ありふれた女魔王と宇宙戦士(フォーゼ) (福宮タツヒサ)
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1.シス・コン・参・上!!

思いつきで、こんな主人公を書いてしまった……
色々やっちまった感はあるが、後悔はしない。
……不快な思いにさせてしまったらスンマセン。


——妹、もしくは姉に起こしてもらう。

朝の枕元に、しっかり者の可愛い女家族に起こしてもらう……という体験を味わったことがあるだろうか?

多くの者はこう答えるだろう……『そんなの幻想に過ぎん!! 実際の姉妹はそこまで構ってくれないんだよォ!!』と。

全くもってその通りである。実際、現実(リアル)の姉や妹とは仲はそんなよくない。一方的に嫌われていたり、互いに嫌っていたりするケースが多い。

世の中そんなものだ。上手くいかない。

……それでも、世のシスコン達は想像を働かせ、期待してしまうのだ。理想的な妹(姉)が欲しい、と。

そんなこんなで、今日もこの男は待っている。

 

(ムフフフフ、今日は待ちに待った月曜日、妹と仲良く登校するという口実ができる日! 我が妹よ、お兄ちゃんは現在進行形で起きチュン待機しているぜぇ〜!!)

 

この男——南雲(なぐも)ゲン——は、ベッドの上で布団に包まった状態で待ち続けていた。

妹から「お兄ちゃん、起きて! 学校に遅れちゃうよ!?」というシチュエーション——略して『起きチュン』——を心待ちしているのだ。

三十分前から起床して、布団の下は既に制服を着込んでいるので、起こす必要はないというのに……

 

(あれ〜? 何か学校が始まる時間ギリギリな気がするけど……まぁハジメが来てないし、気のせいだろ。さぁ、俺の愛して止まないマイ・スウィート・シスター、ハジメたん! 布団に手を掛けた瞬間、お兄ちゃんとの抱擁を決め込もうじゃないか! さぁ、さぁさぁさぁさぁさぁ!!)

 

「——ゲン!! いつまで寝ているの!? 学校に遅れるでしょうが! 早く起きてらっしゃい!」

 

「待ってました、ハジメたん! お兄ちゃんの胸に飛び込んでらっしゃ——って、何だ母さんか……」

 

妹ではなく、母親が登場したことに酷くガッカリして体が項垂れた。

耳までかからない程度の短い黒髪に整った顔。黙っていればそこそこのイケメンに見えるが、言動や性格が災いして全くモテない。と言うか、女子に遠ざけられている。本人はこれと言って全然気にしてないのだが。

 

「あれ? ハジメはどうしたの? 風邪?」

 

「ハジメ? ハジメならとっくに学校に向かったわよ」

 

「……え? えぇええええええええッ!? 置いて行かれたの、俺!? ちょっとハジメー! お兄ちゃんまだベッドにいるよ!? お兄ちゃんを置いたまま登校って、それはないぜぇ!? ハジメーー! マイ・エンジェルーー! カムバッーーーーーク!!!」

 

「朝っぱらからうるさいわよ! 近所迷惑でしょうが!? 良いから早く朝ご飯食べて学校へ行きなさい、このバカ息子!!」

 

バチコーーン!! と、母親のチョップを朝から頂戴するゲン。そして今日も、朝から騒々しいシスコン兄の物語が始まる。

これは、宇宙(クラス)の妹への愛を持つ、シスコン兄が描く物語である。

 

 

 

 

———▲———

 

 

 

 

月曜日。それは一週間で最も憂鬱になる日である。学校に通う中・高学生、会社に勤めるサラリーマン、コンビニのバイトだってこの意見に賛成するだろう。

 

(ハァ……今日から学校か。嫌だなぁ〜)

 

頭の頂にアホ毛が立っているこの少女、南雲ハジメも憂鬱になる。

しかし、この少女は、学校に行くのが面倒というわけではない。学校の居心地が悪いという理由もあったのだが、今日も兄に付き纏われることになるだろうと想像したからである。だから敢えて兄を放っておいて、兄の始末を母親に押し付けて先に学校へ行ったのだが。

いつものように始業のチャイムが鳴る直前までギリギリに登校して教室の扉を開けた。

瞬間、男女問わず教室にいる大半の生徒達に睨みや舌打ちを貰う。無関心ならまだしも、ハジメは同性からも侮蔑の視線を向けられていた。

哀れな子羊なハジメは気にしない素振りで自席へ向かうが、その進路を遮るように、毎度ちょっかいをかける男達が立ち塞がる。

 

「よぉ、キモオタ〜! また徹夜でゲームか? どうせBLゲームでもしてたんだろ?」

 

「うわッ、マジでキモ〜。BLで徹夜とかマジキモいじゃん!」

 

如何にもいじめっ子の雰囲気でゲラゲラ笑い出す男達。檜山大介(ひやまだいすけ)を筆頭に斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)中野信治(なかのしんじ)は飽きもせず、毎日ハジメに絡む男子生徒達だ。ハジメはこの四人を『檜山一派』と呼んでいる。

そして、ハジメはオタクである。別にキモオタと呼ばれるほど身だしなみや言動が酷いわけではない。ただ創作物が好きという普通の女の子だ。

世間一般ではオタクは非難の対象にされるため好意的に見られない。だが、ハジメが大半の生徒、特に男子生徒全員に敵意や侮辱の視線を向けられるのは、別の理由にある。

 

「おはよう、ハジメちゃん! 今日もギリギリだね、もっと早く来ようよ」

 

天真爛漫な笑みを浮かべながらハジメに歩み寄る女子生徒が一人。このクラス、学校でもハジメにフレンドリーに接してくれる数少ない例外の一人であり、同時に大半の生徒達に恨まれている理由の一つでもある。

白崎香織(しらさきかおり)。腰まで届く艶やかな黒の長髪、少し垂れ気味の優しそうな大きな瞳、薄い桜色の唇の完璧な配置の並んだ美少女。その容姿から学校内で二大女神と言われ、男女問わず絶大な人気を誇っている。

加えて常に笑顔を絶やさず、面倒見も良く責任感も強いため、学年問わず頼られることが多い。それを嫌な顔一つせずに真摯に受け止めることから、高校生とは思えない懐の深さとされる。

そんな彼女は、よくハジメと、ハジメの兄に構うのだ。最も、兄の方に構う比率の方が高いのだが。

ハジメは徹夜のせいで居眠りの多くて不真面目な生徒と思われ(成績は平均点を保っている)、兄は別の理由で問題児と思われており(成績は平均点以上を取っている)、香織は生徒の面倒見の良さから気にかけてると周囲に思われている。

正直、ハジメは彼女が苦手だった。初対面は良い人と思ったが、人目を気にせずニコニコと関わって来られると生徒の妬み嫉妬などの怨念を貰い受けるのだ。

 

「う、うん。おはよう、白崎さん」

 

ハジメが挨拶した瞬間、ブワッ!! と殺気がなだれ込んだ。呑気そうに笑みを浮かべる香織に対して、ハジメは頰が引きつって冷や汗を流す。

もしハジメが香織に匹敵する美貌の持ち主であれば嫉妬や敵意の視線に晒されることはなかったが、ハジメは顔も体型も成績も平々凡々だと自覚している。そして『趣味の合間に人生』を座右の銘としているので、香織に指摘されても生活態度の改善をしようとしない。故にハジメの周りには敵意が飛び交う。

ハジメが何とか会話を切り上げるタイミングを計っていた——その時だ。

 

「ヤッベェ!! 遅刻遅刻遅刻じゃーーー!!?」

 

廊下から、()が吹き荒れた。

途端に、香織とハジメを除いた、クラス中から舌打ちの嵐が飛び交った。

 

「ヨッシャァ!! ギリギリセーフ!!!」

 

『——へぶぅうッ!!?』

 

騒々しい雄叫びを上げながら騒音の発生源は教室の扉にタックルを決める。扉がドッシャーーーン!! と勢いよく外れて床に転倒した際、扉にもたれかかっていた檜山一派は巻き込まれて扉の下敷きになった。

 

「危ねぇ危ねぇ、もう少しで無遅刻無欠席と言う俺の記録に泥を塗るところだったぜ」

 

男は「フゥ〜」と一仕事終えた表情をして額に溜まった汗を裾で拭く。

言わずとも分かるが……この男、南雲ゲン。ハジメに置き去りにされた後、チャイムが鳴るまで残り五分という短い時間の中、バイク並みの速さで学校通路を走り抜けたという、無駄に身体能力が高い。

ついでにこの男の紹介もしよう。

通称『シスコン番長』。名前の由来通り、妹であるハジメを溺愛し、周囲にハジメの魅力を二十四時間延々と休憩なしで延々と語れるぐらい、シスコン愛をアピールする。

普通なら『シスコン』というだけで非難されるものだから、まず普通の人ならシスコンであるのを隠すものだ。ましてや見せびらかすなどしない。だが、この男だけは例外……と言うより異常であった。本人曰く「シスコンの何が悪い!? 俺のハジメへの愛は永久絶対不滅最強無敵じゃいッ!!」と意味不明の言動を叫びながら、シスコンであることを誇りに思っている。

この要因から『変態な変人』『頭の可笑しい馬鹿』『工事現場より喧しい騒音発生源』と、多くの生徒に嫌われたり恐れられたりしている。

それと、めっぽう喧嘩に強い。『番長』の由来はそこから来ている。

以前、ハジメを『キモオタ女』と口にした不良が一人いたのだが、それだけで当時中学三年生のゲンの怒りを買い、その不良が所属しているグループ(総勢八十五人)へ素手で殴り込みに行った。結果、苦戦することなくゲンの圧勝で、不良全員は全治五ヶ月の病院送りになった。その後、不良達は『シスコン』や『ハジメ』という単語を聞くたびに発狂するほど身体中に恐怖を刻み込まれ、そんな不安定な精神で不良活動を続けられるはずもなく、グループは瞬く間に壊滅したという。

規格外過ぎる強さを持つことから「バイクどころかトラックに撥ねられても死なないのではなかろうか?」とか「いや、それ何処の両●○吉だよ? ……ありそうだけど」と噂に尾ひれが付与されていく。中には事実も混ざっているため否定しにくい。

学校だけでなく町内中からある意味恐れられ、『シスコン番長』と唱えるだけで、泣く子も黙るどころか、ヤクザやギャングまでもが泣き叫んで逃げ出す程の影響力がある。

 

「ハジメちゃ〜ん! 俺を起こしに来てよ!? 先に行くとしてもせめて伝言してからにしないと、じゃないと俺だけいつまでも来ないことになるからね!?」

 

「お兄ちゃん。別に来なくても良いのに……むしろ来ないで欲しかった」

 

「ひ、酷い!? ハ……ハジメに嫌われちゃったッ……!? ッ〜〜〜、うぅ〜〜〜!!」

 

それと、皆まで言う必要はないと思うが……もの凄くウザい。妹であるハジメや両親ですら弁護できないほど、非常に騒々しい上にめっちゃウザい性格の持ち主。所謂、残念イケメンを通り越して『残念過ぎるフツメン』であった。

別にハジメは『嫌い』と言ったわけではないのに、ゲンはマジ泣きの号泣をしながら下に倒れた扉をダンダン! と叩く始末……因みにゲンは現在、下に倒れた扉の上にいるため、扉の下敷きになっている檜山一派は上から来る扉の重みとゲンの体重による二重の圧迫感に襲われている。加えて、ゲンが扉を叩く衝撃が伝わるので、かなり息苦しい状況になっている。災難(因果応報)に見えるが、いつもゲンに隠れてハジメを『キモオタ』と罵っていることがバレたら四人全員、全治六ヶ月の病院送りで済まされないのは明確だから、ある意味この程度で済んで幸運だと言えなくもない。そしてこの四人、ゲンにボコられるのが恐ろしくて、ゲン不在時しかハジメにちょっかい出さない。チキンだ。

 

「ゲン君、おはよう! 今日もギリギリだったね」

 

「おっはー、香織ちゃん!」

 

そして、ゲンは変わり身が早い。さっきまでの号泣振りが完全に消え去って元気溌剌に挨拶を決める。打たれ強さ、もとい耐久性もゴキブリ並みであった。

すぐさま立ち直ったゲンは扉の上を歩きながら香織のところまで行き、香織とハイタッチを交わす(下敷きになっている檜山一派は踏まれるたびに「ウゲェッ!?」「痛ッ!」と声を上げていたが、誰にも気に留められない)。

途端に、ブルァアアアッッ!! と、周囲からハジメ以上の殺気がゲンに向けられる。何であんな変人(シスコン)が学校一の美少女と仲が良いのか、クラスの男子生徒達は血の涙を流しながら殺意を覚える。

天然の一面を兼ね備える香織はまだしも、ゲンは殺気を送られていることに気付かずに話を続けていた。ゲンと挨拶しただけで香織は嬉しそうな表情をするので、それがスパイスとなって男子生徒達の怒りを更に倍増させている。

それを横目で見ながら殺意の溜まり場付近にいるハジメは「いい加減に気付いてよぉ!! 私以上の敵意を向けられているのよ、お兄ちゃん!?」と、内心で叫んでいた。

 

「いや、しかし……今日は良い天気だな。香織ちゃんもそう思うでしょ?」

 

「うん。そうだね! あ、そうだ。時間が空いているなら、放課後、私と———」

 

「こんな快晴こそ、ハジメたんとのデート日和には最適ですなぁ! だろ、ハジメ!? 今日は俺の奢りということで放課後、俺と一緒に映画見にランデブーしないかい!? あ、子供には見せられないチョット大人な内容なやつでもOKよん? お兄たんはハジメがどんな内容の映画を所望しても、我らがマイ・エンジェルのハジメをドン引きなんてしないぜ!」

 

「絶対イヤ。一人で行け、バカ兄」

 

「はぅッ!? ……い、妹からの毒舌はッ……結構効くぜぇッ……ガク」

 

口から血反吐を出して地面に倒れ込むゲン。この毒舌妹に心をテクニカルブレイクされる光景は毎度のことなので、クラスメイトは『ああ、いつもの光景だなぁ……』と、特に疑問に思っていない。

ゲンに放課後、二人だけで遊びに行く約束を取り付けようとした香織だったが、肝心の標的(ゲン)が先にハジメの方を誘ったため、香織は「え、えぅ……」と最後まで言えず、チャンスを逃して失敗に終わる。一番の被害者は、勇気を振り絞っても言う暇すら与えられない彼女なのかもしれない。

そこへ、三人の男女が近寄って来た。

三人のうちの女子生徒は南雲兄妹と仲が良いのだが、問題は残った男子生徒二人である。

 

「おはよう。ハジメさん、毎日大変ね。ゲン君は……まぁ相変わらずね」

 

「香織、また二人の世話を焼いているのか? 全く、香織は本当に優しいな」

 

「フンッ、そんなやる気のない奴に何を言っても無駄だと思うけどなあ」

 

三人の中で唯一挨拶した女子生徒が八重樫雫(やえがししずく)。香織の親友にして、黒髪ポニーテールが特徴のカッコイイ系女子である。

百七十二センチの女子にしては高い身長と剣道で鍛えられた身体、凛とした雰囲気を持つことから現代に蘇った美少女剣士として雑誌の取材を受けることもあり、彼女を『お姉様』と慕う熱狂的な女性ファンが続出するほど人望が厚い。実家が剣道道場なことから、雫自身も剣道においての覇者だ。そして香織と負けず劣らずの二大女神の一角である。

次に、些か臭いセリフを吐きながら香織を呼んだ男は天之河光輝(あまのがわこうき)。名前からしてキラキラネームであり、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の、如何にも勇者な奴。

誰にでも優しく正義感が強く、雫と同じく小学生の頃から八重樫流に通っており、実力は雫と同じ全国クラス。以上の要因からダース単位で惚れている女子生徒がいるそうだが、幼馴染である香織や雫とつるむことが多いので大半は気後れして告白に至らない。良い人なんだろうが、悪く言えば思い込みが激しい。無自覚のご都合主義者という非常にタチの悪い人種なので、雫を困らせる行為がしばしばある。

最後に投げやりな発言の男子生徒は坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)。光輝の親友であり体格が熊のようにデカい、見た目に反さず細かいことは気にしない脳筋タイプ。

『努力』や『熱血』という言葉が大好きなので、南雲兄妹のように学校へのやる気を見せない生徒は嫌いである。加えて、何故かゲンにばかり悪態を吐くことが多い。馬鹿な性格でも違う種類だからなのか、現に今も龍太郎はゲンを一瞥して親の仇のような敵意を送る程、一方的に嫌っている。睨まれているゲンは特に気にもしてないので無視しているのだが。

 

「よ、雫ちゃんもおっはー!」

 

「ゲン君、ハジメさんのことが大好きなのは分かるけど、周りの目線も気にしなさいよ? ハジメさんのためにもね」

 

「おう、バッチリだぜ! ハジメたんは俺が守る!」

 

グッと親指を立てるゲンだが、現在進行形で説得力がない。雫は「本当かしら……」と頭を抑える。気軽に話してきたことでゲンはクラス全員に「調子に乗んなよ、ゴラァ!?」と殺意が向けられているが、本人は全然気付いていない。まぁ、いざゲンに鋭い眼光を向けられると全員がビビるので、檜山一派と同じくチキンなのだが。

ゲンは雫と男女の仲とまで発展してないが、香織と同じくらい仲が良い。雫はオカン係兼ツッコミ要員でもあるので、基本ボケ役のゲンからは重宝視される。このことを突かれると雫は激しく否定するが。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河君、坂上君。ハハ、まぁ自業自得とも言えるから仕方ないよ」

 

雫達にハジメも苦笑いしながら挨拶した。同じく「テメェ何勝手に八重樫さんと話しているんだ、アァ!?」的な視線が突き刺さるが、ゲン程の重圧でないので、ハジメはまだマシだと安堵する。

 

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって、君達に構ってばかりはいられないんだから」

 

「? 何言っているの、光輝君? 私はハジメちゃんと話したいから話しているだけだけど?」

 

一瞬驚いた表情をするけど「え? ……ああ、香織は本当に優しいな」と勝手に解釈する光輝。自分の正しさを疑わない本当に困った性格の男であり、幼馴染である雫の悩みの種の一つである。

 

「———オイ」

 

———ゴォォォ!! と怒気が教室中に行き渡る。ハジメを不真面目な生徒と認識して要らぬ忠告をした光輝にキレたのか、ゲンの周囲から何かしらのオーラがなだれ込む。

途端に先程までハジメに敵意を送っていた全員は「あ、ヤバイ! 地雷踏んじゃった!?」「非常事態に備えろ! 朝からメッチャ面倒臭いことになるぞ!!」と、地震が起きた対処時みたいに慌てふためく。

 

「おうおう、ウチの妹に文句あんのかい、ワレェ?」

 

何処ぞのツッパリみたいに腰を低くした態勢、ズボンに手を突っ込ませながら鋭い眼光で光輝に迫る。ヤクザ映画を見たのか知らないが、巫山戯たように見えても全身から溢れ出す闘気は限りなくモノホン以上で、眼前で睨まれている光輝は何も言えない。

 

「なぁ天之河さんよぉ、俺の妹にちょっかい出すのはいい加減、止めにしようや……昨日俺はなぁ、ハジメと一緒に『金○先生』を見たんじゃけえのぉ」

 

(((だから何だよ!? っていうか『○八先生』かい!!)))

 

「いや、そんなこと言われても……」

 

(ハジメちゃん良いなぁ、ゲン君と一緒に映画見たんだ……私もゲン君の妹役に立候補したら可愛がってくれるのかなぁ?)

 

一人除いてクラス中の意思が一致した。話どころかジャンルが違い過ぎて内容に掠りもしていない。光輝の返答は絶対間違っていない。あと、約一名は意見が違うどころか危ない思考にまで発展している。

その貫禄のままゲンは「『人』という字は支え合ってできているのじゃけぇのぉ〜」と、最早関係ないことをエセ広島弁で語り出す。やがて、映画の感想を語り終えて(特に意味はない)、ゲンは光輝と対峙する。

 

「良いか、よく聞けよ? テンプレ勇者野郎。ハジメはエンジェル……つまり天使なんだよ! 授業中に『お兄ちゃん大好きぃ…』とか涎を垂らしながらお兄ちゃんの夢を見ている姿は世界的美術界のイージス艦級! いや! 芸術そのものを凌駕し、絵なんかじゃ表現できない“美”そのものなんだよ! その美を生産するために必要な工程を止めろとかお前、世界中のシスコン神への冒涜でぶっ殺されるぞ!? こ・の・お・れ・に!!」

 

(((………うん。本気で何を言っているの?)))

 

本当に何を言っているのか分からない……

熱く語るゲンの傍でハジメは「そ、そんなこと言ってないよ!? デマカセだからね!?」と激しく否定する。しかし語り足りないのか、ゲンは教室中に響く音量で続けた。

 

「それからさ、その日は続けて深夜のホラー映画を二人で見たんだけど、その時のハジメたんは『お兄ちゃん、怖いよっ……』と呟いて、そりゃもう可愛かったんだぜ!? 産まれたてのバンビちゃんより勝る愛くるしさを浮かべて俺の手を握って来たもんだから、俺の妹魂が興奮して——」

 

「そ、それ以上口を開くなぁ!! このバカ兄ーーーーーー!!」

 

「え? ……ま、待ちなさいハジメ! 流石に金属バットは不味いって——ギャァアアアアアアアアアア!!?」

 

延々とハジメの自慢話を語ったゲンは、真っ赤な顔をしたハジメに何処から取り出したのか分からない金属バット(釘付き)で滅多打ちにされる。それはもう容赦なく力いっぱい振り下ろされ、教室中にドシャッ!! とかバキッ!! とか、絶対に人体から鳴ってはいけない不快な音がゲンの体から鳴り響く。お茶の間の皆様には、とてもお見せできない光景だ。

殺人未遂? の光景を眼前で見せつけられたクラスメイト全員は顔を真っ青に染まり体が震え出す。光輝一行もドン引きして数歩後退し、香織ですら汗をかいて苦笑いを浮かべる。先程までハジメを罵っていた檜山一派に関しては、顔が真っ青どころか顔面全体が真っ白に染まって教室の隅でガタガタ震えていた。「俺達にも報復が来るのでは……!?」と。

一分後、「ハァ、ハァッ、ゼェ……!」と息を切らしながら、ようやくハジメは動きを止めた。血で赤く染まった金属バットを持つその少女の姿は、先程の話に出たホラー映画に登場する呪い人形や幽霊だって尻尾巻いて逃げ出す迫力がある。

煙が晴れると、あちこちの関節が曲がってはいけない方向へ曲がって、呼吸が虫の息まで低下しているゲンが転がっていた。何か血生臭い悪臭が全身から臭い出し、小蝿が徘徊し始めている。これで生きているのだから、生命の凄さ、いや、南雲ゲンの生命力の強さは不思議なものだ。しかも数分経てば、ギャグ漫画の主人公よろしく、何事もなかったかのようにピンピンしている。

ゲンの自業自得とはいえ、バットを持ったまま荒い呼吸をするハジメを見て、もうその教室内で彼女に敵意を向ける勇者はいない。恐怖に溺れて誰も南雲兄妹に声をかけられない混沌(カオス)と化した中、

 

「はいはーい、ホームルームを始めますよ……って、どうしてこんな静かになっているんですかぁ!? って、南雲君!? 血だらけになって倒れているぅ!? 南雲さんはどうしてそんな危険な物を持っているんですかぁ!? たたたた大変です! 保健室! いや救急車、救急車〜!!」

 

(((先生、ナイスタイミング!!)))

 

現れた癒し系教師、畑山愛子先生の登場に、ゲンとハジメを除いたクラス全員が感謝した。

三分後、正気に戻ったハジメは金属バットをしまい、ゲンも何事もなかったかのように無傷の状態で着席した。因みにゲンが倒した扉はゲンが直したってさ。

数分後、落ち着きを取り戻した愛子によるホームルームが始まった。



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2.異・世界・召・喚!!

 

朝からドタバタコメディ劇が起こり、何事もなく授業が開始されてから四限目が終了し、昼休み合図のチャイムが鳴り響く。

四限続けて爆睡していたハジメは机に突っ伏していた態勢を崩し、本日の昼食である、たった十秒でチャージ完了の簡易食、銀のパックに包まれたゼリーを取り出す。

開けた飲み口に口をつけ、ジュルルルルと一気に飲み干す。たった十秒間でカラッカラになった銀パックをしまい込み、もう一眠りしようと机にもたれ掛かる。

ところが、ハジメの元に嵐がやって来た。

 

「やぁやぁやぁ、ハジメたん! 今日が何の日か知っている? 忘れてないよね? 今日は『祝! ラブリーシスター、ハジメと一緒にご飯を食べる会』の日だぜぃ! というわけで、一緒に食べよ——」

 

「そんな記念日、私は知らないし約束した覚えもない。そしてうるさい、黙れ。早よ食べろ。昼寝の邪魔になるから」

 

「酷ひッ!? ハジメたんへ日頃の感謝も込めて昨晩徹夜で思考した、俺のハッピーなフェスティバルを速攻でお断り!?」

 

ハジメはしまったと、呻いてしまう。月曜日ということもあって油断していた。いつもなら(ゲン)は購買へ走り「ハジメの分と買ってくるぜ! 栄養は取らなきゃ、ダ・メ・だ・ぞ?」と言ってハジメの好きそうな甘味も調達してくるので多少その間は静かになると思った。だが、今日のゲンは昼食が購買でなく弁当なので、常にこの教室内に、つまりハジメの傍にいることになる。

ハジメの隣で、口を開けば喧しいゲンは多少の落ち着きを取り戻し、再び口を開いた。

 

「ま、まぁ良いでしょう!! ハジメを困らせるわけにはいかないからな! 今日のところはスピーチを述べることで手を打とうじゃないか! では……『本日はお日柄も良く、それ以上に我が妹、ハジメはなんと可愛い天使なのでしょう。天使を産み出した両親には感謝してもしきれま——ムゴォッ!!?」

 

「良いから早く食べろ」

 

無駄に手間がかかった上に本人(ハジメ)からすればどうでも良いスピーチを読んでるゲンの口元に、ハジメは先程完食して空になった銀パックをストライクさせる。軌道よく銀パックはゲンの口に入り込んで喉まで侵入し、ゲンは軽く呼吸困難に陥っていた。

内心で「これで少しは静かになるだろう」とハジメは机に伏せるが、またもや面倒な人がやって来る。

 

「ゲン君達、珍しいね? 教室にいるの。お弁当余分にあるんだけど、良かったら一緒にどうかな?」

 

不穏な空気が満たし始めた教室内で、ハジメは内心で悲鳴を上げる。心の中で「もう結構です! 頼んますからわっちに構わないでおじゃりまする!!」と、方言も言葉遣いもバラバラな叫びを叫んだ。

ゲンを置いて退散するという手もあるが、(ハジメ)のいるところにシスコン(ゲン)参上というように、確実にゲンはハジメから離れようとしないだろう。そして兄に好意を寄せている香織も続いて行くので、結果ハジメの後をこの二人が着いて行き、ハジメもクラスメイトから嫉妬の視線を向けられることになる。「(ゲン)が教室にいることを忘れなければ良かった」と後悔しまくった。

 

「大丈夫だ、香織ちゃん。今日の俺はこの弁当を食すために朝ご飯も抜いて来たのだからな」

 

いつの間にか復活してハジメの隣に仁王立ちしていたゲンがコレコレ、と黒の重箱を指差す。それはゲンの必死な努力の賜物、文字通り体を張って手に入れた、ハジメが用意してくれたゲンの昼食である。

昨日の晩、愛しの妹が作ってきてくれた愛妻弁当ならぬ『愛妹弁当のシチュエーション』を希望したゲンは、八時間の土下座をハジメの自室の前で決め込んだ。兄の威厳の欠片もない姿を見た両親は哀れんでハジメにお願いし、ハジメも八時間以上も土下座をされるのはウザかったので渋々用意することになった。

そんな苦労をかけて手に入れた、ハジメお手製の弁当。シスコン極まりのゲンにとって、これ以上の至福はない。

 

「ハジメお手製のべ・ん・と・う♪ ……生きてて良かったーーー!! ありがとうハジメ様、妹様! 全てのシスコン神々よ、生きとし生きる同士達、俺はハジメたん手作り弁当を食べるぞーーー!!」

 

(((ああ、もう……マジうるさいし、滅茶苦茶ウゼェ……!!)))

 

上機嫌丸々で、騒がしいプラスただただウザいゲンに、誰もが非難の視線を向けた。クラスメイト達のゲンへの好感度はマイナス百、二百を超えて万まで到達する。「どうでも良いから早く食べて大人しくなってくれ」というのが大体の意見だ。

 

「さぁ〜てと、ハジメは何を作ってくれたのかな〜♪ 少し焦げたハンバーグかなぁ? 簡単なベーコンエッグかなぁ? それともサンドイッチかなぁ? ……ハジメの握ってくれた手作り弁当、いただきま——」

 

パカッ、と重箱を開くと中身は……一つの白い封筒のみ。

先程のテンションが急激に下がり、ヒュゥ〜……と、ゲンの周囲で寒い風が吹いた。南国リゾートでパラダイスを楽しんでいたら、いきなり絶対零度の極寒地へ飛ばされた気分になる。

白い封筒を開くと、そこには一通の手紙が入っていた。明らかにメッセージが込められているだろう紙切れを見た瞬間、ゲンの頭の中で、ハジメは『ドッキリサプライズ大作戦』を考えた末「実はね、その手紙は食べられるんだよ♪」的な展開を用意したものでは!? と、かなり前向きな考えをした。

手紙の内容を読んでいくと………

 

『南雲ゲンさんへ

 

箱と一緒に配布されているお金で、購買で何かもっと良いものを買って食べてください。料理なんてしたことない下手な私よりよっぽど健康に良いでしょうから。

 

ハジメより

 

P.S.しばらく部屋の前に来ないでくださいね? じゃないと一生口を開きませんから』

 

……という内容の手紙。丁寧な言葉遣い、まるで他人へ向けられたような綴りで、既に泣きそうになる。

重箱の蓋を裏返すと、もう一通の封筒がテープで貼り付けてられていた。テープを剥がして封筒内を弄ると、中には千円札が二枚。その金で購買に売っている何かを買え、というハジメからのメッセージ。

たちまちゲンはワナワナ震え出す。唇が小刻みに震えていた。それを見ていたクラスメイト達は雰囲気で何となく状況を把握し、クラスメイトの視線が敵意から哀れみに変わり、近くにいる香織も心配そうにゲンを見る。ハジメは知らん振りして机にうつ伏せていた。

 

「……べ、別にぃ〜? 俺は弁当が食べたいなんて、これっぽちも言ってなかったしぃ〜? …お、俺はただ……妹が用意してくれるのを期待していたわけでぇ〜? け、決してッ……悔しいわけじゃないからね!? 悲しいわけじゃないからね!? か、勘違いしないでよねぇええええッ!! く、く、悔じいよぉおおおおおおおおおお!! 下手でも良いがらハジメだんのお手製弁当、食べてみたがっだのにぃいいいいいいい!!」

 

女の子キャラが使うツンデレ口調だが、その可愛い要素がちっともないゲン。後半に至っては本音がダダ漏れで、世の女性が見たらドン引きするレベルである。血の涙を流しながら下唇を噛む姿はとても痛々しい上に哀れだった。見ているこっちまで心が痛くなりそうな程、痛々しいオーラが教室中に飛び舞う。

それを見ていたクラスメイト達は憐れみの視線を送りながら「自業自得だけど、流石に可哀想ね……」「アイツが百パー悪いけど、なんか弁当恵んでやりたいって思えてきた」「俺、彼奴のこと滅茶苦茶嫌いだけど……今だけなら優しくできる気がする」「根は良い人だもんね。言動とか性格とか直せば、本当に良い人だから」とヒソヒソ話を飛び交っている。特に男子生徒は、ゲンの希望した女子に弁当を作ってもらうシチュエーションが分からないことはないので同意する者も多い。

そんな哀れみの視線が集うゲンに、香織が勇気を出して飛び込む。

 

「た、大変だね、ゲン君……良かったら私の弁当食べる? 余分に作ってきたから分けてあげるね!」

 

「え? 良いの?」

 

ギランッッ!!! と視線が再び鋭くなる。クラスメイト(主に男子生徒)は『前言撤回!! やっぱ死ねえッ、南雲兄!!』と、歯ぎしりしながら殺意の視線を突き刺しにかかる。そんな大量の視線にゲンは一向に気づかず、「さ、食べて食べて!」と香織から手渡しされた桜色の可愛らしい弁当箱の蓋を開ける。

中身は肉汁溢れるデミグラスソースのハンバーグがメインに、胡麻ドレッシングのかかったサラダ、シャケ味のふりかけご飯と……ゲンの好物ばかりである。

因みに前もって作って欲しいと頼んでいないので、ゲンは好みを一切教えてない。香織は知らないはずだが、香織は色々な手段を用いてゲンの好物を明確に割り出したのだ。毎日購買で何を買っているのか、家から持ってきた弁当の何を食べたらどう表情が変わるのか、表情の筋肉の動きを際限なく観察し続け、メモに記し続けた。実験動物の観察、ほぼストーカー行為に近かった。恋する乙女とは恐ろしいものだ。

 

(おぉ〜、やけに俺の好物ばかり入っているなぁ。さては香織ちゃん……俺と好物が似ているな!?)

 

……的外れと言うか、能天気と言うか、全く怪しまないゲン。まぁ、ある意味知らない方が良いのかもしれない。見知った人が自分のストーカーなんて知れば、鬱病になってしまうだろうから。

と、そこへ光輝と龍太郎が現れる。

 

「香織、こっちで一緒に食べよう。南雲達は兄妹水入らずで楽しませよう。何より、香織の美味しい手料理を巫山戯ながら食べるなんて俺が許さないよ?」

 

「え? 何で光輝君の許しがいるの?」

 

素で聞き返す香織に対し、光輝はピシッと石化したようにスマイルが膠着した。その様子を見た雫とゲンはそれぞれ「ブフッ」「ブフォッ!」と吹き出す。その際、ゲンの口から食べカスも溢れて、その辺の床下が汚くなった。

遠回しに光輝は「香織の弁当を食べるな」と発言するが、既にゲンは完食してしまったため光輝の行動は何の意味もない。

困り顔であれこれ香織に話す光輝、ゲンが美味しそうに食べてくれたことに頰を赤くして嬉しそうな表情の香織、弁当を食べて満腹になり満足感に浸るゲン。いつの間にか自分の周囲に学校一有名な四人組と、違う意味で有名な問題児の兄が集まっていることに気づくハジメ。「あ、バカだ私。さっさと逃げれば良かった」と今更ながらの後悔を覚える。

はぁ~、と深い溜息を吐きながら、苦笑いでこの場を抜け出す術をあれこれ考える。いつもの手のトイレに行くフリして昼休み時間終了時まで退散しようと席を立ったところで……体が固まった。

 

「お、お兄ちゃんっ……何、それ……?」

 

「ん? 何って何のこと? もしかして、お兄ちゃんの魅力が伝わってきたことによって俺の魅力を再確認できたのかい? 良いんだぜ? 遠慮なく『お兄ちゃん大好き!』って飛び込んで来て………って、うおおおおおッ!! 何じゃこりゃぁああああああああ!?」

 

ハジメの戸惑った声にゲンは振り向きながら、かなり前向かつ見当違いの妄言を吐きながらポーズを決める。妹から見ても痛々しい姿から、急に驚愕した言動に変わり、ガタンッ! と席を立ち上がった。その衝撃で椅子は床に転倒して、ガッシャーン!! と騒音を教室中に轟かせる。

クラスメイトは「何々、今度は何?」と、呆れ顔でゲンを見るが、その表情がすぐ唖然としたものに変貌してしまう。ゲンの足元に光輝く環状の文字列が浮かび上がっていたからだ。アニメなどでよくある異世界召喚などで用いられそうな魔法陣、それによく酷似している。ゲンが立っている地点を中心に、魔法陣は徐々にその大きさと輝きを増し、教室全体を満たすほどの規模にまで拡大した。

自分の足元に異常が来したことを理解し、膠着状態に陥っていたクラスメイト達は一斉に悲鳴を上げてパニックになる。

 

「皆! 教室から出———」

 

未だに教室にいた愛子が咄嗟に叫ぶが、最後まで言い切ることはできなかった。魔法陣が爆散したように輝きを増して、ピカァアアアアアッ!! と光に包まれたからだ。

光によって教室の中が何も見えない状態が数秒間続き、光が晴れて再び見えるようになった頃、そこには誰もいなかった。下に倒れたままの椅子、放置された食べかけの弁当、カランカラン、と地面に落ちて散乱する箸やペットボトル。教室内の備品はそのままだったが、そこにいた人間のみが消え去っていた。

この日以降、学校関係者や保護者の誰もが、姿を消した生徒や先生の情報を掴むことができなかった。後に白昼の高校で起こった集団神隠しとして世間を騒がせる事件になるのだった。

 

 

 

 

———▲———

 

 

 

 

「……ん? ここは、どこだ?」

 

眩しい光量で目を開けることができなかったゲンは、光が収まったことに気づいて目を開く。さっきまで教室にいたというのに、石造りの部屋にいることに気づくが、今のゲンにとっては()()()()()()()()

周囲をキョロキョロ見渡し、ざわざわと騒ぐクラスメイト達を掻き分け、両手で顔を庇いながら目を開くハジメを発見する。

 

「ハジメ!!!」

 

ゲンは脇目も振らずハジメに駆け寄り、ガシッ! と両肩を掴む。

 

「大丈夫か! 怪我は!? どこにも異常はない!? 俺が誰だか分かる!? ハジメたんが大大大好きなお兄ちゃんだよ!? アーユーオッケー!? ユーラブミー!? フォエバー!?」

 

「分かった分かったから! 大丈夫だから、そんなに引っ付かないでって!」

 

「ハァ〜〜、良かった〜〜〜! お前にもしものことがあれば俺はもうどうしたら良いものかと心配で心配で!!」

 

涙腺が崩壊して涙目になりながらゲンは心の底から安堵する。たった今、自分達は未知の場所へ連れて来られたばかりだというのに、ゲンにとっては些細な問題でしかなかった。ハジメが泣いたり傷ついたりすることの方が何よりも大問題なのだ。だから何処へ飛ばされようとも、ハジメの身が安全なら気にしない。それが南雲ゲンである。

ウザく騒々しくも、どこか憎めない自分の兄を見てハジメは苦笑してしまう。

周囲を見渡すと、長い金髪を背負ったうっすら微笑みを浮かべる中性的な顔立ちの人物が描かれた、巨大な壁画を目にする。だがハジメはただならぬ寒気を感じ、無意識に壁画の人物の視線から目を逸らす。

巨大な美しい光沢を放つ白の建造物の中と分かり、自分達と同じように辺りを見渡すクラスメイト達が見えた。先生も含めてあの時、教室にいた全員が揃っている。

そして今、自分達がいる台座の前に祈りを捧げるようなポーズで跪く人々が三十人ほどいた。全員が一様に白地に金色の刺繍が施された聖人のような服を纏い、先端に扇状の装飾品がある杖を携えていた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そして同胞の皆様、歓迎致しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、よろしくお願いしまずぞ」

 

その中でも一番存在感がある老人、イシュタルと名乗る好々爺な老人は微笑を見せる。だがゲンやハジメの目にはどこか怪しい男に見えた。

ありえない事象からの、ファンタジー要素満載の格好をした人物達の登場、極め付けに『勇者様』という単語……創作物制作に携わる職業の両親を持ち、たまにその仕事を手伝っているゲンとハジメの南雲兄妹は、自分達は異世界召喚を果たしたのだと瞬時に理解した。

 

(ここは……『異世界来たーーー!!』とか言っておけば良いのか? どうなんだ?)

 

ゲンだけ論点がズレて、どうでも良いことに悩んでいたのだが……

 




最近ギャグ漫画の読み過ぎで私の中のシスコンを勘違いしてるような気が……
こんな感じで良いのか分からない自分がいるよ……
………まぁ良っか! (スンマセン……)


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3.勇・者・会・議!!

現在ゲン達は召喚されてから、長いテーブルと椅子がいくつも並べられた部屋へ移動していた。イシュタルがまだ混乱している生徒達に「この様な場所では落ち着くこともできますまい。さ、此方へお掛けになってください」と、落ち着かせるためにセッティングされた場所だ。

入り口から最も遠い場所にイシュタルが腰掛け、その近くから愛子先生、光輝、雫、龍太郎……といった学校の人気者の面々が座っていき、後は適当に座る。

ハジメが最後尾のところに座ると、その隣にゲンがさも当たり前のようにハジメの左隣に座り、それを見た香織は慌ててゲンの左隣に座った。その時、檜山は憎しみを込めた視線をゲンに向けていたが、ゲンが「ん? 何メンチ切ってんだよ……?」と一瞥するだけで大人しくなる。

全員が席に着いたと共に部屋にメイド服の女性が一斉に入って来て、紅茶と思わしきお洒落なカップに注がれた飲み物を配っていく。そのメイド達は全員が全員、男子の夢を具現化したような美少女&美女なメイドばかりだ。殆どの男子達は「この機会を逃す機はないぜ!!」とメイド達をガン見し、その男子達を女子達は北極の気温ぐらい冷たい視線を送って汚物を見るような目に変わっていた。ハジメと香織はゲンの方も見ると……いつになくゲンは真面目な表情でメイド達を見ていた。いや、見ていたというより観察するという表現が近い。いつもボケと変態なことしか考えないゲンにしては珍しいと二人の少女は疑問に思う。

するとゲンは突然、近くに寄ってきたメイドに呼びかける。

 

「あー、キミキミ。ちょっとメイド服を新調してほしいのだけれど?」

 

「は? え~と……サイズが合うかどうか……」

 

どうやらゲンはメイドではなく、メイド服を見ていたようだった。

いきなりの注文にメイドは戸惑いながらも、冷静にゲンの体型を見て、冷徹な視線を向けながら告げる。彼女の中ではゲンは女装趣味の変態と認識した模様。ゲンの言葉でクラスメイトの女子だけでなく、メイド達もゲンを汚物みたいな目で見ていた。

それに気づいたゲンは手を横に振って訂正する。

 

「あー、違う違う。勘違いしているようだが、俺は彼女へプレゼントのため、オーダーメイドを頼みたいだけなんだ。スリーサイズは上から○○◯(自主規制)、○〇〇(閲覧禁止)、●●●(見せられないよ♪)で——」

 

バゴンッ!! と、ゲンが誰かのスリーサイズをピッタシ言い当てた途端、ゲンの頭部に衝撃が伝わる。

 

「な、何で私のスリーサイズを知っているのッ!?」

 

顔を真っ赤にさせながらゲンを睨みつけていたハジメは、近くにいたメイドから拝借したお盆を構えて立っていた。最近ハジメは春も食欲の季節と言い聞かせた結果、若干伸びてしまったウエストもゲンに当てられる。教えてない情報をゲンにバラされて、ハジメは羞恥心の極まりに到達している。

 

「何を言っておるか、ハジメ!? 妹のスリーサイズや体重を把握できてない兄など、この世にいて堪るか!! でも心配すんなハジメ、たとえ二ヶ月前からハジメのウエストが##(バキュン!)ミリ伸びたとしてもお兄たんは全然気にしない! むしろポッチャリ感あった方が健康的で抱き心地も最高に——」

 

「も、もう黙れ! このど変態ーーー!!」

 

「ふぎゃあッ!!?」

 

セクハラ発言に耐えられなかったハジメは、ゲンの頭の上にお盆を振り落とす。演説している途中でバッゴーーーンッ!!! と、部屋中に広まる音をハジメの強烈なお盆スマッシュを喰らい、ゲンの頭は机にめり込む。そのままピクリとも動かない。大理石で出来てハンマーを使ってもヒビ一つ付かない頑丈な机だというのに、頭をめり込まれたゲンの周囲に亀裂が生じ始める。

クラスメイトだけでなくメイド達もハジメに畏怖して誰もが声をかけられない中、落ち着いたハジメが「バカ兄が申し訳ありません。話を続けてください」と頭を下げたところで、呆気に取られていた全員が流れを戻す。

 

「……では、皆様はさぞ混乱していることでしょうから、事情を一から説明する故、まずは私の話を最後まで聞いてくだされ」

 

気を取り直して、イシュタルの話が始まった。それはどこかで読んだことがある実にテンプレなファンタジーな内容だった。

この世界『トータス』は大きく分類して人族、亜人族、魔人族の三つの種族が存在する。

人間族が大陸の北側を、亜人族が東側に位置する広大な樹木にひっそりと、魔人族が南側を住んでおり、何百年もかけて人族と魔人族は戦争を続けている。魔人族の人口数は人族のそれに及ばないものの、個が持つ力が増大らしく、その力の差で人間族に対抗してきた。

保たれていた均衡が、最近になって人族側に不利になった。魔人族が魔物——通常の野生動植物の魔力を取り入れして変容した異形の物——を使役し始めた。この世界の者でも魔物の生態を知るものはおらず、それぞれ強力な種族固有の魔法を扱えるということしか分かってない。

魔法を用いて一体か二体しか操れない人族に対し、魔人族は一人で何十匹の魔物を操れるようになったという。

以上の戦況の傾きから、人族は存続の危機に苛まれる。

 

「貴方方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神にして、聖教会の唯一神、そしてこの世界を創造なされた至上の神。おそらくエヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅びると。それを回避するために貴方方を喚ばれたのです」

 

イシュタルは語る。異世界から来訪した者は例外なくこの世界より上位の力を有し、この世界を救ってくれる英雄になれる素質がある、と。因みにエヒトとやらの神託から教わったそうだが。

 

「そう! 貴方達は『神の使徒』なのです! 貴方方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の元、魔人族打倒に精を出し、我ら人間族を救って頂きたい!」

 

イシュタルは不気味なほど恍惚な笑みを浮かべて、神託を受け取った時の喜びを体で表現していた。

ハジメはその“神の意思”に一切の疑いを見せず嬉々として従う教徒達の不気味な価値観に、言い知れぬ危機感と不安を感じてしまう。

と同時に、ガタンッ! と机を叩いて立ち上がる人物が一人。

 

「ふざけないでください! 要するにこの子達を戦争させようってことじゃないですか! そんなこと許しません! ええ、先生は絶対に許しませんとも! 私達を早く帰してください! きっとご家族も心配しているはずです! 貴方達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

猛然と抗議し、ぷりぷり怒る担任の畑山愛子先生。齢二十五にして百四十センチの低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら抗議する、通称『愛ちゃん』。だがしかし、その庇護欲を掻き立てられる容姿から迫力が全くなく、生徒達からも「あぁ、愛ちゃんがまた頑張っているなぁ……」と和ませるだけだ。

しかしその空気も、イシュタルの言葉で凍りつくことになる。

 

「お気持ちは察しますが……帰せと申されましても、現状貴方方を帰還させることは不可能です」

 

一瞬にして場の空気が静寂に満ちる。重く冷たい空気がのし掛かってきたようで、誰もが何を言っているのか分からない表情でイシュタルを見ていた。

 

「ふ、不可能って……どういうことですか!? 呼べたのなら帰せるはずでしょう!?」

 

真っ先に愛子先生が食ってかかるが、イシュタルの返答は絶望へ誘う最悪な答えだった。

 

「先程申しましたように、貴方方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に、異世界へ干渉するような魔法は使えませんのでな。貴方方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第というわけです」

 

「そ、そんな……」

 

ペタンッ、と愛子先生は脱力したように椅子に腰を落とした。周りの生徒も口々に騒ぎ始めた。

 

「う、嘘だろっ? 帰れないってなんだよ!」

 

「嫌よ! 何でも良いから帰してよ!」

 

「戦争なんて冗談じゃねえ! ふざけんなよ!」

 

「なんで、なんで、なんで……」

 

パニックになる生徒達、その中にハジメも含まれていたが、いくつものラノベやゲームでこういった展開を熟知している故に、予想していたパターンの中で最悪のパターンでなかったため他の生徒より冷静だった。因みに、最悪なパターンは召喚された途端に(ゲン)を殺されて奴隷扱いされるパターンだ。

創作物が好きなハジメでも普通の女の子だ。周囲の不安な雰囲気に当てられて怖くなり、ついゲンの学生服の袖を掴んでしまう。

その肝心のゲンはというと……

 

「Zzzz…………」

 

……爆睡していた。ハジメにお盆クラッシュを喰らって半ば気絶させられたが、途中で意識が回復してイシュタルの話を聞いてみたものの、あまりにもテンプレ要素が多すぎて退屈になり……結果、睡眠状態に陥っていた。

能天気なゲンの姿を目にしたハジメは一瞬にして恐怖の感情から呆れた感情に変わる。涎を垂らしながら、漫画よろしく鼻提灯を膨らます姿を見て「こんな時でもマイペースなお兄ちゃんが羨ましいよ……」と、今だけゲンの能天気さを少し譲ってほしいと思った。まぁ、お陰でハジメの中の恐怖を拭えたのだが。

ゲンから視線を外してイシュタルを見ると、イシュタルは誰もが狼狽える中、口を挟むこともせず静かにその様子を眺めている。しかし、悪意に敏感なハジメにはイシュタルの瞳に、侮蔑の色が潜んでいるように見えた。大方糞爺(イシュタル)は「エヒト様に選ばれておきながら何故喜ばないのか」と思っているのだろう。

パニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルを叩いた。その音に反応した生徒達は、一斉に光輝に注目する。光輝は全員の注目が集まったのを確認し、徐に話し始める。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ……俺は、俺は戦おうと思っている。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実だ。それを知って放っておくなんて、俺にはできない! それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない……イシュタルさん、どうですか?」

 

先天的に備える“御都合解釈”の持ち主たる光輝は、無駄にあるカリスマ性を発揮する。絶望になっていた生徒達の目に、活気と冷静さを取り戻し始めた。光輝を見る目はキラキラ輝いており、希望を見つけたという表情になっている。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。その女子生徒の中に……()()()()()()()()()()()()()()()()

正直、ハジメは光輝のことが苦手だ。オタクという理由でいつも虐めてくる檜山一派や、いつもウザいくらい変態的に接するシスコンの(ゲン)より、ハジメの言い分を無視して自分が正しいと思っている光輝のことを男子の中で一番苦手な人物と認識していた。なので、こうもカリスマ性を発揮しながら遠回しに無自覚で「皆も戦争に参加しようぜ」的な勧誘を促す姿を見て、良い気持ちがしない。

話は戻すが、光輝はイシュタルと話を続けていた。

 

「俺達には力があるんですよね? ここに来て「ZZZzz……!」がしま……します」

 

「そうですな。ざっと、この世界の者と比べ「ZZZZzzzzz…!!」と考えて……んん、考えて良いでしょうな」

 

「なら大丈夫。俺は戦う。戦って、この世界を「ZZZZZZZzzzzzzzzz!!!」みせるんだ——って、南雲! いい加減にしろぉッ!?」

 

幾度となく会話をいびきで邪魔されて、挙句に光輝は決め台詞をいびきでかき消されてしまい、堪忍袋の尾が切れて、いびきを出した張本人であるゲンに怒鳴る。その大声にゲンはやっと起きて「ファ〜、もう終わった?」と欠伸しながら呑気に呟いていた。

こんな緊迫した状況で寝たこともあるが、光輝の演説を妨害したことで男子女子から侮蔑の視線を向けられる。ハジメは兄が光輝の御都合な演説を邪魔したことに何の罪悪感も抱かなかったが、折角カッコつけようとしたのに邪魔された光輝の姿を見て流石に可哀想と同情した。

 

「ん〜、どこまで進んだぁ? 人類が弱い種族だから永遠の命を手に入れるため生命の実と融合すべく、七つ揃うと願いを叶えてくれる龍が召喚されるボールを集めてくれ……って内容だっけ?」

 

「全然違う!! どこのエ●ァン●リオンとド◯ゴン○ールだよ、そのパクリ満載な話は!? 話を聞いてなかったとか寝惚けていたにも程があるだろっ!」

 

「はいはい、まぁ要するに『全員この世界にいる奴よりバリバリ強いんだから戦争に参加しようぜ! あ、もちろん拒否権はなしな?』的なアレだろ? 分かってるって」

 

「そうとは言ってないだろう!? ハァ……それで君も参加するんだろうね?」

 

光輝の中では既にクラス全員が賛同して戦争に加担するという意見に纏められたと思い込んでいるらしい。

ゲンは欠伸しながら背筋を伸ばし、光輝の問いに答えた。

 

「もちろん……俺は参加しない!!!」

 

『……ハァ!?』

 

「あ、言い間違えた……俺()は参加しない! だよな、ハジメ?」

 

「へっ?」

 

ポン、と肩を叩くゲンを見てハジメは素っ頓狂な声を上げる。完全に予想外の展開である。ゲンが拒否した途端『お前空気読めよ!!』と、生徒全員から非難の視線を向けられ、微量ながらもハジメもその巻き添いを食らう。

 

「南雲! こんな時にふざけている場合じゃないだろ!?」

 

「いや、俺は至って真面目だけど? 大体お前、戦争の『せ』も体験したことない世代なのに、何でそんな自信満々に言えるんだ? アレか、ボケてるのか? 雫ちゃんから『そんなクソダサいセリフを言うなんてどこのゲーム主人公よ、アンター!?』なツッコミ待ちか?」

 

「当たり前のように私をツッコミ要員と認識しないでくれないかしら!? 確かに光輝は人の忠告を聞かない上に自分が正しいと思ってる自意識過剰な困った面があるのは認めるけども!」

 

「し、雫!? いや、そうじゃなくて……俺は考えてこの世界の人達を救いたいと思っているんだ! いつも不真面目な君と違ってね!」

 

「そんで? ボランティア精神が強いのは良いことだけど、何で俺達まで参加しなきゃならないんだ? お前の価値観にケチ入れる気はないけど、俺やハジメまで巻き込まないでくれない? これってタチの悪いイジメだぜ?」

 

「だから! ……俺達はこの世界の人よりもずっと強いんだ。その力を使って困っている人の手を差し伸べる、それが人だろう?」

 

「何なの、その使命感? 異世界アレルギーで頭がどうかしたのか? その価値観を押し付けるなって言っているのよ、俺は? これがボケだったら何の笑いも取れないからな。それに“助ける”って散々言っているけど、ホントに困っているなんて確証があるのか? まだこの世界のことを何にも知らないくせに、もしかしたら人間側の方が迷惑をかけているかもしれないだろ? ……ところで雫ちゃん、“異世界アレルギー”って何だ?」

 

「屁理屈ばかり、君は「こっちのセリフよ! 異世界アレルギーって何なの!? 自分が言った言葉には責任を持ちなさい!!」……し、雫!?」

 

光輝はゲンに「戦いたくないだけだろ!?」と激昂しようとしたが、雫のツッコミにかき消されてしまう。オカン兼ツッコミ要員と化した雫に光輝は慄いて勢いを失う。ゲンのいびきでイケイケな演説を邪魔されたといい、何故か違う意味で『残念イケメン』に見えてしまうのは気のせいではない……

ゲンは雫からのツッコミに満足しながら再び口を開いた。

 

「……まぁ俺はお前が何病を患っているか興味ないけど、俺は見ず知らずの奴のために妹を戦いに参加させたくない。そんだけだなぁ……」

 

光輝はゲンの言い分を理解しようとせず睨みつけていると、ゲンは「それとも……」と眼光が鋭くなる。

 

「お前、俺だけでなくハジメにも戦いに参加しろとかほざくんじゃねぇだろうな? 嫁入り前の妹にもしものことがあったら、テメェどう責任取るつもりだ? 保護者に叩きのめされる覚悟ができて言っているんだろうな? 一丁前にカッコつけて、俺の妹を怪我させるんじゃねえぞ……!」

 

ユラリ、とゲンは立ち上がる。周囲に寒気が迸り、ゲンから発生した雰囲気に当てられ、さっきまで侮蔑の視線を送っていた生徒達は顔が真っ青になる。異世界に連れ去られてすっかり忘れていたが、ゲンは(ハジメ)絡みのことになるとスイッチが入り、相手が老若男女問わず怒り狂うのだ。

ゆっくり、ゆっくりと光輝に歩み寄り、ゲンの怒気に当てられた光輝は動けずにいる。やがて近くに寄り、光輝の襟元を乱暴に掴み上げて威圧をかけた。

 

「良いか? 俺はハジメを馬鹿にする輩と、誰も笑えないタチの悪い冗談が嫌いなんだよ。やったこともないのに『戦って人を救う』なんて冗談、誰もウケないことを言い張るんじゃねえ。人気者アイドルでも殴るぞ……?」

 

光輝は何か反論しようとするが忿怒のゲンに睨まれ、体が震えて何も言えずにいる。

 

「ダ、ダメですよぉ〜! 南雲君! クラスメイト同士で喧嘩はダメですからね!?」

 

愛子先生に窘められ、ゲンは渋々光輝から手を離す。ゲンの手が緩くなったと同時に光輝は背後へ直ちに下がり、尚もゲンを恐れていた。

 

「勇者様方、そろそろよろしいですかな?」

 

イシュタルに呼び出されて、光輝はもう話し合いは無駄だと勝手に結論づける。

 

「……お、俺は戦う! 君に何と言われようとも、俺は必ずやってみせるからな!!」

 

光輝はゲンから逃げるように言い残して部屋を去って行く。光輝の後を追いかけ、顔を青くしたクラスメイト達もゲンから逃げるように部屋から出て行く(香織と雫は申し訳なさそうに二人に頭を下げて行った)。部屋の中には南雲兄妹と愛子先生だけが残った。

 

「うぅ、私はダメダメな先生です。南雲君が言いたかったことを私が伝えていれば変わっていたかもしれないのに……」

 

「大丈夫だって愛ちゃん先生。見た目が幼すぎて幼女がプリプリ怒っている風にしか見えない先生が言ったところでテンプレ勇者が動くわけがないから、結果は同じさ」

 

「はぅ!? な、南雲君が一番酷いですぅ〜!!」

 

慰めようと労いの言葉をかけようとしたゲンだが、デリカシーの欠片もない言葉に、ピューッと泣きながら愛子先生も走り去る。

愛子先生が走った方角を見て「あれれ〜?」と声を上げるゲンを呆れるように見つめてハジメは声をかけた。

 

「お兄ちゃん……」

 

「ん? おう、心配すんな、ハジメ。こんな時こそお兄ちゃんの本領発揮だ。何とかハジメだけでも戦闘から外すように説得してくるからよ。もしダメだとしても拳の話し合いで無理矢理分からせてや——」

 

「ううん、そうじゃない……私も参加する」

 

その瞬間、ゲンは時が止まったように固まった。

やがて普段じゃ見られない真面目な表情になってハジメと対面する。

 

「……本当に、意味を分かって言っているんだな?」

 

「……うん」

 

ハジメは決して光輝のようにこの世界を救おうとは思ってない。元より自分はそんな人柄じゃないと自覚しているからだ。しかし、ここで戦いに参加しないとなると、あの不気味なまでにエヒトとやらに信仰している聖教会達に何をされるか分かったものじゃない。帰り道がない現状では自分の身を守るためにも形だけ参加するのが適切だとハジメは考える。それに皆に着いて行けば、もしかしたら帰る手段も見つかるかもしれない。あながち悪いことばかりでないと考えた。

 

「……後悔しない?」

 

「しない……と思う」

 

戦争に参加するなんて、口だけ言ってもやっぱり自信がない。果たして自分は命を奪うことができるのか、と。

ハジメの曖昧な返答に対してゲンは嫌な顔一つせず、何も言わずに頷いた。

 

「そうか……だったら、俺は何も言わずにお前の傍に居続けるよ。お前にもしものことがあったら俺は父さんと母さんに合わせる顔がないからな」

 

ゲンは戦争に賛成も反対もしなかったが、ハジメが決めたことに反論しようとしなかった。それが(ハジメ)の選択した道だというのなら、それを支えて守り通すことが(ゲン)の役目だと思う。普段はアレだけど、こういう肝心な時にゲンは無自覚で頼りになってくれる。ハジメがゲンを普段『変態兄』と呼んでも、決して嫌いにならないのはこの理由もあった。

 

「お前は俺が絶対に守る。だから……一緒に帰ろうな?」

 

「……うん、お兄ちゃん」

 

元の世界に必ず帰る。

その願いを込めて、南雲兄妹達の間にある絆がより強固された。

 

 

 

 

 

 

「………ところでハジメたん、今の俺ってカッコよくない? この姿に惚れ直して、メイド服を着て『お兄ちゃんだ〜い好き♡』とご奉仕してくれる気になったかい?」

 

「どうして最後の最後でオチに持っていくのかぁ!? 今の一言ですっかり台無しだよ! この変態兄!!」

 

……やっぱり、シスコン(ゲン)はどこまで行ってもシスコン兄であった。そこが地球でも宇宙でも、異世界であっても、だ。



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4.ステー・タス・プレー・ト!!

御無沙汰しております。
現実(学業)が忙しくて更新できませんでしたが、ようやく投稿再開です!!
え? 待たせすぎだって?
そんなの気にすんな☆

…………(汗)

……いやホント、マジすんませんでしたぁあああああああああ!!!
駄文かと思いますが暖かい目で見守ってくださいぃいいいいいいい!!!



戦争に参加することになったその日、ゲン達は聖教教会の本山である【神山】の麓に位置する【ハイリヒ王国】の王城まで足を運んだ。標高八千メートルを超える【神山】から王城まで繋がっている魔法のロープウェイのようなもので移動した時、異世界で初めて見る魔法を目の当たりにした生徒達がはしゃいだのは余談である。

王城に到着して待っていたのは【ハイリヒ王国】の国王であるエリヒド・S・B・ハイリヒに王妃のルルアリア。国王と王妃の子供である第一王女のリリアーナと第一王子のランデルという、王族一家のオンパレードである。その際、国王であるエリヒドがイシュタルを立って出迎えたことから教皇の立場がより上位だと分かり、この国を動かしているのは“神”だと察した。その後晩餐会が開かれて大臣や騎士達と挨拶したり、ランデル殿下が香織に頻りに話しかけたり、王国の全員を無視してゲンがハジメに執拗に構ったり……

晩餐会の後、王国から支給された各自に用意された部屋で休むことになった。どの部屋にも天蓋付きベッドが用意されていることに驚愕したハジメであったが、それ以上に『兄妹だから』という理由でゲンと同室にされたことに一番の衝撃を受ける。その情報が耳に入った香織はちょっとアレな目付きになって仕切りに部屋交換の提案をハジメに持ちかけてきたのだが、異世界に転移した後にクラスメイトが義姉になるかもしれない不安もあり丁寧に断った。元の世界の騒動も含めて朝からドタバタしていたこともあり、フカフカのベッドにダイブした途端に疲れが溢れ出てハジメの意識は闇に沈んでいく。

 

(ハジメたん………なんて可愛い寝顔♡ ちくせう! カメラを持ってくればッ! 父さん母さん! 我らの天使ハジメの寝顔を見せられない不出来な息子を許してくれぇええええ!!)

 

ハジメのあどけない寝顔を横目で見ながらゲンは、何百万もする高級カメラでその寝顔を模写しつつ録画したいという欲望を抑えるのに必死だった……異世界に来てまでドン引き発言なんですけど、この主人公。

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

翌日から訓練と座学が始まった。

生徒達は訓練場に集められ十二センチ×七センチ程の銀色プレートを配られる。そのプレートを何だ、コレ? と不思議そうに凝視する生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明する。

騎士団長が訓練に付きっ切りでは問題あるのではと思ったハジメだったが、本人曰く“勇者様一行”を半端者に任せるわけにはいかないとのことらしい。メルド団長本人も「むしろ面倒な雑事を副長(副団長)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。

そんなメルドを見たゲンは「うるさい上に暑苦しい人だなぁ……」と呟き、周囲のクラスメイト全員(ハジメも含めて)が『お前だけは言うなぁッ!!』と無言のツッコミを頂戴する。全くだ、彼は『ブーメラン』という単語を知らないのだろうか。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートはステータスプレートと呼ばれている。自分達の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼ある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だから失くすなよ?」

 

非常に気楽な喋り方をするメルド団長。豪放磊落な性格故に「これから戦友になる相手に何時までも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員にも普通に接するように忠告するくらいだ。

ハジメ達もその方が気楽であった。遥か年上の人達から慇懃な態度を取られると居心地が悪くてしょうがない。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに一緒に渡した針で指に傷を付けて魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所有者が登録される。『ステータスオープン』と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな、神代のアーティファクトの類だ」

 

「アーティファクト?」

 

異世界あるあるの聞き慣れない単語に光輝が質問する。

 

「アーティファクトっていうのは、現代じゃ再現できない強力な能力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属が地上にいた神代に創られたとも言われている。そのステータスプレートもその一種でな、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通のアーティファクトは国宝になるものだが、これは一般市民にも流通している。身分証明に便利だからな」

 

メルドの説明に生徒達は「なるほど」と頷き、指先に針を少し刺し浮き上がった血をプレートに擦り付けると魔法陣が淡く輝き、ステータスプレートが空色へ変色しつつ数値が映し出された。

ハジメも皆と同じように少し期待しながら……

 

「ぎゃああああああ!! 針を深く刺し過ぎた! 血が、血がぁあああああああ!? だ、誰か絆創膏ぉおおおおおおお!!」

 

……後方で騒いでいる馬鹿(ゲン)を無視し、浮かび上がった数値を見る。

 



 

南雲ハジメ 17歳 女 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

 



 

まるでゲームの世界に入り込んだような、ハジメはちょっとしたワクワク気分で自分のステータスを見つめている。その隣で復活した馬鹿(ゲン)がプレートを見せびらかしていたが、ハジメは全力でスルーを決め込む。

その後、ステータスとレベル、そして天職についての説明がメルドの口から発せられる。

 

「後は、各ステータスの見たままだ。大体レベル1の平均は十くらいだな。まぁ、お前達ならその倍数から十数倍は高いだろうけどな! 全く羨ましい限りだ!」

 

自分に何かしらの才能があると言われて口の端がついニヤついてしまうハジメだったが、メルドの放った言葉で全身が膠着し、背中に嫌な汗が伝った。尚、眼前でコサックダンスをしながらプレートを見せびらかす変態(ゲン)に目もくれない。

 

(え? どう見ても平均レベルなんだけど……ザ・平均なんですけど? チートじゃないの? 私TUEEEEEEな展開はないの? ……で、でも、他の皆も似たようなものじゃ……)

 

そんな根拠もない予想を思い浮かべ、藁にも縋る思いでキョロキョロと周囲を見渡す。その後ろを着いて(ゲン)が『ハジメLOVE!!』と『ハジメ命!!』と描かれたペナントを広げてアピールするが、ハジメは視界の端にも入れないようにズンズン進んだ。

しかしハジメの淡い希望を打ち破り、光輝が前へ出てステータスの報告が行われた。

 



 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 



 

正にチートの権化であった。死んだ目になったハジメは後に語る。

 

「ほぉ、流石だな。レベル1でもう三桁か……技能も普通は二つ三つなんだかな、規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

 

「いや〜、ははは……」

 

メルドの称賛に光輝は照れたように頭をかく。因みにメルド団長のレベルは62、ステータスは300の平均を保っている。これがこの世界でのトップレベルの強さである、むしろレベル1で三分の一まで迫っている光輝が規格外なのだ。

勇者(笑)である光輝だけなら、とハジメは淡い希望を捨てなかった。しかし現実は無情であった、どのクラスメイトもステータスが80を超えていた。というか、他の生徒の殆ど(ゲンは論外)が戦闘系天職ばかりなのだ……

 

「……ハジメさん? そろそろお兄ちゃんのステータスも確認しに来てくれないかな? さっきからハジメに見えるように見せびらかしているんだけど無視してなーい? 泣いちゃうよ? 俺のガラスのハートが砕け散っちゃうよ?」

 

「うるさい黙れ、今それどころじゃないの。どうせ、天之河君とは違う意味で規格外なんでしょ? 天職が『シスコン』とか『変態』とか、もう見なくても普通じゃないって分かるよ……それとお兄ちゃんの場合、ガラスどころか超硬度金属(アダマンタイト)の間違いでしょ?」

 

「ハジメたん!? 天職が『変態』って、俺のことをそんな風に思っていたの!? 勘違いしてもらっちゃ困るぜ! 変態は変態でも、俺は変態の中の変態と言う変態を凌駕する変態と言う名のシスコンだ!」

 

「変態変態連呼するな! もう気が散るから喋るな!!」

 

「ムグ!!?」

 

何処からか取り出した超強力粘着性のテープで、ゲンの口を完全に塞ぐハジメ。その様子を見てクラスメイト一同は「またやっているよ。あのペナントといいテープといい、あの兄妹は一体何処から持ってきたんだろうな〜?」と心で呟き、大半が呆れ顔に染まっている。

報告の順番が回ってきたので周囲の生徒達の視線を無視しながらハジメはメルドの元まで歩きプレートを見せた。

今まで『神の使徒』に相応しい力を持っていた生徒を見てメルドはホクホク顔になっていたが、ハジメのステータスを見た途端「ん?」と訝しみ、見間違いと勘違いしてブンブン顔を横に降ったりプレートを光にかざしたりしたが、やがて微妙な顔になってハジメにプレートを返す。

 

「ああ、その、何だ。錬成師というのは鍛治職のころだ。鍛治する時に便利だとか……それからお前の兄は、その…大丈夫なのか? ……頭とか」

 

「あはは、バカ兄の件も含めてホントにすみません。ご期待に沿えられなかったみたいで……」

 

「い、いや? そんなことないぞ? 熟練の錬成師が精製した武器はアーティファクトに負けない物もあるし、アーティファクトの整理だってできるぞ? それから……」

 

「いえ、気にしていませんから……」

 

メルドなりのフォローをかけたが、ハジメは諦めた雰囲気で苦笑していた。こういうフォローをしてくれるメルド団長はかなり良識人なのかもしれない。

そこへゲンが口に貼り付いているテープをベリィイイイイ!! と引き剥がしてメルドに詰め寄る。無理に引き剥がしたことで唇がタラコ状に腫れ上がったまま「アァン?」口調の喧嘩腰になっていた。

 

「オイコラおっさん、もっとマシなフォローをかけられねえのか? ウチの天使(エンジェル)を泣かすなんざ万死に値すっぞ?」

 

「お、おう、すまんな……それじゃ、お前のステータスも見せてくれんか? お前で最後だからな」

 

ゲンの怒気が含まれた剣幕と適切な指摘にメルドは慄いてしまい、声のトーンが少し下がった状態でゲンに言う。ハジメに適切な言葉をかけられないことが許せないまま、プレートを「ほらよ」と投げ渡すゲン。

妹がこれなら、兄はどうなのか? とメルドだけでなく他の生徒も気になってゲンのステータスに注目する。

特に南雲兄妹を目の敵にしている檜山達はそんな欠点を見逃すはずもなく、兄であるゲンもきっとクラスの中で低レベルだと勝手に思い込み、ニヤニヤしながらゲンのステータスを嘲笑おうと画策した。

そのステータスは………

 



 

南雲ゲン 17歳 男 レベル:チョベリバ

天職:とにかくスゴイ人

筋力:なんかスゴイ

体力:もうヤヴァい

耐性:マジパねえ

敏捷:とにかく素早い

魔力:………え? なさスギィ

魔耐:もう空っぽっぽ(笑)

技能:頑丈・言語理解……とかじゃね?

 



 

……何かもう、色々おかしかった。

 

『…………ハァッ!!?』

 

全員が驚愕の声を隠せなかった。普通なら数値が示されるはずが年齢の数値を除いて全部適当な文字、技能に関しては『?』が尾ひれについて投げやりな言葉遣いになっている。

色々疑問点が多すぎるが、まず天職の『とにかくスゴイ人』が何なのかメルド率いる騎士団達は気になってしょうがなかった。誰もが驚く中、ハジメだけは「ほらね、規格外だったでしょ? 知っていたから」と投げやりな言葉をかける。

その意味不明なステータスで何を思ったのか知らないが、檜山一派の中心人物である檜山が困惑寄りのニヤニヤ顔をしながらゲンに寄ってきた。

 

「オイオイ、南雲。お前もしかして非戦闘系か? それでどうやって戦うつもりなんだよぉ? お前の妹もそうだけど、無能って言葉はお前等のためにあるんだ——」

 

「『とにかくスゴイ人』パーーーーーンチ!!!!」

 

「———ブゴォオオオ!!?」

 

愛妹(ハジメ)を貶したことでシスコン番長の尻尾を踏んでしまった檜山。ゲンの繰り出したシンプルかつ強力な拳を顔面に喰らい、後方まで吹っ飛ばされる。壁にビターーーン!! と貼り付けられ、頰に赤く腫れ上がった拳の跡を刻まれて白目を向いたまま気絶した。つい数秒前まで残りの檜山一派も嘲笑おうと口を開きかけたが、檜山の末路を目の当たりにして瞬時に口を閉ざす。因みに、檜山に構ってくれる者は誰もいない、完全な自業自得である。

ステータスが違う意味で規格外なのに、どこにそんな力があるのか、クラスメイト達の疑惑や恐怖の様々な視線がゲンの周囲で飛び交う。それを横目にやりながらゲンは「ったくよぉ……」と話し始める。

 

「あのなぁ、天職が戦闘だの非戦闘だの、ステータスが強いとか弱いとか、それ以前にお前らはお前らだし、俺は俺だろ? 勝手に強くなった気でいやがって調子に乗っているからこんな風になっちまうんだよ。ファンタジーな世界観に酔い痴れるのは分かるけど、そいつの人柄まで決まるわけねえだろ。そこ勘違いすんなよ……それにハジメたんの天職は『史上最上の大天使』だ」

 

(((———最後の一言は絶対にいらないだろぉ!?)))

 

正論だが、最後の一言で全て台無しだと内心で叫んだクラスメイト。

そこへ、愛子先生がトテトテ小走りしながらハジメとゲンの近くに来た。

 

「南雲君、南雲さん! 気にする必要はありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだって殆ど平均ですからね。二人だけじゃありませんから!」

 

そう言って「ほらッ」と愛子先生はハジメに桜色に染まった自分のステータスプレートを見せた。

 



 

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 



 

「……アハハ、どうせ私なんて」

 

今度こそ、ハジメの目が死んだ。

盛大に落ち込み始めたハジメを見て「あれ? どうしたんですか!? 南雲さん!」と肩を揺さぶる愛子。確かに全体のステータスは低いし非戦闘系天職であるが、魔力だけなら勇者に匹敵し、技能数に至っては凌駕している。戦争において食料の管理は重要視され、ハジメのように代えのある職業ではない。これらの考察から、愛子も負けず劣らずのチートである。それを見たメルドも「何!? 作農師だと!? おい、至急、王に報告しろ!」と騒ぎ始め、兵士達がドタバタ慌ただしくなった。

 

「あらあら、愛ちゃんったら止め刺しちゃったわね……」

 

「な、南雲ちゃん! 大丈夫!?」

 

「ハジメたーーーーん!? 立ち上がるんだ! お前はこんなところで終わるような娘じゃない!! ……っていうか愛ちゃん先生よ! 慰めるどころかテクニカルブレイクした挙句K.O.して、どうするのかね!?」

 

「あ、あれぇ〜?」

 

「………クソぅ!! 可愛いから迂闊に怒鳴ることができない!!!」

 

反応がなくなったハジメを見て苦笑いする雫、心配そうに駆け寄る香織とゲン。首を傾けた愛子の愛らしさにほっこりしてしまい何も言い出せないゲン。ゲンの一言で「か、可愛いっ?」と頰が真っ赤になる愛子……現場はカオスと化していた。

取り敢えず、ハジメ達に対する嘲笑が止まる目的は達成したが、これから異世界や(ゲン)が引き起こす前途多難さに、ハジメは乾いた笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

「ルルル〜、私の妹は何処へ〜〜、お兄たんの胸へ〜〜♪」

 

男子トイレで用を足しながらシスコン全開の鼻歌を歌う男——言わずともゲンだ。結局あの後、ゲンの天職は色々とおかしかったため教会側まで顔を顰める。後にゲンは『不明』と呼ばれるようになったが、本人はそれを知る由もない。

ステータスプレート授与及び説明で一日を終え、深夜に訪れたトイレにて気晴らしとして鼻歌を歌うゲン。小便を済ませて手を洗い、無意識に手をポケットに突っ込んだ。

 

「ん? 何だ、コレ?」

 

その時、違和感に気付く。何も入れてなかったはずの右ポケットから何かの感触があった。それは掌よりふた回り小さい硬い物だ。

ゲンは気になってポケット内を弄って取り出す。ポケットから検出されたのは一握りで覆い隠せるぐらいの小物。色が失われたような灰色の、所々ヒビ割れが入ったスイッチみたいなものだった。

 

「こんなの持っていたか? ………まぁいっか」

 

ゲンは再びポケットに戻した。よく分からんから後でハジメに見せよう、そう思いながら歩いた。おいおい、それで良いのかよ? というツッコミはこの際、置いてもらいたい。

この小物、実はゲンがステータスプレートを作るまではポケットに存在しなかったのだ。つまり、ゲンがプレートを手にしたと同時に、この小物はポケット内にあった。このことに気付かず、ゲンは得した気分のまま持ち帰る。

……そして次の日、その存在ごと完全に忘れてしまうのだった。



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5.害・虫・一・掃!!

皆様、どうも!
お気に入り数が60を超えました。ありがとうございます!

本編についてですが、最初に言います。
今回の主人公……かなりエグいことをします。正直こんなの見るに耐えられないという方は見なくても結構です。
それにしても………評価、欲しいなー(独り言)
読者一号「だったらもっと面白い内容書けや! 調子乗ってんじゃねえぞゴラァ!?」
ヒィッ! き、聞かれた!?
す、すみません〜〜〜!
そんなこんなで本編、スタートです。


ハジメやゲンの南雲兄妹が最弱の役立たずと認定されてから二週間経った。最も、この噂話をシスコン兄が聞いたら黙っているはずもなく、噂を流した連中を一人残らず血の海に溺死させること間違いないだろうから秘密裏に話している。そして、バレないようにゲンの前ではハジメを丁重に扱っていた。

そんな話題の張本人の一人であるハジメは現在、訓練の休憩時間を利用して王立図書館で調べ物をしていた。女の子特有の華奢な手で持っているのは『北大陸魔物大図鑑』という、そのままの題名の図鑑。この二週間の訓練で成長するどころか役立たずと自覚してから、力がない分を知識や知恵でカバーしようと、訓練の合間に図鑑を漁って勉強しているのだ。これを聞いたゲンは「ハジメた〜〜〜ん!! そんな勉強熱心になるなんてお兄ちゃんはとても感激だよ〜〜〜!!」と、熱血教官タイプのメルドがドン引きするほど号泣しながら喜びの舞を踊っていたのだが、ハジメは他人の振りをしてその場を忍者が仰天する素早さで退散した。

そんなわけで、ハジメはしばし図鑑に目を通していたのだが、日々周囲から向けられる非難や侮蔑の視線にまいってしまい溜息を吐きながら机の上に図鑑を放り投げた。その時発生したドスン!! という重い音に、偶然通りかかった司書が物凄い形相でハジメを睨む。

ビクッとなり慌てて頭を下げるが、司書は何も言ってこなかった。恐る恐る頭を上げて前方を見る。

そこには……人喰い魔物と対峙したように顔を青褪めながら壁際に追い詰められた司書と、対面して「俺の妹に何か文句あるんかい、ワレェ?」とギャング顔負けの濃厚かつ過激な睨みを効かせた兄(バカ)がいた。

耳元でゲンに何かしらの小言を聞かされた司書は首を何度も縦に振り、ハジメを見るなり「調子に乗ってすみませんでした! 次からは気を付けて下さいぃ!」と無言の謝罪をすると小動物より素早くその場から逃げた。大方ゲンから「次はねえぞ、ハゲェ!」と見逃してもらったのだろう。

そもそも原因はハジメにあるというのに、立場を逆転させた兄を見てハジメは申し訳ない感を溜め込みながらステータスプレートを取り出す。

 



 

南雲ハジメ 17歳 女 レベル:2

天職:錬成師

筋力:12

体力:12

耐性:12

敏捷:12

魔力:12

魔耐:12

技能:錬成[+精密錬成]・言語理解

 



 

ハジメが寝る間も惜しんで訓練を詰んだ結果である。要らぬ世話だったかもしれないゲンのサポートもあり、新たに[+精密錬成]という派生技能を手に入れたことでより精密な錬成を行えることができ、掌サイズの石ころで細かい彫刻を彫ることができた。このことを知って「ハ・ジ・メた〜〜ん! やったね〜〜〜!!」と号泣しながらダイブしたゲンを華麗に避けたのは、ハジメの中で新しい記憶である。

因みに光輝はと言うと……

 



 

天之河光輝 17歳 男 レベル:10

筋力:200

体力:200

耐性:200

敏捷:200

魔力;200

魔耐:200

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 



 

ざっとハジメの成長速度の約五倍。このことにハジメは泣きたくなった。その際、ハジメを泣かせたと勘違いしたゲンが「もうちょっと成長速度を落とせや!」と講義(殴り込み)しに行こうとしたのを阻止したのは余談だ。

この数日間で、南雲兄妹には魔法耐性がないことが分かった(ゲンに関してはそもそもステータス表示がアレなので使えるのかどうかも不明)。

一応ハジメは頑張って落とし穴、出っ張りの類を地面に錬成することができるようになったし、その大きさも少しずつ拡大しつつあるが……それ行う場合、毎回敵の前にしゃがみ込んで地面に手を突くという一歩間違えれば自殺行為をしなくてはならないリスクが附属する。

ゲンの方はというと、そもそも攻撃手段が素手のみなので……

ステップ1:まず敵の懐に乗り込みます。

ステップ2:握り拳を鳩尾にめり込ませます。

ステップ3:後方に下がって態勢を整えます。

……の繰り返しである。

皆まで言わずとも分かるが、ファンタジー要素が一切ない。ある意味、クラスメイトの中で喧嘩という名の実戦に慣れ親しんでいる戦闘スタイル。これが異世界の魔物や魔人相手に通じるか不明だが。

結局のところ、二人は戦闘では役に立たないのは変わりない。周囲はそう認識して侮蔑の視線を向けている。

そのことを悩んでいたハジメはその日、ゲンに打ち明けたら、

 

「他の奴のことなんか気にすんな! ほら、俺なんか文字だぜ? 俺と比べたらハジメはまだマシな方だ。だから、レッツ・プラス思考、プラス思考!」

 

ニカッ! と笑いながら自信満々に答えた。そのままゲンは頼んでもないのに「それじゃ景気付けにハジメの好きそうな甘いものをもらってくる! もし不審な人がいたら全力で大声を上げて助けを呼びなさい! 怪しい人に着いて行っちゃいけませんからね!?」と過保護なお母さんのように言い残して颯爽と去った。勝手にいなくなるくせに、ハジメが好んでいるベストなものをチョイスしてくるから文句が言えないのだった……

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

大勢のクラスメイト達が集まっている訓練施設に到着するも、男女問わず生徒達のボソボソ聞こえた非難の声にハジメは憂鬱になる。もちろん言うまでもなく、ゲンが不在の時だから皆は呟くのが。

居心地が悪くなった訓練場から離れて、ハジメはトイレへの近道として訓練場の裏側を通い、ゲンが帰ってくるのを待っていた。すると、唐突に背後から衝撃を受けてハジメはたたらを踏む。転倒は免れたものの、顔をしかめながら背後を振り返った。

 

「よぉ、無能じゃ〜ん? こんなところで何してんだよぉ?」

 

「お、ホントだ。無能ちゃ〜ん、こんなところで何してんだぁ? お兄たんのお守りは大丈夫でちゅか〜?」

 

「おいおい、もしかして訓練しに来たとか? 止めとけって、無能ちゃんと『不明』なお前の兄貴じゃするだけ無駄だって〜」

 

「ちょ、それ言いすぎ! いくら本当だとしてもさ〜、ギャハハハハ!」

 

うるさい羽虫の如くバカみたいに騒ぎ立てる連中、小悪党臭がプンプンする檜山一派にハジメは心底うんざりした表情になる。

このトータスに飛ばされて以来、連中のいじめが活発になりだしたのだ。しかし、強大な力を得たとしても相変わらずゲンが恐ろしいらしく、ゲンがいない今を狙ってハジメにちょっかい出すチキンなのは変わりない。ハジメLOVEなゲンが恐いなら、ハジメをいじめるのを止めた方が良いっていい加減に学習しろやホント。

しかし、所詮いじめだ。ハジメは聞こえない振りしてその場から離れようとする。

いじめっ子達は、相手が面白い反応するからいじめるのだ。裏を返せば何の反応も示さない者をいじめても面白味の欠片もない。昔からいじめられ体質のハジメは慣れっこであり、この程度のことは問題なかった。そのまま無反応を貫き通していれば檜山達も飽きていなくなるだろうと、徹底的な無視を決め込んで、無言のままその場から去ろうと離れる。

しかし次の瞬間、

 

「おいおい、何無視してんだよ……無能の分際でよぉ!」

 

「うッ!」

 

背後から逆上した檜山に乱暴に蹴られて、ハジメは吹き飛ばされて地面を転がる。受け身を取って重症を負わなかったものの、服が砂埃で汚れてしまった。

以前の檜山なら嫌味が詰まった言葉攻め程度だったが、人を十分に死に至らしめる魔法を使うことに躊躇しなくなったようだ。

 

「お、おい檜山。流石に手を出したら不味いんじゃッ?」

 

「うるせえ! お前らも手伝えよ! このクソアマをいたぶって、あのクズ男に立場ってものを分からせてやるんだよ!」

 

「お、おう。それもそうだな……!」

 

「俺達は南雲の野郎より強くなったんだからな! アイツにもう負けねえよ!!」

 

「……そんなに自信あるなら、お兄ちゃんを倒しに行った方が手取り早いんじゃないの? もしかしなくても、まだ怖いからできないとか?」

 

『うるせえよッ!!?』

 

ハジメの冷静な指摘に檜山一派は一斉に逆ギレの言葉を荒げるだけで制止する気配はなかった。檜山が唱えた『クズ男』とはゲンのことであるが、無抵抗な女の子に集団で手を出す時点でお前らの方が人間性としても男としてもクズ人間、と言うよりクズチキンだろうに。

コイツ精神大丈夫か? と言われそうな情緒不安定な檜山が声を荒げる様子に何も言えなくなったのか、そもそも止めようとしなかったのか、その場にいる男は揃って一方的な暴力に加担するようになった。風属性魔法の塊に殴られ、火属性魔法の火球で痛みと火傷を負わせられる。どの魔法も下級クラスではあるが、それでも威力はプロボクサーの殴打並だ。

普通の女の子なら泣いて謝って嗚咽を漏らしながら弱音を撒き散らすだろう。これ程ドス黒い人間の悪意を受け、その対象になっているのだから。しかし、ハジメは違った。普段から(ゲン)を恐れて不在の時しか言えない彼等を見て、今も自身をリンチする姿すら滑稽な姿に映った。ゲンに比べれば、あの変態的バカ兄の攻防に比べれば、檜山達の滑稽で笑える暴力なんて可愛らしいものだ。

ハジメはそんな風に思いながら檜山達を見上げる。その目が、檜山達にとって相性が良くなかったようだ。

 

「な……何だよ、その目は!?」

 

「な、生意気なんだよぉ! オタクの雑魚の役立たずのくせによぉ!!」

 

その目が気に食わないと神経を逆撫でられ、横暴すぎる逆ギレでこの男達から『加減』と言う文字が消え去る。下手すれば殺人未遂の罪に咎められるというのに。

メルド団長から人に向けて魔法を放ってはならないと教わっておるのに、その忠告と良心を捨て去り、大勢で囲んで一人の女の子に稽古と名ばかりの暴力行為を繰り出している。

この光景を見た誰もが、傷だらけの女の子を庇い、暴力行為を行っていた数人の男達を激しく非難するだろう。しかし、この男達にはそれすら生温い。むしろ、その方が幸せであろう……少なくとも、あの男の本気の逆鱗に触れることになるのだから。

 

 

 

 

「————おい、何やってんだ?」

 

そう………(ゲン)が来た。

全身が凍えるような、凄まじい殺気と冷徹さが孕んだ声が檜山達の耳に入る。途端に檜山達は暴力行為を直ちに止めて、顔を青褪めながら声がした方へ振り返った。

そこにいたのは、普段見せる変態的なシスコンじゃない。妹に暴力を振るった檜山達を『人』と見ない男が鋭い眼光で睨んでいた。彼の手には、ハジメのために用意した甘いもの——紅茶類の飲み物が入ったペットボトルがあったが、クシャッ! と握り潰して中身を床へぶちまける。

恐る恐る近づきながらゲンに最も近い位置にいた男、近藤がみっともない愛想笑いを浮かべながら嘘丸出しの弁明を呟く。

 

「い、いや、勘違いしないで欲しいんだけど、俺達、お前の妹の特訓に付き合っていただけで、これは——」

 

「———アァ?」

 

一切聞き入れようとしない様子で発現を遮られ、彼の視線から感じる濃厚な殺気に檜山達は呼吸すら忘れるほど口を閉ざしてしまう。もし本物の殺戮者や死神がいるのなら多分このような感覚なのだと、檜山は汗を大量に流しながら狼狽える。

結論から言って、ゲンは完全にキレていた。仲の良いクラスメイト、学園の女神と称される香織や雫が説得しても、今のゲンを止めることはできないだろう。

 

「もう良い、大体分かった…取り敢えずお前ら全員………ブチ殺ス」

 

死の宣告が告げられる。瞬間、近藤の視界からゲンの姿が消え去った。

 

「へ? ———ごべぇッ!!?」

 

近藤は間抜けな声を上げながら訳も分からず顔面を殴打される。一瞬で距離を詰め寄ったゲンの頭突きは近藤の鼻を無惨にひしゃげ、無様な顔面にさせながら顔ごと壁にめり込ませる。二、三回ピクピク痙攣を起こした後、そのまま気絶して動かなくなる。

 

「な、なッ……!?」

 

「う、嘘だろっ……!?」

 

檜山達は目の前の光景が信じられない。この二週間の訓練で、戦闘系の天職である檜山達は更に強くなった。そう、自分達の畏怖の対象であり憎悪の対象である男を超えたはず……と、勝手に思い込んでいた。その成果すらかき乱すようにゲンは一人を戦闘不能に追い込ませたのだ。

暗殺任務を遂行するロボットのように「まず一人……」と冷徹に呟きながら残りの檜山一派に視線を変えた。

 

「ざ、ざけんな!! 調子乗ってんじゃねえぞ!?」

 

「や、やっちまえ!!」

 

「死ねえ、南雲ぉおおおおお!!!」

 

剣を抜いて本気で殺しにかかるが、ヤクザや不良の太刀筋を見慣れているゲンにとって、たった数日の訓練で身に付けたクズガキ共の“剣捌き擬き”を裁くことなど造作ない。避けられる度に檜山一派の苛立ちは増していきますます雑になる。

 

「くそッ!! ここに風撃を望——ごぶッ!!?」

 

痺れを切らした斎藤が風属性魔法の風球を放とうと詠唱を唱える。その直前、ゲンは斎藤の顎を蹴り上げて舌を噛ませると同時に詠唱を強制的に中断させた。斎藤は「えぅッ〜〜〜!!?」と口から血を流しながら声にならない奇声を上げて涙目になる。だが、ゲンの“仕返し”はこんなもので終われない、終わらせない。

 

「し、死ねえ!! ここに焼撃を望む、火球!!」

 

目の前の光景が信じられず、中野は半ば狂ったように声を張り上げて詠唱を唱える。掌から放たれた火球はまっすぐゲンの方へ飛んでいくが、それを見越したゲンは地面に膝をついて悶絶している斎藤の頭を掴み上げて肉盾にした。

 

「ほらよ、仲間の魔法を味わえ」

 

「うぇ? ………ぼごぉあ!? あ、あひゅ()い! あひゅいおおおおおおおおおお!!?」

 

火球は斎藤の元へ飛来し、ボシュッ!! と顔面に激突し爆散した。火花を散らしながらプロボクサー級の威力の爆発する殴打を顔面で受け止めてしまい、多大な火傷と激痛を負いながら発狂する。

その様子を見ていた中野は自身の魔法が仲間に傷を負わせたことを自覚できないまま「な、なッ……!?」と戸惑う。その瞬間をゲンは見逃さず、斎藤の頭を掴むと中野へ放り投げる。

 

「名も知らぬ屑野郎、アタック!!!」

 

「へ? ———ぶわぁ!!?」

 

予想外のことで対処できず、斎藤の投擲を正面から受けた中野は地面に倒れる。上に乗っかって気絶している斎藤を退かそうとするが、全体に火傷が広がって無残になった斎藤の顔面を見て「ヒィイイイ!?」と震え出す。

態勢を立て直そうと上を見上げると、頭上で“良い笑顔”をしながらゲンが片足を上げた状態で待ち構えていた。

 

「……お、お前はホントに何なんだよぉ!? 変態のくせに、いつも教室を騒がせるクズのくせに!! 俺達は訓練を積んでるっていうのに、何だってこんなに——がふッ!?」

 

「うるせえ、喋るな」

 

まだ何か喋っている中野の言葉を遮ってゲンは顔を踏み付ける。頭上に上げては瞬時に足を振り下ろす踵落としは一回程度に収まらない。二回、三回、四回……何回も踏み付ける。その度に中野の顔からバキッ! ベシャッ!! と骨が軋む音と肉が砕ける音が響いて血が飛び散るが、構わずゲンは踏み付ける作業を繰り返す。 踏む回数が二十に及んだところでゲンは足を退かすと、鼻が折れ曲がって歯がいくつか欠けていた血塗れ顔の中野が気絶していた。

確実に戦闘不能になったことを確認したゲンはゆらり、と進路を檜山の方へ向ける。

 

「ヒ、ヒィイイイッ!? ちょ、ちょっと待ってくれ! 悪気はなかったんだ、遊んでただけなんだ……だ、だから見逃してくれえ! お願いします! 何でもしますからぁ!!」

 

仲間達を死屍累々と言うべき姿に変えて「次はお前の番だ」と狙いを定める鬼神(シスコン)に、檜山は完全に恐怖に晒されてしまう。下半身の股から汚水を垂れ流してズボンを汚しながら土下座をするが、表情が見えないゲンは無言のまま歩み寄る。

一歩、また一歩と近寄る毎に檜山の顔は涙や鼻水でベトベトに汚れていく。

 

「あ、謝る! 今までのこと全部詫びるからさ! だから許してくれよな!? ほら、俺達クラスメイトじゃないか! お互いに助け合わないと——」

 

そこから先、檜山の虚しい説得は続かなかった。厭らしく上下に開閉していた男の顎を、ゲンが鷲掴みして無理矢理黙らせたからである。

檜山にわざと表情を見せつけるように、ゲンは実に“良い笑顔”のまま口を開いた。

 

「俺のスイートエンジェルなハジメに手を出すレイプ魔もといゴミクズ害虫風情が何勝手に喋ってんだ? みっともない姿をハジメの視界に入れやがってピーチクパーチクうるせーな……あ、そっか。黙らせるにはこうすりゃ良っか♪」

 

檜山の顎を掴んでいた手に思いっきり握力を加えて下の方へ移動させる。するとゴキリ!! という鈍い音を立てて面白い具合に檜山の顎が外れた。嘗てない激痛で檜山は「〜〜〜ッ!?」と喋ることもできない声にならない奇声を上げるが、ゲンはその猶予すらも与えず追撃を開始する。

鼻を摘むと握力を込めて右に百八十度回して鼻をへし折った。ベリンッ! と骨格が捻じ切れた鈍い音が鳴り響き檜山の鼻穴から血がポタポタ流れ出す。その度重なる激痛に耐えられなくなった檜山は痙攣を起こしながら白目を向いて気絶する。

するとゲンは檜山の髪の毛を無造作に掴み上げると憤怒の形相で怒鳴った。

 

「な〜に勝手に寝てんだ? ハジメが受けた痛みはこの程度じゃないんだよ……とっとと起きろ、ボケ!!」

 

「———オガッ!!?」

 

格闘者も一発でKOされるような拳骨を後頭部に食らわせて檜山の意識を呼び覚ます。無理矢理起こされた檜山はゲンを見るなり声にならない悲鳴を上げる。顔が恐怖一色に染まっていた。その瞳から「もう止めてくれぇッ!!」と懇願してくるのが読み取れるが、ゲンは気づかない振りしながら、次はどうしたものかと思考を巡らす。二度とハジメに手を出さないようにするため、リンチ対象を一人に絞って徹底的に恐怖を植え付ける必要がある……流石に“男の象徴”を破壊するのは抵抗があるので本人もやりたくないが。

ならば鼓膜を破壊して聴覚を奪うか、顔面の皮膚を剥ぎ取って熱湯を浴びせるか、それとも指と爪の間に針を刺すか……

そうこう考えていると、横から“邪魔者”が割り込んで来た。

 

「いい加減にしろ、南雲!」

 

と、叫び声がした方へ振り向くと、先程叫んだ光輝、その後方に香織や雫、龍太郎が駆け寄る。

香織は隅の方で全身に傷を付けられたハジメを見るなり「ハジメちゃん!」と慌てて治療しに行ってくれた。それを見たゲンはひとまず安堵の息を漏らす。檜山を無造作にその辺に放り捨てるゲンの元に、事情を聞くべく雫が眼前に現れ、二人の男子がゲンを睨んでいた。

 

「それで? これをやったのはゲン君よね? どうしてこんなことをしたのか説明してもらえるでしょうね?」

 

「雫ちゃんか、簡単に言うと……そこのクズ変態ゴミ一派がハジメにリンチをかけた。だから俺が“仕返し”をした。以上」

 

本当に簡単かつコンパクトな説明に雫は頭を抑えて仕方ないみたいな表情をする。すると、光輝が激昂しながら会話に入ってきた。

 

「仕返しだと? ふざけるな! 幾ら何でもやり過ぎだろう! 檜山達をあんな姿にさせるまで追い込ませて、お前は何とも思わないのか!?」

 

「あぁ? 何寝惚けたこと言ってんだよ、クソ勇者(笑)。この程度の痛み、ハジメに比べればマシな方だ。本当はもっと制裁を加えたいところだけど、これ以上の描写はお茶の間の皆様の気分を悪くさせると見越して我慢してやったんだぜ?」

 

「何を言っているんだ、お前? ……って、だとしても、これは仕返しの範疇を過ぎているだろ! 聞けば南雲達は訓練をサボって図書館で読書していたらしいじゃないか! それを知った檜山達はそういうお前の妹の不真面目さをどうにかしようとしたんじゃないのか!?」

 

何処をどう思ったらそういう結論に至るのだろうか? という臭い台詞。百歩譲ってもありえないことだが、仮に檜山達に悪意がなく光輝が言うような意図があってハジメを絡んだとしても、それで傷を負わせて良いという理由にならない。況してや、女の子に傷を付けたという行為は悪戯で治るわけがないのだ。そんな当たり前のことにすら気付かない見当違いな言葉に、香織や雫は苦笑するか溜息を吐いた。

そんな光輝の戯言を聞いたゲンは——

 

「———お前もクズ対象としてボコっても良いんだぞ?」

 

「……ッ!!?」

 

————当然、ぶちキレた。

本気の殺意。睨まれた光輝だけでなく、近くにいた龍太郎も大蛇に睨まれたかのような錯覚に囚われる。そして疑惑を覚えた、この男は本当に、妹関連の騒動で教室を騒がせていたハジメLOVEなシスコン、あの南雲ゲンなのか、と。

彼の本気の怒気に香織や雫もたじろぐ中、ハジメだけはその姿に見覚えがあった。何時だったか覚えてないが、過去に一度だけ大きな傷を負わせられた。その時、怒りの形相に染まったゲンが抹殺する勢いで相手に報復したのだった。

硬直して動けない光輝を見て殴る気も失せたのか、ゲンは溜息を吐きながら言う。

 

「そんな理由でハジメを虐めて良いってのか? だとしたら、お前はPTAに喧嘩を売れるある意味スゲェ勇者(笑)だな。その理屈で言うと、訓練という名目で香織ちゃんや雫ちゃんを動けなくなるまで暴力を振るっても良いってことになるぞ。それでも良いのか?」

 

「そ、それは……で、でも」

 

光輝は答えようとするが、できなかった。ゲンの言葉に肯定すれば光輝の言い分が間違っていることになり、否定すれば檜山達が悪いことになり結局光輝の言い分が間違っていることになる。

何も考えが出てこないが話を切り替えようと、無意識に誤魔化そうとするご都合主義の光輝の言葉を言わせる前に、ゲンが忠告とも言えることを叩きつけた。

 

「お前の意見なんか聞くつもりはないし興味もない。だから、二度と俺達にケチ入れるな……じゃねえと、その面をボコボコのブクブクに膨れ上がらせて不細工顔にさせるからな」

 

そう忠告してゲンは興味が失せたように視線を外して香織に治療されているハジメの方へ向かった。

 

「ハジメ! 大丈夫か!? もう怪我はない!? 意識が朦朧としてないか!? お兄ちゃんの言ってることが分かる!? ハジメたんの口から『貴方、誰……?』なんて言われた日にはショックで自殺してしまいますからね!!?」

 

態度や性格が豹変していつものシスコンチックなゲンに戻ってギャップに戸惑いながらハジメは慌てて静止の言葉をかける。

 

「だ、大丈夫! もう大丈夫だから落ち着いて、お兄ちゃん! 白崎さんのお陰で治ったんだから!」

 

ハジメの言う通り、檜山一派(ゴミクズ集団)に付けられた火傷や殴打の跡は香織の治癒魔法により綺麗さっぱり消え失せていた。それを確認したゲンは愛妹(ハジメ)の傷を癒してくれた香織の手を繋ぐと感謝の言葉の嵐をかける。

 

「ありがとう! 本当にありがとう香織ちゃん! 感謝感激! マジ香織女神を尊敬するっす!! グッジョブ!! センキューベリーハムニダム!!」

 

「そ、そんなことないよ、私は治癒師だから。怪我を治すのは私の仕事だよ」

 

眼前で最大の笑みを浮かべながら涙目な想い人と手を繋ぐという状況に加えて大感謝される香織は頰を染めながら嬉しそうに言う。

 

「それじゃ後始末は任せた、ツッコミ兼オカンポジションの雫ちゃん!」

 

「当たり前のように私に押し付けないでくれるかしら!? ま、まぁやるけど! 仕方ないからやるけども!!」

 

雫の心の叫びを頂戴し、ゲンはハジメを連れてその場から去った。

その後、そのままでは訓練にも支障をきたすというお情けで檜山一派も香織による治癒魔法を受けて回復したのだが、その際に香織から冷たい視線を浴びせられたまま治癒されて生きた心地がしなかった檜山達。幸い後遺症に至らなかったから二度としないという厳重注意を受けてお咎めなしになったゲンと檜山一派だが、寄ってたかって一人の無抵抗な女子生徒に手を出した事実がクラスメイト中に広まり、檜山一派は女子だけでなく国中から非難と軽蔑の視線を浴びせられることになる。

これを知ったゲンはこう唱えるだろう。「まだまだ生温しじゃああああ!!」と……

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

「ごめんなさい……」

 

「んん!? ハジメた………どうしたんだ?」

 

香織達と別れて渡り廊下を歩いている時、不意にハジメはゲンの裾を掴んで謝った。その仕草を見た馬鹿兄(ゲン)は思わず「ん"〜〜〜、雛鳥みたいなハジメたん可愛ぃいいいよぉおおおおおおおおお!!!」と叫びそうになったが、ハジメの不安そうな表情を見て気持ちを切り替えて真面目に向き合う。

 

「私のせいでお兄ちゃんに迷惑かけちゃって……思えば、いつもそうだよね。お兄ちゃんが暴れる理由って、いつも私のためにやってくれることだから、迷惑ばかりかけて……」

 

ハジメが申し訳なさそうに言ったのは、どうやら檜山達に虐められたことのようだ。自分が一人で対処できなかったばかりにゲンの手を煩わせてしまい、厳重注意をかけられる羽目になったと、ハジメはそう思い込んでいた。

異世界で何とか乗り越えると(ゲン)に啖呵を切った矢先がこれだ、と才能なき故に実行に移せない自分が嫌になる。

そんな暗い表情をしているハジメを見たゲンは、ある行動に出た。

 

「それは違うぞ、ハジメ」

 

「え?」

 

「俺は迷惑なんて一度も思ったことないぜ? 命より大事な可愛い妹を守るなんて、不出来な兄貴にはこれ以上にない名誉なことなんだ。むしろな……迷惑をかけているっていうなら、俺の方だ。何せ、いつもお前を困らせているからな……」

 

「それは………うん、そうだね」

 

「あれれ〜!? そこは『そんなことないよ』って否定してくれないのかい!?」

 

「うん。だって迷惑なのは事実だもん」

 

「アイ・アム・ショーーーーーック!!?」

 

慰められている側が言うことではないだろうが、いつも馬鹿(ゲン)が妹関連で迷惑ばかりかけることは事実なので否定はしないハジメ。その愛妹の勇姿にゲンはシェーーー!! のポーズでショックを受けた。

ゴキブリより強靭(タフネス)な精神力ですぐに立ち上がり、咳払いして「とにかくだ!」と仕切り直す。

 

「俺ってバカだからさ、いつもハジメ達に迷惑ばっかりかけてしまう。そんな俺は身を呈してハジメのことを守ることぐらいしかできない……だからさ、やらせてくれよ。たった一つ、唯一の取り柄を」

 

「うん……ありがとう」

 

不器用ながらも妹を気遣う兄なりの言葉。それでもハジメは嬉しくなって、檜山に関することなど気にしなくなった。

 

「俺としては『お兄ちゃん大好き♡』って言ってもらえるとモチベーションが上がるんだけどな。言って〜……くれるかな?」

 

何処まで行っても、ハジメLOVEなシスコンであることには変わりない。その頼み込んでくる姿に呆れもあるが、それ以上の感情が溢れそうになる。

 

「んもぅ……お兄ちゃんの、バカ」

 

頰を真っ赤に染めながら照れるように呟いたハジメ。その恥じらいの姿を見たゲンはうわ言のように何かをパクパクし続け……

 

「ッ……ハ……ハ………!」

 

「お、お兄ちゃん……?」

 

「ハジメたん萌え、キターーーーーーーー!!!!」

 

——ドッガァアアアアアアアアン!!!

 

「…………、え?」

 

両腕をクロスさせたガッツポーズからの鼻血をロケット噴出させた大ジャンプ……打ち上げロケットと化したようなそれはもう凄まじい(スーパー)ジャンプで、天井に風穴を開けて天高くまで飛翔した後、出血多量で意識を失った。何らかの感情が爆発し、幸せな笑みを浮かべたまま、そのまま夜空の星座になったのでした……(死んでいません☆)




これを見ている皆様も思うことでしょう。檜山達マジザマァ!!
そしてクソ勇者(笑)マジでクソ邪魔ァ!!
原作を読んで思ったんですけど、本当にあの勇者(笑)って初期の原作ハジメ(男)以上の無能ですよねー。web版では祖父が弁護士だから正義に憧れるらしいですけど、どれも中途半端な結果。そんな無様な結果しか出せないから幼馴染が離れていくんだよ。なのに幼馴染は自分のものだとか、離れていくのが許せないという理由で原作ハジメ(男)に八つ当たりするって、子供を通り越して犯罪者(ストーカー)だよ。牢獄にぶち込まれても文句言えないんじゃないかなぁ?
檜山達みたいないじめっ子は本当嫌いだけど、こういう何も知らないのに横からクドクド一丁前なことを言ってくる奴って本物の害悪な気がします。
……ちょっと過激すぎましたかね?
ゲン「まだまだ生温いわぁ!! あのテンプレ勇者(笑)の心が折れるくらいになるまでもっと言ってやれぇ!」
ちょっとシスコンが乱入してきたので、檜山一派&勇者(笑)への罵倒はここまでにしておきましょうね。
では皆様、熱中症にはホント気を付けて!
ゲン「読んでくれてありがとな! 更新遅くなるかもしれないけど、またな!!」
あ! 作者が言うべき台詞を!
で、では皆様、お達者で〜〜〜!


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6.月・下・談・話!!

この度、更新が遅くなって申し訳ない!
リアルが忙しかったのに加えて、アニメやゲームするに忙しかったので……テヘペロ♪ ザケンナー! ボガッ!(←作者が殴られた音)
イテテ、スンマセンデシタ……前話の感想が檜山一派や勇者(笑)に対する非難ばっかでくそワロたww
皆、思ってることは同じなんですねぇ〜……
そして、アニメ二期おめでとう!
初っ端からグダグダ感満載だけど、始まるよ〜!!

注意!)今回、かなり字数が多いです(約15000字)
ご了承下さい!


檜山一派を撃退し勇者(笑)を退けた後、ゲンとハジメは夕食の時間だと食堂に行こうとしたが、クラス全員にメルド団長から連絡事項があると止められる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意しておくが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合いを入れろってことだ! 今日はゆっくり休んで明日に備えとくように! では解散!」

 

伝えたいことだけ伝えるとあっという間に去ってしまった。ザワザワと喧騒に包まれる生徒達、それに混じって、メルド団長の話を全然聞いていなかったゲンが「あぁ〜、異世界で食う日本のカップ麺って美味いんだろうなぁ」と、確かに納得できるが今この話題と全然関係ないことを口走る。その様子を見てハジメは天を仰ぐ。

 

(はぁ……ホント前途多難)

 

胃腸薬、もしくは癒し成分が欲しいと思う今日この頃であった。

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

ゲン達は、メルド団長が率いる騎士団数名と【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達用の宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿場もあり、今夜はそこに泊まる。

王国内の豪華な部屋と違い、久しぶりに普通の部屋を見た気がするハジメはベッドにダイブして「ふぅ〜」と気を緩めた。その隣で「ベッド風情がハジメたんの抱擁を受けるなんてぇッ……ジェラシィ〜」と呪詛が込められた視線を無機物に送っていた(バカ)がいたが当然無視だ。

全員が最低でも二人部屋という宿泊なため、必然的に普段同室である南雲兄妹はここでも同室ということになる。

今回の迷宮探索だが、クラス全員強制的に参加するように上層部から命じられていたらしい。行くと言っても二十階層までらしく、それくらいならハジメとゲンをカバーできるとメルド団長から教えられた。その際「大丈夫だ、いざとなれば俺がお前らを守ってやるさ!」と男臭く笑って言われてしまい、留守番すると言う退路を断たれてしまったため、やむ得なく同行することになった。

その地獄の遠足に頭を悩ませていると、隣でゲンが睡眠を促す発言をする。

 

「ハジメよ。今日は遅いからもう寝なさい。明日は早いんだから」

 

「……寝ている最中にセクハラしたら絶縁するからね?」

 

「しないから!! 目にいれても痛くない寧ろ保養になる可愛い愛妹を、まるですやすや眠っている兎を前にした狐みたいに、俺がそんな野獣何某みたいな下衆男になると思ったのかい!?」

 

「だって普段の言動から説得力ないじゃん。前科あるの忘れてない? 何回お兄ちゃんにセクハラ紛いのことをされたと思ってるの? ……ねえ? いい加減にしないと『お兄ちゃん』と呼ぶのも止めるよ? それに狐と一緒にしないで、狐が可哀想でしょ?」

 

「………すいません、わたくしは珍獣以下の淫獣です以後気を付ける所存で御座います。ですからお願いします、俺と心の距離を遠ざけないで。ベッドごと物理的に俺から遠ざけないでえッ!?」

 

ズズズズッ、と自分のベッドをゲンのベッドから遠ざけているハジメ。涙目になりながらベッドの上で綺麗なフォームの土下座を決めるゲン。第三者から言わせれば「こんな夜遅くまで何やってんだよ」という光景。補足情報だが、ハジメの現在位置は床下、ゲンの位置はベッドの上なので、若干ゲンの頭が高い……

就寝には少し早い時間帯……睡眠を遮るかの如く、部屋の扉をノックする音が響いた。少し早いと言っても、毎夜徹夜の日常を日本で過ごしてきた南雲兄妹にとってはということなので、トータスにおいては十二分に深夜にあたる時間帯。そんな怪しげな深夜の訪問者。一体何者であろうか?

ゲンはすかさず「まさかあのゴミ一派共か? 証拠にもなく現れやがってぇええ……!!」と顔が鬼神のように染まりながら、部屋の隅に置いてあった釘付バットを手に取る。

 

「は、はいは〜い、今開けますよ〜」

 

扉に向けてゲンが声高めで呼びかけるとノック音が鳴り止んだ。しかし返事は返って来なかった。返事が来ないということは声を発せれない、素性を隠している……つまり、と檜山一派の確率が高いと勝手に解釈するゲン。

鍵を外して一気に扉を開けるとバットを振り下ろ——

 

「このしつこいゴミ害虫共がぁあああ!! 今すぐ駆除してやらぁああああああああああ!!!」

 

 

 

『きゃあああああああああああああ!?』

 

「ええ!? 何!? 何なの!!?」

 

——そうとしたが中止した。明らかに檜山一派ではない、布を引き裂くような女子の悲鳴が聞こえたからだ。

自室の前で血塗れの殺害現場? を朝から見なくてはならないというハジメの心配は全くの杞憂に終わった。扉を開けた先にいたのは純白のネグリジェにカーディガンを羽織った香織に、桃色の可愛らしいパジャマにカーディガンを同じく羽織った雫が立っていた。

まぁ、一歩間違えればクラスメイト、しかも学校で女神と称される美少女二人に怪我を負わせたと言う大事件に発展するかもしれなかったので、ゲンの急ブレーキはファインプレーであった。

 

「な、な〜んだ。香織ちゃんに雫ちゃんか……驚かさないでくれよ」

 

「こっちのセリフよ! その釘バットは何!? もしかしなくても、それで殴ろうとしたわよね! 相手の確認をしないで殴りかかっちゃいけません! いや相手が誰だろうと下手すれば死んでしまうから止めときなさい!!」

 

周囲から「こんな夜分遅くまでツッコミご苦労様です」と慰めをかけられるぐらいの勢いで雫が炸裂する。一方ゲンは「ハッハッハ」と他人事みたいに陽気になっていたため、雫は殴りかかるのを我慢してキッと睨みつける。

尚、今の香織や雫の格好は普通の男子、至ってごく普通な思春期男子には刺激が強すぎるため視線のやり場に困るものだ。しかし、ゲンはあくまで二人のことを『友達』としか思ってないため、二人の姿を目にしても反応は薄かった。そのことに残念そうな仕草をする香織。

最も……この格好をハジメがしていればシスコン魂が暴発して一気に超興奮状態(バーサーカー)になり、この部屋一面が真っ赤に染まるだろう……主にゲンの血で。

 

「で、どったの? なんか連絡事項でもあった?」

 

ポーンと釘バットを放り投げてゲンは気を取り直して香織達へ向く。

 

「ううん。その、少しゲン君達と話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 

「香織がこう言ってウジウジしているから、心配した私もこうして付き添いで来たってわけ」

 

どうやら雫は香織の保護者的な立ち位置のようだ。それはいつもと変わらんことだ。

二人が来訪して来たことにゲンは特に嫌がる様子はなかったが、対応に困ったように表情を渋らせる。

 

「う〜ん、俺としてはちょっとなぁ〜。こんな深夜に女子と同じ部屋にいたのを誰かに見られでもすれば悪い噂が立ちかねんからなぁ。どうしたものか……ハジメはどう思う?」

 

「………………い、良いんじゃない?」

 

「そう? じゃあ良っか! それじゃ遠慮なくどうぞどうぞ〜! あ、お茶でもいかが?」

 

『ハジメの言うことは絶対権』が発動!(注:この権限は対象者が『南雲ゲン』にしか効果が発動しない)

周囲から「おい! 悪い噂云々の話は何処に行った!?」と匙を投げられる前言撤回の言葉を吐きながら招き入れる。何の警戒心も抱かずに香織は嬉しそうに、雫は申し訳なさそうに部屋に入る。ハジメにも話があるらしく、テーブルセットに座った二人と対面するようにハジメも窓際の方に腰掛ける。ゲンは紅茶のようなお茶を注いだカップを香織と雫に差し出し、そしてハジメの前に置く。

当たり前のようにハジメの隣に座る際、ゲンは「ぐっすり眠るよう、ハジメにはミルクをた〜っぷり入れておいたからな? でも飲み過ぎは体に悪いわよん?」と若干オネェ口調で囁いて、香織と雫と対面する。ハジメは「何故オネェ?」とツッコミたかったが、気にしたら負ける気がしたので、黙ってお茶を飲む。

………後日、ゲンの入れたお茶は美味しかったと、女子三人は語る。

いつまで経っても話が進まないと感じたハジメは埒が明かないと思い、強引に話を促した。

 

「それで、話したいって何ですか? もしかしなくても明日のこと、とかですか?」

 

先程まで浮かべていた笑顔が消えた香織は「うん……」と思い詰めたような表情になる。その隣で雫も、何処か浮かない顔をしていた。何があったのだろうか、と訝しむ南雲兄妹に、香織が話し出す。

 

「明日の迷宮だけど……ゲン君やハジメちゃんには街に残って欲しいの。メルドさんやクラスの皆は私が必ず説得するから。だから、お願い!」

 

身を乗り出すほど必死に懇願してくる香織の姿に、ハジメだけでなくゲンも当惑した。

性急しすぎる香織に、雫が「香織、落ち着きなさい。ゲン君達が混乱しているでしょう?」と落ち着かせるように肩を叩く。幼馴染兼親友に促され、自分の胸に手を当てて深呼吸しながら落ち着かせる。幾らか冷静になった様子でハジメとゲンと向かい合う。

 

「ご、ごめんね。いきなり過ぎたよね? でも私……嫌な夢を見たの……ハジメちゃんが大きな獣に捕まって、ゲン君が飛び込んで最終的には、二人共、暗闇に飲み込まれてしまうの……」

 

成る程、確かに不吉な夢だと南雲兄妹は納得する。しかもそれが自分達なら尚更だ。雫の表情も浮かなかったのはこのためであったのか、と確信する。

そこで話が終わるかと終わったら、香織はまだ言いたいことがあった。

 

「それで、最後に私が目にしたゲン君は……既にゲン君じゃない違う何かに変わってしまうの……可笑しいよね? ゲン君はゲンな筈なのに、まるで別人みたいになっちゃって……気がついたら、私の手が届かないところへ行ってしまうような気がして……それが怖くて私……」

 

もうそれ以上は口に出すことすら怯えている様子で、それ以上は不要だとゲンは手で制して話を中断させる。

 

「大丈夫だ、香織ちゃん。夢は夢だろ? それが百パー現実になるなんてあるまいし。それに明日はおっさん団長共ベテランがカバーしてくれるって言うんだ。細心の注意を払いながら探索に当たれば、まぁ何とかなるんじゃね?」

 

慰め……と呼ぶには余りにも楽観的な言葉だった。香織を落ち着かせる慰めの言葉としてはどうか思うが、これでもゲンなりに気遣った言葉であった。

 

「で、でも……」

 

「それに香織ちゃん……まず『俺が俺じゃない何かに変わる』こと自体が大きな間違いだぜ?」

 

「え?」

 

ゲンの唐突な言葉に、香織はキョトンとしてしまう。

 

「たとえ俺が女になろうがゴリラになろうがドラゴンになろうが小ちゃい蟻になろうが、そいつは歴とした俺だ。どんな姿になろうとも、そいつは愛妹ハジメたんLOVEな俺であり、最強のシスコンである俺であり、香織ちゃんや雫ちゃんの友達でもある俺——そいつは唯の『南雲ゲン』って男だ……な? 簡単な話だろ? ………あ、俺って結構良いこと言ってない?」

 

『…………』

 

ゲンの真面目な言動に呆気に取られる……と思えば最後の一言で全部台無しだと白けるハジメと雫。言ってることは支離滅裂だが、何となく彼の主張が分かった。香織を落ち着かせようとした、ゲンなりの優しさなのだろう。

その姿を見た香織は胸の奥から溢れ出そうになる言葉を押し込んで「……そっか」と呟くと、不安が消え去った顔をゲンに向ける。

 

「やっぱりゲン君、変わってないなぁ……」

 

「?」

 

ゲンが「何のこと?」と言わんばかりにポカンとしていると、その様子に香織がクスクスと笑みを零す。

 

「ゲン君と私が初めて会ったのは高校入学式の日からだと思ってるよね? でもね、私は中学二年の時から知ってたよ」

 

「へぇ〜、意外ですなぁ……あ、俺が『シスコン番長』なんて呼ばれていたから?」

 

「ううん。だってその時の私、ゲン君がそんなにハジメちゃんが好きだなんて思わなかったんだもん……私が最初に見たゲン君って、恐い人を追い返したんだから。私が見えていたわけないしね」

 

香織から聞かされた『恐い人を追い返した』という単語に、ハジメはすぐさまジト目でゲンを見やる。その恐い人とは何処ぞの不良なのか、893な“あれ”な人なのか、モノホンのヤバい職業の人なのか……

 

「お兄ちゃん……身に覚えは?」

 

「………………ダメだ。心当たりがありすぎる」

 

「貴方、一体どれだけの修羅場を潜って来たのよ?」

 

「いや〜、照れますなぁ〜」

 

「褒めてないから!」

 

思わずツッコミを入れてしまった雫。そして良く代弁してくれたと心の中で拍手を送るハジメ。

二人のそんな様子を見た香織が、慌ててゲンの弁解を述べた。

 

「あ、ちょっと待って! 別にそんな悪い感じじゃなくて! ……その時のゲン君を見て、私はとても強くて、とても優しい人なんだって思ったんだもの」

 

『………は?』

 

香織の言葉に、今度は南雲兄妹が耳を疑う。香織が言う『強い』の部分が強調されるのは理解できる。非常に凄く、ウチの兄は強いのはハジメが一番分かっている。仮に『恐い』とかなら納得できるが、『優しい』なんて表現が浮かぶだろうか? 答えは否だ。

ハジメは、もしや白崎さんは特殊な異性が好み? だからある意味特殊(へんたい)なうちの兄に興味が!? と、とてつもない失言を内心叫んだ。

 

「だってゲン君。小さな男の子とおばあさんのために体を張ったんだもん」

 

その言葉にハジメはますます訝しむが、ここでゲンは「あ、あれかぁ〜!」とようやく思い出した模様。

それは……一年と半年前の話。

 

 

 

 

———◆回想シーン◆———

 

 

 

 

……それは予想できなかった、正に唐突に起こったことだった。

脳裏にしっかりと刻み込まれて、香織は今でもあの嵐のような光景を忘れられずにいる。

その日の放課後、隣町のスーパーを目指して商店街を歩いていた。

ガヤガヤと聞こえる騒音を振り切り、メール画面に書かれてある母親に頼まれた夕食の材料を目に入れながら歩くのを止めない。

 

「……あれ?」

 

ふと、不穏な騒音が香織の耳に入る。

嫌な予感がしながら視線を向けると、残念なことに香織の嫌な予感は的中。

柄の悪い不良が怒り心頭な様子で怒声を撒き散らし、お婆さんが怯える男の子を庇って対面している。お婆さんは何度もペコペコ頭を下げて謝罪を繰り返している。

察するに、男の子が食べていたタコ焼きが不良にぶつかったせいで、不良のジーンズが汚れてしまったらしい。

 

「どうしよう……た、助けた方が良いよね?」

 

そうは言っても、幼い子供すら容赦のない暴君に見える不良の雰囲気に気圧され、足が竦んで動くことさえできなかった。

道行く通行人達もお婆さんと一瞬だけ目を合わせるも、すぐに目を逸らす。

香織はその通行人を非難することができない。当然だ、彼等は自分と同じく、後でどんな目に遭うか分からなくて恐れているからだ。

 

「……か、かえしてよ! そのお金は()()()()()()()()()()()()()()()()をッ」

 

「ああん? 元はと言えばテメエが撒いた種だろうがクソガキがッ!!」

 

どうするか戸惑っていると、いよいよ不良が男の子に手をかけようとした。

 

「や、やっぱりダメッ……危な………!」

 

 

 

 

「———おーい、危ないぞー!」

 

 

 

香織の言葉を遮って、男の声が何処からともなく聞こえた。

 

「あぁんッ? 今度は何処の誰だ……って、ほわぁああああああああああッ!?」

 

不良は頭上を見上げると、途端に奇声を上げてその場を退いた。何故いきなりジョ○ョ立ちになって男の子から離れたのか不明だったが……次の瞬間、理解した。

————ズドォオオオオオオンッ!!

鼓膜に響き渡る地面を砕く音、凄まじい風圧を巻き起こしながら、不良とお婆さん達の間に何かが墜落した。

上で工事していた工事員の手からペンチが落っこちた? 上に住んでいる住人が花瓶を落としてしまった? まさか、突然宇宙から小型隕石が降って来た? ……と色々考えたがどれも違った。その落ちた物体の正体を見た瞬間、その場に居合わせた不良とその連れ、お婆さんと男の子、そして香織や通行人の皆は顔が真っ青になる。

大きな亀裂を刻み、クワガタの角みたいに地面から二本の足が生えていた。簡単に言えば犬○家の一家みたいに突き刺さっていた。

………って言うか、人が落ちて来た。

 

「………え? ええぇッ!? じ、事故!? いや事件!?」

 

「いやいや、色々おかしいって! 普通こう言う事故とか、血塗れの格好になって地面に横たわるじゃん!? こいつの体勢何だよ!? 何で○神家!?」

 

「ぅ、うわ”ーーーーん”ッ!!」

 

案外、不良連中もそこそこ常識人だった。不良とその連れが騒ぎ出した途端、その場は混沌と悲鳴に包まれる。当然だろう、人身事故なんて新聞やニュースでしか見たことがない人が多い、二度も遭遇する人なんてそうそういない。そして案の定、殺伐とした現場を間近で見せられた男の子は泣いてしまい、お婆さんが混乱を押し殺して孫を泣き止ませようとする。

かく言う香織も混乱しまくっていた。事情聴取の際、何を語れば良いのか? 不良達のことは話さなくても良いのか? 緊張で話せなかったらどうしよう? また騒動に巻き込まれたから雫達に迷惑がかかる! ……と、色んなことを先走ったため、落ちた人は生きているのか確認すべきであることや警察や救急車を呼ぶことなど、最初にすべき段階をすっかり忘れていた。

 

「ヤ、ヤバいって、この状況! と、取り敢えず救急車を!」

 

「————あ〜〜、死ぬかと思ったわ」

 

『……って、生きてたぁあああああああああああッ!!?』

 

何の突拍子のなく、本当にムクリと起き上がった。と言うか、地面からボコッと抜き出た。

両脚でしっかり地面の上に立ち上がると、不良連中と顔を合わせる。通行人の全員がギョッとした目で見ている。お婆さんなんか、驚きの余りに腰を抜かして地面に尻餅着き、幽霊でも見たような顔になっている。そのままショックで魂が天に召されないか心配である。

その人物はパンパン、と身体中に付いた砂埃や破片やらを叩き落として不良と対面する。

 

「だから危ないって言ったでしょーが? 人の話を聞かないと予想できない事故に巻き込まれるんだぞ? 例えば、上から人が落っこちてくるとかな」

 

「さっき俺に言ってた声はお前だったのかよ! つーか話を聞いていたとしても、人が頭上から落ちて来るなんて予想できるかぁ! それと事故に遭ったのも起こしたのも俺じゃなくてお前ぇええええええええ!?」

 

案外、不良は常識人だった。連れの二人なんて「あのヒデちゃんが、ツッコミをしている……!?」とか「何、だと……!?」と驚いていた。

ゴキブリ以上の耐久力でピンピンしていた人物は、香織と同い年ぐらいの男の子。光輝みたいにキラキラした顔付きでもなく、龍太郎みたいに熊ぐらいの巨体でもない。黒髪黒目の普通に整った顔立ち。光輝ほど周りの女の子を虜にしてしまいそうな(香織や雫など除く)風貌ではないが、口を閉ざしていれば普通に女子にモテそうな感じの、兎に角『兄貴!』な印象が強い男の子だった。

……因みに香織的には結構好みだったりする。

 

「いや〜、上のビルで丁度アニメイベントが終わったところ、この現場を見かけてな。危なそうだったから、すぐに行こうと思って飛び降り着地をしようとしたけど……バランスを崩しちゃいまして。テヘペロ☆」

 

『お前の行動が一番危ないじゃねえか!? テヘペロ☆、じゃねーよ!!!』

 

今度は不良三人組全員がツッコミを入れた。

案外、彼等は常識を兼ね備え…………以下略。

 

「つ、つーか何だよお前!? そ、そのガキとババアの身内かよ!?」

 

「いいえ! 赤の他人です!」

 

『違うんかい!?』

 

「でも、妹を想う心は一緒だ。まだ子供だし、クリーニング代だけにして、この子の妹への誕生日プレゼント代ぐらい残してやったらどうだ?」

 

「は、はぁッ!? テメェ、何様のつもりなんだ……!」

 

「それになぁ? いくらお気に入りのジャージが汚れたからって、お年寄りから財布ごと掻っ攫うのは良くないのでは? おまけに子供に手を出すとか、大人としてみっともないと思わんのか?」

 

「う、うるせえ!! お前関係ねえんだから引っ込んでろよッ!」

 

ボコッ、と少年の腹を殴る不良。しかし、軽く七階から落下したのにピンピンしている頑丈なこの男に効くはずもなく、逆に殴った不良の方が手に痛みが走り出す。

特に痛がる様子がなかったが、その少年の空気が変わった。

 

「ほう、話で解決しようと思ったが手を出すのですか、そうですか……良い度胸をしているじゃねえか。へっへっへ、腕が鳴らぁ。妹の尊さをテメエらに教え込んでやるぜぇ……!!」

 

両目をキッと細め、戦闘態勢に突入したかのような雰囲気になる。

香織はこの後、喧嘩になるのではないか? と内心焦っていた。少年はとても強いんだろうけど、不良三人を相手に喧嘩できるのか? 数の暴力で返り討ちにあうのでは? と。

不良も「や、やんのかゴラァッ!?」と泣きそうにビクつきながらも戦闘態勢を取る。

少年のとった行動とは…………何と、

 

 

 

 

「……という訳で始まりました『誰でもマスターできるゲンさんのシスコン講座vol.45』!」

 

 

 

 

『……………………what(はい)?』

 

不良だけでなく、お婆さんや孫、香織を含んだ通行人全員の刻が止まり英語になった。

意外にも彼等は全員……もう言わなくても常識人って分かるよね? 非常識なのはこの少年——『ゲン』って言う男だけだよね?

何処から用意したのか、ゲンの手元に『サルでも分かる姉妹講座!』と言う題名の教科書が握られている。

 

「この講義を終えた頃にはあら不思議! 貴方は『妹』という存在の貴重さが身に染みて理解できます! まずは女姉妹という存在について話します。全人類の父母であるアダムとイブの愛の結晶の息子達から初めて女の子が誕生し、これが人類始まりの妹として知られるようになったわけですが、そもそもこれは三角関数の理論式から見ても科学的にも妹の素晴らしさが証明されて——」

 

(え? ……お、教えるって…そのままの意味……?)

 

香織の脳内はフリーズしたままだった。

いきなり何が始まったのか分からない、と言う感じで眺めるしかできなかった。

延々と信憑性を非常に疑うことを延々と語っている本人は周囲の視線など気にしない様子だった。

ポカンとしていた不良達は、震え上がりながらゲンを指差す。

 

「……な、何だよこいつ!? マジで何を語ってるんだよ!? 絶対ヤバいって、主に頭が! つーか怖えよ! 七階から落ちてもピンピンしてるしよぉ! 色んな意味でおっかねえよ!!」

 

「何か理論的なことを言ってるけど、要するに唯のシスコンを拗らせているだけだよね? つーかvol45!? 他にも44もパターンあるの!? コイツ、馬鹿とか変態以前に人としてヤバいよ!! 『俺、実は何かの薬を売買しているんだぜ?』って言われても納得しちゃうもん、俺!!」

 

「確かにヤバい、ヤバ過ぎる、主に頭が。これ、もう警察を呼んだ方が良いじゃッ………まさか俺の口からこんなことを言う日が来るなんてな」

 

実際、通行人の何人かが携帯電話を取り出して『110番!!』にコールする。通報の内容の殆どが『柄の悪い男達がカツアゲしている』ではなく『頭のおかしい変態が奇怪な行為をしている』というものになっていた。数分前までは被害者と加害者が違ったはずなのに、完全に流れが変わっている。

警察が通話に出ようとしたところで、一人の不良が首を傾げながらゲンを見る。

 

「んん? どっかで見たような…………あ"ぁ"ッ!? だ、駄目だってヒデちゃん!! 相手にすると大変だよ!! コイツ……あの『シスコン番長』だ!!」

 

「な……………何だってぇええええええええ!!?」

 

「シスコン番長って、巷であの有名な不良集団『蠱盧多尾死露四苦(このたびよろしく)』を一人で壊滅させ、妹についての会談を二十四時間フルに講義し続け、日本が誇る機動隊も素手で殴りにかかった怖いもの知らずって言う……あのシスコン番長かッ!!?」

 

香織は聞き覚えのない言葉ばかりで混乱するが、周囲が急に騒ぎ出したことに気づく。彼らの顔色を見ると驚愕と恐怖で真っ青に染まっていたことから、あのゲンと言う少年は不良連中よりも恐ろしい存在だと理解する。

 

「…………に、逃げろぉおおおおおおおおおッ!!」

 

「殺されるぅううう!! 物理的にも精神的にも地獄に突き落とされるぅうううううううッ!!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってぇええええ!! 置いてかないでぇえええええええええええッ!!?」

 

色んな意味で恐怖に駆られた柄の悪い三人組は背を向けて泣き叫びながら逃げ出した。講義生(?)が逃げ出したというのを気付かないまま未だに講義し続けているゲンを残して。

 

「———と、この偉人達の活躍によって『妹』という存在は古ローマ時代から家宝として扱われて、これが後々の『シスコン』の原型になったわけだな。この歴史を『聖ローマ妹祭』として崇められて……って、あれ? アイツらどこ行った?」

 

延々と妹についての何かを語っているゲン。ようやく不良達がいなくなったことに気が付いて、その周囲に視線をやりながら「どこ行った〜? まだ短くても六時間ぐらいあるぞ〜」とか「隠れてないで出て来いや〜! 演説が終わり次第、肉体言語を教える予定だったんだから〜!」と探し回る。既にいないが、本人達がいたら真っ青になって震え上がる言葉だ。現に通行人の誰もが『鬼か、おのれは!?』といった視線をゲンに集めている……否、不良からすれば鬼の方がまだ可愛らしい。

そんな中、香織はおっかない人だったが、同時に可笑しな人だという印象を抱いた。

 

「お怪我はなかったですかい、お婆ちゃん?」

 

「あ、ありがとね……」

 

取り敢えず撃退? した不良が落とした財布を拾い上げ、持ち主にスマイルで手渡しするゲン。お婆さんは若干……いや、かなり引いていた。視線を合わせるのも躊躇して、早く孫を連れてその変人の元から走り去りたい衝動に駆られている。まあ、人として正しい思考だろう。

するとゲンは、未だに泣いている男の子に声をかける。

 

「お前、怖かったか?」

 

「う、うん……」

 

周囲からハラハラと視線を向けられる中、ゲンは膝を崩して男の子の視線に合わせた。

 

「そっか…………ナイスガッツだ!!」

 

「え?」

 

涙目の男の子が困惑した声で上を見上げる。

 

「よく頑張ったぞ! お前は怖くても『妹』を、『家族』を守るために立ち向かったんだ。その兄貴魂、俺はとても感動した! お前は男のなかの男、いや、兄貴のなかの兄貴だぜ!!」

 

そう言って朗らかな笑みを男の子に向けながら頭を撫で回す。年相応の、幼馴染みの光輝とはまた違った——『兄』の笑み。そんな彼の顔を遠目から眺めた香織は一瞬見惚れてしまった。一瞬だけだが、その男の妹のことを思うと、香織は妹さんが羨ましいと感じてしまう。

 

「これからもお前の妹を守るんだぞ? これは兄貴同士の約束だ」

 

「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」

 

「頑張れよ、『お兄ちゃん』!」

 

男の子に手を差し出すゲン。おずおずとゲンの手を掴むと、ゲンは男の子と握手し、組手を変えて互いに拳を変えると何度も打ち合わせる。ゲン曰く『シスコン友の証』らしい。

荷物を纏めたお婆さんはゲンにぺこり、と頭を下げて男の子を連れて行く。お婆さんに手を引っ張られながら男の子は「ばいばーい!」と満面の笑みでゲンに手を振りながら去って行く。それをゲンは爽快な表情で手を振り続けていた。

香織はもう目を離せなかった。

その『ゲン』と言う少年を無茶苦茶で破天荒過ぎる人格だと感じたが、妙に惹かれてしまう。どうしてか分からないけど、彼に話しかけることにした。決してあの屈託のない笑顔に心を奪われたわけではない、と自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

「あ、あの———」

 

「ア”ァ“ア“ア“ア“ア”ア“ア”ア“ア“ア"ア“!!? 気付いたら最終バスが過ぎ去ってしまったぁ! えらいこっちゃあ!! こうなったらダッシュで帰るっきゃねえ! さもなくば、マイ・スウィート・エンジェルと約束していた今日から始まるアニメ『俺のダンジョン娘がこんなに可愛いわけあるか』の鑑賞会に遅刻してしまう! そッ……そんなのイヤじゃあああああああああああああああ!!?」

 

いきなり時計を見たかと思えばこの世の終焉のような顔を浮かべて絶叫し、香織の言葉を遮って「急げ急げ急げーーーーー!!」と走り去った。下手すればオートバイやスポーツカーですら追いつけないんじゃないか? という生身では絶対ありえない速度だった。どんなオリンピック選手でも追いかけるわけがないので、香織が追い付けるわけがなかった。

香織は全然悪くない。

 

「え、え〜と……ア、アハハ、元気な人だったね〜………」

 

ポツンと残された香織は、そう言って苦笑いするしか術がなかった。

もう一度言おう。

勇気ある行動をしたが不意にされた香織は全然悪くない。

 

 

 

 

———◆回想シーン終了◆———

 

 

 

 

「……ってことがあってね……」

 

「聞いた以上に壮絶な話ね……あら、ゲン君? 香織に何か言うことがあるんじゃないのかしら? ——ねえ?」

 

「——おい、駄兄(おにい)ちゃん。シスコン講座って何? いつからそんな悪徳宗教を広めていたの? お兄ちゃん……自分の前世の姿、見てみたいと思わない? ネェ?」

 

先程の釘バットを構えて恐ろしい威圧を出すハジメ。背後にゴゴゴッ! と魔王ガイ○スのようなオーラが見えた。雫の方はハリセンを持ってゴゴゴッ! と辻斬り侍オーラを背後に構えている……雫さん、そのハリセンは一体何処から出したんでしょうか? と言う呟きはこの際、置いてもらいたい。

ハジメと雫が恐い&香織への今更過ぎる罪悪感で、ゲンは頭を下げる。

 

「すまん香織ちゃん。声をかけられたことに気づかずさっさと行ってしまって……でもな、俺だって被害者さ。結局ッ、あの後ダッシュで帰宅したけど、家に着いた頃には既に終わってしまって……ハジメたんはッ、ずっと自室に篭ってしまったんだもんッ!」

 

忘れられない悲しい思い出のように語り出す。あの後、間に合わなかったゲンにハジメが『約束破った……お兄ちゃんの嘘吐き』と不機嫌そうな口調を残して自室に篭った。ゲンはハジメに嫌われたと思い「ア”ァ”ーーーーーーーー!!!」と初○機リスペクト絶望の叫び声を上げ、近所迷惑だと母親の鉄拳を受けたとか。

因みに、ハジメが自室にずっと篭っていた理由とは、ゲンと一緒にアニメを見るのを割と楽しみにしていたのだ。しかし来なかったので、約束をすっぽかされたと思い込んだ。仕返し的な意味を込めてゲンと顔を合わさなかった、というのが真相である。

……しかしこのことをゲンだけには言ってない。両親には一応話したが『ゲンにだけには話さないでおこう。絶対にめんどくさい展開になるだろうから』と両親も口を揃えて内緒にしてくれた。

話は完全に逸れてしまったが、香織は今でも覚えているように小さく笑った。

 

「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね。光輝君とかよくトラブルに飛び込んで相手の人を倒しているし、ゲン君だって暴力で解決することが多いの……けどね、そんな怖そうな人が、あんな小さな男の子に自信を付けさせるって、中々できないと思うの。あの光景を見た日から、私は君のことが誰よりも強い人だって思ったの」

 

「香織ちゃん……俺はただ妹や姉の素晴らしさを理解してもらいたくて——」

 

「ゲン君は少し黙りましょう? 香織が真剣に話しているから」

 

有無を言わさずゲンのシスコン発言を遮る雫。

 

「だから入学式の時、一瞬だけでもゲン君に会った時はとても嬉しかった……でもゲン君ったら、ハジメちゃんのことばっかり話して私を後回しにしたことが多かったけど」

 

「その都度、うちのバカ兄が申し訳ありません。ほら、頭下げろ」

 

「重ね重ねすまないと思ってる。だが後悔はない」

 

『開き直るな!』

 

澄まし顔で決め台詞を吐くと、バシン!! とハジメ&雫から平手打ちとハリセンのツッコミ殴打を後頭部から喰らうゲン。

 

「光輝君は知らない人も含めて皆を助けようとするけど、ゲン君は身近にいる人との繋がりを大事にする人だよ。それは簡単のように聞こえるけど、世界を救うことよりも難しいことなの。だから今でもその人達と友好を築いているゲン君は、私の中でいつも憧れなんだよ」

 

「……(……………そーなのか?)」

 

「だから———死なないで、ゲン君」

 

ゲンが気づいた時、香織は背中に手を回して抱き締めていた。恥じらいも不安もかなぐり捨て、マーキングするかのように顔をゲンの腹に埋もれている。それを見ていたゲンは頬を赤く染めながら慌てふためく………こともなく「お? おぉ??」と抱っこ大好き少女の対処を受けているように、普通に困った顔をしていた。ただ何もしないのは流石に不味いと察したのか、香織の後頭部に手を回すと愛妹(ハジメ)にするかのように優しく撫で始める。

香織は一瞬驚いた仕草をしたが、撫でられるうちに安らぎを感じ始め、全身の震えが治まった。

 

「心配するな。ハジメたんを残してこの世から去っていく薄情なゲス野郎にはなりたくないからな。香織ちゃんに心配されずとも、俺は最強のシスコンであるが故に不死身なのだ!」

 

「ふふ、ゲン君って本当に真っ直ぐだね……それじゃあ、もしゲン君達が怪我をしたら、私が治してあげるからね?」

 

「おう、いつでもバッチこーい!! だぜ? ハハハハ!」

 

「うん!」

 

 

 

「……盛り上がっているところ悪いけど、私達がいること忘れてないかしら二人共?」

 

『ハッ……!?』

 

客観的立ち位置にいる雫の冷静な指摘に、ゲンと香織は同時に顔を上げる。誰が見ても分かる、完全に忘れて自分達の世界に浸っていた。

ハジメは香織の乙女大胆な行動にポカンとしていた。その隣で雫は額に手を当てながら溜息をついてしまう。現在進行形で油断しまくりの二人を見て不安しかない。

 

「仕方ないわね。ハジメちゃんは今日のこともあるし、何よりゲン君と香織だけじゃ不安だし……私が纏めて面倒見るわよ」

 

「あ、ありがとう……」

 

「おう、サンキューな。雫ちゃん。流石クラス一のオカンだぜ」

 

「その代わり、無茶だけはしないでよね? 貴方達がいなくなってしまったら、香織が一番悲しむんだから………それからゲン君、私との喧嘩がお望みなのかしら? 上等じゃない、今すぐ外に出て闘りましょう?」

 

まぁまぁ、と雫をハジメと香織が抑えた後、しばらく雑談の間があった。クラスメイトや王国の人達の視線もあってこういう機会は滅多にないから、ハジメはゲンと話す時とは別人のように表情に影がかかり、声も少々小さくか細くなったが、抱擁の大きい香織&雫とのガールズトークは盛り上がったりした。尚、ゲンは当然女子(ガール)に含まれなかったので隅っこで「天使が一羽、天使が二羽……」と意味不明なことを呟きながら体育座りをしていた。

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

そうこうしてゲンとハジメの部屋を出て自室に戻っていく香織と雫の幼馴染コンビ。その背中を、月明かりの影に潜んでいた者が静かに見つめていた……

 

「アイツのせいで、俺はッ……!! ……殺すぅ……殺してやるよぉ……南雲ォ……ッ!!!」

 

それは、全ては自業自得なのを理解しようとせず、ひたすら憎悪を抱き続ける哀れな愚者だった。

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

ゲンが爆睡した夜中、ハジメは横になりながら兄の姿を見る。鼻提灯を膨らませながら口を大きく開けて眠る姿は何処から見てもバカな印象を醸す。

ハジメは何故か、安心できなかった。いつもなら「相も変わらずアホそうな寝顔だなぁ」と一息ついてから就寝するのだが、その夜、眠ることができなかった。ゲンの特性ミルク入りの紅茶擬きを口にしたのにも関わらず。

クラスメイトと今後のことや家に帰る方法のこと、明日の迷宮のこともあるだろうが……一番気になったのはゲンのこと。

あの日、ゲンも楽しみにしていたアニメ観賞会に遅れたのは、どうせまた自称ボケ役な兄が面倒なことに首を突っ込んだからだと拗ねていた。それが小さな男の子を笑顔にさせていたなんて知らなかった。

確かに兄は特撮ヒーローものが大好物で、子供の頃なんて「俺はヒーローになるんだ!」と如何にも少年らしい夢を持っていた時期もあったが、それら全部シスコン一色に塗り潰されたと思っていた。

香織から聞かされて初めて知った兄の一面。兄のことなら何でも知り尽くし、実の両親よりも理解している……つもりだった。だが自分ではなく他の誰か、しかもよりにもよって兄に好意を抱いている女性に語られてしまった。

自分の兄が称賛されたことに素直に誇るべきなのに……何故か悔しくて、胸が痛くなる。

 

(? 私…どうしちゃったんだろう? でも、この気持ちは駄目。そんな気が……)

 

胸の痛みを感じながら、上に掛けてあったゲンのズボンを咄嗟に掴む。

客観的に香織を見れば、美人で気立ても良く誰にでも優しい女神のような存在。とても自分とは比べものにならないくらい女性として輝いている。そんな美女が、変態な兄とくっつくのか? だが、兄とて男だ。寧ろこれでもかというくらい香織の積極的なアピールに気が付かなかったことが不自然過ぎるのだ。

やっと春が来たのだろう、これでやっと、兄のウザすぎる抱擁から解放されるのだ。そう思うと安心感が………何故か湧かなかった。

 

「……お兄…ちゃん………」

 

適当に干されたゲンのズボン。それは今のハジメにとって寝付け薬代わりになり、ようやくハジメも寝静まった。

するとハジメが掴んでいたズボン、その臀部ポケットが急に光った。

 

 

 

《———switch on……》

 

 

 

やがて何事もなかったかのように光は消失する。

実はこの光、ハジメの天職【錬成師】にある技能の錬成に作用したものである。つまり無意識にハジメが錬成を行ったことで、ゲンが完全に忘れて仕舞い込んだままの物体が、新たに錬成されたのだ。

果たしてそれは彼等にとって……吉となるか……それとも凶となるか……それは彼等にしか分からないこと。

 




やっと変身アイテムが登場しました! これがこの先、どうなるのでしょうか!?  乞うご期待! ま、大方予想はついている人もいるんでしょうけどねー(笑)
何気に隠れブラコンを示すハジメちゃん……書いてる私ですらニヤニヤが止まらなかった。もうきゃわいいよぉおおおおおおお!!
因みに回想シーンのゲンが男の子にやった握手は、『仮面ライダーフォーゼ』の弦太郎がやるお馴染みの友達儀式です。分かる人にだけ分かってくださいな。


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7.迷・宮・探・索!!

更新がすっかり遅くなって申し訳ありませんでしたぁー!!
リアルが忙しくなって、色々対処に追われてまして……(汗)
久し振りに執筆したので、こんな文章だっけ〜? って感じで不安ですが、皆様を楽しませるのに必死です。誤字脱字とかあるかもしれませんが、ご了承ください。
……それでは、どうぞ!!


翌朝、ゲン達は【オルクス大迷宮】の正面玄関に通じる広場に集められていた。

ハジメやゲンのオタク兄妹は、迷宮の入り口と言えば薄暗い不気味な洞窟をイメージしていたのだが、博物館のように清潔感が保たれた入場ゲートのようだった。おまけに、制服を着た窓口受付嬢らしき女性が迷宮への出入りをチェックしている。端で「モ○ハンかな? モン○ンだよね、コレ」とボケをかましたゲンは放っておこう。

しかし、これは受付でステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握すると言う措置なのであり、ボケ発言を言わせるために設置されたのでは断じてない。

露店などがびっしり敷かれてお祭り騒ぎな入口付近を過ぎ、浅い階層を過ぎ去ると、外の賑やかさとは無縁であるように意外に静かな迷宮の内部を目のあたりにすることになる。

縦横五メートル以上はある通路には明かりもないのに薄っすらと発光しており、松明や灯の魔法具がなくともある程度見えることができる。緑光石と呼ばれる特殊鉱物が多く埋まってるらしく、【オルクス大迷宮】の通路はこの巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ている、と言う説明を聞きながら先を進んでいく。

メルド達の後を付いて行きながらクラスメイト一行は隊列を組んだ状態で進み、最後尾で南雲兄妹は辺りを見渡しながら歩く。何事もなく歩み続けると、七、八メートル高さのドーム状広場に到着した。

と同時に、珍しそうに見渡す一行の前に、壁の至るところの隙間から灰色の毛玉が浮き出てきた。

 

「あれはラットマンと言う魔物だ。光輝達は前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな。各自、準備しておくように! 冷静に対処して行けよ!」

 

ラットマンと言う魔物が結構素早い動きで飛びかかってきた。

灰色の体毛に赤黒い眼が不気味に光る、外見はネズミっぽい魔物だが……二足歩行で上半身がボディビルダー並みにムキムキだった。しかも八つに割れた腹筋と膨れ上がった胸筋を見せつけるかの如く、その部分だけ毛がなく剥き出しである。

最前列にいる光輝一行は(女性陣は頬を引き攣っていたが)訓練通りにラットマンの間合いに入って迎撃する。攻撃隊の光輝、雫、龍太郎が攻撃してる間に、回復役である香織、メガネっ娘の中村恵里(なかむらえり)やロリ元気っ娘の谷口鈴(たにぐちすず)が詠唱を開始する。魔法を発動準備に入った姿は訓練通り何度も行われたフォーメーションである。

光輝は純白に輝く“バスタードソード”と言う聖剣を拘束で振るい、ラットマン数体をまとめて一掃する。その剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つであり、光属性の性質が付与される他、光源に入る敵を弱体化させると同時に使用者の身体能力を自動で強化してくれると言う、“聖なる”とはかけ離れたチート性能を兼ね備えている。

龍太郎もアーティファクトで衝撃波を出すことができ、決して壊れないのだと言う。空手部の経験を生かし、どっしりと構えた状態で見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。

雫はサムライガールらしく“剣士”の天職持ちで抜刀術の要領で刀とシャムシールの中間のような剣を抜き放ち、目にも留まらぬ速さで敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団長ですら感嘆させるほどである。

そんな光景をハジメ達が見惚れていると、詠唱が響き渡った。

 

『暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、“螺炎”』

 

三人同時に発動させた螺旋状に燃え盛る炎がラットマン達を吸い上げるように焼き尽くす。ラットマンは抵抗できず『キッ———』と言う悲鳴を上げながら灰と変わり果てて絶命する。

 

「あぁ〜、うん、よくやったぞ! 次はお前らにもやってもらうからな、気を引き締めろよ! それとな……訓練だから構わないが、魔石の回収も忘れないでおけよ。明らかにオーバキルだからな?」

 

他の生徒が手を出すこともなく絶滅したことにメルド団長は苦笑いしながら気を抜かないように注意を促す。メルド団長の注意に香織達魔法支援組はやり過ぎた自覚をしながら頬を赤らめる。

そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘し、着々と階層を下って行く。

この世界において、現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいが、光輝を筆頭に生徒達は戦闘経験が少ないもののチート持ちなので、割と苦労せず降りることができた。

ここまで、ハジメやゲンは何もしていない。騎士団員が用意してくれた弱った犬型魔物を相手に、独自で考えた錬成の技能を用いて串刺しのやり方で倒した。しかしそれだけであり、どのパーティーにも入れてもらえない状態で騎士団に守られながら待機している状態である。

 

(完全に私って場違いだよね? 何の役にも立ってないのに後ろから付いて来て、これじゃあ完全に寄生型プレイヤーだよぉ……ハァ、どうして皆、こんなにチートなんだろう?)

 

クラスメイトみたいに『私TUEEEEEE!!』な展開ができないことに項垂れている。大して何もできないのに図々しくいることに情けないと自分を卑下してしまう。同じく『無能』扱いされてるゲンも似た心境ではなかろうか?

 

「……あれ? お兄ちゃん?」

 

普段ならハジメの隣で奇行を繰り広げるorウザい言動でハジメを慰めようとするが、それらが苛つかせることにしか繋がらないと言う逆効果を働く。そんなゲンがいないことに気付いた。

大迷宮内で迷子になったのかと思い、いやいや子供じゃないんだからと自問自答しながらキョロキョロ見渡すと、すぐ見つかった……

 

「もぐもぐ……この変な色の麺、焼きそばみたいで美味えなー。こっちの焼きモロコシみたいな野菜も最高だぜ」

 

一行がいる地点から少し離れた薄暗いところで、入り口の露店で売られていた食べ物を食べながらサイズの良い岩に腰掛けていた。最初ゲンは緑色の麺を不気味がっていたが、一度口にしてみると元の世界の焼きそばみたいな味で、今は美味そうに頬張っている。トウモロコシに似た形状の野菜に特製ダレを付けて焼いた焼き野菜にも齧り付いている。

その能天気振りは子供よりも酷かった。「迷宮に来て何食ってんのコイツ?」「遠足気分?」「あとマジで美味そうだな」と、クラスメイトや騎士団から様々な視線を受けても尚、ゲンは食すことを止めなかった。

その様子に白けているハジメだが、ゲンの背後に何かが現れたのに気付いた。

壁の隙間から這い出たそれはラットマン、しかも光輝達が倒した奴よりも巨体な個体。食ってるのに夢中になってるゲンの背後に現れ、ゲンを肉塊に変えようと拳を振り上げる。

間に合わないッ! と思いながらも騎士団が駆け出し、ハジメは叫ぶように声を上げる。

 

「ッ——お兄ちゃん!!!」

 

「ん?」

 

切羽詰まったハジメの声に反応して咄嗟に背後へ振り向くも、既にラットマンの拳はゲンの顔面から数センチの距離まで近づいていた。

次の瞬間、ドゴォッ!! と強烈な打撃音が響き渡る。

殴られた頭部を凹ませながら勢いよく壁に激突して身体が貼り付けられる……()()()()()()()()

まるで蚊を追い払うかのような慌てない素振りで、ほぼノーモーションで裏拳を決め、ラットマンを撃沈させた。ラットマンご自慢の剥き出し腹筋はスコップで抉られたみたいに肋骨ごとペシャンコにされてしまい、壁に埋もれた状態のまま動かなくなった。完全にノックアウトだ。

 

「あ〜びっくりした。てっきりまたゴミ屑檜山達が襲いかかってきたのかと思ったわ〜。ところでハジメちゃん、どったの?」

 

「……………いや別に」

 

「そう? 何かあったら大声で言えば良いからな? あ、ハジメもこれ食うか!? 見た目はともかく、焼きそばみたいで美味えぞ〜?」

 

その様子に「あ、大丈夫そうだな」「俺達の心配はいらないな」と、言葉はもう不要だと誰もが口を閉ざし、騎士団も持ち場へ戻った。

 

「………ゴホン。いいかお前等、気を抜くんじゃねえぞ! いつ何が起こるか分からないからな!」

 

メルド団長に至ってはワザとらしく咳をしながら切り出して、ゲンの一部始終を見なかったことにした。

ハジメは乾いた笑みを浮かべながら、もうどうにでもなれ状態になる。ゲンに差し出された麺を一口食べてみたら本当に美味しかった。

 

(ごめんなさい皆様……うちの兄が『非常識(チート)』と言う言葉が一番ピッタリでした……)

 

モグモグ麺を頬張りながら心の中で謝罪する。散々、皆をチートチートと呼んできたが、それよりも上の存在が自分の兄であることに何処か遠い目をしながら「もっとこの焼きそば擬き、食べたいなぁ…」と思考放棄したハジメであった。

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

一行はそのまま進み、二十階層に辿り着く。その一番奥まで歩くと、鍾乳洞を彷彿とさせる複雑な地形の部屋を目にする。一行は滑らかなつららに刺々しい壁や足場に横列を組めず、縦列に変更して進んでいく。

 

「擬態してるぞ! 周囲をよく注意しておけ!」

 

先頭を行くメルド団長が立ち止まったと同時に戦闘態勢に入った。その忠告に目を凝らすと、壁の一部がモゾモゾ動いてるのが見えた。その揺らぎが大きくなったかと思えば、褐色の毛色に覆われたゴリラの形態をした魔物達が出現した。カメレオンのような擬態能力を有しているようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろよ!」

 

メルド団長の声が響く中、ロックマウントは光輝達から一歩後退しながら息を大きく吸い出す。

 

『グゥガガガァァアアアアアーーー!!』

 

その直後、部屋中に激しい咆哮が往復する。ロックマウントが持つ固有魔法“威圧の咆哮であり、魔力が付随された雄叫びは相手を麻痺させる効果があり、前衛にとって非常に厄介な技とも言える。

 

「ぐッ!?」

 

「うわッ!?」

 

「きゃあ!?」

 

“威圧の咆哮”をまともに喰らい、硬直してしまう光輝達前衛組。

その怯んだ隙にロックマウントは横飛びに移動し、傍に置かれた岩を持ち上げ、香織達後衛組に向けて見事な砲丸投げのフォームで投げつけた。

香織達はあらかじめ準備されていた魔法陣が施されている杖を向けて迎撃しようとするが、衝撃的な光景に呆気を取られてしまう。

その投げられた岩もロックマウントであり、空中で一回転を決めて両腕を広げながら「か・お・り・た〜〜ん!」と言う幻聴が聞こえそうな雰囲気で香織達に迫った。しかも妙に目が血走りハァハァッと鼻息も荒い、完全にヤバい奴の特徴と一致していた。

その姿に香織達も「ヒィ!」と悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまう。

 

「———大・回・転・キッーーークッ!!」

 

その変態ロックマウントの更に上空で、一人の人影が浮かんだ。「鳥か? 飛行機か? いや違う。あれは……!」と言うノリの良い奴がいたが、無視しておく。

空中で見事な一回転からの飛び蹴りをロックマウントに向ける少年——ゲン。さながら「イ・ナ・○・マ・キッーーク!!」と叫びながら蹴りを繰り出す赤体操服の少女を彷彿とさせる姿だった。香織達に気を取られ背後に気づけなかったロックマウントは背中から凄い衝撃を受けてしまう。香織達の手前で顔から地面に落下し、そのままピクリとも動かなくなった。

 

「あ、ありがとうゲン君」

 

「良いって良いって。女子を襲う変態を前にしたら、男として黙って見ているわけにはいかんからなぁ〜」

 

「お兄ちゃん……“ブーメラン”って言葉知ってる? 普段、私に似たようなことしてるお兄ちゃんが言っても説得力ないから。それと何気に自分は違うみたいな風な口調だけど体育祭の日、私が運動着を着ている時にあのゴリラさんと全く同じ目していたからね? 目撃者の人やお巡りさんに何度も頭下げて警察沙汰にならなかったのは誰のお陰か……忘れてないよね?」

 

ギク! と体が跳ね上がったゲン。因みにその日、ゲンは変態ロックマウントorエロい顔をしたル○ン並の校閲した笑みを浮かべながら「ハジメたんのブルマ姿……ハジメたんのスク水姿……ハジメたんの赤白帽子姿……ふへへへ」とブツブツ呟き、鼻血を漏らしていたらしい。

何処から見ても危ない姿に『ギネス級の危険人物』と認識され、ガチで警察の厄介になりそうだったそうな。

 

「貴様、よくも香織達を……許さない!」

 

ゲンもゲンで問題だったが、今度は別のところで問題が発生した。言わずも分かるが、正義感が詰まった思い込みの激しい勘違い男だ。

気持ち悪くて青ざめているのを死の恐怖を感じたせいだと、盛大な勘違いした光輝。その怒りに呼応するかのように彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ——“天翔閃”!」

 

「あ、コラ、馬鹿者!」

 

呼び止めるメルド団長の声を無視して、光輝は剣道の上段構えから聖剣を一気に振り下ろした。その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、光そのものが斬撃となって放たれる。曲線を描くように相手を逃がすつもりはない斬撃はロックマウントを縦に両断する。断末魔を上げさせる間もなく消滅させ、更には奥の壁を破壊し尽くしたところで止まった。

部屋の壁から砂埃と破片が降り積もる中、光輝は「ふぅ〜」と呼吸を整え、イケメンスマイル(笑)を見せながら香織達へ向ける。未だに魔物に怯えていると勘違いしながら、香織達にもう大丈夫だ! と声をかけようとした直前で、笑顔(額に怒りマークが付属)で迫っていたメルド団長から拳骨を頂戴した。

 

「あいた!?」

 

「こんの馬鹿者! 気持ちは分かるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうするんだ!」

 

メルド団長の叱咤に光輝は「うッ」と声を詰まらせる。光輝を慰めようと駆け寄った時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何だろう? キラキラ光ってる……」

 

香織の言葉に反応し、全員が彼女の方へ目を向けた。

指差す先には、青白く発光する鉱物が開花してるように壁から生えていた。その美しい水晶体の姿に、香織を含んだ女子達はうっとりした表情に変わる。

 

「お〜、あれはグランツ鉱石だな。あれくらいの大きさは珍しい」

 

グランツ鉱石、それは宝石の原石として利用されてるものである。何の効能もないが、その鉱物が放つ煌びやかな輝きが貴族婦人や令嬢に大変人気であり、求婚の時に加工された指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈る事例が多い。

 

「素敵……」

 

メルド団長の簡単な説明を聞いて更にうっとりした表情になり、誰にも気付かれないようにゲンに視線を向ける。その近くで雫が自分を見てるのに気がつくと、頬を赤く染めながら慌てて俯いた。

一方ゲンは、香織の視線に全く気付かず、一人で考え事をしていた。

 

(綺麗だねぇ。あんな綺麗なものをプレゼントされれば相手の女子も喜ぶだろうな……女子ってことはハジメも?)

 

そう、ふと考えてしまう。どっちかと言えばハジメは宝石やアクセサリーの類は好きでも嫌いでもない。が、さっき鉱石を見た際、ハジメも「綺麗」と呟いていたのは、やはり女なら綺麗な宝石を渡されながらプロポーズされたいものだろうか。

ゲンがそう考えている時だ、唐突に動き出す男がその場にいたのは。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

現在、クラスメイトや王国連中から蔑まれている檜山が動き出した。グランツ鉱石を目指し崩れた壁を登って行く。クラスメイトや香織の好感度を少しでも上げるため『女子にプレゼントする良い男』をアピールしようと必死だ。するとメルド団長が慌て止めにかかる。

 

「こら、勝手なことをするな! まだ安全確認もすんでないんだぞ!」

 

しかし檜山は「チ、うっせえな」と舌打ちし、聞こえないふりをして止まらない。

一方、ゲンはと言うと……

 

(それにしても、プロポーズに喜ばれる、かぁ………プロポーズ……指輪……婚約指輪……もし、ハジメも「欲しい!」なんて言ったら……)

 

 

 

 

———☆ゲンさんの妄想世界(ザ・ワールド)☆———

 

『お兄ちゃん、紹介するね……()()()()、ゴスさんで〜す♪』

 

『そうかそうか、ハジメの彼氏………え? かれ、し?』

 

『初めましてお義兄さん、ハジメさんと結婚を全体に交際させてもらってます『ゴス』と言う者でゴス! お見知り置きをでゴス!』

 

『え……? な、何この効果音みたいな人? つーかカレシって何? 『枯れ木』? 『彼死』?』

 

色々ツッコミ所があったが、それどころじゃなかった。愛妹ハジメと人の形をした謎の物体とのバカップル行為を見て、ゲンの思考は機能停止(フリーズ)した。

 

『お義兄さん、ハジメさんを一生大事にします! ハジメさんを僕にくださいでゴス!!』

 

『もうゴスさん! いくら何でもハッキリ言い過ぎでしょ? ……でも、そんな直球過ぎる貴方もス・テ・キ♡』

 

目の前でイチャイチャ光景を繰り広げながら二人はそれぞれ左の薬指を見せびらかす。煌びやかに光るお揃いのグランツ鉱石製の婚約指輪が嵌められていた。

………ゲンはこの時点で、灰になっていた。

 

『それじゃあお義兄さん、ハジメさんを幸せにするでゴスからご安心を!』

 

『そう言うわけだから、もう私に付き纏わないでね、お兄ちゃん……ゴスさん、行こ♪』

 

いつの間にか『ゴス』と名乗る男は黒のタキシード姿、ハジメは見惚れるような純白のウェディングドレス姿に変わる。そのまま黄金のベルが鳴る教会の下で式を挙げ、呼吸が止まったゲンの眼前で二人の距離はゼロになり………

 

 

———★ゲンさんの妄想悪夢世界(ザ・ワールド)終了★———

 

 

 

 

…………、

シスコン爆発までのカウンドダウン、開始。

3!

2!!

1!!!

 

 

 

うわぁあああああアアアあああああ阿あああああああぁぁぁああ亜あああああ嗚呼あああああああ!!!?」

 

「うわッ!? 何々!? いきなりどうしたの!」

 

魂の絶叫、末期癌を告げられた患者の方がまだマシだと思わせる絶望した姿に、その場にいる誰もが慄いた。喉の奥からまるで悪魔の断末魔のような悲鳴を上げ、出血多量にならないか心配になるぐらいの血の涙を目から流す。そんな姿にハジメや香織が慌てて駆け寄る。

両肩を震わせながら、ゲンは地面に転がっていた壁の破片を拾い上げて投擲する。

 

「認めない認めない認めない、こんな未来こんな悪夢……俺は絶対に認めないぞーーーーー!!!」

 

ゲンの放った投石が檜山の頭部に深々と突き刺さり、見せ場を作ろうとした哀れな男は「ほげェ!?」と体勢を崩してしまい地面に落下する。檜山が落下した時、骨と骨が擦り合うような変な音が鳴ったが、それは自業自得と言うか、控え目に言って自業自得と言うか、ハッキリ申し上げれば本人の自業自得なので誰も気に留めない。念のため、三回、言わせてもらった。

勝手な行動して呆気なく散った哀れな男の存在よりも、問題はこっちだ。ゲンの猛攻はそれだけで治らなかった。

 

「何処の馬の骨とも分からん輩に、俺の愛妹ハジメたんを渡して溜まるか! いいや、何処の男だろうともハジメたんと結婚なんて絶対に許しません!! 例え俺の存在をかき消すような実力者が現れたとしても、首だけで“男の象徴”を喰い千切って()()()()()()させたるわッ!!」

 

「お、お兄ちゃん? 一旦、落ち着いて。ね? ほら皆が見てるから……」

 

地獄に住む鬼神の如く、地獄の煉獄よりも血気盛んな勢いでシスコンアピールするゲン。その隣で、ハジメは頭から湯気が出るほど顔を真っ赤にさせながら止めにかかる。檜山なんかよりよっぽど可哀想だ。

 

「そもそもだ! ハジメたんを誑かそうとする、あんな物体があるから悪いんだ! な〜にが求婚に喜ばれる宝石だってェ〜? どんなに綺麗だろうがな、粉々の砂状になっちまえば誰もどんな物体だったのか分からねえんだよォ! 形あるものは全て無に帰るんだよォ!!」

 

「お、お兄ちゃん、ちょっと落ち着いて? あの鉱石を壊しちゃ駄目……って、ホントに駄目だって!? 明らかにヤバいフラグだから! 絶対に侵入者を迎撃しようとするトラップ系の奴だからアレ!!」

 

嫌な予感がして堪らない、一番付き合いが長いハジメは予期して、真っ青になりながら落ち着かせようと制止の声をかける。

しかし、全くの効果なし。その辺に落ちてる野球ボールぐらい大きな石を拾い上げるゲン。すると片足を上げて実に見事な投球フォームを再現した。煌々と青白く輝くグランツ鉱石にロックオンして。

 

「あんな、あんな、あんなハジメたんを惑わせる物体なんてェ……ハジメたんの手に渡る前に、俺がこの手でぶち壊したらァーーーーー!!!」

 

躊躇なく思いっ切り投げた。全員が頭上を見上げながら、真っ直ぐな軌道で石が走り出す光景を見る。グランツ鉱石があった場所を通過したと同時に、その見惚れる輝きを放つ結晶体はパッキャーン!! と粉々に砕け散った。女子達の『ああッ、女の子の夢が!?』と言う悲鳴、男子達の『うわ〜、やりやがったよアイツ』と言う当惑の声と共に、乙女の夢とも言える結晶体が残骸と化してしまった。

 

「団長、トラップです!」

 

「ッ!?」

 

団員の叫ぶような声が響き渡る。

グランツ鉱石の残骸から光が失われたと同時に、鉱石が設置されていた場所を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の魅力に惹かれて触れようとした者へのトラップである。最も、今回はそんな要素は全く必要なかったのだが。恐らく、トラップを仕掛けた者も想定外だろう。

 

「え? ちょ、何々!?」

 

「嘘!! 何なのよォ!?」

 

「オイオイ、俺達、一体どうなるんだよ!?」

 

クラスメイト達がパニックになり慌て出すところで、ようやくゲンが我に返って周囲を見渡す。見るからに悪質なフラグを盛大に立ててしまい、全員を巻き込んでしまったことを自覚しながら、恐る恐る皆の方へ振り向いて口にした。

 

 

 

 

「あれ? ………もしかしなくても俺、やっちゃった系?」

 

何してくれとんじゃあ、この大馬鹿野郎ーーーーー!!!?

 

この場にいる全員の罵倒が一つになった総ツッコミが炸裂され、部屋全体が魔法陣で埋め尽くされながら一人残らず転移される。




皆さん、思ったことを言っても良いんですよ?
「あ、そっち?」と。本来なら檜山がトラップを誘発させる場面ですが、こっちの方が面白そうと思いまして。HAHAHAHA(笑)
………ゴメンなさい、反省してます。
ゲン「俺はハジメたんの“ピー(放送禁止用語)”を守ろうとしただけだ。俺は何も悪くない!」
お前は色んな意味で反省しろ馬鹿野郎!! この後の展開マジでどーすんだよォ!?
ゴホン……さて、中々フォーゼ要素が出てこなくて困ってる作者です。次こそ出てくるかな? なんて思いながら頑張ります!


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8.ベヒ・モス・来・襲!!

更新が遅くなって………本っっっっっっ当に、申し訳ありません!!!
現実が忙しくて時間がなかったんで……はい、どう言い訳しても私の所作です。ごめんなさい。
では……気を取り直して、前回のあらすじをサラッと!

前回、主人公が阿保をやらかしたせいで巻き添えを食らったクラスメイト+騎士団!
転移した先に待ち受けていたのは、最強クラスのモンスター……ベヒモス!!
話数が二桁も行ってないのに、いきなり絶対絶命!?
どうやってこの状況を切り抜けられる!!!
そして南雲ゲンは主人公として、兄としての威厳を取り戻せるのか!!?
兄の威厳を取り戻せるのか!!!?(2回言った)

ゲホゲホッ、ムセタ……コロナニキヲツケテネェー
……では、どうぞー。(テンション低め)←オイオイ!?


ゲン達が転移された場所は、巨大な石造りの橋の上、その中間だった。ざっと見積もって百メートルはあり、天井も二十メートルの高さ。橋の下は川などなく、何も見えない深淵のような闇が広がっている。正に落ちれば奈落の底と言ったところだ。橋の横幅は十メートルぐらいありそうだが、手すりや縁石すらない。足を滑らせれば掴めるものもなく真っ逆さまに落ちてしまう。

絶体絶命の危機に追い込まれたクラスメイトは泣き叫び、その空間は阿鼻叫喚に染まっている。

その様子に、少し耳を傾けてみると………

 

 

 

 

「——あの腐れシスコン、マジ許さねえ! 呪詛を丸暗記して呪い殺してやろうかァッ!?」

 

「チクショオオオオ! もう駄目だァ!! あの馬鹿男の妄想に関わってしまったのが運の尽きだ! 俺達はここで死んでしまうんだぁあああああッ!?」

 

「いい加減にしなさいよ変態番長!!? 地上に生還する前に、アイツを呪い殺してやるわぁああああ!!」

 

「誰かぁあああ、対阿保殲滅兵器を用意してぇえええええええええ!! モンスターに殺される前に、アイツを地獄に叩き落してやらぁあああああああああああ!!!!」

 

「ふふ、ふふふふふッ……ふひッ……………あの愚か者に鉄槌を!! 末代までの祟りをぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

……クラスメイトの大半は元凶(ゲン)に対して殺意に近い罵言や文句を吐いていた。後半の人に至っては精神に異常を来たし、釘人形を片手に今にも殺しにかかってきそうな生徒が続出している。

その光景を目にした馬鹿(ゲン)は「何てことだッ……モンスターの襲撃で皆、頭がおかしくなっちまった!!」と驚愕していた。いや、お前のせいで地獄絵図になってんだよ、と誰もが叫びたかったが、次々出現するモンスターを相手にしてそれどころではない。

 

「お前達! 今は生き延びることだけを考えろ! あの場所へ急げ!」

 

メルド団長は、あの阿保に制裁を下したい欲求(さつい)を押し殺し、橋の両サイドに見える奥へと続く通路と上への階段を指差し、稲妻のように轟く号令を唱えた。

その声に便乗し、必死になって階段へ向かおうとするクラスメイト。ハジメもその中にいたが、周囲から『大問題を起こした(アホ)の妹』と言うレッテルを貼られてしまうことを考える度に胃がキリキリ痛くなる。

その隣で愛妹(ハジメ)を巻き込んでしまったことを、ようやく自覚した大馬鹿(ゲン)は「やっちまった……俺としたことが、やっちまったよぉ……」と、普段見られない死んだ魚のような目になって落ち込んでいた。もっと反省してくれと、切実に思うハジメ。

しかし、生徒達が向かう上り階段の手前に、赤黒い光で描かれた幾多の魔法陣が浮かび上がり、足場を埋め尽くさんばかりの骸骨戦士、トラウムソルジャーが大量に現れる。しかも魔法陣の数は減ることはなく、未だに骸骨の戦士を召喚し続けている。

更に悪いことに、反対側の通路からはもっと大きな、直径十メートル近い魔法陣が不気味に発光し、周辺を赤黒く照らす。

その巨大な魔法陣から現れたのは、これまで生徒達が戦ってきた魔物とは桁外れの巨大な魔物。瞳は赤黒く輝き、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っている。体長十メートルはあり四足歩行で標的を狙うその姿は、トリケラトプスに相似した魔物だった。

 

「まさか………ベヒモス……なのか……!?」

 

ゲン関連のことを除き、いつも余裕があり、生徒達に安心感をもたらしていたメルドが冷や汗をかいている。その焦燥を隠せない姿に光輝は現れた魔物“ベヒモス”についての詳細を尋ねようとする。

 

『グルァアアアアアアアアアアア!!』

 

「ッ!!」

 

光輝に教える時間すら与えてくれない。ベヒモスは大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

しかし、お陰でメルドは正気に戻ることができ、矢継ぎに指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! お前達は全力で障壁を張れ! 奴の進行を食い止めるぞ! 光輝、お前達も早く階段へ向かえ!」

 

「そんな! 待ってください、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいな奴が一番ヤバいんでしょう!? だったら俺達も……」

 

「馬鹿野郎! あれが本物のベヒモスだって言うなら、今のお前達じゃ無理だ! 奴は六十五階層の魔物、嘗て“最強”と謳われていた冒険者をして歯が立たなかった文字通りの化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を守り通す義務があるんだ!」

 

メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「それでも見捨てられない!」と意思を曲げない光輝。

しかし光輝とメルド団長とのやり取りなどお構いなしに、ベヒモスがその巨体を躍動させ、こちらに突っ込んでくる。

その猛攻を阻止すべく逸早く動き出し、騎士団員の三人が同時に二メートル四方の最高級用紙に書かれた魔法陣を取り出した。

 

『全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、“聖絶”!!』

 

紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、更に三人同時の発動。一回だけ、一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶壁が出現した。純白の光を放つ半球状の障壁が中央の生徒達を包み込むように顕現し、ベヒモスの突進を防いだ。

本来なら“トラウムソルジャー”は三十八階層に出現する魔物であり、二十階層の魔物とは比較にもならない力を備える。前方に虎、後方に狼……ならぬ、前方に不気味な骸骨の魔物、後方に恐ろしい巨大な魔物が迫る。生徒達がパニックに陥るのも無理はない。

騎士団員のアランが必死にパニックを抑えようと声を張り上げるが、迫る来る恐怖により耳を傾ける生徒はおらず、誰もが隊列を無視して階段を目指す。

その時、女子生徒の一人が背後から突き飛ばされて転倒してしまう。呻き声を上げ、どうにか顔を上げた時には、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を頭上に上げていた。

 

「あ……」

 

そんな一言と共に、彼女の頭部に目掛けて剣が振り下ろされる。

 

「———とりゃあああああッ!!」

 

死んだ——女子生徒が感じた瞬間、ゲンが雄叫びと共に横から蹴りを喰らわせ、襲い掛かったトラウムソルジャーの頭蓋骨を橋の外側へ飛ばす。残った骨の体はバランスを崩して奈落の底に落ち、トラウムソルジャーの剣は彼女から逸れるように地面に落ちた。

一方、座り込んで荒い息を吐くハジメは、錬成術で一体のトラウムソルジャーがいる地面を隆起させ、バランスを崩した。更に、トラウムソルジャー達の地面は波打つように隆起が立て続けに起こり、数体は巻き込まれるように谷底へ突き落とされた。

 

「コラコラ、こんなところで寝転がっていると風邪引くだろ? 年頃の女の子なんだからッ——よっとォ!」

 

そう言いながら倒れている一体のトラウムソルジャーから剣を取り上げ、トマ○ーク・ブーメラン方式でトラウムソルジャーの大群に投げた。回転を加えられ遠心力によって威力を増しながら剣は突き進み、トラウムソルジャー達は次々と骨の体を砕かれ倒れていく。

 

「さ、ここは任せて早く行きな。大丈夫大丈夫、冷静に戦えば楽勝なんだから……って、ちょっとちょっと〜! あんた顔が泥だらけじゃな〜い! 女の顔はいつも綺麗にしないとダメよん? ほら、これ貸すから拭いときぃ!」

 

手を引っ張って女子生徒を立ち上がらせたゲンはそう励ましながらハンカチを持つと、女子生徒の汚れた顔を丁寧に拭いて手渡す。若干オネエ(と言うより大阪のオバハン)口調になった姿に、主人公(一応)の威厳が欠片もない。いや、そもそもシスコン拗らせこの事態を引き起こしたトラブルメーカーに威厳もクソもあるわけがない。

女子生徒は手渡されたハンカチに視線を向けながら呆気に取られ、ポカンとした顔になる。次の瞬間には「………う、うん、ありがとう! ちゃんと洗って返すからね!」と元気に頷いた後、再び駆け出した。

あれならもう大丈夫だろう、と女子生徒の背中を見送った後、ゲンとハジメはベヒモスと戦闘をしている騎士団や光輝達がいる方へ視線を向ける。

 

「何とかしないと……必要なのは強力なリーダー……道を切り開く火力……」

 

隣でハジメが呟いた。

突然襲い掛かる恐怖に誰もがパニックを起こし、滅茶苦茶に武器を振り回し、魔法を乱れ撃つ者もいる。騎士団員アランが必死に纏めようと努めているが中々はかどらない。このままでは最悪、死者が出る可能性が大である。

 

「………ハァ〜ァ〜〜、アイツに頼るのは癪だけど、仕方ねえな」

 

そうこう考える間に、敵の増援部隊が次々と送られてくる現状。最早、選択の余地もゲン達に与えてくれない。

ハジメの意図を瞬時に理解し、ゲンは心底とても嫌そうに、盛大な溜息を吐きながら頭をかく。

 

「元の発端は俺だし、尻拭いしますか……」

 

「カッコ良く言っても駄目だよ、()()()()()()。後でじっくり話そうね? 今後の付き合い方について」

 

ハジメに『お兄ちゃん』ではなく、本名を呼ばれた瞬間「Oh Noooooooooooooooooo!?」と、この場にいる誰よりも絶望に満ちた絶叫が洞窟中に響き渡った。

その場にいる全員の心が一つになった。

 

ざまぁ、と……

 

 

 

 

———△———

 

 

 

 

ベヒモスは依然として、突進を繰り返して障壁を破壊しようとする。障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が撒き散らされ、石造りの脆い橋が悲鳴を上げた。障壁の全体にも亀裂が生じ始め、メルド団長も障壁の展開に参加しているが、障壁が砕けるのも時間の問題だ。

 

「くそ、もうもたんぞ! 光輝! お前達も、早く撤退しろ!」

 

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけにはいきません! 絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くッ、こんな時に我儘を言ってる場合じゃ……」

 

メルド団長は苦虫を噛み潰したような顔になる。本来、この狭い空間ではベヒモスの猛攻を回避するのは困難だ。だからこそ、逃げ切るために障壁を張り、押し出されるように撤退するのが最善の術である。その微妙な匙加減は戦闘のベテランであるメルド団長達だからこそ実現できるのであって、経験不足の光輝達には無理難題だ。

今は悠長に話せる状況ではないので、その辺の事情を省き説明しているメルド団長なのだが、光輝曰く“置いていく”ことができないらしく撤退しようとしない。また、自分ならベヒモスをどうにかできると思い込んでいるのか、目の輝きが攻撃色を放ち、自分の力を過信している。

 

「光輝! 団長さんの言う通りに撤退しましょう!」

 

「雫! でも……!」

 

雫はメルド団長の意思を理解し、光輝を嗜めようと腕を掴む。

 

「へ、光輝の無茶振りは今に始まったことじゃねえだろ? 俺も付き合うぜ!」

 

「龍太郎……ありがとうな」

 

しかし脳筋の龍太郎が掛けた言葉で光輝は更にやる気を見せてしまう。

 

「ああ、もう! ただでさえ馬鹿男(ゲンくん)のせいでこんな目に遭ってるってのに、状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿共!」

 

「雫ちゃん……」

 

色々なストレスを振り払うように苛立ちながら声を上げる雫に、心配そうに声を掛ける香織。尚、誰も『馬鹿男』の部分は訂正しなかった。否、正解なので訂正する必要もない。

その時、一人の女子が光輝達の前に飛び出た。

 

「天之河さん!」

 

『ハジメちゃん(さん)!?』

 

「な、南雲!? どうしてここに!?」

 

非戦闘員と認定されている少女(ハジメ)の登場に突然の驚く一同。

ハジメは光輝に必死の形相を向けてまくし立てる。

 

「早く撤退してください! 皆のところに! でないと皆が! 早く!」

 

「ま、待て南雲! いきなり何だ! 大体こんな事態になったのは君の兄さんのせいじゃないか! そんなことよりも、君は兄さんに何もしないように言い聞かせてくれ! ここは俺達に任せて……」

 

「いい加減にしてッ!!」

 

ハジメ達など戦力外だと言外に告げて撤退を促そうとする光輝の言葉を遮り、ハジメは見せたがことない乱暴な口調で怒鳴り返す。いつも兄の変態行為に苦笑いしながら物事を受け流す印象と違い、そのギャップに戸惑い光輝は硬直する。

 

「お兄ちゃんのやることは毎度、裏目になるし、お兄ちゃんのせいで胃が痛くなるのは何度もあったけどッ……いつも自分が正しいと思い込まないで! それに、お兄ちゃんのすることが全部間違いだって、貴方が勝手に決めつけないでよ!! 私、貴方のそういうところ本当に大っ嫌いッ!!」

 

こんな暴言、光輝ファンクラブに聞かれでもすれば間違いなく袋叩きにされるだろう。だが、もうそんなのどうでも良い。なり振り構っていられないハジメであった。

 

「——ほら、あれを見て! 皆パニックになってるのが見えないの!? リーダーがいないからだよ!」

 

ハジメは光輝の胸倉を掴んでクラスメイト達の方へ指差す。

クラスメイト達はトラムソルジャーに囲まれ、訓練で習ったことなど忘れたかのように、がむしゃらに戦っている。効率的に倒せていないから未だに敵の増長を止められずにいた。個人のスペックの高さが辛うじて繋ぎ止めているも、それも時間の問題だ。

 

「今の皆には一撃で切り抜けられる力が必要なの! 恐怖を吹き飛ばす力が! それができるのはリーダーである天之河さんだけでしょ!? 前ばかり見てないで、ちゃんと後ろも見てよッ!!」

 

初めてクラスメイトの女子に怒鳴られたことに呆然となりながら、混乱と怒号に陥るクラスメイトを目にする。光輝は頭を冷やし首を縦に振る。

 

「ああ、分かった。すぐ行く! すみません、メルドさん! 先に——」

 

「お前達、下がれぇーーーーー!!」

 

光輝が「離脱します」と言おうとした瞬間、切羽詰まったメルド団長の警告が響き、障壁が遂に砕け散る。

 

「ッ、【れんせ——!」

 

咄嗟に危険を察知したハジメが石の壁を錬成するが、暴風雨のように荒れ狂う衝撃波が襲われて簡単に崩れ去る。

ハジメのお陰で多少の威力を相殺させたようだが、今の衝撃でメルド団長や騎士三名が身動き取れずにいた。一方、団長達の背後にいた光輝達も倒れていたが、石壁の効果もあり、すぐ立ち上がる。

 

「ぐッ……龍太郎、雫。時間を稼げるか?」

 

光輝が苦し紛れに問う。団長達が倒れてる以上、やれるのは自分達しかいないことを自覚したのか、確かな足取りで前へ出る二人。

 

「やるしか、ねぇだろ!」

 

「……何とかしてみるわ!」

 

拳と刀を構え、ベヒモスへ突貫する。

 

「香織はメルドさん達の治療を!」

 

「うん!」

 

光輝の指示で香織が走り出す。メルド団長の元には既にハジメがいて、戦いの余波が届かないように石壁を作り出している。

光輝は見届けると、今の自分が出せる最大級の技を放つ詠唱を開始する。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ! “神威”!」

 

詠唱を唱え終え、聖剣から眩い極光が迸った。先程の“天翔閃”と同系統だが威力が桁違いだ。橋の石畳を抉りながらベヒモスへ真っ直ぐ突き進む。

詠唱終了と共に、龍太郎と雫の両名は既に離脱している。この短い時間だけでダメージが大きかったらしく、二人共ボロボロだった。

轟音と共に、聖剣から放たれた光属性の砲撃がベヒモスに直撃した。眩い光が辺りを真っ白に塗り潰し、激しく揺れる橋に大きな亀裂が入っていく。

 

「ハァハァ……これなら」

 

「さ、流石にやった、よな?」

 

「だと、良いけど……」

 

龍太郎と雫が傍に戻り、光輝は大量の魔力を消費してしまい肩で息をしていた。その背後で治療を終えたのか、メルド団長達が起き上がろうとしている。

徐々に光が収まり、砂埃が吹き払われた。

その先には……無傷のベヒモス。

文字通り切り札を放って残存魔力もほとんど持っていかれたというのに、傷一つすらつけられなかった事実に、光輝はショックを受けて呆然とした。

光輝達を絶望させる暇もなく、低い唸り声を上げ、全身から赤黒い魔力を発しながら、光輝達を射殺そうと睨みつけている。

 

「ボケッとするな! 逃げろ!」

 

正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、ベヒモスは光輝達のかなり手前で跳躍した。赤熱化した頭部を下に向け、隕石のように突進する。

咄嗟に光輝達は回避するも、着弾したベヒモスの衝撃波を浴びて吹き飛ぶ。地面を転がり落ちた頃には、満身創痍の状態で倒れていた。

 

「お前等、動けるか!?」

 

何とか動けるようになったメルド団長が駆け寄って叫ぶように尋ねるも、光輝達の返事は呻き声だ。メルド団長が受けたように全身が麻痺して動けないのだろう。

 

『グルァアアアアアアアッ!!』

 

その直後、ベヒモスが地面に突き刺さった頭部を抜き出した。

頭部を上に掲げると、頭の角がコォオオオオッ、と甲高い音を立てながら両角を赤熱化し、角の間で赤黒い魔力の球体が生成されていく。

 

「ッ!? 皆、逃げてぇえええええええ!!」

 

誰が叫んだか分からないが、ベヒモスの意図に気づいたようだ。だが、もう手遅れだった。

悲鳴が耳に入りハジメが身構えた瞬間、角の間の魔力の球体が光線となって、自分達へ一直線に放たれる。その破壊光線(レーザービーム)は光輝を含んだ、ハジメ達の命を身体ごと、この世から焼き尽さんばかりに突き進む。

防壁を張る時間もない。光線に焼かれて絶命する——誰もがそう錯覚した。

 

 

 

 

「うおりゃああああああああああああああああッ!!」

 

ベヒモスに負けないぐらいの、凄まじい雄叫びが響き渡った。

人より何倍も巨大な石の破片がハジメ達の前に地面に突き刺さり、ベヒモスが放った光線を防ぐ巨大な盾となる。それは石畳の一部である。その石の破片には、橋から無理矢理剥がした跡が残っている。

赤黒い破壊光線(レーザービーム)が破片にぶち当たって破片ごと爆散し相殺される。

スペックが高いクラスメイト達が協力したとしても、巨大な石畳を剥がし、運ぶことすら不可能な術を実行できたのは、もちろんこの男だ。

 

「お兄ちゃんッ!」

 

「ゲン君ッ!?」

 

南雲ゲン——妹のピンチに駆けつけ、ようやく参上。まぁ、元の発端もこの男なのでプラマイゼロなのだが……

 

『グルゥウウウッ……!!』

 

先程の破壊光線(レーザービーム)はベヒモスにとって切り札だったらしく、赤熱化した頭部が鎮静されていく。苦悶そうな呻き声を上げている様子から、あちらもしばらく動けないようだ。

僅かな時間だが、撤退できる時間を稼げるのを見逃さないメルド団長。この地を死地と決め、命を賭けて光輝達を逃そうとゲンの方に駆け寄る。

 

「助かった、坊主! だけど、ここはもう危険だ! お前も早く退避し……」

 

「——おっさん、そいつ等を連れて早く撤退してくれ。アイツは俺が足止めしとくから」

 

『ッ!?』

 

「お兄ちゃん!? 何を言ってるの!!」

 

唐突に出されたゲンの提案に誰もが驚愕を隠せず、ハジメも困惑しながら声を上げる。それはつまり、ベヒモスの対応をゲンに任せる間、クラスメイト達に撤退の準備を進めるというのだ。とても単純かつ最も危険な作戦。作戦と呼べるか危うい馬鹿げた提案で、成功率があまりにも低い。

だが不思議と、(ゲン)ならできるかもしれない……ゲンを知るもの全員がそう思えた。普段から非常識(チート)変態(シスコン)なら、あるいは成功するかもしれない。

 

「ま、待って、ゲン君! そんなことできないよ! だったら、私もゲン君の傍に……!」

 

「駄目、香織ちゃんを失った時のリスクが高すぎる。それに、香織ちゃんは香織ちゃんにしかできないことがあるだろ? 雫ちゃん達の傷を治してくれよ」

 

「で、でも……!」

 

だからと言って、ゲンを死地へ送らせるなんて真似、香織はできない。

ハジメもまた、同じ気持ちだった。ゲンを失いたくない。

その思いに駆られるようにゲンの意見に反発し、一切引こうとしなかった。

あまり付き合いがないメルド団長も躊躇うが、ベヒモスは既に戦闘準備を整えている。再び頭部が赤熱化を開始し、もう時間がない。

 

「……坊主、やれるんだな?」

 

当然(あたぼう)よ!」

 

自分達より何倍も巨体な強敵にも恐れず、自信満々な眼差しを向けるゲンに、メルド団長は苦笑を漏らす。

 

「お前だけには命を預けたくなかったが、致し方ない……坊主、頼んだぞ!」

 

「その代わり、ハジメを頼んだぞ! 丁寧に扱ってくれ! あ、でも変なところ触るんじゃねえぞ!? 少しでもハジメにイヤらしい手付きで触れたら、ベヒモスよりも先に俺が抹殺しに行くかんなッ!?」

 

『早よ行けッ!!』

 

鬼のような形相で力説してくるゲンにツッコミを入れる騎士団員とメルド団長。こんな状況でするわけがないだろう。

ゲンの傍に残ろうとするハジメも、香織と雫に連れて行かれるのを確認し、「よし……」とゲンは頷く。ベヒモスの方へ振り向くと、ベヒモスですら目で追いつけない速さで駆け抜ける。

全力で助走しながら拳に力を溜め、ベヒモスに向けて渾身の一撃を打つ。

 

「と言うわけで、俺が相手だ! 喰ぇええええええええええええええええええ!!!!」

 

 

 

 

————ゴツンッ!

 

 

 

 

「……………………か、硬ひッ」

 

結構、響きの良い音が鳴ったが、皮膚に打ちつけた拳に振動が伝わって若干涙目になるゲン。

 

『……………』

 

呻き声一つ発さないままゲンを凝視するベヒモス。その光景を例えるなら、巣にちょっかい出して大雀蜂の大群に針を向けられている悪戯小僧に似ている。最も、その数百倍は危険な状況だが。

静寂な均衡を先に破って口を開いたのは、下手くそな愛想笑いを浮かべたゲンだ。

 

「……か、格好良いフォルムだよね〜? 恐竜型のモンスターって。いや、俺は恐竜と言ったらティラノ派なんだけども、トリケラも中々強そうだもんな。イカすぜ!」

 

ほぼ勢いで押し切りながら親指を上げる(サムズアップ)するゲン。

 

『………グルァアアアアアアアアアアア!!!』

 

もちろん、そんな褒め言葉がモンスターに通じる訳もなく、ベヒモスの視線がゲン一点に集中し襲いかかった。

 

「ギャアアアアアアアアア!! 俺のギャグ補正が全く効かないいいいいいいいい!? 殺されるぅううううううううう!!?」

 

その光景を目にした誰もが「逆に何故それが通じると思った?」と呆然とする。良い雰囲気でゲンに任せたメルド団長もポカンとしていた。

ベヒモスの皮膚はタンク車並みの強度を保っているため、外部から受ける打撃系の攻撃に強い。ましてや『ギャグ補正』と言う力(?)を手にしたとしても、拳一発で簡単に倒せるわけがない。現実はそんなに甘くないと言うことだ。

香織に治療してもらい動けるようになったツッコミ兼オカン役の雫が叱りつけるように叫んだ。

 

「貴方、本当に馬鹿なの!!? ギャグ補正が通じるわけないでしょう!? もう十分頑張ったから貴方も早く撤退して!!」

 

「それだけは無理だ! 男にはな、時には後に引けない時があるんだよ……『ぶっちゃけ格好付けてました、やっぱ無理っす〜!』なんて言ってバトンタッチしてしまえば、それこそ男としてカッコ悪くね?」

 

「だったら安心して! この事態を引き起こした事態で貴方の評価はマイナスに等しいから! 過去最低評価の記録を塗り潰して、ある意味格好良いわよ!!」

 

「え? カッコ良いだと? き、急に言われると照れるじゃねえかッ、雫ちゃん。俺を煽ても何も手に入らないぞ♪ ……って、来たぁああああああああ!!?」

 

都合の良いところだけしか聞こえない馬鹿(ゲン)の頭上で、ベヒモスが眼前に迫って片足を振り上げていた。踏み潰されると予測したゲンは目を瞑りながら、負け惜しみで咄嗟に拳をベヒモスの方へ突き出した。

………すると、本人も目を疑うような事態が起こった。

 

『グガァアアアアアアアアアアアアアッ!!!?』

 

目の前で踏み殺そうとしていたベヒモスが、文字通り後方へ吹き飛ばされていた。煙を巻き上げ、その巨体さ故に地震を起こして転倒する。

 

「………ん? あれ? 何で?」

 

自分の身に何が起こったのか分からないゲン。と、咄嗟にポケットから取り出して握り締めていたものを見た。

 

「これは、あの時の変な物体………ん? んん〜? こんな色してたっけ? コレ」

 

ゲンの手元にあるその姿は、ゲンの記憶の中にあるものと大分かけ離れていた。

オレンジ色基調の黒いボタンのような小型スイッチ。注目すべきは、そのスイッチに刻まれている『01』と言う数字。

愛義妹(ハジメ)が錬成してくれたのか、それとも元から所持していた物なのか、そもそも何の用途に使うのか……謎に包まれていたが、それを強く握り締めると全身からエネルギーが溢れそうになる。先程、自分より何倍も巨大なベヒモスを殴り飛ばせたのも、このスイッチの効力によるものだろう。

 

「よく分からないけど……もしかしてイケる? 俺TUEEEEEEEEのターン到来か!? オッシャァアアアアアア!! 来た来た来た来た来たぜヒャッハーーーーーー!! 覚悟しろやゴラァ! 今まで俺が受けてきた分を百倍にして返し、お前を痛ぶってやるからなぁ!! こんのトリケラトプス擬き野郎ォオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

もう色々駄目だ。絶対この後何か起こるであろうフラグを見事に回収しまくったよ、この男……

血気盛んにガンガン殴り迫って反撃するゲン。

『進○の巨人』ならぬ進撃の変態に殴られ続けるベヒモスは憤怒に染まり、案の定、変化が訪れる。体が青黒く変色し、至るところの細部が変形し始める。

 

 

 

 

 

 

グゥウウウ………グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 

 

 

「ぎょえええええええええええ!! 第二形態の突入来たぁああああああああああああ!!?」

 

『アホーーーーー!? 調子に乗るから(よ)!!』

 

……見事、調子に乗り過ぎて余計なフラグを踏み鳴らした馬鹿(ゲン)。後方で、思わず心からの叫び声を上げた苦労人(ハジメ)と香織を除いた勇者一行、そしてメルド団長(プラス)騎士三人。

地を揺るがす程の雄叫びを上げたベヒモスは体をメキメキッ! と骨格同士が擦り合う音を鳴らしながら変化し、巨大な背中から鋭利な背鰭が生え始め、巨大な爪が二倍近く伸びて凶暴さを増す。より凶悪かつ残虐になった第二形態となった瞬間だった。

ゲンの猛攻に相当苛立った様子で「ようも散々やってくれたのう? 倍返しじゃオンドリャアアアアアアアア!!」と言いたげそうに、眼を爛々とギラつかせて突進を仕掛けるベヒモス。荒れ狂う猛攻の手を一切緩めず、勝ち目のないゲンは「おひゃッ!」や「ひょえッ!?」と小さな悲鳴を上げながら逃げ惑うしかない。

だが、ゲンのした行為は決して無駄とも言えない。少なくとも時間稼ぎにはなった。

 

「もー、手間が掛かるんだから! 【錬成】!!」

 

騎士団員とメルド団長が呆然とした隙に拘束を抜け出し、ハジメはゲンの元へ走ると、地面に手を当てて錬成を発動させる。

ちょこまか逃げ回るゲンを踏み潰そうと脚を踏み上げる直前、反対側の脚が地面に深く沈み込み、ベヒモスは体勢を崩してしまう。ついでにハジメのアレンジで、その穴を二度目の錬成で固められ塞がれてしまう。

すると今度はハジメも標的にした。先程、光輝やゲンを狙ったように自分に攻撃する者を標的にする習性があるようだ。

ゲンを殺そうと突進を繰り返した攻撃に加え、ハジメに閉じ込められて抜け出そうと暴れてることで、ベヒモスが埋まってる地面の周囲に大きな亀裂が生じるが、地面に手を当てたハジメが錬成して亀裂を直してしまう。

また、まともに動けない状態で死角からゲンが打撃を与えてるため、蚊に付き纏われたようにベヒモスは鬱陶しく感じ気が散ってしまう。

それから僅か一分ぐらい、ベヒモスを閉じ込めることができた。

しかし、ハジメの魔力が底を尽きかけていた。回復薬も既にない。これ以上ベヒモスを抑えるには、ゲンの奮闘だけでは限度があった。

 

グルァアアアアアアアアアアア!!!

 

地面が砕け散りながらベヒモスが咆哮と共に起き上がった。その眼には、チョロチョロ動き回って撹乱させた(ゲン)と、石の壁を錬成して動きを封じた(ハジメ)の姿を捉え、二人に明確な殺意を宿らせている。自分を手こずらせた兄妹を確実に始末しようと四肢に力を込める。

 

「全員、一斉発射ァアアアアアアアアア!!!」

 

メルド団長の合図が響き渡った瞬間、ありとあらゆる属性の魔法がベヒモスの元へ飛来した。

クラスメイトがそれぞれ得意な属性の魔法を放ち、それらは流星の如く色とりどりにベヒモスを足止めさせる。トラムソルジャーの方は回復した光輝達が加わったことで大多数を倒したようで、包囲網を突破したところから遠距離攻撃をしているようだ。

ゲンとハジメは「待ってましたぁ!」と言わんばかりに走り出し、頭上を飛び交う魔法の流れ弾に注意しながら階段の方へ目指す。

 

「———え?」

 

一瞬、何が起こったのか理解できずにいた。

頭上を駆け抜ける幾つもの魔法の中で、一つの火球が軌道を僅かに変えてゲンの横を通過し……ゲンの背後にいるハジメの方へ向かった。誤差などではない、馬鹿なゲンにも見やすい配置で意図的にハジメの元へ誘導されたものだ。

疑惑、困惑、驚愕がハジメの脳内で凝縮され、火球がモロに腹部に直撃してしまう。愕然を隠せないままハジメの体は後方へ飛ばされ、ゲンから離れてしまう。

その戸惑いの感情はゲンにも伝染し、同じく顔を驚愕へと染め上げた。

 

「ハジメ!?」

 

「………ッ、大、丈夫だから……!」

 

痛みで顔がクシャクシャになりながらも、無理矢理弱々しい笑みを浮かべ、ゲンに見せつけるように笑っていた。痩せ我慢と言っても過言ではない。誰かの所作ではないと思わせたい、心配させたくないと言う想いが込もった、今にも消えそうな笑みだった。

現在、ゲンとハジメとの距離は五メートル程である。ハジメも火傷と殴打からようやく立ち上がり、気管系をやられたのか身体をフラフラさせながらも、少しずつゲンの方へ進もうとする。だが……

 

グァガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

すぐさま振り返ると、青黒い魔力を全身から噴き上げ、青白い熱を放ちながら、ベヒモスの眼光がしっかりと少女(ハジメ)を捉えていた。

灼熱を帯びた頭部の角をかざしながら、ハジメの地面近くに突き刺す。

その一撃が……橋の崩壊を助長させた。

ベヒモスとの度重なる攻防で石造りの橋は、遂に耐久限界を超えてしまう。

 

グウォォアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?

 

傾く石畳に爪でしがみ付こうとするベヒモスの抵抗も虚しく、引っ掛けた箇所すら崩壊しながら奈落へと消えていく。

その巻き添いに、ハジメがしがみ付いていた場所も崩壊し、仰向けになりながら奈落へと落ちていった。

 

(あ、もう駄目だ………)

 

自然と、諦めの言葉が頭に浮かんだ。ふと対岸にいるクラスメイト達に視線を向けると、青ざめたり、目や口を手で覆うクラスメイトがいた。メルド団長や騎士団員も悔しそうな表情でハジメを見ている。

受けた火球による痛みで意識が消え行く中、最後に見たものは……

 

 

 

 

「ハジメーーーーーーーーッ!!!」

 

視界を埋め尽くすぐらいの大きな何かが飛び込んできた。

その人は、喉が引き裂けそうになるぐらいの雄叫びを上げながら自分の元へ飛び込む、奈落の底なんて恐れもしない(ゲン)だった。

ゲンの必死そうな形相を最後に目にし、ハジメは意識を失った。

 

 

 

 

———△———

 

 

 

 

少し前に遡る。

石橋が崩壊を開始する中、驚愕しながらハジメを見る香織と雫を交互に見ながら、ゲンは決意を固める。

 

「雫ちゃん………ゴメンな、迷惑ばっか掛けて」

 

「え? ゲン君? 何を……」

 

向き合った途端、突然のゲンの謝罪。普段の彼からすれば奇怪な言動に雫は困惑してしまう。

その時、胸騒ぎがした。

ここで引き留めなければ取り返しのつかないことになりそうな、そんな嫌な予感がした雫は慌ててゲンを止めようと走り出す。

 

「……落ち込んで一人ぼっちにならないように、香織ちゃんを頼んだぜ!!」

 

「ッ! 待ちなさい、ゲン君!!」

 

まるで死場所へ向かうように、ゲンは笑みを浮かべながら、今にも崩れそうな石橋を駆け抜けていく。

何をするのか察した雫はゲンの手を掴もうと伸ばしたが、指が微かにゲンの手に触れた程度で届かなかった。

 

「ゲン君!? 駄目ーーーーーーー!!」

 

背後から響く香織の悲鳴を受け止めながら、助走をつけて速度を上げたゲンは身を投げ出し——崖へ跳び降りた。

落下し続けながら空中で気絶しているハジメをキャッチする。

(ハジメ)(ゲン)に抱き締められ、徐々に小さくなる光を背に受けながら、兄妹は奈落の底へ落ちていく……

 

 

 

 

———△———

 

 

 

 

奈落の底へ落ち続ける中、ゲンは考え続けた……

何が駄目だったのだろうか? と。

周りから『変人』と揶揄され、家族にすら軽蔑されながらも、自分なりに精一杯、愛妹(ハジメ)を守ってきたつもりだった。

……だが結果はどうだ? このザマだ。

ハジメを巻き込んだ自分が情けなくなり、兄貴失格の自覚もあった。

 

「……お兄、ちゃん………」

 

ふと、ハジメの声が漏れた。意識がハッキリとしていないのか、うわ言だったのか分からないが、ゲンにとってはそれで十分だ。

ハジメが生きてくれている、それだけが今のゲンにとって最高の贈り物だった。

 

「………大丈夫だからな、ハジメ」

 

誤ちを正したいと思っても意味がないことぐらい、ゲンも理解している。

時を巻き戻すことができないように、過ぎたことは変えることはできない。この世界で信仰されている神様に祈っても、不可能だ。

だから、せめてハジメだけでも無傷でいられるように。

心に傷がつきませんように、と祈りながら、ハジメの頬に手を添える。

 

「俺はその……アレだ。こんな危機的状況に陥ってもギャグマンガ要素のキャラは不死身なんだ。ト○とジ○リー然り、ボ○ボロット然り、ところ天○助然り……俺のようなギャグ立場(ポジション)はどんな目に遭っても必ず死なないと言う宿命(セオリー)を背負ってるのさ。だけどな……」

 

そう呟きながら、壁から競り出ている横穴を確認する。穴から地下水が湧き出ており奥まで続いているようだ。

 

「ハジメは違うだろ? 嫁入り前の娘に傷でも負わせれば、俺は全国の妹ファンに顔向けできないよ。だから情けないお兄ちゃんの、心からのお願いだ……なるべく無傷でいてくれよッ、ハジメ」

 

遺言のように呟き、ハジメの背を優しく押し出した。

ハジメの体が地下水が流れている横穴に落下し、ウォータースライダーのように流されていくのを確認する。

だが、ゲンは水など一切ない、地の奥底へ真っ逆さまに落下していく……

 




フフフフ…………!
フハハハハハハハハハッ!!!(何処かの悪代官風の豪快な笑み)
落としてやったぜ! 今後の展開をどうしようと悩ませる原因を作った、あのシスコン番長を!!

……さて、この後の展開どーしよー?(←オイオイ!?)

そんなわけで、前々から予言しました通り、主人公兄妹を奈落の底に落としてやりました。
兄の方は良いとして、ハジメちゃんには悪いことしたなぁ……本当、シスコン兄の方は別にどうでも良いのに。どうせ生還するだろうから、別に変態兄はどうでも良いのになぁ〜……(三回言った)

やっとスイッチを出せましたけど、まだベルトが登場しないよう!
いつになったらベルトが出てくるんだぁあああああ!!?
……と、思われてる皆様、まだ先の話だと思います。
申し訳ありませんが、暫しの間、待ってください。なるべく早く更新できるように頑張りますゆえ。
では次話で会いましょう!!


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9.蹴り・ウ・サ・ギ!!

更新が遅れて、申し訳ございませーーーーん!!
いや、マジでモチベーションがなくて集中できませんでした。
久しぶりなんで誤字やら何やらがあるかもしれませんので、ご了承くださいませ。

それから今回、見る人によっては後半部分が鬱展開になります。
ギャグしか受け付けないという方は前半部分だけ読んでも構いません。
では、どうぞ!!


奈落の底は生物の気配がないような暗闇が広がっているが、苔のように蔓延っている緑光石の発光で何も見えないほどではない。

しかし誰もが慄く不気味な空間であることに違いはない。

…………そのはずなのに、

 

「——いや〜、助かった〜! 流石に今回は死ぬかと思ったけど、これぞ“備えあれば憂いなし”ってやつだな!」

 

その場に漂う不気味な雰囲気を物ともせず明るいテンションで騒いでる能天気な男がいた。言わずもがな、手元にオレンジ色のスイッチを持っていたゲンである。

地面に激突する直前、スイッチを強く握り締めると無重力が発生したかのようにゲンの体が浮遊し、落下速度が急激に落ちた。その結果、ゲンは無傷で着地を成功するに至ったのだ。

……と言うか、そんな使い道があるなら早よ出せや。前回終盤辺りで無駄にシリアスなムードを出しやがって。

 

「しょうがねえだろ! 俺だってコレに、こんな使い方があるなんて知らなかったんだから! ……とまぁ、それは置いといて、ここどこ?」

 

その場にいない誰かに逆ギレした後、今更ながら自分の状況を確認し始める。

周囲は薄暗くて良く見えない。当然だ、オルクス大迷宮の奈落、誰も到達したことのない最下層……に相当する場所なのだから。

 

「はッ!? そう言えばハジメはどこに!? ウェア・アー・ユー、ハジメー!? ハジメたん何処へ!? お兄ちゃんが迎えに来たよ、マイ・スウィート・プリティーエンジェルーーー!!」

 

ハジメと逸れてしまったことを思い出した途端、ゲンは誰が見ても分かるように慌てふためく。壊れたゼンマイ仕掛けの人形のように手足がグルグル回転し出し、下手すれば壊れてしまうかもしれない。まぁ、元々壊れているのは違いないのだが。

ハジメは幾つもある滝の流れに乗っていたのを確認したので無事だと思うが、如何にも恐ろしい空間に一人でいるのは危険だ。

 

「こんな時こそ……“ハジメたんレーダー”の出番だ! 集中ぅううう……!」

 

皆にも分かるように説明しよう! 南雲ゲンは内なるシスコン魂を爆発させ、最愛の妹である南雲ハジメのイメージを強く念じることで、南雲ハジメの現在位置を瞬時に探し当てることができる——それが“ハジメたんレーダー”である!!

それでも分からない人は! ………まぁ、名称から何となく察してくれ。そう言うものだ。

 

「………あッ、しまった!? これはハジメたんに一度でも良いから『お兄ちゃん大好き♡』って言われないとレーダーが稼働しないんだった!!」

 

勿体ぶった挙句、クソの役にも立たなかった……

結局、行先を己の勘に任せて奥の通路へズンズン進む。

その巨大な通路は自然の産物である洞窟といった感じだった。

罠の確認やモンスターの襲撃など一切考えず、取り敢えず走って走って走り続ける。ゲンはRPGゲームでも基本“ガンガン行こうぜ”スタイルなのだ。

そうやってどれくらい経ったか、同じような洞窟を何度も目にしたゲンは休憩する。

 

「う〜〜〜ん、マジでどこだ? 全く分からん。こんな時、ハジメが傍にいてくれればなぁ〜……もしくはハジメたんからの激励を貰ったら、こんな洞窟を余裕で突破できるのに。ん? ハハハ“頼れる自慢のお兄ちゃん”なんて止めろよ、ハジメちゃん。もっと自慢なのは、ハ・ジ・メ・なんだから……」

 

『グルルル……!!』

 

「ん? 今の声は」

 

ブツブツ頭を悩ませながら恍惚状態に陥っていると、ゲンがいる通路の直進方向から猛獣の唸り声が聞こえた。

気になったゲンは声のする方へ向かうと、そこは幾つもの通路へ通じる穴がある広い空間。

唸り声が鳴り止まない方に視線を向けながら、岩場に身を潜めて様子を見る。

唸り声の主は白い狼であり、狼と対峙するように警戒しているのはウサギだった。だが二匹とも、ゲンの知る狼とウサギとは似ても似つかない容姿をしていた。

狼は大型犬ぐらいの大きさで尻尾が二本に分かれ、血管のような赤黒い線が全身を走って脈を打っている。一方ウサギの方はというと、大きさは中型犬ぐらいあり、後ろ足が大きく発達している。そして狼と同じく、赤黒い線が全身を張り巡らせ、まるで心臓のように脈を打っていた。

ゲンは内心「おおッ……イカす筋肉」と呟いていると、どこから現れたのか二匹目の二尾狼がウサギの前に飛び出た。

完全にウサギの捕食シーンだと予測したゲンだが、次の瞬間それは外れに変わる。

 

『キュッ、キュウ!』

 

可愛らしい鳴き声を漏らしたかと思った直後、ウサギはその場を跳躍し、空中で一回転して、太い長い後ろ足で二体の二尾狼に回し蹴りを炸裂する。

 

——ドパンッ!

 

——ゴキッ!

 

——ベキョッ!

 

ゲンでも出せるのか分からない蹴りの音を発生させ、二尾狼の頭にクリティカルヒットする。

首から鳴ってはいけない音を響かせながら、狼は二体とも首があらぬ方向に捻じ曲がり、そのまま倒れ伏せた。

直後、岩場に隠れていた他の二尾狼が次々とウサギに襲いかかってきた。しかしウサギの逆立ち回転蹴り、サマーソルトキックを真面に喰らい、二尾狼達は地面に叩きつけられてグロテスクな血肉のアーティストと化す。

 

「キュキュゥ!」

 

ゴングの鐘が鳴ったかのように、蹴りウサギは勝利の雄叫びを上げて耳を立たせる。

 

(嘘だと言ってよ、バー○ィ……!?)

 

流石に自称ボケ役のゲンも、目の前にいる蹴りウサギは厄介だと判断する。散々、苦労した単純かつ単調な攻撃しかしてこなかったベヒモスよりも手強いかもしれない。

ここは一時、蹴りウサギが去るのを待つしかないと思考を巡らせていると……

 

「———ぶぇっくしょいッ!!」

 

何故か……盛大なクシャミをしたゲン。

馬鹿なのコイツ? いや、馬鹿以前の問題だ。

その騒音は洞窟内に響き渡り、当然ウサギの長い耳にも入る。

 

『………』

 

「あ………」

 

バッチリ視線が合う馬鹿(ゲン)と蹴りウサギ。

ルビーのような紅の瞳がゲンの姿を凝視し続けている。

 

「んんッ……ハッハッハッ、先程の君の闘い、見せてもらったよ。中々素晴らしい格闘センスの持ち主じゃないか。そうだろう、ウサギくん?」

 

何をとち狂ったのか知らんが、何処ぞの幹部キャラのように拍手を送りながら堂々と蹴りウサギの前に歩み寄る。流石の蹴りウサギも予想外だったのか、ポカンとしたような表情でゲンを見上げている。

 

「キミのその類まれな戦闘技術、冷静な判断力、どれをとっても素晴らしいよ……どうかな、取り引きと行かないかな? 簡単なことさ、今迷子になっている我が妹を探して欲しいのだよ。もし手伝ってくれるのであれば、君の望むものを何でも差し上げると約束しよ……」

 

『——キュ』

 

途中から「もう良いや、メンドクセー」という感じになった蹴りウサギは飛び上がり、ゲンの説得を遮って容赦なく回し蹴りを炸裂した。

ゲンの左腕にドゴォッ!! と衝撃が鳴ると、ゴキィィイイイ!! と何かが砕け散った音が響いた。

 

「痛ぇえええええ!!? 折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れたーーー!!? 折れたよ今! 完全に骨折しましたってばよーーー!!」

 

ゴロゴロと転げ回りながら、プランプランと折れ曲がった左腕から来る激痛に発狂する。

因みに骨折どころではない、骨自体が完全に粉砕されているのだ。

 

「痛〜ッ!? ……こんの腐れウサギがァ! ちょっと可愛いから話し合いに持ち込もうかなぁ〜、って油断してたけど、調子に乗ってんじゃねえぞ!!」

 

『キュ、キュウキュゥ。キュウ〜キュキュキュウ〜♪

(訳:君みたいに如何にも怪しい阿保の言うことなんか聞かないもん。悔しかったらボクに一泡吹かせてみろみろ〜♪)』

 

「何だとぉッ!? もう勘弁ならねぇ、この現場をウサギファンクラブ共が見ていようが知ったことか! テメェだけはボッコボコのギッタギタに()めつけてから焼きウサギにして食ってやるぅッ!!」

 

蹴りウサギに小馬鹿にされたゲンはエセ悪代官風なキャラを崩し、本性剥き出しになる。骨折されても尚、その闘志を絶やさないのは流石だ! ……何で会話できるのアンタ等? というツッコミはこの際なしにしてほしい。

互いに闘志を燃やしながら『ハァァァ(キュゥゥ)……!!』と雄叫びを上げ、ジリジリと距離を縮めていく。

この時、蹴りウサギは調子に乗り過ぎたのか、それとも馬鹿(ゲン)が大声を出し過ぎたせいなのか、互いに気づけずにいた。二人(匹)共、人生終了のピンチに陥ってることに。

 

『ガルルルルルルルルルルゥ………!!!』

 

「げッ!?」

 

『キュ……!(訳:あ、ヤッベ……!)』

 

二人は……もとい一人と一匹は、二尾狼の群れに囲まれていた。その数、ざっと見積もって五十匹。

四匹の二尾狼にも苦戦せず蹴り倒した蹴りウサギだが、流石にこの数はマズかったらしく汗をかいて狼狽している様子だ。

蹴りウサギは覚悟を決め、紅の眼をカッと見開いた、次の瞬間!

 

『………キュキュウ〜!

(訳:用事を思い出したから帰る〜!)』

 

逃げ出した! 文字通り、脱兎の如く!

 

「あ、可愛い容姿のくせに性根が汚っ!? コラァ、糞ウサギ!! さっき狼共を簡単に蹴り殺していたじゃん! あれをもう一回披露してくれ! お願いします!!」

 

『キュキュ、キュゥキュキュキュゥ! キュッキュウキュキュ、キュキキキキュゥキュウ! キュウ!

(訳:すまない友よ、もうボクの足が限界に達しているのさ! ボクとの再決闘を果たすためにも、この試練を乗り切って今の君を超えてくれたまえ! さらばだ!)』

 

「嘘つけぇ!! そんなこと微塵も考えてねえだろ! 俺を囮にして自分だけ逃げる魂胆だろうが!? せめて半分でも良いから蹴散らしてくれよぉ!! おい、逃げるなぁ!! 待てやゴラァァアアアアアアアーーー!!」

 

普段ボケ役のゲンが振り回されるのは実に珍しい光景だ。流石、異世界クオリティ! もう魔物と会話できるぐらいじゃあ驚きもしないよう。

取り残されたゲン。しかも厄介なことに、ゲンの近くに仲間達の死体が転がっていたことから二尾狼達はゲンが殺したと勘違いし、毛を逆立てながら固有魔法である放電を尻尾から放っている。

 

「ええい、ただで殺られてたまるかぁ!! 来れるもんなら掛かって来いや、白髪(しらが)狼共ッ! 近寄った奴から、俺の世界で遙か古に伝わる暗殺武術“師州紺(シスコン)憲法”の餌食にしてくれ………こ、これは……!?」

 

怪しい拳法っぽい手の動きを披露していたゲンだが、突如として停止した。

 

「俺の“ハジメ天使アンテナ”が反応しただと!? ……ハジメは、あの洞窟の先か!」

 

頭部の頂点に少年漫画の主人公みたいなアホ毛が生えると、アンテナのようにピピピッ! と二尾狼達が這い出てくる穴の隣の通路へ向けた。

説明しよう! “ハジメ天使アンテナ”とは……遠く離れた地方にいたとしても天使(ハジメ)に危機が迫った時、南雲ゲンのシスコンパワーによって、ハジメの現在地を高い確率で探し当てることができる特技なのだ! ……さっきのレーダーの意味がないんですけどぉ!?

だが、義妹を一番大事に想っているゲンには分かる。間違いなくハジメがいる。しかも命の危機に瀕している。

なり振り構う余裕もなく、目の前に二尾狼がいようが知ったことじゃないと言わんばかりに無視し、ゲンはハジメがいるであろう洞窟の穴へ駆け出した。

 

『グルァアアァアアアア!!』

 

だが二尾狼は見逃すわけもなく、走り出したゲンに目掛けて一斉に襲い掛かる。二尾狼の鉤爪や鋭い牙がゲンの皮膚や衣服に引っ掻き傷を与え、尻尾から電気を放つなどして、ゲンを確実に狩りにかかる。

だが、それしきのことでゲンは止まらなかった。二尾狼との乱闘は極力避け、眼前に立ち塞がって通路を阻もうとする狼のみを蹴り倒し、先へ急ぐ。

 

『——グルァア!!』

 

そのうちの一匹が飛びかかり、狼の鉤爪がゲンの目蓋に傷をつける。三本の赤い筋が刻まれると、直後にプシュ! と出血し始めた。

 

「ぐぁッ!? いつッ〜〜! ——って、これしきの痛みで挫けてる場合か、俺!? すぐそこでハジメが泣いてるんだよぉ! 邪魔じゃボケーーー!!」

 

ゲンは一瞬怯みながらも、すぐに立ち直って狼を蹴り飛ばした。先程の蹴りウサギには劣るが、横腹をドゴォッ! と勢いよく蹴られた狼は『ギャン!?』と悲鳴を上げながら壁に叩きつけられ動かなくなる。

 

「うぉおおおおおおおッ!! ハジメーーーーー!!!」

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

刻は十数分前。

奈落の底に落とされて奇跡的に生存していたハジメ。嘗てない恐怖と危機が目の前に姿を現す。

 

「ッ………!」

 

魔物に遭遇しないように用心深く、物陰に隠れながら探索していくと、渡ろうとしていた通路から魔物が出た。

それは巨体な魔物、一言で表現するなら熊。ただし童謡に登場するファンシーな熊さんとは大違いだ。二メートルはあるであろう巨躯に白い体毛。体中に走っている赤黒い線が血管のように脈を打つ姿が魔物の恐ろしさを物語っている。足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えている。

爪熊はハジメを凝視したまま動かずにいる。襲うタイミングを伺っているのか、それともハジメを物珍しそうに観察しているだけなのか。

 

「……………」

 

ハジメは爪熊に襲われないように心の中で「私は石像だ私は石像だ私は石像だ……」と連呼し続けて石像の少女を演じようと必死だ。「石像を壊しても何の意味もないですよ〜?」と言わんばかりに。

恐怖のあまり、ハジメ は こ ん ら ん している!

 

『グルルルル………』

 

この状況に飽きたように爪熊は低く唸り出す。至近距離で猛獣の唸り声を聞かされたハジメは「ひッ!?」と小さな悲鳴を上げてしまい動いてしまう。死んだ振りならぬ、石像の振りは無駄だった。

 

『……グルァアアアアアアアアアアア!!』

 

「ひやぁあああーーー!!」

 

突然、唸り声を上げた爪熊を眼前に、ハジメは恐怖で冷静さを失って爪熊の視線から逃げ出してしまう。

この行為が仇となった、爪熊は完全にハジメを“獲物”と捉えてしまった。

その巨躯に似合わない素早さでハジメに迫り、その鋭い爪で切り裂こうとする。

 

 

 

「うちの大事な妹に、何してくれとんじゃコラァアアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!」

 

 

 

ハジメが逃げようとした穴の、すぐ隣の洞窟から男が勢いよく飛び出す人影。爪熊の顔に蹴りを()ちかましながらハジメから離れさせ、爪熊を背後へ後退させた。

 

「お、お兄ちゃんッ……!」

 

その男はゲンだ。右の目蓋に刻まれた爪で引っ掻かれたような三本の傷が痛々しいが、ハジメを救うべく即座に参上した。

この長い時間、独りで歩き回って心細かったハジメは、爪熊に殺されかけた恐怖もあって、ようやく兄に再会できたことに涙が溢れそうになる。

爪熊の難を逃れ、奈落の底で再会を果たした兄妹は何とか逃げ出すことができた……何て都合の良い展開には残念ながら発展しなかった。今のゲンの飛び蹴りで爪熊はキレてしまい、狩りを邪魔したゲンに殺意を抱く。

 

「ハジメ、無事かッ!? 妹の守護神、お兄ちゃんが今来たぜッ———ごふッ!?」

 

「ッ! お兄ちゃん!?」

 

爪熊の動きが見えなかった。先程ゲンを弄んだ蹴りウサギの速度とは比にならず、ゴオッ!! と風が唸る音が響くと同時に、強力な衝撃を発生させ、ゲンの身体を壁に叩きつけた。

肺の空気が衝撃でより抜け落ち、咳き込みながらゲンは壁をズルズルと滑り崩れ落ちる。トラックに轢かれてもピンピンしている兄が倒れたことに驚愕を隠せないハジメは、近くに爪熊がいるのにも関わらずゲンの元へ走った。

 

「え…………?」

 

ハジメは一瞬、ゲンの姿を見て理解できずにいた。

 

——待って、これは何?

 

——何が起こっているの?

 

——どうして地面が真っ赤に染まってるの?

 

——どうして、(ゲン)が目の前で倒れているの?

 

ゲンは出血多量を起こしていた。その血が流失している箇所がゲンの左腕。正確には——()()()()()()()()

 

「嘘ッ……嘘でしょッ? だって、お兄ちゃんが、こんな簡単にッ………!」

 

頭や心が、理解するのを拒んでいるのだろう。どんなに殴っても罵っても頑丈な(ゲン)が為す術もなく、虫の息になって血を噴き出しているなんて。

だが、そんな現実逃避を覚ませるかのように、吐き気を催される咀嚼音がハジメの耳を打つ。

爪熊は“地面に落ちた肉塊”をグチャグチャと咀嚼している。

ハジメは、爪熊が咀嚼していた“それ”に見覚えがあった。

爪熊の口からはみ出ていたのは…………ゲンの左腕だった。

 

 

 

「あ……ぁ…………いやぁああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

 

目の前で起こっている事象はハジメの許容量を既に超えていた。

喉が張り裂けそうになる絶望と恐怖に満ちた絶叫が洞窟内に木霊する。

ゲンの左腕は肘から先が、刀で斬られたように綺麗に切断されていた。

 

『グルゥウ……!!』

 

ゲンの腕を咀嚼し終えた爪熊がズシンズシンと足音を立てながら歩み寄る。その目にはゲンやハジメを見下す様子はなく、ただの食料として認識している目だ。

 

「ひッ!? れ、“錬成ぇ”ーーーー!!」

 

食い殺される恐怖と兄を失ってしまう絶望で涙や鼻水や涎で顔を体液塗れにしながら、ハジメは右手を背後の壁に押し当て錬成を行う。必死のあまり無意識の行為だった。

無能と蔑まれ魔法の適性も身体能力も低いハジメの唯一の能力。通常は武器や防具を加工するためだけの魔法であり、その天職を得た者は鍛治師に就く。しかし異世界人ならではの発想で騎士団員ですら驚愕させる使用法を独自に考え、クラスメイトを助けることもできた力。

決して役立たずではないからこそ、死の淵でハジメは無意識に頼った。

ハジメの掌から発光した直後、背後の壁に小さな穴が空いた。

そうは問屋が卸さないと言いたそうに爪熊は二人に迫る。

 

「ぁ……………こんの、熊公がッ……!」

 

辛うじて意識があったゲンは、血を流してない右眼で爪熊の顔を捉え、兄の底力を振り絞って爪熊の顔に蹴りを喰らわす。直後、爪熊の鼻先からベキョッ! と骨折した音が鳴り響く。

 

『グゥル!? グァアアッーー!!?』

 

ゲンの全力が込められた足蹴りは爪熊の鼻を圧し折って爪熊を怯ませる。追い詰められた弱者の手痛い反撃を受け、折れた鼻の穴から大量の血を噴き出しながら爪熊は鼻を押さえて固有魔法の爪で周囲の岩や壁の一部を粉々に切り刻んで暴れ出す。

その隙にハジメは力尽きて横になった血塗れのゲンを引っ張り、穴の中へ体を潜り込ませた。

 

『グゥルアアアア!!』

 

鼻を折られたことに怒りをあらわにする爪熊。咆哮を上げながら、ハジメが潜り込んだ穴からはみ出ていたゲンの右足に齧り付く。

ゲンの右足からベギッ! と骨と肉が重なる嫌な音が鳴り続き、足を咥えたままゲンの体を引き摺り出そうとする。

 

「嫌ぁああああッーーー!? “錬成”! “錬成”! “錬成ぇ”!! ………お願いだからッ、お兄ちゃんを離してぇ! お兄ちゃんが死んじゃう! 離してよぉッ!!」

 

幼児のように泣き出し、パニックになりながら少しでも爪熊から離れようと錬成を続け、必死になってゲンの体を引っ張った。

祈りが通じたのか、爪熊はゲンを離してくれた。しかし、代償として右足の足首から先を失ってしまうゲン。爪熊の口内は食い千切ったゲンの右足を咀嚼して血塗れになっている。

もうハジメは後ろを振り向かなかった。ゲンの体を引っ張り続け、がむしゃらに錬成を行い、奥へ奥へと進んでいく。

途中、背後から凄まじい破壊音と壁がガリガリと削られていく音が響く度に、ハジメは錬成を素早く行った。

そうやって、どれくらい進んだか。

感覚が狂って恐ろしい音が聞こえなかったが、しかしそれほど進んでいないだろう。一度の錬成の効果は二メートル位であるし、何より手と足を片方ずつ失った兄を引っ張っていたんだ。そう長く続けるものではない。

少しばかり落ち着き、ほふく前進の要領でゲンの顔に近づく。

 

「お兄ちゃん! 起きて! 目を開けてよ、お兄ちゃん!!」

 

ハジメの涙ながらの呼びかけに、ゲンは片目を開かせながら口を開く。

 

「………おぉ、ハジメ……こんな風に錬成を使えるようになって、お兄ちゃんは嬉しい、ぞぉ……」

 

まるでうわ言のように、羽虫のような弱々しい声を振り絞っている。

医療の知識が全くないハジメでも理解できる、出血多量で死にかけているのだ。

 

「ちょっと……無理しすぎた………か…も…………」

 

「お兄ちゃん、ダメッ! 目を覚ましてよ!!」

 

そう呟いた後、ゲンは再び目蓋を閉じて力尽きた。

信じられない目をしながら、ハジメはゲンに呼びかけ続ける。

 

「……ねぇ、今日だけは何を要求しても良いよ? 私にメイド服を着させて写真を撮っても良いよ、恋人みたいに食べさせ合いっこを要求しても怒らないから。私にセクハラ行為しても、もう”大嫌い“なんて言わないからッ……いつもみたいに騒がしく笑ってよ。いつもみたいに私に変態行為をやってよ……ねえってば!!」

 

恥ずかしさなんて今は要らない。それでまた、あの騒がしい気持ちを楽にしてくれる声が聞けるのなら、乙女の恥なんて捨てても良かった。

錬成のやり過ぎでハジメ自身も魔力が枯渇しかけ、意識が朦朧としながらも意識を繋ぎ留めながらゲンの体を覆うように抱きつく。

緑光石もない真っ暗な空間に慣れ、右目蓋の傷から血が溢れ止まらないゲンの素顔が見え出す。

いつの間にかハジメは昔のことを思い出していた。走馬灯に似ているのかもしれない。保育園時代から小学生、中学生に上がり、そして高校時代。

いつも(ゲン)自分(ハジメ)絡みのウザい行為をし、しょっちゅう奇行を繰り広げていた。それでも今のハジメには……ゲンとの思い出、全部が輝いているように見える。

 

「お願いッ……私を………独りにしないでよぉ…………お兄ちゃん」

 

呼びかけに答えてくれず目を閉じたゲンの胸に蹲り、ハジメの意識が哀しみと共に闇に呑まれていく。意識が完全に落ちる寸前、ぴたっぴたっ、と頬に水滴を感じた。

それはまるで、涙を流すハジメに同情してくれたかのような、誰かの涙のようだった……




……後にこの蹴りウサギが、今後ゲン達に関わっていくことを、まだ誰も知らない。(多分……その予定デス)


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10.魔・王・産・声!!

お久し振りです!!
やっと時間が作れた〜〜〜!! 遅くなってすいません!

いよいよハジメちゃん豹変の回です。
ガチのシリアスしかないので、ギャグしか受け付けないという方は読み飛ばしても構いません。

それではどうぞ!!


ピチョン……ピチョン………

水滴が頬に当たり、口内に流れ込む感触にハジメの意識が徐々に覚醒していった。

 

(……生き、てる……? 助かった…の……?)

 

不思議に思いながらゆっくりと目を開くと、すぐ眼前に両目を閉じているゲンがいた。それはもう、ゲンとハジメの唇が触れそうな程の至近距離だ。

 

「ひゃ————みぎゃッ!?」

 

あまりに吃驚し体を起こそうとするが、ゴツッ! と低い天井に後頭部をぶつけてしまう。

自分の作った穴は縦幅が六十センチぐらいしかなかったことを今更ながら思い出し、錬成して窮屈な穴を広げようと天井に手を伸ばそうと背筋を少し伸ばした。

 

「ッ、お兄ちゃんッ! ………あれ? どうして傷が……?」

 

視界に入るゲンの腕が一本しかないことに気がつき動揺するが、肘から先がない左腕の切断された断面の肉が盛り上がって傷が塞がってることに気がつく。

もしやと思い、耳をゲンの胸に当ててみる。微かだが、苦しそうな呼吸をしていたが……間違いなくゲンは生きている。

 

「……お兄ちゃん………良かったッ……」

 

ゲンが死んでいないことはとても嬉しかったが、その原因が分からない。ハジメも自分の肌に触れると、この奈落の底に落ちて受けた傷がなくなってることに呆然とする。

暗闇で見えないが、この場に明かりがあれば二人の周囲が血の海に染まっていることが分かるだろう。周囲を探るとヌルヌルとした血の感触が返ってくることから、大量出血して気絶してからそれほど時間が経っていないようだ。

にも関わらず、ハジメやゲンの傷が塞がってることに疑問を感じていると、ハジメの頬や口元にピチョンと水滴が落ちてきた。

 

「もしかして……この水のお陰で……?」

 

口に入った瞬間、ハジメの体に少し活力が戻ったのを感じた。

 

「待っててね、お兄ちゃん……すぐ戻るから」

 

苦しそうに呼吸するゲンに配慮しながら、ハジメは両手を水滴が流れる方へ突き出し錬成を行う。

不思議なことに岩の間から滲み出る水を飲むと魔力も回復するようで、いくら錬成しても魔力が尽きないので奥へ進んで行った。

奥へ奥へ錬成を繰り返すと、やがて水源に辿り着く。

 

「これ……は………」

 

ハジメは一瞬、見惚れてしまった。

そこにはバスケットボールぐらい大きな青白く発光する、神秘的で美しい鉱石が鎮座していた。周りの石壁に同化しているように埋まっており下方へ水滴を滴らせている。

徐にその石に触れた途端、体内の鈍痛や(もや)がかかったようだった頭がクリアになり、倦怠感も治まっていく。自分達が生き残れたのはこの石から流れる液体が原因らしい。

その石は【神結晶】と呼ばれる歴史において最も伝説とされる鉱物であり、その鉱石から流れる液体を【神水】と呼ばれる。飲んだ者はどんな怪我も病も治るとされ、飲み続ける限り寿命も尽きないと言われてることから不死の霊薬とも言われていた。

 

「あッ、そうだ! ……これならお兄ちゃんを……!」

 

ハジメは錬成で神結晶を残さず岩盤から取り外してゲンの元に戻る。

その鉱石から出る発光でゲンの全貌があらわになり、言葉を失った。

右の目蓋には魔物に傷付けられた痛々しい三本の傷が走っている。更に悪いことに右足を爪熊に食い千切られたらしく、足首には削られたような荒々しい断面が肉で盛り上がっている。

幸いな点が生きていることだ。ゲンが持つ底知れない生命力の強さによる所以か、普通の人なら絶対に助からない傷を受けているにも関わらず絶命していない。

しかし、このまま飲ませずに放置すればゲンと言えど死に至るだろう。かと言って、意識もないのに飲むこともできなかった。

 

「お願いッ、死なないで……お兄ちゃんッ………!」

 

なり振り構ってられない。もうどうにでもなれっ! とハジメは恥じらいを捨て去った。

鉱石から滴る神水を指で拭って口に含むと、何の躊躇もなくゲンの唇に押し当て、口内に舌を侵入させて強引に飲ませる。所謂……口付けだ。人生初の。

コクコクと、ハジメの唾液ごと飲んでいく音が聞こえ、ゲンの呼吸が穏やかになっていく。

 

「お兄ちゃん……良かった………」

 

ゲンから口を離し、二人の間に銀色の糸が引かれるのに気づかず、ハジメは安堵の息を漏らした。ようやく生き残れたという事実を再確認でき、ズルズルと壁にもたれ掛かってへたり込んだ。

爪熊はもういないようだが、ハジメは外に脱出しようという気力が湧かない。

敵意や悪意なら再び立ち上がれるかもしれない、また立ち向かえたかもしれない。だが、あの爪熊の目はハジメの精神にトラウマを負わせた。自分達を餌としか認識していない捕食者の目。

それだけならまだしも、頼りっきりだった(ゲン)を死なせかけたことに、ハジメの心は完全に折れてしまった。

 

(誰か……助けて………)

 

奈落の底、ハジメの悲痛な言葉は誰にも届かない……

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

どれくらい、そこに留まっていただろうか。

現在ハジメは横倒しになり、昏睡状態のゲンを抱き枕のように抱き締めながら身を縮め、胎児のように丸まっていた。

その間、ハジメはほとんど動かず、滴り落ちる神水のみを口にして生きながらえていた。しかし空腹感まで満たしてくれず、死なないだけで壮絶な飢餓感に苦しんでいた。

一方、ゲンはあれから一向に目を覚ましていない。それでも飢餓感、手足を片方ずつ失った幻肢痛を感じているのか、時折ゲンは(うな)されるように苦しむ様子があった。その度にハジメは口移しで神水を飲ませ、ゲンを落ち着かせてきた。

 

(どうして、こんな目に……?)

 

ここ数日間、その疑問ばかりがハジメの頭を過った。

空腹でロクに眠れず、神水を飲む度に頭がクリアになるため、より鮮明に苦痛を感じてしまう。何度も何度も、意識を失うように眠りに落ちては飢餓感に目を覚まし、苦痛から逃れるため神水を再び口に含み……何度も苦痛と覚醒を繰り返してきた。

 

(もう私達、死ぬのかな……でも、こんな苦痛が続くなら……いっそのこと………)

 

いつの間にか、ハジメは神水を飲むのを控えるようになった。それでも、ゲンには一定の間隔で飲ませ続けている。それを考えると自分だけ死ねない。楽になるわけにはいかない。

 

「……お兄、ちゃん……覚えてる……?」

 

気分転換をしたかったのか、ハジメは深い眠りについているゲンに話しかけた。

昔のことだ。

幼少期の頃から自分達は血の繋がった兄妹じゃない、と両親から説明されていた。特に何の前触れもなく。

その話を聞き、確かに全く似ていないと納得したハジメ。顔も性格も全然違うから。

自慢じゃないが昔、義兄(ゲン)は幼稚園内で男女問わずモテていた。それこそ、クラスメイトの勇者である光輝に負けないくらい。対照的に内気だったハジメは男女問わず嫌われ、友達の輪に入れずにいた毎日だった。

……それが原因でハジメは虐められるようになった。

 

「お兄ちゃん……私、知っているよ? お兄ちゃんがいつも皆に怒鳴り散らしていた理由……私を虐めから、守るためだったんだよね……?」

 

それから数日も経たないうちに、慕っていた友達、媚を売っていた女の子も全員、掌を返して腫れ物扱いをするようにゲンから離れていった。

 

「……私が弱かったから、虐められて、良いように玩具にされていたからッ………私のせい、なんでしょ? 全部、全部ッ……!!!」

 

その時、ハジメは思い出してしまった。

召喚された際、愛子先生が反対する中、ゲンはクラスメイトや国に敵意を受けながらも、最初から魔族と戦うことに反発していた。彼はこうなることを予測していたのだろうか。なのにハジメが「やる」と言ってしまったため、ゲンはハジメを守るという名目で引き受けた。

ゲン一人ならベヒモスの攻防で崩れる石橋を渡り切り、無事に逃げることができた。なのにハジメが火球を受けて逃げ遅れたため、ゲンを巻き込んで奈落の底へ落ちてしまった。

爪熊に遭遇して、ハジメを庇うため……ゲンは死にかけている。

全部、全部、全部……(ハジメ)のせいだ。

不安から生まれた罪悪感や後悔に押し潰されそうになり、飢餓感や激痛がなくても気が狂いそうになる。

 

(どうして私が……いや、どうして私を守ってくれたお兄ちゃんが、こんなにも苦しまなくちゃならない………)

 

沸々と、何か暗く澱んだものが湧き上がってきた。

 

(どうして、こんな目に遭ったの……?)

 

それはヘドロのようにへばり付き、

 

(神は、理不尽に私達を誘拐した……)

 

恐怖と苦痛と悲嘆でひび割れた心の隙間に入り込み、

 

(クラスメイトは、私達を裏切った……)

 

少しずつ、

 

(アイツは私を喰おうとして、お兄ちゃんを喰った……)

 

少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、少しずつ、

 

(私は……お兄ちゃんを……死なせかけた……)

 

……ハジメの心の奥深くを侵食していった。

次第に思考が黒く染まっていき、ゆっくりとハジメの中の美しかったものが汚れていく。

無意識に敵を探し求める。激しい飢餓感と薄暗い密室空間、そしてゲンの惨状がハジメの精神を蝕む。暗い感情を増幅させていく。

憤怒と憎悪に心を染めはしない。する意味もないしメリットもない。ゲンと共に生き残るためには、余計な感情など削ぎ落としていかなくてはならない。

 

(私は何を望んでいる?)

(私達の“生”を望んでいる)

 

(それを邪魔するのは誰?)

(邪魔するのは全て“敵”)

 

(“敵”って何?)

(私の邪魔するもの、理不尽を強いる全てよ)

 

(なら、私は何をすべき?)

 

(私は、お兄ちゃんを……()()を……)

 

ハジメの心から憤怒も憎悪も消え失せた。傲慢な神の理不尽さも、クラスメイトの裏切りも、魔物達の敵意も……自分達を守ると言った少女達の笑顔も……兄を救えない自分の無能さも……全てがどうでも良い。

兄と生還を果たすため、これから自分が兄の笑顔を守るため、余計なものなど切り捨てる。

 

(私の敵を、私達の敵を、兄貴(ゲン)の敵を……殺す)

 

ハジメの意思は一つに集約される。

研ぎ澄まされた刃のように、鋭く強く妖しく、使い手すら斬り殺す妖刀のように。

 

(慈悲なんて与えない。優しさなんて要らない……殺す)

 

それは……悪意も憎しみもない、単純な感情。

生存本能が呼び覚まし、生きるために必要だと、純粋な殺意。

 

(殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)

 

そして、またの名を………“愛”。

愛おしい兄を死なせないためなら、如何なる手段も取る、美しい感情。

 

「私の敵なら、兄貴の敵なら——殺して喰らってやる」

 

この瞬間、誰よりも知っている内気な少女の人格が、完膚なきまでに消えた。

砕け散った心が一つとなり、闇と絶望、苦痛と本能、愛と乱心で鍛え直され新しい強靭な心となる。

未だ眠りに就いているゲンを安静にし、ハジメは弱り切った体を無理に動かせ、神水を直接口につけて啜った。

 

「神水ばっかりで腹が空いた。まず第一の目標は………復讐(リベンジ)からよ、害獣共」

 

これが後に、“魔王誕生”と、誰もが唱える瞬間となる。




作者からのコメントを一言……ハジメちゃん尊ィイイイイイ!! しかもファースト・キッスを捧げちゃったァアアアアアアアアアッ!! アァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?(←近所迷惑)
豹変っていうか、本性が露わになった感じだよね? ブラコンの素質は元からあっ……(ここから先は血で染まり読めない)

……イテテ。シヌカト、オモッタ
前々から本文にちょっとあったので分かってる方もいると思いますが、ハジメとゲンは血の繋がっていない兄妹です。あ、両親とハジメはちゃんと血が繋がってます。
幼少期の説明に関しては後々、本文で明らかにさせようと考えています。今のところ……


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11.少・女・激・変!!

半年近くも更新が遅れてしまい、本当にすまないと思っている。(イケボ風)

……いや、ほんとにごめんなさい。執筆が遅いくせに現実が忙しくて時間が得られなかった結果です。
カッコつけて謝罪したことも含めて申し訳ありません。
(カッコつけたセリフを言った時、家族から心配そうな視線を頂戴しました。ハズカシイッス)

前回から引き続き、今回もハジメちゃんメインの回です。最後辺りで主人公が登場します。
暇潰し程度でも楽しんでくれたら幸いです。それでは、どうぞ!!


暗闇に身を潜めつつ周囲を警戒しながら絶好の狩場を捜索する魔物の群れがいた。単体では最弱に当たるため群れで行動する二尾狼だ。

絶好の場を見つけ出すと、近くの岩場に隠れて赤い両眼を輝かせながら、これから訪れるだろう獲物に舌舐りする。

 

『——グルゥア!?』

 

しかし、唐突に奇襲される。二尾狼達の足場が粘土のように凹み、地面に溶けるかのように発生した壁が覆い被りながら地中に引きずり込んでいく。

足が固定され身動きとれない二尾狼は何の対応も取れず地面に引き込まれるしかない。やがて最後には、元の平らな地面しか残らなかった。

 

「これで全部?」

 

入れ替わるかのように壁が溶けるように穴が開き、中から少女が出てきた。

言わずもがな、ハジメである。しかしクラスメイトや家族がいつも目にしていたオドオドした雰囲気はない。この階層で最強である魔物よりも重圧かつ純粋な殺意が彼女の周囲を漂う。通りすがった下級モンスターは颯爽と逃げ出し、生き埋め状態にされた二尾狼の群れですらハジメの瘴気に当てられて恐れ慄いているほどだ。

飢餓感や恐怖を全て捩じ伏せ、神水を飲むことで魔力を回復させ続け、同時に内に潜む殺意を増長させ続けていた。

———全ては自分達の、兄の敵となるものを全て駆逐するため。

 

「さて、と……まだ生きてる? まぁ、あれしきの錬成で仕留められるなんて微塵も思ってないけど」

 

そこから先のことは簡単だった。地中でまだ死なずにいる二尾狼に向けて錬成したドリル状の石器を巻きつけた槍で突き刺していく。地中で動きを制限されたことで身を捩ることもできない二尾狼達は泣き言のように弱々しい遠吠えを上げる。

地中で響く泣き言の声を聞いた瞬間、ハジメの殺意の念が深まった。

 

「痛い? 当然でしょ? 麻酔なしで刺突されているんだから……でも、兄貴はこれくらいじゃあ悲鳴なんて上げなかったけど?」

 

『グルァアアアアアアッー!?』

 

体重を掛けてもっと苦痛を与える。

 

「兄貴の眼に傷を負わせといて、いざ自分達が痛い思いを知れば泣き叫ぶの……甘えんじゃねえよ、薄汚いクソ野獣共!! 兄貴はこれぐらいのことで助けなんか求めないのに! 兄貴が受けた苦痛を倍にして返してやるから、簡単に死ねるなんて思うなよ!?」

 

ドスドスッ! と刺し抜きを繰り返して、必要以上に二尾狼に致命傷を与え続ける。体内の組織器官をズタボロに貫かれた二尾狼達は、ハジメの手によって確実に絶命されていく。

 

「ハァ、ハァッ……あ、食料を探しているんだった。兄貴にも食わせなきゃいけないのに怒りに任せ過ぎでしょ私?」

 

いつもバカと呼んでいるゲンに大きな態度が取れないと自虐するハジメ。待ちに待った食料だと我慢が利かず、その場で二尾狼達を掘り起こし始める。

 

「ぐぅうッ、あぁもうマッズイ! どうなっていんのよ!」

 

二尾狼達の毛皮を引き剥がし終え、飢えを凌ぐ衝動に駆られ咀嚼し始める。

凄まじい獣臭と血の生臭さに涙目になりながら、硬い筋ばかりの肉を顎が外れるぐらい齧り付く。生ゴミを口にした方がまだマシなぐらい想像を絶する最悪な食事だった。

だが、そんなこと知ったことではないと言わんばかりに、腐敗臭が薫る土塗れの生肉を次々と噛み千切り飲み込んでいく。死肉を一心不乱に咀嚼する姿はハイエナにも似ていた。

どれくらいそうやっていたのか、神水を飲料水代わりに使用しながら腹を満たしていく。

 

「あ? ———あッ、ガァアアアアアアアアア!? か、身体がぁ! あぐァァっ!」

 

だが、ここで問題発生。

食料にされた二尾狼達の怨念を表すかのように、ハジメは体の内側から全身に渡って激しい痛みに襲われる。その痛みは時間が過ぎれば消えてくれるわけでもなく、時間が経過すればするほど激痛の幅は増すばかりだ。

 

「アァァッ、がぁああああああッ、グゥぅうううううう………!!」

 

気が狂いそうになる痛み、内側から“自分でない何か”が侵食していく錯覚。

震える手で懐から試験官型容器を取り出し、容器内を満たしている神水を飲み干す。神水の効果が発揮し痛みが引いていくが、それも束の間。数秒後にさっきよりも激しい痛みが再発する。

 

「な、何で治らッ、なおッ……がぁああああおおおああああッ!!?」

 

ハジメの体全体がドクンドクンッ! と脈打ち、節々からミシッ、ベキッ! という音が耳を打つ。

神水の絶大な治癒効果が仇となり、気絶することすらできない。否……気絶なんて絶対しない。

 

「グゥぅうううッ……ふざ、けるなぁあッ……こんな痛みィイ、兄貴が受けた苦しみに比べレばァァッ………ウざいッ、消えろキえろ消えろ消えロ消えろ消エろ消えろォオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーー!!!」

 

神水を飲み続けて全ての細胞が壊死するのを防ぎ、荒れ狂う激痛の嵐を強靭な精神力でねじ伏せる。激痛と壊死と修復を繰り返し、洞窟中にうめき声を響かせる。

兄貴を残してここで死ぬ? そんな面白味もない筋書きなんて蹴り飛ばしてやる。

この谷底地獄でゲンを独りにさせるわけにはいかない。体の一部が欠如してでも助けてくれた家族にそんな扱いをするなんて許さない。その想いを糧に、頭を何度も地面に打ち付けながら地獄を耐え抜く。

すると、ハジメの体に変化が現れた。

日本人特有の黒髪から色素が抜け落ち白く艶やかになっていく。次いで、骨格がゴリゴリと音を立てながら伸び出し、クラス女子の中では低かった身長が長くなる。更にBカップだった控えめの胸がDへと激化し、腰のくびれが細くなり臀部は大きくなっていき、女性でも羨むような抜群の体型へと変化していく。

筋繊維の一本一本が強靭な耐久力と重量を持つように変わり、全身の筋肉が極限にまで絞り込まれる。肌はシミ・汚れが一切ないほど淡い肌色に染まり、体の内側に薄っすらと赤黒い線が浮き始める。

過去、魔物の肉を食った者は例外なく体の内側からボロボロに砕けて死亡したと記録にある。魔物の魔力などの、変質した魔力は人間にとって致命的であり、人間の体内を、細胞を内側から破壊していくのだ。

しかし、神水と言う秘薬があったからこそ、ハジメは初の魔物の肉を食べても死ぬことのない人間となった。

魔物の肉と神水、嘗てない禁断の組み合わせがハジメの体を転生させた。脆弱な人間の身を捨て化生へと生まれ変わる生誕の儀式。

やがて、二尾狼達の怨念がかき消されたかのように、あれだけ猛攻していた痛みはパッタリと消えた。

ハジメの閉じられていた目が薄っすらと開かれる。焦点の定まらない両瞳は紅く染まり、緑光石なしでも爛々と紅い光を発している。

何度も拳を握ったり開いたりしながら、自分が生きていることを実感し、自分の意思で体を動かせることを確かめると、ゆっくりと起き上がった。

 

「そーいえば、魔物の肉って人体に毒なんだっけ。アホか私は………それにしても、どうなっているの? 何か妙な感覚だし」

 

そこにいたのは、どこにでもありふれた少女でもなければ、ただの人間や魔物ごときに泣かされるような儚げな少女でもなかった。

女神にも劣らない麗しい美貌を放ちながら、魔物すら慄かせる威風を放つその姿は“女魔王”という言葉が一番ピッタリだった。

 

「うわぁ、何この赤黒い線? 我ながら気持ち悪ッ。何か魔物にでもなった気分ね……全然、笑えないわよ。あ、そうだ、ステータスプレートは……」

 

すっかり存在を忘れていたステータスプレートを求めてポケットを探る。幸いなことに失くしていなかったようだ。

自分の体に起こった異変を調べるためにも確認を取ると……

 



 

南雲ハジメ 17歳 女 レベル:8

天職:錬成師

筋力:100

体力:300

耐性:100

敏捷:200

魔力:300

魔耐:300

技能:錬成・魔力操作・胃酸強化・纏雷(てんらい)・言語理解

 



 

「……いや、なんでやねん」

 

思わず関西弁のツッコミを入れるハジメ。ステータスが総じて急増しており、技能も三つに増えている。しかし、レベルは未だに8にしか到達していない。

 

「まさかコレ……魔物の肉を食ったせいで? その特性を手に入れたってこと?」

 

早速ハジメは“魔力操作”や“纏雷”とやらを試してみることに。

集中すると肌上に赤黒い線が薄っすら浮かび上がり、奇妙な感覚と思える魔力の移動が始まった。また、静電気をイメージすると両手の指先から紅い電気がバチバチッと弾ける。

「おぉ〜」と感心した声を口にしながら、その後も放電を繰り返す。二尾狼のように電気を飛ばすことはできないが、体の周囲に纏うか伝わせる程度ならできる。電圧や電流の量は練習次第だ。

“胃酸強化”は文字通りだ。試しに二尾狼から肉を剥ぎ取り口に入れてみるが、十秒……一分……十分……何も起こらない。これで飯を食う度に地獄を味わわなくて済むとハジメは喜んだ。

腹を満たしたハジメは、残った二尾狼の肉を切り分けて石製の容器にある程度入れ、一度本拠地へ戻ることにした。

仇敵とも言える爪熊に勝てる算段がついたのだ。それに、しばし新たな力の習熟に励む必要がある。

忘れていけないのが……あそこにゲンが待っているのだ。

 

「待っててね兄貴、絶対に兄貴を一人にさせないから。私が兄貴を守っていくから、私が兄貴のできないことをやるから、兄貴の邪魔者はモンスターでも人間でも殺すから……だから、どこにも行かないでよ、兄貴?」

 

きっと今頃、お腹を空かして心配している。まだ悪夢にうなされているだろうが、生きてさえいれば良い。

この姿を見られ畏怖されようとも、魔物を殺し喰ったなんて知られ侮蔑されようとも、生きてくれれば良い。

それだけで、良いのだ………

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

「そ、んなっ………!!?」

 

到着した矢先に、ハジメは信じられない、信じたくないものを目にした。魔物の肉を敷き詰めていた容器や神水を含んだ容器を手放してしまい、地面に転がり落ちる。

ハジメが本拠地とした隠れ洞穴の入り口は落石で埋め尽くされ、その周辺は鋭い爪で引っ掻かれたような爪痕がたくさんあり、地面は大量の赤い血で染まっていた。惨状から見て二尾狼、あるいは爪熊、もしかしたら他の魔物の仕業に違いない。

その場にゲンの姿は………どこにもなかった。

遺体すら発見できず、生きているのかさえ分からない。

両膝が崩れ落ち地面に着いたと同時に、ハジメの両目から透き通った涙がポロポロ流れ始める。まるで抜け殻のように、その場に佇んだままだった。

 

「………だ、れがッ………」

 

すると肩を震わせながら、風に消されそうなか細い声で呟く。二尾狼を仕留めた時に使用したドリル状の石器を握り締め、無意識に周囲を殺意の重圧で固めていく。

 

「……誰なんだッ……私からっ、兄貴を、私の全てを奪ったのは! 一体誰だァァッ!? どこのどいつがぁっ、私から兄貴を奪ったぁあああああああーーーーーー!!?」

 

谷底全体に、怨念とも言える絶叫が響き渡る。

当然そんな大絶叫、暗闇で身体が発達した魔物達が見逃さないわけない。だが、ハジメの声を耳にした魔物達は慌てて一斉に逃げ出した。ある魔物は恥を捨て小さな穴に逃げ込み、脅威が去ってくれるのを震えながら懇願する。不用意に近づけば自分達が殺られると、怯えながら本能が訴えていたのだ。

たった一つの希望を失った。へし折られてしまった。今のハジメはそう思えるほど冷静でいられなかった。

容器から溢れて地面に散らばった二尾狼の肉を見つけ、乱暴に掴むと握っていた石器で何度も突き刺す。十、二十回は超え、肉は穴だらけの薄っぺらい挽肉のように変わっていく。

しかし、ハジメの怒りは止まらない。

この程度では、ハジメの滞りなく湧き上がる憎しみを塗る潰すことなどできなかった。

すっかり使い物にならなくなった肉を放り棄て、辺りに物をぶつけて喚き散らす。今、自分のしていることは無意味だと分かっているが、そんなことを考える余裕もなかった。

 

「殺ず、殺じでやる!! 絶対に殺じでヤルっ!! 食料になんてしない、ただ苦しみを与え続げて死ぬ直前になったら回復させるのを繰り返して、最後に内臓をえぐって骨を引きずり出して八つ裂きにして殺じてやるっ!! ここにいる蛆虫や畜生共、勝手にこんな訳の分からない世界に連れて来たアイツら全員、地上にいる兄貴を見捨てた奴らも全員ぶっ殺してやる!!! 泣いて謝っても絶対に許さない殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス殺す殺す殺すッ!!! 兄貴を殺した世界を全部壊して、皆みんなミンナ殺して殺して殺して殺して———」

 

 

 

 

「———ハジメ?」

 

「ッ!!」

 

怒りと憎しみの海に溺れたハジメを掬い上げたのは、たった一声。

その声は、今最も彼女が聞きたかった男の声だ。

間違いない、兄貴だ。そう決め込み勢いよく振り向いた。

そこにいたのは———

 

 

 

 

「ハジメだろ? ちょっと髪色も変わってイメチェンしたのか? でも可愛いと思うぜ? その、アレだよな! やっぱり白髪紅眼の美少女キャラってイイね! ちょっと厨二臭いけど……って、さっきから動かないで、どうした? おいおい、どうして涙を!? まさか……お前を虐めた奴らがいたのかぁ!? おのれぇえええ!! 出てこい、俺が嬲り殺しにしてくれるわぁああああああーーーーー!!!」

 

「………兄、貴ッ…………?」

 

 

 

 

オレンジの複眼、至るところが機械のような部位、そして全体的に白を強調させる全身スーツを着た、ロケットと宇宙服を足して二で割ったような頭……よく分からん姿をしながらデリカシーの欠片もない発言ばかりしていた者がいた。

 

 

 

 

実はハジメが食料を探しに行った間、ゲンは目を覚まし洞穴から這い出たのだ。

ハジメが目を離したたった数時間、彼の身にとんでもない出来事が起こる。

しかし、それはまた次のお話で………

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、とんでもない出来事というのは…………俺の腕を喰った爪熊に遭遇して倒したら変な蹴りウサギに、変なベルトを渡されたという話です」

 

あ、それ言っちゃうんだ!?

次話を盛り上げようとしたのに、もう次回予告の意味とかないやん!!?




後書き(本当の)

最後の最後でいよいよフォーゼ・登・場!!
いやぁ……ようやく出せましたよ。フォーゼファンの皆様お待たせ!! でも『こんなのフォーゼじゃない!』という抗議は勘弁してください!!

主人公、お前今までどこで何していたんじゃゴラァ!? と思った方々は、次話までお待ちを。

P.S.『フォーゼ』の単語が出て来ませんでしたが、次話は必ず出します。


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12.絆・再・結・束!!

四ヶ月前の作者
「もう次回の下書きも終わったし、投稿なんて楽勝っしょぉ〜!」


現在の作者
「………調子に乗っていた、あの頃の自分を殴りたいッ……!!」

現実がマジで忙しくて執筆する時間が碌に取れませんでした。久しぶりに書いたから、誤字脱字がないか不安っす……
先に宣言します。今回、とても長いです(一万文字数超え)
なので余計に誤字脱字がないか心配です……

そんなこんなで不安要素しかないんですが、暇潰し程度でも良いので楽しんでいってください!

皆様お待たせしましたぁ! いよいよ主人公が、変・身・しまーす!! キョウミネー
それから、ちょっぴり感動(?)シーンもあるよ♪ ホントカナー


———◇———

 

 

 

 

……世界中から敬われ絶大な信仰心を持つ神。

 

 

……その神に仇なす者は“愚者”、“異端児”、“叛逆者”と呼ばれてきた。

 

 

『———俺は世界中の(エヒト)の敵と、親友(ダチ)になる男だ!!!』

 

 

……ある信者は此の者を“史上最悪の悪魔”と忌み嫌い、

 

 

『うぉおおおおおおおおおおおッ!!! 宇宙、来たーーーーーーーーーーー!!!!』

 

 

……神に反旗を翻す同胞達は彼を“偉大な蛮勇”と称え、

 

 

『タイマン、晴らしてもらうぜぇええええええーーーーーーーー!!!!』

 

 

……その者は、銀河に騒動をまき散らす隕石の如く天から舞い降り、堂々と神に喧嘩を売った。

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお———ッぐは!? イテテテ……あ、夢か」

 

夢から醒めたと同時に勢いよく体を反り起こした結果、狭い洞穴内で額をぶつけてしまいハッキリ目覚めたゲン。

ヒーローアニメのオープニングに如何にもありそうな夢だと思いながら目を開けようとするが、片方の目が目脂(メヤニ)で塞がれたようにピッタリと貼り付き、目蓋を開けることができなかった。

無理に動かそうとすると三本の傷による瘡蓋から血が噴き出すかもしれない。

 

「あ〜、もしかして瘡蓋(かさぶた)になっているのか? 下手すりゃあ一生片目生活かもな……まぁ、命があっただけマシだと思うか。それよりも——ハジメがいない!!?」

 

穴から這い出るなりゲンは「ハジメ!」と声を荒げる。少しすれば経てば戻ってくるかもしれない、なんてことは考えない。

そこら辺にあった長い岩を拾い上げると、松葉杖代わりに歩き出す。左足も足首から先がないため断面の肉がゴツゴツした石の地面に擦り、なかなか歩き辛い。

それでもハジメを探さないという選択肢をせず、必死そうに歩きながら辺りを見渡しまくる。

 

「うわぁあああああああああ!!? またもやハジメたんと逸れたなんて、うわぁああああああああああああ!! 寂しいぃよおおおああああああああああああああああ!!! ハジメやーーーい! 我が愛しき妹は何処へ———」

 

そんな彼が最初に目にしたのは………

 

 

 

 

『キュ? (訳:ん?)』

 

「ん? あ…………」

 

 

 

 

……どこかで、見覚えのある蹴りウサギだった。と言うか間違いなく、あの蹴り兎詐欺だ。

まるで元恋人同士がそれぞれ今の恋人を連れ偶然に再会したような気不味い空気が流れ始め、暫し硬直し合う一人と一匹。

やがて………

 

『キュキュ、キュウッ!!!

(訳:脱兎の如く、逃げるッ!!!)』

 

「畜生もの凄く残念だ愛妹ハジメじゃなかったけど早速見つけた待ちやがれド腐れウサ公がぁああああああああああああッーーーーーーー!!!」

 

文字通り逃げ出す蹴りウサギと、松葉杖代わりの岩を放り捨て鬼の形相を浮かべて追いかけ回すゲン。片腕片足でどうやって陸上ランナー並みの脚力を出せるのか不明だが、気力と根性による賜物ということにしておこう。

ゲンが走り去った後、その穴からゲンが流した血の臭いが充満し、二尾狼など鼻が利く血に飢えた魔物達を呼び覚ます。二尾狼を筆頭に、血の臭いが漂う穴に爪や牙を突っ込むと壁を削り始める。その先にある食料らしきものを探し当てる目的だ。

 

『グルルルルルルッッ……!!』

 

『グォ!? ギャンッ!?』

 

だが、それが二尾狼達にとって命取りとも言えた。

血の臭いに酔いしれ気付かぬうちに背後から最上の魔物、爪熊が迫ってきたからだ。しかも間の悪いことに、何処かの誰かに骨ごと鼻を蹴り折られた爪熊はこれ以上にない憤怒を露わにし、眼に映るものを手当たり次第に殴り、斬り刻み、殺してきた。

八つ当たりされた二尾狼達の群れは粉々にされ、骨も残らぬ死骸と成り果て、その場を残酷な血の惨状(アート)に変えた。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

穴から血に混じって人間とウサギの足跡があることに爪熊は気付き、嗅いだ覚えのある臭いを辿って二本足で歩き出す。明確な怒りと殺意を胸に抱きながら。

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおお! お前には狼共を押し付けられた恨みがあるんだ、絶対ぇ逃さねえぞ!! そのウサミミをプロペラみたいに回して空中へ逃げようとしても無駄だからなーーーーー!?」

 

『キュー!? キュキィウウイ、キュイーー!! キューキュ! キュキュキーイキュキュ!?

(訳:ええッ!? ボクがそんなことできると思っていたの、恐ッこの人!! つーか“ぷろぺら”って何?! 人間界で流行っているアクセサリー!? 人間の世界超恐ええええええええええッ!!)』

 

この世界における人間界の名誉のために言っておこう、そんなものは断じて存在しない。少なくとも、この世界に人々を恐怖に陥れるプロペラなんてない………はず。

追いかけ回し、洞穴に刷り込まれ、地面ごと穴を崩落させ掘り起こし、時には見失いかけ、魔物特有の紅い眼ですぐ見破り……悪戦苦闘すること約三十分。

スライディングをしながら伸ばされたゲンの右腕は、地面をひたすら跳ねて逃げ回る蹴りウサギの胴体をようやく捕らえる。

 

「よっしゃ捕まえた!! さぁ、どう料理してくれようか糞兎ィ!?」

 

『キュキュ、キュキュウキュィッ!? キュキュキュ! キュ……キュキュキュ! キューキュキュキュゥウウウウウウ!!

(訳:ちょちょちょ、待ちたまえキミィッ!? お互いに無事だったのだから結果良ければ全て良しとしようじゃないか! あの……ホントすいませんでした! 舎弟にも奴隷にも何にでもなりますから、どうか命だけはぁああああああああ!!)』

 

「よーし、決まったぞ! お前に下す罰は、お前をウサギと認定させる唯一チャームポイントのウサミミを引き千切って顔を丸くさせる刑だ!! ド○えもんのように白っぽい小汚い狸と永遠に間違われるが良いさァ!! ひゃーひゃっひゃっひゃっひゃーーーー!!」

 

『キューーーーーー、キュキュ〜!! キュィイキュイ! ッキュキュキュきゅうキュキュウキュウ!! キュキュんキュキュウ!?

(訳:イヤァアアアアアアア、ボクのラブリーポイントが消えちゃう〜!! ボクのアイデンティティがマイナスになっちゃうよ!! それだけはご勘弁を! って言うかどんな罰だよオイ!! ドラ○もんって誰!?)』

 

 

 

 

『グルゥウウウッ……!!』

 

 

 

 

「んげぇッ!? ………あれ? このパターン前にも味わったような」

 

『キュ、キュキュ……

(訳;あ、これがデジャヴ現象ってやつか……)』

 

少しは学習しろやバカ共が、と誰もが罵る状況だろう。

バカ騒ぎのせいで二人のやり取りが周囲に響き渡り、呆気なく魔物に発見されてしまう。その魔物は爪熊、よりにもよってゲンによって鼻をへし折られた、あの時に遭遇した爪熊本人と言う最悪の展開である。隠れ家である洞穴に戻るにしても遠すぎるため、辿り着く前に追いつかれて殺されるのは確実だった。

背水の陣に追い込まれたゲンは腹を括って勝負に出ようとする。

 

「仕方ねえ。お前は下がっていな、蹴りウサ男くん……奈落のクマさんや、再タイマンと洒落込もうぜ」

 

『キュ? キュキュキューキュキュ? キューキューキュ? キュキュー? キュキュ……

(訳:え、ボクが言うのも何だけど良いの? で、でも相手はボクみたいなウサちゃんや狼とは比べ物にならないよ? 本当にキミだけで大丈夫なの? 後、ボク一応(メス)なんだけど……)』

 

爪熊は明らかにゲンの命だけを狙っている故、すぐ傍にいる蹴りウサギに眼中になかった。いざとなれば自分だけ逃げられるという、蹴りウサギからすれば不幸中の幸い。

仲間を蹴落として自分だけが生き残り、生存競争を勝ち抜くやり方は何度もしているはずなのに……ゲンを置き去りにすることに、蹴りウサギは何故か躊躇してしまう。二尾狼の群れを押し付けたことに対する罪悪感かもしれない。

 

「要らねえって言っただろ? お前がいると邪魔になるだけだ。それに、俺は一度奴と対戦している。既にアイツの攻撃は既に見切っているから問題ない。足りない部分は勘と気力で乗り切れるさ! ………多分」

 

『キュウ!? キューーーーーーーー!!?

(訳:今“多分”って言った!? 最後の一言で全て台無しだーーーーーーーーー!!)』

 

『グオアアアアアアアアアッ!!』

 

蹴りウサギの悲鳴染みたツッコミが死闘開始の合図となった。爪熊は雄叫びを上げながら自慢の長さを調節できる鋭い爪を向け突進する。

蹴り兎詐欺ですら目で追うことができない速度で向かった爪の斬撃を、体を少し反らしただけでゲンは紙一重で躱した。

一瞬だけだが、爪熊と蹴りウサギは呆気に取られてしまう。

 

「へへん、同じ手は二度と喰らわないぜ。ヘイヘ〜イ、お尻ペンペーン!」

 

例え魔物相手でも一度見た攻撃手段は二度も通じないと言わんばかりに笑みを浮かべながらゲンは煽りまくり、当ててみろと余裕を見せて手招きする始末。

言語は理解できないが、明らかに挑発されたことを理解した爪熊。そこから先は怒り狂った爪熊の猛攻が始まる。

だが、ゲンから言わせれば、やはり知能は獣と言える雑な攻撃手段だった。一撃一撃は強力でまともに受ければミンチにされる威力を有している。爪熊の攻撃手段は素早い動きで相手を翻弄させ両手の長い爪で瞬時に切り刻む、というところだ。言い換えれば単調な攻撃で何の捻りもないとも言える。拳法家に負けない技や小柄ながら機敏な動きを備えた蹴りウサギの方が、ゲンにとっては遥かに手強い。長い爪の軌道が見えなくても、爪熊が次に狙う地点さえ分かれば避け続けば良い。

口では簡単に言えるこの攻撃手段は実際に真似しようと思っても並の人間はできない。それを容易くこなすゲンの喧嘩は元の世界で『色々ヤヴァいシスコン番長』と恐れられている所以の一つだ。

 

《Rocket》

 

避けるのも飽きたゲンは攻撃に移行する。爪熊の前で仁王立ちし、懐から取り出したスイッチを握り締める。

チャンスだ! と言わんばかりに爪熊は動きを止めたゲンに爪の斬撃を繰り出しにかかった。蹴りウサギですら目で追いつけない爪熊の瞬発な攻撃を、ゲンは目で追いながら喰われていない右腕でガードする。

爪熊は馬鹿の浅知恵だと何の疑いもせず、容易に腕を斬り落とされ体に大穴を開けて殺す光景を浮かべる。

腕に触れる直前——ガキンッ! と、爪が弾かれた。

何もなかったはず。爪熊が戸惑いながらゲンの腕を見ると、腕の表面に見えない何かの障壁に遮られ、手元で握っている物体が貫くことができない要因だと理解する。

 

「——そういやお前、ハジメを泣かせたな?」

 

ゲンが発した言葉が空気を振動させた瞬間、ブワリッ! と爪熊の背中に冷たい風が迸る。無意識に恐怖を感じ取った爪熊は後退りしてしまい、同時に初めて自分の中で生じた感情に戸惑う。

爪熊はこの階層における最強種、支配者と言っても過言でない。二尾狼や蹴りウサギは数多く生息するも爪熊だけはこの一頭しかいない。故にこの階層で爪熊は無敗であり、他の魔物は恐れ慄き自ら遭遇しようとしない。

だからこそ、目の前で信じられないことが起こった。

今、目の前に迫る“これ”は何だ? 己を前にして何故、背を向けない? ここの支配者である己が殺意を露わにしているのに、何故、己自身が恐怖に身を竦ませているのだ?

あの時だって、そこら辺で彷徨いていた(おんな)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは言え、一度は殺しかけたはずなのに。

 

「俺は家族の元に還すって、約束したんだよ。血の繋がってない俺を“息子”と引き取ってくれた両親のためにも俺は、ハジメを無事に送り届ける義務がある……それなのに、お前が俺を殺しかけたお陰でハジメたんに悪影響を与えてしまったら、どうしてくれるんだぁあああああああああ!!?」

 

『グォオオオオオオオッ!!?』

 

怒りを乗せた見えない障壁に覆われた拳に、手の骨格ごと自慢の長い爪を粉砕される爪熊。本能で素早く察知し、相手より素早く回避行動に移したはずなのに避けられない。拳が全く見えなかった、階層最強の名を嘲笑うかのように。

 

「お前のせいで、アホな俺のせいで、ハジメの心に深い傷を負わせるようなことになったら……俺は両親に顔向けできねぇじゃねーかぁああああーーーーー!!!」

 

『グルォオオオアアアアアアアアアッ!!?』

 

今度は見えない障壁の手刀(チョップ)が一方の肩に激突し、接着部を折られ脱臼してしまう。

手と肩で荒れ狂う激痛に悶え苦しみ、嫌でも爪熊は両手の爪を動かせなくなったと自覚する。

否! 爪が駄目ならば牙! 怪力! それで確実に殺してやる! と血気にかられ持ち前の大きな体格でゲンを押し潰そうとする。

 

「それでよぉ、ハジメがショックのあまり白髪に染まって目が充血したかのように紅くなって体型もスリムになってしまえば……可愛さが倍増してモテモテの女子になるじゃねえかーーーーーーーーーーーー!!!」

 

『グルルゥッッ!? グルァハァッ……!!』

 

妙に具体的!? という爪熊の意見(ツッコミ)を連れた悲鳴は保留にして……

迫ってきた爪熊に迎え打ち、ドゴォ! バゴォッ!! と凶悪な拳を何度も爪熊の体にゲンはぶち込む。鳩尾や内蔵付近に見えない拳がめり込んだ衝撃で全身を支える骨まで砕かれた爪熊は血反吐を漏らし、生まれて初めて地面に膝をついた。

ここでようやく爪熊は自分の認識が間違っていたと気付く。

目の前にいる男は敵だが、敵は敵でも初めて遭遇した()()だ。

己は“戦う”のではなく“逃げる”べきだった……そんな恥を晒すぐらいなら潔く死を選んだが。

 

「ふぅ、言いたいこと言ってスッキリした! ……まぁ、俺はお前に腕や足を喰われたことなんて、ちっとも気にしていないさ。どんなに体が辛くても生きていれば良いこともあると言うからな」

 

片手で爪熊の顔を掴み、頭上へ持ち上げる。自分の倍以上に大きい魔物を軽々と持ち上げる姿は、見た目に反して到底信じられない光景だ。

 

「だけどな、ハジメのことになれば話は変わる。お前はハジメを喰おうとしたから俺に鼻を折られ、その怒りを俺にぶつけて俺の手足を喰った……そして、お前は最後に俺の怒りを買った。可愛い妹を泣かせた、俺というお兄ちゃんの怒りを、な」

 

地面に叩きつけた。と同時に容赦なく———首をあられもない方向へ回した。

 

『グゲぇオ!? ゲ、ルぅウウウ…ル……ゥ………』

 

爪熊が最期に見たのは何もかも上下逆さまになった光景。

牙の隙間から血の泡を吐き出し、か細い唸り声を上げた爪熊は最期の瞬間までゲンから視線を逸らそうとせず真っ正面から向かう姿勢のまま絶命した。

腕や足を喰われた怪物を倒した爽快感はなかったが、生き物を殺してしまった虚しさも感じなかった。

もしかしたらゲンと爪熊は、互いに敬意を払っていたのかもしれない。この地獄とも言える奈落の底で、“生存”という権利を獲得するための激闘をすることに。

 

「お前も生きるためだったんだろう。悪気なんてなかった……でも悪いな。俺は約束したんだ、ハジメと一緒に家に帰るって」

 

改めて心と向き合い、ゲンは先へ進む決意を新たにする。

その一部始終を、ずっと後方で蹴りウサギは両眼を見開きながら観戦していた。

 

『キュ、キュ………ッ!?

(訳:す、すごいッ。あの爪熊を倒す人がいるなんてッ………ッ!?)』

 

信じられないと言う仕草をしている……と、何か乗り移ったように体がフラつき始める。

 

 

 

 

『———ここはよく頑張ったと、労いの言葉をかけるべきかな?』

 

 

 

 

「? だ、誰だ!」

 

性別不明の声が木霊した。

声の発生源はそう遠くない、すぐ近くだ。というか蹴りウサギからだった。

 

「って、またお前かよ、蹴りウサ公。人の言葉が話せるなら最初から話せば良いのに……んん? お前はさっきのウサ公じゃねえな?」

 

見た目は何も変換していない憎らしいほど可愛い姿だが、ウサギから発せられる雰囲気で察したゲン。

 

『警戒するのも無理はないだろう、だが落ち着いて聞いて欲しい。私は君の味方だ、南雲ゲンくん』

 

「どこの誰だって聞いているんだ! しかも何で俺の名前を知っている!? どうして——」

 

『君がステータスプレートを落としたから少し拝見させてもらっただけだ。人間の世界では身分を証明するのに大切なものなのだろう? 子供じゃないのだから失くさないように』

 

「あ……これはどうも、すいません」

 

いつの間にか失くしていた落とし物を返され、更には幼児みたいに注意されたゲンは勢いを失いヘコヘコ頭を下げる。客観的に見れば、男が小さなウサギに頭を下げている情けない絵面に映る。実際、拾ってくれたのは今現在乗っ取られている蹴り兎詐欺なのだが。

 

『まずは自己紹介から行こう。如何にも、私はこのウサギ魔物の体を借りて通話している。ここより離れたところに私がいるのだが、その私も世を忍ばすための仮の姿、分身体に過ぎない。そうだな……私のことは“サクヤさん”と呼んでくれ』

 

「えッ? その名前、何か意味が——」

 

『特にない。気にしないでくれたまえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……良いね?』

 

「あ、ハイ。スンマセン」

 

小さな図体から何か圧を感じたゲンは押し黙られてしまい、口に出そうだった質問を一気に喉の奥に押し込める。

 

『さて、用件に入るとしよう。この階層のボスである爪熊を倒した君に、改めて称賛の言葉を送ろう……よく頑張ったね』

 

「ど、どうも……?」

 

『褒美として君が望むものを授けよう。今、君が最も望むものは自身の情報ではないかね? 例えば、この迷宮から脱する手段。そして……数時間前に穴蔵から這い出た少女のことを』

 

「ッ! ハジメを知ってるのか!? それでハジメは無事なのか! いつ! どこに!? どうして!!?」

 

『少し落ち着きたまえ。ゆっくり答えよう……』

 

すると物腰の良さそうな蹴りウサギ——サクヤさんはゲンの出す質問に応えてくれる。名前の由来については無言の圧を掛けられ問われなかったので論外。

ハジメは単独で穴の外に出て魔物の肉を摂取したことで外見が豹変しているとのこと。

しかし無事でいることだけは確かだと聞き、ゲンは雄叫びを上げながら歓喜する。尚、その時『(ひと)が話しているのだから静かに聞きなさい』と即座に注意され「あ、サーセン」とヘコヘコ頭を下げるやり取りが何度かあったとか。

 

『しかし如何に魔物の力を得たとは言え、この谷底で過去何万人もの強者が命を落とした。生き延びるならまだしも、脱出するとなると君達だけでは心細いだろう……よってこの魔物ウサギの代弁をし、厄介な天敵を倒してくれた君に報酬として、私からこれを授けよう』

 

ウサギ特有の可愛らしい手(と言うか前足)で操作し始める。何もない空間に魔法陣みたいなものを浮かび上がらせると手(何度も言うが前足)を突っ込む。

国民的人気の何某猫型ロボットがポケットから便利道具を出すような仕草で、魔法陣から取り出した物体をゲンに手渡す。

 

「……………何すかコレ?」

 

渡されたものは錆びついた物体。両拳を足したぐらいの大きさ。四つのソケット差し込み口のような箇所があり、レバーのような部品が真横に突き刺さっているように装飾されている。一見ベルトにも見えなくないものだった。

 

『それ単体では何の価値も示さない。だが、そのバックルを腰に装着したまえ。ズボンのポケットにある“鍵”に加え、君が備えている卓越した勇気と気力があれば……君は神に喧嘩を売ることができる絶大な力を手にすることができるだろう』

 

「は、はぁ……そっすか……」

 

勇者気取りのクラスメイトと違い、絶大な力という類には興味を示さないゲンだが、貰えるものはキッチリ貰っておこうと手離そうとしない。

 

『その力は選ばれた者にしか扱うことができない、この世界を救う鍵なのだ。だから渡す前に、君に確認したい。その力を手に入れた時、君は世界を救うと約束を……』

 

 

 

 

「え? ヤだよメンド臭いし」

 

 

 

 

『うむ、そうか。では君に…………は?』

 

食い気味で断るゲンに大人っぽい雰囲気を出す蹴りウサギの中の人も戸惑いを隠せなかった。

 

「何で見ず知らずの魔物に変な物体を押し付けられた挙句、世界を救うと約束されなきゃいけないんだ? そのせいで俺達こんな死にかけた状態になったんだから、もう懲り懲りだしな」

 

『………』

 

否応なく、自分正直に直球(ストレート)な返答。子供じみた理由にサクヤさんも口を閉ざしてしまう。失望しているのか呆れているのか、ウサギ越しの表情じゃ分からない。

しかし、下手に嘘を吐いても、どのみち意味がないと考えたゲンはそのまま想いをぶつける。

 

「それにな、俺は世界を守ることに興味はない! 俺が守りたいものはハジメだ! ハジメを最初に、家族、友達……そんな身近な人を守りたいんだ! だって皆が生きていることが、俺にとってのかけがえのない世界だからな!!」

 

『………世界よりも家族、友を優先する、か。“彼”と同じ言葉を口にするのだな』

 

ウサギの顔だが、ゲンには穏やかに微笑んでいるように見えた。どうやら力を受け取るに値する人間かどうか試したようだが、問題なかったようだ。

 

『君の言う通りだ。見ず知らずの私が、今日会ったばかりの君に世界の命運を託すなど、勝手過ぎるな。では言い換えよう……無償で受け取ってくれ。そして君の好きなように使ってほしい。それは私にとって希望の象徴であり、君のような少年が使ってこそ価値が上がる』

 

サクヤさんに『腰に嵌めてみたまえ』と言われ、不良品ではないかと疑いながらも腰に当ててみる。

腰に物体が触れた瞬間、物体は内側から光を漏らし錆が剥がれ落ち、中からクリアパーツに輝くベルトが姿を現した。

ポケットから熱を感じ取り、手を突っ込んで取り出すと入れておいたオレンジ色のスイッチが共鳴を上げるように発光している。

 

「……よし、やってみるか!」

 

《Rocket》

 

四つの挿入口のうち一番の右端にスイッチを差し込むと音声が鳴り響いた。

好奇心旺盛な子供と同じ心境になったゲンは挿入口の手前にある赤いスイッチを次々とオンにする。

 

《3!》《2!》《1!》

 

「——変身!! ……って、口から勝手に?」

 

カウントダウンが鳴り終わると虚空からフラフープ状の機械が煙を上げながら現出し、ゲンの体は機械仕掛けの輪に包まれる。

 

「うぉおおおおおおっ! 何これ何だこれ!? 宇宙服っぽい!」

 

煙が晴れると、自分の体が白い全身スーツに包まれていると気づく。頭頂が尖ったロケットのような仮面(ヘルメット)に至るところの機械染みたスーツ。

左腕や右足の先が喰われて欠如しているというのに、生え変わったように四肢もちゃんとある。

 

「うぉおおおおおおおお! やったーー! 手が、足が、ちゃんとある! いやっふぅううううううう!! 宇宙来た来た来たーーー!!」

 

松葉杖なしでも走れることに加え特撮好きが夢に見た変身にゲンは興奮を隠しきれなかった。

 

『喜んでいるところ悪いが、その手足は模造品に過ぎず、その姿の時しか生えない』

 

「いやいや、これで十分っすよ! それにこの姿、よくよく見るとイカすデザインだぜ……これでハジメをメロメロにできるかな? いや、この姿がカッコ良すぎて逆に俺だと認識してくれないかも? いや、しかしこの姿をハジメに見せたいが……いやでも……ああ、ハジメたん! お兄ちゃんがカッコ良くなり過ぎたからと言って、そんな目しちゃダ・メ・だ・ぜ?」

 

『——(ひと)の話を最後まで黙って聞きなさい。いい加減、怒るよ?』

 

「あ、ハイ、スンマセン。黙ります」

 

ブツブツ自分の世界に突入したことで話が脱線したが、サクヤさんが無言の圧をかけたことでビビったゲンが正気に戻った末、正座をして話は元に戻る。

 

『んんっ! ……たった今から、君は——“フォーゼ”——二代目と名乗ってくれて構わない。君のように何処までも真っ直ぐな少年の手に渡れば、彼等もきっと喜ぶだろう』

 

「ふぉー、ぜ? ……その彼等って?」

 

『……会えば分かる。この迷宮の最下層に行くと良い、そこに君達が求める情報や手段があるはずだ』

 

「あ、ちょっとまだ聞きたいことがッ……!」

 

『私も時間が惜しイ、話は以上だ…後は君達ノ行動次第…生きルも死ヌも……運命ハ君達が切り開くノダ……少年少女ヨ、輝け……幸運ヲ……祈ッテ………ル…………』

 

意味深なことを最後まで言い終えると、充電が切れた電動人形のように首がカクンと下がる。

 

『キュー? キュキュー?? キュキュ!? キューキュー!?

(訳:あれー? ボクはさっき何を?? って、うわッ!? 熊がいなくなったと思ったら今度はイカみたいな怪人がいる!?)』

 

「あ、元のウサ公に戻った。俺だよ俺、誰がイカ怪人やねん」

 

正気に戻った蹴りウサギに経緯を説明するゲン。蹴りウサギは「何言ってんだ、この人?」と疑っていたが、目の前の変な格好を見せられたのでは信じるしかなかった。

 

『きゅ〜ん……キュキュ、キューキュキュー。きゅ〜♪

(訳:う〜ん……なんだか分からないけど、爪熊もいなくなったことだしボクは帰るよー。じゃ〜ね〜♪)』

 

「おお、達者でな〜」

 

爪熊という共通の敵がいなくなった今、二人(一人と一匹)が激突する理由など互いにない。それぞれ帰る場所があるのだ、それぞれの道を信じ健闘し合いながら己が道を進もう。

ゲンは晴れ晴れとした気分で手を振りながら蹴りウサギを見送る。

すれ違い、衝突、逃走、そして報復があったにせよ、共に苦難を乗り越えた友なのだ……………ん? 報復?

 

「………ああッ!? 色々あってすっかり忘れてたけど、あの糞ウサギにお仕置きするんだった!! っていうか、またしても逃げられたーーーーー!!?」

 

そう気づくも、既に蹴りウサ公はトンズラしていた。

後に蹴りウサ公はこう語る。

『キューキュキュキュぅ、きゅきゅーキュッッキュキュきゅう。

(訳:あの男はこの奈落である意味メッチャ危険生物だが、とてつもなくバカで助かりました)』と。

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

「………ということがあって、この姿のまま戻ってきたら今に至るというわけだ」

 

ゲンがこうなった経緯を最初から最後まで聞いたハジメだったが、途中から思考が追いつくことができなかった。

今のハジメでも苦戦するだろう爪熊をたった一人で倒したこと、付き添いの蹴りウサギに憑依した“サクヤさん”と名乗る謎の人物、最も謎に満ちている『フォーゼ』というシステムについて……など、いっぺんに説明されると常人なら理解に苦しむ膨大な情報量。しかし変わらずゲンのバカさ加減に呆れてしまいハジメはそれどころじゃなかった。

一通りのことを話し終えたゲンは、改めてハジメと感動の再会を果たそうと男泣きしながら駆け出す。

 

「とにかく、ハジメちゃんが無事で何よりだよぉおおおおおおお!! ハジメちゃーーーーーん!! 心細くて傷ついたお兄ちゃんの(ハート)を優しく包んで——」

 

「———近寄らないでッ!!」

 

悲鳴を上げるような声を張り上げて背を見せる。

その悲痛そうな様子に流石のゲンも「ハジ、メ……?」と戸惑い動きを止めた。

 

「……私はもう、以前の私じゃない……私は生きるために魔物を殺した! 魔物の肉を食った! 魔物の肉を食べて体も化け物染みた! 私はもう、あんたの知る南雲ハジメじゃないの!!」

 

改めて守りたい人の無事を確認して、急にハジメは怖くなった。

この男に、長年連れ添った家族に、この世界で唯一の味方に拒絶されるのが怖かった。割り切ろうとしても「妹じゃない」と否定されることが、とても怖い。

いっそのこと、最初から自分から拒絶すれば良いと考え出した。

 

「……ハジメ、俺はな——」

 

「もう私はあんたのこと“お兄ちゃん”なんて言わないから! もう昔の軟弱な私じゃないから!」

 

「ハジメ、俺の話を——」

 

「たった今から私が全部決める! もう、あんたみたいなトラブルを引き起こすだけの疫病神に任せられない! 兄貴なんて大っ嫌いだからっ!!」

 

「ハジメ、だから俺の——」

 

「で、でも、ちゃんと元の世界に戻れるよう私が何とかするから……! だから、もうあんたは……兄貴は何もしないで! 私なんかのために死にかけないでよ!! 私が、私が頑張れば良いだけだから——」

 

 

 

 

「ハジメ、俺の顔を見ろ」

 

 

 

名前を呼ばれただけなのに、何かを語りかけるように聞こえる。大丈夫だよ、と不安を解消させるように。

振り向くと変身を解いたゲンの姿があった。血はとっくに止まっているが、やはり片目の傷跡や片腕片足の欠如が痛々しい。

だが、それらを不幸なんて微塵も思ってないような晴れ晴れとした笑みを浮かべている。

 

「魔物を食ったから何だ? 体が変わったからどうした? 性格も変わったからって、それがどうした? ……根っこは変わってない。ハジメはハジメ、俺の可愛い自慢の妹さ」

 

ゲンは今のハジメを否定することは一切しない。並べられた言葉にハジメは困惑するだけだった。

 

「俺のことは“お兄ちゃん”でも“兄貴”でも、呼びたい方で呼んでくれ。この世界でハジメがしたいことがあるなら、俺は喜んで後押しするさ……でも、俺の前で無理だけはしないでくれよ。俺が悲しくなるから」

 

「あ……」

 

気づかされた。どんなに容姿が変わっても、どれほど人から軽蔑されることを犯しても、ゲンは“兄”として“妹”を肯定してくれる。変わらず可愛い妹と言ってくれるのだ。

抱き着く衝動に駆られるハジメだったが、ゲンの方が限界だったらしく我慢が効かなくなって一直線に走った。

眼前まで迫ると抱き締められ、ハジメの顔はゲンの胸に押し付けられる。宝物を手放さないように、ゲンは優しくハジメを抱擁した。

 

「ゴメンな、心配かけるバカ兄貴で。でも良かった、無事で良かったっ……生きてくれて、ありがとう!」

 

「……心配ばっか、掛けないでよぉっ……バカっ……バカ兄貴ぃ……兄貴のバカぁあっ……!!」

 

生存し再会を果たせた喜びを分かち合いながら、兄妹は涙を絶えず流し抱き締める。

悲しくて、一方的な兄妹喧嘩はこれにて終了。家族の再会を祝福してくれるかのように、優しくて甘い時間が暫しの間、奈落の底で流れる。

 

 

 

 


 

ありフォー劇場

 

〜第1話『魔物の肉を食した結果』〜

 

「はい、これ兄貴のご飯だから」

 

「おぉ、これが魔物の肉か……!」

 

腹が減っては戦ができぬ、昔から伝えられた言葉に便乗し食事にありつくことにした南雲兄妹。

食事……言わずとも分かるが魔物の肉である。赤黒い繊維ばかりが併走しているグロい新鮮な生肉、とても食欲がそそられる見た目ではない。

ゲンは見た目より新発見に期待し、新しい玩具を見つめる少年のような顔で眺めていた。

後から壮絶な激痛が襲ってくるのを知っているハジメは神水の補給を忘れず、何も知らないゲンを微笑ましそうに見る。

 

「元の世界でも叶わなかった俺の願いの一つが、遂に実現できた……愛妹(ハジメ)のお手製料理を食すこと! この世界の神はクソ野郎だけど、ありがとう運命の女神! ありがとう女神ハジメ様! 生きて良かったぁッ!! いただきま〜す!!」

 

………良かったね、夢が叶って。

お手製っていうか、狩ってきたものを捌いただけの生肉だけどね。

しかし、やはり嬉しさより生肉のゲロ不味さが勝っているのか、ハイテンションだったゲンの顔色が肉を咀嚼する度に悪くなっていく。途中でゴリィッ! とかバリンッ! などの食事する音ではないものまでゲンの口元から聞こえた。

プルプル震えながら大量の汗を流しつつも、兄の意地にかけて愛妹(ハジメ)が用意してくれた料理を何が何でも『不味い』と言わないようだ。ハジメ本人は気にしないというのに。

 

「ん? ……おごぉッ!? な、なんだ!? 急に、体がッ!?」

 

「来たッ……兄貴! 神水を飲んで!」

 

やはり例外なく、魔物の肉を食することで体に異変が生じ始めた。体全体が激しく脈を打ち、全身の節々から骨同士を擦るような不快な音が耳を打つ。

すかさずハジメは用意した神水の入った容器を手渡しゲンに飲ませる。

死よりも辛い経験を、これ以上ゲンにさせたくなかったが、生きるためには魔物の肉だろうと何かを食わねばならない。ハジメは悔しさを隠し、ゲンが痛みの嵐を越えられるための助手に専念する。

 

「ぐうぅッ……おおッ!? おぉあああ!! ……ぐぉおおおあああああああああああああああああああああああああああッ!!!?」

 

神水の効果で気絶もできず、絶大な治癒能力でモロに痛みを味わうゲン。至るところに骨が擦れる音や脈の鼓動が聞こえ、最後の力を振り絞るかのようにゲンの唸り声が奈落の底に響き渡る。

 

「…………ふ〜、お腹痛かった」

 

次に用意した神水が入った容器を落としそうになったハジメ。

痛みが治ったのか「さてと、腹も減ったし残りを食うか。うむ! 味はともかく、一度食うと病みつきになるな!」と急にモリモリ食べるゲン。味への耐性も付いたようだ。

ハジメの時は骨格ごと変わり髪の色素が消え失せたのだが、ゲンの体には何の変化も現れず魔物の肉を食べても変化しない。つまり、元々ゲンの肉体は魔物の毒素にもビクともしない頑丈な構造であることを示す。

 

(うん。まぁ知っていたけど……兄貴、絶対に人間じゃない……)

 

我が義兄ながら、クラスメイトの誰よりも規格外(チート)だったことを再確認するハジメ。今更である……

 

 

〜第1話『魔物の肉を食した結果』【完】〜

 




初めてみました! ありふれた女魔王と宇宙戦士(フォーゼ)の劇場……略して『ありフォー劇場』!!

本編で語れなかったことや、語りたくても入る余地がなかった小話などをメインにした、所謂アレです。
気紛れで作ったものなので今後、続くかは分かりません。急に止めてしまうなんてこともあり得ますので、そこはご了承ください。


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1.5.前・向き・前・進!!

メリークリスマス! という季節になったんで幕間を投稿したいと思います!
……前々から執筆していたんですけど、偶々クリスマスと被っただけなんですけどネ。

主人公達が奈落の底に落下した後のクラスメイト達の視点です。一部オリジナル要素を含みます。正直つまらないかもしれません。

それでも構わないという方はどうぞ!


青黒い光を全身から放つ巨体な魔物が断末魔を上げ、騒音を撒き散らしながら石橋は巨大な瓦礫と化して崩壊する。

一人の少女が巻き添いを食らい奈落の底へ吸い込まれていくのを目にし、少女の跡を追い自ら奈落の底へ身を投げ出す少年の姿を、香織はまるでスローモーションのように緩やかに感じられる時間の中で見つめたことに絶望してしまう。

香織の頭の中で、昨晩に誓った約束が何度も流れていた。“二人を守る”という約束を。

 

「離して! ゲン君とハジメちゃんのところに行かないと! 約束したのに! 私がぁ! 私が二人を守るって! 離してよぉ!」

 

無我夢中で飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。細い体にあるのが信じられないほど尋常でない力で引き剥がそうとする香織。

 

「香織ッ、ダメよ! 香織!」

 

このままでは香織の体の方が先に壊れてしまうかもしれない。しかし、今彼女を手放してしまえば迷うことなく崖を飛び降りることは容易に想像できる。

香織の気持ちを誰よりも分かっている雫だからこそ、掛ける言葉が思い浮かばない。ただ悲痛に名前を連呼することしかできない。

 

「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲達はもう無理だ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

「無理って何!? ゲン君もハジメちゃんも死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

光輝なりに香織を気遣った言葉だったが、今の香織に掛けるべき言葉ではない。

誰がどう考えても助からない、辛い現実を受け止める心の余裕など錯乱する香織にはなかった。彼女の必死さに周りの生徒もどうすれば良いのか分からず狼狽するばかり。

その時、カツかつと歩み寄ったメルド団長が香織の首筋に手刀を落とす。一度は痙攣を起こしそのまま意識を失くす香織。驚きながらも動かなくなった香織を抱き抱え、光輝はメルド団長を睨む。

 

「メルドさん、貴方は何をして——!」

 

「光輝! ……すいません、ありがとうございます」

 

香織を止めるためとはいえ手荒な真似をしたメルド団長に対する光輝の抗議を遮り、クラスを代表するかのように雫はメルド団長に頭を下げる。

メルド団長は毅然とした表情を保っていたが、痛めている心を隠しているだけだった。無理もない、これから未来があった若者の中から死者が二人も出てしまったのだ。

 

「礼など……止めてくれ。もう誰一人も死なせるわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する……彼女を頼む」

 

「言われるまでもなく」

 

離れていくメルド団長を見つめながら、口を挟めず仏頂面をした光輝から香織を受け取った雫は、叱りつけるように告げる。

 

「私達が止められないから団長さんが止めてくれたのよ。分かるでしょ? 今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に止める必要があった……ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで……ハジメちゃんも言っていたでしょう?」

 

雫の言葉に、光輝は確かに頷いた。

クラスメイトの方を見ると、大半の者が精神にも多大なダメージが刻まれているのが分かった。クラスメイトが眼前で死んだのだ。つい最近まで死とは無縁だった学生達が呆然自失の表情に染まるのは無理もない。中には「もう嫌だよぉ……!」と座り込んで泣き出す子もいる。

ハジメが激昂したように、今の彼らにはリーダーが必要だと気づかされる。

 

「ああ、早く出よう……皆! 今は生き残ることだけを考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

光輝はクラスメイト達に向けて声援を張り上げる。

その言葉に触発され、クラスメイト達はノロノロと緩く、でも確かに動き出す。動ける者は脱出への階段を目指し、精神が不安定になっている者は光輝や周囲の呼びかけで何とか帰路を目指す。光輝は必死に声を張り上げ、残ったクラスメイト達に脱出を促し続ける。

その甲斐あってトラップから元の二十階層の部屋に戻ることができ、遂に迷宮の正面門に辿り着くことができた。

安堵の表情で外に出ていく生徒達、正面門の広場で大の字になって倒れる生徒達。多くが喜び合っているが、一部の生徒——未だに昏睡状態の香織を背負った雫、光輝、その様子を心配そうに見る龍太郎、恵里、鈴、そしてゲンが救った女子生徒は暗い表情のままだった。

そんな生徒達を横目に気にしつつ、二十階層で発見した新たなトラップに関する報告や南雲兄妹の死亡報告をしなければならないことに、メルド団長も憂鬱になりながらも顔に出さず、しかし溜息が溢れてしまう……

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

精神の疲労でクラスメイトの誰もがホルアド町にある宿屋のベッドで深い眠りに陥る中、檜山大介だけは寝付けなかった。一人、宿の外に出て町の隅にある目立たない場所で膝を抱えて座り込む。

顔を膝に埋め微動だにせず、赤の他人から見れば激しく落ち込んでいるように見えるだろう。

だが……

 

「フ、ハハハ。ア、アイツの自業自得だ。兄妹揃ってク、クズの癖に……生きる価値すらないクズだから……神様の天罰だ……ヒヒ、ヒ」

 

歪んだ笑みと濁った瞳で罵る姿を隠しているだけだった。

クラスメイトや騎士団の誰もが死者が二人も出たことに悲しむ中、最初は動揺していたものの開き直って檜山だけは狂喜していた。これで邪魔者はいなくなった、あのクズのせいで酷い目に遭う自分に神様が機会を与えてくれた、と。

 

「へぇ〜、クラスメイトの死をそんなに喜ぶなんて、イイこと聞いちゃった」

 

「ッ!? だ、誰だ!」

 

誰もいないと確認したのに、背後から声を掛けられ慌てて振り返る。

 

「お、お前、どうしてここに……」

 

檜山が見つめる先にいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。

 

「そんなことはどうでもいいよ、未遂レイプ魔さん。それより……ごめんねぇ? 君の仕事を横取りしちゃったみたいで。ねぇ、殺そうとした恋敵を横取りされるってどんな気持ち?」

 

「なッ………!!?」

 

心臓を鷲掴みにされた気分だった。瞳の奥に宿る自分以上の狂気に、檜山は呆然としてしまう。

 

「………お、お前がやったのかッ?」

 

『横取り』という言葉で檜山は確信した。

あの時、軌道を逸れて誘導されるようにハジメに直撃した火球は、目の前のクラスメイトが放ったものだと。

階段への脱出と南雲兄妹の救出。二つを天秤にかけた結果、香織の好意を取られたことや国中の女性に軽蔑されたことも含め、ゲンへの逆恨みが倍増された。今なら誰にも気付かれることがない、あのクズの大事な宝物を奪ってやろう、と悪魔が囁き、迷うことなく檜山は耳を傾けた。

バレないよう絶妙な瞬間を狙いハジメを突き落とそうとした………が、未遂に終わった。後方から自分以上の繊細な火球が放出され、狙い澄ましたようにハジメに着弾したのだ。結果、檜山の目論見通り、目障りな南雲兄妹は仲良く奈落の底に落ちたのだが。

 

「まぁ〜、そうなるかな。目的がどうあれ、利害の一致ってやつだよ。それよりもさ……面白いことを考えちゃった。南雲達を襲った()()、君がワザと引き起こした()()だった、って皆に言いふらしたら、どうなるかな?」

 

「は、はぁッ!? ふざけんなよ!! 俺はやってねえ! そもそも、俺がやったっていう証拠が……!」

 

「証拠? そんなもの必要ないよ。大事なのは“真実”じゃなくて“信憑性”、僕が話したら自ずと皆は信じるんじゃないかな? そ・れ・に……力に酔いしれて女子に暴行を加えた君に、説得力なんてないと思うけど? 女の敵さん」

 

自分は嵌められたのだと自覚した檜山。まるで空腹のネズミの眼前に餌を撒き散らして檻の中に誘導するかのように。誰の耳にも入ることがない巧妙な手口で、そっくりさんと言われた方がまだ信憑性がある目の前の嗜虐的な笑みで見下す同級生に、心臓を握られたのだ。

 

「お、俺にどうしろっていうんだ……!?」

 

「まぁまぁ、落ち着きなよ。別にすぐあれこれしろって命令するわけじゃないんだから。取り敢えず、僕の手足となって従ってくれれば良いよ」

 

「そ、そんなの」

 

「白崎香織、欲しくない?」

 

道具として利用されるぐらいなら先に殺してやると、ドス黒い感情に囚われ始める檜山の耳に、悪魔の音色が囁いた。

 

「な、何を言って……」

 

「僕に従うなら、いずれ彼女を君のモノにできるよ? ……まぁ、別に断るなら僕はそれでも構わないけどね。でも、もし噂が流れて、君の大好きな白崎香織の耳に入れば……」

 

「ッッ! や、止めろ!? わ、分かったよ! 何でもする。いや、します! だからどうかっ……」

 

「アハハハハハ、素直な男性は好まれるよ? ま、僕は君なんて眼中にないけどね」

 

選択の余地なんて最初からなかった。小馬鹿にした態度を崩すそうともせず、言葉のナイフで自分のプライドを傷つけ続けるこの人物に従うしかない。

 

「まぁ、お互い共通の利益のために仲良くやっていこうよ。あ、言っておくけど、僕の本性ことは誰にも漏らさないようにね——未遂レイプ魔さん?」

 

楽しそうに笑いながら踵を返すその人物の後ろ姿を見ながら檜山は苛立ちと恐怖をいっぺんに味わう。

ゲンが奈落へと身を投げ出した時の香織の姿。その必死さがどんな言葉より雄弁に彼女の思いを物語っていた。忘れたくても、否定したくても脳裏から決して消えることのない光景だ。

 

「——い、いや、まだだ。俺はまだ一線を超えてない……ヒヒ、ヒヒヒ……大丈夫だ。俺は上手くいく、間違ってない……」

 

再び膝に顔を埋め、すっかり正気を失った思考に染まり、まだチャンスはあると自分に言い聞かせる。

しかし、人生を懸けたチャンスを捨てた瞬間だった。

犯罪の片棒を担ぐことのない、人としての一線を超えることのない、平穏な日常に戻れるかもしれないという大事なチャンスを不意にしてしまったのだ。その愚業に気づくこともできない彼はある意味幸せなのかもしれない……

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

迷宮で死闘と喪失を味わってハイリヒ王国王宮内へ帰還してから、既に五日が経過していた。

王国に戻ってからメルドは南雲兄妹という同胞が死亡したことを上層部に正確に報告した。訓練での様子、道のトラップによる強制転移、戦死した勇敢な二人の戦士が時間を稼いでくれたことで生き残ることができたことを。

…………因みに、その勇敢な戦士の片割れがそもそも今回の死闘の発端だということも報告しようとしたが、少し躊躇しかけたとか。

しかし、現実は無慈悲だった。メルドの訴えも虚しく、勇者一行の中から出た死亡者が“無能”の南雲ハジメと“不明”の南雲ゲンと知った途端、愕然とした王国側の人間は誰もが安堵の吐息を漏らしたのだ。国王やイシュタルですら例外なく。

神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならない、魔人族に勝つための希望の星であるために。

『死人に口なし』と言うように、中には二人を罵る者まで現れた。

公の場で発言したのではなく、物陰でコソコソ世間話したという感じではあるが「死んだのが役立たずの兄妹で良かった」だの、「神の使徒でありながら無能など死んで当然の報いだ」だの、「反乱分子となりえる者が死んで清正した」だの、好き放題だ。

死んだのが片方だけでなく兄妹一緒というのは、ある意味で言えば彼らは幸運だろう。もし(ゲン)だけが生還を果たし貴族達の会話を耳にしていれば、(ハジメ)を罵った貴族は間違いなく撲殺されていただろう。

メルドの予想とは裏腹に、意外な人物が二人を貶していた貴族を殴り倒したのだ。怒りに身を任せた龍太郎である。

聞いた話では、元の世界でも一方的に南雲兄妹、特に兄の方を嫌っていたはずなのに、どこか思うところがあったのだろうか。

それに続いて正義感の強い光輝も激しく抗議したことで王国や教会も不味いと判断したのか、貴族を殴った龍太郎には厳重注意だけで免除にし、南雲兄妹を罵った人物は処分を受けたようだが……

光輝は無能にも慈悲深い優しい勇者であるという噂が広まり、光輝の株が上がっただけで、それとは逆にハジメやゲンは勇者の手を煩わせた役立たずという評価は覆らなかった。

あの時、クラスメイトの誰かが放った流れ弾が、彼らを死に追いやったというのに。

クラスメイト達は図ったように、あの誤爆の話をしなかった。自分の魔法は把握していたはずだったが、“万が一自分の魔法のものだったら”と思うと、誰もが口を閉ざしてしまうのだ。自分が人殺しであることを思いたくない故、あれは南雲兄妹がドジったせいだと思い込むようになった。そもそも原因は(ゲン)にあるわけだから文句は言えないはずだと、意思の疎通をすることもなく皆の意見は同じだった。

あの時の経緯を明らかにしたいメルド団長だったが、イシュタルから生徒達への詮索を禁じることでそれは叶わなかった。食い下がるも、国王にまで命じられて堪えるしかなかったのだ。

 

「香織……貴女が知ったら、怒るでしょうね? ……私もよ」

 

あの日から一度も目を覚ましていない香織の手を取って呟く雫。

医者の診断では体に異常はなく、精神的ショックから心を守るため防衛措置として眠りについているのだろうということだった。故に、時間が経過すれば自ずと目を覚ますと。

しかし、それでも五日間も経っているのだ。雫も心配になってくる。

その時、不意に握り締めていた香織の手がピクッと動いた。

 

「——香織? 聞こえる? 香織!」

 

必死に呼びかける雫の声に応じたように、香織の瞼が震え始めゆっくりと目を覚ました。

 

「……雫ちゃん?」

 

香織はしばらく焦点が合わない瞳で辺りを見渡していたが、やがて頭が活性化してきたのか雫と視線を合わせてくる。

深夜の時間帯に起きたらしく、部屋の灯りも消して真っ暗であるため雫の顔が香織にはよく見えなかったが小さく笑ってる様子だった。

 

「……えぇ、雫よ。香織、体はどう? 違和感はない?」

 

「う、うん。平気だよ。ちょっと体の節々が怠いけど、寝てたからだろうし……」

 

「そうね、もう五日間も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」

 

体を起こそうと奮起する香織を補助しつつ、雫は香織にどのくらい眠っていたのかを伝える。

 

「五日? どうして……そんなに……私、確か迷宮に行って……それで……」

 

香織が記憶を取り戻すに連れ、精神的ショックを与えた要因である記憶を忘れようと体が反応し、頭に痛みが走りながらも——悲劇を思い出してしまった。

 

「それから……あ………………ねぇ、ゲン君は?」

 

「ッ…………」

 

その問いに、雫は何も答えなかった。香織にこれ以上の精神ダメージを避けるようなベストな返答が思い浮かべず、答えることができなかった。

雫が何も答えない様子で、香織は自分の記憶に刻まれた悲劇が現実なのだと悟ってしまう。だが、そんな現実を容易に受け入れられるほど香織は強くない。

 

「雫ちゃん……嘘、だよね? 私が気絶した後、ゲン君やハジメちゃんも助かったんだよね? ね? そ、そうでしょっ? ここ、お城の部屋だよね? 皆で帰って来られたんだよね? ゲン君は……ハジメちゃんのところにいるよね? だったら訓練所かな? そこにいるんだよね? ……私、ちょっと行ってくるね。ゲン君にトラップを引き起こした説教をしなくちゃ……だから、離して? 雫ちゃん」

 

「………行かなくて良いわ。二人はいないの……」

 

「そっか、訓練所にはいないんだ……じゃあ食堂かな? ゲン君はそこでハジメちゃんと一緒にご飯を食べているのかな? 私もご飯を食べなきゃ……ねぇ、雫ちゃん。離してくれる?」

 

現実逃避するように次々と言葉を紡ぎゲンを捜しに行こうとする香織の腕を掴み、雫は押し殺した苦し紛れの声で事実を告げる。しかし香織は屁理屈を言うだけで現実を受け止めようとしない。

 

「……香織、分かっているでしょう?」

 

「やめて……」

 

「香織の覚えている通りよ」

 

「やめてよ……」

 

「彼は、ゲン君は……ハジメちゃんと一緒に」

 

「ちがう。やめてよ……やめてったら!」

 

「香織……彼は、死んだの」

 

「違う! ゲン君は死んでなんかいない! 絶対、そんなことない! だってゲン君が言ったんだもん! “俺は最強のシスコン“だから、死なないって!」

 

首を振りながら現実を直視せず、何とか雫の拘束から逃れようと香織は暴れる。雫は口を閉ざし、そんな香織の腕を離そうとしなかった。

 

「どうして雫ちゃんはそんな酷いこと言うの!? 勝手に決めつけないでよ!」

 

「……に、して」

 

「雫ちゃんはゲン君のこと好きじゃないから、そんなこと平気で言えるんだ!」

 

「……い……げんに、して」

 

「雫ちゃんはゲン達が死んで、どうでも良いって思っているの!?」

 

「良い加減にしてって、言ってるのが聞こえないのッ!!?」

 

部屋中に雫の絶叫が響き渡った。

叫びと共に月の光に照らされた雫の素顔が明らかとなり、香織は一瞬言葉が詰まって躊躇した。

両方の瞳から決壊したように留まることなく溢れ出る涙の筋。何度も拭った跡がある真っ赤になった瞼。隠しているが僅かに震えている肩。それらが雫の心情を物語っていた。

 

「どうでも良いわけないでしょッ!? 私だってできることなら助けに行きたいわよッ! だけどッ、あの時、ゲン君に頼まれたのよ……貴女を頼むって……助けに行きたいのを我慢して、貴女を守る役目を託された私の気持ちが香織に分かるのッ!!?」

 

振り解こうと暴れる香織の腕を掴み、香織が寝ていたベッドへと押し倒す。

 

「私だって信じたくないわよ、彼が死んだなんて……でも、あの状況なのよッ? 例え落下から助かったとしても、危険な魔物が住む場所で、水も食料もなしに、どうやって生き延びれば良いのッ? 生きているなんて根拠が、どこにあるのよ!? 教えてよ……誰でも良いからッ……二人は生きている証拠を言ってよぉ……!」

 

後半から本音を漏らしながら香織を抱き締め、先程の香織と同じように生きて欲しいと雫は懇願する。抱き締められながらも香織は涙ぐみながら聞き続ける。

 

「いつも勝手すぎるんだから……バカッ……! ゲン君の、バカァッ……!!」

 

「ッ……ごめん、ねッ……雫ちゃんっ……ごめんね……!!」

 

二人は嗚咽を漏らしながら泣き続け、冷え切った互いの体を温め合うように抱き締める力を緩めなかった。心の傷をお互い舐め合うかのように。

どれくらいそうしていたのか、窓から見える夜空はすっかり朝陽を迎え入れ、すっかり赤く染まっていた。香織はスンスンと鼻を鳴らしながら身じろぎし、今にも消えそうな声で呟く。

 

「ねぇ……雫ちゃん……あの時、ハジメちゃんを狙って撃った犯人って……誰か知ってる?」

 

「……分からないわ。誰も、あの時のことは触れないようにしているから……」

 

「……そっか」

 

「恨んでる?」

 

「……分からないよ。でも、もし誰か分かったら……きっと恨むと思う。でも……多分我慢できないと思うから、その方が良いと思う……」

 

「そう……」

 

俯いたままポツリポツリと会話する香織の目は真っ赤で、同じく真っ赤な目の雫は心配そうに見つめた。やがて香織は起き上がると真っ赤になった目をゴシゴシと拭いながら顔を上げ、決心したように雫を見つめる。

 

「私、信じているよ。ゲン君もハジメちゃんも生きているって、信じる」

 

「でも……香織、それは……」

 

香織の言葉に再び悲痛そうな表情で諭そうとする雫だが、香織は両手で雫の頬を包み込んで微笑みながら言葉を紡いだ。

 

「分かってる。あそこで落ちて生きている方がおかしいって……でも確認したわけじゃないから、可能性は一パーセントより低いと思うけど、決してゼロじゃないから……信じたいの」

 

「香織……」

 

「それに、ゲン君があれくらいで死ぬなんて思えない。だから私、もっと強くなって自分の目で確かめたいの。この気持ち、雫ちゃんも分かる?」

 

「……ええ、痛いほど分かるわ」

 

思い返せば、南雲ゲンと言う男は、突撃したダンプカーに直撃しても、九階の高層ビルから墜落しても、数秒経てば「ふぅ、痛かった〜」と頭部にたんこぶができる程度で済む頑丈だけが取り柄の男だ。あんな簡単に死ぬわけがない……そう雫は考え始めて、流れ落ちた涙の跡を拭う。

 

「きっとゲン君のことだから、今頃ハジメちゃんを救出して、騒々しいシスコン行為をしているかもしれないわね」

 

「うん! きっとそうだよ!」

 

香織や雫の目には狂気や現実逃避の色は微塵もない。ただ純粋に己が納得するまで諦めない、それまで彼の強さを信じている、という不屈の意志が宿っている。

 

「だから、雫ちゃん……力を貸してください」

 

そう言いながら、まっすぐな瞳で見つめてくる香織。いつも直球で進む誰かを彷彿とさせる力強い意志に、雫はもう止めることなどできないと悟り苦笑した。

 

「もちろんよ。私も納得するまで、とことん付き合うわ」

 

「雫ちゃん!」

 

香織は雫に抱きつき何度も礼を言い、対する雫も男前な返答をする。

その時、乱暴に扉が開けられた。

 

「雫! 香織が目覚めた……って……?」

 

「おう、香織はどう……なん……だ……?」

 

光輝と龍太郎だ。昏睡状態の香織と疲労困憊だった雫の様子を見に来たのだろう。訓練着だったようで、あちこち薄汚れている。

あれから訓練がより身が入るようになった二人だが、部屋の入り口で硬直していた。まるで知り合いの裏事情を目撃したかのような、気不味そうに。

 

「あ、あんた達、どうし——」

 

「す、すまん!」

 

「じゃ、邪魔したな!」

 

食い気味に雫の疑問を被せ、一目散に慌てて部屋を出て行った。そんな二人を見てキョトンとしている香織だが、賢い雫は何を勘違いされたのか一瞬で察知した。

現在、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を包みながらキスできそうな位置まで顔を近づけている。雫も、香織を支えるように細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見えなくもない。

そう。他の人から見れば、背景に百合が満開しそうな映像が出来上がっていた。この場に馬鹿(ゲン)が混ざれば「おぉ! モノホンの百合じゃぁああああああ!!」と大騒ぎしていただろう。

 

「はぁ……さっさと戻ってきなさい! この大馬鹿共!」

 

深々と溜息を吐きながら声を張り上がる雫に対し、香織は未だに状況が呑み込めずキョトンとするだけだ。

この場に馬鹿(ゲン)がいなくて助かったと思った雫であった。

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

「——ぶえっくしょいッ!!」

 

「どうしたの? 風邪?」

 

「いや……なんか分からんけど誰かに噂されたような……あと何か滅多に見られない貴重映像を見逃した気がして」

 

「ふーん……それって最近、兄貴がハマっている百合アニメの再放送のこと?」

 

「多分それだな! 物語が進むに連れてファンからの反響を呼び起こし社会現象にもなった百合アニメ『魔法少女マジカル☆デルタ』! 個人的にそこまで百合好きじゃないけど、あれを見れば百合にハマる気持ちが分かるんだよなあ」

 

二人の少女に心配されている当の本人は元気に過ごしており(体の一部が欠如しているが)、奈落の底でどうでも良いヲタク話を繰り広げていた、とか……

 



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13.封・印・少・女!!

お・ま・た・せ・しましたぁー!!
試験や実習で書く時間を確保できない毎日でした(泣)

久しぶりの執筆、不安だらけですが、よろしければ楽しんでください!


奈落の底にて、南雲兄妹の再会を果たしてから数日経過しようとしていた。

上へと続く道を探していたが、上に行こうとすればするほど下へ向かってしまうほど複雑な道に悪戦苦闘を強いられる。

その過程で空腹を満たすため魔物の肉を食べ続けたハジメのステータスは驚異的な発展を遂げ、その魔物が保有していた技能や固有魔法を取り込み続け糧にしていく。

道中で見つけた燃焼石、タウル鉱石などの鉱石を集めたハジメは『ドンナー』と命名した小型レールガンを錬成するに至った。

一方、ゲンの方はと言うと………

 

「ブースター・キッーーーーク!!」

「全・力・パーーーンチ!!!」

「海老沿いしながらの、へ〜〜〜ん・しん!!」

 

アホなことをやらないと落ち着かない体質なのか、特撮系ヒーローの如く変身したことに興奮しているのか、フォーゼの姿に変身した状態で馬鹿みたいに調子に乗っている。

シャトルロケットと宇宙服を合わせたような悪ふざけで考えたみたいなデザインの姿だが、瞬時にゲンの欠如した手足を復元し不自由にさせず、背中のブースターを噴出して跳躍力を数倍に上げ、頭突きすれば超硬質鉱物に亀裂を入れられる耐久性や近接格闘に優れた能力などを有している高機能(ハイスペック)スーツだ。

ハジメが精密検査をする過程で、全身を特殊スーツで覆うというより“ある未知のエネルギー”が内側から肉体を強化している。

スーツ自体は開発者の技量に関心を覚えるほどの優秀な性能であるが、ただ何度も言うように、ゲンの奇怪な仕草や言動がそれらを台無しにさせているのだ。

因みに、現在の二人のステータスは以下の通りである。

 



 

南雲ハジメ 17歳 女 レベル:45

天職:錬成師

筋力:880

体力:970

耐性:860

敏捷:1040

魔力:760

魔耐:760

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

 



 

四十五階層に到達したハジメのステータスである。あんなに訓練しても上がらなかったレベルが容易くクラスメイトはおろか騎士団を越え、技能の項目が増えまくっている。

他者から見れば異常だと騒ぎ立てるだろうが、()()()()()()()()()()。問題はこっちである。

 



 

南雲ゲン 17歳 男 レベル:コズミック!!

天職:宇宙戦士(フォーゼ)!!

筋力:来た来た来たーーーーー!!

体力:頑張るぞーーーーーー!!

耐性:やってやるぞーーーーー!!

敏捷:気合いじゃーーーーーーーー!!

魔力:こちとら金欠なんじゃーーーーーーーい!!

魔耐:でも、生きてまーーーーーーーーす!!

技能:スイッチ・スイッチ・スイッチ・スイッチオンオフオンオフオンオフオン!!!

 



 

……“ステータス”って何だっけ? と、これを見た誰もが自問自答になる要素しかない。

変身する際、ハジメですら解析不能な未知のエネルギーが身体の表面を纏うのだが、自分のステータスを見たゲンはレベルの欄に記されている“コズミック”という単語から「よし! 『コズミックエナジー』と名付けよう!」と相談もなく勝手に決めたのである。一方ハジメも思いつかなかったので、この議題に関しては特に反論もなく終わったのだが。

 

「あぁ〜、何で出口が見つからないのよ。マジふざけんじゃないわよ、クソ迷宮が。いっそのこと迷宮ごと……」

 

「まぁまぁ落ち着きな、ハジメ。頭をスッキリさせるには何か栄養のあるものを食べるのが一番だぜ。ホレ、これでも食べなさい」

 

地上への道が見つからない時間が長引く。苛立ちが募るハジメを、ゲンは嗜めておつまみ代わりにボリボリ貪り食っていたバジリスクの干し肉を差し出す。つい先ほど襲ってきたのだが、逆に返り討ちに遭ってしまい射殺&撲殺され食料にされてしまった。哀れなり、バジリスク。

ただでさえ魔物の肉は舌が壊れるほどゲキマズだというのに、その食べ残しを干し肉にする義兄の味覚にハジメは正気を疑いながら視線を逸らして無言のお断りをする。

ゲン曰く「味は一週間分の生ゴミを煮詰めたような最悪な味だけど、食感はカリカリベーコンにちょっとだけ似ているぞ?」らしい。

 

「あ、そうだ。兄貴、スイッチを渡してくれる?」

 

「ん? 別に良いけど」

 

いつ敵が現れるか分からない奈落の底で変身に必要なキーとも言えるスイッチを譲渡しろという中々の無茶振りだが、何の躊躇もなく渡すゲン。

 

「でも、そんなもの何に使うの?」

 

「んー。ベルトの構造は複雑でこんなところで復元は難しいけど、このスイッチ自体は構造が単純だから錬成して数を増やす……作って欲しいスイッチとか、希望ある?」

 

「あ! だったらドリルが良い! 漢のロマンと言ったらドリルでしょ! あ、言っとくけど工具用のほっっっそいドリルとか、最新の先が尖ってないとかはナシだからね!? 漢のドリルと言えばゲッ○ー2然り、ギガント○リラー然り、俺のドリルは天を突くんだぁああああああああ!! と言えるようなドリルをご所望します!!」

 

うるさい、ウザい、面倒くさい。三種類の苛立ちしか湧かない注文に「はいはい了解」と慣れた感じ受け流すハジメ。

まずロケットスイッチの構造を分析し、仕組みを把握してから全体のイメージを考えて見様見真似で錬成する。

掘削作業や戦闘においてもドリルは効率が悪く、炸裂弾や高速射出のレールガンがあれば十分なのだ。しかしゲンが使用することを視野に入れ、ハジメは本人の希望に合わせる。

近接格闘だけでなく、大型の魔物にも対抗できるような装備を考え、当てずっぽうなゲンに合わせたスイッチを思考していき、最も硬質な鉱石を素材にスイッチの錬成を開始した。

 

「ハジメったら、ちょっと目を離した隙に大きく立派になって、お兄ちゃん感激だよぉ……この感動を父さん達に伝えられないことが残念だけど。あ、目の奥から汗が流れて何も見えねえや。誰かティッシュ持っていない?」

 

集中しているハジメに置き去りにされたゲンは、可愛いハジメの成長に号泣していた。世間一般から見れば喜ばしい成長を遂げたと言えないが、親バカならぬ兄バカ(シスコン)からすれば嬉しいに違いないのだろう。最も、ハジメが錬成して何かを試作する度に、こんなやり取りが何回もあったため、最初は照れ臭さがあったハジメもスルースキルを覚えたようだ。

しかし、感動ばかりしていては頑張っているハジメに何の貢献もできない! 仕組みや単語は珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)だが、ここは兄貴として助言や意見を挟んでおこう! ……とハジメからすれば、ありがた迷惑しかない精神を奮起する。

頼れる兄貴に、俺はなる!! と希望の一歩を踏み出したところで………地面がボコッ、と音を立てて少し揺れた。

 

「ん? “ボコッ”?」

 

ズモモモッ……と地面に足が呑まれていく。

 

「…………な、な〜んか嫌な予感。今時、落とし穴なんて古典的なトラップ……ないよね?」

 

大正解。次の瞬間、ゲンの足元がなくなった。

 

「ちょ待っ———」

 

一瞬で姿を消してしまうゲン。人ぐらいある大きな穴は音を立てずに静かに埋もれていく。

 

「ふぅ、終わった……兄貴、取り敢えず幾つか錬成したわ。試作機としてスイッチを使って………兄貴?」

 

青・黄・黒の三つのスイッチを作り終え、試作機のテストをしてほしいと振り返るが、そこには誰もいなかった。

 

「………また、すぐ消えた……」

 

またもや、一人置いて行かれたことを自覚するハジメ。

 

「……どうして私が目を離した隙にいなくなるの?」

 

一人にされたと自覚し、ハジメの両肩がみるみる震え出し、

 

「……どうして私の近くでじっとしてくれないの?」

 

試作スイッチを握り締めながら、ダース○イダーも真っ青になるほど暗黒面に突入可能なドス黒い瘴気を全身に纏わせ、

 

「勝手にいなくならないように監禁しないとダメなの? 私だけしか見えなくなるように調教しなきゃダメなの? ねえ、バカ兄貴? 答えてよ、バカ兄貴? ……兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴——」

 

ホントに…………ほんのちょっっっっっっっっとだけ、病み始める。

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!! なぁああああぜぇえええええええええええええええええぎゃッ!? ぎょッ?! げぼッ! ちょ!? まッ!! ごべェッ!?」

 

ゲンの身体は重力と共にスイッチで開いた大きな落とし穴へ、ズザァアアアアアアアアアアアッ!! と勢いづけながら落ちていく。落とし穴は下へ落下するだけでなく右、左、上、下と様々な方面に落下し続けるため、方向が転換される度に岩にぶつかって、ちょっとした呻き声を上げる。まるで外国のアニメーションのような実に面白い落ち方だ。

 

「——ぁあああああああああああ、そげふッ!?」

 

ようやく落とし穴が終着点を迎え、落下から解放されるが、その代償は地面との激突だった。しかも顔面。衝突の際、首からグキッ! と変な音が鳴った気がした。普通ならその時点で即死である。

 

「うぼぇええええ……せ、世界が回ってるぜぇ……」

 

しかし当の本人は外傷に目立った様子はなく、寧ろ落下しながら転げ回ったせいでリバースしそうになるのを抑えるのに必死である。

落下したことで発生した大量の砂埃をかきわけながら落ちたところを見渡す。そこは光が一つもない暗闇が広がっている空間のようだ。天井から落ちてきたゲンの穴から光が差し込まれ、部屋の全容が照らされて明らかになった。

中は教会の大聖堂で見た大理石のような艶やかな石で出来ていて、灯台を彷彿とさせる何本もの太い柱が規則正しく奥まで並んでいる。

大きく古びた扉があったので、そこから出ようと手をかけようとした時。

 

 

 

「———だれ?」

 

掠れた女の子の弱々しい声が、ゲンの鼓膜を叩く。

慌てて声がした部屋の中央付近を振り向くと、そこには巨大な立方体の石が置いており、光に反射して滑らかな光沢を放っている。如何にも怪しそうな、この奈落の底で明らかにヤバそうな奴を閉じ込めているようなものだ。

 

「え? ………女の子、か?」

 

何より驚いたことが、石から手足が生えていたことだ。

首から下と両手を立方体の中に埋もれたまま顔だけが剥き出しで、オカルト映画に登場する女幽霊を彷彿とする長い金髪が垂れ下がっている。その髪の隙間から月を連想させる紅色の瞳がこちらを除いていた。

外見年齢は十二、三歳ぐらいの、絶世の美少女……それが部屋に差し込まれた光で暴かれた声の正体だった。

天井から誰かが現れたことに紅の瞳の女の子は予想外だったらしく、呆然としたままゲンを見つめている。やがて、ゲンは少女の容態を見つめて……ある結論に至った。

 

「…………あ、“お楽しみ”の途中でした? すいませんね、勝手に押しかけて」

 

立方体型“大人のプール”に浸って堪能している途中、自分(ゲン)が乱入してしまった……という結論に至ったらしい。立方体の石がピンク色で、大人の紳士が通いそうなアレの色に似ているから、そう判断した……馬鹿(ゲン)は思考回路が狂っているのだ。

“お楽しみ”の邪魔する訳にはいかないと思ったゲンは、また日を改めて出直そうと帰ろうとする。

 

「ま、待って……! お願いッ……助けて……!」

 

「なるほどなるほど、そういう設定でプレイを堪能しているんすね。まぁ趣味は人それぞれですから。でもワタクシそういう趣味ないので、お邪魔しますた〜」

 

立ち去ろうとするゲンを、少女は慌てて引き止める。何年も声を出していなかったため掠れていた声だったが、勘違い阿保(ゲン)はそういう設定だと勘違いがヒートアップし、尚も立ち去ろうとする。

少女を気遣ったゲンなりの厚意だったが、少女からすれば見捨てられると思ったらしく必死に呼び止める。

 

「待って……! 私………裏切られただけ!」

 

「いやね、だから俺はそんな趣味はないって…………“裏切られた”?」

 

その単語を不審に思い、踵を返したゲンは怪訝な面持ちになりながら少女の顔を再度見る。よくよく観察すると、少女の綺麗な金髪の髪質がボソボソになって薄汚れている。以前はもっと美しかったのだろうが、肌荒れや痩せこけた頬から随分やつれているのが窺える。

 

(……あ、違うわコレ。封印的なアレだわ、コレ)

 

ようやくここで少女は好きでこんなことをしているのではなく、況してやSMプレイでないことに気付いた。もっと早い段階で気付けや。

ゲンは内心で「うわぁ、やっちまったなー。メッチャ恥っずかしぃ~」と呟きながら少女が埋もれている立方体の方へ近づく。

 

「“裏切られた”って何で? それが、お前がここにいる理由になるのか? 裏切った奴は、どうしてここに封印を? ……もし良かったら、お兄さんに話してみ」

 

先程と態度が百八十度変わって気前の良い兄貴キャラを装いながら少女の眼前に腰掛ける。彼の中には少女に対して『警戒』という文字がないようだ。

本当に戻ってくれると思ってなかったようで、少女は半ば呆然としている。

何も答えない様子にゲンは「おーい、大丈夫? 話したくないなら、また後でここに来るけど?」と気遣った様子で部屋を退出しそうになる。それに少女は我を取り戻し、慌てた口調で封印された経緯を話し始める。

 

「わ、私、先祖返りの吸血鬼……すごい力を持ってる……だから私、国のために頑張った……でも、ある日……家臣の皆が……お前はもう必要ない、って……おじ様……これから自分が王だって……私……それでも良かった……でも、私、すごい力があるから危険だって……でも殺せないから……封印するって……」

 

枯れた喉で懸命に語る少女。ここで嘘をつけば二度と外に出られないと思い、少女は包み隠さず全て話した。

相槌を打ちつつ話を聞きながら、あらゆるジャンルの漫画やゲームに精通しているゲンは納得する。

 

「ん? 待てよ。今の状態で封印されたということは……性欲に染まり切った野郎共が束になって下着も何もかも剥がし素っ裸にさせたということに? そして幼気な少女があられもない姿で手足を固定され、顔が赤面に染まりながら、しかし秘部を隠せず、喘ぎ声を漏らしながら抵抗もできずに乙女の花園を食い散ら——」

 

Warning! Warning! Warning! Waaaaaaaaaaaaaning!!

これ以上はR18規定になるので作者の権限で無理矢理止めさせてもらう! 少女の名誉のために言っておくが正真正銘生粋の“ゔぁーじん”だ!

……話は大分反れてしまったが、ちょいちょい気になる単語があったゲンは、その部分も尋ねる。

 

「その話が本当なら、どっかの国の王女様だったのか……で、その殺せないって何? 吸血鬼の能力的な何か?」

 

「……勝手に治る。怪我してもすぐ治る。首を落とされてもその内治る」

 

「ワオ、それはスゲェ……でも不死というだけで驚異とみなされるものかね。他にもあるのか?」

 

「うん……他にも、魔力、操れる……陣もいらない」

 

それを聞きゲンは「なるほど、パネェな」と一人納得する。この女の子のように魔法適性があれば詠唱や魔法陣を準備する必要もないので、速攻で魔法をバカスカ撃てるだろう。しかも不死身。仮に後者の能力(ふじみ)が絶対的なものでないとしても、少なくともクラスメイトの勇者達すら凌駕するほどの規格外(チート)を発揮するに違いない。

 

「……たすけて………」

 

暗闇の底に何年も閉じ込められ絶望と孤独を味わい続けた。それが今、一本だけ垂らされた蜘蛛の糸が、奇跡が目の前に。

このチャンスを逃さないという感じで少女は必死に懇願する。もう独りになりたくない、と紅の瞳が訴えかけていた。

 

「う〜ん、しかし今は片腕と片足が失って、俺も助けてほしい立場だしなぁ〜……どうしたものか」

 

せめてバックルやスイッチがあれば、と呟く。片腕を組みながら黙って聞いていたゲン。その表情は家出娘と目が合ってしまったような困り果てた顔になっており、見捨てられるのではないかと少女は緊張で心臓が張り裂けそうになる。

唐突にゲンは「お……!」何かを見つけたような顔になると踵を返して少女から離れる。

 

「ま、待ってッ……! 私、何もしてないの……! お願いだからッ……!!」

 

最後に「うッ」と声を出し、言葉ではなく何度も繰り返される咳を上げてしまう少女。久しぶりに声を出したことにより、枯れたのではないかと思われた唾液が分泌されて、咳とともに地面に垂れ落ちていく。

 

「お願、い……もう、ひとりぼっちは、いやぁ……お願い………!!」

 

既に、そこに少年の姿はなかった。

もう終わりだ……

悲観に暮れている少女の耳に、ズズズ……と重い音が聞こえてくる。そして、少女の瞳に再び光が差し込んだ。

 

「ぁ………」

 

眩い光と共にゲンが入ってきたのだ。その手元には大きな棒状の岩が握られ、引き摺りながら地面に線を描く。

ゲンは見捨てたわけじゃなかった。

涙目になっている少女を目にしたゲンは驚きながら謝る。

 

「あれ、勘違いさせちゃった? ゴメンゴメン! 丁度良さそうな武器が見つかったから拾いに行っていたんだ。お詫びと言っちゃアレだけど、何とか出してやるよ。その代わり条件があるけど」

 

「……………う、ん。何でも、聞く」

 

「ここに俺の妹もいるんだ。さっきまで一緒にいたんだけど逸れちゃって。まだ奈落から脱出してないと思うが、一緒に探してほしい」

 

少女はゲンの意図に気づき、何度も顔を縦に振る。交渉成立だ。

 

「言っとくけど俺は力任せしかできないぞ? 怪我しても責めるんじゃねえぞ?」

 

「……うん、大丈夫。私は怪我してもすぐ治る」

 

「上等! ———ドリャァアアアアアアアアアアアアッ!! 割れろぉおおお!! 壊れろぉおおおおお!!! 砕け散れええええええええええええええええええええええ!!!!」

 

ス○ープラ○ナ顔負けの速度で、立方体に少しでも亀裂を入れようと棒状の岩を何度も叩き込む。途中から残像が残るほど超光速な連打を与え、時折「分身!」と叫びゲンの身体が分裂して同時に違う箇所から責めたり、少女を驚かせたりする。

 

 

 

 

———◇三時間経過◇———

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……これだけやっても、傷一つ付かないとは、何て硬さだ……やるな、お前!」

 

同じ箇所を殴り続ける、もしくは一点集中で殴り続けると試行錯誤を繰り返すが効果はなかった。亀裂どころか傷だって全く付けられず余裕な強固さを示唆するように光沢を放つ。そんな無敵の硬度を誇る檻にゲンは賛辞の言葉を送っている。

 

(………よりにもよって来た人が、こんな馬鹿なんて。もう終わった)

 

少女はさっきとは違う意味で、もう出られる可能性など0だと諦めていた。助けてもらう立場が言っては駄目だけど、殴る以外にもっと方法があるだろ、と内心で突っ込んでばかりの三時間。しかし余計な発言をすれば見捨てられると怯えて言えずにいた。寧ろ、少女は一言くらい指摘して良いと思う。

 

「よし、いくら殴りつけても意味がないことが分かった。次は別のアプローチで攻めてみよう!」

 

今更な判断を降すゲン。それに待ったをかけたのは、少女の方だった。

 

「…………もう、いい。無理しなくても」

 

幾らこの男が頑張ってくれても無駄だと絶望する少女は投げやりな感じになってしまう。きっと、独りぼっちで暗い奈落を彷徨っている妹さんもこんな気持ちなのだろうと思った。

するとゲンは怒り心頭! と言わんばかりの勢いで少女の提案を真っ向から却下する。

 

「バカ野郎、諦めるんじゃねえ!! 三、四時間ぐらい開かないぐらいで何だ!? まだ俺が必死に頑張っているでしょーが!! 言っとくけど、お前を見捨てるなんて選択肢、最初から俺の中にはないぞ?」

 

「……え?」

 

ゲンの“見捨てない”という発言に俯いていた顔を上げる少女。諦めなど一切ないゲンの力強い瞳に、ポツリと零す。

 

「……どうして?」

 

「ん?」

 

「……どうして、私を置いて逃げないの?」

 

見ず知らずの他人を助ける余裕や義理など持ち合わせていないのに。大事な身内を探しているなら尚更だ。戸惑いながら訴える少女を見つめ、ゲンは自分にも言い聞かせるように熱烈に語り出した。

 

「お前を見ると、小さい頃のハジメを思い出すんだよ。まだ小さくて、泣き虫で、誰かがいないと生きていけないような、あの頃の妹を、な……」

 

ゲンの回想に幼稚園児のハジメが映り出す。成長記録カメラを再生するかのように、記憶の中の幼いハジメが成長して小学校に突入する。

よちよち歩きの頃から周囲の女子達に馴染めず、いじめっ子達に弄られて泣かされていた毎日。愛する家族を泣かせる者を許せないゲンは、女だろうが大人だろうが年下だろうが関係なく、ハジメが受けた被害の倍以上の報復を与えて泣かせた。

思春期に突入した頃からハジメは自立する振る舞いをしているが、本当は傍にいないと寂しくて死んじゃう女の子だと、ゲンは昔から分かっている。

 

「お前を置いて行けば、俺達はこの奈落から逃げられるかもしれない。でもな、此処でお前を見捨てることは、俺の中にある妹愛魂(シスコン・ラヴ)を否定することになっちまう。例え変態の烙印を押されたとしても、それだけは御免だ! 座右の銘『妹の笑顔がお兄ちゃんの動力源』! シスコン同盟の会長、南雲ゲン様の肩書きが廃るのさ!! それに、約束は守らなくちゃな」

 

シスコンの人生を誇りに思い、一度決めた約束は何があっても守り通す。それが南雲ゲンと言う(おとこ)のポリシー。相変わらず支離滅裂な言葉を並べているが、真っ直ぐ堂々とした姿は一周回って漢気があって見える。

 

(……何か分からないけど、この人は明らかに変人。でも、それ以上に………かっこいい)

 

シスコン魂の瘴気に当てられ、少女は自分の中から絶望が消え去るのを感じた。やること全てが普通の人とはかけ離れている奇人の言葉が、長年溜め続けた少女の負の感情を強引に掻き消したのだ。

閉じ込められる以前、王族の姫として何人もの人を見てきたが今まで見たことがない人種。しかしそのことに魅力が感じられ、少女の瞳に映るゲンが不思議と輝いて見える。

 

「ん……何だ? このボタン」

 

少女が感動(?)に浸っているところに、唐突に水を差すゲン。

立方体の檻を壊しやすい箇所がないか注意深く観察していると、少女から見えない位置に赤いボタンに気づく。その上に説明文が一緒に記載されていた。

近寄って、その文章を声に出して読み上げると……

 

「え〜と、何々? ……“封印解除ボタン 注意! これを無闇に押すと封印が解かれます。絶対押すな!”か……何ですとっ?」

 

「……えっ?」

 

ゲンだけでなく少女も素っ頓狂な声を上げた。こんな単純な方法があったとは。

否、まさか、そんなはずがない、と言い聞かせる。

 

「お、押してみるか! まさか、ボタン一つで解除される簡単な装置なんて、あり得ないよな! 罠かもしれないしな!」

 

「……う、うん。私もそう思う。もし本当だとしたら、私は惨めになってしまう」

 

苦笑いしながら了承を互いに得て、ポチッと押してみる。

直後、少女の周りの立方体がドロリと溶け出し、少しずつ彼女の枷を解いていくと一系纏わぬ裸体が露わになり文字通り解放された。本当に封印解除ボタンだったようだ。

 

「スゲェ簡単な仕掛けだった。俺の、この三時間強の労力は一体……?」

 

「……こんな…こんなバカらしい簡単な仕掛けに、三百年以上も閉じ込められた私は一体……?」

 

約二名が多大な精神的ショックを受け、地面に膝を付いてorzの体制に陥る。特に少女に至ってはショックの度合いがゲンよりも遥かに高く、奈落の底よりも暗い深淵の悲しみを噴き出している。全裸の少女が包み隠さず四つん這いの体勢になると色々丸見えなのだが……これ以上は追求しないでおこう。

 

「と、取り敢えず、無事に出られたってことで良しとしよう!」

 

「……うん、ありがとう」

 

色んなショックからまだ立ち直れず、されどはっきりと告げる。手に触れて「温かい」と呟く少女に対し「そりゃまぁ、生きているからね」と返事するゲン。

 

「……名前、何?」

 

「俺か? 俺はゲン! 我が妹(マイエンジェル)をこよなく愛するシスコン界の頂点にしてシスコン同盟の初代会長、『シスコン番長』こと南雲ゲンだ!」

 

無駄に長い上に暑苦しい自己紹介を華麗にスルーして「ゲン、ゲン」と繰り返し呟く少女。さも大事なものを心に刻むように。無視されてちょっと泣きそうになるゲン。

その姿に哀れみを感じた少女は名前を答えようとして、思い出すように懇願する。

 

「……名前、付けて」

 

「え? ド忘れ?」

 

「違う……もう、前の名前はいらないだけ……ゲンの付けた名前が良い」

 

「う〜ん、そうは言ってもなぁ。俺ネーミングセンスない方だし……」

 

ゲンは何一つ疑問に思わなかった。前の自分を捨てて新しい自分として生きたいのだ。その第一歩が名前を変えることだろう。

ゲンは少女をイメージする月を捩った名前を次々と連想させる。

 

「それじゃあミステリアスかつ可愛い感じで“金色の月”、略して“ツキちゃん”なんてのは——」

 

「……ごめんなさい。それはない」

 

「そうか……じゃあ強そうな感じで“月光姫(ムーンサルト)”ってのは?」

 

「……それも無理、可愛くない。女の子の名前じゃない」

 

「じゃあ、いっそのこと可愛らしく、大人から子供まで大衆受けするように“セーラーム——」

 

「——却下……可愛くなりそうだけど、その名前を今後行使すれば色んな団体に怒られそうな気がする」

 

「んもう! 俺の付けた名前が良いとか言いながら我儘ばっかり言って! いい加減にしんしゃい!」

 

圧倒的にネーミングセンスが壊滅なゲンに問題しかないと思うのだが。一向に決まらず険しい顔になりながら脳を捻って思考するゲン。

やがて、ある単語を思い出す。

 

「あ…………“ユエ”とか?」

 

「……ユエ? ……ユエ……ユエ……」

 

「ユエっていうのは俺の故郷で月を表すんだ。最初、お前を見た時、長い金髪とか紅い瞳とかが夜に浮かぶ月に見えてな……どう、中々良くね!?」

 

『CCさ○ら』から拝借した美形(だが男だ!)の名前とは口が裂けても言えないゲン。

少女がパチパチと瞬きするが、無表情のまま、どこか嬉しそうに瞳を輝かせる。

 

「……んっ、今日からユエ。ありがとう」

 

「さてと、名前が決まったところで……ユエ。その姿だと風邪を引くから、これを着なさい」

 

そう言いながらワイシャツを脱いで上半身を剥き出しにしたゲンは、少女改めユエに差し出す。反射的に受け取りながら自身の姿を見やるユエは、大事なところも丸見えなのを自覚し、一瞬で真っ赤になりながらゲンのワイシャツを抱き寄せ上目遣いで呟く。

 

「……ゲンのエッチ」

 

「何ィ!? 俺がエッチだとぉ!? 安心しなさい。確かに俺はエロにも興味がある健全な男子高校生だが、シスコン会長の肩書きを背負っているんだ。ユエみたいに年齢が一桁も満たない体型の幼妹にしか見えない幼女に興奮する性癖はないから——ごぼぉおおおッ!!?」

 

「…………バカ」

 

地雷を踏みまくって油断しきった馬鹿(ゲン)の鳩尾を蹴り上げ、ユエはいそいそとワイシャツを羽織りつつ拗ねた表情になる。ユエの身長は百四十センチ位しかない小柄なので袖がブカブカであり、綺麗な手が袖で隠される姿は中年オヤジが興奮しそうな絵面だ。

と、急にゲンが落下してきた穴からドゴォオオオオオオオオオッ!! と爆発音と爆風が吹き荒れた同時に人影が降ってきた。

 

「——兄貴、無事!? 兄貴の気配を探りながら地面を掘り進んでいたら辿り着いたんだけど、一体ここで何があった、の……」

 

白髪赤眼の少女の義妹、ハジメが爆破で穴を広げながらゲンが辿った道筋を突き進み、今再会した。

しかし、タイミングが悪すぎた。ゲンはワイシャツをユエに渡したため上半身が裸であり、密室空間で一緒にいたユエはワイシャツ一枚を着込んだ格好。第三者の視点から見れば“事後”に見えなくもない。

 

「兄貴………その(メス)、誰?」

 

奈落の底で生死を彷徨いながら、倫理や常識を捨てたことで覚醒(?)してしまった義妹(ハジメ)は、女の子がしてはいけない形相になりながら主にユエに鋭い眼光を向ける。瞬時に“敵”だと認識したユエも負けておらず、対抗して紅い眼光をハジメにぶつける。

 

「……私はユエ。お前こそ、どこの誰?」

 

「別にお前に聞いたわけじゃないんだけど? 私は南雲ハジメ。そこにいる男の妹」

 

「……そう。今大事な話の最中。邪魔だから出ていけ」

 

「邪魔はあんたでしょ? 兄貴にベタついていないで私の視界からとっとと失せろ」

 

お互い妙に棘がある言動。少女達の周りの空気が重くなり温度が冷めていくのを素肌で感じるゲン。一触即発に呑み込まれ、下手に発言を誤ると殺られること間違いなしの危険な少女達の間でタジタジになりながら説得を試みる。

 

「あ、あの〜、お二人さん? ど、どうして俺を挟んで睨み合ってるんですかね? 事情は後で説明するから、そのぉ〜……あ、ホラ見て見て! 敵だよ敵! 巨大サソリっぽい敵がいるから集中しよう!!」

 

強引に話題を逸らすように、二人の耳に届くように叫びながら天井を指差す。

と同時に……指差した真上から巨大な影が降ってきた。

咄嗟の判断で、ゲンはメンチを切り合っているハジメとユエを全力で押し出して遠くへ移動させる。直前まで二人がいた場所にズドンッ! と地響きを立てながら巨大な魔物が姿を現す。体長五メートルの四本の長い腕に巨大なハサミ、二本の尻尾の先端には鋭い針、八本の節足を動かすそれはゲンの言う通り“巨大サソリっぽいもの”だ。

 

『ギィイイイイイイイイイイイ!!』

 

声の威圧から今まで遭遇した魔物と比べ物にならない強者の威厳を感じ、全員の額に汗が垂れる。

先ほどまで睨み合っていたハジメとユエも、今は争う場合じゃないと理解し、目の前の敵へ視線を向ける。

 

『——ォオオオオオオオオオ!!』

 

今度は大きな扉の向こうから野太い雄叫びが響き渡ったと思えば、タイミングを合わせたかのように扉を蹴破って二体の巨体が部屋に乱入する。四メートル近くある大剣を背負った一つ目巨人、所謂サイクロプス二体だ。サイクロプス達も巨大サソリと同じく、侵入者であるハジメとゲンを排除しようと敵意を向ける。

ゲンが部屋に入って(と言うより落下)から三時間、部屋の中や扉の向こうから魔物の気配は一切なかった。つまり、この二体の一つ目巨人とサソリ擬きはこの部屋に封印されていたユエを逃さないための(トラップ)なのだろう。

ユエを置き去りにすれば自分達だけは逃げられると、一瞬考えを過ぎったハジメだったが、ゲンの顔を見てそれは無理だと察した。ゲンの中に、虐められて泣いてばかりだった頃の義妹(ハジメ)と姿が重なって見える少女(ユエ)を、兄貴(シスコン)の意地にかけて見捨てるという選択肢などないと、一瞬で理解した。

ゲンの腕にしがみついて魔物達に目もくれず一心に彼だけを見ているユエの姿に殺意を覚えたハジメだったが、肩を揺らしながら「……ハァ、仕方ないわね」と溜息を吐く。ポーチから神水の入った容器を取り出し、有無を言わさずユエの口に「うむぅッ!?」と突っ込んだ。

 

「兄貴、今はこれしか錬成できなかったけど使って。要望通り旧式型ドリルも付けておいたから」

 

「おお! 待ってましたぁ!! 流石、頼りになる自慢の妹だぜ!」

 

ゲンに微調整を終えたスイッチ四個を渡しドンナーを構えるハジメ。

無理に飲ませたハジメに涙目になりながら恨みを込めた視線を向けるユエだったが、体の奥底から活力が戻ってくるのを感じ取り、覚悟を決めた瞳をゲンに向けて頷く。

恐れや迷いなどない、自分達の運命をゲンに委ねると言わんばかりに笑みを漏らした二人の少女を見やり、ゲンの中の「妹と妹っぽい娘を守るぞ!」と言う闘志が燃え上がった。

 

「上等だ、巨人だろうがサソリだろうが、俺の家族を狙う奴は敵だ……行くぜ!」

 

《Rocket》《Launcher》《Drill》《Radar》

 

《3!》《2!》《1!》

 

「変身!!」

 

ベルトの空欄に四つのスイッチを装填し、前方の赤いスイッチを押し鳴らし、掛け声と同時に真横のレバーを押し出す。煙とリングにゲンの体は包まれていき、煙が晴れれば白の戦士が姿を見せる。

 

「宇宙、来たーーーーーーーー!! シスコン同盟初代会長南雲ゲンことフォーゼ! タイマン、晴らしてもらうぜ!!」

 

恥ずかしげもなく堂々とした宣言を合図に、魔物達との死闘が始まる。

 

 

 

 

「足手纏いだけにはならないでよ? チビ」

 

「……それは私のセリフ……不健康女が」

 

そして同時に、女同士の闘いも始まる。こっちがメインになりそうな雰囲気だった。

 




ようやく四つのスイッチが揃いました。長かったなぁ〜、ここまで来るのに。

ユエを封印していた装置は、作者の都合によりコメディ要素が込められた簡単な装置になってしまいました。

封印装置「解せぬ……」


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14.吸血・姫・加・入!!

深夜のテンションに身を任せて、連続投稿しちゃいます!


本来この封印部屋を守るガーディアンとして扉の前に配備されていたサイクロプス達だったが、まさか何百年の歳月を経て形成された落とし穴を伝って直接内部に侵入者が入り込むなど予想しなかっただろう。

しかし、奈落の底の更に下層とも呼べる地に訪れる生物など命知らずのモンスターぐらいだ。役目を果たす絶好の機会だと一体のサイクロプスは嬉々としながら侵入者の一人、ハジメに視線を向ける。

狙いを定められた当の本人は、目の前の敵が巨大な大剣を振り上げる暇など与えず引き金を引いた。銃口から耳を激しく打つ発砲音と同時に飛び出されたタウル鉱石の弾丸は電磁加速されたままサイクロプスの一つ目に突き刺さり、脳をかき回し破壊した挙句、後頭部の外皮を爆ぜさせて貫通し、背面の壁の一部を粉砕した。

撃たれたサイクロプスは何が起こったのか分からず痙攣しながら倒れ込んで絶命する。隣で見ていたもう一体も同じく、何が起きたか理解できずキョトンとした。

 

「悪いけど、お前達に付き合っていられるほど私は暇じゃないの」

 

明らかに厄介なサソリ擬きだけでも手一杯だというのに、お約束の展開を迎える余裕など持ち合わせてない。経験してきた境遇を考えれば無理もないが……早々にモンスターを始末したい最大の理由は、現在進行形で兄貴(ゲン)に付き纏っている害虫(チビ女)を殺——もとい事情聴取したいからだった。

ドパンッ! という銃声が再び部屋中を駆け巡り、残った一体のサイクロプスの眼球を貫き頭部を粉砕する。ビクンビクンとしばらく痙攣した後、先ほど命を絶たれたサイクロプスの体と重なるように倒れ伏す。

“銃”という武器も知らず、ほぼ八つ当たり気味の容赦ないハジメの弾丸に撃沈されたサイクロプス達は憐れとしか言いようがないだろう。

ゲンの背中で、ユエは驚愕の連続である。いきなり姿が変わったゲンにも度肝を抜かれたが、ハジメの持つそれは見たことがない、魔法陣や詠唱も使用せず、閃光のような攻撃を放つ武器だ。驚くなと言う方が無理な話だった。

 

「流石ハジメたん! 兄貴の手なんか借りずに一人で倒すとは! 宝箱を守る門番モンスターでお馴染みのサイクロプス先輩を同時に二体倒すなんて、しかも倒し方が八九三寄りの倒し方ぁ! でも、そこに痺れる憧れるゥ!!」

 

『キシャァアアアアアアア!!』

 

テンションが上がっているゲンに対し、こっちを無視すんな! と訴えるかのように、ギチギチギチッ、と節足動物特有の足音を軋めかせながらサソリ擬きが先手を打った。

サソリ擬きの尻尾の針先から溶解液が勢いよく噴出される。目にも止まらぬ速さで射出された液を、ゲンはそれを上回る素早さで飛び退いて躱す。

着弾した液がジュワァ〜と音を立てながら床を溶かす様を横目にゲンは「ふぅ〜、危ねぇ危ねぇ。セーフ」と警戒心を高める。背中にはユエがしがみ付いているのだ、下手に動けばユエに被害が及んでしまう。

 

「しっかり掴まってろよ、ユエ! 一瞬でも手の力を緩めたら死ぬと思え!!」

 

「……ん。でも、ゲンは真面目に戦いに集中して」

 

「…………すんませんでした」

 

小さい風貌の少女に正論を言われたゲンは落ち込みつつ、真面目にサソリ擬き討伐に集中する。

 

《Rocket On》

 

右腕にロケットモジュールを出現させ、噴射の速度を緩めることなく宙を駆け抜ける。

頭上でウロチョロされて鬱陶しかったサソリ擬きはもう一方の尻尾の先端を肥大化させ、凄まじい速度で散弾針を撃ち出す。

瞬時に見抜いたゲンはロケットを方向転換させ、急速にバーニアを噴出させて散弾針の攻撃範囲から脱する。

 

『キシャァアアアアアアアア!!』

 

サソリ擬きは怒号と読み取れる絶叫を上げながら八本の脚を荒々と動かし、ゲンを逃さないように囲い込む。四本の巨大な鋏が大砲のように伸び、ゲン達に迫る。

一、二本目の大鋏をロケットの操作で躱し、三本目を逆上がりの応用で、体を捻らせて躱す。残った四本目の大鋏が風を突っ切りながらゲンに迫る。

 

《Drill On》

 

咄嗟にドリルのスイッチを入れ、左足にドリルモジュールを装着させる。ゲン所望の“漢の魂が宿った”形のドリルで迫ってくる大鋏を蹴飛ばし、腕ごとサソリ擬きの大鋏を地面に叩き落とす。

 

「ん〜、流石ハジメたんだpart.2。俺好みの格好良いドリル。強度もバッチリだし、病みつきになりそうだぜぇ……! と、大丈夫かユエ?」

 

「うぅ……何、とか」

 

空中戦の激しい動きに付いてこれず唸っていたが、何とか堪えているようだ。

無事を確認したゲンは、ロケットの噴出を最大限に上げ、サソリ擬きの背中部分までの距離を詰め寄る。そのままロケットの出力を上げたままの勢いでドリルの先端を向け、外殻にドリルを打ちつけた。

ドドドドドドッ!! と岩盤を削るような掘削音が響き渡り、背中を蹴り落とされた衝撃でサソリ擬きの胴体が地面に叩きつけられる。

だが、ハジメ曰く、必要な素材が足りなかった未完成のドリルモジュールでは岩よりも硬い外殻に穴を空けることは愚か、ドリルの先端も侵入することは難しかった。

サソリ擬きは鬱憤を撒き散らすように二本の尻尾を背中に向け、溶解液と散弾針を撃ち出す。

危険を察知したゲンはロケットを噴出させ離脱を図り、溶解液と散弾針の攻撃から逃れることができたが、運の悪いことに、逃げた場所がサソリ擬きの巨大鋏で囲まれた空間だった。

再度、四本の大鋏がゲンに襲いかかる——寸前で、サソリ擬きの眼前に強烈な閃光が迸る。

ハジメが咄嗟に放った“閃光手榴弾”だった。爆発と同時にモンスターですら眩い閃光を炸裂する手榴弾はサソリ擬きの視界を遮り、ゲン達が逃げる時間を稼ぐのに十分過ぎた。流石ハジメたんpart.3!

 

「兄貴! 今の兄貴じゃコイツに勝てないから下がって! それと、その女も邪魔だから余計なことしないように見張っていて!!」

 

ハジメはドンナーを構えながら叫び、“空力”を用いて跳躍を繰り返し、サソリ擬きとの距離を詰め寄る。何か弱点部分がないか探しているようだった。

スイッチを切って着地しながら“勝てない”と言われて歯痒い気持ちになるゲン。その背中にいるユエは、ハジメの「邪魔」と言う指摘にムッとする。

ゲンの愛して止まない妹だろうが、行く行くは義姉と認めてもらう未来の義妹だろうが関係ない。あの女だけには負けたくなかった。

華麗にユエはゲンの背中から降りる。

 

「ん? どうした? 急に俺の指を掴んだりして」

 

「ゲン……お願い、信じて」

 

そう言ってユエは、ゲンの指を咥えた。そして、噛み付いた。

ゲンは指先に二本の針で刺されたような痛みを感じ、体からスゥーと力が抜き取られるような違和感を覚えた。ユエが自分は先祖返りの吸血鬼だと名乗っていたことを思い出し、これが吸血行為なのだと理解する。

先程の”信じて“と言った理由も納得したゲンは特に気にせず、そのままゆっくり飲ませ続ける……一方、

 

「あのクソ女が、何私の兄貴の指を咥えているの? しかもあれ、ワザと私に見せつけるよね? 今すぐ首を狩りに行っても良い? あの腐れ寄生虫をこの世から滅殺しても良いよね? 答えなんて聞かないけど、誰か勝手に“No”なんて答えたら殺すけど」

 

襲いかかるサソリ擬きの他に、もう一つの大問題が発生中。

このようにラブシーンに見えなくもないゲンとユエの姿に、地獄に住まうベテラン獄卒も裸足で逃げ出すぐらい恐ろしい形相になり、触れるだけで肌が爛れると錯覚するほどの禍々しいオーラを全身から放出するハジメがいた。殺意をユエに一直線に向けながら。

そろそろサソリ擬きも“閃光手榴弾”のショックから回復した頃のはずだが、度を超えた兄への病ンデレの瘴気に当てられ、怯えて動けないように見えた。お陰で十分な時間を稼げたので結果オーライとも言える。

 

「……ごちそうさま」

 

ゲンから離れると、ユエは立ち上がりサソリ擬きに向けて片手を掲げた。同時に、華奢な体からは想像もできない莫大な魔力が噴き上がり、部屋中の暗闇に黄金の光が差し込む。

魔力の色と同じ神秘的な黄金の髪を靡かせながら、たった一言、呟く。

 

「……”蒼天“」

 

刹那、サソリ擬きの頭上に直径六、七メートルはある青白い炎の球体が形成される。

一瞬で危険を察知したサソリ擬きは急いで戦線離脱を図るが、奈落の底の封印から解放された吸血姫は見逃さない。指揮者のように指を伸ばし、青白い炎の球体を自身の手足のように操作し、逃げ惑うサソリ擬きの頭上に直撃する。

 

『グゥギィヤァアアアアアアアアアアアアア!?』

 

苦悶の絶叫がサソリ擬きから響き渡る。サソリ擬きの背中から鋼鉄が熱せられた製鉄所の臭いが漂う。

 

「よっしゃあ! でかした、ユエ!」

 

傷一つ付かなったサソリ擬きの外殻表面がドロリと溶けているのを目にしたゲンは、勝機を逃さず、ロケットとドリルを瞬時に装着してサソリ擬きのところへ飛ぶ。

先程よりも距離があり、なおかつロケットの噴出の勢いも強めるが、それだけでは足りないと直感で感じた。

 

「まだまだァッ!! こんな威力じゃあ、アイツを貫けない!」

 

右腰部のレバーを押し、右腕と左足に装着した二つのモジュールの力を高める。

 

《Rocket・Drill Limit Break》

 

機械的な音声が流れ、ロケットのブースターが火を吹くほど推進力を上げ、ドリルが猛回転を始めて貫通力が増す。

体全体が弾丸になったように勢いを上げ、ドリルの先端をサソリ擬きの背中に向けた。

 

「必殺! ロケットドリル、キィイイイッックゥウウーーーーー!!」

 

ベルトに備わる限界突破の機能でロケットの推進力とドリルの回転力が向上し、ゲンの備わっている馬鹿力である蹴りの威力が上乗せされた。

ガリガリガリガリガリガリガリガリッ!! —————ガギンッ!!!

やがて耐久力が限界を迎え、金属が大きく罅割れた感触が先端のドリル越しに伝わる。

 

『キシュアアアアアアアアアアアアア!!?』

 

この世の終わりを垣間見たような絶叫を上げたと同時に、ゲンの飛び蹴りがサソリ擬きの胴体に大きな穴を空けた。生命活動を停止された巨大な蠍型モンスターは地響きを立てながら転倒する。

 

「スッゲーな! ユエってば、あんなスッゴイ炎を出すことができるのかよ! サソリ擬きもノックアウトだぜ! な、ハジメも見ただろ!?」

 

少年の心を忘れないゲンは間近で見た巨大な魔法に興奮を覚え、ヲタク兄妹のハジメにも同意を求める。

ハジメはと言うと、人智を超えた驚異的な光景に呆然としながらも、一番の強敵を撃破する決定打を横取りされたことに不服だった。もっと兄貴(ゲン)に褒められたかったのでは断じてない、と自分に言い聞かせながら。

 

「……ん。二人の初めての共同作業」

 

「ん? ああ、そうだな」

 

どことなく嬉しそうな表情をしたユエが、何やら状況をよく呑み込めないでいるゲンに相槌を打つ。

ふとハジメに視線を向け、ユエは口パクで「……お前の助けなど要らない」と告げる。

分かりやすい挑発を受けたハジメはドンナーを構え、口パクで「調子に乗るなよ」と、少女の形をした次なる獲物に視線(さつい)を向け続けた。

 

「なッ……! い、いつの間に二人は意思疎通ができるほど仲良くなった!? 俺ですら時間がかかったというのに! 女子同士だからか!? やっぱり女子同士だから通じるものがあるのか!! 百合の花園が咲き誇れば俺達、男はいつだって外野でモブキャラ扱いにされるんだよ! でも、でもぉ!! だからって俺を放って勝手に会話を進めるのは良くないと思います! だから問おう!! 君達ィ、女子同士がそんなに良いのか——ひでぶぅうううッ!!?」

 

女同士の無言の修羅場を目にしたゲンは、百合が咲き誇ったと盛大に勘違いしまくって、見事にフラグを回収しまくった。案の定、ユエから“蒼天(極小)”を、ハジメから殺傷力を抑えた弾丸を、同時に頂戴したのは言うまでもない……

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

サソリ擬きを撃破したゲン達は場所を移し、サソリ擬きとサイクロプスの素材や肉などをゲン達の拠点に持ち帰った。持ち運ぶのに苦労したのは当然だが、主にゲンが荷物運び役として大幅に負担してくれた成果もあり、何とか三人がかりで運び込むことができた。これで勝手に勘違いしまくった件はチャラにしてもらった、サソリ擬きと戦った時よりもボロボロの顔になりながら。

因みに、ユエの封印された部屋を拠点として使う手段もあったが、本人が断固拒否したため却下された。

消耗品を補充しながら、お互いのことを話し合っていた。

 

「つまり、そこにいる金髪女は元吸血鬼の姫で、少なくとも三百歳以上の歳上ってわけ? で、封印された部屋に兄貴が入り込んで、そんな間抜けな方法で助け出されたって?」

 

「……マナー違反。それに間抜けなのは私じゃない、あの装置」

 

ユエが非難を込めたジト目でハジメを見るが、まだ仲間だと認めていないハジメは知らん振りする。

話を聞く限り、血を摂取することで他種族より長生きする吸血鬼も二百年が限度らしく、十二歳の容姿のまま三百年も長生きするのは、吸血鬼の中でもユエが例外だそうだ。ユエは十二歳の頃に魔力の直接操作や“自動再生”の固有魔法に目覚め、歳を取らなくなったらしい。

 

「ほぉ〜、それじゃあ吸血鬼が一番の長寿の種族ってわけか」

 

「……ううん、そんなことはない。人間族は七十、魔人族は百二十歳が限度だけど、亜人族の森人族には何百年も生きている人もいる」

 

先祖返りで力に目覚めたユエは十七歳という若さで吸血鬼族の王位に就いたが、欲に目が眩んだ叔父がユエを有り余る力を持った怪物だと周囲に浸透させ、大義名分の元に殺害を図った。だが“自動再生”の固有魔法で殺しきれず、止む得なく封印したと言う。

“蒼天”のような強大な魔法をノータイムで撃てること、ほぼ不死身の肉体を備わったことから弁明もできず“怪物”と認定されてしまったのだろう。

当時ユエは、信頼していた民や叔父に裏切られたことにショックを受け、反撃する気力も湧かず流されるままに封印の術をかけられ、気が付けば封印部屋にいたらしい。

 

「……ゲンが来てくれなかったら、私は一生あの部屋にいた……それで、ゲンとハジメ、どうしてここにいる?」

 

今度はこちら側の情報を知りたがるユエ。ハジメが魔力を直接操れる理由、ハジメが固有魔法らしき魔法を複数扱える理由、ゲンのよく分からないスイッチとベルトに”変身“した姿の理由、魔物の肉を食べても平気な理由、ゲンの片腕片足が欠損した理由……キリがない質問の数々が、ユエの口から発せられる。

ゲン達は、クラスメイトと一緒にこの世界に召喚されたことから始まり、これまでの経緯を話した。

途中で、ユエが啜り泣いていることに気づく。

 

「どうした、ユエ? 腹が痛いのか?」

 

「……ぐす、違う……ゲンも、私も辛い………ついでにハジメも辛い」

 

「おい、私は“ついで”扱いか? さっきの仕返しのつもり?」

 

仲が悪い少女達を「まぁまぁ」と嗜め、ゲンは自身の服でユエの涙を拭き取ってやる。

 

「気にするなって。俺はハジメに怪我がなかっただけで幸せ者だ。それに今更なくなった腕や足を気にしても、前に進めないだろ? 故郷に帰るため、帰還方法を探して、今を生き伸びることに全力を注がねぇとな……ほら、泣いてばかりいるんじゃないの。可愛い女の子は笑顔が一番似合うのはどの世界も共通だろ?」

 

「……スン……うん……でも……」

 

丁寧に涙を拭いてくれるのが気持ち良い仕草をするユエが、故郷に帰るというゲンの言葉を聞き、再び沈んだ表情になる。

 

「……やっぱり、帰るの?」

 

「もちろん。帰りたいし、俺は約束したからな……例え姿が変わったとしても、両親が俺達のことを分かってくれなくても……ハジメと一緒に、家に帰るってな」

 

ゲンは迷わず本心を晒す。そのことを今ここで言えばユエの気持ちは暗くなることぐらい、ゲンでさえ知っているにも関わらず。

 

「私にはもう、帰る場所……ない……どうすれば、良い? 私はこれから……どこに行けば……?」

 

迷子のように、自分の行き先を決めることもできずにいた。三百年以上も孤独に縛られ続けたせいで、いざ”自由“を与えられても、自由の扱い方を思い出せない。

今のユエはゲンが新しい居場所だと認識しているため、彼がこの世界から去ることはユエからすれば再び居場所を失うことだと思い込んでいる。

そんな儚い姿のユエを見て、ゲンは頭を撫でながらユエの本心を促す。

 

「ユエ自身は、どうしたいって思ってるんだ? こんな魔物の巣窟に住みたいわけじゃないだろ?」

 

「え?」

 

言ったことに理解できないという表情を浮かべるユエに、ゲンは”もしも“の話を告げる。

 

「例えば、地上に出たユエはこの先、花畑に一軒家を建てて、のんびりと暮らしたいって言うなら、俺は尊重するぞ。もし、その花畑の近くに村があって、ユエが恐いから”出て行け“と言われたら……その時は俺を呼べ! そんな酷いことを言う輩は、俺が片っ端から殴り倒して黙らせてやる!」

 

「え、えと……別に私、花畑に住みたいわけじゃ……」

 

「とにかく! 俺が言いたいのは、これからユエがどう生きるかは、ユエが決めて良いことだってことだ! 人の都合とか考えないで、自分がどこにいたいか、誰といたいか、胸に手を当てて考えてみな。どんな無茶振りでも、俺は嫌がったりしないぞ?」

 

ゲンはニカッと笑い、ユエを全力で肯定した。

あまりのことに呆然としながら、やっと理解が追いついたユエは「良いの?」と遠慮がちに聞く。迷うことなくゲンは頷いた。

ユエと新たな名を貰った少女は、紅い瞳に涙を滲ませながら、初めて自分の願いを叫んだ。

 

「………私はっ……ゲンと、もっといたいっ……世界を超えてでも、ゲンとずっといたいっ……だから、私も一緒に連れてって……!!」

 

「よし、任せろ!! 父さんや母さんには俺の方から、バク転からの土下座を駆使してでも説得するさ! だから、嬉しい時は笑っとけ」

 

「うんっ…うん……!」

 

悲しみではなく、嬉しさから湧き起こる涙がポロポロ溢れ出るユエに、やはりゲンは迷いなどなく漢気を見せる。笑みを催促されたユエは涙が止まらないまま、今までの無表情が嘘のように、小さく綺麗な花が咲いたように精一杯微笑んだ。

一部始終見ていたハジメは「また女を……」と非常に深い溜息を吐きながら、しょうがないと諦める。

 

「兄貴は、人を見る目は確かだから、あんたを信用してやっても良い。だけど、裏切ったら即刻殺すから、そのつもりでいてよ? ()()

 

「……うん…ゲン、ありがとう……()()()も、ついでにありがとう」

 

「だから”ついで“って何なの!? 喧嘩売っているの?」

 

仲が悪いのは変わりないが、一応分かり合えたということで、ゲンも満足気になる。




ハジメちゃんとユエさんの百合妄想が止まらない馬鹿(ゲン)
しかし、この男が不在のまま、奈落の封印の地でユエとハジメ(女)の二人が出会っていれば、健全な百合物語になっていたかもしれません(笑)

そう考えるとニヤニヤが止まらな———ドパンッ! ゴォォォォ! ギャァアア⁉︎
(*ここから先は血で汚れていて読めない)

……わ、我が生涯に、一片の…悔いなし………ガクッ


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15.エセ・アル・ラウ・ネ!!

「うーん……何がどうしてこうなったんだろうなぁ?」

 

「……ゲン、ファイト……」

 

「あんたは気楽で良いよね! それよりもユエ! いい加減に兄貴の背中から降りてよ! 交代制で次は私の番でしょ!?」

 

「………だが断る。ここは私だけの特等席」

 

現在フォーゼに変身状態中のゲンは、ユエと大きな荷物を背負いながら草むらの中を爆走している。周囲は百六十七センチメートル以上ある雑草が生い茂り、低身長のユエなら完全に見えなくなるほど高い。背後から迫る何かから猛然と逃走しながら、隣でハジメはゲンの背中で優雅に満喫しているユエに抗議している。

 

「二人の可愛い女の子に囲まれてお兄ちゃん冥利に尽きますなぁー! ……と言いたいところだけど、現在進行形でリアルジュ○シックパークを体験しているから意外に余裕じゃないんだよなぁ。二人共、呑気だねぇ~」

 

『『『『キシャァアアアアアアア!!!』』』』

 

生い茂る雑草を払い除けながら走り続ける理由が、二百体近くの魔物に追われているからだ。

真っ白な巨体の爬虫類を彷彿とさせる魔物、形状は完全にヴェラキラプトルのそれだ。その大群に追われているため、ゲンの言うあの名シーンを数百倍も凶悪にさせたような体験を、今現在味わっている。

何故か、頭に一輪の花を咲かせている点が気になるが……

 

「そう、あれは数時間前の出来事だった……この階層まで降った俺達は一頭のラプトル擬きの魔物に遭遇し、うっかり“本物のラプトルだぁ〜!”と少年の心が湧き上がった俺は我を忘れ、感動を胸に秘めながらラプトルに突進したと同時に頭の花をむしり取ってしまったんだ! しかし奇妙なことにラプトルは、花が取れたのを確認すると嬉しそうに地面をピョンピョン跳ねて、最後に頭を下げて『キシャァァァァ、キシャシャシャシャシャン、キシャシャァアアア(辛たんだったわ草。花に操られるとか、あーし超ウケるんですけどwww)!』と雄叫びを上げると、踵を返して嬉しそうに走り去って行ったのが……全ての始まりだった」

 

「……ゲン? 長々と誰に向けて話しているの?」

 

「今、俺達の状況が呑み込めない読者の皆様に決まっているじゃん!」

 

………作者(こっち)側からすれば色々助かるけど、“読者”とか言わないで。

話は上記の通りである。いつもの暴走したゲンが偶然、花に操られていたラプトルを救い、戦闘になることもなく見逃された。

だが、ほどなくして太い樹木が無数に伸びている場所に出て、そこで同種の魔物の群れに遭遇してしまったのだ。しかも、全てのラプトルの頭に色とりどりの花が咲いていた。

最初に襲いかかった十数頭は返り討ちにしたが、別の通路から三十、四十、六十以上の魔物が押し寄せ、拉致が開かなくなって離脱を開始する。集まり集まって、二百体のラプトルに追いかけ回されて……今に至るわけだ。

 

『キシャァアアアアア!!』

 

真横から別のラプトルが牙を剥き出して飛びかかった。

応戦しようと拳を握り締めると、

 

「“緋槍”」

 

ユエの手から放出された炎は渦を巻いて円錐状の槍形状となり、一直線にラプトルの口内に目掛けて飛翔し、あっさりと貫通。肉を溶かし、血を蒸発させ、一瞬で絶命されたラプトルは地響きを立てながら横に倒れ伏す。

頭の花がポトリと取れ、ラプトルの墓場だと示すように落ちた。

 

「…………」

 

言いたいことが色々あったが、押し黙ってしまうゲン。

補足だが、ゲンは常備フォーゼの姿に変身しているわけではない。魔物の奇襲に遭うなどの非常時を除き、普段は腕と足が片方ずつ欠損している元の姿で過ごしている。戦闘面において不利になるため、食事や睡眠時以外は常に変身しておけば良いのでは? と意見もあったが、ゲン曰く「ずっと変身していると精神が削れる気分」と。その意見もあり、ハジメとユエはゲンのフォローに回ってくれるようになった。

しかし最近では、フォーゼに変身している時でも戦闘では二人の少女が無双することが多い。最初は近接戦しかできないゲンの援護に徹底してくれていたのだが、途中から対抗するように先制攻撃を仕掛け瞬殺しまくるのだ。しかもハジメまで対抗意識を燃やして先制攻撃を真似し始めたせいで、ゲンは全くと言っても良いほど出番がなかった。

一応、前衛として前に出ているが、遠距離に有利かつ強力なハジメの銃火器とユエの魔法の前では、馬鹿力が取り柄の肉弾戦(ステゴロ)も霞んで見える。

まさか、足手纏いの役立たずと、このまま戦力外通告を言われるのでは!? とリストラ間近のリーマンのように内心不安に駆られてしまう。

 

「ここ最近の俺、全く活躍していない役立たずのような気がするんだけど……」

 

「……私、役に立つ……ゲンのパートナーだから」

 

無表情ながら得意げな顔を浮かべるユエは、ハジメに視線を変えると——

 

「…………ふ」

 

ゲンには見えないように、ハジメに嘲笑を浴びせる。

「この自分こそゲンの一番(パートナー)だ」と、宣戦布告を通り越して既に攻撃しているのに等しい行為。眼前で見せつけられたハジメは歯軋りをするほど嫉妬し、すぐ撃ち殺してやろうかと言うようにホルスターに収めているドンナーへと手を伸ばしながらピンポイントでユエに殺気を浴びせる。

 

『キシャァアアアア!!』

 

すると、再びさっきとは逆方向から別の花を咲かせたラプトルが襲いかかってきた。

ユエが掌をラプトルに向け、

ドパンッ!!

ハジメのドンナーから放たれた弾丸は風を突っ切り、ラプトルの額に向かって一直線に飛び出し、そのまま貫通する。一瞬で頭蓋骨ごと生命維持機能を砕かれたラプトルはグルンと眼球を回しながら地面に横倒しになる。転倒の際、再びラプトルの頭上の花が落ちた。

無言で掲げていた手を下げるユエは、ゲンに活躍を見せつける機会を掻っ攫ったハジメに恨めしい視線をぶつける。

ドンナーを回してホルスターに収めたハジメは、ゲンに顔を見られない位置まで行き、ユエと視線を合わせ——

 

「…………はっ」

 

嘲笑を浴びせ返す。

「お前如きに兄貴(ゲン)のパートナーが務まるわけがない、一番はこの私だ」という分かりやすい挑発にビキィッ、とユエの額に青筋が立てられる。

 

「ほら兄貴、勝手に自分をパートナーと思い込んでいる寄生虫は無視して、早く移動するよ。さっさとここを攻略しないといけないから」

 

「………生意気なことを抜かすな、義妹」

 

「おい、義妹と呼んだら殺すって、前にも言ったわよね? 脳まで栄養が行かなかったの? グータラ寄生虫」

 

「……殺ってみろ、チリ一つ残さずこの世から消し去ってやる……キメラ擬きが」

 

『——あぁん!?』

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ったッ!! 何の争いが勃発し出したのかな!? 今俺達の状況を把握できている!? 二人共! 俺なんかのために争いなんて止めてくれ! ……こんな臭いセリフを言う日が訪れるなんてな、人生ってのは何が起こるか分かったもんじゃねぇな——」

 

「———兄貴は黙って」

「———ゲンは黙って」

 

「……はい。すんません調子に乗って」

 

ユエとハジメは殺気をぶつけ合いながら火花を散らし始める。

二人の近くにいるゲンは巻き込まれる形で少女達の殺気をモロに浴びてしまい、女同士の修羅場に男は手出しできないと見守るしか術がない。「雫ちゃんも、こんな気持ちだったのかな……」とポツリと漏らし、再会した時は”いつもお疲れ様です“という労いの言葉をかけてあげようと思った。

彼女達自身も忘れているかもしれないが……絶賛ラプトルの大群に追われている最中である。

ドドドドドドドドドドドドッッ!!!

 

「げぇッ!? 後ろから増援部隊が来た! 鬱陶しい! どうせ来るなら後にしてくれよぉ!! こっちはこっちで色々大変なんだよぉおおおお!!」

 

カプッ、チュー

百体以上の新たなラプトルも加わり、総勢三百体のラプトルに追われる羽目になるゲン達。

カプッ、チュー

しかもプロの狩人のように背の高い草むらに身を潜めながらラプトル達は四方八方から突撃してくる。

カプッ、チュー

ゲン達は今通っている草むらの向こう側に見える迷宮の壁、その中央付近にある縦割れの穴が空いた洞窟らしき場所へひたすら爆走する。

何故その道を進むのかというと、襲い来る魔物動きに一定の習性を発見したハジメが、ある方向に進むと魔物が過敏に行かせまいとすることに気づいたからだ。

カプッ、チュー

 

「ユエ、いい加減降りて! と言うか、さっきから兄貴の血をちょくちょく吸うのを止めてよ!」

 

「……ゲンの血が美味すぎる……私は悪くない。ゲンの血が熟成の味、美味なのがいけない……魔力も蓄えないと」

 

「だったら別に私の血を飲んでも良いでしょ? 私の血だって魔力を蓄えられるんだから」

 

「……ハジメの血……生臭くて飲めたものじゃない」

 

「嘘を言わないで、お前はまだ私の血を飲んだことないでしょ。それに吸血鬼が生臭いの無理なんて言い訳、通じると思った?」

 

「……キメラは黙っていろ」

 

「殺すぞ……大した働きもしない寄生虫が」

 

こんな状況でも関わらず、インドミナス○ックスも逃げ出すほどの威圧感が滲み出る睨み合いを再び始めるハジメとユエ。近くにいるゲンは完全なるとばっちりだった。

ここは兄貴としてガツンと叱りつけてやる! そう兄貴魂が燃え上がったゲンは説教しようと声を上げ……

 

「はぁーい、いい加減にしようかー二人共! いつも情けないお兄ちゃんだってなぁ、怒る時は怒——」

 

「———黙ってないと死ぬよ、兄貴?」

「———ゲン、黙って……巻き込まれる」

 

「……………はい」

 

………られなかった。少女達の瘴気に当てられ、ションボリするゲン。

 

「何故だ? 何故、長男である俺は二人の争いを止めることができない? タイミングが悪かったのかなぁ? 今ならイケる! って、俺の“お兄たんセンサー”が作動したはずなのに……あ、“お兄たんセンサー”を初めて聞いたという人のために説明しておくが、このセンサーは——へぼぉッ!?」

 

クソの役にも立たないセンサーの説明をする寸前に縦割れに飛び込み、入口の上部に頭が直撃して何やら首がおかしな方向へ傾く。

縦割れの洞窟は大の大人が二人並べば窮屈に感じる狭さ。縦割れの穴に一斉に侵入しようとしたラプトル達はぎゅうぎゅう詰めにされ動けない。一頭のラプトルが鉤爪でこじ開けようとするが、その前にハジメがドンナーで火を噴き飛ばし、すかさず錬成し割れ目を塞ぐ。

 

「ふぅ、これで取り敢えずは大丈夫ね」

 

「痛ぇ、首が……お疲れ様だ、ハジメ。さてと、そろそろユエは降りな」

 

「……や……もっと、だっこ」

 

「我儘を言うんじゃありません! ほら、さっさと自分の足で歩く!」

 

「……むぅ、仕方ない」

 

ゲンの言葉にユエは渋々、ほんと〜うに渋々ながら背から降りる。

錬成で入口を密閉したのを確認し、ゲンの背負っていた大荷物を地面に置くと三人は慎重に洞窟の奥へ進む。

唯一“気配感知”の技能を扱えるハジメを筆頭に警戒を怠らず先に進むと、やがて大きな広間に辿り着く。

広間の中央まで歩いた時、全方位から緑色のシャボン玉のような球体がふよふよと無数に飛んできた。その数は優に百を超え、触っただけで爆発しそうな見た目である。見た目通りの脆さは「何だコレ? ——ぶはぁ!! 爆発したぁ!?」と警戒心の欠片もなく指先で緑球に触れたゲンが実証済みだ。

全方位から撃ち込まれる緑球を、ハジメは十八番(おはこ)の錬成で石壁を作り出し防ぐ。ユエも問題なく、速度と手数に優れた風系の魔法で迎撃する。

 

「びっくりした〜、急にボフッって爆発したんだもの。まさか、コレも敵の攻撃かッ!?」

 

「いや、もっと早く気づけよバカ兄貴」

 

「おのれぇ小癪な! ユエ! 本体はどこにいるか分かるか……ユエ? その猫みたいな顔はどうしたん? 町内イベント睨めっこ大会の優勝者の俺と睨めっこしたいの?」

 

「そんな訳ないでしょ?」とハジメのツッコミを与えつつユエを見る。ゲンの言った通り、ユエの瞳孔は猫のように縦開きになり口をあんぐりと開けている。

ゲンの質問に答えないまま……いつもの表情に戻ったと思えば、ユエの手がゲン達に向いた。

 

「……逃げて……ゲン!」

 

ユエの叫びと共に、手に風が収束し出す。

 

「危ねッ、捕まれハジメ!!」

 

「きゃっ!?」

 

危機管理本能が激しく唸ったゲンは、ハジメの体を抱きしめ、反射神経をフル稼働させて飛び退く。ハジメの口から可愛らしい悲鳴が出たが、あまり追求しないでおこう。決して後が怖いからとか頭に風穴を開けられたくないとか我が身優先の理由じゃありませんですわよ、断じて全然これっぽちも。

ユエの手から放たれた風魔法の刃はゲンのすぐ横を通り過ぎ、背後の岩盤を綺麗に両断する。

 

「ユエ、まさか裏切ったの!?」

 

「いや違う! これは、さっきの緑球か!? きっと誰かに操られているんだ!」

 

そう言いながらゲンはユエの頭の上に咲いた花を指差す。あの執拗に追いかけてきたラプトル達の頭に生えた花と一致する真っ赤な薔薇。

さっき触れちゃったけど大丈夫かなぁ〜、と内心心配しながらゲンはユエの繰り出す風の刃を回避し続ける。腕の中でお姫様抱っこされているハジメが「あ、兄貴っ。おりょ、降ろして」と顔を赤くしている件は、何があっても絶対触れないように! 好奇心に負けじゃダメだから!!

さっきのラプトルと同じ原理なら花を抜いてしまえばユエは解放される、そう考えた二人は花を駆除しようとする。だが、敵もハジメの飛び道具を知っているようで、ユエを使って花を庇う動きをさせた。下手に手を出せばユエの身は無事でいられない、そう強調させるような動きだ。

迂闊に攻めることができない。ゲン達が不利になった途端、首謀者は狙い澄ましたように奥の縦割れの暗闇から現れた。

 

「クソぉ、一体どんな魔物がこんな事態を引き起こしやがった!? 綺麗な花で魔物でも人間でも操れるなんて……もしやこの展開、RPGでお馴染みのアルラウネやドリアード等、植物系の人間形態の魔物が登場するパターンなのでは!? 俺達ヲタクの夢を叶えてくれる美女系の魔物が出てくるのかぁあああああ!!?」

 

『…………』

 

勝手にヲタク魂が燃え上がり、はしゃぎまくるゲンにジト目を向けるハジメとユエ。

そんなことは気にせず、期待に応えるべく姿を現した魔物を目にしたゲンは………死んだ目に一変する。

 

『ギュィイ、イイ』

 

風貌は人間の女のそれだが、神話に登場するような美貌は皆無であり、内面の醜さが溢れているかのように醜悪な顔をしている。なまじ艶かしいプロポーションなだけに、ニタァと醜悪な笑みを浮かべる姿は気持ち悪い。

 

「……ふ、分かっていたさ。薄々予感はあったよ。こんなベタなガッカリを迎える展開になるって。でも、少しでも良いからヲトコ(ヲタクの男の略)の夢を叶えてほしかったよ……ああ、もう帰って良いから、ガッカリ崩壊顔面アルラウネさん」

 

人語も話せないような魔物に言語が通じるはずもないが、明らかに侮辱されたことを察したガッカリ崩壊顔面アルラウネことエセアルラウネ。先程の嘲笑は消え、顔面に幾つもの青筋のような模様を浮かべると『ギュイヤァアアアアアアア!!』と怒号らしき悲鳴を上げ、無数のツルが鞭のようにビュンビュン! とうねりまくる。余計に怒らせてどうするんだよ。

 

「……ごめんなさい……ゲン……」

 

心から悔しそうに歯を食いしばるユエ。吸血鬼特有の鋭い犬歯が唇に刺さり、結ばれた口元から血が滴り落ちる。

手が出せないのを良いことに、エセアルラウネはユエを盾にしながら大量の緑球をゲン達に放つ。

 

「ッ、離れろハジメ!」

 

緑球が衝突する寸前、ゲンはハジメの体を遠くに投げて回避させる。打ち付けられた一個の緑球が潰れると連鎖反応を起こして一斉に緑球の全てが爆発した。

目視できるほど大量の胞子が漂い、影響されるように苦悶の表情になるゲン。その姿にハジメとユエは悲鳴を上げる。

 

「兄貴っ!?」

 

「ゲン……!? お願い、この人だけはっ……!!」

 

ハジメの悲痛そうな叫び、ユエの涙目の懇願に耳を傾けず、新しい玩具(どれい)が手に入ったと歓喜するエセアルラウネは醜悪な笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

「ぐぅうううッ、あッ、頭が割れるぅうううう……も、もうダメだぁああッ! ぐぁああああああああああああああああ!!?」

 

キュポンッ!!

ゲンの唸り声が最大限の苦しみに到達すると同時に大きな音を立てながら………()()()()()()()()()()()

その場にいた皆が「……んん?」と、ゲンの頭の上に聳え立つキノコを怪訝そうに見つめる。無論エセアルラウネも例外ではない。

 

「あれ? 急に体が軽くなった。おーい皆、俺の頭を見てどうしたんだ? ……え? 何故、俺だけ花じゃなくて、キノコォッ!? 秋のキノコ収穫祭!? セルフ制キノコ祭り!? キノ〇オ、パ○スもしくはパ○セクトの末裔ぃ!?」

 

「落ち着いて兄貴、取り敢えず兄貴がキノコ虫の子孫でないことは確かだから。もぉ、心配させないでよ。で……心当たりはあるの?」

 

「い、いや。それが全く……強いて言うなら、来る途中に見かけた、道の端に生えていた赤と青の色が混ざったキノコを食ったぐらいしか」

 

「いや間違いなく原因それだから。どうして何でも勝手に食べるの? 見た目から怪しいじゃない」

 

「すまん。あんまりにも腹が減って……派手な色ほど美味いかな? って、思って」

 

「……子供じゃないんだから……ゲン、もう二度としちゃダメ……」

 

「はーい」

 

『——ギュイイイイィイイイイイイイイイイイ!!!』

 

緊迫した雰囲気をゲンクオリティーで台無しにされ、いつものコメディ満載の空気に変わったが、エセアルラウネの「私を忘れるなぁあああああ!!」と言わんばかりの雄叫びで三人は現在の危機的状況を思い出す。因みにキノコは、普通にもぎ取った。

話は大分逸れたが、ユエのようにゲンの頭にエセアルラウネの花が咲く気配はない。ゲンには胞子の効果がない様子だ。

エセアルラウネの胞子は神経毒の一種であり、“毒耐性”を備えたハジメも効果がないのだが、ゲンの規格外すぎるギャグ体質ほどではない。

エセアルラウネは、この二人に自分の胞子が効かないと悟り、一瞬でも忘れ去られたことに苛立った様子で、ユエに命じて魔法を発動させる。ユエが必死に「やめて!」「ダメぇ!」と悲痛な叫びを上げるが、それが享楽のアクセントだと言わんばかりに嘲笑の醜悪さを増長させた。

風の刃を払い除けながら、この状況を如何に打破すべきか模索していると、ユエが声を上げる。

 

「ゲン! ……私のことは良いから……こいつごと、殺って!」

 

足手纏いになるどころか、ゲンに攻撃してしまうぐらいなら自分ごと倒して欲しい、と覚悟を決めた様子で叫んだ。

そんな意思を込めた紅の瞳が真っ直ぐ、ゲンを見つめる。

 

「ユエの馬鹿野郎! そんなことできるわけがないだろう! 犠牲なんてしなくても済む方法をすぐ探すから黙って待っていろ!! お前は必ず俺が助けて——」

 

「あ、良いの? じゃあ死ね、惨たらしく」

 

『えっ?』

『ギュィッ?』

 

ユエの言葉を聞いた瞬間、少年マンガ主人公のような熱いセリフを言うゲンの言葉を遮り、何の躊躇いもなく銃口を上げるハジメ。その様子にゲンとユエだけでなくエセアルラウネも戸惑った。

ちらりとハジメを見ると、冗談などではなく、真紅の目が本気(マジ)を語っている。

 

「——させるかぁああああああああああああ!!」

 

全ての筋肉と神経をフルに働かせたゲンは、音速を超える速さでユエの元へ走り出し、未だハジメの言葉にポカンとするユエの頭を掴んで力づくで伏せさせる。

———刹那、

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

全弾、一発も残さずハジメは発砲した。

ドンナー六連射の弾丸は、さっきユエの額や心臓があった虚空を通り、その中の一発がユエの頭に生えていた花を撃ち抜き、六発全てがエセアルラウネの頭部や胴体を貫通する。六発の風穴を空けられたエセアルラウネは緑色の体液を撒き散らしながら爆砕された。苦悶と疑問を彷彿とさせる顔のまま地面に倒れ伏し、ビクンビクンと痙攣させながら絶命する。その遺体はハジメの“纏雷”で体液に引火し、炎に包まれて黒炭と化す。

 

「ちょっとハジメさーーーん!? 幾ら何でも躊躇なさすぎやしませんかね!? せめて俺のカッコ良いセリフを全部言わせくれないかなぁ!? ユエ、大丈夫か!? 頭皮とか剥がれてない?」

 

自称ボケ役の立場を忘れてユエの頭頂部を見て安否を確認する。面白くなさそうに「チッ、外した」と小さい愚痴がハジメの口から聞こえたような気がするが、ゲンは耳糞が詰まって聞こえなかったと強引に誤魔化す。

ユエは未だに頭をさすり、ジトッとした目で元凶ハジメを睨みながら歩み寄る。対抗するようにハジメも逆に睨み返した。

 

「……撃った」

 

「ユエが撃って良いって言ったからね」

 

「……躊躇わなかった……軌道が、完全に私……」

 

「狙い撃つ自信はあったけど、撃つ瞬間に手が滑ったのよ。それに問答無用で撃ったら今後のためにならないと配慮してあげたのよ?」

 

「……頭皮、削れた……」

 

「それくらいすぐ再生するから問題ないでしょ?」

 

「……喧嘩売ってる? 魔物の肉しか口にしない女子力ゼロの不健康キメラ」

 

「脳にも栄養が行き届いていない幼児体型のチビ寄生虫如きに喧嘩なんて売るわけないでしょ?」

 

『……………上等、殺す!!!!』

 

ユエは黄金の、ハジメは真紅の魔力を放出しながら火花を散らし、虚空でス○ンドらしき金色の雷龍と紅色の魔王が雷鳴の咆哮や現代兵器を打ちつけ合って大乱闘を起こしている。

その光景を目にしたゲンは昔、友人の女関係で困っていた時期に相談に乗ってくれた父親の言葉を思い出す。

 

 

 

 

———◇父さんと女についての相談◇———

 

 

 

 

『良いか、ゲン? 男に惚れた女ってのはなぁ、時には魔物になっちまうんだぞ? 俺なんか若い頃、隣の席にいた女子に言い寄られた頃、嫉妬した母さんに身の毛がよだつような大変な目に遭って……おい何だよ、その可哀想な人を見る目は? お前はお子ちゃまだから知らないんだよ。女は愛に狂いやすくマジでおっかねぇ——げぇッ、母さん!? ち、違うんだ。これは男同士の語り合いをして、偶々こんな話題に逸れたというか。ちょ、マジすいません。暗い密室でのお仕置きだけは勘弁を! ちょ、ゲンーーー!? お願いお父さんを助けてーーーー!?』

 

 

 

 

———◇父親(母の奴隷)と相談(と言う名のSOS)◇———

 

 

 

 

(お父さん……俺……お父さんの気持ち…今、理解した気がします………)

 

もうこの乱戦を止められないと諦めを悟ったゲンは体育座りする。本気(ガチ)で命を狩る闘志を目に宿しながらドンナーや“緋槍(弾丸サイズ)”の撃ち合いをする少女達を背に向け、静かに現実逃避を開始した。




皆さん、例え空腹でも、ウケ狙いでも、道端に生えているキノコを無闇に口にしてはいけません。キノコの種類によっては命に関わる危険性があります。

間違っても主人公のような馬鹿な行為をしないように!!


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16.七・首・ヒュ・ドラ!!

いつも投稿が亀並に遅い自分ですが、夜のテンションに乗せられてヒュドラ戦を書き上げることができましたぁ~!!

軽く二万文字を超えてしまい、ヒュドラ戦は前半と後半に分かれています。それでも一万文字はあるので心してください。
また、駄文やガバガバなところもあるかもしれませんが、ご了承ください。

それではどうぞ。


エセアルラウネ撃破後、ハジメとユエの仲が更に悪化し、壮絶な激闘を遂げた女の争いが勃発したことで洞窟の一部が破壊したという事態に発展。ゲンの説得という名の仲裁もあり、何とか外面だけでも仲直りさせることに成功した。あくまで外面だけど。

再び迷宮攻略に精を出し、二人のスキンシップが以前より激しくなり、また女達の激闘が巻き起こり、ゲンの必死な説得と仲裁もあり……などの苦労の連続が続いた。

ユエと出会ってから随分と日数が経ったのか時間感覚がないため不明だが、暇さえあればゲンに甘えるようにもなったユエ。拠点でゲンの隣に座る時は必ず腕に抱き着き、背後にいる時はマーキングするように背中に顔を擦り付け、それを目にしたハジメにドンナーを発砲された。

決して口には出さないが、装備の点検や補充の作業をしつつ、甘えたい素振りをしながらゲンの近くに必ずいるハジメ。それを察したゲンに頭を撫でられ、頬を赤くしながら「……馬鹿」と言いつつも口元が緩み、それを目撃したユエに“蒼天(小)”を撃たれた。

このように、彼女いない男子なら誰もが眼から血を流して羨ましがられる美少女達の分かりやすいアプローチを、恋愛鈍感スキル保有者のゲンは全く気づかず「はは〜ん、お兄ちゃんに甘えたい年頃だな?」と信じて疑わない。うら若き少女達が銃と魔法で争う主な要因はこの鈍感(ゲン)にあるのではないだろうか。

そして遂に、奈良の底の百階層——その一歩手前の階層に到達する。

百階層の入口前で、いつもより慎重な様子のハジメとユエに、最初からフォーゼの姿で精神統一をするゲン。珍しくボケ発言を言わないことから本気の様子だった。

 

(じせち いゆや げあむん いうん ぱおば とつつろ つろい しんん くぱべぺ し——)

 

…………ドラ○エ復活の呪文だった。これがこの先、功を成すのかは定かではない。おそらく絶対ない。

因みに、今のハジメとゲンのステータスはこうだ。

 



 

南雲ハジメ 17歳 女 レベル:76

天職:錬成師

筋力:1975

体力:2090

耐性:2070

敏捷:2450

魔力:1780

魔耐:1780

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

 



 

 



 

南雲ゲン 17歳 男 レベル:コズミック!!

天職:宇宙戦士(フォーゼ)!!

筋力:来た来た来たーーーーー!!

体力:頑張るぞーーーーーー!!

耐性:やってやるぞーーーーー!!

敏捷:気合いじゃーーーーーーーー!!

魔力:こちとら金欠なんじゃーーーーーーーい!!

魔耐:でも、生きてまーーーーーーーーす!!

技能:スイッチ・スイッチ・スイッチ・スイッチスイッチ・スイッチ・スイッチ・スイッチ・スイッチ・スイッチ・スイッチ・スイッチ・オンオフオンオフオンオフオンオフオンオフオンオフオンオフオンオフオンオフオンオフオンオフオン!!!

 



 

ハジメのステータスは、技能を除いた残りの項目は魔物の肉を食べたことで上昇し続けているが、固有魔法はその階層ごとにいる通常の魔物ではもう増えなくなった。

一方ゲンのステータスは……技能の文字数が増えただけで、後は全く変化なし。以上。

準備を終え、階下へと続く階段へ向かい、その階層の光景に三人はつい見惚れてしまう。

無数の巨大な柱に支えられた広大な空間で、直径五メートルはある柱の一本一本に螺旋模様と樹の蔓が巻きついたような彫刻が施されていた。巨大な柱は規則正しく並べられ、天井までは三十メートルありそう。血に飢えた魔物達が巣喰う奈落の最下層とはとても思えず厳粛を感じさせる広間だった。

まるで来訪者を歓迎するように、全ての柱が淡い光を放ち、奥の方へ順次輝き始める。

警戒しながら足を踏み入れるが、特に何も起こらず、ハジメの感知系の技能を頼りに先へ進む。

 

「……これは、また凄いわね。もしかして……」

 

「……反逆者の住処?」

 

「おぉ〜、如何にもラスボスの部屋と言った雰囲気だな。まぁ、東京ドームよりは小っちゃいかな?」

 

余計なことを言ったゲンに触れないでいた少女達は、先に進めば進むほど、この先は明らかにマズいと、本能が告げていた。薄らと額に汗が滴る。

 

「二人共、ここまで来たからには行くしかない、やるしかない、負けられない! もう誰も、俺達を止められない! 全員レッツゴーーー!! ……と、良い感じに盛り上げたので、さっき呟いたことはなかったことにしてくれ」

 

ゲンはいつもの馬鹿さ丸出しの雰囲気で二人を励まし、最後の一言で“良い感じ”を台無しにさせる。だが、ゲンの数少ない長所の一つでもある。

その雰囲気に促され、ハジメとユエも不敵な笑みを浮かべて覚悟を決める。

 

「そうね。ようやくゴールに辿り着いたってことじゃない。最高ね」

 

「……んっ! 何が待ち受けても、もう怖くない」

 

三人揃って、扉の前を目指して最後の柱を超えた。その瞬間……広間全体に異変が生じた。

扉へ進む道を遮るように、ゲン達の前方に三十メートルほどの巨大な魔法陣が現れる。魔物の血肉を彷彿とさせる赤黒い光を放ち、ドクンドクンと脈を打つような音を響かせる。

見覚えがある魔法陣。忘れられない、クラスメイトを窮地に追いやり、ゲンとハジメを奈落の底へ突き落とす原因でもあるベヒモス……それを召喚した魔法陣と瓜二つ。だが、ベヒモスの魔法陣より三倍の大きさがある上により複雑な精密さがある魔法陣だった。

魔法陣は広間全体を包むほどの弾ける光を放った。咄嗟に腕をかざし、目を潰されないようにするゲン達。光が薄まって見えたものは……

体長三十メートル、赤・青・黄・緑・黒・白のカラフルな色違いの皮膚が施された六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の魔物。それは神話に登場する怪物——ヒュドラに酷似している。

 

『クルゥァアアアアン!!!!!!』

 

六対の眼光がゲン達を貫きながら咆哮を上げ、砂埃が巻き起こるほど広間全体を揺らす。雄叫びに含まれた壮絶な殺気で、心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。

同時に、赤い頭がガパッと大きな口を開いた。

 

「——来るぞッ! 散開!!」

 

瞬時に気づいたゲンの掛け声と同時にハジメとユエはその場を左右に別れて飛び退く。ゲンはダンッ! と地面を蹴りつけ、遥か頭上へジャンプして攻撃範囲から逃れる。

数秒後、火炎放射が放たれ、先程まで三人が立っていた地点を炎の海で埋め尽くす。威力は火山噴火による自然災害の比ではなく、この地に無断で入り込んだ者は虫一匹だろうと逃さない意志がある。

初っ端から放たれた灼熱の息吹に驚愕しながらも、ロケットを展開させたゲンは飛び、ハジメは“縮地”と“空力”を併用し、ユエも風魔法で宙に浮かんだ状態で反撃を開始する。

ドンナーを取り出したハジメは赤の頭に向けて発砲する。紅い電光を纏いながら電磁加速された弾丸は真っ直ぐ突き進み、狙い違わず赤の頭を吹き飛ばす。

まず一つ仕留めたハジメ対抗し、ユエも氷魔法で生成した弾丸を緑の頭に撃つ。氷の弾丸に緑の頭は吹き飛ばされる。

このまま一気に潰す! と意気込むも束の間。中央に位置する白い頭が不思議な音色を叫び、赤の頭や緑の頭を白い光で包み込む。逆再生したように二つの頭の傷は塞がれ元に戻ってしまう。

その光景に舌打ちするハジメに向け、赤の頭が口を開いて再び炎の息吹を吐き出そうとする。

その直前——赤頭の顎下からドゴォッ! と強い衝撃が迸り、放とうとした口を閉ざす。ロケットの出力を上げて猛スピードで迫ったゲンにアッパーされたのだ。灼熱の息吹は赤頭の口内で暴発し、内側から木端微塵に吹き飛んで自滅する。

だが、すぐさま白い頭が雄叫びと共に回復魔法をかける。

 

『くそ、拉致が開かねぇな。ハジメ、ユエ! 先にあの白頭から狙うぞ!』

 

『言われなくても、そのつもり!』

 

『んっ!』

 

青頭の口から放たれた氷の礫を回避しながら、白頭を狙う。

 

「”緋槍“!」

——ドパンッ!

 

ほぼ同時に発射された紅い閃光と炎の槍が合わさって威力を増しながら白頭に目掛けて飛翔する。

だが、黄の頭が寸前で射線上に割り込み、コブラのように肥大化したと思えば、自ら盾となって受け止める。衝撃と爆炎が巻き起こった後には無傷の黄頭が見下すように悠然としていた。

攻撃だけでなく盾役、おまけに回復役まで揃えた用意周到な、一匹だけでバランスの良いパーティーが組めるヒュドラ。最奥の洞窟に潜むボスの名に恥じぬ怪物に、突破口はないかと探りながらハジメは“焼夷手榴弾”を投げ、ユエも“緋槍”を連発する。

二人の猛攻に盾役の黄頭も耐久力を失い、至るところがボロボロになる。が、白頭がすかさず回復させようと迫る。

 

『クルゥア———アアアァッ!!?』

 

しかし、頭上から回転を加えて威力が倍増したロケットキックをしたゲンに回復を阻止され、白頭は脳震盪を起こし地面に倒れる。

回復役がいなくなった今が好機! ゲンが開いてくれた突破口にハジメとユエは同時攻撃を仕掛けた。

——だが、妖しい眼光を放った黒頭に、その瞳を捉えられる。

 

「———いやぁあああああああああ!!!」

 

攻撃する寸前、ユエは絶望の未来を目にしたような悲鳴を上げた。

 

「!? どうした、ユエ!」

 

「一体何なの!?」

 

突然の出来事に振り返ると、ユエは頭を抱えながら膝が崩れ落ち、涙目のまま錯乱している。下手すれば精神崩壊を起こし再起不能になるかもしれない様子だ。

咄嗟にロケットの出力を上げてユエの元に飛翔するゲンだが、赤と緑の頭が炎弾と風刃の嵐を放って容易に近づけさせない。未だ悪夢に囚われているユエの姿に歯痒い思いを抱きながら、どうしたものかと思考を巡らせる。

だが、敵は考えさせる猶予など与えなかった。蹲って絶叫を上げるユエに青頭が長い首を伸ばし、逃げられない蛙を捕食する蛇のように大きな顎を開いて迫る。

 

「兄貴ッ!! 時間を稼ぐから、兄貴はボケ吸血姫を!」

 

ハジメは懐から“閃光手榴弾”と“音響手榴弾”を取り出し、ゲンやユエに影響がないようヒュドラに向かって投げつける。視界を埋め尽くす眩い閃光と大気が揺れるほどの大音波にヒュドラは怯んだ。ユエの精神を直接攻撃した黒頭も、ユエの体を噛み砕こうとした青頭もたじろぎ、ユエから視線を外す。同時に、黒頭の精神攻撃から解放されたユエはくたりと倒れ込む。

 

「おお、サンキュー! 流石ハジメたん! こんな時こそ頼りになるぜえ!!」

 

ハジメに賛辞を贈りながら感謝しつつ、この隙にロケットの出力を最大限に上げ、ユエの体を掻っ攫って柱の陰に隠れる。

 

「ユエ! おい、しっかりしろ!」

 

「………」

 

ゲンの呼びかけに何の反応も示さず、青褪めた表情で震えが止まらないユエ。神水を飲ませ、ムニィ〜と頬をつねると、空虚に染まっていたユエの瞳に光が宿り始める。

 

「………ゲン?」

 

「ユエ! 気づいたか。大丈夫か? 一体アイツに何されたんだ?」

 

何回も瞬きし、ゲンの顔や腕や体をペタペタ触り出す。そこにゲンがいることを確認するように、やがて、ゲンが傍にいてくれると実感できたのか安堵の息を漏らした。

 

「……良かったっ……見捨てられたと……もう一人は……いやぁ……」

 

「何のことやらサッパリだが、よっぽど怖かったんだな」

 

ユエの様子に困惑しつつも、涙を垂れる姿に察するゲン。胸に埋まりながらユエはポツポツと話した。唐突に強烈な不安感に襲われ、気がつけばゲンに見捨てられて封印されたまま独り置いて行かれる光景が視界に広がったのだと。そこから何も考えられなくなり恐怖に支配されて動けなくなったらしい。

 

「攻撃、盾、回復に加えて、バッドステータス系の精神への魔法攻撃かよ。攻略不可能なクソゲーのラスボスじゃねえか」

 

「……ゲン」

 

悪態を隠さないゲンに、ユエは不安そうに縋りついた。三百年の封印から解放してくれた上に、吸血鬼と知っても変わらず接してくれるどころか、日々の吸血も許諾してくれて、居場所も与えてくれた人物に、見捨てられるというのは想像できないほど恐ろしいのだろう。

すると、ゲンに呼びかける叫び声が耳打つ。

 

「兄貴ッ! まだ!?」

 

「おっと、もう時間だ。ハジメの加勢に行かなくちゃならないから、ユエはここで休ん——」

 

「ッ! ……や、やだっ……行かないで……!」

 

立ち上がろうとするゲンを、ユエは慌てて手を掴んで引き止める。もう、ユエはゲンから離れるなんて考えたくもなかった。お邪魔虫がいるとはいえ、彼の隣が唯一の居場所なのだから。

植え付けられた悪夢は脳裏にこびり付いて離れず、泣きそうな、不安そうな表情でユエは訴える。

 

「……ゲン…………私を……置いていかないで……!」

 

「………ユエ」

 

ゲンは何となく、ユエの見た悪夢から彼女が何をして欲しいのかを察した。今にも壊れそうな華奢な手を両手で包むと、ユエの前にしゃがみ目線を合わせる。首を傾げて何をするのか分からないユエに、ゲンは……

 

「生きるか死ぬかの瀬戸際に、いつまでも寝惚けているじゃねえ!! とっとと起きろーーーーーー!!!」

 

「———はにゅぅッ!?」

 

突然の、大きな落雷に匹敵する大叱咤。

キーーーーーーーン!!! と、ユエの頭の中で反響し続ける。キスまでは行かなくても抱き締めてくれると若干だけ膨らませていたが、予想外すぎる行動にユエの目がくるくる回り出す。

やがて意識が回復し、さっきとは違う意味で泣きそうな顔になるユエ。かけてほしい言葉が違ったことに不満を抱いている様子だ。

若干涙目になりながら非難の視線を向けるユエに気にせず、ゲンは立ち上がる。

 

「目が覚めたみたいだな。ほら、悪い夢はもう終わったから、自分で立ってみなさい」

 

「……え? ……あ………」

 

言われた通りに、自力で立てたことにユエは驚いた。先程までゲンがいないと震えが止まらなかった身体が、いつの間にか平常心を取り戻していたことに気づく。こびり付いていた悪夢が嘘のように根こそぎ取り払われた気分だ。

 

「ショック療法とはいえ、いきなり怒鳴って悪かったな。でも心外だぜ。最初に会った頃、ユエに言ったことを忘れたのか?」

 

その言葉を聞き、ユエは思い出した。封印されていた自分をがむしゃらに解き放とうとして、しかし空回りで諦めていた時、この男は言ってくれたのだ。『お前を見捨てる選択肢などない』と。

 

「アイツを倒して、皆で生き残って、そして地上に出る。そのためには、俺やハジメだけじゃなく、ユエの協力も必要だ。嫌な夢が怖いなら、また俺が叩き起こすからよ——だから、一緒に戦ってくれるか?」

 

未だに呆然と見つめているユエだったが、ゲンに頼られていることを自覚する。無表情を崩し決意に満ちた表情になった。

 

「……んっ! 皆で、一緒に!」

 

「よし、それじゃあ作戦再開だ! ハジメッ!! こっちはもう大丈夫だ!!」

 

もう、今のユエに迷いや恐れなど微塵もない。それを満足そうに確認したゲンはユエと柱の陰から飛び出した。同時に、一人でヒュドラの攻撃を凌いでいるハジメが“念話”で作戦を伝える。

 

『兄貴! さっき渡したスイッチを使ってッ! 私の切り札でアイツにトドメを刺す!』

 

「よっしゃ、分かった! ユエ、ちょっとの間だけで良いから時間を稼いでくれ!!」

 

『……ん! 任せて!』

 

“念話”で作戦の要点を伝えるハジメに従い、“念話”なんて便利な技能が使えないゲンは地声を荒げ、同じく“念話”で応答するユエ。魔法の才が微塵もなき故、原始的な方法でしか意志伝達できないゲンに、心なしかヒュドラは哀れみの視線を送っているようだった。

掌をヒュドラにかざしながらユエは今度こそ反撃開始に出る。

 

「“緋槍”! “砲皇”! “凍雨”!」

 

ドンナーの光速弾丸にも勝る、一瞬にも満たない速度で構築及び撃ち出された燃え盛る炎の槍、真空刃を引き連れた竜巻、針状の氷の雨。一斉にヒュドラに飛びかかる。赤、青、緑の前に黄頭が出しゃばろうとするが、ハジメの作戦の意図に気がついたのか、不動のまま雄叫びを上げて“技能”と“指令”を執行した。

ユエの放った魔法の嵐は三つの頭に多大なダメージを与え、のたうち回らせる。黄頭は近くの柱を変形させて盾を生成することで防いだ模様。

魔法を放った直後、一瞬の隙を突き、黄頭の“指令”を受けた黒頭がユエの眼を捉え、恐慌の精神攻撃魔法をかけた。

再び暗闇へ引き込もうとする不安と恐怖がユエの中で増長される。しかし、暗闇を強引に消し去ってくれたゲンの大声量を思い出す。ゲンの騒音に負ける程度の暗闇なら問題ない、そう考えると可笑しくなり、自然と笑みが溢れる。

 

「……そんな脅し、もう効かない! “緋槍”!! “砲皇”!! “凍雨”!!」

 

湧き上がる高揚感も上乗せするように、威力も数も倍増した魔法を構築し、絶え間なく撃ち続ける。白頭に回復してもらい攻撃を再開する赤頭、青頭、緑頭と、たった一人で渡り合うユエ。その姿は歴戦の姫を彷彿とさせる美しさだった。

 

「日頃から思っているけど、やっぱユエもスゲェな……うし! 俺も負けていられないぜ!!」

 

《Radar On》《Launcher On》

 

一方、ゲンは三つの頭がユエに集中攻撃している間に準備を進める。ランチャースイッチとレーダースイッチを装填し、右足に青いボックス状のミサイルランチャー、左腕に白黒のレドームをそれぞれ展開させた。

この作戦においてゲンの役割は至ってシンプル。それだけに失敗のリスクも非常に高くなってくるため、今回ばかりは慎重に標的をレーダーで捕捉し、持ち前の鋭い勘をフルに駆使して少しでも作戦の成功率に貢献しようと意気込む。

そこへ、ユエに精神攻撃の魔法は効果がないと悟った黒頭は、今度は最大の脅威であるゲンを狙う。

 

「———うぉ?」

 

割り込んで視線を合わせられたゲンの視界が反転し、悪夢を見せられる。

奈落に落ちたばかりの頃、爪熊に腕と足を咬み千切られた激痛が蘇る。以前の光景と違うのは、身を挺して庇った血塗れのゲンを置いて、振り返りもせず一心不乱に背中を見せて逃亡する愛妹(ハジメ)の姿だった……

 

「……おいおい、もっとマシな幻覚を見せろよ。今じゃ捻くれて素直になってくれないけど、家族想いで度胸もある俺の自慢の愛妹(マイエンジェル)が、俺を見捨てるなんてあるわけねえだろうが!! 俺を再起不能にさせたいんなら、ウサミミビキニメイド姿のハジメたんの幻影でも見せろやゴラァーーーーーー!!!」

 

偽物とはいえ、恐慌の魔法にハジメの姿を使われたことにゲンは怒り心頭になる(最後の一言はホントに余計だけど)。ランチャーが装備された足を固定し、一方の足で小石を鋭く蹴りつける。小石は弾丸のように風を切って突き進み、妖しい光を放つ黒頭の眼を削った。苦痛の悲鳴を上げながら黒頭はゲンを視界から外し、血を垂れ流しながら悶え苦しむ。

チャンス到来! 偶発で一頭の戦力を削ったゲンは右足で地面を強く踏みつける。その動作がトリガーと言わんばかりにミサイルランチャーの発射口から五つのミサイルが一斉に飛び出した。限られた鉱石と燃料石で錬成及び装填されたミサイル。弾丸の速度には劣るが、威力はその数倍あり、生き物のようにレーダーの誘導に従って正確に白頭に向かう。

黄頭が白頭を守るようにミサイルの射線上に立ち塞がった。

———ここまで、順調に作戦は進行している。

ドドドドドォオオオオオオン!!!

黄頭が阻止してくるのを想定し、邪魔な盾役を取り除くべく、最初から標的を黄頭に絞った集中爆撃。“金剛”らしき防御を纏っていた黄頭だが、異世界の兵器の知識を積んだ少女に作製された誘導爆破弾の威力は想定外で、その余波だけで吹き飛ばされかける。

荒々しい騒音と爆風が晴れると未だ健在の黄頭がいた。ただし大火傷で黄色の皮膚が薄黒く変色し、皮膚や神経の大部分が剥がれ落ちている。現在進行形で白頭が回復をしているが、修復が追いつかないほど甚大な被害だ。

 

「まと、めて、砕けろッ!」

 

接近し、一気に迫る人影が一つ。ハジメだ。その手中にあるものは通常の対物ライフルの百倍相当の威力を持ち、戦闘に特化したドンナーの十倍の破壊力を有する弾丸を備えた、ハジメの切り札——シュラーゲン。

“纏雷”でシュラーゲンに紅いスパークを纏わせ、銃口からドガンッ! と強烈な炸裂音を伴ってフルメタルジャケット製の赤い弾丸が、バレルにより電磁加速も付与される。レーザー兵器に匹敵する一撃は、周囲の大気を焼き払いながら黄頭に突き進む。

咄嗟に“金剛”を纏った黄頭だったが、回復も間に合わず耐久力が大幅に低下した状態のまま盾になったため、虚しくも背後にいた白頭もろとも貫通してしまう。そのまま背後の壁にぶち当たり、爆砕の振動で階層全体が地震のように激しく揺れる。

揺れが治り、どこまで続くか把握できない奥深い穴と、丸ごと頭部が溶解し消滅した黄頭と白頭()()()二つの首しか残らなかった。

一気に半数の頭を撃破されたことに残った三つの頭は呆然となるが、煙を上げるシュラーゲンから薬莢がガゴンッ!! と地面に落下する音で我に返り、二つの頭を葬った元凶達を睨みつける。

華麗に着地するハジメと豪快に仁王立ちするゲンに攻撃を定めるが、ヒュドラは忘れていた。己が相手にしている厄介な敵はもう一人いることを、その者から視線を逸らしてはならないことを。

 

「“天灼”」

 

静かに告げられた天の裁き。

最強の吸血姫として名を馳せていたユエと敵対したことへの天罰だと言わんばかりに、三つの頭の周囲に六つの放電を帯びた雷球が取り囲むように宙を漂い始める。次の瞬間、放電粒子が結びつき中央で巨大な雷球と化した。

ズガガガガガガガガガガッ!!

巨大な雷球は火花のように弾けるとヒュドラを囲んだ六つの雷球の範囲内で雷撃の嵐を巻き起こす。雷球に囲まれ逃走もできず、轟音と伴う閃光が迸る。

 

『ッッッ———————!!?』

 

たった十秒だが、回復役と盾役も不在のままで最上級魔法に叶うはずもなく、三つの頭は断末魔を上げる間もなく消し炭となっていった。

流石に魔力が枯渇したユエはペタンと座り込み、呼吸が荒くなりながらも、無表情のまま満足そうに、ゲンに向けて親指を立てた。同じくゲンもサムズアップで返したが、それを見たハジメは「後で殺す、あのチビが」とボソッと殺意を滲ませる。

ユエとハジメが睨み合い一触即発の状況になり、そんな二人を何とか落ち着かせようと歩み出すゲン。

だが………彼だけは異変に逸早く気づいた。

 

「ッ!? ハジメッ! ユエッ! まだ終わってねえぞッ!!」

 

ゲンの切羽詰まった声が二人の耳に響き渡る。何事かと困惑するが、その直後に全ての頭が消滅したヒュドラの胴体部位から()()()()()()()()()迫り上がる。白銀に輝く七つ目の頭は、ある一方向に狙いを定めた。

視線の先には——ユエ。

七つ目の頭は予備動作もなく、ハジメのシュラーゲンやゲンのミサイルランチャーなど比較にもならない破壊力を有した極光を放った。

魔力枯渇でユエは動けず、瞬く間に極光とユエの距離が狭まる。

 

「———兄貴! ダメぇえええええええええッ!!」

 

ハジメの布を引き裂く悲鳴が階層全体に響いた。

ユエが極光に消し去られる前に立ち塞がり、その小さな身体を遠方にいるハジメの元へ投げ飛ばしたゲンは白銀頭の極光から逃すことに成功した。しかし、代わりに極光に包み込まれたゲン。ユエやハジメも直撃はしなかったものの、余波により後方へ吹き飛ばされて地面を転がされる。

極光が収まり、全身に走る痛みに呻き声を上げながら体を起こす。極光に飲まれる寸前に身を挺して助けられた光景を思い出し、ユエは焦りを浮かべながらゲンを探し出す。

 

「……ゲ、ン?」

 

「あに、き……? 嘘っ……こんなの、嘘っ!!?」

 

ゲンは最初に立っていた場所から一切動いていなかった。全身から肉の焼ける腐臭と煙を漂わせながら仁王立ちしている。

ゲンは何も答えないまま、変身が強制解除されると同時に前のめりに倒れ込んだ。

 

「ゲンッ!!」

 

「兄貴ッ!!」

 

二人は新たに現れた七つ目の白銀頭の存在を脳内から捨て去り、一目散に倒れ込んでいるゲンへと駆け寄った。ユエも焦燥と罪の意識に苛まれるまま駆け寄ろうとするが、魔力枯渇で力が入らず足がもつれてしまう。もどかしい気持ちを押し殺して神水を取り出すと一気に飲み干し、少し活力が湧いた体を引きずる。

負担がかからない程度に倒れているゲンの体を仰向けにすると、あまりに酷い惨状でハジメとユエは言葉を失った。身体の各部位が焼け爛れており一部の骨が剥き出し、焼け焦げた服と皮膚が混ざったような箇所も見える。顔も右半分が焼けた上に豆粒程度の礫が深く突き刺さり、右眼球の機能が永久に停止されていた。

 

「早く神水を……!」

 

「うるさいッ、言われなくても分かってる……!!」

 

ユエに急かされ苛立つように返しながらハジメは急いで飲ませようとする。しかし、そんな悠長を敵が与えてくれるはずもなく、直径十センチ程の光弾を無数に撃ち出される。

 

「ハジメ! 早く柱に!」

 

「分かってるてばッ! 一々命令しないで!」

 

ハジメとユエはゲンを抱えると疲労した体に鞭を打ち、柱の陰に身を隠す。柱ごと削るように光弾が次々と撃ち込まれ、ハジメは同時に錬成で柱を修復させていく。だが、修復速度は柱を削る速度に完全に負けている。おそらく一分も保たないだろう。

急いでゲンの傷口に神水を振りかけ、もう一本をむせないように飲ませる。

しかし、止血効果はあったが、傷は一向に修復されなかった。まるで何かに阻害されているかのように修復速度が遅い。

 

「どうして!?」

 

その様にユエはパニックになりながら自分が持っている神水をかき集める。するとハジメは、ある推測を立てた。

 

「もしかして……あの極光には回復を阻害する効果があるの?」

 

その推測は見事に的中していた。先程の極光には肉を溶解させる一種の毒素が含まれていたのだ。普通の生物なら一瞬で生命を絶たれ、跡形もなくドロドロに溶かされる程の危険なもの。

しかし、神水の回復力は凄まじく、溶解速度を完全に上回っており、速度は遅いが治療は進んでいるため死ぬことはないだろうし、魔物も白旗を上げるゲンの強靭な肉体なら、時間をかければ治る()()()

もし、ユエの“蒼天”にもある程度は耐えたサソリ擬きの外殻で作られたシュラーゲンなどを盾代わりにすれば、苦しむ程度で済んだかもしれない。だが、ゲンは自身を肉壁として、身を挺してしまった。フォーゼの鎧を纏っているものの、全身に振りかった大量の毒素は回復阻害だけに止まらず、内蔵にも被害を及んでいるのだ。

回復するのかも怪しい状態では復帰は不可能。しかも立て続けに光弾を放たれ、柱はほとんど瓦解寸前だ。

この事態をどう打破できるか小さく唇を噛むユエの耳に、羽虫のようなか細い声が響き渡る。

 

「……わ、私の…せいだっ……わた、しが……と……」

 

明らかに冷静さを失ったハジメは震える両手でドンナーを構え、ふらふらと死人のように立ち上がった。青白く染まった顔色はますます死人の風貌を引き立てている。

瀕死寸前のゲンを目にして、思い出してしまったのだろう。爪熊に喰い殺されかけた姿と。

あの時と全く同じだ、自分の油断が招いてしまった。

状況と相手がすり替わっただけで、自分の尻拭いを行った兄貴(ゲン)は負けるはずがないのに再び死にかけている。

 

「私が愚図のせいで、私がもっと上手くやらなかったせいで、私が、あにき——おにいちゃんに頼らなくても、強かったら、こんなことにはっ……殺らなきゃ……私が代わりに殺らなきゃっ、私が、おにいちゃんの分まで殺らなきゃっ……!!」

 

誰が見ても不安定な精神に陥っているハジメは自己暗示をかけるように、ひたすら自分への罵言と命令を繰り返し呟く。

手の震えが止まらず、これでは照準が定まらない。それでも、もし一発も当てることができず、ただ無惨にあの怪物に喰い殺されることになったとしても構わない。自分が受けるべきだった代償、この世界で誰よりも味方でいてくれたゲンが代わり背負った苦痛。因果が巡ったのだと、ハジメは結末を決定付けた。

ヒュドラに特攻しようとすると、すぐ隣まで寄ったユエに手を掴まれる。

 

「……何するつもり? 一人で戦って、一人で死ぬ気? カッコつけるな」

 

「お前に……お前に何が分かるのよッ!? 私はもう失いたくないのッ!! アイツを殺さないと、アイツは、アイツ等は、また私から、おにいちゃんを奪うに決まっているっ! 早く殺さなきゃ……そのためなら、私は死んでも——」

 

——構わない。その言葉を言い終わらせる前に、バシンッ! と頬を引っ叩く音が鳴った。

赤く染まった頬に手を添えながらハジメが見たのは、どこか失望や落胆が含まれた冷ややかな視線を送るユエの姿。

 

「……二度とゲンの前で、それを口にしないで」

 

その言葉でハジメの中で荒れ狂っていた焦燥や後悔などの激情が冷めて静かになり、ユエの意図に気づいてバツの悪そうな表情になる。

すぐ傍にいるゲンが望んでいることは自分の命を道連れに敵を消すことなどではない。辛い逆境や困難を協力しながら乗り越え、誰一人欠けることなく全員揃って笑い合いながら生還を果たすことなのだ。体を張ってまで守りたい少女が死んでしまえば、それこそ彼の今までの苦労が無駄に終わってしまい絶望に染まってしまうのだ。

冷静さをいくらか取り戻したハジメの姿を確認し、ユエはやれやれと溜息を吐く。まだ“義姉”と認めてくれない憎たらしい恋敵(ライバル)だが、この地獄を乗り切るため共に行動する“仲間”であることには変わりない。

 

「……頭は冷えた?」

 

「ッ………えぇ。さっきまでみっともなかった自分を殺してやりたくなる程ね」

 

うっかり「おにいちゃん」と呼んでしまった数秒前の自分を恥じながら、震えが止んだ手でドンナーを持ち直し、極光の余波で一部が溶解したシュラーゲンを背負う。

 

「——私は兄貴と一緒に生きて帰る。そのためにアイツを倒す。だから、ユエ、手伝って」

 

「……言われなくても、あれを殺したいのは私も同じ。足を引っ張らないで、ハジメ」

 

柱の陰に隠れるようにゲンを横にさせ、ハジメとユエはお互いの名を呼ぶことで認め合いながらヒュドラの白銀頭の前に出た。白銀頭は待っていたと言わんばかりに攻撃準備に入る。

 

「一応礼は言っておく…………ありがと」

 

「……しょうがない義妹。お前の礼なんていらない」

 

「人の善意を……それと義妹って呼ぶなぁ!」

 

どんな状況下でも変わらない口喧嘩を交わした直後、白銀頭の口から光弾が連射された。第二ラウンドのゴングが鳴った瞬間である。




今回は珍しくシリアス展開(のつもり)です。後半に続きます。


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17.最・奥・決・闘!!

ヒュドラ戦の後半です。ゲンさん無双します。
独自解釈がありますので、ご了承ください。


心の深層、一歩踏み外せば二度と現実の世界に戻ってくることはない暗い場所で、意識が沈み続ける、一人の男の魂があった。

 

(——悔しい、なぁ! こんな、ところでッ……寝ている場合じゃねえのにッ!!)

 

永眠という一生の牢獄へ堕ちていくのを自覚しながら、大切な少女達が自分のために戦っている光景が観えている。

あそこに割り込めない、立ち上がる力さえ湧き上がらない自分が、とても悔しかった。

 

『がぁッ!!? ——ま……まだまだぁ!! 兄貴の分まで、私がッ!!』

 

振り回された長い尻尾で白髪の少女が吹っ飛ばされ、岩盤に叩きつけられる光景が見えた。シュラーゲンを砕かれ、叩きつけられた衝撃で片腕を折られても、ドンナーだけは離さないでいる。

 

『ゲホッ!! ッ——これくらいのことで……“緋槍”ッ!』

 

金髪の少女が魔法を酷使し過ぎて枯渇し、血を伴った咳をする光景が見えた。口の端にべっとり付いた血を拭き取り、限界など既に過ぎているにも関わらず魔法の準備に取り掛かっている。

誰一人、勝って生還することに諦めていなかった。勝てないと分かっていても、生きる意志を放棄しない。

先程から苦戦している様子を見せられ、どうにか飛び出したい衝動に駆られる。だが間近で“死”が「諦めろ」「お前がいたところで何もできない」「お前達は死ぬ運命だ」「楽になれ」と悪魔のように囁き、更なる闇へ引きずり込んでいく。

 

(——くっっそッ! 俺は……俺、はッ……!)

 

心の叫びをかき消すかのように睡魔と倦怠感が襲いかかり、少女達の姿が映っている光景がボヤける。

 

(俺じゃあ、本当に……どうにもならないのかよッ………?)

 

己の存在価値に疑問を抱き始めた。

ハジメのように細部まで錬成できるほど器用さと発想力を持ち合わせていない。ユエのように最上級魔法を扱えず一般魔法すら習得できない。香織のように心まで暖かくなる回復魔法を使うことも、雫のように惚れ惚れする見事な剣術を披露することもできない……ついでに、天之河みたいに何かの剣を使えない(これはどうでも良いけど)。後、名前を忘れたけど、クラスメイトの脳筋みたいに身体特化の技能がない。元から必要なかったが、有無の二択なら有に越したことはなかった。

 

(俺は……何だ? 一体、二人のために……何をしてやれる? ……俺は………俺……は………)

 

誰もその問いに答えてくれないまま、意識を手放しそうになった………すると、

 

 

 

『———諦めるなぁああああああああああああああああッ!!!』

 

 

 

闇を打ち消す光が差し込むように、雷鳴のような激昂が反響し続け、切り離されかけた意識が覚醒した。

視界が切り替わり、見たこともない光景が映し出される。場所は殺風景な洞窟のようだが、その洞窟には似つかわない巨大なモンスターが中心で暴れ狂う。金髪の活発な少女が宙に浮かんでモンスターを抑えている傍らで、後ろで纏めた黒いロング髪のメガネをかけた青年に叱咤する者がいた。その者は、細部が多少異なるが———紛うことなき、フォーゼ。

 

『このロング髪の根性なしメガネ野郎!! 簡単に諦めるな! 歯を食いしばってでも立て! 図体のデカい怪物が現れたぐらいで何だ!? 全身が死ぬほど痛いぐらいで、へこたれるんじゃねぇ!! 俺は間に合わなかった! 人生を諦めて、選択を間違えて、気づいた時には下衆野郎(エヒト)に何もかも奪われた! 家族も、恋人も、故郷も全部だ! でも、お前は違う。まだ取り戻せる! お前の弟や妹は今も必死に生きている! 俺の仲間(ダチ)の家族だ、俺も一緒に守ってやる! だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!』

 

 

 

(——そう、だよな。どこの誰かは知らないけど……思い出させてくれて、ありがとよ。俺のシスコン魂を!!)

 

ゲンは思い出す。

自分は勇者でも魔王でも聖女でもない。フォーゼである以前に一人の男で、お兄ちゃんなのだ。

なら、やるべきことは分かっている。気力と共に体の奥底から湧き上がる力を一気に解放した。迫っていた“死”はかき消され、全身の痛みが嘘のように消えた体が眩い光に包まれていく……!!

 

 

 

 

《3!》《2!》《1!》

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

「ぐッ……!」

 

「ハジメッ!?」

 

永遠に感じるような長く辛いヒュドラとの戦闘の最中、ハジメは全身に押し寄せる苦痛に表情を歪めながら地に膝をつけてしまう。

ヒュドラの白銀頭から放たれる猛毒入りの光弾は、ユエの“自動再生”が追いつかないほど二人の体力を少しずつ奪っていき、ハジメの肉体は限界を迎えてしまったのだ。

当然、ヒュドラにとって絶好の機会であり、逃すはずがなく無数の光弾が放たれる。咄嗟にユエはハジメを守るため前に出て魔法を展開する。

 

「“砲皇”ッ!!」

 

真空波の竜巻が光弾を迎え撃ち、軌道をユエ達から逸らしていくが、なけなしの魔力で生み出された竜巻なため数が圧倒的に少ない。

数の差で徐々に竜巻は削られ、一つの光弾がユエの肩を撃ち抜いた。

 

「あぐぅっ!?」

 

肩の激痛に伴いユエの肉体も限界を迎え、ガクッと力が抜け落ちたことで真空波の竜巻が消え去った。

 

『クルゥアアアン!!』

 

白銀頭が、倒れ伏すハジメとユエに勝利を確信したように叫ぶと、ガバッと顎を開いて極光を放つ。

 

「ッ——ユエッ!!」

 

自分の痛みを無視したハジメはユエに抱きつき“縮地”を行い、迫る極光からその場を離脱しようとする。だが、

 

(ッ、足が……!?)

 

骨が軋むが全身に伝わると足に力が入らず、“縮地”や“空力”ができなかった。

視界が閃光に満たされ、もう眼前に自分達を消し去ろうとする悪意の込められた光の息吹が迫っていた。避けることができないと悟るが、心だけは負けるものかと白銀頭を睨みつける。

直撃する。死ぬ。守れなかったこと、独り残して先に逝ってしまうことを、ハジメとユエは心の中で謝罪しようとして……

 

 

 

 

《Rocket On》

 

 

 

 

刹那———音が鳴り響いた。

突風が吹いたかと思えば、二人の体は横から掻っ攫われるように抱き上げられ、さっきいた地点を焦がしながら極光が通り過ぎていくのを上空から眺めていた。

ゴツゴツしたオレンジ色の片腕、白く逞しい胸。安らぎを与えてくれる、この優しい腕の感触を、ハジメは、ユエは知っている。信じられず、夢なら覚めたくない思いで自分達を支える人物を見上げた。

 

「………あに、き?」

 

「……ゲン、なの………?」

 

その人物は、紛れもなくゲン。というか、世界広しと言えども、こんな三角頭の全身白色の人物なんていないだろう。

 

「おうとも、ゲンさんよ! 待たせて悪かったな、二人共。俺のために頑張ってくれて、ありがとうよ」

 

いつもと変わらない、怪我なんて何ともないような声色をかけるゲンの姿に目を見開いていたハジメとユエだったが、やがて耐えきれず涙がポロポロ流れるまま抱きつく。

普通の女の子のように泣いている二人の少女の涙を受け止めながら、下でこちらを凝視しているヒュドラを見やる。

周囲に光弾を浮かべながら、今更お前に何ができると問答無用で放つ。たが、ゲンはロケットや背中のジェットパックを操作するだけで簡単に紙一重で全て躱した。

 

「……よくも俺の大事な妹達に手を出しやがったな、クソツチノコ。俺が千倍にして返してやるから、遺言の一つや二つは考えておきな」

 

死に損ないの分際で! と言いたそうに怒り狂うヒュドラは光弾を放ちまくるが、一発も掠らない。

上、下、斜め左、と狙いが分かっているように避け続けながら、地面に着地して二人を降ろす。

ゲンは二人の肩に手を置き、お願いした。

 

「ハジメ、ユエ、ここから先は俺一人に任せてほしい」

 

『ッ——!?』

 

ハジメとユエは驚きを隠せなかった。当然だ、三人がかりで倒せなかった怪物をたった一人で立ち向かうなど最早、自殺行為そのものだ。そんな蛮行、許されるはずもない。

 

「ふざ、けないでよっ……! アイツは、私だけでも! もう、兄貴の手を貸すわけに、いかないんだからッ……!!」

 

「んっ……ゲンを、死なせたくないッ……! お願い、ここは私達に任せて、ゲンはッ……」

 

反論されるのは想定内だった。だが、ゲンはここで退くわけにはいかなかった。

何故なら……自分のために怪我を負った妹達に戦わせるなど、兄貴の名が廃るからだ。この少女達を泣かせるような元凶の一匹や二匹、余裕で倒せられるような技量がなければ、ゲンの描く“兄”の理想図から遠ざかってしまう。

 

「まぁ、反対する気持ちは分かるぞ。俺はハジメの説教やユエのお叱りには、とことん弱い。そりゃあ驚くほど呆気なく……それがお兄ちゃんの性だ、どこの兄貴だって可愛い妹には敵わない……でも、誰よりも弱いわけじゃねえ」

 

ひらりひらりと光弾を躱しながら、ゲンは困惑するハジメとユエに真剣な眼差しを向けた。

 

「俺は可愛い妹の涙なんて見たくねえ。お前達を泣かせるクズ共がいるなら、例え相手が人殺しだろうが強盗だろうがウサギだろうが狼だろうが熊だろうが巨大サソリだろうが、バカでかいツチノコ擬きだろうが——俺が黙らせてやる。だから、不安なら俺の背中を見ろ! 俺はお前達以外の誰にも負けねえ! もう二度と!! お前達以外の誰にも勝ちを譲らせねえッ!!」

 

勝手な約束事を叩きつけると背中を向け、執拗に狙い撃ちしてくるヒュドラに向き合いながら、自分という“兄”の信念を宣言する。

 

「見ててくれ、俺はアイツに負けない。勇者でも、モンスターでも、ましてや神だろうが、お前達の敵は俺がぶっ倒す! 俺は!! 世界最強の兄貴(シスコン)、南雲ゲンだぁーーーーー!!!」

 

両腕を挙げて兄貴魂の雄叫びを上げた瞬間、ゲンを中心に猛烈な勢いで光の粒子が放出され、その広場一面を光で埋め尽くす。まるで惑星……否、銀河が誕生したような神々しい輝きを放ち、光に触れた途端、信じられないことにハジメとユエは苦痛が和らいでいった。まるで光の束にゲンの意志が込められているように、戦い傷ついた少女達の心を癒していくようだ。

相対的に、鬱陶しいほど眩しく不愉快な光の粒子に嫌気がさしたヒュドラの白銀頭。ロケットやドリルの武装を解除し、光弾の軌道を全て見切って最小限の動作だけで避けながら、こちらに迫ってくるゲンに痺れを切らす。

 

『グルゥォオオオオアアアアアンッ!!!』

 

肉片の一つも残さず消し去ってやろうと、ゲンを瀕死寸前まで追い込んだ極光を再び放った。先程より極太で熱量や毒素の威力も段違いの光線は真っ直ぐゲンに向かう。

急ブレーキをかけた。だが、極光の軌道上で停止し、その場から離れようとしなかった。後方にハジメとユエがいるため離れるわけにはいかなかった。

 

「ダメッ……兄貴! 私達のことは良いから、早く逃げてぇッ!?」

 

必死にハジメが叫ぶが、ゲンは逃げ隠れせず、ロケットやドリルも展開する素振りも見せなかった。

利き足を頭上まで上げ、深呼吸すると力を蓄え始める。すると足に放出された光の粒子が蛍のように集約していく。

視界が閃光に染まって極光に覆い尽くされる寸前——ゲンは思いっきり足を振り下げた。

 

「超・真空踵落としィイイイーーーーー!!!」

 

風圧と共に足から繰り出された鋭い衝撃波により、向かった極光は()()()()()()()()()()()。分散された極光はそのまま大きく左右に逸れると、後方にいるハジメ達を避けてそれぞれの壁に衝突する。

 

「………すごい」

 

壁に衝突したことで広間全体が揺れる中、ユエは目の前で起こった光景に思わず感嘆の声を溢す。圧倒的絶望を一瞬で振り払ったその姿は、まるで遥か宇宙(そら)の彼方からやって来た救世主のように見えた。同じような気持ちをハジメも抱きながら周囲に漂う光の粒子の正体に見覚えがあると気づく。

 

「もしかして、この光……コズミックエナジー?」

 

ゲンが勝手に呼称したことで定着しているベルトやスイッチの動力源でもあり、フォーゼへの変身を可能にするエネルギーだ。この周囲の光の現象は、極小さい微粒子で形成された光のエネルギーが凝縮され目視で確認できるほど高密度になったことによる現象であった。白銀頭の極光を切り裂いたのも、この光の束が超高速の蹴りに上乗せられて衝撃波と化して前方に飛んだためである。

 

《Rocket On》《Drill On》

 

「シスコン番長こと南雲ゲン——またの名をフォーゼ、二度目のタイマン、晴らしてもらうぜぇーーーーー!!!」

 

即座にロケットとドリルの武装を再び展開し、ゴォオオオオオ!! と突進力を上げながら突っ込む。

一方、ヒュドラの白銀頭は己が放つ最大級の大技をあっさりと看破されたことに驚愕を通り越して放心状態になっていたが、迫り来る敵の姿を捉える。だが、ゲンの体から放出している光の粒子を浴びせられたヒュドラは動きが鈍くなり、懐へゲンの侵入を許してしまう。

 

「コイツに勝つには今の力じゃ全然足りない。もっと大きな力を蓄えるには……ええい、洒落せえ! どうせ俺が頭を使って上手くいった試しはねえんだ! 敗れ被れ、野となれ山となれ、気力と根性と勘に任せてやらぁ!!」

 

《Rocket・Drill Limit Break》

 

ロケットを噴出させながら一気に背後へ周り、距離を詰めたところで激しく回転するドリルの先端を白銀頭の背中に蹴りつける。しかし白銀頭もタダで倒してくれない。身体が硬くなる“金剛”の数百倍の硬度と耐久力になる固有魔法の“超金剛”を瞬時に発動し、背中越しでドリルの先端を受け止めた。

動きを鈍らせても極光や“超金剛”など固有魔力の威力は健在であり、強化された皮膚とドリルが衝突し合い、大量の火花を散らす。ギャリギャリギャリギャリッ!! と掘削音を撒き散らすが、一向にドリルの先端は貫通しなかった。ゲンの予想通り威力が足りないのだ……だが、少しずつ変化が現れ始めた。

回転数を更に増すドリルが周囲の大気を巻き込んで風を生み出し、溶け合うように螺旋の渦となった旋風は竜巻となり、ヒュドラの全身を包んでいく。

針を背中に刺してくる小蝿に苛立ち、地面に倒れることで押し潰してやると、足場に力を入れる白銀頭だったが、()()()()()()()()()()()()()()()。気づけば己の体は宙に浮かんでいる状態だった。あり得ない光景だが、ドリルから生じた竜巻は強力な上昇気流と化してゲンの何倍も巨体なヒュドラを浮かび上がらせたのだ。

ふと、キィイイイと耳鳴りのような音が辺り一面に響く。音の発生源はゲンでも白銀頭でもない。この広間——の天井から鳴っていた。

ちょうどゲン達がいる地点の天井で、小さな黒い点が浮かんでいる。天井の染みかと思われたが、それは紛れもなく“穴”だった。天井に空いた穴は徐々に広がりを増し、最初は小石サイズだったが、人より大きくなり、やがてヒュドラの巨体を上回る巨大な穴にまで増長した。

 

「うぉおおおおおおお!! 飛べぇええええええええーーーー!!!」

 

ゲンの気合いと叫びに呼応するかのように、ロケットの噴出の勢いが増し、ゴォオオオオオオオ!! とヒュドラを穴の奥に押し出していく。

 

『グゥウウウウウウ!? クルァアアアアアアアアアア!!』

 

穴の奥底に入れられたところで白銀頭は「いい加減、鬱陶しい!!」と言いたそうに尻尾を背中に打ちつけてゲンを引き剥がし遠くへ弾き飛ばす。

無理矢理入れられたその空間は、白銀頭が見たこともない光景だった。呼吸もできない広大な真空で満たされ、上下左右前後、四方八方どこも奥が見えない暗闇で、数え切れない小さな光点が輝く空間。重力という概念もなく有限という言葉も存在しないと言わしめるほど無限に広がる空間は——正しく宇宙、銀河の星雲であった。

見惚れながらも白銀頭は元いた広場に戻ろうともがくが、地面もなければ掴まるものもなく、己の常識が通じない異次元に弄ばれる。

一方、遠くへ追いやられたゲンは自分のいる空間に戸惑いながらも「うし、ここなら!」と好機と考え、ロケットとドリルの稼働率を加速させ続ける。

 

(まだだッ……もっと……もっとだッ……!!)

 

速度と勢いが増すほどヒュドラとの距離が遠去かり、姿や形も見えなくなるが、尚も威力を蓄え続ける。

 

(もっとだッ! こんなものじゃあ、アイツを倒せない!! もっと、もっと威力をッ!)

 

緋の彗星、蒼の流星、深緑の惑星を通り抜けるが気にも留めず、加速を緩めず、ゲンはベルトのレバーに手をかける。

 

「もっとだ! もっと、もっと、もっと——もっとだぁあああああああああああッ!!!」

 

《LimitLimitLimitLimitLimitLimitLimitLimitLimitLimitLimitLimitLimitLimitLimit——Limit Break!》

 

何度もレバーを押し続けたことで壊れたスピーカーのように鳴り続け、ロケットとドリルの機関部にスパークと火花が飛び交いオーバーヒートを起こすが、ゲンの魂が具現化したかのように威力が格段に増した。土星を彷彿とさせる輪っか状の衛星がついた惑星の周りを旋回することで加速度が更に増長され、光速を超えたゲンはヒュドラの元に戻る。

体の奥底から溢れ出た大量の光、コズミックエナジーは腕と足に纏わり、巨大なロケットとドリルに変貌した。

遥か遠くから、こちらに来るゲンの存在に気づいた白銀頭は身体中に残っている全ての魔力をかき集め、再び“超金剛”を作動させる。

 

「俺の家族を、泣かせんじゃねえぞぉおおおおおおおお!! 超・ロケットドリル、キィイイッックゥウウウウウーーーーーー!!!」

 

炎を噴きながら光速回転する巨大ドリルは、あっという間に胴体を貫き、白銀頭の胴体と首を離れ離れにした。

刹那、白銀頭の絶叫が鳴り響き、超新星を思わせる閃光が宇宙空間を照らした。

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

「……ハジメ、ゲンは? ゲンはどこに行ったの?」

 

「私に聞かないでよ。私だって、何がどうなっているのか分からないんだから」

 

一方、元の広間に残されたハジメとユエは、文字通り影も形もなく消え去ったヒュドラとゲンを目にして混乱を隠せない。ゲン達が入った穴、もとい異空間へ繋がるワームホールは未だ開いたまま。

 

「……ねぇ、ハジメ。ゲンは、本当に人間?」

 

ユエの率直な問いは当然の反応と言えるだろう。巨大な敵を丸ごと次元の彼方に飛ばすなど、ユエの知る限りでは魔法を遥かに凌駕する。魔物の肉に含まれる毒素に元から耐性があり、身体強化の技能なしで低級の魔物を素手で瞬殺する、未知のエネルギーをいとも簡単に使って敵の攻撃を力技で相殺するなど、ハジメの住んでいた世界はもちろん、この世界でも人間の常識を超えている。

正直、驚いていないと言えば嘘になるハジメだったが、(ゲン)非常識(チート)なのは元々だったと思い出し、落ち着きを取り戻す。

 

「どうでも良いんじゃない? そんなこと」

 

「え?」

 

「兄貴は人間(?)だとしても、誰より喧しく破天荒で、シスコンと自称するバカなのは変わりないじゃない。あの人は私の兄貴——南雲ゲンよ」

 

「………ん。確かに、もし人外でもゲンはゲン。ゲンのお陰で、私達は救われた」

 

答えになってない返答に十分満足するユエ。彼女も銀河級のバカを自分の常識の範囲内に当てはめることが無駄だと理解したのだ。この場に本人がいれば「失敬な! 俺は人間じゃぁあああああ!」と講義しまくるだろう。

次の瞬間、

 

 

 

『クルゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?』

 

 

虚空のワームホールから、白銀頭ものらしき断末魔が鳴ると同時に、眩い閃光と爆発音が迸った。向こう側の空間で起こった爆発の余波が伝わり、広間全体が大きく揺れる。

地響きでまともに立つこともできない中、ハジメとユエは見た。閃光と爆炎を掻き分け、ワームホールから飛び出した白い戦士の姿を。

 

兄貴(ゲン)ッ!』

 

ドリルの先端が地面に突き刺さり、数回ほど体が回ってからロケットとドリルが機能停止する。

続けて、ワームホールからボロ雑巾のようなヒュドラの肉体が落下してきた。衝突の際、ドッシーン!! と盛大な地響きを立てた巨体は頭部が欠け、遅れて落ちてきた焼け焦げた白銀頭の頭部が地面に転がる。白銀頭が絶命したことを物語っていた。

直後、ゲンの右腕と左足スパークが走り、ボンッ! と大破する。右腕ロケットの噴出口から黒い煙が上がり、左足ドリルの先端が折れ曲がっていた。これ以上の使用は無理なのは明確だ。

役目は終えたとフォーゼの変身が強制解除される。血だらけで荒い息を吐き、片目をキツく閉じながら、生きているのが不思議なくらい満身創痍だったが、しっかりと立っていたゲンの姿があった。

ハジメとユエを見て、無事なのを確認したゲンはいつものように笑う。

 

「よ、よぉ。ただいま、ぁ〜……」

 

そのまま地面に倒れ込むゲンに、二人の少女は慌てて傍に寄る。

何とかゲンの元へ辿り着いたハジメとユエが抱き着いてくる感触を味わいながら、二人の不安そうな表情を目にする。

 

「動けない、怠い、眠い。働く細胞よりも働き過ぎた。もうMURYYYYYYYY(無理ィィィィィィィ)……ちょっとだけ寝かせ、て……」

 

D●O様のような本音を吐き、即座に就寝に突入するゲン。分かりやすく鼻提灯を膨らませながらいびきをかく男の姿に少女達は安堵した。

………だが、その安堵は一瞬で終わりを迎えてしまう。

瓦礫の山から、這いずり回るような大きな物音が鳴り響いたからだ。

 

「えっ? そんな……!?」

 

「冗談でしょ!? アイツ、まだ生きて———」

 

感知系技能から、首を失い絶命したはずのヒュドラの反応がまだ残っていたことに気づいたハジメは、第三ラウンドに入ることに悪態を吐こうとして……口を閉ざす。

確かに、ヒュドラはまだ動いている。ただし、頭部を失った状態で、だ。

ゴキブリやカマキリのように頭部を切断されても、体の節々にある神経節により暫く動くことができる昆虫がいる。それと似たような魔力の神経がヒュドラにも通っているようだ。持って数分の命だが。

ユエは掌から魔法を出して止めを刺そうとすると、ハジメに手で制される。

 

「お願い。アイツは私に殺らせて……」

 

「………絶対に外すな、義妹」

 

「だから義妹って呼ぶな」と言いつつ、真剣な頼みに了承してくれたユエに感謝しながらドンナーを握りしめる。

ふらふらと近づき、這いずり回りながら近寄ってくるヒュドラの眼前まで歩いた。目と鼻の先にいるハジメに敵意を向けるヒュドラだが、頭部がないため極光はおろか光弾も放つことができない。

侵入者への敵意、特にここまで貶めたゲンに殺気を保つのがやっとなのに、ラスボスの役目を全うしようとする姿に、ある意味ハジメは尊敬する。

ヒュドラの姿が、あの時、自分を恐怖のどん底に陥れた爪熊と重なって見えた。思えば爪熊やヒュドラへの恐怖は、隣でゲンが変わらず馬鹿でいてくれたから、いつも通り傍にいてくれたから、恐怖が拭われ乗り越えられた。だからこそ、これ以上の足手纏いは嫌だ。そんな愚行、ゲンの“妹”としてプライドが許さない。

頭部を失ったヒュドラの断面図から、魔力を蓄える臓器や生命維持装置らしきものが発光しているのが覗けた。ハジメはゆっくりと照準を定める。

 

「私達は、帰りたい……他はどうなっても良い。私達は私達のやり方で、生きて、帰るんだ。だから……邪魔をするなら、私達の糧になれ」

 

引き金を引いた。撃ち出された弾丸は主人の意思を忠実に実行し、ヒュドラの命綱を粉砕した。

銃声が木霊する。ヒュドラの体は大量の血を地面に流し、大きな巨体は倒れ伏せた。

感知系技能を確認すると、今度こそヒュドラの反応が消えている。今度こそ、ヒュドラを倒したのだ。




最後にヒュドラを倒した技は、TV版のフォーゼがスコーピオン・ゾディアーツを倒した際に使用したものです。また、ヒュドラの極光を割った踵落としはONE PIECEの『嵐脚』のイメージです。
最後に、首がない状態で蠢くヒュドラにトドメを刺したハジメちゃん。一歩前進っていう感じです。

そして独自設定ですが、コズミックステイツにならなくても、シスコンパワーでワープドライブを偶発的に可能にしたゲンさん。多分、もうできないでしょう。

因みに「空間移動ができたのなら元の世界に帰れるのでは?」という意見があるかもしれないので、先に独自設定を説明しておきます。
もし空間移動を自在に扱えるようになっても、今のままワープドライブしても元の世界の座標が定まらないため帰還することはできません。運任せで何度もチャレンジしても一万年はかかってしまうでしょう。

何か分からない設定や疑問点があれば、その都度返答していきます(ネタバレに繋がる内容はお答えできませんので、ご了承ください)

今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m


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18.オス・カー・オル・クス!!

あけましておめでとうございます&お待たせしました、皆様!
本当は去年のうちに投稿したかったけど、間に合わなくて申し訳ない!

今回は“初代”登場の巻です。暇潰し程度で構いませんので楽しんでくれるとありがたいです。
それではどうぞ。


体が何か暖かで柔らかなものに包まれているのを感じる。随分と懐かしい感触、何度も肌で味わったこれは、ベッドの感触だ。頭と背中を優しく受け止める枕と、体を包む羽毛の感触を感じ、寝惚けているハジメの意識は混乱する。

 

(何、ここ? 迷宮じゃないの……どうして、ベッドに……って、これ何?)

 

覚醒しきっていない意識のまま、自分が何かに抱きついていると理解した。真っ平で、ベッドと違い硬い感触だ。

ボーッと考えもせず、ハジメは手をムニムニと動かす。抱き枕のように包み込んでいる何かは癖になりそうで、触れるだけで愛おしい気持ちになる。目を閉じて顔を埋め、硬い表面に無意識に口付けを行うようになり、夢中になっていると……ゲンの顔が視界の端に入った。

 

(ッ—————!!!?)

 

その瞬間、微睡んでいた意識は一気に覚醒し、慌てて体を起こした。悲鳴を上げなかった点は褒めるべきだろう。

さっきまで抱きついていた硬い何かは、ゲンの体で、自分はゲンの胸板に顔を埋めてキスしていたことを理解する。燃えるような羞恥心がハジメを襲いながら、周囲を見渡した。

純白シーツに豪華な天蓋付きの高級感溢れるベッド。その上でハジメは自分が本物のベッドで横になっていた。

 

「……そうだ。あの後、扉の奥を潜ったら、ここに着いたんだった」

 

意識が覚醒し、記憶も鮮明に思い出されていく。

ヒュドラとの激戦後、番人を倒した褒美を授けるように、奥の扉が勝手に開いたのだ。即座にハジメとユエは新手の敵かと警戒したが、いつまで経っても変化は訪れず、ハジメの感知系技能も魔物の反応がないこともあり、少し経ってから回復したユエと共に扉の奥へ入った。

神水で少しずつ回復し、強靭な肉体と生命力で一命を取り留めているとは言え、ゲンが重症であることに変わりはない。依然危篤状態であり、いつ極光の毒が神水の治癒力を上回ってもおかしくない。一刻も早く回復に専念できる安息地を探す必要があった。

警戒心を緩めず、踏み込んだ扉の先に待ち受けていたのは——反逆者の住処。

広大な空間に住み心地の良さそうな屋敷があり、危険でないことを確認したハジメとユエは、ゲンを運んでベッドに寝かしつけた。神水を飲ませ続け、遂に極光の毒素にゲンの抗体力が勝ったところで、自分達も力尽きた……そして今に至る。

もう一度、ゲンの表情を覗き込むと、通常通り回復した模様で、呑気そうな寝顔を浮かべていた。

 

「良かっ、たっ……兄貴が、生きてくれてっ……兄貴……お兄、ちゃんっ……」

 

ハジメの瞳から涙が溢れ、ベッドのシーツに滲んでいく。あの光の粒子——コズミックエナジーは人体に害はないか不安だったが、触れた自分も無事であることからその心配は杞憂のようだ。

ふと、ゲンを挟んで反対側のシーツの山がもそもそと動いた。

もう一人の姿が見えないことに疑問を抱きながら静かにシーツを剥ぎ取る。

 

「………んぁ……ゲン………ぁう………」

 

案の定、一糸纏わぬ小柄な少女のユエがいた。小さく体を丸めながらゲンの右手を太ももに挟むように抱えて眠っている。

 

「………………」

 

その光景に表情が抜け落ち、ハジメは完全な“無”の表情のまま硬直してしまう。今更だが、ユエは素っ裸であるのに対してハジメは下着姿だった。

無意識にユエはゲンの右手を太ももで挟んだまま、危険な場所に接近させて擦り付ける。

 

「………ゃぅ……そこ……だめぇ………ゲン……んぁぁ………こわれ、ちゃぅ………んちゅぅ」

 

右の指先から何やら水音が鳴り、艶かしそうに喘ぎ声を上げるユエはゲンの腕に寄って、クチュクチュゥ、と男なら誰もが前屈みに陥るような艶かしい口付けを行う(注意:因みに言っておくが、ゲンは一切体を動かしておりません)。

夢の中で何しているか、もしくは見せつけているのか定かではないが、ハジメの中で何かがブチっと切れた。

無言でベッドの上に立ち上がり、Jリーガー顔負けの見事なシュートフォームで、ゲンに当たらないようにユエ(ボール)を蹴り飛ばす。

 

「———地の果てまで飛んでいけ!」

 

「はにゅッ!!?」

 

実に鋭い蹴りで、胸部を蹴り付けられたユエはベッドから転げ落ち、その拍子に千切れた薄いカーテンを伴いながらゴロゴロッと転がり遠ざかる。

再びゲンを見やると、同じく下着は最低限身につけているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()……仕方ないもの、ゲンだって、兄貴だって、男だもの。

のんびり寝ている挙句、寄生虫(ユエ)に体が反応している様を確認し、ハジメの嫉妬が頂点に達し……”纏雷“を発動した。

 

「とっとと起きろぉッ! このバカエロ兄貴がーーーーー!!」

 

バリバリバリバリィッ!! とおびただしい紫電が()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「ぎょばあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!???」

 

 

 

 

一人の男の断末魔が木霊したのは言うまでもない……

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、

 

「ハジメさんや、さっきの電撃、お兄ちゃんに対するモーニングコールにしては刺激が強過ぎないかい? お兄ちゃん危うく永眠に突入するところだったよ」

 

「ん……私達の睡眠の邪魔をしないで、キメラ擬きが」

 

「兄貴の手で自慰していた変態寄生虫は黙っていろ、永遠に」

 

「お前が永遠に黙れ、キメラ擬きが。でも……ゲン、激しかった。これはもう、責任を取ってもらうしか」

 

「ユエ、さん……!? 頬を手に当てて真っ赤になっているけど、俺、何かやった感じ? ……はっ! ま、まさかッ!? ユエが裸でハジメが下着姿、俺がパンツ一丁だったのは、そういう事情があったのかぁッ!? 義妹や年端も行かない風貌の女の子に手を出すなんて、俺は何てことを——」

 

「そんなわけないでしょ、兄貴と私の服がボロボロで汚れていたから寝かす時に脱がしただけよ。そこの寄生虫は唯の露出狂。だから私の兄貴を見て舌舐りするんじゃないわよ、変態寄生虫が」

 

「……ゲンの胸にマーキングしていた恥知らずのキメラ擬きに言われたくない」

 

「なっ! お、起きていたの!? だいたい、恥知らずはそっちでしょ! 裸で兄貴の指を出し入れして自慰していた癖に!!」

 

「私の人生に恥などない。そっちこそ……」

 

「あぁああああッ!! 俺は、俺は何て罪深いことをしてしまったんだ! 妹達に手を出すなんて、俺はどうずれば良いんだァ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!?」

 

サイズの合わないカッターシャツを纏い妖美な眼差しを向けるユエ、同じくカッターシャツを羽織って人一倍の警戒心と嫉妬心を顕にするハジメ、勘違いのまま己の罪を数え出すズボンだけでも履いた馬鹿(ゲン)。色々混沌(カオス)と化した会話を交えながら、三人は反逆者の住処らしき屋敷へ足を運んでいる。

周囲の光景は圧倒されるようなものだった。

地下迷宮のはずなのに太陽が浮かんでいる。もちろん本物ではないがユエ曰く、夜になると月みたいになる。

それだけではない。癒しのマイナスイオンに満ちている川、清涼な風を運んでくれる滝、少し離れたところに設置された家庭菜園や家畜小屋(どちらも今は未使用だが)、屋敷内に入るとライオン石像付きの露天風呂まである。お風呂大好き日本人の南雲兄妹はこれに喜び、「丁寧な受付と清掃員がいれば高級ホテルじゃん!!」と思わず叫んでしまうゲン。後に、一定期間ごとに働く清掃用に特化した自立ゴーレムを発見して歓喜するのは余談である。

ハジメの感知系技能を駆使しながら屋敷の奥へ進むが、生き物の気配は一つも感知されず、三階の奥の部屋まで散策し続けた。

部屋の扉を開くと、中央の床には直径七、八メートルの見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が刻まれ、魔法陣の向こう側に豪奢な椅子に座った人影がある。

人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施されたローブを羽織った状態で天に召された様子だ。

 

「いや、明らかに怪しいでしょ? こんなところで死ぬなんて」

 

「……ん、同感。どうする?」

 

「んん〜? あのローブ、どっかで見たことあるよーな、ないよーな。う〜ん……」

 

ハジメやユエもこの骸に疑問を抱いている。ゲンは骸が羽織っているローブを見て何かを思い出そうと悩んでいた。

この骸こそ、反逆者と言われる者の一人なのだろうが、この部屋で苦しんだ様子もなく朽ち果てたその姿は、まるで誰かを待っているようだ。

 

「まぁ、地上への道を調べるためにはこの部屋が鍵なんでしょ。私の錬成も受け付けない書斎と工房の封印もあるし……仕方ない、私が調べるから、そこにいて動かないで。特に兄貴」

 

「何ゆえ名指し!?」

 

心外だと抗議するゲンの言葉を無視して、ハジメは骸へ近寄る。

ハジメが魔法陣の中央に足を踏み入れた瞬間、カッと光が爆ぜ、部屋全体が日光のような輝きで埋め尽くされた。

眩しさに目を瞑るハジメ。直後、何かが頭の中に入り込み、走馬灯のように奈落に落ちてから今まで起こった光景が脳裏を駆け巡る。

魔法陣を発生源とした魔力の光が弱まり、目を開けたハジメの眼前には……どこから湧いて出たのか、見知らぬ黒ローブの青年が立っていた。

咄嗟に身構えるが、青年からは敵意や悪意はおろか、生命の鼓動そのものが感じられず警戒態勢を緩める。よく観察すると、青年が羽織っているローブは後ろの骸と同じものだ。何となくハジメが青年の素性について察すると、おもむろに青年が語り出す。

 

『試練を乗り越え、よく辿り着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えば分かるかな?』

 

青年、オスカー・オルクスの姿に、ゲンは「あっ!」と思い出したように声を上げた。

 

「やっぱりそうだ! あのロング髪の根性なしメガネの人だ!」

 

「? ゲン、知っているの……?」

 

「俺もよく分からねえけど、夢の中にこの人が出てきたんだよ。そっかぁ、この人が反逆者だったのかぁ。弟や妹もいるって聞いたから良いお兄さんだろうなぁ〜……待てよ? あの後どうなったんだ!? オスカーさん、弟や妹を救えたのか!? 兄として家族を——」

 

「う・る・さ・い!! あんたの声量でコイツの声が聞こえないじゃないバカ兄貴!!! このメガネの話は後で聞いてあげるから今は黙ってろッ!!」

 

「…………すみません」

 

枯れた草花のように落ち込むゲン。その隣で「よしよし」とあやすユエ。苛立ちを抑えながらハジメは今度こそ青年の話を聞く。

 

『——ない。だが、この場所に辿り着いた者に、世界の真実を知る者として我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい……我々は反逆者であって、反逆者ではないことを』

 

オスカーの話は、ハジメ達が聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは全く異なる史実だった。

真実はこうだ——狂った神と、その子孫達の戦いの史伝。

神代の少し後の時代、世界は争いに満ちていた。領土拡大、種族的価値観、支配欲、など数多くの理由で人間、魔人、多くの亜人達が絶えず戦争を続けていた。戦争が長引く一番の要因は“神敵”だから。それぞれの種族、それぞれの国、それぞれの時代で祭っていた神から神託が下され、人々は争いを止めなかったのだ。

だが、その何百年と続く戦争に、終止符を討たんと立ち上がった者達がいた。それが“反逆者”——当時は“解放者”と呼ばれた集団である。

彼ら全員、神代から続く神々の直径の子孫であったという共通点があり、“解放者”のリーダーは偶然にも神々の真意を知ってしまった。神々は人々を救う気など毛頭ない、駒として遊戯のつもりで戦争を促していたのだと。裏で神々が人々を戦争の駒として巧みに操ることに耐えられず、志を同じくする者、大勢の同志を集めたのだ。

 

「あ、そっか! サクヤさんが言っていた“彼等”って、この人達のことだったのか」

 

史実から察するに、ゲンにドライバーを渡したサクヤさんは“解放者”のメンバーの子孫なのだろう。

オスカーの話は続く。

“解放者”の中でも一際目立ち、神々の信徒から“悪魔”と恐れられ、神々からも目障りな天敵と比喩された男がいた。その者こそ“初代フォーゼ”である。

 

『当時、彼は世界で唯一神託に惑わされない体質から、神々に傷を負わせることができる者として“悪魔”と呼ばれていた。でも、我々からすれば仲間であり、同志であり、救世主だった。本当に、惜しい友人を亡くしたよ……ああ、すまない。話を戻そう』

 

初代フォーゼの話をした途端、オスカーは切なそうに表情を暗くするが、すぐに切り替えてその後の顛末を話した。

神々との最終決戦の前に、神々の陰謀によって最終決戦を迎えられず”解放者“の目論見は破綻してしまう。神々は人々の心を巧みに操り、フォーゼを筆頭に”解放者“達こそ世界に破滅をもたらそうとする神敵だと認識させたのだ。その過程にも色々あったが、守るべき人々に力を振るうわけにもいかず、神に仇なした神敵として“反逆者”の汚名を貼られ、“解放者”達や同志は次々と討たれていった。

最後まで残ったのは、先祖返りと言われる強力な力を持った七人と、初代フォーゼだけだった。

世界を敵に回し、最早自分達では神を討つことはできないと悟った彼等は、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにした。それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

壮大な話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

『君が何者で何の目的でここに辿り着いたかは分からない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくはあしき心を見たすためには振るわないで欲しい……話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意思の下にあらんことを』

 

オスカーの記録映像(ホログラム)はスゥッと消えた。同時に、ハジメの脳裏に何かが割り込んでくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法の刷り込みだと理解できたので大人しく耐えた。

痛みが消え魔法陣の光も収まる。ハジメがゆっくり息を吐いていると慌てて寄る兄の姿が視界に入り、違う意味で息を吐く。

 

「大丈夫か、ハジメぇッ!? 何か痛そうだったけど、あのメガネの人に何かされたのか!? それとも、メガネから聞かされた話が怖かったのかッ!? 大丈夫だ! お兄ちゃんがいる限り、神だろうが何だろうが全然へっちゃら——」

 

「うるさい。平気だし、気が散るから少し黙って」

 

「……はい。度々すんません」

 

「それにしても……何か壮大な話を聞いてしまったわね。教会で習ったことが全部、真っ赤な嘘なんて」

 

「……ん……ゲン達は、どうするの?」

 

オスカーから真実を聞かされ、ユエは今後の方針をどうするか尋ねる。

 

「私は別にどうもしないし興味もない。元々、勝手に召喚して戦争しろとかいう(クソ)なんて迷惑としか思ってないから。この世界がどうなろうが知ったことじゃないわよ。地上に出て帰る方法を探して、故郷に帰るだけよ……兄貴は?」

 

「……言いたいこと全部ハジメに言われちゃって何も浮かんでこない。だが、敢えて言おう! 神はカスであると!」

 

話の流れで何か名言を言った方が良いと暫く考えたゲンだったが何も浮かばず、それっぽいことを宣言して誤魔化す。結果、二人の少女から「それは言わなくても良い」というジト目を頂戴するだけだった。

だが、ゲンもこの世界に未練はない意見は一緒だった。奈落に落ちる前であっても、その意見が変わることはなかっただろう。

しかし、この世界の住人であるユエは? と尋ねようとすると、ユエは首を振って微笑む。

 

「私の居場所は、ゲンの傍……他がどんなに恵まれても、ここしか知らない」

 

ユエは過去、自国のために己の全てを捧げてきたにも関わらず、信頼していた友人や家族に裏切られ、国民の誰一人も助けてくれなかった。三百年間も孤独という牢獄に閉じ込められたユエは、ゲンに救われた。だから、ユエにとって世界とはゲンの隣に立つことだ。

 

「いやぁ……嬉しいことを言ってくれるねぇ。真正面から言われると照れちまうよ」

 

照れ臭そうに顔を赤らめるゲン。ユエと少し良い雰囲気になって気に食わないと感じたハジメはゴホンッ!! と盛大な咳払いをしてから話題を切り替え、ユエの話を強引になかったことにさせる。

 

「そういえば兄貴! あの魔法陣の上に立つと神代魔法を覚えられるみたいよ。アーティファクトも作れちゃうみたい。ほら、兄貴も行ってきて!」

 

「んお? ホントか! するとハジメはその神代魔法とやらを使えるのか! アーティファクトというのは、よく分からんがスゲェなハジメ! よーし、俺も行ってみるぜ!」

 

無料で魔法が覚えられると解釈し、魔法が使えないゲンはウキウキした気分で魔法陣に向かう。その後方で乙女の戦いが行われているとも知らずに。

 

(……せっかくの良い雰囲気だったのに。邪魔するな、キメラ擬き)

(寄生虫が生意気なこと言わないでくれる? 見ているこっちが痛々しいのよ)

 

『ッッ………………………………!!』

 

ユエとハジメはお互いの顔面がぶつかるのではないかという程、近距離で火花を散らしながらメンチの切り合いをする。

一方、ゲンは遊園地のアトラクションに乗る感覚で魔法陣の中央に入った。魔法陣が輝き、ゲンの記憶を駆け巡ろうと頭の中に何かが……一向に入って来ない。

 

「……あれ? 何も感じない。え? これって、もしかして俺は失格ってこと? うそーん!? 俺メッチャ頑張ったのに、脱落なのかぁ!!」

 

ハジメの時のように痛みもなければ何の反応も起こらず、盛大に落ち込むゲンだったが、魔法陣が発動しているなら試練はクリアしたものと判断されているはず。

またオスカーが現れる。だが、今度は様子が違っていた。

 

『この映像記録が流れているということは、この場に“フォーゼ”の力を受け継ぐのに相応しい者が現れたということだね。私はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ』

 

「あ、また出た。ちょっとメガネさ〜ん! 俺だけ何も起こらないんですけどぉ〜! これって壊れていません? ねぇ、黙ってないで何とか言ってくれよぉー!!」

 

記録映像で質問の受け答えができないと説明を受けたにも関わらず、手抜き工事だと抗議の嵐を浴びせるゲン。この場に生前の頃の本人がいれば、誰かを彷彿とさせるウザさで顔に青筋が走っていただろう。

どうやらフォーゼの資格を持つ者が魔法陣に触れると、別の記録映像が流れる仕組みのようだ。

 

『この場所に辿り着いた君に、メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらって——』

 

『おーい、オスカー。俺の出番はまだかー? さっきから準備しているんだけど、そろそろメンドクサくなったぞー。茶菓子の一つでも出せー』

 

『あ、コラ黙っていろ! 今それっぽい雰囲気で話しているんだから、僕が良いと合図を送るまで出てくるな! ……んんッ! すまない、気にしないでくれ。ちょっと近くに見知らぬ阿保がいるだけさ。さて、話は戻すけど、フォーゼの力を継承する君に託すものが——』

 

『オスカー、やっぱり俺が言った方が良いや。後輩へのメッセージは先輩の俺から言った方が良いし……俺も出たいから変わってくれ』

 

『一番最後が主な理由じゃないか! ヤメロこの阿保ォ! お前みたいなマイペースの阿保が初代だとバレたら、後に続く後継者がやる気をなくしてフォーゼの座から降りるかもしれないだろう!? 僕に任せてお前はその辺で大人しくしろぉ!!』

 

『でも、お前……コレ全部録音されているぞ? 多分』

 

『ああ、しまったぁっ!? せっかく貴重な機材から映像記録を錬成したのに!』

 

『まぁまぁ、落ち込むなよ、オスカー。やり直しが効かねぇものはしょうがねぇ。ここは俺に任せな』

 

『誰のせいだと思っているッ!? はぁ〜……分かったよ。どうなっても僕は知らないぞ』

 

虚空に向かって言い争いをするオスカー・オルクス。先程、この世界の史実について語っていた知的な人物と同一人物と思えないほど狼狽えていた。

 

「………………え? 何、今の?」

 

流石のゲンでも、目の前で起こった記録映像に困惑を隠せない様子だ。少なくとも映像の情報から、オスカー・オルクスという人物は生前、知的メガネキャラではなく苦労人キャラだったということが判明した。

溜息を漏らしながら不安そうな様子でオスカーの映像が消え、入れ違いに別の男の映像が現れる。

右頬の上に大きな傷が通り、死んだ魚のような目つきや怠そうな口調から“無気力”という言葉がピッタリな男だ。話の筋から、この男こそ初代フォーゼだろう。

この男が、オスカーやサクヤさんが言っていた救世主(希望)? と、ゲンは怪訝そうな眼差しを向ける。男はおもむろに口を開いた。

 

『試練クリア、おめでとよ………そんじゃ』

 

ズコーッ!! と見ていたハジメとユエもコケそうになる。それに『待て待て待て待てぇッ!!』と怒号をかけたのは、もちろんオスカー。

 

『それだけか!? もっと他に話すことがあるだろう! この世界の真実とか、僕達は何者なのかとか、どういう経緯でこの迷宮を創り出したとか! おめでとうの一言で終わる奴があるかッ!!』

 

『そんなこと言われてもなぁ? そこら辺はお前が全部言ってくれるだろうし、俺が話すことって実質何もねぇんだよぁ〜……やってみて分かったけど、映像記録って超メンドクセーな』

 

『お・ま・え・が! やりたいって言ったから強引に変わったんだろうがぁ! どの口が言っているんだよ!? だから僕は、この阿保の映像を記録するのは嫌だって言ったんだ! こうなるって分かっていたから!』

 

ますますゲン達の中で“苦労人”のレッテルを貼られるオスカー。そんなオスカーから神代魔法を貰ったハジメは、故郷に帰れるため役に立てるのか疑ってしまう。

この初代フォーゼ、二代目フォーゼのゲンに負けないほどルール無用な性格であった。オスカーらしき手に押し出され、渋々と言った様子で初代フォーゼは話を続ける。

 

『メンドクセーな。えーと……俺はノン・ビーリ。お前からすれば先輩だ。まぁ先輩だからって、そう畏まるな。俺みたいにテキトーでいりゃぁ人生は上手くいくもんだ』

 

いや人生舐めんな、と誰もが罵りたくなるほど男はやる気がなさそうだ。傍で「“ノン・ビーリ”……見た目通りね」と呟いたハジメに、同意して頷くユエ。

 

「いや人生舐めんな! それに周囲の奴らのことを考えてやれ! ボケとツッコミだけじゃあ人生は上手くいかねえんだからなぁ!!」

 

男にゲンは激昂するが、質問の受け答えができない映像なのでその行動は無意味であった。因みに「お前が言うな」という視線を背中に向けている二人の少女のことは全く気づかない様子。

ノン・ビーリは頭をボリボリかきながら怠そうに話を進める。

 

『えーと、何だっけなぁ……あぁ、フォーゼに選ばれたから、これからどうするべきなのか聞きたいか?……好きに使えば良いんじゃね? 俺も好き勝手したからなぁ……お前がその力で、オスカーが夢に見たメイドゴーレムハーレムを再現しようが、ナイズみたいに複数の幼女を嫁に貰おうが、メイルさんのようにドS界の女帝になろうが、俺は別に何も言わねぇよ』

 

次々と先程オスカーが話した“解放者”のメンバーのものと思われる情報が入ってくるが、ロクな情報が一つもない。取り敢えず分かったことは、口を滑らせたノンと『ちょ、待!?』と慌てふためくオスカーを含め、“解放者”のメンバーの半分以上がマトモな奴じゃないということだけだった。

ますます神代魔法に不安を覚えるハジメと、神代魔法を習得するのを止めようかと思い始めるユエ。

とっとと話を終わらせたいと表情が語っているノンは再び口を開く。

 

『正直、俺だってこの力を使ってムカつく神や信徒共をぶん殴ったからなぁ〜。世界の命運とか、どーでも良んだよなぁ……だからお前も、そーすれば?』

 

ノン・ビーリは呆気からんと答える。フォーゼとして世界を救えとか、フォーゼとして神々を討て、など言う素振りは微塵もなかった。

守るべき多くの人間に“悪魔”と罵倒されても、この男は世界より仲間(ダチ公)を守りたかった、それだけのためにフォーゼとして戦ったのだ。故にどんな汚名を被せられても気にも留めないのだろう。オスカーがこの男を友人と言った理由を何となくゲン達は理解した。

 

『俺は友達(ダチ)を守るために力を振るった。だから、お前も好き勝手やれ。どうせ俺がどんな事情を言っても、お前からすれば関係ないだろうしなぁ……でも、後悔だけはするなよ? 大事な家族がいるなら、守ってやれ』

 

だらしなく話し続けたノンだったが、この時だけ悲しげな表情を浮かべていた。

 

『オスカー、もう止めて良いぞ。俺からは以上だ』

 

『……本当に良いんだな? ノン』

 

『そろそろメンドクセーし、長々話しても、つまらねぇだけだろ? 俺はこれぐらいで丁度良いや。この後、彼女とデートに行く予定だからな』

 

絶対、最後が主な理由だろ! と叫びそうになるが堪えた自分達を褒め称えるゲン達。ゴソゴソと撤収する作業音が映像記録からはみ出る中、ノンは思い出したように続ける。

 

『あ、言い忘れてた……試練クリアした褒美に、俺からもプレゼントを渡しとくわ。ま、暇潰し程度にこれも使ってみな。使()()()()()()()()()の話だけど……じゃあな』

 

そこで記録映像がプツンと消えた。同時に、ゲンの眼前で何もない虚空から小さな物体が二つ現れ、手元に落ちる。それらは黄金に輝く“10”と刻まれたものと、“20”と刻まれた赤に輝くアストロスイッチ。これが、ノン・ビーリが言っていた試練クリアの褒美なのだろう。

 

「………ん? あれあれ? 結局、俺の神代魔法は?」

 

ゲンを見る限り、神代魔法を覚えた様子は全くなかった。

試しにユエが魔法陣に入ってみると、オスカーの記録映像がまた現れ、色々台無しな雰囲気になりながら神代魔法を覚えた模様。

つまり考えられるとすれば……魔法適正のないゲンは覚えることができない、ということだ。

 

「何でだぁあああああああああああああああ!!?」

 

ファンタジー系が大好物のヲタク男子にとって、この事実は何よりもショックだったのだろう。四つん這いの状態になって軽く闇堕ちしかけているゲンに、神代魔法を難なく習得したハジメとユエが慰める。

 

「元気出しなよ。別に兄貴は魔法が使えなくてもフォーゼの力があるんだから、私達より無敵じゃない」

 

「……ん。この中で一番頼りになる」

 

「え、そう? そーだな! 長々と詠唱を呟くよりも殴って解決する方が俺の性に合うからな!」

 

言葉巧みに煽てられ、あっという間に立ち直るゲン。その隣でオスカーの記録映像微笑みながら何もない空間に話を続けている。実にシュールな光景だった。

 

「取り敢えず、あの死体を片付けよ。ここはもう私達のものだし」

 

ハジメに慈悲はなかった。

 

「ん……畑の肥料になる……」

 

ユエにも慈悲はなかった。

 

「でも大丈夫かな、俺ら祟られないかな? あ、そうだ! つまらないものだけど、王国を出る前、メイドさんに仕立ててもらったハジメのサイズに合わせたメイド服でもお供えしようか——ごぱぁ?!」

 

ゲンは慈悲がない以前に変態だった。というか、ずっと持っていたの、それ?

案の定、殺傷力が抑えられた弾丸を顎に撃ち込まれる。

メイド服と唱えた瞬間、密室で無風のはずなのに隠れメイドフェチのオスカー・オルクスの骸がカタリと項垂れた。その拍子に右手がサムズアップの形になったのは、偶然か、それとも……

 




初代の名前の由来は、そのままです。特に深い理由はありません(笑)

また、回想シーンに登場した時と印象が違いすぎるという意見が出るでしょう。
ズバリお答えしましょう。初代は変身すると性格が変わるんです!
お答えできる情報はこれだけです。

え? 情報量が少なすぎる? え〜い、じゃあ特別にもう一つ!
ミレディの次に解放者のメンバーを困らせたキャラです。以上!

初代の過去は、また次の迷宮で少しずつ明かしていきたいと考えています。暫しお待ちください。

それでは、また次回まで。ありがとうございました!


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