋歌」の交渉シーンを参考、というよりパロディしました。とある飛空士シリーズ繋がりなので、いいよね……?

ついでにアークナイツも始めました。
アンセルくん可愛い……早く着せ替えしたい……

それと、次回の投稿は書き溜めをしておきたいので遅れます。
申し訳ございません、全てが整い次第投稿したいと思います。


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第44話〜戦略会議〜

ストックできてなくて申し訳ありませぬ!!
現在、公募用の小説は8割方出来ているのでこちらを執筆いたしました。
とりあえず、リクエストを受け付けてからストックを書くことにいたします。活動報告にて、リクエストを受付中です。


中央暦1639年12月1日

 

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上も、この日は転移して初めての12月の始まりだった。その日は寒空で、上空からはしとしとと粉雪が降り始めていた。

 

そんな雪化粧に彩られた神聖レヴァーム皇国の皇都エスメラルダ。その旧市街地にある中央宮殿にて、レヴァームの重役と、招かれた天ツ上の重役達が集まっていた。

 

 

「これより、『対パーパルディア皇国戦略会議』を始めたいと思います」

 

 

司会進行役のファナが、そう言って会議の一幕を開けた。今この場所にはレヴァームの重役だけでなく、本来ならいないはずの天ツ上の重役たちも集まっていた。

 

中央海戦争前では、宮殿内に天ツ上の人間を入れることなど考えられなかったが、これもファナの労力のおかげであろう。

 

そもそも、この会議はパーパルディア皇国に対する戦略会議である。両国の戦略目的を一致させるためにも、両国の重役を集めるのは当然の措置だろう。

 

 

「まずはアメル外交官殿、朝田外交官殿、状況の説明をお願いいたします」

「はい、皆様も知っての通り、去る11月30日。フェン沖海戦での処遇の追求に赴いたレヴァーム、天ツ上の大使に対し、パーパルディア皇国は理不尽極まりない要求を突きつけてきました」

 

 

先日宣戦布告文書をレミールに渡したアメル外交官が、ハキハキとした口調で全員にそれを伝える。

 

 

「中には、神聖レヴァーム皇国の執政長官であるファナ・レヴァーム殿の身柄要求まで含まれており、到底呑める物ではありませんでした」

「無礼な……」

「パーパルディアめ、許せん……!」

 

 

レヴァーム、天ツ上両国の血気盛んな軍人たちが口々にパーパルディアを罵った。

 

 

「我々はその要求を棄却したところ、我々の目の前でアルタラスに滞在していた両国国民55名が残酷な方法で殺害されました。首謀者は、現在パーパルディアを実効支配しているレミール皇女で、彼女の他にも軍部も絡んでいる可能性があります。そして、現在パーパルディアはレヴァームと天ツ上に対して殲滅戦、つまりは民族浄化を敢行しようとしています」

 

 

と、一旦アメルは隣にいる朝田にバトンをパスした。

 

 

「天ツ上外交官の朝田です。我々はこれに対し、パーパルディア皇国に責任を取ってもらわねばなりません。もうすでに、そのための宣戦布告文書は手渡しました。あとは、対パーパルディア皇国の戦略を決めるまでです」

「……アメル外交官殿、朝田外交官殿、ありがとうございました。次にナミッツ中将、先ずは我々の戦略目標をご説明お願いいたします」

「はい、私から説明させていただきます。お手元の資料をご覧ください。今回のパーパルディア皇国への措置は、虐殺の首謀者の身柄引き渡しと、パーパルディアの対外恐慌政策の防止です」

 

 

名指しされたナミッツは、会議室の全員に向き直って説明を開始した。

 

 

「まずは、パーパルディアによって占領されているアルタラスを武力を持って上陸。奪還、アルタラスを解放いたします。パーパルディア皇国は自らの力に絶対的な自信を持っているため、それを逆手に取るのです」

 

 

資料では、パーパルディアの陸海軍の予想規模と、投入される自軍戦力が記されていた。これは、のちの偵察をもとに書き換えることもある。

 

 

「かの国は強大な軍事力を背景に他国を見下しています。そのため、その武力を挫くことで交渉のテーブルにつかせる。それが私の考える今回の対パーパルディア皇国戦略です」

「少しよろしいでしょうか?」

 

 

と、そこで手をあげたのは神聖ミリシアル帝国から派遣され、レヴァームの大使館に着任した外交官のフィアームだった。彼女は、パーパルディアに詳しいこの世界の人間として、今回の会議に参考人として参加していた。

 

 

「失礼ですが、かの国はかなりプライドの高い国です。なので、それくらいの敗北では『局地戦に負けた』としか思わないでしょう」

「それは、かの国が陸軍大国だからでしょうか?」

「それもあります。ですが海戦にも強い国であるため、そのプライドが負けを認めようとしないのです。おそらく、かの国はそれくらいでは交渉のテーブルにつかないでしょう」

「なるほど、という事はアルタラスの解放だけでは彼らは降伏しないと……」

 

 

ナミッツは彼女の意見に耳を傾けて、改めてパーパルディアの愚かさに呆れた。

 

 

「自軍の絶対の自信が崩れたら、普通は原因を調査するものではないのですか?」

「いいえしません、プライドが高すぎて敗北から何も学べないのです」

 

 

その言葉に、会議室の面々からは静かな笑い声が響いた。パーパルディアとの関わりがあるミリシアルだからこそわかる、あまりにも愚かで浅はかな国の有様であった。

 

 

「失礼します、私からも少しよろしいでしょうか?」

「はい、聖天殿下」

 

 

今度は、天ツ上から派遣された皇族の聖天が発言権を得た。

 

 

「はい。今回の件、私なりに考えてみたのですが、パーパルディアが飛空艦に対する対策をしているのではないかと思うのです」

「対策?どういうことでしょうか?」

「はい、我々はパーパルディアとのファーストコンタクトで飛空艦の脅威を見せつけました。政権を握っているレミール皇女も、それについて知っているはずです。そのため、なんらかの対策を講じている可能性は否定できません」

 

 

聖天のハキハキとしたソプラノボイスが、会議室を穏やかにする。

 

 

「海戦で勝つにしろ、我々にもその対策は必要でしょう。例えば、この世界の飛空船と呼ばれる船を戦列艦に改造したりなどです。現に、かの国は魔石の埋蔵量が豊富なアルタラスを占領しています。魔石に余裕があるため、魔法兵器を量産している可能性があります」

「なるほど……飛空船を戦列艦に改造ですか……脅威ではありませんが、空雷が必要になる可能性もありますね。わかりました、対策をしておきましょう」

 

 

ナミッツ中将も聖天の意見に感化されたのか、新たな対策を練り直すことにした。

 

 

「そもそも、疑問なのですがこの件の原因はなんなのでしょうか?今まで両国ともパーパルディアとは比較的いざこざもなく、仲良くやっていたはずですが……?」

 

 

と、今度はマクセルが自らの疑問を口に出した。

 

 

「はい、それに関しては交渉の場でレミール皇女から直接聞き出しました。今回の戦争の原因は……()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

 

シンと、会議室全体が静まり返った。

 

 

「事の発端は、我々がファナ長官を伴ってパーパルディアとのファーストコンタクトを取った時からです。その時に、当時のパーパルディア皇帝ルディアスが、ファナ皇女に態度を良くしたことから、レミール皇女はファナ殿下に嫉妬するようになりました」

「…………」

「その結果、レミール皇女はクーデターを起こし、ファナ皇女に対して復讐をするために戦争を仕掛ける策略を仕掛けたのです」

「………………」

()()()()()()()()()()()だったので、資料には書きませんでしたが、これが一連の事件の原因です」

「…………」

 

 

会議室が静まり返り、しばらく誰も話さなかった。いや、話せない、という方が正しいだろう。

 

 

「…………失礼、という事はそのレミール皇女は私情でレヴァーム人と天ツ人を虐殺をした、という事でしょうか?」

 

 

あまりに突拍子もない事実に、思わず聖天が席を立って質問する。彼にとっても、この事実はあまりにも信じがたい事であったからだ。

 

 

「はい、そうです。レミール皇女は前々からルディアス皇帝に対して好意を抱いており、ファナ長官にルディアス皇帝が気を良くしたため、()()()()()()()()()()()()()()()()と勝手に勘違いするようになったのです」

「…………ありがとうございます」

 

 

聖天もその事実に、俯きながら返事をした。

 

 

「許さない!!!」

 

 

と、木製の机が凹むほどの拳を叩きつけた人物がいた。その人物はレヴァームの軍のトップ、ナミッツだった。

 

 

「そんな程度の浅はかな理由で、我々の国民は殺されたのか!!」

 

 

ナミッツは心の中の怒りをぶつけにぶつけまくった。それは、この会議室にいる面々全ての気持ちを代弁していた。

 

 

「ええ、許せません!そんな個人の私情で……人の命をなんだと思っているのでしょうか!」

 

 

マクセルも思わず怒りをあらわにした。

 

 

「ファナ長官!我々もパーパルディアに対して殲滅戦を敢行しましょう!全面戦争です!国民にもこの事実を公表して、パーパルディアが滅ぶまで戦争を続けるのです!」

「…………ナミッツ中将、冷静になりましょう。それではパーパルディアと変わりありません」

「しかし長官!そうでもしなければ、両国民の怒りは治りません!!」

「そうですよ長官!そもそも我々は殲滅戦を仕掛けられているのです!殲滅戦には殲滅戦で対抗する他ありません!!」

 

 

と、会議室は一気に主戦派で埋め尽くされ、怒号の飛び交う殲滅戦会議となった。しかし、その勝手な進行をファナ執政長官が許すはずがなかった。

 

 

「静粛に!!!」

 

 

ドン!という、先程のナミッツの拳よりもさらに力と威厳のある拳が、机を叩いた。

 

 

「皆さん!我々は獣ではありません!共に理性ある人間です!理由がなんだろうと、その国に対して殲滅戦を仕掛けるのはその国と同じレベルに堕ちることを指します!それでは、名誉ある人間の国ではありません!悪魔の国、パーパルディアと一緒です!!」

 

 

ファナは凄みを効かせた声で、会議室の面々に対して怒鳴った。

 

 

「そんな国に自ら陥ろうとするなんて、あなた方は人間ではありません!恥を知りなさい!!」

 

 

ただ怒鳴るだけでなく、しっかりとした口調と説得力を持って、会議室の面々を説得し始めた。

 

 

「彼女の言う通りです、あなた方は冷静さを欠いています。我々は理性ある人間として、振る舞うべきです」

 

 

怒りをあらわにしなかった聖天も、ファナに賛成する意見を出した。

 

 

「…………長官の言う通りだ、皆落ち着こう」

 

 

と、それに促されて両国の重役たちは落ち着いた。そして、そのまま全員席に座る。

 

 

「しかし、アルタラスを奪還するだけではパーパルディアは降伏に陥らない事はわかりました。そこでです……」

 

 

ファナは一呼吸置いて、言葉を続けた。

 

 

「我々の戦略目標を、パーパルディアの完全解体を目標にいたします!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その後、この虐殺がレミールによるファナへの嫉妬が原因である事が両国の国民に明かされると、両国民の怒りは最高潮にまで達した。

 

特に、レミールに対する怒りは最高潮になり、殲滅戦もやむなしと言う考えも出てきたが、それはファナの演説で控えられた。あくまで、レヴァームと天ツ上の戦略目的はパーパルディアの完全解体なのだから。

 

一方、レヴァームに留学し留学生として滞在する元アルタラス王国の王女ルミエスは、ファナ執政長官直々に「話がしたい」と呼ばれ、宮殿に招待されていた。

 

リルセイドも同行し、二人ともレヴァームのファッションに身を包んで着こなしていた。二人の美人度がさらに高まっている。

 

 

「どうぞこちらにお座りください」

 

 

部屋に入ると、中にいたレヴァームと天ツ上の外交官達が一斉に起立し、ルミエスに一礼して迎えた。

 

上座まで導かれた2人が座り、一同も着席したところで、まずは外交官のアメルが挨拶をする。

 

 

「お忙しところお越しいただき、大変恐縮です」

「いえ、留学させていただいている身でありますし、今日もここまで送っていただきました。私たちの方こそ恐縮です。ところで私にご用件とは、どのような内容でしょうか?」

「はい、パーパルディアがレヴァーム人と天ツ人の要人を殺害した事件はご存知でしょうか?」

「はい、聞き及んでおります。両国の民の方々に、心からお悔やみ申し上げます」

 

 

ルミエスとリルセイドは左手を右胸に当てて、目を瞑る。アルタラスの文化圏における、民族宗教式の作法らしい。

 

 

「ありがとうございます。そして、我々は現在、パーパルディアに占領されているアルタラスの奪還の為、軍を派遣する方針を固めています。そこで……」

 

 

アメルは一呼吸置き、用件を伝えた。

 

 

「パーパルディアを退けた直後、ルミエス王女には君主、つまりは女王としてアルタラス王国正統政府を名乗っていただけませんか?もちろん、レヴァームと天ツ上はこれを承認し、現在両国と国交のある全ての国に承認を働きかけます」

 

 

ルミエスもリルセイドも、その言葉に驚きの表情を浮かべる。

 

 

「そ、それは本当ですか?」

「はい、本当です。実は、その後にもやっていただきたいことがあります」

「?」

 

 

アメルはそこで一呼吸置いて、本題を告げた。

 

 

「パーパルディアからアルタラスを解放した後、なるべく早い段階でパーパルディアの属領に蜂起を呼びかけて欲しいのです」

「!?」

 

 

今度は、ルミエスとリルセイドもかなりの驚愕の表情を浮かべた。

 

 

「そ、それはつまり……属領に一斉反乱を呼びかけると言うことでしょうか……?」

「そういうことです」

 

 

あまりに突拍子もない事実に、ルミエスとリルセイドは驚いた。そして、グルグルとその言葉を頭の中で思考する。

 

 

「そ、それでは……そんなことをしてしまうと、パーパルディア皇国は『属領の反乱』とみなし、レヴァームと天ツ上に対して殲滅戦よりもさらに酷い仕打ちを仕掛けてくるかもしれません……レヴァームと天ツ上を不幸にしてしまうかもしれません……」

 

 

だが、ルミエスはやはり列強であるパーパルディア皇国の力に対して恐怖心を抱いていた。その恐怖に、未だ心が囚われているままだった。

 

 

「安心してください、両国政府はパーパルディア皇国と全面戦争になることを恐れません。アルタラス奪還の後でも構いません。全ては、パーパルディア皇国の()()のためです」

「「!!!!」」

 

 

その時ルミエスとリルセイドは知った。レヴァームと天ツ上は自国の民を殺された怒りから、列強であるパーパルディアを解体するつもりなのだと。

 

だが考える。そんな歴史を動かすような、大きな所業な、ほんとんに可能なのだろうかと。ルミエスもリルセイドも未だ半信半疑だった。

 

 

「も、申し訳ありません……検討させてください……」

 

 

ひとまず返答は保留ということでまとまり、第一回目の極秘会議は終了した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一方、パーパルディア皇国の皇都エスシラントでは、エルトがブルブルと震えていた。その文書には……

 

 

「ムーとミリシアルは観戦武官をパーパルディアに派遣せず、レヴァームと天ツ上に派遣する……だと……」

 

 

衝撃的な文章が、そこに刻まれていた。

 




日本国召喚第6巻が発売……だと……


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第45話〜アルタラス沖海戦その1〜

日本国召喚第6巻、本屋で予約したので1週間後に入手できます。
今から楽しみです。

それと、ブログ版に出てきたグ帝の富嶽もどきを元に戦略爆撃機の名称を変更しました。

活動報告のリクエストはまだまだ募集しておりますので、是非ともよろしくお願いします。


神聖ミリシアル帝国 港町カルトアルパス とある酒場

 

中央世界にある、誰もが認める世界最強の国神聖ミリシアル帝国。その南端にあるカルトアルパスの酒場では、酔っ払い達が話をしていた。

 

 

「聞いたか?レヴァームと天ツ上って国が列強パーパルディア皇国に戦いを仕掛けるらしいぞ!」

「ああ、聞いたさ」

「また国が一つ滅ぶのか。こりゃ()()()()()()()()終わったな」

「ああ、あれだけのモノを作れる奴にパーパルディア如きが勝てるはずがないな」

 

 

そう言う彼らの手元には、何日か前の新聞が置いてあった。『謎大き新興国家レヴァーム、天ツ上!飛行戦艦でミリシアルに接触!』と書かれた大きな見出しとともに、レヴァームと天ツ上の飛行戦艦が写っている。

 

 

「空飛ぶ本物の戦艦、こんなモノを作れる奴にパーパルディアは戦争ふっかけたんだ、バカにも程があるだろ……」

「しかし、最近のパーパルディアは戦争に続く戦争だったな……第三文明圏の統一でもするつもりだったのかね?」

「今までコンプレックスだったんだろうよ、パーパルディアは中位列強国。ミリシアルやムーに比べると国力は劣る。だから、今回も相手を見下してレヴァームと天ツ上に喧嘩売ったんだよ」

「バカだなぁ、今回ばかりは勝てるはずないのに、パーパルディアの国民が可哀想だなぁ」

 

 

酒場ではレヴァームと天ツ上が勝つだろうと言う意見が、大半であった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

──ついにこの時が来た……!

 

 

飛空母艦ガナドール、巨大な甲板上の飛空機達がよく見えるその場所で、訓練飛空士ターナケインはたなびく風に身を委ねていた。空母ガナドールは現在、上空1000メートルの空を悠々と飛行している。空を悠然と飛行する他の艦隊も、ここからよく見える。

 

ついにパーパルディアとの戦争が始まった。レヴァームと天ツ上は協力して艦隊を出撃させ、まずアルタラスを奪還することを目標にしている。

 

ターナケインは訓練生ながらも、それに同行することになった。もちろん、飛空機で戦場に出て、である。ターナケインは戦空機に乗り始めてからはじめての実戦に、緊張と胸の高鳴りを抑え切れないでいた。

 

 

──これは俺に取ってのチャンスなんだ……

──それを絶対に掴み取る……

──復讐のためにも……!

 

 

訓練生のターナケインがこうして実戦に同行するようになった理由、それは1週間前に遡る。

 

 

「パーパルディア皇国と戦争になった」

 

 

ロデニウス大陸の飛行学校、その訓練生を集めた緊急会議での海猫の第一声はハキハキとしていて、冷静としていた。しかし、その言葉に訓練生のほとんどは互いに顔を見合わせて狼狽し始める。

 

それもそうだ、パーパルディアといえば列強の数少ない指の中に入る強国。そんな国と戦争になったというだけでも、衝撃的なのだ。

 

だが、ターナケインはこうなることは予測していた。ラジオやテレビのニュースなどで虐殺の件を知っていたし、レヴァームと天ツ上がその報復として戦争をふっかけるのは、十分予想できたからだ。

 

この国ならやりかねない、ターナケインは直に触れたレヴァームと天ツ上の実力に感化され、いつの間にかその実力を認めるようになっていった。そう、目の前にいる海猫を除いて。

 

 

「僕達にも、戦線復帰の命令が届いたよ。しばらく訓練は中止だ、教官達には前線での勤務があるからね」

 

 

海猫がそう言って、今日の授業は終了した。「解散」の合図とともに生徒達が散り散りに席を立って行く。

 

 

「あ、ターナケイン。話があるんだ、来てくれないか?」

「え?」

 

 

突然、ターナケインは海猫にそう呼ばれて振り向いた。今は特に断る理由がないので、そのまま海猫の後をついていく。教官用の執務室に入ると、海猫は椅子に腰掛け、その対面にターナケインを座らせた。

 

 

「一体何でしょうか? シャルル教官」

「うん、ターナケインは確か空母での離着陸はできるようになってるよね?」

「はい……着艦もできるようになりました、実際の空母でも行いましたから」

「うん。実はね、軍が君のことをかなり評価していて、パーパルディアとの戦いに君を連れてきて欲しいと頼まれているんだ」

「──!!」

「そのために、空母ガナドールに同行して欲しいんだ。やってくれるかな?」

 

 

ターナケインは海猫の言葉にかなり驚いた。自分はまだ訓練生、そんな自分が実戦に同行するというのは、異例中の異例だ。

 

 

「…………それは、どういった内容でしょうか?」

「うん、つまりは君に実戦での経験を積んで欲しんだ。戦場に出て戦え、って言っている訳じゃない。上空で鳥瞰しながら僕たちの戦いを見学して欲しいんだ」

 

 

ターナケインはそこまで聞いて、自分を指名した理由をだんだんと理解した。おそらく、軍側は早くターナケインという一人前の飛空士が欲しいのだろう。そのため、なるべく多くの経験を積ませて熟練させるのが一番だと考えている。

 

それならば、実際に戦場に出てみるのが一番だろうということだ。しかも、実際に戦場で戦うのではなく、ただ見学するだけ。しかも相手はパーパルディア皇国、レヴァームと天ツ上にとっては取るに足りない相手だし、自分のような訓練生を連れてきても問題ないのだ。

 

 

「どうするかい? 最終的には君の意思だけど……」

「…………それは、シャルル教官と一緒でしょうか?」

「? うん、僕は君の教官だから同行できるけど……」

「やります! 俺をパーパルディアとの戦いに参加させてください!」

 

 

と、ターナケインは気迫のある声で席を立ち、海猫に自らの意思を伝えた。その気迫に海猫は満足そうに頷き、ターナケインに向き直った。

 

 

「分かった、軍の方には連絡をしておくよ。出発は五日後、マイハーク要塞に集合だ」

「はい!」

 

 

出発日時と当日の予定が記された紙を海猫から手渡され、ターナケインは執務室を出た。サン・ヴリエル飛空場の空はすっかり夜に染まっていて、辺りには電灯が光り輝いている。戦争中だというのに灯火管制がないのは、相手が格下のパーパルディアだからだろうか?

 

そんなことよりも、ターナケインはチャンスを掴めたことに密かな喜びを感じていた。そう、これは復讐のチャンスだ。海猫が自分の元を離れる前にできる数少ないチャンス。

 

 

──待ってろよ海猫……

──その喉笛を掻き切ってやる……!

 

 

だが、今はその時ではない。ターナケインはその湧き立つ気持ちを押さえつけながら、自室に戻って寝床についた。

 

そして五日後、ターナケインはマイハークに作られた海上要塞に、所狭しと集まった軍艦達の中から飛空母艦ガナドールへと乗り込んだのだ。

 

飛空母艦の風当たりはかなり厳しい。それもそうだ、空を飛びながら40ノットほどの速度で航行しているのだから、冷たい風がモロに体に当たってしまう。

 

今自分がいるのは左舷の甲板下、救命ボートやパラシュートがくくり付けられている、外に突き出た場所だ。

 

ターナケインはこの風がむしろ好きだった。風を感じるのなんて竜騎士時代に散々あったし、むしろこの方が頭が冴える気がするのだ。

 

 

「ターナケイン」

 

 

背後辺りから自分を呼ぶ声がした。振り返ると、ロデニウス大陸でも珍しい黒髪を携えた、1人の青年が立っていた。

 

 

「シャルル教官」

 

 

彼は海猫であった。薄みかかった茶色の飛空服を身に纏い、ターナケインに蒼い瞳で微笑みかけている。

 

 

「ここは心地いいよね、風当たりがいいから頭が冴える」

「…………」

 

 

海猫はそう言ってこの場所の感想を述べた。と、そうしている時に「ジリリリリリリ!」という警報音がガナドール艦内に鳴り響いた。

 

 

『飛空士各員、格納庫に集合せよ』

 

 

ガナドール艦長からの通達に、海猫とターナケインは素早く反応する。おそらく、パ皇軍の艦隊を偵察機が発見したのだろう。

 

 

「行こう」

「はい」

 

 

そう言って海猫とターナケインは格納庫へとその歩みを進めた。格納庫にはすでに100名近い飛空士達が集まっていたが、遅刻してしまったわけでもなさそうだった。

 

全員が集まったところで、飛空長が黒板にパ皇艦隊の情報を書き込み、作戦の概要を説明する。

 

作戦はこうだ。まずアルタラス奪還の前にシオス王国に向かっているパ皇艦隊を捕捉し、撃滅する。パ皇艦隊にはワイバーンを乗せられる『竜母』と呼ばれる船があることから、そちらを先に叩く。そしてその後、レヴァーム天ツ上連合艦隊(レ天連合艦隊)は艦隊決戦でパ皇艦隊と対峙する流れだ。

 

そしてパ皇艦隊を撃滅した後レ天連合艦隊はアルタラスに向かい、アルタラスのワイバーン達を排除する。そして、制空権が取れたところで天ツ上陸軍の船である揚陸艦『あかつき丸』10隻でアルタラスに強襲上陸、制圧を開始する。

 

本作戦にはレヴァームと天ツ上から空母が4隻ずつ参加している。ガナドールの他にも飛空戦艦エル・バステルや重巡空艦ボル・デーモン、そしてレヴァームの主力駆逐艦であるアギーレ級駆逐艦数十隻が味方につく。

 

そして、先ほど偵察機であるサンタ・クルスからパ皇軍の竜母艦隊を発見したとの報告があった。すでにこちらは敵竜母を射程に捉えているが、あちらはまだレ天連合艦隊を捕捉できていないようだ。

 

 

「アウトレンジ攻撃ができる」

 

 

海猫とターナケインは2人揃って、この状況の好機を感じ取っていた。空母同士の艦隊決戦の中で、これほどまでに都合の良い状況はないだろう。敵はまだこちらを捕捉していないが、こちらは敵を捕捉している。

 

つまりは、気づかれる前にアウトレンジで攻撃することができるのだ。勝利の女神は最初からこちらに微笑んでいた。

 

 

「敵竜母艦隊旗艦ミール、アルタラス島北東35海里、進路50度、速力10ノット」

 

 

海猫達飛空士は黒板前に扇状に開いて広がり、目を皿のようにして敵位置の情報を頭に叩き込む。

 

ガナドールからの攻撃隊の内訳は艦上戦空機「アイレスV」30機、後に続く艦上爆撃機「ロス・アンゲレス」40機、艦上雷撃機「サン・リベラ」も40機。艦隊上空を守る直掩機は10機。

 

海猫をはじめとした飛空士達は、全員が制空隊として選ばれた。爆撃機、雷撃機に先んじて敵空母周辺空域へ攻撃をかけ、敵直掩を排除する役割である。

 

一方のターナケインは上空でメリエル少尉と待機であった。見学訓練生なのだから当然だ、護衛役のメリエルと共に上空でお留守番である。

 

 

「制空隊、発艦!」

 

 

飛空長の号令一下、海猫達はそれぞれの愛機へと駆け寄る。海猫の搭乗機にはもちろん、あの海猫のマークが描かれていた。

 

先頭、海猫がオーバーブーストで急加速して進発し、艦橋手前で車輪を浮かせた。間髪入れずに後続の戦空機隊も発艦していく。その背を見守りながら、ターナケインは最後に離陸した。

 

空が、にわかに戦場の色に染まった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

パーパルディア皇国軍(パ皇軍)はアルタラスを占領したのち、その港に艦隊を集結させていた。ここを経由地点とし、次にシオス王国をパーパルディアの圧力で港を開かせて経由。そのまま天ツ上に攻め込む作戦を考えている。

 

そして、パーパルディア皇国軍は艦隊を二つに分けてル・ブリアス北の港を出港していた。一つは戦列艦を中心とした主力艦隊、もう一つは竜母艦隊だ。

 

竜母艦隊の中心に連なるのは『竜母』と呼ばれる艦種である。竜母はワイバーンロードを搭載、発着艦を行うため、戦列艦に比べて二回りほど大きい。他国とは隔絶した圧倒的な建造技術があるからこそ、この船を作ることができる。

 

見る者を圧倒する威圧感を持つ竜母艦隊を横目に眺め、艦隊副司令アルモスは満足そうに頷いていた。そして、横に立つワイバーンロードの発着艦を補佐する竜騎士長に話しかけた。

 

 

「竜騎士長!」

「はっ!」

「皇軍は強い!」

「存じております!」

「何故強いと思う?」

「総合力です!」

「そうだ! だが圧倒的な強さを誇るのは、戦列艦をさることながら、この中核たる竜母艦隊が存在するからだ。この竜母さえあれば、どんな戦列艦の大砲よりも敵の射程外から攻撃できる。竜騎士長! 戦争では制空権を取った者が、陸でも海でも勝者になるのだ」

 

 

その戦術は、たしかに先進的だ。敵の圧倒的射程外から攻撃することのできる竜母の存在は、各国の海軍にとっては恐怖であろう。大砲の射程にたどり着く前に攻撃を受けるのだから。

 

副司令アルモスは、このような自軍の自慢話を周りに聞かせるのが大好きであった。自分の自尊心を高められるし、自惚れていられる。

 

 

「ご指導ありがとうございます! 先進的な戦術であります!!」

「皇軍が今までの海戦で無敵を誇ったのは、この竜母艦隊があってこそ。この艦隊がある限り、皇軍は覇王の道を突き進むであろう!!」

 

 

まるで演説を始めるかのように、アルモスは甲板の上で一歩を踏み出して両腕を大きく掲げた。

 

 

「そして見よ! 竜母艦隊の中で一際輝く、この最新鋭の旗艦『ミール』を!! ……この船は素晴らしい。船体は大きく、機能美に満ちている!」

 

 

彼の搭乗する艦、それは側からみればえらく大きく、美しく見えるであろう。通常の竜母に比べ、砲弾への耐性を持たせる為の対魔弾鉄鋼式装甲をふんだんに使用している。美しく、強く、そして大きな竜母、その名は『ミール』だ。

 

副司令官であるアルモスがこの船に搭乗しているのには、訳がある。それは、パ皇軍が艦隊を二分したことに起因する。艦隊を二分した為、本来の艦隊司令官は主力艦隊の方にいる。そのため、艦隊副司令だったアルモスが代わりに竜母艦隊の指揮を取っているのだ。

 

 

「一体どうなっているんだ……?」

「さあ、分からない……」

 

 

と、彼の優雅な演説を妨げるように通信兵達の狼狽が聞こえてきた。

 

 

「おいなんだ? 一体どうしたんだ?」

「あ、副司令……先ほどから偵察竜騎士から魔信が届いているのですが、一瞬の雑音だけで終わってしまうのです」

「は?」

 

 

そう言われたアルモスは通信兵と状況を確認する。魔信機を確認すると、確かに一瞬の雑音だけの通信がいくつか入っていた。

 

 

「その後、その偵察の竜騎士との連絡が全くつかないのです」

「一体何が…………」

 

 

と、その時だった。甲高いサイレン音が辺りに鳴り響き、耳に情報を与えた。そのサイレンはムーで開発された代物で、このミールに取り付けられていた物だった。

 

 

「!! なんだ!?」

『前方!6時の方向から飛行物多数!』

「!!」

 

 

そう言われてハッとしたアルモスは、望遠鏡を覗いてその方向を確認する。すると、確かにその方向から多数の飛行物体がこちらに迫ってきていた。

 

 

「ば、馬鹿な!対空魔振感知器からの反応は!?」

「あ、ありません!ほんの少ししか反応がないのです!」

「と、ということは……まさかあれは!」

 

 

アルモスは一瞬たじろぎ、すべてを察した。

 

 

「飛行機械!!」

 

 

列強ムーでしか発明、運用されていない空飛ぶ機械。それが、百近い数でこちらに攻め込んできたのだ。一体何故?飛行機械はムーでしか発明されていないし、そのムーがレヴァームと天ツ上に渡すわけがない。ならば、なぜ飛行機械がここにあるのだ!?

 

 

「い、いかん!ワイバーンロードを発艦させろ!今すぐだ!!」

「は、はい!!」

 

 

アルモスは焦った表情で竜騎士長に命令すると、すぐさまミールを含めた全ての竜母から邀撃のワイバーンロードが上がり始めた。

 

 

「よし、これで……」

 

 

飛行機械に関する知識はアルモスにはないが、列強のワイバーンロードが数百騎もいれば飛行機械だろうと臆することはないだろう。悠々と高度を取り始めるワイバーンロードを見て、アルモスはそう安心した。

 

 

「え?」

 

 

が、その希望はすぐに打ち砕かれた。先頭を進んでいたワイバーンロードが、敵飛行機械と対峙した瞬間、血飛沫となって爆ぜたのだ。一騎だけではない、何騎ものワイバーンロード達が一斉に爆ぜて消え去っていった。

 

 

「な、なんだと!?」

 

 

血に濡れたワイバーンロードが力なく墜落していく。飛行機械達は全く意に介さないように艦隊上空を飛び去っていった。

 

とんでもない風圧が艦隊にのしかかる。その刹那、アルモスと竜騎士長には青と灰色に濡れた飛行機械の胴体に、洒落たイラストが描かれているのが見えた。

 

海の上を飛び、鳥の癖にみゃあみゃあと鳴くその鳥は、海の男であるアルモスと竜騎士長には馴染み深い鳥であった。大海原を飛び続ける、その白い鳥の名は……

 

 

「……海猫」

 

 

海猫はその後、上空に飛び上がって翼を翻した。勇敢なワイバーンロード達が目立つ海猫に飛びかかろうとする。が、海猫はひらりひらりと火炎弾を交わし、ダンスを舞うような旋回でワイバーンロードの背後をとった。

 

次の瞬間、海猫から破壊の刃が振り下ろされた。ピカリと光る銀色の光弾に、ワイバーンロードが引き裂かれる。

 

 

「な!?」

 

 

その後も、パ皇軍のワイバーンロードは何度も海猫の背後を取ろうとしたが、海猫は意に介さない様子でひらひらと後ろをとっては刃を振りかざしていた。

 

そのうちに、直掩に上がったワイバーンロード達は海猫を含む飛行機械達に全滅させられた。一瞬、たったの5分程度の出来事だった。

 

 

「な……な……何だ!? 何なのだあれは!?」

 

 

アルモスは狼狽し、兵達に動揺が広がる。その次の瞬間、隣を航行していた戦列艦『フィシャヌス』が、大きな爆発と共に木っ端微塵になった。

 

 

「副司令!空が……!」

 

 

竜騎士長の掛け声で我に返り空を見上げると、空はあっという間に多数の飛行機械達で埋め尽くされていた。そして、腹に黒い物体を抱えた別の飛行機械達が、戦列艦達にその黒い物体を落としていっている。

 

その黒い物体が戦列艦に突き刺さると、一気に爆発して船が木っ端微塵となる。一方的な蹂躙劇、それが今この場で繰り広げられていることがアルモスに理解できた。

 

 

「ま、まずい……通信兵!!」

「は、はい!」

「この事を伝えろ! レヴァームと天ツ上が飛行機械を持っている事を!」

「は、はっ!!」

「それからあの海猫の事も伝えろ! 今すぐだ! 急げぇぇぇぇ!!!」

 

 

通信兵が魔信のチャンネルを調節し、通信半径のすべての魔信がこの情報を共有できるようにする。これで、情報が伝わる……そう思った矢先、アルモスの乗っていた竜母ミールにロス・アンゲレスの急降下爆撃が迫ってきた。

 

 

「こっちに向かってくるぞ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

それを見届けた瞬間、アルモスの意識は途絶えた。彼の思考が、闇の中へと永遠に消えていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

沈黙、ターナケインはアイレスVの風防の中で何も言えなかった。隣には護衛のメリエル機が付き、共に上空から事の全てを鳥瞰していた。低翼のアイレスVは操縦席からでも下方視界がよく、海原まで見える。もちろん、海猫の戦いの様子も全てを見渡せた。

 

海猫はここでも圧倒的だった。ワイバーンロードをどんどん駆逐し、アイレスVを翻してたった一機で全てのワイバーンを撃滅せんとする勢いだった。誰も寄せ付けない、そんな戦い方であった。

 

 

「あれが……俺の復讐の相手……」

 

 

改めて実感する、驚異的なほどの実力の溝。ターナケインは自分があいつに復讐できるのかと、不安が押し寄せる。

 

 

──いや、例えそうだとしても……

──やり遂げるんだ、あいつのためにも……

 

 

ターナケインは海猫に殺されたかつての相棒を思い浮かべる。苦しそうに悶えるその姿を見るだけで、胸が締め付けられる。あいつの無念を晴らすためにも、海猫には復讐せねばならない。ターナケインはこの『アルタラス沖海戦』の始まりをみて、そう心に決心をした。

 




アルモスがミールに搭乗しているのは、原作との相違点ですね。原作見たとき「何で副司令なのに旗艦に搭乗してないの?」ってなったので。


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第46話〜アルタラス沖海戦その2〜

今回、パ皇の秘密兵器が初登場いたします。


シウス王国沖に展開する、パ皇軍の大艦隊。その大艦隊の旗艦は、パーパルディアの技術の全てを注ぎ込んだ、最強の120門級超フィシャヌス級戦列艦『パール』である。

 

全ての元祖であるフィシャヌスよりもさらに大きく、最新式の対魔弾鋼鉄式装甲を施した、パーパルディア自慢の艦だ。

 

その艦隊司令官のシウスは、『パール』甲板上で西の方角を眺めていた。その額はびっしりと汗に濡れている。

 

先程、竜母艦隊から「レヴァーム、天ツ上の飛行機械から攻撃を受けている!」との連絡を最後に通信が完全に途絶えた。そして、信じられないことに全ての艦の魔力反応が消えている。

 

 

「まさか……飛行機械が……」

 

 

ありえない、飛行機械を作れるのは列強ムーだけであり、文明圏外のレヴァームと天ツ上では作れるはずがない。飛空船を作っているとは聞いていたし、その為の()()もして来ている。だが、飛行機械は全く聞いていなかった、初耳だ。

 

 

「まさか……列強のムーが支援を……!」

 

 

そんな筈はないと否定したい自分もいるが、事実竜母艦隊からその報告は上がっている。副司令が嘘をつくとは思えない、そして事実竜母艦隊は壊滅している。

 

 

『前方に未確認艦隊! 数、36!! 全て上空に布陣しています!!』

 

 

と、考えに耽っていたシウスの元に見張り員からの報告が上がる。双眼鏡で前方を見やれば、黒い点のような物体が空に浮かんでいる。まだ遠いが、あれはレヴァームと天ツ上の艦隊に違いない。

 

 

「──来たか!! 総員、第一種戦闘配置!!」

 

 

シウスの号令一下、乗務員全員が弾き出されたかのように移動し始めた。それぞれが持ち場につき、戦闘態勢を整える。

 

 

──数においては、圧倒的に我が軍が有利だ!!

 

 

後の歴史において、『アルタラス沖海戦』と一括りに呼ばれた海戦が始まろうとしていた。パーパルディア側にはまだ砲艦183隻が残っていた。悠然たる大艦隊である。

 

 

「100門級を前に出せ! 離水開始!!」

 

 

列強たる所以の、パーパルディアの技術とプライドの結晶である100門級戦列艦が前に出る。すると、全ての戦列艦の艦艇部から光が漏れ始め、海原を振動させ始めた。

 

だんだんと船体が海原から持ち上がっていく。砲艦達が空に持ち上がり、高度を上げ始めたのだ。戦列艦が空を飛んでいる、それはまるで、空を飛ぶ方舟のような出立だった。

 

これぞ、パーパルディアがレヴァームと天ツ上の飛空船に対抗する為編み出した『飛空戦列艦』である。属国であるパンドーラ大魔法公国から技術を吸収し、従来の船に対して簡単な改造のみで飛空船に仕上げる極秘技術だ。

 

飛空船は重量の関係で大砲を積むのに一歩届かなかったが、この飛空船の最新型の魔導回路は、出力が増量されて100門級戦列艦でも簡単に浮かせる事ができた。大量の属国から吸収した技術を組み合わせてできた技術の結晶(キメラ)。これも、大量の属国を抱えるパーパルディアならではの技術であった。

 

大艦隊の指揮官、将軍シウスが乗艦するパーパルディア最大の超フィシャヌス級飛空戦列艦『パール』は、艦隊中央後方に位置している。周囲を取り囲む戦列艦は、高度1000メートルの空中で互いに砲撃が当たらないように千鳥に陣形を組む。

 

 

「ダルダ君、勝てると思うか?」

「飛空戦列艦を編成した、これほどの大艦隊をもってすれば、神聖ミリシアル帝国の『第零式魔導艦隊』を相手にしても負けますまい。今までは海と空でしたが、今回は同じ空、同じ土俵での戦いです。そうなれば、質と量で勝る我々なら、必ずや勝てるでしょう」

「そうか……だがレヴァームと天ツ上の軍艦の性能が我らの戦列艦を遥かに上回っているものだとしたら?」

「もし仮に、レヴァームと天ツ上の艦隊の性能が我々を凌駕していても、たったの36隻ではどうにもなりますまい」

「…………そうだと良いが」

 

 

たしかにこれなら、遥か上空を飛ぶレヴァームと天ツ上の戦列艦にも対抗できる。今まで悔しい思いをさせられて来ていたが、それも今日までだ。だがダルダの自信とは裏腹に、シウスは一抹の不安を抱えていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

戦艦エル・バステルの艦橋内。ガラスに覆われた第一艦橋の中で、艦隊司令官のマルコス・ゲレロ中将は双眼鏡を片手にパ皇艦隊を見据えていた。

 

 

「まさか、空を飛ぶとはな……」

 

 

その視線の先には、空を飛ぶ戦列艦たちの姿があった。原理はわからない、揚力装置の技術はパーパルディアには教えた覚えはないし、それらしき装置が取り付けられている見た目でもない。

 

 

「こちらの世界には飛空船と呼ばれる空を飛ぶ木造船があります。おそらく、パーパルディアはそれを元に空飛ぶ戦列艦を作り上げたのでしょう」

「なるほど」

 

 

と、隣で意見したのは観戦武官として派遣されたマイラスであった。その隣にはラッサンとメテオス、そしてライドルガの姿もいる。

 

たしかに、情報では『飛空船』と呼ばれる空飛ぶ木造船が存在することは知っていた。それを考えると、このような空飛ぶ戦列艦というのも納得できる兵器だ。

 

おそらく、こちらの飛空艦に対抗する為であろう。飛空艦は空に陣取っている以上、戦列艦からは砲撃が届かない。ならば、同じ土俵に立てば砲撃が届くであろうという憶測だ。

 

 

「どうしますか? このまま単縦陣でT字を取りますか?」

「いや、その前に雷撃戦を仕掛けよう。レヴァームの駆逐艦と天ツ上の巡空艦を前に出せ」

「はっ! 通達します!」

 

 

参謀との相談の結果、命令が下される。その号令一下、艦隊が動きを変えた。指示に従ったアギーレ級駆逐艦が、発射管に空雷を装填してその発射の瞬間を今か今かと待ち構えていた。

 

アギーレ級駆逐艦、それはかつての中央海戦争で大量建造されたレヴァームの主力駆逐艦だ。レヴァームの駆逐艦で初めて2000トンを超える排水量を誇り、艦隊の防空を旨として作られているため主砲は両用砲に。

 

そのバランスの取れたスペックのおかげで、レヴァームはこの駆逐艦を中央海戦争で200隻以上も量産していた。

 

スペック

基準排水量:2100トン

全長:114メートル

全幅:14メートル

機関:揚力装置2基

武装:

5インチ単装両用砲9基9門(上部5基下部4基)

五連装空雷発射管2基

爆弾槽1基

四連装40ミリ機関砲2基

二連装40ミリ機関砲10基

同型艦:200隻以上

 

装填されているのは天ツ上製の酸素空雷。天ツ上からレヴァームに輸出された酸素空雷は、レヴァームの方でも改良されていた。そして、両国の技術交流の果てに酸素空雷はさらなる高みへと達していた。

 

 

「さて皆様、今から面白い兵器を見せますよ。目を皿のようにしてご覧ください」

 

 

マルコス中将がそう言うと、観戦武官たちはお互いに顔を見合わせて首を傾げた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「小さな艦を前に出した? 一体何のつもりだ?」

 

 

将軍シウスの方でも、その様子が確認できていた。小さく、そしてひ弱そうなフリゲートのような船を前に出してくると言う謎の戦法を繰り出して来たレ天連合軍の戦術に疑問を抱く。

 

 

「見たところ、足の速そうな船です。おそらく盾になるつもりでは?」

「そのようだな……あの小さい船は無視だ。後続のでかい艦を狙え!」

 

 

シウスはそう命令を出し、望遠鏡でレ天連合艦隊を注視していた。レヴァームと天ツ上の艦はかつて見たことがないほど大きい。

 

砲の形状からして、ムーの戦艦『ラ・カサミ』の回転砲塔に近いものなのだろう。砲は少ないが、かなり大きいため一発当たりの威力はこちらより高そうだ。

 

 

「しかし……速いな」

 

 

敵艦の速度が、船の常識からかけ離れている。あれほど速いなら、魔導砲を当てるのも苦労しそうだ。まあ、その代わり後続の巨大艦は的としてかなり大きいが。

 

そして、いよいよ先頭の小型艦との距離が10キロを切り始めた。艦隊全体の緊張が最高潮に達しようとしている。

 

 

「──ん?」

 

 

と、双眼鏡でレ天連合艦隊を見遣っていたシウスが疑問の声を投げかける。小型艦が、何か煙を吐いたかと思ったら一目散に逃げていくではないか。

 

 

「なんだ? 盾になるつもりじゃなかったのか?」

「今更怖気付いたのでしょうか? 全ての小型艦が離れていきます」

 

 

シウスがレ天連合軍の意図を計りかねていると、シウスは背筋に悪寒が漂ってくるのを感じた。空の上で寒い空気にさらされているからだろうか?いや、違う。何か嫌な予感がする。

 

しかし、予感だけでは何も命令できない。空を見ながらギクギクしていると、見張員からいきなり怒号が上がった。

 

 

『前方に不明飛行物体多数! 何か接近してきます!!』

「何!?」

 

 

慌てて望遠鏡で前方を見遣る。すると、前方から何十もの煙を吹く筒のようなものがほぼ同高度で迫ってきていた。

 

 

「あれは……?」

 

 

そう疑問に思っている間にも、その筒は見る見るうちに迫ってきていた。もし、あれだけの速度であの筒が迫ってきたら、木造の船体は……

 

 

「いかん!全艦回避行動! アレを避けろ!!」

 

 

が、一歩遅かった。いきなり、先頭の100門級戦列艦たちの眼前に筒が来たかと思うと、その直後に巨大な爆発と共にその筒が爆ぜた。

 

 

『飛空戦列艦〈ロプーレ〉轟沈!!』

 

 

あまりに突然の出来事。海兵たちが、その光景を見て唖然とする。

 

 

「な……なんだと!?」

『飛空戦列艦〈ミューラ〉〈レジオン〉轟沈! ああ!飛空戦列艦バオスも轟沈!!』

 

 

破裂した筒の衝撃は装甲をいとも容易く突き破り、弾薬庫に火をつけて大爆発をさせた。力無き破片と乗組員が、落下傘をつける前に無残にも海原に落ちていく。

 

 

「な……なんだあの兵器は!」

 

 

見たこともない謎の兵器に踊らされるパ皇艦隊。回避しようにも、その筒はとんでもない速度で迫ってきては直前で爆発する。そして、爆発すれば戦列艦でも一撃で轟沈して消滅する。

 

 

「シウス将軍! 敵大型艦が発砲!!」

「しまった!!」

 

 

謎の兵器に気を取られて、本命の敵大型艦の存在を忘れてしまっていた。そして、破壊の嵐が艦隊に次々と突き刺さることになる。

 

いきなり、前方の艦隊が炎と爆発の花びらたちに彩られ、爆散していった。その衝撃は隣を航行していた船にも伝わり、船体を大きく傷つける。破壊の花束の真っ只中にいた戦列艦は、すでに消滅していた。

 

 

「な……」

 

 

シウスとダルダは今まで見たことのない、現実離れした破壊の衝撃を目の当たりにし、思考が麻痺していた。

 

 

『敵艦隊、連続発砲!!』

「な……なんと言う装填の速さだ!!」

 

 

そして、艦隊の前方に連続して炎の花束が届けられ、またも飛空戦列艦が木っ端微塵になる。

 

 

『飛空戦列艦〈ミシュラ〉〈レシーン〉〈クション〉〈パーズ〉轟沈!!』

 

 

沈む艦が多すぎて、もはや報告になっていない。だと言うのに、敵艦は未だパ皇艦隊の射程距離のはるか先にいる。

 

 

『敵艦、進路を変えます!!』

 

 

主砲を放ちながら、レ天連合艦隊はパ皇艦隊に腹を向けた。左右に広がり、そのまま挟み撃ちにする戦法だ。斜線が被らず、お互いを援護できる陣形である。

 

いくつか外れている砲弾もあるが、それでも発砲音の数だけ大破炎上、そして轟沈していくのだ。

 

 

「なんだこれは!こんな威力の砲など聞いたことないぞ!!」

「こんな……こんな現実があってたまるかぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

と、いよいよ先頭の戦列艦がいなくなり、今度はパールの番であった。艦の左舷に砲弾が集中的に爆発し、パールの左腹に大きな穴が開く。

 

空を飛ぶための魔導回路がダメになり、一気に高度が下がっていく。パールの巨体が徐々に傾き始め、ついには転覆。真っ逆さまに自らの重みで重力に従って落ちていった。シウスは何にも掴まることができずに、そのまま高度1000メートルから海原に叩きつけられた。

 



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第47話〜アルタラスの空戦〜



ウィキみたらシエリアさんって映画鑑賞が趣味なんですね。オタクに陥りそう……そんなシエリアさんに「とある飛空士への追憶」をお勧めしたいのですが、どうすればいいですか?(血涙)


 

 

マイラスとラッサン、そしてメテオスとライドルカは飛空戦艦エル・バステルに乗船し、戦闘風景を眺めていた。

 

煌く太陽に照らされた雲の上、上空1000メートルで行われている戦闘の模様は、海戦は海で発生するものだと思っていた4人にとっては新鮮なものだった。

 

パッと砲弾が炸裂すると、散布界に入った戦列艦はあっという間に火の手が上がり、大破していった。破片がバラバラに砕け、人や人だったものが海面に向かって落ちていく。散布界という破壊の花束は、確実にパ皇艦隊を捕らえて離さない。

 

 

「すごいな、これがレヴァームと天ツ上の空戦か……」

「砲弾を時限信管でわざと爆発させて着弾観測をしている。なるほど、水柱が上がらない代わりにこれで観測をしているのか……」

 

 

マイラスとラッサンが各々の感想を述べていく。ラッサンは戦術面から、レヴァームと天ツ上の戦闘模様を見据えていた。

 

 

「あの、マルコス長官?最初に小型艦が放ったあの空飛ぶ爆弾のようなものは一体何なのでしょうか?」

 

 

思わず、マイラスがマルコス中将にあの空飛ぶ謎の爆弾のことを質問した。あれが何なのか、と言う疑問はマイラスから溢れ出ていた。

 

 

「あれは空雷という兵器です。水素電池による推進で空を飛び、空中目標の船に向かって雷撃する事ができるんです」

「雷撃?」

「ん? ああ、そうでした。この世界には魚雷もないのでしたね」

 

 

マイラスに「雷撃」と言われて、納得したようにマルコス中将は頭をポリポリと掻いた。そして、咳払いを一つすると一から説明をし始める。

 

 

「空雷の他に、似たような兵器として『魚雷』という兵器がありまして。これは水中を進み、船の構造的に弱い喫水線下を爆発で攻撃する兵器なのですよ」

「な、なんと……! 水中から船を攻撃できるというのですか!!」

「はい、空雷はそれを空中に持ち上げたものでして、構造的に弱い艦底部を攻撃する兵器なのです」

 

 

空雷はただ魚雷を空中に持ち上げたものではない。飛空艦は水上艦が元になって作られているため、喫水線下が弱いのは水上艦と同じなのだ。装甲は重量の関係で艦底部には及んでいない、そのため空雷はその艦底部を攻撃して弾薬庫などにダメージを与えることを目的に作られているのだ。

 

マイラスとラッサン、そしてそれを聞いていたメテオスとライドルカも感心したようにその兵器について考察していった。なぜなら、彼らの国には魚雷も空雷もないからである。新たな戦術と兵器の開発のため、彼らはこの情報を母国に持って帰ることにした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

作戦は第二段階に移ろうとしていた。パ皇艦隊を撃滅したレ天連合艦隊は、一路そのままアルタラスへと向かう。艦隊が突入する前に、正規空母から補給を終えた攻撃隊が発進して行った。

 

目標はアルタラス王国、ハイペリオン基地。陸海空の三軍共用基地であり、港には100門級戦列艦がひしめき、滑走路にはワイバーンロードが駐留している基地だそうだ。

 

パ皇軍の在アルタラス部隊がここに全て集中していると言っても過言ではない。そこを一気に叩く作戦だ。

 

レ天連合艦隊の空母から制空隊の280機もの戦空機隊が発艦したのち、続けて艦上爆撃機、雷撃機合わせて560もの機体たちが飛び立って行った。

 

目標は艦隊ではなく基地であるため、雷撃機は空雷・魚雷ではなく、全て爆弾を懸吊しての出撃だった。全部で840機もの戦爆攻連合が一路、ハイペリオン基地に向けて飛翔していく。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

昂りは、ない。

 

戦場の空でシャルルの脳はいつも冴えていた。高度6000メートル、敵との会敵時に高度有利を保つために他飛空隊よりも高い高度に陣取る。レヴァーム側戦爆攻連合の制空隊編隊長を務めるシャルルは、この高度からの方が指揮も取りやすい。

 

覚め切った思考の最中、シャルルは海面に目を凝らす。暖かで透明度のあるアルタラス沖の海面がシャルルたち飛空隊の影を抱え込んでいる。

 

そして、真横に視線を移すとそこには一機のアイレスVがシャルルの隣を飛行していた。透明度の高い風防の中には1人の青年の整った顔が映っている。訓練生のターナケインだ。

 

彼の横顔を見て安心した。今回が初の実戦参加で緊張しているのではないかと思っていたが、あの表情を見ればさほど緊張していないことがわかる。

 

 

『ピケット駆逐艦〈インファンテ〉より制空隊へ。ハイペリオン基地よりワイバーン隊が離陸、方位20に向けて飛行中。注意されたし』

 

 

ピケット艦として先行したアギーレ級駆逐艦『インファンテ』から飛空隊に連絡が入る。ピケット艦は飛空艦としての足を生かして先行している。

 

相手のレーダーには魔法を使用しないこちらの飛空機は映らないらしいが、スクランブルの反応がかなり早い。おそらく、パ皇軍は艦隊が撃滅されたことを警戒してワイバーンを飛ばしてきたのだろう。

 

 

「全機、要撃に向かう。我に続け」

 

 

ピケット駆逐艦からの情報を元にワイバーンロード隊に向かって突き進んでいく。爆攻連合に到達される前に、この海上で叩いておきたい。シャルルは120機のアイレスVと真電改の僚機を連れてその方向へと向かって行った。

 

 

「いた」

 

 

進路を変え、アルタラス島を右手の地平線の先に捉えながら、飛行すること30分。ピケット駆逐艦の情報通りの場所と方向にそれはいた。

 

羽ばたく翼と、遠くから見える銅色の体色。間違いない、パ皇軍のワイバーンロードだ。数は目測で300を超えている。

 

 

「全機! 太陽を背に突撃!」

 

 

高空からすっかり傾いた太陽を背中に携え、突撃の合図を送る。するとほぼ全てのアイレスVたちが太陽を背に一斉に襲い掛かる。太陽を背にした一斉突撃、いくらパ皇軍の練度が高くとも、視覚に捉えることはできないだろう。彼らが突撃したのを見送り、シャルルは傍のターナケイン機に無線を繋いだ。

 

 

「ターナケイン、さっきと同じように上空に上がってくれ」

『…………了解です』

 

 

ワイバーンは高度4000メートルよりも高い高度には上がれない、それは多少改良されたワイバーンロードでもほぼ同じと考えられる。そのため、訓練生のターナケインを戦闘に巻き込まないために、上空の高い高度に位置取らせるのだ。

 

 

「メリエル、ターナケインの様子はどうだい?」

『訓練生としては問題ありませんよ、ただ……』

「?」

 

 

メリエルに質問を投げかけた途端、メリエルはしばらく固まった。

 

 

『実は……最近ターナケインの普段の様子がおかしいんです』

「え?」

『あ、後で話します! それじゃあ!』

 

 

そう言ってメリエルはターナケインと同じ高度に飛び上がり、やがて空に消えて行った。

 

 

「…………」

 

 

シャルルはその言葉に一抹の疑問を感じながらも、戦闘に集中することにした。

自機を翻し、最適な降下角度で僚機のアイレスVと真電改に追いつく。

 

太陽を背にしているため、パ皇軍ワイバーンロードはまだこちらに気付いていない。その油断した背中に──

 

 

「叩きつける」

 

 

その刹那、アイレスVの20ミリと真電改の30ミリの光の嵐がワイバーンロードたちに降り注ぐ。

 

20ミリがワイバーンロードの硬い鱗をいとも簡単に突き破り、内臓を抉って貫通する。連射力の高い銀色の曳光弾を纏った20ミリ弾が竜騎士の命をも引きちぎる。

 

30ミリ弾が炸裂する。途端にワイバーンはバラバラに引き裂かれ、翼や胴体が千切れて落ちていく。竜騎士は最早原型を留めず、細切れになって行った。

 

 

『こ、こいつら太陽から来たぞっ!』

『散開だ! 散開しろ!!』

 

 

その瞬間、こちらに気づいたワイバーンロードたちが一斉に散開する。まるで一斉に怖気付いたかのような、バラバラな散らばり方だった。

 

 

「後ろを取ったぞ」

 

 

機体を翻して急降下から体勢を立て直すと、あっという間にワイバーンロードの後ろを取る。背後をとられてアタフタとしているワイバーンロードに対し、シャルルは容赦なく引き金を引いた。

 

 

『う、後ろに着かれ……グェ……!』

「次」

 

 

すぐさま墜し、次の獲物を見つける。既に周りは乱戦になっているため、ここまで来ると獲物は早い者勝ちだ。右旋回で次のワイバーンロードを見つけ、その後ろを取っては20ミリ弾を叩き込む。空戦場は最早狩場の模様を呈していた。

 

 

『うわぁぁぁぁ! た、助け……グハァ……!』

「次っ」

 

 

と、シャルルは背後から気配がしてすぐさま操縦桿を引き、バレルロールを繰り出す。後ろを見る間も無く速度を緩める。すると、ワイバーンロードの後方に陣取ることができる寸法だ。

 

 

『こ、こいつ……!』

「次!」

 

 

20ミリ弾が前方の3騎に炸裂する。あっという間に5騎も墜したが、シャルルは気にすることなく次の目標に食らいつく。

 

 

『な、なんなんだよこいつ……! あっという間に5騎も墜しやがった!』

『ば、化け物だぁ!!』

『海猫……空の怪物の海猫だ!!!』

 

 

魔信からシャルルを恐れるパ皇軍竜騎士の声が響いてくる。パーパルディアのワイバーンロードを臆することなくあっという間に落とし続けるシャルルの海猫のマークは、敵からしたら死神のマークに等しいだろう。

 

 

『俺たちがいく! お前たちは手を出すな!!』

 

 

と、シャルルの上方から3騎のワイバーン達が一斉に飛びかかってくる。先ほどと同じ様にあしらおうと思ったシャルルだったが、ある異変に気づく。

 

 

「ワイバーンロードより大きい……?」

 

 

飛んできたワイバーンは、明らかロードよりも数倍大きかった。そして力強く、なんだか強大なオーラを感じる。

 

それを思考から振り払い、シャルルは戦闘に集中する事にした。上から仕掛けてくるワイバーン達に、シャルルはヘッドオンを避けてすれ違う。

 

すぐさま反転し、その大きめのワイバーンの後ろを取ろうとする。大きめのワイバーンは緩い旋回をしながらシャルルの後方を取ろうとしているが、自動空戦フラップが取り付けられたアイレスVの旋回半径には勝てない。

 

が、シャルルは大きめのワイバーンの後方を取り、追いかけようとしたときにさらなる異変に気付いた。

 

 

「!? 少し速い!!」

 

 

今までのワイバーンより、少しだけ速度が速かった。しかし、アイレスVの最高速度ほどではない、シャルルはスロットル把柄を少し押し込んで機速を上げて追いつく。

 

 

『う、後ろにっ!!』

「喰らえ」

 

 

てこずらせた相手を、容赦なく撃ち抜く。相手が絶命した瞬間に次の同じ種類のワイバーンを後ろに確認すると、機速をさらに上げた。しばらく進み、大きめのワイバーンを引き離すと反転し、そのまま2騎と向かい合うヘッドオンに入る。

 

 

『うわぁぁぁぁぁ! た、助け……』

「堕ちろ」

 

 

発射レバーを引き、20ミリ弾を放つ。そして、射弾を滑らかにずらして隣にいる二匹目も同時に撃ち落とす。同時に2騎を撃ち落とし、完全に撃滅した。

 

少々手強い相手だったが、これで3騎全て撃ち落とした。周りを見ると、戦闘は既に終了している模様で、ワイバーンはほぼ全滅していた。

 

 

「あとは、爆攻連合の出番だ」

 

 

シャルルはこの戦いの勝利を確信し、安心して一息ついた。上空を見れば、高度7000メートルあたりでターナケイン機とメリエル機が見守っていた。

 

 

──実は……最近ターナケインの普段の様子がおかしいんです

 

 

メリエルのその言葉が頭を過ぎる、シャルルはターナケインが何の変化があったのかが気になっていた。その疑問などつゆ知らず、ターナケイン機は優雅に空を飛んでいた。

 

その後──

 

ハイペリオン基地に駐留していたパ皇ワイバーン隊は、レ天連合の戦空機隊によって全滅させられた。ハイペリオン基地には無傷の爆攻連合が殺到して行った。ロクな対空砲撃も上げられないハイペリオン基地は、そのまま嬲られる様に爆弾の雨霰であしらわれた。

 



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第48話〜報復するは我にあり〜

ウィキ見てたらシエリアがヒロインのラブコメ小説を書きたくなった。シエリアが生き残って日本人の男子と一緒に日本文化を満喫する、みたいな。

あと、日本国召喚のRTAも書きたい。
魔王をどれだけ早く倒せるか?みたいな。


 

作戦は第三段階へと移る。ハイペリオン基地を撃滅したレ天連合艦隊は、アルタラスへの直接上陸を敢行する流れになった。ハイペリオン基地を叩いた後は、少ない敵しかいないと考えられていた。

 

天ツ上陸軍の揚陸艦、『あかつき丸』がその強襲上陸の任務に就く。あかつき丸は天ツ上陸軍が開発した『空母』であり、『揚陸艦』である。これは、陸軍が真電を使用するための兵器だった。

 

中央海戦争時、仲の悪かった天ツ上陸軍と海軍。揚陸時の支援を海軍に受けてもらえない可能性が考えられた為、陸軍も空母を持つようになった。それがあかつき丸だ。

 

スペック

基準排水量:9100トン

全長:152メートル

全幅:19メートル

機関:揚力装置2基

武装:

12センチ単装高角砲4基

25ミリ単装機関砲8基

飛空大発動艇27隻

連絡機8機

 

あかつき丸は海岸や地面に接岸して空から直接上陸もできる為、ハイペリオン基地の近くの手頃な海岸に直接上陸する。在アルタラスパ皇軍に最期の時が迫っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一方、パ皇軍陸将ベルトランは陸戦部隊を率いて出撃にかかっていた。リントヴルム32頭を今回も投入する。そのために、ハイペリオン基地の北側でレ天連合軍を待ち伏せしながら準備を進めていた。

 

リントヴルムの手綱を引いて目を覚まさせ、餌を与えて機嫌を取る。そして、人が上に乗り込んで操縦を行うのだ。相変わらずの巨体だが、案外人の命令には従うものだった。

 

彼らはハイペリオン基地において訓練を行なっていたが、その最中に出撃した艦隊との連絡が取れなくなった為、リージャック中将から出撃命令が下された。

 

彼らは港のすぐ近くにある平原、それも上陸に最適な場所に陣取り、レ天連合軍の上陸艦隊を待ち伏せていた。ベルトランは奴らは必ずここから上陸してくると踏み、その時を今か今かと待ち構えていた。

 

 

「来い! この平原でなら勝てる!!」

 

 

ベルトランの想定に、ベルトランの策士であるヨウシが応じる。

 

 

「はい……この平原なら我が方が有利に戦えます。得意な布陣になった我が陸戦隊は、組織されてから今まで一度も負けた事はありません」

 

 

ヨウシのボソボソとした喋り方は軍人らしくないが、参謀としての素養は確かである。これまでの戦いで、彼には何度も何度も世話になって来ていた。

 

 

「しかも、今回は陸軍の戦力も加えてもらっています。ここでなら、奴らがどんな物で来ようとも負けやしないでしょう」

 

 

今回の防衛作戦には、リージャックから陸軍の一部の戦力も加えてもらっていた。パーパルディアでは陸軍も海軍陸戦隊も装備が一緒である為、統率を取りやすいのだ。

 

だが、それでもベルトランには一抹の不安があった。あの時虐殺したレヴァーム人、天ツ人の所持品に、機械式の腕時計があったのだが、それがまるでムーのよりも正確で遥かに優れていた腕時計であったのだ。

 

そんな代物を作れるレヴァームと天ツ上、彼らがどんな強さがあるのか全く分からないのだ。レ天連合はどんな武器を使用するのか、どんな戦術を使うのか、どんな兵器を有しているのか、全く不明であるのだ。

 

 

──しかし皇国は強い!! これは紛れもない事実だ……!

 

 

ベルトランはもはや考えることをやめて、思考を放棄した。

 

 

「な、何だ!?」

「で、でかすぎる……! 敵の船か!?」

 

 

と、そんな思考を張り巡らせていた途中、周りの兵たちからそんな同様の声が広がり始めたのが聞こえた。彼らの視線を辿ると、海原の向こう側にあるいくつもの船たちが目に映った。

 

 

「何だあれは!?」

 

 

それは、見たこともないくらいの大きさの鉄の箱舟であった。それが6隻ほど、一直線にこちらの海岸線に向かって突き進んできているのだ。周りにも大小の船たちが取り巻き、護衛するかのように取り囲んでいる。そして、その巨大な船たちは皆空を飛んでいた。

 

 

「あ、あれはレヴァームと天ツ上の艦隊?」

「──!! ベルトラン様、奴らの船が!!」

 

 

何が起こっているのか分からない、あまりにも情報が少なすぎる状況下で、銃兵隊の目のい兵士が叫んだ。ベルトランはその声につられて地平線の向こう側にある海岸線を見渡した。

 

すると、奴らの船が上空から降下して接岸、そのまま扉を開いて兵士らしき人間たちを下ろしているのが見えた。

 

 

「まさか、奴らの揚陸艦か!?」

 

 

その揚陸艦から、次々と兵士達と兵器が下されるのを見て、ベルトランはすぐさま命令を下すことにした。

 

 

「奴らは上陸したばかりだ! 準備が整っていない今こそ好機だ! 全軍、突撃せよ!!」

「う、ウォォォォォォォォォ!!!」

 

 

突撃の合図を受け、全軍が歩みを進める。戦列隊を組み、リントヴルムを前に出して盾にする。ジリジリと歩み進めながら、奴らとの距離を縮めていく。

 

 

「──!! 何かが10体、向かって来ます!」

 

 

ベルトランはその方向に目を向ける。望遠鏡で見渡すその先に、土煙を上げて突き進む筒のついた異物が10体、ベルトランの部隊に近づきつつある。

 

 

──速い!!

 

 

ベルトランもその物体についてはよく分からない。おそらくはレヴァームと天ツ上の兵器だろうが、上層部はこれに関しては何も言っていなかった。彼らには飛空船の事については言われていたが、この兵器は未知数だ。

 

向かって来る異物を見たリントヴルム部隊の内、何体かが口内に火球を形成し、導力火炎放射器の準備にかかる。が、そのリントヴルムの射程距離内に入る前に、10体いる敵の筒が魔導砲の様な煙を吐き出した。

 

爆音が辺りにこだまする。命中した部分の兵士たちは悲鳴を上げる間もなく絶命し、中途半端に生き残った者たちは朦朧とした意識の中で、絞り出す様な呻き声を上げる。

 

 

「ちっ……! 爆裂魔法──いや、魔導砲か!?」

「魔法陣が砲身に展開されていない……内部で爆裂魔法を使っているのでは!?」

「どっちでもいい、牽引式魔導砲を使え! あの化け物を仕留めろ!!」

 

 

騎兵が牽引して来た魔導砲は、いつでも発射可能な状態だった。砲兵達が鉄竜に狙いを定め、砲手魔道士が点火しようとしたその時にも、また鉄竜が発砲した。耳を塞ぎたくなる様な断末魔の叫びを上げたリントヴルムが、また2頭、3頭と即死していく。

 

 

「一番近い敵に集中砲火──ッ!!!」

 

 

その言葉とともに、連続した光が発生し、続けて破裂音が鳴り響いた。部隊の一番近くにいた敵地竜に向けて、牽引式魔導砲が火を噴く。複数の魔導砲弾が降り注ぎ、奇跡的に2発が命中した。土煙と爆炎に包まれた鉄竜を見て、皇軍兵たちが歓声を上げる。

 

 

「敵、鉄竜に2発命中!!」

「フハハハハ! 地竜を倒したくらいで調子に乗りおって!! 他の鉄竜も片付けるぞ!!」

 

 

そう意気込むベルトランだったが、その土煙の中からたしかに砲弾が命中したはずの鉄竜が何事も無かったかの様に現れ、そのまま走り続けて来た。

 

 

「ま……まさか、全く効いていないのか!?」

「そ……そんな馬鹿な!!」

 

 

近づいて来た鉄竜から再度、雷鳴の様な轟音と、大地を穿つ強力な爆裂魔法が放たれる。あっという間にパ皇軍の地竜32頭は、天ツ上の戦車によって全滅した。

 

 

「リントヴルム小隊、全個体死亡! 歩兵大隊が丸見えです!」

「左右後方からも敵歩兵です!!」

「しまった!」

 

 

後方を見れば、回り込んできた軽装の歩兵達がパ皇軍を包囲していた。装甲車の機銃掃射で外側からジリジリと追い詰められる。

 

部隊の右後方、左後方の兵たちは次々に息絶え、兵士たちは紙屑のように崩れ落ちる。生き残った兵士たちも恐怖に駆られて前方中心に逃げる。しかし、最前列も停止しているため自然と密集隊形になる。

 

あっという間に追い詰められ、兵士たちは怯え切っていた。主力の地竜も全滅、前方と後方の鉄竜を倒す手段は自分たちにはない。

 

 

「ベルトラン様! ベルトラン様っ!!」

 

 

部隊後方に下がっていたヨウシが、天ツ上部隊の熾烈な攻撃によって追いやられ、ベルトランのもとに駆け寄った。

 

 

「早急に、早急に降伏してください!! 我々は追い込まれてます!!」

「何ぃ!!」

「我々は追い込まれているのです! 兵が無意識のうちに密集するように、1箇所に追い込まれています!! 敵はとどめを刺すつもりです!! 地竜も、基地も失いました……もう降伏するしかありません……!」

「しかし……我々はレヴァーム人と天ツ人を殺した部隊だぞ……降伏しても嬲り殺しに遭うだけではないのか……?」

「このままでは、いずれにせよ全員死にます! 諦めて死ぬより、僅かでも生き残る手段を!!」

「……分かった。降伏の旗を掲げよ!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

帝政天ツ上陸軍天野支隊は、敵パ皇軍部隊の追い込みに成功していた。まず前方の海岸線に「あかつき丸」を接岸させて、敵の注意を引く。その隙に後方からも「あかつき丸」を接岸させて敵の後方に部隊を展開、挟み撃ちにしたのだ。

 

あとは、レヴァーム空軍に連絡して艦砲射撃で面制圧射撃を実施すれば、全滅するだけである。指揮官の天野中佐が命令を下そうとしていたその時、前にいる部隊から連絡が入った。

 

 

『報告、敵が隊旗を逆さにして、左旋回に振っています!』

「!? 一体なんだ?」

 

 

天野は装甲指揮車両のハッチから身を乗り出し、双眼鏡で敵の全容を確認する。すると、たしかにパ皇軍は報告通り旗を必死に振っていた。他の部隊の人間が無線で応じる。

 

 

『魔法じゃないですか? 聞いた話では攻城魔法とかいう大規模魔法が存在しているらしいですし、その準備をしているのかもしれません』

『いえ、もしかすると降伏の合図かもしれません。敵は戦意喪失している模様です、武器も放り出しています』

 

 

天野は部下たちからの詳細報告を黙って聞いていた。彼自身も、これが降伏の合図かもしれないと思っていた。

 

 

「山田」

 

 

天野は戦闘車に同乗している、通信科の山田に話しかける。

 

 

「はい」

「外務省、降伏の合図が白旗だって事通達しておいたか?」

「はい、一応外交ルートで戦時協定は宣戦布告文書とともに渡しておいたはずです。本隊にパ皇軍の降伏方法を確認しましょうか?」

「いや、いい」

 

 

そう言う天野の声は、どこか悲しげな無表情をしていた。

 

 

「なあ山田……俺の妹の子供、姪夫婦は奴らに殺されたんだよ」

「…………」

「しかも、孫娘は生きたまま目玉を抉り出されて苦しんで殺されたんだ。さぞかし苦しかっただろうよ……」

「…………」

 

 

天野が何を考えているのかを理解した山田。だが、彼に天野を止められる訳もなく、黙って従う。

 

 

「山田」

「はい」

「確か魔線(魔信の事、天ツ上での略称)が積んであるだろう? それを貸してくれ、敵に通信する」

 

 

山田は天野に装甲車内の魔信を渡して、ダイアルをパ皇軍のオープンチャンネルに合わせた。

 

 

「パ皇軍陸上部隊に通達する。こちらは帝政天ツ上陸軍アルタラス解放軍団長、天野中佐だ。そちらの指揮官、聞こえたら返事をしろ」

 

 

天野は魔信を使って敵の指揮官を呼び寄せた。この距離なら普通に魔信が届くため、必ず出ると予測していた。

 

 

『こ、こちらはパーパルディア皇国陸戦隊ベルトラン中将だ……戦闘中に通信してくるのは……一体どうした?』

「単刀直入に質問する。今お前たちは旗を必死に振っているが、あれは何の意図がある? 答えろ」

 

 

予測通りのこのこと出てきた敵の指揮官に、天野はあえて威圧的な態度で通信する。

 

 

『こ、これは降伏だ……!降伏の合図なんだ!第三文明圏では常識だろう!』

「つまりお前たちは、命だけは見逃してほしい、とそう言っている訳だな?」

『あ、ああそうだ!こちらの兵士たちにも家族がいる!頼むからこれ以上は見逃してやってくれ!!』

「…………」

 

 

ベルトランは情けなく声を上げて命乞いをしたが、それが天野の苛立ちを誘った。自分たちは今まで散々関係ない一般人を殺してきたのに、不利になった途端この命乞い。それがさらに癪に触る。

 

 

「図々しいな……」

『え?』

「図々しいなと言ったんだ! お前たちの部隊がアルタラスにいた民間人を虐殺した事は知っているんだ!!」

『!!』

「今まで散々、何の罪もない一般人を一方的に虐殺してきた連中が、自分たちが不利になった途端、まるでゲームから降りるように降伏する! そんな図々しい事が、許されると思っているのか!!」

『ち、違う! あれは……!』

「お前たちが白旗を上げてくれなくて良かったよ……馬鹿で助かった。一方的に殺される恐怖を味わうのは……次は……お前たちの番だ!!」

 

 

天野はそう言って魔信を切り、代わりに無線の方を手に取って、力一杯マイクに向かって叫んだ。

 

 

「──ッ撃ェェェェ────ッッ!!!」

 

 

耳を劈く発砲音、後方の戦艦からの一切射撃である。天ツ上陸軍からの要請で、レヴァーム空軍の艦艇たちは一斉にその砲弾を野に放った。

 

46センチ砲と20.3センチ砲の砲弾たちが、密集隊形のパ皇軍に向かって殲滅の嵐を叩き込む。大地を掘り起こすかのような爆発とその爆風が、パ皇軍兵士を引きちぎりながら空中に放り投げる。

 

 

『そ、そんな……降伏したのにぃぃぃぃ!!』

 

 

指揮官の怨嗟の叫び声が魔信から響き渡る、兵士の悲鳴があたり一面に広がっていく。パ皇軍アルタラス防衛部隊は、ハイペリオン基地近くにて、帝政天ツ上陸軍天野支隊との戦いに敗れて全滅した。

 

これが、天ツ上戦史史上初めての「包囲殲滅戦」となったのは、何かの皮肉だろうか。

 



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第49話〜復讐のドラゴン〜

 

警報音がけたたましく鳴り響く艦上で、水兵や魔術師達が慌ただしく動き回っていた。ある者は書類を片手に、またある者は地図と測量機を持って走り回る。

 

そんな異様な光景を見た竜騎士デニスは、同僚の竜騎士ジオに話しかける。彼とは同期で、よく一緒に話しかける仲であった。

 

 

「一体なんだ? この騒ぎは」

「さぁ?」

 

 

彼らは最新型竜母『ヴェロニア』の試験航行の最中でらアルタラス島西側240キロの地点の海の上にいた。この竜母は通常の竜母よりも甲板が長く作られており、滑走距離が長い。これには理由があった。

 

空の覇者とも言われたワイバーン、それを品種改良し、生殖機能を失ってまで空戦能力を高めた種、ワイバーンロード。

 

長く空の覇者として君臨し続けていたが、第2文明圏の列強ムーが飛行機と呼ばれる機械を作り始めた頃から、ワイバーンロードの優位性が失われつつあった。そして近年、ムーが開発した「マリン」と呼ばれる最新鋭戦闘機の登場により、ワイバーンロードの空戦能力は劣勢に立たされる。

 

この状況を打破するため、パーパルディア皇国はその高い魔導技術を使用し、ワイバーンのさらなる品種改良に成功したのだ。

 

その名もワイバーンオーバーロード、生殖機能と寿命を削ったことにより、ワイバーンロードに比べ、速度、旋回能力及び戦闘行動半径が向上した。副作用として離陸滑走距離が長くなるため、竜母を造った場合は、滑走路を長くとる必要がある。そのワイバーンオーバーロードを運用するための竜母として、ヴェロニアは建造されたのだ。

 

ワイバーンオーバーロードの最高速度は時速430キロにものぼり、列強ムーの最新鋭戦闘機『マリン』と比べても、優位性が確保できると予想されていた。しかし、速度が速すぎるので、竜騎士の鍛錬だけではとても風圧に耐える事が出来ない。そのため、パーパルディアは新たな腰掛の開発に苦労していた。

 

このワイバーンオーバーロードはアルタラスのハイペリオン基地にも3騎が試験導入され、本土の方では量産体制が整い始めている。飛空戦列艦に並ぶ、パーパルディア皇国の新兵器だ。

 

 

『竜騎士総員、最上甲板に集まれ!』

 

 

と、彼らが話していたときに艦内魔導放送で招集がかかった。デニスとジオはすでに最上甲板にいたので、残る仲間の集合を待つ。

 

ものの数分で竜騎士達15名が全員揃い、扇状に整列した。彼らの前に『ヴェロニア』の竜騎士長が立つ。その顔はとても険しい。

 

 

「先程、アルタラス島を出港したはずの艦隊とアルタラス島統治機構本部から連絡があった。艦隊は全滅、アルタラス島のハイペリオン基地は今攻撃を受けている。相手は──レヴァームと天ツ上だそうだ」

「「「──!!!」」」

 

 

竜騎士中隊全員に、一気に緊張が走った。

 

 

「敵の攻撃には飛行機械が使用されていたそうだ……この意味は分かるな?」

 

 

飛行機械を生産、運用しているのはムーくらいだ。いかにレヴァームと天ツ上が文明圏外とはいえ、ムーが飛行機械だけを与えているとは考えにくい。つまり、使い方も操縦の仕方も提供しているだろう。いや、むしろレヴァームと天ツ上の国旗を貼り付けただけの、ムー空軍が飛来してくる可能性すらある。

 

 

「そこで、近海にいた我々にも命令が下った……今日はワイバーンオーバーロード竜騎士団の初陣だ。現在アルタラス島ハイペリオン基地上空に展開中の敵飛行機械に対し、一撃を与える! 我が方のワイバーンオーバーロードの性能は、ムーの最新鋭戦闘機『マリン』をも凌駕している!! ムーを相手にすると思い、決して相手を侮ることなく、しかし自信を持って戦え!! では解散!!」

 

 

その言葉を合図に、竜騎士隊は格納庫へと降りてそれぞれの準備を始める。わずか10分で準備を終え、愛騎に搭乗する。

 

 

「出撃!!」

 

 

竜母の甲板の上を、一体のオーバーロードが走り始める。と同時に甲板に離陸補助術式の魔法陣が浮かび上がり、場の空気が変わった。舳先でも合成風が吹き始め、強力な上昇気流を作り出す。

 

走るのが苦手な竜が走る姿は少し無様であるが、風を掴んだ瞬間、その姿からは想像もできないほど軽やかに、優雅に舞い上がる。

 

 

パ皇軍竜母『ヴェロニア』所属の精鋭竜騎士隊が操るワイバーンオーバーロードは、濃い青色に染まる空に向けて力強く羽ばたいていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

アルタラス島には王女ルミエスの暗号演説により、あらかじめ戦闘になったら民衆に蜂起を起こすように伝えられていた。レ天連合の攻撃が始まったのを見計らい、彼らは予定通りに蜂起を起こして統治機構本部を襲撃した。

 

ロクな装備のない統治機構軍を、天ツ上陸軍と共に攻撃した。彼らの仕事は、的と化した統治機構軍をひたすらに射殺する事であった。

 

そして──アルタラス占領から数時間後の12月5日の午後。

 

シャルル達はしばらくガナドールを離れて、ネクサス飛空隊に所属することになった。アルタラスに新設される基地に異動するためだ。

 

午後、シャルル達ネクサス飛空隊隊員を乗せた小型艇はガナドールを離れ、ハイペリオン基地の港に入っていった。自分の飛空機で移動しても良かったが、滑走路は工事中の為トラックでの移動になった。

 

港には船体が真っ二つになった戦列艦がマストを空に突き出していたり、焼け爛れた貨物船が転覆していた。

 

小型艇が桟橋に横付けして、シャルル達を下ろした。最前線の第一歩を踏みしめ、トラックの荷台に分乗し、飛空場へと向かう。十分後、草原を抜けた先のかなり開けた場所に、その飛空場は存在していた。

 

この飛空場は元々ムー国の空港で『ルバイル空港』という名前だったらしい。ムーは魔石の輸送のためにこの空港を建設していたが、その空港が爆撃機が発着可能なほど大きく、そして頑丈に作られていることが判明したのだ。

 

そのため、レヴァームと天ツ上はムー国に改造の許可を取った。さらには所有権のあるアルタラスにも許可を取り、占拠当日にブルドーザーで改造が始まった。

 

ここの基地の名前は『サン・ヴリエル飛空場』となる予定だ。そう、ロウリア王国に建設された1代目サン・ヴリエル飛行場の2代目にあたる飛空場だ。

 

基地司令はロウリアから異動してきたアントニオ大佐。基地機能も格納庫やレーダーがだんだんと設置され始めており、もうすぐで滑走路は使用可能だそうだ。相変わらずレヴァームの工兵の能力は計り知れない。

 

シャルルはサン・ヴリエル飛空場の仮設格納庫からその作業を見守っていた。自分の機体にもたれかかりながら、アルタラスの澄んだ空気を目一杯吸い込む。

 

 

「あ、シャルルさん」

 

 

と、傍から少女の声がかけられる。メリエルだ、彼女とはこの格納庫で待ち合わせをしていた。

 

 

「ああ、メリエル。それで何だい? ターナケインの様子がおかしいって……」

「実は…………」

 

 

メリエルはシャルルに耳打ちをして、こっそりと話し込んだ。

 

 

「何かの計画を練っている?」

「そうなんです。なんかこの世界の地図を広げて線を引いたり、ぶつぶつ何かを言っていたのをこっそり見たんです」

 

 

メリエルが言うには、彼の部屋の前に来た時にぶつぶつと何かを呟く独り言が聞こえたらしい。そのため、こっそり扉を開けて見てみたら、地図を広げて線を引いているターナケインの姿があったのだ。

 

 

「一体なんのために……?」

「多分ですけど……」

「?」

 

 

メリエルは一瞬下を俯き、自分の憶測を語った。

 

 

「きっと! 何かの恋心があるんですよ!!」

 

 

そう言って、メリエルは訳のわからないことを言ってきた。

 

 

「は?」

「ですから、地図を広げているのはその人に会いにいくためなんです! ぶつぶつ言っているのは、一生懸命に告白の文章を考えているんです! きっと、遠くの異国の地に好きな人ができていて……」

「待って待って! それはないと思うよ……だって、ターナケイン今まで外国に行ったことないらしいし……」

「あ……」

 

 

持論が論破され、メリエルは黙って固まってしまった。そしてそのまま後頭部を掻きながら、あはは〜、と誤魔化す。

 

それを微笑ましく思いながらも、シャルルは思考を広げてそのターナケインの行動の真意を考える。

 

地図を広げているのは、何かの計画に必要なのだろうか? ぶつぶつ言っているのは計画のことだとすると、一体なんの計画を練っているのか……

 

 

「教官」

 

 

と、傍から別の声がして、2人はびくりとしてその方向を向いた。

 

 

「た、ターナケインか……どうしたんだい?」

 

 

ターナケインだった、彼は燕尾色の飛空服に身を包み、格納庫までやってきていた。

 

 

「いえ、これからこの飛空場のテストを兼ねて飛ぼうかと思いまして」

「え? そうなのかい? それも訓練の一環?」

「はい、アントニオ大佐の許可は得ました。あとは、シャルル教官が付いてきてくれれば飛んで良いと」

 

 

彼が誘ってきたのは訓練飛行の一環であった。彼が言うには、訓練としてシャルルと共に飛びたいと言うことらしい。

 

 

「ああ……そうなのか。分かった、一緒に飛ぼう、メリエルも一緒に」

「は、はい。そ、それじゃあ三人で遊覧飛行と行きましょう!」

 

 

メリエルはこの微妙な空気をどうにかするため、なるべく明るくピクニックに誘うような口調で遊覧飛行を宣言した。そのまま三人はターナケインを先頭に自分のアイレスVに向かう。

 

 

「ねえ、本当にそんな事しているの?」

 

 

その最中、シャルルはメリエルにまた声をかけた。それも、メリエル以外には聞こえないようにひっそりと。

 

 

「わかりません……ですが、ターナケインは何か様子がおかしいのは事実なので」

「うーん、分かった」

 

 

これ以上は彼女に聞いても答えは出ないだろうと感じ、シャルルは諦めて自分のアイレスVに飛び乗る。そして、水素電池スタックに火を灯して整備士にプロペラを回してもらう。

 

そして、エプロンを出て滑走路に出ると、離陸許可をもらってから加速し始める。オーバーブーストで加速された3機は、ふわりと飛び上がり、そのままアルタラスの西側に向かって空を駆けた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

昂りは、ない。

 

ターナケインの頭の中は非常に冴えていた。飛行し始めてから20分ほど後、3機はアルタラスの西側の空域を優雅に飛行していた。たまにアクロバットを繰り出したり、訓練を兼ねた編隊飛行でお互いの空戦技能を見せ合った。

 

そんな中で、ターナケインの意識はシャルルにだけ向けられていた。そう、己の復讐の相手、海猫だ。

 

今日まで淡々と計画を練ってきていた。大丈夫だ、差し違えてでもやってやる。復讐をやり遂げるんだと言い聞かせて、照準器のレティクルをシャルルの機体に合わせる。そして、引き金を引こうとした──その瞬間。

 

 

『左手に何か見える、ワイバーンだ』

 

 

意識が中断される、その方向に目を向けるとたしかにその方向にワイバーンが見えた。ターナケインの復讐のチャンスは、中断された。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

それを見つけたのは飛び始めてから20分が過ぎた頃だった。ふと、周りの風景を見ていた時に何かの気配を察知した。

 

 

──誰かに狙われている……!

 

 

空の声、シャルルがそう形容する感覚的な鋭い勘だ。それがどこかからか放たれてくる。それが感じられた。そして、ふと左手を見るとそいつらはいた。

 

 

「左手に何か見える、ワイバーンだ」

 

 

羽ばたく翼とワイバーン特有の体色、それが見えた途端にメリエルが慌ただしくなる。

 

 

『パーパルディアのワイバーンですか!?』

「可能性はある、近くに捕捉し損ねていた竜母がいたのかも」

『ですが、飛空場からは何も連絡がありませんよ?』

「おそらくまだレーダーの設置が終わってないんだ。多分、まだ飛空場は気付いていない」

 

 

これはまずい、おそらく奴らの狙いはサン・ヴリエル飛空場かハイペリオン基地。そこにはレ天連合の戦力が多数集中しており、危険だ。

 

シャルルは素早く無線を飛空場に繋いで、今の報告を詳細に伝える。ワイバーンの数、方位、進路、を事細かに説明した最後に一言追加した。

 

 

「我、これより敵ワイバーンを要撃する」

 

 

幸いにも、最前線であった為に実弾と電力を満杯になるまで積んである。十分空戦して帰れる程の余裕がある。

 

 

『正気ですか!? 相手は15騎はいます! たった3機では数の違いが……』

「大丈夫、本当は僕だけで挑むから」

『余計ダメですって!!』

 

 

傍からメリエルのなだめる声が響き渡る。彼女もシャルルのことを心配しているのだろう、だからこうやって親身になって止めようとしている。

 

だが、ここで彼らを撃滅しなければ、飛空場からのスクランブルでは間に合わない。今この海上で要撃できるのは、自分だけなのだ。

 

 

「メリエル、ターナケインを頼む」

 

 

そう言ってシャルルは機体を翻してワイバーンの方向に機首を向けた。

 

 

『ちょっと! シャルルさん!』

 

 

傍からのメリエルの静止の声を無視して、シャルルは機速を上げた。相手のワイバーンがズンズンと大きくなっていく。相手は15騎士、それもすべて前回の空戦でも見かけた大きめのワイバーンだった。

 

 

『来たぞ! 飛行機械だ!』

『たった一機で、ワイバーンオーバーロードに挑むつもりか!? 舐めるな!!』

 

 

そう言っていられるのも今のうちだ。シャルルはヘッドオンの体制で機首を向け、ワイバーンと対峙する。そして、相手が火炎弾を放ってきたと同時に機体を大きくバレルロールさせて、射弾を回避する。

 

 

『グワァ!』

『グギィッ!!』

 

 

さらにそれと同時に発射レバーを引き、回転しながら続け様に2騎を撃墜した。乱れる血飛沫が、ワイバーンの命の儚さを物語っていた。すれ違うと同時の攻撃、ワイバーンの竜騎士は予測していなかった。

 

 

『な、何ぃ!!』

 

 

相手の驚きをよそに、シャルルは自機を左上に持ち上げて、相手の動きを見ながら後ろを取ろうとする。相手はすれ違ったタイミングから左に旋回しようとしているが、自動空戦フラップが取り付けられたアイレスVの敵ではなかった。

 

 

『う、後ろに!!』

 

 

そして、容赦なく射弾を叩き込む。そのまま次の獲物を求めてシャルルは機体を翻そうとするが、その前に左のフットバーを蹴り付けた。さっきまでいた場所を火炎弾が過ぎ去っていく。

 

 

『避けられただと!?』

 

 

相手の驚きを無視して、後ろを見やる。すると、残りの12騎のワイバーンが必死にこちらに食らいついていた。

 

 

「ついてくるか」

 

 

なかなか根性が座っているのか、離してくれない。数の不利は、やはり否めなかった。

 

 

「なら、これはどうだ?」

 

 

挑発的な言葉を放ち、シャルルは手頃な雲を見つけてそこに進路を取る。そして進路を変えた途端に、シャルルはスロットル把柄をぐんと押し込んだ。

 

オーバーブースト、DCモーターの全力運転。アイレスVの最高速度が叩き出されてぐんと機速が上がる。

 

 

『追いつけない!』

『そんな! 飛行機械にワイバーンオーバーロードが引き離されてるだと!!』

 

 

そのまま雲の中に入る。雲中飛行はシャルルの十八番、空間失調症になることはまずない。完全にワイバーンそっちのけで追尾を振り切り、雲から出る。その後数十秒遅れてワイバーン達も雲から出てきた。

 

 

『いない……どこだっ!』

「ここだよ」

 

 

シャルルは煌く太陽を背中に携え、そのまま高空から急降下して行った。それに対し、ワイバーン達はギリギリまで気付くことは無かった。たとえ気付いたとしても、もう遅すぎる。

 

 

「喰らえ」

 

 

照準器の中に入ったワイバーン達を、一気に殲滅する。1騎、2騎、3騎、4騎と次々とやられていくワイバーン、彼らを尻目にしながら空中ですり抜ける。

 

 

『な、なんなんだよこいつ!!』

『もう7騎もやられた! こいつは化け物だ!!』

『海猫……いやだ! 死にたくない!!』

 

 

口々に恐怖が伝染する竜騎士達。それもそうだ、たった一機でワイバーン達を15騎も相手にして半分も撃ち落としているのだから、化け物と感じるのも納得がいく。

 

 

『こ、こいつは司令部に伝えないと!!』

 

 

それを気にする事なく、シャルルは操縦桿とスロットル把柄を握りしめて、殲滅を開始した。その十分後──空を飛ぶワイバーンは全ていなくなっていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その後──飛空場に戻ってきた海猫達3機は、基地要員の心配をよそに無傷で帰ってきていた。特に、たった1人でワイバーンを殲滅した海猫は基地要員に讃えられた。本人は、大したことではない、と言っていたがターナケインは更なる自分との実力の差を思い知らされることとなった。

 

 

「海猫」

 

 

アントニオ大佐から労いの言葉を受ける海猫を前に、ターナケインはつぶやいた。

 

 

「今回は失敗したが、次はない」

 

 

その胸にたしかな復讐の炎を携えて、ターナケインは海猫を睨みつけた。

 

 

 

 




次はいよいよ、レミール閣下です。
お楽しみに!!


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第50話〜狂犬皇女〜

いよいよ皆様お待ちかな、レミール閣下でございます!
せーの…………











レミールなんか大っ嫌いだ!バァァァァァカ!!


パーパルディア皇国皇都エストシラント、その際たる最も豪華な城であるパラディス城。その中にある会議室にて、軍部の高官達と現皇帝であるレミールが向かい合っていた。

 

 

「い、以上がアルタラス陥落における報告です……」

 

 

アルデが震える声でそっと告げた。その内容は『アルタラス島陥落における報告』である。去る12月5日、アルタラス島を出発したレ天連合攻略艦隊の第一陣との連絡が取れなくなり、さらに立て続けにアルタラス島との連絡も取れなくなった。

 

パーパルディア皇国は直前に「レヴァームと天ツ上に攻撃を受けている」という報告を受け、アルタラス島はレ天連合に陥落したと認めた。そして、その詳細報告がレミールに対して行われていたのだ。

 

その報告を黙って聞いていたレミールは、報告書をそっと机に置くと、震える手を握りしめた。そして、一言だけ呟く。

 

 

「5名だけ残れ……アルデ、バルス、マータル……ついでにエルトとカイオス」

 

 

言われた5名以外の、外務局職員や軍関係者のほぼ全ての人間たちが会議室を出て行った。レミールの待女が一礼して扉をバタリと閉めると、レミールは口をプルプルと震わせながら口を開いた。

 

 

「これは一体どういうことだぁ!?栄えある皇国軍が敗退するなど!あってはならないはずだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

レミールが鼓膜がちぎれんばかりの大声で叫び散らかす。窓が揺れ、家具が軋み、柱にもヒビが入ったのではないかと思うくらいの大音量だ。

 

 

「アァルゥゥデェェェェ!!貴様やりおったなァァァぁぁぁぁ!!!」

「も、申し訳ありません……」

「軍の嘘つき共!皆嘘をつく!『勝てる、勝てる』と!!」

 

 

恐縮して謝るアルデに構わず、怒鳴り散らかすレミール。化粧は崩れ、服にシワがより、髪も乱れて、オークもかくやという雰囲気だ。はっきり言って恐怖を煽る。

 

 

「それなのにこんな敗退をするなんて……!将軍共はどいつもこいつも!無能ばかりで大っ嫌いだ!!」

「で、ですがレミール様……まさか皇国軍が敗退するなど夢にも思わず……」

「うるさい!大っ嫌いだ!!言い訳をするな、バァァァァァカ!」

 

 

部屋の外では、あまりの怒鳴り声の大きさに待女がメソメソと泣き始めた。それを隣にいる女性職員が慰めている。

 

 

「200隻以上の飛空艦隊と数十万人もの人員! そして魔石の生産地であるアルタラスを失う意味を! 分かっているのかぁぁぁぁぁ!」

「す、直ぐにでもアルタラスを奪還いたします……」

「ならば最初からそうしろ! 将軍共はパーパルディア人のクズだ!」

 

 

レミールは持っていた鉛筆を握りつぶし、真っ二つに割れた鉛筆を机に叩きつける。

 

 

「チクショウメェェェェェェェエ!!」

 

 

そして、怒りのあまりに叫び散らかした。ある程度怒鳴って怒りが少しおさまったレミールは、一旦また席に座る。そして、次なる怒りのターゲットを絞る。

 

 

「将軍とは名ばかり!士官学校で学んだのはフォークとナイフの使い方だけか!」

 

 

士官学校を出たこともない人間が、いきなり将軍達をディスり始める。お前が言うな、と言いたかったが何をされるかわからない今の怒りに満ちたレミールの姿を見れば、恐縮してしまう。

 

 

「判断力が足らんかったんだ!お前達みたいな無能は粛清してやろうか!講和派の臆病者のように!!」

 

 

事実、講和派の様なレヴァームと天ツ上との戦争に否定的だった人間は、レミールの手によって粛清されていた。レミールはそれを例にとって軍部を恫喝する。

 

 

「おまけに! なんだあのレヴァームの女狐(ファナ)は! 誠実そうな顔をしておいて、目に刺さる様な!おっぱいぷるーんぷるん!

 

 

レミールがそう怒鳴るのを見た、エルトとカイオスの思っていることが一致した。

 

 

──お前も大概だろ。

 

 

どうやら、それも認識できないくらい彼女は怒っているらしい。

 

 

「最強たるパーパルディア皇国をここまでコケにした事! ただでは済まさんぞ!!」

 

 

レミールはそう言ってレ天連合に対する憎悪の念を押した。そこまで言ったところで、レミールの怒りは治ったのかしばらく静かになった。それを見計らい、アルデが口を開いた。

 

 

「しかし……レミール様……アルタラスの統治機構からの緊急電によりますと、レ天連合軍は攻撃に飛行機械を使用していたとの事です」

 

 

アルデの言葉に、レミールとエルトは目を丸くする。

 

 

「飛行機械だと……? まさか、それは……」

「間違いありません、この戦争にはムーが絡んでおります。これはおそらく、代理戦争です」

「くぅぅぅう!! 列強の癖に小癪な!! ムー大使を召喚しろ! 私が直接真偽を確かめる!」

「御意に!」

 

 

レミールはそう言って命令し、会議室を後にしようとする。すると、またもアルデがその足取りを止めた。

 

 

「それからレミール様、もう一つ報告が」

「まだ何かあるのか!?」

「第四艦隊に配備されていた竜母『ヴェロニア』からワイバーンオーバーロードがアルタラスに出撃し、報復攻撃を敢行しようとしました」

「ああ、確かアルタラスの近海で試験航行をしていたのだったな。それで、どうなった?」

「しかし、ワイバーンオーバーロード隊は敵軍のエース飛行士によって全滅させられたそうです」

「なんだと!?」

 

 

レミールは今度こそ勝利を確信していた為に、またも驚きを隠せなかった。

 

 

「我が国の技術を結晶して作られたワイバーンオーバーロードが飛行機械に負けただと!? 一体どう言う事だ!!」

「で、ですから……敵軍にはとんでもないエース飛行士が存在するようです。竜騎士からの情報によると、奴は海猫のマークを機体に付けているそうで、たったの一機でワイバーンオーバーロードを15騎も相手にしたそうです」

「!?」

「その後、ヴェロニアのワイバーンオーバーロード隊とは連絡がつかなくなり、ヴェロニアにも帰還していないことから全滅したと考えられます……飛行機械でワイバーンオーバーロードを相手にできるあたり、相当な腕前かと」

 

 

その報告に、レミールは戦慄した。ワイバーンオーバーロードの性能は、たしかにムーの飛行機械にを凌駕しているはずだった。しかし、その飛行機械でワイバーンオーバーロードに勝った事から、相手は相当な腕前と想像できる。それが、どれくらい凄いことかは軍部に詳しくないレミールでも分かることだ。

 

 

「くぅぅぅう! よりにもよって敵軍のエースだと! ムーは飛行機械だけでは飽き足らずに、飛行士までもを派遣したのか!? 小癪な!」

「そこでレミール様、対抗策として軍は財務局に対し、オーバーロードの増産とヴェロニア級の追加建造の予算を請求をしたいのです。財務局が今の状況を理解していない可能性がございますので……」

「ああ……ワイバーンオーバーロードにもヴェロニア級にも金がかかりすぎるからな。来年度の軍事予算は、予算の半分以上を軍事費に注ぎ込む必要がある」

「ええっ!? 半分もですか!? で、ですが財務局が納得するかどうか……」

「すでに総力戦は始まっているのだ、我が国は絶対にレヴァームと天ツ上に負けるわけにはいかない! 分かったな! 私の命令だぞ!」

「…………」

 

 

そう言ってレミールは、会議室の扉を空けて外に出て行った。彼女の瞳には、メラメラと光る憎しみの炎が映っていた。

 

 

「狂犬が……」

 

 

その傍ら、それを見送るフリをしてカイオスは誰にも聞こえない声でボソリと呟いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

その後、自分の豪邸の自室に戻ったカイオスは椅子に座ってため息をついた。局長の傍ら、貿易商との繋がりも強かったカイオスは最初のレヴァーム天ツ上との接触の後、民間を通じた調査に乗り出す。

 

そこで明らかになったのは、新興国家では考えられないほどの国力だった。彼らとの戦争を懸念していたが、彼らとのファーストコンタクトで見事にルディアス皇帝陛下の心を掴んだ人物がいた。

 

レヴァームの皇女ファナである。彼女にルディアス皇帝陛下が惚れたことにより、しばらく戦争はないだろうと考えていた。しかし、その裏での強烈な嫉妬に気付けなかった。

 

レミールは嫉妬のあまりに暴走し、クーデターを起こしてルディアスを失脚させた。そして、ルディアスが政界からいなくなったパーパルディアはレミールの独壇場、やりたい放題の場と化した。

 

そしてついに、レミールはアルタラスにてレヴァーム人と天ツ人を虐殺してしまった。レヴァームと天ツ上は、当然これに激怒した。

 

そして、戦争が始まった途端にアルタラスは奪い返された。第3国経由の商人達の情報によれば、レ天連合軍の被害者数はゼロという信じられない情報を得る。もしも皇国の情報局にこれを伝えても情報元の弱い伝聞として、だれも信じないであろう。

 

しかしカイオスは、アルタラスの戦いの後に商人達から渡された1冊の本を見る。魔写を多量に使用した本。商人たちは気を利かせ、横には翻訳された紙と、その翻訳の証拠に天ツ上国内で購入した天ツ上語と第3文明圏大陸共通言語の辞書までそろえてある。

 

その本の名はこうある。

 

 

『別冊宝大陸、特集!レ天連合軍とパーパルディア皇国軍が戦えばこうなる!?』

 

 

その本は、天ツ上国内の出版社が出した兵器比較の本だった。皇国の事も良く書かれており、大砲の作動原理は間違っているが、射程距離や威力等、良く研究されている。

 

レ天連合の兵器は、おそらくここに書かれている性能で間違い無いのだろう。カイオスは、それを読んだ時の衝撃を今でもはっきりと思い出す。

 

読み進めるうちに指は震え、全身から汗が噴きだす。カイオスはこの時、可能性の1つとして、レヴァームと天ツ上を今まで以上に認識した。

 

 

──ムーを遥かに超える超科学文明国家。

 

 

それに対して、レミールはレヴァームと天ツ上に殲滅戦を指示してしまった。

 

カイオスはレヴァーム天ツ上の外交官を帰国寸前に呼び止め、窓口となる通信機器を自宅に設置させる事に成功し、今に至る。今回のアルタラス陥落により、自分のレヴァームと天ツ上に対する認識は間違っていなかったと確信を持つ。

 

 

「このままでは!このままでは!!」

 

 

誰もいない自室でカイオスはつぶやく。

 

 

「このままでは皇国が……これほどの国力を誇った列強たるパーパルディア皇国が消滅してしまう!!!」

 

 

第3外務局長カイオスは、皇国消滅の危機を正しく認識し、命をかけて皇国を救うために動くと決意するのだった。

 

そのために、初めにやることがある。カイオスは通信機器の隣に設置された魔信のダイヤルを合わせ、とある別の魔信に繋ぎ合わせる。

 

 

「こちらはカイオスです! 誰か聞こえますか!?」

 

 

その数十秒後、やつれた声で誰かが魔信に出てきた。

 

 

「その声はカイオスか!? はっきり聞こえるぞ、こちらはルディアスだ」

 

 

 



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第51話〜雨の落下傘〜

ちょっと順番にミスがあったので、再投稿いたしました。
申し訳ありません。


神聖レヴァーム皇国、皇都エスメラルダ。その宮殿の中に作られた会議室の中で、レヴァームと天ツ上の軍部高官が集まり、今後の作戦についての立案会議が行われていた。

 

その中にはファナの姿もある。今回はシオス王国やアルタラス王国、さらにはムーやミリシアルなど、多数の国家の協力を得ているため、陸軍海軍省だけでなく外務省も作戦立案に参加している。

 

巨大な黒板に、アルタラス島北部、パーパルディア皇国エスシラントを中心とした周辺の地図が貼られている。それには様々な色の駒が置かれ、線が引かれている。

 

 

「この位置に極めて大きな基地が存在します。パーパルディア皇国は幸いな事に、街から少し離れた場所に大規模な要塞や基地を作る性質があるようです。武力を集中させすぎるのは、皇国が近代戦を行った事が無いからだと思われます。このような極大サイズの基地は、パーパルディア皇国に3つあり、この部隊は、首都防衛の要となっているようです」

 

 

エストシラントを含め、パーパルディア皇国は国土の重要拠点が南側にある。そのため、この基地は元々北側からの陸上侵攻に備えたものだと理解できる。幹部話はそのまま続く。

 

 

「この基地には多数の航空戦力、ワイバーンも確認されています。また、エストシラントの南方の港には、数百隻の戦列艦が停泊しており、正に第三文明圏の覇者にふさわしく、大昔の西海の覇者『無敵艦隊』並みの戦力が存在します」

 

 

かつて西方大陸に存在していた大海原の覇者『無敵艦隊』は、サン・クリストバルから大瀑布までに至るすべての海上を支配していた戦列艦艦隊だ。その圧倒的な強さから、無敵の名がついている。

 

 

「そして、こちら側。ここはデュロと呼ばれる工業都市で、パーパルディアの造船や兵器製造などが行える大規模工業都市となっております。ここを潰さない限り、パーパルディアは戦争継続能力を有することになります。言い換えれば、この二つを短時間で攻略、無力化することが重要になります」

 

 

幹部が今度はエストシラントから見て北東側の場所を指す。元々はドーリア共同体と呼ばれる都市国家らしかったが、パーパルディアの侵略によって編入されている。

 

そこには昔から優秀な職人がいるらしく、パーパルディアに編入された後は職人たちはパーパルディアの言いなりとなって働かされているという。

 

 

「二つの目標を同時に攻略か……どうする?」

 

 

ナミッツ長官が、まず話を切り出した。二つの目標を同時に攻略するのは、かなり難しい作戦である。

 

 

「別段、同時じゃなくても良いのでは? 多少タイムラグがあってもいい気がします」

「いや、エストシラントかデュロにはどうせ上陸せねばならないし、戦力は潰しておいた方がいい」

「それに、その二つに主戦力が集中しているのだから、どちらかを野放しにして挟撃されることは避けたいですからね」

 

 

幹部たちが口々に自分の意見を言った。

 

 

「うむ、タイムラグは1日以内にしたい。問題は……投入戦力をどうするかだ」

 

 

ナミッツ長官が話を戦力の問題に振り出した。それもそのはず、レヴァームと天ツ上で利用できる空母や戦艦などの戦力は限られている。

 

もしもの時の本土防衛にも、戦力を残さなければならないのだ。特に、天ツ上の方では戦力の問題が厳しかった。なぜなら──

 

 

「天ツ上としては、今回の作戦で投入できる空母は4隻しかいません。残りの2隻は第二使節団艦隊に組み込まれ、現在航海中です」

 

 

現在、天ツ上にある新鶴型空母の数は7隻。そのうち2隻は第二使節団艦隊に組み込まれ、現在航海中である。1隻は防衛用に残しておく。そのため、天ツ上が今使える空母は4隻しかいない。

 

 

「なんとか呼び戻せないのですか? 今は戦争中ですのでなんとかなるでは?」

「それが……カルアミーク王国と呼ばれる国で何かしらのトラブルに巻き込まれたようで、しばらく帰れなくなったとの事です」

「そうですか……では無理に呼び戻す事ができないので、今の戦力でなんとかするしかありませんね」

 

 

レヴァーム側の幹部も、天ツ上の幹部の説明に納得したようで話を進めた。

 

 

「私としては敵に衝撃を与え、戦意を削ぐ為にも港の艦隊は艦隊決戦で殲滅したい」

「それは賛成です、早めにこの戦争を終わらせたいですから」

「となると……エストシラントの基地は空爆で攻撃するのが良さそうですね。その後に、飛び出してきた艦隊を艦隊決戦で撃滅すると……」

 

 

レヴァームと天ツ上の幹部たちがお互いに話し合い、だんだんと作戦が決まっていく。

 

 

「私もそれに賛成です。空爆の方はグラナダⅡにお任せしてもよろしくて?」

「レヴァームとしては問題ありません。天ツ上の爆撃機は搭載量が少ない上に、絨毯爆撃の戦術がありませんからね」

 

 

天ツ上にも陸上攻撃機や爆撃機などが存在する。しかし、それらは高速性や量産性を重視して作られており、絨毯爆撃には向いていない。そのため、爆撃はレヴァームのグラナダⅡに任せるのだ。

 

 

「エストシラントへの攻撃にはレヴァームのグラナダⅡと空母4隻を、デュロへの攻撃には天ツ上の空母4隻を投入いたします。その他戦艦などの打撃部隊の編成も考えましょう」

「そうだな、今の装備ではレヴァームと天ツ上が密接に連携することは案外難しいからな」

「この戦いが終わったら、さらなる連携装備の充実を図らなければなりませんね」

 

 

元々敵対していたこともあり、レヴァームと天ツ上の兵器の連携度は余り高くなかった。例えば、砲弾の口径が違っていたり、航空機の航続距離が全く違っていたりなどである。

 

 

「本土の防衛に関しては、大丈夫でしょうか?」

 

 

そこでファナがようやく口を出す。彼女なりに黙って聞いていたのだが、疑問があったので口に出した形だ。

 

 

「本土の防衛には空母艦隊が付きますし、井吹型巡空艦を含めた艦隊をレヴァーム近海で演習させます。有事の際にはすぐさま駆け付けられる次第です」

 

 

今回の作戦は特に、敵に反撃の隙を与えないことが前提となっている。守りを固めさせることで、群を外に出しづらくする。そうすれば、レヴァームと天ツ上の本土の守りが多少薄くても、目標は達成できるであろうという見込みだ。

 

 

「さて、問題はこの後だ。見事エストシラントの基地を壊滅させ、上陸したとして、本当に皇帝の救出なんてことができるのか?」

「皇帝の安否はスパイの情報で得ていますが、エストシラントに直接上陸したことで警戒されてしまう事が一番の懸念です」

 

 

レヴァームと天ツ上は、エストシラントにて幽閉されていると情報のあった元皇帝ルディアスの救出を考えていた。

 

 

「ルディアス皇帝の救出は、戦争を終わらせるためには必要不可欠な要素です。なんとかできないでしょうか?」

 

 

クーデター政権のため彼らは今の皇帝を国家元首と認めていない。そのため、ルディアスの救出がある事をするための鍵となるのだ。

 

 

「現在天ツ上では特殊部隊の編成が完了しておりますゆえ、電撃侵攻によって皇城を占拠できれば、ルディアスの救出もできます」

「なるほど、では救出作戦の立案はそちらに任せます。お願いいたします」

「分かりました」

 

 

そうして、レヴァーム側と天ツ上側の意見が一致した。

 

 

「では、作戦は以下の通りでよろしいですね?」

 

 

出来上がった作戦はこうだ。

 

・アルタラスのサン・ヴリエル飛空場と空母艦隊から戦爆連合を出撃させ、エストシラントの制空権を取りながら絨毯爆撃を敢行する。

・同時に、エストシラント沖で艦隊決戦を行い、パ皇艦隊を撃滅する。

・ほぼ同日にデュロ方面への攻撃も行い、生産能力を削ぐ。

・1日以内にエストシラントに上陸、皇帝ルディアスの救出を試みる。

 

彼らは目標達成のため、今から準備を始めるのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

再独立を果たしたアルタラス王国への再侵攻が決定してからというもの、エストシラントの港では人が慌ただしく動き回り、大急ぎで準備が行われていた。

 

この港は皇都の南側に位置する、軍港を兼ねた第三文明圏最大の港である。数百隻もの戦列艦が停泊しており、兵器や魔石類、食糧などの物資を積み込む。

 

海軍提督バルスは、湾岸施設の屋上からその光景を眺めていた。バルスは遠くを眺める。レヴァームと天ツ上との戦争では、多くの兵が死ぬだろう。

 

飛空戦列艦やワイバーンオーバーロードをもってしても、ムーの支援を受けたレヴァームと天ツ上を相手にできるか分からない。兵を無為に死なせるのは、無能の証だ。

 

しかし、国がなくなってしまえば、兵は行き場を失う。どちらも守る立場にあるバルスは、苦しい選択を迫られていた。

 

先日、士官学校時代まで共に過ごした旧友と再会した。大出世だなんだともてはやされ、「戦死が怖くないのか」と問われた。

 

死ぬのは怖くない、と言えば嘘になるだろう。だが、自分の命よりも、優秀な部下や兵を死なせるのはもっと怖かった。「戦死は怖くない、戦死などあり得ない」などと見栄を張って言い放ったことは、少し後悔している。

 

 

──こんな人間が海将だと? 笑わせる。

 

 

勝たねばならない。虚勢を虚勢のままで終わらせるわけにはいかない。死にゆくものたちの犠牲を無駄にしないためにも。彼らの家族が、自身の竹馬の友が暮らすこの皇国を守るために。

 

かつてない窮地に立つ老将軍バルスは、まだ見ぬレヴァームと天ツ上に対し、静かに闘志を燃やした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

アルタラスに新設されたサン・ヴリエル飛空場。もうすぐ大規模攻勢が始まる。それを感づかれないようにしなければならない。この基地で勤務することになったシャルルは、日に日に高まる緊張をひしひしと感じていた。

 

シャルルは滑走路脇の列線に並んだ海猫機へ歩み寄ると、機付整備員とともに点検に勤しんでいた。胴体や主翼、尾翼などに異常がないかを自分の目で確認する。

 

そして、操縦席で3舵の利き具合が最適になるよう、整備員と話し合いながら調節した。機体のことは整備員に任せっきりにする飛空士がほとんどだが、こうして細かいところまで自分の目で確認することで、空戦時に安心して機体性能をギリギリまで引き出すことができる。

 

飛空場では、レヴァームと天ツ上の飛空士達がチェスや将棋やらをしていたり、三文小説にケチをつけていたり。しかし、その平和なひと時は突如として打ち破られた。

 

 

『レーダーより連絡、エストシラント沖方面、方位195度、敵ワイバーンオーバーロード200、艦隊規模400隻以上がアルタラスに向け侵攻中。1325』

 

 

突如として鳴り響くサイレン音、いきなりの来襲だ。おそらくパーパルディアの艦隊がアルタラスの奪還に向けて動き出したのだろう。それに、400隻という数の多さも驚異的だ。

 

 

「敵襲! 敵襲!」

「走れ走れ!」

 

 

一気に飛空場が慌ただしくなり、のんびりとした空気が打ち払われた。元から自分の愛機を点検していたシャルルは、傍で同じく整備をしていたメリエルと共に水素電池スタックに火を灯した。

 

 

「シャルル教官」

 

 

と、傍で整備点検を行なっていたターナケインが口を開いた。

 

 

「俺は計器を取り外してしまったので、出撃できません。あとはお願いします」

「分かった」

 

 

どうやらターナケインは留守番らしい。シャルルはそう言うと、DCモーターを轟かせ、慣性軌道機にモーター軸を直結させる。すると、ぐわんぐわんという音とともにプロペラが回転し始める。列線から一番に抜け出して、まだ計器点検中の他機を尻目に滑走路に入る。

 

コンクリートで埋め立てられた灰色の滑走路と、真っ青な空。離陸滑走に入り、操縦桿を引くと滑走路が消え去る。右目の端に見えていた航空指揮所や兵舎や格納庫、レーダーも視界の下方へ消えて無くなる。

 

世界が青だけになる。

 

シャルルはこの瞬間が世界で一番好きだった。敵を落とすでもなく、空を飛ぶ瞬間だけを楽しめるからである。悲しく敵を落とすよりも、ただ空を飛ぶその時間がシャルルにとっては好きだった。

 

飛空場からも近いため電力残量を気にせずに済むし、万が一被弾しても基地が近いので助かりやすい。ここまでの好条件な空戦場はないだろう。

 

やがて、飛空場の周辺を飛びながら哨戒していた時──

 

 

「…………!」

 

 

その空に、幾つもの点が見えた。目を凝らす、レーダーの情報通りの場所と方向に、それがいた。高度3000メートルの下側を、速い速度で飛び続ける敵ワイバーン隊。それらの全てが通常のワイバーンよりも大きく力強かった。

 

ワイバーンオーバーロード、パーパルディアが飛行機械に対抗して作り上げたワイバーンの改良種らしい。生殖能力を完全に削ぎ、その代わりとして大型化して飛行能力と旋回性能を上げたワイバーンの限界ともいえる改良種である。

 

このワイバーンは、アルタラス沖での初めての空戦の時にもいたあの大きめのワイバーンだ。シャルルは3騎とも落としてしまったが、このアルタラスに先行配備されていた種類だったらしい。

 

 

「誘導する、我に続け」

 

 

シャルルはそう言って列機のメリエルとその他の味方たちに通信して、ついてくるように促した。各機体たちはそれぞれレーダーの情報を元に動いているため、シャルルの情報が正確だと知っている。だからこそ、信用してくれるのだ。

 

シャルルは近くにかなり大きめの雨雲を見つけ、その上に飛び上がる。ワイバーンオーバーロードよりもはるか高高度、8000メートル上空であるから、ワイバーンからは上空にいるアイレスVが見えないという寸法だ。

 

シャルルは耳を澄ます。自機のプロペラ音を無視し、ワイバーンオーバーロードの羽ばたく音と鳴き声を聞き分ける。虎の咆哮の中から雀の鳴き声を聞き分けるようなモノだが、シャルルには出来る。

 

そして、見事異なる音調を見つけると、シャルルはその瞬間操縦桿を押し込んでスロットルを開いた。

 

下降して分厚い雲へと再び突っ込み、雲の下へ出る。どんぴしゃり、ワイバーンオーバーロードの上に出ることができた。

 

 

──先手必勝!

 

 

理想的な空戦ができそうだ。敵はこちらに気づいていたが、あまりにも遅すぎる。激しい雨音がプロペラ音をかき消し、察知を遅らせたのだ。

 

 

『こいつら上から……!』

 

 

輝く太陽はないが、雨の中でシャルルは風防の照準器を覗いて狙いを定める。そして、容赦なく引き金を引いた。

 

20ミリ弾が竜騎士を頭から貫き、そして殺した。ワイバーンオーバーロードも体や翼に被弾して力なく降下していく。

 

 

──あぁ……。

 

 

シャルルはこの瞬間が最も悲しかった。空戦は人を殺すための戦場。それで人が死んでいくのは当たり前だが、それでもシャルルは少し悲しみを覚える。

 

ワイバーンオーバーロード隊は慌てて散開し、飛行機械から逃れようとする。そこへ、アイレスVと真電改が襲いかかり、乱戦になる。

 

こうなれば、目に映った敵を叩き落とすのが定石だ。シャルルは一人、戦いぶりが他機を圧倒していた。

 

メリエルとの編隊を解いたシャルルは、3騎、4騎と瞬く間に撃墜数が加算されていく。墜ちていくワイバーンには目もくれず、次の獲物へ食らいつき、20ミリ弾で叩き落とすのだ。

 

 

『なんなんだよあいつは!』

『くそっ! 後ろを取られた! 助け……』

『う、うわぁぁぁぁぁ!! 海猫だ!!来るなぁぁぁ!!』

 

 

空戦場は、竜騎士の絶望の色に染まった。改良種のワイバーンオーバーロードといえど、両国の最新鋭戦空機、それも最前線の腕利きが操る機体たちには勝つことができないでいる。

 

シャルルは疑問に思う、何故彼らはここまで劣勢になっても全く引かないのだろうかと。

 

すると、一騎のワイバーンオーバーロードが血飛沫を上げながら雨のざあざあ降る海原に向かって墜ちていく。竜騎士は無事なのか、そのまま落下傘を開いた。安心するがその直後、落下傘に向けて30ミリの弾が放たれた。

 

 

「なっ!?」

 

 

落下傘は撃ち抜かれ、穴だらけになって使い物にならなくなった。竜騎士は上空で何もできずに墜ちていき、海面に勢いよく叩きつけられる。

 

 

『うわぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 

さらに周りを見ると、同じような事が何遍が起きていた。落下傘を撃ち抜かれた竜騎士は恐怖の表情で死んでいく。

 

なんて事をするんだ、と抗議の一言を30ミリを放った真電改の飛空士に言ってやりたかったが、途端に彼の心情を理解してしまった。

 

おそらく、パーパルディアに親族を虐殺された飛空士なのだろう。その恨みが、パーパルディアの竜騎士に向けられている。それを止めることは、シャルルにはできない。

 

 

「…………くそっ……」

 

 

と、そう無念に囚われていた時に、シャルルは後ろから気配を感じた。いくら凄腕でも、戦場で呑気な飛び方をしていたら誰だって後ろを取られる。

 

 

「…………くっ!」

 

 

機速を上げたが、敵はぴったりと後方へ食らいついて火炎弾を放ってくる。かなり根性があるらしく、せっかく取った好位置を捨てまいと必死に食らいついてくる。

 

 

『こいつめぇぇぇぇ! よくも仲間を!』

 

 

シャルルはその悲しい敵に哀れみを向け、上昇に転じた。やや斜め気味の宙返りだ。ワイバーンオーバーロードもしっかりとついてくる。

 

シャルルは宙返りの頂点付近で左フットバーを緩め、右フットバーを蹴った。機体が横滑りしたところで、操縦桿を微妙に倒して、右翼をわずかに下げる。

 

反転した機体が、失速寸前のところで不思議な浮遊状態となり、自動車のドリフトのように空中を横滑りする。

 

追尾してきたワイバーンオーバーロードが前へのめる。空中に静止するようにして、シャルルは前方へ押し出される敵の脇腹を見ている。

 

 

──イスマエル・ターン。

 

 

レヴァーム空軍、S級空戦技術。下手な者がやれば失速する、両翼にため込んだ揚力と推進力がギリギリ調和するところを見極めて繰り出す。

 

 

──空中に真空を発生させる。

 

 

その感覚が最も近い。敵騎は重力に囚われているが、こちらは重力から切り離されて空間の一点に静止してコマのように機首だけを回転させる。

 

シャルルは押し出された敵騎の脇腹へ、20ミリ弾を叩き込んだ。これが、最後の敵騎だった。

 



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第52話〜真実の味〜

レミール閣下(2回目)



 

今日も中央世界の酒場は活気に満ちている。週一だった魔信放送も、最近では話題の提供に事欠かないためか、週3回に増えた。それにつれて商人や軍人の情報交換も活発になっていった。

 

 

『番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします!番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします!』

 

 

魔信放送のアナウンサーが鬼気迫る声で訴えかける。

 

 

『第3文明圏の列強国、パーパルディア皇国が侵攻し、攻め落としていたアルタラス王国は、独立を宣言いたしました』

 

 

アナウンサーが原稿を読み上げると、酒場の人間たちがざわざわと騒ぎ始める。

 

 

『アルタラス王国に進駐していたパーパルディア皇国軍は全滅に近い被害を受け、再侵攻も失敗に終わりました。専門家の間では、新興国家であるレヴァームと天ツ上の関与が明確になってきています』

 

 

そして映像では、アルタラスに出向いたニュースキャスターが、喜びに満ちたアルタラスの住民にインタビューを行なっている。

 

 

『パーパルディア皇国の属領が再独立したのは今回が初めてのケースとなり、この事件が、第3文明圏の今後の在り方にどう影響するのか、注目されています。現場からは以上です』

 

 

キャスターの解説を聞き、ミリシアルの放送局のキャスターにバトンを渡してインタビューは終了した。

 

 

「──おい、聞いたか? 今のニュース」

「ああ聞いた! パーパルディアが属領を1つ失ったなんてな!」

「やっぱり俺の言った通りだな、レヴァームと天ツ上にはパーパルディアじゃ勝てない! 俺たちの予測は正しかったんだ……」

 

 

酒場では自分たちの予測が正しかったことが証明され、さらなる会話のネタとなった。謎の新興国家、レヴァームと天ツ上。その話題はここ中央世界でも盛んだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「い……いいい以上が……あ、アルタラス奪還作戦失敗の概要になります……」

 

 

パーパルディア皇国皇都エストシラント、パラディス城の会議室にて、またも『負けの報告』がレミールに伝えられた。レミールは腕をプルプルとさせて報告書を置く。

 

400隻以上の艦隊を用いて敢行したアルタラス奪還作戦。しかし、それは数日経って失敗に終わった。ワイバーンオーバーロードを搭載していたはずの竜母も、艦隊もほぼ全て撃滅され、わずかな数だけが逃げ帰ってきた。

 

 

「5名だけ残れ……アルデ、バルス、マータル……ついでにエルトとカイオス」

 

 

言われた5名以外の、外務局職員や軍関係者のほぼ全ての人間たちが会議室を出て行った。それを見計らい、レミールは口を開く。

 

 

「これは一体どういうことだぁ!?栄えある皇国軍が2度も敗退するなど!何がどうなってるぅぅぅぅ!!」

 

 

レミールが耳がはちきれんばかりの大声で叫び散らかす。窓が揺れ、家具が軋み、柱にもヒビが入ったのではないかと思うくらいの大音量だ。

 

 

「マタァァァルウウウウウ!!貴様またやりおったなァァァぁぁぁぁ!!!」

「も、ももももも申し訳ありませ……」

「アルデ!貴様もだ!!」

 

 

恐縮して謝るアルデに構わず、怒鳴り散らかすレミール。今度はアルデにターゲットを絞る。

 

 

「作戦に不備があれば!指摘するのがお前の務めだろぉぉぉ!」

「し、しかし皇軍が2度も敗北するなど……」

「うるさい!大っ嫌いだ!!言い訳をするな、バァァァァァカ!」

 

 

部屋の外では、あまりの怒鳴り声の大きさに待女がまたメソメソと泣き始めた。前回と同じ待女だ、それを隣にいる女性職員が慰めている。

 

 

「も、申し訳ありません……」

「また負けるなんて! 将軍共はパーパルディア人のクズだ!」

 

 

レミールは持っていた鉛筆を机に叩きつける。

 

 

「チクショウメェェェェェェェエ!!」

 

 

そして、怒りのあまりに叫び散らかした。ある程度怒鳴って怒りが少しおさまったレミールは、一旦また席に座る。そして、次なる怒りのターゲットを絞る。

 

 

「私は士官学校など出ていないが! それでも単独で属領を72も手に入れたぞ!!」

 

 

正確には、レミールではなくルディアスの功績なのだが、レミールにとっては知ったことではない。

 

 

「It's判断力足らんかった……!奴らを粛清してやろうか!講和派の臆病者のように!!」

 

 

またも、彼女は講話派を例にとって軍部を脅迫する。

 

 

「おまけに! なんだあのレヴァームの女外交官は! 堅物そうな顔をしておいて、目に刺さる様な!おっぱいぷるーんぷるん!

 

 

レミールがそう怒鳴るのを見た、エルトとカイオスの思っていることが一致した。

 

 

──ねぇよ、あいつ男だよ。

 

 

どうやら、レミールは彼が男であることすら認識できないくらい怒っているらしい。彼女の怒りに応えるように、髪の毛は乱れ、目元の化粧が歪んでいる。

 

 

「それと……レミール様……」

「なんだ!?」

「ワイバーンオーバーロード隊からの報告では、今作戦にはまた海猫のマークをつけた飛行士が確認されたそうです」

「何!?」

 

 

海猫、そのマークのことはレミールも知っていた。たった1機でワイバーンオーバーロードを15騎も相手にしてあしらった凄腕の飛行士。おそらく、ムーからやってきた飛行士だと思われていた。

 

 

「くぅぅぅう!! 小癪な! 何度も私の邪魔をする気か!」

 

 

レミールは大きく息を吸い、海猫に対する憎悪をむけた。

 

 

「レミール様、大変です!」

「どうした!?」

「神聖ミリシアル帝国と……ムーが……パーパルディアからの自国民の退去を命じました!」

「何ぃぃぃぃ!?」

 

 

レミールはその言葉に、驚きを隠せずに狼狽した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

それからしばらく経った後、第1外務局長エルトはムーからのある情報を掴んだ。そして外れてほしかった推察が当たり、落胆していた。そして肝を据える。

 

レヴァーム、天ツ上と戦争状態に突入したパーパルディア皇国。その列強たる皇国内に住まうムーの民。第2文明圏列強ムー政府は自国の民に対し、レ天連合と本格的戦争状態に突入した事を理由として、パーパルディア皇国に対する渡航制限と皇国からの避難指示を出した。これを受け、皇国内に住まうムーの民は、続々と国外に脱出を図っている。

 

 

「やはり……そうか!!!」

 

 

エルトは執務室でつぶやく。列強たるパーパルディア皇国と文明圏外の蛮族の国、レヴァーム天ツ上。この3カ国が戦争状態になったところで、列強の本土が脅かされる事は無い。

 

まして、皇国本土から自国民に退去を呼びかけるなど、通常であれば狂人の判断だ。

 

しかし、ムーはそれを行った。

 

考えられる可能性はただ1つ、ムーが本格的に2カ国を支援し、皇国にけしかけているとしか考えられない。

 

 

「まさか……列強同士の戦いになるとは……何故ムーは、このような措置を取るのだ!!」

 

 

ムーの民が国外退去を始めているといった情報は、すでに皇族レミールにも知られている。間もなく、ムー国大使が皇国の召喚に応じ、出頭してくる。

 

レミール様がどう動き、ムー大使がどのような言い訳をするのかが楽しみだ。今回は、レミール様が主体となって外交を行うため、私はその様子をゆっくりと見学させてもらおう。第1外務局エルトは、まるで他人事のようにそう考える。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

皇族レミールは、第1外務局の小会議室で、第2文明圏列強ムーの大使を待っていた。

 

すでに事前情報として、ムー国政府がレヴァーム及び天ツ上とパーパルディア皇国が戦争状態に突入した事を理由として、パーパルディア皇国内のムー民に対し避難指示を出した、との情報が入っていた。港では、国外へ退去するムーの民が長蛇の列を作っている。

 

ムーはレヴァームと天ツ上に自国の兵器、マリンなどの飛行機械を輸出しているからこその避難指示と思われる。でなければ、列強と蛮国の戦争で列強側の国に対して避難指示が出る事は考えられない。

 

会議室には皇族レミールの他に、第1外務局長を筆頭とした幹部の面々が顔をそろえる。

そろそろムー国大使の到着時間だ。小会議室のドアがノックされる。

 

 

「ムー国大使の方が来られました。」

「お通ししなさい」

 

 

重厚な扉を開け、ムー国大使ムーゲと職員3名の計4名が入室する。

 

 

「どうぞお座り下さい。」

 

 

ムー国大使一行は、現皇帝であるレミールがいることに少なからず驚きを隠せなかったが、案内に促されるまま席につく。

 

が、そこで一行は自分たちの席に茶がない事に気づいた。なんたる無礼な態度だと文句の一つもつけてやりたかったが、彼らは我慢した。

 

ムー国大使ムーゲは今回の召喚の理由について、ある程度察しはついていた。おそらく今日自分たちがパーパルディア皇国に召喚された理由は、レ天連合と皇国の戦争により、本国から避難指示が出た件だろう。何故そんな事をするのか、問われるのだろう。

 

ムーは皇国と敵対している訳でも無く、特に仲が良い訳でも無いが、大切な国交を有する国だ。皇国も、さすがに両国の技術については気付いているだろうから、説明すれば解ってもらえるはず。いかに皇国のプライドを傷つける事無く、一時的とはいえ、ムー大使までもが本国に引き上げる事実を説明しなくてはならない。

 

しかし──

 

僅かに心に引っかかる事がある。皇国はレヴァームと天ツ上に対し、殲滅戦を宣言してしまっている。両国の強さ、技術力の高さを上が認識していたら、こんな事を宣言するとは思えない。

 

考えたくも無いが、まさか皇国はレヴァームと天ツ上の強さを認識していない可能性すらある。

 

 

──いや、それは流石に無いか……

 

 

認識が無いならば、皇国がレヴァームと天ツ上に連敗した説明がつくまい。ムー国大使ムーゲは皇国との会談の前に気を引き締める。

 

 

「それでは、会談を始めます」

 

 

進行係の言葉により、会議は開始された。最初にレミールがエルトを差し置いて発言を行う。

 

 

「我が国がレ天連合と戦争状態に突入している事は、知ってのとおりだと思う。今回のムー国の一連の対応について説明を願いたい」

「はい、このたびパーパルディア皇国と、レヴァーム天ツ上が戦争状態に突入いたしました。今戦争は、激戦となる可能性があります。今回の指示には、大使館の一時引き上げをも含みます。これは、我が国の幹部が、皇国本土にも被害が及ぶとの判断したのが理由になります」

 

 

この発言を受け、レミールの表情が曇る。

 

 

「いや、上辺は良いのです。調べはついています。本当の事を話してはもらえませぬか?」

「は?」

 

 

レミールの発言が理解出来ずに、ムーゲは間の抜けた声を出した。

 

 

「アルタラス島において、レ天連合からの襲撃がありました。その際、レ天連合の旗が描かれた飛行機械が目撃されているのです。本当のことを話してください」

「…………一体何を仰りたいのか、理解出来ないのですが……」

「解らぬのか?これは、ムーもとんだ狸を送り込んで来たものだ」

 

 

レミールの態度が、トゲのあるものに変わり、ムー大使たちは身構える。

 

 

「私は今、『飛行機械をレヴァーム天ツ上が使用しているのを目撃した』と言った。飛行機械が作れるのは、あなた方ムーくらいのものだ。あなた方ムーは、今まで決して輸出して来なかった武器をレヴァームと天ツ上に輸出したということだろう。そして、今回の皇都からの自国民の引き上げ、これが何を意味しているのかは馬鹿でも解る! 何故あの2カ国に兵器を輸出した!! そして何故我々の邪魔をするのだ!!」

 

 

ムーゲは今にも襲い掛かってきそうなレミールの表情に萎縮すると同時にパーパルディア皇国のあまりにも斜め上の推論に戸惑う。誤解を解く為に、ムーゲは1つずつ確認するように答える。

 

 

「あなた方は、何か重大な勘違いをしておられる。我々ムーは、レヴァーム天ツ上に兵器を輸出などしていない。それに、むしろ彼らの方が我々よりも機械文明が進んでいるのです」

「文明圏外の蛮国が、第2文明圏の列強よりも、機械文明が進んでいる? そんな話が信じられるか!!」

「彼らが──転移国家という情報は、掴んでおられないのですか?」

 

 

レミールは過去に読んだ報告書の片隅に記載されていた文を思い出す。しかし、彼女は現実主義者であり、そんな物語を本気になど出来なかった。

 

 

「転移国家などと……貴国はそれを信じているのか?」

「信じます。我が国以外の国では、神話としか思われていないが、我が国もまた転移国家なのです。1万2000年前、当時王政でしたが、歴史書にはっきりと記録されています」

 

 

ムーの歴史は当然ながらレミールたちもよく知っている。ただ、どんな歴史も、遡れば最終的には神話に行き着く。この世界では、ムーの神話の入り口と認識されていた。

 

 

「そして両国について調査した結果、彼らも転移国家である事が確認されました。彼らは巨大な滝に阻まれた海と滝だけの世界で孤独に暮らしてきた世界の人々なのです」

 

 

いまいち信じられないレミールだったが、ここに至ってムー大使達がくだらない冗談を言うとも思えない。ムーゲは部下に目配せすると、カバンの中から写真を数枚取り出す。

 

 

「これは、レヴァームと天ツ上の戦闘機……レヴァームと天ツ上では『戦空機』と呼ばれている飛行機械の写真です。そしてこれが我が国の戦闘機の写真……」

 

 

彼が取り出した写真には、一枚羽の飛行機械が映し出されていた。

 

 

「見て下さい、彼らの飛行機は単葉機、つまりは翼が左右一枚しかありません。我々の飛行機械は複葉機ですが、この二枚翼は空気抵抗が大きく性能限界があるとのことです。両国を視察してきた我が国の技術士官が、そう申しておりました」

 

 

ムーの最新鋭戦闘機を指して「限界がある」と言うことは、つまりレヴァームと天ツ上の戦闘機がその限界を超えていることに他ならない。

 

 

「彼らの飛行機械は時速700キロを超え、20ミリクラスの機銃を備えています。明らかに我が国より優れていて、逆にこちらが輸出して欲しいくらいなのです」

 

 

いつも澄ましているエルトの整った眉が寄り、その目は大きく開かれていた。

 

 

「で、では……海猫のマークを付けた飛行士は……?」

「? なんのことかは分かりませんが、我々は飛行士をレヴァームと天ツ上には派遣しておりません」

「!?」

 

 

彼は次に、超高層建築物が立ち並ぶ、見た事が無いほどの栄えた街の写真を取り出す。

 

 

「これは、レヴァームの首都エスメラルダの写真です。このエスメラルダは旧市街と新市街に分かれていて、この写真は新市街地の写真です」

 

 

高層建築物は、複雑なデザインで、木造でも石造りでもなさそうな、どこがつなぎ目なのか分からない不思議な質感である。さらに高価な窓ガラスがズラリと並んでいて、一見しただけでこの世界の列強国とは卓越した発展度であることがわかる。

 

皇国側の面々の顔色が一気に悪くなるのを見て、ムーゲは「そのまさかだったか」と内心呆れていた。

 

 

「軍にしても、技術にしても、レヴァームと天ツ上は我々よりも遥かに強いし、先を進んでいるのです。神聖ミリシアル帝国よりも上と言っても過言ではありません。そんな国にあなた方は宣戦を布告し、かつ殲滅戦を宣言してしまいました。殲滅戦を宣言しているということは、相手から殲滅される可能性も当然あります」

 

 

殲滅、と言う言葉にレミールがピクリと反応し、息が荒くなる。ムーゲはその反応を見て、レミールがこの戦争の原因だと分かった。

 

 

「……最初に申し上げましたが、ムー政府は国民を守る義務があります。このままでは皇都エストシラントが灰燼に帰する可能性もあると判断し、ムー国政府はムーの民に、パーパルディア皇国からの国外退去命令を出したのです。我々も間もなく引き上げます。戦いの後、皇国がまだ残っていたら私はまた帰ってくるでしょう。あなた方とまた会える事をお祈りいたします」

 

 

パーパルディア側が絶句して声が出ない中、ムーゲの最後の一言で会議は終了した。ムーゲの説明が正しいのであれば、自分たちは超列強国を相手に侮り、挑発し、そしてその国の民を虐殺してしまった。

 

さらに最悪なのは、外交官の渡してきた戦時協定をレミールがビリビリに破いてしまったことだった。あの時、要求文書と共に渡されたのだが、レミールは気づかずに一緒に破いてしまった。これはもう言い逃れができない。

 

列強国の大使の言は重く、あまりの衝撃に全員が放心状態となり、具体的な対策は一切思いつかない。重たい沈黙を破り、エルトはレミールに一言を言う。

 

 

「…………レミール様、ムー大使が言っていた事が本当とは限りませぬ。ムーが代理戦争を行うためにレヴァームと天ツ上を利用していた場合は、勝機はあります。」

「──フ……フ、フハハハハハ!!!」

 

 

レミールが突然笑いはじめる。エルトは、レミールの精神が壊れたのではないかと心配する。

 

 

「最悪の想定が、唯一の望みになるとは!! これほどの喜劇があろうか!! フハハハハ!!」

「レ……レミール様!?」

 

 

レミールは自分の笑い声だけが響く頭の中で、静かに思い返していた。思い返せば、何度も何度もレヴァームと天ツ上の国力に気付く機会はあった。しかし、レミールはファナへの嫉妬に囚われ、その全てを無駄にしてしまった。

 

 

「エルトォォォ!!」

「は、はい?」

「海猫に懸賞金をかけろ! そいつを墜とした奴は未来永劫、末代までの富を与える! これは命令だ! 私の邪魔をする海猫をなんとしてでも墜とせぇぇぇぇぇぇ!!」

「…………」

「そうだ! これで私の邪魔をするものは居なくなる!! 私は! この世界の母にぃぃぃぃ!!」

 

 

レミールは笑い狂いながら、そのことを後悔した。

 



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第53話〜復讐の味〜

今回は短めです、申し訳ない。



ターナケインの計画は一度失敗に終わっていた。ターナケインは海猫を不意打ちで落とした後、パーパルディア皇国まで脱出する計画を立てていた。あわよくば、そのままアイレスVを手土産に亡命する事も視野に入れていた。

 

そうなれば、自分は裏切り者として名前が上がり、歴史で罵倒されるだろう。だが、これでいいのだ。相棒の命を奪って挑発をした海猫を、生かしておくわけにはいかないのだ。

 

だが、その計画は失敗に終わった。突然のワイバーンオーバーロードの乱入により、彼の計画は振り出しに戻り、再びの計画を練っていた。

 

もうすぐで反攻作戦が始まる、作戦に参加する者は空母や爆撃機の整備を行っており、連日連夜整備に余念がない。

 

サン・ヴリエル飛空場の誰もいない自室で、ターナケインは黙って地図を見据える。立てた計画はこうだ、エストシラントに攻撃が始まるその時に海猫を墜とす、そしてそのまま全速力で北に逃げてパーパルディア皇国に受け入れてもらうのだ。

 

彼らが受け入れるかどうかはわからない、が自分ではこれしか思い浮かばなかった。海猫を倒すまでのターナケインの計画は完璧だ、あとはこれを実行するだけ。

 

 

──だったが、一つ心残りがある。

 

 

問題はそのあとだ。見事海猫を撃ち落とし、パーパルディアに受け入れられた後、自分は何をすればいい? 海猫がいなくなってもパーパルディアが負けることは確実だ、そこでそのまま余生を過ごすこともできない。

 

どこかの国に移り住んでしばらく余生を過ごそうか、それともミリシアルにまで行って天の浮舟のパイロットにでもなろうか。

 

そこまで考えて、ターナケインは首を振った。余計なことは考えないでいよう、落とした後に考えればいいのだからと自分を納得させた。

 

ターナケインはそこまで考えて、机の引き出しを開ける。そこには、一振りの短剣が仕舞っていた。

 

 

「相棒」

 

 

この短剣は相棒の血を吸っている。苦しむ相棒を、楽にしてやる時に使用したものだ。これを形見代わりにターナケインは所持していた。

 

 

「仇は取るから」

 

 

誰もいない自室で、ターナケインは天に向かってそう言って呟いた。相棒が聞いているかはわからない、がターナケインはどんなことがあっても仇だけは取ると決めていた。

 

短剣を懐にしまい、地図を片付けるとターナケインは席を立った。自室の扉を開けて外に出る。

 

日はすっかり落ち、夜になっていた。夕方に降った雨の影響で南国にしては少し肌寒く、風も少しある。サン・ヴリエル飛空場で、ターナケインは外の新鮮な空気を吸って一息着こうとしていた。

 

 

「ターナケイン」

 

 

傍から声がかけられた。振り向くと、ターナケインの復讐相手が飄々とした態度で立っている。海猫だ、彼も風にあたりに来たのだろうか。

 

 

「ちょっとお酒を飲んでしまってさ、風にあたりに来たんだ」

「今日の戦勝祝いですか?」

「ああ、ターナケインは参加してなかったからね」

 

 

海猫が言う戦勝祝いとは、昨日のスクランブルの事だ。パ皇軍のアルタラス奪還部隊だったらしく、艦艇達は艦上爆撃機やら雷撃機やらで撃滅された。

 

戦勝祝いとの事だが、ターナケインはそもそも興味は無かった。不都合で参加していないし、当たり前の勝利だからだ。

 

 

「少し話そうか」

「…………はい」

 

 

海猫はそう言ってターナケインとの会話のリズムを始めた。

 

 

「ターナケインはなんで竜騎士になったの?」

「……子供の頃、森で迷ったことがあるんです。魔獣にも襲われそうになって、それで助けてくれたのが竜騎士だったんです」

「それから、憧れるようになったの?」

「はい、それから必死に猛勉強して竜騎士になりました……まあ、1発でなったわけじゃないんですけどね」

「そうか」

「竜騎士になってからは、竜に好かれました。よく懐いてくれていたし、小さい頃から一緒にいて……最高の相棒でした」

「……そうか」

 

 

海猫はどこか遠くを見てそう言ったが、ターナケインには気がかりだった。なぜなら、その相棒を殺したのは海猫なのだから。だからこそ、本人のまるで気にならないかのような物言いは尺に触る。

 

 

「シャルル教官はどうやって飛空士になったんですか?」

「…………僕は、長らくスラムにいてね。ベスタドと言われて蔑まれて、みみっちい生活をしていたんだ」

「…………」

「母も亡くなって、物盗りをしてその日暮らしをしてきたけど、ある日とある教会の神父さんに拾われたんだ。そのあと、色々あって今は飛空士だ」

「…………」

 

 

どうやら、海猫はターナケインと同じくらいの苦難の道を辿ったようだった。だが、同情はしない。それをしてしまったらターナケインの復讐は達成できなくなるからだ。

 

 

「シャルル教官」

「なんだい?」

「シャルル教官は……今まで戦争で沢山の人の命を奪ってきたじゃないですか」

「…………」

「シャルル教官は、その人達についてどう思っていますか?」

 

 

ターナケインはふと気になって、そんなことを聞いてみた。気になるのだ、この海猫が今まで殺してきた相棒やその他の人間達のことを覚えているのか、そしてどう思っているのかを。

 

 

「そうだね……僕は考えないようにしているよ」

「え?」

 

 

と、海猫はそう言ってそっけない顔で一言だけ語った。

 

 

「……人が死ぬことは悲しい、だからもう何も考えない事にしたんだ。そうすれば、もう悲しむ事もなくなるから…………」

「…………!」

 

 

こいつは今なんて言ったか?まるで、今まで殺してきた人間のことなんてまるで気にならないかのような言い方ではないか。許せなかった、こんなやつに相棒が殺されたかと思うと、虚しくなってくる。そして、ターナケインは懐に手を伸ばした。

 

 

「……シャルル教官」

「?」

「あんたは……そうやって忘れたのか!? 全部そうやって!!」

「え?」

「俺の相棒や! 殺してきた竜騎士の事も!!全部!!」

 

 

そして、ターナケインは懐の短剣を手に取る。それは、自室にあった相棒の血を吸った短剣であった。

 

 

「今この場で殺してやる!!」

 

 

ターナケインはそう言って、シャルルの胸目掛けて、短剣を突き刺した。ぶすりとした肉の感覚が短剣から伝わってくる。

 

月夜に、血飛沫が飛び散っていった。

 



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第54話〜チャンス〜

じんじんと熱い血飛沫が手から飛び散っている。手が軋むように痛い、ターナケインが振りかざしたナイフはシャルルの掌で止められていた。

 

 

「くっ……ターナケイン……君は……」

 

 

ターナケインは鬼気迫る勢いでシャルルを睨んで、拳に突きつけたナイフをさらに突き刺す。その度に、鋭い痛みがシャルルの手を蝕んだ。

 

 

「あんたは俺の相棒を殺した……! 今まで復讐を望んでいたんだ……!」

「まさか……飛空士になったのも……」

「ああそうさ! お前を殺す為だ!」

 

 

ターナケインは勢いよく短剣をシャルルの手から引き抜き、逆手に持った。シャルルは鋭い痛みに耐えきれずに片膝をつく。

 

 

「本当は空で撃ち落とすつもりだったが、この際どうでもいい! 貴様をこの場で殺して……」

 

 

と、そこまでターナケインが言ったところで、鋭い笛の音が鳴り響いた。

 

 

「貴様! そこで何をしている!?」

 

 

ターナケインの怒号を聞いた飛空場の憲兵隊の笛の音だった。ターナケインはそれに向かって小さく舌打ちをすると、ナイフを持って一目散に逃げはじめた。

 

憲兵隊の静止する声も聞かず、走り出したターナケインはナイフを憲兵隊員の一人に投げつけた。ナイフは命中し、憲兵隊員の肩に突き刺さる。

 

 

「シャルルさん! シャルルさん!」

 

 

聞いたことのある声が聞こえてくる。メリエルが片膝をついたシャルルに駆け寄り、そのままシャルルの掌を見た。

 

 

「嘘……衛生兵! 早く!!」

 

 

シャルルは鋭い痛みに耐えきれず、そのままゆっくりと目蓋が閉じられる。意識は、そこで途絶えていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ゆっくりと目を開ける。

 

明るい天井と光が目蓋から入ってくる。蛍光灯の明るい光と、白い天井。ここが、サン・ヴリエル飛空場の医務室だと気づくのはそんなに時間はかからなかった。

 

シャルルはベットから上体を起こして、改めて体を見渡す。胸などには傷はないが、右の掌だけにはしっかりと傷跡が残っていた。その手は、ターナケインの刃を受け止めた手であった。

 

 

「あ、シャルルさん」

 

 

目覚めた先で出迎えていたのは、聞き慣れた一声であった。傍にはメリエルがベッドの横に座って、シャルルの目覚めを待っていたらしい。

 

 

「ここは……? 飛空場の医務室?」

「はい、そうです。シャルルさんが気絶してしまったので、ここまで運びました」

「…………あれからどれくらい経ったの?」

「日を跨いで十時間くらいです、今は早朝ですよ」

 

 

彼女のいう通り、窓の外では小鳥が囀って東から朝日が登っていた。暗い暗い闇の時代を照らすかのような、燦々とした太陽だった。

 

 

「…………ターナケインは?」

「……捕まりました、現在は飛空場の独房に入れています」

 

 

どうやら、メリエルの話によるとターナケインはナイフを憲兵隊に投げた後に逃走したが、先回りした憲兵隊によって捕まったそうだ。

 

最後まで必死に足掻いていたらしいが、今では大人しく捕まっているという。それを聞いて、シャルルは途端に申し訳なくなった。

 

 

「メリエル……僕は」

「シャルルさんが気にすることではありませんよ。戦争なんですから、犠牲はつきものです」

 

 

メリエルもターナケインから事情を聞き、彼が相棒の復讐をしようとしていたことを知っているらしい。だが、シャルルは彼の復讐心を芽生えさせたのは自分の責任だと自らに重しを乗せ始めた。

 

 

「ターナケインはそれを分かっていない、割り切れていないだけなんです……だから、シャルルさんは」

「いや、いいよ」

 

 

メリエルの励ましに、シャルルはベットから起きて拒絶した。

 

 

「僕にだって責任はある。僕がターナケインの気持ちを解ってやらなかったから、こうなったんだ」

「シャルルさん……」

「元々飛空士にさせよう、なんて身勝手な考えだったんだ。ターナケインの心は戦争で傷ついていたのに、その気持ちをわかってやらないで……」

 

 

シャルルは自負の責任を全て自分に被せた、その言葉にメリエルも俯いて言い返すことが出来ないでいた。たしかにそうだ、彼の気持ちを解っていたら、このような悲劇は起こらなかっただろう。

 

と、その時医務室のドアがガチャリと開けられた。外から出てきたのは大柄の、それでいて人柄の良さそうな軍人の男性だった。サン・ヴリエル飛空場司令官、アントニオ大佐だ。

 

 

「状態はどうだね?」

「はっ、手の怪我だけですので、問題はありません。痛みも引いているので、戦空機の操縦もできます」

 

 

シャルルはそう言って少し痩せ我慢をした。本当は今も痛みが続いているのだが、それを言ってアントニオ大佐を心配させるわけにはいかない。

 

 

「そうか、それは安心したよ」

「あの……ターナケインは……?」

「今は飛空場の中の独房に入れられているよ、捕まえたときはかなり暴れていたが、今は大人しいよ」

 

 

それを聞いて、シャルルはさらにターナケインに申し訳なくなる。暴れていたということは、まだ未練があったということだ。あのとき、自分がターナケインに殺されて死んでいたら、ターナケインだって満足していただろう。

 

それが、シャルルをさらに蝕んでいっていた。今は複雑な気分だ、手の痛みはいつの間にか引いて、その代わりに胸の痛みがこみ上げてくる。

 

 

「あの、アントニオ司令」

「なんだね?」

「ひとつお願いがあります」

 

 

そう言って、シャルルは一呼吸を置いて自らの望みを言った。

 

 

「彼と……ターナケインと会わせてくれませんか?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

冷たい床、日の光が届かない暗い部屋。目の前の鉄格子の扉だけが、外界との接点だった。ターナケインはサン・ヴリエル飛空場の独房で何もできないでいた。

 

ここは飛空場の地下室で、日の光もあまり届かない。冷たい床にシンとした空間には気が狂いそうである。

 

 

「くそっ……」

 

 

ターナケインは結局憲兵隊に捕まってしまっていた。ナイフも没収され、手元には何もない。そして、海猫はおそらくまだ生きている。殺し損ねた事を後悔しながら、ターナケインは静かに独房で座り込んでいた。

 

その時、不意にコツコツとした足音が聞こえてきた。俯いた状態からその方向に目を向けると、ターナケインの憎き相手が立っていた。

 

 

「海猫」

「ターナケイン」

 

 

二人はお互いを鉄格子越しに睨み合う。ターナケインには復讐の心が、シャルルには攻撃を仕掛けてきた相手への同情が滲んでいた。

 

 

「君の事情、メリエルから聞いたよ。竜騎士時代の相棒の、仇を取りたかったんだね」

「…………」

 

 

海猫は、この期に及んでまで飄々とした雰囲気で話しかけてきた。それが、ターナケインの神経を逆撫でする。

 

 

「たしかに辛いと思う、僕も悪かった……そんな君のことを知らずに飛空士にしようだなんて勝手なことを言って」

「もういい……」

 

 

ターナケインは海猫の物言いを遮り、そうぶっきらぼうに呟いた。

 

 

 

「もういいんだ! あんたはそうやって厚かましい態度で接して! それで俺の相棒が報われると思っているのか!?」

「…………」

「なあ、答えろよ海猫……! 貴様が殺してきた人間やワイバーンの数……それを忘れていいのかよ!!」

「それは違います」

 

 

と、傍からターナケインの叱咤を遮る言葉を誰かが投げかけた。メリエルだった。

 

 

「ターナケインは何も分かっていません。戦争は戦争なんです、あなただって、あの戦争で人を殺せば思うはずです。考えないようになるはずです。だから……」

「あんたまで……あんたまで海猫の味方をするのかよ!!」

 

 

ターナケインはその言葉を吐くと、近くの椅子に蹴りを入れて叩き割った。

 

 

「どいつもこいつも! なんで相棒のことをわかってやらないんだ! あいつは苦しんで殺されたってのに!なんで…………」

「ターナケイン」

 

 

その傍ら、海猫は一言呼びかけてターナケインを呼び止めた。

 

 

「君の気持ちもわからないでもない。けれど、それでは相棒の子は浮かばれないと思う」

「知ったような口を……」

「だからこそ、君にチャンスを与えたい」

 

 

そう言って、海猫はターナケインに手を伸ばしてこう言った。

 

 

「まもなく、パーパルディアに対する攻勢作戦が始まる。君ももう一度一緒に来ないか? ターナケイン」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

王城の一室から、暁闇の中で目覚めた王都を見下ろす。何度思い返しても、この数ヶ月間は奇跡としか言いようのない事態だった。

 

突如来訪してきたレヴァーム、天ツ上の艦隊。やってきた大使たちはさながら救世主のようだった。

 

そして、パーパルディア皇国に出向き、皇帝ルディアスの意外な一面を見れた。そのままレヴァームに行き、ルミエスは亡命を果たした。

 

アルタラスでは、パーパルディア皇国大使カストが、王女だった私を私欲のために奴隷にしようとしたり、王国経済の要であるシルウトラス鉱山の採掘権を皇国に献上するように命令したりと、大国とは思えないほどの下劣な外交を繰り返していたという。それを命じたレミールを、私は生涯許せないだろう。

 

初めて見るレヴァームは凄かった、天を貫く摩天楼、鉄道と呼ばれる交通機関、夜も明るい眠らない街。人々も明るく迎えてくれて、まるで御伽噺の中にいるかのようだった。

 

しかし、皇国の魔の手はレヴァームと天ツ上にも迫ってきた。私は、皇国からは逃れられない運命なのかと絶望した。

 

レヴァームの大学の友達は「大丈夫」と言っていたが、不安は的中し、アルタラス王国でレヴァーム人と天ツ人が皇国に虐殺されてしまう。

 

この事変こそが、パーパルディアを滅亡に導いた。パーパルディア皇国の軍はレヴァーム天ツ上の連合軍を前にほぼ全滅した。しかも、連合軍の被害者はいなかったという。

 

報道を聞いたとき、私は神に祈った。レヴァームと天ツ上の力を借りて、祖国アルタラスの地から皇国軍を追い払い、再興をなせないかと夢を見た。

 

彼らはそれを叶えてくれた、見事アルタラス島内の皇国軍を駆逐し、元アルタラス国人達が蜂起して統治機構を制圧、再独立を果たしてここにいる。

 

そして──

 

凱旋式を終えた女王ルミエスは、空を見上げた。剣と三日月があしらわれた、美しい飛行機械達が編隊飛行をしている。中には純銀色の美しい機体もいた。

 

その奥から、さらなる轟音が鳴り響く。空を揺らし、空気を轟かせる揚力装置の爆音が、辺り一面になり響いた。空を、影のような飛空艦が通過する。

 

飛行機械の吠えるような轟音は力強く、編隊を組んで飛び去っていく光景は圧巻の一言である。飛空艦隊はその偉容だけでも威圧感がある。

 

彼らは悪魔のような国──パーパルディア皇国に、正義の鉄槌を与えるための神の軍勢。ついに皇国本土での決戦が始まる。皇国にとっては、悪夢と絶望の序章となるだろう。

 

ルミエスたちアルタラスの民は、神聖レヴァーム皇国のグラナダⅡとアイレスV、天ツ上の真電改、両国の飛空艦隊達を特別な感情で見上げるのであった。



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第55話〜成長点〜

40.000UA!ありがとうございます!!
今回はとある飛空士シリーズお馴染みの、殴り合いです。


 

「住民を避難させるだと!? 貴様何を言っている!?」

 

 

エストシラント市市庁舎にて、とある男同士が睨み合っていた。片方は、怒鳴り散らしてもう片方の男の胸ぐらを掴んで叫び散らしている。彼は、パーパルディア皇国皇都防衛隊の陸将メイガだ。

 

 

「我が軍の防衛能力を信用できないとでもいうのか!!」

「知ってますとも! 確かに皇軍は強い! ですが、レヴァームと天ツ上は現にアルタラス奪還艦隊を全滅させているんですよ!!」

 

 

そのメイガに向かって臆することなく反論するのは、軍人ではない。彼は小綺麗な衣服に何も装飾をつけていない、どちらかと言えば資産家や市長といった出立だ。彼の名はシルガイア、このエストシラントの市長を務める男だ。

 

 

「この皇都が戦場になることだってあり得るじゃないですか!!」

「それがどうした! それは海軍の練度が低かっただけだ! それにレヴァームと天ツ上はムーからの支援を受けている! 海では負けて当然だ!」

 

 

シルガイアの反論を聞かずに、メイガはエストシラントの外のある丘、陸軍基地のある場所を指差してさらに怒鳴った。

 

 

「だが見よ! 我が陸軍の圧倒的な戦力の数々を!! 兵士100万人以上、装甲地竜3000以上! 更にはワイバーンオーバーロード達も制空権を担っている! 奴らはこの皇都の空を見ることなく死ぬのだ!!」

 

 

メイガ将軍はそう言って自信満々に答えた。

 

 

「ですが! 奴らの飛行機械を前に、ワイバーンオーバーロードでも全滅しているのですよ! もしエストシラントの市民に砲火が飛んできたら、どうするつもりなんですか!?」

「それは……知らん! 対策は機密だ!! それに、貴様はここまで完璧な防御なのに住民を避難させるだと!? 貴様我々が負けると思っているのか!」

 

 

そう言ってメイガはしらばっくれて、逆にシルガイアを問い詰めた。彼にとってはシルガイアは敗北主義者に見えていることだろう。

 

 

「海で勝てないなら、敵は必ずこのエストシラントに上陸してきますよ! その時、住民達はどうするつもりなんですか! 敵は降伏した相手ですら虐殺しているのですよ!!」

「し……知らん! とにかく、市民には犠牲を出させないし上陸もさせない! 住民の避難は絶対に認めんぞ!! 分かったな!!!」

 

 

そう言ってメイガは市長室の扉を勢いよく開けて、ツカツカと歩いていった。彼の後ろ姿を睨みつけながら、シルガイアは呟く。

 

 

「全く軍は何もわかっていない……これでは市民の犠牲が出るだけではないか……」

 

 

そう言ってシルガイアは、軍の姿勢を真っ向から否定した。彼にとって今のパ皇軍は、はっきり言って職務を全うしていない。自らの私利私欲や面子のために活動することしか出来ない、愚か者の集まりだと思っていた。

 

 

「仕方ありませんよ……軍は連戦連敗で焦っているんです。自らの面子が潰れるかもしれないという恐れが、彼らの頭を固くしているんです」

 

 

シルガイアの秘書の言葉に、シルガイアはうなずく。敵であるレヴァームと天ツ上によって、軍が連戦連敗していることは市民にも噂程度で知られていた。きっかけは、アルタラス奪還部隊が敗走して帰ってきた時だった。

 

その時から、エストシラントにいる住民達は次第に気付き始めた。この戦争が負けていることに。

 

さらに、帰還してきた海軍兵士からの情報で、敵であるレヴァームと天ツ上は降伏しても相手を殲滅していることも判明した。その情報にエストシラント市民は恐怖した、次は自分たちの番だと。

 

 

「市民が武器を持って戦おうとするなんて……」

 

 

シルガイアは窓の外から武器を持って訓練を行う市民達を見据えた。軍はエストシラントの上陸に備えて、市民にも武器を持たせて訓練を行なっていた。

 

こんなの狂ってる、シルガイアはそう思っていた。軍は本来市民を守る立場、それなのに市民を守らずに市民に武器を持たせて戦わせるなんて、あってはならない事だ。

 

 

「私が士官学校にいた頃は、軍はこんなのではかった……」

 

 

シルガイアは過去、若い頃にパーパルディア皇国軍の士官学校に入っていたことがある。卒業もして士官になったが、良い結果は出せずにそのまま何十年もそのままであった。

 

いつしか、彼は軍の道を諦めて政界に入った。そこでなんとか努力を繰り返し、いつしかエストシラントの市長になるまでになっていた。

 

 

「バルスは……こんな軍をどう思うだろうか……」

 

 

シルガイアはかつての士官学校での同級生、バルスを思う。成績、運動能力、殆ど変わらなかったが、少しだけシルガイアだけが劣っていた。それが、市長になった今でもずっと蝕んでいた。

 

地龍とトカゲ、天と地、神と塵芥。劣等感を表す言葉がシルガイアの中で膨れ上がり、ますます惨めな気持ちに苛まれていた。

 

彼とは少し前に再会していた、例え手の届かない存在になったとしても、一方的に羨む存在になったとしても、バルスはシルガイアを忘れていなかった。

 

 

『おおシルガイアではないか。久しいな、元気にしていたか?』

 

 

その一言が、シルガイアにとって何よりも嬉しい言葉だった。彼の『戦死は怖くない』という言葉を思い出す、すべてを手に入れた者はこうも自信を貰えるのかと羨ましく思った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1640年1月18日

 

早朝。

 

澄みきる青空では、身を切るほどの冷たい風が吹く。朝日が地平線から漏れ出て明るくなり、世界の色が目まぐるしく変化していく。その明るい鮮やかな空を、魚影と思しき影が埋め尽くす。

 

初めは雲海の中に煌く、一つの雨雲かと思われた。しかし、その魚影達は一気に数を増やして空を覆い尽くした。

 

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の飛空艦隊が、威風堂々と歩みを進めていた。艦隊は空に布陣し、アルタラスから北上してエスシラントを空爆するための空母艦隊を展開する。

 

アルタラスからは、レヴァームの爆撃機編隊が飛行して空母から発艦した護衛のアイレスV達と合流する。この作戦では、エストシラント方面をレヴァーム艦隊が、デュロ方面を天ツ上艦隊がそれぞれ担当することになった。

 

レヴァームのアイレスVは航続距離が短いため、サン・ヴリエル飛空場からは直接エストシラントまで行くことはできない。そのため、途中まで空母を使って爆撃機編隊と合流するのだ。

 

この作戦には、この戦争の推移がかかっている。それを無駄にしないためにも、両国軍の兵士たちは意気込んでいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

青い空がよく見える甲板上、空母ガナドールの甲板上でターナケインは腕に手錠をかけられ、佇んでいた。

 

 

「何がチャンスだ……!」

 

 

ターナケインは海猫の計らいで独房から連れ出され、空母ガナドールに乗り合わせていた。だが、ターナケインはこの状況に満足いっていない。まるで、まだ舐められているかのような不快感がターナケインをまだ蝕んでいた。

 

 

「この空で……何をしろってんだ……」

 

 

ターナケインは不愉快感を口であらわにした。自分の翼はもうもがれている、それなのにこんな空に上がって一体何をさせるつもりだと、ターナケインは不満しかない。

 

 

『飛空士各員! 最上甲板に集合せよ!』

 

 

と、艦内スピーカーから飛空長の号令がかかる。ターナケインにとっても馴染み深い声だが、今はどんな人の声でも苛立ちが募る。手錠をかけられているとはいえ、一応ターナケインも飛空士のため、最上甲板に向かった。

 

最上甲板では、ガナドールの飛空士達が全員集まって扇状に開いていた。ターナケインもその中に混じり、飛空長の説明を待つ。ふと隣に、海猫の姿が見えた。右掌に包帯を巻いて、まっすぐと正面を見ていた。海猫とターナケインの会話は終始無かった。

 

 

「作戦予定時刻まであと少しとなった、これより作戦概要を再説明する」

 

 

キリッとした顔立ちの飛空長が、ターナケインをチラリと見たがすぐさま前へ向き直る。

 

 

「アルタラスのサン・ヴリエル飛空場から爆撃機隊が発進した。我々ガナドール飛空隊の任務は艦上爆撃機雷撃機によるエストシラントへの空爆。及び爆撃機隊の護衛だ」

 

 

黒板には、エストシラントまでの地図と航路が描かれている。それを頭に叩き込み、覚える飛空士達。

 

 

「戦空機隊各員は爆撃機隊を援護し、先行して上空の目標を排除せよ。爆撃機隊との合流は上空で行う、以上!」

 

 

その言葉を合図に、飛空士達はシュッとして自分の飛空機に乗り込んで点検を行う。まだ作戦まで時間はあるが、予めの整備をしておくのだ。

 

 

「…………ターナケイン」

 

 

ターナケインを呼ぶ声が聞こえる、海猫の声だとわかるとターナケインはあえてそっぽを向いた。

 

 

「……君は、この作戦に来るかい?」

「…………いいえ、行きません」

「そうか……分かったよ」

 

 

そう言って、海猫はターナケインを尻目にとぼとぼと歩き、自分の飛空機に乗り込んだ。

 

 

「ターナケイン、僕は君を許すよ。だけど、君が来ないならそれでいい」

 

 

それをターナケインは一目も見ることはなかった。

 

 

「ターナケイン」

 

 

と、傍から別の人間の声が聞こえた。若い女性の声、メリエルだ。

 

 

「ちょっと格納庫まで来て」

 

 

メリエルの声音は、なんだか鋭かった。彼女が怒っているらしい事がターナケインには分かった。

 

 

「なんだよ? 出撃するんだろ?」

「悪いけど、まだ時間少しあるから。とにかく来て」

 

 

ターナケインは顔を顰め、ガナドールの階段を伝って格納庫まで行く。その道中、ターナケインは彼女が放つ怒りの炎が見えているようだ。ガナドールの格納庫では、爆撃機や雷撃機に爆弾を傾注する作業をしていた。

 

 

「なんですか? 時間がないから手短に……」

 

 

いきなり、ターナケインの左頬にメリエルの拳が炸裂した。ターナケインの頬に鈍い痛みが伝わり、思わず転げ回る。

 

 

「くっ……クハッ!」

 

 

口から血液が飛び出し、それを口から吐き出す。

 

 

「いきなり何をする!?」

「分からないの? シャルルさんがなんでターナケインに『一緒に行こう』って言ったことの意味を」

「そんなもの……分かるわけ……」

 

 

急に近づいた、メリエルの膝が腹部に突き立った。

 

 

「うぐっ」

 

 

ターナケインの体がくの字に折れ曲がる。他の整備士がギョッとして見守る中、メリエルはターナケインの頭の髪を掴んで叫んだ。

 

 

「ターナケイン、あんたは最低よ! シャルルさんがどんな気持ちであんたを誘ったと思って……」

 

 

と、ターナケインもやられ仕舞いだと耐えられなかったのか、両手の手錠のまま頭突きを繰り出した。

 

 

「へぇ……少しはやる気になった?」

 

 

メリエルは頭突きを食らっても、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「殴り合いをしようじゃない、お互いの気持ちをすべてぶつけ合いましょう?」

「望むところだ……!」

 

 

メリエルは手錠の鍵をターナケインに投げて渡すと、ターナケインはいそいそと手錠を外す。片方だけ外したところで、ターナケインはファイティングポーズを取った。

 

ターナケインが繰り出す、禽獣の目つきのまま右拳を振り上げて、メリエルの顔面へ振り下ろした。殴られても、メリエルは楽しげに笑う。

 

 

「へぇ、女を殴れるくらいには度胸あるのね!」

「手加減なんて……しないぞ!!」

「でも足りないわ! 憎くもない相手には興味もない?」

「誰がお前なんか!」

「でもね、この世にはね、ナイフで刺されても心を許してくれる人だっているのよ!」

 

 

と、メリエルは隙をついて身体を横転させてターナケインを弾き飛ばすと、機敏な動作で立ち上がった。

 

 

「あんたが憎かった相手は! ナイフで襲い掛かられてもあんたを許した! シャルルさんはむしろ自分に責任があるって思っているのよ!」

 

 

ターナケインはよろけながら立ち上がるが、それをメリエルが掴みかかった。

 

 

「それなのにあんたは……あんたはずっと過去に囚われたまんま! 過去の戦争の傷から、抜け出せないでいるだけじゃない!!」

 

 

メリエルは掴みかかったまま、ターナケインに説教を掛ける。

 

 

「後ろを向いたままで、自分が情けないと思わないの!? あんたの相棒だって、浮かばれないじゃない!」

「うるさい! お前が相棒のことを偉そうにいうな!!」

「じゃああんたの復讐の相手は、さっきなんて言ってた!? 答えなさい!!」

 

 

そう言われてターナケインは記憶を探ってみた。そうだ……さっき最上甲板で海猫は自分に声を掛けていた。それをターナケインは無視していたが、今更思い出す。

 

 

『ターナケイン、僕は君を許すよ』

 

 

そう、海猫は確かそう言っていた。

 

 

「……え……?」

 

 

今更、そう問い返す。海猫の言葉がまた聞こえてくる。

 

 

『だけど、君が来ないならそれでいい』

 

 

ターナケインの口がぽかんと開いた。殴れて、切れて、腫れた唇から血を滴らせながら、海猫は自分を許したことを知った。刹那。ずん、とターナケインの脊髄が不可視の槍に串刺しにされた。

 

 

「……え……?」

 

 

ターナケインはその瞬間、またその問いを聞き返した。海猫は自分を許した? ありえない、自分は海猫に短剣を振りかざしたのに、海猫はその相手を許したのか?

 

 

「……う、嘘だ……っ」

 

 

ターナケインの口から嗚咽が流れる。呻きが漏れるたびに、情けなさが押し寄せてくる。海猫は自分を許したのに、自分は相手を許せないでいる。その違いが、耐えがたい痛みが、体の内側を散弾みたいに跳ね躍る。

 

 

「俺は……俺は……」

 

 

ターナケインはそう言って呟いた。油臭い格納庫で、頬から伝った水滴がポタポタと落ちた。

 

 

「あいつはナイフで襲い掛かられても、許したのに、俺はあいつを許せないで……」

 

 

吐き出せば吐き出すほど、ターナケインの中の神経がズタズタになる。

 

 

「俺を憎むことだって……出来たはずなのに……」

 

 

いつのまにか、嗚咽は慟哭になっていた。

 

 

「なんで……あいつは俺を憎まないんだ……?」

 

 

ターナケインは泣くしかなかった、もうメリエルを殴る気力も湧いてこない。しばらく黙ってターナケインを観察して、肩を竦めて笑った。踵を返し、ターナケインを置いて横顔だけを振り返る。

 

 

「今更復讐したって、相棒だって報われない。それが分かったら、ターナケイン、後はあなた次第よ」

 

 

ターナケインは言われようのない、答えの見つからない疑問を抱く。そして、泣いた。メリエルはそう言って、階段を登って最上甲板に出た。ターナケインは一人、格納庫で取り残された。

 



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第56話〜エスシラント沖大空戦その1〜

日本国召喚第6巻を買いました!!
いや〜かなり原作とは違っていて楽しめました。
グラ・カバルのバカさも、拍車が掛かってました。
そして、エイテスさんが挿絵でめっちゃくちゃな美少年として描かれていて驚いた……私の好みなんですが、女装しませんか?(オイ)


「う……うう……! や……やめろ! やめろ!! やめろぉぉぉ!!!」

 

 

レミールは自分の声で目を覚ます。ベットの上で息が荒れ、身体中の汗線から汗が吹き出している。

 

ムー大使との会談後、毎晩のように悪夢を見ていた。皇国がレヴァームと天ツ上によって蹂躙される夢、剣を振りかざすアメルと、処刑される自分を傍観するレヴァーム人と天ツ人。傍観者の中には、ファナ・レヴァームの姿もあった。

 

 

「……チッ!!」

 

 

レミールは気晴らしにすっかり朝になったバルコニーから顔を出し、皇都を複雑な心境で眺めた。

 

やってしまった。

 

やってしまった。

 

自分は今までルディアスの妃となるべく、順調に進んでいた。しかし、その時にあの女狐が現れてから全てが変わってしまった。

 

レミールは嫉妬に走り、そして挑発と虐殺でレヴァームと天ツ上に戦争を仕掛けてしまった。だが、ムー大使は言った。

 

レヴァームと天ツ上はムーよりはるかに強いと。神聖ミリシアル帝国よりも上であると。皇都が灰塵に帰す可能性もある。

 

 

──信じられない!!

 

 

どう考えても信じられるわけがない。しかし、監察軍を含めて3度にわたるレヴァーム天ツ上との戦いでの大敗を見るに、おそらくは事実だろう。

 

時速700キロ越えの飛行機械など、まるで古の魔法帝国だ。神話上の存在のような兵器を持つ国と、現実に戦わなくてはならない。レミールは戦いを回避するために、必死で思考を巡らす。

 

 

「領土の献上……いや、領土の割譲……レヴァームと天ツ上は何を望むのだ……」

 

 

降伏するにしても、なるべく元の国の形を残すことが望ましい。そのためには──

 

 

「……はっ」

 

 

レミールはアメルたちとの交渉のシミュレート中、彼の言葉を思い出した。

 

 

『我々はこのような蛮行を許すわけにはいきません。この首謀者とこの国には、必ず報復で償ってもらいます』

 

 

「──だめだ! だめだ! 絶対にだめだ!!」

 

 

自分は5大列強の皇族だ。将来はルディアスに嫁ぎ、皇妃となって、世界統一を果たす。そして、世界の太母となる……全ての人類は自分の我が子となるはずだ。

 

それなのに──

 

 

「……レヴァームと天ツ上には……絶対に殺されんぞ……!!」

 

 

レミールはバルコニーから顔を上げて目元を歪ませる。その瞳には、生恥を晒してでも最後まで生き残るという決意が宿っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ついにパーパルディアでの本土決戦が始まった。

 

スセソール級飛空母艦『スセソール』『ガナドール』『グローリア』『プロタゴニスタ』『メントル』『スエーニョ』からそれぞれ飛空機械が発進し、上空で爆撃機隊と合流した。

 

さらに艦上爆撃機や雷撃機にも爆弾を傾注して、全力で出撃を敢行した。空が飛行機械達によって埋め尽くされ、その全てがエストシラントに向かっていった。

 

彼らに、最期の時が迫っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『緊急事態発生! 緊急事態発生!! 皇都南方空域を警戒中の第18竜騎士団第2飛行隊20騎、全てレーダーロスト。撃墜された可能性大! 魔力探知レーダーに敵影反応なし。飛行機械の可能性大! 待機中の竜騎士は緊急発進し、皇都上空の敵機迎撃に当たれ! 繰り返す──』

 

 

皇都エストシラントの北側の陸軍基地で、警報音が鳴り響いて一気に基地が慌ただしくなる。ワイバーンオーバーロード隊が次々と発進し、上空に上がる。彼らの闘志は漲っており、いかなる敵が来ても大丈夫だと安心できる。

 

パ皇軍皇都防衛隊の陸将メイガは、急に鳴り響いた警報音に耳を覚まし、すぐさま作戦室に転がり込んだ。作戦室には基地周辺の地図が用意してある。位置を確認していた作戦参謀が、メイガの姿を見るなり駆け寄った。

 

 

「状況は!?」

「はっ! 先程エストシラント南方空域を警戒中の第2飛行隊が、5分ほどでレーダーロストしました。現在は第3飛行隊を緊急発進させました」

 

 

作戦参謀が窓の外へ視線を移す。視線の先には、滑走路で離陸準備に入る第3飛行隊のワイバーンオーバーロードの姿があった。離陸時間短縮のために、ジグザグに整列して次々と発進していく。

 

 

「最新鋭のオーバーロードが全滅するとは……敵はどの程度の強さなのだ」

 

 

メイガは青ざめた表情でそう呟いた。

 

 

「あれは何だ!?」

 

 

作戦室にいた誰かが、南の空域を指してそう叫んだ。メイガも目を凝らす、そこには空を覆い尽くす青い飛行機械が空に布陣していた。

 

 

「なっ、あれほどの飛行機械だと!?」

 

 

メイガはその量に驚きの声を上げる。その数は目測で300機は超えている数だ。

 

 

「ま、まずい! 早急に戦闘態勢に移行しろ!! 竜騎士隊で、上がれるものは全て上がれ!!」

 

 

メイガは吼え、その言葉に触発されて基地内がさらに慌ただしく動き回る。基地内に、緊急時のみに使用される最大級の警戒警報器が鳴り響き、基地内の人間がそれぞれ動いた。

 

しかし、その時を相手の飛行機械は全く待ってくれない。その中で比較的軽そうな機体と、黒い物体を吊り下げたいくつかの機体が皇都防衛隊の基地に降下しはじめた。

 

急降下で速度が上がり、光弾が飛び出して、離陸しようとしていたワイバーンオーバーロードと、すでに離陸して高度を稼ごうとしていたオーバーロード隊200騎に炸裂する。

 

 

「なっ!?」

 

 

空戦が勃発し、ワイバーンオーバーロードは一方的に飛行機械に叩き落とされていく。そして、間髪入れずに黒い物体を吊り下げた飛行機械が陸軍基地に接近してきた。彼らは、上空で黒い物体を切り離すとそのまま上昇に移った。

 

 

「何かを落としました!」

 

 

作戦参謀よ報告に、メイガは窓の外を見た。60機もの飛行機械が落とした、黒い物体が大量に降ってくる。その一つが、地面に接触した次の瞬間。

 

強烈な衝撃波が、爆炎の連続と共に爆発した。

 

艦上爆撃機『LAG』から放たれた陸用爆弾は、急降下爆撃の態勢で目標からほとんどの誤差なく、陸軍基地で爆発した。

 

爆発は全ての爆弾が着弾するまで連続し、滑走路に埋め込まれた魔石や倉庫の備蓄であった魔術媒体も次々と誘爆する。

 

土煙のほか、炸薬のオレンジ、色とりどりの魔導誘爆が基地を包み、巻き込まれた作業員や兵が悲鳴を上げながら爆発四散する。

 

 

「ぐぁぁぁぁぁ!!! 〜ッ目が!! 目がぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 

メイガとて、全く無事ではなかった。眼前のガラスが爆発の衝撃で粉々に砕け、ガラスの破片が彼の目に刺さった。彼は痛みのあまり、目を押さえてその場で転げ回る。

 

 

「状況は!! 状況はどうなってる!!?」

 

 

メイガの目から血が流れていて、視力を失っているのが周囲のものにもわかった。そんな状況でもなお、彼は指揮能力を失ってはいなかった。

 

 

「閣下、今の爆発は空中から投下された爆弾だと思われます。滑走路が爆炎に包まれ、おそらくワイバーンオーバーロードの発着は不可能です」

 

 

作戦参謀がメイガの問いに答えた。彼も埃まみれでボロボロだが、意識はハッキリとしている。

 

 

「空から爆弾を投下だと!? 滑走路は!? 皇都上空はどうするのだ!!」

「先程ワイバーンオーバーロード隊が200騎ほど離陸に成功しましたが、それっきりです。ワイバーンオーバーロード隊は劣勢に立たされています」

 

 

皇都周辺は元々、地表魔素放出量が少なく、ワイバーンもなかなか寄り付かない土地だった。離陸には長距離を走る必要があり、これがワイバーンの体力を著しく消耗させた。

 

しかも、陸軍基地に配備されているのはワイバーンオーバーロード種のみ。通常のワイバーンよりも多くの魔素を消費するので、魔石がなければ離陸できない。

 

メイガ以下、陸軍基地所属の将官の心を絶望が支配した。

 

 

「閣下! 戦闘中の飛行隊より連絡! 上空に『海猫』を確認したとのこと!!」

「何だと!?」

 

 

メイガはそのコードネームに聞き覚えがあった。通達書にあった、敵軍のエース飛行士。レミール陛下はやつに懸賞金を掛けていると聞いた。ならば──

 

 

「周辺の基地に連絡! 海猫がいると伝えてワイバーンを寄越すんだ! この際冒険者でもいい! 海猫を何としてでも墜とせ!!」

「はっ!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

皇国民達は、何が起こったのか分からずに陸軍基地での戦闘を見守っていた。

 

 

「おい、あれは何なんだ!?」

「噂のレヴァームと天ツ上だ!! この皇都に攻めてきたんだ!!!」

 

 

住民達はパニックになって辺りを見回す。誰も指示してくれる人間がおらず、混乱だけが市民の心を支配していく。

 

 

『皇都の皆さん! 緊急事態です!』

 

 

その時、町に設置された魔導放送から初老の男の声が響き渡った。

 

 

『敵が攻めてきました! この皇都もまもなく戦場になります! 住民の皆さんは避難してください!!』

 

 

市民達はこの声に聞き覚えがあった。

 

 

「シルガイア市長!?」

 

 

住民に愛され、よい政治を行ってきたシルガイア市長の声そのものだった。

 

 

『繰り返します! 敵軍がエストシラントに攻めてきました! この皇都もまもなく戦場になります! 住民の皆さんは近くの丘に避難してください!!』

「避難だ!! 市長が言っているんだから、逃げなくては!!」

「バカを言え! どうせ逃げても殺されるだけだ!! この際戦うしか無い!!」

「そうよ! 何で今まで訓練してきたと思ってんの!?」

 

 

住民達の間で、意見が真っ二つに割れてどちらに従うべきか迷いが生じ始めた。

 

 

「おい! 見ろ!!」

 

 

興奮した様子の皇国の民が南を指差した。唸るような重低音と、先程戦闘を起こした飛行機械と同じ音が、重奏のように聞こえてくる。

 

 

「あそこだ! あそこ!!」

「なっ!!」

「いっ……いやぁぁぁぁ!!」

 

 

見れば、先ほどとは比べ物にならない数の、灰色の大きな機体が上空から侵入してきた。機体は後方に白い雲を引き、発する重低音が皇国民を酷く狼狽させた。

 

 

「何か突っ込んでくるぞ!!」

 

 

と、誰かが叫ぶ。空を見れば、北側から通りの道に沿って1機の青い飛行機械が降下してきた。まるで地面に沿って飛ぶような、超低空飛行。

 

 

「あれは……ワイバーンか!?」

「翼が動いていない! ムーの飛行機械じゃ……」

「何かを撃ったぞ!!」

 

 

そして、飛行機械は両方の翼と胴体から何かを放った。その瞬間、隣にいた人間が爆ぜた。

 

 

「え……?」

 

 

住民は理解が追い付かずに、その場に立ち尽くす。青い飛行機械はそのまま上空に登って行った。

 

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

「逃げろ! 逃げるんだ!!」

 

 

それが攻撃だと分かった瞬間、彼らは一目散に逃げ始める。自らを殺さんとする虐殺の刃が、彼らに迫っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「こんなの虐殺じゃないか!!」

 

 

皇都エストシラント上空、アイレスVの操縦席の上で、シャルルはそう吐き捨てた。皇都エストシラントの上空を、レヴァームの飛行機械達が埋め尽くし、住民達を嘲笑う。

 

その逃げ惑う住民達に向け、機銃弾が叩き込まれる。それは、レヴァームのアイレスVからの20ミリ弾による機銃掃射だった。

 

彼らは、虐殺をされた報復として今この場でパーパルディアの国民を殺しているのだ。それがシャルルには一瞬で理解できた。彼らは怒りのままに、パーパルディア国民を虐殺している。

 

シャルルにとっては、ただの虐殺だ。レヴァーム人と天ツ人を殺したパーパルディアと変わらない。いや、それよりも業が深い!

 

 

『シャルルさん! 今すぐ止めさせないと!!』

「けど、味方を撃てばどうなるか分からない……!」

 

 

シャルルはそう言って歯軋りをして、やるせなさを露わにした。メリエルもこの惨状に怒りを感じているのか、シャルルと止めようと計ってくる。

 

 

『爆弾投下用意!!』

 

 

その時、南の空域から新たな飛行機械達がズンズンと進んできた。サン・ヴリエル飛空場からやってきた、グラナダⅡの編隊だ。

 

彼らはまだ投下地点でもないのに、爆弾槽を開いていた。そして、彼らはそのまま腹に抱えた爆弾達を振り落とした。

 

 

「なっ!?」

 

 

爆弾槽の下は、エストシラントの市民達がいる市街地だった。街に爆弾が降り注ぐと、爆弾達は破裂してその威力を解放した。シャルルの空の声を聞く耳から、悲鳴が聞こえてくる。

 

 

『ぎゃぁぁぁ!! 熱い! 熱い!!』

『いや! いやぁぁぁぁ!!』

『痛いよぉ!! お母さぁぁぁぁん!!』

 

 

老若男女、関係なしに死んでいく。爆弾達は皆平等に命を奪い、その威力を解放していった。市街地が灰塵と化し、沢山の人が死んで行く。

 

 

「何てことするんだ! あれは無関係な市民だぞ!!」

 

 

シャルルは思わず、通信機で爆撃機の飛空士に繋いだ。

 

 

『俺の妹はこいつらに殺されたんだ!! 今更許すかよ!!』

『そうだ! 今まで虐殺してきた分、こいつらも死ね!!』

 

 

すぐさまシャルルに憎悪の声が鳴り響く。その全員が、親族を殺されたりした飛空士達の悲痛な声だった。シャルルはやるせない気持ちになり、風防を左手で叩いた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

爆撃機達は本来の任務は何処へやら、市街地を囲うようにして爆弾を放り込み、その包囲網の中をアイレスVの機銃掃射が住民を貫いていく。次々と上がる悲鳴、死んでいく命、シャルルは歯軋りをしながらそれを見守るしかなかった。

 

そして、30分後──

 

皇都と陸軍基地はズタズタに破壊され、殆どが機能を停止した。散々機銃を浴びせたアイレスVも、爆弾の雨を市民に降らせたグラナダⅡも、やっと満足そうに進路を南へ向けた。

 

 

「…………!!」

 

 

シャルルもその編隊に加わろうとした時、空に違和感を覚えた。ふと、北側を見据える。そこから点のような何かが多数、いや無数に迫ってくる。

 

 

「あれは……!?」

 

 

羽ばたく翼、独特の体色、そして上に乗った竜騎士。間違いない、あれはワイバーン達だ。

 

 

「くそっ……近くの基地の奴らが駆けつけてきたか……」

『くそっ! どうする!? 俺たちは戦闘と機銃掃射をしすぎて電力残量がないぞ!!』

「なんだって!?」

 

 

シャルルは制空隊のメンバーからの悲鳴に、思わず聞き返した。

 

 

『空母まで引き返すくらいの残量しかない! 空戦どころか最高速度も出せない!!』

『こっちは弾丸を使いすぎた……ダメだ、このまま空母まで行くぞ』

 

 

どうやら、無数のワイバーンオーバーロード隊との空戦、それに市街地への機銃掃射をしすぎたせいで、電力残量が残り少ないのだという。おまけに、弾丸を使い果たした機体もあるらしい。

 

 

──市民に機銃掃射なんかするからだ!!

 

 

シャルルは怒りを感じつつ、そう言って呆れた。

 

 

──どうする……!?

──足の遅い爆撃機隊を守りながら空戦する余裕はアイレスVにはない……

──なら、今この場で誰かが囮になるしかない……

──それができるのは……

──自分だけだ!!

 

 

シャルルは大きく息を吸い、そして吐いた。今この場で電力残量に余裕があるのは機銃掃射を行わなかったシャルルの機体のみ。自分なら、あの数のワイバーンオーバーロードが相手でもなんとか凌げるはずだ。そうだ、やるしかない。

 

 

「メリエル、みんなを頼んだ!!」

『え? シャルルさん!!』

「僕が囮になる! みんなはその間に空母まで!!」

 

 

そう言って、シャルルはメリエルの静止も聞かずに、ワイバーンの大部隊に突っ込んでいった。

 

 

『来たぞ! 海猫だ!!』

『あいつを倒せば、俺たちは大金持ちだ!!』

『野郎ども! やるぞ!!』

 

 

通信機から野蛮な声が轟く、シャルルはそれに臆することなくワイバーンを見据えた。

 

 

「かかって来い……全員叩き落としてやる……」

 

 

この空戦はのちの歴史書にこう記された。海猫の伝説の始まり『エストシラント沖大空戦』と。

 



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第57話〜エスシラント沖大空戦その2〜

エスシラント沖大空中戦は三回に分けます。


シャルルはエストシラントの上空で、ワイバーンを見据えていた。シャルルに、不思議な力が宿ってくる。

 

 

「来い!!」

 

 

シャルルは再びスロットルを開く。わざとワイバーンを後ろに着かせて、降り注ぐ敵騎の火炎弾を、海面を這いながら全て躱す。海面すれすれを這うことで、いかなる多勢であろうが上方からしか攻撃できない。

 

 

「レヴァームの飛空士の実力を見せてやる!」

 

 

そして、そのまま機体を持ち上げる。高度を獲得していく。シャルルは、自分を取り囲むワイバーンの群れへと斬り込んでいく。

 

 

「どうした? その程度?」

 

 

高度を上げながら、20ミリの弾丸を放った。その一撃で次々とワイバーンが叩き落とされ、海面へハエのように墜ちていく。

 

ワイバーン400騎を相手に、シャルルはたった1機で奮戦していた。相手はワイバーンオーバーロードやロード、そして普通のワイバーンを含めた連合竜騎士。

 

おそらく、この地域の軍や民間の冒険者とやらの、ありとあらゆるワイバーンを扱う職種が集まって来ているのだろう。

 

おそらく、パーパルディアは自分を落とすのに躍起になっている。それを実感して、シャルルは更に戦意を高める。

 

 

──上等だ。

──全員叩き落としてやる!

 

 

シャルルの操縦桿を握る手が冴えてくる。体はまだ何も傷ついていないから、感覚も冴えてくる。

 

 

「どうした、下手くそ」

 

 

不敵な笑みで上空を見上げる。シャルルを落とすために、勇敢な竜騎士が次々と襲いかかってくる。その射弾を、ひらりひらりと躱して海に着弾させる。そして、お返しとばかりに20ミリを撃ってきたワイバーン全員に叩き込む。

 

 

「ネクサス飛空隊の凄みを思い知れ!」

 

 

これだけワイバーンが囲んでいながら、シャルルを落とせる気配が全くない。どんなに群れてもワイバーンが龍に勝てないように、ワイバーンがどんなにシャルルに群れようと勝てはしない。

 

 

「目に映ったが最後だ!」

 

 

シャルルは目に映る、敵の破れ目へこちらから斬りかかる。大軍の破れ目へ、槍が放たれる。たった1機のアイレスVが錐の先端となって、400のワイバーンの大群を突き刺していく。

 

次々とワイバーンが落ちていく。異世界に来る前、中央海戦争でエースとして活躍したシャルルの腕前が、このエストシラントのワイバーンにも猛威を振るった。

 

 

『ちくしょう! なんなんだよこいつ!!』

 

 

シャルルの実力を思い知ったパーパルディアの竜騎士達が、間をとって引き離す。それを、シャルルは容赦なく追いかけて20ミリの弾丸を叩き込んだ。

 

弾丸はワイバーンに炸裂し、体を貫いて竜騎士と一緒に命を削り、海へと叩き落とす。竜騎士の驚愕した表情が、シャルルの目に映るが、シャルルは表情を変えない。

 

 

「まだまだ!」

 

 

シャルルの牙が、ワイバーン達に炸裂しては、彼らを切り裂いていく。シャルルを囲んでいるワイバーンは内側から次々と撃ち落とされていく。

 

 

「どうした! どうした!」

 

 

敵に罵倒を送り、次々とワイバーンを落としていく。機体の電力残量が刻一刻と減っていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

凱旋式を終えた女王ルミエスは、親善訪問としてレヴァームを訪れていた。今まで散々恩をもらってきたレヴァームに、感謝の意を示すこの儀式は、レヴァーム国民の声援とともに迎えられた。

 

 

「どうぞお座りください」

「はい……」

 

 

女王ルミエスは複雑な心境を抱えていた。今回の一件で、レヴァームと天ツ上の実力は知る事ができた。けれど、彼らに悪魔の国の戦争を任せてしまって良いのだろうか?また、彼女のお願いを聞いてしまって良いのだろうかと、ルミエスは思っていた。

 

 

「やはり……あのお願いは聞いてもらえないでしょうか?」

「……今回の一件で、レヴァームと天ツ上の力を知る事ができました。ですが……本当に私なんかで良いのでしょうか?」

 

 

ルミエスはファナから『属領に向けて一斉蜂起を呼びかけてほしい』と頼まれていた。しかし、ルミエスはまだ自信がなかった。自分のような若い人間に、そんな歴史を変えるような偉業が成し遂げられるのかと。

 

 

「大丈夫です、レヴァームも天ツ上も最善を尽くします」

「そうではないのです……私の一言が、沢山の人を不幸にしないか、とても不安なのです……」

 

 

ルミエスはまだ不安であった。属領に蜂起を呼び掛ければ、戦争は激しくなる。その責任を、自分は負えるのだろうかと。その時、部屋の扉をノックする音とともに、一人の軍人が入ってきた。

 

 

「会合中、失礼いたします」

「如何されましたか?」

「はい、エストシラント空爆は成功に終わりました。レヴァーム側の損害は無しです……ただ……」

「ただ、なんでしょうか?」

「はい。帰還の途中でワイバーンの大軍と接敵、とある飛空士が一人部隊を逃すために戦場に取り残されております」

「「──!!」」

 

 

その言葉に、ファナとルミエスは戦慄した。

 

 

「やっぱり……やっぱりダメです……こんな風に様々な人が犠牲になっていってしまう……私にはとても……」

 

 

その報告が、ルミエスの自信を更に削った。彼女にとっては、これ以上犠牲者が増えることは望めないのだろう。

 

 

「……その飛空士の名は、なんと言うのでしょうか?」

「はっ、狩乃シャルルという飛空大尉です」

「──っ!!」

 

 

その言葉に、再び反応したのはファナの方だった。そして、安心したように席に戻る。

 

 

「安心してください、ルミエス女王。かの飛空士ならきっと、生きて帰ってきます」

「で、ですが……」

「私は、その飛空士の名を知っています。彼とは、少し前にお世話になったのです。私は彼を信頼しています」

「え? どういうことですか?」

 

 

そう言って、ファナは不敵にクスリと笑って見せた。そして、話を始める。

 

 

「貴女にも教えましょう、彼の軌跡を。彼の成し遂げた偉業を──聞いてください。これは、とある飛空士への追憶です」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

静けさが、ターナケインの頬を伝った。ターナケインは誰の邪魔にもならない艦の側面で、一人佇んでいた。一度にたくさんのことが起きて、事態を整理して理解するのに時間がかかりそうだ。

 

自分は、幼い頃に竜騎士に憧れた。だが、自分は何もわかっていなかった。竜騎士とは人を殺して殺める、決して明るくない職業であることを。

 

自分は、戦場にそぐわない未熟な精神のまま戦場に出てしまった。そしてそのまま、海猫に落とされた。それを自分は逆恨みし、戦争だと割り切れなかった。

 

思考を巡らせれば、ターナケインは今までの自分が、どれだけ情けないか理解することができた。風に吹かれながら、そらその事が痛みとして蘇る。

 

 

──相棒。

──海猫を討ち取ったら、どう思う?

──俺を褒めてくれるのか?

 

 

ターナケインは今は亡き天国の相棒に声をかける。そんな時、思い出したのは母の言葉だった。

 

 

『あなたが許せば、きっと光が見えてくるわ』

 

 

ターナケインの思考の中を、母親の言葉が駆け巡る。当時の自分には、理解ができなかった言葉だ。

 

 

『だからこれからは、どんなことがあってもその人を許してあげて』

 

 

あたかも、未来に起こる何かを予見していたかのような母の言葉。今でも忘れられない。

 

 

──許す。

 

 

その意味を、ターナケインは考えた。憎悪を捨て去り、相手を受け入れること……だろう。口で言うだけなら簡単だが、実際にやろうとするととても難しい。

 

 

──無理だ……

──今の俺には、許すことはできない……

 

 

海猫を許したら、相棒は奪われたままだ。ターナケインにはそれだけが、心に引っかかっていた。

 

 

──けど……

──出来ることならもう一度……

──もう一度あの人と一緒に飛びたい……!

 

 

ナイフで刺されてもなお、自分を恨まなかった心優しい青年と、もう一度一緒に空を飛びたい。ターナケインは次第に、そんなことを考えるようになっていった。

 

 

『飛空士達が帰還! 艦上整備士は持ち場に配置せよ! 緊急事態発生のため、すぐさま補給を行え!!』

 

 

艦長の司令に、辺りにいた整備士に広まり一気に騒がしくなる。

 

 

「飛空士達が帰ってきたぞー!!」

「急げ急げ! 補給準備だ!!」

 

 

ターナケインはとぼとぼと甲板上に上がる。そこでは、着艦要員達が忙しく動き回ってアイレスVを受け入れていた。飛空長が位の高い飛空士に駆け寄り、状況を聞き出す。

 

 

「状況は!?」

「はっ! エストシラント空爆は成功……しかし、各機の残弾電力がなくなった段階でワイバーンがエストシラントに殺到、それで……」

「どうした? 早く言え!」

「は、はっ! シャルル隊長が一機でエストシラントに残り、我々の殿軍となりました! 現在も空戦中です!」

「──っ!!」

 

 

位の高い飛空士からの証言で、ターナケインはハッとした。そして、状況を噛み込む。あの海猫が、たった一人で残って今も戦っている。そのことに、ターナケインはいても経っても居られなくなりそうだった。

 

 

「なんだと!? なぜ弾薬と電力を使い果たしてきた!?」

「か、各機がエストシラントの市民に向かって攻撃を敢行……そのまま無我夢中で……」

「市街地への攻撃は! 控えるように言った筈だぞ!!」

「申し訳ありません! 誰も止めるものがおらず……」

 

 

ターナケインはその飛空士の言葉に、更に危機的状況を飲み込み始めた。海猫がたった一人でエストシラントに残り、敵を引きつけている。

 

海猫が、危ない。

 

ターナケインはそう直感した。もはや、その心に海猫への憎しみなどもうなかった。ただあったのは、大切な恩師が殺されるかもしれない危機感だ。

 

ターナケインは何かできないかと周りを見渡す。すると、1機のアイレスVが甲板上に佇んでいるのを見つけた。おそらく電池は満タン、弾薬も十分にある機体だろう。

 

ターナケインは決心する。走ってそのアイレスVへと飛び乗り、水素電池スタックに火を灯した。静止する整備士を睨みつけ、怯んだ整備士にプロペラを回してもらう。

 

 

「お、おい!!」

 

 

それを見た飛空長がターナケインを静止しようとするが……

 

 

「止めろ」

 

 

その飛空長を止めるものが現れた。

 

 

「く、クラウディオ艦長……」

「行かせてやれ、彼の為だ」

 

 

飛空母艦ガナドール艦長、クラウディオ大佐だった。彼の静止に逆らうことはできず、飛空長はターナケインのアイレスⅤを見据える。

 

そして、ターナケインのアイレスVは空母ガナドールの甲板上に入り、離陸滑走に入った。翼が揚力を掴んで飛び上がる。その舳先は、エストシラントに向けられていた。

 



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第58話〜エスシラント沖大空戦その3〜

エスシラント大空中戦、いよいよ完結です。

それと、第25話〜異界の大帝国〜を編集して、アストルの代わりにオリジナルのパイロットを出しました。yock様の活動報告でのご意見を参考に、考察し直しました。yock様、アイデアありがとうございます。


ファナは語った。レヴァームと天ツ上の戦争、中央海戦争の事。そして、自分がサン・マルティリアに天ツ上によって閉じ込められた事。そして、軍によってファナを生かす為に繰り出された海猫作戦の事を。

 

水偵と呼ばれる偵察機1機で、1万2000キロの中央海を単機で突破する。その無謀ともいえる作戦の飛空士を務めたのが狩乃シャルルなのだという。

 

ファナはその水偵──サンタ・クルスの後席に乗り込み、シャルル飛空士と一緒に中央海を旅した。

 

飛空駆逐艦に空雷を放たれたり、空母の艦載機に追い回されたり、しかし最後まで諦めずに運び続けたシャルル飛空士の勇敢さ。

 

そして、天ツ上のエース飛空士との一騎討ち。ファナの機転で窮地を脱した事も語ってくれた。

 

ファナはそのうちに、その飛空士に密かな恋心を抱き始めた事も明かした。身分の違う、それも当時はレヴァームの皇太子と婚約していたファナと、一介の飛空士との禁断の恋。たった1週間たらずの間に二人は惹かれあったのであった。

 

そして名残惜しい別れの時、エル・バステルの上空を飛び回って報酬の砂金を撒き散らして舞ったシャルルの姿も、事細かに語られた。

 

ルミエスは悟った、これは彼女にとっての尊い思い出なのだと。その飛空士との禁断の恋が、今でも忘れられないのだと。ルミエスは思わず、涙が出そうであった。

 

いや、もうすでにルミエスは涙を流していた。そのような悲哀で、悲しい恋が本当にあったのだと理解すると、途端に感動したのだ。

 

 

「申し訳ありません……まさか、ファナ殿下がそのような体験をなされていたとは……」

「はい、彼とはもう何年も会っていません。実は、その彼は中央海戦争で一度名前を捨てて、今では会うことができないのです」

「もう、何年も……」

「はい、ですが私は彼のことを忘れていません。今でも、先ほどのことのように覚えています」

 

 

ルミエスはファナ殿下の落ち着いた口調に、心にしんみりとするものを感じる。

 

 

「ルミエス殿下」

「はい」

「私たちのような、国家を束ねる存在は常にたくさんの人の命を握っていることを自覚しなければなりません。その飛空士も、今までたくさんの人の命を奪ってきたと言っておりました。そして、その責任を今でも持っているのです」

「…………」

「ルミエス殿下、どうか決心して下さい。この戦争は、貴方に掛かっているのです」

 

 

ルミエスは自分の課せられた使命を考えた。自分の号令一つで、属国達が一気に反乱を起こす。それは、自分に課せられた使命であり、責任なのだ。自分は血に濡れた手をずっと引いていかなければならない。そう、考えた。

 

 

「ファナ殿下」

「はい」

「やります、私は属領の蜂起を呼びかけます! やらせて下さい!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「来い! 叩き落としてやる!」

 

 

シャルルとワイバーン達の死闘は、もう1時間も続いていた。3騎がついてくる。前方からも反航で敵がやってくる。放たれる火炎弾の遅い火の玉をひらりと躱し、お返しとばかりに前方の3騎を叩き切る。

 

 

『被弾した! 飛び降りる!!』

『もう120騎はやられたぞ!』

 

 

エストシラントの空には、もうワイバーンの半分が墜落していた。400騎いたワイバーンのほとんどはスタミナ切れ寸前で、元々遠くの飛空場から無理してやってきたツケが回ってきていた。

 

シャルルは速度を上げ、そのあといきなり反転する。追ってきていた3騎が慌てて回避しようとするが、逃しはしない。

 

 

『うわぁ!!』

『こいつめ! みゃあみゃあ鳴いてるだけでいいのによ!!』

『こいつは海猫なんて呑気なもんじゃない! 海猫の皮を被った化け物だ!!』

 

 

シャルルに対する恐怖心が、敵の中から芽生え始める。中には、戦線を放棄して逃げ始めるワイバーンもいた。

 

 

『くそっ! 俺は逃げるぞ! 賞金に目が眩むんじゃなかった!!』

「逃すか!」

 

 

シャルルの攻撃は止まらない、半端キレかけている海猫は逃げる敵騎を追いかけ、袈裟懸けに叩き落とした。

 

そろそろ流石に体力の限界だ、シャルルは身体中の筋肉が痛むのを感じていた。全身の筋肉に乳酸が溜まり、特にあの時ナイフを受け止めた右手はまだ治っておらず、じんじんと痛む。

 

 

「まだまだだ!!」

 

 

そういえば、似たような状況に陥ったかつての友人がいた気がする。中央海戦争、空母艦隊の上空でシャルルと一騎討ちをし、シャルルを負かした後に300ものアイレスVを叩き落し続けたあの飛空士も同じ気持ちだったのだろうか。今は考える暇がない。

 

だが、彼も同じような窮地に立っていたに違いない。援軍はまだか、何機叩き落としてやれば気が済むのかと、シャルルはそれだけを考えていた。

 

 

『現場に到着した、この状況はなんだ!!』

『たった1騎に皇国のワイバーンが翻弄されてるだと!? あれが海猫か!?』

 

 

また新たなワイバーン達がこの現場に到着したらしい、さっきから倒しても倒しても増援が無秩序にやってきていた。その方向に目を向ける、大型のワイバーン、あれはワイバーンオーバーロードだ。

 

 

「落とせるものなら落としてみろ」

 

 

シャルルは敵に罵倒を送り、高度を上昇させた。これ以上戦うわけにはいかない、なら相手の戦意を削ぐしか方法はない。そのための大技、アレを繰り出すしかない。

 

 

「ついて来い!」

 

 

ワイバーンオーバーロードをわざと後ろに着かせ、緩い上昇に入る。彼らは腕がいいのか、ピッタリとくっ付いた状態でギリギリまで近づこうとしている。

 

 

「ここだ」

 

 

最大角まで上昇をしたところで、シャルルは宙返りの頂点付近で左フットバーを緩め、右フットバーを蹴った。イスマエル・ターン、それを繰り出そうとした──が。

 

 

「っ!!」

 

 

右手にジンッした鋭い痛みが滲み出る。手に巻いた包帯から血が滲み出る。その瞬間、シャルルは操縦桿を握っていた右手を押さえてしまい、ターンが失敗する。

 

 

「くっ!!」

 

 

ターナケインに付けられた傷だった、機体が高度3000メートル付近で失速し、シャルルは態勢を立て直そうとする。

 

 

『奴が失速したぞ!!』

『今だ! 全弾叩きこめ!!』

 

 

シャルルは機体を立て直そうと必死に操縦桿とスロットルを操作して、なんとか態勢を立て直した。しかし、その間にワイバーン達は目鼻の先にまで迫っていた。

 

 

「くっ……ターナケイン……君って奴は……」

 

 

この傷をつけた本人に、少し恨み節をぶつけた。しかし、それでワイバーン達が攻撃を止めるわけがない。

 

 

『導力火炎弾……』

 

 

確実に死が近づいていく、シャルルはこの空で撃ち落とされるだろう。一つ気がかりなのは、ターナケインがどうなったかだった。

 

 

『はっ……』

 

 

が、その途端、導力火炎弾を撃とうとしたワイバーンが爆ぜた。上方向から機銃弾を浴びせられ、翼がもがれて墜落していく。

 

 

「え?」

 

 

シャルルは目を疑った、今の機銃弾はレヴァームの曳光弾だ。今この場に自分以外のレヴァーム機はいないはず、居るとしたら一言通信を入れるはずだ。

 

その時、上空から下方に1機のアイレスVが過ぎ去っていった。翼から雲を引いて、そのまま上昇していく。

 

 

「あれは……」

 

 

見覚えのある飛び方だ、あのような乱暴な飛び方は若い人のやり方だ。レヴァームの飛空士で、シャルルがあの飛び方を知っている人間は一人しかいない。

 

 

「まさか……」

 

 

そして、そのアイレスVは上昇角を上げて、ストールターンをして反転。シャルルを囲むワイバーンを捉えた。

 

そして、外側から20ミリの弾がワイバーンに炸裂していく。アイレスVは翼を翻して次々とワイバーンを落としていった。

 

まるで、シャルルを助けようとしていたかのような、その機動。シャルルはその飛空士に通信で呼び掛けようとしたが、その前に相手から呼び掛けられた。

 

 

『シャルルさん』

 

 

聞き覚えのある声だ、やはり予想は合っていた。

 

 

「ターナケイン」

 

 

彼はシャルルに復讐を誓ったはずの、ターナケインだった。彼はそのまま空を飛んでシャルルの隣で編隊飛行を始めた。

 

 

「一体なんで……?」

『もう一度、考えたんです。相棒の事、そして自分の未熟さを……』

「なのに、どうして……」

『もう一度だけ、空を飛びたかったんです。シャルルさんと一緒に。だから、許します。もう憎しみは捨てたんです』

 

 

ターナケインはそう言って、自分の気持ちを語った。

 

 

『シャルルさん!』

 

 

さらにターナケインの反対側から、若い女性の声が聞こえてきた。振り返ってみれば、メリエルであった。

 

 

『ターナケインがガナドールを飛び出したので追っかけてきました!』

「メリエル」

『シャルルさんは大丈夫ですか!?』

「ああ、大丈夫だよ」

 

 

シャルルはそう言うと、息を吸って呼吸を整えた。そして、目を見据えて見開いた。

 

 

「なら飛ぼう、三人で、この空を」

 

 

シャルルは言った、3人一緒にこの空を飛ぼうと。その言葉に、ターナケインとメリエルは風防の向こうで頷いた。

 

 

「行こう!」

『『はい!!』』

 

 

3機同時にスロットルを叩く、DCモーターが3機分唸り、列機を組んでワイバーンへと迫っていく。

 

 

『敵が3騎に増えたぞ!!』

『臆するな! この数で襲い掛かれば落とせる!』

『そうだ、あいつらは海猫ほどじゃない!!』

『足手まといを付けやがって! 全員落としてやる!!』

 

 

さて、この三機の連携を見てもそんなことが言えるかな。シャルルはそんなことを思いながら、列機を率いて上空に登っていく。

 

そして、3機同時にストールターン。力強いターナケインのターンと、繊細なメリエルのターン、そして芸術のようなシャルルのターン。3機の美しい機動が、ワイバーンの竜騎士達の目に焼きつく。

 

そして、3機同時にワイバーンにヘッドオンで襲いかかる。上空から下方に向かって機銃を放ち、すれ違うたびに次々とワイバーンを落としていく。

 

そして、見惚れる地上の住民達を目に入れてそのままさらに上昇。緩い宙返りを描いて列機を解除する。

 

 

「さあ、狩りの始まりだ!!」

 

 

列機を解除しても、3機の連携は途絶えない。1騎、2騎、3騎、4騎、どんどん落としていく。ワイバーンの壁が、だんだんと切り裂かれていく。

 

 

『な、なんなんだよこいつら!? 連携しているのか!!?』

『後ろに付けない! 後ろに目でも付いてるのか!?』

『3機ともエースだ! エースだぞ!!』

『い、いやだぁ……! 死にたくない!! 落とさないでくれ!!』

 

 

ワイバーンは遂に、ワイバーンを囲んだまま水平距離500メートルほどのところを大きく開けて旋回し始めた。中には逃げ出すワイバーンもいる。そんな敵に対して、またも別方向から銃弾が浴びせられた。

 

 

「!?」

 

 

見れば、その方向からやって来たのは百機程の真電改であった。天ツ上の機体だ、どこからやって来たのだろう。

 

 

『こちら、あかつき丸飛空隊です!海猫、聞こえますか!?』

「バッチリ聞こえます!」

『レヴァーム軍からの要請で助けに来ました、上陸前のあかつき丸からここまで飛んできたんですから、暴れさせてください!』

「ありがとう!」

 

 

やって来たのはあかつき丸の飛行隊だった。たしか、天ツ上のあかつき丸は陸軍艦でありながら真電改を運用することのできる空母であった。レヴァーム軍からの要請で駆けつけて来たのだろう。

 

 

『さあ、海猫に負けるな! 俺たちも暴れるぞ!!』

 

 

そして、シャルルにつられるように真電改達は空戦に入った。彼らもシャルル達3機程ではないが、腕のいい飛空士だ。奮戦してワイバーンを次々と落としていく。

 

空が、飛行機械だけで満ちるのはそれほどかからなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

エストシラントから少し離れた小高い丘、そこではいくつものテントが張られていた。住民達がその中に入り、丘から燃え盛るエストシラントでの空戦を見据えていた。

 

 

「エストシラントが……エストシラントが燃えている……」

「そんな……栄えある皇国の首都が……」

「うっ……うぅぅぅぅ……」

 

 

エストシラントの住民、その全てとはいかないがシルガイアの呼びかけで避難して来た人がいた。エストシラントの空で、ワイバーンと飛行機械による空戦が行われているおかげで、彼らは逃げる時間を稼げたのだ。

 

 

「人々を虐げて来た罰が、回って来たのか……」

 

 

そのエストシラントの市長、シルガイアは市庁舎の職員を全員連れてここまで避難して来た。もちろん、途中で市民を連れて来てだ。エストシラントがこんな惨状であるが、シルガイアのおかげで助かった人も大勢いた。

 

 

「あの飛行士は……」

 

 

市長のシルガイアは空を優雅に飛んでワイバーンと戦う飛空士を見据え、一言呟いた。彼は、青い海猫のマークを双眼鏡で確認していた。海猫の機体が海へと向かう、ワイバーン達は全て落とされていた。

 

 

「彼は……伝説となるのか……」

 

 

たった1機でワイバーンを何百騎も相手にした飛行士、彼はそのまま海へと向かう。その飛行は、住民達の目にも焼き付いていただろう。

 



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第59話〜エスシラント沖大海戦その1〜

今回、新しい船が出てくるので設定資料集を編集いたしました。
よければ是非、ご観覧ください。


レミールは自分の屋敷で固まってブルブルと震えていた。

 

あの悪夢を見て目覚めてしまった目を擦り、バルコニーに出てみればもう朝が少し過ぎていた。

 

その南の空から、大型と小型の飛行機械の群れがやってきた。小型の機体は皇国が誇るワイバーンオーバーロードをあっという間に駆逐し、大型の機体は目を覆いたくなるほどの爆弾を市街地や陸軍基地に落としていった。

 

恐怖を掻き立てるレヴァーム軍の飛行機械の唸り声、そして市街地から上がる悲鳴と爆炎。あんな攻撃に耐えられるわけがない。皇都への本格的な攻撃が開始されたら、間違い無くこの国は滅びる。

 

レミールの腕は脱力し、両膝を抱えた。震えが止まらない。自分は最早国を左右する立場、皇帝だ。今すぐにでもパラディス城に出向かなければならない。

 

しかし、レヴァーム軍による皇国へ向けられた圧倒的な暴力。あれはレヴァームの怒りだ。大変な存在を敵に回してしまった。その原因を作り出したのは、紛れもなく自分。

 

 

──レヴァームは……怒り狂っている!

──血眼になって私を探している!!

 

 

そう思うと、恐怖で動けない。指先は冷たくなり、心臓の鼓動が大きく感じる。喉が乾いて仕方がなかった。街は騒然とした雰囲気に包まれ、あちこちから悲鳴が聞こえる。

 

 

「レミール様! レミール様!」

 

 

自室の向こう側から、拳を強かに打ち付ける音が響く。レミールはその音にさえも身を竦ませ、返事をするのも恐ろしくなった。

 

 

「レミール様!! ご起床ください!!」

 

 

こんな姿を従者に見せるわけにはいかない。上に立つものの矜恃だけが、レミールを支える。

 

 

「しばし待て!!」

 

 

恐怖を払うように、レミールは怒鳴り返した。

 

 

「何だ!?」

 

 

扉越しに尋ねると、従者は泣きそうな声で応じた。

 

 

「レミール様、皇都が攻撃を受けました。まもなく奴らはこのエストシラントに上陸してくるかと思います。なので、軍から早急に飛空船に乗って脱出するように指示を受け、伝えに参りました……」

「分かった、湯と着替えを用意せよ。事態は緊急だ、装飾はいらん。すぐに向かう!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

皇都防衛の要ともいえるエストシラント南方の海軍基地、同基地には戦列艦がひしめき、皇国海軍主力といっても差し支えない。

 

基地の中には列強パーパルディア皇国の海軍本部も設置され、多数の戦列艦の並ぶその姿は圧倒的の一言であり、見る者にある種の感動を与える。

 

海将バルスは、海軍本部の自室から外を眺める。

 

陸軍が攻撃を受けたとの報により、基地の海軍に全力出撃を命じた。有事即応体制にあった戦列艦たちは、迅速に準備をしている。

 

すでに主力の3分の1は警戒のために布陣を整えており、万全の体制で敵を迎え撃つ。個艦同士の展開範囲を広くとり、かつ莫大な量をもって戦うことにより、長射程砲対策を行う。本作戦に、海将バルスと皇国の頭脳マータルは、自信を見せる。

 

続々と港を出港する戦列艦。その一隻一隻がこの世界の平均的な戦船に比べ、圧倒的に強く、圧倒的に大きく、そして圧倒的に速い。

 

第3文明圏最強の海軍、列強パーパルディア皇国主力艦隊は、おそらく来るであろうレヴァーム海軍の攻撃に備え、彼らを滅するために最後の出港を行うのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

飛空母艦ガナドール艦長、クラウディオ大佐はガナドールの寵楼艦橋にたたずみ、海猫の帰りを待っていた。両目を閉じて瞑想をし、神経を研ぎ覚ます。

 

 

「観測員より連絡! 南方に海猫機を視認!」

 

 

艦長はカッと目を見開き、その方角を双眼鏡で見据える。その方角には、アイレスVが3機と百機程の真電改が空を飛んでいた。そのうち、アイレスVの3機が翼を振って高度を下げている。

 

 

「全艦、着艦受け入れ体制に入れ! 艦を着水、風上に向けて最大船速!!」

「はっ! 取舵いっぱい!! 着水用意!!」

「とーりかーじ! ヨーソロー!」

 

 

掛け声と共に、海猫達を生還させるべく船全体が一丸となる。ガナドールの巨大な艦体が着水し、安全な受け入れ体制を取る。これなら、例え着艦に失敗しても着水できるのだ。

 

海猫達3機が高度を下げて近づく、真電改は長い航続距離にものを言わせてあかつき丸まで戻っていく。

 

まず海猫ではない2機が、高度を落としてパスに乗った。安全な距離を保って、まず車輪を出す。着陸装置に問題はないらしい、彼らが常日頃から自分の目で点検している成果が出ている。

 

スロットルが開かれ、フラップが降りて機体が減速する。そして、ふわりとした着艦で2機は着艦フックに機体を引っ掛けた。

 

次は海猫の番だ、向かい風を受けて機体が減速し、ふわりと機体は一瞬空中に静止するように浮かんで──ガナドールの搭乗員達が固唾を飲んで見守る中、海猫は見事に着艦して見せた。

 

一気にどっと歓声が上がる、湧き立つ空気が艦橋からも伝わってきていた。クラウディオ艦長は細い閉じたような目をしながら、それを見守った。表情は変えていないが、彼の中に安心が宿る。

 

艦橋の者に一言言うと、彼はそのまま甲板上に出てきた。称えられる海猫と、メリエル中尉、そしてロウリア人の青年ターナケインの3人が持て囃されている。

 

 

「ターナケイン君」

 

 

クラウディオ艦長はターナケインに声をかける。彼は、驚いた表情で敬礼をした。

 

 

「はっ、クラウディオ艦長殿」

「まだ訓練生なんだから、改まらなくてもいいよ。それより、海猫を助け出してくれてありがとう、ガナドール一同から感謝を込めるよ」

 

 

その言葉に、他の飛空士達も歓喜の声を上げた。ターナケインを称えている、称賛の声だ。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

「うむ。シャルル大尉、ターナケインのことはどう思う?」

「はい、もうあの事は許します。彼にもいろいろ思い悩んでいたところがあるでしょうから」

 

 

彼が言う「あの事」とは十中八九、ターナケインによるシャルル殺害未遂事件のことだ。それはガナドール全体にも伝わっていたが、今回の件でターナケインはむしろ称賛されている。

 

 

「うむ、だが……君が許しても軍が許すかどうかは分からない。ターナケインの処分は、私からも軽くするように伝えておくが、まだ不透明なんだ。申し訳ないね、ターナケイン君」

「いえ、そこまでしていただいて本当に嬉しい限りです。私のやったことは、許される事ではないでしょうから……」

 

 

そう言って、ターナケインは俯いて小さくそう言った。彼もどうやらあの事件は反省をしているらしい、どうやらターナケインは何か心変わりに至る事があったのだろう。

 

 

「そうか……それより3人とも、早く艦内に入るといい」

「? どうしたのですか? これからまた出撃では?」

 

 

ターナケインはそう言って疑問を口にした。

 

 

「いや、君たちを助けるためにエストシラントに近づき過ぎてな、今は敵と目と鼻の先なんだ」

「!? そういえば……空を飛んでいる時に見えたあの大艦隊は……」

 

 

メリエルが最初に、今何が起こっているかの状況判断がついた。彼らは高高度を飛んで飛距離を稼いでいたため、竜母のワイバーンに襲われることはなかったが、艦隊を目撃していたのだ。

 

 

「まもなく砲戦が始まる、本艦は離水後、すぐさま最大船速で現海域を離脱する!!」

「はっ!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ガナドール艦長、クラウディオ大佐より連絡! 『ワレ、海猫ト雛鳥ヲ収容セリ!』」

 

 

機動艦隊旗艦エクレウス級飛空戦艦『エスペランサ』の艦橋にて、マルコス・ゲレロ中将はその報告に安心した。これで、いちばんの懸念だった海猫達の帰還が果たされた。

 

エクレウス級戦艦、これは天ツ上の巡空戦艦に対抗するための高速戦艦として建造された船で、その高速性から機動艦隊の護衛も務めている。『エスペランサ』はその二番艦だ。

 

『エクレウス級飛空戦艦』

スペック

基準排水量:4万8000トン

全長:270メートル

全幅:32メートル

機関:揚力装置4基

武装:

18インチ三連装砲3基9門

5インチ連装両用砲10基20門

40ミリ四連装機関砲15基60門

20ミリ単装機関砲60基

同型艦:4隻

 

『エスペランサ』率いるレヴァーム機動艦隊は、海猫と雛鳥2人を救出するためにかなり北まで北上してしまっていた。そのせいで、今北側からやってきたパ皇軍の艦隊に捕捉されている。

 

できれば早めに航空戦で方を付けたかったが、飛空隊は補給中だ。この際仕方がない、砲戦で方を付けるしかない。この距離からではおそらくワイバーンもやってくるだろう。

 

 

「レーダーに反応! ワイバーンオーバーロード約200! 竜母からの攻撃隊かと思われます!」

「うむ、全艦対空戦闘用意! アドミラシオン級は防衛陣形を整え、対空戦闘を行え!!」

 

 

その号令一下、艦隊が陣形を変える。高度200メートルほどまで高度を下げ、戦艦を中心にアドミラシオン級軽巡空艦『アドミラシオン』『ピエダー』『サン・タフェ』『サン・アンドレス』が取り囲み、そのさらに外側をアギーレ級駆逐艦が固める。

 

アドミラシオン級軽巡空艦、この船は発達する飛空機械の脅威から機動艦隊を守るために作られた。大量の両用砲と軽い15.5センチ砲を備えた防空艦といっても差し支えない船であった。

 

『アドミラシオン級軽巡空艦』

スペック

基準排水量:1万2000トン

全長:185メートル

全幅:20メートル

機関:揚力装置4基

武装:

6インチ三連装砲8基24門

5インチ連装両用砲8基16門

40ミリ四連装機関砲8基32門

40ミリ連装機関砲8基16門

同型艦:42隻

 

この船には、近接信管がついた砲弾が満載してある。その船にワイバーンが近づけばどうなるのか、答えは明白だった。

 

 

「敵ワイバーン、急降下!」

撃ち方始め!!(オープン・ザ・ファイアリング!!)

 

 

エクレウス級戦艦、アドミラシオン級軽巡空艦、アギーレ級駆逐艦の5インチ両用砲たちが一斉に火を吹いた。炎の投げ縄が放たれ、それが一つ一つが全てワイバーンに襲いかかっていく。

 

 

『うわっ!?』

『何だ!? 何か爆発したぞ!!』

 

 

投げ縄がワイバーンの近くを通り過ぎると、それだけで爆発と轟音が間近で起こる。投げ縄達は破裂し、確実に竜騎士の命を奪い取る。

 

 

『散開しろぉぉぉぉ!!』

 

 

破裂の密度は濃く、艦隊の十字の火山から爆発し、確実に命を削らんと連鎖していく。閃光がワイバーンを貫き、爆発が爆発を呼ぶ。翼が引きちぎられ、胴体だけになって墜ちていく。

 

雨は止まない、連鎖は続いていく。ワイバーンが火に塗れ、炎と血の塊となって墜ちていく。次々と、墜ちていく。悲しいまでのその空の中でも、ワイバーンは進行をやめない。

 

 

『何なんだこれは!?』

『助けて! 助けてくれ!!』

『空が……空が炎で包まれて……!』

 

 

竜騎士からの悲痛な叫び声が聞こえてくる。彼らの生命は、近接信管一つで失われていく。

 

 

「…………っ」

 

 

その悲痛な空に、マルコス中将は哀れみを向ける。何故ここまで不利となっても彼らは逃げないのだろうか、何故この恐怖に臆することがないのか、この空に問うても答えは出てこなかった。

 

やがて、ワイバーンは全て全滅した。中には勇敢にも火炎弾を放ってきたものもいたが、鋼鉄製の飛空艦には通用せず、機銃の前に叩き落とされた。彼らは一切、レヴァーム機動艦隊の護衛艦達に有効なダメージを与えられなかった。

 



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第60話〜エスシラント沖大海戦その2〜

エスシラント沖大海戦、最後です。


空にひしめく大艦隊。そこには、パ皇軍主力艦隊のほぼ全てである約1000隻にも上る砲艦が展開していた。2列のジグザグに並ぶ砲艦各艦の距離は1キロ、両幅500キロという、とてつもない範囲の「面」に構える。並列単横陣T字戦を想定した陣形だ。

 

元々遠洋に出ていた三分の1の艦隊と、その後に来た主力艦隊達が合流し、離水時間を短縮するためにあらかじめ空を飛んでの布陣だ。

 

基本的に回避行動をとって敵の接近を待ち、射程内に敵が入ってきたら複数の艦が攻撃に参加する、各個撃破の戦術だ。

 

敵の兵器が同質同数であれば、逆に各個撃破される布陣であり、通常なら決して採用しない作戦である。しかし、あのレヴァームの飛空船は長距離砲を持っている可能性がある。それを前提とし、しかし数で確実に反撃を与えうる、いわば捨て身の戦い方。

 

第三文明圏において他国を凌駕し続けた列強パーパルディア皇国にとって、この布陣の採用は屈辱的だった。しかし、敵は強い。決して侮ってはならない。

 

連合艦隊提督アルカオンは、皇国に三隻しか存在しない150門級戦列艦『ディオス』に乗船し、前方を睨んだ。敵はおそらく、皇都を攻撃した後、航空戦力を無力化した上で海上戦力を削りにくるはずだ。パ皇軍なら、そういう王道の作戦を立てる。

 

 

「報告します!」

 

 

船尾楼の奥で、通信兵が叫んだ。あまりの慌てように、アルカオンだけでなく他の幹部も何が起こったのかと一斉に視線を向ける。

 

 

「どうした?」

「竜母から発艦したワイバーンオーバーロード隊との通信が途絶えました……おそらく、全滅したと思われます……」

「な……なんと!!」

 

 

パーパルディアでは、去年からオーバーロード搭載可能な竜母ヴェロニア級の量産が始まっており、もうすでに海軍の竜母はヴェロニア級で埋まっていた。

 

オーバーロードの空戦能力なら、レヴァームと天ツ上がどんな飛行機械を使おうと優位に立てると考えられていたが、案の定全滅である。

 

 

「例の『海猫』か……!」

「その可能性はあります、あの飛行士によって、皇都のワイバーンは全滅しているそうです」

 

 

考えられるのは、例の懸賞金が掛けられた『海猫』と呼ばれる飛行士の存在だ。彼は皇都上空での空戦にてワイバーン400騎と対峙してその全てを撃墜したと先ほど報告を受けていた。

 

その海猫が、敵艦隊の上空にまだいた。考えられるのはそれだけだ。しかし、通信をかける間もなく全滅したのは不可解である、おそらく海猫以外にも大量の飛行機械がいたのだろうか?

 

 

「戦列艦『アディス』から報告!! 『アディス』前方約40キロ地点に艦影を確認! 艦数不明!!」

「ほう、見つけたか!!」

 

 

アルカオンは手を突き出し、勇敢に宣言する。

 

 

「全艦、第一種戦闘配置! 目標、敵艦隊! 進路修正、右5度!」

「右5度修正了解!」

「艦隊左翼、足並みを揃えよ! 隊列揃い次第、最大船速!!」

「「「はっ!!」」」

 

 

命令は正確に伝達され、各艦が緩やかに向きを変えて一斉に加速する。

 

 

「……1000隻を超える大艦隊による総攻撃、歴史上で今回のような大規模攻撃を受けた者はいない。しかも戦場は空。レヴァームよ、貴様らは耐えられるか?」

 

 

アルカオンは眼光鋭く、水平線の彼方を睨みつけた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖レヴァーム皇国空軍の機動艦隊の護衛艦達は、先程のワイバーンによる攻撃の後にレーダーで飛行する敵艦を捕捉した。皇軍は戦艦を前列に向けて、単縦陣を組んで対峙している。

 

すでに各艦は戦闘態勢。空母を艦隊から離脱させ、護衛のエルクレス級戦艦『エルクレス』と艦隊旗艦の『エスペランサ』を最前列に、ボル・デーモン級重巡空艦『ボル・デーモン』『サブライム・パレンティア』を敵砲艦と対峙するように配置。

 

アドミラシオン級軽巡空艦『アドミラシオン』『ピエダー』『サン・タフェ』『サン・アンドレス』は中程の列と最後尾を務める。

 

アギーレ級駆逐艦は有事に備えて空母に付けている。彼女らの対空能力なら問題はないはずだ、空母艦隊は最大船速で限界域を離脱している。空母では砲戦に加われないからだ。

 

さらに側面にはこの緊急事態の応援として、サン・タンデール級飛空戦艦『サン・タンデール』と『ラスティマ』を中心とした打撃艦隊が側面から進撃している。まもなく射程内に入るだろう。

 

 

「すごい布陣と量だな。これほどの近代艦の大艦隊を相手にした海戦は、レヴァームの歴史史上初めてだ」

 

 

艦隊司令官マルコス中将は、関心とも呆れともつかない呟きを漏らした。

 

 

「各艦は砲の射程に入り次第、順次攻撃を開始せよ」

「はっ! 総員対空上戦闘用意!!」

「進路変更、右5度! ヨーソロー!!」

 

 

先頭を行く『エルクレス』『エスペランサ』の18インチ主砲塔が、進路変更とともにずんずんと回転していく。新世界の環境に合わせ、計算数値を変更した各艦の砲手が、計算をして砲の方角と仰角、そして弾の時限信管を寸分違わず合わせた。

 

 

『主砲、発射準備完了!』

「よし、撃ち方始め!!(オープン・ザ・ファイアリング!!)

「ファイヤ!!」

 

 

『エルクレス』『エスペランサ』の18インチ砲弾は、パ皇軍主力艦隊の戦列艦『アディス』に向かって飛翔する。世界にレヴァームと天ツ上の実力を知らしめた、『エストシラント沖大海戦』の始まりであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

18インチ砲弾は照準過たず『アディス』周辺に炸裂し、その威力を解放した。空中を飛んで回避行動を取ろうとしていた『アディス』は、自ら爆煙の散布界に入り込み、粉々になった。

 

『アディス』はバラバラの破片となり、空から海上へ墜落していった。搭乗員には、落下傘を着ける暇もなかった。

 

 

「戦列艦『アディス』轟沈!!て……敵の攻撃は砲弾によるものと判明!!」

 

 

旗艦『ディオス』で指揮を取るアルカオンは、通信兵からの報告を聞いて目を剥いた。幹部の顔も見る見るうちに震え始めている。

 

 

「な……なななな……なんだとぉ!? 30キロ! 30キロの距離から砲が届くのか!!?」

「我らの魔導砲の15倍以上……だと……」

「しかもなんだあの威力は!? 爆音がここまで届いたぞ!!」

 

 

流石のアルカオンも口元を引きつらせ、冷や汗を浮かべる。

 

 

「一撃であれだけの威力! 単純な火力についても、認識以上の開きがあるのかもしれません!!」

 

 

皇国海軍軍人達は、大空の上で絶望した。議論を交わしている間にも、7隻の戦列艦が轟沈した。

 

 

「戦列艦『マルタス』『レジール』『カミオ』轟沈……『ターラス』に敵砲弾着弾……轟沈……」

 

 

『ディオス』艦尾楼甲板で、弱々しい通信兵の声だけが木霊する。歴戦の獅子、提督アルカオンでさえ険しい表情で俯き、沈黙する。

 

マタールの考えた作戦も、ムー相手なら効果があっただろう。しかし、30キロを超える射程、一撃で夾叉して爆炎で轟沈していくほどの威力、常識的に考えて反則ではないか。

 

これでは差し違える事すらできず、全艦轟沈して終わりだ。

 

ここから皇国の魔導砲の射程距離まで近づくには、最大船速で40分以上かかってしまう。飛空船で空を飛んでいるとはいえ、速度は15ノットほどしか出ないのだ。

 

あんな化け物が、報告では大小8隻もいるという。40分以上も避け続けるのは不可能。

 

だが、それでも皇国の主力艦隊がエストシラントと目と鼻の先で戦力を残して降伏や撤退をするなどあり得ない。やってはならない。許されるはずがない。選択肢は初めからなかった。

 

 

「艦隊全艦、レヴァーム軍に向けて突撃せよ!! 皇国海軍の意地を見せてやれ!!」

 

 

幹部が甲板上で皇国式の敬礼をする。戦列艦各艦の魔石『風神の涙』が輝いて、艦の前方で上昇気流を発生させる。

 

上昇気流は小規模な風を起こし、出力が高まる。自然の風の方向が変わり、最適な推力を得る。この風をいっぱいに受け、最大船速で敵の大型船に向けて加速を行う。

 

味方艦は撃沈され続けている。

 

面のように上空に薄く展開していたパ皇軍主力艦隊だったが、その面に棒を突き刺すかのようにレヴァーム軍は2箇所から攻撃を始めた。

 

 

「レヴァーム艦隊! 艦隊側面から接近中!!」

 

 

別働隊だ、それを理解してもアルカオンは引かなかった。

 

 

「提督! 挟み撃ちにされています! 艦の転進を!」

「ならん!」

「旗艦を失えば指揮能力はズタズタになります! どうか転進を!!」

「ならんと言っている! このまま前進だ!!」

「し、しかし!!」

「敵艦の主砲、我が艦に向きます!!」

「提督!!」

 

 

その時、見張員が絶叫した。

 

 

「敵艦発砲!!!」

 

 

全員に緊張が走る。

 

 

「──取舵いっぱい!! 高度を上げろ!! 砲弾がくるぞ!!総員衝撃に備えよ!!」

 

 

艦長がアルカオンを無視し、操舵員と乗員に指示をする。艦がもどかしいほどゆっくりと、舳先と高度を変えて散布界から逃げようとする。

 

衝撃。

 

爆発音。

 

艦が激しく軋み、全体が悲鳴を上げる。砲弾は『ディオス』のほんの僅か近くで炸裂し、破片と衝撃が竜骨を下から粉砕した。アルカオンは激しい揺れで転倒し、額を床にぶつけて鮮血が流れる。

 

 

「艦底部に被弾! 火災発生!! 飛行回路損傷! 高度下がります!!」

 

 

『ディオス』は船体が傾き始め、そのまま真っ逆さまに墜落していく。その時、魔術媒体の袋が転がって弾薬に引火した。その炎は船内を駆け抜け、天井や壁を貫いて、最上甲板をはじき飛ばして、大きな火柱を上げる。

 

旗艦150門級戦列艦『ディオス』は、上空に巨大な火柱を作って爆散した。生き残ったものは、居なかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

そして、約2時間後──

 

 

「最後の敵艦を撃沈」

 

 

淡々とした通信兵からの報告が艦橋に木霊する。旗艦『エスペランサ』の艦橋にて、マルコス中将は敵に哀れみを向けた表情をした。

 

 

「あれほどの不利にありながら、一歩もひかないとは……」

 

 

彼らは勇敢だった、指揮系統をズタズタにしても、航行可能な艦が空を飛空してこの艦に向けて突撃を仕掛けてきたのだ。何度やられても、何百人が死のうと進軍をやめない。まさに皇国の守護者、それにふさわしい最後だった。

 

 

「司令、レーダーで巨大な雨雲を探知。嵐級です、まもなくエストシラントを包み込むかと思われます」

「これ以上空に留まるのは危険か……」

「はい、パ皇軍海軍基地に砲撃を仕掛けた後、すぐさま撤退しましょう。砲弾も使いすぎましたから」

 

 

副司令はそう言って報告してくれた。現代の飛空艦は基本的に空を飛んでいるため、嵐の中でも大丈夫である。しかしここは異世界、嵐がどのくらいのモノだかは未知数なのだ。

 

それに、先程の海戦で砲弾を使いすぎた。各艦の砲身命数も気になる。これ以上留まるっても陸軍の支援ができないのだ。

 

 

「司令、海軍基地が各艦の射程内に入りました」

「よし、艦隊の側面を向けよ!」

「はっ!」

 

 

エスペランサとエルクレスが面舵を取り、ゆっくりとその側面を向けた。さらにボル・デーモン級とアドミラシオン級が続く。海軍基地との距離は20キロほど、全ての艦の射程距離内である。

 

 

撃ち方始め!!(オープン・ザ・ファイアリング!!)

 

 

一度動けば、七つの軍を滅ぼす。そう謳われたパーパルディア皇国海軍に、最期の時が迫っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

──暗い……全身が痛む……

 

 

海軍通信士官パイは、目蓋の上からも闇が漂う中、辛うじて意識を取り戻す。目が開かず、全身の痛みに混乱するが、次第に冷静になって記憶の糸を辿る。

 

海軍基地に勤めていたパイは、エストシラント沖の海上の遥か遠くに空飛ぶ敵艦を見つけた。それを合図に、海軍基地全体に避難指示が出されたが、遅かった。

 

彼女を含む沢山の人間が、吹き飛ばされて死んでいった。さらには雨霰のような光弾が降り注ぎ、爆風で彼女の目の前に人が飛んできて気絶した。

 

あの衝撃は、おそらくレヴァーム軍の砲弾なのだろう。通信室のある司令部棟にまで運悪くあたり、炸裂したのだろう。

 

彼女が通信士官になってから、これまでにも危ない場面はいくつかあったが、ここまで死の淵に直面したのは初めてのことだった。彼女は運良く生きていたに過ぎない。

 

 

「う……くっ……」

 

 

全身が鞭打ち状態の中、どうにか力を入れて瓦礫を除ける。痛みが脳に響く、しかし幸いなことになんとか動けそうだ。骨が折れている箇所も感じられない。

 

 

「……よし」

 

 

うつ伏せ状態から四つん這いのまま、体を持ち上げる。すると腰のあたりに感じていた冷たい体温がずるりと落ちた。

 

それこそが、爆発時にパイの身体へとあたり、結果的に倒壊から守ってくれた上司の遺体だった。さそれに彼女が気付くのはもう少し先だ。

 

空間の中で必死に体を入れ替えて、上の瓦礫を持ち上げられる体勢を作る。腰が床に落ち着いたので、背中を伸ばして全身で上向きに渾身の力を込めた。

 

差し込む光が徐々に増え、その度に外や内側ならガラガラと音がする。足が挟まらないように再び体勢を変え、今度は下半身を含めて一気に力を振り絞る。

 

内側に落ちる瓦礫が多くなったところで、上向きの抵抗が不意に緩くなる。頭上を覆っていた石が全て、周りに崩れたのだ。膝下が埋まらないように必死で逃げながらようやく脱出に成功する。

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ…………」

 

 

彼女はようやく自由になり、周りを見渡す。あたりには建物の残骸、人の遺体、首が曲がった地竜、墜落したワイバーンが散乱していた。どれも生きていない、人も馬も地竜もワイバーンも居なかった。

 

 

「だ、誰か……!」

 

 

その時、ずるりと音がしたかと思った為、その方向に目を向ける。すると焼けただれたほのうの壁の向こうに、人の死体が焼かれていた。思わず吐き気がする臭いに鼻をつまみ、とぼとぼと歩き出す。

 

 

「バルス将軍……マタール参謀……」

 

 

パイはひとまず、上司である彼らを探す為に海軍基地を散策した。覚えている場所なのに、ほとんど残骸になっているせいで何処がどこだか分からない。

 

それでも辛うじて、『海軍本部』と書かれたプレートを発見する。皮肉にも、そこは始めパイが倒れていた場所だった。

 

 

「そうか……忘れちゃってたな……」

 

 

パイが務めていた場所も、海軍本部だったのだ。彼女は半分ほどボロボロになった海軍本部の階段を上り、二階に上がる。作戦司令部への扉は、内部から粉砕されていた。

 

 

「うっ……」

 

 

その中に入ると、死臭が漂って鼻を摘む。焼けただれたれるようなその臭いが、人間の遺体だということに気づくのは容易かった。パイは炎に塗れた部屋を探索する。まだ生きている人があるかもしれない。

 

 

「バルス将軍……!」

 

 

その遺体の中を探ると、海軍の勲章を付けた軍人の身体が仰向けで転がっていた。まだ生きているかもしれない、彼女は炎に包まれる前に彼を助け出そうと両腕を引っ張った。

 

 

「よいしょっ……!?」

 

 

だが、瓦礫に埋まっていると思ったバルスの身体は、拍子抜けくらい簡単に引き出せた。その理由は、彼の身体の状態にあった。

 

 

「うっ……」

 

 

バルスの身体は、腰から真っ二つに引き裂かれていた。おそらく、瓦礫に当たって身体が二つに裂かれたのだろう。それを理解すると、パイは吐き気がこみ上げてきた。

 

 

「うっ……おぇぇぇぇぇ……………」

 

 

思わず胃の中のものを吐き出し、今日の昼に食べた食事が床に出される。そして、傍に目を向ければ参謀の勲章を付けた人間の遺体が炎に包まれていた。おそらくマタール参謀だ。

 

 

「こんな……こんな事って……」

 

 

列強たるパーパルディア皇国、その最後は通信士官であるパイも主力艦隊の最後を見届けていた。空でも負け、海でも負け、そして海軍基地はズタズタに破壊された。

 

これほどの破壊をもたらす存在を、彼女は知らない。通信士官パイは、その情景を佇んで呆然と眺めていた。

 

 




次回はいよいよエスシラントへの上陸!
もちろん、ディロ攻撃も忘れていませんよ!


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第61話〜雨の中の戦争〜

今回の陸戦は、とある飛空士らしく無いですが戦車を主役にします。


神聖レヴァーム皇国空軍艦艇達は、弾薬の欠乏と天候の悪化を理由にエストシラント沖から撤退した。海軍本部へと砲撃を敢行した後、彼らはアルタラスの前線軍港へと帰港していった。

 

しかし、彼らとすれ違うようにあかつき丸を含めた天ツ上艦隊とレヴァーム海兵隊の輸送艦がエストシラントに向かって海から侵攻していった。

 

荒れ狂う海と、音を立てて落ちる雷、エストシラント沖は大雨に見舞われていた。風はないが、その分大雨が降り注いで海を荒れさせている。

 

陸軍と海兵隊はこの悪天候の中でわざと上陸することで、敵を混乱させようとする狙いがあった。風は吹いていないため、飛空艦でも問題なく接岸できるのだ。

 

おまけに、レヴァーム海兵隊のLST-1級戦車揚陸艦は頑丈な設計で、あかつき丸よりも多くの戦車の揚陸する事を目的に作られている。この船が、エストシラントに向けて約300隻以上が進んでいた。

 

LST-1級戦車揚陸艦

スペック

基準排水量:1600トン

全長:100メートル

全幅:15メートル

機関:揚力装置2基

武装:

40ミリ連装機関砲2基

40ミリ単装機関砲4基

20ミリ単装機関砲12基

同型艦:2000隻

 

目的は二つ、エストシラントの無力化と元皇帝ルディアスの救出。しかしここで、ある問題が発生する。この上陸作戦、陸軍海兵隊が悪天候の中で強行してしまったのだ。

 

つまり、レヴァーム空軍は悪天候と弾薬の補給のために帰ってしまい、その間に陸軍海兵隊は悪天候の中で無理やり上陸を敢行。エストシラントでは飛空艦や飛空機による上陸支援が受けられないのだ。

 

それも、陸軍基地の壊滅と市街地への爆撃、そして上陸地点である海軍基地周辺への艦砲射撃によって上陸支援無しでも楽に上陸できると陸軍海兵隊は思っていた。

 

その勘違いが、泥沼の戦いの始まりだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖レヴァーム皇国陸軍、第6機甲師団第66機甲連隊に所属するレヴァーム軍戦車長ボブ・オックスマン軍曹は、ティグレ中戦車『フィーリー号』に乗って揚陸艦の中で待機していた。

 

揚陸艦は空に浮いているため、揺れることはない。風は少ないが、その代わりに雨がざあざあと横殴りに振り付けている。

 

 

「あれがエストシラント、富を吸い上げた末に出来た都市か……」

 

 

ボブ軍曹は、中央海戦争からの歴戦の戦車乗りだった。一度淡路島沖海戦で海水浴をする羽目になった事があるが、その時も乗員もろとも生きていた。そう、一人を除いては。

 

 

「クリフの分も頑張らねえとな」

 

 

淡島沖海戦、その最後の飛騨と摂津の殴り込みで副操縦士のクリフ一等兵は戦車から脱出できずに死んでしまった。

 

それで天ツ上を恨むことはない、元々天ツ人に対する差別感情がなかったボブ達『フィーリー号』の乗員達は、それを戦争だと割り切れていた。

 

 

「おい、新人! 肝は座ってるか!?」

「は、はい! 大丈夫です!」

「そうかそうか、無理はすんなよ!」

 

 

新人の副操縦士、アリサ・サマーヘイズという女性二等兵へと声をかける。彼女は、クリフの補充要員として今回選ばれた戦車搭乗員だ。今回が彼女にとって初めての実戦、果たして戦場の空気に飲まれないか不安だった。

 

 

「おいお前、このフィーリーに来る前は何してたんだ?」

 

 

車内の操縦士、ブライアン・パーキンソン伍長が質問する。

 

 

「ま、前はタイピストを務めていました……手紙を写す作業です」

「へぇ、意外に器用な仕事していたんだなぁ……」

「ですが、この転移現象の混乱で仕事が無くなって……仕方なく軍隊に入りました」

 

 

どうやら、彼女は器用な仕事をしていたらしかったが、この転移現象のせいで仕事を失ったらしい。

 

 

「仕方ないからって、泣き言言わないでね」

 

 

砲手のナオミ・ボードウィン二等兵がそう言ってアリサを宥めた。同じ女性兵士だが、厳し目の口調でいう。

 

 

「す、すみません……」

 

 

可哀想だが、ここは戦場。この場の空気に慣れてもらうしかない。

 

 

「まあ、この人は少し厳し目だから気にしない方がいいッスよ。頑張ってッス」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

装填手のユージン・フィリップスが、おちょくれた口調で彼女に話しかける。後輩みたいな口調だが、彼も歴戦の戦車要員だ。

 

 

「さあ、お前ら! 中央海戦争以来の実戦だ。全員気を引き締めてけよ!」

「「「応!!」」」

「は、はい!!」

 

 

全員が呼吸を合わせ、フィーリー号が団結する。まもなく上陸、その時が迫るとフィーリー号に緊張が走る。

 

LST-1級戦車揚陸艦はいよいよ、壊滅した海軍基地の跡地に接岸し、その扉を開いた。一気に兵士たちが雪崩れ込み、建物一つ一つをクリアリングしていく。

 

戦車達は地竜を警戒して投入されていた、歩兵の盾となるべく歩みを進める。そして、フィーリー号の番になると、ブライアン伍長がボブ軍曹の命令でアクセルを踏み込んだ。

 

 

「前進!!」

 

 

瞬間、フィーリー号の星形モーターが馬力を高め、キャタピラを動かした。無限軌道特有の、タイヤとも違う独特な音を耳に入れながら、5人中窓の見える4人は前方を眺めていた。

 

 

「こりゃひでえな……」

 

 

海軍基地だった場所は、もはや更地となっていた。建物はほとんど倒壊し、所々に遺体が散乱、脅威だった地竜は首が折れ曲がっていた。

 

フィーリー号は、事前情報にあった海軍本部の目の前に来る。建物は砲弾で半壊し、至るところから火の手が上がっている。それが上昇気流を作り出し、雨を強く降らせていた。

 

 

「軍曹、前から誰か来ます」

「なに?」

 

 

その建物に歩兵が歩兵が入ろうとした時、一人の女性が建物から出てきた。何も武器を持っておらず、とぼとぼと歩みを進めている。

 

 

「動くな!!」

 

 

レヴァームの海兵隊達がM1自動小銃をその女性に向けた。言葉はフィルアデス語で向けられているため、おそらく通じるはずだ。

 

 

「ひ、ひぃ……」

 

 

女性は服装からして軍人らしかったが、彼女は情けなく声を上げてその場にへたり込んだ。

 

 

「両手を上げて投降しろ」

「はい……」

「名前は?」

「ま、魔導通信士のパイです……」

 

 

どうやら彼女はこの海軍基地の通信士らしい。彼女はそのまま、レヴァーム海兵隊に捕まって手錠をかけられた。そのまま連行されていく。

 

 

「……行くぞ、街に向けて前進だ」

 

 

彼女の無事を見守り、フィーリー号は歩みを進める。ブライアン伍長の操縦はピカイチだ、前進程度でミスることはない。

 

港を出て街に出る。雨の中のエストシラントはシンと静まり返っており、妙に不気味だった。雨だけがざあざあと振りしきり、地面の舗装を濡らしている。

 

 

「ありゃなんだ……?」

「ワイバーン……でしょうか?」

 

 

ボブとアリサが疑問を投げかける。彼らの目線の先、建物の上には巨大なワイバーンの遺体が転がっていた。一つや二つではない、何騎もの雑多な種類のワイバーンが街中に転がっている。

 

 

「ここで空戦でもあったんだろうか?」

「そうみたいです、機銃で撃ち抜かれてます」

 

 

ワイバーンは皆機銃で撃ち抜かれており、力なく倒れている。

 

 

「確か、あかつき丸の飛空隊がスクランブル発進したのを覚えています。多分、ここで大規模な空戦が起きたんでしょう」

 

 

ブライアン伍長は、作戦前に一度見たあかつき丸の飛空隊の発艦の様子を語った。

 

 

「まあ、陸の俺たちにゃあ関係ないけどな。さて、ここからパラディス城まで電撃侵攻して……」

 

 

その時だった、不気味なまでに静かだったエストシラントの街並みの窓という窓が一斉に開いた。そこから住民が顔を出して、長い棒のようなものを突き立てる。

 

 

「!?」

 

 

ボブ軍曹と、周りの随伴歩兵達が一斉に目を見開き、それを理解して戦慄した。マスケット銃、住民達が構えているのは紛れもない武器だった。

 

 

「コンタクト!!」

 

 

ボブ軍曹は咄嗟にハッチを閉めて、フィーリー号の中に隠れた。ボブがさっきまでいた場所を、小さい粒のような弾丸が貫こうとしてハッチで弾かれた。

 

 

「くそっ! 敵だ! ブライアン! アリサ! 機関銃の用意を!」

「了解!」

「り、了解です!」

「ユージンは砲弾を装填! ナオミはいつでも撃てるようにしておけ!!」

「「了解!!」」

 

 

その間にも、周りの随伴歩兵たちが隠れていた市民兵をM1自動小銃で倒していく。その時だった、前方から多数の市民たちが一斉に突撃してくるのをボブ軍曹は確認した。

 

 

「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」

 

 

雨の中、武器を持って突撃してくる市民たち。その中には梱包されたナニカを持って突撃してくる子供までいた。

 

 

「嘘だろ……! 市民を便衣兵に使ってるのかよ!!」

 

 

ボブ軍曹はそう言ってパーパルディアのやり方に呆れる。すぐさまハッとして、ブライアン伍長とアリサ二等兵に指示を出そうとする。

 

 

「ブライアン! アリサ! 早く撃て! 歩兵たちが危ない!!」

「了解です!」

 

 

ブライアンはすぐさま了承し、ハンドルから手を離して目の前の機関銃を持った。しかし、アリサはまだ手が震えており、機関銃を撃てないでいる。

 

 

「アリサ! どうした!? 早く撃て!!」

「で、ですが相手は市民ですよ……」

「あいつらは武器を持ってる! 市民じゃなくて敵だ! 早く撃て!!」

「〜〜〜!!」

 

 

ブライアン伍長が機関銃を撃ち始めたにもかかわらず、アリサはまだ決意が出来ないでいた。新兵なのもあるが、それ以前に市民を撃つと言うことに躊躇いがあるのはボブも分かっていた。

 

 

「お、おい待て俺たちはお前たちを助け……」

「うぁぁぁぁぁ!!!」

「グァッ!!」

 

 

とある兵士が共通言語で市民に語りかけようとするが、それを無視して市民は槍で兵士を突き刺した。それを機に兵士は持っていたサンプソンサブマシンガンを片手で撃ちまくり、その市民を仕方なく射殺した。

 

その後も、同じような混乱が随伴歩兵の間で起こっていた。市民を撃つことに躊躇いのある者、そのまま突き刺される者、窓からマスケット銃で撃たれて怪我をする者。混乱はフィーリー号の周りを支配していった。

 

 

「アリサ! 早く撃て! ブライアンの機関銃だけじゃ足りないんだ!!」

 

 

その言葉を合図に、ハッとしたアリサも機関銃を撃ち始めた。人を貫く7.62ミリの弾丸が、大人や子供にまで炸裂していく。

 

 

「うぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

その時、一人の少女が梱包された何かを持って隣の戦車に体当たりした。隣の戦車はまだ市民を撃つことに躊躇いがあるのか、機関銃を1発も撃っていない。

 

その隣の戦車に、梱包された何かがぶつけられると、カラフルな爆発が起きて戦車を傷つけた。幸いにも手榴弾程度の爆発だった為、キャタピラが損傷するだけで済んだようだ。

 

だが、ボブ軍曹はその状況に舌打ちした。これでは、躊躇った者からやられていってしまう。ボブは目の前にあった12.7ミリ重機関銃を手に取って、自身も撃ち始める。

 

 

「クソクソクソクソが!!」

 

 

罵倒をパーパルディアに向けながら、重機関銃の弾は炸裂していく。爆弾を持った子供、それを守る武器を持った大人、関係なく12.7ミリ弾は肉を裂いて血飛沫を上げる。

 

そして、数十分後──

 

その悲惨な惨状は終わりを告げた。道には市民たちの死体が転がり、子供は梱包爆弾の爆発で無残に死亡していた。

 

 

「くそっ……」

 

 

ボブ軍曹はこの惨状に罵倒を漏らす。

 

 

「あぁ……あぁ……あぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

その時、アリサ二等兵が声を上げて嗚咽を漏らした。

 

 

「いや! いや! 何で子供まで殺さなきゃいけないの!! なんで!? なんで!!?」

「…………文句ならパーパルディアに言え、こいつらは軍に洗脳されて武器を持たされたんだ」

 

 

その後、市民の遺体は邪魔にならないように歩兵によって道端に並べられた。その後、フィーリー号は進軍していく。

 

隣にいた戦車はキャタピラが壊れた為、その場で回収された。歩兵で死者はいなかったが、怪我をした者が多かった為衛生兵が来た。

 

 

「なんだこりゃ……」

「俺たちがやったわけじゃ無さそうですが……」

 

 

その後、進軍スピードを速めて進行しようとしたら、先ほど戦闘があった場所とは違う場所でも遺体があった。

 

所々の建物が、爆撃を受けたかのように瓦礫の山となり、遺体は皆身体が千切れていたり上半身と下半身が真っ二つに分かれていた。

 

 

「空軍の戦空機の仕業か……」

 

 

その惨状から、これが空軍の仕業だということを理解できた。ここで大規模な空戦があったことは知っていた。その途中で誰かが市民にまで手を出したのだろう。

 

 

「空軍の奴ら、ひでえ事しやがる……」

「うっ……うぅぅぅぅ……」

 

 

ブライアンはこの酷さに愚痴を嘆き、アリサは相変わらずこの現実を直視できないでいた。

 

 

「戦車隊、少しいいか?」

 

 

その時、一人の隊長格らしき兵士がボブに声をかけてきた。

 

 

「どうした?」

「15分だけ時間をくれ、部下が子供だけでも埋葬したいと」

「……分かった、待とう」

 

 

その間に、アリサの心の整理もつけなくちゃな、とボブ軍曹はこの惨状を嘆いて空を見上げた。相変わらず、空は大雨が降りしきっていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『こちらレヴァーム軍65機甲連隊! 応援を寄越してくれ! 便衣兵が多すぎる!!』

『こちらレヴァーム海兵隊第2歩兵大隊! 装甲車を寄越してくれ! 地竜が爆弾を持って特攻してきた!!』

『こちら天ツ上陸軍第3歩兵大隊! 大隊規模で負傷者多数! 早く衛生兵を!!』

 

 

通信からは怒号が飛び交っている。レヴァーム海兵隊、天ツ上陸軍問わず混乱が広がっているようで、便衣兵の存在は彼らを地獄に叩き落としていた。

 

 

「今すぐ虐殺を止めさせろ」

 

 

帝政天ツ上第7師団長、大内田和樹中将は厳しい口調で部下にそう命令した。

 

 

「ですが……市民は武器を持って突撃をしてきます。これでは自衛もやむなしかと」

「このような武器を持った市民兵は、便衣兵と扱われます。射殺も正当性があります」

 

 

部下は師団長である大内田に進言する。彼らの言う通り、武器を持った市民兵はレヴァームと天ツ上の法律では便衣兵扱いだ。射殺も正当性がある。

 

 

「いいや、それでもだ。この世界の海外の人々この惨状を見たらどう思う? 俺たちはあっという間に悪者扱いだ」

 

 

大内田はそう言って、隣にいるマイラスとラッサン、メテオスとライドルガに目配せをする。彼ら観戦武官の反応が、大内田の懸念だった。

 

 

「大内田殿、残念ですが相手は便衣兵です。兵士たちの安全を守るためには、抵抗も仕方がないかと思います」

「パーパルディアが市民を武装させている事は、我々からも上に報告するよ。何かあっても、ムーとミリシアルはレヴァームと天ツ上の味方だ」

 

 

そう言ってラッサンとメテオスは大内田中将にそう進言した。彼らのレポートには戦車や装甲車の事だけでなく、パーパルディアの惨状まで書いている。その中には、便衣兵の存在も書かれていた。

 

 

「この世界では、戦争に関する取り決めはないのですか?」

「明確な取り決めはありません。ムーとミリシアルの間では、もし戦争が起こったら戦時協定が結ばれますが、パーパルディアはそれを拒否したのでしょう? であれば、こうなる事もやむなしかと」

 

 

ラッサンが詳しく解説する。この世界では戦争に関する取り決めなどは、先進国同士での戦争だけに限られていた。そのため、列強と文明圏外の戦争であるこの戦争は、戦時協定が結ばれる事はない。

 

と言うかそもそも、外務省が渡した戦時協定文書は、レミールによって破り捨てられたそうではないか。ならば、極力何をしても許されてしまう。

 

 

「…………これも戦争か……」

 

 

そう言って大内田中将は空を見上げた。

 



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第62話〜戦争と花飾り〜

「父さん、母さん、姉さん……何をしてるの……?」

 

 

エストシラントのとある一家、そこでは慌ただしく両親と姉が武器を片手に移動していた。何かの準備をしているらしく、姉は梱包されたナニカを持っている。

 

 

「ユイリ、貴方はここで隠れて」

「姉さん達は……?」

「私たちは、この街を守らなくちゃいけないの。敵が攻めてきたから、戦わなくちゃいけないの」

 

 

まだ16歳にも満たない少年、ユイリにとっては彼らが何をやろうとしているか分かりかけていた。彼は少年という歳だがまだ幼い子供、おまけに気の弱かったユイリにとってはそれが不安で仕方がない。

 

 

「で、でも敵でも降参すればいいんじゃ……」

「ダメよ、あいつらは降参した敵ですら殺して回ってるの。だから戦うしかないの。ユイリは絶対に外に出ちゃダメ、いいわね?」

 

 

そう言って姉はユイリを地下室に入れ、頑丈な扉を閉めた。中からリックスが扉を叩く音が聞こえるが、両親と姉は悲しそうな顔で気持ちを切り替えた。

 

 

「ユイリは一番年下だから、お姉ちゃん振りを見せないとね」

「さあ、行くぞみんな。パーパルディア皇国民の意地を見せてやる!」

 

 

父と姉はそう意気込んだ、彼らの手には梱包された魔術式の爆弾が持たれていた。花飾りが特徴の姉が、それを持った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「空軍の連中、余計な仕事しやがって! どこもかしこも敵だらけじゃねえか!」

 

 

ティグレ中戦車『フィーリー号』の戦車長、ボブ軍曹は空軍の所業と仕事の中途半端さに思わず愚痴を言った。

 

市民を虐殺したくせに、仕事は中途半端。おまけに「殺される」と分かった市民達が、一斉に軍とともに突撃を仕掛けてきている。フィーリー号の乗員達は先ほどから戦闘の連続に遭っていた。

 

 

「装填完了ッス!」

 

 

ユージンが76ミリ砲の砲弾を装填した事を伝える。相変わらず早い、普通の乗員よりも練度が高いだけはある。

 

 

「ナオミ! 右側の牽引式砲を狙え!!」

「了解」

 

 

ナオミがクランクを回し、素早く照準を合わせる。静かで口数が少なめの、クールなナオミは黙って命令に従う。彼女も歴戦の戦車兵なのだ。

 

 

『目標、前方の鉄竜!! っ撃ぇぇぇ!』

 

 

しかし相手の魔導砲が先に火を吹き、フィーリー号に炸裂する。

 

 

『やったぜ!!』

『列強に逆らうからだ!!』

 

 

が、爆発をもろともせずにフィーリー号はその場に佇んでいた。装甲には傷一つ付いていない。

 

 

『な、なんだと!?』

「ナオミ、やり返してやれ!」

 

 

ボブがそう言うと、ナオミが戦車砲の引き金を引いた。76ミリの砲弾が飛んで行く。榴弾はピンポイントで魔導砲に炸裂し、砲兵もろとも吹き飛ばした。

 

 

「うぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

一方のアリサは、車載機関銃を絶叫を上げながら乱射していた。その照準の先には子供や市民の姿があった。

 

 

「ざまあみろぉ! レヴァームの力を思い知れ!!」

「…………」

 

 

その錯乱した様子に、ボブは黙って見ていた。彼女も新兵、初めて味わう戦場の空気に飲まれてしまっている。

 

 

「ハァ……ハァ……ハハハッ……」

 

 

その錯乱具合で周りを邪魔しないように気を配らなければならない。

 

 

「!? 前方、地竜が接近している!!」

 

 

その時、地面がガタゴトと揺れるような音がしてボブは前方を見た。その先には、大量の地竜が全力疾走で突撃をして来ている。その背中には、大量の樽が詰め込まれている。いわゆる『大樽爆弾』とレヴァーム軍が咄嗟に呼んでいる爆弾だった。

 

 

「ナオミ! ユージン! 俺たちは左側の地竜から倒すぞ!!」

「「了解!!」」

 

 

フィーリー号は今道の左側を進んでいる。そのため、左方向から接近してくる地竜から倒すのが吉だとボブは指示を出す。右方向は別の戦車が倒してくれる筈だ。ナオミとユージンはその指示に了承し、素早く照準と装填を行う。

 

 

「装填完了ッス!」

「撃て!」

「発射」

 

 

ナオミが再び引き金を引く。76ミリ砲弾は爆炎と共に無慈悲に飛翔していき、鎧を着込んだ地竜を外郭から貫いた。

 

 

「グォォォォォ!!」

 

 

雄叫びを上げて、走った速度のまま地面に転がる地竜。それも、しばらくすると止まり、後続の地竜の邪魔になる。それを飛び越えたり、避けたりして地竜は突進をしてくる。

 

 

「次! 装填!」

「装填完了!!」

「撃て!!」

 

 

再び引き金が引かれる。爆炎と煙と共に76ミリ砲弾が撃ち出され、地竜が撃破される。が、またもその屍を越えて地竜が迫ってくる。装填をしている時間は無い。

 

 

「くそっ……パラディス城はもうすぐそこなのによ……!」

 

 

せめて傍の重機関銃が効くか、と言う瀬戸際でボブは重機関銃を手に取った。

 

 

「グォォォォォ!!!」

 

 

地竜が迫って来ている、このままでは近すぎてやられる。そう思った時、道の先の真横から一発の弾が通り過ぎて行った。

 

 

「は?」

 

 

弾は的確に地竜の大樽爆弾に当たり、周りの弾薬に引火したのか爆発していった。ドカン、と言う大きな音とともに周りの地竜も吹き飛ぶ。転がってしまった地竜に横からとどめの一撃が叩き込まれ、地竜は死んで行く。

 

 

「なんだ? 味方か?」

 

 

思わずブライアンが疑問を口に出す。前進を命令し、その通りの横側が見える位置にまで移動する。すると、一人の天ツ人の兵士が九七式対戦車ライフルを構えていた。

 

一人だけでは無い、何人かの天ツ人の兵士たちがいて、彼らは険しい目つきでこちらに挨拶をして来た。

 

 

「帝政天ツ上陸軍第一挺進団、第一中隊隊長の中野だ」

「あ、ああ……神聖レヴァーム皇国陸軍、第6機甲師団第66機甲連隊、ボブ・オックスマン軍曹だ」

「危ないところだったから助けたが、そっちに被害は?」

「こっちは問題ない、敵は撤退していった。それより今のは狙撃か? 随分な手馴れがいたもんだな……」

「うちの隊員の橋本だ、射的の腕はピカイチでな」

 

 

そう言って、橋本と呼ばれた隊員が九七式対戦車ライフルを隣の隊員と二人がかりで持って来た。隣の隊員は、八木というらしい。

 

 

「第一挺進団が、こんな悪天候の中何を?」

「本来なら輸送機や飛空艦から空挺する予定だったんだが、生憎この天気でな。仕方なく普通に上陸していったんだ。俺たちの任務はただ一つ……」

 

 

そう言って、中野の奥から身なりの良い兵士たちがゾロゾロと出てきた。彼らは皆銃やサーベルを携帯している。その偉容に、思わず周りの随伴歩兵が身構える。そいつらは、パーパルディア人だったからだ。

 

 

「彼らは協力者だ、この国のカイオスとかいう外務局の人間に手伝ってもらって、爆撃と同時に蜂起を起こしてもらってたんだ」

「き、協力者?」

「ちなみに、この手のものはパラディス城にも居る。意味は、わかるよな?」

 

 

これから向かう目的地であるパラディス城にも、この手の協力者がいるという事。それはつまり、目的であるルディアスとやらの救出も捗るという事だ。

 

 

「ここから先は我々も加わる、進軍しよう」

「あ、ああ……」

 

 

そう言われて、ボブはブライアンに前進を命令した。命令に忠実なフィーリー号は、そのままモーターを轟かせて歩みを進める。

 

 

「あれが第一挺進団……天ツ上随一の練度を誇る精鋭部隊か……」

 

 

ボブはそう言って彼らの練度に感心した。

 

 

「ん?」

 

 

その時、道端に何かをが落ちているのをボブは発見した。ボブはブライアンに留めるように指示し、フィーリー号から降りてそれを拾う。女性の遺体のすぐ側、髪から落ちたかと思われる綺麗な花の髪飾りだった。ボブは何故だが、悲しい気持ちになった。

 

 

「戦争なんてクソッタレだ……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

暗い部屋の中、ルディアスは一人で椅子に座って助けを待っていた。部屋の中ではネズミがちゅうちゅうと穀物を齧っており、さらにはポタポタと水が垂れている。地下室なので薄暗く、ルディアスにとっては慣れない環境だ。

 

 

「カイオスは無事だろうか……」

 

 

カイオスはあのレヴァームと天ツ上の攻撃と共に、一部の近衛兵を率いて蜂起を起こし、ルディアスをこの地下室に匿った。

 

魔信を使った事前の協議では、首謀者の中にはエルトもある程度協力してくれるらしいため、彼等の安否が心配だ。ルディアスを閉じ込めた事で彼等は裏切り者と判断されて捕まっているかも知れない。

 

その時だった、付けられた鉄製の扉が勢いよくノックされ、外側から声が聞こえてくる。

 

 

「合言葉を言え! 山!!」

 

 

ルディアスはあらかじめ定められていた合言葉を叫ぶ。返事はすぐに返ってきた。

 

 

「川!」

 

 

それを聞いたルディアスは、扉の前にまで行き、扉の鍵を外した。外側から兵士らしき銃を持った人間が口を放つ。

 

 

「元皇帝ルディアス、で合っているな?」

「ああ、そうだ……助けに来た部隊か?」

「帝政天ツ上の中野だ。助けに来た、街は制圧してある」

「そ、そうか……ついて行く、ご苦労だった」

 

 

ルディアスはそう言いながらも、彼等の救出スピードの速さに背筋が凍りついた。彼らは今回は味方だったが、彼らがもし自分たちに牙を向けたらどうなるかを、ルディアスは知ったからだ。

 



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第63話〜罪深き王国リーム〜

日刊ランキング24位!ありがとうございます!!


「やってくれたな」

「それはこっちの台詞だよ」

 

 

エストシラント占領の三日後、エストシラント港。そこに停泊するレヴァーム空軍パーパルディア攻略艦隊の『エル・バステル』の寵楼艦橋にて、二人の男が睨み合っていた。

 

片方はレヴァーム空軍パーパルディア攻略艦隊艦隊司令官、マルコス・ゲレロ中将。もう片方は帝政天ツ上第7師団長、大内田和樹中将。互いに睨み合い、火花を散らしている。

 

 

「何故我々の支援を待たなかった?」

「悪天候の中進軍すれば敵を混乱させられる、そう考えたからだ」

「その結果がこれですよ」

「確かに慢心はあった、だが無害だった市民を怒らせたのはあなた方空軍だ」

 

 

戦艦エル・バステルは空軍艦隊のアルタラス到着を見計らい、要人を乗せてパーパルディア攻略艦隊に打撃部隊として加わった。ルディアスの救出とカイオス達の蜂起の成功を聞き、壊滅したエストシラントまでやってきたのだ。

 

 

「……勝手な行動をした飛空士達はもちろん処罰する。だがあなた方がこのような勝手な行動をしなければこうはならなかった」

「それはこっちの台詞……」

「二人とも止めろ!!」

 

 

意見をぶつけ合う二人を誰が叱り付ける。その方向に目を向ければ、そこにいたのはレヴァーム軍の総司令官ナミッツだった。

 

 

「今は言い争いをしている場合ではない!戦争中だぞ!」

 

 

そう言うと、彼らはため息をついて言い争いを止めた。

 

 

「今回は陸軍海兵隊と空軍の双方に責任がある! 今はそれよりも戦争だ」

「ですがナミッツ司令殿、空軍のやったことは虐殺ですよ?」

「その件の処罰は必ずする、いやさせる。その件は我々の仕事を終えてからにしよう」

「そうだな……申し訳ない」

 

 

二人が和解した所で、ナミッツは空軍の艦砲射撃によって壊滅したエストシラント港を見据えた。

 

 

「この戦争は、なんとしてでも終わらせなければな……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「どうぞ、お茶でございます」

「あ、ああ……済まない」

 

 

戦艦エル・バステルの内部、来賓室にて救出された元皇帝ルディアスがお茶を差し出されていた。彼の頭の中にあるのは、協力者であるカイオスとエルトの安否だけだった。

 

空爆と同時に蜂起し、ルディアスの身を隠す。それがカイオスの上げた作戦で、途中でエルトも加わってくれた。

 

彼らは私兵を使ってルディアスを地下室に隠し、そのあとレヴァーム天ツ上軍と合流を果たしたそうだ。だが、その二人が生きているかどうかは分からなかった。それが、ルディアスにとっての懸念だったのだ。

 

 

「どうぞ、こちらでございます」

「ありがとうございます」

 

 

ルディアスが落ち着かない自分を宥めていると、何人かの従者らしき人間がルディアスのいる来賓室に入ってきた。

 

 

「カイオス! エルト!! おお、無事だったか!!」

「陛下こそ、ご無事で何よりです」

 

 

ルディアスは歓喜のあまりに、二人の前へ出て肩を叩く。

 

 

「この戦争の推移を見て、この戦争は負けると思ったのです。いつかは蜂起をしなければと思い立ち、それを見かねたカイオスに声をかけられました」

「エルトははっきり言って私より能力に優れております、彼女は今後の皇国に必要な存在です。ので、今回の蜂起に誘いました」

「そうかそうか……」

 

 

元皇帝という立場だが、陛下と呼ばれたルディアスは思わず涙を流す。助け出された安心感と、カイオスとエルトが無事であった安心感の二つが波となって襲ってきたのだ。

 

 

「ご機嫌よう、ルディアス殿下」

 

 

その時、ルディアス達3人の耳元に凛とした声が響き渡った。その方向に振り返ると、清楚な服に身を包んだファナの姿があった。

 

 

「ふ、ファナ殿下殿!!」

 

 

思わず、ルディアスは片膝をついて跪く。見事なまでの跪きようで、これをレミールが見たらどう思うだろうか。

 

 

「ふふっ、ルディアス陛下、あの時以来ですね」

「え、ええ! もちろん覚えております! あの時は世話になった……」

「それでは皆さま、どうぞお座りください」

 

 

そう言ってファナはカイオス達を座らせるとこを促した。右端からエルト、ルディアス、カイオスの順に来賓室の上質な椅子に座る。ファナは向かい側の席に座り、片側に一緒に連れてきたナミッツを座らせた。

 

 

「まず初めにルディアス陛下、ご無事で何よりです」

「ファナ殿こそ、お変わりなく……」

「いいえ。カイオス殿もありがとうございます、レヴァームと天ツ上との連絡口がなければ、今回の作戦はうまくいかなかったでしょう」

「私も、パーパルディアのために出来る限りの事をしたまでです。ですが……」

 

 

カイオスはそこまで言うと、口を継ぐんだ。

 

 

「レミールの確保には失敗してしまい、申し訳ない……」

 

 

カイオスはそう言って謝罪した。カイオスの計画の中には、クーデターの首謀者レミールの身柄の確保もあったのだが、残念ながら失敗してしまっていた。

 

 

「今回御三方とこうして会談しているのは、その事についてです。レミールの確保は今回の戦争を終わらせる為の重要事項ですので」

 

 

ナミッツが補足をする。

 

 

「はい。それで皇女レミールの逃亡先ですが、候補がいくつかあるのです。そのうちの何処がそうか、分かりませんか?」

「うーむ……」

 

 

ルディアスはそう言って、並べられた地図を見た。

 

 

「あるとしたら、パールネウスか……はたまたデュロ辺りだろう……」

「この一ヶ月間で辿り着けるのですか?」

「逃亡には飛空船を使う手筈になっているのだ、飛空戦列艦を開発した今のパーパルディアなら、それくらい造作もない」

「では……その二つのうちのどちらかだと?」

「ああ、そうだと思う」

 

 

ナミッツはそう言われると、うなだれた。二つのうちのどれか、そうなると確率は二分の一だが、ナミッツとしてはこの馬鹿げた戦争を早く終わらせたかった。

 

 

「大変です陛下! 緊急事態です!」

 

 

と、その時扉を開ける音がして一人の軍人が入ってきた。彼はマクセル、ファナもよく知る顔だった。

 

 

「どういたしましたか?」

「ラジオをお聴きください!」

「ラジオを」

 

 

ファナにそう促されて、従者の一人が部屋のラジオを付ける。

 

 

これには、マグネも首を傾げざるを得なかった。海面への激突を避ける為、練度の高いマグネが必然的に危険な低空飛行を行う。マグネは疑問を持ちながらも、忠実に任務を遂行する。その時だった。

 

 

届いたのは、リーム王国からの魔導波であった。短調としたリーム王国のニュースキャスターが第三文明圏に向けてラジオ放送を読み上げる。

 

 

『リーム王国政府、バンクス国王は正式にパーパルディア皇国の使者の亡命を受け入れたとの表明を出しました。パーパルディア皇帝レミールによる正式演説が届いております』

 

 

衝撃的な一言が、会議室に流れる。その場にいた全員が戦慄した。お互いな顔を見合わせる中、放送が続く。

 

 

『私は、パーパルディア皇国皇帝レミールである! 今、パーパルディアはレヴァームと天ツ上による不当な攻撃を受けている!! 元皇帝ルディアスは唆され、彼はレヴァームと天ツ上に洗脳されている!!

我々を受け入れてくれたリーム王国に感謝の意を示すとともに、私はここに徹底抗戦を宣言する!! 横暴なレヴァームと天ツ上を打ち破り、ルディアスを取り戻す! 皆、手伝ってほしい!!』

 

 

唖然茫然、その場にいた全員がその気持ちであった。

 

 

「……マクセル大臣、リーム王国とは?」

「第三文明圏、パーパルディア皇国の北東部に位置する国です。たしか、国交は開設したばかりのはずです……」

 

 

沈黙が支配する。まさかの方法でレミールの位置が判ったものの、その位置が意外すぎる場所にいたことに衝撃を受けたのだ。

 

 

「なんで事だ……まさかリームの奴らが絡んでいるとは……」

「これはまずいですぞ!レミールがまさかリームに亡命して、レヴァームと天ツ上の連合を貶しているとは!」

「これは……! 早くレミールの確保をしなければこの戦争は泥沼化して……」

「その必要はありません」

 

 

戸惑うルディアスやカイオス、ナミッツ達を、ファナは一声で落ち着かせた。

 

 

「戦略の変更は必要ありません。レ天連合軍は引き続きレミールの確保を目標にしてください」

「で、ですが……」

「大丈夫です、策はあります」

 

 

そう言うと、ファナは扉の近くにいる従者に合図をして扉を開けさせた。そこから、清楚な衣装に身を包んだ一人の女性が現れる。

 

 

「貴方は……」

「お久しぶりです、ルディアス陛下」

 

 

そこから現れたのは、アルタラスの女王となったルミエスであった。

 

 

「ルミエス陛下……?」

「ルディアス陛下、貴方に一芝居打ってもらいたいと思います」

「?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

第三文明圏国家、リーム王国。その国は第三文明圏の中でも「準列強」と呼ばれるほど軍事力と国力が高く、先進国11カ国会議にも一度呼ばれていた。

 

その王都、ヒキルガでは飛空船が行き交い、魔導港では人々が賑わっていた。そのヒキルガの王城セルコ城にて暗躍する人々がいた。

 

 

「バンクス殿、我々の亡命を受け入れてくださり誠に感謝する」

「いやいや、我が国としても皇国の軍を手に入れられて嬉しい限りだ」

 

 

パーパルディア皇国の皇族レミールは、かつては「小国」と呼んでいたリーム王国へと亡命を果たしていた。そして、それに合わせて政府も移して軍の一部と技術者をリームに移させた。

 

現在は、リーム王国を中心にデュロやパールネウスのあたりにまで軍は撤退している。レミール達はここから軍の指揮を取るのだ。

 

かつて「小国」と呼んでいたリームに亡命したのは、彼らとの取引があった。クーデターを察知したとき、リームは突然亡命先としてリームを選択するように打診してきたのだ。

 

その時は聞く耳持たなかったレミールであったが、後々戦局が悪化してからは使者を送ってやりとりをし、亡命を果たしたのだ。

 

 

「パーパルディアを占拠している国賊は必ずや打ち払い、レミール殿の夫となるルディアス殿も救出する。我が国なら、レヴァームと天ツ上にも負けやしないだろう。ハッハッハッ!!」

 

 

そう言ってバンクス王は自信を表す。

 

 

「それは嬉しいことです、期待しておりますよ」

「分かっておる」

 

 

レミールはバンクスに耳打ちをし、王座の間を去っていった。亡命者の中にはアルデの姿もある。

 

 

「国王陛下、本当によろしかったので?」

 

 

バンクス王に宰相が話しかける、仮想敵国だったパーパルディアの亡命者を受け入れるのはバンクスにとってもあまりいい気分ではないはずだ。

 

 

「分かっておる、良いのだ。パーパルディアからの亡命の願ってもない打診、パーパルディアの軍と技術者を迎え入れておけば、我が国の領土獲得の野望も一歩近づくということだ。どうだ? 良いだろう?」

「しかし、これではレヴァームと天ツ上に宣戦布告をされるのでは?」

「なに、匿っている事はバレているだろうが、それで国全体が宣戦布告をされる事はないだろう。それに相手はたかが文明圏外国、危うくなったらあ奴らをレヴァームと天ツ上へ差し出せばいい」

 

 

そう言って、バンクスは自らの陰謀の素晴らしさを悠々と語った。

 

 

「しかし陛下、もしも……」

「大変です! 陛下!!」

 

 

と、その時。諸侯のキルタナが部屋に飛び込んできた。彼はこの国の外務省を司る外務大臣であり、重要なポジションにいた。

 

 

「これをお読みください!!」

「……これは!?」

 

 

バンクスはそれを読み、顔を青くした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

第一文明圏の魔導波を拾っている受信機が、何かを通知するような音を鳴らす。

 

 

『……番組の途中ですが、臨時ニュースをお知らせします!先日凱旋式を終えたアルタラス王国のルミエス女王と、パーパルディア皇国のルディアス皇帝が、全世界に向け緊急記者会見を行った演説映像が届きました!』

 

 

映像がどこかの戦艦の上に作られた記者会見場に切り替わり、一時してルミエスが壇上に上がる。ルミエスが姿勢を正して立つ姿は凛として美しく、画面越しに品性が感じられた。

 

 

『みなさん、おはようございます。今から行う発表は、当事国の神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上に了解を得ています』

 

 

透明度があり、高くもなく低くもないような声が、男女問わず聴覚を刺激する。

 

 

『先日18日、アルタラス王国の北方、パーパルディア皇国のエストシラント南方海域で、神聖レヴァーム皇国とパーパルディア皇国の海戦が行われました』

 

 

初の公的機関からの重要発表。記者たちは体を乗り出して聞き耳をたて、一言一言聞き漏らすまいと耳を傾ける。

 

 

『この海戦に、レヴァーム空軍は戦闘艦約38隻を投入、一方パーパルディア皇国は、主力戦列艦等約1000隻を投入いたしました』

 

 

噂では流れていた事象が、政府機関からの正式発表として行われる。彼らの噂は概ね正しかったようだ。記者関係者たちは、必死に記録を行う。

 

 

『本戦いの結果、レヴァーム側の被害はゼロ、1隻たりとも、1人の死者も出ていません。一方、パーパルディア皇国は約990隻が撃沈され、残りの十数隻は敗走、本戦いをもって、パーパルディア皇国主力海軍はほぼ全滅いたしました。

皇国海軍本部も消滅し、バルス海将も死亡。エスシラントはレヴァームと天ツ上の陸軍によって占領されたとの報告を受けました』

 

 

開いた口が塞がらない、記者たちも動揺の表情をしているだろう。戦力比があまりにも桁違いの差を覆す戦闘能力など、尋常ではない。

 

 

『また、これに先立ち、レヴァームはパーパルディア皇国本土の陸軍基地、皇都防衛隊を空から攻撃を行い、これを全滅させました。そして、応援に駆けつけたワイバーン400騎以上は、とある飛空士一人によって全滅させられました』

 

 

その言葉にも、記者達が戦慄する。たった一人でワイバーンを400騎を相手にして、退けたのかと。それがどれだけ凄いことか凄まじいことか、理解したのだ。

 

 

『なお、この攻撃には、我が国の基地が使用されています。これがどういうことが、皆さんにもお分かりかと思います』

 

 

つまりは、アルタラス王国はレヴァーム天ツ上と同盟を結んだ、あるいは庇護下に入ったと見るべきだろう。これで、パーパルディア皇国はアルタラス王国に手出しできなくなったのだ。

 

 

『そして、悪魔の国たる皇国の皇帝レミールは、何処かへ逃げ出しました。エストシラントの市民には武器を持たせておいて、自分だけ逃げ出したのです!!』

 

 

ルミエスの演説はそこで一幕終わり、次に質素なスーツに身を包んだ一人の美しい男性が前に出る。それは、かの皇帝ルディアスであった。

 

 

『パーパルディア皇国元皇帝、ルディアスだ。まず、属領の人々に謝りたいことがある。私の敷いた圧政のせいで、君たちを不幸な目に合わせてしまった……

神聖ミリシアル帝国やムーに対し醜い劣等感を抱き、追い付け追い越せと言わんばかりに拡大政策を行い続ける。そして、属領の人々を搾取する……その惨めさを、これを機に実感できた。私は今、この場を借りて謝罪したい。この通りである』

 

 

ルディアスはそう言って、頭を下げた。誠意のこもった謝罪に、まさかとは思っていた記者達も仰天した。機械式、魔導式の沢山のフラッシュが焚かれる。

 

 

『私が一度クーデターにより失脚した事はもうすでに知っていると思う。私は、レヴァームと天ツ上と接触した時から、彼らと友好的に接する事を目標に掲げていた。しかし、皇女レミールは醜いことに、レヴァームの執政長官であるファナ・レヴァーム殿に多大な嫉妬を抱くようになった。

彼らは軍を唆してクーデターを起こし、私を失脚させ、好き勝手、やりたい放題をしてきた! そして、挙げ句の果てにはエストシラントの市民に武器を持たせ、自分だけ逃げ出した!! 私はその往生際の悪さが許せない!

だからこそ、我々はここに宣言する! 我々ルディアス政権こそがパーパルディア皇国の正統政府であり、彼らは国賊である事を!! そして、新たなる第三文明圏の国家〈自由パールネウス共和国〉を建国する事をここに宣言する!!』

 

 

ルディアスは声を高らかに上げ、そう宣言した。フラッシュが大量に焚かれ、記者達が熱狂する。それを見計らい、ルディアスはルミエスに順番を交代した。

 

 

『ルディアス政権の樹立はご覧になった通りです。彼らは国賊、その逃亡先は第三文明圏の国リーム王国です。そして彼らは愚かにもまだレヴァームと天ツ上に敵対する行動をしています。しかし、彼らでもレヴァームと天ツ上に勝てない!!』

 

 

ルミエスの声に力がこもる。両手を差し出し、声を張り上げた。

 

 

『国賊よりも、レヴァーム天ツ上の方がはるかに強いことは、今回の戦いで明らかとなりました!!

国賊の統治に苦しんで来た人々よ!! 今が動く時です!!! あなた方が自分の国を取り戻すという行為そのものが、この戦いを大きく左右します! 驕り高ぶった巨人の足元を打ち崩す為、戦うのです!! リーム王国は、愚かにも国賊を匿いました!しかし、彼らでもレヴァームと天ツ上には勝てない!!

属領を虐げてきた彼らは、列強の座から転落します。アルタラス王国も、自由パールネウス共和国も、レヴァームと天ツ上を全力で支援することを、ここに宣言します!!』

 

 

記者達が質問を始める、レヴァームと天ツ上がどのような攻撃を行なったのか、どれほどの軍事力を有しているのか、次の作戦についてすぐに動き始めているのか。

 

重要な事項は曖昧にされたが、第三文明圏に興奮と困惑、目まぐるしい情勢の動きを伝える緊急放送は終了した。

 

 

「イキア!!」

「なんだ?」

 

 

ハキは傍の副長のイキア、つまりは右腕に声をかける。彼らはクーズ独立のために仲間を集めて2ヶ月間耐え忍んできた。皇国の統治に反感を持つものは思った以上に多く、ハキ自身信じられないことであるが、協力者は2500人にも登っていた。

 

100人を超えた頃、組織名を『クーズ王国再建軍』と定めた。実質的な戦力は1500人程度だが、大きな戦力といえる。

 

 

「時はきた! クーズ王国再建軍の初陣だ!! 本日午後3時に一斉蜂起!! 統治機構庁舎を打ち破り、クーズ王国を取り戻すぞ!!」

「ああ! 分かった!!」

 

 

第三文明圏の列強パーパルディア皇国との戦いに敗れ、最低な統治を受け続けていたクーズ王国。自分たちの国を取り戻したかったが、パ皇軍はあまりにも強く、絶望的な差が開いていた。

 

しかし、レヴァームと天ツ上という国が現れてからというもの、状況が一変した。彼らは属領になっていたアルタラスを救い、列強が最強ではないことを教えてくれた。

 

そしてレヴァームと天ツ上はついに、皇国にこれまでにない痛手を与えた。属領統治軍を引かせなければならないほどの損害を。

 

その今が好機である、彼らは動き出した。そして裏切り者のリーム王国をも倒して首謀者レミールを捕まえる。戦争はそうやってシフトしていった。




リームなんか大っ嫌いだバァァァァァカ!!!

リームが嫌いな方は挙手を。

と、言うわけでリーム王国には陰謀を噛んでもらいました。相変わらずですね、この国は。


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第64話〜デュロ空戦〜

ここから先はノープランです。


パリン。

 

そんな音がレミールの手元から聞こえてきた。リーム王国王都ヒキルガに設けられた宮殿には、レミール達パーパルディアからの亡命者達がラジオを聞いていた。

 

 

「これは……どういう事だ……?」

 

 

レミールの手元からグラスが落ち、凄みを効かせた声が部屋に響き渡る。

 

 

「…………」

「私が……国賊だと……しかもルディアス陛下まで……!」

 

 

レミールはワナワナと震え、そして怒りが沸き立った。

 

 

「そうだ……あの女狐だ……! あの女狐がルディアス陛下を唆したのだ!!」

 

 

レミールは辺りのテーブルに乗せられた書類をぐしゃぐしゃに丸め、破き、そして辺りに散らかした。

 

 

「アルゥデェェェェ!!!」

「は、はいぃ!!」

「あいつだ! あの女狐の息の根を必ずや止めロォォォォ! 軍を総動員して再軍備にカカレェェェェェ!!」

「は、はいぃぃぃぃ!!」

「私は諦めん! 諦めんぞぉぉぉ!! 絶対に捕まってなるものか!! そうだ、私はこのまま世界の母ニィィィ!!!」

 

 

レミールは狂気に満ちた。その中には、レヴァームと天ツ上への恐れと恐怖があった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

貴国の行いは明るみに出ている。

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は貴国の行動に遺憾の意を示す。

直ちに国賊レミールの身柄を神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上へ引き回し、パーパルディア皇国軍の残党を貴国の軍から引き離されたし。

万が一この要求が飲めない場合は、貴国を第三文明圏およびフィルアデス大陸における重大な脅威とみなし、神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は宣戦布告も辞さぬ覚悟である。

なお、この貴国に対する宣戦布告はフィルアデス大陸73カ国連合からも同時に行われるであろう。

貴国の賢明な判断を期待する。

 

キルタナの持ってきた外交文書には、こう書かれていた。

 

 

「なっ!? な……な……」

 

 

国王バンクスは、狼狽する。理解が追いつかず、そんな間抜けな声しか出せなかった。彼はレミールを匿った理由として、宣戦布告をされる事はないだろうと甘く見ていたことが挙げられる。

 

しかし、この外交文書にある通り、レヴァームと天ツ上はリームへ宣戦布告も辞さない覚悟であると明記されている。しかも、その場合フィルアデス大陸の73カ国連合まで敵に加わるという。

 

 

「陛下、レヴァームと天ツ上が本気であることは明らかです。あの女を引き渡さなければ宣戦布告され、さらには、フィルアデス大陸の73カ国連合まで敵に加わってしまいます! 陛下、どうかご再考を!!」

「なっ……ああ……!」

 

 

キルタナはそう言った。が、バンクスはそこまで言い残し、泡を吹いて気絶した。辺りに医者を呼ぶ声が響き渡った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

パーパルディア皇国の工業力の要ともいえる、東の工業都市デュロ。東の沿岸部に工場が密集しており、海岸線に沿って北側、南側が居住区。

 

西側に皇国三大基地の一つ、デュロ防衛隊陸軍基地が構える。この基地にはワイバーンオーバーロードも多数配置されており、北からの敵の侵攻に対する防衛の要だ。

 

基地内の司令部部棟の会議室にて、定例幹部会が行われていた。デュロ基地司令のストリームを含め、竜騎士長ガウス、陸軍将軍ブレム、海軍東部方面司令ルトス、その他副官や総務部長などの幹部も揃っている。この会議では、装備品、人事、様々な運用状況と今後について議論されている。……普段であれば。

 

 

「皆、先日皇都から緊急連絡があったことは知っておろう。皇都防衛隊陸軍基地は全滅、海軍戦力も大半が撃沈され、海軍本部も消滅した……皇都は上陸占拠され、皇都は敵の手に落ちた……」

 

 

会議室が重苦しい雰囲気に包まれる。工業都市デュロが占拠されたなら、まだ国は残る。が、皇都を失ってしまっては皇国を失ったも同然だ。

 

 

「幸いにも、皇都にいたレミール様は無事でリーム王国へ亡命できたそうだ。敵は次はこのデュロに攻めてくるだろう、各員の対策を求む」

 

 

幹部各員が口をつぐむ、明確な対策を考え出そうとしている。

 

 

「まず、竜騎士長ガウス。敵が使用してくるであろう飛行機械に対する対策はどうする?」

「飛行機械に対しては、ワイバーンオーバーロードにて対処します。竜騎士は半数を残し、西側の訓練飛行場に退避させて被害を分散します。もちろん、いつでも出撃できるように準備を整えて」

「勝てるか? 制空権を取られたら次は上陸してくるぞ? それから海からの侵攻も考えられる」

「哨戒に常に20騎を出します。不意打ち対策として分隊飛行は1騎が海面すれすれを飛ばせ、もう1騎は可能な限り上昇させます」

 

 

この高度を分ける戦術は、パ皇軍で不意打ち対策として挙げられている戦術だ。神聖ミリシアル帝国やムーを相手にするような時に使われる戦術である。これを文明圏外国との戦闘で選択することは彼らにとって屈辱的だが、致し方ない。

 

 

「ワイバーンオーバーロードも皇都周辺から増援が来ています。ですが……あまり数がいません、皇都周辺のワイバーンは軒並み全滅しているそうでして」

 

 

そのワイバーン全滅の原因を作ったのが、まさかたった一人の飛空士によるものだとは、彼らは知る由もない。

 

 

「ふむ……まあ増援は居ないよりマシか……して、海軍の方はどうだ?」

「海軍はすぐにでも出撃させます。監察軍を含めた500隻を超える大艦隊ですから、レヴァーム本土への攻撃にはうってつけです。必ずやレヴァーム本土、サン・クリストバルを火の海に変えて見せましょう!」

 

 

第三国から極秘に入手したレヴァーム本土の地図と海図、それを元にレヴァームの首都エスメラルダにほど近いサン・クリストバルという都市を攻撃目標に決めていた。だが、そこに要塞がある事を彼らは知らない。

 

 

「司令、おそらく敵はこれ程の防御を徹しても侵攻してくる可能性があります」

 

 

その時、陸軍将軍ブレムが冷静に意見を具申した。

 

 

「これ程の防御を徹しても、か?」

「はい。皇都への攻撃に使用された対地攻撃から基地を守るには、やはり対空魔光砲を使用するしかございません」

「た……対空魔光砲を使うだと!?」

 

 

対空魔光砲、それは誰もが認める最強の国家、神聖ミリシアル帝国で正式採用されている対空兵器である。

 

帝国の技術に少しでも追いつく為、そして仮想敵国であるミリシアルの兵器の性能を探る為に、秘密裏にパーパルディアが輸入していた。

 

多くの技術者が籍を置く工業都市デュロに運ばれ、これまで長い期間解析が行われてきたが、魔術回路が複雑すぎて複製も解析も進んでいない。

 

検証用で6門程しかないが、性能テストにおいてはワイバーンロードに対して驚くべき撃墜判定を叩き出していた。皮肉なことに、このデュロにある兵器の中では、最も高性能な兵器であった。

 

 

「あれを使うには……魔導エンジンの出力が足りんと聞いたが……?」

「魔導エンジンは使い捨てにして、その都度入れ替えます。そうすれば何度も撃つことができるでしょう」

「ぬ……う……仕方あるまい。もし防衛線が突破されて、何もできずに破壊されるよりはよかろう……あれを使えば、皇国も凄まじい兵器を持っていると敵も警戒せざるを得んだろうしな」

 

 

こうして、対空魔光砲の使用許可が下りた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

透き通るような青い空を、遠くに見える白の美しい水平線に向かって、ワイバーンオーバーロードが2騎、ガウスの指示通りに上下に分かれて分隊飛行していた。

 

パ皇軍でさえも打ち破るほどの強敵神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上。文明圏外国家でありながら皇国と対等以上に渡り合うレヴァームと天ツ上に対し、竜騎士中隊長マグネはある意味感心していた。

 

 

『マグネ隊長、ついにレヴァーム天ツ上と戦えるかもしれませんね』

 

 

血気盛んな若手の竜騎士サルクルが、上空から魔信でマグネに話しかけた。皇都の占拠は、一般兵にはまだ知らされていない。

 

ネガティブな戦闘結果は、せっかく上がった士気を下げてしまうので、デュロ防衛隊上層部で機密事項とされた。どこもかしこも、緘口令だらけだ。

 

 

「そうだな。しかし、決して油断するなよ! 列強国を相手にすると思って、全力でかかれ!」

『任せてください! ムーだろがミリシアルだろうが、私が落として見せますよ!』

 

 

自信満々の部下に、マグネはこっそりと苦笑いをする。若いな、それがマグネのサルクルに対する印象だった。

 

 

「ああ、活躍を楽しみにしている」

『しかし隊長、変な哨戒方法ですね。何故ガウス竜騎士長はこんな変な……飛び方まで指示なさったのでしょうか?』

「さあな」

 

 

確かに不可解な命令だった。2騎一組の分隊で哨戒を行う。ただし、1騎が海面近くを飛行して、もう1騎が限界高度を飛行する。今までにない哨戒飛行だ。

 

これには、マグネも首を傾げざるを得なかった。海面への激突を避ける為、練度の高いマグネが必然的に危険な低空飛行を行う。マグネは疑問を持ちながらも、忠実に任務を遂行する。その時だった。

 

 

「──ん? なんだ!?」

 

 

見通しの良い空の上、太陽のあたりに何か黒い点のような物が見えた。

 

 

「!!」

 

 

常人の目では、気づくことすら出来なかっただろう。しかし、竜騎士という常人離れした感覚の持ち主には、それが感じられた。

 

 

「太陽を背に……!」

 

 

魔信越しにそう叫びそうになった時、サルクルが血飛沫に彩られた。

 

 

「なっ……何っ!?」

 

 

サルクルは何かに斬られたかのように真っ二つとなり、肉片が雨のように落下していった。そして、サルクルのいた場所を黒い何かが通り過ぎていった。

 

 

「ひ……飛行機械!!」

 

 

初めて見るが、あれがムーの飛行機械だということがすぐに分かった。風車のような風車が、蚊のような胴体の後方に付いている。それが、恐ろしく速い速度で過ぎ去っていった。

 

 

「緊急! 緊急!! 敵の攻撃だ! 08分隊方向に行った!! 回避行動を取れ──ッ!!!」

 

 

マグネは魔信を握って力一杯叫んだ。

 

 

『こちら08分隊、攻撃の詳細を……!!』

「相手は飛行機械だ!! そっちに向かったぞ──ッ!!」

 

 

どうやら海面にいるワイバーンは狙わず、高空にいるワイバーンを狙っているらしい。

 

 

『ちくしょう!! 飛行機械──グギャッ!!』

『08分隊、一騎撃墜された!』

『くそぅ!!アスタルが! アスタルが!!』

 

 

次々と湧く戦死報告、あっという間に何騎ものワイバーンオーバーロードが撃墜され、今までにないほどの絶望感を味わう。

 

マグネの僚騎サルクルは、若く血気盛んだったが、周囲の人間に気を遣えるハキハキとした性格で、いい奴だった。アスタルは少し大人しいが、先月長男が生まれ、幸せそうに自慢していた。

 

 

「ちくしょう! 家族になんて説明すれば……ちくしょぉぉぉぉぉ──ッッ!!!」

 

 

と、低空飛行をしていたマグネにも、その破壊の死神が迫ってきたのを感じた。

 

 

「ヒィッ──!!」

 

 

思わず情けない声が出る。ワイバーンを操縦し、騎体を横に傾けるとそこを光弾が通過していった。背筋が凍る、あれがサルクルやアスタルを殺った攻撃なのだと理解した。

 

後ろを見る、飛行機械の全容が見える。死神のような黒い色に後部の風車、鳥のクチバシのような尖った機首。見たことのない兵器だった。

 

そして、その翼に三日月のマークを見つけることができた。地上で噂になっていた、天ツ上とかいう国の国籍マークだった。

 

 

「本部! 本部!! 敵は天ツ上……」

 

 

と、そこで通信は途絶えてしまった。マグネの乗ったワイバーンオーバーロードは、真電改の30ミリに貫かれて竜騎士ごとバラバラになったのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『ワイバーンを撃墜』

「よし、このままデュロまで向かうぞ」

 

 

帝政天ツ上海軍に異動となった波佐見真一()()は、昇進後初めての戦闘をこなしていた。ロウリア戦役での指揮能力を買われ、晴れて大尉にまで昇進した波佐見は新鶴型飛空母艦『新鶴』から離陸して爆撃機隊の援護をしていた。

 

本作戦には、『新鶴』の他に『白鶴』『凰龍』『神龍』の計4隻の新鶴型飛空母艦が参加している。2隻体制が2隊、万全なる布陣であった。

 

作戦は、デュロ上空の航空優勢の確保と陸上攻撃機の護衛。真電改には、もしもの時に備えてレヴァーム製対地攻撃用噴進弾を搭載されている機体もある。

 

哨戒していたワイバーンを短時間で全て撃墜し、十分ほど進むとそれが見えた。工業都市デュロ。工業都市の名がつく通り、パーパルディア皇国の工業と技術の全てが集まる重要性の高い都市だった。

 

天ツ上軍はエストシラントに上陸し、そのまま一直線にデュロへと向かう陸上部隊の制圧を円滑に進める為、あらかじめこのデュロを攻撃する必要がある。それを受け、波佐見達は攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 

「来たぞ、ワイバーンオーバーロードだ」 

 

 

波佐見の視線の先、そこには数百は下らない数のワイバーンオーバーロードが布陣していた。

 

 

『なんてことだ……空がトカゲだらけだ……』

 

 

部下の樋口浩介大尉が、愚痴を漏らす。彼もパーパルディアの国力に呆れているのだろう。

 

 

『前方だけでも200、奥には300もいるんじゃないんですか!?』

 

 

波佐見のもう一人の部下、神藤一貴中尉も思わず狼狽しかけた。数を正確に見れば、真電改120機だけでは到底足りない。

 

 

「各地からワイバーンをかき集めてきたんだろう、あいつらを全部撃滅しなければ、デュロは攻略できん!! 行くぞ!!」

『『了解!!』』

 

 

彼ら三人は、真電改を加速させて高空からワイバーンに向かって突撃していった。それを合図に、周りの機体達も三段に分かれて高度を下げていく。

 

 

『不意打ちでワイバーンを倒したくらいで、いい気になるなよ天ツ上!!』

『皇国の竜騎士の凄みを思い知れ!!』

 

 

高度5000メートルからの急降下ダイブ、スロットを絞りつつ最大速度を叩き出す。

 

 

「そこだっ!!」

 

 

波佐見は機銃の引き金を引き、30ミリをワイバーンオーバーロードにお見舞いした。ワイバーンと竜騎士がバラバラに砕け散り、肉片となって墜ちていく。

 

 

『グァッ!!』

 

 

中央海戦争時にとある飛空士から「下手くそ」と呼ばれていた波佐見だったが、その後は鍛錬を続けてそれなりの操縦技術を身につけていた。あっという間にワイバーンの後ろを取り、機銃を叩き込む。

 

 

「次だ!!」

 

 

その後もワイバーンは次々と墜とされ、地に落ちていく。ものの数十分ほどでワイバーンは全滅した。

 

 

「制空権を取った!陸攻、侵入しろ!」

「了解、引き続きよろしく頼むぞ!」

 

 

ワイバーンが居なくなったのを見計らい、波佐見は陸上攻撃機と艦上機達に攻撃の合図を送る。四発攻撃機『流水改』の120機編隊が、デュロに向けて進行していった。

 

『流水改』の120機編隊が進む様は美しく、そして強大であった。中央海戦争に開発され、それを経て防弾装備が強化された『流水改』は、ある程度の攻撃でも十分耐えられるはずだ。パ皇軍にこいつを防ぐ手立てはない。

 

 

『エネルギー充填……98パーセント……99パーセント……100パーセント、エネルギー充電完了!』

「ん?」

 

 

と、その時波佐見の目が地上で光る何かを見つけた。眼下に広がる工場地区、その一角でフラッシュを確認した。

 

 

『属性比率、雷14、風65、炎21、自動詠唱開始』

『詠唱完了! 連射モード切り替え完了! 対空魔光砲、発射準備完了!!』

『皇国は蹂躙させぬぞ!!』

 

 

その光は、だんだんと強くなりまるで空に何かを打ち上げるかのような光が届いた。

 

 

『波佐見隊長! 地上に対空兵器を確認!!』

「しまった!!」

 

 

樋口からの無線で、波佐見は焦りの声を上げたが遅かった。前方を飛行していた『流水改』の操縦席付近を光弾が掠めた。一瞬だけブレた機体に再度光弾が飛来し、今度は『流水改』の右外側モーターに着弾、炎を上げた。

 

DCモーター内部の水素ガスに引火し、爆発と炎が上がったが、すぐに消火してプロペラを停止させた。黒い煙の糸を引き、『流水改」はバランスを崩しながらも飛行していた。

 

 

『くそっ、四番エンジンに被弾! ストール、出力7割5分!』

「大丈夫か!?」

 

 

波佐見が思わず質問する。

 

 

『機体は安定している、編隊を離れてサン・クリストバルまで戻る!』

「了解した!」

 

 

被弾した『流水改』を下がらせ、波佐見は対空陣地を見据える。対空兵器は目立つ光の光弾を撃ちまくっており、空からでも全容が確認できた。その数は6基ほど、それが一直線上に並んで配置されていた。

 

 

『隊長、対空兵器を攻撃します』

 

 

部下の樋口が波佐見に意見具申をした。

 

 

「やれるか?」

『対地噴進弾を温存していたので、やれます!』

「援護する、神藤も付いて来い!」

『は、はい!!』

 

 

二人の僚機を連れ、波佐見は対空陣地の横側、ちょうど一直線に見える空域まで飛ぶ。そこから、三機は一気に急降下をかけた。

 

 

『噴進弾、発射!!』

 

 

樋口の真電改の翼から噴進弾が発射され、白い尾を引いて直線的に進んでいく。噴進弾は直で対空兵器に当たり、色とりどりの爆発が起こる。

 

 

「っ!!」

 

 

さらに撃ち漏らしを波佐見の真電改から30ミリが放たれ、魔導エンジンもろともズタズタに破壊していく。あっという間に、切り札であった対空魔光砲はズタズタに破壊されていった。

 

 

「よし、脅威は無くなったな」

『第二斉射もありません、試作型か何かだったのでしょう』

『ミリシアルが言っていた、対空魔光砲とやらですかね?』

「まさか、技術不足なのに使うとは思わなかったな……帰投するぞ」

 

 

その後──デュロ工場地帯と陸軍基地は、『流水改』の攻撃に晒されることになった。対空兵器の沈黙を見計らい、高空から侵入して爆弾を落としていった『流水改』は、身軽になったその体を持ってサン・クリストバルまで帰投した。真電改と艦上機達は母艦に戻り、レヴァーム軍との合流作戦に備えて戻っていった。

 



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第65話〜空雷〜

今回、オマージュシーンがあります。


デュロ防衛艦隊と監察軍総勢250隻にも及ぶ魔導戦列艦は、デュロ沿岸から東南の海上300キロの位置に差し掛かっていた。

 

先ほどから、デュロ陸軍基地や海軍基地と連絡が取れなくなっている。常に大気の状態が不安定で魔導波が安定しないこの星ならではの問題か、もしくはデュロが攻撃を受けたか、そのどちらかだと考えられていた。

 

この日は西寄りの風がやや強く、『風神の涙』の出力をほとんど使う事なく、自然の風を帆いっぱいに受けて、レヴァーム本土へ向かっている。

 

 

「敵は……空を飛ぶ戦艦を率いてくるかも知れないらしい。副長、勝てるか?」

「艦長、仮に敵が空を飛んでいてもこちらも同じ土俵です。それに、兵の練度はそうそう簡単に上がるものではありません。恐れることはないでしょう。アルタラスにいた皇軍は、相手を蛮族と侮っていた。最初からムーやミリシアルを相手にする心構えでいけば、この作戦は成功しますよ」

 

 

『ムーライト』の副長は現場からの叩き上げでのし上がってきた。連勝経験しかなく、文明圏外との戦闘が多かったために経験則で話していた。

 

それもそうかと納得し、副長から目を離して再び艦前方を見る。日はすっかり傾き、空は夜闇に包まれていた。これでは、飛行機械も飛ばすことはできないだろう。この夜間に乗じてレヴァーム本土へ向かえば、必ずこの作戦は成功する。

 

 

「前方、上空に艦影を確認! 艦数4近づいてきます!!」

 

 

報告を聞いたサクシードは、望遠鏡を覗く。月明かりに照らされ、小さな艦影を4つ確認できた。

 

 

「なんだあの形は……?」

「はい……えらくのっぺりしていますね……」

『総員第一種戦闘配置! 離水開始!!』

 

 

間も無くして、旗艦から艦隊全艦に魔導通信が届く。パーパルディアが誇る、しかし残り数少ない飛空戦列艦艦隊は、空を飛んで戦闘配置へ移行する。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

シエラ・カデュス群島、マリヴェレス要塞付近空域。

 

 

「壮観な艦隊だな」

 

 

帝政天ツ上所属、重雷装巡空艦『井吹』の寵楼艦橋にて、『井吹』の掌空雷長黒乃クロト少佐はそう呟いた。

 

 

『右75度、距離1万5000。戦列艦約250隻、いずれも飛空艦艇』

 

 

静かだが不思議に通りの良い声が、敵の概要を伝えてくる。露天指揮所にいる見張員、戸隠ミュウ少尉の声だ。彼女の暗視視力のおかげで、レーダーの敷設されていない井吹型でもこうして索敵ができる。

 

 

『針路220度。速力20ノット。密集隊形、海上に艦隊は目視できず』

 

 

続け様、ミュウの報告が飛ぶ。これまで数百回繰り返した夜間演習においてミュウは自らの暗視視力の正確性を実証している。

 

 

「250隻、中央海戦争以来の実戦の相手には申し分ない」

 

 

月明かりが艦橋へ差し込んで、星彩を宿した紅の瞳と白磁の肌、軍帽の裾から流れ出る白髪と裏地に赤ピロードな大マントを鮮やかにした。白いブラウスに腰布を張ったコルセット、黒のショートパンツ、腰に巻いた儀式用の大剣。

 

艶やかな白い太ももの下、長い足を覆う軍靴。まだ18でありながら気品と清艶さを併せ持つ天ツ上美女の出立が、青い月光の中にゆらりと浮かぶ。彼女こそが、重雷装巡空艦『井吹』艦長、白乃宮イザヤ大佐だ。

 

井吹型重雷装巡空艦、これはかつて天ツ上が艦隊決戦を優位に進めるために既存の旧式巡空艦を改造して作り上げた産物だ。

 

『井吹型重雷装巡空艦』

スペック

基準排水量:5500トン

全長:174メートル

全幅:15メートル

機関:揚力装置4基

武装:

15.5センチ連装砲6基12門(上部3基、下部3基)

五連装空雷発射管40門

25ミリ連装機関砲10基

同型艦:4隻

 

両舷40門というとてつもない雷撃能力は、単艦で駆逐艦を凌駕し、戦隊を組めばその能力は計り知れない。そんな船が4隻もいる、これがマリヴェレス要塞から差し向けられた本土防衛艦隊だ。

 

 

「相手もこっちを探知しているかも、今夜は満月だし」

 

 

その傍、戦場の緊張感などかけらもない、安穏とした風乃宮リオ中佐がそう言った。だが、緊張感を喚き立てるよりはずっといい。

 

艦橋にいる三人には、まだミュウの見ている艦影が見えない。だが、ミュウの報告を信じて変針し、同航戦、つまりは並走する形で雷撃したいところ。

 

 

「舵そのまま」

『了解、舵そのまま、ヨーソロー』

 

 

操舵室からの返信と同時に、『井吹』は揚力装置を轟かせて前進する。それと同時に、イザヤは艦内放送で艦内の兵士たちに通達する。

 

 

「達する、艦長だ。本艦はマリヴェレス要塞での訓練中にパーパルディア皇国海軍の艦隊250隻を探知し、司令部からの通達で迎撃に入った。艦隊旗艦『五ヶ瀬』からの指示で、我々は遠距離雷撃を敢行することにした」

 

 

凛々しく毅然と言い切ると、艦内無線を通じて兵士達の楽しげな歓声が返ってきた。

 

 

『殿下ー』

『殿下ー』

『頑張ります、殿下ー』

 

 

わずか4隻の艦隊で250隻の艦隊に空戦を仕掛けようという無謀を、兵員達は能天気に受け入れる。

 

 

「訓練は実戦の如く、実戦は訓練の如く。落ち着いてやれば必ずできる。それだけの訓練を我々は積んできた、全員一丸となって勝利を目指そう」

 

 

凛としてそう告げると、ますます艦内から熱狂的な歓声が返る。

 

 

『殿下ーっ』

『殿下ーっ』

『頑張ります殿下ーっ!!』

 

 

状況を理解しているのか疑わしい、やたらと能天気な反応を受け、イザヤは若干口をへの字にする。

 

軍規に厳しい天ツ上海軍において、無闇に明るい『井吹』の雰囲気は完全に浮いてしまっている。軍艦という閉鎖環境の規律を決めるのは艦長、その個性によって大きく変わる。

 

イザヤは艦内の水兵達には笑顔を絶やさずに接してきた。笑顔を絶やさないことで、お互いを家族のように思える。『井吹』のそんな雰囲気だ。

 

が、あまりに仲良くなりすぎたというか、少し明るくなりすぎたというか。気がついたらいつのまにか『井吹』の艦内はイザヤとリオ、二人をアイドルとするファンクラブの様相を呈していた。

 

 

『姫さまー』

『姫さまもひとことー』

『お言葉をください、姫ーっ』

 

 

姫とはリオの愛称、呼びかけに応じてイザヤはリオへマイクを手渡す。

 

 

「みんな頑張ろうね! いつも通りやればできるからね! 終わったらみんなでパーティーしようね!」

『姫さまーっ』

『姫さまーっ!』

『頑張ります、姫さまーっ!』

「みんな、ありがとうーっ! みんなの事、大好きだよーっ!」

『うおーっ』

『ぎゃーっ』

『ひーめーさーまーっ!』

 

 

敵艦隊との接触に入ったというのに、艦内はリオとファンのコール&レスポンスが鳴り響くコンサート会場と化した。

 

 

「相変わらずアホの集まりだな」

 

 

その様子を、クロトは容赦なく伐採する。

 

 

「……士気が下がるよりはいい。それより、お前はこの艦隊でどう立ち向かう?」

 

 

井吹の策士であるクロトにイザヤが質問した。

 

 

「そうだな……まずは新しい玩具を試してみたいものだ」

「面白い、リオ針路は?」

「ちょっと待って。敵が直進してくる前提だと……」

 

 

リオは定規とコンパスで計算を始める、的確な雷撃位置を確かめる。

 

 

「面舵で北西に進めば、敵艦隊の前を横切れる」

「それで行こう」

 

 

クロトが頷くのを見て、イザヤは操舵室に命令し、進路を変更した。揚力装置の轟が辺りを響かせて針路を変更する。

 

 

「命す、右舷雷撃戦」

 

 

イザヤがそう命令すると、艦内通信からは空雷科兵曹長、鬼束響鬼の怒号が聞こえてくる。

 

 

『右空雷戦、相手は舳先をこっちに向けているのにいいんですか!?』

「問題ない、新しい玩具なら当たる」

『分かりました! 行くぞお前ら、元気出せ!!』

『一番から五番連管、問題ありません!!いつでも撃てます!』

 

 

うむ、とイザヤは頷く。その傍、クロトはミュウから対勢観測の数値を伝え聞き、暗算で射角を割り出す。

 

 

「玩具にその必要はないぞ」

「一応だ。左35度に調節して右斉射すれば、誘導装置の効力で全弾当たる。射角は最大にして目標が被らないようにしよう」

「わかった、やろう」

 

 

イザヤの了承をとってから、クロトは艦内無線で空雷発射指揮所へ伝える。

 

 

「右舷斉射。最小雷速、射角左30、誘導装置魔法探知モード。発射始め」

『右舷斉射! 最小雷速、射角左30、発射始めぇぇっ!!』

「用意!」

 

 

クロトがブザーを鳴らすのを合図に、イザヤは命ずる。

 

 

「撃て!」

『てぇっ!!』

 

 

鬼束の怒号と共に発射艇が次々に上げられ、一番から五番発射管、総計20本の空雷が夜空へと放ち出される。

 

さらに後方にいる僚艦の『菊池』『本明』『五ヶ瀬』からも次々と空雷が発射される。水素電池の白い尾を曳きながら右斜め前方へ扇状の散布界を作り出す。空雷はそのまま敵艦隊の針路を遮るような散布界を象る。

 

 

「一番から五番発射管、次弾装填始め!」

『右舷、次弾装填!』

 

 

 

通常、雷撃戦では敵の舳先に向かって雷撃をするのは好ましくない。空雷がそのまま艦隊の間を通過してしまうからだ。

 

だが、その空雷は何故か途中で針路を変えた。まるで飛空戦列艦に引き寄せられるかのように針路を変え、パ皇艦隊の飛空戦列艦の眼前で爆発した。

 

 

『命中! 命中!! 命中!!!』

 

 

次々と命中弾を叩き出す。帝政天ツ上が中央海戦争時に開発、発明した酸素空雷。酸素を水素電池の触媒に注入し続ける事で、とんでもない雷速を手に入れた空雷だ。

 

それは、いわば常にオーバーブーストを掛けた飛空機械に等しい。水素スタックの推進装置に酸素を注入し続ける事で、射程距離と雷速が大幅にアップした酸素空雷。それは、飛空機械のDCモーターの排気ガスを探知して誘導するSF兵器の登場も促した。

 

そして、今酸素空雷は中央海戦争を経て改良されて転移現象によりさらなる高みへと伝っていった。信管は磁気信管から近接信管を使用するようになり、誘導装置には魔力を探知する機能が追加された。それが、この12式酸素空雷である。

 

 

『本艦の命中は8、重複した模様』

「やはり重複するな、目標との距離が遠すぎる」

 

 

クロトがこの12式の弱点を指摘した。魔力を備えた飛空戦列艦にはちゃんと誘導しているが、その分目標が重複してしまっているようだった。やはり距離が遠すぎる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんだ今の攻撃は!!」

 

 

一方のパ皇艦隊、戦列艦『ムーライト』の艦橋では謎の攻撃に対する憶測で騒ぎが起きていた。突然前方から飛んできた空飛ぶ槍のような物体、それは空飛ぶ飛空戦列艦に向かって導かれるように突き刺さった。

 

そして、戦列艦に突き刺さった槍状の物体はそのまま力を爆炎に変えて飛空戦列艦をバラバラに打ち破った。

 

 

「敵の兵器かと思われます! アレは船に向かって進む槍です! 空を飛んで突き刺して食い破るのです!」

「なんて兵器だ……アレに突き刺されたら戦列艦でも持たないぞ!!」

 

 

艦長と副長が狼狽し始める。

 

 

『敵艦! 発砲し始めました!!』

『例の長距離砲だ! 全艦回避せよ!!』

 

 

艦隊司令の声をもとに、戦列艦がゆったりとしたもどかしい速度で回頭をし始める。が、それも間に合わず最前列を進んでいた80門級魔導戦列艦『グリール』に連続して着弾。強烈な破壊音が立て続けに兵士たちの耳朶を叩く。

 

 

対魔弾鉄鋼式装甲を紙切れの如く貫通した15.5センチ榴弾は、弾薬庫で爆発した。爆発によって発生した炎が、上空で炸裂して花火となる。花火は艦の何十倍もの大きさに達し、『グリール』は真っ二つになって墜落していった。

 

 

「ばっ……馬鹿な!!」

 

 

列強たるパーパルディア皇国が誇る魔導戦列艦が、たったの数秒で轟沈されるという、かつてない現実に、それを見ていた誰もが固まる。

 

 

『敵艦、さらに発砲!!』

『戦列艦〈ライサー〉轟沈!! 戦列艦〈パタール〉轟沈!!』

 

 

100門級戦列艦『ムーライト』の船尾楼甲板で、絶望的な魔信が響き渡る。

 

 

『敵艦の一つが特出してきます!!』

『艦隊司令より各艦、あれを仕留めろ!!』

 

 

まだ無事な戦列艦は、接近してくる敵艦に艦首を向ける。『風神の涙』の出力を最大にし、帆が張り裂けんばかりに張る。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「旗艦『五ヶ瀬』より連絡、『貴艦の活躍と幸運を祈る』」

 

 

通信士が旗艦からの一文を読み上げる。イザヤはそれを頷き、艦内放送に切り替える。

 

 

「これでいいだろう?」

「ああ、これで空雷もお構いなしに撃てる」

 

 

策士クロトは、敵艦隊への突撃を提案した。あまりに遠すぎる地点から撃つのは、やはり目標が重複してしまう。それを防ぐには、最大雷速、おまけに最大散布角度で敵艦隊の中央で撃つしかない。

 

 

「達す、諸君、艦長だ。本艦はこれより、敵艦隊に対し突撃を敢行する」

 

 

凛と言い切ると、艦内通信越しに、各所から聞き慣れた声が返った。

 

 

『殿下ーっ』

『行きましょう殿下ーっ』

 

 

大きく息を吸い込み、イザヤは横隔膜を押し下げて、言葉の弾丸を艦内通信へ叩き込む。

 

 

「命す! 両舷空雷戦、反航!!」

 

 

帝政天ツ上史上、初めての両舷飽和雷撃が今、イザヤの口から命令された。同時に艦内から、乗員たちの焼き付くような鯨波。

 

 

「機関最大! 井吹、突撃!!」

 

 

途端に井吹の2基の揚力装置が唸り、夜空を吹き飛ばさんとする。最大船速まで船速が上がり、敵の大艦隊と向かい合う。

 

 

『敵艦隊、突撃してくる』

『〈菊池〉〈本明〉〈五ヶ瀬〉、再度空雷発射!』

 

 

ミュウと通信兵の報告を聞き、クロトとリオが入ってきた。

 

 

「敵に腹を見せさせよう、上昇だ」

「うん、それなら味方の空雷にも当たらない」

「では、そのまま最大船速。敵艦隊の真ん中を突破する!」

「砲の同士討ちを誘うつもりか」

「いかにも」

「怖い女だ」

 

 

それを聞き、イザヤは次の命令を下す。

 

 

「上昇! 上げ舵20!」

 

 

途端に井吹の揚力装置が唸り、高度を上げていく。それを追いかけるように飛空戦列艦も上昇していく。それで井吹は味方の空雷を避けられ、味方の空雷は飛空戦列艦だけを捉えられるのだ。

 

 

『味方の空雷、通過する』

 

 

井吹の下側を、味方の空雷が通過していく。魔力探知なので高度を上げた井吹には当たらない。

 

 

『味方雷撃!24発が命中!』

 

 

味方の空雷が次々と命中していく。そのうちに、味方からの砲撃が次々と敵艦隊に着弾し、井吹を援護する。

 

 

『敵艦隊の中央に到達』

 

 

やがて、敵艦隊の中央に到達した。これなら外れた砲弾が味方の戦列艦に当たる可能性がある。これでは、撃てない。

 

 

「クロト」

「出たぞ、俺が天才でよかったな」

 

 

イザヤがいう前に、クロトは凄絶な笑みをたたえた。そして、上甲板にある空雷発射指揮所へ続く通信を繋ぐ。

 

 

「行くぞ鬼束、両舷雷撃、最大雷速、最大散布界角!」

『ははぁっ!! やるぞてめぇらっ、両舷雷撃、最大雷速、最大散布界角!』

 

 

クロトの口の両端が耳へ向かって斜めに切れ上がる。堕天使じみた凄絶な笑みをたたえ、クロトは星空に必中の大三角を幻視する。

 

 

「全発射管、発射はじめ!」

 

 

号令してブザーを鳴らす。甲高い音が『井吹』艦内へ希望のラッパのように鳴り響く。

 

 

「ここだ」

 

 

備中の射点を見定めた刹那。

 

 

「用意!」

 

 

ブザーから手を離して発射ボタンを押す。

 

 

「てぇっ!!」

 

 

クロトの号令と同時に、鬼束は発射艇を上げた。刹那、なぎさから生まれた蝶が虹色の羽を広げるように、『井吹』両舷から40射線が迸り、左右対称の扇状散布帯を星空へ描きだす。そして──

 

 

『命中! 命中! 命中! 命中! 命中!!』

 

 

次々と命中の報告が上がる。艦隊が中央から火達磨になり、炎に包まれていく。艦隊が揚力を失い、墜ちていく。

 

 

「主砲、撃ちー方ー始めー」

『うちーかたーはじめー!』

 

 

イザヤの命令をもとに、舵を戻した井吹は上下側の砲塔を動かして、目に映る戦列艦を撃ちまくった。さらには対空機銃までとにかく撃ちまくり、戦列艦を撃破していく。

 

そして、敵艦隊はまだ誤射を嫌って撃つ事が出来ない。その間に、井吹は速度を上げてどんどん敵艦隊の中央に進んでいく。

 

 

「雷撃戦としては未曾有の大戦果だな」

「本当はこんな無駄なことはしないんだがな、砲撃で片を付ければ良いはずだ」

 

 

クロトは自分で考えた策をそう言って否定した。

 

 

「だが、俺は天才だ。この新しい空雷のテストも兼ねて雷撃戦を敢行した。それでいいだろう?」

「ああ、面白かったよ」

 

 

こうして、パーパルディア皇国デュロ防衛隊戦列艦250隻は、シエラ・カデュス群島にて、帝政天ツ上井吹型重爆雷装巡空艦戦隊と交戦し、全艦撃沈された。

 

この戦いは、パーパルディア皇国が唯一、レヴァーム本土を攻撃しようとした作戦として、のちの歴史書に小さく記載されるのだった。

 




今回の戦いはプロペラ・オペラのオマージュシーンになります。
え?主砲があるんならそれ使えって?ノンノン、空雷のテストも兼ねてあるのですよ、クロトさんは。

プロペラ・オペラ良いですよね〜とある飛空士とは別のハラハラ感が有ります。空の戦いはいいぞ〜


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第66話〜終わりの始まり〜

リーム王国の場面ですが、一部修正があるかもです。


何もない空の上。群青色の空が辺りを包み込み、自分を包み込んでいた。

 

 

「ここは……」

 

 

ターナケインはどこかの空を漂っていた。まるで、海の上でぷかぷかと浮かぶように。眼下に広がるのは、まっさらな空と雲、そして海……いや、その海がパックリと割れて滝のようになっていた。それが、幾千もの先の空の果てまで続いている。

 

 

「ここは……?」

 

 

もう一度問いただす、答えはない。海面の先には、地平線が見えない。何も、全てが青と白に塗りつぶされたかのような、そんな場所だった。

 

明らかに非現実的な場所に、ターナケインは辺りを見回す。誰もいない。あたりは自分と空一色だった。

 

が、その孤独もすぐに終わった。ターナケインは、真後ろから手をかけられた。ねっとりとした液体が、べちゃりと付着する。

 

 

「!?」

 

 

すぐさま後ろを見る、そこにはターナケインと同じく空に浮遊する一人の人間がいた。だが、その人間は原型を留めていなかった。

 

 

「な……な……」

 

 

皮膚が焼けただれ、全身が火傷した人間の姿。もはや、種族が何だか分からないレベルである。そいつが、まるで屍者── リビングデッドのようにターナケインに纏わりついてきた。

 

 

「や……やめろ!!」

 

 

ターナケインはこのふわふわとした浮遊感のあるこの空を、泳いで逃げようとする。が、その行手を阻むように彼の後ろにも人がいた。

 

振り返る、そいつは右腕をもぎ取られてぷらぷらさせていた。痛そうに悶えている彼は、焼けただれた先ほどの奴と違い、飛行服を着ていた。そのデザインは、パーパルディア皇国の竜騎士のものだった。

 

 

「こいつら……まさか……」

 

 

ターナケインは戦慄した。この二人は、どちらもターナケインが撃ち落とした竜騎士だった。何度か乱戦になっていくうちに、焼夷弾や徹甲弾で撃ち抜かれて、燃え尽きたりした竜騎士を見てきた。

 

自分が覚えている中で、パーパルディア皇国の竜騎士と対峙したのは、エスシラントでの大空戦しかない。こいつらは自分が殺した竜騎士だ、そこで悟った。

 

さらにターナケインの周りに、竜騎士のリビングデッドがどんどん出てきた。彼の周りに集まり、下の海上に引き摺り下ろそうとしている。その途端、釣り糸がぷっつりと切れたかのようにターナケインはリビングデッドと一緒に落下し始めた。

 

 

「助け……助けて……!」

 

 

ターナケインは墜ちていく。下は海原、高度およそ5000メートルから自由落下していく。落下傘は無い、このままだと死ぬ!

 

その時、虫の羽音のようなプロペラ音が鳴り響いた。水素スタックの轟きと、翼が風を切る音が聞こえてくる。

 

 

「!!」

 

 

見えた、それはアイレスVだった。翼で空を切り、胴体のマークをターナケインに見せつける。そのマークは、海猫だった。

 

 

「シャルルさん……!」

 

 

和解した相手の名前を呼ぶ、ターナケインは空から落ちていった。

 

 

「シャルルさん! シャルルさん!!」

 

 

シャルルさんは臆することなく飛んでいく。

 

 

「ハッ! ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 

自分の声で目が覚める。寝ぼけた目蓋は今のでパッチリと覚め、真っ白なシーツが胸の前にかけてある。

 

周囲を見渡すと、ターナケインが収容されているガナドールの営倉であった。窓の外にはエストシラントの街並みが見えている、占領したエストシラント港である。

 

 

「これは……」

 

 

ターナケインは夢だったことを安心しつつ、先ほど見た夢の中のことを思い出す。自分が殺してきた人間が、そのまま出てきた。まるで、自分に恨みを持っているかのようなその出立は、ターナケインの恐怖を煽った。

 

今思い出しても、恐怖で汗がにじみ出る。ターナケインは首を振るって、それを忘れようとする。

 

 

「あ……」

 

 

そこで、ターナケインは気づいた。自分は今、自分で殺した人のことを忘れようとしていた。

 

 

『僕は考えないようにしているよ』

『……人が死ぬことは悲しい、だからもう何も考えない事にしたんだ。そうすれば、もう悲しむ事もなくなるから…………』

 

 

自分が凶行に走らせ、この営倉に囚われるきっかけとなったあの言葉。それを、ターナケインは思い出した。

 

 

「あなたが言っていたのは……この事だったのか……?」

 

 

ターナケインは、計らずも夢でシャルルの言っていた意味を思い知らされた。そして、自分はいかに情けなく、シャルルの事を考えていなかった事を思い知らされた。

 

彼だって、自分が殺してきた人間のことを覚えていられないのだ。覚えていたら、自分が狂ってしまう。シャルルだって、その辛さを彼は耐えているのだ。

 

 

「ターナケイン、起きた?」

 

 

その時、営倉の外側から鍵のチャラチャラという音が聞こえてくる。それと、少女の声がターナケインの耳に届いた。

 

 

「メリエルさん」

 

 

栗色の髪の毛に、小柄な背丈、頭につけた白いカチューシャの三拍子。間違いない、目付役のメリエルだった。

 

 

「朝食だけど、来る?」

「あ、はい。行きます」

 

 

ターナケインはメリエルやシャルルの計らいで、目付役を付けての営倉からの自由行動が許されていた。鍵を開けてもらい、そのままメリエルの目付役でそのまま付いていく。

 

メリエルの後に続いて辿り着いたのは、ガナドールの食堂だった。もうすでに何人かの飛空士達が集まっていて、食事をしていた。

 

 

「ん?」

 

 

しかし、その飛空士達の様子がおかしい。皆顔を俯かせてぶつぶつと何かを呟いていた。中には、顔面蒼白の者もいる。

 

 

「これは一体……」

「……みんな、不思議なことだけど一斉に悪い夢を見たらしいの」

「悪い夢?」

「うん、見たのは全員エストシラントで虐殺をやらかした人でね……」

 

 

彼女がいうには、夢を見たのは全員エストシラントの上空で市民を虐殺して、爆撃機隊を危険に晒した飛空士達なのだという。この戦争が終わったら、処罰が下る飛空士達だ。

 

 

「俺は悪くない……妹を殺したあいつらが悪いんだ……なのにどうして……」

「あいつらだって同じ事した癖に……何で俺達だけこんな夢を……」

 

 

彼らは何かをぶつぶつと呟きながら、項垂れていた。皆一様に生気がない。

 

 

「何故か死体が追っかけてくる夢とか、死体が纏わりついてくる夢を見たらしいの」

「…………」

 

 

ターナケインは、同じような夢を見た者としてなんとも言えない気持ちになった。ターナケインは食事を運びながら、またそのことを考えていた。

 

 

──シャルルさんは、殺した人のことを覚えていられないんだ。

──それほど、彼の心は病んでいる……

 

 

ターナケインは改めて、自分の情けなさを感じていた。食事を終えた後、やってきた飛空長の命令でターナケインを含めた飛空士達が、全てブリーフィングルームに集まった。

 

 

「ターナケイン」

「シャルルさん」

 

 

そこには一足先に、シャルルの姿がいた。彼に挨拶して、今後の作戦について話す。

 

 

「レミールとかいう奴はリームに逃げたそうですね」

「うん、しぶとい奴だよ……彼女を捕まえない限り、この戦争は終わらない」

 

 

シャルルはそう言って鋭い視線を地図上に向けた、その先にはリーム王国が写っている。

 

 

「作戦を説明する」

 

 

飛空長の合図とともに作戦説明が始まった。黒板に取り付けられた地図とともに、矢印が描かれている。

 

 

「国賊レミールの居場所が分かった、フィルアデス大陸の外れのリーム王国だ」

 

 

飛空長がそう言うと、飛空士達に「おお」という小さい歓喜の声が上がった。いつまでもこのエストシラント港にいるわけにはいかない、さっさとレミールを捕まえなければ。

 

 

「この国は、準列強と呼ばれている国で、それなりに国力がある。だが、装備の質はパ皇軍以下だ、問題はない。

我々連合軍はエストシラントから飛空艦と陸上部隊が北上、聖都パールネウスを抜け地方都市アルーニにあるパ皇軍基地を飛空艦の打撃力で叩く」

 

 

地図に青い線が引かれ、連合軍の経路が示される。すでに占拠しているエストシラントから陸上部隊を引き連れ、北へ北上する。

 

 

「なお、このアルーニには73カ国連合も加わり、北と南から包囲する」

 

 

地図上に緑色の線が引かれる。73カ国連合の侵攻路である。彼らとは通信で連絡をし合っており、互いの連携は容易い。

 

 

「そして、陸上部隊を引き連れてカースを抜け、進路を北東に取り、アルークを抜けてリーム王国へ侵攻する。以上が作戦だ、何か質問は?」

 

 

手を挙げるものはいない。今回の作戦には、安心して臨めそうだ。

 

 

「よし、作戦開始は本日一三:〇〇だ、各員準備を忘れるな!」

「「「「はっ!!」」」」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「神聖ミリシアル帝国とムーから外交文書が届きました……」

「…………」

 

 

リーム王国王都ヒキルガ、王城セルコ城にて、諸侯のキルタナがミリシアルとムーから届いた外交文書を読み上げる。

 

神聖ミリシアル帝国及びムー国は、自由パールネウス共和国の樹立を支持するものとする。そして以後、自由パールネウス共和国に支援を惜しまない。

皇女レミールは自由パールネウス共和国の平和を乱す国賊とみなす。彼女の身柄拘束を目標と掲げる神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上にはあらゆる支援を惜しまない。

国賊レミールを匿っているリーム王国は、レヴァームと天ツ上へその身柄を即刻引き渡せ。

なお、この命令が受け入れられない場合は、第三文明圏全域が敵となり、宣戦布告をされるであろう。神聖ミリシアル帝国とムー国、そして神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上も彼らへの支援を惜しまない。

第三文明圏を敵に回すか、大人しく引き渡すか、選択肢は二つしかない。貴国の賢明な判断を期待する。

 

 

「以上です……」

 

 

その会議室の場に、沈黙が流れた。レヴァームと天ツ上どころか、ミリシアルにムーもパールネウスを支持し、リームにレミールの身柄引渡しを求めてきている。

 

しかし、簡単に引き渡すわけにはいかない。そんなことをすれば、最新式装備のパーパルディア皇国軍がリームへ攻めてくる。ならそもそも亡命を受け入れるべきじゃなかったと、誰もがバンクスを恨み節であった。

 

 

「あああぁぁぁ───!! あああああぅうううぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

王城の中に響き渡る、突然の奇声。

 

 

「国王陛下!! どうされました!!??」

「ああああぁぁぁぁぁ──うぁぁぁぁ──」

 

 

国王バンクスは泣き叫びながら、顔をひっかき、付近の花瓶をたたき割る。そのほかにも、辺りにある絵画やテーブルの上の書類をビリビリに破く。

 

 

「お気を!! お気を確かに!!」

「奴らが、奴らが攻めてくる!! 差し出しても攻めてくる!! なにもかも終わりだぁぁぁぁ!!!」

 

 

そう言って顔をビリビリに掻く。その錯乱した様子を見て、側近は先ほど話していた事に思い至る。

 

 

「国王陛下!! パーパルディアに脅されてしたと言えばなんとかなるのではないでしょうか?」

「相手はレヴァームと天ツ上だけじゃない! 73ヵ国に、ミリシアルにムーだぞ!! 無理だ! 無理だぁぁぁぁ!! おおぉぉぉぉ!!」

 

 

国王バンクスの泣き叫ぶ声は夜通し王城に響き渡るのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

話は少しだけ遡る。去年1639年の12月、丁度パーパルディアとの戦争が始まった頃。その海沿いの沿岸部に20隻の潜水艦が到着した。

 

デル・ガラパゴス級潜水艦、神聖レヴァーム皇国の最新鋭潜水艦だ。それが、夜間のうちに溪谷を飛行してとある秘密基地にたどり着いた。

 

『デル・ガラパゴス級潜水艦』

スペック

基準排水量:2400トン

全長:110メートル

全幅:10メートル

機関:小型揚力装置4基

武装:

空雷魚雷発射管10門(艦首6門、艦尾4門)

20ミリ機関砲2基

同型艦:180隻

 

大瀑布を越え、通商破壊を行うのが主任務のレヴァームと天ツ上の潜水艦には揚力装置が付いている。

 

水素電池による発電によってほぼ無限に近い潜航時間を誇る潜水艦は、レヴァームでさらに改良されて、流体的な船体設計と揚力装置のオーバーブースト機能によって水中でも20ノットを叩き出せる。

 

渓谷の先の湖に作られた秘密基地にたどり着いたデル・ガラパゴス級潜水艦20隻は、そのまま物資を下ろして順々にレヴァーム本土に帰投していった。

 

そして、その数ヶ月後──

 

 

『こちら第3区! 敵の進軍スピードが速すぎる! 相手は魔導銃を連射している! 3個大隊だけでは到底対応できない、至急応援を要請する!!』

「了解、竜騎士21騎を派遣する。なんとか持ち堪えてくれ!」

『助かる、頼んだぞ!!』

 

 

パ皇軍即応隊長リスカは、魔信で悲鳴のような声に対応していた。73か国連合と呼ばれる烏合の衆に、パ皇軍は苦戦していた。カースはすでに反乱軍の手に落ち、カースの南端にある都市アルーニではすでに戦闘が起こっていた。

 

北から迫りくる73か国連合と、南から来るレヴァーム天ツ上連合に挟まれ、すでに退路を断たれた聖都防衛隊アルーニ基地はもはや基地として機能していない。

 

エストシラント、デュロに続くパ皇軍三大基地として知られていた聖都防衛隊アルーニ基地は、前後から挟まれて包囲殲滅されていた。

 

 

「リスカ隊長! 南からレヴァーム天ツ上連合の軍が迫っています! そちらにも竜騎士を!!」

 

 

傍らに控えていた副隊長が、リスカにそう進言した。しかし、アルーニ基地にも余裕がない。

 

 

「もうこれで竜騎士は全部だ! 滑走路もやられてワイバーンロードしか離陸できん!」

 

 

幸いにもここの地帯は大気中の魔素が多いため、ワイバーンロードは離陸できた。しかし、それだけで地上では劣勢を強いられている。

 

 

「南ではこれ以上耐えられません! 南にも増援を!!」

「もう送った筈だ!! 地上兵だけで頑張ってくれ!!」

 

 

作戦司令室では、怒号が飛び交っていた。北と南から挟まれている最悪の状況な上に、兵力も足りない。おまけに、通信では敵は魔導銃らしきものを連射してきているらしい。

 

それもそのはず、73か国連合には天ツ上製の武器や弾薬が配られていた。数ヶ月前にデル・ガラパゴス級潜水艦で属領に配られたこの武器は、それの使い方も訓練されているため、装備でも練度でも73か国連合にパ皇軍は対抗できないのだ。

 

 

『こちら南部方面軍! ワイバーンロードが敵の飛行機械に全部落とされた!! 至急応援……ザッ!!』

「なんだ!?」

 

 

突然相手との通信が途絶えたと思ったら、地鳴りのような響きが基地を揺さぶった。そして、その後に金切り音のような拍子の抜けた音が響いてくる。

 

 

「あぶないっ!!」

 

 

咄嗟に副隊長が、リスカに覆い被さって彼を庇った。その途端、巨大な爆煙と衝撃がリスカを包んだ。耳鳴りがし、何も聞こえなくなる。

 

 

「くっ……」

 

 

瓦礫に包まれて、その先に見える空から鯨のような物体が空を飛んでいるのが見えた。レヴァームと天ツ上の艦隊だった。

 

 

「ぐっ……レヴァームに天ツ上め……!」

 

 

そこで、リスカは力尽きた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「やったぞー!! パーパルディアに勝った!!」

「陸軍基地を吹き飛ばしてやったぞ! 流石はレヴァームと天ツ上だ!!」

 

 

兵士達が歓喜に満ちる。レヴァームと天ツ上から提供された武器であるボルトアクション式ライフルや機関銃を掲げ、自軍の勝利の貢献者を称える。

 

 

「勝利の鯨だ……あの船さえあればこの戦争は勝てる……!」

 

 

73カ国連合を束ねる司令官ミーゴも、思わず歓喜の声を鳴らす。彼も、レヴァームと天ツ上の飛空船の頼もしさを直に見ていた。

 

 

「「「「レヴァーム天ツ上万歳! レヴァーム天ツ上万歳!! レヴァーム天ツ上万歳!!!」」」」

 

 

レヴァームと天ツ上を讃える声は、兵士たちの間に広まっていった。



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第67話〜とある皇女の終焉〜

やっとパ皇戦は終わりです。
それと、25話に挿絵を追加、陸戦兵器には項目を追加をしました。
よければ是非、ご覧ください。


ドアをノックする音が鳴り響く、その音さえも耳に入らない。自分の執務室となったリーム王国の宮殿の一室で、アルデは頭を抱えていた。

 

レヴァームと天ツ上と戦い始めてから、今日まで何回扉が叩かれただろうか? それすらよく覚えていない、とにかく悲惨な報告が相次いで胃がはち切れそうだ。

 

もう、司令官になるのではなかった。こんな多忙で陰鬱な職業なんか、辞めてみたい。アルデはそう思えてきて、何もかも面倒くさくなってしまった。

 

もう何日も寝ていない、一昨日はアルーニが落ちた報告で発狂してしまった。その疲れがまだ残っている。

 

 

「アルデ様! アルデ様!!」

 

 

秘書だろうか、参謀だろうか、アルデを呼ぶ声がしてくる。そんな中で、アルデは自分のしてきたことを振り返っていた。

 

レヴァームと天ツ上を意識し始めたのは、皇国の新聞で彼らが接触してきた時だった。彼らは生意気にも飛空船を大量に派遣して威圧してきたらしい。実際の目では見ていないが、そういうことだ。

 

その時は、飛空船を実用化したくらいの小さな小国が二つと思っていた。そして、フェンに派遣した筈の監察軍が敗れたときも、そんなに気にならなかった。監察軍の練度が低かっただけだと、もっとよく分析をすればよかった。

 

 

『全滅ですかぁ……蛮族相手に全滅、監察軍は皇国の恥ですなぁ』

 

 

誰かに言い放った言葉を思い出す。あの時、この言葉は誰に向けて放ったのだろうか、覚えていない。

 

だが、これだけは言える。情報分析をロクにせず、自分の慢心だけでレミールに付いて行った事は全て間違いであったと。皇国の恥は自分自身だと。

 

どうしようもない屈辱感と、後悔が募る。文明圏外の蛮族が列強に勝るなど、歴史上一度もなかった。

 

あってはならないことなのに、『現実』はあった。

 

最新の飛空戦列艦やヴェロニア級竜母も、惜しみなく投入し、ワイバーンオーバーロードも投入した。動員兵力は皇国史上最大であり、世界的に見ても大戦といえるほどの規模だった。

 

しかし、レヴァームと天ツ上の連合軍に与えた損害はゼロ──まさかのゼロである。頼みの綱のデュロも失われた。敵は上陸部隊をリームへも進行させている。打つ手はない。

 

アルデは傍らにある短銃を震える手で掴んだ。そして、撃鉄を引き……

 

 

「パーパルディア皇国……万歳……!」

 

 

自分の頭に向けて引き金を引いた。

 

 

「アルデ様! レヴァーム天ツ上連合がここヒキルガにも攻めてき……!」

 

 

部下がたまらず執務室を開けて中に入る。彼が見たのは、頭から血を流して死んでいるアルデの姿だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「目標! 前方の魔導砲!」

 

 

『フィーリー号』の76ミリ砲が旋回する。ゆったりと旋回する砲塔は、敵に向けて死を告げている死神の鎌だ。そして、死神の照準はピッタリと敵に向けられる。

 

 

「撃ぇっ!!」

 

 

砲手のナオミが引き金を引く。砲弾は正確に魔導砲にぶち当たり、それを木っ端微塵にした。

 

『フィーリー号』にも発射炎が戦車長のボブに降りかかり、耳が潰れそうになる。それをグッと堪えて、次の指示を的確に出す。

 

 

「次弾装填! 弾種榴弾!」

 

 

ユージンが次の砲弾を詰め込み、主砲塔の蓋を閉める。

 

 

「装填完了ッス!」

「目標、左前方の塹壕陣地! パーパルディアの野郎どもを吹き飛ばせ!」

 

 

それを合図に、再びナオミが引き金を引く。風圧が降りかかり、『フィーリー号』の周りの空気が震える。

 

砲弾は何人かを吹き飛ばし、塹壕を抉った。パ皇軍は耐えきれずに、撤退し始める。ボブはユージンとナオミに自由射撃を指示して、自分は重機関銃を手に取る。

 

 

「アリサ、お前も撃て!」

「は、はい!!」

 

 

アリサはあれからパニック障害が少し治った。やっと戦場の空気に慣れてきたのか、今では錯乱することもない。

 

 

「どうしたどうした!? エストシラントの市民の方がよっぽど勇敢だったわよ!!」

 

 

アリサは車載機関銃を撃ちながらパ皇軍へ罵倒を送る。

 

 

「市民には武装させておいて、自分たちだけ逃げるのか!? クソみたいな奴らね!! このタマ無し!!」

 

 

エストシラントの市民を武装させておいて、自分たちだけは逃げる。それが、ボブにもアリサにも許せなかった所業だった。

 

新たな戦略目標にリーム王国国王バンクスの確保を掲げた、連合軍はついにリーム王国本土へと歩みを進めた。

 

ボブたち『フィーリー号』も、リーム王国王都ヒキルガへとやっとのことでたどり着いた。ここ何日も戦闘が続いていたが、空軍の()()()()支援と73カ国連合の手助けによってパ皇軍とリーム軍(リ軍)を追い詰めていた。

 

彼らは王城に立てこもり、絶対的な防衛線を築いているらしい。それを突破するのが、今一番困難な時だった。

 

 

『戦闘中の各部隊へ通達、まもなく第一挺身団が作戦空域に入る。区画確保を急がれたし、オーバー』

「第一挺身団が!?」

 

 

司令部からの通信を元に、ボブは空を見上げる。するとそこには、六隻の駆逐艦が空を飛んでいた。爆弾槽のハッチが開いている、まさかとは思うがあそこから飛び降りるつもりか?

 

 

「嘘だろ……」

 

 

そのまさかだった、天ツ上の第一挺身団は高度1000メートルの駆逐艦からダイブしていき、そのまま落下傘を開いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ある天ツ上軍の兵士はこう語る。

 

 

『あいつらは化け物、サイボーグとしか思えない』

 

 

また、ある天ツ上軍の兵士はこう証言する。

 

 

『海軍基地で敵が侵入してきた想定で訓練を実施した。敵は第1挺身団数名、こちらは海軍陸戦隊側は200名、たったの数名相手とはいえ、精鋭のためある程度死亡判定されるだろうとは想定していた。しかし、実際やってみると、一人も倒せずに基地を制圧されたよ……本当の化け物だ』

 

 

そうやって第一挺身団についたあだ名がある。

 

『第一狂ってる団』と。

 

帝政天ツ上陸軍第1挺身団に所属する橋本は、王城の庭へ降下後、速やかに移動して自身の安全を確保した。訓練に訓練を重ねたその動きは素早く、鍛え上げられた筋肉は重量物を難なく持ち上げた。

 

周りは上空からの飛空艦による援護射撃によって制圧されており、すでに立つ者は無く、想定よりも遙かにスムーズに予定された展開を終えたのだった。

 

 

『王城への扉を発見、18秒後に爆破する。A班はB2地点まで前進せよ』

 

 

18秒後、扉が爆破されて突入が開始される。扉の中にいた兵士たちを、橋本は100式機関短銃を腰だめで構えて射殺する。

 

そのまま内部まで突入して行った。内部は典型的な近世の作りで、なかなか装飾が練られていた。目が苦しいほどではないため、気にせず歩みを進める。

 

障害を排除し、王城をくまなく探す。どこかに、レミールとアルデ、そしてバンクスがいる筈だ。

 

今まで現れた敵のパ皇軍リ軍の兵たちは脅威ではなかった。魔法を使うかと思われていたが、使う間がないのか一度も見かねていない。脅威をあっさりと排除し、弾薬の補給をしながら進んでいく。

 

 

「……これより、奥の部屋を探るぞ」

 

 

中野の指示によって、彼らは扉を開いた。中には薄暗い部屋の中にベッドが一つだけあった、そのベッドにレミールは居た。

 

 

「き……貴様ら……!」

「皇女レミール……いや、国賊レミールだったな。貴様を連行する」

 

 

扉の向こうには、ブルブルと震えているレミールがいた。彼女の手に手錠が掛けられ、連行される。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

そして──

 

 

『こちら第一挺身団第3中隊、目標を確保。目標の一人のアルデは既に死亡、拳銃自殺した模様。レミールとバンクスは確保した』

『了解、帰投できるか?』

『王城の庭ではまだ戦闘が続いている。フルトン回収システムを使用する、準備してくれ』

『了解、駆逐艦〈竜巻〉を向かわせる』

 

 

上空を統べる飛空機械、飛空機械だけでなく戦艦や巡空艦、駆逐艦などが空を連ねる。その中真っ只中に、海猫はいた。

 

 

「これで戦争も終わる」

 

 

そう思うと、安心できた。

 

 

「この後のことを考えよう」

 

 

戦争は戦って終わり、ではない。その後も確実に存在するのだ。シャルルは外を見上げながら、そのことを考えていた。

 



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第68話〜会議は踊る、されど進まず〜

いよいよ、戦後処理でございます。


飛空戦艦『エル・バステル』の営倉エリア。そこに、スーツ姿の人間が四人歩いていた。かつての皇国との関係修繕に尽力したアメル、朝田、篠原。そして、ぴっちりとした外交用の白いスーツに身を包んだ、ファナ・レヴァーム執政長官の姿であった。

 

エル・バステルの内部で最も暗く、灯りをつけなければ何も見えない。エリアには窓は何一つなく、営倉には家具が一つもない。

 

床はひんやりと冷たく、この中で一夜を過ごすのはレヴァーム人や天ツ人でも耐えきれない。静寂が支配する世界では、わざと穴を開けられたパイプから水が滴り、眠りを妨げる。

 

そんな営倉の中に、女が座っていた。質素な服装で、手錠がかけられており、床に触れていた部分が青く痣になっている。痛ましい姿になっても、まだファナ達を睨みつけている。

 

 

「お久しぶりですね、開戦前以来でしょうか? レミールさん」

 

 

今にも飛びかかってきそうな程の睨みを効かせるレミールに、アメルは臆することなく口を開く。

 

 

「……無様ですね」

 

 

無様、あまりにも無様。傍のアメルがそう言うと、その言葉がレミールのプライドに火をつける。

 

 

「こんなことが許されると思っているのか。列強たるパーパルディア皇国の、しかも皇族を捕らえるなど……こんなことが……」

 

 

自分が圧倒的不利な状況にあるとは、レミール自身も理解している。皇族の権威など、もはや虚飾。だがそれでも、レミールの長年蓄積してきたプライドが認められない。諦めきれない。何も残っていない彼女は、精一杯の虚勢を張るほかないのだ。

 

 

「許される? 一体誰に向かって言っているのです? あなたが捕らえられることを許さない人間は、最早いませんよ」

「ぐっ……私は皇族だ!! 私が死刑を命じたのは……死んだのは平民だろうが!!」

「それがどうした!?」

 

 

朝田が地下牢の隅まで響き渡るほどの怒号を上げた。

 

 

「相手が平民だから、文明圏外だからと、殺しても許されると思っているのか!? 他国の平民は心がない、『物』だとでも思っているのか!?」

 

 

隣にいるアメルも、誰も止めない。

 

 

「どんな人にだって家族がいるんだぞ! 友人がいるんだぞ! お前の一言で泣いた人が、人生を狂わされた人が、どれだけいると思っているんだ!!」

 

 

立場上、平民を数でしか判断していなかったレミールは、朝田の言葉に胸を抉られる。

 

 

「人間はな! 愛情がなけりゃ育たないんだよ!!」

 

 

レミールはようやく思い知る、自分がどれだけ残酷なことをしたのかを。

 

 

「お前には大切な人がいないのか!? それとも、皇族以外はみんな人間じゃないとでも思っているのか!? ふざけるな!!

お前がこれまでに消してきた命は、親やいろんな人たちの愛情を受けて育ってきた、大切な命なんだよ!! それを簡単に殺しやがって……反省するならまだしも開き直るとはな、つくづく呆れる!!」

 

 

レミールは押し黙り、何も言えなくなった。

 

 

「……レミールさん。貴方と出会った時、私と貴方は良きお友達になれると思っておりました。同じ女性、ほぼ同じ年齢、私たちはよく似ています。ですが、貴方は間違いを犯した。なので、こう言った形になってしまって非常に残念です」

 

 

ファナが口を開く。彼女もこの戦争の原因が分かっているだけに、思うところがあるのだろう。

 

 

「もし時がやり直せるのなら、私は過去の自分を叱ってやりたいです。私が直接この国に出向いたばかりに、このような事態になってしまったことを」

 

 

ファナが一番思っていたのは、その事であった。元はと言えば、ファナがパーパルディアに出向いてルディアスの心を奪ったのが原因だと、ファナは考えていた。

 

 

「貴方はこれから、レヴァームと天ツ上の法で裁かれます。結果がどのような風になるかは分かりませんが、貴方に幸があらんことを願います」

 

 

レミールは敗北感を感じた。ここまで残酷なことをしても未だ反省しない自分と、戦勝国であるのにも関わらず謝罪を述べるファナ。その差は歴然としていた。

 

 

「う……ううっ……うううっ……」

 

 

レミールは押し黙り、やがて大粒の涙を流した。

 

一体どこで間違ったのだろうか。

 

一体どこで道を踏み間違えたのだろうか。

 

レミールはずっとそのことを考えていた。自分はルディアス様の妃として、この世界を統べる母となるはずだった。世界を統一したルディアス様の下で、彼を生涯支えるはずだった。

 

しかし、あの女が来てから全てが変わった。ルディアスはファナとか言う女に惚れ込み、私に見向きもしなくなった。私は、それを「ルディアス様を奪われた」と勝手に思い込んでしまった。

 

それからが、すべての終わりの始まりだった。パーパルディアを乗っ取り、レヴァームと天ツ上を滅ぼしてファナを処刑する予定だったのが、今では逆に滅ぼされた。

 

ルディアス様は「自由パールネウス共和国」と言う新しい国を作り、私に責任を全て押し付けた。

 

ルディアス様に見捨てられ、ファナには人間力で負け、レミールには何も残されていなかった。

 

レミールを乗せた飛空戦艦『エル・バステル』はそのままエストシラントの港に辿り着いた。そこでレミールは下ろされる。

 

 

「これは……」

 

 

エストシラントの有り様は酷い物だった。所々が焼け野原になり、建物が崩れている。そして、市民は皆生気が無くなり、辺りに座っている。何かをぶつぶつと呟く者もいる。

 

 

「これがエストシラントの有り様です。貴方が命令した徹底抗戦のせいで、大勢の市民が武器を持ってしまって死にました」

 

 

エストシラントを進むバスの中で、レミールはまたしても罪悪感に囚われた。わざとエストシラントで下され、被害に遭った街を歩かされたレミールは、さらに失意と後悔に蝕まれるのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖レヴァーム皇国、首都エスメラルダ。そこでは、宮殿に設けられた巨大な三階建ての会議室があった。この世界に転移してから、大規模な国際会議が行われることを想定して作られた、巨大議事堂だ。中央が吹き抜けになっていて、それを取り囲むように三階建ての席にそれぞれの国の外交官が座る。

 

この議事堂では、この戦争に関する講和会議が行われていた。神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上、72か国連合に加えて、アルタラス王国、シオス王国、フェン王国、ガハラ神国。ちなみに、パンドーラ大魔法公国はパーパルディアに潰されているため、こちら側に属している。

 

そして、敗戦国となる自由パールネウス共和国と元リーム王国の代表が名を連ねる。パールネウスの代表はカイオスとエルトだ。

 

 

「それではこれより、パールネウス講和会議を始めたいと思います。お集まりの皆様には、遠路遥々お越しくださいまして、ありがとうございます」

 

 

司会進行役であり、戦勝国代表であるファナ・レヴァームが一言声を上げる。それを皮切りに、この会議が始まった。

 

のちの歴史書に、「会議は踊る、されど進まず」と記載された「エスメラルダ会議」の幕上げだった。まず、クーズ王国の代表となったハキが挙手した。彼はファナの了承を得て発言権を得る。

 

 

「まず、我々72か国連合の殆どは旧パーパルディア皇国に領土を奪われています。我々は自由パールネウス共和国に対し、全属領の完全なる独立を要求いたします」

 

 

それに対して、他の代表たちも首を縦に振るって頷く。どうやらそれが、72ヵ国連合の共通の要求だったようだ。

 

 

「トーパ王国です、発言よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「我々としては、属領の独立に合わせて我々から連れてこられた奴隷の解放、返還も併せて要求いたします」

 

 

どうやら、こちらの世界にも奴隷という制度はあったようだ。かつてのレヴァームのある西方大陸にも、奴隷という立場が存在した。それがこの世界でも解放の考えに至っていることは素晴らしい。それに合わせて、マクセルも発言権を得る。

 

 

「私としても、奴隷解放に賛成でございます。旧パーパルディア皇国はこれまで、人的資源と称して属領から『人間』を吸い上げてきました。これは、人道的観点からして許されざることであり、自由パールネウス共和国にはこれに対して謝罪と賠償を持って対応することを望みます」

「失礼します、質問があるのですが」

「どうぞ」

 

 

カース王国の代表が、発言権をファナの了承で得た。

 

 

「『人道的』という言葉を、我々は初めて聞いたのですが、それはどう言った意味でしょうか?」

「ありがとうございます。『人道的』という言葉の意味は、『友人や家族と接するように扱う』という意味合いです。旧パーパルディア皇国が行なっていたことは、それに反している、という意味です」

「なるほど、分かりました。ありがとうございます」

 

 

納得したようなのか、カース王国の代表は引き下がった。

 

 

「それでは、自由パールネウス共和国には、旧属領と属国の支配体制の解放、そして奴隷の解放を要求するものとします。よろしいですね?」

 

 

代表から反対意見は上がらない、ファナはそれを合図に万年筆で要求事項を書き留めて行く。

 

 

「次に賠償金についてです。支払いは旧パーパルディア皇国通貨の『パソ』にて支払いを行うものとします」

 

 

パソとは、パーパルディア皇国のみならずフィルアデス大陸全体で使われている通貨だ。8年前にフィルアデス大陸統一を目論んだパーパルディアが、経済制裁のために他国に押し付けたのだ。それが、今では押し付けられる側になっている。

 

 

「額についてですが、ここで我々神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は戦勝国の権利を発動し、アルタラス事件における遺族に対し一人10万パソ、我々連合国に対して計10億パソを要求いたします」

 

 

パソの交換レートはレヴァームでは1パソ=1ペセタ、天ツ上では1パソ=100円となっている。その要求を提示すると、カイオスとエルトの顔が少し項垂れる。彼らもしょうがないものとして割り切っているものの、あまりに大きい額に汗が出ている。

 

 

「では、分け前についてですが……」

 

 

ファナがそう言うと、73ヵ国連合の代表全ての目がギラリと光った。鋭い閃光がファナに向けられ、ファナは来たかと覚悟を決める。

 

 

「これについては、今会議で決めたいと思います。皆さま、ご遠慮なく仰って下さい」

 

 

すると、何人かの代表が一斉に手を上げ発言権を得ようとする。ファナはその内からアルタラス王国の代表を最初に選んだ。

 

 

「アルタラス王国です、我が国としては戦乱の復興にいち早く努めたいと存じ、賠償金をわずかに増やしていただきたいと存じます」

 

 

アルタラス王国の代表の意見はもっともだ、今回の戦争で基地を提供し、レヴァームと天ツ上の勝利に貢献したのは彼らなのだから。

 

 

「待ってください! 戦乱の舞台となったのは、あなた方だけではありません! 我々も同じように被害に遭っています!!」

「そうだ! 抜け駆けはずるいぞ!!」

 

 

各国の代表たちが一斉に怒号を上げた。

 

 

「で、では……彼らも同じように増やして貰えれば良いかと」

 

 

アルタラス王国の代表は、たじろいでその要求を変更した。

 

 

「待ってください! 直接戦火に巻き込まれずとも、今回の戦争で出兵をした国もあるのです! その場合はどうすれば良いのですか!?」

「知らん! 兵を出したのは全員同じだぞ!!」

「そうだそうだ!!」

 

 

会議が一気に熱を帯び、静けさが無くなる。彼らも、この会議でお互いの利権を押し付け合って解決しようとしている国々なのだ。それがぶつかり合うのは、ファナにとっても予想済みだった。

 

 

「静粛にお願いいたします!」

 

 

しかしファナの一言で、それも鎮まった。しかし、その後も何度か会議が行われても進行せず、賠償金の分け前については揉めに揉めた。

 

 

「……では、今案件は今後の会議に回します」

 

 

やがて半日後、お互いの唾を投げつけ合った後にファナはこの案件を保留にすることにした。

 

 

「では、次に領土についてですが……」

 

 

ファナがそう言った瞬間、各国の代表の目がまたもギラリと光った。どうやら、彼らもそのことを狙っていたらしい。

 

 

「旧パーパルディア皇国によって属領にされていた73ヵ国の方につきましては、基本的には『旧領土の回復』でよろしいでしょうか?」

 

 

ファナがそう言うと、またも各国の代表が一斉に口を開いた。

 

 

「それだけじゃ満足出来ん!!」

「旧領土の回復は当たり前だ! それに加えて、我々への謝罪の意味を込めて領土を割譲しろ!!」

「出兵したのだから、領土の見返りは当たり前だ!」

「そうだそうだ!!」

 

 

またも、会議室が怒号に包まれた。ファナはそれを頭を抱えながら、頭の中で彼らの利権を裏に隠さないその姿勢に若干呆れていた。

 

 

──これはかなりの長丁場になる……

 

 

ファナはこの会議の重要性と、これから起こるであろう難航に頭を抱えた。

 



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第69話〜会議の終焉〜

50.000UA!
ありがとうございます!!


エスメラルダ会議は1週間にも及んだ。その間は何も進まず、議題は後回し後回しにされる。怒号が飛び交い、唾が飛び、利権を主張し合う。まさに「会議は踊る、されど進まず」と言った状況だった。

 

 

「それでは、エスメラルダ会議の7日目を開始したいと思います」

 

 

会議の7日目、丁度1週間が経った頃。議長のファナ・レヴァームはレヴァーム天ツ上間での話し合いをもとに、とある秘策を思いついていた。

 

 

「ここで早速ですが、我々神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は、『戦勝国の権利』を発動し要求をいたします。本要求は、パールネウス共和国だけでなく、リーム王国や72カ国連合や他の国の方々にも聞いていただきたい内容となっております。これから、その要求文を読み上げます」

 

 

そこまでファナが言うと、会議場でどよめきが沸き立った。まさか、今まで簡単な要求しかせず、自分たちの要求を押し付けてこなかったレヴァームと天ツ上が要求をするとは思っていなかったからだ。パールネウスだけではない、リームや72か国連合にまでもだ。

 

 

「一つ、自由パールネウス共和国とリーム王国は神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上と国交を結び、両国の保護下に入ること。

一つ、軍事力については国防軍のみを保有を許可し、制限を設けること。

一つ、神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の求める処に応じて、あらゆる分野における全ての技術を両国に開示すること。

一つ、国賊レミールの身柄は神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上に任せること。裁判権は両国へ全て渡すこと。

一つ、神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は今回の戦争で発生した捕虜265名を返還する。自由パールネウス共和国とリーム王国はこれを受け入れること。

一つ、自由パールネウス共和国とリーム王国は連合国に対して今戦争に関して公式に謝罪し、賠償金10億パソを支払うこと。支払い期限は中央歴1700年1月31日までとする。

以上の項目を、神に誓って実行すること。

それらが守られない場合、神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は自由パールネウス共和国とリーム王国に対し然るべき措置を取る事を御留意願いたい。

我々からの自由パールネウス共和国とリーム王国に対する要求は以上です。

そしてこれから、我々神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は73か国連合に対しても要求措置をとります」

 

 

会場からのざわつきは、どよめきに変わっていた。何しろ、自由パールネウス共和国だけでなく戦勝国であるはずの73カ国連合に対してまで、要求をされるのだ。驚かない方がおかしい。

 

 

「一つ、賠償金の分け前についてはレヴァーム天ツ上でそれぞれ1割ずつの計2割、72カ国連合に7割2分、残りは基地を提供してくれたアルタラス王国、シオス王国に全て渡すものとする。

一つ、自由パールネウス共和国の領土に関しては旧パールネウス共和国時代の領土──聖都パールネウスを最北端とした領土とし、73カ国連合が新たな領土を獲得することはこれを認めない。リーム王国に関しても同様とする。

一つ、第三文明圏内で各国が共同体を作り上げ、それぞれ同盟を結ぶこと。

以上が、我々からの73カ国連合に対する要求です」

 

 

各国の代表たちは一気に沈黙した。まさか、戦勝国自らが自分たちに要求を出すとは思わなかったからだ。しかも内容が内容である。

 

 

「失礼致します、ご意見よろしいでしょうか?」

「どうぞ、許可します」

「では発言します、クーズ王国のハキです。我々72カ国連合は旧パーパルディア皇国に属領とされ、何もかも奪われてきました。とても、新たな領土なしには国家を樹立して維持するだけの国力がありません。それに関しては、どうするおつもりでしょうか?」

 

 

クーズ王国のみならず、それは72か国連合の総意見であった。彼らはパーパルディアに蹂躙され、属領化されたときに全てを奪われてとてもじゃないが国家を樹立、維持していけるだけの余裕がないのだ。

 

それなのに新たな領土も無し、賠償金の分け前も決められてしまっては、立ち行かなくなる。もしかしたら、それが原因でレヴァーム天ツ上に恨みを持ってしまうかもしれなかった。

 

 

「はい、ありがとうございます。実は、共同体形成の案はそのため措置になります」

「そのための措置?」

「はい、余裕のない各国が共同体として手を組むことでその問題を解決いたします。経済、産業、軍事、全てを協力し合うことで、文明国に対抗するのです」

「な、なるほど。わかりました、ありがとうございます」

 

 

ファナが提唱したのは、実質的な同盟案である。72か国連合がいくつかの共同体を作ることで、文明国ですら対抗することのできる共同体を作り上げるのが、ファナの目論見だった。

 

 

「それでは、我々からの要求を提示したので、我々神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上は本議場から退室させていただきまます」

「「「「「え?」」」」」

 

 

各国代表がその発言に驚き、口をパクパクとさせた。

 

 

「あとは、皆様でお決めください。それでは」

 

 

そう言って、レヴァームと天ツ上の代表たちは議事堂から去っていった。コツコツと歩く音が議事堂に響き渡る。73か国の面々は、唖然としていた。

 

その後、73カ国連合はようやくまともな話し合いをし始め、それぞれの今後について話し合った。共同体は全部で7つ出来上がり、それぞれが手を組み合って文明国に対抗する形となった。

 

ファナは戦勝国の権利を発動することで、72か国連合の面々の言い争いを黙らせたのだ。そして、自分たちの意思で話し合いをさせることを提示させた。

 

この偉業はのちの歴史書にも刻まれ、『多数の意見が飛び交う場面を制する権力者の声』という意味で「聖母の一声」ということわざが生まれた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

エスメラルダ会議が終了し、一息をつくファナ・レヴァームであったが、その前に宮殿でとある人物と面会していた。

 

 

「お久しぶりでございます、ルディアス陛下」

「こ、こちらこそ! 久しぶりであるな、ファナ殿下殿!」

 

 

そう、会った相手は自由パールネウス共和国の樹立を宣言したルディアスであった。鼻の下を伸ばしてぎこちない笑顔を作るルディアスと、それに微笑むファナ、二人は対面する形で座っていた。

 

 

「その……ファナ殿下殿。ひとつ聞きたい事があるのだが……」

「はい、なんでしょうか?」

「これで戦争は終わったが、私の処遇はどうなるのだ?」

 

 

ルディアスはその疑問を口にした。ルディアスはパーパルディアの滅亡に直接関わっていないものの、今まで属領を虐げて来た張本人だ。公式に謝罪をしたとはいえ、未だ許されるとは思えない。そのため、自分の処遇がルディアスは気になるのだ。

 

 

「はい、貴方にはこれから自由パールネウス共和国の復興に努めていただきます」

「パールネウス共和国の復興に?」

「はい、貴方は言うなれば今回の戦争の被害者です。クーデターで実権を奪われて、幽閉された。そのため、政界へ復活する場合は大臣として活躍してもらいます」

「大臣として?」

「はい、新たなパールネウスは皇族が政治を行わない共和国です。ですが、貴方は元皇族という立場で大臣として活躍してもらうことでしょう。そう、国民の選挙で選んでもらいます」

 

 

ファナが言っているのは、自由パールネウス共和国の行く末を決める初の選挙への出馬の打診だった。

 

 

「貴方には、トップよりも総裁の方が向いています。もし貴方が大臣となれば、パールネウス共和国はより良い国になることでしょう」

 

 

パールネウス共和国は共和制だ、皇族の名を使って政治を行う事は無い。代わりに、選挙に出馬して政治に参加することはできる。

 

 

「選挙か……私は選ばれるだろうか……」

「それは貴方次第です。選挙でわからない事があれば、立憲君主制の天ツ上の人に聞いてみるのもよろしいかと」

「そうか、なら挑戦してみよう。必ず大臣となって、パールネウス共和国を導いて見せる! 約束をしよう!」

「はい、楽しみにしております」

 

 

そう言ってルディアスはファナとの約束をした。彼の約束を、ファナは快く了承する。

 

 

「そうだ……私はパールネウス共和国を導き、そしていずれは世界最強の国家に……」

「ルディアス殿」

 

 

ファナは、野望を唱えようとしたルディアスを制し、一言告げる。

 

 

「もし、自由パールネウス共和国で何かをしようとした時は、レヴァームの監査局が飛んできます。分かっていますね?」

 

 

ファナは、にっこりと笑いながらルディアスにそう語りかけた。その目線は冷たく、ルディアスの背筋を凍らせた。

 

 

「わ、分かっている……大丈夫だ……! 私に限ってそんなこと考える筈がない、安心してくれ」

「ふふっ、それは良かったです。では、ご期待しておりますよ」

 

 

そう言ってファナは一礼し、ルディアスのいる部屋を去っていった。終始ニコニコとした笑顔がルディアスの目に刺さる。

 

 

「ハハハ……釘を刺されたか……彼女の為にも、疾しいことを考えるのは止めよう」

 

 

ファナに釘を刺され、そう改心したルディアスであった。

 



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第70話〜それぞれの終焉〜

活動報告を更新しました!
よければ是非、ご覧ください!


第二文明圏、列強ムーのさらに東にある大帝国、グラ・バルカス帝国。

 

レヴァームと天ツ上同様、突如としてこの世界に現れ、瞬く間に周辺国を併呑している。ついには第二文明圏のパガンダ王国、さらに列強レイフォルを軍艦たった一隻で制圧するという伝説級の大戦果を遂げた。

 

この世界の人々にとっては恐怖の象徴となり、一部では神聖ミリシアル帝国よりも強いと噂されている。

 

そんな世界の注目を集めるグラ・バルカス帝国の帝都ラグナの中心地、帝王府で、国の繁栄を自室で眺めながら考えにふける男が一人。

 

 

「この世界は──我々に何を求める?」

 

 

帝王グラ・ルークスは、まるで自問自答するように呟いた。窓から見える景色は曇に曇っており、先がぼやけている。これは、雲でもなんでもなく、排気ガスによるものだ。

 

帝都ラグナには工場が立ち並び、自動車が多数走っている。それらが排気ガスを作っていることは帝都の人々にも理解できていた。しかし、これは繁栄の象徴、機械文明の技術の高さの象徴である。

 

国ごと転移などという、バカげたことが現実となったのは、記憶に新しい。前世界『ユクド』と呼ばれた星で、最大の勢力を誇ったグラ・バルカス帝国。前世界では、エーシル神を祀りし『ケイン神王国』と世界を二分し、戦争を行なっていた。

 

生産力、資源力、そして軍事力。そのどれを比べてもグラ・バルカス帝国が勝利することは、誰の目でも明らかだった。

 

しかし、ケイン神王国は決死の攻勢に出て属領、植民地を次々と解放していった。海上でも熾烈な航空攻撃に晒された軍艦も多い。

 

空では、ケイン神王国のエース飛行士によって翻弄されていた。ケイン神王国のエース飛行士の事は皇帝グラ・ルークスの耳にも入っており、彼の活躍に期待を寄せていたほどだ。奴の活躍を見れないのだと知ると、少しだけ寂しくなる。

 

 

「奴は今頃どうしているか」

 

 

そして、あまりに突然起こった国家転移と呼ばれる現象により、グラ・バルカス帝国は属領、植民地を除く帝国本土のみがこの世界へと来てしまった。

 

広大な土地を失ったが、本格侵攻、上陸作戦の準備のため、ほぼ全ての大部隊を本土に一時的に帰国させていたことが幸いし、戦力のほとんどは失われなかった。

 

変な星に転移し、国内も行政府も一時は混乱した。だが、東を向けば、眼前には広大な土地と貧弱な武装の現地人達。優位性は明らかで、皆歓喜した。

 

転移当初、グラ・バルカス帝国は周辺国と敵対する理由は政府にはなく、慎重論が多かった。そのため、話し合いによる国交成立という講和政策が模索された。

 

その後、手探りの外交が始まったが、行く国行く国全てが、グラ・バルカス帝国よりも程度が低いにもかかわらず、「文明圏外」と侮られて遅々として進まないでいた。

 

痺れを切らした講和政策立案者の皇族が、わざわざ足を運んだところ、「礼を知らない文明圏外の蛮族」と罵られ、これに反論しただけで不敬罪として処刑されてしまった。

 

 

「愚かなことよ」

 

 

この一件がグラ・バルカス帝国の怒りを買い、この世界で緩和政策を推進しようとする者はいなくなった。

 

まず、皇族を処刑したパガンダ王国を、報復として艦隊で海路を遮断して三日三晩に渡る航空攻撃を仕掛けて完全に攻め滅ぼした。

 

続いて第二文明圏の各国にも戦線布告し、世界で五本の指に入るという列強国レイフォルも、たった一隻の戦艦で降伏させた。この世界では、文明圏外国家も列強国も、帝国の前では等しく弱小国に過ぎない。

 

 

「だが、奴らは違う」

 

 

しかし、二つだけグラ・バルカスに匹敵するような国があるという。東の果てに、戦艦を空に浮かべたという国、レヴァームと天ツ上。帝国ほどではないだろうが、それでもこの世界を楽しませてくれるかもしれない。

 

グラ・ルークスはいずれ世界を統治する存在だ、グラ・バルカス帝国の覇は止まらないだろう。しかし、グラ・ルークスはそんな中でも自分を楽しませてくれる存在を探していた。

 

 

「海猫」

 

 

その中でも、海猫の存在が気になる。ユクド世界で三人しか成功させていない「コメット・ターン」を成功させた飛行士。

 

 

「奴は、私を楽しませてくれるか?」

 

 

この世界での、新たなエース。空戦場に由縁があったグラ・ルークスにとって、今すぐにでも活躍を聞きたかった。

 

 

「まったく……滑稽な世界よ」

 

 

グラルークスは世界を統治する夢を見た。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

通信室が立ち並んだ部屋の隣にある、高級な調度品が並んだ格式が高そうな部屋。この情報局の長の部屋に、ノックの音が響き渡る。

 

 

「……入れ」

「閣下! レヴァームと天ツ上に関する総合分析報告書ができました! 報告と決裁をお願いいたします!」

 

 

閣下と呼ばれ男、情報局局長バミダルは部下のナグアノから報告書を受け取る。分厚い封筒に入れられた報告書を開け、その中身を見る。

 

 

「やはりあの飛行戦艦は陸上を通って活動していました。やはり、彼らは戦争慣れしている近代国家です!」

「ふむ……やはりそうか。戦艦が空を飛んでいる仕組みについては、何か分かったか?」

「いえ、技術者も連れて考察してみましたが、どう考えても飛行力学を無視して飛んでいます。やはり、飛行船の類かと思われます」

「うむ……だとすると装甲や武装は弱いのかも知れんな」

 

 

バミダルはレヴァームと天ツ上の飛行戦艦についての考察を深める。

 

 

「海猫に関する新たな情報は?」

「はい、奴は400騎のワイバーンと一騎討ちで対峙し、それをたった一人で殲滅させました」

 

 

ナグアノはそう言って、感動とも関心とも取れないような声を上げる。海猫に関する調査は、グラ・バルカス帝国の方で行われていた。しかし、あまりに遠すぎることと海猫が中々表舞台に出なかったせいで淡々として進まなかったのだ。

 

 

「な、なんと……! トカゲ相手とはいえ400対1で勝てるとは……やはり奴は我が国の『一角獣』並みの化け物だな」

「はい、奴に勝つにはやはり『一角獣』を投入するしかないでしょう。我が国の覇の邪魔になります、早急に抹殺するのが吉かと」

「『一角獣』に良い土産話ができた、奴は好戦的らしいからな」

「それから、閣下。エストシラントに居た諜報員からこんな写真が上がっています」

「? これは……」

 

 

ナグアノが提示したのは、いくつかの白黒写真。それも、どれも残酷な死体を写した写真であった。

 

 

「レヴァームと天ツ上はエストシラントに上陸後、市民を虐殺しています。これは外交交渉に使えるやもしれません」

「なるほど……中々酷いことをするもんだ。これは外務省に渡しておく、今から追加の現像を取っておけ」

「はっ!」

 

 

彼らは様々な準備を始める、全ては世界の覇権を握る為に。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ロデニウス大陸の旧ロウリア王国にたどり着いた。軍人の付き添いで両親に挨拶をし、護送車に揺られてとある場所にまで揺られるという。

 

護送車に揺られるターナケインは、自分がどこへ行くかだいたい分かっていた。自分は英雄シャルルを殺そうとした大罪人、レヴァームと天ツ上がそのままにしておくわけがない。自分はこれから、どこかの収容施設へと入れられるだろう。

 

 

「いいさ、自分でやったことだ。覚悟はできている」

 

 

ターナケインはそう考えていた。自分の中で、自分のやってしまった罪と向き合った結果である。もう、心残りは無い。

 

 

「着いたぞ」

 

 

対面する看守の人間がそう言うと、護送車が止まった。

 

 

「それでは、手錠を外します」

「え?」

 

 

ターナケインはその看守の言葉に、思わず疑問を持った。言われるがまま手錠を差し出して、外してもらう。晴れて自由の身になったターナケインは、そのまま看守についていく。護送車を出ると、そこには見慣れた光景が映っていた。

 

 

「ここは……!」

 

 

ダイダル飛空学校、かつてターナケインがシャルルと切磋琢磨して来た飛行学校、そのものだった。

 

 

「ターナケイン」

 

 

自分を呼ぶ声がする。振り返ると、そこにはかつて自分が憎んでいたシャルルの姿があった。

 

 

「シャルルさん……これは一体……」

「僕の計らいだよ、行こう」

 

 

計らい、と言う言葉にターナケインは疑問を感じたが、すぐさま気を取り直してシャルルについていく。シャルルの隣では、メリエルがターナケインにウィンクをしていた。そのまま飛空学校の一角、格納庫の一つにシャルルとターナケインはたどり着いた。

 

 

「ターナケイン、これから君の表彰式を行うんだ」

「ひ、表彰式?」

 

 

訳がわからず、ターナケインは疑問を投げ返した。自分は英雄シャルルを殺そうとした大罪人、それなのに手錠を外されて表彰とはどう言う事だろうか?

 

 

「シャルルさん、これは一体……?」

「実は……僕が根回しをして軍部を説得したんだ。ターナケインを許してもらうように、って」

「!?」

 

 

ターナケインはそれに驚く。

 

 

「シャルルさん、頑張ったんですよ。上の人に『ターナケインを処罰するなら、自分は飛空士を辞める!』って脅して、説得したの」

「ちょ、メリエル……」

「それから、『ターナケインを裁くくらいなら、自分の上司としての責任を裁け!』って」

「うぅ……恥ずかしいから……」

「シャルルさん……」

「それから、ここだけの話。シャルルさんは目撃者の人たちを買収したり、ネクサス飛空隊のメンバーに頭を下げたりして口裏合わせもしてもらってたんです。そのおかげで、ターナケインの処分は保留になったの」

「…………」

 

 

ターナケインは悟った。シャルルが自分のためにあちこちを回って、ターナケインを処罰しないように説得を続けていたことを。それを思うと、どれだけ恥ずかしいことか。自分がやった行いのために、それだけ尽力してくれた事が、申し訳なくなる。

 

 

「シャルルさん」

「ん?」

「ありがとうございました、私のためにここまで尽力してくれて」

 

 

ターナケインは思わず頭を下げてお礼をする。これだけじゃ足りないくらいの事を、シャルルはしてくれた。感謝しても仕切れない。

 

 

「良いって、大したことはしてないし……」

「あなたを殺そうとしていたのに、俺は……なんとお礼をしていいのやら……」

「……じゃあ、ひとつだけお願いがあるんだけど」

 

 

シャルルはそう言って、ターナケインに向き直った。

 

 

「僕の列機として、これからも一緒に飛ぼう。それを約束してくれないかな?」

「は、はい! もちろんです!」

「私も私も!!」

 

 

ターナケインはそう言って、彼と約束をした。メリエルもそれに加わり、一緒に誓いを立てる。後にこの世界を変えることとなるとある飛空士三人の誓約が、今結ばれた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

春の日差しが降り注ぐ暖かな陽気。レヴァームのとある収容施設の一角で、一人の人間の人生が終わらせられようとしていた。銀髪の長い髪を携えた、一人の女性。彼女はパーパルディアを滅亡に追いやった女性、レミールその本人であった。

 

彼女は十字の柱に縛られて括り付けられる。作業は五分とかからない。そして、自動小銃を持った集団が銃を掲げていた。

 

 

「何か言い残すことは?」

「ない」

「そうか……遺体は焼却して近くの墓に埋める。墓荒らしは寄せつけないから安心してくれ」

「分かった」

 

 

レミールは俯いた顔で小さく頷いた。

 

 

「構え!」

 

 

自動小銃を持っていた集団が、レミールにその銃口を向ける。その時、レミールはその口を開いた。

 

 

「撃てぇっ!!」

 

 

トリガーを引く乾いた音と、銃声の冷たい音が、その春の場に響き渡った。ここに、パーパルディア皇国を滅亡に追いやった狂犬、レミールは処刑された。

 

のちの歴史書には、レミールの存在は「史上最凶の悪女」として名が連なっている。しかし、彼女の墓にはこう書かれている。

 

 

『のちの歴史書を見た人々にこれを見てほしい。彼女は決して全てが悪いわけではない。彼女だって人間だ、すれ違いや行き違い、間違いがある。それが、例え国のトップの女性が相手でも。どうか、彼女が安らかに眠れるように願って欲しい』

 

 

誰が書いたかは分からない、処刑を命じた裁判官か、墓を作った人間か、それとも看守か。今となっては闇に葬られている。

 



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閑話休題〜ほのかな優しさ〜

ここからは番外編です。


「これは一体どういう事ですか!!??」

 

 

神聖レヴァーム皇国、首都エスメラルダ。その宮殿の会議室にて、執政長官ファナ・レヴァームの怒号が飛んできた。彼女の手には、ナミッツから上がってきた報告書が握られていた。

 

 

「……長官、それは事実です。空母から発艦した護衛機や爆撃機の飛空士達が命令違反をし、勝手にエスシラントの市民を虐殺していたのです」

「まさかこんな事があるなんて……虐殺をしていたことが知られたら、各国からどう思われると思って……その飛空士達は特定できているのですか?」

「はい、海猫機以外のほとんどの機体がこの虐殺に関与していた事を、指揮官機が報告に上げています。監査局が手を出せば、すぐさま割れるでしょう」

 

 

ファナはそこまで言われて、納得したようにストンと席に座った。久しぶりに怒号を上げたせいで、頭が痛い。いや、これはおそらく怒号を放った事だけが原因ではないのだろう。

 

 

「……わかりました、その飛空士達に関しては相応の処置を取って下さい」

「分かりました、お任せください」

 

 

ファナは頭を抱える。今夜は頭痛が耐えなさそうだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

軍事パレード、それは戦勝国によるプロパガンダのようなものである。勝った国として軍事力をアピールし、国民を勇気付ける。軍事パレードというのはそういうものだ。

 

ただし、今回のパレードは敗戦国であるパールネウス共和国の首都エスシラントで行われた。

 

戦車が街道の大通りを歩み、歩兵が規律正しく整列して行進する。その姿は、レヴァームと天ツ上の軍事力を誇示していた。彼らは、これから第三文明圏の覇者となる。それを見ていたエスシラントの市民達は、恐怖に震えた。

 

 

「はぁ……」

 

 

パレードが終わり、それぞれの軍人達が散り散りになって行った時。フィーリー号の副操縦士アリサ・サマーヘイズは大きくため息を吐きながら、薄暗いエスシラントの街を歩いていた。

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

 

その傍ら、付き添いのボブ・オックスマン軍曹は新人のアリサを心配する。

 

 

「今日もフィーリー号の中で蹲っていたじゃねえか。何が怖いのかなんとなく分かるけどよ。気にすんなって。しょうがなかったんだからさ」

「はい……そのつもりです……」

 

 

アリサは戦争後、PTSDを発症していた。エスシラント戦でのショックがあまりにも大きかったせいで、彼女の心は蝕まれていた。

 

 

「あと、最近寝ていないんだから無理すんなよ?」

「はい……」

 

 

今でも、市民が突撃してくる様子が夢の中に映っている。彼女はその悪夢のせいで眠れなくなり、ここのところ不眠症になっていた。

 

 

「おい、テメェ。金目のものはないのかよ?」

「や、やめて下さい……」

「?」

 

 

と、夕方の薄暗い街を港に向かって歩いていた時に、突如裏路地からそんな声が聞こえた。誰かが言い争うような声。それを聞き、アリサとボブはその裏路地の壁に背をつけて、その様子を探った。

 

 

「チッ! さっき店で何か盗んでただろ! それをよこせ!!」

「で、ですからありませんって……」

 

 

そこには、三人の少年がいた。いや、二人の少年に集られている小さい子供は、声的には男の子なのだろうが、見た目は少女の様だった。長くボサボサに伸びた髪に、ボロボロの服。黄色の髪色と目、そして少女の様な顔つき。

 

一方の不良と思しき少年たちは、その彼の胸ぐらを掴んで脅している。少女のような少年の方は、明らかな被害者であると推測できる。おそらく、何かの恫喝だろう。

 

 

「ッ!!」

 

 

アリサが駆け寄って止めようとする。駆け出して行こうとした時、ボブ軍曹が肩に手を当てて止めた。

 

 

「軍曹! なんで止めるんですか!?」

「アリサ、この世をうまく生きたいなら面倒事にはあまり関わるな。身が滅ぶだけだ」

「でも!!」

 

 

そう言っている間にも、事態は急転していく。不良少年が、少女の様な少年を押し倒して乱暴をしようとしていた。

 

 

「仕方ねぇ、何もないならここでヤッてやるよ! お前女顔だしなぁ!」

「へっ、違いねえ」

「や、やめて!! いや! いやぁ!!」

 

 

その様子を見て、アリサはいつの間にか駆け出していた。ボブ軍曹の静止を振り切って駆け出す。

 

 

「お、おいアリサ!!」

「ハァァァァァァ!!!」

 

 

助走を付けたアリサの右ストレートが、不良の少年の顔面に突き刺さった。

 

 

「グァッ!!」

 

 

不良少年の一人は、そのまま吹き飛ばされて裏路地の地面を転がる。煤が少年の体に付き、すすり傷と顔にあざができる。

 

 

「痛ってぇ……なんなんだテメェ!!」

「それはこっちの台詞よ! こんな小さな子に乱暴するなんて、許さないから!!」

「こいつ……!」

「お、おいアリサ!」

 

 

後から駆けつけて来たボブ軍曹も加わり、2対2となって睨み合う。あちらは不良だが、こちらは現役の軍人。アリサ達に分があるのは明らかだが、少年たちはそれに気付いていないのか、一切引かない。

 

 

「上等だ! どうせこのエスシラントには警察がいなくなったんだ! テメェらから殺してやる!!」

 

 

不良少年は一気に距離を詰めてくるが、アリサは戦闘ポーズを構えて不良少年の右ストレートを避け、カウンター気味に腹に一発お見舞いしてやった。

 

 

「グッ……」

 

 

少年はそれで吹き飛ばされるが、そのまま立ち上がる。が、不利と悟っているのかそのまま後ずさりする。

 

隣では、ボブ軍曹が不良少年の顎に右掌手を叩きこむ腕を引き寄せて、右肘を鳩尾に叩き込み、掴んだ手を捻りながら地面に叩きつけ、右足で首元を押さえて拘束している。

 

 

「テメェら……誰かと思えばレヴァーム人か!?」

「ええそうよ! 何か文句でも?」

「テメェらのせいで俺たちは家族全員を失ったんだ! 絶対許さねぇ!」

 

 

流石にこんなことをやる人間に、同情は湧かない。アリサはまたしても構えを取る。一方、不良少年は懐からナイフを取り出してアリサに突撃して来た。アリサは一瞬たじろいだが、臆することなく対応する。

 

上体を逸らし、急所を守って少年のナイフを持った腕を掴む。少年の持ったナイフがポロリと落ちたところを、右手で掴み取る。

 

 

「!?」

 

 

その時だった。不意にアリサの目の前が眩み、視界がぼやける。不眠症の症状だった、彼女を蝕んでいた不眠症はこの戦闘の最中にも猛威を振るった。

 

 

「うわっ!!」

 

 

そのまま、ナイフを逆手に持った状態で少年の足を引っ掛けてしまい、転ばせる。そしてアリサは少年を押し倒す形で前に倒れ込んだ。

 

 

──グサリ……

 

 

何かが、突き刺さる音が聞こえた。冷たい地面の感覚と、肉を貫く様な感覚がアリサの手元に伝わって来た。

 

 

「え?」

 

 

思わず拍子抜けた声を上げる。手元に血が滴り、ナイフが押しつけられる。

 

 

「グァッ……ァァ……」

 

 

呻き声を上げる不良少年。その胸元にはぐっさりとナイフが突き刺さっていた。それを見た途端、アリサの目の前が血で滲むような感覚に陥る。

 

 

「あぁ……ぁぁ……」

 

 

アリサの記憶がフラッシュバックする。『この世の地獄』と呼ばれたエスシラント上陸戦、その中でアリサはフィーリー号の乗員を務めていた。車載機関銃で武器を持った市民を撃たざるをえない、あの状況。市民の泣き声、武器を持って走ってくる子供。

 

 

「ッ!!」

 

 

ナイフが突き刺さった不良少年を見て、それを思い出してしまった。アリサは思わず、押し倒した姿勢から立ち上がり、裏路地から逃げ出した。

 

 

「お、おいアリサ!!」

 

 

 

ボブの止める声が聞こえる。しかし、アリサは走るのをやめなかった。

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 

ある程度走ったところで、別の裏路地の中に入る。そこにあった木箱の上に腰掛け、気持ちの整理をつける。

 

 

「なんで……こんな……」

 

 

アリサはPTSDが完全に治っていなかった。今回のように血を見てしまうと、あのエスシラントの記憶がフラッシュバックしてしまうのだ。

 

 

「お姉ちゃん……?」

 

 

と、思い悩んでいたその時。アリサの近くで自分を呼ぶ声らしい声が聞こえた。思わず振り返る。ボブ軍曹かと思ったが、本当は一見見たことのない少女であった。

 

しかし、アリサはその子が先ほどの少年だと知った。ボロボロの服、黄色の髪色と目、長くボサボサに伸びた髪、そして少女の様な顔つき。先ほど被害に遭っていた少年であった。

 

 

「!?」

 

 

しかし、それを理解してもアリサはかつての記憶がフラッシュバックした。この少年に似た女性を、自分は機関銃で殺していたからだ。

 

 

「嫌! 来ないで!!」

 

 

思わず拒絶する、彼を見ていたら自分がどうにかなってしまいそうだった。耳を手で塞ぎ、目を瞑って現実を見ないようにする。

 

 

「お姉ちゃん……」

「来ないで! 私は貴方達を殺したの! 殺人者なのよ!! だから……だから……!」

 

 

と、そこまで言おうとしたその刹那、温かい感触がアリサを包んだ。拍子抜けて、目をゆっくりと開ける。少年がアリサを包み込んで優しく撫でていた。

 

 

「お姉ちゃん、辛かったね。僕もお父さんやお母さん、お姉ちゃん達が戦争で居なくなっちゃってさ。辛い気持ちは分かるよ……」

「でも……でも……私は……!」

「お姉ちゃんだって悪くないよ、レヴァームの軍人さんなんでしょ? 軍人さんならしょうがないよ……」

「うぅ……うぅぅ……」

 

 

アリサは彼からの励ましを受け、思わず泣いてしまった。年下の少年の前で泣くのは、カッコ悪いとしか言いようがないが、今のアリサには関係なかった。ただ彼のほのかな優しさと温もりに、心を打たれたのだ。

 

 

「アリサ……」

 

 

声がして振り返ると、泣いていたところをボブ軍曹に見られてしまったようだった。彼は苦笑いでこちらに微笑みかける。

 

 

「ごめんなさい軍曹……少し励ましてもらってました……」

 

 

アリサは目から溢れ出た涙を拭いながら、ボブにそう答えた。

 

 

「少年、ありがとな。うちの隊員を励ましてくれてよ」

「うんん、お姉ちゃんが寂しそうだったから」

 

 

ボブは少年と同じ目線にまでしゃがみ、そう語りかける。

 

 

「そうかそうか、お前俺より早く来ていたがどこから来たんだ?」

「裏路地を通って来たの。ここ全部繋がっているから」

「そっか、よく知っているんだな」

 

 

思わず感心する、彼はおそらくこの裏路地に住んでいる少年だ。家族が戦争で皆死んでしまったせいで、いく当てがないのだろう。それで仕方がなく、物を取って生きている。アリサはそれが悲しくなった。

 

 

「ねぇ、君……家はどこ?」

「お家は戦争で焼けちゃった……だから、ここで暮らしているの」

「…………ねぇ君、私と一緒に暮らさない?」

「え?」

 

 

アリサは突然、そんなことを言い始めた。

 

 

「ごめんね、なんか君を放って置けなくて……こんな子が家族も亡くなっちゃって、一人で生きているなんて悲しくてさ……」

「…………」

「だからさ、君がよければでいいんだけど、私と一緒にレヴァームで暮らさない?」

「……いいの?」

「うん、私が稼いで養ってあげる」

 

 

アリサは木箱に座りながら、優しく語り掛けた。

 

 

「うん、行くよ。お姉ちゃんと一緒に暮らしたい!」

「ありがとう! お姉ちゃん嬉しいよ!」

 

 

アリサは思わず、少年を抱きしめて頭を撫でる。アリサの目には、再び涙が滲んでいた。

 

 

「私はアリサ、君の名前は?」

「ユイリ、ユイリって言うの!」

 

 

少年──ユイリは笑顔でそう答えた。声は少年のそれだが、長い髪と少女のような可憐な容姿が女性を思わせた。

 

 

「なあ、ユイリ。これをつけてみたらどうだ?」

 

 

見かねたボブが差し出したのは、髪飾りと思われる綺麗な花の髪飾りだった。

 

 

「あの戦争で死んじまった女性のものなんだが、勿体なくてな。今まで預かっていたんだ」

「!? これってお姉ちゃんのと同じの……」

「……そうか、縁があるんだな」

 

 

それを聞いて、アリサとボブは少し申し訳なくなった。ユイリはその髪飾りを取ると、右側の髪の毛に付けて、こちらに見せびらかす。

 

 

「どう?」

「……うん、似合ってるよ。本当に女の子みたい」

「えへへ、ありがとう!」

 

 

ユイリは思わず笑みを溢す。その笑みが、アリサの傷ついた心を癒して行った。

 

 

「……決めました軍曹。私、この子を精一杯育てます。それが、罪滅ぼしになるのなら……」

「ああ、その方がこの子の為になる」

 

 

笑顔で微笑みかけるユイリを見て、アリサとボブの二人はそう決心した。その後、なんとか一命を取り留めたあの不良少年からイチャモンをつけられたが、それを見ていた証人のボブ軍曹の発言によりレヴァーム当局は『自衛』と認められた。

 

そして、ユイリはアリサに養子として引き取られ、レヴァームのアリサの家族の家で暮らすこととなった。

 

ほのかな優しさが、アリサを救った瞬間だった。

 



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閑話休題〜学びと苦難と暴走〜

今回の話、元ネタであるクローサー様の許可をいただいております。
『空雷』『かんしゃく玉』これが好きと言う方だけ残ってください。















なんで誰も出ていかねぇんだチクショーメー!!!!


ムー国の技術士官マイラスと、戦術士官のラッサンは、とある巡空艦の艦内の椅子に腰掛けて話し合いをしていた。時に、中央暦1月19日の事、エスシラントが占拠された当日である。

 

 

「マイラス、レヴァームと天ツ上、お前からはどう写る?」

「どうもこうも、我々とは技術が進みすぎていて、恐ろしく感じるよ。揚力装置や水素電池スタックの構造や材料なども分からなかった上に、陸軍にも戦車や飛空揚陸艦といったムーでは全く概念のない兵器が沢山あった。学ぶことが多すぎて困るくらいだ」

 

 

レヴァームと天ツ上の実力は、彼らに衝撃をもたらしていた。まず最初に、戦艦の射撃について。

 

ムー海軍の戦艦では、それぞれの主砲塔がそれぞれのタイミングで発射を行う発射方式をとっている。それに対して、レヴァームと天ツ上では一撃ごとに一斉発射している。それがまず学べる点だ、これなら散布界を使って命中精度を高められる。

 

そして、砲の威力。聞いたところによると、今回最初に搭乗したエル・バステル級戦艦の主砲塔口径は46センチ。それだけで、ムーのラ・カサミの主砲よりも1.5倍以上ある。これは、技術の成熟を待つしかない。

 

そして、他にも学べる点は多かった。

 

『潜水艦』と呼ばれる、海に潜る兵器。海中や空中を進む、『魚雷』と『空雷』という爆弾兵器。そして、エストシラントの上陸戦で見た『戦車』という陸戦兵器。

 

そのどれもが、現在のムーの技術を駆使しても作れるかどうか怪しい。レヴァームと天ツ上の技術力はまだほんの一部で、技術的優位は全くないということに気付かされる。

 

二人はレヴァームと天ツ上が味方であることを安堵し、これからの関係性を保って行くように上に進言しようと決意した。彼らがいれば、グラ・バルカス帝国にも対抗できよう。

 

 

「そうか……俺は戦術が根本的に違うことに驚いている。我が国の艦隊でもパーパルディアの艦隊は撃滅できよう、けれども今回の戦争に出てきたような飛空戦列艦に対抗するには、やはり空を飛ぶしかない。彼らは、その空での海戦に慣れている」

「ああ、それは私も思ったよ。彼らは言うなれば『空のスペシャリスト』だ。いずれ、世界の空は彼らに支配されるかもね」

「彼らの態度からしたら、それは無いだろう。まあ、だけどやる気になればやれるというのは、やはり考えられるな」

 

 

マイラスとラッサンは、彼らが空を支配した時のことを考えて若干身震いした。

 

 

「それから……エストシラントで見た便衣兵という存在。あれは我が国にとっても脅威だな」

 

 

ラッサンは次の話題をマイラスに持ちかけた。彼らも、便衣兵の存在はしっかりと記載していた。

 

 

「ああ、我が国ならパーパルディアの正規兵とも戦って勝てる自信があるが、市民が武装しているなんて想定外だ」

「兵士への負担が大きくなるし、不意打ちだって食らうだろう。ゲリラ戦、馬鹿にしていたがこれは禁止条約が欲しいところだな」

 

 

マイラスとラッサンはパーパルディアがけしかけて来た便衣兵という存在に、恐れを抱いていた。市民が武装してくるという想定外の事態に、果たして兵士たちが耐え切れるだろうか?

 

 

「だが、今回の派遣で兵器の概念、進むべき方向性が見えた。ここを見ろ」

 

 

マイラスは艦内にあった兵器の本、そのある部分を指差した。

 

 

「魚雷という兵器、水中を進んで喫水線下を攻撃するなんて考えもしなかったが、初歩的なものなら我が国でも作れるかもしれない……まあ、レヴァームと天ツ上のそれに比べれば性能は落ちるだろうけど、ね。レヴァーム天ツ上と付き合いが続けば、いずれはミリシアルをも超えることができる」

「ほう。ちなみにグラ・バルカス帝国はどうだ?」

「……分からない。我が国と同じ科学文明を持っていて、現時点でムーとの技術格差は50年以上だということ以外は情報がないからね」

「確かに、判断材料が少なすぎるから……」

「それに相手も進化するし……国力も不明とくれば、超えられるかどうかは断言できないよ」

「そうか……それもそうだな」

 

 

彼らの議論は、深夜まで続く。彼らもまた、学んでいる人間の一人なのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖レヴァーム皇国と神聖ミリシアル帝国は国交を成立させてから、技術士官や技術者をお互いに派遣した。その中には、レヴァームで開発中のDCジェットエンジンの開発をしていた技術者もいた。

 

ミリシアルがジェット機を開発運用しているという情報は、もちろんレヴァームにも伝わっていた。それを最初は脅威に思っていたが、だんだんと薄れていった。

 

技術者を派遣してみたところ、ミリシアルで採用されている『魔光呪発式空気圧縮放射エンジン』、通称『マジック・ジェット』というものは現在開発中のジェット・エンジンと同じような物だった。

 

が、何故かその速度は最新鋭機である『エルペシオⅢ』ですら600キロに満たなかった。自信満々に見せられたエルペシオⅢの飛行速度は、アイレスVよりもはるかに遅く、最高速度は530キロほど。

 

この最高速度は、かつてレヴァームで採用されていた『アイレスⅡ』とほぼ同じ速度である。それどころか『アイレスV』の720キロに負けている。ジェットの実物はもっと速度の出るものだと思っていた彼らにとっては、疑問を呈するものだった。

 

そして、いよいよ技術交流が始まった。ミリシアルの『ジグラントⅡ』という機体を使って、両国の技術力の違いを考えるものだったのだが……

 

 

「一体なんなんだこの機体は!?」

 

 

その『ジグラントⅡ』は異質すぎた機体だった。ジェットエンジンを採用しているにもかかわらず、最高速度は510キロ程しか出ず、おまけにジェットエンジンとは思えないような変な音までする。

 

ミリシアルの技術者によると、あまりに速度が出ないためムーからインスピレーションを受けてテーパー翼を採用しているらしい。エンジンがおかしいから機体を改良した辺り、機体構造が問題ではなさそうだ。

 

 

「なんでこれ速度が出ないんだ!?」

 

 

このマジック・ジェットは古の魔法帝国と呼ばれる古代の技術を使用しているそうだ。しかし、どう見てもレヴァームが開発しているジェットエンジンよりも効率が悪く、見ていたらこっちの研究まで妨げられそうだった。

 

そして、原因がわからずにお手上げ状態になった時、レヴァーム本国からとある通知が来た。

 

 

「こいつらの研究を手伝えって!?」

 

 

レヴァームはミリシアルとの関係を良くするため、レヴァームの技術者達にミリシアルの技術者の手伝いをさせるように命令したのだった。

 

 

「なんでせっかくのジェット機なのに機銃が翼にしかないんだ!? 馬鹿なのか!?」

 

 

エルペシオやジグラントにはジェット機なのにもかかわらず、機首に機銃が一門もなかった。さらに、次々と問題点が明らかになっていく。

 

 

「主任! 変な音の原因がわかりました!!」

「なんだ!?」

「出力に対してファンが短すぎるんです! なんかにぶった斬られたみたいになっています!」

「はぁ!? ファンを切り取るとか馬鹿なのか!?」

 

 

どうやら、ミリシアルの研究者たちは魔法帝国の技術に頼りすぎて、肝心の科学や飛空力学に関して無関心だったようだった。

 

発掘したと思しきエンジンの実物も見せてもらったものの、かなりミリシアル製のマジック・ジェットよりも大きく、戦空機用よりも別の用途があると考えられていた。

 

実際、大型化したエンジンを搭載したゲルニカ35型の方が遥かに効率が良いことも発見された。これはおそらく、ファンの問題だろう。

 

それから、魔法帝国のエンジンの実物には、()()()()()()()()()()()()『X』の文字がエンジンに彫られており、レヴァームの技術者たちの間では「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」という憶測が流れた。

 

 

「はぁ……疲れる。なんで俺たちがミリシアルの研究の手伝いなんかを……あいつら馬鹿だし……」

 

 

これ程の激務、そして浮き彫りになる問題点、もはや技術者たちの疲労は積りに積もっていた。

 

 

「そもそもジェット機ってなんだよ……今まで通りプロペラ機で良いじゃないか……」

 

 

夜な夜な聞こえる嘆き声は、ミリシアルの兵器開発部門の建物に響き渡ったという。今日もレヴァームの技術者の苦難は続いた。

 

それでも、彼らは研究を続けてミリシアル産のマジック・ジェットはバイパス比がめちゃくちゃであったことを発見した。それを改良し、実戦で実用化できるレベルのマジック・ジェットを作り上げた。

 

それを元に、後の海戦では時速644キロを達成した『エルペシオⅣ』が初飛行することになる。それは単に、彼らの努力の賜物なのだろう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

パーパルディア皇国との戦争が終結し、領土の分割も終わった頃。ファナ・レヴァームが尽力を注ぎ、各国とのいざこざを仲介している頃。

 

帝政天ツ上の東都のとある一室、煉瓦造りの建物。そこには雑多な書類やら機材やら定規やらが並んでいる。その中のわずかなスペースで、これから会議が行われようとしていた。

 

彼らは帝政天ツ上海軍の兵器開発部門の人間達である。彼らは雑多な部門に分かれており、かの真電を開発した航空機部門や、飛騨型飛空戦艦の図面を引いた艦艇部門など、様々である。

 

 

「みんな、集まったね?」

 

 

責任者である女性主任が一声かける、その場にいた全員が頷く。

 

 

「では、始めるわよ」

 

 

それが、この厄災の始まりであった。

 

 

「第一回! 酸素空雷に関する開発会議を!!」

「「「「「応!!」」」」」

 

 

そう、彼らは普通の技術者ではない。天災を超えた、変態なのだ。現用の12式酸素空雷でも十二分の性能を持っているのにも関わらず、それでもなお開発を続けるのは、変態としか言いようがないだろう。

 

 

──アホだ……

 

 

酸素空雷に関する重要参考人として呼び出され、その様子を見守っていた黒乃クロト中佐も、思わず呆れるしかなかった。

 

そもそも、彼らがここまで酸素空雷にこだわるのは天ツ上の事情が絡んでいる。中央海戦争の前、レヴァームと敵対していた天ツ上は自軍の海軍戦力に不安を持っていた。何しろ、当時のレヴァームと天ツ上の国力の差は10倍以上、保有艦艇数もレヴァームの方が遥かに多かった。

 

それを覆すために、少なくて小さい船でも大戦果を上げる方法が模索された。そして目をつけたのが、当時から駆逐艦に搭載されていた空雷だ。空雷はたった数発で戦艦をも倒すことができる。おまけに、訓練コストも安く、費用対効果も高い。それならばと、天ツ上海軍では長らく空雷の開発を行ってきた。

 

そして、レヴァームに先駆けて開発したのがこの「酸素空雷」である。酸素空雷は従来の空雷に比べて雷跡が目立たず、おまけに速度も飛空機械に追いつけるほど速い。これで、途中で対空砲火で撃ち落とされることも少なくなり、それどころか誘導装置を取っ付ければ飛空機械をも追いかけ回すことができるのだ。

 

 

「我々はミリシアルからの技術提供で12式酸素空雷を完成させた! そして、井吹型による実戦テストによってその有効性も証明された!! だがしかし! この空雷にも欠点がある!!」

 

 

この酸素空雷は中央海戦争後にレヴァームにも渡され、近接信管をつけてさらなる改良をされている。転移後は、ミリシアルとの国交成立により技術提供を開始。それによって開発されたのが、魔力探知機能を備えた12式酸素空雷であった。

 

 

「高い! コストがかかりすぎる!! レヴァームならいざ知らず、国力にあまり余裕のない我が国にとっては致命的!」

 

 

酸素空雷は、一つ一つ製造番号がついているほど高価でコストがかかる代物だった。中央海戦争のヴィクトリア沖海戦では、これの魚雷バージョンを「もったいない」と思ってしまったが故に交換作業を行い、大きな隙ができてしまったほどである。

 

 

「これをどうにかしない限り、我が国に未来はない!!」

 

 

いや、空雷をどうにかしなくても天ツ上に未来はあるだろうに。と、クロトはそう考えた。だが、そんな野暮なことを言う者はこの場にはいない。

 

 

「そもそも、酸素空雷が高い理由は何なんだ?」

「いくつかあります。まず一つ目が、酸素を入れる容器の加工の仕方です。インゴットから直接削り出すなんて行為を、ずっと続けているからですね」

 

 

酸素空雷を開発するにあたって苦労したのが、この純酸素を入れる容器の加工の仕方であった。

 

気体を高圧で保存するのがそもそも大変であり、通常、容器の方が内容物よりも重くなる。なので、頑丈につくらないと破裂してしまう。まして純酸素なんて怖くて余程完璧に仕上げないといけない。

 

では作る手段。空き缶のように、金属は薄くても引っ張り応力に耐えられる範囲であれば問題が無いので薄くできる。

 

しかし、純金属のインゴットでも、余程の事が無いと内部に欠陥を抱えていた。これが鋳物だったりするとガス発生で鬆は出来るわ、湯流れ不全で境界が残るわで、とても理想の強度のものにはならない。つまり、鋳物で容器は作れないのだ。

 

そこで、天ツ上は圧延した板金を使った。板金の部分は良いのだが、それをどうやって容器の形にするかが大問題になった。

 

プレスで出来る形状には限度がある、結局は底と蓋と壁面を溶接で繋ぐ事になる。しかし、レヴァームと違って技術が未成熟だった当時の天ツ上の溶接技術では、溶接した箇所は性能が落ちる。弱くなる上、漏れるかもしれないため、出来るだけ使いたくなかった。

 

そこで、天ツ上は「圧延して作ったインゴットから削り出す」と言うとんでもない方法を編み出した。茶筒を旋盤で作る感覚のそのまま、まさにアレである。

 

それがとんでもなくコストがかかる。例えば、同じ容積の容器を作るのに、板を溶接してつくれば30キロで作れるものが、削り出しだと1トンから削りだしたりする。

 

つまり、それを国力も、工作機械も乏しかった当時の天ツ上が作ろうとすれば、材料費にかなりのコストがかかってしまうのだ。それこそ、通常の空雷を作るだけでも。

 

 

「それから、酸素空雷の推進器である水素電池スタックにも純酸素に対応するものを使っているせいで、材料費がかなり嵩みます。これをどうにかしなければ……」

「うーむ……みんな、何か良いアイデアはない?」

 

 

つまりは、そこを改良すれば空雷のコストはグンと下がるはずだ。研究室にいる変態たちはそう考えていた。

 

 

「ならば、インゴットから直接削り出すのをやめたら良いのではないでしょうか?」

 

 

あくまで、簡単なことをクロトは進言した。

 

 

「インゴットから直接削り出すのを止める? けど、代わりの方法はあるの?」

「今や、レヴァームとの技術交流によって天ツ上の技術力は向上しています。今なら、電気溶接を使っても問題はないのではないでしょうか?」

「なるほど……たしかにそうね。どう皆?」

 

 

それを聞いていた研究室の全員が、納得したかのように肯いた。クロトにとっては簡単なことだったが、彼らにとっては見落としていた所だったらしい。

 

 

「たしかに、天ツ上の技術力はここ数年で高まっています。今なら電気溶接を使っても良いかと」

「おお、素晴らしいじゃないの! よし、それで行こう! 次は水素電池スタックだけど……」

「それに関してですが」

 

 

またも、クロトが手を上げた。

 

 

「水素電池スタックのコストですが、私はクイラから産出される触媒に変えれば良いかと思います。クイラ産はかなり安いですし、飛空艦の水素電池にも使われていますが、その分のリソースを少し割いて貰うのです」

 

 

クロトの意見に、またも全員が納得した。クイラから産出される水素電池の触媒は、埋蔵量が多く、生産コストが安かった。今まで天ツ上は自国から生産される触媒を拘りで使っていたが、これを機に変えても良いかもしれない。

 

 

「おお! たしかにそれなら安く済みそうね! よし、それで行こう!」

「はい、おまけに貿易によりクイラとの関係もさらに良くなります。いいこと尽くめです」

 

 

クロトはそう言って自分の意見を述べた。友好国であるクイラから輸入することによって、彼らとの関係もさらに良くなる。コストは安くなるわ、良いこと尽くめだ。

 

 

「うん、コスト削減の案が纏まったところで、次は性能向上に努めたいと思う。クロト少尉、12式酸素空雷の使い心地はどう?」

「はっ、中々良い玩具でした。しかし、やはり遠距離からだと目標が重複してしまうのが問題ですね」

「うーん……誘導空雷の弱点ね……」

 

 

クロトはそう言って続ける。

 

 

「それと、この世界ではムー国のようにレシプロエンジンを使用した飛空機械を開発している国もあります。今後レシプロエンジンが出てきた時のために、熱探知も空雷の誘導装置に組み込むべきかと」

 

 

現在、空雷の誘導方法は三つある。一つ目がDCモーターの水素排気を探知する『水素探知』、二つ目がDCモーターや揚力装置内の磁気を探知する『磁気探知』、そして12式から加わった『魔力探知』である。

 

しかし、ムー国ではそのどれもを使っておらず、レシプロエンジンを使用している。さらには、第二文明圏で猛威を奮っているグラ・バルカス帝国はレヴァームと天ツ上とほぼ同じ技術力を持っているのにもかかわらず、レシプロ式である。今後出てくる脅威に対応して、熱探知は欲しいところである。

 

 

「そうね……皆、かなり難しくなるけどどうだろう?」

「まず、目標が重複すると言う点については改良できないかと。空雷と船が通信でお互いにやりとりして重複しなようにするしか方法がありませんが、そんなことができる回路はレヴァームと天ツ上には存在しません」

「うーん……技術の成熟を待つしかないか……」

「しかし、熱探知ならどうにかなるかも知れません。目標の赤外線を探知できるように、誘導装置を改良するのです」

「おお、出来るのね! なら今すぐにでもやろう! それでは皆、空雷を新たな境地にたどり着けさせるわよ!」

「「「「「応!!!」」」」」

「アホだ……」

 

 

今度は心の中に留めず、クロトは小さく呟く。この空雷馬鹿達はこの期に及んでも空雷の開発を続けるつもりらしい。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なにこれ……ふざけているの……?」

 

 

帝政天ツ上の予算委員局で、局長は思わず呟いた。兵器開発部門から届いた計画書には、このような文字が書かれていたからだ。

 

 

新しい空雷作るから予算ちょーだい♡

by兵器開発部門

 

 

「却下だ却下!!」

 

 

当然予算委員局のお怒りを買い、予算は却下された。しかし、彼らはそんな程度で諦めなかった。自らのポケットマネーを注ぎ込み、空雷の開発を続けて、ついには熱探知機能を備えた13式酸素空雷の開発に成功するのであった。 

 

空雷馬鹿ここに極まれりである。

 

 



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閑話休題〜軍拡〜

ロウリア戦役が終わり、戦乱から解放されたロデニウス大陸。いざこざが解消したロデニウス大陸では、政体も大きく変わっていた。立憲君主制になったロウリアを見習い、クワ・トイネやクイラでも立憲君主制が採用されて国体が変わった。

 

ロウリア、クワ・トイネ、クイラの三国は、互いに軍事同盟を結んで大きな軍事力を持てるように軍拡を進めていた。特に海軍力の増強は激しく、日に日に力を増して行っていた。

 

マイハークに作られた要塞の近く、青い海にたなびく波。その波を掻き分けるように、機械動力の船が突き進んでいく。

 

 

「提督、いよいよ我が国も空母と戦艦を持つことができましたね」

「ああ、我がクワ・トイネ海軍も規模が大きくなったものだ。これも、レヴァームと天ツ上の力のおかげだな」

 

 

新生クワ・トイネ海軍第一艦隊の海軍提督として就任したパンカーレが、参謀になったブルーアイと話している。第一艦隊旗艦『カナタ』の艦橋、鋼鉄の装甲に包まれた戦艦の内部にて彼らは会話をしている。

 

レヴァームと天ツ上から、レンドリースされたのは陸戦兵器だけではない。ロウリア戦役終結後、レヴァームと天ツ上に留学をしていた海軍士官達が帰国して学校を作り、彼らが教育を受けて遂には新生クワ・トイネ海軍を設立するに至った。

 

その際に、レヴァームと天ツ上から旧式の戦艦をレンドリースされている。天ツ上海軍から洋上艦が何隻か受け渡され、現在は就役訓練を行っている。

 

旗艦である戦艦『カナタ』は、元々天ツ上の洋上巡洋戦艦『富士』であった。富士型巡洋戦艦の一番艦として就役したこの船は、巡洋戦艦として長らく勤務していた。それが練習艦として払い下げられ、クワ・トイネ海軍に渡って行ったのだ。

 

自慢の33ノットという高速と、35.6センチの連装主砲塔4基が誇らしく向き、飛空艦が主力の現代でもそれなりに通用する古株の巡洋戦艦だ。そして周りには旧式の駆逐艦が航行していて、巡洋艦もいる。全てが飛空艦ではなく洋上艦だが、立派な艦隊である。

 

そして、その上空を青灰色の飛行機械が飛ぶ。見事な編隊飛行を決めるそれは、レヴァームの旧式機体『アイレスⅡ』である。

 

それらの母となるのは、艦隊中央の『カナタ』の隣にいる空母、『ロデニウス』である。この船は、元々レヴァームのアルマダ級護衛空母であった。一番艦の『アルマダ』として就役したが、その後揚力装置を取り除いてクワ・トイネに払い下げられられた。

 

『アルマダ級護衛空母』

基準排水量:1万1000トン

全長:156メートル

全幅:32メートル

機関:揚力装置6基

兵装:

主砲5インチ連装砲1基

40ミリ連装機関砲8基16門

搭載機数:42機

同型艦:50隻

 

ロデニウス大陸の国家が持つ近代的な海軍、それの戦力は旧式ながらレヴァームと天ツ上の戦力補佐によって成り立っていた。今や保有艦艇数はロデニウス大陸全体で戦艦空母を3隻ずつ保有するに至っている。いずれは、ロデニウス大陸製の空母や戦艦が生まれるだろう。

 

 

「提督、まもなく訓練開始の時間です」

 

 

『カナタ』の艦長として就任したミドリ大佐が、そう進言する。

 

 

「うむ、それでは新生ロウリア王国海軍との合同演習を始めよう」

 

 

艦内のベルが鳴り響き、いよいよ新生ロウリア王国海軍との合同演習が始まった。

 

 

「提督、まずは航空攻撃を仕掛けてロウリア側の空母を叩きましょう。戦艦はそれからです」

「うむ、そうしよう。『ロデニウス』から艦載機を発艦、まず空母を先に叩く」

「はっ!」

 

 

彼らの奮闘は続く。それも何もかも、国の為にやっている努力の証だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年9月31日

 

レクマイアは困惑していた。自分は中央暦1639年の9月25日にフェン王国への懲罰攻撃の際、天ツ上の飛行機械に撃墜され、捕虜となっていた。

 

レクマイア以外の竜騎士は皆死亡したと伝えられた。取調官はパッとしない服装で、国籍や所属など、レクマイア自身に関する情報を明らかにするため淡々と質問を続けていた。

 

 

──蛮族め。

 

 

自分は彼らをそう思っていた。皇国民の誇りから、皇国の技術の素晴らしさを説き、文明圏の国々よりも皇国が遥かに進んでいることを朗々と語って聞かせた。

 

文明圏外の国からすると、比べ物にならないほどの技術と大規模な軍を保有しており、それを余裕で支えることができると伝えている。

 

新興国や文明圏外の国は世界を知らないものが多い、そのため、このように国力を伝えるだけで狼狽させられ、自分の待遇も良くなると思っていた。

 

 

「フッ……そうですか」

 

 

しかし、彼らの対応はやはり淡々としていた。そして、彼らの態度は皇国民が蛮族の人間を相手にする時に見せる、『何も知らない者に対する哀れみ』も見て取れた。

 

さらに懲罰的攻撃の内容になると、殺意の有無が命令によるものだったのかを事細かに聞かれた。もちろん命令だったが、文明圏外の人間など多少死んだところで数のうちにも入らない。だから、「殺すつもりで攻撃した」と、自分は堂々と証言した。

 

しかし、それが間違いだった事に気づくのは早かった。

 

最初に驚いたのが、自分が今まで乗っていた船が空を飛んでいるという事だった。しかも、ワイバーンよりも速い速度でずんずんと海の上を飛んでいた。

 

そして、レヴァームの首都であるというエスメラルダを上空から見せられ、おぞましさを覚えている。天を貫かんとする巨大な建築物、空中を通る回廊、鉄の箱が街に溢れて、空には先程の空飛ぶ飛空船や飛行機械が飛び回っていた。

 

その規模や技術力はパーパルディア皇国の皇都エストシラントよりも遥かにすごいものだ。この時点で、自分はレヴァームと天ツ上への認識を180度転換させられた。

 

 

──この国は……危険だ。

 

 

何故このような国が現れたのか分からない、このままでは外務局がいつものように「蛮族を滅する」と言って、レヴァームと天ツ上に戦争を仕掛けるだろう。

 

外務局の人間がいつものように、高飛車な態度でレヴァームと天ツ上の外交官を怒鳴りつける姿が目に浮かぶ。

 

祖国がとにかく心配だった。

 

 

 

 

中央暦1639年12月1日

 

レヴァームと天ツ上の尋問官がいうには、自分を裁くには、『戦時協定』とやらがないと裁く事ができないらしい。捕虜収容施設に押し込められた自分は、尋問官から新聞を配られていた。それを、辞書を片手にゆっくりと読み進める。

 

 

【パーパルディア皇国、レヴァームと天ツ上の民間人を虐殺!!】

【レヴァーム天ツ上両政府「絶対に許す事はできない」】

【レヴァーム天ツ上、パーパルディア皇国と戦争状態に移行】

 

 

──やってしまった……

 

 

ついに皇国が、脅迫外交をしてしまった。レヴァームと天ツ上の実力を、皇国が認識しているかは怪しい。組織が巨大すぎるので、報告は上に行くほど簡素化されて上の都合のいいようにねじ曲げられている。列強の悪い癖が出ているに違いない。

 

もうレヴァーム天ツ上との戦争は避けられないだろう。ああ、今日は眠れなさそうだ。

 

 

 

 

中央暦1640年1月18日

 

自分はレヴァームの新聞を読み進めていくうちに、ある程度レヴァーム語が読めるようになっていった。その日には、皇国の特集記事が中面開きで記載されており、各政府が最新の内容を踏まえて記載されていた。

 

それによると、レヴァームと天ツ上はアルタラス王国を落とし、基地を作っているようだった。皇国は『飛空戦列艦』なる新兵器を用意したらしいが、それでも勝てなかったそうだ。

 

レヴァームと天ツ上の飛空船の実力は、パーパルディア皇国を遥かに越えている。そして、軍事力も遥かに。

 

そして、彼らは遂にエストシラントに直接上陸をし、本土攻撃を行った。皇国は主力艦隊を集結させて、ワイバーンオーバーロードまで投入したが、それも全て全滅。しかも、ワイバーンオーバーロードはたった一人の飛空士によって全滅させられたらしい。

 

そして、レヴァーム天ツ上軍はエストシラントに上陸。エストシラントではゲリラ戦が行われるほどの激戦だったらしい。

 

今夜はもう眠れない、皇国はもう終わりだ。

 

 

 

 

中央暦1640年2月20日

 

捕虜収容施設に入れられていたパーパルディア皇国の捕虜たちが一斉に集められた。彼らの顔はみな顔面蒼白で、どうやら新聞などで実情を知っているようであった。

 

そんな彼らに、朗報が舞い込む。集められたのは処刑されるからと思っていたが、実際はパーパルディア皇国との戦争終結に伴い、条約で捕虜を返還するというものだったのだ。

 

パーパルディア皇国もとい、新しくできたパールネウス共和国という国が受け入れてくれるらしい。その一報を聞いて、自分はホッとした。しかし、看守が自分を一人部屋に呼び出して来た。何を言われるかわからなかったが、彼はとある提案をしてきた。

 

 

「レクマイアさん、レヴァームで飛空士になりませんか?」

 

 

唖然とした、自分はその提案に対して……

 

 

 

 

中央暦1640年4月10日

 

いよいよレヴァームの飛行学校への入学式だ。自分は、レヴァーム側からの提案を受け入れ、今ここにいる。自分はこれから練習機で空を飛び、艦上爆撃機の搭乗員を目指すのだ。これから始まる新たな生活に胸を躍らせる。自分はぴっちりとした格好で門を潜った。

 



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閑話休題〜とある飛空士への遭遇〜

ロウリア戦役でエルフ族を保護した、レヴァームと天ツ上。彼らの伝承にある『聖アルディスタの使者達』という謎の組織について、レヴァームと天ツ上では本格的な調査が始められた。

 

何故、異世界にも関わらず聖アルディスタ教の名前が出てくるのか、彼らは冗談ではなく本気で本格的な調査を進めている。今日も、その一環としてとある森の調査が始まった。

 

 

「あ〜あ、聖地にエルフ族以外を入れるのは嫌だなぁ……」

「ちょっとウォル! お客様の前でそんなこと言わないでよ?」

 

 

深く、そして潤いのある森。陽光な枝葉に遮られて地上には柔らかな木漏れ日が届く。澄んだ水が流れる小川がころころと音を立てて、小鳥達のさえずる声も聞こえる。

 

エルフ族の聖地リーン・ノウの森は、心が洗われるような、まさに侵しがたい聖地であった。その森の入り口で、ハイエルフの少女ミーナと同じくらいの歳の少年ウォルが言い争っていた。

 

 

「相手は人間族と言ってもレヴァームと天ツ上の方なのよ! かのロウリアやパーパルディアを打ち破ったあの!」

「分かってるよ……けど本当にロウリアやパーパルディアを倒したのか? きっと卑怯な手段で討ち滅ぼしただけじゃないのか?」

「それでもよ! とにかく、お客さんの前でそんなこと言っちゃダメだからね!」

「わ、分かったよ……」

 

 

ウォルは出迎を命じられてから、ずっとこんな調子である。ウォルが生きていた中で、聖地にエルフ族以外の種族が入った事はない。

 

歴史を遡ってみても、リーン・ノウの森がまだ『神森』と呼ばれていた時代、種族間連合が魔王軍を相手に最後の砦として利用したことが最後の例になっている。

 

何せこの場所はエルフ族の神を祀っている場所、神聖な場所にはハイエルフ族以外は入れない。同じエルフ族でも制限されているくらいなのだ。

 

 

「にしても、ミーナはなんでそこまでレヴァームと天ツ上にこだわるんだ?」

「彼らの戦い方は、聖アルディスタの使者達に似ているのよ。それもそっくりそのまま」

「偶然じゃないか?」

「ウォルったら夢がないんだから……ん? 何かしら?」

 

 

その時、リーン・ノウの森になんだか空気を震わせるような音が鳴り響く。腹を震わせ、森までもが揺れる。

 

 

「な……何だ!? あれは!!」

 

 

深い森で暮らす彼らにとって、初めて見る飛空駆逐艦『竜巻』の姿があった。

 

 

「まっ──まさか! 天翔ける船!?」

 

 

『聖アルディスタの使い』の伝承が彼らの脳裏をよぎる。『竜巻』はそのまま20メートルほど先の平地へ着陸し、中から人間族数人が降り立った。

 

灰色の服を着た男性が3人、護衛と思しき武器を持った人間族が8人。そして、灰色の服を着た痩せ気味の中年男性と、髪の長い女性のような風貌の男性が、ミーナとウォルに歩み寄って挨拶する。

 

 

「帝政天ツ上、帝国大学歴史文化研究チームこ中村です」

「神聖レヴァーム皇国、外務局のアメルと申します」

「は……はい。ミーナと申します。こっちはウォル、よろしくお願いします」

「彼らはエスメラルダ大学の考古学部と科学部を専攻する名誉教授、そして技術厰や航空工業から派遣されてきた技術者達です」

「どうも、よろしくお願いします」

「は……はい……」

 

 

彼らにとって、こんなにも物腰が柔らかい人たちを見たのは初めてだった。てっきり、ロウリアやパーパルディアを「倒してやった」風な態度で接しられると思っていた彼らにとって、拍子抜けするレベルだ。他の研究者たちも礼儀正しく、威圧感などはない。

 

 

「ではこちらに、少し歩きますよ」

 

 

レヴァームと天ツ上の調査団は、ハイエルフの二人に続いてリーン・ノウの森へと足を踏み入れる。

 

そして2時間後──

 

 

「ハァ……ハァ……ま、まだ着かないのですか?」

 

 

中村がミーナに尋ねる。彼を含め、護衛の軍人以外のほとんどの研究者がヘトヘトになっていた。理由は単純、この森に入ってから体が重いのだ。

 

 

「あら、もうお疲れになったのですか? フフッ、ロウリア王国を打ち倒し、パーパルディアも滅したと聞きましたから、少し意外ですね」

「わ、私は単なる研究者ですので……ただ、フィールドワークは慣れているはずなのですが、どうも足が重いのです……」

「この森には魔法による結界が張ってあって、魔王軍からの進軍に備えておりました。そのため、エルフ族以外が入ると色々呪いがかかるのです」

「そうなのですね、やはり神様の力が……」

「アメルさんは……疲れていないのですか……?」

「趣味でハイキングをしておりますゆえ、まだ平気です」

「そ、それはすごい……」

 

 

ミーナとアメルは笑って答えるが、中村にはあまりついて行けていなかった。

 

 

「しかし……ここは、凄いところですね……方位磁石もいい加減の方向を向くし……案内のお二人がいなければ絶対に辿り着けなさそうです」

「エルフの神、私たちは『緑の神』と呼んでいますが、その加護が種族間連合の時代から今も生きているんです。森の声を聞けないと、迷ってしまいますよ」

「森の声……? 鳥や木々のさえずりではなく?」

「はい、いわば生きている森全体の声です」

「な、なるほど……」

 

 

それから30分後──

 

 

「見えました、あれです」

 

 

やがて一行は目的地の前に着く。先頭にいるウォルが指さしたのは、草に覆われた石造りのドーム状の建物だった。高さは20メートルほどだろうか。明らかに自然物ではない、人工的、人為的な形状と材質である。

 

 

「この中にあるのは、エルフ族の宝です。ご存知かと思いますが、神話の時代、グラメウス大陸から出現した魔王軍は、フィルアデス大陸の大半を侵略しました」

「各種族は種族間連合を結成し、それぞれの長所を生かして戦いました──しかし、魔王軍は強かった」

「種族間連合は敗北に敗北を繰り返し、歴戦の猛者の多くが散っていきました。種族間連合はエルフの聖地『神森』まで撤退します。そう、この森です」

 

 

ミーナとウォルが何かを唱えると、扉を覆っていた草がかさかさと音を立てて動き、入り口を開いた。まるで、草木が生きているようだった。

 

 

「このままでは、エルフ族が滅んでしまう。それだけでなく、各種族も。危機感を募らせたエルフの神は、創造主である太陽神に祈ります。しかし、彼女には願いは叶えられるほどの力は残っていなかった」

「そこで、彼女は友人である『聖アルディスタ』に願いを捧ぎました。彼は願いを聞き届け、自らの……使者をこの世界に表しました」

 

 

『聖アルディスタ』と聞き、調査団の面々の顔つきも険しくなる。彼らがここにいるのは、この世界と聖アルディスタ教の繋がりを調べるためなのだ。

 

 

「聖アルディスタの使者は、空飛ぶ島に乗って現れ、空飛ぶ神の船を操り、雷鳴のような轟を発する鉄竜に乗ってきました」

「使命を終えた使者たちでしたが、アルディスタ様の世界に帰るときには、彼らも消耗をしていました。その中で故障した神の船や鉄竜を、祖先たちはここで時間遅延式魔法を使ってこの地に保管しました」

「伝承によれば鉄竜のうちの一つは、『鉄竜はガラガラと大きな呻き声を上げて、動かなくなった』とあります」

 

 

彼らの説明に、調査団は疲れを忘れて聞き入っていた。

 

 

「ドキドキしますね。神話の一節が、今も存在するなんて」

「はい、まさに空想が現実になる瞬間です」

 

 

中村とアメルも、少々興奮気味に呟く。そして、いよいよドームの扉が開き、中が見えるようになる。

 

 

「着きました、ご覧ください。これこそエルフが現在まで守ってきた神器、『鉄竜』です!」

 

 

調査団は、差し込む光で『鉄竜』との対面を果たす。エルフの宝と言われ、神話の時代に活躍した空を飛ぶ鉄竜。それを目の当たりにした全員が、口をあんぐりと開けた。

 

 

「な……」

「こ、これは……」

「どうされましたか?これはエルフの宝で、この世界のものではありませんが、何をそんなに驚いているのです?」

 

 

中村やアメルだけでなく、その場にいた調査団全員がミーナの声は聞こえておらず、目をむいて固まっていた。それもそのはず、『これ』はこの世界には存在するはずのないものだった。

 

 

「「「「「ひ……ひ……」」」」」

「「ひ?」」

「「「「「飛空機械!!!」」」」」

 

 

両翼の先についた二つの発動機と、オレンジ色に塗られた機体色、突き出した固定脚。そして、二人乗りの操縦席と後部座席。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

見たことのない機体だったが、これは間違いなく飛空機械だった。

 

 

「どうしてこれがこの世界に……」

「え!? え!? この鉄竜を知っているのですか!?」

「い、いえ……我が国にも似たようなものがあるだけでして、この機体は見たことがありません」

「「!?」」

 

 

唖然とするミーナとウォルを尻目に、調査団はその機体に少し近づく。

 

 

「これは状態がいい……ん? ここのカバーが空いている?」

「どれどれ……!? これはDCモーターじゃないか!?」

 

 

技術者の一人が、その機体の翼の先端部分に埋め込まれた発動機を見て、より一層困惑する。これがまだレシプロエンジンなら、納得できたかもしれない。しかしそこにあったのは、この世界ではレヴァームと天ツ上でしか実用化していないはずの水素電池スタックとDCモーターだった。ますます謎が深まる。

 

 

「おい、機体名が書いてあるぞ……」

「どれどれ……!? レヴァーム語が書いてあるぞ!!」

 

 

さらには、機体の側面に書いてあったのはレヴァーム語であった。ミーナとウォルはさらに絶句する。

 

 

「そ……それが読めるんですか?」

「はい、これは……『高等練習機エル・アルコン』と書かれていますね」

「なるほど……練習機か……通りでオレンジ色をしているわけだ」

 

 

彼らが感心したり、驚いたりするのを尻目にミーナとウォルがハッとして調査団に提案投げかける。

 

 

「え、えっと……他にも色々あるけど、見てみる?」

「「「「「是非!!」」」」」

 

 

調査団の興奮は絶頂にあったが、一方のハイエルフたちは困惑していた。彼らのいうことが正しければ、『聖アルディスタの使者達』の正体は、彼らに関係のあるものかもしれない。それを否定しようにも、彼らは空を飛ぶ神の船でやってきた。否定しようがない。

 

やがて一行は地下を降り、とある巨大な部屋にたどり着いた。地下室から入るようで、石造りの建物には結界が貼られている。

 

 

「ここからは、ハイエルフ属でも限られた人しか入れません。この先にあるのは、空を飛ぶ神の船です」

「神の船は空を飛び、強大な魔導で魔王軍を打ち破ってきました。しかし、彼らとて無傷ではない。傷を癒すためにこの地に港を作り、戦いが終わった後はこの地に放棄されました。それほど、損傷が激しかったのです」

「なるほど……だとすると神の船というのは……」

「ええ、予想がつきます」

 

 

そして、遂にいろいろな装飾が入った重圧な扉が開かれる。中は、洞窟状になっていて水が張られている。天井から漏れる光が水面に反射して幻想的な光景だ。そして、その真ん中に鎮座していたのは……

 

 

「飛空戦艦……」

 

 

超弩級、それも46センチ砲クラス主砲を二列備えた、立派な飛空戦艦であった。至る所に装飾が施され、レヴァーム最大の戦艦『エル・バステル級』に匹敵するほどの口径の主砲塔を数多く備えている。

 

主砲塔は二列配置になっており、前方6基18門、後方2基6門の特殊な配列だ。船体は弾薬庫がすし詰めになっているのか、船体が太い。そして、後部には水に浸かっているが揚力装置が6基も取り付けれている。

 

 

「これは……超弩級戦艦ですね……」

「……この船の中には入れますか?」

「ええ、こちらから」

 

 

ミーナの案内で、一行は戦艦の内部に入る。そこに鎮座していた戦艦に側面のタラップから入り、艦橋に上がる。艦橋は二階建てになっており、司令官の座る座席と卓上の地図が吹き抜けで繋がっている。

 

 

「これは……旗艦級だったのでしょうか?」

「そのようです。? ここに艦内の見取り図がありますよ」

 

 

どれどれ、と中村と技術者達がそれを見る。

 

 

「ふむ……『戦艦ルナ・バルコ』……それがこの船の名前のようですね」

 

 

名前が分かり、調査団は二手に分けれて電源がつかないかを試すことにした。中村とアメルらその間に、ミーナとウォルから話を聞いた。

 

 

「お二人とも、今日は貴重なものを見せていただき、ありがとうございます。この遺産たちはレヴァームと天ツ上にとって、重要な歴史産物になるやもしれません。今後も調査にご協力お願いできますか?」

「ええ、もちろんです。こうして皆さまとの繋がりが知れたこと、誇りに思います」

 

 

そう言っている間にも調査は進む。調査団の一人が、何かの地図を発見したらしく声を上げた。

 

 

「中村教授! 何かの地図を発見しました!」

「ん? どれどれ……」

 

 

中村とアメルは、その地図を見る。そこには、どこかの島らしきものが描かれており、飛空場や軍港、街の姿まである。

 

 

「これは一体どこの島だ……?」

「? ああ、これはおそらく使者達が乗ってきた空飛ぶ島の地図ですね」

「? 空飛ぶ島?」

 

 

中村とアメルはお互いの疑問が尽きないのか、お互いに顔を見合わせる。

 

 

「聖アルディスタの使者たちは、空を飛ぶ島に乗って現れたと先ほど言いましたね?」

「はい、まだその正体は分かっていませんが……」

「その島にはしっかりとした名前があり、今でも記録に残っております」

「その島の名前は?」

 

 

ミーナはアメルに質問されると、少し微笑んで答えた。

 

 

「空を飛んで現れた聖アルディスタの使者たち、彼らの拠点であり、家であったその島は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空飛ぶ島『イスラ』と言います」

 

 



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第三文明圏戦争年表(ネタバレ注意)

後世の教科書、歴史書、Wikipedia風に書きました。
あと、設定資料集をいくつか更新しています。


第三文明圏戦争

第三文明圏戦争は、1639年から1640年の1年間、パーパルディア皇国を中心とする陣営と、神聖レヴァーム皇国、帝政天ツ上、73カ国連合などの連合国陣営の間で行われた、第3文明圏を戦場とした全面戦争。

 

交戦勢力:

パーパルディア皇国&リーム王国

vs

神聖レヴァーム皇国&帝政天ツ上&73カ国連合軍

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国

皇帝レミール

総司令官アルデ

 

リーム王国

国王バンクス

王下直轄軍大将軍リバル

 

神聖レヴァーム皇国

執政長官ファナ・レヴァーム

マルコス・ゲレロ中将

 

帝政天ツ上

皇太子聖天ノ宮

大内田中将

 

73カ国連合

アルタラス王女ルミエス

総司令官ミーゴ

司令官ハキ

 

戦力:

パーパルディア皇国

戦列歩兵500万人

戦列艦1200隻以上

 

レヴァーム天ツ上連合

レヴァーム陸軍10個師団

レヴァーム海兵隊10個師団

天ツ上陸軍10個師団

戦艦8隻

空母8隻

軽重巡空艦24隻

飛空駆逐艦168隻

 

73カ国連合軍

兵力30万人

 

損害:

パーパルディア皇国

軍人死者480万名以上

民間人死者55万名以上

 

連合軍

軍人死者1万名以上

民間人死者50名以上

 

結果:

連合国の勝利

パーパルディア皇国の解体

自由パールネウス共和国の誕生

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の国際的地位向上

国際戦時協定の締結

第三文明圏共同体の設立

 

 

 

 

 

 

背景

 

パーパルディア皇国の体制

パーパルディア皇国は約10年間に渡って領地拡張政策や対外恐慌政策をとってきた。これは「パーパルディア主義」という思想で、手に入れた属領から富を吸い上げることによって自国を豊かにするやり方であった。

しかし、その長いパーパルディア主義の下、軍や一部の皇族はかなり腐敗が進んでおり、属領からも不満がいつ爆発するか分からない状態になっている事には、パーパルディアは気づかなかった。

 

レヴァームと天ツ上との接触

この世界に転移して間もなかったレヴァームと天ツ上は、この世界の国々との早期接触を図るために飛空艦艇を多数派遣した(後の第一、第二使節団艦隊)。

アルタラスなどを含めた文明圏外の国家や、ミリシアルやムーと言った当時の名だたる列強国まで、当時のレヴァームと天ツ上は接触している国を増やすことによって国際社会に慣れようとしていた。

その接触ラッシュはパーパルディアにも届き、中央暦1639年9月13日に接触を果たした。レヴァームと天ツ上はパーパルディア皇国を警戒しており、交渉のテーブルにつけるか不安であった。そのため、同じ皇族であるファナ・レヴァームが直接出向く事になった。

 

皇女レミールの野望と嫉妬

皇女レミールは熱狂的なパーパルディア主義の発案者であり、当時の皇帝ルディアスにその思想を提案した張本人でもある。幼少期からルディアスと皇族として付き合いがあったレミールは、いつかルディアスを皇帝に立てて世界の太母となる事を夢見ていた。

しかし、中央暦1639年9月13日にレヴァーム天ツ上の使節団としてファナ・レヴァームが皇帝ルディアスと出会うと、ルディアスの態度は一変、ファナに惚れ込んだかのような温厚な態度になった。

レミールはこれを、「将来嫁ぐルディアスを文明圏外の女に奪われた」と嫉妬するようになり、彼女の一連の暴走が始まる原因となった。

 

 

 

 

 

 

経過

 

中央暦1639年9月13日

諸事情で後回しにしていたパーパルディア皇国に接触。そこでファナ皇妃が直接使節団として接触する。

 

 

中央暦1639年9月18日

ルディアスはレヴァーム天ツ上使節団を迎え入れてパーティを開く。文明圏外にしては異例の待遇。そして、帰路についていた各国使節団を招いて本格的なパーティが開かれる。

 

中央暦1639年9月20日

各国使節団、レヴァームと天ツ上の国力を垣間見る。24日まで滞在。

 

 

中央暦1639年9月25日

パーパルディアの条約を破棄したことできな臭いとみなされていたフェン王国と接触、軍祭に天ツ上艦隊が招かれる。しかし、そこでパーパルディア皇国軍の襲撃を受けた為、正当防衛として反撃、結果フェン王国へ向かっていたパーパルディア皇国軍は全滅。

 

 

中央暦1639年9月26日

レミールが帝前会議中にクーデターを起こし、主権を握る。弱腰体制をしていたルディアスに代わり、臨時の皇帝になる。

 

 

中央暦1639年11月25日

アルタラスに対してルディアスによって中止されていた要求が突き付けられる。ターラ14世、在アルタラス、パーパルディア大使のカストに発砲。カスト死亡。

 

 

中央暦1639年11月29日

パーパルディア皇国、アルタラスに対して上陸開始。レヴァームから輸出された装備によりパーパルディア皇国軍苦戦。しかし、上陸を許されてアルタラス軍は壊滅。

 

 

中央暦1639年11月30日

同日、レヴァームと天ツ上の外交官がパーパルディア皇国第三外務局長カイオス達と軍祭の件について会談を行う。しかし、途中で皇帝レミールが乱入、突然レヴァームと天ツ上に対して理不尽極まりない要求を突きつけ、さらにはアルタラスに居たレヴァーム天ツ上の民間人が人質に取られる。交渉は決裂、民間人は全員虐殺されてしまう。

 

 

中央暦1639年12月1日

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の代表による、パーパルディア皇国との最後の交渉が行われる。皇女レミールを交えての交渉は決裂し、レミールが無知のまま嫉妬で戦争を仕掛けた事実を知るのみだった。しかし、カイオスからのコンタクトで、パーパルディアとの唯一の接点を作ることに成功する。

 

 

中央暦1639年12月2日

神聖レヴァーム皇国首都エスメラルダにて、戦略会議を開催。今後の方針を決める中、ファナはこの戦争が自分に対する嫉妬で起こったことを初めて知る。

 

 

中央暦1639年12月9日9時55分

レヴァーム天ツ上連合艦隊、アルタラスへ侵攻。9時55分、帝政天ツ上本土へと向かっていたパーパルディア皇国軍艦隊とタイミングが合わさり、アルタラス沖海戦が勃発。連合軍の勝利に終わる。

 

 

中央暦1639年12月9日11時20分

同日11時20分。アルタラスに向けて制空権確保のための艦載機が出撃。アルタラスのパーパルディア皇国基地、ハイペリオン基地のワイバーン部隊と戦闘になるアルタラス空中戦が勃発。連合軍の完勝。

 

 

中央暦1639年12月9日12時35分

同日13時30分。天ツ上の陸軍部隊がアルタラス島に上陸開始。ベルトラン率いる防衛部隊と衝突するアルタラス上陸戦が勃発。包囲殲滅によりベルトラン部隊全滅、連合軍の圧勝。この一連の作戦によりアルタラス島は連合軍の物になる。

 

 

中央暦1639年12月9日15時46分

15時46分、アルタラス島攻撃の一報を受けた演習中だったパーパルディア皇国海軍の竜母「ヴェロニア」からワイバーンオーバーロード20騎が出撃。同空域で訓練飛行を行なっていた狩乃シャルル隊と偶然接触、戦闘勃発。小規模な戦闘だが第二次アルタラス空中戦と記録されている。

 

 

中央暦1640年1月10日

パーパルディア皇国軍によるアルタラス奪還作戦が発動、アルタラスのサン・ヴリエル飛空場の飛空隊と衝突する第二次アルタラス沖海戦が勃発。連合軍は降伏した船や脱出した竜騎士なども狙うなど、容赦のない攻撃を浴びせてパーパルディア皇国軍を撃滅。結果アルタラス島とその制海権を守り切り、連合軍の勝利となった。

 

 

中央暦1640年2月5日10時20分

連合軍、パーパルディア皇国の首都エストシラントへの総攻撃を開始。エストシラント大空中戦が勃発。一部の飛空士が民間人を攻撃したりと、トラブルがあったが、シャルル飛空士の活躍によりエストシラントの制空権を確保、連合軍の勝利となった。

 

 

中央暦1640年2月5日11時30分

北上していた連合軍艦隊はパーパルディア皇国の主力艦隊と戦闘状態に入った。後にエストシラント沖大海戦と呼ばれる戦いである。

パーパルディアは飛空戦列艦を1000隻以上揃えていたにも関わらず、近代飛空戦艦を含む連合軍艦隊には勝てず連合軍の圧勝となった。しかし、エストシラントの海軍本部を砲撃したところで連合軍艦隊はパーパルディア艦隊との戦闘で弾薬が欠乏、撤退させる戦果は挙げた。

 

 

中央暦1640年2月5日13時40分

午後になるとエストシラント上空に雨雲が立ち上り始めた。エストシラントの攻略及びルディアスの救出の為、陸軍及び海兵隊は悪天候の中上陸作戦を決行、エストシラント上陸戦が始まった。

パーパルディア皇国は皇女レミールの命令により、徹底抗戦が叫ばれていた。さらにはエストシラント大空中戦で民間人を虐殺した事により、市民の交戦意識も高まってしまった。

そのため民間人に武装を施す所謂「便意兵」が出現。エストシラントは大規模なゲリラ戦に突入する事になる。結果として、エストシラントの全面制圧には一ヶ月以上かかり、その後の戦略に大きな影響を与えた。

 

 

中央暦1640年3月9日

当初の予定から大幅に遅れてエストシラントを占領した後、レミールがリーム王国へ逃亡した事を掴んだ連合国は、世界に自由パールネウス共和国の樹立とルディアス政権の正当性を語った。結果、ミリシアルやムーが支援する形となり、国際世論はパーパルディアとリームに不利になっていった。

 

 

中央暦1640年3月15日

パーパルディアに残った唯一の工業力であるデュロの能力を撃滅する為、当初の予定から大場に遅れてデュロを航空機で攻撃。デュロ空中戦が起こった。パーパルディア側は密輸されていた対空魔光砲までも投入したが、逆に全て潰されて制空権を奪われ、工業地帯も全滅した。

 

 

中央暦1640年3月16日深夜

デュロ基地から出撃し、レヴァーム本土を狙っていたパーパルディア皇国海軍艦隊であったが、道中のシエラ・カデュス群島にて起こったシエラ・カデュス沖海戦にて、軽巡空艦4隻に全て撃沈された。

 

 

 

中央暦1640年3月30日

戦争に73カ国連合が参戦。連合軍はパーパルディア皇国軍の勢力低下を見込み、アルーニの戦いでパーパルディア皇国軍の三大基地アルーニを殲滅。連合軍はパーパルディア皇国陸軍勢力の大多数を削る事に成功。

 

 

中央暦1640年4月8日

パーパルディア皇国残党軍は亡命先のリーム王国王都ヒキルガに立てこもり、徹底抗戦を続けていた。連合軍はレミールを匿うリーム王国を敵とみなし、ヒキルガに攻め入りヒキルガの戦いが巻き起こった。帝政天ツ上陸軍第一挺身団の活躍もあり、レミールを確保。戦争は終結した。

 

 

 

 

 

 

主な戦役

 

アルタラス沖海戦

日付:中央暦1639年12月9日

 

場所:アルタラス島沖海域

 

交戦勢力:パーパルディア皇国軍vsレヴァーム天ツ上連合艦隊

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国軍

艦隊司令官シウス

艦隊副司令官アルモス

 

レヴァーム天ツ上連合艦隊

マルコス・ゲレロ中将

八神武親中将

 

戦力:

パーパルディア皇国軍

超フィシャヌス級戦列艦「パール」

100門級飛空戦列艦209隻

飛空竜母「ミール」「ガナム」「マサーラ」他17隻

 

レヴァーム天ツ上連合艦隊

エル・バステル級戦艦2隻

他飛空戦艦2隻

スセソール級飛空母艦4隻

新鶴型航空母艦4隻

重巡空艦4

軽巡空艦6

飛空駆逐艦72隻

揚陸艦あかつき丸10隻

航空機840機

 

損害:

パーパルディア皇国軍

戦列艦200隻撃沈

竜母20隻撃沈

ワイバーンロード400騎撃墜

 

レヴァーム天ツ上連合艦隊

損害無し

 

背景:

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上の連合軍は、戦争開始直後と共にアルタラス島を解放することを目標にしていた。戦争開始から7日で艦隊をアルタラスに差し向けていた。

同日、パーパルディア皇国海軍は天ツ上本土を攻撃するための艦隊を整え、同日には既に出撃していた。

偶然にもタイミングが重なった形だが、連合軍艦隊は既にその動きを察知しており、アルタラス島を攻略する()()()()この艦隊を撃滅することを決定した。

 

戦闘経過:

9時55分、高度9000メートルを飛行するサンタ・クルス偵察機が、アルタラスを出発したパ皇軍艦隊を発見。艦隊司令官マルコス・ゲレロはまず航空機で竜母を潰し、残りの艦隊はわざと砲撃戦で勝負をつける事を決定した。

10時10分、連合軍艦隊から艦載機が出撃。

10時48分、竜母艦隊を捉えて攻撃を開始、これを短時間で殲滅した。艦載機は帰還を開始。

11時12分、パ皇軍艦隊司令官シウスは竜母艦隊との連絡がつかない事を不審に思いながらも、連合軍艦隊戦艦部隊と接触した為、思考を中断。

11時15分、パ皇軍の期待の新兵器「飛空戦列艦」を離水させ、同じ土俵で戦おうとしたが、アウトレンジから空雷と砲撃で全滅する結果になった。シウスは上空1000メートルから海面に叩きつけられ、死亡した。

 

評価:

パーパルディア皇国の期待の新兵器である「飛空戦列艦」の初戦場となったが、無残にも敗北を期した為、後世の歴史書での飛空戦列艦の評価を乏しくさせる結果となった。

そもそも、この兵器の大部分がパーパルディア皇国の属領から取った技術で作られている為、キメラと化していて非常に不安定だった事。そもそも戦列艦が空を飛んでも、近代戦艦を含む艦隊に対しては無力である事が、この兵器が無駄になる結果となった。「その二つの弱点を見抜けず、無駄な兵器を作ってしまった事は、当時のパーパルディア皇国の愚かさを物語っている」と後世では評価されている。

 

 

 

 

 

アルタラス空中戦

日付:中央暦1639年12月9日

 

場所:アルタラス島上空

 

交戦勢力:パーパルディア皇国軍vsレヴァーム天ツ上連合艦隊

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国軍

陸軍中将リージャック

 

レヴァーム天ツ上連合艦隊

マルコス・ゲレロ中将

八神武親中将

 

戦力:

パーパルディア皇国軍

飛空戦列艦20隻

ワイバーンロード300騎

ワイバーンオーバーロード3騎

 

レヴァーム天ツ上連合艦隊

航空機840機

 

損害:

パーパルディア皇国軍

飛空戦列艦20隻撃沈

ワイバーンロード300騎撃墜

ワイバーンオーバーロード3騎撃墜

 

レヴァーム天ツ上連合艦隊

損害無し

 

背景:

アルタラス島攻略の第二段階としてアルタラス島の制空権を確保することは、作戦を決める段階から計画されていた。アルタラス沖海戦という予定外の事態こそあったものの、作戦は順調に進んでいた為、予定通り艦載機は出撃した。

 

戦闘経過:

11時20分、連合軍艦隊から艦載機が出撃。一路ピケット艦の支援の下アルタラス島へ一直線に向かった。

11時34分、ピケット駆逐艦がハイペリオン基地にで展開するワイバーン部隊を探知、飛空隊に通達する。

12時04分、両者が接敵して戦闘開始。空戦性能で勝る連合軍飛行隊が優勢であり、物の数分で全滅した。

12時16分、遅れてきた爆攻連合がハイペリオン基地に爆撃を開始、徹底的な攻撃でハイペリオン基地の機能は喪失した。

 

評価:

連合軍の本作戦における投入機数は、ハイペリオン基地の戦力からすると過剰だと評価する歴史学者も多い。が、その分ハイペリオン基地をものの数分で叩きのめし、一切の損害を受けなかったのはマルコス・ゲレロ中将の念に念を押した作戦の賜物だと評価できる。

 

 

 

 

アルタラス上陸戦

日付:中央暦1639年12月9日

 

場所:アルタラス島

 

交戦勢力:パーパルディア皇国陸軍vs天ツ上陸軍天野支隊

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国軍

陸将ベルトラン

副将ヨウシ

 

天ツ上陸軍天野支隊

天野中佐

 

戦力:

パーパルディア皇国軍

飛空戦列艦20隻

戦列歩兵20万人

リントヴルム32頭

 

天ツ上陸軍天野支隊

一個増強大隊2800名

戦車18台

揚陸艦10隻

 

損害:

パーパルディア皇国軍

飛空戦列艦20隻撃沈

ワイバーンロード300騎撃墜

ワイバーンオーバーロード3騎撃墜

 

天ツ上陸軍天野支隊

損害無し

 

背景:

アルタラス島開放の第三段階として用意されていた作戦。当初の予定通り、天ツ上の揚陸艦が中央海戦争以来初めて投入された。

 

戦闘経過:

13時30分、海岸線に到達した天ツ上陸軍あかつき丸6隻は、ビーチングや飛空大発動艇を用いて戦車や歩兵師団を上陸させる。

同時刻、ベルトラン率いるアルタラス島防衛部隊、戦闘開始。

13時31分、ベルトラン部隊が天ツ上の八式中戦車10台と対峙、リントヴルムの攻撃の前に手法による攻撃を受ける。

13時32分、ベルトラン部隊は戦車に対して牽引式魔導砲を斉射。しかし、効果は無かった。

13時35分、リントヴルム全個体死亡、歩兵部隊は丸裸になった。同時に後方に回り込ませたあかつき丸の部隊が、ベルトラン部隊を包囲。

13時39分、ベルトラン部隊は降伏を決意、第三文明圏での降伏の合図を出す。

13時40分、それを確認した天野中佐、敵将軍と通信を繋ぎ行動の真意を問う。

13時41分、レヴァーム人と天ツ人を虐殺した部隊が、簡単に降伏する事に対して怒りを感じた天野は降伏を無視、攻撃を開始。

13時42分、ベルトラン部隊、支援砲撃により全滅。戦闘終了。

 

評価:

ベルトラン部隊が全滅したのは、天野支隊によるアルタラスの悲劇に対する復讐の意味も多い。天野支隊の隊長である天野中佐はアルタラスの悲劇で孫娘を残忍な方法で殺されており、「そんな事をしでかした部隊が、都合よく降伏することが許せなかった」と後に語っている。

因みに、本戦いは帝政天ツ上の戦史史上初めての包囲殲滅戦であった。今までの歴史の中で包囲殲滅をして来なかった天ツ上であるが、そんな彼らが降伏を無視して殲滅するほど、アルタラスの悲劇の影響は大きかったという事である。

 

 

 

 

第二次アルタラス空中戦

日付:中央暦1639年12月9日15時46分

 

場所:アルタラス沖海域

 

交戦勢力:パーパルディア皇国海軍竜騎士団vs神聖レヴァーム皇国ネクサス飛空隊

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国軍

不明

 

神聖レヴァーム皇国ネクサス飛空隊

狩乃シャルル大尉

 

戦力:

パーパルディア皇国海軍竜騎士団

ワイバーンオーバーロード20騎

 

神聖レヴァーム皇国ネクサス飛空隊

アイレスV3機

 

損害:

パーパルディア皇国海軍竜騎士団

ワイバーンオーバーロード20騎撃墜全滅

 

神聖レヴァーム皇国ネクサス飛空隊

損害無し

 

背景:

 

戦闘経過:

15時30分、狩乃シャルルは列機のメリエル・アルバスと訓練生ターナケインを誘い、訓練飛行をする事になり、サン・ヴリエル飛空場を飛び立った。

15時46分、飛行開始から16分後、シャルル機が西方向に所属不明のワイバーン部隊を発見。一機のみで戦闘に入る。

16時00分、ワイバーンオーバーロード部隊全滅、戦闘終了。

 

評価:

この戦闘は「海猫」こと狩乃シャルル飛空士が、卓越した操縦技術を持っていると評価されている。彼はアイレスVが空戦性能で勝るとはいえ、20騎のワイバーンオーバーロードを相手にたった1人で殲滅した。そのエースとしての実力は、後のエスシラント大空中戦でも発揮されている。

 

 

 

 

第二次アルタラス沖海戦

日時:中央暦1640年1月10日

 

場所:アルタラス沖海域

 

交戦勢力:パーパルディア皇国軍vsレヴァーム天ツ上連合軍

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国軍

不明

 

レヴァーム天ツ上連合軍

基地司令アントニオ大佐

 

戦力:

パーパルディア皇国軍

飛空戦列艦200隻

ヴェロニア級飛空竜母40隻

ワイバーンオーバーロード800騎

 

レヴァーム天ツ上連合軍

航空機400機以上

 

損害:

パーパルディア皇国軍

飛空戦列艦200隻

ヴェロニア級飛空竜母40隻

ワイバーンオーバーロード

 

レヴァーム天ツ上連合軍

損害無し

 

背景:

皇女レミールは魔石の生産地としてアルタラスを重視していた。レミールの計画するレヴァーム天ツ上攻略戦争のため、アルタラスへ向けての再侵攻が行われた。

 

 

 

 

 

 

エストシラント大空中戦

日時:中央暦1640年2月5日

 

場所:エストシラント上空

 

交戦勢力:パーパルディア皇国陸軍vsレヴァーム天ツ上連合軍

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国陸軍

陸将メイガ

 

レヴァーム天ツ上連合軍

マルコス・ゲレロ中将

 

戦力:

パーパルディア皇国陸軍

ワイバーンオーバーロード600騎以上

 

レヴァーム天ツ上連合軍

航空機500機以上

あかつき丸飛行隊100機

 

損害:

パーパルディア皇国海軍

ワイバーンオーバーロード590騎以上

民間人死者1万人以上

 

レヴァーム天ツ上連合軍

損害無し

 

背景:

連合軍はエストシラントへの本格上陸の為、同地にある陸軍基地の撃滅を狙っていた。エストシラント北にある陸軍基地は、パーパルディアの中で三本の指に入る巨大基地であり、ここを攻略することはエストシラント攻略のための最重要要素だった。

 

評価:

当時のレヴァーム空軍の虐殺に関しては、後世の歴史では言うまでもなく非難されている。すぐ後に起こるエストシラント上陸戦に出てきた便衣兵とは違い、完全な私怨による虐殺行為であるからであろう。しかも、その後すぐに出てきたワイバーン400騎に対して、交戦能力を使い果たしてしまっているのも「あまりにも間抜けである」と非難されている。

しかし、虐殺をした飛空士の尻拭いの為殿としてエストシラント上空に残り、400騎のワイバーン相手に奮闘して戦場伝説を作り上げた狩乃シャルル飛空士の実力は、対象的に評価されている。これが、彼の海猫伝説の始まりであった事を考えると、尚更である。

 

 

 

 

エストシラント沖大海戦

日時:中央暦1640年2月5日

 

場所:エストシラント沖

 

交戦勢力:パーパルディア皇国海軍vsレヴァーム空軍艦隊

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国海軍

海軍総司令官バルス

作戦参謀マタール

艦隊司令官アルカオン

 

レヴァーム天ツ上連合軍

マルコス・ゲレロ中将

 

戦力:

パーパルディア皇国海軍

150門級戦列艦「デュオス」含む、飛空戦列艦1000隻以上

飛空竜母50隻以上

ワイバーンオーバーロード1000騎以上

 

レヴァーム空軍艦隊

エクレウス級飛空戦艦2隻

ボル・デーモン級重巡空艦2隻

アドミラシオン級軽巡空艦4隻

 

損害:

パーパルディア皇国陸軍

飛空戦列艦1000隻以上撃沈

飛空竜母50隻以上撃沈

ワイバーンオーバーロード1000騎以上撃墜

 

レヴァーム天ツ上連合軍

損害無し

 

背景:

エストシラントへの航空攻撃を受けたパーパルディアは、近いうちに海上侵攻があると予測。主力艦隊を全て出撃させて対応した。

一方、レヴァーム空軍艦隊は狩乃シャルル機の収容のために北上しており、パーパルディア艦隊と近い危険な状態であった。

 

評価:

近代戦艦を含む艦隊に対しては、戦列艦では無力だと決定的にした。これにより、各国海軍に衝撃が走り、戦艦の建造競争が起こるまでになった。

しかし一方で、空軍は陸軍海兵隊との連携を疎かにしてしまい、結果としてエストシラントの泥沼化を防げなかった事は陸軍海兵隊から非難された。

 

 

 

 

エストシラント上陸戦

日時:中央暦1640年2月5日〜3月6日

 

場所:皇都エストシラント

 

交戦勢力:パーパルディア皇国陸軍vsレヴァーム天ツ上上陸部隊

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国陸軍

陸将メイガ

 

レヴァーム天ツ上上陸部隊

大内田和樹中将

 

戦力:

パーパルディア皇国陸軍

戦列歩兵100万人以上

装甲地竜3000以上

民間人多数

 

レヴァーム天ツ上上陸部隊

レヴァーム陸軍10個師団

レヴァーム海兵隊10個師団

天ツ上陸軍10個師団

LST-1級戦車揚陸艦300隻以上

あかつき丸他揚陸艦50隻以上

 

損害:

パーパルディア皇国陸軍

軍人死者80万人以上

民間人死者50万人以上

 

レヴァーム天ツ上上陸部隊

死者800名

重軽傷者8000名

戦車26台

 

背景:

 

戦闘経過:

パーパルディア皇国は皇女レミールの命令により、徹底抗戦が叫ばれていた。そのため民間人に武装を施す所謂「便意兵」を投入した。

結果、エストシラントは大規模なゲリラ戦に突入。レヴァームと天ツ上があまり経験したことの無い市街地戦なのも相まって、混乱と犠牲が相次ぎ、進軍は遅れに遅れた。

パラディス城到達までは8時間以上かかり、途中で夜間戦闘に突入したが、幽閉されていたルディアスの救出には成功した。しかし、その後も戦闘は続く事になる。

パーパルディア軍は下水道などに地下陣地を築いており、艦砲射撃で焼き払ってもなかなか攻略出来なかった。夜中は日中よりも攻撃が激しくなった為夜も眠れず、さらには抵抗もさらに激しくなった。

当初「3日で終わる」とされていた制圧戦は結果として一ヶ月かかり、その後の連合軍の戦略に大きな影響を与える結果となった。又、そのストレスのせいで、PTSDになる兵士も相次いだ。

 

評価:

これは神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上が初めて経験したゲリラ戦として有名である。しかし、便衣兵が出現する原因は、レミールの宣言よりも空軍の虐殺行為によるものも大きく、後に陸軍海兵隊は空軍を非難している。

ここでの戦訓は大きく、後に対ゲリラ戦戦術として「空軍との連携を密にする」「隠れる場所は徹底的に焼き払う」「市街地戦では区画を虱潰しに制圧する」という戦術が生まれた。

 

 

 

 

デュロ空中戦

日時:中央暦1640年3月15日

 

場所:工業都市デュロ

 

交戦勢力:パーパルディア皇国陸軍vs天ツ上海軍

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国陸軍

デュロ基地司令ストリーム

 

レヴァーム天ツ上上陸部隊

司令官不明

波佐見真一少佐

 

戦力:

パーパルディア皇国陸軍

ワイバーンオーバーロード500騎以上

対空魔光砲20基

その他デュロ防衛隊

 

天ツ上海軍

艦載機360機

陸上攻撃機流水120機

 

損害:

パーパルディア皇国陸軍

ワイバーンオーバーロード500騎以上

対空魔光砲20基

デュロ工業地帯全滅

 

帝政天ツ上海軍

流水1機被弾

 

 

 

 

 

シエラ・カデュス沖海戦

日時:中央暦1640年3月16日

 

場所:シエラ・カデュス群島沖

 

交戦勢力:パーパルディア皇国海軍vs天ツ上海軍第9戦隊

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国海軍

「ムーライト」艦長サクシード

 

天ツ上海軍第9戦隊

指揮官不明

「井吹」艦長白乃宮イザヤ大佐

 

戦力:

パーパルディア皇国海軍

飛空戦列艦250隻

 

天ツ上海軍第9戦隊

軽巡空艦4隻

 

損害:

パーパルディア皇国海軍

飛空戦列艦250隻

 

帝政天ツ上海軍第9戦隊

損害無し

 

 

 

 

 

アルーニの戦い

日時:中央暦1640年3月30日

 

場所:アルーニ基地

 

交戦勢力:パーパルディア皇国陸軍vsレヴァーム天ツ上連合軍&73カ国連合軍

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国陸軍

即応隊長リスカ

 

レヴァーム天ツ上連合軍

マルコス・ゲレロ中将

大内田和樹中将

 

73カ国連合軍

司令官ミーゴ

 

戦力:

パーパルディア皇国陸軍残党

戦列歩兵30万人

 

レヴァーム天ツ上連合軍

レヴァーム陸軍10個師団

レヴァーム海兵隊10個師団

天ツ上陸軍10個師団

戦艦4隻

空母4隻

軽重巡空艦14隻

飛空駆逐艦96隻

 

73カ国連合軍

兵力30万人

 

損害:

パーパルディア皇国陸軍残党

死者28万名

 

レヴァーム天ツ上連合軍

損害無し

 

73カ国連合軍

死者65名

負傷者254名

 

 

 

 

 

 

ヒキルガの戦い

日時:中央暦1640年5月1日

 

場所:リーム王国王都ヒキルガ

 

交戦勢力:パーパルディア皇国陸軍残党&リーム王国軍vsレヴァーム天ツ上連合軍&73カ国連合軍

 

指導者/指揮官:

パーパルディア皇国陸軍残党

総司令官アルデ

皇女レミール

 

リーム王国軍

王下直轄軍大将軍リバル

 

レヴァーム天ツ上連合軍

マルコス・ゲレロ中将

大内田和樹中将

 

73カ国連合軍

司令官ミーゴ

 

戦力:

パーパルディア皇国陸軍残党

戦列歩兵10万人

 

リーム王国軍

戦列歩兵8万人

 

レヴァーム天ツ上連合軍

レヴァーム陸軍10師団

レヴァーム海兵隊10個師団

天ツ上陸軍10個師団

天ツ上陸軍第一挺身団

戦艦4隻

空母4隻

軽重巡空艦14隻

飛空駆逐艦96隻

 

73カ国連合軍

兵力30万人

 

損害:

パーパルディア皇国陸軍残党

死者9万名

総司令官アルデ拳銃自殺

皇女レミール確保

 

リーム王国軍

死者6万名

 

レヴァーム天ツ上連合軍

損害無し

 

73カ国連合軍

死者12名

負傷者124名

 

 

 

 



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閑章《エスペラント事変編》
間章第1話〜新たなる外交〜


ここからは閑章でございます。ところで私、グラ・カバル=カルロ・レヴァーム説を思いついたのです。

○根拠その1『皇族の皇太子』
両方ともグ帝とレ皇の皇太子である。

○根拠その2『バカ』
・グラ・カバル
最前線の最前線のバルクルス基地に周囲の反対を押し切って赴き、結果日本に囚われる。

・カルロ・レヴァーム
相当な愚か者。極秘の海猫作戦なのに通信をよこして海猫作戦の所在がバレてしまう原因となった。波佐見から「前代未聞の愚か者」と言われている。


こりゃ……生まれ変わりなんじゃ……


「はぁ……ようやく終わったわね……」

 

 

1週間続いたエスメラルダ会議が終結し、やっと一段落付けるとため息をつくファナ・レヴァーム。彼女の疲労はすでに限界近くに達しており、彼女の周りを歩む周りの外交官にも疲れが見える。

 

 

「これが終われば、後は先進国11カ国会議の準備です。頑張りましょう」

「はい……そうですね。先進国11カ国会議は2年後、準備期間に色々こなさなければ」

 

 

先進国11カ国会議の事は、ミリシアルから直々に伝えられていた。開催までは後2年近くあるので、その間に色々こなす必要がある。

 

 

「長官、お疲れの所申し訳ありませんが、お一つ報告がございます」

 

 

会議室にまで行くまでの廊下で、ナミッツ提督が合流してファナに話しかける。本当はこれから休む所だったのだが、公務なら仕方がないと割り切ってファナはナミッツの報告を聞く事にした。

 

 

「……詳しいことは会議室でお聞きします、そちらに集合で」

「はい、分かりました」

 

 

ファナは一旦休憩に入り、簡単な食事を済ませて休憩を挟むと、再び公務に戻っていく。エスメラルダの会議室に集まると、そこには軍の高官だけでなく各種大臣達が集まっていた。その事に少しだけ疑問を抱えながらも、ファナは長官の席に座る。

 

 

「まず初めに長官、天ツ上の第二使節団艦隊が天ツ上本土に帰還しました。今回は、その報告でございます」

 

 

第二使節団艦隊、たしか天ツ上がパーパルディア皇国戦の間に、東回りでフィルアデス大陸やグラメウス大陸を回っていった艦隊だった。

 

 

「何か急務の事態でも?」

 

 

ファナは軍の高官や各種大臣をこの場に集めている事を疑問に思い、思わず質問してみた。

 

 

「はい、その通りです。まずは皆様にご質問があるのですが、『アニュンリール皇国』と言う国をご存知でしょうか?」

「?」

 

 

会議の参加者が全員顔を見合わせ、なんの事かと疑問を持った。

 

 

「今回の件は、アニュンリール皇国についての件です。アニュンリール皇国は、南方世界を治める国家で、文明圏外国でこそあれ、広大な土地を支配していることから先進11ヵ国会議に招かれたいたそうです」

「その国が、一体どうしたのだね?」

 

 

思わず、マクセルが質問する。

 

 

「……まずは、こちらの写真をご覧ください」

 

 

そう言って、ナミッツはファナ達全員に資料を配る。ファナはその資料を読むために眼鏡をかける。ファナは最近執務が激化しているため目が悪くなっている、そのため眼鏡をかけるようになったのだ。

 

その資料には、カラー写真で発展した街の写真が貼られている。その街はかなり発展していて、ミリシアルのルーンポリスもかくやと言う規模である。

 

 

「この写真は……?」

「この写真は、アニュンリール皇国の首都『皇都マギカレギア』です」

「「「「「え!?」」」」」

 

 

ナミッツのその言葉に、会議室の全員がギョッとして振り返った。彼らの反応は、最もな反応だろう。先程ナミッツが、「アニュンリール皇国は文明圏外のカテゴリーに入る程度の国力」だと言った。

 

しかし、この写真に写る都市はどうだろうか? 高いビルが立ち並び、港にはクレーンも沢山ある。夜の写真も煌びやかで、どう見ても電気などが通っている。

 

 

「この写真は、レヴァーム海軍のデル・ガラパゴス級潜水艦が潜水中に撮影した写真になります」

「馬鹿な……よく見ると魔導戦艦まであるじゃないか……」

「…………君はさっきアニュンリール皇国は文明圏外だと言っただろう? それなのにこれは一体どう言う事だね?」

 

 

マクセルの質問に、ナミッツは臆する事なく答える。

 

 

「これは間違いなく、アニュンリール皇国で一番発展していました。アニュンリール皇国は、『ブシュパカ・ラタン』と呼ばれる島しか海外に開放していないらしいのですが、本国はさらに発展していると言う事です」

 

 

ナミッツは一呼吸置く。

 

 

「彼らは、何かを隠しております。これを前提に、今回の第二使節団艦隊の報告を行いたいと思います」

 

 

ファナ達に次の資料が配られる。ファナは眼鏡を揃えてその資料を読み始める。

 

 

「これは……」

 

 

そこには、アニュンリール皇国の陰謀の数々が描かれていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

時は遡る、中央暦1639年11月25日。

 

パーパルディアとの戦争が始まる前、まだ平和だった頃。帝政天ツ上の東都にて、その空が歓声に包まれていた。

 

空が影に包まれる。

 

盛大な歓声が東都全体を包み込む。空には、民衆の声をかき消すほどの巨大な影が君臨していた。上空を支配しているのは、巨大な飛空機械だった。

 

彼らはその名も第二使節団艦隊。そう、中央世界や第二文明圏に向かった第一使節団艦隊、その第二陣だ。

 

砲艦外交の一環として始まった、レヴァームと天ツ上の使節団艦隊計画。それはパーパルディアとのイザコザにより出航が11月にまで延期になったが、今度は天ツ上の番で始まった。

 

 

「いよいよ出発ですね」

「そうでございますな」

 

 

歓声を浴びる薩摩型飛空戦艦『敷島』の内部にて、美しい少年が一人佇んでいた。紫色の髪色を後ろで束ねた美しい少年である、彼は帝政天ツ上の皇族聖天殿下であった。

 

女性のような長い紫色のさらさらとした髪を後ろで結っているその姿は、女性にも見えるほど美しい。キリッとした背筋と身に羽織った軍服の姿には、見るものを男女問わず魅了するだろう。

 

 

「この計画は責任重大だ」

 

 

狭い艦橋の中では、他にも何人かの人間がいた。聖天が話しているのは、八神武親中将、笠井隆寛中将と田中一清少将だった。総司令官は八神中将、副司令兼戦艦艦隊の司令官が笠井中将、参謀長が田中少将である。

 

第二使節団艦隊編成

新鶴型飛空母艦『白鷹』『翔鷹』

薩摩型飛空戦艦『敷島』『日向』

紀伊型飛空戦艦『紀伊』『尾張』

阿蘇型巡空戦艦『阿蘇』『鶴見』

龍王型重巡空艦『九重』『尾鈴』『市房』『祇園』

高蔵型重巡空艦『足立』『田原』

筑後型軽巡空艦『吉野』『木津』

島風型高速駆逐艦『初明』『豊栄』『細雪』『淡雪』『五月雨』『高波』他4隻

梅型高速駆逐艦『竹』『松』『紫陽花』『朝顔』『向日葵』他25隻

補給艦16隻

試作型輸送艦8隻

 

 

「参ろう、新たなる世界へ」

「ええ」

 

 

聖天殿下は改めて八神中将にそう言った。そう、これは砲艦外交ではない。新たな世界へ歩む進行なのだ。

 

 

「艦長、出航だ」

「了解です、出航します」

 

 

『敷島』の艦長、瀬戸衛もそれに頷く。第二使節団艦隊の軌跡が、今始まった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上のいる海域から北東方向に約3000kmの位置に、高さ約1500mの山が、まるでカルデラのようにリング状になっている。そして、そのリングの内側には内海が広がっている。

 

そしてそのリング状の山の内側からさらに100km北東の位置に、天ツ上のある東方大陸の半分ほどの大きさの島があった。

 

・カルアミーク王国

・ポウシュ国

・スーワイ共和国

 

ここにはこの3国が存在する。その島は海岸が無く、島の全周が絶壁の崖である。彼らは外の世界には何もいないと考えており、世界は自分たちの狭い空間だけだと思っていた。

 

カルアミーク王国の王都アルクール、ウイスーク公爵家。

 

王国の3大諸侯、建国時に大きな功績をあげたウイスーク公爵家、その大きな屋敷の中で、1人の女が本を読んでいた。

 

本の名前は『英雄の伝説』。

 

数々の英雄伝説が書かれた本、主だった内容な鉄の竜に乗った騎士が数々の王国を助けていく物語だ。その女性、20歳になったばかりのエネシーはハマっていた。

 

 

「エネシー、朝ごはんの時間よ!!早く降りて来なさい」

「はーい」

 

 

エネシーは、食事後にまた読もうと思い、本をベッドの上に置き、食堂に向かった。いつもの朝食が始まった。

 

 

「エネシー、あなた小さい子が読むような本ばかり読んでないで、彼氏の1人でも見つけて来たらどうだい?もう20歳にもなるのだから」

 

 

母のニッカが痛いところをついてくる。母の言う通り、20歳になってもエネシーは彼氏ができておらず、このままでは行き遅れになる可能性があった。

 

 

「母さん、エネシーに彼氏はまだ早いよ」

 

 

エネシーの父、ウイスーク公爵は娘を庇う。

 

 

「早いもんですか!女盛りの時期に男が出来なかったら、男なんて一生出来やしないよ。ちょうど1カ月後に、王国建国記念祭りがあるでしょう?カルアミーク王国の1大イベントよ。一緒に行けるような男はいないの?」

「うん、いないよ。」

 

 

エネシーは静かに答える。母に言った通り、エネシーには家柄の関係で、そのような幼なじみや友人もいなかった。

 

 

「いないなら、建国記念祭で見つけておいで!」

「うーん、そういう出会いってなんだかなぁ」

「?」

「やっぱりこう……劇的な出会いがしたい!心が揺さぶられるような」

「あんた、劇みたいな事を言ってないで、現実を見なさいよ」

 

 

本音で話をする家族の会話がそこにはあった。

 

 

「そういえば……」

 

 

ウイスーク公爵が話に割って入る。

 

 

「最近霊峰ルードの火口付近に、魔物が集まっている事が確認されているんだ。王都からは遠いから問題は無いと思うが、念のために王都から勝手に出てはいけないよ。特にエネシー、気をつけなさい」

「はーい、ごちそうさま!」

 

 

エネシーは、自室に戻り、ベッドの上に置いてあった本を開く。その本、英雄の伝説は、今までにあった王国の歴史で様々な英雄的出来事が記されている。

 

中でもエネシーが好きだったのは、本の最後に記された預言者トドロークの預言、王国の危機について記された1文だった。本にはこうある。

 

『異界の魔獣現れ、王国に危機を及ぼさんとする時、天翔る魔物を操りし異国の騎士が現れ、盟約により王国のために立ち上がる。王国は建国以来の危機に見舞われるだろう。異国の騎士の導きにより、王国は救われるだろう』

 

良く意味の解らない文章であるため、一般的にはとんでも予言者として通っていたが、エネシーは信じていた。

 

 

「私の……運命の人は、きっとこの騎士様よ……王国が危機になるのは困るけど、必ず私のナイトは現れる!!」

 

 

エネシーは少し邪気の含んだ笑顔で本を閉じた。

 



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閑章第2話〜海猫の伝説〜

航海から二日後。補給艦と輸送艦を伴っているため、艦隊の足並みは遅い。途中で海上での充電を挟みながら、レヴァームと天ツ上から北東に3000キロ離れた場所にまでたどり着く。

 

ここには、標高1500メートルの輪状の山々で囲まれており、その内部に巨大な島がある事をレヴァームの潜水艦が発見していたのだ。

 

レヴァームのデル・ガラパゴス級潜水艦には元々大瀑布を超えて通商破壊を行うための揚力装置が付いているため、空からの偵察ができていた。

 

その情報をもとに、今回の使節団はその島に国がないかを調査する事も目的に入っている。しかし、このような特異な地形をした場所に使節団を送るのは、少し骨が折れた。

 

何しろ、辺りに滑走路はもちろんない。そのため航空機では行けない。もしかしたら水上機なら行けるかも知れないが。

 

もちろん、垂直離着陸が出来る飛空艦を使えば、このような特殊な地形の場所にも使節団を送ることができる。が、それでは威圧になってしまう。

 

おそらく彼らは外の世界を知らない人種であるため、いきなり飛空艦で行けば警戒されてしまうのだ。そのため、飛空艦は山脈と島の間の内海でしか使えない。そこで、編み出されたのが……

 

 

「綺麗な機体だな……」

 

 

飛空訓練生ムーラは、新鶴型飛空母艦『白鶴』の甲板上の上で、『サンタ・クルス』を見ながらそう言った。

 

かつてのロウリア戦役でワイバーンを操縦し、海猫に落とされたムーラ。彼はかなり優秀で、訓練課程をシードされていた。そのため、実地訓練の一環として今回の派遣に加えられている。

 

編み出されたのは、飛空艦を内海まで運び、その上空を水陸両用機で外交官を運ぶ方法だ。しかし、天ツ上海軍の偵察機『彩風』にはフロートは装備されておらず、代わりにレヴァームから『サンタ・クルス』を輸入したのだった。

 

 

「お主が今回操縦する飛空士だな?」

「あなたは……?」

 

 

端正な顔立ちをした女性のような人物が、ムーラの後ろに立っている。

 

 

「失礼した。我は、帝政天ツ上第一皇太子の聖天と申す」

「せ、聖天宮様!?」

 

 

そこにいたのは、帝政天ツ上の第一皇太子と名高い聖天であった。彼は、交渉を円滑に進めるために皇太子として今回の派遣に自ら加わったのだった。

 

 

「今回は、操縦をよろしく頼むぞ」

「は、はい!」

 

 

相手は皇族。いつも以上に気合を入れ直し、ムーラはサンタ・クルスの水素電池スタックに火を灯すのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

1人娘、エネシーは親に内緒で、ある決意をしていた。

 

間もなく開催される建国記念祭、公爵家の娘として、ドレスを着るのだが、べノンの花は絶対に外せない。それを取りにいくために、王都を抜け出していた。

 

まず街の商人たちに声をかけたが、今年は不作であり、わずかな在庫もすでに買い取られているという。しかしエネシーは、小さいころ、山でべノンの花を多く見た事があった。それを取りに行くしかない。

 

 

「日があるうちなら、きっと大丈夫!」

 

 

彼女は親に黙って、勝手に王都を抜け出す準備をする。

 

 

『魔物が危険だから王都から出てはいけないよ』

 

 

父の言葉が脳裏をよぎるが、彼女はお構いなしに王都の外にある山に向かった。よく晴れた日で、空を見上げると雲は高い。青空が一面に広がる、風も心地よい。その背の高い木々の下をエネシーは歩いていた。

 

小川の音、鳥のさえずる声、風のささやか、とにかく気持ちがいい。たしか、近くの小さな丘を登ったところにベノンの花が咲き乱れていたと思う。彼女は慣れない手つきで丘を登る。丘の上に着くと、彼女の思っていたとおり、野生の花が咲いていた。

 

 

「わぁ……」

 

 

きれいな花、彼女はその中でも特に気に入っていた花を摘む。と、その時。ガサッとした音が聞こえてきた。びっくりして振り返ると、野生の二重まぶたイノシシがいる。二重まぶたイノシシは、気性がおとなしく、人懐っこいため、人間に害はないとされていた。

 

 

「もう! 驚かさないでよ……」

 

 

しかし次の瞬間、何か大きいものが眼前に飛び出してくる。影が飛び出し、イノシシを捕まえてぐちゃぐちゃに引き裂いた。

 

 

「な!!」

 

 

イノシシが悲鳴をあげる。

 

 

「あ……あ……」

 

 

エネシーの前には、全長が3メートルにも及び、足が6本、体の筋肉はむき出しになり、黒く、目の吊り上がった魔獣が1匹。頭からは角が12本生えている。

 

今まで読んだことのある本に記載されていた伝説の魔獣、12角獣の姿がそこにはあった。エネシーの眼前で、生で食べられるイノシシ。

 

 

「確か、12角獣の生態って……」

 

 

『人間に高い敵意を抱き、お腹がすいていなくても、人間に襲い掛かってくる』と書いてあったのをエネシーは思い出した。

 

 

「い……いやぁぁぁぁぁぁ!!! 魔物が!! 魔物が!!! いやぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

たまらず叫ぶエネシー。一目散に逃げ始め、生き残るために必死で足を進めた。頭をめぐる死の予感。

 

 

「いやだ!! 私はまだ若い、まだ……死にたくない!! 結婚だってしたいし、子供も産みたい! 死んでたまるか!!!」

 

 

エネシーは、12角獣に対し、逃げることしか出来ないと思い、本気で逃げ始める。

 

 

「シュギャァァァァァ!!!」

 

 

咆哮をあげ、魔物は迫ってくる。その運動能力は、エネシーが本で読んだ知識以上に高いものであった。速い、とてつも無く速く、エネシーの身体能力では到底及ばない。

 

 

「速い!!」

 

 

このままではあっさりと追いつかれてしまうだろう。

 

 

「助けて……助けて……誰か助けて……私の将来のナイト!! あんた未来の嫁が死にそうな時に何をやってんのよ!!!」

 

 

様々な思考が、エネシーの脳裏を駆け巡る。勿論片方の思考は、エネシーの勝手な妄想なのである。

 

 

「だめだ、もう追いつかれる!」

 

 

エネシーは死を覚悟した。しかしふと、影が太陽を遮る。「ブォォォン!!!」という体の芯から震えの来る咆哮。続けて風を切り裂く音。

 

 

「なっ!!」

 

 

見えたのは青灰色の体、青色の翼、美しいスラリとした姿。それがなんなのか分からなかったが、彼女は伝説の本でだけ見たことがあった生物を思い出す。

 

 

「まさか……竜!!」

 

 

今更ながらに気付く。その透明な膜の中に何やら人らしき人物が載っていることが判明したのだ。

 

 

「人が……人が乗っている!!!」

 

 

──神様が……私のためにナイトを遣わしてくれた!!!!

 

 

ここに、エネシーの壮大な勘違いが始まった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

同時刻、聖天宮殿下を乗せた『サンタ・クルス』と、護衛と外交官を乗せた島風型駆逐艦『五月雨』は、カルアミーク王国の王都から1つの山を隔てた西側約10キロ地点に降り立った。

 

王都からも山を隔てているため、視界が遮蔽され、北側にある主要道路と思われる山道からも、小さな丘を隔てて着陸しており、着陸の様子は誰にも見られてはいないだろう。

 

使節団の護衛が下されるのを上空で旋回しながら見てきたムーラは、今度はサンタ・クルス改の着陸地点を探す。その時だった。

 

 

「い……いやぁぁぁぁぁぁ!!! 魔物が!! 魔物が!!! いやぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

どこからか、プロペラの音を遮ってまで聞こえてくる大声が聞こえてきた。

 

 

「ど……何処だ!?何処から聞こえている?」

 

 

上空から聞こえてくるほどの大声ということは、それだけの緊急事態という事である。女性の悲鳴は、北側から聞こえてくる。その方向に目を向けると……

 

 

「あそこだ!!」

 

 

ムーラより先に、聖天の視力が確実に女性を捉えてていた。森の中で逃げ惑う女性、その後ろに巨大な生き物がついている。おそらくは魔物。

 

 

「ムーラ殿、助けられるか?」

「もちろんです、行きますよ!」

 

 

ムーラはその方向に機首を下げ、一気に降下し始めた。本来の『サンタ・クルス』には武装が無いのだが、ムーラたちが乗る『サンタ・クルス』の機首にはもっこりと出っ張りが出ていて、そこに追加の機首武装が付いているのは明らかだった。

 

その名も『サンタ・クルス改』、「彩風には前方機銃がついているのにサンタ・クルスにないのはおかしい」と言って追加された機首13ミリ機銃2門と弾薬900発は、魔獣を相手にするのには持ってこいだった。

 

 

「良かった、何とか間に合いそうだ」

 

 

女性の逃げている方向から機首を下げ、魔獣を狙う。魔獣はかなり速いが、『サンタ・クルス改』で狙えなくはない。

 

 

「人間を襲うなんて、お仕置きが必要だな」

 

 

そう言ってムーラは機銃の引き金を引いた。放たれた13ミリの機銃弾が、次々と魔獣に炸裂していき、その皮膚や内臓をズタズタに引き裂いていく。

 

そのまま機首を上げ、『サンタ・クルス改』の機動性で一気に駆け上る。『サンタ・クルス』は、アイレスⅢのモデルにもなったほどの旋回性能、上昇力を備えている。あっという間に高空まで飛び上がった。

 

 

「食ったらマズそうだな」

 

 

ムーラは率直な感想を漏らし、『サンタ・クルス改』が着陸できそうな場所を探す。すると、近くに真っ直ぐな川があるのを見つけ、そこへ向けて着水する。

 

格納されていたフロートを出し、ゆったりとフラップを出して着陸態勢に入る。水面まで降下すると、一瞬ガタンと揺れたと思ったらその後は水面を滑るように着水した。

 

 

「よし……人助けは出来たな」

「ええ、降りましょう」

 

 

ムーラと聖天は一息吐き、風防を開けて『サンタ・クルス改』の操縦席から出る。すると、河岸に様子を見にきた先程の女性がいた。

 

 

「お主無事か? ケガは無いな?」

 

 

聖天が先に声をかける。女性は少し固まっている。命が危なかったのだ、無理もない。女性はゆっくりと手を出す。

 

 

「あ……ありがとうございます」

 

 

彼女は手をとり、ゆっくりと立ち上がり、聖天を見る。何故か女性の頬はほのかに赤く、目が潤んでおり、やけに見つめられるが、気にしない事とする。

 

戦いが終わった後、護衛の天ツ上の陸戦隊たちが地をかけてやってくる。この走りにくそうな地面を、重い荷をもって走ってきたにも関わらず、ずいぶんと早い到着だ。聖天はその身体能力に関心する。

 

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、この女性を襲っていた魔獣はムーラ殿が片付けた」

「すごいな……とても訓練生とは思えない……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

私が死を覚悟し、神に祈った時、神様は私に1人の騎士様を遣わしてくださった。普通の騎士様が現れても私は心を奪われたことだろう。

 

しかし、私の前に現れた騎士様は、伝説や物語でしか見たことのない鉄の竜に乗っていた。

 

 

「竜の騎士……ドラゴンナイト様」

 

 

竜の騎士様はドラゴンを操り、私を襲おうとした強い魔獣をたった1騎で、しかもわずかな時間で滅した。

 

その御力は人間の力を大きく超えている。騎士様は近くの川に降りてきた。私は気になって追いかけてみたら、竜からは二人の人間が出てきた。片方の、黒い服を着た竜騎士が私に声をかけてくれた。

 

 

「お主無事か? ケガは無いな?」

 

 

彼は女性のような顔立ちをしているが、声付きで男だと分かった。その声は高くもなく低くもなく、包み込まれるようであり、声をかけられただけでとろけてしまいそうだった。

 

竜の騎士様の差し伸べた手はすべすべとしていて女性のようだった。この際性別など関係ない、エネシーはすっかり彼に惚れ込んでいた。

 

 

──エネシーはもうあなたのとりこです!

 

 

エネシーはすっかり聖天に惚れ込み、他のことが見えなくなっていた。と、森の先から変な色の服を着た汚らしい格好をした男たちが数名やってきた。その格好は一言で言えば野蛮であり、エネシーは「森の蛮族」と命名した。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

エネシーと騎士に声をかけてくる。

 

 

──ああ、なるほど、竜騎士様の配下の者か。

──しかし、竜騎士様はこんな野蛮な者たちでさえ、嫌がらずに食べさせるために養うなんて、なんと心の広い方なのでしょう!

 

 

と、エネシーは自分の都合の良い方向にしか考えられなくなった。やがて、鉄の竜からきっちりとした格好をした人物が降りてきた。

 

 

──何者? 随分ときっちりした格好……

──結構端正な顔立ちだけど、彼には及ばないわね。

──多分、彼の相棒ね! まあいいわ。

 

 

自分と竜騎士様を神様は引き合わせてくれた。この運命の出会いの場に、配下の下々の者たちは似つかわしくないと思う。しかしエネシーも馬鹿ではない。このような旅は一人ではできない事も承知している。

 

まずは、ウィスーク公爵家の娘として、きちんとお礼をしなければ。エネシーは聖天と、その仲間たちに話始める。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

女性は河岸で聖天を見つめ、話始めた。その目は何故か潤んでいて、聖天に対して上目遣いだった。

 

 

「あの……竜騎士様、助けていただいて、ありがとうございます」

「? 助けたのは私ではなくムーラ殿だ」

「いえいえ! それでも助けてくれたのは同じです!」

 

 

聖天は短い言葉でそう伝えたが、どうやら信じてもらえなかったようだ。その御姿は女性からはどう写っているのか分からなかったが、なんだか尊敬の眼差しで見られている。女性は遅れてきた陸戦隊や、外交官たちの方向を向く。

 

 

「竜騎士様の配下の方々、私は王国3大諸侯、ウィスーク公爵家の娘、エネシーと言います。竜騎士様に助けていただいた事を感謝し、是非お礼に家でご一緒にお食事をと思っています。配下の方々も良ければご一緒にどうぞ」

「は……配下の方? いえ、私たちは外交官です」

「外交官? なんのことでしょうか? まあいいです」

「…………」

 

 

飛空艦『五月雨』から降りてきた帝政天ツ上の外交官、北村は説明をしようとしたが、構わず女は続ける。

 

 

「ここの先を抜けると城門があります。何処の国の方かは存じませんが、あなた方は私の命の恩人です。是非いらして下さい」

 

 

北村は、良好なファーストコンタクトにほっとした。公爵家の娘の命を助けたとあれば、心象も良いだろう。今回の出来事が切り口となって、外交が良好に推移していく可能性も高い。

 

 

「竜騎士様、お名前をお聞かせください」

「我は聖天という」

「聖天様、素敵なお名前……」

 

 

エネシーは小さな声でつぶやく。

 

 

「私の将来の旦那様にふさわしいお名前」

 

 

つぶやきが聞こえた一同は沈黙する。

 

 

「? 好意をもってくれるのはうれしいが、助けたのは……」

「あばびぶばぶぶば!!!」

 

 

聖天の発言を北村が制止する。ムーラの口を塞ぎ、北村は小声で話しかける。

 

 

「聖天宮様!! 申し訳ありませんが、外交の糸口が見えた時にそれをつぶすような真似はやめて頂きたいです!!」

「いや、しかし助けたのはムーラ殿であろう? きちんと断っておかなければ彼女にも悪いぞ」

「外交にそのような事情は不要なのです!」

「我は外交官ではない」

「貴女がきたのは外交のためなので、実質外交官です! ここは貴方が助けたと言う事にしてください! それより、『配下の方』と言うのも修正してあげてください!」

 

 

と、屁理屈を捏ねて幕仕立て上げる北村。そこまで言われて聖天はしぶしぶ応じる。エネシーに対して「嬉しい」と一言答えると、エネシーは飛び上がった。

 

 

「やん! 好意を持ってくれるのがうれしいだなんて!!」

 

 

どうして良いのか解らないムーラをよそに、一行はカルアミーク王国の王都アルクールへ向かうのだった。

 

 

「それと……先程言った通り彼らは外交官とその護衛だ。我の配下ではない」

「? なんの事でしょうか? まあ、いいわ♪ 行きましょう聖天様!」

「…………」

 

 

聖天の修正も聞かないエネシーであった。



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間章第3話〜忍び寄る戦乱〜

アンケートの結果を踏まえ、竜の伝説編はBルートで進行することにします。


カルアミーク王国 王都アルクール ウィスーク公爵家

 

 

「いったい何なんだ?」

 

 

王都3大諸侯の1人、ウィスーク公爵は娘の説明を聞き、頭を抱える。内容はこうだ。

 

○本日娘エネシーは、王国の建国祭りの飾として花を王都城壁の外側に勝手に取りに行った。

 

とんでもない大問題だ、もう護衛をつける以外に外出は認めないようにしなければ。

 

○そこで、この付近では活動が確認されていない12角獣と出会う。

○しかしそこに、颯爽と竜に乗った騎士が現れ、12角獣をあっさりと滅し、エネシーを助けた。

 

あまりにもで出来すぎた物語だと思った。そして、目の前にいる変な色の服を着た汚らしい者たち──いわば蛮族──竜騎士の配下の者らしき人々がいる。

 

今、眼前でまともな格好をしているのは3人、娘が自信満々に説明した聖天という竜騎士と、北村という名の外交官? と同じ竜に乗っていたというムーラという人物だ。話によると、竜は森の川に置いてきたという。

 

 

「娘を助けて下さって、ありがとうございます。お話は中で、食事でもしながらお話しましょう」

 

 

竜騎士と外交官を屋敷内に通す。

 

 

「エネシー……何だか、変なのを連れてきたな」

 

 

ウィスーク公爵は、呆れ顔でボソリとつぶやくのだった。その後、屋敷に入れられた一行は食事を挟みながら会話をする。その主役はエネシーだった。

 

 

「……と、いう訳で、その時の聖天様は強く、素敵でとてもかっこよかったのですわ、お父様!」

「はいはい」

 

 

娘の話を聞き流す。何をしたのかは知らないが、竜なぞ、本でしか知らない。まして、人が乗れるなど、聞いたことが無い。胡散臭い、と正直ウィスーク公爵は思っていた。

 

 

「お父様、聞いてるのですか!?」

「ああ、何だったかな?」

「聖天様に、庭のお花畑を見せて差し上げたいのですが、席をはずしてよろしいですか?」

「ああ……良いぞ」

「待つが良い」

 

 

と、聖天がその会話に割って入ってきた。

 

 

「花見は後でもよかろう、まずはお互いの自己紹介をしたいのだ。エネシー殿、良いか?」

「ええ、聖天様の御命令ならばエネシーは待ちます!」

 

 

と、先に聖天という人物が席に座る。そうして話し合いが始まった。まずウィスーク公爵は、彼らが娘に近づいた意図を探るべく、この者たちに色々と尋ねる事を決める。今までの経験上、褒美という言葉をちらつかせて尋ねる事が、効果的である。話を褒美の話から切り出す。

 

 

「まずは、娘を助けてくださって、ありがとうございます。さて、お礼をしたいと思うのですが、何かほしい物はありますか?」

「物か……物は特にいらぬ」

「ほう……無欲な。しかし、知ってのとおり、私はこう見えても、王国3大諸侯の1人です。娘の命を助けていただいた恩人に何もしなかったでは、ご先祖様に顔向け出来ません。そういえば、見慣れない服ですが、どちらの地区のご出身でしょうか?」

「ウィスーク公爵殿」

 

 

と、聖天は席を立ち上がって話を進める。

 

 

「あらためて、自己紹介させていただく。我は帝政天ツ上第一皇太子が君、聖天と申す」

「こ、皇太子!?」

 

 

ウィスーク公爵は聖天の自己紹介に、目を見開く。

 

 

「そうである。帝政天ツ上は、この国から南西方向にある国家で、その近くには神聖レヴァーム皇国という国もある。北村殿」

「はい、我々は国交を開設する事を目的として、その事前の接触、ファーストコンタクトをとるために、やって参りました。もしよろしければ、この国の外交担当部署にご紹介いただければ幸いです」

 

 

ウィスーク公爵は目を見開く。

 

 

「……外交担当に取り次ぐ事はできましょう。しかし……」

 

 

ウィスークは話始めた。国交がそれで結ばれるかの保証はいたしかねる、との事だ。これは、カルアミークが他国を排除しているという意味ではなく、国交開設のためレヴァームと天ツ上の出す条件や、どんな国かを理解しないと無理だろうという意味であるとの事。

 

また、海の先から使節団が来た事例が無いため、本当に言われる国から来たのかの審査もあるらしい。

 

レヴァームと天ツ上がどんな国なのか知らず、そしてどんな条件を出てくるのか不明の状況下にあって、それはごく自然の発言だった。不平等条約を押し付けられたのでは、たまったものではない。

 

 

「はい、承知しております」

「しかし……海の先から使者が来るのは、本当に驚きですな……」

 

 

そう言ってウィスーク公爵を話を続ける。この世界は海へ降りるためには崖をくだらなければならないらしい。過去に、何とか小舟を作り、崖を降ろして海に調査団が出た事があったが、かなりの距離を走った後、不毛の地で構成された大山脈が現れ、なんとか山を超えてもそのさらに先には海が広がるばかりだった。

 

海の先に人が住む土地があるかもしれないという指摘はされた。が、人が外部から来たという公式記録は一度も無く、まして軍を送る事なぞ不可能だった。そのため彼らが「世界」と言えば、この島の事を指すらしい。

 

 

「そうですか……我々と国交を結ぶ事が出来れば、その自然の壁を簡単に突破する事が可能になります。公爵閣下にも、レヴァームと天ツ上の事を知っていただきたいと思います」

 

 

北村は、持ってきたいくつかの写真を取り出し、ウィスーク公爵の前に置く。ウィスーク公爵はその写真に魅入るのだった。

 

 

その日のウィスーク公爵の日記より。

 

この日、私の世界観が変わった。

 

何という事だろうか。今日、私の元に、世界の外から来たと言う人々が訪れた。しかも、彼らは娘の命を救ってくれた。

 

彼らの国の自己紹介として書物や魔写を見せられたが、その国はあまりにも発展していた。摩天楼が天を貫き、巨大な飛行機械の塊りが空を飛んでいた。

 

もしも見せられた魔写が真実ならば、王国が100年、1000年たっても追いつけないかもしれない。レヴァームと天ツ上との外交は、王国が発展するという一点においては、とんでもないチャンスだ。

 

しかし、レヴァームと天ツ上の出方によっては、王国は存亡の危機にさらされるだろう。明日、外交局に話を通すつもりだが、私はこれから国に起こるであろう変化を考えると、あまりにも刺激的であった。その反面、面白く、そして怖いと感じている。

 

この国はいったい何処に向かうのだろうか。

 

 

翌日。

 

ウィスーク公爵家で1泊させてもらったレヴァームと天ツ上の外交に関する先遣隊は、カルアミーク王国の外交担当部署、外交局に招かれていた。王国3大諸侯の一人が同行したため、最速で手続きを経て書類は上に上がる。

 

手続き中、王への事前報告、いわゆる根回しのためウィスーク公爵は席を外す。担当からは丁重な扱いを受ける。

 

 

「決裁処理に数日かかります。その後、上の者との面談となりますが、日程が決まり次第ご連絡いたします」

 

 

とのことで、それまでの間、レヴァームと天ツ上の使節団は、ウィスーク公爵の強い希望により、同家で寝泊まりする事になった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんと……あっさりと、あのラーガを倒してしまった!」

 

 

カルアミーク王国、霊峰ルード東側約50キロのとある遺跡。その遺跡の周辺には、簡易的に作られた人口の集落があった。

 

森の中に忽然と現れる集落、行きかう人々は皆黒いローブを羽織っている。その中に、似つかわしくないほどの派手な装飾を施した服を着る男が1人、傍らの魔導師と話をしていた。

 

 

「フ……フハハハハ!!!よくやったぞ!!」

「ハッ!お褒めにあずかり、光栄にございます。この世にあの戦車に勝てる者はございません。今の鉱石量なら、20台までは作れるでしょう」

 

 

集落の中心に作られた中央闘技場にて、カルアミーク王国最強の男と言っても過言ではない、魔法剣士ラーガとの決闘が行われていた。

 

ラーガは、先祖が過去に遺跡から持ち帰った伝説の剣と鎧を使いこなし、その強さは国民の憧れである。彼が1人いれば、200人の騎士団がいても勝てないと言われる伝説級の強さを持つ。

 

しかし、そんな彼でも『魔装炎戦車』と呼ばれる兵器には勝てなかった。この王国の遺跡を解析して作られたこの戦車は、一つ動かすのに魔導師4人が必要であったが、鋼鉄でできていてラーガの剣でも太刀打ちできなかった。

 

おまけに、砲塔から吐き出される火炎弾がラーガを直撃し、ラーガをあっという間に倒してしまったのだ。

 

 

「ほう、あんな化け物が20台も我が手に入るのか! 十分だ! 20台の数が整いしだい、行動に移るぞ。そうだな……まずはイワン候領の街、ワイザーを落とすぞ!! あそこはたんまりと魔鉱石をため込んでいるようだしな。王国を我が手に!!!」

 

 

カルアミーク王国三大諸侯の一人、マウリ・ハンマンは手を高らかに挙げる。その野望は、この世界の征服と外の世界への侵攻であった。

 

 

「マウリ様、ラーガの家族はいかがいたしましょう」

「ああ、どうせ作成した魔獣のエサにするつもりだったのだろう? 好きにいたせ」

「ははっ!!」

 

 

カルアミーク王国の3大諸侯、マウリ・ハンマンは王国転覆の計画を着々と進めるのだった。そうして、その次の日には無謀を起こすことに成功した。

 

 

『世界の外はある!!広大な世界がな。西方向へ行けば、多くの国がある事も解っている。どんな国かは知らんが、私の軍の圧倒的強さをもってすれば、いかなる国、いかなる軍でも負けぬだろう。カルアミーク王国は、我が力の傘の下で、今までに無いほどの発展を遂げるだろう』

 

 

この日、カルアミーク王国の地方都市ワイザーは王国3大諸侯、マウリ・ハンマンの手の者により焼かれ、灰となった。

 

この情報は、激震をもって、王都に伝えられ、事態を極めて重く見た国王は、全土に非常事態宣言を引く事になる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「号外~号外!!」

 

 

叫ぶ情報屋、騒ぐ市民たち。王都アルクール全体が早朝にも関わらずざわついている。北村はその声に起こされて、眠い頭を左右にふりながら、起床した。聞き耳を立てなくても聞こえてくる情報屋の声。

 

 

「なんとなんと!!! あの王国3大諸侯マウリ・ハンマン公爵が謀反を起こしたよ!!! マウリ・ハンマンは優秀な魔導師を集めていたが、どうやったか知らないが、恐ろしい伝説級の魔獣をうじゃうじゃ引き連れて、イワン公爵領の街、ワイザーに攻め入り、なんと街の民を皆殺しにしてしまったよ!!!」

 

 

とんでもない情報が耳に飛び込んでくる、北村と隣に来た聖天は聞き耳をたてる。

 

 

「国王ブランデ様は、各騎士団に王都防衛を下命!!! マウリ・ハンマンが攻めてくるぞ!!! 戦争だ戦争だぁー!! 詳しくは、今日の新聞、モルーツ新聞を買ってくれ!! さあ大変だ大変だぁ!!」

 

 

何というタイミングだろうか、このままでは内戦に巻き込まれてしまう。

 

 

「まいったな……」

「ああ、これでは国交成立どころではない」

 

 

北村と聖天は一時使節団艦隊への帰還も視野に入れる。まだこの国とパイプすら出来ていないこの状態で、内戦が起きたとすると、自分たちの身が危ない。

 

艦隊を内戦に巻き込む訳にもいかず、彼は同行してきた陸戦隊に通信を頼み、本国に指示を仰ぐのだった。北村が通信機器をいじっている時に、ウィスーク公爵が入ってきた。彼はしばらくの間王都からの出入りができなくなったことを伝えた。

 

 

「……と、いう訳でしばらくの間、外交交渉は不可能に近い状態となり、さらにあなた方も王都からの出入りがしばらくの間は不可能になってしまいました。申し訳ない……」

 

 

ウィスーク公爵から北村に事の顛末が伝えられる。

 

 

「そんな……では、我々は一時洋上の艦隊に避難し、事が落ち着いてから再度交渉に参りたいと思います。王都からの離脱だけでも許可していただきたい」

 

 

ウィスーク公爵の表情が曇る。

 

 

「王命で、スパイ防止のため、何人たりとも出入りが出来ません。すでに国交のある外交官の方でしたら別でしょうが、あなた方はまだ国として認知すらされていないため、難しいでしょう。一週間もすれば、事は変わって来るでしょう。我が家に滞在していただいて、何ら差し支えありませんので、王都から動くのは控えていただきたい」

「では、お庭を少しだけ貸していただいて、王都に飛空艦を入れ、空から去る事は可能でしょうか?」

「いや、マウリ・ハンマンは魔獣を使役しています。写真で見た『飛空艦』と呼ばれる飛行機械が飛んで来たならば、今の王都の者たちは、マウリの手の者としか思わないでしょう。厳戒令が出ているさなか、そのような方法に出れば、再度の交渉は絶望的になる可能性があります」

「うーむ……」

 

 

北村は一時避難をしぶしぶあきらめる。

 

 

「ご心配なさるな、北村殿。一諸侯と王国の軍、戦力差は隔絶しており、この王都も見てのとおり鉄壁の城塞都市です。マウリの軍ごときにやられはせぬ」

 

 

レヴァームと天ツ上の使節団は、王都で足止めをくらうのだった。

 

 

「どうする? 艦隊に支援を頼むか?」

「……検討する、まずは通信を入れよう」

 

 

とにかく、今は艦隊との通信を入れて本国の指示を仰ぐしかない。艦隊は武装しているが、その武器の使用には本国の指示が必要なのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「厄介なことになったな」

 

 

第二使節団艦隊旗艦『敷島』の艦橋にて、八神武親中将はそう言ってこの状況の面倒くささを嘆いた。

 

 

「飛空艦すら使えないとなれば、救出することは難しいですな」

「全く、こちらには皇太子がいるのだから安全を確保しなければならないのに……」

「彼らとの国交成立を諦める、と言うことも考えられますが?」

 

 

田中参謀は、あくまで一つの可能性としてそう言った。

 

 

「いや、それは今後の関係上宜しくないだろう。一応、飛空機戦隊にはいつでも出撃できるようにしておけ」

「はっ!」

 

 

そこまで言うと、八神中将は司令席にどかっと腰掛け、深いため息を吐いた。彼の身体には疲れがすっかり溜まっている。

 

 

「はぁ……珈琲でも飲むか」

 

 

そう言って、八神中将は自室に休憩に行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

しかしその後、王都に衝撃が走った。カルアミーク王国軍主力の敗走、敗走兵から語られる敵の強さは常識では考えられないほどだった。

 

強力な魔獣の群れも脅威だが、何よりも脅威なのが、最強の空の覇者、火喰い鳥を50騎以上という尋常ではない数を敵が操っていたという事実があった。

 

火喰い鳥、時速100から110キロで飛び、人くらいの重さなら、余裕で運ぶ鳥の魔物だ。空から地上に向かって吹き付ける火炎はその射程距離が20メートルにも及ぶ。羽は固く、性格はプライドが極めて高く、人間を乗せるなど今まで考えられなかった。

 

統率のとれた火喰い鳥が襲ってくると、こちらからは攻撃出来ないため、一方的に撃破されている。敗走兵の証言が事実なら、王都の強力な防御力に致命的な穴が開きかねない。王国の城では沢山の人間が頭を悩ませていた。

 

 

「情報が簡単に手に入らない世界は、こうももどかしいものか……」

 

 

外務省の北村は、あまりにも情報の少ない現状をなげく。周りの状況、兵たちの血走った目と、ピリピリとした緊張感から、マウリ討伐が失敗に終わったのではないかという事が推測できていた。

 

ウィスーク公爵に尋ねても国に関する保秘事項であるようで、口が堅かった。本国には事情を話したが、到着までどれだけかかるか、そもそも許可が下りるか分からなかった。

 

 

「聖天様、このお花をご覧ください。とっても綺麗ですね」

「ああ、綺麗であるな」

「このお茶と菓子、お味はいかがですか?」

「ああ……美味だ」

「うれしいっ!!私、昨日から寝ずに、聖天様を想い、作りましたの。」

「ありがとう」

「そのしぐさ、キュンと来ますわ」

 

 

一方の庭では、そんなことなど関係なしの雰囲気が漂っていた。北村はため息を吐く。

 

 

「まったく、のんきなものだ」

 

 

自分達だけが悩んでいる。情報が入ってこなければ、悩んでも悩まなくても行動は同じであり、結果も変わらない。眼前のお花畑な光景を見て、少しだけ彼は悩む事をやめる。

 

 

「北村さん、情報が入りました」

 

 

と、北村にムーラが声をかけてくる。彼には王都に情報収集に出てもらったのだが、何やら仕入れてきたようだ。

 

 

「はい、反乱軍討伐が失敗に終わったのは間違いないようです」

「そうか……原因は?」

「酒場で話を聞きましたが、どうやら反乱軍は『火喰い鳥』と呼ばれる、ワイバーンの下位互換の魔獣を前線に投入してきたようです。また、火炎弾や火炎放射器を撃つ戦車に似た乗り物も投入してきたようです」

「それなら負けるのも当然だな……どうする? 瑞風(サンタ・クルスの天ツ上での名称)で聖天宮殿下だけでも避難させるか?」

「いえ、瑞風まではいけなくはないですが、今飛び立てば警戒されるでしょう。とにかく今は、このことを本国に伝えるべきだと」

「分かった、伝えておく」

 

 

彼らは先ず、艦隊に連絡をすることから始めた。

 



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閑章第4話〜井の中の蛙〜

久しぶりに9000文字いきました……


洋上で待機する第二使節団艦隊。その艦隊の旗艦である『敷島』の艦橋にて、二人の中年の男が会話をしている。片方は八神中将、もう片方は艦隊の副司令笠井中将である。

 

 

「パーパルディアとの戦争が始まったらしいな?」

「ええ、アルタラスにてレヴァーム人と天ツ人約50名が殺害されたようです。それで、報復措置としてレヴァームと天ツ上はパーパルディアとの戦争状態に入りました」

 

 

とんでもない事態である、本来ならばこの使節団艦隊もパーパルディアとの戦争に駆り出すべきである。

 

 

「本国からは?」

「それが、『このまま調査を続行するように』と通達が来ています」

「調査を続行だと?」

 

 

しかし、第二使節団艦隊の出資者である天ツ上本国からは『調査の続行』が優先された。戦争状態でも、これだけの戦力を遊ばせておくのは異例だ。しかし、本国からの命令なら仕方ない。

 

 

「どうやら上は『パーパルディア程度なら現時点の戦力でも余裕である』と思っているらしいですな」

 

 

参謀長の田中少将が口を挟む。その憶測は当たりで、レヴァームと天ツ上の上層部はパーパルディアの技術力的には、今の戦力でも圧勝すると踏んでいた。

 

 

「油断しすぎて痛い目に遭わなければ良いがな……」

 

 

八神中将はそう言って苦言を通した。その最悪の予想は後に見事に的中し、エスシラント上陸戦ではパーパルディアのゲリラ戦でレヴァーム天ツ上連合は大きな損害を被ることとなった。

 

 

「八神司令、航空隊及び飛空駆逐艦、巡空艦の出撃準備が整いました」

 

 

と、傍の通信兵が艦隊からの通信を読み上げた。

 

 

「よし、マイクを貸せ」

「はっ」

 

 

通信兵が回路を弄り、準備が整ったマイクを八神中将に渡す。

 

 

「総員傾注」

 

 

旗艦である『敷島』から艦隊の全艦に通信回路が通じる。

 

 

「現在、カルミナーク王国に向かった使節団が、現在『命の危険』に晒されている。王国でどうやらクーデターが起き、王国軍は劣勢下にあるようだ」

 

 

どれも、使節団からの情報だった。

 

 

「使節団の中には、我が国帝政天ツ上の皇太子、聖天宮殿下もいらっしゃる。彼ら使節団の命が危険だ、クーデターの首謀者であるマウリ・ハンマンはあのような狭い世界に居ながらも、外の世界に国があることを知っている。そして、その外の世界にまで宣戦布告し、その勢力を伸ばそうと計画しているそうだ」

 

 

その言葉に、通信越しからさまざまな笑い声が聞こえる。それは、あまりにも夢物語である事を笑った嘲笑であった。

 

 

「皆の者、この状況に覚えがあるだろう? そうだ、まさに『井の中の蛙』だ。外の世界の広さや強さを知らず、狭い世界だけで暮らしてきた奴らは思いあがっている! 我々は、今からその天狗の鼻をへし折るのだ!」

 

 

八神中将は大きく息を吸い、そして命令する。

 

 

「これより我々は、使節団艦隊の独自行動権を発動する! 目標、カルミナーク王国反乱軍、マウリ・ハンマン軍! 井の中の蛙に大海の広さを思い知らせてやれ! 全機出撃!!!」

 

 

いよいよ、艦隊に全機出撃の厳命が下された。艦隊の空母『白鷹』と『翔鷹』が離水し始め、風上に向かって全速力で航行し始める。

 

 

『制空隊! 発艦始め!』

 

 

まず制空隊の真電改が一気に発艦、硬い鋼鉄製の装甲飛行甲板の上を滑走し、そのまま駆け上がる。

 

そして、護衛の駆逐艦と軽巡空艦にも動きがあった。まず、島風型高速駆逐艦の『初明』『豊栄』『細雪』『淡雪』が離水し始め、戦隊を組んだ。

 

島風型高速駆逐艦は、天ツ上海軍における駆逐艦のハイ・ローミックス構想における「ハイ」の部分を担当する高性能船だ。高い対空能力を誇り、全体的なスペックもアギーレ級をさらに越している。

 

『島風型高速駆逐艦』

スペック

基準排水量:2500トン

全長:129メートル

全幅:11メートル

機関:揚力装置3基

武装:

主砲12.7センチ連装両用砲8基16門

五連装酸素空雷発射管3基15門

25ミリ連装機関砲8基16門

25ミリ単装機関砲8基

対空レーダー

ソナー

KMX磁気探知機

曳航ソナー

同型艦:25隻

 

それをまとめるのは、筑後型軽巡空艦の『吉野』。中央海戦争時に天ツ上機動艦隊の護衛を担っていた、高速の巡空艦だ。その速力は飛空機に追いつけるほど。主に機動艦隊の護衛や空雷戦隊の旗艦を務めている。

 

スペック

基準排水量:6600トン

全長:174メートル

全幅:15メートル

機関:揚力装置4基

武装:

15.5センチ三連装砲5基15門(上部3基、下部2基)

12.7センチ連装高角砲12基24門

四連装酸素空雷発射管2基8門

25ミリ三連装機銃8基24門

同型艦:8隻

 

彼らは高速の空雷戦隊を組み上げて、真電改や攻撃隊の後についていく。その速力は船とは思えないほど高く、そして速い。

 

 

「頼んだぞ……」

 

 

攻撃力、制空力、打撃力を備えた混合編隊が高らかに速力を上げ、そのまま進行していく。吸い上げられた水が雨を作り出し、幻想的な風景を作り出していた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「フハハハハ!! あの『世界で最も高い防御力』とうたわれた王都アルクールが燃えておるわ!! そうだこれが……この圧倒的な戦力が! 我々……私の力だ!!」

 

 

圧倒的な戦力、そして蹂躙される敵軍の数々。燃える王都その光景を見てマウリは酔いしれる。

 

 

「オルドよ!」

「ははっ!!」

 

 

彼は傍の大魔導師オルドへ向き直る。

 

 

「カルアミーク王国を掌握したら、次は世界を征服し、その後は世界の外へ軍を進めるぞ!!」

「ははっ!!マウリ様の圧倒的軍事力をもってすれば、この世界の征服はもちろん征服されることでしょう。そして、世界の外の国々も瞬く間に制圧して、マウリ様にひれ伏す事になります!」

 

 

上空には有翼騎士団が乱舞し、地上では戦車が敵の攻撃をはじき返す。あまりに圧倒的な実力、これならば外の世界だろうと太刀打ちできるだろう。さらに魔獣は荒れ狂い、敵は我が軍に対してなす術が無いようにも見える。

 

 

「オルドよ!」

「ははっ!!」

「有翼騎士団に、王城を攻撃させよ。ああ……ついでに、ウィスーク公爵家にも2騎くらい差し向けよ」

「はい、承知いたしました」

 

 

命令は的確に伝達された。しかし彼らは知らない、この世には『井の中の蛙』と言う言葉がある事を。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ウィスーク公爵邸

 

上空には火喰い鳥が乱舞し、街からは炎と煙、そして悲鳴が上がる。時々爆発まで起こっている、城門からだ。空からの連続した火炎攻撃に、王国は軍を立て直す事が出来ずにいる。

 

王国軍は元々戦力の三分の一が残っていたが、上空からの攻撃にはなす術が無く、その数をかなり減らしていた。絶え間なく聞こえつづける悲鳴と怒号はこの公爵邸にまで聞こえ、そこにいる者たちは平静を保つ事ができなかった。

 

 

「お……お嬢様、すぐに地下に避難してください!!!」

 

 

騒然とする空気の中、召使が興奮してエネシーに語りかける。

 

 

「解りました。さあ、聖天様もご一緒に!!」

 

 

エネシーは、隣に立つ聖天も連れて行こうとするが、彼は動かない。それどころかムーラと一緒に正面の窓を見据えて、立っていた。

 

 

「聖天様早く!!早く避難いたしましょう」

 

 

エネシーの声かけに、彼はゆっくりと話始める。

 

 

「先に行ってくれ……我らにはやらなければいけないことがある」

 

 

信じられない言葉が彼女の耳に飛び込む、唖然とするエネシー。

 

 

「な……何を言っているのですか? いくら聖天様がお強いとはいえ、あのような統率された化け物相手では! 単騎では、どうしようもないでしょう!」

「一人ではない、ムーラ殿もおる」

「ええ、私も行きましょう」

 

 

その言葉に、ムーラもうなずいた。

 

 

「そう言う問題では……」

 

 

聖天はエネシーに微笑みかけると、ムーラに向き直った。

 

 

「ムーラ殿、瑞風改が置いてあるところまでは反対側だったな?」

「ええ、敵は西側から来ていますが、我々は南側からやってきました。主戦場は迂回できるはずです」

「ならばそれで行こう、行くぞ!」

「はい!」

「待ってくださいまし!」

 

 

そこまで言おうとした聖天とムーラを、またもエネシーが止めた。

 

 

「何故……何故そこまでしてくださるのです? あなた方から見れば、この国の事などどうでも良いのでは……」

「……我らは許せぬのだ」

 

 

聖天は続ける。

 

 

「今、空の敵と戦う力があるのは我らだけだ。無垢な市民を大量に……一方的に虐殺するという行為など、我らが許す訳がない!」

 

 

そう言って聖天とムーラの二人は一気に駆け出し、部屋を出て行った。扉を開けて一気に駆け出す。エネシーが追いかけて庭に出て見れば、二人は馬に乗って駆け出していた。

 

 

「ああ……聖天様……」

 

 

止めることができなかった、彼はそのまま戦いに行ってしまった。しかし、それでもエネシーはそんな彼がかっこいいと思ってしまった。

 

と、不意に、周囲に大きな風が巻き起こり、付近の草花を揺らす。不気味に羽ばたき音と共に、火喰い鳥に乗った者2騎がエネシーの前に空から現れ、着地する。

 

 

「ひ……火喰い鳥!!!」

 

 

人の攻撃など寄せ付けぬ、空の脅威が突如として彼女の前に現れた。空の騎士たちは、興味がなさそうにつぶやいた。

 

 

「ウィスークの娘か……運が無いな。とりあえず燃えておけ」

 

 

2騎の火喰い鳥たちは、彼女たちに逃げる間を与える事無く口から獄炎放とうとした。エネシーは逃げようとするが、火喰い鳥は無防備な貴族の娘に向かって放射する。

 

 

「ああっ!!」

 

 

火喰い鳥2騎の放った火炎がエネシーに向かおうとしたその時。

 

 

「目標! 前方の大型鳥類!」

 

 

後ろ側から何者かの声が聞こえてくる。呪文か何かを唱えているのか、早々と指示を出す。

 

 

「あの女には当てんなよ! ……撃てぇ!!」

 

 

ドカンと言う音。遠くから突然の攻撃、火喰い鳥に迫る光弾。その光の弾はあまりにも大きく、そして速かった。

 

エネシーは火炎がくると目を閉じる。走馬灯が駆け巡る暇もなく、ただ目を閉じることしか出来ない。一瞬が経過し、数秒がたつ。いつまでたっても火炎は襲ってこない。

 

 

「あれ?」

 

 

目を開ければそこには、グロテスクに頭をもぎ取られた火喰い鳥がバタリと横たわった。

 

 

「な、なんだとぉ!?」

 

 

火喰い鳥の騎士が叫ぶ。刃物を通さず、さらには弓も通さない火喰い鳥が最もあっさりと倒されてしまった。騎士は二人揃って火喰い鳥の下敷きになる。

 

 

「目標殲滅! 逃すな!」

 

 

エネシーは召使によって下がらせられ、前に出た変な色の服を着た蛮族たちが、その火喰い鳥に向かってさらに光弾が放つ。その1発1発が命をもぎ取り、騎士を殺した。

 

 

「な、なんなの……これ……?」

 

 

エネシーは今の状況が飲み込めず、思わずそんな声を上げた。ウィスーク公爵家に向かった火喰い鳥とその騎士2名は、天ツ上の陸戦隊の九式自動小銃によって射殺された。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一方の聖天とムーラは、森に置いてきたサンタ・クルス改は向かうため、馬を走らせていた。乗馬ができるのは聖天の方であるため、聖天が前で馬を操り、後ろでムーラが小銃を片手に辺りを見回す。

 

 

「あった、瑞風改だ!」

 

 

やがて森を抜け、小高い丘の近くにある河岸に止められたサンタ・クルス改を見つけた。傷も何もない、どうやら見つかっていないようだった。

 

シートを剥がし、風防を開けて操縦席にムーラ、後部座席に聖天が座る。そこまで来て、聖天はある事に気が付いてムーラに声をかける。

 

 

「ムーラ殿、勢いで付いてきてしまったが、我は邪魔ではないか?」

「いえ、二人乗りでも十分やれます。それに、後部座席に誰かいた方が良いですから」

「そうか、我も一応こいつの使い方は知っておる。もしもの時は我を頼れ」

 

 

そう言って聖天は眼前の13ミリ重機関銃を指した。しかし、ムーラはそれに苦笑いで答える。

 

 

「聖天宮殿下の手は汚させません、私に任せてください!」

「そうか、期待しておるぞ」

 

 

そこまで言われ、ムーラはまずサンタ・クルスの水素電池スタックに火を灯した。点火した火が灯り、満タンにまで溜まった電池が反応する。

 

そのまま手動でエナーシャを回し、絶妙なタイミングでプロペラと同調させる。そして、プロペラを回して一気に滑走し始めた。サンタ・クルス改はそのまま飛び上がり、青い空に飛び上がっていった。

 

 

「いた!」

 

 

ムーラは叫ぶ。高度500メートルほどのところまで上がったところで、王都を取り囲むような火喰い鳥の姿が見えている。

 

 

「こいつめ! 喰らえ!!」

 

 

ギリギリまで近づいたところで、ムーラは引き金を引いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

王都攻略はすべてが順調に進んでいた。空からの攻撃により城門内側の兵を焼き払う。そして戦車で門を焼き砕く。その後、開いた門に向かって魔獣を一斉に突入させる。

 

強い敵が出現した場合は、12角獣を向かわせ、それでも苦戦する場合は戦車を使用する。そうする事で、こちらの軍は何も失う事なく敵軍を撃破していっていた。

 

王軍に対しても上空からの攻撃により、隊列を組ませる事なくバラバラにし、個々の騎士は魔獣により各個撃破する。

 

どうやら、我が軍は強くなりすぎてしまったようだ。あの王国軍が、最強の城塞都市と言われた王都アルクールがあまりにもあっけなく燃える。

 

このままだと、世界征服やその後、世界の外に打って出た場合もスムーズに行きそうだ。マウリと大魔導師オルドは邪悪な笑みを浮かべる。

 

 

「ブォォォォォォォン!!!!」

 

 

と、その時聞いたことのない魔獣の咆哮が聞こえる。振り返ると、王国の南側の方から何かが一騎向かってきた。単騎で有翼騎士団に突っ込んできたそれは、火球を味方にたたきつけ、地面に叩き落とした。

 

 

「な、なんだあれは!! 空を飛んでいるだと!!」

 

 

マウリが声を荒げる。それは翼を羽ばたかせずに空を飛び、前の方に何かの風車のようなものを高速で回転させて空を飛んでいた。

 

そして、鼻先から光弾のような物を放つとそれに突き刺さった火喰い鳥がゴミのように落ちていった。

 

 

「なんという長射程攻撃!!そして速い!!!」

 

 

味方の隊列が乱れ始める。

 

 

「オルド! あいつを叩き落とせ!」

「はっ!……よく解らない敵だが、たったの1騎、数10騎が連携をとり、処理にあたれば何とかなるはずだ!!」

 

 

大魔導師オルドは指揮を出す。しかし、いつまで経っても敵の飛行物は倒せず、一撃離脱を繰り返していった。そのうちに味方の有翼騎士団は半分にまで数が減らされていた。

 

 

「くぅぅぅう!! なんなんだあれは!! 化物め!!」

 

 

相手は疲れる様子など全くなく、限りなく高速に近い速度で一撃離脱している。

 

 

「おのれぇっ!!! ここまでかき回されるとは……敵はたったの1騎ぞ!!」

 

 

敵には空で戦える戦力など、無いと思っていた。例えあったとしても数の力で押しつぶせると思っていた。しかし、今はどうか? たったの1騎の飛行物が、戦場をかき回しているではないか。

 

 

「ええい!!何をやっておる!!!」

 

 

マウリ・ハンマンは吠える。戦場は、こうも思いどおりにはいかないものかと。魔導師オルドも焦りが見えてきている。

 

と、その時だった。いきなり劣勢だった有翼騎士団に向かって上空から光弾が降り下ろされ、沢山の火喰い鳥が叩き落とされた。

 

 

「いったい何が起こった!?」

「!? あれは!!」

 

 

王国の南側の方から、何騎もの飛行物が飛んできた。それらは黒く塗られており、胴体の後ろ側に風車がついている。

 

 

「な、仲間がいたのか!? しかもあんなに沢山!!」

 

 

マウリ・ハンマンと、大魔導師オルドは、眼前で起こっている事態が理解出来ずに混乱した。あれがたったの1機でも驚異的なのに、それが見たところ100を超えている。

 

それによって、有翼騎士団は一気に全滅の一途を辿った。絶望的なまでの速度差、そして旋回性能の前に有翼騎士団は太刀打ちできずにあっという間にやられてしまった。

 

しかも、それだけではない。

 

 

「!? な、なんだあれは!!」

「船が空を飛んでいる!?」

 

 

その遠くに、船がそのまま浮かんだかのような飛行物体が空を飛んでいた。それは王都の城壁を軽々飛び越え、そのままマウリ軍に向かって来ている。

 

あまりにも一方的な暴力に、彼は恐怖を覚え、今まで苦労に苦労を重ねて築き上げてきたものが瞬時に壊され、怒りがこみ上げる。

 

 

「お……おのれ!戦車に空の敵を撃破するように伝えろ!!」

 

 

マウリ・ハンマンは怒りに燃える、その見上げる空は鋼鉄の飛空機械で埋め尽くされていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『こちらは帝政天ツ上海軍航空隊の福井中佐だ。敵、全騎撃墜、損失はゼロ。保護対象者、聖天宮殿下と訓練飛空生ムーラを確認、制空権の確保に成功しました』

「感謝します、福井殿」

 

 

サンタ・クルス改の風防の中で、ムーラと聖天は空からその様子を見据えていた。サンタ・クルス改の隣に福井中佐の真電改が付けられ、搭乗しているムーラと聖天の無事を確認している。

 

 

「ん!?」

 

 

と、その時。地上から火炎弾が連続して上空に向かって飛んでくる。それらは軽巡空艦『吉野』に向かって放たれるが、装甲の前に弾かれてしまっている。発射元は20箇所近くあり、それら全てが地上から放たれている。

 

 

「敵戦車を発見、数々は20。軽巡空艦に向かって攻撃しています」

『了解、〈吉野〉の砲撃で片付ける。爆風に注意されたし』

 

 

ムーラの報告に、吉野が反応した。『吉野』の下部15.5センチ砲や島風型高速駆逐艦の12.7センチ下部主砲たちが一斉に戦車の方角を向き、そして……

 

 

『うちーかたーはじめー』

 

 

空に爆音が鳴り響いた。こうして、天ツ上海軍の空雷戦隊によってマウリ軍の戦車隊や魔獣たちは駆逐され、殲滅された。マウリ本人は頃合いを見て突撃してきたカルミナーク王国軍によって拿捕された。

 

ここに、カルミナーク王国のクーデターは終焉に終わった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

今回の戦争で被害が唯一無かった迎賓館で、戦勝祝賀会が開かれていた。帝政天ツ上外務省の北村、そして聖天宮殿下、神聖レヴァーム皇国飛空訓練生のムーラたちが招かれていた。すでに挨拶は終わり、各々が食事をしながら交流する。

 

 

「聖天様、ムーラさん、あなた方の敵有翼騎士団に対する単騎突入は、正直痺れました。物語ではなく、実戦であんな事をする人がいるとは……しかも、我が国では架空の生物だった竜に乗っている。まるで神話に出てくる戦いが、眼前でくり広げられているようで、何度も目を疑いました」

「ありがたい、感謝する。そなたは?」

「あ、失礼、私は近衛騎士団長のラーベルといいます」

 

 

交流は進む。聖天はこのようなパーティーの場は慣れているが、ムーラはあまり慣れていないのかタジタジであった。

 

 

「緊張しておるのか? ムーラ殿」

「ええ……このような場には慣れていないので……」

「気を張らずとも良いぞ、そのままで良い」

「え、ええ……」

 

 

聖天からアドバイスをされ、ムーラは気を引き締める。

 

 

「聖天殿、聖天殿!!」

 

 

今度はウィスーク公爵が話しかけて来た。その顔はすっかり酔っ払っている、はっきり言って酒臭い。

 

 

「私は……大事な1人娘、エネシーを貴殿の嫁にしてくれないか?」

「え!?」

 

 

と、ウィスーク公爵にとんでもない事をいきなり言われた。

 

 

「いや、我は……」

「エネシーもそれを望んでいるしな。君にとっても悪い話ではなかろう。」

「いや、しかしだな……」

「遠慮しなくていいのだよ。エネシーは美人だろ?」

「まあ、美人ではあるが、我には……」

「よし!なら決まりだな」

 

 

ウィスーク公爵は勝手に話を進める。それを見て、北村もいよいよ顔が冷ややかになり始めた。

 

 

「待つが良い!! それはお主の都合であろう? 我は一度としてそのようなお話をしたことはないし、そのつもりもない!婚姻のお話は聞かなかったことにして差し上げる。ご息女にはご自身で嘘偽りなくお伝えになって欲しい」

 

 

キッパリと断る聖天。

 

 

「もしご息女と我がただならぬ間柄にあるという根も葉もない噂が流れるようなことがあれば、天ツ上は相応の対応をさせていただくことになるであろう。そうはなりたくないであろう? これは貴殿らのためだ」

「わ、分かりました……申し訳ない……」

 

 

そこまで言われて、ウィスーク公爵は納得したらしい。それを見届けた聖天は、そのままジュースを持ちながらバルコニーに出る。

 

 

「あいつは……元気だろうか……」

 

 

外から夜空を眺め、遠くの天ツ上を思った。その空は暗く染まっていて、月も出ていた。その月と同じ月を、彼女は見ているか、気になった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

1週間ほど前。

 

まだ第二使節団艦隊が旅立つ前の頃、東都のとある公園の中で、二人の男女が歩いていた。

 

 

「紅葉もすっかり錆びてしまったな」

「ええ、だんだんと冬に近づいておりますね」

 

 

片方はレヴァームから輸入された、防寒具のマフラーを羽織った私服の聖天。もう片方は、和洋折衷な着物を羽織ったロングの少女である。お互いの歳は近い、二人はまるで恋人のように距離が近く、聖天は少し照れている。

 

 

「しのぶ殿」

 

 

名前を呼ばれた少女、宮野しのぶは聖天に振り向く。

 

 

「我はあと少ししたら公務に出向かなければならぬ」

「…………」

「忙しくて伝えるのが遅れたが、しばらくは会えないかもしれない……」

 

 

最後の言葉は、少し途切れ途切れであった。

 

 

「大丈夫にございます、私はいつまでも待っております」

「…………そうか、ありがたい」

 

 

彼女はそう言うが、どうしても聖天は自信がなかった。どうにも彼女と会話する時だけはどうしても不器用な男になってしまう。やはり、聖天は女性関係は苦手であった。

 

 

「必ず、帰ってくるからな」

「ええ」

 

 

そう言って、その日は彼女と別れた。聖天は今日も切ない思いを抱えながら、手紙を見る。

 

恋文だった、聖天からしのぶに向けての。

 

しかし、しのぶは聖天とは学校での幼なじみであるだけ。家柄はそこそこあるが、それでも一般の臣民であることは変わりない。そんな女性に恋心を抱くとは、聖天は切なくて仕方がなかった。

 

小さい頃、井の中の蛙で大海を知らずに育った自分は、かなりの高飛車だった。しかし、それを叱ってくれたのは、彼女だった。

 

それ以来、自分はしのぶに惚れ込んでいた。身分の差に関係なく自分を叱ってくれて、正々堂々対等関係を築いてくれている。しかし、自分はその思いを伝えられない。

 

 

「我は不器用な蛙だな」

 

 

そう思い、空を見上げる。1週間前の月が、そこに浮かんでいた。片思いほど、切ないものはない。元「井の中の蛙」は今日も思いを伝えれなかった。

 



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閑章第5話〜辺境の地〜

いよいよ、魔王編の開始でございます。


はるかなる過去、魔王が突然現れ、世界へ侵攻した。

 

我々の先祖は奮闘したが、魔王の絶大なる魔力を前に抗する術は無く、くしくも破れ去った。各種族は絶滅の危機を回避するため、各種族の軋轢を水に流し、『種族間連合』と呼ばれる組織を作り、魔王軍と戦った。

 

しかし、魔王軍はあまりにも強かった。歴史上最強の組織であった種族間連合は、敗退を繰り返し、フィルアデス大陸は魔王軍の手に落ちる。種族間連合は南の地、ロデニウス大陸にまで後退する。

 

魔王はまず大魔法を使えるエルフを滅するため、海魔獣を使役して海を渡り、ロデニウス大陸へと至る。

 

歴戦の勇士たちは倒れ、多くの命が散った。敗退を繰り返した種族間連合は、最後の砦として当時のエルフの神の住まう森、神森に立てこもる。

 

エルフ達は自分のたちの神であるエルフの神に祈り、種を滅せられる危機を感じたエルフの神は、より上位神である太陽神に祈りを捧げる。

 

しかし、太陽神は度重なって散っていった命により力が衰えていた。そのため、太陽神は友人である聖アルディスタに願いを捧げた。

 

聖アルディスタは祈りと聞き届け、自らの使いをこの世界に降臨させた。

 

太陽神の使いたちは、空を飛ぶ島に乗って現れ、神の船を操り、鉄の竜を私役し、雷鳴の轟きと共に大地を焼く強大な魔導をもって魔王軍を滅した。神の軍船の一撃は、海を震わせ、その絶大なる魔力に海王でさえも震えあがったという。

 

しかし、彼らとて無傷ではない。一つしかない神の空飛ぶ軍船はだんだんと傷つき、ついには動かなくなった。しかし、その中でも成長していった王子がいた。

 

王子は風呼びの少女と共に戦い、あらゆる戦場で連戦連勝を重ねた太陽神の使いたちは、大陸グラメウスまで魔王軍を押し返すことに成功する。

 

役を終えた彼らは、神の命により元の世界に帰還していった。

 

生き残った各種族は、フィルアデス大陸とグラメウス大陸の間に門を設け、世界の門と名づけ、魔をグラメウス大陸に封じ、それ以南を各種族の楽園として守ろうとした。

 

魔王軍の再来を恐れた種族間連合のタ・ロウは、エスペラントを中心とした魔王討伐軍を組織する。出発に際しトーパの地に残るガレオスは、「魔王討伐軍が一年経っても戻らない場合、大規模な援軍送る」と約束し、討伐軍は出発した。

 

しかし、彼らは魔の地の過酷さに耐えきれず、引き返そうにも帰るべき道に道に迷ってしまい、方向を誤った。そして、フィルアデス大陸にほど近い山中へと身を寄せたのだ。

 

運か天命か、何者かが彼らに味方したのか、そこには肥沃な土地と水源のあった天然の要塞は、魔王軍に包囲されながらも食料が枯渇する事は無く、討伐軍は生きながらえた。

 

軍の遠征から五年、十年経っても援軍は無く、太陽神の使い無き今、種族間連合は、魔王の再侵攻により全滅したのではないかと考えられるようになる。

 

やがて、討伐軍は天然の要塞を人類最後の砦とし、積極的な子作り政策の元、天然の要塞から城壁を伸ばし、人類の居住地を拡大していった。

 

果たされなかった盟約は口伝の一節だけに語られ、紙が発明されてからは神話となった。

 

そしてこの国の神話は、時を超えて動きだす。

 

その国の名は、エスペラント王国──

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

「「「グギャァァァァァァァ」」」

 

 

城壁の門が開き、一気に兵士が雪崩れ込む。絶叫、咆哮、喊声、あらゆる声がこだまする。上から撃ち下ろされる無数の矢が魔獣に突き刺さる。打ち下ろされる投石が魔獣の体躯を押しつぶし、頭蓋を割った。

 

 

「我に続けぇぇぇぇ!!!」

 

 

指揮官の合図で槍騎兵、重装歩兵隊が突撃した。その背後からはさらに矢が降り注ぐ。時折り鉄砲の音も聞こえる、撃ち漏らした個体を狩る、最新装備の銃兵隊が鳴らす音だ。

 

一千を超えるゴブリンや魔狼の群れは、次第にその数を減らしていく。時間も経った頃に戦場に立っていたのは、この世界で『ヒト』または『人類』と呼ばれている者たちであった。

 

エスペラント王国の騎士団総長モルテスは、すでに陥落してしまった区域に広がる魔獣の死骸を見ながら、頬についた返り血を拭いて呟く。

 

 

「はぁ……なんとか勝ったな」

「今回は相手が雑魚で助かりました……ですが、またあの『黒いオーガ』がオーク級の魔獣を率いて来たら、またどこかの区域が落ちるやもしれません」

 

 

福総長も荒い息を整えながら、モルテスに話しかけた。

 

 

「黒いオーガ……奴は一体なんなんだ? 伝承には赤や青はあっても黒は居なかったはずだ。まさか、魔族ではあるまいな」

 

 

二人は正体不明のその姿を思い返す。肌は浅黒く、ヒト種のような赤みもなければ、伝承でのみ語られる竜人族のように青くもない。体格は大柄で、どのヒト種とも似つかない。

 

全身を覆う漆黒のプレートメイルを着込んでおり、頭に石のついたサークレットを冠していた。その風格から『黒いオーガ』『漆黒の騎士』『黒騎士』だなんて呼ばれているが、正体は分からない。

 

 

「こんな場所まで魔族が来るとは思えませんが……魔族なら翼がありますし、魔法主体で戦いますからね……」

「やはり正体は分からずしまい……か」

「正体不明の魔族の出現……そして最近頻発している魔獣の襲撃……やはり向こうで何かが起こったと考えるのが自然です」

「危険を承知でグーラドロアに斥候を送るか?」

「それにはまず、大規模な調査隊を編成する必要がありますよ。建国以来、グーラドロアの場所を正しく把握できていませんし、南の野営陣地を突破しなければならないので現実的ではありません」

「ううむ……あまりにも強力な魔物がこれほど頻繁に現れるのはどう考えてもおかしい。何か原因を掴まなければ、王国は……人類は危ないぞ」

 

 

国の行く末を案じる騎士団総長モルテスは、兵たちをまとめて帰投の準備を始めるのだった。

 

その間、モルテスは空を見上げていた。空は暗く、分厚い雲に覆われていて、冬らしく雪が降りしきっている。雲の切れ間からは光のカーテンが小さく覗いており、不吉な予感を抱かざるおえない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「最近の魔獣の活性化、詳しい原因はまだ分からんのか?」

 

 

現国王ザメンホフ27世は、不安を押し返すように低い声で尋ねる。エスシラント王国は、一言で言えば巨大な城塞都市である。中心のラスティネーオ城があるレガステロ地区を中心として、幾つもの城壁で分割された地区が重なり合うように広がっている。

 

その地区が、ここ数ヶ月間で2箇所も落ち、当該地区の住民が魔物、魔獣に食い荒らされて奪還できないでいた。さらには『食料』として何十、何百人単位で拐われているので、感覚が麻痺しそうだ。

 

 

「黒騎士が突如として現れて以来、この状況が続いております。故に奴があの魔獣どもを操っている、あるいは統率していると考えております。ですが……」

「なんだ?」

「その……不可解なことなのですが、何故か黒騎士がヒトを喰らう姿は確認できておりません」

 

 

宰相の説明に、ザメンホフは苦々しく顔を歪ませる。魔物わ魔獣がヒトを喰らうのは常識である。もちろん他の動物なんかを食べている例もあったが、それは少数だ。

 

なのに、黒いオーガもとい黒騎士は、魔物や魔獣の群れに混じってヒトを襲うだけで、食する様子が見られなかった。これも状況をややこしくしている。

 

 

「とりあえずは、オキストミノ区とノルミストミノ区の奪還作戦を立案するぞ」

 

 

遠い遠い昔、魔王ノスグーラが伝説の四勇者に封印された後、難を逃れた魔王の側近マラストラスは魔王軍の再建を開始していた。

 

四勇者が魔王を封じるために使った封印結界はこの世界の法則下のものではなく、魔王に雇われた『ただの魔族』に解けるような代物ではなかった。そのため、時間経過による自然消滅を待つことにした。

 

マラストラスはその後、エスペラント王国の前身となる、魔王討伐隊の集落を発見した。これを魔物、魔獣の食料源とするべく家畜化した。

 

ノスグーラの復活、引いて人類世界への再侵攻の際には食料として大量に消費することになるので、人口も多くなるようなしていた。

 

そして、来たるべき時が来ていた。

 

魔王ノスグーラは1万年の時を超えて、復活を果たしていた。

 

エスペラント王国はかつてない危機に扮することになっていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

暗い闇の中、松明が煌々と燃えている。灯りが地面の大理石に反射し、明かりが届くはずのない距離までぼんやりと薄闇にしていた。

 

松明のそばには三体の魔獣がいる。魔王城の椅子や地面に腰掛けて、濃い影を作っている。その中でも、中心にどかっと王様の席に座っている『それ』の姿は異様であった。

 

体は全体が黒く、筋肉質で盛り上がっており、微細に生えた針金のような毛は人間達の刃物を防ぐ。頭には黒く渦巻く角を持ち、多種とは卓越した魔力を全身に漲らせている。

 

 

「しばらく見ないうちに、マラストラスはなかなかの場所を見つけたな」

 

 

生の肉を噛みちぎりながら、『それ』はぼやく。彼こそが、神話に伝わる魔王ノスグーラである。その周囲には無数の骨が──エスペラント王国の陥落した地区から持って来た人間達の骨だ。

 

 

「魔王様、今回の侵攻はどちらまでいくご予定で?」

「そうだな……このまま食糧農園(エスペラント王国)を少しづつ制圧して食料を確保しながら……大陸の南(フィルアデス大陸)まで制圧するか」

「前回は海を超えた大陸(ロデニウス大陸)の神森に手を出したところで、聖アルディスタの使いを呼ばれましたからな」

「ああ、それより農園から手に入る食料が少ないぞ。今日の分はこれだけか?」

 

 

そう言ってノスグーラはエルフの女性の足をポイ捨てした。ノスグーラ的には筋肉質な男の肉も中々良いが、やはり女の肉の方が脂が多くて美味かった。それが少ないのがやはり不満なようだ。

 

 

「申し訳ありません……あの()()()()()()()()に農園の攻略を任せていますが、どうにもてこずっているようでございます」

「フッ……役立たずめが、やはりあいつも下等種族の一人のようだな。あの程度で魔帝様の末裔を名乗ろうとはな、愚かな奴よ」

 

 

ノスグーラは自分を復活させた人物をマラストラスに脅迫させて配下に置いていた。そいつにエスペラント王国の攻略と管理を任せているのだが、どうにもうまく行っていないらしい。

 

 

「とりあえずは、あいつはマラストラスに管理させているが、我が直々に農園を攻略する必要もあるな……」

「ええ、長い間で人間供も学んでいるようです」

 

 

その証拠に、今日エスペラント王国の攻略の威力偵察に向かわせていた部隊は、エスペラント王国の軍によって全滅していた。彼らも学んでいるのだと理解出来る、中々に手強い相手だった。

 

 

「ん?」

「? どうされましたか?」

 

 

と、ノスグーラが魔王城の内部から外の窓を見ていた。

 

 

「何かが来るな……少し外に出る」

「へへえ、お気をつけて」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

飛空艦の内部は機密性が高い。

 

船の外でもない限り、高度5000メートル付近を飛んでいても酸素マスクがいらない。艦の外へ通じる扉は二重ドアであるし、高角砲や対空砲も殆どが露天式ではなく機密式である。

 

それもそのはず、飛空艦は空気の薄い高い空の上を飛ぶように設計されている。おまけに充電時には着水までするため、水密性も高いように作られているのだ。

 

 

『前方異常なーし』

『右舷異常なーし、左舷異常なーし』

 

 

カルミナーク王国の一件が終わり、艦隊は軽巡空艦『吉野』と駆逐艦『五月雨』をカルミナークに置いて、艦隊はいよいよ北の魔境、グラメウス大陸へと侵攻していった。

 

艦隊は八神中将率いる空母と巡空戦艦の『八神艦隊』と、笠井中将率いる戦艦や重巡空艦を中心とした『笠井艦隊』に分けた。

 

機動艦隊をフィルアデス大陸に差し向け、その間に重武装で耐久性に優れた八神艦隊はその耐久力にものを言わせて危険なグラメウス大陸の付近調査を敢行している。

 

 

「笠井司令、随分ここは荒れていますな……」

「ああ、この『敷島』が揺れているほどだ」

 

 

艦隊司令の笠井司令と、『敷島』艦長の瀬戸衛が会話する。雲の上の高度5000メートル程の上空なのに、風が吹き荒れている。排水量3万トンを超える敷島の艦内がグラグラと揺れているほどの、猛列な風であった。

 

 

「この世界の北側はこのような暴風がいつも吹き荒れているのか? 気流が乱れているにも程があるぞ」

「この規模の飛空艦なら、航海に支障はありませんが……駆逐艦は心配ですな、転覆の可能性もあります」

「梅型は船体が小さいからな、やはり駆逐艦は離れさせるべきか?」

 

 

艦隊司令官の笠井司令は、そう言って参謀長の田中に向き直る。

 

 

「いえ、荷物運びの観点からは必要でしょう。一応着陸した時のことを考えて、全ての艦に荷物を積んでいますから、今更欠けさせるのは現実的ではありません」

「うーむ……やはり輸送艦が奪われたのが痛いな……」

「駆逐艦や巡空艦の鼠輸送で賄っていますが、やはり輸送量は低いですね」

「サイオン島のようにはなりたくないな……」

 

 

笠井の言う通り、艦隊からは輸送艦が二隻も引き抜かれていた。理由はもちろん、対パーパルディア戦の為である。対パーパルディア戦では上層部は輸送力を重視しているようで、輸送艦やその護衛の駆逐艦が引き抜かれていたのだ。

 

そのため、本来なら『特型輸送艦』に乗せるはずだった物資や弾薬は全て戦艦や重巡空艦、駆逐艦に載せるしかないのだ。今敷島の艦内には、所狭しと武器弾薬が立ち並んでいる。このような光景が、他のすべての艦で広がっているのだ。

 

今やっているのは、かつての中央海戦争で孤立したサイオン島に対する鼠輸送と同じである。中央海戦争時、レヴァーム軍の反撃で孤立してしまったサイオン島に対して、天ツ上軍は駆逐艦で鼠輸送を敢行していた。今の状況は、それに近い。

 

 

「しかしだな……本当にこんな場所に人の住んでいる場所だなんてあるのか?」

 

 

そう言って笠井司令は外の雲海を見渡す。少し高度を下げれば、真っ暗で何も見えない雲海に阻まれてしまう、そんな光景が目の前に広がっている。おそらく下は吹雪が降っているであろう。

 

 

「伝承では、この地に魔王を討伐しに行った人々がいるそうです。彼らの子孫が、この地にいる可能性もあります」

「それは伝承だろう? いくらこの世界が摩訶不思議な事であふれているとはいえ、流石に1万年前ほどの神話が果たして信憑性があるのか……」

『前方!! 真正面に何か見えます!!』

 

 

その報告を合図に、『敷島』の艦橋に緊張が走る。笠井司令と田中参謀長は会話をやめ、通信兵に電話を繋ぐ。

 

 

「なんだ? 一体どうした!?」

『前方真正面、距離5000に巨大な鳥のような物体が見えます! 真っ直ぐこちらに向かってきます!!』

 

 

その方向に笠井と田中も顔を見合わせ、双眼鏡を覗いた。その方向には、羽ばたく黒い鳥のようなものが見えた。

 

 

「なんですかあれは!?」

「観測主! 相手の速度は!!」

『接触まであと60秒です!』

「速い……!」

 

 

距離5000で接触まで30秒となれば、時間的猶予はない。もし奴が攻撃的な、この世界の敵だとしたら……

 

 

「まずい! 全艦対空戦闘用意!!」

 

 

その言葉を合図に、すべての艦隊の対空砲に要員がついて対空戦闘を開始した。しかし、奴はそれでも速い速度で迫ってくる。

 

 

「なんだあいつは! 燃えているぞ!!」

『司令、このままでは衝突します!!』

「総員衝撃に備えよ!!」

 

 

『敷島』の艦内が対ショック姿勢をとり、来たる衝撃に備える。そして、10秒と待たずに船がガクンと揺れて、火の鳥と衝突した。艦首から一気に突撃してきた火の鳥は、艦首の帝政天ツ上の象徴である菊花紋章を翼で打ち砕き、上方向へ艦橋すれすれを飛び越えて、そのまま消えていった。

 

 

「損害報告!!」

『艦首付近で火災発生!』

『測距儀と電探が高熱で損傷!! 使用不能!!』

 

 

火の鳥は艦首を炙って、その後そのまま飛び上がって艦橋すれすれを飛行してレーダーを焼いた。その火の鳥は……

 

 

「火の鳥がまた来ます!!」

「全艦対空戦闘!!」

 

 

笠井司令は全艦に対空戦闘を命令した。一気に艦隊から火山の噴火のような火砕流が火の鳥目掛けて降り注ぎ、高角砲の嵐が吹き荒れる。

 

しかし、奴は臆する事なくまた突っ込んでくる。今度は敷島の右側にいる龍王型重巡空艦『尾鈴』に向かって急降下している。

 

 

『甲板上乗員はすべて退避しろ!!』

 

 

『尾鈴』の艦長が叫び、そして数十秒後に火の鳥が『尾鈴』に覆いかぶさった。『尾鈴』の大きな船体がガタンと揺れ、覆いかぶさった部分からは炎が吹き出していた。

 

 

「『尾鈴』より火災発生!」

「消火させろ! 対空砲! 何をやっている!?」

『奴には対空砲が効きません!! 当たっているのか不明です! 近接信管も反応しません!』

 

 

それを聞いて戦慄するが、考えてみれば炎で出来ているのだから近接信管は反応しないと考えられた。笠井は、それに気づかなかった自分の考えの甘さを後悔しつつ、次の命令を出す。

 

 

「対空砲! 近接信管ではなく時限信管で撃て!!」

『了解です!』

 

 

そして、下側に回り込んでいる火の鳥に向けて時限信管の対空砲達が吹き荒れる。十字の線から幾千もの砲火が吹き荒れる。しかし、火の鳥は臆することがない。

 

 

「駆逐艦『向日葵』に向かって下から突っ込んできます!」

「くそっ! 効かないのか!?」

 

 

『向日葵』の下部砲塔がすべて真下を向き、集中砲火を浴びせる。しかし、火の鳥は砲弾や弾丸を浴びても全く怯んでいない。

 

そして、駆逐艦『向日葵』に火の鳥が覆いかぶさる。あちこちから火災が発生し、混乱が広がる。

 

 

「向日葵が炎上!!」

『八神司令!!』

 

 

と、通信がいきなり繋がった。発信元は『紀伊』の山野典文艦長であった。

 

 

『我が艦が時限信管の砲弾で奴を消します! 艦隊を取り舵にしてください!!』

 

 

飛空戦艦『紀伊』が砲撃で片付けるようであった。それを聞き、笠井司令はその提案を受け入れる。

 

 

「分かった、全艦取り舵一杯!!」

 

 

艦隊が取り舵を取る。ゆったりとしたスピードで左方向に向き、『紀伊』の主砲塔は右を向いて火の鳥を見据える。火の鳥はまっすぐ突っ込んで来ていている。

 

紀伊型飛空戦艦、この船は飛騨型飛空戦艦の火力を補うために建造された46センチ砲搭載戦艦だ。

 

『紀伊型飛空戦艦』

スペック

基準排水量:4万3800トン

全長:252メートル

全幅:33メートル

機関:揚力装置6基

武装:

46センチ三連装砲3基9門

15.5センチ単装砲16基16門

12.7センチ連装高角砲8基16門

25ミリ三連装機関砲48基144門

同型艦:2隻

 

天ツ上戦艦で初めて三連装砲を採用しており、手数は申し分ない。その手数が、そのまますべて火の鳥に向けられる。

 

 

『用意……』

 

 

緊張が高まる。

 

 

『撃てっぇ!!!』

 

 

そして、砲弾が炸裂した。空を揺るがすような轟と爆炎と共に、自慢の46センチ砲弾が向かって行く。そして、砲弾が火の鳥の目の前に来た時……爆裂が轟いた。

 

 

『目標消滅!!』

 

 

炸裂した対空三式弾は、絶妙なタイミングで爆発して火の鳥を消えていった。爆発によって、消えていったのだ。しかし、ホッとしたのも束の間……

 

 

「司令! 前方に積乱雲です!!」

 

 

『敷島』艦長の瀬戸衛がそう叫ぶ。前方を見るとたしかに積乱雲がある。その積乱雲は、なぜか北の大地のここでも大きく立ち上っており、内部は吹き荒れていることが予測されていた。

 

 

「こんな場所に積乱雲だと!? 何処にいた!?」

「風で流れてきたのです! 回避を!」

「間に合いません! 突入します!!」

「総員衝撃に備えよ!!」

 

 

敷島を含むすべての艦隊が、いきなり現れた積乱雲に飲み込まれ、見えなくなって行った。

 



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閑章第6話〜極北の地〜

魔王編2話です。
今回火の鳥の正体が明らかになります。
それと、空母艦隊と戦艦艦隊の指揮官を入れ替えました。
笠井さんと田中さんは一緒にしたかったのでね。


「一体なんなんだ……」

 

 

魔王ノスグーラは、魔王城の屋上で恐れを抱きながらそう呟いた。魔王ノスグーラの天性の魔力は、上空を突き進むナニカを捕らえた。

 

ノスグーラはそれに向かって本来なら攻撃に使うはずの巨大な火の鳥を出す魔法、『炎殺黒鳳波』を使い、高空まで上がってそのナニカを捉えた。『炎殺黒鳳波』は、ノスグーラの眼としても使え、偵察もこなせるのだ。

 

その『ナニカ』は空飛ぶ船だった。鋼鉄製で、背後に風車のような歯車がついていた。それも一つや二つではない。何隻もの鋼鉄製の空飛ぶ船が、隊列を組んで空を飛んでいたのだった。

 

『炎殺黒鳳波』で艦隊を炎上させてはいたが、致命傷は与えられなかった。そして、彼らの船から爆裂魔法が轟き、『炎殺黒鳳波』は消滅してした。そして、彼らはエナボレージョ火山の上空にできた積乱雲の内部に突入して、見えなくなって行った。

 

 

「まさか……聖アルディスタの使いが蘇ったのではあるまいな……」

 

 

軍船の攻撃には覚えがある。記憶の中の、一万数千年前の聖アルディスタの使い達の記憶、彼らの空飛ぶ船から放たれた爆裂魔法。その威力を思い浮かべてしまう。

 

 

「魔王様、どうされましたか?」

 

 

気になって付いて来たレッドオーガとブルーオーガが、魔王に気にかけるように話しかける。吹雪が吹き荒れる魔王城の屋上でも、寒さを感じていない。

 

 

「レッドオーガ、ブルーオーガよ、世界の扉への攻略にお前達も加われ」

「は? どう致しましたか?」

「嫌な予感がするのだ、お前達も行け」

「ははっ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

真っ暗で何も見えない雲海の中、風が吹き荒れる積乱雲の内部。積乱雲に突入した梅型駆逐艦『向日葵』は、今まさに窮地に陥っていた。

 

 

「雲から抜け出すまでなんとか耐えろ!!」

 

 

『向日葵』の艦長と艦橋の内部の人間達が奮闘している。怒号が飛び交い、操舵士が舵を操る。

 

 

「ダメです! 暴風が激しすぎて操艦できません!!」

「艦内火災消火できません! 艦内スプリンクラー残水ゼロ!!」

 

 

艦内から次々と悲鳴が上がってくる。状況は絶望的、そして周りの艦隊に助けを呼ぼうにもこの猛嵐である。

 

 

「右舷に艦影! あれは『九重』です!!!」

 

 

『向日葵』の真横に、暴風に煽られた龍王型重巡空艦『九重』が迫ってくる。その距離は近く、早く回避しなければ小さい船体の梅型駆逐艦では耐えられない。

 

 

「まずい! 回避だ!!」

「間に合いません! 舵も効きません!!」

「総員衝撃に備え!!!」

 

 

艦長が止む無く叫ぶと、艦内の全員が対ショック姿勢を取る。そして、艦内に衝撃波が伝わる。船が金属音を立ててミシミシと揺れ、『向日葵』と『九重』はその船体を傷つけ合った。

 

 

「損害知らせ!!」

『右舷船体湾曲!! 負傷者多数!!』

『右舷高角砲全ては破損!! 竜骨も歪んでおります!!』

 

 

艦内から次々と絶望的な悲鳴が上がる。

 

 

「!? 電気系統損傷! 艦内電源喪失します!!」

 

 

と、いきなりブレーカーが壊れ、艦内の電源が喪失して一気に真っ暗に陥る。

 

 

「なんだと!? 復旧はできんか!?」

「ダメです! いきなりなんの前触れもなく、突然……!」

「とにかく再始動しろ!!」

 

 

このままではまずい、揚力装置を含めすべて電気で動く飛空艦にとって、電源が喪失するというのは死刑宣告に近い。

 

運の悪いことに、この世界において200年に一度の割合で発生する大規模太陽風に『向日葵』たち笠井艦隊は上空で遭遇してしまった。

 

普通の艦なら何事もなく復旧するが、『向日葵』は先ほどの衝突の衝撃で様々なところが壊れていて復旧できなかった。

 

 

「揚力装置停止!! 高度下がります!!」

「くそっ!! 『敷島』に連絡を!!」

「こちら『向日葵』!! 艦内電源喪失! 艦隊旗艦『敷島』応答せよ!! 艦隊旗艦『敷島』応答せよ!!」

 

 

この状況なので期待していなかったが、案の定反応がない。何より、通信機器も故障していた。

 

 

「応答ありません!!」

「くっ……! このまま回頭するより不時着したほうがいい! 揚力装置の復旧急げ!!」

「了解!」

 

 

命令を受けて、操舵士は震える手で操舵を続けていた。油圧も死んでいるので、操舵がかなり硬い。

 

高度が下がり、分厚い雲の中を徐々に降下していく。大粒の雪が艦橋のガラスを叩き、下が吹雪であることを物語っていた。いずれ雲間が切れても視界が悪いが、地表の様子を確認しなければならないので光度を落とすしかない。

 

 

「揚力装置復旧しました!」

「よし……これで──なっ!!」

 

 

揚力装置が復旧したのも束の間。雲の下に出てすぐ、黒い塊が視界に入った。それは塊ではなく、鳥の群れである。

 

 

「し……しまっ──!!!」

 

 

大型の鳥の群れが『向日葵』に次々と衝突していく。稼働し始めて回っていた揚力装置のプロペラが、鳥との衝突で吹き飛ばされ、全て吹き飛んでしまった。

 

巨大な飛空艦でもバードストライクは警戒する。揚力装置の要であるプロペラに当たればプロペラが故障して揚力を生み出せなくなるからだ。

 

そして、彼らは不運が重なってしまった。大型の鳥の群れとのバードストライクで『向日葵』の揚力装置のプロペラが破損、設計限界を超えて揚力を失った。

 

 

「ギア出せ!! フラップとエアブレーキはッ!?」

「効きませぇぇんッッ!!!」

「総員衝撃に備え────!!」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「あれは……?」

 

 

激しい吹雪が降り頻る中、一人のエルフの少女が空を上げた。少女の名はサフィーネ、エスペラント王国騎士団南門防衛隊所属、遊撃隊第五小隊長を務めている少女だった。

 

防衛戦を終えたばかりで帰宅途中だったところ、上空から響く奇妙な音を聴き、足を止めた。轟音と共に空気を引き裂くかのような悲鳴が聞こえ、何かが落ちて生きている。

 

 

「鳥ではない……魔獣か?」

「あんなに大型な魔獣、見たことがないですね。黒騎士の手合いでしょうか」

「船のようにも見えるな……」

 

 

サフィーネの問いに部下が答える。

 

 

「……様子がおかしい、まるで死にかけの鳥のようだ。行くぞ!」

「行くってどこへ!?」

「あれの向かう先だ!」

 

 

サフィーネは小隊の部下50名を連れ出して走り出した。このスダンパーロ区は、王国の数ある城壁地区の中でも南側に位置する。外周区なので、比較的人口が少ない。つまりは田舎だ。

 

その分有り余る土地を利用して農業がおこなれている。今は冬なので農業は行われていないが、王国を代表する穀倉地帯の一つである。

 

その広大な土地を、エルフを中心とした軍人が駆けるり。雪でぬかるんだ地面も意に返さず、防寒具を纏って弓を抱えて走る。

 

墜落していくそれは、思いのほか速度が速く、走っても追いつけそうにない。見る見るうちに高度を落として、スダンパーロ区と隣接するペリメンタ区とを隔てる石壁へ一直線に突っ込む。

 

 

「ああああッッ!!!」

「ぶつかるぞ!!!」

 

 

サフィーネ達の僅か1キロ先、厚み20メートル、高さ30メートルもある石壁に、船体を傾けた状態で巨体が突っ込んだ。思わず耳を塞ぎたくなるような巨大な音が、耳を貫く。

 

近づいてみると、その惨状が分かった。燃える船体は傷がついていて、どういう力が加わったのか、動体も破裂して船内の物を撒き散らしていた。

 

 

「これは……ひどいな」

「人間……でしょうか……?」

「ああ、だが……」

 

 

その船の中に、人間が何人かいた。しかし、ほとんど死んでいる。綺麗な状態のままの者も居れば、どこかが欠損している者、あるいは原型を止めていない者。惨状は様々だった。

 

 

「これは敵だったんでしょうか……?」

「わからんが……あまりにもひどいな……ん? あそこにいるのは……」

 

 

折れた鉄の船体の後ろの方、ちょうどこいつが飛んだきた方向にいる人物が見えた。若い男だった。彼は船内にはおらず、外に放り出されたようだった。

 

 

「生きているぞ!! 」

「何ですって!?」

 

 

彼を見ていると、微かに息があることがわかる。男の体を引っ張り出してみると、大きな出血は確認できない。いくつか骨は折れているだろうが、命に別状は無さそうだ。

 

 

「そーっと運び出せ。大事な参考人だからな」

「どちらへ運びますか? 牢屋ですか?」

「馬鹿者、何の話も聞いていないのに投獄するわけにはいかないだろう。まずは医者に見せよう」

「はっ」

 

 

と、その若い男が少し苦しそうに息をしだした。

 

 

「おい、大丈夫か?」

「う……ぅぅ……早く……」

「?」

 

 

若い男が喋りだす。

 

 

「おい、無理はするな。というか、言葉は通じるんだな……」

「早く……中の物資を……船の中の木箱を運び出して下さい……」

「船の中の木箱を?」

「ああ……あの状況では……生存者はいません……中の荷物を……早くしないと誘爆して…………」

「分かった……」

 

 

そう言って、若い男は気を失った。意識がなくなっただけのようで、気絶しただけのようだった。

 

 

「後の者は、船内に入って中の物資や木箱とやらを運び出せ!! 急げ!」

「「「了解!!」」」

 

 

てきぱきと指示を終えてサフィーネは、男を部下らに抱えさせ、スダンパーロ区と隣接する三つの地区の一つ、ノバールボ区にある騎士団所属の病院へと急いだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

一方、その上空5000メートルの雲の上。雲海があたり一面に広がり、まるで海そのものであるかのような偉容が見える。その上をゆく飛空艦は、まさしく神の船に見えるであろう。

 

 

「『向日葵』はまだ見つからんか?」

「ダメです、雲海が邪魔して下の様子が見れません」

「通信からも応答なしです。おそらく、墜落したものと思われます」

 

 

艦隊旗艦『敷島』の内部は、駆逐艦『向日葵』の行方不明について議論が盛んになっていた。突如積乱雲の中で起きた電波障害のせいで下部レーダーも使えず、目視で捜索しようにも雲海が広がるばかりで何も見えなかった。

 

 

「どういたしましょう? ここは艦隊を降下させて地表を確認させますか?」

「いや、降下したらまた衝突艦が相次ぐ。最悪航行不能に陥って『向日葵』の二の舞だ」

「では、単艦のみで捜索にあたらせるのは?」

「単艦のみだと不安だ、海図も分からなくなる。それこそまた行方不明になるぞ」

 

 

どうにもできず、『敷島』の艦内はとにかく騒然としていた。突然の『向日葵』の行方不明、艦隊として捜索をなかなか打ち切ることもできない。

 

笠井は自分のミスで積乱雲に突入し、結果『向日葵』を失ったことを後悔していた。もし、あの時前方に注意していたら、そもそも自分の指揮がもっとしっかりしていたら。

 

 

「笠井司令」

 

 

傍の田中参謀長が話しかける。

 

 

「今は後悔しても仕方がないでしょう。とりあえず、今回の捜索は天候が回復するまで延期しましょう」

「……ああ、そうだな。すまない」

 

 

そう言って笠井は通信兵に向き直る。

 

 

「通信機の修理は終わったか?」

「あと少しです……よし、これで艦隊との通信ができる筈です」

「よし、まずは通信を入れて、このままトーパの艦隊と合流しよう」

 

 

そこまで言われて、笠井は艦隊に反転を命じ、トーパ王国まで帰投していった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「駆逐艦が一隻行方不明だと!?」

 

 

トーパ王国の洋上、八神艦隊旗艦『白鷹』の艦上にて、同乗していた帝政天ツ上第一皇太子の聖天は振り向いた。聖天の視線の先には、八神艦隊司令官兼、艦隊総司令官の八神武親中将が驚き顔で参謀と話している。

 

 

「はい、笠井艦隊から連絡がありました。先ほどの謎の黒い火の鳥との戦闘の後、笠井艦隊は予期せぬ積乱雲に突入しました」

「そこで、駆逐艦『向日葵』が重巡空艦『九重』と衝突したのを最後に、暴風に紛れて行方不明になりました。現在、艦隊は『向日葵』捜索中です」

「『黒い火の鳥』の一件は聞いていたが……まさか行方不明なるとは……」

 

 

そう言って八神は項垂れる。先ほど艦隊からは『黒い火の鳥』と戦闘になったという通信を最後に、しばらく通信がなかった。どうやらこの星特有の磁気嵐によるものだと思われ、不安な時間を過ごしていた。

 

そして、数時間ぶりに通信が繋がったとなれば、返ってきたのは「駆逐艦が一隻行方不明で捜索中」という内容だった。

 

 

「何かあったのか?」

「ええ、笠井艦隊の駆逐艦一隻が、グラメウス大陸上空で行方不明になったそうです」

「なんと……乗務員は無事か?」

「現在捜索中との事ですが、天候悪化のせいで撤退したそうです」

「ううむ……そうか……」

 

 

それ以上聖天は何も言えなかった。将来軍の最高指揮官を務める身としてある程度の軍事知識は備えているものの、こう言った事態に何をすれば良いのかは軍人に任せたほうがいい。聖天はそう判断してそれ以上は何も言わなかった。

 

 

「聖天宮様、まもなくトーパ王国国王との謁見のお時間にございます」

 

 

傍らの聖天の付き添い執事が一言、聖天に向かってそう言った。聖天は執務のことに目を向け、切り替えた。

 

聖天はこれから、八神司令を伴ってトーパ王国国王ラドス16世と国交成立に際しての謁見が行われる予定だった。

 

 

「ああ、そうであったな。八神殿も参ろう」

「ええ、気になるところですが予定は変更できません。行きましょう」

 

 

一行は『白鷹』を降りて、車に乗り換える為に港を歩く。港は冬らしくとても寒く、軍服にマント姿の聖天にとっては少し肌寒かった。

 

トーパ王国の王都ベルゲンは、案外港から近い位置に存在する為、このまま車で向かえる距離にある。そして、数十分ほどリムジンで揺られた後にたどり着いたのは、古い建築様式のレヴァーム風の立派な城であった。

 

歓迎のラッパを鳴らされ、レッドカーペットを八神司令と共に歩き、ビシッとした姿勢でコツコツと歩みを進める。ドアが魔法で自動的に開いたかのようなタイミングで、門が開き、いよいよニーベル城の中へと入った。

 

 

「ほう……床は木なのだな」

 

 

おそらく防寒対策であろう木張りの床を歩き、いよいよ王座の間にたどり着いた。

 

 

「ラドス16世のおな〜り〜!」

 

 

しばらく待ち、王座の間に腰掛けるラドス16世を見つけた。彼は玉座に座り、三段上から聖天を見下ろす。

 

 

「お初にお目にかかる。我は帝政天ツ上第一皇太子が君、聖天宮と申す」

「ほほう、そなたが天ツ上の皇太子か……して、この辺境の地に何をしに参った?」

「はい。今回は、国交成立に際して事前協議に参った。是非とも、我が帝政天ツ上と神聖レヴァーム皇国との国交を結んでもらいたい」

 

 

あくまで威圧せず、対等な関係で話を進める聖天。外交上、同じ王族同士の会話というのは対等が一番なのだ。

 

 

「我は交渉を円滑に進める為に参った。お会いできて光栄である、ラドス16世殿」

 

 

そう言って聖天は、軽く一礼する。マントが揺れて、両眼を瞑った姿が実に絵になる。

 

 

「そうか、まあ立ち話もなんだ。部屋を移して協議に入ろう」

「はい、もちろんでございます」

 

 

聖天達はラドス16世に着いて行き、部屋を立派な会議室に移した。隣には八神司令やレヴァームと天ツ上の外交官も一緒で、トーパ王国側は王を含めた何人かが集まっている。

 

 

「さて、事前協議に参ろう。我らは『神聖レヴァーム皇国』と『帝政天ツ上』という国を噂程度でしか知らない。なんでも、ロウリア王国を破ってパーパルディア皇国とも戦争になったとか?」

「全て事実である。だがロウリア王国との戦争は隣国を助ける為であり、パーパルディア皇国との戦争は自国民を虐殺されたことに対する報復である。侵略目的ではない」

「なるほど……パーパルディア皇国との戦争ですか……貴国の頑張りを期待しておりすます」

 

 

そう言って、王は顔を俯かせた。どうやら彼らにもパーパルディアの脅威や恐怖が伝わっているようで、レヴァームと天ツ上がパーパルディアと戦争になった事を哀れに思っているのだろう。

 

 

「ご心配なさるなラドス殿。我らの軍は強く、パーパルディア皇国如きに負けるほどではない」

「な……なんと……そこまで豪語できるのですか?」

「港に停泊している我らの飛空艦は、パーパルディア皇国の戦列艦には負けはしない。それど強力な戦力が、本国には揃っているのだ」

 

 

そこまで自信たっぷりに応えると、トーパ王国側の半分から「おお……」と歓喜の声が上がった。どうやら、彼らの中にはレヴァームと天ツ上の噂を聞いている者もいるようで、それが事実であったことを嬉しく思っているのだろう。聖天はそこまで推測できる。

 

 

「早速だが、我らは貴国に一つやってもらいたい事があるのだ。聞いてはくれぬか?」

「……なんであろう?」

 

 

聖天はそこまで王が乗ってきたのを見て、ニヤリと微笑む。シメた、と思った時に自然と出る笑みであった。

 

 

「パーパルディア皇国との戦争に際し、第三文明圏の反パーパルディア連合軍、73か国連合に加わってほしいのだ」

 

 

聖天が内容を伝えると、会場からどよめきが漂う。もちろん、トーパ王国側からがほとんどである。

 

 

「それは……一体どうして?」

「まもなく……それこそ来年の一月中までには、アルタラス王国のルミエス王女から反パーパルディアの蜂起要請が第三文明圏に放たれる予定である。それに際し、トーパ王国にもその蜂起に加わってほしいのだ」

 

 

これは、トーパ王国だけでなく第三文明圏で接触している国のほとんどに打診している内容だ。本国がパーパルディアと戦争状態に移行し、その計画の中に第三文明圏のパーパルディアの属領や属国への一斉蜂起が呼びかねられる事を聖天達も知っていた。

 

もちろん、この時はまだルミエスの決意が整っていないので、確定事項ではない。しかし、各国はそれに向けて準備を進めているし、一度ルミエスと会ったことのある聖天も、彼女ならやってくれると信頼していた。だからこそ、この場で打診したのだ。

 

 

「この事は他の国々にも打診しておる。一つでも多くの国が参加すれば、属領は解放されるであろう」

「…………」

 

 

沈黙が会議室を支配した。国王ラドス16世も頭を抱えて、悩んでいる。確かにそうでありう、いきなりきた国家から「盟主国に対して蜂起をして欲しい」と頼まれても項垂れるのが当たり前だ。そこで、聖天はまず信頼を勝ち取る事を模索する。

 

 

「我々からは蜂起に際し、武器を提供しよう。パーパルディア皇国よりも勝った装備を渡して訓練も行う。心配しないでも良い」

 

 

そこまで言われるが、周りはうなだれたままであった。

 

 

「しかし、聖天殿。我らは……」

「失礼します! 王、大変です!」

 

 

と、会議室の扉をノックもせずにいきなり軍人らしき人間が入ってきた。その顔には汗がにじみ出ており、焦っているのが目に見えている。

 

 

「どうした? 今は会談中で……」

「それどころではありません! 魔物が……いえ、魔王軍が……」

 

 

軍人は呼吸を整え、息を吐いて事実を言った。

 

 

「魔王軍約4万とレッドオーガ、ブルーオーガが『世界の扉』を突破!! 魔王軍が雪崩れ込んできています!!」

 




『火の鳥の正体』
火の鳥の正体は、ノスグーラの魔法でした。あの厨二チックな魔法名使いたかったんですよね。

『岡を載せた駆逐艦が墜落』
鼠輸送の一環としてたまたま同乗していた岡が、向日葵の墜落によってエスペラントに保護されました。彼がどう活躍するのか、また次回。

『トーパ王国に魔王が確認されていない』
なぜ原作ではいたはずの魔王ノスグーラがなぜ確認されていないのか?これは次回に。


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閑章第7話〜人類世界への侵攻〜

数時間前……

 

フィルアデス大陸の北東部、そこにトーパ王国は存在している。フィルアデス大陸からグラメウス大陸へ続くその島は、幅たったの100メートル、長さ40キロという細長く伸びた陸地によって繋がっている。

 

グラメウス大陸には人間や亜人などの国家は()()()()()確認されておらず、代わりに『魔物』と呼びれる生物が闊歩している。

 

このトーパ王国とグラメウス大陸の間には、城塞都市トルメスがある。古き時代、人類は魔物の闊歩するグラメウス大陸とトーパ王国の間の細長い陸地に『世界の扉』と呼ばれる城塞を築いたのだ。

 

その日はいつものように、穏やかな朝だった。世界の扉には、トーパ王国兵が交代で駐留している。その中には、非常勤で雇われた傭兵ガイも含まれていた。

 

 

「は────眠い……寝たいぜ全く……」

「こらこら、グラメウスの監視は人類の生存に関わる重要な任務だぞ」

 

 

ガイは窓の淵にもたれかかって、やる気のない声を出す。それを、共に勤務するエルフの騎士モアが、監視記録を書きながら注意する。

 

 

「そんなこと言ってもよぉ……この世界の扉は20メートルもある城壁だぞ。ここ十年で訪れたまもの魔物の群れっつったら、道に迷ったゴブリン10匹くらい。ゴブリンなら100匹が来たってビクともしねぇ、寝ても大丈夫だろ」

「ここ100年で見れば、オークやゴブリンロードだって来たことがある。オークは厄介だぞ」

 

 

ガイはオークやゴブリンとの戦闘を思い出し、一瞬沈黙する。

 

 

「……確かにオークは騎士10人でやっと倒せるかどうかってくらい強いが、ここ100年単位の話をされてもよう……やれやれ、エルフさんは真面目だな」

 

 

そこまで言われ、モアはため息をついている。何気ない世界の扉監視室の、何気ない日常だ。

 

監視室から外側を見る。城壁から北側はグラメウス大陸が目に届く。その範囲は真っ平らな平原地帯で、見通しはいい。付近には南からの海流が流れているため、緯度が高い割には温暖な気候だ。

 

しかし、今くらいの季節になると、大抵は雪が降り積もっている。今日は雪が降っておらず、澄み渡る青空が窓の向こうに見えているが、その下には見渡せる限り白銀に輝く雪原が広がっている。

 

 

「なんだアレは?」

 

 

と、何気ない勤務を終えると思っていた彼らに、おぞましい何かが聞こえてくる。ガイが異音に気づき、顔を窓の外に向ける。真っ白な大地が、少しずつ黒くなっていく。

 

 

「何だ!? 大地が……黒くなっていく!?」

 

 

ガイの驚嘆を聞き、モアが慌てて望遠鏡を覗き込んだ。

 

 

「あ……あれはゴブリン!!それだけじゃない、オークまで見えるぞ! 総数は1000を超えている!!」

 

 

モアを押し除けて、ガイが望遠鏡を覗き込んだ。倍率を上げ、さらに遠くを拡大する。大地を埋め尽くす程のゴブリンの大群、オークの中衛部隊、その先にオークよりも大きい魔物が見える。数は二体。

 

 

「あれは──まさか、魔獣レッドオーガとブルーオーガ!! 伝説の魔獣じゃねぇか!!!」

「通信兵ぇぇぇ────ッッ!!!」

 

 

モアがその名を口にした瞬間、監視室にいた防衛隊長は通信兵に命じ、世界の扉の南方にある城塞都市トルメスに至急通信を送らせた。

 

その間にも、大地を灰色に覆いながら、魔物の群れが世界の扉へ迫る。大地の揺れが次第に大きくなり、ドンという音と共に城壁全体が揺れた。

 

 

「モア!! お前は魔物に精通している! 今見たことを、トルメスに直接出向いて伝えるんだ!!」

 

 

防衛隊長がモアに命ずる。

 

 

「し……しかし、私もここで──」

「今は非常時だ! この情報を王都だけでなく全世界に伝える必要があるんだ! ガイも連れて行け!!」

 

 

ガイは立ち尽くすモアの首根っこを掴んで、引きずるように世界の扉を脱した。二人は馬に乗り、全速力で城塞都市トルメスへ向かって、今に至る。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「と……言うわけで魔物の軍勢は世界の扉を突破、防衛隊は全滅し、現在は城塞都市トルメスに撤退しています……」

 

 

王への直接の報告に、他のトーパ側の官僚たちにもどよめきが走る。このタイミングで、しかも何の前触れもなく、魔物の軍勢が現れたとなれば動揺するのも当たり前だ。

 

 

「敵の軍勢は4万と言ったな……ミナイサ地区はどうなっている?」

「はっ、魔物の軍勢は世界の扉を突破した後、そのまま南方向に侵攻、ミナイサ地区で戦闘が起こっております」

「ううむ……」

 

 

項垂れる王を見て、聖天が話しかける。

 

 

「何かあったのだろうか?」

「ええ、我々が『世界の扉』と呼んでいるグラメウス大陸との城壁はご存知でしょうか?」

「ああ、噂程度には」

 

 

聖天もトーパ王国との接触にあたり、トーパ王国のことをある程度調べていた。その中で、『世界の扉』と言う大それた名前の城壁が、グラメウス大陸との要所に設けられていることも知っていた。

 

 

「その城壁が、今朝破られました。現在、ミナイサ地区で戦闘が起こっており、市民が逃げ遅れていることでしょう」

 

 

聖天はその報告に眉を曇らせ、八神司令に向き直った。そうして何度か会話をすると、二人ともうなずく。

 

 

「もしや……伝説の魔王が復活したのではあるまいな……?」

「いえ、世界の門で魔王は確認されてはいませんが……」

「失礼、少し良いか?」

 

 

軍人と王の間に入ってきたのは、聖天の一言であった。

 

 

「魔王とやらは伝説で聞いておる。その復活を危惧しているとのことだが、世界の門では魔王は確認できなかったのだな?」

 

 

聖天はトーパ王国のことだけでなく、神話についても聞いている。魔王と魔王軍が伝説上ではどんな奴らだったかも知っているのだ。

 

 

「ああ……そうだが……」

「だが、我々の国では指揮官は前線に出向かずに後方で指揮するのだ。もし魔王とやらが復活し、後方から指揮をとっているのだとしたら今回の魔物の大規模侵攻も納得できよう」

「!!」

 

 

その言葉に、王や軍人も納得したようで言葉を切った。

 

 

「し……しかし、魔王は神話の時代ではいつも前線に立っていた……魔王の侵攻ではなく、普通の魔物の侵攻では?」

「そうだとしても不自然すぎる。神話上のレッドオーガやブルーオーガとやらが現れているのなら、魔王が指揮していると言っても不自然ではない。何も、奴らは馬鹿ではないのだろう? 指揮官が復活していないのに、勝手に進攻をする馬鹿がいるわけがなかろう」

 

 

聖天の洞察力は、一重に皇族ならではの英才教育の賜物である。幼い頃から洞察力や考察を高めるための勉強を受けており、彼は人並みではない頭の良さを持っていた。

 

 

「今はフィルアデス大陸全体の非常時であろう? ならば、国は関係ない。先程、八神司令と相談して決めた事がある」

「な、なんと……?」

 

 

先ほどの相談とは、八神司令に向き直った時の事である。その時にお互いで決めた事があった。聖天は大きく息を吸い、言葉を下す。

 

 

「我々帝政天ツ上は、貴国の……人類全体の危機に対し、援軍を派遣することにした」

「な……なんと……!?」

「良いのですか!?」

 

 

聖天が言ったことは、先程八神司令と相談した時に、八神司令が「軍を世界の門に派遣できる」と答えたことに起因する。それを根拠に、聖天はこの決断をした。

 

 

「良いのだ。その代わりと言ってはなんだが、我々が軍を派遣して魔王軍を撃退した時、御主らには第三文明圏に対する蜂起の呼びかけに賛同してほしい」

「それが……条件ですか?」

「ああ、良い取引だとは思わんか?」

 

 

そこまで言われ、王は頭を悩ませて項垂れる。彼にも、彼らを信用して良いかの悩みがあった。それが、彼ら自身で証明してくれるかもしれない。それを感じでいた。

 

そして、王が下した決断は……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

エスペラント王国の北側には背の高い山が聳え立っている。魔石はもちろん、各種金属や硫黄なども算出するエスペラント王国の発展に欠かせない地下資源の宝庫だった。

 

その名も『エナボレージョ山』、エスペラント王国の民の言葉で『ドワーフの仕事場』という意味である。

 

エナボレージョ山はグラメウス大陸西側に連なる連山の一つで、山脈は南北に続いている。その一角に、()()()()()から『バクラ山』と名付けられた山があった。

 

そんな火山の火口には、土でできた穴蔵のような人工物がいくつも建っている。出入りしているのはゴブリンやオーク、さらには魔獣など、ここは彼らの家なのだ。

 

その中心地に、一際大きな家が建っている。周りのゴブリンやオークの土家とは違い、木材や石をふんだんに使った、屋敷ともいうべき場所だ。

 

 

「くそっ……魔帝様の直系であるこの俺がなんでこんな目に……くそっ!」

 

 

その屋敷の中で、一人の男が苛立っていた。男の格好はかなり近代的で、ワインレッドのジャケットとスラックス姿である。

 

 

「ダクシルド様、お食事の用意が出来ました」

 

 

ノックも無しに開いたドアから声をかけられる。ダクシルドと呼ばれた男、ダクシルド・ブランマールは人類となんら変わりない素肌顔立ちであった。そんな彼に声をかけたのは、黒い鬼バハーラであった。

 

 

「くっ……なんだバハーラか、エスペラントの攻略はどうなっている?」

「はい、このまま順調に戦力強化出来れば、王国そのものを落とせるでしょう」

「そうか……ゼルスマリムから連絡は?」

「まだです」

「くそっ……いつもいつも連絡が遅いやつだ……! いつでも通信が届くように、通信機の前に常に誰かを置いておけ」

「御意に」

 

 

バハーラはそのまま下がっていく。

 

 

「……くそっ、本来ならば魔族制御装置で俺の配下になっていた筈なのに……」

 

 

本来なら、魔族制御装置で彼ら魔族をダクシルドが制御する筈だった。しかし、今は彼の手の物ではない。苛立ってもしょうがないので、ダクシルドも書斎を出て食堂へ向かう。

 

 

「お疲れ様です……ダクシルドさん」

「ああ……食事の用意ご苦労」

 

 

食堂にはレヴァーム風のアニュンリール皇国様式の食事が用意されている。他の席には、ダクシルドを支えるアニュンリール人のスタッフが座る。

 

 

「そろそろ、魔王の食料農園(エスペラント王国)は片付きそそうですか?」

「いや、まだだな。本国の軍が来ないのはやはり効率が悪い。なんで我々が魔王の下で指揮をしなければならんのだ……」

 

 

そう言って、アニュンリール皇国魔帝復活管理庁復活支援課支援係の現地派遣員ダクシルドは、そう苦言を呈した。

 

 

「仕方ありませんよ、そうでもしないと我々は殺されるのですから……」

「全く……制御装置が効いていれば……」

 

 

所属部署の名の通り、彼らは魔法帝国ことラヴァーナル帝国の復活を支援する為に活動している。

 

彼らがグラメウス大陸に来た理由は、ロストテクノロジーの解析で作り出した魔族制御装置の効果判定と、少ない予算から削り出した魔法帝国時空転移ビーコンの適正管理業務……の筈だった。

 

星が移動していると、何もない宇宙空間に出てしまうな可能性がある為、ビーコンが必要だ。ラヴァーナル帝国が別惑星から転移してくる際、時空間に歪みを発生させる。

 

ビーコンはその歪みを探知して、惑星の位置座標、時間座標、そして空間座標などなどの情報を発信する。それを頼りに、ラヴァーナル帝国は元の位置へと『着地』できるのだ。

 

そして、そのビーコンの一つが、何の因縁かエスペラント王国の王城付近に埋まっていたのだ。そのため、そのビーコンの万全を期す為、ダクシルドたちスタッフが派遣されたのだ。

 

 

「せめて、マラストラスにつけた制御装置が作動していたらな……」

「まさか、魔王の制御魔法に上書きされるとは思っていませんでした……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

遡ること一年前。グラメウス大陸にたどり着いたダクシルドたちは、まずは魔王城を拠点にその周辺の平野グーラドロア平野を支配していた魔王の側近、マラストラスに接触を図った。ダクシルドはマラストラスを騙して、ノスグーラの封印解除の条件として了承させたのだった。

 

そして、魔王城ダレルグーラの広間にて、アニュンリール人たちは色付きガラスのような何かに包まれたノスグーラの封印を解いた。

 

アニュンリール皇国人の有翼人は腐っても光翼人の末裔、魔力も魔導技術もミリシアルよりも進んでいる。だからこそ、このように物の数日で解除できた。

 

 

「復活したか……ノスグーラ」

 

 

粉々に破壊したガラスのようなそれは、砕け散ると同時に光となって消え、代わりに魔王自身から溢れ出した煙と黒い光が巻き上がる。

 

 

「これは……奴らはどこへ?」

 

 

その間に、ノスグーラに制御装置を起動させる。

 

 

「貴様が封印の結界に閉じ込められてから、すでに1万年以上が経ったのだ。勇者は貴様を封印する為に命を落としている。案ずるな」

「忌々しい勇者どもめ、我をつまらん魔法で封印しおって……ところで貴様は何者だ?」

 

 

ノスグーラに問われ、ダクシルドは演技で大振りな名乗りを上げる。

 

 

「我が名はダクシルド、魔王ノスグーラよ、貴様は我が復活させた。我はお前の創造神、古の魔法帝国……光翼人の末裔ぞ。我に忠誠を誓え」

 

 

ノスグーラの資料には、人に近い自我を持っているとの事。ならば多少演技をかけて上からマウントを取れば、優位性を保てて魔族制御装置の効きも良くなるだろうと考えていた。

 

 

「フフフ……ハハハハ!! 下手な芝居はやめる事だな」

「!?」

「貴様が魔帝様……光翼人の末裔だと? その程度の魔力で威張らない方が良いぞ、我の目は誤魔化せん。確かに下等種族よりも多少マシな魔力は有しているようだが、光翼人に比べればまだまだだな」

「ぐっ……」

「制御、出来ていないみたいです」

 

 

部下が歯軋りしながら報告を上げる。

 

 

「やれやれ、こんな紛いもので我を操ろうとは……随分と早くみくびられた物だな」

 

 

魔石をはめ込んだサークレットのような魔族制御装置の受信部分を、ノスグーラは自分の頭から取り外して粉々に握りつぶした。

 

 

「まあ良い、我を復活させた功績として命だけは免じてやる。だが、その代わりとして……マラストラス」

「はい、ここに」

「!?」

 

 

と、いつの間にか自分たちの後ろにマラストラスが立っていた。マラストラスは広間の入り口に置いてきた筈、しかし、彼はそこにいた。

 

 

「いつの間に……!」

「マラストラス、こいつらを利用しようと思う。見張っておけ」

「ははっ、なんなりとお任せください」

 

 

マラストラスはノスグーラの命令に忠実だった。魔族制御装置の魔石は粉々に割れている。そこで悟った、マラストラスの制御装置はノスグーラの制御魔法の前に上書きされ、自分たちの命令が効かないのだと。

 

 

「貴様……我々をどうするつもりだ!?」

「フン、せいぜい我の手先として働いてもらう。無論、魔帝様のためだ」

「我々は魔帝様の末裔だぞ!!」

「フン、混血で魔力が弱まっている奴に言われとうない」

「ぐっ……」

 

 

そうして、ダクシルド達は制御が離れたマラストラスの下で、魔王の手下としてこき使われているのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「くそっ……俺たちをなんだと思ってる……俺は魔帝様の直系の末裔だぞ……!」

 

 

ノスグーラからのちに聞かされたが、ノスグーラは魔族制御装置という物を握り潰しながら、えらく気に入ったようでダクシルドを利用しようとしたのだ。

 

魔族制御装置を使えば、ノスグーラは軍の指揮をしなくても済む、その分をノスグーラ自身の戦闘力に費やせるのだ。それをもってしてノスグーラは魔王城に立て篭もって指揮をとっている。

 

 

「とにかく、今は食料を確保しつつエスペラント王国を攻略しなければ、我々の身が危ないです。ここは、とにかく機を待ちましょう」

「ああ……」

 

 

彼らは状況を楽観視していられず、とにかく機を待って反撃の機会を待つのであった。

 



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閑章第8話〜救出会議〜

更新が遅れて申し訳ありませんでした。
4月の10日までは電撃文庫の締め切りに追われ、8割方完成していたと思ったら不備があったりとしていたせいでドタバタしておりました……それから何日間か休憩して書き始めたのが昨日……本当に申し訳ないです。
これからちょくちょく書き始めますので、お楽しみです。


騎士モアと傭兵ガイは騎士団の命で、まもなく到着するであろう天ツ上軍の案内のために、城塞都市トルメスの南門に来ていた。

 

首都ベルンゲンから陸路で進んできた天ツ上陸軍の部隊はかなり大規模で、先頭は王国軍騎士団の護衛を受けている。南門から城まではモアとガイが案内し、その後は天ツ上軍に観戦武官として同行する予定だ。

 

 

「なあモア、俺たちが案内するっていう天ツ上軍って、どんな連中なんだ? 連隊規模で来るってことはそこそこ大きな軍なんだろ?」

「うーむ、天ツ上で連隊規模と言うと3000人程らしいからそこそこの援軍だな。しかし、噂が本当ならば相当強力な援軍だと俺は思う」

「噂って?」

「ロデニウス大陸で、ロウリア王国の大軍を空飛ぶ船からの爆裂魔法の投射で殲滅し、そして列強パーパルディア皇国の竜騎士団を飛行機械で全滅させてって話だ。しかも、どちらも天ツ上側の死者がいないというおまけ付きでな」

「ハッ、胡散くせぇ」

 

 

歴戦の傭兵であるガイは即座に否定した。

 

 

「そうか? だが多くの人々や軍人がそれを見ているし、何より今天ツ上は同盟国のレヴァームという国と一緒になってパーパルディア皇国と戦争をしているらしい。そんな最中でも援軍を送るような国だ。相当国力に余裕があると俺は思うが……」

「俺は幾多の戦場を見てきた。圧倒的に強い軍もいたが、いくら武器や戦略が優れていても死者が出ないなんて聞いたことない。どんなに立派な技術を持っていたって、最前線で人が死なないなんてあり得ないんだ」

 

 

大きくため息をつくガイ。嫌味のように聞こえるが、彼はこれまでに見てきた経験からそう言っているだけである。彼が言うと何故だが説得力があるのは、モアも知っていた。

 

 

「そんな嘘をついてまで見栄を張る国、俺ァ嫌いだぜ。パーパルディアとの戦争の最中でも援軍を遣してくれたことは有難いが、どうせ体面を保つためだろ。援軍も金ピカの鎧でくるんじゃねえか?」

「うーむ、そうか……しかし、国賓のようなものだから、くれぐれも失礼のないようにな」

「へっ、わかってらぁ」

 

 

それから間も無く、遠方から何が唸るような音が聞こえてきた。ガイとモアが何の音かと首を傾げていると、城門の上の衛兵が叫んで前方を指した。

 

 

「なんだあれは!?」

 

 

徐々に白い布をかけた、深緑色の何かが近づいてくる。それは地をかける鉄竜であった。雪道を走る鉄竜は、雪を巻き上げ、白煙を絶えず巻き上げる。

 

 

「な…………」

 

 

モアが口をあんぐりと、顎が落ちそうなほど口を開いた。やがて二人は、地響きまで感じるようになる。騎士の馬のそれではなく、鉄竜の重量から来る重い響きだ。

 

 

──なんと言う重さだ……!

 

 

モアは言葉を失っていた。ガイに至っては鉄竜を「化け物」と称して疑問を口に叫んでいた。二人の前で一団が停車した。天ツ上軍を先導していた王国軍の騎士が、疲れ切った表情で馬から降りる。

 

 

「こちらが天ツ上軍の方々だ……あとの案内を頼む」

「は……はい!」

 

 

天ツ上の鉄竜のうち、先頭の一つの扉が開いた。そこから奇妙な格好をした人物が降りてきた。ただ丸いだけの兜を被って、麦色の服を着ている。想像していた派手さはない、その代わりに騎士の格式や華のかけらもない。

 

 

「帝政天ツ上第二使節団艦隊陸戦部隊、トーパ王国特別派遣部隊、連隊長の百田太郎大佐です。ご案内感謝します。よろしくお願いします」

 

 

ビシッとした右手の敬礼に、モアは驚きを隠せない。

 

 

──この冴えない男が、連隊長だと!?

 

 

さらには鉄竜からさらに人間が降りてくる。

 

 

「百田大佐の指揮下にあります城島仁史少佐です。船舶部隊の指揮を務めております」

「同じく、猿渡学少佐です。歩兵部隊の指揮をしています」

「同じく、犬神剛少佐です! 機甲部隊の指揮を務めております!」

 

 

期待を裏切られた気分で釈然としないながらも、トーパ王国騎士流の敬礼で返す。右手拳を心臓に当て、ビシッと背筋を伸ばすのがトーパ流だ。

 

 

「と……トーパ王国『世界の扉』守護騎士モアです。これより、トルメス城にご案内したあと、あなた方天ツ上軍に同行致します。よろしくお願いします」

 

 

ガイの方はむしろ親しみを感じたのか、モアよりも比較的穏やかな表情で敬礼する。

 

 

「トーパ王国『世界の扉』勤務のガイだ──もっとも、扉はぶっ壊れちまったんだけどな。歓迎するぜ、天ツ上の軍人さんたちよ」

 

 

それを合図に、モアとガイは案内を始める。普通は馬車がお互いに通行できる城門を、『八式中戦車』達は6割以上使って通行する。

 

城までの道中は市民から注目されっぱなしであった、地響きと異音が街を刺激し、野次馬が相次いだのだ。

 

トルメス城の中には、流石に格納する場所が無いので、連隊長と大隊長の4人が下車して、トルメス城で待機するトーパ王国魔王討伐隊隊長の下に挨拶に行く。

 

どこか中世のレヴァーム式建築を思わせるこの城は、神話の時代からの歴史的建造物である。時代の流れとともに何度も改修を受けて来ているため、元の面影は残っていない。

 

モアとガイの後ろについてトルメス城の玄関を抜け、階段を上がる。耳をすませばあちこちから怒号や叫び声が聞こえてくる。どの作戦会議も紛糾しているようで、今すぐにも駆けつけてやりたい。

 

 

「失礼します、天ツ上の方々を連れて来ました」

「お通ししろ」

 

 

最上階の一つ下の階、何度も角を曲がり、こじんまりとした広間に到着する。壁際に幾つかの重圧な扉があって、そのうちの一つをモアがノックした。

 

すぐさま返事が聞こえ、円卓のある会議室に入る。返事をしたのは、年齢は40前後の身長180センチはあろう、筋肉質で白い短髪の逃げを携えた屈強な男である。

 

 

「おお天ツ上の方々よ、よく来てくださった。私はトーパ王国軍騎士長、魔王討伐隊隊長のアジズです。どうぞお見知り置きを」

「はい、私はトーパ王国派遣部隊連隊長、百田太郎大佐と申します。よろしくお願いします」

 

 

トーパ王国式の敬礼をするアジズに、百田はモアやガイにしたように自己紹介して挨拶する。円卓に着席すると、状況の確認から始まった。

 

 

「魔王軍は12月5日に侵攻を開始、軍勢およそ4万を率いて、グラメウス大陸から侵攻を開始しました。世界の扉を陥落させ、守備隊を148名を全滅させています。

魔王軍はそのまま城塞都市トルメス北部に位置するミナイサ地区に侵攻、12月8日に陥落させました。12月9日、トーパ王国軍本体が到着したため、被害を出しながらも侵攻を食い止めております」

 

 

司会進行役が概要の説明を続ける。

 

 

「住民は王国軍の命令ですぐさま中央広場の倉庫にあるシェルターに入れられていました。その数は600名程と思われ、シェルターには食料も大量にあることから、まだ大半が生き残っている可能性があります。彼ら魔獣は人間を餌にするので、一刻も早い救出が必要です」

 

 

百田たちは魔王軍のことを始めは害獣と思っていたが、まるで野盗やテロリストのような印象を受けた。

 

 

「これまでに三回ほどミナイサ地区の民間人救出作戦が試み行われましたが、広場に至る大通りには必ずレッドオーガもしくはブルーオーガのどちらか一体が交代で出現しています。正面から戦おうにも撃破され、裏道からの侵入も失敗しましたら。戦線は膠着しております」

「状況は切迫していますね」

 

 

百田の呟きに、アジズは苦々しい表情のまま頷く。

 

 

「そうなのだ……オーガさえ倒せればなんとかなるのだが……」

 

 

アジズによると、オーガの力は人間の何十倍も強く、疲れを知らないのだと言う。ある程度の食料の供給さえあれば、体力を消耗せずに動き続けられるらしい。

 

さらには体毛は針金のようになっており、防刃性がある。バリスタなどを当てられれば良いが、人間のように素早く動く奴らには当たらない。

 

おそらくは、有り余る魔力で微弱な回復魔法をかけ続けて、筋肉の疲れを除去していると考えられる。副次的に中途半端な傷ではすぐに回復してしまう、厄介なことである。

 

今は犠牲者はいないだろうが、魔王軍は残っている民間人を探して回っているに違いない。見つけられ次第、食い尽くされるのは確実だ。状況は急務である。

 

 

「では準備が整い次第、私たちは鬼退治と参りましょう」

 

 

百田達の下にはかなりの戦力が揃っている。第二使節団艦隊で持ってこられた陸上戦力は少ないが、それでも3000人規模の連隊である。百田は状況を見て、連隊長権限でオーガ駆除作戦を決行することにした。

 

 

「おお……お噂を聞く天ツ上軍が動いてくだされば、百人力、千人力ですな。作戦決行に合わせて騎士団も全力出動しましょうぞ」

 

 

百田の決断にアジズは表面上喜んで見せたが、実際のところはモアやガイ達と同様に天ツ上軍の実力を見ていないので、内心は半信半疑だった。

 

 

「まずは作戦の協議を行いたいと思います」

「了解した、これがミナイサ地区の地図と斥候の偵察により判明した敵の予想配置図です」

 

 

円卓に地図が用意され、数々の斥候の犠牲によって判明した配置図が用意される。中央広場を中心に広がった街並みの中に、壁のように連なるゴブリンやそれらを束ねるオークの布陣が示されている。

 

 

「やはり南門に敵が集中していますな……」

「はい、総数も4万と多く王国軍の主力部隊では防御をするのが精一杯な状況です」

 

 

状況は芳しく無い。パーパルディアのように銃のないトーパ王国の技術力的には、魔王軍に対処するには接近戦で行うしかない。強力な魔王軍に対しては押さえ込むだけで精一杯なのである。

 

 

「我々は連隊規模です。が、戦車や装甲車などもかなりの数を揃えてあるので、揺動するのはいかがでしょう?」

 

 

大隊長の犬神が提案する。

 

 

「陽動と言っても、どうするつもりだ?」

「まず南側の戦力を戦車部隊で真正面から激突させます。と、言ってもこれは陽動なので殲滅するつもりはありません」

「なるほど、続けてくれ」

「陽動をしている間に民間人を救出するのですが、二通りの方法があります。一つは北側から陸路で侵入してトラックに民間人を乗せる方法、もう一つは空路で飛空艦を使って民間人を避難させる方法です」

 

 

それぞれの方法には弱点がある、と犬神は続ける。陸路は手薄とはいえ敵のうじゃうじゃいる街の中を進まなくてはいけない、一方の空路も発見されやすく危険である。

 

 

「考えられるのはその二つだが、どちらも難しい作戦だな……」

 

 

百田は犬神の提案に感心するが、どちらを取っても難しい作戦であることには変わらず、悩みどころだ。

 

 

「あ……あの? 飛空艦とは一体なんなのでしょうか? 空から……ということはワイバーンの類ですか?」

 

 

飛空艦の事を直に見ていないモアが質問した。トーパ王国民で飛空艦を見たのは王都に住う人々のみで、実際に飛んでいるところを見た人は少ない。

 

 

「ワイバーンはその生体上、寒冷地であるトーパの地では飛べませんが……」

「あ、いえ。それらとはまた違った……言うなれば飛空機械の類です」

「ひ、飛行機械!?」

 

 

モアやガイ、そしてアジズは「飛空機械」の名を聞いてムーの『マリン』を思い出した。しかしその後、百田から飛空艦の事について説明されると、だんだんと理解していく。

 

 

「そ、空を飛ぶ船ですか……?」

「はい、まあ見てもらったほうが早いので近くの港を経由させて持ってきます。皆さんの度肝を抜くと思いますよ」

「は、はぁ……」

 

 

モア達は常識の範疇を超えたそれを、なんとか理解しようとするが、すぐさま思考から切り離す。考えても考えても、造形が浮かばないからだ。

 

 

「ふむ、だとしたら陸路と空路の両方を取る方法がよいかも知れませんぞ」

「? アジズ殿、その心は?」

「うむ、行きは陸路で行って帰りをその飛空艦とやらで民間人を乗せて帰るのが一番だろう」

「行きの陸路も危険ですが……」

「実はトルメスの近くを流れる川にある下水道を伝って行けば、中央広場の噴水に出られる隠し通路があるのだ。救出に向かう人数分なら、余裕で出入りすることが出来る。しかし、出入口が狭いので民間人を収容するのには時間がかかる。そこで行きはそこを通って行き、帰りは足の速いであろう空路で輸送するのはどうだ?」

 

 

アジズの提案した内容は、百田のわずかな説明をもとに最善の策を提示してきた。たしかにそれなら、比較的リスクの少ない地下を通っていけるし、帰りだけ足の速い飛空艦で逃げることが出来る。良い作戦だった。

 

 

「良い作戦です、それで行きましょう」

「よし、作戦には我ら騎士団も協力しよう。観戦武官を含め陽動にも使ってくれて構わない」

「感謝します」

 

 

そうして、作戦の大まかなことが決まった。

 




これからストックを書き溜めますので、少し遅れます。


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閑章第9話〜救出作戦〜

 

──怖い……怖い……誰か、助けて……

 

 

魔王軍の侵攻で生き残った者達は、地下のシェルターにて助けを待っていた。もう何日も日の光を浴びていない。食料もいつまでもつかわからない。

 

不安がミナイサ地区で飯屋を営んでいたエルフのエレイをも恐怖に震わせた。

 

いつになったら救出は来るのだろうか? いつになったらこの生き地獄から抜け出せるのだろうか? エレイを含め、ここにいるすべての人がそう思っていた。

 

 

──神様! 神様! どうか皆を、私たちをお助け下さい! どうか魔物を打ち倒す力を……再び聖アルディスタ様が使者を遣わしてくださるよう……お願いします!

 

 

そう祈るが、何も起こらない。やはり神森でなければ意味がないのだろうか、と思った次の瞬間──

 

 

「!?」

 

 

突然、大地が震えた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

帝政天ツ上派遣部隊は、ミナイサ地区へ城門から足を踏み入れた。城門から一直線に大通りが走っており、1.5キロ先にレッドオーガが見張っている。その足元に向けて、八式中戦車の主砲が轟いた。

 

 

「グワァァァァァァァ!!」

 

 

レッドオーガが突然の足元の震えに身をかがめ、ゆっくりと犬神率いる戦車部隊の方を向いた。かなり離れた場所だが、戦車砲にとっては至近距離。しかし、それでも外してしまったことを毒づいた。

 

 

「すみません、外しました!」

「構わん、一時待避だ!!」

 

 

大通りはいくら広くとも、天ツ上基準では戦車二台分しか通ることができない。そのため、道を塞がないように一台だけでゆっくりと後退する。

 

 

「グゥゥ……あれは……!」

 

 

一方で、砲弾を足元に喰らったレッドオーガは、1.5キロ先にいる緑色の物体を見つけた。白い布で隠してあるが、ここからでも視認できるくらい目立つ。しかし、レッドオーガはその姿に見覚えがあった。その姿を目の前に、軽く戦慄してしまう。

 

 

「聖アルディスタの使いの鉄の地竜!!」

 

 

間違いない、数多くのゴウルアスや仲間のオーガを葬ってきた鉄の地竜そのものであった。

 

 

「な、なぜあいつがこんなところに!?」

 

 

しかしよく見ると、奴はゆっくりと後退し始めているではないか。これはチャンスかも知れない。例え聖アルディスタの使いが復活したとしても、仲間の仇をとれるかも知れない!

 

 

「グ、グォォォォォォォォ!!!!」

 

 

レッドオーガは治療を施した足を使い、全速力で駆け出した。

 

 

「来るぞ! 次弾装填急げ!」

 

 

それをみすみす逃す天ツ上軍ではない。八式中戦車に向かって来るレッドオーガを狙い、砲弾を詰める。

 

 

「装填よし!」

「よし、撃てっ!!」

 

 

その瞬間、巨大な爆裂音とともに戦車砲が轟いた。砲弾は真っ直ぐレッドオーガに飛んで行き、頭から粉々にうち砕いた。

 

榴弾ではなく徹甲弾を使ったのが幸いした。砲弾はレッドオーガを即死させて、そのまま後ろの議事堂に着弾した。

 

 

「目標沈黙! 続けて雑魚処理だ、榴弾装填!!」

 

 

犬神率いる戦車部隊は、そのまま無尽蔵にやってくるゴブリンや通常のオークを相手に機関銃を連射する。そうしてゆっくりと後退していくうちに、空と地下から忍び寄る影がいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

猿渡学少佐率いる歩兵部隊は、地下の上水道を進んでいた。薄暗いが、ライトをつければどうにでもない明るさだった。

 

 

「凄いですね……上水道にしてはかなり広く作られている……」

「ここは戦争時に裏を突くために作られているんですよ。だから、こんな仕掛けもあるんです」

 

 

そう言ってモアは左手のレンガを引くと、魔法陣が飛び出して明るさを保った。そして、それが治るとゆっくりと壁が沈没して扉が開いた。

 

 

「隠し扉ですか……」

「はい、この先が井戸です。行きましょう」

 

 

猿渡大隊達は静まりかえった広場の噴水から、順々に飛び出して展開した。噴水の直径は狭く、民間人達が出入りするには狭すぎる。やはり、空からの支援が必要不可欠であろう。

 

 

『こちら猿渡、広場に展開。これより民間人救出に移る。送れ』

『こちら百田、了解。作戦続行されたし。送れ』

『こちら猿渡、了解。航空支援の準備はいかがか?』

『こちら城島、上空への展開完了。地上の監視と火力支援に移る。送れ』

『こちら猿渡、了解。以上』

 

 

空を見れば、雲の波間を縫ってゆっくりと小さな飛空艦が降りてきていた。彼らこそこの作戦の要となる、小型飛空艦だ。

 

猿渡達はそのまま広場に展開し、それぞれ制圧を開始する。道中にいたゴブリンロードは、隊員が装備していたレヴァーム製のレンミントンショットガンで吹き飛ばした。

 

 

「よし、ここがシェルターの入り口だな」

「ええ、ここからは我々が」

「分かった、それまで我々が守る」

 

 

モアとガイ率いる騎士団数名が、シェルターへ続く扉の鍵を開けて中にいる住民に声をかけた。

 

 

「我々は騎士団です! 救出に参りました!!」

 

 

その言葉を聞くと、住民達は安堵したかのように崩れ、中には泣き崩れた者もいる。ガイはその中のエレイに声をかけた。

 

 

「よお、大丈夫だったか?」

「う、うん……」

 

 

優しく声をかけるガイに、頬を赤く染めて応えるエレイ。一度は彼の告白を拒否した彼女であるが、今度は本気で惚れてしまいそうだった。

 

 

「よし、民間人を空に打ち上げるぞ」

「ああ」

「?」

 

 

空に打ち上げる、という言葉に意味がわからず首を傾げる住民達。彼らが外に出た時に、その正体が明らかになった。

 

 

「こ、これは……!?」

「船!? どうして空を飛んでいるの!?」

 

 

そこにいたのは、視界いっぱいを覆い尽くす鋼鉄の塊であった。それが広場の上空に浮かび上がり、だんだんと高度を下げていく。その様子に、口をぽかんと開けるしかない住民達。

 

 

「相変わらず、この飛空艦って奴はすげえよな……」

「ああ……」

 

 

ガイとモアも思わず半端呆れたかのような声を出すしかなかった。天ツ上が用意したのは、第百一号型輸送艦という天ツ上版LST揚陸艦であった。

 

第百一号型輸送艦

スペック

基準排水量:810トン

全長:80メートル

全幅:10メートル

機関:揚力装置2基

兵装:

8センチ高角砲一門

25ミリ三連装機関砲2基6門

 

200名近くの人間を乗せることができるこの船は、そのまま広場に着陸すると、中から兵士が出てきて誘導する。

 

 

「こちらに順番に乗ってください!」

「早く、急いでくれ!」

 

 

そう言われて、これが安全なものか判断しかねていた住民達も乗り始める。

 

 

「子供とご老人が優先です! 大人の方は女性であっても後ですから!」

「大丈夫です、全員分はありますから!」

 

 

誘導する兵士たちには焦りが見え始めていた。彼らとて、何事もなく終わるとは思っていないのだ。ここまで派手にやらかして、気付かれないとは限らない。警戒は怠らない。

 

 

「グォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 

その時だった。身の毛をよだつ雄叫びが、広場全体に響き渡った。ブルーオーガ率いるオーガ数十体が、大挙を率いて突進してきた。

 

 

「ちくしょう! ブルーオーガだぁぁぁ!!!」

 

 

その言葉を聞くと、民間人達は一気にパニックになった。押せよかけよの勢いで輸送艦に飛びついて行き、なんとか自分たちだけも助かろうとする。

 

 

「時間稼ぎだ! 猿渡大隊! 射撃用意! 撃てッッ!!」

 

 

その言葉とともに、一斉射撃が開始される。九式自動小銃の弾丸達が一気に殺到していき、オーガ達をなぎ倒していく。しかし、ブルーオーガには全く効いていない。

 

 

『猿渡! コ号による制圧射撃を開始する! 離れろ!』

「了解だ! 聞いたな! ここから離れるぞ!」

 

 

そう言って空を見上げながら退避する猿渡達。その空の向こうには、1隻の小型飛空艦が空に陣取っていた。

 

コ号対地掃討空中艦、それがこの船の名前だ。河川や島への上陸作戦の際、高速で移動しながら機関砲やロケット弾を撃ち込み上陸を支援する兵器として開発された小型飛空艦で、陸軍に配備されている。

 

コ号対地掃討空中艦

スペック

基準排水量:580トン

全長:38メートル

全幅:7メートル

機関:揚力装置2基

兵装:

75センチ砲1基

25ミリ三連装機関砲4基

20ミリ16連装ロケット砲1基

 

その船の側面に取り付けられた25ミリの刃が、ゆったりと旋回してブルーオーガに向けられた。そして、弾丸が放たれる。

 

炸裂音と爆裂音の不協和音が鳴り響き、ブルーオーガに弾幕が降り注いでいく。そうして射撃が終わる頃には、ブルーオーガは沈黙していた。

 

 

「す、すげぇ……」

「なんで魔法だ……」

 

 

思わず声を漏らすガイとモア。その視線の先は、空に浮かぶ小さな死神を見つめていた。

 

 



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閑章第10話〜目を覚ます救国主〜

最近投稿頻度が遅れていて申し訳ないです……


北の大地、トーパ王国の地。真冬の冷たい空気の中、港は2隻の飛空母艦や飛空艦隊達で埋まっていた。

 

 

「綺麗な光景じゃの」

「ええ、前の世界では見ることもありませんでした」

 

 

時刻は夜、空には前の世界では見ることのなかった光のカーテン──オーロラというらしい──が光り輝き、兵士たちや将校達も空を見上げ、幻想的な風景を噛み締めている。

 

第二使節団艦隊八神艦隊旗艦、飛空母艦『白鷹』の艦橋内部にて、八神武親中将と聖天は窓から外を見上げ、今後のことを話していた。

 

 

「しかし……なんとか終わりましたな」

 

 

八神中将は艦橋内でそう呟いた。彼の言う通り、民間人の救出作戦と魔王軍の殲滅作戦は成功に終わった。民間人は残らず救出された為、宴にも熱が入っている。

 

あれ以来、魔王の侵攻はない。トーパ王国民は魔王軍に勝利したと結論に至り、勝利の宴を始めている。下士官や兵士、そして今回の作戦で活躍した犬神達も宴に参加し、広報を兼ねて様々な貴族と話している。

 

 

「いや……まだ終わりではなかろう」

「?」

「まだ、魔王軍の総大将である魔王ノスグーラが残っておる。それに、行方不明の向日葵もまだ見つかっておらぬ」

 

 

たしかに聖天の言う通りだった。今回の作戦には魔王の存在はいなかった。魔王はどこかで今も軍の指揮をしている可能性がある。それはつまり、またトーパの地に再侵攻する可能性も十分にあるのだ。

 

 

「そうでした、まだ敵の総大将が残っていますな」

「ああ、魔王を潰さない限り、この地に平和は訪れぬ」

「聖天殿下、作戦準備は整えております。『向日葵』の捜索は、すぐにでも開始されるでしょう」

 

 

そう、第二使節団艦隊は『向日葵』の捜索を含めたグラメウス大陸への侵攻作戦を考えていたのだ。これは、当初の目的にはなかった使節団艦隊の独断で、表向きは行方不明になった駆逐艦『向日葵』を捜索する為である。

 

 

「そうか、では八神司令」

「はっ」

「準備が出来次第、グラメウス大陸への侵攻を開始する。陸戦部隊との連携を密に、一ヶ月でグラメウスの奥地まで進むぞ」

「はっ、陛下のご命令とあらば、必ず任務を遂行いたします」

「そうだ、それと……」

 

 

と、聖天殿下はニッコリと笑いながら、次なる命令を下す。

 

 

「艦隊や陸戦部隊には、聖アルディスタの御旗を掲げるのだ。魔王軍共に我らの存在を知らしめてやろうぞ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんだと!? それは一体どういうことだ!?」

 

 

グラメウス大陸にある魔王城、その王座の間にて魔王ノスグーラの大声が響き渡った。

 

 

「トーパ王国へ派遣した軍が壊滅して敗走しただと!? ふざけるな! あれだけの戦力、あれだけの力、我がいなくとも人間如きならたやすくねじ伏せられたはずだぞ!!」

 

 

そう言ってノスグーラは怒りに任せ、すぐ隣にいたオークの頭を掴んでは振り回し、握り潰した。魔王の側近護衛にまで上り詰めたこのオークの最後は、呆気ないものだった。

 

 

「しかし魔王様、生き残りの報告ではトーパ王国の地に鉄の地竜や鉄の空飛ぶ船が出てきたとのことです。これは、どう考えても伝説の聖アルディスタの使いが再び出てきたと見るべきではないでしょうか?」

 

 

オークと共に報告を行なっていたマラストラスからのその言葉に、ノスグーラは一気に冷静になる。そして、その言葉を受けてしばらく固まると、マラストラスに向き直った。

 

 

「な、なんだと……!? 鉄の地竜に鉄の空飛ぶ船? まさか、あの伝説のアルディスタの使いが蘇ったのか!?」

 

 

聖アルディスタの使い、それは魔王ノスグーラにとってはかなりのトラウマに近い存在であった。それが復活したとなれば、レッドオーガ達を含むトーパ王国侵攻部隊がほぼ全滅したのもうなずける。

 

 

「どうされますか? こうなれば魔王様が直接出向く必要も……」

「うぬぬ……だが、事は慎重に運びたい。前の侵攻は我が前線に出過ぎたが故に危ない目に遭ったからな……」

 

 

そう、魔王ノスグーラがあまり前線に出ていないのはこれが理由である。前の侵攻、約一万2000年前の魔王軍の侵攻では、魔王ノスグーラ自身が前に出て指揮をしていた。

 

が、それ故に魔王は最前線で聖アルディスタの使いの戦船による爆裂魔法の猛威に晒された。あの時は直接防御魔法を展開したが、何度もあの手が通じるとは思えない。魔王ノスグーラは、前線に出る事がトラウマになっていた。

 

 

「とにかく今は、失った戦力を補給する為に機を見ることにしよう。それより、食糧農園(エスペラント王国)の状況はどうなっている?」

「はっ、まだ彼奴めは手こずっております。まだ区画を2個ほど落としたばかりです」

「くっ! 全く進んでいないではないか! あの役立たずめ、これ以上遅れるものなら我が直接出向いてやる……!」

 

 

魔王ノスグーラは、今日も魔王城に閉じこもって指揮を続けていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「まだ目を覚まさないのか?」

「ええ」

 

 

向日葵が墜落したエスペラント王国。そのノバールボ地区の騎士団病院にて、一人の男が眠らされていた。その男は先日スダンパーロ地区に墜落してきた、謎の"船"から運び出された怪我人だ。

 

彼の怪我は、肋骨三本と右上腕、左脛と手指の骨折。それと僅かな切り傷のみだった為、治癒魔法をかけて体力を回復させる様に寝かせていた。魔法での治療は魔法医師の魔力だけでなく、患者の体力も使うからだ。

 

 

「う……」

 

 

やがて、男の口からそんな呻き声が漏れる。

 

 

「おお、気が付いたかね?」

「ぐ……っ……こ、ここは……?」

「言葉は通じる様だな。安心したまえ、ここは病院だよ、私は医者だ」

 

 

頭が痛む。頭だけでなく、全身が痛む。起き上がろうとすれば、筋肉が悲鳴を訴えて筋肉痛を知らせる。

 

 

「君は名前を覚えているかい?」

「名前……名前は……岡真司です……」

「オカ?それが君の名前か、変わっているね。私は軍医のバルサスだ、よろしく」

「よろしくお願いします……」

 

 

岡は激痛を堪えて上半身を起こすと、周りにいくつもベットがあり、怪我人が横たわっているのが見える。まるで戦争でもしていたかの様な、非常時の病棟だ。

 

 

「あの、バルサスさん。自分は一体、どうなってしまったんでしょうか?」

「丸一日寝込んでいたよ。酷い傷だらけだったが、運が良かったな。欠損部位も無かったから傷をつなぎ合わせるのは簡単だった。すぐにでも動ける様になるだろう」

 

 

バルサスはそう言って後ろを振り返り、一人の少女に声を掛ける。

 

 

「サーシャ、この方に水と食事を用意してやってくれ」

「はい、ただ今!」

 

 

ピンク色の髪の毛を携え、二つ結びのツインテールを携えた少女が、バルサスの指示で部屋を出ていく。

 

 

「彼女は……?」

「あの子はサーシャ。獣人族のウォルバニー()系でね、医師見習いをする傍ら軍医として励んでもらっているよ。ああ見えても、前線での治癒活動に長けているんだ」

 

 

ああ見えても、というのは恐らく彼女が獣人族である事だろう。岡もこの世界の種族についてはある程度知っており、獣人族と言うのは魔法には長けていないと聞く。

 

それでも獣人族のサーシャが、軍医のバルサスに認められるほどの治癒活動を出来るとは、努力の賜物なのだろうと岡は納得する。

 

やがて、サーシャがトレイを持って病室に入ってくる。彼女が持ってきたのは、一杯の水と少し厚めに切ったライ麦パン、キャベツと白身魚を煮込んだスープだった。

 

 

「どうぞ。少しづつで良いですから、しっかり食べてくださいね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

質素なものだが、今の岡は何も食べていなかった為、無理にでも腹に詰め込む。食べているうちに冷静さを取り戻し、何が起こったかを理解確認することが出来た。

 

自分は飛空駆逐艦『向日葵』に、陸戦隊の一人として乗っていた。そして、グラメウス大陸の調査中にいきなり艦内が慌ただしくなり、戦闘態勢に入った事を覚えている。

 

艦が火災に包まれたことも覚えている。慌てて消火作業に加わりながら、岡は自分のできる事をしていた。が、その時から急に艦内がガタンと揺れて高度が落ちていくのが感じられた。

 

おそらく、艦隊の他の艦と衝突してしまったのだ。何が起こったかは分からなかったが、そのまま向日葵は墜落した。その記憶を思い出すにつれ、岡の呼吸と脈拍が速くなる。

 

墜落する少し前、誰かが落下傘で脱出する事を思いつき、岡にも装備が配られた。そのまま外に出ようとしたが、扉が湾曲して開かず、力ずくで開けようとした時に、バードストライクが多数起きた様で、揺れる艦内の中で立っていることもままならなかった。

 

しかしその途端、岡が押していた扉が急に開き、艦内の密閉された空気が一気に外に流れ出た。それは墜落するその瞬間の直前であり、岡はそのまま向日葵から放り出されて地面を転げ回ったのだ。

 

やがて、助けに来たであろう女性に要件を伝え、岡は意識を手放した。唯一気がかりだったのは、仲間の安否だ。一緒に駆逐艦に乗った陸戦隊の仲間や、向日葵の搭乗員達。彼らの安否が気になる。しかし、周りを見回してもベットに横たわる顔は天ツ上人らしく無い。

 

 

「まさか……まさか……」

 

 

飛空艦が墜落して、人が生き残った話は聞かない。中央海戦争時も、飛空艦が空で撃沈され、人がキャンディの様に放り出される事はよくあった。しかし、その誰もが生きて帰った事は無い。

 

その大体が、落下傘を背負っていないからだ。人間は空を飛べない、空から投げ出されて生きて帰るには落下傘は必須だ。岡は自分が生きている事を奇跡に思いながらも、仲間が生きていないかをバルサスに聞く。

 

 

「あの……バルサスさん……私の仲間がいたかと思うのですが、どこかに居なかったでしょうか……?」

「そうか、思い出したか」

 

 

目を伏せるバルサス、彼は後ろにいるサーシャに頷くと、話始める。

 

 

「残念ながら、君以外は誰も助からなかった。そう聞いている」

「やはり……そうでしたか」

 

 

バルサスの説明を聞いて、岡はガックリとうなだれる。目に涙を溜め、歯を食いしばった。

 

 

「遺体は貴方が回復するまで騎士団が管理していますので、大丈夫です。生なき徘徊者(リビングデット)にはなりませんよ」

 

 

と、バルサスの隣のサーシャが説明する。岡も徘徊者と言うのは知っている、魔素値の高い場所で人の遺体が放置されると、魔力を貯め、そのまま起き上がって魔物になると言うらしい。

 

 

「騎士団? 国があるんですか?」

 

 

しかし、騎士団というのは聞いたことがなかった。まるで、ここに国があるかのような物言いだ。

 

 

「ここはエスペラント王国、この世界でどこよりも安全な地だよ」

「安全な地? エスペラント王国というのは……?」

「逆に聞きたいのだが、君はどこから来た? この世界にこの国以外の国は存在しないはずで、周囲にあるのは荒野と山、魔王軍傘下の魔獣共の野営陣だけだ。まさか、大陸の外から来たとでもいうのかい?」

 

 

バルサスの説明を聞けば聞くほど、岡の頭に疑問符が浮かぶ。たしか、今自分たちがいるのはグラメウス大陸、その場所に国があるとは聞いていなかった。

 

しかし、彼の説明では逆にこのエスペラント王国? 以外には国がないかの様な言い方だ。まるで、人間の住処はここにしかないかの様な、閉鎖的な勘違いをしている。

 

 

「私は天ツ上という国から来ました……そもそもここは、グラメウス大陸で合ってますか?」

 

 

岡の質問に訝しバルサスとサーシャ。お互いに顔を見合わせて首を傾げる。国といえば、エスペラント王国以外にはない。エスペラントの民にとって、それは何百年、何千年変わらない常識だ。

 

しかし、この者はエスペラント王国の名前は知らず、グラメウス大陸の名は知っている。それはつまり、大陸の外から来たという証拠だ。一昨日、空から火を吹きながら落ちてきたあれは、大陸間を渡る乗り物かもしれない。エスペラント王国始まって以来の大事件だ。

 

 

「そう、グラメウス大陸だ。アマツカミという国は……少なくとも私は聞いたことがない。その国はどこにあるんだ?」

「天ツ上は南にあります。グラメウス大陸から見て南に2、3千キロほど、間にレヴァームという大陸国家を挟んだ向こうにあります。場所はフィルアデス大陸の東側で……」

「「フィルアデス大陸!?」」

 

 

と、バルサスとサーシャが同時に驚いた。

 

 

「フィ、フィルアデス大陸はまだ人の手にあるのか!?」

「あの伝説上の大陸ですよ! 魔王軍に支配されているっていう……!」

「え、ええ。人はたくさんいますし、国も多数存在します」

「で、では、まさか……神話にある『世界の門』はまだ機能しているのですか?」

「世界の門とは、グラメウス大陸の入口にあるトーパ王国にあるものでしょうか……? それならば、まだあります」

「なんと……なんということだ……!」

 

 

エスペラント王国神話には、「フィルアデス大陸だけでなく、世界は魔王の手に落ちた」と書かれている。

 

それは約束していた種族間連合からの捜索隊が何年経っても来なかったことから、エスペラント王国以外の人類は滅ぼされてしまったのだと勘違いしていたのだ。

 

 

「バルサス先生……これは……」

「ああ……サーシャ君、これが事実だとしたらとんでもなく素晴らしい事だぞ……」

 

 

岡はここまで来て、このエスペラントの人々が何か重大な勘違いをしているのでは? と気づき始めた。それが何かは分からなかったが、それはすぐにも知る羽目になる。

 

 

「騎士団だ、少し話をして良いか?」

 

 

と、扉の向こう側からノックする音が聞こえてくる。バルサスは扉を開けて、その人々を通す。外からは、腰にサーベルを持った男二人が入ってきて。

 

騎士といえば、全身金属の鎧を着た者が入ってくると思い込んでいたが、考えてみると怪我人一人から事情聴取を行うのに鎧を着て来る訳がないと、自分の中で解決する。

 

 

「そいつから話を聞きたい。空いている部屋はないか?」

 

 

病室なのに大声で怒鳴り散らかす騎士団、バルサスは医者としてムッとする。流石にデリカシーのない行動に、岡も唖然とした。

 

 

「生憎、どこも患者でごった返していますから。ここじゃダメですか?」

「そいつがもし化けた魔族だったらどうする? 正体を現して暴れられでもしたら大勢が死ぬことになるぞ」

「こんな死にかけの魔力の魔族がいますか? もしこの傷で隠し遂せているのなら、大した演技力ですよ」

 

 

そのやりとりを聞いて、彼は軍医なのに騎士団とは仲が悪いのかと不思議に思う。

 

 

「チッ……いいだろう。おい、入れ」

 

 

廊下にまだいたらしい、他にも五人ほどが後に続いて入ってくる。万が一、岡が敵だった場合を想定した護衛の様だ。全員が帯剣している。

 

 

「お前が空から落ちてきた者だな?」

「ええ、そうです。貴方は?」

「無礼な奴だ、騎士は決闘で負けた方から名を名乗ると決まっておろう」

「え? 私がいつ負けたんですか? そもそも、いつ決闘をしたんです?」

「チッ! いいから早く名乗れ!」

 

 

面倒な人だ、それが岡の第一印象だった。

 

 

「自分は帝政天ツ上陸軍所属、岡真司伍長です」

「オカ・シンジ……? 妙な名前だな。私はジャスティード、ジャスティード・ワイヴリューだ。このノバールボ地区を管理する騎士団憲兵署の署長である」

 

 

憲兵というのは警察か、あるいは天ツ上における憲兵隊の様な軍隊の警察なのかと判断する岡。この新世界ではどこでも天ツ語が通じるのはありがたいが、こちらの言っている事がどの様に伝わっているのか、常々気になる。

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

岡は右手を差し出す。

 

 

「フン、随分と人間に化けるのがうまいな」

 

 

が、ジャスティードはその手を冷たく見下ろすだけであった。

 

 

「まず質問するが、天ツ上とはどこのことかね? この世界にはこの王国以外に国は存在しないはずだ」

 

 

岡は一つづつ説明し、バルサスやサーシャに話したのと同じ「グラメウス大陸から見て南にある国」と説明する。が、どうせ信じないだろうと岡は思っていた。

 

 

「よくもそんな嘘をペラペラと並べ立てられるものだ。で、そのアマツカミの軍人がなんの用だ?」

 

 

案の定、信じてもらえなかった。

 

 

「我々はトーパ王国への使者の派遣の途中、グラメウス大陸の調査を行うためにここに来ました」

「トーパ王国だと!?」

 

 

ジャスティードを含めた、この場にいる全ての人間がその言葉に驚いた。それもそのはず、トーパの地は種族間連合が最後に駐留していた地で、魔王軍の再侵攻で真っ先に滅んだと聞いていた。それが、まだ生きているのだから、驚くべきである。

 

 

「四勇者が魔王に敗北し、世界中の国々が滅んだのは子供の時から教えられる常識だ! それをどこから来たかわからない、いきなり空から降ってきた奴が、『実は存続している』などと言われても信じられるか!! どうせお前は魔王軍の手先だろう!!!」

「証拠ならあると思いますよ」

 

 

声を荒げるジャスティードに対し、岡は冷静に答える。

 

 

「たしか私の手帳に世界地図が……あったあった」

 

 

と、岡は胸ポケットから手帳を取り出し、中から折りたたんだ紙を取り出す。これは、この世界の観測できる範囲を示して地図化した世界地図だ。岡はもしもの時のために持っていた。

 

しっかりとした上質な紙に、にじみもしない綺麗なインク、そしてそこに描かれた鮮明な大陸図を見せつけられる。そこには、フィルアデス大陸の様々な国々やレヴァーム天ツ上の正確な位置まで描かれている。

 

 

「この通り、フィルアデス大陸には多数の国が存在しています

「嘘を付くな! そんな紙切れが証拠になるものか! 多少正確な大陸図を描いたからって、デタラメを言うな!」

 

 

案の定、まだ信じてもらえない。ここまで正確な証拠を突きつけて、まだ信じないとはこいつは馬鹿なのか? と岡は思った。

 

 

「トーパ王国は人類最後の砦! それを先祖が何千年間も、何万人という犠牲を払って守ってきたのだ! それを侮辱する気か!?」

「……いいえ、そんなつもりはありません。私は事実を言っているまでです。とにかく、トーパ王国や世界の国々は健在ですし、このまま南に海岸線沿いに下ればトーパ王国にたどり着けるかと思いますよ」

 

 

岡は飛空艦の存在をあえて曖昧にした、面倒くさかったからだ。

 

 

「フンッ、魔王軍の手先の貴様なら知っているだろうが、南には魔王軍指揮下の野営陣があるのだ。そんな自殺行為するわけがなかろう。まあ、だからこそ貴様は城壁を飛び越えて直接王城に入ろうとしたのだろう? まあ、無様にも失敗したようだが」

「……何ですって?」

 

 

岡は「無様にも」という言葉に反応した。思わずカチンときた、まるで向日葵の墜落で死んだ人々を馬鹿にしているかのように聞こえたからだ。

 

 

「ハッ、そうだろう? 現に貴様らはあの空飛ぶ船で王城に乗り込もうとして、失敗した」

「……あれは事故です、我々の乗ってきた飛空艦……あの空飛ぶ船が飛行中に事故に遭い、この地に流れてきただけです」

「ハハッ! 事故とは、上手い言い方もあるな! 単に貴様らが下手くそで墜落しただけだろうに?」

 

 

岡は今度こそ堪忍袋の尾が切れた。ここまで向日葵の乗務員や仲間を貶されて、天ツ上の軍人としてキレない訳がない。岡は目の前にいたジャスティードの首を掴み、筋肉痛を忘れて問いただす。

 

 

「な、何をする貴様!?」

「お前は! 騎士団の癖に人の死をそうやって軽視するのか!?」

「は、は?」

「あの事故で大勢の人間が死んだんだぞ! 俺の仲間や、親しかった友人や戦友! それら全てがあの事故で亡くなった! それなのに……!」

 

 

岡の研磨に驚かされ、周りの護衛も剣を抜くだけで何もできずにいた。バルサスやサーシャも止めようにも止められず、事態は岡の怒りが収まるまで続く。

 

 

「お前はそうやって! 無様だの下手だの! 死んだ人を馬鹿にして! 人の命をなんだと思っているんだ!!」

「な、な……」

 

 

岡の研磨に押されてジャスティードも反応できずにいた。病院内には岡の叫び声が聞こえ、今にも一触即発であった。が──

 

 

「やめてくれ! ここは病院だぞ!」

 

 

その時、若々しい女性エルフの声が病院内に響き渡った。




という訳で、原作と違って『岡がジャスティードに怒鳴る』という展開を追加しました。書籍版もウェブ版も、初めて出会うシーンでなんか事故の事馬鹿にしそうだなと冷や冷やしていたのですよ。まあ、ジャスティードの気持ちはわからないでもないのですが……


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閑章第11話〜サフィーネ〜

 

「やめてくれ! ここは病院だぞ!」

 

 

病室の入り口から、若々しいエルフの鋭い声が轟く。白銀に近い金髪を後ろでまとめた、目鼻立ちが整った美しい女性だった。ズボンを履いており、身軽そうに見える。

 

 

「さ、サフィーネ……何故ここに……」

「君! その手を離してやってくれ! ここは病院なんだぞ!」

 

 

その言葉にハッとした岡は、ジャスティードを掴んでいた手を離してやる。ジャスティードは咳き込みながら、掴まれていた首を押さえてしゃがみ見込む。

 

 

「き、貴様……! 憲兵隊である私を掴みかかるなど、貴様は重罪……」

「何を言うか、貴様が死者を馬鹿にしたのは私も見ていたよ。今回は貴様が悪い」

「な……!?」

 

 

ジャスティードは彼女の言葉に顔を青くする。

 

 

「……チッ。あの程度で馬鹿にされたくらいで怒るとは、兵としても人間としてもまだまだだな」

「死者を冒涜しといて、その言い草は感心しないな。別に私から上に報告したっていいんだよ?」

「これは我々憲兵の仕事だ。とにかく、一応上には報告する。こやつが魔族だとしても、一体であれば騎士団の管轄下に置いておくだけで問題なかろう」

 

 

ジャスティードが岡の処遇を暫定的に決めると、サフィーネがまた割ってくる。

 

 

「じゃあ私が彼の面倒をみよう」

「な、何!?」

「別に問題ないだろう? 私だって騎士団、それも遊撃隊小隊長だ。いざとなれば自分の身くらい自分で守れる。決まりだね」

「う、ぐぅ……」

 

 

急速に周りのことが決まっていく、その早さに岡が口を挟む暇もない。

 

 

「……チッ、もういい!」

 

 

と、最後に負け惜しみのようなことを言って去っていくジャスティード。岡も、それを見て怒りつつもだんだんと冷静になる。

 

 

「はぁ……」

 

 

筋肉痛の中掴みかかったので、妙に筋肉が痛む。ため息を一つ吐きながら、岡は妙な奴に絡まれたと思いながら後ろ姿を見送っていた。すると今度は、サフィーネが近づく。

 

 

「すまない。憲兵がいつもあんなものだ、勘弁してやってくれ」

「まあ、どこの場所にもああいう人物はいますから……」

「そうか──と、言葉は通じるんだったか?」

「はい、ところで貴方は?」

「私はサフィーネ・ジルベルニク。騎士団遊撃隊第5小隊の隊長をやっている」

「帝政天ツ上陸軍所属、岡真司伍長です」

 

 

サフィーネが差し出した右手を、岡は軽く握る。

 

 

「貴方はあの時助けてくれた人ですよね? 覚えていますよ」

「ああ──覚えていてくれたんだな、嬉しいよ」

 

 

岡は最初に助けてくれたのが彼女だったことを、ついさっき思い出した。するとサフィーネは、さっきまでの印象とは打って変わって、年頃の娘のようにコロコロと笑う。これは確かに、男なら惚れてしまうだろうと思う。

 

 

「貴方は、自分──僕が魔物だと疑っていないのですか?」

「魔物? 人に化けるとしたら魔族だろう。私は君の乗ってきたあれが落ちていくところを見ていたし、君が大怪我をしているのも、他に大勢死んでいるのも見た。疑うわけがないよ」

「そう、ですか……」

 

 

目を伏せる岡を見て、サフィーネはしまったと思う。

 

 

「あ……えっと……さっき憲兵隊に質問されてうんざりしているかもしれないけど、私からも聞きたいことがあるんだが……」

「何でしょう?」

「君たちが乗ってきたあれは、あの船みたいなやつは私たちでも作れないか?」

 

 

と、サフィーネは目を輝かせて質問してくるが、岡は貴方を悩ませる。飛空艦の事を言っているのだろうが、あれはこの国では作れるとは思えない。そもそも、天ツ人である岡ですら空を飛ぶ仕組みをよく知らないのだ。

 

このエスペラント王国はあまり工業力や技術力が高いとは思えない。ここで飛空艦を作ることは不可能だ。しかし、それをはっきり言ってしまってはこの国を侮辱することになる。

 

 

「あれは……複雑すぎて、多分無理だと思います。一卒兵の私ですら、あまり構造は知りませんし……」

「そうなのか? どれくらい難しいんだ?」

「1隻作るのに人が何百何千単位で必要ですし、作るには専用の設備と専門の知識を持った人が必要です。飛ぶためには、高度な計算機も必要です」

「高度な計算機? よくわからないが、たしかにそういうものは我が国にはないなぁ。残念だ、空飛ぶあれなら魔獣達との戦闘に使えるかもしれないのに……」

 

 

と、逆に話の方向が何だか怪しくなっていった。まるで、魔獣というここグラメウス大陸特有の生物と戦っているかのような言い方だ。

 

 

「そう言えば……先ほどの憲兵の人からも言ってましたが、もしかしてここの患者さん達は……」

「そう。皆、魔獣共と戦って傷ついたもの者だ。ここ最近は襲撃頻度が増えていて、我々常備軍だけでなく予備役も総動員して国の防衛に当たっているんだ」

 

 

この地の魔物達には統率性がなく、本能のままに人を襲うだけであったと聞いた。が、ジャスティードとサフィーネの話を聞く限り、まるで統率して襲いかかってきているかのようだ。

 

となると、この地で噂になっていた魔王とやらが復活したのではないかと疑う。いつぞやのタイミングで、ちょうどいい時に魔王が復活したのであれば、襲撃頻度が高いことも納得できる。

 

 

「被害はどうなっているんですか?」

「すでに二つの地区が魔獣に侵入され、2万人以上が犠牲になっている」

「2万人……」

 

 

岡はその言葉に少したじろぐ。その数字は中央海戦争の軍民合わせての犠牲者よりも少ないが、それでも雑多な自然災害の犠牲者よりも遥かに多い。2万人の犠牲者は、本物の戦争の犠牲者の数だ。この地では本当の戦争が起こっていると思うと、中央海戦争以後に入隊した岡にとっては許しがたい事に思える。

 

 

「北西の鉱山区だからまだそれだけで住んでいるんだ。だが、侵攻が進めばもっと被害が大きくなるだろう。だけど、あの当該地区は比較的広大な土地だから、取り返す算段もないんだ」

 

 

と、横からサーシャとバルザスも入ってくる。

 

 

「そうなんです……2万人の半分は、常備軍が消耗した兵員の予備役でして……」

「君のところは知らんが、我々エスペラント王国軍は常備軍より予備役の方が多くてな。常備軍は6千人で、予備役は総人口の半分ほどの13万人。まあ今も、その数は減っているがな……」

 

 

と、説明される軍の構造に岡は不思議に思った。常備軍より予備役の方が多く、逆転している現象はレヴァームでも天ツ上でも、その長い歴史を見ても存在しなかった。

 

昔多くの国があったレヴァームのある西方大陸でも、このような国体の国はない。まるで国民皆兵士。おそらく魔物から国や民を守るために、すべての国民を戦えるように訓練したのだろう。

 

ちなみに、天ツ上陸軍の兵員は平時で約100万人程、予備役はそこまで多くない、徴兵制度も廃止されている。一方のレヴァーム陸軍は平時で230万人、レヴァームでも徴兵制度は廃止されているが、予備役はかなり多い。

 

 

「さて、少し話を長くしすぎたね。君の処遇については元気になってから考えよう。父さん、オカは何日くらいで退院できる?」

 

 

と、サフィーネがバルザスに尋ねた。

 

 

「父さん?」

「そ、私の父さん。バルザス・ジルベルニク」

 

 

バルザスがサフィーネの父だとわかって、先ほどジャスティードに厳しい口調で接していた理由を察した。岡が何かを察したのをバルザスも感じ取り、苦笑いする。

 

 

「まあ、そのことはいいだろう。魔力がほとんど戻らないのが気がかりだが、体はほとんど大丈夫そうだな。3日ほど様子を見て……」

「あ、あの……自分は1日寝ていたんですよね?」

「そうだが……どうしたのかね?」

「ひとつだけやっておきたい事があるんです……サフィーネさん、サーシャさん、お願いできますか?」

「「うん?」」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

昼になり、岡はサフィーネとサーシャに連れられて教会にやってきた。病院に運び込まれた際に着ていた軍服は血だらけだったので、今は洗濯中。上下は病衣のままである。

 

 

「ここが……」

「ああ」

 

 

この世界の教会はレヴァームと天ツ上のそれと違い、十字架も聖アルディスタ教の印もない。一方、ここエスペラント王国の教会には美しい造形のガラス窓が天井に嵌められており、太陽の光をやんわりと取り込んでいる。

 

 

「あの三体の像は──神様ですか?」

「ああそうだ」

 

 

サフィーネとサーシャの説明によると、真ん中は太古の昔から天国と死後の裁判を務める神アヌ、右が水を司る神アブス、左は豊穣と愛を司る女神だという。

 

かつて人間族はアヌ、ドワーフ族はアブス、エルフは女神と、それぞれ種族によって信仰する神々が違ったことも教えてくれた。神話によると、種族間連合という連合軍を組織した際、それぞれの神様を同格にして祀るようにしたらしい。

 

 

「女神様に名前はないのですか?」

 

 

と、岡は疑問に思った事を聞いてみる。

 

 

「当時、エルフの神は自らの神性と引き換えに聖アルディスタの使者をこの世に召喚したんだ。その時……」

「!? 待ってください、聖アルディスタの使いっていうのは!?」

 

 

いきなり、聖アルディスタについては何も知らないはずのエスペラント王国民であるサフィーネが、聖アルディスタの名前を出すのでいきなり驚いた。

 

 

「え? ああ、約1万年以上前にエルフの神が自らの神性と引き換えに召喚してもらった使い達だ。空を飛ぶ島に乗って現れ、強烈な魔導を放つ空飛ぶ戦船を用いて、窮地に陥っていた種族間連合を救ったんだ」

「……!?」

 

 

その言葉に、岡はかなり驚いた。『聖アルディスタ』という神様の名前は、レヴァームと天ツ上の間でしか知られていない名前である以上、異世界であるこの地の人々には知られていない筈だ。

 

しかし、彼女の説明ではまるで聖アルディスタを知っている世界からの使者が、この地にやってきたかのような言い方だった。それがどういう事なのか、岡は訳がわからなくなる。

 

 

「その後、聖アルディスタの使い達の助力によって魔王軍をトーパの地にまで押し返した、と伝えられている。どうやらその時に女神は名前を失ったらしいのだが……どうかしたのかい?」

「い、いえ……それが……」

 

 

岡はこの事実を言っていいのか思い悩む。しかし、これ以上変な事を言ったら、場を混乱させてしまうかもしれない。岡は逸る疑問を抑え込み、次の話題に行く。

 

 

「サフィーネさん」

 

 

地下から上がってきた魔導士達が、二人の後ろから声をかけた。

 

 

「ああ、司祭長、手を煩わせてすまなかったな」

「いえいえ、身元が分からないとはいえ、同じ人類。せめて徘徊者にならないよう祈りを捧げることは当然のことですよ」

 

 

この世界では、死体が魔素を浴びる事で悪しき精霊が宿り、徘徊者になる。それを防ぐために、死体には魔素が蓄積しないように魔法で保護する必要があるのだ。それが祈りと言うらしい。

 

 

「それで、こちらが?」

「ああ、彼が唯一の生き残り、オカ君だ」

 

 

岡は司祭長に自己紹介をして握手をする。そして、4人で地下を降りると、その一角に彼らがいた。

 

 

「ここです」

「みんな……」

 

 

『向日葵』の墜落で命を落とした、仲間達だった。身につけていたものはそのまま、バラバラになった肉体も出来る限りつなぎ合わせられ、安置されている。

 

 

「どうするのですか?」

 

 

サーシャが問いかけてくる。

 

 

「天ツ上では……遺体を火葬するんです。もしよろしければ、燃料を分けていただけませんか……?」

 

 

岡の希望通り、海軍と陸軍の兵士達の遺体は焼却されることになった。ノバールボ区の隣、ランゲランド区に約200名の遺体が移送され、魔導士達の火炎魔法で骨の状態にまで焼かれる。それを一体分ずつ認識表と共に木箱に収めた。

 

岡はその夜、人知れず泣いていた。



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閑章第12話〜救世主の葛藤〜

第二次世界大戦期の技術で、どこまでエスペラント王国を強化できるか……


「聖天様、全軍出撃の準備が整いました」

 

 

聖天は八神司令からの報告を聞き、うむと頷いた。

 

 

「では行こう、グラマウスの奥地へ」

「ええ」

「行くぞ、出港せよ!」

 

 

聖天の掛け声とともに、艦隊が港から出港を始めた。水中スクリューが轟を放ち、数トンはあろう船体を港から引き剥がす。そして、ある程度海に出たところで、揚力装置を始動させ、離水を開始する。

 

 

「聖アルディスタの御旗を掲げ、全艦全軍前進せよ! 最果ての奥地に進むのだ!!」

 

 

ここに、聖アルディスタの旗を掲げた聖なる軍隊が、前進し始めていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

岡が目覚めてから3日がたった。バルザスの見込み通り、岡は体力が回復していき、歩けるようになっていた。そして後遺症がないか、騎士団病院の前で体を動かして検査している。

 

筋肉や関節に違和感もなく、すぐにでもトレーニングに復帰できそうだ。しかし、岡には一つ気がかりが、というか今後の心配がある。これから行先、どこで何をしてようか悩んでいたのだ。

 

 

「これからどうしよう……」

 

 

退院が決まってから朝食を食べて悩んでいた頃。

 

 

「じゃあ私たちのうちに来るといい。サフィーネが面倒を見ると言った手前、それがいいだろう」

「え!? いや、ですが……年頃の娘さんがいらっしゃるお宅の厄介になるのは……」

「ははは、あの子を年頃の娘とかいう男はいやしないよ」

「?」

 

 

当時はその意味はわからなかったが、ともかく岡は流されるようにジルベルニク家へと身を置くことになった。事故時に着ていた戦闘服はあちこちが擦り切れていて、血の滲んだ跡もあった。が、まだ着れそうであったため、今後も着る。

 

しかし、街中では目立つため、バルザスの助手代わりをしているサーシャが調達した服を着ている。上はゆったりとした白いブラウス、下はサスペンダー付きのズボンだ。履き物だけは天ツ上のブーツを履く。

 

 

「すみません、病院でお世話になった上、こんな事まで……」

「良いんだよ、これも情けだし、重要参考人として補助が出る、気にしないでくれ」

 

 

そう言われて、やはり自分にはまだ疑いがかけられているんだなぁと感じる岡。実際、ジャスティードが書いた報告書のせいもあってか、岡にはまだ魔王軍の手先という疑いがかけられている。

 

そのため、常に監視しなければいけないが、面倒を見ると言ったサフィーネは軍人かつ女性であるため、常にそばにいるのも難しい。だからこそ、バルザスが監視の名目で保護してくれていた。

 

 

「おはよう。もうすっかり元気そうだな」

 

 

岡の退院にはサフィーネとサーシャが迎えていた。

 

 

「皆さんのおかげです、本当に感謝しています」

「よかったよかった──さて、王宮科学院と憲兵署が、君の乗ってきたあの船について話が聞きたいから連れてきてくれ、と命令されているんだ。準備はいいかい?」

「はい……王宮科学院、ですか?」

 

 

戦闘服は一旦病院に預けて、サフィーネとサーシャと岡は連れ立って出発する。この世界は魔法主体で、科学立国は今のところレヴァームと天ツ上にとっての友好国であるムーくらいしか見当たらないと聞く。

 

しかし、科学院とはまるでここにも科学があるかのような言い方だ。この国にも治癒魔法などがあった為、魔法主体だと思っていた為に科学という言葉に疑問符がつく。

 

 

「ほら、あれだろ? 魔導師は大規模な魔法を使うと酷く疲れて、次の日にはほとんど動けなくなってしまうだろう? けど、魔獣の襲撃は頻繁だから、連日襲撃されてもいいように魔力を使わない武器を開発しているんだ。そうした分野の技術のことを我々は『科学』と総称しているのさ」

 

 

話を聞いていると変な気分になってくる。レヴァーム人や天ツ人は魔力が相当に低いらしいが、()()()()()()()使()()()。しかし、今まで科学にだけ頼っていたので前提として科学しかない。

 

しかし、彼女が言った科学とは此方の世界の科学とは違う響き意味である。魔法以外を『科学』と称するのは、意味として合っているのだろうか? そのため、安易に「それ、知ってます」とは言い出せない。

 

 

「なるほど、興味深いですね」

 

 

と、相槌を打つだけに終わった。そもそも岡は帝国技術専門学校を卒業してから軍に入った身なので、科学については一般人よりかは詳しい。興味本位で爆薬の作り方を調べたくらいである。

 

 

「科学を使った武器開発や生活基盤を構築するのは人間の役割でね、科学院もほとんどが人間が多いのさ」

「へぇ、種族によって役割が違うんですか?」

「ああ、エルフは林業、ドワーフは北側の鉱山の管理、獣人は畜産業と水産業をそれぞれ管理していんるんだ。種族によって得意なことはちがうからな」

 

 

と、説明されていくうちにこの国が本当に助け合って生きていることを知った。ファンタジー世界の住民たちが、現実に助け合って生きている。過酷な環境に身を置いているからこそなのだろう。

 

 

「あの……ところでオカさんのいたレヴァームと天ツ上? という二つの国はどんなふうになっているんです?」

 

 

と、興味を持ったサーシャが質問してくる。

 

 

「自分たちの国は……人間しかいません」

「え? そんなの嘘だろう? 種族間連合の違いはどうしたんだ?」

「それが……」

 

 

岡はレヴァームと天ツ上が、この世界に揃って転移してきた転移国家だということを説明した。もちろん、そのことで疑われて国交を築くのにも苦労したことも。

 

 

「ふうん……全然信じられないけど、オカが乗ってきたものがこの世界のものではないって言われたら、信じられるかもね」

「今は信じてもらわなくても仕方ないです……」

 

 

全く信じれない様子の二人には、岡も苦笑いであった。

 

 

「ちなみにだが……人間しかいない国ってどんな感じの国なんだ?」

「私も気になります、レヴァームと天ツ上って仲がいいんですかね?」

「…………」

 

 

と、サフィーネとサーシャが質問してくるが、岡はあまり答えたくはなかった。

 

 

「? どうしたんだ?」

「いえ……その……レヴァームと天ツ上は昔は仲が悪かったんです」

「え? 同じ人間の国なのにか?」

「はい……」

 

 

岡はレヴァームと天ツ上のいた世界のことを話し始める。レヴァームと天ツ上のいた世界は、両国を隔てる巨大な滝と果ての無い海で覆われていた。その中で、レヴァームと天ツ上はたった二国で存在していた。

 

しかし、レヴァームと天ツ上はこの世界に転移する前、互いに睨み合って互いを見下し合っていた。

 

同じような閉じた世界にいたのにも関わらず、お互いに助け合うことはつい最近まで出来ないでいた。そしてそれが、ついには戦争にまで発展してことも言った。

 

 

「そんな……同じ人間なのに……」

「悔しいことです……ですが、本当に戦争は起こってしまったんです……」

 

 

岡は話していく内に悲しくなってきた。やはり人情というのはこうも残酷に差がついているのかと、悲しいような悔しいような思いが出てくる。

 

 

「仲が良くなったのは戦争が終わったつい最近の事で、それまでは互いを見下していました。同じ種族ですらも、仲良くできなかったんです……」

「…………」

 

 

サフィーネとサーシャは衝撃を受けていた。種族間連合の誓いが無くとも、同じ種族、同じ人間同士なら仲良くできるはずだと思っていたが故に、その衝撃は大きかった。

 

 

「すまない……私たち、悲しいことを話させてしまって……」

「いいんです、これも事実ですから……」

「そうか……」

 

 

二人はその衝撃を噛みしめながら、岡と共に墜落地点に辿り着いた。そこには数人の兵士達と一人の男が立っていた。

 

 

「げ」

「げ、とはなんだ貴様。無礼な……サフィーネも一緒か」

「オカ、こちらが王宮科学院のセイ様だ」

 

 

サフィーネがジャスティードを無視して、ブラウスとスラックス姿の男を紹介した。

 

 

「おお! 待ちわびていたぞ! 君が異国の軍人君かね?」

「え? あ、はい……」

 

 

と、ブラウスとスラックス姿の一人の男が岡に駆け寄ってきた。老け方からして中年くらいで、やや猫背気味な痩せ味の人間の男だ。

 

 

「王宮科学院のセイだ、セイ・ザメンホフだ! よろしくな!」

「て、帝政天ツ上陸軍の岡真司です。よろしくお願いします……」

 

 

予想してたよりずっとテンションが高く、岡は内心面食らう。握手を交わすと、セイは岡の全身をしげしげと眺めた。

 

 

「何だ、君のあの服はどうした? まさか捨てたのかい?」

「いえ、こちらでは少々目立つので……こちらのお洋服を用意していただきました」

「それはいかんな! 君ィ!、自国の文化を大切にしたまえよ! せっかくエキサイティングな衣類なのだから、もっと誇りたまえ!」

「は、はぁ……」

 

 

あの地味な色の戦闘服を「エキサイティング」と表現する、エキセントリックな感性の持ち主だった。

 

 

「そんなことより話だ、話を聞きたい! この船、この空飛ぶ船は君の国が作り出してのかね?」

 

 

これ、と言いながら、墜落してボロボロになった『向日葵』を指すセイ。

 

 

「ええ、『向日葵』は我が国で建造されました」

「やはりか! すごいな! 何がどうなっているのかはさっぱりだよ! 空を飛んでいたということは、これだけの質量を飛ばすだけの大出力が必要なはずだ。それなのに、残留魔力が全く検知できない! 全くもって意味不明だ!」

 

 

意味不明だという割には、かなり興味津々に爛々と目を輝かせている。

 

 

「こういう人なんだ」

「大体わかりました」

 

 

サフィーネが耳打ちをするが、岡はすでに大体わかっていた。だが墜落現場を目の当たりにして、彼のハイテンションさと質問のマシンガンには正直助けられた。

 

墜落時の恐怖を思い出す事も、彼のハイテンションな質問に付き合っていれば思い出すことはない。仲間の死を悲しむ暇もない為、これはこれで交換は持てる。

 

 

「なるほど……『向日葵』というのはこの空飛ぶ船の名前かね?」

「はい、飛空艦ですので一隻一隻に固有名詞が名付けられています。言うなれば、船一つに『○○号』と名付けるのと同じ感覚ですね」

「ほーう、この空飛ぶ船は『飛空艦』というのだね! 『向日葵』はこの船の固有名詞と……なるほどな!よく分かったよ」

 

 

彼の理解力が高くて、説明に助かった。

 

 

「ところで……他にも聞きたいことがあるんだが。たとえばこの武器? のような物たちはなんだね? 我が国の(マスケット)に似ているのだが……」

 

 

と、セイは種類別に並べられた武器弾薬、機材類があった。『九式自動小銃』や『100式機関短銃』、さらには大きめの『九式七糎噴進砲』なども並べられている。

 

 

「筒があって、引き金があって、握りと銃床がある。きっと同じように使うと思うんだが、合っているかね?」

 

 

まさか銃を実用化させていることは、岡も知らなかった。マスケットレベルならパーパルディア、ボルトアクションレベルではムーやミリシアルが実用化していると聞いたことはあるが、まさかここでも同じように実用化しているとは思わなかった。単独でここまで技術力を高めたとは、驚きに値する。

 

 

「そうです、同じように使う物です。そちらのそれも、火薬を爆発させて金属の塊を発射するのであれば」

「やはりそうか! だが我々が見たこともない素材がふんだんに使われている! ほとんどは木だが、恐ろしいほどの加工精度で、重量も素晴らしく軽い! こいつの作り方を教えてくれないか!? これなら君にもわかるだろう!?」

 

 

そこまで言われ、岡は返答に窮する。素材に関してはほとんどが木と金属である為、作れるには作れる。しかし、それを本当に教えていいのかと気になった。

 

レヴァームと天ツ上には、技術を流出させることで何かの罪に問われたりはしない。たしかにそのような法律はないが、技術を渡すときには国の許可は必要ではないのだろうか? 事実、レヴァームと天ツ上は見境なく技術を流出させるのではなく、友好国にのみ分け与えている。

 

しかし、岡がこの国で生きていく為には、最低限『向日葵』に積まれていた物資は絶対に必要だ。断って取り上げられ、勝手に分解されても困る。そして何より目の前の男は、好奇心旺盛な少年の目をしていて、何かのアクションをしなければ納得してくれないだろう。

 

 

「そうですね……マテリアルに関しては流石に高度な知識を有するので、自分では分かりかねます。ただ、構造体なものでしたらお役に立てるかと思います」

 

 

岡は腰のホルスターから一丁のリボルバー拳銃を取り出し、シリンダーの弾薬を確認した。そして九式自動小銃を持つ。周囲の兵士たちは念のため警戒し、剣に手をかける。

 

 

「これからこれらの銃を、メンテナンスをするために分解します。それ以上は細かくできません、部品は細かくできない上、分解し過ぎると2度と組み上げられなくなりますからご了承下さい」

 

 

と両手を上げながら言って、荷物からメンテナンス用の工具を取り出して手近な場所にあった机へと移動する。訓練で教えられた通りの手順で、あっという間に分解する岡。ついでに清掃をしつつ、歪みなどがないかも確認する。この銃は問題なく使えそうであった。

 

 

「すごいぞ! これらの銃の部品は我が国の加工技術の遥か先を行っている!」

 

 

九式自動小銃の分解を終え、次はホルスターから取り出したリボルバー拳銃を分解し始める。これは.357マグナム弾を使用するレヴァーム製の拳銃『コブラマグナム』で、岡の私物だ。

 

天ツ上では、維新革命をする際に革命軍がレヴァーム製の銃を輸入した名残で、今でも多くのレヴァーム製の銃が輸入されている。岡のコブラマグナムも、レヴァーム文化が色濃く残る常日野で購入したもので、軍でもそれらを使うことにあまり支障はなかった。

 

 

「すごい! こんな小さなサイズにまで銃を小さくできるとは! 何もかもが我が国の上だ!」

 

 

ジャスティードもサフィーネも、他の兵士たちもセイの評価を聞いて驚いた。銃はエスペラント王国の最新兵器、最強の兵器だ。それをおいそれとコピーされ、あまつさえそれを上回るなどあっていいはずがない。

 

 

「せ、セイ様! 銃は我が国の最高機密兵器でしょう! それを別の──外から来たと名乗っているだけの奴が作っているということは、国内に内通者がいると言う話ではないのですか!?」

 

 

声を荒げたのはジャスティード、彼はまだ岡を魔王軍の手先だと勘違いしているらしい。

 

 

「違うな、こいつは我々の百年や二百年そこらで実現できる代物ではないよ。君、これを見たまえ」

 

 

セイはレヴァームと天ツ上で共通規格で使われている、7.62×51ミリ弾を摘んで見せる。

 

 

「先ほどから見ていたが、これらの銃には火薬を入れる口がなかった。じゃあどうやって弾を装填するかって? これに秘密があるんだよ、この後ろに火薬が詰まっていて、それらをなんらかの形で爆発させて、発射するのだ。連写速度だって早くなるだろうし、これは革命的な発明だよ」

 

 

と、セイは分解したものを見せただけでその原理をほとんど理解している。岡はそこまで言われて、彼はとんでもない天才だと理解した。

 

 

「その通りです。まさか、そこまで理解していらっしゃるとは思いませんでした」

「なに、現物があればこそだよ! 素晴らしいものを見せてもらった、ありがとう!だがこれは我が国では作れんな!」

 

 

理解するのと、実際に生み出すのは別。まだエスペラントが銃を発明したばかりの加工技術しかない場合、誤差の理論ではそれより少し良いものしか作れない。

 

また、材質の硬質化も重要だ、特定の金属と硬質化処理には膨大な熱量を必要とする。そんな設備をこの国は持っているとは思えない。それらを含め、セイは無理だと言ったのだろう。

 

 

「この武器が大量に生産できれば、魔獣の度重なる襲撃も乗り切れると思うのだが……」

 

 

彼の呟きを聞いた途端、岡はある事を考え始めた。

 

 

──自分の知識があれば、この国を救えるかもしれない……

 

 

それを行えるだけの才能の持ち主が、今目の前にいる。たが、天ツ上軍という組織の人間である以上、天ツ上の機密につながりかねない事を勝手に開示していいのか、岡は葛藤した。




岡のマグナム拳銃はオリジナルです、これは後にリボルバーライフルを作るのに役立ちます。


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閑章第13話〜救国者の戦い〜

今更ながら、ジャスティードを女体化することを考えてしまった……もし意味があったら、話を葬ってやってみたいかも。

それから、エスペラント王国の技術力でプレス機械って作れそうですかね? もし作れたら、サブマシンガンなどもエスペラント王国内で制作できるので、幅が広がりそうなんです。セイに頼めば、初期のプレス機械くらいなら作れそうなのですが、いかがでしょうか?


 

 

 

「伝令ッ─! 伝令ッ──!!」

 

 

と、岡達が話し合っている時に、一頭の馬が駆け出してきた。それは、岡がちょうどバラバラに分解していた九式自動小銃とマグナム拳銃を組み立て直し、念のためにフル装填のマガジンを装着した時のことだった。

 

 

「何事か!?」

「サフィーネ様! 騎士ジャスティード様! 南門に魔獣の襲撃です!」

「何!? 数は!!」

「見張員からはゴブリン200、オーク10、オークキング2に黒騎士1を確認したと!」

「お、オークキングと黒騎士だと!?」

 

 

報告を聞いて怯むジャスティードに対し、サフィーネとサーシャは跳ねるように走り出した。

 

 

『こちらサフィーネ! 南門防衛隊遊撃隊第五小隊! 出撃状況は──』

 

 

魔法通信で基地と連絡を取り合い、2キロ離れた南門に急ぐサフィーネとサーシャ。その心には焦りが満ちていた。ゴブリンは数の問題なだけで、200程度は大した脅威にならない。オークだって兵が連携すればなんとかなる。

 

しかし、オークキングはオークよりも二回りほども大きく、知能もある。全身を鉄の鎧で覆い、弓矢や剣などを弾く。

 

そして黒騎士は別名『黒いオーガ』『漆黒の騎士』は忌まわしきその名が示す通り、体全てを漆黒の鎧で覆ったオーガだ。まだ一度も倒すことのできていないあの化け物が、この街に現れた。

 

 

「セイ様! お逃げください!!」

 

 

ジャスティードはノバールボ区憲兵隊、いわば市民を守る最後の砦である。要人の王宮科学院のセイの護衛についている以上、彼を死なせるわけにはいかない。

 

 

「うむ!」

「おい! お前も死にたくなかったら戻れ!」

 

 

岡にも声をかける。ジャスティードからしたら、彼にはむしろ死んで欲しいのだが、サフィーネが保護している以上、放置するわけにもいかない。

 

 

「すみません、先に行っててください!」

「は、はぁ!? 何をする気だ!」

 

 

岡は持っていた九式自動小銃を肩からかけ、並べられた装備を物色し始める。リボルバーに弾を込め、身軽な戦闘服を着込んで、天ツ上のサイドカーである2式側車付自動二輪車にまたがる。

 

 

「貴様! どさくさに紛れて我々を殺す気では──」

「自分はッ!! 人を守るために軍に入った人間ですッッ!!」

 

 

彼はキックスターを蹴り飛ばして火を入れ、スロットルを入れて勢いよくクラッチを繋いだ。そして、さながら馬にまたがって駆ける騎士のように、土を巻き上げて戦場に向かった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「人を……守るために……」

 

 

岡の叫びを聞いてショックを受けるジャスティード。彼はエスペラント王国のマルナルボ区に流れを持つ貴族、ワイヴリュー家の次男である。

 

ジャスティードには二つの道があった。貴族としての文官の道、そして国を守るための騎士団の道。彼は後者を選んだ、そう、国を守るために。

 

そこで剣の腕を磨き、剣技の高みの象徴『剣聖』の称号を与えられた。やがて、ノバールボ区の憲兵隊に配属されることになる。

 

そこで、運命の出会いを果たす。

 

エルフの少女、サフィーネ。騎士団病院に勤める医師バルサスの娘で、平民ではあるが、彼女がけが人を看病する姿を見た時、背筋に衝撃が走った。

 

──この殺伐とした世界からなんとしても彼女を守る。

 

ジャスティードはそう決心したが、彼女はまもなく騎士団に入隊した。そこでメキメキと力を付け、頭角を伸ばして今では遊撃隊の小隊長をしている。守ると誓ったはずなのに、逆に彼女に守られる格好だ。ジャスティードはそれを惨めに思っていた。

 

そんなある日、空から正体不明の物体が落ちてきた。中にはこの国では無いどこかの人間が多数乗っていて、唯一の生存者がサフィーネに助けられた。

 

捜査を一任され、腹立たしい気持ちで騎士団病院に行って事情聴取をしてみれば、エスペラント王国の外から来たなどと意味不明なことを言う男だった。しかし、そんな男をサフィーネが面倒を見ると言った。

 

サフィーネとその男が話す様子は何処か楽しげで、彼女が今まで男性とそんなふうに楽しげに話すことは今までなかった。それを知った途端、ジャスティードの中にこれまでに感じたことがないほどの、形容し難いどす黒い感情に包まれた。

 

嫉妬であった。

 

今日もその男は冴えないツラを下げ、この国の服装に身を包んでいる。受け答えもまともにできない様は、よく似合っていた。悪態が口に出そうなところを、サフィーネのために我慢してセイの話を聞いていた。

 

それによると、彼のいた国はエスペラント王国よりもはるかに進んだ技術を持っているらしい。それだけでも、エスペラント王国の騎士団であるジャスティードの信念が踏みにじられたかのようで苛々する。

 

そして今、魔獣の襲撃を受けている。襲撃の一報を聞いてサフィーネは飛んでいき、彼もまた自国の装備だという訳の分からない物を抱えて、鉄の馬に乗って走って行った。

 

人を守るために、危険を顧みずに死地に飛び込む。そんな無謀を自分は出来るだろうか。答えは否だ、騎士団に入った時も、サフィーネを初めて見た時も、その自信はなかった。

 

 

「──騎士殿、騎士殿!」

 

 

ジャスティードはセイに呼ばれ、我に返った。

 

 

「お、セイ様、すみません……早く避難しましょう、こんなところにいては……」

「我々も行くぞ! あの青年の戦いぶりを、この目に焼き付けるのだ!」

「ええっ!? ダメですよ! 危険です!」

「高い技術を持つ国の戦いを、我が国のためにもこの目で見なければならん!! ついてこないなら私だけで行く!」

 

 

セイが強引に押し切らんとする剣幕だったので、部下の学者だけを帰して、ジャスティード以下の憲兵三人でセイを護衛することになった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「サーシャ! やっと来たか! 急いでこの人に治癒魔法を掛けてやってくれ!」

「はい!」

 

 

戦場の後方に作られた野戦病院、そこではバルサスが既に戦闘で疲弊した兵士たちを治療していた。サーシャは駆けつけた直後から、息を整えつつ怪我人に治癒魔法を掛ける。

 

 

「vmtaiba……お願い……生きて……!」

 

 

淡い色の光に包まれ、片腕を骨折し、頭に大きな傷を負った兵士の傷が癒えていく。途中まで応急処置として直した後は、医学の知識で傷を治していく。

 

 

「サーシャ! 怪我人がどんどん運ばれてくる! 急いでくれ!」

「はい! 分かりました!」

 

 

怪我人はどんどん増えていく、中には欠損部位を負って重傷を患った物までいる。最初の患者を治療し、次に片腕を無くした人の治療を始める。

 

 

「腕がなくなってる……」

 

 

片腕は縛られて出血を抑えているが、このままでは失血死してしまう。さらには感染症の危険もあるため、サーシャは最後の手段を使う事にした。

 

 

「痛いだろうけど、我慢してね……」

 

 

サーシャは呪文を唱えて火属性の魔法を照らし、傷口を炙る。すると意識のある兵士の絶叫が響き渡り、激痛に耐えている様子が分かる。が、それでもサーシャは傷口を塞ぐためにそれをやめなかった。

 

 

「先生! また怪我人です!」

「くっ! これじゃ手に負えんぞ!!」

 

 

が、そうしている間にもまたも怪我人が運ばれてくる。明らかに医師たちのキャパシティを超えており、とても追いつけない。

 

 

「これじゃあ……南門まで……」

 

 

このままでは南門は落ち、犠牲者はさらに増えてしまう。人を守るため、助けるために魔道士になったサーシャにとっては、絶望感がのしかかる。

 

 

──神様……お願いです! 誰でもいいのでこの状況を打破できる救世主を! 遣わしてください!

 

 

サーシャはこの世の神様にそんな届かぬ願いを届けた。しかし、誰も現れない。何も起こらない。サーシャが絶望感に浸ろうとしたその時──

 

 

「おい! なんだあれ!?」

 

 

と、周りを警備していた兵士が北側を指差した。その方向に目を向ける、そこには生き物では無い何が、スタンバーロ区の南門に向かって猛スピードで突撃していた。

 

 

「あれは……」

 

 

今まで見たことの無い鉄の馬、それは馬よりも速いスピードで走り去り、土煙を上げて南門を突っ切って行った。その一瞬、馬に見慣れた誰かが跨っているのを見た。

 

 

「オカさん!?」

 

 

知り合いである岡は、そのまま南門を抜けてサフィーネが戦っている場所まで走って行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

──どうする? 勝手に戦っていいのか? 他国の問題で、いくら人を守るためとはいえ、上官からの命令もなしに……ああ、上官はもういないんだ……

 

 

2式側車付自動二輪車を跨っていた岡は、南門に到達するまでの短い時間で葛藤していた。『向日葵』の墜落から治療を受け、仲間の火葬を済ませ、今後のことを具体的に考える間もなく巻き込まれた戦い。それに勝手に参加していいのか気になった。

 

 

──俺は全責任を負わなくちゃいけない立場にある……だが、取れるのか? こんなデカイ責任を……

 

 

しかし、城門は既に開いており、エスペラント王国兵が戦場へと突撃しようとしている。もう、迷っている暇はない。

 

 

──少なくとも……助けてくれた人を見殺しになんてできない!

 

 

決意を固めた時、エスペラント兵の先頭が崩れた。バラバラになった人だったモノが宙を舞う。岡の耳にかすかに悲鳴が聞こえる。

 

目の前には、黒い鎧を着た化け物の残像が揺れる。大きすぎるハンマーを振り回し、兵士や騎士たちをなぎ倒しながら、最後尾まで一気に突っ切っている。

 

剣士たちの隊列後方左右に展開していた隊が、黒い魔獣の行手を遮ろうと動いた。その一団から手にとぶつかった小柄なエルフの少女が、巨大なハンマーに打ち払われる。

 

 

「あれはサフィーネさん!」

 

 

2式の速度を上げ、そのまま突撃する勢いで黒い騎士に向かう。

 

 

「避けろぉぉ────ッッ!!!」

 

 

その声に反応し、兵士たちが一斉に黒いオーガから身を引く。そしてそのオーガに向け、鉄の馬が追突した。

 

 

「グウゥ……ッ!」

 

 

かなりのスピードで追突され、オーガは身を投げ飛ばされる。岡はすぐさまバイクから飛び降り、受け身をとって着地する。そして、そのまま腰からコブラマグナムを取り出して頭に向けて発砲する。

 

 

「グォォォッ!!」

 

 

()()()()()()()()に一撃を喰らったオーガは、数発を撃ち込んだところでバタリと倒れた。もっと撃ち込むことを覚悟していたが、.357マグナム弾はやはり高威力だった。

 

 

「う……」

「「「うおおおおおおお────ッ!!」」」

 

 

誰も討ち取れなかった黒騎士を、奇妙な銃を携えた男が一人で倒した。

 

 

「誰だあいつ!!」

「黒騎士を倒しやがった! どんな魔法を使ったんだ!?」

 

 

エスペラント兵たちはその偉業を目の当たりにし、一瞬の静寂の後に歓声を上げた。

 

 

「お前ら、戦いは終わってないぞ! オークキングに向かえ!!」

「黒騎士さえ居なくなればこっちのもんだ!!」

 

 

急激に士気が高まったエスペラント兵達。魔獣達は黒騎士が倒されたことで怯んでいる隙に、オークキングは撤退しようとしたところを騎兵達に襲われて、後は蹂躙されるだけだった。

 

この日、エスペラント王国は重要な一勝を得ることができた。



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閑章第14話〜黒幕の暗躍〜

……多少ネタバレすると、書籍版に居たゼリムを生き残らせるルートを今考えているんです。が、生き残らせていいのやら……だって、今まで人を食べてきてこれからも人を食べなくちゃいけない魔族を、どうやったら生かせるのか……でも生かしたい、あんないい人を死なせてはダメだと思うのですよ。


 

 

 

「大丈夫ですか! サフィーネさん!」

「うっ……ぐぅ……」

 

 

倒れているサフィーネを、岡はすぐさま駆け寄って脈を調べている。どうやらまだ生きてはいるが、心拍が速く、呼吸も乱れている危険な状態だった。内臓を傷つけたらまずいので、このまま動かせない。とにかく安全を確保してからにする。

 

もし刃物で傷つけられていたら、血が足りなくなる程の大威力だっただろう。サフィーネは持ち前の俊敏さで、打撃の寸前に衝撃をわずかに和らげる体勢を取っていたのだ。胸の骨が何本か折れてはいるが、命に別状はない。

 

 

「オカさん! 大丈夫ですか!?」

 

 

と、白いローブを羽織った女性が声をかけてくる。サーシャであった、彼女は前線での治療魔法を得意としていると、バルザスから聞いていた。

 

 

「サーシャさん! サフィーネさんが……」

「待ってて下さい、すぐに治療しますから!」

 

 

そう言ってサーシャはサフィーネの傷の部分に手を当てる。

 

 

「『.vmtaiba……』」

 

 

と、聴き慣れない言葉を発したかと思うと、傷に当てられていた手のひらがほのかに黄色く輝く。しばらくすると、サフィーネの呼吸も落ち着き、顔色も良くなっていった。

 

 

「これが……魔法……」

「そうですよ。まさか、魔法を見たことないんですか?」

「はい。自分は──自分が知る限り、我が国でもレヴァームでも、この世界に来るまで魔法という存在を知りませんでしたから」

 

 

その言葉に、サーシャはかなり驚いたかのような表情をする。この世界に来るまで、魔法を知らなかったというのは、魔法主体のこの世界の人間からしたら信じがたいことだからだ。

 

 

「一応、レヴァームの人も天ツ上の人も魔法は使えなくはないんです。ただ、今まで魔法というものを知らなかった世界から来ているので、初めて見ました」

「そうだったんですか……信じがたいですが、今は手伝ってくださるとありがたいです」

「はい!」

 

 

岡はサーシャにそう言われ、エスペラントでも戦闘処理に当たることにした。そしてものの数時間ほどで魔獣の処理が終わり、負傷者を病院などに移動させた頃には日が傾いていた。

 

 

「……おい……」

 

 

二式サイドカーを起こしに戻った岡は、ジャスティードにいきなり話しかけられた。

 

 

「ジャスティードさんですか、何かご用ですか?」

 

 

ジャスティードも戦闘処理に加わっていたのか、鎧やマントが土埃などで汚れている。彼ももしかしたら、良い人なのかもしれないと評価を改めようとしたが、彼の目には恐怖が宿っている。

 

 

「さっきのは……なんだ?」

「さっきの、とは?」

「黒騎士を倒したアレだ。その、お前が持っている銃……そんな強力な武器は、この王国には存在しない……」

「だから言ったじゃないですか、自分はこの国の人間ではありません、とね」

 

 

この期に及んでも、まだ信じようとしないジャスティードに対してめんどくささを覚える岡。誰かに助けてもらおうかと思ったが、そうしようにもサフィーネは病院送りである。

 

 

「いやいやいや、すごいねオカくん!」

 

 

と、そのピリピリとした空気に対し、セイが割り込んできた。後始末が終わるまで待っていたらしいが、シリアスな表情の二人をものともせずに割り込んでくる。

 

 

「あの銃は凄いよ! 装填速度が速くなるとは思っていたけど、まさか連射も出来るとは思っていなかったよ! しかも、黒騎士を一撃で倒すほどの威力! 銃声も無駄がなくて締まって聞こえた! アレほどの武器は素晴らしいよ!!」

「え!? あ、ありがとうございます……」

「君が倒した魔獣は一匹だが、倒したのはあの黒騎士! 我が国では倒すことはおろか、制圧することすらままならなかった存在! それを最もたやすく倒すなんて素晴らしい! 是非とも我が国の王に会ってくれ!」

 

 

と、唐突に王様との謁見を求められ、岡は面食らった。

 

 

「え!? いや、ちょっと待ってください! どうしてそんなに話が飛躍するんですか!?」

「あれだけの功績を出した者を、勲章も出さずに放置することなどできぬ!」

 

 

セイは言っても聞かなそうであった。

 

 

「それに君の国……アマツカミと言ったか、君はその国で高い教育を受けているのだろう? あの高性能な武器のメンテナンスを平然とこなし、マテリアルに関する知識も有している。そして、あれらがどう作用しているかも理解しているんだろう? 違うかい? そんなに教養を受けているのなら、我が国の王と謁見するに値するではないか!」

 

 

岡はこのセイという男が、あの短期間で自分がどれだけの知識を蓄えているかを看破しているのを見て、ぐぅの字も出なかった。もしかしたら、彼はレヴァームと天ツ上の著名な学者に匹敵するレベルの逸材かもしれない。

 

 

「……たしかに自分の知識は、この国にとって数百年を一飛びにする内容だと思います。ですが自分は天ツ上の一兵士に過ぎません。それが一国の王様に会うというのは、地位や格式に合わないかと思います。他の高い地位にいる方々に示しがつきません」

「地位が国を救えるのか? 出自で敵が倒せるとでも? それが守れるのは自国の規律だけで、純粋な敵意に対しては無力だ」

「統率の乱れは風紀を乱し、軍の崩壊を招きます」

「なら私が君にその地位を与えようじゃないか!」

「せ、セイ様!」

 

 

と、そこまで言われて今度はジャスティードが口を挟んだ。岡は気にしていなかったが、ただの技術者に「様」付で呼ぶのは違和感があった。

 

 

「何か文句でもあるのかね?」

「大有りですとも! この男は出所がいまだに不明です! 魔族が化けていることも仮定して、騎士団の管轄においているのに、勝手に地位や肩書きを変えられては騎士団の威厳に関わります!」

 

 

ジャスティードにとっては、岡の言っていた事を肯定するのは癪に触ったが、言っていることには同情できるのであえてそう言った。

 

 

「はぁ……では彼の出自をすぐにでも証明できるかね? 君が、君たちが、不審人物に疑いをかけるのは職務に忠実だ大変結構。しかし、彼の今までの行動には何ら不審な点はない。彼らだけが知る情報を、理解の範疇で説明してくれた。さらには我が国にとって厄介な敵の一体をその手で葬った。そんな相手をいつまでも疑うのは、思考停止──いや、君の場合はただの意固地だね」

「ぐぅ……」

 

 

と、セイのど正論を受けて、ジャスティードは歯を食いしばって黙り込んでしまった。岡から見れば、セイの威圧感はただの技術者のそれではない。洞察力や理解力、判断力や思考力は常人のものではない。

 

 

「とにかくオカ君、『王国の頭脳』とも呼ばれたこの私が、王に会わせたいというのだ。王も無下にはできないよ」

「何故そこまで……」

 

 

王宮科学院という名称から察するに、王政府の下部組織か、国策の研究機関であることは間違いない。だからこそ、セイがそれくらいの権力を持ち合わせているとは思えないだ。

 

 

「……セイ様は三王家の一つであるザメンホフ家の跡取りにして、王位継承権をお持ちの王太子の一人なんだ……」

「ええ!? そうだったんですか!?」

 

 

驚いた岡はセイを見るが、彼は余計なことを言うなという顔をしていた。

 

 

「まあ、曲がりなりにもそうだね。一応、私も王太子の一人だ」

「そうだったんですか……」

「まあ、王位に就くつもりは無いのだがね。だが、たまには王太子としてわがままを言ってもよかろう! なぁに心配するな! 一緒に行って君の協力を公に得られるようにするだけだからな!」

「は、はぁ……」

 

 

と、半端セイに押し切られる形で、岡はエスペラント王国の中心地、ラスティーネ城へ向かうことになった。

 

 

「あ、そういえば……」

 

 

と、そこまで強引に決められた時、岡はふと気になって二人のもとを離れる。

 

 

「ん? どこへ行くのかね?」

「いえ、黒騎士? の死体の場所へ」

 

 

エスペラント王国の兵士たちが、『黒騎士』と呼んでいる存在を岡は倒した。アレがどれだけ厄介の存在かは、戦いが終わった後に知らされた。どうにも、あまりに強過ぎて明確な戦術すらもまだ確立されておらず、一体も倒せていなかった奴らしい。

 

黒騎士は倒れて動かない。黒の体躯は地面に伏せ、その目は虚に輝いているだけだ。しかし、あの時岡はサークレットに1発当てただけであり、他は外してしまった気がした。そして、その黒騎士を見ると──微かに動いた気がした。

 

 

「!?」

「? どうしたのかねオカ君?」

「セイさん、私の後ろに……」

 

 

岡は他の兵士やセイ達を後ろに下げ、私物のマグナム拳銃を取り出して弾をフルで込める。

 

 

「まさか……致命傷を受けてまだ生きているのか?」

 

 

ゆっくりと近く岡。もう動かないとは思うが、それでも念を入れる。奴は呼吸をしている。そう、生きているのだ。しかし、その呼吸は浅く弱々しい。

 

 

「……? 意識があるのか?」

 

 

青い瞳が岡を捉えた、その腕が岡の足首をぱっと掴む。

 

 

「──ッ!!」

「オカ君!」

 

 

セイが叫ぶ、周りの兵士達も気付いて岡に駆け寄ろうとする。岡はその前にマグナム拳銃の引き金に手をかけ──

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「なんだと!? 侵攻作戦が失敗した!?」

 

 

エスペラント王国より北側数十キロ、その連山バグラ火山の火口付近にあるダクシルドの屋敷。そこにて、報告を受けたダクシルドが叫び散らかしていた。

 

 

「今回の作戦は、わざわざ南から回り込んで奇襲を掛けたんだぞ! それに鬼人族まで投入して、負けるはずがないだろうに!」

「ですが……事実として鬼人族は戻ってきません……やられてしまったと見るべきでしょう……」

「馬鹿を言うな! エスペラントの奴らは未開の地の猿! 制御装置を組み込んだ鬼人族相手に勝てるわけがないだろうに!」

 

 

報告をしているバハーラはきっと、胃が痛いことであろう。バハーラは制御装置を使って制御されているが、ストレスは溜まるのだろうか? 少なくとも目の前にいる上司はそんなこと微塵も考えていないようだが。

 

 

「くそっ! もういい、お前は下がれ。今後の方針は俺が決める」

「は、はい……」

 

 

そこまで報告を受け、バハーラは下がっていった。バタンと閉じられる扉の音を聞き、それと入れ替わりで入ってきた同じアニュンリール人の部下を見て、またため息をつく。

 

 

「下等種族の集落の片付け、やはり手こずりますね……」

「ああ、烏合の衆でも団結すればああなるのだからな。しかし、鬼人族が倒されたと言うのは納得がいかん」

「本国の軍を持ち出せないのがこうも効率が悪いとは思いませんでした……ま、どうせ世界から断絶した国なのですから、滅したところで問題なさそうですけどね」

 

 

ダクシルド達はこうして魔王軍の手下にさせられ、こき使われている。当初の目的であったエスペラント王国の攻略を、魔王ノスグーラから任されたのは幸運だったが、異様に戦果が出せない。

 

このままでは、魔王に見限られてしまい、自分たちの身すらも危ない状況だ。なんとしてでも成果を出さなければならないと、ダクシルド達は焦っていた。

 

 

「制御装置の実験データは如何ですか?」

「マラストラスの制御装置はまだ回収出来ていないからな……アレが一番確信が高いログを取っていたと思うのだが、鬼人族は純粋な魔族とは違うようだし、イマイチ信用できん」

「もしマラストラスがダメだったら、後は潜入しているゼルスマリムのデータを検証するしかなさそうですね。マラストラスの制御装置が手に届く距離にあれば……いつでも回収できるのですが……」

 

 

マラストラスはダクシルドの監視役になっており、いつでも不意をつける状態ではない。一応、ダクシルド達のメンバーには戦闘員も居るには居るが、それでもマラストラスを正面から相手取るのは難しい。

 

 

「そういえば知ってます? 魔王軍はついにトーパ王国へ進行を開始したらしいです」

「ああ、聞いている。少なくとも、今回の魔王軍の侵攻作戦でパーパルディアまでは落とせるだろうな。ここだと情報が碌に入らないから分からんが、今頃フィルアデス大陸内部まで侵攻しているだろう」

 

 

残念ながら、魔王軍の侵攻作戦の先遣隊である、トーパ王国侵攻部隊は天ツ上率いる帝軍の助力で壊滅して撤退している。魔王軍の手下にさせられているダクシルドは、隠されているその事実を知らない。

 

 

「ええ。ですが今パーパルディアは確か、神聖レヴァーム皇国と帝政天ツ上とか言う国と戦争をしているはずです。彼らの存在が、魔王軍の進行を妨げる事にはなりませんかね?」

「何を言っている、どうせレヴァームも天ツ上もパーパルディアに負けるほどの実力しかないだろうに」

「そうでしょうか……我々の正体を知られるわけにはいきませんので調査はできませんが、それでも警戒しておくのが一番かと」

「放っておけば良い、どうせ両方とも文明圏外のど田舎国家だ」

 

 

魔王軍の侵攻には食料が不足するため、時々エスペラント王国を攻めて、食料であるヒト種を調達している。エスペラント王国は魔王軍の食料農園としての役割があり、ダクシルド達はそれの攻略を任されている。

 

エスペラント王国民が「襲撃頻度が増えている」と感じていたのは、彼らが本格的な活動を開始したからである。

 

低級魔獣だけでは心許ないので、グラメウス大陸深部の「常闇の世界」にまで出向いて『鬼人族』と呼ばれる種族の国を襲撃して、鬼人族の姫エルヤと屈強な鬼人族の戦士を連れて、制御装置で操っている。

 

エルヤは鬼人族の国を守る防御結界の要だったらしいが、エルフと同等の魔力を持つ個人主義の魔族をスカウトするよりも、人類と同等の集団生活を送る鬼人族を狩る方が効率が良かったので、人質として本国に拉致している。

 

エスペラント王国で猛威を奮っていた黒騎士は全員鬼人族で、バハーラもその一人だ。彼らほどの強さを持つ個体が数十体いれば、下等種族の寄せ集め国家などひとたまりもないはずだ。

 

……そう思っていたが、まさか今日一人の鬼人族が討ち取られるとは思わなかった。

 

現在、魔族制御装置を装着させたはぐれ魔族のゼルスマリムを、エスペラント王国へ潜入させている。ビーコンの正確な位置を掴むために、それとエスペラント王国の動きを調べさせるためである。

 

 

「とりあえず、今後はしばらく襲撃を休ませよう。後は念のため、アイツの封印を解く準備をしておくか……」

 

 

と、彼らは状況を楽観視していられずに、自分たちのやれることをやろうとしていた。

 

 



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閑章第15話〜生捕りの黒騎士〜

自分的には早くグ帝戦を書きたい!早く架空戦記編を書きたい!飛空艦と洋上艦の海戦とか、戦闘機同士の空戦とかめっちゃ書きたい!
なので、エスペラント編は早めに終わらせたいです。
でもそれはなかなかできないんだよなぁ……


 

「目、覚めませんか?」

 

 

ノーバルボ区の騎士団病院、その地下にある秘密の一室。そこには、ベッドの脇にいるバルザスと、横たわる黒い魔物──いや、何者かが寝かされていた。

 

 

「気を失っているからね。この魔獣はヒト種と体構造が類似していて、相当な体力を消耗しているそうだ。おそらく1週間は目が覚めないだろう」

「なるほど……」

 

 

あの時、岡の足を掴んだ黒騎士は、呻き声を上げたのちに気を失った。おそらく、最後の力を振り絞ったのだろう。黒騎士が生きていることを知った騎士団は、とどめを刺そうとしたが岡はそれを止め、こうして騎士団病院に連れてきた。

 

 

「バルザスさん……この事は……」

「分かっている、黒騎士の情報を集めるために捕獲した、と伝えれば良いのだろう?」

 

 

岡が黒騎士を保護した理由は、この黒騎士がなんなのかを突き止めるためだ。戦いの後に黒騎士の概要を説明された岡は、他の魔獣とは明らかに違う性質を持っていることを悟った。

 

一番の要素はヒトを食べない事だ。魔獣や魔族はヒト、又はそれに準ずる魔力を持った肉を食べなければ生きていけない。しかし、黒騎士はヒトを食べた所を見かけたものはいない。

 

それはつまり、魔物とは別のナニカでは無いのだろうか? 岡はそう疑ったのだ。しかし、ここエスペラント王国では長らく人類同士の争いがなかった為に、捕虜に関する概念がなく、敵を捕らえることには反対された。

 

そこで、岡は表向きは「黒騎士を生捕りにして情報を集めるために捕らえた」と説明させ、皆を納得させたのだ。ひとまず信頼を集めるまでは、そうして置いておくしか無い。

 

 

「にしても、岡の居た世界では人類同士で争っていたとな……中央海戦争、恐ろしい戦争だ……」

「残念ですが、この世界でも人間は変わらず戦争を続けています。人間というのは何処でも変わらないのでしょうね……」

「しかし捕虜か、本当にそんな概念があるのか?」

「本当です、自分のいた世界でも古くは捕虜を好き勝手に処分していた時代もありました。しかし、個人の人権を尊重する考えが生まれ、『そういうのは止めよう』とレヴァームと天ツ上の間で決まり事が定められました」

 

 

レヴァームと天ツ上の間で戦時協定の概念が生まれたのは、他にも理由がある。「どうせ殺されるなら道連れにしてでも」という自棄を起こされたり、報復を受ける危険性が高まったりと言った負の理由もその一つだ。

 

また、非人道的な虐待や虐殺などが行われると問題視されて戦後処理で不利になる事もある。実際、中央海戦争後の戦後処理の際にレヴァーム軍が行った一連の天ツ人に対する虐殺行為は、後々問題視されている。

 

 

「なるほどな。しかし、君が信頼を得るまでは非難が相次ぐだろうな……なんと言っても魔獣は魔獣だからな」

「理性のない、ヒトを食べる魔獣かどうかは、話を聞いてみないとわかりません」

「……話が通じるかはわからんが、それもそうだな」

 

 

バルザスはそこまで岡に言われ、やっとのことで納得した。

 

 

「それでは、私はセイさんと王城へ向かいます」

「ああ、王との謁見、信頼を得られるよう願ってるよ」

「はい、それでは」

 

 

岡はバルザスに挨拶をし、騎士団病院の外で待っていた馬車に乗る。岡は既に戦闘服に着替えており、風呂に入った後に行くことにした。

 

 

「おお、オカくん。待ちくたびれたよ!」

「はい、それでは行きましょう」

 

 

時刻はすっかり夜になり、夜空は真っ暗で星が見えている。しかし、エスペラント王国の街には魔法で転倒する外灯が取り付けられているので、街は真っ暗というわけではない。

 

上座のセイの正面に岡が座っているが、セイの隣にいる学者が九式自動小銃を持っているので、岡の表情は浮かばれない。

 

セイは王への説明のために、参考として銃を持たせたがっていた。だが岡は天ツ上の小銃は国の許可なしに絶対に触らせないと言うので、仕方なく理由をつけた。

 

つまりは、「現状、『向日葵』及び残留物資はエスペラント王国の領土内にあるので、エスペラントが一時的に所有権を有する」という強権である。

 

 

「オカ君は城へ行くのは初めてかな?」

「ええ、この国に来てまだ5日、しかも訪れてから2日は寝ていましたからね。これはどっちへ向かっているんですか?」

「今走っているのはセントゥーロ区、騎士団病院のあるノバールボ区の北東に隣接する区だ。ここはエスペラント王国の中心地でね、王城があるレガステロ区を取り囲む、王国で最も安全な場所とされているよ。まあ、この国に安全な場所なんて、何処にもないと思うがね!」

 

 

爽やかに説明するセイに、岡は少し引く。あまりにもあっけらかんと言うので冗談かと思ったが、こう言う事も平気で言う人なんだと納得する。

 

 

「──ほう、では君たちの国ではあの空飛ぶ船を民間でも利用していて、誰でも気軽に乗れると言うのか?」

「そうです。軍用から発展したのは間違い無いですが、何千キロと言う距離を移動できるので、軍用だけでなく民間にも普及しているのです」

「ははぁ、そう言うことか。人や物資の移動は消費行動を生むからな、それは経済活動を活発にさせる効果を持つ。君らの国はさぞ大変発展しているに違いない」

 

 

岡は答えられる範疇で答えると、セイは1から10を理解する。目を輝かせて、まるで子供のように聞いてくるので、なんだか楽しい。

 

 

「元々私たちのいた世界──実はレヴァームと天ツ上はこの世界の国ではなく、元々別の世界の国だったんです。その世界では、高低差1300メートル以上の巨大な滝で国が分断されていたので、それを超えるために飛空艦は生まれました」

「つまり……国ごとこの世界に転移した、と言うことかね?」

 

 

しかし、レヴァームと天ツ上が異世界から転移してきた話になると、さすがのセイも首を傾げる。

 

 

「それはないだろう。古の魔法帝国や、あるいは神でもない限り不可能だ」

 

 

流石に信じてもらえないか、と岡は思った。

 

 

「国土転移にどれだけの魔力を必要とするか知っているか? 文献に伝わる数は正確ではないが、あの恐るべき魔法帝国は国土転移のために数百万か、下手をすれば千万人規模の人類を犠牲にしたのだぞ。それだけの人類が失われれば、何処かで大騒ぎになるはずだ」

 

 

たしかにそれも、言われてみれば正しい。魔法に関する知識はないが、岡は国ごと転移する事がどれほど重大な事かを知っている。しかし、事実レヴァームと天ツ上はこの世界に転移した為に、肯定もできない。

 

 

「まあ自分も、突拍子もない話だとは思うんですけどね……ですが、実際に起こった事なのでこればかりは信じてくださいと言うしかありません」

「君らの国の人間は今まで魔法を知らなかったと言っていたな。科学で異世界転移できる技術は……いや、それはないな。時空間を超越するには膨大なエネルギーが……」

 

 

しかし、それでも可能性について考えるセイはいかにも科学者らしい。その後も30分程は喋りっぱなし。その間に馬車はセントゥーロ区の東側に、王城を守る最後の防壁、レガステロ区の城壁が聳え立つ。

 

北の鉱山区から切り出した石を積み上げたと言う、重圧な城壁を抜けると、警備兵の数が急激に増えたのを感じた。闇夜の中に松明が焚かれて浮かび上がる、無骨で何処か洗練されたデザインの城が近づいてきた。

 

 

「あれがラスティネーオ城だ。機能美に優れ、守りやすく反撃しやすい城として200年前に建築されたのだ。美しいだろう?」

「そうですね、是非太陽の下で見てみたいです」

「また見る機会はあるさ! 建築美に詳しくない私でも美しいと感じるほどだ。君も気に入ってくれるだろう!」

 

 

岡達を乗せた馬車は最後の門を抜け、庭園内に差し掛かった。色とりどりの花や木々が出迎え、白から溢れる灯でぼんやりと光っている。さらに庭の中央には噴水もあった。この水は、セントゥーロ区の周囲にある水路から水を汲み上げているらしい。

 

 

「さあ降りたまえ! ラスティネーオ城へようこそ! 私も久しぶりに登城するのだがな!」

 

 

馬車は噴水の裏にある玄関口の前で停車し、セイは満面の笑みで岡をエスコートしていく。一方の岡は緊張の面持ちで馬車を降り、連れてきたジャスティード、セイに続いて城の中へと入った。

 

 

「まあ……あれが漆黒の騎士を倒したと言う異国の騎士ですか……」

「茶色の服とはなんとみすぼらしい格好だ……! 優雅さの欠片もない……!」

「どうせ野蛮な魔法を使ったか、黒騎士が他の兵によって負傷していただけだろうに」

 

 

と、岡が場内を歩いていると異様な視線や揶揄の言葉が投げかけられる。岡はその言葉を聞いてあまりいい気分にはならなかった。

 

誰の手にも負えなかった黒騎士を、未知の魔法か新種の武器で呆気なく倒した異国の兵士の噂は、すぐに王宮内に広まった。その勇者が登城すると聞いていたが、やってきたのはみすぼらしい格好をした人間、何かの間違いではないかと疑っていた。

 

 

「見て、セイ様よ」

「またあのような庶民の格好をなさって……恥ずかしくないのかしら」

「やはりドワースの血が混じっているのだ。貴族らしさの欠片もない」

 

 

セイに対してもその中傷の言葉が向けられるが、彼は涼しい顔で歩いていく。しかし、岡はセイが王族の1人と聞いていたので、このような中傷に首を傾げる。

 

 

「セイさん……」

「気にする事じゃないよ。低俗な人物は何処にでもいる、気にするな」

「はい……ですがセイさんは王族の1人ではないのでしょうか? ここまで中傷されるのは、流石に不敬では?」

 

 

セイは岡にそこまで聞かれると、王座の間の扉の前で立ち止まった。

 

 

「言っただろう? 私は王位を継ぐつもりはないと」

「どういう事ですか?」

「我が国の王家は3つある、初代エスペラント1世は人間だったが、エルフよ側室、ドワーフの側室、獣人の側室を娶り、それぞれの妻の間に生まれた子らをエリエザル家、ザメンホフ家、レヴィ家として独立させたのだ。私はザメンホフ家だからドワーフの血が流れているが、残念ながらほとんど人間の姿で生まれてしまった」

 

 

エスペラントがこれまで子孫をつないで来れたのは、初代エスペラント1世が積極的に混結を進めていたからである。

 

人間種は寿命が短かったが、繁殖力が強かった。エルフもドワーフも長寿な反面、繁殖力が非常に弱かった。人口が少ないと労働力も少なくなるので、人口を増やすために、積極的に混血を進めたのだ。

 

そして、生活様式を統一して過酷な環境でも暮らせるよう、結婚という仕組みでそれらを解消していった。彼らには遺伝子学の知識などなかったが、全く違う種族で子供を儲けるのは実のところ理にかなっていた。

 

 

「人間族は……王位につくべきではないという事ですか?」

「いや、別にダメなわけじゃないけど、いいイメージが無いんだよ。地位に執着したり金で権威を買ったり、不義不貞の代名詞にもなっている。まあ、エルフにも消極的だとか排他的だとか、ドワーフにも頑固で金に意地汚いなどというイメージはある。ま、科学的に立証できない以上、私はただの偏見だと思うがね」

「なるほど」

 

 

よく言う、「レヴァーム人はこんな特徴が……天ツ人にはこう言う特徴が……」という占いみたいなものだろう。

 

 

「現王は我が伯父上で、次王は本来エリエザル家なのだが……諸事情で次もザメンホフ家が担うことになっている。だが、さっきも言ったようにこの姿のこともあるし、政務に興味もなかったからやらんと突っぱねてやった」

 

 

本当は科学研究から離れるのが嫌だったのでは無いだろうか? と、ここまでのセイを見て岡は看破した。

 

 

「さ、まもなく我が国の王、エスペラント・ザメンホフ27世との謁見だ。私が先に挨拶をしてくるから、その後に入るといい」

「はい、分かりました」

 

 

従者が扉をゆっくりと開き、一礼をする。セイが前に出てまず伯父上である国王に挨拶をする。

 

 

「伯父上陛下!! ご機嫌麗しゅう!!」

「来たか、礼儀知らずの小僧が」

 

 

いつも通りのセイの姿を見たらしく、エスペラント王は苦笑い混じりに破顔した。王座から降り、会釈を交わしたところでセイが本題を切り開く。

 

 

「突然の登城で申し訳ない! 話は聞いておられると思うが、通してもよろしいか?」

「異国の兵士──いや、勇者とも呼ぶべきか。話は聞いている、わしにも早く合わせておくれ」

「承知した! オカ君、入ってくれ!!」

 

 

セイに呼ばれ、いよいよかと心を決めた岡は入室した直後に挨拶をする。

 

 

「失礼します!!!」

 

 

茶色の服を着たみすぼらしい兵士が現れ、王も含めて全員が面食らう。しかし、この反応は予想通りだ。岡は屈する事なく、天ツ上の代表としての振る舞いを保つ

 

 

「そなたが噂に聞く異国の兵士か。其方、名はなんと申す?」

「はい、帝政天ツ上陸軍所属、岡真司伍長と申します! 自分は下賤の身ですが、畏れ多くもセイ・ザメンホフ様より王宮へお招きいただきました!」

 

 

岡は背筋を伸ばしてかかとを揃え、天ツ上陸軍式の敬礼で挨拶をする。

 

 

「──本当は制服で参上したかったのですが、生憎作戦時の服装しか持ち合わせておりませんでした。何卒ご容赦ください」

 

 

と、付け加えて。すると、周りの重役達も王も、そのキビキビとした動きと礼儀を弁えた言葉遣いに感心しているようで、歓喜の声が少し上がる。

 

 

「楽にせよ」

 

 

王はそう言った。

 

 

「余はこのエスペラント王国の現国王エスペラントだ。此度は魔獣の軍勢から我が王国を救ってもらったことを感謝する」

「もったいないお言葉です!」

 

 

岡は続けて、『向日葵』の墜落で迷惑をかけた事、この国の人々に助けてもらったことを感謝する。対するザメンホフ27世は岡を異国の人物であると認め始め、仲間が死んだことへの慰めの言葉をかけた。

 

 

「ほう、ではレヴァームと天ツ上は同盟国同士なのだな?」

「はい、最近同盟を締結し、二人三脚でこの世界を歩んでおります」

 

 

岡はレヴァームと天ツ上の事、国の名の由来や関係、そして国体なども説明する。どちらも皇帝や皇族によって成り立つ帝政国家である事や、軍の規模など、軍の仕組みについては首を傾げられたが、規模を聞いて驚かれる。

 

 

「ところで……」

 

 

と、王は肝心の話題に触れる。

 

 

「あの黒騎士を倒したという、君の武器はなんという武器なのだ?」

「はい、自分たちはこちらを『九式自動小銃』、そして『コブラマグナム』とそれぞれ呼んでいます」

 

 

岡は肩にかけていた小銃と腰のマグナム拳銃を、安全装置を掛けて王に見えるように掲げる。セイが小銃を受け取り、銃口を天井に向けて、各部を指しながら説明する。

 

 

「伯父上陛下、これは銃ですよ! ここを握り、引き金を引いて撃つ。ですが我々が持つ銃よりも、遥かに高性能で高度な技術を使った銃です!」

「ふむ……たしかに銃と同じ特徴を備えておるな」

「軽いですが、これひとつで凄まじい性能を持っているのです! その性能は、兵士一人を従来の銃士100人分にすると言っても過言ではありません!」

 

 

岡はセイが大袈裟に説明するのを聞いて、誤解を与えないか少し不安に思うが、考えてみればたしかにこの銃はそれほどの性能を持っていると考えて良いだろう。

 

と、岡は彼らのやりとりを聞いていた一人の男が少し顔を曇らせているのを見た。彼は立派な装飾が施されたマスケット銃を携えており、顔立ちは端正で若い。

 

 

「岡よ、そなたに一つ頼みたいことがある」

「はい、なんでしょう?」

 

 

その男へ片目を送っていた岡は急に王に名指しされ、ビシッと気を引き締めた。

 

 

「……岡よ、そなたの力を見せてはくれぬか?」

「は、はい?」

 

 

ザメンホフ27世は岡に対してそう言った。そしてこれが、岡の信頼を固める要因となることは、岡はまだ知らなかった。



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閑章第16話〜信頼のため〜

エスペラント編は早く終わらせて、グ帝戦に入りたいのだ……


グラメウス大陸と最南端、その海岸線にて港を整備する魔王軍の集団が居た。彼らは北の大地の寒さをものともせず、周りの木々を切り倒してはイカダを作っていた。

 

今は冬なので海は流氷が漂っているが、夏になればその海も澄み渡るであろう。彼らは、この先の魔王軍の海からの侵攻に備えて、あらかじめ船となるイカダを製作している。これも、魔王軍の策である。

 

 

「ん?」

 

 

と、一人のゴブリンが海岸線を息抜きに見ていた。まさか、こんな凍った海に船で乗り込んでくる人類などいるわけが無いので、ここには兵士となる戦闘員を一切つけていない。

 

しかし、それでもこのゴブリンは急に不安に駆られた。遠くの地平線に鯨のような影を見つけ、それが空を漂っているように見えたからだ。

 

 

「アレ、なんだ?」

 

 

ゴブリンは隣で作業をしていたオークに声をかける。

 

 

「あ? なんか見えるのか?」

「いや……遠くに船みたいなヤツが……」

「バカ言うな、こんなトコに船なんか来るわけないだろ。作業に戻れ」

「いや……何か今光ったような……」

 

 

しかし、彼の意識はそこで途絶えてしまった。ここにいたゴブリンやオークなどの魔物達は、グラメウス大陸攻略に向けて先行した笠井艦隊の戦艦部隊の46センチ砲弾を食い、一撃でその身を吹き飛ばした。

 

地平線の先から幾つもの鉄竜達が空を舞い、雪が降り頻る空を黒く染め上げた。空を飛ぶ鯨の群れ達が、その海岸線に接岸して腹の中から兵士や鉄の地竜達を吐き出す。

 

魔王軍に対し、聖天ノ宮の策略が近づいていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年12月12日

 

エスペラント王国は領地の面積の割に水源が少なく、それなりに湿度が高い。窓の外を見ると太陽が燦燦と輝いており、今日もいい天気になりそうであった。

 

岡が今いるジルベニク家はノバールボ区の中心よりやや東側の、川沿いの土手に付近にある。家の裏に瑞々しい草が生茂る河川が広がり、納屋から直接外が見える。

 

 

──本当に……異世界なんだな。

 

 

河原の向こうには、30メートル以上の高さを誇る巨大な城壁が見え、それは東西南北四方八方を取り囲んでいる。地形に沿って城壁が連なっているので、壁がずっと続いているように見える。こんな景色の国は、西方大陸にも東方大陸にも無いだろう。

 

 

──今日は決闘の日だ、心して掛かろう。

 

 

岡は今日とある銃士と決闘を行うことになっていた。それは、彼の信頼の価値を決める重大な決闘である。岡はそれが決まるまでの経緯を振り返っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「……岡よ、そなたの力を見せつけてはくれぬか?」

「は、はい?」

 

 

岡は王にそう言われて拍子抜ける。まるで「今ここで銃をぶっ放せ」と言っているかのような、突然の事だったからだ。

 

 

「何、今ここで撃てとは言わんよ。跳弾の恐ろしさは知っておるからな」

 

 

ザメンホフは小気味よく笑いながら、王の右側に立つ緑色の服を着た男を指す。

 

 

「こやつは銃士ザビルという。我が国で開発された銃に最も精通していて、この国一番の使い手と言っても差し支えない。その者と射撃勝負をして競って欲しい」

「決闘……ですか?」

「つまりはそういう事だ」

 

 

決闘、というと岡にはあまり馴染みがない様式の戦いだ。現代戦ではそんな大それたショーのような戦いなど、起こるはずがない──中央海戦争最後のあの戦いを除いては。

 

しかし、決闘というのは自身の力を発揮して、どちらが強いかを見極めるには最適だ。中世あたりの技術文化水準であるエスペラントなら、こちらの方が分かりやすいだろう。

 

 

「実はな、岡を天ツ上の代表として認めた上で、いくつか頼みたい事があるのだ。もちろん、十分な見返りを用意しよう。しかし、それを頼むためにはまずは信頼が必要だ。お主の実力がどれほどのものかを、決闘で見せて欲しいのだ」

「……自分にできる事があれば、なるべくご要望にお応えします。ですが、そのご用件はなんでしょうか?」

 

 

岡は王に一番重要なところを聞いてみる。

 

 

「実はな、我が国の北側数十キロの位置に休火山がある。その火口付近に……考えられない事態ではあるが、魔物どもが街を作っていると判明したのだ。奴らは現在も数を増やし続け、明らかにわが国を目標とした戦闘準備をしている」

 

 

岡はそこまで聞いて、王の言いたいことを理解し始めた。

 

 

「彼らが仮に本格的侵攻を開始した場合、全ての壁は突破されて王国は間違いなく滅亡するだろうな……そこで貴殿には、奴らを倒す手伝いをしてもらいたい」

 

 

国を攻め滅ぼそうとなれば、その国の規模に応じた戦力が必要になる。だがこの国は国民皆兵というに相応しく、こんな僻地で敵がまとまってくるとは思えない。ましてや、相手は統率のない魔物達。一斉に攻めるなどできないはず、これはおかしい。

 

 

「彼らがエスペラント王国に進軍確証があるのですか?」

「ある。北西の鉱山区がまだ健在だった頃、たびたび我が国を脅かしてきた魔獣共の戻って行く方向が、ある時期を境に変わったのでな。何かおかしいということで、密偵を出したら……」

「その方向に、休火山があったと」

「左様。これまでは大抵様々な方向から来ては、様々な方向に散らばって行っていた。そのあとは、密探も殺されてしまうから分からずじまいだった。だが、偶然辿り着いたその休火山では、魔獣どもが日夜、軍事演習を続けているという話だ。まるで人類のようにな」

 

 

マラストラスは、今まで「魔王軍はエスペラント王国の存在に気付いていない」フリをしていた。グラメウス大陸における彼らの正確な位置を考えさせず、「エスペラントが一番安全だ」と思い込ませるためである。

 

もし位置がわかったら、トーパが意外と近いと気付いてしまう。ダレルグーラ城のおおよその方角がわかる。それらはつまり、逃げられたり討伐軍を組まれる可能性があるからだ。いずれにせよ面倒なので、考える力と周辺を調査する力を削ぐのが一番楽だった。

 

しかし、魔王が復活して、エスペラントの攻略をダクシルドに任した今は状況が違う。彼らは食料調達のためにまずエスペラントを落とし、十分な軍備を整えてから進行するつもりだった。

 

エスペラント攻略で手に入れた軍備を使ってフィルアデス大陸に侵攻すれば、さらに大量の食料が手に入るため、エスペラントは完全に滅ぼすつもりでいる。

 

そもそも、攻略を任されてこき使われているダクシルド自身も、「エスペラントは所詮下等種族の寄せ集め、魔族如きに家畜にされていた事実にも気づかなかった愚純な国」と侮っており、真の目的である魔帝復活に向けて暗躍している事が他国にバレなければいいので、完全に攻め滅ぼすつもりだった。

 

 

「おそらくこれには何か深いわけがある、我々はそう思っているのだよ」

「一つよろしいでしょうか?」

「何かね?」

「あくまで推測ですが、魔獣たちが人類のように行動しているということは、誰か指揮官がいるのでは無いでしょうか? 例えば、魔王が復活して魔獣の統率を始めたとか」

「何!? 魔王軍が復活!? それは本当なのか!?」

 

 

王よりも先に宰相が狼狽し、岡に問いただす。

 

 

「外の世界では、魔王は復活して人類世界への再侵攻を開始したのか!?」

「いえ、これに関しては私の憶測に過ぎません。ですが、理性や統率を持たないはずの魔物たちが、組織されてこの国を狙っているとなると、指揮官である魔王が、あるいはそれに準ずる指揮官クラスが指揮を取っていると考えるべきだと思います」

「うむ……憶測か……しかし、その推測ならば全て説明が付くな。魔獣は何者かが統率しない限り、軍隊並の数で群れることはあり得ぬ……休火山が前線基地だとすると、奇妙な報告も納得できる」

 

 

魔獣が統率のない存在、軍隊並の数にまで膨れ上がるには指揮官クラスの魔族が必要だ。

 

 

「オカよ、この国に来て間もない貴殿にこのような事を願うのはおかしいと重々承知だが、どうか我が国を救ってくれぬか?貴殿は王国にとっての光、空から舞い降りた希望なのだ」

「…………」

 

 

岡はそこまで言われて考える。このままではこの国は、魔王軍の侵攻によって滅亡してしまう。それでは自分の身も危ない。それならば、規律を頑なに守って死ぬよりは、例え帰国後に勝手な行動を問題視されても生きるために戦う方がいい。何より、軍人として困っている人々を助けずにはいられない。

 

 

「……分かりました。それでしたら、自分は天ツ上軍ではなく、1人の部隊として魔獣駆除に協力しましょう」

「ありがたい」

「しかし、条件があります」

 

 

と、岡は王に自分の意見を言おうとする。そこまでいうのは図々しいと、周りの人間が言おうとしたが、王は手を挙げて黙って聞く。

 

 

「何なりと申してみよ」

「敵の状況、数、特徴、特性、侵攻予想ルートと、なぜそこを予想するのかに至った情報を、全て自分に共有させていただきたい。また、現在王国の管理している我が国の駆逐艦に積んであった装備品の全てを、自分の管理下に置かせていただきます」

「よかろう」

 

 

王の即答に岡は少なからず驚き、続ける。

 

 

「ありがとうございます。ではそれと、この国の銃の取り扱いになれた方々を、最低十名は自分の指揮下に入れていただけると助かります。テストをして、素養があれば誰でも構いません。その方々には自分の訓練を受けていただくことになります」

 

 

この言葉に、銃士ザビルが目を剥く。エスペラントの銃は自国の最新兵器にして、最高機密。それを扱えるのは、貴族の血統だけである。なのに、誰でも構わないと言われるのは心外であった。ザビルの貴族の血が、王が許しても許せなかった。

 

 

「異国の兵士殿……我ら銃士を使う使うであるならば、やはり力を見せていただかないと私には無理だ。失礼だが、私には君が凄いようにはとても見えない」

「承知しております、そのための決闘ですよね?」

 

 

岡は特に否定もしない。こういうプライドの高い人には何を言っても無駄だと、ジャスティードの件で知っていたからである。それに、自分が逆の立場でも同じ疑いをかけるだろう。だからこそ、自身の実力を示す必要があるのだ。「自分の」ではなく「小銃の」だが。

 

 

「そうだ、的としてさ掲げられた皿を割ると成功。君は君の国の武器を、私はもちろん、我が国の匠が生み出した最高傑作の銃を使わせてもらうよ」

「承知しました、他にルールはありますか?」

「ないよ。勝負は明後日だ」

 

 

そうして、岡とザビルの決闘が決まった。王や宰相はまだ聞きたい事があったが、まずは2日後の的当て勝負を終えた後で会議を開くことにした。岡は勝負の結果にかかわらず、セイの助手という名目で王宮科学院の工房への出入りを許可される事になり、その日の謁見は終了した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

そんな事があり、今日岡はザビルとの決闘に挑むことになっていた。今日が決闘の当日だが、10時の決闘まで時間があるので、お世話になっているジルベニク家の絵画の虫干しをしている。

 

 

「オカ君、これを頼むよ」

「はい」

 

 

渡された絵には、とても上質で立派な帆布に油絵の風景画が描かれている。美しい色合いもさることながら、精密な筆使いは著名な画家のようなものだった。

 

 

「凄い……」

「美しいだろう? 城壁の上から描いたものだ」

「この空と山の境界線のところ、味があっていいですね。自分の国──いや、世界でもきっと称賛されるほどの作品ですよ、これは」

 

 

岡が自分の祖母の作品を褒めちぎっているのが嬉しいのか、納屋から出てきたサフィーネはニコニコと上機嫌だった。この家に手伝いで居るサーシャも、笑顔が溢れている。

 

一昨日の南門防衛戦にて負傷したサフィーネは、岡がすぐさま黒騎士を仕留めた事によって、サーシャ達の治療を受けていた。早い治療開始とサーシャの優秀な治療が功を奏し、当日夜には動けるようになっていたが、念のためにとバルザスは病院に一泊させた。

 

岡が黒騎士の様子を見に騎士団病院に寄った時、サフィーネの見舞いを先にしたらすっかり元気になっており、登城にも同行したがっていた。岡はバルザスが言った「年頃の娘と言う男はいない」と言うのは、なるほど男勝りと幼さが同居している性格からか、と納得した。

 

王都の謁見には同行できなかったが、その後帰ってきた時に自分が天ツ上の代表として認められたことや、魔獣を共同で倒す事、ザビルとの決闘に勝てば指揮下に何人かつけてもらえる事などが決まったことを話していた。

 

 

「オカ、こっちは水彩画だよ」

「わぁ、これも凄い……お婆様は水彩画も描けるのでしたか?」

「ああ、祖母は油絵も水彩も、木炭画も描ける人だったんだ」

「へぇ……何でも描けたのですね。この躍動感、生き生きとしています。今にも動き出しそうですよ」

 

 

作品の数はかなり多く、全て広げるとちょっとした展覧会になった。

 

 

「ん……これは?」

 

 

その中に一枚、奇妙な絵を見つける。三本の首を持つ巨大な竜が描かれていて、それは見ようによってはおどろおどろしく、何か恐ろしいものに感じる。

 

 

「三つの頭に槍と……対峙する狼?」

 

 

三本首の竜の前には、対峙する狼のような茶色の大きい犬が居て、その口に咥えられた槍が首を一直線に貫いている。何かの神話の戦いか、そんな激しい戦闘を思わせる絵画だ。

 

 

「ああ、これか。私たちにもよくわからないんだよ」

 

 

バルザスがその絵を取り、間近に見せる。サフィーネとサーシャも岡を挟むように隣に立ち、竜を指した。

 

 

「お婆様はこの竜のことを『山より来たる厄災』『破壊の権化』『邪竜アジ・ダハーカ』とか言っていたけど、この国の歴史にそんなものの存在は書かれていないんだ」

「なるほど……この対峙している狼は?」

「確かお婆様は、『ビーグル』や『魔犬』と言っていたよ。アジ・ダハーカを退治する存在だと」

「ビーグル? 魔犬?」

 

 

奇しくもそれが、中央海戦争のあのエースも被ったのは、何かの気のせいだろう。まさか、異世界に来てまでそんな予言じみた事が起こるはずがない。

 

 

「うーん、とても恐ろしい物だということは分かりますが……」

「うーん……私もよく分からないが、お婆様が描かれたものだからやっぱり大事にしないといけないと思って残しているんだ」

「素晴らしい心がけだと思います」

 

 

その後も岡、バルザス、サフィーネ、サーシャの4人は虫干しを始めた絵画をチェックする。その後、そろそろ決闘の時間になるので虫干しはバルザスに任せ、岡とサフィーネとサーシャは三人で決闘場に向かう事にした。

 

ジルベニク家からノーバルボ区の北西隣にあるエクゼルコ区に向かう。エクゼルコ区は区全体が演習場になっており、決闘は民間人の出入りが許されているアルブレクタ大競技場で開催される。

 

 

「しかし岡、本当に大丈夫なのか? 相手はこの国最高の銃士だぞ?」

「ザビル様は有効射程内の的を百発百中で撃ち抜く腕を持っています。私は心配です……」

 

 

サフィーネとサーシャが心配の声をかける。サフィーネもサーシャも、ザビルの射撃の腕をよく知っている。『王国最強の銃士』『雷使い』『硝煙の貴公子』は彼を指す二つ名で、この国に彼の存在を知らない者はいない。

 

しかも、彼の持つ銃は王宮科学院の工房長、名工ランザルの最高傑作と言われている。ザビルのものだけ呼び名が違うので、おそらくは特別製。漆黒の騎士を倒したとは言え、サフィーネは不安に駆られていた。

 

 

「大丈夫ですよ、お二人とも。私は負けるつもりはありません」

 

 

岡はそう2人を元気付ける。

 

 

「……オカ。もし勝負に負けても、私が力になろう。遊撃隊第5小隊をいつでも好きに使ってくれて構わない」

「命の恩人を顎で使うなんて出来ませんよ。でも、どうしてそこまで?」

「それはー……ほら、私が気に入ったんだー」

「ダメですよサフィーネさん、私情で隊員の命を左右しては」

「むぅ……」

 

 

岡に正論で返されて、サフィーネは押し黙る。彼女の気持ちは嬉しい、だがザビルとの決闘には負けることはないだろう。岡は決闘のルールに長距離射撃だけでなく、至近距離で複数の的を狙う早撃ちも含まれていることを知り、オールラウンダーの九式自動小銃を選んだ。

 

相手のザビルの銃は、昨日アルブレクタ大競技場で練習するのを見た限りでは装飾が施されたフリントロック銃であった。しかも、発射のための火薬と弾を銃口からわざわざ装填する必要のある全装式、九式なら負けるはずはない。

 

 

「じゃあ、きっと勝って」

「応援してます!」

「分かりました、善処します」

 

 

サフィーネとサーシャの声援を受け、思わずニヤケそうなところを我慢して、なるべく爽やかに見えるよう笑顔を作った。いよいよ、決闘の始まりだった。

 



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閑章第17話〜決闘〜

ちょくちょくアレンジを加えていますが、今日の話が規約違反にならないか不安……

そういえばこの作品をいつか同人誌にしたいと思っているのですよ。外注の挿絵もつけて、ラノベっぽくしてコミケとかで売り出してみたいですね。でも、規約的に可能なのか疑問……日本国召喚もそうだけど、ハーメルン自体が同人誌OKかまだわからない……


王宮音楽団による華々しい入場音楽が鳴り響く。アルブレクタ大競技場にて、岡真司伍長は準備を整えて、ザビルと共に入場口で待機している。

 

五万人は収容できそうな客席は、王宮貴族や騎士団関係者、王政府役人、王宮科学院の学者らと言った錚々たる顔ぶれだ。さらにその他の、一般観衆も詰めかけており、会場は満員である。

 

 

『お集まりの皆様! 本日勝負を行います精鋭の戦士、二名をご紹介します! まずは我が国の誇る最強の銃士……神の才能を持つ男!! ザビル・アルーゴニーゴ!!!」

 

 

魔法拡声器によるアナウンスが鳴り響き、銃士隊の戦闘服である装束に身を包んだザビルが、入場口から進み出る。

 

 

「きゃー!! ザビル様ー!!」

「今日もお美しいですわーッ!!」

「私の心も撃ち抜いてくださいましー!!」

 

 

ザビルはかなり整った顔立ちであるため、会場から大きな拍手と歓声が沸き起こる。主に貴族の娘や一般観衆の女性達からの黄色い歓声だ。当の本人は慣れている様子、あるいは興味がないのか、手を振ったりする様子もなく中央部まで進んだ。

 

 

『対するは異国の兵士! その類稀なる力で、あの〈黒騎士〉を単独で倒した男! 帝政アマツカミが誇る騎士、オカ・シンジ!!』

 

 

岡は呼ばれたところを見計らい、会場入りを果たした。オカの姿を見た民衆は、拍手をすることもなく次第にどよめき立ち、揶揄の声を上げる。

 

 

「な……何? あの人の格好……」

「茶色の飾り気のない服など、なんでみすぼらしい……」

「あんな華やかさのない人間が、本当に黒騎士を倒したのか?」

「これはザビル様の圧勝ね!」

「ええ、勝負するまでもないわ!」

 

 

観客達は岡のみすぼらしい格好を見て、なんの根拠もなく下馬評を立てる。彼の格好はベージュ色の野戦戦闘服に、木製の小銃を携えた、エスペラントの民からすればかなり奇妙な格好だ。疑われても仕方がない。

 

 

「オカ──ッ!! 頑張れぇぇ──ッ!!」

「頑張って下さいぃぃ──ッ!!」

 

 

あんな男に声援を送る物好きは、もちろんサフィーネとサーシャだった。

 

 

「やあ。君とこの時を迎えることができて嬉しいよ。今回の戦いは、正々堂々やろう」

「こちらこそ、王国の名手と呼ばれるあなたと競う機会を与えていただけたのは光栄です。よろしくお願いします」

 

 

岡はザビルの差し出された右手に応え、そつのない回答をする。

 

 

「私はね……ライバルというものがいなくなって寂しいんだ。強すぎるというのも孤独なものだ」

「そうですか、羨ましいですね。自分はライバルだらけです」

「ハハハッ、凡人は大変だね」

 

 

岡も愛想笑いを返し、ザビルの隣にある射撃レーンに移動する。

 

 

『それでは競技を開始します!! 競技内容は至ってシンプル。遠くの的に1分以内に射撃で命中させれば合格! どちらかが先に当てられなくなるまで距離を伸ばします!』

 

 

ルール説明が終わると、ザビルと岡の約50メートル先に起き上がるシューティングターゲットのような皿があった。皿の中心は地上から170メートル程に位置しており、マンターゲットのようではある。が──

 

 

「え!? アレを撃つんですか!?」

 

 

その的はあまりに近く大き過ぎた。

 

 

「ハハハッ!驚いたかい?的の直径はたったの1メートル、名工ランザルのこの銃の有効射程は50メートルだが、私なら当てられる距離だよ」

 

 

岡の驚きを怯んだと勘違いしたザビルは、多少余裕を見せつける。彼の名誉のためにも、聞かなかったフリをすることにした。

 

 

『それでは、始め!』

 

 

競技場がシンと静まり返り、開始を告げるラッパだけが鳴り響いた。

 

 

「行くよ……」

 

 

射撃線に立つ、銃士ザビルが射撃準備を開始した。火皿と銃口に火薬を流し込み、球状の弾を込めて込め矢でしっかり固める。フリントロックなので、火縄に火をつける必要はない。

 

そして──ザビルは弾を込めた銃を狙いを定めて引き金を引いた。火打ち石を噛んだ撃鉄が火薬に着火し、引火した火薬が一瞬で燃え上がって爆圧を生んだ。

 

大きな音、そして大きな白煙が上がって、銃口から小さな球状の弾が発射される。弾はライフリングもなく、そのまま空中を少しズレて飛翔し、的の皿を正確に撃ち抜いた。

 

 

「「「おおおお────!!!!」」」

 

 

会場に大きな声援が鳴り響く。

 

 

「うむ! 流石はザビルだ、見事なり!!」

 

 

ザメンホフ27世を含め、多くの観客が拍手を送った。

 

 

「流石はザビル様……一撃で当てるなんて素敵……」

「開始からまだ20秒も経っていない、見事な早撃ちだった!」

『さあ皆さん!続いては異国の兵士、オカ・シンジの番です!!天才銃士ザビルとどこまで渡り合えるのか、皆様ご期待ください!』

 

 

岡はザビルの隣の位置で待機しつつ、九式自動小銃の安全装置を解除した。そして、ラッパの音と共に予め外しておいたマガジンを装着し、初段装填のスライドを引く。しかし、肝心の火薬を入れるところは無かった。

 

 

──これは……勝負にならないな。

 

 

火薬を入れ忘れるヘマをしたように見えたザビルは、勝ち誇ったかのように内心思う。しかし岡は、照星と照門が一列になるよう狙いをつけ、落ち着いて引き金を引いた。

 

7.62ミリ×51ミリ弾の信管が雷管によって叩かれる。火薬が急激に燃焼し、乾いた快音が鳴り響き、弾丸がライフリングに沿って回転しながら空を切る。そして──毎秒848メートルの遥かに早い初速で撃ち出され、その多大な威力を持ってして標的の皿を粉砕した。

 

このあまりに静かな発砲音に、観客の中には皿が割れたことに気付かないものもいた。硝煙も少なく、動作も最小限なその銃の射撃は、あまりにスマート過ぎて違和感を覚えたからだ。

 

 

「いいぞオカ──!!」

「お見事です──!!」

 

 

もちろん声援を送る二人を除いて。

 

 

『お見事です! 見事に皿を割りました! お次は75メートルですよ!!」

 

 

今度は75メートル先の位置に皿が現れる。先ほどと的は一緒なはずだが、より小さく見える。

 

 

「……まさか、火薬の装填なしに発砲出来るのか……?」

 

 

ザビルは内心で岡の持つ銃に対し、その性能を見抜き始めていた。その後も競技は続く。手馴れの銃士でも難しいとされる75メートルの的を、二人は撃ち破った。その間、岡はマガジンを交換していない。

 

 

「やっぱりだ……! 装填作業を全くしていない……!!」

 

 

ザビルは銃士をする傍ら、銃に関しては王国で名工ランザルに次いで知識がある。岡の銃が全く装填作業をしていないのを見て、この勝負はおかしいと気づき始めた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「二人ともすごいな」

「けど、ザビル様の銃の方が派手で威力も高そうだな」

「次はもっと遠いぞ! 異国の兵士は割れるかな!?」

 

 

観客ももはや岡の服装など気にせず、ザビルと同様に正確無比な射撃の腕前を認めつつあった。また、この時において観客席にも岡の銃の性能に気づいた者がいた。エスペラント王国の職人の中で、一番の名工と名高いランザルである。

 

 

「異国の兵士の銃は発射炎が小さいですね、ザビル様の方が派手で威力が大きそうです」

「バッカモン!! お前はワシの下で何年修行してきた!? あの異国の銃がどれほど高性能かわからんのか!!」

 

 

横にいる彼の弟子を叱咤するランザル。弟子は自分の判断が間違っているなど夢にも思わなかったので、狼狽えながら教えを問う。

 

 

「え、え!? いや、そんなに凄いとは思えないんですけど……」

「バカを言え!あの銃は何回も撃っている筈なのに全く装填作業をしていない。火薬と弾があの銃の何処かに収納されているという証拠だ。戦場において、その装填速度の差は大きな戦力差になって現れるんだ!」

「そんなに凄いんですか!?」

「ああ。それに……発射炎も硝煙も少ないのは、効率的に燃焼しているからだ。圧力が抜けにくい構造になっているから、音が派手にならないんだ。よく聞いてみろ」

 

 

ちょうど、岡とザビルの銃がほぼ同時に放たれる。岡の銃の音は、先に撃ったザビルの銃よりも小さく乾いてはいるが、締まって聞こえる。

 

 

「本当ですね……」

「ああ。ここから見る限り、あの弾の威力もきっと高いぞ」

「……じ、じゃあこの勝負は……」

 

 

ランザルらが冷や汗を流しながら見守る中、競技は続く。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

100メートルを超えてから、ザビルの表情は焦りを見せていた。なんとか150メートルの距離の的も、一発外して二発目で当てて見せた。しかし、それは運が良かっただけであり、オカは一発も外していない。

 

名工ランザルの用意したザビル専用銃『星火』には、彼は絶対の自信と信頼を持っている。しかし、フリントロック式特有の銃身のブレはどれだけ抑えようにも限界がある。そのフリントロックで驚異の命中率を誇るザビルは、紛れもない銃の名手である。

 

しかし、異国の兵士は火薬を装填しなくていい反則的な銃を持っており、弾もどこから入っているのか分からないり待機位置で装填している様子もない。その上、反動は小さく硝煙も少なく、射手へのあらゆる負担を軽減している。あの命中率も納得がいく。

 

しかし、自分は天才銃士だ。ここまで天才に至るまで沢山の努力を積み重ね、銃士として切磋琢磨してきた。175メートルの距離すら涼しい顔で打ち抜く敵の手前、負けるわけにはいかない。

 

 

『さあ、次はいよいよ200メートルです!フリントロックの限界に挑むことになります!』

「ぐっ……やはり小さい……!」

 

 

観客がどよめき立つ。この距離はフリントロックの有効射程ギリギリで、狙撃するのも事実上不可能。1メートルの皿も、ここまで離れるとただの点にしか見えない。いくら正確に狙いをつけようとも、空気のブレだけで外してしまう可能性が高い。

 

ザビルは射撃レーンに立ってその的の小ささを噛み締め、開始のラッパともに素早く装填した。手のブレで揺らめく銃口。たった1ミリのズレでも、着弾点は大きく外れる。

 

 

──当たれ……!

 

 

構えてからおよそ3秒間、息を止めて銃身を押さて狙いを付けた。そして、引き金と共に大きな破裂音と共に視界を覆うほどの煙が発生、彼の銃から弾丸が発射された。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

命中せず。その後すぐに装填し、再び撃つがそれでも外れてしまった。最終的に1分が経って命中なしとなり、ザビルは悔しさをにじみ出す。

 

 

『おとっと!流石の天才も距離200メートルは難しかったようです!』

「「「あぁ〜〜………」」」

 

 

観客から長い嘆息が漏れ出る。

 

 

「ザビル様でも無理なんて……」

「無理よ……あの的はザビル様の位置からでもきっと点にしか見えないわ」

 

 

そして、岡の番となり涼しい顔で首を鳴らして射撃レーンに着いた。そして、これまでと同様に一撃で皿に命中させた。

 

 

『あ、当たった!! し、信じられません!! 銃士ザビルが負けてしまいました!!!』

「「「ひやぁぁぁぁぁ!!!」」」

「凄いぞオカ────!!!」

「やったぁ────っ!!」

 

 

サフィーネとサーシャの二人は除いて、文字どうりの悲鳴が女性を中心に巻き起こった。その後、試合は次なる競技、早撃ち競技に移る。これは、50メートル先の複数の的を、いかに早く撃ち抜けるかの勝負だ。おそらく、セイが続行させたのだろう。

 

 

「では、私は銃を変えます」

 

 

と言って、岡は二つ目の銃である100式機関短銃をセイから受け取り、それを構えた。装填作業を全くせずに、サブマシンガンである利点を生かし、その的達を連射で撃ち抜く。軽快な発砲音が連続してこだまし、7つの的を全て見事に叩き割った。

 

 

「なんだと!?」

 

 

常識を遥かに超える銃の性能を目の当たりにして、ザビルは固まった。次元が違う、ザビルはいよいよそう認識した。セイが「我が国では作れない」「200年経っても無理」と言っていたのは事実だと証明されたのだ。

 

 

「「「ウォォォォォォ────!!!!」

 

 

ザビルはここまで来て全てを理解し、完敗を認めた。競技場にいる者たち全ても、やがて岡の腕前と銃の真の性能を理解して大歓声を上げた。

 

 

「凄いぞ! なんて性能の銃だ!!」

「凄すぎる! 一体どこの銃だあれは!!」

「彼は『異国の兵士』って……まさか、外の世界!?」

「まさか! 我が国以外に国は居ないはずじゃ……」

 

 

競技場は騒然とし、収集が付かなくなる。その騒ぎは、王であるザメンホフ27世が立ち上がって手を上げたところでようやく収まった。

 

 

『銃士ザビル・アルーゴニーゴ、アマツカミの兵士オカ・シンジ。二人の競技、誠に見事であった。素晴らしい奮闘を見せた二人には、このエスペラント・ザメンホフ、惜しみない賞賛を贈りたい』

 

 

ザビルと岡は並んで片膝をつき、深々と礼をする。

 

 

『さて……今日この場に集った王国民達よ。諸君らは、重大な歴史の証言者となるだろう』

 

 

話の内容が変わり、競技場は静かになる。

 

 

『知っての通り、我が国は建国以来、魔物に怯え続ける生活を余儀なくされている──しかし!!我々は一人ではなかった!』

 

 

突然、王が突拍子もないことを言うので全員が目を剥く。

 

 

『そう、すでに気付いている者もおろう。銃士ザビルと戦った兵士オカは、嘘偽りなく異国の兵士である! 外の世界には……このエスペラント王国以外の国があるのだ! 人類は滅びていなかった!!!』

「「「「え……えええええええええ!?」」」」

 

 

これまでのエスペラント王国の歴史や常識を覆す、突然すぎる王の発表に、貴族や王国民は驚愕の声を上げる。

 

 

「彼らの国の名は〈帝政天ツ上〉。三日月を国旗にした八百万の神が存在する東の国。その盟友として聖アルディスタという唯一神を崇める〈神聖レヴァーム皇国〉も存在する!!』

 

 

観客達はその言葉に聞き覚えがあった。聖アルディスタ、その名を神話の単位で知らぬ者は、この国にはいないからだ。

 

 

「三日月……聖アルディスタ……って……」

「まさか、まさか……!」

「あのお方が……!?」

 

 

エスペラント王国民であれば誰もが知っている御伽話、その伝説が今目の前で起きている。

 

 

『そうだ!これは……オカ殿が現れた一連の状況は、我が国に伝わる〈福音の予言〉に酷似している!余はここに誓おう!聖アルディスタの使者なるオカ殿を我が国の旗手として迎え入れ、王国の総力を集結して、民に平穏な暮らしを取り戻すことを!!そして万を超える年月以来の人類世界への、帰還を果たそうぞ!!』

「「「ワァァァァァァ!!!!」」」

 

 

王の演説により、国民達は沸き立った。今まで万年の歳月を経ても戻れなかった人類世界、その世界への帰路の道が今届こうとしている。この演説は王国民の心に熱い炎を灯し、岡とザビルの勝負はあらゆる意味で大成功を収めたのだった。




そういえば感想返信って、早いほうがいいですかね?遅くても大丈夫ですか?


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閑章第18話〜神話の謎〜

 

アルブレクタ大競技場 控え室

 

 

「お疲れ様ですオカさん!」

「オカ、本当にすごいな! 疑っていて悪かったよ」

 

 

競技が終わり、岡は控え室にまで戻っていた。そこで銃のメンテナンスをしていると、サフィーネとサーシャがやって来た。未だ興奮覚めやらぬ面持ちで、それと同時に心配して岡を信じなかったことを反省して、居心地の悪さを感じているようだ。

 

 

「仕方ありませんよ、人はその目で見たものしか信じませんから」

 

 

岡はサフィーネとサーシャに笑って見せて、ホッとした表情に変わる。二人は岡の持つ銃達の性能を、今日まで知らなかったのだ。サフィーネは黒騎士との対決の時気を失っていたし、サーシャは後方にいたからである。

 

 

「しかし、ザビルさんも凄かったです。フリントロック式の銃であれほどの連射と命中率を叩き出せるなんて……正直びっくりしましたよ」

「そうなのか? 私は銃を持ったことないから、彼がどれだけすごいのか分からないや」

 

 

サフィーネは今まで銃を持ったことがない。しかし、短弓ならよく使う。実は彼女も熟練の射手で、敵の懐に飛び込んで一撃必殺の射撃を浴びせたり、1秒間に三本から4本の矢を連射したりできる。

 

だが、この国では遠距離や重圧な敵を倒すには銃を、近距離や静かに攻撃する必要がある場合は弓矢と、棲み分けがある。そのためザビルの凄さは同じ銃士にしかわからない。

 

 

「私もです。でも、私はオカさんの方が断然すごい技量を持っているように見えましたよ!」

「あれはもっぱら銃のおかげですよ……もしこの銃をザビルさんに預けたら、多分すごい事になります」

 

 

岡はそう言って机の上の九式自動小銃を組み立て、完全に元どおりにした。

 

 

「そういえば……王様が言っていた話はなんだったんです? 『福音の予言』とかなんとか言っていましたが……」

「ああ、あれか。あれは私たち王国民がよく知っているお話でね、『平和に暮らしていた王国の危機に、空から光の戦士がやってくる』とね。寝物語に聞かされるから、有名な話だよ」

 

 

天ツ上で言う桃太郎のようなものか? と思ったが、まるで予言のような言い方に岡が疑問に思う。

 

 

「自分がその光の戦士だって言うんですか? あはは、予言じゃあるまいし」

「ところがどっこい、これはとある王家の予言書の一節が元になっているのさ」

「予言書……?」

「たしか……内容は……」

 

 

エリエザル家 創始者予言「世界」第7章 福音より、抜粋

 

遠い未来、闇より悪意なき敵が現れる。

その敵は恐ろしき魔王の墜つ者に光を奪われ、呪いの言葉により死を恐れぬ人形と化している。

魔王が火の眠る地にて総力を結集し、滅びのラッパ吹く時、その音色はエスペラントの地まで届くであろう。

人々の心に暗雲がかかる頃、空より落ちたる鯨の腹わたから、聖アルディスタの血を引きし導きの戦士が生まれる。

その神の加護を受けたるが如き勇猛さ、王国に並ぶ者なし。

導きの戦士を称えよ。彼は王国の戦士達に力を与える者なり。

人形は呪いから解放され、闇の軍勢をたちまち駆逐せしめん。

だが魔王の墜つ者、禁忌の封印を破らん。いかに導きの戦士なれど、これに立ち向かうことあたわず。

しかし諦めるなかれ、嘆くなかれ。奇跡が我らに味方する。

導きの戦士の祈りが届き、聖アルディスタの使者がエスペラントの地に、この世界に再び舞い降りる。

比類なき強大な神火が地を焼き、光の雨にて闇の軍勢を滅するであろう。

王国は太陽に照らされ、長きにわたる負の時代は去る。

人々の心にかかる影は拭われ、光の時代が始まる。

 

 

「──とまあ、こんな感じだ」

 

 

岡はサフィーネの説明に、今度こそ絶句した。たしか、教会で女神の説明を受けた時もそうだ。あの時も『聖アルディスタ』の名前が出て、岡はびっくりしたのである。そして、二回もその名前が出て今度こそ確証する。

 

 

「せ、聖アルディスタですって!? この世界にも、聖アルディスタ教が存在するんですか!?」

 

 

岡は今度こそ黙っていられず、二人に喰いかかるかのような勢いで質問する。何度も言うが、聖アルディスタ教の存在は神聖レヴァーム皇国が初出。天ツ上に伝わったのは二国が出会ってから後である。

 

そして、もちろんこの異世界にレヴァームと天ツ上の宗教がある訳がない。岡は二人に対して、それが言い間違いかもと言う可能性を含めて質問した。二人は少しびっくりして、顔を見合わせて答え始める。

 

 

「いや……神話の中に残っているんだ。聖アルディスタの使い達が、1万年前に追い詰められていた種族間連合を助け、魔王軍を追い返した……と」

「いやいやいや! 聖アルディスタは私たちのいた世界の宗教なんです! この異世界にその宗教があるはずが無いんですよ!」

「「え!?」」

 

 

そこまで言われ、サフィーネとサーシャは今度こそ絶句する。二人には岡のいた国が違う世界から来たと言うことは言っており、半信半疑ながらも信じてくれている。

 

それなのに、異世界の宗教の神様の名前が、この世界の神話として根付いているのは何故なのか? 二人はその事実について考察出来ず、まずは疑問が浮かぶ。

 

 

「ど、どう言うことだ? 別の世界なのに神様はおんなじなのか?」

「分かりません……単なる偶然か……それとも……そういえば、聖アルディスタの使いってそもそもどんな援軍だったんですか?」

「ええっと……確か空飛ぶ島に乗って現れて、空飛ぶ神の船と鋼鉄の鉄竜、それから地竜を連れていたらしい。空飛ぶ島を拠点に、神の船の『カンポウ』という殲滅魔法に、地竜の地上戦で魔王軍を駆逐していったそうだ」

 

 

岡はサフィーネのその説明を聞き、思い当たる節がいくつか有る。

 

 

「空飛ぶ島……というのはよく分かりませんが、空飛ぶ船、カンポウというのはまさか飛空艦の類じゃ……」

「ヒクウカン!? それって岡の乗って来たあの船の事か!?」

「ええ。となると……カンポウというのは艦砲射撃の事を指すとしたら、飛空戦艦クラスか……?」

「あの……たしか神話では、聖アルディスタの使いは太陽神の願いにより別の世界から遣わされたと言っていました……もしかしたら……オカさんの居た国が、聖アルディスタの使いなんじゃないですか?」

 

 

サーシャが憶測を語るが、岡はそれを少し考えてから否定する。

 

 

「いえ……もしレヴァームと天ツ上が1万年以上前にこの地に援軍を送ったのだとしたら、記録に残っているはずです」

「国家機密になっているとしたら?」

「だとしても、1万年以上前に時の流れを超えて援軍を送るのは無理ですよ……」

 

 

そう、レヴァームと天ツ上での1万年以上前と言えば、紀元前の時代だ。古代文明、それこそ人類が生まれて文明を築いてからまだ間もない頃である。そんな時期に飛空艦など存在しない、ましてや異世界とはいえ時の流れを超えて援軍を送るなんて、()()()()()()()()()無理である。

 

 

「いったいどういう事なんだ……何故この世界に聖アルディスタの事が……」

 

 

岡はそこまで考え、これは直接王に聞いた方がいいだろうと決心した。ザメンホフ王なら、この国の歴史や神話にも詳しいはず。さらには歴史学者まで呼んで、じっくりと聖アルディスタの使いに関して聞かなければならない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ラスティーネ城

 

岡を乗せた馬車は岡を一目見たいと殺到した観衆を避け、ノバールボ区へ抜け出し、サフィーネとサーシャを下ろして城へと直行した。城に到着した時、城で働いている従者が岡の持ち物を持とうとしたが、もちろん丁重に断る。

 

岡が登城するであろうと聞きつけた貴族たちが既に先回りして待ち構えており、岡は注目の視線を浴びる。特に若い娘が岡に熱い視線を注いでおり、最初来たときとはまるで違う雰囲気に思わず苦笑いする。

 

城内を進んでいくうちに、今回も玉座の間に通されるのかと思いきや、違う部屋へと案内された。扉の前には衛兵がおり、従者がドアをノックし、扉を開いて一礼した。

 

 

「オカ様がお越しになりました」

 

 

どうやら扉は、外に音が漏れないよう三重構造で重々しいため、わざわざ扉を開かないと声が届かないらしい。

 

 

「再度のご足労かけてすまんな、オカ殿」

 

 

部屋の中の宰相が入室を促す。

 

 

「失礼します」

 

 

岡が一礼して入ると、部屋にいたザメンホフ27世を除く10人の人物が立って出迎えてくれた。全員が決闘の時に来賓席や特等席に座っていた人物で、自己紹介から全員が重役だと想像できる。中にはセイの姿はいなかったが、彼は「工房」と呼ばれる場所で躍起になっているという。

 

部屋の壁には地図やら何かを書いた紙が大量に貼り付けられ、部屋の中央に設置された円卓にも資料が山積みになっている。どうやら、作戦会議中であることは察せた。岡は案内され、空いている席に座る。

 

 

「オカ殿、先ほどの的当て勝負は見事だった。貴殿の技量、武器の性能、もはや疑いようがない。我が王国は貴殿をそれなりの地位に着けたい。何か要望はあるか?」

「はい、流石にトップは辞退させて頂きます。外から来た人間をトップに添えるのは、軋轢が生じて意思疎通が立ち行かなくなりますから」

 

 

ぽっと出の人間が組織のトップになってしまうと、たいてい亀裂や礫圧が生じて組織として立ち行かなくなる。岡としては、指揮系統を維持したまま、自分の意見を採用する、参謀のような立ち位置を欲していた。

 

 

「そうか……余としては少々足りぬ気がするが、それで作戦が円滑に進むのであればそれで良い」

 

 

最終的に王も納得したようで、他のメンバーも頷いた。

 

 

「それから陛下、会議が始まる前にいくつか聞きたい事があります」

「何か?」

「聖アルディスタの使いについてです」

 

 

岡は早速、一番の疑問を切り出す。

 

 

「聖アルディスタの使いかね? やはり貴殿の国にも聖アルディスタの使いの神話が残っているのか……」

「いえ、私の国には聖アルディスタの使いの神話は残っていないんです。ですが、別の案件で同じ名前があります──」

 

 

岡は深呼吸し、はやる気持ちを抑えてその名を切り出す。

 

 

「──聖アルディスタ教、この名前は我が国天ツ上とレヴァームにおいて、最も信者の多い宗教です」

 

 

その名前に、王を含めた重役達の息が一瞬止まる。

 

 

「陛下。改めて聞きますが、聖アルディスタの使いとはどんな援軍だったのですか?」

「ああ……確か……」

 

 

ザメンホフ王は神話の内容を細かく知っている。各学者や知識人、歴史学者の報告はザメンホフ王にも伝わっているからである。彼も貴族の一員として、教養がしっかりと行き届いている。

 

それによると、聖アルディスタの使いは遥か昔、約1万年以上前に魔王軍が現れて種族間連合がロデニウス大陸にまで追い詰められ、窮地に至っていた時に援軍として異世界からやって来たのだという。

 

空飛ぶ島を拠点にして、空飛ぶ船の『カンポウ』魔法や空飛ぶ鉄竜の援護の下、ロデニウス大陸の魔王軍を追い返した。そして、フィルアデス大陸への再上陸を果たして魔王軍をグラメウス大陸にまで追い詰めたらしい。

 

ついでに、その後のことも聞いた。その後、役目を終えた聖アルディスタの使い達は、船をロデニウス大陸の神森に放棄して元の世界に帰還した。

 

魔王軍の再来を恐れた種族間連合のタ・ロウは、エスペラント王国初代王エスペラントを中心とした魔王討伐軍を組織する。

 

しかし、彼らは魔の地の過酷さに耐えきれず、多くの兵士を失った。そして、本来ならば一年で来る予定の援軍も来なかった。それを知ったエスペラントは、自分たち以外の人類は魔王軍を再侵攻で滅亡したと悟った。

 

引き返そうにも帰るべき道に道に迷ってしまい、方向を誤った。そして、グラメウス大陸にほど近い山中へと身を寄せた。それがエスペラント王国の始まりだという。

 

 

「カンポウ……空飛ぶ鉄竜……」

「オカ殿、それらに何か心当たりでも?」

「ええ、まず『空飛ぶ神船による海からのカンポウ超大規模広域殲滅爆裂魔法』というのは、飛空艦からの艦砲射撃だと思います」

「ヒクウカン? カンポウシャゲキ?」

 

 

聞き慣れない単語に、セイを除くザメンホフ王や多くの重役達は首を傾げる。それもそのはず、『飛空艦』の名前を教えたのは今のところセイ、サフィーネ、バルザス、サーシャの四人だけで、ザメンホフ王は知らない。

 

 

「陛下、飛空艦というのは私が乗って来た空飛ぶ船の事です」

 

 

岡が捕捉をするかのように、ザメンホフ王にそう言った。

 

 

「つ、つまり……オカの国はあの聖アルディスタの船と同じようなものを持っているのかね?」

「はい。おそらくですが聖アルディスタの使者が持っていたのは、私の乗っていた小型の船よりももっと巨大な『戦艦』と呼ばれる艦種の船です。そして……おそらくですがカンポウとは艦砲射撃、つまりは空飛ぶ飛空艦から大砲を撃ち下ろして面制圧をする攻撃のことを指します」

 

 

考えられるのはそれしかないだろう。もしかしたら、カンポウという名前の本物の魔法かもしれないが、船から撃ち下ろされたというのなら艦砲射撃しか思い当たらない。

 

 

「そ、其方は聖アルディスタの使いの魔法の正体を知っているのかね!?」

「知っているというよりかは……我が国と聖アルディスタの戦い方や兵器には、共通点が山ほどあるのです」

 

 

岡はその他にも、空飛ぶ鉄竜が飛行機械と呼ばれる兵器であること、鋼鉄の地竜が戦車かもしれないこと、兵士の待っていた杖が銃かもしれない事などを全て話した。

 

 

「なんという事だ……それはつまり、岡殿の国は聖アルディスタの使いと全く同じではないか……」

「つまりは末裔か!!」

「素晴らしいぞ! 大発見だ!!」

「彼こそ本物の光の戦士だったのだ!!」

 

 

会場内は活気に溢れ、彼こそが本物の導きの戦士、光の戦士だと確信した重役達が騒ぎ始め、岡へ更なる期待の眼差しで見つめる。

 

 

「待ってください!!」

 

 

しかし、岡はそれを声で制した。

 

 

「皆さん、信じられないかと思いますが我が国にもレヴァームにも、過去に異世界に艦隊を派遣した記録はどこにも残っていないんです」

 

 

その言葉を聞き、重役たちは一気に疑問を呈する。

 

 

「な、なんだって!?」

「あれだけの功績を残したのに、貴殿らの国には記録がないのか?」

 

 

宰相が思わず疑問を呈する。普通なら、他人を救ったという偉大な功績は後世の歴史に残るはず。しかし、それが全くないとはどういう事であろうか?

 

 

「はい、それどころか我が国には異世界を渡る技術は存在しません」

「ま、待ってくれ……それだとオカ殿の国は我々の世界とは別の世界の国であるかのような言い方だが……」

「本当です。我々の世界は、この世界とは違う別の世界です」

 

 

岡のその言葉に、重役達も口をポカンと開けて塞げないでいた。

 

 

「我々の世界は、巨大な滝を隔てた果てのない海と果てのない滝で作られた、何もない世界です。そんな狭い世界で記録がないのに、聖アルディスタの名前だけがあるのはやはりおかしいです」

 

 

岡はこの言葉は流石に信じないだろうと思っていた。当然である、別世界から来たと言われても、なんのことだかさっぱりだ。しかし、そこでザメンホフ王が手を挙げる。

 

 

「導きの戦士たるオカ殿が言うのだから、彼の言うことは正しいのだろう。しかし、偶然とは言えオカ殿は聖アルディスタの名前を知っており、彼らの兵器の正体まで知っている。となれば、彼は同じ聖アルディスタの名を冠する末裔とも言える」

 

 

ザメンホフ王は続ける。

 

 

「オカ殿、私もそこまで言われて疑問だったのだ。オカ殿の国では神話が伝わっていないが、何故か聖アルディスタの名前が残っている。となれば、これは何かの運命なのだろう」

「はい、私もそう思います。聖アルディスタの正体がなんにせよ、それを突き止めるのは、この戦いが終わって天ツ上とレヴァームとの国交を結び、大規模な調査団が派遣されてからです」

 

 

岡も、今のことは確認を取っただけでこの場で解決するつもりはなかった。この場で言い争っても仕方がない。聖アルディスタの使い達が魔王軍と戦ったのなら、今後の戦力分析にも活かせる。まずは戦いのことを優先しなければならない。

 

 

「うむ。ではこれより、情報共有と、当面の騎士団運用を含めた作戦会議を始める。オカ殿の働き如何で王国の存亡がかかっている為、彼には特別措置的に参加してもらう。意義あるものは挙手せよ」

 

 

誰も手を挙げない。彼らも一部の疑問は残ったものの、彼が聖アルディスタ教という宗教を知っている以上、聖アルディスタの末裔であると認識したからだ。彼の信頼は、誰よりも重い。

 

 

「よし。では会議を始めようぞ!」

 

 

エスペラント王国の存亡がかかった、本当の戦略会議が今始まろうとしていた。



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閑章第19話〜王国の為の会議〜

100話行きました……

今回は化学やら銃の構造やらを調べるのが大変で、かなり時間がかかってしまいました。原作とは違った視点から王国を強化していくので、ご期待ください。


岡はこの会議の場で緊張していた。ただの的当て勝負で不似合いな身分になってしまったが、この国の将来と自身の命に関する事案だ。決してミスは許されないと言い聞かせる。

 

人間は他人のため、そして自分のための二つの信念が合わさった時初めて本気になれる。岡は今まで覚悟が足りなかったことを反省しつつ、改めてその責任を感じていた。

 

 

「私は情報統括を担当している軍務長官ザンザスと申します。昨日帰還した密偵の情報を精査しましたので、共有いたします」

 

 

ザンザスが円卓に地図を広げる。地図には王国とその周辺の状況が記されており、当然岡には読めなかったので、岡はメモを取り始める。

 

 

「休火山の火口……今ではカルデラと化していますが、そこに魔獣の集落のような物が形成されているのはご存知の通りです。そして、先日の調査でその南側に物資を集結させつつあることが確認できました」

 

 

やはり、誰かが指揮をして戦闘準備を整えていることは間違いなさそうである。

 

 

「ちなみに、オカ殿のために補足をすると、カルデラはノバールボ区が丸々収まるほどの面積があります」

「だいぶ大きいですね」

 

 

火山のカルデラ、つまりは噴火による火口付近の崩落によって出来た窪地がそこまで大きいとなれば、噴火の威力も多大であろう。火口の大きさは地質と噴火の威力による。

 

カルデラが直径2キロともなると、万が一噴火した際は町も無事では済まない。王国から数十キロ離れた場所にあるので、火砕流の心配も少ないだろうが、生きた心地はしない。

 

 

「集落に集結する魔獣の数は膨れ上がり、今や10万の規模に達する見込みです」

「じゅ、十万だと!?」

「三ヶ月前からどれだけ増えているのだ!! 何かの間違いではないのか!?」

「いえ……どうやら各地から増援として運び込まれているようでして、増殖速度も加速的に増えています」

「内訳はどうなっておる?」

「大多数はゴブリンが占め、8万程度と推測されます。ゴブリンロードが8000、オーク1万、オークキングが1500で、黒騎士も500に倍増しています」

「ぬぅぅぅぅ……」

「なんという戦力か……!!」

「ええ、これは想像以上に厳しいですぞ……」

 

 

エスペラント王国の総兵力は、予備役を全て収集して15万程。しかし、相手は人間より数倍も力やスタミナがある魔王軍。黒騎士のような強力な個体もいる以上、数で優ってても損害を覚悟しなければならない。

 

 

「そして……何より問題なのがら魔獣ゴウルアスを5体、確認した事です」

「な……なんだと!? ゴウルアス!? あの魔帝の遺産にして禁忌の魔獣が確認されただと!?」

「はい……あれを使役できるのは魔王くらいのものです。やはり、オカ殿の予測通り魔王が復活していると見ていいでしょう」

 

 

ゴウルアス、と聞いて岡は話について行けなさそうだった。今後の戦略のために、知らない敵の情報も知っておかなければならない。敵を知り、己を知れば、百戦危うからずだ。

 

 

「すみません。ゴウルアスとは一体なんでしょうか?」

「ん? オカ君は知らないのか?」

「はい、おそらく自分の国だけでしょう。何しろこの世界に元々あった国ではありませんから」

 

 

岡は聖アルディスタの事を知っているので、聖アルディスタの使者であると信じられている。そのため、レヴァームと天ツ上が転移国家である事もいつのまにかすんなりと受け入れられていた。

 

 

「ゴウルアスは、簡単に言うと古の魔法帝国の陸軍で使役されていたとされる魔獣です。魔帝の国土転移直前時期には、別の兵器にとって代わられたらしいのですが……全長が5メートル、全高ら2メートルの比較的小柄な魔獣で、恐ろしいのはその放出する魔力です」

「魔法帝国って1万年以上前の話ですよね? そんなに脅威なんですか?」

 

 

岡のいた西方大陸や東方大陸の歴史で見れば、1万年前というのは古代文明の時代だ。ようやく文明の原型が登場する頃で、技術の進歩的なものは比較的この世界も一緒だと考えていた。

 

 

「魔法帝国を侮っていけません。あれは当時、どの国よりも高度な文明を提げて現れ、世界中の全人類を支配下に置き、弾圧し、空を支配して神をも殺すと豪語した恐怖の帝国です」

 

 

岡の疑問には、ザンザスが話してくれた。続けて王が捕捉をする。

 

 

「世界で最も繁栄していたインフィドラグーンを、空飛ぶ島で滅ぼした最強最悪の大帝国だ。ノスグーラなどの合成魔獣の改良技術は、魔法帝国を作った光翼人の持つ力の一端だよ」

 

 

そういえば、この北の大地に来る際資料に魔法帝国の事も書いてあった。初めは1万年前の常識に合わせて、あまり信じていなかった。

 

しかし、風竜がレヴァームの主力戦空機『アイレスシリーズ』の第2形態である『アイレスⅡ』と、ほぼ同格の空戦性能を持っていることは調査で明らかになっている。

 

それと互角以上に戦えるということは、今のレヴァームと天ツ上と同じくらいの技術力を持つ国と言えよう。何故そんな国が1万年以上前に存在していたのかは不明だが、とにかく魔法帝国が危険な存在であることは理解できた。

 

 

「ゴウルアスはノスグーラやオーガ同様、針金のような体毛に覆われていて、剣などの刃物は通じません。魔法帝国の技術で魔力が無尽蔵に溢れ続けていて、疲れも知りません」

「何ですかそれ……本当に生物なんですか?」

「それが合成魔獣の恐ろしさですよ。使用する魔法は二種類で、一つ目は角から連射する雷の爆裂魔法。これは銃弾を連射されるようなもので、鎧であっても物ともしません」

 

 

つまりは機関銃のような物か、と岡は納得する。

 

 

「二つ目であり、最も恐ろしいのが口から放たれる球状の炎の爆裂魔法。こちらの破壊力は岩盤の巨岩も破壊するそうです」

「なるほど……となると我が国の『戦車』のような物でしょうね……」

「『センシャ』とは……岡が聖アルディスタの使いの鉄の地竜の正体だと予測したアレか?」

「はい、戦車は硬い装甲と大砲を持ち、馬が引かずとも自分で走る能力を備えた兵器のことです」

 

 

レヴァーム天ツ上間の戦車の歴史は古い。「陸上に戦艦を浮かべる」という構想のもと、レヴァームで生まれたのをきっかけに、天ツ上でも遅ればせながら開発が進んだのが40年前だ。

 

 

「確か……神話には魔王軍のゴウルアスと、聖アルディスタの使いの鉄の地竜の戦いも記録されていて、鉄の地竜ですらも炎の爆裂魔法によって数騎が怪我をして走れなくなったと書かれていました」

「となると……戦車をそのまま相手にするようなものか……こちらの武器で戦車に対抗できるのは、噴進砲くらいしかないな」

 

 

向日葵の装備の中に入っていた『九式七糎噴進砲』は、天ツ上の対戦車ロケット発射器だ。安いコストと僅かな訓練で敵の戦車を破壊できるため、本土防衛の要とされていた兵器である。ゴウルアスの性能を聞く限り、相手は戦車そのものと言っても過言ではない。それを撃破するには、噴進砲しか無いであろう。

 

 

「幸い、相手にはまだ動く気配がありません。これが何故だか分かりませんが……沈黙を保っております」

「うーむ……何かを警戒しているのか……? あるいはまだ戦力が万全では無いのか……?」

「何かを警戒しているのだとしたら……国内にスパイがいる可能性がありますね」

「それは本当か!?」

 

 

岡の憶測に、王を含めた全員が狼狽する。

 

 

「はい。前回、確か既に占拠されている北西部ではなく、南門に攻めて来ましたよね?」

「ああ……完全に意表を突かれる形となったが……」

「強力な敵を一体だけ使って襲撃してきたのは、こちらの出方を伺うためです。10万を超す敵が既にいるのなら、西門や南門、あるいは全方向から攻めてくるでしょう。ですが、そうしないのは何かの不安要素を知って、警戒しているからと考えられます」

「まさかオカ殿達か?」

 

 

『向日葵』が墜落してきたのは、魔王軍にとってはイレギュラーな事態だ。その中に人間が乗っていて、生存者がいるとなると、王国にどう影響を及ぼすのか様子を見るのが自然だ。

 

 

「前回の襲撃は威力偵察と考えるのが妥当です。そして、その効果を何処かで情報収集している者がいる……ここでいう効果とは、攻撃の成果みたいなものです」

「となると……やはり人類に化けた魔族がいて、なんらかの方法で情報を収集している、という事だな」

「陛下、これは好機ですぞ! もし敵がオカ君を脅威だと認めれば、相手は迂闊に手出しは出来ません! という事は、その間に万全の準備ができるということです!」

 

 

平和という戦争までの準備期間が長ければ長いほど、戦力の増強や技術の発展に力を注げる。こちらから攻めないのであれば、こちらは防衛に徹して戦力強化を望むべきだ。

 

 

「うむ、ならばその間に準備を整えた方がいいな。院長、先ほど伝えたように、これから武器の改良と量産をオカ殿に手伝ってもらう。敵が動き出す前に、なんとかやってくれるか?」

 

 

王の命令に、王宮科学院院長のトルビヨン・バーグマンが頷く。

 

 

「では本日より、早速作業に入りましょう。私は全体指揮、調整役に徹し、現場監督にはセイ様をお任せしようと思います」

 

 

その後、フォンノルボ区の防衛とノルストミノ区の奪還作戦については騎士団が進める事とし、積極的な奪還よりも戦力温存に努める方針にした。敵には守るのが精一杯という姿を見せつつ、こちらの動きを悟られないよう万全の準備を整え、本隊よ侵攻に合わせて全力でぶつかるのだ。

 

無理に奪還しようとすると、戦力を消耗してしまう。相手より戦力に劣るのであれば、こちらは有利な防衛で決戦をするのが、用兵家の防衛戦術の基本である。

 

その他にも、黒騎士対策で西門と南門に2組づつの早期警戒部隊を展開し、黒騎士が来た場合のみ岡に戦闘要請をしようと言うことになった。そして、オカの配下に銃士を10人つける約束も果たすことになる。

 

初めは銃器の選抜テストをする予定だったのでザビルは別の部隊でも良いと言ったが、ザビルの方からオカと協力して行動したいと申し出ていた。そこで、オカとザビルは同じ部隊で活動することになった。

 

王国が管理していた『向日葵』の物資の全てを岡に返却するものとし、今後は岡に管理権限、使用権限、委託権限があるものとしてザメンホフ王に認められた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ラボレーオ区 王宮科学院 装備開発室 

通称『工房』

 

 

会議が終わって解散した後、岡は王宮科学院院長トルビヨンと共に城から出ると、次は王宮科学院の工房へと案内された。工房があるのはラボレーオ区、ノバールボ区と隣り合う地区で、王政府直轄の特別区である。

 

その敷地の建造物の殆どはだだっ広い作業場を有する工場か、学者や技術者の居住区で、レガステロ区、ケントゥーロ区に次いで安全な場所だ。

 

住民の大半はドワーフ系で、人間種やエルフ系が2割ずつ見られる程度。もう夕方だというのに、あちこちから槌を振るう音が聞こえてきて、職人たちが休む間もなく働いている。

 

 

「ここはなんです?」

 

 

岡の乗った馬車が止まったのは、ラボレーオ区の中でもしっかりとした、屋敷のような建物の前だった。

 

 

「我が王宮科学院の装備開発室、通称『工房』と呼んでいる場所だよ。王国で最新技術が生まれる場所で、セイ様もおられますよ」

 

 

トルビヨンが答えた。要するに研究所か、と岡は納得した。たしかにこの工業地区の中に構えるにふさわしい建物である。中に入ると、白衣を着た薬品を扱う男たちが居たりと、研究所らしい。どこも忙しく働いており、まるで戦場だ。

 

 

「あ、あの……ひょっとしてオカ様、ですか……?」

 

 

と、辺りを見回していた岡とトルビヨンに、一人の男が声をかけてきた。目も髪も黒いエルフ風の男が、おどおどした様子で。彼の身長は割と高めだが猫背で低く見え、その頭には黒いサークレットがはめられている。

 

 

「こらゼリム、お前には硝石の運び込みを命じていただろう? もう終わったのか?」

「はぁ……半分ほどは……」

「半分……まあいい、なるべく早く片付けるんだぞ」

 

 

トルビヨンが手で追い払うジェスチャーをすると、彼はそそくさと奥へ消えていった。彼は何者かも岡が聞くと、彼は「ゼリム」と言って、オキストミノ区の陥落と共に流れてきた住民らしい。

 

 

「彼はエルフとドワーフのハーフらしいのですが、魔法や鉄、宝石の加工まで苦手でしてね。雑用くらいならできるから、ここに置いております」

 

 

「普通はどちらかの技能は持ち合わせているはずなんですがね」と、トルビヨンは不思議そうに言った。何故だかはわからないが、彼はエルフの技能もドワーフの技能も苦手らしい。

 

 

「おおオカ君! ようこそ我が台所へ!!」

 

 

と、そこまで紹介してもらった所で、セイに出会った。彼は目を輝かせて声を張り上げている。セイの言葉に気づいた学者たちも、その手を止めて岡に期待の視線を向ける。岡はそれに苦笑いしながらも、セイに近づく。

 

 

「お邪魔します。自分の知識がどれだけ役立つか分かりませんが、できる限り協力させて頂きます」

「何をいう、君の知識で多くの人が助かるんだ。もっと胸を張りたまえ!」

 

 

セイの考えを見て、岡は前に合同訓練をしたレヴァーム兵士のようなポジティブさであると感じていた。そう、彼は王国の技術体系や文化の発展度と比較すると非常に先進的である。自分に対して肯定的なので、こういう味方がいると人生が楽しそうだと嬉しくなる。

 

 

「そうですね、出来る限りのことを頑張りたいと思います」

「その意気だ! さあオカ君、何から始めるんだい?」

 

 

セイに尋ねられ、岡はしばらく考え込む。

 

 

「……一番重要なのは改良と量産ですね。銃を誰にでも扱える武器にしましょう」

 

 

岡はまず、製鉄や火薬製造、更には金属加工を担当する部署の責任者を集め、職人長オスクやランザルをはじめとした面々を大会議室に招いた。会議は岡とセイの対話形式で会議を始める。

 

 

「お忙しい中集まっていただき、ありがとうございます。この国の武器を鍛えるために、いろいろ確認した事があります。まず皆さんは、銃の火薬には何を使っていますか?」

 

 

岡が切り出したのは、まず火薬の種類だった。実は現代の銃の火薬と古の銃の火薬は少し違う。

 

 

「それは火薬の調合についてか?」

「はい、今現在の銃に使っている火薬の調合方法を教えていただければと」

「えっと確か……木炭と硫黄、酸化剤として硝石を混ぜて作っているな」

 

 

それを聞いて、岡は確信した。この火薬は黒色火薬という、初期の火薬の調合法である。天ツ上におけるその始まりは、戦国時代の英雄ノブヤスの時代。彼の国が初めて黒色火薬を作り、鉄砲を大量生産したから彼は天ツ上のあるる東方大陸を統一寸前まで行ったのだ。

 

 

「それは、我々の国では黒色火薬と呼ばれている古い火薬に当たります。まずは、これを改良して無煙火薬という火薬にしていく必要があります」

「今の火薬ではダメなのかね?」

 

 

セイが質問する。

 

 

「無煙火薬は燃焼後の銃身に滓がこびりつく頻度が減るので、銃の信頼性向上につながります。これから作る銃には必要不可欠な火薬です。煙も少なくなるので、視界の向上にも繋がります」

「なるほどね……調合方法は?」

 

 

岡は無煙火薬の調合方法を語り出す。

 

 

「成分ですが、ニトロセルロースが主な成分です。それと、一応ニトログレセリンという物質も作っておいた方がいいと思います」

「にとろせるろーす?」

「どうやって作るんだ?」

「ニトロセルロースは脱脂綿などの繊維を濃硝酸と濃硫酸の混酸によりニトロ化することで製造できます」

「あー、私も混酸は作った事はあるが、そんな使い方があるとはな……脱脂綿という事は、この火薬は綿火薬だな?」

「ええ、その通りです」

 

 

岡は成分を一つ一つ確認し、全てクリアしていることを確認した。成分がなんとかなるなら、後は無煙火薬も作れるだろう。次はいよいよ、無煙火薬の作り方である。

 

 

「まず、エーテルとアルコールを混合しゼラチン化させた綿火薬を作ります。それから、ローラーに通して薄いシート状に形成したのち、破片状に切断するんです」

「なるほどね……ありがとう、まずはその無煙火薬を作ってみよう」

 

 

そして次に、ニトログレセリンを作ることにした。これは、爆薬として必要な成分である。

 

 

「次にニトログレセリンに関して。これを作るには、グリセリンという物質が必要なのですが……ご存知ありませんか?」

 

 

グリセリンの発見は割と新しい。レヴァームでは今から二百年前ほどであり、この国にはあるかどうか不安であった。

 

 

「あれじゃないか? セイがマツ科の木から出る油や、石鹸を作る過程の中から発見したっていう、エステルの一種じゃ……」

「ああアレか! かなり可燃性が高いから、何かに使えないかと論文を書いていたんだった!」

 

 

どうやらセイ本人が見つけていたらしい。エステルとは、有機酸または無機酸のオキソ酸とアルコールまたはフェノールのようなヒドロキシ基を含む化合物との縮合反応で得られる化合物である。

 

グリセリンがあるなら、調達の手は沢山ある。生物の油脂には大量のトリアシルグリセロールが含まれている。これは脂肪酸とグリセリンのエステルであり、加水分解によりグリセリンと脂肪酸を生じる。

 

この国では、例えば石鹸を生産する際に副産物として大量のグリセリンが得られことが分かった。丁度固形石鹸を作る工房が今生産中であることから、それを分けてもらうことを模索することにした。

 

 

「そのグリセリンを、硝酸と硫酸の混酸で硝酸エステル化するとニトログリセリンになります」

 

 

硝酸エステルは危険度が高い、自然分解の際に自然発火するため、扱いには注意が必要だ。それだけではない、ニトログレセリン自体も危険度が高い。

 

 

「ニトログリセリンは爆発性が高すぎるので、扱いに十分注意してください。特に、火薬にする前の原液の時は特に」

「分かってる、安心してくれ。ここの職人たちは危険物の扱いにも長けている、方法を間違えなければ爆発事故は起こさない。絶対に」

「分かりました。扱いについてはマニュアルを整備しておきます」

 

 

ニトログレセリンは危険すぎる爆薬で有名だ。わずかな衝撃で爆発する為、事故を起こさせるわけにはいかない。

 

 

「爆薬か……しかし危険ではないのかね? その物質はただでさえ爆発性が高のだろう?」

「危険性を減らしつつ、爆発の威力を損なわない方法があります。クッション用としての珪藻土とニトロを混同させ粘土状にしたもので、その火薬を包むんです」

 

 

これは完全にダイナマイトの作り方だ。ニトログレセリンを作ればダイナマイトも作れる。これは、兵器だけでなく鉱山での採掘作業にも使えるので、鉱山区を奪還したあとに役に立つだろう。

 

 

「なるほどな! よし、まずはその火薬に変えることから始めよう! オカ君、他にはあるかい?」

「はい。それともう一つ質問ですが、ここには蒸気機関はありますよね? なら、水圧プレス機はありますか?」

 

 

プレス機械とは、対となった工具の間に素材をはさみ、工具によって強い力を加えることで、素材を工具の形に成形する工程だ。銃を大量に生産するには、この機械があった方が効率がいい。

 

プレス加工は、一度始動しはじめれば次第にコストを抑えることが出来る。しかし、最初にプレス金型や動かすシステムを作らなければいけないため、新しい製造ラインをはじめる前の準備としてはコストや期間がかかるのがデメリットと言える。

 

さらにはプレス圧力には数百トン以上もの力が必要になることもあり、ある程度の設備投資をしなければならない。しかし、それを差し引いてもプレス加工のメリットは高い。

 

どんな手法や流れのプレス加工にするかで費用は変動するが、大量製造をしていく際にプレス加工を選ぶことで総合的なコストや生産ラインを抑えることができる。生産性もアップするため、岡はプレス加工を望んでいた。

 

 

「それなら、蒸気機関を使った水圧プレス機がつい最近発明されたばかりだ。鎧の鉄板を作るのに使うからね」

「おお、ありましたか! 実はその機械を使って作りたい弾があるんです」

 

 

岡は設計図を紙とペンで描いていく。

 

 

「これは……」

「真鍮の薬莢です。雷管という部品のカップに、アンビルという部品が必要になります」

 

 

岡が提示したのは薬莢と、その底にはめる雷管、つまり起爆役の受け皿と発火金だ。大きさにして直径数ミリ程の皿に点火薬とアンビルを入れ、銃のハンマーで叩くと発火金と当たって火花が散り、点火薬が激しく燃える。すると、火薬が爆発して弾丸を押し出す。これが現代銃の仕組みだ。

 

 

「薬莢というのは火薬と弾を入れておくケースです。これを作ると、装填作業を大きく短縮できます。これをプレス機で作りたいんです」

 

 

岡は作り方として薬莢とカップを一枚の真鍮板こら押し出して切り抜き、エッジを鑢がけして仕上げることを教えた。その際、蒸気機関で鑢をベルトで回し、鑢がけをする方法を思いついた。

 

作る弾は二種類、ライフル弾と拳銃弾だ。ライフル弾の直径は7.62ミリ、薬莢の大きさは51ミリとした。これは反動の強いことで有名なレヴァーム天ツ上連合の共通規格弾薬と一緒だ。

 

しかし、多少反動が強くても、この国には重い得物を持って戦う者が多いため問題ないだろうという理由で採用した。

 

 

「おお! これならわざわざ火薬と弾を詰めなくてもいいな! 装填作業を短縮できる!!」

「はい、それを使ってこれらの銃を作りたいんです」

 

 

岡は予めペンで書いたいくつかの設計図を見せた。三面図で描かれたその銃は、リボルバー拳銃、ボルトアクション式ライフル、マガジンが横に刺さったサブマシンガンの三種類だ。

 

 

「これは?」

「私が数日かけて徹夜で設計した銃たちです。リボルバー拳銃、ボルトアクション式ライフル、そしてサブマシンガンと呼ばれる銃たちです」

 

 

岡はコブラマグナムなどのリボルバー拳銃を、自費で買うほどのガンマニアである。そのため、趣味と軍人職で役立てるために、ガンスミスの資格を持っているのだ。これくらいの設計や構造などはかなり理解している。

 

 

「まずはリボルバー拳銃、これは私の持っている『コブラマグナム』を参考に、9×19ミリ弾の拳銃弾を使う拳銃にしました」

「リボルバーといえば……お飾りの銃で実際にはあまり使えないぞ?」

 

 

岡はこの反応を予測していた。初めて登場したリボルバー拳銃は、マルチロック式で全て手で動かさなければならなかったからだ。だが岡の絵を見たセイとランザルが唸る、何かに気付いているようだ。

 

 

「さすがはセイさんとランザルさん、もう気づかれましたか」

「あの薬莢と無煙火薬があれば……つまり……」

「フリントロックの撃鉄で直接薬莢の尻を叩く! そういうことだなオカ君!」

「正解です。このボルトアクションもサブマシンガンも、構造は違えど発火の方法は同じです」

 

 

岡は次にボルトアクションの説明に入る。

 

 

「これはボルトアクションライフルと呼ばれる銃です。ボルトアクション方式とは、ボルトを手動で操作することで弾薬の装填、排出を行う機構を有する銃の総称です」

「ボルトを手動で操作……なるほど、無駄な機構が少なそうだから短時間で量産できそうだ」

「はい。これだけなら、さっきのリボルバー拳銃より構造が簡単です」

 

 

このボルトアクション式ライフルは、『向日葵』物資にあった狙撃銃「四式短小銃」と呼ばれる小銃のコピーである。四式短小銃は長らく天ツ上の主力ライフル銃として使われており、今では九式があるので一線を退いているが、いまだに現役で使っている部隊もある小銃だ。

 

 

「最後にこれが1番の問題です。これはサブマシンガン、トリガーを引くと戻すまで絶え間なく連射して撃つことのできる『短機関銃』と呼ばれる銃です」

「と、トリガーを引いて戻すまで絶え間なく!?」

「そんなこと出来るのか!?」

「ええ、できます。ただし構造も機構もいちばん複雑です」

 

 

これでもこの銃は、構造がなるべく簡単で短略化かつコストも安く済むように色々省いている。全体的な銃としての性能では劣ってしまうだろうが、致し方ない。

 

 

「この銃の構造はオープンボルト式。これは、あらかじめボルトを後退させておき、引き金を引くとボルトが解放されて前進し、弾薬を薬室へ送り込んで撃発を行う方式です」

「なるほど! 撃った時の反動を利用してボルトを下げ、新しい弾を装填するんだな!」

 

 

セイがまたしても大正解を言う。相変わらず彼の洞察力と考察力には舌を巻いてしまう。

 

 

「そうです。トリガーを引いている間、バネを使ってボルトを押し戻し、新しい弾を装填するんです」

「なるほど……しかし、弾の装填はどうする? これだと常に薬莢の弾を装填し続けないといけないが……」

「そこで、この横につけている箱です。これはマガジンと言いまして、この中に弾を詰め込んでバネの力で弾を押し上げるんです」

 

 

マガジンとは、銃砲に弾薬を最初に装填する時や、火器が一発の弾薬を発射し終えたあと、弾倉の中の弾薬が自動または手動で薬室に送り込ませる装置である。

 

弾薬は送り板を底面としてばねの力で押し上げられており、開口部には勝手に飛び出さないように留め金が付けられているか、開口部側面が曲げ加工されている。いくつかの種類の弾倉は、クリップで簡単に装填することができるのが特徴だ。

 

 

「凄いぞ……君が今日教えてくれた事があれば、これらを実現できる! それだけじゃない……王国をより強くする事ができるぞ!」

「はい、まずは無煙火薬と薬莢、そしてこの三種の銃の試作をお願いいたします」

 

 

その後、会議は夜通しまで続いた。その途中でもセイの技量に感心し、説明をスムーズにさせていった。エスペラント王国が多民族国家である背景を考え、それぞれの銃は拳銃以外は大、中、小の違った大きさを用意することも決まった。

 

 

「はぁ……流石に疲れたな……」

 

 

会議に続く会議、流石の岡も疲れ切っていた。今日はゆっくり休もうと決心し、ジルベニク家に向かおうとする。

 

 

「ああ、オカ君。会議は終わったのか? 今いいかい?」

 

 

と、外ではバルザスが迎えに来ていた。その隣にはサフィーネとサーシャの姿もある。

 

 

「どうしたんですか?」

「ここでは話せない。とにかく来てくれないか?」

「え、ええと……」

 

 

岡は気まずそうにセイを見る。

 

 

「ちょうどいい、セイ様にもお越しいただきたい」

「「?」」

 

 

流石に二人は訳がわからず、バルザスに着いていくことにした。その様子を、影から覗き見する黒い人物に気づかずに。




前に「エスペラントでプレス機って作れるんですかね?」と質問しましたが、原作読み返したら水圧プレス機がありました……なんたる不覚……


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閑章第20話〜真実と友人と苦労人〜

今回は長めです。


ノバールボ区 ジルベニク家

 

 

バルザスは何も言わずに、ラボーレオ区の前に停めてあった馬車に四人を乗せる。向かった先はジルベニク宅。道中、バルザスは何も話してくれずにいたので何か深いわけがあると、岡とセイは察していた。

 

 

「いいですか、決して慌てずに、落ち着いてください」

「本当に何があるんです? オカ君に武装までさせて、こちらにも事情を知る権利がある」

 

 

オカはバルザスが持ってきたコブラマグナムを所持しており、何故渡して来たのかは話してくれなかった。ますます疑問が満ちる。

 

 

「そうですね……とにかく、着いて来てくれれば分かります」

 

 

バルザスに続いて家に入り、地下室に降りる。その場所は、黒騎士の生け捕りを捕らえて治療していた場所で、厳重に閉じられている。バルザスが扉を開けると、その奥に一人の真っ黒な生き物が立っていた。

 

 

「──!!」

「オカ! セイ様! 私の後ろに!!」

 

 

バルザスとサフィーネがパニック気味に叫ぶ。サフィーネも武装をしており、その手に短弓を所持していた。岡もその影に向かってマグナムを突きつける。

 

 

「伏せろ! 両手を頭の後ろに回せ!!」

 

 

しかし、真っ黒な生き物は慌てたように両手を上げた。

 

 

〈ま、待ってくれぬか! 武器を下ろして欲しい!〉

 

 

サフィーネとバルザスにはその言葉がわからない様子だったが、岡には分かった。そこでマグナムを下ろし、バルザスとサフィーネを制して進み出た。

 

 

〈やあ、目が覚められたのですね。武器を突きつけてしまって申し訳ないです、私の言葉はわかりますか?〉

 

 

できるだけ平静を保ちつつ、その黒騎士に話しかける。

 

 

〈うむ……後ろの者の言っていることは分からんが〉

〈自分は岡真司と申します。あなたの名前は?〉

〈オカと言うのか、よろしくな。私はヤンネ、『景星のヤンネ』と呼ばれている。ところで……ここは何処だ?〉

 

 

と、二人が会話している時もバルザスやセイ達はポカンとしていた。それもそのはず、いきなり岡が訳のわからない言語で黒騎士と話し始めたからだ。

 

 

「お、オカ殿……その者の言葉が分かるのか?」

「はい。彼はヤンネさんとおっしゃるようです」

「これは驚いた……まさか意思疎通が取れるとは」

 

 

レヴァーム人と天ツ上人にはどういうわけか、この世界の人々との間に自動翻訳の力が働いている。初めて接触したクワ・トイネ公国以来公然のこととして広まり、レヴァームも天ツ上も新世界の人々との意思疎通に障害がない。だからこそ、この黒騎士とも会話ができるのだろう。

 

 

〈ヤンネさん、ここはエスペラント王国と言います。ヤンネさんの国はどちらに?〉

〈私の国は鬼人の国、ヘイスカネンだ。エスペラント……ということは、ここは人類の国か?〉

〈そうです。グラメウス大陸のやや南側ですね〉

〈なるほど……南か……〉

〈ヤンネさん。お聞きしたいのですが、ヤンネさんの国──ヘイスカネンはこの国と敵対関係にあるんですか?〉

〈敵対……? いや、常闇の世界にあるヘイスカネンと人類の国の間に、現在接点はない……うぅ……頭が痛い……そうか! 思い出したぞ! ダクジルドが……奴が我が国を……!!〉

 

 

ヤンネが苦しんでいるのは不完全な魔族制御装置の副作用だ。脳に直接作用して、思考や言語を強制的に書き換えるため、脳にとても強い負荷がかかる。

 

それが壊れたことにより、負荷から解放された脳が頭痛を引き起こしている。ヤンネはこれまで気を失い、脳の機能が停止していた。しかし、活動を再開すると同時に副作用が発生しているのだ。

 

 

「バルザスさん、彼の体構造は人類に近いと言っていましたよね?」

「あ、ああ。血液は紫色で体表面も黒いが、どうもヒトに近いようだ」

「そうですね……なら、水を持ってきてもらえますか? 彼の気分が良くなる薬があります」

 

 

岡は掲げていた鞄から、天法薬(天ツ上で古くから作られている医薬品)の頭痛薬、『|半夏白朮天麻湯エキス顆粒《はんげびゃくじゅつてんまとうえきすかりゅう》』の袋を取り出す。

 

 

〈頭痛の薬です、楽になると思いますよ〉

〈すまぬ……〉

 

 

ヤンネに顆粒を飲ませ、ヤンネを寝かせて気分を落ち着かせる。彼の気分が良くなるまで時間をおくことにし、5人は地下室から出た。

 

 

「オカ君、君はどこまでもエキサイティングだな! 科学知識が豊富なだけでなく、聞いたことのない言語で会話するとはね!」

「まあちょっと色々ありまして……それよりも、ヘイスカネンという国はご存知ですか? 彼らは自分たちを鬼人と言っていますが」

「鬼人……ヘイスカネン……どちらも聞いたことがない。しかし魔族ではなかったとは」

 

 

セイは深刻そうな表情で唸る。

 

 

「ということは、ダクジルドとか言う人物が今回の黒幕ですね」

「それも彼が言っていたのか?」

「はい。彼の国、そして彼らは魔王軍ではなくダクジルドによって何らかの干渉を受けたと思われます」

 

 

そう話していると、地下からヤンネが上がってきた。まだ頭痛は治まっていないようで、冷や汗をかいて具合が悪そうに見える。

 

 

〈すまないオカ……話の途中で……〉

〈自分のことは気にしないでください。それよりもあなたの具合が……〉

〈いい……それより、其方に大事なことを伝えたい。この国に危害を加えているのは我々だが、我々は初めダクジルドという男に操られていた……奴は頭に奇妙なサークレットを嵌めて、私たちを操り人形にするのだ〉

〈サークレット?〉

〈私が嵌めていた、魔石を埋め込んだ黒いサークレットだ。頼む……! 我ら鬼人族を救ってくれ……!〉

〈どうすればいいんですか!?〉

〈きっと……きっと操っているサークレットを破壊すれば洗脳が解けるはずだ、私のように……そして、我が国の姫を……〉

 

 

黒いサークレット、岡はそれに心当たりがあった。黒騎士もといヤンネを初めて倒した時に、マグナムで破壊した奇妙な黒いサークレットだ。あれが彼らを苦しめる正体だったのだ。

 

 

〈わかりました。ヤンネさん、回復するまでこの家で休んで行ってください。きっとあなたたちを助けますから〉

 

 

再び気を失ったヤンネを、男女五人で抱えて地下室に運んだ。そして、岡は聞いたことを全てバルザス達に話した。

 

 

「──なんと……彼らは操られていたのか……」

「はい、そうなります。黒騎士はみんな黒いサークレットをつけていますよね?」

「ああ、確かに付けていたが、あれは魔法具の一種だったのか」

「バルザスさん、申し訳ないですがもうしばらくここに置いてあげて下さい。自分はこの事を城に戻って報告します」

「私も同行しよう、ここは一人でも多くの証言があった方がいいからな」

 

 

セイの申し出をありがたく受け、二人でラスティーネ城へ戻った。二人は黒騎士の正体を王達に報告し、ザメンホフ王もその正体に驚いていた。元は敵という事で、救わずにサークレットを破壊するだけに止めようとする意見もあったが、後の事も考えて鬼人族は助ける事で話が纏まった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年12月13日 ノバールボ区

 

 

ラボーレオ区での研究が始まり、しばらくは火薬の製造調合と、新銃器の試行錯誤にどれだけ急いでも数日間かかるため、岡は顔を出しつつ別の仕事に取り掛かる事にした。

 

その仕事の一つに、墜落した『向日葵』の物資の中にある部品や、『向日葵』自体の通信機器を使った長距離無線機の組み立てだ。

 

天ツ上海軍では『海軍90式無線電話機改4』という電話機と、『海軍97式特受信機改4』という受信機がある。これらは両方とも元々潜水艦用の無線機だったが、動作、使い勝手が良好であった為、中央海戦争を通し海軍の全艦艇及びで使用された。制定以後、周波数の安定を改善するため幾度となく改良されている。

 

しかし、駆逐艦『向日葵』に積んであったこれらの通信機器は、墜落の衝撃で大部分が壊れている。なんとか部品を調達して組み立てたものの、精度や通信状態、通信距離共に不安が残る代物になってしまった。

 

 

「早く使節団艦隊と連絡が取りたいが……たとえ連絡がついたとしても……どれくらいで見つけてくれるか……」

 

 

艦隊と連絡が取れれば、『向日葵』の墜落と岡の現状を伝えられる。しかし、これでは正確な位置を特定してもらえるかは分からない。艦載機を飛ばしてくれるなら別だが、エスペラント王国は緯度が高い事もあってしばしば吹雪が吹く。それが心配だった。

 

 

──いや、仲間を信じよう。それに、もしダメなら俺が何とかしなくちゃ……

 

 

弱気になってしまうが、それを正して心を奮い立たせる。ここまで頼られた以上、一卒兵だとかは言い訳できない。自分からもやると言った。しかし、自分の意見が波及してどんどん大きくなり、人々を動かす。この得体の知れない恐ろしさは、思い描いていた未来にきちんと届くのかと不安に駆られる。

 

特に、昨日ニトログレセリンの作り方を教えた。一歩間違えれば危険な事故が起こりかねない物質を、忠告したとは言え今作っているだろう。もしそれご……爆発でもしてしまったら……

 

 

「あ、あのう……」

「うわっ!」

 

 

岡が不安に駆られながらエクセルゴ区に向かっていると、急に背後から声をかけられた。そこに立っていたのは、昨日工房にいたゼリムだった。

 

 

「ごっ、ごめんなさい。そんなにびっくりするとは思わなくて」

「あ、いえ、こちらこそすみません。どうかしましたか?」

「セイ様にオカ様の方を手伝ってこいと言われまして……今日は何かやる予定かと」

「ああ、なるほどね。いろいろな人に銃を試してもらおうと思っていますので、一緒についてきてください」

 

 

岡とゼリムは連れ立って歩く事にした。と、ふとゼリムの頭にあるサークレットが目に映る。

 

 

──あれ? あのサークレットは……

 

 

しかし、黒騎士のサークレットとはデザインが違うし金色だったので、「まさか」と思いつつそのままにした。しばらく会話もなく歩いており、無言が続く状況は岡に気まずさを与えていた。

 

 

「あのう……オカ様は誰かにここへ来るように言われたんですか?」

「へ?」

 

 

質問の意図がわからず、おもわず首を傾げる岡。広い意味でなら確かに、これは上官からの命令だ。元々はグラメウス大陸を調査する任務部隊の艦隊に乗り込み、陸戦隊として『向日葵』に乗り合わせていた。たが、意図した場所にたどり着いたわけではない。

 

 

「いえ、自分は自分の計画に沿って動いています。ここでは誰の指示ももらえませんからね」

 

 

技術はセイやランザルのような天才がいる。岡は必要な知識とアイデアを分け与えただけで、ほとんど何もしていない。だが、現代戦の知識は違う。こちらは一人一人に教え込んで、しっかりと力を付けさせる必要がある。岡の仕事は、その戦術を教える事だ。

 

 

「そうですか……俺は次に何をすればいいのか分からなくて。見てこい、探せとは言われるんですが」

 

 

ゼリムの言う「見てこい、探せ」という言葉を聞いて、岡は昔の天ツ上を思い出した。昔のレヴァームや天ツ上では、仕事は見て覚えるもの、探してするものというのが当たり前だった。

 

それが非効率で新人が育たないと分かったのは最近の事で、レヴァームや天ツ上ではようやくその古い体質を改めつつあるが、このエスペラント王国でもそんな古い感覚で動いているのかもしれない。岡はそんなゼリムを気の毒に思う。

 

 

「ゼリムさんは、戦うことは怖いですか?」

「いや……戦うだけなら何も考えなくて良いので楽です」

「では自分と一緒にいる時は、言われた通りにやってください。人によって向き不向きがありますから、辛かったら言ってください」

「はい……」

 

 

そんな事を言っている間に、彼らはエクセルゴ区の門を潜った。エクセルゴ区は全体が演習場になっており、アルブレクタ大競技場の他にも新兵兵舎や予備武器庫、軍馬厩舎など、騎士団管理下の施設があちこちに建っている。

 

そんな区の一角に、白兵戦訓練を行う練兵場がある。何百人単位での模擬戦を行うので、とてつもなく広い。約3万平方メートルという面積は、数ある闘技場の中でも最大だ。

 

 

「オカ! 遅いじゃないか!」

 

 

サフィーネが声をかける。練兵場には大量に積み上げれた武器弾薬、軍用馬が用意されていた。さらには1000人ほどの兵士も集まっており、岡からの応募通りに集まった事を示していた。

 

 

「すみません、お待たせしてしてしまって。始めましょう」

 

 

これから始まるのは銃器に関する訓練だ。今まで銃士しか触ることの許されていなかった銃だが、岡は王国の全ての兵士に銃を装備させる事を考えていた。

 

そのため、銃に関する基本的な訓練を始めるべく、エクセルゴ区の全ての闘技場を借りて、射撃訓練をする事にしたのだ。と言っても、まだ新型銃器は作れていないため、それぞれの銃器による簡単な射撃訓練に過ぎない。

 

兵科も新たに新設する必要がある。突撃兵、援護兵、工兵、衛生兵、狙撃兵、そして遊撃兵。突撃兵は基本的な武装で、兵士の大半を担う。援護兵には『向日葵』の中にあった機関銃や九式小銃などを持たせての中距離での援護。工兵、衛生兵は後方支援。狙撃兵は狙撃兵を。そして、遊撃兵は偵察や敵軍の動きを撹乱する戦術を教える。

 

それぞれの兵士には、それぞれに合った兵科にさせる。射撃テストをさせて、一番良い結果が出た銃器を使わせる。

 

他にも、魔導士や後方支援にいたものは工兵や衛生兵に、銃士は狙撃兵に、遊撃隊はそのまま遊撃兵にする予定だ。彼らは銃を持たせるだけであり、戦い方は基本的に変えない。

 

ちなみに、軍用馬を集めたのは至近距離での発砲音に慣れさせるためだ。徐々に近づけて、銃声に驚かないように教育しなければならない。

 

 

「では10人ずつ並んで、銃の使い方や注意点を教えます! 射撃の基本も教えますので、他の方は客席で自分の番を待ったてください!」

「ではまず番号札1〜50番の方! 訓練を開始します!」

 

 

兵士一人ひとりに銃器の基本と、注意事項を説明させる。銃にも慣れてもらわねばならないので、銃士たちは手厳しく教え込んでいる。

 

 

「お手伝いいただけて感謝してます、ザビルさん」

 

 

この場にはザビルも来ていた。戦闘時に行動を共にしたいというのは聞いていたが、ここまで協力的になってくれるとは、初めは思っていなかった。てっきり、彼はプライドが高いと勘違いしていたからである。

 

 

「なに、我々も王国の危機を前に貴族の誇りがどうのと言っていられないからね。私がいれば、オカも働きやすくなるだろう?」

「はい、感謝しています」

 

 

銃士たちは当初の時は、平民の出でも銃を持たせる事に反感を抱いていた。しかし、王国最強のザビルが彼らをなんとか説得し、『向日葵』の物資にある四式短小銃を狙撃銃として使わせると約束すると、態度を一変させた。

 

 

「しかし……貴殿も人が悪い。そのような高性能銃があれば、王国の銃士に勝つことは当たり前じゃないか」

 

 

ザビルは岡が肩から掲げている九式自動小銃に視線を送る。岡は黒騎士の一件以来、マグナム拳銃と小銃をいつも携帯している。いつどのようなタイミングで必要になるか、分からないからである。

 

 

「すみません、信頼を得るにはこれが一番手っ取り早かったんです」

「ふふ、少し意地が悪かったね。私も貴殿の技量や銃の性能には懐疑的だったんだ。それに、これで王国が救われるのなら、感謝しているよ」

「ですが、ザビルさんの自信を壊してしまったのは確かです。そこで、これが終わったら余興をやりましょう」

「余興?」

 

 

岡はこの訓練が終わった後、同じ九式自動小銃を使って的当て勝負をすると約束した。それは後に、ザビルの勝利に終わったことで信頼回復にも繋がり、岡の誠実さを裏付けるものとなる。

 

 

「ひっ!!」

 

 

と、訓練会場での発砲の瞬間、一際大きな悲鳴を上げた男がいた。

 

 

「何でしょう?」

「分からない、行ってみよう」

 

 

岡は観客席にて訓練の様子を見ていたが、何か事故やトラブルでも起こったかもしれないと、岡は走った。

 

 

「どうしましたか?」

「今の悲鳴ですか? オカ様が連れてきた方ですよ」

 

 

岡は誰かを連れて来た覚えがうろ覚えだったが、訓練場の真ん中辺りに注目を浴びている人が一人いた。

 

 

「ゼリムさん! 大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「お、オカ様……こいつはダメです、こんなものを撃ってたら身体がぶっ壊れちまいます……」

 

 

極端に怯えるゼリム、2発目以降も撃てそうにない。これ以上無理させるわけにもいかないので、彼を慰めて工房に戻るように勧めた。

 

 

「大丈夫かい?」

「ええ、ゼリムさんが少し怯えていたようです」

「彼がかい? 彼は工房で働いていると言うあの……」

「そう、彼です」

「おかしいな……彼は騎士団の所属じゃないが、他の非騎士団出身者でもあそこまで怯えたりはしない……」

「まあ、人によって向き不向きはありますし、仕方ありませんよ」

「だな」

 

 

一応他の非騎士団出身者にも話を聞いたが、どうやら彼らは予備役だったらしい。火縄銃が誕生した当時、国中で話題になったので、憧れがあったらしい。

 

と言うことは、ゼリムは騎士団に所属していた経験がないのだろう。怖がらせてしまって申し訳ないと思い、今度謝る事にした。

 

 

「ふぅ……終わった終わった……」

「あ、サフィーネさん」

「ああ岡、私の訓練は終わったぞ」

 

 

少し疲れた表情のサフィーネが、岡に話しかけてくる。

 

 

「なあオカ、銃って意外と重いんだな。反動もすごいし、煙も目に痛いし、私は何だか弓矢でいい気がするよ」

「いやいや、銃は弓矢と違って貫通力に優れますし、風の影響をほとんど受けません。そして銃は、なんと言っても手軽ですから」

「手軽? 装填に時間が掛かるのに?」

「銃の改良が進めばそれも解決しますし、煙も立たなくなりますよ。いずれは連射もできますし、弓矢より何十発も持ち歩けます」

「そうか……命中率が高くて何発も持ち運べて、簡単に装填できるなら確かに強いな」

 

 

ちなみにサフィーネは試験の結果、ショットガンなどの近接銃器が得意だと判定がついた。元々の戦い方が遊撃隊である事を考えれば、妥当な試験結果だろう。

 

彼女がショットガンを持って遊撃隊長になれば、かなり高度な戦い方ができるだろう。陣形などを組まずにチームで敵に当たる遊撃部隊は、元々現代戦の戦闘方法に近い。

 

 

「さて、試験も訓練もまだまだ始まったばかりだ。明日も頑張らなくちゃ」

 

 

今日1日で訓練できたのは、まだ2万人程度である。使った弾薬などはラボーレオ区が生産してくれるらしいが、彼らが過労しないかどうかが唯一の心配だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

マルノーボ区

 

 

セントゥーロ区の北側フォンノルボ区とを隔てるこのマルノーボ区は、ノーバルボ区に比べて建築物が古びており、人口は多いもののあまり裕福ではない。

 

いわゆる「スラム」と化しており、最近では難民も押し寄せて空気がピリピリしている。この市街地は夜中、ジメジメとして暗闇に包まれるが、現在は厳戒態勢であるためあちこちに魔石松明が焚かれていた。

 

 

「──はい、そうです……あの銃というのは危険です。あんなものを扱うこの国の下等種族どもは、もはや──」

『貴様はどこまで愚かなのだ!……下等種族の銃の性能など知っておるわ!!』

「えっ、えぇ……」

 

 

古民家には地下室があり、古く涸れた下水道が近くに通っている。この下水道からフォンノルボ区に向かってトンネルが掘ってあり、それはノルミストミノ区にまで続いていた。

 

トンネルにはやや太く黒い線がいくつか走っており、片方には魔道通信機が、ノルミストミノ区側は地上の魔導力機とアンテナへと繋がっている。

 

 

「で、ですがダクシルド様……」

『くそっ……! ようやく連絡をよこしたと思ったらそんな事か……ビーコンの位置は? 敵の戦力は予測できたのか?

「いえ……どちらもまだです……」

『〜〜……つくづく使えない奴だな……! とっとと下等種族の国を滅ぼさなければ私の命が危ないのに……!』

「そ、そう仰ってもら兵士たちの宿舎や王城の周辺には衛兵がいたんです。簡単には近づけません……それに、何故だか常備軍が少なくなっている気がします……」

 

 

これは岡のスパイ対策だった。こちらが戦力を強化している事をなるべく知られないため、総兵力を誤魔化しているのである。元々、エスペラントで総兵力を知っているのは一部の関係者だけなので、それが助かった。

 

 

『何故そんな簡単な潜入もできんのだ! 相手は未開の地の猿だぞ! ……ああ、貴様も未開の地から出てきたんだったな』

「…………」

『よく聞けゼルスマリム。3日後に鉱山区の隣、北の水源区を攻める。北の水源から貴様の仮住まいのある旧市街を隔て、王城のある区まで一直線だ。前回と同じ戦力しか出さんが、さすがに下等種族共も本気で抵抗してくるだろう。その時に、敵の総兵力を探るのだ』

「承知しました……」

『それと、例の空からの闖入者というのは一体何者だ? 素性は分かったのか?」

「彼は帝政天ツ上陸軍と言う組織の人間だそうです……」

『天ツ上だと? 確かか?』

「間違いありません。的当て勝負でも、そう自己紹介していました」

『……分かった、この事はノスグーラにも伝えておく。もし妙な事をするなら、すぐに連絡しろ』

「はい」

 

 

無線通信が切られる。

 

 

「腹……減った……」

 

 

闇の中、まるで昼間のように動き回る男は、貯蔵庫から何かを取り出し、調理もせずにかぶりつく。

 

 

「食料、また集めないと……」

 

 

それはオキストミノ区、ノルミストミノ区の戦いで戦死し、回収や埋葬もされなかった王国兵の遺体だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

バグラ山

 

 

ゼルスマリムへの指示を終え、無線機を切るダクシルド。通信室から出て会議室へと向かう。夜も更けていたが、部下たちはゼルスマリムから通信があったと聞いて集まっていた。

 

 

「ダクシルドさん。ゼルスマリムはなんと?」

「ビーコンについても偵察についても何も進展なし、これは予想通りだったが……」

「まずいですね……魔王からエスペラント攻略を催促されています、これ以上遅れると……」

「くそっ……あの無能魔族め……」

 

 

ダクシルドらは悪態をつく。

 

 

「ホッホッホ……たかが下等生物如きに随分と苦労しているようですなぁ?」

 

 

と、会議室にいつの間にかお呼びでない人物の声が響いた。

 

 

「!? お前はマラストラス……!」

「何を手間取っているんですかぁ? 相手は高々下等生物、魔帝様の末裔である貴方たちなら、簡単に落とせるはずではぁ?」

「ぐっ……」

 

 

──この場に小銃の一つでもあれば、今こいつを殺してやっていると言うのに……

 

 

アニュンリールから持ち込んだ武器は、ノスグーラによって全て破壊されていた。そのため、彼らにマラストラスやノスグーラに対抗する術が無かったのだ。

 

 

「まあ、援軍を与えてやっているんですから墜ちるのは確実でしょうが、随分と遅れているみたいですねぇ?」

「……不確定要素があったからな」

「不確定?」

「……空から闖入者が出たと言う話だ。奴によって、南門に行かせた威力偵察部隊の鬼人族が一人倒されている」

 

 

ダクシルドは嘘は言っていない。ゼルスマリムからの報告は信じられないが、鬼人族がやられた事は事実だからだ。

 

 

「ホッホッホ……そんな下等生物の不確定要素に怯えていているようでは、やはり魔帝様の末裔を名乗るほどでもありませぬなぁ……」

「なんだと……?」

「まあいいでしょう。魔王様はそろそろ我慢の限界です、せいぜい早めに攻略する事ですね」

「ぐっ……」

 

 

ダクシルドは何も言い返せず、マラストラスが扉から去っていくのを見ていくだけであった。監視役である以上、奴には逆らえない。

 

 

「釘を刺されましたね……」

「……とにかく3日後、北側の水源区にもう一度威力偵察を送るぞ。数を増やせる余裕はないが、それで鬼人族を倒した奴が何者なのか、判別できよう」

 

 

ダクシルド達は話を終え、翌日に備えて休む事にした。



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閑章第21話〜王国の反撃〜

 

 

中央暦1639年12月14日 グラメウス大陸南側の海岸 

 

 

「なんとか揚陸できたな」

 

 

艦隊から前線基地のできた海岸線を見つつ、八神武親中将が呟いた。艦隊は流氷を避けて海に着水し、長く続いた航海の疲れを癒すように充電している。ここら辺の魔物達は掃討され、完全に天ツ上軍の揚陸地点になっていた。

 

 

「この先は雪深いです。しばらくは吹雪くそうなので、索敵機や戦空機は飛ばせませんね」

「ああ……見つかる頃には日れるといいんだが……」

 

 

田中の言う通り、グラメウス大陸はここのところずっと吹雪が降りしきっていた。そのため、しばらく艦載機は飛ばせない。

 

 

「陸上から『向日葵』を探すしかないな。飛空艦は引き続き雲の上から索敵を、誤っても乱気流が吹き荒れる雲の中に突入するなよ?」

「はっ!」

 

 

海岸では寒冷地に合わせてトラックにチェーンを巻き付けたり、ブルドーザーで雪掻きをして地ならしをしている。数日間かけて魔王軍を掃討し、整えた陣地は、今や基地としての役割も持つ。

 

 

「よし! 大隊前進!!」

「戦車隊! 前へ!!」

 

 

地上では、百田率いる地上部隊の大隊が前進を開始した。その上空を、頑丈な巡空艦が飛び立っていく。彼らは乱気流に巻き込まれぬよう、雲の上に飛び立って電波を探る。

 

聖アルディスタの御旗を掲げ、聖なる軍隊は前進する。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「それは一体どう言うことだ!!!」

 

 

魔王城にて、魔王ノスグーラが大声を上げて怒鳴り散らかす。その声は怒気を孕み、城全体が揺れたのではないかと思うほどの響きであった。松明は揺れ、城の柱にヒビが入った。

 

 

「南側の造船基地が奇襲を受けてやられるなど、有り得ぬ筈だぞ!!」

「し、しかし魔王様……これは事実にございます……」

「たわけが!!」

 

 

更なる大声が周りを揺らす。魔王の喉は枯れることはないが、それでも彼の出せる限界まで大声を出したと思われる。

 

 

「しかも敵と思わしき人間共に上陸されただと!? 人間共が反撃をするわけなかろうに!! 敵は何奴だ!? トーパの地の種族間連合か!?」

「そ、それが……」

「なんだ!?」

「斥候は送ってはいるのですが……わずかな情報も掴めずに殺されてしまうのです……」

「なんだと!?」

 

 

魔王軍にも斥候の概念がある。そのため、魔王軍は上陸してきた敵に対して索敵を送ったが、隠れる場所は焼き払われており、唯一残った高台も天ツ上軍の兵士によって守られていた。そのため、斥候は必ず殺されてしまうのである。

 

 

「なので……敵は不明です……」

「グヌゥゥゥゥゥ……フンッ!!」

「!?」

 

 

と、怒りに耐えきれなくなったノスグーラは、その報告を行なっていたオークの頭を拳で握りつぶし、子供のような八つ当たりをした。

 

 

「マラストラスよ……」

「はい」

 

 

一方のマラストラスはそんな光景を見慣れているのか、平常心であった。

 

 

「食糧農園の制圧はどうなっている……?」

「はっ、少々遅れましたが、数週間以内に総攻撃を開始するとの事です」

「分かった……総攻撃には我も加わろう。あの役立たずの自称光翼人は役立たん……!」

「分かりました、伝えておきます」

 

 

魔王軍のエスペラント攻略の準備は、着々と進んでいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年12月16日

 

 

朝になり、岡はこの日予定より早くできたと言う新火薬と銃器の視察に行く予定だったが、急遽王城に呼び出された。

 

と言うのも、北から接近する敵部隊が発見され、その対処のために作戦会議への参加を要請されたからだ。なので、朝からベージュの戦闘服である。

 

 

「おお、オカ殿! 朝からすまないな」

 

 

王が立ったまま出迎えの声を上げ、他の将軍達もその場で礼をする。数日ぶりの作戦会議室は相変わらず雑然としていて、岡が現場で頑張っている間もあらゆる進攻ルートの想定に奮進している事が伺える。

 

 

「おはようございます。敵の数は分かりましたか?」

「それが妙なのだ……相手は黒騎士1、オークキング10、ゴブリン200だと報告が上がっている」

「前の南門襲撃部隊と同数……確かに妙ですね」

 

 

前回は『向日葵』墜落現場である南門への威力偵察、それなりに筋が通っていた。しかし、それを撃退した以上はもっと大戦力を率いてきても良いはず、前回の消耗の割りに合わない。

 

 

「敵はどこを襲撃すると見ていますか?」

「多分だがフォンノルボ区だろう。鉱山区に巣食う魔物、魔獣達に動きがあったのだ。それぞれ隣接する区からの侵入を防ごうとするように固まっている」

 

 

南を襲撃した時と同じ数、同じ戦力で今度は北側を襲撃しようとしている。普通に考えれば、戦力を消耗するだけの無駄な悪手だ。

 

 

「もしかしたら……自分の存在が正しく伝わっていないのかも知れません」

「やはりそう思うか。こんなチマチマした戦い方、鉱山区を陥落させた相手とは考えられん」

「自分の考えですが……この作戦を指示した人物は魔王でありません、おそらく別人……戦闘の素人です。南門で正確な偵察が出来なかったので、今回も同じ数で様子を見ているものと思われます」

「それでは、国内にいるであろう問者も案外無能かもしれんな」

「おそらくは」

 

 

岡はダクシルドの戦略、戦術的な音痴ぶりを見抜いていた。再度の威力偵察には「所詮下等生物の集まり」と言う侮りが見えており、最終的に滅亡させて魔王から逃れれば、過程などどうでも良かったのである。そのせいで、魔王から無能ぶりを看破されているが。

 

 

「では今回もオカ殿の力を借りて……」

「いえ、それはまずいです」

 

 

岡は王の発言を否定した。

 

 

「多分今回はこちらの戦術を正確に評価するために専用の観測員を配置しているでしょう。もしそこから自分が戦闘の中心に立っていると分かれば、自分だけを警戒し、自分以外を狙うようになると思います」

 

 

それもそうだ。さらに言えば、岡が脅威だと分かれば問者に暗殺される危険性もある。岡は王国の秘密として秘匿しておくべきだ。

 

 

「黒騎士を倒したのが何なのかは分からないうちは、相手はこちらに手出ししにくくなる……時間を稼ぐためにも、自分は出ない方がいいです」

「そ、それでは今回の黒騎士は我々だけで対処するのか?」

「陛下、ご心配なく。自分には考えがあります」

 

 

岡はそう言うと、編成表を見せてニヤリと笑った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

フォンノルボ区 西門北区防衛隊 騎士詰め所

 

 

王国民から『北の水源』と呼ばれているフォンノルボ区は、王国西側に水を供給する、王国の生命線の一つだ。セントゥーロ区までマルノーボ区を挟んであと一区画、と言うことで騎士団はここを死守しなくてはならない。

 

オキストミノ区、ノルストミノ区を放棄せざる負えなくなった辛酸を、再び舐めることは避けたい。ここを岡無しで死守しなくては、王国は成長しないだろう。

 

 

「オカ殿、今回の敵は威力偵察と聞いているが、本当なのか?」

 

 

エスペラント王国騎士団長総長モルテスは、隣で兵士に扮するオカにそう言った。オカはいつもの目立つ戦闘服ではなく、エスペラント王国騎士の格好をして変装している。これも、作戦に岡がいる事を隠すための措置だ。

 

 

「はい、前回の南門防衛隊が当たった数と全く一緒の数です。作戦を立てれば、脅威ではありません」

「しかし、あの黒騎士がいると聞いている。あれは単体で何十、何百と怪我人や死人を出す怪物だ。オカ殿が出なくて本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫です。その黒騎士を倒すために、秘策を用意していますから──ですよね? ザビルさん」

 

 

と、名前を呼ばれた後ろの甲冑男が手を上げた。

 

 

「な!? ザビル殿!?」

 

 

モルテスが声を上げる。彼は普段の銃士としての軽装ではなく、フルプレートに身を包んでいた。兜で顔を隠していたので、誰も気づかなかった。

 

 

「ふぅ、重騎士や槍騎兵の諸君はいつもこんな重い武装で動いているんだね。全く感心するよ」

 

 

彼は兜を脱ぎ、汗まみれの顔から髪の毛を鬱陶しそうに振り払う。

 

 

「どうですか? 鎧の具合は?」

「動けなくはないね、さすがは名工デジーンの逸品だ」

「デジーンの鎧!?」

 

 

鍛冶職人デジーンの鎧は、銃工ランザルが手がけた銃に並ぶ価値がある。何層もの金属を重ねて打ち、焼入れをして最適な強度としなやかさに仕立て上げている。今回、ザビルが鎧を着て出撃するので、特別に用意してもらったのだ。

 

 

「オーダーメイドではないからピッタリではないが、近いサイズがあって良かったよ」

「何故そんな重装備を……」

「今回の作戦では、彼に私の代わりとして出撃してもらいます。敵が我々の戦いを監視しているかも知れないので」

 

 

岡はモルテス達に今回の敵の偵察目的と、作戦目的をモルテス達に伝える。

 

 

「──つまり、導きの戦士の存在を秘匿して、『我々が黒騎士を倒す方法を見つけた』と思わせないといけない、と?」

「そうです、それもなるべく苦戦を装って。今回は黒騎士に対する重騎士を多めに配置して防御を厚くし、被害を最小限に食い止めます。そのために、西門南区の防衛隊からも少し援軍を呼んでいますが。戦術はこうです」

 

 

岡は今回の作戦の概要を説明する。黒板に人型の絵を描き、その周囲を取り囲むように4人の重騎士を模した絵を描く。

 

 

「黒騎士の動きを四方から封じ、もし一人が負傷したら3人がシールドバッシュで気を逸させる。敵のスタミナが落ちてきたら、重騎士に守られたザビルさん達を近づけて、斜めから銃撃します」

「なるほど……ザビル殿が鎧を着ているのはカモフラージュか」

「武器が銃だとバレても良いんですか?」

 

 

モルテスの部下が質問する。

 

 

「敵は我々が銃を所持していることは知っているはずです。ですが、今までの使い方ではダメです。銃は本来、槍兵などの前線に立つ人間にこそ持たせる武器です」

 

 

エスペラント王国は長らく原始的な魔物や魔獣だけを相手にしてきた。そのため、銃は弓矢の延長だと思われていたのだ。それに、数で押してくる魔物達に対しては、弾数が限られている銃や弓よりも、剣などでの白兵戦の方が有効だったのも大きい。

 

 

「この戦争を乗り切れば、レヴァームや天ツ上との付き合いが始まるでしょう。矢弾を気にする必要もありません。敵には前線に消耗武器を持ち込む事を覚えた、と思わせて、相手は覚悟を決めていると考察させるのです。そうすれば、こちらの準備も整います」

「では……これを耐え切った後は……」

「そう、全面戦争が控えています」

 

 

フォンノルボ区とノルミストミノ区を隔てる城壁の門前に、騎士団総長モルテス・ペレントリノ率いる西門防衛隊が集結した。

 

重騎士800

剣士1500

槍騎兵500

遊戯兵200

魔術師600

銃士300(マスケット持ち)

 

このうち、重騎士500、剣士400、遊戯兵50、魔導師200、銃士50がノルミストミノ区とオキストミノ区に突撃、敵威力偵察部隊と衝突する。残りは二つの鉱山区に隣接する3つの区に振り分けられ、防衛に就いている。

 

 

「来たぞ─────ッ!! 敵襲─────ッッ!!」

 

 

城門の上で見張員が叫ぶ。

 

 

『よし、門を開けろ』

 

 

モルテスは城壁の上で、魔法通信で指示を出す。モルテスは岡からの伝授で、総司令官が前線に出ないように言われている。本人は報告が入ってから決定権を行使するだけの存在で、こうしてよく見える位置から指示を出すのもかなり異例だそうだ。

 

だが今まで騎士団西門防衛隊はモルテスの指示に従ってきたので、これから近代化していく為の第一段階として、まずはモルテスが安全な位置から指示をする。

 

 

『黒騎士が先頭の陣形だ。魔狼に乗っている。右翼、左翼のオークキング、オークが脇を固めている。重騎士隊、鶴翼の陣!』

「鶴翼! 黒騎士が来るぞ! 構えろ!!」

「第二から第4中隊は前進! オークキングを止めろ!!」

 

 

魔狼に乗った黒騎士が、勢いそのまま突っ込んでくる。

 

 

「──オオオオオォォォォォォッッ!!!」

「耐えろ────っ!!」

 

 

今回の黒騎士は、長大な刀を握っていた。魔狼が先頭の重騎士に突撃したかと思えば、黒騎士はその直前に飛び上がり、重騎士の上空から刀を振り下ろす。

 

 

「……!!」

 

 

銃騎士達はその動きを読み、頭上に盾を構えて刀を弾く。バランスを崩した黒騎士は、そのまま地面に落下する。すぐさま大勢を立て直した敵だったが、周囲を盾でぐるりと固められた。

 

 

「俺たちが相手だ!!」

 

 

4人の重騎士が進み出て、一気に距離を詰める。黒騎士が攻撃するが、刀に狙われた重騎士は攻撃の軌道に沿うように盾を構えた。彼らは黒騎士の攻撃を、弾くのではなく受け流す事をアドバイスしていたのだ。

 

圧倒的な膂力に耐えるほどの防御力を誇る重騎士でも、耐え続けるのは難しい。重騎士の体力の問題もある。だが力を受け流して方向を変えるだけで、消費する体力は随分と軽減される。

 

さらには、攻撃した後の黒騎士には隙が生まれる。その隙に背後から片手剣で一撃を与え、体力を削るのだ。

 

 

「なるほど……初撃を防ぎきって囲んでしまえば、こちらの隊列も乱されることはない、か……」

「はい、ですが決定打に欠けます。数発食らうと装備が保たなくなりますし、早く蹴りを付けないと負傷者や死者を生んでしまいます」

「その為のザビル殿だな?」

「はい」

 

 

岡の言う通り、重騎士の入れ替わりはかなり激しい。仲間が入れ替わり立ち替わりで持久戦をしようとしているが、このままではかなり不利である。

 

 

「私も現場にいられたら……しかし、こうして客観的に見ると様々なことが勉強できる……戦場を3次元的に見るとはこう言うことか……!」

 

 

オークキングは重騎士、剣士、魔導師の混成部隊で相手をし、一体ずつ確実に削っている。遊撃隊と銃士達はゴブリンに当たり、急速にその数を減らす。

 

一方のザビルは、これまで城壁の上から狙撃するのが仕事だったのでかなり緊張をしていた。装備として九式自動小銃を持っているが、もしもの時の為に岡からコブラマグナムを借りていた。腰のホルスターにその銃を持ち、その感触を確かめる。

 

 

──オカ殿はいつもこんな緊張の中で戦っているのか……

 

 

この前の余興的当ての中、色んな話を聞かせてもらった。岡がライバルだらけだと言っていた真意は言葉通りの意味で、岡のような訓練を積んだ者が彼の国やレヴァームには何十万人といるらしい。

 

その中にはザビルのような死神のような狙撃手や、何度も何度も死地を彷徨っては生き残って敵を撃ち倒してきた不死身の兵士もいたりと、世界の広さを聞かされた。

 

もし生き残れたら、もしこの戦いに生き残って岡の国に行けたら、そんな人々に会ってみたい。平和を愛する民族の、素晴らしい国だと語っていた。あんな勇敢な男が自慢するほどだ。実際行ってみたら本当にいい国なのだろう。

 

 

『ザビル殿、前へ!』

「了解!」

 

 

盾を持った重騎士を装って、輪の中心へと移動する。黒騎士を取り囲む重騎士の輪は徐々に姿を変え、射線を意識する。

 

 

「……!」

 

 

間近に見る黒騎士の一撃。それは強烈な一撃であり、これからあの猛獣のような敵と戦うのかと思うと足がすくみそうになる。

 

 

──あよ化け物相手に……重騎士は一歩も引かず……なんという度胸!

 

 

ザビル内心で彼らに尊敬の念を抱く。2メートルを超える体格を持ち、獣以上のパワーを兼ね備えた怪物。己の手には、岡から借りた自動小銃。見上げるように狙いを定め、歩いて調整する。

 

 

「モルテス殿、これで本当に疲れているのか!?」

『ああ! 明らか動きが鈍っている、今しかない!』

「本当か……!?」

 

 

距離が近づくにつれ、その巨体が目からはみ出る。いつ飛びかかられてもおかしくない。護衛の重騎士を信用してはいるが、横なぎの一撃で殺されそうだ。

 

 

──何を怖がっている! オカ殿もこの化け物に突撃したんだ……王国最強の銃士である私が怯んでどうする!

 

 

全身から汗が噴き出る。鎧の暑さではない、革のベルトに締め付けられた部分はじんわりと冷たく感じる。

 

刹那──ザビルの目線と黒騎士の目が合った。

 

 

「オオオオッッ!!」

「!!」

「ザビル様危ない!」

 

 

黒騎士は何かに気づき、飛び上がって包囲網を脱した。そして、長刀を振りかざしてザビルを狙う。

 

 

「ぐわぁっ!」

 

 

ザビルへの攻撃は仲間が防いだが、その彼に突き飛ばされてザビルは地面を転がる。岡から借りたマグナム拳銃がホルスターから飛び出て、地面を転がった。

 

 

「私は……オカ殿に任されたのだ!」

 

 

しかし、ザビル幸いにも小銃は手放していない。ザビルはなんとか立ち上がり、追いついた重騎士の包囲網に挟まれた黒騎士に向け、狙いをつけた。狙うはサークレット、その一点のみ。

 

 

「喰らえぇぇぇぇ!!」

 

 

ザビルはその一点に向け、引き金を絞った。マスケット銃に比べて小さく、それでいてハイパワーな爆裂が、銃弾を放った。必殺の一撃がサークレットの魔石を直撃し、粉々になって地面に散らばる。

 

そう、岡は前にヤンネと話した時に、鬼人族を操っているのがこのサークレットだと知った。そのため、これさえ破壊すれば黒騎士は無力化できると考えたのだ。その憶測は、見事に的中した。

 

 

〈うぐっ……〉

 

 

黒騎士は撃たれた衝撃で仰向けに倒れ、そのまま気を失った。

 

 

「や……」

「やったぞぉぉぉぉぉぉ!!」

「「「うおおおおおおお────ッッ!!!」」」

 

 

重騎士たちが咆哮をあげる。今まで岡以外に倒せなかった黒騎士を、自分たちだけで倒した。それだけでも、士気を上げるには十分すぎた。

 

 

「さすがザビルだ! 王国最強の銃士だ!!」

「黒騎士だってサークレットを壊せば怖くねぇ! 導きの戦士様の言ってた通りだ!!」

 

 

当のザビル本人は膝を折り、九式自動小銃を取り落としそうになる。

 

 

「はは……全面戦争前に経験しておいて良かったよ……」

 

 

その感情は、安心で満ち溢れていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

戦場のど真ん中で、先程の黒騎士の戦闘経過を見ていた者がいた。鬼人族の男、彼は軍団に混じってこっそりと侵入していた。それを可能にしていたのは、仕組みがわからない謎の透明マントだ。

 

このマントはダクシルドが持ち合わせていた物で、彼から付与されていた。魔法によって光を遮断し、周りから透明に見えるマントだ。これを使えば、敵地偵察も戦場のど真ん中でできる。

 

 

「……なるほど、いくら烏合の衆と言えど、死の窮地に立てば戦術を閃くのか」

 

 

岡の予想通り、彼は戦場で黒騎士がどうやって倒されたかを観測する為に観測員が派遣されていた。彼の目の前で黒騎士が倒れ、王国側が勝利する。

 

透明マントの男は黒騎士が倒される際に、ザビルの銃を見ていた。発射炎が小さく、音も締まっている銃だが、王国の新型銃であることは確かだ。経緯はわからないが、あれが開発されたことで銃を至近距離で放つことを覚えたのだろう。

 

 

「ん?」

 

 

と、透明マントの男はザビルの近くの岩陰に身を隠していた。すると足元に何やら黒色の銃を見つけた。どうやらピストルらしく、黒のフレームに木のグリップがある少し変わった銃だ。

 

 

「貴重なサンプルだ、ダクシルド様へ持って行こう」

 

 

透明マントの男はそのピストルを手に取り、透明のまま去っていった。王国騎士団は戦闘に夢中で、彼の気配に気付いた者はいない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ん?」

 

 

と、ザビルは岡から預かっていたマグナム拳銃が無くなっていることに気付いた。

 

 

「まずい……さっき吹き飛ばされた時に失くしたか……」

 

 

あれは岡から預かった、大切な物の筈。失くすなんてとんでもない。ザビルは鎧を脱ぎ、身軽になってそこら中を探した。が、マグナム拳銃は見つからなかった。

 

その後、黒騎士が倒された事で魔獣たちが怯んだ。ノルミストミノ区とオキストミノ区に巣食っていた魔物たちにも影響を受けた。その時を見計らって、二つの区への魔物掃討作戦を開始した。

 

この機に乗じて二つの区を奪還しようと決意したのは、騎士団総長モルテスだ。彼の指揮の下、隣接する区から残りの兵士たちが雪崩れ込み、魔物たちを駆逐していく。

 

次いでドワーフの石職人たちが、大きな岩を抱えて突入する。ノルミストミノ区とオキストミノ区を隔てる城壁を石で埋め、これ以上の侵入を防いだ。

 

 

「「「「エスペラント王国万歳!! 導きの戦士万歳!!!」」」」

 

 

モルテス達はこの後夜まで続いた鉱山内の魔物掃討戦に移り、ゲリラ戦をしていた魔物たちを駆逐していった。洞窟の中で待ち構えるゴブリンやオークに向け、試作品のダイナマイトまで投げ込んでの徹底ぶりだ。 

 

そして、次の日には二つの区の都市機能を完全に回復させた。報告を聞いた各区、そして城内では久方ぶりの勝利に沸き、お祭り騒ぎとなる。

 

 

「これが……戦争……」

 

 

しかし、岡は状況を楽観していられなかった。

 

 

「この先俺が動くたびに、もっと犠牲者が出る……」

 

 

騎士団側にもそれなりの被害が出ており、死人もいる。

 

 

「……この国の運命が俺にかかっているのに、なんでこうも弱気なんだ……」

 

 

岡は覚悟ができていなかった。自分のせいで、この国の人々に死者が出てしまうのが、恐ろしかったのだ。



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閑章第22話〜王国の新たな力〜

 

 

「なんとか終わりましたね」

 

 

岡はモルテスにそう言い、今回の戦いの事後処理を手伝っていた。

 

 

「ああ、今回の戦いは王国にとって重要な勝利となるだろう。オカ殿、感謝している」

「いえいえ、私ではなく皆さんで掴んだ勝利です」

 

 

岡は決して奢ることがない。しかも、こういった戦果に対して誠実である。

 

 

「!? ああ、オカ殿!!」

 

 

と、ザビルが声をかけてきた。彼はいつの間にか鎧を脱いでおり、焦ったかのようにこちらに走ってきた。

 

 

「オカ殿! すまぬ!!」

「!? え、えぇ!?」

 

 

いきなりザビルが頭を下げて、思いっきり謝罪をしてきた。岡はいきなりの事で、戸惑ってしまう。

 

 

「オカ殿……貴殿から借りていたあの拳銃……吹き飛ばされた時に失くしてしまったようだ……」

「あ、あぁ……アレですか?」

 

 

彼の説明によると、戦闘が終わった後に重騎士全員であたりを探して回ったが、全く見つからなかったという。せっかくの借り物を喪失してしまったので、ザビルは責任を感じて謝ったのだ。

 

 

「そんな、良いですってアレは。あんまり高い物じゃないですし……」

 

 

実際、コブラマグナムは天ツ上の平均月収の6分の1ほどの値段で売られている。戻った時にまたいつでも買えば、それで済むのでザビルが失くしたとしても気にしていなかった。

 

 

「いや、オカ殿から預かった物を失くしたのが問題だ……本当にすまない!」

「良いですって、大丈夫ですよ」

 

 

岡はザビルを励ましつつ、銃が無くなったことを不審に思っていた。魔獣との戦闘で、銃が無くなることはない。ならば、誰かが持ち去った可能性があるかも知れない。

 

 

──もしかしたら……敵の観測者が……

 

 

岡の警戒は、的を得ていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年12月16日

 

ノルミストミノ区を透明マントで偵察していた鬼人族が戻り、ダクシルドは書斎で報告を聞いていた。それによると、エスペラントの兵達は銃を至近距離で撃つことを覚えたらしい。

 

 

「流石に貴様らでも、マスケット銃は致命傷か……」

 

 

マスケット銃の威力はかなり高く、命中さえすれば100メートル以内であれば鎧を余裕で貫通する。いくら生物離れした剛力を持っていても、有機質の肉体の耐久性にはやはり限界がある。

 

 

「しかし、それならば偵察部隊を送るまでもなかったな。その程度なら全軍で攻め込めば良さそうだ」

 

 

この時、ダクシルドは鉱山区を二つ落としているので生産力に打撃を与えていると思っていた。そのため、これ以上銃器は量産できず、全軍で数で攻め込めば行けると思っていた。

 

しかし、偵察に赴いた鬼人族は「鬼人族がどのように倒されたのか見てこい」と命令されていたので、投入された鬼人族が戦闘不能になった時点で引き返してしまった。その為、鉱山区が二つとも取り返された事に気づいていない。

 

 

「しかしダクシルド様、偵察に向かわせた者がこんな物を持ち帰っております」

 

 

しかし、その侮りも今日までであった。

 

 

「何だこれは?」

 

 

斥候が持ち帰ったマグナム拳銃が、ダクシルドに差し出される。黒いフレームに木のグリップ、引き金もある明らかな拳銃であった。

 

 

「これは?」

「はっ、黒騎士を直接倒した銃士が持っておりました」

「何!? あの国の人間のだと!?」

 

 

ダクシルドも彼らの銃器の性能を知っている。それによると、科学式のマスケット銃が限界であり、それ以上の連発銃などは生み出されていないと聞く。

 

 

「あいつらの銃器はマスケットが限界ではなかったのか……?」

 

 

しかしこれはどうか、アニュンリールにも魔導式の拳銃があるが、この銃器にはきちんと薬莢があり、回転式拳銃にしては良く出来ていた。あの国の人間が作れるとは思えない。

 

 

「はい、この他にも見慣れぬ銃器を装備しておりましたので、新しい銃器を作ったと考えるべきでしょう」

「なんだと……」

 

 

ダクシルドはいよいよ危機感を覚える。こんな物を持っていると言うことは、あの国は銃器に関してかなり急成長を経ている事が()鹿()()()()()()()

 

 

「誰かが協力し始めたのか……あるいは……」

「どういたしますか?」

「バハーラ、取り敢えずは総攻撃を31日に延期しろ。それまでに入念に全軍の訓練を行なっておけ」

「承知しました」

 

 

書斎からバハーラ達が退室する。ダクシルドは拳銃を持ったまま、それを証拠として会議室に赴く。入室してすぐ扉を閉め、今度はマラストラスが居ない事を確認する。

 

 

「コレなんですか?」

「未開の野蛮人達が持っていたと言うらしい」

「本当ですか?」

 

 

会議室で技術に詳しい部下に拳銃を渡す。彼はそれを舐め回すように眺め、シリンダーを開いて弾薬を確認した。

 

 

「どうだ?」

「これは……火薬を使った科学式の拳銃ですね。装弾数は5発ですが、普通の弾より多く火薬が詰められているので、一発の威力が高そうです」

「やはりな……今までの未開人の水準では作れん代物だ。明らか、外部の誰かが手を貸しているに違いない」

「では……鬼人族を倒す戦術を生み出したのも……」

「ああ、おそらくはそうだ。考えられるのは……空からの闖入者だな」

 

 

あれからゼリスマリムに空からの闖入者に関して調べるよう命令をしたが、まだ連絡がない。そのため、そいつに関する情報は少ないのだ。

 

 

「奴は天ツ上と言う国の人間だと聞いたが……心当たりはあるか?」

「天ツ上と言えば、レヴァームという国と一緒にパーパルディアと戦争をしていると聞きましたね。分かっているのはそれくらいです、ずっとこの情報の入らない地で仕事していましたからね……」

 

 

彼らは長らくグラメウス大陸にて仕事をしてきていた為、外の情報が入っていない。レヴァームと天ツ上も、アニュンリールには接触していないので、お互いがお互いを知らない。

 

 

「おそらく水源区は落せていないな……やはり、あれの封印を解かねばならんか……」

「よろしいので?」

 

 

部下がダクシルドに対し、茶を注いだコップを差し出す。熱い茶を冷まし、一口を口に含んでため息を漏らす。

 

 

「これは万が一の保険だ。闖入者のせいであの国が強化されているなら、正攻法では太刀打ちできんだろうしな」

「ですが、魔王にバレたらとんでも無いことになりますよ?」

「火山の奥深くだから、マラストラスにはバレんだろう。それに、魔王を出し抜いて暴れているうちに、我々が逃げ出す寸法にもなる」

 

 

しかし、魔王から逃げ出すには一つ問題がある。

 

 

「逃げ出すにしろ、マラストラスの監視の目があるのが問題ですね……何か武器があれば、話が変わるんですが」

「いや、我々には武器があるではないか」

 

 

と、ダクシルドは鹵獲したコブラマグナムを掲げて見せた。弾は5発フル装填してあり、引き金を引くだけで撃てる。使い方は、物の用途を読み取る魔法で学ぶことができる。

 

 

「分かりました、解除には2週間ほどかかりますが……」

「それで良い、なるべく早くするんだぞ」

 

 

そして彼らは火山の奥深く、その謎の空間にて作業を開始した。その奥底には、封印されし厄災が眠っている。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ヒトに擬態したゼリスマリムが、炎の揺らめく道をふらふらと歩いていた。彼はこの前ダクシルドに、とある追加命令を下された。それは、フォンノルボ区襲撃の連絡と、その混乱に乗じてレガステロ区へ潜入せよというものだった。

 

 

「あれ……?」

 

 

当初は王城の真北を攻めるなら、王城からも兵を出すだろうと思われていた。が、待てども待てども兵士達は加勢に行く様子がない。ずっといると怪しまれるので、仕方なく退散した。

 

戦況を知ろうにも、戦闘している区は立ち入り禁止。城壁に登ろうにも、そこも立ち入り禁止。やっと戦闘が終わってノルミストミノ区へ向かったが、そこはなんと魔物の気配が消えていた。

 

何らかの方法で、岡抜きで威力偵察部隊を退けたに違いない。それに気づいた時、ゼリスマリムは恐怖を覚えた。人類は急速に学んで、発展し、進化している。長寿を誇る魔族は、進化も発展も遅い怠惰な生き物だ。

 

これをダクシルドにどう報告すればいいのか分からない。あの嫌味ったらしい叱咤はもう聞きたくない。なのに逃げ出そうにも逃げ出せない。

 

当初はここは楽園かと思ったが、「人類が束になると影竜よりも怖い」と考えを改めた。昔は人間を見下し、傲慢な魔族の一員だったゼリスマリムも、人間に対する恐怖が生まれていた。

 

しかしただ一人、岡だけは違った。

 

ダクシルドに王国の外から来た人間と接触を図れと命令された時、初めは恐ろしかった。ザビルよりも優れた射撃の腕を持ち、王国の人々から称賛と期待を集めた人間。どんな傲慢できつい性格をしているか、と思っていた。

 

しかし、岡はその先入観とは全く違っていた。銃に驚いて震えても、岡はそれを責めたりしなかった。それどころか、怪我をしなかったかと心配し、他にできることがあると励ましてくれた。

 

彼と友達になりたい、彼の手伝いならしたい、彼の命令が聞きたい。ゼリスマリムは、いつの間にか友情を求めるようになっていった。

 

 

「でも俺はダメだ……ヒトを食っちまってる……あの人はどうして人間で、俺は魔族に生まれちまったんだ……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年12月16日

 

鉱山区二つを奪還した日の午後。エスペラント王国製新型銃の試作が完成したと連絡があり、岡は事後処理を騎士団に任せてラボレーオ区にやってきた。

 

 

「オカ様がいらっしゃいました!」

 

 

職人の下積みらしきドワーフが叫ぶ。

 

 

「こんにちは」

「オカ君! ついに試作銃が完成したよ!!」

 

 

奥の部屋から飛び出して岡に挨拶をしたセイは、目の下に隈ができている。髪も無精髭もボサボサで、ここ数日間寝不足なのだろう。

 

 

「はい、そう伺いましたが……もしかしてセイさん、無茶してません?」

「ああ、時間がなかったからな!」

「ダメですよ、寝不足は。仕事の敵なんですから」

 

 

セイは分かっているようだが、彼の熱心過ぎる性格からしてまた無茶をしてしまいそうだ。

 

 

「それより、今回来た敵は退けたのか?」

 

 

どうやらラボレーオ区には戦況は伝わっていないらしい、それほど作業に没頭しているのだろう。

 

 

「はい、前回と同じ数の敵でしたから、なんとか倒せました」

「前回と同じ数? それはおかしいな……」

「やはりそう思いますよね、情報の伝達がうまくいっていないのでしょうか……

「あるいは……ああ、考えがまとまらん! やはり睡眠不足はいい仕事の敵だな!」

 

 

セイも考え込むが、今は寝不足なので考えもまとまらないらしい。しかしやはり妙である、岡の情報が伝わっていないか、あるいは分かっていてやった事なのか、それとも戦力の問題か?

 

 

「セイ様、まだ旦那に銃を渡してないんですかい?」

 

 

と、そこで遅れてランザルが出てくる。

 

 

「そうだった! いかんな、完全に忘れていた……私はこの後しばらく寝かせてもらうよ!」

 

 

岡は大事なことを忘れていたセイが、完全にランナーズハイになっていることを知って苦笑いする。

 

 

「まぁ見てくれたまえ!」

「では、失礼します」

 

 

セイが持ってきた三種の銃器は、どれもしっかりとしていた。リボルバー、ボルトアクション、そしてサブマシンガン。それらは全てレヴァームと天ツ上にもない形や形状をしている。

 

 

「これはすごい……」

「体格の違う種族でも扱えるように、色々工夫がしてある。ライフルはストックを伸縮したり出来るようにしているし、サブマシンガンはストックを折り畳める」

 

 

横からランザルが説明する。

 

 

「他種族国家ならではの配慮ですね、素晴らしいと思います」

 

 

実際、ストックの長さを変えられるのはレヴァームでも天ツ上でもなかった発想だ。これはセイのアイデアで、岡でも思い付かなかった。

 

 

「この銃器の設計は素晴らしい! 今までの王国の銃器にはなかった発想だよ!」

 

 

これらの設計は、初めて見せた時とはかなり違っている。岡とセイ、そしてランザルの三人で話し合ってアレンジを加え、エスペラント王国でも問題なく扱えるように再設計したのだ。

 

まずリボルバーを手に取る。9ミリ口径の拳銃弾を使うこの拳銃は兵士たちのサブウェポンとして作られており、軽さが重要だ。

 

かなり軽い、各部の動きもスムーズで、トリガーもダブルアクションなのに重くない。シリンダーをチェックするために回転させて見ても、かなりよく回る。

 

ボルトアクションも見る、この銃は騎兵銃であった四式短小銃をモデルにしているため、かなり軽くて取り回しが良い。そして、追加したストックの伸縮も良好、良い機構であった。

 

最後にサブマシンガン。マガジンは下部に取り付けてある。その方がバランスが良く、それをストック代わりにも出来る為である。何度もボルトを引いても問題なく、連射も夢ではなさそうだ。

 

かなり肉抜きして作った為、命中精度や信頼性に疑問が残ったが、逆にこの粗末な設計の方が滓がこびり付かなそうで良いと思える。

 

 

「凄いですねこれは……」

「ふむ、どれくらいだと評価できる?」

「自分がこの王国にやってきた時、銃器製造技術は我が国と200年から300年の開きがありましたが、これで100年に縮まりました」

「そうか! それは素晴らしい技術革新だな!」

「ええ、私も恐ろしいほどです」

 

 

銃の見聞が終わった為、今度は実際に撃ってみる事にした。ラボレーオ区の南にペリメンタ区という地区が隣接しており、そこはラボレーオ区で作られたものの実験場になっている。ここで実験をしてから、兵に実際に配る事にした。

 

試作品数丁と弾丸数百発をペリメンタ区に運び込み、エクゼルコ区から読んできたザビルと共に試し撃ちをする。

 

 

「おお……これらが新型銃……美しい、装飾など不要なほどに美しいね」

 

 

ザビルは受け取った銃の出来栄えにうっとりする。装飾は一切していないが、黒く塗られている為、見ようによってはかなり美しい。

 

 

「オカ殿、この銃の完成度はどれくらいかな?」

「文句なしの百点満点ですよ」

「やはり我が国の職人は素晴らしいだろう?」

「ええ。本当に素晴らしいです。この短時間で、よくここまで仕上げてくださいました」

 

 

ザビルは王宮科学院や工房の職人達を誇らしく思う。

 

 

「ではそれぞれの銃器を試し撃ちしてみましょう」

「ああ」

 

 

ザビルは最初に新型の小銃を手に取る。ボルトアクションの操作の仕方を岡から教えてもらい、使い方を伝授される。

 

 

「一発撃つ度に、ボルトを操作する必要があります。ボルトを回転させ、ボルトを引きます。そうすると排莢されるので、後はボルトを前方に押してボルトハンドルを倒せば、いつでも撃てます」

「たったそれだけ!?」

「はい。5発撃ち尽くしたら、このクリップで纏められた弾丸を……このように装填します」

 

 

岡は弾の入っていなかった小銃に、弾丸を詰め込んだ。

 

 

「これは……かつてない手軽さだ……」

「後は撃ってみて下さい」

「ああ」

 

 

ザビルは射撃レーンに付き、100メートルの距離に置かれた的を狙ってみる。不思議なことに、あの遠くの的がかなり近く見える。錯覚ではない、この銃の不思議な力がザビルに手を貸しているように感じた。

 

 

「撃ちます!」

 

 

ザビルは引き金を引く。しっかりと作られた弾丸の火薬が叩かれ、一気に燃焼して爆裂を生み出す。それに押し出されて弾が発射され、ライフリンクに沿って回転が付く。

 

 

「!!」

 

 

弾は、何ということだろう。的のど真ん中に命中して皿を粉々に割ったのだ。

 

 

「す……凄いぞこれは!!」

「「「「おおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」

 

 

ザビルはその銃を素直に褒める。王国最強の銃士に褒められたことで、職人達も拳を天に突き上げる。ザビルはボルトを引いて再装填、再度撃ってみた。もちろん、的を真ん中で割った。

 

 

「凄い精度だ……これなら何百メートルも狙えるぞ……!」

 

 

これらの銃にはもちろんライフリングが彫られている。それ専用の機械も作っているので、量産性を損なうことはない。

 

 

「次はこっちを撃ってみましょう」

「ピストルだな、やってみよう」

 

 

ザビルは岡からリボルバーを受け取る。彼の目の前に6つの的が飛び出るが、それら全てを早撃ちの要領で次々と倒していった。

 

 

「す……すげぇ……」

「本当に連射できるとは……至近距離での副武装としては有効だな」

 

 

リボルバーも良好、最後は問題のサブマシンガンに移った。これは岡でも不安を覚える。かなり構造を短略化したので、性能に疑問が残るのだ。

 

 

「撃ちます!」

 

 

しかし、その疑念は振り払われる事になる。サブマシンガンは期待通り連射することができ、的となる案山子を蜂の巣にして倒した。

 

 

「「「「おおぉぉぉぉぉぉ!! すげぇぇぇぇぇ!!」」」」

「本当に連射できた! 岡、凄いぞこれは! 戦いが変わる!!」

 

 

ザビルはその性能を十分に評価し、初めて撃ったサブマシンガンの余韻に浸った。これは、エスペラントの戦い方がまるっきり変わると予想していた。

 

 

「オカ殿、もう十分だ。この銃は素晴らしい性能を持っている」

「そうですね。これで完成にしましょう」

「「「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

「完成! 完成だ!!」

「良かったぁぁぁぁ……」

 

 

最後に力尽きたのは、セイである。

 

 

「そうだ。旦那、この銃の名前をつけてくれぬか?」

 

 

ランザルに頼まれた事で、岡は考え込む。

 

 

「この銃は皆さんで作り上げた物です、皆さんが付けるべきだと思います」

「いや、旦那のおかげで作れたんだ。だから旦那が名をつけてくれ」

「そうだよ! そもそも君が設計したんだから、君が名付けるべきだよ!」

 

 

岡はそこまで言われ、ザビルを見ると彼も頷いていた。確か、彼が使っていたマスケット銃は確か『殲滅者』シリーズだったと聞いている。

 

 

「……では、救国者(セイヴァー)でいかがでしょうか? 拳銃はセイヴァー・ピストル、小銃はセイヴァー・ライフル、短機関銃はセイヴァー・マシンガン、なんてのはどうでしょう?」

「おお! 良いなそれ!」

「はい、固有名詞はなく、誰もが王国を救う戦士であると誇れる武器になればと思います」

 

 

ランザルやザビルはその名を聞いて、物凄く気に入っていた。

 

 

「ようし、これから毎日3人交代で量産するぞ! プレス機械でありったけの金属を弾と銃器にするんだ!!」

「鉱山区も戻ったからな! ラボレーオ区の全職人を集めろ! 全員で新型銃と弾の生産に取り掛かれ!!」

「「「「はい!!!」」」」

 

 

ここからは時間との勝負だ。王国を守れるだけの猶予はあるかは分からないが、それまでに装備を固めて、敵の全軍を迎え撃つ武力を揃えるしかない。

 

 

「よし、これでこの国も……」

 

 

岡は安心しきっていた。これだけ王国を強化したならば、もうこの国に犠牲者が出ることはない。自分のせいで、人が傷つく事もない。そう思っていた。

 

瞬間、大地を震わすような雷鳴のような音が、岡の耳に届いた。その方向を見れば、隣のラボレーオ区から黒煙が出ている。

 

 

「な、なんだ!? 爆発か!?」

「あれは……!?」

 

 

確か、あの方向はラボレーオ区の火薬製造関連の施設が集まっている筈だ。岡が「危険」と忠告したニトログレセリンを製造していた筈だ。

 

 

「まさか……まさか……!」

 

 

岡は耐えきれなくなり、その場を駆け出した。



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閑章第23話〜三度目の涙〜

 

 

爆発音があったラボレーオ区に岡は駆け出していた。そこではすでに騒動が起こっており、あたりは煙が充満して、火薬の匂いが鼻腔をくすぐっていた。

 

 

「瓦礫の中に人はいないか!?」

「まだ爆発してない火薬があるかもしれない! 注意するんだ!」

 

 

岡達が爆発音のあったラボレーオ区の火薬製造工房にたどり着くと、そこはすでに煙の手が上がっていた。あたりは騒然としていて、瓦礫の中から救助作業が行われていた。

 

すでに騎士団病院の人間が駆けつけており、その中にはサーシャの姿もいた。彼女は治癒魔法で、怪我人らしき人を治療している。他にも沢山の医師が居て、救助された人を手当てしている。

 

 

「何があったんですか!?」

「オカさん! ちょうどいいところに!」

 

 

サーシャが声をかける。

 

 

「火薬製造の工房で爆発事故があったみたいで、中にいた職人さんを救助しているところです!」

「被害は!?」

「まだ詳しくは……でも、まだ死者はいないので、救助を優先しています!」

 

 

それを聞いても岡は安心できなかった。爆発があったのは、ニトログレセリンを作っている工房。つまりは、岡が教えた危険物を扱う工房なのだ。

 

 

──自分のせいで……人が死んだかもしれない……!

 

 

岡は罪悪感に苛まれ、発狂しそうであった。それを棲んでのところで思いとどまり、今すぐ逃げ出したい欲を押さえ込む。

 

 

「オカ君!!」

 

 

後ろからセイの声が聞こえてる。

 

 

「オカ君……大丈夫かい?」

「はい……とにかく今は、救助作業を優先しましょう」

「ああ」

 

 

セイやランザル達、更には駆けつけて来た職人長オスクも救助作業に加わり、さらには遠方から様々な人が集まって来た。何事かと見ていた野次馬も、導きの戦士たる岡が救助を開始するのを見て、自分たちもと加わった。

 

火の手は上がっていないものの、爆発の激しさは工房の建物を破壊していて、屋根から完全に崩れていた。かまどや食器棚が崩れており、それに下敷きになった人も居るかも知れない。救助は一刻を争う。

 

 

「オスクさん! ここには何人くらいいましたか!?」

 

 

岡が瓦礫をかき分けながらオスクに聞く。

 

 

「建物全体で5人だ! さっき見たら2人は救出されているから、後3人!」

「3人……!」

 

 

この状況下で、生き残っているかどうかは不透明すぎる。最悪の場合生き埋めになっている可能性もある。

 

 

「誰と誰ですか!?」

「この工房の責任者のノーベルと、その女弟子で……!? おい!ここに一人いるぞ!」

 

 

オスクの掛け声で、他の救助に関わっていた人間達が集まる。岡も加わり、瓦礫の奥から手が伸びているのが見えた。手は動いている、まだ生きている。

 

瓦礫を慎重にかき分けて押しつぶされないようにする。幸いにも、転がったテーブルと屋根の瓦礫が絶妙に合わさり、彼が生き延びられる空間を作っていた。

 

 

「引っ張りますよ!」

「「「せーのっ!!」」」

 

 

彼はうつ伏せの状態で転がっていて、そのまま引き摺り出される。傷跡はあるが、幸いにも軽傷なようだ。

 

 

「だ……旦那……済まねぇ、俺たちが不甲斐ないばかりに事故を起こしちまって……」

「事故? これは事故なんですか?」

 

 

岡は罪悪感に呑まれると同時に、別の可能性も考えていた。敵の門者による破壊工作である。ここラボーレオ区の火薬製造工房は、事故対策に三つに分けられている。

 

しかし、それでも割と集中していることには変わりない為、テロの標的になる事を恐れていた。もしかしたら、と言う可能性を考慮していたが、それでも無いらしい。

 

 

「あの時工房には5人しか居なかった……誰かが侵入して火を付けたところは見てない、これは俺たちの起こした事故だ……」

「…………」

 

 

彼は岡に肩を借りながら、そう話してくれた。岡はそれを聞いてますます罪悪感に苛まれる。危険性を教えたとは言え、自分がニトログレセリンの作り方を教えたせいで、この事故は起こってしまったようだ。誰にも責任を擦り付けられない、これは自分の責任だと。

 

 

「オカ君」

 

 

それに手を貸したのは、セイであった。彼は岡の肩に手を貸し、慰めるようにこう言う。

 

 

「君だけの責任じゃ無いさ。オカ君は火薬の危険性は君も知っていたのだろう? それに元に忠告してくれた。それを誤ったのは我々科学院の責任だ」

「ですが……」

「今は罪悪感に駆られるより、残りの職人達を救出しよう。このままじゃ死者が出る、話はそれからだよ」

 

 

セイに励まされ、岡は救助作業に戻った。

 

 

「くっ……瓦礫が多い……!」

 

 

しかし、探せど探せど残りのノーベルを含む残りの二人は見つからない。工房の奥は釜戸があるので、煙突があるのだが、その煉瓦の煙突も崩れている為瓦礫が多く散乱してしまっている。

 

 

「オカ! ノーベルの居場所だが、煙突の近くにいたらしい!」

 

 

セイが声をかけて来た。

 

 

「本当ですか!?」

「ああ、助けられた弟子が話してくれた。それによると、彼は釜戸の近くで女弟子を庇ったらしい!」

「分かりました! 皆さん、釜戸の近くを!!」

 

 

岡達は釜戸の近くである、崩れた煙突付近を探すことにした。しばらく煉瓦を退けると、その奥に屋根の瓦礫が見え始めた。どうやら、先に屋根が崩れてその後に煉瓦が崩壊したらしい。

 

 

「待っててください……!」

 

 

これならまだ助かる可能性がある。屋根が縦の役割を果たし、中にいる人が助かっている可能性もあるからだ。

 

 

「た……助け……」

「!? 居ました!」

 

 

岡はその奥から女性の助けを求める声が聞こえたのを耳にし、瓦礫をかき分ける。最後に重い大きめの瓦礫を撤去し、その奥に二人の人が居るのを見つけた。

 

 

「弟子の方ですね!?」

「は……はい……」

「ノーベルさんは!?」

「隣にいます……」

 

 

彼女は弱々しく語り、彼女を腕で守っていた中年男性を見つける。脈を見る……まだ生きている。

 

 

「見つかったか!?」

「はい! 二人とも外傷が激しいです、すぐ病院へ!!」

「分かった!!」

 

 

彼らを三人がかりで運び出し、全員の生存が確認されたのを確認して住民たちはホッとした。しかし、岡は死者が出ずとも罪悪感に苛まれていた。

 

 

「…………」

「オカ君」

「セイさん……」

 

 

そんな岡の状況を見て思うところがあるのか、またもやセイが励ましてくる。

 

 

「何度も言うが、君の責任じゃないさ」

「ありがとうございます……」

 

 

岡はそこまで言われても、胸の苦しみは消えなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ラボーレオ区での爆発事故の後、幸いにも怪我人だけで誰も死ぬ事はなかった。気を失っていたノーベルも直ぐに回復し、事故状況を詳しく説明してくれた。

 

 

「ふむ……つまり今回の事故は、ノーベルの下の女弟子の不注意だったのだな?」

「はい、作用にございます」

 

 

憲兵のジャスティードが今回の事故の詳細を、ラスティーネ城にてザメンホフ27世に報告をしていた。事故原因は状況を見ていたノーベルが生きていた為、素早く解明することができた。

 

それによると、今回の事故の原因はノーベルが庇っていたあの女弟子の不注意によるものだと言う。あの時、ノーベルはその女弟子にニトログレセリンの作り方を教える為、直接監督していた。

 

しかし、彼女が調合できたニトログレセリンを立って運ぶ時、誤って藁に足を取られて転んでしまった。本来なら調合したニトログレセリンを、衝撃を和らげる為に藁を敷いたテーブルや床の上で行う安全策を講じている。だが、それが裏目に出た形だ。

 

転んだ彼女の手から溢れたニトログレセリンの瓶は、すでに完成していたニトログレセリンの瓶の貯蔵庫に直接当たってしまった。そのため、安全策を講じたにもかかわらず、この様な事故が起きてしまったのだと言う。

 

 

「今回の事故は我々職人達の責任です。何卒、罰をお与えください」

「ふむ……確かに今回の件は事故とはいえ、責任を問わなければならんからな……」

「はい、どんな罰でも……」

「待ってください」

 

 

と、職人長オスクの反省の弁を遮ったのは岡であった。彼は下を俯いた状態で、話を始める。

 

 

「この国の職人達にニトログレセリンを教えたのは私です。責任を問うなら、私にしてください」

 

 

岡は自分の責任だと代弁した事に対し、周りの全員が驚愕する。

 

 

「オカ、それはどういう事だ?」

 

 

ジャスティードはそう言う。

 

 

「私がもっと注意を促していたら、この事故は起きませんでした。罰ならば、私に与えてください」

 

 

ジャスティードは驚いた。てっきり責任を押し付けるのかと思われていたので、真逆の言い方にジャスティードは困惑する。一方の周りは、導きの戦士たる岡を罰すると言うハードルの高さに狼狽している様だ。

 

 

「オカ君、君が責任を感じる必要はない。君はニトログレセリンの危険性を知っていたし、注意してくれたろう?」

「そうさ、どっちにしたって扱ったのは我々職人だ。扱いを誤った責任は、我々にある。オカ殿は悪くない」

 

 

事故の事を悔やむように語る岡を、セイとオスクが止める。彼らとて、自分たちの責任で岡に罰が与えられるかもしれない事に、危機感を覚えているのだ。

 

 

「いえ、私がそもそもこんな危険な物を教えなければ、このような事故は起きなかったはずです……罰を受けるべきなのは、私です」

 

 

岡はあの事故以来、自分にはなんらかの罰がなければいけないと、ネガティブな思想を思うようになっていった。つまり岡は自身が技術を教えた事に責任を感じている。王からなんらかの罰が降る事で、その責任から逃れようとしているのだ。

 

岡自身も、それが逃避だという事には気付いていたが、それ以外に自分の気持ちが晴れる事はないと半端諦めていた。それに、人の命を危ない目に合わせるようなモノを教えた自分に対して、許せない気持ちもあるのだ。

 

 

「オカよ……其方はどこまでも誠実だな」

「いえ……ただ自分の責任から逃れたいだけです……」

「……そうか」

 

 

ザメンホフ王は岡の気持ちや心の事情を察して、ただ一言そう言った。

 

 

「伯父上陛下、今回の事故は我々の責任です。オカ君には……」

「分かっておる。しかし、何かしらの罰を与えなければ、本人も納得せぬだろう」

 

 

セイも岡の気持ちは分かっていたが、

 

 

「して、ジャスティードよ。聞くがオカ殿の今までの行動や努力を見て、どのような罰を与えるべきか?」

「私でありますか?」

 

 

ザメンホフはジャスティードに急に質問を投げかけた。どう答えようかと一瞬迷う、岡に対してはサフィーネの件もあり恨めしく思う。今なら、多大な罰を与えて彼を排除するチャンスだ。

 

 

「オカ殿は……黒騎士の件から今まで、王国に尽くしてくれました。それに、黒騎士の時は『人を守る為に軍人になった』と言って敵に立ち向かって行きました。そのような誠実な人物ならば、罰は軽くするべきだと……思います」

 

 

しかしそれは男らしくない。騎士として恥ずべき行為はしたくないと、自分の矜恃がブレーキをかけた。

 

 

「ほう、そうか……では岡よ、お主に罰を与える」

 

 

ザメンホフ王はそう言い、それを合図に岡はエスペラント式で跪いて頭を下げる。

 

 

「お主には7日間、王宮科学院への立入を禁ずる。もう既に新型の兵器達は完成したのであろう? ならば、オカ殿はゆっくり休みを取り、その間に心の整理をつけるべきだ」

「…………はっ」

 

 

その罰は、罰とは思えない程軽いものだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

中央暦1639年12月23日

 

それから7日間ほど、岡はジルベニク家に半端引きこもる形で作業をしていた。時々家の手伝いや掃除をしながら、気を紛らわせようとしていた。

 

 

──これから先、俺はこの王国に介入して良いんだろうか……

 

 

しかし、岡の心は葛藤で埋め尽くされていた。自分がこの王国に加担してからは、確かにこのエスペラントは豊かになった。しかし、その弊害はあの事故のように今後のしかかるかもしれない。

 

そう思うと、岡はこれ以上自分が知識を貸さない方がいいのではないかと思うようになった。自分が力を貸せば、その分責任がのしかかる。岡にはそれが耐えきれなかった。だから、岡はこの王国に手を貸すのを止めようと思っていた。

 

それでいい、もう教えられる事は全て教えた。後はエスペラントの人たちが自分たちの力で魔王軍を退け、平和な時を過ごせる。その時自分は誰にも称賛されず、一人天ツ上に帰ってまたいつもの軍人生活に……

 

 

「あ、オカさん」

 

 

そこまで考えながら掃除をしていた岡の下に、一人の少女の声が聞こえてきた。

 

 

「サーシャさん」

「今日も家のお掃除ですか?」

「はい、お世話になっている以上、何もしない訳にはいかないので」

「ふふっ、働き者ですね。最近オカさんが働いてくれているおかげで助かっているって、サフィーネさんやバルザスさんも感謝してますよ」

「それはありがたいです、もっと頑張らなくちゃ……」

「…………」

 

 

空元気を出すかのような岡の声に、サーシャは胸を痛める。サーシャは岡の様子が、あの事件以来暗い事を知っていた。

 

 

「オカさん」

 

 

サーシャは岡に向き直り、少し真剣な表情で話し始めた。

 

 

「……やっぱり、あの事件を気にしていますか?」

「…………」

 

 

岡はサーシャに気持ちを察しられて、俯き加減に何も言わない。

 

 

「確かにアレを教えたのはオカさんですが、オカさんの教えてくれた事で沢山の人が救われているはずです。ですから……」

「いえ、もう良いんです」

 

 

岡はサーシャの励ましの言葉を、悲しげに遮った。

 

 

「私の知識はより多くの不幸を生み出してしまいます……これ以上、私の知識で人を不幸にしたくないんです……」

「…………」

「だから、私はこの戦いが終わったら国に帰ろうと思っているんです。そうすれば、これ以上この国の人たちが傷つく事もないでしょうから……」

「オカさん……」

 

 

岡にとって、あの事件以来の心境を語るのは彼女が初めてだった。やはり自分の軍人としての厳格が、弱いところを見せたくないと思ったのだろう。今思うと、くだらないプライドだ。

 

 

「かっこ悪いですよね……私はただ逃げたいだけなんですよ、責任から……」

「…………」

「私は弱い人間です。こんなの……導きの戦士なんかじゃない……」

 

 

岡の目には、いつのまにか涙が溢れ出ていた。この国に来て以来、二度目の涙だ。下らないプライドで他人に弱さを見せてこなかった自分の、悔し涙。あまりに情けない自分が、悔しいのだ。

 

 

「オカさん」

 

 

と、オカを呼ぶサーシャの声と共に、岡は暖かい腕に包まれた。サーシャの腕だ、彼女が泣き崩れる岡を慰めるように腕を伸ばしてくれたのだ。

 

 

「お願いします、どうか自分を責めないでください……オカさんは今までこの国のために尽くしてくれたじゃないですか、それを不幸に思う人なんていませんよ……」

「ですが……私は人の命を危機に晒してしまいました……」

「いいえ、オカさんのおかげで人の命は救われています」

「え?」

 

 

岡はキョトンとした表情でサーシャを見つめた。

 

 

「2週間ほど前の威力偵察の人達との戦いの時、私の元に運び込まれてくる患者さんがいつもより格段に減っていたんです。あの戦いでは全く死者が出ませんでした。紛れもなく、オカさんのおかげです」

「私が……人を救った……?」

 

 

岡はその事実を今まで知らなかった。自分の与えた知識は、魔王軍を撃退するだけで人を救ったなんて想像もつかなかった。岡は、その事を知ると再び涙が出てきた。

 

 

「貴方は救国の戦士として、十分に人々を救っています。貴方の行いは、無駄じゃないんです」

 

 

嬉し泣きだ。岡はこの国に協力するのが、王国に不幸をもたらすと今まで勘違いしていた。悲しい事だ、本人が気づかないのなら、自分は本当に救国の戦士失格ではないか。

 

 

──そうか、自分のやってきた事は無駄じゃなかったんだ……!

 

 

岡はその事実を知り、初めて嬉し泣きをした。王国に来てから三度目の涙は、暖かい腕の中にこぼれ落ちた。




今回の話は、岡の状況や成長を見て必要だと思って書きました。原作の岡は、こう言った「挫折」という経験がないように見えるんですよね。なので、今回の話のように「挫折する」というシーンを設けました。

次回はあの「彼」の動向です、ご期待ください。


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閑章第24話〜告発〜

しばらく投稿が遅れてしまって申し訳ありません。スランプに陥っていたのと、小説内の矛盾を正すために切磋琢磨しておりました。これからまた投稿頻度を上げたいと思いますので、よろしくお願いします。


中央暦1639年12月23日夜

マルノーボ区

 

 

暗い暗い夜の底、貧民街と化しているマルノーボ区の一角で、ゼリスマリムは魔道通信の電源を入れた。相変わらずこの時間は好かない、あのパワハラ上司に何てどやされるか、本当ならば絶対に通信を開きたくない相手だ。

 

 

「ダクシルド様、すみません……報告が遅れました……」

『ゼリスマリムか、報告の遅れはいつもの事だな。それで、敵の情報は掴めたか?』

 

 

いかにも偉そうな口調で、ダクシルドはゼリスマリムに問いただす。

 

 

「それが、衛兵が戦地に向かうこのがなかったので、戦地や城への侵入はできませんでした」

『何ぃ? そんな馬鹿な……南門を襲撃した時はパニックになったと言っていたではないか』

 

 

ゼリスマリムは西での戦闘を見ていたわけではない。しかし、エスペラント側が勝利した原因はなんとなく分かる。

 

十中八九、岡の存在だろう。しかし、ゼリスマリムには彼のことを話す気はなかった。もはや親友のような親しみを感じている彼のことを言えば、どんな辛い命令を下されるかわからない。どうか聞かないでくれ、察しないでくれと内心願うしかない。

 

 

『まさかとは思うが……ゼリスマリム、エスペラントに来たという天ツ上の兵士だが、奴は今何をしている?』

 

 

しかし、その願いは無駄に終わってしまった。命令形で質問された為、答えないわけにはいかない。重く震える口を、ゆっくりと開くしかない。

 

 

「か、彼は王宮科学院で兵器や武器の生産を手伝っています……最近爆発事故があったみたいですが、今でも出入りしています……」

 

 

そこでゼリスマリムは、答えをはぐらかす事にした。これで察しの悪い人間なら、スルーしてくれるはずだと。

 

 

『やはりか……その天ツ上の兵士が、何かしらの知識を与えたことは間違いなさそうだな……』

 

 

しかし、ダクシルドは妙なところで察しがいい人間であった。本当にいらない、勿体無い能力だと思う。こんな上司には、無駄な持ち腐れである。

 

 

「は、はい……」

 

 

ゼリスマリムはその答えに賛同するしかなかった。しかし妙だ、ダクシルドが変な所で察しがいいとはいえ、ここまで直ぐに柔軟な考えをできるとは思えない。何か、この頭の硬い奴の考えを変える要因があったのだろうか?

 

 

『くそっ……存在がもう少し早く分かれば、暗殺くらいはできたが、今更仕方無い……まぁ、どの道魔王軍によってエスペラントは滅ぶしな』

「…………」

『それから、ゼリスマリム。貴様に最後の命令をくれてやろう』

「最後ですか?」

『ああ。それが終わったら貴様は自由だ』

 

 

数ヶ月間、強制的に命令を聞かされ続けたゼリスマリムにとって、それは嬉しいの一言に値した。それに、このまま上手くいけば岡とも戦わずに済むとホッとする気持ちであった。だが──

 

 

『今月末、エスペラントに総攻撃を仕掛ける。それでエスペラントは文字通り終わりだ』

「はい……えぇっ!?」

『今まで散々ノスグーラに命令されてうんざりしていたが、それももう終わりだ。お前は適当な所に逃げるでもしていろ』

「それじゃあ……ビーコンは……」

『ビーコンの回収は更地になった後だ。その日は、我々もしばらくこの地から退散する事にする。そして、これでノスグーラとも晴れておさらばだ。ビーコンは頑丈にできているから、壊れる心配はあるまい。それに、この国は存在すら知られていない辺境の地、全員死んだ所で問題なかろう。分かったな?』

「……はい」

 

 

命令には必ず了承してしまう。どんなに嫌な命令であっても、指示された通りに動くしか無い。なら……ゼリムに出来ることはただ一つ……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

エスペラント王国から北に数十キロ

バグラ火山

 

 

「あの懸念を魔王に伝えなくてよろしいのですか?」

 

 

部下の一人が、会議室にてそう言った。ダクシルドは机に頬杖をかけながらそれに答える。

 

 

「良いさ、どうせ教えようがあの性格では信じない。それにどの道、俺たちは31日にはおさらばする予定なのだからな。もう関係ないさ」

「そうでしたね。ですが、帰ったらレヴァームと天ツ上に関する情報を集めなくてはなりませんね……」

「少ない予算でやれるかは分からんが、是非とも集めたいところだな。こんな物を作れる国だ、油断できん」

 

 

ダクシルドは鹵獲したコブラマグナムをじっくりと眺めながら、各部の点検をしている。5発もあれば、マラストラスくらいは余裕で倒せるだろう。

 

 

「今までこいつで射的練習をして来たのだから、もしもの時は必ず当ててやるさ」

 

 

ダクシルド達はコブラマグナムの構造を魔法で完全に把握し、弾丸の複製まで行えるようになっていた。そのため、射的練習もしている。

 

 

「さて、問題はタイミングだ。()()の封印解除は31日丁度に解ける筈だが、逃げ出すタイミングが妙に思いつかん……」

「最悪、マラストラスが来た時を見計らって倒すしかありませんね」

「その日の状況によって臨機応変に……か……」

 

 

ダクシルドにとって一番苦手な部類のやり方だ、できれば避けたかった。今は勤務時間外だが、今後の自分たちの身の安全の為に議論を重ねるのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ノバールボ区

 

 

闇を照らす松明と魔法灯の光の中、淡い光を頼りに進む暗い夜道を、何人かの人間が武器を持って歩いていた。彼らは国内の治安維持を担う憲兵隊、その隊長は剣聖ジャスティードである。

 

 

「全く……あのオカとかいう男が来てからは散々だ……」

「「「…………」」」

 

 

部下達は、ジャスティードの愚痴を聞いているだけで口を挟まない。それもそのはず、彼らは四六時中ジャスティードの愚痴を、散々に聞かされ続けているからだ。

 

 

「騎士団の花形は剣士だというのに……何が銃は強しだ……」

 

 

最近、岡が来てから騎士団に変化が訪れている。重騎士、剣士が花形だった騎士団において、銃士の地位が急激に向上したのだ。それも全て、王国最強の銃士ザビルに岡が決闘で勝ったからである。

 

岡が国内の地位や名声や信頼を獲得してしまったため、彼は騎士団の運営に噛むようになった。その一環として、装備の強化を銃編重に舵取りしてしまったのだ。

 

不満はそれだけでは無い、意中の相手であるサフィーネと岡の距離が近い。非常に近い。何せ同居している上、夜はちゃんと帰れと岡ぎサフィーネに叱られたという話まで耳に入る。知りたくはなかったが、人から話を聞く立場の憲兵である以上、いらぬ情報まで入ってくる。

 

 

「署長、誰かいますよ」

「ん?」

 

 

部下の報告を聞いて、すぐさま頭を切り替えるジャスティード。

 

 

「あれは……ゼリムとかいう、ラボレーオ区の預かり男ですね」

「こんな時間に何してるんだ?」

「街角を曲がった。あの先は……」

 

 

間違いない、サフィーネらが住む家の方角だ。ジャスティード達は息を殺し、距離を保ちつつその後を追う。

 

一方のゼリムはジルベニク宅の前に着くと、扉の前でうろうろしていた。エスペラント王国民との不用意な接触は禁じられている。ダクシルド達に関する事を喋るのも禁じられている。人を食う姿を見せるのも、魔族であることをバラすため禁じられている。

 

しかし、エスペラント王国民ではない岡との接触はできる。だがいきなりジルベニク家の戸を叩くことは、流石にできないし勇気がいる。

 

サフィーネ、バルザスと暮らしていることは周知だったので、彼らと接触できない。どうするかと悩んでいたときにやってきたのは、ジャスティード達であった。

 

 

「おい貴様! こんな夜中に何をしている!?」

「ひっ!?」

 

 

気づかれたので慌てて逃げようとするゼリム。しかし、魔族としての身体能力の解放は命令で禁じられているので、あっという間に追いつかれて捕まった。

 

 

「こんな夜中にうろうろしているとは、怪しい奴だ!」

「なぜ逃げる!? 誰に会いに来た!? 答えろ!!」

 

 

憲兵達が恫喝し、ゼリムを追い詰めようとする。しかし、そのタイミングでジルベニク家の扉が開いた。中から一人の青年が出てくる。

 

 

「なんの騒ぎですか?」

 

 

家から出てきたのは寝間着姿のサフィーネ、サーシャ、バルザルに岡であった。サフィーネの寝間着姿を見られてジャスティードは内心喜ぶが、直ぐに頭を切り替える。それに、岡がいる事は彼には不愉快だからだ。

 

 

「あれ? ジャスティードさんにゼリムさんじゃないですか。どうしました?」

「これは岡殿。この夜更けに家の前に怪しい動きをしておりましたので、捕まえて事情を聞こうとしていました」

 

 

ジャスティードの部下が答える。

 

 

「お、オカ様ぁ……」

「なるほど、とりあえずはゼリムさんを話してあげてください。そんな大勢で押さえつけたら、怖くて話せませんよ」

「む、しかし……」

「大丈夫ですよ、ゼリムさんはいい人ですから」

 

 

岡は自分が弱音を吐いた事を、ゼリムが黙っててくれた事を知っている。岡はいつの間にか、ゼリムに信頼のようなものを感じでいた。

 

 

「ゼリムさん、こんな時間にどうしたんです?」

「す、すみません……でも、どうしても教えなくちゃいけないことがあって……」

「教えたい事?」

「敵が……31日に攻めてきます。総攻撃で、全軍でやってきます」

「な、なんですって!?」

 

 

あまりに重大で、しかも唐突な内容を教えられた。その事の重大さに、全員が狼狽する。

 

 

「嘘つけ! 魔王軍共が後1週間ちょいで攻めてくるだと!? くだらない嘘も大概にしろ!!」

 

 

思わず信じられず、ジャスティードが激昂する。それもそうだ。この情報はその真偽次第でエスペラント王国の運命が分かれる。

 

 

「待ってくださいジャスティードさん。ゼリムさん……それは確かなんですね?」

「嘘ではないです」

 

 

もしこの情報が本当なら、万全の対策が取れる。だが、欺瞞情報だった場合は国が滅びてしまう。それくらい危険な賭けである。

 

 

「……いくつか質問します。それはゼリムさんだけがわかる予兆みたいなものですか?」

「違います」

「では、どこかで誰かに聞いた話ですか?」

「そうです」

「それは誰ですか?」

「言えません」

「どこか、は言えませんか?」

「……言えません」

 

 

岡の質問と、それに一つづつ答えていくゼリム。しかし、肝心なところははぐらかされたのでジャスティードは苛立ちを覚えた。

 

 

「貴様……! 誰かに聞いたと言いながら、それが言えないだと!? ふざけ……」

「ジャスティードさん」

 

 

岡はジャスティードに顔を向け、無言で首を左右に振る。そうする事で、無言のメッセージを送られたジャスティードは身を引いた。

 

 

「ゼリムさん、貴方がこの情報を伝えるのは、もしかして危険なことでは?」

「いいのです。結果はわかりませんが、俺はどのみち……」

 

 

それ以上は言えなかった、ダクシルドの存在を明かすことになるからだ。

 

 

「ゼリムさん、貴方の情報をこの国の皆さんが信じられるかどうかは分かりません。ですが、私は信じたいと思います」

「な!?」

「最後にゼリムさん……あなたは……」

 

 

狼狽するジャスティードをよそに、岡は言葉を続ける。一瞬言い淀み、間が開くが、ゼリムに聞こえるくらいの小さな声で尋ねた。

 

 

「……あなたは、私のことを慕ってくれますか?」

「!」

 

 

ゼリムにとって、その答えはもう決まっているようなものだ。

 

 

「はい……! もちろんです……!」

 

 

それを聞き、岡は安心したように向き直る。

 

 

「ではゼリムさん、また明日から頑張りましょう。忙しくなりますよ?」

「すみません、オカ様……」

「はい、おやすみなさい」

 

 

ジャスティードはゼリムを何もなしに帰した事で、露骨に不満そうな顔を向ける。

 

 

「なぜ帰した? あいつはこんな夜中に、妙なことを言いにきただけだぞ?」

「いえ、大丈夫です。自分は彼を信頼していますから」

 

 

岡がそう言うと、「後悔しても知らないからな」と言い残して、彼は部下を連れて去っていった。そのタイミングを見計らい、サフィーネとサーシャ、そしてバルザスの三人が話しかける。

 

 

「オカ、よくわからないがさっきのは誰だったんだ?」

 

 

サフィーネがまず初めに問いかける。

 

 

「ゼリムさんと言って、ラボレーオ区で働いている人です。私の友人ですよ」

「へぇ……オカが友達と呼ぶなんて珍しいな」

 

 

と、「私にはそんなこと言ってくれないのに……」と、変な所で頬を膨らませるサフィーネを説得するのは少し骨が折れた。

 

 

「で、オカ君。彼に質問したことはなんだったんだい? 私にはどうも回りくどい感じだが……」

 

 

バルザスに問われ、岡は少し悩む。

 

 

「……誰にも言わないでもらえますか?」

「もちろん」

「当たり前だ」

「約束します」

 

 

それを聞き、岡は重大事項を伝える。

 

 

「ゼリムさんは……多分、敵の間者です」

「「「なっ……!」」」

「それじゃあ、尚更捕まえないとダメなんじゃないのか!?」

「待ってください。彼はもう危険ではありません。何故かと言うと、おそらくですが最後の命令を下されたのだと思います」

「どう言うことですか?」

 

 

サーシャが質問してくる。

 

 

「総攻撃でゼリムさんも死んでこいと言われたのでしょう。どのみち、と言うのは死を覚悟した言葉です」

「その命令者が誰か、と言えなかったのは?」

「これはおそらく、彼も操られているからでしょう。『悪意なき敵』というのは黒騎士の事だと分かりましたが、ゼリムさんも同じ方法で操られているのでは無いでしょうか?」

「だから命令に逆らえず、禁じられていないことだけを伝えにきたのか」

「じゃあオカ、31日に敵が攻めてくるというのは……」

「おそらくは、本当です」

 

 

場が静まり返る。本当にそうなら、この情報を手に入れた事は物凄い幸運だ。万全の対策が取れる。

 

 

「……なあオカ君、もしゼリム君が操られていても、彼は危険では無いと言い切れないよ? どうして捕まえなかった?」

「彼がこの国で何をしていて、どんな情報を流していたかわからないからです。それに……」

 

 

岡が言いにくそうにするので、代わりにバルザスが続ける。

 

 

「……彼が魔族だと決まったわけでは無い、か」

「そうか……確かに人が操られている可能性もあるからな。それを確かめる手段は今のところない……」

「そういう事です。自分たちにできる事は、31日に向けて少しで準備を進めることだけです」

 

 

三人にそう言うと、全員が頷いてくれた。明日からまた忙しくなる、その思いと不安を胸に、それぞれの寝室に向かう四人であった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

グラメウス大陸深淵部

魔王城

 

 

魔王の居城である魔王城、そこでは魔王ノスグーラが頬杖をつき、指をトントンと苛立ちを見せていた。彼の前には、報告係の鬼人族の姿がいる。ダクシルドの部下だ。

 

 

「ですから……そういう訳で総攻撃を31日に行います、その時まで何卒お待ちいただくよう……」

 

 

報告を任された鬼人族は、震える声で魔王に伝える。魔王ノスグーラは苛立ちを隠さず、不満そうな声根で喋る。

 

 

「お待ちお待ちと……お前達は一体いつまで待たせるつもりだ? これでかれこれ一ヶ月以上予定が遅れているぞ?」

「で、ですから…….これで最後にございます……」

「そうか、分かった。もう良い下がれ」

「はい……」

 

 

そう言って鬼人族は去っていく。その後ろ姿をノスグーラは見送りながら、隣のマラストラスに話しかける。

 

 

「マラストラス」

「はい」

「31日の総攻撃とやらには我も加わる」

「左様にございますか?」

「ああ、それどころか私が指揮を取る。もうあの自称光翼人は役に立たん、31日に処分てしまえ」

「はっ……分かりました」

 

 

魔王の命令に忠実なマラストラス、彼は翼を広げて魔王城の中を飛び回る。

 

 

「31日に処分……ダクシルド様に伝えなければ……」

 

 

その様子を部屋の影から見ていたダクシルドの部下の鬼人族は、新たな報告を胸に抱く。



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閑章第25話〜古の戦場〜

更新放置してて申し訳ありませんでしたぁ!!!
これから確実に投稿していくので、またよろしくお願いいたします。


 

 

中央暦1639年12月29日

オキンパーロ区

 

 

あれから数日後。岡はゼリムの件をザメンホフ王や宰相たちに話し、セイ達と共に最後の作戦会議を行った。

 

30日辺りに敵の総攻撃があることの根拠としてゼリムの件を話した時、さすがに宰相からスパイ疑惑を疑われたが、ザメンホフ王に全ての経緯を話すことでなんとか納得してもらえた。

 

そして現在のエスペラント軍の戦力もかなり増強している。来る戦いの時には予備役を動員し総兵力で迎え撃つ命令を既に出しており、新兵器となる救国者シリーズもバランス良く量産配備されている。

 

そして……偵察隊の第一報が届いたのは29日の事であった。エスペラント側は道中や山岳に張り巡らせた偵察部隊のラインを設定しており、リレー配置で伝達を早めていた。

 

情報が届き、いよいよ決戦が始まると分かってからの行動は速かった。敵軍は西側の区壁に向かって真っ直ぐ進軍しており、区壁の外に障害物を設置したり、固定式重砲の設置を行っている。

 

 

「いよいよですね、岡殿」

「敵軍は総兵力18万……こちらも14万人はいますが、能力的には相手の方が上です。油断はできません」

 

 

城壁の上で双眼鏡を覗く岡は、モルテスと共に敵軍を確認してそう呟く。

 

 

「他の方面からの連絡は?」

「今のところはないが……奇襲が怖いな。あれだけの兵力を正面に展開されては、こちらに出せる余剰戦力は無いからな……」

 

 

そう言いながら、岡は晴れたことによってやっと繋がった通信機を起動した。故障していた部分はなんとか直している。

 

 

「通信完了……」

 

 

足の速い飛空艦なら、なんとかこの戦いに間に合うだろうか? 恐らく来れるのは足の速い巡空艦や駆逐艦が中心だろう、打撃力に欠けるのが心配だ。

 

 

「戦士の祈りは届きましたか?」

「ええ、後は助けに来るのを待つだけです」

「では、その間天ツ上にも我々の実力を見せるとしましょう」

 

 

岡の進言モルテスの指揮下の下、エスペラント軍は決戦の火蓋を切る。

 

 

──不思議なものだ。突如現れた国外の青年が、あれほどまでに心強い存在となり、隣にいるだけでここまで心強いとはな。

 

 

モルテスは思う。彼のような若い青年がいるだけで安心する。彼は突然現れ、いつのまにかエスペラントの民全員の心の拠り所となっている。その事実を不思議に思うと同時に、モルテスは緊張など吹っ切れていた。

 

 

「オカ、みんなに一言演説してやってくれ」

「分かりました」

 

 

これから戦場へ向かうサフィーネから魔導通信のマイクを渡される。岡は演説などした事は一度もないが、自然と言葉は決まっているようなものだ。

 

 

『エスペラントの皆さん、岡真司です。自分の仕事をしながらでいいので聞いてください』

 

 

今のエスペラントは完全に戦闘状態に突入している。国民全員が老若男女問わず、国のためにそれぞれの仕事をしている。その彼らに対して岡は声をかける。

 

 

『まず皆さんに感謝を伝えたいです。空から落ちてきた私を信頼してくれて、なおかつ大きな手も貸してくれたのには本当に感謝してもしきれません』

 

 

岡は今までのことを振り返りながら、その感謝を伝える。

 

 

『今私たちの目の前に1万年の宿敵である魔王軍がいます。因縁である魔王軍と共に……』

 

 

岡は区壁の上から魔王軍を見渡す。その魔王軍の布陣は密集した美しい隊形を作っており、彼らが強大に見えてくる。

 

 

『しかし、私たちは負けません。神話にもあります。王国は太陽に照らされ、長きにわたる負の時代は去り、心にかかる影は拭われ、光の時代が始まる……私はその神話を現実にしたいです。

やりましょう! そして守り抜きましょう! 新たな時代を迎えるエスペラントを、自分の目で確かめましょう!!』

 

 

そう締めくくると、兵士たちの雄叫びと歓声が返ってくる。台本もなくセンスもない演説は自分で言っていてものすごく恥ずかしかったが、なんだか吹っ切れた気がする。

 

 

「オカさん、サフィーネさん」

「サーシャさん」

「頑張ってください! そして生きて返ってきてください! 私……後方で治療していることしかできませんが……それでも皆さんのこと、支えますので!」

「ええ、共に生き残りましょう!」

「ああ」

 

 

これは故郷よりも彼女らの笑顔のために帰らなければいけないなと思いつつ、その決意を胸に抱いて岡は前線へ向かう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

エスペラント軍の雄叫びと歓声はノスグーラにも聞こえていた。

 

「哀れな奴らだ。今から踏み潰されるのを恐れないために声で士気を上げるなど……」

 

 

魔王は明らかイライラしているのは目に見えていた。人間の勇気ある叫びは魔王の耳を逆撫し、機嫌を悪くさせるのだ。それを見た周りの重役達はブルブル震えている。

 

 

「バハーラ、マラストラスはあの役立たずを倒せたか?」

「は、はハァ……マラストラス様は今さっき向かいました。ダクシルド様は何処かへ消えていたそうで、今探しているそうです」

「……ほう、貴様らには監視を頼んだのにもかかわらず逃げられたのか?」

 

 

ノスグーラは穏やかな口調を保ちつつもバハーラに向けてわざと細くした目を向ける。

 

 

「い、いえ! まだ逃げたとしてもそう遠くまでは行っていないはずです!! マラストラス様には私の部下を道案内させているので、必ずや……かなら」

 

 

ノスグーラはバハーラが言葉を言い終わる前に口を掴み、そのまま力を強める。いくら人間よりも強力な鬼人族といえど、魔帝の遺産である魔王に捕まれて握り潰されようとされればひとたまりもない。

 

 

「ぐ……がぁ……お許しを……」

「たわけが!!」

 

 

ノスグーラはそのままバハーラを握り潰し、砕けた肉片を一つ一つ地団駄を踏むように潰し続ける。

 

 

「あの家畜どもをぶち殺せ!! 一人残らず殲滅するぞ!!」

 

 

魔王はすでに冷静さを失っている。戦う前からすでに負けているようなものだ。事実、人間如きに頭に血が上っている時点で「人間以下」と呼ぶしか評価が見当たらない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

戦いの火蓋は爆炎によって開かれた。

 

狭く広がる山谷の草原に響き渡る砲声と爆音。風に乗って硝煙が舞い上がって鼻腔を突く。草原の緑が爆裂によって砕かれ、跡には穴と死体しか残らない。

 

戦闘開始の合図は両軍の砲撃戦だ。岡は現代の大砲を元に、エスペラントで簡易的な野砲を既に作り上げていた。射程、威力共にゴウルアスの爆裂魔法と同レベルにまで届いており、こうして本格的な戦闘が始まるまで撃ち続けている。

 

 

「撃ち続けろ! 相手は確実に弱まっているぞ!!」

 

 

モルテスは叫ぶ。砲撃戦ではリチャージに時間のかかるゴウルアスよりも、薬莢を排出するエスペラント軍の方が遥かに撃つテンポが早かった。口径55ミリの榴弾砲が魔王軍の布陣へ向けて次々と放たれ、ゴウルアスおも多数撃破している。

 

やがて魔王軍のゴウルアスはほぼ全て死亡し、焦ったのか後方に下げられた。魔王軍の方は混乱が発生しているのか、若干の僥倖状態だ。チャンスは今しかない。

 

 

「今だ! 全軍、前進!」

 

 

区壁上にいるモルテスの号令一下、13万のエスペラント兵達が歩み始める。彼らの手には新しい救国者の証が握られており、2列に並んで戦列歩兵として前進する。

 

戦術として戦列歩兵を選んたのは岡である。ゴウルアスの連射魔法の射程が短い事を知っていた岡は、あえて機関銃に対して脆弱な戦列歩兵戦術を選んだ。

 

2列に広がる事で救国者シリーズの火力を最大限に斉射、再装填の時間は2列目が稼ぐ。例え接近されようとも拳銃や銃剣も生産している為、乱戦も可能だ。

 

 

『騎兵部隊前へ!!』

「行きますよサフィーネさん!」

「ああ!!」

 

 

エスペラント側から見て右翼に配置された騎兵隊の先陣を切るのは、岡と岡の教えを受けた兵士が乗ったサイドカー。王や指揮官の代わりに英雄が前に出る。

 

指揮系統も壊れない上、兵士たちの士気も上がる。やはり一番前に出て戦うべきなのは英雄なのだ。それは中央海戦争の空で証明されている。

 

サイドカーのアクセルを全開に、一気に突撃をする騎兵隊達。その後ろをエスペラントの馬達が土煙を上げて走ってくる。真正面には魔王軍の騎兵、およそ500騎。

 

 

「十分引きつけて!」

 

 

ここで撃ったとしても、敵との距離が離れすぎていてまともに当たらない。バイクも馬も、銃の照準の天敵である「揺れ」が大きいのだ。

 

 

「「「グロロロロロォ!!」」」

 

 

敵の騎兵部隊はヤギのような大きな角を持った黒い馬であり、ロバとの交配を重ねたエスペラントの馬よりもさらに強そうに見える。

 

 

「まだだ……」

 

 

まだ、距離が離れている。手で掴んで掴み取れる距離にまで近づかない限り、有効打は与えられない。

 

 

「まだ……」

 

 

まだ飛んで行かないと届かない距離、まだ手ではつかめない。しかし距離は詰まる!

 

 

「今だぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

大きく叫び、騎兵隊から銃弾の雨霰が降り注ぐ。先頭のバイク集団から放たれた機関銃弾、弾丸が魔王軍に突き刺さり、よろけたゴブリンライダーが蜂の巣にされる。

 

バイク集団はそのまま突っ込まず、左右に分かれて騎兵集団を両翼から挟み込む。あるいはわざと囮になって撹乱し、本命の馬の突入を支援する。

 

 

「全騎突撃!!」

 

 

騎兵を率いるのは、あのジャスティード。サーベルを腰から引き抜き、僥倖状態の敵の懐に入る。敵のウヨウヨいる先頭集団に突っ込むのは、騎兵隊に選ばれた特権。今までなんでこの素晴らしく立派に戦える仕事をしてなかったのかと、ジャスティードはニヤリと笑う。

 

すれ違いざまにゴブリンライダーの首を切り、よろけたゴブリンを馬で轢き、最後に馬上のゴブリンとの鍔迫り合いになる。すかさずサーベルの角度を変えて刃を滑らせ、鎧の隙間を縫って切り込みを入れた。

 

 

「グギャ!」

 

 

怯んだところを腕ごと切り落とし、馬から突き落として落馬させる。

 

 

「まだまだ! オカに追いつくんだ!」

 

 

しかしその時、視界の端で爆炎と轟音が鳴り響いた。エスペラント側から見て左翼、その方向から雷鳴のような轟音が聞こえたかと思うと、巨大な影が動いていた。

 

 

「モルテスさん! 状況は!?」

 

 

バイクの岡はすぐさまモルテスに連絡を取る。

 

 

『まずい事になった! 魔王軍は左翼にゴーレム部隊が展開した! 左翼が集中攻撃されて食い破られようとしている!!』

「分かりました! 手筈通りに予備戦力を展開してください!」

『分かった!』

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

モルテスは岡の指示を元に兵士達に命令を打ち出し、兵達はそれに従って迅速に展開を始める。予備兵は三つに分かれて素早く展開。軽野砲を引き連れてすぐさま展開を完了した。

 

魔王軍のゴーレム部隊はその大腕を振るってエスペラント重装歩兵を蹴散らし、地面を殴って魔法まで発動している。とても近づけたものではない。

 

軽めの37ミリ砲は一番早く展開が完了し、すぐさま撃つ準備を整えた。安全装置を解除し、照準器を覗いて真正面にいるゴーレムを狙う。

 

 

「展開完了!」

「よし軽砲、撃てっ!!」

 

 

分隊長が叫ぶと同時に砲声が轟く。37ミリ徹甲弾はゴーレムの足元に着弾し、技術力の低さによる命中精度の低さを表してしまった。

 

 

「やはりこの国の技術では一発目では当たらんか……二発目!」

 

 

空薬莢を排出し、二発目を装填する。その隙にゴーレム部隊は野砲を見つけ、脅威とみなしたのか一気に駆け出して突破を図る。

 

 

「装填完了!」

「撃てぇ!!」

 

 

二斉射目は先ほどよりも上を狙って撃ち、その数撃が弾幕を張る形となってゴーレム部隊に突き刺さる。

 

 

「グォォォォォ!!」

 

 

放たれた槍がゴーレムを突き破って爆裂し、内部でその威力を発揮する。魔力回路もズタズタに引き裂かれ、ボロボロの岩に崩れ去る。5回目の斉射をする頃にはゴーレム部隊は全滅していた。

 

 

「やったぞ!」

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

その歓声によってさらに士気が上がるエスペラント兵達、魔王軍に対しての反撃が始まろうとしていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

『オカ殿! ゴーレム部隊を破りました!』

「今です! 私たちが右翼を破って回り込みます! 皆さんは前進を!!」

 

 

オカは出せる最後の指示を出して通信を切る。そして走り回りながらサフィーネと共に短機関銃を乱射する。

 

 

「サフィーネさん、活路を開きます! アレを!!」

「分かった!」

 

 

サフィーネは岡からの指示を聞いて大きな筒を取り出した。それは九式七糎噴進砲そのもので、サイドカーの荷台に二脚を立てる。

 

 

「撃つよ!」

「分かりました!」

 

 

岡はサイドカーを操作して、なるべく遠くに一旦離れる。他の騎兵部隊の皆も一斉に離れていき、一瞬だけ一団がちょうど良い間隔に間が空いた。

 

その騎兵の一団に向かってサイドカー軍団が一斉に方向転換。向かい合うように相対速度が上がっていく。

 

 

「全員撃てぇ!!」

 

 

一列に並んだサイドカー軍団から噴進弾達が放たれ、それが魔王軍騎兵隊に向かっていく。すぐに爆裂が魔王軍から打ち上がり、よろけたゴブリンと馬が手足を失って苦しみ悶えている。

 

 

「今だ! 突破するぞ!!」

 

 

騎兵部隊はさらに速度を上げ、サイドカーと馬の出せる限界速度まで加速する。

 

 

「いっけぇ!!」

 

 

もはや自分たちを止める者は魔王軍にいない。このまま右翼を突っ切って魔王軍の後方に回り込むのだ。

 

疾風の如き騎兵隊達は魔王軍の騎兵を次々と突破していき、ゴブリンを蹴り上げ、屍を踏み倒して前へと進む。

 

 

「はっ!」

 

 

ジャスティードも続くように遅れぬようにサーベルを振るい、ゴブリンの首を次々と切り裂いていく。

 

加速したジャスティードの馬が岡とサフィーネの乗るサイドカーと並走し、ジャスティードは不敵に笑っている。岡もそれに応えるよう不適に笑った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「魔王様……! 左翼の奴らが突破されました……! 人間共が裏に回り込んできます……!!」

「分かっておるわ!」

 

 

そんな事はノスグーラの視力で百も承知、頭を抱えて急いで対策を立てる。舐め切っていた人間の軍隊は予想よりもはるかに強く、そして折れなかった。

 

まずい、今の状況は非常にまずい。魔王軍はゴーレムを展開した右翼側を好機と見て、全軍をこっそり右翼側に向かわせて一点突破しようとしていたのだ。

 

今魔王軍は右翼側に偏っており、エスペラント側に陣形を反時計回りに迂回されたら完全に包囲される。敵騎兵の突破はこれが狙いか。

 

 

「クソっ! 右翼に予備兵団を投入しろ! さっさとせんかマヌケが!」

 

 

ノスグーラは指揮官として指示を出す。しかしその指示は半端怒鳴りに近く、とてもじゃないがパワハラに近い。

 

しかし、そんなノスグーラの願いなど聞く気もなく、エスペラント軍は魔王軍を包囲しようと動き始めた。魔王軍から見て左翼側、そこの兵士達が一気に突撃を開始したのだ。反時計回りに迂回してこちらを囲んでくる。

 

 

「クソがっ!!」

 

 

そこらへんのオークに八つ当たりをしながら必死に指揮をとる。指示とも呼べないハラスメントを唾と共に飛ばし、とにかくこの屈辱的な状況を打開しようとする。

 

 

「こうなれば……」

 

 

しかし明らかにならない状況、それはより悪化してノスグーラを苦しめる。こちらの方が数も強さも精強なはずなのに、たかが人間如きにやられっぱなしでいるこの屈辱がノスグーラには耐えられなかった。

 

ならば……奥の手を使うまで!

 

 

「出でよ……」

 

 

土がめくり上がり、大地がゆるぎ始める。その破片が固まる粘土細工のように凝縮し、その形を形成していく。それを見た魔王軍の魔物達も、エスペラントの兵士たちも、その姿を見て凝固する。

 

 

「カイザーゴーレム!!」

 

 

まさしく神話の時代の産物。

 

古の時代(時代遅れ)のゴーレムが、戦場に降臨した。




第25話のエピソードに関してなのですが、ラクスタルが原作と一緒の性格なのはどうなのかとこの数ヶ月で考えまして。修正前のエピソードでは、ラクスタルは妻をパンガダに殺され復讐鬼みたいになっていました。その設定を復活させようかと思うのです。その方が物語のフレーバーになるかもしれないと思いまして。

ですが、この件に関しては賛否あると思いますので皆さまの意見も募りたいです。


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