落枝蒐集領域幻想郷 (サボテン男爵)
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泡沫の夢――竹取物語異譚

思い付きのネタ。主に勢いで構成されています。
なので細かい部分にはお目こぼしを。


1

 

 今は昔、竹取の翁という者ありけり。野山に紛れて竹を取りつつ、よろづのことに使いけり。

 

「顔を出せい」

「きゃーーー!?」

 

 蓬莱山輝夜は月の都の姫である。――否、姫であった。

 月の都においても屈指の身分を誇った輝夜ではあるが、代わり映えのない生活に飽き飽きし、その興味は次第に地上へと移っていった。

 そこで一計を案じ、禁忌である蓬莱の薬を服用して不老不死になると同時に月の都からは罪人認定。

 狙い通り、地上へと流刑された訳ではあるのだが・・・・・・

 

「な、何今のっ!? ちょっと首筋がゾワッとしたわよ。私不死なのに!」

 

 無事地上へと辿り着き、「これからどうしようかしら?」などとのほほんと考えていたところ、突然流刑用のポッドが真っ二つ(竹形・製作者が最近、竹ブームだったらしい)。

 慌てながら周りを見渡すと、そこには仮面をつけた大男の姿が。

 

「えーと・・・・・・? どなたかしら?」

「麓の里より竹を取りに参った。竹取の翁である」

 

 怪しげに目を光らせる男性にたじろぎながらも、紆余曲折の末輝夜は竹取の翁の家にて世話になることになっていた。なっていたのである。

 

「む、帰ったか。その女子は?」

 

 竹取の翁に連れられ彼の住む庵へと戻ると、そこにいたのは一人の美女であった。

 輝夜自身自分のことを卓越した容姿の持ち主であるという自覚はあったが、目の前にいたのはそんな輝夜でも唸らざるを得ない美貌の持ち主。

 プロポーションに至っては、彼女の教師であった八意永琳に匹敵するであろう。

 

「拾った。しばし、庵にて面倒を見る」

「そうか。私はスカサハ――よろしく頼むぞ」

 

 何でも竹取の翁の妻であるらしく、輝夜の持つ常識では異色の組み合わせであるが、「地上ってそんなものなのかしら?」と内心首を傾げつつも一先ず受け入れたのであった。

 

 こうして竹取の翁とスカサハの元での、輝夜の地上生活は始まり――

 

「ふむ・・・・・・? 随分と育ちが早いな」

「刑罰で縮められたのが、元に戻っているだけだから」

「それにしても――うむ。凄まじい才を秘めているとみた。これは一つ、手ほどきをせねばなるまいな」

「へぇ・・・・・・地上の武芸、どんなものなのかしら?」

 

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「助けてえーりん!!」

 

 

 

「私姫だから、家事とかはちょっと――」

「働け」

「アッ、ハイ」

 

 

 

「今日は服を拵えてみたぞ」

「あら、ありがとう――何コレ?」

「儂の地元の戦闘服だ」

 

 

 

 色々とあったが、輝夜は念願であった新鮮な体験をしつつ健やかに育っていった。

 やがて彼女の噂は広がり、その美貌を求めて多くの男たちが言い寄ってくることとなった。

 

                     ◇

 

2

 

 チヤホヤされるのは嫌いでなくとも、あんまりしつこければ辟易するのが世の常。

 そもそも結婚するといっても不死と定命のものではうまくいかないだろうし、遠くない未来に月から来る永琳と共に姿を暗ませる予定なのだ。

 翁とスカサハも結婚に関しては強くは言わないので、輝夜も好きにさせてもらうことにした。

 

 輝夜は連日のように訪ねてくる5人の貴公子に、それぞれ難題を与えた。

 “仏の御石の鉢”、“蓬莱の玉の枝”、“火鼠の皮衣”、“龍の首の玉”、“燕の子安貝”。

 どれも幻と言える一品であったが、貴公子たちは何とか輝夜との結婚にありつくため何とか入手しようと――あるいは入手したように見せようと、手を尽くした。

 

 しかしながら結論から言えばそのどれもが失敗し、目論見通り結婚話はご破算となったのであった。

 

「案外だらしのないものね。確かに難題ではあったけど、どれも地上にあるものなのに。もし本当に持ってこられたら、一時身を預けるくらいは考えてあげてもいいかなー、って思っていたのだけど」

「ふむ、時に輝夜よ」

「どうしたの、じぃじ?」

「件の5つの宝であるが、我が契約者が以前、入手していたのを思い出してな」

「え」

「宝を手に入れる手腕の持ち主が好みであるのなら、いずれ紹介しよう」

 

                    ◇

 

3

 

 5つの難題を経て、輝夜の噂についには帝の耳にまで届くこととなった。帝は輝夜を一目見たくなり呼びつけたがうまくいかず、狩りを装い彼女の顔を見てやろうと一計を案じた。

 目論見はうまく進み、帝の瞳はこの世のものとは思えぬ美貌の持ち主を捉えることとなった。

 帝は思わず駆け寄り、声をかけていた。

 

「お嬢さん、是非お婆さんを私に下さい!」

「ふむ、儂もまだまだイケるではないか」

「こんなの絶対おかしいわ」

 

                    ◇

 

4

 

 スカサハが帝にアタックをかけられるのを尻目にため息を吐きながらも、輝夜は月からの迎えが来る日が近づくのを感じていた。

 

「ねえ――じぃじ、ばぁや。以前言っていたとおり、もうすぐ月からの使者が私を迎えに来るわ」

「もうそのような時期か・・・・・・確か月の刑期だったか。存外に短いのだな」

「月の民にとっては、地上は穢れと定命に満ちた地。永遠を生きる者からすれば刹那に等しい時間であっても、十分な罰になると考えているんでしょう」

「月人達は、地上を発ち随分と永いと見える。長命と引き換えに命の営みすら忘れたか。――それが怠惰を呼ぶというのなら、一度我が赴く必要もあるか」

「ふむ、輝夜が育ったという地、儂も些か興味を惹かれるな。話を聞く限り、かの魔神王が目指した理想世界に近いものがある。その際は儂も同行しよう」

「やめて、ホントやめて」

 

 尚、月に赴く云々は翁流ジョークだったらしい。

 

                    ◇

 

5

 

 十五夜――ついに月からの使者が輝夜を迎えに来る夜が訪れた。

 だが実際の所輝夜は月に帰るつもりなどこれっぽちもなく、使者のリーダーとして訪れる永琳と共に、他の月人を振り切ってトンズラするつもりであった。

 共に迎えを待っていたスカサハがふと空を見上げ、目を細める。

 

「何か来るな。アレが月の使者とやらか?」

 

 輝夜も空を見上がるが、予想に反し月の軍ではなく小さな光点が空から迫ってきて――

 

「とうっ!! コードネームXX! 月(の使者)に代わってお仕置き……じゃなくって出勤です!」

「いや、誰よあなた」

「おや、そちらにいるのは翁君じゃないですか。あなたも地球まで来ていたんですね。それに……げえっ!? サベッジクィーンまで!? い、今は銀河警察のお仕事はお休み中なので、バトルはなしですよ! 貴女の槍めっちゃ痛いんですからー!」

「ふむ、宙より来た者か。そのサベッジ何某とやらは覚えがないが、月に代わってと言っておったな?」

「ああ、そうでした。ええと、そちらの方が輝夜さんですね。これ、月の八意さんからの宅急便です。確認とサインをお願いします」

 

 差し出された箱の封を解くと、中には月で一般的に使われる携帯端末が。

 従者の意図を即座に察し、録画された映像を再生する。

 

『……この映像が再生されているということは、無事姫様の元まで届いたようですね。単刀直入に言います。月は現在“BB”を名乗る存在から襲撃を受けており、その混乱のせいでちょっと迎えに行けそうにありません。ぶっちゃけ割と、月の都始まって以来の未曽有の危機なので、姫様は今しばらく地上でお待ちください。なお、このメッセージを預けているのは月付近を漂流していたXXさんという方で――』

「え? なに、月の都ピンチなの? 直に見てみたかったかも……」

「ハハハ、故郷の危機というのになかなか豪胆じゃの」

「だっていつも威張り散らしているやつらの慌てふためく顔なんて、そうそう見れるものじゃないし」

「ふむ・・・・・・かの月の蝶、汝の管轄ではなかったか?」

「いえ、翁君。アレ邪神が入ってない、ノーマルの方なんで。となると私が動く根拠としてはちょっと弱いんですよね。電子戦とか苦手ですし」

「えーと、何にせよ、今しばらくお世話になるわ。今後ともよろしくね?」

 

                    ◇

 

6

 

 ――それが変わった夢であるということは、最初から分かっていた。

 実際に輝夜のことを拾ってくれた老夫婦は善良であれど、ああも破天荒ではなかったし。

 帝がばぁやに惚れるなんて馬鹿げた展開、起こらなかったし。

 月の使者たちは永琳と共に皆殺しにして、二人で地上に隠れ住んでいたし。

 

 “if”どころではなく、そもそも起こるはずもない“虚構”。

 だが輝夜はこのハチャメチャな夢を、それなりに楽しんで見ていた。

 寡黙で厳しく、しかしながら懐の深さを見せるじぃや。

 苛烈で美しく、時に暴走しがちでも面倒見のいいばぁや。

 時折訪れる稀人達も奇人変人ぞろいで、輝夜を大いに驚かせながらも楽しませてくれた。

 ――そんな、刺激的な夢での日々。

 だが夢はいつしか終わるもの――摂理とか真理なんて難しい言葉を用いるまでもなく、至極当然のことであった。

 

「もう、目が覚める時が来たのね――」

 

 いつの間にか、輝夜は黒い――しかしながら暗くはない空間に佇んでいた。

 

「然り。奇縁は解れ、互いに元の世界に戻ることとなろう」

 

 同じく佇んでいた翁が、厳かな口調で宣言する。

 

「此度のことは、聖杯の欠片が悪戯をしたといった所か。ふふっ……影の国の女王たる身としては、なかなかに新鮮な体験ではあった」

 

 スカサハが淡い微笑を浮かべ、輝夜を見つめていた。

 

「そう――短い時間だったけど、お世話になったわね。楽しい夢だったわ」

「別にもう少し、別れを惜しんでくれてもいいのだぞ?」

「ふふっ、じぃややばぁやなんて呼んでいたけど、私これでも多分、二人よりも年上なのよ? 年長者が情けない姿なんて見せられないわ」

「ふむ、これは一本取られたか。ハハハ、しかし私が年を理由にマウントを取られるとはな。クーフーリンめにも見せてやりたかったわ」

「時が止まった身としては、幾ばくかの齢の過多なんて、あんまり意味がない気もするけどね」

 

 輝夜がフッと、表情を崩す。

 

「でもちょっと残念。二人を永琳にも紹介したかったのだけど。きっと、もう会うこともないんでしょうね」

 

 だが翁は、相対するように答える。

 

「確かに縁は解れた。だが未だ、糸としては残っている。文字通り、蜘蛛の糸ほどではあるがな」

「あら珍しい。じぃやでも気休めを言うことがあるのね」

「ふふ、我らのマスターが“縁”については一角ある人物だからな。人理の不安定さやカルデアという場の特殊性はあれど、紡いだ縁が如何に細くとも手繰り寄せる様は、私をもってしても驚嘆するしかない。もっとも本人は、縁の糸を結び過ぎて繭籠りといった有様だかな」

 

 ハハハと笑うスカサハに、輝夜が目を丸くする。

 

「えっ、マスターって……じぃやとばぁや、誰かに仕えていたの? あなた達みたいなトンデモキャラが? どこぞの神か、希代の英傑が相手かしら?」

「強いて言うならば――“人”か」

「・・・・・・なにそれ、からかっているの?」

「いいや、翁殿の言う通りだ、輝夜。全ての人を体現した者でもなく、全ての人の頂点に立つ者でもなく――ただ成り行きから世界を背負い、その上で歩みを止めぬ、ただの人だよ」

「いろいろ矛盾しているように聞こえるのだけど」

「矛盾を内包した上で立ち続けるのが、人であろうさ。そうだな……これ以上私の口から語るのも、直接会ったときの楽しみを奪うことになるだろう。後は自分の目で確かめるがいい」

 

 そこでスカサハは一旦言葉を区切り、眠りにつく子におやすみなさいという母親のように、別れの言葉を口にする。

 

「そなたとの生活、私も楽しかったぞ。――では、またな。」

 

 続き翁も短く――しかしながら気のせいでなければ、いつもより少しだけ優しく聞こえる別れを交わす。

 

「怠惰に耽らず、壮健に過ごすがよい」

 

 フッっと、輝夜の意識が遠のく。どうやら、もう本当に時間がないらしかった。

 だったら、最後に言うべきことは――

 

「ここまで期待させたんだから、またいつか会いに――!!」

 

                     ◇

 

7

 

 鈴仙・優曇華院・イナバは元“月の兎”である。

 今は故あって幻想郷の永遠亭に身を寄せており、人里への薬の行商へ行ったり家事を引き受けている。その日も朝餉の支度をしていたのだが――

 

「おはようウドンゲ」

「ふぇっ!? 姫様!?」

「何よそんなに驚いて……」

「あっ、すみません。こんなに早く起きてくるなんて珍しくって。あっ、朝餉の支度にはまだ少々時間がかかるので、お待ちください」

「ああ、私も手伝うわよ」

「あ、はい。じゃあこっちを――ってえぇぇぇ!? き、急にどうしたんですか姫様!?」

「どうしたって……別にいつものことじゃない?」

「えぇぇぇ…… 何か悪い夢でも見たんですか?」

「ふふっ、滅茶苦茶でハチャメチャだったけど、夢見は良かったわよ」

 

 輝夜手製の料理による朝食という、永遠亭でも屈指の珍事を終え、その後も輝夜がテキパキと家事をこなしていった為暇になった鈴仙。

 戸惑いながらも輝夜と共に一服していたが、ふと昨日人里で耳にした出来事を話題に上らせた。

 

「そう言えば姫様、紅魔館の方で何かあったらしいですよ」

「へぇ、あそこも毎度毎度よく飽きないものねぇ。また爆発でもした?」

「いえ、あの屋敷の中ってやたらめったに空間を広げているでしょう? そのせいか、何か妙な世界につながったみたいで。なんでも、“チェイテピラミッド姫路城”とかいう訳の分からないもので――」

 

 

 

 紡がれた縁は思わぬ魔城を喚びよせ、幻想郷史上もっとも困惑に満ちた異変を引き起こす。

 再会の時は、近い――

 




続きません。

輝夜と老夫婦が、何故かFGOの山の翁とスカサハに結びついたことから出来たネタです。
”不死”や”超越者”といった部分で、似通った要素があったせいかな。

5人の貴公子あたりもFGOキャラを挿入しようかとも思いましたが、勢いを優先しダイジェストで。
仮に当てはめるとすれば、ヒトヅマニア達かなぁ……

帝がスカサハに一目惚れするシーンが、実は一番やってみたかった部分だったり。
「若いし、イケるイケる」

輝夜のサーヴァント的マテリアルも作ってみたい気がしましたが、断念。
仮に作った場合、クラスはムーンキャンサーにしたいところですが、あれいまいち要素が分かりませんからねぇ。
あと、筋力はAになります。
永遠亭組だと永琳はアーチャー、ウドンゲはアサシン、てゐは……ライダーかな? 幸運を運ぶ的な意味で。
ちなみに今回のイベントをクリアした場合、輝夜にはケルト式戦闘スーツの霊衣が開放されます。ピチピチです。

それではここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


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落枝蒐集領域幻想郷 その1

続きました。
プロット? 奴ならここから先の戦いにはついてこれそうにないから、置いてきたよ。


 藤丸立香は人類最後のマスターである。

 

 人理継続保障期間フィニス・カルデアに招聘された48番目にして、今現在では唯一のマスター。

 唐突に世界を焼き尽くした人理焼却事件を解決――その後おおよそ1年の時を経て人理は再び崩壊し、世界は漂白された。

 今は数多の異聞帯によって侵略された地球を、汎人類史の手に取り戻すための戦いを続けており、多くの犠牲を払いながらも3つの異聞帯と空想樹を伐採。

 先立っては日本の江戸時代に出現したビーストⅢ/Lを何とか討伐し、現在はインド異聞帯攻略の準備が終わるまで、待機しているところだった。

 

 さて、ここまでの事柄を並べると休みの欠片もない、激務の日々のように感じるかもしれないし、実際夢の中ですら唐突にどこぞに放り出されることがあるので割と気の休まる暇はなかったりするのだが、この日は珍しくゆったりとした時間を過ごしていた。

 

 ――誰も自分の布団に潜り込まず、ベッドの下にも天井にも潜んでいない清々しい起床。

 ――比較的穏やかな気質のサーヴァントが集まっていたタイミングでの、優雅な朝食。

 ――大きなトラブルも起こらない、平穏な昼下がり。

 

 現在ではメインサーヴァントであり後輩でもある(実際経歴的には先輩にあたるが)マシュと共に、マイルームで談笑しつつ紅茶を飲み交わしていた。

 そんな穏やかで当たり前なひと時――

 

「子イヌー!!」

「――ふう、さようなら平穏」

 

 どたばたと部屋に転がり込んできた鮮血魔嬢の姿を認めた瞬間、その瞳には諦観の色が浮かび、あったかもしれない“何事もない1日”に別れを告げた。

 

「ちょっとちょっと何よ! 人の顔を見た瞬間に死んだ魚みたいな目になって! このスーパーアイドルエリザベートが会いに来て上げたんだから、喜び勇ぶことはあってもテンション下げることはないでしょう!?」

「ま、まあ落ち着いてください。エリザベートさん……先輩もここの所激動の日々で、お疲れですから」

「ホント、声は超一級品なんだけどなぁ……」

 

 キャーキャーと喚くエリザベートだが、その声はまるで不快なものに感じないという不可思議。英雄王ですら認める美声なのである。だがこれが一度“歌”というフィルターを通してしまえば、途端に鼓膜どころか城まで揺るがし、セイレーンも逃げ出す怪音波に変貌するのはミステリーを通り越してファンタジーだった。

 

「ちょ、そんないきなり褒めるなんてもう……わかっているじゃない!」

「うん、エリちゃんカワイイカワイイ。それで今日はどうしたの?」

 

 一瞬で機嫌を直したエリザベートに、内心『チョロイなー』なんて感想を抱きつつも、来訪の目的を尋ねる。

 

「あ、そうそう。ちょっとこの子のことで相談したくて……出てきて」

 

 その声に引きずられるようにひょっこりとマイルームに入ってきたのは、齢10にも見えない少女。

 赤いドレスと緩やかなウェーブを描いた金髪。

 ここまでは至って普通のゴスロリ少女なのだが、背中に見える一対の異形の羽と尻尾が、彼女に人外感を醸し出していた。

 その姿を認めた立香はスッと立ち上がり、エリザベートの手をそっと取る。

 

「エリちゃん――」

「え、やだこんな真っ昼間から。こういうのはもっと、人目がないところで雰囲気を考えて……」

「自首しよう」

「ってなんなのよー!?」

 

 そのまま逃がさないように手をがっちりとホールド。同時に後輩にアイコンタクト。

 マシュは悲しそうに目を伏せ、しかし毅然として告げる。

 

「残念ですエリザベートさん……カルデア刑法において未成年略取は重罪。ルーラー警察に引き渡しの上、厳正な取り調べが行われます。刑罰は動機や被害内容次第で情状酌量の余地がありますが、最低でも同人誌全没収は免れないかと」

「何そのニッチな刑罰!? 斬新過ぎない!?」

「主に黒髭さん相手に使われることを想定していましたので」

「あらヤダ。スッゴイ納得」

「弁護士を呼ぶ権利は保証するので安心してください。カエサルさんはダメですが」

「う……仕方ないわね。腐っても――いえ、別に腐ってはないけど私も一領主。正々堂々と裁判で無実を勝ち取って見せるわ……ってちがーう!」

 

 チョロQ属性持ちのエリザベート、なんやかんやで怒涛の展開に流されつつあったが、ハッとしたように顔を上げる。

 

「誤解よ誤解! 冤罪を主張するわ! 第一私が疑われる謂れなんて……ま、まあ生前の前科云々を換算したら無くも無い訳だけど……」

 

 言葉尻はいささか弱々しくなってしまったが、それでも言うべきことははっきり告げる。

 

「とーにーかーくー! チェイテ城に紛れ込んできたこの子のことで相談を――」

「エリザ、虐められてるの?」

 

 唐突に、目の前のやり取りを見つめていた少女が口を開いた。

 

「え、いや、別にそんな訳じゃあ……子イヌだって、話せばわかる相手だし――」

「悪い人間なんだ」

 

 しかし少女は、エリザベートの言葉が耳に入らないかのように虚ろな瞳を立香に向けた。

 

「だったら、別にいいよね?」

 

 すっと、小さな手を上げる。か細く、やわらかそうな子供の手。

 しかしならば、それを向けられた瞬間心臓に直接ナイフを押し当たられたかような錯覚を立香が覚えたのは、一体なぜなのか。

 

「きゅっとして――」

 

 ゾワリと、立香の背筋に悪寒が走る。同時にこれまでの旅で何度も味わってきた、『あっ、コレ死んだな』という確信めいた予感。

 マシュやエリザベートも異変に気付き、されども静止する間もなく――

 

「ドカ「はいはい、おイタはそこまでよ」」

 

 しかしながら立香は、此度もまた唐突な乱入者によって命を拾われることとなった。

 少女が拳を握りしめる直前に、白魚のような女性の手が少女の手を優しく包み、僅かに引く。

 

「え――」

 

 少女が驚いたように、目を見開く。

 握り潰すはずだった“目”は手を空振り、立香の元へと戻っていっていた。

 

「“ソレ”は、簡単に壊していいモノではないわ。キレイな花を摘むのとは訳が違うのだから、あなたは自重を覚えるべきね」

「誰、あなた――“目”が見えるの?」

「似たようなモノを見ることができる目を持っているから、そのちょっとした応用。もっとも、私が見るモノは“目”じゃなくて、“死”よ」

 

 そう言って微笑むセイバーのサーヴァント、両儀式から青い瞳を向けられた少女は、ビクリと体を震わせた。

 

                     ◇

 

「ふむふむなるほど、それでそのフランドールって娘が君のチェイテ城にいつの間にか迷い込んでいたのか」

 

 場所は移り、ノウム・カルデア管制室――

 一通りの事情を聴いたカルデアの頭脳の一人、ダ・ヴィンチちゃんは小柄ながら端正な顔の額にしわを寄せながら、エリザベートに問いかけた。

 

「そうなのよ。それでウチの騎士たちを使って城内を調べたら、部屋の一室が見たこともない屋敷に繋がっているのを見つけたの。一応、こっちにも話を通した方がいいと思って」

「うんうん、賢明な判断をしてくれたこと、心底感謝するよ。一人で突っ込まれてたら、この忙しい時期に更なるトラブルに発展したこと請け合いだった」

「ふふふ、アタシだって日々領主レベルが上がっているのよ。……アレ? 今褒められたのよね?」

「勿論だとも」

 

 首を捻るエリザベートをダ・ヴィンチちゃんは軽く流し、代わりに今度はアトラスの錬金術師・シオンが発言する。

 

「チェイテピラミッド姫路城でしたか。一応資料は確認していましたけど、てっきりエイプリルフールネタを消し忘れたのかと思ってましたよ」

「アハハ、さすがにそれはないさ。とは言えこの特異点を実際に担当したのは、わたしの作成者の方なんだけどね。その時期、わたしはまだ調整中だったわけだし」

「アレばっかりは実際に目にしないとなぁ。実際、査問でも滅茶苦茶突っ込まれたよ」

「うむ、正直なところこのゴルドルフ率いる査察団が旧カルデアの報告書を鵜呑みに出来なかった原因の3割くらいは、アレのせいだからな」

「あー、そりゃ仕方ないって納得するしかないよな。最初からいるカルデアスタッフとしてはある程度慣れはしたけど、やっぱりおかしいよな。アレ」

 

 うんうんとうなずき合うカルデア一同。

 特異点には突拍子もないモノも多々存在したが、その中でもチェイテピラミッド姫路城の存在感は際立っていた。

 

「しかも今回、更に新たな要素をひっかけてきたわけですか。アハハ、ナイナイ! でも実際の所、特異点としては群を抜いた存在強度と安定性を誇るんですよねぇ。カオス具合に目をつむれば、いろいろと興味深くはありますが」

「そこんところどうなんだい? ホームズ?」

「名探偵にだって解くべきではない謎はあると思うのだよ……しかし請われた以上、推測くらいなら話させてもらうが。おそらくだが、カルデアで回収した以外にも聖杯があの特異点には存在しているのではないか? それが特異点の維持と固定の役割を果たしているのだろう。他のサーヴァントなら限りなく可能性は低いが、事が彼女の話だからね」

「???」

 

 向けられた視線にキョトンとするエリザベート。

 カルデアでもトップクラスのトラブルメイカーにして、何故かよく聖杯を拾う少女であった。

 

「他にはそれなりの期間“唯一の人類”だったカルデアから長期間観測されたことで、存在が固定された可能性も考えられるが……断言するには些か証拠不足と言わざるを得まい」

「エリザベート・バートリーに、聖杯にまつわる逸話はなかったはずなんですけどねぇ。あの特異点に関しては、もういっそ消去よりも有効利用を考えた方がいいかもしれません。元々汎人類史にも、ここ“彷徨海”の他にも、“霊墓アルビオン”や“妖精郷”のように特異点染みた場所は幾つか存在しますから。今更一個増えたくらいじゃ、大局には影響しないでしょう。もし彷徨海を追い出されたら、そっちを第3のカルデアとして運用するとか。資料にあるギガフレーム・メカエリチャンも、アトラス院の技術とこれまで得られた聖杯を組み込めば、対異聞帯用の汎用エリチャン型決戦兵器として使えるかもしれませんし」

「うわぁ、一瞬でも“ありかな?”と思った自分を殴りたいよ」

 

 シオンの冗談染みた提案に眉を顰めるダ・ヴィンチちゃん。

 立香も空想樹と取っ組み合いをするギガフレーム・メカエリチャンの姿を想起し、眩暈を覚えた。

 

「でもアレ、一応“人類の脅威”属性持ちなんだよなぁ」

「ちょっとちょっと、ウチの話で盛り上がってくれるのは嬉しいけど、今はあの子のことが優先でしょう?」

「そ、そうでしたねエリザベートさん。ついつい話が逸れてしまいました」

 

 カオスな論戦をカオスの元凶が納めるという珍事の元、脱線した話が元に戻る。

 

「ごほん――それでは改めまして、不肖マシュ・キリエライトから説明させていただきます。名称フランドール・スカーレット。500歳ほどの吸血鬼だそうですが、見た目は映像にある通り10歳ほどの子供です。何でもずっと家に引きこもっていたらしく、精神年齢も見た目と大して変わらないか、下回ると思われます」

「ふむ、吸血鬼といえばメジャーなのは死徒だが、あの少女はどうなのだね? まさか芥ヒナコのように真祖とは言うまいな?」

「スキャンしてみた感じでは、確認されているいずれにも該当しませんね。新種か、どこぞの秘境にひっそり暮らしていたのか。うーん、個人的には興味をそそられます!」

「フランさんのお話では、幻想郷という場所にある紅魔館というお屋敷で、お姉さんと一緒に暮らしているそうです。チェイテピラミッド姫路城に来た経緯としては、たまたま開いた扉が繋がっていたそうですが……」

「エリちゃんが言ってた例のヤツだね」

 

 現在は他の来訪者があった場合の対処の為、騎士たちに見守らせているらしい。

 

「その部屋に何らかの異常が発生し、フランドールさんのご実家とつながった訳ですね。エリザベートさん、何かお心当たりは?」

「あっ、そういえばこの間拾った聖杯を放り込んでおいた部屋だったかも」

「「「「「「「それだぁーーー!?」」」」」」」

 

 総員、心からのツッコミであった。

 

「エリちゃん、見直したと思った矢先に……」

「私も紳士らしからぬ大声をあげてしまった訳だが、結果として解決方法が最短で判明したというのならば大目に見るとしよう。無論、そもそも問題が起こらないに越したことはないのだがね。――技術顧問、例の小娘は今どこに?」

「はいはーい、しっかりサーチしてるよ。今は食堂で子供チームと一緒に遊んでる」

「例のアビゲイルとかいう娘も一緒か。正統派魔術師たる私としては、空想上の神など疑問視せざるを得ないが……まあ力は本物だ。万一暴れた場合の抑えとしては十分だろう」

「セイバーの式君も近くで見ていてくれてるからね。それにしてもゴルドルフ君、ツンケンしてるけど知ってるんだよ? この間彼女にパンケーキ作ってあげてたの」

「ごほっ!? ふ、ふん。あの赤いアーチャーにキッチンで我が物顔されているのが気に食わんかっただけだ。他意はない!」

 

 相変わらず事料理に関しては、何やら妙なこだわりを見せる新所長であった。

 料理に関する専用の術式を幾つも編んでいるあたり、“実は魔術使いの方が向いているのではないか?“と立香はひそかに考えていたが、怒られるのは明確なので口にはしていない。

 

「ともかく! あの小娘をすぐさま送り返し、件の部屋から聖杯を回収してくる! これで全ての問題は解決し、魔力リソースも手に入る。うわっはっは、簡単な話ではないか!」

「ところで今更なのですが、フランドールさんはどうやってカルデアに来たのでしょう?」

「はっはっは……はい?」

「今のカルデアは、彷徨海という人理漂白の波すら受け付けない不可侵領域に存在しています。アルターエゴは事前の仕込みで侵入して見せましたが、カルデアと縁を持たないフランさんがエリザベートさんの先導があったとはいえ、そう簡単に入って来られるものでしょうか?」

「んー、確かにエリザベートは特異点からの退去という形でカルデアに戻ってきている訳ですが、そのレイシフトに着いてきた? いえ、ナイですね。マスターである立香君と契約を結んだサーヴァントならそれも可能でしょうが、フランドール・スカーレットは実体ある吸血鬼……その方法論は使えません。となると――」

 

 一同の視線が、再びエリザベートに集まった。

 当の本人はというと、気不味そうに頬をかく。

 

「あっ、えーと……そう言えば領地とカルデアとの移動にいちいちレイシフトを使うのが面倒だったから、“いっそ直通の通路ができたらいいなー”なんて考えた気が……」

「えっ、ちょっと待ちたまえよ君。つまり、聖杯がそのフワッとした願いを叶えてしまったと? ということはなんだね? 今、カルデアと件の特異点、そして幻想郷とやらは、空間的に繋がっている状態だと?」

 

 ゴルドルフ新所長の顔は、先ほどの余裕から一転、みるみると青ざめていった。

 

「簡潔な説明ありがとうゴルドルフ君。いやー、まいったねこれは」

「バカモンッ! テヘペロなどとあざとい仕草をしている場合ではなかろう! 第一種警戒態勢発令! これは我がカルデアの安全保障上に関する重大な問題だ! 藤丸立香、並びにマシュ・キリエライト! すぐに現地に赴き小娘を送還後、直ちにその厄介な“通路”を閉鎖するのだっ!」

「りょ、了解です! オルテナウス装備への換装後、直ちに出動します!」

「行ってきます!」

 




チェイテピラミッド姫路城が第3のカルデアになったif
コヤンスカヤ「いえ、例え縁があっても侵入しませんよ、あんなところ。私のキャラが残念なことになっちゃうじゃありませんか」

ギガフレーム・メカエリチャン
カルデアに関連する戦力としては、おそらく設定上XXと並び最大級。
多分完全稼働状態なら、ティアマトやグガランナとも殴り合える。
仮にそうなった場合、ウルクにて三つ巴の頂上決戦が繰り広げられるifも……

輝夜とスカサハ、山の翁を絡ませる一発ネタの予定でしたが続きました。
一応導入とラスト付近の設定は練っていますが、その間が曖昧なので
起承転結のはっきりしたメリハリのある話とはいかないかも。
更新は不定期になると思われます。

あと二次創作、個人的にはオリジナルよりだいぶ書きやすいなぁと。
キャラと舞台設定がある程度かたまっている分、勝手にしゃべってくれる部分がw
このキャラだったらこの時こういうセリフ回しを使いそうとか、考えるの楽しいですしね。
ただ他のキャラに対する一人称には注意していきたいところ。
あと、私が実は”東方原作ゲーム未プレイ”という穴に引っかからないようにしないと(汗
しょ、書籍関連は割と読んでいるんですよ?


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落枝蒐集領域幻想郷 その2

「こんにちは、小さなあなた。わたしとあなたは、ちょっとだけ似ています。お母様はわたしを恐れて、ずっとずうっと閉じ込めていました」
「わたしも閉じ込められてはいたけど、自分から閉じこもってもいた。アイツがなんでわたしを閉じ込めていたのかずっと分からなかったけど、今ならちょっとだけ分かる気がするわ」



修正)2019年8月27日、フランのレーヴァテインの描写を追加。


「アハハハハハハハ!」

 

 チェイテ郊外――墓地付近の一角で、フランドールは哄笑を上げながらパンプキンスケルトンを蹂躙していた。

 

「えっとこれは――先に例の通路から戻ったのなら、チェイテ城で待っているはずでは?」

 

 レイシフトしてきた矢先に飛び込んできた光景に、目を丸くするマシュ。それにエリザベートが苦笑しつつ答える。

 

「そうなんだけど、迎えに行くって聞かなくてね。ほら、あの子ビューって飛べるから速いのよ?」

『とても飛ぶのに適した羽の構造とは思えナイですけどねー。この辺りはまだ普通に見えますが、遠目に見えるのがチェイテピラミッド姫路城ですか。いやー、直接見ると頭悪いですね、アレ!』

 

 通信越しに現れたシオンが、件の違法建造物に爆笑する。

 

「ちょっと! アタシも最初はどうかと思ったけど、意外と住めば都というか」

『ナイナイ。中層になっている逆さピラミッド区画とか、どう見ても生活環境0でしょう! 懐かしのアトラス院でもちょっと見かけないレベルの斬新さですよ、アレ』

『はいはい、実のない議論は一先ず置いておこうよ。しかしフランドール君、大した戦闘能力だね。動きは経験不足が否めない気がするけど、ポテンシャルならA級サーヴァントにも匹敵するよ』

「確かにサーヴァントの皆さんは、見た目と戦闘能力が比例しないことも多いですが、凄まじい力です」

「アハハ、もう終わりー!?」

「今はハロウィンじゃないから、エネミーも少ないみたいだね」

 

 散らばったパンプキンスケルトンたちの破片を見回し小首をかしげるフランドールに、立香は『お疲れ様』と声をかける。

 

「あっ、あなたは――」

「うん、改めまして、藤丸立香っていうんだ。さっきはろくに相手もできずゴメンね?」

「変なの……わたしの方こそ、ゴメンって言おうと思ってたのに」

「まあ、似たような場面には何度か出くわしているから。でも次は勘弁してほしいかな」

 

 幾ら数をこなしても、痛みにも命の危機にも未だ慣れはしないのだが。

 同時に、多分慣れてはいけない事なんだろうと立香は考える。

 

「あらフランドール、服に汚れがついているわよ。払ってあげるからこっちに来なさい」

「はーい!」

「ふふ、レディたるもの、身だしなみには気を使わなくっちゃね」

 

 エリザベートの呼び声に、素直に従うフランドール。二人が並ぶその光景は――

 

「ふふっ、先輩。微笑ましいですね」

「なんだかお姉さんみたいだ」

「え? そ、そうかしら?」

「うん、二人ともちょっと似た部分があるからね」

 

 実際造形は大分違うのだが、羽とか、尻尾とか似通った要素は多かった。

 うん――尻尾? なにか違和感が……

 

「尻尾が取れてる?」

「これ尻尾じゃないよー。レーヴァテイン!」

 

 その瞬間、彼女の小さな手に見合わぬ巨大な炎剣が顕現した。

 

「うわっ」

「アハハ、びっくりした?」

「まさか剣だとは思わなかった……」

「魔法の杖みたいなものだからね」

 

 炎剣を一振りすると火は消え、そのまま元の細長い悪魔の尻尾のような姿に戻った。

 そこでマシュが、姉さんの言葉で連想したのかエリザベートに尋ねる。

 

「そう言えば、エリザベートさんにはご兄弟がいらっしゃったのですよね?」

「あー、うん、まあそうなんだけど……やめときましょう、その話は。多分、あんまりおもしろくもないし」

 

 目を伏せ僅かに翳りを見せるエリザベート。

 しかし次の瞬間には顔を明るくし、フランドールと手をつなぐ。

 

「じゃあチェイテ城に向かいましょう! ふふ、道すがら領内を案内してあげるわ」

「わたし、あんなに人が一杯いるところに行くの初めて」

「あら、そうだったの? だったら楽しみにしていなさいな。なんせ、アタシの領内と領民なんだから!」

 

                     ◇

 

 領内の店などを軽く冷やかしながら進み、辿り着いたのは懐かしのチェイテピラミッド姫路城。

 

「ここに来るのも久しぶりですね、先輩」

「オレはなんか、ちょくちょく来ている気がする」

 

 記憶の再現だとか、XXにチョコを貰ったときだとか、こたつに入ったらなぜか辿り着いたとか。なんだかんだで妙な縁が生まれてしまっているのかと、立香は遠い目をする。

 

「どうだった? アタシの領内は?」

「楽しかった! でもカボチャがいっぱいね?」

「ふふ、ハロウィンの時期にはもっともっと盛り上がるのよ。カボチャたちは踊り狂い、アタシの美声が領内を潤すわ!」

「へー!! 見てみたいなぁ」

「あーうん、それは……」

 

 エリザベートがチラチラと視線を向けてくるが、さすがに首を横に振るしかない。

 ハロウィンまでまだ数か月――さすがにゴルドルフ所長が現状維持を許可するとは思えなかった。

 

「そう、よね……うん! じゃあせめてハロウィン料理を用意するわ! 雰囲気だけでも味わっていきなさい!」

 

                      ◇

 

「おおっ! お戻りになられましたか!」

 

 城に入ると真っ先に声をかけてきたのは、何やら焦った雰囲気の騎士たちだった。

 

「慌ただしいわね。何かあったのかしら?」

「はい、それが……例の通路から羽の生えた女の子が多数現れまして――」

「何ですって!? それで、何か被害は出ているの!?」

「いえ、その……やっていることは悪戯程度なので、現状目に見える被害は出ていないのですが……」

 

 何やら哀愁漂うオーラを纏い、肩を落とす騎士。

 

「歯切れが悪いわね。ホウレンソウはシャキッと、テキパキと!」

「はい! 戦闘能力は大したことがないので、捕まえるのは容易いのですが……侵入者相手とはいえ、子供と同じくらいの見た目相手ではどうにもやり辛く……」

「それは――確かにそうかもしれませんね」

 

 屈強でゴツイ騎士が、小さな女の子を力づくで捕まえる。

 控えめに言っても絵面が最悪だった。

 

「一応お菓子を渡せばおとなしくなるので、それで対応しています」

「ハロウィンでもないのにトリックオアトリートなんてハロウィン協定違反よ! 楽しみで気が急いているのは分かるけど!」

「エリザベートさん。あの、それは違うのではないかと」

「たぶん、そいつらウチの妖精メイドじゃないかしら?」

「妖精メイド……ですか? 何やらとてもメルヘンな響きですが」

「アイツ――レミリアお姉さまが見栄で雇ってる奴ら。大して仕事はできないけど、数は簡単に揃うの」

 

 フランドールの言葉に、騎士は合点がいったというように頷く。

 

「ああ、確かにそんな感じの見た目ですね。言いえて妙というか」

「つまり、他にも帰さなきゃいけない子が増えたってことか」

「藤丸殿、ちょっと言いにくいのですが、実はカルデア側の通路にも何人か向かってしまいまして……」

『ぬおー!? 今朝焼き上げて寝かせておいた私のアップルパイが!?』

 

 通信越しに聞こえるゴルドルフ所長の悲鳴。

 さっそくカルデアでも被害が出ているようだった。

 

「そういえばメカエリはどうしているの?」

「子供の悪戯程度とはいえ、重要施設に入られたら万一もあるだろうと、そちらに待機しています」

「あー、地下区画も再建してたんだっけ。あっちはあの子の管轄だから、アタシにもよくわからないのよね」

 

 何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、そこでシオンからの指示が入る。

 

『立香君、マシュさん。カルデアに侵入した妖精メイドとやらは待機しているサーヴァントに対処してもらうので、先に例の通路の方を抑えてもらえますか? これ以上数が増えるのは避けたいところなので』

「了解です。エリザベートさん、例の通路まで案内してもらえますか?」

「ええ、こっちよ」

 

 エリザベートの先導の元辿り着いたのは、チェイテ城区画の一室。

 

「ここは本来、3つの部屋が横に並ぶ形でセットになっていたの。中央部の部屋だけ廊下と繋がる扉があって、部屋の中に両隣に繋がる扉があったんだけど……今はご覧の通りよ」

 

 もともと扉が設置されていたであろう部分には、ぐるぐるに渦巻く謎の光が。

 

「これ、ドラ○エで見たやつだ……」

「何と先輩、この謎の通路のことを既にご存知でしたか。さすがの博識さです」

 

 某国民的RPGを思わせる光景に、立香はちょっぴり感動していた。

 

『エリザベート君、その通路……いつまでもこの言い方じゃなんだし、とりあえず“クロスロード”とでも呼ぼうか。』

「ダ・ヴィンチちゃん。旅○扉じゃダメ?」

『アハハー、立香君。ちょーっとお口にチャックをしようか? ともかく、クロスロードの先にはもう行ったのかい?』

「ええ、普通に通れたわ。右側が紅魔館に、左がカルデアに繋がっていたわ」

『ふむふむなるほど――ちょっと君の槍をカルデア側のクロスロードに突っ込んでもらっていいかな? 手は離さないように』

「OK、これでいいかしら?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんからの指示通り、エリザベートは槍の先端を光の渦に突っ込む。

 

『ありがとう、こっちでも槍が出てきているのを確認できたよ』

「ダ・ヴィンチちゃん、これには何の意味が?」

『何、クロスロードの性質の検証さ。槍の一部だけがこっちに出てきていることから、クロスロードは触れたものを別の場所に“跳ばす”んじゃなくって、空間そのものを連続的に“繋げる”代物だってことがわかった』

『それよりもっ! 原因となっている聖杯はどうしたっ!? 肝心なのはそれだ!』

 

 ゴルドルフ所長が激を飛ばすと、シオンが説明を始める。

 

『解析の結果からみると完全に魔力として還元されて、“クロスロードそのもの”に変化しているようです。“願いを叶える”為のリソースが“世界を繋げる”方向に全振りされているので、クロスロードはかなり頑強且つ安定した代物に仕上がっていますね』

「それはつまり、聖杯の回収は不可能ということでしょうか?」

『ノンノンマシュさん、アトラスの錬金術師として不可能なんて容易く口にはできないですね。聖杯がクロスロードに変化したプロセスを解明して、その逆工程をなぞることができれば聖杯への復元は可能かと思われます。ただモノがモノだけに、ひょっとしたら“世界を繋げる術式”が副産物的に手に入るかもしれませんが……そしたら私も第2魔法使いですかね?』

 

 ペロリと舌を出すシオンだが、ゴルドルフ所長は顔を青くして突っ込む。

 

『とんでもない事をサラッとぬかすな! 宝石翁が聞きつけたらどうするつもりだね!? 以前一度時計塔で見かけたことがあるが、アレは遠目にもとんでもない怪物だぞ! ああ恐ろしい……』

『アハハ、ゴルドルフ君も何気に顔が広いよね。平行世界を運営する魔法使い――人理崩壊の中でも多分まだ生きているんだろうけど、今どこで何をしているんだろうね?』

『時計塔の怪物連中ですら手綱を握れぬ御仁だ、我々が気にしても仕方なかろう。それよりも、クロスロードの解析状況はどうなっているのかね?』

『アー、それなんですけど……』

 

 シオンが若干歯切れ悪く、目を伏せる。

 

『トリスメギストスを使って演算しているんですが、どうにも“ナニカ”と同調しているッぽいんですよね。多分、例の幻想郷側のモノと』

『何……?』

『聖杯の変換プロセスは、複雑かつ難解です。その同調している“ナニカ”を突き止めて調べないと、クロスロードの完全な解体は不可能。端的に言えば――幻想郷探索が必要ってことですね!』

『む、それは……』

 

 シオンの笑顔に、反面苦い顔になるゴルドルフ所長。

 

『ううむ、人理を取り戻すために必要なマスターを、そのような右も左も知れぬ場所に送り出すというのは……いやしかし、このままではカルデアが常時危機にさらされるということになる。今回の妖精メイドはまだどうにでもなる相手だったが、もっと強大な相手に侵入され、まかり間違ってシャドウボーダーが破壊などされてしまえばその時点で人類は詰む。ええと、フランドール君? つかぬことを聞くが君、幻想郷の案内とかはできるかね?』

「ムリ! わたし、お外のこととかほとんど知らないし」

『ですよねー。ずっと引きこもっていたというし、仕方のない話かもしれんが』

「でもウチのヤツ等だったら紹介できるかも?」

『ふむ……それが現実的なラインか。ちなみに、他の住人というのも君と同じ吸血鬼なのかね?』

「ううん、吸血鬼なのはお姉さまだけ。後は魔女とメイド、門番に妖精メイドたちがいるわ」

『現地協力者のアテがあるのなら、無謀という訳でもないか。どちらにせよ、幻想郷側のクロスロードが紅魔館とやらにあるのなら、協力関係を築くことは必須。ゴホン……それでは藤丸立香、並びにマシュ・キリエライト。任務内容を更新する。幻想郷に赴き紅魔館勢力と接触。協力を取り付けて幻想郷を探索し、クロスロード解体のための手掛かりを見つけてくるのだ!』

 

 再度の発令に、立香とマシュは背筋を伸ばす。

 

「マシュ・キリエライト、任務更新を受諾しました! ふふ、フランドールさん。今度は案内してもらう側になりましたね」

「お姉さんたちへの紹介、よろしくね?」

「わかった! 気分屋なところがあるけど、多分だいじょうぶよ」

「あっ、もちろんアタシも行くわよ? ウチの問題でもあるしね」

 

 こうしてカルデア一行は未知の異郷――幻想郷へと足を踏み入れることとなった。

 




○フランドール・スカーレット
クラスは多分バーサーカー。
アーツは弾幕、クイックはフォーオブアカインド、バスターはレーヴァテイン、EXアタックはきゅっとしてドカーン。宝具は……“そして誰もいなくなるか?”とかかな?
冒頭の会話は、彼女がカルデアで遭遇した巨大な少女とのやり取り。

○第2魔法使い
万華鏡のお爺さんで、吸血鬼。多くのマスターが概念礼装としてお世話になっている。

○ガチャラッシュ
運営からの対マスター宝具
サバ☆フェス復刻、4周年、2019年度水着イベと続く、天国と地獄の性質を併せ持つ強行軍。日ごろからの貯蓄と自制心が試される。
???「諭○を喚べ! 怯声を上げろ! 爆死の海で溺れる時だ!」



その2更新。ラスト付近の設定固めとネタの書き溜めの方が先に進んでいるという現状w
やっぱり中間付近が一番難産になりそうかなぁと。


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落枝蒐集領域幻想郷 その3

画面外でも、いろいろ起こっています。


 クロスロードを抜けた一行は、チェイテ城とも内装が違う部屋に辿り着いた。

 

「オルテナウス装備――各部異常なしです。シオンさんが言っていたように、クロスロードは安全設計のようですね。先輩」

「うん、それにしてもここが紅魔館――かなり立派なお屋敷だね。全体的に赤っぽいのが、ちょっと目に痛いけど」

「そうかしら? アタシはなかなかハイセンスだと思うけど。もちろん、チェイテ城には及ばないけどね!」

「ただ屋敷の規模に反して、窓は少ないように感じますね。それに日光が入りにくい構造になっているように見えます。やはり吸血鬼のお屋敷ならではの工夫でしょうか?」

「そうなのかな? ずっとこうだから、考えたこともなかったわ」

 

 屋敷内は全体的に赤い装飾が目立ち、廊下に出てみると不自然に広いように見える。

 まるで怪談話に出てくる、“終わりのない廊下”のようだと立香は感じた。

 

『……アー、テステス。通信は良好かな?』

「はい、ダ・ヴィンチちゃん。はっきりと聞こえています」

『うん、それは朗報だね。存在証明もバッチリだよ。ただ計器の反応からすると、クロスロードから離れすぎると通信精度が落ちそうなんだよね』

「ってことは、今回はあんまり支援を受けられない?」

 

 立香自身、唐突なレイシフトで跳ばされた場合はカルデアと通信が繋がらないことも多い。

 だからといってその状態で立香が問題なく任務がこなせるかと言われればそうでもなく、やはり支援の有無は行動や方針に大きな影響を与えるものだった。

 

『ふっふ~ん、天才を甘く見てもらっては困るよ。ちょっと時間は貰うけど、既に対策は準備中さ! ただその為にも、紅魔館との交渉はよろしく頼むよ』

「了解しました。フランドールさん、早速ですがお姉さんはどちらに?」

「昨日から見かけないし、多分宴会にでも行ってるんじゃないかな?」

「なるほど、これほど立派なお屋敷の当主ともなれば、社交界に参加することもあるんですね」

「そんな立派なもんじゃないよ。お姉さまはチンチクリンだし、単なる飲兵衛たちの乱痴気騒ぎなんだから……あら?」

 

 フランドールが何かに感づいたように、テラスに出る。

 立香たちも追いかけるようにテラスに向かい屋敷の庭を見渡すと、そこには屋敷に向かってくる3つの人影――ウチ一つは、日傘のようなモノをさしているのが見て取れる。

 

「噂をすれば――ってヤツね。お姉さまったら、吸血鬼のくせに影にでもなったつもりなのかしら?」

 

 フランドールはそう言って、クスクスと笑った。

 

                     ◇

 

「お姉さま!」

 

 ロビーに入ってきた3人を、フランドールが先頭となって出迎えた。

 

「あらフラン。出迎えなんて珍しい……もとい殊勝な心掛けね」

 

 階段から駆け降りるフランを見上げたその顔は、幼いながらも整った容貌。

 その視線はまずフランドールを捉え、その瞳が僅かに見開かれた。

 

「あら? フラン、あなた……」

 

 紅い双眸は次いで、カルデア一行に向かられる。

 

「招いてもいないお客様もいるようね」

「勝手にお邪魔して申し訳ありません。我々はカルデアという組織のもので――」

 

 マシュが紡ぎかけた言葉を、レミリアは片手をあげて制する。

 

「こんなところで突っ立ったままというのも、紅魔の主としての沽券に関わるわ。咲夜、戻ったばかりで悪いけどお茶会の準備をお願い」

「かしこまりました、お嬢様。――お客様方、それでは少々失礼します」

 

 レミリアから声をかけられたメイド服の女性は、そう言い残すと一瞬にして姿を消す。

 

「消えたっ!? ノーモーションでの空間転移?」

 

 マシュが驚きの声をあげるが、空中に映し出されたスクリーンに映るホームズがそれを否定した。

 

『いや、画面越しの映像になるが、床に今しがた歩いていったと思われる形跡が一瞬にして現れた。計器から見て取れる君たちのバイタルからも、何らかの精神干渉を受けた様子はない。今映像をスロー再生してみたがそれでも一瞬で消えているし、おそらくだが、時間を止めたのではないかな?』

「へえ、なかなかの観察眼じゃないか、伊達男」

『お褒めに預かり光栄だよ。スカーレット嬢』

「ククク……単なる力押しの相手より、お前のような智慧の怪物の方が咲夜にとっては余程恐ろしいだろうさ。実際最初のエンカウントで終わらせなければ、次は逆に完封されそうだ」

『ハハハ……よしてくれないか。名探偵とはいえ所詮は人間上がりの一介の英霊。神の権能染みた力を有する相手への対策なんて、早々には思いつかないさ』

「ふふ……だったらそういうことにしておくとしようか」

 

 一見和やかに笑い合う二人だが――笑顔が、怖い。

 それが立香の純然たる感想だった。

 ひとしきり笑いあった後、レミリアは改めて立香たちに告げる。

 

「さて、それでは改めて――ようこそ我が紅魔館へ。歓迎させてもらおう、異郷の希人たち」

 

                      ◇

 

「なるほどなるほど……聖杯、サーヴァント、人理崩壊、特異点、異聞帯、空想樹――なかなかにそそる話ね」

 

 場所を先ほどのテラスに移し、立香たちは自己紹介を終えレミリアに事情を説明していた。

 

「口調がさっきと違う……」

「お姉さま、その辺り結構コロコロ変わるから気にしなくていいわよ」

 

 立香の呟きに、フランドールがケーキを頬張りながら答える。

 彼女の言う通り、初対面ではカリスマAもかくやと言わん威圧感だったが、今ではカリスマCくらいまでは落ちている気がした。

 

「パチェ、魔女としてあなたの意見は?」

「どれも初耳ね」

 

 同席したパチュリー・ノーレッジと名乗った女性が即座に答える。

 

「でも非常に興味深い話だったわ。実際彼女たちの“魔術”は、わたしの“魔法”とは違うもののようだし。でも彼らがここに来たのは、クロスロードとやらの問題なんでしょう? ねえ、恰幅の良いおじ様?」

 

 パチュリーが画面越しに参加しているゴルドルフに目を向ける。

 

『体型のことは余計だが、その通りだ。我々カルデアは今や汎人類史として唯一組織だった活動が可能な組織であり、文字通り人類最後の砦。故にそちらと繋がっている現状は、危機管理上見過ごすことはできないのだよ、レディ』

 

 パチュリーは見た目こそ少女であるが、先達の魔女であるためかゴルドルフ所長も一定の敬意を払っているように見える。

 

「――だそうよ、レミィ。あちらの魔術に興味はあるけど、こちらとしてもあまり異世界の問題を持ち込まれるのは困るわ。わたしとしては彼らに協力して、さっさとクロスロードを閉じてしまうのを推すけど――」

「ご本、大図書館にも負けないくらいいっぱいあったよ?」

「――と思ったけど、うん。事が事だけに、慎重と万全を期してことに当たるべきね。聖杯なんて莫大な魔力リソース、下手に扱えばまた紅魔館が爆発するかもしれないわ。――さて、わたしはその調べ物の為にも彼らの所にお邪魔してくるから、こっちのことはお願いね、レミィ? ああ、ミスター。エスコートをお願いできるかしら?」

「チョロイな我が友っ!? あなたそんなに積極的だったかしら!?」

 

 立香の手を取る友人の豹変に、レミリアは思わず音を立てて立ち上がっていた。

 同時に、カリスマもEくらいまで減少した。

 

「止めないでレミィ! この機を逃せば異世界の本を読む機会なんて、もう巡ってくるものじゃないでしょう!?」

「一旦落ち着きなさいって! せめて話が終わるまで!」

 

 しぶしぶ引き下がるパチュリーに、レミリアははぁっと息を吐く。

 

「……見苦しいところを見せたわね。それであなた達の要求は、クロスロードを閉じるために、紅魔館の施設の一部利用と幻想郷の案内――それでいい?」

「はい、急な上勝手なことで申し訳ないのですが、是非とも協力していただければと――」

「かまわないわ。わたしたち紅魔館は、全面的にあなたたちに協力しましょう」

「無論、簡単に首を縦に振っていただけないのは承知していますが――ってえ?」

 

 マシュはレミリアの回答に、キョトンとした表情になる。

 そのやり取りを傍で見ていた立香も、同じ心境だった。

 

「今、協力していただけると?」

「ええ、そう言ったわ」

『むう、こちらとしてはありがたい話なのだが……こう、対価とかはどうなのだね? 組織同士のやり取りである以上、その辺りはきちんとした方がいいと私は思うのだが』

 

 困惑気味のゴルドルフ所長。

 難航すると思われた交渉だけに、ここまであっさりと話が進むのは逆に不気味であった。

 しかしレミリアはそんなカルデア勢の心境をしってか知らずか、淡い笑みを浮かべる。

 

「妹が、随分と世話になったようだからね。そっちの吸血鬼擬きも、いろいろと話してくれたみたいじゃない? ――自分の傷口を広げてまで」

 

 一同の視線が集まると、彼女は若干たじろぐように身を震わせた。

 

「う……まあね。その娘、ちょっとアタシに似ていたから。アタシの人生は間違え続けて、最後の最後まで誰もそれを指摘してくれなかった。だからって“アタシは悪くない”なんて言うつもりはないけど、アタシの間違いに唯一意味があったとすれば、それを誰かに伝えて、道を踏み外させないようにすることだけだから」

「エリちゃん……」

「それが立派だっていうのよ。結局わたしは、致命的なミスを恐れて現状維持に走ることしかできなかったんだし」

 

 レミリアの瞳はエリザベートを捉えているようで、同時にどこか遠いところを見ているようでもあった。

 しかしながらフランドールはそんな姉に頬を膨らませ……

 

「むうっ、またそんな意味深なことばっかり。また運命がどうこう言うつもり?」

「あなたの両眼に映っているものと、わたしの両眼に映っている光景は違うってだけよ。さて、吸血鬼にとってはともかく、あなたたち人間にとっては今から行動するにはもう遅いでしょう? 咲夜に食事と部屋を用意させているから、今晩はゆっくり休みなさいな」

 

                     ◇

 

 メイド長の食事に舌鼓をうち、明日以降の打ち合わせをした後立香たちは各々用意された部屋に向かった。

 立香はベッドの上で横になりぼーっとしていると、コンコンという小気味よい音が、部屋に設けられた窓から響いた。

 

 立ち上がって傍によると、そこには月を背にしたレミリアの姿が。

 立香は窓を開け、彼女を招き入れる。

 

「夜分、お邪魔するわ。ウチには日光の関係上あんまり窓はないんだけど、こういうシチュエーションでは便利よね」

「こんばんわ。どうしたの?」

「フランに『久しぶりに一緒に寝ようか?』って言ったんだけど、エリザにとられちゃって。だから代わりにこっちにお邪魔したのよ」

 

 レミリアは部屋に入り込むとベッドに跳び乗り、己の膝に両腕を回す。

 

「それに、改めてお礼も言っておきたかったしね」

「お礼?」

 

 彼女はポンポンと自分の横を叩いて座るよう促し、立香は素直に従った。

 

「フランのことよ。あの子、いろいろと危ういところがあるから」

「……とは言っても、オレは大して話してもないしなぁ」

 

 実際、立香がフランと言葉を交わしたのはそう多くはなかった。

 怒涛の勢いだったが、そもそもまだ出会ってから半日も経っていないのだ。

 そのことを率直に告げると、レミリアはクスリと笑う。

 

「謙虚なモノね。ウチによく来る泥棒なら、これでもかと恩に着せるところだけど。ねえ立香、あなたフランが戦うところを見た?」

「うん、一度だけだけど。すごかったよ」

「でしょう? 実際我が妹ながら、大したものだと思うわ。……でもね、アレはあの子にとっては、最弱状態なの」

 

 何気ない一言に、虚を突かれた。

 

「…………え?」

「生まれ持った力を、本能的に振りかざしているだけ。言ってみればLv1ってところかしら? パチェから魔法を学んだ時期もあるけど、基本的には“強くなる”ためのものではなかったし」

「だから、閉じ込めていた?」

「ええ、そうよ。境遇次第では、あの子の破壊性は飛躍的に成長していく。フランの瞳が“概念”や“時間軸”まで捉えるようになったら、そしてそこに至ってもあの子がまだ自分の力に無自覚だったら――果たして、世界はどうなってしまうんでしょうね?」

 

 自嘲するように、レミリアは笑った。

 

「姉として、何とかしなきゃとは思っていたんだけどね。結局見え隠れする可能性に躊躇して、二の足を踏むばかり。長命種ってこういうところがダメね。時間が幾らでもあるからって、ついつい後回しにしてしまう。でも――」

 

 紅い双眸が、立香の瞳を捉えた。

 

「わずかな時間で、あの子は変わった。ほんともう、笑っちゃうくらいにあっけなく、躊躇していた自分がバカバカしくなるくらいに。――フランがカルデアにお邪魔した時間だって、吸血鬼の持つ永い永い生に比べれば、ほんの瞬きのようなもの。でもその一瞬と、あなたが紡ぎあげてきた縁の中で、あの子は多くを学んだ。自分と重ね合わせ、自らの傷を語ってくれたエリザ。近しい能力を持ち、自分の破壊性の危うさを気付かせた両儀式。似たような境遇のキングプロテアには、鏡に映った自分の姿を見たんでしょう。もっとも吸血鬼は、鏡になんか映らないけれど」

 

 そう言ってクスクス笑うレミリアに、『やっぱり姉妹なんだなぁ』と立香は少し前のフランドールの姿を思い出した。

 

「フラン自身には到底自覚なんてないでしょうけど、最悪の未来からは大きく逸れることができた。だからこそのお礼よ」

「最悪の未来?」

「誰かの言い方を借りれば、“人類史に稀に現れるバッドエンドルート”ってところかしら?」

「それって――っ!?」

「ふふふ、最早どこかの“if”の話よ」

 

 そう言って彼女は唇に人差し指を当て、シィっと笑った。

 

「さて、小難しい話はここでお終い! ここからは雑談タイムといきましょうか」

 

 そしてそこからは、本当に取り留めのない会話だった。

 ――例えば、ペットの話。

 

「うちではチュパカブラを飼っているのよ。どう、珍しいでしょう?」

「おお……有名過ぎるUMA。実在したのか」

「ふふ、明日にでも見せてあげるわ。あなたは何かペットを飼っているのかしら?」

「ええと、スフィンクスを少々」

「!?」

 

 ――例えば、吸血鬼の話。

 

「えっ、ヴラドⅢ世がいるの!?」

「知ってるの?」

「え、ええ。まあ知っているというか、リスペクトしているというか……」

「会ってみる?」

「……ちょっと考えさせて」

 

 ――例えば、聖女の話。

 

「へえ、かの有名な聖女、ジャンヌ・ダルクもいるのね。どんなお堅い女なのかしら?」

「真面目で、厳しくて、でも優しい。戦いとなれば旗を振るってみんなを率いる、頼もしい人だよ」

「模範的な英雄像ねぇ……もっとトンデモエピソードはないの?」

「そうだなぁ……妹みたいなのが二人生えてきて、お姉ちゃん属性を拗らせたりとか」

「……妹って、野菜か何かだったかしら?」

「旗でワイバーンを洗脳したり」

「ちょっと待って、ねぇ。なんで聖女が洗脳なんてしてるの? 宗教の闇?」

「イルカを撃ちだすようにもなったなぁ」

「聖女って、一体……」

 

 そんな取り留めのない話を続けながら、いつしか夜は更け――

 いつの間にか二人は、ベッドで並んで寝ていましたとさ。

 

                     ◇

 

 ――深夜、某所にて。

 

「少々出かけてくるわ。しばらく連絡がつかなくなると思うけど、留守は任せるわよ」

「承知しました、お気をつけて。……ところで、どちらまで?」

「ちょっと、星見にね」

「はあ、天体観察ですか?」

「ふふっ、そんなところよ」

 




まさかの寝オチ。でも泣き疲れてアビーと添い寝したぐだなら問題ない。多分、きっと、メイビー。



○レミリア・スカーレット
クラス:アサシン
・千変万化
少女ゆえの不安定さと爆発力を表したスキル。彼女はその日の体調とテンション、月の満ち欠けなどによって人格が安定しない。無垢な童女にも、冷徹な夜の支配者にもなる。がおー! とか言っちゃう。
ランダムで攻撃アップ(3ターン)&防御力アップ(3ターン)&クリティカル威力アップ(3ターン)+ガッツ付与(3ターン)

・吸血C
相手のNPを減少+自身のNPを獲得
純血の吸血鬼たる彼女は当然、生態的にも嗜好的にも吸血を嗜む……のだが、あんまり上手ではなく、よく血を零して胸元を赤く染める。

・カリちゅまA
味方全体の攻撃力アップ(3ターン)+自身に威厳ダウン状態を付与(3ターン・デメリット) 威厳ダウン状態は、弱体耐性ダウンとして処理される。

・運命のカリスマA
味方全体の攻撃力アップ(3ターン)+味方全体の確率で発動する効果の成功率アップ(3ターン)
強化クエストをこなすことで、カリちゅまAから強化可能。
無論強化した方が強いのだが、実際に強化するかはマスターに委ねられる。
彼女が有する“運命を操る程度の能力”の発露。彼女の言う“運命”が具体的に何を指しているのかははっきりとしないが、仮に彼女がこの能力を完全に御しえた場合、グランドキャスターとしての資格を有する可能性が存在する。だが彼女は敢えて、この力を成長させていない節がある。

・紅魔嬢(スカーレット・デビル)ランクC 対人宝具 レンジ1~99 最大補足1人
敵単体に超強力な攻撃+自身のHPを回復&自身のNPを獲得+フィールドが〔日が差す状態〕の時、自身に火傷状態を付与(デメリット)
吸血鬼としての本性を開放した上での強襲。白兵戦、弾幕からの捕食行為。なお、吸血鬼としての側面が強くなるため弱点も露わになる。

・紅魔の系譜(スカーレット・ヒストリー)ランクE~C 対館宝具(自身) レンジ1 最大補足1~???
彼女の本拠地である紅魔館を召喚する、固有結界とも似て非なる大魔術。
レミリア自身の能力が最大限にまで発揮され、状況次第では所謂“紅魔勢”の限定的な連鎖召喚も可能。本来ならば、だが。今回は何故か召喚した紅魔館が爆発し、敵を巻き添えにする攻撃宝具にマイナーチェンジしている。無論、レミリア自身も巻き添えを喰らう。紅魔館という存在に爆発という現象が付随しているため、彼女自身にも止めることは不可能。この爆発によるダメージで彼女が瀕死のダメージを受けることはないが、地味に精神的に堪えるらしく連続使用は推奨できない。
敵全体に防御無視の強力な攻撃+自身のHPを1000減少(デメリット)

○キングプロテア
渇望のアルターエゴ。無限に成長するという、シンプルかつ強大過ぎる力の持ち主。放っておけば宇宙規模の災害にまで成長する。その為生みの親であるBBから隔離・封印されていた。決して放置ゲーに登場してはいけないキャラ。彼女を召喚したマスターは、定期的にクエストに連れていってあげることを推奨。でないとゲームデータをむしゃむしゃされちゃうかも?
ちなみに、”相手の大きさに関係なく破壊できる”フランドールとは、能力的に相性が悪いと思われる。

○フランちゃんはレベル1
フランドール「わたしは今まで一度も、トレーニングというものをしたことがありません。ですがトレーニングを始めれば、数か月で戦闘力5レミリアまでは伸びるでしょう」
レミリア「っ!?」



鉄は熱いうちに打て、ネタは思いついたうちに書け、ということで連投。
でも次話は少し時間がかかるかも?


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落枝蒐集領域幻想郷 その4

「おやおや見慣れぬお嬢さん。こんな時間に険しい顔でどうしたのかな? 悩みがあるならば相談してみるといい。この老骨で良ければ、力になるサ!」


 朝、紅魔館にて――

 

『昨夜はお楽しみだったね!』

 

 藤丸立香は決意した。スクリーン越しに小悪魔的な笑顔を浮かべるロリの皮を被った天才に、帰ったら頭グリグリせねばなるまいと。

 

「先輩、昨日別れた後に何かあったんですか?」

「ちょっとわたしのお話に付き合って貰っただけよ」

 

 キョトンとするマシュに対し、レミリアがティーカップに口づけしながらすまし顔で答える。

 

「そうなのですか。私もお話してみたかったですが……」

「フフ、それはまたの機会にね。それにしても、マシュは素直ねぇ。ウチの妹とは違って」

「うー、お姉さまだって運命だのなんだの回りくどい事ばっかりなくせに」

「己をさらけ出す場を弁えているというだけよ。わたしの場合はね」

「太陽の下とか?」

「さすがに体の中身までさらけ出す気はないわよ」

 

 和気あいあいとした(?)朝食の中、メイド長の咲夜が声をかけてくる。

 

「藤丸様、お茶のお代わりはいかがですか?」

「あっ、いただきます。料理もとても美味しいです」

「イングリッシュ・ブレックファストですね。咲夜さんは英国の出身なのですか?」

「ふふ、それは内緒ということで。ちなみにお嬢様は、日本食もお好きなのですよ。特に納豆とか」

「納豆! 日本独自の発酵食品でしたね。私も特異点とは言え何度か日本に行ったことはありますが、未だ口にする機会はないんです」

「では明日の朝食にでも準備いたしますわ」

「ちょっと咲夜、あんまり主の個人情報をペラペラ話さないものよ?」

「あら、これは失礼いたしました。お嬢様」

 

 そう言ってはにかむ咲夜の顔を、立香はまじまじと見つめた。

 

「あら立香、そんな穴が開くようにウチのメイドを見て、どうしたの? ひょっとして惚れたかしら?」

「な!?」

「いや、そうじゃなくてさ……ちゃんとメイドさんなんだなぁって」

 

 驚くマシュを傍らに、立香はカルデアでの情景を思い出す。

 

「カルデアにもメイドのサーヴァントは何人かいるんだけど、何というかこう……ね?」

 

 タマモキャットとか、メイドオルタとか。正直言って、イロモノであった。

 

「ちょっと! キャットはちゃんと仕事はするわよ! そりゃあまあ、言動と行動がちょっとアレなのは認めるけど……」

「まあ、カルデアでは猫がメイドをしているので? 文字通り猫の手ということでしょうか……それでもウチの妖精メイドよりは仕事ができるかもしれませんが」

「ちょっと咲夜、あなたさすがにアイツらに対する評価が辛辣過ぎない?」

 

 呆れ顔のレミリアに対して、マシュが注釈を入れる。

 

「ちなみにキャットさんは、正確にはタマモキャットという名称でれっきとした……い、一応人型のサーヴァントです。ところどころ猫っぽいパーツがあるのは事実ですが」

「かけ声は『わん!』で、主食はニンジンだけどね」

「何そのキメラ」

『あははー、彼女も大概よくわからないサーヴァントだよね。っていうか彼女って明らかにコヤンスカヤと――』

『ええいっ、やめんかい技術顧問! 人が敢えて考えないようにしていたことをっ!』

 

 喧噪の中朝食は終わり、改めて情報をまとめ、本日の行動方針を組み立てる。

 

『まずは幻想郷なのですが……有り体に特異点と言ってしまっていいでしょう』

 

 腰に手を当てながら、スクリーン越しのシオンが語る。

 

『……とはいえ我々の知る特異点とは、些か事情が違うようですが。少し前、特異点とは人類史という巻物についた染みと説明したのを覚えていますか?』

「うん、大奥の時だよね」

 

 ビーストⅢ/Lによるカルデアへの直接干渉は、立香の記憶にも新しかった。

 半面、その対にして既に討伐済と言われるビーストⅢ/Rに関しては、何故かあやふやなのだが。

 

『その言い方を少しもじるのならば、幻想郷は“人類史という染め物を構成する柄の一つ”と言ったところでしょうか。信じがたい事ですが、特異点でありながら人類史と絶妙に融和している。つまり、その特異点は修正される必要性が全くない。もっとも幻想郷は、我々の汎人類史とは別の枝葉の汎人類史に属しているようなので、そもそもこちらが手を出す事自体お角違いというやつなのですが』

 

 神妙な顔つきのシオンの言葉を、ダ・ヴィンチちゃんが引き継ぐ。

 

『カルデアが遭遇したケースでは、セイレムやルルハワに近いところがあるね。現代において地続きでありながら、ある種の独立した法則を持った異界でもある。レミリア君の話では“幻と実体の境界”と“博麗大結界”からなる二重結界によるものらしいけど……いやはや、これは紛れもなく天才の仕事だよ。そちらの世界でも所謂幻想郷の外は、崩壊前のこちらの汎人類史と然して変わらない文明のようだ。当然神秘の衰退具合も同様なんだけど、幻想郷の内は外から神秘が失われれば失われるほど、その神秘を色濃くしていく。こちら側の魔術師たちからすれば、垂涎ものの環境だろうね』

 

 立香自身はそもそも異様にマスター適性が高かった以外は魔術に縁もゆかりもなかった身。故にその感覚はよく分からなかったのだが――

 

『要するにパソコン関係の技術を極めるんだったら、原始時代がいいか、現代がいいかって話だよ。幾ら本人に神がかり的な才能があるとしても、そもそもそれを発揮できる環境がなければ全くの無意味なんだ』

「なるほど」

 

 簡潔に、わかりやすい説明だった。

 

『もっともわたしクラスの天才なら、例え原始時代でもパソコンから作れるかもだけどねっ!』

 

 簡潔に、わかりやすいドヤ顔だった。

 

『おっと、アトラス院の驚異のテクノロジーも甘く見てもらっては困りますよ?』

「いや、張り合わなくていいから。むしろ脅威で戦々恐々だから」

 

 立香自身、以前から“アトラス院には世界を滅ぼす技術”があると聞いていたのだが、正直実感はなかったのだ。あのぐだぐだな一件が起こるまでは――

 

『ちょっと話が逸れちゃったけど、幻想郷が特異点ってことはこれまでとやり方自体は変わらないってことだよ。なんせ人類史において君たちほど、多くの特異点をさ迷い歩いた者はいないだろうからね!』

「つまり、行き当たりばったりってことだね!」

『もちろんこちらでもバッチリサポートはします。その為の機材の搬入も終わりましたからね』

「ああ、あのアンテナですね?」

 

 マシュが言うように、一晩立つ内に紅魔館のクロスロード付近には、アンテナ機器が運び込まれていた。コード付きで。

 

『うん、通信の仲介の為のものだよ。無線は便利だけど、安定性においては有線に軍配が上がるからね。“空間的に繋がっている”からこそできる、今回限りの裏技だけど。これで通信もバッチリさ! それに、案内人も貸してもらえるんだったよね?』

「ええ、ウチの門番の美鈴をあずけるわ」

「最近ちょっとたるみ気味なので、こき使って上げてください」

 

 にっこりと微笑んでくる咲夜だったが、何故かゾワリとしたものを感じてしまった立香であった。

 

『あー、あとちょっと、いや、結構重大なことで言っておかなきゃいけない事があるんだけど……』

 

 急にダ・ヴィンチちゃんが神妙な顔になり、口を開こうとするが――

 

『う~ん、いやゴメン。やっぱ今はなし。もうちょっと確証が得られてから話すことにするよ』

「はあ……? 分かりました」

 

 マシュが訝し気な顔になる。然もありなん。この天才が言いよどむのはそれなりに珍しい事だった。

 

『おっと、もう一つ! こっちに迷い込んでいた妖精メイドたちだけど、無事にそちらに返し終わったよ。咲夜君、数は合っていたよね?』

「はい、間違いありませんわ。ただ……」

『うん、何か問題があったかな? 空気が合わなくて体調を崩したとか?』

「問題というか、むしろこちらとしては好ましいことだったのですが……そのことで、後で少々相談させていただいても?」

『? OK、時間がある時に声をかけてくれたらいいよ。それと……』

 

 ダ・ヴィンチちゃんは立香に視線も戻し、ちょっと困ったような顔で舌を出す。

 それだけで立香は、何やら嫌な予感に駆られてしまった。

 

『なんか昨晩の内に、食堂の掲示板に“幻想郷案内板”なるものが張り付けられていてね。それを見たサーヴァント達が、そっちに行っちゃったみたいなんだ。こう、割とゾロゾロと』

 

 カルデア所属の偉人英雄怪物悪人。多種多様な彼らだが、妙な共通点がある。

 祭りとなると、意外にノリがいい――

 

                      ◇

 

 紅魔館を出た後、立香とマシュは門番である美鈴に案内され人里へと向かっていた。

 ちなみにエリザベートはフランドールに懐かれているため、一緒にお留守番だ。

 

「いやぁ~、この手のお仕事は久しぶりですねぇ~!」

 

 緑を基調としたチャイナ服を着た女性――美鈴はそう言って大きく伸びをする。

 立香は天に突きあげられた白く、健康的な腕をついつい目で追ってしまう。

 

「うん、眩しい光景だ」

「先輩?」

「いや、何でもないよ」

「はぁ? ところで美鈴さんも、妖怪なのですよね?」

「はい、これでも結構紅魔館勤めは長いんですよ」

「失礼ですが、人間と瓜二つと言いますか……答えていただけるので良ければでいいのですが、一体なんの妖怪なのでしょう?」

「その質問久しぶりにされますね~。何をかくそう私は――」

「おや、マスターにマシュではありませんか」

 

 美鈴の言葉を遮るように、爽やかな声が響いた。

 目を向ければ、白い甲冑に身を纏った男が立っている。

 

「ガウェイン!」

「カルデアの方ですか?」

「はい、円卓の騎士の一人で、頼りになる騎士です。こちらに来られていたんですね」

「ハハハ、トリスタン卿が真っ先に向かったので、放っては置けぬと追ってきた身です。恥ずかしながら見失ってしまったのですが……」

 

 しかしその割には、にこやかというか、機嫌が良さそうだった。

 

「ガウェイン、何かいい事でもあった?」

「おや、わかりますか? 実はこの度、運命の出会いというものをしまして」

 

 時折怪しい言動があるものの、基本清廉潔白な彼がこのような言い回しをするのは珍しかった。

 

「私のスキル、聖者の数字についてはご存知ですよね?」

「勿論。太陽が出ている間は能力3倍なチートスキルだよね?」

 

 第6特異点では散々苦しめられたのだから、忘れたくとも忘れられるものではなかった。

 

「ええ、チートかどうかはさておき私としても自慢のスキルなのですが、近頃少々問題が」

「何か不具合でも起こっているのでしょうか? でしたらダ・ヴィンチちゃんに相談して――」

「『あのスキル微妙に使いにくくね?』と悪評が立っているのです! カルデアでっ!」

 

 マシュの言葉を遮り、ガウェインはクワッと目を開いて吼えた。

 

「やれ『クラス相性のいいクエストでは陽射しがない』だの、やれ『いちいち陽射しのフィールドか確認して選出するの面倒臭い』だの……モードレッド卿に至っては『おぉ日和見騎士じゃないか』などと揶揄してくる始末! うまいこと言っているつもりですかアレはっ!!」

「え、ええっとそれはお気の毒と言いますか……」

「失礼――少々声を荒らげてしまいましたね。ですが、それも今日まで――私は出会ったのですよ! ベストパートナーに!」

 

 その声と共に、彼の後ろからひょっこりと小柄な影が姿を現す。

 

「えっと、サニーミルクです。あなたがカルデアのマスターさん?」

 

 オレンジがかった金髪の女の子。フランドールより僅かに背は低いだろうか?

 その姿を認めたマシュは――

 

「ガウェイン卿――最低です」

「何故ですっ!?」

「以前モードレットさんが、『あいつは若ければ若いほどいいとか言ってるんだぜ』なんて仰っていたときは何かの冗談かと思っていましたが、まさか事実だったとは――これは“アルトリア円卓会議”において議題として提出させてもらいます」

「誤解です! いえ、若ければいい方がいいのは事実なのですが……ともかくそう、彼女の能力の話です!」

 

 これまでの話を静観していた美鈴が、合点がいったというように声をあげる。

 

「彼女は日の光の妖精で、太陽の光を操る力を持っているんですよ」

「光を曲げたりもできるよー」

「ということは――」

「そう、彼女の力があれば聖者の数字は常時発動状態! 今後の人理修復においても、一層力になれるというものです! 私は彼女を従者として迎えるつもりです。ええ、決して容姿に釣られた訳ではありませんとも。この出会い――まさに運命。言ってみればFate/stay sun!!」

「まって、それは色々不味い気がする」

 




○紅美鈴
紅魔館の門番兼庭師。中国出身らしい。武術の達人であり、その観点からはアサシン。気の操作と陣地作成(庭)からキャスター。彼女自身が紅魔館の盾という意味でシールダー。後は名前のみが判明しているEXクラス・ゲートキーパーの適性もあるかもしれない。実は紅魔勢では一番のスタイルを誇るとの噂が。種族については、ぶっちゃけぬえ以上に正体不明な気がしなくもない。

○ガウェイン。
円卓の一人であり、太陽の騎士。EXTRAでは真面目な騎士ロールプレイをやり通したが、CCCではっちゃけキャラ崩壊と数々の迷言を生み出した。宝具ガラティーンの柄には疑似太陽が収まっており、太陽を苦手とする妖怪の天敵。

○サニーミルク
俗に言う光の三妖精の一人。日の光を操る程度の能力を持つ。三妖精の中ではリーダー的立場ではあるが、うん。これ以上は言わぬが花。光を屈折させることもできるので、理論上はエクスカリバーの極光も曲げられる。多分キャパオーバーか、本人が焦って失敗しそうな気がするが。

○アルトリア円卓会議
増えに増えまだ増える余地がありそうなアルトリア系列サーヴァント。最早彼女たちだけで円卓を囲める勢いであり、アルトリアによるアルトリアの為のアルトリア会議。ゲシュタルト崩壊しそうだ。

○Fate/stay sun
その日、太陽ゴリラは日の光の妖精と出会う――
なお、カルデアには陽光がなかったため契約解除になった模様。
部下の迷言に青王がアップを始めました。

○氷室の天地12巻
作者さんの骨折も無事回復され、最新巻発売!(催促感
強キャラ感漂いながら残念なことになった竜造寺君、ぶっちゃけ見た目がキリシ○タリア。
クスリと笑える小ネタがウリです。



今更ですがこの作品、FGO世界線側から東方世界線に関わっていくというスタイル。なので視点はFGO寄りになりがちです。あとFGOのイベントを意識しているので、本編には関係ないキャラの掛け合いや寸劇も混じっていく予定。今回のガウェイン&サニーミルクがすでにそれですが。あとキャラの掛け合いですが、神話や史実関係から行くと私の知識不足が響きそうなので、能力や性格面からの掛け合いになることが多そう(汗
あと作品の比重が落枝蒐集領域幻想郷に偏っているので、タイトルをそっちに変更するかもです。


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落枝蒐集領域幻想郷 その5

今回、若干のキャラ崩壊表現があります。


「きゅう~」

 

 闇を操っていた少女の妖怪が、目を回しながら地に落ちた。

 

「ふふん、まだまだ甘いですね。どうでした? “弾幕ごっこ”の感想は」

 

 美鈴が手をパンパンとはたき、胸を張って振り返る。

 

「幻想郷で独自に発展した決闘方式――とても華やかというか、煌びやかでした。美鈴さんの弾幕は虹のようで、見ていて楽しかったです」

「お褒めにあずかり光栄です。もっともわたしは、こっちの方が得意なんですけどね」

 

 美鈴は腰を落とすと、ヒュっと拳を振るって風を切る。

 

「中国拳法……ですよね? 美鈴さん、武術を修められているんですね」

「カルデアにも何人か拳法家はいるよ」

 

 本場出身の李書文に燕青、あとは何故か女神イシュタルなどがそれに当たる。

 

「そうなんですか? 良ければ紹介してもらいたいところですね。なかなか本気で拳を交える相手もいないもので」

「分かったよ。ところでそっちの子は大丈夫?」

「幻想郷の妖怪は丈夫なので、この程度なら小一時間もすれば目を覚ましますよ。しかしルーミアさんも、もっと底力はありそうなんですけどねぇ」

 

 まじまじと金髪の少女を見下ろす美鈴。

 

「再臨したら姿が変わるとか?」

「先輩……サーヴァントの皆さんじゃないんですから」

「へえ、そっちはそんな風に姿が変わるんですか? わたしもたまには別の服を着てみますかね」

「ドレスとか似合いそう」

「ふふっ、ありがとうございます。歯の浮くようなセリフをサラッと言える辺り、意外にお手が早いんですかねぇ」

 

 藤丸立香――割と思ったことをそのまま口にする男であった。

 

「コホン! とにかく弾幕ごっこでしたか。カルデアにもやれそうな方は少なからず、いますよね?」

「初期組とか、結構光弾撃てるしね」

「初期組、ですか?」

「人理修復の初期から、カルデアに力を貸してくださっている皆さんです。最近は『新入りに負けてられない!』と独自の動きを導入する方も増えていますが、今でも根強く使い続ける方もいらっしゃいます。作家系サーヴァントの皆さんとかは特に。アンデルセンさんは『バカめ! モーション変更に時間を使っている暇があったら、まずは締め切りをどうにかしろ!』などと仰っていましたが」

「ははぁ、どこも大変なんですねぇ」

 

 美鈴はよく分かっていない顔つきだったが、大きく頷いていた。

 とりあえず頷いておくことも、時には大切なのだ。

 

「話を戻しますが、イシュタルさんやアストライアさん、メディアさんなんかは綺麗な弾幕を撃てるんじゃないでしょうか?」

「女神2柱は宝石の雨みたいだし、メディアも結構凝り性だからね。王様は?」

「ギルガメッシュ王はどちらかというと、爆撃になる気がしますね……」

「幻想郷でも結構そういう弾幕ありますから、大丈夫ですよー」

 

 美鈴はのんきそうに答えるが、『興が乗ったわフハハハハ』とやらかしそうだなぁと、立香は考えてしまった。

 そんな弾幕談議に花を咲かせる道中、ふと視界の端に映った光景に足を止める。

 

「ちょ、離れなさいよ! この羽虫ども! くっ、人外の郷と聞いてつい気になって足を運んでみれば、なんでこんな目に……」

 

 なんか見覚えのあるパイセンが妖精に集られていた。

 妖精たちは叱られながらも『わーわー』『キャッキャ』と楽しそうだ。

 

「えっと……ぐっちゃんパイセン?」

「軽々しいわね後輩!? ってコラ! 髪を引っ張るな!」

 

 妖精の一匹を掴み、ぽーいと投げ飛ばす女性。もっとも投げ飛ばされた方はそれはそれで楽しそうなのだが。

 

「あの黒髪の女性は?」

「カルデアに属している虞美人さんです」

「…………へ?」

 

 なぜかポカンとする美鈴だったが、立香は近くに佇んでいた人馬一体の異形の機人に声をかける。

 

「項羽も一緒に来てたんだ」

「うむ、主導者よ。我が妻の付き添いと、クロスロードの同調先の探索をこちらでも行うつもりだ」

「助かるよ。でも先輩どうしたの?」

「私が聞きたいわよ!?」

 

 キッと立香を睨みつけてくる虞美人。でも割といつもの事なので、あまり気にはならなかった。

 

「せっかくの項羽様との逢瀬だというのに、気が付けばこいつらがワラワラと寄ってきて……って何よその生暖かい目は!?」

「いや、蹴散らしたりしない分優しいなーって」

「…………そりゃまあ、邪魔だけど実害があるわけじゃないし。ってか悪意も害意も感じないし、この見た目相手じゃあ――って何言わせてるのよ!」

「ごめん?」

「謝るなっ! 簡単にっ!」

「あのー」

 

 立香と虞美人とのやり取りに、いそいそと加わってくる小さな影が一つ。

 若草色の髪に羽を生やした女の子。

 

「君は?」

「あ、大妖精です。こんにちは」

「あんたはこいつらに比べたら話が通じそうね。なんなの、こいつら?」

「アハハ、すみません。ここまで位が高い同族の方に会うのは初めてなんで、みんなはしゃいでいるんだと思います」

「なんだ、そんな理由……うん? 同族?」

 

 目を丸くする虞美人。

 それはそうだろう――彼女は長らくたった一人で、人目から隠れ忍んで生きてきたのだから。

 

「そういえば、幻想郷において妖精は自然の化身だと聞きました。芥さん――虞美人さんは真祖。星の内海から生まれた自然の擬人化。確かに同族……と言えなくもないのでしょうか。少なくとも、同じカテゴリーではあるのでは」

「難しい事は分からないけど、やっぱりすごい方なんですよね! ひょっとして妖精の女王様とかっ!?」

 

 キラキラとした目を向けてくる大妖精に戸惑うばかりの虞美人。

 基本、敬われるとかそういう扱いに慣れていないのだ。

 その割には、立香に対しては先輩風を吹かせマウントを取ってくるのだが。

 

「は? いや、女王様って……でもこの気配、よくよく探れば確かに――え、マジで同族なの、こいつら?」

 

 なんかもう、しどろもどろだった。

 いやまあ、予想外の事態に対しては、割とこういう部分はあるのだが。この人。

 

「つまりパイセンは、妖精さんだった?」

「殺すわよ」

 

 泳いでいた目が一点、キュッと細まる。

 相変わらず、この手のレスポンスが早い先輩である。

 

「ふむ――虞よ。異世界とはいえ同族に邂逅できたというのは、僥倖であろう」

「はっ、項羽様……確かにそうかもしれませんが、その、正直どうしていいか……」

「受け入れるも拒絶するも、汝の思うままにすればよい。元よりそのような在り方であろう」

「――っ。そう、でしたね……長らく人の規範の中にいたので、忘れかけていました」

「何かあれば相談に乗ろう。私も、主導者もな。ところで――」

 

 項羽の顔が、森の一角の何もない場所――何もないように見える場所を見据える。

 

「其処な少女よ。先ほどからこちらを伺っているが、我らに如何様か?」

「…………」

 

 返事はない。視線の先には誰もいない。

 だが立香もマシュも身構える。虞美人も言わずもがな。

 知っているからだ。項羽が人とは異なる性能を有し、人とは異なる景色を見ることを。

 

「…………ふむ」

 

 項羽は一つ唸り、ゆっくりと視線の先に歩みを進める。

 そしておもむろに手を伸ばし――

 

「わっ!」

 

 首根っこを掴まれた女の子が姿を現した。

 

「え、なんでわかったの?」

 

 あどけない表情に浮かぶ、不思議そうな色。

 緑の瞳が大きく見開かれている。

 

「私のセンサーに反応したまでだ」

「センサー……ウサギさんの波動みたいなものかな?」

 

 小首を傾げる少女だったが、『あっ!』と声をあげる。

 

「わたしは古明地こいし! えーと、あなたはおじさん? それともお馬さん?」

「ちょっと小娘! 項羽様相手に馬だなんて――!」

「よい、虞よ。斯様な躯体だ。その評価も妥当であろう」

「へぇ、項羽って言うんだ。大陸の武将さんの名前だったっけ?」

「なるほど、こちらにも私はいたか。無論、私そのものではなかろうがな。――改めて尋ねるが、我らに如何様か?」

「全然知らない人たちだったから、見てただけだよー」

 

 そんなやり取りを続ける二人の傍ら、美鈴が立香とマシュに耳打ちしてくる。

 

「彼女は地底のサトリ妖怪姉妹の妹の方です。何でも他人の無意識の内に入り込んで、誰にも認識されないとか」

「サトリ……って確か、心を読む妖怪だっけ?」

「わたしは目を閉じているから読めないんだけどね。だから安心していいよ、お兄さん」

 

 宙にぶら下がったまま声をかけてくるこいしの胸元には、確かに瞳を閉じた異形の目のようなモノが。顔についている両目は空いているので、アレのことなのだろう。

 

「――といっても、カルデアにも似たような人はいるから今更だけどね」

「そうなの?」

「はい、紫式部さんですね。正確には“相手の思考や経歴を、本人にだけ見えないように表示させる”能力なのですが……」

「アハハハハ!! なにそれ性質悪ーい! わたしが言うのもなんだけど、えげつなーい!」

 

 何かツボに入ったのか、お腹を抱えて爆笑するこいしであった。

 実際割と全方位に刺さりそうな、その内とんでもないトラブルを引き起こしそうな能力ではあるのだが。

 彼女がひとしきり笑い終えたのを見計らい、項羽が声をかける。

 

「時にこいしよ」

「なぁに? おじさん」

「汝は幻想郷には詳しいのか?」

「うん! 自慢じゃないけど、幻想郷でわたしがご飯の味を知らない家はないよ。自慢じゃないけど!」

 

 自慢気だった。

 

「そうか。ならば幻想郷の案内役を頼みたいのだが」

「ちょ、項羽様!?」

 

 項羽の提案に、虞美人が驚いたような、慌てたような顔を見せる。

 

「幻想郷はカルデアによく似た条件が揃っている。数多の神仏人妖の運命が交差し、幾つもの異界が隣り合っているせいか、私の未来予測も十全には働かん。故に案内人がいた方が、探索の効率は上がる。無論、謝礼はしよう」

「いいよー。あっ、背中に乗ってもいい?」

「かまわん。しかし誰かを乗せるような構造ではないから、乗り心地はよくはないだろうが……」

「ヤタッ! それじゃあお邪魔しまーす!」

 

 ぴょんと項羽の背に飛び乗るこいし。

 彼は非常に大柄なのだが、簡単にその背に乗れるあたり、やはり人外ということだろう。

 

「なっ!? この小娘、私でも乗った事がないのに――!」

「虞よ。乗ってみたいのか?」

「はっ、えっと、実際に乗るのはちょっと恥ずかしいと言いますか……」

「あのっ! わたしもご一緒していいですか? ちょっとは案内もできると思います!」

「え? ええ、まあ別にいいけど……」

「はいっ! よろしくお願いします、女王様っ!」

「だから女王じゃないって!?」

 

 こうして虞美人、項羽、こいし、大妖精という即席パーティが探索班として出発することになった。

 

「では主導者よ。何かわかったら連絡を入れる」

「うん、よろしく」

 

 頷き合うと、項羽は美鈴の方に視線を向けた。

 

「同郷と思しき娘よ。紅魔館からの案内人と見受けるが」

「アッ、ハイ。項羽……さんでよろしかったですよね?」

「うむ、遅くなったが、主導者たちをよろしく頼む」

「――承りました、この拳にかけて。ああ、あと、えー……ぐっちゃんさん?」

「何よ。あとぐっちゃん言うな」

「では虞美人さん、それに項羽さん。――どうか、末永くお幸せに」

「へっ?」

 

 突然見知らぬ相手からそんなことを言われた虞美人は戸惑った色を瞳に載せ、周りを見渡し、立香と目が合った。

 とりあえず、口の形だけで『お・れ・い』と伝えておく。

 

「え、ええっと……ありがとう?」

「はい、どういたしまして! それじゃあ私たちも行きましょうか。立香さん、マシュさん」

 

 美鈴に先導され、再度人里への道を進む。

 そして少し進んだところで、マシュがおずおずと、その背に声をかけた。

 

「あの、美鈴さん? 先ほどは何故、急にあのようなことを?」

「んー、一言で言えば、感傷みたいなものですかね」

「感傷、ですか?」

「あとは、“if”へ祝辞ってところですか。別に大した話じゃないですよ。あーあ! 私も紅魔館に帰ったら、久しぶりに剣を振るってみようかなぁ」

 

 そう言って彼女は、どこか遠い場所を見るように空を見上げた。

 

                     ◇

 

 一方その頃、人里にて――

 往来の真ん中で二人の少女が向かい合っていた。

 

「ほう、あなたが戦国の覇者、織田信長ですか」

「そういうそなたが、かの聖徳太子……いや、わしが言うのもなんじゃが、“歴史上の偉人が実は女だった問題”、ちょっと多過ぎじゃね? バーゲンセールでもしておるのか?」

 

 片や幻想入りした聖徳太子――豊聡耳神子。

 片やカルデアから来訪した第六天魔王・織田信長。

 ばったり出会った彼女たちは、(迷惑なことに)往来の真ん中で雑談を始めたのであった。

 

「しかしお主、伝わっとる絵と顔違い過ぎじゃろ」

「それはお互い様だろう。時世というものが、女性の権力者をよく思わないっていうね。うん? どうかしたのかな?」

「いや、ちょっと前にあった妙なことを思い出しての。実は歴史の教科書そのままのわしが目の前に現れたんじゃが……いやあ、あの時の感情は筆舌にしがたかったわ。アイデンティティの崩壊というか、SAN値チェック開始というか……ぶっちゃけマジでビビった」

「ふふ、まだまだ修行が足りない。道教を修め不死となり、確たる“個”と化した私であれば、例えそのような状況に遭遇しようとも――」

「もし、先ほど私の名を呼んだのは、そちらのお嬢さんかな?」

 

……

…………

………………

 

「「でたーーーー!?」」

 

 人里の空に、綺麗なデュエットが響き渡った。

 




○平行世界間の類似について
 各国の神話や文明、文化において、発生時期や地域が違うにも関わらず“何故か非常に似通った要素”が発生することがある。例えば酒などは、多くの文明において必然とでもいうように発生している。この“奇妙な類似性”は平行世界間でも発生すると思われ、汎人類史同士は比較的、似通った歴史になる。
 具体的には、同じ神話や同じ人物が発生するなど。しかし表面上は同じでも内実は異なる場合も多く、“同姓同名の別人”や“同じような活躍をした他人”といった場合も少なくない。
 例えばFGO世界線の酒吞童子と東方世界線の酒吞童子は完全に別個体であるし、東方世界線の項羽は機人ではなくれっきとした人間であった。虞美人においては――

○虞美人
 魔術世界において“真祖”と呼ばれる存在に酷似するが、本人曰く“精霊”。星の内海から生まれた超越種。夫の死に伴い、夫の元上司の勧めで新しい職場にリクルートした。最近の悩みは職場での人間関係。

○妖精
 東方世界線の幻想郷においては、どこにでもいる弱小種。自然の化身であり、時に大きな力を発揮する場合もある。基本的には不滅。存在規模や出力こそ違えと、その性質はFGO世界における“真祖”に酷似しているとも。妖精を電卓とするなら、真祖はスパコン。いや、言い過ぎかな?

○古明地こいし
 心を閉じたサトリ妖怪。本来相手の心を読む能力を持つが、彼女は反転し無意識を司る能力に変化している。生物や精神を主体とする相手には基本的に存在すら認識されないが、残念。相手はスーパー中華ロボだった。

○項羽
 型月どうしてこうなった枠。仙術をベースとして発達した異形の科学技術で生み出された、スーパー中華ロボ。現在の躯体は異聞帯秦において発展していったものであり、特に未来予測という一点にて強力な性能を誇る。ゼ○システム。なので弾幕ごっこも、回避については極めて高い性能を誇ると思われる。基本、“絶対に躱せない攻撃”はしない遊びなので。

○本物太子
 一体何者なんだ……

 当時現場に居合わせた現役女子高生、USMは語る。
「いえ、私もですね。もうそれなりの間幻想郷に関わっていますし、大概の異常事態は受け入れられるかなーって思ってたんですよ。甘かったです。だって何年も教科書越しに睨めっこして、時には落書きもしていた顔が急に目の前に出てきたんですよ? DI○と対峙したポル○レフの気持ちが分かりましたって。私でさえそれなんですから、当事者の神子さんの心境は如何ほどと言いますか……あの人、あんな顔出来たんですねぇ。思わず写メって待ち受けにしちゃいましたよ。えっ? 写真を提供してほしいって? ……それ、遠回しに死ねって言ってるんですか?」

○紅美鈴 マテリアル2
 種族不明、経歴不明の妖怪……なのだが、幻想郷では別に珍しくないので、特に誰も気にしない。しかし以前は別の名前だった時期もあるらしく、今の名前は当時呼ばれていた名前をもじったモノだとか。




FGOではサバ☆フェス復刻をのんびりとプレイ中。
ちょうどイベント内容が創作関係の話なので、こうやってSS書いている身としては色々ためになります。


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落枝蒐集領域幻想郷 その6

ノルマとは――課せられた仕事の量


 美鈴に案内され立香たちは人里に辿り着き――そのまま通り過ぎて、一先ずは里付近にある幻想郷唯一のお寺である“命蓮寺”へと向かっていた。

 

『最初はクロスロードが繋がった紅魔館に、聖杯と同調している“ナニカ”があると思っていたんだけど、残念ながらそれらしいものはなかったからね』

 

 スクリーンに映ったダ・ヴィンチちゃんに対し、マシュは頷いた。

 

「はい。同調先も、聖杯によく似たものである可能性が高い――ということでしたよね」

『うん、同調するなら同調するなりに、理由がある。“類似”――魔術においては基本中の基本だけど、似ているモノ同士は互いに影響し合う』

「だから聖杯の同調先も、同じように高い魔力を秘めた礼装である可能性が高いってことだね」

『よくできました、マスター君!』

「なるほど、それで命蓮寺の“宝塔”を確認するという訳ですね」

 

 美鈴がポンと手を叩く。

 

『高い魔力を秘めたモノ――っていう条件だけだと大雑把過ぎるけど、闇雲に探し回るよりはいいさ。それに聞いたところによると、命蓮寺の本尊は毘沙門天の代理人だとか。宝塔が違っても、財宝神としての側面も持っている者なら、何かそれらしいモノの情報を持っているかもしれない。まあ正直どっちも希望的観測だから、あんまり期待し過ぎないように』

「了解です、ダ・ヴィンチちゃん。――? あれは……」

 

 何かに気付いたかのように視線を移動させるマシュ。立香もその先を追ってみれば、そこには見知った戦国武将の姿が。

 

「ノッブ! 景虎さんも!」

「おやマスター、奇遇ですね」

 

 笑顔で振り向いてきたのは、再現された戦国の世で出会ったサーヴァント・長尾景虎。

 隣に並び立つのは、同じ時代を生きた戦国武将・織田信長。

 二人は足を止めて美鈴と自己紹介を交わし合い、目的地は同じということで同行することになった。

 

「あの、お二人は何故命蓮寺に?」

「ええ、何でもこの先には毘沙門天の代理人がいらっしゃるとか。平行世界とはいえこの長尾景虎、毘沙門天の化身を自負する身としては挨拶しておかねばと」

 

 なるほど、納得できる理由であった。

 

「わしはアレじゃ。ついさっき口にするのも憚られる恐るべき事態に遭遇してしまっての。先の仮想戦国の一件も相まって、さすがに何か悪いものに憑かれているんじゃないかと疑わざるを得ん。徳の高い僧がいると聞いたから、厄落としでもしてもらおうかと思っての」

 

 なるほど、まるで納得できない理由であった。

 

「あの……お言葉ですが信長さんとお寺の相性は、あまりよろしくないのではないかと」

 

 なんせ経歴を考えたら寺を焼いたり、焼かれたりな人物である。

 

「うわっはっは、聞けば妖怪だらけの妖怪寺。ならばそこらの仏閣とは勝手は違おうよ。どんなイロモノ寺か興味もあるところだしの。それに里で出会った仙人から、寺相手の火攻めの極意を伝授するよう頼まれたんじゃ。その下見も兼ねておる」

「ノッブ、ステイ」

「そ、そう言えば沖田さんはどうされたんですか?」

 

 よく信長と行動を共にしている、相方とでもいうべきサーヴァントの姿をない事にマシュは疑問を呈する。

 

「小学生のツレションじゃないんじゃ。四六時中一緒におるわけではないわい。――あの人斬りなら、なんでも水着の為に断イベして願掛けするそうじゃ。正直夏までの期間が短すぎて、効果ない気がするんじゃが」

「断イベって、沖田さんそこまで追いつめられて……」

「サーヴァントって、やっぱり悲しいお仕事なんですね……ちなみにどなたに願掛けを?」

「メジェド様」

 

 ぐだぐだな話題が飛び交う道中、突如墓石の影からアンブッシュ!

 

「おどろ――」

 

 スチャッ、ガチャッ。

 飛び出てきた緑っぽい妖怪に対し、景虎が長刀を首元に添え、信長は火縄銃を額に押し当てた。

 舌を出した顔のままフリーズする妖怪。

 

「ふむ、据物斬りへの志願とは感心な心掛けです」

「わしは戯れは許すが侮りは許さん。処す? 処しちゃう?」

「えっと、二人ともその辺で――」

「し、失礼しました~……」

 

 そそくさと墓場の影にフェードアウトしていく妖怪。

 景虎と信長はそれを見送った後、何事もなかったかのように歩みを再開する。

 その背中を見つめていたマシュが、ポツリと一言。

 

「ちょっとビックリしましたけど、お二人のおかげで吹き飛んでしまいました」

「小傘さん、惜しかったですね……」

 

 美鈴は哀愁のこもった目を消えていった影へと向けた。

 

                      ◇

 

 そこからは特に何事もなく命蓮寺に到着することができ、目的の人物と面会を果たすことができた。

 

「はじめまして、私は命蓮寺の本尊を勤める寅丸星と申します」

「あなたが毘沙門天の代理人、なのですね?」

「ええ、まだまだ修行中の身ではありますが、その責務を授かっています。あいにく、住職の聖は所用で留守にしているのですが……」

「また里への出張説法ですか?」

「いえ、美鈴さん。実は先刻訪ねてきた男性と、つーりんぐ? とやらに。数少ない趣味なので、しばらくは戻らないでしょう」

「幻想郷にもバイクがあったんですね。人里の様子を見る限り機械文明に依存している様子はなかったので、意外です」

「そこは紆余曲折ありまして……ところで本日のご用件は?」

 

 立香の頭に浮かんだのはゴールデンな姿だったが、その隣で景虎が一歩前に出る。

 

「初めまして、私は長尾景虎と申します」

「長尾……その名前は確か――」

「上杉謙信、の方が通りはいいかもしれませんね。正直私としては、そちらの名の方が強く後世に残っているのは意外でしたが。毘沙門天の化身として、代理人たるあなたに是非ご挨拶をと」

 

 にこやかな景虎に、星も笑顔を浮かべる。

 

「なるほど、殊勝な心掛けですね。巫女たちにも見習わせたいくらい。同じ神に仕えるものとして、こちらからもよろし……ん? んんん? 毘沙――門天?」

「はい!」

「む、むむむむむ……?」

 

 景虎の顔――というよりその背後を見て、大きく首を傾げていく星。

 景虎自身は相変わらずの笑顔で見守っているが――

 

「のう、越後の龍」

「何ですか信長。かしこまって」

「いや、このタイミングで言うのもどうかと思うのじゃが、お主の毘沙門天云々――ぶっちゃけ自称じゃろう? 流石にマジモノ前にして言うのは痛くないか?」

「――――――」

 

か げ と ら の え が お が こ お っ た。

 

「の、ノッブ……」

「いやマスター、そんな目をされても、正直この空気に耐えられなかったというか。そこの代理人を見てみろ。首を傾げすぎてそろそろ180度いきそうじゃぞ」

「星さーん!? ちょっと乙女としてどうかと思うビジュアルになってるんで、首戻してください!? 信者の方が見たら引きますよ!」

「むむむー?」

 

 星の頭を掴んでマニュアルで元の位置に戻す美鈴。

 そんな光景の傍ら、景虎が肩を震わせる。

 

「わ、私だって……」

「ん?」

「私だって、一応悩んだんですよ!? 3分くらい考え込んで、正面から堂々勢いで乗り切ろうと決意したのに――!!」

「判断早い!?」

「景虎さん、さすがは戦国武将ということでしょうか」

 

 立香の驚愕とマシュの感心など知らぬとばかりに、景虎は言葉を叩きつける。

 

「大体! あなたも! 人のこと言えないでしょーが!!」

「え、わし?」

「知ってるんですよ!? 時々カーマが凄く訝しげな眼であなたのこと見てるのをっ! あなたの第六天魔王こそ自称じゃないですか!」

「ぐさりと刺さるブーメラン!? いや、わしの場合もとは信玄の奴との売り言葉に買い言葉じゃしそっちほど自意識高くないというか……まあ思いのほか気に入ったんで度々使ってはいたが、まさか後世でここまで有名になっておるとはのう。ぶっちゃけ対神性スキルになるとか、わしが一番びっくり」

「あ、それは確かに。ただの人間だったくせにとは思いましたが――って一息の間に話を変えるとはっ!? やはり侮れない相手ですか……」

 

 お目目がぐるぐるなり始めた景虎に、信長はドウドウと声をかける。

 

「まあまあ少し落ち着け。サーヴァントデビューに失敗した新人みたいな顔しおって。ほら、厠行く?」

「その話度々振ってくるのやめません!? 噂になったら恥ずかしいでしょう!」

「いや、噂も何もw〇kiに載っとるし」

「ウィ――なんです、それ?」

「電子辞書。ネットにさえ繋がれば、世界中誰でも見れる」

「え……うそ、そんな――ま、マス、ター?」

 

 立香は目を逸らした。

 

「かはっ」

「吐血っ!? 景虎さん、しっかりしてください! それは沖田さんの持ちネタです!」

「うん、マシュも落ち着こうか」

「有名になるって、大変なんですねぇ」

 

 美鈴は一連の流れを目の当たりに、しみじみと呟いた。

 

「うう、生前の私の不摂生が恨めしい……」

「景虎さん――今からでも間に合います! エミヤ先輩や紅閻魔女将にも相談して、食生活の改善を――」

「いくら飲み食いしても大丈夫なサーヴァントの体って、素敵ですよねっ!」

 

 花の咲くような笑顔。

 まるで反省していない軍神ちゃんなのであった。

 そして、その肩に手を置く者が――

 

「わかります。体を壊すほどは論外としても、闇雲に耐え忍ぶこともまた体に毒。要は節度を守ればよいのです――たまに羽目を外しちゃうこともあるかもしれませんが、きっと毘沙門天も許してくれます」

「星さん……」

「あなたのルーツが何であろうと、その信仰心は紛れもなく本物。改めて、よろしくお願いします」

「――! ええ、こちらこそ!」

 

 がっつりと握手を交わす毘沙門天の化身と代理人。

 

「いい話風に見えるけど、あれって要するに飲兵衛同士の意気投合なんじゃ……」

「ノッブ、し~」

 

 藪をつついて蛇どころか虎と蟒蛇のキメラを出す必要もあるまい――立香はそう達観した。

 

「それではこの出会いを記念して、ちょっと寺の裏の方で般若湯の味見でも――」

「し、星さん! その前に少しよろしいでしょうか?」

「はい?」

 

 そのまま景虎と立ち去りそうだった星を、マシュは慌てて呼び止めて事情を説明する。

 

「――という訳で、是非とも宝塔を確認させていただきたいのですが」

「なるほど、事情は分かりました」

 

 しかし星は申し訳なさそうな笑みを浮かべつつ――

 

「宝塔は毘沙門天から授かった神宝――残念ながら、そうやすやすとお見せするわけにはいきません」

「そこを何とか――」

「落ち着いてください。少し準備が必要なので、時間を貰いたいと言っているのです」

「そうなのですか――それでしたら仕方ありませんね。いつ頃お伺いすれば?」

「いや、別にいいじゃないか。見せてあげれば」

 

 二人の会話に口を挟んできた、新たな声。

 

「鼠っ子……」

「初めまして、お客人方。私はナズーリン、そこの代理人の――まあ付き人みたいなものさ。それでご主人、何を勿体ぶっているんだい? 別に準備とかないだろう」

「え、ええと……」

 

 ぎこちない笑顔になる星。心なし、汗ばんでいるようにも見える。

 

「別に弾幕ごっこでも普通に使っているんだし、隠すものじゃないだろう。むしろ毘沙門天の代理人としての象徴みたいなもので――」

「そ、それがですね……」

「え、なんだいその反応。――まさかまたいつぞやみたいに、なくしたとか言わないだろうね?」

 

 し ょ う が え が お で か た ま っ た。

 

「おぉいぃ!? マジか! マジなのかい!? 一度ならず二度までもっ!? その頭の中には何が入っているんだ!?」

「あっ、私妖怪なので、別に脳みそでモノを考えている訳じゃあ――」

「皮肉だよ! 察してくれっ!? まったく……普段はしっかりしているくせにここぞという時大ポカをやらかすんだから!」

 

 そのフレーズに、立香はカルデアの女神たちを連想してしまった。

 天空の女主人と、冥界の女主人を――

 

「ああすまないお客人方。今からちょっと忙しくなりそうなんで、今日の所はお引き取り願えるかな?」

「探すの、手伝おうか?」

「ありがたい話だが、そこまでさせる訳にはいかないさ。でももしどこかでそれらしいものを見つけたら、知らせてくれると助かる。ああ門番さん……このことは是非、紅魔の主には内密に」

「聞かれない限りは、答えませんよ」

「……その辺りが妥協点か。すまないね」

「いえいえ、早く見つかるといいですね」

「う~ん、ぐだぐだじゃのう」

 

                      ◇

 

 ――時は少し遡る。

 

「この先が日本の地獄というやつね! ……それにしても、賑やかなのだわ」

 

 冥界の女神・エレシュキガルは中有の道に降り立った。

 数々の屋台に気を取られそうになるが、ぶんぶんと首を振るって誘惑を振り払う。

 

「ここの地獄は、最新の運営体制を敷いていると聞いたわ! 見学させてもらえば、今後の冥界運営のためになるはず。 ……花を咲かせる妖怪の方も気になったけど、今回はこちらを優先。いざっ!」

 

 その足取りからしばしの時が経ち――

 

「それで、参考にはなったでしょうか?」

 

 幻想郷周辺を管轄とする閻魔・四季映姫・ヤマザナドゥは業務に一息付け、金色の髪を持つ赤い希人に話しかけていた。

 

「そうですね。私の冥界とは体制が違い過ぎるのでそっくりそのままとはいきませんが、今後の運営を考えるというか、将来的なビジョンを描くという意味ではとても参考になりました」

 

 はきはきとした物言いに、映姫はコクリと頷く。

 

「それは何よりです。遠い異郷から見えた同業者に、何の成果も上げさせられなかったとなれば地獄の名折れ。安心しましたよ」

「こちらこそ、忙しい中急な訪問を受け入れてくれて感謝しています」

「どういたしまして。ところでよろしければ、そちらの冥界の情勢や今後の展望を聞かせていただいても? 第3者的な視点からだと、何か見えてくる問題もあるかもしれませんし」

「そうね……」

 

 エレシュキガル少し考え、ポツリと呟く。

 

「やはり目下の課題というか、数千年間ずっと考えているんだけど、どう考えてもマンパワー不足なのだわ」

「人手不足、ですか。なるほど、人が増えて組織が大きくなれば、また人手が足りなくなる。いたちごっことでもいうべきことなので、どんな組織でも往々として起きる問題ですね」

「こっちでも地上の人はどんどん増えてるんで、しっちゃかめっちゃかですからね~、映姫様」

 

 たまたま居合わせた死神・小野塚小町も横から口を挟んできた。

 

「今や地上は人口70億時代――いやぁ~、増えに増えたというか。その内どっかで大きくパンクするんじゃないかと、世界中の死後勢力はハラハラしっぱなしですよ」

 

 小町の言葉に、映姫は頷く。

 

「ええ、閻魔庁もかつては閻魔10人体制だったのですが、それではとても手が回らず私のように新たな閻魔が何人も生まれました。ちなみに、そちらの冥界ではどの程度の人数で業務を――?」

「――なのだわ……」

「? 失礼、小声でよく聞き取れなかったのですが?」

「わたしっ! 一人なのだわっ!」

 

 第3者的に見ずとも問題しかなかった。

 がっくりとうなだれるエレシュキガル。映姫と小町は無言で顔を見合わせた。

 

「何千年経っても誰も応援に来ないしっ! 頼れと言われた神格はどんどん権能を失って零落していくし! かといって生まれた時からずっと冥界にいるから、誰かに頼ろうにも大した伝手もないのだしっ!」

「えっと、それはその、なんというか……」

「――ハッ! 失礼、取り乱したのだわ。と、ともかくわたしも冥界の女主人! まるで解決の兆しが見えない問題だけど、きっと何とかして見せるのだわ!」

 

 決意を新たにするエレシュキガル。そんな彼女に、小町がおずおずと声をかける。

 

「えーと、ちなみにそんな状態で休みとかは……」

「? 魂は毎日来るのだから、冥界のお仕事に休みなんてないわ。あっ、この霊基はサーヴァントとして現界しているけど、本体はちゃんと冥界でお仕事中だから安心してほしいのだわ!」

「映姫様も大概のワーカーホリックだと思っていたけど、こりゃ極まってるというか……」

「……失礼、エレシュキガルさん。今夜時間をいただいても?」

「え? ええ。今日のことをレポート化して本体に送る予定くらいしかなかったですし、それは別に明日でもいいから」

「そうですか――ちょっと失礼」

 

 そう断りを入れ、映姫は黒電話の受話器を取る。

 

「もしもし、わたしです。突然で済みませんが、今晩仕事を変わってもらっても? え、『明日槍が降るんじゃないかって?』。新しい地獄の考案ですか、それ? ――ええ、ではそのような手はずで」

「ええっと?」

 

 突然の通話に、不思議そうな顔になるエレシュキガル。

 

「小町。今日はもうあがって構いません。代わりに……」

「ええ、店の方はとっておきますよ」

「頼みます。仕事でも、それくらい察しが良ければいいんですけどね。さて、エレシュキガルさん――」

 

 そう言って閻魔は、女神に微笑みかけた。

 

「今晩は、飲みましょう」




〇長尾景虎
 越後の軍神ちゃん。生まれながらの超人気質。毘沙門天の化身を名乗っているのだが―― 
 名前繋がりか猫属性あり。ニャー!

〇寅丸星
 虎の妖怪で、毘沙門天の弟子にして代理人(正式)。ちなみに不飲酒戒という教えがあってですね……
 “物をよくなくす”“うっかりさん”という無辜の怪物持ち。でもノルマならば果たさねば!

〇沖田総司
 言わずと知れた新選組一番隊隊長。増殖を見せる相方に焦りを隠せず、水着実装へのプレゼンを繰り返す日々。その望みが叶うかは、運営のみぞ知る。
「オルタ? いえ、あの子もうなんか完全に別キャラじゃないですかヤダー!」

〇エレシュキガル
 冥界の女主人。地の底の赤い天使。作者の財布も冥界に送られた。
 一縷の望みをかけた福袋は、2回連続エルキドゥ。ウルクのランサーな辺り惜しい。
 ここまで来ないとなると、誰かが運命を操作しているとしか思えない。FGOあるある。
????「風評被害で提訴する」

〇四季映姫・ヤマザナドゥ
 幻想郷担当の閻魔の片割れ。もう一人は不明。地蔵から昇進した。
「あなたの罪(ガチャ回転数)を数えなさい」
「それでもッ! 回したいガチャがあるんだっ!」

〇謎の邂逅
「ノブのノブ?」
「ゆっくりしていってね!」


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落枝蒐集領域幻想郷 その7

 景虎は結局『放っておけない』と宝塔探索を手伝うことになり、ノッブもそれに付き合うことにして星たちと行動を共にすることになった。

 命蓮寺を後にした立香たちは、一旦人里へと取って返す。

 

「とりあえずもういい時間ですから、昼食にしましょうか」

「そうですね。美鈴さん、何処かお勧めの店などはありますか?」

「残念ながら、わたしはほとんど紅魔館で過ごしていますからね~。外食となると、ほとんどが宴会ですし」

 

 立香は食事処を探そうと辺りを見渡す。

 基本的な家屋は木造平屋。行きかう人々は基本的に着物。

 現代育ちの日本人としては、“まるで映画のセットのようだ”とも感じる。

 もっともそれで片づけるには染みついた生活感が強すぎるし、立香自身レイシフトで様々な時代の日本に赴いているので慣れた光景ではあるのだが。

 

「さすがにちょっと見られるね」

「お二人とも珍しい格好ですから。マシュさんは特に」

「オルテナウスは優秀な装備なのですが、町中に溶け込むには無理がありますからね……」

 

 どこか近未来的な風情のある装甲服に、身の丈ほどもある巨大な盾を軽々と扱う少女。

 目立たないわけがなかった。

 

「美鈴さんも、ほとんど紅魔館にいるって言った割には時々知り合いがいるみたいだけど」

「あぁ、たまに人里から手合わせに来る人がいるんですよ」

「吸血鬼の館に、ですか? 先ほどの命蓮寺からしても、人と妖怪の距離というのは意外に近いのでしょうか?」

「そうですね……基本的に人里は人のものという不文律ですが、暴れない限りは妖怪が入り込んでも深くは追及しないというのが暗黙の了解みたいです。わたしたちが紅魔館と一緒に幻想入りする前の時代には、もっとピリピリしていた時期もあったと聞きますが――弾幕ごっこが出来てからは、垣根は更に低くなったようですね」

「なるほど、あの決闘方式にはそんな意味もあったのですか。考案した博麗の巫女という方は、さぞ思慮深く聡明な人物なのでしょうね」

「……………………いえ、多分たまたまというか……あっ! あそこで食事にしましょうか!」

 

 不自然に話を切られた感があったが、美鈴が見つけた食事処に一同は入っていく。

 人影はまばらで、親子連れ、仕事の休憩中と思しき男性、巨大な人魂を連れた少女、その隣には華やかな衣装を身にまとった見覚えのある女剣士――

 

「って武蔵ちゃん!?」

「え、立香君!?」

 

 すすっていたうどんの丼からばっと顔を上げた女性――宮本武蔵が目を丸くしている。

 もっともその際汁が飛んで、隣のボブカットの少女が迷惑そうにしていたが。

 

「驚いた……これも合縁奇縁というやつですか」

「お知り合いで?」

「うん、前に話したカルデアのマスター君よ。妖夢ちゃん」

「ほう、彼が――」

 

 何故かじいっと顔を見つめてくる少女

 

「えっと、なにか?」

「――失礼しました。わたしは魂魄妖夢。冥界の西行寺家で剣術指南役と庭師の役職についています。武蔵さんほどの剣達者と共に数多の死地を潜り抜けたと聞いていたのでその、実物を見てちょっと拍子抜けしたといいますか」

「アハハ、素直ねぇ妖夢ちゃん」

「あ、え、いえ、今のは別に愚弄するつもりとかそういう訳では……あっ、一緒にごはん食べますよね? わたしはもう行くので、席をどうぞ」

 

 そう言って慌てたように立ち上がる妖夢に、立香は声をかける。

 

「別に一緒でもいいけど?」

「お言葉はありがたいですが、あんまり人里に居続けると閻魔様に怒られますので。では武蔵さん、お昼ご馳走様でした」

「うん、またね――とは立場上言いきれないか。幽々子さんにもよろしく」

「はい。では皆さま、失礼します」

 

 そう言い残すと、彼女は人魂と共に荷物を抱えて去っていった。

 そんな彼女の背を見送り、武蔵はポツリと零す。

 

「いや~、いい娘よね。妖夢ちゃん……器量よし、性格もよし、料理も上手。時々暴走しがちだけど、それも可愛らしいというか。はぁ、これで性別さえ逆なら最高だったんだけど」

 

 欲望駄々洩れな女剣士であった。

 

「でもね、わたしは最近こうも悟ったのです。即ち、“手には入らぬからこそ、美しいものもある”んだって」

「格好いいセリフだけど、もっと別の場面で使ってほしかった……」

 

 彼女の発言と現実との落差に肩を落としながらも、立ちっぱなしも何だったので武蔵と同じ卓を囲むことにした。

 

「お久しぶりです、武蔵さん。ロシア異聞帯以来ですね」

「うん、お久しぶり! その装備も、だいぶ慣れたみたいね?」

「はい、おかげさまで。あの時背中を押していただいてありがとうございました」

「アハハ、どういたしまして。あっ、とりあえず何か注文したら? おばちゃーん! わたしもうどんお代わり!」

「あいよー!」

 

 皆で注文を取り、お互いの近況を交換し合う。

 

「そっか、相変わらず険しい旅みたいね」

「武蔵さんこそ、今も一人で放浪を続けられているんですね。幻想郷にはいつ頃?」

「んー、10日くらい前になるかな。最初は冥界に流れ着いたから『わたしの旅もいよいよ終わりなのかー』なんて思いもしましたがビックリ! 普通に地上に出てこれるものなのね」

「その辺り、ウルクの冥界とちょっと似てるね。あっちも地下がそのまま冥界だったから」

「以前はここまで容易く行き来できるものじゃなかったんですけどねー。幻想郷に春が来なくなる異変が起こって、その時のごたごたで冥界との境界が緩くなっているんです。そのせいでよく幽霊たちも遊びに来るようになって……まあ人間たちは人間たちで、捕まえて冷房器具代わりに使っていたりするのですが」

「それは斬新な涼のとり方と言いますか……肝が太いのですね」

 

 美鈴の説明に、マシュは何とも言い難い表情になっていた。

 立香はというと、嬉々として幽霊レンタルを商業化するシバの女王の姿を幻視してしまったのだが。『この温暖化が進む夏、エコで長持ちする冷たい幽霊はいかがですか~?』とか。

 

「ところでそちらの美鈴さん、でしたか。相当に練り込まれた功夫とお見受けしますが……」

「アハハ、普段なかなか褒められることがないのでちょっと照れますね~。武蔵さんの方こそ、その若さで一つの境地に至っているご様子。これだから人間って怖いんですよね。妖怪が1000年かけて辿り着く場所に、100年足らずの人生で至ってしまいますから」

「いや~、それほどでも……あるかしら?」

 

 嬉しそうな顔で笑う武蔵。基本、おだてには弱い女性であった。

 

「わたし一人では、到底ここまでは至れなかったでしょうが。“数奇”としか言いようのない身の上ですが、人生万事塞翁が馬とはあなたの国のことわざでしたか。数多の世界を巡りに巡って、出会いと別れと戦いを繰り返し、その総仕上げとして立香君との下総国での七番勝負。その全てがわたしの血となり肉になっています」

「なるほど、良くも悪くも狭い幻想郷ではなかなかできない体験ですね。最近でこそ新たに入ってくる人外や異変も増えていますが、そも幻想郷では“少女であり続ける限り永遠”――でもそれは逆に言えば、永遠に完成も成熟もしないということなのかもしれません。永遠という心の余裕が、その足取りをどこまでも遅くする」

 

 美鈴の言葉に、武蔵は神妙そうに頷く。

 

「物事の良し悪しの話ですね。単純な二元論ではなく、表裏一体。行い一つとっても、メリットとデメリットがついて回る――わたし自身至ったはいいもののその後すぐに死んで、今度はサーヴァントの体でまたもや放浪者――極楽からも地獄からも門前払いされ、行きつく先は無間の果てか」

「行ってみればいいんじゃないですかね、無間の果て。あるいはあなたこそが、最初に“其処”に到達した者になるかもしれません」

「フフ、その考え方は前向きで結構! そうね、斬るべきものはもう一つあると思っていたけど、それが終わったら“其処”を目指してみるのも一興ですか」

 

 カラカラと笑う姿に、やはり笑顔の方が彼女には似合うと、立香も笑った。

 

「ところで美鈴さん、一つ手合わせなんていかがかしら?」

「武蔵ちゃん……もう“零”にはたどり着いたんじゃ――」

「それはそれ、これはこれ! わたしも剣聖の域に辿り着きはしたものの、まだカルデアの但馬の爺様のように“果て”は見ていません! だったらこの両腕が上がり続ける限りは、剣を振るいましょう!」

 

 例え腕が上がらなくなっても、何だかんだで剣を振り続けそうだなと立香は思ってしまった。文字通り、“剣に生き剣に死んだ人生”なのだ。

 

「それでしたら、一つ付き合って貰えればわたしも助かります。久々に剣の錆を落とそうと思いまして」

「ほう! 美鈴さんも剣士だったのですね。あれ? でも妖夢ちゃんは『周りに剣を振るう相手がほとんどいないから張り合いがない』とか零していたような」

「褒めてくれた相手もいなくなったので、永い事おざなりになっていたんですよ」

「……えっと、聞いちゃいけないことだったかしら?」

「いえいえ、ただちょっと元気を貰ったのでやる気が出たと言いますか――」

 

 そこからはしばし雑談を続け、食事を終え皆で店を出た。

 

「それじゃあ、また夜に!」

 

 武蔵は手を上げ去っていく。何でもこれから里の退治屋たちに、剣を教える約束をしていたそうだ。

 立香たちも行動を再開しようとするが――

 

「アレ? 先輩、あそこにいらっしゃるのは――」

 

 マシュの言葉につられその視線の先を追うとそこには――

 

                      ◇

 

「フ、フフフフフ……」

 

 押し殺したような、不敵な笑い。

 しかし興奮を隠しきれないかのように、段々とそれは大きくなっていき――

 

「アッ、アハハハハハハ!! 来ています……これは来ていますよ! このわたしの時代がっ!!」

 

 幻想郷では珍しい紅葉色のジャケットを着こんだ少女が、バッと両腕を広げる。

 

「大量に入り込んでくるイロモノ達っ! 溢れかえるネタっ! しかも彼らは人里を中心に行動している……まさに僥倖――否ッ、天恵ッ! ハ、ハハハ……ざまぁ見ろ! 御山に籠ったエリート気取りの老害天狗どもっ!! このネタの全ては、“里に一番近い天狗”たるわたしの総取りだー!!」

 

 見目麗しい少女ではあるのだが、いろいろ残念なことになっているというか……ぶっちゃけ不審者であった。

 

「あやややや、これはいけない。わたしともあろうものがはしたない声をあげてしまって。ともかくここでうまく立ち回れば、次の新聞大会では約束された勝利の筆というもの。ともかく迅速に取材を。いえ、カルデアとやらの責任者に接触するほうがいいですか――」

「おい、そこの女」

 

 捕らぬ狸の皮算用を続ける少女の耳に届く、威嚇めいた色が混じった言葉。

 とんと、少女がいた屋根の上に降り立つ影が一つ。

 

「おや、あなたはもしやカルデアの方ですか?」

「わたしはアタランテ。まったく、真昼間から大きな声をあげて……」

 

 厳密には、カリュドーンの毛皮を纏ったアタランテ・オルタである。

 

「これは失礼しました。ああ、わたしは社会派ルポライターの射命丸文という者です。ちょうどよかった、是非ともあなた方カルデアの取材の申し込みをしたいのですが――」

「うん、そういう話なら窓口を紹介してもいい。だがその前にまず、里から出てもらおう」

「……はい? 何故です?」

「お前の怪しげな笑い声で子供たちが怖がっている。人里は人外にも寛容だそうだが、それはあくまで“おとなしくしている場合”のみ。そもそも例え人間同士でも、不審者はお断りだそうだ」

「ふむ、なるほど事情は分かりました。道理の通ったお話、わたしは一旦退却させてもらいます」

 

 物わかりよく文は翼を広げると、一瞬で人里から離脱する。

 風のような速さで移動し、彼女は少し離れた場所で着地する。

 

「では着替えてから折り返しますか。こんな大事な時に現場から締め出しを喰らうなど記者の名折れ。宣言通り“一旦退却”したのですから無問題。ネタの海がわたしの帰りを待っている」

「やけに素直だとは思ったが、そんなところだろうとは思っていた」

「――っ!?」

 

 つい先ほど聞いたばかりの声に文がばっと振り向くと、そこにはいつの間にかアタランテ・オルタの姿が。

 

「あやややや、“幻想郷最速”たるわたしに追いすがるとは、なかなかのスピードのようで」

「おや、そうだったのか? 幻想郷で最速というのは、風に流される風船のことを言うんだな。勉強になったよ」

「椛の亜種みたいな見た目の癖に猪口才な……今のは温厚で知られるわたしもちょっとカッチーンときましたよ」

 

 不敵な笑いを見せるアタランテ・オルタに、文は目を細める。

 

「ともかく、今人里に戻るというのならわたしが阻ませてもらおう。お前は子供たちに悪影響だ」

「はぁ? 何様のつもりですか? 第一子供への悪影響云々だったら、あなただって人のこと言えないでしょう。なんですかその肌を露出した格好。あなたみたいなのが傍にいたら、絶対に性癖を歪ませますって」

「なあっ!? い、言ってしまったな!? わたしも現代に召喚されて薄々そうじゃないかと思いつつ、誰も指摘しないから敢えて流しておいた疑問をっ!」

「思考停止の八つ当たりをこちらにされても困ります! ともあれあなたが阻むというのなら、わたしはそれを越えていきましょう。地を這う獣風情が、わたしの翼に届くとは思わないことです!」

「甘く見るな! 今のわたしなら空だって駆けられる!」

「いいでしょう――手加減してあげるので、本気でかかってきなさい!」

 

 こうして幻想郷を股にかけた、壮絶な鬼ごっこは始まることとなる。

 ちなみにこの光景にたまたま出くわした“姫海棠はたて”の新聞記事は、なかなかに好評を博したそうな。

 

                      ◇

 

 一方その頃、幻想郷の“元”唯一の神社・博麗神社にて――

 

「おーい、霊夢~」

「なんだアンタか。今日は何の用?」

「相変わらず来客に冷たい神社だぜ」

 

 博麗の巫女たる博麗霊夢は、縁側にて別に珍しくもない客――霧雨魔理沙を迎えていた。

 

「いやちょっとな。なんか今日は見知らぬヤツをちょこちょこ見かけるんで、ひょっとしたら異変の予兆かと思ってな」

「そうね。わたしの勘は今日も一日、神社でのんびり過ごしなさいって言ってるわ」

「勘も陽気でうたた寝してるんじゃないか? ところで――」

「なに?」

「あそこで萃香のやつと酒盛りしてるの、誰だ? 角からして鬼っぽいけど……ってかスゴイ格好だな、アレ」

「さあ? なんかふらっとやって来たのよ。なんでも『妖気と神気と酒気に誘われて』って」

「アハハハハ! まさにこの神社を端的に表した言葉だな」

 

 お腹を抱える魔理沙に、霊夢は眉を顰めた。

 

「邂逅早々、『その真っ赤なおべべは妖怪の返り血なん?』とか言い出すのよ。きっと碌な奴じゃないわ」

「えっ、違ったのか?」

「わたしの巫女服は霖之助さん謹製よ。アンタだって知っているでしょ」

「そうだったな。『金も払って貰えない』って香霖がぼやいてたぜ」

「奇遇ね。わたしは『金も払わない金髪がいる』って聞いたわ」

「それはきっとアリスのことだな。ヒドイヤツだぜ。さて――わたしもちょっとご相伴にあずかってくるかな」

 

 そう言って鬼たちの元に行こうと立ち上がった魔理沙の首の裾を、霊夢がグイっと掴んで押しとどめる。

 

「ぐえっ。ちょ、なんだよ霊夢。お前の分も取って来いってか?」

「違うわ。自己責任だけど、あんた最近“妖怪の怖さ”ってやつを忘れかけているみたいだからね。ちょっと忠告」

「こりゃ珍しい。天すら恐れぬ巫女様が」

「明日のごはんがないのは怖いけどね。アレ、幻想郷でもあんまり見ないレベルの“魔性”ってやつよ。いつかの花火大会覚えてる? 物事の物差しが、完全に人間とは別物。近づくのは別にいいけど、一応気を付けておきなさい。山の天気と同じ――どう転がるかわからないから」

 

 そう言って霊夢は、スッと鬼の姿を見据えた。




〇宮本武蔵
 剪定された世界から転がり出たストレンジャー。通称武蔵ちゃん。
 “無空”の高みを求めて彷徨い、紆余曲折の果てサーヴァントとなる。
 それでも彼女の放浪の旅は終わらない――

〇射命丸文
 妖怪の山に住まう烏天狗。多分ライダークラス。あやややや。
 新聞記者であり、ネタを求めて今日も幻想郷の空を飛ぶ。
 組織の中に身を置くので、ストレスがたまることもあるのだろう。
 なお、彼女の新聞への世間の評価は――

〇博麗霊夢
 幻想郷の守護者。空飛ぶ巫女さん。きっとルーラー。
 神職者であるが、自分がいる神社の祭神の名さえ知らない。いいのかそれで。
 彼女の“空を飛ぶ程度の能力”は、物理的な飛翔のみならずあらゆるものからその身を浮き上がらせ、ある種の無敵状態となる。ふわふわと空を飛ぶその様は、地を歩き続けるしかない立香とは対照的。
 ただ仮に、“空”にすら届きうる異形ともいえる領域にまで達した剣ならば、彼女の身に触れることができるのかもしれない。

〇幻想郷では少女であり続ける限り永遠
 一説には、幻想入りした“永遠の17歳”とかいう概念が利用されているとも……


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落枝蒐集領域幻想郷 その8

今回より、短編から連載に変更します。


「ぐわーっ!? 氷の礫が俺を打ち据えるー!?」

 

 博麗神社へとやって来た立香たちを真っ先に出迎えたのは、見覚えのあるまっくろくろすけが吹き飛ばされる光景だった。

 

「やっぱりあたいったら最強ね!」

「ああ、そして私は最弱だ……ガクリ」

 

 何故か妙にバリトンの聞いたボイスを出しつつ地面に突っ伏するまっくろくろすけ――もといアンリ・マユ。

 そんな彼の上でピョンピョン跳びはねて喜ぶのは、水色の髪と氷の羽を持った女の子の妖精。

 加えてちょこちょこと近づいていったのは、なんだかカエルっぽい印象を受けるこれまた女の子。

 

「ほらチルノ、死体蹴りはその辺りにしておきな。はっはっは、それにしてもアンタ弱いねー」

「いやまあ、伊達に最弱英霊名乗ってないわけですし? だがこんなんでも人間相手にゃ犬と蜘蛛の次に最強――いや、最近はこのキャッチセールスもちょっと怪しくなってきた気がしなくもないんだが。そもそもほら、この弾幕ごっことやらが俺には向いてないわけですよ? なんせ弾数が2本の剣だけだし。頑張れば、ガンドくらいは出せるかもしれませんけど?」

「だったら他の遊びするー? かくれんぼとか」

「そりゃ夜にやれば無敵だろうけどなー」

 

 何故か幼女二人に囲まれている必要悪に、立香は声をかける。

 

「アンリ!」

「およ? マスターじゃねぇか。こんな長階段上ってご苦労さん……って」

 

 アンリは立香たちを見渡し、そして今度は自分の周りに目をやり――

 

「はぁ……」

「えっと、アンリさん。どうかされましたか? ってこれは、お酒の匂い……?」

「いやぁね。マスターはボインボインな別嬪お二人さんに囲まれているってのに、なんで俺はこんなちんちくりん達に絡まれているんだかー、って思っちまってね。さっきはさっきで、なんかちっこい角娘にしこたま飲まされるし」

「あははー、いい度胸してるねあんたー」

「痛いっ!? 笑いながら脛蹴らないで!?」

「チルノー、アンタもこいつの背中に氷押し当ててやりなよ」

「わかったー!」

「うおっ、づめたいっ!? でも生前は氷責めなんぞ受けなかったからこれはこれで新鮮か?」

 

 微妙に笑えなかった。

 

「それにしても元はただの人間っぽいのに、えげつないくらい業を背負ってるねー。生贄の羊かなんか?」

「いや、羊の話は止めてくれ」

「うん? なんか悪い思い出でもあるの?」

「俺というか、多分別口で召喚された俺だとは思うんだが。なんか羊の群れに轢き飛ばされたような気がする」

「アハハっ! なにそれっ!」

「いやね、こいつが意外と笑い事じゃねーんですよ。アイツらつぶらな瞳のくせに、そのまま突っ込んでくるから反面ホラーっつーか」

 

 身に覚えがあり過ぎる出来事だったが、立香は賢く口をつぐむことにした。

 

「あー、このクソ長い階段に妙な懐かしさを覚えちまったのが運の尽きか……で、マスター。どうした訳よ? 日本人だし、参拝ってやつか?」

「ここの巫女さんに用事があって」

「あー、だったらあっちで酒盛りしてるぜ? 俺もさっきまで捕まってたからな。赤い女だから、見りゃすぐにわか――赤……サンタ……うっ、頭が……」

「大丈夫? まっくろくろすけ」

「えっと、お大事にー」

 

 チルノと呼ばれた妖精がアンリの頭に氷を乗せてあげているのを尻目に、立香たちはアンリが指し示した方角に進んだ。

 

「うっ、これはいっそうお酒の香りが……」

 

 マシュが顔を顰める。同時に立香はビーストマシュの誕生を危惧した。

 酒気の中心にいるのは、境内に座り込んだ4人の少女。

 内一人には見覚えがあり……

 

「酒吞?」

 

 その声に反応したのは、二人――

 お馴染みカルデアの酒吞童子と、同じくらいの背丈の鬼らしき少女。

 

「うぅん? 懐かしいあだ名で呼ぶのはだぁれ?」

「ちゃうちゃう、呼ばれたんは萃香はんやのうてうちやで。なあ、旦那はん?」

「はぁ? 旦那ってあの人間、あんたの番かなんか?」

「ご主人様、いう意味や」

「……何あんた、鬼なのに人間に仕えているっていうの?」

 

 萃香と呼ばれた少女の声色に、怒気が混じった。

 しかし酒吞はというとどこ吹く風で――困ったように。

 

「あらあら、萃香はんは鬼の格ってヤツをよくよく気にするんやね。んー、やったら……」

 

 どこか愉しそうに――

 

「一発、自慢の拳で殴ってみたらええんちゃう? それで死ななかったら、認めるゆうことで」

 

 とんでもない事を口にした。

 

「はあっ!? ちょ、お前――」

 

 金髪の女の子が慌てたように叫ぶが、時既に遅く――

 

「分かりやすくていいね。じゃっ、そうしよっか」

 

 萃香はふらふらと体を揺らしながらも立ち上がり、とろんとした瞳で立香を見据え――直後、その小さく強大な拳は立香の眼前にまで迫っていた。

 

「先輩っ!!」

 

 マシュが叫び――同時に立香の体は後ろに引かれる。

 入れ替わるようにマシュが前に出て盾を構え、拳と触れ――炸裂。

 鼓膜を震わせる轟音が響き、マシュの足元は陥没しクレーター状になる。

 しかし――

 

「推定筋力値、Aランク! 先輩っ、ご無事ですか!?」

 

 頼もしきシールダーは、揺るがない!

 

「こっちは大丈夫!」

 

 先ほど立香の身を引いた美鈴に支えられたまま、マシュに無事を伝える。

 マシュもチラリとその姿を確認し一つ頷くと、正面の小さな巨人に視線を戻す。

 一方殴りかかった萃香も驚いたような顔で自分の拳を見つめており――

 

「へぇ……それなりに力を込めたつもりだったけど、ヒビ一つ入らないとはね。うん、こりゃ久方ぶりに殴りがいがありそうな獲物だね」

 

 ニヤッと笑い、再び拳を固める鬼。だが――

 

「萃香はん?」

 

 美しき鬼が、その後姿に声をかける――

 

「一発、やで?」

 

 面白そうに声をかけてくる酒吞に、萃香はバツの悪そうな顔をする。

 

「あー、ほら? 本人には当たってないし、もう一回くらいダメ?」

「ふふ、萃香はん自身がそれを許せるんなら、うちは構わへんけど?」

「それを言われちゃ弱いなぁ……あっ、そうだ! さっきのとは別に、個人でやる分なら――!!」

「ダメに決まってんでしょ!」

 

 名案を思い付いたとばかりに目を輝かせる萃香の頭に、お祓い棒がピシャリと振り下ろされた。

 

「きゃんっ?!」

「まったく――人の神社で暴れないの! 見なさいよ、この陥没。ちゃんと後で直しときなさいよ!」

「うー、わかったよ霊夢。はぁ~、興が削がれちゃったな。飲み直すか。あっ、そっちの女の子! また今度殴らせてね!」

「え、ええっと。それは……」

「ちゃんと断っといた方がいいわよ。でないと辻殴りが出るから」

 

 紅白の巫女服をまとった少女が、赤ら顔で手に持ったお祓い棒を自身の肩に当てる。

 

「で、あんたら誰よ?」

「それは――」

 

 ~少女説明中~

 

「ふ~ん、なるほどねぇ」

 

 コクコクと頷きながらも巫女――霊夢はあんまり興味がなさそうだった。

 

「お~い、霊夢。こいつはやっぱり異変じゃないのか?」

「って言ってもねぇ、魔理沙。繋がっている異世界が一つ増えたくらいの話でしょ。どこかで被害が出ている訳でもないし」

「対処療法とか?」

「始まる前に潰してちゃ、わたしのごはんの種がなくなるでしょう」

「えぇ……」

 

 金髪の魔女然とした少女――魔理沙はそんな声を漏らしながらも、『そういやこんなヤツだったなぁ』的な顔を浮かべていた。

 

「それよりあなたたち」

「はい、なんでしょうか?」

「素敵なお賽銭箱はあっちよ?」

 

 すっとお祓い棒を神社の方に指せば、なるほどそこには寂れた賽銭箱。

 

「なるほど、神社に来て参拝の一つもしないのも失礼でしたね。先輩」

 

 促してくる後輩に頷き返し、立香賽銭箱へと向かう。

 隣にマシュと美鈴も一緒に並び立つ。お賽銭を投げ入れて、二礼二拍手一礼しようとしたら――

 

「ちょっと待って」

 

 何でか霊夢に呼び止められた立香は、振り返る。

 

「えっと、何か?」

「今何入れたの? お金の音じゃなかったけど」

「QPだけど」

「きゅーぴー?」

「おっ、わたし知ってるぜ。香霖の店に飾ってある人形のことだろ」

「違います」

 

 QP――クォンタム・ピース。カルデアで運用される魔力リソースの一種であり、通貨としても代用されている。

 立香がそれを説明すると、霊夢はがっかりしたような表情になり――

 

「そんなの入れられても……」

「じゃあこっちで貰っていいか?」

「ダメ。それならアリスあたりと物々交換できないか話してみるわ」

 

 魔理沙からの要求をあっさりと却下した霊夢。

 立香たちもその間に参拝を済ませ、彼女らの元へと歩いていった。

 霊夢はひょいっと盃を持ち上げ――

 

「飲む?」

「いえ、わたしは未成年なので」

「外の世界の人間は面倒ねぇ」

 

 彼女は盃の中の酒を一息にあおると、ふぅと小さき息を吐いた。

 

「――で、さっきの話だけどちょっと心当たりはないわね。というか“強い力を持ったアイテム”ってだけなら幻想郷を探せばそれなりにあるでしょうし、各勢力が隠し持っている分まで合わせたらちょっと絞り切れないわ」

「その辺りは、さすがは幻想郷ってところですよねぇ」

 

 霊夢の説明に、美鈴も頷いた。

 

「やはり一筋縄ではいきませんか……ダ・ヴィンチちゃんたちもクロスロードからの逆探知は行っているので、こちらもできる限り足で探しておきたかったのですが」

「こういう時こそ巫女の出番じゃないのか、霊夢? ほら、神様の力でちょちょいっと」

「今は酔っているからパス」

「巫女って、そういうトランス状態で儀式とかするんじゃなかったっけか?」

「あら、そうだったかしら」

 

 暖簾に腕押しというか、なんだか立香が想像していたよりもずっと自由な巫女さんだった。

 

「まあ明日にでもやってみるから、待っていなさい。結果は保証しないけど」

 

 立香はその言葉に、『ありがとう』と首を縦に振った。

 そんな折、酒吞が声をかけてきた。

 

「あぁ旦那はん。さっきのは勘弁なぁ?」

「肝が冷えたよ」

「ふふふ……し・ん・ら・いゆうやつやで。マシュはんも、ちゃあんと防ぎはったろ?」

 

 笑みを深める酒吞に、背中にゾクリとしたものが走る。

 “猫の心を持った獅子”――以前誰かが、彼女たち鬼種をそう表現していたか。

 

「いやー、それにしてもこの酒うまいな! なんていう名前なんだ?」

 

 そんな立香の心境を知ってか知らずか、魔理沙が全く別の話題を切り出した。

 話を遮られた形になった酒吞だが、あっけらかんと答える。

 

「あぁ、神便鬼毒酒いうんや」

「ブーーーッ!?」

 

 途端に横で気持ちよさそうに飲んでいた萃香が吹き出した。

 

「ああもう、もったいないわぁ」

「いや、おまっ、今、神便鬼毒酒って……」

「うん? そうやけど、なんか問題あるん?」

「え、これわたしがおかしいの? あっ、そっちの歴史では違う道をたどったとか」

「あぁ、うちが首刎ねられた時と違って今は毒ないから、気にせえへんでええよ」

「やっぱり一緒じゃないかー!?」

 

 うがー! と叫ぶ萃香の様子に、霊夢が目を丸くする。

 

「珍しいわねぇ。傍若無人の化身みたいなあんたが」

「自分勝手の擬人化みたいな霊夢にだけは言われたくない。いやまあ、こればっかりはトラウマを刺激してくるというか……」

「でも美味しかったやろ?」

「へ?」

「だから、味。さっき鬼は嘘つかへん言っとりなはったよなぁ?」

「う、うう……」

 

 萃香は盃に残った神便鬼毒酒に目を落とし、肩をプルプル震わせながら、そして一気にあおった。

 

「くっ、悔しい! でも美味い!」

 

 なんか女騎士みたいなことを言い出した。

 

「ええい、こうなったら今日は飲む! トラウマもきれいさっぱり吹き飛ばしてやる! おっ、戻って来たな黒いの! ほら、わたしの酒を飲めー!!」

「うおうっ!? 謂れのないアルハラが俺を襲う!?」

 

 アンリに突撃していく萃香を見送りながら、霊夢はポツリと呟く。

 

「今日“は”じゃなくて、今日“も”でしょうに」

「ふふふ、容赦ないなぁ巫女はんは」

「あんたもほどほどにしときなさいよ。ああ見えて、キレたらすごいんだから」

「やろうなぁ……ふふ。あんまり深く関わったら大喧嘩になりそうやし、楽しくお酒飲めるくらいがええわなぁ」

 

 ――とは言いつつ、大喧嘩は大喧嘩で悪くないとも思っているのだろう。

 酒吞の笑みが、それを雄弁に語っていた。

 

「ところで霊夢さん、聞きそびれていましたがこちらの神社では一体どのような神様を祀っておられるのでしょう?」

 

 マシュからの問いに、霊夢は眉一つ動かさず――

 

「え、知らないけど」

「はい?」

 

 さも当然と言わんばかりの返答に、目を丸くする。立香も心境は同じだった。

 横では魔理沙が苦笑いしている。

 

「こういうヤツなんだよ。才能だけで巫女やってて、自分とこの神様の名前すら興味ないんだからなぁ」

「え、ええっと……それはどうなんでしょう?」

「別に困ったことはないからいいんじゃない? そもそも誰も教えてくれたこともないんだし、知らなくて当然でしょう」

 

 神様の名前を聞かれて答えられないのは十分に困った事じゃないかと立香は思ったが、当の本人がここまであっけらかんとしている以上あまり深くも突っ込めなかった。

 そんな中酒吞は神社をじぃっと見つめて――

 

「なるほどなぁ……」

「酒吞?」

「旦那はん、知ってはる? この日本いう国にはなぁ、そりゃあ仰山の神さんがおるんよ。森羅万象あらゆるものに神さんが宿ると考えて、荒ぶる自然も恐ろしい怨霊も容赦なく有効活用できる存在に組み替えてきたんや。ほら、あそこの小さい神さんも祟り神みたいやし」

「あぁ、諏訪子の奴か? 確か土着神だのなんだの言ってた気がするけど……」

「あらまあ、それはまた思った以上に大物かもしれへんなぁ。――ともかく、そういうことなんよ」

「えっと、どういうこと?」

「この国では、その気にさえなれば“何であろうと”神さんにできるいうお話。今回のこと、単なる偶然でもないかもしれへんねぇ?」

 

 そう呟く彼女の視線の先では――

 

「そ、それ以上俺に近寄るなー!? うっぷ、さすがにこれ以上は厳しいぞ。く、来るってんなら俺の宝具が火を吹くぞ!」

「あははー、やってみなよ。鬼の体は頑丈なんだ! 例え柱の角に足の小指をぶつけてもへっちゃらさ!」

偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)

「痛いっ!? 何この地味な痛み!?」

「それがお前の知らなかった、“柱の角に足の小指をぶつけた痛み”ってやつさ! 勿論、宝具の性質上俺も痛いんだがね!」

「くっ――まさか人間たちは、ずっとこんな痛みに耐え続けてきたっていうのっ!?」

「いや、そんなマジなトーンで返されても困るんだけど」

 

 なんか色々とカオスな光景が広がっていた。

 

                      ◇

 

 一方、その頃紅魔館にて――

 

「集まりましたね」

 

 メイド長の十六夜咲夜は、屋敷で働く妖精メイドたちを睥睨してよくとおる声で話しかけた。

 

「今日集まってもらった理由ですが、あなた達は現状メイドとしての仕事が十全にこなせているとは思えません」

 

 ざわざわと騒ぐ部下たちを、咲夜は両手を広げて制する。

 

「これは上司であるわたしの責任でもあります。メイドとしての仕事にかまけて十分に新人教育を行えなかった、という点において。ところで、今朝カルデアから帰ってきた妖精メイド4名のことを、知っていますか?」

 

 妖精メイドたちは、何のことだかわからないというようにお互い目配せし合う。

 

「彼女たちもあなた達と同じく、昨日までは自分の面倒を見るくらいしかできない仕事っぷりでした。ですがカルデアから帰ってきた彼女たちは見違えるようになり、一人前とは言わないものの0.68人前の仕事ができるようになっていました」

 

 ――シンと静まり返る妖精メイドたち。

 咲夜は彼女たちを見渡し、再び声をあげる。

 

「原因を探ったところ、彼女たちを見かねた“ある人物”によって教導が施されたことが判明しました。――先生、どうぞ」

 

 現れたのは、妖精メイドたちと同じくらい小さく――そして赤い影。

 

「あちきは今回、臨時講師を請け負った舌切り雀の紅閻魔。よくもまあ女中とは名ばかりの有象無象がここまで集まったものでちね」

 

 小柄ながら妖精メイドたちを見渡す視線は鬼の如く――いやまあ鬼なのだが。

 

「紅閻魔先生には、本日あなたたちの教育を行ってもらうよう依頼してあります。しかしながら、これは決して強制ではありません。あなた達には参加するかどうかの選択権があります。ですが今回の訓練に参加し無事乗り越えた際には、ボーナスを約束しましょう」

 

 咲夜はそう言うと、指を1本立てる。

 

「1週間――その間、参加者にはおやつを一品追加。訓練を乗り越えたものには、更に一品追加します」

 

 ざわつく妖精メイドたち。ほとんどのものは、今の一言で参加を決意したようだった。

 

「……いえ、当人同士が納得しているのならあちきからは何も言いまちぇんが」

 

 ちょっと呆れ気味の紅閻魔だったが、再度瞳に力を入れる。

 

「でははじめまちゅよ、このひよっこども――!!」

 

 こうして紅魔館にて、地獄の窯が蓋を開いた。

 この“訓練”を乗り越え帰還した者達は、後に“キッチン帰り”と呼ばれるようになる。




〇酒吞童子
 幼い少女の姿をした鬼。しかしながらその実態は美しき人食い花。人と同じように考え、愛し、そしてふとした拍子に反転する。伊吹萃香相手のスタンスは玉藻の前と同様であり、“深く関われば殺し合いになるので、ほどほどの距離をとる”といったもの。人間でも化生でも、距離感は大事です。

〇伊吹萃香
 幼い少女の姿をした鬼。しかしながらその実態は幻想郷でも屈指の巨大な力の塊。鬼という種に誇りを持つが、反面幻想郷(厳密には旧地獄)の鬼たちからははぐれ者。――彼女はかつてのだまし討ちを『卑怯』だと許せなかった。酒吞は『そらそうなるわ』と納得した。故に、互いに深くは踏み込まない。今は、まだ――。

〇洩矢諏訪子。
 幼い少女の姿をした土着神。しかしながらその実態は、日本においても最古クラスの古き神であるとも。大地を操り、祟りを司る。多分大地に刻まれた負念で、全時空を破界したり再世したりできる。

〇チルノ
 幼き氷の妖精。今日も元気に遊び回り、喧嘩を売る。ある意味幻想郷でも屈指の怖いもの知らず。

〇アンリ・マユ
 生贄の羊。この世全ての悪たれと願われた、あなたのような誰か。人類悪を笑う必要悪――なのだが今回は何故かいじられ役に。

〇紅閻魔
 小さな体に溢れる母性。これには赤い彗星もニッコリ(風評被害?)。彼女も鬼の一員であり、鬼教官でもある。

〇賽銭を巡る一幕
「アリスー。これなんかと交換してくれない?」
「どうしたのよ藪から棒に……ってどうしたのよコレ!?」
「どうしたって、お賽銭だけど」
「これ、ちょっとした額よ?」
「……え、本当?」
 藤丸立香のお賽銭額――500万QP




 書き終えたら萃香のツッコミ比率が多かった件について。酒吞のメインツッコミ役であるイバラギンが不在だったから、彼女の方にその役が回ってしまいました。でも何気にボケ役でもツッコミ役でもいけると、改めて気付いたり。あと、京都弁はにわかなので深い追及はご容赦を(汗


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落枝蒐集領域幻想郷 その9

今回若干シリアス風味?


 ……カラッ……カラッ――

 ……ブロロロロロロロ――

 

 博麗神社を後にした立香たち。

 石階段を降り切って人里へと続く道の半ばで彼らの耳に入ってきたのは、幻想郷では珍しい重低音――マシンが放つ音だった。

 

「これは――バイクの音でしょうか?」

「朝方出向いた命蓮寺の白蓮さんでしょうね。幻想郷でバイクなんて、あの人くらいですし」

「ああ、確かツーリングに行っているって……だったら金時も一緒か、な……」

 

 音が近づいてくる方角を見やって、立香は固まった。

 

『実は先刻訪ねてきた男性と、つーりんぐ? とやらに』

 

 寅丸星の言葉がリフレインする。うん、間違ってはいなかった。でもそれを聞いて立香の脳裏に真っ先に浮かんだのがライダーの金時だっただけであり、決して彼女が嘘を言っていた訳ではない。立香が勝手に思い込み、勘違いしていただけだ。

 

「たーのしー!!」

 

「そっちかよ!?」

 

 正確には男性というより、♂のUMAだったというだけの話なのだが。

 

「ヒヒン? これはマスターではないですか!」

 

 立香たちの姿を認めたUMAもとい赤兎馬は徐々にスピードを緩めて立ち止まる。

 並走していたバイクに乗る、不思議の色合いの髪を持つ女性も同様に停車した。

 何というか美女と野獣――というより美女と珍獣といった組み合わせであった。

 

「ええと、そちらの声のいい馬の妖怪はどちら様で?」

 

 美鈴の言わんとすることは立香にもわかる。だが残念、彼に魔性特性はないのであった。だって馬だもん。

 

「おや、始めましてのお嬢さん。ヒヒン、同郷の香りがしますな! ならばまずは自己紹介を――私は呂布とその宝具にして愛馬たる赤兎が真の人馬一体をなした最強の人馬兵! 端的に言えば呂布です。どうぞよしなに」

「これはご丁寧に。わたしは紅魔館で門番を勤める紅美鈴です。なるほど、あなたが彼の飛将軍……りょ、ふ?」

 

 美鈴の言葉は途中で途切れ、首を捻り、赤兎馬の全身を10秒ほど見回す。そこにいるのは本来頭部があるべき部分が何故か人型になった馬。彼女は立香の方を見てきた。

 

「赤兎馬です」

「ああ赤兎馬! いえ、何かおかしいなーとは思ったんですけどそういうことなんですね。うん、それなら納得――っていえいえ!? それでもやっぱりおかしい!?」

 

 頭を抱える美鈴の肩を、マシュが支える。

 

「美鈴さん、気持ちは分かりますがお気を確かに」

「マシュさん、これは一体どういう……」

「深く考えたら負け、というやつです」

 

 きっぱりと言い切る後輩に、立香は『図太くなったなぁ』と達観した。

 そうこうしているうちに、バイクから降りた女性が声をかけてくる。

 

「もし――そこのお方」

「あ、ハイ」

「私は命蓮寺で住職を務める、聖白蓮という者です。あなたがカルデアのマスター――藤丸立香さんでしょうか?」

 

 立香が首肯すると、白蓮は『まあ』と手を合わせた。

 

「あ、朝にお寺の方にはお邪魔しました」

「あら、そうでしたか。せっかくお越しになったのにお相手できず、申し訳なかったですわ。ウチの者達はちゃんと出迎えしましたか?」

「……ええ、丁寧に対応してもらいました」

「ふふ、それは良かったです。あの子たちも、しっかり成長しているのね」

 

 嬉しそうに白蓮の顔がほころぶ。

 宝物をなくしたとか、飲みに誘っていたとか言わない方がいいのだろう。

 幻想郷に来て以来屈指の穏やかさを見せてくる僧侶に、立香はそう思ってしまった。

 

「朝方に呂布さん――いえ、赤兎馬さんと仰るんでしたか? 彼にはツーリングに付き合って貰って楽しかったです。やはりともに風を切る相手がいるのは一味違いますね」

 

 このUMAはやはり、行く先々で呂布と名乗っているようだった。

 早いとこ何とかしなければ、幻想郷では彼=呂布の図式が出来上がってしまうかもしれない。

 

「あなたのことも、赤兎馬さんから聞かせてもらいました」

 

 微笑んでくる白蓮。うん、なんだかこうやって評価されるのはどうにも慣れないというか、照れる――

 

「なんでも若い身の上で人参の違いがわかる立派なマスターだとか」

 

 斜め上の評価だった。

 立香が無言で赤兎馬に目をやると、彼は『ヒヒン!』と鼻を鳴らして誇らしげだった。

 

「寺でも今晩は、人参を使ったメニューにしようかと思っていまして」

「えっと、それ星さんとか大丈夫?」

「食べさせます」

 

 ニッコリと微笑みながら断言した。

 

「本当に、いつまでたっても肉食の気が抜けなくて仕方ないんだから」

 

 虎なのだから、それこそ仕方ないのでは?

 ――立香はそう思ったのだが、白蓮の笑顔から感じる妙な迫力のせいで口には出せなかった。

 

「ところで、カルデアという場所では古今東西の英雄や妖怪、神々が集まっていると聞きましたが」

「ただの人間もいます」

 

 何を隠そう――いや、隠すまでもなく立香自身のことだが。

 

「実は私、“人間と妖怪が平等な社会”というものを目指しているのです。赤兎馬さんから聞いた限りでは、カルデアはその理想に近い場所であると感じました。そこで参考までにお聞きしたいのですが、何か種が違うもの同士うまく付き合っていける秘訣などあるのでしょうか?」

 

 急な話だったが、同時に真剣な問いかけでもあった。

 

「カルデアでは生前お互いに殺し合ったり、騙し騙されという関係も珍しくありませんからね……カルデアに属する身としては度々トラブルが起こっているように感じますが、経歴を考えればよくまとまっている方なのでしょうか?」

 

 マシュも話に加わってくる。

 改めて言われれば、いつ内輪もめで崩壊してもおかしくない環境ではあるのだ。

 白蓮が期待したような目を向けてくるのだが――

 

「まあ、成り行き――かな?」

「はあ。成り行き、ですか」

 

 具体的に理由を上げるのなら、幾つかはあるのだろう。

 例えば立香というマスターを共有しているから、だとか。

 立場や動機の違いはあれど人理修復という目的を抱いている、だとか。

 そもそも立香自身、グランドオーダー当初はこれだけ多くのサーヴァントと関わるなど思ってもいなかったのだ。

 

「ですが実際にそれでうまくまとまっている以上は、中心である立香さんに“特別なナニカ”があるのではないですか?」

「ナイナイ」

 

 納得いかないという風な白蓮の問いかけを、立香はあっさりと否定した。

 “人類最後のマスター”という立ち位置は特別といえば特別かもしれないが、それはあくまで前提条件だ。

 

「そもそも相互理解や平等って、そんなに大事な事かな?」

「え?」

 

 ポカンとした表情になる白蓮。

 実際に立香自身、サーヴァントの皆のことを一から十まで理解しているとは思っていない。幾ら絆を深めようとも、だ。

 同じ人間出身のサーヴァントですらわかり合えてない部分は大きいだろうし、先ほどの酒吞の行動からも分かるように人外相手となればなおさらだ。

 身分制度がはっきりとしている時代や社会出身のサーヴァントも多いし、そういう意味でも平等とは程遠いだろう。

 そのことを、目の前の僧侶に伝える。

 

「相手のことを知ろうとするのは大事なことだと思う。だけど、近づきすぎれば身を灼かれる関係もある」

「距離感が大切、ということでしょうか? しかしそれは臭い物に蓋をして、見たくないものを見ないだけなのでは?」

「そうかもしれない。オレだって、自分たちの関係性が“絶対に正しい”ものだとは思っていない。でもそうやって失敗したり傷つけあったりして、それでもより良い関係を目指していくものじゃないかな?」

「……一理はあります。ですがそうやっている間にも、流れていく血はある。虐げられる者も出てくる。一足飛びで、“正解”を求めることは贅沢なのでしょうか」

「贅沢とは言わない。それも、当然の感情だと思う」

 

 そんな“正解”があるのなら、立香だって知りたい。

 でも現実はいつだって残酷で、“みんなが幸せになれる世界”なんてものは道端には転がっていなかった。

 垂らされた蜘蛛の糸では、数多無数の世界は支えきれない。だから他者を振り落としていく――今の立香は、そういう立場なのだ。

 同時にその現実に納得したくない自分がいるのも、また確かなのだが。

 

 白蓮は立香の目をじっと見つめて、何かに納得したようにフゥと息を吐いた。

 

「なるほど……上っ面の言葉だけではなく、深い実感がこもっている。私も、少し平等という言葉に囚われていたようですね。お互い、まだまだ道半ばということですか」

「あんまり参考にならなくてごめんなさい」

「いいえ、こちらこそ急なお話に付き合って貰い感謝しています。考えさせられる問答でした」

「あ、でも一つだけ気を付けていることが」

 

 立香はたまに、卓越したコミュニケーション能力を持っている言われることがある。

 だが立香自身としては、自分のコミュニケーション能力がそんな異能扱いされるような大したものだとは思っていない。

 もしそうであれば、もっとうまくやれたと考える場面は幾らでもある。

 自分がやって来たことはただ――

 

「『ちゃんと相手の目を見て話す』ですか?」

 

 キョトンとしたように首を傾げる白蓮に、立香は頷く。

 

「そんなことで、そこまで変わるものでしょうか?」

「変わるものですよ」

 

 いつの間にか復活していた美鈴が、声をかけてきた。

 

「『相手の目を見て話す』とは、相手の存在を認めることの第一歩です。英雄も怪物も、そもそも“誰からも理解されようとしない”“アレはそういうモノだ”で終わってしまうことが多々ありますからね。先ほど立香さんが言っていたように、“完全な相互理解”なんてものは不可能でしょう。多分サトリ妖怪でも無理です。でもその上で、相手がそこにいるということをちゃんと認めるのは大事なことなんですよ」

 

 『私も一時期中国呼ばわりでしたし……』と美鈴はボソリと呟いた。なんかすごい哀愁が漂っていた。

 白蓮はそっと目を逸らしたが、その頬に一筋の汗が流れているのを立香は見逃さなかった。

 

「な、なるほどですね……私も、一度初心に帰る必要があるととても実感しました。今後実践させていただきます」

 

 白蓮は改めて礼を言い残し、命蓮寺へと帰っていった。

 赤兎馬は『いい人参の気配がします!』と駆け出していった。美鈴によればその方角には“迷いの竹林”とかいう迷路染みた竹林があるそうなので、いざとなれば霊基の強制退去で回収する必要があるだろうと、ダ・ヴィンチちゃんに連絡を入れておいた。

 

                      ◇

 

 茨木華扇が自らの屋敷にいると、番犬代わりの狼の鳴き声が響いた。

 急ぎ駆け付けた華扇の目に入ったのは、サングラスをかけた金髪の大男がペットである虎と戯れる様子だった。

 

(侵入者? でもあの子があんなに懐くなんて)

 

 仙術によって隔離された仙界であり、滅多に人の訪れることのない自身の屋敷。

 それにむやみに人を傷つけないよう言い含めているものの、警備の役割も兼ねている虎がまるでゴロゴロと猫のようだ。

 華扇は警戒しつつも、ゆっくりと男性に近づいていく。

 

「そこのあなた」

 

 虎の喉を撫でていた男性が、ピクリと動きを止める。

 虎も同様で、華扇の顔を認めバツが悪そうな顔になる。

 その様に内心苦笑しながらも、再び男性に向かって話しかける。

 

「私は行者の茨華仙――ここは私の屋敷なのだけど、何か御用かしら?」

 

 男性はのっそりと立ち上がり振り返る。

 改めて立たれると、やはりでかい。加えて巌のような体躯は、幻想郷ではあまり見かけないタイプだった。

 もっともその眉尻は下がり、これまたバツの悪そうな顔をしているのだが。

 

「あー、勝手にこんなとこまで入っちまって悪かったな。でっかい鷲を見かけたから追いかけてたらここまで辿り着いて、こんなゴールデンなアニマルがいるもんだからつい、な」

「グルル……」

「オレのせいにするなって? はは、悪い悪い」

 

 一見すると男が勝手に虎の鳴き声の意を解釈した――ととれる場面だが……

 

「あなた、動物の声がわかるの?」

「ああ? まあある程度はな。ひょっとしてあんたもか?」

「――ええ、動物を導くのが私の役目なので」

「ひゅうっ! こいつぁゴールデンな偶然もあったもんだぜ!」

 

 二カッと好漢めいた笑みを浮かべる男。

 見た目に似合わず、陽気なタイプのようだった。

 

「こんなところまで来たんだものね、少し寄っていきなさい。滅多に来ないお客さんなのだし、お茶くらいなら出すわ」

「ああ、勝手に入り込んじまったのにワリィな。そう言えば、オレッちとしたことがまだ名乗ってなかったか」

 

 そうして男は口にする――華扇にとって、とても無視できない名前を。

 

「オレは坂田金時――まあ気軽にゴールデンとでも呼んでくれや!」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「なるほど、平行世界の影法師ですか」

 

 一度招くといった以上言葉を翻すわけにもいかず、こうやってお茶を出している(意趣返しに毒でも盛ってやろうかとも思ったが、自重した)。

 そのことに奇妙な感慨を覚えながらも、彼――金時と卓を囲んでいた。

 

「まあその辺りの仕組み、あんまり難しい説明を求められても困るんだがな。オレ自身理解し切れてねぇし!」

 

 快活に笑う様を見て、華扇は感じる。

 一つ世界を越えてしまえば、随分と違うものだと――

 

「おっと、もののついでに聞いておきたいんだが……」

「さっき言っていたクロスロードの件ね。あいにくと、私が管理する財宝やマジックアイテムに異常をきたしているものはないわ」

「そうか、まあ簡単に解決とはいかんわな。ここじゃないとわかっただけでも、僥倖ってもんさ」

「事態解決のために動いていた割には、動物を追いかけていたように感じるけど?」

「うぐっ。ははっ、こいつぁ痛いところ突かれちまったな」

 

 ボリボリと頭をかく金時。

 そんな彼に、華扇は何事もないかのように装って話をふる。

 

「ところで、せっかくの機会だから少し聞きたいのだけど」

「おう? オレッちに答えられることで良ければ、何でも聞いてくれや」

「“大江山の鬼退治”」

 

 金時の体が、ピクリと震えた。

 

「あなた達“源頼光四天王”を象徴するエピソードの一つ。平行世界間で、どんな差があるのか気になって。こちらでは人間たちが毒を盛って、鬼たちを退治したのだけど」

 

 勤めて冷静に、僅かな反応も見逃さないように。

 そんな華扇の前で、金時は絞り出すように口を開いた。

 

「……オレたちの方でも、基本的には変わらねえさ。毒を盛って、体の自由を奪って、オレが酒吞の首を刎ねた。他の鬼たちも、同様にな。逃げおおせたのは茨木のやつくらいさ」

 

 知らず華扇は、ギュッと残った生身の左手を握りしめていた。

 

「卑怯だとは、思わなかった?」

「……まあ、そうさな。お上の思惑はともかく、オレ個人としちゃ正義を語れるやり方じゃあなかった。だが鬼たちが、力尽くで弱者から奪っていくのは卑怯とは言わねぇのか?」

「それが自然の摂理――弱肉強食というものではないのかしら」

「一面では、その見方も正しいだろうな。全体から見てしまえば、自然淘汰ってのは効率的に世界を回すためのよく出来た仕組みなのかもしれねぇ。でもな、オレは何度も見てきたんだ。“あいつらに全部奪われた”って嘆き悲しむ人々を。“仇をとってくれ”と、オレなんぞに懇願してくる民を。弱肉強食はある種の真理で権利なのかもしれねぇが、現実には喰われる側がいつまでもおとなしくしているはずもねぇ。喰う側と喰われる側は、絶対不変の関係じゃねぇんだ」

「それ、は……」

 

 かつて華扇は、□の側からその惨劇を見ていた。

 そして今、人の側からの視点も知った。

 無論世界が違うので、そのままその理由が自分たちに当てはまる訳ではないのだが――

 

「頼光の大将には聞かせられねぇが、とても正義だと胸を張れる戦いじゃなかった。あれはそう――どっちが喰う側に立つかを決めるための番付だったんだろうさ」

「……だけどその割には、あなたすごく苦々しそうな顔をしているわよ?」

「チッ」

 

 金時は舌をうって、そっぽを向いた。

 

「所詮私たちは、行きずりの関係。溜め込んでいる愚痴があるのなら聞くわよ?」

「……そうだな。カルデアじゃどこで頼光さんが聞いてるかわからなかったから、口に出せなかったが――ああ、そうさ。今話したのは、全部“理屈”の話だ。酒吞とは、個人的にそれなりに付き合いがあった。たまに酒飲んで、喧嘩して、殺し合って……あいつはオレの目やら骨やらを冗談めかしながらマジで欲しがって、オレも何だかんだでアイツのことは嫌いじゃなかった。オレは――」

 

 金時は、溜め込んだものを吐き出すように口にした。

 

「アイツとは、正々堂々と決着をつけたかったんだ」

 

 その吐露を聞き終えた華扇は、目を瞑り――

 

「そっか」

 

 空っぽの右腕を胸に当てる。

 

「そういう関係も、あったんだ。ちゃんと信頼関係はあって……それでも同じ結末に行きついちゃうのは、それだけの業を積み重ねたってことなのかもしれないわね」

「……なあ、ローズピンク。あんたひょっとして――」

「ふふっ、斬新な呼び方ね。でもね――」

 

 華扇は皮肉気に、話を変えるように笑みを浮かべた。

 

「あなたが語った理屈ならば、それはあなた達にも同じことが言えるのではないかしら? 食う側に回っているあなたたちが、何時か喰われる側に回る未来が」

 

 その言葉に金時は大真面目に頷いて。

 

「ああ、そうさ。だからそれが“今”なんだ。オレっち達汎人類史が築き上げてきたあらゆる全ては白紙に帰って、今や風前の灯。だが、その最後の灯がまだあきらめちゃいねぇ。だからこそ皆、大将の旗の下で戦い続けるんだ。オレも、頼光さんも――それに酒吞に茨木のやつもな」

「ちょっと待って」

 

 聞き捨てならない台詞に、華扇は待ったをかけた。

 

「え、何? あなた達滅びかけてるの?」

「……あれ? 言ってなかったっけか?」

「聞いてないわよ! それに今の話じゃ、“源頼光四天王”と“大江山の鬼”が同じ陣営にいるように聞こえるけど……え? 死んだんじゃなかったの!?」

「いや、そりゃあまあサーヴァントだしなぁ。一部の例外以外は、一度はみんな死んでるんだがさ」

「そうだった!? でもほら、確執とかない訳?」

「そりゃ当然色々あるが……頼光さんは隙あらば酒吞を再殺しようと狙ってるし、酒吞の奴も頼光さんを毛嫌いしてるしな。でも茨木のやつは現代に馴染みまくりだな。キッチン組や皐月の王(メイキング)にねだっては菓子を貰って、虫歯を怖がって……」

「えぇ……」

 

 結局この後も話は長引くことになり、金時はこの日華扇の屋敷に泊まることになったそうな。

 




〇赤兎馬
型月なんでこうなった枠。真なる人馬一体の境地に至った呂布と赤兎――というか最早赤兎一体で人馬一体となり果てた。誰がそこまでやれといった。魔性属性なし、猛獣特性あり(当然)、人型特性あり(なんで?)、ブリュンヒルデの愛するもの特攻にも適応(え?)。凝ったモーションと妙にいい声をもつ。そのリソースちょっと呂布にも分けてあげて。

〇聖白蓮
仏理で殴る正統派僧侶。命蓮寺の妖怪住職で、大魔法使い。不思議な髪色のお姉さん。基本いい人なのだが、時折ノリノリに。案外ジャンヌ辺りに近いタイプなのかもしれない(スタイルが優遇されている点でも)。とある異変を経てバイクという趣味に目覚めたそうな。

〇坂田金時(バーサーカー)
Mr.ゴールデン。金太郎の逸話は日本において高い認知度を誇る。現代への召喚に当たって口調・スタイル・宝具真名に至っていろいろかぶれているが、特に問題は起きていない。というか通常の聖杯戦の場合、見た目からも宝具名からの真名分からないんじゃないだろうか、これ? 幻想郷で見かけた大鷲を当初、『あれこそが小次郎の語るTSUBAMEなのでは?』勘違いし追いかけ、華扇の屋敷に辿り着く。

〇茨木華扇
仙人。仙人としての称号は“茨華仙”であり、こちらの名を名乗る場合が多い。右腕を失っており、煙のようなもので代用している。動物と話せる、大酒飲み、甘いもの好きと案外金時と共通項が多い。今回成り行きから金時を家に泊めることになった。

〇源頼光
息子が女の家から朝帰りしたと聞いて(以下略

〇沖田総司
宮本武蔵が2019年度SSR水着枠として内定。和鯖で、女剣士――つまり彼女は(察し
メジェド様の願掛けは無意味だったか? でもまだワンチャン(悪あがき
「マスター……私の……水着」
次話『定まらぬ水着』(嘘)



殺伐とした話にUMAの姿が! いえ、まあそこまで殺伐でもないんですがw
FGOも4周年リアルイベントが開催され、水着鯖もガチャ3騎+霊衣開放3騎が公開。残りはガチャ3騎+配布1騎で、おそらく4枠。ま、まだ沖田さんにもワンチャン(震え
あとカエサルは夏に向けての体作りに失敗したんですかね? 立ち絵の可能性も……
祭装は邪ンヌとXXを取得。アルトリアリリィや巴さんも惜しかったですが、ここはもう勢いで。みんなイラストよかったですねぇ。


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落枝蒐集領域幻想郷 その10

「聖晶石の霊圧が、消えた……?」


「おや? 何やら人が集まっていますね」

 

 昼も半ば――マシュの言う通り人だかりができており、賑わっているようだった。

 

「お祭りかな?」

「え~と。あぁ、アレが万歳楽のショーですか」

「万歳楽?」

 

 美鈴の得心いったという声に反応すると、彼女は頷く。

 

「なんでも河童たちが捕まえた怪魚のショーだとか。私は門番の仕事で見たことはなかったのですが」

「河童ですか! 日本各地で知られる水の妖怪ですね。西遊記でも有名な。以前先輩が西遊記を元にした特異点に紛れ込んだ時は、書文さんが沙悟浄になっておられたんですよね?」

「へぇ、そんなことまで・・・・・・でも沙悟浄が河童扱いなのは、日本での話ですよ。そもそも中国には河童いませんし」

 

 一行は人だかりに近づいていき、ショーの様子を伺う。

 

「えっと、あのツナギ? を来た小柄な方々が河童ですか? 見た目だけでは人間の子供と見分けがつきませんね」

「ああ見えてなかなか強かな連中ですよ。幻想郷の河童は技術者集団で、独自の技術開発を行っています」

 

 立香はカルデアの科学者チームが聞いたら、興味を持ちそうだなと考えた。

 

「商機に目ざとく、屋台なんかもよく出していますね。このショーも金稼ぎの一貫でしょう。まあ偶にやらかしているみたいですが」

「なんだかそれだけ聞くとあんまり妖怪らしからぬような……それはともかく、万歳楽とはアザラシのことだったのですね。でも一緒にショーをしているのは――」

「ジャンヌだね。リースも」

 

 アザラシを使ったショーの中に紛れ込んでいるのは、見覚えのある水着の聖女様。

 使い魔のイルカ――リースと共に、様々な芸を披露していた。

 ジャンヌ自身もサーヴァントとしての身体能力を活かしてアクロバティックな動きを見せており、観客たちには好評なようだった。

 もっとも男性客の目は結構な割合、ジャンヌに行っているようだったが。

 

「あれ? マスターにマシュ殿じゃないですか」

 

 立香たちを見つけて近寄ってきたのは、最近新しく加わった円卓の騎士。

 

「ガレスちゃん」

「はい! お疲れ様です。今は休憩中ですか?」

「人だかりが気になって。ガレスちゃんは?」

「ええ、実はこのショーの伴奏をトリスタン卿が務めておられて。せっかくなので見学させていただいているところです」

 

 耳を澄ませば、確かにショーを補助するようにBGMが鳴り響いている。

 もっとも竪琴から奏でられているとは信じがたい系の音楽だったが。

 

「それではオオトリ、行きますよー! おいでスクラージ! 

豊穣たる大海よ、歓喜と共に(デ・オセアン・ダレグレス)』!!」

 

 ジャンヌによって巨大なクジラが召喚され、潮吹きのシャワーが観客たちに降り注ぐ。

 ショーの興奮は最高潮に達していたが、立香は思った――やり過ぎだ。

 

「あっはっは! いやー今回は儲かったよ! 最近はショーも下火になっていたからねぇ。聖女サマも助かったよ!」

「ふふ、どういたしまして。万歳楽も労って上げて下さいね?」

「勿論さ! 水に住む者同士、仲良くやっていかないとね。こいつも久しぶりに本物の海水を堪能できて嬉しそうだしさ」

 

 ショーが終わり舞台裏へと向かった立香たちを出迎えたのは、そんな会話だった。

 

「あら、マスターもいらしていたんですね? 私たちのショー、どうでした? 初めてなのでうまく出来ていたかどうか……」

「本職でもびっくりだと思うよ。でも宝具はやり過ぎじゃない?」

「てへっ☆」

「許す」

 

 ウインクしながら舌を出してくるジャンヌに、立香は細かいことなどさっさと水に流すことにした。

 

「えぇっと、立香さんって意外と単純で?」

「はい……時折非常に」

 

 苦笑する美鈴に目を伏せるマシュ。でも昔の偉い人だって言っていた。『可愛いは正義』だって。

 

「おっと、アンタらは聖女サマのお知り合いで?」

 

 河童の少女に自己紹介すると、彼女も名乗り返してくる。

 

「わたしは谷河童のにとり。よろしく頼むよ、盟友! 今回お宅のスタッフには随分世話になったよ」

「どういたしまして。でも今回だけこれだけ派手だと、次から大変じゃない?」

 

 なんせイルカやらクジラやら水着美女がいたのだ。悪い言い方になるが、アザラシ一匹ではどうしても力負けするだろう。

 

「ふふん♪ わたしたちだって何も考えていないわけじゃないさ。今回のショーから色々着想を得たことだし、我々のテクノロジーで負けないくらいの盛り上がりにして見せるよ」

 

 勇ましく胸を張る姿からは、技術者としての自負が感じられた。

 ――なのだが隣にいる聖女と並べてしまうと、胸を張ったところで(以下略

 

 そんな折、ポロロンという聞き覚えのある音が耳に届く。

 

「円卓の騎士・トリスタン――参上しました。舞台からもマスターたちの様子は伺えましたが、挨拶が遅くなり申し訳ない」

「あっ、トリスタン卿! お疲れ様です! 音楽、とても素敵でしたよ!」

 

 真っ先に彼に近づいていったのは、元気印のガレス嬢。

 そんな彼女にトリスタンも笑みを浮かべる。

 

「ありがとうございます。もっとも今回は、私がメインという訳ではなかったですがね。いわば添え物――しかし主役の魅力を最大級に引き出しうる名脇役。ふふ……これからは“うっかりトリスタン”と呼んでくれてもいいのですよ?」

 

 自慢気なトリスタンであったが、立香は思わず脱力してしまった。

 

「えーと、トリスタン。それ元ネタ知ってる?」

「いえ、直接は。しかしジャンヌ・ダルクのオルタ殿が熱弁してくれたもので」

「そっちのジャンルにも手を出してたかー」

「むう、私にはそんな話題振ってくれないのにー。お姉ちゃんは悲しいです」

 

 突っ込むべきかと3秒ほど考えた結果スルーすることにし、気になっていたことを尋ねる。

 

「ところで二人はどうしてショーに?」

「ええ、それなのですが……にとり殿、約束の報酬は?」

「勿論用意しているよ。ショーも盛り上がったし、色をつけさせてもらったよ!」

「それは助かります――これで円卓の名を汚さずに済みました」

 

 先に口を開いたのはトリスタンだった。

 

「実は今日の昼、夜雀が開く屋台で飲み食いをしたはいいモノの、このトリスタン一生の不覚。こちらの金銭を持ち合わせていないことに気付き、ここで行われるというショーに売り込み営業をしたのです。屋台の主人は『お金は別に良い』と言ってくれましたが、さすがに幼い少女が一人切り盛りする店から無銭飲食となれば騎士の名折れ。モードレッドですら本気で渋い目をするでしょう」

「へー、そんな理由だったんだ。ミスティアのヤツがいいって言ってるんなら、別に払わなくてもいいだろーに」

「いえ、さすがにそのような訳には」

「騎士サマは律儀だねぇ……あ、はい。これお給金」

 

 にとりが別の河童が持ってきた封筒を受け取り、そのままトリスタンへとパスする。

 

「ありがたく頂戴します――ふむ、これだけあれば昼の支払いをしても十分余りますね。そちらのチャイナ服のご婦人。もし良ければ今夜一杯いかがですか?」

「えっ、私ですか? あははー、ナンパなんていつ以来ですかね。でも残念ながら、今夜は先約が入っているんですよ」

「――トリスタン卿? 私、浮気は良くないと常日頃言っていますよね?」

 

 ジト目で見てくるガレス相手にも、どこ吹く風で口笛など鳴らして見せるトリスタン。

 この男、まるで反省していなかった。

 

「えっと、ジャンヌさんは何故ショーに?」

 

 マシュがその空気を変えるように言葉を発する。

 もっともトリスタンの代わりにいたのがランスロットであれば、ガレスではなくマシュが詰めよったのは想像に難くないだろうが。

 

「私は元々妹たちを追いかけてきたんですが、途中で見かけた万歳楽が気になって。話しかけてみて、後は成り行きですね。マスターは、アザラシ好きですか?」

「う~ん、味は悪くなかったかな」

「まさかの食レポっ!?」

 

 愕然とした顔の聖女様の表情は、なかなかレアであった。

 

                     ◇

 

「えぇ、いい出来だわ。マイスター・アリス」

 

 快楽のアルターエゴ・メルトリリスは人形の魔法使いに向かってそう告げた。

 ここは魔法使いアリスの家にして工房。

 メルトリリスは差し出されたフィギュアを受け取り、ご満悦だった。

 

「だったらよかったわ。外来本でこういうものもあるってことは知っていたけど、実際に作るのは初めてだったから」

 

 抑揚の少ない声で返すアリスだが、別に嬉しくないわけではないのは、僅かに綻んだ彼女の口元が語っていた。

 

「カルデアにも優れた作り手は何人かいるけど、本職という訳ではないから。腕のいい職人と縁を結ぶ機会は貴重なのよ。この世界とも、いつまで繋がっているかわからないことだし」

「そうなの? わたしとしても人の技術には興味があるから、ちょっと会ってみたかったのだけど」

「あら、てっきり我が道を極めていくタイプだと思っていたわ」

「基本的にはそうだけど、別に頑なになっているわけじゃないわ。たまには他の風にも触れておかないと、感性が腐っていくのよ。それは私のような“作る者”にとっては致命的だわ」

 

 『あくまで私の場合は、だけどね』と続けたアリスに、メルトリリスは頷き家の中の一角に目をやる。

 

「あの子たちを招いたのもその一つ? 私みたいに客としてならともかく、あの子たちまで歓迎するのは意外だったけど」

 

 視線の先にいたのは、所謂カルデアお子様チームの一部――ジャック、ナーサリーライム、ジャンヌ・ダルク・サンタ・オルタ・リリィだった。

 今はアリスの操る人形相手にキャッキャとお茶会を楽しんでいる。

 

「訪ねてきた相手にお茶を振舞うくらい、普通でしょう? 私、都会派だから」

「……こんな森の中に住んでいるのに?」

「住んでいるのによ。――ところで気になっていたんだけど、あの私と同じ名前の女の子。彼女は人形のサーヴァントなのかしら?」

 

 アリスが指摘したのは、球体関節が見え隠れする少女――ナーサリーライム。

 

「本来は本のサーヴァントよ。彼女はマスターの心を映す固有結界。契約者によって姿を変えるわ」

「へぇ……じゃあ今のマスターさんはよほど少女趣味なのかしら?」

「……そこの所、ちょっとややこしいのだけれどね。アレは以前、別件で召喚された時の姿。真名だって別にアリスって訳ではないし――ホント、なんでよりにもよってあの姿で……」

「そんなことまで知ってるってことは、あの子とは結構親しくしているの?」

「色々あったのよ。色々とね……それよりも人形のサーヴァントだったら、ダンゾーとかがまさにそれね。本人に言わせれば絡繰りの忍びだそうだけど」

「忍び――NINJAってやつね! NIN――JUTSUっていう独自の魔法で、軍相手にも戦える一騎当千の凄腕エージェントだと聞くわ。傀儡を操ったりもするそうだし、少し親近感が湧くわね」

「……そのトンデモイメージ、ほんとどこから来たのかしらねぇ? サブカルチャーの影響かしら――まああいつらに関しては、ちゃんと術も使うんだけど」

 

 『やっぱり!』と手を合わせるアリスに、メルトリリスは小さく嘆息した。

 同時に、マスターも何だか妙竹林な術を伝授されていたわねぇ、なんて考えつつ。

 

「他にはメカエリチャンとかもいるけど――いいえ、やっぱりアレは違うわね。どう考えても技術体系が違い過ぎるわ。しかも私と同じアルターエゴだなんて……イロモノ枠のくせにプリマたる私を差し置いて、リップ共々PVにまで出ているし」

「何の話?」

「あら? 私ったら何を口走って……少し疲れがたまっているのかしら?」

 

 何故か脳裏に浮かんだ謎の情景に、不思議そうに小首を傾げるメルトリリスだった。

 

                      ◇

 

この日、本居小鈴は変わった客を迎えていた。

 

(外来人? それとも妖怪かしら? あんなに足を出して……)

 

 人里の人間では滅多に着るもののいない、洋装の黒いコートに短いスカート。

 病的なまでに白い肌に、鋭い光を宿した金の瞳。

 

「ちょっといいかしら?」

「あ、はい。何かお探しでしょうか?」

「いえ、ここでは本の買取をしていると聞いたんだけど――コレ、買い取れるかしら?」

 

 女性は背負っていた荷物をカウンターの上に乗せる。

 

「えっと、拝見させてもらいますね……ってこれ、かなり新しい本ですね。というよりも製本仕立てみたいな」

 

 貸本屋と仕事柄と自らの趣味から多くの本を取り扱う小鈴の目には、直ぐに分かった。

 ぱらりぱらりと、ページをめくっていく。

 

「漫画ですか……でも紙やインクの質からして、人里で刷ったものじゃない?」

「へぇ、さすがは本職といった所かしら? よくわかるものね」

「はは、ありがとうございます。でも、あなたは一体……」

「その本たちは、幾度にも渡る繰り返しの中で消え去っていったモノ。とはいえBBの計らいか、データだけは残っていたからね。折角だから製本しなおして持ってきただけよ。幻想郷は、忘れられたモノが行きつく先と聞いたわ。だったらこの本たちの居場所としても、それなりに相応しいでしょう? 私も、少し足跡を残しておくくらいなら主も許してくれるでしょう」

「はぁ……」

 

 小鈴には女性の言っているは半分も理解できなかったが、この本たちに深い思い入れがあることは理解できた。

 ともかくまずは仕事だ――そう思い直し、改めて本を検分する。

 

「幻想郷では、あんまり見ないタイプの本ですね」

「そうかしら? あぁ、確かにココの品揃えを見る限りでは、そんな感じではあるわね」

「えぇ、特にこの『詠天流受法用心集』なんて妖魔本でもないのに、何か不思議なモノを感じると言いますか……」

「それだけは持ってこなかったのに何であるのかしら!?」

 

 竜の魔女――ジャンヌ・ダルク・オルタは心の底から叫んだ。

 




〇河城にとり
幻想郷の河童。水を操る力を持つが、むしろ技術者としての側面が強い。独自の技術開発を行っており、新しい技術に関しても貪欲。割と腹黒い一面も持つ。

〇ジャンヌ・ダルク(水着)
夏に浮かれた聖女様。イルカを撃ちだす正統派アーチャー。使い魔のイルカは実は新手のスタンド能力で、倒した相手を洗脳する力を持っているという噂も・・・・・・

〇ガレス
円卓の騎士第7席。とにかく手がキレイ。乙女の嗜みも心得ている。

〇トリスタン
琴を奏で、音階を飛ばす正統派アーチャー。初登場の1部6章では反転し冷酷な姿を見せたが、後はまあ察して。

〇ミスティア・ローレライ
屋台を経営する夜雀。人を鳥目にする能力を持っているが、トリスタン相手には『この人ずっと目を閉じているから力が意味ない!?』と勝手に慄いていた。なお、トリスタンは糸目なだけでちゃんと見えている。肝心な場面ではクワッと目を開く。どことは言わないが。

〇メルトリリス
快楽のアルターエゴ。フィギュア収集が趣味で、今回アリスの元を訪れた。何気にキャラソン持ちなので、トリスタン演奏メルトボーカルとかもやれる。貞淑に、隠しています!

〇アリス・マーガトロイド
七色の人形遣い兼魔法使い。■■■■■■■■■■■■■■■■■。メルトリリスとの会話から、現在ではカルデアの■■■■■■■■に興味を持つ。――なのだが、特に本編中この設定が活かされる予定はない。

〇ジャンヌ・ダルク・オルタ(新宿)
聖杯から生まれ、人理の不安定さの中でのみ存在を許されたサーヴァント。いずれ消えゆく身の足跡を残すべく、幻想郷を訪れた。あと普通に観光目的。

〇本居小鈴
人里の貸本屋の少女。どんな文字でも読める能力を持っている。危険なモノや超常の存在を恐れる一方惹かれる面も持つ。

〇詠天流受法用心集
清く正しい仏門スローライフエッセイ。



FGOも4周年を迎えました。低レア鯖大量追加にはビビった……
福袋ではエレちゃん狙いで3騎士+α。金ランサーまではいったものの、師匠でした。やはり縁がないのか……。とはいえこのSSも、元はスカサハから始まった部分もあるんですよね。これも書いたら出る教? 呼符は間違えてシュレッダーに突っ込んじゃったので、エドモンに再発行してもらいに行かなきゃ……


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落枝蒐集領域幻想郷 その11

「今日はもう遅いですし、あと1か所寄ってから戻りましょうか」

 

 美鈴からの提案により、一同は紅魔館への帰り道を進んでいた。

 

「あぁ、あそこですよ」

 

 その道半ばで彼女が指さしたのは、森の中にある一件の小屋。“香霖堂”と書かれた看板が目に入る。

 

「お店、ですか? このような立地では商売に向かないと思うのですが……」

「ここの店主とは私も大して親しい訳ではないので、その辺りは何とも。ただ人間と妖怪、その両方相手に商売をするため、と聞いたことはありますね。人里の人間は、こんなところまでわざわざ来ることは少ないと思いますが」

 

 そう言いながら彼女は扉を開き、率先して中に入っていく。

 

「こんにちはー。まだやっていますか?」

「あぁ、いらっしゃい……おや、君は確か紅魔館の――」

「紅美鈴ですよ」

「おっと、そうだったね。後ろの二人は初顔だね? 店主の森近霖之助だ。今日は何をお探しかな?」

 

 眼鏡をかけた銀髪の男性が立香たちを出迎える。

 事情を話しマジックアイテムの類を見せてほしいと頼むと、霖之助は頷いた。

 

「なるほど……それなら僕の目で確認すれば一目瞭然だろう」

「店主さんは目利きなのですね」

「それもあるが、ちょっとした力を持っていてね。道具を見れば、名前と用途がわかるんだ」

「それは――凄まじい力ですね」

 

 マシュが目を見開く。

 さもありなん、彼女は長い事自分の宝具たる盾の真名も分からなかったのだ。

 それに数多のサーヴァントが犇めき合う戦いでは、相手の真名を把握することは重要なファクターだ。

 サーヴァントの真名は宝具の真名と直結している場合が多いので、相手の真名を見破れる上切り札たる宝具の効果さえも判明する。

 直接的な戦闘能力にはつながらずとも、その有用性は一目瞭然だった。

 もっとも、当の霖之助本人は首を傾げていたが。

 

「そう言って貰えるのは珍しいね。僕の知り合いの子たちは、地味だのよくわからないだの口が悪いから」

「所変われば~、ってやつかな?」

「需要と供給、でもあるね。まあ店の品でも物色しながら待っているといい。僕は倉庫の方を確認してこよう。僕としても、コレク……売り物に異常が出ていては困るからね」

 

 そう言い残して彼は店の奥へと向かおうとするが、その矢先見覚えのある姿が向かおうとしていた場所から現れた。

 

「霖之助。点検と補修の方はあらかた終わったが……むっ、マスターたちか」

 

 出てきたのは赤いアーチャー……もっとも今は聖骸布のコートは脱ぎ、黒いボディーアーマー姿だが。普段はカルデアの食堂で腕を振るうサーヴァントの一人、エミヤだった。

 

「ああ、そう言えば君もカルデアの所属と言っていたね。しかしできる男だとは思っていたが、仕事が早いね。エミヤ」

「何、勝手知ったるというやつだ。この手の作業には、少々馴染みがあってね」

「何にしても助かったよ。用途は分かっても、そもそも壊れているものが多かったからね。そればかりはどうしようもない」

「私とて今回は軽い補修だけで、本格的なスクラップまでは直せないがね。それに直したところで、幻想郷では現代社会のインフラが整っていない。使えぬものも多いだろう」

 

 エミヤの言葉に、霖之助は『ううむ』と唸る。

 

「やはりそうか……その辺りはお山の神たちが何か企んでいるようだから、それを待つしかないか」

「もしくは魔力か霊力で動くように改造するか……いや、魔力を電力へと変える変換器を用意する方が簡単か。その辺りなら、カルデアにもノウハウがある」

「本当かい? 良ければその技術を提供してもらえば助かるが」

「ふむ、ちょっと上の方に確認を取っておいてみよう。私の一存では、な」

「頼むよ。……おっと、話し込んでしまったね。お茶を入れていくから、彼らと待っていてくれ。僕は倉庫を確認してくるよ」

 

 霖之助は宣言通り手早く茶を入れていくと、改めて店の奥へと向かっていった。

 近くにあった椅子に腰を下ろしたエミヤに、立香は声をかける。

 

「エミヤも来てたんだ。被っちゃったね」

「結果的にはそうなるな。店の品は私の方でも確認したが、その限りでは問題はなさそうだった」

「となると、店主さんには二度手間をかけさせてしまったでしょうか?」

 

 マシュの疑問に、エミヤは首を横に振った。

 

「いいや、そういう訳でもないだろう。私に見せていない秘蔵の品も少なからずあるだろうしな。実際、この後その手のアーティファクトを見せてもらう予定だ」

「へぇ、気難しい人だと思っていましたが……」

 

 美鈴の言葉に、エミヤは苦笑した。

 

「確かにそうかもしれんが、一度懐に入ればなかなか寛容な部分があるものさ」

「そう言えばエミヤ先輩、先ほど補修と仰っていましたが」

「ああ、外来品――特に外から流れ着いた家電は壊れているものが多くてね。かといって幻想郷には専門の技術者もいない。河童たちは何らかの技術を有していると聞くが、霖之助が頼んでいないあたり伝手がないのか畑違いなのか、それともソリが合わないのか……なんにせよこの店の品には実際には使えないものが多い。その辺りの整備を請け負ったという訳さ」

「さすがはブラウニー。小器用だね」

「マスター、その呼び名は止めてくれ。まったく……久々に学生時代を思い出してしまったよ」

 

 エミヤはどこか、懐かしむような目をした。

 

「エミヤ先輩がその手の話をされるのは珍しいですね。わたしとしても、興味があるのですが……」

「――まあ、機会があれば話させてもらうさ。それよりも、この店の品ぞろえはなかなかのものだぞ? この調子ならば、秘蔵の品とやらには宝具の一つや二つ、転がっているかもしれん。ククク……平行世界の宝具――英雄王の蔵にすら存在しないだろう」

 

 どこか嬉しそうなエミヤの顔を見て、立香は察した。

 あっ、こいつ見パク(投影)するつもりだな――と。

 

「そう言えばエミヤの解析も、霖之助さんの力と同じようなものなのかな?」

 

 投影繋がりで思い出したのが、彼の使う数少ない魔術である解析。

 文字通り、モノの来歴や構造を読み取る魔術だ。

 

「うん? まあ同系統には入るだろうが……正直な話、彼の方が力の格としては上だと感じるな」

「そうなの?」

「無論、一長一短はあるだろうが……私の方はどうしても“剣”に特化している。剣以外でも大概のモノは解析できるという自負はあるが、それでもやはり古い神秘や緻密過ぎる構造をしたモノだと、どうしてもキャパオーバーする場合があるからな。脳が焼けるような感覚は、何度味わっても慣れないものさ」

 

 想像もできないような感覚だが、味わいたいものでないというのは確かだった。

 

「彼は自分の能力を『道具への愛情によるもの』と言っていたが、その通りなのかもしれんな。贋作とはいえ宝具すら使い捨てにする私では、愛情などととても言えんだろうさ」

「それでもエミヤ先輩は、立派なサーヴァントだと思いますが……」

「フフ、ありがとうマシュ。まったく――後輩の前でつまらん自嘲を見せるなど、私もまだまだ青い」

 

 そんな話を続けていると、霖之助が店の奥から戻ってきた。

 

「待たせたね。ざっと見てきたが、別に異常をきたしているようなアイテムはなかったよ」

「そうですか……お手数をおかけしました」

「なに、かまわないさ――あぁエミヤ。今蔵の鍵を開けているから、約束の品を見ていくかい?」

「それならば拝見させてもらおう。マスターたちも、今日一日幻想郷を歩き回って疲れているだろう。戻ってからゆっくりと休むといい」

 

 店の奥へと潜っていく霖之助とエミヤを見送り、立香たちも香霖堂を後にするのだった。

 

                       ◇

 

 夕刻、インドにおける大英雄の一角――アルジュナはとある二人組と対峙していた。

 

「貧乏神――ふむ、女神ドゥルガーの系譜ですか」

「いや、私には関係ないわよ。そんなヒト」

 

 最凶最悪の双子の片割れ――依神紫苑は自分より小柄な比那名居天子の後ろに隠れつつ、そう言い返した。

 

「これは失敬。となると概念のみが、この国の神性と習合したといったところでしょうか」

「だから知らないって。由来なんて知ったところで、私の不幸が何か変わるわけじゃないし」

「不幸、ですか……」

 

 どこまでも卑屈さを見せる紫苑。

 代わり、天子がアルジュナに話しかけてくる。

 

「“授かりの英雄”たる貴方には、あまり馴染みがないかしら?」

「天人様、それは?」

「ああ。そいつの体質というか、性質というか――簡単に言えば、“必要なときに必要なものが手に入る”ってやつだよ」

「ナニソレウラヤマシイ……私とは正反対じゃないですか」

 

 ギリリと唇を噛む紫苑に、アルジュナはポツリと呟く。

 

「隣の芝生は青く見える――というやつですか」

 

 当人が幾ら頑張ろうとも不幸から抜け出せない紫苑。

 努力に関係なく、外的要因でうまく事が進んでしまうアルジュナ――決して本人が望む形とは限らないが。

 結局そのどちらがより“不幸”なのかなど、その両方を経験したことがあるものでなければわからない事だろう。

 

 故にアルジュナは言及を避けた。例えこの場で話したとしても、おそらくお互いに理解し合えることはないだろうから。

 

「あなたは天人であると言っていましたね?」

「えぇ、たっぷりと崇めてもいいのよ」

「そうですね。こちらの天人が私の知るソレと同一かは知りませんが、元は人の身でありながら神霊の領域まで上り詰めたその修練と研鑽は、実に素晴らしいことです。並大抵の努力と苦行でなかったのは明白。想像を絶するであろう苦難と試練を乗り越えた胆力と腕前、そしてその功績は偉大と称えられるべきことでしょう」

 

 アルジュナの観点からすれば天人とは六欲界に住まう者たちであり、そこには彼にも関連深いインド神群も多く属する。

 

 例えばアルジュナに宝具パーシュパタを授けた破壊神シヴァ。

 例えばカルデアにも疑似サーヴァントとして現界しているパールヴァティ。

 例えば先にビーストⅢ/Lとして猛威を振るった魔王マーラ。

 

 流石に目の前の少女が彼の神々たちと同格までとは思わなかったが、それでも“努力”によって天人の域まで至った彼女のことを、素直に称賛することができた。

 自身が“授かりの英雄”という、努力如何に関わらず結果が伴ってしまうスキルも持っているからなおさらに。

 だが肝心の天子はというと――

 

「そ、そそそそうね? で、でもまあそう大した話でもないし? もうちょーっと手加減して褒めてくれてもいいのだけど? あ、桃食べる?」

 

 何だか滅茶苦茶気まずそうな顔で脂汗を浮かべつつ桃を手渡してきた。

 

「はぁ……? 少々顔色が悪いようですが、現代で言うところの鉄分が足りてないのでは? あ、桃は頂きます」

「そ、そうかしら? あーあ、天界じゃあ美味しい桃ばっかりだから、たまには地上の質素なものも食べなきゃいけないわね!」

「え~と、あの天人様は、その……」

「紫苑! 余計なことは言わなくていいから! では私たちはこの辺りで失礼しますわ。天界ほどではないとはいえ退屈な地ですが、ごゆるりと――」

 

 回れ右をして去っていく天子と紫苑を見送りながら、アルジュナは小首を傾げる。

 

「何か余計な事でも言ってしまったか? むう、カルナのクセでもうつったか」

 

 貰った桃に関しては同僚の赤いアーチャーにでも渡すかと考えつつ、アルジュナも二人が去っていった方角を一瞥した後、踵を返したのであった。

 

                       ◇

 

 旧地獄――かつては地獄として運用され、今では鬼たちを中心とした社会が形成される地下深くにあるコミュニティ。

 そこでは今、一つの戦いが繰り広げられていた。

 

 ドォンという、とても拳が人体を叩くとは思えない音が響き渡る。

 わぁーという、観客たちの歓声と熱気。その中心にいるのは二人の人影。

 

 片や旧地獄の鬼社会の頂点に立つ、額から一本角を生やした女性――星熊勇儀。

 対峙するは全身を筋肉の鎧で覆われた、常に笑顔を忘れぬ巨漢――スパルタクス。

 

 勇儀は自らの拳を受けなおも斃れぬ巨漢を前に、ニヤリと唇を歪ませる。

 

「ははっ! いいねぇ――弾幕ごっこも独自の面白さはあるが、やはり直接拳を叩き込む感覚はいい! それを受けれる相手がいるってんなら、尚更ねぇ!」

 

 そう言って彼女は、左手に持った巨大な盃を傾けて酒を口内に流し込む。

 対するスパルタクスは、鬼の怪力を受け無傷とはいかない。

 だが受けたダメージは、宝具・疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)によって魔力へと変換され彼の肉体を癒し、更なる強靭さを与える。

 

「おぉーいスパルタクスゥ! 負けるなー! はっはー!」

 

 観客の鬼たちの間に交じりすでに出来上がっているのは、アサシンのサーヴァント荊軻。

 周辺の鬼たちから酌をされご満悦で拳闘技を見学している。

 

「ちょっとあなたねぇ。暴走した時の為についてきたっていうのに、煽ってどうするのよ」

 

 その隣で苦言を呈したのは、聖女マルタ。

 ――普段はおしとやかなのだが、今はなんだかイライラしている模様。

 

 だが勇儀と向かい合っているスパルタクスはというと、いつもの笑みを浮かべながらも首を傾げていた。

 

「むぅ……しかし、そもそもなぜ我らは戦っているのだ?」

「うん? そりゃあこんだけ殴りがいのありそうで、実際殴っても問題ない奴がいるからだけど」

「なんと、これが異文化というものか。しかし私は、ここには地上から追いやられた者達がいると聞きはせ参じた訳なのだが」

「あー、そりゃ間違いだよ。地上に居づらくなったのは確かだが、私らは地上に嫌気がさしてここに居を構えたんだからねぇ」

「……ふむ、どうやら私の早とちりであったようだな。ここには私が救済すべき者はいないようだ。しかし力による歓迎は圧制か? 否――少なくも今現在、汝らが圧制者であるようには見えぬ。ならばここは私の戦場ではないようだ」

 

 そう言い終えると、最早鬼たちを意に介さぬように踵を返すスパルタクス。

 それを見た勇儀が慌てて引き止める。

 

「おいおい、ここまでやってそりゃないだろ? もうちょっと遊んでいかないかい?」

 

 だがスパルタクスが返事をする前に、マルタが口を挟んできた。

 

「はいはい、そこまでよ。彼はそんな見た目でも、どこまでも“人の為”に戦う英霊。明確な目標がない状態では、あなたが楽しめるような戦いにはならないでしょう。急に来て騒がせて悪かったですが、私たちはもう帰ります。ほら荊軻! シャンとして!」

「えー、私まだ飲んでいたーい!」

「ええいこの酔っ払いが! ……何か?」

 

 マルタは帰り道に立ちふさがった勇儀に、鋭い目を向ける。

 

「いやぁね? 最初から思っちゃいたが、アンタもなかなかできるだろう? そっちの大男がダメってんなら、一本どうだい?」

 

 獰猛な笑みを浮かべる勇儀に、マルタは大きくため息を吐く。

 

「まったく、こちらは帰るって言っているのに……」

「そうつれないことは言わないでさ? ほら、ちゃあんと手加減はするからさ」

 

 勇儀が盃を掲げて見せた瞬間、ブチリという音が響いた気がした。

 

「手加減、ですって……? 鬼って要するに東洋のデーモンでしょう? それが悪魔にエルボーを決めたヤコブ様の業を受け継ぐ私に対して、手加減?」

 

 マルタはグサリと、手に持った杖を地面に突き立てる。

 

「大体ねぇ……平行世界且つ異教の地とはいえ、こうも亡者やら悪魔やらがうじゃうじゃうじゃうじゃと――人が頑張って穏便に済ませようとしていたのに……」

 

 マルタは両手を構え、勇儀を見据えた。

 

「やってやろうじゃないの! さあ構えなさい! まずはその盃から叩き割ってやるわ!」

「ハハハっ! いい気迫じゃあないか! それにこの威圧感――見立ては間違っていないようだねぇ!」

「おっ、いいぞー! 第2ラウンドかー! マルタ頑張れー! あっ、そこの鬼さん。風呂とかない? えっ、温泉があるって? じゃあスパルタクスの奴案内してやってくれない? とりあえず湯船につけたらおとなしくなるから」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「鉄拳聖裁!!」

「三歩必殺!!」

 

 ――この日旧地獄がどうなったかは、当時現場にいた者達だけが知る。

 




〇森近霖之助
 古道具屋・香霖堂の店主。売り物は同時に彼のコレクションでもあるため、売買が成立しないこともよくある。優れたマジックアイテムの作成能力も持ち、“概念的に効果を合成する”という、割とビックリな特技持ち。

〇エミヤ
 お馴染み赤いアーチャー。カルデアでは戦闘よりもむしろ、生活班として活躍しているとか。今回は草薙の剣などを固有結界に登録でき、ご満悦。なおものがもの故投影時はハリボテな模様。でも日本人の浪漫が詰まっている。

〇依神紫苑
 最凶最悪の双子の片割れで、貧乏神。本来貧乏神は福の神とセットで扱われることが多いが、双子の妹は疫病神。履いていない。

〇比那名居天子
 傲岸不遜な天人。何気に高い能力を誇り本人もそれを自負しているが、さすがに全く身に覚えがない事をべた褒めされると、些か気まずく感じる人間性はある。

〇アルジュナ
 授かりの英雄。本人は本スキルのせいか謙遜しているが、原典を読み解くと相当彼も努力しているし苦労している。

〇スパルタクス
 バーサーカーの反逆者。弱きを助け、強きを挫く。常に微笑を浮かべ続け、異様ともいえるタフネスを誇る。

〇荊軻
 へべれけお姉さん。

〇星熊勇儀
 鬼の四天王の一角。一本角の怪力乱神。久々に思いっきり殴り合いが出来てご満悦。本作に登場した鬼たちの中では、一番得をしているかもしれない。

〇マルタ
 竜退治の聖女。極めて希少なドラゴンライダー。グラップルーラー――えっ? ルーラーなら普通だろうって? そんなー。

〇タラスク
 元悪竜。現マルタの守護霊。鉄拳聖裁と三歩必殺のサンドイッチになったらしい。とある世界線では、タラスクをパエリアの材料にするマルタさんもいるとか。



水着武蔵ちゃん、クラスはバーサーカー! でも和鯖というだけで納得してしまった私がいる。全体アーツバーサーカーだったら新しい。
この作品も、ぼちぼち締めに入っていきます。


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落枝蒐集領域幻想郷 その12

 月下に二輪の花が咲く。

 

 片や天元の花――宮本武蔵。艶やかな和装に身を包み、2本の刀を自在に操り時に激しく――時に緩やかに剣を振るう。

 

 片や紅き花――紅美鈴。普段は徒手空拳を主とする彼女だが、今はその両手に中華剣を持ち天元の花と真っ向から打ち合う。その剣技は、さながら舞のようでもあった。

 

「しばらくおざなりだったなんて言っておきがら、全然振るえるじゃないですか!」

 

 そう告げる武蔵の声に非難に色はなく、むしろ楽し気ですらあった。

 

「お褒めにあずかり恐悦至極――これでも年季は入ってますからね! そちらこそ想像以上の腕前――さあ! もう少しペースを上げていきますので、お付き合い願います!」

 

 宣言通り剣速を上げる美鈴に、ニヤリと笑みを返す武蔵。

 一合二合三合四合――重なる剣戟と、時折飛び散る火花。

 月明かりが照らす二人の舞は、徐々に激しさを増していった。

 

 この二輪の花を見つめるは、一組の主従。

 

「驚きました……美鈴ったら、あんな特技があったんですね」

 

 紅魔館の、庭を望めるテラス。

 主に付き従っていたメイド長・咲夜は素直に感想を吐露していた。

 

「あら、咲夜は知らなかった? そう言えば、私も子供の頃に一度見たきりだったかしら」

 

 頬杖をつきながら、庭での舞を見下ろすレミリア。

 その紅い双眸は楽し気に細められている。

 

「はあ。子供の頃というと、つい最近ってことですか?」

「……主人を揶揄するメイドには、お仕置きが必要だと思うのだけど」

「ところでお嬢様。美鈴に渡した双剣、結構な業物みたいですね」

「サラリと話を変えたわね……。美鈴は『こんなもの受け取れません!』って言っていたけど、どうせ屋敷で埃を被ってた品だし。道具は使える機会があるなら使った方がいいでしょう。銘は……なんだったかしら? 確か片方は、咲夜によく似た響きだったような」

 

 こめかみに指をあて考え込む主に、メイドは『そうなんですか』と生返事だった。

 どうやら剣の銘にはあんまり興味がなかったようだ。

 

「そう言えばお嬢様。私のナイフは、数打の品なんですが」

「そりゃあ、数使うんだからそうなるでしょうよ」

「でもほら、メイド長の装備が量産品だと紅魔館の格に関わりません?」

「そんな事気にしたこともないくせに、何言ってんの」

「美鈴には名剣あげたんですよね。いいなー」

「――ええい、まあいいわ。望みは何? 言うだけ言ってみなさい」

「そうですねぇ……。ミスリル銀製で太陽神の加護を受けた、十字架型のナイフなんてどうでしょう?」

「え……何? 私、下剋上でもされるの?」

 

 愕然とするレミリア。最も、彼女は十字架には強いのだが。

 

「何って、ニンニクを切るのに使うだけですよ」

「そんな特別製をっ!? そのニンニクはどうするつもりなの!?」

「フフ、それは言わずもがな――ですかね?」

 

 そんな寸劇を続けながら観戦を続ける主従。

 やがて月下の舞もひと段落ついたところで、レミリアの瞳が虚空を捉える。

 

「あら――」

「どうかなさいましたか? お嬢様」

「……その内来るだろうと思っていたけど、思ったより遅かったわね。咲夜、来客の準備をしなさい。昨晩に引き続き、呼んでもいないお客様よ」

 

                     ◇

 

『残念ながら、今日の所は決定的な情報は得られなかったね』

 

 スクリーン越しのダ・ヴィンチちゃんは告げる。

 立香たちカルデアチームは現在、紅魔館の一室を借りミーティングを行っていた。

 

『そっちに向かったサーヴァントに皆にも探索に協力してもらっているけど、それらしいものは見つかっていない。もっとも“そこにはなかった”って結果だけは得られているから、全くの無収穫という訳ではないんだけど』

「クロスロードからの逆探知はどうなっているのでしょう?」

『そちらは順次進めているところです。幻想郷のデータも集まってきていますし、そちらのデータも統合・解析していけばじきに結果は出るでしょう』

 

 マシュの疑問にシオンが答える。

 今日はそちらの作業にかかりきりだったようだ。

 続き、立香が発言する。

 

「幻想郷には隣り合わせの異世界が幾つかあるっていうけど、そっちにある可能性は?」

『なくはないけど、可能性は低いかなー。例えば冥界に同調先があるとすれば、クロスロードは幻想郷じゃなくて冥界に繋がっただろうし』

 

 なるほどと、立香は頷く。

 

『博麗の巫女が言っていたように、各勢力の秘蔵の品が同調先だった場合も少しややこしくなるね。封印されているんなら逆探知の難易度も上がるし、交渉も必要になってくるからさ』

『交渉ごとになればお前たちだけでは力不足だろうからな。その時は私も矢面に立たせてもらおう。何、私とて時計塔では曲がりなりにも法政科に所属していた身。異種族とはいえ、田舎にこもっている者達の相手など容易かろう』

 

 ハハハと笑うゴルドルフ所長に内心苦笑いを浮かべる立香。

 頼りになる時は頼りになるのだが、この手の発言の後の戦果はあまりよろしくないからだ。

 

『しかし収集してきたデータから気づいたのですが、この幻想郷ではもしかすると――』

 

 シオンが何か言いかけた時、トントンと扉を叩く音が響いた。

 返事をすると、扉を開けて現れたのはメイド長の咲夜。

 彼女は神妙そうな表情で告げる。

 

「カルデアの皆様に、お客様が訪ねてきております」

 

                      ◇

 

「初めまして、カルデアの皆さん。私は八雲紫という者ですわ」

 

 咲夜に案内された先に待っていたのは、一人は紅魔館の主であるレミリア。

 そしてもう一人は初めて見る顔――ウェーブがかかった金色のロングヘアーに、紫色を基調にしたドレスで身を纏った女性。

 

 実のところ、彼女の存在は事前にレミリアから教えられていた。

 曰く、スキマ妖怪。賢者と呼ばれる者の一人。幻想郷在住でも上から数えた方が早い大妖怪。うさんくさいが、幻想郷への愛は本物――などなど。

 そして今回の事態を考えれば、いずれ接触してくる可能性がある――とも。

 

『私がカルデア所長、ゴルドルフ・ムジークだ。まずは我々にとっても不測の事態だったとはいえ、今回の騒動を引きおこしたことを謝罪したい。よろしければ現状判明している事態の説明と、解決への道筋を説明させてもらいたいが――』

 

 カルデア側から真っ先に口火を切ったのはゴルドルフ所長であったが、紫はスッと手を差し出しその言葉を制する。

 

「丁寧な対応には感謝しますが、結構ですわ。こちらでもある程度自体は把握しているし、本当に問題があるようなら巫女や私が動きます――それよりも今日は、ある“提案”を持ち込ませてもらったの」

 

 幻想郷の管理者的な立場であるとも聞いていたので今回の事態にはご立腹かと思っていたが、立香の予想に反しその物腰は穏やかなものだった。

 

「しかし、本当に大丈夫なのですか? 幻想郷では神秘を確保するため外の世界と隔離させていると聞きましたが」

「ご心配ありがとう――外の世界との穴が開いたのならば大問題だけど、今回繋がっているのはあくまで特異点。ケースそのものは特殊とはいえ、幻想郷と繋がっている異世界と大差ありません。少なくとも現状では、大した問題は起こらないわ」

 

 どうやら危惧していた、クロスロードの存在によって幻想郷の人々と対立するという事態にはなりそうにない事に、立香は胸を撫でおろした。

 しかしそうなると浮かんでくる疑問は――

 

「あの、さっきの“提案”っていうのは?」

「ええ、カルデアのマスター。それについては今から説明させてもらうわ。あなた達にとっても、非常に大きな選択肢を迫るものになるでしょうから」

 

 スクリーン越しのダ・ヴィンチちゃんの顔が、僅かに強張った気がした。

 

『ふむ……ヤクモ氏、その提案というのは何だというのだね?』

 

 しかしそれに気付かなかったのかゴルドルフ所長は続きを促し、紫もそれに答える。

 

「そうですわね……まずはこちらから支払う“対価”について、提示させてもらおうかしら」

『対価――ということは、当然こちらにも何らかの要求があると見るが』

「ええ、それは当然。ですが前提条件を話しておいた方が、交渉をやりやすいでしょう?」

 

 そして紫は真剣な顔つきになり、対価を口にする。

 

「幻想郷――いえ。こちらの世界には、あなた方カルデアスタッフを受け入れる準備があります」

「………………え?」

 

 それが何を意味するのか、瞬時には分からなかった。少なくとも、立香には。

 だがスクリーン越しのダ・ヴィンチちゃんやホームズ、シオンはそれだけで事を察したかのような顔色を見せた。

 

「あの、それは一体どういう意味が――」

 

 マシュの問いに、紫は首肯する。

 

「文字通り、こちらの世界への移住をサポートするということよ。マシュ・キリエライト。住むのは幻想郷でも、外の世界でも構わないわ。戸籍や経歴、しばらく暮らしていけるだけの財産に仕事の斡旋なども行いましょう。私にも伝手はありますし、普通に暮らしていく程度なら問題ないと保証しますわ。とりあえず最低限はこのくらいで、これ以上は要相談――ということで」

 

 畳みかけるように語りかける紫に、泡を喰ったような顔のゴルドルフ所長が叫ぶ。

 

『いや、待て待て待て待て待ちたまえよ!? 何故我々がそちらの世界に移住することが前提になる!? それではまるで、我々の世界を――』

「ええ、ご想像の通りですわ。こちらからの第一の要求として、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何を言われたのか、直ぐには理解できなかった。

 しかし紫の真剣な眼差しが、今口にしたことが嘘でも冗談でもないことを表していた。

 

「それは――」

『そもそもだ! そちらの世界への移住など本当に可能だというのかね!? 戸籍やら何やらの問題ではなく――』

『それはおそらく問題ないよ。ゴルドルフ君』

 

 頭に血が上ったかのようなゴルドルフ所長へと、静かな声が差し込まれる。

 

「ダ・ヴィンチちゃん?」

『うん。マスター君、今朝言いかけたこと覚えてる? それがまさにこのことなのさ。賢者さん、ちょっとこちらで説明させてもらってもいいかな?』

「ええ、もちろん構いませんわ」

『ありがとう――そちらの世界には、レイシフトでいく必要はない。直接的に空間が繋がっているから、生身の肉体でそのまま歩いて行ける。つまりレイシフトのように観測による存在証明は必要ない。本当に、ちゃんと生きていけるんだ。……外の世界――つまり現代社会に関しては直接確認した訳じゃないから何とも言えないけど、それでも存在しているんなら生存にも問題ないだろう。もちろん世界観格差によるマナの濃度や免疫とかの問題はあるだろうけど……』

「そちらの問題に関しても、こちらでサポートさせて頂きますわ」

『それはご丁寧にどーも』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉を、今度はホームズが引き継ぐ。

 

『我々カルデアの戦いは、世界と取り戻すためというのが大前提ではあるが、そもそもとして“後がなかった”というのもある。一度白紙化され異聞帯が群雄割拠となった世界。戦って勝ち取らなければ、人類どころか生き残ったカルデアスタッフにすら未来がなかった』

『彷徨海に設置したノウムカルデアだって、人理の奪還を名目に間借りしているだけですからねー。彷徨海のお歴々は元々人間性なんて捨てたようなものですが、それでも“ただ生きるだけ”の人類を手元に置いておく趣味はないでしょう』

 

 シオンに言葉に、ホームズが頷く。

 

『だが我々は幻想郷と接触したことで、なかったはずの“後”を手に入れた。つまり汎人類史における数少ない生き残り――カルデアスタッフのみの生存を考えるならば、戦いを放棄するという選択肢が生まれたということだ。これは、遅かれ早かれ伝えなければならないと思っていたことだが……』

「黙っていようとは、思わなかった?」

『サーヴァントはあくまでも死者――舵取りは、生きている人間こそが行うべきだからね。それに命がけの戦いを繰り返し続けている君たちに対し、“何も言わない”という選択肢はあまりにもフェアさに欠ける』

 

 皆、押し黙ってしまった。

 今まではなかった、戦いを放棄し安全圏に退避するという選択肢。

 そんなものを急に突き付けられても、直ぐに答えなんて出なかった。

 

 だがその沈黙に苛立ったのか、レミリアが声をあげる。

 

「それで紫、他の要求はなんなの? さっき第一って言ったからには、他にもあるんでしょう?」

「ええ、勿論。カルデアの皆さん、話を進めてもよくって?」

『あ、ああ……先ほどの要求への返答は一先ず保留として、まずは話を全て聞かねばな』

 

 ゴルドルフ所長も心ここにあらずといった有様ではあったが、組織の長としての態度で何とか臨もうとする。しかしその第二の要求もまた、度肝を抜くモノであった。

 

「あなた方カルデアには、私――八雲紫主導による異聞帯攻略をサポートしてもらいます」

『なあぁぁぁぁっ!?』

「正確に言えば、異聞帯を一つ落とし空想樹とクリプター一名の身柄を確保する。こちらからの要求は以上になりますわ」

 

 第一の要求に加え、第二の要求もまた予想外。

 要求を言い終えた紫に、レミリアが再び声をかける。

 

「何あんた、賢者なんて呼ばれながら女王様にでもなりたかったわけ?」

「それも選択肢の一つではあるわ。でも目的さえ叶うのなら、別に異聞の王は誰だっていい――何ならあなたがなってみる?」

 

 茶化すような返しに、レミリアはムッとなる。

 

「はあ? あんたのおこぼれで王になれって? 舐めてんの?」

「ふふっ、あなたは月の一件でもそんな感じでしたものねぇ。そんなだから吸血鬼は嫌われ者なのよ」

「どこに住んでいるかもわからない、胡散臭い女に言われたくはないわ」

 

 まるで茶番劇のようなやり取りだったが、カルデア側としてはそうもいかない。

 意を決し、立香は尋ねる。

 

「あの――異聞帯を手に入れて、一体何を?」

「勿論、有効活用ですわ。そうね……少し酷い言い方になるけど、聞く気はある?」

 

 今までの要求すらまだ呑み込み切れていない立香だったが、その眼力に押され首を縦に振る。

 

「あなた達の戦いの目的は“世界を取り戻すため”だけど、仮に全ての異聞帯とクリプターを倒したところで、それが叶うという保証はどこにあるの?」

「――っ!!」

 

 痛いところを突かれた。

 

「悪い魔王を倒して全て解決なんてハッピーエンドは、ご都合主義のおとぎ話の中だけ。現実には、異聞帯攻略と世界救済は関連こそあれど別の課題。世界を元に戻すための具体的なプランは、存在しないのでしょう?」

「それは……カルデアを取り戻せばレイシフトで――」

「希望的観測ね。あなた達の敵にとっても、カルデアスとレイシフトは唯一の対抗手段だった。故に真っ先に封じられた。そんなモノを、いつまでも封印したまま残しておくとでも? そもそも、世界と一緒に漂白されている可能性の方がはるかに高いでしょう」

 

 そこで紫は一旦言葉を区切り、立香の瞳を覗き込む。

 

「あなた達の行いが、ただ現実を受け入れられない者達による勘違いの虐殺劇ではないと、あなた達は言い切れるのかしら?」

「……………………」

 

 ――何も、言い返せなかった。紫のいうことが、あまりに正論だったから。

 

「先輩……」

 

 マシュが心配そうに覗き込んでくる。

 情けなかった――狼狽を隠すこともできない自分自身が。

 

 その様子を見た紫は、ふぅと息を吐く。

 

「少々、言い方がきつかったですわね。私とて、別にあなた方を責め立てるために来たわけではないわ。――今更言っても信じられないかもしれませんが、一度は自らの人理を取り戻したあなた方に私は敬意を持っています。特に藤丸立香――正真正銘ただの人の身でありながら、あなたは十分すぎるほどに戦った。世界を丸ごと滅ぼすなんてことは、この幻想郷の住人でさえやったことはないでしょう。同時にそれは、間違いなくあなたの心をすり減らし続けている――もう、平穏を求めても許されるはずです」

 

 そこまで告げると、彼女はスッと立ち上がった。

 

「すぐに答えを出せることだとは思っていません。心の整理も、話し合うための時間も必要でしょう。続きはまた後日――ということで。ただ一つだけ――今回の提案、これは紛れもなく“本気”です。そのことは、ゆめゆめお忘れなく――」

 

 紫は手に持った扇子を一閃し、無数の瞳が見え隠れする空間を拓いて身を躍らせた。

 呆然とするカルデア一行を残したまま――

 




〇十六夜咲夜
紅魔館の時止めメイド。紅閻魔による特訓で妖精メイドが一定の技量アップを果たした為、将来仕事が暇になる日が来るとはこの時予想してもいなかった。



仕事が繁忙期の為、次回の更新は少し遅くなるかと。ここからは話の組み立ても慎重に行きたいですからね。水着イベもそろそろ来そうですし。水着北斎も来ますし!
ではまた次話にて――


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落枝蒐集領域幻想郷 その13

「紫は、いつもはもっとのらりくらりとした奴なの。――あそこまでストレートに事を進めようとするのは、はっきり言って珍しいわ。本気だって言ったのも、多分本当なんでしょう。何がアイツをそこまで突き動かすのかは知らないけど、あなた達も真剣に考えることね。もっとも、その様子じゃあ言うまでもないでしょうけど」

 

 そこまで言い残すと、『後はあなた達の問題』だとレミリアは部屋から出ていった。

 

『異聞帯を有効活用と言っていたな……どういうことだ。空想樹と何度も対峙してきた我々でさえ、まだ分かっていない部分の方がはるかに多いというのに――。ヤクモユカリはアレが何なのか、見出したとでもいうのか? そもそも一体どこであそこまで我々の情報を……』

 

 頭を抱えるゴルドルフ所長にホームズは告げる。

 

『どこで――というのはおそらく、このカルデアでしょう。思えば食堂の幻想郷案内掲示板――アレは彼女が設置したものと見るべきだ。サーヴァントが減り、手薄になったカルデアで情報収集を行った。無論警備システムもあるし少なくないサーヴァントも残っていたが、それが為せる以上かなりの力を持った相手なのは間違いない。我々が把握しない、全く別の情報源を持っている可能性も否定はできないが――』

『それよりも今考えるべきは、彼女の提案に乗るか乗らないかっていうことだよね』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉に、一同は静まり返る。

 

「あの、ダ・ヴィンチちゃん。私たちの人類史を取り戻すための目途というのは……」

『可能性レベルで言えば幾つか存在するが――いや、希望的観測は止めてはっきりと言おう。現時点において、汎人類史を修復するための手段は確立されていない。全て手探り状態――暗中模索というやつだよ』

『そもそも、地球が白紙化したプロセスからして解明できていませんからね。人理焼却事件では原因となった特異点を解消することで、人類史を正常な姿へと戻すことができました。対して今我々が直面している濾過異聞史現象は、汎人類史と異聞帯とが激突し合うことで起こる事象転換作用――要するに歴史の切り替えなのですが、ここで問題となるのが濾過異聞史現象と地球の白紙化は、別の案件である可能性が非常に高いということです。濾過異聞史現象における勝者が汎人類史となったところで、残るのは白紙化したままの地球というケースは否定できません。……そうなれば汎人類史も、いずれ“先がない世界”として正式に剪定事象となるでしょう』

 

 シオンは説明口調で、そう締めくくる。――だがそれは……

 

「勝っても、先はないかもしれないっていうこと?」

 

 いつも頭の片隅にあり、考えないようにしていた疑問。立香はそれを口にしていた。

 だとしたらそれは――残酷な話なのだろう。

 既に3つの異聞を狩り取った――否、世界を滅ぼした。

 

 異端のヤガは、オレたちの間違いこそがお前たちの正しさの証明だと吼えた。

 花と集落を愛する少女の元を、彼女たちの終わりどころか別れも告げずに立ち去った。

 唯一の人となった皇帝から、人の未来の希望を託された。

 

 だがその行きつく先が、あのどこまでも続く白い大地なのだとしたら――

 

『ええいっ!!』

 

 ゴルドルフ所長が突如、大声を上げた。

 

『いい加減頭が煮詰まってきた! 今の流れでミーティングを続けたところで、悲観的な方向にしか頭が働かんだろう! 私はそういうの、よく知っているからな。今日はもう遅い――こういう時は一旦寝て、頭をリセットするに限る。という訳で今日の所は解散だ! 明日の朝、再度ミーティングを行う。お前たち現地班も、体と頭をよく休めておけ!』

 

 そう言い終えると、ゴルドルフ所長はすぐさまスクリーンから姿を消した。

 

『あらら、行っちゃった。でもゴルドルフ君の言うことももっともだ。人間は走り続けられるようには出来ていない。時には立ち止まることも必要だ』

『我々裏方は気になることがあるのでまだ解析作業を続けますが、お二人は今日の所は休んでください。――あ、眠れそうにないならよく効く睡眠導入剤を送りますよ? なんとアトラス院と錬金術師パラケルススがコラボした、夢の一品です!』

「結構です」

『試験的に少数閻魔亭にも置いてもらい、購入された日本在住匿名希望の神霊Sさんからは、『あの時これがあればもっと楽だった』と高評価のコメントもいただいているのですが……』

「余計に結構です」

『そんなー』

 

 残念そうな顔をするシオンを尻目に部屋を立ち去り、各々に部屋に向かう。

 その途中、武蔵ちゃんに出会った。

 

「あ、立香君! ……うん、難しそうな顔しているわね。大変な話だったとは、チラリと聞いたけど。今から寝るところ? だったらいいものがあるからちょっと持ってくるわ!」

 

 一旦走り去り、再度戻ってきた彼女が持ってきたのは変わった柄の枕だった。

 

「はい、最近幻想郷で流行っているっていう安眠枕! 私も使ったけど、効果はバッチリだったわ。休めるときに休むことこそ重要なのです!」

 

 ありがとうとお礼を言い、武蔵ちゃんと別れる。

 そして部屋の前まで来て、マシュと向き合った。

 

「あの、先輩。私は……」

 

 何かを言わなければならないけど、うまく言葉に出来ない――そんな表情だった。

 そんな彼女の頭を、ゆっくりと撫でる。

 

「あ――」

 

 幼いころ、急に訳もなく不安になることがあった。その時には母親が、こうして頭を撫でてくれた。

 出会った頃は限りなく無垢だったマシュ。彼女は人類史を巡る旅を通し、色彩を得ていった。

 良くも悪くも、人間らしくなった――同時に今がきっと、彼女にとって一番不安定な時期なのだ。

 自分なら彼女を正しく導ける――なんて傲慢なことを考えるつもりはない。

 だからといって、不安に揺れるその瞳を放ってもおけなかった。

 例え傷をなめ合うような関係であっても、人の熱が必要な時はあるはずだ。

 しばらくそうしていて――やがてお互い気恥ずかしくなってきた。

 

「あ、あの先輩! その、ありがとうございました。――おやすみなさいっ!」

 

 顔をわずかに赤く染めて去ってく後輩を見届ける。

 手のひらに残った彼女の熱を名残惜しく感じながらも、立香も部屋に入る。

 そのままベッドに潜り込み、武蔵ちゃんから預かった枕を頭に敷いて――視界が暗転した。

 

                      ◇

 

 ――気が付けば、見覚えのある場所に立っていた。

 暗い空。燃え盛る現代日本の街並み。全ての始まりにして、幾度となく訪れた場所。

 即ち“特異点F”。

 

 メインサーヴァントであるマシュ。短い付き合いしかなかったが、強く心に刻まれたオルガマリー所長。不思議なアニマルフォウ君。頼れる兄貴分であるクー・フーリン。

 そしてスクリーン越しにサポートしてくれたドクター・ロマン……

 

 覚悟なんてなかった。サーヴァントや魔術どころか、右も左も分からなかった。それでも旅の始まりとなった、この場所。

 自然と立香はその旅路に思いを馳せようとし――

 

 ガッチャーーーーンッ!!

 

 ――と、世界が割れた。

 同時に羊と人の顔と機械を組み合わせたような形容しがたい怪生物? に、見覚えのあるモコモコのお兄さんと、これまた見覚えのある黒コートに黒い帽子の青年がはね飛ばされていく姿が目に映る。

 なんか感慨とか諸々、台無しだった。

 

 あんまりな出来事に呆然としていると、いつの間にか特異点Fは消え去っており立香は宇宙空間にも似た不思議な場所に立っていた。

 ――いや、上も下もないような場所で立っているというのもおかしな話だが。

 そしてここにいるのは立香一人ではなく。

 

「まったく、あんな性質の悪そうな夢魔がどっから入り込んだんだか……もっとも私の目が黒いうちは好きにはさせませんが」

 

 かく言う彼女の瞳は、青かった。

 瞳のみならず髪も青く、その頭上には真っ赤な帽子――

 

「新手のサンタさん?」

「私はサンタではなくドレミー・スイート。夢の支配者です。あなたは――あれ? 見覚えがない顔ですね。スイート安眠枕のユーザーアンケートを取りに来たのですが」

「あの、さっきの二人は?」

「ああ、さっきの夢魔? なんか夢を使って悪事を企んでいる気配がしたので、轢きました。不自然に作られた夢は精神を強く侵すのです。黒コートの方は……まあぶっちゃけ巻き添えなのですが、あんなに負の念を纏っていたらやはり安眠の敵でしょう」

「えっと、一応知り合いなんで」

「えっ? 友達は選んだ方がいいですよ?」

 

 初めて会った少女に、ガチで心配されてしまった。

 一先ず自己紹介をして、ここがどこなのかを尋ねる。

 

「ここは夢の世界です」

「夢――」

 

 また何やら奇妙な夢体験に巻き込まれたのだろうか?

 色々と大変なタイミングで。

 

「それでは話を戻しましょう。先ほど言ったように安眠枕のユーザーアンケートを取りに来たのですが、使い心地はどうでしょう?」

「あの変な模様の枕?」

「変とは失敬な。しかし素直な意見として受け止めておきましょう。それで使い心地は?」

「……すぐに寝ちゃったので、何とも」

「なるほど、では睡眠導入効果は高いということで。他に何か気になった事は?」

「えっと――」

 

 その後も幾つか質問を受け、それに答えていく。

 ドレミーはふんふんと頷きながら、やがて質問を終える。

 そして唐突に違う話を切りだした。

 

「ところで、実は全ての生き物の夢というのは繋がっているのです」

「はあ」

「だから夢の中で見知らぬ場所に行ったり、見知らぬ人に出会うこともあります」

 

 急に始まった講義に、立香は戸惑いながらも相槌をうつ。

 

「あなたも夢の中で、不思議な体験をしたことがありませんか?」

「割としょっちゅう」

 

 カルデアに来て立香自身大きな変化を迎えたものと言えば、まさに夢だろう。

 数多のサーヴァントと契約し、夢の中で彼らと見知らぬ場所へと旅立ち、戦う。

 時にはレイシフトまでしていることも――そんなことが幾度もあった。

 そのことをドレミーに話すと、彼女は大真面目な顔で頷いた。

 

「やはりそうですか」

「あの、それが?」

「あなた、このままじゃその内夢に殺されますよ」

「………………」

 

 ――否定は、できなかった。

 監獄塔をはじめ夢の中で幾度となく危ない橋を渡り、何とか生きているという現状なのだ。

 

「少し前も夢と現と都市伝説でトラブった女の子がいましたが、あなたの症状はその比ではない。サーヴァントとの契約でしたか……それは本来、1対数百という比率で結ぶ前提ではないのでしょう。今のあなたは、言わば結んだ縁の糸で首を絞められている状態です。正常に夢を見られなくなっているという状況は、私としては見過ごせない」

「……だったらどうするの?」

「切りましょう」

「切る?」

「サーヴァントとの契約」

「え、嫌だ」

 

 考えるまでもなく、そんな言葉が口から出ていた。

 

「……切る、とは言っても契約の一部だけです。夢を繋げる要因を部分的に削除して、他人の夢に引きずられ過ぎないようにする。悪くない話だとは思いますが?」

 

 正論だ。不思議そうに首を傾げる彼女は、純粋にこちらの身を案じてくれているのだろう。

 立香自身、第3者的な立場に立てば彼女の意見を支持するかもしれない。

 ――だがそれでも、『うん』と言う気にはなれなかった。

 

「みんなは――」

「はい」

「オレが喚んで、応えてくれた。それぞれの都合も事情もあるだろうけど、それでもオレみたいなただの人間に力を貸してくれている」

 

 そして勘違いでなければ、信を置いてくれてもいる。

 

「みんなの夢がオレと繋がるのなら、多分それはオレみたいなただの人間を必要としてくれている時だと思う。だったら今度は、こっちが応える番なんだ」

「それは義理?」

「それもあるし、そうしたいっていうのもある」

「……例えそれで、死ぬことになっても?」

「死なないように努力する。みんなも、オレが死なないようにいつも守ってくれている」

「他力本願ですね」

「本当にそう思うよ」

 

 自分ひとりじゃ何もできない。

 人理修復の旅だって、一人だったら旅にすらならず野垂れ死んでいただろう。

 ――それでも、いつだって応えてくれる誰かがいた。

 ――道を作ってくれる誰かがいた。

 ――背中を押してくれる誰かがいた。

 ――時には立ち止まり、共に泣いてくれる誰かがいた。

 

「――そっか」

「……? 何か?」

「いや、ちょっと心の整理がついただけ」

「それは良かった。良き眠りは心の安寧を保ちます」

「あの、さっきの話はもういいの?」

「あなたがいいというのなら、まあいいでしょう。嫌々ではなく進んで損を取りに行くというのなら、別に止めはしません。元々あなたは管轄外のようですし、丁寧にアンケートに付き合ってくれたお礼みたいなものでしたから」

 

 『お礼の押し売りはよくないですからね』と、ドレミーは変わった笑みを浮かべた。

 続いて手を軽く振ると、ベンチが現れる。

 

「良ければ、もう少しお付き合いいただいても?」

「いいけど、何を?」

「話を聞かせてもらえますか? あなたがこれまで見てきた、夢の話を――なんせ私は夢を喰う妖怪ですからね」

「……夢の記憶、消えたりしない?」

「消えません。できますけど、消しませんよ。忘れたい夢があるなら請負ますが」

 

 勧められてベンチに座り、ポツリポツリと話を始める。

 楽しかった夢、悲しかった夢、戦いの夢、訳の分からない夢、救いのない夢――

 彼女はその一つ一つを興味深そうに――咀嚼するように耳を傾ける。

 

 そしてふと、思いついたことを尋ねる。

 

「そう言えば――」

「はい?」

「八雲紫って人のこと知ってる?」

「境界の妖怪ですか。彼女がどうかしました?」

「実は――」

 

 彼女との邂逅と交渉のことを話すと、ドレミーは考え込むように唸った。

 

「なるほど……彼女がそのようなことを」

「すごく、真剣な様子だったから」

「幻想郷では、胡散臭さの代名詞みたいな妖怪なんですけどね。――しかしそれは、展開次第では私にとっても好都合かもしれません」

「ドレミー?」

「こちらの話ですよ。あなたがどう返事をするかは知りませんが、場合によっては――。……今日の所は、そろそろお開きにしましょうか」

 

 ドレミーがポンポンと、自分の膝を叩く

 何事かと首を捻ると、彼女の手が伸びてきて頭を掴まれ――何故か膝枕されていた。

 目を白黒させていると優しい子守唄が響き――立香の意識は急速におちていった。




〇モコモコのお兄さん
夢魔のハーフ。夢を通してこれまでの旅の記憶を追体験させ、立香を意識誘ど――ゲフンゲフン。エールを送ろうとしていたところ怪生物に轢かれ退場した。

〇黒いコートに黒い帽子の青年。
クハハの人。夢を通して立香に発破をかけようとベストタイミングを狙って出待ちしていたが、モコモコのお兄さんに巻き込まれる形で怪生物に轢かれ退場した。

〇ドレミー・スイート
夢の支配者。獏――動物の方ではなく、妖怪。サンタ帽と羊属性を兼ね備え、アルテラから一方的にライバル視されているかもしれない。


あ、ありのまま起こった事を話すぜ! 最初は普通にこれまでの旅を追体験して立香が覚悟を決め直す予定だったが、『それ、その内本編でやるよね? ってかバビロニアエピソード0でもうやったよね?』とか考えていたら、いつの間にかドレミーが文面を支配していた! 催眠術とか超スピードとかそんなチャチなモノじゃねぇ。もっと恐ろしいドレ顔の片鱗を味わったぜ……
注)夢オチではありません。


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落枝蒐集領域幻想郷 その14

 ドンドンドン! と扉がノックされる大きな音で、立香は目を覚ました。

 不思議な夢を見た――そう感慨に耽りながらもノックに対して返事をすると、勢いよく 開かれた扉から顔を出したのは、真剣な表情の新選組一番隊隊長。

 

「マスター! 大変なのです!」

「沖田さん? 一体何が――」

 

 幻想郷には訪れていなかったはずの沖田総司。

 何か緊急事態が起きたのかと身構えるが――

 

「メジェド様が! メジェド様から啓示が! 私、今年こそ水着になれるって!」

「あ、はい」

 

 普段なら共に喜びを分かち合うところなのだが、状況が状況なだけに生返事になってしまった。

 だが彼女は気にした様子もなく、興奮した様子で続ける。

 

「ふっふ~んだ! ここ最近ぽこじゃか増えるノッブを調子に乗らせていましたが、これからはこの沖田さんが覇権を握ることは確定的に明らか。今年度の聖杯転臨率No1に輝く未来まで見えます! マスター、素材の貯蔵は十分か?」

「あ、うん。種火とQPもあるけど……」

「――ああ、安心した」

「でも新規素材の在庫がちょっと……」

「私、夏までに頑張ります!」

 

 沖田がやる気を漲らせていると、開かれたままの扉から新たな人物が顔を見せる。

 

「おはよう、武蔵ちゃん。エリちゃん」

「はい、おはようございます。立香君! おっと、そちらの美少女は?」

 

 初対面である二人の女剣士が自己紹介を交わすと、沖田がむむむと顔にしわを寄せる。

 

「えっと、何かしら?」

「いえ、初対面のはずなのですが今年の夏は強力なライバルになりそうな予感がして……」

「夏? 私もいろんな世界と時代にお邪魔している身なので、その辺りは何とも言えませんが」

「ですよね……でも不思議と予感が消えないというか」

「分からないことを気にしても仕方ないでしょう。あ、ところで立香君。枕の具合はどうだった?」

「………………うん、すごくよく眠れたよ」

 

 それは良かったと満面の笑みを浮かべる武蔵に対し、さすがに女の子に膝枕される夢を見ましたとは言いだせなかった。

 

「えっと、子犬……」

 

 エリザベートが不安げな表情で声をかけてくる。

 

「昨日のことは聞いたわ。進むのか、止まるのか――答えを出すべきなのはあなた達だってことはわかっている。分かっているけど、それでもアタシは――」

「うん、大丈夫」

「えっ?」

 

 ポカンとした彼女に、笑いかける。

 

「オレはまだ、止まらない。だからこれからも、力を貸してほしい」

 

 ぱぁっと顔を綻ばせるエリザベート。

 沖田や武蔵も、力強く頷いてくれる。

 

 本当に、頼もしい――支えてくれる人たちへの感謝を胸に、歩みだす。

 

「――さてと」

 

 本日のミーティング――みんなに自分の思いをちゃんと伝えなきゃと、改めて気合を入れる。

 

                      ◇

 

『なるほど、それがお前の意思か……』

 

 昨晩に続くミーティング。

 神妙そうな顔つきのゴルドルフ所長に、立香は深く頷く。

 そして改めて告げる。

 

「だけど、オレ一人では戦えません。――わがままなのはわかっています。でも、どうか一緒に戦ってください!」

 

 目の前に現れた安寧――それを捨ててくれとカルデアの皆に頼み、頭を下げる。

 確かな事なんて何もない。全部徒労に終わるかもしれない。最悪の最後を迎えるかもしれない。でも、まだ諦めたくはないと――

 

「私は――」

 

 最初に告げたのは、マシュだった。

 

「私は、先輩についていきます! 先輩と一緒なら戦える……いえ、それだけではありません。私は人類史を巡る旅で、多くの色彩を得ました。私一人ではなく、多くの人々の軌跡が今の私を形作っている――私はまだ、何も世界に返せていない。いつか――今度は私の軌跡が誰かの色彩になれるように、私は世界を終わらせたくはありません!」

 

 続くは人理焼却のころから共に戦い続けたカルデアスタッフ、ムニエル。

 

『昨日さ、あの後スタッフのみんなで話したんだよ』

 

 ポリポリと、彼は頬をかく。

 

『俺だってこれまでの人生順風満帆だったわけじゃないさ。学生の頃好きだったクラスの女子から告白されて、それが罰ゲームだって知った時には『こんなクソッタレな世界滅びちまえ!』と思ったもんだよ』

「それで男の娘にはしって……」

『それは今は突っ込まないで!? ゴホン……他の奴らだってまあ、似たようなもんさ。多くの挫折や苦難を味わって、一度ならず『こんな世界』と思ったことはある。でもな、本当に滅ぼされちまったらやっぱり悔しい――ああ、悔しいさ。俺の、俺たちの挫折も成功も、何処かの誰かの都合であっさりと潰されちまう程度のものだったのかってな』

「ムニエルさん……」

『それに俺たちにだって、曲がりなりにも長年人理保証機関の一員としてやってきた自負がある。もう一度世界を救えば、それがやられちまった仲間たちへの最大の弔いにもなるだろうからさ。――自分の命は大事だけど、まだ目があるってんなら諦めたくない。……それが俺たちスタッフの総意だ』

「――ありがとう」

『へっ、今更だぜ。水臭い。まあ俺自身、ここで根を上げたらお袋にどやされちまうからな。ただでさえ雪山籠りでろくに親孝行も出来てないんだ。このままじゃ、あの世に行ったとき何言われるか分からねぇよ』

 

 とぼけたような言い草に、クスリと笑ってしまう。

 続いてはホームズが――

 

『私はもとよりサーヴァント……マスターがそう決めたのなら異論はないさ。これまで通り、力を尽くさせてもらおう。ダ・ヴィンチ――君は?』

『勿論私だって戦うさ! 私はサーヴァントだけど、先代ダ・ヴィンチが用意した躯体に記憶を継承させたデミ・サーヴァントでもある。私はさ、まだ自分自身の目で私が生まれた世界の姿をちゃんと見てないんだ。あんな白いだけの世界で納得して、新天地に旅立つつもりはさらさらないよ!』

『もともと人理漂白は私が見つけた難題であり、演劇狂いの養父から『自分でなんとかしろ』とも言われた宿題でもあります。それを途中で放り出すなんてナイナイ! むしろ私から協力をお願いする立場です』

「みんな……」

 

 ――本当に、俺は縁に恵まれているな……

 この逆向の道を敢えて進もうとしてくれる仲間たち。

 その頼もしさに、胸が暖かくなる。

 

 そして最後に、全員の視線がゴルドルフ所長に集まる。

 彼に対して口を開くのは、ダ・ヴィンチちゃん。

 

『えーと、ゴルドルフ君はここでさよなら?』

『今の流れで私だけかねっ!?』

『アハハ、勿論冗談だよ。――でもそういうセリフが出るってことは、ゴルドルフ君も一緒に戦ってくれるってことでいいのかな?』

『え、なんか今の誘導尋問じみてなかったかね? 私の気のせい?』

 

 ゴルドルフ所長は一旦息を大きく吐き、叫ぶ。

 

『大体だね、所長である私を差し置いて話をどんどん進め過ぎなのだよ! 上の人間を立てるということを知らんのかね!? そんなんじゃ時計塔ではあっという間に針のむしろだぞ!』

『とは言ってもなぁ、オッサン』

『ほら言った傍からー! せめて所長と呼んでくださいよホントにもう! ……そもそもだね、私が本当に何の責任も感じていないとでも思っているのかね!?』

『へ』

『私自身女狐に誑かされた哀れな子羊だったはといえ、あの日旧カルデアにアルターエゴ達を招き入れたのは紛れもなくこの私だっ!』

 

 始まりにして、終わりの日――

 カルデアは強襲されて奪われ、地上は白く染まり、空想は地に落ちた。

 そして生き残った僅かなカルデアスタッフたちは、シャドウボーダーで虚数空間に逃れ今に至る。

 

『連中は周到だった! 私がいなくても、私以外の誰かを使って旧カルデアを落としただろう! だがな、それでもあの日あの場所にいたのは私なのだ!』

 

 歯を食いしばりながら、ゴルドルフ所長は続ける。

 

『私は冷徹な貴族主義者ではあるが、だからこそ責任を取らねばならない! 旧カルデアのことだけではない。異聞帯は侵略者であるとはいえ、その大半は無辜の非戦闘員。お前ら下っ端が命の責任云々を口にする以前に、カルデア総司令たるこの私にこそが真っ先に背負わねばならないのだ! 故にこのゴルドルフ・ムジークが真っ先に脱落するなど、決して許されることではない!』

「所長……そこまでの覚悟を」

 

 マシュが悲壮な顔でゴルドルフ所長を見る。が――

 

『もっとも、実際に責任を追及される時になったら諸君らが全力で弁護してくれると信じているのだがね!!』

『オッサン、格好つけるならせめて最後まで格好つけてくれよ……』

『やかましい! 背負うつもりではあるが、実際問題世界なんて一人で背負えるか! 私とて自分の器くらい弁えておる! いいか藤丸、貴様もくれぐれも一人で抱え込もうなどと考えるな! 耐えきれずに押し潰されるのが関の山だからな。お前は人理修復の要――自分勝手な責任感で折れられては話にならん。我々は最早一蓮托生――辛ければサーヴァントでもスタッフでも私でも、誰でもいいから相談しろ。何、部下の悩みを聞くのも優秀な上司の務め。幸い時計塔と違い、それをあげつらう輩はどこにもいないからな!』

「――っ! ありがとうございます」

 

 一人で思い詰めていたのがバカみたいだった。

 一人でこの世の全てを体現するのは、それこそ異聞帯秦の始皇帝のような人物。

 自分たちは人“間”で、人“類”なのだ。一人ではなく、その繋がりこそが力。

 

 ――それがこれまで奪ってきた命、これから奪うであろう命に対する言い訳にならないことは分かっている。

 それでも自分の世界を取り戻したいと――立香は改めて自覚した。

 

 ……

 …………

 ………………

 

『それで方針が固まったところで問題になるのが、八雲紫への対応だね』

 

 ダ・ヴィンチちゃんが問題を提示する。

 

『彼女は異聞帯を手に入れることを“本気”だと言った。つまり我々が協力を拒めば、独自に行動を開始する可能性がある。彼女が独自の勢力だけで異聞帯を攻撃するのか、それとも私たちを何らかの手段で篭絡してそれを為すのかはわからないけど』

『ならば悪い事態を想定しておくべきだ。すなわち、ヤクモユカリと決別し我々が――最悪幻想郷全体との戦いになるという事態を』

 

 ――それは、あまり考えたくない展開だった。

 昨日出会った人妖たちは癖こそ強いが、戦争をしたいと思う相手ではなかった。

 もっとも、それは誰が相手であれ同じなのだが……

 

「その心配ならないと思うわよ」

 

 突如部屋の扉を開け入ってきた吸血鬼が、そう切り出した。

 

「レミリア?」

「ハァイ、立香。決意表明は終わったみたいだったから。私の耳がいいのもあるけど、外まで聞こえる大声だったわよ」

『む、それは失礼した。しかしレミリア嬢、先ほどの言葉は本当かね?』

「ええ、幻想郷の連中は基本的に纏まりなんてないもの。余程根回ししているならともかく、昨日今日で声をかけても足並みなんて早々揃わないわ。同じ勢力内でさえ、動きがバラバラなんてことも珍しくはないし」

 

 彼女が席に着くといつの間にか隣にメイド長の咲夜が現れており、レミリアの前のみならず立香たちの前にも新しい紅茶が用意されていた。

 

「確実に紫が動かせる戦力といったら、自分自身と式神の藍――あとはその藍の式神である橙くらいね」

『式神――東方の使い魔だったか。しかし式神の式神とはなんともややこしいな』

「ただ橙はともかく藍の実力は折り紙付きよ……なんせ九尾の妖獣。加えて紫から力も授かっているわ」

『九尾とは……幻想郷にはそんなものまでいるのか。あまつさえそれほどの存在を配下に置くとは、やはり相当な力の持ち主のようだな。八雲紫は』

 

 唸るホームズに、シオンが応える。

 

『となるとやはり、戦う以前に彼女の目的を察する方が賢明ですね。そうなれば他に手の打ちようがあるかもしれません』

『だね。その辺り推理具合はどうなんだい? 名探偵』

 

 ダ・ヴィンチちゃんから顔を向け垂れたホームズは、眉を上げる。

 

『ふむ……そうだな。あくまで八雲紫が持つ情報量が我々と同程度と仮定した場合であるが、思い当たる節がないでもない』

『え、ホント!?』

『ああ、別に最初から難しく考える必要はない。彼女が必要だと言ったのは異聞帯ではなく、“空想樹”と“クリプター”だ。まだ実行前ではあるが、フーダニットは八雲紫。ハウダニットは空想樹とクリプター。要するに、空想樹とクリプターが揃って初めてできることこそが、彼女の目的になる』

 

 ゴクリ、と立香は唾を飲み込んだ。

 皆も固唾を飲んで次の言葉を待つ。

 が――

 

「あの、ホームズさん? 続きは……」

『うん? あくまで推測の段階を出ないからね』

 

 ガクリと、全員揃って肩を落とした。

 

「今は語ることではない?」

『というよりも、本当に推測の段階に過ぎないんだ。ここで話したところで、余計な先入観を与えることになりかねない。それに――ホワイダニットの部分が不透明過ぎる』

「それってエルメロイⅡ世がよく言っている……」

『仮に私の推測が的を射ているとして、八雲紫にとってソレが一体何になる? 空想樹には謎が多い……幻想郷に何らかの益があるにしても、抱え込むリスクがそれ以上に未知数だ。幻想郷の管理者的な立場である彼女がソレを為す意味が、分からない』

『へぇ、君がそこまではっきりと“分からない”なんて口にするのは、珍しいね?』

『ハハハ、私とて決定的な情報不足はどうしようもないさ。ともかく今必要なのは情報だ。レミリア君、誰か八雲紫について詳しい人物はいるかな』

 

 レミリアは額に指をあてて考える。

 

「そうねー。冥界の幽々子に鬼の萃香か……後は霊夢かしら? 摩多羅隠岐奈も知り合いっぽいけど、居所が知れないし。アイツあんまり人付き合いとかないし」

『だったら一番近い博麗神社からだな。頼めるかな、マスター?』

「了解です!」

『あっ、博麗神社の巫女といえば結界関連の担当者でしたよね? 私も聞きたいことがあったので、ちょうどいいです』

「あっ、霊夢に会いに行くなら私も行くわ」

「お嬢様、私はどうしましょう?」

「そうね……フランのこと見ててくれるかしら? 久しぶりに美鈴と出ることにするわ」

 

 こうして一行は、昨日に引き続き博麗神社に向かうことにする。

 ――そこで待つモノを、未だ知らぬまま……

 




〇沖田総司
救われた。

〇ジングル・アベル・ムニエル
カルデアスタッフ。男の娘好き。偽名ではないと信じている。


博麗神社の描写までは終えるつもりでしたが、切りがいいところでそこそこの文字数になったので一旦打ち切り。次話もできるだけ早く投稿予定です。


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落枝蒐集領域幻想郷 その15

独自設定のスタンピード! もとい説明会。 もといクライマックスフェイズ。


「ほうほう、博麗神社。ならば私もお供しましょう! まだ行ったことがなかったしね」

 

 同行を申し出た武蔵を加え、立香たちは博麗神社の鳥居を越えた。

 

「あらいらっしゃい! レミリアも一緒? お供が門番なのは珍しいわねぇ」

 

 何故か昨日に比べ歓迎ムードの巫女――霊夢。

 何かいい事でもあったのだろうか?

 

「昨日の話かしら? まだ託宣はやってないけど……」

「いや、今日はそっちじゃなくて――」

 

 立香は告げる。八雲紫について教えてほしいと。

 霊夢は意外だったのか、目を白黒させた。

 

「紫? と言ってもねぇ、私もあんまり知っていることは多くないわよ?」

『いや、何でもいいんだMs.霊夢。彼女の癖や考え方など、そういうことは分からないかな?』

「あら、新種の幽霊? そうねー。それなら、本人に聞いた方が早いんじゃないかしら。今ちょうど来ているわよ」

『……事実かね?』

「ええ。昨日の晩辺りから、結界の調整だとかって」

 

 一同に緊張が走る。

 さもありなん――今回はまだ情報収集のつもりでやって来たのだ。

 今はまだ本人に接触するつもりはなかったのだが――それでも事態は進行する。

 

 空中に境目が入る。

 そこから姿を現したのは、特徴的な導士服に衣替えしたとはいえ紛れもなく八雲紫。

 彼女は重さなどないかのようにふわりと境内に降り立ち、一同を見渡す。

 

「ごきげんよう、カルデアの皆様。昨晩以来ですわね」

「私もいるんだけど」

「あなたはおまけでしょう、レミリア。さて――正直もっと時間がかかるかと思っていましたが、あなた方の顔を見るに答えは決まったようね」

「ちょっと紫、剣呑な雰囲気を出してどうしたのよ」

「ああ、霊夢さん。ちょっとこちらに……」

 

 美鈴が霊夢を引っ張り事情の説明をする。

 紫はそれを一瞥した後、一つため息を吐く。

 

「もっとも、私が欲しかった答えではないようだけど。――それでもあなたの口から答えてもらえるかしら? 藤丸立香」

 

 誤魔化しは許さないという強い意志を込めた視線を前に、立香は一歩前に出る。

 予定外だったが、それでも事態は進んでしまった。

 ――ならば、ここは既に正念場だ。

 

「オレたちは、あなたには協力できない」

「………………」

「あなたが言ったことには一理ある。この道は間違いなのかもしれない。それでも、オレたちは自分たちの人理を取り戻すために戦うと決めた」

「――その為にこれからも、世界を破壊すると? 当てのない航海を続けると? 最後まで、立ち止まらずに歩み続けられると? 異聞帯の人々を殺し続ける覚悟があると?」

「わからない」

 

 立香は正直に告げる。

 

「いつか、致命的に間違っていると気づいて膝をつくかもしれない。取り返しのつかない袋小路に迷い込むかもしれない。決して許されない罪を犯すんだろう――それでも、オレたちの人理はまだ死んでいないんだ! 共に進もうと言ってくれるみんながいて、助けてくれる仲間たちがいる。託して逝った人たちもいる。その礎がある限り、オレたちは諦めない。いつか立ち止まる時が来るとしても――少なくとも今じゃない」

「……なるほど。カルデア所長、ゴルドルフ・ムジーク。あなたも同じ答えかしら? この幻想郷――特に人里においてあなたの技術は有用。ここでなら、皆に認められるあなたになれるわよ?」

 

 かつて旧カルデア崩壊の時、ゴルドルフ所長が口にしたコンプレックス。

 “認められたい”という願い。

 まさにそこを突く言葉だったが――

 

『フッ、私を甘く見るなよ。ヤクモユカリ』

 

 彼は、不敵に笑って見せた。そして――吼える!

 

『このゴルドルフ・ムジーク! 技術的優位を笠に着て得た信用など、1年もあればきれいさっぱりマイナスまで持って行ける自信があるわ!!』

「えぇ……」

 

 あんまりな告白に、幻想郷の賢者もさすがに困惑気味だった。

 

「え、ええっと……きっとその内認めてくれる人が現れるんじゃないかしら?」

『フォローするんならせめて疑問符は外してくれませんかねぇ!? ゴホン……そもそもだ、先の保証がないと言っておったな? そんなもの、この私の人生では日常茶飯事――むしろ明るい展望を抱けたことの方が少ないわ! 未来視系統の魔眼を持つ連中ですら、一から十までうまくやれることは少ないのだ。元より人の人生において先など見えぬもの。それにおびえて縮こまるばかりで、先が拓けるものか!』

「――っ!」

 

 紫が僅かにたじろいだ。

 立香もゴルドルフ所長に続くように、『それにさ』と告げる。

 

「今諦めてこちらの世界で安寧に浸ったら、多分その中で一生後悔し続けることになる。そんな悲観的に引きずり続けるような人生じゃ、今まで会ってきたみんなに申し訳がたたない」

 

 言うべきことは言った――その意思を込め、紫に視線を送る。

 それを受けた彼女は――

 

「……………………」

 

 深く――深く目を瞑り、噛みしめるように沈黙していた。

 異様な静けさが境内を包み――やがて彼女はポツリと零す。

 

「そう、ですわね」

 

 宙に溶けるようなか細い声で、それでも深い感情がこもった声を響かせる。

 

「あなたの言うことは、よく分かります。ええ、本当に……数多の境界を渡っても、千を超える季節が巡っても、私は振り切ることができなかった。いつまでも、心の奥底に澱のように残り続ける――本当に、我ながら笑ってしまうくらいに未練たらしい女」

「紫……? どうしたのよあんた。今日はちょっとおかしいわよ? 何か悪いものでも食べた?」

 

 問いかける霊夢の声には、戸惑いの色が混じっていた。

 それも仕方ないだろう――彼女は八雲紫のこんな姿など、見たことがなかったのだから。

 

『私からも聞きたいことがあります』

 

 スクリーン越しのシオンが、唐突に切り出す。

 

『幻想郷を幻想郷たらしめる2種類の結界――その中に、かつてカルデアで観測された極めて特殊な霊基パターンに酷似した要素が観測されました。“そのもの”ではなく希薄化され、弄られていたので確信を得るには時間がかかりましたが……』

「フフ、謙遜ですわね。この短時間でそこまで見抜いたというのなら、あなたもまた希代と称されるべき人材。そうね……こうなった以上、せめてもの礼儀としてあなた達にも話しておくべきかしら。さて、どこから話したものか……」

 

 遠い何処かを見つめるように、過ぎ去った風景を眺めるように。

 僅かな時間彼女の視線は虚空を泳ぎ、不意に呟いた。

 

「そう――私がまだ人間だった頃。境界が見える程度の小娘だった頃からがいいわね」

 

 霊夢、レミリア、美鈴――幻想郷に住まう少女らが息を飲んだのがわかった。

 

「その頃の私は、一介の大学生でしたわ。単身日本に留学して、勉強して、オカルトサークルで相方と一緒に結界破りをして遊ぶ日々。私は元々境界を見る力を持っていたから、それを使っていろんな世界を覗いて、時には転がり込んでいた。相方は私の目を気持ち悪いと言っていたけど、私からすればあっちこそ気持ち悪かったわ。星を見れば時間が分かり、月を見るだけで自分の居場所がわかる目を持っているんですから」

 

 懐かしむように、彼女は語る。

 

「だからソレも、最初はいつもの夢だと思っていた。別の世界に迷い込んで、またすぐに帰るのだろうと。境界を渡るのも、コツさえつかんでしまえば難しくなかったから――でも、帰れなかった」

 

 紫は視線を、地に落とした。

 

「最初は戸惑うばかりで、次第に焦り、それでも帰れなかった。そのまま幾つもの世界へ転がり続けた。私の心に反比例するかのように力は加速度的に増大したけど、元の世界への道は既に開けなくなっていた。知恵と力を身につけなら世界を彷徨う日々――そしてある時ようやく、私は真相を突き止めた。もう私の帰る場所も待ってくれている人も、どこにもいないというどうしようもない事実を」

「まさか……」

()()()()――世界そのものによる、自切的な世界の排除。正しき人理の為に、先のない不要な世界は切り捨てられる。当時私がいた日本は、『人口減少によるデメリットを上手く回避し、選ばれた人間による勤勉で精神的に豊かな国民性を取り戻す事に成功した』なんて表現されていたけど、私がいた世界そのものはどこかで決定的に舵取りを間違えた。――そういうことなんでしょうね」

 

 どこか他人事のように彼女は語った。

 ――未だ、実感がわかないのかもしれない。

 自分たちの世界が間違いだとして捨てられたなんて、嘘みたいな話に。

 

「あなたは私と同じ――異聞帯の放浪者……」

「ええ、始めましてご同類。まさか女の宮本武蔵が、同じ境遇にあるとは思っていなかったけど。――正直、途方に暮れたわ。文字通りどこにもない世界に対しては、境界もなにもない。同時に思った――なんとかしなきゃって。その時にはある程度の力はあったし、既に人から外れつつあった身には時間もあった。何か手はあるはずだと信じた――信じたかった」

 

 彼女は自嘲するかのように、微笑んだ。

 

「――何も、できなかったわ」

「それ、は――」

 

 その瞳に込められた無力感に、立香は言葉を失った。

 

「本当に、何もできなかった。帰るべき過去の手掛かりすらなく、時ばかりが刻まれていった。境界を操る程度の能力――これを神に匹敵する力なんて嘯く者もいるけど、なんてことはない。自分の身を守るだけの神に、一体何の意味があるのか……」

『それは仕方のない話だろう、Ms.紫。剪定事象は本来、人の手に余る案件。事前に手を打っていたのならともかく、急にその状況に放り込まれた所で何ができるものでもない』

「慰めは結構よ、シャーロック・ホームズ。――言ったでしょう? あなた達に敬意を表しているって。あなた達は一度、世界を取り戻してみせた。私にはできなかったことを……成し遂げた。それが結果の全て」

 

 彼女はぎゅうっと、拳を握りしめた。

 

「結局“どうしようもない”という結果だけが得られて、私は折れたわ。そして考えた――居場所が無いのなら、自分で作ればいいって」

「それが幻想郷……」

「ええ、とはいえ私もそちらの女武蔵同様、世界からは拒絶される身となっていた。でも幸い、私にはこれがあった」

 

 彼女は細い指で空間をなぞり境目――スキマを発生させ、黄金の杯を取り出した。

 

「聖杯っ!?」

『ちょっと待って! この観測結果は……それだ! クロスロードの同調先はっ!』

 

 紫が掲げる聖杯に、一同の視線が集まる。

 

「昔世界を放浪するうちに、とある死骸と一緒に見つけたものよ。……願いを叶えるとはいえ所詮は贋作の聖杯――私の世界を取り戻すには到底力不足だけど、境界の力と併せれば私の存在をこの世界に焼き付けるくらいはできた。もっともその過程で、聖杯自体は力の大部分を失ったのだけど」

 

 彼女はそう言うと、ポイっと聖杯をスキマの中に投げ入れた。

 

「この世界に定着した時に、私の存在は完全に人から妖怪へと変じた。その時に、昔の名前も捨てたわ……もう、呼んでくれる相手もいなかったことだし。妖怪である私の居場所――必然的に、作る場所も妖怪を中心にした郷になった。とはいえ妖怪も不便なものでね。人間がいなければ存在できないのに、人の社会が発展すれば今度は不要とされる。同時に私は、もう一度居場所を失うなんてごめんだった。だからこそ、私は幻想郷にある機能を設けた。落枝蒐集機構――人の世から否定され、不要なものとして切り落とされた枝葉たちを集める機能を」

「それが、幻想と実体の境界ってわけ?」

「その通りよ、レミリア。汎人類史として成立し続けるためにはいくつか条件があるけど、その中の一つが多様性――幻想郷は不要とされ捨てられた可能性たちが、完全に消し去らないように保護する役割もある。場合によってはその可能性を外の世界に再放出し、多様性を調整するために」

「そう言えばいつだか、座敷童たちを外に出していたわね。すぐに帰って来たけど……ってちょっと待って紫! まさか()()()()()()()()()()()って、そういう意味なの!?」

 

 何かに勘付いたかのような霊夢に、紫はよくできましたと言わんばかりに微笑んだ。

 

「幻想郷は外の世界なしでは成り立たない……同時に外の世界も、幻想たちが完全に消え多様性が失われればいずれ剪定される時が来る。――とは言えこの世界の人理は未だ盤石。現時点では、万一の保険以上の意味はない。だけどね、困ったことにその“万一”を味わった身としては、手を打たざるを得なかったのよ」

「紫、あんた……」

 

 霊夢は複雑そうな表情をしていた。

 彼女とて紫との付き合いはそれなりに長い。

 だが妖怪の賢者と呼ばれた彼女が常に抱えていた危機感など、これまで知る由もなかったのだ。

 

「幻想と実体の境界を作るにあたっては、さっき話した聖杯と一緒に手に入れた死骸が参考資料として大いに役に立ったわ。やがて人の世の発展に伴い人理強度が増していくと、いよいよ人類社会に神秘の入り込む余地は減ってきた。そこで今度は博麗大結界を張って幻想郷の在り方をより確かなものとした。実際、この二つの結界を使った幻想郷の運用はうまくいったわ。私の想定を上回るほどに……でも皮肉なことに、そうなると今度は諦めたはずの過去が首をもたげたのよ」

 

 紫はゆっくりと歩き、境内に植わった桜の幹に手を触れた。

 

「落枝蒐集機構は、人理から否定された幻想を集める為の機能。……本来はこの世界のみに限定された機能だけど、仮に人理という大樹そのものに影響を及ぼすことができれば?」

『まさか……』

「ええ、剪定事象――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その可能性が出てきた」

『無茶だっ!?』

 

 ダ・ヴィンチちゃんが叫んだ。

 

『理屈の上ではそうかもしれないけど、幾らなんでも飛躍し過ぎだっ! 仮にうまくいったとしても、異聞帯が蘇ればそれこそ濾過異聞史現象が発生する! そうなれば、幻想郷はおろかそちらの世界がまるごと滅びかねない!』

「……ええ、そのことはよく理解しているわ。多分あなた以上にね。だからこそ、私も大幅にボーダーラインをとった上での実験を余儀なくされた。私の世界を丸ごとなんて言わない……そのごく一部だけでも、蘇らせたかった。もっとも、うまくはいかなかったけど。精々が幻想郷への移住者が増えて、異変の規模と頻度が増しただけだったわ」

「ちょっ、紫!? それって――」

「ふふ……そういう意味では、ここ最近起こっていた異変の黒幕は私ということになるのかしら? もっとも幻想郷も少々停滞気味だったから、それはそれで悪くなかったけど」

「私がどれだけ苦労したと思っているのよ!」

「ごめんなさいね、霊夢? でも、それももう無くなるわ。もっとずっと確実な手段が、私の前に現れた。そういう意味では、私の聖杯も最後に仕事をしてくれたってことかしら」

 

 幻想郷の賢者は――否、八雲紫という一人の少女は、カルデアの面々を見渡した。

 

「私が何を言っているかは、もうお分かりね?」

『やれやれ……私の推測は当たっていたということか。我ながらさすがに名探偵といった所か』

『ホームズ! 私に読めてきたけど、自画自賛してないで説明よろしく!』

『説明も何も、本人が目の前にいるのだから彼女に聞いた方が確実とも思うが……』

「あら、せっかくの名探偵の推理を拝聴する機会。説明役はお譲りしますわ」

『……そう言われては披露せざるを得ないな! まず、空想樹には異聞帯を蘇らせる機能がある。これは明白だろう。そして彼女が欲したもう一つのファクター――クリプターの特権とは何かな? 立香くん』

 

 いきなり話を振られた立香は目を白黒させながらも、頭を捻り言葉を出す。

 皆それぞれに優秀な力を備えたマスターだった。

 だがそれを抜きにしたうえで、共通する特権と言えば――

 

大令呪(シリウスライト)?」

「待ってくださいホームズさん! 大令呪には、まだ分かっていないことが多いはずでは? 今までの使用例は、オフェリアさんが英霊シグルドを強化するのに使ったくらい……その強化率は通常の令呪の比でありませんでしたが、その後オフェリアさんは――」

 

 悲し気に目を伏せるマシュ。ホームズはそんな彼女の言葉を受け継ぐ。

 

『ああ、その通り。だがもう一件、大令呪を使おうとした場面はあっただろう?』

 

 立香の脳裏によぎったのは、極寒に支配された獣国。

 そこの担当者であったクリプター。

 

「カドック……」

『ああ、我々が最初に対決したクリプター、カドック・ゼムルプス……彼は大令呪を使おうとしてこう言った。『この世界でダメなら、異なる世界を構築する』と。これは、空想樹と大令呪が揃えば新たなる異聞帯を構築することが可能ということを示唆している。……ここまでは既に判明していた事実から推測出来ていた。だが八雲紫にはそれをなす動機がない。ああそうさ、幻想郷の賢者である八雲紫には動機はなかった。だがあくまで彼女個人としてみた場合――』

 

 名探偵が犯人を名指しするように、その答えを告げた。

 

『――八雲紫。君は……自分の世界を取り戻すつもりだな?』

 

 その答えに立香は、思わず紫へと視線を向け直した。

 ――それは他の面々も同様で……

 その視線を向けられた少女は、その全てを受けとめた。

 

「ご名答――さすがは音に聞こえた名探偵」

『実際の所、今のは既に判明していた事実を並べただけだ。推理というほど大仰なものではないさ。賞賛の言葉は受け取るがね』

 

 だがかく言う名探偵の面持ちには、既に自慢げな色はなかった。

 

「それって……私たちと同じ……」

 

 呆然としたようにマシュが呟く。

 

『我々に移住を促したのは決して助け舟を出したわけではない……自分の世界を取り戻すのに邪魔だったという訳か』

 

 言葉面こそ批判的だが、ゴルドルフ所長の面持ちも晴れない。

 分かってしまったからだ――他の誰かならまだしも、他の世界を破壊し自らの世界を取り戻さんとするカルデアに、彼女を批判する資格はないと。

 

 そんな中で、レミリアが口を出す。

 

「なるほどね……ねぇ紫? あなた、こいつらの世界より自分の世界が正しいと思う訳? 陰謀によって葬られた世界よりも、正式に剪定されたあなたの世界の方が正しいって?」

「愚問ね、レミリア」

 

 紫は分かり切ったことをと、肩をすくめる。

 

「私の世界はもとより、“正しさ”の為に殺された。ならばそれを蘇らせようとする行為は、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「わかった上で突き進む、か。賢者様にそこまで我儘な面があったなんてね」

「幻想郷の妖怪なんて、みんなそんなものよ」

「違いないわ。私も含めてね」

「ちょっと……ちょっと待ってよ!」

 

 二人の妖怪の会話に、巫女が切り込む。

 その表情は焦ったような、信じられないことに気付いたかのようで――

 

「私には、剪定事象も汎人類史もよくわからない……でも紫! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 境内に木霊する霊夢の声に――紫は嬉しそうに……そして寂しそうに微笑んだ。

 

「――っ! 答えなさい! さっき、居場所だって言ったわよね!? それとも、自分の故郷の方が大事だって言うの!?」

「――全ての子は、いずれ親の手から離れ行くもの。幻想郷にも、その時が来ただけよ」

「そんな事言いながら、アンタだって親元に帰ろうとしているんじゃないの!」

「あら、うまく切り返されちゃったわね。でも私は境界の妖怪。私の境界は、その矛盾も許容する。――そしてこれが、決別の証」

 

 紫がすうっと、手を振る。

 立香には何が起きたのか分からなかった。

 ――だが霊夢は、ハッと目を見開く。

 

「今、何を――」

「博麗大結界のシステムを更新したわ。とはいえ基本的に機能は今までのものと変わらないから安心しなさい。結界の要には他に使い道が出来たから、サブの方に切り替えたの。ここ最近の実験データの収集から、新しいシステムの構築も終わっていたしね。元々アレをいつまでも要として使い続ける訳にもいかないと思っていたから、今回のことはちょうどよかったわ。これまでよりも安定的かつ、安全に管理できる結界。管理者として、藍も置いていくわ。――これで、幻想郷は私抜きでもやっていける」

「ふざけるなっ! 散々人をこき使って来て、自分勝手に話を進めて!」

「そういえば霊夢――あなた、ここの祭神を知らなかったわよね?」

「は? いきなり何の話を……」

「いえ、無理もないわ。私もカルデアが来るまでは、この死骸の名前は知らなかったのだから」

 

 紫がスッと、手を上げる。

 ――今度の変化は、劇的だった。

 もっとも……それは立香にとって、予期せぬものだったのだが。

 

 地響きと共に、巨大な異形が立ち上がる。

 キィシャァァァァァァ!! と、耳をつんざくような叫びをあげる。

 霊夢はそれを前にポカンと立ち尽くし、やがてハッとしたように叫ぶ。

 

「ちょ、この感覚……まさかずっと私と繋がっていた、結界の――。それに何? まさかコレが博麗神社の祭神だったっていうの!? ()()()()()()()()()()()()()!」

 

 彼女の叫びは、ソレの造形を端的に言い現わしていた。

 体中に瞳をこびり付けた、異形の肉の柱。

 カルデアにとっては、身に覚えがあり過ぎる存在。その名は――

 

「魔神柱っ!?」

 

 人理焼却事件において暗躍した人類悪――ビーストⅠ・ゲーティア。

 その72分の1にして、眷属たるおぞましき魔神。

 この異郷の地では、あり得るはずのない邂逅。

 

 だがそれを確認したシオンは、冷静な声で呟く。

 

『やはりそうでしたか……』

「シオン! 何か知ってるの!?」

『ええ、先ほど話した幻想郷の結界に確認された霊基パターン。加工こそされていましたが、魔神柱のソレと酷似していました。そしてようやく納得がいきました。カルデアが幻想郷とつながったのは、聖杯によるものだけではない。カルデアと魔神柱との、切っても切れない因縁が関連していたのでしょう。――もっとも、何故魔神柱がここにいるのかまでは分かりませんが……』

 

 シオンから視線を向けられた紫は、魔神柱の前に立ち答える。

 

「先ほど話した、聖杯と一緒に拾った死骸ですわ。最早意思も精神も宿さず、ただ力の塊としてだけ存在する骸。――これが何なのかは私も長年の疑問でしたが、その性質は解明できた。人理補正と人理焼却――矛盾する異なる性質を有するこれは、幻想郷の結界を作る上で参考になり、触媒としても上物だった」

『やはり……幻想郷の結界には、人理を限定的かつ小規模に崩壊させる機能があるのですね』

「ええ、その通りよ。元より通常の人理の中では存在できないモノたちを受け入れる為の処置。不安定になった人理は、時にあらゆる可能性を受け入れうる柔軟性を発揮する。そのことは、あなた達もよくご存じのはず」

「――っ!」

 

 思い当たる節が、多過ぎた。

 カルデアに属する、通常の人理の内では存在しえない多くのサーヴァント。

 人理が不安定な今だからこそ許される、例外たち。

 ――そう言えば、幾人かのサーヴァントが言っていたか。

 幻想郷は、カルデアによく似ていると。

 

「もっとも人理から剥離し過ぎれば今度は本格的に特異点化するし、その辺りの微調整は本当に大変だったわ……おまけに龍神がガチギレするし――いえ、この話は止めましょう」

 

 紫は一瞬苦々しい顔になるもののそれを振り払い、話を続ける。

 

「そう言えば酒吞さんが昨日おっしゃっていました。この国では、昔から何でも神様にしてきたって……」

「その通り。怨霊も荒ぶる神も時に調伏し、時に宥め、時に煽て神として自分たちを守るよう定義付けしていった。私が言えた話ではないけど、本当にちゃっかりしているわ。――この死骸も、そうやって博麗神社の祭神に祀り上げ結界の要とした……もっとも下手に意思に目覚められても困るから、名前は与えなかったけど。巫女の役割はこの魔神柱の制御。幻想郷をあくまで人理の内に止め続けるには、人間の巫女こそが相応しかった」

「わかったわ! ウチの神社に参拝客が少なかったのは、こんな変な神様だったからね!?」

「それは純粋にあなたの営業不足。というか立地が悪いのよ、立地が。神社の性質上仕方ないけど。とはいえもう空っぽの神社だから、次はあなたの好きな神様に祭神になってもらいなさい」

 

 興味深そうに魔神柱を眺めていたレミリアが、ふと呟く。

 

「それで紫――こんなものを喚び出してどうするつもり? さっき使い道があるって言っていたけど」

「――ああそれは……こうするのよ」

 

 魔神柱の周りを、数多の光る文字が囲む。

 それは魔神柱を縛り付けるように取り囲み、吸い込まれていく。

 

「新たな名を与えます――あなたは魔神柱パラドックス。矛盾を内包したその身にて、私の力となりなさい」

『――っ、式神化した!?』

「そして――こう」

 

 式神と化した魔神柱は光の粒子となり、紫の中に吸い込まれていった。

 

「完全憑依っ!?」

 

 霊夢の言葉を、紫は捕捉する。

 

「だけではないわ。都市伝説異変、英霊と幻霊の融合。異なる力と霊基を組み合わせる参考資料には事欠かなかった。それに私の境界を操る程度の能力を応用すれば、魔神柱の力――人理を喰らう獣の力を我が物にすることもできる」

『八雲紫の観測結果に変化を確認! ――霊基パターン、ビーストⅠ!! 魔神柱と同質です!』

「これから私が戦う相手は、異なる人理。だったら人理を滅ぼす獣ほど、振るうのにふさわしい力はないでしょう? ――さて、これで一通りこちらの事情は話したかしらね。私たちはお互いの事情を知った。ここからは、競争相手」

 

 八雲紫は、不敵な笑みを浮かべ宣言する。

 

「あなた達カルデアは、自分の世界を取り戻す意思を示した。そして私も、忌まわしき剪定の手によって葬られた我が過去を取り戻すっ! ――されどこの二つの願いが同時にかなうことはない。用意された椅子は一つ。ならば結論は決まっている。始めましょう――あなた達が三度繰り返した戦いの続きを。どちらが世界を取り戻すか――力をもってその証明を!!」

 

 彼女から発せられる魔力と戦意――それを前に、一斉に身構える。

 

「――っ! 八雲紫の戦闘態勢への移行を確認! アーマード・マシュ、行きます!」

「早速出番――でもいつもの事! 私も切り込むわ!」

 

 マシュが盾を、武蔵が二刀を構える。

 互いの陣営に緊迫した空気が張り詰める中、霊夢が呟いた。

 

「……わかったわ」

「霊夢――あなたは下がっていなさい。これは弱肉強食の究極。元より異変ではない。巫女たるあなたの出る幕はないわ」

「何を寝ぼけたことを言っているのかしら? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 霊夢がお祓い棒を、ビシィっと構える!

 

「もともと妖怪相手にまっさきに話合いなんてのが間違っていたわ! まずは一旦ぶちのめす! 後のことはそれからよ!」

「つまりこれは、正式な異変ってことよね?」

 

 霊夢の言葉に、レミリアがニヤリと唇を歪める。

 

「フフ……合法的に紫をボコれる機会なんてそうそうない。私も参戦させてもらうわよ!」

 

 言うや否や、彼女の手に光が集まり一瞬にして巨大化――レミリアの身の丈をはるかに上回る長大な槍と化す。

 

「スピア・ザ・グングニル!!」

 

 吸血鬼の膂力で投擲される、巨大な槍。

 それは放たれてコンマ1秒にも満たぬ時間で紫の身へと到達し――そのまますり抜けた。

 

「は?」

「下がりなさいっ!」

 

 ポカンとするレミリアを押しのけ、険しい顔の霊夢がお札を投げる。

 それは紫の周りを囲み結界を構築するが――

 

「腕を上げたわね……でも今の私の前には無意味」

 

 紫はその拘束を何事もないかのように、あっさりと抜け出した。

 

「それは――私のっ!?」

「急造品にしてはよく出来ているでしょう? あなたの夢想天生をモデルにしたスキル。そうね……ネガ・グレイズとでも名付けようかしら? 効果は言わずもがなね。最早私には、攻撃がかすることさえない」

「霊夢のインチキ奥義!? このっ、なんてものを!」

「でも困ったわね。レミリアは別にいいけど、霊夢を相手取るつもりはないし……場所を変えるとしましょうか」

 

 次の瞬間、立香の視界が一気に下がった。

 

「ようこそ――私の顕界にして冥界(ネクロファンタジア)へ」




〇魔神柱パラドックス
八雲紫が世界を彷徨う最中訪れた特異点でたまたま見つけ、回収した死骸。カルデアに敗北し、虚数空間を彷徨った果てに特異点を構築していた。最早意思も精神も宿さぬ骸であり、自発的には行動しない。されどその身は極めて高性能な魔術素材・触媒として機能する。八雲紫はこの死骸を解析し、人理を喰らう獣としての要素を解析。幻想郷を覆う結界の参考資料にした。
博麗大結界の祭神として祀り上げることでその力を高め、要として利用。ただし参拝客があまりいなかったので、力はそんなに増えなかった。なお、単独顕現スキルにより信仰がなくとも存在し続ける。
此度は新たにパラドックスの名を与えられ式神化。とはいえやはり意思はなく装備品扱い。その名は、矛盾を内包し続けた紫が自分を皮肉る形で名付けた。ちなみに要を失った博麗大結界は、幻想郷の地脈を利用する形に更新され基本的な機能は据え置き。

〇八雲紫 クラス:ビーストⅠ
スキマ妖怪。幻想郷の賢者――なのだが、本作においては一個人として目的に向かって邁進する。独自に発展し、当たり前のように切り捨てられた世界の生き残り――その果ての姿。作中においては自らの世界を再生させるために行動する――が、実際のところ彼女は……。
魔神柱をある種の礼装として扱うことで、ビーストⅠの霊基を身に着ける。カルデアに確認されている例では、アメリカ合衆国歴代大統領を礼装とし自身の概念を補強するトーマス・エジソンがもっとも近い。――とはいえ、現時点ではあくまで疑似的に再現されたビーストであり、本来のビーストではなく獣の証たる角もない。カルデアの行動が予想以上に早かったため不完全な融合であり、魔力の上昇、単独顕現の獲得に留まっている。

・境界を操る程度の能力EX
「境界」と名がつくものならほぼ全てを支配下におく。論理的創造と破壊の能力。物理、空間、概念と万象に通用する能力であり、神に匹敵すると称されることも。

・単独顕現E
単体で現世に現れるスキル。単独行動のウルトラ上位版。本来はビーストしか持ち得ぬ特性。このスキルは“既にどの時空にも存在する”在り方を示しているため、時間旅行を用いたタイムパラドクス等の時間操作系の攻撃を無効にするばかりか、あらゆる即死系攻撃をキャンセルする。――が、八雲紫の場合はネガ・グレイズとの兼ね合いから最低限までランクダウンしている。

・ネガ・グレイズ
境界を操る程度の能力により自らの存在の境界を限りなく曖昧にすることにより、自身の存在の可能性を極限まで拡散。本来はそのまま消滅するところだが、単独顕現により存在が確定しているため“存在しないのに存在する”という矛盾した状態が成立してしまっている。不透明な透明妖怪。あらゆる干渉を受け付けず、当たり判定が消失する。
博麗霊夢の夢想天生をモデルにでっち上げた急造スキルであり、カルデアの戦績を知った八雲紫が『確実に勝利できる力』よりも『絶対に負けない力』を必要としたことから誕生した。
その反面相殺し合うためか単独顕現のランクが最低限まで落ち、素の耐久力も著しく減少している。とはいえ弊スキルが発動している限り、あらゆるダメージは発生しない。
ちなみにネガ・グレイズは八雲紫が勝手に名付けただけであり、本来ビーストが持ちうるネガスキルではない。



いつもの倍くらいの文量になってしまった……
という訳で、クライマックスフェイズです。八雲紫に関しては原作・二次創作のほぼ全てにおいて行動原理が“幻想郷の為”であるため、本作ではかなりの変化球になっています。
FGOプレイヤーの方には何となく想像がつくかもしれませんが、FGOにて武蔵ちゃんが実装された時に、“もしも八雲紫が同じ境遇だったら?”とふと思いついたことが今作の大本になっています。
今回の話で彼女の目的も一応明らかになりましたが、内面は色々と複雑。その辺りは次話やマテリアルで捕捉していこうかと。
ってか独自設定の部分が色々とトンデモ理論ですが、“そういう解釈もある”と全てを受け入れる心で生暖かく流してもらえればとw
このSSもいよいよ残り数話といった所ですが、最後まで書きあげるつもりです。


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落枝蒐集領域幻想郷 その16

幻想郷ファーストバトルにして、ラストバトル。


 ――スキマを抜ければ、そこは奇妙な宙だった。

 果ての見えぬ宙には幾つもの道路標識やがらくた。

 挙句の果てには電車なんてものまで漂っている。

 特に目を引くのは、そこら中に見える数多無数の瞳。

 近くにあるように見える瞳でさえ、決して触れることができない。

 生き物の気配などないこの宙にいる命は、立香自身と彼女のみ――

 

「ようこそ、私の顕界にして冥界(ネクロファンタジア)へ」

 

 八雲紫。幻想郷の賢者――いや、今の彼女は失われたモノを求める一人の少女。

 上も下も前も後ろもない宙で、彼女と向き合う。

 

「ネクロファンタジア……」

「ここは境界の定まらぬ可能性の宙にして、形無き原初の海。どこでもあって、どこでもない――そんな場所よ」

 

 ゆったりと、余裕をもって彼女は説明する。それはそうだろう。

 八雲紫と藤丸立香。1対1になってしまえば、力の差は天地ほどに離れているのだから。

 

「戦力の分断は戦術の基本――卑怯なんて、言わないわよね?」

「――っ!?」

 

 身構える立香に、紫は諭すように語りかける。

 

「安心しなさい。最初から殺すつもりはないわ。――契約もあることだし」

「……契約?」

「でも、最後に一度だけ聞いておこうかしら? 私に手を貸すつもりはない?」

「断る」

 

 立香の疑問を無視し再度の提案をしてくる彼女へと、はっきりと意思を示す。

 

「……この状況でも、か。分かってはいたことだけど、人間って不合理な生き物。時に生き物として欠陥なんじゃって思えるくらいに――でもだからこそ、か……」

 

 紫は納得したかのように宙を仰ぎ、そして立香に視線を戻す。

 

「だったら無理やりにでも協力してもらいましょう」

「――何を、するつもり?」

「あなたを私の式神にします。あなただけではなく、カルデアスタッフ全員を」

「そして、異聞帯攻略を?」

「ええ、しばらく不便はするかもしれないけど事が終われば開放するわ。――後はこちらの世界で、好きに生きるといいでしょう」

 

 ――やはり、彼女は……

 立香は何となく勘づいていたことを、改めて考える。

 そして、口にする。

 

「聞きたいことがある」

「何かしら?」

「あなたが――君がオレに問うたことと一緒だ。君には、本当に世界を滅ぼす覚悟があるのか?」

「――っ」

 

 紫の余裕が、僅かに揺らいだ。

 

「異聞帯の人たちを、虐殺する覚悟が――」

「……それでも、やらなくてはいけないのよ。私の世界を取り戻すためには――そう、これはどこにでもある当たり前の弱肉強食のお話」

「でもそれに納得できなかったから、幻想郷を作った」

「………………」

 

 沈黙する彼女に、立香は一つの確信を告げる。

 

「オレには、君が無理をしているようにしか見えない」

「あなたに私の何がわかると――」

「わかるよ」

 

 紫の抗弁に、自分の言葉を重ねる。

 

「オレも、ずっと無理しているから」

 

 元々は、本当に何の変哲もない学生だったのだ。

 それがレイシフトの適性を見出され、何も知らぬまま人類史を巡る旅を始めることになった。

 命のやり取りどころか喧嘩すらろくにやった事がない

 早々命の危機を感じることなどない現代日本で、ずっと生きてきたのだ。

 怖い事もあったし、辛い事もあった。無理を通さず進めるはずもなかった。

 

「でもオレにはみんながいたから、何とか頑張ることができた。でも君は、一人でそんな場所に行こうとしている。それにこれから向かおうとしている異聞帯のことだけじゃない。この幻想郷でも君は……」

「――もう、それを言う資格は私にはないのよ。安全策を取っていたからと言って、私が自分の欲望のために幻想郷を利用していたことには変わりない」

「それは後ろめたさ? だからもう、幻想郷にいる資格はないと思っている?」

「……親しくもない女の懐に、踏み込み過ぎよ」

「オレもそう思う。でも多分、誰かが言わなきゃいけない事なんだ」

 

 はっきりと、彼女の瞳を見据えて。

 

「君は多分、自分で思っているよりもずっと優しいから」

「――っ!」

 

 本当に目的のみを優先するのなら、もっとやりようはあったはずだ。

 自分を式神化して操ることができるなら、仕掛けられるタイミングは他にもあった。

 でも彼女は真っ先に、対話という選択肢をとった。

 

 幻想郷に対しても同じ。

 その誕生から今に至るまで、ずっとずっと育み見守ってきたのだ。

 義務感だけで済む話ではない――ならばそこにあったのは、きっと“愛”なのだろう。

 

「……くっ?」

 

 そこまで考えたところで、立香の意識が揺らいだ。

 

「始まったわね」

「何、が……」

「言ったでしょう? ここは境界無き宙。ここに浸り続ければ、どんな存在であろうと自分を保ち続けることはできない。――この私以外は」

 

 紫の手のひらに、光の文字の帯が浮かぶ。

 

「カルデアからの存在証明がない今、あなたは間もなく意味消失によって消え去る。そうなる前に、あなたに式を打ち込みます」

「――な!?」

「例えあなたの妄言が正鵠を射ていようと、最早私のやることは変わらない。次にあなたがはっきりと自意識を取り戻すとき、もうあなたの戦いは終わっています。――さようなら、我が先達。あなた達を乗り越えて、私は過去を取り戻す」

 

 光の文字の束が、紫の手から離れる

 それは刹那の間に立香へと到達し、取り囲み――

 弾き飛ばされた。

 

「……なんですって?」

 

 紫が目を細める。予想外の出来事だったのだろう。

 ネクロファンタジアは彼女の支配領域。

 だからこそ、そこで起きる未知の事態に動揺を隠せない。

 

「あなたが優しいというのは、私も同意します」

 

 立香から幽体離脱するように、一人の少女が姿を現した。

 青い瞳に青い髪、そして真っ赤なサンタ帽。

 

「あなたは結局、幻想郷を明確に脅かした比那名居天子を殺さなかった。それが答えなのでしょう」

「ドレミー・スイート!? まさか、彼に憑りついていた!?」

 

 紫にとって、完全に予想外の登場人物。

 立香にとってもそれは同じ――夢の中であった女の子。

 

「こんにちは――そしてこんばんは、カルデアのマスター。ですがその眠りは夢にすら至らぬ絶無。そこへは到達させませんのでご安心を」

「……夢の支配者たるあなたが、一体何の用かしら? 以前の意趣返し?」

「ああ、あなたにはそちらの顔ばかり見せていましたね」

「? ……一体何を?」

「私は獏――あなたの悪夢を食べにきました」

 

 ――紫が、虚を突かれたかのように息を飲んだ。

 

「悪夢、ですって……? いえ、いいでしょう。確かにあなたは、元よりそのような妖怪。ですが夢を主体とするあなたに、この場で一体何ができると――」

「あなた自身が言ったでしょう。ここは“どこでもあって、どこでもない”と。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 紫の表情が、今度こそ驚愕に彩られた。

 

「莫迦なっ!? この空間の支配権を奪われた!?」

「夢の世界であるのならば、私に干渉できない道理はない。あなたが夢を見ている時、夢もまたあなたを覆っているのです」

「そんな屁理屈みたいな理由で――」

「屁理屈云々に関しては境界を操るあなたに言われたくはありません。――とはいえ私の支配権は精々2割といった所ですか」

「そのようね……結局大勢は変わりません。あなたには、早々に出ていって貰いましょう」

「あなたの境界は、万象に影響を及ぼしうる力です」

「……それがどうしたというの?」

「それは同時に、万象から影響を受けうるということを、あなたは自覚すべきでした。あなたの支配権にひびがはいった今――ほら、来ますよ」

 

 ネクロファンタジアに、亀裂が入った。

 そこから姿を現したのは――

 

「マスター! ご無事ですか!?」

「マシュ!」

 

 同時に立香の意識もはっきりとする。

 

『存在証明を再開――ってうわ!? これ結構危ない状態だったよ!?』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの慌てる声。でも今は、それが何とも頼もしい。

 他の面々もこの空間に入り込んでくる。

 宮本武蔵、博麗霊夢、レミリア・スカーレット。

 そして最後に現れたのは、初めて見る黒髪の美しい少女――

 

「……蓬莱山輝夜?」

 

 紫が困惑したように、その名を呼んだ。あるいはドレミーの時以上に、なぜ彼女がここにいるのかわからないと言うように。

 

「立香君! そっちの青髪の可愛い女の子は!?」

「味方! そっちの子は!?」

「マスターが消えた後、急に神社の中から出てこられました! その後この空間への道を拓いてくれて……」

 

 立香が輝夜と呼ばれた少女を見ると、彼女もまた立香を見つめてくる。

 まじまじと、それはもうまじまじと。

 

「ふーん、確かに普通ね」

 

 それが輝夜の第一声だった。

 

「念の為、藍に足止めを言づけておいたはずだけど?」

 

 それに答えるはレミリア。

 

「それならウチの美鈴が相手をしているわ」

「……あんな木っ端妖怪一匹に、藍の相手がつとまるわけがないでしょう」

「何があったかは知らないし興味もないけど、今のあいつなら任せられそうだったから任せてきた――それだけよ」

「――っ」

 

 紫は知っている――博麗霊夢のここぞという時の勘の良さを。

 彼女がそう言い切ったのなら、冗談でも何でもないということを。

 

「結局来てしまったのね」

「当たり前でしょう。これは異変で、主犯はあんた。だったら巫女の私が退治するまでがセットなの」

 

 続き、輝夜へと視線を移す。

 

「あなたはどういうつもりかしら、輝夜? 宇宙人の出る幕はないわ。物見遊山のつもりならエリア51に帰りなさい」

「どこよそれ。まあ簡単な話なのだけど……」

 

 輝夜は立香の顔を改めて見る。

 

「彼に関しては、私の方に先約が入っているの。後からしゃしゃり出てきたやつに勝手に篭絡されても困るのよ」

「……相変わらず、あなた達の言うことは意味不明ね」

「そんなに難しい話ではないのだけど」

「あなたも私の敵に回るということかしら? 単独顕現を得た今ならあなたの能力でも、あるいはフェムトファイバーでさえ――」

「ああ、別に物見遊山っていうのは間違いじゃないわ」

 

 あっけらかんと、輝夜は言い放った。

 

「私はただ、あの2人が認めた殿方の雄姿を見物しに来ただけ。ほら、私姫だし? 殿方の戦場であんまり前に出るのははしたないかなって? ついでにおまけは連れてきたけど」

「よくもまあいけしゃあしゃあと……」

「私、男を立てる女なの。ばぁやは、まあ色々とあれだけど」

 

 そう言って彼女は、何かを思い出したかのようにクスリと笑った。

 

「――ああ、でもそうね。折角の機会なのだし……難題の提示はしておこうかしら?」

 

 輝夜はスッと宙を駆け、立香の前に移動する。

 

「藤丸立香――あの二人の契約者」

「あ、ハイ」

「あなたに最新の難題を与えます。――無理難題を言いつけてきた私の中でも、間違いなく過去最高難易度。達成するためには、想像を絶する苦難と困難が待ち受けていることでしょう」

 

 月の姫は厳かに、そしてどこまでもやわらかに告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。――それが成し遂げた暁には、結婚してあげるわ」

 

 藤丸立香――人生で初となる、求婚を受けた瞬間だった。

 ――いや、別に初ではないのだが。きよひーとか。

 マシュなんかあまりの衝撃の為か口をパクパクさせている。いや、立香も同じ気持ちだが。

 他の面々もポカンとしているし――いや、霊夢は少し頬を赤く染めて目を逸らしている?

 

「あなた、バカじゃないの?」

 

 最初にフリーズから復帰した紫が、率直にそう告げた。

 対する輝夜は、余裕をもって答えて見せた。

 

「殿方のやる気をくすぐるには、こうするのが一番いいのよ。複雑怪奇な少女と違って、殿方の心境なんて単純なもの。やぁねぇ、長く生きているのにそんなのことも知らないのかしら?」

「知らないわよ! これまで男の人とお付き合いしたことなんてないんだしっ! あっ……」

 

 しまったという表情になる紫。

 いたたまれない沈黙が、辺りを包んだ。

 そんな中輝夜はそそくさとドレミーの元まで移動し、ひそひそ話を始める。

 

「聞いたドレミーさん? あんないかにも経験豊富ですって顔して、殿方とお付き合いしたこともないんですって」

「あんまりそんな事言っちゃだめですよ、輝夜さん。恋の一つも出来ていれば、ここまで拗らせてはいませんから」

「聞こえているわよあなた達! わざわざちゃんと聞こえる声で言うのなら、ひそひそ話の振りなんてしないでくれる!?」

 

 言い放ち、息を吸い、そして大きく吐く。

 ――その一連の動作を行い、紫は改めて一同を睥睨する。

 

「――まあいいわ。何人増えようと同じ事。茶番はここまでにして、早々に決着をつけましょう」

「それには私も同意見です!!」

 

 ――いつの間にか、武蔵が紫の背後まで迫っていた。

 地面のないこの宙ではあるが、そこら中に浮く標識やガラクタを足場に移動したのだろう。

 もとより彼女は兵法家――不意打ちだろうが躊躇わない。

 

「だから攻撃など無意味だと――!?」

 

 そう言いかけた紫が武蔵の一撃に回避という選択肢をとったのは、長年培ってきた勘故か。

 そしてその判断は正しく――武蔵の斬撃は、紫の頬に薄い切り傷を付けていた。

 

「くうっ――!?」

 

 直後、大きく距離をとる。

 結果紫がいた空間に放たれた斬撃は空を切り、武蔵は惜しそうな顔をする。

 

「ちょっと! 何でアンタは切れるのよ!?」

「知りませんが、切れるものは切れる!」

 

 レミリアの言葉に、武蔵は端的に返す。

 その答えは、切られた側である紫から示された。

 

「ありえない……今の私に傷をつけられるなんて、それこそ――まさかあなたの目は、■■と同系統のっ!?」

「武蔵ちゃんオフェンス! マシュはディフェンス! 他のみんなは援護を! 武蔵ちゃんの剣を、届かせて!」

 

 一連の結果を見た立香は、瞬時に指示を飛ばす。

 同時に一同は認識を共有する。この戦い――鍵を握るのは武蔵だと。

 

「ならば、私が道を作りましょう」

 

 ドレミーが言うと同時に、ネクロファンタジアの中に幾つもの柱が出現する。

 

「ナイス! 可愛くて有能なんて最高!」

 

 武蔵は柱を足場に、早速駆けだす。

 

「境界でみなさんの体を直接弄らせる真似もさせないので、ご安心を。私はこの場の制御に力を割くので、加勢は出来ませんが」

「十分! ありがとう!」

 

 立香は礼を言い、ドレミーは頷く。

 対する紫は顔を険しくしながらも、一帯に弾幕を展開する。

 

「このタイミングで、天敵ですって? 何よ、これ……なぜこうも、あなた達にばかり都合のいい風が吹く!? ドレミーならまだしも、普段何もしない引きこもりまで動くなんて!!」

「私、幾ら事実だとしても口にしない方がいい事があると思うのだけど」

「黙りなさい! まるで運命が味方でもしているように――まさか!?」

 

 紫はハッとしたかのように、レミリアを見る。

 

「え? 私? 別に何もしてないけど」

「そこはせめて何かしておきなさい! そんなだからカリちゅまなんて言われるのよ!」

「風評被害!?」

 

 レミリアは愕然とした表情を浮かべながらも、同じく弾幕を撃ち放つ。

 そんな中霊夢は静かに立香の元によると、そっと耳打ちする。

 

「ねえ? あの剣士は、紫の無想天生擬きを破れるかしら?」

「必ず」

「即答ね――だったら私のやることは決まっているか」

 

 一方武蔵は、柱を蹴りつつ紫への距離を詰めんとする。

 

「くうぅぅぅっ! 前からも後ろからも雨あられ! これは西部の鉄火場以上ね!」

 

 色とりどりの弾幕の雨を潜り抜け、時に切り払う。

 突進してくる廃電車を逆に足場にし、彼女を突き刺さんとする魔神柱を切り捨てる。

 時に開いたスキマから卒塔婆や墓石が飛び出るが、それすらも避けて通る。

 

「剣技一つでなんてでたらめ――それにスキマが思うように使えない……ドレミー・スイート。まさかここまで!」

 

 忌々し気に目元を歪めながらも、手を掲げる。

 その動作に連動するように紫の背後に魔神柱が顕現し、無数の瞳を光らせる。

 

「『焼却式――矛盾証明(パラドックス)』!!」

 

 数えるのも馬鹿らしいほどの弾幕と熱線が、ドレミーを狙う。

 ドレミーは今現在、ほぼ無防備。――が、それを黙ってみてはいない。

 夢の支配者の前に身を躍らせるのは、カルデアの誇る盾の乙女。

 

「真名、凍結展開。これは多くの道、多くの願いを受けた幻想の城──呼応せよ! 『いまは脆き夢想の城(モールド・キャメロット)』!!」

 

 顕現するはモザイク交じりの白亜の城。

 焼却式に続き、無数の弾幕や極太のレーザーも降り注ぐ。

 

「っ!! なんて圧力――でも、凌ぎきって見せます!」

 

それでも夢想の城は、少女の心が折れぬ限り決して崩れない!

――そしてその光景を横目に宙を駆ける、紅い悪魔。

 

「ほら! 飛ぶわよ!」

「わお! 美少女に抱かれて飛ぶなんて、新鮮な体験!」

 

 レミリアは後ろから武蔵を抱きかかえ、縦横無尽に飛び回る。

 さながら弾幕の網目を縫う曲芸飛行のように――

 カクカクと直角に、時に曲線を描きながら――

 ――が、生き馬の目を抜くように飛ぶ彼女の羽を熱線が貫く!

 

「大丈夫!?」

「すぐ治るっ! でもここからは走れ! ほら、霊夢が足場を作ったわ!」

 

 武蔵の周囲に、幾つもの正六面体状の結界が現れる。

 トントンと、軽快に結界を蹴り進む。

 その勢いのまま更に紫へと迫らんとするが――

 

「くっ!? 糸っ!?」

「『八雲の巣』――なかなかの健脚でしたが、そこで打ち止め。所詮は剣客。その剣の届く内に、私の姿はない。あなたは契約の範囲外――このまま霊核を潰します」

「……認めましょう。“剣豪宮本武蔵”では、あなたには敵わない。でもそっちも忘れているんじゃない? 今の私は、“サーヴァントの宮本武蔵”だっていうことを――!!」

 

 その啖呵に同調するように、立香が叫ぶ。

 武蔵の意図を、つぶさに読み取って。

 

「令呪をもって命ずる――」

 

 右手の甲に刻まれた刻印を掲げ――

 

「跳べ!! 武蔵ちゃんっ!!」

 

 三つある絶対命令権の一つ。

 ノーモーション且つノータイムでの空間転移。

 宮本武蔵は光となり――その直後、八雲紫の眼前に迫っていた。

 

「つっ――舐めるなっ!!」

 

 刀を振り抜かんとする武蔵に、紫はスキマから取り出した愛用の傘の切っ先を最速最短で突き放つ。

 それは単なる雨除けや日除けに非ず。

 膨大な妖力を纏った、下手な魔剣を上回る凶器。

 

「――伊舎那大天象っ!!」

 

 対する武蔵も、無空にしてその生涯の具現たる奥義を振り放つ!!

 

「あら」

 

 その光景を見ていた輝夜は、口元をほころばせる。

 心底珍しいものを見たと言わんばかりに。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 赤い華が咲く――

 凶器と化した傘の切っ先は、武蔵の胸を大きく貫いていた。

 

「武蔵ちゃんっ!!」

 

 立香の叫び――それに対し武蔵は口元から血を垂らしながらも、ニイっと笑みを返して見せた。

 

「その宿業――確かに断ち切りました!!」

 

 紫の背後――魔神柱パラドックスに縦の大きな亀裂が入り、割れた。

 そして異形の魔神と繋がっていたスキマ妖怪。

 紫はその美しい顔立ちに脂汗を浮かべながら、唸る。

 

「くっ!? でもまだ――ネガ・グレイズが機能停止しただけ! 私はまだ、負けては――!!」

「いえ、終わりよ」

 

 静かに――そして絶対の宣言を、背後に立った博麗の巫女が告げる。

 

「あの似非無想天生が機能停止しただけ? バカ言うんじゃないわ。繋がっていたせいか、アンタへのダメージも大きい――もう境界の力もうまく使えなくなっているんでしょう?」

「霊……夢」

「第一、あの動きのキレのなさは何よ? 情けない――大方手に入れたばかりの力を持て余していたんでしょう? さっきまでの紫は無敵だったかもしれないけど、それでもいつものアンタの方がよほど手強かったわ」

「――ぁ」

「いい加減、少し頭を冷やしなさい。そしてこれが本家本元――『夢想天生』」

 

 霊夢の周囲に数個の陰陽玉が浮き上がり――放たれた無数の札が紫を包み込んだ。

 

                      ◇

 

 ――光が晴れると、一同は博麗神社の境内へと戻っていた。

 真っ先に目に入ったのは、傷だらけで双剣を持ったまま膝をつき荒い息を吐く美鈴と、その傍らに倒れ込んだ九つの尾を持つ女性。

 

「あら美鈴、大金星じゃない」

「はぁー、はぁー、いえ、アハハ。この怪異殺しの剣のおかげですよ。それに藍さんも、迷いがあったんでしょうね。そうじゃなきゃ普通に負けてました」

 

 マシュは胸に大穴を開けた武蔵に心配そうに駆け寄る。

 

「武蔵さん! すぐに回復能力を持ったサーヴァントに来ていただいて――」

「いやー……ごほっ。いえ、いいわ。今回は時間切れっぽい。もう少ししたら次の世界に跳びそうだから、その時に一緒に治るでしょう」

 

 そして境内にて仰向けに倒れていた紫が、呆然としたように告げる。

 

「負け、か……本当に、肝心な時ほどうまくいかないものね。ねぇ、カルデアのマスター。私はどうして、負けたのかしらね?」

 

 立香は少し考えて、答える。

 

「多分、誰にも頼らずに自分だけで何とかしようとしたから――じゃないかと」

「バカバカしい」

 

 霊夢にバッサリと切って捨てられた。

 

「そんなもの、紫がバカだからに決まっているでしょう。そして私が巫女だった――理由なんて、それくらいのものよ」

「ふ、ふふふ……本当に、容赦ないわね。霊夢は……でも、それでも私は――」

 

 ポツリポツリと、紫は呟く。

 

「空想樹の存在で、世界を丸ごとなんて欲が出たけど――私は……本当はただ、もう一度だけでも会って、ちゃんとお別れを言いたかった」

「………………」

「叶うなら幻想郷も見てもらって――こんな素敵な場所を作ったんだって、自慢したかった。ふふ――きっと、目を輝かせて喜んだでしょうね。本当に、そういうのが好きだったから」

「紫、アンタ……」

「あなたにも、会ってほしかった。霊夢は素敵な巫女だから、きっと彼女も気に入ったと思うわ。幻想郷は、全てを受け入れる……でも一番来てほしい相手は、いつまで経っても現れることはない――それは、残酷な話なのかしらね」

 

 誰も、何も言えなかった。

 賢者と呼ばれた少女の、本当に内に秘めた願いを前に……

 

「あの~、紫さん?」

 

 ――が、それでも口を開く者がいた。

 

「何かしら、宮本武蔵?」

「いえね。ちょっと聞きたいんだけどひょっとして、あなたが会いたい人ってあなたが言っていたオカルトサークルの相方って人? 私の天眼と同系統の目を持っているってのもその人?」

「ええ、まあそうだけど……」

「だったら生きているかもしれないわよ。その人」

「は?」

 

 突然の告白に、紫はポカンとした表情になった。

 

「何を隠そうこの女武蔵。剪定から逃れ平行世界漂流の原因となったのはこの天眼なのです。だったら私と同系統の目を持っているっていうんなら、同じように生き延びている可能性はあるはずよ」

「……確かに、可能性はあるけど。それは、あまりにも希望的観測。それこそ天文学的な――」

「うん、その通り! でもそこでもう一つ。あなたの話を聞いてちょっとデジャヴを覚えていたんだけど……」

 

 武蔵はマシュに支えられながら、この世界最後の時間をそれを伝えるために費やす。

 

「私も漂流者として数多世界を渡り歩いてきたわ。その中でもいろんな出会いがあってね。打倒父親を目指して日々地下闘技場で戦いに明け暮れる、ちょっとゴツイけど可愛らしい格闘少年とか。一市民と思いきや実は宇宙人とのハーフで、巨大な絡繰り人形を操る騎士だった可愛い系の少年とか」

「いきなりアナタの性癖をカミングアウトされて、私にどうしろと? 境界を弄って私に可愛い男の子になれと?」

「いやー、アハハ! つまりはまあ、いろんな人に出会ってきたって訳でして! とある世界で出会った彼女もその一人。――彼女とは名前を交わすこともないほど僅かな時間の逢瀬だったけど、彼女は何よりも優先して“その質問”をしました」

 

 武蔵は紫の瞳へと指を差し、その言葉を告げる。

 

「『境界が見える気持ちの悪い目を持った女の子を探しているけど、知らないか』って?」

「――あ……」

 

 紫は呆然とした面持ちで、その言葉を受け入れた。

 

「彼女があなたの待つ人なのか――あなたが彼女の探し人なのか。それを確かめる術はありません。それでも――少しは希望が持てる話でしょう? ってああ! もう時間!? 立香君、マシュさん――またいつかね!」

 

 武蔵はそう言い残すと、光の粒子となって消えていった。

 ――そして紫は、自らの顔を手で覆った。

 

「――そっか。……そうよね。放課後のカフェテラス――待たされるのは、いつも私だった。今回はその時間が、ちょっと長くなっているだけで――」

 

 憑き物が晴れたかのような、穏やかな声音。

 ――その表情を窺い知ることはできないが、きっと……

 

「あなたの悪夢、美味しく頂きました」

 

 ドレミーは人知れずそう言い残して、その姿を消していた。




〇ドレミー・スイート
 夢を食べる妖怪。八雲紫の長年の悪夢を食べるべく、行動していた。

〇蓬莱山輝夜
 元月の姫。蓬莱人。かつて夢で共に過ごした二人が語った少年。彼に会うべく行動し、最新にして最大の難題を提示した。

〇博麗霊夢
 幻想郷の素敵な巫女さん。自分勝手に暴走する割と困ったちゃんを退治すべく行動した。
 恋愛関係については、魔理沙共々割と初心。東方鈴奈庵がソース。

〇レミリア・スカーレット
 永遠に幼い紅い月。今回の盤面を揃える上で、”彼女は”運命を操ってはいない。

〇紅美鈴
 レミリアから貰った怪異殺しの双剣を手に、ジャイアントキリングを成し遂げた。

〇八雲藍
 お狐様。九つの尻尾がファン垂涎。本件に関しては迷いもありいつの間にか負けていた。ファンの方ごめんなさい。

〇宮本武蔵
 平行世界を彷徨うストレンジャー……なのだが、今回の一件では■■■■■の代理として召喚されていた。

〇魔神柱パラドックス
 博麗神社は貧乏神社である。つまりそこに巣くっていたかの魔神に素材なんて(目逸らし

〇八雲紫
・経歴①
 とある汎人類史が剪定事象となった際の生き残り。数多の世界と時代を彷徨い、やがて自分の世界が終わり取り戻す方法がないと悟った後、東方世界線に居座った。
 そして自分の居場所として幻想郷創設に着手した。
「どうせならば、自分のように居場所を失ったものを受け入れられる場所にしよう」
 世界の剪定を防ぐためとか、自分が妖怪だからとか色々理由はあったが、最初の動機はそうだった。落枝蒐集機構を搭載した結界を張り、外の世界で否定されつつある幻想たちを積極的に受け入れた。その機能は紫の想像以上の効力を発揮し、やがて彼女の脳裏には一つ考えが浮かんでしまった。即ち「この機能を使えば異聞帯の要素さえ取り戻せるのでは?」という、最悪の考えが。

・経歴②
 彼女は長い年月をかけ幻想郷を慈しみ、育んできた。愛すべき新たな故郷だった。だからこそ「かつての故郷の為今の故郷を利用する」という考えは、彼女をひどく悩ませた。魅力的でありながら、手を出してしまえばまた自分の居場所を失ってしまうかもしれない禁断の果実――それも今度は、他ならぬ自分自身の手で。
 結局思いつきこそしたものの長年実行に移すことは出来ず、自問自答と机上の空論を繰り返す空回りの日々。――その間にも時代は進み、博麗大結界を新たに張り――彼女に二つの転機が訪れた。

・経歴③
 一つは剪定事象からの来訪者アリス・マーガトロイド。厳密に言えば彼女は世界が剪定される前に逃がされた魔法使いであり、元の世界でも縁があった幻想郷に漂流してきた。その為落枝蒐集機構が効果を発揮したとは言い難いが、それでも幻想郷では紫に次ぐ異聞帯出身者だった。
 もう一つは博麗霊夢の誕生。歴代博麗の巫女の中でも飛び切りの才能と霊力を誇る、最強の巫女。また良くも悪くも人妖に対し平等であり、ある意味では幻想郷の体現者とも言えた。「彼女がいれば大概のトラブルはなんとかなる」。紫はそう判断した。
 また当時の幻想郷はよく言えば安定――悪く言えば停滞期にあり、淀みのようなものが生まれ始めていた。それを払拭するためでもある――そう自分に言い訳しつつ、紫は霊夢の一定の成長を待った後結界の箍を恐る恐る、少しずつ外し始めた。

・経歴④
 結果として幻想郷には新たな移住者が増え、反面異変も増えたがそれも何とか処理し切れた。隣合わせではあったものの交流が薄かった各種異界との交流も増え、幻想郷には新たな風が吹き始めた。ただもう一つの狙いであった異聞帯関連については、まるで進行がないまま……そして幻想郷に、カルデアと呼ばれる組織が来訪した。

・経歴⑤
 カルデアと紅魔館勢力との対話――それは盗み聞きしていた紫に大きな衝撃を与えた。長年欲していた異聞帯を蘇らせる手段――それが目の前に現れたのだ。それに他の手段が手に入るのなら、もう幻想郷に負担をかけずとも済む。身勝手と分かりつつも、それが彼女の決断を後押しした。彼女はカルデアに侵入し詳しい情報収集を始めた。さすがに途中で見つかったものの、相手が話の分かるアラフィフだったため幾つかの契約を結び情報と技術の提供を受け、本編へと至る。

・経歴⑥
 八雲紫は限定的にビーストの霊基を手に入れたが、本編中においては結局獣足りえなかった。――世界を滅ぼす大災害など偽りの仮面。ただ今一度の再会の機会を欲する、一人の少女である。

・矛盾内包
 愛する幻想郷と、それを利用してきたという後ろめたさ。大事な人の為に、無辜のその他多数を殺す。覚悟を問いながら、自身の覚悟は定まらない。彼女は多くの矛盾を抱えながら、それを実行に移しある程度は押し通せてしまうだけの力を持っていた。
 それが幸か不幸か――それは誰にも分らない。

・大空魔術・顕界にて冥界(ネクロファンタジア)
 紫の宙。無数の瞳とガラクタが漂う異空間。境界の定まらぬ可能性の宙にして、形無き原初の海。どこでもあって、どこでもない場所。その性質上、その内部に侵入した者は長時間自身の存在を保つことができず、時間経過と共に意味消失を引き起こす。――なお常時境界が不安定という訳でもなく、そこは紫の塩梅次第。

・ネガ・グレイズ
 境界を操る程度の能力により自らの存在の境界を限りなく曖昧にすることにより、自身の存在の可能性を極限まで拡散。本来はそのまま消滅するところだが、単独顕現により存在が確定しているため“存在しないのに存在する”という矛盾した状態が成立してしまっている。不透明な透明妖怪。あらゆる干渉を受け付けず、当たり判定が消失する。
博麗霊夢の夢想天生をモデルにでっち上げた急造スキルであり、カルデアの戦績を知った八雲紫が『確実に勝利できる力』よりも『絶対に負けない力』を必要としたことから誕生した。
その反面相殺し合うためか単独顕現のランクが最低限まで落ち、素の耐久力も著しく減少している。とはいえ弊スキルが発動している限り、あらゆるダメージは発生しない。

 ――同時に自身の存在が曖昧になっている故の副作用か、素が出やすくなる。具体的には胡散臭さや余裕が激減し、ポロリと本音が出ることが多くなる。八雲紫はこの副作用を把握していない。
 本スキルを突破するためには、八雲紫の存在を確定するための手段が必要。例えば日本神話に語られる『天沼矛』。例えば『数多ある可能性を一つに集約させる瞳』。例えば『星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる目』。この性質は、「どこに行っても、どんな姿になっても見つけてほしい」という、彼女自身の願望の顕われかもしれない。
 なおネガ・グレイズという名称は八雲紫が勝手に命名しただけであり、本来ビーストが有するネガスキルではない。仮に彼女がサーヴァントとして召喚された場合、本スキルの登録名称は『イマジナリー・メリー』となる。

〇アリス・マーガトロイド
 七色の魔法使いにして、人形遣い。剪定されゆく世界から逃がされた少女。現在では幻想郷に腰を据える。
 神社に遊びに行くのは、懐かしい誰かの面影を求めて。
 魔法の森での迷子に親切なのは、自分も迷子だから。
 都会派を名乗るのは、かつて住んでいた場所を忘れないため。
 今は、“失われた世界の神霊”の召喚すら可能にするカルデアの召喚システムに興味を持っている。
 紫とは異聞帯出身者同士ということでシンパシーがある。……実は二人は同じ世界の出身なのだが、本人たちはお互いにそのことに気付いていない。



 本SS初の、まともな戦闘シーン。ちょっとあっさり風味で紫が押されっ放しに見えるかもですが、ご勘弁を(汗) ちゃんとした戦闘シーンは初めてなので……
 今回紫が敗北した原因は――
・天敵である武蔵がいたため。
・ドレミーにより境界の力に対する妨害を受けていたため。
・事前の立香からの口撃で精神的に揺らぎが出ていたため。
・もともと本人にも迷いがあったため。
・予想外に早い開戦で、魔神柱の力に慣れる時間がなかったため。
・どこかの誰かが盤面に駒を揃えていたため。
・霊夢がいたから。
 ――等々、多岐に渡る理由があります。決して余裕のある勝利ではありませんでした。
 ドレミー周りは、マーラ戦をモデルにした“概念による殴り合い”がモデルですね。
 ともあれ一応山場は越え、後は東方恒例の“アレ”と“舞台裏の指し手たち”のお話。残りは1~2話くらいになるかと思います。


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落枝蒐集領域幻想郷 その17

今回は“舞台裏の指し手たち”回です。


 ――コツコツコツと、硬質な音が断続的に響く。

 ――コツコツコツ――コツッ……

 やがてその足音はとある一室の前で止まり、無遠慮にその扉を開けた。

 

「おやどうしたのかな名探偵? 大事件が解決したばかりだというのに休みもせずに――。第一ノックもせずに入ってくるとは礼儀がなっていないぞ? レディの部屋なら宝具が飛んでくるところだ」

 

 部屋の主――犯罪王ジェームズ・モリアーティは、来訪者である名探偵シャーロック・ホームズへと皮肉気に言い放った。

 

「少々聞いておきたいことがあってね」

「ふむ、この服装についてかね? いやはやこれから宴会があると聞いてね。私もバーテンダーとして少々腕前を披露させてもらおうと思った次第サ!」

「――参加者の大半は、実年齢はともかく見た目と精神は年若い娘たちだ。まさに犯罪的だな」

「やめてくれないかね! そのネタで弄るのは! ――ふう、邪魔しに来たのなら帰りたまえ。私も準備で忙しいのだよ。ほら、シッシッ」

「安心するといい。そちらの返答次第では、その準備の必要もなくなる」

「ほう?」

 

 モリアーティは面白そうに、禍々しく唇に弧を描く。

 

「よろしい。聞かせてみたまえ」

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 言葉に確信の意を込め、ホームズは切りつけるように言い放った。

 

「今回の八雲紫の行動。カルデアへの侵入までは、まあいい。十分納得できるだけの力を彼女は持っていた。だがそこから先――誰にも気づかれずに、あれだけのスピードと正確さで情報を収集できたというのはあまりにも出来過ぎだ」

 

 犯罪王は無言で、名探偵に推理を促す。

 

「それに食堂に張られた幻想郷案内掲示板――アレはサーヴァント達がお祭り騒ぎに乗じやすいという性質をよく理解していなければ、取れない一手だ。間違ってもカルデアに遭遇したばかりの相手が選択する手段ではない。カルデアについて熟知した人物が、プランニングを行ったと見るべきだ」

「ふむ、納得のいく理由だ。それで、そのプランナーが私だと言うのかね?」

「その通りだ。何、既に証拠は挙がっている。まずは――……何のつもりだ?」

 

 ホームズは己が推理を、片手をあげて制して見せたモリアーティを睨みつける。

 

「――いや。折角の気持ちいい推理パートを遮って悪いが、一応忠告しておこうとは思ってね」

「忠告、だと? 君が、私にか?」

「ああ――今回ばかりは、()()()()()()()()()()()()()

「………………」

 

 飛び出した台詞にホームズは押し黙る。

 

「君がいかに神がかり的な推理や確定的な証拠を引っ提げてこようと、私の牙城を壊すことはできないと言っているのだよ」

「――それはおかしな話だな。私は自らの推理に絶対の確信を持っている。だがその自信――嘘や冗談にも見えない」

「何――実に、実に簡単な話なのサ」

 

 モリアーティは右手を振るい、自らの主武装たる超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』を顕現させる。

 同時に研ぎ澄まされる魔力に細められる目。そして更に弧を深くする口元。

 

 対するホームズも、腰をわずかに落とし戦闘態勢に入る。

 それを見計らってかライヘンバッハから銃口が展開され、ホームズへと向けられる。

 

「――意外だな。このような短絡的な手段に出るとは」

「簡単な話だと、言っただろう。なんせ――」

 

 モリアーティは含み笑いをこらえ切れないかのように、そしてそれを開放するかのように言い放つ!!

 

「なんせ!! もう全部自白した(ゲロッ)後だからネ!!」

 

 パパァーン!! と、ライヘンバッハから軽快な音が響いた。

 同時に飛び出るのは鉛玉でも魔力弾でもロケットランチャーの弾頭でもなく、紙リボンと紙吹雪。それがふわりと、ホームズの頭や服にかかる。

 

「……………………」

「キャーキャー! 何かしら何かしら!?」

「お祭りの準備してるの? おじさん」

「おやジャック君にナーサリー君か。ほら、このクラッカーをあげるからあっちで遊んでいなさい。私はこの無駄にイケメン姿で召喚された男を嘲笑うフェイズで忙しいのでね。ああ、散らかしたらきちんと片付けるのを忘れないように」

「「ハーイ!!」」

「ハッハッハ、子供は元気なものだな。――ああ、そういう訳でついさっき事の次第は所長殿やダ・ヴィンチ君に全て報告してある。君が壊すべき牙城も解くべき謎も、とっくになくなっていたという訳サ! ハハハ、どんな気分だね? 心境を原稿用紙3枚以内にまとめて提出してくれ給え……おっと、ついつい教授としての癖が出てしまったな。ハッハッハ!」

「……

 …………

 ………………

 ……………………バリツ!!」

「うおうっ!?」

 

 たっぷりと溜めてから放たれたホームズの一撃を、モリアーティは腰を捻って回避した。

 

「ちょ、笑顔で急に殴ってくるのは止め給え!? 特に腰は! 今ちょっとピキッて音がしたのだがネ!」

「……チッ」

「柄が悪い!? 前々から思っていたが、サーヴァントになってから暴力に訴えることが増えていないかね!? 探偵としての矜持はどうした!?」

「何、推理だろうと武術だろうと事件を解決するための一手段。なんせカルデアには君に同情してくれるスコットランドヤードもいないからね。――正直なところ、生前のらりくらりと尻尾を掴ませない君の手管はなかなかに歯がゆかった。ライヘンバッハで君を肉盾にした時は気分爽快だったさ」

「聞きたくなかったのだがねそんな真実!? すり足でじりじり迫ってくるのは止め給えよ! ほらわかった! 答え合わせといこうじゃあないか!」

 

 両手を上げて降参のポーズをとるモリアーティにホームズはため息を吐き、眉尻を上げた。

 

「まあいい。動機については幾つか候補があったのだが……自白したというのなら、そういうことなのだろう」

「ああ、今回の一件は純粋に()()()()()()()()()()

 

 モリアーティは両手を広げ、やれやれといった様子を見せる。

 

「そもそもとしてだ、カルデアの中枢付近にまで侵入を許した時点で我々の負けだったのだよ。八雲紫の目的があくまで情報収集だったからまだよかったものの、破壊工作だったら致命的だった。ここの施設には取り返しのつかないものも多い。カルデアが数多のサーヴァントを召喚できる以上代替方法は存在するだろうが、それでも人理修復には大きな遅れが発生したはずだ。ならば下手に刺激して暴れられるよりも、欲しいモノを与えて穏便にお帰り頂くのがいいと判断したまでサ」

「その判断には同意しよう。その場にいたのが私でも、同じ手を取ったかもしれない」

 

 ホームズの返答に、モリアーティは唇を吊り上げる。

 

「だろう? 同時に幾つか契約も結ばせてもらったがね。――お互い、事が終わるまでは契約については誰にも話さない。私は彼女の欲する情報を提供し邪魔をしないが、彼女もカルデアの設備やスタッフの人命を保証する。もっともサーヴァントはその範囲外になるが」

「マスターは傀儡にされるところだったがね」

「それでも殺そうとはしなかっただろう? もっとも話している内に察したことだがね、彼女は他人に対して積極的に犠牲を強いるタイプではない。それは最後にして最悪の手段――なかなかどうして、善性に溢れている。契約抜きでも、よほどのことがなければスタッフの命は保証されただろうサ」

 

 犯罪王の観察眼。彼はそれをもって、胡散臭さのヴェールの向こう側をある程度見通していたようだった。

 

「年月と経験でカバーしているようだが、もともとそこまで腹芸がうまいタイプでもないのだろう。むしろ不思議ちゃんキャラで誤魔化しているのかな? 一皮むけてしまえば、案外素直なところがあるものサ」

「――確かに、ネクロファンタジアの決戦でもそのような部分はあったな。それで君のことだ。邪魔をしないと言いつつも、その辺りを突いて仕込みを行っていたのだろう?」

 

 ホームズからの指摘に、モリアーティは心底心外そうな顔を見せた。

 

「いやはや人聞きが悪い。そんなに人を疑って生きて、疲れないのかね?」

「生憎ともう死人の身の上。それで――?」

「遊びがない。まあチョーッとだけ、カルデアの事件解決能力のプレゼンを張り切ったりはしたがね? クロスロードによる世界間接続などカルデアなら3日もあれば解決し、お互いの世界は永久に交わることはないだろうと」

 

 おチャラけた様子の犯罪王へ向けて、名探偵は冷ややかな視線を送った。

 

「……そうやって彼女を急かしたわけか。彼女の望むものがこの世界にあると知りながら、急がねば手に入らないと」

「“幸運の女神は前髪しかない”――ああ、この諺はダ・ヴィンチ君の言葉という説もあったか。もっとも私は、空想樹が幸運の女神だとは到底思わないがね。むしろ逆に顧客のチップどころか、内臓の一片に至るまで食い尽くされそうな危うさすら覚える……話が逸れたか。――頭が良い者にありがちだが、彼女もどちらかと言えば事前にしっかりと計画を立てた上で事に臨むタイプだろう。少なくとも私はそう判断した」

「だからこそ、その得意分野を活かせないよう判断を急がせた。まったく、抜け目がない」

 

 呆れたように眉を顰めるホームズ。

 実際の所、モリアーティは何か嘘を言った訳ではない。

 カルデアの事件解決能力が高いのは、ホームズも認めるところ。

 それを詳しく説明するというのも、“邪魔”という行為には当たらない。

 結局のところ“嘘”はつかずに“事実”のみを使って“邪魔”をせずに、巧みに意識誘導して本領発揮を防いで見せたのだ――この犯罪王は。

 

「言っていることは真っ当でも、結果としてはマイナスになる、か……秦を思い出すな。人類存続の形としては汎人類史よりもはるかに安定していて、故に剪定された世界を」

「マスターたちや幻想郷に向かったサーヴァント達が収集した情報には私も目を通したが、本来アドリブ的なことはあの巫女こそが得意分野とするところなのだろう。タイプが違い、且つ補い合える二人の天才――仮に組まれていたら、実に厄介な相手だっただろうサ」

「そこに楔を打ち込んだ張本人がよくほざく」

「ハッハッハ、結果論に過ぎないサ。もっとも、さすがに疑似的なビーストにまで至るとは予想外だったが。ネガ・グレイズには肝が冷えた。あまり女性を追い詰めるものではないな」

「想定外のことが起こって悔しいかい?」

「無論、楽しいさ! 計算通りに行くのは快感だが、高々人間の頭一つで見通しきれるような世界など、それこそ真っ先に剪定されて終わりだろうからね!」

「だろうな。君はそういう男だ」

 

 正しい選択を取り続けた先にあるのが、正解とは限らない。

 逆に間違い続けた果てに、正解以上に辿り着くこともある。

 そう、例えば――

 

「もう一つ聞いておきたいが」

「何かな? 謎解き屋」

「事の発端になった()()()()()()()()()()()――あの場所の維持に力を貸しているのは、君だな?」

 

 ここで初めて、モリアーティが押し黙った。

 

「思えばあの特異点に姫路城が加わった一件、君の暗躍はあまりにもちぐはぐな印象を受けた。新たな霊基の確立、特異点としてのランクアップ――内容のイロモノさには目を瞑り冷静に見れば、やっていることはかなり大仰。だが自身の存在の隠ぺいについては大して気を使った様子もない。まるで見つけてくれと言わんばかりにね。生前と違い君の存在は既に知れ渡っているから、バレてもいい前提で動いていたのかとも思ったが――むしろ、バレることにこそ意味があった」

「オヤオヤ、さすがに疑い深いんじゃあないかい? そんなことをして、このアラフィフに何の得があるというのサ?」

 

 促すような返答に、ホームズも即座に切り返す。

 

「木を隠すなら森の中――ならば陰謀を隠すなら事件の中といった所か。君は事件の黒幕として暗躍し、敢えて最後には犯人として名指しされることで、あの特異点と君との関係は終わったものだと偽造――いや、誤認させた。なくした物を探すとき、一度探しきってしまった場所は早々もう一度探そうとはしないだろう? そういう心理を利用することによって。一体何を企んでいる?」

「企む、というのは人聞きが悪いネ……ふむ、我が宿敵よ。君は幻想郷のことをどう思う?」

 

 急に変わった話に眉尻を上げながらも、ホームズは答える。

 

「人外が人間を管理する、というやり方の話か?」

「ハハハ、そうシリアスな話じゃあないサ! 単なる一個人として、雰囲気がどうかとか、そういうレベルの話だよ。それにアレもある種の共存共栄。モニター越しではあるが、少なくとも人里の人間たちは現状に大きな不満は持っていないようだった」

 

 モリアーティは質問しながらも返答を待たず、言葉を続ける。

 

「単純に、引退先の一候補としてはありかなと思ったまでサ」

「引退? 今更堅気も戻るも何もないだろう」

「私のことじゃあないサ。そう――例えばジャンヌ・オルタ君」

「・・・・・・」

「他にはジーク君や、幻霊を融合させたサーヴァントなどもカルデアにはいるがね。おっと、それは私もだったか! 人理を巡る戦いに勝利するにしろ敗北するにしろ、特異な霊基たる彼らはその後どうなる?」

 

 ホームズは僅かな間をおいて、答える。

 

「――消滅だ。人理が不安定な“今”のみ存在を許容されているのであって、それが終わればこの世界にも英霊の座にも居場所はない。幻霊サーヴァントも、ただのサーヴァントに戻るだろう」

「その通り! もっとも君や私が何か言うまでもなく、彼ら自身そのことは重々承知しているだろうサ。でもね、勝利の暁には報酬くらいはあってもいいと思わなかネ? 例えば、身の振り方を選べる権利など」

「……つまり彼らの受け皿が、幻想郷だということか?」

「その通り! このカルデアと同じ、人理が不安定な領域――霊基の退去先として設定し直してしまえば、彼らの存続は可能だろう。この提案に関しては、先ほど所長にも話してある。何、『人理の為に尽力する彼らを使い潰すのか?』と言ったら一発だったよ。今頃クロスロード存続について、メリットとデメリットを天秤にかけているところだろう」

「悪辣だな。ゴルドルフ所長に、その言葉を無視できるはずがあるまいに」

 

 ゴルドルフ所長のアイデンティティの中で、その手の課題はまさに核心。

 絶対に考慮せざるを得ない事なのだ。

 魔導の道を進みながら、人の道も当然のように歩むゴルドルフ所長にとっては。

 

「エリザベート君の特異点も引退先の候補の一つ……もっとも当初は、カルデアの代替拠点を作れるのか? という実験だったのだがね。人理を巡る戦いの中、カルデア壊滅というパターンはありうるとは考えていた。そこで私が召喚される以前から高い存在強度を誇ったあの特異点に目をつけ、少々手を出させてもらったのだよ。君やダ・ヴィンチ君がシャドウボーダーを用意していたように、私も備えていたという訳さ。まあそちらに関しては、レイシフトの代替手段が見つからず頓挫したのだがね。いやはや大した技術だよ。アレは」

「つまり第2のカルデアとして、あの特異点を利用するつもりだったということか。それにしても、随分と精を出していることだな?」

「え? だって“こんなこともあろうかと!”とか最高に格好いいじゃあないか?」

 

 少年心を忘れない犯罪王であった。

 

「加えて、異聞帯における戦いにおいては我々こそが悪だ。ならば悪党筆頭としては、やる気を出すのも当然だろう?」

「悪をなす事と悪党であることは、また別問題な気もするがね」

「耳が痛いネ! 白状してしまえば、幻霊サーヴァントの誕生に関わった身としては少々責任を感じているというのもある。優れたプランニングには、アフターサービスも含まれるのだよ。他にはBB君の出身だというムーンセルとやらも引退先として考えてはいたが、こちらは正直手詰まりだ。私は縁が薄いのか、未だに干渉の術がない。かといって彼女に仲介を頼むのは、私といえど些か気後れするのサ」

 

 カルデア所属の中でも飛び切りの変わり種の一つ。

 一歩どころか半歩間違えれば、人類を独善的に――どこまでも際限なく甘やかす健康管理AI。

 

「しかしその割には、エリザベート君には首輪の一つも付けていないというのは意外だな。君ほど抜け目のない男が」

「ああ、それは至って簡単な話さ。アレは、おそらく私には制御できない」

「――何? かつてロンドン中に蜘蛛の糸の如きネットワークを張り巡らせ、多くの人間を躍らせた君らしくもない弱音だな」

 

 ホームズの言葉に対し、大仰に両手を広げて見せるモリアーティ。

 

「ハハハ、伊達に年は喰っていないのサ! どんなに緻密な計算を組み上げても、世の中それが全てじゃあない! 彼女を私の計算に組み込んだところで、おそらく肝心なところで予測もつかない行動に出てどんでん返しを喰らうだけサ! 彼女はまさしく、私のような数学者にとっては天敵と言える、トンでもないトラブルメイカーなのだよ!」

「随分と、彼女を買っているんだな」

「何、人類全員が理路整然とした計算通りの行動しかできない世界なら、とっくの昔に剪定の憂き目にあっている。彼女のように“予想もつかない変数”がいるからこそ、私たちは汎人類史を名乗っているのだよ。――私が言うのもなんだが、彼女の生前の行いは決して許されることではないだろう」

 

 真面目な顔つきになったモリアーティに、ホームズは大きく頷いて見せる。

 

「本当にどの口がといった話だ」

「ええい話を折るな! ――そんな彼女の行いも、我々の人類史を紐解けば数多ある残虐行為の一片に過ぎない。過去の負債を現在が精算し、未来にそれ以上の負債を残していっている――そんな自転車操業じみた世界が、我々の築き上げてきた人類史だ。だがそれでも数多の成功と過ち、無数の醜さと美しさ――その全てを糧としながら歩みを止めないことこそ、我々が汎人類史たる所以。だからこそ、死人の身(サーヴァント)でありながら善き未来へと進もうとするエリザベート君を、私は認めているのだよ」

 

 今のエリザベートは、かつての自分の行いの罪深さを知っている。

 サーヴァントは基本的に、成長することはない。

 ――その上で、より良き自分になろうと歩んでいる。

 暴走しがちだし千鳥足のような有様だが、それでも少しずつ前に進んでいる。

 

「あるいは彼女のような者こそが、やがて新人類になる日が来るのかもしれないな」

「私としたことが一瞬聞きほれてしまったが、それを言っているのが人類屈指の大悪人じゃあ恰好がつかないな」

「本当に一言多いな、名探偵!」

 

 犯罪王は抗議するも名探偵はどこ吹く風。

 その様子に肩をすくめながらも、モリアーティは告げる。

 

「まあなんてことはない。彼女を操ろうとして痛い目を見るのは、どこぞにいるであろう“自分の頭の中の世界”と“現実の世界”が同じだと思っている、賢しさを拗らせた私以外の数学者にでもやってもらえばいいさ! できればその光景を、酒の肴にでもしたいものだがネ! フハハハハハ!!」

 

                       ◇

 

「ふむ……そちらはうまく片が付いたようだな」

 

 夜色に染まった広い真球状の部屋に、低い声が響いた。

 声の主は50~60代に見える男性――身の纏う荘厳な空気は、男性の存在感をより力強く際立たせていた。

 目の前に浮かんだ本に指を滑らせながら、向かい合う女性へと視線を送る。

 

「ええ、おかげさまで。カルデアに干渉するにはこの部屋の方がやりやすかったのだけど、すっかりお邪魔しちゃったわね。おじ様」

 

 ――美しい女性だった。

 外見年齢は20代半ばに見える女性――青みがかった銀色のロングヘアーが微かに揺れ、紅い双眸がつまらなそうに閉じられる。

 

「あーあ。抑止力も面倒な仕事を押し付けてくれるものね」

「宮仕えは苦労するな、グランドキャスター」

「本当にね。……全く、他所の話にまで首を突っ込ませるなんて、私のことを使いっぱしりか何かだと思っているのかしら?」

「だが無関係という訳でもないのだろう? 幻想郷とやらは」

「……まあね」

 

 女性は瞳を閉じたまま、静かに答える。

 まるで瞼の裏に映る、雄大な光景を眺めるかのように。

 

「――此度の一件。賢者とやらの真正悪魔化を阻止するためだと言っていたか」

「正確にはその先――あのスキマ妖怪が本格的にビーストになったら、それに触発されてあの世界線のビーストが誤作動を起こす可能性が出てくるから止めろってね。まったく……そんな可能性、砂漠の中で一つの砂を探すようなものでしょうに」

「随分と心配性な抑止力だな」

「龍神に忖度しただけよ」

「……究極の一(アルテミット・ワン)の類か?」

「さあ? でもあの龍神は紫のことを随分気に入っているみたいだから。父親面しているし」

 

 呆れたようなセリフを漏らしながら、かけた椅子の背に思いっきり背中をつける。

 一目で最上のものと分かるアンティークの椅子が、ギシリと音を出して抗議する。

 女性の見た目によらず子供っぽい仕草に、初老の男は僅かに苦笑した。

 

「まあ、思ったよりは軽労働で済んだけど。“路”を紅魔館に繋ぎ変えて、天眼の放浪者を喚び込んで、カルデアのビースト因子持ちを幻想郷に入れないようにして……あら? 何気に最後が一番大変だったのかしら?」

 

 小首を傾げながらも、女性は『まあいっか』と椅子に掛け直した。

 

「駒さえ揃えたら、後は勝手に解決してくれた。おかげで余計な介入をせずに済んだわ。ドレミーや輝夜まで引っ張ってきたのは意外だったけど……レアルートね」

「ふむ」

 

 男性の前に浮く本が勢いよくひとりでに捲られ、あるページで止まる。

 

「月の不死人に夢の支配者か。なかなかの粒が揃っているな。ちなみにお主の本命は誰だったのだ?」

「あのガキンチョ吸血鬼。覚醒の一つや二つすれば他の面子と併せて勝てたと思うけど……全っ然真面目に運命を操る気がないわね、アレ。まあ分かっているから使わないんでしょうけど、それがまた腹立たしいというか」

「難儀な身の上だな」

「お互い様でしょう」

 

 余人には通じぬ会話を、世間話のように続ける二人。

 夜色の部屋と相まって、夢とも現実ともつかない雰囲気が辺りには流れていた。

 しかしその空気をあっさりと壊すように、女性が立ち上がる。

 

「さて、と……おじ様の方はスノーフィールドだったかしら? 間借りのお礼に何か手伝う?」

「気持ちだけ受け取っておこう。今回の聖杯戦争も、部外者を貫くつもりだ」

「そっ。今度は美味しい紅茶と茶菓子でも持ってくるわ」

「妹の方は、まだ見つからぬようだな」

「縁を“破壊”されているから、簡単にはいかないわね。でも縁だったらまたつなげばいい――今回の一件で、改めてそう思ったわ」

「そうか。ならば健闘を祈らせてもらうとしよう」

「ええ、それじゃあまた――」

 

 最後に女性はもう一度瞼を閉じ、遠い世界の幼き吸血鬼を幻視する。

 

「箒星を喚ぶつもり、か――まあ精々うまくやることね」

 

 微かな呟きのみを残し、彼女はこの宇宙の縮図から去っていった。

 




〇ジェームズ・モリアーティ
 犯罪界のナポレオン。カルデア悪だくみ四天王。人理を守るために腰を犠牲にし続けるアラフィフ。本件においてはささやかな暗躍を実行する。

〇賢さを拗らせた数学者
 どこかの世界でエリちゃんを利用しようとし、逆に台無しにされるかもしれない男。
 一体誰キメデスなんだ……

〇初老の男性
 平行世界の観察・運用を行う人物。礼装ではいつもお世話になっております。

○■■■■・■■―■■■ クラス:グランドキャスター

・容姿
水色がかった銀の髪、怜悧な色合いを宿す赤い双眸を持つ、20代半ばに見える女性の吸血鬼。

・千里眼(運命)EX
 過去と未来に渡って運命を紐解く。彼女の紅い双眸には、数多ある運命の糸が織り重なりまるで巨大なタペストリーを象っているように見えるとも。

・ノスフェラトゥEX
 吸血鬼としての、一つの到達点。不死性や高い魔力などの吸血鬼としての長所は強化され、日光・流水・銀などをはじめとする弱点はほぼ打ち消されている。しかし今でもニンニクは苦手。

・陣地作成EX
 工房や神殿ではなく、“場”と“状況”を整える極めて特殊な陣地作成。運命を操り縁を紡ぎ、一定領域内に彼女の望む要素を揃えることができる。しかし完璧なものではなく、作業の質と量が上昇するのに比例し彼女にも予期せぬイレギュラーが発生する可能性が高くなる。本件においては本物太子とか、メルトが受信した電波とか。

・経歴
とある吸血鬼が至りうる“if”。どこかの世界線において発生したグランドキャスター。八雲紫のビースト化はあくまで霊基の表面をなぞっただけの疑似的な在り方であり、正規のビーストクラスではない。そもそも東方世界の2019年における人理は盤石であり、未だ獣の予兆は存在しない。しかし八雲紫が本格的にビースト化を果たした場合、東方世界線の正規のビーストが誤作動的に発現する可能性が僅かにあったため彼女が派遣され、盤外から干渉を行った。

東方世界線とFGO世界線との間に発生したクロスロードは、八雲紫の聖杯とエリザベート・バートリーが持つ聖杯が同調した結果。しかしそれならば本来クロスロードは八雲紫の元へと開いたはずであるが、グランドキャスターによる干渉の結果“路”は紅魔館へと開かれた。

またカルデアのビースト因子持ちは、彼女によって幻想郷に入り込まないよう運命を紡がれていた。これは低い可能性はあったが、ビースト因子の共鳴により八雲紫のビースト化が進行する恐れがあったため。ビーストⅡの眷属たるキングゥの遺骸を取り込んだエルキドゥ、ビーストⅢの幼体である殺生院キアラとカーマ、零落したビーストⅣ、etc……が進入禁止を喰らっていた。あれ? カルデアって……

 本件の解決を請け負った彼女は事件を解決しうる力を持った人材を幻想郷に集め、経過を見守った。状況次第では直接介入するつもりであったが杞憂に終わり、偽りの獣は目覚めることなく沈黙した。

彼女自身は基本的に、その身を“世界の外側”に置いている。それは自身が干渉・存在することによって“その世界の運命”が確定される可能性を有している為であり、仮にそうなった場合人理という大樹は容赦なく、その枝葉を剪定するであろう。その在り方は、平行世界を運用する第2魔法使いにも似ている。

 現在は彼女との縁を“破壊”して姿を消した、とある獣を追っている。





 このSSも、残すところ一話となりました。駆け足気味で来ましたが、感慨深いものがあります――まあこの感慨は最後に取っておくべきですがw
 今回の話で舞台設定は大体出し終え、残すところは宴のみ。それではまた最終話にて。


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落枝蒐集領域幻想郷 エピローグ

「ね、ねえ霊夢? 流石にこれはちょっとないんじゃないかしら?」

 

 決戦から2日後の昼下がり――場所は博麗神社。

 異変終結祝いの宴会の席にて、八雲紫は頬に汗を垂らしながら博麗の巫女へと抗議の声をあげていた。

 

「ダメよ、外しちゃあ。折角あの金ぴかの人から提供してもらったんだから」

 

 抗議の声をあっさりと却下された紫はガクリと肩を落とし、自分の首にかけられた粘土板を忌々し気に睨みつける。

 

『私はダメな賢者です』

 

 ――そうデカデカと文字が刻まれた粘土板を。

 

「ああ、紫様……おいたわしや」

 

 式神の八雲藍が、狐耳を畳みながら紫を案じる。

 

「ひゃっはーっ!! いい気味ですねぇ!!」

 

 逆にその様子をここぞとばかりに撮影するのは、烏天狗の射命丸文。

 

「あなたの顔も、人のことを言えないくらいヒドイことになっているけど」

「そんなものっ! この瞬間は捨てますっ! こんな絵1000年に一度撮れるか撮れないか! 今を逃せば二度と弱みを握る――もといこんな貴重な絵を撮る機会などないのです!」

「とは言っても、これだけ参加者が多いんだから、弱みも何もない気がするのよねぇ」

 

 霊夢がマイペースに漏らしたように、本日の博麗神社の宴会は過去最大規模。

 幻想郷の住人のみならず、カルデアからも多くのサーヴァント参加しているのだ。

 あちこちで、多くの交流が生まれていた。

 

「まあまあ紫。今回ばかりは甘んじて受けておきなさいな」

 

 音もなく傍により声をかけてきたのは、冥界の亡霊姫――西行寺幽々子。

 

「まったく……私にさえ何も言わずに思い詰めて。ちょっとは反省しなさい」

「悪かったわね……」

「ところで紫。男の人と付き合ったことがないって本当?」

「ゲホッ!?」

 

 急な問いかけに賢者はむせた。

 その反応に、幽々子は得心がいったとばかりに首を振る。

 

「やっぱりねぇ……そんな気はしてたのよ」

「ちょ――それを言うならあなただって同じでしょうに」

「え、私? 私はほら、生前は壮絶なラブロマンスを繰り広げて、その末に非業の死を遂げたはずだし」

「……まったく、記憶がないのをいい事に過去を勝手にねつ造して」

 

 呆れ切った紫の視線に、幽々子は舌をペロッと出して誤魔化して見せた。

 

                     ◇

 

「そう言えば霊夢」

 

 普通の魔法使い――霧雨魔理沙は紅白の巫女に尋ねる。

 

「カルデアって所とのクロスロードだっけか? アレ繋いだままにするかもって聞いたけど、本当?」

「ええ、まだ検証中だって言っていたけどそうなるかもって。何でもあっちの人理修復に、紫の技術が役に立つかもとかなんとか」

「ふ~ん、巫女的には良いのか?」

「いいんじゃない、別に? 隣合わせの異世界なんて今更でしょう。それに――」

 

 その瞬間魔理沙は見た。霊夢の瞳が銭へと変貌しているのを。

 

「カルデアでは時々、大きなお祭りをやるそうなのよ! 場所はまちまちらしいけど、それを博麗神社に誘致できれば……ふふふ」

 

 魔法使いは察する。あっ、コレダメな時の霊夢だと。

 

「見なさいよ、この料理のクオリティと珍しさ。このクラスが揃うならそれだけでお祭りの成功は間違いないわ。――あ、そこの赤いお兄さん。そのでっかいザリガニ貰えるかしら?」

「ザリガニではなく伊勢海老なのだがね。ほらどうぞ、赤いお嬢さん」

「そういや珍しく海の幸が多いな」

「藤太って人が出してくれたのよ。紫が魔力リソースを提供して、彼の俵からお米やらお魚やらお肉やらお酒やらがワラワラと」

「ほほう! そいつは興味深いマジックアイテムだな!」

「でしょう? サーヴァントってやつみたいだしウチで神様デビューしないかって誘ったんだけど、断られちゃったわ。残念」

「そういや本格的に神無し神社になったんだったか。でもそんなに食料を出せる奴が神様になったら、秋姉妹が本格的に死に絶えるな」

 

 紅葉の神秋静葉――そして豊穣の神秋穣子。

 魔理沙は秋の姉妹神を例に挙げるが、霊夢はあっけらかんとしたものだ。

 

「別にいいんじゃない。もう半分くらい妖怪みたいなものだし」

「ひどい巫女もいたもんだな」

「あいつらの神活が足りないのよ」

 

                      ◇

 

「こんにちは、藤丸立香」

 

 人形のように美しい少女に、立香は話しかけられた。

 

「えっと、初対面だよね」

「あなたとはね。私はアリス・マーガトロイド。こういう物を作っているわ」

 

 手渡されたのは、3対6枚の羽を持った少女の人形。

 

「それはお近づきの証にあげるわ。大事にしてね――それじゃあ」

「へ?」

 

 言うだけ言うと、アリスは踵を返しスタスタと去っていき、立香はポカンとした表情でその後姿を見送る。

 彼女が最後に発した囁きには、当然気づかずに。

 

「あとは運次第――いえ、縁次第ね」

 

                      ◇

 

「ん、師匠か……そっちの別嬪な嬢ちゃんは?」

 

 ケルトの光の御子は、自らの師匠であるスカサハと山の翁――加えて見知らぬ美少女という珍しい組み合わせとかち合っていた。

 

「初めまして、私は蓬莱山輝夜。ばぁや、この人は?」

「うむ、我が弟子のクーフーリンだ。お主にとっては兄弟子ということにも――どうした? そのようなだらしのない顔を晒して」

 

 クーフーリンは愕然とした表情で、大あごを開けた表情へと変貌していた。

 

「は? え、いや、だって……師匠がババア呼びを許している?」

「んーそうか、そうかんー、死ぬか。ここで死ぬな? いや、むしろ殺すか」

「おかしいだろおいっ!? ってうおぅ!? 本当に槍持ちだしやがった!」

 

 追いかけっこを始めた師弟を見送りながら、輝夜は山の翁へと笑いかける。

 

「フフフ、女心がわからない殿方ねぇ」

「然り。――だが優れた戦士である。万の趣味にも通ずる男だ」

「へえ、そうなの? だったら今度何か教えてもらおうかしら」

「時に、我が契約者に言寄ったようだが……」

「偉業には飛び切りの報酬が必要でしょう?」

「ふむ。その時に契約者がどう答えるかは先の話であるが――我が旅が終わる前に、その場に居合わせるのもよかろうな」

 

                      ◇

 

「がおー!」

 

 ビースト⑨が現れた!

 

「な!? そ、その姿は――!?」

 

 立香の隣でマシュが顔を険しくする。

 何故ならば、目の前に飛び出してきた氷精チルノの服装は以前見た水色のワンピースではなく、デンジャラスでビーストなものだったからだ。

 

「ち、ちょっとチルノちゃーん!?」

 

 追いかけてきたのは魔法の森で見かけた大妖精――なのだが、こちらもスケスケなネグリジェっぽい、ロイヤルでアイシングな姿になっていた。

 

「い、一体どこでそれを――」

「黒いお髭のおじさんから貰ったのよ! 『これを着ればまさに最強でござるよグフフ』って」

「それは別の意味での最強な気がするなぁ……」

「先輩、そんな事言っている場合じゃありません! とにかくお二人とも、すぐに元の服装に戻って――あと黒髭さんを拘束してルーラー警察に引き渡す必要がありますね。天草さんなら強化解除があるので、あの無駄にしぶといガッツでも紙切れです」

「待って下されマシュ殿!?」

 

 そこに現れたのは、問題となっている海賊――黒髭。

 

「――ご自分から出てくるとは、その潔さだけは評価します。……そう言えばふーやーちゃんさんも強化解除を使えるようになりましたね。尋問班に加わってもらえるよう依頼しましょう」

「女帝殿が加わったら尋問じゃなくて拷問になるでござるよ!? というかマシュ殿がいつになく物騒に!?」

「そりゃあ、昔の自分の衣装を持ちだされたらなぁ……」

「先輩、お口にチャックです」

 

 言いえぬ迫力を醸し出す後輩ちゃんなのであった。

 

「マシュ殿! これは誤解……そう、誤解なのでござるよ!」

「ほう……つまり冤罪ということですか? 確かに片方の事情だけ聞いて事を進めるのは盾持ちサーヴァントの名折れ。――では、お二人に声をかけたのは?」

「拙者でござる」

「あの衣装を渡したのは?」

「拙者です」

「着るように勧めたのは?」

「それも拙者でございます」

「――ギルティですね!」

 

 清々しい笑顔でマシュは判決を下した。

 

「ちょ、仰ることはわかるけどー! 拙者の言い分も聞いてほしいでござるよ!」

「この後に及んで言い分ですか? 今の黒髭さん相手なら、アーサー王陛下の十三拘束も開放されるでしょう」

「殺生な!? でも、でもこれだけは言わせてもらおう――!!」

 

 ぐぐぐと歯を食いしばり、ためた力を開放するかのように黒髭は叫んだ。

 

「誰かが! 止めると思ったんでござるよ!」

 

 あまりにも堂々とした人任せであった。

 

「憎み切れないコミカルな悪党具合と、時折見せるシリアスさによるギャップ――その両面戦術をもって、吾輩はこれまで多くのイベントにおいて準レギュラーの座を勝ち取ってきたのでござる。そう、ぽっと出の人気サーヴァントなんぞに負けないように!」

「ええっと……」

「今回の一件も怪しく衣装交換を迫りながら、結局はマスターをはじめとした邪魔者によって拙者が退治されるという王道パターン。そのはずでござった――だがいつまで経っても邪魔は入らず、この子等はこの子等で大して拒む様子もないし――最初こそ『アレ? ひょっとしてイケちゃう? グフフ』と余裕を持っていたものの、実際に着替えてこられると『あ、これガチでヤバいんちゃう?』と焦る拙者! つまりこれは、止めなかったマスターたちにも責任はあると拙者は主張します!」

「なんという責任転嫁」

「こちとら海賊よ! 身の危険は全力で回避させていただく!」

「――でも、ちょっとは着替えてくるの期待していたんだよね?」

「そりゃあ勿論……あっ」

「黒髭さん――」

 

 ニッコリと笑うマシュの後ろに、いつの間にか天草四郎と武則天が訪れていた。

 

「やっぱりギルティです」

 

 ――拘束され引きずられていく黒髭を尻目に、マシュは妖精二人に語りかける。

 

「まったく、お二人もお二人です。怪しい人の言うことを聞いちゃいけませんよ?」

「は、ハイ。ごめんなさい……」

「でもどうしてこの衣装を着てしまったのですか?」

「ぐっちゃんを見習って!」

「……先輩。私は芥さん――もとい虞美人さんとはよく話せていませんでしたが、これを機に一度しっかり話す必要があると思いました」

 

                       ◇

 

 ――時間も夕刻に差しかかった頃合い。

 宴会の席に、竜殺しが訪れた。

 

「すまないマスター。遅くなってしまったな」

 

 ジークフリートのみならず、幾人かのライダークラスを中心としたサーヴァント達。

 それぞれに大荷物を抱えてこの場へと訪れていた。

 

「英雄王から提供してもらった因果逆転の印刷機を使って刷ってきたが、さすがに量が量でな。まだ全ては終わっていないが、とりあえず出来ている分は持ってきた」

 

 ジークフリートが荷物の封を解くと、そこから顔を見せたのは――

 

「あっ、本!? それもこんな一杯!」

 

 真っ先に飛びかかったのは人里の貸本屋・鈴奈庵の娘である本居小鈴。

 彼女はかっさらうように一冊の本を手に取り開いて見入るが、次の瞬間には小首を傾げていた。

 

「アレ? これって、写真?」

 

 ペラリペラリとページを捲る彼女の指。

 どのページにも、幾枚もの写真が載っていた。

 そしてあるページで、ぴたりと指を止める。

 

「この人……阿求に似ている?」

 

 その言葉に反応したのか、名前を呼ばれた張本人である稗田阿求も本を覗き込む。

 

「あら――これ、3回目の時の私ね」

 

 1200年前から転生を続け、何度も前世に舞い戻り続ける少女はあっさりと断定した。

 

「でもこの時代に写真なんてないはずだけど……これをどこで?」

 

 疑問を向けられた立香は、その問いに答える。

 

「魔神柱からのドロップ品」

 

 その言葉に大きく反応したのは、当然かの魔神柱を操っていた紫だった。

 

「どういうことかしら? 魔神柱がこの写真を落としたというの?」

「正確には――」

 

 宴の席に訪れていたホームズが、待っていましたとばかりに補足を入れる。

 

「かの魔神柱――パラドックスが遺したのはある種の魔力結晶だ。それを解析したところ一種の記録媒体であることが判明してね。中身を確認していったのだが――ただひらすらに、膨大な映像記録だった。それを現像化したものがそのアルバムだ。おそらく、幻想郷設立当初から記録され続けていたものだ。博麗大結界成立後からは更に増えているようだな」

 

 紫が驚きで目を見開く。

 

「パラドックスは、魔神の死骸だったはずじゃあ……」

「――あるいは、死骸だったからかもしれないな。死したことで、人理補正式としての機能が正常に働き始めた。元は情報を集める役割を担っていた魔神なのだろう。意思を持っての行動というより、単に生理的な反射に近い行動である可能性の方が高いだろうが……とにかく、幻想郷を見続けてその記録を残したということだけは純然たる事実だ」

「………………」

 

 名探偵の指摘を前に、紫は膨大な蔵書――アルバムの中から一冊を選びとり、開く。

 優しく、懐かしむように捲っていく。

 横からひょいと、霊夢と魔理沙が覗き込む。

 

「おっ、この巫女って――」

「先代ね。懐かしいわぁ」

「こ、この胸部装甲は頼光さんにも匹敵しますね」

「術ではなく、格闘戦を主体にした巫女だったわ」

「殴ルーラーですね、わかります」

 

 

「このちっちゃな集落って……」

「人里の初期ね。妖怪退治屋や、異能なんかが理由で世間からつまはじきにされた人間たちが集まって作ったもの。その名残か、今でも人里ではポツポツ異能持ちが生まれるでしょう?」

 

 

「あら、霖之助さんが映っているわ……これって魔理沙の実家?」

「ってことは修行時代の頃か。うわー、変わらないなぁ」

 

 

「おっ、この美人の巫女さんは――」

「博麗大結界を張った時代の巫女ね。霊夢とは違う方向だけど、優秀な巫女だったわ」

 

 

「……この金髪の妖怪、なんか見覚えがあるような?」

「ああ、それルーミアよ」

「今よりずいぶん大きいわねぇ」

「昔龍神がガチギレした時、流れ弾を膝に受けてね。だいぶ体と力を削られてあんな子供の姿になったのよ」

「そーなのかー」

「あなたのことよ」

 

 

「ちっちゃな霊夢発見! 見ろよ、抱っこしてる紫が蹴られてる」

「わんぱくなのよねぇ」

「妖怪退治の巫女として、将来有望だったってことでしょ」

 

 

「ああ、これは紅霧異変の時ね」

「そういや弾幕ごっこもこの辺りから本格化したんだったか」

「懐かしいわねぇ。生意気な人間の魔法使いを逆吊りにして、生き血を啜ったのを覚えているわ」

「どこの平行世界だよ、それ」

 

 

「あら、魔理沙じゃないの。この子供」

「恐る恐るって感じで箒に跨っているわねぇ。こんなに可愛らしいのに、今では泥棒の常習犯か」

「死ぬまで借りているだけだぜ」

 

 

「うん? この赤ん坊を抱えた女の人、なんか霊夢に似てないか?」

「ああ、その人は霊夢のお母さん。赤ん坊は霊夢ね」

「へ? 私お母さんっていたの?」

「そりゃいるわよ、人間なんだから。外の世界からある時ふらりとやってきてね。元々弱っていたのか、霊夢を神社にあずけたあとすぐに亡くなったけど……幻想郷でなら、“少し不思議な女の子”として生きられるだろうって」

「……“少し”?」

「“最後の神稚児”なんて呼んでいたけど、何のことかはよく分からなかったわね」

「――そっかぁ。この人がお母さん、かぁ」

 

 

 ――気がつけば、多くの幻想郷の住人たちがアルバムを手に取り、紫たちと同じように語り合っていた。

 ワイワイと、ガヤガヤと――

 楽しそうに、そして懐かしそうに――

 過去を語り、現在に繋げ、未来を想う。

 

 その様子を見ていたマシュが、ふと思いついたように漏らす。

 

「ひょっとしたらあの魔神柱は……ずっと幻想郷を見守っていたのかもしれませんね」

 

 一冊のアルバムの表面を、尊いものに触れるように優しく撫でる。

 

「勿論、魔神柱には誰も気づかなかっただけで実は何らかの意思があったのか、それとも単なる機能として動いていたのか――それを確かめる術は既にありません。ただそうあってほしいという――それだけの願望。でもそう考えた方が……きっと幻想(ロマン)があると思うんです」

 

 少女のささやかな願望を耳にした紫は、そっと目を伏せる。

 

「――だとしたら、パラドックスには悪い事をしたわね……」

「いや、そうでもないだろうさ」

 

 少女の自責を、探偵が否定した。

 

「魔神柱は、元は人理補正式。人々を見守るために編纂された魔術だ。――その魔神柱が見守っていたというのなら、この幻想郷は“見守るに値する場所”として認識されていたということだろう。最後こそあのような形になったが……おそらく君は、誰よりも正しい形で魔神柱を運用していた」

 

 投げかけられた言葉に、紫はまじまじとホームズの顔を見た。

 

「意外ね、あなたはもっと理論の塊みたいな人だと思っていたけど……そんな優しい言葉を口にするなんて」

「ハッハッハ、そうだな。――時にマスター、名探偵の仕事はなんだと思う?」

「それは――謎を解くことでしょ?」

「いや、それはあくまで手段の一つだよ。――名探偵の仕事は、事件を解決することだ。それもできうる限り関係者が幸せになれるように、未来に希望を持てるようにだ」

 

 ホームズは微笑みながら、ウインクを飛ばして見せる。

 

「その為なら推理もするしバリツも使う。滝壺にだって飛び込むさ。無論、肉盾(モリアーティ)を忘れる気はないがね。――それに、耳障りのいい言葉だって口にしよう。納得していただけたかな、Ms.紫?」

「そうね……現実の探偵なんて浮気調査ばかりしている人だと思っていたけど――もっとずっと、夢がある人達だったのね」

 

 少女はアルバムを胸に抱き、あどけない笑みを浮かべて見せた。

 そしていい事を思いついたというように、あるアイディアを口にする。

 

「私、記念館を作ろうと思うの。この写真たちを飾って、誰でも見に来れる――そんな場所を……どう思う?」

「いい考えだと思う」

 

 立香が即答すると、彼女は楽しそうな顔をした。

 

「ええ、今回の一件の後始末が終わったら、早速準備に入って――いえ、そうじゃないわね」

 

 紫は自分を窘めるかのように首を振り、集まった幻想郷の住人たちに声をかける。

 

「みんな――手を貸してくれるかしら?」

 

 一瞬場が静まり返り――

 最初は伊吹萃香が声を張り上げる。

 

「建築なら鬼に任せておくれ! 旧地獄の奴らも萃めてくるからさ」

 

 西行寺幽々子が魂魄妖夢を前に押し出す。

 

「私たちも手伝うわ。主に妖夢が」

「私ですか!? いえ、まあ木材の切り出しや庭の造形ならできますが」

 

 稗田阿求と本居小鈴が頷き合う。

 

「幻想郷としても貴重な資料。稗田家としても力を貸します」

「私も写真を掲示するくらいなら!」

 

 射命丸文と姫海棠はたてがカメラを掲げる。

 

「その手の事業なら、我々天狗を外してもらっては困りますね」

「“これまで”だけじゃなくて、“これから”の写真も必要でしょ?」

 

 少名針妙丸が全身でアピールする。

 

「私っ! 私の写真はぐーんと引き伸ばして!」

 

 多々良小傘が舌を出す。

 

「わちきも釘の準備とかなら。でもお給金をはずんでくれれば嬉しいです!」

 

 洩矢諏訪子が地面を踏みしめる。

 

「地均しなら任せておいてよ」

 

 レミリア・スカーレットが指を一本立てる。

 

「だったらウチのホフゴブリンたちも出すわ。アイツら小器用だから」

 

 パチュリー・ノーレッジが魔導書の表紙を撫でる。

 

「小悪魔たちもね。資料整理ならお手の物よ」

 

 蓬莱山輝夜が振り返る。

 

「だったら写真には永遠の魔法をかけましょうか。変化も大事だけど、ずっと残るものがあってもいいわ」

 

 八意永琳が姫の視線を受け頷く。

 

「どうせなら内部の空間を広げましょうか。それだけの写真、相当場所を使うでしょう?」

 

 摩多羅隠岐奈がふんぞり返る。

 

「扉ならば立派なものを用意しよう」

 

 本物太子が烏帽子に手を当てる。

 

「そういうことでしたら、多くの寺院の建立に携わった私の手腕もお貸ししましょう」

 

 豊聡耳神子が慌てる。

 

「何故私より自然に混じっている!? あ、風水とかなら手伝うよ」

 

 聖白蓮が手を合わせる。

 

「素晴らしい考えだと思います。我々もお手伝いさせて頂きます」

 

 比那名居天子が帽子で顔を隠す。

 

「まあ、頼み込んでくるなら地鎮くらいはやってあげるわよ?」

 

 上白沢慧音が腕を組む。

 

「里の人間が歴史に興味を持つきっかけになるだろう。私に出来ることであれば、力になろう」

 

 アリス・マーガトロイドが糸を手繰る。

 

「こちとら物作りが本職よ?」

 

 博麗霊夢がお祓い棒で手をポンポンと叩く。

 

「物販コーナーなら任せて」

 

 多くの人妖神仏が思い思いに語り合い、構想を口にし、あーでもないこーでもないと口論する。

 紫はその様子を本当に楽しそうに、愛おしそうに見つめ――

 

「霊夢の言う通り、私って本当にバカね……」

 

 いつの間にか暗く染まっていた空を見上げる。

 

「幻想郷は、こんなにもあたたかいのに――」

 

 夜空に、一筋の星が走った――

 

                      ◇

 

 夜分――神社の宴会はまだ続いており、かがり火の傍で騒ぐ酔っ払いたちも多く見ることができる。

 紫はその喧騒から離れ、一人静かに盃を傾けていた。

 

 思いを馳せる。

 これまでのこと。

 これからのこと。

 そして今のこと。

 

 空になった盃に再び酒を注ぎ――後ろから伸びてきた手に、盃ごとひょいっと奪われた。

 

「私も一杯貰うわよ」

 

 その少女は紫の隣に当然のように――ごく自然に腰を下ろし、盃の中身を一気に呷った。

 

「う~ん、美味しいっ! いつもこんないいお酒飲んでるの?」

 

 その姿をはっきりと目にした紫は、ポカンと口を半開きにし――やがておかしそうに笑った。

 

「ふふっ、いつもはもっと安酒よ。今日は特別」

「そっか。う~ん、最近はレトルトばっかだったから五臓六腑に染み渡るわ~」

 

 大きく伸びをする少女に、紫はやれやれと首を振る。

 ――この時を何度も夢想した。

 ――きっと劇的な瞬間になるだろうと思っていた。

 

 でも結局、こんな何でもない振舞いこそが自分たちには一番似合っている。

 そんな当たり前の事実に、ひどく納得してしまった。

 

「全く。ちゃんと野菜も食べないとだめよ」

「さっきまでは宇宙にいたのよ。大変だったんだから」

「そんな場所まで行っていたからこんなに遅刻するのよ」

「遅くなってごめん! 何分遅刻?」

「もう数えるのにも飽きたわよ、蓮子」

「だからごめんってば、メリー! それより、幻想郷を案内してくれる?」

 

 数多の時間と季節が巡り――

 それでも昨日別れた学友に会うかのように――

 二人は隣り合わせで笑い合う――

 ようやく埋まったスキマを温かく思いながら――

 

 

 

 

 

 ――その光景を目にしていた藤丸立香は、隣に座る幼き吸血鬼に尋ねた。

 

「レミリア――ひょっとして何かした?」

 

 永遠に紅い幼き月は瞑っていた目を開き、茶目っ気溢れる笑みを浮かべて見せる。

 

「――さあね? そんな事より、乾杯でもしましょうか」

「何に対して?」

「箒星が降った夜に」

 

 彼女はそう言祝ぎ、血のように紅いワインが注がれた聖杯を掲げてみせた。

 数瞬後――カァンと杯が合わさる音が夜空に響き、溶けていった。

 




〇ビースト⑨
デンジャラスビーストwithチルノ。いろいろあぶない。
人類が克服すべき欲望の一つかもしれなくもない。

〇アイシング大ちゃん
ロイヤルアイシングwith大妖精。きけんがあぶない。

〇本物太子
結局幻想郷に居座った。

〇宇佐見蓮子 クラス:フォーリナー
 とある剪定事象の生き残りにして放浪者。平行世界や異世界よりも更に遠い、コズミックホラー的な世界で多くの時間を費やしていた。本人曰く「求めているものとは何か違う。というかグロイ」。
 彼女の力には『自分を決して見失わない』という性質があり、その特徴を活かして探索者として活動しつつ、別れた友を探していた。
 その過程で邪神関連の事象に接触することもあり、その肉体はいつしか霊基の体へと変わっていた。そのクラスは、カルデアにおいてフォーリナーと呼称される特異霊基に当てはまる。彼女としては、別に邪神に魅入られた覚えはないらしい。
 探索者として活動を続けるうちにFGO時空から来訪したアビゲイル・ウィリアムズに接触――彼女の力も借り元の人理を基準とした世界群に帰還する。その後は平行世界をたらいまわしにされていた。
 幻想郷に来る直前には、それまでの活動の実績を買われ銀河警察邪神特捜科でバイトをしていた。――が、そのダークマター企業っぷりに脱走を決意。上司に辞表を叩きつけ逃亡し、その後幻想郷に流れ着いた。

 幻想郷では博麗神社の新米神様に就職。それを重石とすることで、東方世界線に霊基を留めている。霊夢とも仲良くやっている。ちなみにご利益は、“迷子防止”に“再会”。ラーマやカルデアのアビゲイル、それに謎のヒロインXXが度々訪れているらしい。

〇マエリベリー・ハーン
 幻想郷で時折姿を見るようになった少女。博麗神社の新米神様や巫女と一緒にいる姿をよく見かける。

〇神綺
 カルデアにて召喚された、3対6枚の羽をもつ謎の神霊。本人曰く魔界の神。地球上のあらゆる神話体系に存在が確認されず、当初カルデアを困惑させた。もっとも本人は、立香の持つ人形を見てひどく納得した様子を見せていたが。
 人理修復に力を貸しつつ、暇を見ては幻想郷に遊びに行っている。

〇幻想記念館パラドックス
 近い将来幻想郷に誕生する事になる新名所。多くの人妖神仏が建設に携わり、塔状の建物の中には幻想郷誕生から今日に至るまでの、数多の記録が収められている。
 また有志の手によって、『博麗の巫女セレクション』『幻想郷ガールズコレクション』『キャットクロニクル』などの資料が編纂されている。




 落枝蒐集領域幻想郷、完結です。短編から始まり、全20話に満たないとはいえ完結まで持ってくることができたことを嬉しく思います。
 当初は本当に短編のつもりだったのですが、『続きを読みたい』との感想をいただきかねてよりの妄想をぶち込んで攪拌して、何とか形にすることができました。この辺りは東方シリーズの柔軟性に、本当に助けられた形になりました。
 全体的な内容としては反省点も多いものの(特に戦闘シーンとか)、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
 ちなみに、一番動かすのが難しかったのは立香でしたねw もう何年もプレイしているゲームの主人公なのにw
 また何かネタができたら続きを投稿するかもですが、これにて閉幕。これまでお付き合いいただきありがとうございました。
 それでは最後に――

プレゼントボックスに『落枝蒐集領域幻想郷』クリア報酬が届いています。





〇魔神の見た幻想郷

おかしな話だが、夢を見ていたようだ。
ひとりの少女の物語を――

その旅は嘆きから始まった。居場所を欲し、郷を興した。
決して平坦な道ではなかった。失敗も過ちも、争いも諍いもあった。
それでも君は戦い続け、育み続けた。
私はそれを、ずっと見ていた。あの3000年よりは、有意義なものであった。

そろそろ死が追い付いてくるようだ。
この声が届くかは分からないが、最後に一つささやかなアドバイスを残そう。

一度立ち止まり、ゆっくりと周囲を見渡してみるといい。
そこには既に、多くの者達がいるはずだ。
その輪の中に、君の居場所はある。



――――それは魔神が見た幻想の記憶。
怒りと憐憫に溺れ、人理の悪性ばかりを見続けた瞳。
……それでも旅の果てに、美しいものを見た。
故にこの風景は、最後に遺した宝物。


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番外編1 ラスベガスの一幕

落枝蒐集領域幻想郷番外編になります。
現在開催中のイベント、水着剣豪七色勝負のネタもあるので未プレイの方はご注意を。


 照りつける太陽、吹きすさぶ熱風。

 人の手によって切り開かれ、開発された大都市を一歩出れば荒野が広がる世界。

 西部絢爛賭場ラスベガス――2019年の夏に舞台に、藤丸立香は訪れていた。

 

「ふう……」

 

 額を伝う汗を拭う。

 日本とはまた別種の暑さに、都市内でこれなら荒野に出ればどうなのか――などと考えてしまう。いや、別に出るつもりはないのだが。

 

 カルデア所属の葛飾北斎を始めとしたサーヴァント数騎が謎の水着化を果たし、その解決の為訪れた特異点。

 水着剣豪やらカジノやらと謎展開が相次ぐが、それはまあいつもの事。

 一先ず全てを受け入れつつ(もしくは諦めつつ)、解決をはかるのが常道。

 そう、特異点――特に夏やらハロウィンやらには、常識を投げ捨てるものなのだ。

 

「まずは軍資金、か」

 

 特異点攻略の為にはこの疑似ラスベガスに存在するカジノを攻略していく必要があるのだが、そのためには軍資金が必要になってくる。QPである。

 稼ぐ手段もラスベガスらしくカジノとなるのだが――

 

「何から手を付けるべきか」

 

 今はカジノの中で皆と別れ、それぞれギャンブルに挑んでいる最中である。

 ――とはいえ立香もこの手の本格的な賭場は初めて。

 日本生まれで海外などカルデアに雇われるまで行ったことがないのだから当然だが、初めての場所では些か戸惑う。

 とはいえ皆が動き出している中いつまでもぼーっと躊躇している訳にもいかず、冒険野郎の気質を発揮して適当な席に付こうとするが――

 

「あら?」

 

 どことなく聞き覚えがある声に、思わず振り返ってしまった。

 ――が、そこにいたのは頭をよぎった人物とは別人。

 なのだが……よく似ている。

 文字通り大人と子供なのだが、少し前に起きた事件で縁を結んだ吸血鬼の少女に。

 

 青みがかった、僅かにウェーブのかかった銀のロングヘアー。

 品のいい赤色のワンピースタイプのドレス。

 整った美貌の全容は、かけているサングラスで伺うことができない。

 

「ご機嫌よう、カルデアのマスターさん」

「……こんにちは。えっと、どこかで会った事が?」

「直接は初めてね。でもあなた、サーヴァント界隈ではちょっとした有名人よ」

 

 確かに人理焼却を覆した辺りから、ポツポツこういう扱いを受けることはある。

 未だに慣れないし、正直くすぐったくはあるのだが。

 

「私はちょっとした英霊休暇でこの特異点に来たんだけど――」

「英霊休暇」

「あら、知らない? 正規の英霊にはそういうのもあるのよ。守護者とかは対象外だし、私も正規の英霊とは言い難いんだけど……。あとはどっかで縁でも拾えるかなーって。あなたはいつも通り、特異点の修復に? ここはあなた達の世界線だものねぇ」

「ええ、まあ。あと、ウチのサーヴァント達が水着剣豪になっちゃって」

「……まーた変なことになっているわよねぇ。人理が不安定な分、普段なら大勢に押しつぶされる可能性が浮かび上がってきているというか。まあそういうの、嫌いではないけど」

 

 クスクスと笑う姿に、やはりどうにもデジャヴを感じてしまう。

 

「ああ、そう言えばまだ名乗ってなかったわね」

 

 彼女はポンと手を叩き、しかしながら「う~ん」と悩まし気な声を漏らす。

 

「――とはいえいきなり真名開示もつまらないし、そうねぇ。ラスベガスのキャスター、はちょっと安直だし」

「とりあえずキャスターなんですね」

『いやちょっと待って!』

 

 いきなりいつもの空中投影スクリーンに、ダ・ヴィンチちゃんが現れた。

 

『彼女の霊基の観測データ! グラ――』

「はいぷちっ」

 

 彼女の右手がチョキを作り閉じると、同時に通信が途絶えた。

 

「夏だからねぇ。通信も調子が悪くなるわ、うん」

「え、いや。今明らかに……」

「あー、私の名前だったわねー。全く、出会ったばかりの美人にいきなり声をかけてくるなんて、なかなかのプレイボーイっぷりよね」

 

 あからさまに取り合う気がない様子だった。

 しかもいつの間にか立香から声をかけたことになっているし。

 

「パエリア」

「はい?」

「パエリア・S。とりあえずそう呼んでちょうだいな」

「……好きなの? パエリア」

「え? いや、別に。和食の方が好きだし」

 

 何となく、インド異聞帯で会ったクリプターを思い出してしまった。

 

「ところであなた、カジノは初めてのようね」

「あ、はい――いえ」

 

 肯定しようとし、寸でのところで踏みとどまる。

 危ない危ないと首を横に振り、自信満々で答える。

 

「ガチャを少々嗜んでいます」

「しょっちゅう沼ってるって顔してるわよ」

 

 サングラス越しでもわかる――彼女の瞳が呆れていると。

 男のちっぽけなプライドは砕け散った。

 

「まあいいわ。これも縁――ちょっとだけお姉さんからアドバイスしてあげましょう」

 

 パエリアは妖艶に笑い、赤い唇から牙が覗く。

 

「――とりあえず、大穴一点狙い。全財産をチップに」

「どう考えても悪魔の誘いですね分かります」

 

 こいつぁやべぇと回り右をするが、肩をガシッと掴まれる。

 細腕に見合わぬ怪力だった。

 

「実はバーサーカー?」

「肉体派のキャスターとか、今日日珍しくもないでしょう。――悪魔なのは確かだけど、まあ待ちなさいって。小出ししてビギナーズラックを使い切る前に、でかいの狙った方がいいのよ」

「負けフラグ?」

「私以外ならね」

 

 そのままギリギリと引っ張られていく立香なのだった。

 

                      ◇

 

「本当に勝ってしまった……」

 

 積み上げられた大量のコインに呆然としながらも、どこか現実感がない立香。

 その隣にはパエリアがほれ見たことかといった顔立ちで立っている。

 

「だから言ったでしょう? 尊敬を込めて、お姉さまと呼んでもいいのよ?」

「ははぁー、参りました。お姉さま」

「よろしい――まあこれでビギナーズラックは使い切ったから、後は手堅く賭けていくことね。とりあえず最初の水着剣豪に挑む分には十分だから、使い込まないように遊びなさい」

「大丈夫。引き際には定評があるんです」

「『流れが来てる!』って突っ込んでいくタイプよねー」

 

 大当たり(ジャックポット)だった。

 

「人の不幸も楽しいけど、大勝ちも爽快感がある――まあそこそこ楽しめたわ。私はこの辺りで……」

「あっ、立香君じゃない。奇遇ね!」

 

 振り返ればそこにいたのは3人の少女。

 声をかけてきたのは最近カルデアに召喚された神霊・神綺。

 一歩下がって侍るのは彼女のメイド・夢子。

 そして最後は幻想郷の人形遣い・アリスであった。

 

「わっ、すごいコイン! 大勝じゃない。私もあやかりたいわね」

 

 コインの山をツンツンとつつく魔界神を、夢子が窘める。

 

「神綺様、崩れたら面倒なのでおやめください」

「そんな間抜けじゃ――あっ」

 

 勢い余ったのか、言った傍から崩れるコインタワー。

 惨劇を予感した立香だが、コインはふわりと糸の網で受け止められた。

 

「まったく……あんまり騒ぎになるような事をしないでよ」

「ありがとー! アリスちゃん」

 

 やれやれとクール気に肩をすくめる人形遣いに、立香も目礼する。

 

「それにしても――皆さんも水着なんですね」

「うん? カルデアの夏での正装って聞いたから。それにいつもの服は、夏の装いとしては相応しくないからね」

 

 胸を張る神綺は赤のビキニタイプ。夢子はメイドオルタに似た水着メイド。アリスは白いワンピースタイプと三者三様だった。

 

「それができなくて長年血涙を流していた人もいるんで」

「あー、ひょっとして沖田ちゃん? 大丈夫、私がチャチャッと霊基を弄ってあげたから! これでも創造神だからね」

「救われたか……」

 

 だがこの時の立香には知る由もなかった。

 沖田さんがユニヴァースの謎科学によって、ジェット付サイボーグに変貌している事実など……

 

「ところでそっちの女の人は?」

 

 神綺の問いかけに、パエリアがさっと前に出る。

 微笑みながら優雅に一礼し――

 

「どうも――立香の現地姉のパエリアです」

 

 とんでもない事言い出しやがった。

 

「え、何? あなたそういう趣味があったの?」

 

 アリスが若干引いていた。

 

「違うっ! 姉なら間に合っている! ――ってこれも違った!?」

 

 何故か浮かんだジャンヌ(イルカ)の姿を、首を振るって追い払う。

 そんな中我関せずと神綺も一礼し――

 

「どうも――魔界の神で立香君のホーム母の神綺です」

「何遊んでいるんですか神綺様」

 

 即座にツッコミを入れる夢子に、ホーム母はチッチと指を振るう。

 

「もー、お互い冗談だよ? 夢子ちゃん。大体家族って大事なものだし、その場の気分でポンポンなれるものじゃないに決まっているじゃない?」

 

 どこぞの自称姉や自称母に聞かせてあげたいセリフだった。

 

「私が立香君を息子と呼ぶ時がくるとしたら、それこそ夢子ちゃんやアリスちゃんと結婚した時くらいだろうし」

「ちょっと、急に何を言い出すのよ」

「仮定論で、一般常識。もしもの話よ。都会派を名乗るなら、このくらいでいちいち動揺しないの。第一せっかく可愛く成長したのにいつまで経っても男の影もないし、ちょっと心配しているのよ?」

「鏡を見てから言ってほしいわね、その台詞」

「合わせ鏡の話?」

「違います」

 

 その様子を見ていたパエリアはポツリと――

 

「仲良きことは美しき哉」

 

 ――と呟いた。

 

「ところでそっちはカジノで遊びに?」

 

 立香の問いに、二人はコントを止めて振り返る。

 

「それもあるけど、ちょっとQPを貯めようと思ってね」

「何か買いたいものでも?」

「ちょっと聖杯でも作ろうと思って」

 

 魔界神さまはサラリととんでもない事を言ってのけた。

 

「何に使うかははっきりとは決めてないけど、カルデアからの魔力供給だけじゃできることに限りがあるからね。宝具の足しにしてもいいし、事が終わった後私が受肉するのに使ってもいい。無駄になるものでもないから、暇を見てキープしておこうかなって」

「スケールが大きいのにフワッとしてますね」

「そう? 電池みたいなものでしょ。あーあ、ここまで魔力のやりくりに四苦八苦するのも初めての経験ねー。これはこれで新鮮だし、楽しいけど」

 

 立香も多くのサーヴァントに聖杯を求める理由を聞いてきたが、電池扱いはさすがに初めてだった。

 その様子を見ていたパエリアも苦笑している。

 

「さすがは魔界の神、か……」

「そう? そっちだって私たち(キャスター)のボスみたいなものでしょ」

「別の世界線(おはなし)だから、一概にそうとも言えないけど……さてと、じゃあ今度こそ行かせてもらうわね」

「あ、うん。助かったよ」

「どういたしまして」

 

 パエリアは最後に、サングラス越しで立香の顔をじいっと見た。

 

「えっと」

「ファラオカジノに随分立派な宝石があるって聞いたから、おじ様へのお土産にしようかと思っていたけど――やめた方が良さそうね。まああそこに居座っているラクダ女はちょっと面倒くさそうだったし、別にいっか」

 

 ラクダ――立香の脳裏に浮かんだのは、常に商魂たくましくギャンブルにハマり、英雄王から秘書をクビにされたという女王様の姿だった。

 

「あと、姉を名乗る不審者には気を付けておきなさい。私と違って、ガチ勢だから――じゃあね。縁があったらまた会いましょう。異聞の皆様も、この辺りで失礼しますわ」

 

 そう言い残すと彼女は、一度瞬きをした後にはもう姿を消していた。

 

「星の巡りを見る者は、往々にして星を俯瞰する立場に立ちやすいのよね」

「神綺さん?」

「虚数の神殿だったり、楽園の塔だったり、世界の外側だったり――普通は次なんてないんだけど、私を引っ張り出した立香君だったら期待できるかもね……よしっ! それじゃあ張り切って稼ぐぞー!」

 

 右手を大きく腕に突き上げて張り切る魔界神。

 ――なお、夢子が財布のひもをしっかり握っていたため致命傷は免れたようである。




〇パエリア・S
 自称キャスターの、20代半ばに見える女吸血鬼。少しばかり見知った立香にちょっかいをかけ、助言を授けた。

〇アリス・マーガトロイド
 異聞帯の魔界出身の人形師兼魔法使い。久々に再会した養母にやたらと構われて辟易している――ように見えるが、内心まんざらでもない。

〇夢子
 神造魔界人にしてメイドさん。神綺の宝具によって現界しており、神綺のサーヴァントのような状態。

〇姉を名乗る不審者
 多分来年は鯱かメガロドンを連れてくる(震え

〇神綺 クラス:キャスター
・異聞帯の魔界の神。とある縁からカルデアに召喚された。背中の羽は白かったり黒かったり生えてなかったり――というか普段は仕舞っている。
 基本は理知的でおっとりとしているが、たまに攻撃的になることも。創造神という性質から、規格外の道具作成スキルを保有する。水着にだってサンタにだってなれる。
 アホ毛のようなサイドポニーだが、セイバーの両儀式に狙われているため彼女のことは若干苦手としている。

・宝具:全魔界降臨(アドベント・インフィニティ・ビーイング)
 対界宝具 ランクEX レンジ1~∞
 魔界の神である彼女の経歴の象徴にして、第一宝具。彼女の創造物である魔界及び内部の施設・住人を自在に召喚できる。――が、彼女自身が一サーヴァントとしての現界であるため無限ともいえる広大な敷地の完全展開は不可能であり、極めて限定的な仕様となっている。具体的には極一部の領域の展開、消費魔力に応じた規模での人員の召喚。更に固有結界と同じく発動中は常に魔力を消費するため、長期展開には向かない。
 数人単位且つ省エネ仕様で喚び出すのなら、長期間の召喚も可能。必要な魔力さえ賄えるのなら元々の魔界と同じ状態まで持っていくことも理論上は可能だが、その理論値はダ・ヴィンチちゃんが白目をむくほど。
「聖杯じゃお話にならない。地球を食いつぶしても無理。魔神王が3000年かけた人類総エネルギー化事業と同等以上の魔力が必要」とはダ・ヴィンチちゃんの弁。同時に――
「多分だけど、元々は全知全能といってもいい存在だった。それが魔界創造で膨大なリソースを使って大幅に弱体化した結果が、今の神綺という神霊。むしろ順番が逆で、最初は全知全能を捨てるために魔界を創ったのかもしれない」とも語る。
 神綺自身は特に何も語らないため、真相は彼女の心の中に――



 落枝蒐集領域幻想郷完結から数日ですが、番外編を投稿開始です。今後も不定期ながらネタが浮かび次第投稿するつもりですので、よろしくお願いします。


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番外編2 赤い暴君

※番外編は、基本的に時系列はバラバラです。


「幻想郷を余の後宮(ハレム)とする!!」

 

 クロスロードを潜り抜けて紅魔館に立ち入った我儘皇帝は、ティータイムだった立香たちの目の前で開口一番堂々と宣言してのけた。

 

「え、何こいつ? 頭が茹っているの? なんか全体的に赤いし」

「赤いのはこの屋敷であろう、麗しき少女よ! うん、暗いのを除けばなかなかに余好みである!」

「あ、うん。ありがとう?」

 

 いきなりのトンデモ発言に未だに目をぱちくりさせている紅魔館の主に代わり、マシュが問いかける。

 

「ええっと、ネロ陛下。先ほどの言葉の意味は?」

「文字通りである! 正確には後宮(ハレム)にするではなく、後宮(ハレム)を築き上げるのだがな!」

 

 ネロはその辺を歩いていた妖精メイドをひょいっと抱き寄せ、ハグしながら微笑む。

 

「この幻想郷は実に良い! 先の事件の際は何故か創作意欲が漲っており工房に籠っておったが、宴と言われ参上してみれば見目麗しい少女が選り取り見取り! カルデアにも美女美少女は多いが、こちらも負けておらぬ。ここのメイドも非常に愛らしい! ぶっちゃけ実に羨ましいぞ! 余も何人か連れて帰りたいくらいだ――蝙蝠羽の主殿よ、良い趣味をしておるな。無論、そなたも余のドストライクだ!」

「え、何? 私こいつに何かした? 知らない間に好感度がMAX近くなっているんだけど」

「可愛い娘だったらみんな好きなんだよ」

 

 そそくさと自分の背後に移動してきたレミリアに、立香は揺るぎない事実を伝えた。

 

「同性愛好家ってやつ? 王侯貴族なら、珍しい話でもないけど……」

「どっちもOKなお方」

 

 似たような性癖持ちなら宮本武蔵もそうなのだが、彼女はどちらかと言えば美少年好きで、ネロは美少女好きな印象を受ける。

 

「あの、ネロ陛下。後宮と言っても具体的にはどうされるおつもりで? 流石に幻想郷の方々に迷惑をかけるような真似は控えてもらいたいのですが……」

「うむ! 余は夢こそ壮大であっても地に足がついた皇帝故。まずは足場固めが大事だと心得ておる。本日は下見に来たのだ」

「フォフォウ?」

 

 不思議なアニマルフォウ君が、マシュの肩の上で小首を傾げた。

 

「ネロ祭の準備や諸々の趣味でQPもカツカツでな。さすがに現状後宮に回せる予算はないのだ」

「いつも助かっています」

「うむ! だがネロ祭も前回は金ぴかめに乗っ取られたのでな。アレはアレで楽しかったのでアリなのだが、やはり余が主役でなければな!」

「あ、それ分かるわ。やっぱり一番目立つのは自分じゃないとね!」

「であろう!? やはり赤が好きな女は話が分かるな!」

 

 先ほどまで置いておいた距離はどこに行ったのか、手を取り合うネロとレミリア。

 類は友を呼ぶ、とでもいうべきか。

 もっとも互いに主役の座を奪い合う立場になれば、すぐさま敵対するのが目に見えるようだったが。それも楽しく喧嘩する、という形で。

 

「――という訳でだ、マスター。本日は余に付き合って貰いたいのだが……」

「先輩……」

 

 上目づかいのネロに、目配せしてくるマシュ。

 後輩が目線で語っている――「さすがに放っておくのはいろんな意味で心配です」と。

 立香は首を縦に振るしかないのであった。

 

                      ◇

 

「ここは――迷いの竹林でしたね」

 

 ネロに連れられ訪れたのは、深い霧が立ち込め竹が生い茂るうっそうとした竹林であった。

 

「確か、“あの”輝夜さんが住んでいるとか……」

 

 横目でチラチラと見てくるマシュに、反応を迷う立香。

 先の事件において助太刀してくれ、トンデモ発言をかましてくれた少女。

 スカサハや山の翁といった面々とも交流があり、立香自身は少し話しただけの謎の多い少女である。

 

「ところでネロはなんでここに?」

「土地を探していたのだ。この辺りは人里の者達の手も入っていないと聞いたのでな。しかしこうも霧が深いとは……やはり下見は大事であるな」

 

 コンコンと竹をノックするように叩くネロに、マシュが告げる。

 

「土地の所有権などはどうなっているのでしょうか?」

「その辺りも確かめる意味での下見だ。後は少々気になった少女がいたのでな……おっと、余はついておる。噂をすれば――というやつだ」

 

 ネロが振り向いた先に視線を飛ばすと、そこにいたのは一人の少女。なのだが――

 

「コスプレ?」

 

 立香が思わずそう呟いてしまったのも無理はないだろう。

 幻想郷では珍しいミニスカートに、女子高生と見まがうばかりの制服じみた服装。

 更に頭からは2本のウサミミ――場所が場所なら間違いなくコスプレと断じられることであろう。

 もっとも彼女自身は、警戒交じりの視線を立香たちに送ってきていたのだが。

 

「あなたは――確か姫様の……」

 

 彼女の言葉にマシュがジトっとした視線を送ってきた気がするが、立香は全力で気づかないふりをした。

 

「私は鈴仙――鈴仙・優曇華院・イナバ。迷いの森にある永遠亭に身を置く者よ」

 

 真っ先に自己紹介をしてきたウサミミ少女に、立香たちもそれぞれ名乗り返す。

 

「永遠亭に用かしら? もし訪ねてきたのなら、案内するように言いつけられているけど……一応確認するけど、医者が入用という訳ではないのよね?」

「実は――」

 

 マシュが事の次第を説明すると、彼女は後宮の下り辺りで呆れ顔になりながらも素直に質問には答えてくれた。

 

「竹林の所有者だったら、因幡てゐって妖怪ウサギよ。今はどこをほっつき歩いているかは知らないけど」

「左様か。ふむ……姿が見えぬのであれば、今回は名を覚えておくにとどめるとしよう。しかしそなた――」

「何かしら?」

「宴で見かけた時から思っていたが――実に良いな!!」

「はっ?」

 

 ポカンと口を半開きにする鈴仙に、ネロは目をキラキラと輝かせる。

 

「見よマスター、この者の出で立ちを! ウサミミ、ブレザー、ミニスカ! 一見媚び媚であざとさのオンパレードであるが、それを自然体として見事に着こなしておる! 余をもってして逸材としか言いようがない!」

「……誹謗中傷にも聞こえるけど、波長を視る限り間違いなく褒めているのよね、コレ」

 

 何とも複雑そうな面持ちの鈴仙。そんな彼女に、マシュが尋ねる。

 

「波長、ですか?」

「うん? ああ――私の能力。そういったものが視えるのよ」

 

 鈴仙は自分の赤い目を指さす。

 

「波長が長ければ暢気、短ければ短気。――そっちの赤いのは、巫女と同じタイプね。長い時と短い時が、さっきから交互している。藤丸は普通……まあやや長めかしら? その小動物はツッコミ役? あなたは結構長い方――だけどちょっと不安定気味ね。まるで最近になって多くの感情に触れ始めた子供のよう」

「は、はい……よくお分かりで」

 

 びっくりしたような表情でマシュが応える。

 

「ちなみにこの服は月のウサギとしては標準――私は月の出身なのよ。まあ今は地上のウサギなんだけど……別にコスプレ? とかいうやつじゃないわ」

「マジか、進んでおるな。こっちの月は……うん、こっち?」

 

 ネロは自分自身の発言に首を傾げるが、鈴仙は気にした風もなく説明を続ける。

 

「私の両眼は月の狂気を宿す――あんまりじろじろ見ない事ね」

「月の狂気であるか……ううむ、叔父上には会わせられぬな」

 

 ネロの叔父上――カリギュラ帝。

 月の女神に魅入られ狂気に堕ちた、かつてのローマ帝国皇帝の一人。

 

「しかし何故月にウサギが住んでおるのだ?」

「それはほら、月の模様がモチを搗くウサギに見えるから・・・・・・」

「月の模様、とな? アレはカニであろう。もっとも余としては、獅子を推すところであるが」

「は? 故郷にカニも獅子もいなかったわよ。多脚戦車くらいならあるけど」

 

 何だが微妙に認識の違いが発生していた。

 マシュがそこに、注釈を入れてくる。

 

「月の模様は、世界各国で意見が分かれるようですね。ウサギ、カエル、獅子、カニ、少女、女神など――地域によってさまざまな説が存在します」

「フォウ!」

「ふふ、そうですね。フォウさんのようにも見えるかもしれません」

「自分の体を捧げたウサギが月に送られたって聞いたこともあるけど」

「帝釈天――つまり雷霆神インドラ。アルジュナさんのお父さんの逸話ですね。おもしろい事に、実はケツァルコアトルさんにも同じような逸話があるんです。人間として旅をしていたケツァルコアトルさんに自分の身を食料として差し出したウサギが、月に送られたというお話が。違った神話なのに、不思議な共通点ですね」

「そうなんだ。カルデアに戻ったら聞いてみようか」

 

 もっともカルデアのケツァルコアトルは神話上にない女神としての顔で降臨しているので、その記憶がはっきりとあるかは定かではないのだが。

 

「そのケツ何とかって神様のことは知らないけど、月のウサギたちはあるお方の罪を贖うために薬を搗き続けているのよ」

「薬を搗く罰則とは、一風変わっておるな。どのような意味があるのだ?」

「さあ? 儀式めいたものだし詳しい意味までは知らないわ。何千年も変化がない形骸化したルーチンワークだって言い出すウサギもいたくらいだし……地上のウサギは『ダイコク様~』って言っているけど」

「ダイコク……大国主命?」

「大黒天――シヴァ神の化身であるマハーカーラ神とも習合される神様ですね」

「パールさんの旦那さんの……スカサハ=スカディみたいなものかな?」

 

 立香は北欧異聞帯の女神を思い浮かべた。

 汎人類史のスカサハとは、似て非なる女神を。

 

「もしくは別側面の可能性か、複合神性のようなものかもしれません。インドの神様は化身として、日本の神様は分霊として自身を分けられることがありますから」

「名前が変わるだけならまだしも、分裂したりくっついたりと神様も大変よねー。私は気楽なウサギで良かったわ」

 

 そういえばサーヴァントのみんなも結構別霊基として分かれているなと、立香はカルデアの風景を思い浮かべた。

 

                       ◇

 

「ここが旧都であるか! 余の趣味からは若干外れるが、地底にこれほどの都市を築き上げるとは見事なものよな」

 

 立香たちは迷いの竹林に続き、地底世界――旧地獄と呼ばれる地に訪れていた。

 

「エレナが見たら喜びそう」

「エレナさんの場合、幻想郷はどこを見ても喜びそうですね」

 

 今はまだ都の入口付近であるが、和風の建物が多く建った江戸の街並みを思わせる一大都市。

 しかしそこに住まうは人間ではなく、異形の者達が行きかう姿を目にすることができる。

 

「それにしても、思ったよりも明るいのですね。旧都の灯ではなく、上の方から薄ぼんやりと明かりが落ちてきているように感じますが」

「ヒカリゴケかな?」

「先輩。ヒカリゴケは光を反射する性質ですので、大本の明かりがないと光りませんよ」

「魔術世界にならば、自ら光るコケがあっても不思議ではないがな。――これはおそらく、テクスチャというやつの一種であろう」

 

 ネロはそう言って、地底の空に手をかざす。

 

「そう言えば地底なのに雪が降る――とも聞きました。単なる物理的な地底なのではなく、一種の独立した環境を持つ異界ということですか」

「うむ、余もその内やってみたい! ローマチックで絢爛豪華な都を仕立て上げるのがよいな!」

 

 皇帝特権EXを持っているあたり、実際に無理やりにでもやれてしまいそうなネロなのであった。

 

 旧都に足を踏み入れていくと、妖怪たちからチラチラと視線を向けられる。

 おそらく人間がここまで来るのが珍しいのだろう。

 そして妖怪たちは波が割れるように移動し、その間から一本角の女性が声をかけてきた。

 

「うぉぉい、お前さん方! 地上の人間かい?」

「むっ、そなたは……」

「星熊勇儀ってもんさ」

 

 大きな盃を片手で軽々と支える、赤ら顔の鬼はそう告げた。

 

「地底はあんまり人間が長居する場所じゃないよ。怖~い妖怪にペロリと平らげてられちまうかもしれないし、すぐにどうこうなる訳じゃないけど瘴気もあるから。……ってお前さんたちは平気そうね?」

「余やマシュはサーヴァントの身であるからな」

「先輩は大丈夫ですか?」

「全然平気」

 

 立香にはマシュとの契約の影響で、対毒スキルとでも呼ぶべき加護が宿っている。

 もっとも対毒とはいっても効果範囲は曖昧であり、病気や酒の魔霧に対しても効果を発揮することもある。

 

「サーヴァント……ああ、どっかで見たと思ったら先日の宴会でか! あんたら、カルデアってやつだろう?」

 

 問いかけに、立香は頷く。

 

「やっぱりな。いや~、見慣れぬ強者がゴロゴロいるんだから驚いたもんさ。ちょっと前にもここに来た聖女と一戦交えたんだが、あれは良い喧嘩だった。鬼ほどの膂力はないが、拳が痛いのなんのって。ありゃ有難いお経でも纏っていたのかね?」

 

 その説明だけで誰のことだが分かってしまった。

 

「あの、迷惑をかけませんでした?」

「迷惑? とんでもない、ああいう喧嘩なら大歓迎さ! それで、今日はどうしてここまで?」

「うむ、余の要件に付き合って貰っていたのだが――その前に……」

 

 ネロが両手を広げポーズをとる。

 なんだなんだ? と注目が集まる中、彼女は宣言する。

 

「変・身!!」

 

 ――瞬間、ネロの体が発光し薔薇の花びらがエフェクトのように舞い踊る。

 それがおさまった後にいたのは……

 

「オリンピアの余、参上である!!」

 

 体操服姿へと霊基を変えたネロであった。

 

「え~っと、急にどうしたんだい?」

「勿論、そなたへの対抗心である! さすがに角までは生えぬが……いや、生えそうな気もしなくはないな」

 

 惜しげもなく生足を晒しながら、ネロは告げる。

 星熊勇儀は、体操服的な姿の鬼であった。

 

「――それで、要件であるが……」

「一旦話をぶった切って何事もないかのように戻すのかい。鬼みたいな身勝手さだねぇ」

「褒め言葉であるな! ここの妖怪たちは高い建築技術を持つと聞いてな。いずれ仕事を頼むことになるかもしれぬから、顔通しにきたのだ」

「まあ喧嘩で町を壊しては修繕の日々だから、得意分野ではあるけどねぇ。鬼の中で一番その手のことが得意なのは萃香の奴だし、土蜘蛛連中は時々仕事で地上に行っているよ。道中で会わなかった?」

 

 黒谷ヤマメと名乗る少女になら会った。

 『病気の通りが悪いのねぇ』なんて物騒なことを言われたのだが。

 

「アッハッハ、そうかいそうかい。まあ悪気はないから勘弁してやってくれ。そのルートで来たのなら、途中でパルスィにも出くわしただろ?」

「はい、大変親切にしていただきました。ただカルデアの名前を出したら及び腰になってしまわれましたが……」

「前に会ったスパルタクスのヤツを苦手にしていたからねぇ。なんでも話も嫉妬も通じないとか……」

 

 橋姫と呼ばれる少女。

 少々嫉妬節が目立ったが、マシュのいう通り親切な相手だった。

 ただ嫉妬から鬼へと変じたという件に、立香は清姫のことを思い出してしまったものだ。

 

 ――その後ネロは勇儀と話を続け、幾つかの情報を交換した後にひとしきり頷く。

 

「うむ、有意義なひと時であった。ところで勇儀よ――そなた、力比べなどは好きか?」

「三度の飯よりね。花より喧嘩さ」

「ふむ……まだ時期も場所も未定なのだが、闘技会を計画しているのだ。都合さえ合うようなら、そなたもゲストとして招待したいのだが」

「ほうっ! そいつはいいね! こちらからお願いしたいくらいさ。何なら地底を使うかい?」

「候補としては考えさせてもらおう。カルデアの状況次第では中止になるやもしれぬが……いや、余とマスターならば問題はないな! うむ、詳細が決まり次第連絡を入れる故、楽しみに待っていてくれ!」

 

                      ◇

 

 ――立香たちは勇儀と別れた後、灼熱地獄跡の管理を任されているという古明地姉妹が住む地霊殿へと足を運んでした。

 

「ネロ陛下、ここにはどんなご用で?」

「地底で一番立派な建物と聞いたからな! せっかくここまで来たのだから見ていかねばなるまい! たのもー!!」

 

 ネロが大声で呼びかけると、少ししてから館の扉がギィィという音と共に開け放たれる。

 現れたのは、幼げな風貌の半眼の少女。

 

「……好き好んでこんなところまで来るなんて変わり者ですね。私の力を聞き及んだ上で観光気分とは……。まあ歓迎くらいはしましょう。知っているようですが、私は古明地さとり。地霊殿の主です」

「うむ、余は――」

「ネロ陛下ですね。異世界の、かつてのローマ皇帝その人。その影――境界記録帯。それにカルデアのマスターに、デミサーヴァント、星の獣。『おとなし気な印象なのによくしゃべる』ですか。こういう性分なもので」

 

 何も言わずとも、どんどん会話が進んでいく。

 心を読む妖怪とは聞いていたが、なるほど。その名に偽りなしのようだった。

 

 ――が、さとりは突如眉を顰める。

 

「ちょっと皇帝さん。そんな大っぴらに可愛いやらどう愛でようやら考えるのやめてくれませんか? 恥ずかしいですし、メイド服も水着も着ませんから」

 

 どうやらネロの欲望は駄々洩れのようであった。

 

「別にいいであろう! 減るものでもあるまいし」

「減るんですよ。私の矜持とか色々」

「ふむ、ところで『目には目を、歯には歯を』という言葉があってだな」

「……ちょっと。何で『心を丸裸にされたから、余にも相手を丸裸にする権利があるのでは? うん、アリであるな!』なんて超解釈になるんですか!」

「女子同士だし、そう恥ずかしがらずとも……」

「大体その言葉は過剰な報復を防ぐためのものであって、『やられたらやり返せ』という意味ではありません!」

「『第一私の読心はパッシブスキルです』か?」

「――っ、私の心をっ!?」

「要するに余が生前開発した“ネロ式相手の好み判別占い”の亜種であろう? やればできるものであるな!」

 

 自慢げに胸を張るネロ。

 とっかかりさえあれば、本来使えないスキルですら使えてしまう皇帝特権EXの我儘っぷりの発揮であった。

 

「というか私の心を読んだんならもうお相子ですから、じりじりと近寄るのやめません?」

「花を愛でるのはおかしなことではあるまい? つまり、可愛い女の子を愛でるのもおかしいことではない。うむ、真理であるな!」

「ダメだこの皇帝、この間のバーサーカー以上に話が通じない……ちょっと、そこのマスター! 使い魔の躾がなってないですよ! って何を『ネロは自分より小さい女の子を特に愛でようとする傾向にある』なんて冷静に分析しているんですか!」

「――っ、俺の心をっ!?」

「今さらですか、そのツッコミ! というかさっきの私の真似ですか!? ああもう嫌だ、この主従!」

「あの……先輩にネロ陛下。この辺りで……」

 

 マシュが窘めようとしてくるが、さとりは堪忍袋の緒が切れたとばかりに第三の目を前面に押し出す。

 

「そっちがそのつもりなら、こっちも自衛権を行使させてもらいます! 想起せよ、あなたのトラウマ!!」

 

 サードアイから光が放たれ、近くにいたネロの顔に当たる。

 それ自体にダメージはないようであるが、徐々に人影のようなものが現れ、それを見たネロがビクリと動きを止めた。

 ――出てきた相手は、最近カルデアに召喚されたサーヴァント。

 

『ほほう、3度ガッツを使えるスキル? それは素晴らしい! この陳宮、長らく軍師をやっていますが、あなたのような献身的なサーヴァントにお目にかかるのは初めてです。マスターの令呪と合せれば4回もいけますね。え、何がいけるかって? ははは、勿論お分かりでしょう?』

 

「マスターーー!?」

 

 立香に対し、ネロが目を潤ませながら飛びかかってきた。

 

「そなたは……そなたは余を自爆などさせぬよなっ!? いや、余とて人理を守護するサーヴァント。1回くらいなら嫌だけど耐えて見せるがっ! でも1度の戦闘で4回とかあり得ぬよなっ!?」

「今『その手があったか』って考えましたね」

「鬼かそなたはっ!? いや、さっきまでいっぱいいたのだが! というかあの軍師怖い! 顔が笑っていても目が笑ってないというか!」

「『考えただけで、やりません』だそうですよ?」

「信じていたぞマスター!!」

 

 そのままの勢いでぎゅうっと抱きしめてくるが――筋力Dランクとはいえサーヴァントの膂力なので色々とヤバい。

 

「ね、ネロ陛下! マスターが青くなっています!」

「む、しまった。余としたことが感極まったあまり、皇帝特権で怪力まで発動しておった。マスター、気をしっかり持つがよい!」

「フォフォウフォフォ、フォウフォウフォーウ、フォフォウフォウ」

「『女の子の柔肌を堪能したんだから甘んじて受けるべき』ですか。……はぁ、仕方ないですね。ウチで休んでいってください」

「うむ、感謝するぞ。……ところで温泉があると聞いたのだが」

「一緒には入りません」

 

 ――結局この日は、地霊殿にお泊りすることになった立香たちであった。




〇フォウ君
 星の獣。頼れるランナー。現在はただの小動物のはず。旧地獄への長期滞在は危険かもしれない。

〇ネロ・クラウディウス
 赤い暴君。我儘皇帝。――なのだが持ち前の明るさと愛嬌であまり嫌には感じない。今回皇帝特権スキルで得た読心術はさとりのような“異能”ではなく、“技術”の延長上にあるもの。
また自己顕示欲が非常に強く、授業中の教師に対し、生徒の前でネロと検索したらスケスケの美少女の画像が出てくるという恐るべきテロを実行した。
 この件に対し本人は「反省している。ヴィーナスの霊基でやるべきだった。……ところでヴィーナスの霊基ってなんだったっけ?」とコメントしている。

〇鈴仙・優曇華院・イナバ
 元月のウサギにして、現地上のウサギ。優れたスペルカードのネーミングセンスを誇り、金時や小太郎と気が合うかもしれない。

〇古明地さとり
 地霊殿の主であるさとり妖怪。読心の力を持ち、言葉を持たぬ相手とも意思疎通が取れる。しゃべれないバーサーカーや狼王ロボ相手でも話ができると思われる。でも狂気スキル持ちにはご注意。誰かと目が合ってしまうかも。

〇陳宮
 カルデアに新たに加わった軍師。なのだが……登場早々その宝具の性質から数々の異名を授かることになった授かりの軍師。「そこです、自爆しなさい」。
 なお、赤王はともかく嫁王は……


 夏もそろそろお終い。最近は一気に気温が下がってきています。2019年度FGO水着イベも残りわずかとなり、後はたまっているフィーバーチケットを使い切るのみ。夏の終わりを駆け抜けねば――


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番外編3 守矢神社は技術革新の夢を見るか

主にギャグ回。


「神奈子様! 諏訪子様!」

 

 幻想郷には二つの神社がある。

 一つは言わずと知れた博麗神社。古くより存在する社。

 そしてもう一つは、比較的近年幻想郷に引っ越してきた神社である守矢神社。

 

 その住人にして風祝たる東風谷早苗は、慌てた様子を隠そうともせず二柱の神へと駆け寄った。

 

「どうしたの早苗、そんなに慌てて。博麗神社に行っていたんじゃなかったっけ?」

「霊夢さんが……霊夢さんが!!」

「落ち着きなさい、早苗。深呼吸して、ゆっくりと息を整えて――よろしい。それで、博麗の巫女に何があったんだ?」

 

 ただならぬ様子の風祝を一旦落ち着かせ、守矢の祭神たる八坂神奈子は語りかける。

 霊夢は他所の巫女とは言え、博麗大結界の要――それを差し引いても十二分に顔見知り。

 営業上の理由で敵対することこそあれど、本当に何かあったのなら手を貸す程度の義理はあった。無論、その際は大いに貸しを作るつもりであったが。

 

 俯いていた早苗は、神奈子の声に呼応するように、肩を震わせながらその事実を口にする。

 

「霊夢さんが……ロボットを買ったんです!!」

 

 飛び出したのは予想の斜め上の台詞だった。

 

「ごめん、今なんて?」

「でーすーかーらー! 霊夢さんがロボットをですね!」

「うん、とりあえず聞き間違いでないことは分かった。意味はまるで分からないけど」

 

 何故にロボット? 幻想郷でロボット? 盛大にクエスチョンマークを浮かべる神奈子の横で、神社の裏ボスたる洩矢諏訪子が何かを察したように声を出す。

 

「あっ、わかったよ! ほら、アレでしょう? ひと昔前に流行ったASOBOとかいう鮫のおもちゃ。アレが幻想入りして、古道具屋に流れ着いたのを買ったとか……」

「何言っているんですか。あんなホラゲーの住人がロボだなんて認めませんよ、私は! そもそも霊夢さんが香霖堂でお金を払う訳がないでしょう!」

 

 散々な言い草だった。

 なによりもひどいのが、その事実を否定できないというところだったが。

 

「――とりあえず、事情を一から説明してくれるかしら? 話が読めないんだけど」

「あ、ハイ。えっと、ちょっと前からカルデアって所と交流ができましたよね?」

「ああ、あの他所の世界の連中だな? 私はまだ、先の宴会でしか会っていないが」

「はい。その宴会の時、カルデアの人たちが博麗神社のお賽銭箱にQPっていうのを結構入れていかれたらしくて」

 

 諏訪子ははーいと片手をあげる。

 

「なにそれー?」

「何でも量子の揺らぎ――魔力資源の一種らしいです。カルデアでは通貨としても流通しているそうで。でも当然幻想郷では通貨としては使えないんですよね。一応アリスさんとかが相手なら取引に使えるそうなんですが、他の使い道を新しい神様に相談したらしくて……」

「宇佐見蓮子ね」

 

 博麗神社の新たなる祭神にして、幻想郷のニューフェイス。

 八雲紫とも知己だという、油断できない相手だと神奈子は睨んでいた。

 

「そこで蓮子さんが紹介したのが、アマゾネス・ドットコム」

「何そのひどくデジャヴを感じる名前」

「宇宙と特異点を股にかける通販会社らしいです」

「理解が追い付かないからちょっと待ってくれる?」

 

 神奈子はこめかみに指をあてる。

 おかしい、幻想郷は文字通り幻想と神秘が集う領域のはず。

 ロボはまあ、百歩譲って幻想といってもいいだろう。

 実際守矢神社でも幻想の技術として、核融合炉の開発を進めていることだし。

 宇宙も神秘に溢れてはいるし、幻想郷にも実際に宇宙人はいる――だからこれもいい。

 ――でも、何故に通販?

 

「え、なに? スキマ妖怪の親戚か何か?」

「何でも蓮子さんが持つ端末からポチれば、即日商品が届くとか。現地では徒歩で」

「そこはアナログなのね」

「蓮子さん曰く『ものすごく便利だけど、絶対に就職したくないダークマター企業』だそうです」

「ブラックさも宇宙規模なの……」

「そんなものまで幻想入りしちゃ、洒落にならないねー」

 

 アハハと諏訪子はのんきそうに笑う。

 相方の様子に神奈子はため息を吐きながらも、風祝に再度問いかける。

 

「話は分かりました。理解し切れたとは言い難いですが……それで、そのロボがどうしたっていうの?」

「百聞は一見に如かず――博麗神社まで行きませんか?」

「あ、完全に留守にするのもなんだし私は残るよ」

「じゃあ諏訪子様にはちょっとお願いが……」

 

                       ◇

 

「あら、また来たの?」

 

 早苗と神奈子が博麗神社に辿り着くと、縁側でのほほんとお茶を飲んでいた霊夢が出迎えた。

 

「早苗はともかく、宴会以外でアンタがここまで来るのは珍しいわねぇ。重い腰を上げてどうしたのかしら? また新しい金属の催促とか?」

「軽いわよ、私の腰は――それこそ風のように。なんだか早苗から珍しいものがあるって聞いたんだけど、どうにも要領を得なくて」

 

 神奈子の言葉に霊夢は首を傾げ、『ああ』と手を打つ。

 

「アレのことね。今は裏庭の方に行っているけど……ああ、戻ってきたわよ」

 

 霊夢が指をさした方向に目を向けると、そこにはずんぐりむっくりとした影。

 ウィーンという静かな稼働音と共に姿を現したのは、紅白の小さなドラム缶じみた機械。

 

「アレです、神奈子様!」

「早苗があれだけ騒ぐからスーパーロボット的なのを想像していたけど、どっちかといえば星間戦争に出てきそうな代物ね」

「アレはアレで趣があるんです!」

 

 2本のアームが伸び、箒と塵取りで器用に掃除をしている姿が見て取れる。

 

「何というか、ハイテクなんだかアナログなんだか」

「いちいち見に来るなんて、神様って暇なのね。羨ましいわぁ」

「私には、今のあなたの方がよほど暇に見えるんだけど」

 

 ロボットがせっせと掃除をしている傍ら、霊夢はのんびりとしているのだ。

 

「これでも頭の中は目まぐるしく動いているのよ。記念館の物販の構想とか」

「とてもそうは見えないけど……ところであのロボは?」

「蓮子から『数シーズン前の中古品だけど、一部家事の代行くらいはできるから。安いし』ってお勧めされたから買ってみたのよ。正直ちょっと疑ってはいたけど、実際よく働いてくれてるわ。おかげで私も妖怪退治がはかどるし」

 

 霊夢が指先に霊力弾を灯らせクイッと動かすと、ロボットの後ろをちょこちょことついてきていた三妖精の足下に着弾し彼女らはキャーキャーと騒いでいた。

 

「妖怪連中にとっては災難な話ね」

「その子のことが気になるんなら……ほら、マニュアル」

「おっと」

 

 霊夢が放り投げた冊子を受け取り、神奈子が開くと早苗も横から覗き込んでくる。

 

「えーと、『全自動巫女代行ヴォロイド・HKRI-06』。掃除からお茶くみ、簡単なお守り作成まで……何このニッチな需要」

「あうんさんもすごく微妙そうな顔で見ていましたもんねぇ」

「ああ、ここに居ついた神獣だっけ? 外でもロボット掃除機が寺やら神社の掃除をやっているところはあったけど……否定はしないが、こう神様的にはね?」

 

 当のHKRI-06は霊夢に近づいていき、催促するようにアームを動かす。

 霊夢も事を察したようで、すっとお茶を差し出すとヴォロイドはそれを受け取る。

 そして頭部がパカッと空いたかと思うとそのまま注ぎ込んだ。

 

「えっ、何? お茶まで飲むの?」

「神奈子様、ここに書いていますよ。『HKRI-06はマナとカテキノイドのハイブリッド式。定期的に美味しいお茶を与えて下さい』って」

「何よカテキノイドって」

「お茶に含まれる成分をエネルギーとして活用しているようですね。これは画期的です!」

「物理法則が仕事してないんだけど」

「幻想郷では常識は捨て去るものですよ?」

 

 割り切り過ぎて脱線気味の風祝に、神奈子は頭を抱えるしかなかった。

 

「というかこんなあからさまなロボを持ち込んで、紫のやつは何も言わなかったの?」

「ああ、何でも『ほら、実際オーバーテクノロジーは幻想みたいなものだし。SFってスペース・ファンタジーでしょう?』だって」

「サイエンス・フィクションよ! あの賢者、身内判定に走りやがったわね!? 本人はどこに行っているのよ!?」

「蓮子とどっか出かけているわよ。お土産買ってくるって言っていたから楽しみねー」

「あの神はあの神で神社をホイホイ空けるなんて……新米だからって、自覚が薄いのかしら? そんなんじゃその内信仰が尽きるわよ」

「心配してくれるなんて、お山の神様は優しいわねぇ。でも信仰は存在にはあんまり関係ないって言っていたわ。確か単独顕現(偽)だとかのスキルで」

「ズルくない?」

 

 信仰をあんまり必要としない神と、大して関心がない巫女。

 案外相性はいいのかもしれなかった。

 

 ――バサリと羽ばたく音が境内に響く。

 一同が空を見上げると、そこには見知った顔の烏天狗が一羽。

 

「こんにちはー! 清く正しい文屋です」

 

 射命丸文は境内に降り立ち一礼する。

 

「おや、お山の神様。こんな貧乏神社に如何なる御用で? 騒動を起こす準備なら是非とも取材したいところですが」

「誰が貧乏よ」

「私は真実を著すのが仕事なので」

「ちょっとした確認事項よ。そういうあなたは――」

 

 ――キィィィンという、幻想郷ではあまり聞かない音が境内に響く。

 一同が空を見上げると、そこには見慣れぬ装甲OLの姿が。

 

「神奈子様! 空からパワードスーツが!」

「……私の知る幻想郷はどこに行ってしまったのかしら」

 

 目を輝かせる早苗に、神奈子はげんなりと返した。

 

「こんにちはー! エーテル宇宙からの使者――正義のセイバー・XXです。レンコはいますか? とりあえず辞表は破り捨てておいたので、その顛末を話しに来たのですが。一人祀られて神様(ニート)生活なんて、私は認めません!」

「蓮子なら出かけているわよー」

「む、さては襲げ――ゲフンゲフン。上司の来訪を察知して逃げ出しましたか。仕方ありません。帰ってくるまで待たせてもらって……むむっ、あなたは!?」

 

 XXは文の姿を視界に収め、肩を震わせながら指をさす。

 

「スペース天狗衆のAYAYA!! まさかこんな辺境の地に身を隠していたとは……」

「えっ、私は確かに文ですが、どちら様でしょう? お目にかかるのは初めてですよね?」

「ふん、そうやって鳥頭を装って……ですが私の刑事の直感(尚Eランクである)を誤魔化すことは出来ません! あなたの書いた偽ゲーム記事でどれだけのキッズが地獄を見たことか。――総プレイ時間2時間の私のゲームデータの仇、今こそ取らせてもらいます!」

「なんのことかは全く存じませんが、とりあえず正義ではなく完全な私怨ということはよく理解できました」

「あー、バグ技に走っちゃった訳ですか」

 

 早苗が察したというように呟く。

 一方文は首を捻りながらも、素直な感想を口にする。

 

「――というか2時間くらいなら別に何でもないでしょう」

「何をっ! 2時間あればどれだけのコスモヌードルを作れると思っているんですか!?」

「いや、知りませんよ……って撃ってきた!?」

「あなたの首には懸賞金もかかっています。あの金ぴかが『おのれおのれおのれ!! セイバーを嫁に出来るシークレットルートの開放と聞いて試してみれば、男のセイバールートとは!! この駄記事のライターは、我直々に銀河の藻屑としてくれるわ!!』と言ってたんまりと。ちなみに金ぴかは私がスペースデブリにしておきましたので、悪しからず。――さあ、おとなしく私の臨時収入の糧となるのです!」

「私もいろんな異変を取材してきましたが、ここまで訳の分からない且つ理不尽な急展開は初めてですよ!? 何で品行方正かつ真面目に仕事をしている私がこんな目に――!?」

「あ、行っちゃいます!? 神奈子様、追いかけましょう! パワードスーツの戦闘なんて早々見られるものありません!」

「ごめん早苗。わたし疲れたからちょっと帰っていい?」

 

 皆が飛び立ち、ヴォロイドの稼働音だけが静かに響く境内。

 霊夢はマイペースにお茶をすすりながら呟いた。

 

「みんな、本当に自由でいいわねぇ」

 

                      ◇

 

「あ、おかえりー。遅かったね? あれ、何かいい事あった?」

 

 ホクホク顔の早苗に、諏訪子が尋ねる。

 

「ええ! 宇宙刑事からサイン貰っちゃいました!」

「ロボを見に行っていたんじゃなかったっけ? 神奈子は――うん、なんかお疲れさまな様子だね?」

「引っ掻き回される側って、こんなに大変なのね……」

 

 しみじみと神奈子は漏らすのだった。

 そのままドカッと腰を下ろすと、諏訪子から手渡されたお茶を一気飲みする。

 

「それで、あー。話を最初に戻すけど、ロボだったわね? 確かに高性能そうではあったけど、それがどうしたっていうの? 別に霊夢の仕事が幾らか楽になっただけでしょう」

「まあ確かにそうなんですが……問題の本質はロボじゃないんですよ。羨ましいですけど。めっちゃ羨ましいんですけれども」

「二度も言うんだね」

「何度だって言います。ですが事は信仰のシェア獲得に関わってくるんです」

「信仰だって? あそこの神も巫女も、信仰には大して興味がなさそうだったろう?」

 

 神奈子は両手を広げ、余裕をアピールする。

 

「それにウチには、本格稼働したロープウェイがある。参拝客も順調に増えているし、不真面目な神社相手なら問題はないはずよ」

 

 正論である。正論ではあるのだが――早苗は首を大きく横に振る。

 

「――それが霊夢さん、実はテレポーテーション装置の導入を検討しているらしくて」

「…………………………はい? 今なんて?」

 

 神奈子は本日何度目かになる問い返しを実行した。

 

「テレポーテーション装置、瞬間移動、空間ゲート。呼び方は色々ですが、とにかく距離の概念を0にする代物です」

「は、ちょ、えっと。なんでそんな話に……あっ。まさか売っているの? そのアマゾネス・ドットコムとやらに」

「どうにもそのようで。蓮子さん曰く『星間ゲートならともかく、人里と博麗神社を繋げるくらいなら中古で格安のがあるわよ。エーテル宇宙的には産廃品の、10万円くらいの中古車のイメージで』――ということらしく」

「ふーん、そんなのがあるんならもうロープウェイどころの話じゃないよね?」

「はい。実質博麗神社と人里はお隣さんということに」

 

 沈黙が室内に満ちた。

 

「……暢気な霊夢さんは『里に行くのが楽になるわねー』くらいにしか考えておらず、未だ自分が手に入れたカードの大きさに気付いていません。ロイヤルストレートフラッシュが揃っているのにその意味を理解していない、ポーカー初心者のようなものです。ですがその価値に気付いたが最後。霊夢さんは博麗神社の利益拡大の為、一気に動き出す事でしょう」

「それはそれで勝手に自滅してくれる気もするが」

 

 ダメな時の霊夢は放っておいても失敗するという経験則だった。

 しかし早苗はドンと床を叩く。

 

「甘いです! 私たちも日進月歩で技術を進歩させていますが、霊夢さんはワープしてスペースオペラ的な超技術に手を伸ばしてしまったんですよ! ――遺憾な話ですが、もうロープウェイ一つでマウントをとれる時代は終わりました。神奈子様だって外の技術革新の前に、零落寸前までいったのをもう忘れたんですか!?」

「それを言われたらぐうの音も出ないんだけどね」

「――霊夢さんが本格的に動き出す前に、こちらも対策を打つ必要があります。諏訪子様、例の方々は?」

「もうとっくに来ているよ。今は隣で待ってもらってる」

「そう言えば、確かに妙な気配を感じるが……早苗?」

「技術には技術で対抗するしかありません。――先生、お願いします!」

 

 その言葉を待っていましたと言わんばかりに、ピシャリとふすまが開けられる。

 ――そこに立っていたのは一人の偉丈夫。

 スーツ姿にマントを羽織り、その右手は機械と化した男性。

 

「お初にお目にかかります、レディ。私はニコラ・テスラ。天才です」

 

 威風堂々、大言壮語。男は神を目の前にしつつも、まるでひるまず言い張った。

 

「その名は天才発明家の――まさかカルデアのサーヴァントか?」

「その通り。科学の徒ではありますが、今はカルデアに身を寄せております」

「テスラ博士は現代社会の基盤と言ってもいい電気技術の第一人者。必ずや力になってくれるはずです」

 

 早苗が悔しそうに拳を握りしめる。

 

「残念ですが、私ではあの超技術に対抗するためには知識も技術も足りません。――若いころ、将来神になるからって左団扇でいたりせずもっと勉強しておくべきでした。いえ、今でも十分若いんですが」

「幼なじみの(ライト)君もよく窘めていたもんねぇ。『おいおい東風谷、神になるとか妄想してないで将来に備えて自分を磨きなよ』って」

「何、早苗君。勉学は今からでも遅くはない。私もサーヴァントであるが、今なお日々この知性に磨きをかけ続けている。進み続けることこそが、天才たる証なのだ」

「ふむ……私は八坂神奈子。一先ずは歓迎させてもらおう」

「聞き及んでいます、レディ。風の神でもあると――それ即ち、雷電に深い関係を持つということ。そんなあなたが雷電の普及を目指すのは、まさに自分の権能を削りかねない行為。――にも関わらず雷電の力を人の手に収めさせようとは、この天才をもってしても感服するばかり。故に私としても、あなた方の力となるのは吝かではありません」

「いえ、全くの無関係とは言わないけど雷神云々は私にはあんまり関係ないというか……ごほん、まあその話は良いです」

 

 ぶっちゃけ神奈子は技術革新の神にシフトしていくつもりなのだが、その辺りはわざわざ言わずといいかと思いなおす。

 

「それで、あなたは我々の力になってくれると言いますが、具体的にはどのような?」

「あなた方守矢神社は現在、核融合炉の開発に着手していると聞いています」

「ええ、その為に地獄の烏に神の力を与え、要としています。未だ研究段階の話だが……」

「純粋科学ではなく神の力が入っているあたり思うところはありますが、今後解決していける問題。一先ず横に置いておきましょう。あなた方は、今現在人類にとって幻想である技術の核融合炉を、この幻想郷にて完成させようとしている。なるほど着眼点はいい。実現すれば、この幻想郷を十分に賄えるだけの雷電が生み出されることでしょう。――ですが、それでは足りない」

 

 断言するテスラに、神奈子は『ほう』と目を細める。

 

「するとあなたは、何が足りないと?」

「雷電の力は一か所に留まるだけでは意味がない。その恩恵があまねく人々に届いてこそ、なのです。そこで登場するのが、せか――」

 

「世界システムですね!!」

 

 テスラの決めセリフに、早苗が堂々と割り込んだ。

 

「えーと、早苗? それは?」

 

 固まってしまったテスラを横目に気まずいものを感じながらも、神奈子は尋ねる。

 肝心の早苗はまるで気づいた様子はないのだが。

 

「はい! 簡単に言えばテスラ博士が考案した、フリーエネルギー理論と無線式の送電システムです! 実現すれば世界中のどこにいようと、電線なしで電気を扱える凄い技術なんですよ!」

「そんな事が可能なの?」

「ある意味では、核融合炉以上に幻想で終わってしまった技術です。――でもこの幻想郷という環境と、その発明を推し進めていた張本人が揃えばあるいは……」

 

 視線を向けられ、テスラが再起動する。

 

「あー、うん、まあ大雑把に言ってしまえばそういうことです、レディ。――セリフをとられて悔しいとか、紳士は考えたりしませんとも、ええ」

「なんかウチの早苗がゴメン。それで、その実用化の目途が立っていると?」

「今現在も、真・世界システムの理論構築と実験を進めているところです。何、しがらみの多かった生前に比べれば融通の利く状況。我が道筋は輝かしい交流の光によって照らされている! いずれはノーリスク、ローコスト、ノー直流、ノーエジソンが夢ではなく現実のものとなることでしょう。ハッハッハッハッハ!! 全ての道は交流に通ず!!」

 

 高笑いするテスラに、神奈子は『ふむ』と考え込む。

 現在の核融合炉事業を一から見直す必要がある案件ではあるが、実現すればメリットは計り知れない。

 技術革新の神ではなく、もっと新たな分野の神となることすら可能かもしれないほどに。

 

 しかしその光景を眺めていた諏訪子が、ポツリと呟く。

 

「でもさー」

「ハッハッハ、何かな? あまり魅力的ではないレディ?」

「脛蹴るよ。――そもそも幻想郷は、まだ電気文明じゃないんだよね」

「……………………なんですと?」

 

 テスラの高笑いが収まった。

 

「いやさ、核融合炉の開発を進めていたわたしたちが言うのもなんだけど、そもそも幻想郷では電気を資源にするって発想がないんだ。核融合炉の実現は結構長期のスパンを想定していたから、その間に普及を進める予定だったんだけど。その辺り、博士はどう考えていたのかなって?」

「むう、なるほど。その問題点があったか……いやしかし、逆に言えば送電線に慣れ親しんだ環境よりも真・世界システムを受け入れやすい、とも考えられるか? 雷電が人の文明に与える恩恵は現代社会を見れば一目瞭然。あとはいかにして、最初に浸透させるかだが――」

 

「ハハハハハ!! 無様だなミスター・すっとんきょうぅぅぅ!!」

 

 テスラが現れたふすまの影から姿を見せたのは、全身スーツの筋肉質の獅子頭。

 

「むぅぅぅ!? 亀のように縮こまっていたかと思えば、今更何をしに出てきた!! この凡骨がぁ!!」

「トーマス・アルバ・エジソンである!! 貴様は天才ではあるが一人よがり! 事前にこの地のリサーチをしておかなかったのもその証! 大衆への普及はこの私がもっとも得意とするところである! 第一、なぁぁぁにがノー直流、ノーエジソンだ!! それこそ夢物語だろう!!」

 

 ――実際、発明王としてのエジソンの知名度は一つの基盤となりうるほどの強固さを誇る。

 なのだが、神奈子は獅子頭を一瞥すると早苗へと視線をむけ、一言。

 

「――で、早苗。このエジソンを名乗る不審者は誰?」

「さあ? てっきりテスラ博士のペットかと」

 

「うぉぉぉぉぉぉい!?」

 

 ライオンが吼えた。

 神奈子はやかましそうに耳を塞ぐ。

 

「正真正銘の、エジソンその人である! 何ならこの直流電流でサインを焦がし書いて見せるが!?」

「それは結構。というかエジソンが獅子な訳がないでしょう」

「フハハハハハ!! 無様はどっちだ凡骨!! 格好つけてそんな顔を選ぶからだ!!」

「うっさいわ!! レディ、これには大きな事情があるのです」

 

 ~ライオンヘッド説明中~

 

「――ふむ、まあ理由は分かった。何故獅子頭なのかの説明にはなっていなかったが」

「それはまあ……趣味? それよりも、(直流)電気文化の普及ならばこの私に任せていただきたい。一年もあればこの幻想郷を(直流)電気文明へと塗り替えて見せましょう。これが計画書です」

「ほう、既に具体的なモノが出来上がっているとはプラス評価ですね。ふむふむペラリペラリと……………………あの?」

「何でしょうレディ?」

「ここに人員の現地登用の項目がありますが……」

「おお、それですな! 我が配下の機械化歩兵団も投入するつもりですが、やはり現地民と共に働いてこそ理解は得られるというもの。無論、何か問題があるなら聞きます」

「それは素晴らしい考えです。ですがうん、まあ何というか……()()()()()1()()2()0()()()()()()()()()()()()()?」

「……………………はて、何かおかしなことでも?」

「あなたの常識が一番おかしいのよっ!?」

 

 神奈子はエジソンを蹴飛ばした。

 転がる筋肉質の大男。なお、筋力ランクEである。

 

「そーいやあなた、告訴王とか呼ばれていたわね!? こんな労働時間論外に決まっているでしょう!?」

「落ち着いてください、レディ。私のように一日三食とっていれば無問題!! そもそも幻想郷に確たる法律がない事は確認済!! ヤッタネ、エジソン大勝利!!」

「法がないからこそ自制が必要なんでしょーが!!」

 

 仮にこの場に幻想郷の騒動に詳しい第三者がいれば、『お前が言うな』と神奈子に告げたかもしれなかった。

 

「というかよくよく考えたら――いえ、考えるまでもなく民間レベルで神秘が大暴落した戦犯みたいなものじゃない、あなたは!!」

「確かに、あの辺りの時代が決定的な節目だったと今なら思うよねぇ。人工の光が地上を覆って、それまで余裕こいていた神々もどんどん地上から撤退してさ。まさに神の時代から人の時代に移る、最終局面だったよね」

「ふむ、確かに我々は神を地に引きずり落とした。しかしそれが人の世の発展に必要だと信じたからこそ」

「うむ! まあぶっちゃけると、あの時代に我々がやらずともいずれ誰かがやっただろうしなぁ……。ならば私と社員の利益と生活の為、真っ先にやるのは自明の理」

「む、それは――否定できない話ですね。私たち神も、今の姿にこだわるのではなく変化を迎える必要があったということでしょう。――よし!! 神を撃ち落とした者達と、一旦は落ちるところまで落ちた神! 今日はその辺りも含めて語り明かすとしましょう!! ――それこそが、新たな神の在り方を求める私の糧にもなるでしょうから。早苗、お酒とつまみをお願い!」

「あっ、はい。ただいま!」

 

                      ◇

 

 ――尚、後日の一幕。

 

「え? テレポーテーション装置? アレねぇ……なんだか文明レベルがどうとかで、私には売れないんですって。残念ねぇ……」

 

 博麗の巫女は、大して残念そうでもなくそう語ったのであった。




〇東風谷早苗
 守矢神社の風祝。奇跡を起こす少女にして、現人神。特技は常識のダストシュート。

〇八坂神奈子
 守矢神社の表の祭神。山の神で、風の神。現在は幻想郷における産業革命を推し進めており、技術革新の神への方針転換をはかっている。

〇謎のヒロインXX
 宇佐見蓮子の元上司。本人は現在でも上司のつもり。辞表? 知りませんね。

〇ニコラ・テスラ
 雷電博士。電気を飛ばすアーチャー。交流信奉者。現在は真・世界システムの開発を進める。

〇トーマス・エジソン。
 発明王にして告訴王。あと大統王で、ライオンヘッド。得意技は技術の民間普及と数の暴力。

 

 アプリゲーム東方キャノンボールのOPが公開されましたが、予想以上にいい出来でした。というか香霖の謎の強キャラ感w 仮に香霖堂がショップ枠なら、ついに霊夢が香霖堂でちゃんと買い物する日が来るのか……まああくまで二次創作ゲームなのですが。
 FGO勢としては、東方LOST WORDも気になるところ。あっちの方がFGOに近そうですから。
 何にせよ、東方シリーズもこれまで以上に入口が増えることに。私も二次創作から入った口ですが、これからもいろんな幻想郷が増えていくんでしょうね。


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番外編4 不死と忌死、あるいはタケノコ

「……というお話だったのです」

 

 締めくくりの文言を唱えると、自然に寺子屋の教室の中からに拍手の音が広がった。

 褐色の肌と豊満な肉体を持つ語り部は、返礼としてゆっくりと頭を下げる。

 

 女性の名はシェヘラザード――カルデアへと召喚されたキャスターの一人。

 普段は露出の多い格好をしているが、『さすがに子供の前でちょっとそれは……』と頼みこまれ支給された和風の上着を羽織っている。

 

「ありがとうございました。ほら、みんなもお礼を言うんだ」

 

 寺子屋の生徒たちにそう促したのは、腰まで届く青いメッシュが入った銀髪を持つ女性。

 彼女は上白沢慧音――寺子屋にて教師をつとめる獣人だ。

 

 『はーい!』と元気のいい声と共に子供たちは口々にお礼の言葉を発する。

 それに対し、こそばゆそうな反応を返すシェヘラザードであった。

 その光景に慧音は顔をほころばせながらも、口調を改める。

 

「よし、それでは本日の授業はここまで! 今回の特別授業の感想を宿題として出しておくが……その前に、まだ前回の宿題を集めていなかったな」

 

 一部生徒のテンションが目に見えて落ちるが、世の常たる光景である。

 慧音としても慣れたもので、手早く宿題を回収していくが――

 

「む、またやってきていないのか。全く……これで何回目だ?」

 

 常習犯を窘めるも、そっぽを向いて口笛など吹き悪びれる様子もなく。

 

「ええい、そこになおりなさい!」

 

 お仕置きとして頭突きを喰らわせようとする慧音。

 いつもなら数瞬後におでことおでこがガッチンコするところなのだが、今日に限っては後ろから彼女を羽交い絞めにする影が。

 

「いけません!!」

 

 特別講師として慧音自身が招いていた、シェヘラザードであった。

 

「ええと?」

「脳は非常に繊細な器官――わずかな衝撃でも場合によっては危険。頭突きなんてしたら死んでしまうかもしれません!」

「いや、私も頭突きのテクニックに関しては一家言あるというか」

「それでもです。例え1000回大丈夫でも、その次の1回は分からない。死という落とし穴は、常に見えないところで口を開いているものなのです」

「む……そうだな。あなたの手前、今回は控えておこう」

 

 結局少年は軽いデコピンと宿題の増量で今回のお仕置きは終わったのだが――そのことに対し彼が喜ぶどころか残念そうな顔をしていたのは……まあ見なかったことにしておこう。

 

                      ◇

 

「今回特別講師を引き受けてくれて、改めて感謝する」

 

 生徒たちが帰宅し閑散とした空気になった寺子屋。

 慧音はシェヘラザードに対して礼を口にする。

 

「物語は誰かを楽しませるためのもの……私の語りが力となれたのならば、幸いでした」

「何、宴会の時もそうだったが実際に大した代物さ。……言葉一つでああも臨場感を引き出せるとは、素直に驚かされた。まるで頭の中に物語の情景が浮かび上がるようだったよ」

 

 慧音は罰が悪そうに、後ろ髪をかく。

 

「未熟を晒すようだが、実のところ私の授業はあまり受けがよくなくてね。内容や喋り方がいちいち難解だとかで……私もあなたの半分ほどでも人を惹きつける語り口があれば、また違うんだろうか?」

 

 獣人の自戒に、語り部はゆっくりと首を横に振った。

 

「いえ、楽しいばかりでは授業にならないでしょう。時には厳しく教え導くことも必要かと。カルデアでも教師の経験がある方もおられますが、彼らも決してやさしいばかりではありません」

「ふむ……教えるというのはいつまで経っても難しいものだな。いっそその人達にも特別講師を頼んで、私自身もその授業から学ばせてもらうのも手か?」

 

 慧音のアイディアにシェヘラザードが真っ先に思い浮かべたのは、影の国の女王。

 

『んー、できない? そっかー、仕方ないなー。じゃあ死ぬしかないかー。残念だ』

 

 花の魔術師。

 

『獅子の子落としってあるだろう? え? いやいやまさか。別にこれだけの数を一から十まで教えるのが面倒って訳じゃないよ? 大丈夫、ちゃんと成功例(キャスパリーグ)がいるから問題ないさ! まあ僕は崖どころか塔の上から見ていたんだけど』

 

 悪の教授。

 

『よろしい! これでも生前は多くの学徒へと道を示したものだ。ではまずは、教科書としてこの邪悪教典(廉価版)を支給するので――』

 

「いえ、やめておいた方がいいでしょう……死人が出てしまいます」

「え、そんな震えるほどに?」

「死なずとも人生を大いに踏み外してしまう可能性は高いかと。ええ……人を選べば大丈夫だと思いたいですが、どこでどんな地雷を踏むか分からないので」

「死ねるような授業なら、私も受けてみたいところだけどな」

 

 シェヘラザードの耳に、突如聞き覚えのない声が入ってきた。

 思わず身構えてしまった彼女だが、目の前にいた慧音は特に不審がる様子もなく声をかける。

 

「妹紅、来ていたのか」

「よっ、邪魔しているわよ」

 

 生徒たちが開けっ放しにしていたふすまの影から姿を見せたのは、白に近い銀の長髪を揺らすモンペ姿の少女。

 

「所用で里まで来ていたから寄らせてもらった。廊下で聞かせてもらっていたが、楽しい授業だったよ。噺家さん」

「この国の、落語というカテゴリの語り部のことでしたか。でしたら私の称号としては相応しくありませんが……」

「語り一つで人を楽しませるんだから、同じようなものだろう? 嫌なら普通に名前で呼ばせてもらうさ。シェヘラザード、でいいのよね? 私は藤原妹紅――しがない健康マニアの焼き鳥屋だ」

 

 妹紅は肩越しに持っていた袋を差し出してくる。

 

「ほら、差し入れ。いつも通りタケノコだけどさ。アンタもよかったら持っていきな。授業料代わりだよ」

 

 シェヘラザードは受け取った袋の重さに若干よろめきながらも、中身を覗き込む。

 

「ありがとうございます。――なるほど、タケノコとはこういうものだったのですね」

「外人さんみたいだし、初めてかい?」

「はい。この国の竹取物語も私の千夜一夜物語の一篇として存在しているので、タケノコ自体は知っていましたが、実物を口にする機会はなかったもので。カルデアには日本出身の英霊も少なからずいますから、調理方法はお知りでしょう。……そういえば、かぐや姫は私と同じペルシア出身という説もあるとか。不思議な縁を感じるものです」

「………………」

「しかしこのタケノコの形。知っている顔を二人ほど思い出してしまいます。……あの、どうかされましたか? ひょっとして何か気に障ることを口にしてしまったでしょうか?」

 

 妹紅の様子に違和感を感じ取ったシェヘラザードは恐る恐る尋ねかけるが、少女は首を横に振る。

 

「――いいや、なんでもないさ。しかしタケノコで思い出すってのは、どんな奴らなんだ?」

「一人はフェルグス・マック・ロイ――ケルトの英雄です。螺旋の剣を振るう大変な偉丈夫ですが、男性としても色々と旺盛な方なので……幻想郷で問題を起こさなければいいのですが」

 

 シェヘラザードの声音から事情を察したのか、慧音は眉を顰める。

 

「そういった男性なのか。事を起こすなら、人里の外にしてほしいところだが」

「無理やり、ということはないようなので痛ましい事件にはならないかと。もう一人――というより一柱は、魔神フェニクス。こちらは直接の面識があるわけではないのですが……西洋における炎を纏う不死鳥――フェニックスとも同一視される、死と再生を司る魔神柱です」

「……死と再生の、魔神」

「私ならざる私を同胞と呼び、その不死性から来る生の苦しみ故に永遠の死を望んだ魔神。結局はマスターたちに敗北し、生に縋りつきながら滅んでいくという結末を迎えることになったのですが」

「……妹紅」

「いや――大丈夫だ。うん、大丈夫」

 

 深い色合いを宿した妹紅の瞳に、オロオロとする語り部。

 

「あの、やはり何か気分を害することを口にしてしまいましたか……? ええと、こういう時はヒトヅマニアの皆さんが考案した『浮気発覚時の対処法・謝罪編』を応用して……」

「必要ない。私が勝手に思い耽っただけさ。いや、それはそれでちょっと気になるんだが……それよりも、良かったらちょっと話を聞かせてくれないかい?」

「私は別に構いませんが……」

「ありがとさん。ええと、慧音。悪いけど――」

 

 視線だけで事を理解したというように、慧音は頷く。

 

「場所はここを使うといい。長くなりそうだからな。お茶を入れてこよう」

 

 こうして、当初の予定にはなかった課外授業が行われることとなった。

 口火を切ったのは、胡坐をかいた妹紅。

 

「いきなりこんなことを聞くのもなんだけど、カルデアには不死を殺す方法があるってこと?」

「妹紅」

「別に短気や自棄を起こすつもりはないよ、慧音。ただ、知っておきたいだけだ」

「はあ……シェヘラザード。おかしな質問だとは思うが、できれば答えてやってくれないか?」

「そう、ですね」

 

 シェヘラザードは事情を聴くべきかとも考えるが、自重する。

 これはきっと、根の深い問題なのだろう。

――少なくとも、好奇心の域を出ないうちに踏み込むべきではない。

 妹紅一人が相手なら答えるべきか悩むところだが、今は事情を把握しているらしい慧音が隣にいる。

 いざとなれば、彼女がストッパーになるはずだ。

 無論、語った者の責任として自らも動くつもりではあるが。

 

「前提として完全な不死を殺す方法というものは、存在しません」

 

 紐解いてきた御伽噺、サーヴァントとして召喚されてきた中で座に持ち帰った記録、カルデアで閲覧し疑似体験してきた旅路、キャスタークラスとして現界したことで手に入れた魔術知識。

 それらを総動員し、自分の中でかみ砕きながら説明する。

 

「本当に、死なないから不死なのです」

「だが実際に、フェニクスとやらは死んだんだろう?」

「ええ、なので――不死殺しは、まずは相手の不死性にケチをつけるところから始まります」

 

 異なる自分自身の手によって構築された地底世界。

 その最終譚の舞台――ラピュタにおいて散った不死の魔神の最後を、シェヘラザードは思い出す。

 

「不死はそのシステムが完全である限りは、どうしようもありません。――なので魔神フェニクス戦では、死と再生というサイクルを狂わせ、制御不能とすることでその不死性を剥奪しました。永遠という完全に、濁りを混ぜることで不完全な存在へと堕とす」

「濁り、か……それがあいつらの言う、穢れってことなのかな」

 

 妹紅は自分自身の、小さな手に目をおとす。

 

「フェニクスってやつは、生の苦しみから死を望んだって言ってたな」

「はい。彼の魔神がその不死性故に辿り着いたのは死の恐怖、そして残酷な生。そこから逃れるためにはどうしたらいいのか? という命題でした。もっとも、それは私も同じなのですが……」

「それは――ひょっとしてシェヘラザードも不死ということか?」

 

 慧音からの問いかけに、語り部は首を横に振る。

 

「いいえ、私という個体はあくまで普通に死にます。ただサーヴァントというのは、英霊の座と呼ばれる場所に座する本体から現世に投射された影法師。その本体が存在し召喚者がいる限りは、何度でも現界しえます。そしてその度に何度でも、最後は確実に死を味わうことになる。私のように死を忌避する者にとっては、終わりのない迷宮なのです」

「あんたは、死ぬのが怖いんだな」

「はい――永遠の生を得たいわけではなく、ただただ死が恐ろしい。あの恐怖を何度も咀嚼したくはない。――ですからフェニクスによって召喚された別の私は、魔神と互いに傷を舐め合い、被害者ぶって結託し、自らを召喚しうる神秘というシステムごと、世界を巻き添えに自殺しようとした。それを最後に、二度と死の恐怖を味わうことがないように」

「……スケールのでかい自殺だな」

「本当に、そう思います。そこまでやっても、本当に召喚されなくなるかは賭けの部分が大きかったのですが――でも、最後の最後で踏みとどまらせてくれた人がいた」

 

 想起するは螺旋の剣を携えた少年戦士。

 あの亜種特異点における自分の、唯一の誤配役。

 

「『その“生”は――いずれ避けられぬ“死”が待つものだからこそ――最低限、楽しくなくてはならん』。『心から惚れた良い男が傍におれば。愛を込めて育てた子が傍におれば、死を恐れる暇などないやもしれん』。――彼は死に怯えるばかりの(かのじょ)に、そう告げました。笑ってしまうほど単純な理屈です。でも確かに生前の私は、自分自身とその先に待つ死ばかりを見ていた。誰かを愛することも、続く誰かに託すことも忘れてただひたすらに――」

「傍にいる誰か、か……」

 

 妹紅は、消え入るような声を漏らす。

 

「不老不死っていうのは孤独だ。傍にいる誰かも、必ずみんな先に逝ってしまう。人の中で暮らしていけなかったってのあるけど、それ以上に私自身が人を避けるようになった――あいつらみたいに元から人間離れした精神なら話は違ったのかもしれないが、元がただの人間に過ぎない小娘には耐えられない――耐えられないはずなのに、壊れはしなかった。ははっ、これも薬の効能なのかな。今や死ぬことも老いることもない人の形の出来上がりだ」

「妹紅さん――やはりあなたは、そうなのですね……」

「一時の激情で当たり前の人生を捨てた女だよ。……『何が何でも死んでやる!』っていうのは今のところないけど、死ねる機会を逃したらそれこそ永遠に死ねないかもしれないって恐怖はある。死への恐怖と死ねない恐怖――あんたや魔神とは真逆になるけど、辿りつく答えがやっぱり“永遠の死”になるっていうのは、何ともおかしな話だよ」

 

 シェヘラザードは、かつて閲覧した第六特異点の記録を思い出した。

 聖剣を返還する為、1500年もの歳月を越えて旅を続けた隻腕の騎士。

 彼を指して、ある人物はこう告げた。

 

『そんな長い間―――ひとりで? 贖罪の旅を続けてきたのか、キミは!?

 そんな惨い話があってたまるか! 残酷にも程がある!』

 

 体が不老不死になったところで、人間の精神はそもそも元の寿命をはるかに超える歳月を想定されていない。

 目の前の少女がどれだけ生き続けたかは知る由もないが、あるいは彼以上に彼女は生き続ける可能性がある。

 かの騎士は王への忠義で精神を永らえさせていたが、妹紅の中にあるものは彼女自身が言ったように薬の効能か、あるいは――

 

「妹紅さん」

 

 シェヘラザードは、自然とその提案を思いついていた。

 

「一人だけ、永遠の死を実現した人物がいます」

「へ?」

「よろしければ、彼の話をさせていただいても? 少なくない時間をいただくことになりますが――」

「時間はまあ、構わないけど……どうせ永遠だし。あー、慧音はどうする?」

「私も同席させてもらおう。彼女ほどの語り手が推す物語――聞いておかねば損になる予感しかしないからな」

「――それでは、少々耳を拝借いたしまして……」

 

 シェヘラザードは己が宝具たる巻物を取り出す。

 カルデアで閲覧した各特異点のデータ。

 実際に旅をしたマスターたちから聞いた生の声。

 特異点に赴き、肌で感じ取った現地と戦いの空気。

 それらを元に『千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)』にて組み上げた人類神話。

 “彼”と“彼ら”の、旅のお話――

 

「――これなるは、この世でもっとも新しい……人が世界を救った物語」

 

                      ◇

 

 ――夜は更け、月が弧を描く。

 その時間になって寺子屋からはようやく明かりが消え、彼女たちは人里の道へと出てきた。

 

「妹紅。もうこんなに遅い時間だし、やはり泊まっていかないか?」

 

 心配そうな顔の慧音に、妹紅は『いいよいいよ』と手を振る。

 

「私を誰だと思っているの?」

「小食気味で、不死身で、案外寂しがり屋の女の子」

「面と向かって言われると、ちょっと照れるんだけど……」

「この暗さじゃ、顔が赤くなっていても分からないさ」

「ならいっか。――今はちょっと、夜風を浴びたい気分でね。ゆっくりと寝床まで帰るさ」

 

 まるで憑き物が落ちたかのような、軽やかな声音。

 妹紅はシェヘラザードへと向き直る。

 

「今日はありがとう。色々と、ためになる話だったよ」

「――でしたら、語り部として幸いでした」

 

 続き様に、シェヘラザードは少し悩んだ様子を見せてから告げる。

 

「かつて私は、語り部として大きな間違いを犯しました」

 

 それは、自分ならざる自分がやった事。

 しかしシェヘラザード自身だからこそ分かる。

 仮に自分がその境遇に陥った場合、同じような選択をとった可能性が十分にあるということを。

 

「“あの人”は、自らの人生を見事に全うして見せました。王として生まれ国と民を導き、英霊として戦い、人として再誕し駆け抜けた果てに――若人に託して死んでいった。ですが私は、彼が迎えた“永遠の死”という結果のみを切り取って自分の都合のいいように解釈し、あまつさえ世界を壊す動機にした」

「………………」

「――その死の意味を何もくみ取ろうとせず、一方的に“羨ましい”などと口にした。語り部として相応しくない、致命的な失敗。――こんな私ですが、今の王は告げました。『あの旅の事を"彼の物語"として語ってほしい』と……だから私は語り続けます。いずれ“座”に帰る時もこの記憶だけは持ち帰り、次の召喚先でもきっと――」

「そっか。すごいな、語り部っていうのは」

 

 妹紅は片手をポケットから出し、後ろ髪をかく。

 

「私は長く生きるばっかりで、何もしてこなかった。いや、妖怪退治とかはしたけどストレス解消の意味合いが強かったし……今だから言えるけど、私のこれまでは“生きている”っていうより“死んでいない”だけって意味合いの方が強かったんだろうな」

 

 照れくさそうに、妹紅は語る。

 

「あんたの話、鮮烈だったよ。ちょっと生きる気力が湧いてきた……自分で思っている以上に、感化されやすかったのかな?」

「ふふっ、そうかもしれませんね。さっきの髪をかく動作、慧音さんにそっくりでしたよ?」

「えっ、本当?」

「むっ、私もそんなにガサツな手つきで髪に触れていたのか?」

「って慧音!?」

 

 ――気がつけば夜のとばりの中、三人で笑い合っていた。

 

「あー、もうっ! じゃあ、そろそろ帰るよ。……私も、死ぬ云々を考える前に最低限、やるべきことはやっておかなきゃならないからね」

「それは?」

「昔、恩を仇で返したことがあってね。ちゃんと詫びは入れておかなきゃ。じゃっ、お休み」

 

 そう言い残すと彼女はスタスタと歩き去っていき、やがてその背は見えなくなっていた。

 妹紅を見送った後、慧音はシェヘラザードに頭を下げる。

 

「授業もだが、今日は改めてありがとう。妹紅も幾らかは気が晴れたみたいだ」

「私は、物語を語っただけです。それを素直に受け止めることができたということは、彼女の感性のおかげでしょう」

「ふふっ、そうかもしれない。しかし――物語というのも凄いものだな。今日ほどそう感じた日はない」

「物語には空想上のものも多いですが、その中には“語られなかった歴史”を含む場合も多くあります。“あの人”の旅路も、公的記録として残るかはわからないところ。だからこそ、私が言の葉に乗せて紡ぎ続けるのです――」

「“語られなかった歴史”か……。歴史を創る者としては耳が痛い話だな。やはり私も、“語り”という物を少し勉強してみるべきか」

「私で良ければ、力にならせていただきます」

 

 シェヘラザードは少し考えこみ、告げる。

 

「そう、ですね……。いつか、妹紅さんの物語など語ってみては?」

「妹紅の?」

「彼女は何もしてこなかったと言いますが、人が歩けばそこには必ず足跡が残ります。“あの人”は『人は意味を見出すために生きている』と言いました。だったら誰かが、妹紅さんの歴史に意味を見出すことがあってもいいでしょう」

「そう、だな……妹紅は自分のことはあんまり人に喋らないから――誰か他に話す者がいてもいいかもな」

「ええ、勿論本人の許可をとってからですが」

「それが一番の難題だ」

「そうかもしれません。ですが――彼女の物語を語る者がいるとすればきっと、私などよりもあなたの方がずっと相応しい――」

 

 鳥の鳴き声が聞こえた気がして、二人は夜空を見上げる。

 そこには、一羽の火の鳥が空を駆けていく姿を見えた気がした――




〇シェヘラザード
 語り部のキャスター。死を厭う女性。宴会にて慧音と縁を結び、そこから今回寺子屋へと特別授業を頼まれ引き受けた。

〇上白沢慧音
 獣人の少女でワーハクタク。寺子屋にて教師を勤めるが、歴史の編纂も行う。

〇藤原妹紅
 不老で不死身の少女。主に火に関係した妖術も身に着けている。

〇浮気発覚時の対処法・謝罪編
 禁断の書物。円卓とかローマ皇帝とかその他諸々が関わっている。他にも逃亡編、開き直り編、誤魔かし編などが存在する。



 シェヘラザードって妹紅相手にはいろいろクリティカルな存在だよなー、って所から始まったお話。ちびちゅきではかぐや姫を演じたりもしていますからね。慧音の歴史も、物語に通ずる部分がありますし。“彼の物語”については、幕間の物語での約束もありましたからね。


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番外編5 天に座する者たち①

「ま、ざっとこんなところよね」

 

 煽情的な衣装を身にまとい、身の丈すら上回る巨大な弓を携えた女神は、天界の大地に仰向けに倒れた少女を睥睨する。

 

「無駄に頑丈で思ったよりも時間はかかったけど……所詮は天の人。天空の女主人たる私にかなう道理はないわ」

「――こ……のっ!!」

 

 青い長髪を持った少女は、倒れ伏したままであろうともその視線だけは下げずに女神を睨みつける。

 反抗の兆しを見せられた女神は、しかし逆ににんまりと笑って見せる。

 

「ふふっ、そうやって地に伏したまま見上げられるのは悪くないわ。傲岸不遜な相手なら、尚更に」

「ぐ……このくらいで、勝ったと思うなよ! ちょっと体がピクリとも動かないだけだ!」

「負け惜しみが心地いいわー。うーん、心が折れるまで相手をしてあげてもいいけど――生憎と今は別件を優先したいの。あなたもなかなかの才能だし、磨けば光るかもしれないわ。宗旨替えしたくなったらいらっしゃいな。巫女として使ってあげる」

 

 傲慢に、見下すように――しかしそうであることに何ら疑問を抱かぬ様子で、女神は宣告する。

 

「約束通り、ここら一帯の土地は貰うわ。どうせ無駄に余らせているんだから、私が有効活用してあげる。ああ――見物くらいなら許してあげるわよ? 人間上がりとは違う――生まれながらの女神が為す、正真正銘の女神の御業というやつを」

 

 ふわふわと浮かびながら、女神イシュタルは笑った。

 

                     ◇

 

「マスター、おるか? 入るぞ」

 

 マイルームにてマシュとフォウ君というお馴染みのメンバーで寛いでいると、突然景虎を伴った信長が訪ねてきた。

 

「ノッブに景虎さん、どうしたの?」

「フォーウ?」

「命蓮寺の宝塔の件で進展があったので相談に来たのですが……」

 

 景虎が信長を見ると、彼女は神妙な面持ちで低く唸る。

 

「お主たちもバタバタしておったから忘れていたかもしれんが、宝塔の行方が分かった」

「星さんの神宝ですね。見つかったのなら良かったです!」

 

 マシュが両手を合わせ我が事のように喜ぶが、反面信長の顔は晴れない。

 

「うむ、仮に文面に起こせば一冊文庫本を書けそうなくらいの大捜索劇じゃったが――実は少々……いやかなり……いやいや極めて厄介なことになっておっての」

「フォフォウ?」

「私はまだカルデアに召喚されて日が浅いので、信長の語る“厄介さ”が今一つ理解できないのですが、どうしてもマスターに相談すべきだと言って聞かなくて。お疲れでしょうが、力を貸してもらっても?」

「どんとこい!」

 

 既に関わった相手であるし、何か困っていて力になれるというのなら喜んで力になるところだ。

 そう伝えると、信長は顔をほころばせる。

 

「わっはっは! そうかそうか。それでこそわしのマスター! これで1,800万人力じゃな! ……それでは単刀直入に話すとするが、実は宝塔には宝石を生み出す力があるそうなんじゃが――」

「ゴメン、突発性の仮病が」

「フォーウ!?」

 

 あっさりと前言を撤回しフォウ君を枕代わりに、ヨヨヨとベットに横になり布団を被る。

 これぞ刑部姫直伝、即席シェルターの陣。

 

「さすがに経験者、察しがいいの! 気持ちはわかるが逃げるなっ! ってこれは火炎伯爵!? ええい、礼装変わり身とは小器用な!」

「むっ――そこです!」

 

 こっそりとマイルームから脱出を図っていた立香は、景虎に羽交い絞めにされ逃走を阻止された。

 

「後生だからお虎さん! 離してくれっ!?」

「あのマスターが何のためらいもなく逃げに徹するとは……それほどの相手という訳ですか」

 

 数多のジャイアントキリングを成し遂げ、如何なる境地にも立ち向かってきた立香。

 景虎自身その光景を目の当たりにしているため、彼が本気で逃走を図るというのは何だか新鮮にも感じた。

 ――いやまあ、頼光とか清姫とかからは偶に逃げている気もするのだが。

 

「ともあれ、まずは命蓮寺に向かうとしましょう。詳しい話はあちらで……」

 

                     ◇

 

「これはこれは……ようこそおいで下さいました。先の宴会以来になりますね」

 

 命蓮寺にて出迎えたのは、人知を超えた阿闍梨――聖白蓮。

 案内された一室にてにこやかな表情で歓迎の言葉を述べるが、その顔色にはわずかな翳りが見える。

 もっともとなりにいる妖虎の顔色などは、前会ったときのキリっとした表情が崩れ憔悴しきった様相なのだが。

 

「あの、星さん……大丈夫ですか?」

「これはみっともないところを……」

「実はご主人、先んじて相手方との交渉に入っちゃってね」

「なんと――わしらがマスターを連れて戻るまで待っておくよう言っておったろうに。先走った真似を……」

「あまり責めないでやってくれるかい。ご主人も責任を感じていたんだ。まあ、結果はご覧の有様な訳だが」

 

 星の従者であるネズミ妖怪のナズーリンは、耳をぺたりと畳みこむ。

 

「悪い事は重なると言うが……うん、ひどく実感したよ。以前の古道具屋にも吹っかけられたが、今回は法外が過ぎる。アレは実質的に、返すつもりがないという意思表示だろうな」

「私も毘沙門天の代理人ですので、神仏相手なら多少は話が通じると思っていたのですが……甘く見積もり過ぎていました」

 

 揃ってため息を吐く主従に、立香もさすがにこの状況で逃げ出すわけにもいかないと腹を括る。

 

「えっと、イシュタルは何て言ってるんです?」

 

 カルデアにおける女神系サーヴァントの一柱。

 天空の女主人であり、美と愛、そして戦を司る金星の女神。

 よかれと思って世界規模の災害を引き起こすトラブルメーカー。

 彼女こそが、今現在寅丸星の宝塔を所持している張本神であった。

 

「とりあえず、これを見てくれ。彼女からの宝塔引き渡しに対する要求だ」

「拝見します」

「フォウ」

 

 ナズーリンから差し出された用紙をマシュが受け取り、目を通す。

 

「………………???」

 

 マシュは一旦眼鏡をはずし、服の裾で目を拭った後再度眼鏡をかけもう一度用紙を見る。

 しかしそこに書かれていることが間違いでないことを、改めて認識することになるだけだった。

 横から覗き込んだ景虎も固まっている。

 

「……なんです、これ?」

「気持ちはわかる。誰だってそーなる。私だってそーなる。でも悲しい事に現実なんだ」

「でもこんな額っ!? こんなの、ギルガメッシュ王くらいしか払えないのでは!」

「むしろ払える人がいるという事実の方が、私としては驚きなのですが」

 

 マシュの言葉に星はどこか遠い目になっていた。

 

「富の偏在は社会問題の一つというからのう」

「……とにかく、そういう訳なのさ。正直命蓮寺を質に入れたところで到底払いきれる額ではない。宝塔を新調する方がまだ目がありそうだ」

「新調、できるのですか?」

 

 景虎の問いかけに、ナズーリンは両手を上げる。

 

「さあ? ご主人は破門になるかもだけど」

「そんなぁ」

 

 肩を落とす星だが、その肩に白蓮が手を置く。

 

「此度の一件、星にも落ち度があるのは事実でしょうが、それを差し引いてもこの要求は些か筋が通らないでしょう」

「聖……」

「神仏が相手とはいえ言われるままに鵜呑みにするのは愚挙。――故に解決には、別の方法を用いたいと考えています」

「それは?」

「幻想郷流の決闘方法……スペルカードルール。通称“弾幕ごっこ”です」

 

 弾幕ごっこ――今現在において、幻想郷のおけるもめ事を“力”で解決する場合に主流となっている決闘方式。

 妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する――その在り方が人間と妖怪、両者にとっての一般的な関係なのだが、小世界である幻想郷には些かそぐわない部分があるのも事実。

 本気で“力”でぶつかり合えば勝っても負けても被害が大きく、かといって争わなければ力と存在は衰えていく――

 そんな現状を打破すべく、新時代の戦いの仕組みとして生み出されたのが弾幕ごっこなのだ。

 

「弾幕ごっこにて女神イシュタルに勝利し、宝塔を取り戻します。その為にはまず、相手をこちらの土俵に乗せることが必要なのです。故にそのことで知恵をお貸しいただけますか?」

「なるほど……それでしたらあまり難しくはないかと。イシュタルさんは“美”と“戦い”の女神。弾幕ごっこは“美しさ”を競い合う“戦い”であるとも聞きます。その辺りを突けば、勝負には乗ってくると思います」

 

 自身の管轄する域において勝負を挑まれる――プライドの高い彼女であれば、全く話を聞かないということはないだろう。

 少なくとも貸す耳くらいはあるはずだ。

 

「――しかし、イシュタルさんは女神として最上級。あくまで一側面(サーヴァント)の身であり力が制限された現状ですら、持てる力は絶大です。うっかりな面や土壇場での大失敗も目立ちますが……それでも一筋縄ではいかない相手――それに負けてしまえば、もう本当に宝塔は返ってこなくなるかもしれません」

 

 現状では、単にイシュタルが宝塔を拾ったというだけ。

 つまり、星が正当な所有権を主張できる状態なのだ。

 しかし勝負の景品として賭ければ、負けた場合それもできなくなる。

 

 その可能性をマシュは指摘するが、白蓮は静かな決意を込めた瞳を返してくる。

 

「これもまた試練――その時はその時と考え、また一から積み上げるだけです。――教えも悟りも、立場そのものではありません。星も破門になるかもしれませんが、共にまた修行を重ねていきます。失敗は決して、終わりではありません。糧として再び歩むためのものです。星の真面目さは私もよく知っています――きっと大丈夫でしょう」

「聖……ありがとう。勿論私も戦います! 自らの手で宝塔を取り戻して……」

「いや、ご主人は宝塔がないと弾幕ごっこ向きじゃない。毘沙門天の代理人である今、妖獣としての本性で戦う訳にもいかないだろう?」

「それは……」

「大丈夫です、星――私が戦います。自分で言うのもなんですが、命蓮寺における最大戦力は私。女神イシュタルは弾幕ごっこには慣れていないはず。些か小狡い気もしますが、下手に回数を重ねて学習する前に、私が出て片を付けます」

 

 強者としてのオーラを漲らせ言い切る白蓮に、立香もそれならばと提案する。

 

「イシュタルの戦い方とかだったら、こっちからも教えられます」

「ありがたいお話ですが、そこまでしてもらってもよろしいのですか?」

 

 立香がマシュに目配せすれば、よく出来た秘書かと言わんばかりに意思疎通が成立する。

 

「はい、今回の件はイシュタルさんにも非があります。カルデアに戻ればシミュレーターで、イシュタルさんを模倣した戦闘データなども用意できますから、事前に戦ってみるのもよろしいかと」

「助かるよ。しかし神らしいと言ってしまえばそこまでだが、君たちも苦労しているだろう?」

「根が邪悪なだけで、決して悪気とかはないんです」

「フォフォウフォウ」

「余計に性質が悪い気もするけどね」

「その分、助けられてもいます」

 

 苦笑いを浮かべるナズーリンに、立香も肩をすくめた。

 その後ろでは、景虎がううむと唸っている。

 

「弾幕ごっこでは私はあまり力になれそうにないですね……」

「ビーム撃てないからな。お主」

「火縄銃からビームが出るあなたの方がおかしいんです。――でしたら私は、毘沙門天への必勝祈願をさせていただきますか……うん? これは――曲者!!」

 

 気合一閃――景虎が顕現させた槍を襖へと投げ放つ。

 哀れ襖は無残に貫かれるが、槍は闖入者を貫く前に弾き飛ばされる。

 聖が「ウチの襖……」と小さく呟いていたが、周囲の意識は槍を弾いた相手へと向けられていた。

 

「ふふん。私の気配に気づくとは、猪武者かと思っていたが思ったより修行を積んでいるようじゃあないか」

「あー、ゴメン聖。客が来ているからちょっと待ってって言ったんだけど、人の話を聞かなくって……」

 

 額に汗を浮かべているのは依神女苑。泣く子も黙る疫病神。

煌びやかな装飾で彩ったお嬢様風の縦ロールな髪形なのだが、その足元には弾かれた槍が刺さっていた。

 

 女苑の前で両手を組んでふんぞり返っているのは、桃のついた帽子を被った青髪の小柄な女の子。

 彼女の瞳は立香の姿を捉える。

 

「お前がカルデアのマスターか。……なるほど、聞きしに勝る平凡さだな」

「えっと……君は宴会で見たような」

「うん? どこかで会っていたか? でも覚えていないなら仕方ないな! 覚えられない平凡さが悪い!」

 

 快活に、一切悪びれることなく言い切る少女に立香も唖然。

 同時に、何となく目の前の少女のことを察してしまったのだった。

 

「――そんな事よりだ」

「先輩のことはそんな事じゃないかと思いますが」

「マシュさん、気持ちは分かりますが一先ず押さえて。一つ物申したら、五つになって返ってくる相手です」

「はぁ……」

 

 不満げなマシュを白蓮が宥めると、青髪の少女が再び口を開く。

 

「話は聞かせてもらったが、どうやらあの女を倒す算段をしているようだな」

「あの女って……」

「決まっている! あの傲岸不遜で、傍若無人! 自分勝手で人の迷惑も考えず! 貧相な体を見せびらかして、我が物顔で天空を飛び回る女だ! うん? そこの僧侶、何をキョロキョロしているんだ?」

「いえ、鏡はどこにあったかと。てっきりご自分を罵倒しているものとばかり……」

「ち・が・う!! あのイシュタルとかいう自称女神だよ!」

 

 イー! と口をとがらせる少女。

 なんだか面倒くさい展開が更に混迷さを増してきた――それが立香の偽らざる感想だった。

 

「その話、天人であるこの私――比那名居天子も一枚噛ませてもらおうじゃないか!」

 

                      ◇

 

 カルデアのシミュレーター内にて――マシュと立香は天子と名乗った天人の少女と向かい合っていた。

 

「――つまり天子さんはイシュタルさんに負け、天界の一部が乗っ取られている状況だと」

「負けてない! 一旦勝負を棚上げにしているだけ。戻ったらすぐにボコボコにしてやるんだから」

 

 何というか、非常に負けず嫌いな少女だった。

 

「それで一旦戦いを切り上げ、勝率を高めるためにこちらに来たとか」

「ああ、命蓮寺にあの女のマスターが来ているって聞いたからね。……しかしここは面白いな。絡繰り仕掛けの幻術世界とは――人はこんなことまでできるようになっていたのか」

「魔術的な要素も取り入れてありますが、最先端の技術の一つですね」

 

 ちなみに白蓮も訪れており、『スパーリングの相手は見つけていますので』と三蔵ちゃんと共に別の領域にいる。

 今頃は彼女や、量産型シャドウイシュタル相手にトレーニングを重ねていることだろう。

 

「それで、私の相手は誰がするんだ?」

 

 ポンポンと柄のみの剣を弄びながら、天子は問いかける。

 

「はい。先ほどの自己申告から似たスタイルの相手をお呼びしていますので、そろそろ来られるかと」

 

 ちなみに自己申告では――

 

『比那名居天子、天人をやってます。主に大地を操れます。他には剣とか弾幕とかビームとか使えます。この要石を使って、相手を殴ったり、潰したり、貫いたりとかもできます。あと体が硬いです』

 

 ――と、何故か丁寧語になって語っていた。

 ちなみに立香が頬を触ってみたら、普通にやわかった。怒られたが。

 

「お待たせしました」

 

 凛とした声がシミュレーター内に響く。

 やって来たのは金糸の如き髪と緑の瞳を持った、青を基調としたドレスと鎧が組み合わさった装備を持つ女性。

 

「あなたがテンシですか。始めまして――私はセイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴン。此度の特訓相手です」

 

 カルデアにおいても最古参のサーヴァントの一騎、騎士王アルトリア。

 色々と霊基のパターンが増えている彼女だが、一番オーソドックスなセイバーのアルトリアだ。

 

「へぇ……私ほどではないにせよ、なかなか高貴そうな身じゃないか」

「生前は王として過ごした身です。またイシュタルが何やら企んでいると聞きます……話は早々に、特訓に入るとしましょう。いえ、その前に――」

 

 アルトリアは天子を俯瞰するように見て、やがて納得したように目を細める。

 

「マスター、少々お耳を」

「何?」

 

 顔を近づけ、アルトリアは言付けをする。

 内容が意外だったため立香は少し驚くも、頷き返すと彼女も『頼みます』と再度頭を下げた。

 

「それでは始めましょうか」

 

 アルトリアが不可視の聖剣を構える。

 

「天人の戦い方を見せてやろう!」

 

 天子が柄を掲げると、気質が炎のような刃となって飛び出す。

 

「「いざ!!」」

 

                      ◇

 

 立香がアルトリアからの頼まれごとを終えシミュレーター内に戻ると、二人の少女は剣戟をメインに戦っている最中だった。

 

「マシュ、どんな様子?」

「お帰りなさい、先輩。アルトリアさんは言わずもがなですが、天子さんも大変お強いです。剣術はアルトリアさんの方が上なのですが……天子さんも呑み込みがお早い。どんどん動きがよくなっています」

 

 アルトリアの剣は、言ってみれば王道の騎士剣術。

 生半可な小細工など、真正面から押しつぶす暴威。

 

「っ、痛った! 天人の肌は鉄みたいなものなのに、よく斬れる!」

「鉄の肌なら斬鉄の要領で斬るだけです! 実際カルデアには鋼鉄そのもののサーヴァントもいますから! それにシミュレーター、死にはしません!」

 

 嵐の如き刃が、天人の肌にめり込まんとする。

 しかし天子の大地操作によってアルトリアの足元が隆起し、バランスを崩す。

 天子はそこに向かって横凪のカウンターを放つが、騎士王は魔力放出によるジェット噴射で体を飛ばし、その一撃を回避する。

 

「今のは良かったです。頑丈なせいか最初は回避がおざなりでしたが、攻撃への対処パターンが増えてきましたね」

「散々斬られたからな! というか褒めるのなら一発くらい素直に当たっておけ!」

「それは嫌です」

 

 きっぱりと、一切の躊躇もなく言い切る騎士王。

 彼女も非常に負けず嫌いであった。

 

 天子が手を上げると複数のしめ縄が巻かれた円錐状の岩――要石が浮かび上がる。

 

 ――要石『カナメファンネル』――

 

 要石から次々に放たれる閃光。魔術を介した攻撃ならば高ランクの対魔力スキルの前に霧散するが、これはもっと純粋な気質の放射。

 だが高ランクの直感を持つアルトリアは、余裕をもって四方八方から放たれる攻撃を回避する。

 

 だがここまでの模擬戦で、天子にもそれは織り込み済み。むしろ動きを拘束するために放ったと言ってもいい、牽制レベルの攻撃。

 続けざまに幾つもの要石を回転させながら、ドリルのように飛ばす。

 

 対抗するようにアルトリアは風王結界を使って目の前に竜巻を生み出す。

 

 ――星光・拡散――

 

 斬撃にて竜巻を分割し複数の小竜巻として放射――螺旋をもって螺旋を迎撃する。

 

 天子が緋想の剣を地面に突き刺し土津波をおこして相手を飲み込まんとすれば、聖剣の限定開放による光の一閃で怒涛の勢いで迫る土砂を吹き飛ばす。

 

 土砂に隠れるように接近していた天子が放つ緋想の剣の一振りを、風の鞘による不可視化が途切れた聖剣で受け止める。

 

「近所の爺様相手の将棋よりは読みが必要そうだな、これは!」

「あるいは読みすら不要になるほどの大規模攻撃、でしょう?」

「それだけの隙を晒してくれればな!」

 

 力と力、技と業をもって応酬を続ける二人を俯瞰しつつ、マシュが尋ねる。

 

「そういえばマスター。白蓮さんと三蔵ちゃんの方はどうでしたか?」

「仲良く殴り合いをしてたよ」

「……白蓮さんも格闘技を使うのですね。キアラさんもそうですし、私が知らなかっただけで、実はブッディストのデフォルトスキルなのでしょうか?」

「前に玉藻が、開祖さんはカラリパヤットEXだとか言っていたっけ。殴られたら普通に負けていたとか何とか」

「玉藻さんも不思議な方ですよね。……そういえば、先ほどアルトリア陛下から耳打ちされていたのは?」

「ちょっと呼んでほしい人がいるって。本人に伝えたら固まられたけど……あ、来たみたい」

「フォウ?」

 

 シミュレーター内に、新たな人影が現れる。

 

「あの……お待たせしました」

 

 消え入りそうな声で囁く、深くフードを被ったアルトリアと変わらぬ体格の少女。

 片手に持つのは、奇妙な匣。

 彼女を視界に入れたアルトリアは天子から大きく距離をとり、構えを解く。

 

「なに? 私はまだまだいけるぞ」

「――選手交代です。槍の私でもよかったですが……あなたには彼女の方が相応しい」

 

 アルトリアはスタスタと、現れた少女へと近づく。

 反面、少女はあからさまに体を強張らせる。

 

「――よく来てくれました。私を苦手にしているのは知っていたので、断られるかもとも思っていましたが……」

「いえ、その……決して、あなたのことが嫌いという訳ではなく……すみません。拙もカルデアにいる以上、いつまでもこんなじゃダメだとわかっているんですが、心の準備が……」

「イッヒヒヒヒヒヒ! 今回もはじめの一歩になればと、なけなしの勇気を奮ったんだよな!? ってあぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃー!?」

 

 口の悪い匣を、少女は無言でガチャガチャと振るう。

 匣はというと情けない悲鳴を上げているが――アルトリアはどこか懐かし気な表情を浮かべた。

 

 その様子を見ていた天子が、蚊帳の外は気に入らないというように腰に手を当てる。

 

「で、その陰気な雨合羽とやかましい匣は何? 大道芸人は呼んでいないけど」

「――あ、失礼しました。拙はグレイと申します。このやかましい匣はアッド」

「いやいやいや、長年の友達にやかましいはないだろ」

「そっ。でも私の前で顔も見せないとは、なかなかに不遜なやつね」

「え……あの、顔はちょっと」

「事情があるのです、テンシ。あまり触れないであげて下さい」

「ふーん? まあいいけど……」

 

 天子は上から下までグレイを見通し――眉を顰める。

 

「それにしても……死臭がしみついているな。死神のそれとは違うようだが」

「あ……拙はその、霊園の出身なので……」

「へぇ、墓守か何かか? 天人たる私には関わりのない職だな。――で、そいつに私の相手がつとまるって訳?」

「ええ――グレイ、それにアッド。マスターからは聞いていますね?」

「はい。でも本当にいいのですか?」

「ええ、少々荒っぽくはなりますが――では失礼」

 

 アルトリアの細い手指が、そっとアッドに触れる。

 流し込まれる彼女の魔力――それに呼応するように鼓動する匣。

 

「聖槍を励起させました。それでは頼みます――テンシ、あなたも構えなさい」

「――っ!! その匣、周囲の気質を!?」

 

「古き神秘よ、死に絶えよ。甘き謎よ、尽く無に還れ」

 

 アッドがシミュレーター内に疑似再現されたマナを喰らい始める。

 ――際限なく、貪欲に、枷の外れた獣の如く。

 

「第二段階、限定解除を開始」

 

 先ほどまでとはうってかわった、アッドの無機質な声が響き渡る。

 匣はグレイの正面に浮かび上がり、巻き起こる風でグレイのフードが捲り上がり、その素顔が露わになる。

 髪や瞳の色こそ違うものの、アルトリアと瓜二つの容貌が――

 

「なるほど――面白い! これは喰い合いだな! 緋想の剣よ――森羅万象、全天を束ねよ!」

 

 緋想の剣から伸びる気質の刀身が、一気に拡大し、膨張する。

 天までも伸びんとする極光――一見すれば巨大な光の束と見まがうところだが、その実態は膨大な数の気弾の集合体。

 

 対するグレイも、既に光の螺旋として姿を変えつつあるアッドを天子へと向け構える。

 

 膠着は一瞬にも満たず――互いに極技を放ちあう。

 

「聖槍……抜錨! 『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』!!」

「無尽の空にて押しつぶせ! 『全人妖の緋想天』!!」

 

 二つの極光がぶつかり、軋み、喰い合い、混じりあう。

 やがてそれはオーロラの嵐となり、シミュレーター内を照らす。

 天国か、あるいは地獄か。

 この世ならざる極彩色の中で天子が悟った事は一つ――

 

(違う……()()()()()()

 

 光が広がり、天子の意識は途絶えた。




〇比那名居天子
 天人の少女。傍若無人でプライドが高い。目的の為なら負けを装う強かさもあるのだが、今回の場合は同属性持ちが相手なので、負けず嫌いな側面が出ている。

〇イシュタル
 公式公認邪神。自分の落とし物の場合はしっかりと所有権を主張する。

〇依神女苑
 疫病神で、かつての異変では他人の富を奪いつくすべく行動した。お嬢様風縦ロールスタイル。そういえば、お嬢様なハイエナもいたような……

〇玄奘三蔵
 星の三蔵ちゃん。徒手空拳の使い手、妖怪の弟子がいるなど割と白蓮と被る部分も。

〇アルトリア・ペンドラゴン
 青い王様。オーソドックスなセイバーさん。負けず嫌い。そろそろ原初にして頂点の名を名乗れるかもしれない。

〇グレイ
 墓守の少女で、幽霊が苦手。この辺りの属性は妖夢と被り、宴会の時には実は色々語り合っている。



今回は中編の予定。大体2~3話を想定しています。時系列としては本編終了後ちょっとして。天子の口調については、初期は女性的でしたが最近は割と中性的なので、そっちに合わせています。――でも祭りが始まるので、更新はちょっと遅れ気味になるかも?


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番外編5 天に座する者たち②

「あっちはどんな様子でした?」

 

 立香はシミュレーター室から出てきた長髪の男性――諸葛孔明の疑似サーヴァントであるロード・エルメロイⅡ世に声をかけていた。

 エルメロイⅡ世は不機嫌そうな顔を隠そうともせずに、長髪をかきむしる。

 

「まったく……我が弟子が騎士王に呼ばれたと聞いて様子を見に来てみれば、宝具の撃ち合いに巻き込まれるとは――シミュレーターでなければ霊基も体も消し飛んでいたぞ」

「なんかすみません」

「いや――中の状況を確認しなかった私も軽挙だった。挙句当の本人たちより、私の方が長く意識を失っていたのだからな。――私をグレイの目に入らないように移動してくれたのには、感謝する」

「いえいえ、当然のことです」

 

 グレイは師であるエルメロイⅡ世を強く慕っている。

 その相手を巻き込んで昏倒させたとなれば、激しく落ち込むのは目に見えていた。

 

「それで二人の様子だったか。今は二人で訓練している――しかし、天人というのはあんな化け物ばかりなのか?」

「何かありました?」

 

 エルメロイⅡ世は、より一層眉間の皺を深めた。

 

「少し面倒を見てきたが、ほとんど感覚だけで奇門遁甲を応用した陣を突破した。石兵八陣(かえらずのじん)までは使っていないとはいえ、だ。……全く、なんでこう私の前にはポンポン天才というやつが現れるのか……。話を聞く限りこちらの天人は我々の世界の天人とはまた違った存在のようだが、おそらく霊基が再臨している人間なのだろう」

 

 良く耳にする言葉の聞きなれぬ用法に、立香は驚きを見せる。

 

「霊基の再臨って……サーヴァント以外でもできるんですか?」

「手間とコスト、それに非常に高度な術式が必要になってくるがな。正確には存在の再臨とでもいうべきか。以前グレイも、とある迷宮で存在の階梯を高めようとした吸血種と交戦したことがある。その時は英霊数騎分の霊核を再臨素材にしようとしていたようだ」

「そんな事が……」

「天子から聞いた話では天人の絶対数は決して多くないようだが――そこに至る道が確立されているというのは、こちらの神秘も尋常ならざるものと言わざるを得まい。おまけにこの桃だ。ポンと渡してきたが、出すところに出せば相当な値段になるぞ、これは……」

 

 エルメロイⅡ世は手のひらに乗せたみずみずしい桃と睨めっこする。

 

「確か『食べただけで体が鍛えられる桃』でしたっけ。食べないんですか?」

「……正直、葛藤中だ。私の魔術回路が少しでも上等なものになるのなら魅力的ではあるが、こう、一応積み上げてきた魔術師人生的にそれでいいのかというのもあってだな。――もっともそんな感傷を抜きにしても、異界の食物など不用意に口にはできんが。うっかり人の世に戻れなくなったらたまったものではない」

「ああ、伊邪那岐と伊弉冉の逸話みたいに」

「『あの世の物を食べるとあの世から戻れなくなる』――この手の逸話は、魔術師でなくとも耳にすることはあるだろう。ああ、そういえばそちらの首尾はどうだった?」

 

 立香はエルメロイⅡ世へと、肯定の意を返す。

 

「イシュタルと連絡はつきました。勝負は受けるって」

「そうか。一先ず下地は作れた訳だな」

「ただなんだか、不気味なくらいあっさりと条件を受け入れたんで……正直、『自分が勝った時の追加景品を用意しろ』くらいは言ってくると思っていましたけど」

「ふむ――それは確かに気になるな。日時はいつに?」

「明日の昼です」

「それならば天子の仕上がりも間に合うだろう。さっきも話したが、彼女は天才だ。天人として並みのサーヴァントなら上回るだけのスペックも持っている。今まではその天才性とスペックを適当に振り回していて、実際それで何とかなっていたんだろうが……一度力の扱い方を覚えれば一気に化けるぞ、あれは……。それに、何故騎士王がグレイを呼んだのかも分かった事だしな」

「なんでだったんです?」

「そうだな――それは明日への宿題としておくか。しかし相手が相手だ……それだけで何とかなるものか」

 

 葉巻に火をつけ、口へともっていくエルメロイⅡ世。

 立香もそんな彼を前に腕を組み、考え込む。

 

「イシュタルは一体何をしようとしているんでしょう?」

「さてな……力も傍迷惑さも最高位の女神だ。少なくとも、人間にとって『良いだけの事』でないのは間違いないだろうが。天界の一部を占拠したというが、そもそも我々には天界の情報からして少ない」

 

 幻想郷とはまた別の、隣り合わせの異界。

 カルデアによる調査も、さすがにそちらまでは伸びていない。

 

「――後は宝塔」

「そもそもの発端――宝石を生み出す毘沙門天の神宝だったか。払いきれない額を提示しても手放そうとしなかったということは、何かしらの使い道を見出しているということだろうが……宝石は彼女の依代である人物にも、縁深いものだからな。なんせ宝石魔術の専門家だ」

「元々知り合いなんですっけ?」

「ああ――だからこそ、複雑な思いもあるのだが……ともあれ今は判断材料が少ない。明日、彼女本人から聞き出すのが一番手っ取り早いだろう」

 

                       ◇

 

「ふむ、ふむ、ふむ……うむ、これはなかなか……」

「どうだい? 口にあったかな?」

「ああ! 地上で一番おいしいな、ここの料理は!」

 

 夕刻のカルデア食堂にて――

 お代わりを運んできたブーディカに対し、天子は満面の笑顔を浮かべた。

 

「アッハッハ、元気でよろしい。ほら、こっちも試してみるかい?」

「もらおうか。ああ、明日幾らか包んでくれないか? 知り合いに持っていってやろうと思ってな。グレイ、お前も食べろ。そんなに食が細くちゃ体がもたないぞ?」

「え、あの、拙はあんまり食べる方ではなくて……」

「アタシもグレイちゃんは、前々から食べなさすぎだと思っていたんだよ。あれだけ激しく動いているんだから、たんとお食べ」

 

 ぐいぐいと笑顔で押してくる二人にたじたじになるグレイに、エルメロイⅡ世が助け舟を出す――そんな光景を尻目に、立香は白蓮に話しかける。

 

「――という訳で勝負は明日になりました」

「承知しました。――とはいえ先方は、あちらの天人様に譲ることになりそうですが」

「ですね。天子ちゃんもやる気ですし」

 

 同意した立香に、白蓮は目を丸くしていた。

 

「えっと、どうかしました?」

「――いえ、彼女をそのように呼ぶ方は初めてでしたので」

「そうなんですか?」

「ええ、“くずれ”がつくとは天人様。加えて少し前は貧乏神とつるんで暴れ回っていたので、些か以上に悪評も。大概の人は敬うか、畏れるか……あとはぞんざいに扱うか」

「ちなみに白蓮さんは?」

「え? え、ええ……それはまあ、ねえ?」

 

 曖昧にはぐらかされてしまった。

 こういう時は、必要がなければあまり突っ込まない方がいいと立香も学習しているので、違うことを尋ねることにする。

 

「ところで訓練の方はどうでした?」

「そちらは大変勉強になりました。――かの三蔵法師と語らう機会が得られたのは、真に僥倖なことです」

「御仏の加護、ってこと?」

「――ええ、きっとそうですね。明日はますます負けられません」

 

 やる気を漲らせる彼女に、立香も頷く。

 

「天子ちゃんは泊っていくみたいだけど、白蓮さんも?」

「いえ、私はこちらをいただいたら命蓮寺に戻り、明日に備えさせてもらいます」

「美味しそうなおはぎですね」

「ええ、殺生院さんという方から差し入れしてもらいました。――サーヴァントというのは基本的に歴史に名を残した方が至るものと聞きましたが、私は彼女の名に覚えがありません。不勉強故か、私たちの世界にはいないのか……彼女も大層修行を積んでいるように見受けられましたが、どのようなお方なので?」

「うーん……何というか、あんまり自分のことは話さない人なんでなんとも」

 

 ――というか深く考えようとするとこう、頭の中に靄がかかったようになるのだが。

 

「そうですか……ただ最近里の人たちが持ってきた貸本に、彼女の絵が描かれていたような」

「そうなんですか?」

「はい――何でも私に朗読してほしいと。仏教の入門書としては分かりやすく、初めての方にも受け入れやすいとは思うのですが……こう、読んでいると体が火照ってくるという不思議現象が。おかしな魔力の類は特に感じないのですが」

 

 そう言って若干顔を赤らめる白蓮さんなのだった。

 

                       ◇

 

 ――翌日、太陽が昇り切った時合。

 天空の女主人は、颯爽と姿を現した。

 

「ハァイ、立香にマシュ。そしてその他諸々。出迎えご苦労様」

 

 場所は人里や周辺の畑から少し離れた空き地。

 どこからか話を聞きつけたのか、今回の一件に関係のないギャラリーもちらほらと集まっているのが見える。

 彼ら彼女らをニヤニヤと、悠然と見下ろすイシュタル。

 

 フワフワと浮く彼女と同じ高さまで真っ先に飛び上がったのは、比那名居天子。

 

「――来たな」

「あら、昨日コテンパンにしてあげた小生意気な天人じゃないの。――そういえば再戦希望だったかしら。メインディッシュはあっちのお坊さんって話だけど、前座くらいにはなるかしら」

「――ふん、昨日までと一緒と思うな。『天子、一日会わざれば刮目して見よ』。その薄すぎる服をもっと薄くしてやる!」

 

 天子の宣言に、見物に来ていた里の男衆たちが『うおぉぉぉ!!』と沸き上がった。

 イシュタルがビュンと放った矢が足下に突き刺さると、一気に静まりかえったが。

 

「女神の柔肌は簡単に晒すものじゃないのよ」

「そんな格好して説得力がまるでないんだけど」

「シャラップ! ええい、ちょっと冥界下りの時を思い出しちゃったじゃないの! ――このむしゃくしゃした感情、あなたをいたぶって晴らすとしましょう」

 

 瞳を黄金に光らせ神気を漲らせるイシュタル。

 重力が増したかのように一気に重くなる空気の中、白蓮の凛とした声が響く。

 

「――その前に、女神イシュタル」

「何かしら?」

「宝塔は持ってこられていますね?」

「ええ、勿論」

 

 イシュタルが手のひらを出すと、その上に宝塔が姿を現す。

 ――それを確認した白蓮は、肩を少し落とす。

 

「安心しました」

「宝塔の無事に?」

「いいえ。これであなたを倒した後で、見つからないということはなくなったので」

「へぇ……」

 

 イシュタルが獰猛に、好戦的に唇に弧を描いて見せる。

 溢れる神気の重圧が、一段と増した。

 

「私を下せるという傲慢――魔性に堕ちた僧風情が、随分と増長しているようね」

「その言葉はそのままあなたに返しましょう。宝塔は元を辿れば毘沙門天より授けられた神宝――縁無きあなたに扱いきれるとお思いで?」

 

 白蓮の真っ当な指摘――しかしそれを、イシュタルは鼻で笑って見せる。

 

「私だからこそ、よ。――私を誰だと思っているの? 数多の神々の権能を装飾として身に纏った女神の中の女神。他所の神性の力だから手に余る? いいえ、むしろ本来以上の力を引き出す事すら可能!」

 

 その声に呼応するように、宝塔が眩い光を放つ――!

 

「――っ!! なるほど……大言壮語ではないという訳ですか」

「待ってください、イシュタルさん!」

 

 その光景を前に、マシュが大声を放つ。

 

「一つ、確認しておきたいことがあります。イシュタルさんが宝塔を扱えることは分かりました――ですが、それを使って実際に何をするつもりなのですか?」

「うーん……まあいっか。ビックリさせようと思って黙っていたんだけど、こっちに来るときの約束通り別に幻想郷に迷惑をかける訳じゃないし」

「そんなサプライズはノーサンキューです」

「ふふ、言う時は言うわねー、立香」

 

 イシュタルは指先でくるくると宝塔を弄ぶ。

 それを見た星があわあわとしているのはご愛嬌と呼ぶべきか、不憫と同情すべきか。

 

「本来私の神気は万能。でも知っての通り疑似サーヴァントとして現界している今、依代の影響かそれはだいぶ制限されているわ。主に宝石を媒介に扱うという形でね。だからこそ神話時代以上に宝石の存在が重要になるの」

「元々宝石に目がないしね」

「そうそう――って余計な茶々を入れない! ゴホン……だからまあ宝石を生み出す力を持ったこの宝塔は私にとってもおあつらえ向きだったんだけど――そのままじゃあんまり意味がなかったのよね」

 

 彼女はやれやれと首を振るって見せる。

 

「自然物でない即製品のせいか、いまいち神気の乗りが悪くてねー。最低限は扱えるけど、やっぱり星の内側で長期間かけて熟成された自然物には媒介という点では及ばない。でっかい宝石を創れるのは楽しいんだけど……そこで私は一計を案じました」

 

 人差し指を立てて見せ、女神は述べる。

 

「カドック・ゼムルプス――あなた達がロシア異聞帯で敵対したクリプター。彼は平凡な魔術師だったけど、発想は良かったわ。至高のゴーレムを生み出すために、原材料として神代の迷宮を使う――うん、サーヴァントの宝具を原材料にするっていうのはなかなかクレバーで私好みよ。つまり元から高い神秘を宿した原材料を用意すれば、神秘に対して高い適合性を発揮する宝石を生み出すことも可能」

「なるほど――それで天界に目をつけたという訳か」

 

 天子が得心いったというように呟く。

 

「天界の大地は、元は超巨大な要石。宿す神秘は地上の比ではない」

「その通り。元々余らせている土地をリサイクルしてあげるって言っているの。これ以上ない資源の有効活用でしょう?」

 

 イシュタルの言葉に、立香は不謹慎かと思いつつも若干の安堵を覚えていた。

 そう――これまでの経緯からもっととんでもないことをやらかすと思っていたのだ、この女神様は。

 

 星も同じ心境だったのか、顔色が僅かに晴れ口を開く。

 

「それでしたら、そこまで大きな問題には発展しそうにないですね。宝塔の力で一度に生み出せる宝石の量なんて、大地の大きさに比べたらたかが知れています。何かとてつもない悪事に使われるのかと不安でしたが、胸のつかえが少しだけ取れました」

 

 ――が、金星の女神は心外だというように頭を振った。

 

「え? 私がそんなちまちました真似をするわけがないじゃない」

「へ?」

「本人以上に扱って見せる――そう言ったでしょう?」

 

 ポカンとした星に、イシュタルは指をチッチッと振るって諭すように語りかける。

 

「ふふ――いいわ、説明してあげましょう。私の神知によって導き出された、驚天動地のプロジェクト・G4の全容を――!!」

「すみません、もうグガランナはお腹いっぱいなんです」

「なんでバレたのーーー!?」

 

 本気で驚愕して見せるイシュタルに、立香は冷たい視線を向ける。

 

「今までの、行いを、思い出して」

「ぐっ……そういえばあなたは毎回巻き込んでいたわね。さすがは私が見出した勇者――私と同じ感性を身に着けるのも道理か」

 

 酷い風評被害だった。

 

「ふん――でもさすがに詳細までは分からないでしょう?」

「できれば聞きたくないというか」

「聞きなさい! そして崇めなさい、この私を!」

 

 イシュタルはビシィ! っと指を天に立てて見せる。

 

「まずはマアンナを通して宝塔のレーザー光線を金星まで届けます! そして金星のレイラインを利用してその光を加速・増幅! 極大化した宝塔レーザーを私のキガルシュに乗っける形で天界の大地に照射! 天界の余っている大地を一気に変換・錬成! 私の神気も過程に挟んでいることで、私に対して適合性抜群の超弩級巨大宝石が生み出されるって寸法よ! 加えてその宝石を原材料に、グガランナマーク4を鋳造――これまでのマーク2、マーク3の犠牲と失敗は決して無駄ではなかったわ。作り方は大体確立できたし、オリジナルにも負けない――いえ、それすらも上回る究極のグガランナが生み出されるのよ!  そうなれば私もかつての――いえ、かつて以上の権能を取り戻せる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! ふぅ――自分自身の頭脳の冴えに、震えが止まらないわ」

 

 唖然。

 呆然。

 

 どうだと言わんばかりに腰に手を当て胸を張るイシュタルに、一同の視線が集中する。

 

「ふふん♪ あまりの驚愕に言葉も出ないようね」

「いえ――というよりも……」

 

 真っ先に立ち直ったマシュが問いかける。

 

「あの、それだけのレーザー光線、本当に制御できるのですか?」

「へ?」

「こう――話を聞く限り対星用の巨大兵器としか思えないというか……下手すれば天界のテクスチャすら破って、幻想郷――ひいては地球すら貫く砲撃になるのでは……」

 

 マシュの純粋な指摘に対して――

 イシュタルは思いっきり気まずげに目を逸らした。

 

「女神イシュタルっ!?」

「だ、大丈夫ようん。私の宝具に乗せる訳だし、ちゃんと制御は出来るわ……多分」

「せめて自信満々に言ってください!」

 

 続いて立香が口を開く。

 

「それにさ……」

「な、何よ? あなたも何か文句あるわけ!? カルデアの戦力になるんだしいいでしょ!?」

「いや――仮にうまくいったとしても……うまくいったからこそ、イシュタルそこで止まれる?」

 

 イシュタルの顔に、汗が流れ始めた。

 

「その、さ――うまくいったらいったで、多分同じことを繰り返し始めるよね?」

「………………」

「それこそ天界の余っている土地どころか、天界全部を宝石に変えるまで」

「………………」

「イシュタル?」

「え、えぇ……あー、うーん。まあそういうことも………………なくはないかも?」

「やっぱりダメ!」

「えーい!! だからってこんな素晴らしい計画思いついたのに今更止まれるかー!? よく言うでしょう! やらずに後悔するより、やって後悔しろって!」

「その言葉はやらかすための免罪符じゃない!」

「それでも私は、手に入れたいものは全部手に入れてきた女神! 手に入らないなら私諸共でも玉砕よ!」

「くく……」

 

 低い笑い声に、二人の応酬が止まった。

 

「ふ、ふふふ……あーはっはっは!!」

 

 声の主は比那名居天子。

 お腹を抱え、おかしくてたまらないという風に笑う。

 その様子に、イシュタルは胡乱気な瞳を向ける。

 

「何よ? あまりのスケールの大きさにおかしくなっちゃった?」

「いや、ね……まさかこんな展開になるとは思ってなくて」

 

 目尻の涙をぬぐいながら、天子は告げる。

 

「要するに、この一戦に世界の命運がかかっているって訳だろう? ふふ……私が守る側に立つとは思っていなくて。まさに大一番、血が滾る! こういうのを待っていたのよ!」

「へぇ、吼えるじゃない。昨日は逃げ出した天人の小娘風情が。……いいわ、前置きが長くなったけど始めましょうか。ごっこ遊びとはいえ神との遊戯。敗北は死に直結すると思いなさい!」

 

 爛々と輝きだす金の瞳。

 火山の噴火の如く溢れる神気。

 露出した肌に浮かび上がる悪魔の如き模様。

 

「スーパーイシュタル!?」

「――この幻想郷は神秘溢れる地。加えて天界で瞑想して神気をチャージしてきたわ! では開幕の銅鑼を鳴らしましょう。ふふっ、スペルカードはこう宣言するんだったわね」

 

 イシュタルの手のひらに金色のカードが浮かび、それをクシャリと握りしめる。

 そしてその拳を天子へと向け――放つ。

 

「神威――『女神ビーム』!!」

 

                      ◇

 

 一方、時間は少し遡り――

 

「ここはいいね」

 

 生い茂る緑の群れを前に、女性とも男性ともつかない存在は呟いた。

 ゆったりとした貫頭衣から手を伸ばし、夏に向け花開かんとする緑にそっと指先で触れる。

 

「強い生命力に満ちている。神々の森ほどとは言わないけど、懐かしさを覚えるな」

 

 流れるような動作に連動するように、緑の長髪が風になびく。

 しかしそのことを気にする様子もなく、楽し気に身を任せる。

 

「夏になれば、一面に向日葵が咲き誇るのよ」

 

 女性の声が軽やかに、同時に確かな存在感を伴って響いた。

 

 ウェーブのかかった、肩辺りまで伸ばした緑の髪。

 チェック模様の入った赤いベストとロングスカートを着こなし、片手に携えた日傘が女性へと影をおとす。

 

「それはさぞかし、見事な光景なんだろうね」

「誰が言い出したかは知らないけれど、太陽の畑なんて呼ばれているわ」

 

 英霊は立ち上がり、妖怪へと振り向く。

 

「サーヴァント・ランサー、エルキドゥ。君は――?」

「風見幽香。見ない顔だけど、最近幻想郷に?」

「ああ、少しばかり縁があってね。そういう君は長いのかい?」

「ええ――数十年、数百年、それとも千を超えていたかしら」

「大した永年草っぷりだね」

「そういうあなたは土の香り――粘土の体かしら? こねくり回して焼き上げたら、さぞかし立派な花瓶になりそう」

「活ける花はここの向日葵? それとも君自身かな?」

「向日葵は咲くのにもう少し時間がかかるし、私はジロジロと眺められる趣味はないわ。――ああでも、すぐに咲かせられる花があったわね」

「おや、そうなのかい? ここら一帯は、蕾すら付ける前の向日葵しか見当たらないけど」

「真っ赤な真っ赤な、血の花よ」

 

 幽香は久しぶりに出会った友人をランチに誘うような気軽さで、花咲くような笑みをこぼしながら囁いた。

 

「出会ってばかりでこういうお誘いは、淑女としてはしたない気もするけれど――ちょっとケンカしてみない?」

「性能比べなら、断る理由はないね。でもここで暴れたら草木を傷つける――場所を変えてやろうか」

 

 ――その瞬間。

 太陽の畑にたむろしていた妖精たちが、一斉に逃げ出した。

 




〇ロード・エルメロイⅡ世
時計塔の教授。諸葛孔明の疑似サーヴァント。最近はアニメ化で色々忙しいらしい。

〇エルキドゥ
ちじょうのいきものはみんなともだち。

〇風見幽香
はながだいすきなようかいさん。



 中編part2です。思ったよりか早い投稿になりました。part3でこの中編は終わる予定です。多分。ちなみにイシュタルは天界全宝石化計画を進行していますが、彼女の目的は今回説明した部分で半分くらいです。


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番外編5 天に座する者たち③

ちょっと遅めになりましたが、その分ボリュームは多めです。
そして相変わらずの独自解釈です。


「アクセルッ――ターンッ!!」

 

 急加速、急旋回、急駆動――神業的とも変態的とも言える動きを駆使し、弾幕の雨を掻い潜ってみせるイシュタル。

 

「アーチャークラスなのにっ!?」

「スーパーなイシュタルさんを甘く見ないようにっ!」

 

 地上から見守る立香の叫びに応えるイシュタル。

 ――こういうところは、微妙に律儀なのだった。

 

 イシュタルの主武装たる巨大な弓に、彼女の意思を汲みひとりでに弦を引く。

 元は天翔ける船マアンナ――アーチャークラスとして現界する際に、その船首部分を弓として用いた一品。

 

 当然ながら通常の弓とは言い難く、そもそも弓としてカテゴライズしてもいいかも怪しい怪弓。――別にアーチャークラスでは、珍しくもなんともないのだが。

 

 引き絞られた弦が解き放たれ、幾筋もの光弾が空を奔る。

 あるものは曲線、あるものは直線を描き対峙する天子へと殺到。

 

 だが天子の前に円陣を組んだ5つの要石がそれぞれ気質の光線を放ち、それらは交差しまるで網目のような様相を見せる。

 マアンナから撃ちだされた矢は光網に阻まれ、急遽イシュタルがマニュアル操作に切り替えた一矢は網目の隙間を縫うも、緋想の剣の一振りでかき消された。

 

「ええい、味な真似を! ――というか今の動き、私のパターンに慣れていたわね。カルデアのシミュレーターにでも入ったのかしら?」

「そういうお前は変わったのは見た目だけか? いや、見た目もそこまで変わってはいないが……」

「変わっているわよ! 優雅に、華麗に、大胆に! 今年のミス・カルデアの座は私のもの間違いなし!」

「あの……イシュタルさん。ミス・カルデアコンテストは去年ごたごたがあり過ぎて今年は中止になりましたが」

 

 マシュからの指摘に、イシュタルが憤怒の表情を見せる。

 

「何ですって!? 一体誰の仕業!? っく、大方あの金ぴかか私の美を妬んだ“自称世界一の美人”なサーヴァント勢でしょうけど……」

「主犯はイシュタルさんとメイヴさんです」

「そうだったー!? いえ、でも私は悪くないわよ。悪いのは審査員を事前に篭絡しようとした蜂蜜女王のはず」

「イシュタルがそれに対抗して騒ぎを大きくして、他のサーヴァント達も負けじと……」

「ひどい、事件でしたね……」

「チェストーー!!」

「わおっ!?」

 

 天子が振り抜いた剣を、咄嗟の所で回避するイシュタル。

 それに対し天子は『チッ』と少女らしからぬ舌打ちを見せる。

 

「ええーい! 人が反省1割、『やっぱり私悪くないよね?』9割の感情に浸っているところを不意打ちとは卑怯な!」

「隙だらけだったからつい……でもそれ不毛過ぎない?」

「私のクラスの女神になると、正しさの方が私の行いに付いてくるのよ!」

 

 酷い言い草だった。こう、目を覆いたくなるほどに。

 

「しかし弓兵と聞いたが、思った以上に近接でも動けるものだな」

「輝けるウルクアーツよ! 今の私はオールレンジ対応型の女神なの!」

 

 依代たる少女の体得する中国武術のウルクアレンジ。

 それを駆使し、女神は機敏に動く。

 

「まっ、でもいいわ。このままちまちま続けるのもちょっとマンネリ化してきたところだし、あのバカコンビみたく3日3晩戦い続けるつもりもない――あっちの若作り僧侶もいることだし、大技で一気に片を付けるとしようじゃない」

 

 後方への急加速――そして停止。

 天子と一定の距離を稼いだイシュタルは、高圧的に告げる。

 

「あなたも戦いの最中、ちょくちょくマナを集めていたでしょう? あなたの一日の成果とやら、私に披露してみなさい」

「随分と余裕だな。親に甘えっきりの女神と聞いていたが」

「まだ私を甘く見ているようね――かつて神々すら恐れ敬ったエビフ山を蹂躙した私の神気と王権、その身で味わうといいわ。……全力でかかってらっしゃい。きっちり手加減した上で、正面から丸ごと踏み潰してあげる」

 

                      ◇

 

 ――草木の少ない、荒野然とした立地。

 その大地の上で、風見幽香は優雅な笑みと共に日傘を畳み、目の前の光景と向かい合う。

 

「弾幕っていうのは、幻想郷じゃあ別に珍しくもないわ。特に弾幕ごっこが普及してからは――身の程知らずの妖精が、私に挑んでくることもあるくらいだし」

 

 日傘を片手でくるくると弄び、ゆったりとした仕草で地へと突き立てる。

 

「でもここまでの“質”が揃うとなると――さすがに壮観さを覚えるわね」

 

 赤い瞳を細めつつ、彼女の称賛の声を漏らした。

 ほんの数瞬前まで閑散としていたはずの大地は、今や異形の森林へとその形を変貌させていた。

 

 地面から突き出すのは草木に非ず、数多の武具。

 剣、槍、斧、鏃、鎖――高い魔力を宿した一つ一つが一級品たる戦具が、その切っ先を一人の妖怪へと向け生え揃う。

 

「『民の叡智(エイジ・オブ・バビロン)』」

 

 たおやかな仕草で穏やかな笑みを浮かべるのは一人の英霊――エルキドゥ。

 指先一つで指揮するのは、致死たる暴力の嵐。

 されどもその前に幽香は臆さずに告げる。

 

「自然寄りの奴かと思っていたけど、文明の産物をこうも振るうのね」

「文明もまた、星より出でた自然の一つ――僕はそう解釈するよ」

「そう――まあどちらでもいい話だけど」

 

 告げるや否や、幽香の体はふわりと浮き上がる。

 浮遊に飛行――幻想郷の力ある住人ならば、方法論こそ違えどその多くが体得する技術。

 タンポポの綿毛を思わせる軽やかさで、反面彼女の体から溢れる妖力でその存在感は一時、また一時と増していく。

 

 腕を一振りすると同時に彼女の背後に浮かび上がるは、無数の妖力弾。

 薄緑、赤、黄――多彩な色合いを誇るそれらは整然と並び揃い、一輪の花を思わせる曼荼羅とも魔法陣ともとれる陣形を構築する。

 

 無言の内に、交錯は始まった。

 ほぼ同時とも言えるタイミングで放たれた、天よりの花と地よりの武具。

 

 一人の英霊に向かって撃ち落とされた無数の弾幕は、打ち上げられた武具によって迎撃され、その多くが食い破られる。

 ――さもありなん。数こそ幽香の花弾が武具を上回るものの、一つ一つに込められた魔力と存在の密度では武具に軍配が上がる――エルキドゥの作り出した武具は宝具としてカテゴライズできるほどの代物だ。

 それは奇しくも、人の文明による自然への侵略を思わせる光景だった。

 

 しかし花の妖怪にとって、その結果は最初から織り込み済み。

 一撃一撃が致死の威力を誇るエルキドゥの武器群に対し、元より弾幕は牽制用。

 武具の軌道をわずかでも逸らせればいい――その程度の認識だった。

 

 衝突の結果、面の制圧ともとれる武具の群れに隙間が生まれ――幽香は何の迷いもなくその間に体を躍らせる。

 多くの刃をやり過ごし、弾幕で逸らしきれなかった武具を日傘で打ち払い、拳で叩き落とし、足蹴にし――一級の芸術品であり宝具たる武具の数々への狼藉は、世の芸術家や魔術師が見れば嘆くか怒るかしそうな有様だった。

 

 無論幽香にとってはそんな感慨などどうでもよく、個の暴力として群の暴力に真正面から挑み――ついには食い破る。

 

 凶悪に笑い、花の妖怪は土人形に日傘を振るう。

 

「土遊びばかりもつまらないでしょう?」

「だったらチャンバラごっこといこうか」

 

 パァン! という、空気が破裂する音が響く。

 ――音を超える速度で放たれた日傘の一振りは、剣へと変じたエルキドゥの片手で受け止められた。

 

 エルキドゥは変容のスキルで筋力のパラメータを上昇させ、幽香ごと日傘を払いのける。

 ――対して彼女はその反動を利用しくるりと一回転。人間相手ならば触れただけで蒸発しそうな勢いの回し蹴りを放つが――エルキドゥの体に触れる直前にピタリとそれを止める。

 

 妖術で慣性さえ殺して止めた右の踵――その足首には、ぴったりと刃が添えられていた。

 仮に彼女が踵を振り抜いていれば、その勢いをもって彼女自身の足が切り落とされていたことだろう。

 

 その事実を認識した幽香は一旦距離をとる――などという真似はせず、身に纏う妖力を一気に増大させた。

 肌は鋼の硬さに、纏う妖力は鎧となり――名刀の刃をもってしても、容易には切り裂けないように。

 

 緑の嵐が爆発する。

 鉄板を貫く拳、岩盤を踏み砕く蹴り、大気を裂く威力で振るわれる日傘。

 疾く、重く、正確な一撃一撃をエルキドゥは持ち前の気配感知と動体視力を駆使し丁寧に、丁寧にさばき続ける。

 拳圧と溢れる妖力は乱気流を生み、大地へと無数の傷跡を残す。

 その傷跡を埋める瘡蓋のように新たな武具が産声を上げ、お返しとばかりに幽香に牙をむく。

 四方八方、全方位から――しかし串刺しの花が出来上がることはなく、幽香は死角からの攻撃にさえも躱し、いなして見せる。

 

「感覚の共有、だね」

 

 一旦開いた距離――エルキドゥは幽香の動きを見て、そう断言した。

 ささやかな呟きを捉えた幽香は、意外だという風に目を細める。

 

「あら、わかるのね」

「こんな荒れ地にだって、花や植物は生えている。彼らは人が思っている以上に物事に反応するし、敏感だ。君は植物間のネットワークに介入することで、膨大な視野を得ている」

 

 それは奇しくも、大地の声を聴くエルキドゥの気配感知と同系統のスキル。

 だからこそ、同時に疑問も浮かぶ。

 

「だとしたらもっと草花の多い――草原や森での戦いが君の本領だと思うんだけど……」

「無残に散る草花は少ない方がいいでしょう? それに――」

 

 幽香は大地から飛び出してきた鎖を掴み――

 

「いちいち能力に頼らなきゃ戦えないほど、可憐に見えて?」

 

 引き抜いた――大地ごと。

 鎖のついた巨岩。即席のモーニングスター。

 爛々と瞳を輝かせた幽香はその凶悪な武器を、片手で軽々と振り回す。

 

 エルキドゥが幽香の握った鎖をただの大地に戻すまでにかかった時間は、1秒に満たない。

 しかしその1秒未満で、巨岩のモーニングスターは周囲の武具を薙ぎ払っていた。

 ――鎖という支えを失い、遠投の如く飛んでいく巨岩。

 幽香は最早それに一瞥をくれることもなく――愛用の日傘を放った。

 

 異様な頑強さを誇る傘。

 無数の宝具級の武具と打ち合い、なお原形を止める理不尽。

 幽香曰く、幻想郷で唯一枯れない花。

 投げ槍の要領で放たれたそれは、寸分の狂いもなくエルキドゥの顔へと吸い込まれ――恐るべき超反応によって即座に首を回すことで回避された。

 

 ――だが首を回したことで背後への視界を得たエルキドゥが見たものは、もうひとりの風見幽香が日傘を受けとめる姿。

 

(分身――いや、両方とも実体か)

 

 最高ランクの気配感知は、正確に――無機質に現状をエルキドゥへと伝える。

 急な回避運動によって、エルキドゥには僅かな隙が生まれていた。

 基本形態を人へと固定した故の弊害――もっともエルキドゥ自身にとっては、価値ある弊害なのだが。

 

 だが幽香にとってそんなエルキドゥの感傷など知る由もなく、また知ったところでどうでもよく、当然隙を逃すつもりもない

 

 土人形へと向けられる日傘の先端。

 人の子ならば幼少期、傘を銃に見立てたことがあるかもしれない。

 どこにでもある、ごっこ遊びの風景。

 子供の戯れに過ぎないはずの幻想は、より凶悪な形となって結実する。

 

 ――白。

 ――熱。

 ――光。

 否――

 

「マスタースパーク」

 

 ただただ愚直な、それでいて圧倒的な力の奔流。

 日傘を起点として穿たれた白い砲撃。

 閃光はエルキドゥの視界を白に染め、その体躯を上回る太さの激流は英霊を飲み込む ――否、飲み込むはずだった。

 

 せりあがる大地――瞬時に生み出された半円形のドーム。

 流線を描いた即席のシェルターは一筋だった砲撃を受け流し、無数の光線へと枝分かれされる。

 

 拡散された光条は広範囲にわたり大地を抉り、焦がし、溶解させる。

 悪夢のような光の雨――しかしそれは延々と続くことはなく、数秒もすれば途切れた。

土煙と熱気が漂う荒野。赤熱化したシェルターの影から、エルキドゥは立ち上がる。

 

「大した威力だ」

 

 素直な称賛と感嘆の声を漏らす。

 

「それなりに硬くしたつもりだったけど」

「それなり、ね……」

 

 不機嫌そうに正面の幽香が呟く。

 

「挑発のつもり?」

 

 背後の幽香がゆっくりと歩きながらそれに続く。

 

「いや、別に。ただの事実だよ」

 

 エルキドゥからの返答を待ち、二人の幽香が並び立つ。

 

「そう」

「でも」

「「嘗められたままなのは、性に合わないのよ」」

 

 冷淡に、しかし寸分の類もなく声を揃える二輪の花。

 その姿は霞み、次の瞬間に上空に浮かんでいた。

 二人の幽香はそれぞれの片手を出して1本の日傘の柄を持ち、先ほどの焼き増しのようにその先端をエルキドゥへと向ける。

 

 残る片手を鏡合わせのように合わせると、傘の先端に燐光が灯る。

 

 エルキドゥの感覚は、二人の幽香の間で何らかのエネルギーの循環が行われていることを察知していた。

 それが如何なる作用を引き起こしているのか――灯った燐光は加速度的に膨張し、強大化していく。

 

(性能比べと言った手前、邪魔をするのは無粋、か――)

 

 親友は自分のことを『キレた斧』などと呼ぶが、自分にだってこんな時に空気を読むことくらいはできる――少なくとも、エルキドゥ自身はそう信じていた。

 

「構える様子も見せず」

「考え事とは随分と余裕ね?」

 

 もっとも、他人がどう受け取るかはまた別問題なのだが。

 

「そんなつもりはなかったんだけどね」

 

 膨張し、青白い小さな太陽を思わせるまでに成長した光を眺めながら対処の仕方を考える。

 

 防御――これは可能だろう。

 数重にシェルターを生み出し受け流せば、自分だけは無事に済むはずだ。

 周辺は色々ひどい事になるだろうが。

 

 回避――これも可能。

 だがせっかくの大技相手に、そんな面白くない手を打つつもりはなかった。

 

 迎撃――十分いける。

 今までのように小出しの武具ではなく、力を集約させた超大型の武具をぶつける。

 ベースは友の斬山剣辺りにすればいいか。

 なんならあの光線を切ってしまうというのも面白いかもしれない。

 

 大地のパーツを借りようと魔力を流しかけたところで、それに気が付く。

 

「「あら?」」

「これは――」

 

 二人の妖怪と一人の英霊は、同時にそれを感じ取った。

 まるで空気が撓むかのような感覚。

 幻想郷の別の場所で起こっている、もう一つの激突を。

 強大な、力と力の衝突を。

 

「他所も派手にやっているみたいね」

「ならこっちも、負けないくらい大きな花火を上げなくちゃ」

「正確には、上げるんじゃなくて落とすのだけど」

「幻想郷の底が抜けるかもしれない」

「行きつく先は旧地獄――きっと連中も、綺麗な花火を喜ぶでしょうね」

 

 あっけらかんと我の強さを見せつける幽香。

 旧地獄在住の皆様が聞けば、『いやいやちょっと待って』と首を横に振るだろう。

 

 突如訪れた災厄に泣き寝入りするなら、気にする必要もない。

 報復に訪れるのなら迎え撃てばいい。

 風見幽香にとっては、その程度の問題だった。

 

 日傘の先に膨張していた燐光が、一気に収縮する。

 それこそが、解放の兆し。

 

「「名もなき花よ――世界を穿て」」

 

 世界が明滅し、光の柱が落ちる。

 そうとしか形容しようがない、幻想的で破滅的な光景。

 攻撃範囲だけでも先ほどのマスタースパークの数倍――感じる力は更に上。

 空気が灼け、埃と水気は余剰の熱気だけで蒸発し、大気が身をよじるように荒れ狂う。

 これに触れれば何も残らないだろうと直感させる、青白い地獄。

 

 しかしそれを放つ瞬間、幽香たちは新たな異常に気付いていた。

 いつの間にか地面に顔を出す、無数の蕾。

 風見幽香の知らない花。

 

 緑の髪をたなびかせる英霊は事前のプランを破棄し、己が最奥の一つに手を伸ばしていた。

全てを受け入れるかのように両手を開く。

 花たちから流れ出るマナの奔流がエルキドゥへと伝わり――そのまま一つの力へと結実させる。

迫る光に全身を照らされながら、その真名を口にした。

 

「『人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)』!」

 

 ――英霊は、槍と化した。

 

                     ◇

 

「おおっ! 見なさい咲夜!」

 

 紅魔館の主――永遠に紅い幼き月たるレミリア・スカーレットは、屋敷のテラスから身を乗り出し、目を輝かせてはしゃいでいた。

 

「金星が地上に降りてきたわ! これはもう、妖怪の世が訪れるって予兆じゃないの!?」

 

 遠方に輝く光を指さし、興奮したように捲し立てる。

 メイド長は頬に手を当て、輝きに目を細める。

 

「そういえば立香様が、金星の女神が弾幕ごっこをするとか仰ってましたね」

「女神? ルシファーの間違いでしょう! それよりおめでたい事だわ。咲夜、秘蔵のワインを開けなさい。乾杯よ!」

「それは構いませんが、お嬢様。その前に一つお伝えしたいことが……」

「何? 手早く済ませなさい」

「身を乗り出し過ぎです。日光に当たって煙が出ていますよ?」

「きゃーーー!?」

 

                     ◇

 

「偉業『ジュベル・ハムリン・ブレイカー』!!」

 

 ――またの名を、山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)

 金星の女神たるイシュタルの権限を最大限に利用した、アーチャーとしての彼女の宝具。

 金星という惑星の概念そのものを鏃として放つ、地球上への他天体の疑似的な降臨という異常現象。

 星をも畏れぬ大胆過ぎる破壊行為。

 

 迫る明星を前に、天子は右手に緋想の剣を構え、左手を前方に差し出す。

 その左手の動きに付き添うように前に出るのは、一つの要石。

 

『大地を操る程度の能力――そう言ったな』

 

 グレイの師を名乗る妙に不機嫌そうな男の言葉を反芻する。

 

『だがそれはおそらく副次的な作用――いや、備えている機能の一つといった所か。君もグレイの聖槍とぶつかり合ったことで何となく察しているようだが、他にも役割がある。全く、要石とはよく言ったものだ』

 

 男の言葉は天界での勉強に比べ、妙に耳に入りやすかったのが印象的だった。

 

『――もっとも時間がない事だし、役割に関しては一先ず置いておこう。要するに、君が地震を起こす際のプロセスの応用だ。エネルギーを蓄積し、一気に開放する。単純だが、故に強力だ。簡単に表現すれば――ものすごいデコピンということだよ』

 

 天界の秘宝である緋想の剣は、気質――万物が持ちうる“気”を操る。

 あの魔術師に言わせればオドやらマナやららしいが、その辺りの解釈は勝手にやってくれればいい。

 世界を循環するエネルギーを操れるということだ。

 

 今までは集めた気質をそのまますぐに転用することが多かったが、今回は違う。

 一旦、要石に注ぎ込む。

 地に差し込めば大地の歪みのエネルギーを抑え込む性質。

 プールできる気質は膨大だ。

 思えば今までも似たようなことは無意識にやっていたのだろう。

 何となくで要石から撃てていた気質レーザーなど、その最たるものだ。

 

 ――もっとも、今手元にあるエネルギーはその比ではないのだが。

 大地、大気、人、妖怪――そして対峙する女神からさえも。

 気質を集め、束ね、注ぎ、はち切れんばかりの“力”が収束する。

 

 まるで時が止まったかのような感覚。

 その中で、迫りくる明星の鏃を見る。

 体の頑丈さには自信があるが、なるほど――アレをまともに喰らえば、さすがに死ぬかもしれない。

 

「――だったら、星すらも落として見せようじゃないか!!」

 

 星を撃たれるという珍事の前に、笑って見せる。

 不敵に、大胆に、有頂天に――!!

 

「――抜錨」

 

 地上でならば、地震を引き起こす業。

 無秩序に溢れ大地を揺らすエネルギーを、眼前の敵へと収束させ放つ。

 要石を巻くしめ縄が震え、撓み、弾けた。

 

「『大いなる地から大いなる天へ(リリース・アン・キーストーン)』!!」

 

 それは奇しくも、明けの女神とは逆の一撃。

 

 地上から観戦していた中の誰かが言った。

 ――アレは、光の槍だと。

 

 明星の鏃と緋光の槍がぶつかり――拮抗する。

 天子とイシュタル、二人の気質の影響故か。

 この時幻想郷に、世にも珍しい『虹色の極光(オーロラ)』が観測できた。

 

 鏃と槍はじりじりと、押しつ押されつつ停滞する。

 空気は震えて乾き、激突によって溢れた気質と神気によって霊的な嵐さえ巻き起こる。

 衝突の基点から生じる雷の如き閃光が、大地に降り注ぐ。

 

 地上では命蓮寺の面々を始めとした力ある者達が、観戦に来ていた里人たちが被害を受けないよう守りに入っていた。

 もっとも守られている側の里人たちは神秘的な光景を前に『うぉぉぉ!』と興奮しているあたり、肝が太いというか何というか。

 

 一進一退の状況の中――女神は余裕をもって笑って見せた。

 

「そこまでは至ったか……でもまだまだ! 私は魔力放出(宝石)を発動していた!」

 

 宝石に込められた神気の開放――時間差での魔力のブースト。

 一時的に女神イシュタルの出力が上昇し、彼女は勝利を確信する。

 チェックメイトを宣言するかの如く、鏃に更なる魔力を乗せようとしたその瞬間だった。

 

 ――ドクン、と――

 

 大地が啼いた。

 

 その現象は、幻想郷の力ある者達の多くが感じ取っていた。

 まるで霊脈の力を手足の如く操るかのような所業。

 やった本人は『力に僕の体を貸している』とでも飄々と言い出しそうだが。

 

 それは当然、天子も感じ取っていた。

 地上にいる立香やマシュにとっても、覚えのある感覚だった。

 だがそれ以上に――

 

「あの土人形――!?」

 

 誰よりも、女神イシュタルが大きな反応を見せていた。

 そして――彼女は致命的なうっかりをおこす。

 

「あっ――」

 

 ――後にエルキドゥはこの件に対して、悪びれることもなく語った。

 

『うん? イシュタルが戦っていたのは把握していたよ。なんせ最上級の要注意対象だからね。確かに僕はその時相手の攻撃を迎撃するために宝具を使ったけど、それに対するイシュタルの反応にまでは責任を持てないよ。例え彼女が反射的に、自分に飛んでくるかもしれない『人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)』に対抗するため目の前の相手から意識を逸らして、結果相対していた敵から隙をつかれることになったとしても、それは僕のせいじゃない。きっとイシュタルの日ごろの行いが悪いんだろうさ』

 

「ここだーーーー!!」

 

 天子が吼える。最後のひと押しにより天秤は傾き、緋色の光槍が膨張する。

 イシュタルがエルキドゥへの警戒から立て直すまでにかかった時間は数秒に満たず――同時に致命的に手遅れだった。

 

 槍は螺旋を描いて鏃を貫き、打ち壊し、女神へと向かい――

 

「しまったーーー!?」

 

 イシュタルは緋に呑まれた。

 

                      ◇

 

「見事――そう言わざるを得ないね」

 

 エルキドゥは、引きちぎられた右腕を『完全なる形』で修復しつつ、花の妖怪へと称賛を送った。

 

「分身を身代わりにして僕の宝具から離脱――更には僕の攻撃が終わった後の一瞬の隙をついて攻撃まで通してくるとは。ギルが見たらなんていうかな」

 

 称賛を送られた側の幽香はというと――不機嫌そうに『フン』とエルキドゥを睨みつけた。

 

「よく言うわ。平気そうな顔してるくせに。こっちは服がボロボロよ?」

 

 言葉通り幽香は煤だらけで服にはところどころにほつれや破れが見られ、肌が露出している部分もある。

 それでも五体満足であるあたり、彼女の頑丈さが伺えるというものだ。

 

「まだ続けてもいいけど――ここまでだね」

「あら? 私はまだやれるわよ」

「裁定者が来た」

 

 エルキドゥが空を見上げると、そこには幽香自身見知った紅白の影が飛んでくる姿が目に入った。

 

「こらー! あなた達ー!!」

 

 幻想郷の空飛ぶ巫女、博麗霊夢は怒りの形相と共に参上した。

 

「暴れ過ぎよ! 人が昼寝してたってのに!」

「いいわね、あなたは平和そうで」

「その二文字はさっき旅立っていったわ! 全く――霊脈をがっちり動かすから妖精たちが大慌てよ。大はしゃぎっていうのかもしれないけど」

「おや、そういうこともあるのか――それはすまなかったね。何なら鎮圧を手伝おう。みんな串刺しにすればいいのかな?」

「涼しい顔して物騒ね……別にいいわ。その内収まるでしょうし」

 

 げんなりとした霊夢を尻目に、エルキドゥは幽香へと視線を戻した。

 

「こっちに来るとき、幻想郷にはできる限り迷惑をかけないよう言われていてね。どの程度が迷惑なのかよくわからなかったから、とりあえず巫女が出てくるレベル――という風に判断している」

「人をメーター扱いしないでほしいんだけど」

「裁定者ならある種の秤ではあるだろう。自覚のあるなしはともかくね。という訳で今日は帰らせてもらうけど――」

 

 エルキドゥは返答を待つような色合いの瞳を幽香に向け――彼女は戦闘態勢を解いた。

 

「まっ、いいでしょう。幾らか暴れてスッキリしたし」

「幾らかって……ここまでやって?」

 

 砕け、割れ、陥没し、一部がガラス化した大地。

 霊夢はその惨状を見渡して、呆れたように言って見せた。

 

「幾らかよ。幻想郷が壊れてないでしょう?」

「――そういうのは、頭の中だけにしといてね。くれぐれも」

「でもコレ、幾らか霊夢の責任もあるのよ?」

「は? 何言ってるのよ?」

 

 胡乱気な視線を向ける霊夢に、幽香はあっけらかんと答えて見せる。

 

「先日、本物太子とやり合った時も止めに入ったでしょう? まったく……まだ『十七条の拳闘』も六つ目までしか見てなかったのに、空気が読めないんだから。おかげで不完全燃焼気味だったのよ」

「格闘オンリーとはいえ、里の近くで暴れる方が悪いんじゃない」

「ちょっとした手合わせでしょう。ギャラリーも喜んでいたわよ」

 

 お互い譲らぬやり取り――だがそこに緊迫感は薄く、独特の気安さも感じる。

 そんな中エルキドゥは、『最後に』と言って話しかける。

 

「それじゃあ幽香、改めて君の性能に称賛を送らせてもらうよ。君の力、個としてはまさしく上位に位置するものだろう」

「あら、土人形にはお世辞の機能までついているのかしら。さっきの“槍”も、まだ全力じゃなかったでしょう?」

「こちらの抑止力との同調もまだ十全じゃないし、あんなものさ――いつか機会があれば、お互いフルスロットルで性能比べをしたいものだ。それに、実際感心しているんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エルキドゥの言葉に、幽香は鋭く目を細めた。

 

「あら――どういう意味か、お聞かせ願えるかしら?」

 

 数秒前までとは違いどこか冷たさを孕んだ幽香の視線のエルキドゥは気づかず、素直に答える。

 

「君の動きはとても力強いが、どこか泥臭い――天賦のものではなく、ひたすらに積み上げてきた者の動きだ。力こそが絶対という信条も、力がなければ生き残れない環境に身を置いていたからだと考えれば納得がいく。それに植物を介した気配感知に、本物になりえる分身――多分君は元々戦うことよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんじゃないかな」

 

 風見幽香は――

 

「……………………」

 

 空恐ろしいほどの沈黙を見せた。

 

「……あの、あなた?」

「何かな、裁定者」

「もう戦わないって言っていたわよね。なんでそんな挑発的なの?」

「挑発……いや、単純に感じたことを言語化したまでだよ」

 

 淡々と、そして飄々としたエルキドゥの台詞に霊夢は、『あっ、コイツアカンやつだ』と今更ながらに察する。

 ――そして指摘を受けた幽香はと言うと……

 

「なるほど……侮蔑の意味合いはないか。だったら別に怒るほどの指摘じゃない――」

 

 ニッコリと、そして凶悪に笑って見せた。

 

「――なんて納得するほど、物わかりが良い訳じゃあないのよ。私は」

「えーと、幽香?」

「来なさい」

 

 はじめは僅かな振動――それは徐々に大きくなり、ドン! と一際大きい音と共に地面が隆起し、あまりにも巨大な食虫植物じみた怪物が現れた。

 

「うげぇ……」

 

 霊夢は心底嫌なものを見たという顔をする。

 半面エルキドゥは、相も変わらず涼し気な顔だった。

 

「神獣ならぬ、神花といった所か。こんなものまで使役しているんだね」

「戦闘的にはあんまり好みじゃないから普段は使わないけど、どうしてもあなたの泣き顔が見たくなって」

「あー、もうっ! 面倒なんだから……」

 

 花の妖怪。

 土人形。

 巫女。

 ――三つ巴の第二ラウンド、ファイッ!

 

                      ◇

 

「意外に、あっさりと引き下がるものですね」

 

 白蓮は戻ってきた宝塔を大事そうに抱える星を眺めつつ、内心を漏らしていた。

 

『ブレイク……ってやつね』

 

 そう嘯いた女神自身はまだピンピンしており、ため息を吐きながらも負けを認めた。

 幻想郷のルールに則った、と言えばそこまでなのだろうが……

 

「イシュタルさんも、勝負ごとに関してはしっかりした方なので」

「でもこう、構えていた分拍子抜けと申しますか……」

「実は戦いたかった?」

「立香さん、私は戦闘狂という訳ではありませんよ」

 

 ピシャリと断言する白蓮。

 

「私が手間を全部省いてやったからな!」

 

 傍へと寄ってきた天子が、威風堂々とした様子を見せる。

 

「そうですね……今回の一件で、正直見直しました。さすがは天人様といったところですか」

「そうだろうそうだろう! 盛大に感謝し敬うように!」

「でもその割には、あまり喜んでもいないようですが」

「むっ、それは――」

 

 図星を突かれたかのように、天子は頬を掻く。

 

「――あいつも、全力というわけではなかったからな。難易度で言えばイージーかノーマルといったところだった」

「確かに、霊基を変えた割にはそこまで暴れてなかったような……でも弾幕ごっこって、そういうものなんじゃないの?」

 

 攻撃の殺傷能力は抑えられていたし、いつもほどの苛烈さもなかった。

 動きの機敏さそのものは増していたが……

 

「弾幕ごっこだからで済ませてしまえばそこまでなんだが、なんだかこう、もやもやしたものが残るというか……」

「ですがイシュタルさんの宝具に打ち勝ったのですから、大金星だと思います」

「金星だけにか?」

「あっ……いえ、別に洒落を言うつもりだった訳では……」

 

 顔を赤らめるマシュに、天子は笑って見せる。

 

「まあ、そうだな。勝ったんだから、あまりうだうだ考え込むのも性に合わない。要石の使い方もこれまで以上に分かった事だし、いずれは実力でも上回るようになるさ」

「要石――」

 

 天子が使う不思議アイテム。

 だが先ほどの戦闘の中で、立香が連想したのは――まったく別のものだった。

 

「それって、ひょっとして――」

 

                       ◇

 

「ふんふんふーん」

 

 ――天界の一角にて。

 天空の女主人は、暢気に鼻歌など歌いながらフワフワと浮かんでいた。

 そんな彼女に話しかけるのは、羽衣を纏った青髪の女性。

 

「お疲れ様でした、イシュタル様」

 

 永江衣玖へと、イシュタルはのんびりと顔を向ける。

 

「あー、えーと、フリルの付喪神だっけ?」

「竜宮の使いです」

「ああ、そうそう。深海魚の」

「違います」

 

 竜宮の使いはコッソリと嘆息しながらも、それ以上は引き延ばさずに話を先に進める。

 

「お怪我の方はどうですか?」

「別にどうってことないわよ。見た目こそ派手だったけど、あの槍も私のキガルシュを突破した時点でほとんど威力を失っていたし、攻撃に回し損ねた魔力でしっかりガードしたから。あーあ、宝塔も返しちゃったし、プロジェクトG4は一旦お預けかぁ」

「……えっと、あの計画は総領娘様に発破をかけるためのダミーだったのでは?」

「え? そんなわけないじゃない。あの子が力と資格を示せなければそのまま実行していたわよ」

 

 ――今更ながらに天界の危機だったのだと衣玖は実感し、僅かに冷や汗を垂らした。

 同時にある疑問も浮かび上がる。

 

「あの、でしたら何故総領様からの話をお受けになったのですか? 貢物の財宝よりも、その計画で手に入る財の方がよほど多かったのでは……」

「彼は礼を尽くした上で私に頼んだわ。『娘に試練を与えてほしい』と――彼は私の信者という訳ではないけど、貢献には報いるのも女神の役目。まっ、それに嫌いじゃないのよね。娘に甘い父親っていうのは」

 

 イシュタルの発言に、衣玖は首を傾げる。

 ――甘い? 先刻行われていた戦いが?

 

「確かに総領娘様は好き勝手に振舞って、総領様も何だかんだでそれを許していました。ですが、だからこそ一度厳しく躾ける為に試練を用意したのでは? 『手痛い敗北を経験するならば良し。高い壁を超えることによる成長が得られるのならば、それもまた良し』と仰っていましたし」

「ええ、あなたにはそう言っていたわね。――でも透けて見えたのよ。娘により多くを与えたいという願いが。要石を司る一族の長としての悲願っていうのもありそうだけど」

「………………」

 

 ――きな臭くなってきた。

 空気を読んだ衣玖は敏感にそう感じたが、女神はそんな様子を気にすることもなく人差し指を下に指す。

 

「アレ、何だと思う?」

「何って……地面ですけど。天界の」

「ダメね。20点」

「何点満点中?」

「何点満点だと思う?」

「うーん、20点満点で」

「惜しい、25点満点よ」

 

 『なかなかふてぶてしいわね』とイシュタルは笑い、ある事実を口にした。

 

「確かにアレは天界の大地――そして同時に超巨大な要石でもある」

 

 一拍の間をおいて、衣玖は反論した。

 

「でも、それは“元”の話でしょう? 遥か昔に大地から抜け、やがて天界の大地へとその姿を変えた――」

「ええ、当時はさぞかし世界が荒れたでしょうね。なんせ、当時“世界そのものだった”テクスチャが剥がれることになったんだから。それこそ、世界が造り替わるくらいの異変が起こったはずよ」

 

 ――当然衣玖は直接その光景を目にした訳ではなく、伝承の中でしか知らないが。

 曰く、かつて天界となっている要石が大地から抜けた時、反動による大地震で地上の生き物は一度一掃されたと――そう聞き及んでいた。

 

「……要石の力は、地震を鎮めることのはずです」

「そういう機能も、確かにあるんでしょうね。でも同時にアレは、星の表層を縫い留める地の楔としての役割もあるのよ。そして機能は、未だ生きている。最も今はこうして浮かんでいるし、現在この惑星のテクスチャを固定する柱は別のものが担っているんでしょうけど」

「テクスチャ……」

「ああ、その辺りから知らなかったかしら? それとも世界間で用語が違うのか……わかりやすく言えば、何層にも地球という惑星を覆う世界法則。その一番上層にあるのが、人が“現実”と名付けた薄布。柱はそれを固定するためのピンね」

 

 衣玖の言葉に、イシュタルは答える。

 すると他にも疑問が湧き上がってくる。

 

「――他にも、同じようなものがあるんですか?」

「ええ、柱は点在するもの。形状は様々で槍だったり、塔だったり、柱だったり……後は樹とか」

「樹もなんですか?」

「生命の木、世界樹、宇宙樹――そんな名前くらい、聞いたことがあるでしょう? そう呼ばれる霊木の全てが柱という訳じゃないけど、樹は古来より天と地、神と人とをつなぐ役割を担うことが多々ある。星の楔としての経歴じゃ、他のものよりも古いわよ」

 

 女神の言葉は続く。

 

「樹と言えば、空想樹とやらもある種の柱なんだろうけど……実物を目にしていないから断言はできないけど、剪定事象を蘇らせている時点で真っ当な代物じゃないのよねぇ。観念的な話になるけど、さしずめ生命の木(セフィロト)に対する邪悪の根(クリフォト)……虚無の世界(ゴミ箱)から廃棄物を汲み上げるリサイクル装置なのかしら?」

「かしら――と言われても、私はそもそも空想樹が何か知らないのですが」

「ああ、今のは独り言みたいなものだからあまり気にしないで」

 

 ひらひらと手を振るイシュタル。

 

「でも要石が柱と言っても、小さいものなら比那名居一族にそれなりに数があるようですが……」

「あれはあくまで影。携帯端末と言い換えてもいいかしら? 本体はあくまでこの天界。ここから抜け落ち、力の一部を宿した断片」

「そもそも、要石がその柱だという根拠はあるのですか?」

「あら、心外ね。かつて誰も気が付かなかった世界樹を見出し、自分ちの庭に植え替えた私の眼力を疑うの?」

「いえ、いえいえいえ……植え替えたってなんでです!?」

「ちょっと世界を征服しようと思って」

 

 立場上天人や神霊と関わることも多い衣玖は、一つ悟る。

 この相手には、自分の尺度で相対してはいけないと。

 

「まあ、あの子は要石に対する認識が薄かったみたいだから、あなたに言ってカルデアまで誘導させた訳だけど」

 

 イシュタルからの指示で、天子にカルデアを頼るようにさりげなく言い含めたのは衣玖自身だった。

 

「カルデアには柱の担い手が何人かいるから、うまくいけば刺激になると思ったのよね」

「うまくいかなかったら?」

「その時はそれだけの話――あの子には資格がなかったって割り切るだけ。でもあの子は天運をもって、担い手としての資質を示してみせた。故に私は彼女が試練を突破したと認め、負けを受け入れたの。もっとも、エルキドゥの行動までは読めなかったけど……あの土人形、絶対分かった上で陰湿な嫌がらせをしやがったわ」

 

 ぐぬぬと弾幕ごっこに負けた時以上に悔し気な顔をするイシュタルに、衣玖はコッソリ呆れてしまった。

 

「ところで――」

「何?」

「その柱ですか……仮に総領娘様が担い手になったとして、具体的に何が起こるんですか?」

「そうねー……あなたの目から見て、天子は昔から変わっていない?」

「いつまでもお子様体形のままですが」

「そっちじゃないわよ、性格的な話。そう――あなたの視点から見てやたらと傲慢だったり、自分基準で動いたりとか」

「………………」

 

 天人になったばかりのかつては比較的、おとなしい方だった。

 徐々に天人特有とも言える唯我独尊さを身に着けていったが、不良天人と周りから呼ばれる反発からかと思っていた。

 博麗神社を倒壊させた異変以降は更に悪化した気もするが、ある種の増長だと捉えていた。

 だが――

 

「図星みたいね」

 

 女神の指摘に、衣玖の体がピクリと震える。

 

「ふふ、本当に柱と相性がよかったみたいね。……天人から、より高次へと移行しつつあるのよ。人の視点から神の視点へ――やがては神の心臓を得て、正真正銘の女神へと。私は直接会った訳じゃないけど、私たちの世界で第6特異点と呼ばれた場所にも居たのよ。柱に同調し過ぎた故に女神に至った王が」

 

 星の聖槍たる嵐の錨を振るう女神。

 そのデータを、イシュタルは閲覧していた。

 

「人を永遠のものとすべく聖槍を聖都へと変え、“正しい人間”のみを収容し管理する機構を生み出そうとした。――ああ、そう言えば要石から変じたこの天界もちょっと似ているわね。これは偶然なのか、それとも誰かの意図が関わっているのか」

 

 ――天界。

 正しく成仏した魂や、生まれつき――あるいは生きたまま天人となる資格を得た者のみが住む理想郷。

 ――ただひたすらに、“在り続ける”ことに特化した異界。

 その在り方に衣玖は疑問を抱いたことなどなかった。なかったのだが……

 

「聖槍の女神は世界を作り替えようとした。『地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた』ってね。天子が女神となり、天界という名の要石を完全に手中に収める時がくればあるいは――この世界そのものが作り直される。そんなこともあるかもしれないわ」

「本当に、そんな事が……」

 

 だが衣玖は既に聞いていた。

 最近天子と行動を共にすることが多い貧乏神。

 依神紫苑がかつて遭遇したという、夢の世界の天子。

 彼女が語ったという言葉。

 

『天界を滅ぼし、地上を滅ぼし、人類を滅ぼし、地をならし、美しい四季を作り、新たな生命を造り、悲しむことのない心を創り、貧することのない社会を作り、この世界全てを作り直してやろう!』

 

 ――アレが冗談でも夢物語でもなく、実行可能な事実を示していたのだとすれば……

 

「……イシュタル様。あなたの言葉は、真実なのですか?」

「ふふ……さぁてね。女神の言葉に如何なる意味を見出すかは、下々の者達の役目。額面通りに受け止めるか、それとも裏があると読み解こうとするか。それで、あなたはどうするのかしら?」

「どう……とは」

「あの子はまだ女神の雛形。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ――それが意味するところは、つまり……

 

「冗談はよしてください」

「冗談、ね。じゃあそういうことにしておきましょうか。今回は請われたから導きはしたけど、私は本来見守る側だから。――でも、天界は歓迎しているみたいよ?」

「何を、ですか?」

「担い手の成長を」

 

 まるで心臓が鼓動するかのように、天界の大地が一度揺れた。

 

 

「………………今のは」

「さぁて、あの子は至るのかしら? それとも擬きで終わるのかしら?」

 

 女神イシュタルは悪魔のように、ニマニマと笑った。

 

                      ◇

 

 ――紅魔館にて。

 

「あら、お帰りなさいませ。立香様、マシュ様。それに天人くずれまで」

「くずれって何よ、くずれって。それよりも相変わらず陰気な館だな……ってなんだ、陰気さの元凶はあの吸血鬼か。何をあんなに落ち込んでいる」

「お嬢様は金星が亡くなったということで心を痛め、喪に服しているそうです」

「………………あっ」

 

 この日立香は、天子主催の戦勝祝いとレミリア主催の金星の葬式という、世にも奇妙な合同祭事を経験することになったのであった。

 




〇比那名居天子
 本作中においては、女神の雛形。星の楔の一端たる要石に高い親和性をもち、現在進行形で神化中。ただ本人にその自覚はなく、アルトリアはそれを見抜き『半端な状態が一番危険』と判断してグレイと宝具の撃ち合いにもち自覚を促そうと一計を案じた。ただし自覚が自重に繋がるとは限らない。
 イシュタルと敵対していたのは、父親に呼び出され『ようやく謹慎も終わりかー』とルンルン気分で天界に戻ったところを襲撃され、更には散々挑発されたため。後相手がイシュタルが自分に似ている部分があるが故の、普段は表に出ない自己嫌悪的な面もある。
 ちなみに非公式に私物化している緋想の剣も、星の息吹を束ねる秘宝である。

〇イシュタル
 金星の女神。宝塔を手に入れプロジェクトG4に適した土地を探すため天界に訪れ、その秘められた性質を察する。何か事情を知っていそうな相手に話を聞こうとした結果比那名居一族に辿り着き、当主たる天子の父親へと接触。天子の父親は天界でさえ知るものが少ない要石の性質を見通したイシュタルの力を見込み、多数の財と引き換えに娘へと試練を与えてくれるように依頼。イシュタルも当初予定していたプロジェクトG4が、天界の大地の性質上思ったよりもうまくいかない可能性が出てきたため、これを快諾。この時点で最低限の利益は得ていた。また実際に会った天子が割と自分に似通った部分があったため、余計な同族意識から『目をかけてあげよう』と女神的解釈。つまり傍迷惑。

〇永江衣玖
 竜宮の使い。龍神のメッセンジャー。空気を読めるお姉さん。本作中においては比那名居一族が天界に来た時に、天界に慣れるまでの案内人的な立場であった。その為、それ以降も関係を持ち続けている。

〇十七条の拳闘
「貴人たるもの、自己防衛のための手段の一つは身に着けていますよ」
 そう言って穏やかに微笑む本物太子だが、ランクにして脅威のA+++。
 元は仏教徒共に密かに伝来していたカラリパヤットであり、それを本物太子が自分に合わせた形で改修したもの。拳闘と名付けているが、主に十七の形からなる総合格闘術。



 元は獅子王と憑依華の夢天子の台詞が似通っているなー、というところから始まった中編。そこに東方緋想天から憑依華に移る中での、天子の性格の微妙な変化や要石なども混ぜ合わせていった相変わらずの独自解釈・設定です。
 イシュタルの世界樹を植え替えた云々は神話上の逸話。イナンナ時代の話ですが、このころから変わってないなーと。ちなみにこの世界樹は“世界の領域を表わす”ものらしいです。樹が世界の柱であるというのは、この辺りやユグドラシルの逸話からの独自解釈。
 あと皆様大暴れしているように見えますが、幻想郷に致命傷にならないようにちゃんとセーブしています。しているはずです、きっと。三つ巴の第2ラウンドも、霊夢が適当なところで落ち着けてくれるでしょう。多分。
 ――それではギル祭ラストスパートに戻りたいと思いますので、この辺りで……


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番外編6 文々。新聞

誤字報告いつもありがとうございます。
今回はタイトル通り、新聞回です。


第〇季 〇の〇 山の哨戒部隊に期待の新人入隊?

 

 〇月〇日、妖怪の山の哨戒部隊に新たな隊員が加わった。哨戒部隊の構成員は基本的に白狼天狗たちなのだが、今回入隊した隊員は異色の人物(?)であったため紹介させていただく。

 

 新たに加わった隊員の名前はDOGポリス。並外れた体躯を持つ帽子を被った狼に、首があるべき部分が謎の光源に置き換わった騎士が跨るという異様な風貌の人物である。

 

 白狼天狗の犬走椛によれば「いつの間にか山に住み着いており、始めは我々も警戒していた。だが幸い理知的で話も通じ、高い能力を持っていたのでスカウトすることにした」とのことである。烏天狗である私には獣の鳴き声としか受け取れなかったが、白狼天狗は意思の疎通ができるらしい。できると言い張っているだけかもしれないが。

 

 巨大な獣というものは、古来より神や妖怪として扱われやすいものだ。首なしの騎士が騎乗しているとならば尚更に。しかし幻想郷においてこれまでDOGポリスの姿は確認されたことはなく、最近幻想入りしてきたと考えられるが、筆者は別の可能性に思い至り新勢力であるカルデアの戸を叩いた。

 

 事実確認を行ったのはカルデアの技術顧問であるレオナルド・ダ・ヴィンチさん。彼女(彼?)によれば、以前修正した特異点の一つで確認された特異個体に酷似しているらしい。

 

「治安維持システムという概念がとあるサーヴァントをモデルにした殻を被った存在。本物はとっくの昔に役目を終えて消滅しているけど、その残渣のようなものが幻想郷という特殊な環境下で新たに形を得たのかもしれない。DOGポリスと縁深い女王メイヴがスカサハ=スカディを伴って幻想郷観光に行っていたから、その辺りで因子が入り込んだのかも。かつてほどの力はないようだし、一夏の残り香のようなもの。そっちに馴染んでいるのなら、受け入れてもらえるとありがたい」

 

 幻想郷には未だ都市伝説異変の影響が残っており、それが残渣と結びついてDOGポリスが顕現したというのはありうる話だろう。白狼天狗たちにも懐いているようだし、哨戒部隊からの評判も上々だ。

 

 しかし私はあえて警鐘を鳴らしたい。即ち、DOGポリスがカルデアから妖怪の山に対して送り込まれたスパイであるという可能性だ。ダ・ヴィンチ氏は素直に天狗側に対して説明を行うことで、DOGポリスを受け入れさせる下地を作り上げ、そして今なお堂々と情報を抜き出しているのかもしれない。白狼天狗たちにもこのことを説明したが、彼らの反応を芳しくない。どうやら既に骨抜きにされているようだ。

 

 本説を裏付ける証拠は今のところ見つかっていないが、本件に対しては引き続き調査を続行していくつもりだ。

 

                      ◇

 

第〇季 〇の〇 邪仙危機一髪!? 意外な救いの手が

 

 超常的な身体能力と寿命、そして妖怪にも匹敵する力を持つ者達――それが仙人である。彼らには妖怪や地獄の使者から狙われるという災難もつきまとうが、それでも人間たちから一種の羨望を浴びる存在であることは間違いないだろう。そんな仙人の中でも邪仙と呼ばれる霍青娥さんが、予想外の理由から襲撃にあった。

 

 犯人はカルデア所属のアルトリア・ペンドラゴン〔サンタオルタ〕さん、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィさん、アルテラ・ザ・サン〔タ〕さん、並びにケツァル・コアトル(サンバ/サンタ)さん。事の発端はなんと、以前私が書いた記事であるらしい。

 

 問題の記事は「第百二十六季 師走の四」にて掲載したクリスマスに関する記事である。詳しい内容は割愛するが、興味がある方はぜひ手に取っていただきたい。簡単に説明すると、青娥さんがクリスマスに乗じて独自の商売に手を出したという内容だ。

 

「我々の行うクリスマスとて、本来のものからかけ離れているという自覚はある。だがそれでも人々を楽しませるために行ってきたことだけは事実であり、誇りだ。だがあろうことかあの女はサンタに扮し、クリスマスを利用して窃盗を行っていた。到底見逃せる問題ではない」

 

 そう語ったのは、犯人一味の代表であるアルトリア〔サンタオルタ〕さん。彼女たち4人はサンタサーヴァントと呼ばれる存在であり、毎年師走になるとクリスマスイベントを開催しているそうだ。その為彼女たち視点においてクリスマスを悪用する邪仙は放置できなかったらしい。

 

 青娥さんはこれまで何度も地獄の使者を追い返してきた力ある仙人であるが、執拗な追跡を前にとうとう追い詰められた。「南米の女神から『アナタの胃袋をプレゼント袋代わりにしてあげマース!』と笑顔で詰め寄られた時はもうダメかと思った」とは彼女の弁。そんな彼女の前に現れた救いの手は、驚くべきことに同じカルデア所属のサーヴァントであった。

 

「いやぁ……。遠目に見ても美女だったので、つい」

 

 インタビューに対してそう答えたのは、泉の騎士ランスロットさん。

 

「ええ、あどけない容貌の下に巧妙に隠していますが、精霊の加護を得た私の目は誤魔化せない。内面に秘められた確かなマダム圧――見た目のギャップと相まって実に素晴らしい。歴戦の騎士たる私が目の前に立たれただけでクラクラ来るとは、久しぶりの経験でした」

 

 彼は熱弁をふるったが、その半分も理解できなかったのは筆者の理解力不足を恥じ入るばかりだ。しかし私にもジャーナリストとしての誇りがあり、取材を続行した。

 

「しかし女性を巡る一件で、またもや我が王と対峙することになろうとは……これは私の業の深さ故か」

 

 深刻そうな顔で語ったランスロットさんであったが、結論から言えば事件は両者の和解という形で収束した。青娥さんがサンタに扮した窃盗行為を今後中止し、今年の冬はサンタサーヴァント達がプロデュースしたサンタ活動に従事すると約束したからである。

 

「カルデアには興味がありましたし、これを機に交流を深めてきますわ」

 

 いい笑顔で言い切った青娥さんであるが、いつも通りその内飽きてふらふらと遊びだすことだろう。今年の冬はまたひと騒動あるかもしれないので、注意して見守っていきたい。

 

                      ◇

 

第〇季 〇の〇 注意喚起! 怪人ビーム男の出現!?

 

「ビームの撃ち方知っちょるか?」

 

 最近、そんな言葉と共に現れる編み笠を被った男の目撃情報が相次いでいる。知らないと答えれば舌打ちとともに去っていき、知っていると答えれば戦いを挑んでくるそうだ。こちらの言論によって行動が変わることから具現化した都市伝説の一種かと考え、外の世界にも詳しい二ツ岩マミゾウさん(化け狸)に取材を行ったが「いや、そんな都市伝説は聞いたこともないのぅ」とはぐらかされてしまった。あるいは彼女こそがこの現象の黒幕であり、それ故に言葉を濁した可能性もありうる。

 

 また実際にビーム男と対峙した霧雨魔理沙さん(魔法使い)に対しても取材を行った。

 

「うん? ああ、会ったよ。噂通りビーム撃てるかって聞かれてな。もちろん答えはイエスだぜ! 戦いを挑まれたから受けて立ったが、ただなぁ……飛べないみたいだったし、上から一方的に撃つばかりだったぜ。妙にすばしっこいからなかなか当たらなくて、最後はお望み通りマスタースパークで薙ぎ払ったんだけど」

 

 話によれば刀を使う相手であり、魔理沙さんは地の利を生かして立ち回ったようだ。ただ結局は仕留めきれなかったようであり、飛べない身ながらもしのぎ切ったビーム男の実力を褒めるべきか、魔理沙さんの力量不足を嘆くべきか判断に迷うところである。

 

 何にせよ不審人物には間違いなので、仮に出会ってもむやみに刺激しないよう「ビームの撃ち方なんて知りません!」とはっきり断りを入れるのが正解だろう。

 

                      ◇

 

第〇季 〇の〇 博麗神社のお祭り――目玉は何と鬼の腕!?

 

 〇月〇日、博麗神社にてお祭りが開催された。主催者はお馴染み博麗霊夢さん(巫女)であるが、集客の為用意されていたのはなんと鬼の腕のミイラであった。透明な箱の中に閉じ込められながらも、ひとりでにカサカサと動き回る姿に人間たちは驚き怖がりながらも興奮していたが、天狗である私から言わせればアレは正真正銘の鬼の腕である。あんなものをどこで見つけたのかは知らないが、封印こそされているものの色濃い妖力を纏った鬼の一部を展示品にするとは、果たして博麗の巫女としての自覚があるのだろうか。

 

 しかし発想を逆転させることもできる。妖怪にとって人から認識されることは重要な事であり、霊夢さんは鬼と共謀して今回の祭りを開催したという可能性だ。霊夢さんは多額の金銭を得て、鬼は里人から強く認識される。鬼とは基本的にプライドが高い妖怪なので、自分の腕を切り落として見世物にするとは考えにくいというのも事実であるが、仮にこの説が事実だった場合、巫女は既に鬼と手を組んで更なる企みを目論んでいるのかもしれない。

 

 尚、会場に遊びに来ていた見慣れぬ鬼から話を聞くことができた。

 

「ううむ……アレは紛れもなく鬼の腕だな。我も昔腕を切り落とされて困ったからな。できれば本体を探し出して送り届けたいところだ」

 

 祭りを堪能していたのはカルデアの茨木童子さん(鬼)。態度こそ尊大であったが、話していると周りによく気を使っているという印象を受けた。今度の宴会の時、彼女の爪の垢を煎じて酒に混ぜ込み、幻想郷の鬼たちに振舞いたいと思ったものだ。

 

                      ◇

 

第〇季 〇の〇 月からの襲撃発生! 原因は勘違いからの嫉妬

 

 〇月〇日、幻想郷に凄まじい神気の塊が降り立ったことは記憶に新しいだろう。その正体は月の都在住の綿月依姫さん(月人)。幻想郷を揺るがす凄まじいパワーと共に彼女が現れた理由は何と、勘違いから生じた嫉妬だった。

 

 そもそもの発端は本件が発生する少し前、カルデアがインド異聞帯の攻略に成功し帰還したことだった。私はその件に関する直接の取材は出来ていないが、藤丸立香さんより蓬莱山輝夜さん(ともに人間)に対し説明が行われたそうだ。又聞きにはなるが、カルデアがインド異聞帯で遭遇した敵はインド神群を全て統合した超存在であったらしい。インド神群といえば我々天狗にとっても無関係とはいえない存在であるが、これが事実ならば何故カルデアが勝利できたのか甚だ疑問である――が、このとこは割愛する。

 

 問題は輝夜さんが永遠亭に還った後、薬師である八意永琳さん(人間〔自称〕)にある質問をしたことだ。曰く「依姫にも同じことができるかしら?」という内容だったらしい。依姫さんは巫女のように神霊を身に宿す力を持っており、それを指しての質問だったようだが永琳さんは即座に「無理ね」と答えたそうだ。

 

 ここまでなら内輪の話で終わったのだが、この話は現場に居合わせた鈴仙・優曇華院・イナバ(兎)によって雑談として月の兎に伝わり、伝言ゲームのような形で変形していき最終的には「八意永琳は地上で藤丸立香という、インド神群を統合させられる弟子をとったから、もう綿月姉妹からは興味を失った」となって依姫さんとその姉である綿月豊姫さん(月人)に伝わったようだ。

 

 更に間が悪い事に、確認の為急遽幻想郷を訪れさりげなく探りを入れてきた豊姫さんに対し、永琳さんはそっけない対応をとってしまったらしい。

 

「だってアポもなしに来たし……その割には歯切れが悪くって。こっちもちょうど色々考えているところだったから、あんな対応になっちゃったの」

 

 永琳さんは自称人間であるが、こうコメントした時の顔は珍しく本当に人間らしいものであった。ともあれこうした誤解と勘違いの積み重ねから、本当に永琳さんから見限られてしまったと思い込んだ綿月姉妹。特に依姫さんの方は元々真面目な気質の為か深刻だったようで、思い詰めた末自分も同じことを出来ればもう一度認めてもらえると判断したようだ。

 

 その結果彼女の手を染めたのが、過度な神降ろしの行使。あろうことか、八百万の神々全てをその身に降ろそうとしたようである。これは完全に暴走していたと言えるだろう。元々数柱の神々ならば一度に降ろす事が出来たようだが、さすがに規模が違い過ぎた為案の定制御不能に。

 

「とにかく真面目だから、いつかとんでもない失敗をやらかすと思っていたわ」とは輝夜さんからのコメント。大量の神霊を降ろして暴走状態に陥った依姫さんに対し、豊姫さんは「月の都で暴れられる訳にはいかない」と咄嗟の判断で幻想郷に送ったそうだ。はっきり言って迷惑千万である。

 

 依姫さんは暴走しながらも元凶(勘違いだが)である立香さんをターゲットとして攻撃。幻想郷とカルデアの有志の手によって魔界に送られそこで交戦し、最終的には永琳さんからの熱い抱擁と接吻によって正気を取り戻し、その後気を失った。

 

 「王子様の目を覚まさせるのは、お姫様のキスだと昔から決まっているからネ。もっとも、少々配役は違うのだが」とは作戦立案のジェームズ・モリアーティさん(サーヴァント)。これに対し永琳さんは「まあ、医療行為としては別に珍しくないわ」と淡々とした反応だった。

 

 最終的に誤解も解け、元の鞘に収まった今回の騒動。幻想郷やカルデアに対しても謝罪が行われ、事態は解決した。ただ依姫さんは謹慎ということになり、現在は永遠亭に身を寄せているらしい。果たしてこれは謹慎になっているのだろうか?

 

 今回の一件から分かるのは、高度な技術力と文明を築き上げた月の都でさえ、情報の扱いを一つ誤ればとんでもない失敗を引き起こすということだ。その点我々天狗の情報網は正確且つスピーディ。今後とも是非「文々。新聞」へのご愛顧を賜りたい。

 

                     ◇

 

第〇季 〇の〇 バトルインニューヨーク2019開催! 幻想郷からも参加者が!

 

 先日カルデアにおいて闘技会「バトルインニューヨーク2019」が開催された。主催はギルガメッシュさんとネロ・クラウディウスさん(共にサーヴァント)。ネロさんは以前より幻想郷各地で、闘技会開催の為の下準備をしている姿が確認されており「最終的にはあの金ぴかがちょうどよい特異点を見つけてきたから、会場はそちらになった」とコメントしている。

 

 大会の様子はモニターを通して紅魔館でも中継され、紅魔館には連日多くの客が訪れ大賑わいだった。大会にはネロさんの仲介で幻想郷からも複数の選手が招かれており、熱い戦いを見せてくれた。

 

「いやぁ、あそこまで戦い詰めなのは久しぶりだったよ。道化師はうざかったけど、うざかったけど!」

 

 晴れ晴れとした笑顔で語ったのは大会終了後の星熊勇儀さん(鬼)。

 

「どいつもこいつも強い強い。強くない奴も何かしら一癖あるから油断できない。いやぁ、参加してよかったよ。――それに、私たちが地底に潜っている間に人間たちがあんな街を築き上げているとはねぇ……」

 

 会場はアメリカという国のニューヨーク。幻想郷では外国まで渡った事のある妖怪は少数派なので、物珍しく映ったのだろう。先のオカルトボールの一件では何名かが一時的に外の世界に弾き出されたが、あそこまでの大都市ではなかったはずだ。

 

 盛り上がった大会だが、その決勝にて状況が一変。突如巨大宇宙船が襲来し、スペースイシュタルなる謎の神霊が大会を乗っ取ったのである。このことに対し八意永琳さん(人間〔自称〕)に確認を行ったが「無関係です。月はあんなの、一切、知りません」とコメントし何から考え事に耽ってしまった。

 

 明らかな異常事態にも関わらず大会は何事もなかったかのように進行。大した図太さである。結果としてスペースイシュタルは討ち取られたが、多くの謎が残る大会だった。カルデアによる自作自演であるとの意見もあるが、慎重に見極めていきたい。

 

「楽しかったよ。ああ、すごく楽しかった。――自分だけじゃなくて、みんなが楽しめるように、か。そこが抜けていたんだな、かつての私は」

 

 最後に勇儀さんが残したコメントが、わたしとしては印象的であった。

 




〇射命丸文
「最近は筆の先が渇く暇もありませんね」

〇霍青娥
「フランケンシュタイン――死体を繋ぎ合わせた人工生命。両儀式――あの在り方はまさに……」

〇精霊の加護
「人妻識別機能はあの人の自前です」

〇霧雨魔理沙
「ビームの撃ち方を知ってるかって?」

〇茨木童子
「ほら、だって腕ないと困るであろう?」

〇綿月依姫
「証明してみせる……私にだって全神統合できるっていうことを!」




 ――というわけで今回は新聞ネタ。東方SSを書いている以上いつかはやりたいと思っていたので、ささやかなネタ集となりました。ところで東方キャノンボールも予想より早く配信され、ボチボチプレイ中。☆5キャラは引けませんでしたが、最初の10連で☆4フランは来てくれました。レミリアは☆3でした。のんびりとやっていく予定。


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番外編7 永遠を求めた少女、永遠を否定した少女

ちょっとお久しぶりの投稿です。


「ますたあ、ちょっといいかい?」

 

 ある日のカルデアにて、立香は葛飾北斎――水着姿のお栄から呼び止められた。

 隣には彼女のとと様であるタコのような形容しがたい生物が浮かんでいる。

 

「どうしたの?」

「ホラさ、最近かるであに青髪の仙女様が時々顔を出しているだろう?」

 

 霍青娥――幻想郷に住まう邪仙。

 とある珍妙な経緯から縁が繋がった女性である。

 

「おれも未来の仙女志望としては、是非とも話を聞かせて貰いたいと思っていたもんでネ。先日言葉を交わす機会があったんだが、なんと幻想郷では仙術を学べる道場があるそうなのサ!」

 

 目を輝かせて、胸の前で両拳を握りしめるお栄。

 とと様はやれやれといったように目を伏せていた。

 

「そ、それでサ……」

 

 お栄の勢いが萎み、彼女はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「紹介状を書いてもらったんだけど、そのぅ……良かったらますたあも一緒に着いてきてくれないかい?」

 

 こうして立香は、仙人たちの住まう神霊廟へと赴くことになったのであった。

 

                      ◇

 

「まずはようこそ、と言わせてもらおうか」

 

 お栄、そしてマシュと共に神霊廟へと訪れた立香へ、耳当てをした少女は歓迎の意を述べた。

 

「私は豊聡耳神子――聖徳王なんて呼ばれたりもするけどね。こっちは物部布都」

「うむ、よろしく頼むぞ」

 

 案内された一室で待っていた少女たち。

 立香たちもそれぞれ自己紹介を交わす。

 そんな中で仙術を学びに来たお栄はというと――

 

(こ、これが聖徳太子……そして本物の仙女様かい! 口調は軽いのに言葉の圧――いや、存在感そのものがとんでもない。かるであの王様系さあばんとには引けをとらねぇや!)

 

 慄きながらも憧れの視線を送っていた。

 一方は神子はというと、そんな視線は慣れたものなのか余裕の表情で微笑んで見せる。

 

「日本で一番有名な名前は聖徳太子ですよね。かつては貨幣にも載っていたとか。かの救世主と同じく、馬小屋で生まれたという逸話もあるそうです」

「アハハ、それは救世主の逸話にあやかった軽い冗談だよ。高貴な私がそんな臭う所で生まれるわけないでしょう」

「……その、マルタさんには聞かせられないお話ですね」

 

 何とも言えない表情で目を伏せるマシュに、立香も同意した。

 基本温厚なのだが、場合によっては一気にメーターが振り切れる聖女様なのだ。

 もっともそれはカルデア勢の問題なので、神子はお栄へと視線を移す。

 

「さて、青娥からの紹介状は確かに受け取った。修行を受けたいというのは、君で良かったかな? 葛飾北斎」

「お、おうサ! これまでも独学で術を齧っちゃみたがぁ、本物の仙女様がいるのなら是非とも学ばせてもらいたいと思ってネ」

「道とは究極的には自ら学ぶもの――まずはその学習意欲こそが大事なのさ。私たちは門戸を広く開いている。しかし、ふむ……」

 

 神子は瞳を細めお栄をじいっと見つめ――否、見透かすように視線を送る。

 

「な、なにサ? ひょっとして服装がてぃーぴーおーとかに合ってなかったとか? 霊基の問題でそうひょいひょいとは変えられねぇから、そこは勘弁してほしいんだけどサ」

「いや、そこではない。――確かに些か露出が多いとは思うが。いやね、君は青娥が興味を持ちそうな人材だと思ったからね。直接指導しないのは何故かと思ったまでさ」

 

 神子の話によると、青娥は気に入った相手や力ある相手に仙人になることを勧める傾向があるらしい。

 神子自身も青娥から仙術を伝授されたということだったが――

 

「その、今はちょっと手が離せないんだと思う」

「……? ふむ、その様子だと何かあったようだな。我が師ながら自由奔放な人だから、何か問題でも起こしたのか?」

「というよりも何というか、一緒に来ていたキョンシーの子なんだけど……」

「ああ、芳香のことか」

「ナイチンゲールに消毒された挙句、間違ってアスクレピオスの試作型蘇生薬を浴びちゃって……何というか半分くらい生き返ったような状態に」

「今は状態の把握に忙しいようです。アスクレピオスさんも『貴重な被検体だ』とか言って一緒に調査に参加しています」

 

 立香の台詞を引き継いだマシュが告げると、神子は一瞬ポカンとした後愉快だと言わんばかりに大笑いした。

 

「ハハハハハ! それはさぞかし慌てていたことだろう! 何せ芳香のことは大事にしているからな! いや、できれば私もその様を間近で見ていたかったものだ」

「あの、太子様。それは少々不謹慎……いえ、これはむしろ目出度いことなのでしょうか?」

「ふふ、そう言うな布都。ちょっとしたお茶目だよ。長く生きているだけあって安全圏を見極めるのがうまいからな、彼女は。たまには普段見せない顔も見てみたいだけさ」

 

 ひとしきり笑った後、神子は部下へと告げる。

 

「それじゃあ布都、北斎の面倒を見てあげなさい。先日門を叩いてきたあのちっちゃな子らの修練に混ぜてあげるといいでしょう」

「道士ノブたちですね、承知しました。それでは北斎殿、着いてまいれ」

「おうサ! よろしく頼むぜ、お師様!」

「お師様……フフ、悪くない響きじゃな」

 

                        ◇

 

 教導を行う布都、仙術の修練に励む道士服に着替えたチビノブたちとお栄、それをサポートする立香。

 少し離れた所からその様子を見ていたマシュ。

 そんな彼女に声がかけられる。

 

「やあ、調子はどうかな?」

「あ、お疲れさまです。神子さん。……頑張ってらっしゃいますが、さすがにまだ術を会得するところまでは」

「だろうね。そう簡単に覚えられては、我らの立つ瀬がないところだが」

 

 神子はマシュの隣へと腰を下ろし、そのタイミングを見計らってマシュも言葉を発する。

 

「それにしても、まさかちびノブたちが発生しているなんて思ってみませんでした。しかも仙人に弟子入りしているなんて」

「最近は里でもちょくちょく見かけるね。割と何でもできるから小間使いとしても重宝しているよ」

「意外と小器用なんですよね……」

「ところでアレはどういった生き物なんだい? 妖怪や妖精とも違うし、最初はゆっくりの亜種かとも思ったけど」

「生き物というか、ナマモノというか……」

 

 マシュが現在分かっていることを説明すると、神子は興味深そうに頷いていた。

 

「ところで先ほど仰っていたゆっくりとは?」

「いやまあその……幻想郷の力ある住人の姿を模した――生首?」

「えっと、確かそういう妖怪がいると聞いたことがあるような」

「飛頭蛮のことか。アレとはまた違うと思うけど……というか一緒にしたら飛頭蛮からクレームが入りそうだな」

「あまり深く考えない方がいい話題ということですね。マシュ・キリエライト、了承しました。特例事項としてデータベースに記録しておきます」

 

 真面目な顔で律儀に頷くマシュに、神子は苦笑した。

 

「しかし葛飾北斎だったか……絵師と聞いているが、かなり特異な存在のようだな」

「わかるんですか?」

「フフ、君も聞いたことくらいあるかもしれないが、良く聞こえる耳を持っていてね」

 

 神子は自らの耳当てをコツコツと指で叩く。

 

「確か10人の話を同時に聞くことができるとか」

「まあそんな感じだ。――とはいえ聞こえすぎることも、時にはよくない場合がある。一人で静かに過ごしたい時や、聞いてはいけない声を目の前にした時なんかだ」

 

 神子は人差し指と親指で円をつくり、それを通してお栄を覗き込む。

 

「彼女から虚ろに感じる神性――なかなかどうして、厄介なものと見た」

「空想から這い出た邪神――今のところ、そうカテゴライズされる存在です」

「邪神、か。月の兎どころではない狂気の片鱗……アレと対面しようと思えば、私でも相応の覚悟と準備が必要になるな。青娥も魅入られたりしなければいいが」

「容易く現実を崩壊させかねない存在ですからね。こちらでも、青娥さんがカルデアにいらっしゃっている時は、注意して見ておくことにします」

「頼むよ。色々と身勝手な人だが、一応我が師になるからね。死なれたら、多分1日くらいは目覚めが悪い」

「ええっと……」

 

 マシュは言葉に詰まった末、話題を変えることにした。

 

「遅くなりましたが、今日は急に押しかけたというのに面倒を見てもらい、ありがとうございます」

「何、持ちつ持たれつというやつさ。それに私も君たちには少し興味があったからね」

「……というと?」

「サーヴァントという在り方にさ。良かったら少し話を聞かせてもらってもいいかな?」

 

 マシュが首肯を返すのを見て、神子は話を続ける。

 

「私は元々、不老不死を求めて仙人になった口なんだ」

「つまり仙人になることが目的ではなく、あくまで手段であると」

「話が早くて助かるよ。少し聞いた限りでは、英霊の座と呼ばれる場所に本体が存在し、状況に応じてその分霊とも言える影法師が地上へと送り込まれる。ある意味、不老不死の完成系の一つと言ってもいいだろう」

 

 如何なる仙術か。

 神子の手のひらから小さな光弾が生まれ、地面に幾つもの影を伸ばす。

 

「肉の体に縛られない、魔力と霊核が続く限り朽ちぬ霊基の体。例え端末と呼べる体が消滅しても、本体には影響がない。なかなかに唆る話だ」

 

 神子とスッと手を振ると、地面に写った影が消え、それでも光弾は爛々と輝いたまま。

 

「仰ることは分かりますが、それは少し違うと思います」

 

 しかしマシュはきっぱりと、神子の言葉を否定する。

 

「前提条件として、サーヴァントの皆さんは一部の例外を除けば死者です。召喚される度に、それは別々の生だと仰っています。なので自己の連続性という意味では、所謂不老不死とはかけ離れたものになるのではないかと」

「だろうね」

 

 神子は特に反論することもなく、あっさりと頷いて見せた。

 

「聖徳太子という存在そのものの保全にはなっても、豊聡耳神子という私個人の存続となるとまた別の話。……実のところ、一番気になっているのは私が英霊の座とやらに存在するかどうかなんだ」

「虚構説が広がりつつあるとはいえ、神子さんほどの知名度があれば英霊の座には登録されているかと思われますが」

「そこでさっき君が話した前提条件が問題になる。英霊とは皆すべからく、死者であると。今回私は君たちと――カルデアのマスターと縁を持った。これで仮に私がカルデアに召喚されるような事態になれば、それはいつかどこかで私の不老不死が失敗するということの証明だ」

「あっ……」

 

 思わず声を漏らしたマシュに、神子は浮かべていた光弾を握りつぶした。

 

「別にそんな顔をすることはない。その時はその時というだけの話だ。ただ、もしカルデアに私が召喚されるようなことがあれば教えてくれるかな?」

「はい、それは別に構いませんが……」

「よろしく頼むよ。見返りと言っては何だが、君も仙術を学んでみるかい? 人を超えた力と寿命、ゆくゆくはそれすらも超えた永遠――興味はないかな?」

 

 その誘いに、マシュはきっぱりと首を横に振った。

 

「――いいえ。その問いかけを、永遠を、私は既に否定した身です」

「ほう」

 

 神子はここで初めて、興味深そうにマシュの顔を見た。

 

「人は何故死を受け入れねばならないのか――それは私のかねてからの疑問であり、不満であった。だからこそ私は青娥の誘いに乗り、その運命を乗り越えんと仙人になった。君は何故に、永遠を否定する結論に至ったのかな?」

「“生きる”ということは、“死から逃げる”こととは違うからです」

「………………」

「私は元々、一般的なものよりも遥かに短い寿命の身です。今でこそ人並みの寿命を手に入れていますが、デザインベイビーとして生を受けた時点で30歳まではもたないとされ、デミ・サーヴァント実験によりその寿命は更に10年以上縮みました」

「遺伝子操作に人体実験、というやつか。しかしならばこそ、君はその運命を恨まなかったのか? 何故私だけがと、理不尽を嘆かなかったのか?」

「……いいえ、ごめんなさい。神子さんが本当に私に同情してくれているのは分かります。でも、違うのです。死という終わりは全ての命に与えられた終着点。人という存在を構成するごく当たり前の要素であって、決して嘆くものではないのです」

 

 神子はマシュのはっきりとした物言いを前に、押し黙った。

 

「私は既に、二度死んでいます。一度目は爆発によって落ちてきた瓦礫に押しつぶされて、二度目は星を貫く熱量を受けとめて。そしてその度に命を繋いでもらいました。私の中に宿っていた英霊に、優しい声をした誰かに。いいえ、それ以前にDr.ロマンの尽力がなければ、とっくに終わりを迎えていたでしょう」

 

「かつての私は自分の短命を、受け入れるまでもなく“設計上そういうものだ”と単なる事実として認識していました。寿命は誰にでもあって、自分はただ人よりもそれが短いだけだと。でも今は、終わりがあるからこそ当たり前の日々が美しいのだと思っています。ただ生きるだけの永遠は、惰性の延長線に過ぎないと」

 

「特異点を巡る旅の中で、私は多くの命の在り方を見ました。死にゆく人を、その意思を継ぐ人を見ました。――人はきっと、生きたいから生きるのです。死から逃げるためではなく、明日が待ち遠しいから生きるのです。例え明日終わりが訪れることになっても、その“さよなら”まで私は先輩の傍にいたい――それが私の願いです」

 

「かつてDr.ロマンは私に言いました。『人が生きることに意味などなく、終わった後にこそ意味が生まれる。それを“人生”と呼ぶ』のだと。――だから、ごめんなさい。私はいつか自分の人生を手に入れたとDr.ロマンに胸を張るためにも、永遠を求めようとは思いません」

 

 そこまで言い終わった後で、マシュはハッとしたように顔を上げた。

 

「す、すみません! 私ばかりが話し続けてしまって……」

「――いや、とても興味深い話だったよ」

 

 神子は目を瞑り、大きく息を吐いた。

 

「“生きたいから生きる”か……いやはや、盲点だった。私はいつか来る“死”ばかりを意識して、その過程たる“生”には目を向けていなかったからな。聡いというのも考え物か。穴があったら入りたい気分だ」

「い、いえ……あくまで私の考えであって、そう大層なものでは。かつての魔神王との会話を思い出して、ヒートアップしてしまったのもありますし」

「いいや、今の話の中には私も考えさせられる部分があった。……もしかしたら、私は自分の生に不満を持っていたのかもしれないな」

「不満、ですか?」

「自分で言うのもなんだが、私は天才だったからな。だからこそ、生まれながらに人を導くという一本道しかなかった、そうなることを見通せてしまったことが不満だった。もっと色んな事ができるだろうに、最初から道筋が決まっていることが」

「それは……」

 

 マシュの脳裏に浮かんだのは、生まれついての――そして生を終えるまで王であった男の顔。二度目の生にて、ようやく人になった王の姿。

 

「不老不死になれば、より多くのことに挑戦する時間ができる。いろんな生き方を選ぶことができる。無意識の内に、そう考えていたのかもしれない……まあ我がことながら、実際のところはわからないけどね。やれやれ、私もまだまだ修行不足だったようだ。今一度、改めて自分自身を見直す必要があるか。色々と話してくれてありがとう」

「いいえ、大したことでは。それに……」

 

 マシュは僅かに、顔を暗くする。

 

「この考えは、特異点を修正する旅の結論として得たものです。異聞帯を消し去る旅が終わった後には、ひょっとしたらまた別の結論に至っているかもしれません」

「それもまた、()()の語った“生”の一環だろう。まだまだ若いんだ、一つの考えに固執する必要はない。考えを改めて永遠を求める日が来たなら、いつでも私の元を尋ねてくるといい。歓迎しよう」

「――はい、覚えておきます。……ってアレ? 今、私の呼び方が……」

「気にすることはないさ。――さて、布都たちも休憩に入るようだ。私たちもお茶にしようじゃないか」

 

 視線の先にはとと様にスミを吹きかけられたお栄と、慌ててタオル代わりに自分の烏帽子を差し出す布都。

 その光景を見てマシュは思わず微笑んでしまい、神子から差し出された手を取り彼女たちの元に向かうのだった。

 




〇葛飾北斎(水着)
 絵描きにして剣豪にして未来の仙女。隣に浮かぶ形容しがたいタコのような生物はとと様。別に不老不死とかが目的ではなく、思春期特有の憧れから仙術を学びに来た。とと様は『またか』とそっとため息とスミを吐いた。

〇物部布都
 道士の少女。神子に対する忠誠心と信頼が厚い。実験台にされたりもしたが。若干行動が空回りする部分がある。

〇豊聡耳神子
 道士の少女。人の死の運命を嘆き、克服しようと道教を進行し仙術を学んだ。現在は宝剣が肉体となっているため、仮にサーヴァントになった場合のクラスはセイバーが有力。

〇マシュ・キリエライト
 デミ・サーヴァントの少女。人の死の運命を当然のものと考え、故に生きている今を大事にしようと考えている。

〇道士ノブ
 諸行無常を憂いて、人を超えることを望んだちびノブ。え? そもそも人じゃないって?

〇ゆっくり
 幻想郷に存在する生首のような謎の生物? 様々な知識に精通している。

〇とある幕間
早鬼「ふん……それじゃあ先の一件に関する会合なわけだが」
八千慧「あら、暴力集団の長であるあなたに仕切れるの?」
ジャガーマン「つまらない挑発で話を止めるニャ。ネコと和解せよ」
早鬼&八千慧&饕餮「………………いや、誰?」



 前話からちょっと時間が空きましたが投稿。ボチボチネタのストックがー……。太子様の口調は憑依華辺りから。作品によって微妙に変わってきますからね。東方でも剛欲異聞が発表され、旧地獄の温泉街とかいう美味しい設定が。これはきっとキャッキャウフフなゲームになるに違いない。え、違う? そんなー。


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番外編8 ぐーやのカルデア訪問

仕事が繁忙期に入ったり、別短編に手を出してみたり、Sイシュタル実装に伴う金融危機(ヴィーナス・ショック)に陥ったり、久々にポケモントレーナーデビューしたりと色々ありましたが、今日も何とか生きています。
※微多重クロスネタがちょっとだけあります。
 あと今回から、セリフの間に行間を入れています。


 数多の竹が生い茂り、霧に覆われた迷いの竹林。

 来るものを惑わせる天然の迷路にして迷宮――そんな中にある、ぽっかりと開けた空間。

 竹林から切り離されたようにも見える一角に建つお屋敷の名は、永遠亭。

 

 その門の前に立つのは、3人の女性。

 彼女たちの中で最も背の高い妙齢の女性が呟く。

 

「ここがあの女のハウスですね」

 

「……ソレ、言ってみたかったんですか?」

 

 抑揚の少ない声で聴き返すのは、褐色の肌を持った青髪の少女。

 もっとも本気で疑問に思った訳ではなく、ただ何となく聞いてみたという風情だった

 

「言わずに済めば、それに越したことはなかったのですが」

 

 それでも律儀に返す辺りに、女性の生真面目さを感じさせる。

 

「静謐さんにはお世話になりました。私、商家の娘ですからこの手の探索は心得がありませんので。さすがは本職のアサシンといったところでしょうか」

 

 3人目の和装の少女が、ここまでの道筋を見つけ出した青髪の少女の手腕を称賛する。

 

「曲がりなりにも、山の翁を襲名した身ですので」

 

 嘘偽りのない称賛を受けとめつつも、少女は理解していた。

 目の前ではにかむ年下の少女が、状況次第では訓練した自分すらも上回る追跡者と化すことを。

 

「しかし迷いの竹林、でしたか。踏破など考えず、丸ごと焼き払うのが一番早かったのですが……」

 

 悩まし気なため息を吐く妙齢の女性に、和装の少女も眉尻を下げる。

 

「ここには“雀のお宿”があるとの噂を聞きました。単なる噂話ならばそれで良いのですが、万一事実だった場合紅閻魔先生に白い目で見られることは明白。『竹林ごと雀たちを焼き払えば、その中の一匹はちょうどいい焼け具合になるとは大胆な調理法を覚えまちたね。ならばその腕前を披露してもらうでち』などと詰め寄られ、次回のヘルズキッチンが最上位どころか、底なし地獄モードに確変してしまうやも」

 

「料理教室、でしたか。私には縁のないものでしたが……そんなにも苛烈なものなので?」

 

 自分の手のひらに目を落としながら呟く褐色肌の少女の問いに、和装の少女は頭に生えた角を萎らせる。

 

「尊敬と苦手意識は同居するものだと、教えて下さった方です」

 

「呪腕さんにとっての、初代様のようなものでしょうか」

 

「かもしれません」

 

「お二人とも。世間話はまたの機会でいいでしょう。今はこちらです」

 

 女性は静かに――それでいて耳に残るように声をあげる。

 

「“あの女”の話になると、何やらマスターが不審なご様子。事情を聞き出そうと詰問したり甘やかしたりも致しましたが、口は堅く。ここは一つ鬼となってでも話を聞かねばと覚悟を決めようとしましたが、幸い寸前にマシュさんから話を伺うことができました」

 

「――ええ、ええ。私の見ていないところでますたぁに唾つける輩がいるとは。変にこねくり回さず素直に気持ちを伝える点は評価しますが、それはそれ、これはこれ。捨て置くことはできません!」

 

「私は、別に……独占とか考えてはいませんけど。ただ傍にいて、撫でたり手を握ってくれればそれでいいなぁって。皆さんが行くというから、ついてきましたけど」

 

 早くもチームワークが崩壊しそうな温度差があるものの、その点を指摘する者はおらず。

 3人は永遠亭へと足を踏み入れる――

 

 

 

 

 

 

 

「え? 姫様なら出かけているわよ。カルデアに」

 

                       ◇

 

 日課の周回を終えた立香がマイルームへと戻ると、何ということでしょう。

 そこにはベッドに腰かけて、仔スフィンクスと戯れる月のお姫様の姿が。

 

「あら、お帰りなさい。精が出るわね」

 

「ぐーや」

 

 蓬莱山輝夜は手をひらひらと振るって応え、手に持ったボールをポンと放ると仔スフィンクスがそれを追いかけていく。

 ……よくよく見ればあのボール、蓬莱の玉の枝に生る実にも見えるが、多分気のせいだろうと立香は確かめるのを止めた。

 

「どうしてここに?」

 

「暇だったから遊びに来たのよ」

 

 長年屋敷に籠っていたと聞いていたが、とてもそうとは思えない気軽さとアグレッシブさだった。

 

「それにしても、私も結構な珍品コレクターだと思っていたけど……ここも色々あるわねぇ」

 

 お姫様は近場に会った二つのぬいぐるみ――ミニクーちゃんとヴィイを手に取る。

 

「これなんか、魔法の森の魔法使いに見せれば興味を持つんじゃないかしら?」

 

「そうなの?」

 

「多分ね。あっ、これなんて似合うかしら」

 

 シグルドから貰った眼鏡をかけて見せる輝夜。

 元の美貌も相まって、非常によく似合っていた。

 

「うん、可愛いよ」

 

「素朴な感想ねぇ」

 

「えっと、ごめん?」

 

「悪いって訳じゃないわよ。着飾った言葉で誉め立てられないのは、逆に新鮮だわ。あなたらしくて良いしね。――それにしてもこの眼鏡、原初のルーンが刻まれているのね」

 

「わかるの?」

 

「ばぁやから手解きを受けたから」

 

 ばぁや――スカサハのことかと、かのケルティック・クィーンの顔を思い浮かべる。

 

「ところで気になっていたんだけど、これって宇宙服?」

 

 輝夜が指さした先にあるずんぐりむっくりとした魔術礼装を確認し、立香は頷く。

 

「ちょっと前に宇宙人に攫われて、星に墜落した時に……」

 

「そっかぁ……これまでも色々冒険してきたみたいだけど、ついに宇宙まで行っちゃったのねぇ」

 

「行っちゃったんだよなぁ……」

 

 宙と星を駆け、銀河そのものを相手取った冒険を思い出しながら、クスリと笑う。

 

「というか、普通に信じるんだね」

 

「私だって、一応宇宙人だし。本格的に宇宙人っていうには、ちょっとご近所さん過ぎる気もするけど。良かったらお話してくれるかしら?」

 

「かしこまりました。お姫様」

 

「うむ、苦しゅうない。近う寄れ」

 

 ちょっと時代がかった言い方に二人して笑い、旅の話を始めるのだった。

 

                      ◇

 

 蒼輝銀河での冒険を語り終えた後、輝夜の「カルデア見物をしてみたい」との声を受け、立香は彼女を連れたってマイルームを出た。

 

 まずやって来たのは――

 

「ここがカルデアの地下図書館です」

 

「へぇ……これは壮観なものね」

 

 輝夜は言葉通り、興味深そうに図書館の中を見渡す。

 

「地上の人々が築き、紡ぎあげてきた歴史と言葉の殿堂。月ではこの手のものは、効率化として大部分がデータ化されているから……」

 

「ここの本も、元はほとんどがデータだよ。紫式部が魔力で実体化しているんだ」

 

「そうなの? よほど本という“形”に意味を見出しているのね。以前紅魔館の大図書館にもお邪魔したことがあるけど、これだけの本に囲まれると不思議とワクワクとした気分になるわ」

 

 ――正確には“お邪魔”というより“勝手に侵入した”なのだが、生憎とこの場にそれを指摘する者はいなかった。

 

「――ってあら? 噂をすれば――というやつかしら。珍しい先客がいるようね」

 

 輝夜の視線を追うと、そこにいたのは宝石のような羽を生やした、赤い服の金髪の少女。

 

「フランドール? と、クレオパトラも……」

 

 ちょこんと椅子に座り本を広げるフランドールの前に立つのは、レザースーツで身を纏った美女――クレオパトラであった。

 

「あっ、立香だー!」

 

「あらマスター、今日もうだつが上がらない顔立ちね。あなたも勉強かしら? 非才かつ凡庸な身であっても研鑽を怠らないのは良い心掛けです。しかし詰め込み過ぎは返って逆効果……適度な休憩と栄養補給は忘れないように」

 

 相も変わらず、ナチュラルに相手を罵倒しながらも心使いを忘れぬ女王様であった。

 

「あら、あなたは……むむむ」

 

 クレオパトラの瞳が輝夜を捉えると、口を小さくへの字に曲げる。

 

「なかなかの美気(ビューラ)をお持ちのようね……私ほどではないけれど。わ た し ほ ど で は な い け れ ど!!」

 

 クレオパトラの周囲にキラキラと光の粒子が舞い踊り、それを目にしたフランドールが「わぁっ!!」と両手を合わせる。

 

「なんだか私の周りにはいないタイプねぇ」

 

「妾はクレオパトラ七世フィロパトル。その身からにじみ出る高貴さ――あなたもやんごとなき身であると見受けますが……」

 

「蓬莱山輝夜よ。幻想郷じゃ身分なんて目もくれない連中ばかりだけど、よくわかったわね」

 

「ファラオたるもの、人を見る目は重要ですから」

 

「ところであなた“も”って言ってたけど、そっちは勉強してるの?」

 

「うん! 帝王学ってやつ!」

 

 フランドールが元気のいい返事をし、クレオパトラが補足する。

 

「どうにも最近、エリザベートに付いて回ってチェイテ城で色々と勉強しているらしくて……正直あの娘にまともな教育が施せるとは思えませんが。一応彼女も知能指数や教養自体はあるのですが、行動でその全てを台無しにした挙句ミキサーにかけているというか」

 

 心当たりがあり過ぎる表現だった。

 

「もっとも教師役を果たすことで学ぶこともあるでしょうから、そういう意味ではよい関係なのかもしれませんが。私も彼女とは幾らか縁がある身なので、その関係から本日の教育係を請け負っている次第です。……いつまでも城の上にピラミッドを置いたままにしている負い目もありますし。いえ、負い目というのは語弊がありますね。どけようにもその権能が私にはなく、そもそも上から姫路城とやらが重なってきた以上動かしようがないですから」

 

 あらゆる意味でどうしようもない話である。

 

「しかしあなたが勉強ねぇ。吸血鬼の妹は気が触れているって聞いていたけど……こうして顔を合わせるのは初めてだったかしら。捗っているの?」

 

「それなりかなー。今はちょっと休憩中だけど」

 

「休憩ついでに、簡単なクイズなどで教養を身につけさせているところです。マスターたちも一緒に受けてみるかしら?」

 

「あらあら、私がお題を出される側とは珍しい事ね」

 

 輝夜は面白そうに、クスクスと笑みを浮かべる。

 

「それでは……俗に言う“世界三大美人”とは一体誰のことを指すのでしょう?」

 

「はい!! 本で見たことがある! 楊貴妃、クレオパトラ、小野小町でしょ!」

 

 手を上げはきはきと答えるフランドールであったが、クレオパトラはゆっくりと――見せつけるように首を横に振る。

 

「いいえ、その答えでは及第点は上げられませんわね」

 

「えー? なんでー!?」

 

「小野小町が入るのは、日本特有なんだっけ?」

 

 ふくれっ面のフランドールの疑問に立香が応え、輝夜も相槌をうつ。

 

「そうねぇ……確か他には、ギリシャ神話のヘレネや中国の虞美人、フランスのマリー・アントワネットが加わる事があったかしら」

 

「パイセンかぁ……確かに美人ではあるけども」

 

 最も頭に“残念”がつくのだが。本人の前ではとても言えないが。

 ちなみにヘレネの方も、アーチャーのパリスと深い関係にある人物である。

 当然マリーも比較的初期からカルデアに召喚されているあたり、美の巣窟とも言えるかもしれない。

 しかしそれらの答えに、クレオパトラはやれやれといわんばかりに肩をすくめる。

 

「まったく……それでも人類史の最先端を行くマスターですか! いつまでもそんな古い答えに囚われているなんて、私の秘書として勉強不足と言わざるを得ません。ここは一つ、私手ずから説くと致しましょう。そう、最先端の世界三大美人とは即ち――」

 

 クレオパトラが荒ぶるファラオのポーズをとり、クワッ! と目を見開く。

 

「一人目――第一再臨の妾!

 二人目――第二再臨の妾! 

 三人目――第三再臨の妾!

 

 これぞまさに最新にして真なる世界三大美人!! ――ああ、世界が美で満たされる」

 

 うっとりとしたように瞳を閉じ、周囲にはより一層輝く美気(ビューラ)がキラキラと舞い踊る。

 それを見ていたフランドールは「なるほどなー!」と納得顔に。

 

「……ねえ、間違った知識で洗脳するの、放っておいていいの?」

 

「放っておいたらダメかなぁ?」

 

 げんなりと肩を落としつつも、どうやってクレオパトラに今の答えを修正させるか頭を巡らせるのだった。

 

                     ◇

 

「……疲れた」

 

 何とかクレオパトラを宥め褒めて言いくるめ、最終的にはカエサルに頼ってフランドールに正しい知識を伝授した後、立香と輝夜はカルデアの廊下を歩いていた。

 

「ある意味、私が出す以上の難題だったわね」

 

「とりあえず、食堂で一旦休もうか」

 

「あら、楽しみね……ってあれ? この声は確か――」

 

 輝夜が急に立ち止まり耳を澄ませると、やがて一つの部屋を指さす。

 

「あそこは――レクリエーションルームだね」

 

「へぇ、ちょっと寄ってみていいかしら?」

 

「勿論」

 

 二人がレクリエーションルームの戸を開くと、そこには見知った二人と見知らぬ一人ががコタツに入ってゲームに取り組んでいる最中だった。

 

「むっ、マスターではありませんか。少々お待ちを――すぐに片づけます。……早苗、援護を」

 

「了解しました! ミラクルパワーを見せてあげます!」

 

「いやぁ~、初めてとは思えないプレイっぷり。こりゃ似たようなのを相当やり込んでいたと見たッスよ」

 

「一番得意なのは運ゲーですけどね」

 

「それはそれは……ラニさんと麻雀でもさせてみたいっスねぇ」

 

 白銀の髪をポニーテールにまとめた女武者、巴御前。

 象頭の被り物をしたふくよかな女性、ガネーシャ。

 そして早苗と呼ばれた緑髪の少女。

 

 宣言通り彼女たちはすぐにゲーム上の敵を倒したらしく、ゲーム機をコタツの上に置く。

 

「お待たせしました。何か巴にご用でしょうか?」

 

 キリっとした凛々しい佇まいで立香に尋ねる巴御前。ただし足はコタツの中である。

 

「ちょっと知った声が聞こえたものだから、寄らせてもらったのよ」

 

「うおっ、純和風美少女キター! いやぁ、マスターも相変わらず隅に置けないっスねぇ」

 

 からかうように笑うガネーシャに、立香は曖昧な笑みを浮かべて肩をすくめて見せる。

 客観的に見て自分の周囲に、所謂美女美少女が多いのは事実であった。

 ――その内面はともかくとして……

 

「あっ、こんにちはマスターさん。お邪魔しています。輝夜さんもこんなところで会うとは思いませんでした」

 

 礼儀正しくペコリと頭を下げる緑髪の少女。

 

「えーと、緑の方の巫女さん?」

 

「覚え方が雑!?」

 

「いや、ちゃんと喋った事がなかったから……」

 

「それもそうですね。コホン、それでは改めまして――私は守矢神社の風祝、東風谷早苗です。よろしくお願いします」

 

「うん、よろしく。今日は遊びに来たの?」

 

「私の方から誘わせてもらいました」

 

 問いかけに答えたのは巴御前。

 

「げえむの心得があるとは聞いていたので、その内共にぷれいしようと以前から約束していたのです」

 

「ふーん、あなた神社の方はいいの?」

 

「今日はオフです!」

 

「ああ、それで見慣れない格好なのね」

 

「外で着ていた私服を久々に引っ張りだしたんです。幻想郷にはちょっと合わないので仕舞いっぱなしでしたけど」

 

 両手を広げて見せる早苗。白を基調としたセーターがよく似合っていた。

 

「でも最近は、里でこの手の洋服がちょっと流行しているみたいなんですよね」

 

「そういえば、この間うどんげが服を買って来てたわね」

 

「ヴラドⅢ世が趣味で作っていた分を放出していたから、ひょっとしてそれかな?」

 

 いつのまにやら針仕事がしっかり板についた領主様なのであった。

 

「そういえばおっきーは?」

 

 このメンバーの中に見慣れた刑部姫の姿がない事を疑問に思い、立香は尋ねる。

 

「ああ、何でも山童たちとサバゲーをやるとかで出かけてるっス」

 

「次回は巴も混ぜてもらう予定です」

 

「だったら妖怪の山に来るんですね! その時は是非ウチの神社にも寄ってください」

 

「ええ、そうさせてもらいます。ガネーシャ神、あなたも一緒にどうでしょう?」

 

「いやぁ~、ボクは遠慮しておくっスよ。おっきーがアウトドアに転向した以上、ボクこそがインドア派の最後の砦っスからね!」

 

 ニハハと笑うガネーシャ。

 後でパールヴァティかカルナに報告しておいた方がいいかと、立香は悩んだ。

 

「――ところでソレ、面白いのかしら?」

 

 輝夜がひょいっとゲームの画面をのぞき込む。

 

「ええ、久しぶりなのもありますが、ゲームのグラフィックってここまできれいになっているんですね。ちょっと驚きました」

 

「この業界、移り変わりが早いっスからねぇ。ちょっと目を離すと見違えるというか」

 

「それにカルデアって、シミュレーターっていうのもあるんですよね? それを使えば、空想上でしかなかったVRゲームだって……」

 

「まあ確かにやれそうっスけど、ボクはこうやってコタツに入ってスナックを齧りながらゲームするのが好きっスね。今ならサーヴァント化して腕が増えてるんで、プレイの邪魔にもならないっスから! みかんを剥きながらゲームも余裕!」

 

「サーヴァントになって自慢するのがそこなんだ……」

 

 4本腕を自慢するガネーシャ。パールヴァティが見たら目を細めて眉尻を上げそうだった。

 

「でも、そうなんですよねぇ……」

 

 早苗が眉を寄せて悩まし気な表情を浮かべる。

 

「コタツに入ってぬくぬくゲーム三昧。手元にはジャンクなスナックと甘い炭酸ジュース。冷蔵庫には、赤い人が持ってきてくれた小洒落たスイーツもありますし、私、堕落しちゃいそうです。この誘惑は、菩提樹の下で覚者に迫ったというマーラのソレにも匹敵することでしょう」

 

 仏陀が助走をつけて説法しに来そうな言葉だった。

 

「今誰か呼びました?」

 

「ううん。エミヤがお菓子を作ってるってよ」

 

「そうですか。じゃあ失礼しますね」

 

 ひょいっと顔を出した幼女形態のカーマに一声かけると、彼女は小走りで食堂の方へと向かっていった。

 

「しっかしあの皮肉屋なアーチャーにお菓子作りなんて可愛い特技があるとは、ボクの目をもってしても見抜けなかったっス。こりゃ“アッチ”でも集ればよかったかな?」

 

「巴も同じアーチャーとして見習いたいところですが、お知り合いなので?」

 

「まあ、昔ちょっとばかりっスね。今日はロールケーキだったな~。ふわふわな生地と甘くても糖分控えめな生クリームがグッドなんスよねぇ」

 

「私としては、餡子なども入っていればさらにプラス評価です」

 

「わっ」

 

 いつの間にか会話に加わってきた声。

 立香が背後を振り向くと、そこには眼鏡をかけた学生服の文学少女の姿が。

 謎のヒロインXオルタ――通称えっちゃんである。

 

「こんにちはマスターさん。甘味的な会話が聞こえたので顔を出してみました」

 

「えっちゃん……どうしたの? そのずだ袋? サンタにでもなったの?」

 

「というかソレ、なんか中でもぞもぞ動いてないかしら」

 

 立香がえっちゃんが肩越しに背負うずだ袋について指摘すると、輝夜が不審げに眉を顰めた。

 

「ちょっとばかりハンティングに行ってきました。その戦利品です」

 

 ハンティング……夏の無人島……振り下ろされかけた聖剣。

 

「えっと、山をビームで更地に変えたりしてないよね?」

 

「マスターさんは、時々おかしなことを言いますね。ヴィランだって狩りの作法くらい心得ています。そんな真似をするのは、お腹を空かせたXさんくらいです」

 

「あ、ウン。だったらいいんだ。――ところでハンティングって何を?」

 

「……秘密のハントでしたが、マスターさんには特別に見せてあげましょう」

 

 えっちゃんが蠢く袋に手を突っ込み、中の獲物を取り出すと――

 

「ゆっくりしていってね!!」

 

 なんか喋る生首が出てきた。

 

「えっ・・・・・・・・・・・・っと?」

 

「アレ? ゆっくりじゃないですか」

 

 絶句する立香だったが、早苗が意外というようにその正体を指摘する。

 

「はい、銀河保護法で保護されている珍生物……こんなところでお目にかかれるとは思っていませんでした」

 

「その……ユニヴァースにもいるの、ソレ?」

 

「はい。“ゆっくリウム”なる数ある謎粒子の一種から構成された希少生物。かつてダークラウンズの下請けを勤めていた男も言っていました。『俺の故郷にもゆっくりはいますよ。地球とは比べ物にならないくらい、大きなヤツがね!』と。風の噂では、蒼輝銀河のどこかには惑星サイズのゆっくりも存在するとかしないとか」

 

 ――あのカオスな宇宙なら、本当にいてもおかしくないなぁと立香は考えてしまったのだった。

 

「でもそのゆっくり? っスか? ソレどーするんスか? 新素材の実装は勘弁っスけど」

 

 ガネーシャからの当然の指摘。それに対してえっちゃんはあっさりと――

 

「割ります」

 

「――!??」

 

 ゆっくりの表情が固まった。蠢いていた袋もピタリと止まった。

 

「えっと、それはまた如何様な理由で?」

 

 おずおずといった具合の巴からの問いかけ。

 

「ゆっくりの生態の多くは謎に包まれていますが、こんなスペース伝説(※都市伝説の宇宙版)があります。――曰く、『やつ等の中身にはとても上質な餡子が詰まっている』と」

 

「………………えっと、マジで?」

 

「マジです」

 

 堂々と言い切るえっちゃん。

 

「……あの、そのような噂話で頭をかち割るのはさすがに無体なのでは」

 

「ウニだって生きたまま割って食べるでしょう。それに昔の偉い人は言いました。『和三盆を以て貴しとなす』と。この子達の甘味は、世と私のお腹の礎となるのです」

 

「神霊廟の主が全力で首を横に振りそうね……」

 

 ゆっくりは目を見開いたままプルプルと震えていた。

 その様子を見かねたのか、輝夜はえっちゃんに近づきずだ袋を取り上げ――

 

「あっ……」

 

「やるんならこいつからにしなさい」

 

「――!!!」

 

 輝夜が白髪の少女のゆっくりをえっちゃんに押し付ける。

 早苗は「あ、アレ妹紅さんの……」と呟き、生贄とされた白髪のゆっくりは絶句するばかりだ。

 

「――では早速。邪聖剣ネクロカリバー、チェーンソーモード起動」

 

「なんでわざわざスプラッタな方向にもっていくの!?」

 

 ウイィィィィン!! と重低音を上げるネクロカリバーを目前に晒され、ゆっくりは慄きアワアワと震える。

 これじゃ餡子が飛び散るし、もし餡子じゃなかったら文字通り惨劇現場になりかねない。

 

「えっちゃんステイ! 和菓子なら今度奢るから!」

 

「……アマゾネスで新作和菓子の詰め合わせなど見かけたのですが」

 

「わかったからその物騒なの仕舞って!」

 

「あと、兎のお団子屋さんもなかなかのものでした。10ダースで手を打ちましょう」

 

「多い、3ダース」

 

「6ダースで」

 

「5ダースでどう?」

 

「いいでしょう。それではご馳走になります……フフッ」

 

「(アレ……ひょっとして最初から狙ってたんじゃないっスかねぇ)」

 

 えっちゃんの微笑を見たガネーシャは、そんな事を考えるのだった。

 

                      ◇

 

 結局その後はゲーム大会となり、ギュウギュウ詰めのコタツで遊んだ後輝夜と早苗はゆっくり達を連れて幻想郷へと帰っていった。

 

 そしてそれから少しして、入れ替わるように帰ってきた3人組の姿が。

 

「ますたぁ、あなたのきよひーがただいま帰りました! ところであの女狐はどこに!?」

 

「えっと、玉藻? キャット? それとも藍さん?」

 

「月の姫とかいうふぁんしーな女です!」

 

 バタバタとなだれ込んでくる源頼光、清姫、静謐のハサンを立香は出迎える。

 

「さっき帰ったけど……」

 

「入れ違い、みたいですね」

 

「あの竹林、帰る際にも迷うとは……やはり自刃してカルデアに即刻退去すべきでしたか」

 

「それは止めて」

 

 さらりと怖い事をいう頼光に、立香は静止の言葉をかけておく。

 

「……失礼致しました、マスター。子の前で使うべき言葉ではありませんでしたね。私ともあろうものが……今回は縁がなかったものと考えましょう」

 

「えーと、3人とも? 一応、ぐーやから伝言を預かっているんだけど……」

 

「「「???」」」

 

                       ◇

 

「『恋愛沙汰云々を考えるのなら、私よりも先に警戒すべき相手がいるんじゃない?』――そんな言葉にのせられて、わざわざ私のところまで来たっていうの?」

 

 呆れたように、小さな唇から漏れるため息。

 背丈よりも大きな椅子に座り、頬杖をつくのは幼き吸血鬼――紅魔の王。

 レミリア・スカーレットであった。

 

「あのねぇ……アンタら恋愛脳(スイーツ)ってやつなの? 頭から生えた角は甘ったるい飴細工か何か? まったく、人理を守るサーヴァントがこんな有様じゃ、立香の奴も苦労するわね」

 

 呆れとも罵倒ともとれる言葉を聞きながらも、清姫へと目配せをする頼光と静謐のハサン。

 清姫は小声で二人に伝える。

 

「(……嘘は、ついていないようですね。ますたぁに対して恋愛感情の類はないようです)」

 

「(となると、月の姫の見当違いか敢えて誤情報を伝えたか……どちらにせよ、杞憂で終わったのならばそれに越したことはありません)」

 

「(そもそもマスター、あんなに小さな子が対象内なのでしょうか?)」

 

「(マスターにその気がなくとも、纏わりつく虫は出てくるものです)」

 

 紅魔館に足を運んでの事情聴取だったが、少なくとも良い意味で無駄足にはならなかった。

 そのことに3人は一先ず胸をなでおろすのだった、が……

 

「大体ねぇ……()()()()()()()()()()()()()2()()3()()()()()1()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()? その程度をいちいち色恋沙汰に持ち上げるなんて、人間は暇っていうか……」

 

「「「………………………………」」」

 

「ん? なによ、黙りこくってこっちをじっと見て? え、なにその怪しい笑みは?」

 

「恋愛感情がない事に嘘はない……嘘はないのですが、これはどこでコロリと転んでしまうか分かりませんね」

 

 清姫が扇子を構える。

 

「ええ、ええ――芋虫が蛾になって我が子の周りを飛び回る前に、予防が必要と見ました。最近マスターを訪ねても姿が見えないことが少なからずありましたが、こういうことだったのですね」

 

 頼光が鞘から怪しく光る刃を抜き放つ。

 

「……えーと、じゃあ私も。毒入りの紅茶とか、興味ありますか?」

 

 静謐のハサンが後ろで手を組み、小首を傾げてみせる。

 

「幻想郷では、こういうのを“弾幕ごっこ”と呼ぶのでしたね!!」

 

 頼光が刀を一閃すると同時に、雷が紅魔館に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――事の顛末を話せば、この日寝室を失ったレミリアが不貞腐れた顔で立香のマイルームに足を運ぶことになるのだが……それはまた別のお話。

 




〇蓬莱山輝夜
 月のお姫様。時々カルデアに遊びに来ている。立香に冗談交じりで「蓬莱の薬、いる?」と聞いてみたりもしたが、「もう間に合っています」と返されて目を丸くしたり。

〇東風谷早苗
 現人神で風祝。巴から魔力で動くゲーム端末を貰ったりもしたが、神奈子から「ゲームは1日1時間まで!」と取り上げられたりしたとかしてないとか。

〇クレオパトラ
 スタンド使い系ファラオ。多分jojoに出てもそこまで違和感がない。

〇溶岩水泳部
 源頼光、清姫、静謐のハサンの3人からなるチーム。主に愛の力を原動力とし、物理法則を覆したりもする。

〇えっちゃん
 えっちゃんは悪属性(確信

〇ゆっくり
 謎の生物。ユニヴァースにもいるとか。乱獲→厳選の危機を免れた。

〇竹林ごと雀たちを焼き払えば~
 昔“美味しんぼ”でこんな感じのがあったので。あっちは鹿だったと思いますが。




 前回から間が空きましたが、今後の更新は結構不定期になるかと思います。基本、ネタが浮かんだ時に投稿という形になりますので……
 永琳のウン億歳設定も相当だなーと思っていましたが、ウン十億年を“ひと昔前”扱いする女神様がでてきた件について。年齢のインフレが始まってしまう!!


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番外編9 空を駆け、星に祈る

「改めて、飛行魔術の練習をしようと思うの」

 

 とある日、キャスターのサーヴァントにしてカルデア在住魔法少女である美遊は、突然そんなことを言い出した。

 

「えっと、急にどうしたの? 美遊。その問題は、もう一応解決しているはずじゃあ……」

 

 美遊の友人にして対の魔法少女であるイリヤは、突然の宣言に戸惑いながらも尋ねる。

 「人は飛べない」――飛行術式のみは成立していても、美遊本人の思い込みから彼女は飛行魔術を扱うことができない。

 その代わりに、彼女は空中に足場を作ることで空中戦に対応しているのだ。

 

『美遊様。今の方式でもある意味では、単純な飛行よりメリットはあるかと思いますが』

 

 丁寧な口調で発言したのは、美遊の魔法少女としての源である愉快型魔術礼装の妹の方――マジカルサファイア。

 一見子供のおもちゃのような外見であるが、かの万華鏡が作り上げた規格外の魔術礼装。

 内包する性能は破格の一言に尽きる。

 

「そうよねぇ……美遊のだったら、私でも足場に出来るし。カルデアからのサポートでも空中に足場を展開は出来るけど、常時って訳にもいかないでしょう? そういう意味では使い勝手がいいわよ」

 

 サファイアの言葉に同意するのは、イリヤを褐色肌にしたような外見の少女――クロエ。

 ソファにゆったりと腰を下ろし、足をプラプラさせながら会話に加わってくる。

 

 三者からの意見にコクリと首を縦に振りながらも、美遊は真面目な顔で答える。

 

「うん――そうだけど、敵もどんどん強くなっている。いろんな状況に対応できるように、私も手札のバリエーションを増やしておきたいかなって」

 

 彼女たちがカルデアに召喚されて、既に少なくない時が経っている。

 順当に齢を重ねていれば既に中学生であるが、そこはサーヴァントの身。

 肉体的な成長はない。

 

 しかしながら一度は終わりを迎えたと思った人理修復の旅は未だ続き、半ばといった所。

 先行きの見えぬ旅路ながらも、自分に出来ることをする――少女の目には、その決意が宿っていた。

 

「それに……」

 

 美遊の瞳から決意の色が、というかハイライトが消えた。

 

「幻想郷の人たち、結構空飛んでいるし……イリヤと一緒に」

 

「はうっ!?」

 

 キョドる銀髪紅眼の普通の小学生。思いっきり心当たりはあった。

 ――つい先日、幻想郷の空を妖精たちと思いっきり遊覧飛行したところだったのだ。

 美遊を置いて。

 

『ありましたねぇ、そんな事。イリヤさんったらあんなにはしゃいじゃって。私の秘蔵フォルダの中にもバッチリおさめていますとも!』

 

「ま、まあ妖精さんと一緒に空を飛ぶなんて、いつもと違ってちゃんとした魔法少女っぽい出来事だったし……ってルビー!? また隠し撮りしてたの!?」

 

「ルビー、その写真は後で焼き増ししておいて。報酬はQP払いで、ダビデ銀行に振り込んでおくから」

 

『美遊様、そこはスイスの銀行にしておきましょう』

 

 愉快型魔術礼装の姉の方――マジカルルビーが問題発言をし、イリヤが慌て、美遊が天然ボケをかまし(本人は至って真面目)、サファイアが見当違いのツッコミを入れる。

 

「カオスねぇ……」

 

 クロエはしみじみと、ため息を吐くのであった。

 

                      ◇

 

 身体強化で跳び上がり、飛行術式を発動する。

 

 ――飛べない。

 

 空中に作った足場に乗り、飛び降りる。

 

 ――浮かない。

 

 イリヤに手を引かれて空を上り、途中で手を放してもらう。

 

 ――シチュエーションに気を取られて魔術を発動し損ね、危うく地面に激突するところだった。

 

「……やっぱりうまくいかない」

 

「まあ一朝一夕でやれたら、とっくに飛べているわよねぇ」

 

 美遊のぼやきに、クロエが即答した。

 

「もうクロったら、そんな言い方してっ! ほら美遊、サーヴァントの体って普通よりも成長しにくいっていうでしょう? 私も付き合うから、一歩一歩進んでいこう?」

 

『――とはいえこれは、どちらかと言えば成長というより感性の問題ですからねぇ。要するに「人は飛べない」という思考の殻を破れるか。ある意味では、普通に成長するよりも難しい問題ですよ』

 

「美遊ってば一線を越えたらチョロいくせに、そこまでは相当に頑固な部分があるものね。苦戦しそうだわ」

 

「クロ、チョロいとか言わないで。私はあなたと違って、簡単に唇を許したりはしないの」

 

 一応言い返しながらも言葉に力がないあたり、美遊も自覚している部分はあるのか。

 クロエはやれやれと肩をすくめて見せる。

 

「私だって別に、誰でもいいって訳じゃないわよ。まっ、あんまり根を詰めても仕方がないし、ちょっと休憩しない? お節介な弓兵から、お弁当もあずかっているし」

 

『でしたらそこの軒下を借りるとしましょう』

 

 サファイアが指(?)さしたのは、博麗神社の軒下。

 彼女たちが現在飛行魔術の練習を行っているのは、博麗神社の敷地内だった。

 

 3人揃って軒下にちょこんと腰を下ろし、手を合わせて「いただきます」。

 それぞれに弁当箱を開く。

 

「……デコ弁って、私たちを完全に子供扱いしているわね。あの男」

 

 クロエが顔を顰める。

 

「私は可愛いと思うけど」

 

 クールな表情を崩さず、美遊が感想を述べる。

 

「うーん、いつもながら美味しい! でもそれだけじゃなくて、なんだか食べやすいというか、ホッとする味なんだよね……なんでだろ?」

 

「……まあ、ある意味当然よね」

 

「何か知ってるの、クロ?」

 

「さあて、ね」

 

 首を傾げるイリヤに、クロエは明後日の方向を向いて見せる。

 あからさまにはぐらかしている態度にイリヤは頬を膨らませるが、クロエは話題を変えて見せた。

 

「そういえば、私たち以外にも何人か来ているようね」

 

                      ◇

 

「なんというか、あなたの魔術ってすごく独特よね」

 

 メディアは年若い魔女・魔理沙に向けてそう告げた。

 

「そうか?」

 

「ええ、独自色が強いというか……見た目こそすごく派手だけど、内容的には薬術の類。元の材料がわからない分、私にも完全な解析は難しいわね」

 

「神代の魔女からそんなに褒められたら照れるぜ」

 

「褒めている訳じゃないし、あと魔女とは呼ばないでちょうだい。……アドバイスだったら、私よりも叔母様から貰った方がいいかもね。あちらの方が得意分野だわ。キノコが魔術の原材料って言っていたわね? キュケオーンの材料として幾らか見繕えば、何か教えてもらえるんじゃないかしら。新作のインスピレーションが欲しいみたいだし」

 

「誰かからちゃんとものを習うなんて、いつ以来だか……ところでキュケオーンってなんだ?」

 

「叔母様に聞けば、うんざりするほど懇切丁寧に説明してくれるわよ……ところであなた、服とかに興味はないかしら?」

 

 

 

 

 

 別の場所では、氷の皇女アナスタシアとJK超能力者・宇佐見董子がお互いのスマホを見せ合いながらおしゃべりしている。

 

「ほほう……自撮り鯖コンプ。歴史上の偉人変人英雄怪物との自撮りですか。なかなかに興味深い……というより羨ましい試みですね」

 

「ふふっ、そうでしょうそうでしょう。ハードルが高い相手も多いから苦労するけど、それでこそやる気が燃え上がるというもの。私、氷雪系だけど。でもあなたの弾幕の写真も面白いわね。私も宝具の撮影とかしてみようかしら」

 

「この人がエレナ・ブラヴァツキーさんですか。現存している写真や想像とは随分違いますけど、一度話してみたいですね。なんせオカルティストの祖ともいえる方――大先輩ですから」

 

「面倒見も気も良い方だから、快く引き受けてくれると思うわ。――それにしても、あなたJKという生き物なのよね」

 

「唯一無二の最強無敵の種族です」

 

「いえ、カルデアにもJKを名乗る方はいるのだけど、本物を見るとやっぱり違うのかしらって。『自撮りとかJKらしくていーじゃん!』と自撮りはすぐに了承してくれたのだけど……この人よ」

 

「どれどれ拝見っと。……コレ、JKというよりもコスプレの一種なんじゃあ? なんか巫女っぽいし、ケモミミとかも生えてるし」

 

「ええ、そうなのよ。これまではそういうものかと思っていたのだけれど、あなたを見た後だとどこか痛々しく感じるというか」

 

 

 

 

 

 また少し離れた場所では、面霊気たる秦こころと作家系サーヴァントの一騎・シェイクスピアが言葉を交わしていた。

 

「面より一個の生命として生まれ、足りぬ感情を得ようと多くのことに挑戦していく。ふむふむなるほど……無いものを求める、というのはありきたりな動機ではありますが、吾輩そういうのは大好物ですぞ!! いやまあ、好物も嫌いなものも人一倍多い身ではありますがな!」

 

 愉快そうに笑うシェイクスピアに、ポーカーフェイスを保ったままのこころは告げる。

 

「あなたは劇を通して、多くの人の感情を揺さぶる天才だと聞いた。お願い、聞いてもらえるかしら?」

 

「勿論! このような面白そうな事、逃す手はありますまい! ……いやまあ実の所、吾輩能楽の脚本というのは初めての試みなのですが、それはそれ。カルデアには日本出身のサーヴァントも多いので、何とかなるでしょう。――ところで悲劇と喜劇、どちらがお好みで?」

 

「どっちも」

 

「ハッハッハ! それは欲張りで素晴らしい!! ――ですがまあ、締め切りについては勉強させていただきたく!! ええ、何卒!!」

 

                      ◇

 

「なんかキャスターばっかりで、アーチャーな私としては疎外感を感じるわねぇ」

 

 一通り辺りを見回したクロエは、唇を尖らせながらそんなことを告げる。

 

『攻撃力の補正値は一緒ですから、そう意識する必要はないのでは?』

 

「サファイア、あんまりメタなこと言わないで」

 

『私の妹ながらサファイアちゃんは迂闊ですねー。しかし飛行魔術のコツなら、あそこにいるメディアさんにでも習えばいいのでは? 冠位こそ持ちませんが、純粋な魔術の腕前と知識ではキャスター界隈でもトップクラス。時間とリソースさえあれば割と何でもできる方ですし、小一時間ほど着せ替え人形になるのと引き換えならば、喜んで引き受けてくれると思いますよ? まあ、何でもできるとはいえ恋愛関係は無理なのですが。ってイタァイ!?』

 

 突如飛んできた魔力弾によって、地面に叩きつけられるルビー。

 一同が視線を向けると、メディアがフンと鼻を鳴らしてそっぽ向いていた。

 

「迂闊なのはルビーだよ……でもそんなに魔術に詳しいのなら、ルビーの性格も何とかしてもらえるかも?」

 

『酷いですよイリヤさん!? これまで1期、2期と連れ添い、最終的には13期くらいまでは共にあり続けるパートナーに対して!』

 

「ルビーの中では私の戦いは一体いつまで続くのかなぁ!? というか13期って、その時私何歳なの? さすがに大人になってまで魔法少女は恥ずかしいよー!」

 

『メイヴさんだって魔法少女を名乗っていたんですから、イケますって!』

 

「今日はやたらと賑やかねぇ」

 

 彼女たちの声を聞きつけてか、神社の奥から姿をあらわしたのは脇が大胆な巫女――博麗霊夢だった。

 

「あっ、すみません。騒がしくして」

 

 頭を下げる美遊に、霊夢は手をプラプラと振る。

 

「いいわよ、別に。夜だったらたたき出すところだけど。――ところでさっきちょっと見てたけど、カエルかバッタの真似事でもしてるの?」

 

「――うっ。一応、飛行魔術の練習を」

 

「うん? 空を飛ぶ練習? さっきのが?」

 

 怪訝そうに眉を顰める霊夢に、一通りの事情を説明する。

 すると彼女は納得したようにうなずいた。

 

「なるほどねぇ。じゃあカエルでもバッタでもなく、ノミだったかしら」

 

「ちょ、ノミって!」

 

 突っかかろうとするイリヤを、霊夢は手を差し出すことで制する。

 

「別に貶している訳じゃないわよ。ほら、箱とかに閉じ込めたノミは、箱の高さ以上には跳べなくなるって話があるでしょう?」

 

「あ、ああ……そういう意味で」

 

『悪い方向でのプラシーボ効果ですねぇ。思い込みによって、本来できるはずのことができなくなる。大小はあれど、よくある話です』

 

「そうね。妖怪なんかは思い込みが形になったような奴らだし、ちょっとは詳しいのよ、私」

 

「あら、だったら解決策なんかも知っているのかしら?」

 

 挑発的なクロエの言動に、霊夢はあっさりと頷いてみせる。

 

「ええ――今回の場合は一度、空の高さを知ればいいのよ」

 

「え、それって――」

 

「お弁当は食べ終わったわね……この娘、ちょっと借りるわよ」

 

 霊夢は美遊の手をとると――そのまま飛び上がった。

 

                     ◇

 

「――――っ!? ・・・・・・――!!」

 

 イリヤが下から何かを言っている。

 しかしそれは形にならず、あっさりと美遊の耳を通り過ぎていった。

 

「え、あの、ちょっと!」

 

「落ち着きなさい。舌を噛むわよ」

 

 霊夢に手をとられ、美遊は空を駆ける。

 迅い――素直にそう感じるほどに、景色は間を置かずに過ぎ去っていく。

 

「今の感覚を、体に刻みつけなさい」

 

 ――一面の森が視界を過ぎる。

 

「あなたは籠の中の鳥のままなのよ」

 

 ――湖畔と紅いお屋敷が視界を過ぎる。

 

「なにっ、を……」

 

「本当は飛べるはず。でもあまりにも長い間羽を折ったままだったから……いいえ。そもそも羽を広げたことすらなかったのかしら?」

 

 ――田園が視界を過ぎる。

 

「それっ、は――」

 

 ――人の営みが行われる箱庭のような里が、視界を過ぎる。

 

「別にそれが、悪いって言っている訳じゃないわ。自由っていうのは、必ずしもいい事ばかりではない。時には不自由が必要なこともあるものよ」

 

「……はい。私はずっと、誰かに縛られることで守られていた」

 

――岩肌に覆われた沢が視界を過ぎる。

 

「でも、籠と言う名の安寧はなくなった」

 

「私は、健やかな成長を願われて籠の中で育てられて、ささやかな幸せを得てほしいと籠の外へと送り出された。自分の全てを使って、守ってくれた人たちがいた」

 

 ――青々しい竹林が視界を過ぎる。

 

「初めて得た“自由”はどうだった?」

 

「正直、戸惑いが大きかったです……頼る人も、守ってくれる相手もいない中で一人。でも、送り出してくれた人の願いには応えなくちゃって」

 

 ――雄大な山が視界を過ぎる。

 

「内心、不安だらけでした。外のことなんか知識でしか知らない私が、ちゃんとやっていけるのかって。でも、ルヴィアさんとサファイアに出会って、イリヤに出会って、共に戦って、最初は気に入らなくて、でもいつの間にか友達になっていて……」

 

 ――どこか物寂し気な丘が視界を過ぎる。

 

「他にも、いろんな人に会いました。良くしてくれる人にも、敵対する人にも。願いと心にすりつぶされた最初の魔法少女にも、見ず知らずの私に当たり前のように手を差し伸べてくれたマスターにも。世界は残酷で、哀しくて、救われないことに満ちていて――」

 

 ――命の溢れる畑が視界を過ぎる。

 

「でもそれだけじゃないと、私は知った。守られるだけじゃなくて、守りたいと思うようになった。あたたかな陽だまりが、なくならないでほしいと願った」

 

 ――木に囲われた塚が視界を過ぎる。

 

「だから私は、戦うことを選んだ。最初は生きる糧の為だった。でも私、随分欲張りになっちゃったみたいで……」

 

 ――飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。幻想郷の空を、二人の少女が飛ぶ。

 流れる景色を瞳におさめながら、自分の内面にも視線を向ける。

 

「――今の私には、手放したくないものが多過ぎる」

 

「いいんじゃないの。あなたの両手は空いているんだから、好きなものに手を伸ばせば」

 

 いつの間にか幻想郷を一周したのか、二人は博麗神社の上空に戻ってきていた。

 霊夢は空中でくるりと美遊へと向き直り、両手を広げて見せる。

 

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「――えっ? あっ、私……飛べ、てる?」

 

 そこで美遊はようやく気付く。

 いつの間にか手は解かれており、自分自身で空を飛んでいたのだということに。

 

「なんで、こんな急に……」

 

「あなたはごちゃごちゃと考え過ぎなのよ。一旦頭を空っぽにして、心の赴くままにしてしまえば、あなたはちゃんと飛べるの。だって――」

 

 霊夢はとびっきりの笑顔を浮かべて見せた。

 

「人は、飛べるものなんだから」

 

                      ◇

 

『美遊様、お見事でした』

 

 夕焼けに染まりつつある境内に降りると、サファイアが美遊に語りかけてきた。

 

「サファイア……いたんだ」

 

『それはもう、ずっとお傍に。空気を読んで口を噤んではいましたが』

 

 そもそも飛行魔術はサファイアを媒介に行使されているので、当然いるのだが。

 サファイアは空気を読んで、そのことは口に出さなかった。

 

「イリヤどこに行ったのかな? クロはそこで猫みたいに丸くなって寝てるけど」

 

『イリヤ様は、お二人が境内を飛び立った後すぐに追いかけたようですが、見失って今も幻想郷の空を飛んでいるようです。連絡を入れておきましたので、間もなく戻って来られるかと』

 

「うん、ありがとう。サファイア」

 

 自身の相棒に一声かけた後、美遊は改めて霊夢に向き合う。

 

「あの、今日はありがとうございました」

 

「いいわよ、別に。気まぐれみたいなものだし」

 

「色々と、話すつもりがなかったことまで話しちゃいましたけど……その、なんでここまでしてくれたんですか?」

 

「言ったでしょう、気まぐれだって。深い理由なんかないわ。何となく、そうしたいって思っただけよ」

 

 霊夢はヒラヒラと手を振るって答える。

 

「お礼がしたいって言うんなら、お賽銭でも入れていって。もっともウチの神様も新米過ぎるから、叶うかどうかはわからないけど」

 

「……自分で言っちゃうんですね、ソレ」

 

「里の人たちには言わないようにね?」

 

「ふふ……わかりました。では――」

 

 美遊はQPを賽銭箱に投げ入れ、鐘を鳴らし、お辞儀をして手を合わせる。

 そのまま少しの間目を瞑ったまま願いを伝え、最後にもう一度お辞儀をする。

 

「……やっぱりソレなのねぇ」

 

「――? なにか作法が違いましたか?」

 

「いえ、そうじゃないけど……そういえば、なんのお願いをしたの?」

 

「――はい。人理修復がちゃんと為せるようにって、お祈りすべきかと思ったんですけど……自分のことをお願いしちゃいました」

 

 美遊はもう一度、神社へと視線を移す。

 

「今の私はサーヴァント。本来の私から分岐した影法師。……実の所私、召喚される前の状況がけっこうあやふやなんです。鏡面界へのジャンプの際に分かれた気もするし、その割にはもっと“先”の記憶も曖昧ながら持っている気がするというか……。私は今、人理修復の戦いをお手伝いしていますけど、私の本体も多分、今も戦っていると思うんです。だから……」

 

 美遊は赤く染まりつつある空を見やって、願いを口にする。

 

「『私も頑張っているから、そっちも負けないで』って。この声が届きますように。そう願いました」

 

「自分への応援って、真面目ねぇ……でも」

 

 どこか呆れが混じったような霊夢の声に、美遊は振り向き――

 

「えっ?」

 

「いいんじゃない、そんな願いでも。私は嫌いじゃないわよ……って、どうしたのよ? 呆けたような顔をして」

 

「――いえ。多分、気のせいだとは思うんですけど……夕焼けのせいかな?」

 

「なによ、もう……ってあら? あなたの友達、帰ってきたみたいよ」

 

 霊夢が空を見上げ、つられて美遊も視線を動かすと、その先には大事な大事な友達の姿。

 自分に向かって手を振っているのが分かる。

 

「もう遅いし、そっちの褐色の娘も起こして帰るといいわ。夜は妖怪の時間だから」

 

「――はい、今日は本当にありがとうございました。お姉さん」

 

 礼を告げつつ、美遊は先ほどの光景を反芻する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その赤色を、よく知っているような気がして――

 

「まさか、ね――」

 

 そう呟きつつ、境内に降り立つイリヤを出迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

〇美遊(サーヴァント)及び美遊(本体)が飛行魔術を習得しました。

 




〇美遊・エーデルフェルト
 本来の名前は朔月美遊。蒼玉の魔法少女であり、生きた聖杯とも称される神稚児。
 経歴や一部の相手に対して向ける感情が重い。バレンタインチョコもカロリーが重い。
 「鯖としてより礼装の方が優秀なのでは?」とか言ってはいけない。


〇博麗霊夢
 「この子には、自由に生きてほしい――」
 とある母親の最後の願いを、彼女が聞き届けたのかはわからない。
 わからないが、幻想郷で最も自由な巫女は、今日も空を飛ぶ。


〇NGシーン
霊夢「肝心なのは飛べて当然と思う事っ! 空気を吸って吐くことのように! HBの鉛筆をベキッ!とへし折る事と同じようにッ……いえ、鉛筆はもったいないわね。別のものにしましょう」





 2部5章であるアトランティスも秒読み段階になってきました。ところでアトランティスとか、エレナや菫子が滅茶苦茶興味を示しそうなワードだったり。もちろん私も興味深々。型月世界のアトランティスがどのように描かれているのか、楽しみです。


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番外編10 ただ温泉に浸かりながら駄弁るだけのお話

「どうも、おはようから午前9時のおやつまでの古明地さとりです。

 えっ、短いって? 絆レベルが不足しているので諦めて下さい。

 ――さて、今回こうしてオープニングをつとめることになった私ですが、

 改めまして私はサトリ妖怪――心を読む怪異です。そしてあなた方は人間です。

 何が言いたいのかって?

 結論から言ってしまえば、今回のお話のオチ。教訓。

 世の中には、“言葉にしなければわからないこともある”ということです。

 当然ですよね。あなた達は、サトリ妖怪ではないのですから。

 舞台となるのは冷え込みも増してきた幻想郷――博麗神社。

 あそこに温泉が湧いているのはご存知でしょうか。

 アレには一応、ウチも関わっているのですが……

 主に性質の悪い神様からちょっかいをかけられた結果、という意味で。

 寒くなると温泉が恋しくなりますが、これはそんな季節の一幕です」

 

                       ◇

 

「おぉー、今日は湯けむりが一段と凄いなぁ」

 

 夕刻も近くなり薄闇が辺りを覆い始めた中、博麗神社の温泉に足を踏み入れた魔理沙は、直接肌に当たる冷気に体をブルリと震わせながら、自分の息が白く染まるのを見る。

 

「最近寒くなってきているから。この調子なら、雪も近そうね」

 

「お前の所の仙界は、季節なんて関係ないだろ。羨ましいぜ」

 

「植物の成長のために、最低限の四季は取り入れているわよ」

 

「また氷の妖精が、無駄に元気になる季節がやって来たわね」

 

 共に温泉に入ってきた華扇に対し、霊夢が面倒くさそうに告げる。

 夏でも割と元気なチルノだが、冬になるとやかましさは更に増すのだ。

 

 神社に遊びに来ていた魔理沙と華扇、そして住人である霊夢。

 3人は冬の寒さから何となく温泉に浸かろうか、という話になり早速実行していたのだった。

 

「でもこんな時温泉があると、ほんと便利よねぇ。すぐに入れるし、薪を使わなくてもいいし」

 

「相変わらず貧乏性よね、霊夢って……ってあら? 誰かいるわね」

 

 華扇の言う通り、温泉の片隅には小柄なピンク髪の先客が一人。

 

「あぁぁぁー……とーけーるー」

 

 言葉通りトロンとした表情で、悪く言えばだらしのない表情で肩まで湯に浸かっている。

 

「なんだ、まだいたのね」

 

「知り合いなの? 霊夢」

 

「知り合いというか、ちょっと前に『温泉に入っていい?』って聞かれたからOK出しただけよ」

 

「アレ? 霊夢ちゃんも来たんだね。どうぞどうぞ遠慮しないで。ドパーッっと飛び込んで!」

 

「飛び込まないわよ、別に。妖精じゃあるまいし」

 

 ちなみに隣にいた魔理沙は飛び込もうかとも思っていたのだが、今の一言で自重することにした。

 

 新たに入ってきた霊夢等3人がお湯でさっと体を洗い流し湯船へと浸かると、先客が話しかけてくる。

 

「ボクはアストルフォ! 『シャルルマーニュ十二勇士』の一人にして、ライダーのサーヴァント! そっちの二人ははじめまして……だったよね?」

 

「サーヴァントということは、カルデアから来たのね。私は茨華仙――仙人よ」

 

「私は霧雨魔理沙。魔法使いをやってる。『シャルルマーニュ十二勇士』って言ったらアレだったか。前に何かの本で読んだ気がするが、確かフランスの方だったよな」

 

「そーだよー」

 

「性別は……まあ今更か」

 

 史実や伝説として記されているものと現実は違う――そんなことはよくある事だと、魔理沙は経験上よく知っていた。

 

「確か月に行ったことがあるんだっけか?」

 

「よく知ってるね」

 

「実は私も行ったことがあるんだぜ」

 

「ホント? お仲間だね!」

 

 アストルフォは両手を頭にやり、ウサミミの真似をして見せる。

 

「月と言えばウサギだよねっ! こっちの月にはいた?」

 

「おう、ワラワラとな。一応軍人らしいんだけど、それにしちゃあ頼りなさそうな感じだったぜ」

 

「うーん、それは是非ともあってみたいところだね。月への特攻、もう1回やっちゃおうかな? うーん、でもできるかなぁ?」

 

「妖怪ウサギなら、月まで行かなくても迷いの竹林までいけば幾らでもいるわよ」

 

「ホント? 華仙ちゃん! よーし、早速今晩訪ねてみよっかな!」

 

「……ちゃん付けで呼ばれるのは結構新鮮ね。でも夜は止めておきなさい。ただでさえ迷いやすい場所なんだから、遭難するわよ」

 

「うへぇ……さすがにそれでカルデアに助けを求めるのは、ちょっと恥ずかしいかな。ご忠告に従い、朝になっていくことにするよ」

 

「ハハッ、そうしてるとなんか姉妹みたいだな。同じような髪の色だし。まあ、体形はだいぶ違うが」

 

「うん? 胸のこと? ボクは別にぺったんこでも気にしないけどなぁ」

 

 キョトンとしたような表情でアストルフォは言った。

 そして霊夢に対して顔を向ける。

 

「そーいえば霊夢ちゃんの巫女服ってかわいいよね。ボクも着てみたいなー。どこかで売ってたりするの?」

 

「私の? ……作ってるのは霖之助さんだから、頼めば用意してもらえるとは思うけど。魔法の森の近くの香霖堂って分かるかしら?」

 

「わかんないっ! でも探検ついでに探してみるよ」

 

「霊夢、あなたねぇ……簡単に部外者に神社の正装を勧めるものじゃないでしょ?」

 

「いや、そういう華仙だっていつだか着ていたような気がするんだが」

 

「アレは緊急的な措置よ、魔理沙。あなたも探すなんて言っているけど、大丈夫なの?」

 

「ヘーキヘーキ! ヒポグリフがいるからね、ヒトっ飛びだよ!」

 

「ヒポグリフ……確かすごく珍しい幻獣の名前だったかしら。良ければ見せてもらえないかしら」

 

「いーよ! じゃあさっそく――」

 

「ちょっと、温泉の中には喚ばないでよ! 毛だらけになったら嫌だし」

 

 今にも喚び出しそうなアストルフォの様子に、霊夢は慌てて釘をさす。

 続いて魔理沙が話題を口にする。

 

「そういえば、伝説ではあらゆる魔法を打ち破る魔法書を持っているってあったけど……本当か?」

 

「あぁ、魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)だねぇ。色々と助けられているよ」

 

 本来の宝具の名前は全くの別物だがアストルフォはそれを忘却し、性能を十全に発揮できていない状態であった。

 

「へぇ、本当にあったのか。そりゃあ一度拝見させてもらいたいもんだぜ」

 

「別にいいよー」

 

「安請け合いは止めておきなさい。こいつに貸したら返ってこないわよ」

 

 喜色を顔に浮かべる魔理沙だったが、霊夢が半眼でピシャリと突っ込む。

 

「別に返さないわけじゃない。死ぬまで借りているだけだぜ」

 

「うーん、ボク一人の話ならそれでも良かったかもだけど、今はマスターのサーヴァントだからちょっと困るかな。というかドロボーはいけないよ。ドロボーは」

 

 尚アストルフォ自身は死んだ後も幻獣を借りパクしている疑惑が持たれているのだが、生憎とこの場にそれを指摘する者はいなかった。

 

「マスター……あの藤丸ってやつのことだよな? そんなに大事なのか?」

 

「もちろん。大好きだよ!」

 

「し、正直なやつだぜ……」

 

 魔理沙はオープンな発言に若干顔を赤らめながら、湯船に口をつけブクブクと。

 霊夢も僅かに顔に赤みがさしているのが見て取れる。

 そんな二人の様子に、華扇は呆れた顔になる。

 

「まったく……熟練の異変解決者でも、恋愛沙汰には初心なのねぇ」

 

「今日も一緒に温泉に行かないかって誘ったんだけどね! 残念ながら用事があるって、フラレちゃったんだよ」

 

「その、それって一緒に入るって意味? よく一緒に入ったりしているの?」

 

 霊夢からのもじもじとした問いかけに、アストルフォは「ウン!」と頷く。

 

「頻繁にって訳じゃないけど、たまにね。一緒に流しっことかしてるよ!」

 

「そ、そう……進んでいるのね、カルデアって……」

 

 堂々とした言い分に、俯いてしまう巫女であった。

 

「……あー、その、なんだ。あいつのどこがそんなにいいんだ?」

 

 年頃の少女相応に興味はあるのか、魔理沙にしては珍しい話題を進んで口にしてみせる。――というより、普段彼女の周りにこういう会話をする相手がいないだけかもしれないが。

 

「んー……全部?」

 

「いや、全部ってお前……もっとほら、いろいろあるだろう? 顔がいいとか、金持ちだとか」

 

「結構現金よね、魔理沙って」

 

「現実的と言ってくれ」

 

「そーだねー。正直良いところを上げだしたらキリがないというか……好きだから好きっていうのが一番しっくりくるかな?」

 

「……そんなもんなのか?」

 

「人を好きになるのに、そんなに難しい理由っているかな? 一緒にいたら心地よくて、心がポカポカする……そんな経験ない?」

 

「それは、まあ……霊夢、お前はどうだ?」

 

「答えに困ったからって私に振らないでよ」

 

 きっぱりと切り捨てられた魔理沙はたじろぎながらも、質問を新たにする。

 

「そういえば前から気になっていたんだが、どうしてお前らサーヴァントは藤丸に従っているんだ? お前はまあ、好きだからっていうのはあるんだろうが……あいつ、別に強い訳でも特別な訳でもないだろ? それなのにとんでもなく強いやつ等が従っているのは、私の目には奇妙に映るんだが……やっぱり魔法の契約とか」

 

「うーん、きっぱりと否定するようで悪いけど、従っているっていうのはちょっと違うかな。少なくともマスターには、ボクたちを従えているなんて考えは少しもないよ」

 

 アストルフォはパチャパチャと湯面を揺らしながら、手を振って否定する。

 

「マスターとサーヴァントの関係性は多様だし、一言では言い表せない。相手によって友達だったり、王様だったり、上司だったり、先生だったり、姉だったり、母だったり、ペットだったり……」

 

「ちょくちょく変なのが混じっている気がするわね」

 

「アハハ……癖の強い面子ばかり集まっているからね! 相手に対する畏敬や尊敬を忘れず、かといって友情や親愛・理解も放棄せず、“人間としてのあるがまま”を示し続ける――そんな人だから、みんなちゃんと応えるし、共に戦っているんだよ」

 

 しかし魔理沙はまだ、どこか納得がいかないような表情だ。

 

「でもさ、結局“共に戦う”っていっても実際に戦うのはお前たちサーヴァントなんだろ? その部分に、思うところはないのか?」

 

「うーん、確かにマスターは戦力という意味じゃ弱いよ。サーヴァントはおろか、そこらの魔獣相手にも戦えない――でもさ、それでもマスターはずっと戦っている」

 

 アストルフォは両手を椀にして湯を掬い上げ、そこに映る自分の顔を見る。

 

「弱いって言うんなら、ボクだってサーヴァントの中じゃ弱い方だ。剣の扱いでも、マスターの護り方でも、戦術眼でもボクより上の相手はごまんといる。――でもだからこそ、少しは分かることもある。弱いまま――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それは……」

 

「想像できる? 文字通り指先一つ、瞬き一つで自分を容易く殺せる相手の前に、身を晒し続けるその怖さが。自分のミス一つで――いや、ミスなんて何一つしなくても当たり前のように負けて、死よりもよほど恐ろしい目にあうかもしれない。滅びの瀬戸際に立つ世界が、本当に終わりを迎えるかもしれない。自分の行動と世界の存亡が、文字通り一つになっている。それがマスターの立っている――立たざるを得なかった戦場なんだよ」

 

「………………本当に、地獄みたいな現実ね」

 

 思うところがあったのか、華扇は視線を落としながら呟いた。

 

「そうだね、地獄だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――それこそがマスターにとっての最大の戦いなんだよ。だからさ――そんな背中をちょっとでも支えたいって思うのは、別におかしな話じゃないだろう? なんたってボクは、マスターの剣だからね!」

 

 ウインクしながら言い切って見せるアストルフォ。

 そんな様子に魔理沙は毒気を抜かれたように、ちょっと悔しそうに唸ってみせる。

 

「――何というか、すごいんだな。乙女として完全敗北した気分だぜ」

 

「え? エヘヘ、そうかなぁ? そんな風に褒められたらちょっと照れるなぁ」

 

 顔を赤らめながらニヤついてみせるアストルフォ。

 そんな様子さえ様になるのだから、敗北感も募るというものだ。

 

「ところで霊夢。さっきからなんだか顔を顰めているようだけど、どうかしたの?」

 

 突如華扇が、そんな事を言った。

 

「いや、そのね……」

 

 霊夢は自分でもよく分からないというように、額に人差し指を押し当てている。

 

「なんだかさっきから、私の直感が現状に対して妙な違和感を訴えているというか……」

 

「違和感って、ただ温泉に入っているだけだぜ? のぼせて霊夢の勘もバグったか?」

 

「直感かー。最近はカルデアでもただの直感は需要が落ちて、オリジナルスキル化の風潮が強いからねぇ。モードレッドも騎士王様を見ながらソワソワしてたよ」

 

「よく分からない内部事情は置いておいて、何か異変の前兆かしら?」

 

「それだったらもっとはっきり分かると思うのよねぇ……うぅーん」

 

 華扇からの指摘にも、首を傾げるばかりの霊夢。

 そんな様子にアストルフォは手をポンと叩いてみせる。

 

「ああ! ひょっとしてボクが体に巻いているタオルとか? そういえばマナー違反だとか前に聞いたことがあるような……」

 

「別に私は気にしないわ」

 

「華仙だって包帯巻いたままだしな」

 

「うーん、何かしら。保存食を作る手順に何かミスがあったとか……」

 

「なんだ、本格的な冬に向けての備蓄か? 珍しい事もあるもんだぜ」

 

「蓮子から教わったのよ。旅が長かったからか、そういうの詳しいのよね。後はカルデアの赤い人からもコツを教わったりもしたし」

 

「だったらこの冬は博麗神社に行けば安泰だな!」

 

「タカリは止めなさい。うーん、何かもやもやするわねぇ」

 

「ここまではっきりしない霊夢は珍しいわね」

 

 考えてみれど答えは出ず。

 結局そのまま、一番最初から温泉に浸かっていたアストルフォは帰ることとなった。

 

「じゃーね! 今日はありがとう!」

 

「湯冷めしないようにねー」

 

 タオルを体に巻いたまま脱衣所へと向かうアストルフォの姿は、すぐに見えなくなる。

 その後も頭を捻りながらも結局面倒くさくなり、持ってきていたお酒で酒盛りを始める3人であった。

 




〇アストルフォ
 シャルルマーニュ十二勇士の一人で、ライダーのサーヴァント。セイバーバージョンも存在する。基本理性が蒸発しており、時折とんでもないポカをやらかす。見た目は美少女。善良なマスターにはやたらと懐く。ちなみにアストルフォは、博麗神社の温泉を混浴だと思い込んでいる。



 何もおかしなことなどないっ!!(強弁
 うん、まあこういうこともありうるよね? ってお話。人とは思い込みと見た目が大きな生き物なのです。魔理沙は大事な物を盗まれてしまいました。そう、乙女としての矜持です。
 それはさておき、待ちに待った2部5章も秒読み段階。箱開けも終了したので、待機状態。ちなみに82箱でした。後は東方サイドでも、ニコニコ静画で漫画の連載が何本か始まったのがうれしかったり。あずまあやさんの新鮮な華扇がまた見れる。


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番外編11 A HAPPY NEW YEAR

「それでは改めまして――あけましておめでとうございます。先輩!」

 

「フォーウ!」

 

 朝――青い振袖を身に纏ったマシュとフォウ君が立香のマイルームを訪れ、元気よく告げた。

 

「うん、あけましておめでとう」

 

「はい。昨晩一緒に年を越した際にも言わせて貰いましたが、やはり元旦の朝にはこの挨拶が相応しいと思いもう一度ご挨拶を、と」

 

「みんなでどんちゃん騒ぎだったもんね」

 

「フォフォウフォウ、フォーウ」

 

「カルデアベースは閉鎖空間なので、こういった季節ごとの行事は積極的に取り入れなければ、感覚がズレていってしまいますからね」

 

「季節ごとのイベントは、放っておいても勝手に始まる気もするけど」

 

「それは……確かにそうですね。人理修復が始まった時は、あんなに頻繁に変……いえ、独特な特異点が数多く発生するなんて思ってもみませんでした。まさに『事実は小説より奇なり』。本やデータベースの知識だけからでは計り知れなかったことばかりです」

 

 カルデアの歴史に刻まれ、あまりの特異性から外部に対しては秘匿される特異点の数々。

 時計塔や国連のお偉方が知ればまずカルデアの正気を疑い、次に自分の正気を疑い、最後には世界の正気を疑わざるを得ないような有様だった。

 昨年も色々あったなぁ、などと立香は遠い目をする。

 

「それでもまた、1年を終えることができました。昨晩は紅閻魔先生の年越しそばも、大変絶品でした。レミリアさん一押しの納豆かき揚げのトッピングはチャレンジでしたが、あちらも美味しかったです」

 

「日本人でも納豆は、食べ慣れていないとダメって人も多いからね」

 

「そのように聞きます。でもこうしてチャレンジする機会があるということは、とても幸運なことだと思うのです」

 

「うん、そうだね。――おっと、じゃあそろそろ行こうか?」

 

「はい!」

 

「フォウ!」

 

                      ◇

 

 元旦――普段は人が訪れることの少ない博麗神社にも、この日ばかりは参拝客で人だかりができる。

 

「とは言っても、ここ数年は守矢神社にも人が流れているのよね。特に最近はロープウェイなんてものも作ったくらいだし。まっ、それでも書き入れ時には違いないわ。挨拶も早々で悪いけど、稼ぐわよー! 今年はカエサルさんにプロデュースしてもらっているし、早苗たちには負けないわ!」

 

「えっ、ちょっ」

 

 やる気を漲らせて去っていく霊夢を見送った後、立香とマシュは見つめ合い、互いに頷いた。

 

「カエサルには、後で釘を刺しておこう」

 

「それがよろしいかと。何だかんだで暴利を貪るような真似はしないと思いますが……それにしても、人里からは離れた神社でも元旦ともなればここまで賑わうものなのですね」

 

 境内を見渡せば、博麗神社しては珍しいレベルで人が集まっている。

 同時に屋台や出し物なども、多く開催されていた。

 

「カルデア育ちの私としては、この光景はとても新鮮なものです」

 

「俺だってそうだよ。妖精や妖怪が屋台を開いているなんて光景は、見られるものじゃないからね」

 

 いい匂いが漂ってくる屋台に目を向ければ、人に混ざって妖精、河童、妖怪兎などの面々が店主をしているのが見て取れる。

 

「――もしかしたら気づかなかっただけで、こっそり人間社会に紛れ込んだ人外もいたのかもしれないけど」

 

「そうですね。巴さんや小太郎さんのような例もありますし、外見や力にはあらわれないくらい薄く人外の血が混じった人もいる――そういうこともあるのかもしれません。そう考えれば、神秘も案外身近な場所にあるのかもしれませんね」

 

「いつか、そういう人に出会うこともあるかもしれないね。じゃあ参拝も終わった事だし、屋台巡りをしよっか」

 

「はい。フォウさんもお鼻をヒクヒクさせて待ちくたびれています」

 

「フォウッ!?」

 

                        ◇

 

「おや、あちらにいるのはアルトリアさんですね」

 

 マシュの言葉につられていくと、屋台の一つに青い王様がいた。

 

「おはようございます。こちらの屋台では何を?」

 

「マスターにマシュ、それにフォウも。ええ、ここで扱っているのは――」

 

「焼き八つ目鰻よ! あなた達もどうかしら?」

 

 羽の生えた妖怪の少女――ミスティア・ローレライが声を張り上げた。

 

「美味しいし、目にいいの。これを食べていれば、あなたも眼鏡が取れるかもしれないわよ? ……ってあら? 今日は眼鏡、かけてないわね。ひょっとして双子さんだった?」

 

「いえ、マシュ・キリエライト本人で間違いありません。デミ・サーヴァントになった今眼鏡はファッションなので」

 

「そうなの? 変なの」

 

「……変」

 

 肩を落とすマシュの頭をポンポンと撫でながら、立香は苦笑した。

 

「君は確か夜雀の……鰻は良く見るけど、八つ目鰻は珍しいな」

 

 立香は脳裏に、グロテスクともとれる外見を思い浮かべる。

 

「普通の鰻は、八つ目鰻が旬じゃない時期に扱っているわ。最近は鰻もよくとれるようになったし」

 

「ほほう……こちらの八つ目鰻もなかなかの味。普通の鰻もいずれ食してみたいところですね」

 

 瞳の奥をキラリと輝かせるアルトリアに、立香はふと思い出したことを口にする。

 

「そういえばイギリスの方にも、鰻のゼリー寄せって料理があったね」

 

「ゼリー寄せ、ですか? それは美味しいのでしょうか?」

 

「オレも食べたことはないからなぁ」

 

「ふむ、今度キッチンカルデアの方に頼んでみますか」

 

「私も興味あるわね。ゼリーならスイーツ感覚で出せるかもしれないし、レシピを調べてみようかしら?」

 

 実態を知らない者の発言だった。

 そこで気を持ち直したマシュが口を開く。

 

「それにしても、お祭りで焼き八つ目鰻は珍しく感じます。いえ、私はこのような場自体珍しいのですが……やはり焼き鳥などの方がメジャーに感じますが、どのような経緯でこのお店を?」

 

「その焼き鳥を撲滅するためよ!!」

 

 ミスティアは激怒した。

 

「鳥系妖怪たるもの、遠い同胞たちが紅提灯の下にいつまでも並べられているのを、黙って見続ける訳にはいかないわ! 故に私は立ち上がったのよ! あと普通にお金稼ぎもだけど」

 

「はあ……同胞の為、ですか。心意気は買いたいところですが、牛も魚も豚も鳥も何でもwelcomeな私としては悩ましいところ」

 

「ガウェインのマッシュポテトは?」

 

「………………………………ええ、食べますとも、ええ。配下の騎士が誠心誠意作ってくれたものです。残しはしません、ええ。あとマスター、あまり意地の悪い質問は控えて下さい」

 

「ごめんなさい」

 

「あ、でも……」

 

 マシュはミスティアの熱意に押されながらも、ふと思い出したことを呟く。

 

「同じ雀属性でも、紅閻魔先生は普通に鶏料理もされていたような……」

 

「昨日も鴨蕎麦だったしね」

 

「なんですってー!? そんな奴鳥妖怪の風上にも置けないわ! 会ったら私がとっちめてやるわ!」

 

「難しいんじゃないかなぁ……」

 

                       ◇

 

 続いて辿り着いたのは、何やら奇抜な屋台。

 

「えっと、これは……」

 

 マシュも何とも言い難い表情で目を伏せる。

 

「ほう、マスターにマシュ殿。ははは、華やかな装いで何より。普段から険しい戦いも多い。今日くらいはゆるりとされるとよかろう」

 

「フォウッ!」

 

「おやおや、フォウ殿も一緒であったか。この時期ばかりは、その毛皮が羨ましく感じるというもの」

 

 声をかけてきたのはアサシンのサーヴァント・佐々木小次郎。

 容姿端麗な凄腕剣士なのだが、今は何故か店主として店番をしていた。

 

「あの、小次郎さん。この屋台は……」

 

「うん? ああ、もちろんレプリカ故に心配無用。何、商品化への交渉はカエサル殿が済ませておる。いやはや、ゴルゴーン殿にまで話を通す弁舌、まさに魔法の如くと言うべきか」

 

 小次郎のあずかる屋台はお面屋ならぬ仮面屋。

 アマデウス、サリエリ、ゴルゴーン、アシュヴァッターマン、サンタム、ムジュ〇の仮面など、多種多様な仮面が並べられていた。

 

「えっと、なんでこんな屋台に?」

 

「カエサル殿から話を持ちかけられたのでな。生前は畑を耕し、刀を振るうしかしてこなかった故、このような経験も一興と思ったまで。拙者も仮面系サーヴァントの先駆けとして縁を感じたというのもあるでござるが」

 

 尚、彼自身は本来別に仮面など被っていなかったりする。

 

「はあ……確かに“佐々木小次郎”という仮面を被っているという意味では、仮面系サーヴァントであるのかもしれませんが……」

 

「はははっ! これは正月早々、マシュ殿から一本取られてしまったでござるな!」

 

「そういえば千代女が少し前に、『あんまり“ござるござる”って使わないでほしいでござる』って言ってたよ。忍としての品位が疑われるって」

 

「ほう……? そのようなことを。かのくノ一とはあまり関わりがなかったでござるが、これは一度積極的に絡んでみるべきか……?」

 

「すーみーまーせーんー」

 

 小次郎と話しこんでいると、抑揚の少ない声で少女が話しかけてきた。

 付喪神――秦こころである。

 

「おっと、いらっしゃい。どの品をご所望かな? 麗しきお嬢さん」

 

「とりあえず右から左まで、全部」

 

「なんとぉ!?」

 

 豪快な大人買いであった。

 

                      ◇

 

 歩いていると見知った妖精が屋台に立っているのを見かけ、声をかける。

 

「こんにちは、チルノさん。……あの、このお店は一体」

 

「カエル釣り!」

 

 ある意味では、先ほどの仮面屋以上に異様な光景であった。

 小さな桶の中に張られた水の中にプカプカ浮かぶのは、氷漬けのカエルたち。

 

「ヨーヨー釣りの亜種かな?」

 

「フォーウ……」

 

 フォウ君が桶の淵によじ登り、凍ったカエルをツンツンとつつく。

 

「そう! この時期にカエルなんてレアでしょ? だから人がいっぱい集まると思ったんだけど……こないのよね。なんでだろう?」

 

 腕を組んで小首を傾げるチルノ。

 何というか、景品のラインナップ故としか言えなかった。

 というかこの凍ったカエル、針を引っかける部分がなかった。

 しかしどんなものにも需要というのはあるもので……

 

「カエルと聞いて!!」

 

 ぬっと姿を表したのは、長い黒髪の美女。

 

「お竜さん! ということは……」

 

「当然僕も一緒だよ。新年あけましておめでとう」

 

 白いスーツの男性・坂本龍馬も苦笑しながらついてきた。

 その隣でお竜さんはしゃがみ込み、桶の中を覗き込んでいる。

 

「ほほう……初めて見るカエルだな。幻想郷の固有種か?」

 

「ふふん、このカエルの良さが分かるとはなかなかできる女ね! こゆーしゅ? ってのは分からないけど、池で捕ったのよ」

 

「どのあたりにある池なんだ?」

 

「案内してもいいけど……あそこ、大蝦蟇がいるのよね。アタイも前に一回飲み込まれたし。いずれリベンジするんだけど!」

 

 チルノの言葉にお竜さんは瞳を爛々と輝かせた。

 

「ほう、大蝦蟇! 聞いたかリョーマ! すぐ行くぞ! 今から行くぞ! ぐずぐずしていたら誰かに先を越されるかもしれない!」

 

「あの大蝦蟇をやっつけるって言うんなら、案内してあげるわ。今こそアタイの力を思い知らせる時!」

 

「って君、屋台はいいのかい?」

 

「どうせ誰も来ないしっ!」

 

 元も子もない発言であった。

 

                        ◇

 

 立香とマシュ、それにフォウ君は近くの屋台で買ったおでんを手に、臨時で用意されているベンチへと座った。

 

「この時期は温かいものが嬉しいですね。大根に良く味が沁み込んでいて、とてもおいしいです。先ほどの屋台の店主さんも私と然して年齢が変わらないように見えましたが、この腕前は称賛するしかありません。ええっと……名前はなんておっしゃっていましたっけ?」

 

「美宵ちゃんって言ってたかな?」

 

「ああ、そうでした。聞いたはずのばかりなのに、なんで忘れていたんでしょう?」

 

 首を傾げながらもおでんを堪能していると、二人の女性――否、女神が連れたって歩いてくるのが目に入った。

 

「エレシュキガル! と、隣の人は……」

 

 変わった格好の女性であった。いや、カルデアにいればさほど目立ちはしないだろうが。

 “Welcome hell”と書かれた黒いTシャツに、チョーカーからは鎖でつながれた三つの惑星じみた球体が見て取れる。

 

「あらマスター、それにマシュ。ご機嫌用……って災厄の獣も一緒なのね」

 

「フォーウ?」

 

「へぇ……随分と面白い獣がいるわね」

 

 赤い髪の女性が、フォウ君をひょいっと抱きかかえる。

 ゆったりとして手つきで背中を撫でると、白い獣は気持ちよさそうに目を細める。

 

「いい毛触りね……ペットにしたいくらい」

 

「ちょっと、間違っても地獄に連れていこうなんて考えないでよね? 下手したら一気に羽化しかねないのだわ」

 

「ふふ……それはそれで見てみたい気もするけど、あなたの手前止めておきましょうか」

 

 彼女はフォウ君をベンチの上に戻すと、改めて立香たちに向き直る。

 

「初めまして、私はヘカーティア・ラピスラズリ。地獄の女神よ」

 

「藤丸立香、カルデアのマスターです」

 

「私はデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトともうします。こちらはフォウさんです。よろしくお願いします」

 

 立香たちが普通に挨拶を返すと、ヘカーティアは珍しいものを見るように目を丸くした。

 

「あの……どうかしました?」

 

「いえね、普通の人間は地獄の女神なんて言ったら顔を顰めるものだから、あなた達の反応はちょっと新鮮なのよ」

 

「まあ、最近は女神様の知り合いも増えたので……」

 

 カルデアにも女神系サーヴァントは多く召喚されている。

 “純粋な女神”となるとレアなケースだが、それでも珍しいというほどでもなくなっていた。

 

「あらあらそれは……幸運なのか、凶運なのか。普通の人間なんて女神一柱と遭遇した時点で致命傷でしょうに、随分と細い橋の上を渡っているのね?」

 

「自覚はあります」

 

 女神や神霊といった存在の感覚は独特だ。

 動機そのものは人間と似通っていても、過程や手段、目的とする結果は『どうしてそうなった?』と首を傾げる場合も多い。でも――

 

「色々と迷惑な女神様もいますけど、悪い女神様ではないですから。それに――」

 

「それに?」

 

「エレシュキガルと楽しそうに話していたあなたも、多分悪い女神様じゃないです」

 

「あら」

 

 ヘカーティアは口元に手を当てた。

 そしてニヤニヤと、面白そうに口元を歪める。

 

「なるほどねぇ……こうやって女神を口説いてきたのかしら。女神にちゃんと向き合う人間なんて、早々いないものねぇ。私も悪意が薄いと評されたことはあっても、悪い女神じゃないなんて言われたのは初めてだわ。あなたもこの態度にやられた口かしら? エレシュキガル」

 

「な! ななななな何を!! 私はメソポタミアにおける冥界の管理者、そんなに安い女神ではないのだわ! ってちょっとマスター! 見所がある人間なのは確かだから、そんなに寂しそうな顔しないでちょうだい!?」

 

 クール然とした態度を崩しアワアワとしだしたエレシュキガルにヘカーティアはクスクスと笑って見せる。

 そんなコントのようなやり取りもひと段落ついた後、マシュが二柱の女神へと尋ねる。

 

「ところでお二人は、一体どのようなお話を?」

 

「ちょっと共通の目的について、意見交換を」

 

 ヘカーティアの返答に、エレシュキガルも頷く。

 

「緑化の話なのだわ」

 

「緑化っていうと、あの冥界に花を咲かせたいっていう……」

 

「ええ、ヘカーティアも彼女の管理する地獄に、生命溢れる自然を定着させる事業を予定していると聞いたの。私もこれまでいろいろ試してきたけどうまくいかなかったから、その辺りついて討論をね。“三人寄れば文殊の知恵”って諺もあるでしょう? 時には異なる見識を取り入れることも大事なのです」

 

「三人じゃなくて二人だけどね。もっとも私は、一人でも三人分みたいなものだけど」

 

 この時はこの言葉の意味がよく分からず“三人分働いている”程度に考えていたのだが、後々彼女が文字通り三つの体を持っていると知る事になるのであった。

 

                      ◇

 

 二柱の女神と別れ屋台巡りを再開している最中、立香たちは声をかけられた。

 

「やっほー、カルデアの少年! 楽しんでる?」

 

 黒い中折れ帽を被った少女。元放浪者にして博麗神社の新神――宇佐見蓮子であった。

 隣にいるのは――

 

「こんにちは、蓮子さん。それに紫さん――いえ、“今は”メリーさんとお呼びした方が?」

 

「ええ、そっちでお願いするわ」

 

 金髪の少女――マエリベリー・ハーンは柔らかく微笑んだ。

 

「蓮子さん、今日はこっちにいたんですね」

 

 立香からの指摘に、蓮子は「さすがにね」と微苦笑する。

 

「まだまだ神様としては未熟だし自覚も薄いけど、こんな日くらいはちゃんとするわ。もっとも、神様としての振舞いなんてろくに分からないけど。……いくら何でも邪神どもの真似をするわけにもいかないし」

 

 普段はあちこちをふらふらと見て回り博麗神社にいないことも多かったが、特別な日には自重して戻ってくるようだった。

 

「去年はあなた達にはいろいろと迷惑をかけたしお世話にもなったけど、今年もよろしくお願いするわね」

 

「いえいえ、大変ではありましたけどおかげで新しい縁もできましたから」

 

「はい、先輩の仰る通りです。失うものも多い分、こうした縁は大切にしていきたいと思っています。……こちらの状況も不安定且つ不透明ですので、いつまでクロスロードを維持できるかは分かりませんが」

 

「そうね。でも今くらいは、穏やかな夢を見ましょう。その程度は許されるはずよ」

 

 穏やかでたおやかな笑みを浮かべるメリー。

 八雲紫を半端に知るものが見れば「え、誰?」となり、親しい者が見れば根底にある慈愛は同質だと納得する――そんな微笑みであった。

 

「おお、メリーが何か大人っぽい」

 

「そりゃあね、蓮子。あなたと別れてからの話を照らし合わせた感じだと、私の方がだいぶ長く生きているみたいだし」

 

「濃密さじゃ私の方も負けてないと思うんだけどねー」

 

 軽口を叩き合う少女二人を微笑ましく思いながらも、立香は気になっていたことを訪ねる。

 

「そういえばメリーさん、賢者を降りるつもりだって言ってましたけど……」

 

「ああ、その話ね。なしになったわ」

 

 メリーは深々とため息を吐く。

 

「私も色々とやらかした訳だし、幻想郷の管理者としての権限を大幅に縮小して、今後は一住人として幻想郷に関わっていくつもりだったわ。その為に他の賢者たちにも話を通していたんだけど……」

 

 やれやれといったように首を横に振る少女。

 

「あいつら――私が請け負っていた仕事の引継ぎの話になった瞬間手のひらを返して。やれ『我々には君が必要だ』とか、やれ『賢者としてあなた以上に相応しい者はいない』とか。いっそ藍に全部任せようかとも思ったけど、顔を青くして『私に紫様の代わりなどつとまりません!』って泣きついてくるし」

 

「え、ええっと……参考までにどんな仕事を?」

 

「メインは幻想郷の結界の管理――あとは細々とした雑務全般よ。人妖のバランスの調整とか、治安維持とか、幻想郷の資源の流通状況の把握及び調整とか、外の世界の裏の組織とか神秘勢力との折衝とか……他にもまあ、適時いろいろと」

 

 雑務全般――言い換えれば中身が不透明な、誰もやりたがらない(ぶっちゃけめんどい)仕事をまとめて振られているのだった。

 

「メリー、あんた……幻想郷って、一つの組織としてみると結構不安定だったのね」

 

「……急に辞められたら仕事が回らなくなる人材の典型ですね」

 

「まあ時間はあるわけだし、のんびり藍を仕込みながら徐々に仕事の引継ぎをしていくつもりよ」

 

「是非とも藍さん以外にも、仕事は分担して振り分けて上げて下さい」

 

「そう? 参考にさせてもらうわ」

 

 聞き入れながらも小首を傾げるメリー。

 なまじ自分でやり切れてしまっていたが故の弊害だった。

 

「それにしても、もう年の移り変わりか。昨年も慌ただしい1年だったわね。そういえば外で元号が代わって、初めての新年でもあるのよね」

 

「えっ? 元号が代わった?」

 

 立香は思わず聞き返していた。

 

「えぇ……そう言えば話していなかったかしら? 外の世界の日本で、去年の内に元号が新しくなったのよ。名前は――」

 

                        ◇

 

「令和、か……」

 

 マイルームでベッドに座りつつ、立香は自分の手の甲に刻まれた紋様を見ていた。

 

「何となく令呪に似ているのは、奇遇ですね」

 

「そうだね」

 

 横に座ったマシュの言葉に、ぼんやりと頷く。

 

「先輩? どうかされましたか?」

 

「うん――いや、ちょっとね」

 

 ベッドの上に、ポンと背を投げ出す。

 

「オレたちの世界は漂白されて、文明が消え去った。――でもあの出来事がなければ、今頃オレがいた日本も新しい時代を迎えていたのかって、そう考えたら不思議な気持ちになって」

 

「………………」

 

「今頃家族や友達と一緒に、新たな時代を祝っていたのかなって、そう考えちゃってさ」

 

「フォーウ……」

 

「新たな時代を迎えることが、必ずしもいい事なのかはわからない。忘れるもの、捨て去るもの、過去に埋没していくものも、きっとあるんだろう。迎える時代が、必ずしも輝かしいものであるとは限らない。でも――」

 

 立香は、身を起き上がらせる。

 

「それでも、生前のサーヴァントのみんなが……ううん。それ以外の多くの人々が築き上げてきたのが、オレたちの世界なんだ。その先に待つものが例え停滞や破滅だとしても、先人たちが築き上げオレたちが生きる“今”を、“無為”だとか“失敗”だとか、断じたくはない。理屈も理論も伴わない感情論かもしれないけど、みんなから託されたバトンを次の世代へと繋いでいきたい。いずれオレも“過去”の側になるんだろうけど――むしろそれを誇らしく思えるように、生きていきたいんだ」

 

「先輩……はいっ! 不肖マシュ・キリエライト。今後ともマスターのメインサーヴァントとして、身の回りのお世話からクエストまで、共に頑張らせていただきますっ! ですから――今年も1年、よろしくお願いします」

 

「うん、オレこそ一人じゃ何もできないマスターだけど、こちらこそよろしくお願いするよ」

 

「フォフォウ!!」

 

 カルデアの灯は未だ消えず、足掻き続ける人々はいる。

 その行き先に、幸あらんことを。

 




〇八つ目鰻
 気になってちょっと調べてみたら、旬は11月~2月ごろ。
 でも文花帖からの描写では冬眠するようにも描かれている。
 うん! 細かい事は気にせず今の時期はミスティアも扱っているということで!

〇ヘカーティア・ラピスラズリ
 地獄の女神。地球・月・異界の地獄を管理しそれぞれの世界に体を持つ。
 変なTシャツと呼ばれることも多いが、エレシュキガルは「なかなかいいセンスをしているのだわ!」とそのファッション性に一目置いている。

〇奥野田美宵
 人里の酒場“鯢呑亭”の看板娘で、詳細不明。
 ただしその胸元はぐだ子に匹敵するポテンシャルがあると断言できる。

〇メリー
 現在は八雲紫の姿とマエリベリー・ハーンの姿を使い分けている。
 メリーになるのは基本オフの時で、相手によって変える。

〇カエサル
「別に、幻想郷の経済を牛耳ってしまっても構わんのだろう?」

 男は赤い背中越しに、皮肉気な声を響かせた。

「令呪をもって命ずる。自重せよ、セイバー」




 あけましておめでとうございます。また新たな年を迎えることになりました。
 久しぶりに小さいころ住んでいた地域に初もうでに行ったら、昔通っていた小学校が跡形もなくなっていました。こうやってまた一つ、幻想が増えていくんだなぁとしみじみ。
 fate関連も東方関連も、ますます世界観が広がりつつあります。衛宮さんちの今日のごはんのゲーム化はさすがに笑いましたがw そんな世界の中に、これからも浸っていけますようにと。
 それでは善き1年を――











 まあ私は開幕で爆死でしたけどね!!
 ランサー福袋、エレちゃん1/4の壁をまたもや越えられず。


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番外編12 月

「ふむふむ……まあ、こんなところでしょうか」

 

 外界から切り離されたかのように静寂に満ちた客間に、少女の声が響く。

 用が終わったとばかりに、少女は黒いコートを揺らしながら立ち上がった。

 

「もう帰るのかしら? こちらから呼び立てたのだし、もてなしくらいするわよ」

 

「お構いなく。……他のサーヴァントの皆さんは大抵古い時代の出身なのであまり気にならないでしょうが、幻想郷って私にとってはちょ~っとアナログ過ぎるんですよねぇ」

 

 一応とばかりに呼び止めたのは、永遠亭の薬師八意永琳。

 やれやれと肩を竦めるのは、ムーンキャンサー・BB。

 

「今でこそエーテルの体を得ていますが、本来は電脳生命体。ネット環境の一つもない場所は、些か座りが悪いのです」

 

「さながら胡蝶の夢といった所かしら?」

 

「一夜の幻を見る月の蝶ではあります。まあ私は奉仕することにも遊ぶことにも手は抜かない小悪魔系後輩なので、全力で現を抜かしちゃいますけどね!」

 

 余裕を持った笑みで答えて見せるBBだが、一転思案気な顔を浮かべ問いかける。

 

「本題は終わったのでちょっとした雑談ですけど、最近ここのお姫様が私のセンパイにちょっかいかけているんですよ。……その辺り、保護者としてどうお考えなので?」

 

「気まぐれか物好きの類でしょう」

 

 永琳は特に表情を変えずに言い切った。

 

「本当に結婚することになっても?」

 

「姫様は未婚だし、それも経験じゃないかしら」

 

「そこに愛がなくても?」

 

「珍しい事じゃないでしょう。それに、愛なんて結婚した後でも育めるじゃない」

 

「それはそうなんですけどねぇ。人類史観点からしても、恋愛結婚の割合が上昇したのは比較的近年の話ですし、今だって国や地域によっては相手を自分じゃ決められないなんて、珍しい話じゃないですから」

 

 BBはうんうんと、分かりましたと頷いて見せる。

 

「でもちょっと淡白すぎません? もっとこう――燃え上がるような何かがあったりとかは……」

 

「そう言われても、こういう性分だから。――それに、所詮は定命と永遠。彼に特殊な処置をしない限りは、精々100年程度の付き合いでしょう? 永遠の前では瞬きのような時間。お互いが合意の上なら、目くじらを立てるほどのことではないわ」

 

「つまり、そちらのお姫様からしたら一時の気の迷いのようなものだと?」

 

「別にそこまで言うつもりはないわ。姫様だって考えた上での告白だったはずよ……多分」

 

「自信なさげですね」

 

「最近は、奔放さに磨きがかかっているから。誰からの薫陶かしらねぇ」

 

 困ったように息を吐く永琳に、BBも肩の力を抜く。

 

「私もまだまだ恋愛初心者ではありますけれど、輝夜さんのは“恋”とも“愛”ともまた別ベクトルな気がします。月人特有の精神性でしょうか……まあ、今は考えても詮無いことですか。今日はなかなかに有意義な時間でした。そろそろ失礼しますね」

 

 黒コートと長髪を翻し立ち去ろうとするBBを、永琳はもう一度だけ引き留めた。

 

「最後に一つ、いいかしら」

 

「何でしょうか?」

 

「地球が生まれる以前より存在した、別世界の月からの使者。あなたは月の都を――月の民を、どう思ったかしら?」

 

「んーーー、そうですねぇ……紆余曲折を経たとはいえ、私は人類の健康管理AI。その観点からすれば、あまり月の民には興味が湧かないのですが。反面月の都の技術には、多少興味を惹かれていますけど。でもまあ――」

 

 BBはゆっくりと、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「少なくとも――センパイをからかうよりは、面白くなさそうかなぁって」

 

 揶揄するように、嘲笑うように、月の癌は去っていった。

 

 

 

 

 ――程なくして、BBが開けっ放しにしていった襖から一人の女性が顔を出す。

 現在地上での謹慎中で永遠亭に居候をしている、綿月依姫である。

 

「失礼します――お客人は帰られたようですね」

 

 依姫は自然に部屋へと入り、先ほどまでBBが腰を下ろしていた座布団に座り永琳と向かい合う。

 

「わざわざ八意様が呼びつける程の人物。事前にカルデアのサーヴァントとは聞いていましたが、一体どのような相手なのですか?」

 

「別世界における月――そこに住んでいた者だそうよ」

 

「ということは、カルデアのある世界における月の民という訳ですね。それならば少し親近感が湧きます」

 

「いいえ、違うわ」

 

「えっ」

 

「カルデアとはまた別の平行世界からの来訪者よ。とある特異案件の解決の為に、カルデアのある世界に送りこまれた――本人はそう言っていたわ」

 

「そ、そうでしたか……これはとんだ早合点を……」

 

 わずかに顔に朱が差した元教え子に、永琳はフッと微笑みかけた。

 

「事情が複雑だから仕方ないわ。こちらの世界とは、だいぶ違う歴史を辿っているようだし……」

 

「違う歴史――平行世界ですか。そちら方面にはあまり手を出していないのですが、存在自体はかねてより月の都でも検証されていますね」

 

「豊姫の方がこの話題は得意だったわね。彼女――BBがいた世界では、月は一つの巨大な結晶体――コンピュータだったそうよ」

 

「へっ?」

 

 突然の発言に、依姫は目を丸くした。

 

「地球が誕生する前から存在し、その始まりから終わりに至るまでを観察し、記録し続ける瞳――ムーンセル。彼女はその中に展開された電脳世界を運営するために生み出された電脳生命体」

 

「それは――いえ、しかし我々の世界の月は・・・・・・」

 

「ええ、少なくとも彼女の語るムーンセルではないわ。長年住み続けた私たちが断言するのだから、それは間違いない。――もっともその全容までは把握し切れていなかったと、つい最近思い知ったばかりだけど」

 

「――地獄の女神、ですか」

 

 慎重に口を開いた依姫に、永琳は頷く。

 

「ヘカーティア・ラピスラズリ。月にまつわる女神でありながら、私たちにも存在を勘づかせなかった神性。あのような存在を見逃していた以上、他にも何か潜んでいないとは言い切れないわ」

 

 永琳は小さく、息を吐いた。

 

「本当に、最近は足元が揺らぐようなことばかり」

 

「――それは……」

 

「人理、平行世界、剪定事象、人類悪。加えて外宇宙の邪神や、BBの語った遊星」

 

「遊星、ですか?」

 

「ええ、BBやカルデアのいた世界には、1万年以上前に遊星とよばれる侵略者から襲撃をうけたそうよ。その際、地球の神性は皆敗北したのだとか」

 

「……にわかには信じがたい話ですね。神々の多くは、強大な力を有しています」

 

 八百万の神々をその身に降ろす、綿月の姫。

 故にこそ、その力は文字通り身に染みている。

 だが――

 

「だからこそ、よ。単純に自分より強大な相手が現れた時は、途端に太刀打ちできなくなる。それが神々の限界なのかもしれないわね」

 

 依姫は押し黙った。そして思い出した。

 少し前に自らが暴走した時、立ち向かってきたのは自分よりもはるかに劣るはずの人だったと。

 

「とはいえこちらには遊星なんて出現していないし、月の認識範囲にもそれらしき存在は訪れていない。単純にいないのか、全く別の宇宙を彷徨っているのか、そもそも食性が違うのか」

 

 いくつかの可能性を上げるが、断言はできない。

 結局すべては、“もしも”の話であった。

 

「もっとも今考えなければいけないことは、いるかどうかも分からない遊星よりも、剪定事象についてなのだけれど」

 

「確かに、到底無視できる話ではありませんね」

 

「ええ、あなただから話しているの。月の民たち――特に上層部には話してはダメよ?」

 

 暗に信頼している――そう言われたようで、依姫の心は思わず弾む。

 しかしそんな元弟子の心境を知ってか知らずか、永琳は話を続ける。

 

「一笑に付されるのならば、まだいいわ。でも月の都を離れたとはいえ、私の言葉には一定の重みがある――そう認識しているわ」

 

「ええ、それはもう。八意様は月の都の創生より関わっておられるお方。その言葉を無視できる輩など、おりますまい……若い兎ならちょっと分かりませんけど」

 

 全力で肯定してくる依姫の姿に、永琳は少し苦笑してしまった。

 最も一刹那の後には表情を引き締め直したのだが。

 

「あなたが言った通り、私は月の都の始まりより関わってきたわ。――結果として、月の都は完成された都市になった。数少ない天敵こそ存在するけど、それでも“存続”という一点に関しては、盤石に近い体制を整えた」

 

「はい。発展した月の都においてさえ、偉業と称するべきことです」

 

「――でも剪定事象の存在によって、それは揺らいだ」

 

 いくら月の都が完成し、完結した空間であったとしても、それを内包する世界そのものが無くなってしまえばひとたまりもない。

 

「私も概要は聞いていますが――正直実感が湧かないところがあります。行き詰まった世界に訪れる自発的な切除、でしたか」

 

「でしょうね。剪定された世界の住人は、そうと知る事さえなく無に還るのだから」

 

「私ならまだしも、八意様までそうなるとは少し想像できません」

 

「買い被りが過ぎるわよ」

 

 どうにも我が元弟子は、自らに対して過大すぎる評価を抱いているようだと、永琳は内心嘆息する。

 

「平行世界論は月の都でも考察・検証こそはされていても、実証も干渉も行ってはいなかった。――なぜなら、必要ないから」

 

「月の都は、現時点で完成されている。物質的にも技術的にも満たされ、幻想郷とは違い資源も月の都内部だけで循環し切れている。だからこそ、平行世界に手を伸ばしてまで得るべきものはない。それどころか厄介ごとさえ引き寄せるかもしれない――そういう訳ですね」

 

「月の都が誕生して、私の目から見ても永い年月が流れたわ。――でも月の民の中には、新天地を目指そうとする者は現れなかった。手を伸ばすことを止めた。だって現状維持をするのが一番楽だし、それで満ち足りているのだから。……まあ、輝夜みたいなお転婆は出てきたわけだけど」

 

「臆病風にあてられたレイセンも、ですね。最近は、随分と芯が固まってきたようにも見えますが」

 

「地上での交流の中で揉まれているから。よりにもよって、純狐にまで気に入られるとはね……ちょっと話が逸れたわね」

 

 仕える姫と現弟子の事はいったん棚上げにし、脱線した話を修正する。

 

「月の都は永遠の揺り籠。限りなく安定した箱庭。――でも安定と安寧よりも、無軌道な発展を止めない世界の方が、存続すべき世界として認められる傾向にある。……よくもまあこんな皮肉なシステムが生まれたものよね。安定した永遠を求めた世界こそが、真っ先に切り捨てられる側になるなんて」

 

「我々も――いずれは剪定される側だと、そういうことですか?」

 

 依姫としては否定したい考え。

 だが仮に自らの師が肯定してしまえば、それは現実のものになるだろうと確信する自分もいる――そんな複雑な心境。

 だが永琳は、縦にも横にも首を振らなかった。

 

「それこそが、今の私の研究課題」

 

「へっ?」

 

 覚悟していただけに、依姫としては少しばかり拍子抜けしてしまった。

 最も次の言葉で、自然と身は引きしまってしまうのだが。

 

「即ち――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういう話よ」

 

「・・・・・・地上も、月の都の一部みたいなものでしょう。それに私のような月の使者は地上に干渉し、歴史を作ってきた。そういう意味では、十分すぎるほど人理に干渉していると言えるのでは?」

 

「そうね。でもここ最近は、干渉を控えているでしょう? 特に月にロケットが到達したころからは、特に顕著に」

 

「それは……」

 

 事実であった。

 月の技術力からすればまだまだ未熟。子供のおもちゃかそれ以下の代物。

 だが月の民たちを何よりも驚愕させたのは、あの程度の技術力で本当に月に降り立ってしまったという、その一点であった。

 同時にそれは、月の民にある不安を抱かせることになった。

 ――下手な干渉を続けると、自分たちの存在がバレるのではないか? という不安を。

 

「地上の人口は今や70億を超える――本当に、笑ってしまうほどの数よね。数は繁栄のパラメータの一種ではあるけど、基盤となるべき世界を食いつぶしかねないほどともなると話は別。まるで敢えて自分を追い込むことで、更なるブレイクスルーを目指しているかのよう。背中を押すにも限度があるでしょうにね……そして同時に、月の統制が十分に行き渡っているのならば、ここまでの数にはならなかったはずよ。最早地上は、月の手綱から離れ始めている。そう判断するべきね」

 

「……はい。月の使者のリーダーとして、私の力不足です」

 

「別に責めている訳ではないわ。そもそも最早、私には責める権利もないでしょうし。これは単に時代の流れ――そういうことでしょう」

 

 真面目過ぎる元弟子にフォローを入れつつ、永琳は銀の髪を揺らす。

 

「人理という概念には、不透明な部分が多いわ。何をもって人理と定義づけするのか? 如何なる基準をもって剪定されるか否かを判定するのか? その基準はいったい誰が決めたのか? 具体的にはどんな方法で世界の剪定は為されるのか? それなりに世の事象を識ったつもりでいたけど、久々に本腰を入れなければならない課題のようね」

 

「八意様ならきっと解き明かせると思います」

 

「ありがとう――でも、現時点で一つだけ言えることは……」

 

 永琳は少しだけ悩まし気な表情を見せた後、その言葉を告げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……それはとても、月の都で吹聴できることではありませんね」

 

 師の発言に、依姫は知らず、薄く冷や汗を流す。

 月の民からすれば自分たちこそが世界の中心であり、それを疑ってもいない。

 それ故に大概の事には寛容であるし、関心も示さない。

 だがもしたった今師が言ったことが事実であるとすれば。

 もしも人理の主導権が地上にあり、地上が行き詰まれば月も諸共に消え去ると知ってしまえば――

 

「……ここまで話すつもりはなかったのだけれど、私だけで抱えるには思いの他重い事柄だったようね。余計な荷物を背負わせてしまったわ」

 

 自嘲気味にため息を吐く永琳に、依姫は慌てて捲し立てる。

 

「いいえっ! そのようなことは……まだまだ未熟な身ですが、八意様の重荷を少しでも共に背負うことができるのならば本望です! というか是非とも背負わせてほしいと言いますか」

 

「え、ええ……? ありがとう? でもちょっと落ち着いてくれると嬉しいわ」

 

 依姫は差し出されたお茶を丁寧に口にし、一旦心を落ち着ける。

 同時にポーカーフェイスを保ちながらも思わずがっついてしまった自分を恥じるが、永琳が再び話始めた事柄に耳を傾ける。

 

「一応、万一の時の対応策も考えてはいるのだけど……」

 

「さすがです、八意様。情報も少ない今の状況でさえ、手を考えられていたとは……」

 

「――とはいえ、単純な話なのよね。それに相応にリスクも大きいし、月の都だって今の在り方を保っていられないでしょう」

 

「それは一体……」

 

「すでに一度はやろうとしたでしょう? その延長線上にあるものよ」

 

「――つまり、月の都の遷都ということですか?」

 

 月の都を――正確には月の都の罪人の一人を激しく憎む天敵・純狐。

 かつてその襲撃に晒された時、対応策の一つとして考えられたのが地上への遷都。

 下準備だけ行い、結局実行に移されることはなかったのだが……

 

「地球を基準とした世界の剪定の影響が、宇宙全体にまで及んでいるとは考えにくいわ。地球がそこまでこの宇宙において、特別な惑星だとは思えない。おそらくだけど、広く見積もっても太陽系の内側辺りに区切りがあるんじゃないかしら?」

 

「なるほど……つまり人理の影響下から出てしまえば、剪定は免れるということですね。確かにそれならば――」

 

「・・・・・・でもきっと、そこには人理とは別の剪定の基準が設けられているんでしょうね。そもそも剪定が発生するのは、無限に分岐する平行世界を維持するだけのエネルギーが存在しないから。だったら宇宙のどこに行ったとしても、何らかの剪定基準があると考えるべきだわ」

 

「この宇宙を構成するシステムこそが、我々が挑むべき敵だと?」

 

「本来は、迎合するしかない事柄なんでしょうけどね。でも幸いというか、一か所だけ剪定の影響を受けないであろう場所がある」

 

「それは――?」

 

 永琳は目を瞑り、その名を口にする。

 

()()()()。かつてカルデアが漂流し、偽りの魔術王が神殿を構えた世界の裏側。月の都からしても実態のつかめていない場所だけど、そこに至れれば剪定のみならず、月の脅威たる天敵たちの手さえ届かなくなることでしょう」

 

「そのような場所が……しかし、技術的な目途は立っているのですか?」

 

「それはこれからの課題ね。でも月の技術と輝夜の協力があれば、十分に可能性はあるわ」

 

 永遠と須臾を操る程度の能力――数ある異能の中でも、極めて特殊な位置づけの力。

 時間と空間に密接にかかわる力ゆえ、虚数空間への干渉も可能だろうと永琳は推測する。

 それどころか、輝夜単体ならば世界が剪定されたとしても普通に生き残るかもしれない。

 

「いざとなれば、カルデアとの取引も視野に入れるべきね。……だけど、一番の問題は技術的な話ではないのよね」

 

「それは――確かにそうですね」

 

 永琳の言葉に、依姫は深々と頷く。

 即ちその問題とは――

 

「技術の面をクリアしても、結局最後に行きつくのはその問題。地上への遷都とは訳が違う。正真正銘、未知の世界への旅立ち。果たしてどれだけの月の民が、首を縦に振るんでしょうね?」

 

「長い永い安寧に浸ってきた月の民に、今更新天地に旅立つだけの精神性が存在するのか――実際の所、自信がありません」

 

「とはいえ今はまだ、仮定の話で先の話。でもこういう可能性と選択肢もあるということは、覚えておいてちょうだい」

 

「承知しました。今しばらく胸に秘めておきます」

 

「ええ、頼むわ。でも――」

 

 永琳が脳裏に思い浮かべるのは、かつての月の異変。

 一度目は関わる事もなく元弟子たちの手で対処され、二度目は自らも手を出した事件。

 

「人理と剪定事象を念頭におけば、かつての月面戦争もまた違う意味合いを帯びてくるかもしれないわ」

 

「あの戦いが、ですか?」

 

 依姫自身も関わりがある、二度の月面戦争。

 とはいえ最早終わった事案として、過去のものとなっていたのだが――

 

「あの戦いは、八雲紫が月の実情を詳しく把握するためのものだったのかもしれないわ。――というよりも、今の私と同じく、月の都がどこまで人理の主導権を握っているかを判断するための試金石」

 

「月の技術奪取も、第一次月面戦争の意趣返しも、全てダミーということですか? しかしそれならばわざわざ戦争を仕掛けるまでもなく、話し合いを設ければ済む話だと思いますが」

 

「当時の彼女からすれば、月の民が話し合いに応じるかどうかさえも不透明だったんじゃないかしら? それに私たちが抱いたものと同じ懸念を、紫も持っていたのかもしれないわ」

 

「万一月の民が、自分たちに世界に対する主権が存在しないと確信してしまった時に、どういう行動に出るか――という話ですか」

 

 論理的な方法を模索するのならばまだいい。

 だが圧倒的な技術的有利を笠にきて、暴走染みた行動を起こすことがあれば――

 

「人理や剪定事象に関する知識は、彼女が月の民に対して持っていた数少ないアドバンテージ。故に厳重に秘匿する必要があった」

 

「そのために二重三重にダミーの理由を用意したという訳ですか。やはり侮れない相手ですね」

 

 難しい顔をする依姫に、永琳も頷く。

 

「第一次月面戦争で、紫は月の民のスタンスをある程度把握した。無暗な殺生を好まないというところもね。それを前提に、第二次月面戦争ではより大胆な手をうってきた。結果として、彼女は何人かの協力者を月の都の中に入れることに成功したわ」

 

「何人かというと、霊夢もですか? しかし彼女は――」

 

「何も事情を知らない、余計なフィルターを通さない視点からこそ見えるものもあるということよ。霊夢だって、自分がスパイだなんて自覚は全くなかったでしょう。ただ月に行って、観光して、帰って土産話をしただけ。そこからでも読み取れるものはあるわ。ただまあ――」

 

 永琳は真剣な表情を崩し、ほころんで見せる。

 

「あのスキマ妖怪も、最近は随分と丸くなったようだけど。いえ、憑き物が落ちたというべきかしら? 少なくとも、もう彼女から月に対して何か仕掛けてくることはないでしょう……まあその事実こそが逆に、“月の民が人理の主導権を握っていない”という仮説を補強するものでもあるんだけど」

 

「……ままならない話ですね」

 

「“彼方立てれば此方が立たぬ”ということかしら。それでも彼女は、この世界がすぐに剪定されるようなことはないと判断した――時間はまだあるのだと、前向きに考えるとしましょう。……それにしても、今日は“おそらく”とか“かも”とか、仮定形の話ばかりだったわね。月の頭脳もちょっと鈍ったかしら?」

 

「いえ! 決してそのようなことは――」

 

                       ◇

 

 ――一方その頃。

 

「ねえ、メリー」

 

「何かしら、蓮子」

 

「ちょっと小耳に挟んだんだけど、あなた昔月面都市に攻め込んだことがあるんですって?」

 

「それがどうかしたの?」

 

「単にらしくないなーって。なんでなの?」

 

「……色々と事情があったのよ。そう、複雑かつ難解な。まるでフェルマーの最終定理が小学生の宿題に見えるような事情が――」

 

「ふーん、じゃあちゃんと真面目な理由があったんだ。メリーのことだからてっきり、幻想郷に他の勢力の妖怪が攻め込んできて、戦うのが嫌だったから誰もいないと思い込んでいた月に跳ばして頭を冷やさせようとしたら、実は原住民がいて攻め込んできたと勘違いされたとか、そんなオチかとばかり思っていたけど」

 

「…………………………ナニヲイッテイルノカシラ。ソンナワケナイデショウオホホホ……」

 




〇BB
 月の蝶にして、癌。EXクラスムーンキャンサー。人類の健康管理AIであるが、健康管理を独自解釈し過ぎている。辞書を見て。何でもできるラスボス系後輩で人前ではテンション高めに振舞うが、一人になると自己嫌悪するタイプ。

〇月の都
 技術的にも物質的にも完成された都市。住民は生命の輪廻を遠ざけ、寿命を捨てている。兎たちの笑顔が絶えず、住民は皆明るい。
 ……FGO視点で見ると「あっ」ってなっちゃう場所。

〇月面戦争 主犯の八雲紫女史の秘匿コメント
「アレよね……思いついた瞬間は『コレだ!』と感じても、後からよくよく考えると穴だらけだったというか。
 やっぱり、思い付きをその場で実行に移すべきじゃなかったわ。おかげで余計な因縁まで背負っちゃったし。
 第二次月面戦争の目的は幾つかあったけど、一番は“幻想郷の賢者からの謝罪を月の都が正式に受け入れた”という形に持っていくこと。つまり第一次月面戦争の清算。
 月もいろいろときな臭くなっていたみたいだから、過去のことを理由に地上が巻き込まれることを避けたかったんだけど……結局そんなの関係なしで遷都しようとしてきたのよねぇ。私もやらかした手前、あんまり人のことは言えないんだけど」




 今回は月のお話でした。二次創作によって解釈が大きく分かれる月面戦争ですが、ここではこういうことで。発端が些か間の抜けたものに見えるかもですが、戦争は悲しいすれ違いから始まることも多いのです。つまりうっかり属性。


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番外編13 閻魔の休息日

「しっかし映姫様」

 

 リラックスした表情の小野塚小町は、両手をうんと上げて伸びをしながら上司に尋ねる。

 

「よかったんですかね? 私までお呼ばれしちゃって」

 

「せっかくのご厚意――無下にせず受け取るのが礼儀というものです。仕事中だってさぼり気味なんだから、妙なところで遠慮しないの」

 

 人里離れた山の中。

 生い茂る木々を掻い潜れば、山中とは思えぬ立派な旅館が悠然と建っている。

 閻魔亭――人ならざる者達の養生施設。人ならば招かれぬ限りは立ち入れぬ迷い家。

 

 楽園の閻魔たる四季映姫・ヤマザナドゥと三途の水先案内人である小野塚小町は、冥界の女主人エレシュキガルからの招きでこの閻魔亭へと訪れていた。

 ちなみに二人とも、普段とは違い閻魔亭で貸し出された浴衣に袖を通している。

 

「いやぁ~、しかしエレシュキガル様も太っ腹ですね。いつかの礼ってことで、こんな立派なお屋敷に招待してくれるなんて。もっとも本人はヘカーティア様を迎えに行って少し遅れるそうですが。“異界”じゃなくて正真正銘の“異世界”ってことで少し気後れしてましたけど、こんな風光明媚な観光地だなんて。しかも一応“地獄”のカテゴリというじゃないですか。ウチらの地獄とはえらい違いだ」

 

「養生施設と刑罰の施設では、そもそも用途が違うから。それに閻魔亭は迷い家としての性質も併せ持っているようですからね」

 

「幻想郷の迷い家も、こんな感じになってくれたらなぁ~」

 

「サボり先を増やすために?」

 

「そうそう――っていえいえ! 違いますよあははは~」

 

 わざとらしく笑って見せる部下に、映姫はこれ見よがしにため息を吐いて見せる。

 

「まったく……最近は山の仙人の家に入り浸っているようですし、あなたは少し――」

 

「あーあー! やめましょうよホラ! せっかくの旅館での休暇なんですから! 私も他の閻魔様たちから言われてるんですよ。『あの娘いつも働きづめだし、せっかくの機会だからしっかり骨休めさせてくれ』って!」

 

「む、それは……」

 

「それにあれですよ。あたいたち部下としても、上司が休日まで人間たちの説教して回っているのを見ると、あんまり心安らかに休めないっていうか」

 

「サボり魔が何を言っているんですか」

 

 映姫からのジト目を向けられた小町は、冷や汗をかいて目を逸らした。

 

「まあいいわ。あなたへの説教はいつでもできること――この場では控えましょう」

 

「できればいつも控えてもらえば……」

 

「ならば相応に振舞いなさい。ところで――その子、いつまで抱えているつもり?」

 

「フォウ?」

 

 安楽椅子にゆったりと腰を下ろした部下が、胸元で抱えっぱなしにしている白い小動物。

 映姫の視線に反応し、コクリと首を傾げている。

 

「いえ、だってホラ。すっごいモフモフなんですよ? モフモフ」

 

「それは知っています。私もさっき触ったから。ただの獣相手なら私も口うるさくはしないけれど――その子は、あまり私たちが触れ合うべき獣ではないわ」

 

「へ? それってどういう……?」

 

「フォーウ?」

 

「――どちらにせよ、飼い主も探しているはず。珍しい子だし、聞き込みすればすぐに飼い主は分かるでしょう。散歩がてら探してくるといいわ」

 

「あ~、確かにそうですね。それじゃあ、ちょっと行ってきます。ほら、行こうか?」

 

「フォウ!」

 

 フォウ君を抱えたまま立ち上がる小町。

 そんな彼女に、映姫が一声。

 

「ああ、小町。立ったついでにそこの窓を開けていってくれるかしら? 少し風を浴びたいの」

 

「分かりました。じゃあここの窓を……」

 

「いくわよーーー!! 豚(雀)どもーーー!! 一番、恋はドラクル!!」

 

 開け放たれた窓からなだれ込んでくる不協和音の奔流――

 

 ――バタン!!

 

 小町は速攻で窓を閉じた。

 

「……今ちょっと、真剣に命の危機を感じました。死神だけど。この部屋、防音も一級品ですね」

 

「ふむ、今の歌は……地獄の刑罰の一環として盛り込むことを考慮すべきでしょうか?」

 

「フォウ!?」

 

「やめましょう。罪人たちよりも先に獄卒が参ってストライキを起こします。じゃあこっちの反対側の窓を開けて――」

 

「あ、こんにちはなのです!」

 

 体中からコケや草を生やした巨大な女の子が笑顔で覗き込んできた。

 

「あ、うん、こんにちは。えっと、邪魔したね……」

 

 小町は速攻で窓を閉じた。

 

「……今の、何だったんでしょう? デイダラボッチの亜種とか?」

 

「神性の気配がしましたし、巨神の類でしょう。手間をとらせましたね」

 

「はあ……じゃあ改めて行ってきます」

 

「ええ、私は読書でもしていますので」

 

「へえ? 一体どんな本を――うん?」

 

 映姫が取り出した本のタイトルを見て、小町は小首を傾げた。

 

「コンピュータの本、ですか……? なんでそんな本を――?」

 

「電脳生命体、という進化の可能性を小耳に挟みまして」

 

 映姫はページを開き、淡々と答える。

 

「いずれ人間は肉の体さえも幻想に変え、全く新たな生態に進化するかもしれません。その時への備えとして、少しずつ勉強を」

 

「はあ……?」

 

 ピンとこないといった風情の小町に、映姫は告げる。

 

「もし人間がそのように進化した時は、“死”や“魂”の在り方さえも、ガラリと変わるでしょう。あるいは“死後”という枠組みすらも、消失するかもしれません。その時になって慌てて対応しても、とても間に合いませんからね」

 

「考え過ぎじゃないですか?」

 

「そうかもしれません。しかし備えあれば患いなし、ともいうでしょう。近年における人類社会の発展は著しく、加速しています。どんな未来を辿ってもおかしくないほどに。閻魔の数が増えたように、我々“死後”のサイドもいずれ変化を余儀なくされる時が来るでしょう。閻魔帳はタブレットになるかもしれないし、あなたが受け取る渡し賃もデジタルマネーや仮想通貨になるかもしれない」

 

「シュールな光景ですね」

 

「お金だって昔は貝殻でした。かつての当たり前と今の当たり前、そして未来の当たり前は違うのですよ。まあ、今は頭の片隅に止めておく程度で構わないでしょう」

 

 尚もピンとこないといった風情の部下を送り出し、映姫は細い指で一枚、また一枚と頁をめくる。

 

 ――しんとした静寂に包まれた部屋、ほのかに香る木々の香り。

 こうした静かな時間も最近は少なかったなと思いつつ、時を過ごす。

 

 ――バタン! と、突如勢いよく襖が開けられ静寂は破られた。

 

「とうちゃーく!! ってアレ? あなたダレ?」

 

 姿を見せたのは、顔に傷のある小柄な銀髪の少女――ジャック・ザ・リッパーであった。

 その後ろにはナーサリーライムとジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィの姿も控えている。

 

「私は四季映姫・ヤマザナドゥ――閻魔です」

 

「閻魔様!? いけないわいけないわ! ジャックとリリィのおへそをとられちゃう!」

 

「ふぇえっ!? 私もですかー!? は、早く隠さないと――」

 

「私のお腹、解体されちゃうの?」

 

「落ち着きなさい、へそをとるのは閻魔様ではなく雷様ですよ」

 

 慌てふためく少女たちの後ろから姿を見せたのは、褐色の肌の仮面を被った白髪の神父。

 

「それに部屋を間違えています。私たちがとった部屋はもう一つ先です」

 

「あ、本当だ!」

 

「ジャックったら、白うさぎみたいにあわてんぼうなのね」

 

「私は気づいていましたよ! 本当ですよ!?」

 

「――騒がしくして申し訳ない、閻魔様。ほら、あなた達も謝りなさい」

 

「「「ごめんなさーい!!」」」

 

「間違いは誰にでも起きるもの。非を認めて受け入れることができるのならば、構いませんよ」

 

 頭を下げてくる3人娘に、映姫は微笑んで見せた。

 はしゃぎながら子供たちは去っていき、その場には映姫と神父のみが残される。

 

「元気な子達ですね」

 

「ええ、喜ばしい事です。複雑な背景を抱えた子達ですから、ああやって普通に笑い合えるのは尚更に」

 

 映姫の何気ない呟きに、神父は首肯する。

 

「そのようですね。特に、あの顔に傷があった娘は……」

 

「ジャックですね。ふむ……人の善悪をはかるあの世の裁判長。あなたは彼女を裁きますか?」

 

「――いいえ」

 

 神父からの問いかけに対し、映姫はゆっくりと首を横に振った。

 

「世界が違うというのもありますが――私の役割は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()では、罪を指摘するだけならまだしも裁くとなると、道理が違います」

 

 少女の姿で現界したジャック・ザ・リッパー。

 幼げな容貌の中に詰め込まれたのは、数多の堕とされた子供たち。

 善も悪も成す前に拒絶された魂。

 

「――なるほど、ジャックにとってはある意味厳しい事実ですね。生まれる前に不要とされ、死後でさえ向き合ってくれる相手がいないというのは」

 

「ええ、他者から裁かれない罪は、自分自身で向き合い続けるしかない。彼女が人間として成長するほどに、自らの影は重みを増すでしょう。……もっとも、個人的な説教で良ければいつでも付き合いますが」

 

「ハハハ……それはそれは。ジャック自身は嫌がりそうですがね」

 

 映姫はスウっと、瞳を細める。

 

「何なら、あなたにも説教をしましょうか? 身に過ぎた大望を抱いているように見受けますが」

 

「……いやはや、これは手厳しい」

 

 神父は苦笑する。

 

「興味はあるところですが、またの機会にお願いするとしましょうか。今の私は全人類の救済を願う裁定者ではなく、子供たちの引率をする宣教師ですから」

 

「全人類の救済とは、大きく出ましたね。あなたは少し、傲慢が過ぎる」

 

「理解していますよ。半世紀以上、ずっと自問自答していたのですから。もっとも人理を巡る旅の中で、方法論については少し見直す必要があるとも感じていますが――」

 

 自虐するように、神父は肩を竦めた。

 

「善なる世界に至るため、全ての悪を排除しようとしたインド異聞帯は剪定され、私が人類救済の手段として考えていた魂の物質化を成し遂げた世界ですらも、人々の争いは消えなかったそうです。想定が甘かったというべきか――まったく、世の礎というものはままならない」

 

「個人の頭の中に納まりきれるものではありませんよ。世界というものは」

 

「お師匠様ー?」

 

 ひょこんと、先に向かっていたリリィが戻ってきた。

 

「まだお話し中でしたか?」

 

「いいえ、もうお終いですよ。引き留めて悪かったですね」

 

「いえ、説教の続きはいずれまた。それでは失礼しますね、閻魔様。――リリィ、もう荷物は片づけたのかい?」

 

「はい! 今からみんなでかくれんぼするところなのです!」

 

「――それは、アサシンのジャックが有利過ぎるのでは? ナーサリーも本になって狭い場所に隠れられるだろう?」

 

「そ、そうだったー!? どうしよう、私鬼ですよ!?」

 

 慌ただしく去っていく師弟を見送り、映姫は読書を再開する。

 

 ――程なくして襖の先から声がかけられ、一人の少女が姿をあらわした。

 

「失礼するでち、映姫様。茶菓子をお持ちしまちた」

 

 割烹着を纏った小柄な雀の少女。

 閻魔亭の女将――舌切り雀の紅閻魔であった。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

「閻魔亭は人外を招く隠れ里でちが、異世界からのお客様を招くのはさすがに稀でち。何か至らぬところがあれば、何でもおっしゃってほしいでち」

 

「いえ、大変よくしてもらっていますよ。ところで、私たち以外にも異世界からの客が見えることが?」

 

「……ええ、まあ。二刀流の女剣士とか、零落した竜種とかがでちね。境遇には同情しますが、さすがに他のお客様にまで迷惑をかけるのは見過ごせないでち」

 

「客商売故の苦悩ですね」

 

「チュン」

 

 紅閻魔が持ってきた茶菓子と手ずから入れたお茶に舌鼓をうちつつ、世間話に花を咲かせる。

 

「しかしまさか、異世界の閻魔様をお迎えすることになるとは思わなかったでち。縁とはかくも不可思議なものでちね」

 

「私は神格としての閻魔というよりも、役職としての閻魔の比重が強いので、そうかしこまる必要はありませんよ」

 

「チュチュン、そうはいきまちぇん。伝え聞いた話だけでも映姫様はよくよく閻魔のお仕事に努められているでち。あちきも閻魔の名代として、閻魔亭をあずかる女将として精一杯ご奉仕させていただくでち」

 

「――ここで遠慮するのは、かえってあなたの仕事を貶めることになりそうですね。折角なので、お言葉に甘えさせてもらうとしましょう。……こちらの閻魔大王も、良い娘さんをお持ちになったものです」

 

「て、照れるでちね……」

 

「そうだ、よければ後程ご挨拶させてもらっても?」

 

「チュン。親父様も忙しいので直接は難しいでちょうが、奉納殿越しに話くらいはできると思うでち。手配しておきまちゅ」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 片や中途採用の閻魔、片や閻魔の名代。二人の話は弾むのであった。

 

「チュチュン。そういえば小町様は、三途の川で渡し守をされているんでちたよね?」

 

「ええ、人気の良くない仕事ですが、本人は好んでこなしています」

 

「あちきも賽の河原に勤務していた時期が長いので、少しお話してみたかったのでちが」

 

「それでしたら後程小町に言っておきましょう。おしゃべりが好きな死神ですから、喜んで付き合ってくれるでしょう。――その小町とも話していましたが、この閻魔亭は大変立派な旅館ですね。この現代にこれほどの隠れ家が残っているとは驚きです。異世界という交通の便の悪さがなければ、同僚たちにも紹介したいところですが……」

 

「お褒めあずかり恐縮でち。――これでも、1年前は畳むことを考えるくらい寂れていたんでちよ?」

 

「おや、そうなのですか。この賑わいからすると意外という他ありませんね」

 

 映姫はロビーに訪れていた多くの客たちを思い出しながら呟く。

 

「以前色々とありまちて……それでも1年前にカルデアの皆が来てくれて、こうやって全盛期並みの閻魔亭を取り戻すことができたでち。――いえ、今冷静に考えると2週間も経たずに、閉じた部屋も露天風呂も天守閣も再建してお客様を集めるとか、魔法としか言いようのない恐るべき手腕でちたが」

 

「カルデアの人々は仕事が早いのですね。小町にも見習わせたいくらい」

 

「教え子やお客様に救われあちきの未熟を感じまちたが、同時にとてもありがたくもありまちた」

 

「それもあなたが、これまで積み重ねてきた徳というものでしょう。己が善行が万事己を救う訳ではありませんが、それでも時折、ひょっこり“幸運”という形で返ってくるものです」

 

「チュチュン、まるでおとぎ話のように――でちね」

 

 紅閻魔は何かを思い出したのか、胸に手を当て微笑んだ。

 

 女将が仕事の為に下がり、再び一人でゆったりとした時間を過ごす中。

 死神の小町が部屋に戻ってきた。

 

「ただいま戻ってきました、映姫様。ヘカーティア様とエレシュキガル様もちょうど到着しましたよ」

 

「お待たせしたのだわ!」

 

「来たわよん」

 

「お疲れ様でち、お二方」

 

「……映姫様。口調、移ってますよ」




〇閻魔亭
 山の中に立つ赤い立派な旅館。ポツンと一軒家。山中だが海の幸も手に入る。人外の養生施設にして、人の欲望を試す迷い家。今回は、かつてのお礼ということでエレシュキガルが映姫や小町、ヘカーティアを招待している。閻魔亭だったのはヘカーティアが興味を持ったのと、メソポタミアの冥界はおもてなしには適していないという自覚があったため。


〇天草四郎時貞
 全人類の救済を願う聖人にして、サンタアイランド仮面。その為の手段はやや強引だが。カルデアのイベントデータから、「魂の物質化という方法論では救済足りえないのでは?」との疑問を抱きつつある。あとサーヴァントユニヴァースでの出来事の記録を閲覧した際は、「カレーがないとは、知り合いのシスターが荒れ狂いそうだ」とのコメントを残している。



 最近まで閻魔亭が復刻されていたので、閻魔亭のお話でした。Fate関連ではfake新刊や事件簿マテリアル、FGOマテリアル新刊も発売されいろいろ情報も入ってきましたし、今後の展開がますます楽しみに。オデュッセウスはアトランティスで実装されませんでしたが、マテリアルの各鯖からのコメントを見る限りトロイの木馬がホワイ〇ベース的な何かにしか思えなくなってきました。つまりトロイの木馬作戦は、無防備な敵本拠地のど真ん中に万全の宇宙戦艦を配置したという驚愕の真実に……オデュッセウス、軍師レベルが高すぎる。


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番外編14 十六夜咲夜と不思議な遺産

『救え! アマゾネス・ドットコム!』で明かされた衝撃の真実。チェイテ特異点が既に修復されている。――でも私が信じている。あのイミフな特異点がそう簡単にくたばるわけがないって!

あと、今回の話はいつもとは少し毛色が違う趣向になっています。
番外編の更に番外みたいな感覚で捉えて貰えれば。


「働き方改革よ!」

 

 急にそんなことを言い出した幼い主に対し、十六夜咲夜は「はあ」と曖昧に頷いた。

 紅魔館に存在する大図書館。

 住人にして友人であるパチュリーと向かい合って卓を囲んでいるレミリアの前には、数冊のビジネス書? が重ねられていた。

 『カエサル著 人を幸せにし、自分はその3倍幸せになる経営術』『ダビデ著 はじめての土地投機』『エジソン著 交流にはできない時間の有効活用法』などといったタイトルが咲夜の目に映る。

 

「今度は何の遊びですか?」

 

「遊びじゃないわ! 重大な事なのよ!」

 

 ビシィッ! と人差し指を咲夜へと向けるレミリア。

 咲夜はとりあえず、向けられた指を掴み横に向け直した。

 レミリアはシュンとした。

 

「それで、働き方改革とは?」

 

「あ、ウン。んん! ……そうね、私ちょっと咲夜を働かせ過ぎだと思っているの」

 

 気を取り直したかのように喉を鳴らし、幼い吸血鬼は語り始める。

 

「家事全般に加えてお遣いや戦闘、妖精メイドたちの躾まで……自分が吸血鬼だから時々忘れがちになるけど、人間って基本的に脆弱なのよね。一部例外が割といるけど、咲夜にはもっと、体と心に余裕をもってもらいたいのよ」

 

「一応、自己管理は出来ていると自負していますけど」

 

「甘いわ咲夜。甘タレの納豆よりも甘いわよ。いい? あなたは確かに自慢のメイド。でも医者の不養生という言葉もあるわ。他人の世話を得意にする者が、自分の世話まで得意だとは限らないの。パチェを御覧なさい。日ごろの不養生が祟って、カルデアの図書館に出向いてもおっかない看護師に追いかけまわされる始末よ」

 

「レミィだって、『蝙蝠は病原菌のキャリアになりうる』とか言われて消毒されそうになってなかった?」

 

「むむむむむ……」

 

「むきゅきゅきゅきゅ……」

 

「はいはい、お二人ともその辺りで」

 

 視線をぶつけ合う二人に、咲夜は手をパンパンと叩いて仲裁に入る。

 

「それでお嬢様は、何をどうなされたいんですか?」

 

「むっ、そうね……とにかく! 私は紅魔館の運営状況を改善する必要を感じたの。由緒ある紅魔館を、『やーい! お前んちのメイドは24時間労働ー!』とか言わせるわけにはいかないのよ」

 

「お嬢様……正確には1日30時間くらいなのでご安心ください」

 

「知りたくなかった現実!?」

 

 時間を操る咲夜だからこそできる荒業であった。

 レミリアは頭を両手で抱えてテーブルに突っ伏し、わなわなと体を震わせる。

 

「いいえ、目を背けちゃダメよレミィ……私の抱いた危機感は決して間違っていなかったわ。このままじゃ紅魔館がブラック企業認定されちゃう。せめてブラッディ企業にしないと!」

 

「レミィ、それ余計に悪化していると思うんだけど」

 

「とにかく咲夜」

 

「はい」

 

 レミリアはパチュリーからのジト目を華麗に無視し、己が従者に宣告する。

 

「あなた、明日から1週間休みね」

 

「……………………………………………………………………………………はい?」

 

 完璧で瀟洒なメイドとしては非常に珍しく、たっぷりの間を開けた上での返答だった。

 

                        ◇

 

「まったく――お嬢様の急な思い付きには困ったものね」

 

 翌朝――咲夜はいつも通り早い時間に目を覚まし厨房に出向くも、妖精メイドたちに『今日はちゃんと休んでください!』と追い返されるという珍事を経て、自室にて手慰みにナイフの手入れをしていた。

 

『あなたもそろそろ、部下に任せるってことを覚えないとダメよ? 例の雀鬼の指導による妖精メイドたちのスキルアップ。それを確かめるいい機会でもあるわ』

 

『あなたの力による紅魔館の空間拡張も解除していいわ。知っての通り私は属性魔法が得意なんだけど、カルデアとの技術交換で空間を弄る術式も充実してきたからテストしてみたいのよ。というかそもそも、この手のインフラを個人の力に頼ること自体無理があるのよね』

 

 レミリアとパチュリーからのそれぞれの申し出により、咲夜の身は今現在、完全にフリーになっていた。

 

「でも連休なんて、いつ以来かしらね」

 

 ナイフの手入れを終え、一度食堂に出向いて食事をとり(妖精メイドたちは褒めてもらいたくてソワソワしていた)、自室に戻る。

 豪勢な作りながらも、年頃の少女の部屋としては私物の少ない部屋。

 以前の宴会で景品として手に入れたヒポグルミは、数少ない例外か。

 

「意外と暇なものね……」

 

 普段は忙しいと口にしているものの、いざ時間ができると何をしていいのかすぐには思いつかない。

昔はこんな時何をしていただろうかと思いだそうとし、咲夜はハッっとする。

 

「――っ。さすがはレミリアお嬢様。いつの間にこんな、全身仕事人間に改造されていたなんて……」

 

 仮にレミリアがこの場にいれば、『えっ? そんなことした覚えないんだけど?』と全力で否定したであろうが、生憎と独り言は部屋の床に沈んでいくだけであった。

 

「……出かけようかしら」

 

 時間を潰すだけならば図書館でも十分に可能だが、主が望んでいるのはそういうものではないだろう。

 特に行く当ても目的もなく、咲夜は珍しく私服を身に纏うのであった。

 

                       ◇

 

「あっ、咲夜さんお出かけですか? へぇ、メイド服以外は新鮮ですけど、似合っていますね!」

 

 紅魔館の門前に立っているのは、門番の美鈴。

 にこやかに話しかけてくる。

 

「おはよう、美鈴。今日は居眠りしていないのね」

 

「やだなぁ~、アハハ。そんな毎度の如く寝てるわけないじゃないですか。たまにですよ、たまに」

 

「……そうね。そういうことにしておきましょうか」

 

 彼女の居眠り状況を指摘しようとし、やめる。

 今日は休みなのだから、あまりガミガミ言わなくてもいいだろうと。

 

「どちらまで行かれるんですか?」

 

「人里まで。ちょっとブラブラしてみようと思っているの」

 

「へぇ~、なんだか珍しいですね」

 

「急な休みだから、特に予定なんて入っていないのよ」

 

 肩を竦めて見せると、美鈴は得心いったように頷いた。

 

「でもやっぱり咲夜さんも、ちょっと変わりましたよね。昔だったらこんな時でも、屋敷に籠ったままだったでしょうし」

 

「――まあ、そうね。異変だのなんだの、いろいろとあったから。そういえば美鈴。私の後は、あなたが1週間休みだったわよね? 何か予定は決めているの? まあ滅多に紅魔館から離れないあなたじゃ、そうそう予定なんて――」

 

「ふふん、それがですね~」

 

 美鈴はニコニコと笑って見せた。

 

「ほら、里の武術家が偶に手合わせに来るじゃないですか? 昨日も来ていたので休みを貰えるってことを話したら、じゃあ里の武術家さんたちと飲み会をしませんか? 普段お世話になっていますから。って話になって……楽しみですね~」

 

「……へえ」

 

「他には武術家系サーヴァントの皆さんと、手合わせの約束をしたりですね。あそこのシミュレーターってちょっと興味があったんですよ。立香さんやマシュさんとピクニックの約束をしていますし、河童のバザーにも顔を出すつもりです。チルノちゃんが案内してくれるって。実は旧地獄にあると噂の温泉街とやらも気になっていまして。後は――ってきゃあっ!?」

 

「あらごめんなさい。唐突に殺意を覚えて、故意にナイフが滑ったわ」

 

「それわざとってことですよねぇ!?」

 

 唐突に、且つ鋭い手首のスナップで投げられたナイフを間一髪で回避し、美鈴は冷や汗をかいた。

 

「しかしその様子では、咲夜さんは特に用事はないみたいですね」

 

「むっ、そんな事……まあないんだけど」

 

「やっぱり。折角なので思いっきり趣味に打ち込んだりしてみては……そういえば咲夜さんの趣味ってなんでしたっけ?」

 

「ええっと……家事とか?」

 

「それは趣味じゃなくて仕事なんじゃあ……ほら、何かないんですか? 例えば紅魔館に来る前にやってたこととか――ってああ!? すみません、つい突っ込んだ話を」

 

 慌てて頭を下げてきた美鈴に、咲夜は首を傾げる。

 

「なんで急に謝っているのかしら」

 

「はあ、過去のことはあんまり聞いちゃいけないものとばかり」

 

「すき好んで吹聴するつもりはないけど、別に隠しているって訳でもないわよ」

 

「えっ? そうなんですか? てっきり呪われた力を背負った故に周囲から排斥され、闇から闇に、影から影に生きるような生活を送ってきたものとばかり……」

 

「……あなたの想像力が豊かなのは別にいいんだけど、悲劇のヒロイン扱いされても困るわ。力は一族由来で私の固有って訳でもないし、家族にはよくしてもらっていたわよ。料理だって兄から教わったし。実は結構いいところの生まれなのよ、私。」

 

「マジですか。というかお兄さんとかいたんですね。どんな方なんですか?」

 

「……優秀だけど、残念な人だったわね。ってあら、お客様――いえ、泥棒かしらね。アレは」

 

「あっ、ちょ、いいところで!? 咲夜さん、また今度詳しく聞かせて下さい!」

 

 空から降ってきた白黒の流れ星を追いかけて、美鈴は駆けだす。

 紅魔館の上空で始まった弾幕ごっこを少しの間観戦し、美鈴の負けが濃厚になった時点で咲夜は改めて歩き出すのであった。

 

                        ◇

 

 一人、人里を歩く。

 チラホラと感じる視線は、自分の容姿のせいか、服装が里から浮いているせいか。

 今でこそ人里に買い物に訪れることも増えたが、紅魔館が幻想入りしたばかりの頃は碌に足を踏み入れることもなかった。

 今だって絶対に必要かと言われれば、そうでもない。

 ただ人里との交流は間違いなく、紅魔館の時間が静止したかのような雰囲気に彩りを添えるものではあった。

 

「ホント、変わったものよね。私も、周りも……」

 

 誰に聞かせる訳でもなく、小さく呟く。

 衣食住を求めて紅魔館の門を叩き、メイドとして生きてきた。

 いつしか屋敷は、この忘却の地へと引っ越した。

 主が気まぐれのように異変を起こし、巫女と魔法使いが解決に訪れ、交流が始まり広がった。

 カルデアが訪れてからは一層騒がしさも増し、同時にそれも悪くないと思っている自分がいる。

 

「――あら?」

 

 ふと感じた違和感に、足を止める。

 自分の能力の琴線に、何かが触れたかのような感覚。

 

「……………………」

 

 普段ならば無視しただろう。

 もしくは土産話にして、主が動き出すのを待つか。

 だが今は――

 

「……行ってみるとしましょうか」

 

 鬼が出るか蛇が出るか。

 狭い街路に身を潜り込ませ、ゆっくりと歩を進める。

 されど道のりは短く、すぐに“ソレ”は姿をあらわした。

 

「喫茶店?」

 

 幻想郷――とりわけ人里には似つかわしくない西洋建築。

 里の奥まった場所に位置する、客商売など考えていないかのような不自然な立地。

 

「ふむ……化かされているのかしらね」

 

 あの狸の頭領は外と幻想郷を出入りしていると聞くし、外の店にも詳しい事だろう。

 もっとも化かすにしても、もっと幻想郷にあったやり方はありそうなものだが。

 

「アーネンエルベ、か」

 

 店の外壁にペイントされた文字を読み上げる。

 おそらくこの店の名前なのだろう。遺産、という意味だったか。

 

「毒を食らわば皿まで、といったところかしらね」

 

 無謀な突撃も後先考えない挑戦も、趣味ではないのだが。

 たまにはこういう事もいいだろうと、ドアノブを回す。

 

「いらっしゃいませ~。お一人様ですか?」

 

「ええ」

 

 オレンジ色の髪の少女が明るく声をかけてきて、席に案内される。

 メニュー表を開いて一瞥し、己の力で時を止める。

 

「ふむ」

 

 静止した時の中で一旦席を離れ、店の出入り口に向かいドアを開ける。

 そこは紛れもなく、幻想郷の人里。

 

「別に現代入りしたって訳じゃなさそうね」

 

 元の席に取って返し、時計の針が進みだす。

 開いたメニュー表の値段――通貨単位は“円”だった。

 

(念のために外のお金も幾らかは持っていたけど、本当に役に立つなんてね……)

 

 幻想郷の基本通貨は円ではない。

 しかし以前起きたオカルトボールにまつわる異変。

 その際に幻想郷の住人が突発的に外に放り出されるという現象が起き、咲夜も万一の備えとして円を持っていたのである。

 

「日替わりランチを一つ」

 

「は~い。お飲み物はどうされますか?」

 

「ホットのコーヒーを」

 

 一先ずは無難なものを。

 ウェイトレスが厨房に下がったのを見送り、店内を観察する。

 

(一見普通の喫茶店。だけど……)

 

 世界から浮いているというか、外れているというか、交わっているというか。

 時間と空間にまつわる己が力故に、そんな曖昧な違和感が拭えない。

 そもそも幻想郷に、こんな外の世界の喫茶店がある方がよほどおかしいのだが。

 

 続いて他の客をそっと観察する。

 

 銀のロングヘアーのシスター。

 

 セミロングの髪をポニーテールに纏めた眼鏡の美女。

 

 金のショートカットを持つ尋常ならざる力を内包した女性。

 

 妙にだるそうにしている干物女っぽいの。

 

 ――チリンチリンと音が鳴り、新たな客が入店してくる。

 

「いらっしゃいませ~、2名様でよろしかったですか?」

 

「ええ。ほらアーチャー、エスコートくらいしなさいよ」

 

「やれやれ……私は君の買い物の荷物で手一杯なのだがね」

 

 聞き覚えのある声に振り替えると、そこには見覚えのない服の見覚えのある弓兵。

 隣のテーブルに案内された彼に、咲夜は声をかける。

 

「こんにちは、エミヤさん。奇遇ですね」

 

「――何?」

 

 褐色肌の弓兵は、訝し気に、まじまじと咲夜の顔を見つめた。

 

「……ちょっとアーチャー。誰よその銀髪美人」

 

「いや、すまないが君。どこかで会ったことがあっただろうか?」

 

「うわ、そういう言い訳しちゃうんだ。真名まで知られている以上、初対面な訳ないでしょうに」

 

「ああ、いつものメイド服じゃないので分かりにくかったでしょうか? 紅魔館の十六夜咲夜です」

 

 名乗りを上げる咲夜であるが、相変わらず弓兵は首を傾げるばかり。

 

「申し訳ないが、その名のどちらにも覚えがないな。誰か別人と勘違いしているのではないかね?」

 

「でもアーチャーのエミヤさんなんですよね?」

 

「むっ、まあ間違いではないのだが」

 

「同僚にいつも水着みたいな恰好の未亡人と、ケモミミシッポ付き裸エプロンの巫女メイドがいる……」

 

「誰だねその羨ましい男は!?」

 

「……アーチャー? あまりプライベートに口を挟むつもりはないけど、あなた私の知らないところで一体何をやっているのかしら?」

 

 若干引き気味のマスターに狼狽える弓兵。

 

「誤解だ凛!? くっ――恨むぞ。エミヤとかいう紛らわしい奴め!」

 

「あなたは、ええっと……スペースの方のイシュタルさんだったかしら?」

 

「スペース!? イシュタルはまだ分かるけどなんで頭文字にスペースがついているの!? というか私は遠坂凛よ!」

 

「凛、家訓が仕事を放棄しているぞ」

 

「これは失礼しましたわ。世の中には似た顔が3人……いえ、人によっては10人くらいいますからねぇ」

 

 いつの間にか近くに来ていた金髪の女性が、咲夜に声をかけてくる。

 

「ねぇねぇ、あなたさっき時間止めてたわよね? ひょっとしてゼル爺のお弟子さんとか?」

 

「いえ、通りすがりのメイドですわ」

 

「おっす! 来たぜー」

 

「あっ、ランサーさんお疲れさまです」

 

 ウェイトレスに出迎えられた青髪の槍兵に、咲夜は声をかけた。

 

「あら、あなたももいらっしゃったんですね」

 

「おぉ? 初めて見る顔だが綺麗な嬢ちゃんだな。こりゃあれか? 逆ナンってやつかい?」

 

「初めてって――以前何度かナンパされたのは、やはり遊びだったのでしょうか?」

 

「ランサーさん。私、そういうのはちょっとどうかと思います」

 

「フィッシュ……些か――いえ、まるで躾が足りなかったようですね」

 

 シスターの手元から伸びた赤い布で簀巻きにされる槍兵。

 

「ちょっ、離っ、バイト――むがっー!?」

 

「麻婆豆腐を追加。辛さは聖杯級で」

 

「はーい、オーダー入りましたー!」

 

 

 

 

 

 

 

                        ◇

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかに賑やかな喫茶店だったわね」

 

 最もその騒がしさの原因の大半を担っていたのは咲夜自身なのだが、そんな事はおくびにも出さず今しがた出てきたアーネンエルベへと振り返る。

 

 そこには喫茶店などなく、ただの空き地が広がっていて――

 

「迷い家か、蜃の楼閣か……それとも星辰でも合ったのか」

 

 見知ったようで、見知らぬ人々。

 本来、あり得ない邂逅だったのだろう。

 何となくそう確信して、踵を返す。

 ここは幻想郷。不思議なことも、奇妙なことも、幾らでも転がっているのだ。

 

「でも――悪くない時間だったわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館に帰ると、風呂敷に本を包んだ魔理沙が出ていくところだった。

 

「あなたねぇ……」

 

「よっ、ちょっと借りてくぜ! ところで休み貰ったんだってな?」

 

「ええ、それがどうかしたの?」

 

「だったらみんなで遊びに行こうぜ! こんな機会もなかなかないしな。霊夢やら妖夢やらも誘ってさ」

 

「……仕方ないわね。付き合って上げるわ」

 

 苦笑する。魔理沙に対してか、それとも自分自身に対してか。

 どちらにせよ――思っていたよりも、騒がしい休日になりそうだった。

 




〇十六夜咲夜
完璧で瀟洒な従者。紅魔館のメイド長。月時計の少女。時間を操る程度の能力を持つ。
元は安定した衣食住の為求人情報誌に載っていた紅魔館に就職し、レミリアとも仕事上の関係だったが、今現在では主として慕っている。


〇アーネンエルベ
喫茶店。一般人がいたり、喋るケータイがいたり、聖典がバイトしてたり、英霊がバイトしてたり、ナマモノがバイトしてたり、ジョージが店長だったりするけど喫茶店ならよくある話。



――以上、特殊回でした。アーネンエルベは偏在するのです。
いつもは東方にfateが投入されるような形ですが、今回は逆の趣向に。
まあ投入した先が闇鍋の中なのですが。
咲夜さんの経歴については、独自解釈・独自設定ということで。
個人的なお遊び要素も入っていますが、作中には特に関わってくる予定はないので軽く流してもらえれば。アレですね、士郎と志貴が多重デート計画を立てているのを生温かく見守るような感覚でw


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番外編15 バレンタイン幻想録

短めですが、バレンタインイベント記念で短編集です。



甘い予感がする……!


Case:レミリア・スカーレット

 

「なんで吸血鬼の私が、聖人由来のお祭りに参加しなきゃいけないのよ。しかも日本風に魔改造された」

 

 レミリアは自分の背よりも高い背もたれの真っ赤な椅子に腰を下ろしたまま、憮然とした顔で立香に対して告げた。

 

「でも節分とかはやるって聞いたけど……」

 

「アレはパチェの主導よ。私は炒り豆に触ったら火傷するし、基本見ているだけ。恵方巻でも食べながら」

 

「恵方巻きも広がったのは、けっこう最近だったような……。レミリアって、何だかんだで日本の文化にかぶれているよね」

 

「郷に入っては郷に従え、って言うでしょ? 長く生きているんだから、文化も服の感覚で取り換えるのよ」

 

「いつも大体同じ服じゃなかったっけ?」

 

「ブームなのよ、今はこのデザインが。あと100年くらいしたら変わるかもね」

 

「ヴラドⅢ世は、『伝統がどうのと意義を唱える必要はない』って言ってたけど……」

 

「うぐっ……あなたねぇ。どれだけ私からチョコを貰いたいのよ」

 

 呆れたようにため息を吐くレミリア。

 立香もさすがに引き際かと考えるが、幼い吸血鬼はクスクスと笑いだす。

 

「――なんてね。冗談よ、冗談。はい、コレ」

 

 レミリアが手渡してきたのは、赤い包装紙でラッピングされたプレゼント。

 

「チョコ!」

 

「私は寛容な吸血鬼なのよ。ちょっとした手慰み程度の代物だけど、まあ味は悪くない、はず……ホワイトデーのお返し、ちゃんとしなさいよ?」

 

「――うん、必ず」

 

 

 

 

〇ブラッディ・スカーレット

レミリア・スカーレットからのバレンタインチョコ。

紅魔館の庭にいつの間にか自生していたマンドチョコラゴラを収穫し、蛮神の心臓×5、真理の卵×5、奇奇神酒×5、世界樹の種×24を使って再臨。更にレミリアの弾幕の魔力に晒すことで鍛え上げ、錬成された一品。紅く透き通った結晶のような見た目になっており、その色合いは彼女の瞳のソレを連想させる。

 

『ホワイトデーを期待する』ということは、『次もちゃんと生きて帰ってきなさい』ということでもある。

 

 

 

 

Case:博麗霊夢

 

「あ、いたいた。立香さん、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

 博麗神社にて、両手に荷物を抱えた霊夢が立香に話しかけてきた。

 

「オレに出来ることなら」

 

「そんなに難しい事じゃないわ。ちょっとコレ、試食してほしいのよ」

 

 霊夢が荷物を紐解くと、そこに入っていたのは――

 

「チョコ? いろんな種類があるけど――」

 

「ええ、ウチの新商品。その試作品よ」

 

 立香と霊夢は隣り合って、神社の軒下に腰を下ろす。

 

「ほら、カルデアでバレンタインがどうのこうのって騒いでいるじゃない?」

 

「うん、毎年恒例のお祭りだね」

 

 年によっては、カルデアを壊滅一歩手前まで追い込んだこともある一大イベントである。

 

「それってひょっとしてバレンタイン用の? でも幻想郷じゃ、バレンタインは一般的じゃないって聞いたけど」

 

「そうね。昔から日本文化に根差した行事ならともかく、まだまだ新参のお祭りなんでしょう? しかも外の世界でも現役の。そんなんじゃ、そうそう幻想入りなんてしないわ。そもそも幻想郷じゃ、チョコ自体流通が少ないし」

 

「じゃあこれは――?」

 

「できる巫女は常に一手先、二手先を考えて行動するものなのよ」

 

 霊夢は得意げに、ふふんと胸を張る。

 

「バレンタインでは主に、チョコレートがプレゼントされると聞くわ。ということは、その原材料も大量に用意されているはず」

 

「うん」

 

「反面その原材料が必要とされるのは、主にバレンタイン前の話。準備があるから当然よね。つまり、バレンタインの後には売れ残った材料が出てくるはずなのよ」

 

「ふむふむ」

 

「となると、当然売れ残りは不良在庫になるわ。ウチだってそうだからよく分かるわ。カッパのぬいぐるみとか本気で使い道がないし。……コホン、話が逸れたわね。不良在庫なんていつまでも抱えていても仕方ないから、多少安くなっても手放したがるはず。つまりその不良在庫を安く買い入れて、こっちで再利用。珍しいお菓子として商品化しようという訳なのよ」

 

「なるほど、食材が無駄にならないのはいいことだね」

 

「でしょう? うまくチョコ文化が根付けば、来年以降幻想郷でもバレンタイン需要が生まれて、新たな商機になるかもしれないわ。稼ぎ時はいくらあってもいいもの」

 

 若き野心――もとい捕らぬ狸の皮算用に燃える巫女であった。

 

「話は分かったけど、なんでオレに味見を?」

 

「立香さんはこの時期になると、多分世界で一番チョコを食べているグランドチョコソムリエだって聞いたのよ。だから味には詳しいでしょう?」

 

「……………………」

 

 年々増えるサーヴァント。倍々ゲームのチョコレート。重すぎる贈り物。

 

「――うっ、頭が……」

 

「えっ、大丈夫? 偏頭痛かしら……ちょっと横になる?」

 

「ああ、うん。大丈夫」

 

「そう? だったらいいんだけど……それでね、良ければ推薦文とかも書いてほしいのよ。『グランドチョコソムリエ一押し!』とか『全幻想郷が泣いた!』とか。それで売り上げ倍増間違いなしよ」

 

「霊夢ちゃんはたくましいね」

 

「褒め言葉ね。ほら、あ~ん」

 

 霊夢がチョコを摘まんで立香の口元に寄せてきて、しこたま試食させられるのであった。

 

 

 

 

〇博麗チョコセット

 

博麗霊夢からのバレンタインチョコ。

博麗神社にて商品化(予定)のチョコ菓子詰め合わせ。藤丸立香監修。

チョコ饅頭、チョコ最中、日本酒入りチョコ、おみくじ付きチョコ、陰陽玉を模した包装のチョコなど、内容は多岐に渡る。

レシピなどは特に残していないが、霊夢の天性の勘故か意外に味は安定しており、美味しい。

 

 

 

Case:蓬莱山輝夜

 

「季節の祭事が多いのはいい事だわ。平坦な毎日に、彩りが生まれるもの」

 

 突然訪ねてきた輝夜は、そんな風に切り出した。

 

「一週間くらい前には、『一年くらい何もせずだらだらしたい~』とか言ってなかったっけ?」

 

「それは一週間前の私よ。……まあ永遠である以上、一週間前でも一週間後でも大して変わらないんだけど。――それよりも、バレンタインというものを聞きました」

 

「うん」

 

「地上の民は変わったことを考えるものね。という訳で、私もバレンタインチョコというものを一つ拵えてみました」

 

「ありがとう。――というか、料理出来たんだね?」

 

「多少はね? 永琳にも手伝って貰ったんだけど……ふふ、こういうのって初めてだから、ちょっとだけ照れくさいわね。では私の初めて、受け取ってください」

 

 輝夜は頬を僅かに赤らめながら、服の袖に手を入れ、チョコを取り出し――

 

「待って、ちょっと待って」

 

「何かしら? このタイミングで止めるというのはさすがに無粋よ」

 

「いや、その……ソレ、どこから出したの!?」

 

 輝夜が両手で持ち上げる、黄金の包装紙に包まれたあまりにも巨大な板チョコを指して、立香は叫んだ。

 

「どこって……そんなことを姫の口から言わせるつもり? もうっ///」

 

「今のどこに照れポイントがあったの!? というかよく持てるね!?」

 

「一枚天井より重いものは持ったことがないわ」

 

「だろうね! くっ、これは間違いなく筋力A……えっ、振りかぶっている? どうやって受け取ればいいのさ!?」

 

「………………漢は黙って金閣寺!!」

 

「ちょ、むっ――」

 

「はいドーン!!!!」

 

 立香の全身を巨大な影が覆い、黄金の壁が迫り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレイズ、成功。

 

 

 

 

〇金閣寺の一枚天井チョコ

蓬莱山輝夜からのバレンタインチョコ。もとい新難題。

月の技術、輝夜の異能、スカサハから学んだルーン魔術、永琳の製薬技術を駆使して作り上げた巨大な板チョコ。金閣寺の一枚天井実寸サイズ。

躱すことも難題。受け止めるのも難題。食べきるのも難題。難題の三重苦。

――とはいえ大きさ以外は単なる板チョコかと思いきや、部位によって味の濃淡や甘さ、風味などに差異があり、食べ進めても飽きないように工夫されており、滋養にもよいという姫の気遣いに溢れている。

……頑張って食べきろう。

 

 

 

Case:八雲紫

 

「はい、どうぞ」

 

 立香は紫から、キレイにラッピングされたチョコレートを受け取った。

 

「ありがとうございます」

 

「今更バレンタインのお祝いをすることになるなんて、何があるか分からないものね」

 

 紫はそう言って苦笑する。

 

「あなた達にはいろいろ迷惑をかけたし、そのお詫びも込めてね。既製品だけど、その分いいものを選んでいるから」

 

「いえ、下手にいろいろ込められているよりはいいです」

 

「あなたも苦労しているわねぇ……」

 

 「さてと――」と紫は踵を返す。

 

「それじゃあ他にも渡す相手がいるから、私は行かせてもらいますわ」

 

「はい」

 

「ああ、あとそのラッピングだけど……それもいいものを選んであるから、良ければ破らずにキレイに剥がして何かに再利用してちょうだい」

 

「はあ……分かりました」

 

「それじゃあ、ご機嫌好う」

 

 

 

 

〇バレンタインチョコ……?

八雲紫からのバレンタインチョコ。

超一流のパティシエによって作られた最高級チョコレート。人の技術の粋――その一角を味わうことができる。なのだが――

チョコレートの外装の包装紙をきれいに剥がせば、その裏地はとある書類になっていることに気が付くだろう。

『秘封倶楽部一日体験入部届』。

さあ、神秘と深秘、幻想を巡る冒険へ。秘封倶楽部を始めましょう。

 




以上、バレンタイン短編集でした。折角のバレンタインということで、ちょっとだけキャラが甘めになっているかも? 今年のバレンタインイベントも始まりますが、今回はどれだけ重いもとい個性的なプレゼントがあるのか楽しみです。


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番外編16 半人半霊の探し物 上

「お茶をお持ちしました――ってアレ? 幽々子様、お客様は帰られたんですか?」

 

 死者たちが次なる生を迎えるまでの間、漂い留まる地――冥界。

 生者の気配無き世界に建つお屋敷――白玉楼。

 その縁側に一人座り、数多の桜の木が立ち並ぶ庭園を眺める主――亡霊の姫たる西行寺幽々子へと、魂魄妖夢は問いかけた。

 

 ボーっと庭を眺めながら、亡霊の姫は振り返らずに答える。

 

「ええ、ついさっきね」

 

「そうですか……少し残念です」

 

「あら――ひょっとして妖忌のことでも思い出したのかしら? ちょっとだけ似ているものね」

 

 振り返り、からかうような微笑を浮かべる主に対し、妖夢は僅かに返答を詰まらせる。

 

「……いえ、そのような訳では。相当な剣の達人とお見受けしましたので、一手御指南頂ければと考えていたのです」

 

「ふふ、そうね。そういうことにしておきましょうか。お茶を貰えるかしら、妖夢」

 

「あっ、はい。ただいま」

 

 妖夢が素早く盆に乗せたお茶を運ぶと、幽々子は素早く――かつ優雅な手つきでお茶とお団子を手に取った。

 

「んー、いいお茶。腕を上げたわね」

 

「本業は庭師で剣術指南役なんですけどね、本当は」

 

「それは言わないお約束でしょう? 出来ることが多いのはいい事だわ。――でもちょっと残念。もう少し早ければ、あの仮面の下を見ることができたかもしれないけど」

 

 先刻ふらりと冥界に訪れた、髑髏の如き仮面を被った大柄な客人。

 音も無く、気配もなく、濃密ながら静かな“死”の気配を纏った、まるで冥界が人の形をとったかのような人物。

 

「確かに興味はありますね。さすがに飲食をする時は仮面も外すでしょうし」

 

「多分ねー。あっ、妖夢。お願いがあるんだけど……」

 

「はい? なんでしょうか」

 

 お代わりだろうかと妖夢が考えると、幽々子は視線を庭に戻しある一点を見据える。

 他の桜の木から独りぼっちのように浮いた、墨染の桜を――

 

「ちょっと聖杯を手に入れてきてもらえるかしら?」

 

                       ◇

 

「――とは言ってもなー」

 

 半人半霊の少女は、田畑の並ぶ幻想郷の農道をとぼとぼと歩く。

 

「聖杯なんて一体どうしたものやら……」

 

 あまりにも唐突に言い渡された用事だったが、否とも言えず。

 一先ずは幻想郷に来てみたモノの、当然聖杯の在り処など知らない。

 

 聖杯なるものの存在は、以前冥界に流れ着き少しの間滞在していた女剣士・宮本武蔵から聞き及んでいる。

 曰く万能の願望器。実際には万能という訳ではなく、性能もピンきりだというが……

 

「前の『春を集めろ』って言われた時もそうだったけど、唐突なんだから」

 

 隣をフワフワと追随する半身たる人魂を撫でながら、妖夢は独り言ちる。

 『春雪異変』――主である幽々子が思い付き、妖夢自身が実行犯として幻想郷中の春を集めた異変。

 

 ――思えばあの一件が切欠となり、妖夢の生活にも多くの変化が訪れたのであるが……

 

「それはいっか。とりあえず、あそこに行ってみようかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖杯、ねぇ」

 

 定位置である机の上で腕を組むのは、香霖堂の店主である森近霖之助。

 外の世界の品を目玉にしている店であるが、実際には見た目だけのオカルトグッズから本物のマジックアイテムまで取り扱いがある。

 

「はい。拾い物で生計を立てている変人のあなたなら、何か知らないかと思って」

 

「いやね、君。いきなり変人とは些か不躾じゃあないのかい?」

 

「だって……」

 

 妖夢は半身たる人魂に対して、威嚇するような動作を見せる機械の犬に視線を落とす。

 

「摩訶不思議な幻想郷と言えども、こんなのを飼っているのはあなたくらいでしょう?」

 

「……まあ、それは否定できないんだけどね。それと“こんなの”じゃなくて、ライカという名前がある」

 

 霖之助の声に反応したのかロボット犬は彼に駆け寄り、妖夢の位置からは机に遮られて見えなくなってしまった。

 

「――で、一応聞くけど聖杯と言っても、まさか救世主の聖杯という訳じゃあないだろうね? だとしたらさすがにお手上げだが」

 

「ええっと、魔導の聖杯と呼ばれるものらしいですが」

 

「君、自分が探しているものが何なのか、はっきり理解しているのかい?」

 

「……実はあんまり。万能の願望器とは聞いているんですけど」

 

 妖夢の返答に、霖之助はワザとらしくため息を吐いた。

 

「次からは、その辺りはしっかりと確認しておくことを勧めるよ。――君の探している聖杯は、所謂膨大な魔力リソースだ。ある種の、中身が書かれる前の白紙のルールブックとも言える。聖杯と呼ばれる物には先ほども話した救世主の聖杯、ウルクの大杯、バビロンの大淫婦が持つとされる黄金の杯、ダグザの大釜なんかがあるが、これらとは直接の繋がりはない。名前と形を借りた別ものと考えていいだろう」

 

「はあ」

 

 突如始まった蘊蓄披露に、妖夢はやる気なさげに生返事をする。

 

「それはともかく、この店に置いているんでしょうか?」

 

「やれやれ、最近の若者は……急がば回れという言葉を知らないのか」

 

「兵は拙速を尊ぶという言葉もあるので」

 

「君は自分の都合のいいように解釈している気がするけどね」

 

 苦笑する霖之助に「お互い様だろう」と内心で呟く妖夢だが、口にはしない。

 これ以上続けても、口喧嘩では勝てる気がしないからだ。

 

「結論から言えば、無い」

 

「そうですか、お邪魔しました」

 

「まあ待ちたまえ」

 

 回れ右して帰ろうとする妖夢を、店主の声が呼び止めた。

 しぶしぶといったように振り返る少女。

 

「なんでしょうか、品揃えの悪い店の店主さん」

 

「君、なんだか僕に対して辛辣だな」

 

「あれだけ私をイジメておいて、にこやかに接してもらえるとでも?」

 

 妖夢は以前仕事道具をなくしたことがあり、その一件で霖之助にこき使われたのだ。

 半ば以上に自業自得ではあるのだが。

 

「意外と根に持つね。第一、アレは正当な取引だったと思うが……まあいいさ。さっきも言ったように、聖杯は膨大な魔力リソースの塊だ」

 

「ええ」

 

「さっきも言ったように“聖杯そのもの”はないが、逆に言えばその大魔力さえ用意できれば、聖杯を作り出すことができる可能性はある」

 

「なるほど、道理ですね。しかし具体的なアテはあるのですか?」

 

「西行寺家は古くからの冥界の管理者。倉庫の中に一つ二つ、何か転がっているんじゃないのかい?」

 

 妖夢は白玉楼を思い浮かべながら考え込む。

 

「それはそうですが……それこそ家宝や秘宝とでも呼ぶべき類のものです。私の裁量で勝手に使うことは出来ません。ココには何か置いていないんですか?」

 

「まあ、無くはないけどね」

 

 霖之助は机の上に置いていた算盤を手繰り寄せ、慣れた手つきで弾く。

 

「ウチの秘蔵の品を潰して加工したとして……技術料・手間賃含めてこんなところかな」

 

「うぇ……」

 

 差し出された算盤を覗き込み、思わず少女らしからぬ声を上げ、顔を顰める妖夢。

 

「桁が幾つか間違っていませんか?」

 

「本来ならお金で買えるようなものではないよ。材料持ち込みならもっと安くできるだろうが……どうする?」

 

 妖夢は少し考えこみ、声を絞り出す。

 

「……他で探してみて、見つからなかったら幽々子様に相談してみます」

 

 半人半霊の少女は今度こそ店を後にし、捜索を続ける。

 

 

 

 

 

《エリザベート・バートリーの場合》

 

「聖杯? 拾うのよ!」

 

「拾う、ですか」

 

「ええ、そうよ! ライブのインスピレーションの為に散策とかしていたら、偶に転がっているのよ。いつの間にかポケットの中に入っていたこともあるわ!」

 

「なるほど、参考にさせてもらいます」

 

「あっ、そうだ。今度演奏会をやる時はまた呼んでくれるかしら? とっておきの衣装で歌声を披露するわ!」

 

「呼んだことは一度もありません。あなたがいつも勝手に来るだけです」

 

 

 

 

《ナズーリンの場合》

 

「――という訳で、それっぽいの拾ったことありませんか?」

 

「失せ物探しは得意分野だし、お宝探しのフィールドワークに足を伸ばすこともあるけど、そうそう大物なんて見つからないよ」

 

「そうですか……やはりネズミよりも竜の方が、財宝には縁があるということなんでしょうね」

 

「食糧探しなら部下もやる気を出すんだけどさ」

 

「やる気というより食い気でしょう」

 

「その聖杯が、無限に粥が湧き出る代物だったらよかったんだろうけどね」

 

 

 

 

《堀川雷鼓の場合》

 

「んー、聖杯の付喪神ねぇ。ちょっと聞いたことがないかなぁ」

 

「付喪神への伝手が広いと聞いたので、ひょっとしたらと思ったのですが」

 

「そもそも聖杯が何なのかよく分かっていないからねー。改造したらドラムに出来るかしら?」

 

「気軽に叩けないくらい高価なドラムになりそうですね。そういえば、エリザベートさんがまた演奏会に乱入してくるかもしれないのでご注意を」

 

「へぇ、そうなんだ。私、あの子の声そこまで嫌いじゃないけど」

 

「……え? 本気ですか? というか正気ですか?」

 

「ええ、こう雷鳴みたいな感じで体がしびれるのよね」

 

「……やっぱり道具だと感性が違うのかなぁ」

 

「あっ、そうだ。エリザで思い出したけど、カルデアのあの人がひょっとしたら聖杯の付喪神かも」

 

 

 

 

天の衣(アイリスフィール)の場合》

 

「付喪神……日本独自の概念だったわね。年月を経た道具がいつか意思を持つなんて、素敵な考え方。私は聖杯の端末だけど、あなたたち風に言えば付喪神と言えなくもないかもしれないわね」

 

「目的は付喪神じゃなくて、あくまで聖杯なのですが」

 

「あらあら、私攫われてしまうのかしら? ねぇ、可愛らしいお嬢さん。あなたは聖杯に如何なる願いを持つの?」

 

「私自身は特には。幽々子様が必要だとおっしゃるので」

 

「ふふ、自分の為ではなく人のため、か。嫌いではないけど残念。きっと私がついていっても、その人の望む結果にはならないでしょう」

 

「はぁ、そうなのですか?」

 

「ええ、きっとね。そういえば、日本にも聖杯みたいな御伽噺があったわね。ええっと、確か……」

 

 

 

 

《少名針妙丸の場合》

 

「私の打ち出の小槌は確かに願いを叶える道具だけど、小人以外には扱えないよ?」

 

「でももともと小人の持ち物という訳でもないんですよね?」

 

「うん、御先祖様が退治した鬼が持っていた秘宝よ」

 

「何か呪的な所有権のようなものがあるのか……もしや今の所有者であるあなたを退治すれば私のものに・・・・・・?」

 

「わっ、ちょっ、刀から手を離しなさいよー! もー、物騒なんだから。まったく……その手の貴重品なら、神様にでも聞けばいいじゃない!」

 

 

 

 

《八坂神奈子の場合》

 

「はぁ? 聖杯? あなたナチスの残党か何かだったの?」

 

「なんですかソレ」

 

「妖怪よりもオカルトみたいなものよ」

 

「よく分かりませんが……とにかく、大きな魔力が宿った秘宝とかそんな感じの物はないですか?」

 

「嫌味かしら。そんな余力があったら、そもそも外で落ちぶれたりしてないわよ」

 

「そんなつもりはなかったのですが……うーん、なかなか見つからないなぁ。他にありそうなところは、永遠亭に天界、神霊廟、それに地底に地獄……閻魔様にはあんまり会いたくないしなぁ」

 

「あなた部下みたいなものでしょう。酷い言い草ね」

 

「こちらを思っての説教なのはわかっているのですが……頭では。あっ、そうだ!」

 

「何か思いついたのかしら?」

 

「ええ、ほら幽霊って所謂“気”の塊でしょう? つまり幽霊を大量に集めれば、大量の魔力リソースになるんじゃないかと思って」

 

「コラコラ、物騒な事言わないの。自分だって半分幽霊なクセに。大体幽霊にだって人権が……ないか。それでも彼らも生きて……もいないわね」

 

「えっ? 私半分人権なかったんですか?」

 

「ともかくそんな理由で幽霊集めは止めておきなさい。閻魔の説教がガチモードに変わるから」

 

「それは嫌だなぁ……」

 

「本当に嫌そうな顔しているわね……ああ、だったらこれなんてどうかしら。ちょっと眉唾だけど」

 

「はあ? えっと、このビラなんですか? サバイバルゲーム大会?」

 

「あと数日で開催されるのよ。ウチも敷地を貸すんだけど。景品の所見てみなさい」

 

「ええっと――って、“聖杯”!?」

 

                       ◇

 

『えーと、テステス……本日は晴天なり。いや、ホントはちょっと曇り気味だけど』

 

 簡易的なステージの上に立つのは、ジャケットを着こんだ長い黒髪の女性。

 マイクを握りしめ、若干緊張した様子でいるのが見て取れる。

 

『コホン、こんにちは皆さん。主催者の刑部姫でーす。本日はお集まりいただき恐悦至極……ありがとうございます。このサバゲー大会もホントはもっと小規模な予定だったんですが、いつの間にかこんなに規模が大きくなって正直アタフタしています。テンション上がって変な言動しても、おおらかな心でスルーしてもらえればなー、と』

 

 集まった参加者及び観客たち相手に、刑部姫がスピーチを始める。

 場所は妖怪の山中腹――守矢神社近辺。

 屋台も多く出展されており、ロープウェイを使ってやって来たのであろう。

 人里の住人の姿も見ることができ、賑わっているのが分かる。

 

『無駄に長いスピーチなんてヘイトが溜まるだけだし、何より姫自身がもたないんで早々に終わらせますけど、改めて優勝景品の発表を行います。聖杯――そう、聖杯です! カルデアの頭脳、ダ・ヴィンチちゃんからの保証書付き! 「聖杯としての規模は正直下の下だけど、ギリギリ聖杯とカテゴライズできるかな?」とのコメントもありますが、まぎれもない聖杯っ! ――ってコレホントにいいのっ!? これただのサバゲー大会なんですけどー!?』

 

『良い良い、スポンサーである私が良いと言っているのだからな』

 

 慌てふためく刑部姫の手からスルリとマイクを抜き出し己の口元に近づけるのは、金のロングヘアーを揺らめかせる北斗七星の前掛けが特徴的な女性。

 

『皆の衆! 私は摩多羅隠岐奈! 後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、幻想郷の賢者であり、今大会のスポンサーでもある!』

 

 椅子に座ったまま、マイク越しに声を張り上げる絶対秘神。

 参加者、観客たちの注目が集まっているのに満足したかのように頷き、言葉を続ける。

 

『景品の聖杯は私が用意させてもらった。何、これでも現役の秘神故にな。少々魔力リソース(へそくり)は目減りしたが、祭りの目玉の為の必要経費。何にでも使える無色の魔力だ。手に入れた者は好きに使うといい! ただしやり過ぎると巫女が仕置きに赴く故、十分に注意するように! 後から文句は受け付けん!』

 

 おーーーー!!!!

 

 歓声が会場を震わせる。

 「ちょっと! 私に振るのっ!?」との声も聞こえた気がするが残念。

 大多数の声の前にかき消されてしまった。

 

『更にっ! 副賞として――』

 

 おーーーー!!!!

 

『優勝者、並びに成績優秀者には私の童子となる名誉を与えるものとするっ!!』

 

 シーーーーン……

 

 空寒い程の静寂が、会場を包み込んだ。

 やがてヒソヒソと、小さな声で会話が交わされるのが聞こえてくる。

 

 ――ほ、ほら。お前何か言えよ……

 ――そもそも童子って何さ?

 ――こういうの詐欺っていうんだっけ?

 ――月の兎やるのとどっちがお給料いいのかしら。

 ――えーと、棄権の手続きはっと……

 

 そんな中で、隠岐奈はフッと不敵な笑みを浮かべ――

 

『大会を開始する! 参加者は所定の位置につくように!』

 

 この瞬間、会場にいた者たちの心は一つになった。

 

(――この秘神、心が強い!!)

 




〇魂魄妖夢
半人半霊の少女。白玉楼の庭師であり、西行寺幽々子の護衛役兼剣の指南役。真面目な性格でまっすぐだが、それ故幻想郷の一癖も二癖もある住人達からはからかわれやすい。たまに物騒になる。また本来の業務外でも、主から無茶振りされることがある。聖杯探索を任させ、獲得のため魔境と化したサバゲー大会に挑む。


〇刑部姫
城化物の引きこもり。最近はサバゲーの味を覚え若干アウトドアに転向気味。幻想郷の山童たちとサバゲーを行う中、「ちょっと規模を大きくしよっか」と気軽な気持ちで小大会を企画していたら、いつの間にか隠岐奈がスポンサーにつき大会規模が拡大。聖杯が景品になるという異常事態にビビっている。あと輝夜という若干属性が被るガチお姫様の登場に慄いている。




妖夢の聖杯探索編。今回は上下分割を予定しています。文量次第でもう少し伸びるかも?
ちょっと忙しくなってきたので次話もすぐにとはいかないかもしれませんが、気長に待っていただければ幸いです。


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番外編16 半人半霊の探し物 下

『さーて始まりました! 妖怪の山を舞台とした大サバイバル大会! 実況は真実と迅速の“文々。新聞”でお馴染み。清く正しい射命丸と――』

 

『はーい! おしゃまで悪魔でイケイケな月の女王、BBちゃんです! 聖杯戦争の運営と校内放送、そしてBBチャンネルで鍛え上げたトーク術を駆使して盛り上げていきまーす!』

 

『はい。BBさんは月の女王と仰いましたが、幻想郷出身の方々の為に補足しておくと、彼女は月の都の住人という訳ではないので勘違いにはご注意を! あっ、匿名希望の某人類最後のマスターさんからコメントが入っていますねー。ええっと、「彼女がテンション高いのは人前で無理やり自分を高揚させているからで、一人になると割と自己嫌悪したりする。もしそんな姿を見かけることがあってもソッとしておいてあげてほしい」とのことです! 皆さーん、聞こえましたかー? いやー、優しさが身に沁みますねー』

 

『ぶっ!? ちょっ、開幕早々何を言っているんですか!? 今の私はグレート可愛いアイドル枠なんですから、プライベートの暴露はCCC級に厳禁ですよ! というかソレ、全っ然匿名の意味がないですよね!? センパイは今、微小特異点の修復に向かっていたはず。――さては先にコメントだけ残していきましたね。オモチャの癖に猪口才な真似を……帰ったら覚えておいてください!』

 

 姦しい少女二人による実況の元、サバゲー大会の幕が開く。

 

『それではまず初めに、観客の皆さんの為に簡単なルール説明を』

 

『私BBちゃんから。――とは言っても長ったらしい説明なんてテンション下がるだけでしょうし、簡潔に行かせてもらいます! ずばり、参加者全員によるバトルロワイアル! 最後まで立っていたヤツが一番だ! イエーイ!! 戦いの様子はドローンとちびノブ撮影隊が随時撮影して特設モニターに映りますので、そちらでも確認できます』

 

『エリアとしては守矢神社の敷地一部を含む、妖怪の山の一角になります。詳しい範囲は会場にある掲示板をご参照ください。いやぁ~、しかし頭でっかちの上層部がよくこんな事許可しましたね~』

 

『そこは隠岐奈さんの交渉の結果らしいですね。参加者はチームでも個人でも可! 普通に考えればチームの方が有利ですが、最終的には景品である聖杯の奪い合いで仲間割れになる可能性もありますからね。一長一短というやつです。――おおっと? 早速派手な動きがあったようです! これは守矢神社横の八坂の湖だー!』

 

 

 

 

 

「『アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)』!!」

 

「『高貴なる海賊準男爵の咆吼(ブラック・ダーティ・バーティ・ハウリング)』!!」

 

 そよ風に揺れる静かな湖面に、激しい水しぶきが立ち昇る。

 湖の上に顕現する、この場に似つかわしくない2隻の巨大な木造船。

 各々の艦上でにらみ合うのは、名だたる二人の海賊。

 

「サーヴァントになってからは陸の上でも船を使えるようになったもんだが、海賊たるもの水の上が本領――まあ幻想郷にゃあ海はねぇが、船を浮かべられるスペースがあったのは僥倖ってもんよ。さぁーて、一丁派手に開幕の砲を撃ち合うか? それとも手を組んで他の連中から蹴散らすか?」

 

 挑発気味に笑って見せるのは、ボサボサの黒髪と長く黒髭が特徴的な男。

 大海賊黒髭――エドワード・ティーチ。

 

「月に行けばそこには海が広がっていると聞く。フランシス・ドレイクすら踏破せぬ海――そそられる物だね。私はまだ見ぬメカクレ属性との出会いを求めて参加したのだが――君はどうなのかな?」

 

 優雅な仕草の伊達男――バーソロミュー・ロバーツ。

 柔和且つ余裕のある態度に、黒髭はニヤリと笑う。

 

「ククク……目的だと? そんなもの――幻想郷の美少女たちと合法的にくんずほぐれつする機会があると聞いたからに決まっているでござるよ! ひゃっほーい!!」

 

 一瞬にして態度を翻した黒髭に、バーソロミューは分かっていましたとばかりに首を振る。

 

「やれやれ、大方そんなところだろうとは思っていたが……だったら陸に降りたまえ。陸に」

 

「いやぁ、拙者ってば水場があったからつい」

 

「おーい! お二人さーん! 暴れるのはいいけど湖を汚さないようにねー! 祟るよー!」

 

「了解でござるよ諏訪子ちゃ~ん! ところで拙者の船でランデブーとかどう? んん?」

 

 湖の畔から声を張り上げる諏訪子に対し、にこやかに手を振る黒髭。

 その様子に肩を竦めるバーソロミューであるが――次の瞬間背後に向かってピストルを構える。

 

「おっと素敵なお嬢さん。前髪を伸ばせば素敵度数増し増しなお嬢さん。あいにくと招待状を送った覚えはなかったのだがね」

 

「見つかっちゃったかー。なかなかいい勘してるじゃない、海賊さん」

 

「何、これでも人を容易く呑み込む大海原で生きた男でね。直感スキルとは別ベクトルだが、危機にはそれなりに聡いのさ。……君からはこう、特に危険な香りがするね」

 

「まっ、そうだろうね。水と船の上なら、私は幻想郷でも有数の危険さだよ」

 

 セーラー服を纏った少女は、にこやかに笑って答えた。

 

「おうおう嬢ちゃん! 海賊船に乗り込んでくるなんぞいい度胸してるじゃあねえか! 捕まって捕虜にされて、あんなことやこんなことになっても知らないでござるよグフフ……」

 

「おかしなことを言うな、エドワード・ティーチ! 私の海賊団ではその手の行為はご法度だ! だが度胸があるという点には同意しよう。容赦をするつもりはないがね」

 

「うんうん、その方が私も後腐れがなくていいわ! 私は村紗水蜜――舟幽霊!!」

 

 にっこりと、楽しそうに、御馳走を前にした少女のように――宝船の船長は錨と柄杓を構える。

 

「合法的に沈めていい船があると聞いて、飛んできました!!」

 

「「え」」

 

 

 

 

 

『おぉーっと!! バーソロミュー選手の船が転覆したー!? 絵になる派手な光景なので私としてはウハウハですが、村紗選手ここまで強かったですっけー!? 大変楽しそうな様子です!』

 

『あちゃ~、これはもろに相性差が出てしまいましたね。村紗選手は舟幽霊。私たち風に言えば、船特攻及び水上補正というところでしょうか? テンションアゲアゲな状態なので、その辺りも関係しているかもですねぇ……イベント補正ってやつです。あっ、黒髭選手は宝具を解除して泳いで逃げています。この辺り、さすがに判断が早いですね。それとも単に、自分の船が沈められるのが嫌だったのか』

 

『しかし水の上は村紗選手のテリトリー! 黒髭選手、追い付かれて捕まったー! 見事な十文字固めをくらいそのまま水中に沈んでいきます。しかしこれは――黒髭選手、笑顔でサムズアップしながら沈んでいく! いや、これは笑顔というかにやけているのか!? 気持ち悪いぞー!!』

 

『その気になれば振りほどけそうな気もしますが、ゲームでの勝利よりも実利をとったってことでしょう。己の欲望に忠実ですねー』

 

 文とBBによる好き勝手な――身もふたもない批評交じりの実況。

 しかし戦場は湖だけではなく、他の場所でも戦いは始まっていた。

 

 山中を木々が蠢く――否、木々を模した迷彩服を着こんだ一団が駆け抜ける。

 慣れた様子で足取りに迷いはなく、時折ハンドサインを駆使しながら一つの生き物のように行動する。

 彼女たちは山童。山に住み着いた河童の一団であり、普段から趣味としてサバイバルゲームに興じているため練度は高い。

 元が河童である彼女たちに協調性などないが、短時間且つ利益が被っていれば話は別。

 各々が手に持った自作の武器を構え、周囲を警戒しながら狩るべき獲物を探す。

 

「総員構え――撃てー!!」

 

 そんな少女たちに襲い掛かるは、幻想郷では珍しい銃による攻撃の嵐。

 山童たちは慌てて木の幹や茂みに飛び込み、一斉掃射をやり過ごす。

 

 銃撃をお見舞いしたのは、ウサミミが突き出たヘルメットをかぶるブレザーの少女たち。

 地上では滅多に見ることのない月の兎――玉兎の一団である。

 玉兎たちを指揮するのは、近年綿月姉妹によってレイセンの名を与えられた少女。

 

 上司からの無茶振りで急遽参戦することになったのだが、その上司が見ているので適当にやり過ごすこともできない。

 聖杯を手に入れることができればボーナスとして使っていいと言われているので、兎ながらに捕らぬ狸の皮算用をしているところでもある。

 

 お互い障害物に身を隠しながらも、時折衝突を繰り返す山童と玉兎たち。

 一進一退の戦い――否、山童たちの方が幾分か有利に動いている。

 それはサバゲープレイヤーとしての練度の差であり、地の利であり、この日の為に雇い入れた軍師の策によるものであり。

 

 しかし玉兎たちも負けておらず、数人の玉兎が一人の山童の後ろから襲い掛かり、その身を拘束して無力化する――その時だった。

 

「頃合いですね……そこです、自爆しなさい」

 

 拘束された山童が、拘束した玉兎諸共に爆発する。

 唖然とする玉兎たち。

 同じく呆然とする山童たち。

 

 そんな彼女たちを尻目に、怜悧な表情の男が独り言ちるように呟く。

 

「妖怪というのは、物理的なダメージには非常に強いと聞きます」

 

 淡々と――悪びれることもなく言葉を紡ぐ男。

 

「反面精神的には打たれ弱いようですが、それはそれ。肉体的に強いということは、自爆要員には最適ということでもあります。なんせ、うまくやれば数度にわたって運用できるので」

 

 その言葉が耳に届いた山童たちは「はっ!?」と事態を察する。

 勝利の為に雇った軍師から渡された、詳細不明の秘密兵器の存在を。

 

「勝利の為とはいえ少女の(なり)をした者たちを自爆させるのは、私としても些か気が進まないような気がしなくもない行為ですが――勝利を望んだのは彼女たち自身。私も心を鬼にしてその覚悟に応えるのは吝かではありません。妖怪用に自爆装置をチューニングするのには多少手間がかかりましたが、各種のデータ取りとしてもいい機会。現代風に言えばwinwinというやつですか、ハハハハハ」

 

 朗らかに笑う男は「そこまで言ってない!!」と、敵どころか味方まで慄かせるのであった。

 しかしそんな彼の足をツンツンとつつく感触が。

 

「はい?」

 

「ノッブ!!」

 

 視線を落とせば平蜘蛛を抱えたナマモノの姿が目に移り――

 

 

 

 

 

『おおっとー!? 血も涙もない鬼畜戦法を繰り出した陳宮選手! 因果応報とばかりに自爆に巻き込まれたー!?』

 

『いえ――陳宮選手健在! アレは無敵礼装――“月霊髄液”ですね。さすがは軍師、予めこのような事態に備えていましたか。信勝選手チームのちびノブたちが包囲にかかりますが、うわぁ……近くにいた瀕死の山童にタゲ集中かけて逃げましたよ、あの人』

 

『信じられない所業だー! はっきり言って私射命丸文、先ほどからドン引きです! まさに鬼か悪魔としか言いようのない所業だーー!』

 

「鬼はあんな真似しないぞー! 風評被害だー!」

 

 鬼っ娘からの文句を文はどこ吹く風でスルーしつつ、BBはその隣で実況を続ける。

 

『しかしアレは月の兎でしたか。基本幻想郷にはいない種族だと聞いてはいますが、なんであんなに大人数が参加しているんでしょう?』

 

『確かにそれは気になりますねー。あっ、そちらにいらっしゃるのは綿月依姫さんじゃないですか! ちょっとお話を聞かせてもらっても?』

 

 文が声をかけると、観客に紛れ込んでいた依姫は律儀に解説席までやってきた。

 

『――先ほどご紹介にあずかった綿月依姫です』

 

『はい、ご登壇ありがとうございます。早速ですがなぜ月の兎のチームが参加しているのでしょうか? てっきり地上のことは毛嫌いしているものとばかり。やはり聖杯が目的で?』

 

 文からマイクを受け取った依姫は首を横に振り、連動するようにポニーテールも揺れる。

 

『いえ、聖杯には特に興味はありません。私は普段月で兎たちを鍛えているのですが、故あって現在はその任から離れています。その為彼女たちには自主訓練をさせているのですが――』

 

 依姫は呆れ交じりのため息を小さく吐く。

 

『内情は置いておくとして、その成果の確認といったところですね。模擬戦とはいえ実戦に近い感覚で戦いを経験できる場は、月では貴重です。その意味ではカルデアのシミュレーターには興味があるところですが――いえ、話が逸れましたね。いつも同じ訓練だけではマンネリ化します。せっかくの機会だったのでこの新しい環境下でどれだけ戦えるのか、未知の敵を相手にどれだけ動けるのか。その経験を積ませるために参加させました』

 

『なるほど、非常にまじめな理由だったのですね。素直に感心しました。ところで、あちらに永遠亭の方々と一緒にいらっしゃるのはお姉さんの豊姫さんでしたよね? 彼女もわざわざ月から観戦に?』

 

『――ええ、まあ。視察の一種とお考え下さい。「私は月で誰かさんのやらかしの後始末で忙しいのに、あなたはお師匠様の下でのんびりできて羨ましいわねぇ」などと通信越しに笑う姉上が怖くて無理やり地上に降りてくる機会を作ったとか、決してそういう訳ではないので、勘違いはなさらぬよう』

 

『……はい! 月の都の内情がよく分かる貴重なコメント、ありがとうございましたー!』

 

 

 

 

 

「おおおぉぉぉぉーー!!」

 

 逆立つ髪の偉丈夫が、ウォークライの如き雄たけびをあげながら異形の螺旋剣を振り回す。

 

「はっ――甘いわっ!」

 

 異形なれど膨大な神秘と質量を秘めた剣と打ち合うのは、あろうことか一本の日傘。

 地形すら破壊する暴威を前に、花の大妖怪は楽し気に笑う。

 

「はっはっは! 女人ながらにこの剛力無双、全くもって見事としか言いようがない! いやはや、お主のような好い女に出会えた幸運を噛みしめようというものだ!」

 

 戦場に酔うケルトの戦士――フェルグス・マック・ロイに風見幽香も攻撃の手を止めず、むしろ一層に激しさを増しながら好戦的な笑みを返す。

 

「お褒めにあずかり光栄っ、ねっ!! 暇つぶしに参加してみたけど、英霊とはいえ人間上がりが“力”で私とやり合えるなんてねっ!」

 

 日傘による豪打に紛れて放たれる弾幕を、フェルグスは僅かに開放した螺旋の虹霓にて打ち払う。

 

「時に一つ提案があるのだが――!」

 

「何かしら! 共闘なんて水を差すような真似は願い下げよ!」

 

「俺とて空気くらい読む! ――今晩、お主さえよければ夜の相手をお願いしたいのだがっ!」

 

 一瞬だけ幽香の手が止まり、次の瞬間には倍の手数となって猛打が放たれた。

 

「なんなのよ急にっ! たった今空気を読むって言わなかったかしら!?」

 

「はっはっは! 好い女だったのでつい、な。何、この国には一期一会という言葉があるのだろう? 俺もそれに則って、その時その時の出会いを後悔のないものにするつもりだ!」

 

「つまり?」

 

「好い女には片っ端から声をかける!」

 

「妖怪相手に物好きなっ!」

 

「俺の妻は森の女神! 種族など気にせんっ!」

 

「思いっきり浮気宣言じゃないのっ! せめてムードと建前を考えなさい!」

 

「しまったっ、藪蛇であったか! しかし男フェルグス、この手の事柄は隠し立てせん!」

 

 

 

 

 

『幽香選手とフェルグス選手、派手に打ち合っております! 激しい討論となっていますが、そこは自主規制ということでひとつっ!』

 

(幻想郷の貞操観念的に禁則事項なんですか?)

 

(個人的には垂れ流しにしても面白いんですけど、子供もいるのでワーハクタクが後から怖いんですよねぇ。異種婚姻も、幻想郷の仕組み的にはあんまり推奨するものでもないですし)

 

(大抵は不幸な結果に終わりますからねー。その積み重ねから奇跡のような存在が生まれるのもまた、人理の妙というやつですが)

 

(へぇ、BBさんはそんな奇跡みたいな存在が好きなんですか?)

 

(――いいえ。誰に価値を見出すか、何に意味を求めるかは私次第です。例え他の誰もが大勢の中の一人に過ぎないと言っても、私が重きを置けばその人はもう、宇宙の中心と同義なのです)

 

(大きく出ましたねー。というかむしろ重い?)

 

(それでフワフワ飛んでいきそうな誰かの重石になれるのなら、幾らでも重くなるんですけどねぇ)

 

(……興味をそそられますが、気軽に新聞のネタに出来る話題ではないようですね)

 

(そりゃあ乙女の秘部ですから)

 

 

 

 

 

「フッフッフッフッフ」

 

 山の中で上機嫌に笑う赤い麗人。

 ネロ・クラウディウスは出陣の刻に胸を高鳴らせていた。

 

「飛び入り参加は祭りの華よ。誰からも注目されていなかった者が颯爽と現れ、並みいる強者たちを打ち破り華々しく勝利を飾る――これほど注目を集める所業もないであろう。惜しむらくは、例え参加者でなくとも余は最初から目立っていることであるが――くぅ、フィン殿ではないが、この時ばかりは自らの輝きが恨めしいなっ!」

 

 恨めしいなどと口にしながらも、整った顔立ちに浮かべるのはドヤ顔。

 自信満々を服に、尊大さを装飾にしたかのような少女は、誰もいないにも関わらず得意げに語り続ける。

 

「そろそろ新しい霊基(クラス)霊衣(ドレス)も欲しかったところ。聖杯を手に入れたらEXクラスとかなっちゃうかな、余っ!! マスターも惚れ直すどころか惚れ重ねること間違いなし!」

 

 薔薇色の未来を夢想しながら、歩を進め始める。

 そして少し進んだところで目をクワッ! と見開き――

 

「「いざ、出陣である/よ!!」」

 

 有頂天な天人と思いっきり目が合った。

 

 

 

 

 

『新たな戦いが始まりました! けど……アレ? あの二人、参加者の中にいましたっけ?』

 

『あー、飛び入り参加っぽいですね。お二方。大方目立とうとしてやったんでしょうが……それでちょうどブッキングしたようです』

 

『それは何というか――お間抜けなお話ですねぇ。あっ、お互いにいいのが入った。ダブルノックアウトでしょうか?』

 

『ネロさんはガッツで復活しましたか。相変わらずしぶといですねー、あの赤い王様は』

 

『しぶとさでは不良天人も負けていませんよ。半分くらいやせ我慢な気がしますが。ほら、涙目で立った。うわぁ、脛が真っ赤になってて痛そうです。何というか泥仕合な気配が既に漂い始めました』

 

『おや、現場で大きな動きがあったようです。そちらにカメラをうつしましょう!』

 

 

 

 

 

「ゴーゴーゴー! 主催者を甘く見るなよー!!」

 

 折り紙部隊を率いて一人――また一人と順調に黒星をあげていくのは刑部姫。

 ミニチュア兵士たちが小銃を撃ち、ヤドカリ戦車が地を這い、オビウオ戦闘機が空を舞う。

 一つ一つの戦闘能力は大したものではないが、数が馬鹿にならない。

 「戦いは数だよ」と言わんばかりに、数の優位を生かして戦場を駆ける。

 

 ――が、そんな彼女の前に立ちはだかるのもまた無数の小さき影。

 

「戦符――リトルレギオン」

 

 宣告と共に現れたのは小さき軍団。

 七色の魔法使い――アリス・マーガトロイドによって操られる人形劇が折り紙部隊に襲い掛かる。

 

「うわわわわ! アンブッシュ!?」

 

「一人軍隊はあなただけではなくてよ?」

 

 得意げに薄く笑うアリスは踊るように両手を動かし、それに連動して人形たちが縦横無尽に舞う。

 普段はエプロンドレスを身に纏う人形たちだが、サバゲーを意識しているのか迷彩服姿。

 この辺りにアリスの几帳面さを感じることができた。

 

「人形の軍隊なんてファンシー!」

 

「あなたの折り紙部隊も変わらないと思うけど」

 

「言い返せないっ! でも数ならこっちが上よ!」

 

「質はこちらが上。それに、こんな手札もあるわよ?」

 

 アリスの人形たちが手にした小銃を構えると、その銃口に魔法陣が展開されボウッっと炎が吐き出される。

 

「ギャー! (わたし)の折り紙がー!?」

 

 刑部姫の折り紙は、当然ながら紙だ。

 軽く量産もしやすいという利点はあるが、当然ながら簡単に燃える。

 

(ヤバいヤバいヤバい! 相性が悪い! 数をもって炎付きで包囲されたらあっという間に灰になっちゃう。虎の子の耐火コーティングの折り紙たちはさっき巴さんとの戦いでほとんど使いきっちゃったし、このままじゃじり貧!)

 

 部隊の一部を犠牲に一旦距離を開けたが、追撃の手は緩まない。

 仮にこの場をしのぎ切ったところで手札は大幅に削られ、今後の戦闘に支障をきたす。

 ネガティブな思考に傾きだした刑部姫であったが、光明が鈍色を伴って現れる。

 

「ターゲットロック――蹴散らすわ」

 

 突如空から殺到したミサイルの群れ。

 チェイテ城の鋼の守護者――メカエリチャンⅡ号機。

 獲物に食らいつかんと飛び交う弾頭だったが、事前に察したアリスは余裕をもって回避行動に入る。

 

「少し離れた間に何を追い込まれているの、刑部姫。援護するわ」

 

「助かった! でもうまく躱されちゃったかー」

 

「生憎と弾幕を相手取るのは得意なのよ。幻想郷の住人はね」

 

 距離をもって対峙する2組――そんな中で、刑部姫は素早くメカエリチャンⅡに目配せする。

 

「そっちはどうだった?」

 

「ええ、作戦通り危険度の高い勢力の位置は確認済よ。そこかしこで小競り合いしているわ」

 

「よーし、じゃあ奥の手行っちゃいますか!」

 

「あら、もう少し潰し合うのを待たなくていいの?」

 

「いーのいーの、スポンサー様は派手なのをお望みだからね!」

 

 メカエリチャンⅡ号機からの無機質な問いかけに、刑部姫はやけくそ気味に叫ぶ。

 明らかに何かやらかす雰囲気の刑部姫に対し、それを止められる唯一の立場にいるアリスは敢えて静観する。

 ――というかむしろ興味深そうに、メカエリチャンⅡ号機を観察していた。

 

「実物は初めて見るけど、面白いわね。あなた」

 

「見る目があるわね、魔法使い。そんな柔らかそうな人形じゃ戦闘には不向きでしょうが、優れた職人には私も敬意を払うわ」

 

「だったらもっと面白いものを見せてあげるわよっ! 主催者特権――《背中の扉(ポータルユニット)》起動! 概念集積――巨大ロボの集団幻想を元に疑似フレームを形成。Ⅱ号機(ケッテー)!」

 

「ええ――ドッキングシークエンス開始! 霊基情報――疑似骨格に投射。同調率――50、75、100%!」

 

「カムヒアっ! 巨大メカエリチャン!!」

 

 宙に浮かび上がったメカエリチャンⅡ号機を中心に魔力の光が集い、巨大な異形の人型を形成する。

 メカエリチャン・ギガフレーム――チェイテ城の守護像を。

 

 戦いが繰り広げられていた戦場が、静まり返る。

 唖然とする観客・参加者たちを満足そうに眺め、刑部姫は意地悪く笑って見せる。

 

「ふっふっふー。さすがに“そのもの”を持ってくることは出来なかったけど、幻想郷の環境と隠岐奈さんから貰った“背中の扉の魔力”、そして核となるメカエリチャンⅡ号機が揃えば疑似的な再現くらいは可能――まあ、上等なシャドウサーヴァントだとでも思ってちょうだい」

 

 先ほどまでとはうってかわって立場が逆転とばかりに、アリスに向かって余裕を持った態度で挑むのだが――

 

「あなた、脂汗かいてない?」

 

「え゛っ……な、何のことかなー?」

 

 あからさまに明後日の方向へと目を逸らす刑部姫に、アリスは冷ややかにジト目を向ける。

 

「よく見たら体も小刻みに震えてるし」

 

「うっ」

 

「ぶっちゃけ無理してるわよね?」

 

「し、仕方ないじゃないのー!」

 

 度重なる容赦のない指摘に、刑部姫が吼えた。

 

「思った以上に魔力がガリガリ削られてるのっ! ぶっつけ本番だったし、多少の想定外は付き物なのよっ!」

 

「まあ、技術屋としてその辺り、理解はあるつもりだけど」

 

「ああっ、こうしている間にも魔力がー!? 光の巨人よりは幾らかもたせて見せるけどー!?」

 

「十分よ、刑部姫」

 

 巨躯と化したメカエリチャンⅡ号機が、山中に声を響かせる。

 

「3分もあれば、この山を丸ごと灰燼に変えられるわ」

 

「それはダメー!? もっと穏便に! ねえっ!? 最近は環境問題には厳しいんだからー!」

 

 余裕の仮面はどこへやら。

 慌てふためく刑部姫に、巨大メカエリチャンはやれやれと肩を竦める。

 それだけの行為でも、この巨体では威圧感のある行動だ。

 

「慌てないでシャキッとしなさい、刑部姫。チェイテジョークよ。やらないわ」

 

 出来ないとは言わないあたりが色々と危険を感じるのであったが――

 刑部姫は気を取り直したように叫ぶ。

 

「とにかく、時間が限られているのは確かッ! 速攻で仕掛けるわよ! まずはあなた! 恨むんなら(わたし)の前に立った不幸を恨んで! 後で丑の刻参りとかしないでねっ! ホントにお願いだから!」

 

 ビシィ! とアリスを指差すが、当の魔法使いは危機感など感じていないかのようにどこ吹く風。

 

「くっ、何この嫌な感じの余裕感は……」

 

「都会派は簡単に取り乱したりしないの。巨大メカエリチャン――とても興味深い存在ね。確かに何の前情報もなしに見れば、白目をむいて泡を食ったかもしれないけど――」

 

「何それちょっと見てみたいかも」

 

「私にだって尊厳があるのよ――でも事前に過去ログ(イベントデータ)で予習済み。出でよ――ゴリアテ!!」

 

 妖怪の山に、巨大メカエリチャンに匹敵するサイズの西洋人形が立ち上がった。

 

 

 

 

 

『なんだかもう訳が分からなくなってきましたー! 巨大な絡繰りと巨大な人形が取っ組み合いを始めました! ちょ、コレ妖怪の山はホントに大丈夫なんですよねー!? サバゲーとはここまで危険かつ魔境な競技だったのかー!?』

 

『本当にいざというときは私と隠岐奈さんで何とかしますのでご心配なく。しかし参加者が参加者な分、スケールが大きくなっていますねー。あの引きこもり姫も随分とまあ無茶な真似を……』

 

『アリス選手もですよ。あの人形、前はあそこまで大きかったですっけ?』

 

『ウチの子なんです! すごいでしょう?』

 

 突如横から割り込んできた神綺に、文はマイクを掻っ攫われた。

 そしてフーっと息を吸い込み――

 

『アリスちゃーん! 頑張ってー! ママがついているからー!!』

 

 会場に響き渡る大声量。

 画面越しのアリスが思いっきりズッコケた。

 

『アリス選手、顔を真っ赤にして口をパクパクさせながら睨んでいます! これは貴重な画だー! 撮影班、バッチリ撮影お願いします!』

 

『アリスちゃん可愛いわー! 私にも焼き増しお願いね!』

 

『ところであなた誰です? ママと言っていましたが、アリスさんに母親がいたとは初めて知りましたが』

 

『義理の母だけどねー。アリスちゃんとの出会いはねー――』

 

 文がマイクを取り返そうとし、されど神綺も離さず、結局二人は頬をくっつけ合うようにして、一つのマイクで朗々とアリスのあれやこれやの過去エピソードを語り始める。

 勿論会場中に伝わる状況で。

 

「うわぁ、これはひどい。天然な分逆に悪辣ですねー」

 

 小悪魔を自称するBBでさえも、さすがに今のアリスには同情を抱いてしまうのだった。

 

『それでその日は一人じゃ眠れないっていうから、私が一緒に――』

 

『あっ、すみません。そのお話はまた後から詳しく聞かせてもらうとして、戦況に変化がありました! 巨大メカエリチャンとゴリアテが戦う戦場に乱入者だー! 片や巨大化した萃香選手! もう片方は――』

 

『カルデアのエウロペ神妃の守護人形――タロスですね。いよいよ怪獣大決戦の様相になってきました。……プロテアの参加を止めた己の慧眼に感心するばかりです!』

 

『萃香選手、楽しそうに殴り合っています。――ん? これは、更なる乱入者!? 巨大な馬の絡繰り――いえ、なんだアレは!? 人型に変形したー!?』

 

『最近召喚されたオデュッセウスさんのトロイの木馬ですね』

 

『……すみません、どのあたりが木馬なんでしょうか?』

 

『さあ? 後で本人に聞いてみて下さい』

 

「……ふーん、あの技術。カルデアの世界線じゃ、あいつらも地球に帰化してたのか」

 

 スウッと目を細める神綺。

 だが小声だった為か、文もBBも気づかずに実況を続ける。

 

『おや、アレは――誘蛾灯に誘われる蟲のように河童たちが集まっていきます! いくら技術屋とはいえ馬鹿なのかアイツら!? ああっ、まとめて薙ぎ払われたー! まぁいっか』

 

『冷たいですねー、文さん。お山の同僚なんでしょう?』

 

『どうせ数日もしたらケロリとしてますよ』

 

 

 

 

 

 轟音、振動、閃光――。

 

「――くっ! ここが地獄の一丁目か!」

 

「いや、地獄はあなたの所の上司の職場でしょう」

 

 大木を背に身をかがめる妖夢に、一時的に共闘している鈴仙・優曇華院・イナバは冷静に告げた。

 

「言葉の綾というやつです」

 

「まあ、確かに地獄よりカオスかもしれないわね。この状況」

 

 鈴仙は赤い瞳を細め、少し離れたところで暴れ回る巨大な影たちを見る。

 

「あなた、アレ斬れそう?」

 

「あのサイズの斬鉄はちょっと……アレってそもそも鉄なんですかね?」

 

「さあ? どうなのかしら。純粋な機械なら波長を狂わせれば機能不全を起こせるかもしれないけど……正直真っ当な機械にも見えないのよねぇ」

 

 参ったと言わんばかりにヘタリと耳を畳む鈴仙。

 

「少し様子を見るのが正解なんでしょうね。ああやってお互いに潰し合って――!?」

 

 鈴仙が突如、銃を象った指を何もない空間に向ける。

 その反応を見た妖夢も、無言で刀に手を添えた。

 

「3秒だけ待ってあげる、姿を見せなさい。3、2――」

 

「OKOK、分かりましたよお嬢さん」

 

 空間が翻るように一人の男が姿を現す。

 両手をあげて降参のポーズを示す緑衣のアーチャー・ロビンフッド。

 

「いやまいったねこりゃあ。まさか“顔のない王”が見破られるとは」

 

「半分はカマかけよ。空間における波長の行き来が妙だったから」

 

「……あちゃー。見事に釣り出されちまった哀れな獲物って訳ですかい。オレは」

 

 軽薄な様子で首を振るロビンフッドに、妖夢が剣を向ける。

 

「隠れてこちらの隙を窺っておいて、哀れも何もないでしょう。恨みはないですが、ここで斬り捨てます」

 

「おー怖い怖い。でもお嬢さん方、その前にちょっと話を聞くつもりはないかい?」

 

「時間稼ぎなら付き合うつもりはないわよ」

 

「何――単に組まないかって話さ」

 

 突然の提案に、妖夢と鈴仙はチラリと視線を交わす。

 その仕草に脈ありと感じたのか、ロビンフッドは素早く話を続ける。

 

「森の中でのゲリラ戦なら分があると思っていたが、今はこんな状況だ。得意の毒もロボ相手じゃ効きゃあしないし、かといって正面から向かっても踏み潰されるのがオチって話だ。その暁にゃあ数少ない取り柄のハンサムな顔も、潰れた柘榴みたいになっちまう」

 

「……私たちと組めば、勝率を上げられると?」

 

「少なくとも、各々でやるよりは幾らかマシってもんさ。――あのバカでかい人形、ゴリアテっつーんだってな? だったらこっちにも適任者がいる。性格には多少――いや、多大な難ありだが巨人(ゴリアテ)退治の張本人がね」

 

 チラリと視線を背後に送るロビンフッド。

 どうやら他に仲間がいるらしいと、妖夢と鈴仙のコンビは当たりをつける。

 

「どうしますか?」

 

「波長からして嘘はついていない……乗ってもいいと思うわ。どの道このままじゃ勝ち目は薄いし」

 

「……いやはや、便利な力を持ったお嬢さんだな。じゃ、一丁よろしく頼むぜ」

 

「ええ、こちらこそ。――私たちの戦いはここからです!」

 

 組んだところで決して容易い相手たちではない。

 それでも妖夢は聖杯を送り届けると、決意を新たにするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冥界、白玉楼にて――

 ズタボロになった妖夢が息も絶え絶えに、半霊に乗った状態で帰還した。

 

「あらお帰りさない、妖夢。――今日はいつにも増してボロボロねぇ」

 

「ゆ、幽々子様……ただいま戻りました。か、勝った……勝ちましたよ。――いえ、正直なんで自分でも勝てたのか分かりませんが、とにかく勝ちました。むしろよく五体満足で帰って来れたものだと、自分で自分を褒めたいくらいです。最後の天草さんとの一騎打ちは、きっと私の胸の中に残り続けることでしょう……」

 

「ほらほら、無理に起き上がろうとしなくてもいいからゆっくりと休んでいなさい」

 

「え――? 幽々子様が優しい言葉をかけてくれるなんて、まさか夢――?」

 

「――あなたが普段から私のことをどう思っているのか後でじっくり聞きたいところだけど、本当にご苦労様だったわね」

 

「うっ……お、お言葉に甘えて休ませてもらいます。あ、その前にこれを――」

 

 妖夢が幽々子へと差し出したのは、黄金の杯――

 

「ご所望の聖杯です」

 

「――苦労して手に入れたでしょうに、本当に欲のない娘ねぇ」

 

 幽々子はあっさりと聖杯を手渡してきた妖夢に、愛おしそうに苦笑する。

 

「ありがとう――よくやってくれました。あなたの体が回復したら、早速始めましょうか」

 

「はい――ってそう言えば聞いていませんでしたが、何を願うんですか?」

 

「あら、言ってなかったかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯ご飯」

 

「……

 …………

 ………………はい? なんです?」

 

 妖夢はたっぷりの沈黙の後、何とかその言葉だけを絞り出した。

 

「だーかーらー! 聖杯ご飯! ほら、先日ハサンさんが見えたでしょう? その時前にウチに滞在していた武蔵さんの話になったんだけど、その武蔵さんが聖杯ご飯っていうのを編み出したみたいなのよ! これはもう、是非とも試すしかないなって!」

 

「聖杯……ご飯……」

 

「うん」

 

「……」

 

「妖夢?」

 

「…………」

 

「よーうーむー?」

 

「………………ガクリ」

 

 返事がない。ただの半人半霊のようだ。

 

「あらあら、眠っちゃったみたい。よっぽど疲れていたのね」

 

「それはそうでしょう。激戦だったんだから。後でちゃんと労ってあげなさいな」

 

 独り言に返された、聞きなれた声。

 振り返ればそこには、スキマから体を出す友人の姿が。

 

「ちょっと久しぶりね、紫」

 

「そうね、幽々子」

 

 幻想郷のスキマ妖怪は、呆れ気味の視線を幽々子へと投げかける。

 

「聖杯なんて求めて何を考えているのかと思えば……はぁ。心配して損したわ」

 

「あら、心配してくれたの?」

 

「当たり前でしょう」

 

「そう、ふふっ――紫も一緒に食べる? 聖杯ご飯」

 

「またおかしな異変になったりしないわよね?」

 

「さあて? どうかしらね。ふふふ……」

 

「何よ、変な風に笑って」

 

「べーつーにー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そう、別にちゃんと心配してくれていたのならそれでいいのだ。

 彼女が大事な人に再会できたのは喜ばしい事だけど。

 それでも最近、ちょっと遠くに感じていた友人が自分にもきちんと関心を払ってくれていた。

 その事実さえはっきりしたのなら、それでいいのだから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後日。

 

「妖夢ー、ほらほら。この間のサバゲー大会の優勝者独占インタビューが記事になっているわよ!」

 

「え? 本当ですか幽々子様。いやぁ、照れますね……。アレ? でも優勝者インタビューなんかあったっけ……?」

 

「ほらここ。えーと、『此度の結果をもってしてこの魂魄妖夢が幻想郷並びに隣接する異界において最強なのは明白であり、いついかなる時、誰からでも挑戦を受け付ける所存――』」

 

「あの腐れ天狗めーーーー!!!!」

 




〇摩多羅隠岐奈
威風堂々たる神秘。幻想郷の賢者の一人。
今回サバゲー大会のスポンサーとなったのは、示威行為の一環。近年幻想郷に対する異界からの干渉が増えているため、各勢力に対して存在感を示すことが目的。……別の意味で存在感を示した方々がいたので、思ったよりはうまくいかなかったが。最近同僚に色々あったので、「ちょっとくらいなら自分がカバーに入ってやってもいいか」との考えもあった。ツンデレ。
ちなみに大会の景品が聖杯だったのは、刑部姫に景品について相談したところ「カルデアだったら聖杯とかかなー?」との冗談を真に受けた為。


〇西行寺幽々子
亡霊の姫にして、冥界の管理者。死を操る少女。
とある理由から聖杯を求め暗躍……暗躍?
最近友人との距離を(一方的に)感じており、宮本武蔵の事例から考えるに聖杯ご飯を食べて“たまたま”異変にでも発展すれば、自分にも関心を向けてくれるかなーと少しだけ考えたりもしていた。もうどうでもよくなったが。
死を操るという点からエルキドゥ相手には相性がいいと思われる。反面、亡霊である以上強制成仏の宝具を持つ武蔵坊弁慶は天敵となりうる可能性がある。





ちょっと間が空きましたが、前後編で番外編16は完結。妖夢の明日はどっちだ。
本編にて大事な人と再会できた紫さんですが、その影響は他の部分にもでてきますよねっていうお話。人間関係は難しい。亡霊と妖怪ですが。ちなみに聖杯ごはんを食べたかったのも本当。武蔵ちゃんの二の舞になってしまうのか――?


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番外編17 とある秋の日の宴

はい、かなりお久しぶりの投稿です。具体的には1年と数か月ぶり。
ちょっと創作意欲が自分探しの旅に出ていましたが、もうすぐお盆だからと帰省してきたので筆をとりました。正確にはキーを打ったのですが。
今回秋の話になっているのは、この話の雛形を書いたのが去年の秋ごろであり、手直ししてからの投稿だからです。
それでは本編の方へどうぞ。


松茸――キシメジ科キシメジ属キシメジ亜属マツタケ節のキノコの一種

独特の香りを持つ、日本という国においては言わずと知れた高級食材の一つ。

なので国産の天然ものともなれば、相応にお高く取引されているのであるが……

 

「へえ、そうなのか? 幻想郷じゃあ別に珍しくもないキノコなんだがな」

 

霧雨魔理沙が背負っていた籠を、博麗神社の境内に地面に降ろす。

籠の中には溢れんばかりのキノコたち。

スーパーで見ることができるような一般的なものから、図鑑を見なければ分からないような種――もしくは世界中の資料を漁ったところでお目にかかれないような独自の固有種まで。

 

「松茸は日本では特に珍重される食材の一つだと聞きます。特異点の日本には何度もレイシフトする機会がありましたが、口にしたことはありませんでした。先輩はどうでしょうか?」

 

興味深そうにキノコを手に取りつつ、マシュ・キリエライトはマスターである藤丸立香へと尋ねる。

 

「オレも食べたことはなかったかな。庶民が気軽に買うには高いし、一般的な家庭出身としてはなかなか機会がね」

 

「でしたらお互い、初挑戦ということですね。土瓶蒸しに炊き込みご飯……楽しみです!」

 

期待に目を輝かせるマシュに、魔理沙がポンポンと三角帽子の埃をはたきながら話かける。

 

「私の戦利品にそこまで喜んでくれるのはキノコ狩り冥利に尽きるが、別に昔から食べられてる普通のキノコだぞ?」

 

「そうなのですか?」

 

「ああ、香りにクセがあるが、そこまで特別な食材って気もしないな。まぁあの白髪の兄ちゃんとか、狐なのか猫なのか犬なのかよく分からんメイド妖怪だったら、大抵の食材なら美味く調理するんだろうがさ」

 

博麗神社では本日、宴会が行われる。

その為調理班として数騎のサーヴァントが出向いていた。

 

「幻想郷ではよく採れるキノコなんだね」

 

「そうだな、むしろ最近じゃ昔よりも数が増えているように感じるんだぜ。もしかしたら、外の世界じゃその分減っているのかもな」

 

「あー、ありそう」

 

立香がカルデアに勤めるようになってから数年間、特異点以外の日本の地を踏んだことはない。

しかしながらカルデアに来る以前の時点でさえ、松茸の収穫量は減っていると耳にしたことがある。

この世界の“外の世界”については立香も直接は知らないが、八雲紫から聞き及ぶ限りでは、自分たちの汎人類史と表面的には変わらない文明と歴史を辿っているようだった。

ならばその手の問題も同一であるというのは、一定の説得力があった。

 

「まっ、その辺りは私らが考えても仕方ない事なんだぜ」

 

「そうかもね。――ところでこのキノコだけど……食べれるの?」

 

立香が籠の一角を指差すと、そこには全身で「毒がありますよー」と主張している印象すら受ける、複数の絵の具をぶちまけたような毒々しい色合いのキノコの姿が。

 

「た、確かに食べるどころか、触っただけでもどうにかなりそうな見た目ですね……」

 

「一応大丈夫そうなヤツから選んできたんだけどな」

 

「……あの、ちなみに判断基準はどうなっているのでしょうか?」

 

「経験と勘だぜ!」

 

マシュの問いかけに対してニカッと人好きするような笑みを浮かべる魔理沙に、立香は苦笑するしかなかった。

 

「エミヤに解析してもらえば、毒の有無は分かるんじゃないかな?」

 

「ほほう、この魔理沙さんの目利きは信用できないと?」

 

「いやまあその……この色合いはちょっと不安ですはい」

 

「正直でよろしい」

 

魔理沙は三角帽子の中から取り出した伊達メガネをかけ、魔理沙先生モードへと切り替わる。

 

「魔法の森は植生の変化が早いからな。新種の有用なキノコを見つけたかと思えば、次に行ったときにはもうなかったりもする。だから初見のキノコなんかもよく見かけるし、その辺りは注意が必要になる」

 

「魔理沙さんはそのようなキノコを多く取り扱ってきた、その道のプロフェッショナルなのですね」

 

「プロフェッショナル……良い響きだぜ。コホン、まぁそんな訳でさっき言った通り経験と勘に自信があるのは嘘じゃないぜ。たまに新種のキノコを食った後2~3日体がしびれることはあるが、そこまでひどい事になったことはない」

 

安心していいのか不安を覚えればいいのか、迷うところであった。

 

「その点じゃ、藤丸が羨ましくはあるけどな」

 

「オレ?」

 

急に名指しを受けた立香は首を傾げる。

 

「毒、効かないんだろ? 『あんなのずるい~!』ってメディスンが百面相してたぜ」

 

「ああ……」

 

その言葉に少し前に出会った妖怪の少女を思い出す。

メディスン・メランコリー――鈴蘭畑の毒人形。

 

自然界、そして人類史において毒というのは強大な武器だ。

物によっては指先ほどのサイズの生き物が、自身の何十倍何百倍もの大きさの生き物を十二分に殺傷しうる。

山の翁の一人として名を連ね、本来のアサシンクラスたる資格を持つ少女の使う武器でもあり、英雄と呼ばれる超人たちですら毒によってその命脈を断った逸話は少なくない。

故にあらゆる毒を操るメディスンは、生物にとって天敵と言ってもいい能力を誇るのであるが……藤丸立香はその例外であった。

 

生来のものではない、シールダー:マシュ・キリエライトとの契約によって獲得した後天的な対毒スキル。

毒性に対して極めて強力な防御力を発揮し、ぶっちゃけこのスキルがなければ立香はこれまでの旅路の中でとっくに命を落としていただろう。

 

「あの件では、メディスンさんには色々とご迷惑をおかけしましたね……」

 

目を伏せるマシュに、立香は頷く。

毒という物は使いようによっては薬になる。

となるとアクションを起こすサーヴァントもいる。

新たにカルデア医療班のトップに立った医神・アスクレピオス。

医者としての意識が極めて高い彼は、メディスンの噂を聞きつけると即座に行動に移った。

 

――実のところ、カルデアにもメディスンと同じようなことが出来るサーヴァントは存在する。

アッシリアの女帝・セミラミス。世界最古の毒殺者。

その逸話からあらゆる毒を生成する宝具を持つ彼女に対し、アスクレピオスは当然のように協力を迫っていた。

しかしながらセミラミスは非常にプライドが高い――ぶっちゃけ気難しい女帝様。

交渉は難航し、暗礁に乗り上げていたのだが、そんな時にメディスンの存在を知ったアスクレピオス。

セミラミスに比べればはるかにチョロそうなメディスンへと矛先を変え、ちょっとした騒動に発展した次第であった。

 

「その話は落ち着くところに落ち着いたんだろ? だったら別に気にする必要はないんだぜ」

 

「それはそうかもしれませんが……」

 

「大体昔の事を言いだしたら、幻想郷の奴らなんてどいつもこいつもやらかした連中ばかりだからな。まぁどうしても気にかかるんなら、偶にメディスンに付き合ってやればいいだろうさ。あいつも社会勉強中みたいだし、うっかり毒で殺す心配がない藤丸ならコミュニケーション相手にはピッタリだろう」

 

何気に物騒なことを語りながら、魔理沙は「よっこらしょっと」と籠を背負い直す。

 

「何にせよ今は目先の宴会だ。さっさと食材を運ぶとしようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでこの国の連中はこんなのを有難がるのかしら。ちょっと理解できないわ」

 

幼き吸血鬼――レミリア・スカーレットは七輪で炙った松茸に挑戦しようとし、「うーうー」と迷った末断念して隣に控えていた十六夜咲夜へと渡した。

 

「欧米人だと苦手な香りだって言うしね。レミリアは納豆が大丈夫だからいけるかとも思ったけど」

 

「それはそれ、これはこれよ」

 

「そう言えばバカマツタケっていうのもあるんだって」

 

「偽物かしら?」

 

「近縁種らしいよ。名前だけ見ると松茸よりも劣りそうだけど、実際のところバカマツタケの方が香りは強いってエミヤが言ってた」

 

「一生お目にかかりたくないものね。天邪鬼辺りは喜びそうな話だけど」

 

立香の言葉に目を細めつつ、松茸の代わりに受け取った深紅のワインを喉に流し込み、レミリアは視線を移す。

 

「マシュも別に無理しなくていいのよ?」

 

「いえ、私はそこまで苦手という訳では……」

 

「でも期待したほどでもなかったって顔ね」

 

「う、それは――」

 

言い淀んだマシュに助け舟を出したのは咲夜だった。

 

「香りというのは各国の文化が出ますから。ある国で好まれる香りが別の国では嫌われるというのは、よくある話です。慣れもありますし、合わないことを疚しく感じることはありませんよ」

 

「レミリアも結構好き嫌いが多いしね」

 

「私に飛び火させるとは小癪よ、立香」

 

小さな指でレミリアが立香の頬を抓る光景に、マシュは小さく笑いを漏らす。

 

「そうですね、まずは好き嫌いを認めるというのも大事なことでした」

 

「そーそー、食べ物の好み一つであんまり難しく考える必要はないわ」

 

「覚えておきます。――それにしても、最近は日が沈むのが早くなりましたね」

 

マシュが髪を梳きながら、辺りを見回す。

既に日が落ちた境内ではあちこちで篝火が焚かれ、集まった人妖たちで賑わっていた。

 

「吸血鬼の時間が長くなって良い事だわ」

 

「身も蓋もない意見……」

 

情緒もなにもない生態的なレミリアの意見に、立香は思わず突っ込んでいた。

 

「残暑はありますが、秋が近くなってきましたからね。人里でも秋の神を迎えて収穫祭があるでしょうから、良ければ行ってみては?」

 

「それは是非とも参加してみたいですね、先輩」

 

「確かに面白そう」

 

神事において本当に神々が駆け付ける辺り、幻想郷らしいというべきか。

咲夜からの提案に相槌をうつマシュへとレミリアが声をかける。

 

「随分と楽しそうじゃない、マシュ」

 

「はい、色々と新鮮で……」

 

マシュは柔らかく微笑む。

 

「私はカルデア生まれのカルデア育ちなので、今まで季節の移り変わりを肌で感じるということがなかったんです。ドクターから聞いた話やライブラリの映像記録で想像を膨らませるのが精一杯でした。マスターと契約してからは特異点や異聞帯に何度も足を運んでいますが、そこでの滞在は一時的なもの。こうして一か所で季節ごとの変化を感じ続けるというのは、初めての体験なんです」

 

デミ・サーヴァント用の調整体として生を受け、本来カルデアという匣の中で一生を終えるはずだった少女。

数奇な因果の果て、彼女は今、多くの変化を享受していた。

 

「なるほどねぇ」

 

感慨深そうにつぶやくレミリアの視線の先には、宝石の羽を持った吸血鬼の姿がある。

レミリアの妹、フランドール・スカーレット。

並みの人間の人生数回分の時間を、小さな匣の中で過ごしてきた少女。

紅霧異変を経てもほとんど外に出ることがなく地下の自室に籠っていたフランドールだが、最近はよく外に出るようになった。

彼女もまた、多くの変化を受け入れ始めている。

美鈴を引っ張り回しながらはしゃぐ妹の姿に、レミリアは頬を緩めた。

 

彼女はふと考える。

マシュとフラン。

種族も寿命も性格も違うのだが――

 

「……案外、境遇は似ているのかもね」

 

「どうかなさいましたか、お嬢様?」

 

「何でもないわ。益体もない独り言よ」

 

漏れだした小声にも敏感に反応した従者をレミリアは適当にはぐらかし、咲夜もまた深くは追求しなかった。

 

「この国はコロコロ季節が変わって忙しないとも思っていたけど、マシュやフランの目にはまた違って見えているんでしょうね」

 

「そうかもしれません……あっ、先輩! 流れ星です!」

 

急にマシュが声を張り上げ、空を指差す。

その先には言葉通り、夜の帳を切り裂く一条の光の姿が見て取れた。

 

「願い事を……あぁ、消えちゃいました」

 

「実際、流星群でもないと3回も願い事をするのは難しいよね。……まぁ、流れ星はもう一生分見た気はするけど」

 

肩を落とすマシュの横で立香はアトランティス――そしてオリュンポスでの戦いを思い出す。

神代においてのみ許される天体魔術の本領。

惑星轟と銘打たれた魔術によって雨あられと降り注ぐ隕石群。

落ちる先が自分たちであった故に、アレはアレで願い事をする余裕など全くなかったが。

 

「……ところで咲夜、どうしてあなたはすまし顔とドヤ顔を両立させているのかしら?」

 

「ふふ……私は時間を止めてきっちり願い事をさせて頂きました」

 

「うわぁ、ウチのメイドが大人気ない……ちなみに内容は?」

 

「内緒ですわ」

 

ふふんと胸を張る咲夜にレミリアがジト目を向けつつ、ふと思い出したように呟く。

 

「そう言えば昔、紅魔館目掛けて隕石が降ってきたことがあったわねぇ」

 

「へっ? そ、それは何というか――大丈夫だったのですか?」

 

何気なく放たれた爆弾発言にマシュがポカンとするも、レミリアは飄々としたものだ。

 

「もちろん。フランが軽く片づけたわ。『きゅっとしてドカーン』ってね」

 

レミリアがフランの真似をするように、空に掌をかざし握りしめる。

 

「やはりフランドールさんの破壊の力は凄まじいですね」

 

感心したような、呆れたようなマシュの声音。

 

「……そう言えば、ですが」

 

「うん? 何かしら、マシュ?」

 

「以前から疑問には思っていたのです。レミリアさんの“運命を操る程度の能力”とフランドールさんの“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”。姉妹なのに、全く別方向の力を持っているのだな、と」

 

フランドールの能力がとても分かりやすい結果を齎すだけに、レミリアの能力は反比例するかのようにその結果が分かりにくい。

なんせ運命という観測手段が確立していない代物だ。

故に一部では「適当に自称しているだけなのでは?」なんて噂もある。

 

「んー、そうねぇ。まぁ能力の名乗りなんて、結局は名刺みたいなものだけど。それこそフランなら別に“魔法を操る程度の能力”でもいい訳だし」

 

フランドールは魔法少女であるし、レミリアだって保有する能力は多岐に渡る。

幼い体躯に見合わぬ怪力と速力、高い魔力に吸血鬼としての様々な特性。

その中で“運命を操る程度の能力”を代名詞にしているのは種族に依らない固有の能力ということもあるだろうが――案外“格好いいから”とかそういう理由なのかもしれない。

 

「私も疑問には感じていても“そういうもの”だということで深く考えてはいなかったのですが――実のところ、お二人の能力は根っこの部分は同じなのではないかと、最近思ったんです」

 

「……へぇ」

 

レミリアは面白そうに口元を弧に歪めた。

 

「どうしてそう思ったのかしら?」

 

「きっかけはシオンさんがオルテナウスに組み込んだ『天寿』の概念武装――ブラック・バレルです」

 

「ああ、あのチラッとだけ見せて貰った、あんまりよくないヤツね」

 

得心がいったという顔で頷くレミリア。

異聞帯の中でも最大規模を誇るオリュンポス攻略の為に用意された、神殺しの切り札。

 

「地球有数の神話体系に君臨する主神。存在規模に至っては、汎人類史における全盛期すら上回る正真正銘の神をも殺し尽くす兵器。自分たちすらあっさり滅ぼしかねない力を生み出すのは、いかにも人間らしいわ。――たしか終末時計ってのがあったと思うけど、裏側の存在まで組み込んだらどれだけ秒針が縮むのかしらね?」

 

「どちらかというと、振り切った秒針を戻すために戦っているんだけど」

 

「あら、これは一本取られたか。でも無理やり巻き戻した時計が、その後も正常に動き続けるのかしら?」

 

「その時の事はまぁ、その時また考えるよ」

 

「行き当たりばったり……でも人類の歴史なんてそんなものかもね。良くも悪くも」

 

立香との問答にレミリアはクスクスと笑って、マシュに話の続きを促した。

 

「ちょっと話が逸れたけど、続きをどうぞ?」

 

「はい、それでは――ブラック・バレルは寿命を弾丸として撃ちだす兵装。前提として対象の寿命――大仰に言えば“終わりの運命”を観測します。巨大な銃という形態こそとっていますが、実態としてはむしろある種の“運命操作”を行うためのデバイスと捉えることもできます」

 

「つまりあなたは、フランの能力も似たようなプロセスをとっているんじゃないかと考えたわけね?」

 

「はい。フランドールさんは“目”というものに力を加えることで、対象を破壊すると言っていました。フランドールさんによると“目”は対象の最も緊張している部分とのことですが、カルデアの見解としては式さんの直死の魔眼に近い――“モノの終わり”を視覚情報として浮き彫りにしているのではないかと考えられています」

 

両儀式――特異点・境界式にて遭遇した少女。

「生きているのならば神様だって殺してみせる」と豪語するように、万物万象を殺しうる虹の瞳を持つ。

 

「フランドールさんの力がレミリアさんと全く別のものであると考えるよりは、破壊という方向性に特化した“運命を操る程度の能力”と考える方が自然なのではないかと――そう思ったんです」

 

「なるほどねぇ、面白い考えだったわ」

 

レミリアはふむふむと頷きながらワインを口に含む。

ゴクリの艶めかしく喉を鳴らし、10秒、20秒、30秒――

 

「えっと、あの……答え合わせなどは?」

 

唐突な沈黙に耐え切れず、マシュがおずおずと尋ねた。

 

「マシュ、いい?」

 

レミリアは生徒に向ける先生のような態度で語りかける。

 

「妖怪にとって“秘す”ことはそれだけで力なの。正体不明を売りにするアイツほど極端ではないにせよね」

 

「その、あまり話題に上げない方がいい事だったのでしょうか?」

 

「安易に踏み込むべきことでないのは確かね。妖怪とは闇と未知の中、現実と幻想の狭間に生きるもの。正体がつまびらかにされた妖怪ほど哀れなものはないわ」

 

「なるほど・・・・・・それは失礼しました」

 

「いいわよ、今後は気を付けるようにしなさい。世の中、私ほど寛大な妖怪ばかりじゃないのだから」

 

マシュからの謝罪に、レミリアは尊大な雰囲気で応対してみせる。

 

 

 

 

 

 

 

――とはいえ、だ。

実のところ、レミリア自身フランの能力を詳しく把握している訳ではない。

でもそのことを素直に口にすると沽券にかかわってくる。

だからこそ適当にそれっぽい理由を述べて煙に巻いたのだが、そのことは紅魔の王だけが知っていればいい事だった。

 

もっとも立香などは、詳細はともかく「今何か誤魔化したな」程度には勘づいたりしたので、咲夜にそっと目配せしてみる。

すると咲夜は苦笑しつつも人差し指を唇にそっと当て、シィーと返してきた。

 

「あら、マシュ見てみなさいよ。咲夜と立香が目と目で通じ合ってるわ。浮気よ浮気」

 

「ええっ!? せ、先輩……?」

 

「違います」

 

「初めてナンパされたかと思いきやバッサリと切られるなんて……所詮私は独り身の悲しいメイドということですか」

 

「そこノってきちゃうの!?」

 

よよよ……と弱々しくしなだれるふりをする咲夜に、思わず突っ込む立香。

十六夜咲夜――真面目に見えて割とお茶目なメイドさんであった。

 

その後も宴会は続き、余興代わりの弾幕ごっこがあったり、マシュが場酔いして色々と大胆になったり、それを見ていた魔理沙が顔を真っ赤にしたり、妖精たちが悪戯しに来て失敗したりと色々あったが、まぁ幻想郷では良くあるひと時であった。

 




○メディスン・メランコリー
小さなスイート・ポイズン。鈴蘭畑の毒人形。
人間に捨てられた人形が妖怪化した存在であり、その誕生経緯から人間を嫌っている。
人間からの人形解放を願っていたが、閻魔に説教され現在見聞を広げているところ。

・因縁キャラ

【ナーサリーライム】
「お仲間なのねっ! え? ご本なの? ・・・・・・本当に?
 わっ、本当にご本になった!」


【加藤段蔵】
「人形が人の子を育てる・・・・・・そんな事もあるのね。
 私も同じことをすれば人を理解できる?
 でもさすがにちょっと難易度が高い気がするわ」


【アスクレピオス】
「へんたーーーい!!」


【セミラミス】
「こんにちは、毒のおば様っ!」
(その場では寛大に対応しつつも、若干落ち込んでいる女帝様の姿を確認できる)


【異聞帯の王】
「もういらないからって、捨てられた世界の王様たち。

 ・・・・・・・・・・・・どうしてあなた達は、自分を捨てた相手の味方をできるの?」










改めましてお久しぶりです。
ちょっと創作意欲が低迷していたためしばらく筆を置いていましたが、その間にも感想を貰い励みになりました。
冒頭にも書いたように、この話は元々秋ごろに雛形を書いていたものです。
松茸ネタはその影響で、現実では絶滅危惧種になったので幻想郷では増えて貰いました。
今回は元々あった雛形に手を加えたものなので、もう一話新しく書いた話も投稿したいと思います。


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番外編18 たとえそれが、どんな奇跡か間違いであったとしても

「マスター・・・・・・と、ジャンヌ・ダルクのオルタさん? 向かい合ってうんうん唸ってどうしたの?」

 

その日、ランサーのサーヴァント・宇津見エリセが声をかけたのは先の言葉通り、食堂の片隅で渋面を浮かべながら何やら話し合っている藤丸立香と竜の魔女であった。

 

「あー、エリセ。うん、ちょっとね・・・・・・」

 

額に浮かべていたしわをほぐしながら困ったような笑みを浮かべる立香。

どう口にしたものか、迷っているような表情だ。

 

「何か問題でも起きた? 私で良ければ力になるけど」

 

「やめておきなさい」

 

エリセが申し出た助力をあっさりと切って捨てたのはジャンヌ・オルタ。

青白い肌に冷たい瞳が、静かな拒絶を感じさせる。

 

「素人が興味本位で首を突っ込んでいい案件じゃないわ」

 

「むっ」

 

エリセの頬が軽く膨れる。

 

「私だってあなたほど古参じゃないけどマスターのサーヴァントだ。やすやすと遅れをとるつもりはないし、仕事はきっちりこなしてみせる」

 

「へぇ、中々いい啖呵を切るじゃないの?」

 

ジャンヌ・オルタは面白そうに唇を釣り上げ、目を細めて見せる。

 

「ちょっと二人共、喧嘩はほどほどに・・・・・・」

 

「お黙りなさい、マスターちゃん。――以前からネーミングセンスには光るものがあると思っていたけど、サーヴァントとしての覚悟を口にするのなら手を貸してもらおうじゃないの」

 

「望むところだ」

 

意図せずしてエリセを挑発する形になり、なし崩し的にパーティに加わることになった彼女だが・・・・・・

 

「ま、立ち話もなんだし座りなさい。何か飲む?」

 

「え・・・・・・あ、うん。じゃあ、この飲む麻婆を」

 

先ほどの挑発的な態度などなかったかのように席と飲み物を勧めてくるジャンヌ・オルタの様子に、エリセは少し毒気を抜かれたように頷くのであった。

一方ジャンヌ・オルタはというと――

 

(え? 何でこの娘ナチュラルに罰ゲーム用のを頼んでるの?)

 

――と内心ギョッとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ夏だよね」

 

唐突に切り出した立香に、エリセは実感薄く頷いた。

 

「そういえば日本の暦の上ではそうなるのか……カルデアにいたら分かりにくいけど」

 

現在カルデアは彷徨海バルトアンデルスのエントランスを間借りしている状態であり、外界から隔絶された環境であるため当然季節感などない。

もっともこの特殊な立地がなくとも、白紙化された地球では季節感を感じることは期待できないだろうが。

 

「だったら幻想郷にでも行ってくればいいわ。そうすれば一発で分かるでしょう」

 

「幻想郷っていうと、確かカルデアと繋がっているっていう異世界の異界だっけ? 私はまだ行ったことはなかったけど」

 

「あら、都会育ちは田舎には興味がなかったかしら?」

 

「都会育ち・・・・・・ああ、そういう言葉もあるのか」

 

ジャンヌ・オルタの皮肉めいた口調に対し、エリセは最初ピンと来ない様子であった。

「どういう事?」と尋ねる立香にエリセが応える。

 

「私の世界じゃ基本、人の生きられる場所は再編され環境がコントロールされたモザイク市の中だけ。私の世代じゃ天然ものの自然を知っている人間なんて早々いないだろうし、本当に田舎と呼べる場所がどれだけ残っているのやら……」

 

「なるほど、そういうことだったんだね」

 

いちいち都会や田舎と分ける必要がなかったということだろう。

聞きようによってはなかなかに重い世界背景であるが、当のエリセはそれを当然のものと受け取っているので立香としては大げさな反応をしないことにした。

もっとも軽いジャブのような皮肉が何の効果もなかったジャンヌ・オルタは、つまらなそうな顔であったが。

 

「ま、いいわ。重要なのはもうすぐ夏ということ」

 

「だからそれが何なの?」

 

「暑くなると不審者が活気づくのよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

ポカンとした表情でたっぷりの間の後に、呆けた声を上げるエリセ。

彼女は立香に顔を向けるが、真剣な顔で頷かれる。

戸惑いと不審を半々にしたような表情で、彼女は言葉を絞り出す。

 

「ええと、その、不審者って?」

 

「ジャンヌ・ダルク。忌々しい私のオリジナルの聖女サマ」

 

「キャスターの方のジル元帥とか、黒髭とか、キュケオーンの魔女とかじゃなくて?」

 

「私の前でジルを不審者扱いとは、度胸あるわね」

 

おずおずと確認するようなエリセの問いかけに、ジャンヌ・オルタは瞳を細めた。

 

「あっ、ゴメン」

 

「ま、客観的に見た目が不審者なのは否定できないけど」

 

あっさりと意見を翻しつつも、ため息を吐いたジャンヌ・オルタ。

 

「でも、夏の聖女サマはまた別のベクトルでヤバいのよ。そう、アレは忘れもしない・・・・・・何年前だったかしら? まぁとにかく夏のルルハワ――」

 

「あ、これもしかして回想に入る流れ? もう既にちょっとというか、かなり嫌な予感がしてきたんだけど」

 

腰を浮かせかけたエリセの手首を、ジャンヌ・オルタがガッ! と掴む。

 

「諦めなさい、アンタは自分から犠牲になる道を選んだの」

 

「こう・・・・・・せめて犠牲になる場所は選びたいというか」

 

「アンタ私と同じで幸運Eでしょ。理不尽なんて手をこまねいて待っているわ。最初の威勢はどこに行ったのよ」

 

「うぐ」

 

唸るような声を上げて、再び腰を下ろすエリセ。

それを見届けたジャンヌ・オルタは手を離し、口を開く。

 

「あんまり詳しく話すと私も頭が痛くなるから、簡単に話すわ。――ある夏、あの女は水着に着替え、姉を自称しだしたわ」

 

「最初から訳が分からないんだけど」

 

「安心しなさい。私にも分からないから。マスターちゃんにもね」

 

立香は無言で頷き、同意した。

 

「最初はまだマシ――比較的マシだったけど、イルカを撃ちだし、鮫と練り歩き、やがて洗脳怪光線を放つようになりと好き放題」

 

「洗脳って、確かにカリスマ系スキルなら広義の意味での洗脳ともいえるかもしれないけど」

 

「アレに理屈を求めるのはやめなさい、カリスマに失礼だわ。・・・・・・私もいったい何度、気が付いたら妹にされていたことか」

 

「ジャンヌ・ダルクというと聖女の代名詞みたいな存在だと思っていたけど、あの人って異聞帯の出身だっけ?」

 

「残念ながら正真正銘汎人類史の出身よ。元から壊れ気味だったブレーキをアクセルに付け替えて・・・・・・結局汎人類史が一番怖いのよね」

 

疲れたように首を振るジャンヌ・オルタに対し、エリセはどこか納得しがたい表情だ。

カルデアに来て以来ジャンヌ・ダルクとは何度か話したことがあるが、穏やかで優しく慈悲深い――それでいて鋼のような芯を持つ、まさしく英雄と呼べる女性。

たった今聞いた怪人物像とはどうにも噛み合わず、実感が湧かないためだ。

 

「どうにもイメージが合わないなぁ」

 

「他人事みたいに言っているけど、アンタも危ないわよ?」

 

「え?」

 

「ほら、アンタなんか水属性入ってるっぽいじゃない。あのボイジャーってガキンチョも金髪でしょ? 問答無用で妹と弟にされかねないわよ」

 

「それは、その・・・・・・畏れ多いというか」

 

エリセの基本的な価値観として、英霊は“尊いもの”であるため家族扱いされるとなると戸惑いと共に嬉しさも隠し切れない。

反面、エリセのそのそんな反応を見たジャンヌ・オルタは「実態を知ればそんな事言っている余裕はなくなるでしょうけど」と内心で呟いた。

 

「――とにかく! 私もいつまでも黙って妹にされるつもりはないわ。おとなしくしているならそれでいいけど、どんなトンチキを持ちだすか分からない以上事前に対策を――」

 

竜の魔女が謎の決意を示した、そんな時だった。

 

『あ、もしもしマスター君? 今時間があるなら管制室までよろしく~。急ぎの要件ではないから、別に後からでもいいけど』

 

軽い口調でのアナウンス――小さなダ・ヴィンチちゃんの声に、三人は顔を見合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最早見慣れた光景となった紅魔館。

ジャンヌ・オルタとエリセと共に、紅魔館の主であるレミリアに一言挨拶をし、「コイツまたスゴイ格好のヤツを連れてきたな」という視線に見送られながら目的地に向かう。

興味深く周囲を見渡すエリセに微笑みながら歩くことしばらく、長い階段を上り切り赤い鳥居を抜ければ人気の薄い割に生活感のある神社――博麗神社であった。

 

「あらいらっしゃい、立香さん。――と、そっちの二人は初めてだったかしら?」

 

夏も近いためか少し薄着になった霊夢が出迎えてくれる。

見慣れた巫女に立香が二人を紹介すると、霊夢は少し考えこんだ後「あぁ」と呟く。

 

「小鈴ちゃんのとこから借りた本の作家さんだったかしら?」

 

「ぶっ」

 

ジャンヌ・オルタは端正な顔立ちに似つかわしくなく噴き出した。

 

「知っているわ、作家系サーヴァントってやつなんでしょ。独特だったけど面白かったわよ。新しいのは描いているのかしら?」

 

「え、えぇ……まぁ、構想は幾つか」

 

「ふーん、出来たら読ませてね」

 

もちろんジャンヌ・オルタは作家系サーヴァントではないが、マイペースな霊夢の態度と同人誌の話になったこと。あと素直に褒められるという慣れない経験により完全に機を逸して、否定するタイミングを見失っていた。

 

「話が見えないんだけど」

 

「色々あってね」

 

首をかしげるエリセに立香は「この話はまた今度」と返す。

一言で語り尽くすには過分なほどの一夏の出来事であった。

 

「わざわざ足を運んでもらって悪かったわね」

 

「いいよ。それでどうしたの?」

 

紅魔館越しに、「暇な時でいいから少し聞きたいことがある」と伝言を受け取っていたのだ。

とはいえ初期に問題を放置して後々大きな事件になる・・・・・・ということは別に珍しくないので、早めに来たわけだが。

 

「ちょっと聞きたいことがあったのよ。まずはこれなんだけど……」

 

霊夢はスッと、一枚のカードを取り出した。

 

「これは?」

 

「最近巷で流行りだした謎のカードよ。何か知らない?」

 

心当たりのない立香は連れの二人に視線を送るが、首を横に振られる。

 

「絵柄からして、幻想郷発祥なのはほぼ間違いないわよね。説明文なんかもあるし、幻想郷のローカルTCGか何かかしら?」

 

ジャンヌ・オルタが氷精の描かれたカードをまじまじと観察し、意見を漏らす。

 

「でもただの遊び道具にしては、魔力を感じるけど」

 

「そこなのよね」

 

エリセの意見に霊夢が面倒くさそうに頷く。

 

「立香さんたちの・・・・・・概念礼装だっけ? アレに似ているから、何か心当たりがないかと思ったんだけど」

 

概念礼装――魔術世界においてはより広義な意味で使われるが、カルデアにおいては主に、カルデア式召喚システムの副産物的に生成される霊基補強用のカード型礼装を指す場合が多い。

 

「一応、ダ・ヴィンチちゃんにも話は聞いてみるよ」

 

「そう? お願いするわ。コレを巡って変に商売っ気まで起こしてる連中もいるみたいでね・・・・・・厄介なことにならなきゃいいんだけど」

 

物憂げに独り言ちる霊夢。

 

「・・・・・・商売となると首を突っ込みそうなのが何人かいるから、こっちでも気を付けておく必要があるかしらね・・・・・・」

 

ジャンヌ・オルタの言葉に立香は首肯を返す。

外様であるカルデアとしては、あまり幻想郷の経済事情に首を突っ込むのはよろしくないだろう。

 

「ま、カードに関しては私の方でもボチボチ調べてみるわ。それでもう一つ、アレの事なんだけど……」

 

アレとは何ぞやと首を傾げるカルデア一行に、霊夢が境内の一方向を指差し、それに釣られて皆視線を移す。

そこにいたのは・・・・・・

 

「ハニョブ!」

 

「・・・・・・埴輪ノッブ?」

 

いつかどこかのぐだぐだした邪馬台国で散々叩き割った埴輪型謎生物であった。

 

「げっ、まさかぐだぐだ案件なの?」

 

「ぐだぐだっていうと、確かたまに見かけるちびノブに関わっているとかいうやつだっけ?」

 

嫌そうな表情を浮かべるジャンヌ・オルタとカルデアで見た資料を思い返すエリセ。

そんなエリセの様子を横目に、何時か彼女も巻き込まれるんだろうなぁ、見た目的に。などと考える立香であった。

 

「似たようなちんちくりんは何度か見た事あるけど、やっぱりそっち案件だったのね」

 

「そうだろうけど・・・・・・どうかしたの?」

 

納得の言葉を零しつつも、どこか腑に落ちない様子の霊夢に立香は問いかける。

 

「いえね、見た目的にカルデア関係だとは思っていたけど、こっちとしても少し心当たりがあったものだから・・・・・・」

 

「心当たりって、あんなナマモノに?」

 

ジャンヌ・オルタが「嘘でしょ」と疑わし気な視線を送ると、霊夢は苦笑する。

 

「ナマモノというか焼き物よね。前に起きた異変で、埴輪造りの女神が――」

 

「私の事ね」

 

「そうそう、あなたの・・・・・・って、へ?」

 

いつの間にか、いた。

鮮やかな青いロングヘアーに、緑色の頭巾を被り、身に纏った作業用エプロンに取り付けられた各種彫刻道具が特徴的な少女。

何故今まで気づかなかったのかというまでに、膨大な神気を漂わせる女神。

 

「あんた、何時の間に・・・・・・」

 

「先日振りね、霊夢も、そちらの人間も。残りの二人とははじめまして、よね? 私は埴安神袿姫。人間霊たちの願いにより畜生界が霊長園に喚ばれし造形神(イドラデウス)

 

「“造形神(イドラデウス)”・・・・・・!!」

 

ふふんと胸を張る少女に、ジャンヌ・オルタが慄く。

多分、造形神のルビ振りに対してだろう。

 

実のところ立香は、袿姫とは初対面ではなかった。

とはいえ深い関連性があるかというと別にそうでもなく、先日の宴会の時に軽く顔を合わせて挨拶した程度の仲だ。

どちらかというと、ガラテアやアリス、神綺を交えて熱心に談義していた姿が印象的であった。

 

ツンツンとつつかれて顔を向けると、エリセが小声で話かけてきた。

 

「ねぇ、女神ってもしかしてガチの女神様? サーヴァントじゃなくて?」

 

「うん、まぁ。幻想郷じゃ神様でもたまにその辺をフラフラ歩いてるよ」

 

「そっかぁ、フラフラしてるのかぁ……」

 

カルチャーショックを受けたような顔で「怖いなぁ、幻想郷」と呟くエリセ。

そんな彼女に袿姫が声をかける。

 

「そこの際どい服装のあなた」

 

「際どっ!? ・・・・・・えーと、なんでしょう、埴安神様」

 

微妙にショックを受けつつも反応したエリセに、袿姫は小首を傾げた。

 

「何かしら? あなたからは妙なシンパシー的なものが・・・・・・もしやあなたもクリエイター?」

 

「へ? いえ、どちらかというと破壊者サイドですが・・・・・・死神とか呼ばれてますし」

 

「ふーん・・・・・・じゃあ何なのかしらね、この感覚」

 

「そんな事より袿姫」

 

小さく唸る造形神に、霊夢が鋭い視線を送る。

 

「あんたが出てきたってことは、あの埴輪ノッブとやらに関係しているの?」

 

「え、うん」

 

「自白したわね、秒で・・・・・・」

 

げんなりとした霊夢だったが、気を取り直して問いかける。

 

「で、具体的には何をどうやらかしたのかしら」

 

「やらかした前提で話を勧めないで欲しいのだけど……」

 

霊夢の問いかけに、袿姫は静かに目を閉じて神々しい雰囲気で諳んじ始める。

 

「あれは――そう、先日気まぐれに参加した宴会が全ての始まりだったわ」

 

「めちゃくちゃ尊大そうにすごく普通の事語り始めたわよ、こいつ」

 

「オルタちゃん、茶化さないであげて」

 

外野の小声など耳に入らぬとばかりに、袿姫は続ける。

 

「そこの人間――藤丸と挨拶した時に、彼から妙な魔力的因子を感じ取ったの」

 

「オレ?」

 

「そう。とりあえず後々何かの足しになるかもしれないからササっと回収しておいて、霊長園に帰ってから本格的に研究をしたの」

 

何時の間かに何か盗られているらしかった。

あなたの心です――とかではないだろう。

 

「・・・・・・立香さん、だいじょうぶ? 魂とかちょっと盗られてない?」

 

「自覚症状はないけど……」

 

霊夢から心配そうに指摘されちょっと不安になる立香であったが、袿姫自身がそれを否定する。

 

「だいじょうぶよ、外的な因子だし。多分」

 

「今多分って言ったわね」

 

「コホン・・・・・・ともあれ私は持ち帰った因子を研究、解析、抽出、生成、増幅、造形を行ったわ。伊邪那岐物質ともまた一味違うし、始めて見るタイプのものだったからさすがに手古摺ったけど。具体的には2週間くらいの研究の末、私は魔力的因子の発生元の再現に成功したという訳よ!!」

 

「ハニョブ!!」

 

ババーン! と埴輪ノッブを指差す袿姫に、応える埴輪ノッブ。

 

「えーと、つまり・・・・・・」

 

「キミに残留していた魔力的因子って、“ぐだぐだ粒子”ってやつの事?」

 

立香はエリセと顔を見合わせる。

ぐだぐだ粒子とは――まぁぶっちゃけよく分からないナニカである。

こう、世界観が乱れる系の。あんまり真剣に考えると大事な何かを失ってしまいそうな。

そのくせ時折世界崩壊級の危機に関わってくるあたり、カルデアとしても無視したいけど無視し切れない厄介な案件であった。

立香としても(残念ながら)その手の事件解決の第一人者であり、その際に僅かながら残留していたのであろう。

 

「マスター・・・・・・帰ったらしっかり魔力洗浄しておきなさい。特定危険外来種のキャリアになりかねないわ」

 

「はい」

 

ジャンヌ・オルタのもっともな提案に、立香は素直に頷くしかなかった。

 

「へぇー、あの因子ってそんな名前だったのね。発見者として名前つけなきゃと思っていたんだけど」

 

一人うんうん頷く袿姫に、霊夢が呆れた表情になる。

 

「――で、こんなの作ってどうするつもりよ?」

 

「ええ、造形神を名乗る身としてはコピーだけで済ませちゃダメだと思うのよ。模倣自体は創作活動の第一歩だし、全然アリなんだけど」

 

微妙に話のピントがズレていた。

とはいえある意味神様らしく、霊夢も承知の上なのかまずは話を聞く構えだ。

 

「この埴輪ノッブのデザインは私の発想とは違うものだったわ。そこで私は埴輪ノッブをリスペクトしつつ叩き台にして、私の造形術を組み合わせて新たな埴輪兵士を生み出したわ・・・・・・そう、それこそがこの次世代型埴輪兵士――名付けて“ちびマユ”!!」

 

「マッユ!!」

 

いつからいたのか、袿姫の声に合わせて飛び出てきたのは小柄な埴輪兵士だった。

先日の宴会の際袿姫に付き添っていた埴輪兵長をデフォルメ――というかちびノブ化したようなデザインである。

 

「磨弓ほどではないけどそれなりの戦闘力に加え、高い生産性とコスパに優れている! アレンジ性も高くバリエーションも増やしやすい! 我ながら久々の傑作だったわ・・・・・・なんだか造った覚えがない分まで勝手に増えている気もするけど、些細な問題ね」

 

「なんてことを・・・・・・」

 

多くの経験から立香は学習していた。

一度増えたちびノブ系列は、ミント並みにしぶといのだと。

 

「それで・・・・・・」

 

黙って聞いていた霊夢が、頃合いと思ったのか改めて尋ねる。

 

「こんなのを造って増やして、何をするつもりなの?」

 

博麗神社の巫女、幻想郷の守護者として幻想郷の脅威になるというのならば、面倒くさいが早めに釘を刺しておく必要がある。

そう考えての問いかけであったが――

 

「そうねー。まずは数を揃えて、しっかり整列させて行進とかさせてみようと思っているわ」

 

「・・・・・・何のために?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「決まっているじゃない! 私が見てみたいからよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神は思いっきり私的な理由を清々しいまでの勢いで言い切った。

それを聞いていたジャンヌ・オルタはうんうんと頷いている。

クリエイター同士、共感するものがあったのだろう。

霊夢はというと、よく分からないという表情だが。

 

「・・・・・・まぁ、幻想郷に特に害がないなら私からはこれ以上言うことはないわ。というか今日は結局何しにしたのよ」

 

「ちびマユはともかく埴輪ノッブは妙に自由なところがあってね。地上まで出ていっちゃったから、仕方なく迎えに来たのよ」

 

「・・・・・・そう、女神自らわざわざご苦労さん。そういう話なら部下に任せても良かったでしょうに」

 

「磨弓には増えたちびマユたちの統率を任せているわ。場所が神社だってわかったから、ついでに作品の自慢もしたかったし」

 

フリーダムな女神様である。

対する霊夢は最早、おざなりな態度になっていた。

 

「はいはい、スゴイスゴイ。用事が終わったんならとっとと・・・・・・」

 

「あ、ちょっとゴメン。磨弓から連絡が来たわ・・・・・・うん? 緊急用?」

 

袿姫が何やら土器のようなものを弄ると、神社の境内に埴輪兵長の慌て切った声音が響き渡った。

 

『け、袿姫様!? 大変です! 例の謎の因子研究の際に生まれた大量の失敗作! 再利用のために取っておいたアレらが、急に動き出して合体して! き、巨大な埴輪に! 様子を見に来た動物霊どもを蹴散らしながら移動中です! 地獄方面――おそらくですが、地上に向かって――あ』

 

パリンと、陶器が割れるような音と共に通信が途切れた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

各々が無言で顔を見合わせた後、霊夢がニッコリと笑う。

 

「――で、何か言いたいことは?」

 

袿姫は美しく微笑み返す。

 

「地上にはこんな言葉があるそうですね――失敗は成功の基」

 

「今は! そんな事! 聞いてない!」

 

霊夢が大幣でポカリと叩くと、袿姫は避けもせずキャンと声を上げる。

 

「今地上に向かっているのよね!? さっさと止めに行くわよ! あんたレベルの神格ならワープくらい出来るでしょう!」

 

「そりゃあまぁ、出来ますけど」

 

涙目の袿姫は霊夢に言われ、準備を始める。

 

「立香さんたちは――」

 

「一緒に行くよ。オレが原因でもあるみたいだし」

 

「正直あんまり話についていけてなかったけど、荒事なら力になれそうかな」

 

「まぁ、暴れて解決するなら分かりやすくて私好みだわ」

 

立香の言葉にエリセとジャンヌ・オルタも同意し、霊夢が頷く。

 

「そう、原因は立香さんかもしれないけど、元凶はそこの邪神だから、そこはあんまり気にしないでいいわよ」

 

「そんなぁ」

 

「ウソ泣きしない! 準備は――出来たみたいね。じゃあ行くわよ!」

 

そして一行は、袿姫の手によって畜生界へと向かうことになる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いざや掻き鳴らせ、『天遡鉾(アメノサカホコ)』!! ……こおろこおろ、こおろこおろ」

 

 

 

「ノッブゥゥゥ!?」

 

 

 

 

妙に可愛らしい癖に重低音なボイスと共に、巨大な埴輪ノッブ――凶ツ神もどきが崩れ落ちる。

 

「速くはないし動きも大雑把だったけど、やたらと頑丈だったわね・・・・・・」

 

巨神の崩壊する様を見届けた霊夢は、疲れたとばかりの近くの瓦礫に腰かける。

 

「造形術で袿姫が込めた魔力以外に、信仰の力も持っていたわ。おおかた畜生界の人間霊たちから向けられたものでしょうけど。“大きい”ってことは、それだけで畏怖の念を向けられやすいものだから」

 

「巨石信仰とか巨木信仰の類か。もしかしたら信仰心に当てられて暴走していたのかも。無理やりな合体式なせいか構造が不安定で、私の宝具が通りやすかったのは助かったかな」

 

汗を拭い、天遡鉾をクルリと手首の動きだけで一回転させた後地面に突き立てるエリセ。

 

「埴輪なせいか、私の炎は随分通りが悪かったけどね」

 

いまいち活躍できなかったせいか憮然とした表情のジャンヌ・オルタだが、そんな彼女に袿姫は首を横に振る。

 

「いやいや、十分仕事はしてくれたわよ。この緊急時にちょっかいかけてきた八千慧の牽制をしてくれて。竜に対する支配力だったかしら? あいつのあんなに嫌そうな顔、久々に見れたわ」

 

思い出し笑いをする袿姫に、立香は気になっていたことを訪ねる。

 

「磨弓さんの方は・・・・・・」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、ちょっと破損しただけだから。あのくらい、私の手にかかればちょちょいのちょいよ」

 

「それなら良かった」

 

「あなた、変わった人間ねぇ。自分よりよっぽど頑丈な埴輪のことを心配するなんて」

 

「どんなに強くて頑丈でも、心配位するよ」

 

「ふふっ、そうかしら? そうかもね」

 

袿姫はクスリと笑い、立香を――そしてエリセを見た。

 

「自分で言うのもなんだけど、私は結構寛大な神だと思うわ。人間が馴れ馴れしく接してきても大抵は許すし、畜生たちとだって弁えているのなら共存してもいい」

 

「えっと?」

 

「立香さん、下がって」

 

いつの間にか、霊夢が真剣なまなざしを浮かべ立っていた。

緊張を孕んだ声に反応して、エリセとジャンヌ・オルタも身構える。

 

「そんな私だけど、ちょっとなぁなぁで済ませられない事もあってね」

 

その視線はエリセと――その手に持った天遡鉾を捉える。

 

「もちろん本物じゃない。私が知っている物とは微妙に違うし、魔力と術で編んだ紛い物なのも分かる。でもただの紛い物と捨て置けない程度には、真に迫っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()を為してしまうのだから」

 

淡々とした声音だが、言霊が魂の髄にまで響き渡るかのような感覚。

 

空間そのものが圧力を持ったかのような神気。

 

その姿は屈託なく笑うクリエイターのものではなく――

 

「その矛と冥神の力、いったいどこで手に入れた――?」

 

――まさしく、“神”そのものであった。

 

「――っ!?」

 

嘘も沈黙を許さない――神の視線に射竦められたエリセは身を固くする。

しかし、答えることはできない。

エリセ自身も知らないからだ。

 

天遡鉾は準サーヴァント化の際に自動的に獲得した宝具扱いの魔術であるし。

冥神の力とやらも邪霊に関わるものであることは予測できるが、幼少期からの呪いだ。

その起源となるものは分からない。

 

仮にエリセ自身も知らないエリセの事情を知る者がいるとすれば――

 

「えーと、ちょっといいかな?」

 

かつて仮契約のラインを通して霊基情報が流れ込んだ、マスターのみだろう。

 

「・・・・・・博麗の巫女ならまだしもただの人間が、私の神気の下でよく口を開けたわね」

 

「そのくらいしかできないから」

 

「膝、震えているじゃない」

 

「でも、まだ加減してくれてるでしょ? ――本気だったら、多分立ってられない」

 

「・・・・・・ふふっ、健気ね」

 

袿姫がフッと笑うと、張り詰めた圧力が僅かに弱まった。

 

「いいでしょう。その健気さに免じて、口を開くことを許しましょう」

 

「その前に、ちょっと移動していいかな? そこの物陰にでも」

 

「うん? 内緒話? まぁいいけど……」

 

「ちょっとマスター」

 

咎めるような視線を向けるジャンヌ・オルタだったが、立香は大丈夫だからと視線で返すと仕方ないとばかりにため息を吐かれた。

ついで焦点であるエリセも、心配そうに声をかける。

 

「その――立香」

 

「だいじょうぶ、多分、話せばわかる神様だから」

 

「・・・・・・ゴメン」

 

「いいよ、コレはオレの役目だろうから」

 

最後に霊夢から「何かあったらすぐに声を上げなさいよ」と言い含められる。

場違いながら、犯罪者への対応みたいだな、なんて思ってしまった立香だった。

 

袿姫と立香が物陰に移動してしばし。

3人の少女の位置までには話している内容は届かないが、徐々に張り詰めていた空気が弛緩していくのが分かる。

やがて空間に充満していた圧力が、途切れるように消え去った。

 

「終わったみたいね」

 

霊夢の声に合わせた訳ではないだろうが、袿姫と立香が姿を現す。

だが立香はなんだか妙に疲れたようであり、反面袿姫はというと――

 

「なんかやたらと機嫌が良くなった・・・・・・?」

 

不思議がる霊夢の言う通り、先ほどまでとはうってかわってニコニコしていた。

博麗神社で早口でまくし立てていた時より機嫌がいいかもしれない。

 

「えっと・・・・・・話し合い、うまくいったの?」

 

「・・・・・・エリセ、先に言っておく」

 

「へ?」

 

「ゴメン」

 

「え? いやいやいや、急に謝られても何が何だか・・・・・・せめて事情を――」

 

唐突な謝罪に困惑するばかりのエリセであったが、その前にニコニコ顔の袿姫がやってくる。

 

「あの、なんでしょうか、埴安神様。ち、近いのですが――」

 

笑顔で迫られたエリセは若干引きつつも、何とか口を開くが――

 

「やーねーもう! そんな他人行儀な呼び方しちゃって」

 

「え? 一体何のこと・・・・・・」

 

「私のことは、そう。もっと気軽に――」

 

造形神はこの日一番の笑顔を浮かべ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()って呼んでくれていいのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は」

 

エリセは口をポッカリと開けて――

 

 

 

 

 

「はいぃぃぃぃぃ!!?」

 

 

 

 

 

 

葦原の娘の声が、畜生界に響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日――

 

「あの・・・・・・3人ともいったいどうしたのでしょうか?」

 

その日、マシュ・キリエライトが声をかけたのは、食堂の片隅で渋面を浮かべながら何やら話し合っている藤丸立香と竜の魔女、そして死神の少女であった。

 

3人は口を揃えて返す。

 

「「「ちょっと、姉を名乗る不審者についての対策を」」」

 




○宇津見エリセ
如何なる因果か、カルデアのある世界線とは異なる世界の未来より来訪した準サーヴァントの少女。元々住んでいたモザイク市《秋葉原》ではルール違反をした魔術師やサーヴァントを狩る仕事をしており、死神と恐れられていた。幼少期より邪霊と呼ばれる悪霊に憑りつかれており、霊障を引き起こす反面武器としても扱っている。また敬愛する先生譲りの独特のファッションセンスと味覚を誇る。――でもマスターにチョコと称した唐辛子の塊をプレゼントするのは最早テロなのでは?



○埴安神袿姫
偶像を生み出す造形神にして、天才クリエイター。畜生界の奴隷階級である人間霊の祈りに応えて召喚され、以後彼らを“保護”する。
日本神話に登場する波邇夜須比古、波邇夜須比売に相当する神性――と推測される。
大神・伊邪那美の死する直前に誕生した末子とも呼べる神性。母である伊邪那美は死後黄泉国にて黄泉津大神となり、痴情のもつれから生者を呪う存在と化した為、以降子を産む事はなく、当然直接的な妹や弟は存在しない・・・・・・はずであった。
もしも、仮に、彼女の前に“妹”と呼んでも差し支えない存在が現れたとすれば(例え別世界の存在だとしても)、潜在的に持っていた“お姉ちゃん欲”を大いに発揮して存分に可愛がることになるだろう。
・・・・・・もっとも善意から偶像に造り替えられて大事に“保護”される可能性があるので、妹本人にとってありがたい事かは分からないが。



・因縁キャラ
【宇津見エリセ】
「あなたがいったい、どんな奇跡か間違いから誕生したのかは知りません。
 ですが私は、あなたの生誕を祝福しましょう」

【ガラテア】
「ほほう、これはまた見事な出来栄え――ギリシャの造形王による傑作?
 ヘカちーの地元だっけ。こっちにもいるなら紹介してもらえないかしら。
 ・・・・・・でも、人間にする必要はあった?」

【加藤段蔵】
「絡繰り仕掛けの忍者・・・・・・この多彩なギミックは私とは違う発想ね。
 磨弓の参考にしてみようかな」

【フランケンシュタイン】
「・・・・・・フレッシュゴーレムの類はあんまり趣味じゃないかなぁ」

【マルタ】
「タラスク――西洋版吉弔ってところかしら。
 同族がいるのなら鬼傑組の組長も喜んで・・・・・・
 あぁ、ダメね。あいつ鹿専だったわ」
(後日、鬼傑組から抗議の声が入る)

【メドゥーサ(騎)】
「へぇ、石化の魔眼? なるほど、幾らか工程が省けそうね。
 しかし立派なペガサスねぇ、見ていて創作意欲が湧いてくるわ。
 驪駒のヤツよりもよっぽど速そうだし」
(後日、勁牙組から抗議の声が入る)


【玉藻の前】
「新手の動物霊・・・・・・うん? ううん?」









実のところ、埴輪ノッブが登場した瞬間からいつか袿姫様と絡めねば、とは思っていました。
何ならエリちを絡めてもいいじゃないかとも思いました。
色々調べていたら、いつの間にか姉が生まれた・・・・・・何故だ?

エリちの出生――というより母親に関しましては、現状判明している情報から可能性の高い神性を採用しています。
もし今後実は違うことは判明した場合は、まぁその時はその時で。

次回、『ぐだぐだ畜生界曼荼羅』、始まらない。
次話は未定です。2部6章後半も始まりますので、まずはそっちに手を取られそう。


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番外編19 月へと届けこの一矢(おもい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――嫦娥よ。私はどこで、間違えた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬱蒼と生い茂る青青しい竹林。

ひんやりとした空気と朝露垂れる早朝の永遠亭。

その戸が大きな音を立てることもなく、滑らかに開かれる。

 

「ただいま戻りました~」

 

開いた戸に勝手知ったるものと身を躍らせるのは、耳がしなだれた一羽の兎――鈴仙・優曇華院・イナバ。

 

「あら、おかえりなさい。――昨夜はお楽しみだったわね?」

 

「宴会ですけどね」

 

迎え入れたのは、たまたま玄関近くにいた八意永琳。

 

(もしや今のジョーク? もうちょっと気の利いた返事をした方が良かったかしら)

 

などと鈴仙は内心で反省しつつ、靴を揃えて屋敷に上がる。

 

「輝夜とてゐは?」

 

「二人はもうちょっと遊んでくるそうです……あ、ありがとうございます」

 

永琳に促され近くの居間で腰かけた鈴仙は、手早く淹れられたお茶を受け取った。

 

「何でも地球のお姫様ってヒトがいて、一緒に箱入り娘格付けチェックをやってました」

 

「……どうやって?」

 

「色々とクイズとかミニゲームとかやって……今は延長戦ですね」

 

「――そう。まあ、あの娘が楽しんでいるのならいいわ」

 

(さすがはお師匠様、賢明な判断です)

 

即座に深く追求することを放棄した永琳に、感心する鈴仙。

何分、ツッコミどころが多くなる話なのだ。

 

「それにしても鈴仙」

 

話題を切り替えるように、テーブルの向かいに腰を下ろす永琳。

動作の一つ一つが機械的なまでに美しい。

 

「あまり酔ってない割には、疲れているみたいね?」

 

「う……まあ、そうですね。珍しい人たちが宴会に来ていたので」

 

「へぇ? 地底のさとり妖怪、畜生界のヤクザ者、後戸の秘神。あまり顔を出さない者は多いけど、あなたが会うだけで疲れるとなると――」

 

「――はい、ヘカーティアと純狐さんです」

 

片や三界を支配する地獄の女神。

片や月の民の天敵とも言える無名の仙霊。

二人共超ド級の力を持つ上、鈴仙としてはかつての異変で浅からぬ因縁が出来た身である。

 

「あの人たち、幻想郷での知り合いは少ないからか結構わたしに絡んできて……」

 

「相変わらず気に入られているわね」

 

「天体と宇宙怪獣が両側からじゃれついてきているみたいなものですよ。邪険にするつもりはないですけど、さすがに気疲れはします」

 

「あらあら、どんな兎も経験したことのない貴重な体験でしょう」

 

「ヘカーティアは途中から藤丸たちと話し込んでいましたけど、特に純狐さんは妙な圧があるというか……何となく逆らいにくいというか……」

 

「……まあ、相手が相手だもの。無理もない話だわ」

 

特におかしなものでもない師の返答。

しかし鈴仙は淡い違和感を覚え、結局その正体はするりと手から抜け落ちていった。

 

「そういえば――」

 

代わりに、昨晩の宴会。

その中で抱いた一つの疑問を、口にする

 

「気になることというか、不思議なことがあったんですが」

 

「あら、もったいぶった言い方」

 

「う……そんなつもりはなかったんですが、はい。と、ともかくですね! まずは宴会の余興で、クラス当てゲームをやったんですよ」

 

「クラス当て?」

 

首をわずかにかしげる永琳に促され、鈴仙は言葉を紡ぐ。

 

「ほら、サーヴァントの皆さんってそれぞれクラスがあるでしょう? セイバーとか、アーチャーとか。なので、まずはサーヴァントの方が名前とか特技とか軽い自己紹介をして、そこからクラスを推測して当てるゲームです。答えるのは当然、何のクラスか知らない私たち幻想郷の住人になりますけど」

 

「サーヴァントはむしろ、真名の方を秘するものだと聞いていたけれど」

 

「アハハ……言われてみれば逆になってましたね」

 

酒の魔力か宴の空気か。

どちらにせよ、あまり類を見ない類のゲームであろう。

 

「特徴的な武器なんかがあれば推測しやすいですが……ちなみに一番手強かったのはスカサハさんでした」

 

「彼女はランサーだって輝夜が言ってなかったかしら?」

 

「それが、原初のルーンで雑にクラスを変えてくるんで。もうほとんど当てずっぽうになっちゃうんですよ」

 

「大人気ないわね」

 

「まあわたしは霊基の構成パターンを波長で見れば鋳型(クラス)は大体分かるんですけどね!」

 

「もはやゲームの趣旨から外れてきているように思えるけど」

 

「使えるもんは使ってなんぼです。でも――」

 

ドヤ顔の兎がシュンとなる。

 

「ゲームに勝ったは良いものの、スカサハさんが『ほほう、ほーう?』って感じで見てくるんで……正直選択を誤ったかもしれません」

 

アレは獲物を見つめる視線だったと、鈴仙は身震いする。

バッドエンドルートは勘弁だ。

軽く首を振って悪寒を振り払い、本題に入る。

 

「ま、まあそれはともかく、その後は逆に、『もしも自分たちがサーヴァントだったらどんなクラスになるか?』って話になったんですよ」

 

「アーチャーだったら皆適性がありそうなものだけど」

 

「わたし達もそう思ったので、アーチャー以外で話しました。飛び道具があれば、最低限の適性はあるっぽい感じですからねー」

 

幻想郷の少女たちに広く普及している命名決闘法――通称弾幕ごっこ。

お札、ナイフ、魔法、斬撃――“ナニカを飛ばす”ということに関しては、皆お手の物だ。

 

鈴仙は宴会中の様子を思い出す。

 

 

 

 

 

 

霊夢『わたしだったら……卑弥呼さんや壱与にならってルーラーかしら? 同じ巫女だし』

魔理沙『異変の時の暴れっぷりはバーサーカーだろ』

咲夜『紅魔館でも異変に乗じて荒らしまくってくれたしバーサーカーね』

妖夢『白玉楼にもたまに食事を集りにくるのでバーサーカーでしょ』

 

 

 

 

 

 

魔理沙『わたしは当然、キャスター一択だぜ!』

霊夢『箒に乗って飛んでるのアンタくらいだし、ライダーでもよくない?』

パチュリー『泥棒アサシン』

早苗『星属性で星の魔法をたくさん使うので、ちょっと無理やりだけどフォーリナーでも……え? 本当は水属性? フォーリナーってそんな意味じゃない?』

 

 

 

 

 

 

咲夜『わたしの場合は……同じメイドのネズミさんがキャスターだし、一緒かしら』

魔理沙『メイドカテゴリは他にもいろいろいるだろ』

妖夢『セイバーにしときません? 刃物使いは少なくてちょっと肩身が狭いので……』

レミリア『アサシンメイドって響き、良くないかしら?』

 

 

 

 

 

 

妖夢『セイバーですね、当然。この楼観剣と白楼剣が目に入りませんか』

霊夢『通り魔だからアサシン』

咲夜『強盗だからバーサーカー』

鈴仙『庭師だからキャスター』

 

 

 

 

 

 

鈴仙『薬師見習いだし、キャスターあたりが妥当ね』

魔理沙『怪しい瞳で相手を術中に嵌めるあたりは確かにキャスターか?』

てゐ『脱いだら結構なもの……もとい暗器を隠し持ってるからアサシンだよ。くしし……』

妖夢『…………みょん……』

早苗『ああっ、妖夢さんが酔いつぶれて』

 

 

 

 

 

 

早苗『奇跡を呼び込むミラクル風祝ッ! 先達の聖人の皆さんに倣い、ルーラーで!』

魔理沙『常識が通じないからバーサーカーで』

咲夜『聖人に倣うのならライダーでもいいんじゃない? 風に乗るって感じでこじつけて』

妖夢『スヤァ……』

霊夢『妖夢ったら寝ちゃったわね。ちょっと蓮子ー! お布団用意してくれるー?』

 

 

 

 

 

 

(思い返したらバーサーカー認定がフワフワ過ぎるというか、みんな扱いが悪くないかしら?)

 

バーサーカーの皆さんに心の中で頭を下げつつ、自称と他称がほぼ一致しなかったのに鈴仙は今更ながらに苦笑する。

 

「それで、純狐さんも参加したんですけど」

 

鈴仙は目の前の師に意識を戻し、本題に入る。

 

「本人は、自分はアヴェンジャーだろうと言いました」

 

「妥当なところね」

 

「はい――わたしもそう思いましたし、彼女のことを知っている人は皆、同じ答えでした。でも――」

 

一人だけ、明確に違う答えを出した者がいた。

純狐のことを友人と称し、あの中では彼女をもっともよく知るであろう女神。

 

「ヘカーティアだけは違いました。その、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』って……」

 

「………………」

 

目の前の師の波長に揺らぎはない。

それでも――わずかに空気が張り詰めたのを、鈴仙は感じ取った。

 

「純狐さんは、その指摘を否定しませんでした。……それどころか、『だったら三番手はプリテンダーとやらか』、と」

 

以前――純狐とヘカーティアを首謀者とする月を焦点とした異変。

その折に、鈴仙は師である永琳から純狐の過去について聞いていた。

 

曰く――純狐の子供を夫が殺したため復讐に走った。

その夫が玉兎の支配者にして月の女神の一柱である嫦娥とも関係を持っていたため、復讐の矛先はそちらにまで向いた。

 

師の説明に嘘があったとは思わない。

しかし同時にあの時の説明は、要点のみが纏められたもの。

その内実を、鈴仙は知らない。

 

「お師匠様」

 

玉兎由来の好奇心故か。

純狐とあの異変に関わったが故の義務感か。

 

自分は聞いてはいけないことを聞いているのではないか――

畏れにも似た感情を呑み込み、その疑念を発露する。

 

「純狐さんって――いえ、あの人は、本当はどこから来た、誰なんですか?」

 




はい、お久しぶりの投稿になります。
今回は全4話予定の中編になっています。


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番外編19 月へと届けこの一矢(おもい)

「さっきぶりだけどちょっといいかしらん?」

 

宴会も終わりに近づく中、立香とマシュに近寄ってきたのは地獄の女神ヘカーティアであった。

 

「はい、大丈夫です。オリュンポスの話で何か聞き忘れでも?」

 

マシュの応答にヘカーティアは赤い髪を揺らして首を横に振る。

 

「友人を紹介しておこうと思ってね』

 

ゆったりと近寄ってきてヘカーティアに並んだのは、中華風の衣装に身を包んだ派手な美人。

その背中からは、尾を模したかのようなオーラが複数本揺れているのが見て取れる。

 

「はじめまして、だな。私の名は純狐。月の民に仇なす仙霊である」

 

前半の紹介は普通であったが、後半は不穏なもの。

立香たちもそれぞれ自己紹介を交わし、そのことを尋ねる。

 

「その、月の民に仇なすってことは、ぐーやたちとは仲が悪いんですか?」

 

「ぐーや?」

 

「あっ、輝夜です。蓬莱山輝夜」

 

というか今も博麗神社でアーキタイプ:アースと遊んでいるので(立香視点)、仲違いしているというのなら喧嘩にならないか心配だった。

 

そんな心配をよそに、純狐はくつくつと笑ってみせる。

 

「月の姫に対して、随分と面白い呼び方をしているな」

 

「まあ、たしかに」

 

「なに、心配は要らぬさ。本命は月の都に籠った嫦娥。地上に住む堕ち人にまで手を出すつもりはない。それに今は、しばしの休戦期間故にな」

 

言葉同様、穏やかな純狐の態度に立香も胸をなでおろす。

 

「しかし、せっかくの宴だというのに随分とヘカーティアの長話につき合わせてしまったようだな」

 

「あら、こっちに矛先向いちゃう?」

 

わざとらしく拗ねてみせるヘカーティアに対し、涼し気な様子の純狐。

 

「ただでさえ大変な仕事に就いていると聞く。休息の時を奪うのはあまり感心しないぞ?」

 

「あの、心配していただくのはありがたいですが、私たちも話をする分は苦になりませんので」

 

「ほら、マシュもこう言ってるじゃない。良い娘よねぇ~。ウチの巫女とかやってみる?」

 

「いえ、せっかくのお誘いですが、私には先輩のメインサーヴァントとしての務めがありますので」

 

「残念、フラれてしまったわ」

 

「ええい、やめないか。頭の星が頬にめり込む」

 

ヨヨヨと純狐の肩に頭を乗せるヘカーティア。

なのだがその頭上に帽子のように設置された球体が、ちょうど純狐の顔に当たりそうになっていたため、迷惑そうに手で押しやっていた。

 

「まったく・・・・・・人の子に粉をかけるのもほどほどにしておくべきだろう。お前たちの神群は特に、一度人に入れ込み始めたら際限がないからな。底なし沼かブラックホールのようなものか」

 

「その心は?」

 

「破滅するか宙に昇って星座になるかだ」

 

「それは他の同郷(かみ)たちに言ってちょうだい。わーたーしーはーマーシーでーすー」

 

「完全に否定しないあたりが……いや、いいか。そういうことにしておこう」

 

そういえば――と、純狐は立香たちの方を見る。

 

「異聞帯とやらの話を聞くと言っていたが、どうだった?」

 

立香とマシュがヘカーティアと話していたのは、大西洋異聞帯。

星間都市たる神々の山稜――剪定されたオリュンポスの話であった。

 

「ええ、興味深い話だったわ。こっちとは違ってあっちの十二神が宇宙から来た機械なのは驚いたわよん。同じ神話と名を司れど、中身はここまで違うものなのね」

 

これまでの検証で、立香たちの世界と幻想郷を有する世界では、大まかな歴史や神話が同一であれどもその内実が大きく違うことが判明している。

 

同じ名、同じ役割を持つ存在でも基本的には別人レベルで差があり、シェイクスピアなどは『同じ演目を、違う舞台、違う役者で演じているようなものでしょう』と評していた。

 

「築き上げた社会体制が月の都みたいなのは、正直気に喰わなかったけど」

 

「それでも――」

 

マシュが、口を挟む

 

「それでも大神ゼウスは人を愛し、人に奉仕し続けた偉大な機械でした。その命が枯れ果てるまで、ずっと……」

 

「へぇ」

 

ヘカーティアの、神の視線がジッとマシュに向く。

その重みに気圧されそうになるものの引かない姿に、地獄の女神はフッと相貌を崩した。

 

「そうね……安易な反発ならば暴言と受け取るけれど、ゼウスを撃ち落とし、オリュンポスを看取ったあなたたちにならそれを言う資格はあるわ。趣味じゃないというのは変わらないけれど、そこに至ったゼウスたちの意地、苦悩、献身。それらは賞賛しましょう」

 

それに――と、ヘカーティアはウインクして見せる。

 

「引導を渡したのがあなたみたいな素敵な女の子なら、ゼウスも満足ってものでしょう」

 

「す、素敵ですか……ありがとうございます」

 

軽く頬を赤らめるマシュ。

その様子を見た純狐が肩をすくめてみせる。

 

「おや、ヘカーティアがこんなに素直に褒めるとは、明日は星でも降るか?」

 

「今日はいつもよりも饒舌ねぇ、純狐。まったく、旅人の守護も私の仕事のひとつよん」

 

二人の間にあるのは気安い友人同士の空気感。

 

「ま、万一ゼウスのヤツが報復のために化けて出るようなら、その時は私が松明で殴り飛ばしてやるわ」

 

「そ、それは頼もしいと言いますか、勘弁してあげてほしいと言いますか……」

 

マシュはしどろもどろになりながらも、先ほどから気になっていたことを尋ねる。

 

「あの、先ほど嫦娥とおっしゃいましたが――月の女神の?」

 

「うむ、いかにも。我が不俱戴天の敵である」

 

「嫦娥に、純狐さんと言うと……中国神話の大英雄、羿にまつわる逸話の? ですが、あの二つの逸話は――」

 

「そのあたりはちょ~っとだけややこしい話なのよね」

 

純狐に先立って答えたのは、ヘカーティアだった。

両手を広げ、やれやれと首を振っている。

 

「未亡人の過去を漁るにはまだ絆ポイントが……んん? 考えようによってはいい機会、かしら?」

 

ひとり首をひねる地獄の女神。

純狐を見、立香を見、うんうんと頷いて見せる。

 

「まあ、世の中いつも唐突なものだものね」

 

「ヘカーティア? 先ほどから何を――」

 

「ここらでひとつ、清算の時ってやつよ」

 

ヘカーティアはゆったりとした様子で立香の前に立つ。

 

「えっと?」

 

「少々お手を拝借、っと――」

 

敵意も悪意もない、自然な所作。

故にこそ止める間もなく、離れる間もなく、女神の手はマスターの手に触れる。

 

右手の甲に刻まれた令呪に、そっと――

 

この世界においては地獄の女神として知られ、自らもそう名乗るヘカーティア。

だが実際のところ、彼女の持つ顔は非常に多岐に渡る。

 

そのひとつは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

変化は、瞬くよりも早くその詳細を明らかにした。

 

「これは――召喚式の強制励起!? サーヴァントが召喚されます!」

 

異変に勘付いた宴会参加者たち。

ある者は様子を伺うに留め、ある者は瞬時に動き出す。

そしてその何よりも早く見慣れた召喚サークルは完成し、1騎のサーヴァントが現界した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《BBの見解》

 

『そうですね。彼女のことは、さわり程度ですが聞き及んでいました』

 

『ええ、以前の八意女史との会談のときに、チラリとですが』

 

『“純化する程度の能力”、でしたか』

 

『全てのモノが、名付けられる前に持つ純粋な力』

 

あの解体業者さん(ロード・エルメロイⅡ世)なら「名付けとは原初の魔術である~」という前置きから、古今東西の蘊蓄に四方山話を独自解釈混じりに披露してくれるでしょうが』

 

『あいにくとBBちゃんによるはちみつ授業は課金パッケージ。お安くないのです』

 

『え? ちなみに幾らかですって? QPではなくサクラメント払いになりますよ』

 

『コホン、それはさておき――』

 

『直に彼女とその力を確認したのは、先のサバゲー大会でのお話』

 

『参加者名簿にはなかったのですが、大会の最中にふらりと姿を現しました』

 

『とはいえ彼女が直接戦闘することはなく』

 

『お気に入りの兎さんへの助力として、協力体制にあったミドチャさんに件の純化を施したわけです』

 

『するとなんということでしょう』

 

『ミドチャさんは100g300円くらいの庶民御用達のお茶から2000円くらいの高級茶にまでパワーアップしてしまったのです!』

 

『いえ、感覚的な話であって、実際の強化倍率が約6.5倍って訳ではないので悪しからず』

 

『とはいえドーピングでスーパーパワーを手に入れたミドチャさん』

 

『千切っては投げ、千切っては投げのエクステラな無双ゲー!』

 

『まああの人の無双とかあんまり見たくなかったので、そろそろ手を打つかと思っていたところ――時間制限があったようでして』

 

『途中でパワーアップが切れて、性能の落差から隙を見せてのピチュンなのは、しっかりと笑わせてもらいました』

 

『バッチリと録画もしているので、しばらくはこれで遊べますね!』

 

『あと違法な強化ではあったので、当然ペナルティは発令しました。知っての通り、私は公正なゲームマスターなのです』

 

『え? 純狐さんにではなく、もちろんミドチャさんにですよ? 参加者なので当然でしょう』

 

『ただ、ですねぇ……』

 

『純化による強化。私はアレによく似たモノを知っています』

 

『――神話礼装――』

 

『そう呼ばれるものを、ご存知ですか?』

 

 

 

 

 

 

《シオン・エルトナム・ソカリスの見解》

 

『概念というものは、魔術を行使する上で非常によく用いられるモノです』

 

『そうですね……大雑把に言ってしまえば、カタチのないモノにカタチを与える行為』

 

『ある意味では根源――「   」――を人が理解し、扱える程度にまで切り分けて矮小化する行為、と言ってもいいかもしれません』

 

『名付けはその第一歩にして、決定的な楔』

 

『故に名付けや名前といったものは、魔術の世界において非常に大きな意味を持ちます』

 

『例えば――先の八雲紫氏』

 

『彼女は疑似ビースト化に際し、ネガ・グレイズというスキルを捏造しました』

 

『これは無敵性を獲得すると同時に、一種の封印であったとも考えられます』

 

『トリスメギストスⅡでの解析によれば、彼女がビースト霊基を羽織るのではなく本格的に染まった場合、発現したであろうネガスキルはゲーティアのネガ・サモンの亜種とでも言うべきモノ』

 

『――ネガ・ファンタズム――』

 

『ネガ・サモンに比べ干渉強度は劣るものの、サーヴァントのみならずより広範な神秘を封殺する、幻想殺しとでも言うべきチカラ』

 

『彼女からすれば、これは自分が持つには許容しがたい力だったのでしょうね』

 

『故にあらかじめネガの名を冠したスキルを捏造し差し替えることで、その発現を防止した訳なのです』

 

『話が少し逸れましたね』

 

『意味がないものに意味を与えることは、人間の持つ能力の中でも最たるものです』

 

『初代山の翁の振るう死の概念の付与などは、その窮みの一つと言えるでしょう』

 

『ですがその反面、名付けられ、概念付けされたモノは本来持っていた純粋な力を失うことになります』

 

『例えるなら、そうですね。名前を匣だとしましょう』

 

『カタチの無いモノは、匣に収めないと手に取ることはできない』

 

『ですが反面、匣に収めてしまえばその中身を見ることも触れることもできなくなる』

 

『名前を付けないと理解できないのに、名付けてしまえばたちまちその本質を見失ってしまう』

 

『根源を目指す魔術師ほど強く向き合うことになるジレンマですね』

 

『根源――例えるなら無尽の水量を誇る水源』

 

『そのままではとても利用できないから、小さな支流や水路を引いて活用している、と言えばイメージしやすいでしょうか?』

 

『その例に則れば純化の力は、引いた支流に元の水源の中身をそのまま流し込むようなものです』

 

『それも氾濫を起こさないように』

 

『匣を壊さず、匣に収まらない力を扱う』

 

『ありえない矛盾が成立してしまっている』

 

『私たちの世界の魔術師が知れば、ひっくり返ること請け合いでしょう』

 

『何故って? あの力を見れば、ある可能性を想起せずにはいられないからです』

 

『だってですねぇ、あの方。ひょっとして、その気になれば――』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? という仮説を』

 

『魔術を学び研鑽することが今一番メジャーな根源到達法だとすれば、純化は裏口入学――コネ入社みたいなものでしょうか?』

 

『はい? 考えが飛躍し過ぎじゃないかって?』

 

『ハハハ、そうですね。私もナイナイ! と言いたいところですが……』

 

『誰が言ったか、彼女の力は“神を生む力”』

 

『メディアさんあたりから聞いたことはありませんか?』

 

『神代の魔術師は根源など目指さない』

 

『なぜならば彼らにとって、根源とは神を通してすぐ傍に存在するものだから』

 

『神代の世において神と呼ばれるモノたちは――根源接続者だったんですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

《レオナルド・ダ・ヴィンチの見解》

 

『中国に伝わる伝承において、羿という人物は二つの逸話においてその記述が見られる』

 

『堯の時代と夏の時代の二つさ』

 

『この羿が登場する二つの逸話の関係性は諸説あるけど、ざっくりと差別化すれば、堯の時代は神々の登場する神話』

 

『比べて夏の時代は人の物語といった様相だ』

 

『単純に考えれば、同じ名前の別の人物であるとするのが妥当だろう』

 

『そして先の一件でヘカーティア・ラピスラズリ――』

 

『かの神性は冥府神や嵐の王(ワイルドハント)といった非常に多くの顔を持つ女神だけど、今回の場合は魔術神ヘカテーと呼ぶべきだろうね』

 

『……まあ、幾ら多くの顔を持つと言ってもちょっと強すぎるけど』

 

『3つの霊基の内一つが衛星級、二つが惑星級とかどうなってるんだろ、アレ。ゴルドルフ君じゃなくても頭を抱えるよ』

 

『ともあれ彼女がカルデア式召喚式を解析して独自に召喚したサーヴァント・アーチャー』

 

『彼は明らかに前者――堯の時代の羿だった』

 

『これは召喚に際してマスターくんの令呪を経由した結果、かろうじて残った虫食い状態の霊基グラフから判明した事実だ』

 

『堯の時代の羿は、中国神話における最大の英雄のひとり』

 

『天帝の子たる九つの太陽を射落とした、太陽堕としにして神殺し』

 

『幸か不幸か確認はできなかったものの、強力な太陽特攻と神性特攻を備えた宝具を持つだろう』

 

『ちなみに太陽特攻が刺さる相手には神性特攻も刺さる場合がとても多いけど……マスターくんもこの辺りは重々承知だろう』

 

『現代でこそ太陽は核融合する天体として知られている』

 

『でもかつての人は、それだけ太陽に対して神を見出すことが多かった証左だろうね』

 

『話を戻すけど、大英雄のエピソードには必須と言っていいほどセットになるものがある』

 

『そう――悲劇だ』

 

『彼もその例に漏れず、太陽を射落とした羿はその親である天帝の不興を買い、妻ともども神籍をはく奪されて地上に落とされている』

 

『もともと太陽への対処を命じたのは天帝自身だけど、殺されるとまでは思っていなかったんだろうね』

 

『丸投げした上司、現場の判断で動いた部下』

 

『いつの時代だって、立場や視点が違えば齟齬は発生するものなんだろう』

 

『とはいえこうやって“人間になった逸話”があるからこそ、羿は神でありながらサーヴァントとして召喚できたのだろうね』

 

『いや、カルデアではちょいちょい召喚しているけど、本当は神霊クラスがサーヴァントとして召喚されるっておかしい事だからね?』

 

『――さて、地上に落ちた羿だが、彼の活躍は終わらない』

 

『各地で暴れ回っていた数々の悪獣を次々に退治してのけ、その偉業を人々に称えられた』

 

『まさにゴッドスレイヤーにしてビーストスレイヤー!』

 

『協力してくれればものすごく頼もしいサーヴァントだけど、知っての通りすでに退去を確認している』

 

『残念ながら、ね』

 

『そして羿は西王母から天に帰るための不老不死の薬を入手した』

 

『ちなみに羿の飼っていた犬がこの薬を食べてしまって太陽と月を呑む天狗になったという逸話もあるけど……これは今はいいか』

 

『ここからは逸話は幾つかのパターン別れるんだけど、結果はおおよそ一つに収束する』

 

『妻である嫦娥が薬をひとりで全部飲んでしまい、羿を置いて天に昇ってしまうんだ』

 

『嫦娥――そう、嫦娥だ。月の女神、太陰星君。決して、夏の時代の逸話に登場する純狐ではない』

 

『――にも関わらず、だ』

 

『あの純狐を名乗る仙霊は、堯の時代の羿の妻だという』

 

『これは果たして、どういうことかな?』

 

『知っての通り、サーヴァントという有り方は別の逸話や信仰が混ざり込む余地が大いにある』

 

『マスターくんも、伝説に語られる自分の過去が実際にどうだったか不明瞭、というケースには度々遭遇したことがあるだろう?』

 

『実例を上げるなら、シグルドとジークフリートの関係性に近いかもしれない』

 

『二人が別人なのは今となっては明白だけど、シグルドが召喚される前のブリュンヒルデはたびたびジークフリートをアレしようとしていただろう?』

 

『神話的、逸話的に似ているということは、それだけで照応が発生しうるものだ』

 

『そういう意味では、サーヴァントはその時代を生きた英雄そのものではない』

 

『今回召喚された堯の時代の羿にも、夏の時代の羿の伝承が混じっていた――そういうパターンは十分ありうる』

 

『他に考えられるのは、この二つの羿にまつわる伝承が、実は同じ時代、同じ場所で起こっていたというもの』

 

『というよりヘカーティアが我々にした説明からすれば、こちらの可能性の方が高い』

 

『一人の羿に、二人の妻――嫦娥と純狐』

 

『元はひとつの伝承が、時間を経るにつれ二つに別れ、後の時代で再編され、まるで別々の伝承になった――これもまたありうる話だろう』

 

『――そして、そのどちらでもない可能性』

 

『実際問題として、純狐に真相を聞くのが一番早いんだろうけど』

 

『今回の一件、我々は蚊帳の外で終わってしまった』

 

『同時に真相究明の優先度は、カルデアとしては決して高くはない』

 

『微小特異点のように、放っておけば人理の瑕になる――という話でもないからね』

 

『むしろ下手な追求はどこで地雷を踏むか分からない』

 

『――なんせ、夫婦間の問題、だって話だからね』

 




○神=根源接続者についての補足

本作中では神であれば無条件に根源接続者である……
という訳ではないものとする。
神の成立過程が様々である以上、その全てが根源への路を開いていると考えるのは不自然であり、根源接続者であってもその程度には差があると考えられる。
ラブソングなお姉ちゃんのようにおおよそ全能と言える存在から、特殊な視界を得るに留まっている者まで同一に根源接続者カウント。


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番外編19 月へと届けこの一矢(おもい)

「鈴仙――」

 

永琳の静かな――そして怜悧な声が突き刺さり、鈴仙は反射的に背筋を伸ばす。

 

「純狐が本当は何者なのか――その答えを知って、あなたはどうするつもりなのかしら?」

 

声音そのものは責めも非難も感じさせぬものだが、同時に偽りを許さぬという意志が込められている。

わずかに残った酔いなどとっくに醒め、背中を伝う汗がやけに冷たい。

 

「どうしたい……というものじゃありません」

 

「………………」

 

無言で続きを促す師。

ヘタな答えを返せば師の口から答えが明かされることは永遠に無いであろう。

鈴仙は確信めいた予感を抱くものの、正解など分からない。

故にただ――その思いを口にするだけだ。

 

「藤丸たちの――異聞帯での話を聞いて、思ったんです」

 

異聞帯――過去に分かたれた人類史の“もしも”であり、平行世界からすら斬り捨てられた脱落者。

埋葬すらされなかった仮説は空想の樹を定礎として、白に塗りつぶされた地表に根付かんとしている。

 

「カルデアと異聞帯の戦いは、最終的には脱落者を決めるしかありません」

 

椅子取りゲーム、トロッコ問題。

地球規模で発生しうる中においては、その究極系とも言える戦い。

 

「どれだけ理解しあっても、情を育んでも、最後には全部無くしてしまうしかない――弾幕ごっこみたいに、美しさを競う遊びじゃ済まない。そんなの、空しいですし、悲しいじゃないですか」

 

人が死ぬのは悲しいことだ。

それが知った顔、親しい相手であれば尚更に。

月にいた頃の鈴仙は“死”というものに触れる機会はほとんどなかったが、地上に降りて、異変を機に永遠亭が拓かれ、薬売りを始めて――通っていた家のおじいさんが亡くなったと知った時、胸に抱いた感情は――言葉に出来ないものがあった。

 

だったら、最初から知らない方が楽なんじゃないか?

薬売りなど止めてしまおうかと考えたこともある。

 

「でも藤丸たちは、滅ぼすしかない相手のことを理解しようとするのを止めませんでした」

 

敵A、敵Bではなく、その名を知った上で戦うのは大きな負担だ。

手にかけるのが正体不明の敵ではなく、隣人になるのだから。

 

「一度、藤丸に聞いたことがあります。『異聞帯のことを知るのは、辛くないのかって?』」

 

今更ながら、酷い質問をしたものだと思う。

確定した決別を思えば、辛くないはずがないのだ。

 

「『辛いこともあるけど、それだけじゃない』って……ホント、なんて強がり」

 

言葉通り、知ることによって得られるものも大きいであろう。

所詮第三者に過ぎない自分が悲観的過ぎるのも、当事者にとっては失礼なことだろうとも思う。

それでも、波長を見る鈴仙の目ならば分かるのだ。

さとり妖怪のように心までは覗けずとも、その奥底には大きなストレスを抱えていることくらいは。

 

託された想いと願いで傷口を塗り固めながら前に進むその様は、強さと呼ぶにはあまりにも痛々しいのではないか?

 

「正直、逃げちゃえばいいじゃんと思うことはあります。私は、横腹に苦痛を抱えながら走るランナーに頑張れと言えるような兎じゃないですし」

 

むしろ薬師の端くれとしては、一度横になって休めと言いたい。

 

「そもそも彼らに責任を問うような相手もいない上、今なら逃げ込める幻想郷もあるんですから」

 

「あなたみたいに?」

 

口を挟んできた師に一瞬あっけにとられるものの、鈴仙は苦笑する。

 

「はい、そうですね。実際、逃げた先にも道はあるんです――私みたいに」

 

かつての鈴仙は、月と地球の戦争という噂話に本気で怯えて逃げ出した。

結果論として、傍から見れば笑い話だろうし、とんだ勘違い、間違いだったとも言えるだろう。

それでも、その間違いを犯したからこそ今の自分がいる。

 

「でも、自分だったらどうかとも考えたんです」

 

かつてレイセンだった頃の私。

鈴仙・優曇華院・イナバとなった私。

 

「かつての私は、相手のことを何も知らず、知ろうともせず、ただ漠然とした恐怖に追いかけられるように逃げ出しました」

 

あとのことなど知らず、先のことなど分からず、形のない衝動に押されて。

 

「その結果である“今”に後悔はありません。――でも藤丸たちの愚直さを見ていると、あの時の逃げるという選択肢は変わらないにしても、目を瞑ったまま逃げることはなかったんじゃないかとも思うんです」

 

思えば今の幻想郷のシステムは、そういうものなのかもしれない。

異変を起こし、解決者を迎え撃つ。

これはある種の、お互いの主張をぶつけ理解し合うプロセスではないだろうか。

 

「もし――また純狐さんが月に攻め込んだ時、再び私が戦うことになるかもしれません。その時にあの人のことを知らないまま戦うのが正しいことなのか――」

 

いや違う、そうじゃない。

正しいなんてお為ごかし、本当に思っているのか。

妙な飾り立てを取り除いてしまえば、本音が顔をのぞかせる。

 

「いえ、やっぱり今のはなしで。正しさは別にどうでもよかったです」

 

師の顔を見て、ハッキリと答える。

 

「私がこのモヤモヤを抱えたまま戦うのが納得いかないだけです」

 

その答えを受け止め――永琳はフッと微笑んだ。

 

「鈴仙……あなたは本当に地上の兎になったのね」

 

「お師匠様……」

 

「本当に、月にいた頃のあなたからすると随分変わったものだわ」

 

「お師匠様……いえあの、別に私たち月では会ったこともなかったんですけど」

 

「そこは適当に良い感じの空気を出しておきなさい。師匠甲斐がなくなるから」

 

「あっ、ハイ」

 

この人、こんなこと言えたのか。

鈴仙はまた一つ、学んだ。

 

「さて――ここから先は、他言無用よ」

 

「あ、教えてくれるんですね」

 

「ええ、漏れたら近いうちに、兎鍋が食卓に並ぶかもしれないけど」

 

「あー、うん。やっぱ聞かないという選択肢は」

 

「とはいえどこから話したものか……」

 

鈴仙のささやかな抵抗は黙殺される。

これもまた世界の縮図か。

 

「そうね……あなたは嫦娥が何時から月の都に住んでいるのか、知っているかしら?」

 

何故純狐の話でその話題になるのかと不思議に思いながらも、師匠の言う事ならば明確な意味があるのだろうと、返答をする。

 

「何時って……月の都が作られた時から――じゃないんですね、はい」

 

嫦娥は幽閉こそされているものの、月の都の中でも有力者の一人である。

なので自然と、ずっと昔からいるんだろうと思っていたが、師の顔を見るに違うらしいと鈴仙は察する。

 

「嫦娥は元々外様の女神――亡命者よ」

 

永琳はそう、語り始める。

 

「その昔、嫦娥の夫である羿は所属していた神群のトップの不興を買って、神格を奪われ地上に追放されたわ。妻である嫦娥も共々に、ね」

 

「そこだけ聞けば、嫦娥様もとんだとばっちりですね……となると、羿が純狐さんと結婚したのもその後ですか」

 

古の時代、それも神々の話だ。

重婚だろうが近親婚だろうが別に珍しい話ではない。

そう踏まえての発言だったが――

 

「いいえ、違うわ」

 

「え?」

 

「疑問に思うのももっともだけど、話を聞いていれば分かることよ。――地上に堕ちた羿は各地で暴れていた魔獣を退治し、人々から英雄視されたわ。彼を慕った者達が集まり、集落も出来ていたようね。でも嫦娥は、神格を失い定命になった境遇が面白くなかった。そんな妻の為に、羿は不老不死の手段を探していた」

 

「めげないというか……健気な人ですね」

 

故郷を追われたというのに、人々の為妻の為にと動くのはなかなか出来ることではないだろう。

……そのような人物が、何故自分と純狐の間に授かった子を殺すことになったのか、という疑問は湧いてくるが。

 

「そんな時に、羿は私に出会った」

 

「お師匠様が、地上に……ですか?」

 

「サンプリングにね。時が止まったような月の都では、自然から生まれる新しい研究資料を望むのは難しいから」

 

皮肉な話だけど、と永琳は苦笑する。

穢れを遠ざけた故、穢れから生まれるものを求めて地上に向かうのは、確かに皮肉なのだろう。

そして同時に、不思議に思ったことを尋ねる。

 

「でもそんなの、それこそ兎でも向かわせればよかったんじゃ」

 

月の頭脳とも呼ばれる師がわざわざ足を運ぶ必要はない、と。

そう思ったのだが――

 

「フィールドワークもそう莫迦に出来たものじゃないわ」

 

それに、と永琳は続ける。

 

「当時はまだ、玉兎はいなかったから」

 

「そうなんですか?」

 

「話を戻すわね」

 

鈴仙の疑問を一旦切り上げ、永琳は話を進める。

 

「羿の境遇を聞いた私は、彼に蓬莱の薬を渡したわ。ちょっと特別性で、嫦娥と分けて呑めば不老長寿。全てを一人で呑めば、完全な不老不死に加え、神格も取り戻せる」

 

「蓬莱の薬って、そうほいほい渡していいものですっけ」

 

「月で服用するならまだしも、地上の者に渡す分にはそう大きな問題はないわ」

 

濫用しない分にはね、と永琳は但し書きを付け加える。

 

「ところでなんで薬を渡したんですか?」

 

「半分は同情とか、そういう心情的な理由。あとは……治験ね」

 

「治験」

 

「蓬莱の薬、作ったものは良いものの月で使う者はいなかったから」

 

「お師匠様……そういうとこありますよね」

 

「まあ、そういう訳でお互いの都合が噛み合った訳なの」

 

鈴仙のジト目を永琳は涼し気に受け流す。

 

「あとは少しだけ様子を見たけど、すぐに使う様子もなかったから月に戻ったわ。成果はおいおい確かめればよかったから……そして、程なくして蓬莱の薬を全て呑んだ嫦娥が亡命してきた」

 

「それは……羿が嫦娥様に薬を譲った、ということでしょうか?」

 

鈴仙が指摘した優しい答えに、永琳は首を横に振る。

 

「嫦娥曰く――薬をどう使うかはすぐに決められず、隠しておいた。しかし悪漢がそれを嗅ぎつけ奪おうとしたので、仕方なく全てを呑んでしまった。寿命が大きく分かたれた以上、夫と共に暮らすのは辛く、元の神群からは追放された身。故に月の都で匿ってほしい、と」

 

なるほど、一応理屈は通った話だ。

しかし同時に、確認しておきたいこともある。

 

「でも、蓬莱の薬を呑んだ以上穢れの問題がありますよね? よくお貴族様たちが亡命を受け入れましたね」

 

蓬莱の薬を服用した蓬莱人は、月の都でもっとも忌避される穢れを発するようになる。

それ故の質問であったが、永琳はわずかに苦笑する。

 

「……本当はね、蓬莱人数人程度の穢れなら、月の都全体で見れば大した問題ではないの」

 

「初耳ですが……考えてみれば、そう不思議な話でもない……」

 

例えば鈴仙の今の主である輝夜は蓬莱の薬を呑み一度は月の都を追放されたが、一定期間の後呼び戻されようとしていた。

つまり少人数の蓬莱人の穢れで、月の都に致命的な危機が訪れることはないのだ。

 

「地上への追放は蓬莱の薬を服用した月人への罰則――つまり、月人でなかった嫦娥には当てはまらない」

 

「あっ、確かに……」

 

「とはいえ嫦娥の亡命に関しては、月の都の上層部でも意見は割れたわ」

 

「むしろ議論になった方が意外なような……」

 

月の都は基本的に、選民思想で排他的。

上層部ほどその傾向は強くなる。

 

「ひとつは単純に、嫦娥の境遇への同情論。加えて、月夜見様と同じ月を司る女神をおいそれと追い返すのは憚られたことと、嫦娥が持ってきた交換条件。あとは政治的なパワーゲームだけど……詳しく聞きたい?」

 

「いえ、結構です」

 

兎からすれば政治なんて、遠くから表面上だけ眺めて愚痴を零すものだ。

詳しく説明されても耳が萎れるだけだろう。

 

「ちなみに嫦娥が用意したカードのひとつが労働力の提供」

 

「それって……」

 

「ええ、あなたたち玉兎よ」

 

「私たち、売られたんですか?」

 

「そうとも言えるわね。単純な労働力なら自動機械で何とかなるけど、それを味気ないと感じる者も多かったから」

 

「えぇ……」

 

鈴仙は少しガックリと来たが、同時にそんなものかとも納得する。

多分月の貴族たちは、自分たちの特別性をより自覚するため、傍に比較する相手が欲しかったのだろうと。

 

「そして嫦娥の亡命は成り――程なくして、謎の神霊……らしき存在による月の都への攻撃が始まった」

 

ピンと――鈴仙は背筋を伸ばす。

いよいよ話が本題に入ったと理解したためだ。

 

「狙いはすぐに嫦娥だと判明したわ。思いっきり名前を叫んでいたし」

 

「純狐さん、ですか」

 

「ええ。もっとも、最初は名前なんて名乗っていなかったけど」

 

永琳はため息を吐くが、その様すら絵になる。

 

「でも狙いが嫦娥様なら、匿うのを止めようって話にはならなかったんですか?」

 

「嫦娥の亡命は正式な契約によって締結されたもの。軽々しく破ることはできないわ」

 

例え口約束であろうとも、神々が交わしたものであればある種のギアスにもなりうる。

 

「嫦娥を問い詰めたけど、その神霊に関しては本当に知らなかった。ただ、心当たりはあるようだったから改めて一連の流れを調べ直したの。……ここから話すことは、推論も混じっているわ」

 

永琳からの念押しに、鈴仙は承知しましたと首肯する。

 

「まず嫦娥が悪漢に蓬莱の薬を奪われそうになったから呑んだ――これは事実だった。表面上は」

 

「そういう見せかけ、ってことですか」

 

「ええ……それでこの悪漢だけど、その正体は羿と嫦娥の息子」

 

ここにきて新たな人物の登場だった。

 

「息子って……いえ、夫婦ですから、別におかしくはないんですけど」

 

「もともと、あまり性根の良くない息子だったようね。蓬莱の薬の存在を知った彼は、羿が留守にした隙をついて盗み出そうとした――そのように、嫦娥が誘導した」

 

「――え? 誘導って、なんで嫦娥様がそんなことを……?」

 

「蓬莱の薬を、一人で全部呑んでもおかしくない状況を作るためね」

 

分けて呑めば二人が不老長寿。

分けずに飲めば一人が不老不死と神格の回帰。

確かに師はそう言っていたと、鈴仙は思い返す。

 

「つまり嫦娥様は、夫を裏切って……? でも、なんでわざわざそんな演技までして……」

 

「ある種のアリバイ作り」

 

つまらない話だけどね、と永琳は嘯いた。

 

「夫を裏切り家族を置いて一人永遠を取り戻した女と、やむを得ない状況の中で薬を服用するに至った女。亡命を受け入れる側からすれば、どちらの方が心証はいいと思う?」

 

「そんな、理由で……?」

 

悪妻と、かつて師が嫦娥を指した言葉を思い出す。

 

「もっとも、嫦娥も最初は家族を裏切ることに対して迷いはあったようだけど」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ――だからこそ、彼女は棄て去った。その迷いの素になる部分を、自分の中から」

 

「棄てたって――」

 

それは如何なる意味なのか。

単純に割り切った、という意味では収まらない含みが、永琳の言葉には宿っていた。

 

「さて、思惑通り不老不死になって月の都に亡命した嫦娥だけど――地上の状況は、彼女の意図しない方向に動いてしまった」

 

「残された、夫と息子……」

 

「息子が蓬莱の薬を奪おうとして、嫦娥が呑み天に昇った――この事件には、目撃者がいた。そして不幸なことに、その目撃者は見た事を見たままに帰ってきた羿に告げた」

 

つまり――と永琳は一息置く。

 

「息子が嫦娥を襲って嫦娥は天に召された。息子は逃げていった、と」

 

「それ、は――」

 

鈴仙は絶句し――同時に理解できてもしまった。

確かに目撃者が神秘にも蓬莱の薬にも詳しくないただの人間ならば、目にした事態をそう解釈しても何ら不思議はない。

 

「受けた報告、荒らされた部屋、姿も気配もない妻、無くなった蓬莱の薬、逃げていった息子――状況証拠としては十分。彼がその時何を思ったのかまでは分からないけど、親殺しを為してしまった――ように見えた息子に、羿は自分自身で引導を渡した」

 

「……そんなのって――」

 

あんまりだという言葉を、鈴仙は呑み込んだ。

誤解と勘違いが重なった故の、子殺し。

その時羿が抱いていた感情は、怒りか、悲しみか、それとも義務感か。

歯車が一つ違えば、起きなかった悲劇。

 

「嫦娥自身、ここまでのことになるとは思っていなかったようね。夫と子は地上で好きに生きて天寿を全うすればいい――そんな程度の考えだったみたい」

 

でも――と永琳は言葉を繋げる。

 

「嫦娥の最大の計算違いは、この後の出来事だった」

 

「……まだ、これ以上のことがあるって言うんですか?」

 

既に悲劇的な状況なのにと、恐る恐る鈴仙は尋ねる。

 

「先ほど言ったでしょう。嫦娥は家族を裏切ることへの迷い――その素を棄て去ったと」

 

永琳はわずかに間を開け、告げる。

 

「迷いの素とは、母であり妻であるという事。だからこそ嫦娥は自分の中の母や妻といった要素を純化して棄て去った」

 

「は……? 純……化?」

 

鈴仙は絶句する。

何故ならば、純化というのは――

 

「純化の能力こそが、嫦娥の持つ天賦の才。そして嫦娥の最大の計算違い――それは不要だと切り棄てたはずの廃棄物が、意思をもって勝手に動き始めたこと」

 

ここまで言われてしまえば、鈴仙にだって察しはつく。

 

「つまり、その動き出した廃棄物が――」

 

「今現在、純狐と名乗っている仙霊よ」

 

嫦娥から始まった話が、ようやくここで純狐に繋がった。

同時に納得する。故にこそアルターエゴなのだと。

嫦娥から分かたれた別側面――母であり妻であることを主体とした分霊。

 

「先ほど話したけど、この時点では純狐に名はなかったわ。でも便宜上、純狐と呼ばせてもらうけど……あとは以前話した通り。母として、妻としての存在である純狐は、子を殺した夫を許すことが出来ずに、殺した。そして元凶とも言える嫦娥に対しても、当然その怨みの矛先を向けた」

 

「……不思議には、思っていたんです」

 

呆然としつつも、鈴仙は必死に頭を回す。

 

「子を殺した羿に対する復讐は、わかります。でも、その妻というだけで嫦娥様への怨みがそこまで深くなるものかと」

 

逆なのだ。

むしろ純狐が本当に、そしてより苛烈に怨む相手は――

 

「――そうね。自分自身のことだからこそ、許せること、許せないこと、いろいろとあるでしょう」

 

永琳は深く頷く。

 

「正直なところ、当初の純狐は月の都にとってはそこまで脅威ではなかった。でも、純化の力故かどんなに撃退してもその存在が霧散することはなく、襲撃を繰り返す度にその力は見る見るうちに洗練され、強大化していった。肉体を失ったせい、というのもあるだろうけど」

 

「――と、言うと?」

 

「肉体は、場合によってはある種の枷になるから。肉体という出力器官があるうちは純化の力も制限されていたけど、霊体になってからはその上限は取り払われた。あの純化の力は、霊体とはすこぶる相性がいいの」

 

「そういうものなんですか」

 

「そういうものなの。だからこそ、月の都の上層部は約定通り嫦娥を保護しつつも、手元に置いたままより厳重に飼い殺しすることにしたのだけど」

 

物騒な発言だった。

 

「飼い殺しって……」

 

「嫦娥は証明してしまった。自身が月の都すら脅かす分霊を生み出しうる存在だということを。だからこそ“次の純狐”を生み出したりしないように、監視して管理するというのが彼らの主張。もっともこれも、純狐による復讐の一環かもしれないわね」

 

「……純狐さんが月の都にとって脅威であり続ける限り、嫦娥様が自由になることはない?」

 

鈴仙の口から漏れた考えに、永琳は無言の肯定を返した。

そしてすっかり冷えたお茶を喉に通し、湯呑をコツンとテーブルに置く。

 

「さて、一通り知りたかったことは話したと思うけど?」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「感想は?」

 

「……なんで、ここまで事態が悪化しちゃったんでしょうね」

 

切欠はあった。

思惑はあった。

それでもひとつひとつに分けて見ればまだ小さいもののはずで。

それらが悪い方向に絡まり合って、不運の大玉になって崖の下に転がり落ちてしまった。

 

「それはきっと、本人たちが一番そう思っているでしょうね」

 



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番外編19 月へと届けこの一矢(おもい)④【完】

「些か以上に状況が飲み込めないところではあるが……」

 

中華風の衣装に身を包んだ男は、戸惑いつつも口を開く。

ここは純狐の仙界。

男は召喚されるや否や、召喚者によって目の前にいた女性と共にこの場に跳ばされた。

 

「久しいな、嫦娥よ」

 

「………………」

 

嫦娥と呼ばれた女性は噛みしめるように目を瞑り、答える。

 

「その名は、ヤツが月に持っていったものだ。私は置き去りにされた名もない仙霊」

 

「仙霊、か。在り方は神霊のソレに見えるが――」

 

「私は嫦娥が神に戻るために棄てたモノだ。神霊を名乗るには、道理が足りんだろう。そもそもこちらから願い下げだ」

 

「そうか……ならば私は、君をなんと呼べばいい?」

 

「今は純狐と名乗っている」

 

「ならばそのように呼ばせてもらおう。如何なる由来のある名なのだ?」

 

「多少境遇の似た女から借りた名だ。……だが、よく私のことが分かったな」

 

「ああ、その眩いばかりの金の髪のことか? 当世風に言えばイメチェン、というものか。だがそのくらいで、妻の顔を見まがったりはしないさ。――しかし、だ」

 

羿の視線が純狐の背後に向けられ、軽く肩を竦める。

 

「その尻尾のようなオーラは……まあアレか。見栄張りなのは昔と変わらないな。ははは……」

 

「……“殺意の百合”」

 

ボソリとした宣言と共に、純狐を中心に無数の弾幕が放たれる。

歪曲するレーザーと無数の光弾を前に、羿はというと――

 

「うっ、うおおぉぉぉぉ!?」

 

避けていた。それはもう、必死に。

やがて弾幕が納まり、仙界の景観にも些かの瑕が残った中で、大英雄は冷や汗を拭う。

 

「ふん……それなりの初見殺しに仕上がっているとは思うが、ノーミスか」

 

「いや、ところどころ掠ったぞ。えげつないな今のは」

 

「律義に避けずとも、お前の弓なら適当に相殺すれば――いや」

 

純狐は目を細め、ジッと羿を見やる。

 

「今気づいたが、やけに弱いな」

 

「うん? ああ、どうやら召喚主に悪戯をされてしまったようでな」

 

羿は困ったように首を振る。

 

「最初に供給された魔力は最小限、クラススキルの単独行動も没収。おまけに契約もなしの野良サーヴァント状態。英霊の座から無理やり引っ張り出された感があるが、これでは戦闘どころか現界もままならん。というかもうすぐ消えるぞ、私は」

 

「……そうか、ヘカーティアが」

 

「それが私の召喚主の名か。どんな人物なのだ?」

 

「女神で、友人だ」

 

純狐の簡潔な返答に、羿は頬を緩めた。

 

「そうか、友人が出来たのか」

 

「……別におかしなことではあるまい」

「地上に堕ちたあと、周りに溶け込もうとしなかった君の姿を知っているのでね。それに、あの時の怨みに染まった君の目――君の果てが心残りであったが、今の姿を見て安心した」

 

「羿、お前は……」

 

微笑む夫に、純狐は僅かな逡巡を抱きながらも問いかける。

 

「あの時、最後にこう言ったな。『――嫦娥よ。私はどこで、間違えた』と」

 

「ああ、言ったな。我ながら、今わの際に情けない事を言ったものだ。もっと別に、言うべきことがあっただろうに」

 

羿は瞳を伏せ、悔いる様子を見せる。

 

「あの時私は、その問いに答えることができなかった。なんであんなことになってしまったのか、私にも分からなかったからだ」

 

「……私の戯言が、呪いになってしまっていたようだな」

 

「だが、受け止めるべき言葉ではあったよ。長い事その答えは出なかったが、昔出会った僧侶の言葉には腑に落ちるものがあった」

 

「それは?」

 

「“間が悪かった”、とな」

 

「なるほど……それは金言だ」

 

「もっともお前の場合は要領も悪かったとは思うが」

 

「……まいったな、これは一本取られた。確かに私は昔から、良かれと思ってやったことが裏目に出ることが多々あったものだ」

 

困ったように頭をかく羿に純狐は小さくため息を吐き、姿勢を改める。

 

「羿――我が夫よ。私には、お前に復讐する権利がある」

 

「ああ、そうだな。正直召喚された瞬間君が目の前にいて、八つ裂きにされるものだと覚悟した」

 

「だが同じくらい、お前にも私に復讐する権利があるはずだ」

 

「……………………」

 

「お前は私達の子を殺したが、私だって八つ当たりでお前を殺した。人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものだ。私たちは結局のところ、同じ穴の狢なのだから――」

 

純狐の態度に、羿は察する。

仮に自分が彼女を害そうとすれば、抵抗もなく受け入れるつもりであろうということを。

だからこそ羿は、その覚悟を否定する。

 

「やめよう。激情に駆られて業を重ねるなど、もりこりごりだ」

 

「……………………」

 

「あいつ、な。こと切れる前に、言っていたよ。『置いていかれたくなかった』、と」

 

羿は思い出す。

息子の胸に突き立った、己が放った矢を。

 

「あいつは、蓬莱の薬の詳細を知らなかった。自分を置いて、私と君が天に帰ってしまうと思ったんだろうな」

 

あまり素行の良くない息子に、苛立った時もあった。

息子が妻を殺したと知らされた時は、まさかという思いとあいつならという思い、その両者で頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 

そして息子を討つと見当違いの覚悟を決め、実行に移し、最後に見たのは怯えるような、縋るような目だった。

 

「英雄扱いこそされていたが、私は決していい親ではなかった。君が天で身ごもり、地上で生まれた我らの子。だが地上に落とされたことで君ともギクシャクし、距離を置いて――そんな環境では、ひねくれて育つのも仕方のない話だ。……それでもこんな情けない親を、あいつなりに想ってくれていたのだろう。私は最後までそれに気づかず、その想いを裏切った。……本当に、惨い真似をしてしまった」

 

数千年越しに告げられた息子の終わりに、純狐は沈黙する。

 

「今思えば、アレがあの異郷の女神が言っていた……いや、責任転嫁だな。これは」

 

「……異郷の女神? 月の頭脳――八意永琳か?」

 

「いいや、君には言っていなかったか。地上に堕ちて少し経った頃、海のように青い髪の女神に出会ったのだ。まあ、太陽を墜とした仕返しだとかで穏やかな話ではなかったが」

 

「仕返し――」

 

「ああ、何でも今後の生の中で一度、路を違える呪いだと言っていたか。それが何時になるかは、お前次第だろうということも」

 

純狐の中で確信に近い推論が描かれるが、それを口にする前に羿が告げる。

 

「何にせよ、選んだのが私だというのは変わらない。自画自賛にはなるが、私は弓に関しては天賦のものを持っていた。鍛錬も重ねた。その弓で、多くのものを射た。敵を射た。太陽を射た。悪獣を射た。――最後に射たのは、己が息子だった。この上妻まで射るなど、御免だ」

 

「それが、お前の答えか」

 

「ああ、そうだ。――こうして、もう一度君に出会って話すことが出来て良かった。召喚主に礼を言っておいてくれ」

 

「自分の口で言えば良かろう――いや、その体は……」

 

純狐は気づく。

夫の体からキラキラと、粉雪のような光が舞い上がっていることに。

 

「退去の時間、という訳だ」

 

「お前は、それでいいのか。お前の最後は、無念の死だったはずだ」

 

「それでも、私の生の果てだ。生きて死ぬということは、まあ何もかもうまくいくということはないだろう。何、その無念も君と語らったことで、全てではないにせよ晴れた。果報者と言えるだろうさ、私は」

 

「……………………」

 

「残る願いは君の果てが笑顔で終えられることだが……死者があまり、生者の方針に口を出すべきではないか」

 

「出しただろうが、今」

 

「む、そうだったな。まあそんな事を願った男がいた、程度に覚えておいてくれ」

 

純狐にとって、二度目となる夫の看取り。

その最後に夫である男は、バツの悪そうな顔をしながらも意を決したように口を開く。

 

「純狐よ――最後にひとつ、頼まれてくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二宝具発動――“嫦娥奔月”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、幻想郷に住まう人々は見た。

天に向かってどこまでも、細長く伸びていく金の光を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫦娥よ、見ているか」

 

純化の力にてその潜在能力を引き出された羿の霊基は、退去寸前と言うこともありその力に耐えきれず、宝具の発動と共に消滅した。

その光景を見送った純狐は、天を――月を仰ぐ。

 

「アレで良かったの?」

 

佇む純狐に、声がかかる。

振り返らずとも、知己である女神だと分かる。

 

「嫦娥への当てつけくらいにはなるだろうさ。――それよりも、夫が礼を言っていたよ」

 

「あら、そうだった? 恨み言の一つも言われると思っていたけど」

 

女神――ヘカーティアは苦笑するように肩を竦める。

 

「あなたも、私に対して言いたいこと、聞きたいことが色々あるんじゃない?」

 

「そう、だな――思えばヘカーティアよ。初めて会った時から、お前は私に対して親切だったな。それはお前が、私に対して――いや」

 

純狐はヘカーティアに向き直り、挑発的な笑みを浮かべる。

 

「言葉にするのは無粋――とまでは言わないが、言葉だけでは語り尽くせぬものもある。郷に入っては郷に従え――ここは、幻想郷流でいかせてもらおう」

 

「あらあら、そういえばあなたとちゃんと弾幕勝負をするのははじめてね。せっかくだし、何か賭ける?」

 

「賭け、か――ならば私が勝ったら、改めて友達になってもらおうか」

 

「なるほど、先に言われちゃったわね。じゃあ私が勝ったら、改めて友達になりましょう」

 

「何とも、賭け甲斐の無い話になってしまったな」

 

「でも勝ち甲斐も、負け甲斐もあるでしょう?」

 

「違いない」

 

仙霊と女神は笑い合い、宙に浮く。

幻想郷の空に、花が咲く。

それは花というにはあまりにも凶悪で美しかったが、語らうように、奏でるように幻想郷の空を染め上げていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華美な装飾に彩られ、生活に不便の無い部屋。

月でもっとも豪華な幽閉所。

碌に変化も音もない空間に、小さな音が鳴る。

 

「?」

 

女が顔を上げれば、一本の矢が床に突き刺さっている。

それは月の都の誇る厳重な防御網と警戒網をすり抜け、当然のように最深部であるこの部屋にまで辿り着いた矢。

 

しげしげとその小さな矢を見つけ、女は気づく。

矢に紙と一本の金の髪が結われていることに。

 

ああ、そういえば――

遥かな昔、こうやって恋文を送ってきた男が居たなと、女は思い出す。

 

女は久方ぶりに体を動かし、畳まれた紙を解く。

中には急いで書きなぐったような、短い文章。

その一文一文に、時間をかけてゆっくりと目を通す。

 

やがて読み終わった文を畳み、胸に抱く。

女は部屋の一方に視線を向ける。

そこにあるのは窓もない壁であったが、その遥か先には地上があった。

 

「……ええ、見ているわ」

 

小さく、小さく紡がれた言葉は、吸い込まれるように消えていった。

 




○純狐
真名:喪失
本作においては、月の女神嫦娥より分かたれた、母や妻といった要素を主体にした名付けられなかった分霊。
嫦娥によって不要であると切り棄てられた末、自然発生した新たな自我。
母や妻として家族に対する愛情を持っていたものの、直後に起きた事件により怨みへと反転し、純化した。
分霊として独立当初は現在より気性が荒かったものの、後に出会った女性の境遇に共感し、彼女の復讐に手を貸した。
当時名前のなかった仙霊を不遇に思った女性は己が氏族の名を譲り渡し、以降純狐と名乗っている。このことが関係しているのか気性の荒さは落ち着きを見せ、宿敵以外に対してはだいぶ大人しくなった。


○嫦娥奔月
羿の第二宝具。
本来は妻である嫦娥の宝具であるが、羿の逸話の中に内包されているためか限定的に使用可能。
効果としては短時間の不老不死化、神代回帰、その後の地上からの退去までがセットになっている。
――なのだが、今回は嫦娥が月に昇った逸話の再演として使用。
純狐の髪を結いつけることで矢を嫦娥に見立て、月へと射る。
その矢は嫦娥の足跡をなぞる様に、彼女の元へと届くだろう。
共に届いた文の中身は、彼と彼女のみが知る。










いいですか、落ち着いて聞いてください。
貴方が眠っていた約1週間。
東方では新作の獣王園が発表され、
FGOではティアマトとドラコーが実装され、
刀剣乱舞ではチェイテピラミッド姫路城が乱立しました。
特に最後はナンデ?
あとドラコーガチャは爆死でした、南無三。

という訳で(?)、番外編19はこれにてお終いになります。
東方原作からして二つの逸話を統合された純狐というキャラクター。
色んな意味で扱いの難しいお方ですが、そこは二次創作らしくいかせてもらおうと。

いずれ原作で詳細が判明することもあるかもですが、
こういう解釈もあるのだと言うことでひとつ、お納めを。


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